221  :長崎県人:2007/06/18(月)  12:21:55  ID:2MxH4A12O
1942年5月20日、佐世保工廠


ここでは紗那級重巡の二番艦鈴鹿が建造されていた
『どうだ?艦内の状況は』
海軍の技術士官と軍属・・・東京柴電気の技師が話し込んでいた
『やはり多少暗いようです。ですから、アルミを取り付け箇所に張り付けて、光量を得たいのですが』
うーんと技術士官は唸った
『アルミは燃えるから、それは勘弁願いたいんだが・・・』
たとえ燃えなくとも、熱にさらされたら脆くなる素材は使いたくない
『紗那級重巡は、大型艦では初めて計画から蛍光灯を搭載した艦ですから、不備がないようにしたいんです』
東芝の技師は意気込む
『こうすれば光量は大幅にアップします。反射量も割れてしまう鏡にアルミは劣りませんし、何より安い』
確かにそうである。この技官の話によるとこのアルミ箔、電探妨害に用意された物の、さらに余りかすを集めて作ったそうな(各地の航空隊が、電探の波長に合わせて切って、残ったのをまぁいいや、入れてしまえとしている分を集めて回ったと聞いている)
『アイディアは素晴らしいと思う。民間でやれば大儲け出来るよ?』
それこそ経費削減出来ると、官庁から一家庭まで買い手は数多だ
『お国の為に役に立たせてやりたいんです!』  


222  :長崎県人:2007/06/18(月)  12:24:15  ID:2MxH4A12O
『海戦に火災は付き物だからね、不燃性の液体を塗っても熱はどうにもならんし・・・連鎖的に蛍光灯が破壊されては、応急作業にも支障が出る。応急作業がうまくいかねば艦が沈む可能性だってある』
熱意は買うけれども、それは許容できない
『しかし、これで光量を増せば、各艦に必要とされる蛍光灯の本数も減りますし、我社の貧弱な生産設備でも、そちらの要求にもっと答えられるように出来ます・・・!が、やはり艦が浮いてないと駄目、ですよね』
技師はがっくりと肩を落とした。技術士官の言がわからない人間でも無いのだ
『別の素材で出来れば、私は全力で推薦するよ』
慰めるように技術士官は言った
『なにか代用が効けば・・・』
技師は思考の迷宮へ入り込んでしまったようだ
『反射率が高くて熱に強く、軽くて安い。あと、破壊されて落ちても兵員を傷つけない。そんな物があれば良いんだ・・・が・・・あれ?』
どっかで聞いたことがあるぞ・・・何かの研究で、一時期話題になった。浜松、浜松だ
『どうしました?』
『そう、テレビジョンだ!』
テレビジョン。1940年から試験放送が始まり、ちらほらとだが街中に進出してきているそれだ
『テレビジョンが何か?浜松・・・?あ!』  


223  :長崎県人:2007/06/18(月)  12:26:32  ID:2MxH4A12O
『雲母板ですね!』
『そう、それだ!』
白雲母は硝子のように透明で、画像を写せるほど反射能力にたけた筈!材料自体は塗料に使うほどありふれていて、もし破壊されて兵員の上に降って来ても、脆くて兵を負傷させないで済む!そしてアルミのように燃えはじめて蛍光灯を二次被害で破壊もしない。最良じゃないか!
『ああ・・・だが、うまく加工できるか』
金属の事はわかるが、土の事はわからない
『ですが、可能性はあります!うちの社もテレビジョンには大きく手を出そうと考えている所だったのです!よぉっし!燃えてきたっ!』
この技師、ノリノリである


こうして東芝との強力な協力体制の元、各艦艇での省エネと発電機の強化を以て、以前とは較べ物にならないほどの電装機器の強化が、帝國海軍に於いて行われていくのであった



加えてこれが、海軍お膝元企業となった東芝の大躍進によって、日本国内におけるテレビジョンの普及率が高くなる要因となった事は言うまでも無い  


232  :長崎県人:2007/06/19(火)  15:03:33  ID:2MxH4A12O
1942年5月21日朝鮮・群山


群山陸軍飛行場に、隼の護衛がついた零式輸送機が到着したのはその日の朝の事だった
『酷い物である。これが我が栄えある帝國陸軍の基地か!小隊、降りろ!』
『はっ!』
出て来たのは不整地な飛行場での着陸によるバウンドで頭をぶつけたのか、でこの一部が赤い辻政信大佐と、参謀権限で連れてきた一個小隊
『たかだか一ヶ月に満たぬ間に、主人がいなくなれば、鮮人は皆こうですよ辻大佐殿』
飛行場には出迎えがいた。階級は少佐
『和潔(かずきよ)か?』
辻の後ろ、輸送機から声がした。矢鹿だ。勿論木野瀬の姿もある
『ああそうだ。奉天から貴様が来ると聞いて飛んできた。貴様のやる事には俺の、いや、我が一族にも関係があるからな』
ふん、と矢鹿
『あのヨタ話か・・・転移が無かったら、貴様と付き合う事は無かったろうな』
そう言いながら矢鹿と木野瀬はタラップを降りる
『矢鹿、こやつは』
『同期です。古い家の出で、私の協力者です』
『今は渡辺和潔を名乗っております』
敬礼する和潔
『今は?』
『何かと同姓の人間が陸軍内に入っては遺恨がありますので。親戚筋の苗字をいただいたのですよ。退役したら元に戻しますが』
やれやれと和潔  


233  :長崎県人:2007/06/19(火)  15:07:15  ID:2MxH4A12O
『奉天と言う事は関朝統合軍司令部の?』
辻は再展開した関東軍と朝鮮総軍の合同司令部の名を告げた
『はい、苦労しておりますよ。海軍がどこからか聞き付けたのか、転移前の16個師団が満蒙並びに朝鮮を守るのに最低限必要とされていたのにかこつけて、今の師団を同数しか寄越しません』
現在の帝國陸軍では旅団が無くなり、師団をその編成の基盤としている。しかし、その師団はソ連型編成(二万八千から一万五千)で水増しした五十個師団といくつかの航空師団に過ぎず。陸軍全体でかつての三分の一、八十五万しか存在していない。だから、満蒙と朝鮮に再展開した(しよ
うとしている)陸軍の数は二十一万人、それに加えてイタリアに行っている陸軍の数は十八万(本来の関東軍)。本土残存の二十二個師団のうち、大陸沿岸に展開したのが上海に一個、福建に二個、青島に一個の四つ、占領したサイパンには二つ。本土には九州四個、中国・関西四個、関東四
個、東北・北海道四個(サイパンは関東師団から抽出)で全てなのである
だが、陸軍もそれではまずいと軍属として(でも員数内に)大人数のダークエルフをイタリアに転移した師団には導入しており、本土の師団のいくらかはその分の兵員を回して水増ししている  


234  :長崎県人:2007/06/19(火)  15:09:26  ID:2MxH4A12O
どう見ても陸軍の勢力は衰退していた。たとえチセやアテが十分に配置されるようになっていたとしても
『そうか、うむ。海軍の船頭どもめ、足元を見おってからに・・・つくづく許せん・・・!』

『大佐殿』
矢鹿がこの場に留まり続けるのを迷惑そうに辻に告げた
『渡辺少佐、私はいつまでも、海軍の好きにはさせようとは思っておらんぞ』
『はい、そのための実験と聞いております。関朝統合軍司令部は閣下の行動を支持します』
愛想笑いを浮かべた和潔は矢鹿に合図した
『閣下、その場所まではもう少し移動しなければなりません。車は用意してあります』
『おお、そうか・・・して、その場所は?』
矢鹿は薄く笑って言った
『白村江、我が大和民族の血が多く流された地です』
黒又山でやる前に実験はしなければならないからな
『・・・何故そこなのだ?縁起の悪い』
少なくとも辻は日本の勝利は願っている。矢鹿はうざったそうに和潔を見た。かいつまんだ説明を和潔が始める
『閣下は鮮人どもが古代の事とは言え、我が大和民族に戦で勝てると御思いか?』
『少なくとも、学んだ戦史ではそうなっておるが』
『実態は違います。鮮人を支援していた唐の軍勢の神官・・・続きは車の方で』  


235  :長崎県人:2007/06/19(火)  15:12:26  ID:2MxH4A12O
和潔は辻を車に引き入れた。兵達はトラックへ
『神官どもはこの地にある門。今とは意味がかなり違いますが、鬼門とも言うそれを開け、我が軍船400隻を一瞬で炎の渦へ引き刷りこんだのです』
戦史の方にも、白村江の戦いでは火計によって、となっていた筈です。と矢鹿が付け加える
『ふむ・・・』
辻が考えるそぶりを見せると、矢鹿はこの馬鹿が、と心中で蔑んだ
『その頃になれば赤壁の時代でもありません、船を繋いでいた訳でも無く、かなりの範囲に軍船は展開していたと思われます。それを一瞬です』
船に火計で400隻も燃える筈が無い、しかしそれを燃やしてしまった、ならば・・・
『なっ!』
『お気づきになられましたか』
そう。古代のここで、欧州ではマリスと呼ばれるそれは限定的に開放され。倭の軍船は焼き払われたのだ。バチカンのそれは開けた者が特に意志を持たず、扉そのものにも最低限のリミッターがかけてあり、扉が開くとただ拡散しただけだが。こちらは違う
『数百、いや、下手をすると数キロ圏内を火の海に出来ると!?』
限定開放の場合は、ね。そしてあなたはそう思っておられれば良い。限定開放のせいで地に対流し、半島その物がマリス汚染された事はどうでもいい事だ  


236  :長崎県人:2007/06/19(火)  15:14:32  ID:2MxH4A12O
中途半端な神秘主義やら奇跡が入り交じったこの朝鮮といういびつな世界が、何度も大陸と我が国に焼かれているのは理由があるのだ
『この開放が複数無くば、私のウィルスは使用に耐えません』
どれだけ理解できているのか。この男は
『我が陸軍が戦争を変えるのですよ、閣下。海軍なぞ必要としない世界最強の国家へと皇国を導くのです』
そして和潔は人を乗せて破滅へ導く天才だな、まったく。それから転移がなければ、こんなヨタ話、頭から否定されたはずだ。ダークエルフの魔導師による魔法やらなにやらを見なければ
『素晴らしい!もし敵国でそれが出来たならば!勝てる!勝てるぞ!』
当たり前だ、対処の仕様が無い細菌兵器に大量破壊兵器、勝てない方がおかしい
『今回はそのための実験も兼ねております』
移動していた車が止まる。発見した祭壇に到着したのだ
『では閣下、最初の一歩を』
車を降り、渡辺は正面を譲る
『おお!小隊続けぇっ』
ドカドカとトラックから降りた兵と共に辻は祭壇の祠へと突入していった。残ったのは矢鹿と和潔
『何が狙いだ、和潔』
『なに、これは私の願いにも通じる事でもあるんだ、実験に否やはない』
『倉、か』
『長武、貴様は相変わらず鋭いな』  


