828  :外伝(またはパラレル):2007/10/08(月)  19:08:26  ID:zBt1bch20
戦車は決定的な兵器であるが投入される地形を選ぶ
第一機甲師団−栄光のオールドアイアン−は地形と天候にそっぽを向かれたまま、泥沼の消耗戦を戦っていた
天候不良のため航空支援は不十分
長雨で平原は泥沼と化し、路上しか走行出来ない戦車は厳重に偽装され、道路に照準を合わせた敵砲火に袋叩きにされていた
人的、物的な損耗率はまだ許容範囲内ではあるものの、じりじりと上昇していた
その日、第321戦車大隊B戦車中隊と第51機甲歩兵大隊C中隊からなる戦車とハーフトラックの一団−指揮官の名をとってガフィー戦闘団と名付けられた−はグリンゲンの敵兵力を掃討せよとの命令を受け、グリンゲン−マホールト間の主要幹線道路であり、土地の人間からタータム
X道と呼ばれている道路−未舗装ではあるがこの世界では珍しく片側二車線はある−を進撃していた
「気に入らんな…」
先頭を走るM4中戦車の砲塔から上半身を覗かせ、周囲を見回しながらガフィー少佐は唸った
曲がりくねった道路の両側は起伏に富んだ丘が連なり、中央ヨーロッパに似た常緑樹の森林が点在している
待ち伏せにはうってつけだった
見上げれば今にも泣き出しそうな曇り空
航空支援も微妙なところだ
もっともガフィーをはじめ多くの前線指揮官は、航空支援に対して好悪相半ばする感情を抱いている
特に中高度から爆撃するB−17やB−25はしばしば味方地上部隊への誤爆事件を引き起こしており、口さがない連中は「アメリカ製シホールアンス空軍」と呼んでいた  


829  :外伝(またはパラレル):2007/10/08(月)  19:11:10  ID:zBt1bch20
シホールアンル軍の待ち伏せを警戒しながら慎重に前進を続けるガフィー戦闘団が、左右に広がる林の中から砲撃を受けたのはグリンゲンまで3マイルの地点だった
ガフィーのM4を直撃した榴弾が、車体側面のラックに載せられた土嚢を吹き飛ばす
「全周防御!」
十二両のM4−最近は定数割れのまま戦い続けている戦車中隊は珍しくない−は一斉に道路を外れ、ぬかるんだ大地に履帯をとられながらもハーフトラックを囲んだ円陣を作った
この陣形なら敵がどの方向から来ても前面装甲を向けた状態で対応出来る
「敵、出ます。十時方向二、訂正四。二時方向にも四」
「出やがったか!」
表れたのは米軍戦車の疫病神
正式名称ATB−02“チャヴィー”
アメリカ兵からは「一つ目」と呼ばれているシホールアンル軍のAT(装甲騎兵)だった
西部開拓時代の幌馬車隊を彷彿とさせる防御体勢をとった米軍部隊に、ニックネームの由来となった単眼を光らせ、足底のグライディングホイールを唸らせながら、八機のATは猛毒のスズメバチのように襲い掛かった
「引きつけんでいい、撃て!」
ガフィの命令を受け、砲手のコーデンがフットペダルを踏み込む
秒速619メートルで放たれた徹甲弾が地面に食い込んだ時には、狙ったATはそこにはいない
「反則だろうがよ!」
いくらスープ缶並みの装甲とはいえ4メートルもあるロボットが、M4なら塹壕を掘ってしまうような泥濘の上を高速でジグザグ走行する姿は、たとえ目の前の現実であっても理性が否定したくなる
「畜生、魔女の婆さんに呪われたのか!」
「これだからファンタジーは嫌いなんだ!」
「俺もうすぐパパになるのに!」
激戦で鍛えられた戦車兵達はある者は不条理な現実を呪い、またある者は死亡フラグじみたセリフを口走りながらも砲撃の手を緩めない
脳内麻薬の異常分泌による火事場のクソ力か、はたまたアメリカ様補正か
このときB戦車中隊の射撃速度は75ミリ戦車砲の理論上の限界である毎分二十発を越え、毎分三十発に達しようかという勢いだった  


830  :外伝(またはパラレル):2007/10/08(月)  19:14:12  ID:zBt1bch20
濃密に張り巡らされた弾幕が遂に一機のATを捉える
胴体部を貫通されたチャヴィーは全身からオレンジ色の炎を吹き上げて爆散する
「ビンゴ!」
喜びの声があがるが残る七機のATはひるむこと無く肉薄を続ける
交戦距離が二百ヤードを切ったところでシホールアンル軍のATも射撃を開始した
チャヴィーの手持ち火器である1.5ネルリライフル(装弾数六発)は海軍が開発していた対空用速射砲を改修したもので重量軽減のため砲身を切り詰め、反動を抑えるため装薬量を減らした結果、初速はかなり低下したものの、戦車以外の装甲車輌やソフトスキンには充分な威力を持っ
トいる
M4の前面装甲(厚さ51ミリ)に対してはドアノッカーでしかないが、チャヴィーの武器はライフルだけではない
「駄目です、砲塔追随しきれません!」
油圧駆動により1940年代の戦車としてはトップレベルの砲塔旋回速度を持つM4だがチャヴィーは更に敏捷だった
「戦車、前へ!」
敵が目と鼻の先まで迫ったところでガフィーが怒鳴る
懐に飛び込まれた以上じっとしていては座り込んだアヒルのように料理されてしまう
足場は悪いが敵に取り付かれないためにはスタックする危険を冒してでも動き回るしかなかった
四百馬力のエンジンを唸らせ、30トンの車体を振るわせながら前進を始めたガフィーの戦車の前に、唐突に一機のATが飛び出してきた
チャヴィーのライフルが火を吹くが防盾に当って跳ね返る
「突っ込め!」
チャヴィーはライフルを投げ捨てると両手で突進するM4の砲身を掴み、前方銃手区画の出っ張りに左足を掛けるとあれよあれよという間に戦車によじ登ってしまった
砲塔をまたいでエンジンデッキに両足をおろしたチャヴィーは胴体背面のラックからヒートホークを引き抜く
ATの右手を接点として魔力を伝達されたヒートホークの魔道術式が起動し、バーミナン鋼の刃が赤熱する
車長用ハッチに振り下ろされたヒートホークは第一撃でハッチの止め具を破壊し、二撃目でハッチを台座ごと斬り飛ばした
砲塔上面にぽっかりと空いた穴から唖然とした表情のガフィーめがけ鋼鉄のパンチを見舞おうとするチャヴィー
そのときガフィーのピンチを見て取った機甲歩兵の一人がM4の機関室に手榴弾を転がし、足元で起こった爆発でバランスを崩したATは戦車から転げ落ちた
我に返ったガフィーが砲塔から顔を出すと、シホールアンルのAT部隊は煙幕を展開して後退していくところだった  


