849 :長崎県人:2007/09/18(火) 11:27:41 ID:2MxH4A12O
1942年7月11日・ハンブルク
あの後起こったことは、その場に居た全員が良くは覚えていない。いや、私と桂、ミスミとも無事だったのはなによりなのであるが
桂から送話装置をもぎ取るように奪うと、俺は叫んだ
『ハイドリッヒだ!ハイドリッヒを撃てぇっ!!!』
台風並の急激な下降気流に飲まれて墜落寸前だった大砲鳥がそれでもハイドリッヒを吹き飛ばしたのには驚いたが(不時着してもパイロットは無事だったらしい、よかったよかった)
『アドルフ・ヒトラー』
その顔が見えなくなった。いや、現実には見えている。だが、違うのだ・・・モザイクがかかったように、あるいは写真を釘でひっかいたまま見ているように知覚されるのだ
『駄目、どの写真も歪んじゃってる』
桂がこれまでヒトラーが載った新聞等を持ってきたが、何と言う事か、その写真全てが歪んでいる
『本当に人外になってしまったんだな』
後でアララに聞いた話だが、あの後ヒトラー総統がある程度自我が戻ってくるまであの大鎌で大立ち回りして守ってくれたらしい
『箒がなくて素の力しか使えなかったから、あいつを倒せない所か、しばらく私は戦えないわ。あいつもだけど』
そう、アララは自慢げに言っていた
850 :長崎県人:2007/09/18(火) 11:29:36 ID:2MxH4A12O
箒は魔力のバックパックみたいな物らしく、無いならないで困るらしい
『ゲーリング閣下が気になるけど、これじゃ戦えないから、いったん森に帰るわ。お母さんかお婆ちゃんの箒が借りれるかもしれないし』
そう笑ってアララはドイツ南部の黒き森へと帰っていった。魔力を回復させるのにも、故郷に帰った方が早いらしい。ただ、最後にだけくやしそうに言っていた
『次は勝つわ、エッダちゃんに怒られちゃったしね』
ハンブルクにはゲーリングの妻子も連れて来たのだが、娘さんに相当アララは言われていたから、堪えたのだろう
『あ、そうそう。ゲーリングさんの意識が戻ったそうよ』
閣僚の中で、一番の重傷を負ったのが閣下だったが
『そうか』
あの事件以来、ドイツ第三帝国では権力の二分化が進んでいる。といっても最大勢力の陸軍はヒトラーの力無くば本土を守れないがため、ベルリン側だから遅々たるものであるが
『予想外だったのはゲッペルス、か』
あれだけ腰を抜かして恐怖していたのに、総統閣下の夢の中でしか私は生きられない。とベルリン側に残ったのだ
『レーダーさんはついていけないと退役してしまいましたからね』
志摩が読んだ資料を整理しながらミスミが合いの手をうった
851 :長崎県人:2007/09/18(火) 12:13:59 ID:2MxH4A12O
『それで、お探しの物は見つかりましたか?』
『あ、うん。なんとか取り寄せたよ』
志摩がドイツに寄った理由はただ一つ。ドイツ海軍が行っている通商破壊戦、その経験から弾き出した英国船団の行動ルートを手に入れる事である。彼等を襲い、燃料と食料を手に入れないかぎり、K計画は失敗するしかない
『ドイツがどの船団を目安に狙っているかすらわかりかねない代物だ。ミスミ、間違いの無いよう、整理してくれ・・・下手をすると命に関わる書類だからな』
志摩はミスミに読んだ書類束を渡した
『はいっ!』
ベルリンでも役に立てなかったと落ち込んでいたミスミだが、仕事を積極的に与えることで復調するのを志摩は目論んでいる
『・・・』
総合した情報を見るかぎり、英国の生命線である商船航路は北米航路と南アフリカからの輸送路の二つ。メインはやはり北米だが、こちらは武器輸送のものが多く、いわゆるハズレを引いてしまう可能性が高い。一方、南アフリカ航路は食料品や中東の油が多い。接敵の可能性を考えても、ロイヤルネイヴィーの本国艦隊とぶつかる北極海を経由するよりマシだ
『それでも60隻を守りながら約半年の航海を行う必要がある・・・か』
船団襲撃だって上手く行くか
852 :長崎県人:2007/09/18(火) 12:16:59 ID:2MxH4A12O
せめて、船団の規模をもっと小さく出来たならば・・・軽便性その他を含めれば、せめて3、40隻
『十万人・・・』
肩がずしんと重たくなった。三十万人を救うのは無理だ、十万人と陸軍の十三万人とを共に置き去りにして、二十万人を・・・駄目だ駄目だ!置いてく方が数が大きいじゃないか!
『志摩・・・顔色悪いよ?』
桂が志摩の顔を覗き込む、志摩はハッとした
『大丈夫だ』
『でも・・・』
まだ心配そうな桂に笑顔を見せる
『大丈夫』
『ぜんっぜん大丈夫そうに見えない』
『見えません』
うかつだった、今度は二人に睨まれる
『・・・あと三ヶ月で在欧邦人の命運を左右するような決断をするんだ。そりゃ顔色も悪くなるさ、時々はな』
これでは仕方がないので正直に言う
『そして、なるべくならば出ていったほうが良いと私は考えている』
もし自分が投げ出せる立場にあるならば、臨時の任官で大佐となり、二つもの海戦を、意図的にひどい立場を持って経たんだから、外交官としてソ連経由で逃げても良かったはずだ
・・・いや、無理だな。それではおそらく、俺が俺で無くなる。できないのだ、それは
『頑固者』
こう、と決めたら志摩はてこでも動かない
『それだけが取り柄でね』
853 :長崎県人:2007/09/18(火) 12:19:59 ID:2MxH4A12O
それでいて強いわけでも無い、とても不安定な存在。どうしてこの人ばっかりこんな目に
『ふぅ・・・少し休息が必要よ、志摩。まだ三ヶ月あるわ』
ミスミも頷く、ハンブルクに来てからこの二日間、資料漁りを初めてから、まともに志摩は睡眠をとってない
『もう、三ヶ月だ。取り掛かりが早ければ早い程いい、鎮静化している英地中海艦隊だとて・・・ああ、英海軍の最近の動向がたしか』
志摩はまた書類と思考の迷宮に入ろうとした
『ミスミさん、書類全部片付けて、今すぐ全部!』
『はい!』
『お、おい!』
巻き上げるように資料を二人で奪い取る
『せっかくこんな街に居るんだから気晴らしに出るの、いいわね!?』
桂は有無をいわせない
『湖を歩くだけでも』
志摩達はハンブルクにあった日本領事館の建物を貸し与えられていたが、領事館は外アルスター湖に面しており、風光名媚な場所なのである
『民俗博物館とか好きでしょあんた』
ローテンバウム通りにそれはある、それから公園の出店で食事、ベンチでゆっくり・・・ともかく、ここらで休まないと
『いや、だがな』
それでもしぶる志摩
『疲労はミスを誘発します』
ミスミさん、ナイス!
『じゃあ・・・公園に少しだけ、な』
854 :長崎県人:2007/09/18(火) 12:22:06 ID:2MxH4A12O
それでようやく三人で出たのだけれども、ただ歩くだけという作業でも志摩は疲れたようで、志摩自身がそれに驚いていた。ブランチン=ウン=ブローメン公園には、領事館から直線距離で1キロ無いというのにである
『そんなに俺ってやつれてるか?』
ベンチにぐたっとすわりこんで志摩はどはぁっと大きく息を吐いた
『そりゃあもう』
『見た目はっきりと』
二人も外に出てから驚いたのだが、志摩の顔は血の気がないと思える程真っ青になっていたからである
『まいったね』
仕事は山積みだっていうのに
『ねぇ、志摩』
『ん?』
桂が聞いて来た
『ヒトラー総統がさ、何で化け物になったと思う?そりゃ、負け戦続きだったけど』
成果を否定されたくなかったら、とかハイドリッヒは言ってたか
『・・・自分の為、だけとは言えんわな』
ひいては自身の成果を評価する民を・・・第三帝国臣民を守る為でもあったはずだ
『ヨーロッパから逃げるのは、志摩も私もミスミさんも自分の為よ。でも、志摩は在欧の邦人さん達もどうにかしなきゃいけない』
規模は違えど、実はヒトラーと志摩の立場は一緒なのだ
『自分を追い込み過ぎて、自分は目的の為なら化け物にでもなる!なんて事言わないでよね?』
855 :長崎県人:2007/09/18(火) 12:25:39 ID:2MxH4A12O
『私も志摩さんが化け物になるのは嫌です』
二人の心配は的外れな物ではない・・・もしこの二人の命に関わることがあるならば・・・
ぺしっ
『うなっ!?』
でこをいきなりジャストミートで桂にはたかれたので志摩は変な声をだす
『たぶんあんたの事だから、だがそれでも、とか前置きしといてよからぬ事を考えてるだろうから、お仕置き。さしずめ7月7日にかこつけて、気障に別れようとかなんとか言い出すんだから』
う・・・完全にお見通しか。しかもそれを涙目で言うな、馬鹿
『・・・パリには一週間後に動こう。仕事はしなきゃならんが、ハンブルクを少しは楽しんだって構うまい』
志摩はその線で妥協した。妻の意見は尊重すべきだ
『志摩さん』
ぱぁっと明るくなったミスミに、志摩は似合わないウィンクをして言った
『ミスミ、桂と交代で膝枕をしてくれ、ちょっと眠りたい』
『はい!』
桂は赤い顔を少し膨らませて、志摩を小突いた
『膝枕の必要性がどこにあんのよ』
『ここで胸元に抱きついて寝るというわけにもいかないしな・・・一番落ち着くんだ』
素直に答えたら、おもいっきし桂に殴られた。そしてしばらく膝枕で談笑しているうちに、志摩は深い眠りに落ちていった
860 :長崎県人:2007/09/19(水) 10:25:43 ID:2MxH4A12O
1942年7月18日・江田島兵学校校舎
今日この日、大和を生み出したドックで聯合艦隊の新しい一翼を担う艦が起工されていた。名は麗鶴。拡大型翔鶴級、いや、実際は拡大大鳳級の新造空母である
『ま、その式に参加したのも、君に会う為だがね』
海軍大臣の山本は、そう小沢に言った
『今のところ、ハワイ攻略作戦に対する訓練案が出来上がった所です』
『聞かせてもらおう』
小沢は頷いて、日本地図の前にたった
『石油を二百万トン用意したおかげで、各艦艇の訓練は支障なく行われます。第三艦隊らの空母は土佐沖で、第一・第二艦隊は地形がハワイに似た鹿児島近海で訓練を行います』
『危険ではないのか?鹿児島近海までは進入を許しかねない』
自ら招き入れている所もあるが(復路でも敵を迎撃する時間を多く取るため)敵の来るような場所で訓練するというのは
『これは松田君が主導して行っています。彼は敵が来たなら良い訓練になると言っておりますがね』
まぁ彼らしい言葉ではある
『我々は空母艦載機を防空に全て投入します。それを以て、阻止限界点を奄美まで上げますから、密度からいって突破は不可能です』
『ふむ』
山本は頷く。この小沢が不可能と言うならばそうなのだろう
861 :長崎県人:2007/09/19(水) 10:26:52 ID:2MxH4A12O
その様子に小沢は説明を続けた
『艦での演習もさる事ながら、順番になりますが、波勝、及び大浜級五隻をもって、第三艦隊の攻撃機、及び爆撃機による空襲を受けつつの回避訓練を全艦長に実施します』
実際に空襲を受けてみなければ、回避の感覚は掴みにくい。それが出来るというのは、大きな経験となるだろう
『海域の掃除は?』
潜水艦の事だ
『根拠地総括艦の5500トン級七隻を主に、予備の特型、松級、そして海防艦合わせて164隻が潜水艦狩りを行っていますし、レーヴァテイルも高知に』
『そうだったな。ターニャ君は高知に居たな』
帝國本土内に、ダークエルフ他、人ならざる種族は入れない方針である海軍だが、レーヴァテイルについては土佐沖に国造りを許していた・・・射爆訓練海域に近いのだけは譲れなかったが
『音の目も完璧に働ける状況です。例の五島君も対潜兵器開発に活躍しておりますし、敵艦の撃破数もかなりのものです』
まず封殺しきっていると言っていいだろう
『海域の安全は絶対です。訓練も手を抜かず行えます』
『・・・わかった。問題はなさそうだな』
山本は笑って嘆息した
『油がなくて訓練が限られていた頃が懐かしいな』
こうも訓練と安全が保障されるとは
862 :長崎県人:2007/09/19(水) 10:28:58 ID:2MxH4A12O
『戦争を終わらせられなければ、いずれまたその事態に、そして最後は訓練すら行えなくなるのは必定です』
小沢は生真面目に山本の嘆息に答えた
『わかっておる。戦争の閉めは、米内さんも僕も手を尽くしておるよ』
ハワイの後に向けて、既に内閣は動き出していると山本は言った
『ただ、米内さんの健康が崩れているのが心配だが・・・』
不安事項が無いわけでは無いらしい
『あの麗鶴と、大神の仙鶴が出来るまで二年、実戦配備まで考えると三年・・・彼女達をこの戦争で戦わせる訳にはいかんな』
もしその時が来たならば、帝國は滅んだも同然の状態であることは、想像に難くない
『ハワイはなんとしても勝たねばならぬ戦だ、頼むぞ』
山本は退出する前に、そういって小沢に敬礼した
『我が身に変えても。その代わり、山本さん』
帝國の事を、と小沢も敬礼する
『ま、やってやるさね』
山本は人を引き付けてやまないその笑みを浮かべて、小沢の元を去っていった
863 :長崎県人:2007/09/19(水) 10:30:19 ID:2MxH4A12O
同日・ハワイ
『乗ってるときは考えねぇが、こりゃデケェな』
ある水兵は、目の前で吊り上げられて外される砲塔を見て目を丸くしていた
『本土で新造艦が造られまくってるせいで、ハワイで修理もなんとかしろっつーのも悲しい気がするよな。古いから仕方ねーかもしれねーが』
同僚の水兵がため息をついた。ハワイの設備じゃ、ちょっと心許ない気がしないでもない
『でも、壊れてない砲塔までぶっこぬくのはなんでだぜ?』
そう。両艦の四つの砲塔全てが取り外されていた
『ジョン、お前、聞かされてないのか?』
『しらねぇよ、おれは水雷艇だぜ?』
それじゃ聞かされない訳だ
『内南洋で片端から沈められちまったテネシー級のお下がりのMk.11と入れかえすんだよ。予備が余ってたしな。ネヴァダは連装砲塔に改造しなきゃならないが』
ネヴァダは少し手間がかかるが、どうにかなるだろう
