285 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/21(金) 18:38 [ kHqoVL5Q ]
「いるな。」
軽く舌打ちして自動小銃を構える。結衣二尉も同じ行動をとった。場所がばれている以上、もう音をひそめる必要は無い。
「ダレカ!」
呼びかけにも反応は無い。間違いなく…デーモン。
「3…2…1…。てっ!」
タイミングを合わせ弾をばら撒く、反動が痛みを増幅させるが、構っている暇は無い。結衣二尉に肩を貸してもらい、一気に森の奥に向かって走る。
それから程なく先程まで座っていた場所に次々と炎の弾が打ち込まれた。
「ヒュウ♪」
「弾が当たってくれていると良いんだけれど、きっとすぐ追っかけてくる。」
結衣二尉の言うとおり、再び遠くからガサガサという草を分ける音が聞こえてくる。
「まずいな…。」
デーモン達は見境無く炎を連発している。だが、下手な鉄砲もなんとやら、当たる可能性が無いとは言えない。
更に情けないことだがこの状況ではうまく走ることも出来ない。
その時。
目の前に自分が走っていた。幻覚ではないか、そう思った。この目の状態ではそう不思議なことでも無いだろう。
しかし、それにしては余りにもリアルなそれ、「彼」もまた結衣二尉に肩を借りて走っている。
その「彼」が突然に足元を見る、そして彼は足元の何かにつまづく。
「うっ…わっ。」
小さな声だが声も聞こえる、間違いなく、自分の声が。
しかし「彼」は木の枝に頬を引っ掛けつつも何とか転ばずにやり過ごした。
そして俺も足元を見てみる。そこにあったのはまるで罠のごとく隆起した木の根。
「うっ…わっ!」
俺はそれに足を取られつつも何とか転ばずにやり過ごす。
また視線を前に戻すとそこにはただ森が広がっているだけであった。
286 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/21(金) 18:38 [ kHqoVL5Q ]
「今、前に俺達が居なかったか?」
「何バカな事言ってるの?」
オカシイ、俺はそう首をひねった。
それと同時に頬に痛みが走る。
頬に手をやる。するとそこには切り傷ができていた。
転んだ時に木の枝にでも引っ掛けたのだろうか。
「一体…?」
「青島、そんなことより不味いわ。少しずつ距離をつめられてる。」
「ああ。」
先程から草を掻き分ける音は少しずつ大きくなっている。
(こっちに来て!)その時、突然かすかな声が聞こえた。
「なんか言ったか?結衣二尉?」
「いえ、あっちよ!」
結衣二尉が顎で前を指す、するとそこには一人見覚えのある女性が木で作られたアーチの下、こちらに手招きをしていた。
「こっちに来て!ここなら安全よ!」
「あの娘は…。」
「知ってるの?あの女は信用できるの?できないの?」
「多分出来る!とにかく行こう!」
そう叫び俺達二人は一気にその女性の居るアーチに飛び込んだ。
287 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/21(金) 18:39 [ kHqoVL5Q ]
「はぁ…ハァ…。もう走れない…。」
飛び込むように走り抜けた俺達に、アシェルさんは慌てて駆け寄ってきた。
「その目、酷い怪我…大丈夫?」
「ええ…なんとか。」
二人で座り込んでしまう。特に結衣二尉は俺を支えていた分疲労も激しいだろう。
「それで、本当にここは大丈夫なの?」
「ええ。ここは彼の住む地だから。」
彼?
俺が聞く前に炎の弾が再びこちらを襲う。すると突然空から降ってきたカーテンのような吹雪がそれをかき消した。
「な…。」
驚く暇も無く今度は舐めるような炎が丁度デーモンたちが居るであろう場所を焼き払う。
そしてその炎が何度か吐かれると、森は再び静寂さを取り戻した。
そして俺と結衣二尉、二人が見上げた場所には巨大なドラゴンが翼をはためかせていた。
「確か資料で見た。ド、ドラゴン…。」
呆然とする結衣二尉。
「バスム神の僕といわれてるの。このアーチより先に攻撃を加えようとすると、ああなるのよ。」
?何か違和感を感じる。
「って?口調が…、アシェルさん、ですよね…?」
俺の目の前に立っている女性は髪をほどいてはいるものの、明らかにアシェルさんであった。あの銀髪にあの顔、忘れるはずも無い。
しかし、彼女の口から出た言葉は意外なものであった。
「いえ?違うわよ?私の名前はイリア。この近くの教会で巫女をやってるの。ヨロシクね。」
アシェルさん…改めイリアさんはこちらを向いてニコリと笑った。
295 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/26(水) 21:47:47 [ kHqoVL5Q ]
「…?」
俺が彼女の言葉に答える暇も無くイリアさんは膝を地面につけ俺の左目を見た。顔のすぐ近くに彼女の顔が来る。
「酷い怪我…。ちょっと待ってて。」
「え、あ…」
顔が少し離れ、そして目の前に手が来る、するとその手が淡い光に覆われ始め、それがまた俺の目を包んだ。
「…。よしっ、止血は出来たわ。」
思わず目に手をやる、確かに血は止まっている様だった。
「魔法で血を乾かしただけだから触っちゃ駄目よ。…あ、こっちにも小さい傷が出来てるわね。」
今度は手が頬に触れる。冷たい感触が一瞬走ると、それはすぐに離れた。
「それで。」
急に結衣二尉が大きな声を出す。どうやら、今まで司令部と通信を取っていたようだ。
「あら、どうしたのお嬢さん?」
「お嬢さっ…、私はもう二十を過ぎてます!」
「ふふ、ごめんなさい。随分若く見えたから。」
気にしている所(童顔)をズバリと突かれムキになる結衣二尉に対しイリアさんはサラリと流した。
よくよく考えたらこの二人、年齢はほとんど変わらない、はずだよな…。
「…ゴホン、それであなたはここの教会の巫女、ですよね。確か山菜をとりに行った、と言う。」
「ええ。そうよ。」
「とりあえずお礼を言わせていただきます、有難うございました。そして教会まで同行願えますか?どうも司令部のほうで不穏な雰囲気が漂っているようなので。」
そう言うと結衣二尉は俺のほうに通信機を放った。
296 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/26(水) 21:48:13 [ kHqoVL5Q ]
通信機を手に取る、するとそこからけたたましい声が響いてきた。
『大丈夫か隊長!』
「天野さんですか?」
『事情は大体結衣二尉から聞いた。こちらの方は片がついた。今全力で鉤鼻の男を捜している。』
「はい、よろしくお願いします。」
『あと…、』
「なんですか?」
『うちの隊のお姫様が心配してるぞ。早く戻ってきてやれ。』
「…分かりました。」
「さて、戻りましょうか。」
俺が無線を切ったのを確認すると結衣二尉は言った。
「あの娘が彼女じゃないんだ。」
その彼女の目を盗みつつイリアさんが俺に耳打ちする。
「なっ!?」
「だって、今連絡取り合ってる時、凄く目が優しくなっていたもの…。その箱でどうやって連絡が取れるのかは分からないけれど、相手は…。」
「さ、さっさと行きますよ!」
イリアさんの言葉を遮り、一瞬ふらつきつつも立ち上がる。それに口も聞いてもらえない状態で恋人も何も無いだろう。
「何?喧嘩中?」
「な!?」
俺が取り乱すと彼女はニヤリと笑った。
「あれ?図星?」
「何で分かるんですか…。」
「ウフフ、女の勘ってやつよ。今、あなた凄く複雑そうな顔したしね。さて、そろそろ行かないともう一人の彼女が…。」
イリアさんは再びニヤリと笑い結衣二尉のほうをチラリと見た。
「そんなんじゃありません。さあ、早くしてください。」
こめかみに青筋を走らせながら結衣二尉はイリアさんの言葉を一言の元に否定し、こちらに背を向けた。
俺は歩き出す結衣二尉の後を追いつつ光を失った左目に手をやった。
(そういえば…痛みがひいてるな。)
