867 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/13(土) 15:13:12 ID:Bohu6sek0
第70話 攻撃目標 ルベンゲーブ
1483年(1943年)6月24日 午後6時 ミスリアル王国ルイシ・リアン
「どうにも気にいらねえなあ・・・・・・」
基地の中にある休憩室で、B−24の機長であるラシャルド・ベリヤ中尉は少し不満げな口調でそう呟いた。
「どこが気に入らないんだ?さっきからその言葉ばっかりしか繰り返してないけど。」
隣に座っていたハンス・マルセイユ中尉が苦笑しながら聞いてくる。
「どこが気に入らないかって?それは簡単さ。俺達B−24乗りは、君達戦闘機パイロットがやるような
難しい訓練ばかりさせられてる。今日だって、いつもの如く山脈の間を3回も抜けて来た。その後はどこぞ
の原っぱで超低空の爆撃訓練さ。そのうち、君ら戦闘機隊のように、爆撃機で敵ワイバーンと格闘戦をしろと
言われるかもしれん。」
「そいつはおっかないもんだな。」
と、マルセイユ中尉は声を上げて笑った。
「でも、確かに変だな。3ヶ月以上も目的も知らせずに訓練を続けるなんて。君らのB−24部隊は
まだ実戦に行ってないよな?」
「この新しい爆撃航空師団が編成されてからは、ずっと訓練ばかりさ。我らの攻撃目標はい〜ずこや〜♪い〜ずこや〜♪
草木もな〜び〜く〜、って、俺らはずっと思ってるよ。」
ベリヤ中尉は戯れ歌を交えながらマルセイユ中尉に言った。
「見事な歌だ。復員したら歌手になれるぜ。」
「よせやい。ただのふざけ歌さ。それにしても、ドイツ人もいい冗談を言える奴がいるんだな。
てっきり、頭の固い連中ばかりしかいないと思っていたが。」
868 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/13(土) 15:14:37 ID:Bohu6sek0
「大体合ってるけどな。でも、ドイツ人全てが真面目、頑固一徹と言うわけじゃないぜ。グデーリアン将軍
のように電撃戦の生み出した人や、ロンメル将軍のような柔軟な人もいる。そして、素行不良でアメリカに
左遷された奴もいる。」
マルセイユ中尉はそう言いながら、自分の顔に人差し指を向けた。
ハンス・ヨアヒム・マルセイユ中尉は、元々はドイツ空軍のパイロットであった。
彼は空軍の花形とも言える戦闘機乗りであったが、普段の素行は必ずしも良い物とは言えず、普通の者なら
とっくに中尉に昇進しても良いはずなのに、彼はずっと少尉候補生のままであった。
そのマルセイユに受難が訪れた。1941年5月、彼は上官との口論のさい、カッとなって上官を叩きのめしてしまった。
マルセイユの言い分では、その上官が最初に因縁をつけ、自分も言い返したらいきなり喧嘩になったようであるが、
普段の素行が悪かった彼は、上官暴行罪の角で空軍から危うく叩き出されそうになった。
しかし、マルセイユと親しく交友のあった上官の弁護が功を奏し、マルセイユは空軍からの追放を免れた。
だが、完全に無罪となった訳ではなく、マルセイユは6月付けを持って駐米ドイツ大使館の駐在武官を拝命され、
アメリカに飛ばされてしまった。
最初、マルセイユは首にならぬだけマシだと思ったものの、41年10月に起きた突然の転移で、マルセイユは
自分の行き場を失ったと思い、しばらくは絶望に暮れた。
だが、41年の12月に、アメリカ政府が各国大使館の駐在武官にも合衆国軍の参加を認めた事が、彼が絶望の淵から
立ち直るきっかけとなった。
早速アメリカ陸軍航空隊に志願したマルセイユは、英語を早々とでマスターし、アメリカ製戦闘機の操縦にも
すぐに慣れていった。
42年7月には、正式にアメリカ陸軍航空隊の少尉に任官し、10月には第5航空軍所属、第293戦闘航空師団配下の
第133戦闘航空群の一員として実戦に参加した。
参加当初はP−39エアコブラを駆り、42年3月まで200回出撃し、7騎のワイバーンを撃墜した他、地上部隊の
航空支援も多く行っている。
3月14日に、機種転換のため一旦アメリカ本土に戻った後、5月には中尉に昇進し、新鋭機のP−51Bマスタングに
乗ってヴェリンス領やカレアント領に向かう爆撃機群の護衛に当たっている。
マルセイユ中尉はこれまでに24騎のワイバーンを撃墜している。
この撃墜数は、第293戦闘航空師団の中でも5本の指に入るほどで、つい最近から、マルセイユはミスリアルの星という
あだ名を、仲間から頂戴している。
869 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/13(土) 15:15:37 ID:Bohu6sek0
ベリヤ中尉が、このマルセイユ中尉と知り合ったのは、彼のB−24隊がこのルイシ・リアンに到着した時、
タバコの火をマルセイユに貸してもらった時である。
ベリヤ中尉は爆撃機乗り。片やマルセイユ中尉は戦闘機乗りだが、不思議にも2人はかなりウマが合い、暇な時に
目が合うと、こうして雑談を交わしているのである。
「ドイツ人も、アメリカ人と同じように人それぞれって訳さ。」
「なるほどね。」
マルセイユの言葉に、ベリヤは納得して頷く。
「とりあえず、爆撃目標が決まったら、俺の航空団が君らの爆撃機を護衛するかもしれないな。」
「そん時はよろしく頼むぜ。リトル・フレンドさんよ。」
ベリヤ中尉はそう言って、マルセイユ中尉の肩を叩いた。
その時、休憩所のドアが開かれた。
「あっ、機長。こんな所にいましたか。」
彼の機のコ・パイロットであるレスト・ガントナー少尉がベリヤ中尉の側に歩み寄って来た。
「どうしたレスト?」
「機長、集合ですよ。第691爆撃航空群の機長と副操縦士は、すぐにブリーフィングルームに集まれとの事です。」
ガントナー少尉の言葉を聞いたベリヤ中尉は、そうかと言ってすぐに立ち上がった。
「どうやら、俺達にも出番が回ってきそうだ。」
「そうか。これで、君の機にいる新米も、戦闘処女は終わりになるな。」
「ハッハッハ!確かにな。それじゃ、またな!」
ベリヤ中尉は高笑いした後、マルセイユ中尉に軽く敬礼して、ガントナー少尉と共に休憩室を後にした。
870 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/13(土) 15:16:31 ID:Bohu6sek0
搭乗員待機所には、第689爆撃航空群に属する中隊長や、それぞれの機の機長や副操縦士が集まっていた。
待機所にやって来たベリヤ中尉とガントナー少尉は、前から3列目の空いている席に座った。
「ようベリヤ。」
「おう、ブレンナーか。」
隣に座っていた同僚の将校がベリヤ中尉に声をかけてきた。彼と同じ中隊の6番機を操縦するブレンナー中尉だ。
「最近、調子はどうだい?」
「ぼちぼちってとこかな。そっちは?」
「絶好調さ。一番良くなった所は、俺の機に配属されてる新米に度胸が付いたところかな。まだ実戦経験が無いから
やや不安ではあるが。」
「本番で混乱しない事を祈るだけだな。それにしても、いきなりお呼びがかかったと言う事は・・・・」
「恐らく、近いうちに本番だろうな。」
ベリヤ中尉が答えた時、待機所に爆撃航空郡の司令であるジェームス・ドーリットル大佐が入って来た。
「気を付け!」
第1中隊長兼飛行隊長のロイド・エーベル中佐の声が響き、席に座っていた全員が立ち上がる。
「休め。」
ドーリットル大佐はそう言って、立ち上がったパイロット達を再び座らせる。
「諸君、3月初旬の航空隊編成以来、厳しい訓練にも見事に耐えてくれた。諸君らの中には、自分達の攻撃目標は
どこなのか?なぜ教えないのか?と思うものも居るだろう。今日集まってもらった事は他でもない。」
ドーリットル中佐はそう言った後、後ろに目配せした。
871 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/13(土) 15:17:32 ID:Bohu6sek0
パイロット達の席の後ろには、映写機が設置されていた。
ベリヤ中尉は最初、この映写機を見た時、映画の上映会でも始めるのかと思っていた。
彼の思いは、半分違い、半分当たっていた。
待機所の明かりが消されると、正面に映像が映し出された。
映像には、何かの模型が映っている。
「今回、君達にはこの工場群を攻撃してもらう。君達の攻撃目標は、ウェンステル公国にあるルベンゲーブと
言われる町だ。この町には広大な魔法石精錬工場があり、この模型は偵察写真を元に作られた物だ。」
ドーリットル大佐は、持っていた指示棒でいくつかの箇所を叩いた。
「我が第145爆撃航空師団が叩く場所は、この上の2つの部分、次に、この3つの部分、そしてその下の
2つの部分だ。ルベンゲーブの西側には山脈があるが、この山脈には南北に2つの峡谷がある。この峡谷から、
わが航空部隊は敵の目を欺きつつ、峡谷から抜け出た後は低空飛行で目標に接近し、爆弾を投下する。」
皆が真剣な表情で、ドーリットル大佐の説明に聞き入っている。そして、搭乗員の誰もが、意外な攻撃目標に驚いていた。
ウェンステル公国は、現在はシホールアンルの占領下にあるが、この国は北大陸の南部を構成する国であり、南部には
有名なマルヒナス運河が通っている。
