740 :長崎県人:2007/08/25(土) 11:31:37 ID:2MxH4A12O
ファサッ

アララの髪が爆風に揺れる、化け物は四散してしまっている。紅い燐光とともに破片は次第に消えていった
『こういった密閉空間か、まとまった数が無いととろいだけの的ね。ま、何も残らないだけゴミよりマシだけど』
三人を見て、アララは告げた
『じゃ、逃げるわよ』
『逃げるって・・・』
ミスミが驚く
『この状態で残ったとして、どう説明するつもり?』
酷い形で殺されたドイツ兵四人と、爆発による破孔、散乱した椅子やらなにやら
『この場から逃げ出して、一時的に行方不明になってた方が、余程ストーリーが作れるわ』
『しかし、この列車からどうやって・・・』
脱出するというのか
『そのうち止まるわよ、列車の貴賓室で爆発が起きて、緊急停車もしないような職員は、世界を見てもそうはいないでしょうね』
アララの言う通り、列車は速度を落としている
『さて、そちらのご夫婦も良いですわね?』
桂はアララの話を聞かず、必死に志摩の服をはだけさせている。怪我の具合いを見ているのだ、上半身はあざだらけ、おそらく足に至るまでそうだろう
『ふぅ・・・お熱いわねぇ。大丈夫、相当痛め付けられたみたいだけど、死にはしないわ』
『で、でも!志摩を病院に』

741 :長崎県人:2007/08/25(土) 11:33:42 ID:2MxH4A12O
『あざは内出血、一日二日安静にしとけば問題無いわ・・・っと』
かがみこんで、アララは志摩の腕をとる
『うっ・・・』
志摩が呻いた
『し、志摩になにするのっ!』
『きゃん!』
桂はアララを殴った。その姿はまるで、怪我をした親猫を、子供の猫が身の毛を逆立てて守っているようだった
『い、いたいわね・・・骨が折れてないか確認しただけよ、悪いようにはしないわ』
『あっ・・・ご、ごめんなさい』
はっと気付いて桂は謝る
『いいのよ。ま、あなたの旦那さんが、もう少し若くていい男だったら、お持ち帰りする所だけどね』
さすがにその様子をみれば、アララも怒る気にはなれない。アララはもう一度志摩の身体を確認する
『うん、骨はどこもやられてないわ』
これなら運ぶのに手間がかからなくて済むわね
『肩を抱えて、ほら』
『わ、私が抱えます』
桂とアララで志摩を支えようとするのを、ミスミが慌てて手伝いに入る
『そ、じゃ、私は扉を開けてくるわ。飛び降りるから、柱に気をつけなさい』
『はい!』
列車はブレーキでのろのろと走るだけになっている。飛び降りたとしても、怪我せずに済むだろう
『ミスミさん!飛ぶわよ!』
『はい!』
三人の身体は、宙を舞った

742 :長崎県人:2007/08/25(土) 11:35:32 ID:2MxH4A12O
ドザァーッ

三人で着地するが、やはり列車の勢いがあるので、草地をしばらく転がって勢いを殺す
『よっと、怪我は無い?』
アララは箒でふよふよと降りてくる
『なんとか・・・』
『志摩も、無事よ』
二人は答える。潰した草の匂いでむせそうだ
『じゃ、私はここで。彼の回復を待ってから官警の世話になるといいわ』
そう。アララとしては、ハイドリッヒの手を防いだ以上、ポーランドに長居するいわれは無い、さっさとベルリンに帰るのが筋だ
『待て』
不意にアララへ志摩が声をかけた
『志摩っ!良かった・・・!本当に』
喜ぶ桂の口をふさぐ
『しっ・・・囲まれている』
『そ、そうみたいですね』
ミスミが体勢を構えようとするが、武器がもう無い
『感謝しますわ、飛び立ったところを撃たれてましたわね』
アララも腰を低くして周囲を警戒する
『志摩さん!?』
志摩が無防備にも痛みを堪えつつ立ち上がる
『私は大日本帝國海軍の士官である!それに応ずる対処を、私と、そして彼女ら三人に求める物である!指揮官は誰か!?降伏する!』
そして辛うじて彼女達に聞こえる声量で言った
『もし俺が撃たれたら走れ、生き残るんだ』
彼はまた、自分の命を賭けようとしていた

744 :長崎県人:2007/08/25(土) 11:38:11 ID:2MxH4A12O
ガサガサガサガサ

草むらが震えると、その中から青年の姿が現れて敬礼した。志摩は驚きつつも答礼を返す
『貴官とお会いできたことを、我々イエジキ部隊は感謝します。失礼でなければ、是非とも握手を』
『あ、ああ・・・』
それでいて握手を求められた。武装解除が先だろうに
『志摩?』

ザザザザ!!!

志摩達を囲むように隠れていたイエジキ部隊の青年達が現れる
『是非とも我々の孤児院へお越しください。何かあられたのでしょう?』
『あ、ああ・・・私はともかく、三人の扱いは』
『勿論、出来得る限りの物をお約束します!みんな、銃をしまえ!』
全員が彼の命令に従う
『そ、そうか・・・頼・・・む』
拍子抜けして、志摩は力が抜けて倒れ込む。連続で死を覚悟するというのはかなりのストレスになったはずだ
『志摩っ・・・!志摩っ!』
志摩が倒れたのに桂が駆け寄る。しかしうろたえたのは彼女だけでは無かった
『た、担架だ!担架を用意しろ!我々の恩人を死なせるな!』
そして、今までの会話に、ミスミとアララは狐につままれたような顔を見せる事しか出来なかった
『我々の・・・』
『恩人?』

四人は彼等の運営する孤児院に保護されてたのであった

745 :長崎県人:2007/08/25(土) 11:40:09 ID:2MxH4A12O
翌朝

一夜あけ、ようやく落ち着いた四人、特に志摩は説明を求めた。どう見ても彼等はドイツに友好的ではない。だのに我々にここまでしてくれるとは
『朝食をお持ちしましたので、食べながらお話しましょう』
彼等のリーダーらしい青年が話始めた

1921年の事だ。シベリア出兵のさなか、救出されたのはチェコ兵達だけでは無かった。当時も流刑地であったシベリアには、独立運動を行っていたポーランドの人々が沢山存在していた。吹き荒れる革命の嵐の中、せめて子供だけでもとポーランドは各国に打診をした。しかしどの国も手をさしのべようとはしなかった。日本という国を除いては

『日本に滞在している間、私たちは手厚いもてなしを受けました』
それは過剰とすら言えかねないものであった
『そして突然大使館から居なくなられる前までは、ナチどもからも、私たちを守ってくださって居たのです』
そこで志摩は合点がいった。独ソ協定が締結された際、呆然とする陸軍をよそに海軍(と外務省)が、ナチへの諜報及びカウンターとしてそう言った組織へテコ入れした話は噂で聞いていた
『そういう事か』
志摩は息を吐いた。ああは言ったが、他のレジスタンスだったらどうなっていた事か

746 :長崎県人:2007/08/25(土) 11:41:47 ID:2MxH4A12O
『それにあの、大日本帝國海軍の士官だ、というのは効きましたよ。私たちは、その当時の海軍の方に救助してもらった人間が集まっての部隊なんです。ほとんどは陸軍さんに救助してもらったのですが』
『な・・・』
それが意味することはすなわち
『ねぇ・・・あなたたち・・・霜島、甚八郎って名前しらない?』
桂は躊躇いつつ、その名を問うた。今度はイエジキ部隊の人々が驚いた
『な、何故あの方の名前を!』
それには志摩が答えた
『・・・彼女が娘、だからだよ。霜島甚八郎中佐のね』
『『ええーっ!?』』
どういう運命のいたずらだろうか、まさか、こんな事が起こり得るなんて
『あ、あのっ・・・あの人の、霜島さんの娘さんなら、是非、これを・・・受け取ってください!』
朝食を持ってきた女性が、懐から古ぼけた小物を取り出した
『甚八郎さんから・・・お別れ際に頂いた物です』
『これは・・・』
それは古ぼけた安産のお守りだった、しかし見覚えがある。うちの神社で売っている物だ
『私が・・・私がもっと早く、霜島さんの異変に気付けばよかったんです!』
彼女は語り始めた、桂の父が、あの時、あの場所で一体何をしていたかを。後悔と共に


時は、1921年に遡る

747 :長崎県人:2007/08/25(土) 11:43:53 ID:2MxH4A12O
『霜島大尉(戦死後二階級特進した)、また子供達の所へ行かれるんですか?』
『ああ、娘もあのくらいの歳だからな、見ていて不憫でならん・・・コホン。陸軍ばかり宣伝材料を得させる訳にもいかんだけからな』
そんな風な適当な理由を見つけては、霜島は自分に与えられる嗜好品。キャラメルやらなにやらを、順番待ちで港で待たされている孤児達に渡していた

『とても優しい方でした。ちょっと、見栄っ張りでしたけど』
そんな触れ合いの期間も、出兵が終わりに近づくに連れ、共産主義者だけといわず、襲撃が頻繁に起こるようになっていった

『おじちゃん、なにこれ?』
『ん?ああこれか、お守りだよ』
『きれ〜い・・・ねぇ、頂戴!頂戴!』
せっつく女の子に困る霜島
『ん〜、じゃ、日本で新しいの作ってあげるから、それまで貸してあげよう。無くしちゃダメだぜ?』
『わーい♪わかった〜』
喜ぶ彼女を、微笑ましく見つめる霜島。しかし既に病魔は彼に宿っていた
『あ〜おじちゃん鼻血〜♪』
私はその時、それが何を意味するのかわかりませんでした
『ん、あ、あぁ、手拭き手拭きと』
『霜島大尉!敵です!来て下さい!』
『おぅ!』

