278  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  21:35:27  [  zHthby0g  ]
第5話  南大陸からの訪問者

14811月8日  午後3時  サンディエゴ南西600マイル沖

サンディエゴの太平洋艦隊司令部は、出港している第8、第10、第12任務部隊と補給艦隊に帰還命令を下した。
異変の起きた10月19日以来、この3個空母部隊は、補給艦や給油艦の支援を受けながら、
ひたすら西に進み、集められるだけの情報をかき集めた。
それぞれの艦隊が、サンディエゴまで1500マイルまで離れた11月4日、キンメル司令長官は情報収集活動を一旦終了すると伝え、
各艦隊をサンディエゴまで引き上げさせた。
情報収集に出港した3個艦隊のうち、ウィリアム・ハルゼー中将の率いる第8任務部隊は、時速16ノットのスピードでサンディエゴに向かっていた。
第8任務部隊は、空母エンタープライズを主力に置いている。
これをスプルーアンス少将率いる第5巡洋艦戦隊のノーザンプトン以下の巡洋艦4隻、駆逐艦8隻が護衛している。
護衛艦艇は、エンタープライズと、ある船を輪形陣の真ん中に敷いて、16ノットというゆっくりとした速度でサンディエゴに向かっていた。
その機動部隊の主である、ウィリアム・ハルゼー中将は、艦橋の張り出し通路から右舷側を航行する船をじっと見つめていた。

「なあマイルズ、あの船を見てどう思うかね?」

彼は、傍らで同じく、船を見つめていたマイルズ・ブローニング大佐に語りかけた。

「司令官。その質問、3時間前にも聞きましたぞ。」
「どうも、同じ質問しか頭に浮かばんものでな。
あの船を見るたびに、俺は夢の世界に放り込まれたままなのか?と思ってしまう。」

ハルゼーはブローニング大佐に姿勢を向けた。

「20世紀にも入ったっていうのに、中世のオンボロ帆船と似たような船と出会うなんて、誰が予想したかね?」
「予想は出来ませんでしたな。」
「それは俺達全員、いや、合衆国国民全員が予想できなかったさ。大統領もひっくるめてな。」

そう言って、ハルゼーは肩をすくめた。  


279  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  21:38:06  [  zHthby0g  ]
この船と出会ったのは、11月4日の事である。
その日の午後3時。ハルゼーは艦橋で、偵察機の報告を待っていた。
出港してから、既に第8任務部隊は1500マイルも航行してきた。
出港してから、何度かドーントレスを飛ばし、サンディエゴのカタリナと共同して索敵に当たった。
10月22日には、アラスカのカタリナが、プリンスオブウェールズ岬沖970マイル付近で対岸を発見したと伝えてきた。
キンメル太平洋艦隊司令長官は、アラスカ海軍区司令官のフィッシャー少将に陸地の索敵を命じたが、
カタリナの航続距離のギリギリの線であったため、満足に偵察は出来なかった。
この間、サンディエゴを飛び立ったカタリナの1機が消息を立ったという知らせがあり、太平洋艦隊司令部をやや驚かせた。
翌日、潜水艦のノーチラスが、サンフランシスコ西方沖300マイル地点で漂流しているゴムボートを発見。
ボートに乗っていた乗員全員は無事救助された。
11月1日にはカタリナ飛行艇が2機、30分ほど新たに見つけた対岸を偵察した。
カタリナからの報告は驚くべきもので、地上にあった家は、ほとんどが木造かレンガ造りであり、
40キロ内陸には中世風の巨大な城を見つけたと報告してきた、
そして11月4日。
エンタープライズを発艦したドーントレス1機が、母艦より240マイル離れた南西の方角に、1隻の木造の帆船を発見したと伝えた。
帆船には国旗らしい、青と幾何学的な模様の混じった旗が翻っており、乗員達が手を振ってきたという。
ハルゼー中将はこの報告を聞くなり、すぐに太平洋艦隊司令部に送った。

「この異変の謎を解くカギだ!ハルゼー部隊をすぐに接触させろ!」

キンメルは報告が届くなり、第8任務部隊に、その謎の帆船との接触を命じた。
それまで18ノットのスピードで航行していた第8任務部隊は、24ノットに増速して、ドーントレスが報告した位置に向かった。
5日の午前7時早朝、第8任務部隊の前衛駆逐艦であるベンハムは、1隻の帆船を視認。
艦隊は、万が一の場合の為、全艦が戦闘配置についた。
もし、この帆船が攻撃してきたら、反撃して行動不能にさせ、乗員を船もろとも拿捕しようと考えた。
しかし、その船の乗員達は、見慣れぬハルゼー部隊の艦艇群を見てただただ、驚きの表情を見せただけであった。
ベンハムが指示を下した時、船の船員達は素直に指示に従った。  


280  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  21:40:16  [  zHthby0g  ]
驚くべき事に、相手側の言葉はわかった。そして、向こう側もこちらの言葉をしっかり理解していた。
船の名前はブランスゲル号で、所属国はバルランドという王国。船員は54名で、他に7名の客を乗せていると言う。
彼らの目的は、先月の半ばに行った、召喚魔法の成果を確かめる事であった。

「召喚魔法だと?あいつら気は確かなのか?」

最初、ハルゼーはブランスゲル号に乗っていた、魔法使いとやらが言ってきた言葉を疑った。
その後も、同じような内容ばかり言うので、ハルゼーはその魔法使い連中をエンタープライズに連れて来いと命じた。
最初ハルゼーは、ブランスゲル号からエンタープライズに乗艦してきた、7名の黒いローブを身に纏った異国の者達が、
どこか不思議な生き物に見えた。
ハルゼーのみならず、ほとんどの乗員達が好奇の目で見つめていた。
ハルゼーは彼らを会議室に案内し、話を聞いた。
彼らの話によると、この世界には北大陸、南大陸という繋がった大陸と、もう1つ、海を隔てた大陸で主に構成されており、
彼らは南大陸のバルランド王国という国からやってきたのだと言う。
バルランド王国は、南大陸の諸国家と共に南大陸連合を構成し、北大陸で強大な国家となったシホールアンル帝国の侵攻を受けていると言う。
南大陸連合の軍装備は、シホールアンルに劣っており、現状では勝つ見込みは無く、
シホールアンル帝国に飲み込まれるのも時間の問題と話していた。
そこで、彼らは起死回生の作戦として、強大な戦力を持った国を、異界から召喚すると言う策に出た。
そして、その召喚されてきた国が、ハルゼーが籍を置くアメリカ合衆国だというのだ。
これには豪胆なハルゼーも目を丸くした。
だが、やや時間を置いて、ハルゼーは納得してきた。
なぜならば、召喚された瞬間と思われるあの日、ハルゼーはキンメルと飲んでいた時に、急にめまいを感じた。

最初、自分だけかと思っていたが、翌日、夜中に急に異変が起きたとか、なぜか眠くなったとかの噂を耳にした。
エンタープライズの艦内だけで、似たような事を言う兵士達はあちらこちらに見られた。
そして、事態が容易ならざると確信させたのが、急に途絶した各国の海外放送であった。  


281  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  21:42:27  [  zHthby0g  ]
最初理解できなかったこれらの怪奇現象が、この魔道師たちの言葉によって、おおまかながらも理解できたのだ。
彼らの目的は、その国に行って、全て過程を話す事であった。
ハルゼー部隊からの新たな報告を受け取ったキンメル司令長官は、その船をサンディエゴに連れてくるように指示を下し、
5日午後4時、第8任務部隊はこの船と合流して、帰途に付いたのである。

「わざわざ俺達を呼ぶとは、よっぽど苦しかったのだろうな。」
「シホールアンルという国はやりたい放題やっていると聞きましたが、
あちら側が詳しく言わないので、いまいちわかりませんな。」
「俺も同じだ。」

ハルゼーは頷いた。

「胡散臭いとは思うが、とにかくどうしてこんな状況になったかは、全部とまでは行かないが分かった。
この世界が、アメリカのみじゃないと知る事が出来ただけでも、少しは寂しくなくなったよ。」
「はあ。しかし、逆に寂しいほうがよかったと、後悔しませんかね?」
「後悔するか、喜ぶかは、まずあの帆船の連中をサンディエゴに連れて行ってからだ。」

そう言いながら、ハルゼーはずれかけた制帽を被りなおす。

「それまでは大事な宝船だ。俺達がしっかり護衛せんとな。」

1481年  11月9日  午前7時  バージニア州ノーフォーク

フレルは、その後何度も交渉の再開を打診したが、アメリカ政府は1度も回答をよこさなかった。
最初の交渉から3日後の11月7日。シホールアンル本国から魔法通信が届き、至急本国に帰還せよとの命令があった。
それも皇帝直々に。
何かあるなと思ったフレルだが、ここはオールフェスの指示に従い、シホールアンル本国に帰還する事にした。  


282  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  21:44:08  [  zHthby0g  ]
出港の許可が出たのは9日の午前7時の事である。
レゲイ号は6時30分に出港する予定であったが、急遽、出港が決まった空母ワスプを中心とする艦隊が港を出始めたため、
レゲイ号の出港は7時に伸ばされた。

「両舷前進微速!」

リィルガ船長の声が木霊し、艦の後部から、スクリューから発せられる振動が伝わってくる。
港の入り口に向けられた船首は、ゆっくりと前方に進み始めた。
レゲイ号の隣を、駆逐艦2隻に前後を挟まれた空母のワスプが出港していく。
レイ・ノイス少将が率いる第23任務部隊であるが、フレルらには司令官の名前も、部隊の名前も知らない。
ただ、少し離れた横を、1隻の空母と2隻の駆逐艦が慌しく出港していくだけである。

「今回の交渉は明らかに失敗だった。」

甲板上で、ノーフォークの港を見つめていたフレルは、悔しげな口調でそう呟いた。

「あんな子供だましに引っ掛かるとは!」

彼は、4日の会談の事を思い出していた。
最初、彼はハルを小役人風の男だ、と思ったのだが、それは向こう側がそう見せていただけであった。
これなら大丈夫だと思い、いつもの手で交渉を纏めたと思った瞬間、あちらは急に牙をむき出しにしてきた。

「恥知らずだと?無知だと?ふざけた事を抜かしやがって!」

フレルは、初めて味合わされた屈辱に震えている。
いつもの通り、相手を震えさせてやると挑んだのに、あっさり言い返され、何も出来なかったとは・・・・・・・
ハルに対する怒りと、相手を見極め切れなかった自分への怒りが複雑に絡み合い、彼の心身を大きく憔悴させた。  


283  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  21:47:25  [  zHthby0g  ]
「どうせなら、もっとこの国を見ておけば良かった。」

