90 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2006/12/05(火) 22:23:53 ID:eImMvDlU
もしフィンランドに何かが召喚されていたら・・・で一つ電波を受信したので…
1942年1月のレニングラードは、凍結したラドガ湖からの輸送に頼っていた。
食料や武器は独軍の薄い包囲網を掻い潜って毎日送られ、飢餓の町は支えられていた。
そんな中、カレリア峡谷に突如出現した”ある物”がレニングラードを再び地獄へと突き落とす…。
―――いよぅ、イワン
氷上道路を進むソ連軍の縦隊。
そのハンドルを握る兵士たちは、突如脳内に声を聞いた。
予定時刻を過ぎても到着しないトラック。
不審に思ったソ連兵たちは空腹を堪え、疲れた体に鞭打って氷上を進む。
「りゅ、龍!?」
「首が九本もあるぞ!」
そこで彼らが見たのは、分厚い氷を突き破り、九つの首で兵士を絞め殺し、噛み殺し、焼き殺すヒドラの姿であった。
ソ連兵は手にした銃火器でヒドラを撃つが、傷一つつけることができない。
対戦車ライフルの集中射撃でようやく一本の首を引きちぎることに成功するが、一分もしないうちに新しい首が断面から生えてくる。
その後、捜索隊の帰りを待つ司令部に無線が入る。
「アローアロー聞こえますか?どうぞ。こちらは今虐殺と略奪の真っ最中、あんたらの物資を湖に沈めてまーす。ボクちゃんの名前はヒドラのグラーバクですよろしくねぇ?」
なおも無線が続く。
「あんたらの物資は、ドイツ兵のうんこになるんですよぉ?今からぶっ殺しに行くぜ。遺書は書いたか?書記長にお祈りは?寒い部屋でガタガタ震えて飢え死にする心の準備はオーケー?ま、集団自決する時間はあるかもしれないから、死ねば?コレマジお勧め。じゃあみんな愛してるよーっ!」
452 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/17(土) 22:36:06 ID:eImMvDlU0
プロローグ 1942年3月30日 ロストフ近郊
黒焦げのT-34は路肩に放置され、真新しい軍服を着た兵士たちが負傷兵を乗せたトラックとすれ違う。
捕虜の列から弾かれた政治将校がSS隊員に頭を撃ち抜かれるが、それを気に止める者はいない。
その死体をキューベルワーゲンが轢き、止まった車から二人の兵士が降りた。
「んでさあ、聞いてくれよ。俺がこの前そいつに言ったんだよ。浮気したらノコギリで首切られたってさあ・・・」
降りたうち一人―――まだ幼さの残るドイツ国防軍中尉ナルーミ・ハイメロートは足を止めて、手をポケットに入れ隣を歩く女性兵士に諭すような口調で言った。
「マヤ、今僕たちはどこにいるかわかってる?」
「あー、俺たちは今ロシアにいる。ロシアだな」
もう一人―――マヤ・ヴォルケンメーアの口調は、戦地にいる兵士のそれではない。
日曜日のカイザーウィルヘルム通りで買い物をする若者のそれだ。
目は切れ長で、青みがかった黒い髪は後ろ手で結われている。
軍服は着崩れた上にあちこち改造されていて、規律にうるさい将校が見たら卒倒するかもしれない。
「まあ・・・確かにロシアだけど。戦場だよ!」
「怖いから守ってくださいってかァ?可愛い奴だなてめぇは」
やれやれといった表情で、マヤはナルーミを抱き寄せた。
ナルーミより10cm以上高い身長のマヤは、片手で彼を抱き締める。
「AllrightAllright、優しくて強いマヤ様が守ってやるぜ」
453 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/17(土) 22:38:36 ID:eImMvDlU0
ナルーミは慌てて体を離し、襟首を整えた。
「そういうことをする場所じゃ・・・ないよ!ここは」
「俺はいつ何時誰の挑戦でも受けるぜ?」
「全くもう・・・」
