11 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/01/27(土) 22:10:07 ID:zHthby0g0
第17話 征途、陸軍航空隊
1482年2月15日 午前8時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル
「ワイバーン75騎喪失、ガルクレルフの補給物資83%を焼失、又は破損。
第3艦隊所属の戦艦1、巡洋艦3、駆逐艦6隻沈没・・・・・・・
俺は敗報を持って来いとは言ってねえよ。」
オールフェスは、テーブルに先ほどまで読み上げていた報告書を放り投げた。
不気味に沈黙した会議室に、カサッという紙がテーブルに投げられる音が、小さいくせに妙に響く。
集まった閣僚達は、誰もが表情を暗くし、縮こまっていた。
「レンス元帥。見事に釣られちまったな。」
オールフェスは皮肉気な口調でレンス元帥に言った。
2日前、レンス元帥は、
「のこのことやって来たアメリカ艦隊なぞ、全て打ち沈めてご覧に入れましょう。」
と言い、オールフェスも今度ばかりは、煩わしいアメリカ戦艦部隊や、化け物じみた搭載機数を誇る
空母機動部隊を撃滅できるか、あるいはしばらく港に引っ込ませる事はできるなと確信した。
ところが、昨日の夕方に、オールフェスが庭で近衛兵相手に剣術の練習をしている時に、突然レンス元帥が宮殿に現れた。
オールフェスはもう決着が付いたのかと思い、気軽に声をかけた。
レンス元帥から言い放たれた言葉は、とんでもないものであった。
「ガルクレルフが、アメリカ艦隊の空襲と艦砲射撃を受けました。」
12 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/01/27(土) 22:13:19 ID:zHthby0g0
その言葉を聞いた瞬間、オールフェスは一瞬耳を疑った。
そもそも、ガルクレルフで決戦が行われるとは聞いた事もない。
本来なら、アメリカ艦隊と自軍の艦隊は、カレアント公国の沖合いで会敵し、決戦を行うはずだったのだ。
だが、何故にガルクレルフ!?
戸惑うオールフェスは、剣術練習を打ち切りにして、宮殿内部にある会議室にこもった。
以降、オールフェスは次々ともたらされる被害報告に頭を痛めた。
要するに、威風堂々とアメリカ艦隊が出撃し、それをガルクレルフで待機していた海軍の主力が迎え撃とうとしたら、
突然現れた別働隊にガルクレルフに集めていた膨大な補給物資をほとんど叩き潰され、挙句の果てには追撃した艦隊までもが
米艦隊相手に惨敗したのだ。
そして、肝心の米太平洋艦隊主力は、こちら側の主力が反転するや、さっさと引き上げていき、
カレアント公国の沿岸にはピストルの弾1発も飛んで来なかった。
つまり、シホールアンル側は嵌められたのである。
「敵艦隊にはだいぶ打撃を与えたようだが、もはや後の祭りだね。」
オールフェスは突き放すように呟くと、椅子にふんぞり返った。
「ですが、敵の戦艦2隻に逃げられたとは言え、沈没寸前の被害は与えましたし、レキシントン級空母1隻に少なくとも
中破程度の被害は与えています。それに、敵側も巡洋艦1隻に駆逐艦2隻を沈められていますから、敵の1個艦隊は
当分行動不能になるかと」
「後の祭りなんだよ!!」
ウインリヒ・ギレイル元帥の言葉を、オールフェスは大声で遮った。
13 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/01/27(土) 22:14:33 ID:zHthby0g0
「ガルクレルフの補給物資が吹っ飛ばされて、侵攻軍の進軍がストップしちまった以上、
敵の戦艦や空母を沈めても意味はねえんだ!それなのに、平気な顔して敵艦を沈めましただぁ?
悔しくねえのか!?俺達はアメリカの奴らにコケにされたんだぞ!?」
オールフェスは喚き立てた。
彼がこのようにして怒鳴り散らすのは初めてだった。
普段は、執務の時でものほほんとして(本人は真剣である)いるように見えるが、このように激しい口調で喚き散らしたり、
相手を罵る事はほとんど無い。
「この人は、仕事も自分の趣味だと考えているのか?」
フレルなどは、レンス元帥にそう漏らした事があるほど、オールフェスと言う人間はつかみ所が無かった。
そのオールフェスが烈火のごとく怒っている。
「・・・・・・・・クソが!」
彼は小さな声で罵ると、しばらく黙り込んでから話を始めた。
「まあ、仕方が無い。敵があんな手を使うとは、誰もが思っていなかったからな。
主力部隊を餌にして、艦隊撃滅を主任務だと思わせて、後方を叩く・・・・か。
悔しいが、今回は敵のほうにツキがあったんだ。そして、俺達はツキに見放されていた・・・・・」
オールフェスは、落ち込んだ表情で言った。
「だが、過ぎた事をあれこれ言っても始まらない。今は出来ることをやらないとな。ギレイル元帥。」
彼はギレイル元帥に視線を向ける。
14 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/01/27(土) 22:17:26 ID:zHthby0g0
「南大陸の侵攻軍は、何ヶ月ぐらい進撃がストップする?」
「暫定報告では、少なくとも2ヵ月半ほどと見積もられています。」
「2ヶ月半・・・・・か。痛いな。」
本来ならば、1週間後に大攻勢を仕掛けて、カレアント公国を一気に攻め滅ぼすつもりであった。
そのための物資はガルクレルフに準備されており、これから各部隊に配備される予定だったのだが、
その必要な物資の大半は、第2任務部隊の艦砲射撃によって焼き討ちにされた。
「これからは、補給物資は1箇所にまとめて置かない方がいいかもしれない。
中規模の集積所を幾つも作って、そこに補給物資を蓄えておくとかやらないとな。
アメリカは、戦艦の他にも高速機動のできる空母部隊も持っているし。」
アメリカ側が今回の戦果に味を占めて、ガルクレルフのような重要拠点に空母機動部隊を持って奇襲を仕掛ける事は
充分に考えられる。
そのため、ガルクレルフのような重要拠点に何か月分もの武器や弾薬、道具や食料を置くのは非常に危険である。
「沿岸付近には小規模の、せいぜい1ヶ月程度が蓄えられる物資集積所を設営し、沿岸より更に内陸、
約5ゼルド離れた所に中規模の物資集積所を設けたほうが宜しいかもしれません。」
「そうだな。いずれにせよ、どこにモノを置くか考えないと、ガルクレルフの時のように泣きを見る事になるからな。
今日は時間が迫っているから、それはおいおい考えていく事にしよう。」
オールフェスは、いつもより少し強張った口調でそう言うと、次の議題に移った。
1482年2月27日 午前10時 カレアント公国ロゼングラップ
カレアント公国の国境の町、ロングラップは、2週間ほど前から南側の平野に珍客を出迎えていた。
その珍客達は、ロングラップの町長に許可されたと言うと、平野に見た事も無いモノを使って何かを作り始めた。
15 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/01/27(土) 22:19:32 ID:zHthby0g0
ショベルの先に柄が半分から折り曲げられて、それが自由自在に動いて周囲の土を掻き出したり、
荒れた地面を、車体の前面に鉄板を貼り付けたものが整地をしたりして、東西に巨大な線を描いていた。
市街地から1ゼルドほど離れてはいるが、それでも、珍客たちが使う道具の騒音は延々と続いていた。
ルーガレックで露天商を営んでいたクグラ・ラックルは、カレアント公国の南端部に位置するこの町に逃げ延びていた。
彼の住んでいたルーガレックは、今やシホールアンルと南大陸軍の激戦場となっている。
ラックルは、ロゼングラップの知人の家に家族と共に逃げ延びた後、知人の薦めで露天商をやってみないかと言われ、
彼は二つ返事で受け入れた。
店は知人の家から少し離れた市場で開かれており、連日多くの客で賑わっている。
ここに元々住んでいる人もいれば、北で彼と同じように落ち延びてきた人もいる。
だが、このロゼングラップでは、住民や避難民以外の別の客人もちらほらとやってきており、そのうち何人かとは顔見知りになった。
10時頃から、市場は賑わいを見せ始め、戦時下とは思えぬ活気に満ちた声があちらこちらから聞こえてくる。
「さあ、そこのお兄さん!今朝取れたての野菜なんだが、どうだい?どれもこれもお手ごろ価格だぜ!」
ラックルは満面の表情で道行く客に声をかけていく。
たまに無視して通り過ぎる者も居るが、大体の者は彼の言葉に誘われて野菜や果物を見ていく。
ふと、彼は人ごみの中から見慣れた顔を見つけた。その人物はカーキ色の服に尖った帽子を頭に被っていた。
「やあ大将!」
「おっ、ギルバートさんじゃないか!久しぶりだねぇ!」
2人は互いに笑みをこぼしながら話を始めた。
「久しぶりって、2日前の夜に会ったばかりだぜ。」
「あれ?ああ、そうだったな。」
ラックルは苦笑しながら言う。
16 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/01/27(土) 22:21:24 ID:zHthby0g0
「おやおや、犬系の獣人はすぐに記憶が吹っ飛ぶのかい?」
「そんなに攻めないでくれよ。こっちも色々苦労してるから、あれこれ覚えようとしても忘れちまうんだよ。」
「まあ、俺も忙しい時は似たような事するから文句は言えんな。」
「ところで、あんた基地の外に出て大丈夫なのかい?」
「今日は俺の部署は休みでね。」
「休みねぇ。昼夜問わずの突貫工事をあっちやってるから、アメリカ人は疲れ知らずの働きモンだなと思ってたよ。」
「そんな奴は少ないよ。まっ、俺の知り合いには仕事が命だ!などと抜かしている奴は居るがね。」
「ギルバート少尉殿もそうかい?」
「俺がか?まさか。仕事は大事とは思っているが、それも時によりけり。
こうしてどっかをブラブラして息抜きでもしねえとやってられんよ。とは言っても、ここはまだ平和だからそう言えるが。」