237  :長崎県人:2007/06/19(火)  15:16:04  ID:2MxH4A12O
和潔は笑った
『だが、これを本土でやるなら慎重をきたしたいというのは同意見の筈だが?』
かつての跡は、探せばいくつもあった。だが、やるとなるといろいろ問題が出てくる。今回の実験による本土へのマリスの伝幡は、同じくマリスを溜め込んである沖ノ島によって防がれるから、問題は無い
『家の方は纏まっておるのか?』
『あの愚か者はどうするつもりだ?』
質問を質問で返す。お互い、食えない人物である
『木野瀬』
今まで黙っていた木野瀬を呼ぶ
『はい』
『こいつは貴様の倉の中身には劣るが、軍縮中のたかだか大佐一人、どうにでもなる』
『なる程、丸太か。私も海軍の末弟にはまだ何も話していない、が、どうにでもなる』
ふふっ・・・と和潔は笑った
『どちらも足元を掬われぬようにせねばな』
『当然だ』
和潔が首をふって中へ移動する事を促す。あの愚か者だけでは何も出来ない。中身をあまり壊されても面倒だ




数日後、群山地域を大震災(震度八と言われる)が襲い、十キロ圏内がほぼ何も残らず全滅する事になる。ただ、生き残った現地民の中には、赤い光の柱が見えたと証言した者も居たが、飛び交う情報にかき消され、証言者も行方知れずになってしまうのであった  


250  :長崎県人:2007/06/20(水)  20:30:22  ID:2MxH4A12O
1942年5月22日、呉・聯合艦隊司令部


『また君は無茶を言ってくれるね』
小沢は長官室へ松浦を招き入れ、パラオ攻略についての話をしていた
『個人としては私もそう思いますが、情報戦上どうしても』
『いくらなんでも、まさか後ろから撃たれるとはおもわなんだ』
パラオ攻略戦に於いて松浦が望んだこと。それは勝たない事である。それを強制させたのは朝陽新聞と国民の動向だった
『ここで大勝利を挙げますと、朝陽新聞はフィリピン攻略を叫び出し、国民はそれに両手を挙げて賛同するでしょう』
おおよそのキャンペーンはわかっている。デフォルメされた地図に、星条旗の折れた島々と見出しにはグァムパラオは落としたぞ、次はフィリピンだ!と。記事の方には空襲を受けている九州・沖縄の被災者を救え!という論調
『まったく・・・フィリピンのような無資源国を維持するのは願い下げだというのに。それから航空戦とて、台湾を間に置いて、彼等が向かってくるからこそ、被害少なく、かつ戦果を多く得ているという現状を国民は理解していない』
自国の存亡に関わる戦争を、どうしてプロに任せておけないのか。いや、これが立憲君主制や民主主義制を選んだ国の、逃れられぬ苦労と言う事か  


251  :長崎県人:2007/06/20(水)  20:32:15  ID:2MxH4A12O
『国民に関してはそれなりに理解できます。彼等は同朋が被害を受けている事を許容できません。軍隊、つまり我々は国民を護ると考えています。当然ですが』
松浦は、小沢が気に入らないかな?と思ったが、話を続けた
『しかし我々も、国体と国民全体を護らなければいけない以上、優先順位が発生します』
小沢は頷いた
『不愉快だが、それが現実だな』
『加えて、国民の大半は陸軍脳です。海戦の結果も大好きですが、その根底には領土をどれだけ取れるのか?の期待があります。日露講和の後の日比谷を見ても明らかですが』
小沢がため息をついた
『仕方あるまいよ。地図を広げる度に、自分達の領土という輝かしい過去、または成果を、そして戦死者の家族には、自分の父が、良夫が死んで遺した遺産が、全世界に示される事実になるのだから、な』
この戦いを講和で終わらせるとしても、どこかの領土を掠めとらなくては、戦後にひどい事になるであろう
『故に勝ってはいけないのです。むやみには・・・』
あの、アメリカという国でなければ、大勝利をバンバン喧伝して構わない。むしろ、先の内南洋海戦での戦果だけで、とっくに他の国なら講和か降伏に持ち込んでる・・・あの国が規格外過ぎるのだ  


252  :長崎県人:2007/06/20(水)  20:35:30  ID:2MxH4A12O
『それで朝陽はいきなりどうしたんだ?ブン屋は山本さんがそれなりにコントロールしておったろ?』
黒潮会の事だ。大臣になった山本さんべったりのファンクラブになってしまってる感もあるが、海軍にとってよい広告塔になってくれていた筈だし、こんな飛ばし記事のような事は考えない筈だが
『いえ、彼等ではありません。彼等とは別の部署。陸軍付きの記者達の反撃のようです。彼等も陸軍縮小によって、干された口ですから』
新聞社内の主導権争いもあるのだ、どれだけ国民が望むニュースを報道できるか、いや、作り上げるか
『陸軍勢力を増やそうとしているのですよ。そして我々の戦力をブン屋である事から、それなりに知ってます。これが黒潮会の方々であれば、限界も知っていますし、口出ししないことも守ってくれるのですが・・・』
にわかで聯合艦隊を知っている彼等に取っちゃ、聯合艦隊の怠慢を非難できて、自分達の支持基盤である陸軍の勢力が伸長できる、一挙両得の話なのだろう
『陸軍は許容しとるのか?それを』
『まさか。彼等も馬鹿ではありません。中国沿岸部と満州・朝鮮、本土の維持に手一杯です。イタリアに行ってしまった兵力分が、彼等に使える自由な戦力だったのですから』  


253  :長崎県人:2007/06/20(水)  20:39:40  ID:2MxH4A12O
そして言うまでも無いが、海軍陸戦隊で出来る事には限りがある
『フィリピン攻略や、ハワイ攻略が行えない事を、なんとかして国民に理解させていかなければなりません』
船舶は1000万トンをとうに越えたからどうにかなるが、陸上兵力が足り無さ過ぎる。本土の防御をまったく考えなければ、やってやれないことはないが・・・後背にはソ連の大兵力。気はけして抜けない。陸軍はもっと満州に送りたいといってきたが、下手に送れば逆効果だと、これは畑
ウんや今村さんらが理解してくれているから助かっている
『勝利無き優勢状況の構築、か。骨が折れるし血の気の荒い者には苦痛だな』
『敵を退けるときに戦果を拡大するな、と言ってるだけですよ。その代わり、輸送船やら軽巡以下は積極的に狙っていただきます』
小沢の手に、いつの間にか松浦の提出したパラオ攻略と、その後に海軍が行う行動への意見書が握られていた
『パラオの奪取を行い、敵艦隊と交戦しても、その追撃を許さず。だな?』
『はい。米軍も太平洋でこれ以上の損失は望みますまい。ある程度艦に損害が出ましたら、撤退を行うのが確実です。軽巡以下は士気上げの為に、積極的に使ってくるでしょう。替えはいくらでも造れますしね』  


254  :長崎県人:2007/06/20(水)  20:42:21  ID:2MxH4A12O
さすがの小沢や松浦にも、米国が戦艦をも量産してくるとは読み切れていなかった
『わかった。宇垣君達に伝えておくよ』
血の気の多い連中も沢山いる。わしが直々に聞かせて回るしか無いか?
『申し訳ありません。お手間と苦労をおかけしています』
苦笑する小沢に松浦は頭を下げる
『おいおい、自分の造った部署の献策を取り上げるんだから、こんな苦労は当たり前だぞ。それに今まで無かった、情報操作という戦術外からの献策だ。これは樋端にだってできゃせんぞ。自信を持て、父親になったんだろ?』
少し前に幽弥は無事男の子を出産していた
『は!』
松浦は恐縮する。小沢はがさごそと自分の机の下をあさくると、大きなメロンを取り出した
『奥さんに食わせろ。受けとらんと家に出向いて床に転がすぞ』
『は、はい!ありがとうございます!』
ずっしりと重いメロン。高級品だ
『下がって良し、四日間の休暇を命じる。それからはパラオの情報を分析してもらう。海の上が騒がしくなるだろうからな』
『は!失礼します!』
松浦は長官室から退出した。ドアがノックされたのはそのすぐ後だった
『失礼します』
『入れ』
先の小沢の言葉に出た男、樋端久利雄その人だった
『見てみろ』  


255  :長崎県人:2007/06/20(水)  20:49:09  ID:2MxH4A12O
小沢は松浦が持って来た指標を樋端に渡す。樋端はそれを速読して言った
『面白いですね』
『貴様もそう思うか。そして、貴様の献策とアプローチは違えど、ほぼ同じ作戦行動を望んでいる』
パラオ攻略後のそれについて、彼等は似通った作戦案を持って来ていたのだ。勿論樋端の物は、徹底的に勝利と戦果を得ようとする為の作戦案であったが


詳細はこうだ


パラオ戦後に編成替えをしたのち、フリーハンドで使える第三艦隊の空母二隻(一個航空戦隊)を四交代制でマリアナ沖に常駐させ、制空権を確保。空母に戦艦二隻をつけつつ、残りの戦艦二隻(戦艦一個戦隊。大和級二隻の第一戦隊と、白根級二隻の第五戦隊は合同)も四交代制でウェーキ
ゥらフィリピン東岸、必要であればダーウィンまでの海域で、艦砲射撃と通商破壊をしてまわるプランだ。戦艦二隻で釣りをしつつ。獲物が引っ掛かれば、空母の航空隊と護衛の戦艦が増援に駆け付けて撃退する。現状の太平洋艦隊や、ABDA艦隊に、戦艦、空母とも優勢を保てるように
して、我々を撃退できない欝屈を、敵国に与えようと言う寸法だ。これが敵国の元首や、議会に働き掛けられればもっけの幸い。そして、四交代制であれば我が国でも維持できる範囲だ  


