955 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 18:47:15 ID:Bohu6sek0
第73話 ルベンゲーブ上空の死闘(後編)
1483年(1943年)6月28日 午前11時40分 ウェンステル領ルベンゲーブ
ラシャルド・ベリヤ中尉の操縦するB−24爆撃機は、目立った損傷も負う事無く、中隊と共に密集編隊を組みながら高度を上げていた。
「機長、俺達が爆撃した工場は激しく燃えていますぜ。」
尾部銃座のドミル・バンギス伍長がやや高い声音でベリヤ中尉に報告してきた。
「フライパスしたあと、派手な誘爆みたいのが起きたからな。恐らく、俺達の攻撃目標には危なげな物が置いてあったのかもしれん。」
「あれだけ派手な爆発が起これば、あの工場は当分使い物にならないかもしれませんね。」
コ・パイロットのレスト・ガントナー少尉も誇らしげな口調で言ってくる。
「下手したら、再生不能に陥らせたかも知れんな。いずれにしろ、大当たりを引き当てた事には変わりは無い。それよりもお前ら!
しっかり周囲を見張れよ!敵のワイバーンは戦闘機隊が引き受けてくれているが、ここは敵地だ。いつ別のワイバーンが襲ってくるか
分からんからな!」
ベリヤ中尉はガントナー少尉にそう返事しながら、クルーに注意を喚起する。
迎撃に出て来たワイバーンは、P−51、F6Fとの戦闘に忙殺されているから爆撃隊に向かって来ていないが、
ワイバーンが空戦から抜けて来たり、別の用意されたワイバーンが向かって来ないとも限らない。
そのためには、周囲をよく見張る必要がある。
高度を上げつつあるベリヤ中尉の周囲には、味方のB−24が集まり始めている。
第2中隊や、第3中隊の残存機は、徐々に編隊を組みながら高度を上げつつある。
現在、高度は2500メートル。黒煙を吹き上げるルベンゲーブ精錬工場は徐々に遠ざかりつつある。
「機長、前方に第1中隊です。」
ガントナー少尉は、正面に見えるB−24の編隊を指差した。
雲の切れ目に第1中隊の残存機が編隊を組みながら高度を稼いでいるのが見て取れる。
956 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 18:48:42 ID:Bohu6sek0
「僚機の中に被弾機が何機か見られますが、こうして付いてきていると言う事は機体の損傷はそれほど大事には至らなかったようですね。」
「そのようだ。機体はだが、な。」
ベリヤ中尉はそう言いながら、前方200メートルを行く中隊長機を見る。
中隊長機の尾部機銃座の辺りがひどく傷付いている。
よく見てみれば、ガラス張りの銃座に赤い液体のようなものが付着している。
中隊長機の尾部機銃座のクルーは、他の僚機によく手を振ったり、何らかのパフォーマンスをしていた。
だが、その陽気な射手は今、尾部機銃座にはいない。
「問題は、乗っているクルーだ。B−24は頑丈でも、人の体は頑丈ではない。俺の機では皆傷ひとつ負っちゃ
いねえが、他の機ではそうもいかんだろう。」
「・・・・・確かに。」
「負傷した奴には、この危険な作戦に参加した戦友だから、生き延びて欲しい物だが・・・・・」
ベリヤ中尉は少し苦い表情を浮かべてそう言った。
似たような事は、ベリヤ中尉の属する689BG(爆撃航空群)のみならず、690、691BGでも起きていた。
避退中の689BGだけでも2機を失い、20機が損傷を負っている。
シホールアンル軍の対空砲火は、奇襲を受けながらも手強い反撃を行っており、B−24乗り達に敵防空部隊の錬度の高さを見せ付けた。
7つある区画のうち、全区画で激しい反撃を受けている事から、全体で恐らく10機。
いや、下手したら20機近くを失っているかもしれない。
(シホールアンル手強し・・・・て事か)
ベリヤ中尉は、漠然とした気持ちでそう思っていた。
その危険だった爆撃行も、あとは帰り道を飛ぶだけだ。
「後方より機影!」
ふと、バンギス伍長の声が聞こえた。
「何?ワイバーンか!?」
957 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 18:49:37 ID:Bohu6sek0
すかさずベリヤ中尉は聞き返した。だが、
「いえ・・・・・飛行機です。味方戦闘機です!」
バンギス伍長の声は喜びで上ずっていた。
この時、上昇中である689BGの編隊後方から20機程度の単発機が向かいつつあった。
高度は4000ほどだ。
「恐らく、敵のワイバーンをぶちのめしたマスタング隊がこっちに向かって来たんだろう。帰り道を行く友達は多い方が楽しめるぜ。」
レシーバーに、ベリヤ中尉の陽気な声が流れて来た。
バンギス伍長は迫りつつある味方機の編隊を見ながら微笑んだ。
「そうですねぇ。」
彼はそう返事しながら、単発機の編隊を見つめ続けた。
単発機の編隊は、5分ほどで第3中隊の上空を跳び越し、第2中隊の真上に達しようとしていた。
バンギス伍長はよく、味方機の写真を見て、それぞれの機の特徴等を頭に叩き込んでいた。
この時、彼は味方であるはずの単発機群に不信感を抱いていた。
現在、B−24隊は高度2900に達し、今も上昇中だ。
後方に視線を向ければ、ルベンゲーブから立ち上る黒煙が未だにハッキリと見れる。
しかし、上空に占位しつつある編隊は、どうもおかしかった。
(マスタング・・・・なのか?マスタングに似てはいるが、腹に付いている出張った空気取り入れ口が無い・・・・・
それに、形も所々違う・・・・・)
彼は目を凝らして、その単発機群を見るが、遠いために詳細が分からない。
(怪しい・・・・)
彼がそう呟いた時、とある一点に目が留まった。
いつもなら、翼に誇らしく描かれた横帯つきの白い星。
それが、あの飛空挺のマークは、その白い星とは似ても似つかぬ物・・・・
958 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 18:50:51 ID:Bohu6sek0
まさか。
「・・・・・・・・・・・!」
バンギス伍長はその瞬間、喉が一気に干上がったように感じた。
単発機の編隊は翼を翻して急降下に入った。
その機首が向けられている先には、俺たち第2中隊がいる!
「機長!!!」
バンギス伍長は血走った目をシホールアンル“軍機”に向けながら怒鳴った。
「っ・・・・バカ野朗!!いきなり大声出すんじゃねえ!!」
「敵です!敵機です!」
「何い!?」
「シホットの戦闘機です!!あれはマスタングであはりません!!!!」
バンギス伍長はベリヤ中尉に報告している時、第2中隊の7番機がいきなり胴体上面に取り付けられている機銃を発砲した。
曳光弾が向かっていく先には、突如牙を剥き出しにしたシホールアンル軍戦闘機がいる。
敵戦闘機は、4機ずつに分かれて第2中隊の後続機や第3中隊の先頭グループに襲い掛かっていた。
敵戦闘機の形は、一見マスタングに似ているが、マスタングよりは逞しく、打たれ強そうな感がある。
(畜生、敵ながら見事な形だぜ)
バンギス伍長は不謹慎ながらも、シホールアンル軍機に見とれていた。
「中隊長機から射撃許可が下りた!向かって来るシホット共を叩き落せ!」
ベリヤ中尉の命令の下、機銃員達がそれぞれの機銃座の視界をくまなく見回して敵の接近をいち早く見つけようとする。
バンギス伍長はベリヤ中尉の命令が出た瞬間に、尾部の12.7ミリ機銃を撃った。
重々しい発射音が鳴り響き、2本の銃身から曳光弾が線となって、7番機に襲い掛かるシホールアンル軍機に注がれる。
959 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 18:51:59 ID:Bohu6sek0
だが、曳光弾はシホールアンル軍機の後方に流れてしまう。
「畜生!あいつら早すぎる!」
彼は罵声を漏らしながら射撃を続けた。
敵機の先頭機が両翼から光弾らしき物を放った。敵防空部隊が撃った物と同様の、カラフルな光弾が7番機に迫る。
この光弾は7番機を捉えるに至らない。
先頭機は7番機の射撃を跳ね除けるような機動で7番機の右下方に飛びぬける。
続いて2、3番機が光弾を撃って来た。今度ばかりは敵も外さなかった。
光弾の線が7番機の翼や胴体にまつわり付く。被弾箇所から破片が飛び散り、右主翼からは白煙が吹き出す。
どうやらエンジン部分に被弾したらしい。
「7番機被弾!」
バンギス伍長はそう報告しながら、自然に腹が立ってきた。
7番機が右主翼のエンジンを打ち抜かれ、速度を落としている所に4番機が光弾を撃ちこんで来る。
今度は後部胴体や右主翼に被弾した。
バンギス伍長は飛び抜けようとする4番機の前面に機銃弾を放つ。
ドダダダダダン!という発射音と共に連装機銃が吼える。
今度は彼の機銃弾も敵機を捉え、一瞬だが敵機から何かしらの破片が吹き飛ぶのが見えた。
それを確認する暇も無く、バンギス伍長は次に襲って来る敵機がいないか確かめる。
「9番機被弾!機銃員1名負傷!」
「第3中隊2番機被弾!機長がやられた!」
次々にレシーバーから、味方の悲痛な報告が飛び込んでくる。
しかし、報告は入ってくる物の、敵機の襲撃から5分ほど経っても撃墜されるB−24はいない。
バンギス伍長は、左斜め後方に位置する7番機を見ていた。
7番機は3機ほどの敵機に光弾を浴びせられたようだが、まだ飛んでいる。
960 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 18:53:21 ID:Bohu6sek0
「流石に頑丈だぜ。シホットの豆鉄砲ではそう簡単に落ちないな・・・・だが。」
バンギス伍長は、7番機が編隊から落伍し始めている事に気が付いていた。
確かにダメージは致命的ではないようだが、エンジンを1基損傷した7番機はスピードが思うように出せず、編隊から遅れつつある。
その7番機に、4機の敵機が下方から襲い掛かってきた。
7番機は機銃を撃ちまくって敵機を近づけまいとするが、応戦空しく、敵機は猛速で突っ込み、光弾を浴びせた。
今度は4機分の光弾が、B−24の操縦席部分や胴体、主翼部に叩き込まれる。
左主翼のエンジン1基から火が噴き出て、黒煙が後方にたなびき始める。操縦席のガラスが下方から突き刺さった光弾に叩き割られた。
この容赦の無い一撃で、7番機の運命は定まった。
操縦者を射殺され、主翼から火災を起こした7番機は、急に機首を下に向けるとそのまま地面に向かっていった。
「7番機墜落・・・・・畜生・・・・!」
7番機が撃墜された頃には、第2、第3中隊の全機が、次々と襲い来る敵機に向けて猛然と撃ちまくっていた。
「中隊長機に敵機が!」
ガントナー少尉の声に、ベリヤ中尉は反応する。
「どこだ!?」
「あそこ、11時上方です!」
ガントナー少尉は敵機のいる方向を指差す。前方左斜めを行く中隊長機に、左速報から4機ほどの敵機が突っ込みつつある。
中隊長機はこれに反撃する。
唐突に、先頭を行く敵機が機銃弾に絡め取られて白煙を噴出する。
次いで、左主翼が中ほどから千切れとんだ。
片翼を失った敵機が、そのまま錐揉み状態になって地面に向かっていく。
「おっ、やったぞ!」
961 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 18:54:13 ID:Bohu6sek0
中隊長機の敵機撃墜にベリヤ中尉は頬を緩ませる。
だが、緩んだ頬はすぐに引きつった。
残った3機が両翼を煌かせて、多量の光弾を中隊長機に浴びせた。中隊長機の主翼や胴部に満遍なく光弾が叩き込まれる。
相次ぐ命中弾によって機体から夥しい破片が飛び散った。
