82  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/19(金)  23:30  [  kHqoVL5Q  ]
「はああっ!」
アジェント王城、訓練場。
その場所に似合わない女性の裂帛の気合いが響いた。
「大振りすぎる!相手にかわしてくれと言っている様なものだぞ!」
それに対し相手は半身になりつつ彼女の渾身の一振りを軽く木刀でいなし、左手の平で彼女の延髄を軽く押す。
「あっ!」
勢いでたたらを踏む彼女に対し、そのまま相手の男が足を払うと彼女は派手に転倒した。
銀のポニーテールが派手に宙に舞い上がり、その後ビタン!という木に身体をうちつけた音が立つ。
兵士の中の数人はそれを見て苦笑いした。今派手に転倒した彼女が何者かを知っているからである。
「下半身が悪い、折角の振りのスピードが殺されている。」
剣の師匠と見える男はピシャリと厳しく言った後、彼女に手を差し出した。
女性は手をとって立ち上がるやいなや、師匠に食らいつくように言った。
「アル、もう一回じゃ!もう一回やらせてくれ!」
「言われなくても。私に一本入れるまでやってもらうぞ。」
師匠の、女性に対してとはとても思えない言葉に、周りの兵士は引き攣った笑みを浮かべる。
それに対し女性はニヤリと笑った。
「アルは剣術の訓練中が一番イキイキしておる。普段もその調子でいてくれるとわしも面白いんじゃがのう。」
「身分が関係ないのはこの場所だけだ。冗談を言っている暇があるなら来い。アシェル。」
「言われなくても。お主に一本入れるまではやらせてもらうぞ?」
アシェリーナ姫・・・現アジェント王位正当継承者、彼女は師匠、アルヴァールの言葉を真似た。  


83  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/19(金)  23:31  [  kHqoVL5Q  ]
彼女を王位継承者に出来て本当に良かった。
アルヴァールはアシェリーナの剣を受けながらそう考えていた。
これ程の人材は長い王家の一族の歴史の中そうは見なかった。
学術に秀で、一通りの政治学、経済学を学び、魔法もなかなかの物、
剣術は今自分が見ている通り多少荒っぽいがそこらの兵士よりも余程上の物であった。
唯一の不安と言えば多少年齢の割に幼い所があること。
「少々甘やかしすぎたか?」
そうも思う。だが、この娘ならばきっとこの国を豊かに保ってくれるだろう、そんな確信が彼にはあった。
だからこそ、彼女にこの国が渡る前に全ての障害を片付けなければならなかった。
つい最近のことであるが、召還された島々がニホンに奪われたのである。
元々前の会議で決まった予定事項ではあったが、財源が一つ減ったということでもあり、少々厳しい物があった。
更には、一部謎の商人達による食料の買占めが起こっている。
普通の二倍もの値段で買ってくれるこの人間共に、諸侯は争って食料を売っている。民衆から無理に徴収してまでも。
その為に、今では王都とラーヴィナ以外での民衆は食糧不足で飢餓に陥っている。
ラーヴィナのウェルズ侯、アルクアイはさすが庶民の出の一族だけあってその辺の感覚はあるようであったが、それ以外の諸侯は民衆を税を治める所有物としか見なしていないようだった。
王家の官僚が、必死にこれら商人の取締りを行わせているが、如何せん諸侯の領土内の事項には強い干渉をかけられない。
自分達は喘ぎ苦しむ民衆を見ているしかなかったのである。
そんな国を、彼女に渡したくは無い。
アルジェン13世には悪いが、彼には長生きしてもらわなければならない。
馴れたことではあるが、息子のように育ててきた王の死に目に遭うというのは辛い物であった。
そのような意味でもアルヴァールにとって現王の死は少しでも未来にあって欲しいことであった。  


84  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/19(金)  23:31  [  kHqoVL5Q  ]
「ちょっとアル!マジメにやらぬか!」
半分思考の世界に浸っていたアルヴァールはアシェリーナの言葉で現実に引き戻された。
「こちらが油断していても一本も入れられないのに言える言葉ではないだろう。」
「五月蝿いっ!」
混ぜっ返すとムキになって大振りで木刀を振り回す。そこには一片の女性らしさも見当たらなかった。
礼儀、と言う物もさんざ教育したはずなのだが、どうやら全くそれは功を奏してはいなかったようだった。
彼女の木刀の一振り一振りを受け止める。アルヴァールはたとえ相手が銃弾であろうと同じことが出来る男である。
先程は一本入れるまで終わりにしないと言ったが、
一本入れる、それはアシェルが人間と言う器に縛られている以上不可能な話であった。
そしてそれはたとえ彼女が人間よりも身のこなしが軽いダークエルフだったとしても、同じである。
そしてアシェルはアルヴァールの手加減を認めない、そのため剣の練習はいつも彼女が疲れて立てなくなるか、アルヴァールが無理やり終わらせるまで行われるのであった。
「むう。アル、お主は早すぎる。」
剣の手を休め、アシェルが恨めしそうな目でアルヴァールを見た。
「まだまだ精進が足りない、私に一本入れるのはイルマヤ候でも出来るかどうかなんだからな。」
「むう。」
「とりあえず今日はここで終わりにしたらどうだ?」
アルヴァールが言うとアシェルは首を横に振った。
エルフの血が薄くではあるが混ざっている証拠のシルバーの結わえた髪がプルプルと左右に揺れる。
「いや、まだまだじゃ。」
「全く・・・。」
アルヴァールはため息を漏らすと再び木刀を構えた。  


85  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/19(金)  23:32  [  kHqoVL5Q  ]
「・・・っ、ハァハァ・・・ハァハァ・・・も、もう立てぬ・・・。」
それから約2時間後、アシェルは床に座り込んでいた。全身から汗が噴出し、とても一国の姫とは思えない出で立ちであった。
「結局一発も入れられなかったな。」
「・・・一発かすったではないか。」
「・・・なら一本と言うことにしようか?」
「駄目じゃ。」
アルヴァールの手を借りて何とかアシェルは立ち上る。やっとの事で立っているアシェルにアルヴァールは言った。
「もうすぐだな、アシェル。」
「…?何がじゃ?」
「忘れたのか?オクトベルを中心とした小国群での祭りだ。2年に一度の。」
「・・・ああ!」
アシェルは声を上げた。
小国群全土がお祭り騒ぎとなるこの祭りは、アシェルが人生で楽しみとしている物の一つであった。
しかし王になってからまた他国の祭りに出かけるわけにはいかない。
今回がお忍びでいける恐らく最後の祭りとなるだろうと思われていた。
「行きたいか?」
「もちろんじゃ。」
「わかった、手配をしておこう。」
「・・・済まぬな。」
「気にするな・・・。これが恐らく行ける最後の祭りだろう?」
結局行きたいという欲望が勝ったが、この国際情勢の中今度の祭りは今までのような気楽な物ではないことをアシェルも十分にわかっていた。  


86  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/19(金)  23:35  [  kHqoVL5Q  ]
「ここは自衛隊オクトベル基地です。」
「狂ったか?佐藤。」
「失礼な。事情を把握していない方々のために説明をしていたのですよ。」
「方々って何処だ、それとも俺のことか、言え、言って見ろおおお!」
「いや、痛いっす天野さん、やっと復活したからって張り切りすぎ・・・、ギブ、ギブギブ!ギッ・・・あー・・・。」
自衛隊異界方面隊オクトベル国基地、青島が所属している基地である。
そして異界方面隊、それは海軍は佐世保地方隊と自衛艦隊を中心として、
陸自は全国から満遍なく、空自は主に九州から収集された方面軍であった。
奪い取った島それぞれに基地を持ち、更に小国群にも幾つかの基地を構える。

陸、海、空の仕切りを非常に薄くし、その全てを赤羽方面隊司令が指揮する、という形になっていた。
この人事には陸、空自からかなりの不満が出たのだが、三介島解放作戦でゲリラ戦に持ち込まれたにもかかわらず十数名しか死者を出さなかった彼の功績に、その不満も消えざるを得なかった。
そしてまた、この戦いで敵ゴーレムを破壊し、強力な魔法の発生を阻止した、青島の小隊は魔法のエキスパートによる魔法感知の重要性を強く知らしめたのである。
そのため青島の小隊は対魔道小隊という特別な呼称で呼ばれていた。
しかし、いかに大仰な名前を付けられても小規模な戦闘すら起こっていない現在は、たいした任務は与えられないのだが。  


87  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/19(金)  23:36  [  kHqoVL5Q  ]
そして現在異界方面隊の仕事は、専らこれからの戦争準備であった。
オクトベルの協力を得て、魔法の研究が始められ、また、日本周辺の海域の怪物の駆除も漁業業者からの強い要望で始められていた。
そんな中、オクトベル基地隊の仕事は一つ。
「怪物退治・・・?」
「ああ・・・。ここらの町の郊外には、よくオーク、ゴブリンなどが出るのだ。」
青島は上官の命令に耳を疑った。
「了解しました・・・ですが、これは町の自警団の仕事では?」
「それがな、この町の自警団は士気の低い流れの傭兵と地元の有志で構成されていてな、
戦闘のプロと言う物がいないんだ。更に言うとここで研究されている魔法はほとんどが産業用。」
結果あまり成果はでず、被害ばかり大きくなる。
「はあ・・・。」
「そこで我々が代わりに怪物や盗賊団を一掃して、自警団の仕事を肩代わりしてやる代わりに、
ここらの小国群に我が国の支配下に入ってもらうと言う計算だ。元々彼らは庇護者を求めているしな。」
「そ、そうですか・・・。(だから基地の建設もすんなり受け入れたわけだ)」
青島は部屋を出て、これからのことを考え、深くため息をついた。  


93  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/22(月)  22:02  [  kHqoVL5Q  ]
セフェティナ「オクトベルは小国群の中の中心的存在の都市国家です。
             あなた達の世界で言えばベトナム中部辺りに位置することになりますね。
             気候はアジェントやニホンに比べると大分暑いかな・・・。けどそのせいかおおらかな人が多いんですよ。
             軍事面をほとんどアジェントに依存してきたせいか、産業・商業は発達していて、活気に満ちた国です。」

青島        「あの祭り・・・っていうのは?」

セフェティナ「私は一度森の先輩達に連れられて行ったことがあるだけなんですけど・・・、
             とにかく大きい祭りです。道端に露店がたくさんでてて・・・。
             アジェント戴冠式でもない限りあれ以上の祭りは無いと思います。」

青島        「へ〜。・・・それで猿、次回投下はいつだ?」

「う・・・。」

PAM!!  