その北大陸の入り口の国に、300機のB−24を突っ込ませようと言うのだ。
ウェンステルには、既に海軍の空母部隊が何度か空襲を仕掛けているが、いずれも申し訳程度の攻撃だ。
しかし、今度の作戦は単なる嫌がらせではない。
シホールアンルの保有する戦略拠点の一つを、一挙に壊滅させる本気の作戦だ。
ついに、シホールアンルに本格的な戦略爆撃を仕掛ける時が来たのだ。
搭乗員達は、誰もがそう思っていた。
ドーリットル大佐の説明は続く。
「この7つの攻撃目標のうち、北側の2つと真ん中側の2つは第74航空団が担当する。我が第69航空団は、
真ん中側の1つと、南側の2つの工場を爆撃する。そして、我が航空郡の目標は、南側の2つ目の工場だ。」
872 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/13(土) 15:18:22 ID:Bohu6sek0
大佐は、南側2つ目の工場を指示棒で叩いた。
「このルベンゲーブ精錬工場は、シホールアンル軍の魔法石供給の2割、多くて3割を賄っている。当然、この工場群は
重要目標であるから敵の守りは固い。最新の情報では、敵はワイバーン250騎、高射砲200門、魔道銃400丁前後を
配備しているとの事だ。当然、敵の迎撃が予想されるだろう。危険な任務だ。」
大佐の言葉に、搭乗員達は息を呑む。
「だが、我々も出来る限りの手は打ってある。この空襲作戦には、海軍の空母部隊も参加する事になっており、当日は
空母部隊の戦闘機が、君達の援護をする事になっている。それに、司令部ではP−51を護衛に付ける事も検討している。
気をしっかり引き締めておけば、決して出来ない作戦ではない。この精錬工場を壊滅させれば、シホールアンル軍の
魔法石生産力、供給量に少なからぬダメージを与える事が出来る。この作戦は、敵の精錬工場破壊も目的であるが、
もう1つ、別の目的がある。」
大佐は一旦言葉を区切り、映写機を止めさせ、明かりを付けさせた。
明かりが点いた事を確認した大佐は、皆の頭に刻み付けるような、ややゆっくりとした口調で言葉を続ける。
「その目的は、俺達の力を見せ付ける事だ。シホールアンルは勿論、長い間、シホールアンルの占領下にある被占領国の
住民達にアピールする事だ。アメリカ人は遠い所からでも固い拠点なぞいつでも灰燼に返せる力を持つ事を。そして、
B−24乗りは底抜けに勇敢である、と言う事をな。」
ドーリットル大佐が言い終えると、搭乗員達は誰もが大きく頷いた。
「作戦実施は28日の午前6時だ。それまでは休息とする。以上!」
ドーリットル大佐はそう言ってから、待機所を後にした。
次に、エーベル中佐が出撃までの予定を搭乗員達に話してから、この日の業務は終わった。
873 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/13(土) 15:19:01 ID:Bohu6sek0
待機所から出て、自分達の宿舎に戻ろうとしていたベリヤ中尉とガントナー少尉は、先のドーリットル大佐が
話した事を何度も頭に思い浮かべていた。
「機長、とうとう出撃が決まりましたね。」
「ああ。これで訓練地獄からも解放されたな。全く、長かったもんだぜ。」
ベリヤ中尉はそう言いながら、両腕を上に伸ばして思い切り背伸びした。
「どうした?声が震えてるぞ。」
「なんか、少し怖くなってしまったようです・・・・」
「怖くなっただと?」
「はい。攻撃目標はルベンゲーブの魔法石精錬工場。ですが、敵の防備はかなり手厚い。ワイバーンが250騎ですよ?
最初こそ自分達に圧倒されたワイバーンですが、今では戦闘機と互角に渡り合い、護衛無しとはいえ、防御に自身のある
B−17の編隊までもを全滅寸前まで追い込んだ強敵が、250騎もいるんですよ?それに加え、高射砲や対空機銃も
かなりの数が配備されて、あれじゃ工場群の周りはハリネズミですよ!そこに300機のB−24が突っ込んだら・・・・」
ガントナー少尉は、やや青ざめた表情で一気にまくし立てた。
ガントナー少尉は、厳しい訓練を受けているうちに、自分達は重要な拠点を攻撃させられるだろうと確信していた。
その予想は当たっていた。
しかし、その重要拠点は、多数のワイバーンや、増強された対空部隊に守られた対空要塞と化している。
そこに300機のB−24が突っ込んでも、犠牲が出るだけで中途半端に終るだけではないのか?
しかし、その思いを見越したのか。
ベリヤ中尉は不安を感じさせぬ笑みを浮かべつつ、ガントナー少尉の肩を叩いた。
「心配するな。戦地に行くのは俺達だけじゃねえ。ドーリットル中佐が言ってたろ?俺達にはバゼット海海戦や
アリューシャン列島で敵を追い払った、歴戦の精鋭機動部隊が援護に回ってくれる。運が良けりゃ、航続力のある
P−51もこの作戦に参加するかも知れねえ。こいつらが加われば、鬼に金棒だぜ?」
この言葉を聞いたガントナー少尉は、引きつっていた表情をやや緩ませた。
874 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/13(土) 15:20:58 ID:Bohu6sek0
「それにな。この作戦で、俺達は敵さんの頭上を、車輪で掠めるような低空で飛んで行くんだ。
シホット共のツラが生で拝めるほどのな。出撃の日には、シホットの魔法石工場なんかさっさと掃除して、
敵の驚くツラを見て、帰還したらそれを肴に皆で一杯やろう!」
ベリヤ中尉は豪快な口調でそうまくしたてた。
彼の言葉を聞いていたガントナー少尉は、自然に不安が引いていくのを感じていた。
6月25日 午前7時 ミスリアル王国エスピリットゥ・サント
「俺た〜ちは。荒々しい〜所がお気に入り〜」
第3艦隊の旗艦である空母エンタープライズの艦橋で、野太い歌声が響いた。
その声を聞いた幕僚や艦橋要員達が思わず苦笑した。
「長官、朝から歌を歌うとは、今日は調子がいいっすね。」
背後で歌を聞いていたラウスは、相変わらずの口調で戯れ歌を口ずさむウィリアム・ハルゼー中将に言った。
「なあに、ただの戯れ歌さ。本当の事を交えた戯れ歌だがね。しかしラウス君。我がアメリカが根拠地用に
選ぶ港は、どうして寂れた寒村しかない港ばかりなんだ?」
「ヴィルフレイングよりはマシっすよ。あっちは本当に寒村でしたが、エスピリットゥ・サントは人はまあ
多いし、建物もそれなりに多いですよ。王族に強い繋がりのある領主の屋敷もあるぐらいだし。」
「それでも、どうして閑散としているんだね?」
ハルゼーはそう言いながら、陸地のほうを指差した。
「自分に言われても、詳しい事は分からないっすよ。元々バルランド出身ですから。」
875 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/13(土) 15:21:38 ID:Bohu6sek0
ラウスは正論でハルゼーに返事した。
エスピリットゥ・サントはミスリアル王国北海岸側、半島の西に位置する場所にあり、人口6000人ほどだ。
この港町にはヴィルフレイングと同等か、勝るほどの巨大な入り江がある。
一見、普通に栄えても良さそうな所なのだが、隣の港町に経済の面で後塵を浴びてしまっている他、人口もあまり
多くない事、それに加えて、シホールアンルのミスリアル侵攻が始まるまではミスリアル海軍の臨時根拠地として
使われていたため、竜母部隊や砲戦部隊の攻撃を受け続けてしまった。
お陰で、元々少なかった人口は更に少なくなり、今ではギリギリ6000人を維持している所まで追い込まれた。
この寂れた港町を収めるのは、長い間ミスリアルの政治の重臣、あるいは正室を送り続けたレインツェル家であったが、
ここ最近は落ち目にあり、エスピリットゥ・サントのみならず、統治する領全体の税収も思うように行かぬ状態であった。
しかし、今年の4月に転機が訪れた。
アメリカ海軍は今後の作戦の為に、ヴィルフレイング並みの重要拠点を新たに欲しいと考えていた。
それに食い付いたミスリアル王国は、港町を持つ貴族達に掛け合い、4つの候補地が挙げられた。
しかし、アメリカ海軍はこの候補地を全て、港湾地区として使うには不充分であるとして取り下げ、自ら艦隊泊地に
適した土地を探した結果、このエスピリットゥ・サントが適地であると判断した。
そして4月、この港を管理していた領主である、エルフのリミネ・レインツェルに太平洋艦隊司令部はスミス参謀長を
使いとして送り、当惑していた領主に事情を説明して了承を取ると、ミスリアル側から正式に使用許可を得られた。
使用許可を得られた1週間後には、早くもシービースを乗せた輸送船や、移動サービス部隊の工作艦が現地に向かった。
それから2ヶ月。
エスピリットゥ・サントは変わりつつあるが、外見は使用許可を取り付ける前の寂れた港町とあまり変わらなかった。
その港町に、6月23日。初めてアメリカ海軍の大艦隊が姿を現した。
「作戦開始まではあと2日足らずだな。陸軍の戦略爆撃を支援するため、わざわざ俺の第3艦隊が出向いてきた訳だが。
やはり、数を揃えてこその機動部隊だな。」
ハルゼーはそう言いながら、泊地に停泊している艦隊を眺めていた。
第3艦隊は、南太平洋部隊司令部からルベンゲーブを攻撃する爆撃隊の支援を行うために、ヴィルフレイングから