ギルバート少尉は手を振りながら、しんみりとした口調で言い放つ。
「それに、他の非番連中も何人かはこの町に来ているぜ。
というか、外出許可が降りても、この町でしかブラブラできないから、一部の兵はぶーぶー文句言っているよ。」
贅沢なやつらだ、と言いながら、ギルバート少尉は店の野菜や果物をを品定めする。
「なあ、ギルバートさん。あんたらは何の基地を作っているんだい?」
ラックルはにやけた顔を留めたままギルバート少尉に聞いた。
「今はちょっと教えられんな。」
「あんたもそう言うのか。」
ラックルはやれやれと言った表情で肩をすくめた。
17 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/01/27(土) 22:24:54 ID:zHthby0g0
「・・・?同じような事を言われたのか?」
「ああ。聞いたアメリカ人は皆似たような言葉しか返してこないぜ。
中にはここに駐留する部隊の補給基地を作っている、って言う奴もいたけど。」
彼が店を開いているのは、ロゼングラップでも最も南に位置するところで、建設中のアメリカ軍基地からは僅か600メートルしか離れていない。
そのため、非番のアメリカ軍兵士は、外出許可が降りると基地の近くにあるこの町で、ぶらりと歩き回る。
最も、どこにシホールアンル側のスパイが隠れているか分からぬため、兵はロゼングラップ市内だけしか外出は許可されていない。
そのアメリカ軍兵士達に、何の基地を作っているのか?と聞くと、誰彼も言葉を濁したり、
デタラメな事を言って回答を避けていた。
「アメリカ人って、人に物事を言うのが苦手なのかい?」
「そんな事はないよ。というか、どこにスパイがいるか分からんからね。
こっちとしても何を作っているかは迂闊に教えるなと言われているんで。でも、」
ギルバート少尉はラックルに顔を向けて、ニヤリと笑みを浮かべた。
「答えはそのうち、それも、今日中には分かるよ。」
そう言って、ギルバート少尉はリンゴのような果物を手にとって、通貨を渡した。
通貨はアメリカ側に大慌てで渡された、南大陸共通のジンブという銅貨である。
「2ジンブね。どうも!」
「このリンゴ・・・じゃなくて、なんだっけ?」
「エレンキだよ。」
「そうそう、エレンキ!エレンキだ。この果物は俺のお気に入りだよ。」
「そうかい。そう言ってくれると、売る側の俺も嬉しいよ。」
18 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/01/27(土) 22:27:33 ID:zHthby0g0
「じゃ、またな大将!」
ギルバート少尉は買った果物を渡された袋に入れて、どこかに消えていった。
しばらく、店はいつもの通りの日常に戻った。
その日常も、10分後には覆された。
「答えは今日に分かる・・・・・か。一体、何の基地を作っているのやら・・・・・」
彼は頭の中で、ギルバート少尉の言った事を反芻している。
椅子に座って考え事をしていると、ふと何かの音が聞こえてきた。
「この音は・・・・・・・・・どこかで聞いた事のあるような。」
彼はすぐに思い出した。この音は、飛空挺のものだった。
「なるほど・・・・・・ギルバート少尉殿、答えは分かりましたぜ。」
ラックルはそう呟くと、どこか胸のつっかえが取れたような気がした。
「あの基地は、飛空挺の発着基地だったのか。」
彼は別段、驚いた様子もなく呟いた。
やがて、聞きなれぬ音を耳にした市場の人々は、音のする方向に顔を向け始めた。
第83戦闘航空隊に属する第2大隊の第4中隊、P−38ライトニング12機は、ようやく1番機が着陸態勢に移行した。
19 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/01/27(土) 22:29:58 ID:zHthby0g0
「こちら管制塔、横風が少し強い、注意しろ。」
「こちらウェルバ1、了解した。」
ビーン・リストロング大尉は管制塔からの指示に答えると、そのまま滑走路の線上に機首を合わせる。
目の前には、そう遠くない距離に長さ2000メートルの滑走路が見え、慌しく作られたエプロンには
先行していったP−40、P−39が駐機している。
横風が吹き、双発の機体が微かに揺さぶられるものの、リストロング大尉は機をうまくコントロールして高度を下げ、滑走路に近付く。
初めて着陸する飛行場は、どんなに規模が大きくても緊張するものである。
リストロング大尉も、内心緊張していたが、体は今までに叩き込まれた動作を無意識に繰り返し、機体を適正コースに乗せていた。
高度が下がり切り、滑走路の始点を飛び越えた時、ドスンという音と衝撃が走り、機体が地面に足をつけた。
そのまま滑走して行き、決められた駐機場に入って愛機を止めた。
程無くして、第4中隊のライトニング12機は全て着陸し、この飛行場で最初の駐留部隊となる第83戦闘航空隊は
P−40ウォーホーク38機、P−39エアコブラ36機、P−38ライトニング12機の計86機である。
この航空隊は、当分の間、航空戦力の欠乏した南大陸軍を支援する中核部隊となる。
ライトニング隊が着陸すると、搭乗員が待機室に呼ばれ、長距離飛行に疲れた体を動かして向かう。
待機室は、急造の大きめのテントで、外見はみすぼらしいが中は広かった。
86名のパイロットが待機室の椅子に座ると、先行していた第3航空軍ケネス・コール少将が姿を現した。
「気を付け!」
第83戦闘航空隊司令官であるアール・スペンス大佐が凛とした声音で命じ、パイロット達も表情を引き締め、全員が立ち上がる。
「諸君、ヴィルフレイングからの500キロの飛行ご苦労だった。」
痩せ型で学者肌の感があるコール少将は、軍人そのものの張りのある声音で訓示を行った。
20 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/01/27(土) 22:34:42 ID:zHthby0g0
「諸君らも知っているとは思うが、現在、カレアント公国の西端ヌルアンクから、海岸沿いのジャンベリの間で、
南大陸軍とシホールアンル軍は睨みあっている。つい先日までは、シホールアンル側は南大陸連合軍をじりじりと
南に押し下げていたが、海軍が行ったガルクレルフ攻撃で補給物資の届かなくなったシホールアンル軍は進撃を止めている。
しかし、敵の航空部隊であるワイバーン群は、総計300騎以上の戦力を持って、依然として南大陸軍の前線陣地や
航空部隊に強い圧力をかけている。今回、わが第3航空軍は、このシホールアンル航空部隊や、敵地上軍の戦力を
少しでも減殺させるために配備されてきた。」
コール少将は、後ろの天幕に掛けられていた地図のとある部分を指示棒でなぞった。
そこは、このロゼングラップより北200マイルの最前線、ヌルアンクからジャンベルまで塗られた赤い線である。
「だが、今は攻撃の要となる爆撃機部隊を収容できる飛行場は建設途中にある。爆撃機部隊がいなければ、
敵地上軍をすり減らす事は出来ない。だが、地上軍を減らせぬ事は出来なくとも、敵の航空戦力を削ぐ事は出来る。
君たち第83戦闘航空隊は、合衆国陸軍航空隊の尖兵として、シホールアンルのワイバーン部隊と戦ってもらう。
爆撃機部隊が駐留するまで、敵のワイバーン部隊がこの基地に攻撃を仕掛ける場合もあるかもしれない。
しかし、君たち第83戦闘航空隊がいる限り、敵のワイバーン部隊は好き勝手できなくなる。
南大陸の空を、元の住人達のもとへ取り帰そうではないか。私は、諸君の健闘を祈る。」
コール少将の訓示はそれで終わった。
「なあビーン。敵のワイバーンって強いと思うか?」
リストロング大尉は、訓示が終わった後、同じ大隊でP−39を操縦するニック・バーンズ大尉と共に休憩所で話し合っていた。
「さあな。やってみないと分からんよ。でも、海軍の空母乗りからは侮れないとは聞いている。」
「なんだか、運動性能が馬鹿に良いって聞いた事がある。」
21 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/01/27(土) 22:38:18 ID:zHthby0g0
「飛行機じゃあり得ない機動をするんだとさ。」
リストロング大尉は身振り手振りを交えながら。
「あるワイルドキャットは、ワイバーンの真正面から機銃をぶっ放した。だが、撃たれたワイバーンはいきなり背の方向、
飛行機で言う背面方向に避けたようだ。機銃弾は当然外れちまい、敵に反撃された。」
「背面方向に避けただぁ?」
バーンズ大尉は耳を疑った。
彼も海軍のパイロットから何度か話を聞いているが、このような化け物じみた機動の話までは聞いていなかった。
「そうだ。おまけに、格闘戦に入ろうとしたら、あっという間に敵が後ろに回って機銃弾らしきものを撃ってきたって
話もあるし、いきなり炎の塊を吐いてくるという話もある。」
「厄介な相手と戦わされる事になったなぁ。」
「でも、撃墜比率はどちらかというと、敵側のほうが高いようだ。
ワイバーンは、機動性は確かに化け物だが、スピードはよくて500キロ近くまでしか出ない。
急降下で逃げればワイバーンは追い切れないらしい。」
「海軍の戦闘機乗りが言っていたが、高速を生かした一撃離脱戦法で行けば、なんとか撃墜率は稼げるらしいぜ。」
バーンズ大尉は胸ポケットからタバコを取り出し、ジッポライターで火を付けると、うまそうに吸った。
「一撃離脱か。」
彼はそう呟きながら、自らもバーンズ大尉から差し出されたタバコを1本貰い、それを吸う。
「だが、それでも撃墜比率は2対1に近いぜ。ワイルドキャットはワイバーンよりは早いが、最高速度は512キロ。
ワイバーンと比べて10〜20キロしか速度差が無い。だからワイルドキャットも少なくないダメージを受けている。」
22 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/01/27(土) 22:39:38 ID:zHthby0g0