297 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/26(水) 21:49:52 [ kHqoVL5Q ]
教会に戻ってからは、大変だった。
「あ、青島さんっ!」
「セフェティナ…。」
「…。」
結衣二尉に肩を借りながらやっとの事で戻ってきた俺を出迎えたのはセフェティナだった。
お互いに何も言えずに立ち尽くす。
もう怒っては居ないようだが、俺はここで気の効いた言葉を言えるほど残念ながら器用ではなかった。
しばしの静寂が流れる、そしてセフェティナの目から大粒の涙が零れ落ちた。
そして彼女は無様に硬直した俺に抱きつく、俺はそれを強く抱き寄せた。
「セフェティナ…。」
「青島…さ…そんな、ケガ…。」
ヒクッ、ヒグッ、と所々に嗚咽を交えながらセフェティナが喋る。だが、今の俺にとってはこんな怪我などどうでも良かった。
どういうことか、つまり、心配していたのはこちらも同じなのだ。
「大丈夫だ、大丈夫…。」
ポンポンとセフェティナの頭を撫でてやる。金色の綺麗な髪は炎の影響か少し乱れていた。
「だって、私が…気付いていれば、こんなことには…」
「…。」
黙って改めて腕の力を強める。丁度それはセフェティナの言葉を遮った。
「青島さん…、もう、離れない…で。」
「…。」
「だって、私はあなたを…」
語尾はもはやかすれ聞こえなかった、だが、セフェティナは何かに気が付いたような顔をして、まるでタコのように真っ赤になる。
「…!」
そしてそのまま逃げるように駆けていってしまった。
俺はその後姿をぼんやりと眺めていた。
298 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/26(水) 21:50:04 [ kHqoVL5Q ]
「あの子が彼女か。」
余韻に浸っているとニュっという効果音と共にイリアさんが現れた。
「わっ、どこから…ってずっと居ましたか。」
「二人の世界に浸っちゃって、あなたを担いでた結衣さんなんてほんとい辛そうだったわよ。」
ニヤリ、と嬉しそうに笑う。
「否定はしません。」
結衣二尉もその言葉に冷めた顔で同意した。
「あ…すんません。」
「いやいや、いいのよ。喧嘩してたのもなんかうやむやになったみたいだし。いいことじゃない。」
「…ハハ。」
何故かやたらテンションの高いイリアさんに俺は苦笑で返す。
しかし結衣二尉はそのイリアさんとは対照的な表情であった。
「結衣二尉、どうかしたのか?」
「いえ、別に。けれど…セフェティナさんに伝えておいてくれない?あなたのその怪我はあなたのせいじゃない、私のせいだって…。」
「な、別に結衣二尉が俺の目程度の代償で助かったんだから、いいじゃないか。それに結衣二尉が居なかったら俺だって死んでいたんだ。」
結衣二尉は俺の言葉に首を横に振った。
「いえ、能力的価値は私よりあなたの方が高いのだから、本来は私があなたを庇ってしかるべきなのに。司令だって…」
結衣二尉はそこで言葉を切ると再び首を横に振った
「少し、考えすぎかもしれない。ごめんね、嫌な気分にさせて。」
そう言うと結衣二尉は俺を天野さんに預け、去っていった。
「大丈夫か、あの娘…、だいぶ思い詰めている様だが。赤羽関連か…?」
「はい…。」
「あんな娘まで利用して、一体何をする気だ…。」
天野さんは周りに聞こえないような小さな声でボソリと呟いた。
305 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/28(金) 01:11:59 [ kHqoVL5Q ]
父親の姿は、背中しか覚えていない。
背中しか、見ていなかったせいだろう。神と呼ばれる者を全く信じぬこの国家において、唯一、神、「神帝」と冠せられた父。
当然、心の底から尊敬していた、だが、それは父としてではなく、前皇帝としてであった。
子供の頃の事を良く覚えている。まだこの国が小さく、オズインの属国にすら国境を脅かされていた頃のこと。バルト「王国」だった頃。
祖父はアジェント、オズインに怯え、それにひれ伏していた。
貧しい土地のただでさえ少ない収穫物は約半分がオズインに奪われていた。
皇帝の孫の自分ですら、おなか一杯になるまで食べることが出来なかったことを覚えている。
私ですらそうなのだから当然、民のことなど言うまでも無い。
だが、子供の私は弟…エルクと幼馴染で今、将軍となっているエンハンス、そして父が居れば幸せであった。
「エンハンス、エルクが王になったらあなたがこの子を守ってあげてね。」
「勿論!しっかり守ってやるから安心しろよー?」
エンハンスはよくエルクの頭をくしゃくしゃと撫でた。実は私もやって欲しかったりしたのだが、そんな事は言えるわけも無く、
よくなんとなく彼の前でもじもじしたものだった。
306 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/28(金) 01:13:47 [ kHqoVL5Q ]
私がこうして将来の王位について言うと、エルクはいつもこう言った。
「僕が王様になってもお姉ちゃんはいつでも僕の傍に居てよ。」
「当然じゃない、あなたは私が居なかったら何も出来ないんだから!」
こう、心の底から怯えた目をした彼を励ましたものだった。何故そんなに怯えることがあるのか、と。
しかし、今なら私にもその訳が分かる、エルクは感じていたのだろう。この王位の重さを。バルトの重みを。
エンハンスともよく話しをした。
「オズインの奴等を見返してやるにはどうすりゃいいかな。」
「彼らの力は強いんだから、力で歯向かっちゃ駄目よ。エンハンスはすぐ剣に訴えるんだから。」
「俺はそれでいーんだよ。この剣でエルファやエルク、エグベルト様達を守るのが役目なんだから。」
剣を差し出しながら歯を見せ二カっと笑うのが彼の癖だった、…私の堪らなく好きな顔でもあった。
そして楽しかった時代は終わりを迎えた。父が、祖父を斬ったのだ。
理由は単純、ダークエルフやドワーフの意思も確認せずオズインの属国になろうとした祖父を、彼らの期待の大きい父が粛清したのである。
そしてその日から父から笑顔が消え、エンハンスは将校として戦地に赴くようになった。それから、私の好きなあの表情は、見ることができなくなった。
次の日からは全てが変わった。王国は帝国になった。
父、いや、エグベルト7世は軍の徹底的な統制を図り、完全な機動部隊バルト騎鉄隊を中心とした新型軍を編成した。
そして、オズイン属国を奇襲、それらの国々を瞬く間に滅ぼしたのだ。
元々武器は強い、そしてそれ以上に飢えた人々は強かった。
要はそれを使う組織の問題だったのだ。
しかし、父が戦争に出てから、私は彼とは会わなくなっていった。
307 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/28(金) 01:16:07 [ kHqoVL5Q ]
エグベルト7世は戦地か会議室にしか居なかった。所詮深窓の姫である私とは接点が無くなったのだ。
それからしばらくして、母が死んだ。元々病弱な上、数えるほどしか会っていない為悲しくは無かった。
しかし、父は母の葬儀にすら現れなかった。私にはそれが悲しかった。
私はただアークスとバグマンが淡々と式を執り行うのを見ているだけであった。
そしてその後1年もたたないうちに、オズインの属国は全てバルト帝国のものになり、父は神帝と呼ばれ、
エルクは死んだ。流行病だった。
しかし、息子の、後継者の死にさえ神帝はその葬儀に現れなかった。
ただ、遣いとしてエンハンスをこちらによこしただけだったのだ。
「神帝がおっしゃるには…エルクが死んだのなら、お前が次の皇帝だ、とのことだ…。」
「…!」
エンハンスは奥歯をギリと噛みしめて、言った。そしてその夜私はずっと彼の胸で泣き続けた。
エンハンスは黙って私の頭をクシャリと撫でてくれていた。
次の日の葬儀、私は喪主として葬儀を執り行った。エンハンスはその日の朝にはすでにまた前線へと出向していた。