彼は腸チフスにかかっていたのです

748 :長崎県人:2007/08/25(土) 11:45:43 ID:2MxH4A12O
『腸チフスは二週間に渡る高熱をもたらします。ですが、部隊指揮官である甚八郎さんは・・・それを押して指揮をとり続けました』
そして判断力の鈍った彼は、敵の弾の発射感覚を読み違え、指揮官陣頭の伝統を守って突入命令を出そうとした所に銃弾を受け
『それで、戦死・・・したのね』
女性は頷いた
『腸チフスは私たちの間で流行っていて、いくらでも気付けたのに・・・!』
多分彼女は、これまで後悔の中、このお守りを守ってきたのだろう
『もう、いいのよ・・・』
『桂・・・』
『馬鹿じゃない・・・しなくてもいい接触をして・・・病気も申告しないで無理をして・・・』
無理をして桂が笑う
『それは違います!当時、部隊の方も腸チフスに侵されていたと聞きます。私たちへの薬、部下の皆さんへの薬、最終便が近かったあの時、指揮官として後方に下がることも、薬を使うことも出来なかったに違いありません!』
部隊の長である青年が付け加える
『そんなの聞かせてなんになるのよ!あたし達を残して死んで、何の意味も無いじゃない!』
おずおずと女性が言った
『お守りを開けてみてください。中には写真が入ってました。読めなかったのですが、あなたに向けた言葉だと思います』

749 :長崎県人:2007/08/25(土) 11:48:12 ID:2MxH4A12O
『べ、別に、名前書いてるだけでしょ?あたし達の事なんて書いてるはずが・・・』
お守りの口を開こうとして、桂の指が躊躇う
『桂・・・俺が開けようか?』
『馬鹿、あんたの片手じゃ難しいでしょ・・・・・・ありがと』
開けると写真が出てきた。桂と、その両親が写った写真。そして裏には

この子に幸あれ、名前の如く、聖の元に祝福のあらんことを

火乃紀(ひのき、桂の母の名)、愛している

必ず生きて帰る

ー甚八郎ー


『おとう・・・さん・・・』
ぽたぽたと、写真に涙の粒が落ちる
『いけない、濡れちゃうね・・・あははは・・・あっ』
ぽむぽむと志摩は桂の頭を撫でて、引き寄せた
『すまないみんな。少しの間外してくれないか?』

皆頷いて部屋を出ていく。ミスミだけ、少し寂しげな顔を見せていたが

それからしばらくの間、泣きじゃくる桂の声が部屋の中から響いた。幼い頃からずっと持ち続けていた寂しさを払うように

758 :長崎県人:2007/08/28(火) 10:19:32 ID:2MxH4A12O
『さっきから黙ったままだけど、あれでよかったの?あなたは』
しばらく別の部屋で待機する事になり、アララとミスミは部屋を出た訳だが、ミスミは全くあの間喋らなかった。アララは余所者だから特に思うことはなかったが、彼女は違うと思っていたので、意外だったのだ
『ただのメイド、ってわけじゃないのでしょう?』
『私はあの人の左腕です・・・それなのに・・・』
そう、彼女は気に病んでいた。あの列車の中、志摩の言葉があったからとはいえ、志摩を残して下がり、志摩が放り投げられて命ごいするまでの間、恐怖から全く動けず、ただ効きもしないナイフを投げることしか出来なかった
『これでは何の為に傍に置いてもらっているのか・・・』
悔しそうに顔をゆがめる
『あらら、仕方ないんじゃない?ああいうのは基本的に警察か軍隊くらいがでてこないと始末できないんだし。個人に出来ることなんて少ないわよ』
私みたいな高貴な規格外を除いてね
『私には対処が出来たのです!少なくとも何かあるかもという事をお伝えしておけば!』
それ対応の用意だっていくらでも出来たはずなのに
『ちょっと待ちなさい。あの化け物について何か知ってるの?』
アララの指摘に、ミスミは頷いた

759 :長崎県人:2007/08/28(火) 10:21:14 ID:2MxH4A12O
『私は皆さんとハイドリッヒ邸に滞在している間、ハイドリッヒ閣下の奥方の手伝いを主にしていました』
掃除洗濯、その他諸々。志摩さん達が不在の間、部屋に細工されないかの用心も兼ねていた
『その時、穴だらけの軍服を見つけたのです。間違いなく銃器で撃たれたそれを』
ハイドリッヒが暗殺された時の軍服だ
『虫食い、じゃないわよね』
『間違いありません。肖煙と血の匂いが残ってましたから』
彼女は特技として利き蜂蜜が出来る。しかしその元を辿れば、ラスプーチン配下の時、諜報員として毒を避けるための技能から来たものである・・・正確さにかけては間違いない
『奥方にこれをどうするか聞きに行きましたら・・・突然泣かれまして、お願いだから秘密にして、と』
その義理もあって、なかなか志摩に言い出せ無かったのだ。その前にローマでミスミは化け物と直接はやり合ってない。だからその重要性がイマイチわかってなかった
『あの人が、日に日にあの人でなくなっていくと奥方は・・・』
アララが頷いた
『それは食われてるわね、魂が。自我って言ってもいいけど。それからあなたの話で、もう一つわかった事があるわ。参ったわね』
アララは頭を抱えた
『奴はただの触媒よ』

760 :長崎県人:2007/08/28(火) 10:23:22 ID:2MxH4A12O
『ただの死体にしか過ぎないんだから』
アララ自身は、ハイドリッヒが自分のような特殊な能力を用いて、権力奪取を目論んでいるのだと考えていた。しかしそれが違う、ならば、もっと大きな力を《生きている》人間に与えるつもりで居るのだ。何者かが、あるいはなにかが
『人間の世界にそんなのがホイホイ出て来てもらっちゃ迷惑きわまりないわ』
イギリス魔女に好きにされないためだけに黒き森から出てきたというのに、面倒な事になりそうである
『私があなた程の判断が出来ていれば・・・』
ミスミはさらに凹んでいる
『無茶言わないの、出来る事と出来ない事が人間にはあるわ。ほら、私はベルリンに戻るつもりだけど、今後の事もあるからお楽しみは夜に取っておきなさいってあの夫婦に伝えて来てくれるかしら』
『はい・・・わかりました。行ってきます』
とぼとぼとミスミが歩いていった。あの様子なら、志摩とか言う日本の海軍士官が、ミイラ取りがミイラになるなり、励ましなりするだろう
『彼女はその事実をあの二人に伝えてないと言っていたわね。だったら彼等から得られる情報はこれだけか』
収穫はあったけどこれ以上は見込めそうにない
『それじゃ、あとはうまく脱出しないとね』

761 :長崎県人:2007/08/28(火) 10:25:05 ID:2MxH4A12O
1942年7月4日・神戸、川西社

『妙な事をおっしゃられますな』
『いきなりの話である事は理解しています』
二式大艇を量産しているこの工場の会議室に、松浦は姿を現していた
『新式大艇へのライン構築を一時的に停止して九七式の改良をして欲しいなんて』
『利潤は提案したはずですが?』
三菱が鋭意開発している噴式艦戦のデータを川西に漏らそうというのだ
『それはありがたいのですが・・・』
新式大艇は大型機である為に一機一機が高いので儲けがかなりある、それを先延ばして廃棄寸前の九七式大艇の改良をとなれば、断りたくなるのも無理は無い
『先行投資と思っていただきたい。御社が確実性を重んじ、噴式機を先送りにしているのは知っています。旧中島系の技術者が多いのもあるでしょうが』
大鳳爆沈は、旧中島系の技術者達にも大きく影響を与えていた
『わかりました。噴式機の開発は、我々も急務と思っています。この風を受けて、なんとか開発の歯車を回してみましょう』
松浦は微笑んだ
『頼みます。今後の噴式戦闘機の競作が、海軍だけ出来ぬでは困ったことになりますのでね』
川崎は陸軍オンリー、三菱は陸海両方、これでは海軍は三菱の一択になり、開発上よろしくない

762 :長崎県人:2007/08/28(火) 10:27:12 ID:2MxH4A12O
勿論、九州や愛知、あるいは再出発する中島富士がやってくれるかもしれないが、生産能力やエンジン開発能力に関しては、先の三社に頼るしか無い。その中の一社で停滞があっては困るのだ
『それで、九七式の改良と言いましても、どのような物をお望みなのですか?』
松浦は息をついた
『一式陸攻が開発された当時、二十機程翼端支援機という物が開発された事があります。それを元にして九七式に改良を行っていただきたい。機数も二十機程揃えてもらえると助かります』
翼端支援機、一式陸攻の場合は、防弾の強化と機銃の増載が行われていた
『それから、火力の指向方向は片舷によせてください。擦過性の支援より、滞空しての支援が欲しいのです』
底面に銃器を敷きつめるやり方は、飛行艇では無理というのもある
『・・・敷き詰める方法でないとなると、門数は減りますが、弾は増やせそうですな。つまりこの機体はどこかへの上陸支援用・・・いや、詮索しない方がよろしいのでしょうな』
松浦に睨まれて、担当は恐縮する
『こいつは大陸に展開した陸軍さんの支援用だ。あるいは遠距離の商船狩りに使われることになるだろう』
そうしておけ、という意味だ
『わ、わかりました』
『よろしい』

763 :長崎県人:2007/08/28(火) 10:29:46 ID:2MxH4A12O
会合を終えて、松浦は外に出た
『ふぅ・・・やくざな事をしたもんだな』
張り詰めさせた気を抜く。というか大体、なんで俺がこんな交渉しなきゃならんのか
『作戦の発案者だからってコキ使いやがって』
笑顔で送り出した小沢の顔が浮かぶ
『しかしなにかと飛行艇部隊には世話になりっぱなしだな』
ハワイへの爆撃行から、今回のこれだ。ま、大変なのはそれに乗る中の人になるだろうが
『・・・いまさら人足が集まるかねぇ?』
別に人間でやって全然問題無いのだが、数の水増しに獣人達をいくらか引き抜き始めている。その作戦には、個人の強さがある程度必要とされるからだ
『あとは台湾からの船便次第だな』
それで訓練の用意が調う
『さてと、せっかく神戸に来たんだし、五島の所に顔出していくか』
時間はあまり無いが、あいつらをからかいにいくのは気晴らしにはなろう