『ほうほう、んじゃ、とっぱらった無傷の砲塔はどうすんだ?』
『心配すんな、そいつは俺の持つ拳になる』
突然後ろからだみ声がかけられた
『は、ハルゼー長官!?』
二人は背筋を伸ばして敬礼する
『敬礼はいい、降ろせ。本当は俺も本土にあいつらを戻してやりたかったんだが、すまねぇな』
864 :長崎県人:2007/09/19(水) 10:31:48 ID:2MxH4A12O
『閣下の拳になる、とは?』
『しゃちほこばらんでいい。あいつらからとっぱらった砲塔は、要塞砲に転用だ。他に運べるとこもねぇしな』
ダイヤモンドヘッド要塞を中心に配置が行われる。ただでさえ要塞砲の巣窟であるハワイがさらに強くなる算段だ
『アリゾナとネヴァダは古馴染みだが、その分乗りこなしてやってくれや。馴染みの女の方が、意外と上手くいくって事も、良くある事だしな』
『は、はいっ!』
水兵達は声を上擦らせて返事をした
『おっと、忘れる所だった。あのオールドレディも現役復帰の予定だから、仲良くしてやってくれや』
ハルゼーの指差す方向・・・を見て、水兵はあんぐりと口をあけた
『親父さん、あんまり若いのをからかわんでください』
ハルゼー達のさらに後ろから声がかけられた
『おう、スコット。時間か?』
『時間もなにも、皆さんお揃いですよ』
ハルゼーは肩をすくめた
『つまらん会議をしても、戦力は増えねぇってのにな。おう、じゃあな。きばれよ!』
ハルゼーは水兵二人の背中をバシバシ叩いてから、スコットに連れられていった
『おいおい、あれまで投入するのかよ』
ハルゼーが指差した先、そこには標的艦だったユタが、真珠湾の波に憩いでいた
867 :長崎県人:2007/09/22(土) 22:46:48 ID:2MxH4A12O
1942年7月18日・パリ
『こんなっ・・・こんな事が罷り通ってよいものかっ!!!』
ステンドカラスが空襲対策のために外されたノートルダム寺院で、志摩はレジスタンスを装ったヴィシー政府のエージェントと接触した
『ちょ、ちょっと志摩!落ち着いて』
渡された資料を放り出して、エージェントに殴りかかろうとした志摩を桂がはがい締めにするのと同時に、ミスミが素早くナイフを投てきする。寺院の外されたステンドカラスの影に、スナイパーが居て志摩に狙いをつけていたからだ。もちろん当てては居ない、警告だ
『こんな!出身成分分析表なんて物を持ち出して!これでは!』
『実際お荷物でしょう?あの人数は』
『出身成分分析表?』
桂が志摩の服をつかんで、放さないままで志摩が放り出した資料を拾って開いた。そこには、ある一定の基準を以て赤丸をつけられた人々が並んでいた
基準とは、南米移民だという事
『これは!南米の邦人、あるいは日系人を置き去りにしろという事なのだろうが!!!』
エージェントはため息をついた
『私たちには眉唾にしか聞こえませんが、あなた方が八年間どこかに消えていたとしても、帰って来た以上、我々にとってはたったの半年です』
868 :長崎県人:2007/09/22(土) 22:49:05 ID:2MxH4A12O
『半年間留守にしていた土地に戻るだけじゃ無いですか。あちらの政府筋も、今なら、とおっしゃってますし』
まだ今のところABC三国は中立を保っている
『ま、開拓した土地は既に政府に取られてますから、収容所と銘をうった、新たな開拓地なのでしょうけどね』
・・・そんな、そんな気力が、開拓地を転移によって失い、再転移によって八年かけて開拓した異世界の土地をまた失った南米移民の邦人達にあるものか!今こそ、我々が守ってやらねばならないのに・・・!
『おー恐い恐い。でも貴官は、見返りなしにどこの国も枢軸の一方である交戦国の国民が途中下船する事を許してはくれないし、それがあれば船団の航海と安全が保たれる事を理解している』
志摩はこらえた・・・それが現実的な物の見方なのだ
『・・・俺はお前が嫌いだ』
志摩の言葉を、エージェントは鼻で笑った
『結構。これでまだ激発するようでは、何をしてもK計画は失敗するでしょう。最低限は合格です。我々としてもアドミラル栗田の欠員は予想外でしたのでね』
エージェントが合図をすると、ステンドカラスの影からスナイパー達が退いた
『・・・ヴィシーフランス政府が、この事で何故積極的に動いているのか聞かせろ』
869 :長崎県人:2007/09/22(土) 22:51:22 ID:2MxH4A12O
エージェントは肩をすくめた
『ドイツが負け始めたから、ではダメですよね。良いでしょう。お話します』
本当に鼻持ちならない奴だ。これだからフランス人は・・・と、志摩は口の中で罵声を浴びせつつ、勤めて表情を装った
『我々が絡んだのは、この度めでたくドイツをこのパリから追い出す算段をつけたからです』
この判断もヒトラーが体調不良から、我々ヴィシーフランスの陸軍兵力の供出が遅れていた為なのですが・・・そうエージェントはながったらしく前置きした
『我々はドイツを打倒します。イタリアと共に』
『イタリアもだと!?』
寝返るのは前置きの時点である程度予測できたが・・・イタリアもとは
『あなた方の脱出行は、ある程度英国のお墨付きなのです』
『しかし何故・・・』
エージェントが笑った
『あなた方が、御自身の艦隊能力をお示しになったからではありませんか』
実際は、円卓がマリスやらなにやらを考えて、欧州戦の早期解決を求めたからなのだが。エージェントにわかるはずもない
『(こちらの艦隊戦能力がガタ落ちしているぐらい、英国ならわかりそうな物だが・・・)』
『ま、イタリアにとって恩人のあなた方を、おおっぴらに沈める訳にはいかないのですよ』
870 :長崎県人:2007/09/22(土) 22:54:14 ID:2MxH4A12O
ムッソリーニ閣下の温情か・・・アルが聞いたならば、そんな事しては、卑怯過ぎてモテなくなると激怒しそうな内容ではあるが
『イタリアの民意、海軍戦力と陸軍兵力、そして民間人の43万人超を潰さずに、たとえ陸軍が残ったとしても30万人を討つ弾薬や攻略の手間やひまをかけるよりかは、《襲われる》と決まった船団一つの方がどれだけ安いか』
・・・安い、のだろうな、確かに。既に我々に対して英国はかなりの被害を受けている
『そして我々ヴィシーフランスとしては、あなた方は勝利の鍵なのだ』
『勝利?』
こいつは何を言っているのだろう
『我々、中立としてのヴィシーフランス、自由フランス、そして親ドイツのフランス、全ての立ち位置に我がフランスは存在します』
しかし今度の蜂起で、ヴィシーフランスは枢軸と剣矛を交える
『太平洋での米軍の状況を我々は知っています。元は我々の庭でもあったのですからね』
故に、アメリカはアテにならぬ可能性があるし、ドイツとて巻き返さない保障は無い。我がフランスには、まだ中立的存在が必要である。そう判断したのだ
『ツーロンに戦艦が三隻、そのうち新鋭の二隻を、ニューカレドニアまであなた方と共に、連れていっていただきます』
871 :長崎県人:2007/09/22(土) 22:58:36 ID:2MxH4A12O
これが大国のしたたかさ、か・・・いや、本土のほとんどを奪われていて、なお戦い続けるには、そんな計算もできないといけないのだろう
『かのストラスブール級は、航続距離が一万五千海里あり、給油は一回ですみます。戦闘能力の減っている貴艦隊の火力増強に役に立つことでしょう』
油の心配はいらない、という事か
『もし、計画を実行しなければ?』
計画の進退は、私に一任されているはずである
『遺憾な事態ですが、仏英伊の三国海軍、及び陸軍がお相手させていただきましょう』
・・・勝つ見込みは、全くない。最後通牒そのものだ
『南米移民と・・・イタリア、ドイツ、フランスと・・・』
一体どうすりゃ・・・いや、選択肢なぞ残ってやいやしない、何があっても脱出はしなければならなくなった。しかし、南米出身の人々を置いてけ堀にしなければ、船団の移動は成し得ない
『それから、ずいぶん警戒なさってくれたおかげか、情報は漏れなかったようですが、カナリス配下の犬が付いていたので、消しておきました』
他のどこでもなく、ドイツのスパイが・・・?
『ドイツはカナリス提督の独断で調べていたようです。あの御人は鼻が利きますからな、今後とも』
『ああ、気をつけよう』
872 :長崎県人:2007/09/22(土) 23:01:38 ID:2MxH4A12O
エージェントは満足げに頷いた
『やるかやらないかは、この差し迫った折、ここパリで近日中に決めていただく』
『そんな!志摩にもう少し時間くれたって・・・!』
黙っていた桂が抗議するが、志摩が手で制する
『即日でなく、近日中にしてくれた事、感謝する』
『いえいえ。では、ごきげんよう』
エージェントは寺院から出ていった
『志摩!』
『あっちだって造反の間際で余裕がないんだ、待ってくれてる方さ』
あいつ自体は気に食わないが
『あの・・・』
『ミスミ、ナイフ凄かったぞ』
声をかけて来たミスミの頬が、褒められて少し赤くなる
『あ、いえ。と、違うんです。あの・・・旦那様は』
南米移民にしろ、邦人全てにしろを犠牲にしてしまうだろう決断に・・・耐えられるのですか?そう言おうとして、ミスミは言葉を飲み込んだ
『ミスミ?』
『いえ、なんでもないです』
志摩さんがどんな決断と覚悟を持ち、苦悩をなさろうとも、私は支えるだけ。私はそう決めたのだ
『まずは大使館に帰ろう。わかってはいたんだ、全員が無事にすむ事など不可能な事は』
『志摩・・・』
『・・・旦那様』
二人が志摩を見つめる
『腹を括らせる時間を、少しだけくれ』
そうしたなら・・・
885 :長崎県人:2007/09/25(火) 12:05:59 ID:2MxH4A12O
1943年5月14日、横須賀
つくづく私は飛行艇には縁があるらしい
松浦は、東京湾を滑水して飛び立っていく100機を越える九七式大艇に敬礼を送っていた
『各鎮守府の特別陸戦隊も全て空ですね』
少々不安そうに傍らの大尉が呟いた
『それだけ本気だ、という事だ。事を終わらせる為にな、空知大尉』
『・・・はい』
太平洋に浮かぶ三箇所の米軍拠点、ミッドウェー・ジョンストン・パルミラを落とす為に、帝國海軍は全ての空挺部隊を投入した。玉黍作戦の全容とはそれだ
サンド島の砂、イースト島の東で砂糖、パルミラ島の宝で宝玉、砂糖黍と宝玉、その二つから玉黍作戦としたものだが、ちと捻り過ぎたかと松浦は苦笑した
『ま、米軍も欺瞞を使って何かを割り出すにも、玉黍では文に入れようがなくて困っていたようだがな』
偽電によるひっかけを米軍は行っていたが、捻り過ぎたおかげか米軍は的外れな無電を発信しただけに終わっていた
『は?何かおっしゃいましたか?』
空知がいぶかしげに聞いてくる
『いや、なんでもない』
と、松浦は飛行艇が飛び去った方向を見つめる。あの作戦名のおかげで作戦には奇襲効果を与えられた。これが、俺にできる最大限の支援だ、うまくやれよ志摩
886 :長崎県人:2007/09/25(火) 12:07:27 ID:2MxH4A12O
1943年5月15日
九七式飛行艇の中では、海軍陸戦隊の兵達に交じって、獣人が何人か存在していた。作戦前の興奮の為か、獣化している者もいる
『ばかもの、興奮して眠れないでは、明日の戦いに備えられないぞ』
中隊長が獣人達をたしなめる
『はっ、しかし皆さんと一緒に戦えるのが嬉しくて』
そう。海軍としては、獣人達を兵として扱ったのはこれが始めての事である、これに選ばれた獣人はそれを誇りに思った。海軍は自分達を認めてくれたんだ、と思ったからだ
『みんな、B17の構造は覚えているな?』
『中隊長、それを聞くのは野暮って奴ですよ』
人間の部下の一人が言うと皆が笑った。たしかに野暮である。俺達は台湾から送られて来たB17を実際に使い、訓練をしたのだ。B17のどこが一番装甲が分厚いのか?どこを破壊したなら爆発させられるか?あの機体に関しては、操縦以外完璧に全員が記憶している
『B17を運んで来た輸送船団はひどい目にあったと聞く、その分は俺達が全力を尽くして借りを返す。そしてはるばる欧州から逃げて来た市民を、決して同じ目をあわせちゃならん、いいな!』
『はい!』
隊員全員が一斉に答えた。中隊長が言う借り、それは一年近く前まで遡る
887 :長崎県人:2007/09/25(火) 12:09:28 ID:2MxH4A12O
1942年7月24日・中台海峡
ワレ、敵大規模編隊ノ空襲ヲ受ケツツアリ
その報は、沖縄の防空司令部をしばらく混乱に陥れた。空母艦載機の部隊が二倍と言っていい程増加していた為、司令部の管制能力を越えていたし、母艦側に問い合わせようとしても連携に欠けていた、そして、中台海峡という場所は、これまでの迎撃体制からして、フィリピン側にあまりに近かった
船団にとって最初の災厄は、夜明けと共に水平線からやって来た。夜間発艦のスキルを持つ極東唯一の部隊、英海軍東洋艦隊の空母、インドミダブルとハーミスから発艦したソードフィッシュ隊30機である
彼等は東から昇ってくる朝日を背に、船団へと襲いかかった
船団には、海防艦と予備の特型駆逐艦がつけられていたが、発見が遅れたせいで、まともに迎撃出来たのは機銃群だけだった。それでも5機を撃墜出来たのは、ヴァイスローゼン以後研究が進んでもたらされた防空システムのおかげだろう
『複葉機ごときに・・・!』
命中した魚雷は五発、これで二本の魚雷をくらった一隻の輸送船が沈没し、もう一隻が台湾の海岸に座礁した。問題は、魚雷を一本くらった輸送船の足が遅くなった事と、陣形が乱れてしまった事である
888 :長崎県人:2007/09/25(火) 12:11:50 ID:2MxH4A12O
だが、本当の災厄はその後、本土爆撃に参加できない為、電探基地、及び沖縄への攻撃に参加していたA20や26にボーフォートを含めた350機(内訳、B17・150機、中・小型爆撃機100機、戦闘機100機)が練度不足とはいえ、波状攻撃に襲って来た事だった