二人は地図を頼りに町を進み、共産党本部のあったビルへと辿り着いた。
ビルと言っても銃弾の跡が生々しく残り、壁や天井はあちこち剥がれ落ちていた。
衛兵に許可証を見せると、二人は案内付きで奥へと通された。
「国防軍軍集団付き第1084実験中隊、自分が中隊指揮官のナルーミ・ハイメロート中尉であります。ほら、マヤも」
「ったくダリぃなぁ。お堅いのは苦手なんだよ。あー、同じく中隊のマヤ・ヴォルケンメーア中尉であります。ども」
「国防軍は堅物揃いかと思ったが、そうでもないらしいね。まあ座ってくれ」
マヤとナルーミが敬礼すると、部屋で書類を整理していたSSの大佐は座ったまま、小さく敬礼した。
恐らく熱心な党員使っていたらしい椅子に二人が腰掛けると、大佐は自己紹介を始めた。
「ここの指揮を任せられている。ボルト・カプレマンだ。階級は大佐・・・もう知っているか」
ボルトは立ち、机の上にある書類を二人の前にある机に置いた。
「・・・何か?」
向けられたボルトの視線に、ナルーミは気まずそうに反応した。
不審と興味が混じった視線は、浴びて気持ちのいいものではない。
「君は純然なドイツ人かね?」
「いえ・・・父はスオミライネンです」
ナルーミは苦々しく言った。
別に恥かしいことではない。
フィンランドとドイツは友好国だし、色々と交流がある。
それに外人でドイツ軍人であることを恥じる必要も無い。
武装SSだってオランダ、スペイン、ノルウェー、その他諸々の多国籍軍と化しているのだから。
とは言え、自分がフィンランドの血を引いていることはナルーミにとっては少々気まずい。
それは気にする必要も無いことなのだが。
454 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/17(土) 22:39:52 ID:eImMvDlU0
「それは結構。フィンランド人は皆勇敢だと聞いているだからね」
だから、ナルーミはボルトが笑った時安堵感を抱いた。
マヤはその様子を不思議そうに見ていたが―――。
「まずはこれを見てくれたまえ」
「なんすかこれ」
マヤの問いに、ボルトはゆっくりとした口調で答えた。
「ここの近くにあるバタイスクの橋を写した航空写真だ。橋はまだ無傷で残っている」
「こいつをぶっ壊すんですか?」
「壊すんなら君らを呼ぶ必要は無いがね。むしろ逆だよ」
「無傷で確保・・・ですか」
「そうだ。この橋の向こうにはカフカスだ」
ボルトは同じく机に広げられた地図を指差した。
白い手袋で覆われた指先が下へ向かっていくと、柱のような印が幾つも並んでいた。
「電線をぶっ壊すのか?」
「違うよマヤ。これは油田のマークだよ」
「そう。油田がある。あと数百年掘ってもまだ余るぐらいのね」
「へー。そんなにすごいもんなんすか、油田って」
マヤの言葉に、ボルトは僅かばかりの皮肉を込めて返した。
「"君の世界"はよく知らないが、こちらではそうだよ。油を手に入れた者こそ世界を手にする」
ボルトは続ける。
「君らにはカフカスへ続く唯一の出口、バタイスク鉄橋の奪取支援を頼みたい」
455 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/17(土) 22:42:40 ID:eImMvDlU0
1 1942年3月30日 ロストフ近郊
「だけどよぉナルーミ、どうしてロストフを爆撃とかして潰さないんだ?無傷で占領するより早いだろ」
マヤが呟くと、ナルーミは出来の悪い子供を相手にした教師のように言う。
戦争=破壊というイメージは間違いではないが、それだけで考えられても困る。
どちらか一方が絶対悪で、それを皆殺しにして終わりならどんなに楽なことか。
「それをやると後々面倒なことになるんだよ」
「面倒なこと?人間の戦争って大変なんだなァ」
やろうと思えばロストフを石器時代に戻すことは簡単な話だ。
南方軍集団にあるスツーカの半分と砲兵の十分の一があれば、三日で済むだろう。