エスピリットゥ・サントまでやって来た。
この作戦に投入される空母の数は、先の第2次バゼット海海戦を上回っている。
876 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/13(土) 15:22:09 ID:Bohu6sek0
支援部隊として参加予定の部隊は、まず歴戦のヨークタウン3姉妹を有する第38任務部隊。
それに新鋭空母のエセックス、ボノムリシャール、軽空母インディペンデンスを有する第39任務部隊。
そして、最近配備された空母フランクリンを始めに、イントレピッド、軽空母プリンストンを有する第36任務部隊の
計3個機動部隊だ。
休養の為にヴィルフレイングの留まっているレキシントン、サラトガ以外を除く第3艦隊の全ての稼動空母が、
B−24爆撃隊の支援のために、この寂れた港町に集結しているのだ。
「これほどの空母が、ただ1度の作戦に投入されるのは初めてですね。」
「ああ、確かにそうだ。」
ラウスの言葉に、ハルゼーは頷いた。
「ワイバーンは、ルベンゲーブにいる奴らで250騎ほど。他の港町に配備されているワイバーン共を含めると、
400〜450騎近い数になる。それに対し、B−24は300機だが、護衛に付く予定のP−51は僅か48機のみ。
これじゃあ少なすぎる。そこで、俺達の機動部隊でもって、B−24隊の攻撃前に、ルベンゲーブ以外の所を艦載機で
吹っ飛ばして混乱させる訳だ。B−24には、TF37の戦闘機隊が援護に当たり、残りは俺と共にシホット共を掻き回す。
これが作戦の内容だ。」
「でも、難しいんじゃないですか?特に、TF37の戦闘機隊がB−24隊と合同するタイミングが。」
「合同できるかどうかは・・・・五分五分といった所だ。だが、俺はB−24隊を必ず援護させる。一番難しい事を
やるのは、B−24隊だからな。あいつらが存分に働けるような環境を作ってやり、任務を果たしてもらう。」
ハルゼーは熱い口調で、自分の思いを吐いた。
(本当、このおっさんは戦いになると熱くなるなぁ・・・・・でも、そこがいい所でもあるしな)
ラウスは心中でそう思いながら、ハルゼーに言葉を返す。
「B−24に乗っているパイロットが聞いたら、皆から感謝されますよ。」
「大した事じゃない。俺は同じ合衆国軍人として当然の事を言っているまでだ。」
そう言ったハルゼーは幾度と無く浮かべた獰猛な笑みを見せた。
その日の午前8時、第3艦隊の空母群は順次出港し、迂回進路を取りながら一路北大陸南部に向かった。
877 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/13(土) 15:22:48 ID:Bohu6sek0
6月25日 午後2時 ルベンゲーブ
「こちらビベグゲス1。予定進路に入った、今より着陸する。」
第1戦闘隊指揮官である、レガルギ・ジャルビ少佐は、愛機を慎重に操りながら着陸態勢に入った。
彼のケルフェラクは、徐々に速力を落としながら、草原に急造された滑走路に向かい、そして、見事に着陸した。
しばらく草原を滑走して速度を落とした後、ジャルビ少佐は機体を滑走路の左に向けた。
ゆっくりと停止したケルフェラクに、地上で待機していた整備員や将校が駆け寄って来た。
「お疲れ様です隊長!」
大尉の階級章を付けた将校が、ジャルビ少佐に労いの言葉をかけてきた。
「ありがとう大尉。400ゼルドの距離をひとっ飛びで来た物だから、いつも以上に疲れてしまう物だな。」
「飛空挺はいいですな。我々は鉄道と馬車を使って、2日ほど掛けてここに着いた物ですが。」
大尉は続きを言おうとしたが、降りてきた3番機の爆音を聞いて言うのを止めた。
3番機が着陸し、スピードを下ろしたのを確認してから再び言葉を続ける。
「後続機は全て着いて来ていますか?」
「戦闘飛空挺は自分も含めて、24機全て到着だ。搭乗員は前の飛空挺部隊以来のベテランだからな。ただの
遠距離飛行なら朝飯前だ。」
ジャルビ少佐はケルフェラクの操縦席から出て、翼に脚を乗せた後、地上に降りた。
彼の操縦するケルフェラクは、試作機を元に製造された量産型である。
試作機の得たデータを基に製作された量産機の製造は、4月に開始され、5月までに32機が生産された。
ジャルビ少佐はこの量産型に切り替え、選抜した部下と共に訓練を行った。
そして6月18日。
ケルフェラクの実戦での能力を測るため、ジャルビ少佐の率いる24機の戦闘飛空挺は第1戦闘隊として編成され、
実戦に投入される事が決まった。
878 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/13(土) 15:23:22 ID:Bohu6sek0
「しかし、実戦参加が意外に早まりましたね。予定では7月の末頃だったのに。」
「前線の状況が、それほど思わしくないと言う事だろう。敵にも新型機が出て来ているようだからな。」
「新型といえば、例の奴ですね?」
「そう。サンダーボルトとマスタングだ。」
最近になって、アメリカ軍も新鋭機、サンダーボルトと、マスタングという機体を投入してきている。
サンダーボルトは機体そのものが大きく、スピードは340レリンク以上、機銃を8丁も積んでいる強力な戦闘機だ。
運動性能は鈍いが、その高速力を生かした一撃離脱戦法は強力であり、8丁の機銃から放たれる弾幕に捕らえられれば、
ほぼ確実に撃墜される。
一方のマスタングは、サンダーボルトとは違って小ぶりな体型に、武装も機銃4〜6丁とほぼ平均的である。
だが、このマスタングはこれまでのアメリカ軍機と違って運動性能が格段に向上している。流石にワイバーンには及ばない。
しかし、従来のアメリカ機とは違う機動性に加え、強力な一撃離脱戦法には、さしものワイバーン隊も苦戦を強いられている。
この新たな2機種によって、前線のワイバーン部隊の損失はまた上昇し始めていると言う。
「サンダーボルトは武装もそうだが、速度が速い上に頑丈だ。光弾をしこたま食らわせても落ちなかった、
なんて話があるからな。」
「ですが、ケルフェラクも負けていませんよ。部分的な性能はアメリカ戦闘機に軍配が上がりますが、
ケルフェラクも戦闘飛空挺として生まれてきたんですから、完全に対抗できぬとまでは行かないでしょう。」
「いや、対抗できるよ。何たって、ケルフェラクは310レリンクのスピード叩き出せる。確かに相手は
厄介な奴ばかりだが、使いようによっては、アメリカ野朗を一撃で落とす事も可能だ。」
ジャルビ少佐は自信に満ちた表情で言った。
それは、過小評価で起こる慢心などではなかった。
「アメリカ人に、こっちにも凄い飛空挺がある事を、身をもって教えてやるよ。」
879 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/13(土) 15:25:28 ID:Bohu6sek0
支援部隊編成表
第3艦隊 旗艦エンタープライズ(司令官ウィリアム・ハルゼー中将)
第36任務部隊 旗艦フランクリン(司令官フレデリック・シャーマン少将)
正規空母フランクリン イントレピッド 軽空母プリンストン
戦艦アラバマ
重巡洋艦ボルチモア
軽巡洋艦モービル サンアントニオ ナッシュヴィル
駆逐艦16隻
第38任務部隊 旗艦ヨークタウン(司令官フランク・フレッチャー中将)
正規空母ヨークタウン エンタープライズ ホーネット
戦艦ノースカロライナ
重巡洋艦アストリア ニューオーリンズ
軽巡洋艦ブルックリン モントピーリア アトランタ
駆逐艦16隻
第39任務部隊 旗艦エセックス(司令官エリオット・バックスマスター少将)
正規空母エセックス ボノムリシャール 軽空母インディペンデンス
戦艦サウスダコタ
重巡洋艦ヴィンセンス
軽巡洋艦デンヴァー コロンビア サンディエゴ
駆逐艦16隻
893 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/19(金) 00:29:50 ID:Bohu6sek0
第71話 尋問者と艦載機
1483年(1943年)6月27日 午前9時 ウェンステル領ルテクリッピ
その日、レガル・チェイングとセルエレ・チェイングは、軍の輸送隊に便乗してウェンステル領のルテクリッピに来ていた。
「着きましたぜ。ここがルテクリッピです。」
馬車の御者台にいるラッヘル・リンヴ大尉は、空の荷台に座っている2人に声をかけた。
「・・・・ん?ああ、着いたのか。」
男が寝ぼけた声で返事してきた。どうやら眠っていたらしい。
「セルエレ。着いたぞ。」
男は隣に座っている女に声をかけている。苗字が一緒であるから、兄妹のようだ。
この2人は国内省から出向してきた役人で、2日前に道端を歩いていた2人が彼の輸送隊を見つけるや、輸送隊を
止めて、ルテクリッピまで乗せてくれと頼み込んできた。
この時、輸送隊もルテクリッピに向かう途中であったので、リンヴ大尉は二つ返事でこの2人を乗せた。
「う・・・ん。結構長かったね。」
「そりゃあ長いよ。一旦本国に戻って、またここまで来たんだから。」
後ろの2人は、傍目から見たら兄妹なのだが、どういう訳か、この2人は寄り合って何かをする時がある。
この時も、互いに寄り合って何かをしていた。
(おいおい、本当に兄妹なのか?)