その次の瞬間、中隊長機は右主翼の付け根がブリキよろしく、くの字に折れ曲がった。
折れ曲がった主翼は、あっという間に切断され、中隊長機は切断部分から炎を吹き出しながら墜落して言った。
「なんてこった!あいつら中隊長機を叩き落しやがった!」
ベリヤ中尉は思わずそう叫んだが、脅威は彼の機にも迫っていた。
「機長!3時上方より敵機!突っ込んで来まぁす!!」
「撃ち落せ!シホットを近づけるな!」
ベリヤ中尉は怒鳴るような声でそう命じた。無線機からは、敵の新型機に襲われる仲間達の悲痛な声が盛んに流れている。
「くそったれ!あいつら早すぎるぜ!まともに狙えねえ!!」
「シホット共はいつの間にこんな隠し玉を用意していたんだ!?」
「ファックシホットお得意のアレだ。今更驚く必要は無い!」
「こちらルーナ・ボーイズ!駄目だ、高度を保てない!!」
「馬鹿野朗!諦めるな!俺たちは一緒に帰るんだぞ!?」
シホールアンル軍機の性能に驚く声、諦めを表す声、それを必死に叱咤する声など、様々な会話が無線機から流れて来る。
「くそう・・・・忌々しいシホット共め!」
ベリヤ中尉は、忌々しげに表情を歪めた。
その間にも、ベリヤ機に向かって来る新型機は轟音を上げながらも急速に距離を詰めて来る。
機銃は、敵機との距離が800を切った所で一斉に射撃を開始した。
962 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 18:55:27 ID:Bohu6sek0
12.7ミリ機銃の曳光弾が、迫り来る敵新型機を包み込もうとするが、いずれも外れてしまう。
機銃座の兵が罵声を漏らしながら、向きを微調整して機銃を撃ち続ける。
ベリヤ機のみならず、他の5番機や6番機も援護射撃を行って来た。
先頭の機に、機銃弾が何発か胴体部分に命中する。
しかし、敵機は頑丈に出来ているのか、数発命中しただけではビクともしない。
お返しだと言わんばかりに両翼から光弾を放ってきた。
いきなりバリバリ!という金属が引き裂かれる音と振動が、ベリヤ機を揺さぶった。
先頭機と、2番機の光弾がB−24の胴体部分を抉ったのだ。光弾は胴体部分に命中した。
最初の命中弾はB−24の厚い装甲を抜けられなかったが、いくら頑丈な装甲版といえども同じ部分に打撃を集中されれば
たまったものではない。
多量に注がれた光弾のうち、8、9発ほどが機内に飛び込んできた。
「胴体後部に被弾!イレクがやられた!」
突如、悲鳴のような声がレシーバーに聞こえる。
イレクとは、胴体右側銃座の射手であるイレク・フォルテ伍長だ。
2機の敵機が轟音を上げながらベリヤ機の左下方に抜ける。
航続の2機の敵機が光弾を放って来た。
またもやガン!という振動が機体に響く。
「右主翼に被弾!」
すかさず、ベリヤ中尉は計器に視線を移す。主翼には、エンジンが付いている。
エンジンに被弾すれば、エンジンの調子は悪くなり、速力は落ちて編隊から落伍する。
そうなれば、高高度を飛ぶことも出来ないし、1機でいるところを敵機に取り囲まれてなぶり殺しにされる。
そうなってはますい。ベリヤ中尉はそう思いながら、右主翼のエンジンの計器を見た。
「・・・・ふぅ、エンジンはやられてねえな。」
計器はどれも正常値を現している。
963 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 18:56:00 ID:Bohu6sek0
「おい!燃料は漏ってないか!?」
彼は別の気になる事を胴体上方機銃座の射手に聞いた。
「燃料は・・・・・はい、大丈夫です!」
それを聞いたベリヤ中尉は安堵した。エンジンに異常が無くても、燃料が漏れれば途中で敵地に不時着するという事態になりかねない。
ベリヤ中尉は絶対に敵地に不時着したくないと思っていた。
シホールアンル軍は敵に対しては過酷な扱いをする事が広く知られており、後方には捕虜を処理する専門の部隊もあるという。
その部隊は、捕虜の虐殺は勿論、魔道士が立ち会って人体実験をする事も公式に確認されている。
このため、アメリカ軍内ではこの部隊に異常な警戒心を抱いており、カレアント戦線では、第3航空軍がこのような部隊に対して
1週間で述べ1200機もの攻撃機を投入して殲滅を図ろうとしたほどだ。
そんな軍隊に捕まるよりは、機体ごと敵地に体当たりしてやるとベリヤ中尉は思っていた。
だが、機体は今の所大丈夫そうである。
「6番機被弾!」
唐突に、聞き慣れてしまった報告が飛び込んで来た。一瞬、ベリヤ中尉は何かがよぎった。
それは、ブレンナー中尉が言った言葉だった。
「まあ、気楽にいこうや。」
ベリヤ中尉はすかさず左方向に顔を向けた。だが、6番機は自機の陰になって見る事が出来なかった。
彼は知らなかったが、ブレンナー中尉の操縦する6番機は、下方から4機のケルフェラクに襲われた。
続けざまに放たれた光弾によって2枚の垂直尾翼のうち、1枚を剥ぎ取られ、右主翼の2基エンジンが共に多数の光弾を受けて破壊された。
そして、右主翼を炎に包まれた6番機は、滑るようにして編隊から落伍したあと、爆発した。
「6番機・・・・・・爆発しました・・・・・」
964 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 18:57:06 ID:Bohu6sek0
その報告に、ベリヤ中尉はショックを抑え切れなかった。
「ブレンナー・・・・・・・馬鹿野朗が。気楽に行こうと言ったじゃねえか・・・・・」
ベリヤ中尉は手を震わせながらも、前を見続けた。今は落ち込んでいる時ではなかった。
「畜生・・・・泣くのは後だ。今は」
「後方より敵機4機!その後ろに20機以上の敵機!突っ込んできます!」
感傷に浸る暇もなく、新たな敵機がベリヤ機に襲い掛かってきた。
4機の敵機の後方には、新たに20機程度の敵機が続いている。
「第2、第3中隊は全滅だな。」
ベリヤ中尉は、そう呟いて諦めかけた。
だがこの時、尾部銃座のバンギス伍長は異変に気付いていた。
ベリヤ機に向かいつつある4機。これかは確実に敵機である。しかし、後ろの20機の動きがおかしい。
途中で4機ずつに離れながら、第3中隊を襲っている敵機に猛速で突っ込みつつある。
そして、新たに現れた飛行機のうち、先頭の2機が敵機よりも早いスピードで4機に近付きつつある。
4機が、ベリヤ機まで1000メートルを切ろうとした時、その更に後方の機がいきなり光弾。いや、機銃弾を浴びせた。
突然、2機の奇襲を受けた最後尾の4番機は、全身から破片を飛び散らせ、その次の瞬間空中分解を起こした。
異変に気付いた残る3機が一斉に散開し、ベリヤ機から離れた。
「あ・・・・ああ!機長!」
「どうした?何かあったのか!?」
「敵機が離れていきます!味方です!マスタングが応援に駆けつけて来ました!」
「何?マスタングだと!?」
ベリヤ中尉がそう返事した時、敵機を撃墜した2機のマスタングが、ベリヤ機の右側方を通り抜けていった。
965 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 18:57:52 ID:Bohu6sek0
その中の1機のパイロットと目が合った。銀色の尾翼に黄文字で14と描かれたP−51Bのパイロットは、
ベリヤが知っている人物であった。
「マルセイユの奴め。後で一杯奢らんといけなくなったじゃねえか」
相棒のブラッドウォード中尉と共に敵機1機を共同撃墜した後、敵の魔の手から救ったB−24の側を
フライパスしたマルセイユは思わず苦笑していた。
「こいつは、後で期待できるかも知れん。」
彼はそう言うと、ブラッドウォード中尉と共に他の敵機を探し始めた。
マルセイユ中尉の所属するマスタング隊は、シホールアンル軍のワイバーン隊を海軍のF6Fと共に押え込んだ。
この結果、ワイバーン隊は爆撃隊が最後の1発を投下するまで戦闘に忙殺され、10騎程度が空戦から抜けた以外はルベンゲーブから離脱していった。
この空中戦で、P−51B10機と、F6F23機を失った物の、ワイバーン53騎を撃墜し、40騎に損害を与えて撃退した。
その後、マスタング隊は会合ポイントに向かった機以外は爆撃機と共に帰りの道を行く筈であった。
その時、689BGの指揮官機から謎の敵新型機に襲われているという緊急信が入り、燃料や弾薬にある程度余裕のあるマスタング18機が
689BGの空域に駆けつけた。
駆けつけた時には、既に5機のB−24が撃墜され、3機が新たに攻撃を受けていた。
そこに18機のマスタングが切り込んだのである。
「マルセイユ!9時方向から3機向かって来るぞ!」
「ああ、こっちでも確認した。」
マルセイユはブラッドウォードにそう返事した。
左側方から、3機の敵機が猛速でこちらに向かいつつある。その敵は、ワイバーンではない。
マスタングと相通じる戦闘機だ。
「戦闘機の戦い方を教えてやるぞ。」
966 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 18:58:24 ID:Bohu6sek0
マルセイユはそう言うと、愛機を敵機の方向に向けた。ブラッドウォードもマルセイユと同様に敵と相対する。
マスタングの速度が徐々に上がっていき、あっという間に680キロまで上がった。
マスタングと3機の敵が発砲するのはほぼ同時であった。
互いに命中弾を与えぬまま、猛速で通り過ぎる。
「久しぶりに、あれをやってみるか。」
マルセイユはそう言うと、愛機を左旋回させた。高速旋回のため、かなり大回りだ。
すると、敵機も旋回してきた。1機はブラッドウォード機に喰らい付くが、2機がマルセイユに向かって来る。
その2機は、マルセイユの背後に回ろうと、旋回中のマルセイユ機の背後に食いついて来た。
「久しぶりにやるが・・・・上手く言ってくれよ!」
彼はそう言いながら、機のスロットルを絞る。
愛機の速度が、みるみるうちに落ちて行く。だが、速度が落ちていくほど、マスタングの旋回半径は小さくなっていく。
ジャルビ少佐は内心、混乱を起こしかけていた。
彼は、マスタングと思われる新鋭機の背後に、2番機と共にピッタリと張り付いた。
旋回中は光弾が思うように飛ばないため、敵の搭乗員が息切れするのを待つしかない。
1旋回、2旋回と、2機のケルフェラクと、1機のマスタングは旋回する。
しかし、旋回性能が優秀なはずのケルフェラクは一向にマスタングの内懐に回りこめず、逆にマスタングは、徐々に旋回半径を縮めていく。
「クソ!どうした事だ!なぜあんな旋回が!?」
ジャルビ少佐は思わず罵声を漏らした。
その次の瞬間、マスタングがジャルビ機の背後にいる2番機に機銃を撃ってきた。
この時、ジャルビ少佐は驚かなかった。
967 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 18:59:42 ID:Bohu6sek0
「射撃音・・・・・ふん、敵も相当頭に血が上っているようだ。」
逆に嘲笑さえ浮かべたが、その刹那。
「隊長!敵の弾が、うわぁ!」
いきなり魔法通信機から2番機搭乗員の悲痛な声が聞こえた。
「お・・・・おい。どうした・・・・・どうしたんだ!?」
旋回中のGに苦しみながらも、ジャルビ少佐は2番機の安否を気遣った。
ふと、視界の片隅に、2番機の尾翼が見えた。
見えたのは一瞬だけだが、尾翼には被弾した後があり、うっすらとだが白煙も引いていた。
その直後、ガンガンガン!という槌で叩かれまくるような振動が機体を振るわせた。
同時に、機首の前面に機銃の曳光弾らしき物が上から下に過ぎ去っていくのが見える。
やられた!