256  :長崎県人:2007/06/20(水)  20:55:14  ID:2MxH4A12O
基本的なプロットはそうなっている
『聞かされる方としては、君の方のプランを司令部は選択するだろう・・・渡した意味は解るな?』
『勿論ですとも』
これを含めた改訂版を造れということなのだ。それを会議には持っていく
『時間が無い、今すぐ取り掛かってくれ。こちらの人員やあちらの課員はいくら使ってもかまわん。井上には伝えておく。四日で仕上げろ、下がって良し』
小沢がGF長官になって、いや、海兵37期以下の将官が、聯合艦隊と軍令を預かるようになってから、両者の風通しは本当に良くなったと言われる。(聯合艦隊と軍令の行き違いは山本長官がやりすぎたせいでもあるが)これもその例の一つだ
『はっ!』
樋端は敬礼して出ていき。一人になった小沢は呟く
『・・・何が幸いするか、わからんものだな』
転移によって、あらゆる局面に展開する可能性が出て来たおかげか、海軍は基本は漸減作戦でも、事を行うのに柔軟性を得ることが出来た。皆がどうすべきか考えるようになった。いや、考えざるを得なくなった、か。この戦がどのような結末を迎えるかは神のみぞ知るだが、後世の評論
ニは我々を指してこう言うのかもしれない
『ゼアファイネストアワー(彼等の最良の時)、とな』  


278  :長崎県人:2007/06/24(日)  11:33:25  ID:2MxH4A12O
1942年5月24日・上海市庁舎


ここ上海は、帝國陸軍が再転移後に進出した土地としては一番遅れて進出した土地であった。理由は簡単。他に進出した満州や朝鮮、青島や福建省と違って、知名度からも諸外国へ無用なプレスを与える(残念な事に、そういった配慮は無駄に終わってしまったが)といった政治的な見地か
轤フ判断だった
『武漢と南京からの敵部隊の動きはどうか』
上海に派遣された帝國陸軍、その第二十七師団を率いる栗林は、日本の勢力が一掃された事で、まるで関の切れた川の如く氾濫し、土地を取り戻しにかかった国民党軍の動きを、逐一報告させていた
『しかし中将、わざわざ我々の数が一万五千しか無いのを情報として流すべきでは無かったのでは?敵はここ、上海へ雪崩こもうとしています』
幕僚はそう言って地図を眺める。かなりの兵力が敵は動いている
『それに、です。国民党軍から逃げてくる人民の保護に相殺されている部隊もかなりあります。間諜がその中に紛れて何をするかわかったものでは・・・』
栗林は幕僚の懸念を否定した
『私が現状を見るかぎり、この兵数で最大効率の損害を敵に与える必要があるのだ。その為には、敵にこの上海を攻撃しに来てもらう必要があった』  


279  :長崎県人:2007/06/24(日)  11:35:13  ID:2MxH4A12O
『見てほしい、これまでの敵の行動の総括だ』
栗田は地図を指す
『かなりの範囲に於いて、部隊ごとに別れ土地の占拠を行っている。これがどういうことか解るか?』
幕僚達は頭を傾げる、そして一人が言葉を発した
『分撃はしても、集撃はしていない・・・?』
栗林は微笑んで頷いた
『良い所に気がついたな。そうだ、彼等はもはや国民党軍では無く、軍閥という別個の存在だ。彼等が行っていることは、己が我々から土地を解放したという事実をもって、その土地の縄張りを自らの物にするという、戦国時代もかくやといった行為だ』
その縄張りを広げていって、最大の利益を上げられそうなのが、ここ上海。しかも守るのはたった一万五千(実際栗林は、寧波に一千、そしてタイ湖の南北両岸に兵を分けた為七千)、これなら俺の軍閥だけでもやれるかもしれない・・・上海を奪うのは俺だぁっ!とばかりに向かって来て
「るのだ
『私が流した正確な情報があってこそ、彼等は統率を失い、我々の料理しやすい一軍閥ごとで向かってくる事だろう。味方撃ちすら行うやも知れぬ』
我々にとって、彼等が地歩を固め、一丸となって向かってくる事の方が悪夢なのだ。それを避ける為に情報を流すのは、確かに手だった  


280  :長崎県人:2007/06/24(日)  11:37:00  ID:2MxH4A12O
『閣下の戦術は解りましたが、あまり市民を囲い入れては・・・』
もう一人の幕僚は、後背を突かれる事になりませんか?と、不安げに栗林を見た。栗林中将は騎兵の出だから、変に見栄をはっているのではなかろうか、と
『そこは戦略的な判断として受け取って欲しい。彼等は失っていきつつあるのだ、支那の心をな』
彼等はこの素早い進撃を行う為に、支配した都市、村落で収奪をした事は間違いない。そのおかげで、そこに居た人々は比較することであろう。転移前に居た我々帝國陸軍と、中国国民党軍を。逃げてくる市民はそのバロメーターだ
『私が米国やカナダに行っていた事がある事を知っている者も居よう。支那に足を踏み入れていた我々の印象は最悪であった』
それが印象操作だと言うのに、我々は何も出来なかった
『だが、彼等が暴虐を働いた事を事実として知る市民が、今まさに増えていっているのだ。この存在は、我々が敗れようとも、戦争の行方さえ変えかねない存在となり得る』
一体何が真実で、何が嘘なのか、これからか、それとも戦後になってからなのかは解らないが、それを米国は突き付けられるだろう
『よって苦しいだろうとは思うが、市民の受け入れには、全力を尽くしてほしい』  


281  :長崎県人:2007/06/24(日)  11:38:27  ID:2MxH4A12O
栗林は頭を下げる。そうまで言われてしまえば、幕僚達も納得せざるを得ない


コンコン


栗林達が居る部屋の壁が叩かれた
『伝令!』
『かまわん、入って読みなさい』
『はっ!失礼します』
伝令が入って来て、報告を読み上げた
『北岸防衛線(無錫〜江陰のライン)から報告!敵との戦闘に突入!数は七千を越えているとの事!』
『来たか!』
ざわつく幕僚を制して、栗林は命じた
『出来得るかぎり持ち場を守り、その後は北岸第二防衛線(蘇州〜常熟のライン)まで遅滞戦闘、弾薬を惜しまないように。南岸防衛線(盛沢〜海塩のライン)にも通達。そちらも仕掛けてくる可能性が大だ、いそげ!』
『はっ!』
伝令は来た時と同じ様に駆けていった
『閣下、海軍の上空支援は・・・』
防空戦が主任務の様だが、本来、東シナ海の空母のうち二隻は、ここを支援する為の艦である
『敵襲があった事だけは伝えておけ。今支援されては、長期の持久戦になりかねん』
今は勝ち過ぎてもいかん
『わかりました。しかし、そういう事になりますと、久しぶりの陸軍単独による戦闘になりますな』
全員が栗林を見ている・・・栗林は笑った
『よし、ならば帝國陸軍は未だ健在という所を見せてやろうか!』  


282  :長崎県人:2007/06/24(日)  11:40:02  ID:2MxH4A12O
無錫防衛線


『畜生!数が多すぎらぁっ!』
九九式小銃を撃ちながら、ヒュンヒュンと耳元を掠める銃声を聞いては、陣地に頭を沈める。剛毅な性格の先任軍曹は、音が聞こえる内は当たりゃせんよと九九式軽機の射撃を続けている
『奴ら、いくら倒されても向かって来やがる!ははっ!異世界人よりアホだ!』
訂正、ハイになってフゥーハハハと射撃を続けている
『でもこれじゃ、そのうち囲まれますぜ!』
急遽造った簡易陣地だ。後ろに回られたらガラ空きなのである。兵達もさすがに、撃ちまくっているだけでは居られない。しかし撤退するには陣地を出なければ


ガッガッガザザッ


無線機が雑音を発し始めた
《・・・小隊・・・後退・と・・テを・・・送る》
『小隊長!後退命令です!』
隊の指揮官である中尉に通信兵が叫んだ。畜生め、海軍や陸軍の上位部隊のように通信機器の性能は良くない、ピンからキリだ
『後退!?陣地を捨ててか!?』
中尉は怒鳴り返す。折しも敵の銃火が激しくなったような・・・無理、無理だ。絶対出たくねぇ!
そんな時だった。軍曹の軽機の発射音に交じって、キャタピラの音と重厚な射撃音が響き渡ったのは。そして敵兵が土煙(血煙)と共にかき消える  


283  :長崎県人:2007/06/24(日)  11:42:02  ID:2MxH4A12O
『これは・・・』
『25o機銃弾・・・アテだな』
隣に居た無口な伍長が、弾の入れ替えに屈んで作業をしつつ、そう答えた
『それだけじゃない、チへもいるぞ!』
陣地内で歓声があがった。アテの射手が手を振って叫んだ
『早くこいつに乗れ!そっちのチへが殿をやる!急げ!』
『おおっ!!!』
陣地から小隊の全員が飛び出す。敵はアテとチへの射撃によって、完全に頭を下げさせられている。まさに圧倒だ
『すげぇ・・・』
『まだアテはあるんだろ!?なんでもって来ないんだ!?これなら勝てる!』
『そこら辺は知らん!だが、このあたりで残ってるのはお前らだけだぞ!?』
オープントップかつ、間近で25oが唸っているので怒鳴りあう。最後に残っている小隊だったからこそ、国民党軍の力がかけられたのだろう
『よぉし、出せ!熱っ!撃ったばかりの銃口を押しつけんな!放り出すぞ!』
25oが射撃をやめ、三十六計を決め込む。後ろからは、掃射が終わったのを見計い、国民党軍の兵士達も陣地を奪取し、彼等を追う為に、シャー(殺)!!!シャー(殺)!!!と叫びながら突撃してくる
『とっておきだ・・・!たんと食らえ!』
そんな彼等へ、殿をしていたチへが砲塔脇の噴進弾に点火する  


284  :長崎県人:2007/06/24(日)  11:44:12  ID:2MxH4A12O
シュオオオオオオン!!!


噴進弾特有の音を伴って、噴進弾は箱から飛び出し、不規則な弾道を経た後爆発した。敵兵達のど真ん中で
『良し、下がるぞ!』
今ので、さすがに相手も少し頭が冷えただろう。いくらシナ兵でも、下手をすれば対戦車ライフルぐらい持っている可能性はある。この戦車だと、撃たれるとまずい
『機銃、射撃を止めるな!しばらく後進してから向きを変える!』
『煙幕焚きますか!?』


カンカン!カン!