「でもな、一撃離脱戦法なら、速度が500キロにも満たないワイバーンには通用するってことだ。
お前のP−38なら、ワイバーンなんか目じゃないぜ。」
バーンズ大尉は羨ましそうな口調でそう言った。
「買い被るなよ。まだ戦ってもいないんだ。P−38がワイバーン相手にどこまで通用するかは、やってみないと分からん。」
「まあ、それもそうだな。だが、部隊の中で唯一の600キロオーバーの機体だ。P−40やP−39より楽な戦いが出来るかも知れんぜ。」
「そう願いたいが、戦は相手がいるからなぁ。とりあえず、今後予想される戦闘で、どの隊も上手くいく事を願っておこうか。
その方が、少しは気も休まる。」
「ふ〜ん・・・・・・お前らしい言い方だな。」
「戦友の無事を願うのはいい事だぜ?」
そう言うと、バーンズ大尉は苦笑した。
「まっ、悪い気はしないな。」
彼は短くなったタバコを灰皿に放り投げた。
「さて、出撃命令が下るまで、中隊の奴らと雑談でも交わしてくる。おっ、そう言えば、お前んとこの中隊の奴ら、出来はどうだ?」
バーンズの言葉に、リストロングはいささか表情を曇らせた。
「まあ・・・・・・前よりは出来は良くなった。機体の癖も掴んでいる。
でもな、俺以外はほとんどが20前半〜10代後半の若い奴らばかりだ。実戦で頭に血が上り過ぎてヘマをやらかさないか心配だよ。」
「なるほどな。」
23 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/01/27(土) 22:44:16 ID:zHthby0g0
バーンズ大尉はやれやれと言った表情で呟くと、リストロングの左肩をポンと叩いた。
「俺んとこも似たようなものさ。まっ、お互い様って事か。」
バーンズ大尉はそう小声で言うと、ゆったりとした足取りで休憩所のテントから出て行った。
1482年3月1日 午後5時 カレアント公国ポリルオ
ポリルオは、ジャンベルから北西30ゼルド、前線から10ゼルド離れた田舎町で、住人は南に逃げ出して誰もいない。
この町に、シホールアンル軍は急造のワイバーン基地を建設し、2月の中旬には94騎のワイバーンがポリルオ基地に派遣され、
地上軍の前進が滞った後も、南大陸軍の陣地に攻撃を仕掛けている。
ポリルオには、第21空中騎士隊司令部の他に、第34空中騎士軍司令部が設置されている。
第34空中騎士軍は、ポリルオの第34空中騎士隊の他に、ここから南に3ゼルド離れたレージェンの第22、第2空中騎士隊、
それにジャンベル近郊の第61、62空中騎士隊総計324騎から編成されており、カレアント公国の前線に展開するワイバーン部隊の
3分の1の戦力を統括している。
この日、第34空中騎士軍司令官であるベルゲ・ネーデンク中将は、主任参謀と共に攻撃目標の選定を行っていた。
体系はがっしりしており、身長は125ロレグとなかなかの長身であり、歴戦のワイバーン部隊指揮官の貫禄をかもし出している。
ちなみに、ベルゲは、南大陸東艦隊司令長官のジョットル・ネーデンク大将とは兄弟関係にあたり、彼はジョットルの弟である。
「航続距離は問題ないと思われます。」
「一番遠いジャンベルからも直線距離で250ゼルドしか離れていない。これなら、ワイバーン隊も充分活躍できる。」
「ですが、敵側も、最近になって航空部隊を送り込んできたようです。数は100ほどです。」
「100か。敵側の飛空挺は強いと聞いてはおるが、こっちには190騎の戦闘ワイバーンがいる。
全部隊が一斉に攻撃を掛ければ、あの憎らしいグラマン戦闘機を皆殺しに出来るな。」
ネーデンク中将は獣のような笑みを浮かべた。
「総攻撃に出れば、こっちも馬鹿にならん被害を受けるだろう。だが、今のうちに叩き潰せば、今後の戦局に大きく影響する。
そうすれば、黒星続きの我がシホールアンルもアメリカに痛い目に合わせる事ができる。」
「油断のならぬ相手ですが、数で押せば、敵の飛空挺基地などひとたまりもありませぬな。」
「うむ。よし、これで決まりだな。さて。」
ネーデンク中将は、次回の攻撃目標の選定地にロゼングラップと書かれた欄に、赤い羽根ペンでサインした。
50 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 19:21:01 ID:JZrTo4d.0
第18話 陸鷲の初陣
1482年3月3日 午前5時 シホールアンル領ポリルオ
未だに空けきっていない真っ暗な空の下、ポリルオのとある場所では、冷えた空気を熱く変えさせる出来事が起きていた。
ポリルオにあるシホールアンル陸軍第21空中騎士隊の基地では、合計で32名の竜騎士達が整列し、とある一点を見据えている。
その一点に、竜騎士達が仕える主。第34空中騎士軍司令官が立っていた。
「諸君!いよいよ決戦の時が来た!」
軍司令官のベルゲ・ネーデンク中将は張りのある声音で、冷気を吹き飛ばすように訓示を始めた。
「南大陸との戦闘を始めて以来、君たちはよく敵と戦い、度重なる戦友の死を乗り越えて、みごとに任務をやりこなしてきた。
諸君らはシホールアンル陸軍ワイバーン部隊の精鋭部隊である。その君たちが今日戦う敵・・・・・
数ヶ月前に突然この世界に現れ、不遜にもわがシホールアンル帝国にたてついたアメリカという憎き蛮族共は
これまで我が軍に対して度重なる戦闘を行い、多くの味方の命を奪ってきた!」
ネーデンク中将は拳を振り上げながら、喚き散らすように言い放った。
彼の訓示に食い入る竜騎士達の視線は鋭く、目から火を噴きかねぬほどである。
「その不遜なアメリカ人共は、ここから250ゼルドしか離れていないロゼングラップに基地を構え、
そこからわが軍の侵攻を阻む腹積もりだ。だが、アメリカ人共が好き勝手できるのもこれまでである。
我が空中騎士隊の総力を持って、このロゼングラップのアメリカ軍基地を奇襲し、敵飛空挺部隊を地上で殲滅する!
諸君、敵に遠慮はいらぬ!敵が泣き喚き、命乞いをしても容赦なく殺せ!諸君らの武運を祈る!!」
ネーデンク中将の訓示が終わると、32名の竜騎士達は、一斉に雄叫びを上げた。
51 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 19:33:42 ID:JZrTo4d.0
「これより出撃する。かかれぇ!」
飛行隊長が命令すると、32名の竜騎士達は一斉に自分の相棒にまたがった。
最先頭が離陸すると、2番騎、3番騎が次々と地面を蹴り、大きな翼を上下に振りながら、まだ暗い空へ優雅に舞っていく。
見る人が見れば美しい光景であり、攻撃ワイバーンの竜騎士や地上勤務員達は、誰もが諸手を振って出撃を見送った。
第21空中騎士隊のワイバーン42騎が離陸すると、編隊を組んで南に向かっていった。
ロゼングラップ攻撃に向かうワイバーンは第21空中騎士隊だけではない。
同じポルリオに駐屯する第34空中騎士隊の24騎や、レージェンの第2、第22空中騎士隊の48騎。
ジャンベルの第61、62空中騎士隊76騎。
計190騎のワイバーンが途中で合流し、気付かれぬように高度2500グレルの高高度を飛行し、
未だに寝静まっているであろうロゼングラップにひっそりと忍び寄る計画である。
1482年 3月3日 午前6時30分 カレアント公国ロゼングラップ
「眠くてやっとれんな。」
当直将校のジョゼフ・アーヴィン少尉は、ややだらしのない格好で椅子にふんぞり返り、眠気覚ましのコーヒーを飲んでいた。
「なあブルース。眠気覚ましのコーヒーを飲んでいるんだが、眠気がちっとも晴れんのはどういう事だい?」
アーヴィン少尉は眠たそうな口調で、レーダーと睨めっこしている同僚のエリック・ネルソン少尉を問い詰めた。
「眠気が晴れると信じりゃあそうなる。」
「そのセリフ、それで34回目だぜ。」
「おい、いちいち数えんでもいいだろうが。それにお前は休憩中じゃねえか。」
「たった5分間で休憩できるかい。5時間の休憩なら大歓迎だがね。」
アーヴィン少尉とネルソン少尉は、たまたま運悪く早朝のレーダー監視班員に任じられてしまった。
しかし、彼らにはこうなった心掛かりがある。
52 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 19:35:42 ID:JZrTo4d.0
それは、非番の時にロゼングラップの町で、現地人の若い娘をナンパしては夜中によろしくやっていた事である。
その日は門限に20分遅刻して上官からこっ酷く叱られた。
遅れた理由は適当にごまかしたから良かったものの、その2日後にいきなり、
「3時から7時までの間、レーダーを睨んでいろ」
とレーダー監視班に回されてしまい、こうして愚痴を言いながらレーダーと睨めっこしているのである。
ロゼングラップ飛行場には対空レーダーが2基設置されており、2名の監視員によって、いつ来るか分からぬ
シホールアンル軍のワイバーン部隊の襲撃に備えている。
傍目から見れば重要な任務であるが、基地設立から3週間近くが立った今、レーダーに引っ掛かったのは友軍の航空機か、
南大陸のワイバーン部隊ぐらいだ。
「いいよな、スクランブル要員の奴らは。あいつらは出撃命令が出るまでトランプを楽しんだり、居眠りしたりやりたい放題だ。」
「おい、そんなに愚痴るなよ。」
ネルソン少尉は半ばうんざりした口調でそう言った。
その時、レーダースコープに何かの反応が見られた。
「・・・・・・?」
一瞬、ネルソン少尉は見間違いかと思ったが、またもや反応があった。
「おい!ちょっと来て見ろ!」
彼はアーヴィン少尉を手招きした。
「ん?どこぞの鳥か?」
アーヴィン少尉はふらふらと歩きながら、ネルソン少尉の側にやって来た。
53 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 19:39:05 ID:JZrTo4d.0
「鳥がこんな緊密な編隊を組むか?」
丸いレーダースコープの右上からいくつもの反応体が移っている。
その反応は間を置かずに増大しつつある。