95  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/23(火)  20:49  [  kHqoVL5Q  ]
加藤「報告書によるとアジェントの属国だった時にそういった宗教はほとんど根絶やしにされているようね。
     まあ、キリスト教もそうだったわけだし、当たり前のことなわけだけど。
     ただ、宗教味は薄れているけど祭りとして残っているのもあるようね。それでは、攻撃準備。」  


96  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/23(火)  20:50  [  kHqoVL5Q  ]
「話は聞いたみたいね・・・。」
「結衣三尉、どうしたんだ?」
命令を受け、戻る途中、俺は加藤に呼び止められた。
ぐいっ。
いきなり頭をつかまれ、引き寄せられる。
目の前に加藤の顔がいきなりアップになった。童顔ではあるが、その気の強そうな目は全く変わらない。
そして何も言わずに俺の顔をじっと見る。・・・あの、こんな所、人に見られたら間違いなく誤解されそうなんですが。
「・・・。」
いや、本当になんか言ってください。
「・・・?」
「なんで赤羽司令はこんなのがお気に入りなのかしら・・・。」
加藤は非常に失礼なことをさらりと言ってのけて手を放す。
「こんなのってなぁ・・・、あんまり地位の話をするのも嫌いなんだが・・・一応上官なんだから・・・。」
「何言ってるの、私のほうが有能なんだから関係ないわ。」
加藤はしゃあしゃあと言ってのける。
「おいおい・・・。」
「それはそれとして。今度の任務、私も任命されたわ。本来こういう任務は私達陸自の仕事。
あなた達の必要なのは万が一魔道士が居て、攻撃を仕掛けてきた場合だけなんだから。足を引っ張らないでね。」
・・・やばい、いい加減ちょっと怒りそうかも。まぁ、確かに陸自に比べたら俺達海自は陸上戦闘は素人なんだが。
「それと。」
加藤はそこで言葉を切って、階級章をこちらに見せた。
・・・気が付かなかった。
「私も今日からあなたと同じ階級よ。・・・気付かなかった?」
加藤はそう言うと満足そうに笑い、去っていった。
いつかシメる。そう思いながらもなんとなく妹が出来たような気がしていた俺であった。  


97  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/23(火)  20:50  [  kHqoVL5Q  ]
「・・・。」
セフェティナは呆然と手に握った「モノ」を見た。
確かに今まで俺の物を何度か見たことはあった、だが、触るのは、あまつさえ握るのは始めてであった。
「セフェティナ・・・、無理はしなくても良いんだ。」
「いえ、いいんです。青島さん・・・。」

SIG9mm拳銃。
特別措置として自衛隊の魔道顧問となった、セフェティナの護衛用に渡された銃であった。
元々殺すために作られた銃、その重みはあったが、セフェティナにとってそれは別な重みも持っていた。
アシェナ聖教。機械の中でも特にこのような武器を禁止するその教義、セフェティナの行為はそれに真っ向から反する物であった。
「敬虔なアシェナ教徒を殺しました。もう、私にアシェナの神の加護はありません、そうである以上。
自分の身は自分で守らなければならない。・・・青島さんにいつまでも頼っているわけにはいきませんから。」
そういいながらセフェティナはにこりと、だが弱々しく笑った。
「(無理をしているのが見え見えだ・・・。)」
だが、俺がここで励ましても意味は無いだろう。
宗教のことを知らない自分がどんなに頑張っても見当はずれとなるだけなのだから。  


98  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/23(火)  20:50  [  kHqoVL5Q  ]
さて、実際の任務となると予想に反し非常に安全かつ楽な物であった。
むしろ、オクトベル代表として付いてきた人々の反応が非常に面白いものだった。
「・・・召還された島の人間は、魔法が使えないと聞きましたが、嘘のようですな。」
「いや、本当ですが?」
「いや、ならばあの状況を説明していただきたい!」
度々町の外の畑などにやってきて、作物を荒らし、住民を殺すオーク、ゴブリン共。
それらの住処である山の麓、林の裾で、この任務は行われる。
そして彼らの攻撃射程はせいぜい投石の3,40メートル、
よって俺たちの戦術はこれ以上離れて、なおかつ、敵よりも多い戦力で、敵よりも強い火力を持って行われた。
ガガガガガッ!
陸自隊員の64式が火を吹き、同時に遠く離れたオークが震える、それはすぐに倒れ、見えなくなる。
「なにしろ、こんな遠い距離の敵を打ち倒す魔法など、中級魔術師がなければ出来ないことですからな!
そんな魔法を兵の全員が使えるなどとは余程レベルの高い教育を行っている。
そしてあの鉄の棒には余程素晴らしい、バルト並、いやそれ以上の魔道制御技術が使われているのでしょう!」
「いやいや・・・これは64式自動小銃といって・・・。」
そこでこちらの技術は絶対に漏らしてはならないことを思い出し、青島は言葉を止めた。
「64シキ・・・、それは凄そうな名前だ!数字が名に入っているとは、それだけ改良を繰り返していると言うことでしょう!」
魔法剣を取り扱う商人だという男は、子供のようにはしゃいでいる。
加藤の言った通り、確かに暇ではあったが、ある意味この質問地獄も戦争であった。
「おお、またオークが倒れた!さすがですジエイタイは!」
「は、はは・・・。」
俺は質問に答えることも出来ずただ笑っているしかなかった。  


99  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/23(火)  20:51  [  kHqoVL5Q  ]
この任務が終わり、俺達が街に入ると、そこでの歓待は素晴らしい物があった。
まず、この鼓膜を破らんばかりの歓声。
オークやゴブリンが余程の悩みだったことが分かる。
こんな血に塗れた仕事だが、人に喜んでもらえると言うのは嬉しい物だ。
列を作って通る脇に集まった人々の顔は一人ひとりみな笑顔。いくらか野次馬も含んでいるだろうが。
ふと後ろを見ると佐藤が目敏く美女を見つけ手をふり返して、天野にゲンコツを食らっている。
ニホンでは批判されてばかりだったが、俺達の仕事もなかなかいいじゃないか。
「青島さん。」
「ん?どうしたセフェティナ。」
「アシェナの神の加護とこの笑顔、どちらが良いのか分からなくなってきちゃいました。」
その科白とは対照的に彼女の表情は明るく、穏やかだった。

そして同時刻、オクトベルに限らず、小国群中で暗躍する組織があった。  


100  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/23(火)  20:53  [  kHqoVL5Q  ]
天野「投下終了だ。
     オークは日本の熊を二周りほど獰猛にしたような物だ。
     食事はほぼ豚と同じ、雑食性。
     ゴブリンは子供ほどの大きさだが、筋力は強く、正確は狡賢い。
     力の強い猿、といったところだな。まだ質問があったらどんどんしてくると良い。」


106  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/26(金)  22:52  [  kHqoVL5Q  ]
オクトベルを中心とした小国群、普段ひとまとめにされ呼ばれているとはいえ、当然一枚岩ではない。
ただ、その勢力が日本、アジェント、バルトに比べればはるかに小さいが故、その細かいところまで目が向かないだけなのだ。
つまり、小国群にも、反日本の組織が存在する、と言うことである。
いや、反日本、と言うのは厳密には間違っている。正確に言えば親アジェント、もしくは強硬独立派である。
アジェントに近い視線を持つこれら勢力にとって、日本という存在は目障り以外の何者でもなかった。
そして、勢力が弱い者が、勢力の強いものに反抗するにはどうすれば良いか、答えは簡単である。
テロ
そして、もうすぐ行われる祭りは、それを行うのに非常に都合の良い出来事であった。
そしてそれを察知する術は自衛隊には存在しなかった。  


107  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/26(金)  22:53  [  kHqoVL5Q  ]
バルト帝国では、オズインとの講和交渉が行われていた。
内容は一方的なオズインの西部割譲。当然オズインもこれにすぐに応じるわけには行かなかった。
オズインはアジェントに助けを求める。しかし、アジェントからの返事は一向になかったのである。
しかしオズインは食い下がった。たとえ属国をあらかた奪われ往年の勢いを失ったとしても、
過去の大国としてのプライドがある、そう簡単に条件を飲むわけにはいかない。
逆にバルトとしてはこれ以上オズインと戦うような無駄は避けなければならなかった。
「我々・・・オズイン王家の誇りに、我々自ら泥を塗らせるおつもりですか。」
「申し訳ありませんが、そうして頂く他、そちらが生き残る道はありません。」
「・・・・っ!」
オズイン国王は目の前の少女を見た。漆黒の髪に薄い褐色の肌、まだ16程であろうか、
まだまだ幼いこの少女、だが、その目はしっかりと自分を見据えていた。
エグベルト8世、神帝の跡を継いだ彼のたった一人の愛娘。
まだその細い肩には重過ぎるであろう父の偉業を彼女は立派に引き継いでいるようだった。
「申し訳ないが、我々も子孫の代まで完全な形でこの国を残してやらねばならん。」
「我々は占領した土地を直接支配はしません、ある程度の税を納めてくれれば良いのです。」
「・・・考えさせてくれ。」
「・・・なるべく早く答えを出してください。」
毅然とした態度で言った彼女の言葉に、オズイン国王は押し黙ったままであった。  


108  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/26(金)  22:53  [  kHqoVL5Q  ]
「お疲れ様でした、陛下。」
将の一人、エンハンスは彼の若い君主に労いの言葉をかけた。
「いえ、大したことではないわ。」
エグベルトは馬に座りなおす。先程から馬、椅子、馬と座ってばかりであった。
エルファ=エグベルト8世
偉大すぎる父エグベルト7世の跡を継ぐ、彼女の負担は大きかった。
軍の指揮を始め、訓練の指揮、人事の全て、政治の方針指示、その他あらゆる面を神帝はこなしていた。
そして神帝の在位中に一気に侵略が進んだこともあり、バルト帝国のシステムは王にあらゆる権限と負担が集中させていた。
そして不幸だったのは神帝がそのシステムを作り変える前に急死し、
その娘のエグベルト8世にはそれを作り変えるほどの余裕が無かった事であった。
それをエンハンスは見抜いていた。
そしてエグベルト8世がその父と同じように急死することを恐れていた。
だが、彼にそれを救えるほどの力は無く、それがエンハンスにとって歯痒かった。  


109  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/26(金)  22:54  [  kHqoVL5Q  ]
「陛下。」
オズインとの交渉から帰り、エグベルト8世、つまりエルファは休む暇も無かった。
「なに、アークス?」
「アジェントの東にニホン、と言う国が現れたそうです。」
「現れた?・・・例の召還?」
「はい。」
「召還されたのは島のはずだけど、国と呼ぶからには・・・その話、少し詳しく聞かせて。」
場所を誰も居ない個室に移す。
「まだ噂程度で確認できては居ませんがこのニホンは非常に高い国力を持っていると思われます。
召還されてから三ヶ月もたたずに他の召還された島々を占領。
このことからも相当な軍事力・・・我々並みの物を持っているようです。」
「アジェントの突然の同盟話、このせいだったのね・・・。」
「はい。間違いないかと。」
「けれどこの国と対話する方法は無い・・・わね。」
「一応アレを使えばなんとかなりますが、そう言うわけにも行かないでしょう。」
「ええ、あれを使ったらアジェントを敵に回すことになる。」
エルファはため息をついた。また課題が増えた。
「それに三ヶ月も経たずに戦闘を始めるなんて・・・相当好戦的な国家のようね。」
「・・・このまま恐らくアジェント地域は泥沼になります。
 巻き込まれるのは賢くないことです、ですが、そうしなくては空白地は取れません。」
「こんな時・・・お父様ならどうしたのかしら。」
エルファはカクリ、と首を垂れた。それをアークスはいたたまれない気持ちで見つめていた。  