小銃弾らしき弾の被弾音がした
『出る余裕が・・・できたらなっ!二時方向!撃てっ!』



このようにして、タイ湖北岸の撤退戦闘は行われた。中には日本軍に珍しく、武器の放棄すら許された場所すらあった。そしてこれには、栗林の目論見があった。それは、敵の指揮官に多少は苦労したが、敵は撃破され逃げているという認識を与えること。戦車の煙幕は、その演出にも多
ュ使われた。そして彼等はお引き寄せられた。上海正面、嘉定〜松江の最終防衛ラインに


最終防衛ラインに居たのは、アテ10輌にチへ14輌、加えてチセ16輌という戦車一個大隊の殆どと、師団砲兵の砲列。その一斉射撃は、数万の国民党軍を文字通り粉砕してしまった。半日もかからずに  


285  :長崎県人:2007/06/24(日)  11:46:15  ID:2MxH4A12O
後方に居た軍閥の長らを含む部隊はこの時点でようやく撤退を開始したが、栗林は全く手を抜かなかった


『諸君、どうやら敵には嬉しい事に戦車隊(マレーから回って来た、英派遣部隊・マチルダ4輌にスカウトキャリアーが24輌)が居るようだ』
寧波から西大佐率いる戦車大隊の一部が長駆突進し、南岸脱出路である杭州へと強襲をかけたのだ。兵力はチセ8輌に、チへ7輌そしてアテ2輌にタンクデザント
『第一目標、戦車!第ニ目標、戦車!第三目標、戦車!敵の士気の柱を崩せ!』
生き残りの英将校はこう証言している。破られる事なぞないと思っていたマチルダの砲塔が、まるで馬の蹄に蹴飛ばされるように吹き飛んだ、と
彼は新たなウラヌスを手に入れたのだ


一方北岸では、激しい追撃戦が展開されていた。その主力はアテとチへ。かの戦車らが持つ高速性能が遺憾無く発揮された戦場とされている。しかしこれに問題が発生しなかった訳では無い、防衛線での戦闘で、25o機銃弾が不足を来たしていたのだ
だが、栗林にはアテをより有効に使う為のアテがあった・・・揚子江への駆逐艦の突入である。アテの機銃弾は駆逐艦の物と同一だ。最低限の補給はできる。それに海上からの砲撃も役立てて損は無い  


286  :長崎県人:2007/06/24(日)  11:48:03  ID:2MxH4A12O
逃げる敵兵に容赦無く機銃掃射と艦砲射撃を浴びせかけた。そしてこれは両岸とも言えるが、空母による支援が最終防衛ラインでの戦闘から行われており、国民党軍は行動を拘束されざるを得なかった
そして、彼等が敗退したことで、物資を収奪した彼等にツケが回って来た。周辺村落での、自発的な落ち武者狩りである。彼等は完全に支持母体を失っていたのだ・・・


『頃合いだな、戦闘停止』
追撃は栗林の命により、最初の防衛線まで追った所で停止した。一万五千という数での深追いは危険であると判断したのだ
『西大佐から報告です!敵兵は投降を始めた、大勝利なり。です!』
逃げ場を防がれた南の敵兵は、降伏するか、それとも死ぬかの選択肢しかなかったのだ・・・もはや士気なぞ存在しない彼等は、降伏を選ぶしかない
『追伸、イギリス戦車はブリキだ、です!』
この追伸を聞いて、栗林はそうか、と微笑むと。始めて自室に戻り、休息をとったと言われている。冗談が言える程、戦況は安定して来ているという。西大佐なりの気遣いだったのだ。しかし実際はブリキだというセリフだけ先行し、敵戦車をチセが撃破するたびに◯◯はブリキだぜ、と
コ達で流行になるのだが、それはまだ先の話である  


293  :長崎県人:2007/06/26(火)  15:07:28  ID:2MxH4A12O
1942年5月27日パラオ諸島沖


『第一艦隊司令部そのものが出て来ましたのに、この大和一隻というのは、なんとも寂しくありますな』
夜の海を見据えたままの宇垣に、大和の艦長となっていた神は話し掛けた
『長門や陸奥は、内南洋海戦でそれなりに消耗している。対艦戦はこの艦が引き受けた方が得策である。違うかね』
内南洋海戦で日本の戦艦群は長時間の射撃戦を米艦隊と交わした。その結果、砲身交換を必要とした艦が殆どであり、その技量から射撃した弾数の少なかった長門級の二隻と、ドック入りしていた大和の三隻しかパラオ攻略に動員出来なかった(金剛級四隻はマリアナ諸島攻略の時の支援射
撃で射耗していた)そして宇垣が言うように、長門らを上陸作戦の支援に割き、戦艦では大和一艦のみが、海上哨戒任務に就いていたのだ
『それは、理解しちょります』
しかしこの規模なら気難しいあんたは乗り込んで来なくともいいんじゃないかい。神は不機嫌そうに黙りこんだ。ちったぁ休みゃあいいものを、俺に好きにやらせてくれたら、面白い戦さをして見せるってのに
『前進部隊から報告は無いか?』
面白くないのはこれだ、あまりに手堅過ぎる。そりゃ前進部隊を置いて艦隊の目とするのはいい  


294  :長崎県人:2007/06/26(火)  15:09:30  ID:2MxH4A12O
そうやって大和以下を秘匿し、前進部隊が撃たれている所に増援として奇襲をかける。この大和なら、その戦法で間違いなく勝てる。だが、撃たれている前進部隊はそれなりに損害を受けるだろう・・・つまらん!非常につまらん!大変につまらん!戦艦を、この大和を先頭に、ガーッと
「って、ズバーッと展開し、ボカンボカン敵を沈めまくるのが、戦さっちゅうもんだ。それに被害ってもんは、デカい船が他の艦に代わり、受けとめてやるのが当然だろうに・・・!
『司令、いくら新鋭重装甲の紗那といえど就役したばかりでは、その耐久力を生かしきれるか・・・』
ちなみに大和の周囲には、二隻の島風級しか居ない。前進部隊は件の紗那と阿賀野、そして甲型が四隻。艦砲射撃に回した長門と陸奥には利根級と伊吹級の二隻に秋月級の二隻。上陸船団には戦時予備の特型らが、元5500トンクラスの根拠地統括艦を旗艦として存在しているから、パラオ
フ方は、まず心配いらないし、最悪の場合の増援にも困らない。こっちも先程述べたように手堅い手をうっている・・・ほんっとうに手堅過ぎる。まるで宇垣さんそのものだ
『かまわん。海域が手に入るなら、多少の損害は許容範囲だ。曳いて持って帰れる』
『は・・・』  


295  :長崎県人:2007/06/26(火)  15:11:58  ID:2MxH4A12O
宇垣は神の進言を取り入れ無かった・・・神の案もそれなりに説得力は持っている。電探でこの海域を哨戒するのには、大和の方がマストが高い訳で、前進部隊として分散して行動するよりも、一緒に行動して戦った方が被害も抑えられ、戦果も上がる。まさに王道かつ真っ当な考え方だ
Bだが、米軍が部隊を別け、別針路から突破を図って来たらどうか?一個の大きな円で見張るよりも、多少小さ目とは言え、二つの円を動かして見張る方がより堅実である。宇垣はそう考え、司令官として命じたのだ。今更手を変えるわけにもいかない
『警戒を厳と為せ』
『・・・当直の見張りば増やせ!』
そう、司令官は宇垣であり、神はたとえ大和の、であろうと艦長でしかない。彼が自由に艦隊を動かすには、もう少し時が必要だった
『彼等は来るか・・・』
宇垣の呟きを聞き取って、神も呟くように答えた
『奴らは来ます。間違いありまっしぇん・・・今日中に動きば見せるにちがいなかとです』
今日が我々の記念日だから。何かしかの動きば米海軍は絶対に見せる。まず、間違いなかと
『前進部隊より報告!敵艦隊発見。これより接敵する!です!』
伝令が駆けて来て報告した。ほぅら、来やがった、来やがった・・・!  


296  :長崎県人:2007/06/26(火)  15:15:03  ID:2MxH4A12O
紗那


紗那級重巡の一番艦、ネームシップの紗那は、2月の開戦に伴い早期の戦力化が急がれ、つい先日就役したばかりであった
『撃ち方始め、砲術、好きな時に撃て、艦長。遷移は任せる』
素早く命令を出すと、第一水雷戦隊の司令である古村啓蔵少将はどっかと猿の腰掛けと呼ばれる粗末な椅子に座って黙った
『了解です』
紗那の艦長に補されたのは、一支だった。本来であれば儀装にあたった指揮官がそのまま艦長のポストに座るのだが、就役後すぐさま実戦となると見られた為、ならば経験者が良かろうと、古村自身が配下の駆逐隊を率いていた一支を指名したのだ。出世の先をこされた対馬は、後ろで絶
ホにぶーたれている事だろう
ちなみに第一はこの古村さん。第二は有賀さん。第三は兄部さん、第四は森下さんと水雷戦隊の指揮官を海兵四十五期で揃えている。偶然かもしれないが
『敵巡は乙巡のようです!判別は・・・』
見張りが闇を注視したまま報告する
『ブルックリン級か!?』
あいつならこいつの真価が問われる
『いえ!先の内南洋海戦で第三艦隊から報告のあった、対空軽巡です!』
余裕のある戦いが出来た第三艦隊。その戦いの相手で、珍しい軽巡がいれば、目立つのは仕方が無い  


297  :長崎県人:2007/06/26(火)  15:17:08  ID:2MxH4A12O
『あの高角砲の化け物か』
高角砲を中心線に六基、左右に一基ずつ。14門の火線は驚異だ・・・近づき過ぎなければ
『距離、一万九千!』
確か、あの砲の射距離は一万五千。対空軽巡という事と門数を考えるならば、散布界はおそらく広い。面で制圧する事を目的としているだろうからだ。近距離戦には滅法強いが、遠距離ではろくに戦えまい。なら取る手は一つ
『司令!完全な無電封止の解除をお願いします!』
今現在、水上電探を作動させているだけで、射撃用電探には火を入れていなかった(なるべく電波を出さないようにしていた。帝國海軍全体での電探の使用状況は、指揮官と場合によりけりである。古村の場合は少し行き過ぎと言えるか)
『ふむ・・・』
発見の報は大和にも届いた筈。大和の電探から放たれる電波を悟らせない為にも、この紗那が電波を出すのは好ましい
『かまわん。無線も自由に使いたまえ』
『はっ!ありがとうございます!本艦はこれより電探射撃を行う!砲術長、交互撃ち方!』
夜間砲戦だ、ただでさえ命中率は下がる。弾数を稼がなければ
『大和が来る前に全部くっちまうぞ!いいな!』
ぱしん!と、一支は己の拳を打ち合わせて、制帽をかぶり直した。さぁ、戦闘開始だ!  