あまり大声で言えた話ではないが、毒ガスを使うなり手段がある。
だが、ロストフ一つを壊滅させてもソ連という国は壊滅しないし、独軍が行った非道はソ連の敵意を煽るか、恐怖心を駆り立てて戦争をより悪い方向に向かわせるに違いない。
少なくとも、砂漠の狐はそれを望んでいないはずだ。
「マヤたちは"向こうで"どうだったの?」
「簡単だぜ。滅ぼして殺して終了。犯して俺たちウッハウハ」
「随分過激なんだね・・・」
「価値観の違いってやつだ。気にすんなよ」
誰もが嫌がる東部戦線―――泥と寒さの戦場における戦いはもはや戦争という枠組みを超えていた。
人道という言葉は忘れられ、お互いが憎悪と怨恨を胸にして殺し合う。
ナルーミにとっては地獄にも等しい戦場だったが、楽しげに鼻歌を歌うマヤにとっては生ぬるいらしい。
ナルーミは僅かな嫌悪を覚える一方で、その豪胆さといい意味での鈍感さを羨んだ。
「お待ちしておりました。中尉殿」
橋の近くでキューベルを降りると、SS"ヴィーキング"師団の伍長が出迎えてくれた。
北欧から来た義勇兵で構成される彼らは、武装SS指折りの精鋭集団だ。
ナルーミとは言わば同胞になる。
聞くところによると"ヴィーキング"師団はロストフ市街には入らず、犠牲の多い市街戦は転向した元ソ連兵から成る義勇兵部隊や専門の訓練を受けた第125歩兵師団が担当しているらしい。
「どうも。自分はナルーミ・ハイメロート、こっちは・・・」
「マヤ中尉殿ですね。伺っております」
456 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/17(土) 22:44:24 ID:eImMvDlU0
意外なことに、伍長はマヤのことを知っていた。
吸血鬼騒ぎに端を発した魔女狩り騒ぎのせいで多くの女性が武装SSをはじめ軍に志願していることはナルーミも聞いていたが、まだ最前線に送られる女性兵士は多くない。
メイドSSやメイドゲシュタポが前線部隊で質の悪いブラックユーモアになっているのなら尚更だろう。
「俺って有名人なんか?困ったなァ」
「そうだとしても多分悪名高いんだよ。間違いない」
「ひっでぇ!俺は善良でか弱い乙女だぞ?」
鼻を高くして言うマヤに、ナルーミが突っ込みを入れると、彼女は胸に手を当てて訴えた。
しかし、マヤが自分をか弱き乙女と言うのは初対面で銃を突き付け「俺の名前を言ってみろ」と聞いているようなものだ。
彼女がか弱いのなら、世の中の女性は皆化け物になってしまう。
マヤもある意味―――いや、文句なしの化け物なのではあるが。
「どした?」
「えっ・・・あ、いや、なんでもないよ」
複雑な思いを胸にマヤの顔を覗き込んでいたナルーミは、マヤの言葉に顔を赤くする。
マヤはそれを面白そうに笑い、ナルーミの肩を抱き寄せる。
「そうかそうか。俺があんまり魅力的で最高だったから見とれてたんだな?可愛い奴だぜ、よぉ!」
「ち、違うよ!違うってば!」
「ちっちっちっ、皆まで言うなよマイラヴァー。一段落したらシコシコペロペロしてやるからよゥ」
「ま、マヤ!」
マヤは顔を真っ赤にして否定するナルーミの尻を撫で、笑った。
457 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/17(土) 22:45:50 ID:eImMvDlU0
2 1942年3月30日 ロストフ近郊
「じゃあ、後はこちらで」
「了解です。中尉殿」
少佐の階級章を襟の付けた大隊指揮官が、ナルーミに敬礼して部下たちを下げた。
第1084実験中隊の中隊長、ナルーミは軍本部より大佐待遇を与えられていた。
それは彼の持つ力と、彼を表立って行動させることができない軍上層部の出した苦肉の策だ。
「じゃあマヤ、頑張ってね」
「OK!任せとけよ。昼寝でもしてな」
マヤは笑い、ナルーミと拳を合わせた。
戦いの前はいつもこうだ。