リンヴ大尉は、この2人の行動を見てとある文字が頭の中に浮かんでいたが、彼はすぐに打ち消した。
894 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/19(金) 00:30:28 ID:Bohu6sek0
「ルテクリッピはどのような街かな。」
荷台から顔を出したレガルが、前方に見える街を見つめた。
街は、周囲が小高い壁に囲まれており、街の外からは見えないようになっている。
「あと10分ほどで町の中に入ります。」
リンヴ大尉は、顔を出しているレガルに言う。
ルテクリッピは、ウェンステル公国の北部にある町で、元々はウェンステル公国が保有する港で、一番大きな港町であった。
シホールアンルの占領後は、輸送物資の集積拠点として広く使われてきた。
今の所、アメリカ機動部隊による空襲は一度も受けていないが、ここ最近はひどく緊張した空気に包まれていた。
輸送隊が門を抜けて、街に入ったとき、リンヴ大尉は思わず呻いた。
「・・・・随分対空砲が増えているなあ。」
ルテクリッピの町の建物には、所々に高射砲や対空魔道銃が設置されていた。
リンヴ大尉は知らなかったが、ルテクリッピは、4月から米機動部隊の襲撃を予期して対空砲、ワイバーンの増強を行って来た。
今日までに、ルテクリッピにはワイバーン137騎が集められ、高射砲32門、魔道銃132丁が配備された。
輸送隊は町に入った後、10分後に港の倉庫街に到着した。
「到着です。」
馬車が止まると、リンヴ大尉と隣の部下、そして2人の役人は馬車から降りた。
「無理言ってすまないね。これは気持ちだ、取ってくれ。」
男は淡白な笑みを浮かべると、袋から貨幣を取り出してリンヴに渡した。
「いや、これは受け取れませんよ。」
リンヴは断るが、いきなりセルエレが詰め寄ってきた。
895 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/19(金) 00:30:58 ID:Bohu6sek0
「取っときなよ。兄さんの好意を踏みにじる気?兄さんが優しさを見せる時は滅多に無いんだから。」
セルエレが尖った口調で突っかかるが、男がたしなめた。
「おい、人を脅すような事を言うな。」
レガルはセルエレを後ろに退かせたあと、再びリンヴに向き直った。
「妹がいらん事を言って申し訳ない。」
「い、いえ。こちらこそ!」
「まあそう恐縮しないでいい。とにかく貰ってくれ。」
レガルは、リンヴの手に、半ば強引に貨幣を握らせた。
「それではこれで。自分達は少し急いでいる物でね。」
彼はそう言うと、妹と共に立ち去ろうとした。
その瞬間、ウウゥー!という不快な警報音が町中に木霊し始めた。
それまで、黙々と作業をこなしていた兵士や労働者達が、慌てて持ち場から逃げ始めた。
「空襲警報発令!空襲警報発令!作業中の労働者は直ちに避難せよ!対空要員、消火班は直ちに配備に着け!」
何人かの男が、周囲にそう喚きながら走り去っていく。
「空襲警報だって!こんな所にまでか!?」
仰天したレガルは、半ば信じられなかった。
ルテクリッピは、北大陸の入り口とも言うべきマルヒナス運河から、北に160ゼルドも離れた所にある。
ウェンステル領は、今まで空襲を受けた事が何度かあるが、それらは全て南部に集中していた。
896 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/19(金) 00:31:31 ID:Bohu6sek0
北部にまで空襲が及ぶのは、まだ先であろうと考えられていたのだが、今日は勝手が違ったようだ。
「空襲警報が発令されました!急いで避難してください!」
先ほどまで周囲を闊歩していた警備兵が、大慌てで逃げ惑う船員や労働者を防空壕に案内する。
リンヴ大尉の輸送隊や、チェイング兄妹も例外なく、200メートルほど離れた空き地の防空壕に避難させられた。
避難中に、郊外の基地から飛び立ったワイバーン群が海に向かって飛んでいった。
彼らが防空壕に入った時、中は既に満杯状態であり、輸送隊員やチェイング兄妹は入り口から前の所で立たされた。
「なんでアメリカの飛空挺がこんな所に?」
「決まってるだろう。俺達をあの世に昇天させるためだ。」
「今までは南部辺りを爆撃していたのに、いきなり北部に来やがるとはね。」
「南部の港町が全て吹っ飛ばされたから、こっちに来たんだろうよ。」
防空壕の中で、それぞれが勝手に話し合っている時、港の上空ではアメリカ軍機と、ワイバーンの激しい空中戦が繰り広げられた。
空中戦が開始されて15分ほど経つと、アメリカ軍機の編隊がルテクリッピに接近し始めた。
リンヴ大尉とチェイング兄妹は、羽虫の群れのような大編隊に目を奪われていた。
大編隊の周囲には、早くも高射砲弾が炸裂し始めているが、早々に撃ち落される飛空挺はいない。
「凄い数だ・・・・・100機は下らないだろうな。」
大尉がぼそりと呟いた時、港の上空に達した編隊の一部が、いきなり高空から高度を下げ始めた。
その小さい飛空挺は、墜落しているのかと思うほどの急角度で、桟橋上の輸送船に突っ込んでいく。
不意に、心臓を締め付けるような甲高い音が周囲に木霊し始めた。
「う・・・・気持ち悪い・・・・」
セルエレが不快な表情を浮かべて、耳を押さえた。
アメリカ軍機が低高度まで急降下し、その次に水平飛行に移行した後、いきなり輸送船が火柱を上げた。
897 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/19(金) 00:32:31 ID:Bohu6sek0
これを皮切りに、アメリカ軍機の猛攻撃が始まった。
真っ先に被弾した輸送船に新たな火炎が上がったと見るや、外れた爆弾が海水を点を衝かんばかりの高さに吹き上げた。
とある1発が木造の三角型倉庫に命中し、真ん中から叩き割られて、倉庫であった名残が周囲にばら撒かれた。
別の1発は、魔道士が急いで運ばせている研究材料の入った馬車を直撃し、あっという間に砕け散った。
「わしの!わしの研究材料が!これから現地民を使って試そうと思っておったのに!!」
外見からして悪魔のような老魔道士が、奇跡的に無傷で住んだにも拘らず、発狂したようにわめき散らした。
その老魔道士の至近でドーントレスが放った1000ポンド爆弾が命中し、3分ほど延長させられた魔道士の人生に幕を下ろさせた。
シホールアンル側もただ見ているだけではなく、高射砲と魔道銃をドーントレスや、高空から侵入してくるアベンジャーに向けて撃っている。
時折、ドーントレスかアベンジャーが煙を引いて墜落していくが、大多数のアメリカ軍機は、高射砲弾や魔道銃の餌食になる事もなく、
割り当てられた目標を次々と攻撃して行った。
午前11時30分 ルテクリッピ
リンヴ大尉は、ようやく防空壕の中から這い出て来た。
「うわぁ・・・・・なんて事だ。」
彼は周囲を見渡した後、思わず目を覆いたくなった。
アメリカ軍機の空襲は、これまでに加えられた物より遥かに激しい物であった。
午前9時頃に始まった空襲は、30分に渡って続けられ、9時40分には終息したが、その20分後に第2波、
11時には敵の第3波攻撃隊が来襲した。
300機は下らぬ米艦載機に襲われたルテクリッピの惨状は、悲惨の一語に尽きた。
広い入り江を取り囲むようにして作られた倉庫群は、半数以上が破壊され、一部が今でも炎上している。
入り江に停泊したり、桟橋に繋留されていた輸送船は、19隻全てが片っ端から叩かれ、使用不能の船は1隻も
残っておらず、陸揚げされた物資は大半が焼き討ちされた。
被害は軍港のみならず、市街地にあるシホールアンル軍憲兵隊の詰め所や、領地の館にも及んだ。