831  :外伝(またはパラレル):2007/10/08(月)  19:17:36  ID:zBt1bch20
この戦闘でガフィー戦闘団は敵AT三機を破壊したものの、戦車二両全損、七両行動不能。ハーフトラック八両全損、六両行動不能。戦死者二十一名、負傷者五十七名の損害を出しグリンゲンへの攻撃は中止せざるを得なかった
回収した敵ATの残骸は後方に送られ技術将校による調査が行われたが、どれも内部はすっかり燃え尽きており、分かったことはエンジンは無く筋肉に相当する物質を魔力で駆動していると思われること。被弾すると100%爆発炎上していることから極めて可燃性の高い燃料(のような
烽フ)を積んでいることくらいであった
一万二千年前かけて地下水が石灰岩を穿った末に出来たアルパケラ大洞窟
その迷宮のようなトンネルの一つにシホールアンス陸軍第十三実験中隊の基地はあった
急造のハンガーに固定されたATのハッチがこじ開けられ、操縦槽から全裸の女性が引っ張り出される
白衣を纏ったチャペル少佐は息も絶え絶えといった表情であられもない姿を晒して横たわる女性達の肢体を機械的に弄りまわし、身体データを記録していく
「作戦時間の延長にはまだ一工夫いりそうだな?」
チャペルに声をかけたのは実験中隊の責任者コルポック中佐だった
もともとチャペルは医療畑の人間であり、自身の開発した魔力で動く人工筋肉を義手や義足に応用する研究をしていた
人工筋肉の小型化の過程で壁にぶつかったチャペルの研究はコルポックの登場で大きく方向転換する
「逆に考えるんだ、小型化が無理なら大きくても問題ない用途を見つければいい」
こうして実用化された装甲騎兵は人工筋肉に魔力を伝達する反応液との適合率から、十代後半から二十代前半の女性が搭乗員として選ばれ、アメリカ軍を相手にキメラやゴーレムを上回る戦果を上げていた
問題は長時間の作戦では搭乗員の体が反応液に蝕まれ、ある種の禁断症状が起きることだがこれは“ある行為”によって解消することが出来る
「あ…は……」
「ふぁ…ひぁあ……」
扇情的な声をあげ、虚ろな表情で一糸纏わぬ裸身をくねらせるAT搭乗員を、好色な笑みを浮かべた基地要員が取り囲む
「補充のATと搭乗員が来るのは三日後だ、それまで彼女達の世話を頼むぞ」
コルポックとチャペルは背後の狂乱を無視し、肩を並べて宿舎へと向った  





908  :外伝(またはパラレル):2007/10/19(金)  21:03:53  ID:zBt1bch20
手紙
やあポーリーン元気かい?
僕は元気でやっているよ。
相変わらず訓練漬けの毎日だけど、命が懸かってると思えば自然と身が入るよ。
特にいよいよ実戦デビューの日が迫ってきたとあってはね。
中隊の仲間達の間でもどんどん緊張が高まっていくのが肌で感じられる。
今日はそんな中で起きた、ある痛快な出来事の話をしよう。
僕がルーチンの地形慣熟飛行をしていたら、87中隊のムスタングが隣りに並んで来たんだ。
連中は先週本土から移動してきたばかりの一番のルーキーで、そのうえ乗っているのが
ピカピカの最新鋭機なもんだから、僕達の間でもちょっと噂になってたんだ。
やっこさん、僕のエアラコブラを見下してムスタングがどれだけ素晴しいかを
散々無線で吹聴するもんだから遂に言ってやったのさ。
「じゃあどっちが強いか勝負といこうじゃないか、負けた方は勝った方の基地を表敬
訪問してパイロット全員に一杯ずつ奢るんだ。」
案の定、むこうは見事に食いついてきたよ。
こちらの出した“一万フィートより上には上がらない”という条件を鵜呑みにしてね。
結果はどうなったかって?
もちろん勝ったさ。
一万フィート以下ならエアラコブラは、5セント硬貨の上でジルバを踊ることだって出来るんだ。
本土で訓練してたときは、モハーベ砂漠で海兵隊のコルセアをキリキリ舞いさせてやったもんさ。
腕もこっちが上だったしね。
自慢じゃないけど新しく派遣されてきた戦闘中隊で僕達より錬度の高い部隊は無いね。
なにしろ本土で僕達を訓練した教官は、みんな黒人がまともに飛行機を飛ばせるはずがないと
頭から信じ込んでいたもんだから、訓練コースを卒業するころには僕らは皆白人パイロットの三倍の
飛行時間を持っていたんだ。
哀れな負け犬の乗ったムスタングを連行して基地に帰り、飛行機を降りてゴーグルと
マスクを取ったときの、ムスタングのパイロットの驚いた顔といったら!
カメラを持っていなかったのが本当に残念だよ。
とまあ今回の話はここまで、じゃあまた。
貴方のエイブラハムより愛を込めて。  



