102 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/15(木) 01:19:31 ID:Bohu6sek0
第77話 第5艦隊

1943年(1483年)7月26日 午後7時 マオンド共和国領ユークニア島

リゴル大佐は、数日前と同じように第5発着場にある小高い崖から入り江を眺めていた。
入り江には、数日前と同じように10頭ほどのベグゲギュスが泳いでいる。
元々、この第5発着場には60頭のベグゲギュスがいたのだが、今は10頭のみ。
残りは、永遠に帰って来ない。

「どうして・・・・どうして、こんな事に!」

リゴル大佐は頭を抱えながら呻いた。
満を持して送り出した70頭のうち、帰還したベグゲギュスはいなかった。
事の起こりは21日に飛び込んできた1通の魔法通信である。
その日、ベグゲギュスが集団で航行している敵の船団を攻撃するという魔法通信が届いた後は、次々と悲痛じみた報告が入ってきた。
最初の魔法通信が入ってから10分ほどで、いきなり敵襲を受けたとの報告が追加され、その後は味方のベグゲギュスが次々と
討ち取られていく様が淡々と報告されていた。
ついには、報告を送っていたベグゲギュスまでもが通信不能となり、このベグゲギュスの部隊は全滅したと判断された。
他のベグゲギュスからの報告も、敵艦らしき物から攻撃を受ける、敵の警戒部隊多数、これ以上の進行は不可能、
といった通信が送られ、リゴル大佐は初めて、アメリカ側が本格的にベグゲギュスを狩り出しにかかった事を理解した。
その後もベグゲギュスからの連絡は次々と途絶えていき、23日の深夜には、1通の通信文も入らなくなった。

「全滅・・・・・・我が戦隊のベグゲギュスが・・・・・全滅!?」

その時、リゴル大佐は突然の事態に発狂寸前に陥った。
これまでにアメリカ側の反撃で3頭のベグゲギュスが失われていたが、今回の喪失はそれと同等か、酷くても10頭程度で済むであろう考えていた。
だが、現実は悲惨であり、この時点では70頭全てのベグゲギュスから連絡が途絶えていた。
それはすなわち、派遣したベグゲギュスが文字通り全滅させられた事になる。
(アメリカ海軍は全滅させたと思い込んでいたが、実際には帰還しようとしている生き残りがいた。しかし、アメリカ海軍は
戦後になるまで、ベグゲギュスを東海岸沖で全滅させたと確信している)

103 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/15(木) 01:20:30 ID:Bohu6sek0
それを幾ばくか払拭したのは、7月25日の昼頃であった。
半ば死人のようになりながら寝込んでいた(あまりのショックに卒倒していた)リゴル大佐は、生き残りがいる事と、
ベグゲギュス隊が挙げた戦果に僅かながらも頬を緩ませた。
戦果報告によれば、ベグゲギュス隊は総合で空母2隻、巡洋艦2隻、駆逐艦5隻を撃沈し、駆逐艦3隻を大破させたという。
それに、沈めた空母のうち、1隻はシホールアンルから聞かされたエセックス級と呼ばれる新鋭空母だそうだ。
ベグゲギュスはそう戦果報告を送っているが、実際の所、米海軍はゲティスバーグを傷付けられた物の中破止まりで済んでおり、
空母の喪失は1隻も無い。
(双方が、この時の海戦で誤解をしていた。この誤解が解けるのは戦後になってからである)
それはともかく、リゴル大佐はこの報告を素直に喜んだが、報告を送って来たベグゲギュスも、一向に帰らなかった。
70頭のベグゲギュスは文字通り全滅したのである。

「相手は、大型空母も投入して警戒を厳重にしていた。いわば、敵は待ち構えていたんだ。そこに、俺は事前の偵察も無しに
あたら戦力を集中し、結果、全滅に近い損害を受けてしまった。」

リゴル大佐は、失意の表情を浮かべながら引き返す。

「馬鹿だった・・・・・ベグゲギュスにもっと経験を積ませて、事前に調査をしていれば、こんな酷い損害を受ける事は無かった。
まだ存分に使えたはずのベグゲギュスを、70頭も失う事は無かった・・・・・・本当に馬鹿な事をしてしまった。」

彼はしわがれた声でそう呟いた。ある程度の損害は与えたものの、追い返されたのは明らかにベグゲギュス。そして、マオンドだ。
つまり、マオンドはまた負けてしまったのだ。

「祖国に、恥じの上塗りをさせてしまった私は、もはやこの島に居られなくなるだろう。」

リゴル大佐はよろよろと歩きながら、指揮官用の部屋に歩き始めた。

「指揮官、本国からの魔法通信です。」
「どれ、見せろ。」

104 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/15(木) 01:21:17 ID:Bohu6sek0
彼は、その魔道士から差し出された紙を引ったくった。

「辞令、ハニジ・リゴル大佐を士官学校教官に任ずる、か。予想通りだな。」

リゴル大佐は笑みを浮かべると、紙を魔道士に返し、ふらついた歩調で指揮官室に戻って行った。

1483年(1943年)8月3日 午後2時 バルランド王国ヴィルフレイング

「うわ・・・・凄いよ、コレ・・・・・」

魔道士のリエル・フィーミルは、桟橋から見える光景に思わず唖然としていた。

「ああ、ラウスの言う通りだな。」

同じく、魔道士であるヴェルプ・カーリアンもまた驚いていた。
ヴィルフレイング港の北側は、アメリカ太平洋艦隊が使用している。
2人は上層部からラウスに代わる連絡員として選ばれて、新しく発足したばかりの第5艦隊司令部に向かう途中であった。
ラウスは既にバルランド本国に戻っており、これから数ヶ月はバルランド海軍総司令部で働く事になっている。
ラウスは、2年前にハルゼー部隊に配備されて以来、ずっと連絡要員(ハルゼー部隊のスタッフでは魔道参謀と呼ばれた)を務めていた。
7月30日にエンタープライズから降りるまで、ラウスは様々な海空戦を経験していた。
連絡要員を務めながらも、バルランド海軍が経験した事の無い近代海戦を幾度も経験していたラウスは、バルランド海軍から見れば
アメリカ海軍の戦い方を知る数少ない証人であった。
その事から、ラウスは首都の海軍総司令部特別要員として引っ張られた。
2人はその代わりとして、第5艦隊の旗艦に向かう途中であったのだが、港の北側は太平洋艦隊所属の艦艇で半分以上が埋まっていた。

「空母って、生で始めて見るけど・・・・うわ、10隻も。いや、まだいるよ。」
「小型艦なんて数えるのも嫌に思うほど、大量にいるぜ。」
「確か、ラウスの話によると、太平洋艦隊の戦力増強は8月後半まで続けられるようだ。」
「ええ?これだけあるのにまだ増えるの!?」

105 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/15(木) 01:21:52 ID:Bohu6sek0
「そのようだ。詳しい事は、これからの配属先で聞けばいいだろう。」

2人は取り留めの無い雑談を交わしながら、旗艦へと向かう内火艇に乗り込んだ。

第5艦隊旗艦である重巡洋艦インディアナポリスで、司令長官であるレイモンド・スプルーアンス中将は、艦橋で艦長と雑談を交わしていた。

「長官。バルランド側からの連絡要員が本艦に来ました。」

参謀長であるカール・ムーア大佐がスプルーアンス中将に報告してきた。

「ふむ、来たか。」

スプルーアンスは感情のこもらぬ口調で返事する。

「司令官室に呼んでくれ。まずはそこで話し合おう。」

インディアナポリスに来艦したヴェルプとリエルは、やや緊張した面持ちで司令官室の前に立った。
従兵と思しき水兵がドアを開けてくれた。

「長官、お連れしました。」
「うむ。」

中には、田舎の学校教師を思わせる男が飲み物をカップに注いでいた。

「本日付をもって、バルランド王国派遣要員として配備されました、魔道士のヴェルプ・カーリアンと申します。」
「同じく、リエル・フィーミルと申します!」

2人は固い口調で自己紹介を行った。

「2人とも、なかなか元気があるな。まあ、そこの椅子に座りなさい。」

106 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/15(木) 01:22:30 ID:Bohu6sek0
スプルーアンスは2人に座るように勧めながら、淹れたてのコーヒーが入ったカップを、2人の前に置いた。
彼は自分のコーヒーも入れると、2人とは反対側の椅子に座った。

「いやはや、狭い所で申し訳ないね。君らが自己紹介したのだから、私も自己紹介をやらんと失礼だな。
私は、第5艦隊司令長官のレイモンド・スプルーアンス中将だ。ラウス君から君らの事は聞いているよ。」

スプルーアンスはそう言うと、無表情だった顔に初めて笑みを浮かべた。

「特に、リエル君の事は要注意してくれと聞いている。いらない事しでかしたら海に放り出して良いと言われたよ。」
「まさか!私はいらぬ事をするつもりは無いですよ。そもそも、ここはバルランド本国ではなく、アメリカ合衆国の
所有する軍艦です。変な事なんかやりたくても出来ないですよ。あははははは!」

リエルは、はきはきとした口調で言って元気よく笑ったが、ヴェルプの耳には、

「ラウスの奴、覚えておきなさいよ」

と、聞き取れなさそうな声で言っているのが分かった。
(ラウスのバカ。本当、リエルにイタズラするのが好きだな)
ヴェルプは内心、ラウスの無神経さに呆れた。

「それなら大丈夫そうだな。さて、仕事の件だが、君達にはバルランドやミスリアル側から送られて来る魔法通信を受け取って、
こちらに伝えて欲しい。言うなれば、ラウス君と同じ仕事だ。現在、第5艦隊は太平洋艦隊の主力を成している。」

スプルーアンスは、2人に第5艦隊の編成を説明し始めた。
第5艦隊は、8月に出来たばかりの新編成の艦隊であるが、元々はハルゼーが率いていた第3艦隊が母体となっている。
第5艦隊は2つの任務部隊に分かれている。
1つめは第57任務部隊、2つめは第58任務部隊である。
TF57には正規空母5隻、軽空母3隻。TF58には正規空母6隻、軽空母3隻を中核に編成されている。
両TFとも、この空母群を2つの任務群に分けて運用している。
これらが保有する艦載機の数は総計で1410機。太平洋艦隊始まって以来の規模だ。

107 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/15(木) 01:23:04 ID:Bohu6sek0
「これからは、この第5艦隊が来るべき反攻作戦の要になる事は間違いないだろう。本国では、高速機動部隊の他にも、
上陸部隊等も私の艦隊に配備しようとしている。」
「上陸部隊、ですか?」

リエルがぽかんとした口調で聞いた。

「そう、上陸部隊だ。上の話では、この第5艦隊は先に説明した2個機動部隊の他にも、上陸部隊と、それを護衛する部隊も
我が艦隊に組み込む予定のようだ。そうなると、第5艦隊は高速機動部隊、上陸部隊、護衛艦部隊で編成される混成艦隊になる。」
「となると、第5艦隊の規模は相当な物になりますね。」

ヴェルプの言葉に、スプルーアンスは頷いた。

「その通り。これまでは、指揮下の戦闘艦艇ばかりを気にしていればよかったのだが、上陸部隊や他の任務部隊にも目を配らなければならん。
全く、とんだ貧乏くじを引かされたものだ。」