「北には、友軍のワイバーン部隊はいない・・・・・」
「と・・・・・すれば。」
2人は顔を見合わせた。
「「敵だ!!!!」」
奇襲を狙った190騎の戦闘ワイバーンは、ロゼングラップより北西110マイルの地点で探知されていた。
まだ夜が開けきらず、オレンジ色の淡い光がうっすらと見え始めた、静かな夜の町に突然空襲警報が鳴り響いた。
初めて聞く空襲警報に、ロゼングラップの住人達は何事かと思い、飛び起きた。
最初、どこからサイレンが鳴っているのか誰もが分からなかったが、やがてサイレンの音は未だ建設中のアメリカ軍基地から
鳴り響いている事に気付き始めた。
空襲警報のサイレンが鳴るや、第3航空軍の将兵達はベッドから跳ね起きた。
簡易の宿舎やテントに次々と明かりが灯り、中から兵士達が慌てて飛び出していく。
ロゼングラップ飛行場に一時的に移駐してきた南大陸軍のワイバーン部隊も突然の出来事に戸惑いを見せつつも、やがて事態が飲み込めてきた。
現在、ロゼングラップ飛行場には第3航空軍の第34戦闘航空師団の第31航空団が常駐しており、
第12戦闘航空群のP−40戦闘機62機、第13戦闘航空群のP−39戦闘機36機。
それに第14戦闘航空群のP−38戦闘機12機の計120機である。
この他に、バルランド軍のワイバーン部隊が20騎ほど、基地にいるが、迎撃にあたるのは第31航空団である。
常に臨戦待機にあった戦闘機は、整備兵の点検や燃料補給、弾薬搭載などの手間はスクランブル機以外にかけられるが、
整備兵達は素早く燃料や弾薬を所定量に満たしていく。
54 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 19:41:18 ID:JZrTo4d.0
待機所から、一通りブリーフィングを聞き終えたパイロット達が一斉に愛機に向かっていく。
既に整備兵によってエンジンはかけられ、暖機運転は終わりかけている。
「敵編隊、あと60マイル!」
管制塔に敵ワイバーン部隊の接近が刻々と伝えられてくる。
午前7時には空は少しばかり明るくなっており、飛行場は100機以上の戦闘機があげるエンジン音で満たされ、
自然と基地の周辺には、ロゼングラップの住人達が何事かと集まっている。
7時を1分過ぎた時、2機のP−40が離陸を開始していた。
2機のP−40が滑走路を駆け、大空に舞い上がっていく。
それを皮切りにP−40が、P−39が、そしてP−38が次々に離陸して行った。
午前7時40分 ロゼングラップ北北西25マイル地点
最後のP−38が離陸したのは午前7時30分を回った所であった。
P−38が離陸を終えた頃には、既に先発していたP−40やP−39は高度5500メートル上空にまで上昇を終えていた。
P−39で編成される第13戦闘航空群36機は、高度5500メートルを時速340マイルで飛行していた。
第13航空群の第2中隊を率いるニック・バーンズ大尉は前方を飛行する第1中隊を見つめていた。
空はやや雲が多いものの、おおむね晴れており、空戦にはもってこいの天気である。
「こちらベイリレンド1、タリホー」
無線機から声が流れてきた。ベイリレンド1とは先行する第12戦闘航空群のコードネームだ。
「こちらオヴニル1、ベイリレンド1へ。数はどのぐらいいる?」
「オヴニル1へ、敵は高度5000メートル付近を飛行している。すげえ数だぞ。100騎、いや、もっといる!」
55 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 19:43:27 ID:JZrTo4d.0
オヴニル1とは、第13航空群のコードネームである。
「200騎近くはいやがるぜ!」
「200騎ぃ!?そんなに繰り出してきたのか!」
バーンズ大尉は思わず耳を疑った。
自分たちはせいぜい120機ぐらいしかいないが、敵は倍近い数のワイバーンを投入しているようだ。
「海軍の戦闘機隊と戦った際、互いに同数では分が悪いと見てありったけつぎ込んで来やがったな。」
「だが、やり甲斐はあるぞ。」
「こちらウェルバ1、敵さんは多いようだな。」
第14戦闘航空群の指揮官が会話に参加してきた。
「ビビルな。高度はこちらが500メートル上だ。」
P−40隊の指揮官は自信ありげな口調で言う。
「まず、俺達ベイリレンド隊が敵と真っ向からぶつかる。オヴニル隊は俺達が突入した後、右方向から、
ウェルバ隊は左から突っ込め。」
「「ラジャー!」」
無線機上の会話は、どうやら終わりを告げたようだ。
「よし、ベイリレンド隊はこれより敵編隊に突っ込む。グッドラック!」
第12戦闘航空群の指揮官は無線を切ると、編隊の左前方下方に位置する敵のワイバーン部隊に向けて突っ込み始めた。
56 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 19:45:53 ID:JZrTo4d.0
「話は聞いたな?我が隊は敵編隊の左方向に移動する。付いて来い!」
P−39隊の指揮官機が先導しながら、36機のP−39が大きく旋回していく。
右方向には、やはり命令を受け取った12機のP−38が突入地点に向かっている。
突入の一番槍を担った62機のP−40は、ワイバーンの先頭集団に猛然と襲い掛かっていた。
先頭集団を努める第61空中騎士隊はもろにかぶられる格好となってしまった。
「くっそぉ!なんでアメリカ軍機が上空に上がっているんだ!?」
第61空中騎士隊の隊長は、予期せぬ米軍機の襲撃に半ば混乱を来たしていた。
作戦は、ワイバーンの羽音が聞こえにくい高高度を飛行してこっそりとロゼングラップに接近し、
まだ地上でのうのうと翼を休めているであろう米軍機を一気呵成に討ち取る、というものであった。
だが、シホールアンル側はアメリカ軍が所有するレーダーの事は全く頭になかった。
いや、レーダーそのものの存在が知らなかった。
そのため、190騎のワイバーンの大編隊は、高高度をこっそりと飛ぶどころか、逆に
「今から向かっていますよ」とアメリカ側に教える結果となった。
レーダーというこちらの世界では存在し得ぬモノによって、奇襲効果をあっさりと無きものにされてしまったのだ。
第61空中騎士隊の飛行隊長は部下に命令を下すと、唸りを上げて降下してくるアメリカ軍機へと向かった。
「地上撃破はかなわなかったが、この多数のワイバーン部隊にアメリカ軍飛空挺が突っ込んで来た事は好都合だ。返り討ちにしてくれる!」
隊長は獰猛な笑みを浮かべて、先ほどまで浮かべていた困惑顔を吹き飛ばした。
至近距離にまで接近したアメリカ軍機が両翼から光弾を放って来た。
隊長はすかさず相棒に指示を下し、咄嗟に体を横滑りさせた。4条の火箭が空しく左側方を抜けていく。
「放て!」
ワイバーンの口からババババ!と赤紫色の光弾が数発ずつ、連続で発射される。
57 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 19:47:19 ID:JZrTo4d.0
光弾はアメリカ軍機の尾翼をギリギリで掠めたに過ぎなかった。
狙ったアメリカ軍機は早くも隊長騎の後方に飛びぬけていく。
隊長はその米軍機には目もくれず、次の真正面から向かって来るアメリカ軍機にワイバーンの体を向ける。
互いに高速で飛行しているから、距離はみるみる縮まっていく。
放て!と言う直前に米軍機が光弾をぶっ放してきた。
「避けられるか!?」
彼はそう思いながら相棒に指示を下す。ワイバーンの体が一瞬、ガクンと下方に下がった。
それに伴うGに隊長は耐えた。4条の火箭が上スレスレのところを飛び抜けていった。
ワイバーンも首を上に上げて、少し上を飛びぬけようとした、機首の尖ったアメリカ軍機に光弾を放つ。
その光弾は機首と左主翼、尾翼に突き刺さった。
左主翼の被弾は、防弾板がなんとか被害を最小限に食い止めたが、機首と尾翼の被弾位置は致命的であった。
まず機首に命中した3発のうち1発が機首の最先端に命中し、尖った鼻先を叩き割って3枚のプロペラを吹き飛ばした。
残りの2発もエンジン内部の配管をギタギタに引き裂き、エンジン部に致命的な損傷を与えた。
次に尾翼に命中した1発の光弾は、上の後ろ半分をごっそりと抉り取って操舵不能に陥れた。
束の間、アメリカ軍機の機体から白煙が噴出したが、そのアメリカ軍機もすぐに後方に飛び抜けていく。
だが、先の敵とは違って、今度の敵には手傷を負わせたと隊長は確信した。
その後、3度ほどアメリカ軍戦闘機と撃ち合ったが、この3度とも光弾は外れた。
アメリカ軍機が全てワイバーン隊の側を通り過ぎていった。
「追え!逃がすな!!」
隊長は即座に下令し、相棒を旋回させて追撃の態勢に移った。
その時には、第61空中騎士隊のワイバーンは散開し、急降下していくアメリカ軍機に食い下がろうとする。
だが、猛スピードで降下していくアメリカ軍機に追いつけるワイバーンは1騎もいない。
58 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 19:52:05 ID:JZrTo4d.0
「くそ、スピードが速すぎる!」
追跡に移った騎の竜騎士は誰もが歯噛みして追跡を断念する。断念すると同時に、改めて四方を警戒する。
時を置かずに、先ほど急降下していったアメリカ軍機が上昇して来た。
飛空挺独特のけたたましい轟音をがなりたてながら、ぐんぐん高度を上げていく。
第61空中騎士隊以外のワイバーン隊も、この50機以上はいる飛空挺につっかかろうとしていたが、突然左右から別の飛空挺の襲撃を受けた。
第21空中騎士隊のとある竜騎士は、右上方から向かって来た飛空挺の姿を見るや、思わず度肝を抜かれた。
「なんて形だ!」
その飛空挺は、絵で見せられたグラマン戦闘機とは全く違う物で、なによりも発動機が2つも装備されており、
その発動機の真ん中に操縦席らしき胴体があった。
発動機の後方には2つの垂直尾翼があり、胴体部分と尾翼部分はぽっかりと開いている。
それに、スピードがグラマンと違って速すぎる!!