110  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/26(金)  22:56  [  kHqoVL5Q  ]
今、俺の手には「紙」が握られている。
それも今まで待ちに待ったものだ。
人間基地に篭りっぱなしではいられない。いくら鍛えこんでいる自衛官とて、任務時以外ならそれは同様だ。
そのため俺達自衛官には、酒禁止など様々な規約を課した上で、外出が認められていた。
これには若い隊員達は非常に喜んだ。
いや、若い隊員だけではない、ベテラン達も未知なる世界への好奇心には勝てない。
結果皆が競ってオクトベルの町へ外出し始めたのだ。
「紙」とは外出許可証。
やっと、やっと順番が回ってきたのだった。
「しかし、一人で回るのも面白くないな・・・・。良し!」

1.セフェティナを誘ってみるか。
2.結衣二尉でも誘ってみようか。
3.佐藤とでも一緒に回ってみるかな。
4.やっぱ一人でブラブラするか。
5.外出は取りやめよう。  


130  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/30(火)  22:23  [  kHqoVL5Q  ]
セフェティナ「オクトベルは中心部海沿い。ユエからラオス南部にかけてぐらいです。」
結衣「自衛隊基地戦力は詳しいことは言えないわ、けれどオクトベル基地よりもその北、
     アジェントカリヴァン領と接するアーガスト基地には相当な戦力が割り当てられているわ。」

青島「拳銃の所持は許可、むしろ向こうにはこちらの力にビビッて貰っていたほうが都合が良いらしい。
     犯罪行為を働く人間がいた場合、取り押さえることも許可されているしね。
     日本国内じゃないから情報もあまり本国に伝わりにくいし、結構規則はゆるいよ。」

それでは、投下、参ります。  


131  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/30(火)  22:24  [  kHqoVL5Q  ]
やっぱりここはセフェティナだろうか。
結衣二尉が応じてくれるとも思えないし、男と行くのも味気ない。
それに・・・ここの所セフェティナとゆっくり話していない。これは丁度いい機会だ。

朝食、間に合わせ作りのせいか殺風景な、しかし人の多いせいで活気がある食堂内を見渡す。
あれ・・・いない?
いつもならば佐藤、沢村辺りの小隊の面子と一緒に食べているはずなのだが、今日に限ってその姿が見当たらない。
「困ったな・・・。」
「えーっ!」
きょろきょろと辺りを見回していると、少々離れた席から声が上がった。
そちらを見ると女性自衛官の一団。そしてその中心には・・・俺の探していた人物の金色の髪がのぞいていた。
「せっかく今日は外出できるんだし、誘っちゃいなさいよ!」
「え、でも・・・。」
「だってもでももない!ほら探す探す!」
何人もの女隊員が彼女にまくし立てる。会話内容がいまいち分からないが、別に他愛も無いことだろう。
一団の方向へと俺は歩いていった。  


132  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/30(火)  22:25  [  kHqoVL5Q  ]
俺がすぐ近くに居ると言うのに彼女らは全く気が付いていないようだった。
セフェティナを3人の女隊員が取り囲むように座って、ますます声の音量を上げて、話しこんでいる。
「彼を狙っている人多いんだからね。」
「えっ、」
「そりゃそうでしょ、顔も悪くないし、頭良いけど頭でっかちって訳でもないし。」
そういいながら自衛官の一人がブロッコリーをパクつく。
「大丈夫だって、ティナちゃんの誘い彼が断るわけ無いじゃない。」
「は、はい・・・。」
誘う?誰かを誘う予定があるのだろうか、ならここで誘うのは悪いかもしれないな。
そんなことを思いながらも俺の足はそのまま俺をセフェティナの真後ろまで運んでいた。
「はい、決まり〜!じゃ探そっか、」
誰を?と言うよりもここで見つかったら気まずいじゃないか。俺は慌てて踵を返した。
「青島君を!」
え、俺?
「って、そこにいるじゃない、色男。」
名前を呼ばれ、振り返ると同時に気付かれた。
唯一俺が真後ろに位置しているせいでセフェティナだけは事態を良く飲み込めなかったらしい。
女隊員の指差すままに後ろを振り向く。そこにいるのは当然、俺。
「おはよ。」
「わっ、あわわ・・・、おはよ・・・ございますっ!」
会話を聞かれたのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしながらセフェティナは答えた。  


133  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/30(火)  22:28  [  kHqoVL5Q  ]
「青島君、ティナちゃんが話があるんだって。」
「何?」
「あっ、瀬沼さんっ・・・!」
「デートのお誘い!」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
セフェティナがいよいよ顔を真っ赤にして机に突っ伏す。あ、牛乳こぼした。
って、でーと?
「ヒドイです瀬沼さん・・・。」
牛乳を拭きながらセフェティナが女隊員を睨む。
「そんな怖い顔しないで、ほらほら、自分の口で言いなさいよ。」
「えっ・・・、あ、青島さん。きょ、今日一緒に町を回りませんか?」
女隊員に促され、ゆっくりこちらの方に顔を向けると、オズオズとセフェティナは言った。
「ああ。丁度俺も誘おうと思って来たんだ。よろしくな。」
「はいっ!」
俺が言うとセフェティナは顔をパッと明るくした。この顔を見るとつられてこちらの顔まで緩んでしまう。
クイッ。
そのまま食事を取るためその場を離れようとすると女隊員に服の袖を引っ張られる。
「(ボソボソ・・・ティナちゃん森暮らしが長いせいでデート初めてなんだって、ちゃんとリードしてあげるのよ?)」
「ハハ・・・。」
俺は乾いた笑いを浮べそれに応えた。全く、ヒトゴトとなると面白半分で・・・。
それにしてもデートか、こんな平凡な日常、ずいぶん久しぶりの気がするな。  


134  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/30(火)  22:30  [  kHqoVL5Q  ]
準備をしてくる、と言ったセフェティナを迎えに行く途中、俺は結衣二尉とすれ違った。
「あ、結衣二尉、おはよう。」
「あ、おはよう。・・・?随分嬉しそうな顔をしてるじゃない。彼女とデートでも行くの?」
う、鋭い。俺はうなずいた。
「ま、良いけど、くれぐれも規則を破って赤羽司令に迷惑をかけないようにね。」
「はいはい。」
適当に相槌を打ってそのまま通り過ぎる、すると背後から突然彼女が叫んだ。
「ちなみに日本で言うラブホテルや売春宿も規則違反だから!」
「ぶはっ!使うわけないだろ、そんな所!」
不意打ちに思いっきり動揺する俺に、彼女は満足そうに笑いながら去っていった。

「お待たせしましたっ!」
「ん?いや、全然待ってないよ。」
セフェティナの部屋の前、いつもの制服で出なければならない俺に対し、彼女には色々と準備があった。
と言うよりも女自衛官達の玩具にされていただけの気もするのだが・・・。
まぁ、こちらの世界に馴染むのは悪いことじゃない、そう言うことにしておこう。
そしてセフェティナのほうに視線を向けると・・・。うお。
普段の硬い感じの服装とはうってかわって、柔らかい印象のワンピースに彼女は身を包んでいた。
薄緑の色が、彼女の金髪と良くマッチしている。
「瀬沼さんに選んでもらったんだけど・・・、どう、ですか?」
「・・・。」
「青島さん?」
「え、いや、うん!似合ってるよ!」
「本当ですか?嬉しい・・・。」
いかんいかん、一瞬見惚れていた。ただ唯一悪い点があるとすれば彼女の左腕、
彼女の格好にはおよそ似合わないゴツイ魔法の篭手であった。
といってもこれが俺達自衛官で言う護衛用の拳銃なのだからしょうがない。
「さ、行こうか!」
「はい!」
さ、たまにはこんな日があっても悪くない。ゆっくり楽しむとしよう・・・。  


135  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/30(火)  22:36  [  kHqoVL5Q  ]
基地は町の郊外に作られている、だが基地から日に何度か自衛隊のバス?があるので、町には比較的すぐ着いた。
「青島さん!こっちです!」
太陽の光がまぶしい。セフェティナに案内されるまま町を歩くと、大きな通りに出た。
幾つもの店が通りの両側にあり、買い物客も多く、なかなかどうして賑わっていた。
とりあえず、飲み物代わりに果物を買う。
現地の金は隊から支給制、それで足りないのならば隊が日本円と換えてくれる。といってもきちんとしたレートなどあるはずも無い。隊がぼろ儲けしているともっぱらの噂だ。
「それにしても・・・人が多いな〜。」
「はい、ここはアジェントも含めて五指に入る商店街ですから。」
「そりゃ凄い。」
店の人の威勢の良い客引きの声をBGMに足を進める。
すると幾つもなにか工事中の物が目に入った、ステージ…だろうか?
「随分工事中の物が多いんだな。」
「はい、もうすぐお祭りですから。」
「祭り?あ、そういえば、聞いたな・・・。」
「凄い大きなお祭りなんですよ。そうだ、お祭りといえば、広場が今凄い活気ですよ。」
「よし、そっち行って見るか。」  


136  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/11/30(火)  22:37  [  kHqoVL5Q  ]
確かに凄い活気であった。
何か出し物だろうか、大きな飾りつけが幾つもあり、更に作成途中の物もその二倍はある。
さらには祭りの練習だろう、百人以上もの人が楽器の音に合わせ一心不乱に踊りを踊っていた。なんでも伝統の踊りらしい。
それら様々な物が全てこの広場に集中している。
「ね?凄い活気でしょう。ほら、あそこで踊りの練習をしている。踊りに参加するのはああいう地元有志が中心なんですよ。」
「こりゃ、凄いな・・・阿波踊りみたいなもんかな?」
「アワオドリ?」
「いやいや、日本でのお祭りさ。けど、当日俺達が参加することは出来ないのか?」
「え、いや。できますよ。地元有志が中心ってだけで、たしか誰でも参加できますから。」
他愛も無いお喋りをしながら踊りの練習を見る、その集団の中でも一番目を引くのがやはり女性の集団であった。
なんたって格好が凄い、へそ、ふともも当たり前である。中にはトップレスの人まで存在した。
RPGにありがちなビキニメイルもこの世界に来てようやく拝むことが出来た。
「・・・青島さん、どこ見てるんですか。」
「えっ、いや、アハハ、あっ、ほらあそこに銀髪の女の子がいる!この世界に来て始めてかも。」
セフェティナにジト目で見られ慌てて話題をそらす。幸いこの見え見えの話題そらしに彼女は乗ってくれた。
「えっ?本当ですか!?」
というよりも慌てているようにすら見える。
「ほら、あそこ。」
「ほんとだ・・・、珍しい・・・。」
珍しい?銀髪などこの世界には幾らでもいるようなイメージなのだが。
「銀髪っていうのはエルフと人間の血が混じってないと現れないんですよ。けどアジェントならともかく今のオクトベルでいるなんて・・・。」
セフェティナを見ていると忘れがちだが、エルフは余り人間と親密になることを好まない、
つまりエルフと人間の両方の血を必要とする銀髪はとても珍しいらしいのだ。
しかしもう一度見ようとすると、すでにその銀髪娘は姿を消していた。  