そして次の年、神帝は死ぬ。これもまた、流行り病だった。
308 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/28(金) 01:17:23 [ kHqoVL5Q ]
「なんで、今こんなことを思い出しちゃったんだろ…。」
エグベルト8世…エルファはハッと目を開けた。
どうも玉座で居眠りしていたらしい、バルトの夜は冷える。
風邪を引いてしまう、と、立ち上がろうとして、私は自分に一枚の緑の布が掛かっていたことに気が付いた。
「これは…。」
手にとって広げてみる、するとそこには赤い糸でバラの紋章が縫い取られている。
エンハンスの家の家紋。緑の布はエンハンスのマントであった。
「もう戦いたくないよ…エンハンス…。」
私はそう呟き、その布で顔を覆った。
312 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/29(土) 22:07:59 [ kHqoVL5Q ]
夫は必死であった。
農夫は必死に走っていた、背中に息子を背負い。
息子の息は荒くその顔は苦痛に歪んでいる。そしてその膝からは禍々しい彫のある木の枝が生えていた。
息子は寄生樹であった。人や動物に寄生し、その命を激しい苦痛と共に奪い取るこの病は治す方法はほとんど無く、庶民にとっては死と同意義語であった。
実際農夫の父は寄生樹で死んでいる。だが、農夫には一つのあてがあった。
「あと、すこしだからなぁ…我慢しろよぉ…!」
ようやくそのアテに辿り着いた農夫はその建物を見上げた。
いや、建物ではない、それは城であった。どのような塗料を使えばこんな色になるのだろうか、
と言うほどの禍々しいほどの純白の壁がはるか高く塔のようにそびえたっている。
その上部中央にはくっきりと浮ぶ血の様な赤い十字。
そしてその壁の所々に空けられている窓には謎の透き通った板が張られていた。
農夫にとってその城は死神の棲家のように思われた。
「実際…村の皆もいい噂はしてねぇだ…。」
病を治すと人を騙して中には人食いの鬼が住んでいるとか、来た人間を奴隷として売り飛ばすとか、そんな噂は幾らでも流れていた。
そして実際この城を見るとその噂にも頷けてしまう。
なによりもこの城はこの世界の物ではなかった、異世界の人間達が妙な音を建てるゴーレム達を使って建てた物なのだ。
そんな城が
「今まで不治の病だった病も我々が治してあげよう」
などと言っても信じられるものではない。だが、農夫はそれ以上に必死であった。
どちらにしてもこのままでは息子は死んでしまう。ならば僅かな可能性にも賭けてみようと、彼は悲壮な決意をしていた。
「こんにちは。」
そしてその時、彼に声をかけるものがいた。
「ひぃっ!」
小さく声をあげ身を縮こまらせる。ここで自分は死ぬのだ、農夫は怯えながら振り向いた。
313 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/29(土) 22:09:27 [ kHqoVL5Q ]
「あ、また寄生樹ね。それもまだ軽い。」
女医は目の前の少年の膝を見るなり行った。
「あの、この子はたすかるですか。」
おずおずと彼女を見ながら農夫が問う。
「はい。ですから診察室から出て行ってください…。」
女医は自分に引っ付かんばかりに乗り出す農夫の顔をおさえつつ、うんざりとしていった。
「たのんますだ、たのみますだ…。」
そう繰り返しながら警備の自衛官に連れられて去って行く。その後ろ姿を見ながら女医はため息をついた。
そして少年のほうに向き直り、麻酔注射を手に取った。
「それじゃ少し我慢してね。」
少年がコクリと頷くのを確認すると彼女は注射を寄生樹本体に刺した。
途端に暴れだす樹だが、彼女の手にしっかりと握られ、だんだんと大人しくなっていった。
「さて、それじゃあ念のために…。」
目の前の未知の世界に目を白黒させる少年にふわりと微笑みかけると彼女は少年の耳に耳栓を詰める。
そして自分にもそれを行うと彼女は一息に寄生樹を引き抜いた。
ヒギイィィィ・・・。
樹が発する小さな声が響く、だがそれは二人の耳には届かなかった。
「まあこんなに小さかったら麻酔さえしちゃえば叫びはたいしたこと無いんだけど…。」
引き抜いた寄生樹を指で持ちプラプラとさせながら女医は呟いた。木は麻酔をかけられながらもまだヒクヒクと動いていた。
「これがマジックアイテムの材料になるってんだからこの世界は信じらんないのよ…。
さて!後は念のため消毒して包帯巻いとくわね♪汚れたら取り外すこと。明日にはもう走り回れるはずよ。」
「うん!」
包帯がまき終わり彼女が笑いかけると少年はにこりと笑って頷く。
(いやー、こういうところが日本とは違うところよねー♪)
314 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/29(土) 22:10:20 [ kHqoVL5Q ]
農夫にとって息子の治療中の時間は何時間にも感じられる時間だった。
だが、緊張はしていたが恐怖感は消えていた。よくよく見ればここの警備をしている方々はあのジエイタイなのだ。
貧弱なオクトベルの自警団に代わって強力な怪物達をいとも容易く駆逐していく。
そしてここでは誰にも治せぬ難病をあっと言う間に治して見せるという。
異世界人とはまさに神ではないのか!
「終わりましたよー。」
そう考えている内に息子が奥のシンサツシツなるものから出てくる。その息子はまさに健康そのものだった。
笑顔でこちらに走り寄ってくる息子の頭を掴み、彼を連れてきた看護婦に向かって農夫は平伏した。
「ありがとうごぜえました!ありがとうごぜえました!ですが…。
あっしは金なんて持っていねえんです!どうかすんません、いくらでも働きますんでどうか…」
「あ、いいんですよ。貧しい方からはお金を取らないことにしているんです。ですからどうぞお帰り下さい。お大事に。」
ニコリと笑う看護婦に農夫は改めて平伏した。
防衛庁下、日本オクトベル病院。
農夫が城と呼んだここではこの新世界の病魔の研究が行われている。
そして治療法の被験者確保、及びこの世界における日本のイメージアップのためここでは一般人の無料診療が行われていた。
そして同時刻。ここには青島がいた。
315 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/29(土) 22:10:59 [ kHqoVL5Q ]
オクトベル病院最上階。
病院内でも最も重要な研究が行われているここに青島は連れてこられていた。
そこには日本からの医師の他にもオクトベルなどから招かれた魔術師が居た。
「それで…どうでしょうか、彼の具合は。」
オクトベル基地司令、佐島は心配そうに尋ねた。
それもそうだろう、先程から医師、魔術師がかわるがわるに青島の左目を見ては唸る、それを繰り返しているだけだったのだから。
潰れているのならば潰れている。さっさとそう言って欲しいというのが心情であった。
「それが…。」
医師の一人が佐島のほうを向き、眉をしかめた。
「全く分からんのです。」
そして彼の言葉を魔術師の一人が継ぐ。
「分からない?」
佐島が眉をしかめる、そして医師に促されるままに青島の左目を見た。
「うっ…これは…。」
「いや、本当にどうなってるんですか俺の目は。」
余りといえばあまりな反応に青島は頬を引き攣らせた。だが、佐島はそれに応えるほどの精神的平静を保てなかった。
簡単に言えばびっくらこいたのである。
316 名前:F猿 (BfxcIQ32) 投稿日: 2005/01/29(土) 22:12:54 [ kHqoVL5Q ]
青島の潰れた筈の眼球は、まるでピンク色のガラス玉の様な物で再生されていた。
そしてそのガラス玉のようなゼリーのような彼の目は、ビクリ、ビクリ、と小さく脈打っている。
脈打つと言っても、その目の中に血管のような物は見当たらないのだが。
佐島の視界にそれは化け物のように映った。