「早く迎撃せねば」
そう呟いて、竜騎士はワイバーンをその魁偉な姿をした敵と正面から向かい合った。
だが、向かい合った直後、胴体の前部から閃光が煌き、その次の瞬間、集中された光弾が魔法障壁をわずか4秒で叩き割り、
体にまつわりついた。
悲鳴を上げる間もなく、竜騎士とワイバーンはP−38の12.7ミリ機銃4丁、20ミリ機銃1丁の集中打を食らって叩きのめされた。
電光石火のごとく、P−38がワイバーンの群れに突っ込むや、集中射撃を受けたワイバーンは体をズタズタに引き裂かれて撃墜されていく。
P−38がワイバーンの編隊を下方に飛び抜けると、怒り狂った仲間のワイバーンと竜騎士が追撃しようとするが、
その頃にはP−38はずっと下方に逃げ散っており、追っても無駄であった。
「おのれ・・・・またしても!」
59 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 19:54:38 ID:JZrTo4d.0
アメリカ軍機を追撃するも、一旦諦めた第61空中騎士隊の飛行隊長はもう1度空戦域に戻ろうとしていた。
だが、彼は後続部隊が次々と叩き落される光景を見て、はらわたが煮えくり返る思いが沸き起こった。
そこに1機のアメリカ軍機が向かって来た。
第13戦闘航空群のバーンズ大尉は、敵編隊に急降下で突っ込んだ後、ワイバーン1騎を撃墜し、
高度2000メートルまで降下した後、再び上昇して別のワイバーンを狙った。
既に、先行したP−40隊はワイバーン群と乱戦を行っていた。
一撃離脱に徹するP−40に後方から追撃して光弾やブレスを吐きかけるワイバーンもいれば、ワイバーンに
機銃弾を叩き込んで新たに撃墜数を稼いだP−40もいる。
「俺達も負けてられんな。」
バーンズ大尉はそう呟きながら、とあるワイバーンを見つけた。
そのワイバーンは空戦域に慌てて向かいつつある。
恐らく、むきになって友軍機を追撃して、空戦域から思わず離脱してしまったのだろう。
「ようし、あいつと勝負だ。」
バーンズ大尉はニヤリと笑みを浮かべると、機首をそのワイバーンに向けた。
再びスロットルをフルにし、時速550キロのスピードでワイバーンに向かっていく。
距離が目測で3000メートルに迫った時、突然ワイバーンは向きを変え、一目散に逃げ始めた。
「逃がさん!」
バーンズ大尉は叫ぶと、機銃の発射ボタンに指をかけた。
ちょっとでも力を加えれば、両翼の12.7ミリ機銃4丁が火を噴く。
60 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 19:56:38 ID:JZrTo4d.0
機首の機銃は使わない。
念の為、後方や左右を確認する。
わずか数秒足らずで確認し、周囲に敵がいないと確認するや、再び視線をワイバーンに向ける。
距離はみるみる縮まっていく。
恐らく、パニックをきたした敵のパイロットは逃げる事しか考えていないのだろう、その証拠に、人影が何度も振り返る。
距離は800メートルにまで縮まった。
「食らえ!」
バーンズ大尉は機銃を発射した。その刹那、いきなり敵ワイバーンの後姿が大きくなった。
「わあ!?」
彼は仰天して目をつぶった。影が一瞬、操縦席を覆う。両翼の12.7ミリ機銃がドダダダダ!と発射された。
すかさず目を開けるが、前方にいたはずのワイバーンは居なくなっていた。
「まさか!」
彼がそう叫んだ瞬間、後ろから禍々しい殺気を感じた。咄嗟に機体を右に捻って旋回に移る。
機体が左旋回を行いかけたその時、1つ、2つ、3つとワイバーンの光弾がコクピットの上面を飛び去った。
バギャッ、ガリガリ!という何かが命中し、破壊される音が聞こえ、機体が激しく身震いする。
(しまった!)
バーンズ大尉は自らの失策を悟った。敵のワイバーンは、バーンズ大尉のP−39が至近距離に来るまで、ひたすら逃亡する腰抜けを演じていたのだ。
そして、彼のP−39が機銃を撃つか撃たぬかの距離に迫った瞬間、一か八かスピードを急激に緩めたのだ。
案の定、オーバーシュートしたP−39はワイバーンに背後を取られ、光弾を叩き込まれたのだ。
光弾はP−39の胴体や水平、垂直尾翼に突き刺さった。
61 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 19:58:41 ID:JZrTo4d.0
胴体に描かれた国籍マークはたちまちのうちに数発の光弾によって醜いあばた面に変えられ、水平尾翼は右側が3分の1ほど吹き飛ばされ、
垂直尾翼は2発の光弾に大穴を開けられ、屑鉄に早変わりした。
「ふん、間抜けな奴め。これほど簡単なトリックに引っ掛かるとは、たかが知れるものだな。」
第61空中騎士隊の隊長は、胴体と後部から白煙を引きながら墜落していくP−39に向かってそう吐き捨てていた。
その時、墜落していく機体を見限ったのであろう。アメリカ軍機からゴミ粒のような影が飛び出した。
やや間を置いて、白く、丸い布が広がって影の落下速度を急速に緩めた。
どうやら、先のアメリカ軍機の搭乗員があの白い布で作った脱出器具で地上に降りようと言うのだろう。
地上はだだっ広い草原があるのみだ。あの降下速度なら、何不自由なく着地できるだろう。
だが、隊長は情け容赦なかった。
「御者が相棒を見捨てるとは、片腹痛いわ。今すぐ後を追わせてやる。」
彼は相棒に指示し、体を翻した。
ワイバーンは猛速で、降下しつつあるアメリカ軍機の搭乗員に向かって行った。
アメリカ人もそれに気が付いたのか、人影がせわしなく動く。
「地獄を見学させてやろう!」
彼はみるみる大きくなる人影に向かってそう呟いた。その時、不意に飛空挺独特の轟音が大気を奮わせた。
音からして、別の飛空挺が向かいつつあるようだ。隊長は音のする右上方を見てみた。
そこには、2つの発動機を持ち、変わった形の飛空挺がいた。
これまで見たアメリカ軍機と比べると大きく、それでいて一層力強い感のある機体だ。
「グラマンではないな。」
隊長はそう呟くと、相棒をその未知の機体の鼻先に向けた。彼が驚いたのはここからであった。
62 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 20:00:12 ID:JZrTo4d.0
なんと、そのアメリカ軍機のスピードは異常なほど速かった。
「速い!」
彼はそう呟いた。不意にアメリカ軍機から光が迸った。
咄嗟にワイバーンの体が、アメリカ人から見ればあり得ない機動を行い、機銃弾が右横を通り抜けていく。
反撃しようとするが、その時にはアメリカ軍機は下方に飛びぬけていく。
大き目の旋回機動を行いながら、双発のアメリカ軍機は高度をぐんぐん上げていき、またもや隊長のワイバーンに突っかかって来た。
右後方に回りこんだアメリカ軍機が機銃弾をぶっ放す。すかさずワイバーンが体を捻って射弾をなんとか回避する。
機銃を撃ちまくりながら、アメリカ軍機が通り過ぎて行った。
「死ねぇ!」
隊長は必殺の光弾を放った。
先ほど、不遜な単発機を仕留めた射弾だ。今度も光弾が敵の機体に噛み付き、引きちぎるだろう。
しかし、アメリカ軍機のスピードはやはり速すぎた。必殺光弾が届く前に、アメリカ軍機は既に射程外に達していた。
この似たような事が2度ほど続けられるうちに、いつしか撃墜機のパイロットからは遠く離されていた。
横目で、遠く離れた白い布を見た時、隊長はアメリカ軍機が、脱出した仲間から自分を引き離すために戦いを挑んだのだと確信した。
「なかなかの戦友愛だ。」
隊長は半ば感心した面持ちだったが、別のアメリカ軍機が2機ほど向かってくるのを見て、隊長は自分が不利であると分かった。
第14戦闘航空群のP−38隊を率いるビーン・リストロング大尉は、逃げるワイバーンを追撃していく寮機を尻目に、
パラシュートで脱出したパイロットに目をやった。
パラシュートで降下していくパイロットは激しく手を振って、窮地を救ってくれたリストロング大尉に感謝の気持ちを表している。
「全く、敵に落とされるとは。どれ、やっこさんの面でも拝んでみるか。」
63 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 20:02:03 ID:JZrTo4d.0
彼はぶつくさ呟きながらパラシュートで降下していくパイロットの側を通り過ぎた。
パラシュートの100メートル前方を通り過ぎた時、リストロング大尉は思わず唖然となった。
「やれやれ。バーンズの野郎だったとは・・・・・・」
進行してきたワイバーン群が反転、引き返して行ったのは午前8時20分の事である。
これ以上の進撃は無理と判断したワイバーン隊の最上級指揮官は、全騎に反転命令を下し、ロゼングラップ近郊から引き返し始めた。
この戦闘で、第31航空団の損害は、P−40が19機、P−39が7機、P−38が1機撃墜され、
被弾はP−40が21機、P−39が4機、P−38が1機となった。
そのうち、7機のP−40と1機のP−39が使用不能と見なされ、全体的には35機の戦闘機を失った。
それに対して、戦果はワイバーン72騎撃墜、23騎の損傷を負わせ、撃退に成功した。
第31航空団は、初陣で少なくない航空機を失いはしたが、敵の基地攻撃を未然に防ぎ、倍以上の損害を与えた事から、士気は最高潮に達した。
午前9時50分 ポリルオ
第34空中騎士軍司令官のネーデンク中将は、着地し、休息を取るワイバーン達の姿を見て思わず絶句してしまった。
早朝、32騎で勇躍出撃した戦闘ワイバーンのうち、帰還できたのは、目の前にある19騎のワイバーンのみ。
暫定報告によれば、奇襲を狙ったワイバーン群は、突如待ち構えていたアメリカ軍機に襲撃された。
地上撃破するはずのアメリカ軍機は、全てが上空に上がっており、縦横に空を飛び回り、ワイバーン群を翻弄させ、次々と撃墜した。
奇襲効果は完全に失われ、ワイバーン群は数の優位で迎撃に上がったアメリカ軍機をどうにか押さえ込もうとしたが、それは無為に返し、
あたらに喪失を増やす結果となった。
「敵飛空挺は、本当にグラマンではなかったのか?」
ネーデンク中将は、力ない声音で報告に来ていた飛行隊長に尋ねた。
64 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 20:04:15 ID:JZrTo4d.0
「はい。今まで見た事もない未知の飛空挺でした。敵の飛空挺は、全体で3種類おり、1種類目は尖った機首の下に口のような穴が空いていたもの、