298  :長崎県人:2007/06/26(火)  15:20:23  ID:2MxH4A12O
一方米艦隊は、未だ日本艦隊に気付いていなかった。この時パラオ沖を突破しようと計っていたのは、N・スコット少将率いる軽巡二隻と駆逐艦五隻。太平洋艦隊の稼働艦艇からみれば、出せる数のギリギリである
そして米艦隊が日本艦隊を見つけられなかったのは、米艦隊側も同じく電探を含む無線封止をしていた事にある。何故両軍の探知に違いが出たのか?それは米海軍が好んでくむ陣形にあった

史実諸海戦を調べればすぐわかるのだが、帝國海軍が軽巡にしろ旗艦とされた他より大型な艦を先頭に置いているのに対し、米海軍は駆逐艦数隻を単縦陣の先頭に置き、巡洋艦、そして駆逐艦といった陣形を採ることが殆どである

であるなら、米艦隊で電探を作動させていたのは駆逐艦であり、日本艦隊は言うまでも無く旗艦の紗那という事になる・・・もうお分かりであろう。使用していた電探の設置位置の高さが、日本側の方が全然高いのだ
そして見張り員の持つ、人種としての監視能力の差と、海軍自体の夜戦への力の入れよう。この部分でも米海軍は差を開けられていた(夜戦に向けた帝國海軍の努力が、変態的過ぎるだけかもしれないが)


だから・・・彼等は弾が落ちてくるまで敵の存在に気がつけ無かった  


299  :長崎県人:2007/06/26(火)  15:22:56  ID:2MxH4A12O
紗那が電探からデータを得て発砲したときの射距離は、一万七千を割っていた。砲の射程から見て、一万近く割っている。この距離なら、就役したばかりの新鋭艦でも当てられると一支は判断していた
『阿賀野は大丈夫だが、甲型にはちと厳しいな』
古村は呟く。二番砲塔を撤去してからは、甲型は砲戦向きでは無い。射程は米側より長いが
『本艦と阿賀野だけで十分です。ようは内南洋海戦の縮小版です』
紗那と阿賀野で撃ち据えて、我慢が出来なくなって突撃して来た所に阻止雷撃、砲戦で優位に立てるなら、敢えて危険な近距離雷撃戦を行う必要は無い
『あとで対馬に酒をおごってやる必要がありますが、敵艦隊に勝てるなら安いもんでしょう』
前作から出番が少ないんだから寄越せ!と管を巻く対馬の姿が幻視出来る
『仕方ない。私持ちでも、彼にはいくらか出してやるしかないな』
くっくっくと古村は小さく笑ってそう言った。一支の策に乗る。という事だ
『助かります』


ドドドドドド!!!


最初の射撃を元に修正した紗那の20センチ砲が放たれる。暗闇にいきなりの光で、少し目をしばたかせ、一支は視界を取り戻す。しばらくして弾着
『どうか!?』
挟叉がでれば本射に移る事が出来る  


300  :長崎県人:2007/06/26(火)  15:26:41  ID:2MxH4A12O
『近・近・近・・・全弾近弾、修正しろ!』
砲術長の様子だと、どうやらもう少しかかるらしい
『さて、敵さんはどうする気かな?』
敵は俺達の砲撃で、俺達の存在に気付いた筈だ。逃げるか、向かってくるか・・・米海軍が勇敢なのはわかっているが、内南洋海戦があれだ。発見されただけで撤退も有り得る。まぁ俺達の目的は奴らの阻止だから、勝ちは勝ちだが
『敵艦隊変針!こちらに向かって来まぁす!』
来るか!敵さん中々の猛将だ!首の取り甲斐がありやがるぜ!
『阿賀野以下に連絡!雷撃戦用意!』
存分にこいつが戦えて、酒も奢らんで済む。まさに万々歳だ
『他に駆逐艦も居ます!四隻から五隻!』
見張りが追加の報告をした
『見張り員!敵さんの魚雷は足が短い、しばらくほっとけ!一万切ったら報告しろ!』
しばらくの間、あちらは砲戦しかやりようが無い
『遠・遠・近・遠・・・挟叉しました!』
よぉし!交互射撃で畳かけt
『敵艦隊!魚雷発射ぁっ!!!』
『なにぃっ!』
馬鹿な、まだそんな距離では・・・いやまて一支、あの海戦から一月経っているのだ、魚雷が改良されている可能性は捨てきれないぞ・・・抜かった!
『面舵一杯!音測室!魚雷の軌道を報告し続けろ!』  


301  :長崎県人:2007/06/26(火)  15:29:34  ID:2MxH4A12O
水測室のレーヴァテイルなら、余程近距離の魚雷発射か、射数で無い限りは避けられる
『各艦にも警戒を出します!』
古村の許可を取り、魚雷への対応を万全にする
『・・・キュウ?艦長〜魚雷沈んじゃったよ〜?つまんなぁい』
そこに、水測室から間延びしたレーヴァテイルの報告が
『沈ん・・・だ?全部か!?』
『ぜんぶ〜』
ならば間違いない・・・
『・・・しまった!!!』
一支は叫んだ。俺は嵌められたのだ。奴ら、自分達の魚雷発射が火薬式で発見されやすい事も踏んでやがった。だから、こっちが突撃に合わせて魚雷を射つ前に自分達がいくらか発射して見せて、それを封じた。いや、砲撃だって変針した事で狙いが外れてしまった。こっちが気付いて進
Hを戻す頃には距離を詰めることに成功している算段だ。距離さえ詰めれば、高角砲だけの兵装でもあの門数ならかなり戦える
『舵を戻せ艦長、別に殴りあいでも負ける気は無かろう?』
この艦は殴りあって、食らいつつも相手を張り倒す。その為の艦だ
『・・・はい!ぶっ倒してやります!』
そうだ。近づいて命中精度と威力が上がるのは、なにもあいつらだけじゃないんだぜ・・・!
『距離、一万二千!敵艦隊が射撃を開始しました!』  


302  :長崎県人:2007/06/26(火)  15:33:15  ID:2MxH4A12O
大和


電探を始動させた大和は、その画面に映ったフリップに困惑していた
『フィリピン方面からの艦隊、だと?』
『出迎え艦隊に間違いありませんな。このままでは前衛艦隊が挟み討ちに合うとです!』
こん大和で危機ば救ってやらんで、どぎゃんすっとや!神はそんな顔で宇垣を睨みつけている。しかし大和を持つとはいえ、三隻。パラオの重巡らを呼び戻した方が確実だが・・・
『・・・増援の敵艦隊に奇襲をかけた後、前衛艦隊と合流して離脱する。針路は艦長、君に任せる』
この艦の戦闘力で増援艦隊を撹乱し、前衛艦隊に合流する頃には米艦隊も打撃を受けておろうから。状況に合わせて場に残るなり、米艦隊に打撃を与えてから一時撤退するなり、やり方はまだいくらかある。退くのは時期尚早だ
『あまり増援に時間をかけぬように、な。』
『はい、わかっちょりもす!』
神は狂喜した。長崎での空襲で復讐を誓ってから、戦いたくてうずうずしていたのだ。やっとこの大和で戦える。死んだ端島の臣民の恨みを果たせる・・・もう誰にも邪魔はさせない。敵艦隊は藁の如くこの大和によって討ち倒される運命にあるのだ・・・!



今、帝國海軍最強の巨龍が、目覚めの時を迎えようとしていた  


315  :長崎県人:2007/06/30(土)  12:39:55  ID:2MxH4A12O
ジュノー


『二度も同じ手は食らわん!』
ロス・ジャーディナス島沖海戦(内南洋海戦の米側呼称)で、日本海軍の砲撃と雷撃のコンビネーションの前に破れ去った我々だが、あれから我々に進化が無いと思ったら大間違いだ・・・!
『距離、一万五千ヤード!敵、新型重巡のようです!識別表にありません!』
こちらの使えない腐れ魚雷(あの海戦で酸素魚雷の高速と射程を見れば誰でも思う)で頭をふった敵巡を睨む
『新型か・・・』
人員も揃えて来ているようだ。我々は奇襲を受け、頭を振る前に挟叉をされている。ああ、魚雷を射って正解だった。この艦は武装がぎっちりで、食らったらかなりの割合でそれを食われる。対艦に使うには心許ない五インチを、数を保ったまま使える距離に持ち込むには、うん・・・こ
黷オか無かったろうな
『フォワードのファラガット、カッシンにも奴を撃たせろ、煙突のE(射撃技量優秀・エクセレントの意)が見せかけじゃないことを見せてもらわねばな』
とにかく先頭艦、奴らは指揮官を前に出している。これを倒せば、統制がいくらか乱れる。統制されていない魚雷なら命中率は低いものとなるし、離脱もやりやすくなる
『ま、もともとかかずりあってはいられんがな!』  


316  :長崎県人:2007/06/30(土)  12:41:49  ID:2MxH4A12O
ドドドドドド!!!


ジュノーを始め、各艦が火を吹くように射撃を始める
『ちまちま修正して射撃をする必要は無い!その為の散布界だ。弾稼げ弾ぁ!』
合衆国海軍は散布界の精度を求める帝國海軍とはまた違った答えを砲戦に得ようとしていたのだ
『いくら新型重巡だろうと・・・!』
合計十七基、34門の五インチ砲弾の雨を受けてまともでいられる訳が無い!
『敵巡、舵を戻します!』
『バレたか!だが、遅い!』
各砲とも毎分二十発近い射弾、三艦がたった一分で約340発を放りこむのだ。距離がちと遠いが、穴空きチーズの出来上がりだ!
『命中!命中!八発以上です!』
見張員がはしゃぐ。見ればぼぉっと敵艦から炎が巻き上がる
『よぉし!もう一押しだ!』
スコットは敵の舵がブレないか(系統の乱れの指標になる)双眼鏡を構えた
『ぬ・・・』
確かに高角砲の一基が潰れて炎を上げている。が、被害は中央部上構だけだ。思ったよりダメージが少なそうに思える
『が、どれだけ持つ!?』
分300発を越える砲撃は、まだまだこれからなのだ!
『敵の斉射、来ます!』
『怯むな!被弾しながらまともな測距なぞ出来はしない!当たるものか!』
先制の利点で、そのままゲームセットだ  


317  :長崎県人:2007/06/30(土)  12:45:15  ID:2MxH4A12O
・・・また一分が経過した。今度は敵巡に対し十発の命中弾を得た。炎は多少大きくなったが、あちらは正確な砲撃を与えてくる
『おい、効いとらんのじゃないか・・・?』
何故だ、被弾十八発。軽巡以下だと下手をすればスクラップ行きの数だぞ・・・!何故普通に動ける!38口径のこいつでは無意味だとでも言うのか!
『ぞ、ゾンビー・・・』フロリダ生まれらしい見張り員が呟いた。死者が動く、なるほど、的確な表現だ。だが、炎を纏いて切り返してくる姿を、生ける死体とは言えない
『まるで・・・』
フェニックス。いや・・・スコット、お前は何を言っている。不死鳥なんて神聖な名をジャップの艦につけるもんじゃない。それにその名をつけちまったら、ターキーにしてやれないじゃねぇか・・・!