「彼の目から僅かにマナの干渉波が検出されました。魔法による傷の場合は直後少し残る場合も有りますが、この場合は長期間残り過ぎです。」
「なんらかの魔法の可能性があると?」
佐島の言葉に魔術師は答えた。
「はい。一種の呪いはこのような反応を示します。目が丸ごと置き換わるなんて呪いは聞いたことがありませんが。」
「それで。」
魔術師の言葉に医師が続けた。
「彼の体調には左目の視力を失ったことによる多少の変調以外はなんら異常は認められません。」
「…一体?それでは本来なら本国に送還にすべきだが、これはしばらくここに置いておいたほうが良いな?」
佐島は魔術師に向き直って言った。
「はい。我々のほうでもこの呪いについて調べておきます。それに呪いについて的確な処置が出来るのはこちらでしょうから。」
「わかりました、よろしくお願いします。」
「嘘だろう…?」
話す佐島たちを横目に(といってもその目はもう見えないが)青島は鏡を見つめ呆然と呟いた。
325 名前:F猿 投稿日: 2005/02/15(火) 22:05:11 [ kHqoVL5Q ]
その日、結局俺の目のことはサッパリ分からず俺は眼帯をして基地に戻った。
もう出血もなくなったので本当はする必要も無い気がするのだがこの「目」を見せて騒ぎを起こす必要もあるまいとの判断であった。
そして基地に戻ってきたときに、入り口に立っている人物がいた。
「なんだ…?」
暗くてシルエットしか見えない。だが、見覚えのあるシルエットだった。
あの長い髪、基地の窓から漏れる光を受けて僅かに金に光る髪…。
「セフェティナ?」
俺がそう呟くとシルエットはビクリ、と動きそしてすぐに基地に走っていった。
「…?セフェティナ…。」
「どうしたのかしらね。」
「わっ!」
突然横から声をかけられ飛びのく。
「な、いきなり何だ結衣二尉…。」
「別に。彼女任務から帰ってきてからずっとあそこで待ってたのに。」
結衣二尉は不思議そうな顔をしながら基地のほうを眺めていた。
「けれど結衣二尉は何でこんな所に居るんだ?」
「え?い、いや別に、病院のほうから連絡があったから迎えに来てやっただけ、あの子とは違うわ。それに…。」
結衣二尉が目を伏せる。
「その傷は私のせいなんだから。」
「別にそんな訳じゃ…。」
結衣二尉は俺の眼帯に手をやった。「目」の脈拍が彼女の手に伝わる。
「もう、見えないの?けど…この脈動は。」
「うーん、よくわからん。なんか一種の呪いらしい。」
「呪い…!?これだからこの世界は…けれど健康そうね。」
「ま、しばらくたてば良くも悪くも分かるだろう。」
「そう…ね。さ、あの子を追っかけなくて良いの?」
結衣二尉は扉のほうを目で指す、勿論もうそこにはセフェティナはいなかった。
「あ、そうか。それじゃちょっと行ってくる。結衣二尉は?」
「もうちょっとだけ、風に当たってくる。ミーティングの時間にまでは戻るわ。」
328 名前:F猿 投稿日: 2005/02/16(水) 20:41:08 [ kHqoVL5Q ]
ボウッとしているとすぐ青島さんのことを考えている。
眠ろうとしても眠れない。彼の顔を見ていられない。面と向かっていることができない。
「なんで逃げてきちゃったんだろ…。」
暗い中なら顔を見なくても良いかもしれないと思った、
けれど彼の影を見ただけで、もう私の顔は真っ赤に燃えて、胸は早鐘のように打っていた。
正直…恋なんて感情は、わからない。元々エルフは男女見た目が変わらない種族なのだ。
そのせいか、自分達に恋愛感情や性欲が沸く事はほとんど、ない。
親友同士が半ば義務感で子供を作ることがほとんどだった。まあ、そのせいで長命にも拘らず人口は殆ど増えないのだが。
「だけど…これは…。」
彼が更衣室で裸の結衣さんとまるで抱き合うような格好をしていた時のあの怒りに似た感情。
彼がほとんど援護も無い状態でデーモン達に狙われたときのあの恐怖。
彼が戻ってくるまでもう何が何だかわからなかった。もしかしたらあの召喚の干渉波を見逃してしまったのもそのせいなのかもしれない。
「青島…さん。」
これが…そうなの?私は黙って上を見上げた。そこには煌煌と光る蛍光灯があるだけだった。
329 名前:F猿 投稿日: 2005/02/16(水) 20:41:25 [ kHqoVL5Q ]
「それで、報告とは何かね紀本君。」
オクトベル基地司令室、そのしっかりとした出来の椅子に佐島は座っていた。
そしてその前に立っているのは紀本三佐、彼もまた痺れガスの検査を病院で受けてきたばかりであった。
が、彼の自衛官としての強靭な体はその後遺症が残ることを許さなかった。
そしてそれよりもさらに高い彼のプライドが僅かな体の痺れなど彼に気づく事すらさせなかったのだった。
「はい、他でもありません。彼…青島二尉の部隊、その魔法察知役の事です。」
「魔法察知役…、セフェティナ嬢のことか。」
「はい。」
佐島はセフェティナのことを思い浮かべた、流れるような金の髪
「彼女は良い女だな。」
「そういう話をしているのではありません。」
「ふふふ、冗談だよ冗談。」
佐島の言葉に紀本はこめかみに青筋を立てた。佐島はそれを笑って見る。
「…ともかく、彼女の魔法察知感度が安定しなくなっています。今回の事件においてもそのためにこちらの反応が遅れ青島本人を含む重傷者5名と言う結果につながりました。」
「…それは問題だな。」
「はい。」
紀本は神経質そうに前髪を撫で付けながら頷いた。
「しかし理由は分かるのかね?」
「はい。推測ではありますが…、青島二尉、彼への恋愛感情が原因だと思われます。」
「恋愛…?」
眉を顰める佐島に対し紀本はキビキビトした口調でエルフの生態を説明した。
「つまりは、彼女は青島に対して子供レベルの恋愛感情を抱いている、と言う事です。」
「成程ね…それでボウっとしてしまうと、いやあ若い。良いじゃないか。職場恋愛結構結構。青春は〜青いレモンの香り〜、とぉ。」
「馬鹿な事をおっしゃらないで下さい。」
紀本はピシャリと言った。
「対魔法部隊としての生命線である魔法察知能力。これがないなら彼女はただの民間人に過ぎません。
それにエルフと人間、この異種間の交配により何が起こるのか、まったく情報がないのです。
直ちにでも彼女と青島二尉を引き離すべきだと思われます。」
「ふむ…だがなあ。人の恋路の邪魔をする奴は馬にけられて死んじまえ、と言うだろう。それに魔法察知役として使えるのは彼女しかいないんじゃないか?」
実際、状況はそうであった。今回のテロ事件によりこの小国連合内において誰が反日本なのかが分からない状態になった今、下手な魔術師を借りる訳には行かなくなったのである。
つまりは日本が使える魔術師はセフェティナだけ、と言う有様であった。
「それについては、私に案があります。」
しかし佐島の考えに反し、紀本はニヤリと笑った。
332 名前:F猿 投稿日: 2005/02/17(木) 23:08:05 [ kHqoVL5Q ]
食堂を利用して行われるミーティング。
ここではこれからの作戦についてや、状況報告が行われる。基地での訓練生活の時には無い習慣だった。
「隊長っ!生きてたのかー!」
「いや、佐藤。生きてるに決まってんだろう。」
あまりと言えばあまりな言葉を吐いた佐藤に青島、天野、計二発の蹴りが飛んだ。
「ひでぶっ!いやいや、もしかしたらもうくたばっちまってるんじゃないかと…、ってその目は?」
「ん?ああ、もう見えないらしいな。」
青島はさらりと言った。もちろん青島に精神的動揺が無かったわけではない。実際心の整理がようやくついた所であった。
「片目失明など本国送還ものの傷のはずだが。どういうことだ?」
佐藤を片手でどこかへ投げやりながら天野は青島の眼帯に触れた。
「触らない方がいいです。どうも、何かの呪いのようで…、ここの方がのろいには対処しやすいだろう。ということになりました。そういえばセフェティナはどこに?普段だったらここにいるのに…。」
「ん?おかしいな。さっきまではここにいたはずなんだが…。」