一方、この時点でも防空司令部はうまく機能していなかった。フィリピンと中台海峡のレスポンスが短いのと、あまりにバラバラな敵編隊の攻撃の為、船団以外への攻撃があるやもと、迎撃にあがった半分以上の機体を無為に過ごさせていたのだ。この失態で、防空司令部で張っていた陸軍の富永中将が失脚するのだが、今この現状で船団にいる人間達にとってはどうでもよい事だろう
『何故こんな事に!』
『詮索は後だ!とにかく上がった奴だけでも輸送船団に向かうんだ!』
船団が空襲を受け始めてようやく防空司令部は全力迎撃を選択、上げられるかぎりの戦闘機を沖縄から発進させた。陸海合同の戦闘機隊は奮戦したが、これまた練度不足の敵戦闘機部隊が三々五々で現れる為か、個々の戦闘では勝利しつつも、なかなか船団上空にたどり着けないで居た。実際は無視するのが正解なのだが、パイロットの常で、撃墜数を稼ぐのに否はなかったのである
889 :長崎県人:2007/09/25(火) 12:13:39 ID:2MxH4A12O
『くっ・・・あの馬鹿者どもめ』
輸送船団の上空へ最初に到達したのは、陸軍の黒江中佐率いる黒龍隊の疾風改27機であった
『隊長!敵の新型です!』
部下が隣にならんで指を刺す。太平洋での初見参となるP47Bサンダーボルトである
『構うな!爆撃機を落とすんだ!』
黒江中佐は輸送船団にとって脅威度の高い、低高度を進む中・小型爆撃機のボーフォートやA20などの編隊に向けてダイブした。これが結果的に災いした。サンダーボルトは降下速度に関しては米軍随一の物があり、相手の一番好む戦い方をわざわざ選択してしまったのである
『ちぃっ!』
こう追い縋られては、相手にしない訳にもいかない。ダイブ攻撃は失敗し、三機を落とすにとどまった
『こいつら堅い・・・!』
そして黒江隊が保有していたのが疾風改だったというのも災いした。疾風改は性能は向上しているものの武装は同じで、焔風や陣風のように30o機銃は搭載していない。勢い消費は激しくならざるを得ない、同じく爆撃機を落とすのにも弾は激しく消費する。そうなれば
『隊長!弾切れです!』
『こちらも!』
戦闘の継続が不可能な機体が続出する。それが意味するのは
『敵機投弾!ああっ!』
被弾数の増大である
890 :長崎県人:2007/09/25(火) 12:16:19 ID:2MxH4A12O
結果として船団の三十隻の輸送船のうち、那覇にたどり着けたのは六隻、うち四隻はそこで着底してしまったので実質二隻。迎撃体制の不備で撃墜数も伸び悩み、B17が10機、中・小型の爆撃機が20機、戦闘機も30機前後でしかなく、まさに完敗だった
しかし、成果を喜ぶべき米側も困った事態に陥っていた。ルーズベルトがこの戦果を宣伝しまくった事により、本土爆撃に更に足抜け出来なくなった事。そして、また連続して本土爆撃で大打撃を受け始めた事に業を煮やしたルーズベルトが、欧州から脱出してきた艦隊に目を付け、ハワイの重爆部隊をハルゼーらの反対を押し切ってパルミラ島に最大限展開させた事である
松浦はこの玉黍作戦をハワイ攻略の直前に行うつもりであったが、米側側のこの動きを掴んだ事により、二ヶ月程繰り上げて作戦を発動させたのだ。長らく欧州で苦労をして来た艦隊の支援の為に。言葉を悪くするならば、彼はハワイ攻略作戦の囮として彼等の艦隊を利用したのだ
では逆に、米軍がこの空挺作戦を察知出来得ただろうか?それは否であると答えよう。たとえ先にハワイを空襲されたという経験はあっても、根拠地からこれほど離れた地点を攻略する事は、本来有り得ないのだから
891 :長崎県人:2007/09/25(火) 12:18:14 ID:2MxH4A12O
『もうすぐパルミラ島だ!高度を取る!頑張れよ!』
機長の叫びが陸戦隊の隊員にかけられると同時に、九七式飛行艇のドアが開かれた。青い海が眼下に広がる中、島全体が飛行場と化しているパルミラ島が見える
『降下!降下!降下!』
先に獣人達から飛び降りていく。まだ高度的には人間にはギリギリなのだが、獣人達なら話はいくらか別だ。そのあとすぐに人間が続く
バサササッ!!!
パルミラ島のそこかしこにパラシュートの花が咲く。一つの島につき、兵員輸送の九七式は27機が投入されていたから、まさに百花稜乱といった風だ。余談ではあるが、日本のパラシュートは戦前、米軍が輸入して使っていた程の品質である(一年ほどして合成繊維の物と交換したらしい)性能に問題は無い
ビィーッ!!!ビィーッ!!!
パルミラ島に警報が鳴り響くと、兵舎から米兵が飛び出してくる
『阿呆!兵舎から出てくる時は、背を低めて、だ!!!』
中隊長がパラシュートを操りつつ、兵舎の出入口をベルグマン短機関銃で乱射する。距離的に怪しいものがあったが、ベストもろくに着ずに出て来た米兵には有効だった
そして、最初に降下した獣人達がパルミラ島に、ついに降り立ったのである
892 :長崎県人:2007/09/25(火) 12:20:16 ID:2MxH4A12O
『ファック!!!ジャップが降りて来やがった!!!』
ただ、兵舎を撃ち抜けたのはごく一部であって、多くの米兵は手近な対空火器に張り付くか、海岸沿いに苦労して掘った陣地に入り込む事に成功していた
『パラはただの的だ!ジャップを吹き飛ばせ!!!』
給弾をし、仰角をかけて彼等は射撃を開始しようとした。しかし彼等は人生をそこで終了させられてしまうのである
『おい!飛行艇が!』
そう、松浦が川西にねじこんで改修させた九七式地上掃射機たちが、その全火力をパルミラ島の対空火器陣地、あるいは陣地、そして兵舎ヘと
ドダダダダダダダダダ!!!
悲鳴すら押し潰す火力が、雨の様に降り注いだのである。これを三周続けると、燃料問題から九七式は全てマリアナ方面へと飛び去った。その時には対空火器に取り付いていた兵達は、殆どがミンチになり果てていた
『よし!B公を確保しろ!自分達が篭る分を確保したら他は片っ端から破壊しろ!!』
飛行場を主に着地に成功した陸戦隊は、よりどりみどりの爆撃機を破壊しつつ、ろう城戦の構えを作ろうとした。だが、米軍もやられてばかりではいなかった。待機所に居たパイロット達も同じ事を考えて、機体に取り付いていたからだ
893 :長崎県人:2007/09/25(火) 12:22:29 ID:2MxH4A12O
あるところでは地上駐機のB17同士の射撃戦が行われ、またあるところでは、エンジンを稼働させたB17がそのプロペラで陸戦隊兵士の首を斬り飛ばしたり、激戦が繰り広げられた
『わぁあああっ!!!バケモノぉおおお!!!』
B17の機銃座で乱射していた搭乗員が、進入して来た獣人の爪で抹殺される。機体内に入られての肉弾戦では、獣人や陸戦隊には勝ちようがない
『食料庫に給水タンク、確保!他の全小隊、機体に入りました!』
『ご苦労!』
こうして、他の二島でも同様の推移をもって、ハワイを守るべき外堀は埋められてしまったのである。配備されていた、重爆部隊と共に
『外縁に残存している敵兵は、こんな島だ、長くは篭ってられん。必ず仕掛けてくる。銃座に交代で附いておけ、機体の移動が出来そうな物は、食料庫、並びに給水タンク回りに配置!』
『はっ!』
あとはハワイに聯合艦隊の上陸部隊が取り付くまで、ここを保持するだけだ
『兵員数は、まだあちらの方が多いだろうが、この平坦な環礁島では重火器を揃えた方が勝ちだ』
やれる、間違いなく
『勝ってくれよ?』
中隊長は日本の方を向いて言った。俺達の勝ちを無駄にするも、活用するも、本土の聯合艦隊次第なのだ
894 :長崎県人:2007/09/25(火) 12:25:18 ID:2MxH4A12O
1943年5月16日・ハワイ、太平洋艦隊司令部
ハワイのハルゼーの元に、三島の陥落が伝えられたのは、それから一日が経って会議中の事だった
『シット!合衆国とあろうものが、弱い者イジメなんぞ考えるからだ!』
ハルゼーは最初、不機嫌に書類をふっとばしてそう罵ったという
『奪回なさいますか?』
幕僚の一人が問い掛ける
『たりめぇだ!と言いたいところだが、この三島が奪われたとなると、奴らの次の目標は俺にだって丸わかりだ』
『っ!』
そう、あんな本拠地から遠い島を取ったということはなんらかの前作戦に違いない、この三島をとってトラックやギルバート?有り得ない、つまり・・・
『奴らはここにやってくるつもりだ』
本来ならば、その三島とハワイを起点とした航空要塞構想をもって守りを固める算段だったが、それは脆くも崩れた。しかし、ハワイは守らねばならない
『キング長官に連絡だ』
ホワイトハウスはこれでまた騒ぎ始めるだろうが、海上戦力を全て集めるためには致し方ない
『いいか?今度の戦いには絶対に勝つ!そのつもりで居ろ、絶対に俺はここから動かんからな!』
太平洋艦隊の再建なんてろくにできちゃいねぇが、俺達の国は、俺達が守らなきゃなんねぇ
895 :長崎県人:2007/09/25(火) 12:27:26 ID:2MxH4A12O
『はっ!』
幕僚達が敬礼を返す
『閣下、さっそくですが、サラトガとエンタープライズ、そしてネヴァダとアリゾナを、ここハワイ真珠湾に集中配置するのではなく、ラハイナ泊地に移動させたいのですが』
こういう時に機転の利くスコットが提案した
『いいぞ、すぐやれ!』
ハルゼーはぐっと親指を立てる
『長官、残存の航空機の統計も出したいですから、陸軍のショート大将の所に行ってきます』
これはマッケーンだ
『マッハで行って来い!入れ歯は飛ばすなよ!』
ハルゼーは冗談を飛ばして見送る。彼等を契機に、幕僚の各員がスムーズに動き出す。それを見てハルゼーは目を細めた
『負けるわけには、いかねぇな・・・』
敵の戦力はここ一年近く、ずっと動かなかった。その分戦力が上増しされている事は間違いない。ハワイに来る以上、奴らも全力で出てくる。厳しい戦いになるだろう
『俺はここから一歩も動かんぞ・・・』
今こそ、ハズとの約束を果たす時だ。と、ハルゼーは己の死地をここと定めたのであった
日米の激突まで、一ヶ月と少し・・・時は、歩みを止めない
898 :長崎県人:2007/09/25(火) 22:27:27 ID:2MxH4A12O
直接支援・第一艦隊(宇垣中将)
第一戦隊
大和・武蔵
第二戦隊
紀伊・尾張・甲斐・播磨
第三戦隊
長門・陸奥・伊勢・日向
第四戦隊
金剛・比叡・榛名・霧島
第六戦隊
最上・三隈・鈴谷・熊野
第八戦隊
高雄・鳥海・伊吹・剣
第九戦隊
紗那・鈴鹿・黒姫・音羽
第一〜第四水雷戦隊
阿賀野級三隻・駆逐艦32隻(島風級8隻秋月級8隻陽炎・夕雲級16隻)
間接支援・第三艦隊(小沢大将・山口中将)
第一航空戦隊
信濃・薩摩(陣風90機・流星72機・彩雲16機)
第二航空戦隊
瑞鶴・翔鶴(陣72流72彩16)
第三航空戦隊
蒼龍・飛龍(陣54流72彩16)
第四航空戦隊
加賀・三浦・千早・高槻(陣99彩28)
第五航空戦隊
雲龍・天城(三航戦と同様)
第六航空戦隊
葛城・笠置(三航戦と同様)
第七航空戦隊
阿蘇・生駒(三航戦と同様)
第八航空戦隊
隼鷹・飛鷹・龍譲(陣63流24彩12)
第九航空戦隊
千歳・千代田・瑞穂(紫電改54・天山18)
第十航空戦隊
瑞鳳・祥鳳・龍鳳(紫54天18)
第五戦隊
白根・鞍馬
第七戦隊
利根・筑摩
第五、第六水雷戦隊(空母直衛)
大淀・仁淀・秋月級31隻
搭載機数(戦闘機648機・攻撃機456機・偵察機172機)総計1276機
899 :長崎県人:2007/09/25(火) 22:29:44 ID:2MxH4A12O
米太平洋艦隊・ハワイ防衛戦参加艦艇
戦艦
モンタナ・アイオワ・ニュージャージー・サウスダコタ・インディアナ・アラバマ・マサチューセッツ・アイダホ・アリゾナ・ネヴァダ・アラスカ・グァム
空母
サラトガ・エンタープライズ・ワスプ・エセックス・レキシントンU・ヨークタウンU・バンカーヒル・イントレピッド
軽空母
インディペンデンス・プリンストン・ベローウッド・カウペンス・モントレイ・カボット・サンジャント(史実のラングレーU)
重巡
チェスター・ルイスビル ・タスカルーサ・ウィチタ・バルチモア・ボストン・キャンベラ
軽巡
ホノルル・セントルイス ・ナッシュビル・フィラデルフィア・ブルックリン・オークランド・クリーブランド・コロンビア・モントピーリア・デンバー・バーミンガム・モービル・ヴィンセンズU
駆逐艦85隻
海戦における総参加艦艇
日本海軍
戦艦(超甲巡を含む)16隻・空母25隻・巡洋艦19隻・駆逐艦63隻、計123隻
米海軍
戦艦12隻・空母15隻・巡洋艦20隻・駆逐艦85隻、計132隻
906 :長崎県人:2007/09/27(木) 14:03:08 ID:2MxH4A12O
1943年7月3日・ハワイ沖
近代に於いて、これほどの海戦は二度と起きることは無い、そういわれる海戦が発生したのは、ある意味太平洋を挟む両国間の必然であったのだろう
在ハワイ200機、及び、海上では沈静化した大西洋から根こそぎ掻き集めてきた艦隊が保有する約1000機の艦載機。これが米海軍が勝利するために保有する唯一の希望であった
『タワーズ大将、そろそろお時間です』
日本軍がハワイの攻略を企てつつあり、とのハルゼーからの報はホワイトハウスを揺るがし、この一大艦隊を生み出した。ただ、その指揮を今まで実戦経験の無い派閥の長であるタワーズに任せた事だけが不安要素だった
『うん。奴ら、ハワイにも航空攻撃をかけてこなかったな』
呼びかけてきたハワイ・太平洋艦隊司令部からの回し者(ブローニングは元々タワーズ閥だが、寝返っているとタワーズは思っていた)のブローニング少将にタワーズは答えた
『やはり、互いの艦隊が存在しているのがわかりきっているのに隙を見せるのは望まないでしょう』
ふむふむ、と、面白そうにタワーズはあごを撫でる。お互いの艦隊が大き過ぎて秘匿は不可能かつ、めったな小細工は利かない、か・・・ならば我々がやることは一つだ
907 :長崎県人:2007/09/27(木) 14:08:09 ID:2MxH4A12O