154  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/12/13(月)  20:45  [  kHqoVL5Q  ]
「わー、アルクアイっ!見て、見て、凄いっ!」
ラーヴィナ領、城下町郊外、そこは肥えた土地ということもあって耕作地が延々と続いている。
丁度今は春も始まった頃ということもあり、ファンナには相当面白い光景が広がっていた。
最初は通貨、疫病などの件で揉めた貿易もようやく軌道に乗ってきた、他の領土では民衆の不満も相当高まってきている、
逆に税を低くしたおかげで私の民衆の間での人気はうなぎのぼりであった。
そしてその噂はラーヴィナに留まらなかった、そして今もきっと他候の領土の農民は私のことを褒め称えているのだろう。
褒め称える相手が、自分の貧困の元凶とも知らず。
万事がうまくいっている。だからこそこうしてファンナを馬の後ろに乗せ、息抜きにも来ることが出来たのだ。
「アルクアイ、何考えてるの?」
「ん?ああ・・・、何でもない。それよりも小国群で行われる祭り、見に行かなくて良かったのか?」
「うん。私はアルクアイと一緒ならいいの。」
そう言うとファンナはクスッと笑った。幼いながら随分魔性じみた科白を吐く・・・。
「嬉しい?」
「ふふ・・・そうかもな。」
本当にこのまま、ラーヴィナ領主としてこの娘と最期まで―――
「っ!?」
何を考えているんだ俺は。私は一瞬頭に浮んだその思考を振り払った。
「ど、どうしたのアルクアイ?」
「フフ・・・、何でもない・・・。」
貴族も平民も大商人も貧乏人も無い世界を・・・それを作るまで止まらないんじゃなかったのか?
そう決めたんじゃなかったのか・・・?全てを奪われていたあの時に・・・。
ナンデモスル覚悟を決めたんじゃなかったノカ?いざという時は目の前のこの娘サエ・・・。
私は手綱を強く握り締めた。  


155  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/12/13(月)  20:46  [  kHqoVL5Q  ]
「余りせわしないのも良くないし、もう少しゆっくりしていきませんか?」
私は青島さんにそう声をかけた、本音を言うと、少し足が痛くなってしまったのだ。
勿論青島さんはペースを私に合わせてゆっくり歩いてくれる。
けれどそんな風に青島さんに合わせさせるのが辛くてつい無理をしてしまったのだ。
「そうだな・・・。」
そう言って青島さんもニコリと笑って私の隣に腰を下ろした。
今日が祭りの前で良かった、やたら変な青島さんの格好も今では誰も気にかける人はいない。
なんでも「グンプク」とか言うらしいけれど、色んな色を使っているのは凄いのに、どうもそれを活かしていない。
「おーいっ!隊長ーっ!」
果物を食べながら私達がなんとなく和んでいると、後ろから大きな叫び声が聞こえた。
青島さんと一緒に振り返る。
すると、そこには4人組の団体・・・佐藤さん、沢村さんに・・・エルフの二人―――あれ?
「ん?佐藤か?」
「いやーっ、デートの邪魔しちゃってスンマセン。」
エルフの一人を肩に抱き、嬉しくてたまらないといった顔である。けれど・・・何か勘違いしているような・・・。  


156  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/12/13(月)  20:46  [  kHqoVL5Q  ]
振り返るとそこにいたのは佐藤達だった。
二人のエルフの女の子を方に抱きこちらをニヤケ面で見ている、どうせどこかで軟派でもしてきたのだろう。
「いやー見てくださいよこの娘達。さっきそこでナンパしてきたんすよー。」
こいつら・・・禁止条項を忘れたのだろうか?まあ、きっとそこまでは行けないだろうが。
「うん・・・まあ、良かったな・・・。」
「でしょー!モテモテなのは、隊長だけじゃないっすよ!さー、行こー!」
「うん!さっちゃん(佐藤のことらしい)!」
あっと言う間に小さくなっていく佐藤たちの後姿から、先程から憮然とした表情のセフェティナを見る。
「どうしたの?さっきから妙な顔しているけど。」
「妙なって・・・、いや、あのエルフの方達・・・、男性なのですけど・・・。」
そういえば・・・エルフは男も女性のような姿なんだったっけ、胸まであるし・・・忘れていた。
どうやら、禁止条項の心配はするまでも無かったらしい。
「私は正真正銘女ですよ?」
セフェティナがいきなり言う、その顔がやたら必死で思わず苦笑した。
「大丈夫、その点は信じてるから。」
彼女はきっと女だろう・・・たぶん。
だが・・・それではあの男エルフ達はなんなのだろうか、なんでわざわざ女のふりを・・・?
「多分いたずらじゃないでしょうか・・・。」
俺も気をつけることにしよう・・・。  


157  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/12/13(月)  20:47  [  kHqoVL5Q  ]
それから暫くして、小腹がすいた俺達は、昼食をとることにした。
二人並んで道を歩く、それにしてもここは随分と道が綺麗だ。悪名高い中世ヨーロッパを想像していたせいで、拍子抜けであった。
水が豊かな土地柄のせいか、水道も整っているし、石畳の道の端には排水溝のようなものもある。
これは実に助かった、といっても石畳にキュウマルが通れるかというと少し疑問だが。
店の場所は広場から少し奥まったところにある路地。セフェティナ曰く、なかなか美味しい場所らしい。
疫病の予防注射は打ってあるのでその心配もなし、心配なのは味だけなのだが・・・。
そういえばセフェティナはうち(佐世保)の基地の特製激辛カレーを平然と食べていたような・・・。心配はよすことにしよう。
「そういえば、その店にはどんな料理があるの?」
「え?えっとですね・・・―――」
「タスケテぇっ!」
かなり不安げなセフェティナの言葉をかき消して、
一人の女性が叫びながら目の前の角から突然現れた。  


158  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/12/13(月)  20:47  [  kHqoVL5Q  ]
突進してきた彼女は目の前で躓き、俺は慌てて受け止めた。
見た目はギリギリ20代、黒髪のいかにも平凡な通行人B。
「アロネ、アロネ、ウチノオミセデ・・・」
興奮しているため言葉に少しなまりが入っているせいか、少し聞き取りにくい。
「どうしました?」
困っている俺に、セフェティナが助け舟を出してくれた。
「アロネ、ウチノオミセデアタスゴロツォキニカリマエタノ、ソシタラ―――」
ああ、御免、もう聞くの無理。
「あのね、私あっちのお店でごろつきに絡まれたの、そしたら私よりも年下の銀髪の女の人が庇ってくれて・・・、彼女を助けてやって!あれじゃすぐやられちゃうわ!」
「全訳有難う、セフェティナ。」
「どういたしまして。」
さて、
「大変ですよ青島さん!」
「そうだな、助けに行くか。」
俺は腰の拳銃を確認した。確か規則によると、
・相手が明らかに悪の場合は取り押さえることは許可する。
・ただし骨折、失明など明らかに後遺症として残る物を与えるのは禁止。
・また、罪も無い一般人がやられているのにそれを見過ごすのも禁止。
・ただし明らかに勝てない相手に手を出すのも禁止。
・・・気が利くじゃないかぁ、赤羽司令!結衣二尉が惚れるのも無理は無いぜ!
俺は迷わず走り出した。  


159  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/12/13(月)  20:47  [  kHqoVL5Q  ]
「たしかあっちのお店って、俺達が行こうとしてた場所だよな!」
「はい!」
セフェティナがさっき言っていた通りに道を走る、すると現場はすぐだった。
お約束の「なんだゴルァ、見世物じゃねぇぞ!」が行われたのか、見物人は少ない。
見物人の壁を抜けその一番前まで行くのは簡単だった。
「てめえっ!言わしておきゃあいい気になりやがって!」
「はんっ!先に言い出したのはそちらじゃろう?せっかくの食事をマズクしおって。」
「なにをう!?いきなりダルの鼻っ柱ぶん殴りやがったのは何処のどいつだ!」
「わしはただ小突いただけで何も言っておらんわ。」
そしてその中心部にいたのは三人のゴロツキらしき男、
マッチョ、チビ、ノッポの三人組。と言っても、栄養状態の余り良くないこの地で、そこまで強い筋力を素人が持っているはずが無い。
証拠にチビは女性の一発で鼻血を流している様子だ。
俺がやたら冷静なのも、そのせいというのもある。
「あの女がショバ代もはらわねぇのがいけねえんだよ!それともあんたが代わりに払ってくれるのかい?」
「そうだな、あんたならさぞかし高い金で売れるだろうよ。」
が、奴等はやたらいきり立っている。しかもショバ代・・・ここのやくざみたいな物らしい。
そんな男に負けじと見返す銀髪の女性、そしてそれに付き添うモノクルを付けたいかにも執事っぽい人(命名:セバスチャン)。
しかし銀髪の女性、とんでもないあの格好、どこかで見たことがあるような。
と、考えていても仕方が無い。いい加減にしないとあの女性が危ない。
だが、現地のやくざといざこざを起こすのも面倒だ・・・。  


183  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/12/15(水)  23:31  [  kHqoVL5Q  ]
結局俺の中では正義感が勝った。
「いい加減、やめたらどうだ?」
俺は一気に間合いをつめ、今にも銀髪の女性の服を掴もうとしていたノッポの右腕を左手で掴む。
「「!?」」
急なことに驚いたのかノッポは口をパクパクさせながら振り切ろうとする、が動かせない。
貧弱貧弱ゥ!!筋力が無さ過ぎる。
「う、うえぇ、腕が動かねぇ!?」
「てめぇ、どういうつもりだ!」
マッチョの陰に隠れながらチビが叫ぶ、うーん、小判鮫。
「その格好・・・確か異界の野郎共だったな・・・、なんのつもりだ?俺達とやりあうってのか?」
「やりあうも何も・・・、この町の治安維持は俺達自衛隊の仕事。つってもこれは私事だけれど。両方兼ねられて一挙両得かな?」
言っている意味が良く分からなかったのか、マッチョが眉をひそめる、・・・余り自衛隊の存在は広まってないらしい。
と、掴んでいたノッポの腕に急に力が入った。
「てめぇっ!いつまで掴んでやがる!!」
「バッソ、よせ!」
マッチョの制止も聞かずノッポは掴まれていない左拳を振り上げ、即、俺に地面に叩きつけられた。
「うげぇっ!」
大外刈り。元々右腕掴んでいるのでかけるのは容易い事だ。服を少し破ったが、まあ許容範囲だろう。
そして立ち上がろうとするノッポの胸の部分を思い切り踏みつけた。この部分なら内臓にダメージが行くことも無い。
「おっと、立ち上がるのはご法度だ。」
ノッポをあしげにしたままマッチョを見る、やくざを相手にする時は相手を逆にびびらせるくらいで丁度良い。  