数ヶ月前、寒波の中で契りを交わして以来―――。
「おいおいナルミ、愛する者が死地に赴くんだぜ?ほら・・・アレだよアレ!」
ナルーミがすぐにその場を離れようとすると、マヤは焦って言い出した。
ナルーミは意味がわからず、首を傾げる。
「アレって?なんのこと?」
「おいおいとぼけるなよゥ!悲しいぜ」
マヤは腕をブンブン振った後、唇を突き出した。
「これだよこれ!」
「え・・・やだよ。ムード無いし」
458 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/17(土) 22:46:53 ID:eImMvDlU0
露骨にナルーミが嫌そうな顔をしたが、マヤは構わずナルーミを抱き寄せた。
「何女みてぇなこと言ってやがる。付いてんだろ?」
「わかった。わかったよ・・・」
観念したナルーミは体の力を抜き、目を瞑る。
マヤの唇が触れた直後に、彼女の手を離れた。
「触れただけ・・・触れただけじゃねぇか・・・」
「い、いきなり言われても恥かしいんだよ!」
寂しそうに両手に人差し指を合わせるマヤに、ナルーミは顔を真っ赤にして言う。
ナルーミはまだ"そういう"経験は極めて少ない。
それは母国フィンランドに幼馴染の婚約者を待たせているためなのではあるが、マヤはお構いなしに"そういう"ことを求めた。
日本に召喚された龍のボスは万年発情期だとかパートナーも元気一杯とか声高々に叫ぶのだが、ナルーミとっては貞操だけでなく誇りの問題でもある。
「ま、いいや。さっさと済ませてくるぜ」
マヤは親指を立て、手を空に突き上げた。
「レッツパーティィィィィィ!」
その直後彼女の姿は光に包まれ、その場から消えた。
459 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/17(土) 22:49:42 ID:eImMvDlU0
3 1942年3月30日 バタイスク鉄橋周辺
「さあ、パーティーの時間だぜ!準備はいいいかァ!?」
回転しながら着地したマヤは、背中の武器ボックスから得物を取り出した。
アームがボックスに有り得ないほどに詰まった兵器群から、マヤが望むものを引っ張り出す。
こちらの世界で言う自動小銃やロケット砲、大砲の類がたっぷり入った武器ボックスは変身後のマヤが使用するために必要なものだ。
「な、なんだあれは!」
「撃て!撃つんだ!」
地上のソ連兵が銃撃を浴びせてきたが、マヤの体には傷一つ付かない。
白と金に塗られた全高4mの巨人―――ゴーレムは五層に渡る結界と88o高射砲でも貫けない装甲を有するのだから。
「そんな豆鉄砲を俺を殺そうってかぁ?やれるもんならやってみやがれ!Can I kill you?」
彼女の主である龍を守るために与えられた力は、こちらの世界では余りにも強大すぎるものだった。
マヤはアイスランドに召喚された龍の眷属だ。
マヤは何故自分もこの世界にやってきたのかはわからなかったが、いつの時代でも彼女がするべきことは変わらない。
主たる龍のため、主に危機を与える勢力を全て抹殺すること。
だから独軍との結託は利害が一致している―――独軍は龍またはそれに順ずる存在の力を欲し、マヤは独軍に協力することで自分や龍の実力を知らしめることができるのだから。
「Yaeh!小便は済ませた?神様にお祈りは?書記長の前でガタガタ震えて命乞いする心の準備はOK?」
マヤは両手に重火器を携え、照準も合わせずにぶっ放す。
詳細に狙う必要は無い。
ただ銃口を望む方向へと向ければ、敵は否応無しに爆発するか鉄の骸と化す。
両手から数千発近い弾丸が放たれ、前方に展開する戦車や車両を面単位で蜂の巣へと変えていく。
「Hai!Hai!Hai!WelcometoThisCrazyTime!」
マヤはボックスから誘導弾―――この世界ではミサイルと言うらしい―――を放つ。
ミサイルはトラックに、戦車に吸い込まれ、それらを例外なく爆発の渦へと巻き込んでいく。