16  :外伝(またはパラレル):2007/11/03(土)  08:39:42  ID:OiXF2z220
デビッド・E・ウォレス曹長の手記
爆弾を目一杯抱え込んだB−24D  42−78243“ダイヤモンド・リル”は
切り立ったV字型の回廊を妊娠した牝牛のようによろめきながら飛んでいた
先行する爆撃機のプロペラ後流が容赦無く機体を揺さぶる
暴れ馬の様に跳ね回る爆撃機の下っ腹にぶら下がった直径1.2メートルのアルミと強化
ガラスで出来たボールターレットの中に50口径の機関銃二挺と弾薬、K−4射撃照準器と一緒に詰め込まれた私の体はシェーカーの中の氷さながらだった
股の間から覗く正面パネルからは後続のB−24が翼端を左右の山肌にぶつけそうに
なりながら縦一列になって飛行する身の毛もよだつ姿がよく見える
本番前の訓練で嫌というほどお馴染みの光景だが何度見ても心臓に悪いことこの上ない
『目標まで二分』
機長のオッズ大尉の声が流れると同時に渓谷を抜けた“ダイヤモンド・リル”は機首を
下げる
超低空で突進する爆撃機の一番地面に近い位置にいる私は今にも砲塔が赤土に覆われた
大地を擦るんじゃないかと気が気ではない
砲塔を正面に回すとハンドレバーとフットペダルを細かく操作し、進行方向でオレンジ色
の火を吹く対空砲陣地に狙いをつけトリガーボタンを押し込む
砲塔内に苦い味の硝煙が篭り、熱い空薬莢と連結環が腹の上に落ちてくる
自分が銃撃した陣地の真上を通過したとき破壊された高射砲の脇で50口径弾に
引き裂かれた人影を認めた私は少し憂鬱になった
目標の工場に爆弾を投下し中隊ごとに帰路についたところで遂に敵に食いつかれた
相手はいつもの飛びトカゲではなくこちらのムスタングに似たシルエットの戦闘機だ
目まぐるしく砲塔を旋回させ円形の正面パネルの中を飛び交う機影に弾丸を叩き込もうと
躍起になっているうちに遂に“ダイヤモンド・リル”も被弾した
左翼のエンジンが二基同時に火を吹き、みるみるうちに翼全体が松明のように燃え上がる
私の目の前をパラシュートを背負った人影が飛び去っていく
なんてこった、側面銃手のハミルじゃないか!
慌てて砲塔を引っ込め“栗鼠の檻”から飛び出すと後部区画に残っているのは私だけだ
超特急でパラシュートを身に付け窓から身を乗り出したもののすでに安全に降下するには
高度が下がり過ぎている
仕方が無いので外したパラシュートを頭に被せ体を丸めて床に蹲った
時速二百マイルで岩だらけの荒地にヘッドスライディングを決めた“ダイヤモンド・リル”
は円を描くように横滑りしながらバラバラに分解していった
ピンボールの玉さながらにあちこち飛び回り機内に突き出した隔壁やら機材やらに
嫌というほど体をぶつけた私は飛行機が止まった時には正直自分が生きているとは
信じられなかった
あちこち悲鳴を上げる体に鞭打って目茶苦茶になった機内を機首に向って這っていくと
いつの間にか足元の感触が草と石ころに変わっていた
哀れ“ダイヤモンド・リル”は主翼の付け根から真っ二つに千切れ
操縦席を含めた機首区画はたっぷり100ヤードは離れた場所に転がっている
ふらつく足取りで機首に辿り着くと天地逆転したコクピットでシートベルトに宙吊り
にされたオッズ大尉とリーマン中尉は傷一つ負っていなかった
呆然自失といった態のリーマン中尉の隣りで左手に嵌めたブライトリングの腕時計に
耳を当てていたオッズ大尉は私に気が付くと憮然として言った。
「くそ、時計が壊れた」  