そう確信した彼はすぐに機体を急降下に移した。急降下に移る前にも、2度ほど敵の機銃弾に叩かれ、ガラスが割れる音が
聞こえたが、彼のケルフェラクは墜落しているかのように降下していく。
高度が200グレルまで下がった時に、ジャルビ少佐は機体を引き起こした。
水平飛行に入る際に、周囲を確認して敵機がいないかを確かめる。
幸いにも、近くに敵機はいない。
まだ南の上空で爆撃機や戦闘機が、ケルフェラクと戦っているようだが、戦闘は終わりに近付いているようだ。
彼は機体の状況を確かめるべく、左右の主翼や操縦席内を確かめる。
風防ガラスが割られている。割れた位置は彼の頭のすぐ後ろである。
「・・・・・危機一髪か。」
ジャルビ少佐は背筋が凍るような思いがしたが、それを跳ね除けて期待の被弾状況を確かめる。
見た限りでは、計10発は被弾していた。
968 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 19:00:23 ID:Bohu6sek0
「10発もぶち込まれても飛べるとは、大した機体だ。しかし・・・・」
ジャルビ少佐は先のマスタングとの戦いを思い起こした。
マスタングは、彼からしたら信じられない方法で2番機を撃墜し、彼の機に損傷を与えた。
「まさか、旋回中に撃ってくるとは・・・・・・」
ジャルビ少佐は信じられなかった。
普通、射撃の際は旋回中にやらない物なのだが、あのマスタングは平気で撃って来た。
まるで、旋回中のケルフェラクの進路を見越しているかのように。
「見越し射撃か。」
ジャルビ少佐は、初めて体験する新戦法に思わず身を震わせた。
「一瞬だけ見えた、あの黄色文字の番号・・・・・あのマスタングのパイロットは要注意だな。」
午後2時30分 ウェンステル領ルベンゲーブ
小高い丘の上にあるルベンゲーブ防空軍団の司令部からは、黒煙を吹き上げるルベンゲーブ精錬工場が一望できた。
「・・・・・はぁ。」
作戦室の窓から、外を見ていたデムラ・ラルムガブト中将は、思わず深いため息を吐いた。
彼は待っていた。
突然の空襲で、ルベンゲーブの精錬工場群は爆撃を受けてしまった。
精錬工場群の中には、完全に壊滅した所もあるようだが、敵の爆撃制度が不味くて、傍目では大損害に見えつつも、実際には
工場施設はまだまだ使えるという区画もあるようだ。
ウェンステル人の市街地に敵の爆撃機が墜落して火災が発生したようだが、現地住民の活躍のおかげで、大事には至っていないようだ。
969 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 19:01:17 ID:Bohu6sek0
「だが、損害が少なくないのは確実であろうな・・・・・」
ラルムガブト中将は確信していた。
英雄王と呼ばれたオールフェス・リリスレイ帝が、仮借ない方法で北大陸を統一して早2年。
その課程で得られたルベンゲーブの精錬工場群は、軍等に収める魔法石のうち、全体の2割を賄っていた。
全体から見たら2割。たかが2割と思うかもしれないが、されど2割である。
たった2割と言えど、失えば多大な打撃となる。
「司令官。暫定報告が出来上がりました。これまでの情報に、最新の情報も加えてあります。」
「見せてくれ。」
ウランル・ルヒャット大佐は、紙をラルムガブト中将に渡した。
紙に内容はこう書いてあった。
「ルベンゲーブ精錬工場の損害は、7区画全体を統合すると、5割〜6割の工場、施設が破壊されるか、何らかの損傷を
被っている。特に第7区画は区画全体で8割の施設が破壊、炎上し、施設の復旧は不可能と見られる。比較的被害の軽い第4、
第5区画は復旧が可能なれども、最低1ヶ月。復旧の見込みありと判断された第2区画は最低6ヶ月の時間を要する。他の区画に
関しては復旧の見込み無しと判断される。迎撃に出たワイバーン隊は60騎が失われ、自己判断で出撃したケルフェラク隊は
5機が撃墜された模様。判明せる戦果は大型爆撃機49機、小型機40機。」
これをざっと読み通したラルムガブト中将は、置いてあったカップを取ろうとした。
だが、取れなかった。
右手が震えているために、カップはなかなか握れない。彼はカップを握ろうと奮闘したが、最後には諦めてしまった。
「・・・・・司令官・・・・・」
作戦室内はシーンと静まり返り、ルヒャット大佐の声音が、いつもよりも大声で言っているかのように感じられた。
「馬鹿だった・・・・・・」
970 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/28(日) 19:01:53 ID:Bohu6sek0
ラルムガブト中将は、震える手を押さえながら言った。
「私は、馬鹿だった。まさか、度胸試しの峡谷を、ワイバーンよりも巨大な爆撃機が出て来るとは・・・・・・
だが、アメリカ人達はやって来た・・・・・あの峡谷を通って。」
ラルムガブト中将は、幕僚達に振り返った。
彼の表情は、悔しそうに歪んでいた。
「アメリカ人達の勇気と腕に・・・・・我々は敗北したのだ。」
彼はそう言うと、再び窓の外に視線を移した。精錬工場からの黒煙は、今も上がり続けていた。
ルベンゲーブ精錬工場爆撃作戦。
ストレートショック作戦と名付けられたこの爆撃作戦は、シホールアンル勢力圏内である北大陸初の戦略爆撃として広く知られた。
爆撃は見事に成功し、ルベンゲーブの魔法石精錬工場は壊滅状態に陥った。
だが、勝者の受けた傷は、決して浅くは無かった。
作戦に参加した第145爆撃航空師団の300機のB−24のうち、現地の対空砲火で撃墜されたものは16機、未知の戦闘機に撃墜されたものは5機。
被弾後、第39任務部隊の会合ポイントに不時着水したものは9機。
そして、ルイシ・リアンで着陸に失敗、あるいは使用不能と判断されて喪失となった機は19機、計49機である。
P−51Bは16機、F6Fは30機が失われ、全体の喪失機数では95機を数えた。
特に大損害を受けた第145爆撃航空師団では、搭乗員258人を失い、78人が戦列を離れると言う事態になった。
陸軍航空隊始まって以来の大損害を受けたこの日は、暗黒の月曜日と呼ばれ、作戦参加者の胸に深く刻まれる事になった。
しかし、同時にウェンステルを始めとする北大陸の被占領国は、この勇敢な爆撃作戦に感銘を受ける者が多数にのぼり、
北大陸の人々にはシホールアンル凋落の第一歩として記憶に残る事になる。
992 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/31(水) 23:50:26 ID:Bohu6sek0
第74話 諦め
1483年(1943年)7月3日 午後9時 シホールアンル帝国ウェルバンル
「ふむ、なんとか合格じゃな。」
侍従長のブラル・マルバは、メイド達が行った掃除の点検を終えるや、やや明るい口調で背後で返事を待つ5人のメイドに言った。
「ようやく、出来るようになったの。この調子で、明日も頑張っておくれよ。今日の業務はこれにて終了。」
メイド達はほっとしたような表情を浮かべながら、マルバに一礼した。
マルバは、この帝国宮殿の侍従長を長年勤めており、普段は厳しい侍従長として他の侍従やメイド達に恐れられている。
しかし、ただ単に恐れられているわけではなく仕事以外の時には陽気な好々爺として振舞っている。
このため、マルバは皆から恐れられながらも尊敬を集めていた。
彼の仕事熱心ぶりは有名であり、オールフェスですらマルバには容赦なく注意される。
オールフェスは、俺が怖いのはアメリカ軍とマルバの説教だなと
メイド達が自室に戻って言った後、会議室のドアが開いた。
中からは軍の高官達が出て来た。6人の高官は、いずれもが疲れた表情を浮かべながらも帰っていった。
高官達が帰った後、会議室から1人の男が出て来た。
「陛下。」
マルバはゆっくりとした足取りでオールフェスに近付いた。
「ああ、侍従長か。」
「長い間話し合われて、お疲れになったでありましょう。」
「ああ、疲れちまったよ。」
オールフェスは苦笑しながら腕を回したりする。
993 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/31(水) 23:51:11 ID:Bohu6sek0
マルバから見た限り、オールフェスの表情は固くなっていた。
それもここ最近は、オールフェスは前みたいに心の底から笑ったりしなくなった。
笑うとしても、無理に笑っているようにしか見えないのだ。
「一国の王ていうのも、なかなかの重労働だぜ。」
オールフェスはおどけた口調でマルバに言う。調子は別段悪くは無いようだ。
「陛下は、ここ最近休息を取っておらぬようですが・・・・どうでしょうか、機会を作って少し休まれては?」
「休む?とんでもねえよ。」
マルバの提案を、オールフェスは断る。
「侍従長の言う事は正しいが、前線では俺の国の兵隊が、あのアメリカ人共と戦っているんだ。休み無しでな。
そんな奴らがいるのに、俺だけパーッと遊んでくるか!なんて出来ないよ。やるとしても、そこら辺の散歩が関の山さ。」
オールフェスはそう言って、ニヤリと笑みを浮かべた。
「そうですか。分かりました。」
「ああ。まあ、気持ちだけは受け取っておくさ。じゃ、俺は寝るよ。」
オールフェスは、自分の寝室に向かっていった。
マルバは、先代皇帝が即位した時から宮殿の侍従長を勤めてきた。
オールフェスとは彼が生まれた時からの付き合いであり、若い頃はオールフェスにさんざん振り回されて来た。
そのため、オールフェスが何を思っているかは彼の表情や、動作ですぐに分かる。
この時も、マルバはオールフェスが疲れていると確信していた。
一見軽やかに見える足取りも、通常時と比べてどこか重いように見える。
(アメリカと言う国が現れてから、陛下は元気が無くなりつつある。)
マルバは、オールフェスがそのようになった原因が、アメリカにあると確信していた。
994 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/31(水) 23:52:00 ID:Bohu6sek0
南大陸を制圧中に突然現れた異界の国、アメリカは、シホールアンルと真っ向から勝負を挑んで、味方の軍を次々と打ち破っていると聞いている。
詳しくは聞いていないが、つい最近も北大陸南部の国、ウェンステルでアメリカが何かをやらかしたようだ。
今日の会議は、その事件に関する事で開かれたのだろう。
「陛下・・・・・」
マルバの悩みは、オールフェスが過労で倒れてしまわないかである。
広大な北大陸を統治する大帝国の王が倒れてしまえば、軍や国民に対する影響は計り知れない物となる。
そうならぬように、マルバを始めとする侍従達は自分の職務を果たすだけである。
無論、オールフェスが働きすぎて倒れるような事を防ぐ事も含めてだ。
「あまりご無理をなさらぬように・・・・・」
マルバは不安そうな表情を浮かべて、囁くような声音で呟いた。
寝室のベッドに仰向けで倒れたオールフェスは、深いため息を吐いた。
彼は自分の髪を手で弄びながら、一言呟いた。
「ルベンゲーブ・・・・か。」
今日開かれた会議は、先に発生したルベンゲーブ空襲と、それに伴って行われたウェンステル北部の被害報告も兼ねて開かれた。
報告によれば、ルベンゲーブ空襲前に行われたウェンステル北部の爆撃で、ルテクリッピは数波の空襲を受けて軍港機能を壊滅させられた。
次に、ワイバーン発着基地があるブレクマヤが夕刻前に空襲を受けてこれも壊滅した。
これに対して、味方はワイバーン隊を使って敵機動部隊に反撃を行い、エセックス級空母1隻を大破させたようだが、敵の猛烈な反撃で
攻撃隊の半数以上を撃墜された。
そして、その翌日に行われた、アメリカ軍のルベンゲーブ空襲では、北大陸南部で最も重要な戦略拠点である魔法石精錬工場が大型爆撃機の空襲で破壊された。
魔法石精錬工場は全体の6割が機能を失うと言う壊滅的打撃を与えられ、ルベンゲーブの戦略的価値は失われてしまった。
特に頭が痛いのは、建造中の陸上装甲艦に搭載予定であった、特注の魔法石が全て失われてしまったことである。
995 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/31(水) 23:52:34 ID:Bohu6sek0
これによって、3番艦以降の建造は困難となった。恐らくは建造中止になるであろう。
影響は陸上装甲艦の建造数縮小のみに留まらず、魔法石供給にも及んでいた。
ルベンゲーブで生産していた魔法石は、全体で2割と、割と少ないように見えるが、この2割と言う数字は意外に馬鹿にならない。
現在、北大陸には、シホールアンル本土に5箇所、被占領国3箇所存在している。