『では、我々は先制攻撃をかけよう。ハワイのマッケーン君にも合わせるように伝えたまえ』
そう命令したが、ブローニングは逡巡する
『どうしたのかね?』
タワーズが少しイラっとして問い質す
『誘い、ではないでしょうか?内南洋での件もあります』
ブローニングには、ハルゼーと共にあの戦いを切り抜けた経験がある
『それは、まだ航空戦術が調っていない頃の、それもバカ正直に集合陣形で突き進んで迎撃されたからであろう?』
実は、中台海峡での勝利は、米軍の航空戦術にとって、大きな影響を与えていた
『少数機、といっても20〜40機の多集団による敵防空システムの破綻こそが、勝利を呼び込む。我々はそれに特化してきた』
違う!ブローニングは上官に向けて罵りそうになった。それは、練度が下がって団体行動を取れなくなった上で、パイロット達を有効活用するためには、と、生み出された戦術に過ぎない!、と
『それでも敵艦隊のシステムが破綻しなかったならば?フィリピンでは』タワーズはブローニングの懸念を鼻で笑った
『日本本土爆撃の為に燃料と爆弾を大量に積んだ陸軍機と、TBFやSB2Cを同じに考えてはならんよ。進撃速度も、電探に対しての反射面積も違い過ぎる』
908 :長崎県人:2007/09/27(木) 14:10:26 ID:2MxH4A12O
確かにそれは事実であるが・・・!
『航続距離が足りないパンケーキに反射板を取り付けて囮役にしてもまだ不服か?』
反射板、アルミ泊を張ったそれをパンケーキに曳航させて、機数をごまかす手だ
『平均の編隊の機数を30としておこう、ハワイから七つ、我が艦隊からは十五隊、囮をつけたパンケーキ隊が軽空母分が七つの計二十九隊、同数の戦闘機を敵が送り込むとして必要な戦闘機はいくらになるね』
・・・870機、顔が険しくなるブローニングにタワーズは愉快そうに両手をあげて裏声で言って見せる
『870機!わーおっ♪なんて戦闘機の数!そしてどれだけ管制官が必要になるのかしら?』
『・・・では、一編隊に対する戦闘機の数を半分に』
そうしたなら、敵が必要な戦闘機数は435機、十分に可能な数だ
『なら、それでもよい、一編隊が3〜40機の我々の編隊に対するストッピングパワーに不足することになるし、囮をつけたパンケーキも一編隊が15〜20機、同数なら仕掛けられた奴らの拘束はたやすい』
派閥の長をやっているだけあって、タワーズの言葉はさすがに重みがあるし、数字に則ったものだ
『仮に、だよ。更に敵戦闘機数を半分にして囮の正体を見破りつつ、二個編隊を送ることにしよう』
909 :長崎県人:2007/09/27(木) 14:12:41 ID:2MxH4A12O
『最低五十一の編隊を管制してやらねばならない。7〜8機の編隊の、な。ますますストッピングパワーに欠けるものになる上、これでも408機が必要になる。君が言った15機あたりの編成だと、765機だ。とても一度に空母から出せるような数じゃない』
まず間違いなく奴らの防空システムは破綻する
『それに、航空戦は余程の差がなければ先手必勝だ。攻撃を受けては、次があるかわからんからな』
その点はブローニングだとて理解している。しかし
『ブローニング少将、君はハワイに居て悲観的になり過ぎているのではないかね?』
タワーズは言い聞かせるように言った
『むしろ私は、パイロットの技量よりも艦隊が攻撃を受けた際に、どうなってしまうかが不安だがね』
急造の空母やら巡洋艦、練度が足りないのは航空機よりも艦船なのだ。下手に攻撃を受けたら、航空隊を飛び立たせる前に全滅させられてしまうかもしれない・・・タワーズの懸念の中心はそこにあるが故の先制攻撃論なのである
『低気圧が予想外の発達を示している。明日は航空戦は行えまい。その間にハワイの基地を艦砲射撃でもされてみろ、さらに不利になるのは我々なのだ。今しか攻撃をかけるチャンスは無い!』
タワーズは言い切った
910 :長崎県人:2007/09/27(木) 14:15:13 ID:2MxH4A12O
こうまで言われては、ブローニングも慎重案を示すわけにもいかない
『わかりました。攻撃隊を送りましょう』
そうブローニングが首肯すると、タワーズがやれやれと肩をすくめる
『あちらが今までの成果から、防空システムに自信を持ち過ぎてる可能性だってなきにしもあらずではないか』
太平洋の現場を知れば、とても楽観は出来ませんよ、とはさすがに言えないが、タワーズの言葉にも一理や二理はあるのだ
『兵達の奮戦に期待します』
飽和攻撃の聞こえはいいが、一つ一つの編隊にかかるストレスはかなりのものとなるだろう。パイロットの皆には苦労をかけることになる
『そうだな。我々にはそろそろ勝ちが必要だ。彼等にはそれをもぎ取って来てもらわねば』
タワーズは場違いなほど呑気かつ朗らかに笑ってみせる。くそっ・・・こんな奴が派閥の長である集団に俺は居たなんて・・・時と場合によらなかったら、艦から放り出してやるのに
『・・・』
ブローニングは自分の憤慢を悟られぬよう、エセックスの艦橋から外を眺めた。雲量が少々多いし、流れが早い・・・風が強いとなれば、戦闘時の燃料消費も激しくなる。ハルゼー長官が率いていたなら、迷わずパイロット達の為と接近を命じただろう
911 :長崎県人:2007/09/27(木) 14:17:43 ID:2MxH4A12O
ブローニングがため息をついている頃、日本側の間接支援隊たる第三艦隊では、防空システムの再確認が行われていた。この光景と中身を聞いたなら、タワーズさえも青ざめただろう
『本艦担当の、全二十五中隊の回線、確かに繋がります。千早も同様に確認しました』
『よし、訓練通りだな』
高木中将は大きく頷いた。帝國海軍が開戦以来就役させた空母型の艦船で、最新鋭の艦である三浦級航空給油母艦。そのうちの三浦と千早は、中台海峡の悲劇と、それ以降の防空戦の教訓を受けて、20機近く積める格納庫の一部を利用して管制機器を設置し、防空システム担当艦としての地位を、この海戦では得ていた
『しかし実態は、一隻で各空母の一個中隊9機を譲り受けて管制しているに過ぎないのだがな』
『450機という数に幻惑されてしまいそうですけどね』
二隻で五十個中隊というのは、空襲の際に空母から迎撃に出せる限界(大体戦闘機の半分から三分の二)から逆算的に設定されたものだが、機器や人員を育てていくうちに、それが過小だったかもしれないという声がちらほら出て来ている
『普通の母艦も、あそこに行けという程度だが、二個中隊程度の誘導はできる。我々が受け持つ境界の外は彼等に任そう』
913 :長崎県人:2007/09/27(木) 14:20:18 ID:2MxH4A12O
三浦と千早はどちらかと言うと設定空域を守る防空システム艦であるので、艦隊にもかからないような外域は、他の母艦の管制に任せている
『機体の大型化で、我々に機体を回して外域まで機体を出せる艦は信濃級と翔鶴級、そして今回戦闘機だけを積んで総旗艦をやってる加賀しか居ませんけどね』
それが五個中隊、45機。これが常に外回りの目として機能している
『五隻もあれば十分さ、桃井君。50機近い戦闘機の襲撃をうければ、大抵の・・・そうだね、150機以下の攻撃隊であれば確実にバラける。最悪それ以上でも、こちらが機体をいくらかでも上げるだけの時間稼ぎにはなる』
それができれば勝ちだ。225機あるいは450機の戦闘機が敵編隊をこそぎとっていく。敵の隊がバラけたならばこちらのものだ。三浦と千早の二人の彼女が導く声が、五十の中隊を動かし、敵を喰い破るであろう
『しかし中将、念を押すようで申し訳ありませんが、一中隊は9機でしかありません。阻止能力に問題があるのでは?』
不安そうに桃井は言った
『うん、そうだな。桃井君が言うように、確かに一空母が一次攻撃に出せる攻撃隊、3〜40機を防ぐには、二個中隊、18機は戦闘機が欲しいだろう』
それは正しい、と高木は言った
914 :長崎県人:2007/09/27(木) 14:22:48 ID:2MxH4A12O
『しかし、だ。ハワイからの航空部隊を足しても、二十五には届かない』
米艦隊が保有する空母は十五、ハワイから出てくる航空隊はおおよそ七つと考えられていたから合計二十二
『六個中隊、54機はあまる計算だ。楽観だと君には思われてしまうかもしれないが、私は外周を含めて99機は予備があると考えている、大丈夫だ。守れるよ』
高木は桃井の肩を叩いた
『ええ』
確かに大丈夫そうに思える。だが、相手はあの米軍だ、フィリピンで戦爆あわせて1000機以上を撃墜されて失った戦訓から、何か編み出して来てもおかしくない。予備が【54機】で間に合うかどうか・・・
この会話から一時間程してのことだった。レシーバーに耳を傾けていた桃井が叫んで報告した
『外域を哨戒していた瑞鶴隊から、敵編隊を発見との事!』
瑞鶴からの緊急電が三浦に伝わる
『来たか!』
高木は唸ってから、姿勢を正すと高らかに宣言した
『全艦に達せよ!これより我々は統制防空戦闘を行う!我、これより一時的に艦隊指揮を受けとる!戦闘機隊、発艦せよ!』
この瞬間、第五次まで行われるハワイ沖海戦の最初の幕が、ついに切って落とされたのであった
922 :長崎県人:2007/10/02(火) 00:13:01 ID:2MxH4A12O
第一次ハワイ沖海戦に於いて、両軍の錯誤は開始早々始まった
『おい!バンカーヒルの航空隊はどこ行った』
時計を合わせて、なるべく同時に敵艦隊に攻撃を行うことでこそ意味を為せる飽和攻撃。しかし、異世界に於いて長距離進出に苦心した帝國海軍と違い、到達率に於いて米海軍は劣ったのだ。タワーズは勿論到達率の事を考慮の中に入れていたが、ハワイを間に挟むことで、かの島をランドマークとし、中継地点とするならば、問題は無いと考えたのだ
『雲が多くて見失いました・・・』
そう、多くの二式大艇を投入したハワイへ北上する低気圧を強化する作戦、神風作戦の成果だった。この作戦の成果は、翌日の上陸作戦に関して特筆されることが多いが、この時点でも存分に機能を発揮させていたのだ
『くそ、我が隊だけじゃ自殺行為だぞ』
敵艦隊の規模は、パイロット達にも伝えられていた。さすがに一隊、最大でも45機(ミッドウェーの日本空母が27機、レイテでのイントレピッドが32機というのからすれば、45機はかなり無理をしている)
『機長!敵機!真上です!』
偵察員が叫ぶ
『言ったそばからこれかよ!』
護衛のF6Fがエンジンの回転数をあげて上昇していく。護衛機だけが頼りなのだ
923 :長崎県人:2007/10/02(火) 00:15:06 ID:2MxH4A12O
『頑張ってくれよ・・・』
爆弾や魚雷を積んだ攻撃機は洋の東西を問わず、戦闘機のカモである事に違いは無い。彼等の奮戦を祈るしか無い
『よし、フルスロットルだ!』
今の内に敵戦闘機から逃れなければ・・・そこに最悪の報告が入って来た
『機長!敵がもう一隊来ます!』
『くっ!落ち着け!陣形を崩すんじゃない!ブローニングを用意しろ!』
こいつの後部旋回機銃で弾幕を張るしかない。これまでの戦訓からブローニングがあまり効果が無いという事を知らされていても
『畜生』
敵艦隊までどのくらいの機体が、いや、俺が落とされずに済むかどうかが一番の問題だ
『・・・皆、いざとなったら魚雷を捨てるぞ』
爆弾や魚雷はいくらでも用意できる、次があるんだ、教官もいってたじゃないか、とにかく生きろ、と(これまでのあんまりなパイロットの損耗のせいで、そんな教育になった)
『し、しかしそれでは敵前逃亡に』
『いざとなったら、だ』
引き際を間違ったら終わりだけれども・・・そこが落としどころだろう。あまり褒められた事ではないが
『それでも死ぬよりゃましだ』
これが日本であれば、任務や責任を優先しすぎ、引けぬ所まで行ってしまう可能性は高い。しかし彼等は違った
924 :長崎県人:2007/10/02(火) 00:16:43 ID:2MxH4A12O
一方、日本側で起きた錯誤は現場ではなく、三浦と千早、その二艦の統制の現場で起こっていた
『敵編隊、30を越えます!』
高木が限界と想定した二十五編隊以上の空襲、それがあっという間に越えられてしまったのだ。よくよく考えれば当たり前の話だが、パンケーキの反射板を切り離さずとも襲撃を受けた敵編隊は戦闘機を残して攻撃隊を逃そうとする。そうなれば10編隊で20編隊は固いのだ。いや、爆撃機と攻撃機で別れてしまえば、一編隊が三つになる・・・実際、この時第三艦隊を襲った米軍の攻撃隊は最大で230機にしか過ぎない(パンケーキは除外)
『長官!優先順位を!』
桃井の叫びに高木は我に返る
『敵編隊は・・・』
電探から映し出される情報を必死に読み取る
『とにかく、とにかくだ、向かってくる奴らの鼻先に持って行って、足止めさせるんだ!』
突き進んでいる奴らを足止めしている間に、今交戦している中隊が敵を撃破してくれるかもしれない・・・
『わかりました!そう指示を出します!』
電探の示す光点は、ゆっくりとだが艦隊に近づいてくる。その一つ一つが我々を殺すための力を内包している
ぶるるっ
高木は震えた、そして叫ぶ
『なんとしても食い止めるんだ!』
925 :長崎県人:2007/10/02(火) 00:18:59 ID:2MxH4A12O
桃井を始めとする管制官があわただしく動き、戦闘機隊を高木が優先順位をつけたとおりに配置させていく。彼等は全体を防ぐ事から、限定阻止に切り替えた。これがうまく働いた
『思ったより突っ込んでこない?』
桃井が異変に気付いた。敵編隊はこちらの戦闘機隊を送ると、戦って止まる編隊の方が多く、突っ込んでくる編隊はむしろ少ない(巡航速度はパンケーキの方が早いのでパンケーキが先行していた。それにはファイタースイープの意味もあった)、敵の反射板の事は戦闘機隊の報告が入って来たため把握していたが、それでも、だ
『そうか・・・やつら、戦闘機に反射板をつけて・・・』
機数を欺瞞したという事か・・・!ならば、戦闘に突入して動かない光点は無視してやればいい、それは戦闘機だけだ!