184  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/12/15(水)  23:32  [  kHqoVL5Q  ]
「どうした、来ないのか?」
俺がそう言うとマッチョはたじろいだ。
「へへへ・・・、いやいや、異世界人と一戦交えるつもりはねえさ。だが!」
マッチョは銀髪の女性の方を睨みつける
「てめえのことは忘れねえぞ!覚えとき――」
「それはこちらのせりふじゃのう、何の理由も無くショバ代などというものを取り立てる。許されると思うか!」
「てめえ・・・言わせておけば・・・。」
わなわなと震えながらマッチョがこちらのほうをチラリと見る、まるで手を出すなと言っているかのようであり、
また実際そうなのだろう。まぁ、手を出さないわけ無いのだが。
「まぁまぁ・・・止して下さい。」
緊迫した雰囲気を破ったのはなんとセバスチャンであった。恐怖で立ちすくんでいるのかと思ったら、全く落ち着いた表情でマッチョを見据えている。
「何言ってやがる、てめえも一緒だ!!やっちまえ!」
そしてマッチョとチビ、二人がいきり立った、女性が身構える。
そして俺が立ち上がろうとしたノッポを再び踏みつけ、マッチョを止めようとした瞬間のことであった。
ビュッ!
一瞬。
「ぎっ!」
「あ、ああああああああっ!」
風を切る音がして、マッチョがうつ伏せに倒れこむ。同時にチビもまた耳を押え、悲鳴を上げた。  


185  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/12/15(水)  23:32  [  kHqoVL5Q  ]
「『止して下さい』そう申しましたよ?」
セフェティナのほうを振り返る、しかし彼女は首を横に振る。つまり、魔法は使われていない。
いや、一瞬だが見えた、あれは魔法なんかではない、あれは鎖分銅・・・。
ただ事じゃない、俺はマッチョを無理やり仰向けにする。すると彼び鼻は醜くへし折られていた。
あわててマッチョのへし折られた鼻に応急処置をして、チビのほうに向かう。
彼もまた、左耳の上半分を見事に吹き飛ばされていた。幸い内部にはダメージは無いようだったが、これにもまた応急処置をしておく。
そして俺はセバスチャンのほうに向き直った。
「セバス!わしにやらせろと・・・。」
「あなたにそんなことはさせるなとのご命令ですので・・・。」
「おのれアルめ・・・。だからといって、あれはやりすぎじゃろう!」
「そうかもしれません、ですがそれよりも・・・。」
そう言ってセバスチャンはこちらに向き直った。そして思わず身体に震えがくる。
この感覚、俺は今まで二度、味わったことがある。一度目は天野曹長に始めて会った時、そして二度目は赤羽司令と。
これは戦慄、モノクルで飾り付けられたにこやかな笑み。だが、その目は圧倒的な迫力を伴って俺を見つめていた。
「どうも、危ないところを助けていただき有難うございました・・・。」
「いえ、当然のことをしたまでです、それに助けなくても十分だったようで。」
「いえいえ・・・。と、そういえば・・・聴衆の皆さん、この事は他言無用にお願いします。」
凄みの聞いた言葉に誰とも無く頷く。言えば殺す、そんな意味が含まれているようにさえ思えた。
なんと言えば良いのか分からない、ただこの目の前にいる男が自分に敵意を持っていないがこの上なく救いに感じられた。  


186  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/12/15(水)  23:33  [  kHqoVL5Q  ]
「お主、名はなんと言う?」
呆然としていた俺を現実に引き戻したのは銀髪の女性の言葉であった。
「えっ?」
「名はなんと言うのじゃ?敵に治療を施すとは・・・見上げた男じゃ。」
時代がかった言葉に戸惑ったが、よく顔を見ればなるほど・・・「高く売れる」の意味も分かる。結わえた銀髪に吸い込まれそうなパープルの目。
「どうしたのじゃ?」
「あっ、ああ・・・。俺の名前は青島という。君の名は?」
「彼女は―――」
俺の質問に答えたのは彼女ではなくセバスチャンであった。
「彼女はアルシェイル様・・・、アシェルと呼ばれております。言えませんがセプテンベルの商人の血筋の方です。
そして私はその執事を勤めさせて頂いているセイバースと申します。セバスとでもお呼び下さい。」
「・・・よろしく。ではアル・・・と言うのは?」
「ええ、アシェル様の御父親、であるアルフレッド様のことです。父親を呼び捨てにしてはなりませんよアシェル様。」
「あ、ああ。そうじゃのセバス・・・。」
アシェルさんは少し憮然とした表情を浮かべていたが、すぐにその顔を元に戻した。
「それではセプテンベルからの忍びの旅のもので・・・できれば他言無用にお願いします。」
「はい・・・、わかりました。」
俺がそう言うとセバスさんは微笑をより柔らかくし、こちらに背を向けた。
と、同時に俺は頬に触れる冷たい感触を感じた。視線だけを動かすと、そこにアシェルさんの手があった。
「・・・?」
「お主の事、気に入った。また会えると良いのう。」
そう言うとアシェルさんはフフッ、と微笑み、こちらに背を向け、去っていった。くくられた髪がふわりと揺れていた。
「青島さん?」
「!」
いつの間にか手を当てられた頬に手をやっていた俺は、セフェティナの声で我に返った。
「あ、ああ・・・、そうだな、お昼にしようか。」
俺がそう言うと、セフェティナは少し憮然とした表情を浮かべたが、すぐに笑みに戻り俺達二人は店に足を踏み入れた。  


187  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/12/15(水)  23:33  [  kHqoVL5Q  ]
オクトベル国内、宿。
「やれやれ・・・こんな早くから踊りの練習などしに来なくてもよかろうに。」
「固いことを申すな、アル。当日不恰好な姿を見せたくはなかろう。それにどうせわしの顔をしっている者などおらんのだし。」
アルヴァールは目の前ではしゃぐ姫君を前にしてため息をついた。
確かにアシェルを政略結婚には使わないと断言した彼女の父、そして祖父のおかげで彼女の姿は殆ど衆目に晒された事は無い。
それに彼女もただはしゃいでいる訳ではない、「きちんと周りの人間を見る目には警戒の色が宿っていた。」
そう、セイヴァンからは報告が入っていた。ちなみに彼は今、今日起こった出来事の後片付けに向かっている。
セイヴァンの護衛は完璧だ。だからこそ自分は少し別の所用を行うことが出来た。
そもそも子供のころから自分に剣と魔術を叩き込まれたこの少女に傷をつける事の出来る人間などそうはいまい。
そして・・・自分がいる。もし彼女が王女という事がばれたとしても、その者が行動に移った瞬間に、その者の属する集団ごと皆殺しにすることも出来る。
しかし問題はそこではなかった、問題なのは彼女の格好であった。
他の踊り巫女に合わせてかどうかは知らないが、大して大きくも無い胸を強調するような胸当てを付け、
ブーツの他脚を隠すものなど何も無く、腰布をスカートのように腰に巻きつけている。
そして肩当てに繋がっているマントがなんとか背中の露出を防いでいるという有様であった。
養育係としては手袋をつけるくらいならばせめてへそくらい隠して欲しい物なのだが。  


188  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2004/12/15(水)  23:33  [  kHqoVL5Q  ]
「ん?何をジロジロ見ておるのじゃ?」
「いや・・・、その格好何とかならなかったのか?」
「何を言っておる!その場その場で最大限に楽しまなければ損であろう!かの思想家アッパスもそう言っておる!」
そう言って目の前でくるりと一回転をしてみせる。
「(育て方を間違えたかもしれん・・・。)」
「・・・それにしても。」
「む?」
いい加減呆れたところで急にアシェルは声のトーンを落とした。
「やはりアジェントよりここの方が民衆は豊かじゃ・・・、分かっていたことじゃが実際見ると辛いのう・・・。」
「・・・。」
「さ、せっかくここに来たのじゃ、たっぷりと見て回らんとのう!」
その急な変貌振りに私が返答に窮しているとアシェルはまた何時もの無邪気な笑顔に戻った、しかし。
「(驚いたな・・・いつのまにか成長しているものだ。)」
その目は他国の状況をつぶさに掴もうとする為政者の目であった。
「それにしても青島か・・・。」
「・・・アオシマ?」
「いや、こちらの話じゃ。・・・あの格好はニホンの者、決して相容れぬ敵か・・・。」
「?」
「アルシェイルである内に、もう一度あっておきたいのう。」
「・・・。」  



243  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/02(日)  01:07  [  kHqoVL5Q  ]
「吐け。貴様らは一体何を企む?」
ゴキッ。鈍い音がすると同時に苦しみの叫びが地下室を満たした。
ズルリと崩れ落ちた身体は首をしっかりと掴まれ、支えられた。そしてその腕はそのままその首を締め付け始める。
「何で…魔法が発動しねえんだ…カ…カヒッ!アッ…アヒィィィイ!許して…許してくれぇぇぇ。」
「吐け。」
「し、しらねぇっ!俺はただ雇われただけなんだ!上層部の連中は誰一人として姿を見せねえ!
ただここで魔方陣に魔力を注いでいれば良いって!
俺が雇われた時だって雇いに来たのは金の袋を持ったゴーレムだったんだ!」
男はもはや抵抗する両腕もへし折られ、ただ哀願した。
「彼らは位置的には我々に近い。ただ一時的に私の邪魔になるだけだ。だから手荒な真似をするつもりは無い。」
腕が男の首から離れる。
「キ、キヒッ!助かった…」
「何故だ…テロリスト共め、何故こうも私の裏をかける?この魔方陣とて私の目を眩ませるためとしか思えん。」
そう苦々しげに吐きながら腕は懐から一つの袋を取り出すと足元に投げ落とす。
しかしその腕はすぐにその持ち主の口を覆った。
「へへぇ…これは…。」
「治療費だ。とってお…ガッ!?ゲホゲホッ!ゲホ!」
袋を口で自分の元に引き寄せながら男は目の前の男の姿を見た。男の手の隙間からは血が滴り始めている。
そして同じように脂汗が暗い地下室の中でランプに照らされてギラギラと光を発しながら流れ落ちていた。
「周期が…短くなっている、か。だが…ゲホ!まだだ、マダアト5年ハ…。」
「だ…旦那…血が…?お病気で…?」
そして男の見る前でその赤い血は段々とその色を変え、青いモノへと姿を変え始めた、
最も暗い地下室の中でご機嫌取りに必死の男には知る由も無かったが。
「血…。ミ…タ…ノ…カ…。」