辺りを見回す。するとセフェティナはここから一番離れた場所の女性自衛官の集まりのところにいた。
「何か逃げられてるなぁ…。」
俺はボソリとつぶやいた。
「エー!こちらを見てほしい!」
いつまでも彼女の事で悩んでいるわけには行かない。佐島指令の声で俺は頭を切り替える。
「ん。今日はご苦労だった。重傷者五名と言う残念な結果だったが君達の努力によって殉職者は出さずに済んだ。礼を言う。そして…だ。」
普段めったに口ごもらない佐島指令が口ごもる。そして彼はチラリと食堂の入り口を見た。
「…!?」
そしてそこからでて来た「モノ」を見てミーティングにいるほぼ全員が固まる。勿論俺もその例外ではなかった。
入り口から出て来たのは銀髪の女性。そう、あの教会の巫女、イリアさんだった。
「な、何故…」
民間人の彼女がここに?と言う言葉は口からは出ようとしなかった。
340 名前:F猿 投稿日: 2005/02/19(土) 21:58:46 [ kHqoVL5Q ]
彼女の血、その特異性を証明する銀色の川のような髪、形の良い、細く通った鼻、筆で薄いピンクをなぞった様な唇、
そして強い意志を主張する双眸がそれら全てを引き立て役に甘んじさせている。彼女を説明するなら、こう言ってもまだ足りなかった。
一度町であったあの少女、アシェル。彼女と違う点は彼女自身がその美しさに気づいていて、それを生かそうとしている点だろう。
そしてそれがなによりも彼女の姿を芸術品の領域にまで高めていた。
「わお…。」
「すげぇ美形…。」
隊員たちが皆ため息を漏らす。
「これから彼女が特別保護としてこの基地で暮らすこととなった。よろしく頼む。」
「おおーっ!!」
佐島指令が言い切らないうちに歓声が響いた。皆目が爛々と輝いている。
「特別保護…体の良い監視だな。」
隊員たちの歓声の中、天野さんがボソリと呟く。俺はそれに頷いた。
「テロリストが牧師をやっていた教会の巫女など、信頼しろ、と言う方が無理な話です。」
俺の言葉に天野さんもコクリ、と頷く。
「だが…まあ可能性は薄いか。」
「え?」
「もしテロリストならお前と加藤二尉をデーモンの仕業に見せかけて殺しているはずだ。その後民間人を装って出てくればよいんだからな。処遇は変わるまい。そして…」
天野さんはそこで言葉を切って部屋のはじをちらりと見やる。
「そう考えている奴も幾らかいるようだな。」
俺が部屋のはじを見ると、そこには紀本三佐の姿があった。
341 名前:F猿 投稿日: 2005/02/19(土) 22:20:01 [ kHqoVL5Q ]
「それでは自己紹介を…。」
佐島指令からマイクを受け取るとイリアさんはそれを物珍しそうにしげしげと見る。
そしてそのマイクの先の部分をポンポンと叩きその反応を確かめる。それだけで大体の機能を理解したようだった。
「あ、あー、凄い…本当に声が大きくなる…。ゴホン!すみません、それでは。
私の名前はイリアと言います。今までは教会に巫女として使えていました。」
ペコリ、と頭を下げる。
「うおーす!」
それに応じて隊員たちも皆頭を下げた。
「それでは…、これからよろしくね。ジエイタイの皆さん、結衣ちゃん、青島クン。」
そして彼女はニコリ、と笑った。
「アオシマ…またお前か?この女たらしが!」
しかし彼女の極上の笑顔とは正反対の表情が他の隊員たちから俺に向けられたことは言うまでもない。
「い、イリアさん、困りますよ〜。」
「ふふふ♪」
迫りくる隊員たちから目をそらす。すると目線の先にいたのは見覚えのある少女。
碧の瞳、視線が一瞬絡み合い、そしてそれはすぐに振り解かれた。
「セフェティナ…。」
しかしその俺の思考回路も突然俺の耳に息を吹きかけてきたイリアさんによって吹き飛んだのだった。
345 名前:aki 投稿日: 2005/02/21(月) 01:15:18 [ kHqoVL5Q ]
結局俺が聞けたイリアさんの処遇は、彼女の魔道の篭手の没収、そしてこの基地で暮らす、それだけだった。
まあ、特に問題があるわけでもない。まさか戦略を見せたりするようなこともないだろう。
実際、戦略ミーティングとなると、彼女は個室へと帰されていた。
そしてミーティングが終わり、俺は自らの個室へと帰った。
「ティナちゃん?」
「えっ、な、なんですか?」
「いや、随分ボーっとしてたから。」
「いえ、そんなことありませんよ。」
自らの背中に向けられた視線に気づくことも無く。
そして個室に帰ると疲れも手伝ってか俺はすぐに眠りについた。
人間は夢をしょっちゅう見る人と全く見ない人に分かれるらしい。
ちなみに俺は後者、夢はよく見る。そしてこれもその夢のひとつの筈だった。
俺の目の前が突然ひとつの記号のような…ロゴのようなもので満たされる。
そして突然俺の頭の中に機械的なアナウンスが流れた。
[ナガハマ技研、試作魔法ver0.6ノテストヲ開始。被験者性格ヲチェック中、最適ナヘルプヲ検出シマシタ。]
そしてアナウンスは静まる。
「よう!」
そして聞こえてきたのは少年の声だった。
349 名前:F猿 投稿日: 2005/02/26(土) 22:56:34 [ kHqoVL5Q ]
俺は暗闇の中にいた。別に不自然なことではない。ここは夢の中だからだ。
しかし、その闇の中にボウっと浮き上がるようにしていたその少年はあまりにもリアルだった。
少年、と言ってもその緑の髪、顔のところどころに施された赤い刺青、まさにそれは本などで読む「妖精」であった。
「よう!ハジメマシテ、だな。」
おかしな夢だ。俺はそう思って「起き」ようとする。すると妖精はあわてた様子で言った。
「あ、待て、待て、起きるなって。起きてる状態のお前と話すのはちょっと事なんだから。」
「…、君は誰だ?」
「後でな。それよりも見せなきゃならないものがあるんだ。」
俺の質問をあっさりと流し、妖精は目を閉じた。するとその姿はだんだんと闇に溶け込んで行き、消える。
そして俺の目の前に現れたのは一人のがっしりとした体躯の男だった。
「だ、誰だ!?」
白髪交じりの髪、削げた頬に強い双眸を備えている。そしてその身を包むのは何処かの軍服。
しかし、俺はその軍服に全く見覚えが無かった。これでも、世界の主要国の軍服くらいならだいたい知っている。
が、彼の身を包むそれはそのどれとも一致しなかった。
「あ、この映像を見ているということは、君はこの計画の第一被験者だということになる。」
そして俺の言葉に答えることは無く、男は口を開いた。
350 名前:F猿 投稿日: 2005/02/27(日) 01:00:30 [ kHqoVL5Q ]
俺が、それが何かのビデオ映像のような物だと気づいたのはそのすぐ後であった。
「―――この計画の第一被験者ということになる。だが、不安に思う必要は無い。いや!むしろこれを栄光だと思って欲しい!
我が国の時空干渉技術は他先進国に今まで若干の遅れをとってきた。
しかし、我々はこの魔法によって遂に、それら全てを超える、かの種族さえも打ち滅ぼすことが可能となる。」
かの種族…?この男の言語が「日本語」というのも気にはなったが、この短い科白の間に随分気になるワードが出てくる。
しかしそれについて思考する暇も与えず男の演説は続いた。
「いや!この計画は国同士の競争、種族同士の争い等そんな小さい物ではない!
この計画は人間を縛る鎖から解き放つ鍵!我等を更に高い次元へと高める翼!
君はメビウスの輪から解き放たれる最初の人間となったのだ!
君に宿ったその魔法に「メビウス」と名づける。君が人類を更なる高みへと運んでくれることを期待する。」
プツッ。電化製品などでありがちな感触を立てて、映像が途絶える。
だいたい頭の中の整理もつく。
つまりこれは「文明化された社会によって作り出された時空干渉が可能な魔法の試作品」ということになる。
そして魔法が使えて文明化された社会、というのは俺の記憶の中には一つしかなかった。
「古代文明」
351 名前:F猿 投稿日: 2005/02/27(日) 01:01:06 [ kHqoVL5Q ]
“古代文明?”