66  :外伝(またはパラレル):2007/11/10(土)  20:01:01  ID:OiXF2z220
サンダーボール作戦
12月22日、アヌスホルンに進出した第4機甲師団司令部に地元レジスタンスから戦線
の後方80マイルにあるティポンの魔法石採掘場で多数のアメリカ軍捕虜が強制労働に就
かされているとの情報がもたらされた。
第4機甲師団は二週間以内にティポン方面に向け大規模な突破作戦を行う予定だったがこ
れが実施された場合、採掘場を放棄する際に守備隊が捕虜を“処分”していくであろうこ
とは火を見るよりも明らかだった(三ヶ月前に起きたイチョンツ収容所事件を知らない者
はいない)。
報告を受けた第12軍団司令部は採掘場を急襲して捕虜を救出するための特別攻撃ティー
ムを派遣することを決定。
ティームの指揮官には第4機甲師団R戦闘団の西竹一中佐が選ばれた。
米国戦車購入使節団の一員としてイリノイ州ロックアイランドの陸軍造兵廠を視察中に転
移に巻き込まれ開戦と同時に米陸軍に志願した西中佐は南方大陸の戦いで水際立った活躍
を見せ、ジョージ・S・パットンをして戦車隊を指揮するために生まれてきた男と言わし
めた米陸軍きってのタンクエースだった。
12月26日早朝、耳を弄する爆音とともにサンダーボール作戦の幕が切って落とされた。
第8空軍が戦闘機と戦闘爆撃機、双発爆撃機に加え四発重爆まで投入した絨毯爆撃を行う
と同時に第12軍団隷下の師団砲兵が装備する105ミリと155ミリの榴弾砲、軍団直
轄砲兵の8インチ榴弾砲、更にはシャーマン・カリオペの60連ロケットランチャーが鉄
の豪雨となって最前線に降り注ぐ
永遠に続かと思われた砲爆撃の余韻も醒めぬうちに朦々と立ち込める爆煙を衝いて、見慣
れないスマートなシルエットの戦車が戦車砲を撃ちまくりながら猛スピードで現れた。
第12軍団は本国から届いたばかりの最新鋭戦車M24チャーフィーの第一陣20輌を全
てこの作戦に投入していた。
アヌスホルンからティポンへ向う街道は大型車輌の通行には不向きなうえ30トンのM4
中戦車は途中にあるオマル川の橋を渡れなかった(悠長に仮設橋を組んでいる時間は無い)。
そこで軽戦車ながらM4と同等の火力を持つM24に白羽の矢が立ったのだ。
時速35マイルの路上最高速度を発揮して突っ走るM24−先頭を走るM24の砲塔には
1932年のロス五輪馬術競技で西中佐に金メダルをもたらした愛馬の名前である“UR
ANUS”の文字が書き込まれている−の後にはハーフトラックに分乗した機甲歩兵、そ
して救出した捕虜を運搬するためのトラックのコンボイが続く。
今回の作戦に使用されるGMCトラックには西中佐の命令で運転席と荷台に装甲版が取り
付けられるとともに自衛用の火器が搭載されていた。
多くの車輌は荷台の左右にジープ用のガン・マウントをボルト止めし30口径か50口径
のブローニング機関銃を装備したが、中には前後左右に1挺ずつ、計4挺の50口径機銃
を装備したほかどこから調達したのか航空機用の30口径連装機銃を助手席のフロントグ
ラスから突き出した重武装タイプもあった。  


67  :外伝(またはパラレル):2007/11/10(土)  20:04:03  ID:OiXF2z220
時速25マイルの進撃速度を維持して快調に飛ばす特別攻撃隊は一度も敵の反撃に遭遇し
ないことを訝しみながらもその日の正午にはオマル川を越え、採掘場は目と鼻の先という
位置まで到達していた。
ティポンのシホールアンル軍司令部も特別攻撃隊の侵入に気付いてはいたがその動きを完
全に読み違えていた。
人権思想という概念の無いシホールアンル軍(これはこの世界の住人全般に言えることだ
が)はアメリカ軍が捕虜を救出するために攻撃を掛けてきたとは思わず、特別攻撃隊の目
的は司令部を襲撃して指揮系統を混乱させることだと判断したのだ(軍事的には真っ当で
はある)。
さらにティポンの採掘場は採掘量、魔法石の質共に無いよりマシといった程度のもので、
どちらかというと占領地住民の懲罰施設といった性格のものであり、シホールアンル軍は
さほど重要視していなかった。
このためティポン方面軍の主力は大部分が司令部のあるティポンの街周辺に布陣し、採掘
場の守備隊には警戒態勢につくよう連絡しただけだった。
採掘場守備隊からの緊急魔法通信がティポン方面軍司令部に届いたときにはM24の砲撃
が採掘場の正面ゲートを吹き飛ばしていた。
おっとり刀で飛び出して来たゴーレムはたちまちM61APCの直撃を受けて砕け散った
が続いて現れた高速戦闘型キメラ−背中の甲羅に無数の棘を突出させたギランサス−には
手こずらされた。
ライフル弾を跳ね返し、ずんぐりした体型に似合わぬ俊敏な動きで戦車の砲撃を躱すギラ
ンサスは空中高くジャンプすると体を丸めて体当たりしてくる。
この攻撃で3台のトラックが破壊されたが、最後はM15自走対空砲の37ミリ砲がキメ
ラをズタズタに引き裂いた。
救出した捕虜(ルベンゲーブで撃墜された“ダイアモンド・リル”の乗員もいた)をトラ
ックに乗せている間、一緒に強制労働に就かされていた地元住民の嘆願を聞いた西中佐は
砲弾に余裕のある戦車に命じて−M24は戦闘室床下の湿式弾庫(誘爆を防ぐため水が張
られている)に48発の75ミリ砲弾を収納するが、ほとんどの戦車兵は規則などクソ喰
らえとばかりに車内の空きスペースに予備の砲弾を詰め込んでいた−彼らの苦い思い出の
象徴である兵舎や人夫小屋を破壊していった。
途中で待ち受けるティポン方面軍主力との遭遇を避けるため、往路を大きく迂回するコー
スを取って帰路についた特別攻撃隊は、途中敵の捜索隊と小規模な遭遇戦を繰り返しなが
らも27日の夕刻にはオマル川西岸に進出した第4機甲師団の先遣隊と合流することが出
来た。
特別攻撃隊の損害はM24軽戦車1輌、M3ハーフトラック3輌、GMCトラック7台、
戦死17名、負傷49名であった。  