898 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/19(金) 00:33:03 ID:Bohu6sek0
空襲前は、ピリピリとしながらも、暢気な港町のような感があったルテクリッピは、もはや完全に戦場と化していた。
「これは酷い。」
不意に、傍から声がかかった。レガルの声だが、その声音はどこか震えていた。
「たった2時間程度の空襲で、ここまでやりたい放題とは。」
「見た所、港は完全に破壊されましたね。防空壕の中じゃ分かりませんでしたが、港は勿論、市街地のほうにも
被害が出ているみたいです。」
「そうか・・・・」
レガルは陰鬱そうな表情で言うと、僅かながら体を震わせた。
「しかし、あなたは思いのほか慣れているようだね。防空壕のすぐ近くに爆弾が落ちるような激しい空襲が終わった後
なのに、不思議と落ち着いている。」
この役人の口ぶりからして、恐らく空襲は初体験だな。リンヴ大尉はそう確信した。
「落ち着いている、と言われればそうではありませんね。私だってかなり怖かったですよ。そちらの妹さんの
ように、大声で叫びそうになりましたし。」
その言葉を聞いたセルエレが、リンヴ大尉を睨み付けた。
「余計な事言わないでよ。」
「いや、別に悪気が合ったわけじゃないんですが・・・・とりあえず、失礼しました。」
「セルエレ。不用意に人を脅すな。それはともかく、こんな自分達に比べれば、耐えただけでも大したものだ。
ひょっとして、どこかで似たような事に遭ったのかな?」
「ええ。去年の9月に、カレアントでミッチェル爆撃機の空襲を受けて以来、2度ほど体験していますが、
今日ほど激しく、執拗な物は初めてです。」
899 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/19(金) 00:33:47 ID:Bohu6sek0
「なるほど。慣れている者は羨ましいなぁ。」
レガルはそう言った後、急にはっとなった。
「しばらくは空襲も無いだろうし、ひとまずはお別れだ。改めて礼を言うよ。」
「はい。では今後もご無事で。」
彼らは最後の別れを言うと、その場から離れていった。
空襲後の混乱でごった返す大通りを抜けて、裏の小道に入ったチェイング兄妹は目的地までの地図を確認しながら道を歩いていた。
「それで、そのスパイというのにあと少しで会える訳ね。」
「ああ、そう言う事さ。」
セルエレの言葉に、レガルは嬉しそうな表情で答えた。
「これで、あの実験動物に出会えるチャンスが掴めたんだ。早く会って、詳しい話を聞きたいなあ。」
2人は、普段は無愛想でありながら、冷酷な性格を持っているのだが、この時は珍しく胸を躍らせていた。
2人が小躍りする理由は、6日前に送られた魔法通信にあった。
6日前。シホールアンル本国の国内省で捕虜の尋問を終えた後、1通の魔法通信が2人の頭の中に飛び込んできた。
それは、北部で鍵らしき物の手がかりを見つけたという情報で、手がかりは袋に詰めて持参していると言う。
ほんの僅かながらの証拠であるが、ついに鍵の尻尾を掴みかけたのだ。
「早く連れ帰って、鍵についている魔道式でアメリカごときを滅ぼしたいわね。」
「そうだなあ。セルエレはどんな滅ぼし方がいい?」
「あたし?あたしとしては、治癒不能の悪性の呪いをかけてじわじわと眠らせてあげたいわね。」
「相変わらずえぐい奴だなあ。ちなみに俺は、強力な攻勢魔法を作って邪魔な国ごと吹っ飛ばしてやりたいな。」
「豪快だ事。何にしろ楽しみね。あの魔道式は何でも出来るからねぇ。」
900 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/19(金) 00:34:26 ID:Bohu6sek0
2人は明るい笑顔でそう言いながら、右の角を曲がった。
地図には、手がかりを見つけたスパイが、地図に印を付けた場所で待ち合わせをしているはずだった。
待ち合わせ場所は木造1階建ての空き家であった。
レガルとセルエレはその場で立ち止まり、地図を見て自分達が目的地に到達した事を確認した後、
「・・・・・土台しか残っていないぜ。」
口を合わせてそう言い放った。
待ち合わせの空き家は、真ん中から叩き割られた土台部分を残して跡形も無く破壊されていた。
その空き家のすぐ後ろには、激しく炎上する領主の館があった。
2人はこの時知ったのだが、領主の館を狙ったアメリカ軍機の爆弾は、全てが命中弾となった訳ではなく、6発が外れてしまった。
そのうちの1発が、偶然にもこの空き家を直撃したのである。
「「証拠は!?」」
瞬時に顔を見合わせて叫びあった2人は、燻る残骸の中に分け入って必死に探し回ったが、証拠品はスパイ共々、無に返していた。
6月27日 午後2時 ルテクリッピ西南200マイル沖
「ふ〜む・・・・やはり完全には食い止められなかったか。」
第3艦隊旗艦である空母エンタープライズの艦橋上で、司令長官であるウィリアム・ハルゼー中将は司令官席で渋い表情を浮かべていた。
「今の所、航行には支障は無いようですが、エレベーターがやられてしまっては、今後の作戦行動は困難かと・・・・」
参謀長のダニエル・キャラガン少将(4月末からブローニング大佐と交代している)が恐る恐る言ってくる。
「困難だと?馬鹿野朗!シホット共の目を引き付ける俺達が、開始早々に怪我してどうするんだ!」
901 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/19(金) 00:35:00 ID:Bohu6sek0
ハルゼーの怒鳴り声が、エンタープライズの艦橋に木霊した。
この日、第38任務部隊、第36任務部隊で編成された陽動隊は、ウェンステル領北部にあるルテクリッピを攻撃した。
ハルゼーは、今までのような7〜80機か、多くて100機の申し訳程度の攻撃で済ますつもりは最初から無く、
最初の第1次攻撃隊からいきなり170機の艦載機を差し向け、第2次攻撃隊は120機、第3次攻撃隊は118機、
計408機の艦載機を差し向けた。
大量の艦載機に襲われたルテクリッピは、港湾施設を完全に破壊され、市街地のシホールアンル側行政事務所、
郊外の駐屯地にも無視できない被害を被った。
迎撃に出たワイバーンも、性能差に勝るF6F相手では苦戦を強いられ、合計で48騎が撃墜された。
それに対して、攻撃隊の被害は3波合わせてF6F13機、SBD8機、TBF6機に留まった。
この猛攻で、陽動隊はルテクリッピを壊滅させたが、午後1時にシホールアンル側の偵察ワイバーンがTF36の上空に現れ、
その20分後には120騎以上のワイバーンが押し寄せてきた。
このワイバーン部隊は、ルテクリッピの南20マイルにある沿岸都市、ブレクマヤから発進した部隊で、攻撃隊の出撃前に
3騎の偵察ワイバーンを発進させていた。
攻撃隊は索敵爆撃という形式で出撃し、進撃しながら偵察ワイバーンの報告を待った。
そして、突然入ってきた米機動部隊発見の報告を聞いた攻撃隊は、知らされた位置に向かって猛進した。
アメリカ機動部隊を発見したのは午後1時20分である。
このワイバーン隊に、直掩のF6F68機が迎え撃った。
ワイバーン隊は戦闘機隊に切り崩されつつも、TF36の輪形陣に突入を敢行した。
その結果、正規空母イントレピッドが、中央部や後部甲板に計4発の爆弾を浴び、そのうちの2発は後部エレベーターを
叩き割り、イントレピッドを発着艦不能にしてしまった。
この他に、軽巡洋艦サンアントニオが後部に爆弾3発を受けて後部第3、第4砲塔が破壊された。
このように、両艦はドック入りをせざるを得ないほどの損傷を受けたが、被害レベルは中破であり、航行にはなんら支障が無かった。
他に、直掩のF6Fは19機が撃墜、または不時着水したが、シホールアンル側はF6Fとの空中戦や、対空砲火によってワイバーン62騎を失った。