『各機!これより目標を伝える!』
手が読めたら、あとはこっちのものだ。あるだけ投入して潰してやる!
こうしてタワーズが望んだ飽和攻撃による帝國海軍のシステム破綻は防がれ、逆に過飽和と呼ばれる多数の迎撃機が米軍の攻撃隊に送られ(逆に米軍戦闘機隊と戦っていた戦闘機隊は意図的に無視され、数的不利からかなりの損耗を受けた)櫛が抜けるようにぽろぽろと撃墜されていくのである
926 :長崎県人:2007/10/02(火) 00:20:22 ID:2MxH4A12O
しかしそれで全ての損害を防げるかと言うと、そういうわけには行かなかった。何事にも例外はある
『よっしゃああっ!また落ちた!』
防空戦の成功は、第三艦隊の士気高揚をもたらした。彼等には統制の混乱など知るよしもなく、ただ撃墜されていく敵機を見るだけなのだから
『おい、弦月が射撃を始めたぞ、どうしたんだ?』
空母龍譲では、一番近い所にいる防空艦が射撃を始めたことの意味に、しばらくの間乗員は気付けなかった。高木や桃井が始めた防空で、敵編隊に対する迎撃が過飽和状態になったのは前記した。つまり、編隊をメチャメチャに食い荒らされて、魚雷や爆弾を投棄したりして離脱する機体の他に、少数、あるいは単機ながらも未だ第三艦隊へ突撃を敢行する機が居ても、迎撃する機が存在しなかったのだ
『突破された!』
必死に弾幕をはる秋月級を飛び越し、TBFの五機とSB2C八機(所属はバラバラ)の十三機が龍譲ら第八航戦に迫る。第三艦隊は輪形陣の内に改装空母を入れていたが、その位置は囮を兼ねて外側にあった。特に隼鷹級は大きさも見てくれも正規の空母として遜色ない、狙われるのはある意味当然とも言えた
『対空射撃だ!急げ!』
龍譲の高角砲と機銃が吠え始める
927 :長崎県人:2007/10/02(火) 00:22:26 ID:2MxH4A12O
それでも米軍の猛禽たちは黒煙を縫って突っ込んでくる。初動の遅れと、油断。その全てが彼等の攻撃成功を保障していた
『間に・・・あわない!』
敵編隊から落とされた魚雷が、一直線に伸びてくる。たとえレーヴァテイルによって進路がわかったとて回避不能なそれが
『退避っ!退避〜!!!』
今になってようやく高角砲や機銃群の兵員に退避命令が出る
ドガガカガガ!!!
『おい!退避せんか!』
魚雷に向けて一心不乱に機銃を放つ兵を、その機銃分隊の長が止める。それでも彼は諦めきれず射撃をやめない
『もう少し、もう少しで当たるんです!』
『退避命令が出た!お前も逃げるんだ!』
分隊長の言葉に兵が振り返った時だった。反対舷に逃げる兵員達の走る甲板に、雷撃してフライバイしようとした敵機が撃墜されて衝突し、転がるように兵士達を巻き込みつつ反対舷の海中に落ちた
『なっ』
その光景に驚くしかなかった分隊長と兵は、次の瞬間に命中した魚雷の水柱によって機銃ごと引き裂かれ戦死した
龍譲の被雷数、五
帝國海軍の空母として四番目に生を受けた彼女に、その被雷数は破滅的といわざるをえない。彼女は九分の間に転覆してしまうのである・・・轟沈だった
928 :長崎県人:2007/10/02(火) 00:25:02 ID:2MxH4A12O
龍譲沈没・飛鷹中破(艦橋と前甲板に被弾)・隼鷹小破(至近弾)は、第三艦隊を守る戦闘機隊の闘争心を大いにかきたてた
『俺達の母艦が!』
『おのれヤンキーどもめ!』
陣風が空を舞う。米軍の攻撃隊は徐々に戦闘機の比率を増していった。これは、日本側の防空網が手強いことと飽和攻撃の失敗が明らかになった事から、既に離脱した攻撃隊の戦闘機隊も含めて後続の攻撃隊を守らんとしたためだ。この根底には、比較的近い所にハワイの飛行場があるという安心感もそれを手伝った。故に、帝國海軍の上げた400機を越える戦闘機と、250機を越える米軍戦闘機の激突はいつ終わるともなく続いていた
《水原みろ!どぉーだぁ!俺の方がこれで撃墜数は上だぞ!》
水原と呼ばれたパイロットは、僚機がF6Fを落とすのを確認した。そいつは自己主張の激しい奴だが、いちいち敵の機体を落とす度にこっちを呼ぶおかげか、確認戦果の撃墜数を随分稼いでいた・・・正直ウザったいが。いかん!得意げにバンクを振るあいつの機体の下面から、この海戦で初見参の皿みたいな戦闘機が迫ってくる
《陣内!敵だ!》
《な、なんだとっ!?》
陣内は咄嗟に翼を翻した。その場所を火線が通り過ぎていく
『もらった!』
929 :長崎県人:2007/10/02(火) 00:26:28 ID:2MxH4A12O
攻撃に失敗した皿が、離脱しようとして下降を始めるが、その為に背面を見せたのを水原は見逃さなかった
『くらえっ!!!』
陣風の30oがパンケーキを捕らえ、ジュラルミンを散らしていく。こんな皿の様な機体で、被弾面積とか考えたんだろうか?やがて白煙を吹いて、パンケーキは降下していった
《水原!》
後頭部に影を感じた。やばい、敵を凝視しすぎた・・・やられる!
『?』
しかし敵の銃弾は水原の機体に降りては来なかった
《ばかもーん!貴様は敵を見すぎるなと言ったであろうが!》
機体の横を敵のF4Uが翼を折られつつ落ちていった。落としたのはの小隊長の藤沢機だ、怒号が無線機を通じて響く
《す、すいません》
《全くだぞ水原》
いつの間にか戻ってきた陣内が答える
《お前もだ陣内!カヴァーがおそぉい!帰ったらケツバット一本!》
《ひぃいっ》
陣内が怯んで機体が揺れる
《イヤだったらもっと撃墜数を稼げ!》
《は、はいぃっ!》
《水原、お前もだ!このあと坊主だったらケツバットだ!》
《わ、わかりました!》
《よぉしっ、三浦から連絡があった。我が中隊は空域乙のへ、だ。続けぇっ!》
三機の陣風はエンジン音も高らかに、新しい戦場へ向かっていった
930 :長崎県人:2007/10/02(火) 00:28:17 ID:2MxH4A12O
一方、米軍では
『畜生!落ちていくのは味方ばかりじゃないか!』
空母を三隻殺った(誤認)という通信はあったが、状況は良くならない
《ジョセフ、落ち着け!》
無線を入れっぱなしにしていたせいか、小隊長から注意が入る
《ハワイには弟が居るんです!ここで奴らを食い止めなければ!》
弟は魚雷艇に乗っている。駆逐艦も脅威だが、一番の脅威は航空機であると彼は理解していた。ここで奴らを撃退しなければ、弟が危ない
『くっ!』
しかし、戦闘機の数の差と言う根本的な問題は、個人がいかに奮戦しようと解決できない
《こち・・・サラ・ガ・・・援護》
雑音交じりに無線が入る。またこのフィールドに攻撃隊が到着したらしい。燃料は・・・いける!
《燃料のあるものは、続け!無い者は無理をするな!ハワイでも母艦でもいい、戻ってもう一回来れば良い!》
どこからか、また無線が入ってくる。既にバラバラになっている編隊が多く、どれが先任かなぞわからない状況では、指揮を採る気概のある人間に従った方がいい
《小隊長!私はまだ戦えます!》
ジョセフは訴えた
《ああ、行こう!だが、戦うときは弟よりも自分の心配だ、わかったな》
ジョセフは小隊長の心遣いに感謝した
931 :長崎県人:2007/10/02(火) 00:32:48 ID:2MxH4A12O
そのジョセフ達が攻撃隊の護衛についた時には、既に空域は一時的な小康状態になっていた
『まるで戦闘機の展覧会だな』
自分達の乗るF6Fの20o搭載型に、隣の編隊は12.7o機銃を搭載した初期型F6Fだ、そして右上空にF4Uの編隊、これも20oと12.7 o搭載型の混在で、上空前方には珍しくなったFMー2。右後ろにはフライングパンケーキ、左翼にはハワイの陸軍航空隊のP47CにP51B(英国向けの20o搭載型からそのまま改良)がついている
《戦闘機隊を現在暫定的に指揮しているマクガイヤだ》
一機のP47Cが前に出た。おそらくあれが喋っているのだろう
《こいつが最後の攻撃機編隊だ。こいつら以外に第一次攻撃隊は攻撃を終了するか、その力を失っている。俺達はこいつらを何としても、あのジョージとゲイル(陣風のニックネーム)から守ってやらなきゃならん》
そこで彼は言葉を区切った
《残念だが、敵はこっちより多い。敵もこれが最後とあって、厳しい戦いになるだろう。奴らは機体も良いし、腕も良い》
今まで帝國海軍と戦ってきたパイロット達は、この言葉に素直に頷いた。奴らは強い
《だが、俺達はやらなきゃならん。なんとしてもこの攻撃隊を敵にデリバリーするんだ》
932 :長崎県人:2007/10/02(火) 00:36:12 ID:2MxH4A12O
ちぎれた雲の向こうに、黒い粒が浮き上がってくる。敵の迎撃隊だ
《敵が来たようだな。それでは戦おう。この一撃を通す事こそが戦勢を変える。必ず守り切るんだ・・・我らが祖国に栄光のあらんことを》
それが合図だった。本来の護衛機を残し、残存する戦闘機の全てが前進して敵の戦闘機隊に向かっていく。その中には勿論、ジョセフも居た
最終的に100を越える戦闘機と200を越える戦闘機の(他は給弾中)ぶつかりあいは、大空のキャンパスに無数の飛行機雲を引きながら行われ、爆煙がそれに彩りを加えた
結果、米軍戦闘機部隊は雄々しく突撃し、己の職務を果たしてついえた。彼等は敵味方、双方から惜しみなく讃えられた・・・それで得られた攻撃隊の成果が、空母瑞穂の撃沈と、超甲巡鞍馬への突入機による後部指揮所の破壊だけに過ぎなかったとしても
米軍第一次攻撃隊参加機(延べ)705機中、未帰還機398機、使用不能機106機
帝國海軍損害
空母龍譲・空母瑞穂、撃沈
空母飛鷹、中破
空母隼鷹・超甲巡鞍馬・駆逐艦三隻、小破
防空隊参加機数495機(戦闘機のみ)中、未帰還機97機、使用不能機38機
939 :長崎県人:2007/10/04(木) 13:01:10 ID:2MxH4A12O
米機動部隊・エセックス
『確認戦果、空母六隻撃沈か』
タワーズは自艦に戻ってきた機の報告を見て呟いた。戦場でのこと、誤報だらけなのだが、タワーズはその報告を信憑性の高いものと判じていた。いや、むしろ
『他の艦も損傷してると見てよかろう、しかしそれでも半分行かんか』
と、戦果を過少だと思っていた
『司令、かなり大規模な迎撃を受けての事です。もう一度偵察機を出してみてはいかがでしょうか?』
この状況と攻撃隊の結果に不安を覚えたブローニングの進言に、タワーズは首を横にふった
『ただでさえ攻撃隊は損耗しているというのに、爆撃機を避けというのかね、ここはひたすらに押しだよ』
ここは損害に構わず攻撃隊を送るべきシチュエーション、そう思えた
『インディペンデンスら軽空母はその全艦が残存10機を切っています。ハワイも多数の機体が流れ込んだ事から再編成は難しく、損傷してる機も多くて攻撃隊を出すのは不可能です。我々だけの攻撃隊は尚早になりはしませんでしょうか?ここは慎重に行くべきかと』
ブローニングがタワーズを諌める
『いや、それは違うぞ参謀長』
タワーズはこれにも首を横に振った
『敵もその精強な防空網を掻き回されている筈だ』
940 :長崎県人:2007/10/04(木) 13:04:06 ID:2MxH4A12O
『もとより第一次攻撃隊より機数を多くは出せんのだ、攻撃隊を送り出すのは態勢が崩れている今しかない、今しか無理なのだ』
『・・・』
ブローニングは押し黙った。確かにそうだろう。だが、敵の防空網がどうなっているかを願望で決めて攻撃隊を送り込むなぞ
『ここは退いてはどうでしょう。明日天候不順で航空攻撃が行えずとも、ハワイは一日二日では落ちません』
そうか、そうなのだ!