苦笑しながらそう言うスプルーアンスに、リエルとヴェルプは驚いた。

「スプルーアンス提督。この艦隊はこれまでの想像を遥かに超える大艦隊ですよ。てっきり私達は提督が嬉しがっていると
思っていたのですけど、本当はどうなのでしょうか?」

リエルが少しばかり突っ込んだ質問をした。

「ほう、いい質問だな。」

リエルに対して、スプルーアンスは感心しながらも質問に答える。

「正直言って嬉しい。元々、私は軍隊が大嫌いだったが、兵学校を卒業して以来、地道ながらも頑張ってきた。そして今日、合衆国海軍でも
最大の艦隊を率いられた事を誇りに思うよ。これが1つだ。もう1つは、大艦隊ゆえの大きな手間、そして難しさが付きまとってくる。」

108 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/15(木) 01:23:37 ID:Bohu6sek0
スプルーアンスは笑みを消して、怜悧な表情で説明していく。

「確かに私の指揮する第5艦隊は最強の攻撃力を持つ。だが、主力だけでも正規空母11隻、軽空母6隻を有する大艦隊だ。これだけでも、
作戦開始となればどこに動かすかを一々考えなければならない。それに加え、指揮下に入る上陸部隊をどこに上陸させたら良いか。そ
の護衛艦隊をどう配備するか、そして各艦艇に対する燃料、物資補給をどうしていくか。この様々な仕事をこなさなければならん。
ラウス君のように言えば、めんどくさい仕事が一気に増えたという事だ。この大量の仕事を、私は艦隊司令部の幕僚と共にこなすのだ。」

スプルーアンスは一旦言葉を区切ってから、コーヒーを少し飲んだ。

「だから、私は貧乏くじを引かされたと言ったのさ。まあ、こうは言っているが、私としては非常に頑張り甲斐のある仕事だと思っている。」
「となると、私達の責任は重大ですね。」

ヴェルプは、リエルと顔を見合わせながら、やや震えた口調で言った。

「もちろんだとも。バルランド側と素早くやり取りできるのは、魔法通信が出来る君達以外にいないからな。期待しているぞ。」

スプルーアンスはそう言うと、無表情だった顔に笑みを浮かべた。

「さて、着任早々の挨拶はこれまでだ。ちなみに、君達の分のコーヒーを淹れてある。遠慮なく飲みなさい。」

2人はふと、目の前に置かれていたコーヒーを見る。
ヴェルプは、アメリカ本土に使者として行った時に何度か飲んでいるから少し馴染みがある。
だが、リエルはずっとバルランドに引き篭もりであったのでコーヒーという飲み物を見るのは、今日が始めた。

「これは・・・・モカコーヒーですか?」
「そうだ。私が作ったのだ。私はね、客人が来た時には必ず、自分で作ったコーヒーを淹れてもてなす事をいつも心掛けているのだ。
わざわざ出向いてくれた相手に何も無しでは失礼だからね。どうして分かった?」
「以前、アメリカを訪れた時に何度か飲んでいまして。それ以来コーヒーに関しては少しばかり分かるようになりました。」
「なんか・・・・独特の匂いがする・・・・」

109 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/15(木) 01:24:11 ID:Bohu6sek0
リエルがコーヒーの匂いを嗅いでいる。初めて嗅ぐコーヒーの匂いは、苦味が混じっているような感がある。

「では、いただきます。」

2人は恐縮しながらコーヒーを飲んだ。

「・・・・う・・・」

リエルは思わず顔をしかめてしまった。

「おっ、これは程よい苦味ですね。」

ヴェルプは笑みを浮かべながらスプルーアンスに言った直後、ハッとなった表情でリエルに振り向いた。
リエルが初めて飲むコーヒーは、彼女からすればかなり苦かった。
(いけね!こいつ、思った事をすぐ口に出すから、あの顔からして)
ヴェルプの思い通り、リエルは本当にまずいと言いそうになった。
しかし、彼女が口を開きかけた時、

「リエル君、大丈夫かね?口に合わなかったかな?」

スプルーアンスが滑り込むようなタイミングでリエルに言った。

「え・・・・あ。いえ、そそ、そんな事はありませんよ!」
「ふむ。そうか。」

と、スプルーアンスはそう返事したまま、しばらく黙り込んでしまった。
一瞬にして、気まずい雰囲気が流れた。

「あの・・・・・提督・・・・」

110 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/15(木) 01:25:02 ID:Bohu6sek0

ヴェルプはまたやっちまったとばかりに呆れた顔になった。
リエルは、確かに優秀な魔道士ではあるのだが、素直すぎる性格のために、上司に対しても

「この料理まずいですよぉ」

とか、

「うわあ、結構腹黒いですねぇ」

等と言って怒らせてしまう場合が何度もあった。
その性格や、普段の素行が影響して召喚メンバーから外されてしまったという苦い思い出がある。
それから彼女は認識を改めたのか、普段の素行はまあまあ改善され、上司に対しても受けは良くなった。
彼女の頑張りも実って、今回、太平洋艦隊の主力となる第5艦隊に連絡要員として派遣されたのだ。
しかし、緊張のせいか。彼女の長年の悪癖が再発しかけたのだ。
(提督を怒らしてしまったかな?)
内心、リエルは失敗したと思った。
その時、スプルーアンスが口を開いた。

「リエル君は、コーヒーは初めてかね?」
「はっ、はい。初めて飲みます。」
「そうか・・・・・・艦隊の主要要員を勤める者は、常に正確な報告をしなければならない。報告は、大事だ。誤った報告をすれば、
艦隊を誤った方向に導き、最悪の場合には艦隊壊滅と言う取り返しの付かぬ事態を招く。どんな時にも、報告はしっかり、正確にやるのだよ。
これは、2人にもよく覚えていてもらいたい。リエル君、さっきのコーヒーでもそうだ。君には、私が出したコーヒーは合わなかった。そうだね?」

スプルーアンスはやんわりとした口調でリエルに聞いた。
「・・・・はい。その通りです。提督の出した飲み物を、合わないと言ってしまい、申し訳ありません。」
「いや、君は何も悪くない。これはコーヒーに拘った私のミスだよ。まあ、コーヒーぐらいで落ち込まんでもよかろう。
まずいものはまずい。正直で良いのだ。」

2人は、スプルーアンスのあっさりとした口調に半ば驚いた。

111 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/15(木) 01:25:49 ID:Bohu6sek0
「どんなに悪い報告でも、ちゃんと相手に伝えなければならない。例え、味方部隊が全滅したという報告があっても。それにリエル君が、
私がどうであれ、コーヒーが口に合わないといえばそれでいいのだ。その報告は、次の機会に役立つのだから。そこの所をしっかり理解してくれ。」

スプルーアンスはそういい終えると、ドアの向こうにいるであろう従兵を呼んだ。

「アトキンス1水。悪いが、こちらのレディーに飲み物を用意してくれ。」
「ハッ。何がよろしいでしょうか?」
「オレンジジュースが良いだろう。頼む。」
「分かりました。」

従兵は頷くと、そそくさと司令官室を出て行った。
2分ほど経つと、従兵はオレンジジュースを持って来た。

「お飲み物をお持ちいたしました。」
「ご苦労だった。さあ、飲みたまえ。」

スプルーアンスは、リエルの前にオレンジジュースを置きながら飲むように促す。

「すいません。では・・・・」

リエルはジュースの入ったコップを持ち上げた時、僅かに身構えた。

「?」

一瞬、リエルの顔が引きつるのを、スプルーアンスは不思議に思った。
(こいつ・・・・あれが大の苦手だったよな)
一方、ヴェルプはある事を思い出してから、リエルがまたしでかさないか心配になった。
そんな思いをよそに、リエルはなぜか緊張した顔でオレンジジュースを飲んだ。

「あっ、おいしい。」

112 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/15(木) 01:26:28 ID:Bohu6sek0
一口飲んだ途端、彼女の表情は緩んだ。オレンジジュースが気に入ったのか、彼女は一気に半分まで飲んだ。

「どうやら、気に入って貰えたようだ。」

スプルーアンスが微笑みながら、リエルに言ってきた。

「スプルーアンス提督、この飲み物は非常に旨いですね。」
「オレンジジュースという飲み物だ。オレンジという果物を搾って出た果汁から作られている飲み物なのだが、このジュースは
カリフォルニア産の新鮮なオレンジを使用しているから、なかなかの一品だぞ。」
「そうなんですか。でも、このような旨い飲み物も、余り数は無いのでは?」

バルランドでは、味の良い酒や飲み物は数が少なく、満足にそれを嗜めるのは貴族ぐらいだ。

「数?いや、数はそれほど困らないよ。一般住民にも広まっているし、このヴィルフレイングにもごっそり持ち込まれている。
だから、いくら飲んでも良いという訳だ。」
「へえ、それは凄いです。」

リエルはそう返事しながらも、脳裏にはラウスのある言葉が思い出されていた。

『アメリカはバルランドより凄い。軍事や経済、工業は勿論、普通の生活用品や飲み物、衣服、全部が俺達バルランドを越えている』

これと似たような言葉は、ヴェルプからも聞かされていたが、リエルはあまり実感が沸かなかった。
しかし、今日。彼女は2度ショックを受けていた。
1度目のショックは、ヴィルフレイングの泊地にズラリと並んだ大艦隊だ。
この大艦隊のうち、半数近くはこの半年程度の期間で集まったと聞く。
初めて、アメリカの底無しの力を垣間見た彼女だったが、このオレンジジュースが、2度目のショックとなった。
バルランドでは、一般民は良質なジュースをあまり飲めない。それは他の国も同様だ。
精々、季節の変わり目に行われるイベントで飲むぐらいだ。
しかし、アメリカは良質なジュースを、一般国民に対して充分な量を飲ませられる。

113 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/15(木) 01:27:55 ID:Bohu6sek0
それのみならず、このような、本国とは離れた地域にも大量に運び込む事が出来る。
(ラウスの言っていた事がようやく分かったわ。確かに、行って見る価値はあるね)
リエルは内心そう思った。
それから、3人は30分ほど雑談を交わした後、第5艦隊司令部の面々に改めて自己紹介を行った。

1483年(1943年)8月8日 午前8時 シホールアンル帝国アルブランパ

第24竜母機動艦隊は、1日まで行われていた訓練を終了してその日の内にアルブランパに入港していた。
総旗艦である竜母モルクドの司令官室で、司令官であるリリスティ・モルクンレル中将はワルジ・ムク少将と話し合っていた。

「この書類を見て、どう思う?」

彼女は、ムク少将に問いかけた。

「とんでもない物です。」

彼はため息混じりにそう答えた。

「アメリカ海軍の戦力増強は、今までに見たことも無い速さで行われていますな。7月後半にはエセックス級空母が1隻。
そして昨日未明にはエセックス級空母とインディペンデンス級が新たに1隻。これじゃあ、正面から戦って勝つのは難しい。」
「あなたもそう思うのね。あたしも同感だわ。」
「我々も、着々と戦力が増えてきていますが、太平洋艦隊だけでこれだけの数の空母が集まるとは、あの国は明らかに異常ですよ。」