彼が発動させた、秘匿名称玉黍(とうもろこし)作戦は、志摩が行おうとしている帰還作戦に大きく関わることになるのだが、これはまだ先の話である

773 :長崎県人:2007/08/31(金) 13:51:10 ID:2MxH4A12O
1942年7月4日・横須賀、第六艦隊司令部

横須賀ドックの見える場所に、帝國の水中艦隊を率いる司令部はその住まいを置いていた。そしてその主に、今まさに吉報が届けられようとしていた
『醍醐大将、伊199から無電!敵軽空母撃沈です・・・!』
『そう、か・・・下がって良し』
『はっ!』
第六艦隊を率いる醍醐大将は、かけた眼鏡を押し上げつつ、伝令を下げさせた
『計算通り、だな』
内南洋海戦以降、通商破壊を行って来た第六艦隊であるが、それには、一つの試算が弾き出されていた

第六艦隊が現有する潜水艦は32隻、うち二隻は練習艦である、30隻を月に三交代制でギルバート方面に張り付けている。つまり10隻が作戦海域に常に存在する形になるわけだ。これが接敵して魚雷を放つ事になるのだが、各潜水艦に搭載された魚雷はおおよそ20本。命中率をレーヴァテイルの照準を受けて10%として、三分の一ヶ月で命中魚雷20本。輸送船一隻(五千トン想定)に一本と考えて10万トン、月に30万トンの船舶を沈めている計算になる・・・魚雷だけで

『護衛空母だろうな。米軍各諸島ではガソリンが枯渇する兆候が出ていたから、護衛空母でラバウルまで直接機体ごと輸送していた可能性もある』

774 :長崎県人:2007/08/31(金) 13:53:34 ID:2MxH4A12O
醍醐は通商破壊戦に関して、これまでと違う命令を出していた
『優先的に護衛艦艇を狙う事』
である。これは当初、潜水艦長達に受けが悪かった。彼等は輸送船こそが喰うべき目標としていたから、当然だ。醍醐を懐古趣味と言うやからも存在していたほどだ。しかし醍醐はそれを押さえ付けると共にこう説明した
『昨今の海戦で米海軍は大きなダメージを受け、輸送船団付きの護衛艦艇は僅かである。これさえ討てば、貴艦らの優足な潜水艦で追いすがればよろしい。または飛行機を活用するもよろしい、沈めるは魚雷だけにあらず、だ』
レーヴァテイルによって魚雷戦が楽になった事で、撃ってそのまま見つかる事なく下がろうとする艦長が多くなっていた。レーヴァテイル採用の弊害というべきか、慎重さが売りの潜水艦乗りが陥るべくして陥った落とし穴と言えるだろう。それを醍醐は改めようとしたのだ
『して、それなら病院船の撃沈などの誤りも起きずに済むだろう。米国に宣伝材料を与えてはならない』
潜水したままでは、そういった誤りはあっても仕方が無い、それを避けたいのもあった
『拿捕した敵船の乗員は丁重にもてなし、近くの島までの食料を渡してやれ』
この言葉に、醍醐を誤解した者も居た

775 :長崎県人:2007/08/31(金) 13:55:21 ID:2MxH4A12O
さすが宮様、お優しくある、と。しかし次の言葉で凍りついた
『餓えかけている敵の島での喰い撲ちを増やしてしまえ、さぞかし面白い事になろう。さしずめ共食いでも、な』
輸送に失敗した栄養状態が良くて憎らしい船員、早くなる食料消費、それでも維持しなければならない飛行場・・・やがて彼等のストレスは限界を越え
『ふふふっ・・・』
『だ、醍醐大将が・・・笑っておられる』
皆がゾッとしていた。こんな残忍な笑顔の出来る方であったろうか?しかし、醍醐の命令に異を唱える者は居なくなっていた


『出血点とはまさにこの事を言うのだろう。だが、その幹部を切り取る事は難しい。その先が壊死してしまうからな』
水上艦隊を出さない小沢長官の判断も素晴らしい。彼等が壊死してしまう先を諦めてしまうかもしれないからだ・・・今必要なのは、輸送船よりも護衛艦艇を狙う事で、輸送船を敢えて残してやり、死なない程度に血を届けさせてやる事だ
『輸送船が減少したこの状況を米海軍が打破するためには、空母や駆逐艦でも輸送に投入するしかない』
今回沈めた護衛空母は始まりなのだ。航空機や燃料を満載した空母や駆逐艦が、こちらの魚雷を受けたならどうなるか
『火達磨、よな』

776 :長崎県人:2007/08/31(金) 13:56:57 ID:2MxH4A12O
醍醐は薄く笑う。ましてや、あともう少しで投入が開始される七式爆薬の魚雷であれば・・・
『一本の被雷が完全な命取りとなり得る』
軍艦相手の必要本数も減ってくるのだ

七式爆薬。海軍が使用して来た九四〜九八までの爆薬に代わる新式爆薬である。転移の影響で爆薬の開発よりも弾薬の量産に力が向けられた関係で、かなりの間が空いてしまったが、資源的に余裕が出来、大陸への進出が止まった事もあり、新しく開発が始められた爆薬で、それだけの間が空いただけはある物が、戦場へとその姿を現そうとしていた

『誘爆性を抑えつつ九四式爆薬と同等かそれ以上の水中爆発力を維持。素晴らしい話だ、まったく』
ちなみに九四式爆薬はTNT炸薬比1.3倍(ただし誘爆性が高かった)これと同等となる。数字で言えば、五式魚雷(酸素魚雷後期型)であれば、炸薬の780キロが一トン分の爆発力を持つようになる。潜水艦用のものすら、520キロの爆発力に及ぶ
『対レーヴァテイル用音響爆雷の炸薬からの派生というのが皮肉といえば皮肉か』
この第六艦隊は、レーヴァテイルによって縮小されてしまったが、今度は、そのおかげで強力な刃を持つことが出来た。さぁ米海軍よ
『ここからだよ、真の恐怖は』

784 :長崎県人:2007/09/04(火) 13:10:01 ID:2MxH4A12O
1942年7月5日・ベルリン、総統官邸

『カイテル!いったい陸軍は何をしておるのか!』
多少健康を取り戻したヒトラーの怒声が飛ぶ
『ほ、歩兵に依る大規模浸透戦により・・・東部戦線は、崩壊しました。現在、後退戦闘を行っておりますが・・・何分急な敗退、我々は火器の殆どを失っており・・・その・・・』
陸軍の代表であるカイテルは恐縮するしかない。マリスに依って死ににくくなったソ連将兵の人海戦術に、ドイツ陸軍は各地で敗北を重ね、火器を失いつつ、兵達は身一つといった状況でポーランド国境近くにまで押し戻されつつあった
『閣下、今は我々が出来るかぎりの支援をします。先ずは態勢を整えませんと』
ゲーリングがなだめにかかる
『火器を失ってしまった事は、もうどうにもなりません。幸い、我が空軍の航空機は比較的損害を抑えております』
整備兵らの中には置いてけ堀くらった人間も多く、軽い、とまでは言えないが
『シュペーアにスツーカと、あたらしき火砲や戦車を重点的に生産するよう言ってくださると助かります。我が空軍は陸軍の撤退にあらゆる支援を惜しみません』
『あ、ああ・・・わかった』
これにはヒトラーが面くらった。ゲーリングがまともに働いている

785 :長崎県人:2007/09/04(火) 13:11:38 ID:2MxH4A12O
『・・・実際、撤退の際の空輸には陸軍としても感謝しております』
これは史実のゲーリング失脚の原因ともなった空輸作戦の事であるが、陸軍の大敗退で空輸する距離が短くなり、かなりの成功を収めていた
しかしゲーリングは首を横に振る
『それは後退の指示を出しているマンシュタイン将軍の手腕があってこそ、でしょう。どこに物資を降ろせば良いか指示を出すのは彼ですからな』
『げ、ゲーリング?』
熱でもあるんじゃないか?と言いかけてヒトラーは口ごもる
『はい?』
『い、いや、なんでも無い・・・ともかく!一刻も早くアカどもの侵攻を阻止するのだ!』
『はっ!』
カイテルが敬礼をする
『それで、海軍は何か出来ぬのか?日本海軍はおろか、イタリア海軍でさえ海戦に勝利しているではないか!』
今まで黙っていたレーダーも、これには返事に窮した。ついこの間、グナイゼナウが1000ポンド爆弾一発で砲塔が吹き飛ぶ大損害を受けたばかりだったし、今のヒトラーは、デーニッツから上がってくるような潜水艦隊の撃沈トン数の数字では満足しまい
『英海軍の本土艦隊には、三隻のキングジョージX世級を始めとして数的優勢にあり、こちらのティルピッツとシャルンホルストだけでは』

786 :長崎県人:2007/09/04(火) 13:13:36 ID:2MxH4A12O
戦う事すら覚束ない。レーダーは罷免される覚悟で事実を述べた
『レーダー!貴官は余を失望させる気か!?日伊海軍にとって海戦は不利だった。しかし彼等は優勢な敵を打ち破った。我がドイツ海軍に出来ない道理は無い!』
閣下・・・水上艦隊に於いて我がドイツ海軍は、日本はおろかイタリアにも元から劣る海軍なのですよ
『確かに道理です。が、それには我が海軍の巡洋艦から戦艦を全て失って良いという覚悟が必要です。その許可が得られるならば、私自ら艦隊を率いて出向きましょう』
先の思いを秘めつつ、レーダーはそう答えた。ヒトラーは艦を失うのを恐れる傾向がある。これでわからぬなら・・・出るしかあるまい
『・・・ゲーリング』
ヒトラーは少し考えて矛先を変えた
『は?』
『確かハイドリッヒの元に日本海軍の士官が滞在中だったな。その両名を呼ぶ。機体を出してやれ』
しまった・・・!ゲーリングはほぞを噛んだ
『うむ。日本海軍の士官ならば、なにか良き手を余に示してくれるやもしれん。いいな!レーダー』
レーダーも苦りきっている。その海軍士官がイケイケ押せ押せの突撃バカであったならば、その時点でドイツ海軍は終わりだ。他国人にその命運を握らせるなぞ・・・!