『いやむしろ、ここで攻撃隊を送り、我々の航空戦力を失ってしまえば、敵の思うツボです!』
敵艦隊を攻撃できなくとも、地上支援や、敵の妨害は出来る!ハワイを取られなければ、我々の勝ちだ!
『・・・有り得ないな、言ったろう。我々は攻撃を受けたならば壊滅する。空母は特にな、出来て半年経っていない艦が殆どなのだ。イントレピッドやバンカーヒル等は出来て二ヶ月。攻撃を受ければ、まず沈む』
敵もまた攻撃をかけてくるのは、まず間違いない。攻撃を行わず、沈む空母に機体を残しておくわけにはいかない
『それでも全ては沈みません!』
戦力としてあり続けることこそが!
『君は全体が見えていない。今すぐ攻撃隊は出す!命令だ、急ぎたまえ!』
ブローニングは結局、部外者に過ぎなかった
941 :長崎県人:2007/10/04(木) 13:06:18 ID:2MxH4A12O
第三艦隊・加賀
『兵が哀れですな』
敵が放った第二次攻撃隊は、第一次攻撃隊と同じく散発的攻撃に終始し(それしか出来ない、というのもあるが)、三浦と千早の管制によって導かれた戦闘機隊(中隊を三機以上撃墜された隊は迎撃から除外する、という方法でシステムを縮小・維持した)に、為す術なく撃墜されていっていた
『いうな樋端君、彼等は道筋を違えたならば、撃墜し、阻止されているのは我々の姿だったのかも知れぬのだ』
小沢は空を見上げる樋端を諌めた
『は、申し訳ありません』
作戦時の小沢が出す貫禄は、天才と呼ばれる樋端をして威圧させる物があった
『このペースであれば、敵部隊に攻撃隊も出せそうだな』
敵の攻撃隊をひきよせ、管制された戦闘機隊によって迎撃し撃滅するのがこの作戦の第一段階だった。これ程の艦隊であれば、敵は第一撃にその全力をかけてくる事は間違いない。そこを徹底的に叩けば敵の航空戦力は激減する
『図に当たったというのに、物足りなさを感じるとは・・・』
空母の二隻は確かに失ったが、外周に配置した軽空母で、正規空母ではない。敵の規模からすれば最低限でしかない
『これが近代戦か・・・』
空母の戦闘というものが、これほど淡泊とは
942 :長崎県人:2007/10/04(木) 13:08:35 ID:2MxH4A12O
小沢は呟いて一抹の寂しさを感じた。この第三艦隊は自分の夢の具現のような物だと言うのに、こんな事を考えるとは・・・大和で前線に出れば、また違ったのだろうか?いや、いくらなんでも旗艦に大和を取るのはやりすぎだ
『三浦から通信です。敵機は帰還しつつあり、敵の第二次攻撃は終了と見られる、です』
自分の戦はここまでだな・・・小沢は悟った。時代は進んでいる、自分はここまでだと
『わかった。敵空母ヘの攻撃は山口君に任せる。ただし』
樋端が隣から続けた
『今後の地上支援の為に、攻撃隊は一波のみ、ですね』
小沢は頷く
『敵空母撃滅は主目的では無いからな』
締めるところは締める。今作戦で現場を退くにしても、手本は示していかねばならない
『作戦とは海戦が全てでは無い。指揮官は全般を見て判断を下さねばならぬ』
異世界に居た時より、戦況から全体的に状況を判断し、組織の垣根を越えて協力しあい、陸軍からも【海軍に小沢あり】と言われた小沢の言葉と指導は、後々に彼の後をつぐ樋端らに大きく影響を与え、総合戦力としての帝國海軍を底上げしていく原動力となるのだが、それはまた別の話
『・・・』
ただ小沢はじっと、無言でハワイの方向を見つめるのであった
943 :長崎県人:2007/10/04(木) 13:11:47 ID:2MxH4A12O
ハワイ・太平洋艦隊司令部
その日の夕方、既に外は雲で覆われ、風は上げられた星条旗を激しくはためかせていた
『申し訳ありません、長官・・・』
毛布にくるまったブローニングが報告に来たのが少し前だ
『お前は良くやったさ、ブローニング・・・そうか、タワーズはおっ死んだか』
米機動部隊を襲った一波だけの攻撃隊は、迎撃戦闘機さえ不足するようになっていた空母群に殺到し、50本近い魚雷を空母群に叩きつけて、あっという間にさって行った
『レディサラとビッグE、それにプリンストンが残っただけでも幸いですが・・・もはや戦力としては』
エセックス級五隻はのきなみ魚雷を3〜5本命中させられ、ダメージコントロールも効かずに横転沈没、歴戦のワスプも魚雷を3本喰らってはひとたまりもなかった。インディペンデンス級もプリンストン一隻を除いて撃沈されている
『敵は十二隊で突撃して来て、各編隊で一隻ずつ確実に沈めていきました』
大型のサラトガとエンタープライズが狙われなかったのは不可解だが、それが戦場という物なのだろう
『戦艦は狙われなかったのか?』
ハルゼーの問いに、ブローニングが頷いた
『はい、完全に輪形陣の中心である母艦を狙ってきました』
944 :長崎県人:2007/10/04(木) 13:13:07 ID:2MxH4A12O
『敵もわかってる奴が居るな』
ハルゼーは苦虫を噛み潰したような顔をする
『水上を走るバトルワゴン(戦艦)はある程度針路を特定できるが、例え少数機でも空母からの攻撃は厄介だ。特に上陸部隊はな』
かといって空母を上陸部隊につけて、陸地近くまで一緒というわけにはいかない。反応時間が短すぎて、迎撃が間に合わずに被弾する可能性は高くなる。そんな危険は犯せない、となれば自ずと攻撃目標は空母とされておかしい話では無い
『空母屋の仕事は仕舞いだな』
今日の夜から明日は天候が荒れるらしいし、航空隊も全滅同然、三隻も駆逐艦を五隻つけて本土に帰らせている
『申し訳ありません』
ブローニングは沈んだエセックスから濡れたからだをひきずって、キングフィッシャーで報告に来たのだ、敗戦の、そして敵の来る島に残るハルゼーの傍に戻るために
『ブローニング、死ぬ間際にタワーズはなにか言ったか?』
『・・・これで勝った、と』
最後の最後まで、自分達の放った攻撃で空母を十隻以上撃沈し(第二次攻撃隊分の誤報も含む)敵の攻撃隊を吸収した事を信じていた。そうなったからには、例え自分はここで死すとも英雄だ、と
『大馬鹿野郎め・・・偵察隊を俺達は出した、見るか?』
945 :長崎県人:2007/10/04(木) 13:15:24 ID:2MxH4A12O
ハルゼーが紙を差し出すと、ブローニングは頷いてそれを受け取った
『ジャップは強い。タワーズは、いや、俺達はそれを結局は理解していなかった』
ブローニングが報告書を持ったまま震えている
『一千機近い攻撃隊を出して、沈めたのは空母二隻・・・そんな・・・』
少なくとも五隻は行ったんじゃないか?と心中にあった希望が打ち砕かれる
『俺達は間違ったのかもしれんな』
艦隊ではなく、上陸船団を遮二無二になって攻撃すべきだったのだ。内南洋での敵のように
『無理でしょう。それまで敵の機動部隊が黙っている筈がありません。一度攻撃を受けただけで我々は・・・』
ブローニングは気付いた、自分がタワーズと同じ事を言っていることに。つまり自分達が負ける事は
『決まっt』
そう言おうとしてハルゼーから殴られる、衰弱していたブローニングは吹っ飛んだ
『まだ戦いは終わりでは無い!何を呆けてるんだブローニング!』
『は、はっ!』
立ち上がって敬礼する。そう、まだハワイを取られた訳じゃ無い、これでは何の為に自分は戻って来たのか
『猪武者の俺を、また補佐してくれや、ブローニング』
ハルゼーは、ブローニングの手をがっちりと握った、その手はとても温かかった
946 :長崎県人:2007/10/04(木) 13:17:36 ID:2MxH4A12O
十分後、ブローニングとハルゼーは、ハワイ全体の地図の前に立っていた
『敵はこの悪天候を幸いと、我々の砲台を潰しつつ、上陸部隊を近づけてくるでしょう』
ブローニングはワイキキ海岸を指差す
『おそらく撃ち合いをしても、ただ負けるだけです』
この悪天候は、観測所が観測のセオリーから高い位置にある以上、測距はかなり不利である。敵は艦を動かせるし、測距出来ないとしても砲台は固定、いつかは当たって装甲も破れる
『しかし、悪天候になったのは我々にも幸いです。敵は上陸船団の中身を出せないでいるでしょうから、我々の艦隊の戦艦群をそれにぶつけていくべきです』
『うむ。だが、敵の戦艦戦力の方が有力だぜ?』
ハルゼーが笑った、ブローニングが調子を取り戻している
『ですが彼等は我々を無視できません。現れた艦隊には食い付いてきます。勝てますしね』
『おいおいブローニング、今度は敵を釣るのか?』
ハルゼーの笑みは大きくなった。ブローニングもそれに答えて笑う
『はい、やり返してやります!』
『いいぞ、それでどうするんだ?』
ブローニングは編成表を持って来た
『こちらの戦艦の殆どをぶつけます、正確に言えば、八隻の戦艦を中心としたグループです』
947 :長崎県人:2007/10/04(木) 13:19:33 ID:2MxH4A12O
リストにはモンタナを始め、サウスダコタ級四隻にアイダホ、アリゾナ、ネヴァダの名が連なっていた
『釣り出しには十分な戦力だと思われます』
そして残りの二隻
『敵はうちのバトルワゴンが、33ノットも出るなぞ知りますまい。アイオワとニュージャージーのグループを外周を回る形で突入させます、これが第二陣』
ブローニングはアイオワのグループを指でターンさせる仕草を見せた
『そして隠し玉とアラスカ、グァムが第三陣です』
ハルゼーがきょとんとした
『あいつは別の使い道をする筈だが?ここで投入するのか?』
ブローニングはまだハルゼーにも伝わってないのだと理解した
『彼女じゃありません、彼女は長官が使ってあげてください』
『彼女じゃない?』
じゃあ何だ?