その次は機首が尖って、やや小型のもの、最後の種類が発動機を2つ積んだ恐ろしく早い飛空挺です。」
「恐ろしく早い、だと?」
ネーデンク中将は飛行隊長の顔をまじまじと見た。
「発動機を2つ積めば、速力は落ちかねないし、運動性能も単発機と比べて劣る。
そのような飛空挺が恐ろしく早いのだと?」
「そうです。私としても、信じたくはありませんが・・・・・・・」
飛行隊長は顔をうつむかせたまま、しばらく言葉を止め、少し深呼吸をしてから続けた。
「スピードは、300レリンク以上はありました。」
指揮所の空気は凍りついた。
誰もが耳を疑うような表情だ。
「すまんが、もう一度言ってくれんか?」
参謀の1人が引きつった笑いを浮かべながら飛行隊長に聞いてきた。
「はい。敵飛空挺の中には、300レリンク以上のスピードを発揮できる物がいます。」
「300レリンク・・・・・・・・」
ネーデンク中将は頭が痛んだ。
ワイバーンの最高速度は245レリンクが限界なのだ。
65 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/04(日) 20:07:56 ID:JZrTo4d.0
そのワイバーンを遥かに凌駕する飛空挺が、あの未知の世界の軍隊にはあるのだ。
「300レリンクが発揮可能なワイバーンは、未だに開発段階にあるというのに。アメリカ軍は既に持っている。」
「軍司令官。今回の作戦で多くの戦闘ワイバーンを失いましたが、こちら側も敵に少なくない損害を与えています。
今回は、敵が待ち伏せているとは思わなかったため、大損害を被りましたが、次ぎこそは必ず、ロゼングラップの
アメリカ軍基地を使用不能に陥れる事が出来ます!」
第21空中騎士隊の司令官が懇願するような口調で彼に言ってきた。
「それに、300レリンク以上の速力が出せる飛空挺といえど、わずか10機前後しかいないではありませんか。
のみならず、迎撃に出たアメリカ軍飛空挺はこちらより遥かに数が少なかったと報告されています。」
「敵飛空挺50機近くを撃墜して、こっちは90騎近い数を失ったのだぞ。敵以上に被害が大きすぎる。
第34空中騎士軍のみでは、ロゼングラップの襲撃は難しいだろう。」
「何も第34空中騎士軍のみで行うとは言っていません。」
司令官は胸を張って考えを言い始めた。
「他の空中騎士軍もロゼングラップ攻撃に参加させるのです。」
「君。簡単に言うがね。他の空中騎士軍もそれぞれ受け持ち区がある。今回は我々の受け持ち区がロゼングラップにまで含まれていたから
攻撃に出たのだ。担当の受け持ち区以外のワイバーンを勝手に動かす事はできぬ!」
ネーデンク中将は拒否した。が、
「戦力が低下しているのは、向こうも同じです。強い敵は、疲労している時に叩くのが一番なのです。
今回と同様か、それ以上の戦力。300騎ほどの戦闘ワイバーンで掛かれば、100機程度のアメリカ軍機なぞ寡兵も同然です。」
「その戦力は」
わが空中騎士軍にはない!と怒声を上げかけたが、ネーデンク中将は抑えた。
他の空中騎士軍も参加すれば、戦闘ワイバーンの200や300はすぐに集まる。
「・・・・・なるほど。確かにその戦力はあるだろう。しかし、戦況は常に変わるものだ。
すぐに応援を要請することはできまい・・・・・・・・・だが、検討の余地はある。」
ネーデンク中将は大きく頷いた。
「それ以前に、被害を受けた各空中騎士隊の戦力を回復せねばならない。まずは低下した戦闘力を回復する事から始めよう。」
113 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:07:18 ID:JZrTo4d.0
第19話 レーフェイルの覇者
1482年4月1日 午前8時 マオンド共和国首都クリンジェ
この日、首都の天気は雨であった。
外には大粒の雨が降りしきり、いつもなら賑わっている首都の市場などには、人通りが悲しくなるほど少ない。
そんな中、クリンジェの南西側にある巨大な王城の中で、マオンド共和国国王であるブイーレ・インリクは
普段どおり政務を行っていた。
年は48歳で、痩せ型で、病弱そうな体つきである。
黒い髪は短く刈り上げられ、顔は理知的であり、普通の人よりは数段頭がよさそうに見えた。
「国王陛下、首相閣下がおいでになられました。」
ドアが開かれ、出てきた侍従長がうやうやしく頭を下げてから、報告してきた。
「通してくれ。」
インリクは読んでいた書類を机に置いて、側にあったカップの水をすすった。
「国王陛下、おはようございます。」
目の前に現れた、白い礼装姿の太った男、ジュー・カング首相が執務室に入って来た。
「おはようジュー。外は酷い天気だな。」
「その通りであります。この豪雨で河が氾濫せぬか心配です。」
「確かに。最も、私としては」
インリクは読んでいた書類を再び取って、目を通す。
114 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:12:09 ID:JZrTo4d.0
「河の氾濫以上に、シホールアンルの苦戦ぶりが心配だ。南大陸の戦況はどうなっている?」
「依然、膠着状態が続いています。目下、カレアント公国南部でアメリカ軍と、シホールアンル航空部隊の
激しい応酬が続いていますが、地上軍に関しては双方とも小石1つ投げ込まぬ有様です。」
「膠着化とは・・・・・・速攻が得意なシホールアンルにしては、らしくない戦いだな。」
3月3日の、第34空中騎士軍のロゼングラップ襲撃によって始まったカレアント南部航空戦は、消耗戦の様相を呈していた。
まず、初戦で90騎近いワイバーンを失ったシホールアンル側は、新たに増援部隊を送り込み、
4日後に300騎の戦闘ワイバーンを押し立ててロゼングラップ上空に現れた。
今度も早朝に襲撃を掛けて行ったが、驚くべき事に、アメリカ軍は前回よりも多い数の戦闘機を送り出してきた。
前回、100機程度であったアメリカ軍は、消耗しているはずなのに、今回は230機の戦闘機でシホールアンル側を迎え撃ったのである。
たちまち、前回以上の大空戦が繰り広げられた。
シホールアンル側は、今度は襲撃を予期していた事もあって72機の米軍機を撃墜できたと確信した。
実際には64機であったが、修理不能機も含めると、実に80機の戦闘機を失っていた。
だが、シホールアンル側は120騎を現地で撃墜され、脱落、以降の戦闘に耐えられぬと判断されたワイバーンを含めると、
実に160騎を失っていた。
つまり、前回以上の大損害を被ったのである。
シホールアンル側は知らなかったが、第2回ロゼングラップ空襲の2日前に、第3航空軍に属する戦闘機隊は
新たに第39航空団のP−40、P−39、それに第1海兵航空団のF4Fワイルドキャットの増援を受けていた。
勇躍出陣したワイバーンの大部隊は、またしても大損害を出して追い返されたのである。
その後、シホールアンル側はあの手、この手を尽くしてロゼングラップの航空基地を使用不能に陥れようとした。
ある時は、50騎の編隊でロゼングラップに殴り込みを掛けたり、ある時はいつも通り戦闘ワイバーンのみを出撃したと見せかけ、
時間差で攻撃ワイバーンの編隊を突入させたりなど。
激烈なシホールアンル側の航空攻勢にアメリカ軍側も少なくない犠牲を払わされ、3月20日には一時的に
ロゼングラップ飛行場を使用不能にされた挙句、時間差で突入して来た戦功混在のワイバーン部隊に21機のP−40、
18機のP−39、7機のP−38を地上撃破され、滑走路が完全に破壊される悲劇が起きた。
この日ほど、シホールアンル側は喜ばぬ事は無かった。
115 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:17:00 ID:JZrTo4d.0
なにしろ、あの強力無比なアメリカ軍航空部隊を壊滅に陥らせたのだ。
それまで、大編隊攻撃から、100騎以下の散発攻撃でアメリカ軍航空部隊と戦っていたシホールアンル側は、
3月11日以来停止していた大編隊による攻撃を実行させ、満身創痍のロゼングラップに止めを刺そうとした。
だが、アメリカ軍航空部隊は壊滅してはいなかった。
アメリカ側は、この3月22日までの空中戦で、293騎の戦闘ワイバーン、209騎の攻撃ワイバーンを撃墜していたが、
自信もP−40を86機、P−39を57機、F4Fを34機、P−38を29機、地上撃破分を加えると、
合計で246機の戦闘機を失っていた。
戦死したパイロットは76名、再起不能者は実に48名に及んだ。
いくら総合性能で押しているアメリカ軍機といえど、相手も経験を積んだワイバーン部隊であり、
被害を抑える事は予想に反して困難であった。
しかし、被撃墜、使用不能機と、戦死者の比率で見ると、死者は驚くほど少ないと言える。
その理由は距離にあった。
迎撃戦は常にロゼングラップから50マイル圏内で行われる。
この50マイル圏内は、南大陸側の勢力範囲であり、撃墜されたパイロットは体が無事であれば、
再びロゼングラップに戻って戦闘が可能であった。
そして、22日時点で壊滅したはずのアメリカ軍航空隊主力は、ロゼングラップより7キロ後方のブレーネンリという
地域に作られた飛行場におり、悠々とやって来たシホールアンル側の200騎の戦爆連合に、アメリカ軍側は58機のP−40、
42機のP−39、34機のF4F、47機のP−38が迎え撃ち、27機を撃墜されたものの、戦闘ワイバーン32騎、
攻撃ワイバーン57騎を撃墜して撃退した。
その時点で、シホールアンル軍は600騎以上のワイバーンを喪失し、実に2個空中騎士軍が壊滅に至った。
それのみならず、3月29日には、双胴の悪魔と呼ばれたアメリカ軍機に援護された中型爆撃機が、逆に前線に空襲を仕掛け、
地上軍に膨大ではないが、少なからぬ被害を与えていた。
シホールアンル軍は、またしてもアメリカと言う国に負けたのである。
それ以来、戦力回復に努めているシホールアンル軍はなんら行動を起こしていない。
116 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:19:05 ID:JZrTo4d.0
「それでだ、ジュー。君がわざわざ、私に会いに来たのは、何か大事な話があるから、ではないかね?」
インリクは蛇のような目をぎょろりと、ジューに向けた。
「その通りであります。実は、外務大臣からこのような物を渡されました。」