内心で後悔したが、もはや後の祭りである。
後戻りは出来ない。

「南大陸と事を構えているのに、この国も相手取るとなると・・・・・・いや、勝てない事は無いか。」

彼は思い直した。
このアメリカという国の陸軍力は分からないが、海軍力に関しては勝っていると確信している。
なにしろ、シホールアンルは新旧の戦艦を15隻も保有しており、これからも6隻の新鋭艦が竣工予定だ。
そして、あちら側が持っていた竜母は3隻、それに対して、こちら側は竜母を7隻持ち、建造中の竜母も8隻はある。
巡洋艦にいたっては34隻を保有し、駆逐艦はゆうに200隻以上を持つ。
建造中の物を加えれば、総合数は1.5倍に膨れ上がる。
もともと、南大陸の侵攻をやりやすくするために始まった大建艦計画だが、シホールアンルの財政は
その建艦計画をスムーズに進められるほど余裕があるる。
ワイバーンもスピードは200レリンク(1レリンク2キロ)以上のものばかりだし、相手の航空機がどの
ようなものかは分からないが、北大陸にあった小国が持っていた、250レリンククラスのワイバーンにも太刀打ち
できたから、アメリカ側の航空機でも充分に相手に出来るはずだ。
近い将来では、250、300レリンククラスの最高速度を誇るワイバーンも育成される予定だ。

「それなりに痛い目に合いそうだが、相手に不足は無いだろう。」

先ほどまでの怒りは引いていき、逆に余裕の表情を浮かべた。

「さて、この国からは一旦出て行くが、また必ず戻ってくる。その時には・・・・・」

フレルは、ある人物の顔を思い出した。それは、あのコーデル・ハルだった。  


284  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  21:49:28  [  zHthby0g  ]
「あの男に屈辱的な言葉を浴びせてやる。どのような言葉を言うかは、その時のお楽しみだな。」

そう言って、フレルはニヤリと笑みを浮かべた。
空母と駆逐艦が通り過ぎた後、ようやくレゲイ号が速度を上げて、港の出口に向かい始めた。
約4リンル(8ノット)のスピードで、緩やかに航行していく。
来た時と同じように、それぞれの艦艇や船から、好奇のまなざしでレゲイ号を見つめる人がちらほらと出てくる。
フレルはノーフォークの港から目を逸らし、視線を出入り口に向ける。出入口の先に、小さくなっていく空母が見えた。
ふと、彼はとある考えを頭に浮かべた。


「珍客が行ってしまいましたな。」

戦艦プリンス・オブ・ウェールズ艦長のリーチ大佐は、横に立って双眼鏡を見つめるジェームス・サマービル中将に話しかけた。

「珍客ねぇ。」

彼は複雑な表情を浮かべる。

「確かに珍客だったようだが、それでも、あの異色の船には、帰れる場所がある。
それに対し、我々第12艦隊は異国の地で居候のままだよ。」

彼は、ある意味レゲイ号が羨ましかった。

イギリス本国艦隊に所属する第12艦隊は、戦艦プリンスオブウェールズと巡洋戦艦レナウン、空母イラストリアスと
軽空母ハーミズ、巡洋艦ドーセットシャー、カンバーランド、軽巡洋艦ケニア、ナイジェリアと駆逐艦14隻で編成されている。
これらは、PF872船団の輸送船35隻を護衛しながら、10月6日にノーフォークに入港し、物資の積み込みと補給を受けていた。  


285  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  21:52:24  [  zHthby0g  ]
出港予定日は10月13日であり、それまで待機していた第12艦隊は、突然、この大異変に巻き込まれてしまった。
本来、イギリス本国艦隊の主力は第7艦隊、第9艦隊、第12艦隊の3個艦隊で編成されており、
第7艦隊は戦艦キングジョージV、クィーンエリザベス、レパルス、空母ヴィクトリアスと巡洋艦6隻、駆逐艦12隻。
第9艦隊は戦艦ロドネイ、ネルソン、ウォースパイトと、空母フューリアスとイーグル、それに巡洋艦4隻と駆逐艦13隻で編成されている。
第12艦隊はこの3番目の艦隊を編成していた。
前の2個艦隊が、旧式戦艦と高速艦の入り混じりであったのに対し、第12艦隊は24ノット以上の
中、高速艦ばかりを集めた機動打撃艦隊として活躍していた。
本来は戦艦のフッドもこの第12艦隊に入っていたが、5月のビスマルク追撃戦で、分派された
プリンスオブウェールズと共に戦い、ウェールズは中破し、フッドは叩き沈められた。
その後、第12艦隊のイラストリアス、ハーミズの艦載機がビスマルクに攻撃を仕掛けたのを機に、
沿岸航空隊や第7、第9艦隊の各空母の艦載機も総動員され、悪天候の中、ビスマルクを打ち沈めている。
それ以来、ドイツ海軍はキールやノルウェーのフィヨルドに引っ込んでしまい、身動きが取れなくなった。
現在、第9艦隊がドイツ海軍に対して睨みをきかしており、一方で第7、第12艦隊は船団護衛に従事する事になった。
第12艦隊は、この船団護衛から戻った後、第9艦隊と任務を交代する予定であった。

現在、第12艦隊は、ハーミズが不発魚雷を食らって、アメリカ側のドックで修理を受けている意外は、全ての艦が港に係留されている。
帰るべき居場所を失った第12艦隊は、あの日以来、途方に暮れた生活を送っている。
普段の作業では士気の低下は見られないが、作業の合間や作業後には前途を噂する声が絶えない。
11月1日には、空母イラストリアスの乗員が、ノーフォークのとある飲み屋で、米海軍の乗員と大乱闘を起こすと言う不祥事が起きた。
喧嘩の発端は、イラストリアス側の乗員が、相手側の米水兵、空母ヨークタウンとワスプの乗員達を、
「実戦を経験していないヒヨッコ」と罵ったのが始まりである。
見えない所で、士気の低下は確実に進みつつある。
今現在、アメリカ海軍側は、「我が海軍に編入する」等の案を出していないが、
遅かれ早かれ、第12艦隊がアメリカ海軍の一部に組み込まれるのは見えている。
いや、そうしなければ、第12艦隊の艦艇群や輸送船団は、ただ港に浮かぶだけの、役立たずの鉄屑の集まりでしかない。  


286  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  21:57:05  [  zHthby0g  ]
「早い所、道を決めないといけないな。
このままじっとしているか、植民地海軍の指揮下に入るか・・・・・リーチ艦長、君はどうすればいいと思う?」

サマービル中将はリーチ艦長に顔を向けた。
あの異変からあまり時間は経っていないはずなのに、サマービルの顔は3年ほど年を取った様に感じられた。

「私には、どう答えたら良いか・・・・・・」

リーチ大佐はうまく答えに窮する。しかし、それも一瞬で、すぐに続きを言った。
「しかし、このままではいられないのでは、と思う事は最近よくあります。今では、アメリカ側も何も言ってきませんが、
彼らも思っているかもしれません。ここに浮かぶだけの以外のやるべき事はあるはずだ、と。」
「なるほどね・・・・もっともな意見だよ。」

そう言って、サマービル中将は苦笑した。

「何度も言うのもアレだが。あの船の乗員が羨ましいね。」

彼はうんうん頷きながら呟く。

「植民地海軍。いや、アメリカ海軍の下で働くか。遠くない未来、アメリカ海軍は
我が大英帝国海軍を抜き去るとは思っていたが、その過程を、私は間近で見たいみたいものだな。」  


287  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  21:58:50  [  zHthby0g  ]
1481年11月10日  午前11時  カリフォルニア州サンディエゴ

「見えたぞ!陸地だ!」

船員の1人が高らかに叫んだ。甲板でそれぞれの作業に当たっていた他の船員達や乗客も、船員の指を指す方向を見た。
今まで、海しか見えなかったが、海の向こうには、うっすらと陸地が見え始めてきた。
バルランド王国に属しているブランスゲル号は、11月の2日にグリンティス公国の港町から、一路東へと向かった。
彼らの目的は、2ヶ月以内に召喚の成果を見つける事だった。

「成果はあったなぁ」

甲板で涼んでいたラウス・クルーゲルは、眠たそうな口調で言った。

「最初は、ただ疲れただけの儀式をやって何になるんだと思ってたけど。
あの陸地や、周りの船を見ると、なんとか仕事は終わらせたと、ホッとするよ。」

同僚のヴェルプ・カーリアンが安堵したような言葉を言う。

「本当に終わったかな?」
「終わっただろ?」

ヴェルプがそう言いながら、あるものに向けて顎をしゃくった。
その方向には、ブランスゲル号の右舷600メートルを航行する竜母のエンタープライズがいる。
アメリカという国では、竜母の事を空母と呼んでいるらしい。
最初、疑問に思ったラウスらだが、飛行甲板を見せられてすぐに理解できた。
あの船には、ワイバーンの代わりに飛空挺を載せている。飛空挺の母艦なのである。
竜巣母艦ならぬ、飛空挺母艦。あるいは航空母艦、それを略して空母と呼んでいるのだ。  


288  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:00:26  [  zHthby0g  ]
「あれが証拠さ。」
「そんな事じゃないよ。」

ラウスは、いささか気の抜けた口調で言う。

「ホラ、俺たちって、あのハルゼーとかいうおっさんの国を勝手に、この世界に呼び出したんだろ?
これって、ある意味誘拐と同じじゃね?」

ラウスの言葉に、ヴェルプはハッとなった。

「要するに、俺が言いたいのはさ、あのアメリカという国の人達が、本当はなんでこんな世界につれて来やがったんだ!
とか言って怒りまくってるんじゃないかって事さ。
お前だって、訳の分からん内に、知らないとこに連れて来られたら、しまいには怒るだろ?」
「ま、まあ。確かに怒るな。」
「俺らが最初に出会ったあの飛空挺と、次に出会ったこの艦隊。今は俺達に何もしないでいるけど、
陸地に着いて、話が終わった瞬間、連中に袋叩きにされないとも限らない。」
「と、すると・・・・」
「下手すりゃ、シホールアンルよりもおっかない敵を呼び出したかもしれないぜ。あんな船や、飛空挺を持ってるぐらいだ。」

ヴェルプは、背筋が凍るような感覚がした。
今まで、自分達の召喚魔法が上手く行ったからと浮かれていたが、冷静に考えれば、ラウスの言う通りになる。
そもそも、見ず知らずの国の連中に、いきなり自分達と共に協力してくださいと言っても、はい、そうですかとすぐに言うはずが無い。
逆に、何でこのような世界に呼んだのだ!と逆上されて攻め込んで来る、という可能性も有り得るのだ。
敵か。それとも味方となるか。どっちに転ぶかは、まだ判然としないのだ。

「そんな事は既に承知だ。」  


289  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:01:38  [  zHthby0g  ]
背後から聞き慣れた声がした。
振り返ろうとすると、いきなり誰かがラウスとヴェルプの肩にのしかかってきた。