ムク少将はそう言いながら、書類をテーブルに置いた。
書類には、現地のスパイから送られてきた新鋭艦の配備状況が記されている。
スパイ情報は、一旦は途絶えてはいた物の、ここ最近から刻々と貴重な情報が送られつつあった。
リリスティが特に注目するのは、アメリカ太平洋艦隊の空母部隊だ。
これまでに、アメリカ太平洋艦隊はヨークタウン級空母3隻、エセックス級空母4隻、レキシントン級空母2隻、インディペンデンス級空母2隻、
計11隻でもって空母機動部隊を編成していた。

114 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/15(木) 01:28:32 ID:Bohu6sek0
ちなみに、シホールアンル海軍は現在、正規竜母5隻に小型竜母5隻を保有するまでになっているが、全体の数からして劣勢だ。
しかし、アメリカ海軍はこの2ヶ月で更にエセックス級空母2隻とインディペンデンス級軽空母4隻を増強したのである。

「たった半年で、エセックス級空母を6隻、小型空母を6隻、計12隻です。それに対してこっちは正規竜母、小型竜母共に3隻ずつ。
アメリカはこっちの2倍の速さで戦力の増強が行われていますよ。」
「これは大問題ね。海軍の主力たる竜母部隊が、ライバルに大きく差を付けられるなんてとんでもない話だわ。」
「ごもっともですよ。配備された新鋭戦艦2隻が、ホロウレイグ並みの大型竜母だったら良かったのですが・・・・・
これじゃあ、相手を分散させて、そこに集中攻撃を加えないと勝てそうにも無いですよ。」
「分散させて、攻撃を集中しても、完全撃破が出来るかどうか・・・・・」

リリスティはやや暗めな顔つきでムク少将に言う。

「アメリカ側の空母は、以前のように空母を1隻か、2隻ずつに分散させてはいないわ。今では最低3隻、多い所では4隻ほどの空母を
1個艦隊にして運用している。その1個艦隊が敵の分散戦力なのよ。例え攻撃を集中して勝ったとしても、こっちもどれぐらい被害が出る事か・・・・・」

ここ最近、アメリカ機動部隊の対空砲火は格段に向上して来ている。
アメリカ機動部隊は先月の14日に、空母8隻でウェンステル領南部の港やエンデルドに襲撃した。
ウェンステル領南部やエンデルドは、既に多数の対空火器とワイバーンが配備されており、アメリカ艦載機の攻撃にもなんとか持ち堪えた。
その日の昼頃に、エンデルド沖で空母4隻を含む米機動部隊を偵察ワイバーンが発見。
すぐさま180騎のワイバーンが出撃し、同艦隊に攻撃を加えた。
しかし、事前のグラマン戦闘機の迎撃と、以前よりも激しさを増した対空砲火の前にワイバーン隊の犠牲は多かった。
アメリカ側は、この時の襲撃でF6F15機を撃墜され、5機が使用不能になった。
艦隊では、空母サラトガが爆弾3発、軽空母タラハシーが爆弾2発を受けて中破した。
護衛艦にも攻撃は行われ、軽巡洋艦フェニックスが大破、駆逐艦オブライエンが撃沈された。
空母が被弾したり、喪失艦が出てしまった事は、アメリカ側にとって痛手であった。
だが、被弾した両空母は8月までに修理を終え、フェニックスも8月下旬には、修理は終わる見込みである。
沈没したオブライエンの生き残りも、全員が僚艦に救助された。
シホールアンル側は逆にワイバーン78騎を失う大損害を受け、攻撃隊を出した空中騎士隊は、3週間はまともな作戦行動が出来なかった。
この事からして、ここ最近のアメリカ機動部隊は、前年10月に戦ったアメリカ機動部隊とは明らかに違う事が分かる。

115 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/15(木) 01:29:03 ID:Bohu6sek0
「陸軍のワイバーンは、通常通りの作戦でこれだけの損害を受けてしまいましたが、我々の戦法は陸軍とは違います。我々は、攻撃の前半で
邪魔者を始末する事を目標としていますから、後続の攻撃隊には、さほど損害は出ないかもしれませんが。」
「しれません、でしょう?」

リリスティはすかさず言う。

「その時の損害が多いか、少ないかはまだ分からない。確かに、開発中のあれを使った新戦法は確かに効果的だけど、相手はあのアメリカ海軍よ。
どう転ぶかは、その時次第ね。」

彼女はそう言うと、ため息を吐いた。

「敵の司令官にもよるでしょう。」
「まあ、確かに。そういえば、アメリカ海軍の空母部隊を率いていた司令官が最近代わったそうね。」
「ええ。名前は・・・・・ちょっと覚えてないですな。」

ムク少将は、テーブルに広げた10枚以上の書類から探る。

「あった。確か、名前がレイモンド・スプルーアンス、階級は海軍中将。8月1日からウィリアム・ハルゼー中将の率いる第3艦隊を引き継いでいます。」
「スプルーアンス、ね。」
「ええ。詳細によれば、このスプルーアンスという提督はあまり目立たない、地味な性格のようですね。勇猛果敢なハルゼーなら厄介ですが、
スプルーアンスに関してはあまり分かりませんね。」
「あまりわからない、か。あなたは、このスプルーアンスに対してどう思う?」
「ハルゼーほど厄介ではないでしょう。」
「果たして、そうなのかな?」

リリスティは険しい顔つきで言った。

「あたしとしては、ハルゼーよりややこしいと思うわ。地味な性格と言えば、裏を返せば基本に忠実と言う事になる。
戦場ではこういう奴が、時として、危ない敵に変わるものよ。」

119 :711:2007/11/15(木) 18:00:50 ID:Ku8It7s20
>ヨークタウン氏
おっつ〜

久々にキャラ表貼るよ

北大陸
 シホールアンル帝國  F世界最強国家。現在南大陸に侵攻しているが、南大陸連合軍が自由と正義を愛する某合衆国を召喚してからケチが付きはじめる
 首都 ウェルバンル   最近敗北が続いており、亡国の始まりである情報操作が始まっている
  皇帝             オールフェス・レリスレイ    亜麻色の長髪の若い男。敵には残虐に成れるが国民にはやさしい。しかし最近負けが込んでるので民意が軽く

                                     離れてきている。最近ちょっと戦線が心配で心に余裕がない
  国内相            ギーレン・ジェルクラ       国内省は治安や政治を担当する、裏では政治犯の投獄・処刑、
                                     敵勢人物や団体の摘発、鍵の捜索も担当している
  国外相            フレル               相手の苦悩ぶりを見て楽しむサディスト、一応国内では敏腕外交官である
                                    有能だが、力押し外交に慣れ過ぎてすっかりアホの子に相手の狼狽を見て楽しむ変態
  陸軍総司令官       ウインリヒ・ギレイル元帥
  海軍総司令官       レンス元帥
  侍従長            ブラル・マルバ          厳しい人だが仕事以外の時には陽気な好々爺として振舞っている。
                                     オールフェスもこの人には頭が上がらない

  南大陸東艦隊司令長官 ジョットル・ネーデンク大将   アメリカ艦隊の侵攻を受け、東艦隊で迎撃に行った
  南大陸東艦隊魔道参謀 ヘイ・イーリ大佐
  西艦隊司令長官     カランク・ラカテルグ大将    大陸西方の司令長官、
  第2艦隊司令官      ワルジ・ムク少将        
  第3艦隊司令官      イル・ベックネ少将       アメリカ艦隊侵攻時、ちょうど主砲の交換をやっていて艦隊決戦に遅れて出港した。
                                    そのあとアメリカ第2任務部隊に挑むも撃退された
  レンベラード艦長      ロスグタ大佐           第3艦隊所属戦艦レンベラードの艦長
  第6艦隊主任参謀     ファルン・ジャルラ少将
  第12艦隊司令官     マリングス・ニヒトー少将    船団護衛艦隊指揮官
  第22竜母艦隊司令官  ヘルクレンス少将        南大陸東艦隊隷下の機動部隊。
  第24竜母艦隊司令官  リリスティ・モルクンレル中将  第22竜母艦隊よりも規模が大きい、ハルゼーと同じタイプ、皇帝とは15年以上前からの付き合い、
  第2部隊司令官      ワルジ・ムク少将        第24竜母艦隊所属第2部隊の司令官。
  ホロウレイグ艦長     クリンレ・エルファルフ大佐  第24竜母艦隊所属第2部隊旗艦ホロウレイグの艦長。
  チョルモール艦長     ルエカ・ヘルクレンス少将   32歳。体つきはがっしりとしており顔は端整な顔立ちである。
  ルンガレシ艦長      ヴェンバ・ラガンガル大佐   対空巡洋艦ルンガレシの艦長

  防空軍団司令官      デムラ・ラルムガブト中将   ウェンステル領ルベンゲーブ精錬工場の防空司令官
  第16空中騎士飛行隊長 ヌバレク・ラジェング少佐    第16空中騎士隊飛行隊長、北大陸統一戦争時撃墜78騎のエース
  第16空中騎士隊     ヴェレンジ大尉         
  第34空中騎士軍司令官 ベルゲ・ネーデンク中将    カレアント公国ポリルオ基地に司令部を置いている。4月8日の空襲で司令部の幕僚ともに戦死
  第49空中騎士隊隊長  ジャーバン大佐
  第72空中騎士隊     レネーリ・ウェイグ中尉     シホールアンル軍エース、B-17を個人で2機、共同で4機撃破または損傷。
                                    またB-25を1機。A-20を3機。P-38を2機撃破している
  第1戦闘隊指揮官     レガルギ・ジャルビ少佐    飛空挺のテストパイロットだった。現在は第1戦闘隊指揮官。
                                    飛空挺開発部の技術主任カイベル・ハドとは昔なじみ

120 :711:2007/11/15(木) 18:01:58 ID:Ku8It7s20
  第3特殊軍         ルイクス・エルファルフ少将  シホ軍精鋭部隊
  第17軍司令官       アルズワク・ルーカリア中将  上陸軍司令官
  第5砲兵連隊        ムッル・ピルネ一等兵     第10歩兵師団所属第5砲兵連隊所属
  第5補給中隊長      ラッヘル・リンヴ大尉      第152補給旅団第1補給大隊所属、第5補給中隊長
  第2小隊長         ポイエンク・リルンカ中尉   第66特殊作戦旅団第2小隊長
  元第72魔法騎士師団  エフォルト・ラランバグ軍曹  第72魔法騎士師団第2歩兵連隊第3大隊の第4中隊所属。現在はアボルヅランクィ収容所

  開発部長          クナルク・アーベレ陸軍少将 飛空挺開発部の部長
  技術主任          カイベル・ハド          飛空挺開発部の技術主任。テストパイロットのレガルギ・ジャルビ少佐とは昔なじみ
  
  船長             リィルガ中佐           高速輸送船のレゲイ号の船長
  尋問師            レガル・チェイング       チェイングの兄妹の兄、兄妹そろって拷問が趣味の変態
  尋問師            セルエレ・チェイング      チェイングの兄妹の妹、尋問が趣味というサディスト、鍵の捜索班員でもある