このように、シホールアンル側は撃退されたのだが、アメリカ側もイントレピッドが母艦機能を喪失しているため、完勝とまではいかなかった。
ともあれ、結果的にはアメリカ側の勝ちといっていい。
だが、ハルゼーが気に入らないのは勝ち負けではない。
作戦がまだ始まったばかりだと言うのに、早々に空母1隻(しかも正規空母)を使用不能にされた事が気に入らなかった。
「これから別の敵に対して攻撃を加えようと言うのに、早々にイントレピッドが使えなくなるとは・・・・」
902 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/19(金) 00:35:43 ID:Bohu6sek0
ハルゼーは苛立ったような口調でそう呟いた。そこにキャラガン参謀長が言って来た。
「確かに、イントレピッドがやられたのは痛い事です。ですが、被害は致命的ではありません。敵のワイバーンは、
イントレピッドのみならず、フランクリンにも襲い掛かったとの事です。ですが、フランクリンの艦長は巧みな操艦で、
7発の爆弾を全て回避しています。それに、艦隊の対空火力が向上した事もワイバーンの攻撃力を減殺する事に繋がっています。
報告では、進入した60騎のうち、50騎を撃墜したと言われています。話半分としても、30機近い攻撃ワイバーンが
対空砲火によって撃墜されたものと思われます。」
「要するに、100騎以上のワイバーンに襲われたにしては、被害が小さくて済んだ。そう言いたいのだな?」
ハルゼーはキャラガン参謀長に鋭い視線を向ける。
「その通りであります。」
キャラガンは、躊躇する事無くそう言い切った。
(ふむ・・・・・・考えてみればそうだな・・・・)
ハルゼーはふと思った。
今でも記憶に新しい第2次バゼット海海戦で、ハルゼーの機動部隊は敵機動部隊と真っ向から対決した。
その時、ハルゼーの直率するTF16には、最終的に70騎以上のワイバーンに攻撃され、ホーネットが大破炎上し、
自らの旗艦エンタープライズも被弾して一時発着不能に陥れられた。
今回も、数は少し少ないが、それでも60騎の攻撃ワイバーンがおり、TF36の3空母に爆弾を浴びせる事は可能であった。
だが、激しくなった対空砲火や敵艦の巧みな操艦によって、効果的な爆撃は容易に出来なくなり、ついにはイントレピッドと
サンアントニオのみが爆弾を受けただけに留まった。
半年前にはこの数で、正規空母2隻を戦闘不能に陥れた物の、今では空母1隻に爆弾を当てるだけで精一杯である。
フランクリンとプリンストンは依然無傷であり、TF36はまだまだ使える。
つまり、陽動隊の被害は少なく無い物の、作戦続行には影響が無いのだ。
「持てる国の素晴らしさ、と言う事か。」
ハルゼーは、誰にも聞こえぬ声で、そう呟いた。
903 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/19(金) 00:38:00 ID:Bohu6sek0
「参謀長。お前の判断は、確かに正しい。イントレピッドが使えんのは痛手だが、手持ち空母はまだ5隻ある。
これなら、確かに傷は深くないな。」
彼はニヤリと笑みを浮かべた。
「第4次攻撃隊の編成を急がせろ!今度はこっちがお返しをする番だ!」
6月27日 午後7時20分 ウェンステル領南部
フェイレは、とある山の洞窟でしばしの休息を取っていた。
「ふぅ、酷い雨。」
彼女は、げんなりした表情で、外を見つめていた。彼女の全身はびしょ濡れである。
今日1日、この地域はずっと雨であった。
時折雨が小降りになる時もあったが、それはほんの少しの時間であり、すぐに本降りに戻ってしまう。
道中雨風をしのげる場所が無いため、フェイレは無理して山の中を歩いてきた。
そして、ようやくこの洞窟を見つけたのである。
「とにかく、今日はここで過ごせる。」
そう言うと、彼女は濡れた服を体から剥ぎ取り、拾った木を何本か立てて服が干せるような
作りにし、完成すると(所要時間5分)そこに服を差して乾かした。
フェイレは適当な下着を身に着けたまま、持っていた薄い布を体にかけて眠りに入った。
「・・・・明日は、ルベンゲーブか・・・・・町に入るのは危ないけど、これも情報収集のため。」
フェイレはそう呟くと、すぐに眠ってしまった。
明日行く町がとんでもない事件に巻き込まれるなどとは、この時は夢にも思わなかった。
904 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/19(金) 00:38:48 ID:Bohu6sek0
6月27日 午後7時30分 ウェンステル領ルベンゲーブ
ルベンゲーブは、この一日雨であった。
「一向に雨が止まないな。」
ルベンゲーブ防空軍団司令官のラルムガブト中将は、小さく呟きながら窓から外の風景を眺めていた。
晴れた日には、ここから精錬工場が一望できるのだが、今日は降りしきる雨に遮られて、姿が見えない。
「全く、俺の心の中のようだ。」
ラルムガブト中将は苦笑すると、窓に背を向け、そして自らの椅子に腰を下ろした。
机には、数枚の報告書が置かれていた。
彼はそのうちの1枚を手に取る。片手で香茶を飲みながらその報告書を読み、読み終わったら次の紙を取って黙読する。
全て見終わった時、ラルムガブト中将はカップを机に置いた。
「どうも急過ぎるな。」
彼は渋い表情を浮かべて、腕を組んだ。
この日の午前9時、北部のルテクリッピが空襲されたという情報がラルムガブトの下に届いた。
それから続々と情報が飛び込んできた。
報告によると、ルテクリッピは突如、アメリカ機動部隊から発艦した艦載機によって空襲を受け、実に3波、300機以上
による執拗な攻撃を受けた末に港湾施設を壊滅させられた。
午後1時30分には、ワイバーン隊がアメリカ機動部隊を発見し、エセックス級と思しき正規空母1隻を大破させたものの、
2時間後に米艦載機200機以上の空襲を受けてブレクマヤのワイバーン基地も壊滅させられた。
その後、アメリカ軍はどこかに消えてしまったが、ウェンステル領で最大の港であるルテクリッピが攻撃を受けた事は、
他の地方部隊に大きな衝撃を与えた。
ラルムガブト中将も、最初は衝撃を受けたが、時間が経つにつれてこの一連の事件に対して不信感を持つようになった。
「いきなりルテクリッピを攻撃し、壊滅させたのは大した物だが、どうも引っかかる。」
905 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/19(金) 00:39:22 ID:Bohu6sek0
彼は、先ほどからアメリカ機動部隊の突然の襲撃に考えを巡らせていた。
このルベンゲーブには、既に何度もアメリカ軍偵察機が飛来している。ラルムガブトは、近いうちにアメリカ軍の攻撃が
あるものと見て厳重な警戒を敷いていた。
なのに、敵はルベンゲーブより更に北のルテクリッピを襲った。
「どうしてルテクリッピを襲ったのか・・・・・ルベンゲーブは、ルテクリッピよりも重要度が高い。それでいて、
位置はルテクリッピより近い。なのに、なぜ敵は、わざわざ反撃を受ける事を承知でルテクリッピを攻撃したのか。」
彼は様々な考えを巡らせていた。
アメリカ機動部隊が北部を空襲した理由は、南大陸での反攻作戦が近いからか?
いや、違う。南大陸戦線は相変わらず膠着状態のまま。アメリカ地上軍が動く気配はまだ見られない。
それでは、補給線の寸断を狙ったのか?
それはありえる。確かに輸送船が叩かれれば、海路で送る分の物資が前線にいかなくる。
しかし、補給線は完全には寸断できない。
理由は、南大陸と北大陸は、マルヒナス運河を渡れば海路を使わずに済むからだ。
だが、そのような事はアメリカ側でも分かっているはずだ。
では、何故ルテクリッピを攻撃したのか?