被占領国の3箇所には、先日に大空襲を喰らったルベンゲーブを含まれている。
ルベンゲーブの魔法石精錬工場は、被占領国の中では最大規模のもので、シホールアンル本土にある精錬工場と比べても、大きな部類に入る。
その工場から吐き出す魔法石供給が無くなれば、自然に軍に搬入される魔法石も少なくなってしまう。
この問題に関しては、他の精錬工場で増産する事で対応する事が決まっているが、魔法石の供給不足は免れられない。
「それだけ、ルベンゲーブに負っていた所は大きい、と言う事だな。全く、毎度毎度、アメリカさんはいい仕事してくれるぜ。」
オールフェスは自嘲気味にそう言うと、くくっと笑った。
彼はここ最近、元から掲げていた目標を達成できないと思っている。
1474年3月。オールフェスのシホールアンルは行動を起こした。
侵攻前に、ヒーレリ、グルレノ、バイスエ、レイキがフレルとの交渉で軍門に下った後、長年、小国ながら侮れぬ軍事力を持つ
レスタンに50万の大軍で侵攻した軍は、5万の死傷者を出しながらもレスタンを2週間足らずで蹂躙した。
次のジャスオ並びにデイレア侵攻作戦では、同国軍が協力であった事や、南大陸が援軍をよこした事で占領までにかなりの時間がかかった。
だが、これらの国も81年の始めまでに占領を終えた。ウェンステルの占領も81年5月までに終え、後は南大陸に侵攻するのみとなった。
それまでに、シホールアンルは敵対国に対しては容赦の無い攻撃を行い続けた。
例え、軍人以外の一般民などが抵抗してきても、シホールアンル軍は全力を持って攻撃し、抵抗する物は降参しても殺し続けた。
正確には分からないが、北大陸統一戦争時にシホールアンルが奪った命は、1000万〜2000万以上とも言われている。
国民は圧倒的な自国軍に熱狂し、いつしかオールフェスは英雄王と呼ばれるようになった。
10月に開始された南大陸侵攻作戦は、オールフェスの期待通りに進展し、早くて1年。
遅くても2年以内には南大陸を制圧できると思っていた。
英雄王が率いる軍隊ならば、南大陸なぞ一蹴できる。
誰もがそう思い、南大陸がシホールアンルに統治されるのも近いと確信した時、それらはやって来た。
アメリカ。
異界の国より呼ばれし未知の国・・・・
しかし、その未知の国は強かで、凶暴であった。
996 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/31(水) 23:53:15 ID:Bohu6sek0
フレルの交渉をあっさりとつっぱね、こちらが行った奇襲にも驚くべき腕前で跳ね返す。
海軍は、竜母と同じ正確を持つ空母を主力としてシホールアンル海軍に立ちはだかり続けた。
レアルタ、ガルクレルフ、グンリーラ、ジェリンファ、2次に渡るバゼット海を巡る海戦。
この7大海空戦に、シホールアンルは負けるか、勝っても後味の悪い結果しか残さなかった。
そして、陸軍部隊はアメリカの圧倒的な火力差の前に惨敗している。
最近では、アメリカ陸海軍の装備する飛空挺が新しいものに変わりつつあり、再び前線の航空部隊は苦戦を強いられるようになっている。
「南大陸侵攻前に、俺は2年以内にカタがつくと言った。あれから既に1年半近く経ってるのに、俺達はカレアントで足止めを喰らってる。」
いや、敵の怖さは質だけではない。
オールフェスは思った。
最近気が付いた事がある。それは、アメリカ軍の量だ。
つい最近行われたルベンゲーブ空襲の際、アメリカは空母部隊も援護に出している。
ルベンゲーブ空襲後に、偵察ワイバーンの1騎が帰還中のアメリカ機動部隊を発見している。
今日の会議で、その時見つけられた敵空母の数を聞いて彼は耳を疑った。
偵察ワイバーンが見つけた敵空母は、総計で9隻。
うち数隻は新顔のエセックス級だという。
その時、初めてオールフェスは背筋が凍りついた。
数隻のエセックス級だって?こっちはやっと、ホロウレイグ級の3番艦と、ライル・エグ級の4番艦が配備されたばかりなのに・・・・・
アメリカの空母戦力は、当初6隻程度と見積もられていた。
しかし、蓋を開けてみれば、敵の機動部隊は当初の見積もりよりも余分に空母を投入していた。
出撃している9隻の空母以外にも、アメリカはヴィルフレイングに2隻の大型空母を停泊させている。
これらを纏めると、アメリカ太平洋艦隊は空母11隻主体の大機動部隊を有している事になる。
しかも、アメリカは11隻の主力空母の他に、6〜8隻程度の低速小型の空母を保有している事が海軍側から報告されている。
そう、アメリカは半年強でこれだけの空母を投入してきたのだ。
それに対し、シホールアンル海軍は9隻の竜母を保有するのみだ。
また、アメリカは海上兵力のみならず、陸上兵力も大幅に増強しつつある。
南大陸に現在まで増強されたアメリカの地上部隊は、30万以上である。
9月までには50万に達する見込みで、今年中にはアメリカを含む南大陸連合の反攻が開始されるようだ。
997 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/31(水) 23:53:51 ID:Bohu6sek0
これだけでも度肝を抜かれるのに、アメリカは更に、レーフェイル方面にも兵の派遣を計画しているとの情報が伝えられている。
片手ではシホールアンルを。もう片手ではレーフェイルを同時に相手取れるのだ。
ハッキリ言って、国力が違う。
心情的には認めたくない。しかし、認めざるを得ない事実だ。
その時、オールフェスは初めて、彼我の戦力差が開きつつある事を理解した。
「なんて贅沢な奴なんだ。アメリカって。」
オールフェスは後悔に心を苛まれた。
「お陰で、こっちの予定は滅茶苦茶に狂わされちまった。」
彼はそう言いながら、2年前を思い出した。
2年前は、他国の攻略も順調に進み、近い将来南北大陸が制圧できると確信していた。
今のように敵に対して思い悩む事など全く無く、毎日が楽しく思えた。
『あと少し。あと少しで、この大陸も平和になれる。』
自信満々にそう語った2年前の夏の日。
それから2年。今ではアメリカと言う常識を無視したような力を持つ国に、流れは変えられつつある。
「最前線の補給線は、海の中に潜む敵潜水艦に細くなる一方。陸の補給線は敵の爆撃やどこぞから沸いたゲリラに襲われて
これまた細くなる一方。お陰で、ループレング等の前線部隊には定数にも満たない分の物資しか送れない・・・・・・」
彼は小さな声でぼそぼそと言った。
脳裏に、今日の会議で聞いた、あの言葉が響く。
『前線を後退させ、反撃密度を高める方法もあります。これによって、伸びた補給路も短くなり、補給量も安定するはずです。』
998 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/31(水) 23:54:21 ID:Bohu6sek0
陸軍側から出席したとある参謀の案だ。
その案は、前線を後退させるという物だ。要するに、軍をカレアントから退けという事だ。
「後退・・・・か。今までなら、話すら聞かなかったんだが。」
北大陸統一時、軍が危ない場面は何度もあった。
その度に後退案が出されたが、オールフェスは話すら聞かなかった。
逆に増援を送って無理やり作戦を成功させている。
しかし、今日のオールフェスは、その参謀の話を聞き入っていた。
「その話に聞き入ってたな。俺。」
彼はそう呟くと、不意に乾いた笑いを発した。
「それほど、俺は変わったと言う事か。」
オールフェスは何気ない口調で言うと、そのまま目を閉じた。
彼の心中では、2年前にはあった南北大陸統一という意気込みは、既に消えていた。
31 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/05(月) 13:54:38 ID:Bohu6sek0
第75話 東海岸の怪事件
1943年(1483年)7月16日 午前9時 バージニア州ノーフォーク
夏真っ盛りのノーフォークは、この日も太陽が熱くぎらついていた。
ここはバージニア州にあるノーフォーク軍港である。
ノーフォークは、軍港の他にも、海軍工廠が隣接しており、造船所のドッグではアイオワ級戦艦やエセックス級空母などの
新鋭艦が急ピッチで作られている。
戦時中ながらも、活気を見せるノーフォークだが、その一方で新たな問題に頭を悩ませる者もいた。
ノーフォーク海軍基地内にある大西洋艦隊司令部。
この建物内にある会議室で、大西洋艦隊の司令部幕僚や、各艦隊の司令官、参謀が集まっていた。
「おはよう諸君。」
大西洋艦隊司令長官である、リチャード・インガソル大将が口を開いた。
インガソル大将の表情は、どこか固かった。
「ここ最近、東海岸沖で連続して起こっている怪事件の事は、既に知っているだろう。」
インガソルの言葉に、誰もが頷く。
東海岸では、6月から不思議な怪事件が続発していた。
発端は、アムチトカ島沖海戦が終わった後の6月1日の事であった。
その日、ニューヨークの漁業組合に属するトロール船2隻が、漁に出たまま行方不明となった。
海軍航空隊のカタリナ飛行艇や、沿岸警備隊の艦船が捜索に当たったが、手がかりは何ひとつ見つからなかった。
捜索が打ち切られた翌日の、6月5日。
漁業組合から魚の漁獲量が一気に激減したとの報告が入った。
漁獲量が減った海域は、ニューヨーク沖やノーフォーク沖、それにロングアイランド沖であり、その地区の漁業組合や
会社から魚が取れなくなったとの連絡が相次いで送られてきている。
6月7日には、ニューヨークから出港した1隻のトロール船が、凶暴な化け物に襲撃されたと報告が入った。
32 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/05(月) 13:55:42 ID:Bohu6sek0
トロール船はなんとか逃げ帰ったものの、船は化け物の襲撃によって激しく損傷しており、修理には2ヶ月ほどかかると言われている。
その船の船長からは、10メートル以上はあろうかという大きな牙を生やした白い化け物が、突然船に体当たりをしてきたという。
トロール船はすぐにエンジンを全開にして逃げたため、その化け物に沈められる事は無かったようだ。
6月15日には、リバティ型輸送船1隻が、西海岸に回航される途中でいきなり爆発を起こした。
この輸送船は、急遽ノーフォークに入港したが、後の調べによると、左舷側中央部に直径4メートルほどの穴が開いていた事が判明している。
そして6月20〜7月1日に起きた事件は実に衝撃的であった。
6月20日には、ノーフォーク沖40マイルの地点で哨戒中の沿岸警備隊の艦艇が、突然SOSを発した後に消息を絶った。
海軍や沿岸警備隊は直ちに捜索を行ったが、24日まで行っても証拠は全く見つからなかった。
26日には、ニューヨーク沖で訓練中だった、キトカン・ベイ級護衛空母のアラゾン・ベイとバゼット・シーが、突如何かの攻撃を受けた。
アラゾン・ベイは左舷2箇所に魚雷のような物を受けてあっという間に停止し、バゼット・シーも右舷後部1箇所に同じの攻撃を受けた。
結果、アラゾン・ベイは3時間後に沈没し、辛うじて生き残って、ニューヨークに帰還したバゼット・シーも大破の判定を受け、
修理に最低2ヶ月はかかると判断された。
極め付きは7月1日に起きた事件である。
この日、ノーフォーク沖20マイルの海域で訓練を行っていた巡洋戦艦アラスカの見張り員が、右舷から何かが向かって来るのを捉えた。
アラスカの艦長はすぐさま緊急操舵を命じて、向かって来た、4つの何かの光を回避した。
アラスカの艦長はあろうことか、向かって来た光の方角に主砲を向けさせるや、砲撃を行った。
14インチ砲の交互撃ち方4回、斉射を2回行った。
その後、アラスカは出動してきた駆逐艦12隻と共に周辺海域を捜索した。
「アラスカの艦長の機転で、我々はこの怪事件を起こした張本人を突き止める事が出来た。」
そう言って、インガソルは立ち上がると、背後にあった壁に大きな写真を貼り付けた。
写真には、見たことも無いような化け物が2匹、所々欠損しているが、原型を保った形で写っていた。
「これが、怪事件を起こした犯人だ。この化け物は、小さいのと、大きいの。2種類いる事が判明している。この2匹は、
アラスカの14インチ砲で仕留めた者を情報部が撮影したものだ。詳しい事は情報参謀が説明する。」
インガソルは情報参謀のヴィックス・アイレル中佐に顔を向けた。
頷いたアイレル中佐は席から立ち上がった。
33 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/05(月) 13:56:30 ID:Bohu6sek0