788 :長崎県人:2007/09/04(火) 13:15:37 ID:2MxH4A12O
『しかし閣下、それでは・・・』
ゲーリングが諌めようとするが、ヒトラーはそれを遮って怒声を発した
『レーダー、カイテル!貴官らでは建設的な意見が述べられぬ!聞くところによれば、ハイドリッヒは逆転の策を持ち、日本海軍の士官は逆転の経験を持つ!今必要なのは、そういった建設的な報告なのだ!』
ヒステリックになったヒトラーを止められるものは誰もいない。こうなると、余人は聞くだけである・・・たとえ聞きたい報告だけを聞くようになった指導者を持つ国は、滅びの道を歩んでいったと知っていたとしても
『(アララ・・・すまない。もうこれ以上総統を抑えるのは無理だ。早く帰って来てくれ)』
ゲーリングは了解のナチス式敬礼をしつつ、自分の無力さを痛感していた。せめて我がドイツ勝っている時の案件ならば、ちょっとの不興で無しに出来たかもしれない
『よりにもよって、こうも負けている時にこのような事が』
総統の部屋を出て、ため息と共に出たこの言葉に、ゲーリングはふとある考えに行き着いて身体を震わせた
『・・・まさか、仕組まれていた訳ではあるまいな』
その問いは虚空に消えて帰ってくる事はなかった

789 :長崎県人:2007/09/04(火) 13:19:18 ID:2MxH4A12O
独陸軍の東部戦線崩壊の過程

彼等はなかなか死ななかった。それが意味する事を我々が理解するのに得た損害は、もはや取り返しのつかないものとなっていた(旧ドイツ陸軍第八戦車連隊長、ミハエル・ブランバルド)

1941年12月5日から行われていたソ連軍の冬季反攻、彼等はドイツ陸軍をモスクワ正面から引き剥がし、ついに1942年4月19日を迎えた。ここから彼等は変わってしまった。攻勢が限界を迎え、疲労が蓄積したその時に

後退を続けてきたドイツ軍将兵にとってそれは絶望と同意だった

想定を越える突撃力に、戦線は全面で崩壊。司令部では逃げる間もなく中央軍集団のクリューゲ元帥、南方軍集団のライヘナウ元帥、北方軍集団レープ元帥、この三元帥の戦死がもたらされ(ソ連軍の歩兵が崩れなかった為、ソ連軍戦車も効率的に動けた事が大きい・他の司令官達も、白兵戦に巻き込まれた者が殆どで、戦死率が著しく高い)、三つの軍集団はその力を失ってしまった
唯一黒海に面していた為、船に乗り司令部を脱出させる事が出来た(それでもセヴァストポリ要塞の射撃で、幕僚の半分を失っている)第11軍のマンシュタイン歩兵大将が居なければ、全てがこの時に終わっていた可能性すらあった

790 :長崎県人:2007/09/04(火) 13:21:36 ID:2MxH4A12O
一方、スターリンはこの知らせに狂喜した。死んだはずの死体が動いた、という報告は彼の頭に入らなかった。勝っているならそれで良いのだ、しかもドイツ軍は全面で敗走している。彼は決断した。ありったけの兵を今すぐ送るのだ、と

『正直、不安でたまらなかった(旧ソ連海軍歩兵連隊長、アリア・ポコテン)』

各方面で勝利を得るごとに、ソ連軍はドイツ軍の武器弾薬と燃料を強奪・・・この頃のソ連軍は肩で息をしながらも、必要である武器燃料を奪う為にまた進撃を繰り返すような状態であった

そして7月を迎えた時点で、ドイツ陸軍はポーランド国境まで押し込まれる形になるのである。かつて自分達が、ダンケルクで見送った英仏連合軍と、同様の姿で・・・精強といわれたドイツ陸軍は、もはや消え去ってしまっていた

だから・・・だからこそ、ドイツ側国家元首であるアドルフ・ヒトラーは、禁忌に手を触れてしまったのである

791 :長崎県人:2007/09/04(火) 13:23:47 ID:2MxH4A12O
同日・東京赤坂のとある料亭

豪勢な料理を前に、いがぐり頭が二つ、顔をつきあわせていた
『そりゃ山本さん、運んでくれると言われればやりますけどね』
一方のいがぐり、陸軍大臣の阿南は酒をあおった
『ハワイまで持って行ける師団は、本土をガラ空きにして十個、十五万だけだ。これじゃあ敵と同数でしかない。防御三倍、いや、敵の要衝たるハワイならば五倍と断じたってよかろう。とても勝てる戦では無い』
『海軍は完全な制空権と、沿岸部での支援射撃を約束して見せます。それでもダメなのですかな?』
首を振らない阿南に、山本は数字をあげて反論した
『空母は20隻、総数600機を越える戦闘機を投入し、進路を開け、爆撃支援をして見せます。戦艦も全て、14隻、そちらでは戦艦は五個師団と同等の火力とおっしゃっているそうですが、70個師団の火力では不服でしょうか?』
阿南はため息をついた
『あなた方と我々では攻略戦に見解の違いがあり過ぎるのです。おそらく山本さん、貴方でも港湾部や、飛行場などの要点を抑えればいいと思ってらっしゃる。ですがそれではダメなのです。ハワイを一時的にも保持する目的を果たすには』
どこかで敵の陸戦兵力を大々的に打ち破る必要がある

792 :長崎県人:2007/09/04(火) 13:25:38 ID:2MxH4A12O
『敵はまず、水際防御を行って来るでしょう。要塞砲の支援が頼めますからな』
いくら戦艦が居ても、先ずはそちらの沈黙を優先させるはず。どれほどの火力を差し向けてくれるのか・・・
『要塞砲は、我々に秘策があります。上陸前日には片付けてご覧に入れます。勿論、取りこぼしも有り得るでしょうが』
『そこですよ、山本さん。問題は』
阿南はやっぱりと言った表情で言った
『は?』
『要塞砲の壊滅した米軍が、水際陣地にこだわるはずがないのです。必ずやハワイオワフ島奥地に逃げ込んで抗戦を行うでしょう。艦砲の届かないところで。その始末は我々陸軍が単独でおこなわざるをえない』
地の利はあちらにある。とても潰せるとは思えない
『航空直掩だとて、天候によって左右されるので完全ではありません』
『・・・』
山本はしばらく考える
『では閣下、我々は荒天下での上陸作戦を実行するしかありますまい』
『なにをおっしゃいますか。そんな事をしては、荒天下による事故で半数の兵と装備が失われたとしてもおかしくない話になりますぞ』
阿南は冗談だと思った。しかし、山本の目は本気だった
『十五万程度の損失で、日本が救われるならば安い、と、お考えにはなりませぬか?』

793 :長崎県人:2007/09/04(火) 13:27:52 ID:2MxH4A12O
そりゃあ・・・開いた口が塞がらない阿南に山本は言った
『このまま戦っていては、日本は間違いなく負けます』
内南洋決戦から行われた海戦の殆どを勝ってきた海軍の大臣がそう断じれば、その重さは相当な物がある
『しかし、ハワイを取ったとて・・・』
米国が動くだろうか?
『ハワイを取らねば、米国は本気になって戦争を考えませぬ・・・ここにいたって我々は、まだ舐められておるのですよ』
少なくとも米国民には、ナチスドイツならあるかもしれないが、日本に自国が負けるという意識は全く無い。これではいくら講和を探ろうと、進展するはずも無い
『つまり、我々の本当の戦争は、始まってもいなかった、と?』
『そうです』
阿南も愚鈍な人物ではない。山本の言を理解する力は持っている
『・・・わかりました。荒天下での上陸作戦への研究を進めておきましょう・・・ですが』
阿南は山本を見つめた
『我が陸軍の将兵を死に向かわせる以上もし貴方が支援の約定を違えたならば、私は貴方を斬ります!』
『いいでしょう、陸軍が動いてくださるならば。海軍は全力を尽くします』
山本も阿南を見つめ返す。しばしの沈黙のあと、陸海の大臣は、共に大笑いしながら宴を始めたのであった

799 :長崎県人:2007/09/09(日) 12:17:38 ID:2MxH4A12O
1942年7月5日、ワルシャワのとある孤児院

『行かれるのですね』
志摩に桂、ミスミとアララはドイツ当局に今現在の所在地を連絡し、迎えを待つばかりとなっていた
『君達には世話になったね、あっつ!いや、大丈夫だよミスミ』
ミスミに肩を貸してもらいながら志摩は答えた。足首を化け物に掴まれて振り回されたせいで、歩くたびに痛い。折れたりしなかっただけましだが
『今後、ここを仮の日本大使館扱いにしてもらうよう、本国にも電信を打っておくから、安心してくれ。最悪退去命令が出ても、マシな扱いを受けれるはずだ』
自分にそんな権限は無いが、外務省の得点になる事柄だし、むげには扱うまい
『しかし、まだおやつれに・・・いくらでも滞在なさって構いませんのに』
『あ〜・・・それはまぁ、大丈夫だから!あははは・・・』
『・・・申し訳ありません』
二人とも・・・そんな風に答えたら丸わかりだろう
『大丈夫だ。それに、食料の配分を減らされているのだろう?朝のスープの時はともかく、昼食の時も夕食の時も、我々の部屋の扉の前に子供たちが集まっていたが、配給を渋られてるんだろ?我々の分を、子供たちに』
日本大使館の保護が無くなれば、そうされても仕方が無い

800 :長崎県人:2007/09/09(日) 12:19:08 ID:2MxH4A12O
『え゛っ!?うそっ!?』
『あなた、気付いてなかったの?』
驚いて口を抑える桂に、アララがあきれた
『そこまで考えていただいていたとは・・・』
部隊長の青年が感嘆した
『違うさ、君達が教えてくれたおかげで、自分の人間としての目標が増えたからね』
志摩は桂を見つめた。彼女は、自分らしく居ていい、死んでしまった父にならなくて良い、あなたを私は愛してるんだからといってくれたが、模範として思う事は正しいと思う。大事な桂の父上なのだから
『ま、そんな人だから、こいつは』
顔を赤らめて桂は目を反らした
『・・・』
アララはミスミの方を見る・・・ミスミは陽性な微笑みのままで居る。どうやらミイラ取りがミイラになったようだ。三人の結束は固い、という訳ね
『そう言っていただけるとは・・・光栄です!』
部隊長の青年が感激している。このままだと長くなりそうだ
『さ、皆さん。そろそろ』
アララは声をかけた。志摩は、頷きつつ最後に、と部隊長の青年に言った
『君、今日本は独と同盟関係にあるから、この言葉は語弊があるかもしれないが・・・頑張れ』
『はい!』
『だが、ただの解放では駄目だ。独立を叶えてこそ、本当の勝利だ。それを理解してほしい』