あの中に人が入っているとは考えない。
マヤが今することは躊躇うことではなく、ただ目の前の敵を倒すことだ。
それが何を生むか、何を残すかは頭から消し去る。
そうしないと、自分を守れなくなるからだ。
「このイカれた時代へようこそォ!」
460 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/17(土) 22:50:57 ID:eImMvDlU0
ゴーレムの武器ボックスから伸びた腕がマシンガンをしまい込み、代わりにバズーカを左手に与える。
爆発する弾を撃つ黒い筒みたいな銃とマヤは今まで思っていたが、バズーカという名前があるとこちらで始めて聞いた。
マヤは躊躇わずにそれをドラム缶の山に撃ち、大爆発を引き起こす。
「もうおねんねでちゅかァ?ママの愛情が足りませんでしたかァ?」
その時、マヤの背筋に悪寒が走った。
誰かに見られているような嫌な感覚。
マヤは導かれるように体を翻し、知らぬ間に後ろに迫っていた戦車から放たれた砲弾を回避する。
マナを噴射して飛び上がり、一回転して着地する。
「CoolじゃないぜCoolじゃないぜェ!」
マヤは右手のマシンガンで戦車を蜂の巣に変える。
今ドイツにある戦車ではあのT34とか言う戦車はなかなか壊せなくて困っているようだが、マヤとしては雑魚以下だ。
名前は忘れたが、あのちょび髭チビオヤジが命令を与えれば、マヤは戦争を勝利に導く自信があった。
前ナルーミに話した時は、そんな単純な話じゃないと怒られたが。
「Ture my heart〜君をちか〜く〜で〜誰〜より〜感じたい〜」
マヤは歌を口ずさみながら、さらに敵を求め突き進んでいく。
彼女のやる事は至極単純だ。
バタイスク鉄橋を独軍部隊が確保するまでの間、橋の対岸にいるソ連軍部隊を出来る限り足止めすること。
マヤは面倒なことをせず、とにかく敵の注意を引き寄せればいいらしい。
「まあいいや、全部ぶっ潰して俺は帰ってナルミを抱く。単純明快痛快無比だぜ」
だが彼女は遠慮する気は無かった。
いちいち残して後から叩くよりも、ここで全部始末しておいた方が後々楽になるだろう。
それに彼女は意図的に敵を残すほど器用ではない。
「い〜つ〜か〜叶うから、思いは優しい・・・きっしめぇん!」」
歌詞の最後に合わせて、マヤはバズーカで並べられた対戦車砲群を吹き飛ばした。
弾薬が誘爆を起こし、兵士を巻き込んで吹き飛ばしていく。
壊してからちょっと勿体無い気もしたが、やってしまったことは仕方が無い。
461 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/17(土) 22:52:50 ID:eImMvDlU0
背筋を撫でられる感覚に、マヤは少しだけ嬉しくなった。
ナルーミからのテレパシーだ。
龍の眷属であるマヤは、離れた相手とでも状況によっては話すことが可能だった。
それは両者の信頼関係や精神状態も関係してくるらしいが、マヤにとっては関係無い。
マヤはナルーミが大好きだからだ。
<<頼むから真面目にやってよ、マヤ>>
直接頭に入ってくる声に、マヤは反論する。
「Oh!俺としちゃあ至って真面目にやってるんだぜ?ローマ法王が森でクソするぐらいによぉ」
<<何を言ってるのマヤ・・・>>
「まあいいや、サァ行くか!」
<<あ、あのさマヤ!>>
マヤが交信を切ろうとした時、ナルーミが慌てて言った。
「なんだい、マイダーリン」
<<その・・・気をつけてね。怪我しないように>>
「Don'tWorry!この俺様が死ぬとお思いか?答えはNOでファイナルアンサーだ!」
<<わかった。朗報を待ってる>>
口でなんだかんだ言っても、ナルーミが自分を心配してくれていることがマヤにとっては嬉しかった。
「ああ・・・?」
そのとき、地響きが起きた。
マヤは何が起きるかを悟り、喜びの感情を覚える。