 元ヒーリレ公国     北大陸ではシホールアンルに次ぐ強国にであったが、シホールアンル帝國の脅迫外国にひれ伏した

南大陸
南大陸連合軍(大陸の北側順)
               シホールアンルの侵攻を受け絶体絶命。某合衆国を召喚して一発逆転を狙い、現在進行形
 レンク皇国

 ヴェリンス共和国

 カレアント皇国
  露天商            クグラ・ラックル         ルーガレックから避難し、ロゼングラップの知人の家に逃げ延び露天商をやっている

  陸軍軍人           エリラ・ファルマント軍曹     エンタープライズのカーチス大尉に発見された行き倒れ人

 ミスリアル王国     魔法に関しては世界一
 首都 レルケインツ
  第4皇女           ベレイス・ヒューリック      ミスリアル王国の第4皇女。ダークエルフ。同時に特別諜報部の局長でもある、
                                     グンリーラ島沖海戦の戦勝パーティーでスプルーアンスと踊ったひと。伝令の途中で討たれる。
  第12連隊長         フルク・キルラン大佐      ミスリアル陸軍第37歩兵師団の第12連隊長
  第3大隊長         バルシスク・ランドアルク中佐  第19歩兵旅団第3連隊隷下第3大隊隊長
  料理屋            ミルロ・ランガード         ダークエルフの民間人、ミンス・イレナの山の麓で料理屋を経営

121 :711:2007/11/15(木) 18:02:35 ID:Ku8It7s20
 バルランド王国     現在シホールアンル軍の南大陸侵攻に対して派兵している。
 首都 オールレイング
  国王              アルマンツ・ヴォイゼ 
  財務大臣           ミルセ・ギゴルト
  内務大臣           ガヘル・プラルザー
  労働商業副大臣      ハバル・スカンヅラ
  国防軍総司令官      グーレリア・ファリンベ元帥
  首都防衛軍副司令官    ウォージ・インゲルテント大将 陸軍大将でバルランド王国有数の名門貴族の当主。兵の受けは良くない
                                     1483年に入ってからシホールアンル討伐軍司令官を兼任
  海軍総司令官        ウルング・ヴィルバ大将
  参謀副長           クー・アールンク少将
  司令官            ベルージ・クリンド中将    グンリーラ島に残されている精鋭部隊司令官
  主任参謀           クリンド中将           ↑の主席参謀。特徴のあるごつい顔から、闘魂のレンネルとあだ名されている
  第112歩兵師団      エルッカ・ロークッド中尉    レルス大佐とシホールアンル侵攻時から共に戦って来ている。年齢は24歳
  第27連隊長         リーレイ・レルス大佐      ↑の隷下である第112歩兵師団隷下の第27連隊長
  折衝役            ガンク・ルンキ大尉       ヴィルフレイングに出向していたがグンリーラ島駐留部隊救出に出た米軍との折衝役
  折衝役            リワン・フリック少佐      ↑と同じ
  魔道士            ラウス・クレーゲル       ベテラン魔術師。その腕はミスリアルの魔術研究者らも認めているほど
                                     今は首都の海軍総司令部特別要員である。
  魔道士            リエル・フィーミル        明朗闊達な女性であり、ラウスと幼馴染みの魔道士である。1483,9にラウスと入れ替わり第5艦隊司令部連絡員
                                     に任命される。
  魔道士            ヴェルプ・カーリアン      ラウスとリエルの同僚。リエルと同じくして第5艦隊司令部連絡員に任命される
  エルフ             ルィール・スレンティ      レイリーよりは明るい、冷静沈着であり、レイリーよりも早く仕事をこなす事も。原子力研究チーム
  ダークエルフ         レイリー・グリンゲル      ミスリアルでトップクラスの魔道士、頭が切れ、運動神経抜群というパーフェクトマン、見た目は冷たい感じ
                                     研究チームのムードメーカー的存在

 グレンキア王国
 首都 レルペレ

122 :711:2007/11/15(木) 18:03:11 ID:Ku8It7s20
レーフェイル大陸
 マオンド共和国    レーフェイル大陸の覇者、シホールアンル帝國と同盟関係にある
 首都 クリンジェ
  国王             ブイーレ・インリク        48歳。痩せ型で、病弱そうな体つき。黒い髪は短く刈り上げられ、顔は理知的であり、
                                     普通の人よりは数段頭がよさそうに見えた。
  首相             ジュー・カング        
  大陸南艦隊司令長官   テレッグ・オンポロア大将
  海軍総司令官       バグメタ・ラムイオ元帥
  第72軍司令官      ギャン・チルムク中将      ユークニア島総指揮官である
  第61特戦隊指揮官   ハニジ・リゴア大佐        ベグゲギュスの研究施設の指揮官。大敗し士官学校教官に左遷
  第97空中騎士軍司令官 ルポード・ウェギ中将      陸軍の第97空中騎士軍の司令官であるである
  駆逐艦艦長         ルロンギ少佐

 旧ヘルベスタン王国  十年前にマオンド共和国に占領され、今ではマオンド共和国の地方

  領主             ジヘル公爵           エルケンラードの領主、良くある悪役領主、若い娘の精神壊すような変態
  諜報員           クルッツ・ラエク         米国の送り込んだ諜報員、マオンド共和国の反体制派

 その他
  鍵               フェイレ             この物語のキーパーソン?特殊な力を持っている。
                                    6年前にこの力が暴走して村人200人が亡くなった

単位
 距離
  1ロレグ=15mm
  1グレル=2m
  1ゼルド=3km
 速度
  1リンル=2kt
  1レリンク=2km
 質量
  1ラッグ=1.5t

違っていたら指摘ヨロ

139 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/18(日) 13:44:38 ID:Bohu6sek0
第78話 カレアント戦線

1483年(1943年)8月12日 午前9時 カレアント公国東ループレング

この日、ポーラインの空は昨日と引き続き、雨模様であった。
ループレング戦線に駐屯する第20軍は、戦線の左翼に布陣している軍である。
シホールアンル側は、第3軍、第8軍、第14軍、第20軍の計4個軍を配備し、残りは後方で待機していた。
第20軍は、前線から4ゼルド離れた、石造りの建物の多い東ループエング市に司令部を構えていた。
軍司令官であるムラウク・ライバイスツ中将は、青色の軍服に身を纏い、窓ガラスの外に見える最新式のゴーレムに見入っていた。
そのゴーレムは、ストーンゴーレムに属しているが、外見は犬か、猫のような形をしており、8体が伏せているような状態で置かれている。
背中の後ろには、大砲らしき物と、人が3人乗れる台座が設けられている。
これは、今年始めに出来たばかりの機動用のゴーレムであり、通称はキリラルブスと呼ばれている。
キリラルブスは、シホールアンル帝国内にいる犬型の肉食動物の名前であり、その姿形が件の肉食動物に似ている事からこの名が付けられた。
キリラルブスの前面には、新式の野砲がずらりと並べられている。
このゴーレムと野砲は元々、前線部隊に運ばれる途中であったのだが、街道が空襲を受けて破壊され、工兵部隊の修復が出来ていないため、
一時的に軍司令部のある市庁舎前に置かれている。
(満足に、兵器も運べぬ状態なのだ。上からの決定も、致し方ないのだろうが・・・・)
ライバスツ中将は苦しげな表情でそう思った。
彼の年齢は既に50を超えている。黒髪で短い身長、厳つい顔にでっぷりと太った体系であるが、温和な性格から彼はおやじさんという渾名を頂戴している。
指揮官としての才能はシホールアンル有数であり、彼が佐官時代、尉官時代の頃には様々な戦場で抜群の戦功を挙げてきている。
また、彼は部下の面倒見も良く、最近シホールアンル帝国内にも増えてきた、20代後半から30代前半の若い将官も、彼の薫陶を受けて育った者が多い。
そんなライバスツ中将ではあるが、彼は今、悩んでいた。
(これほど、後ろを振り返るという動作が辛いとは・・・・・)
彼は今、司令部の会議室で、各軍団長、師団長を集めて作戦会議を開こうとしていた。
集まった者達には、前もって重大な知らせがあるから至急司令部に集合せよと命じてあるが、その詳細は教えていない。
詳細は、軍団長、師団長の全てが集まってから話すつもりであった。
内心、彼は戦いたかった。新式のゴーレムは、従来のストーンゴーレムよりも機動性は上で、敵戦車に対抗できると見込まれている。
新式の野砲は、シホールアンル軍で初めて3.8ゼルドの射程距離を誇り、近距離の対戦車戦闘にも応用できる。
このような装備は、第20軍のみならず、前線部隊や後方部隊全てに行き渡っていた。あとはそれを支えるものが揃えば、攻勢に持ち込めた。

140 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/18(日) 13:45:42 ID:Bohu6sek0
なのに・・・・・

「軍司令官閣下。全員集まりました。」

彼の傍で、参謀長が声をかけてきた。

「そうか。」

ライバスツ中将はそう言うと、重そうな体を振り向けた。
第20軍団は、第109軍団、第32軍団で編成されている。
この編成を細かくすると、第109軍団は第202歩兵師団、第122重装騎士師団、第21騎兵旅団。
第32軍団は第173歩兵師団、第123石甲騎士師団、第82石甲機動旅団となる。
総兵力は実に76000人を数える。この2個軍団を1個軍にまとめているのが、第20軍だ。
第20軍は今年の2月にカレアント公国ループレング戦線に配備された。
今日まで最前線に配備された第20軍は、アメリカ軍機の空襲によって若干の損害は受けているが、被害の度合いは
第20軍全体から見れば、かすり傷にすらなっていない。
他の第3軍、第8軍はそれほど幸運でもなく、第8軍では1個師団が空襲のため消耗が魅し出来ぬほどまで大きくなり、後方の師団と入れ替えられた。
第3軍の方では1個旅団が、7月の大空襲で丸々壊滅するという損害を被り、これもまた後方の部隊と交替された。
そんな中でも、シホールアンル軍前線部隊の将兵は、それほど士気を落とさなかった。
だが、2日前に各軍司令部に送られてきた魔法通信が、ループレングのみならず、南大陸全ての戦線を揺るがしていた。

「忙しい中、急に呼び出して済まなかった。」

ライバスツ中将は、始めにそう切り出した。

「今日は皆に重大な発表がある。先日、本国の司令部から、各軍司令部宛の命令を受け取った。内容はこの紙に書いてある。」

彼は、懐から1枚の紙を取り出した。この紙は、その時知らされた命令文が一字一句もらさずに書き込まれている。

141 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/18(日) 13:46:18 ID:Bohu6sek0
「どのような命令なのでしょうか?」

第32軍団司令官がライバスツに聞いてきた。

「それを今から教える。」

ライバスツはそう言いながら、紙に書かれた命令文を読み始めた。

「発 本国総司令部 宛 南大陸侵攻軍各軍司令部 
南大陸各侵攻部隊は、8月15日を期して順次撤退準備に入られたし。撤退開始日は、ヴェリンス方面部隊は9月2日、
カレアント方面部隊は9月5日とする。尚、連合軍に撤退を察知させぬため、撤退は後方待機部隊から小部隊ずつに分かれて順次行う事。」