カング首相は、持っていた書簡を渡した。
インリクはそれを取って、一通り読んでから、深いため息を吐いた。
「これは、無茶だと思わんか?」
彼は、書簡をひらひらと振りながらジューに問うた。
「アメリカ艦隊に決戦を挑め、というのは明らかに無茶ですね。」
「その通りだ。それに、わがマオンドにも戦艦はあるが、艦隊の規模ではシホールアンルより少ない。
なのに、アメリカ本土を襲撃せよとは。オールフェスは血迷ったか?」
マオンド共和国は、元々、レーフェイル大陸の南半分を支配下に収めていた国であった。
当初、レーフェイル大陸はマオンドの他に、ルークアンド王国、エンテック帝國、レンベンリルカ王国という国があった。
その国々を次々と打ち破り、マオンドはレーフェイル大陸の覇者となった。
レーフェイルを制圧したのは1478年の事であり、大陸の制圧にかかった期間は10年であった。
マオンドは、シホールアンルとは400年前から交流を持っており、数々の技術をシホールアンルへ供与し、または取り入れた。
マオンドもシホールアンル同様、軍事強国である。
国自体の規模は、人口8700万ほどおり、大陸全体では12000万ほどの人口を抱える。
このうち、軍は150万人、属国軍50万を抱えており、海軍には20万の兵員が配備されている。
そして、海軍の戦力は、戦艦7隻、巡洋艦24隻、駆逐艦74隻となっている。
117 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:21:37 ID:JZrTo4d.0
これらの他に掃海艇や襲撃艇などの小型艦艇が加わる。
前者の主力艦群は、6個艦隊に分けられている。
まず、第1艦隊は戦艦3隻、巡洋艦5隻、駆逐艦11隻。
第2艦隊は戦艦3隻、巡洋艦6隻、駆逐艦12隻。
第3艦隊は戦艦1隻、巡洋艦5隻、駆逐艦14隻。
第4、第5艦隊は巡洋艦4隻、駆逐艦13隻、第6艦隊は駆逐艦18隻で編成され、残りは練習艦になるか、
地方の沿岸警備艦となっている。
数から見れば、水上艦艇のみならばアメリカ大西洋艦隊と張り合えそうに見える。
しかし、数は揃ってはいるが、性能には甚だ不安点が残る。
マオンド海軍の主力である戦艦は、せいぜいシホールアンルのジュンレーザ級を若干良くしたような艦や、
シホールアンルから払い下げられた旧式艦が混じっている。
前者はマオンドの独自開発だが、前者は払い下げ艦で、速力がわずか10リンルしか発揮できず、
武装も11ネルリ連装砲8門や10ネルリ砲6門という、うすら寒い物だ。
発射速度も遅いため、本来8隻あった払い下げ戦艦は、今や4隻に減っている。
巡洋艦や駆逐艦にも、早い物では18リンルを出すものもいるが、中にはたったの13リンルしか出せぬ艦もあり、
大西洋艦隊とがっぷり組めば大損害は必至である。
「せめて、2、3隻でもいいから、シホールアンルが持つ竜母が、このマオンドにもあれば、
アメリカとやらの艦隊に決戦前から手傷を負わせてやれるのに・・・・・・・」
「しかし陛下。竜母と性能の似た軍艦、空母をアメリカは持っています。アメリカの空母の威力は計り知れぬ物ですぞ。」
「それぐらい分かっとる。」
インリクは鼻で笑ってからそう言った。
「なにせ、わしが卒倒したほどだ。あまりの被害の大きさにな。」
「今思えば、あれはやるべきでは無かったですな。」
「言えてる。未知の大陸がわがマオンドの物になると、喜び勇んで出撃を命じた私が恥ずかしい。」
118 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:24:40 ID:JZrTo4d.0
インリクはどこか寂しげな表情で呟く。
あの悪夢の海戦は、4ヶ月以上が経った今でも、1分前の出来事のように覚えている。
南大陸に派遣予定だった侵攻軍を、未知の大陸制圧に出した結果は、上陸軍3万の将兵と80隻以上の輸送船、
護衛艦群の戦力半減と言う最悪の形になって戻って来た。
「アメリカとやらはすぐに撃ち滅ぼすべきです!」
「侵攻軍将兵の仇を今すぐにでも取るべく、艦隊の出撃を希望いたします!」
「空母とやらの数は多くは無い。海軍の全部隊でぶつかれば、敵の1個艦隊や2個艦隊はたやすく壊滅できる!」
あまりの悲惨な結果に、半狂乱になった陸、海軍の将軍、提督連中はこぞって、復讐戦をやろうと上層部に言い募ってきた。
だが、意識を取り戻したインリクはこれらの声を抑えて、各軍に軽挙妄動は控えよと厳命し、
従わぬ者は即刻処刑するとまで言い放った。
これには、さしもの武人達も黙らざるを得なくなり、復讐戦を唱える者はぱったりといなくなった。
「アメリカが、自分達を脅威と捕らえているのならば、いずれはこのレーフェイル大陸近海に侵攻する可能性もある。
それならば、侵攻するアメリカ艦隊を海軍、陸軍の全力で迎え撃ち、大損害を与えて撃退してから、再びアメリカ本土に
侵攻しても遅くは無い。」
インリクはそう言って、海軍やワイバーン隊に近海の捜索を強化するように命じた。
その矢先に、シホールアンル側からの要請が届いたのである。
「貴国の海軍でもって、対岸のアメリカ本土を砲撃、又は海軍戦力の減少を計られたし」
これが、シホールアンルからの要請文である。
「何が海軍戦力の減少だ。戦力を減少させられるのはこちらのほうだぞ!」
119 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:25:23 ID:JZrTo4d.0
インリクが忌々しげに呻く。
レーフェイル大陸を統合した今、インリクは安心して普段の日々を生活できたが、
アメリカと言われる国が突然現れてからは、未知の強敵の襲撃に神経を尖らせ、以前とはすっかり変わってしまった。
元々、インリクはやや肥満気味であったが、去年の侵攻部隊の悲劇以来、体重は急速に落ち込んだ。
今ではすっかり痩せ型の体系になっており、顔も年齢とは裏腹に幾分老いたかのように感じられた。
それだけ、彼の精神状態は思わしくなかった。
インリクは、それを感じ取られまいと、普段は側近や閣僚達に気さくに話をしているが、それでも憔悴の色は隠せていない。
「では、シホールアンル側にはこの要請はできぬ、と返事しましょうか?」
「できればそうしたいが・・・・・・カング、すぐにできんと返事してもあちら側は納得せぬかもしれん。
一応、図上演習だけはしておいて、その結果が出るまでは回答を保留しておけ。
そうせんと、シホールアンルはますます納得しないだろう。」
「分かりました。では、海軍総司令官にそう伝えます。」
カング首相は、うやうやしげに頭を下げると、執務室から出て行った。
カングは部屋から出る時、国王陛下は以前と比べて変わったと思った。
「前と比べると、小さくなられた・・・・・・レーフェイルの覇者としての威厳はまだあるが、
現状が思わしくない以上、ああなるのは致し方ないのかもしれん。最も、」
束の間、カングは頭の深部が疼くように感じた。
「わしも天寿をまっとうできるか、怪しい物だが」
120 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:26:55 ID:JZrTo4d.0
「いい出来です。」
暗闇の中で、誰かが満足そうに呟いた。
「これなら、我々は他国を差し置いて、一躍最強の称号を手に入れるでしょう。」
「同感だ。しかし、慣れるというものは恐ろしい物だ。」
別の声が笑いを含んだ口調で言う。
「こうやって、どこぞの少女の体を弄ぶのに、今では何も感じん。むしろ、楽しくなってきたよ。」
「今回はいい適正体なので、仕事は順調に進みましたな。」
真っ暗闇の中で、酷く冷たい視線が、体に突き刺さるのがはっきりと分かる。
体が、恐怖に震える。
怖い、いやだ、逃げたい。
だが、いくら思っても、体は動く事はおろか、震える事も全く出来ない。
「これで鍵は出来たと言う訳か。よし、すぐに上に報告しよう。」
その次の瞬間、けたたましい音が暗闇のなかで鳴った。
そこから音を聞く事はしばらくはなかった。
気付くと、目を開けられる事が分かった。
目をゆっくりと開けると、フェイレは誰かに抱かれていた。
外はとてつもなく寒い。辺りに雪がしとしとと舞っている。
121 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:29:28 ID:JZrTo4d.0
「おっ、気が付いたか?」
抱えていた者が、彼女が意識を取り戻した事に気が付いたのだろう、歩を止めた。
「やあお姫様。今はちょっと寒いが、もうすぐあったかい所で眠れるぞ。」
人はそう言いながら、フェイレと顔を合わせた。
険しそうな顔に柔和な笑みを浮かべた男の表情は、邪なものを一切感じさせなかった。
目を開けると、そこは木陰の下だった。
「はあ・・・・・・懐かしい顔だったなぁ。」
フェイレは目元をこすりながら、ゆっくりと体を起こした。周囲は何の変哲の無い森である。
その中にぽつんと、大きな大木が生えていた。ちょうど疲れていたフェイレはこの大木の下で仮眠していた。
あれから何年経ったか分からぬまま、ずるずると続けていく1人旅。旅といっても呑気なものではない。
南大陸中に張り巡らされたシホールアンルシンパの目を気にしながらの旅だ。
いつ肩を?まれ、シホールアンルに連れ込まれかねない状況下、彼女はこうして、人気の無い地域ばかりを歩き、
目を光らせる敵側のスパイから逃れている。
だが、この旅もいつまで続くかは分からない。
「明日に終わるか・・・・・そうでなくも、1週間後に終わるか・・・・・」
普段なら、ここで耐え難い憂鬱感に襲われるが、ここ最近はそれも滅多に出なくなっている。
おもむろに、懐からぼろぼろになった紙を取り出す。その紙は、以前ちらりと見た紙と同じものだが、内容は違っている。
これが、バルランドが発行している新聞といった類のものであると彼女は知っている。
122 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:32:51 ID:JZrTo4d.0
文面にはこう書いてある。
「「アメリカ軍航空部隊、優勢のシホールアンルワイバーン部隊を完全撃破!」」
という勇ましい文字が躍り、見出しの絵には、見た事も無い異形な姿の飛空挺が描かれている。
絵の下には、小さく双胴の狩人と書かれている。
「もしくは・・・・・・」