「へへへ・・・メインディッシュが運ばれ来たみてぇだ。切るぜ」
<<え?ちょっと・・・>>
マヤは構わず交信を切る。
楽しいお喋りの時間は一時中断らしい。
マヤは新しい武器を手にして、向き直った。
472 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/18(日) 20:31:30 ID:eImMvDlU0
4 1942年3月30日 バタイスク鉄橋周辺
「ハーッハッハッハ!ンムフハハハハハハハハハ!」
巨大な砲塔の戦車の、一番上のハッチを開いて出てきた将校は中指を立てて笑った。
清清しいまでの笑いにマヤは好感を覚えたが、すぐ冷静さを取り戻す。
緑色をした、ゴーレムの四角い双眸が光る。
「頭の中はお花畑か?革命同志さんよ。それとも仲間を大勢殺されてご立腹かい?」
昇降はマヤを指差し、大げさな動作で口を開く。
彼はマヤの姿などどうでもいいらしく、オーバーアクションな動作で身振り手振りする。
「仲間ではなく駒だ!間違えるなファシストめ」
「悪い悪い。お前も結構頭、パンクしてるぜ」
マヤは肩を竦めた。
"元の世界"にいた頃も素敵な頭を持つ奴は大勢いた。
ナルーミと一緒にいるとつくづく思うが、こちらの世界の人間とやらは召喚された連中とは随分異なった価値観を持つらしい。
確かアメリカ領のハワイでワイバーンの群れが住民を美味しく頂いたことはナルーミにも大きな衝撃を与えたようだが、別にマヤにとっては普遍的な出来事だ。
マヤから言わせればこの世界の戦争は生ぬるい。
「噂には聞いているぞ異界の兵。ナチに味方するとは気でも狂ったか?」
「気なんていつでも狂ってらァ。そいつはてめぇらも同じだろ」
「なかなか、口の達者なお嬢さんだ」
恐らく人生で初めて全高4mのゴーレムを見ても、将校は微動だにせず言葉を並べた。
こんな奴ばっかりじゃボスも引きこもりたくなる、と思わずマヤは唇を緩める。
外からは彼女がどんな顔をしているかはわからない。
変身後でも彼女の感情や思考を読み取れるのはナルーミぐらいだ。
473 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/18(日) 20:32:34 ID:eImMvDlU0
「突っ込む場所が無くなって悲しいってかァ?冷凍でいいならいくらでもプレゼントするぜ」
「男が掘るのはシベリアの永久凍土だけでいい。それに私は愛妻家でね」
「そいつは結構。殺し甲斐がある」
マヤの視線と将校の視線が交錯した時、戦車の主砲が火を噴いた。
マヤは飛び上がるのではなく、左腕に魔導結界を展開する。
「空気読めない野朗だぜ!ったくよォ!」
マヤは防御が好きではない。
将校は恐らく知らないことだろうが、マヤはマナを消費して身を守るぐらいなら、飛ぶなり転がるなりして攻撃を避ける方が効率がいいと思っている。
もう少し距離があればそうしたが、直前で撃たれてはどうしようも無い。
マヤは結界の貼られた左手を出して身を守る。
「いきなりキツイぜ?撃つ時は撃つって言いやがれ。クソチェキスト」
「私は栄えあるソビエト陸軍のニコライ・ボサノビッチ少佐だ!人は私をリアル革命ヒーローと呼ぶ」
そいつはすげぇ、とマヤは失笑する。
このニコライとかいう政治将校の頭はお花畑ではなく宇宙まで飛んでしまっているようだ。
「おいサノバビッチ」
「ボサノビッチだ!間違えるな!見ろ!この人民の、血と汗と涙の結晶を!」
ニコライは戦車―――KV-2の車上から、天を仰いだ。
「我がソビエト人民の誇るKV-2!主砲は152mm!機銃は三挺!ファシストの戦車だろうとトーチカだろうと・・・」
マヤはこれ以上無いほど誇らしげに叫ぶニコライを横目に、マヤは武器ボックスから新しい得物を引っ張り出す。
474 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/18(日) 20:33:58 ID:eImMvDlU0