「どっちに転ぶか、それは運次第だよ。」

2人の間から顔を出したレイリー・グリンゲルはそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべた。

「グリンゲルさん。」
「レイリーの兄貴。」

同時に2人は言葉を発した。

「あのハルゼーとかいう提督さんの受けは悪くなかった。逆にこっち側に興味津々だったよ。」

彼は自信ありげだった。

「もうすぐでアメリカという国に入る。あの国の住人達がどのような反応を示すかは、私が一番気になっている。
むしろ怖いぐらいだ。」
「ダークエルフでも、怖い事はあるんですねぇ。」
「姿形や寿命が違うだけで、基本的には君らと同じだよ。君達が聖人と言っている自分らやエルフも、
完璧な者はいないからね。私を完璧主義者の冷徹男とか抜かす奴もいるが、自分としては、これでも感情は豊かだと思ってるよ。」

そう言って、彼は微笑んだ。
普段、冷静な彼の表情しか見ていないヴェルプとラウスからは珍しかったが、あまり驚きはしなかった。  


290  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:05:48  [  zHthby0g  ]
11月10日  午後1時  カリフォルニア州サンディエゴ

ブランスゲル号は、ハルゼー部隊と共に午前11時50分には無事にサンディエゴに入港した。
ブランスゲル号に乗っていた7人の乗客達は、ハルゼーからの報告によると、バルランド王国の特使らしいとあった。
最初、儀礼的に桟橋で、異界の住人達を迎えた、キンメルら太平洋艦隊司令部だが、彼らを知るには、
まず腹を割って話し合う必要がある。
キンメルは、船旅で疲れているであろうバルランド側の訪問者を一旦休ませて、午後1時から話し合おうと決めた。
そして、約束の時間は迫りつつあった。
太平洋艦隊司令部の会議室のテーブルに、キンメル大将を始めとする太平洋艦隊司令部の幕僚と、
一部の艦隊司令官(捜索作戦に参加したニュートン、フィッチ少将)が参加した。

「ミスタースミス。あの客人達を見てみて、どう思ったかね?」

キンメルは、右隣に座っているスミス少将に語りかける。

「いかにも魔法使いや騎士様、といった格好ですね。あんな、黒いローブや防具に剣を身に付けている人なんて
私は初めて見ましたよ。てっきり中世ヨーロッパに来たんじゃないかと思いました。」
「何よりも驚いたのは、あの浅黒い肌をした、尖った耳の男と女でしょうか。色白と、浅黒い系の2種類がいました。」

航空参謀のケネス・トワイヌ中佐も言う。

「あれは、エルフと呼ばれる人種だそうですよ。エルフと言う種族は、外見は人間よりやや異なり、
寿命が人間より長いそうです。何歳までか、とまではわかりませんが。」

情報部長のロシュフォード中佐が説明した。

「ハルゼーからの報告は私も読んだよ。」  


291  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:07:34  [  zHthby0g  ]
キンメルは頷きながら言う。

「エルフは、元々北欧神話に出てくる人種で、話によっては悪者だったり、善者だったり様々だ。
私はてっきり、少しずる賢そうな奴を想像したんだが、実際に見ると、聞きしに勝るものだ。
ずる賢いどころか、頭が切れますよ、と言わんばかりの感じだった。大雑把な判定だがね。」

その時、ドアがノックされた。キンメルのちょうど向かい側にあるドアから発せられている。

「どうぞ!」

彼がそう言った。ドアの向こうから失礼しますと声がし、ドアが開かれた。

「司令長官、お連れしました。」
「おう、入れてくれ。」

彼は鷹揚に頷いて、士官の後ろにいる客人を中に入れるよう指示する。
1人の黒いローブを付けた男が入って来た。それを機に、残りの6人は続々と入室してくる。
最終的に白人系のエルフの女性が最後に入って来て、彼らは用意されたイスの横で立ち止まった。

「どうぞ、お掛け下さい。」

キンメルは慇懃な口調で席を勧めた。

「はっ、では失礼いたします。」

真ん中の男、ダークエルフのレイリー・グリンゲルが周りに目を配らせる。
7人の特使は席に座った。  


292  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:08:36  [  zHthby0g  ]
「遠い本国からの航海、ご足労痛み入ります。」
「ありがとうございます。キンメル閣下。」

そう言って、レイリーは僅かに頭を下げる。

「さて、聞きたい事は山ほどありますが。」
「はい。なんなりとお聞き下さい。」

レイリーはそう言った。口調はどこか自信ありげだが、キンメルは彼の顔が緊張で固まっている事に気が付いた。

「さて、まずは第1に。なぜ、このアメリカをあなた方の世界に呼んだのか?」
「お答えします。」

そう言って、レイリーは左隣の赤毛の男に目配せをした。赤毛の男も頷き、懐から何かを取り出した。

「机を少し、お借りしてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。」

キンメルは願いを聞き入れた。失礼します、と言って、彼は長テーブルに巻物を広げる。
その巻物は地図であった。
地図には、広大な海と思われる空白を挟んで配置された、2つの大陸があり、その他にも島国と思しきものも幾つか描かれている。

「これは・・・・・」
「世界地図です。」

レイリーは説明を始めた。  


293  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:10:43  [  zHthby0g  ]
「ここが、自分達が住んでいる国がある場所です。」

彼は指で南大陸を指す。

「この北大陸と南大陸、そして海の向こうにある大陸がレーフェイル大陸です。その間に、あなた方の国があります。」

彼は、空白の部分に指で円を描く。
つまり、アメリカ合衆国は、この2つの巨大な大陸に挟まれた格好で、この世界に呼び出されたのである。

「あなた方を呼び出した発端は、この北大陸にあります。」
「北大陸か・・・・・この北大陸にはどのような国があるのかね?」
「北大陸には元々、9の国がありました。大きい順に答えると、シホールアンル、ヒーレリ、グルレノ、バイスエ、
レスタン、デイレア、ジャスオ、レイキ、ウェンステルとなっていました。
事の発端は、この北大陸一の強国であったシホールアンル帝国から始まります。」
レイリーは、事の経緯を説明し始めた。
シホールアンルが、他の小国を蹂躙し始め、侮れぬ力を持つ国家群を外交戦術で無血開場させた事。
従わぬ国には容赦の無い攻撃を加え、国の人口が半数を割った事もあると言う事。
そして、南大陸に侵攻してきた事等、様々なことを話した。
レイリーの説明はとても分かり易く、太平洋艦隊司令部の幕僚も、容易に話を呑み込めた。

「なぜシホールアンル帝国は、こうも短い時間で北大陸を手中に収めたのかね?」

主任参謀のマックモリス大佐が質問した。

「それは、彼らの軍にあります。陸上軍は、主に剣や盾、それに弓。これに陸軍用のワイバーンや大砲の支援が加わります。
陸軍の装備は、基本的には他の国家群の陸軍部隊と似ていますが、戦意や錬度に関しては、この世界でも
トップクラスと言っていいでしょう。しかし、それ以上に優れているのは海軍です。」  


294  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:12:57  [  zHthby0g  ]
「海軍?」
「はい。シホールアンル海軍の艦艇は、他の国の艦艇に比べると、速力や防御力、攻撃力に関して段違いに強く、
保有する輸送船の数も膨大です。シホールアンルの作戦は、まずワイバーンで敵地上部隊を存分に叩いた後、
陸兵を大砲の支援の元、戦場に送り出します。これは主に内陸での戦いです。沿岸部の戦いでは、これに
巨砲を要した戦艦や、艦艇の艦砲射撃が加わり、沿岸部を守る要塞や陣地を叩き潰してから軍を勧めています。
この方法はかなり有効で、北大陸やこの南大陸戦線では、シホールアンルの軍艦が沖に現れでもしたら、
味方はたちまちのうちに砲弾の嵐に巻き込まれます。シホールアンル側は、地上部隊を艦砲の射程内に治める事で
敵の反撃を阻止し、その間に砲弾の傘の下にいる陸軍部隊の戦力を充実させてから敵にぶつけてきました。
この方法を取られると、もはや対処のしようがありません。北大陸戦線では、ワイバーンの空襲や後方撹乱、
砲撃などで戦力を損耗した所へ完全装備の敵軍が攻めて来て、壊乱した軍が多々あります。」
「つまり、そのシホールアンルとやらの海軍は、主に陸軍との共同作戦を取る事が多いのだな?」

唐突に野太い声が広がった。それはハルゼーの声であった。
「その通りです。この手法は南大陸戦線でも取られており、我が南大陸連合軍も非常に厳しい戦いを強いられています。」
「戦艦の射程は、いいとこ20〜30キロほどが限度だが」

キンメルは口を開いた。

「1キロほどの距離でも決定的な勝利をもたらしかねない陸戦では、その砲弾の傘は援護される側にとっては有難く、
やられる側にはたまった物ではない。砲撃をまともに食らえば部隊は手痛い損害を被る。しかし、足踏みしている間にも、
砲弾の傘の下にいる敵は補給を終わらせてしまう。なるほど、これなら橋頭堡を固めて、ゆっくりと内陸に侵攻することも可能だな。」

そう言って、キンメルは頷いた。

陸海共同。国としては最悪だが、軍隊は素晴らしいほど綺麗に纏まっている。
それが、キンメルが抱いたシホールアンルの印象だった。
恐らく、シホールアンル陸海軍の意思疎通は見事なまでに取られているのだろう。  


295  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:15:23  [  zHthby0g  ]
「馬鹿な政策を取る割には、いい軍隊を持っているな。」
「シホールアンル海軍や、ワイバーンさえ何とかなれば、せめて北大陸にまで押し戻す事が可能なのですが。」

レイリーの表情はどことなく暗い。
こうしている間にも、強大なシホールアンル軍は、ひたひたと南下しているのだ。
今現在、南大陸の北の小国、スリンデは既に50%の国土を占領されている。
レイリーの母国ミスリアルには、まだシホールアンル陸軍の手は伸びていないが、シホールアンル海軍の戦艦が、
バゼット半島の沿岸都市に傍若無人な艦砲射撃を加えたり、竜母部隊が暴れ回ったり等、少なからぬ被害を与えている。

「なるほど。あなた方の言っている事は分かった。」

キンメルは、視線をレイリーに注ぐ。

「しかし、問題がある。」
「問題、と申しますと?」
「実は、4日の事なのだが。ここアメリカ大陸は、西海岸と東海岸がある。今、我々がいるのは西海岸だ。
時は少し遡って10月の末。東海岸に駐留している海軍の飛行艇が高速輸送船らしきものを見つけた。
その数日後に偵察艦隊をその船に向かわせ、接触を行った。驚くべき事に、その船は、シホールアンル帝国という
今まで聞いた事も無い国の船だったのだ。」

刹那、レイリー表情ががらりと変わった。

(シホールアンル!?まさか・・・・・・)
彼は、まさかシホールアンルまでもが、このアメリカという国に接触していたとは思っていなかった。
最初、このアメリカが接触したこの世界に住人は我々であろうと思っていたのだ。
ところが、先客がちゃっかりいたのである。
(まさか・・・・・・アメリカはシホールアンルと!)  