「この大小2匹の生き物に関しては、ロスアラモスにいるグリンゲル魔道士や、バルランドの留学生に同伴していた魔道士から情報を
手に入れました。入手した情報によると、マオンドはシホールアンルへ偵察用生物兵器の開発技術を供与していたと言う事が分かりました。」
情報参謀は、写真が掲げられている壁の前に歩み寄った。
「この、2種類の生物兵器ですが、シホールアンル軍は既に北大陸統一戦時から似たような物を大規模に実戦投入していたようです。
シホールアンル軍は、この生物兵器と似たような兵器、通称レンフェラルを投入して敵国の港や船団を見晴らせていたようです。
レンフェラルにはこの生物兵器と同様に、大小2種類おり、小型は偵察専門、大型は偵察、攻撃兼用と振り分けられ、大小幾つかが
集まってチームを作り、情報収集や敵艦船の攻撃を行っていたようです。」
「つまり、この写真に写っている2匹の化け物も、レンフェラルとやらと似た様な事をやっていた。と言う事になるのかね?」
第26任務部隊司令官である、ジェイムス・サマービル中将が質問してきた。
「はい。そうなります。ただ、魔道士達は少々気になる事を言っております。」
「気になる事?」
アイレル中佐の言葉に、サマービル中将は怪訝な表情を浮かべた。
「写真のこの2匹。魔道士達はこの小さい生き物に対して言っていました。『この小さい方は、シホールアンル軍は攻撃専用にしていない』と。
6月7日に、トロール船が化け物に襲われたものの、なんとか帰港した事は覚えていますでしょう。その時、トロール船に襲ったのが、
この小さい方なのです。」
「シホールアンル軍は小さい方を攻撃専用にしていないと言っていたが、それはどういう事かな?」
今度は、第23任務部隊司令官のレイ・ノイス少将が質問する。その質問に、アイレル中佐はよどみなく答えた。
「それは、シホールアンル軍の使う生物兵器本来の性質にあると思われます。レンフェラルは、元々この世界の海を回遊する大型海洋生物で、
時には集団で凶暴な海洋生物を襲うと言う、一見かなり凶暴な一面性もあるようですが、本来の性質はとても大人しいそうです。それに、
レンフェラルは知性があり、海洋生物の中では一番生物兵器に仕立て易い生き物のようです。そのため、元々船舶に対して攻撃力の余り無い
レンフェラルでも、刷り込まれた魔道式が発する攻勢魔法で重巡並みの大型艦は優に撃沈できるようです。」
「問題は、このレンフェラルとやらはシホールアンル軍のもの、と言う事だ。マオンドはレンフェラルとは別の海洋生物を使用しているのだろう?」
34 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/05(月) 13:57:05 ID:Bohu6sek0
「はい。特に厄介なのは、敵マオンドが、レンフェラルより気性が荒く、かつ、攻撃的な海洋生物を生物兵器仕立て上げた可能性が高い事です。
魔道士にこの写真を見せた所、この生物はベグゲギュスという物で、主にレーフェイル大陸方面に生息していた物のようです。実を言うと、
魔道士が言うにはベグゲギュスは、公式には6年前にマオンドによって撲滅させられていたはずなのです。」
「すると情報参謀。」
ノイス少将は鋭い目付きでアイレル中佐を見つめた。
「マオンドは、この東海岸に絶滅したはずのベグゲギュスを使って偵察と通商破壊に出たと言う事になるが。解せんのはなぜ絶滅したはずの
海洋生物を使って、このような事をするかなのだが。」
「考えられる点はある。」
それまで話を聞いていたインガソル大将が口を開いた。
「マオンドはシホールアンルの同盟国だ。その同盟国の敵は我々アメリカだ。マオンドは既に2度も、我々大西洋艦隊によって散々な目に
遭っている。恐らく、敵はいつ我が合衆国が攻めてくるかと戦々恐々していたであろう。だが、彼らはアメリカ本土には近付ける兵器を
持っていなかった。そこで、密かに養殖されていたあのベグゲギュスに白羽の刃が立った。去年のリンクショック作戦で、レーフェイル大陸を
襲ってから既に1年が経っている。レーフェイルは、シホールアンルよりは劣るようだが、魔法技術に関してはなかなかの国のようだ。
その彼らが、このアメリカを見張るためにベグゲギュスを繁殖し、生物兵器に仕立て上げた。」
インガソルは一旦言葉を切って、会議室にいる一同を見渡す。
誰もが、彼の話に納得したような表情を浮かべている。
「マオンドは俺達にも手痛い被害を与えてやりたいと思っているだろう。そのために、レンフェラルより凶暴な海洋生物を生物兵器に
仕立て上げてもおかしくは無い。故に、我が大西洋艦隊は、このマオンドから派遣された刺客を、東海岸沖から一掃する。」
インガソルはそう言うと、今度は作戦参謀に目配せした。
作戦参謀のロバート・ケラウェイ大佐は頷くと、説明を始めた。
35 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/05(月) 13:57:39 ID:Bohu6sek0
「今回、マオンド軍の敵海洋生物掃討作戦に関しましては、大西洋艦隊に所属する稼動駆逐艦、巡洋艦、空母を多数用いて行う予定であります。
現在、大西洋艦隊には3隻の正規空母と1隻の軽空母、それに6隻の護衛空母に巡洋艦、駆逐艦多数が在籍しています。我が大西洋艦隊が
相手取る敵の海洋生物は、軍民問わず、手当たり次第に襲撃しています。」
ケラウェイ中佐は席から立ち上がると、背後の壁にある東海岸沖の地図を指示棒で叩いた。
「出没地点は、ノーフォーク沖、ニューヨーク沖に集中していますが、13日にはフロリダ沖でも漁船2隻が謎のSOSを発して以来
行方不明になっています。14日には同じフロリダ沖から護衛駆逐艦が海洋生物と思わしき生物を追いましたが、仕留める事はできませんでした。
敵の海洋生物は東海岸全域に出没している状態です。我が大西洋艦隊は、この東海岸一帯に駆逐艦や護衛空母部隊を中心にハンターキラーグループを
編成し、東海岸一帯に配備すると共に、航空基地の哨戒機を増強して空からの監視も強化します。」
「機動部隊の正規空母も使うのかね?」
ノイス少将の問いに、ケラウェイ大佐は答えた。
「はい。使います。」
「相手はどこに潜んでいるか分からない生き物だ。探す時は人手の多いほうが良いだろう。使える物はこの作戦で全て使う。」
「長官のおっしゃる通りです。それに、正規空母は護衛空母よりも多くの航空機が搭載できますので、洋上哨戒に関しては護衛空母以上の
哨戒密度が確保出来ます。また、戦艦部隊には西海岸向けの船団を護衛する任務に付いて貰います。無論、援護につける護衛駆逐艦も
相当数配備する予定です。」
「なるほど、かなり大掛かりな作戦だな。それでだが、敵海洋生物に対する対処法はどのようなものかな?」
サマービルがすかさず質問する。
「対処法としては、現段階では2つあります。これまでの調べによりますと、敵海洋生物は、攻撃時には潜水艦と同様に深度10〜5メートル
ほどに上がるようです。その際、上空の航空機から攻撃を行うか、洋上で海面から突き出す背ビレを見つけて、その位置に駆逐艦を向かわせて
爆雷で叩き沈めるかです。」
「その生き物はどれぐらいの速度で海を走るんだね?」
「これは、護衛駆逐艦エヴァーツからの報告で判明した事ですが、敵海洋生物は15〜18ノット程度で海中を進んでいるようです。
又、敵が海中にいる際はスクリュー音と似たような音を発するので、アクティブソナーを使用すれば捕捉は可能との事です。」
36 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/05(月) 13:58:14 ID:Bohu6sek0
「ふむ。よく分かった。つまり対処は可能、と言う事だな?」
「その通りであります。」
ケラウェイ大佐は自信のこもった口調でそう答えた。
「これで諸君らもよく分かっただろう。状況はあまり良いとは言えない。最近は東海岸の各漁業会社も漁の制限で大打撃を被っている。
それに、住民達もこの海洋生物に不安を抱いている。我々は、この掃討作戦で住民の不安も払拭せねばならない。地味ではあるが、
大事な任務である事に変わりは無い。諸君らも、心して任務に当たれ。」
1943年(1483年)7月17日 午後1時 マオンド共和国領ユークニア島
その日、マオンド共和国海軍総司令官であるバグメタ・ラムイオ元帥は、レーフェイル大陸から西南西に離れた所にあるユークニア島を訪れていた。
「綺麗な島だな。ユークニアは。」
ラムイオ元帥は、出迎えに現れた第72軍司令官のギャン・チルムク中将に感想を言った。
「閣下もそう思われますか。」
「勿論だとも。緑に囲まれた島、周りは綺麗な海。おまけに気候も悪くない。私はね。このような島で老後を過ごしたいと思っておるのだよ。」
「その気持ち、よく分かりますぞ。」
「この島の将兵はどうしておるかね?ここはのんびりした気候だから、だらけているのではなかろうな?」
「その点についてはご安心下さい。駐屯部隊の将兵には定期的に猛訓練を行わせており、決して気を抜く事ができぬようにしています。」
「ふむ。それは素晴らしい事だ。」
ラムイオ元帥は満足そうに頷いた。
ここユークニア島には、陸軍第72軍の3個師団と、2個空中騎士団、それに海軍の根拠地隊が駐屯している。
これらを統括指揮しているのが、第72軍司令官であるチルムク中将だ。
今回、ラムイオ元帥がユークニア島にやって来たのは、この島に配備されているある部隊を視察するためである。
ラムイオ元帥はチルムク中将と別れた後、目的の場所に向かった。
37 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/05(月) 13:59:01 ID:Bohu6sek0
港から20分ほど馬車で移動した後、ラムイオ元帥一同は馬車ごと洞窟の中に入っていった。
「ほう・・・・・この洞窟の中が、基地なのか。」
ラムイオ元帥は感嘆したような口調で馬車の外を眺めていた。
洞窟の中には、所々に光源魔法を発する魔法石が置かれていてさほど暗くは無い。
やがて、基地の入り口に達した馬車隊は前進をストップした。
ラムイオ元帥は馬車から降りると、指揮官らしき男が彼を出迎えた。
「閣下、よくおいで下さいました。私は第61特戦隊指揮官のハニジ・リゴア大佐です。」
「ほう、君が指揮官か。海洋生物の活躍は本国でも聞いておるぞ。」
「恐縮であります。」
「早速だが、中を見せてくれんかね?」
「はっ。では、こちらへ。」
リゴア大佐はラムイオ元帥を施設の中に案内した。
最初に案内されたのは、ベグゲギュスの飼育施設である。
内部は入り江のようになっており、手すりが設置された岩の向こうには、ベグゲギュスが泳いでいた。
「ここは、偵察に用いるベグゲギュス飼育室で、発着場でもあります。ここには30頭のベグゲギュスがおり、そのうち小型が14頭、
大型が16頭となっております。」
「かなり広い所だな。」
「ここは元々洞窟だったのですが、5年前から改装してベグゲギュスの研究施設に仕立て上げたのです。ここと同様の発着場は、ここの他にも6つあります。」
「これとほぼ同じ大きさの物が6つか。」
「いえ、ほぼ大きさの物は4つで、あとの2つはより大きくなっております。この2つには、この発着場の2倍の数を収容できます。」
「ほほう。こいつは凄い。」
ラムイオ元帥は目を輝かせながらそう言った。
「すると、この洞窟基地には200頭以上のベグゲギュスがいると言う事か。研究用の40頭からよくここまで増やせた物だ。」
38 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/05(月) 13:59:39 ID:Bohu6sek0
「ベグゲギュスは、比較的繁殖性の高い生物です。レンフェラルは1回の繁殖で2頭しか子を産みませんが、ベグゲギュスは4頭も産みます。
それに、幼体から成体に成長する期間も、レンフェラルが2年に対してベグゲギュスはその半分の1年です。このため、僅か1年半でどうにか
ここまで揃える事が出来たのです。」
「そうなのか。しかし、ベグゲギュスはレンフェラルより劣るようだが、魔道式を埋め込む時、苦労はしなかったかね?」
「苦労はしましたが、今思えば大した苦労ではありませんでした。確かに、ベグゲギュスは、レンフェラルと比べて劣ります。ですが、
ベグゲギュスは速度も、生物としてはあまり遅くはありません。知能に関してはレンフェラルにかないませんが、それでも並みの海洋生物よりは
かなり頭が良いですよ。気性が荒いというのが問題ですが、その分攻撃性が高く、敵に対する攻撃ではむしろプラスになると見込まれています。」
「なるほど・・・・ちなみに、この生物兵器はどこから海に出るのだね?」