『秘密です。長官が知らないのに、日本軍が知る筈がありませんから、とっておきの隠し玉です』
ブローニングはウィンクした。あれは不具合があったせいで、本土から移動するのが遅れたが、ギリギリ明日到着する。間に合わせだから、日本軍も知るよしが無い
『ハワイさえ落ちなければ、我々の勝ちです。上陸船団さえ叩けば、敵の機動部隊がいくら居ようと占領は出来ない。占領が出来なければ、長居も出来ない』
948 :長崎県人:2007/10/04(木) 13:21:44 ID:2MxH4A12O
まだ、俺達は戦える。負けるなんてまだまだ早過ぎる、それを俺は・・・
『そういうこった。どうだ?まだ戦いは始まったばかりだろう?』
『はい!』
心底この人に付いていこうと思った。ウィリアム・フレデリク・ハルゼー、あなたは米海軍で最良の将でありましょう
『それじゃその旨、スコット達に伝えてくれ、釣り出しの囮だって楽じゃねぇ。ジャップ相手にはあいつらじゃ無きゃ、出来んからな』
兵を呼び出して連絡事項を伝える。海戦についちゃああとはあいつらに任せるのが一番良い
『あとは、そうだな。馬の蹄でも買っておくか。神頼みって柄でもねぇがな』
人事は尽くした、あとは天命のみ、なんとも本格的な決戦だなと笑う
『勝つぞ、ブローニング。タワーズが言ったようにな』
『はい!』
戦う意志を失わなければ、負けじゃねぇ。馬の蹄を買いに向かうハルゼーの背中は、確かにそう語っていた
ハワイを巡る第一幕は、米軍の惨敗というひとまずの終わりを迎えた。しかし、これから始まる第二幕、第三幕は、まだ開かれてすらいない。ハワイの海は暗く、多くの血を飲み込んでまだ足りないとでも言うかのように、強いうねりを見せるのであった
958 :長崎県人:2007/10/07(日) 19:25:55 ID:2MxH4A12O
彼女は夢を見ていた、たゆたゆ水面にさしこむ光に照らされて
『ねぇ、どうしたの?』
目をうっすらと開ける彼女、子供が彼女を覗き込んで心配そうにしている
『思い出していたの』
彼女は言った
『あの時集った、30人の戦乙女達を、いいえ、200を越える彼女達を』
ブロンドの髪に、白い肌、そこを流れる水滴に、少年はドギマギしている
『志摩く〜ん、どこ〜?』
『あ、久遠さんだ』
遠くから呼ぶ声が聞こえた。引率の人ね
『呼んでるわ、私は大丈夫』
『う、うん』
彼女は安心させるように笑顔を見せる。後ろ髪引かれるように男の子は久遠と呼ばれた女性の元へ駆け寄る
『ダメじゃない。遠くに行っちゃ』
『でも、女の人が居たから』
久遠は首を傾げた
『この時期に泳ぐ人なんか居ないわよ?この海はある意味お墓だから』
『え、でも・・・』
確かに女の人が
『居ないわよ?どこにも』
久遠の言うように、振り返って見た海岸には誰も居なかった
『それでは行きますよ』
久遠に呼びかけられる
『あ、はい』
それでも少年は、もう一度振り返った
『っ!?』
確かにあの女性が、水面に立って手を振っていた
彼がその意味に気付くのには、いくらかの時間が必要だった
959 :長崎県人:2007/10/07(日) 19:30:04 ID:2MxH4A12O
1943年7月4日・ハワイ沖、大和
地獄の業火のような炎が、夜の闇と悪天候の中、ハワイの沿岸一帯に広がっている
『まずは遮蔽物を焼き払う』
と命令した宇垣中将により、第一艦隊に所属している十四隻の戦艦が、三式弾、及び零式弾で射撃を行っている。勿論、かの砲弾でも吹き飛ぶものは遠慮なく吹き飛んでもらって居る。海岸線の鉄条網や地雷原に蛸つぼ等の陣地類と人間などの柔らかいものだ
『機雷原の掃海に取り掛かりますか?』
参謀が宇垣に告げたが、宇垣は首を横にふった
『まだだ、判明している砲台全てに、定数の砲弾を撃ち込んでからだ』
宇垣は至極慎重だった。戦艦だけに地上砲撃を行わせている。判明しているだけ、つまり、ダイヤモンドヘッドを始めとする目に見える砲台と観測所を潰し、上陸船団が受ける砲撃を最小限にする為である
『今掃海部隊と上陸船団を近づけてみろ、地上砲台と敵艦隊に挟み撃ちだ』
上陸船団が足を固めてからの同時対応は難しい
『敵はすぐにでも上陸して来てほしいと思っている、だがそうはいくか』
砲台をこの悪天候を利用して潰し、なんとしても万全な状態で上陸させて、敵艦隊とハワイその物を押し潰してやる
『そろそろ徹甲弾に換えたまえ』
960 :長崎県人:2007/10/07(日) 19:32:01 ID:2MxH4A12O
そろそろ要塞砲を目標にすべきだろう。ハワイに存在する要塞砲は、16インチ砲四門を始め強力なもので、ベトンで固められている
ザッパーン!!!
唐突に第一艦隊の戦艦群の間の海面に水柱が立った
『しびれを切らしたか・・・見張り、火点を発見し次第、報告して潰せ!』
『はっ!』
それから何度か水柱が林立したが、狙いは不正確そのもの、悪天候が幸いしている。それだけでは無い、要塞砲というものは、その位置の秘匿が自身の防備の第一である。その事はつまり、頻繁な射撃訓練などもってのほかという事だ
『キジも鳴かずば撃たれまいにな』
宇垣はにやりと一瞬笑った、あとはこの大和がじっくり料理してやる。地上にあるという事は、至近弾で巻き上がった砂れきや爆風でも砲台を殺せるという事、何も無い水柱でも下手に被ると艦に被害が起きる。確かに要塞砲や観測所自体は目標として小さいが、この面をもって艦とイーブンになるだろう。我が帝國海軍は、ブリュッヒャーのようにはいかんぞ、米軍よ
『位置確定しました!射撃開始します!』
大和の身体が、主砲発射の雄叫びと共に震える
『艦隊決戦前の腕慣らしだ、手早く片付けるぞ』
宇垣は自軍の勝利を信じて疑わなかった
961 :長崎県人:2007/10/07(日) 19:33:50 ID:2MxH4A12O
ハワイ・米太平洋艦隊司令部
『こりゃあごっつい光景だな!ブローニング!』
ダイヤモンドヘッドを始め、元からある要塞砲陣地に、まるで火の雨のように砲弾が吸い込まれていく
『長官!中へお入り下さい!危険です!』
ブローニングは爆発音が響くたびに腰を屈めている
『奴らはここには撃ちゃあせん!大事なセレモニーポイントだからな!』
ハワイの占領を公にしたりするには、海岸線も近いこの立派な建物はうってつけだ。流れ弾も落ちてこんようにしているはずだ。傷が付くとすれば、歩兵同士の激突が始まってからだ
『長官!ですが!万一もあります!』
爆発音にかきけされないように、ブローニングも叫んで会話する
『既存の砲台の奴らに砲撃命令を出したのはオレだ!これぐらいしてやらんと割にあわんだろうが!』
せめて、見ていてやるのが礼儀って奴だ。あいつらがやられてくんねぇと、話がうまくいかねぇ、あいつらは好き好んでやりたくもない行動をしている上に、必死に自分のタマぁはってやがるんだ。出来ることは何だってやってやる
『待ってろジャップ!今にぶっとばしてやるからな!』
だからさっさと上陸しろ、歓迎パーティはとっくに用意してあるんだ。とっておきのな
962 :長崎県人:2007/10/07(日) 19:36:38 ID:2MxH4A12O
大和
『敵の砲撃が散発的になって来たな』
明らかにその勢力は下火になっている
『そろそろ切り上げてもかまわんかな?』
弾はそれなりに用意してきたが、砲身の摩耗は避けられない。米海軍は空母がやられただけで引き下がりはしない、必ずやってくる
『計時、0200です!』
ふむ、夜明けまでに船団を上陸させ、地歩を気付くのにもここらあたりが潮時か
『後方の上陸船団、護衛艦隊の太田少将に連絡。海賊旗を揚げよ、とな』
今宵、我等はこの島を奪う。その意味からつけられた上陸開始の符号だ
『これより船団の上陸が始まる。各艦規定の警戒序列に移行!対水上水中の警戒を厳と為せ!彼等は来るぞ』
規定の警戒序列、装備の一新なった伊勢級を前に出し、電探によって網を張る。敵が隊を分けて来た時の事を考えて第四戦隊はハワイの近海に残る・・・第四戦隊は足が早い、後ろに置いておき、万が一敵艦隊を逃した時のバックアップに使うのが適当だ。第四戦隊の金剛級四隻はまたお留守番か!と突き上げてくるだろうが、仕方が無い。適材適所だ
『第四戦隊にはすまんが、出番は回さんよ』
伊勢級、金剛級を抜いても16インチ砲以上の戦艦が八隻、なんて贅沢な戦力か
『早く来い、米軍』
963 :長崎県人:2007/10/07(日) 19:44:12 ID:2MxH4A12O
今回の任務の本分は船団護衛だが、こんな時に戦艦を殺れるのは戦艦だけだ、彼等はもう一度立ち上がって来た。また邪魔者無しで殴りあおうじゃないか、米軍さんよ。今度こそ大損害で戦う意志を消し飛ばしてやる
『ハワイの占領は確かにショックだろうよ』
だが、それに空母の撃沈だけではまだ足りぬ。海軍その物の戦艦をのきなみ沈めてやればこそ、講和の気は広がる
『戦艦こそが戦争を決める』
とにかく、宇垣は根っからの大艦巨砲主義者だった、だから
『伊勢より入電!敵艦隊を電探にて捕捉!ハワイ南西海上に大型艦8!数、増えつつあります!』
『来たか!』
宇垣はその報告に喜色を浮かべたのだ。その時、時計は0400を示していた。そして命じる
『第一艦隊前進!敵艦隊を撃滅する!』
戦艦は戦艦との戦いこそが望ましい。そして宇垣は立ち返った
『戦艦が八隻?敵情報告より四隻足りんな。伊勢級二隻は合流せずに警戒を続けよ!』
用心は欠かさない。四対六、最悪四対二をやってもらう事になる。どちらの艦隊に入っているかはわからないが、敵の内二隻は超甲巡と同質の艦だから、不利にはなるまい
『急行中の第五戦隊は第四戦隊に至急合流せよ』
これでイーブンかこちらが上だ
964 :長崎県人:2007/10/07(日) 19:49:26 ID:2MxH4A12O
にぃっ
宇垣の口角が上がった。後顧の憂いはこれで断ち切った。8対8、いい塩梅だ。内南洋での遠距離砲戦も、劣勢な上での突撃戦も必要ない、普通の砲戦を行って普通に勝つ
『そして普通に俺達が強いと刻みつけてやる』
米国民よ、よく見るがいい、これが帝國海軍だ。おっと、そうだ。忘れてはならない
『全ての艦では、この天気故に見えんだろうが・・・Z旗を掲げよ!』
おおっと乗員達がどよめいた
『はっ!Z旗揚げます!』
命を受けた兵が走っていく
『この旗の元で戦うのも二度目になるな・・・』
餓狼の笑みを浮かべて、宇垣は感慨にふける。この旗の元、俺達は勝ってきた。今度も勝つのは俺達だ
『いくぞ諸君、大和は戦う為に造られたのだ。そして大和は沈まぬ、ならば負けぬ、引導を渡してやろうじゃないか。この手で米海軍にな』
宇垣はそう言ってのけた。自らについたごうがんな黄金仮面のあだ名のままに
しかし米海軍は、簡単に引導が渡せるような相手ではなかった。後に宇垣は山口と共にGF長官に推された時、自らこう言って辞退している
『私はあの時、やんちゃが過ぎたのだ。故に私は許されぬ』、と
969 :長崎県人:2007/10/11(木) 23:19:58 ID:2MxH4A12O
1943年7月3日、沖縄
嘉手納飛行場のエプロンは、一時期の空母艦載機を集めての防空戦をやっていた頃から較べると閑散としていた
『海軍さんは今頃どこで何してんすかね?』
一手に本土防空を任された形になる陸軍航空隊の面々は、沖縄の茹だるような暑さにうちわで対応しつつ、彼等の事を心配していた
『フィリピンは・・・ねぇな、ハワイかオーストラリアだろうよ』
あれだけの戦力が動いたんだ、生半可な作戦じゃねぇ
『しかしこの一ヶ月、あまり出撃も無くなりましたしね』
パルミラ島やジョンストン島が玉黍作戦で落ちた為、本土からの爆撃機供給源を失った在フィリピンの米軍航空隊は、その活動能力を大幅に落としていた
『俺達が落とし過ぎたのもあるさ』
これまで500機近い数での迎撃がざらにあったのだ。それに縦深のある防空網。たとえフライングフォートレスが、フライングノードレス(no dress、丸腰)と両軍から呼ばれるようになる環境では、飛ばさない方がよっぽどましと判断しておかしくない、いや、今までがおかしすぎたのだ
『でも、紅茶野郎は結構飛んできますぜ?』
近頃はモスキートなる木製機を飛ばして来て、電探基地を潰しにくるのがなかなか厄介になって来ている
970 :長崎県人:2007/10/11(木) 23:22:19 ID:2MxH4A12O
制海圏を握っているので、損害自体はすぐ回復させる事が出来ているが、なかなかしゃくである
『まさに、蚊、だな。ぶんぶん小煩い』
接敵すれば焔風の敵ではないのだが、木製機であるが故か、電探からの発見が遅く、逃げられてしまうこともしばしばだ
『電探の質が落ちたのもありますよ、なにせ、開戦してからこのかた、空母の支援がありましたから』
『やっぱり代わりの飛行船じゃ厳しい物があるか』
太平洋側の哨戒任務についていた海軍さんの電探搭載型飛行船をいくらか回して、いままで東シナ海をカヴァーしてくれていた空母六隻の代行を行わせているが、イマイチ使いづらい。発電量、管制能力、おおよそ全て劣る。唯一の救いは、発電量が少なくて貧弱な電探でも、空中にある為に、探索範囲は同等かわずかに勝る程度は期待できる事だけだ
『無いよりゃ絶対マシなんですけどね・・・というより、空母があんだけついてたというのが贅沢なんでしょうけど』
うんうん頷く陸軍のパイロット達
『馴れって恐ろしいっすね』
俺達はこんな贅沢な事が出来たのは初めての筈なのに
『まったくだ』
『異世界に居たら、みんなともバラバラだっただろうしなぁ』
戻って来れた事を感謝すべきなのだろう
971 :長崎県人:2007/10/11(木) 23:24:16 ID:2MxH4A12O
『紅茶野郎も昨日おっぱらいましたし、今日は来ませんかね?』
パイロットの一人が言った
『どうだろうな。与那国と西表の電探はやられたまんまだろ?だから俺達は張り付いてる』
茹だる暑さの中、こうして野郎どもが集まって話すしかする事がないのもその為だ
『でも限定的な物ですし、海軍さんも飛行船を一隻こっちに持ってきてますよ?』
少なくとも対応措置は取れている
『んじゃあ、別方向から攻めてくるとか?』
誰かが言った
『B公じゃ中国本土から本土へ届かないし、飛行船が居るぜ?まず無理だろ』
『そこはほら、新型機ででもさ。あっちから来るとそれなりに厄介だしさ』
防空の縦深がとれない、空母が居たら最悪で、二段ぐらいの深さはとれるんだが
『飛行船の電探が発見したら、すぐ飛び立ちゃ良い。沖縄の俺達だけじゃない、知覧と名瀬、必要であれば甑島のニダどもを投入すればいい。そうそう抜けられる数じゃないぜ』
そう、たとえ空母が抜けても問題がないようにしては居るのだ
『飛行船がどうにかなったら・・・』
『無理だろ、故障は予測つかねぇし、落とすには電探に引っ掛からないで戦闘機を送り込む必要があらぁ』
彼が言うように、問題は無い・・・無い筈だった
972 :長崎県人:2007/10/11(木) 23:26:21 ID:2MxH4A12O
同刻・哨戒飛行船22号
『重慶方面から敵機接近中』
電探の画面を眺めていた電探員が報告する
『機数は?』
『一機です、いまだ上昇中ですから、偵察任務機と思われます』
艇長が、狭いデッキを歩いて来て、電探を覗く
『新型かな?あちらからは、Bー17では本土まで届かん』
『おそらく。上昇速度も今までより早いですから』
艇長は考え込んだ。すぐにでも迎撃機を送るべきだろうか?