“えっ?ああ、はい、古代文明です。
はるか昔に滅亡した、と言われている文明で、なんでも民衆一人一人が政治に参加できる、なんていう国がたくさんあったらしいです、勿論資料が嘘を書いているんでしょうけど。
笑っちゃいますよね、そんなことできるわけが無いのに。“
“そしてその文明はそれから起こった大戦争で土を殺す光を出す魔法を使うようになって、
まるごと消え去ってしまったらしいです。“
土を殺す光…おそらくは放射能を使う魔法、さらには民主政治を実現しえる程の文化的発展を見せた文明。
おそらくそのレベルは我々と同等か、それ以上。
俺は夢の中だが目に手の平をやった。
「とんでもない物を手に入れてしまったんじゃないのか俺は…?」
「そろそろ話を進めていーか?」
その緊張を簡単に破った声があった。声のするほうに向くとそこには先ほどの妖精がまた現れていた。
「ああ。」
とりあえずはこいつから話を聞かないことには皆目状況がわからない。
「それじゃあ魔法「メビウス」のインストールを開始する。…その前に俺の正体だったか?」
妖精が上目遣いで俺のことを見る。俺はうなずいた。
「あいあい、俺はこの魔法のヘルプ。言うなれば解説役だ。名前は…ない。呼びにくいのならつけてくれても構わないぜ。」
「ヘルプ…あのパソコンとかについているか?」
こんな喧しいヘルプなど見たことが無い。いやうざったいのならば「イルカ」など色々いたが、この妖精はまるで…。
「人工知能だ。学習機能つきのな。喧しくて悪かったな。」
どうも夢の中では思考を読めるらしい。それにしても古代文明なる物は俺たちよりも遥かに進んでいたのかもしれない。
目の前のこの「ヘルプ」は俺にそう思わせるのに十分だった。
「…名前か。」
しかしまあ、ヘルプでは呼びにくい。…メビウス…メビウス…ビウス…ビ…。
「ビィ…。」
「あ?」
俺は改めて大きな声で言い直した。
「お前の名前はビィ、だ。」
ビィは俺の言葉を聴くといじけたように小さくなって、ぼそぼそと魔法のインストールなる物を始めた。
352 名前:F猿 投稿日: 2005/03/25(金) 00:55:22 [ kHqoVL5Q ]
「被験者の生体情報をチェック。左目視力なし。代替視力の検索中。無し。」
「補助機械のチェック中…、補助機械無し。代替視力…無し」
「被験者魔法情報チェック…保持魔法…Achilles…アンインストール不可。」
「魔法出力10%使用精神容量98%…危険値検出、出力を低下」
「魔法出力5%…平常利用は不可能と判断。タイプ2に切り替え。」
「現在の年代をチェック…グレゴリオ暦8256年、12月生体の年代チェック…2006年」
「インストール完了だ。」
ビィは事務的な口調を続けた後、ぶっきらぼうに言った。
「だが、問題が三つある。」
「?」
「まず一つ目、この時代は俺が作られてから2000年も経っている。」
それはそうだろう、この魔法はまさに古代文明によって作られた物なのだから。
「二つ目、お前とこの時代の年代が違う。」
年代、どころか世界が違う。
「三つ目、お前には…。」
そしてその言葉が最後まで言い終わらない内に、俺は「起きて」いた。
「アオシマァッ!いつまで寝ている!」
「天野さん?…いや、村田さんか。どうしたんですか…。」
「どうしたもこうしたも無いだろう、時計を見てみろ。」
「ん?」
時計を見やる俺。すると時計は起床時間を五分も過ぎていた。しかし、その時俺には何かが見えた。
視界の左下の隅に、まるで好き勝手なことを話すニュース番組の時計のように、その小さな数字は、そこにあった。
5184003…5184002……5184000
まるで生きているかのように黙々と時を刻みつつ。
5183999
353 名前:F猿 投稿日: 2005/03/25(金) 00:56:42 [ kHqoVL5Q ]
この日から俺の一日の生活リズムは僅かに変わった。
毎朝、毎夕の検査が加わったのである。と言っても、このカウンターのこともビィのことも含め、何ら解らずじまいであったが、
逆に興味を示されたのは古代文明の情報であった。政府の機関から、自衛隊上層部、小国連合の魔術師協会までがあのいかつい軍人の映像に興味を示したのだ。
古代文明の情報などなんら意味は無いだろう、と思ったのだが、聞くところによると随分意味があるそうだ。
この遺跡は新しい魔法の宝庫、さらにいえば遺跡自体が強力な切り札になることすらあるらしい。
例えばバルトのエッケザックス、ツェリペンなど直接的な兵器、アジェントの召喚用遺跡バルメウスなど大規模な物から、
絶え間なく水が湧き出してくる水源となっているような遺跡までさまざまな物があるらしい。
と言ってもあの映像に遺跡の手がかりがあるとはこれっぽちも思えないが。
「さて…今日もパトロール、か。」
昨日のミーティングを思い出す。確か今日のパトロールは今までとは違う。二つの点で。
一つは今回のパトロール場所が古代遺跡であること。どうも俺のためでもあるらしい。ありがたい話である。
そしてもう一つ、魔法探査役が、変わったのだ、セフェティナから、イリアさんへと。
セフェティナは加藤二尉の部隊へと配属となり、俺とセフェティナは接点を失っていた。
何故変わったのかはわからない。
ただの上層部の以降かもしれないし、もしかしたら…セフェティナがそう願ったのかもしれない。
354 名前:F猿 投稿日: 2005/03/25(金) 00:57:57 [ kHqoVL5Q ]
(おはようございます!)
普段だったらこのへんで飛んでくるであろう元気のいい挨拶が今日は無い。
「何か…調子狂うな…。」
装備を完全に整える。別にいつもと何ら変わらない行動。そう、何も変わらない。
「どうしたんすか、青島さん。」
「いや、なんでもない。」
ぶっきらぼうに答えると佐藤は首を捻る、がそれ以上話を続けようとはしなかった。
「それにしても俺らの部隊は休みが少なくないっすか?」
「この基地における唯一の魔法対策部隊だからな。本来なら現地の魔術師の協力で幾らか増設するはずだったんだがこの間の事件でおじゃんになった。」
といってもセフェティナの入った結衣二尉の部隊も魔法対策部隊となるはずだから、そうすれば俺達の仕事も少なくなる…はず。
「イリアさんは?」
「あ、天野さんと村田さんに装備の説明受けてます。ティナちゃんと違って覚え早いですよ。…あっ、すみませ…。」
「いや、別に構わん。しかし武器も持ったことの無いシスターが一応士官であるはずのセフェティナより装備の覚えが早い…妙だな。」
「まあ人には向き不向きがありますから。」
それもそうか。俺はそれ以上思考をするのをやめ、最近すっかり慣れてきた陸自の帽子をかぶり直した。
355 名前:F猿 投稿日: 2005/03/25(金) 00:58:54 [ kHqoVL5Q ]
部屋を出ると、そこに待ち構えていたのはイリアさんだった。
「アオシマくんっ!」
「任務前です。抱きつくのは止めて頂きたい…です。」
「フフッ、照れちゃって…。」
頬をつつこうとする彼女を無理やり引き剥がす。
「隊長!じゃれている場合じゃないだろう!」
「すみません村田さん…。」
「それで、片目でも任務に支障は無いんだな?」
「はい。遠近感の問題は慣れで大分解消されました。けれど念のため指揮補佐についてくれますか?」
「解った。」
「天野さんはイリアさんの護衛をお願いします。ただ学者の方々もいるのでそちらへの注意もお願いします」
「了解。」
「それでは任務地はオクトベル北部、エレーヌ遺跡。各員の努力に期待する。」
「はっ!」
そう、彼女がいなくても何も問題は無い。何も、だ。
356 名前:F猿 投稿日: 2005/03/25(金) 00:59:50 [ kHqoVL5Q ]
遺跡は非常に小規模な物だった。こちらの世界で言えば少し大きめの学校程度であろうか。
元々特に利用できる物も無い、と判断されたため日に二度の見回りが来る程度だったらしいが
その見回りの一人が怪しい影を見たと言ったため、急遽の派遣となっていた。
影が反日派のメンバーであったら厄介だというそれ以上に、それを狙う物がいる以上、何らかの利用価値があると上層部は判断したらしい。
「…随分物が残っているんだな。」
遺跡の内部は俺が予想していたような石造りの物などでは全く無かった。
鉄とアルミのあいのこのような物質で作られた折れた柱。
恐らくは昔パソコンに類する物であったのだと推定される箱、これもまた金属に類する物であろう物質で出来ていた。
しかし、ビィの言葉が正しければ2000年もの間朽ちなかったこれらの物質。一体なんで出来ているのか、
いやそもそも2000年もの地層を受けたはずのこの遺跡が地上に露出しているのか、全く不思議でしょうがない。
そして恐らく俺の好奇心を100倍したであろう物を持っている学者の方々は、時には騒ぎ、時には黙りこくり、その子供のような瞳を輝かせていた。
「誰もいない…。退屈ですね、隊長。」
「元々誰もいるはずの無い場所だ。一応立ち入り禁止と柵もしてはあるし、見回りもいないのに入る人もいないような場所に武装勢力が入ってくるわけが無い。」
その時だった。俺の視界の奥の方にあった門を何かがよぎった。
357 名前:F猿 投稿日: 2005/03/25(金) 01:00:14 [ kHqoVL5Q ]
「隊長、今、なんかいたぞ。」
「佐藤、やっぱりか。」
天野さんのほうを見る、するとやはり彼も自動小銃をその門の方へと構えていた。
「とりあえず俺達三人でいきましょう。身動きもとりやすいし、学者先生達にも護衛をつけておかないと。…村田さん!」
「なんだ、隊長!?」
「しばらくここの指揮お願いします!」
「了解!」
村田さんが手を上げたのを確認すると自動小銃を構え、そしてゆっくりと門へと近づく。
そして合図をし一気に門を通り抜ける。当たり前だがそれぞれ背中はカバーをしている。
「…いない、な。」
門の壁の裏には誰もいない。俺は佐藤の方を向いた。
すると奴の目はまるで糸で縫いつけられたかのように一つの方向を向いていた。
俺もそちらを向く、するとそこには二つの人影があった。
天野さんが自動小銃を構えているのを確認すると、俺はそちらへ近づいていった。
そして見えたのは、銀髪の少女と、老執事ではない、一人の赤毛の壮年の男であった。
360 名前:F猿 投稿日: 2005/04/04(月) 01:17:09 [ kHqoVL5Q ]
場所は変わり、日本。
そこのある一室に、二人の男が居た。
統合幕僚議会議長、全自衛官の中で最上位に位置づけられる人間である。
「とりあえず、労をねぎらっておこうか。特別統合自衛隊異界方面隊司令赤羽 玲人。」
「は。ありがとうございます。それで…わざわざヘリを使わせてまで本国に私を呼び出した理由は?」
「言わなくてもわかっているのではないか?」
議長は手を組んだまま言う、その表情には何の変化も見られなかった。
「…いえ。」
「最近の君の要求のことだ。」
「…。」
赤羽が黙っていると議長は紙の束をバサリ、と机の上に投げ出し。彼を睨み付けた。
「特幹育成計画の強行継続!軽空母建設計画!異界一帯の新基地建設!魔道対策用の部隊の新設!特殊部隊の増設!