「この入り江には、海中を少し潜った所に外海に繋がる穴があります。その穴からベグゲギュスは出入りしています。」
「ほう。海と繋がっているのか。食料は何を与えているのだね?」
「魚です。この海域には豊富に魚がおりますので、ベグゲギュスは腹が減ると、この近海に狩に出かけて、腹が満たされればまたここに戻って来ます。」
「問題は起きていないかね?例えば、いきなりベグゲギュスが暴れ出して脱走してしまうとか。」
「そのような事はありません。事前に魔道式を埋め込んでありますから、我々に対しては従順です。兵の中には大人しくて可愛い奴だという者もいますよ。」
「なるほど。頼もしい物だ。」
ラムイオ元帥は満足そうに頷くと、入り江内に視線を移した。
小さく切り立った崖の下には、何頭ものベグゲギュスが水中を行ったり来たりしている。
ベグゲギュスは、吊り上がった目に剥き出しになった牙と、突き出た荒削りの背ビレが特徴であり、傍目から見れば目を合わせただけで
敵を殺しそうな雰囲気がある。
しかし、ラムイオ元帥はむしろそのおぞましさが、ベグゲギュスに対する頼もしさに変わっていた。
「報告を読ませてもらったが、6月からアメリカ本土沖で徐々に戦果を出しているようだな。特に敵の空母2隻に攻撃を仕掛け、
1隻を撃沈、1隻を大破させたのは見事であった。」
「昨日も、輸送船1隻を撃沈したと、ベグゲギュスから魔法通信が入っています。戦果は刻々と挙がっています。」
「本当なら、我が海軍の艦艇が出向いて敵を血祭りにしたいところだ。最近からはやっと、新造の戦艦や竜母等が完成し、
艦隊に配備されているのだが・・・・あの海域は敵の内庭だ。我々がのこのこ出かけて言っても撃退されるだけだ。
思うように作戦行動が出来ない所に、ベグゲギュスの活躍は本当に励みになる。」
ラムイオ元帥は施設を見渡しながら誇らしげに言う。
「300人の魔道士をここに投入しただけはあったな。本国での魔法研究も、最近は満足の行く実験結果を出し続けている。」
39 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/05(月) 14:00:58 ID:Bohu6sek0
「もしや、例の兵器ですね?」
「そうだ。」
リゴア大佐の質問に、ラムイオ元帥は毒気のある笑みを浮かべた。
「エンテックの鳥人間共は実に良い実験材料だった。飛行型キメラが完成すれば、あのアメリカ軍機にも互角渡り合えるし、敵艦隊の攻撃にも使える。」
「しかし、例の実験ではかなりのハーピィ族が犠牲になっているようですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫さ。鳥人間の400人ちょっとが死んだだけだ。予備はいくらでもおるんだから、実験はまだまだ続けられる。」
「そうですな。レーフェイルは着実に変わりつつありますな。」
「その通り。反乱者の掃除も大分片付いてきているから、アメリカさえ倒れれば後は心配しないで良いな。とは言っても、
シホールアンルの言う通りアメリカは相当手強いから、完全に屈服させる事は出来ないかもしれない。だが、戦備を蓄えているのはアメリカだけではない。」
ラムイオ元帥はニヤリと笑いながら、リゴル大佐の肩を叩いた。
「このマオンドも、ベグゲギュスのような生物兵器を開発したり、他に新しい戦力を配備している。やりようによっては
あの忌々しいアメリカにきつい一撃を加えられるだろう。」
ラムイオ元帥は自信に満ちた口調でリゴル大佐に言った。
「おっと、話がずれてしまったな。それはともかく。この施設をもっと案内してくれんかね?」
「喜んでご案内いたします。それでは、こちらにどうぞ。」
リゴル大佐は、先と変わらぬ微笑を浮かべたまま、ラムイオ元帥に施設の案内を続けた。
1943年(1483年)7月18日 午前7時 バージニア州ノーフォーク
「ワスプ出港します!」
艦橋内に、見張りの声が響いてきた。
正規空母ゲティスバーグ艦長のクリフトン・スプレイグ大佐は、左舷方向をゆっくりと前進していくワスプに目を向ける。
エセックス級空母の最新鋭艦であるゲティスバーグと比べると、どことなく小振りな空母だ。
40 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/05(月) 14:01:30 ID:Bohu6sek0
だが、ワスプは開戦以来、最初の修理期間を除いては常に第一線で活躍して来た歴戦の空母である。
それに比べると、ゲティスバーグはまだ実戦を経験していない新兵と同じだ。
「先輩が出港していくな。よし、こっちも出るぞ。前進微速!」
「前進微速!アイ・サー!」
スプレイグ艦長の命令が復唱された後、ゲティスバーグの機関が一層大きな唸り上げる。
やがて、27000トンの巨体がゆっくりと動き始めた。
港に出るまではのろのろと這い進んでいたゲティスバーグだが、港外に出た後は16ノットのスピードで僚艦を追った。
「しかし艦長。シーサーペントもどきの化け物に、護衛空母ならともかく、このピカピカのゲティバーグやワスプまで出すとは、ちと尋常じゃ無いですな。」
スプレイグ艦長の横に立っていた副長が言ってきた。
「確かに東海岸沖が、マイリーのふざけた行動によって容易ならぬ事態に陥った事は承知しております。しかし、対潜作戦は護衛空母や
駆逐艦だけでも充分対応できるはずです。それなのに、本艦やワスプ、イラストリアス等も引っ張り出すのは、どうも・・・」
副長はごつい顔に皺を寄せて唸った。
「まあ、君の言う事も分かるな。だがな、上層部はあの化け物共を追い出すのに本気らしい。なにせ、目と鼻の先で民間の船や海軍の艦船が
沈められているんだ。それに、東海岸の住民も不安に思っているようだ。それを払拭するには、徹底した対応が必要というわけだ。だがな」
スプレイグ艦長はやや声を潜ませる。
「護衛空母部隊の他に、正規空母群も出るのには他に訳がある。マイリー共も、最近は竜母を3隻ほど艦隊に編入している。この事は聞いているな?」
「ええ。」
「その竜母部隊が、化け物退治に当たっている哨戒部隊に不意打ちを仕掛けないとも限らない。シホットに竜母の扱いの上手い提督がいるのは知っているだろう?」
「知ってます。自分は彼女のファンですよ。」
「敵の提督のファンになるなよ。まあ、それはともかく。マイリー共もなかなか侮れん海軍力を持っている。その中にシホットガールのような頭の切れる奴が
いてもおかしくない。そいつに率いられた竜母部隊に対抗するため、TF23とTF26も加わる事になったんだ。」
41 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/05(月) 14:02:30 ID:Bohu6sek0
「と言う事は。機動部隊同士の戦闘もあり得ると言う事ですな?」
副長は僅かながらも目を輝かせた。
「さあ、そこまでは知らんね。出てくる事は、正直言って無いかもな。だが、この世界の奴らは常識が通用せん。上層部は、
敵の常識破りの行動に備えて俺達も出したんだ。」
「となると、我々は保険と言う事ですか。」
「そう言う事。とは言っても、俺達も哨戒部隊として参加するんだ。いくら地味な任務とはいえ、気は抜けんぞ。副長。」
「その通りですな。まあ、新米のゲティスバーグには、腕慣らしにちょうど良い任務ですよ。」
そう言うと、副長は微笑を浮かべた。
ゲティスバーグの所属するTG23.1は隊列を組んだ後、ノースカロライナ沖80マイル地点に向かった。
この日から、ニューヨーク及びノーフォークから出港した各哨戒部隊は、東海岸沖の割当区域に進出して行った。
42 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/05(月) 14:04:25 ID:Bohu6sek0
大西洋艦隊編成表 東海岸掃討作戦時 (潜水艦部隊は省略)
第22任務部隊(船団護衛部隊) 司令官グレン・ドレーメル中将
第22.1任務群(司令官ルイス・チャンドラー少将)
戦艦ニューメキシコ アイダホ
巡洋艦トレント マーブルヘッド
駆逐艦16隻
第22.2任務群(司令官ニック・リンクハルト少将)
戦艦ミシシッピー
巡洋艦ラーレイ
駆逐艦18隻
第22.3任務群(司令官レニー・ブラウン少将)
戦艦テキサス ニューヨーク
巡洋艦ローリー
駆逐艦18隻
第23任務部隊(海洋生物捜索部隊)司令官レイ・ノイス少将
第23.1任務群(レイ・ノイス少将直率)
正規空母ワスプ ゲティスバーグ (F6F84機 SBD36機 TBF66機)
重巡洋艦ウィチタ 軽巡洋艦セント・ルイス
駆逐艦16隻
第23.2任務群(トルク・ランバート少将)
護衛空母ブロック・アイランド ナッソー (F4F24機 TBF24機)
護衛駆逐艦18隻
第23.3任務群(パイル・ゼメリカ少将)
護衛空母クロアタン ブレトン (F4F24機 TBF24機)
護衛駆逐艦18隻
第26任務部隊(海洋生物捜索部隊)司令官ジェイムス・サマービル中将
第26.1任務群(船団護衛群)(サマービル中将直率)
戦艦プリンス・オブ・ウェールズ 巡洋戦艦レナウン
重巡洋艦カンバーランド ドーセットシャー
護衛駆逐艦16隻
第26.2任務群(海洋生物捜索郡)(ヘンリー・ハーウッド少将)
正規空母イラストリアス 軽空母ハーミズ (F6F48機 SBD12機 TBF42機)
軽巡洋艦ケニア ナイジェリア
駆逐艦16隻
第26.3任務群(海洋生物捜索郡)(ロル・レイノルズ少将)
護衛空母キルアン・ベイ キトカン・ベイ (F4F24機 TBF40機)
護衛駆逐艦18隻
69 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/11(日) 13:52:12 ID:Bohu6sek0
第76話 ベグゲギュスVS大西洋艦隊
1943年(1483年)7月20日 午後7時 マオンド共和国領ユークニア島
第61特戦隊指揮官のハニジ・リゴル大佐は、第5発着場を見渡せる小高い崖から入り江を見渡していた。
この第5発着場は、第1〜第4の発着場と比べて約2倍の広さを持っている。
そのため、いつもならこの発着場には60頭の生物兵器、ベグゲギュスが勢揃いしているはずだった。
しかし、今発着場には、10頭のベグゲギュスが心細そうに泳いでいるだけだ。
残りは全て出払っていた。
「いつもなら、10〜20頭ほどを班ごとに出していたが、今回は初めて70頭のベグゲギュスを出した。10頭程度で、
敵の小型船や空母を沈められるのだ。こちら側も帰って来ないベグゲギュスが出始めたが、5〜6頭の喪失は想定内だ。」
リゴル大佐はそう言うと、不適な笑みを浮かべた。
7月18日。リゴル大佐は戦果拡大のため、これまで小出しにしていた生物兵器を、いつもより多く出す事に決め、18日早朝に70頭の
ベグゲギュスがアメリカ東海岸沖を目指して出撃していった。
その前に東海岸沖に張り付いていた12、3頭ほどのベグゲギュスは休養のためユークニア島に戻るように指示を出していた。
ベグゲギュスから送られて来る情報によると、アメリカ側は依然として船の単独行動を行っているようだ。
中には護衛付きの船団を組んで航行している船もあるようだが、そのような報告はきわめて少数である。
「アメリカ側が本格的な対策を採らぬうちに、1隻でも多く敵の船を沈めねばな。今までは少数で敵の大型艦や船を沈められたのだ。
70頭もいれば、戦艦や大型空母の1、2隻は食えるかも知れんな。」
リゴル大佐は、早くも結果が待ち遠しくなった。
「まあ、軍艦が沈められなくても、敵の漁船や民間船を沈めまくるのもよしだ。特に輸送船は、船倉内に軍需物資を積んでいる場合があるから、
ある意味では空母や戦艦よりも価値の大きい獲物だ。アメリカめ、俺達マオンドを敵に回した事を、泣いて後悔するがいい。」
彼はそう言いながら、次々と撃沈されていく敵船の姿を思い浮かべていた。
70 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/11(日) 13:52:42 ID:Bohu6sek0
1943年(1483年)7月21日 午前7時 ボストン沖東90マイル地点
アメリカ海軍は、問題となっている敵海洋生物対策として、東海岸沖に哨戒部隊を配備した。
哨戒部隊の主役を担うのは、第23、26任務部隊に所属する5つの任務群である。
まず、最南端のフロリダ〜ジョージア沖には、TF26所属のTG26.1(第26.1任務群)。
その北であるサウスカロライナ〜ノースカロライナ沖には同じくTF26所属のTG26.2。
ヴァージニア沖にはTF23所属のTG23.1。