ドガァッ!!!


ジュノーの船体が震えた。被弾したのだ
『くぅっ・・・!ダメージリポート!急げっ!』
こいつは被弾に弱いんだ、ダメコンに失敗したらエラいことになる
『六・七番砲塔が吹き飛びました!火災は起きてません!』
『よしっ!』
しかし難しくなった。これから向こうも当ててくる。離脱すべきか・・・
スコットは耐えかねて叫んだ
『出迎え艦隊から連絡は無いか!?』  


318  :長崎県人:2007/06/30(土)  12:52:05  ID:2MxH4A12O
パラオ西方沖


『何だあれは!神世の化け物かっ!』
こんな話、聞いておりませんぞ!フィリップス大将!
『艦長!キャンベラを・・・キャンベラを避けてください・・・!』
兵達の動揺も仕方があるまい。我々がアレに気付いたのは、奴の発砲炎がその最初だった。そしてきっかり一分。唸りをあげて飛んで来た砲弾は


ブルルッ


クラッチレーは震えた。この夜間、奴は先頭を進んでいたキャンベラに初弾から命中弾を与え・・・消し飛ばした


ギャリッギャリリリ!!!


艦底をキャンベラの船体がこする。まさか最初の一撃でキャンベラが沈むなぞ、全く考慮の内になかった艦長が呆然としていた間に(これはほぼ全員に当て嵌まるが)、手を尽くせば避けられる距離を越えてしまっていた
『速力が・・・落ちる!』
悲鳴のような、艦長の呟き。スクリューをやられたのだな
『舵を切れ、艦長!後続に衝突しかねん!それに次が来るぞ!』
もはや死亡宣告を受けたようなものだが、他の艦を巻き添えにするわけにもいかない
『各艦独自に撤退マニラ、いや、ダバオでいい!逃げ込め!』
ふと、マニラでのやり取りをクラッチレーは思い出していた
『ある意味、ハート大将は正解だったな』  


319  :長崎県人:2007/06/30(土)  12:54:17  ID:2MxH4A12O
1942年5月25日マニラ


マニラ市内にある米東アジア艦隊司令部に、ABDA艦隊の主だった将官が集まっていた
『プリンスオブウェールズを使う、ですと!?』
『そうです。万が一を考えるならば。幸い、油はドールマン提督がまめに運んで来ていただいているので不足はありません。練度も、その油を使い、十分です』
ハートは苦渋に満ちた顔を示した
『フィリップス提督。おそらく、内南洋海戦で我が艦隊が勝利を得ていたならば・・・一も二もなくあなたの案に賛成していた事でしょう』
彼は言葉を区切り、頭を横に振った
『しかし、この海域に戦艦がある。というプレゼンスを発揮できるのは、アジアに貴艦一隻しか存在し得ないのです。失う。いえ、傷つける可能性すら我々は恐ろしい』
内南洋海戦で失われた戦艦の一隻。いや、事故で失われたレパルスさえ居たなら・・・!
『損傷自体はシンガポールでなんとかなります。なに、皇太子は逃げ足もそれなりに自慢です。お許し願えませんか?』
フィリップスは尚も食い下がる
『パラオ攻略に日本海軍がかかっているとなれば、周辺海域に艦隊を哨戒に出す可能性は非常に高い。そして同じく我々の待ち望んだ増援艦隊との接敵も。違いますか?』  


320  :長崎県人:2007/06/30(土)  12:56:35  ID:2MxH4A12O
その懸念は正しい。と、ハートは頷いた
『しかし戦艦は、やはり・・・』
貧すれば鈍す。この言葉ぼと、今、この司令部に相応しい言葉はなかった
しかしハートを無能と謗ることなかれ。損傷の具合いにもよるが、それでもシンガポールとマニラ間の往復、修理期間を考えれば、プリンスオブウェールズのような大艦を使うという事は、難しい判断なのだ
もし、その間に戦艦を含む艦隊が香港に現れて上陸戦を行ったならば・・・マニラ〜香港のラインで、かろうじて保たれている均衡は失われ、南シナ海は日本海軍の跳梁を許し、フィリピンは孤立し・・・あとはドミノ倒しだ
これだけの戦力で、これほどの責任と重圧をハートは耐えて指揮をとっているのだ。誰が今の彼を批難できようか
『空母は使えぬのですか?貴国の飛行隊は夜間でも飛べた筈です』
ハートが思いついたようにフィリップスへ問うた。しかし今度はフィリップスが渋い顔になった
『我が空母艦載機は、貴国のマッカーサー元、おっと、大将が夜間爆撃のパスファインダーに使いたいと、全機分散して地上運用に当たっております。再集合と編成に整備・・・まず間に合いますまい』
九州・沖縄での航空戦の結果が、ここまで響いて来ているのだ  


321  :長崎県人:2007/06/30(土)  13:02:09  ID:2MxH4A12O
『あれがどれだけ役に立っていると言うのか・・・!』
フィリップスはハートの言葉を、あえて無視した。この程度の愚痴くらい、好きに言ってもらわなくては、潰れてしまいかねないからだ
『それでも彼が、爆撃機を500機集められただけでもマシとしましょう。極東の英空軍はほぼ壊滅ですよ。あとはインド人部隊か、本土かアフリカから持ってくるか・・・』
初期の昼間爆撃で散々落とされてからやり方をマッカーサーは変えつつある。彼だって決して馬鹿じゃないのだ
『その500機も、300残ってるかどうか・・・』
それほど日本の防空網と戦闘機は手強いのだ。そしてインフラのないフィリピンでの共食い整備が、フライトを続ける米陸軍航空隊を苛ませていた
『・・・わかった。空母は出せない、戦艦は出さない。これで出来る手は他にありますか?』
『戦艦抜きでの最大勢力を押し出すしかありますまい・・・そこが落とし所ですかな』
最大勢力。そう、戦艦を除けば最大勢力の我が英連邦オーストラリア海軍の、マニラに進出していた全艦艇(ほぼ全戦力)が、出迎え艦隊として、米艦隊と合流を果たす筈だった
別れ際にフィリップスは言っていた
『ヴィク、ここは極東。彼等の庭だ。強いぞ、彼等は』  


322  :長崎県人:2007/06/30(土)  13:08:32  ID:2MxH4A12O
『ああ、強かったさ』
しかし、これほどのものとは聞いてなかったぞ。プリンスオブウェールズでも、こいつの相手はまずかったかもしれん


ヒュオオオッ


ヴィクター・C・クラッチレーがこの世で最後に聞いた音。それは何かが空気を切り裂いて落ちてくる音だった


その何かとは、大和が放った第八斉射の18インチ砲弾の内、オーストラリアを捉らえた二発である。その二発は、イギリス製の航洋性は優れているが、防御性能・・・いや、やめておこう。18インチ砲弾を二万以内の距離で受けて、巡洋艦での防御の多寡を語るなぞ、馬鹿げている話



ともかく被弾後も、オーストラリア自体は確かに浮いていた。しかし残っていたのは、誘蛾灯のように燃えながら漂流する、鉄の棺桶でしかなかった。彼女には生存者が存在していない為、その沈没地点は今に至るもはっきりしていない。何故か?・・・かのフィリピンには反日だけでは
ネく、反米の原住民ゲリラも存在する。という事だけしか言うまい


結局大和はオーストラリアに加え、逃げる大型艦。軽巡のパースとホバートを電探射撃によって血祭りに挙げたあと引き返した
前進部隊の戦況が、あまり思わしくないという報告があったからだ  


360  :長崎県人:2007/07/05(木)  13:37:22  ID:2MxH4A12O
天津風


紗那が米艦三隻との砲撃を行う間、阿賀野はサン・ディエゴと。そして対馬が操るこの天津風は、米駆逐艦と砲撃戦を交わしていた
『水雷長!同調装置とは別に、こっちでも測定しておけ・・・!装置がぶれたら、自分のデータですぐ射出しろ』
ちらりと阿賀野の方を見て、対馬は命じた。被弾状況からして、いつ阿賀野のそれが狂うかわかった物では無い。こんな時は、魚雷の同調射出装置は切っておくべきだろうに・・・!
隊司令の対馬は、阿賀野の艦長より階級的に上なのだが、魚雷戦の指揮は魚雷を保持している先頭の艦である阿賀野の指揮で行う事になっていた。しかし、かの艦長はセオリー通りにし過ぎるきらいがある
『内南洋海戦と違ってこの近距離、仲良く網を張ってちゃ手遅れになりかねん。臨機応変さが足りん。波と同じで、敵はいつも同じ様には来ちゃくれんのだぞ・・・!』
これだから砲術屋は!という言葉は飲み込む。一支の奴も砲術屋であったからだ。一方対馬は航海科の出である。彼は戦場での波の浮き沈み・・・全体の流れを見るのは得意だった
『ち、敵に先手を取られたのは痛かったな』
対馬は舌打ちをした。何もかもが後手後手に回っている


ガツン!!ドカァッ!  


361  :長崎県人:2007/07/05(木)  13:39:10  ID:2MxH4A12O
鋼鉄と鋼鉄のぶつかる音と爆発音。そして振動と衝撃
『ええぃ!くらったか!』
『被害報告!急げ!』
対馬が毒づき、艦長が叫ぶ。被弾場所は艦橋より後ろ・・・魚雷に何かあったら事だ
『阿賀野被弾!』
今度は見張りの叫び
『隊司令!同調装置が!』
悪い事は連れだってやってくる。阿賀野の被弾で、起死回生の一撃である魚雷の同調装置が狂ったのだ
『貴様の方で調整しろ!他の艦へ』
連絡を・・・と言おうとした所で、対馬は艦橋の前方に駆け寄り、その光景を見すえて拳を打ち付けた
『焦ったな!馬鹿野郎が!!』
ろくすっぽ確認せず、狂った数値のままで、阿賀野は魚雷を放っていた・・・原因は対馬の言葉そのまま。焦りである
魚雷戦の指揮している阿賀野から魚雷が射出されたので、天津風以外の艦は、狂ったままの同調装置の指示に従い、魚雷を射出していく。勿論、そんな魚雷が有効に機能する訳が無い
『艦長!二番煙突に被弾!煙突が吹き飛んだ以外は被害はありません!ですが・・・』
煤だらけの兵が被害を報告し口ごもる。その途端に


ガガガガッ!!!