296  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:17:50  [  zHthby0g  ]
彼は、最悪のシナリオを頭に思い描いた。
それは、数日前に接触した空母という艦を交えて侵攻してくる米海軍と、
シホールアンルの連合軍が、退去して南大陸に押し寄せてくる姿であった。

「いきなり交渉を要求してきた彼らは、11月の4日に、国務長官と会談した。
だがね、その会談はとんでもないものだった。」

いきなりキンメルの口調が変わる。何か嫌な言葉を喋った、という感がこめられていた。
キンメルは側のスミス少将に目配せをし、スミス少将は机の下から何かを取り出す。

「これは、わが国のニューヨークタイムズという新聞社が発行した物だが、この見出しの船には見覚えはあるかね?」

レイリーは、その写真の船が何であるか、すぐに分かった。

「その船は、シホールアンルが所有している高速船、レゲイ号です。主に東のレーフェイル大陸に特使を派遣する際に
よく使用していて、形や性能などは既に知っています。ですが、そのレゲイ号がどこにあるか、出港日時等は
未だに分かっていません。」
「知っていたのだね。」

キンメルはニヤリと笑みを浮かべた。

「情報の分野ではいくらか心得があるようだが、それの話は後だ。
問題は、この船に乗って来たグルレント・フレル国外相とかいう要人だ。」
「グルレント・フレルなら知っていますよ。油断のならない相手です。」
「この国外相、わが国の国務長官に対してなんと言ったと思うかね?」
「大体予想は付きますね。」  


297  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:22:07  [  zHthby0g  ]
「ふむ、すぐに予想は付く、か。フレル氏は有名人だな。実は、この国外相。
我がアメリカをシホールアンルの指揮下に組み込むとか言って来たのだよ。」

レイリーには読めなかったが、キンメルが持っている新聞には、
「極めて稚拙な外交交渉、ノーフォークにて行われる!!」と、見出しが大々的に乗っていた。
この新聞記事は、交渉から2日経った6日に発表されたものである。
ハルは、交渉の後、すぐにワシントンにとんぼ帰りし、ルーズベルト大統領に事の経緯を報告した。

「頭に血が上りすぎたせいで、はっきり言うべき所の言葉を間違えてしまいましたが、
大統領閣下、このシホールアンルという国は明らかに異常です。」
「なるほど。よく分かった。ハル、このような相手に平静でいられた君は何も恥じる必要はない。
公職50年を、外交官人生50年に間違えたとしても、その分相手にもインパクトを与えられただろう。
たまには嘘も方便と言うではないか。それに、あれは些細なミスだ。要は、傲慢な相手の鼻っ柱を、
へし折ったか、否かにあるのだよ。」

ルーズベルトはそう微笑みながら、この一部始終を新聞に載せよと指示を下した。
この会談の内容を知ったアメリカ国民は、高圧的な態度でアメリカに屈服を迫ろうとしたシホールアンルを、
外交の初歩も知らぬ馬鹿な国としてせせら笑う者もいれば、面白い、来るなら来いと息巻く者もいた。
だが、同時に、そのような強硬な国があることも確かである。
国民は、嘲笑や呆れを浮かべると共に、シホールアンル帝国という未知の国に警戒の念を強めた。

「と言う事は、アメリカ国民はシホールアンルの性格を知ったのですね。」
「その通りだ。あのような男を外交担当にし、挙句の果てにいつもの特技、それが私達がいた世界ではタブーの脅迫外交とは。
調子に乗りすぎると言うものはどれほど危ない結果をもたらすか、いい参考になったものだ。」

彼の言葉に、太平洋艦隊の幕僚の何人かが頷く。  


298  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:24:49  [  zHthby0g  ]
「そのシホールアンルとやらが、俺達アメリカに立ち向かうと言うのならば、面白い、受けて立ちたいものだ。」

ハルゼー中将も会話に入ってくる。

「レイリー。あんたの話じゃ、シホールアンルとやら。南北大陸を征服するとかぬかしているんだろう?」
「そうです。」
「それを防ぐ楔として、俺達を呼んだのだな?そうならば話が早い。
今すぐにでも南大陸に艦隊や地上軍を派遣して、シホールアンルの陸軍部隊や海軍を綺麗さっぱり消し去ってやる。」

ハルゼーが自信ありげな口調で言ってきた。
(もしかして、協力してくれるのか?)
レイリーはそう思った。だが、

「しかし、それは俺だけの一存では決められない。」

ハルゼーはキンメルに視線を向ける。

「では、私が戦争を始めよう、とはできん。なぜだか分かるかな?」
「えっ?そ、それは・・・・・どういう事なのでしょうか?」

「シホールアンル帝国とは、交渉は決裂したが、やっこさんは何もして来ない。あんな余裕たっぷりの
宣言を下した割には、合衆国の沖合いには不審艦どころか、シホールアンル人の乗ったボート1隻も現れない。
つまりこういう事だ。まだ、相手は何もしていないから、我々はおいそれとは打って出れぬのだよ。」
「な、なぜですか!?」

レイリーは珍しく声を荒げた。  


299  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:27:13  [  zHthby0g  ]
「自分達は、南大陸の危機を救う切り札として、あなた方をこの世界を呼んだのです。それなのに・・・・・・」

レイリーは納得できんとばかりに言葉を続けようとした。が、

「グリンゲルさん。このアメリカという国は、誰が主役であるか分かりますか?」
「はっ?」

レイリーは思わず間の抜けた声を漏らした。

「あなた方は、この国に来たのが初めてだから分からないだろう。この国の主役は、国民なのだよ。
アメリカには、大統領と言う立派なリーダーがいる。だが、そのリーダーがかなわない者が存在する。
それが、このアメリカの国民達だ。」

キンメルは、やんわりとした口調で、しかし、相手の頭に深々と刻み込むように言い放った。

「このような対外戦争は、大統領が戦争をやるぞ!と言っても、国民の大多数がやりたくないと言えば、戦争は出来ないのだ。
出来るとしても、その戦争は必ず不本意なものに終わっている。シホールアンルは、我が合衆国に何かしたかね?」

キンメルの問いに、レイリーが答えられるはずも無い。

「はっきり言って、シホールアンルは何もしていない。偵察機を襲いもせず、艦艇にちょっかいを出そうともしていない。
元々、アメリカとシホールアンルが遠い事もあろうが、強大な海軍力を持つシホールアンルなら、既にこの合衆国に
攻めようとしてもおかしくない。だが、11月4日以来張り巡らした哨戒網には何も引っ掛かっていない。」

そう、つまり、アメリカは戦争をやりたくても出来ないのだ。シホールアンルが何もせぬ限り・・・・・・

「要するにアレでしょ?国民が乗り気じゃないから戦争ができない、ってことでしょう?」  


300  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:30:01  [  zHthby0g  ]
声が上がった。その声はレイリーの物ではない。
どこか気だるそうな感じの声。」

「ラウス!」

レイリーはラウスに目を剥いた。余計な事を言うな!と言いたそうな表情だ。
だが、ラウスは続けた。

「俺らからしたら、かなり厄介ですね。でも、俺としては逆に、このような国は見た事無いから、
それはそれでいいと思いますよ。」
「君は?」

キンメルは、少しばかり老けている感があるする若者に声をかけた。

「ラウス、ラウス・クルーゲルです。」
「彼はバルランド王国からやってきた者で、魔法研究においてはバルランドでも屈指の男です。」
「魔法研究だけじゃなく、意外と度胸もありそうだ。」

キンメルが言う。

「とりあえず、我々だけでは勝手に行動は起こせない。大統領、議会、そして国民の総意が必要だ。
だが、その総意を得るには、今の状況では材料が足りなさ過ぎる。」
「せめて、シホールアンル側が喧嘩をふっかけてくれば、わがアメリカも国民の理解を得やすいから、
行動を起こせるとは思います。でも、今の状況では厳しすぎます。」

参謀長のスミス少将が、厳しい表情で言う。会議室は、重苦しい沈黙に包まれた。  


301  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:32:10  [  zHthby0g  ]
「でも、国民の総意で国の舵取りを決めるのは、いい事だと思いますよ。」

ラウスが、抑揚の無い口調で言う。

「それぞれの国のやり方がありますけど、皇帝や国王が勝手に戦争を始める例は、北、南大陸の歴史の中で多々ありました。
このような国策は、今でも多くの国が続けています。庶民は、突如起こった戦に駆り出され、戦場の恐怖を味わう。
反対でもしようものならば、監獄に放り込まれたり、首を跳ねられたりしました。ですが、この国は違う。
国民の総意で国の運命を左右する戦争の参加可否を決めると言うのは、かなりいい手だと思います。
キンメル提督は、アメリカは民主主義の国とおっしゃっていましたが、このような国こそ、南大陸の
諸国家が目指していた理想の国です。」
「その理想の国を作ろうとした途端、シホールアンルは戦争を始めたんです。それも世界を相手に。」

レイリーの顔が曇った。
キンメルは、シホールアンルが打った手は、彼らにとって寝耳に水の出来事であったのだろうと思った。
(ラウスとかいう若造、アメリカを理想の国と呼ぶか。傍目からは理想の国だろうが、
細部はまだまだ調整中の部分もある。それに国家として、歴史的にはまだ若い。
少し誇張のしすぎだな。まっ、この国の細部を勉強すれば、その考えは変わるだろう)
彼は内心苦笑した。だが、調整中の民主主義とはいえ、悪い部分もあるが良い部分もある。

「わがアメリカを褒めてくれて、礼を言うよ。とにかく君達の言う事は分かった。
明日、首都で大統領も交えた会議もあるから、私が電話で掛け合って、君達も同行させるよう願い出る。
言っておくが、わが国の戦争参加の是非については、あまり期待はしないでくれ。」
「その時は、止むを得ないと判断して別の方法を探します。」

レイリーはそう言って微笑んだが、その笑みはいくばくか引きつっていた。
(すまない。私も南大陸を支援したい気持ちはあるのだが・・・・・)
キンメルは、どこか心苦しいように感じた。  


303  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:34:23  [  zHthby0g  ]
1841年11月9日  午後9時  マオンド共和国南西海岸

その日は、雨であった。
夕闇に包まれた港は、降りしきる雨音と、それを遮るように発せられる漣の音で満たされている。
一見、幽霊船しかいないのではないか?と思われる港だ。
その港から、紫色の光が表れ、パッと消えた。
それが合図だったかのように、紫色の光は、別々の所から50回も発せられた。
それが終わると、小さな影が、1隻、また1隻と出港して行く。
その船達は、全長は50メートルも満たぬ小型船で、大嵐に出会えば遭難確実になりそうなものばかりだ。
ブリッジは低く、船に必要なはずの帆は無い。

「哨戒部隊、出港して行きます。」

艦橋の窓から、報告を聞いた人影が頷いた。

「哨戒部隊が出港したら、2時間後に我々も出港するぞ。」

振り向いた人影は、念を押すように後ろに答えた。
小船達は、やや荒れる海なぞ平気だと言わんばかりに、慎重に、そして徐々に外海に出て行った。
これから50隻の哨戒艇は、それぞれ分散し、2000ゼルドまで進んで、飛空挺母艦を捜索する予定である。  