156  :外伝(またはパラレル):2007/11/18(日)  19:04:28  ID:OiXF2z220
「みんな行くよー!」
透き通った少女の声に甲高い飛竜の鳴声が唱和する。
アーニスに先導された6騎のワイバーンは中継地を飛び立ちドラモンの街へと向った。
無人のワイバーンを先導するアーニスは15才。
再来月の誕生日で16歳になる。
調教師としては異例の若さだが、物心ついたときからワイバーンと寝食を共にし、ごく自
然に竜と心を通わせるアーニスは並の大人など足元にも及ばない超一流の飛竜乗りだった。
以前は前線へのワイバーンの補充は休養で後方に下がった竜騎士の仕事だったのだが、ワ
イバーンと竜騎士の損耗率が洒落にならないことになっている現在、本来なら前線に赴く
必要の無い調教師が実戦部隊へのフェリーを勤めることも珍しくなくなっていた。
「むぅ〜」
前方の雲を睨みながらアーニスは唸った
カンパネラ山脈の上には分厚い雷雲が居座り時折稲妻を放っている
米軍機との接触を避けるため山間を縫ってドラモンへ抜ける予定だったが、手塩にかけた
ワイバーンを嵐で失うわけにはいかない。
アーニスは首から下げた竜笛を鳴らし、大きく右腕を回して編隊の進路を南へ向ける。
大回りしてトムナン湾を横断するルートなら体力的に少々きついが、陸軍機の航続圏外な
のでまだ安全と思われた。
ベグゲギュスに撃沈された潜水艦パンパニート捜索のため、駆逐艦オズモンド・イングラ
ムが派遣されていなければ。
そしてオズモンド・イングラムの上空では、VC−10(護衛空母ガムビアベイ搭載)の
FM−2ワイルドキャット4機が戦闘空中哨戒を行っていた。
駆逐艦からの連絡を受け、空中戦に飢えていた護衛空母の戦闘機乗りは拳を振って喝采を
叫ぶ。
F4F−4に比べ自重で200ポンド、全備重量で700ポンド近く軽減され、エンジン
出力は150馬力向上しているFM−2の低高度域での上昇力はF6Fを凌ぐ。
GM製の山猫は駆逐艦のレーダーが探知した不明目標に向って、海底を離れたタイガーフ
ィッシュのように上昇した。
鋭い警告音がアーニスの耳を打つ。
人間とは桁違いの聴力を持つワイバーンが接近するエンジン音を捉えたときには、FM−
2は充分な高度差を確保していた。
太陽を背にして逆落としに降ってくる四つの機影。
酒樽に長椅子の天板を突き通したようなシルエットは噂に聞いたグラマン戦闘機だ。
竜笛の合図で一斉に散開するワイバーン。
アーニスは丸々とした外見に似合わず以外と敏捷な米海軍機の注意を遁走する竜達から逸
らすべく、わざと敵の前面に躍り出た。
横長のダイヤモンド編隊で接近するワイルドキャットと正対したアーニスに向って、1番
機が射撃を開始する。
主翼の中央、やや付け根寄りにオレンジ色の発砲炎が瞬き、主翼下面から排出された空薬
莢が真鍮の輝きを放ちながら落下する。
アーニスがほんの僅かに手綱を引くと、ワイバーンは鮮やかな上昇旋回で秒速893メー
トルで撃ち出された50口径弾を躱す。
続く2番機、3番機の攻撃を連続横転で避け、最後の4番機をほとんど垂直上昇に近い宙
返りで遣り過ごした時には1番機がズーム上昇で再度攻撃位置に就けていた。
アーニスのワイバーンがループの頂点で一瞬無防備な体勢になったところを狙って、4挺
のブローニング機関銃が火を吹く。
アーニスの頭を掠めた銃弾が少女の体をワイバーンから弾き飛ばす。
石のように落下するアーニスの頭から風圧で革の飛行帽が脱げ、ウエーブの懸かったプラ
チナブロンドの髪が天使の翼のように広がる。
「これは死ぬなぁ…」
朦朧とした、それでいて妙に醒めた思考でアーニスは呟く。
だが海面に激突する直前、アーニスの飛行服は力強いワイバーンの脚に掴み取られていた。
いつの間にか散り散りに逃げたはずのワイバーンが、アーニスを護るように円陣を組んで
飛んでいる。
そしてすぐ隣りにはFM−2の編隊がいた。
4機ともキャノピーを開け放ち、露わになったアーニスの輝くような美貌をポカンとした
表情で見詰めている。
やがて先頭機のパイロットはやれやれといった風情で首を振り、沖合いへと機首を巡らせ
る。
米軍機は現れたときと同様、唐突に姿を消した。
「異世界から来た悪魔みたいな連中って聞いてたけど…」
空中でワイバーンの背中に器用に這い登りながらアーニスは言った。
「意外といい人達なのかも」  


177  :外伝(またはパラレル):2007/11/23(金)  17:06:30  ID:OiXF2z220
「何なんだここは!神の糞溜めか?」
大隊本部の置かれたテルモナの街を嫌がらせのように砲撃してくる敵の移動式野砲を捜索
するため、町の北東に広がるチュルネントの森に分け入ったオーディ・マーフィー軍曹の
指揮する第3分隊は、森の植物の手荒い歓迎を受けていた。
肌に張り付いた葉から血を吸うもの、蛇のように忍び寄り蔓の先端から毒霧を吹くもの、
ブレード状の花弁を回転させながらガトリングガンのごとく種を飛ばすもの。
ファンタジー世界というよりはむしろ怪獣無法地帯。
「畜生、これじゃあシホッド共をやっつける前にこっちがお陀仏だぜ!」
『今、何と言った?』
突如として響き渡る女性の声を合図に植物の攻撃はピタリと止んだ。
日の光さえ遮る密度で生い茂る樹木が門を開くように左右に別れ、森の奥から現れたのは
全身緑色のグラマラスな美女だった。
「ば、バケモノ?」
『無礼者、妾はこの森の植物の長なるぞ』
一斉に向けられた銃口の前で堂々と豊満な胸を張る
『重ねて聞くぞ、シホッドというのは石の傀儡を操る連中のことか?』