紙に書かれていたのは、たった数行程度の文章。
されど、数行程度だ。
この淡々と書き綴られた命令文は、第20軍の軍団長、師団長を驚愕させた。

「て、撤退ですと!?」
「我々は再び、南進するために派遣されたのではないのですか!?」
「どうしてです!?装備の質も以前より上がっているのに何故!」

将官たちが、信じられないと言った口調で次々と質問して来る。

「落ち着け!」

ライバスツ中将は鋭い声音で一喝する。ざわめいていた会議室はシーンと静まり返った。

「君達は思っているだろう。どうして撤退するのか?戦わずに逃げるのか?と。しかし、そうやらざるを得ない状況に落ち込んでいるのだ。
パルメイカル君、先月の補給量は定量に達していたか?」

142 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/18(日) 13:46:57 ID:Bohu6sek0
彼は、第32軍団長のパルメイカル少将に聞いた。
質問を受けたパルメイカル少将は、一瞬答えるのを躊躇ったが、意を決して答えた。

「いえ、達していません。補給量は定量の7割、いや、6割ほどです。」
「そうか。マレィンパル君、君の所はどうだったかね?」
「私の所も、先月は定量に達しませんでした。」
「先月も、だろう?」

ライバスツ中将は被せるように言い放った。

「先月も、その先月も、そのまた先月も・・・・・前線にはアメリカ軍の爆撃や、地域住民の連合軍派民兵が妨害工作を行っているせいで、
送られて来る補給物資は減りつつある。今の所、我が軍や他の軍も、なんとか飢えぬ程度で収まっているが、食料の他に必要な衣類、靴や、
剣や魔法石などの必要物資は目減りする一方だ。これでは、攻勢が成功しても伸び切った補給線を断ち切られて侵攻軍全体が消耗してしまう。」

アメリカ側が行っていたシホールアンル側の補給線攻撃は、シホールアンル南大陸侵攻軍に重大な影響を及ぼしていた。
アメリカ軍は、太平洋艦隊所属の空母部隊や潜水艦部隊が1月から南大陸や、北大陸南部の主要部に散発的に空襲を加えるか、潜水艦によって輸送船を撃沈している。
陸軍はこれに呼応するかのように、前線は勿論、前線後方の物資集積所や街道を執拗に爆撃し続けた。
当然、シホールアンル軍もあらゆる対策を立てて猛反撃した。
今も続く補給線を巡る攻防は、アメリカ、シホールアンル双方に手痛い損害を与えている。
アメリカ側はしばしば沖の機動部隊にも打撃を与えられている。
陸軍航空隊の犠牲も大きく、米側の発表では1月に198機、2月に300機、3月に389機、4月に202機、5月に270機、6月に268機、
7月に201機、計1828機を失った。
対して、シホールアンル軍はこの半年以上の期間に戦闘ワイバーン1089騎、攻撃ワイバーン923騎、飛空挺4機を失っている。
一方、海上での戦いでは、アメリカ側が潜水艦19隻を撃沈され、シホールアンル側は輸送船53隻と巡洋艦1隻、駆逐艦4隻を撃沈された。
このように、双方の被害はかなり大きな物となっているが、アメリカ側の目論見通り南大陸侵攻軍の補給物資は、日を重ねる毎に減って行った。
補給物資の供給不足は、必要な武器や備品の整備状況に影響を及ぼし、第20軍に所属する各師団の砲兵隊の中には、部品が足りずにそのまま修理が
滞っている大砲等が出始めている。
特に高射砲や魔道銃は、アメリカ軍機が来襲する度に戦闘を行っているため消耗が激しく、8月現在までに21門の高射砲と42丁の魔道銃が、
整備不良で使い物にならなくなった。

143 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/18(日) 13:47:33 ID:Bohu6sek0
7月からは、それまで一応満足に行われていた魔法石の供給も減少傾向にある。
戦闘状態にない時期でさえ、この有様だ。
これで戦闘状態に突入すれば、満足に戦えるのはほんの一時期で、遠からぬうちに補給不足で自滅するのは目に見えていた。
オールフェスは、アメリカ軍や民兵の妨害工作で、補給線が細くなりつつある南大陸侵攻軍の現状を憂慮していた。
シホールアンル軍は、陸軍の地上兵力が270万で編成されている。
そのうち、南大陸にはヴェリンス戦線に50万。カレアント戦線に90万を投入している。
ちなみに、カレアント戦線の要であるループレングには、第20軍のような軍が9個あり、総兵力は68万を超える。
合計140万の地上兵力が南大陸戦線に投入されているのだ。
しかし、この140万の兵員を生かす補給物資が減りつつあり、各部隊からは物資不足が次々に報告されていた。
シホールアンル軍上層部は、補給部隊を増やして定量を満たそうとしたが、アメリカ側の爆撃や、潜水艦の攻撃はより激化し、成果は一向に上がらなかった。
このまま敵の大攻勢を受ければ、補給不足によって継戦能力が低下しつつある南大陸侵攻軍は危ないかもしれない。
軍上層部には、撤退も視野に入れる者が増え始めたが、上級将官の大半は撤退を認めようとはしなかった。

「既に南大陸の過半は我らの領土だ。これを連合の蛮族共に引き渡す事なぞできるか!」
「状況は完全に不利という訳ではない!撤退する必要は無い!」

撤退論が出る度に、上級将官達は口々にそう言い放ち、撤退を認めようとはしなかった。
しかし、オールフェスは苦悩の末、南大陸侵攻軍の全部隊を、段階的に北大陸まで撤退させる事を決めた。
本来ならば、オールフェス自身も撤退を認めぬ立場にいたはずだった。
上級将官達の意見は、一昔前ならばそれで通じたであろう。
だが、シホールアンル地上軍の相手は、本気を出せば蹂躙できる南大陸軍のみではない。
連合軍には、去年4月の攻勢を頓挫させたアメリカ陸軍が含まれているのだ。
それも何十万という大軍である。
アメリカ軍には、シホールアンル軍には無い多数の戦車や自動車があり、それによって今までには考えられないスピードで前線を突破できる。
それに加え、砲兵隊も、シホールアンルのそれを上回っている。
このような状況で攻勢を行っても、前回以上の損害を出す事は確実だ。
それに、アメリカ軍に攻め込まれれば、更新された野砲やゴーレムを除き、未だに剣や弓、槍などを使用している地上部隊では太刀打ちできない。
一般の歩兵部隊にも、魔道銃や砲が配備されているが、これらは対空用であり、一部は対地用に手直しされているが、大半は南大陸軍と似たような装備だ。
これでは、アメリカ軍を始めとする連合軍を食い止める事は難しい。

144 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/18(日) 13:49:08 ID:Bohu6sek0
いや、食い止めるどころか、戦線を各所で突破されて包囲される部隊が続出する可能性すらある。
そうなれば、何十万という兵員を失うだろう。
実戦経験を積んだ140万の軍は、失うには惜しい数だ。
犠牲を省みずに、あくまで南大陸防衛に固執するか。それとも、この140万の兵を有効活用すべく、一旦は後退させるべきか・・・・・
オールフェスは考えた末に、後者を選んだ。
前者なら、確かにアメリカ軍にも一泡吹かせられるかもしれない。だが、強力な装備を持つアメリカ軍相手には、一時的な作用でしかない。
結果、味方地上軍を、僻地同然の南大陸で無為に失う事になる。
そうなるよりは、補給もしやすく、地の利がある北大陸で戦ったほうが良い。
その事から、オールフェスは南大陸侵攻軍の撤退を決意したのである。

「この命令は、送り主こそ本国の総司令部だが、実際には皇帝陛下が熟慮の末、直々に下した物だ。諸君らも、足枷を付けられたまま
相手とは戦えないだろう。南大陸侵攻軍は今、補給不足という足枷を付けられている。このような状態で、あのアメリカ軍と戦えるかね?」

ライバスツ中将はそう言いながら席を立ち、窓を開けた。
窓の外には、彼が先ほどまで見ていた新型ゴーレムや野砲が置かれている。

「これを見たまえ。本来ならば、とっくに前線に付いてもいいはずの兵器だ。その兵器が、敵の空襲で足止めされ、この司令部の近くで
たむろしている。満足に補給が行っていない証拠だ。」

ライバスツ中将は鋭い口調で言いながら、参加者全員を見回す。
誰もが、失意の混じった表情を浮かべている。

「私も、この第20軍をもって敵と戦いたかった。この中で、敵との決戦を一番望んでいたのは、私かも知れん。だが、兵力はあっても、
支える物が満足に行かぬ状態で攻勢なぞできる筈もない。強行すれば、兵を無駄死にさせるだけだ。皇帝陛下は、それを知っていたのだろう。
それでも、君らは納得行かんか?」

ライバスツ中将は、皆に問うた。
失意の表情を浮かべる軍団長、師団長の面々であったが、同時に現状を理解したうえで、ライバスツ中将の言う事に納得していた。

145 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/18(日) 13:49:46 ID:Bohu6sek0
「軍司令官閣下の言う事は良く分かりました。」

唐突に、第32軍団長のパルメイカル少将が言って来た。

「我々は、この地に派遣されてから敵との決戦を夢見ておりましたが、確かに現状は厳しく、攻勢に出ても頓挫する事は火を見るより明らかでしょう。
軍司令官閣下、それに皇帝陛下の言われるとおり、満足に力を発揮出来る状態で戦ってこそ、敵に最大の損害を与えられるでしょう。」
「軍団長閣下の意見に私も賛成であります。」
「私も同意見です。」

他の師団長や旅団長も賛成の意を表した。
やはり、彼らも減りつつある補給物資に何らかの不安を抱えていたのだろう。

「納得してくれたか。ならば、後は敵に悟られぬように撤収準備を進めたい所だが、先にも話したとおり、撤収準備は敵に悟られぬよう、
段階的に行う必要がある。我々最前線軍は10月まではここから動けん。まず、後方の予備軍が撤収し、最後に我々となるだろう。
敵の11月攻勢が始まる頃には、我が第20軍も北大陸に布陣している筈だ。」

11月攻勢。それは、連合軍の反攻作戦が開始される時期を示した言葉だ。
スパイからの情報によると、現在、連合軍は11月の反攻作戦に向けて着々と戦備を整えているようだ。
11月となると、今は8月であるから、後2ヶ月もない。
このような状況で11月を迎えていれば、南大陸侵攻軍は今よりも酷い物資不足に喘ぎ、まともな反撃が出来なくなったであろう。
アメリカ軍が空や海から、執拗に補給線を狙ったのは、この事も見越しての事であろう。
(アメリカと言う国は、なんて戦上手なものか・・・・)
ライバスツ中将は、内心でそう思った。
その後、ライバスツ中将は軍団長、師団長、旅団長と共に今後の事を話し合った。
話し合いは3時間にも及び、互いに納得した状態で会議は終わった。

146 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/18(日) 13:50:55 ID:Bohu6sek0
8月14日 午後7時 カレアント公国ロゼングラップ

南西太平洋軍司令官であるドワイト・アイゼンハワー大将は、ロゼングラップ郊外の草原地帯に待機している
第4軍配下の第4機甲師団の視察を終えた。
彼はその後、第4軍司令官と話し合った後、割り当てられた宿舎で泊まる事になった。

午後7時 アイゼンハワーは個室で本を読んでいると、訪問客が彼の部屋に訪れた。
ドアが開かれると、第4軍司令官であるドニー・ブローニング中将と、参謀長のフリッツ・バイエルライン大佐が中に入ってきた。