304  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:38:58  [  zHthby0g  ]
1481年11月10日  午前10時  ニューヨーク沖北東770マイル沖

レイ・ノイス少将率いる第23任務部隊は、一路東北東を目指して、時速22ノットのスピードで航行していた。

「司令官、大西洋艦隊司令部より入電です。」

通信参謀が、艦橋の椅子に座って海上を眺めていたノイス少将の元に駆け寄ってきた。

「ご苦労。」

ノイス少将は頷き、通信参謀から紙を渡される。

「「第23任務部隊は、レーフェイル大陸の情報収集を、予定日通りに行われたし。
尚、第25、第27任務部隊は翌11日未明に出港予定なり。もし、シホールアンル艦と遭遇、
攻撃を受けた場合はこれを行動不能にし、艦と乗員を合衆国本土まで回航されたし。
大西洋艦隊司令長官  リチャード・インガソル」」
「レーフェイル大陸?あの大陸はそのような名前だったのか。」
「あの異変以来、合衆国周辺の状況も、少しながら分かって来ましたな」

参謀長のビリー・ギャリソン大佐が言ってきた。

「アラスカの西には見慣れぬ大陸があり、そこはシホールアンルの領土だと分かった。
次に東には、さっき名前の分かったレーフェイルという大陸がある。シホールアンルの高速船は東から来ている。
と、すると。レーフェイル大陸にも、シホールアンルの息の掛かった国があるかもしれない。」
「しかし、宣戦布告はまだ出されておりませんし、アラスカにもシホールアンルはなんら手を出していません。
ひょっとして、連中はこっちを脅すだけ脅しておいて、後は何もしないに徹するのではないでしょうか?」  


305  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/10(日)  22:40:50  [  zHthby0g  ]
ノイス少将はさあ、と言って首を捻る。

「あちら側の国に乗り込んで、直接話を聞かん限り、分からないだろう。
それよりも、未発見のレーフェイルとやらの国の情報を集めないとな。それには、あと800マイル進まなければならん。」

脳裏に、もう少し護衛を付ければよかったかな?と考えが浮かんだ。

第23任務部隊は、旗艦の空母ワスプを始めとし、重巡洋艦のウィチタ、軽巡洋艦セント・ルイス、駆逐艦5隻で編成されている。
今は戦時ではないため、手勢は少な目がよいと判断され、このような艦隊編成になったのだが、ここは元いた世界とは違う海だ。
もしかしたら、シーサーペントのような海の化け物もいないとは限らない。
転移から1月近く経つが、そのような報告は出されていない。
しかし、どこに巨大海洋生物が潜んでいるのか分からない為、上空には常にデヴァステーターとドーントレスを
6機上げて上空哨戒を行ったりたり、駆逐艦は対潜哨戒を厳にしたりなど、艦隊はピリピリとした空気に包まれている。

「今更だが、ノースカロライナか、ワシントン辺りを連れて来たかったな。
それがかなわぬまでも、巡洋艦と駆逐艦を1、2隻ずつ増やせば良かった。」

ノイス少将は、なぜか前途を不安に思っていた。
彼はそれを表情に出すまいと彼は心がけた。指揮官たるもの、動揺を見せては、士気に関わるからだ。
艦隊の将兵は、誰もが彼の心情を気付く筈も無く、普通の偵察航海で終わると思っていた。  




336  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:04:55  [  zHthby0g  ]
第6話  TF23の受難

1841年11月12日  午前8時30分  ニューヨーク北東1400マイル地点

「明日、予定海域に到着します。」
航海参謀が、海図に書き込んだ線を指しながら、TF23司令レイ・ノイス少将に説明した。
現在、TF23は出港して以来、実に2200キロを航海した事になる。
速力は18〜22ノットの間でずっと東を目指している。

「TF25とTF27は?」
「定時連絡では、TF25はノーフォークより東北東1000マイル、
TF27はニューヨーク沖より北北西1000マイルとなっています。」
「TF25、27が定位置に付くのは、早くても明日の午後以降だな。」

今の所、巨大な海洋生物が襲って来た、とか、シホールアンル艦の追撃を受けた、とかの報告は入っていない。
往路に、2隻ほど漁船らしい船と、遠くを擦れ違ったのみだ。

「全ては順調だな。」
「司令官、どこか具合でも悪いのですか?」

参謀長のビリー・ギャリソン大佐が心配そうな表情を浮かべる。

「いや、何とも無いが、どうしたのかね?」
「少し顔色が優れないようですが。」
「あ?ああ。心配はいらんよ。ただ、少し寝不足なだけだよ。
そんなもの、飛行甲板でジョギングすれば吹っ飛ぶがね。」  


337  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:06:52  [  zHthby0g  ]
そう言って、ノイス少将は笑みを浮かべる。

「そうですか。今の所、各任務部隊とも異常無しです。」
「うむ。それでいい。」
そう言って、ノイス少将は作戦室から艦橋に戻る。
艦橋には、艦長のジョン・リーブス大佐が航海科の士官と話し合っていた。

「やあ艦長、調子はどうだね?」
「今のところは異常無しですよ。」

丸顔のリーブス大佐が満面の笑みで答えた。

「本来は、異常無しが最善なのだろうが、それが続くと、早く家に帰りたいと思ってしまうね。」
「そうは思いましても、すぐに帰れぬとこが痛い所ですな。」
「ごもっともだ。」

そう言って、2人は声を上げて笑い合った。

「ところで、パイロットの連中は大丈夫かね?」

ノイス少将は話題を変えた。

「イギリス海軍の連中になんか言われておったらしいが。」
「私が気にするなと言ってやりました。それにしても、イギリス艦隊の連中には、何か悪い事をしたような気がしてなりませんよ。」
「私も思うよ。アメリカにさえ来なければ、彼らはこの騒動に巻き込まれなかったはずだから。
しかし、予測も出来ん、こんな訳の分からない現象では致し方あるまい。」  


338  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:07:48  [  zHthby0g  ]
「イギリス艦隊の連中は気の毒ですが、ある意味事故のようなものですからね。」
「せめて、イギリス艦隊が出港した後に、あの変異が起きていれば良かったのだが。
まあ、今更過ぎた事を言っても仕方ないがね。」

噂によれば、イギリス艦隊の乗員の士気はみるみる落ちていると聞く。
このまま士気の低下を免れなければ、彼らが兵士として役に立たなくなるのは、火を見るより明らかだ。
イギリス艦隊司令官のサマービル中将が、士気低下を防ぐ打開策を練っている事を2人は知らない。

「策敵機の準備はどうだね?」
「策敵機に関しては、目下整備中です。今の所、出撃予定機には異常は見られないとの事です。」
「そうか。」

ノイス少将は満足した表情で頷く。

(このまま、何事も無く過ぎ去ればいいが)
彼はそう思った。しかし、そう思うたびに、なぜか不安が増していくように感じられる。
唐突に、

「駆逐艦トリップより緊急信!艦隊前方に複数の船舶発見!」

異変は起きた。  


339  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:09:15  [  zHthby0g  ]
重巡洋艦のウィチタは、ワスプの左舷前方800メートルの位置を航行していた。
艦隊最先頭を行く、駆逐艦のトリップが、しきりに無線でワスプに報告を送っている。

「どうした、何があった?」

艦長のブルース・メイヤー大佐は電話でCICを呼び出した。

「トリップから、複数の船舶を発見との報告を傍受しました。」
「複数の船舶だと?距離はいくらだ?」
「距離は17000メートルです。相手はこちらの方向に向かっているようです」
「近いな。それに、こっちに向かっているとは。」

メイヤー大佐は眉をひそめた。

「トリップより新たな報告、敵船舶は戦闘艦の模様。時速は25ノットで、依然我が艦隊に接近中。」
「艦長、ワスプに意見具申をしてはどうでしょうか?」

副長がメイヤー艦長に言う。

「トリップが発見した艦隊が、シホールアンル帝国に属する艦であったならば、砲撃を受ける可能性があります。
ハル国務長官との会見で、あの国外相がとんでもない言葉を口走った事はお分かりでしょう?」
「それは分かってる。だが、たまたま訓練中で、偶然我が艦隊と出会ってしまった、とも考えられるが。」
「しかし、念の為に意見具申をしたほうがいいのでは?」

副長の言い分にも一理あった。  


340  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:11:12  [  zHthby0g  ]
メイヤー艦長は考え始めたが、その間にも、未知の軍艦群との距離はみるみる縮まっていく。
TF23は、輪形陣のまま前進を止めようとしない。

「分かった。ワスプに意見具申の通信を送ろう。内容は、一旦南に針路を変えられたし、だ。
すぐに送れ。それから戦闘配置に付け。撃って来るとは思えないが、念の為だ。」

ウィチタの通信室が、意見具申の文面をワスプに送信している間、艦内に総員戦闘配置に付けのブザーが鳴り響いた。
それまで通常配備であった乗員達が、ブザーに刺激されたかのように、慌てて戦闘時の持ち場に付いて行く。
乗員の大多数が、テキパキとした動きで主砲や艦内の防御区画や、待機室に入っていく。
もたつく者は上官の怒声を浴びた。
5分ほど経って、ウィチタは戦闘配置をし終えた。

「主砲、いつでもやれるよう準備しておけ。」
「アイアイサー!」

電話の主がそう答えると、メイヤー艦長は電話を切った。
ワスプからの指示は、今の所無い。
総員戦闘配置が済んだ後、未知の艦群は編成が明らかになって来た。
距離は12000メートルまで縮まっており、このまま行けば、互いに横6000メートルの間隔で擦れ違う。
相手側の艦群は合計で12隻。内、先頭の4隻は少しばかり大きく、後続の8隻は小さい。

「やっこさんの1番から4番艦は巡洋艦のようです。前部に連装砲が2基ずつ設置されています。」
「後続は駆逐艦か?」
「そのようですな。それに、どの艦も中央部はすっきりしています。」

相手側の巡洋艦らしきものは、艦橋が高く、櫓のような物が天辺にある。
ペンサコラやノーザンプトン級のような巡洋艦だが、4番艦だけはウィチタやセント・ルイスのように艦橋の背が低い。
その前部には、2門の連装式砲塔が設置されている。  


341  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:13:23  [  zHthby0g  ]
大きさは、ウィチタやセント・ルイス並みであろう。
姿としては、前、後部に構造物があり、真ん中がかなりすっきりしている。

「煙突が無いなぁ。嫌に貧相に見える。」
「巡洋艦だけではなく、駆逐艦も煙突を付けていません。ん?マストに国旗らしき物が。」

メイヤー艦長はマストに翻る国旗に双眼鏡を向けた。だが、遠すぎて分からない。
既に、射程距離圏内だが、相手側はこちらが見えてないかのように、ひたすら前進を続けている。
主砲は少し仰角が掛けられているが、それはいつまでも前方に向けられているだけだ。
距離が次第に狭まり、気がつく頃には、もう少しで擦れ違うとこまで来ていた。
相手側は発光信号を送る事も、乗員が手を振る事も無い。
TF23なんぞ見えてない、とばかりに前進を続けるのみだ。
その時になって、ようやく相手側の国旗が見えた。
その旗には、赤と白の下地に黒い丸と、それに突き立てられようとする剣の絵。