「・・・・・クソ、また振り出しに戻った。」
ラルムガブト中将は腹立たしげな口調で呻いた。
「先から考えが振り出しに戻ってしまう・・・・・」
ため息を吐いた彼は、気分直しに残った香茶を飲み干した。
静かな執務室の中に、降りしきる雨音が響いてくる。その音は、彼自身の心の曇りが発しているようにも聞こえる。
「そういえば、明日からは天気が回復するんだったな・・・・・」
彼はそう呟くと、椅子から立ち上がって、再び窓から外の様子を眺めた。
外は、相変わらず土砂降りの雨である。
「ずっと、降ってもらいたい物だな。」
心なしか、彼はずっと雨である事を望んでいた。
922 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 01:52:54 ID:Bohu6sek0
第72話 ルベンゲーブ上空の死闘(前編)
1483年(1943年)6月28日 午前6時 ミスリアル王国ルイシ・リアン
午前6時。ルイシ・リアンに太陽の光が差し込み始め、大地を覆っていた闇が瞬く間に払われていく。
朝の冷気が未だに漂う中、飛行場から発動機が回り始める音が聞こえた。
1つの発動機が運転を開始すると、2つめの発動機が動き始める。
それから、次々と発動機が回り始め、その音は次第に大きな物となっていった。
10分ほど時間が経った頃には第1飛行場、第2飛行場の駐機場に止められていた300機のB−24が、
4つのエンジンを勢い良く回していた。
6時30分になると、第1飛行場から第74爆撃航空団の1番機が滑走し始めた。
1番機の発進を皮切りに、攻撃隊は次々と発進して行った。
「こちら管制塔。聞こえるか?」
「こちらパパス・ヴィレッタ。聞こえる。感度良好だ。」
「OK。離陸を許可する。しっかり暴れて来いよ。」
「わかった。結果報告を待ってなよ。」
機長であるラシャルド・ベリヤ中尉は、管制官にそう言い返してから無線を閉じた。
彼の機は、滑走路の上で待機状態にある。あとは空に舞い上がるだけだ。
「これより離陸する!」
ベリヤ中尉は機内放送で全員に告げると、機を発進させた。
ブレーキが解除され、B−24の重い機体が前へ進み始める。
4基のプラット&ホイットニーR−1830−65、1200馬力エンジンが轟音を上げて、機のスピードを速めていく。
滑走距離が1500メートルを超えた所で、B−24の機体はふわりと浮き上がり、そのまま上昇に移った。
「離陸成功。これより集結地点に向かう。」
ベリヤ中尉の言葉を聞いた航法士が、チャートに予定集結地点までの飛行経路を書き込んでいく。
「後続機は付いて来ているか?」
ベリヤ中尉は、尾部銃座にいるドミル・バンギス伍長に聞いた。
「後続機、今離陸しました。付いて来ています。」
「ようし。今の所俺達の航空団も、隣の航空団も事故機なしだ。このまま1機残らず離陸してくれればいいな。」
「そうですな。離陸中に事故を起こしたら不吉ですからね。」
コ・パイロットのレスト・ガントナー少尉が相槌を打ってきた。
923 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 01:53:30 ID:Bohu6sek0
「言えてる。さて、離陸はなんとか完了した。今度は集結地点で、どれぐらいの短時間で編隊をまとめる事が出来るか。
今度の関門はそれだ。なにしろ、300機のB−24が航空郡ごとにとはいえ、大編隊を組んで飛ぶのだからな。」
「みっちり訓練を積みましたから、その点に関しては大丈夫でしょう。」
「いや、分からんぞ。訓練では上手く言っても、実戦ではポカをやらかす事もあり得るからな。気は抜けんぞ。」
ベリヤ中尉はそう言った。集結地点までは20分ほどの飛行だ。
そこで各航空群ごとに編隊を組んだ後、いよいよ敵地に乗り込む。
「行きも怖い。帰りも怖い、という事か。」
ベリヤ中尉は自嘲気味に呟きながら、高度計を確認する。
現在の高度は2400メートル。ベリヤ機の周囲には、何機かのB−24が飛行しており、それぞれが集結地点に向かっていた。
午前8時20分
集結地点で編隊を組んだB−24の編隊は、第74爆撃航空団を先頭に幾つもの挺団に分かれながら、
7000メートルの高度を時速220マイルのスピードで進んでいた。
このB−24の集団に、新たな部隊が加わった。
「機長、後方に機影です!」
バンギス伍長の声が、ベリヤ中尉の耳に聞こえた。
「数は40機ほど・・・・P−51です!」
「ほう、来たか。リトルフレンド達が。」
B−24編隊の周囲に、後から発進してきたP−51の編隊が並行してきた。
このP−51の編隊は、第293戦闘航空師団配下の第133戦闘航空郡の所属である。
従来は36機の編成であったが、2週間前に1個中隊が増勢されて48機編成になっている。
924 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 01:54:03 ID:Bohu6sek0
並行して来たP−51だが、B−24とP−51の巡航速度は差があるため、自然にP−51が追い抜いてしまう。
このため、P−51隊はB−24隊を追い越すと、ジグザグに飛行してB−24隊の歩調に合わせていた。
「機長、やはり護衛がいると心強いですね。」
「そうだなあ。今の所、護衛はこの48機のP−51だけだが、ルベンゲーブの突入前には、海軍の戦闘機隊も
参加してくれるそうだ。こいつらが敵のワイバーンを引き付けている間に俺達は峡谷を抜けて敵の精錬工場をドカン!
という訳だが、果たして上手くいくかな?」
「上手くいく事を考えましょう。それに、この機にもやっと名前が付いたんですから。」
「上手いノーズアートも描いてもらったしな。」
ベリヤ中尉は思わず頬が緩む。
彼の機に名前が付いたのは、つい昨日の事だ。名前には色々候補が上がっていたのが、ベリヤ中尉はどれもこれも好かんと
のたまい、しまいには自分勝手にパパス・ヴィレッタという名を愛機に付けてしまった。
ベリヤ中尉は恐らく猛反発されるだろうと思った。
しかし、乗員達は反抗する事なく、逆にベリヤ中尉の名付けた名前を気に入ってしまった。
その後、尾部銃座の射手であるバンギス伍長が気を利かして、ノーズアートのうまい整備員を連れてきて機体の機首左側に描かせた。
そして、出来上がった絵は満足の行く物であった。
完成したノーズアートは、草原にたたずむダークエルフの娘を描いたもので、顔の表情や体つきもよく出来ており、
これを見た乗員達は声を唸らせた。
その絵の下にはパパス・ヴィレッタという名が筆記体で描かれ、一見絵と名が合っていない様に見えるものの、
よく見ればこの2つが一体となった感がある。
完成度の高いノーズアートを大層気に入った乗員達は、そのノーズアートを背景に記念撮影を行っている。
「飛行場を発進して既に2時間近くか。ルベンゲーブまでの距離は約1300キロ。120マイルで約4時間ほどだから、
行程の半分を過ぎる事になるか。」
「あと2時間で突入ですか。長いような、短いような・・・・・」
彼らはそれ以上は語らず、黙って操縦を続けた。
ルベンゲーブまでの道程は、まだ長い。
925 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 01:54:57 ID:Bohu6sek0
午前10時50分 ウェンステル領ルベンゲーブ
「監視哨より緊急連絡です!」
ルベンゲーブの防空司令部にある作戦室で、ラルムガブト中将は、幕僚達と今後の事を話し合っていた。
その時、魔道将校が血相を変えて作戦室に飛び込んできた。
「何事か?」
「はい。たった今、沿岸部の監視哨から、西方洋上に敵飛空挺の大挺団を見ゆとの情報が入りました。」
作戦室にいた彼らは、思わず絶句してしまった。
「・・・・・・」
「し、司令官?」
魔道将校の声で、ラルムガブトは気を取り戻した。
「私は大丈夫だ。その飛空挺は何機いる?」
「正確には分かりませんが、少なく見積もっても100機以上はいるかと思われます。」
「各空中騎士隊に伝達!アメリカ機動部隊より発艦せる敵大編隊がルベンゲーブに進撃中。直ちにこれを殲滅せよ、だ。急いで送れ!」
ラルムガブトの命令を聞いた魔道将校は、大きく頷いてから作戦室を飛び出していった。
「司令官、ついに来ましたか。」
主任参謀のウランル・ルヒャット大佐が、緊張で顔を引きつらせながら言ってきた。
「ああ。ついに来たよ。」
926 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 01:55:48 ID:Bohu6sek0
ラルムガブト中将は、重い口調でそう言い放つと席を立ち上がった。
「諸君。先の話にもあるように、アメリカ軍はこのルベンゲーブにやって来た。今度は敵も本気でこの精錬工場を
狙ってくるだろう。この攻撃は、恐らく敵機動部隊から発艦した第1波攻撃隊に間違いない。敵はこの第1波の他にも、
続いて第2、第3と攻撃隊を準備している可能性がある。我々はこれを阻止せねばならない。直ちに全部隊に通達せよ。」
ラルムガブト中将は、一呼吸をいてから言葉を続けた。
「ルベンゲーブ防空軍団は直ちに戦闘態勢に入り、敵大編隊を迎え撃つ。不遜なアメリカ軍機を1機残らず殲滅せよ!」