『・・・よし、もっと引き付けてから、名瀬の航空隊に連絡しよう。うまく落とせば、敵さんの新型機が手に入る』
引き入れた方が長く観測できるのもある
『了解しました』
管制員がそれを聞いて、用意していた無線のスイッチを切った
『よし、後続機が居るかもしらん。電探は気を抜くなよ』
『はっ・・・敵機、高度8000を越えます』
返事に艇長は頷いたが、報告には首を傾げた
『ずいぶん上がるな・・・偏西風に乗れば、確かに燃料は節約できるが』
これでは乗せているカメラが余程性能が良く、それでいて天気が良くなければ偵察任務は果たせないではないか。特に天気は、大掛かりな手を使う以外どうしようも無い
『何が目的だ?』
電探に映る光点は、ゆっくりと飛行船に近づいて来ていた
973 :長崎県人:2007/10/11(木) 23:28:52 ID:2MxH4A12O
白銀の死天使
Bー29が、元の計画のまま製造されていれば、その名を大いに誇ることが出来たであろう。しかし、フィリピンでのBー17の大量損失は、パイロット達の間で性急な新型機の希求となり、米軍の航空機開発を加速させた
Bー29の場合は、高空性能を除外する事でロールアウトを加速させたのだが、いくらかの試作機は、実験用のエンジンを積んだまま前線に投入されていた。この機体もその機体のうちの一つだ
『カクタス、《卵》の準備は良いか?』
しかし、その機体に搭載されて居るべき所に、爆弾は搭載されず、味方内から《卵》と呼ばれるそれが搭載されていた
『あー、訂正を要求・・・つーかしやがれ、俺が乗るのは《卵》じゃねぇ、ビュレット、弾丸だ、弾丸!それも真っ黒のな!』
Bー29の腹に搭載されているもの、それは、ノースロップXPー56、ブラックビュレット戦闘機である
敵が空母を使って防空管制を行っている事は、米軍にもわかっていた(地上司令部があるのも、把握はしていた)しかし、空母を襲うには大規模な用意が要る上に、迎撃も激しい物になる。まず不可能な話だった。それを飛行船が代行するようになった
誰かが言った、これはチャンスだ、と
974 :長崎県人:2007/10/11(木) 23:30:56 ID:2MxH4A12O
飛行船ならば、戦闘機の一機でも不意をついて送り込めば、殺れるじゃないか
こうして、いかに戦闘機を不意を突く形で送り込むか研究が行われた。生まれた発想は親子戦闘機という発想だった。丁度良いことに、出力の上がった新型機であるBー29も数をようやく纏めることが出来ていた事が、制約を軽くした
『《弾丸》よ、上手くやって・・・帰ってこいよ』
今まで黙っていた機長から無線が入る
『このカクタス、狙った獲物は逃しませんよ・・・ありがとうございます』
黒人だからって、機長は俺を差別をしないでくれた。こんな任務であるからというわけでなく、だ
『カクタスさん、計器類のチェック終わりました、いつでも行けます!』
爆撃手の代わりに乗った整備士が親指を立てる。
『よぉーしっ!エンジンコンタクト!』
プロペラが回り出す。高空で酸素が薄いから、なかなか成功しないのだが、一発で回った。幸先が良い
『グッドラック』
『ちょっくら行ってくる』
固定リフトがガチっと音を立てて外される。これから落下の加速をつけて必殺の一撃をブチ込むのだ
グオオオーッ!
エンジンに目一杯の空気が送り込まれ、加速をつけると同時に一気に落下の加重がかかる
975 :長崎県人:2007/10/11(木) 23:33:40 ID:2MxH4A12O
暴れる操縦管を力で無理矢理押さえ込む
『イィヤッホォォォォ!!!』
速度計が900を越えようとする。この速度ならば、機体を捉らえて回避や邪魔をする時間も無い!
『見えたっ!』
小さく見えた飛行船が、ずいずいと大きくなってくる。速度差から、攻撃のチャンスは一度だけだ
『機長、申し訳ないが・・・帰れねぇぜ』
実は、増槽の代わりにロケット弾を搭載したから、元から戻れる訳が無いのだ
『どうしてもこの攻撃は成功する必要があるんだ』
黒人も合衆国の為に戦えるって事を証明する為には・・・俺は、英雄になる必要があるんです
『ぬぅおおおーっ!!!』
バシュッバシュッバシュッ!!!
六本の空対空ロケット弾がビュレットから放たれる。しかしそれでも高度が高度だ。風で外れる可能性は高い
『もらったぁっ!!!』
照準器に飛行船を入れて、機銃を乱射する。だがまだ不十分だ。大抵の飛行船の装備は、船体の下面についている。ここまで貫くには
いくしかねぇ・・・!
ビュレットが、飛行船の中央を撃ち貫いた。外郭の気嚢に少数採れたヘリウムを、そして内側に水素を入れていた飛行船は、船体を貫いたビュレットと共に煌めきの中に吸い込まれていった
976 :長崎県人:2007/10/11(木) 23:35:42 ID:2MxH4A12O
重慶
高空性能を取り除かれた、通常型のBー29、アジアになんとか揃えられたその80機全機が、エンジンを回して今まさに飛びたたんとしていた
『Bー29の単価はBー17の二倍(史実は三倍)、このオペレーション・シャングリラが成功しなかったら、我々はアジアというシャングリラ(理想郷)から追い出されることになる』
マレー経由で重慶入りを果たしていたマッカーサーは、白銀の翼を連ねる重慶の飛行場を眺めてそう言った
フィリピンからの空爆は、いたずらに被害を増やすだけであり、そしてハワイからの補給線は切れた今、日本本土へ手出しを出来るのは、ここ中国からの爆撃行しかない。これが成功しないとなれば、もう我々には打つ手が無い
『敵、哨戒飛行船の撃破を確認!』
マッカーサーは、報告を受けてサングラスを外した。そうか、やったか
『・・・全機出撃!目標!日本本土!』
マッカーサーの号令と共に、極東連合空軍、その最後の反撃が、今まさに始まったのである
985 :長崎県人:2007/10/13(土) 14:37:14 ID:2MxH4A12O
1942年11月24日・ヴェネチア
邦人の船舶への搭乗が行われる中、志摩達三人はイタリアのヴェネチアへと戻って来ていた
『あれ?志摩は?』
『今日も、旦那様は外で過ごすようです』
あんな事を決意して以来、志摩は二人と距離を置くようにしていた
『今日も寒いのに・・・』
十一月のイタリア、特にヴェネチア水の街、凍てつく寒さである
『風邪をひかなければよいのですが・・・』
ミスミは手元に風邪薬の束を引き寄せた。違う薬が出ていれば、かつかつと買ってきてしまっていた
『自分も傷がつかないと許せないのよね』
桂は苦笑する
『ミスミさん、あいつの場所わからない?どうしても、船に乗る前に伝えなきゃならない事があるの』
ミスミの顔が強張った
『・・・本当に』
桂は頷いた
『うん、決めたわ。私はあいつの奥さんだから』
この事は同じ女であるミスミさんに、アル君や、お忍びでやってきたおっさん、もとい、ムッソリーニ閣下だけしか知らない
『たぶん・・・いえ、絶対納得しませんよ?』
『わかってる』
たぶん無理矢理にでも、あの人は翻意させようとしてくるだろう
『それでもやらなきゃ、それであの人が救えるなら』
だから・・・
『教えて、ミスミさん』
986 :長崎県人:2007/10/13(土) 14:41:00 ID:2MxH4A12O
ふぅ〜っ
志摩は、第二種軍装で防寒具も着ないまま、ため息橋の前で真正面に、雪のしんしんと降るヴェネチアの街を睨んでいた。その志摩の真っ青に冷えた手を取り、息を吹き掛けたのは桂だった
『桂か・・・』
『あーもう!肩に雪まで積もってるじゃない!』
ばしっ!ばしっ!
桂がおもいっきり肩を叩く
『桂か、じゃないわよ!早く帰ってこないから、作ったご飯捨てるのもったいないでしょ!』
『作らんで良い、適当に食べてるよ』
力無く志摩は微笑んだ。頬が少しこけ、目に隈が出来ているのが、志摩がかけている眼鏡のおかげでくっきり見える
『・・・食べてない』
人指し指を胸に突き立てる
『それに寝てないでしょ?』
三十万という人間のプレッシャーが、彼を苛ませている
『イタリアは昼寝の国だぞ、寝てない事があるかよ』
志摩は肩をすくめて見せた
『うそ』
『嘘じゃ無いよ』
『嘘よ』
『寝てるって』
『嘘だっ!』
『いや、そんな力まれて言われても・・・ああ、二日寝てない』
ナタでも振り回されそうな勢いで言われては、志摩も答えざるを得ない
『やっぱり』
桂があきれた、とばかりに息を吐き出す
『あんた、海に出る前にぶっ倒れるつもりな訳?』
988 :長崎県人:2007/10/13(土) 14:43:58 ID:2MxH4A12O
橋の手摺り(ため息橋は建物間の橋であり、見るにはその隣の橋から見る必要がある)に背中から寄り掛かって、桂が今度は志摩の顔を指差した
『あんたの考えてる事、当てて見ましょうか?』
ちらりとため息橋を見る
『あの橋は罪人が刑罰を言い渡されて渡る橋、その時罪人はヴェネチアの美しさを見て、ため息をつくと言う。あー、なんて羨ましいんだ、俺はこれから罪を犯さねばならない。こんなとこでしょ』
志摩は笑った。お見通しか
『・・・美しいヴェネチアの所に、桂や、ミスミという美しい物を手に入れて、のセリフが入るがな』
『恥ずかしいセリフでまぜっかえすの禁止!』
どすっ
志摩の脇腹に、桂の肘が入った
『はは・・・』
志摩の顔に、少しだけ生気が戻った
『・・・聞いてほしいことがあるの』
きゅっ・・・と桂は志摩の袖を引っ張った
『ど、どうした?』
志摩の顔色がさっと変わった。バカね、こんなんだから・・・私は好きになっちゃうのよ
『あのね・・・』
この事を聞いたらこの人は、一体どんな顔をするのだろう
『あたし、妊娠四ヶ月だって』
志摩はぽかーんと口をあんぐり開けた。でも、それで話は終わりじゃ無いの
『だからあたし・・・南米に残るわ』
989 :長崎県人:2007/10/13(土) 14:46:36 ID:2MxH4A12O
『こ、子供!よ、よかった・・・て、何をバカな事を!』
志摩は色をなして反対した。流産して以来、ずっと諦めずにいて授かった子供だもんね・・・でも
『あたしと・・・この子が残れば、置いていかれる人達も納得するわ』
『そ、そんな!そんな事出来るか!!!』
自分の愛しい伴侶と、やっと授かった子供を置いていくなんて、それは納得できないわよね
『置いていかれるにしても、希望があれば、人は生きていけるわ・・・証文があれば尚更。あたしが、その証文になるの』
いずれ助けにきてくれる。その希望が、志摩に向けられる悪意を薄めてくれるだろう
『いい加減、私にも背負わせてよ・・・』
その背に乗っている、三十万の邦人さん達の命の重荷を
『助けに・・・来てくれるでしょ?』
『桂!』
『あたしは大丈夫、あなたがそういったなら、邦人さん達も安心するし、身重であればさすがに粗雑な扱いはされないわ・・・良い母親じゃないわね、全く』
武器はアル君とかゴリツィアの人達に貰った(強奪した)から、あるにはある。志摩には言わないけど・・・手を汚させないとか言って取り上げるだろうから
『させん!絶対だ!邦人はよくても、受入国側が何をするか!』
志摩はいきりたつ
990 :長崎県人:2007/10/13(土) 14:52:24 ID:2MxH4A12O
『その時は・・・ミスミさんをお願い、愛してあげて。あたしはバカな女だったと忘れて、ね・・・あたしも二度もあなたの子供を殺して、生きているつもりはないわ』
志摩は物凄い苦悶の表情を浮かべる
『出来るわけ・・・ないだろうが!お前がいないで!俺が・・・!』
『じゃあどうするの?身重な私を無理矢理押し込める?』
自分が乗るといえば、もう志摩は拒めない、力ずくなんて行為ももう出来ない
『助けに来て・・・ずっと待ってるから』
桂は屈託の無い笑顔を見せた
『桂!っ・・・!』
なおも言い募ろうとする志摩の唇を、桂は自らの唇で塞いだ
『・・・』
『・・・』
口づけをしつつ、お互いをじっと見続ける・・・言葉なしの会話。志摩の残った右手が桂の身体をぎゅっと抱きしめる
月が、降りしきる雪と共に二人を照らしていた