男は彼に背を向け歩き始めた。その軌跡には点々と青い跡が続く。
「ヘ…ヘヘ…なんかしらねえがコレを報告すればもう一稼ぎ…できるか…も…。」
そう男を見送りつつボソボソと呟いた哀れな男の声はそのまま掠れて消えていき、そして彼は動かなくなった。  


244  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/02(日)  01:09  [  kHqoVL5Q  ]
「青島、入ります。」
「来たか。」
夕食を終えた後しばらく、俺が赤羽司令に呼ばれたのは司令室ではなく、いつも特幹候補の講座に使っている部屋であった。
しかし、扉を抜けた瞬間、俺を待っていたのは見慣れた景色ではなく、セバスさんと会った時と同じ。いや、それ以上の威圧感。
そして彼の隣に立っているのは加藤結衣二尉。相変わらず襟元には自分と同じ赤いバッジが輝いている。
ジッとこちらを見ていたにもかかわらず、目が合ったとたんにプイとそらされる。
「どうした?座れ。今は規律に縛られる必要は無い。くつろいでくれ。」
「は、はい…。」
しかし彼の言葉とは裏腹にその目は見るもの全てを戦慄させる底冷えするような光を帯びていた。
年齢よりも若く見えるその顔だが、その眉間には深い皺が刻まれている。
「お前は海自の人間だったが、今の陸自に混じっての任務には馴れたか?」
「はい。陸自の皆さんも親切にしてくれますし。小隊の皆ももう慣れたようです。」
これは正直な言葉だった。意外かもしれないが今目の前にいる結衣二尉が結構様々なことを教えてくれたのだ。
それはもう不気味なくらいに。
「それなら良かった。魔道部隊として厳しい仕事を課していたからな。だが加藤に気を使う必要は無いぞ?」
「いやいや、使ってませんよ。」
そう答えつつ俺は司令と結衣二尉の顔を見比べた、似ていない。一体この二人はどういう関係なのだろうか。
俺の頭の中に結衣二尉の名刺入れとその中に入っていた写真がよぎった。
「すまないが、加藤。少し外してくれ。」
他愛も無い話をしばらくすると、司令はそう言った。
「わかりました。」
そして結衣二尉は去り際に怒っているのかどうか良く分からない目で俺の顔をチラリと見、何も言わずに出て行った。  


245  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/02(日)  01:12  [  kHqoVL5Q  ]
結衣二尉が出て行くと、赤羽司令は眉間の皺をさらに深くして口を開いた。
「突然だが、お前は今の自衛隊をどう思う?」
「…。」
その言葉は質問ではない、それくらいは俺にもわかる。黙って目でその先を促す。
「不自由だとは思わないか?理不尽だとは思わないか?
この前の三介島の事でもそうだ。使うべき兵器を必要な量だけ使う。
それだけだ、それさえさせてもらえれば私は戦死者…いや、殉職者を0名にすることが出来た。」
赤羽司令はギリ、と奥歯を噛みしめた。殉職者0名、一見不可能なことだ。
だが彼にはおそらく本当に出来るつもりがあったのだ。だからあれほどまでに悔しがっているのだろう。
「彼らは戦争で死んだにもかかわらず戦死者ではない。何故か?あれは戦争ではなかったということになっているからだ。
私達は命を賭して戦う、だがそれは戦争とは認められない。それどころか何だ?
国内からの言葉は的外れな批判ばかりだ。マスコミ共も一連の対外策を侵略行為として批判し続ける。
我々がどんなに彼らを守るために戦おうとも、我々に与えられる物は罵声だけだ。」
赤羽司令は淡々と語り続けた。語気を荒げる事は決してないが、その言葉には凄みがあった。
それはおそらく、この問題は彼が自衛官としてずっと悩み続けてきた問題だったからだろう。
そして俺にとってもそれは同じであった。
赤羽司令は言葉を続けた。
「最低限の交戦規定を定めさせることには成功した。だが、まだ足りない。
恐らくお前達にはまだまだ必要の無い苦労をかけ続ける。それが私には耐え難いのだ。」
交戦規定を定めることで自分達から撃てる様になった自衛隊。
だが、俺達の活動には未だ厳しい規制がかけられていることも、世論という鎖に縛られていることも事実であった。
しかし、その「殺すためではない軍隊」という規制に俺が少し安心感を持っていることも事実であった。  


246  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/02(日)  01:13  [  kHqoVL5Q  ]
「俺は…、俺は日本国民とその財産を守る為に働いています。今はそれだけで十分です。」
「ありがとう。」
赤羽司令の目が一瞬優しくなる。しかし、それはすぐに冷たい光で覆い隠された。
「だが、この状況は変わらねばならない。そうでなければ、いつか惨事が起こる。」
「赤羽司令が、それを変えようと?」
「そうだ。そしてその為に特別幹部候補制度を作った。自衛隊の力を更に強くするために。
そしてこの異世界転移。これは危機であり、機会だ。誰かがやらねばならない。それが私であり、お前なのだ。」
俺は何も言えなかった。ただ、二つ分かるのは司令の並々ならぬ決意と、俺の頭を駆け巡る猛烈な危険信号であった。
言っていることは間違っていない、だが、嫌な予感はとどまることを知らなかった。
「力を付けろ。付けてくれ。時代に影響を与えられるのは力を持つ者だけだ。
私は何時かこの状況を変えてみせる。その時にその力を貸して欲しい。」
そこまで言い終わると司令は目を瞑った。
「以上だ。」
そして言い切ると彼はフーッと息をつき、その目の光を和らげ俺を見た。
しかし俺は、何も言わずに立ち上がり、赤羽司令へと一歩近づいた。
「どうした?」
司令は何も言わずに椅子に座ったまま俺を見上げる。
「俺は…俺はさっき言いました。国民を守るために戦うって。
もし赤羽司令の言う変革が国民を傷付けるものならば俺はあなたに銃を向けます。
たとえ特幹候補にしてもらったとしても。それだけは覚えておいてください。」
自分で言って俺はびっくりしていた。俺はこんなことを言うような熱い人間じゃなかったはずなのだが。
しかし俺がそう言っても赤羽司令の目は少しも揺れはしなかった。
「そう言える人間だからこそ、力を貸して欲しいと頼んだ。」
「失礼します。」
赤羽司令の言葉には答えず俺は敬礼をすると早足で部屋から出て行った。嫌な汗が全身から噴き出している。
心臓もまだ早鐘のように打っていた。
「シャワーでも浴びるかな…。」
俺はまだクラクラする頭をひきずりつつシャワー室へと向かった。  


247  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/02(日)  01:14  [  kHqoVL5Q  ]
シャワー室へ向かう途中、俺は見知った顔を見つけた。正確に言えば見つけられた、か。
「あ、青島君。」
「あ、瀬沼さん。どうしたんですか?」
「どうした、って見たら分からない?シャワー帰りよ、シャワー帰り。ティナちゃんとのデートどうだった?」
「え、楽しかったですよ?」
「それは良かった。それでさ、一つお願いがあるんだけど。」
ずいっと顔を近づけてくる。
「あの…目の毒なんですけど…。」
「嬉しい事言ってくれるじゃない。それでね、女性自衛官のシャワー室のロッカーに、開かずのロッカーって言うのがあるの知ってる?」
「初耳です。」
「そりゃそうよね。知ってたら絞め殺すところよ。」
オイオイ。
「まあ、それは良いとして、今度直しておいて欲しいの。」
「え?そんなの専門の人に頼めばよいじゃないですか、坂田さんでしたっけ。」
「頼んだんだけどなんか言葉濁してて…、まだ三日経つのに直してくれないのよ。たかがロッカーなのに。」
「ロッカーくらいそんなの自分で直せば…。」
「女の子に力仕事やらせる気?とりあえず撤去してシャワー室前に置いとくから、よろしくね。」
「女の子も何も自衛官でしょうが…、あ、はい。すんません、後で直させていただきます。
時間は何時がよろしいでしょうか、あ、はい。9時ですね、了解いたしました。」
あの目にゃ逆らえぬ。泣く子とお局様には勝てないのか。  


248  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/02(日)  01:15  [  kHqoVL5Q  ]
「あ、隊長だ、たいちょー!」
瀬沼さんと別れ、すぐに再び見知った顔が前からやって来た。
「あ、佐藤に沢村。どうした?というより、どうだった?あのエルフの子達は。」
俺はニヤニヤしながら言った。
「隊長、気付いてたのなら教えてくださいよ…。」
「それで、どうだった?」
「ハハ…聞かないで下さい…。」
二人はもはや半分近く灰と化し、どこか遠くを見ていた。
「それで!とにかく口直しをしようということになったんすよ!」
復活し佐藤が叫びだした。
「そーいう本やビデオはここにはあまり無いぞ。あっても高い。」
なにせ若い奴等の間では共有制になっているらしい。俺は参加していないぞ。
「そーじゃなくって!それで、隊長も参加しませんか?」
「参加?なんだそれは…。」
「良くぞ聞いてくれました!坂田さんの協力を得て作られた我々隊員究極の癒しシステム!」
どこからかマイクを取り出し佐藤がポーズを取る。しかし、坂田さん…あー。
「もうその先言わんでも分かるわ。開かずのロッカー関係だろ?」
「なんだ、知ってたんすか。隊長も見かけによらず…。」
佐藤の話によるとなんでも男更衣室から開かずのロッカーの中に入る秘密の扉なる物があるらしい。
よくもまあ…そんなものを作る。ばれたら営倉行きどころじゃすまないだろうそれは。
「だってこの基地はティナちゃん、結衣ちゃん、瀬沼さん…って上物がたくさんいるんすよ!これを覗かずして何が――」
「あー、あれ今日のうちになくなるぞ、撤去するらしい。あ、というより今運び出されてるな。」
俺が言うと、佐藤は振り返った、彼の目に映ったのは今まさに運び出されている開かずのロッカーならぬ覗き小屋であった。
「あ゙ーっ!」
「ハハハ、残念だったな。」
オイオイ泣き出す佐藤たちの声をBGMに俺はシャワー室に向かった。  


249  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/02(日)  01:16  [  kHqoVL5Q  ]
「これが、そうなのか?」
シャワー室には誰もいなかった。といってもこの時間帯にシャワーを浴びる人はそういないからそう不自然でもないが。
壁の薄いこの更衣室のせいで女性のほうにも人がいないことが分かる。
そして俺の目の前にあるのは限りなく壁に偽装された小さな扉。これが普段観葉植物で隠されていたらしい。
「気付かない訳だな。」
『なんで…あか…ねさ…青島…だけ…』
扉を前にぼうっとしていたら壁の向こうから声が聞こえてきた。それも自分の名が。
「なんだ?」
壁に耳を当ててみる、よくよく考えれば、その壁は扉だったのだが。その時の俺はそれに気が付いていなかった。
『なんで司令は彼をあんなに気にかけるのかしら…。私にあんな事を言ってくれたことは無いのに…。』
この声…結衣二尉か?司令、赤羽さんのことか。
今日のこともあって俺はより詳しく聞こうと壁に耳を押し付けた。が、壁は俺の体重を見事に受け流した。
つまり、扉が開いたのである。
つまり、俺は女性更衣室に投げ出されたのである。
「いてて…、あ。」
顔を上げるとそこにいたのはちょうどシャワーから出たのであろう。一糸纏わぬ結衣二尉の姿があった。
あるといえば唯一身体を拭いていたであろうタオルだけがその身体をわずかに隠している。
泣いていたのか、少し赤く腫れているその目は呆然とこちらを見つめていた。
「………え?」
硬直。まさにその状況を例えるのはその言葉だった。  