801 :長崎県人:2007/09/09(日) 12:21:49 ID:2MxH4A12O
孤児院まで迎えにきた空軍の車に乗り込んでから、アララは言った
『貴方が言った解放ではなく独立を目指せって言うのは。たしかに解放者がろくでもない輩だったら、それは悲劇よね』
史実では、カチンの森事件が起きている
『彼等が別の道筋を、いや、解放の熱狂の中、少しだけでも立ち止まって考えられるきっかけを与えるのが私にとっては精一杯だ・・・それに、ソ連軍の攻勢がこのまま続くとも思えない。解放直前でそれが止まった場合・・・』
解放直前が一番危ない。浦上崩れや、五島崩れ、幕末の隠れキリシタン達が受けた迫害と同じような事になってもおかしくないのだ
『しかし、なんで空軍の車なのでしょう?』
ミスミは未だいぶかしんでいる。普通は陸軍か、鉄道警備隊が普通だろう
『あ、一応言っときますけど。私の身分はドイツ空軍嘱託だから・・・ほら』
どこからともなく無線機を取り出すアララ
『おいおい・・・一体今どこから出したよ』
これには志摩があきれた。彼女が無線機を使っている事がバレていたら、我々でもただでは済んでいなかっただろう。アララはクスクスと笑って見せて、スカートの裾を引っ張って見せた
『で、お姉さんの秘密のスカートの中身、見てみたい?』

802 :長崎県人:2007/09/09(日) 12:23:25 ID:2MxH4A12O
『・・・』
『・・・』
場が凍りついた
『後ろに振り返りたくないぐらいの殺気を感じるので勘弁してください』
志摩、涙目である
『はいはい、冗談ですって。彼、私の好みじゃないし、来るのが十から十五年遅いわ』
今度はケラケラ笑いながらアララは手を振る。まったく、魔女みたいな女性だ。魔女なのかもしれないけれども
『それで、私たちはどこに連れていかれるのかしら?』
アララは運転手に聞く
『ゲーリング元帥直々の御命令でベルリンへ・・・ただ加えて、ハイドリッヒが来る、と言えばわかる。とも』
ハイドリッヒ・・・!
『あたし達をこんな目に合わせた張本人!』
『今回の帳尻は・・・合わさせてもらいます』
ばきりばきりと拳を鳴らす桂と意気込むミスミ
『・・・まだ、証拠が無い。会ってすぐに殴り込むなんて事はしないでくれよ?』
志摩はその二人をなだめる。下手人が死体だったとかで、何か立件出来るとは思えない。アララは頷いて息を吐き出した
『あなたたちは囮って訳ね・・・それで、間に合うの?』
運転手に問う。ハイドリッヒより先にベルリンへたどり着けば
『既にプラハから輸送機は出てると思われます』
『間に合わない、か・・・』
アララは唇をかむ

803 :長崎県人:2007/09/09(日) 12:26:00 ID:2MxH4A12O
『ほu』
『箒では間に合わない、そうでしょう?』
桂が箒で飛んだ方が早いんじゃない?と言おうとした桂を遮って、志摩は確認を取る
『そうよ、飛行機より早く飛ぶなんて不可能よ。吹きさらしなんだから』
『ワイバーンみたいに・・・もg』
風の防護障壁があればとミスミが口走ろうとして、これも志摩がミスミ口を抑える
『ワイバーン?』
『いいえ、こちらの話です・・・しかしそれでは』
同じ輸送機では間に合わない所か、後の祭に
『飛行場にBfー110C5/Nが置いてあります。ルフトハンザの機より、断然早いです。ご安心下さい』
それには運転手が答える。偵察機型の機体だ、速力は期待してもいいだろう
『四人を乗せるとなりますと、胴体にお二人ほどはまり込むように乗ってもらいますよ?』
三人乗りの機体に、五人乗るのだから仕方あるまい・・・誰か降ろすと言っても、聞かないだろうし
『わかっている』
『あなたたち、ベルリンでも危険な目にあう事は必至よ?戦力には数えてないけど』
アララが忠告する
『もとより承知の上。それに、このままではドイツという国の根幹が変わってしまう。それは許容できない!』
K計画の進行に、間違いなく支障を来たしてしまうだろう

804 :長崎県人:2007/09/09(日) 12:27:51 ID:2MxH4A12O
『一応私たちは夫婦で呼ばれてるはずよ。一方を欠くのはおかしいでしょ?』
桂は、エスコート役を譲るつもりは無いようだ
『敵は倒せなくとも、旦那様と桂さんはお守りしてみせます・・・!』
ミスミも完全復活して名誉挽回に燃えている。呆れたようにアララは笑って、運転手に頼んだ
『だそうだから、早く飛行場へお願いできるかしら』
『了解です!』
車は飛行場へと加速度を増した
『あ、特に問題にすべき事じゃ無いかもしれませんが』
運転手はついでですが、と前置きして言った
『護衛に大砲鳥が付きます。一機だけというのが少し変だと思いまして』
運転手を除く三人がアララを見る
『私にもそこら辺の事はわからないから、何も言えないわ。たぶんゲーリング閣下が回してくれたんだと思うけどね』
でも、一機だけ?


一方、ワルシャワ飛行場

『親父、ミルクをもう一杯』
『ハンスの旦那、飲み過ぎじゃありませんかい?』
どん!とハンスと呼ばれた男はミルクが入ったジョッキを机に置いた
『一刻も早く東部戦線に戻らなきゃいかん。なのにベルリンへの護衛任務とは、ゲーリング閣下直々の命令でなければ・・・!』
それで欧州最強の男はヤケミルクをしているのだった

805 :長崎県人:2007/09/09(日) 12:29:56 ID:2MxH4A12O
ドイツ国境上空

『なぁ』
『お、おう・・・』
ハイドリッヒの乗ったタンテのパイロットは困惑していた。機体周辺の空が、不気味に赤を帯びているのである
『付いてきてるよな?空気の渦っていうか』
心まで飲み込まれそうな空気の流れが台風のように動いている
『物凄く変な気分だ・・・戦闘でだって、こんな気分にはならないって言うのに』
冷汗を拭う
『客人が大丈夫かまた見て来てくれないか』
パイロットはサブパイロットに告げる
『・・・それがな』
前に様子を見に行ったサブパイロットは口ごもった
『ハイドリッヒ中将なんだが』
あの赤い目に射ぬかれるような感覚をなんと言えばいいのか
『ん?』
『お、奥方がうなされているから、あまり立ち入らないでくれと言わた』
サブパイロットは嘘をついた。ハイドリッヒの奥方がうなされていたのは本当だが、入るなとは言われていない
『ですから早くベルリンへ降ろしてあげましょうよ!』
カラ元気を見せる、あぁなんなんだ、このイヤな空気は
『そうだな・・・』
こうして、輸送機はベルリンへと向かう。キャビンでうなされる妻を膝枕させたまま紅い瞳を光らせるハイドリッヒを乗せて

『受け入れよ、されば救われん』

806 :長崎県人:2007/09/09(日) 12:31:18 ID:2MxH4A12O
同日・ヴォート社

『いまこそこの機体の売込みの時です!』
『本気かね?』
対日戦が始まって以来、ここヴォート社では最新鋭機であるコルセアの量産に励んでいる所なのであるが、困った事態が発生した
『日本機にはブローニングが効果不十分な為、各機体に急ぎ20o機銃を搭載せよと命令が出ているのは確かだが』
『《あれ》なら既に搭載していますし、なによりあれの売りは発艦距離の短さです!最新鋭機を軽空母でも運用できるという強みは押し出してしかるべきです』
向かい風が強ければ《あれ》は垂直離陸さえやってのける
『発艦距離が短かければ露天で乗せられる機体数も増えます!もとよりそれほど大きな機体ではありませんし、数をもって戦力を大に出来ます!売上も大幅アップです!』
『しかし、エンジンが二基ある物を艦載機として押し出すのは・・・』
いかがなものか
『あの広い太平洋で運用するのです!エンジンは一基より二基あったほうが安全性に優れます!』
『うぅむ・・・』
経営陣が思い悩むのも仕方が無い
『《あれ》を量産しろというのか・・・』
『そうです!我社が合衆国の危機に貢献出来る機体は、あのXF5Uフライングパンケーキしか有り得ないのです!』

807 :長崎県人:2007/09/09(日) 12:33:22 ID:2MxH4A12O
元米海軍パイロットの証言

『ええ、ハワイ沖海戦で私はフライングパンケーキに乗っていましたよ』
機体の性能はどうでしたか?の質問に、老パイロットは困ったような顔をした
『陣風の30oを受ければ、さすがに固いパンケーキでも落ちるよ。でも20oじゃなかなか落ちない機体だった。高速域での旋回性能もよかったね、ほら君、皿を水を張った浴槽に落とすと良くひっくり返ったろ?あれと同じさ』
それでは良い機体だったと見てよろしいのですね・・・見てくれよりは
『まぁ・・・な、唯一にして最悪の欠点である低速時の不安定さえなければ。直援戦闘では速力だけ出てたって駄目なんだ。空域から離脱してしまうし、旋回だって速力を殺して行う物だからね、下手に直援で速力を殺した所で旋回してしまったら・・・私はそれで体勢を崩して復帰にやっきになっている所を陣風に食われたんだ』
攻めているときの機体だと?
『あるいは君達の所の震電のような離脱型の要撃機だね。しかし戦闘機に使い方を制限することは馬鹿げている。戦闘機がいるのは戦場だからな』
老パイロットは確信を持ってそう頷いた
では、搭載能力についての質問なのですが
『ああ、それについては本当に優秀だったよ』