「あれはシホールアンル帝国の旗だな。」

メイヤー艦長は冷静な口調で呟いた。
ノーフォークを出港する前に、彼は高速輸送船のレゲイ号を見たが、その船にも同じ旗が翻っていた。
あの時は、なんて悪趣味な旗なんだろうと思ったが、今回はその旗がどこか重々しいように感じられた。

「艦長、あの旗にある、剣に突き刺されそうになる黒い丸って、どこか不気味に思いませんか?」
「そんなものは知らんよ。直接、本人達に聞かないと分からないさ。」

旗の事はどうでも言いとばかりに、メイヤー艦長は言う。
TF23と、シホールアンル軍らしき艦隊は、やがて擦れ違った。  


342  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:19:05  [  zHthby0g  ]
「なあ副長。もし、アメリカがシホールアンルと戦うとしたらどうなると思う?」

副長は、通り過ぎていくシホールアンル艦隊を見ながら答えた。

「かなり手強いのでは?目の前にいる軍艦だって、我が海軍の巡洋艦、駆逐艦と性能は大差なさそうですし、
まあどっちが勝つかなんてやってみなけりゃ分からんでしょう。」
「そうだろうな。まあ、今すぐはごめんだが。」

そう言って、メイヤー艦長は苦笑する。その苦笑も、緊張のためか顔が引きつっていた。
重苦しい緊張感の中、1隻、また1隻と、TF23と徐々に擦れ違っていく。
相変わらず、シホールアンル艦隊はこっちに見向きもしない。

「後から戦闘配置を出した事を、兵達はぶうぶう不平を言うかも知れんなぁ。」

何気なく、メイヤー艦長はそう呟いた。
その刹那、ウィチタの艦橋の視界から消えようとした巡洋艦4番艦の後部砲塔が、一瞬回ったように見えた。

「そんな時にはもっと訓練を重ねて、しごいてやりましょう。」

副長がそう言った直後、

「シホールアンル艦、主砲を向けました!」

という、絶叫に似た報告が艦橋に伝わった。誰もが一瞬、唖然となった。
メイヤー艦長だけは早かった。

「砲戦用意!目標、敵艦隊!!」
艦橋職員の誰もが仰天して、ガラス越しの敵艦隊を凝視した。そして数秒後、砲声が鳴り響いた。  


343  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:20:49  [  zHthby0g  ]
「シホールアンル艦、発砲!」

その時、メイヤー艦長は左舷後方600メートルの駆逐艦ラッフェイが砲撃を受けたと確信した。
艦橋前の2基の8インチ3連装砲が敵側に向けて旋回を始める。
メイヤー艦長の当ては外れた。
敵艦はラッフェイではなく、

「ワスプの至近に着弾!」

ワスプを狙ってきた。

次の瞬間、メイヤー艦長は敵の狙いがワスプであることを確信した。

「敵の狙いはワスプだ!ワスプを守れ!」

メイヤーは叫んだ。水柱が晴れると、ワスプは慌てて敵艦隊の射程内に逃れようとする。
その間に、敵巡洋艦と駆逐艦が第2斉射を放った。
30門は下らぬ大砲から放たれた砲弾は、血に飢えた獣の如く叫び声を発し、やがてワスプの周囲に着弾する。

「ワスプが夾叉されました!」
「いかん、たった2斉射で夾叉弾を出すとは。敵はなかなかの手練だぞ!」

初めて狙う相手に、2斉射のみで夾叉を出すのは至難の技だ。
それをやってのけたと言う事は、敵艦隊の乗員は、相当の錬度を持っている事になる。
この時になって、右舷側に配置されていた軽巡のセント・ルイス、駆逐艦のグリーブス、カッシン、バルチが
ワスプを庇う様にして、ウィチタのいる左舷側に向かって来た。
敵巡洋艦の後ろにいる駆逐艦が離れ、ワスプを追いかけようとする。  


344  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:22:14  [  zHthby0g  ]
巡洋艦群は速力、針路をそのままで、第3斉射を放った。
ワスプの周囲に三たび水柱が立ち上がる。
そして、それが晴れると、ワスプは飛行甲板から黒煙を引いていた。

「ワスプ、被弾した模様!」
「取り舵一杯!駆逐艦部隊は、敵駆逐艦部隊を食い止めろ!」

メイヤー艦長は矢継ぎ早に命令を下した。
メイヤーが命令を下す前に、駆逐艦のトリップが敵駆逐艦8隻の前に立ち塞がった。
米側で最初に発砲したのは、このトリップだった。右舷側を晒したトリップが、5インチ両用砲をぶっ放した。
4門の38口径5インチ両用砲は速射性のある砲で、5〜6秒の間に5インチ砲弾を叩き出す。
敵駆逐艦8隻もトリップに向けて砲撃を加える。
数秒おきに、敵1番艦の前方や後方に5インチ砲弾が着弾し、水柱を吹き上げる。
トリップの7回目の斉射で、敵1番艦の後部に1発が命中する。
続いて8回目の斉射で敵1番艦の中央部に2発が叩き込まれた。

「いいぞ!その調子だ!」

艦長が喝采を叫んだ直後、トリップの艦体が激しく揺さぶられた。
敵駆逐艦の砲弾もトリップを叩いたのだ。
トリップの周囲には、5インチ砲弾よりは少し低めの水柱が乱立する。
乗員が衝撃の余韻に苦しんでいる最中、今度は4発がトリップにぶち込まれた。
砲弾が2番砲塔を操作要員もろとも叩き壊し、1本しかない煙突に風穴を開ける。
後部に命中した砲弾のうち、1発が4番砲塔を破壊してしまった。

「魚雷発射用意よし!」
トリップの艦長はまだ諦めていない。
トリップが持つ最大の武器、魚雷を敵駆逐艦に当てるつもりでいる。  


345  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:27:00  [  zHthby0g  ]
「よし、撃て!」

艦長はすぐに命令を下した。
3番砲塔の後ろにある、53センチ4連装魚雷発射管から、4本の魚雷が放たれた。
なぜか・・・・敵1番艦は白い航跡を無視しているのか、避けようとしない。魚雷の存在を知らないのか。
距離4000で放たれた4本の魚雷は、みるみる内に敵1番艦に迫ってくる。
その間にも、トリップは敵駆逐艦8隻の砲撃を一心に受け続ける。
既に空となった右舷発射管に敵弾がぶち込まれ、逃げ損なった発射管要員もろとも砕いた。
煙突の付け根に命中した砲弾は甲板上で炸裂し、煙突の下部が大きくまくれ上がった。
次いで、後部の12.7ミリ機銃座に砲弾が落下して、スポンソンを鉄屑置き場に変換させた。
トリップが20を数える被弾に力尽きようとした時、急に敵1番艦が右に回頭しようとした。
どうやら、迫り来る航跡を危険な物であると判断したらしい。しかし、判断は遅すぎた。
回答を始めた瞬間、艦首と正面衝突しようとした魚雷が敵1番艦の左舷後部に斜めに突き刺さった。
その2秒後、大水柱が立ち上がり、1番艦が後ろから持ち上がる。
魚雷の爆発パワーは、後部の3番砲塔からその後を、あっさり食い千切ってしまった。
1番艦は100メートルも進まぬうちに停止し、艦体が右舷側に傾斜し始める。
1番艦をよけて、2番艦以降のシホールアンル艦が突進を続ける。
そこに、駆逐艦ラッフェイとグリーブスが向かってきた。

ラッフェイ、グリーブス共に主砲を乱射して敵2番艦に集中射撃を加える。
5,6秒おきに放たれる5インチ砲弾が2番艦に雨あられと降り注ぎ、命中弾が出ると、
その後は面白いように次々と命中した。
艦砲としては小さい5インチ砲といえども、距離4000〜5000でバカスカ食らってしまったらたまった物ではない。
敵艦は防御装甲がそれほどないのだろう、12、3発ほど食らうと、ガクッとその場に停止した。
だが、敵側の方が数が多すぎた。
ラッフェイ、グリーブスの周囲に、2艦の主砲の数より更に多い水柱が乱立する。
唐突に、ラッフェイの1番砲塔が爆裂し、黒煙と破片を吹き上げた。  


346  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:30:22  [  zHthby0g  ]
「目標、敵4番艦!」
ウィチタ艦長、メイヤー大佐は目標を4番艦に定めさせた。
敵艦が砲撃を開始した直後、ウィチタは一旦右に回頭し、後方にセント・ルイスを従えると、猛然と敵巡洋艦群に追随し始めた。

「距離5500メートル!照準よし!」
既に測的を終えていた主砲は、筒先を敵4番艦に向けている。
今は敵4番艦が前方に位置しているため、前部2基、6門の8インチ砲しか使えない。
その間にも、敵巡洋艦4隻が何度目かになる斉射をぶっ放す。
この時点で、ワスプには敵弾18発が命中し、苦痛に悶えるように海面をのた打ち回っている。
そこに新たな敵弾が飛来し、5発の敵弾がワスプの艦体に突き刺さる。
飛行甲板をぶち抜いた敵弾が格納甲板で炸裂し、残骸になっていたワイルドキャット、ドーントレス、
デヴァステーターを余計に細切れにする。
とある1弾は薄い格納甲板までも突き破り、第2甲板の兵員居住室で炸裂し、
まだ無傷だった寝台や私物を一緒くたに粉砕してしまった。

「撃ち方始めぇ!」

メイヤー大佐が号令を下した瞬間、ウィチタの8インチ砲が唸った。
最初は、第1、第2砲塔の1番砲のみが砲弾を放つ。
2門発射のみだが、それでもドーン!という腹に応える音が辺りに木霊する。
しばらく間を置くと、敵4番艦の左舷に2本の水柱が立ち上がり、直後に一際小さい2本の水柱が立つ。
セント・ルイスもまずは敵4番艦に射撃を集中させるのだろう。10秒後に2番砲が砲弾をぶっ放した。

「ワスプ大火災!左舷に傾斜しています!」

巡洋艦クラスの砲弾を20発以上も浴びたワスプは、飛行甲板、格納甲板を滅茶苦茶に破壊され、各部から火災を生じさせていた。
さらに敵弾のうち何発かは、艦深部の機関部にも達しており、機関部は実に30パーセントが破壊された。  