艦を異常振動が襲った
『機関か・・・!』
天津風は他の甲型と違う機関を搭載している。それが臍を曲げたのだ  


362  :長崎県人:2007/07/05(木)  13:41:05  ID:2MxH4A12O
艦長が伝声管に呼びかける
『申し訳ありません!復旧を急ぎます!十分、いえ、五分下さい!上水!貴様はそこのパイプをしめろっ!失礼します!』
機関長が出て、それだけ言って沈黙した
『隊司令・・・』
『なんてこったい』
駆逐艦の売りは速さだ、それが殺されては・・・しかも魚雷を再装填なしで撃てるのは本艦だけなのに、と来た
『っと、本艦が後落する事を旗下に伝えよ!』
思考を停止させてはいかん。後続に道を開けなければ
『起きてしまった事は仕方あるまい、出来る事をしよう。大和も後から来るはずだ』
どうにかして連絡をとり、弾着観測の役割を果たすことだってやってやれないことは有るまい
『もしくは・・・』
そう、もしくは一支が指揮している新型艦の紗那が、現状を打破してくれるかもしれない
『いや、それは高望みが過ぎるな』
楽観はするべきでは無い。楽観が侮りを生む。米軍がそれを許されるほどたやすい相手で無いことは、現状が示しているではないか
『一支・・・何とか無事でいろよ・・・!』
今の俺には、貴様に何もしてやれない・・・少なくとも今しばらくの間は
『復旧に全力を挙げろ!電信室、水測室!大和を探れ・・・!なんとか回線を繋げるんだ!』  


363  :長崎県人:2007/07/05(木)  13:46:18  ID:2MxH4A12O
紗那


ジュノーらから砲撃を受け続ける紗那の左舷側は、いたる所に5インチ砲弾が命中し、上構をめくりあげられ、火災を発生させたりしていた
『しかし未だ装甲は抜かれず、尚も主砲による戦闘可能、か・・・』
奇跡的に無事な艦橋で、一支は感嘆した。もしこれまでの重巡に乗っていたら、艦は沈まなくとも砲は破壊され、戦闘不能に陥っていただろう
『敵にとっては、まだ沈まずや定遠は、だな』
古村少将が不敵に笑った。黄海海戦で帝國海軍は、清国海軍の定遠と鎮遠に向けて速射砲を乱射し、撃退には成功したが、撃沈に至らなかった事を今の紗那になぞらえているのだ
『司令、流石に定遠ほどの被弾はしたくありません。が、手酷い事になるのは確かです。ここにもいつ砲弾が飛び込んでくるか・・・出来れば指揮所の方に・・・』
指揮所の方が安全だし、指揮も執れないわけでは無い
『海の見えん場所で海戦は出来んよ。副長は置いたのだろう?気遣いは不要だ』
指揮所を置いても、必ずしも活用される訳でもない。リスク分散のため、司令部が完全に指揮所へ引っ込むには、まだまだ時間が必要だった。またこの時代の戦闘であれば、司令部が艦橋に居るからこそ、感じとれる事も十分に存在した  


364  :長崎県人:2007/07/05(木)  13:48:47  ID:2MxH4A12O
『それに見ろ、あちらもかなり燃えて来て、良い感じになってきているではないか』
古村少将が顎でジュノーを指す。ジュノーは紗那の反撃を受け、砲の半分を失い、大火災を発生させつつあった
『まだあの艦は戦っていますし、駆逐艦二隻も片付けなくては』
未だ状況は危ういのです。少将
『強情だな、君も。弾の当たる確率なぞ、兵も将も変わらん。今更移動する方が危ういさ』
しかし、一支の言を古村少将は笑い飛ばした。この人の豪胆さは死ぬまで治るまい
『何があっても知りませんよ?』
『委細承知!』
一支は頭の中から古村の事を追い出した
『なんとしても敵巡を倒せ!砲術、ビビるな!正確な射弾を撃ち続けよ!』
主砲指揮所がやられたなら、直接照準でも当てられるようもっと近づく必要がある。古村の事を案じたのはその為だ。豪胆さでは、一支も古村もどっこいである
『真っ向からの殴りあいで、ヤンキーに負けてなるか!』


ガキィン!


被弾した砲塔が、敵の砲弾を弾き飛ばす。バーベットが歪むなよ、と願い、すぐさま行われた反撃の射撃に安堵する。飛んでいった砲弾が、時間を置かずに敵艦に命中する。何かしらが吹き飛んだ
『射撃指揮所被弾!測距をやられました!』  


365  :長崎県人:2007/07/05(木)  13:50:32  ID:2MxH4A12O
ちっ!言ったそばからそれだ
『近づくぞ!後部指揮所、砲側測距、それぞれ気合入れろ!敵を倒すまで砲火を絶やすな!』
そう言って一支は舵をきった。しかし、それを待ち構えていた人間が居た。ジュノーのスコット少将である
『て、敵艦魚雷発射ぁっ!!!』
唐突に見張りが絶叫する。併走するジュノーからは無いが、先頭を進む二隻の駆逐艦から五本ずつ。計十本の白い航跡が紗那に向けて突っ込んでくるのが、はっきりと見えている
『なにぃっ!』
敵は魚雷を使ったのでは無かったのか?その再装填には、我々以上の時間が・・・そんな馬鹿な!
『回避!回避ーっ!』
一支が気を取り直し、急いで舵を回す。しかしこの距離では、いくらレーヴァテイルが居ても、避けるのは不可能だ・・・敵将が、自分の艦をあそこまで撃たれながら、このタイミングまで、切り札をとっておくとは・・・!
『これは・・・間に合わぬ』
古村少将が呻いた。いくら装甲で砲弾に強くとも、魚雷を受けてはどうにもならない
『水測室!何本だ!?何本当たる!?』
一支は艦長としての責務を果たす為、伝声管に噛りつく
『えっと、うーんと・・・四本です!』
あうぅ・・・と、少々混乱気味のレーヴァテイルが答える  


366  :長崎県人:2007/07/05(木)  13:52:36  ID:2MxH4A12O
四本・・・片舷に四本・・・畜生め、普通の戦艦だったら沈むぞ、それじゃ
『水測室の全員!彼女達を何としても守れ・・・!総員衝撃態勢!急げ!本艦は被雷する!』
総員上甲板と退艦は受けてからにせねば、被害が広がる。レーヴァテイルを守るように命令したのは男としての見栄の為だ。連れて来ておいてなんだが、戦場で女は死ぬべきじゃ無い
『魚雷・・・当たります!』
義務感からか、恐怖故か、持ち場から離れていない見張り員が真っ青な顔で叫んだ。誰もが、襲ってくるであろう大衝撃に身を構える


ゴツンゴツンゴツンゴツン!


確かに四回、艦全体へのちょっとした振動と、何かが当たるような音を、近くに居た兵達は聞いたという
『・・・』
『・・・』
一瞬、何もかもの動きが止まった。魚雷が引き起こすであろう水柱も傾斜も無い
『・・・不発?』
四本とも?
『艦長!これぞ天裕!戦闘続行だ!』
古村少将が吠えた。そう、唖然としているのは、我々だけでは無い・・・!
『各員配置に戻れ!敵は切り札を使い果たした!この戦さ、勝てるぞ!』
あとは本当に殴りあいだけでケリをつけるしかない。そして我々には、切り札が残されている
『大和が来るまで踏ん張るんだ!』  


367  :長崎県人:2007/07/05(木)  13:54:55  ID:2MxH4A12O
そんな所に伝令が転がり込んで来た。顔には満面の笑み
『天津風より伝令!我、これより大和を矯導す、星弾を積極的に撃たれたし、以上です!』
タイムリーに、対馬から無電が
『あいつ、間に入って観測データを・・・!』
機関を損傷しつつ、そんな事を・・・やるじゃねぇか!
『伝令!砲塔に適当に星弾を交ぜさせろ!今すぐにだ!行けっ!』
『はっ!』
伝令は来たときと同じように、転がるように出ていった
『艦長、これだけ近くては天津風から我々を目標とされかねん』
古村が指摘する。確かに、そんな事になれば目もあてられない
『はっ!おもかぁじ一杯!』


ヒュゥ〜・・・パパパパッ


各艦から星弾が打ち上がり。その光に米艦隊の、魚雷の不発や、急速に離脱していく我々にうろたえている姿が闇の海に浮かび上がる
『その一秒一秒が命取りだ』
どちらかというと同情感を匂わせる声根で古村が呟く
『大和が撃ち方を始めました!』
通信室から伝令が来るのと同時に、米艦隊の間に巨大な水柱が林立した
『敵艦隊隊列乱れまぁす!』
いままで均整が取れていた隊列が乱れ、各艦が別々の方向へと向かう。しかし、それを見逃す古村や一支ではなかった
『ただでは、帰さん!』  


368  :長崎県人:2007/07/05(木)  14:00:11  ID:2MxH4A12O
大和


海戦が行われていた海域は、静寂を取り戻していた
『どいつもこいつも不甲斐なか!』
神は憤りを隠せない、といった風に吐き捨てた。豪艦隊は運もあったが、あの艦隊規模であれば突っ込んでくるべきだったし、こっちの前進部隊も距離をとれず、近距離に持ち込まれて苦戦するなぞ・・・!
『神艦長、戦いは相手あっての事だ、口を謹みたまえ』
宇垣は伝えられた被害報告に嘆息した。紗那は被弾数四十七発で中破判定・・・大破にならず、自力航行可能、戦闘行動可能。何だこの耐久力は。むしろ阿賀野の方が危うい。被弾十七発で大破判定、航行可能だが、戦闘能力は喪失
『前進部隊がこれほどの被害を受けたのは、我々が豪艦隊を追い過ぎたのにも原因がある』
逃げる豪艦隊を追撃し、砲撃をかけるも、軽巡二隻を沈めるのがやっとだった
『軽巡二隻の敵に、重巡まで持ち出してこれ、ですぞ?』
米艦隊は大和によって軽巡一隻を失い、トラック方面へ逃走した。前進部隊は駆逐艦を二隻仕留めたものの、逆に発射管に砲弾を受けて駆逐艦が一隻沈められてすらいる
『報告書がそのうち回ってくる。全てはそこからだ』
『・・・わかりもした』
宇垣に言われ、不満そうに神は黙るしかなかった  