その以北には、同じくTF23所属のTG23.2とTG23.3が配備された。
その他の開いた区域には、海軍や陸軍航空隊の航空機が常時哨戒機を飛ばし、海軍や沿岸警備隊の魚雷艇、哨戒艇とチームを組んで、海洋生物を探し回っていた。
TG23.3に所属する護衛駆逐艦のエヴァーツでは、いつもの日課が始まっていた。
エヴァーツ艦長のクラレンス・ブラント少佐は、7時に艦橋に上がってきた。
髪は黒で、短く刈り上げている。顔立ちは精悍ながらも、どこか棘のあるような感がある。
体格はヘビー級ボクサーのようにがっしりとしているが、実際、彼は大学時代までボクシング選手であった。
露天艦橋に上がったブラント少佐に、副長や当直将校等が気付いて敬礼をする。
「おはようございます艦長。」
「おはよう諸君。」
ブラント少佐は答礼しながらそう言うと、露天艦橋にある艦長席に座った。
「副長。俺が寝ている間に何か異常はなかったか?」
ブラント少佐は、右隣の副長に聞いてみた。
「今の所異常はありません。平穏そのものですよ。」
「平穏か・・・・まっ、それに越した事は無いな。」
副長の言葉を聞いた彼は、苦笑交じりにそう呟いた。
71 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/11(日) 13:53:14 ID:Bohu6sek0
エヴァーツの属するTG23.3は、2隻の護衛空母と、18隻の護衛駆逐艦で編成されている。
エヴァーツは第106駆逐隊の3番艦として、輪形陣の左下方に位置している。
護衛空母クロアタン、ブレトンを護衛する駆逐艦は、DS103の5隻、DS104の5隻、DS105の4隻、DS106の4隻、計18隻である。
これらはいずれも戦時急造型のエヴァーツ級に属している。
「周りを見ても、このエヴァーツの妹ばかりだな。どうも変わり栄えがしない。俺が前、ジャービスに乗っていた時は、駆逐艦のみならず、
巡洋艦や戦艦もいて誇らしげな気持ちになったものだが。」
「そういえば、艦長は以前、駆逐艦ジャービスの副長でしたな。」
「ああそうだった。ジャービスの副長を務めていたときは色々な部隊を転々とさせられたな。戦艦主体の打撃部隊に配備される時もあれば、
空母機動部隊に配備された時もある。去年の10月には、バゼット半島沖で水上戦闘も経験したな。いやはや、昼間の航空戦も、夜間の艦隊戦も
なかなかの激戦だったな。」
「そうでしたか。」
「副長の時はかなり忙しかったな。今、副長からこうして一艦長になれたのは嬉しい限りだが、ここ2、3日。こうして暇が続くと、
どういう訳か、嫌でたまらなかったあの忙しい副長勤務が懐かしく思えるよ。」
ブラント少佐は正面を見据えながら、ゆったりとした口ぶりで言う。
「早くマイリーの化け物共が現れませんかな。今なら速攻で叩き潰せますよ。」
副長は自身ありげな表情で言いながら上を指差す。
艦隊の上空を、4機の味方機が旋回しながら飛行している。
この4機は、TG23.3に属する護衛空母クロアタン、ブレトンから発艦したアベンジャーだ。
アベンジャーは、腹に2発の500ポンド爆弾を抱いて艦隊の周囲を警戒している。
今は上空にいないが、海軍のカタリナやコロネード飛行艇、陸軍のハボックも時折艦隊の上空を援護してくれる。
「確かにな。アベンジャーが敵の化け物を仕留めてくれればOKだ。だが、アベンジャーが敵を取り逃がして、俺達が追いかけるとなると、
ちときついかもしれんな。」
ブラント少佐は艦首を見つめながら、やや険しい表情で言う。
彼の乗る護衛駆逐艦エヴァーツは、エヴァーツ級護衛駆逐艦の1番艦として建造されたものである。
72 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/11(日) 13:53:45 ID:Bohu6sek0
全長88.2メートル、幅10.3メートル。基準排水量は1140トンと、艦隊型駆逐艦よりも小型だ。
武装は50口径3インチ単装両用砲3門に40ミリ連装機銃1基、20ミリ機銃9丁。
爆雷はMk10爆雷を使用し、最大で144個搭載している。
爆雷投射機は8基、投下機は艦尾に2基、そして最新型のヘッジホッグも1基装備されている。
速力は22ノットと、駆逐艦にしてはかなり遅く、武装も爆雷装備以外は艦隊型駆逐艦よりも劣る。
それもそのはず。エヴァーツ級護衛駆逐艦は、短期間で大量建造を行う事を目的に造られた戦時急造型駆逐艦である。
艦隊型駆逐艦よりは簡易な作り方が行われており、艦体には直線が多用されて無駄な部分を極力省こうとしている試みが見られる。
建造行程は艦隊型駆逐艦より短く、予算も少なく済むため、護衛駆逐艦の建造がピークに達した時期には、2隻の予算で3隻が建造できたほどであった。
しかし、建造が容易な護衛駆逐艦と言えど、備えるべき物はしっかり備えている。
駆逐艦の耳となるであろうソナー類は、艦隊駆逐艦にも採用されている最新型が搭載されており、ソナー員も専門の訓練を受けた者があてがわれている。
それに加え、アメリカ海軍では最近採用したばかりのヘッジホッグ投射機も装備されている。
傍目から見れば、一見頼りなさげに見えるエヴァーツだが、海中の敵に対しては互角以上に戦う能力を有しているのだ。
しかし、エヴァーツが戦うはずだった相手は、水中ではせいぜい8ノットほどの速度しか出せない潜水艦である。
今回、敵となる相手は水中でも17〜18ノットの速度が出る生き物だ。
速度差は4ノットしかなく、22ノットしか出せないエヴァーツでは、追いつくにも一苦労しそうだ。
「情報では、敵の化け物は18ノットまでスピードが出る。一方でエヴァーツは22ノットだ。敵が逃げに入った時、追い付くまで時間が
かかってしまう。昼間は護衛空母の艦載機と共同で攻撃できるからまだ楽だが、夜間は、航空機の飛行が制限されるから俺達護衛部隊だけで
対応しなきゃならん。俺としては、まだ昼間に来て欲しいと思う。」
ブラント少佐はそう言いながら、航行中の艦隊を見回す。
輪形陣の中央には、2隻の護衛空母が縦一列になりながら、14ノットの艦隊速度で航行している。
飛行甲板には2機の艦載機が上げられている。
恐らく、交代のアベンジャーであろう。
目を他の護衛駆逐艦に目を向ける。
エヴァーツの姉妹艦である17隻の護衛駆逐艦は周囲をがっちりと取り囲み、いずれの艦も、艦隊速度である14ノットで航行している。
普通の潜水艦ならば、見ただけで身が竦むような艦隊編成だ。
(だが、俺たちが叩く相手は、潜水艦とは違う奴だ。この編成で、どこまでやれるだろうか)
ブラント少佐は、内心不安を感じつつも敵が現れた時に備え続けた。
73 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/11(日) 13:54:19 ID:Bohu6sek0
午前11時 TG23.3担当海域
艦橋で座っていたブラント少佐は時計に目をやった。
時間は午前11時を過ぎている。
「7時からこっちに上がって4時間。相変わらず異常無しか。」
彼はしんみりとした口調で呟くと、被っていた制帽を取って頭に浮いた汗をハンカチで拭いた。
「艦長。コーヒーをお持ちしました。」
艦橋に上がってきた従兵が、ブラント少佐にコーヒーを差し出した。
「ありがとう。」
ブラント少佐は従兵に礼を言うと、コーヒーを啜った。
ふと、彼は上空を見てみる。
艦隊の上空には、4機のアベンジャーが上空を旋回している。
上空を旋回している航空機はTBFだけではなく、他にも1機の飛行艇がアベンジャーより大きな旋回半径を描いて飛び回っていた。
「コロネードか。4つのエンジンを積んでいるだけあって、流石にでかいね。」
ブラント少佐は、輪形陣外周を飛ぶコロネードを見つめ続ける。
外見的にずんぐりとした形であり、カタリナと比較すると倍近い大きさがある。
PB2Yコロネードは、PBYカタリナに代わる飛行艇として作られた大型飛行艇である。
4発のエンジンを持つこの飛行艇は、その分爆弾搭載量もカタリナと比べて格段に向上しており、いざと言う時は頼れる存在である。
「弟が、ボストンの海軍基地であの飛行艇のパイロットをしとるのですが、話によるとカタリナのほうがまだ使いやすいようで。」
74 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/11(日) 13:54:57 ID:Bohu6sek0
隣にいた副長がブラント艦長に言う。
「なんでも、機体がでかくなった分、操縦しにくくなったと言っておりましたよ。」
「なんとなく分かるな。」
その時、コロネードがいきなり高度を下げ始めた。
「ん?何か様子が変だぞ。」
コロネードの不審な行動にブラント艦長のみならず、左舷で見張りに当たっていた将兵は誰もが首をかしげた。
コロネードは暖降下しながら腹から何かを吐き出した。
「爆弾を落としたぞ!」
誰かがそう叫んだ直後、水柱が次々と吹き上がった。
「艦長!旗艦より緊急信!」
突如、艦橋に通信兵が上がってきた。
「艦隊の左8000メートル、方位90度方向に白い不審な生物を発見、数は8ないし10、約18ノットの速度で艦隊に接近中!」
「ついに来たか!」
ブラント少佐はそう言うと、艦長席から立ち上がってから命令を下した。
「左舷の見張りを厳にせよ!コロネードが敵を見つけて爆撃したようだが、全て仕留めたとは限らん!」
そして5分後。
「左舷側方に潜望鏡らしきもの発見!距離5000メートル!」
75 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/11(日) 13:56:57 ID:Bohu6sek0
左舷見張り員から報告が上がった。
すかさずブラント艦長はその潜望鏡らしき物を探した。それはすぐに見つかった。
傍目から見れば、それは潜望鏡に似ていたが、よく見てみると、根元が黒く太い棒状になっており、そこから伸びる細い線が波を切っている。
その少し後ろには背ビレのような物も見えた。
それが50メートル間隔で近付いてくる。見る人によっては寒気すら感じさせる光景だ。
「敵発見!対潜戦闘用意!」
ブラント艦長はすぐに対潜戦闘用意を命じた。
待機していた兵員達がすぐに爆雷投射機に爆雷を載せ、砲員は3インチ砲に砲弾を込めていく。
エヴァーツの乗員が手早く戦闘準備を済ませた時、上空を4機のアベンジャーが飛び抜けていった。
アベンジャーが細い棒状の物体に近付く前に、そこから何か光る物が打ち出された。
「敵生物、魚雷らしき物発射!距離4500、数は7!本艦へ真っ直ぐ向かって来ます!」
「面舵一杯!」
ブラント少佐はすぐに命じた。
命令を受け取った操舵員が復唱しながら舵を回す。
小型艦艇だけあって、回頭までの時間は短い。低速であるため通常よりは時間がかかったが、それでも20秒ほどで艦首が敵と相対した。
「速度上げ!最大戦速!ヘッジホッグを叩き込んでやる!」
その直後、アベンジャーが相次いで爆弾を投下した。
各機2発ずつ、計8発の500ポンド爆弾が順に落下していき、1秒おきに2本の水柱が立ち上がった。
だが、
「下手糞め!ほとんど外れてるじゃねえか!」
アベンジャー隊の爆弾は、速度を見誤ったのかほとんどがベグゲギュスの後方に外れていた。
76 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/11(日) 13:57:31 ID:Bohu6sek0
4番機の投下した爆弾だけが、一番左側の2頭をバラバラに吹き飛ばした。
艦の左右を光る魚雷が通り過ぎていく。7発の光る魚雷は、エヴァーツに当たる事は無かった。
「敵の魚雷らしき物、全て回避しました!」
「艦首見張りより報告!敵海洋生物更に接近中!距離4000!」
「ヘッジホッグ発射用意!」
ブラント少佐は、まずはヘッジホッグでベグゲギュスを叩く事にした。
エヴァーツは22ノットの最大戦速で
エヴァーツが向かって来るベグゲギュスに突進している間、DS106の僚艦もエヴァーツの後を追い始めた。
途中、光る魚雷の1つが、僚艦カールソンに命中しそうになったが、緊急操舵で難を逃れた。
「敵海洋生物、魚雷らしき物発射!数は5!距離2000!」
ブラント少佐は、艦橋上で前方から光る魚雷が発射され、向かって来るのが見えた。
「その事は既にお見通しだ!取り舵30度!」
彼は獰猛な笑みを浮かべながら新たな指令を下す。
エヴァーツに5本の光る魚雷が迫って来る。
「魚雷らしき物、急速接近!距離800!」
見張りが上ずった声で報告してくる。エヴァーツの艦首がやや左に振られ、光る魚雷の進路から外れ始める。
5本中4本は外れるコースだが、一番左側から来る光る魚雷は明らかに衝突コースだ。
(しくじったか!?)