255  名前:名無しさん  投稿日:  2005/01/06(木)  16:02  [  kHqoVL5Q  ]
前回のあらすじ!ひょんな事から女性更衣室で裸の加藤と鉢合わせになってしまった青島!
やっと自分の使命にも目覚めてきたというのにここで営倉行きなのか!それとも加藤にこの場で殺されてしまうのか!
答え1  ハンサムな青島は突如危機回避のアイデアがひらめく
答え2  セフェティナがきて助けてくれる
答え3  殺される。現実は非情である

(格好良く答え1と行きたい所だが思い浮かばん!が、2、こんな所にセフェティナが来たら事態はより悪化するに決まってるじゃないか!
ということは答えは…3?)
思考時間約1秒を経て、俺は結衣二尉を見た。
「い、いやああっ…。」
彼女は予想に反し、小さな声を上げ、うずくまる。。
「あっ、悪い、結衣二尉っ!」
「あ、青島!?なんだか知らないけれど、早く出て行きなさいっ!話はそれからよ!」
「あ、ああ。申し訳ない、」
思ったより落ち着いた結衣二尉の反応に感謝しつつ俺は再び抜け穴に手を掛けた。すると、再び後ろから声がかかった、聞きなれた、声が。
「どうしたんですか結衣さん、まだ着替えてなかったんですか?」
「あっ、セフェティナさん!?ち、ちょっとこっち来ないで!」
この二人が一緒にシャワーを浴びていたのか!?それだけでも何となく俺にとっては大事件なのだが、
今セフェティナがこちらに来ようとしている事のほうが今は重要である。
「え、何かあったんですか?」
しかし結衣二尉の言葉も空しく、セフェティナの足音は段々と近づき、
「あ、青島…さん?きゃ…きゃああああああああっ!!」
俺にとって最悪の結果となったのである。  


256  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/06(木)  16:03  [  kHqoVL5Q  ]
「首尾は?」
「上々だ、がどうも囮が潰されるペースが速いようだが。周期を読み違えたのかもしれんな。」
オクトベル国内某宿。そこでは二人の男が話をしていた。
「いや、それはないでしょう。普段よりも確実に魔力が落ちている上、衣服に青い染みがついていますから。」
「青い?それは一体。」
「貴方が知る必要はありません。」
「なんだと?」
男の素っ気無い一言にもう一人の鉤鼻の男は怪訝そうな顔をする。
「忘れましたか?私はあくまで貴方達に協力しただけです。完全に同志になったわけではありません。」
「…。」
「それでは。」
黙る鉤鼻に対し男はさっと席から立つと鉤鼻に背を向けた。
「もう行くのか?」
「私には仕事がありますから。」
「そうか。異界軍の件だが、少しつっかけて見る事にしよう。」
「宜しくお願いします。ですが決して死ぬことの無いように。貴方達魔術師は替えがきかないのですから。」
「もちろん、了解している。我々レジスタンスには魔術師は常に不足する存在だからな。
だが、あなたがそれを埋めてくれるのだろう?」
「ご冗談を…。では改めて、それでは。」
一瞬怯む鉤鼻に対し男は穏やかに笑うと扉の先の闇へと消えていった。  


257  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/06(木)  16:04  [  kHqoVL5Q  ]
「はっはっは、随分と大変な目にあったようだな色男。」
「天野さん、笑い事じゃないですよ…。」
次の日、俺は一日寝てもまだ消えない紅葉を頬に作っていた。
朝になっても上官に呼び出されないところを見ると上に言うのは止めてくれたみたいなのだが。
「なぁに、隊長が俺達の夢を砕こうとするからバチがあたったんすよ、バチが。」
「そう、そのことだがな佐藤。夢とはなんだ夢とは、んー?」
「えっ、いや、あの…。」
「ま、曙の刑で勘弁してやろう。」
「え、ちょ、ちょっと待って…イヤー!!」
合掌。

だが、正直な所、この頬のように見た目分かりやすい反応を取ってくれたセフェティナに対し、
何もせず、何も言ってこない結衣二尉は正直不気味であった。それに、直前の言葉の真意もまだイマイチよくわからない。
「どうしたもんかな。」
俺はぼうっと空を見上げた。まだ問題は山積みである。赤羽司令のこともある。
「天野さん。」
俺は意を決した。
「ウン?どうした隊長?」
俺は赤羽司令の事を洗いざらい話す、天野さんは聞くにつれ目を硬く瞑った。
「あせるな…赤羽。」
「え?」
天野さんは目を開けるとそう呟いた。  


258  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/06(木)  16:06  [  kHqoVL5Q  ]
「奴は俺とほぼ同期なんだよ、今のお前と佐藤みたいなもんだ。」
天野さんは少し寂しそうな顔をする。
「あいつは昔からそんなことを言ってたからな。」
俺の言葉に天野さんは黙って首を横に振った。
「あいつの考えは守るべき物を守りたい、それだけだ。そしてあいつは日本という国を本気で守ろうとしている。その点お前も一緒だろ?」
「はい、身命を賭して日本国民とその財産を守るために戦う。それが俺達自衛隊です。」
「だがな、青島お前は死ぬんじゃないぞ?」
そう言って天野さんは俺の頬を指した。
「え?」
「俺や赤羽は家族がいない、守るべきものは国だけだ、だがなお前の場合は死ねば悲しむ人間が少なくとも一人いる。」
俺には何も言えなかった。沈黙の後、天野さんは佐藤の耳を引っ張った。
「いてて…なにするんすか、天野さん〜。」
「それに…だ。俺やこのバカなら幾らでも替えが効く。だがお前はそうはいかない、くれぐれも無理をするな。」
そう言いながら天野さんは俺の襟の赤いバッジを顎で指した。
「できれば、奴に協力してやってくれ。お前みたいなのが傍にいれば奴はきっとやってくれる。あいつもそれを分かっていてお前にそんな話しをしたんだろう。」
「…わかりました。」
俺は呟くように答えることしか出来なかった。  


259  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/06(木)  16:07  [  kHqoVL5Q  ]
「えー、今回の魔物掃討作戦はこの教会を中心として行います。」同日、わが小隊はいつも通り陸自に混じって任務についていた。
当然セフェティナも結衣二尉もそばにいるわけで、非常に肩身が狭い。

とりあえず、教会の人に挨拶をすることになったらしく、佐官含む上層部が教会に入っていく。
当然対魔道部隊たる俺達小隊も当然同行することとなった。
「な、なあセフェティナ…。」
「なんですか。」
つっけんどんな返事が返って来る。
「い、いや。魔道士らしき人物がいたら知らせてくれ。」
「わかりました、けれど今は職務中ですからあまり話しかけないで下さい。」
視線が痛い。
教会は、ずいぶんと不思議な建物であった。何故かと言えば違う神を現す二つの紋章がいたるところに付けられているのだ。
「どうも…アシェナ聖教と現地宗教…バスム神の混合された所みたいですね。」
「なるほどねぇ。」
「青島さんには言ってません。」
辛い…。教会自体は比較的狭く、礼拝堂一つで大半が埋まるような建物であった。
向こうと会話をする偉いさん達を横目に教会に来ている人々を観察する。
何の変哲も無い老夫婦に、若い女性と男性が何人か、そして一際目を引くのが漆黒のローブにフードを目深にかぶった男。
ただ、一つ分かるのはフードを被っていても分かる大きな鉤鼻であった。  


260  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/06(木)  16:07  [  kHqoVL5Q  ]
「それで、今から我々が言いに来るまでは危険ですので外に出ないで頂きたい。」
「はあ、助かります。」
上…紀本三佐と教会の神官との話ももう終わりのようだった。
「ただ…その聞きたいことがあるのですが、彼は?」
そう言って佐官の一人が先程の鉤鼻の男を目線で指す。それに対し神官は笑って答えた。
「彼はここの近くの魔道学校の教師です。昔は毎日のように来られていたのですが、来たのは久しぶりですね。」
「つまり、怪しい人物ではないのですね。」
「はい、彼は敬虔なバスム神の僕です。」
「わかりました、それでは礼拝者の方も含めしばらくここから出ないようにお願いします。」
「待ってください。」
そこで話を打ち切ろうとした紀本三佐に対し、神官は声を上げた。
「なんでしょうか?」
「実は…うちの巫女が山菜を採りに行ってまだ帰ってきていないのです。」
「何?」
紀本三佐は眉をひそめた。  


272  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/19(水)  22:55  [  kHqoVL5Q  ]
オクトベル国内某宿
バタン。突然した扉の音にアシェルはそちらを向いた。
そこにいたのは彼女の忠実な僕にして魔術大臣たるアルヴァール。しかし本来ならば一片の汚れも無い彼の高貴なローブには赤黒い染みが付いていた。
間違いなく血だ、アシェルはそう判断した。
「アル…どうしたのじゃ?そんな格好。」
「なんでもない、なんでもないさ。それよりセイヴァンはどうした?」
「え、ああ…。あやつなら少し旧友に会うと…。」
「あなたの護衛を放って置いて?あいつに限ってそんな事は…。」
アルヴァールはいかにも信じられないといった様子で首を横に振る。
「いや、ちゃんと護衛はしてるみたいじゃな、」
憮然とした表情のアルヴァールに向かい、アシェルはそう言って彼の足首を指差す。それにつられアルヴァールも自らの足を見下ろす。
すると、そこには彼の足首を焼き切らんと真っ赤に赤熱した鎖が彼の足首に巻き付こうとしていた。
当然、アルヴァールのマナの障壁の前に触ることすら許されなかったのだが。
「なるほど…。それで、今帰ったかセイヴァン。」
鎖が色を失い床に落ちるのを見るとアルヴァールは後ろを振り返った。するとそこにはモノクルの老紳士が立っていた。
「はい、部屋を空けて申し訳ありませんでした。」
「いや、良い。それにここはお前の故郷だったか?」
アルヴァールの言葉にセイヴァンは口許を軽く上げた。
「はい、ですがもう一つ。」
「例の本か…。」
例の本、その響きにアシェルは頭を上げた、確か数ヶ月前に何者かによって盗まれた本。あの、アルヴァールの目を縫って、盗まれたのである。
「はい。遺跡で手に入った情報を纏めた大規模召還魔法、時限式魔法、時空操作魔法などが載る一級禁書。この町に来ているとの噂がありましたので…。」
「結果は?」