「つまり、この戦車は無敵なのだ?わかったか?薄き汚・・・い!?」
「俺はとっても優しいからな。さっきのお返しだぜ。たっぷり味わってくれよ」
マヤは両手で携えた魔道砲を放つ。
マナが銃口先端部に集中した後、一直線にエネルギーが放出された。
戦車は光の中に飲み込まれていく。
「ちぃとお喋り過ぎたぜ。よぉナルーミ、聞こえるか?」
背中を向けたマヤは再び、ナルーミにテレパスを送る。
少しして返事が来た時、マヤは小さな喜びを覚えた。
<<終わったの?>>
「ああ。あらかた片付けたぜ。橋はどうなってる?」
<<今工兵が仕掛けられてた爆弾を解体し終わったところ。こっちももうすぐ終わるよ>>
「それは夢のある話だぜ。俺はもう少しここに・・・」
マヤが変身を解こうとした時、後ろからあの清清しい大笑いが聞こえてきた。
「な・・・!?」
「ンムフハハハハハハ!残念だったなお嬢さん!私は今、こうして生きているッ!」
ニコライは身を乗り出し、続けた。
「なぜなら私は、リアル革命ヒーローだからだ!」
475 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/18(日) 20:35:43 ID:eImMvDlU0
5 1942年3月30日 バタイスク鉄橋周辺
気を抜いた一瞬にマヤは戦車に押され、岩肌へと押し込まれた。
マヤは両手の武器を捨てて戦車を抑えたせいで、魔導砲が手から落ちる。
「は・・・挟まっちまった!畜生!」
「ンムハハハハハハ!さすが異界の兵、これぐらいでは死なぬか?」
「ほざきやがれ!これぐらいで死んでたまるかよォ!」
ハッチを開けて笑うニコライに、マヤは中指を立てて言い返す。
とは言え、彼女が劣勢なことに変わりは無い。
両手が塞がっているため、アームで武器を取り出しても使うことができないのだ。
ゴーレムの腹から緑色の血液が流れ出し、地面へ滴り落ちていく。
「フフフフハハハハハハ!本当に元気なお嬢さんだ」
「そいつは・・・どうも・・・」
マヤの体は戦車が前に進むたび岩にめり込み、接触部分から出血が増え、地面へ血溜まりを作る。
眷属の彼女は物理攻撃をある程度防ぐ魔法結界は持っている。
だが、戦車で突っ込まれる―――つまり、直接攻撃は防げない。
「クソ・・・クソ・・・クソォ!」
「ンムハハハハハハ!苦しそうじゃないか?随分可愛い声で悶えるんだね」
「ヘッ・・・言ってやがれ!」
マヤの意識が薄れ掛けてきた時、脳内にナルーミの声が響き渡る。
<<何やってるんだ!マヤ!>>
頭の中に直接、語りかけられる言葉だ。
<<俺がいるぜ!ついてるぜ!>>
「ナルーミ!?」
その声が彼女の意識を取り戻させる。
476 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/18(日) 20:37:14 ID:eImMvDlU0
<<そう、俺だ!マヤ、そんなところで負けるんじゃねぇ!>>
ナルーミの口調は先ほどとは別人だった。
普段マヤの陰に隠れ、大人しくしている彼は、マヤがピンチに陥った時別人に変わる。
マヤが彼に惹かれた理由の一つだ。
普段は女みたいにナヨナヨしてるくせに、こういうことになると―――。
「へっ・・・てめぇに言われなくてもわかってるぜ。一丁いくか?」
<<ああ!ぶちかまそうぜ!>>
マヤの問いに、ナルーミは力強い様子で答えた。
ナルーミが向こうでどんなポーズを取っているかと考えると、思わず笑いがこみ上げてくる。
「おう!やってやろうじゃねぇかァ!」
マヤは激痛に耐えながら、声を絞り出す。
腹から血が噴出すが、構わない。
<<俺はマヤを愛してる!>>
「俺は・・・ナルーミを・・・・愛してるぅぅぅぅぅ!」
ゴーレムの体から光が迸り、四角い緑色の双眸は光を取り戻し、腕は戦車を押し戻していく。
出血が止まり、押し留めていた腕に力がこもる。