808 :長崎県人:2007/09/09(日) 12:35:16 ID:2MxH4A12O
『インディーでも60積めた。滑走距離ってのは大事でね、これに目をつけたってのは技術者の人は誇っても良いと思う。当時のハワイ沖は低気圧が発達して来ていて、風も強かったからあと五機は行けたかもしれん。しかし、な』
そこにフライングパンケーキ廃絶の理由があるのですな
『落ち度は艦隊側にあるといったらあるのだがね・・・母艦がやられたりして帰る時には露天まで機体で一杯っていうのがよくある、というのはわかるな?』
全部捨てるなんて事はできませんしね
『さっき低気圧が発達してきていたっていうのも言ったな?パンケーキが垂直離陸さえ出来る機体であることも』
はい、おっしゃいました
『飛んだんだよ、パンケーキが勝手に。あの形の機体だ、揚力が他の機体より大き過ぎて、既存の機体用の抑え具じゃ抑えきれなかった。それに場所を取らないから優先的にパンケーキが甲板に置かれてたのもあってね』
嵐のなか空母から大量に飛んでくるパンケーキ・・・なんというか
『ジェノサイドカッター、あるいは、ソニックブーム、仲間内ではあの事をそう呼んでいるがね。空母以外の他の艦に被害はなかったし、死者もでなかったのが唯一の救いだよ。私が教えられるのは、このくらいさ』

816 :長崎県人:2007/09/12(水) 13:30:48 ID:2MxH4A12O
1942年7月6日・ベルリン、テンペルホーフ空軍基地

テンペルホーフは、ベルリンに存在する空軍基地なのであるが、今ここに爆弾が投じられたら大変な事になるに違いない。なぜなら、今ここには第三帝国総統であるアドルフ・ヒトラー、そして国家元帥であるヘルマン・ゲーリング、宣伝省のゲッペルスに海軍総司令であるレーダーと、そうそうたるメンバーが集結していたからだ
『あまり要人が集まり過ぎても問題があると思われますが?』
レーダーがちくりと嫌みを言う。実際危険であることに間違いは無いが
『総統が会いたがっていた空軍の英雄に、英雄的な存在である日本海軍の士官を出迎えるとあっては、こうするのが一番良かろう。空軍師団の一部戦力も回りに固めている。問題は無い』
そう、戦力の展開もろくに出来ない上に火力発揮の難しい市街地にある官邸より、自分の権限で戦力はどうにかなり、滑走路という平坦地ならある程度火砲の自由も効く
『宣伝省としても、最初の見栄えとして適切と思いますがな』
そしてゲッペルスは宣伝屋で、戦力云々は疎い。最悪、この空港でハイドリッヒの尻尾を掴まねば、総統閣下が危ない・・・!
『しかし、一方はポーランドに行っていたと聞くが?』

817 :長崎県人:2007/09/12(水) 13:32:31 ID:2MxH4A12O
話に入って来たのは総統本人だった
『ハイル!』
それぞれがそれぞれの敬礼を返す。そしてその問いにはゲーリングが答える
『かつての縁者がポーランドに居たそうで、そちらに寄っていたそうです。なにせ、総統の思し召しが急でしたから』
『ふむ、ハイドリッヒはともかく、日本海軍の士官には悪いことをしたな』
ヒトラーはそこのあたりに気を回す傾向があった
『出迎えにはアララが行っております故、粗相はありますまい』
『彼女か、ならば問題あるまいな』
ヒトラーが頷く、アララが気に入られていて良かった。本当に
『それで到着は?』
しびれを切らしたゲッペルスが聞いてくる
『そろそろ、だ』
一方は輸送機、一方には偵察機型の戦闘機をだしたが・・・アララの方が早く着いてくれなければ意味が無い。彼女が暴かねば、誰が奴を死体と見分けられるというのか

ブォオオオーン

遠くからエンジン音が聞こえてくる
『来たか!』
機数は二機、アララ達だ
『くっ、こんな時に曇って来たな』
ゲッペルスが顔を歪ませる。空がにわかに曇って来た。撮影にライトが必要になるかも
『なんとなしに・・・空が紅いな、ん?輸送機が来たぞ』
別方向を見ていたレーダーが指をさす

818 :長崎県人:2007/09/12(水) 13:33:56 ID:2MxH4A12O
『ほぼ同時、待ち時間がなくなって結構ですな』
ゲッペルスは天気の移り変わりに早く撮影を終えたくてうずうずしているようだ
『先にBfを降ろせ、輸送機と違って手狭だからな』
ゲーリングはアララを先に降ろそうと管制に指示をする
『それから輸送機に日本海軍の士官らを乗せて、一緒に降りてくる所を撮る。それでよかろう?』
ゲッペルスが頷く。着陸した輸送機まで総統が出ていって握手、そこに空軍の英雄が来て和気あいあいになった所で握手し、こちらを見た所で映像をカットし、写真をパチリ。これがベストだろう

ブロロロロ・・・

エンジンの回転数を落としながらBf110が降りてくる。着艦フックみたいな物はないので、それなりの距離を使う
『ゲストを呼んでくれ、撮影の手順を説明する』
ゲッペルスは自身のスタッフに命じて呼びに行かせる
『日本の士官は隻腕か。なかなかの猛者らしいな』
実際は的外れな感想をヒトラーは漏らす。彼は最後に出て来た
『いいね、あの白い制服なら、我が海軍の黒い制服と対になる』
ゲッペルスはコントラストに満足げだ。映り栄えこそが、宣伝には重要なのだ
『なんとか間に合ったか』
そんな中で、ゲーリングは安堵のため息をついていた

819 :長崎県人:2007/09/12(水) 13:35:46 ID:2MxH4A12O
『大日本帝國海軍、志摩大地大佐です。お招きいただき、感謝します』
降りて来た志摩らは、まずヒトラーに挨拶し握手をする。その後でレーダーに敬礼し、答礼を受けて手を降ろした
『ポーランドはいかがでしたかな?こちらの女性は?』
ヒトラーはそう言って桂に柔和な表情を見せる
『見事な統治をしておられると思いました。こっちは私の妻です』
『妻の桂です。欧風にベイリーフ(月桂樹)と呼んでも構いません』
にこりと桂は笑う。こういう時の作法は、親父さんが亡くなって以来、別棟とはいえ、志摩の家に住んでいて礼節を欠かさなかっただけあって出来ている
『なるほど、貴官は勝利者として月桂冠を手に入れた訳ですな。羨ましい』
と、当たり障りの無い会話をアララとゲーリングを除いて続ける
『ただいま戻りました、閣下』
『ああ、だが奴もすぐ降りてくる。どうにか出来るのか』
アララは志摩らを見る
『チャンスはあります。少なくとも、総統閣下に対してハイドリッヒが人目のある場所で何かを起こそうとはしないでしょうから。細工を仕掛けて来ても、私が見逃しません』
『そうか』
アララは少々ハイドリッヒを甘く見ていた。そう、人の目のあるところで、彼はやらかしたのだ

820 :長崎県人:2007/09/12(水) 13:38:11 ID:2MxH4A12O
輸送機のタラップから最初に降りて来たのは、輸送機のパイロット達であった。なにかから逃げるように競いあい、もつれながら降りるとげーげー胃の内容物を吐き出す
『何をしているのか、あ奴らは』
ゲッペルスだけでなく、さすがにほとんどの者が不快感を顔に示した
『あ、奥様』
ミスミが声をあげる、次に出て来たのはハイドリッヒの奥方だった。つかつかと降りて来てパイロットの元へ行く。介抱に行くのだろうと誰もが思った
『ハイドリッヒはどこだ?』
普通はエスコートして出てくる物だろう?そんな思考を断ち切る絶叫が飛行場にこだました
『ギギギギギ・・・』
『ゲボボボボ・・・』
ハイドリッヒの奥方が、パイロットの二人を片手ずつ首を締めて持ち上げている。パイロット二人は泡を吹いて虫の息である。そして

ゴキン!

そう擬音が聞こえて来そうなほど見事に折れた。首の骨が
『蛇、ね・・・』
アララが呟く。両手が丸で、蛇が噛み付くようにパイロットの首を締めていた
『空港警務隊!何をしている!取り押さえろ!』
我に帰ったゲーリングが怒号を発する
『お待ち下さい、ゲーリング閣下。私が何とかします』
タラップから制止しながらハイドリッヒが降りてくる

821 :長崎県人:2007/09/12(水) 13:46:09 ID:2MxH4A12O
『あ、ああ・・・』
ハイドリッヒの奥方は、自分のした事に気付いたのか、青ざめながら後ずさる
『奥様!』
ミスミが叫ぶ
『こないで!・・・いやっ!私は化け物になんか、なりたくない・・・!』
頭を抑えて悶える奥方、縋るような表情で、夫の元へとフラフラと歩く
『あなた・・・お願い・・・私を助けて』
ハイドリッヒは魔法のような素早さで懐からマウザー拳銃を取り出した
『よせぇっ!ハイドリッヒ!やめるんだ!!!』
縋り寄る妻に向けてそれを向けるのに気付いた志摩が叫ぶ
『あなた、助けt』

ダン!ダン!ダン!

三点射、額と胸の真ん中に二ヶ所。涙と血を流しながら、奥方は弾かれるように倒れた
『ひどい・・・』
『てめぇ・・・最後まで自分を信じてた妻を・・・手にかけやがったな!』
志摩が本気でキレている
『あれは恋女房だったはずだそ。それを撃つとは・・・』
レーダーはハイドリッヒに多少因縁があったため、さらに驚嘆している
『総統閣下!さぁご覧になられよ!我が回天の秘策を!』
ハイドリッヒが叫ぶと、むくりとハイドリッヒの奥方が起きあがった
『ひ、ひぃっ!』
『うおおぉっ!?』
駆け寄りかけていた空港警務隊が恐怖の悲鳴をあげた

822 :長崎県人:2007/09/12(水) 13:48:15 ID:2MxH4A12O
ダン!ダタタ!!