魔道技術の研究、実用化提案!君は予算は、金は、湯水のごとくあるとでも思っているのかね?」
赤羽が口を開く間もなく議長は続ける。
「そもそも、だ。今、日本の財政は深刻な危機にある。自衛隊の予算も減らしこそすれ、増えることなどありえんのだ。
実際、陸自の師団増設、新装備導入は頓挫、空自の新機種導入も見送りとなった。それを解っているのかね?
君の要求は彼らの涙を無下にするものだ。」
「…お言葉ですが。」
「まだある。」
赤羽の言葉を遮り、議長はさらに続けた。
「陸、海、空統合のプロトタイプである異界方面隊。その司令に海将であった君を抜擢したのは私だ。
そして今君は自衛隊戦力の約四分の一を自在に扱える権力を持っている。そしてそれをよく思わない人間も居る。
君の行動は彼らを挑発する行為も同然なのだよ。実際、君への解任要求も出ている。
そして君がそのようなことになれば君を司令の地位に置いた私も首が飛ぶのだよ。そうなってからでは遅い。」
そう言って議長は空いている陸自幕僚長の机をみやった。
「そこの所を、よく考えて行動することだ。…もう帰っていいぞ。」
「お言葉ですが。」
言い終わり、赤羽に背を向けようとした議長を彼は呼び止めた。ピクリ、とこめかみを動かしながら議長が再び彼に向く。
「何だね。」
「予算投入の基本は必要なところに必要なだけ、子供にだって解る事です。」
「君の要求全てが必要なことだと?」
顔を引きつらせながら言う議長に赤羽は深く頷く。
「軽空母、基地新設は言うまでも無く、魔法対策部隊…これも説明はいらないでしょう。敵の攻撃に対し対策をしない馬鹿は居ない。」
「だが、魔法技術の実用化、そして特殊部隊の新設とは?原理もわかっていない技術を使うなど愚かなことではないのか?」
「戦争とは、如何に有利な点を見つけ、そこを徹底的に活かすかにつきます。特に他のあらゆる点で劣るのならばなおさらです。」
議長は不信そうな目で赤羽を見る。
「我が国はあらゆる面でアジェントなどの現地国家に勝っています。国力、文明、教育、…そしてなによりも兵器の力。」
361 名前:F猿 投稿日: 2005/04/04(月) 01:17:39 [ kHqoVL5Q ]
「では彼らが我々に勝つものとは?」
「…魔道技術による兵力の携帯性、隠密性、そして兵一人一人の命の軽さ。この三つでしょう。
彼らも馬鹿ではない、戦争が始まれば、いや始まる前からこの利点を最大限に活かしてくると思われます。
進駐した村で何の変哲も無い一農民が突然グレネードや対戦車砲並の火力でこちらを襲ってくる。
見分ける方法は存在しません。それどころではない、
現在進んでいる魔法研究でも自分の姿をある程度偽装する魔法や幻覚を見せる魔法も存在することがわかっています。
こちらのレーダーから逃れることのできる魔法も存在するかもしれません。
そうすれば進軍中に一見何も無いところから突然グレネード程度の火力により攻撃される。
徴収した農民兵を正面戦力に置き時間を稼ぎ、魔術師の隠密部隊が突然こちらの指揮官を暗殺する、
といったゲリラ的戦争の形が自ずと見えてきます。」
「…それに対抗するための魔道研究であり、特殊部隊であると?」
「はい。現状では一般兵が魔力を察知することは不可能です。ならば科学の力を持ってこれをできるようにならねばならない。
そして敵の隠密魔道兵に対抗する為にレンジャーに更に専門技術を学ばせたスペシャリストが必要なのです。
逆に言えば圧倒的にこちらがわが勝る正面戦力には量ならともかく質の強化は必要ありません。」
「ううむ…。」
議長はうなる。その顔には苦悩がはっきりと浮かんでいた。
「言いたいことは解らんでもない。だがな、私とて陸、空をいつまでも抑えていられるわけではない。
そして特幹育成計画の断行、私物化は何だ?君の独断専行をはっきりと表すものではないのか?
実際、自衛隊ではない若手官僚、国会議員にもそのバッジをつけている人間が現れ始めているそうではないか。」
議長が赤羽のつける赤いバッジを見る。当然、青島や加藤のつけるものと同じものである。
「これは私の考えに賛同して下さった方にお渡ししているだけです、特に意味はありません。」
「とにかく、だ。なるべくそのような行為は慎んでもらいたい。」
「…了解しました。」
議長の言葉に、赤羽は軽く礼をすると彼に背を向けた。
「そういえばもう一つ、上から指令がある、後から下りる予定だったが今でも構わないだろう。」
「上から?防衛庁でしょうか?」
「いや…内閣と議員からだ。」
意外な言葉に赤羽は再び議長の方へと顔を向ける。
「異界方面隊の中から優秀な部隊を選んで首都、いや自分達の警備に回せ、とのことだ。」
「!?それは一体!今そんな余裕が我々に…。」
赤羽の言葉を手で押さえるようにし、議長は口を開いた。
「魔道の隠密性、ゲリラ戦性能を評価しているのは君だけではない、ということだ。」
「…。失礼します。」
「ああ。」
バタン。
赤羽は歯を食いしばりながら扉を閉めた。
363 名前:F猿 投稿日: 2005/04/04(月) 22:53:18 [ kHqoVL5Q ]
カチャリ、銃の安全装置の外れる音が聞こえる。いや、こんな言い方はおかしい、自分で外したのだから。
「隊長…あの銀髪の…、イリアさんじゃないか?」
「何言ってる佐藤、イリアさんはあっちに…あ。」
イリアさんにそっくりな銀髪の女性。俺には一つ心当たりがあった。
「アシェルさん…か?」
「あ…。」
「とりあえず、その物騒な物を下ろしてもらおうか。」
何かを言おうとしたアシェルを遮り、赤髪の男がぶっきらぼうに言った。右腕には…篭手は、ない。
「そういうわけにはいかん。お前達が何者かわかってないんだからな。」
天野さんがそう言うのに俺も頷く。
すると赤髪の男は面倒くさそうに首を横に振った。
「アルフレッド=プファイル。これで解らんか?」
アルフレッド…確かアシェルが言っていた、父親の名前だった。
しかし、プファイル…、まさか!?