「発射!」
頑丈な四肢を踏ん張り、腰を落とした四足獣型ゴーレムの背中に装備された野砲が火を吹
く。
テルモナの街を見下ろす森の斜面から着弾を確認した将校が合図すると、剣を構えた兵士
の前で跪かされていた全身緑色の美しい少女が人間には聞こえない声で唄う。
少女の歌声に従って斜めに傾いていた巨木の群れが一斉に姿勢を戻し、ゴーレムと兵士達
を緑の天幕で覆う。
「なるほど、これなら偵察機じゃ見つけられんわけだ」
植物女に案内され探していた移動式野砲と支援の歩兵から成る小部隊を発見した分隊は、
相手より一段高い台地の上から様子を伺っていた。
『アレはいずれ妾からこの森を受け継ぐ大事な娘じゃ、何とか取り返してはくれまいか?』
「この人数と装備じゃ少々きついが…何とかしよう。コロラド、ここから魔法使いを狙え
るか?」
無言で頷くジャクソン二等兵は仇名のとおりコロラドの猟師で、他の分隊員がセミオート
のM1ライフルを装備しているのに対し一人私物のユナーテル社製スコープを装着したボ
ルトアクションのM1903を使用している。
狙撃銃を構えたコロラドをその場に残し、分隊の残りを二手に分けたオーディは自身が率
いる班を右手から、伍長の班を左手から回り込ませ、古典的な挟撃作戦を取ることにした。

『嫌あ、放してええっ!』
「ヒヒヒたまんねな」
見張りをそっちのけにして暴れる植物少女を二人懸かりで押し倒し、未成熟ながら均整の
取れた肢体を撫で回す兵士達がテントの中に滑り込んだ人影に気付いた時には手遅れだっ
た。
「俺だよ、ジョン・ウエインさ!」
オーディのトミーガンの短い連射で、植物少女の見張りは悲鳴を上げる暇もなく打ち倒さ
れる。
突然の銃声に兵舎として使われていた大き目の天幕から飛び出してきた兵士達が鉢合わせ
したのは、ポーランド系の大男ピドロスキ一等兵の構えたBARの銃口だった。
「ハーイ」
至近距離から発射された30−06弾は一人目の体をボール紙のように貫通し、二人目の
体をボウリングのピンのように吹き飛ばす。
ピドロスキが弾倉内の二十発を撃ち尽すと、そこには立っている者はいなかった。
防御側の半数以下の人数でありながら奇襲効果と自動火器の威力で戦闘の主導権を握って
いた第3分隊だったが、ゴーレムが戦闘に参加してきたことで一気に劣勢に立たされた。
戦闘開始とともにコロラドが仕留めた魔導師は実は通信担当で、ゴーレム使いは戦闘の混
乱に乗じて装甲の施されたゴーレムの砲座に辿り着くことが出来たのだ。
「バーバラ!」
「バーブラだよ!」
名前を間違えられながらもバーブラ二等兵はオーディに対戦車用のM9A1ライフルグレ
ネードを装着したM1ライフルを投げ渡す。
オーディはゴーレムの正面に飛び出すとライフルの銃床を地面に着け、ゴーレムの肩口を
狙って重量113グラムの成形炸薬弾を射ち出す。
対戦車擲弾は狙い通りに命中したもののゴーレムの表面にヒビを入れるに留まった。
『後は妾にまかせるがよい』
オーディの目の前の地面から植物女が生えてきた。
植物女の足元から伸びた無数の根が表面のヒビから侵入し、ゴーレムを内側から破壊する。
『フン、やはり魔法で強化しておるのは殻だけか』
隅々まで根を張られたゴーレムは波に洗われる砂の城のように崩れ落ちた。

オーディと分隊員は植物女とその娘の存在を秘密にするという条件で、コンパスも効かな
い森の最深部から無事生還することが出来た。
その後負傷して乗機もろともチェルネントの森に不時着した飛行士が、いつのまにか手当
てをされて森の外にいたという報告が何件かあったという。  