「おお、来たか。待ち侘びていたよ。」
「先輩と勤務時間以外で飲むのは久しぶりですな。」

ブローニング中将は微笑みながら、持って来たバーボンを掲げた。

「1週間前にヴィルフレイングで手に入れたバーボンです。どうですか?」
「嬉しい手土産だね。まあ、そこに座りたまえ。」

アイゼンハワーは2人にソファーに座るように促した後、従兵にグラスを持って来るように命じた。

「先の視察時は、仕事上の話しか出来なかったが。それにしても立派になったな。」
「はい。士官学校時代やパナマ運河勤務時には大変世話になりました。自分がこうしていられるのも、先輩のお陰です。」
「買い被り過ぎだよ。私はただ、サポートしたまでさ。」

そう言うと、アイゼンハワーは苦笑した。

「司令官とアイゼンハワー閣下は昔なじみのようですな。」

隣で話を聞いていたバイエルライン大佐が、ブローニング中将に聞いた。

147 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/18(日) 13:52:22 ID:Bohu6sek0
「ああ、そうだ。先輩には色々世話をかけてしまったよ。軍を辞めようとした俺を引き止めたのも、アイゼンハワー先輩のお陰さ。」
「パナマ運河勤務の時だな。あの時、君は心労から軍を辞めたいと言っていた。当時、君は少尉で、酷い大尉の下で働いていたな。」
「ええ。本当に酷い野朗でした。」
「その酷い大尉の下で、君は頑張っていたが。ある日、とうとう限界に近い状態になった。私はその時、たまたま彼と再会して相談に乗ったんだ。」
「その酷い大尉というのは、ゼークト流に言うと勤勉で無能な働き者、と言う感じの者ですか?」

バイエルライン大佐が口を挟んだ。

「そう!まさにその通りの奴だった。ろくに考えもしないで訳の分からない事ばかり抜かすものだから、何度ぶん殴ってやろうと思った事か。」

ブローニング中将はわが意を得たりとばかりに返事した。

「しかし、私の説得でブローニングはなんとか耐えた訳だ。」
「ええ。そうして、今の私がある。まあそう言う事かな。」

ブローニング中将は苦笑しながら、バイエルライン大佐に言った。
従兵がグラスと氷を持って来た。

「閣下、お持ちいたしました。」
「ありがとう。どれ、私がやろう。」

アイゼンハワーは従兵が持って来た酒と氷を置くと、ソファーの前にあるテーブルに置いた。

「ちなみに、その酷い大尉さんはどうなったのです?」

バイエルライン大佐はブローニングに聞いた。

「確か、先輩と相談して3ヵ月後に、窃盗を起こして逮捕。後は軍法会議に掛けられて軍から叩き出されたよ。その後は知らない。」
「なるほど。これが戦場なら、後ろから撃たれても文句は言えないでしょうな。」
「確かにそうだ。あの役立たずが逮捕された時は、それ見た事かと思ったよ。」

148 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/18(日) 13:53:01 ID:Bohu6sek0
ブローニングはやや毒気のある口調で言った。彼はそれほど、その大尉の事が大嫌いであった。

「まっ、人間は生きている間に、一度や二度ほど馬鹿な上司に巡り合うものだ。」

アイゼンハワーはしんみりとした口調で言いながら酒を注ぎ終わると、音頭を取って3人で乾杯した。

「バイエルライン大佐。すっかりアメリカ軍の空気に馴染んで来たね。」

アイゼンハワーはバイエルライン大佐に話を振った。

「はあ。お陰さまで。」

バイエルライン大佐は照れ臭そうな表情で返事した。
フリッツ・バイエルライン大佐は、元はドイツ陸軍の将校であった。
彼は1940年1月に開始されたイギリス、フランスとの本格戦闘で、エルヴィン・ロンメル少将の指揮する第7装甲師団の作戦参謀として戦ってきた。
泥沼化の様相を呈していくフランス戦役の中で、第7装甲師団はよく戦い、イギリス、フランス軍の攻勢を頓挫させ、あるいは逆包囲する等、
イギリス、フランス軍にに多大な損害を与えてきた。
転機が訪れたのは1941年2月の事であった。
いつもの通り、前線で戦況を見ていたロンメルら司令部一行は、フランス軍機の空襲を受けてしまった。
ロンメル少将は全治8ヶ月、バイエルライン大佐は全治5ヶ月の重傷を負い、残りの司令部要員も半数が戦死し、半数が負傷すると言う事態に陥った。
それから半年後の8月。待命状態にあったバイエルライン大佐は、病気で倒れたアメリカ駐在陸軍武官の代わりにアメリカへと赴任した。
アメリカ駐在大使館には、海軍から3名、空軍4名、陸軍から7名の駐在武官がおり、まとめ役は陸軍のモーデル中将が担っていた。
当時、ドイツはアメリカの参戦を気にしていた。アメリカはイギリスやフランスに対し、駆逐艦50隻の供与や、必要物資の輸送を行っていた。
誰が見ても、アメリカがドイツを挑発している事が分かっていたが、アドルフ・ヒトラー総統はルーズベルトの企みに乗らなかった。
逆に、アメリカの駐在ドイツ大使館から情報を得ようと、有用な将校をアメリカに送り込んでいた。
万が一、アメリカと開戦しても、駐在武官は外交官であるため、交換船で悠々と本国に戻る事が出来る。
バイエルライン大佐は、いずれはドイツ本国に戻れると思い、アメリカの
しかし、思い掛けぬ事態が起こった。
10月、原因不明の突然の転移が起き、ドイツ大使館の面々は、他の大使館、領事館と同様に祖国を失った孤児と化したのだ。

149 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/18(日) 13:53:53 ID:Bohu6sek0
アメリカ国内から貴重な情報を送るというドイツの試みは、有用な将校共々、アメリカ自体が消えた事で幕を閉ざされた。
駐在武官達は、しばらくは失意のどん底に叩き落された。
だが41年12月にアメリカが駐在武官の合衆国軍志願を認めた時、バイエルライン大佐は迷わず志願した。
バイエルライン大佐は42年3月には第4機甲師団の作戦参謀に任命され、自らがフランス戦で培った知識を、師団の参謀や部隊指揮官達に教え、
同師団の錬度向上に貢献した。
43年5月には、南西太平洋軍指揮下の第4軍参謀長に抜擢されて、6月に第4軍と共に南大陸に派遣されたのである。

「仕事のほうは順調かね?」
「ええ。万事順調です。あとは11月攻勢を待つばかりです。」
「そうか。」

アイゼンハワーは満足そうな表情を浮かべる。ふと、彼はある事が気になり、しばらく黙考した後、バイエルライン大佐に聞いた。

「そういえば、バイエルライン大佐とはあまり話す機会が無かったな。」
「ええ。私は南大陸に派遣されるまでは本土にいましたからね。何か聞きたい事でも?」
「あるよ。ドイツの軍人から見て、アメリカ陸軍と言う物はどう見えたかね?」

その質問に、バイエルライン大佐は一瞬戸惑った。
どう言って良いのか・・・・・

「なあに、正直に言っても構わん。オフレコだから心配するな。」

心中を察したのか、ブローニング中将が陽気な声で言って来た。

「そうだよ。ここには君とブローニング、それに私の3人しかいない。」

2人にそう言われると、離さない訳にもいかない。バイエルライン大佐は意を決して話し始めた。

150 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/18(日) 13:55:30 ID:Bohu6sek0
「はあ、それでは・・・私が合衆国陸軍大佐の階級を得て、第4機甲師団の作戦参謀に任命されたのは、
今から1年半近く前の42年3月でした。最初、私はアメリカ陸軍がどのような軍隊であるか期待しながら
見定めようとしました。最初の3ヶ月間は、正直言って呆れてしまいました。
素行不良が目立つ者が余りにも多くて。」

アメリカ軍は、外見は立派ではあるが、実際は驚くほど不真面目な兵隊が多い。
バイエルラインが勤務した第4機甲師団も、例に漏れず不真面目な兵隊が散見された。
最も、陸軍や海軍はまだましなほうで、海兵隊になると素行不良の兵隊など部隊のあちこちにいる。
だが、勇敢さでは3軍の中で海兵隊を一番に挙げる者が多い。バイエルラインもその1人である。
バイエルラインはまず、徹底的な訓練によって師団の士気を高めると共に、ドイツ式戦法を師団に取り入れる事を決めた。
最初は試行錯誤の連続で、ミスを生む事もあったが、師団の士気は大いに上がった。
又、ドイツ式戦法の有用性を認めた他の機甲師団も、バイエルラインが教えた通りの物を師団の訓練で取り入れた。

「ですが、訓練を重ねる毎にそのような者も少なくなりました。私が驚いたのは、アメリカ兵の飲み込みの早さです。
最初、師団は私の提示した戦法に戸惑うばかりでしたが、慣れたら上達が早い。去年11月に行われた、第5機甲師団との
戦闘訓練では、ドイツ陸軍のお家芸をほぼマスターし、第5機甲師団を打ち負かしてしまいました。」
「その話なら私も知っている。第5機甲師団の師団長は、最初はドイツ式の戦法を取り入れなかったようだが、
この演習の結果がショックだったのか、12月の演習で早速取り入れていたようだな。第5機甲師団のみならず、
他の師団や、今や新設されたばかり機甲師団まで、君の教えた戦法を伝えようとしている。全く、大したものだよ。
第4軍に配属が決まった時、師団長は何か言わなかったかね?」
「はい。第4機甲師団から第4軍の参謀長に任命された時は、師団長からそんな命令書など屑篭に捨ててそのまま
居座って欲しいとまで言われましたよ。」

バイエルラインは苦笑しながらそう言った。

「その師団長の言葉はよく分かるよ。俺だって、同じ事を言うぞ。」

隣のブローニング中将も笑いながら言う。

151 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/18(日) 13:56:05 ID:Bohu6sek0
「あの転移は災難だったが、こうして見ると、悪い事ばかりではなかったな。合衆国軍は君達のような駐在武官によって、確実に変わりつつある。
転移に巻き込まれた君らには悪いと思うが。」
「いえ、とんでもありません。むしろ、失意に暮れている我々駐在武官にも、働き場所を与えてくれたアメリカには本当に感謝しています。」

アイゼンハワーの言葉に、バイエルライン大佐は慌ててそう言った。

「そうか・・・そう言ってくれると、私も励みになるよ。こうして、君達駐在武官にも感謝されているのだから、今度の反攻作戦は絶対に失敗はできんな。」

彼はそう言いながら、来るべき反攻作戦に思いを馳せていた。
連合軍80万が参加する9月の一大反攻作戦。
作戦名11月攻勢の開始までは、あと16日。
アイゼンハワーにとって、その16日がとても長いように感じられた。

181 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/24(土) 10:25:52 ID:Bohu6sek0
第79話 魔道参謀の勘