慌てて手元のメモ帳を取り出す。そう、今回の仕事の件でたしかこの名前は出ていたはずだ。
「あった。」
プファイル家
小国連合内でも有数の商人家、主人が代々放浪癖を持ち祭りの時しか家に帰ってこない…というのが有名らしい。
確か今の主人もいきなり娘を連れて帰ってきて母親が誰かは誰も知らないとか。
現在の立ち位置は主人不在のせいで非常に曖昧な位置にいるが、このプファイル家が重要な理由は大きな家というだけではない。
何かといえば、この家は小国連合内の遺跡のほぼ全てを所有しているのだ。
つまり今俺達がいるこの遺跡も彼の所有物、ということになる。
確か今回の遺跡調査の件も取り付けるのにやたら苦労した…、そりゃそうだろう、
アジェント派か日本派か曖昧な家に協力をもらえるよう取り付けたのだから。
364 名前:F猿 投稿日: 2005/04/04(月) 22:53:41 [ kHqoVL5Q ]
「す、すみませんでした!天野、佐藤、銃を降ろせ!」
銃を降ろすと俺は頭を下げた。この男の機嫌を損ねればこれからの遺跡調査が滞る恐れだってある。
「いや、いい…。私としても連絡なく急に自衛隊さんの姿を見たい、とここに来てしまったのだからね。」
「は、はい…。」
俺がもう一度頭を下げるとアルフレッドさんは辺りを見回す。
「何かめぼしいものはあったかね。我々が調査した時は無かったのだが…。」
「ええ。学者達は学術的には興味がある、と言っていますが、
実用性のある研究対象のものといえばなりそうなものに限って損壊が激しいとこぼしています。」
「そうか、それは残念だ…。貴公らの技術ならばなにか解るかも、と思ったのだが…。」
そう言ってアルフレッドさんは俺の銃、そして無線機に目をやった。これが機械だとすぐわかる異世界人も珍しい。
「それにしても…不審者が出たというのに護衛もなしで…。」
天野さんが再び銃を構え辺りを見回す。
「護衛?護衛ならいるさ。セバス。」
「御意に。」
突然後ろから声がし、佐藤ともども慌てて振り返る。するとそこには鎖をジャラジャラと腰に束ねた老執事がたたずんでいた。
当然左腕には大きな魔法の篭手。彼が魔法を使うことを証明している。
「いつの間に…。」
「いえ、今さっき、そこの扉を通らせて頂きました。魔法を使えば足音程度なら消せますので…。」
気配を消すのは本人の技術…か。
「それで…我々の拠点はここからその扉を抜けたところなのですが、ご覧になられますか?」
「…そうだな。見せてもらおうか。」
アルフレッドさんは深く頷く。そしてその陰に隠れたアシェルさんを見る。
「…。」
ウィンク一つ。それが彼女からの挨拶だった。微笑みを返すと銃を構え、アルフレッドさん達を先導する形をとる。
「可愛い…。」
もちろん、そんなことを言った佐藤は天野さんに殴られていたが。
365 名前:F猿 投稿日: 2005/04/04(月) 22:54:12 [ kHqoVL5Q ]
「…何?この魔力の反応は。」
「どうしました?イリアさん。」
いきなりすくっと立ち上がったイリアに、学者が声をかける。
「(この出所は、遺跡じゃない。)ううん、なんでもないの。」
「そうですか?ではこの場所を見てほしいんですが、言葉は翻訳魔法で解るのですが魔法のプログラムとなると…。」
「ああ、えっとこれはね…。」
ザッ。
砂を踏む音が響く。
それと共に一段と濃くなった魔力干渉波にイリアは振り向いた。
そして一番に目に入ったのは、自分とほとんど姿の変わらぬ女性であった。
「あっ…。」
「成程。確かにアシェルにそっくりだな。」
その女性の前を歩く赤毛の壮年の男。何か威圧感ともいえる空気をローブのごとく纏ったその男はイリアに目を向けるとその歩を進める。
そしてイリアは無意識のうちにそれと同じ分だけ後ろにじりじりと下がっていた。
「どうしたんですか?イリアさん。」
「あ、青島君、なんでもないのよ。ところでこの方は…。」
「アルフレッド・プファイルだ。宜しく頼むよ…それにしても。」
青島が口を開くよりも早くアルフレッドは声を出し、そしてイリアの目の前に屈むとその細い顎を指でつかんだ。
「よく、似ている、な。」
「あっ…。」
バチバチッ。
止めようとした青島の耳に、何か電気の走るような音が入る。そしてその出所は間違いなく、アルフレッドの指であり、イリアの顎であった。
「こらっ、アル…父上、なにをやっている!」
アシェルの声を機会に慌てて離れるイリア、しかしその額にはじっとりと汗が浮かんでいた。
367 名前:F猿 投稿日: 2005/04/06(水) 23:58:03 [ kHqoVL5Q ]
「っハァ…ハァ…。な、何をなさるんですか。」
引き剥がすようにアルフレッドから逃れたイリアさんの額には
まるで今まで命の危機にあったかのような脂汗が浮かんでいた、そしてその額の下の瞳は目の前の男を睨み付けている。
しかしそれを一瞥するとアルフレッドさんはさしたる興味も無いかのごとく辺りを見回した。
「干渉波の出所は…もう一つあるな。」
「っ。」
再び銃を構え構える俺、しかしその銃には目もくれずアルフレッドは眼帯を見た。
「…。これか。」
「?」
「貴公は最近呪いをかけられなかったか?しかも随分強力なのをだ。」
「…!?」
一発的中。イリアさんやセフェティナでもなにか魔法がかかっている、程度しかわからなかったものをこの男は一発で当ててみせた。
しかし、ここで部外者にそのことを知られるのも自衛隊の評価にかかわる。特に、目の前の人物のような中立で揺れている存在には。
「い、いえ…別に。」
「嘘はつかなくて良い。」
口調は柔らかいが有無を言わせぬ強い力を含む言葉。俺は思わず目をそらした。そして偶然アシェルさんと目が合う。
すると彼女は笑って言った。
「父上は魔法についてはなかなか詳しいのでな、見てもらったらどうじゃ?」
「…わかりました。」
眼帯を取る。それと同時に周りの隊員や科学者からウッ…という息を飲む音。言われてあまり気持ちのいいものではない。
「っ!」
アルフレッドさんも同様で俺の目を見ると同時に目を見開いた。
強烈な驚愕と嫌悪感の入り混じった目が俺を貫く。
「これは…誰にかけられた?」
半ば呆然とした口調で俺の目に指をかけ、開かせる。
「答えろっ!」
強烈な言葉、思わず身が竦む。
「あ、父上っ…どうしたのじゃ?」
「…ふーっ…、この呪いは何処で、誰にかけられた?」
「オクトベル南部…魔道学校の教師をやっていた鉤鼻の男フリュツィ…。」
「そうか…。」
思わず答えると、アルフレッドさんの目に強い光が宿った。
368 名前:F猿 投稿日: 2005/04/06(水) 23:58:55 [ kHqoVL5Q ]
「今、君には二つの魔法がかかっている。」
「え?」
「そして、今そのうち一つの魔法が君の命を脅かしている。」
一つは、ビィ…メビウスだろうだが、これに余り命の危険は考えられない。だがもう一つには心当たりが…
“被験者魔法情報チェック…保持魔法…Achilles…アンインストール不可・・・”
アキレス…、もしそれが魔法なのだとしたら、それが今もう一つ俺にかかっている呪いということになる。
それも、俺の命を脅かす。
まさか…おれは視界の隅にある数字に意識をやった。あれから一秒ごとに、早まることも、遅れることも無く、黙々と減り続けている。
もし、これがカウントダウンだったとしたら?
おれはあと二ヶ月足らずの命ということになる。
「・・・解除法はっ!?」
「…残念だが、魔法をかけた人間を、殺すしかない。そうすれば、君の命を脅かしている魔法は解けるはずだ。」
「もう…一つのほうは?」
「すまないが…私には解らない。」
そう言うとアルフレッドさんは首を横に振った。
冗談ではない。この、オクトベルの中で、潜伏するテロリストを見つけ、二ヶ月以内に抹殺しろというのだ。
しかもそうしなければ俺の命は無い。
俺に心の平穏は許されないようだった。
369 名前:F猿 投稿日: 2005/04/07(木) 00:00:47 [ kHqoVL5Q ]
「(まさか…こんな所でこの魔法にお目にかかるとは思わなかった…。)」
私は目の前の青年の目を見る、脈打つゼリー状のそれは、まさに私が若い頃に見たソレだった。
この女といい今の内に殺しておくのは簡単だ。部隊ごと殲滅すれば証拠も残るまい。
だが、今それをやってしまうのも余りに乱暴すぎる。ジエイタイがどう動くかが読めなくなる。
「(まあ、良い。)」
今回の所はジエイタイの戦力を見るだけで十分。私はそう判断するとセイヴァンに目で合図を送った。彼もまた軽く頷く。
そして唱えるのは略式の召喚魔法。当然篭手等私には必要ない。特に魔獣一匹程度ならばなおさら。
「…………!」
周りに気取られないよう、口の中で詠唱をし、空にマナで魔方陣を作り出す。
そして、それは現れた。
巨大な亀が竜の頭を持ったような、黒い牙を持つ怪物。
生き残るためではなく、殺しあうために力を持つ私の魔力によって作り出された概念存在が。
「う、ウワアアアアアア!」
「な、なあああああアアアアア!」
「あ、アル…どうしたのじゃこれはっ!」
「…。」
そしてそれは恐怖の叫びの中メリメリと音を立てながら、ジエイタイ達の前に立ちはだかった。