347  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:33:23  [  zHthby0g  ]
また、至近弾の爆圧によって推進スクリュー1基が捻じ曲げられ、停止している。
ワスプは17ノットのスピードでしか航行していなかった。
ワスプはヨークタウン級やレキシントン級と比べると、防御力に難があった。
飛行甲板はまだしも、格納甲板にはわずか32ミリの鋼板しか張られていない。
舷側装甲に関しては、装甲は全く張られていなかった。
ワスプよりも古いレンジャーは、防御に関してはもっと悲惨であるが、ワスプもレンジャーと比べると、
ちょびっとはマシ、と言った程度だ。
これでは、敵の砲弾に、どうぞ、貫いてください、と言わんばかりだ。
そして、現実に敵弾はワスプの薄い防御をどんどん貫き、瀕死の状態に陥らせている。

「よくも・・・・・よくもやりやがったな!」

メイヤー艦長は思わず怒鳴った。」

「油断させて、いきなり砲撃とはなんて卑怯な奴らだ!あいつらを1隻残らず叩きのめしてやるぞ!」

彼は額に青筋を浮かべて怒鳴り散らした。
メイヤー艦長だけではない、艦隊の将兵は誰もが怒りに震えていた。
第3射が放たれて、艦橋に黒煙が流れてくる。
黒煙が晴れると、敵4番艦は相変わらず前進を続けている。
水柱が吹き上がったらしい跡が、敵4番艦の左舷側後部に見られた。
次いで、セント・ルイスの6インチ砲弾が落下する。
2本の水柱は敵4番艦の左舷と、右舷側に吹き上がっている。
敵巡洋艦群は相変わらず25ノットほどのスピードで航行しているため、次第に敵4番艦の左舷側全体が見えてくる。
この時には、後部の第3砲塔も、敵4番艦を射界に捉えていた。  


348  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:35:48  [  zHthby0g  ]
「セント・ルイスの砲弾が敵4番艦を夾叉!」
「馬鹿もん!セント・ルイスに先を越されたぞ!最新鋭重巡の意地を見せろ!」

メイヤー艦長は砲術科員を電話で叱咤する。それに答えるかのように、第4射が放たれた。
2発から3発に増えた8インチ弾が、敵4番艦の左舷200メートルに纏まって着弾する。
この時になって、ワスプを撃沈確実と思ったのか、敵巡洋艦群が主砲をウィチタ、セント・ルイスに向けた。
直後、セント・ルイスの砲弾が落下する。敵4番艦がまたもや夾叉弾を浴びた。
第5射が2番砲より放たれる。
砲弾か、主砲のどちらかが馬鹿になったのか、3発の8インチ弾はまたもや敵4番艦の右舷側海面を空しく抉るだけだった。
一方、セント・ルイスの砲弾は、ついに敵艦に命中弾を与えた。4番艦の中央部に閃光が走り、黒煙と破片が舞い上がった。

「何をやっとるか!腰をすえて撃て!」

メイヤー艦長はまたもや、砲術科に向けて怒鳴り込んだ。
ウィチタが第6射を放った直後、敵巡洋艦が斉射を放ってきた。
砲弾の飛翔音が鳴り、それが徐々に大きくなってくる。

「夾叉弾を得ました!」

と報告が聞こえた時、ウィチタの左舷側海面に12本の水柱が立ち上がった。
セント・ルイスにも左舷側に14本の水柱が立つ。

「敵1、2、3番艦は前部に2基、後部に1基、4番艦は前部、後部共に2基ずつの砲塔を有しています。」

双眼鏡で、敵艦隊をじっと見つめていた副長が言った。

「確かにな。恐らく、敵巡洋艦はいずれも主砲6門、もしくは8門を持っているという事だな。」

彼は頷きながら呟いた。その呟きが第7射の発射音に掻き消される。
3発の8インチ弾のうち、2発が右舷側へ、そして1発が敵4番艦の後部艦橋に命中した。  


349  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:39:32  [  zHthby0g  ]
「敵艦に命中弾1!」

その瞬間、艦橋が歓声で沸いた。

「よし、一斉撃ち方用意!」

メイヤー艦長はすかさず次のテンポに進める。交互撃ち方である程度、弾道が修正されれば、次は全主砲を用いた一斉撃ち方に移る。
この一斉撃ち方で、敵艦を一気に潰してしまおうと言うのだ。
敵艦隊からまたもや斉射が放たれる。後方のセント・ルイスが、15門の6インチ砲を一斉にぶっ放した。
ウィチタが斉射を開始する直前、敵4番艦の周囲に10本以上の水柱が林立した。
ズドーン!という、先の交互撃ち方とは比べ物にならぬ砲声が轟き、艦橋内の誰もが空気の塊で殴られたように感じた。
セント・ルイスの第1斉射は、的確に敵4番艦を捉え、3発の6インチ弾が前、中、後部と、満遍なく叩いた。
次いで、ウィチタの8インチ砲弾が落下し、2発が敵4番艦のすっきりとした甲板にぶち込まれ、そこから爆炎と黒煙が吹き出た。
ウィチタが次の斉射を放つ前に、敵巡洋艦から砲弾が飛来し、今度は右舷側に落下して、10本以上の水柱がウィチタの視界を遮った。

「ええい、邪魔だ!」

メイヤー艦長は目の前に現れた水の壁に、苛立たしげに叫んだ。
水柱が晴れると、敵4番艦は中央部と後部から盛大に黒煙を噴き出していた。
4番艦がセント・ルイスに砲弾を撃つが、8基あるはずの主砲が6基に減っていた。
後部の第4砲塔がセント・ルイスの第2斉射で叩き潰されたのだ。

「やるな、リューエンリ。」

彼はセント・ルイスの艦長の名前を読んで苦笑した。
彼の脳裏に、北欧系のコールマン髭を生やした、リューエンリ・アイツベルン大佐の顔が思い浮かぶ。
共にアナポリスで、肩を並べて学びあった仲だ。  


350  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:41:25  [  zHthby0g  ]
(物思いは後にするとして、今は目の前の敵を潰さねば)
余計な思いを振り払い、彼は敵4番艦に視線を集中する。
ウィチタが第2斉射を撃った。9発中2発が敵4番艦の後部甲板と中央部に叩き込まれる。
中央部から吹き上げる黒煙がより一層濃くなり、敵4番艦は破壊された後部艦橋を完全に覆うまでになった。
しかし、それでも敵は諦めず、健在な6門の砲を撃ってくる。

「セント・ルイス被弾!」

見張りが悲鳴に近い声音で報告してきた。
この時、セント・ルイスの前部甲板に敵4番艦の砲弾が突き刺さり、第2甲板で炸裂した。
第2甲板の兵員室脇のトイレで炸裂した砲弾は、トイレットペーパーや便器のみならず、隣り合わせの部屋2つを完全にぶち壊し、
他に4つの兵員などが損傷を受けた。
セント・ルイスの第3斉射が敵4番艦に放たれ、15発の砲弾がスコールのように降り注ぐ。
4発が後部と中央部に叩きつけられ、更に敵4番艦を痛めつけた。
この被弾で、後部の第3砲塔が粉砕され、使える主砲は前部の2基4門のみとなった。
ウィチタが次の斉射を撃つ前に、セント・ルイスが早くも第4斉射をぶっ放す。
またもや4弾の6インチ弾を叩き込まれ、敵4番艦の艦容がみるみるうちに醜い鉄のオブジェへと変わっていく。
そこにウィチタの第3斉射が降ってくる。
今度は3弾が敵4番艦の前部と中央部に命中し、第2砲塔と思しき構造物が黒煙を吹き上げて視界から消えうせた。
「敵4番艦はもう少しでノックアウト出来るな。」
メイヤーがそう呟いた時、敵巡洋艦群の砲弾が落下してきた。
周囲にドカドカと敵弾が叩きつけられる。
次の瞬間、ガァーン!という巨大なハンマーがぶつかった様な衝撃がウィチタを襲った。

「右舷中央部に被弾!クレーン損傷!」

敵弾は、ウィチタの右舷中央部に命中し、救命ボートとクレーンを叩き壊した。  


351  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:43:46  [  zHthby0g  ]
救命ボートは跡形も無く粉砕され、クレーンは音を立てて海面側に落下し、先端が折れて海に落ちてしまった。

「主砲はすべて健在であります!」
「よし!」

それを聞いたメイヤー艦長は安心した。
セント・ルイスが第5斉射を放った。新たに3弾が命中し、敵4番艦の火災が一層激しくなった。
ハッチから、乗員らしき人影がわらわらと出てきた。
その中に、緑色のローブを付けた乗員も幾人か混じっていた。
そこにセント・ルイスの第6斉射が振ってきた。
乗員が出てきた箇所に爆発が沸き起こり、その箇所も発生した火災によって覆い隠されてしまった。
それでも、敵4番艦は砲撃を止めない。
2門のみとなった主砲がセント・ルイスに向けて咆哮する。
2発中、1発がセント・ルイスの後部艦橋の横に着弾し、5インチ連装両用砲を真上から叩き潰した。
4番艦の抵抗はそこまでだった。
直後に飛来したセント・ルイスの第7斉射が敵4番艦を水柱で覆った。
ウィチタの第4斉射の砲弾も加わって、4番艦は見えなくなる。
水柱が晴れると、敵4番艦は艦体の大部分が噴き出す黒煙に覆われ、ノロノロとした速度で海面を這っていた。

「敵4番艦沈黙!」
「目標変更。次の目標、敵1番艦!」
「目標、敵1番艦、アイアイサー。」

敵4番艦を完全にたたきのめしたウィチタとセント・ルイスは、今度は別々の目標を狙った。
敵巡洋艦群も、今や30ノットほどのスピードでウィチタ、セント・ルイスに同航している。
主砲が、右舷やや前方を行く敵1番艦に向けられる。
発砲する直前に、敵弾の1発がウィチタの艦体を捉えたが、主砲は全て健在である。  


352  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:45:00  [  zHthby0g  ]
「測的よし!」
「目標、敵1番艦。撃ち方始め!」

再び、各砲塔の1番砲が咆哮した。
敵4番艦を砲撃した時、第1射は敵艦から700メートルも離れた海面に落ちていたが、
先の敵4番艦との戦いがいいウォーミングアップとなったのか、今度は第1射から敵1番艦の右舷200メートル圏内に落下した。

「さっきよりもいいぞ。」

メイヤー艦長は満足したように頷いた。
敵1番艦の発砲した砲弾が降って来た。敵弾はウィチタを飛び越えて、またもや左舷側に落下する。
ワスプを砲撃されてから20分が経っているが、敵巡洋艦の砲撃はなぜか精度が落ちている。
砲戦開始3分足らずでしんがりを叩きのめされた事がよほどショックであったのか、次の斉射もウィチタを外れてしまった。
ウィチタの第2射が敵1番艦に落下する。右舷側に1本、左舷側に2本。夾叉だ。
10秒後に第3射を放つ。今度は1発が敵1番艦の平たい中央部に命中した。
敵艦から放たれた砲弾が周囲に落下し、ウィチタに新たな敵弾が襲った。命中数は2。
1発は第2煙突横の右舷甲板に命中し、28ミリ4連装機銃を吹き飛ばす。
もう1発が後部甲板に落下し、カタパルト上に駐機していたOS2Uキングフィッシャーを2機、ばらばらに打ち砕いてしまった。