1483年(1943年)8月29日 午後9時 カレアント公国東ループレング

「う〜ん・・・・」

シホールアンル軍第32軍団の魔道参謀であるレーミア・パームル中佐は、スパイから送られて来た情報に目を通しながら唸っていた。

「どうしたんですか?さっきから唸ってばかりですが。」

彼女の副官であるラクド・リクマ中尉は怪訝な表情を浮かべて聞いた。

「なーんか引っ掛かるのよ。」
「何がですか?」
「スパイから送られて来る魔法通信よ。」

レーミアはそう言いながら、2、3枚の紙を彼に手渡した。
レーミア・パームル中佐は、1年前の7月に第32軍団の魔道参謀に任命された。
顔立ちは端整ながら、どこにでもいそうな普通の女性と言った所である。年は29歳で、
特徴は少年のように肩につかぬ程度まで刈られた青い髪である。一応美人の部類には入るであろう。
常に眼鏡をかけているため、彼女は秀才君という渾名を頂戴している。
もう1人のラクド・リクマ中尉は23歳の若い士官であり、彼女の副官を1年ほど務めている。
体つきはがっしりしており、後姿だけを見れば歴戦の兵士と見紛うほどだが、顔つきは柔和であり、優しいお兄さんといった感がある。
2人とも、シホールアンル本国の魔道士学校を卒業した魔道士である。
リクマ中尉は渡された紙を見てみた。
この紙は、ここ2、3日にスパイが集めた、前線にいる敵軍の情報を書き記した物だ。
魔法通信も最近ではより多用されており、今までは個人同士でしか受け取れなかった通信も、魔法式の改訂版が発表されて以来、
今では誰でも傍受できるように送る事が出来る。
(南大陸側は1年以上前から同様な事が出来ており、魔法技術に関してはまだ南大陸に遅れを取っている)

182 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/24(土) 10:26:24 ID:Bohu6sek0
この情報も、本国宛に送られた魔法通信を、第32軍団司令部の魔道士が傍受した物だ。
しばらく、リクマ中尉はこの紙に目を通したが、

「中佐。特に何ら異常は無い様に思えますけど。」

彼は不審に思わなかった。
報告は、アメリカ軍の戦車部隊が1個大隊ほど、前線陣地に向かっている、と言う物もあれば、敵兵から聞き出した
11月攻勢という攻勢開始の時期や、敵の飛行場に航空部隊が他の部隊と交代しつつある等、アメリカ軍関係の情報が記されている。

「11月攻勢という文字があったと思うけど、その文だけをよく探してみて。」
「11月攻勢の文字のみですか・・・・ええと・・・・」

リクマ中尉は言われるがままに、2、3枚の紙の中から11月攻勢という文字のみを探した。

「なんだか、11月攻勢という文字が意外と出てきますね。この3枚の紙だけで16個も同じ名前が出てきましたよ。」
「不思議に思わない?」

パーミル中佐は何気ない口調で聞いてきた。

「どうして、アメリカは攻勢作戦の名前を、こうも堂々と言い回っているのかな。よっぽど自信があるのかしら。
でも、不思議よね。アメリカって、前までは情報管理に気をつけていたのに・・・・・」

アメリカは、軍自体も強いが情報の管理もしっかりしている。
情報は大事である。
しかし、大事すぎるが故に、それを元にして行動したため失敗する事もある。
シホールアンルは、それを身にしみて感じている。
始めは去年2月のガルクレルフ沖海戦であった。
ヴィルフレイング周辺に張り付いていたスパイは、早朝、港から出航していくアメリカ艦隊が北上していくのを見て、敵主力部隊が出撃しつつあると報告した。
これに刺激されたガルクレルフの味方艦隊は、主力部隊の殆どが迎撃のため南下し、ガルクレルフはがらあきとなった。

183 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/24(土) 10:26:54 ID:Bohu6sek0
そこにアメリカ軍の別働隊が襲い掛かって、ガルクレルフ港を集積した膨大な物資と共に吹き飛ばし、しまいには追い掛けて来た味方艦隊を叩きのめした。
この他にも、前回の攻勢作戦やグンリーラ島沖海戦等、シホールアンル軍はアメリカが画策した偽装工作や偽情報によって何度も煮え湯を飲まされて来た。
パーミル中佐は、もしかしてこの11月攻勢という言葉も、シホールアンル側を欺く何かでは?と疑い始めていた。

「自信は大ありでしょう。去年4月の攻勢作戦ではアメリカ軍大暴れでしたよ。こっちの歩兵の武器は剣や弓、槍程度。
それに対し、あっちは高速で動き回る鉄の戦車です。これじゃあ図に乗るなよと言っても聞きませんよ。」
「あたし達の軍に隠し事をしなくても、余裕で叩き潰せる、か。でも、こんな大っぴらに攻勢作戦の開始時期を言うなんて、やっぱり変だよ。」

リクマ中尉の言葉に納得しながらも、パーミル中佐は考えを変えなかった。
彼女は、南大陸侵攻軍にいる魔道参謀の中では、かなり的確な考えを言う参謀として知られている。
先日、第32軍団長からカレアント戦線放棄の言葉を聞いても、彼女はやはりかと思った。
数ヶ月前から、徐々に少なくなっていく補給物資を見て、パーミル中佐はこれでは軍を支えられなくなると考えていた。
補給が少なくなれば、前線にしわ寄せが来る。そうなれば、例え攻勢を開始しても長続きはしない。
補給物資の供給量は速いペースで少なくなりつつある。このままでは、一時撤退という可能性もあり得ると、彼女は前々から考えていた。
その予想が現実の物となった時、パーミル中佐は驚きはしたものの、その驚きの度合いは他の参謀達に比べて軽かった。
その後は、後衛部隊となる前線軍はそのままの配置となり、後方の待機部隊が順次撤退しつつあった。
撤退作戦は慎重に行われたが、今の所順調に推移しており、今日までに第7軍と、第22軍の半分がカレアント領内から離れた。
9月までには第7軍と、第22軍所属の第86軍団が撤退を終える予定であり、他に第25軍所属の軍団も、夕方から撤退を開始していた。
味方が順調に撤退している中で起こった、パーミル中佐の疑問。

「何か引っ掛かる・・・・・」

彼女は考えたが、ここである事が頭に思い浮かんだ。
後方の待機部隊が撤退した事で、薄くなったループレング戦線。そこに連合軍の大軍が地鳴りをあげながら一斉に襲い掛かる。
第20軍を始めとする前線軍が、後方の待機部隊の支援が受けられぬまま、一方的に攻撃される。
前線を素早く突破したアメリカ軍の快速部隊が、撤退中の友軍部隊に襲い掛かり、友軍部隊は次々と壊乱状態に陥っていく・・・・

「いや・・・・・まさか!」

184 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/24(土) 10:27:35 ID:Bohu6sek0
唐突に浮かんだ悪夢の光景を、パーミル中佐は頭から振り払った。

「どうしたんですか?顔色が悪いですよ?」

リクマ中尉は、いきなり顔を青くして息を荒げる彼女に驚いた。

「・・・・いや、心配に及ばないわ。」

パーミル中佐は頭を掻きながらそう言うと、机に顔を突っ伏して何も言わなくなった。

「?」

リクマ中尉は首をひねったが、彼の心配をよそに、パーミル中佐は考え込んだ。
11月攻勢。
それは、連合軍の反攻作戦開始の時期だ。連合軍は、ループレング戦線に70万以上の大軍を貼り付けている。
この他のミトラ戦線や、ジリーンギ戦線にも、計20万の連合軍が待機している。
100万近い数の大軍が、来るべき11月の攻勢に備えていた。
しかし、急に聞かれ出した11月攻勢という言葉。スパイからの情報では、11月に攻勢があるのは確実と言われている。
本国の上層部でも、この情報を検討した結果、信憑性が高く、11月に反攻が行われる事はほぼ確実とされている。
今現在も断続的に行われている、補給線の攻撃によって南大陸侵攻軍、特にカレアント侵攻軍は物資不足が顕著になった。
11月には物資不足によって更に酷い状態になっていたであろう。
その状態で攻勢を仕掛けられれば、防衛線は1週間と立たずに突破されていたに違いない。
そこに撤退命令を受け取った事は、渡りに舟だった。彼女もそう思っていた。
(あたしも、そう思った。たった今までは。でも、もし、この11月攻勢が、攻勢開始時期ではなく・・・・作戦名だとしたら・・・・
アメリカの得意分野である欺瞞情報だとしたら・・・・・・!)
それこそ、撤収中の軍が後ろから敵の大攻勢を受けるという、最悪の状況になる。
急に彼女は思考を止めて、席から立ち上がった。

「リクマ中尉、今まで集めた魔法通信の記録、どこにある?」

185 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/24(土) 10:28:21 ID:Bohu6sek0
パーミル中佐は、半ば呆けた表情のリクマ中尉に聞いた。

「あ・・・はあ。記録なら、あそこの棚に保管されてますが。」

リクマ中尉は指で、魔法通信の記録が保管されている棚を指した。その直後、彼女は棚に飛び付いて資料の束を取り出した。

「いつもなら10時に帰るけど、今日の所は帰る時間が遅くなるよ。」

パーミル中佐は、書類の束をがさがさと探りながらリクマ中尉にそう言った。

8月30日 午前3時 東ループレング市第20軍司令部

ムラウク・ライバスツ中将は、自分の個室で眠っていたところを従兵に起こされた。

「軍司令官閣下、起きて下さい。」

従兵が、腫れ物をさわるような口調で言ってきているのが分かった。彼は眠気を振り払って姿勢を起こした。

「何事か・・・・・今は真夜中だぞ。」

ライバスツ中将は不機嫌そうな表情で従兵に言った。

「はっ。申し訳ありません。実は、第32軍団のパルメイカル閣下が、お連れと共に司令部に来ておりまして、至急軍司令官閣下に
お会いしたいとの事です。」
「何?パルメイカル少将が・・・・?」

ライバスツ少将は首を捻った。どうしてこのような時間に?
アメリカ軍や連合軍に関しては、まだ大丈夫のはずなのに。それとも本国で何かあったのか?