223  :外伝(またはパラレル):2007/11/27(火)  20:23:52  ID:OiXF2z220
第51機甲砲兵大隊B中隊、トム・“ラバーダック”・ジョーンズ伍長の回想
あれは9月の大攻勢が始まって五日目くらいのことだよ
整備中隊の連中と一緒に酷使しまくってガタのきた大砲を新品に交換し終わって肉体労働
の後のビールを楽しんでると中隊長のシリング大尉が物凄い勢いでジープを飛ばしてやっ
て来た
敵の石像部隊が前線を突破して味方の燃料集積所に迫っているらしい
前衛の戦車隊が前に出すぎて側面がガラ空きになったところを抜かれたそうで
敵にも抜け目の無い奴がいるもんだ
とにかく敵さんは燃料集積所の手前7マイルのところまで迫っていて急場に間に合うのは
俺達だけなんだそうだ
それを聞いて俺達の血は滾ったね
今までは姿も見えない遠くの相手に効いてるかどうかも分からない砲撃をしてるだけだっ
たのが遂に面とむかっての撃ち合いが出来るんだ
まあ後から考えりゃ随分と無茶な話だったんだが
なにしろ俺達の乗ってるのは戦車じゃなくあくまで自走砲だ
大砲は車体に固定されてるし戦闘室は露天だし装甲版の厚みは0.5インチしかない
それがあん時は“でもそんなの関係ねえ!”って勢いだったな
多分中隊の全員がアドレナリン中毒に陥ってたんだろう
全速ですっ飛ばしてギリギリ集積所の手前の丘に布陣するのに間に合った俺達が稜線の陰
に車体を隠し105ミリ砲に目一杯俯角をかけて敵を待ち受けてると背中に大砲を背負っ
た四つ足のゴーレムが1ダースほど俺たち目がけて真っ直ぐ突っ込んできやがった
向こうは景気良くぶっ放しながら前進してくるけどプロから言わしてもらやあ行進間射撃
なんて当るもんじゃない
IBM社製のスタピライザー付けてるこっちの戦車だって実戦じゃとても使えたモンじゃ
ないってもっぱらの評判だしな
そんなわけで俺達は500ヤードまで引き付けてから射撃をはじめ最初の斉射で4体のゴ
ーレムを吹っ飛ばした
そこまではよかったんだがそこから先は今思い出しても何がどうなっていたのか分からな
いくらい無茶苦茶な乱戦だったな
敵は止まらずドンドン弾を撃ち込んでくる
距離が詰まるにつれて段々狙いも合ってくる
こっちはすぐ後ろに集積所があるんで後退も出来やしない
ヤケクソになって映画の騎兵隊みたく丘を駆け下りて敵のド真ん中に飛び込んだよ
後はもうツバを吐いても届くくらいの距離でのどつきあいさ
お互い相手に狙いをつけさせないように犬の喧嘩みたいにぐるぐる回りながらぶっ放して
るんでさっぱり弾が当らない
HEATを撃ち尽くしてからは普通の榴弾を撃ってたけどこれが結構効いたんだな
結局ゴーレムは全部やっつけたけどこっちも自走砲4輌がオシャカになったうえ中隊の仲
間も半分近くが戦死しちまった
俺はエンジンに一発喰らった自走砲から運よく逃げ出せたけどガキの頃からお守りにして
たゴムのアヒルが自走砲と一緒に燃えちまったのが今でも残念で仕方なくてね
まあお陰で名誉負傷章がもらえたし国に帰れることにもなったんだけど
もう一度おんなじ事やれって言われても絶対御免だね  




325  :外伝(またはパラレル):2007/12/12(水)  09:13:07  ID:OiXF2z220
フランク・ベルソンが入ってきたとき私はヘヴィ・バッグを打っていた。
ベルソンが自分の足で私を訪ねてくるときはやっかいごとを押し付けるときと決まってい
るので、私は彼を無視してコンビネイションを続けた。
左ジャブ、左ジャブ、右クロス。
ベルソンは黙って私を見つめている。
とうとう無言の圧力に屈した私はベルソンに向き直った。
「何か用か?」
「オフィスで話そう」
私とベルソンは連れ立って宿舎を出た。
未舗装の誘導路をタキシングするOD色の急降下爆撃機が私達に猛烈な砂煙を浴びせた。
私達第530爆撃飛行中隊は陸軍航空隊の中ではマイノリティと言えた。
ドイツの成功に刺激されたとはいえ専用機を一から開発するほどの熱意を持てなかった陸
軍が実戦に投入したAナンバーの単発機のうちA−24は海軍のSBDから母艦用の装備
をオミットしたもので、これは海軍の兄弟ほど活躍できずすぐ第一線から引き上げられた。
私達が飛ばすA−36はP−51を手直しして低空用のアリソン発動機を積み、主翼に爆
弾架とダイブブレーキを取り付けたもので私はこの飛行機が大いに気に入っていた。
ベルソンのオフィスには女がいた。
「こちらミス・ガーベラ」
女は立ち上がった。
6フィート1インチある私より僅かに背が高い。
乳と尻はヴォリュウムたっぷりだがウエストは戦闘機のカウルのように鋭く絞り込まれて
いる。そして何より印象的なのはトパーズ色の瞳とズボンから伸びる灰色と黒の縞模様の
尻尾だった。
「彼女はグランガラン族だ」
私は敵地に不時着した場合に備えて渡されたガイドブックの内容を思い出した。
グランガラン族はリクリシルツ山脈に住む少数民族で、虎と人間のハーフみたいな連中だ
というようなことが書いてあったはずだ。
ベルソンは説明を始めた。
敵の補給線に対する攻撃のうちリクリシルツ山脈を縦断するブリングル街道に対する攻撃
をグランガラン族が担当することになり、現地のレジスタンスへの武器弾薬の投下と近接
航空支援を行うのが我々第530飛行中隊、そのための調整役がガーベラというわけだ。
飛行ルートの選定、投下ポイントでの地上との連絡方法について話し合ったあとガーベラ
の接待係を押し付けられた私は虎女を伴って宿舎に向った。
「ボクシング?」
ふいに言葉を発したガーベラの視線は天井から吊るされたヘヴィ・バッグに注がれていた。
「知っているのか?」  