それが歩みを始めた時、空港警務隊の恐怖は限界に達し、散々バラバラに手持ちの銃を乱射し始める。空港の警務隊程度であるから、錬度はそれほどでも無いが、まともな歩兵であっても、この異常事態に耐えられるかどうか
『ば、ばば、馬鹿な!たしかに被弾しているのに・・・』
ゲッペルスが腰を抜かしながら言った
『これが・・・回天の策・・・』
ヒトラーはその様子から目を離さない
『空港警備の部隊を至急回せ!急げ!』
『くっ・・・』
ゲーリングは更なる火器を要請し、アララは大鎌を取り出して構える
『なるほど、今まで空軍と一緒に邪魔してくれたのはあなたでしたか』
すぐそばでそう言われるのが聞こえたアララは、咄嗟に鎌を振るう。ハイドリッヒ本人への注意がそれていた!
『きゃん!』
『危ない!』
吹き飛んだアララを志摩が横っ飛びに下敷きになって、地面に叩きつけられないようクッションになる
『貴様!』
ゲーリングが銃を抜こうとするが、その前にハイドリッヒの平手による突きで吹き飛ばされる。一重に彼が死ななかったのはその脂肪のおかげだ
『やりそこなったか・・・まぁ、いい。主もお前のような無能は生かすに限ると言っているしな』

823 :長崎県人:2007/09/12(水) 13:50:27 ID:2MxH4A12O
にやりとハイドリッヒは笑う
『ハイドリッヒ・・・貴官は・・・』
レーダーはあとずさって距離をとっており(彼はハイドリッヒに因縁があるので自分が先に狙われると思ったのだ)、ゲッペルスは腰を抜かして役に立たない。桂とミスミは志摩とアララに駆け寄っていてそばに居ない。ヒトラーは一人になってしまっていた
『閣下に・・・近づくな!ごふっ!』
ゲーリングがゆらゆらと立ち上がりながら血へどを吐く。ハイドリッヒ、ことヴィネはライオンを使役する、つまりその力を使える。その一撃を喰ったのだから、立つのも難しいはずだ。それでも彼は最後の壁としてヒトラーを守ろうとした
『このままでは、お前の国は負けて滅びる!《あれ》と同じようなものどもに蹂躙されてな!』
しかしそれを無視してハイドリッヒはヒトラーへと言葉を紡ぐ
『しかし、我が主の力を手にして使えば、それは武器になる!我が物として扱える!』
『閣下・・・!聞いては・・・なりませぬ!』
『ベルリンが!プロイツェンが!ハンブルグが!化け物と連合軍の手で灰塵に帰していくのを、お前は見ているしか出来ない!お前は今、全くの無力だ!お前のなして来た事の一切は否定されるのだ、全てを、全てをだ!!!』

824 :長崎県人:2007/09/12(水) 13:52:27 ID:2MxH4A12O
『世の否定からお前は戦って来たのだろう!?求めるのだ!!!力を!!!』
『閣下にそれ以上世迷い事を話し掛けるな!!!』

ダン!

懇身の力を込めて、ゲーリングの放った拳銃の一弾がハイドリッヒの頭部を貫通する
『ぐはっ』
しかし逆にゲーリングが悶えて倒れ込む。後でわかったことだが、あばらが三本折れており、その状態で拳銃の衝撃を受けたのだ。悶絶してしかるべきである
『さぁ、受け入れるのです!』
頭に穴の開いたハイドリッヒが叫ぶ
『・・・ゲーリング。余は、後継首班として貴官を指名する』
『か、閣・・・下。いけま・・・せぬ』
ヒトラーは首を横に振った
『このままでは、余が導いて来たドイツは滅びる。陸軍のカイテルがこの場に居ないのは・・・その為でもあるのだ。ゲーリング。余は、もう、否定される事に耐えられぬのだ。余の導いて来たこの第三帝国が救われると言うのなら・・・』
ふっ・・・と、微笑んで、ヒトラーは仇敵の顔を思い出した。あ奴と同じセリフを吐くことになろうとは。あのロンドンの戦争狂であれば、どう答えたであろうか?
『余は悪魔に魂を売り飛ばしても構わない』
『よしなさい!今はよくても、いずれ魂が喰われてしまうわ!』

825 :長崎県人:2007/09/12(水) 13:54:38 ID:2MxH4A12O
軽度の脳震盪にクラクラする頭を抑えながら、アララがミスミに支えられて立ち上がる
『だからこそ、後継首班としてゲーリングを指名したのだ』
もし自分が狂ってしまったなら、自分の帝国を任せられるのはゲーリングしか居ない。そう思ったのだ
『手段は選べぬ、勝たねば奴らに蹂躙されるのだ。蹂躙は一切の否定を生む』
そうなるならば、そう・・・むしろそうなるならばドイツ国民全てが死に絶えた方がマシだとすら思える。変節は民衆の常だ、これまで果たして来た勝利と躍進、それに伴う称賛と支持が変わってしまうのならば
『余は、化け物にでも、何にでもなってやる』
ハイドリッヒは満足した。その意志が、その意志こそが戦を加速させ、激化させる。全て主様の望む通りだ
『クカカカ!では、始めますか。我招く、悠久の時ながるる闇の狭間にて、誘うは紅なる者の抱擁、彼の者に』
『させない!くっ・・・!』
アララはフラつく足取りで駆け寄ろうとしてこける。なんてこと!こんな時に何も出来ないなんて
『私が!』
ミスミがナイフを両手に飛び出すが、何かがその身体を地面にはたきつけた
『ミスミっ!!!』
志摩が青ざめて叫ぶが、ミスミは叩きつけられてからピクリとも動かない

826 :長崎県人:2007/09/12(水) 13:58:50 ID:2MxH4A12O
『志摩・・・やったのは、あれよ』
桂は少し怯みながらも指差した
『っ!!』
沖縄ではハブに噛まれる事を、その攻撃の早さから《打たれた》という。正に彼女の攻撃は、《打つ》と言ってよい速度を持っていた
『言い忘れていましたが、我が主が来る為に、マリスの渦を寄らせていましたから、門が開くのも早いですよ・・・もっとも、門と言っても何の事かわからないでしょうが』
もしここに1899年の復讐者である教授がいたら、嬉々として説明を始めるのだろうが、まぁここでは省略する。簡単に言えば、自らの身体を完全に変質させ、ローマの化け物と同じように、蛇の化け物になっていた。そういう事だ
『銃声が、減っていたのはそのせいか』
警務隊はほぼ全滅・・・いや、訂正しよう。一人のこらず皆殺しに近い状況になっていた。鞭のように両手がしなって伸び、警務隊の兵の首を飛ばしていく
『う・・・うぅ・・・』
わずかだが、ミスミが動いた。どうやら距離が遠かった為、しなりが足りず、胴体を折ったり、引きちぎったりされずに済んだようだ・・・少し安心した
『黙ってそこで見ているがいい、新たな王の誕生を』
ハイドリッヒは更なる詠唱を始める
『なにか、ないのかっ・・・!?』

827 :長崎県人:2007/09/12(水) 14:01:33 ID:2MxH4A12O
志摩は回りの様子を冷静になって伺う。戦車が飛行場の中に入って来ようとしているが(ゲーリングの指示が途切れ、管制塔が我に帰ってからの指示の為、動きが遅れた)今すぐには無理だし、戦車砲は我々がいるから使えない。というか余ほどの精密射撃でも無いかぎり、この近接された状況では無理だ

ブォオオオーン

そんな志摩達の上空を、大砲鳥が飛び抜けていった。そうだ、まだ護衛のあれが降りていなかった
『どこだ?どこにある!?』
ゲーリングが手に持って呼びかけていた無線機の送話装置を探す。壊れてなければいいが
『・・・あった』
倒れて呻いているゲーリングのそばだ。走ればすぐの距離だ
『桂!?』
制服のすそを掴まれた
『一人で動いたら、ミスミさんと同じ目に会うだけよ・・・あたしも行く』
目標を二つにして、どうにかしようと言うのだ
『桂』
危険だどうだという言い争いが出来そうな状況では無い
『あなた一人を死なせはしないわ』
自然と二人の唇が触れる、そして彼等は走った
『全く。見せ付けて、くれちゃって!』
二人に反応して、鎌首をもたげるようにこっちを見ようとした奥方の化け物に、アララは箒を放り投げて飛ばした。彼等へ出来る唯一の支援だ

828 :長崎県人:2007/09/12(水) 14:03:18 ID:2MxH4A12O
『ええぃどうなってやがんだ!』
着陸許可が降りないうえに、眼下では戦闘がおっぱじまり、管制塔は返事をよこさない。この男、ハンス・ウルデリッヒ・ルーデルは、だから本土での任務なんぞ真っ平なんだ、イワンの戦車ブチ抜いていた方がよっぽど気楽に戦えたぜ、と毒づいた。戦場なら、敵・即・撃でさんざんぱら撃ちまくれたのだから、なおさらだ
『ハンス、下からだ。女の声だが』
『女?』
『あ、はい。滑走路上にいる女の化け物を倒してくれ?』
『化け物・・・アレの事か』
さっきオーバーハングする時にちら見した赤グロい代物か
『了解した、と伝えろ!』
いいだろう、これまでの欝憤を晴らしてやる
『弾はフルだったな!?』
両翼に備えた37oのせいで、大回りしながらも飛行場へとルーデル機は戻ろうとする
『はい!あと、風が少し、うわわっ!』
後席が声をあげる。ルーデルが大砲鳥をいきなり急降下させたからだ
『貰った!』
風の補正等、大砲鳥が大砲鳥としている為にしなければならない作業を、彼は一瞬で済ましていた。それだけでは無い

ドッドッドッドッ!!!