186 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/24(土) 10:29:05 ID:Bohu6sek0
ライバスツ中将は、半ば寝惚けている頭で考えながら、とにかく軍服に着替えた。
1分ほどでいつもの青色の軍服を着けてから部屋から出た。
パルメイカル少将は、軍司令部の応接室で待っているとの事だ。ライバスツ中将は応接室に向かった。
20秒ほどで応接室に付くと、彼はドアを開けた。
中には、第32軍団長のパルメイカル少将と、魔道参謀の腕章を付けた女性将校と男性将校の2人がいた。

「軍司令官閣下。夜分お起こししてしまい、申し訳ありません。」

パルメイカル少将らはまず、夜中に押し掛けた非礼を詫びた。

「なあに、そう恐縮するな。わしのような年寄りは多少睡眠時間が短くても平気だよ。それよりも、この私を叩き起こしてまで、ここに来たからには、
何か理由があるのだろう?」

ライバスツ中将は、パルメイカル少将に質問しつつ、太鼓腹を重そうに揺らしながらソファーに座る。

「はい。結論から申しますと、アメリカ軍の攻勢は近いうちに行われます。」
「何ぃ?」

突拍子の無い言葉に、ライバスツ中将は怪訝な表情を浮かべた。

「いつだね?」
「遅くて5日。短くて2日です。」
「パルメイカル君。アメリカ軍の攻勢は11月だ。現地のスパイからはその時期に構成を仕掛けて来る可能性が大との事だ。
11月に攻勢を予定しているからには、今はまだ準備中だ。それとも、何か手掛かりがあるのかね?」
「はい。」

パルメイカル少将は即答すると、女性の魔道将校に目配せした。

「詳しくは、パーミル中佐が説明します。」

187 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/24(土) 10:29:37 ID:Bohu6sek0
「よろしい。説明したまえ。」

ライバスツ中将の言葉を聞いたパーミル中佐は、一度深呼吸してから説明を始めた。

「私達は敵の反攻作戦が11月に始まると思い込んでいました。ですが最近、スパイの情報からは、11月攻勢という言葉が何度も
出てきています。それも、普通の会話のように。」

スパイの情報源は、大抵が酒場や、外で雑談を交わす敵兵から盗み聞きしたものだ。
この他には、街道の隅に陣取る乞食のふりをして、敵軍の移動状況を調べたりしている。
彼らは、敵軍の兵が、会話の中で話す言葉を聞き取り、その中で気になった物を素早く頭に刻み込む。
その情報を魔法通信で送るのだが、報告の大半はどうしようもない物ばかりである。

「普通の会話のように、だと?アメリカ軍は情報管理に関してはしっかりしているはずだが。」
「報告の中では、11月攻勢という言葉が頻繁に出て来ています。スパイは、会話の内容をそのまま報告する場合が多く、
11月攻勢という言葉が、もし単なる名前に過ぎなかったら、」

パーミル中佐は、持っていた鞄から数枚の紙を取り出すと、ライバスツ中将に手渡した。

「このように迂闊に喋ってしまっても何ら問題は無いでしょう。何しろ、11月攻勢と言うのは作戦名かもしれないのですから。」

スパイからの報告書にざっと目を通したライバスツ中将は、その11月攻勢という言葉の多さに唖然としていた。

「本当に、会話文から同じ言葉が何度も出ている。アメリカ軍にしては、情報管理が甘すぎる。普通ならあり得ない。もしかして、
我々などは攻勢開始時期を教えても大丈夫であると認識しているのかもしれんぞ。」

ライバスツ中将は自分の考えを言った。

「去年4月の攻勢で、我々は大敗している。その余りの弱さに、アメリカ軍は付け上がっているのだろう。この迂闊な情報漏洩がその証拠だ!」

188 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/24(土) 10:30:14 ID:Bohu6sek0
ライバスツ中将は憤然とした表情でそう言い、持っていた紙をテーブルに叩きつける。

「敵はこう思っているのだ。11月に攻め込めば、補給不足で苦しむ我が軍はまともに戦えない。だから、迂闊に攻勢開始時期を喋っても
問題ないとな。全く、栄えあるショールアンル陸軍も舐められたものだ。」

彼は、3人に獰猛な笑みを浮かべた。

「だが、そうはさせん。敵が慢心しているなら、あたら撤退作戦をしなくても追い返す事が出来るかも知れん。貴様達も、我が陸軍の装備が
格段に向上した事は知っているだろう?新型ゴーレムを使用した移動式の野砲。それに射程距離が伸びた重砲。そして、対戦車戦闘のやり方を
叩き込んだ歩兵師団の将兵達。極め付きは、密かに構築された、対戦車戦闘を見越した縦進防御陣地・・・・・これなら、今攻め込まれても
敵に大打撃を与えられるぞ!」

ライバスツ中将は、自信ありげにそう言った。
シホールアンル陸軍の装備は、彼の言う通り、格段に向上していた。
去年の5月から新設された石甲師団は、去年2月に量産が始まったばかりの新型ストーンゴーレム「キリラルブス」を中心戦力に置いている。
キリラルブスは4足歩行式のゴーレムであり、背中に37口径2.8ネルリ(72ミリ)野砲を装備し、射程距離は約2.9ゼルド。
対戦車戦闘も見越して水平撃ちも考慮された設計となっている。
また、新式の重砲は去年8月に配備が始まった5.3ネルリ(136ミリ)という巡洋艦並みの口径で、射程距離は3.8ゼルドと、
これまでの野砲より射程が長い。
新式ゴーレムと新式野砲は、石甲師団のみならず、通常の歩兵師団や重装騎士師団、騎兵師団にも配備されており、攻撃力は以前より5割増となっている。
また、普通の歩兵に対しても、これまでの剣や弓などの携行武器に加えて、小型の投擲型爆弾が4〜6発ほど回されており、白兵戦のさいには大活躍する
ものと見込まれている。
それのみならず、一部の部隊には、対空用の魔道銃を対地用に改造して配備しているという噂も流れている。
装備の更新は、全部隊に行き届いており、誰もが以前よりは遥かにマシな戦いが出来ると思っていた。
ライバスツ中将の自信の根拠はそれである。
だが、彼がこの時発言した、今攻め込まれても敵に大打撃を与えられると言う言葉は、半ば冗談めいた物であった。
彼は、パーミル中佐から、

「いえ、近いうち。それも今攻め込まれるかもしれません。」

189 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/24(土) 10:30:56 ID:Bohu6sek0
という言葉が出るとは全く予想していなかった。
ライバスツ中将は、一瞬呆気に取られた表情になったが、すぐに冷静になって、逆に質問した。

「ほう。ならば、そう言える根拠はどこにある?」
「・・・・これを。」

パーミル中佐は鞄の中から再び紙を取り出し、そのうちの2枚を手渡した。

「・・・・・・これは、3週間前と2週間前の報告だな。私も一度目を通しているが、連隊規模の戦車部隊が前線に移動していると書いてある。
この部隊移動は、3日前の交代のために下がった部隊の代わりであると判断されている。もう1枚の報告書には、敵の師団規模の部隊が前線に
移動している。だが、こいつらも先と同じく、前線軍の交代で北上しているだけだ。」
「ですが、このような移動が2ヶ月前から頻繁に繰り返されています。スパイはカレアント全体の戦線を把握している訳ではなく、他の街道からも
同様の部隊移動があったと推測できます。」
「ふむ。一応、筋は通っているようだが。しかし、これだけで敵が攻勢に入ると判断するには、証拠が少なすぎる。
それに、似たような事は我々だってやっている。」

彼はため息を吐きながら付け加えた。

「たったこれだけで、敵がすぐに攻勢に出る。という判断は早計ではないかね?」

その言葉を聞いたパーミル中佐は深く頷いた。

「はい。これだけでは、確かに早計と判断できます。この最新情報さえなければ・・・・」

パーミル中佐は、緊張で顔を引きつらせながら、持っていた2枚の紙をライバスツ中将に手渡す。

「これは、つい先ほど入ってきた魔法通信です。」

パーミル中佐は、ライバスツ中将にそう言ったが、彼は彫像のように固まっていた。

190 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/24(土) 10:31:29 ID:Bohu6sek0
待つ事1分。次第に、ライバスツ中将の手が震え始めた。

「つい先ほどと言っていたが、何時頃に入ったのかね?」
「午前2時40分です。私も、この魔法通信が入らなければ、ここに来る事も無かったでしょう。」
「・・・・・・そうだな。」

ライバスツ中将は、やや震えた口調でそう返事した。
手渡された紙は2枚。その内容は、ロゼングラップ―ループレング間の街道で2時間前からアメリカ軍、連合軍の車両が北上しているとの事であった。
同様の報告はいくつも上がっており、中には、敵は軍団単位で北上しているという詳細な物もあれば、中途半端なところで途切れている物もある。
この2枚の紙に書かれた内容のどれもが、街道を北上する連合軍部隊の情報を知らしめていた。
ロゼングラップ―ループレング間に通る街道は7つ。
スパイはそのうち4つの街道に配備されている。今回の報告は、その4つの街道から送られてきている。
(そうなると、スパイが配備されていない残り3つの街道にも・・・・)
ライバスツ中将は、パーミル中佐の言うとおり、敵の反攻がすぐそこまで迫っていると確信した。
ふと、ライバスツ中将は懐に入っていた紙に気が付いた。彼はそれを取ってみていた。
それは、各軍の撤退状況が記されている紙である。
紙の中では、既に第7軍はカレアント領から抜け出し、第22軍が撤退を開始している。
いや、この2個軍のみならず、第25軍が今日のうちに撤退を開始している。
攻勢作戦の時には、頼りになる筈の後方待機部隊は、今や5割近くがループレング戦線を離れているのだ。

「アメリカ軍は、とんでもない事を考える・・・・・・」

ライバスツ中将は、アメリカ軍の手際のよさに戦慄せざるを得なかった。

第20軍司令部は、早急に全軍に向けてこの情報を伝える事にしたが、魔法通信で本国及び各軍に情報を送った時間は午前4時を過ぎていた。
アメリカ軍の計画する、ゼロアワーまで僅か44時間前の事である。

191 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/24(土) 10:32:13 ID:Bohu6sek0
8月30日 午前5時 カレアント公国ループレング南50マイル地点

左右が森林に覆われた街道を、第1軍団の車列が時速30キロのスピードで北上していた。
まだ闇に覆われる暗い森を、何万台という戦車、装甲車、トラック等がライトを照らし、列を成して走行する様は、まるで巨大アリが
行列を作って移動しているかのようである。

「こいつは凄い光景だな。これぞ戦争前夜って奴だ。」

第1軍団長のジョージ・パットン中将は、明るい口調で呟きながら、乗車であるM8グレイハウンド装甲車から身を乗り出して、前方を眺めていた。
今、北上しているのはこの第1軍団だけではない。
後方に待機していた第1軍、第4軍、第5軍の各部隊が、7つの街道を使って攻勢発起地点を目指して前進している。
前線で待機している部隊と合流すれば、あとはゼロアワーを待つだけだ。

「シホットの奴ら。あれからどれぐらい成長したかな。」

パットンは漠然とした思いでそう考えた。
去年の4月。アメリカ陸軍の機転によって、シホールアンル陸軍の構成は頓挫した。
あれから1年以上が経ち、偵察機からは敵の新型ゴーレムや新兵器等が、列を成して移動している様子が捉えられている。
この事から、シホールアンル軍の装備は向上していると考えられる。
敵は、新しい装備を受け取って強くなっている事はほぼ確実であろう。
今回の戦いは、いわば新生シホールアンル軍との、初めての全面対決という事になる。

「敵が強くなるのは厄介だ。だが、戦争と言う物は、こっちが一方的に勝ち続けるのは長続きしない。盛り返した敵に苦戦する場合が殆どだ。」

パットンは、前方を行く戦車を見据えながら独語する。
彼の考えとしては、戦闘の中盤辺りからは味方の死傷者もうなぎ上りになるであろうと思っている。

「恐らく、俺達の陸軍も、かなり痛手を食らうかもしれない。だが、」

パットンは一旦言葉を切り、空を見つめた。
空は、まだ暗かったが、一部がようやく明るみ始めた。
1日がようやく始まる。

「俺達は勝つ。あの朝焼けのように、最初はゆっくりと、だが確実に、南大陸の友人達が怯えずに暮らしていけるよう解放していく。俺達の手で。」

パットンは、自らの双肩に圧し掛かるプレッシャーを感じたが、彼にとって、プレッシャーは自分の気をしっかりさせるいい薬であった。