「…いえ。かんばしい物ではありませんでした。」
老執事はポツリと答えた。  


273  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/19(水)  22:56  [  kHqoVL5Q  ]
「ふむ、もう準備は整っているのだが…。」
紀本は無意識の内に足で床を叩いていた。見た目にもイライラしているのが分かる。その点、彼は指導者の器ではなかった。
「お待ちになっている間アシェナの聖なる蜜はどうでしょうか?」
神官はそんな紀本の雰囲気を察したのか、小さな一口大の器を差し出した、中には薄黄色の透き通った液体が入っている。
「貴方達のお口に合うように、普段より甘めにした物ですが…。」
「いや、結構。宗教に関わる事は禁止事項なのでね。」
恭しく言う神官に対し紀本はあっさりと答えた。
「そうですか、それは残念です…。」
言葉通り残念そうな顔をする神官を横目に紀本は鉤鼻の男を見た。
「(本を読んでいる…マナの干渉波も感じないらしい。本当にただの礼拝者か…?)」
他にいるのは眠っているのだろう、動かない若い男。老夫婦。若い女性は閉じ込められる前にさっさと帰っていった。
「(取り越し苦労ならよいのだが・・・。クン…それにしても鼻につく。この臭い…香か…?)」

「ん、これは?」
一方、教会の外。加藤は足元に眼をやった。そこにあったのは血のように真っ赤な石。
加藤の記憶を探ってもこんな宝石のような石が地面に落ちていた記憶は無い。
「一体…?」
「結衣二尉、少し部隊運営で話したいことがあるんだが。」
「…………何?」
赤い石、それは一瞬気にはなったが、青島から話しかけられ結局加藤はそれをポケットにしまいこんだ。  


274  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/19(水)  22:57  [  kHqoVL5Q  ]
パタン
鉤鼻の男は、音を立てて本を閉じ、立ち上がる。
「(本当にただの礼拝者か。)」
紀本は半ば期待外れ、と言った感触で首を回そうとした。
そして、その時に自らの異変に気が付いたのである。
「うまく動かない…身体が…しびれ…?」
先程の香か!紀本は心の中で叫んだ。
「隊長!」
「まさか!?」
紀本は慌てて神官のほうを見る。
「申し訳ありません…。」
神官は悲しそうに笑うと紀本に向かい頭を下げた。
「拘束しろ!」
紀本は目を見開いて叫んだ。失策だった。紀本はそう痛感していた。
警戒を怠るべきではなかったのだ。おそらく先程進められた蜜とやらも毒だったに違いない。
紀本の声に応え動きを多少鈍らせながらも隊員が数人神官に近づく。すると神官は笑って取り出した短剣を自らの胸に突きたてた。
「な…。」
「この地に、あなたたち異界人はいらないのです…。」
崩れ落ちる老体。
その場にいたほとんどの人間が呆気にとられた中、外でも又、大きな叫び声が上がった。  


278  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/20(木)  20:19  [  kHqoVL5Q  ]
叫びの主はセフェティナであった。
「紀本さん、物凄い干渉波です!なんでこんな物に気付かなかったのか…。しかもコレは召還?けどこんな大規模な…。…青島さん…。」
セフェティナは不安そうな顔で青島の背中を見つめた。
「どうなってるんだ!」
だるい身体にイラつき叫びながら紀本はあたりを見回す、苦しそうに突っ伏せる老夫婦、相変わらず動かぬ若い男、おそらく彼の辺りからこの麻痺の香はたかれていたのだろう。
そして一人見当たらないことに気付く。
「鉤鼻の男は何処だっ!」
紀本は叫び、扉を開けるよう指示すべく扉の方向を向いた。すると扉の真前に男は立っていた。
「拘束しろ!」
紀本が言うか早いか、鉤鼻の男は右手で宙に魔方陣を描くと何かを叫んだ。
「―!」
「閃光弾!?」
すると男を中心に光が放たれ、紀本は思わず目を瞑る。
そして目を開けたときには鉤鼻の男の姿は存在しなかった。
紀本は舌打ちをすると黙って無線を取り出した。
「逃がした…いや、教会外待機中の全隊員聞こえるか。鉤鼻の男の身柄を確保、できなければ射殺―――」
「それどころじゃありません!隊長、真っ赤な鬼がいきなり大量に現れました!指示を下さい!発砲許可を!」
自分の声を遮って無線機から飛び出してくる声に紀本は目眩がするのを感じた。
最初にこの世界の軍と接触した司令官は狩野海将補だったと聞く。
「おそらく、彼の衝撃はこれ以上だったのだろう、彼に比べれば私など大したことは無い。落ち着け、紀本…。」
そして紀本はしびれる身体を引きずりながら外へと出た。  


279  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/20(木)  20:20  [  kHqoVL5Q  ]
「青島さんっ!青島さんっ!?」
眼前一杯にセフェティナの顔があった。
一体、何をそんなに叫んでいるんだ…?覗きのことなら謝るから…。
「私は、あなたを…。」
何を…言っているんだ、聞こえないんだ。
「青島さんっ…!」
セフェティナの顔がぼやける。だんだん視界は霧が掛かったように真っ白になっていった。
「青島!」
再び声が聞こえてくる、今度は先程とは違うクリアーな声。そして声の主は…。
「青島、しっかりしなさい、青島!」
「ぐ…あ…か、結衣二尉?」
段々と意識が戻ってくる、しかし、それにつれて違和感と激しい痛みが俺を襲った。
違和感の正体は視界の狭さだった。目の前の光景…森だろうか?がやたら暗く見える。
「青島、大丈夫?」
「く…あ…左目が…。」
激痛の発生地点である左目に手をやる、するとヌメリという感触が手を舐めた。どうも潰れているとしか思えない。
「こりゃ…潰れてるだろ?本国送還かな?けど…一体何が起こったんだ?」
「…。」
そう尋ね、結衣二尉の顔を見る。すると彼女の目にはジワリと涙が滲んでいた。
「な…?」
かすかな記憶がよみがえる。
確か…紀本さんが中々戻らなくて、打ち合わせをしようと結衣二尉と話していた。
(なあ、結衣二尉…)
(え?ああ、うん。)
確か考え事をしていて生返事ばかりだったが。いや、その後だ。その後、彼女のもっていた赤い石が、急に赤い鬼に姿を変えた。
そして結衣二尉はぼうっとしていたのを俺が…。
待てよ?確かデーモンとか呼ばれたその怪物は確か二人とも無傷で倒したはずだぞ?
それで確か…デーモンがなぜか大量発生していて、紀本さんからの無線が入って…、小隊に指示を出して、
それからどうしたんだっけ?
「私達の正体は天野曹長と村田一曹の指揮の下、教会の外壁を盾に戦ってるわ、あなたの指示通りね。もう、デーモンの数も減ってきてる。…指揮官失格ね、私。」
「なあ…結衣二尉…俺はどうしてこの傷を負ったんだ?」
俺がそう言うと結衣二尉はキュッと悔しげに口を結んだ。
「覚えてないの?私のせいよっ!」
彼女の頬には涙が流れ落ち始めていた。  


280  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/20(木)  20:23  [  kHqoVL5Q  ]
「私達はデーモンを避けるためにこの森に逃げ込んだの。といってもあなたが私を抱えたような感じだったんだけど。それで…。」
「それで?」
俺が先を促すと結衣二尉は再び目に涙を溢れさせた。
「鉤鼻の男…。あの男は私を狙ったのに、あなたが…。」
そうか…あの男、やはり。かすかに記憶がある。
(女のほうが良かったが、まぁ悲劇性に差し支えあるまい…。)
たしか、そう言って去って行った。あの男、何者…?いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
「ここなら少しは落ち着けるな。それで…怪我は無いか?結衣二尉。」
俺がそう言うと彼女はサッと表情を変えた。
「っ!…私はあなたに…あなたに庇ってもらいたく無いの!」
結衣二尉が叫ぶ、
「とにかく怪我は無いんだな!」
「…!」
俺はその声を掻き消すように叫び返した。実のところ彼女が何を言っているのか、もう痛みでほとんど分からない。
ただ彼女が黙るのを確認し、俺は言葉を続けた。
「ずっと考え事してたのも、風呂場でのあの言葉も赤羽司令のことだろう?一体彼は君とどういう関係なんだ?」
「司令は私の父であり、兄である人…。私の神みたいな人。そしてあなたは彼のお気に入りなのよ。」
「どういう意味だ?加藤二尉。」
「私を苗字で呼ばないで。」
返って来たのは意外な言葉。
「けんもほろろだな…。」
ガサガサッ!
結衣二尉がつっけんどんな言葉に溜息を吐く。それとほぼ同時にちかくで草を分ける音がした。
「まずい、今の声で気付かれたか…?」
恐る恐るそちらを見ると、真っ赤な肌をしたデーモンが、キョロキョロと辺りを見回していた。  


281  名前:F猿  (BfxcIQ32)  投稿日:  2005/01/20(木)  20:24  [  kHqoVL5Q  ]
「銃を使うと周りに居場所が知られかねないな…。」
そもそもこの目で当てられる自身は全く無い。結衣二尉も射撃の腕が上手いとは言い難い。
「私が…」
「結衣二尉?」
「私が、やるわ。」
何を…?そう言おうとした時には結衣二尉はデーモンに向かって飛び出していた。
木を影にするようにして、驚くほど足音を立てずにデーモンの後ろ側に回り込む。
そして次の時には延髄から脳幹へ達さんとナイフがデーモンの後頭部をえぐっていた。
真っ赤な返り血と脳漿が結衣二尉の顔を汚す。
「デーモンの血は赤なのね、ワイバーンは青いのに…。」
結衣二尉がそう呟くと同時にデーモンは声も出せずにガクリと崩れ落ちた。
「は、はは…。驚いたな。」
「これも、司令が教えてくれた技…。」
結衣二尉は自分に言い聞かせるかのようにポツリと呟いた。
「え?」
「と、とにかく、この死体がある以上、ここもすぐバレるわ。デーモンは見た目より知能があるから。歩ける?」
「ああ…、なんとか。」
しかし、俺の言葉とは裏腹に痛みは俺のからだの指揮系統を乱してくれていた。立ち上がると同時に一瞬ふらつく。
「駄目そうね…、じゃあ。」
俺の様子を見て結衣二尉はため息を一つつくと俺の腕をひょいと自分の肩に回した。華奢な肩。
しかしそれとは裏腹に俺の身体を支える力は強かった。
「とにかくここを離れたほうがいいわ。教会を襲っている以上森の奥に行けばデーモンも居ないはず。」
しかし、華奢な肩の感触を味わう暇は与えてもらえないようだった。
周りからガサガサという音。二つ、いや三つ。明らかにこちらへ向かっていた。