326  :外伝(またはパラレル):2007/12/12(水)  09:15:49  ID:OiXF2z220
「此処に来る前、三週間ほど海兵隊で訓練した。あなた方の武器の使い方を学ぶためだっ
たが、昨年まで太平洋艦隊のミドル級王者だったという軍曹と余興で試合をした」
彼女はそこで言葉を切った。
私は続きを促した。
「私が勝った」
グランガラン族の強さについて色々と尾鰭のついた噂を聞いていた私は突然目の前の牝虎
に悪戯を仕掛けたくなった。
ノースハーレムの、よほどあからさまでない限りベルト下への打撃も黙認される上品とは
言えない賭け試合で荒稼ぎしていた十代の頃の血の滾りが年甲斐も無く甦っていた。
私は何気ない動きで右手に持ったペンを顔の前に持ってきた。
彼女の注意が私の右手に向けられたのを確認し、こめかみをギリギリかすめる軌道で左の
フックを繰り出す。
次の瞬間大陸横断鉄道のピストンに飛び込んだような衝撃が私を襲った。
ショートレンジからの稲妻のようなストレートが、心臓のすぐ上に叩き込まれたと分かっ
たのはベッドの上で目覚めてからだ。
それから一週間、私は操縦席背後の装甲版を取り払って無理矢理複座にしたA−36にガ
ーベラを乗せ、毎日のようにリクリシルツ山脈に飛んで目印となる地形を探し、航空写真
を撮った。
一度ワイバーンの奇襲を受け、敵弾がオイルパイプを切断してしまったときなどは私がワ
イバーンを振り切るためありとあらゆる操縦テクニックを搾り出している間、ガーベラは
底なしの体力を発揮して手動ハンドルを回し続け、油圧が抜けてブラブラになった主脚を
巻き上げていた。
この一連の飛行で私と彼女の距離が急速に縮まったのは事実だろう、それが単なる吊橋効
果にすぎなかったのかどうかは今でも謎だが。
そんな訳でガーベラが仲間の元に戻ることになり基地を上げてのお別れパーティーの中、
即興で始まったボクシング大会でまたも1ラウンドKOをくらった私のベッドに深夜音も
無く裸のガーベラが忍び込んできたときも私はパニックを起こさなかった。
それから第550飛行隊とグランガラン族の共同作戦が始まった。
我々はライフル、機関銃、分解した60ミリ迫撃砲などを収めたコンテナを投下し、発煙
弾とVHF無線機の誘導を受けて敵の輸送隊に爆撃と機銃掃射を加えた。
運よく空爆から逃れることが出来ても天性の狩人であるうえアメリカ製の火器で武装した
グランガラン族からは逃げられない。
我々は目覚しい成功を収め一月足らずで1ダースを越える輸送隊を壊滅させた。
あまりに目覚ましかったのでとうとう敵は北大陸へ移動中の部隊から最新装備で固めた3
個師団をグランガラン族討伐に差し向けた。  


327  :外伝(またはパラレル):2007/12/12(水)  09:19:26  ID:OiXF2z220
子供や老人を加えても二千人ちょっとのグランガラン族と重装備の3個師団では勝負にな
るはずもなく、プトラワップ山に追い詰められたグランガラン族を救出するためパナマで
私の上官だったヘインズ大佐−私に「優秀」と「偉大」の差を思い知らせたパイロットだ
−の率いる輸送隊が送り込まれた
この救出作戦で私はヘインズ大佐の偉大さを再確認することになった。
断崖絶壁に囲まれた猫の額ほどの平地にC−47を降ろし、積載制限を大幅に超えるグラ
ンガラン族を詰め込んで離陸を敢行するには勇気以上のものが必要だった。
最後の輸送機の離陸を援護すべく500ポンド爆弾2発を抱えて低空を旋回していた私は
牽引式の大口径マジックガンを運ぶ2体のゴーレムに気付いた。
輸送機の駐機する平地に通じる急斜面を登るゴーレムは歩兵が軽機関銃で対空射撃をする
要領で1体が砲身を肩に担ぎ、もう1体が砲尾を支えていた。
そして先頭のゴーレムの胴体にはぐったりとしたガーベラが縛り付けられていた。
敵は負傷して捕えられたガーベラを弾除けにして輸送機を攻撃するつもりなのだ。
輸送機は少しでも離陸を容易にするため向かい風に正対しようとヨタヨタと回頭している。
ゴーレムはあと500ヤードも前進すれば輸送機を狙えるし、その場に留まっても空中に
飛び出した輸送機の下腹を一連射するチャンスは充分にある。
そしてシホットが捕虜、特に女をどう扱うかについては胸の悪くなるような話をたっぷり
と聞いていた。
現実は常に非情で結局私に出来ることは一つしかなかった。
私はゴーレムのいる斜面の右上に張り出した岩棚に狙いをつけ、ダイブブレーキを開いて
ほぼ垂直に近い降下に移った。
私の放った2発の500ポンド爆弾は岩棚を吹き飛ばし、落下する巨岩の群れがゴーレム
と後続の歩兵、そしてガーベラを飲み込んだ。
その後本国では「戦闘機に急降下爆撃機の代役は勤まるが急降下爆撃機に戦闘機の代わり
は出来ない」という意見が大勢を占め、A−36の生産はちょうど500機で打ち切られ、
手持ちのA−36を乗り潰した第530飛行隊は本国に戻って休養と隊員の入れ替えを行
ったのち、P−40のMとNを受け取って前線に舞い戻った。
ある日、シホットを追い払い平和になった故郷へ戻る途中のグランガラン族の一団が基地
を訪ねてきた。
私は一人宿舎に篭りヘヴィ・バッグを叩いていると松葉杖をついた女が入ってきた。
右目を眼帯で覆い、中身の無いズボンの左足を揺らしながらゆっくりと歩いてきた女は案
山子のように立ち尽くす私に笑いかけた。
「言わなかったか?グランガランは殺しても死なないんだ」