フェイレには、おぼろげながらも、今までとは違った感情が芽生え始めていた。
1842年4月5日 午前8時 ヴィルフレイング
ヴィルフレイングの町並みは、去年と比べると、大きく様変わりしていた。
町の空き地だった場所には、無数のテント群や急造の施設が立ち並び、以前はただ広いだけで、薄ら寒ささえ感じさせた
泊地は、大小さまざまな軍艦、輸送船でごった返していた。
3月の中旬にやって来た、南西太平洋軍の第1陣はヴィルフレイングに設けられた宿舎で寝泊りしている。
そのアメリカ兵達が落としていく金を狙っているのか、ヴィルフレイングの外からも各国の行商人や旅芸人などが
やって来ては、盛んに売り込み合戦を繰り広げた。
魔法事故で壊滅する以前よりも、このヴィルフレイングは活気に満ち溢れた。
そのヴィルフレイングの一角にある建物では、周りのやや浮ついた空気とは打って変わって、いささか重苦しい雰囲気が流れている。
この日、南西太平洋軍や太平洋艦隊の首脳陣が集結し、定例の会議を行っていた。
「諸君、間もなく我が陸軍の力をシホールアンルに思い知らせる時が来る。」
南西太平洋軍司令官のドワイト・アイゼンハワー中将は、テーブルに座っている太平洋艦隊、
南西太平洋軍の幕僚達の顔を交互に眺めながら言った。
123 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:35:07 ID:JZrTo4d.0
「ここ1ヶ月続いたロゼングラップを巡る航空撃滅戦は、我が方も少なからぬ犠牲を強いられたが、
関係各部隊の粘り強い精神によって、シホールアンル側の航空部隊に多大の損害を与える事ができた。
それのみならず、第3航空軍は2度にわたって敵に爆撃を敢行している。戦闘機隊が敵の攻撃を食い止めている間、
本日、B−17部隊のロゼングラップ配備が無事に行われつつある。この事は、後の反攻の礎になるものと、私は確信する。
そして2日後には、わが地上軍は南大陸軍と共に前線に加わり、圧力を加えようとするシホールアンル地上部隊を迎え撃つ。」
アイゼンハワー中将の声は、なんの変化も無く、淡々としたものだったが、会議室の幕僚達はむしろ意気込んでいるなと感じていた。
「出発は7日の午前0時。まずは工兵隊が作った道路を使用して第1機甲師団、第7歩兵師団を前線に送る。
予備部隊として第27歩兵師団を翌日に出発させ、前線より後方に配置する。その前に、陸軍航空隊の爆撃隊は
出来る限り敵の前線、並びに後方を叩き、敵の侵攻兵力を殺いでもらう。」
アイゼンハワー中将の言葉は、その後何分か続いた。
第3航空軍に所属する第12爆撃航空師団は第24航空団の3個爆撃機群から編成されている。
このうち、第82爆撃航空群の86機のB−25、第80爆撃航空群の48機のA−20は、前者がロゼングラップ飛行場、
後者がブレーネンリ飛行場に配備され、シホールアンル側の最前線部隊に爆弾を見舞っている。
そして、第24航空団の主役であるB−17爆撃機48機が今日の早朝、飛行場を飛び立って行った。
「海軍側の意見はありませんか?」
話を終えたアイゼンハワー中将は、海軍側の最高指揮官であるウィリアム・パイ中将に声をかけた。
「海軍としては、既に機動部隊を、東海岸側、西海岸側に1個ずつ配備しており、他にも潜水艦部隊を情報収集に当たらせております。
目下、シホールアンル海軍の主力艦部隊、機動部隊の存在は、東、西海岸付近には確認されておらず、定期的に輸送船団が東海岸の
占領地域に物資を運んでいるのみです。結論からして言えば、シホールアンル海軍の動向は、今の所小康状態にあります。」
「つまり、当分はシホールアンル側の艦艇は出てこない、と言う事ですな?」
124 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:37:26 ID:JZrTo4d.0
アイゼンハワーが問う。
「その通りです。ですが、突然の事態も考えて、東、西海岸方面の警戒は今後、より強化していく予定です。」
太平洋艦隊は、サンディエゴの司令部の方針に従って艦隊を動かしている。
今現在、太平洋艦隊の主力はヴィルフレイングで待機しているが、東海岸には第14任務部隊、西海岸には第17任務部隊が派遣され、
敵側の哨戒半径にかかるか、かからない範囲で警戒に当たっており、潜水艦部隊も同様に行動している。
しかし、2月の海戦の影響なのか、シホールアンル側は海軍部隊の行動をバゼット半島以北沿岸に限定しており、
東海岸方面では輸送船団と、その護送艦隊の行動しか見受けられない。
その間、護衛空母ロングアイランド等の補助艦艇や輸送船は、本国からの機体の輸送を欠かさず行い、前線の消耗分を見事に補充していた。
ちなみに、太平洋艦隊に配備されている正規空母4隻のうち、警戒にあたっているTF17のヨークタウン、TF14のレキシントン以外の
空母。サラトガ、エンタープライズは、一度本国に戻って、新式機材のアベンジャーや修理を行っており、このうち、サラトガは
4月中旬にはヴィルフレイングに戻る予定である。
「今の所、太平洋方面では物事は順調に進んでいますな。ですが、気になるのは大西洋方面です。」
アイゼンハワー中将が言う。
「大西洋の向こう側の大陸・・・・マオンドとかいう国の動向がはっきりと掴めない分、私としても少々気になるのですが。」
「大西洋方面に関しては、5月に修理、改装を終える空母ワスプやホーネット、レンジャー、それにイラストリアスや
改装が終えつつあるハーミズ、と。母艦兵力は大分余裕があり、その他の戦力についても申し分ありません。万が一、
敵が侵攻してきても撃退できると、上層部は判断しています。」
「なるほど。大西洋方面に関しても、備えは万端ということですな。」
「その通りです。」
125 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:41:19 ID:JZrTo4d.0
パイの言葉を聞いたアイゼンハワー中将は、満足そうに頷いた。
「とりあえずは、この戦力と第2陣の戦力で、シホールアンル相手にどれだけ戦えるかが、問題ですな。
今後は、南大陸軍側の関係者も呼んで、近いうちに戦訓分析会議を開きましょう。」
1842年4月7日 午後6時 カリフォルニア州サンタモニカ
ダグラス・エアクラフト社の社員であるエドワード・ハイネマンは、指先で鉛筆を回しながら考え事をしていた。
「どうしたエドワード、元気が無いな?」
同僚の社員であるボンズ・ランバートは声をかけた。
「いや、元気が無いわけではない。ちょっと考え事をしていただけさ。」
エドワードは席を立つと、空のコップを持ってコーヒーを入れようとした。
「それにしても、何か悔しいとは思わないかい?」
ボンズは残念そうな口調でエドワードに言ってきた。
「悔しい・・・・・か。まあ、確かに悔しいね。でも、デヴァステーターにとっては、短いとは言え
華々しい5ヶ月間だったんじゃないかな。」
エドワードは苦笑混じりに答える。
126 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:43:48 ID:JZrTo4d.0
海軍の艦上攻撃機が、ダグラス・エアクラフト社が製作したTBDデヴァステーターから、
グラマン社のTBFアベンジャーに切り替えられつつある事は周知の事実だ。
元々、デヴァステーターは世界初の全金属製単葉艦上攻撃機として脚光を浴びたが、それも日本海軍の
97式艦上攻撃機の登場や、グラマン社の新鋭艦功のアベンジャーが出現してからは、一気に時代遅れの物となった。
パイロット側からも不評が起きており、早晩、デヴァステーターは空母から姿を消すものと思われていた。
だが、その駄作機の烙印を押されたデヴァステーターも、この未知の世界に連れて来られてからは、海軍の主力艦功の名に
相応しい活躍を見せた。
デヴァステーターの初陣となったボストン沖海戦では多数の輸送船を沈め、シホールアンル側との初対決となった
レアルタ島沖海戦では、ドーントレスと共に敵戦艦の撃沈に貢献し、航空機の優位性を証明した。
その他の作戦では犠牲を出しながらも、常に南大陸軍の支援に当たっている。
デヴァステーターの活躍を聞く度に、ダグラス・エアクラフト社の雷撃機カイハツチームは喜びを感じたが、
その殊勲のデヴァステーターも、ほど無くして前線から姿を消す。
「活躍できたのは確かだが、乗っていたパイロットの腕も良かった事もある。いずれにせよ、5ヶ月間とはいえ、
国のために働けたのだから、デヴァステーターもそれほど不名誉な結果を残さないで退役するんだから、
あまり悲しむ事ではないだろう。」
「後は、艦爆部門のドーントレスが、どれぐらい長く活躍できるか、だな。」
ボンズは気を取り直したような口調で入った。
「ドーントレスはまだしばらく使われるだろう。カーチス社の新鋭艦爆は、今あれこれ対応に追われているからな。」
そう言って、エドワードはコーヒーカップを流し台に置いた。
「なあエドワード。どんな艦功を作ったら、アベンジャーに勝てると思う?」
127 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/02/11(日) 13:44:47 ID:JZrTo4d.0
ボンズは何気ない口調で聞いた。エドワードは、そうだなあと呟いて1分ほど考えた後、言葉を吐いた。
「スピードが350マイル近く出せて、撃たれ強くて、2〜3トンの搭載能力を持つモンを作れば圧勝だな。」
「おいおい、いくらなんでもそれは無理だって。」
ボンズは、エドワードのあまりにも荒唐無稽な考えに笑い出した。
「第1、2〜3トンの搭載能力で350マイル近くって・・・・キッチンか流し台でも積んで敵に落とすのかい?」
「まさか、ただの漠然とした考えだよ。ていうか、そんな案を出したら社長に精神病院に行けといわれちまう。」
エドワードは頭を振ってボンズの言葉を否定した。
「大雑把すぎる考えだな。まあ、時間が経てば、そんな飛行機も作れるとは思うがね。」
「真剣に考えるとしたら、俺はそれよりもうちょっと控え目の性能を言っているよ。
まあ、今は、どうしたらグラマン社のアベンジャーに勝てるか、それを考えようぜ。」
エドワードは笑みを浮かべてそう言った。
後年、エドワードは、貴社の質問に対しこう語っていた。
「思えば、この何気ない談笑が、新鋭艦功AD−1スカイレイダーの誕生の瞬間であったかもしれない。」