「な、なんだ!?私の知らない武器でも内臓しているのか!?」
「俺が何のために戦ってるか、わかるかニコライ!」
「何!?」
「愛だ。無限の愛、無限の想い!俺の血潮が熱く燃え盛る!行くぜ!」
477 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/18(日) 20:38:12 ID:eImMvDlU0
戦車を突き放し、マヤは飛び上がった。
ゴーレムの周囲に光が連なり、集まっていく。
「無限の愛が!」
<<世界を変えるゥ!>>
マヤはナルーミと言葉を繋ぐ。
これが二人の契約―――絆だ。
「勝利を掴んで!」
<<未来を作るゥ!>>
マヤとナルーミは、叫び合う。
それだけでいい。
言葉を並べるだけでいい。
「俺たちの愛はどれだけデカイ!?」
<<宇宙を越えて!無限対数!>>
マヤの背中から光の翼が伸び、広がっていく。
無限のマナが生み出す、魂の輝き。
「俺は、ナルーミが好きだぁぁぁぁぁ!」
<<俺もマヤが好きだぁぁぁぁぁ!>>
「行くぜ!」
二人は声を合わせ、叫ぶ。
「LoveRevolution!」
空中でマヤが―――ゴーレムが光の剣を携え、構えた。
478 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/18(日) 20:41:43 ID:eImMvDlU0
「愛だと、そんなもので、この戦車が倒せるものか!」
「言っておく!今の俺は無敵だ!」
マヤは光の翼を翻し、戦車へと突っ込んでいく。
機銃弾を跳ね返し、戦車砲を受けても微動だにせず、ただ一直線に迫る。
<<これで終わりィィィィィィィ!>>
「フィニィッシュゥゥゥゥゥゥゥ!」
剣は戦車の砲塔に横から突き刺さり、吹き飛ばす。
マヤは剣を抜き、戦車から離れた。
「よっ・・・と」
マヤは着地し、体を人間大に戻す。
「あ・・・くおっと」
地面に倒れ込み、大きく息を吐く。
随分マナを消費したようで、しばらく変身はできないかもしれない。
彼女はあくまで眷属だ。
世界のあちこちに現れたボス―――主と違い、そう何度も短いペースで変身できるわけではない。
猛烈な疲労に襲われて地面に寝転び、ナルーミに話しかけた。
「よぉ、勝ったぜ」
<<あのさ・・・マヤ>>
「あ?どうかしたか?」
<<さっきのは・・・>>
「へっ、気にしねぇよ。助かったぜ。お前が俺を愛してるってのはよくわかった」
<<ち、違うよマヤ!あれはほら・・・ほらあれ、仕事で!>>
さっきの―――口に出すのも恥辱的な技は、マヤがナルーミへと思いをマナに変えて急場を凌ぐのもだが、マナを十分に生かすためには思い人、つまりナルーミの助けが必要なのだ。
手助けとは、マヤに合わせて愛の言葉を連ねること。
<<君がいなくなっちゃったら、僕だって色々・・・ほら!本意じゃないってば!カトネンに聞かれたらころ・・・殺されちゃうよ!>>
「何言ってやがるんだ。可愛い奴だぜ。切るぞ」
マヤはポケットから煙草を取り出し、咥えて火を着けた。
灰に入れた煙を吐き出すたび、マヤはこのろくでもない世界が途方も無く愛しく感じる。
「どこもかしこも化け物だらけ、か」
空は遠くまで広がっている。
広い広い空の下で、今日も彼女の"仲間"が色々と楽しくやっている。
マヤは青空に手を伸ばし、呟いた。
「ボスも氷の中で寝てねぇで、早く出てきやがれよ」
479 :タイフーン ◆sePHxJrzaM:2007/03/18(日) 20:42:34 ID:eImMvDlU0
エピローグ
1942年4月1日、ロストフは陥落した。
この戦いと前後してバタイスク鉄橋は独軍によって制圧される。
なおこの鉄橋制圧の報道では勇敢な活躍を見せた工兵部隊の活躍のみがクローズアップされ、作戦の詳細については全く報道されなかった。
この日以降独軍の巨大兵士の噂は両軍の一部の間に広がり、終戦の時まで途絶えることはなかった。
終