化け物となったハイドリッヒの奥方の頭、手、足と、人の部位を、それぞれ狙って吹き飛ばしたのだ

829 :長崎県人:2007/09/12(水) 14:06:44 ID:2MxH4A12O
マリスは情報生命体のようなものであり、分断されると弱体化、消滅すると以前説明したが、ルーデルは、大砲鳥を使い、最高効率をもってそれを為したのだ。37o機銃弾を防げるほど、かの化け物は大きく無かったし、また造型されていなかった(ローマのアレは作られた物、クイーンズガーデンで儀式中の魔女達を殺したのもそう)から、効果は絶大だった
この事からも、こういった化け物を倒すのには、12.7o機銃弾以上の物が好ましいと言えよう、当たるを幸いにその部位を持って行くのだから。あるいは引き剥がすように集中射をあたえるか・・・
東部戦線に於いては、これが、もし死ににくくなったソ連軍を撃退しても、訳のわからないこういった(ここテンペルホーフに現れた物より明らかに弱いが)化け物が襲ってくるのだから性質が悪い。その後またソ連軍の死ににくくなって崩れない突撃行がやってくる。これではドイツ陸軍が負けても仕方ないといえば仕方ない

ともかく、ルーデルの技量は神がかっていた

『よぉっし!』
ルーデルが命中の手応えに笑った、そんな時だった。ローマの時とは逆に、天空から紅き柱が降りて来たのは

832 :長崎県人:2007/09/12(水) 22:34:17 ID:2MxH4A12O
1942年7月6日、神戸


ウェーク島沖の海戦から帰って来た伊勢は、生まれ故郷の神戸ドックへ帰って来ていた
『砲塔そのものの取り替えをするという事になれば、ある程度の期間、ドックに入ったままになるというのは仕方ないか』
神戸の工廠を根城に、対潜実験艦の初鷹が出たり入ったりを繰り返している関係で、コネというかツテを使い、五島は伊勢に技術士官名義で見学に来ていた
『が、新式砲塔に入れ替えるだけじゃ無い。何をやっているんだ?』
作業が、被弾が集中した後部、特に後艦橋を集中的に行われている
『気になるか技術士官』
不意に後ろから声をかけられた。咄嗟に振り返って敬礼する。ブルドックのような顔に、どこか愛嬌がある
『つい先日まで病院に入れられていてな、この改造をもって、どう戦術を組み立てれば良いか、知恵を貸せ』
『は・・・はっ!』
負傷・・・それで思い出した、伊勢の艦長をやってる黛大佐だ
『行っているのは電波妨害装置の設置だ。発電機も砲塔の一時撤去に合わせて増設される・・・どのような機構かはさっぱりわからぬが、あの妨害装置が開発されたのは君が原因だぞ五島大佐』
そう。妨害装置は五島達によって開発されたといっても過言では無い

833 :長崎県人:2007/09/12(水) 22:35:48 ID:2MxH4A12O
ヴァイスローゼン事変の際に得られた戦訓は本当に多岐に渡る。その中に電波撹乱の有効性も入っていた
かの事変でレーヴァテイル、あるいはミスミによって操られていた虫達が発する電磁波によって引き起こされていた電波障害だが、これをこちらが行うならば、来たるべき対米戦、特に夜戦で優位に立てるのではないかと考えられたのだ
電波的な目が使えぬのであれば、人種的に黄色人種で黒目を持つ日本人の方が有利であることに間違いは無い、さらに電探射撃を阻害することが出来れば(前例はある。日露戦争時にあの203高地からの射撃の観測に駆逐艦を派遣したのだが、それを邪魔する為にロシア側が電波撹乱を行っている)砲戦技術で敵を上回っている我々の方(黛大佐自身の報告書による判断)が勝利を得る事が出来る。そう考えることは実に自然だ

しかし、その判断を行わせた報告書をあげた人間が二人集っているのである
『が、まぁ内南洋決戦には間に合わなかったらしいがな、それに大き過ぎた』
それを伊勢の損傷と主砲塔換装を期に行おうとしたのだ
『なるほど・・・あれがそんな事に』
扶桑での出来事は松浦が、筑紫での事は五島が報告書をあげていたのだが、五島はすっかりその事を忘れていた

834 :長崎県人:2007/09/12(水) 22:37:52 ID:2MxH4A12O
五島にとっては、レーヴァテイルに関する問題で頭がいっぱいだったのだから仕方ない
『しかし電波撹乱なんてシャレたことを我が海軍が行えるとは・・・』
ずいぶんハイカラになったもんだと感嘆する
『海軍内に備品とはいえ、女を入れた君がそれを言うかね』
黛が笑う
『かといえ、そんな洒落た艦を任せられる艦長としては、なんらかの戦い方を得ておかねばならぬ』
実地訓練で戦訓を得るのはいいが、それにしたってまず最初に試す戦術があってしかるべきであり、それを考えるのに五島は良い合いの手、という訳だ
『うーん・・・つけて、消せば良いのでは?』
『なんだそれは?』
あんまりな答えに黛はむっとした
『あ、いえ。電波妨害を受けて敵は、味方もかもしれませんが電探射撃が行えなくなるわけですから、電探との連携を切る訳ですよね』
目標を捉らえられない電探と連動していても意味が無いから当然だ
『でも、敵さんにはこっちがいつ妨害装置のスイッチを切るかどうかなんてわからない訳で、少なくとも、事前に切ることがわかる味方はすぐに電探射撃に戻れますが、敵には遅れが出ることは必至になります・・・敵艦隊がスイッチを切った事に気付かなければ、これは下手をすると』

835 :長崎県人:2007/09/12(水) 22:40:40 ID:2MxH4A12O
『こちらが一方的に敵を撃ちすくめられる、と?』
これは・・・もしや使えるのでは無いか?
『は、はい。簡単に考え過ぎでしょうか?』
五島は黛に対して恐縮する
『いや、面白いぞ。では、敵も同様の物を持っていたら?』
『お互い電探無しでやり合うだけです。悪い取引じゃないと思われますが?』
人種的な物はどうしようもない、目視同士でやり合うならこちらが優位だ
『・・・』
『あ、どのくらい妨害を続ければ相手は連動を切るのか、試験をしなきゃならないと思いますが、こればかりは個人差が出るでしょうからやはりお蔵いりに』
『シンプルイズベスト、だな。大佐、その意見試させてもらうぞ!』
『え゛えっ!?いや、しかしですね、にわか大佐のこんな思いつき』
黛さんそれは性急過ぎるんじゃ・・・といっても、黛さんは一切止まる気配がない
『戦さはその咄嗟の判断が物を言うんじゃ、付き合え!まだまだ意見を出してもらうぞ!どうせ暇だろうからな!』
『ちょ、待ってください、このあとニーギと約束が・・・』
『軍務が先に決まっておろうが!』
五島は黛に引きずられていく。当然、約束をすっぽかした五島は、ニーギにすねられたのは言うまでもない

842 :長崎県人:2007/09/14(金) 12:10:13 ID:2MxH4A12O
1942年7月6日・マニラ

今日この日、マニラはどんよりと曇り、雨をぽたぽたと降らせ始めていた
『つまり、どういうことかね?』
在比米軍の主、ダグラス・マッカーサーは、こめかみをヒクヒクさせながら、腹心であるウェストモランドの報告を聞いていた
『先日の弾火薬庫の爆発は、現地住民と重爆パイロットのいさかいが原因でした』
『またいさかいかね!?一体いつになれば取締が出来る!MPは何をしておるのか!』
いさかい、と表現しているが、要するにレイプ事件である。ウェストモランドは嘆息した。しかし言わねばなるまい
『ほぼ不可能です』
『何故だ!?』
マッカーサーは青筋を立てる
『やっている現行犯が、いわゆる《ベテラン》揃いなんです』
いや、本来の陸軍航空隊ならば、ベテランなんてとんでもない技量しか持たない連中ではあるのだが
『いいですか?彼等は既に二から三回の爆撃行を済ませた重爆クルーです』
沖縄、そして九州の防空力の強さから、重爆乗りで三回出撃をした者は居ない、とまで言われるような現状である
『彼等は敵の戦闘機に揉まれ、次が殆ど無い事を知っています。機は無事でも、機内の乗員の殆どが着陸時には死に絶えている事ですらザラです』

843 :長崎県人:2007/09/14(金) 12:11:23 ID:2MxH4A12O
『これでモラルを維持しろというのにも無理があります。そしてこれをMPによって取り締まる場合・・・』
爆撃に行けるのは、何も知らず、腕も良くない新米のターキーだけとなり、これでは
『戦力の維持が、出来ぬと・・・!?』
『はい、間違いなく。我々はフィリピン人とのいさかいを放置し、黙認するしか出来ません』
ウェストモランドはきっぱりと言い切った。彼、ダグラス・マッカーサーのアスキッサーと呼ばれる連中の中でも、彼は骨があった
『・・・ウェストモランド』
『はい』
うつむいて頭を抱えたマッカーサーは苦笑しながら頭をあげた
『本国では私の事が英雄と言われているらしい、配下の素行すら正せぬこの私がだ!』
『本国へ閣下の一時帰還は認められないので?』
せめてこの現状を訴えて、無意味な日本本土への爆撃行を止めにさせるべきである
『そんな事、あの車椅子の男が認めるものか!』
彼の政権は、この爆撃で持っていると言える。マッカーサーの帰還や、中止など、有り得ない
『閣下・・・先日、台湾の高雄に輸送船団が入港した件なのですが』
ウェストモランドは別の話題を振った
『いつもの、台湾に不時着した敵味方を含めたパイロットを送る為の便かね?』

844 :長崎県人:2007/09/14(金) 12:13:08 ID:2MxH4A12O
台湾は日本軍も基地を造るつもりは無いらしく(北部に計画はあったが、ハワイの為におじゃんになった)両軍の手頃な不時着場所となっていた。勿論、台湾に不時着した連合軍パイロットは捕虜収容所送りなのであるが
『今回は、パイロットではなく、機材を持って帰ろうとしているようなのです・・・英国諜報部からの情報です』
『一度だけだが本土空襲を休みに出来る、か?』
彼のせんとする意志が、マッカーサーには伝わった。それに、機材を運ぶならば、不時着して捕われた味方のパイロットを巻き込む心配も無い
『はい。現状の被害は、台湾から琉球諸島、そして九州に至る縦深のある防空体制を抜けねばなりませんでしたが』
今回は違う
『承認しよう』
マッカーサーは頷いた。これがパイロット達の頭を冷やすきっかけになれば良いのだが
『他の軍にも知らせます』
戦力は多い方がいいですから、とウェストモランド
『頼む』
マッカーサーは彼に任せた、彼ならば上手くやってくれよう
『失礼します』
ウェストモランドが部屋から出ていく。外の空模様はさらに悪くなり、どしゃぶりに変わっていた
『いつになれば、この状況から抜け出せるのか』
マッカーサーの言葉は虚空へと消えていった