「後部甲板より火災発生!」

見張りの報告と共に、第4射が放たれ、1発が敵1番艦の艦橋の後ろ部分に命中した。

「一斉撃ち方。」

先とはいささかトーンを落とした口調で次のステップに移らせる。
一斉射撃の準備には、少しばかり時間が掛かる。  


353  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:48:43  [  zHthby0g  ]
主砲が全て撃てるうちに早く、と。内心で焦る。
敵巡洋艦の斉射弾が降って来た。
着弾の瞬間、5本の水柱はウィチタを取り囲み、1発がウィチタの右舷中央部に命中する。

「敵巡洋艦の主砲は、6インチ〜8インチの中間あたりですな。」

副長がメイヤー艦長に言ってきた。

「君もそう思うか?」
「ええ。敵弾が吹き上げる水柱が、8インチ弾のものと比べると小さく、6インチ弾と比べると
大きいように見えたので。恐らく、敵巡洋艦の主砲は7インチクラスでしょう。」
「確かに。それはそうとして、早めに敵1番艦を黙らさんと、後ろのセント・ルイスが危ないな。
奴ら、セント・ルイスの相手を2、3番艦に任せている。」

一際多い主砲の門数と、発射速度の異様に速いセント・ルイスを一番の強敵と見なしたのか、敵巡洋艦群は
2、3番艦が専らセント・ルイスを狙っている。
セント・ルイスは自艦を狙う2、3番艦のうち、2番艦を叩いていた。
そして、2番艦はこの後の第1斉射で4発をぶち込まれたのを機に、次々と数発ずつの砲弾を見舞わされた。
まず、第2斉射のうち、3発が後部甲板に命中して、撃ちまくっていた第3砲塔を黙らせる。
その7秒後に放たれた第3斉射が中央甲板と後部艦橋に命中し、命中箇所から火災を発生させた。
第1斉射から1分後には、セント・ルイスは敵弾13発を受け、後部第4砲塔と前部の第2砲塔を潰され、
中央部と後部艦橋から激しく黒煙を噴き出している。
だが、その間、敵2番艦に10斉射分の射弾を浴びせ、敵2番艦の主砲を全て叩きつぶしてしまった。
主砲を全て失った敵2番艦は、機関部には損傷は無いのか、急に転舵して隊列から逃げ始めた。
完全に行き足の止まった4番艦よりは幾分マシに見えたが、それでもセント・ルイスより激しい火災煙を吹き上げている。  


354  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:55:25  [  zHthby0g  ]
ウィチタは敵1番艦との殴り合いに専念していた。
第7斉射がウィチタの9門の主砲から放たれる。
その直後、敵1番艦の砲弾が第1砲塔に突き刺さった。
次の瞬間、敵弾の炸裂によって天蓋が大きく捻じ曲がり、3本の主砲のうち1本が根元から叩き折られ、
残りの2本もあらぬ方向を向いた。

「第1砲塔損傷!旋回盤故障により使用不能!」
「野郎!」

メイヤー艦長は歯軋りをして悔しがる。今まで、主砲は全て健在であった。
敵1番艦は前部と中央部から煙を引き、傍目から見れば死に体だった。
もう少しで押し切れると思った矢先に、砲戦力の3分の1を失ったのだ。
残り6門の8インチ砲が、猛然とぶっ放す。
6発中、2発が敵1番艦に命中。うち1発は艦橋の後ろに立っているマストを叩き倒した。

「早くこの忌々しい巡洋艦を倒して、ワスプに向かわなければ!」

既に、ワスプは7インチクラスの砲弾をしこたま食らい、重傷を負っている。
そのワスプに襲い掛かろうとしている敵駆逐艦8隻は、護衛駆逐艦5隻の巧みな攻撃でなんとか足止めされている
状況だが、いつ敵駆逐艦が防御網を破り、ワスプに殺到するか分からない。
敵1番艦に発砲煙が吹き上がり、砲弾の飛翔音が次第に近付いてきた。
来る!と感じた直後、ガガーン!という衝撃がし、ウィチタの艦体があちこち軋みを響かせる。
打ち続くに打撃に耐えられないと言っているかのようだった。
(これぐらいでへこたれるな!!お前は合衆国で最新鋭の重巡だ。あんな卑怯者ぐらい、すぐにぶちのしてやるんだ!!)
メイヤー艦長は、内心でウィチタに渇を入れた。
それに答えるかのように、6門の8インチ砲が轟然と唸る。
8インチ弾がまた1発、敵1番艦の前部甲板付近に突き刺さった。
その直後、黒煙の向こうから火柱が立ち上がった。  


356  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  22:58:16  [  zHthby0g  ]
午前9時50分

ノイス少将は、ワスプの周囲に寄ってくる護衛艦艇を見て、不覚にも涙をこぼしそうになった。
ワスプを守るべく、必死に戦った各艦は、どれもこれも損傷を受けていた。

「司令官、大丈夫ですか?」

艦長のジョン・リーブス大佐が心配そうな声音で尋ねてくる。
ノイス少将は飛び込んできた砲弾の破片で右肩をザックリ抉られており、今は司令官席に座って衛生兵の手当てを受けている。

「ああ。なんとか生きているよ。それにしても、彼らはよくやってくれたものだ。」

そう言って、彼の脳裏にはあの衝撃的な瞬間が頭によぎった。
シホールアンル軍と思しき艦隊が、突然主砲を向けて発砲してくる事なぞ、誰もが思ってもいなかった。
全く未知の艦隊が放った砲撃に、誰もが呆然とし、その次に怒り狂った。
彼らの最初の目標は、TF23の旗艦ワスプだった。
砲撃の精度は憎らしいほど良く、転舵してジグザグに逃げようとするワスプに、砲弾は次々と命中していった。
敵弾のうち1発は艦橋のすぐ横の飛行甲板に着弾し、破片が艦橋職員をも襲った。
この時、ノイスは針路を変え、敵艦隊との接触を避けるべきだったと、激しく後悔した。
味方艦が敵艦に発砲すると、敵艦隊は目標をワスプから護衛艦艇に切り替え、それを専ら攻撃した。
ワスプに命中した敵弾は実に32発!
内6発は艦深部にまで達しており、機関室や缶室にも被害は及んでいた。
舷側にも2,3発が命中し、ワスプは左舷に傾きながら、17ノットに落ちた最大速力で必死に離脱を試みた。
格納甲板は、搭載機が次々と炎上して大火災が発生し、リーブス大佐は放棄を考えたが、ワスプ乗員達は諦めなかった。

「艦長。」

艦橋に入って来たダメージコントロール班の班長がリーブス大佐を呼んだ。班長の顔は真っ黒に煤けている。

燃料庫に火災が及びつつあると聞いた時は、流石に諦めかけたものの、決死の消火作業はワスプの命を繋ぎ止めた。  


357  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  23:01:57  [  zHthby0g  ]
「格納甲板の火災は依然予断を許しませんが、延焼は食い止められました。」
「そうか。」

やや暗めであったリーブス艦長の表情が、次第に明るくなっていく。

「それに、機関部のほうでも応急修理は順調に進んでおり、4時間後には18ノットまでスピードが出せるそうです。」
「ご苦労だ。火が消えるまでは気が抜けないが、必ず消し止めてくれ」
「アイアイサー。」

班長が敬礼し、リーブス大佐は答礼する。
それを確認するのももどかしく、班長は慌てて艦橋から飛び出していった。
入れ替わりに、通信士官が紙を持って艦橋に飛び込んできた。
「司令、被害状況をお伝えします。我が方の損害は、駆逐艦トリップ沈没、ラッフェイ航行不能、後自沈。
空母ワスプ、巡洋艦セント・ルイス大破、巡洋艦ウィチタ、駆逐艦バルチ中破。駆逐艦カッシン、グリーブス、小破です。
人員の被害状況については現在調査中です。」

ノイス少将は体を震わせた。
不意打ちとはいえ、敵と最初の対決で早くも駆逐艦2隻を失い、空母、巡洋艦、駆逐艦に無視し得ないダメージを負わされた。
ノイス少将はみすみす不意打ちを許した自分に怒りを感じた。
これを、あのニトログリセリンが聞いたら、自分の事をどう言うだろうか?
近い将来、軍艦に乗って、気心の知れた部下達と航海する日は、もはや無くなるだろう。

「戦果のほうはどうかな?」

彼は、せめてもの気晴らしと思い、自分達の反撃で上げた成果を確かめた。  


358  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  23:04:13  [  zHthby0g  ]
「戦果は、敵巡洋艦2隻撃沈、2隻大破。駆逐艦2隻撃沈、3隻大破、2隻に損傷を負わせています。
結果的に見れば、我が方の勝利です。」

通信士官は語調を強めていった。
ワスプが砲撃を受けた後、各護衛艦は死に物狂いで戦った。
駆逐艦部隊は、どれほど叩かれようが、敵の針路を塞ぎ続け、ワスプに近寄らせようとはしなかった。

巡洋艦部隊は、駆逐艦部隊と同じように劣勢下にありながらよく奮闘し、逆に敵巡洋艦2隻撃沈、2隻大破の戦果を挙げた。
特にセント・ルイスの戦いぶりは凄まじい物であり、自慢の6インチ砲15門を乱射して敵巡洋艦を終始圧倒した。
敵3番艦と打ち勝った時には、セント・ルイスも大損害を受けており、5基あった6インチ砲塔は1基が使えるのみで、
速力も最大24ノットが限界だった。
ウィチタも主砲塔1基を潰され、右舷側の対空火器を全滅している。
いずれにせよ、彼らの奮闘無くしては、TF23はワスプも含め、全滅は免れなかったであろう。

「不意討ちを受けたとはいえ、我々はなんとか勝った。」

ノイス少将は、視線を宙に漂わせる。

「とは言え、あのような、手強い艦艇を持つ国と戦うとなると、
今後の戦闘も楽には勝たしてもらえないだろう。」  


359  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/12/14(木)  23:06:15  [  zHthby0g  ]
1481年11月14日  ワシントンタイムス紙朝刊

「シホールアンル側の艦艇、合衆国海軍の軍艦を撃沈破!!

去る11月12日。偵察活動に従事していた大西洋艦隊所属の第23任務部隊は、シホールアンル海軍所属の軍艦に
突然砲撃を受けた。この突発的な戦闘で、我が方の駆逐艦2隻が撃沈され、空母1隻と巡洋艦2隻、駆逐艦1隻が大破、
もしくは中破された。シホールアンル側は護衛艦艇の反撃で巡洋艦、駆逐艦各2隻を撃沈された模様。
この報告を受けたルーズベルト大統領は各ラジオ通信社に向けて、14日午後2時の番組枠を空ける様に伝えた。
この突発的な戦闘は、大局的に見れば小さな物であるが、シホールアンル帝国が不意討ちを食らわせた事は、我が合衆国
政府や国民の反発を高める事は確実で、国際的にもシホールアンル帝国の立場はより一層、悪くなるであろう。」