ブラント艦長は自分の失態を悟った。
「魚雷1!艦尾に向かいます!距離200!」
77 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/11(日) 13:58:11 ID:Bohu6sek0
艦橋からも、光る魚雷が艦尾に向かうのが見えている。あの進路からして、艦尾部分から外れるかは微妙だ。
「頼む、外れてくれ!」
彼は必死に祈った。魚雷は徐々に艦尾に迫りつつある。
光る魚雷が艦尾に迫り、艦上の誰もが来るであろう衝撃に耐えようとした時、
「敵魚雷、外れました!」
見張りから歓喜の声が上がった。この時、ブラント艦長の祈りは何とか通じた。
「ようし!今度はこっちの番だ。」
エヴァーツが敵海洋生物を、ヘッジホッグの射程内に捉えるまではそう時間はかからなかった。
「敵海洋生物、距離240!」
「ヘッジホッグ発射!」
艦長が命じた直後、艦橋の前に取り付けられたヘッジホッグ発射機から、瓶のような形をした小弾が一斉に発射された。
24個の小弾が円のような物を形成しつつ、ベグゲギュスのいる海域にぱらぱらと落ちていく。
落下した小弾のうち、1発が不運にも1頭のベグゲギュスに当たる。その瞬間、小弾が爆発してそのベグゲギュスの体が真っ二つに千切れた。
それが合図であったかのように、残りの小弾も次々と爆発を起こした。
ベグゲギュスの顔の目の前に落ちた小弾が炸裂し、一瞬のうちに頭部が吹き飛ばされる。
別のベグゲギュスは尻尾の近くで小弾が炸裂した。
炸裂の瞬間、体の半分が何かに食い千切られたかのように無くなり、強靭であったはずのベグゲギュスが瞬時に絶命する。
ヘッジホッグによって、新たに3頭のベグゲギュスが撃沈された。
残り2頭は不利と判断したのだろう、慌てて引き返し始めた。
だが、ヘッジホッグの炸裂は、生き残った2頭にも深い傷を与えており、18ノットを発揮出来た速度も、今や半分ほどしか出せなくなっていた。
「敵海洋生物2頭、撤退していきます!」
78 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/11(日) 13:59:48 ID:Bohu6sek0
他の駆逐艦からは、新たな敵が見つかったとの報告は無い。
敵は、目の前で逃げつつある2頭のベグゲギュスのみであった。
「追撃する。1匹残らず沈めるぞ!」
ブラント艦長は吼えた。DS106の僚艦もエヴァーツに近付きつつあった。
「敵海洋生物、潜航を開始しました!」
「敵の真上につけ!爆雷を投下する。」
エヴァーツは、海の中に潜りつつあるベグゲギュスの真上を通り過ぎようとした。
しばらくして、ソナーが、ベグゲギュスが発する独特の音を捉えた。
「ソナー員より報告。敵の音源らしき物を探知。深度約25メートル。敵は依然潜航中。」
「爆雷深度30に設定!」
ブラント艦長はソナー員の報告を元に爆雷深度の設定を決めた。
艦尾の爆雷班は手馴れた手付きで爆雷の深度設定を終える。
「投下準備完了!」
「爆雷投下!」
艦長から命令を受け取った班長が、号令を発する。投射機から両舷に爆雷が打ち出される。艦尾からは2基の投下機からドラム缶状の爆雷が次々と落とされる。
最初に、左右に投射された爆雷が爆発して海面に水柱が吹き上がる。
次に艦尾側から投下された爆雷も炸裂し、海面が盛り上がった後、大量の海水が弾け飛んだ。
爆雷が投下されるたびに、海面に派手な水柱が吹き上がる。
その頃、海中に潜り込もうとしたベグゲギュスは地獄を味わっていた。
深度30メートルに達しようとした時、周囲に何かが沈んできた。
2頭のベグゲギュスは、先の一連の攻撃から、これが危険な物と判断し、すぐに逃げようとした。
79 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/11(日) 14:00:42 ID:Bohu6sek0
だが、爆雷は逃げようとするベグゲギュスの周囲で炸裂し始めた。
ヘッジホッグより威力範囲の大きい爆雷が炸裂すると、2頭のベグゲギュスは海中でもみくちゃにされた。
やや遠めに落ちた爆雷が炸裂しても、ヘッジホッグとは比べ物にならぬ衝撃波が、ベグゲギュスの体を叩き、内臓や骨を確実に傷付けていく。
1回目の爆雷攻撃には、なんとか生き残る事が出来た2頭のベグゲギュスであるが、地獄はまだ終わっていなかった。
エヴァーツの後を追いかけて来たDS106所属の護衛駆逐艦3隻が、新たに爆雷攻撃を開始したのだ。
僚艦3隻が、ベグゲギュスがいる海域に向けてヘッジホッグや爆雷を好き放題叩き込んでいると、いつもと同様に吹き上がった水柱の中に、
明らかに血らしき物が混じっていた。
「司令駆逐艦より通信。爆雷攻撃を一時中止せよ、であります。」
「分かった。とは言っても、俺のエヴァーツは爆雷攻撃を止めているんだが。」
ブラント少佐は思わず苦笑する。
エヴァーツは通過間際に20発の爆雷を投下した。
しかし、有効弾を与えられなかったので、反転してもう1度爆雷を叩き込もうとした。
だが、追い付いて来た僚艦が、浮いて来た血らしき物を目標にヘッジホッグや爆雷を投げ込んでいた。
僚艦が爆雷攻撃を開始してから5分が経過し、ついにベグゲギュスは息の根を止められた。
ベグゲギュスが仕留められた海面には、赤に似た色の血が海面に広がり、その中に引き千切られたベグゲギュスの死体が散乱していた。
その後、ベグゲギュスらしき物は発見されず、TG23.3は元の隊形に戻って哨戒を続けた。
午後1時 護衛駆逐艦エヴァーツ
「しかし、一時はどうなるかと思いましたが・・・・終わってみると意外にあっけないですね。」
艦橋で海風に当たっていたブラント艦長は、副長と先の戦闘の事で話し合っていた。
「ああ。先の戦闘で、俺達は敵の化け物を叩きのめせたが、危ない場面もあったな。あの光る魚雷の発射速度は、潜水艦の魚雷より速いぞ。」
「あの発射速度の速さは自分も驚きました。潜水艦なら、一度魚雷を発射すれば再装填まで時間を食いますが、あの化け物は10分間に2度、
魚雷のような物を撃ってきましたね。これなら、充分に兵器として使えますよ。」
80 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/11/11(日) 14:03:09 ID:Bohu6sek0
「マイリーも厄介な物を送り込んできたものだ。」
ブラント少佐はそう言ったが、口調はどこか明るかった。
「だが、マイリーが送り込んできた化け物も、相手が対潜戦闘を専門とした艦の場合は不利になる。特に航空機に弱いと言う事が、
さっきの戦闘で証明された。化け物共は、もはやこの東海岸には居られなくなるだろう。」
哨戒部隊の本格配備は、ベグゲギュスに致命的な結果をもたらしていた。
満を持して送り出された70頭のベグゲギュスは、大きいもので30頭、小さいものでは10頭ずつのチームを組んで、東海岸沖を航行しているだろう
アメリカ側の民間船や艦艇を狙った。
しかし、東海岸沖には単独行動を取る船舶は1隻も無く、代わりに厳重な警戒網が敷かれていた。
まず、TG23.3が哨戒している区域に忍び込んだベグゲギュス10頭が同部隊を発見し、一気に襲いかかった。
しかし、逆に反撃を受けて、10頭全てが討ち死にした。
この戦闘におけるアメリカ側の損害は皆無である。
それから2時間後、今度はフロリダ沖に展開していたTF26所属のTG26.2に10頭のベグゲギュスが襲い掛かったかが、これも損害を与えられぬまま全滅した。
ましな戦闘が出来たのは、30頭で編成されたベグゲギュスの部隊である。
夕刻前、このベグゲギュスの部隊はノースカロライナ沖で哨戒中のTF23所属のTG23.1に襲い掛かった。
この攻撃で、TG23.1は駆逐艦1隻を撃沈され、配備されたばかりの空母ゲティスバーグと重巡洋艦ウィチタが中破されてしまった。
だが、哨戒部隊の主力とも言えるTG23.1は攻撃前に発艦した20機以上の艦載機を持ってベグゲギュスを攻撃。
その後は護衛の駆逐艦も加わった。
10隻以上の駆逐艦(しかも高速力が出る艦隊型駆逐艦)にたかられたベグゲギュスの群れは、それでも駆逐艦2隻を大破させたものの、これまた全滅してしまった。
7月22〜23日に行われた哨戒部隊と、ベグゲギュスの戦いは、投入した70頭全てを失う事で決着が付いた。
確かに、ベグゲギュスは優れていた生物兵器であった。
だが、その生物兵器も対潜部隊には敵うはずも無く、また、敵わぬ事を知らぬばかりに、強力な哨戒部隊を、獲物と判断してあたら突撃を繰り返した。
だが、最新の対潜装備を備えたアメリカ大西洋艦隊には格好の目標でしかなく、ベグゲギュスは次々と討ち取られていった。
大西洋艦隊は、護衛駆逐艦1隻、駆逐艦1隻を撃沈され、正規空母ゲティスバーグと護衛空母キルアン・ベイ、重巡洋艦ウィチタ、駆逐艦2隻、
護衛駆逐艦3隻を大中破させられた。
それに対して、マオンド側はベグゲギュス70頭を全て失った。
リゴル大佐が期待して行った大作戦は、自軍の完敗という予期せぬ形で終わりを告げた。