369  :長崎県人:2007/07/05(木)  14:02:00  ID:2MxH4A12O
パラオ沖海戦(米側呼称、ソンソロル諸島沖海戦)


日本海軍


撃沈・駆逐艦一隻

大破・阿賀野

中破・紗那、駆逐艦一隻(天津風)

小破・駆逐艦二隻


米海軍

撃沈・サン・ディエゴ、ジュノー(大破後トラック沖にて自沈)、駆逐艦二隻

中破・駆逐艦一隻

小破・駆逐艦一隻


豪海軍

撃沈・オーストラリア、キャンベラ、パース、ホバート  


381  :長崎県人:2007/07/06(金)  16:08:02  ID:2MxH4A12O
1942年6月7日・ハワイ


『スコット!良く帰って来てくれた!』
がばっとスコットの身体を、ハルゼーがハグをする。スコットは左腕を釣っていた
『なんとかな、ウィル。殺されかけたぜ』
バンバンと背中を叩いてハルゼーは椅子に戻った
『生きてりゃいい、そうすりゃまた戦えるからな。ゆっくり養生してくれ』
『ああ・・・だが、その前に聞いてもらいたいことがある。報告書が上がるより、ウィル、貴様に聞いてもらった方がいいと思ってな』
『ん?』
スコットは思い出すように語り始めた


『奴ら、しびれを切らしたな・・・!』
スコットが仕組んだ罠。それは、この距離に近づく為に射出した魚雷は艦隊の保有する魚雷の半分であり(夜間の雷撃だ、いくら発射したかわかる筈がない)このアトランタ級の速射を食らえば、いくら重装甲でも射撃指揮に問題が発生し、近づいて来ざるをえない。そこに魚雷を叩き込む
Bという巧妙な罠だった
『敵艦!距離七千ヤードを切りました!』
十分だ!その距離であれば、最高速の魚雷を叩き込める
『各艦一斉雷撃!日本人にフィッシュ(魚雷)を食らわせてやれ!』
勝った!スコットはそう確信した。魚雷の命中まで三分を切る距離、避けられるものか!  


382  :長崎県人:2007/07/06(金)  16:09:45  ID:2MxH4A12O
ハルゼーはスコットの話を頷きつつ聞いている。ハルゼーは元々水雷畑の出身だ、状況の理解は早い
『よく魚雷をもっと前に射たなかったな、しかし戦果の方に載っていないが、確認できなかったのか?』
ペラペラとページをめくるハルゼー。スコットの事だ、確認戦果だけ載せたのかと思ったのだ
スコットは首を横に振った
『ウィル、魚雷は四本が命中した。だが、その全てが不発だった』
『・・・なんだと!?』
ハルゼーは目を剥いた
『・・・魚雷の不発自体はそれなりにある事だ。だが最近、潜水艦の被害が著しいとも聞いてな、もしかしたらもしかするかもしれんので、調査をしてほしいんだ』
ハルゼーは頷いた
『わかった。俺が直接掛け合う。ユタを使ってすぐにでも実験した方が良かろう・・・しかし、何故それを報告書に載せなかったんだ?勝てた戦いを失ったようなものじゃねぇか』
スコットは再び首を横に振った
『俺の切り札はそれで最後だった。だが、日本人どもは更なる切り札を用意していた。敵の新型巡洋艦を沈めたとしても、作戦の失敗には変わりない。敵に見つかって逃げを打たなかった時点で、負けは決まっていたんだ。だから、元々は俺のせいさ』
スコットはそういう男だった  


383  :長崎県人:2007/07/06(金)  16:11:51  ID:2MxH4A12O
『相変わらずの奴だな、貴様は』
ハルゼーは嘆息した
『こうしてウィルとは話せると思ってたからな、それに文書を通じてだと、どこかで忘れ去られる場合もある』
殺されかけた、とか言っておいて、死ぬつもりは全くなかったらしい
『それから、土産も持って来た』
『土産?』
『ああ・・・』
スコットは再び思い出すように語り始めた


水柱がサン・ディエゴの回りに林立した
『この水柱・・・戦艦か!』
戦艦が近くにいやがるのか!(誤認・天津風が中継に居る為、まだ三万の距離があった)


ヒュルルルル・・・パパパパッ


スターシェルの光で、あたりが明るくなる。このままでは狙い撃たれる!
『くっ・・・撤退だ!各艦独自の判断で撤退せよ!集合はトラック!』
陣形をばらし、敵の狙いを分散するのと、速度を十二分に出させなければ、なぶり殺しだ!
『サン・ディエゴが・・・!』
『ファラガットに敵の集中射!』
数回の斉射で、サンディエゴは戦艦主砲の直撃を食らって撃沈され、ファラガットは敵の包囲を受けて生き残れそうにない


ズバババババ!!!


今度はジュノーの周辺に敵戦艦の砲弾が水柱の林を形成する
『ちぃっ!』
正確な射弾を送ってきやがるぜ  


384  :長崎県人:2007/07/06(金)  16:14:23  ID:2MxH4A12O


ズガガガガ!!!


『うぉおおおおっ!!!』
何の前触れもなく突然襲ってきた大衝撃に、スコットを始め、誰もが投げ出され、床に叩きつけられる。不幸な見張り員は悲鳴を上げて艦橋から投げ出され、甲板に激突したあと、海に落ちた。生きてはおるまい
『ぐぅっ・・・!』
戦艦の主砲を食らったのだ。おそらくは不発の。爆発していたら既に死んでいる


『ちょっと待て・・・まさか、土産とは!』
話の途中で気付いたハルゼーが立ち上がった
『ああ・・・俺の腕を折った張本人』


敵新型戦艦の不発主砲弾!


『ジュノーは持たせられなかったが、こいつはなんとか持ち出せた』
確かに俺達は負けた、だが・・・


奴らの化けの皮を剥ぐことは出来る・・・!


『こっちの新型戦艦建造の参考になるよう、有為に使ってくれ』
『勿論だ!』
がっちりと、ハルゼーとスコットは握手した
ジャップめ、待っていろ、お前達はいつかブチのめしてやる。その端緒を、俺達は掴んだのだ  


385  :長崎県人:2007/07/06(金)  16:16:53  ID:2MxH4A12O
1942年6月7日、ナポリ海軍病院


そのベッドには、全身を包帯に巻かれた患者が横たわっていた
『・・・やぁ、志摩君。君は動けるように・・・なったんだね』
『栗田中将・・・』
患者の名前は栗田健男、山城に乗っていたその人だった
『君には・・・まず、謝らないといかんな・・・はは、罰が当たったよ』
身動きの取れない身体で、苦しそうに会話する
『だが・・・君には伝えておかねばならない事がある。我々がこうなった以上は・・・死ぬのだろう?私は』
そう。ここまで持たせられたのが、奇跡とすら言われていた
『な、なにをおっしゃいますか!回復なされます!絶対に』
志摩は嘘をついた。だが、栗田は少しだけ首を横に振った
『いいんだ、わかっている・・・だから聞いてほしい』
栗田は苦しそうに息を継いだ
『山城以下、水上戦闘艦艇の指揮を君に任せる。全般の責任者は、菊地中将だが、彼は、航空屋だ・・・そしてK計画を、成功させてほしい』
『K計画・・・?』
『君は・・・歴史に詳しかったな・・・Kとは、鎌倉の事だ。あとは・・・パリの、ノートルダム寺院に・・・接触が・・・ある筈だ。我々は言葉だけで、事を、運んでいた・・・彼から、計画を、引き継ぐんだ』  


386  :長崎県人:2007/07/06(金)  16:20:34  ID:2MxH4A12O
コヒューコヒューと栗田の息が荒くなる
『き、きぃ限は十一月、なんとしても計画を・・・!』
無理に栗田は起き上がろうとする
『中将!身体を労い下さい!お願いします!』
志摩はなんとか栗田をベッドに抑えようとする
『り、陸軍の・・・本間中将を頼れ・・・陸軍では、彼しか計画を・・・彼も、一部しか知らな・・・パリへ!君は、パリへいくんだ!』
しかし鬼気迫る表情で、栗田は志摩へ掴みかかった
『わかりました!引き受けます!ですから!』
『頼む・・・ぞ』
なにかが抜けていくように、栗田はベッドに横たわった
『失礼します、とにかく、御自愛を』
『ああ・・・』
栗田は急に欝のような状態になっている。志摩は敬礼をして栗田の病室を辞退した
『・・・あれはなんです?』
部屋の近くには医師と看護婦。彼等に栗田の事づてを志摩は伝えられて、連れてこられたのだ。しかし栗田中将のあの変わり様は・・・
『衰弱が激しく、あらゆる投薬をしております。その副作用で感情の起伏が・・・しかし、持ってもはやニ、三日の命です。残念ながら』
医師はうつむいて言った
『我々にはもはや手の施しようも・・・ですから中将がお呼びになる方を、今の内に会わせておきたいと』  


387  :長崎県人:2007/07/06(金)  16:23:37  ID:2MxH4A12O
『そう・・・ですか』
しかしいきなり訳の解らない事を聞かされた。K計画?栗田中将は一体何をしていたんだ?
『残念です。ベルガミーニ提督も亡くなられ、国葬が決定した矢先に・・・栗田提督も・・・』
看護婦が涙を落とした。マレッティモ島沖海戦で、英米の連合艦隊を下した我々は英雄的存在となっていたが、その時の指揮官は両軍とも居なくなるという訳だ
『私はいつ退院できますか?』
パリはともかく、本間中将に接触しなければ、あれがどんな話なのか見当もつかない。だが、動くならば今すぐ。それが栗田中将の望みだと俺は思う
『無理をなさらなければ、旅自体は今でも可能です。ですが再出血の恐れがありますので、宿泊する所どころの病院に、一度は出向いて下さい。カルテを書いておきましょう』
『助かります』
医師の言に、志摩は頭を下げた
『看護婦さん、中将の事をお願いします』
看護婦さんにも同じく頭を下げる
『はい!』
看護婦さんは涙を貯めた顔で笑顔を作り、そう答えた


善は急げと、志摩らはその日の内に病院を退院してナポリを発ち、ローマへと向かった。だから、その日の夕刻にかの看護婦が誘拐され、翌朝に死体で発見された事は、ついぞ知る事はなかった