第133戦闘航空郡の第2中隊に所属しているハンス・マルセイユ中尉は、ルベンゲーブの上空にワイバーンが上がりつつあるのが見えた。
「流石に奇襲とまではいかないか。」
彼はそう呟いたが、表情は別段驚いたものではない。
いや、むしろ願ったりといったような口ぶりである。
「さて、爆撃隊が突入するまでは、俺達が相手してやるぜ。」
マルセイユ中尉がそう呟いている時、隊長機がドロップタンクを落とした。それに倣って、僚機もタンクを落としていく。
マルセイユ大尉も勿論、空戦の際に邪魔になるドロップタンクを落とす。
「隊長機より全機へ。これより敵と戦闘に入る。帰りの燃料を気にしながら戦え。」
飛行隊長からの無線通信がレシーバーに流れて来た。
その後、マスタング隊は一気に高度を上げ始めた。
マスタング隊の後方にいるF6F75機は、そのまま高度5000メートルで進撃を続ける。
高度を7000にまで上げたマスタング隊は中隊ごとに分かれて、敵ワイバーン編隊の左右上方に占位する。
927 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 01:56:21 ID:Bohu6sek0
ワイバーン群の数はかなり多い。ほぼおっとり刀で駆けつけて来たのであろうが、それでも200騎はいそうだ。
山脈上空でマスタング隊が敵ワイバーン隊の上空に占位した時、
「攻撃開始!突っ込めぇ!」
隊長機の声が響き、戦いが始まった。
第1中隊のマスタング12機が、木の葉落としのように1機ずつ降下していく。
そして、第2中隊も降下を開始した。
「行くぞ、ブラッドウォード!」
「あいよ!」
マルセイユ中尉は、相棒のブラッドウォード中尉と共に敵ワイバーン編隊に突っ込んだ。
ワイバーン群の一部が、マスタング隊に向かって来る。
第1中隊がワイバーンと撃ち合いに入った。
1騎のワイバーンがしこたま12.7ミリ機銃弾を振舞われて叩き落され、別の1騎が同様に撃墜される。
マルセイユの属する第2中隊も敵ワイバーンに射撃を加える。
マルセイユ中尉は、向かって来るワイバーンに向けて、距離800で12.7ミリ弾を撃った。
6本の線がサーッと流れて行き、過たずワイバーンに突き刺さる。
最初は魔法障壁を発動させて機銃弾を弾くが、すぐに破られてワイバーン、竜騎士が共に射殺された。
撃墜を確認できぬまま、撃ったワイバーンとすれ違い、別のワイバーンに狙いを定める。
今度は、不用意に側面を晒しているワイバーンだ。
急降下をしている最中だから、射撃の機会は一瞬だ。
そのワイバーンの下方を飛びぬける前に機銃弾を放つ。
一瞬だけ、機銃弾がワイバーンに当たったように見えたが、機体は700キロ近い猛速で飛行しているため、すぐに下方に抜けた。
「1騎撃墜!」
レシーバーから相棒の陽気な声が流れて来る。
928 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 01:57:10 ID:Bohu6sek0
「ナイスだ!この調子でどんどん行くぞ!」
マルセイユは相棒にそう言いながら、機体を急降下から反転上昇に移す。
高度4000まで下がっていたマスタングは、再び上昇して敵のワイバーン群に向かい始めた。
機首のパッカード・マーリン1650馬力エンジンが、機体を鮮やかな加速でぐんぐん上昇させていく。
マルセイユ機とブラッドウォード機は、一撃離脱に徹してワイバーン群を次々と撃ち落した。
不運なマスタングが、加速に入る前にワイバーンの光弾を浴びて落とされるが、そのワイバーンにも横合いから
マスタングに機銃弾を浴びせられる。
中には、ワイバーンに格闘戦を挑むマスタングもいるが、流石にワイバーンの機動にはかなわず、反撃を食らってしまう。
しかし、700キロ近い速度が出せるマスタングは、ワイバーンの後ろに付かれたら急加速で離脱し、光弾が放たれた頃には
マスタングは射程外に達している。
数はワイバーン側が多いものの、機体性能にはマスタングに分があり、シホールアンル側は図らずも苦戦を強いられる。
しばらく経つと、戦闘はアメリカ側有利になっており、傍目から見れば40機程度のマスタングに200騎近いワイバーンが
押されると言う奇妙な展開になった。
マスタング隊が戦闘を開始して5分経った頃、海軍のヘルキャット隊も戦闘に加わった。
ヘルキャット隊が空戦域に乱入してからは、山脈の上空は彼我入り乱れる乱戦の巷と化した。
マルセイユ中尉は、6度目の一撃離脱を終え、3騎目を撃墜した後、時計に視線を移した。
空戦開始から既に15分が経過していた。
その後、周りの空域を見てみる。200騎のワイバーンは、ほぼ全てがマスタングとヘルキャットの戦闘に駆り出され、
ルベンゲーブ精錬工場の上空はがら空きとなっている。
「よし。俺達は賭けに勝ったぞ。」
彼は満足そうな笑みを浮かべながら、再び愛機を駆ってワイバーンに挑んでいった。
ルベンゲーブ精錬工場の第1区画防空を担当する第53対空大隊では、山脈上空で繰り広げられる空中戦に皆が見入っていた。
「隊長、どうも味方のワイバーンは思うように戦えていないようですが。」
929 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 01:57:44 ID:Bohu6sek0
空戦を見ていた将校が、大隊長に言ってきた。
「ああ、そうだな。友人の竜騎士に聞いたんだが、アメリカ軍機はここ最近、従来機より性能のいい新型飛空挺を大量に
投入しているようだ。そいつの登場によって、ワイバーンは再び不利になっているようだ。恐らく、あっちで飛び回っている
アメリカ軍機は全て新型機だな。ワイバーン隊のほうが数は多いのになかなか相手を落とせないのはそれのせいだろう。」
大隊長はそう言いながら、山脈の上空を指差した。
上空では、ワイバーンとアメリカ軍機が入り乱れて激しい空中戦が展開されている。
時折、何かが落ちていくのが見える。
黒煙を噴きながら落ちるのはアメリカ軍機で、塊のままそのまま落ちていくのはワイバーンである。
落ちていくのは、後者のほうが多い。
今また、黒い塊が墜落し始めた。その黒い塊は、しばらくは翼を上下させていたが、すぐに止まった。
そして、そのまま山の山腹に落ちた。
「畜生・・・・何も出来ないとは・・・・!」
大隊長は歯噛みしながら呻いた。
第1区画は、7つある精錬工場群の北西側にある区画である。
精錬工場は、北西あるこの第1区画から、右隣の第2区画、そして、その南側の一番左側から第3、第4、第5区画、
更に南に下りて第6、第7区画と分けられている。
それぞれの区画は、互いの距離もまちまちであるが、0.5ゼルド前後ほど間隔が開けられている。
これらの区画には、それぞれ防空大隊が配備されている。
1個防空大隊には、高射砲25門、魔道銃80丁〜90丁が装備され、工場の周囲、又は要所に配備されている。
アメリカ軍機が工場に襲い掛かれば、これらの対空兵器が迎え撃つのだが・・・・
「なんであいつらは、戦闘機しかいないんだ?」
大隊長はふと疑問に思った。普通なら、アメリカ軍機は攻撃機も編隊に混ぜて敵地攻撃に向かう。
しかし、山脈上空のアメリカ軍機は、全てがワイバーンと空中戦をしている。
930 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 01:58:19 ID:Bohu6sek0
その中に攻撃機らしき機影は1機も見当たらない。
「もしかして、攻撃隊の第一波は戦闘機のみで固めて、こちら側の戦闘ワイバーンを減らそうと考えたのでは?」
部下の将校がそう言うと、大隊長の疑問は氷解した。
「なるほど。その考えはあり得るぞ。大量のワイバーンが守っている場所を叩くなら、攻撃側も大量の攻撃機をぶつけて
減らし、後からゆっくり料理できるからな。」
「去年3月のカレアント戦でも同様な事を行っています。恐らく、今回もそれを狙って・・・」
その時、魔道将校が、部下の将校を押しのけて大隊長に近付いてきた。
「大隊長!司令部より緊急信です!」
魔道将校は紙を大隊長に差し出した。その紙を、大隊長は受け取って読んでみた。
「・・・・おい!なんだこれは!」
大隊長は額に青筋を浮かべながら、魔道将校に聞いた。
「え・・・いや。報告であります。」
「何が敵の大型機が接近中だ!上を見ろ!」
大隊長は空を指差す。
「上空には大型機はいないぞ!」
「し、しかし、報告には敵大型機の編隊が接近中とだけしか。」
「どこから接近中なんだ?この報告の内容は11時5分に敵接近とある。今は11時15分だ。既に10分経っているはずなのに、
敵の大型機は一向に現れん。ルベンゲーブは海側があの山脈で塞がれていて、高高度でしかここの上空には進入できんぞ!」
931 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 01:59:06 ID:Bohu6sek0
大隊長は魔道将校を責め立てるが、この時、今までに聞いた事の無い重低音が耳に聞こえてきた。
「ん?この音は・・・・・?」
誰もが上空に視線を向けるが、山脈上空で戦われる空中戦以外何も無い。
ふと、大隊長は、先ほどまで雑談していた部下の将校が、とある方角を見ている事に気が付いた。
「どうした?」
彼は将校の側に歩み寄り、その将校が見る方角に視線を向ける。
第1区画の3ゼルド西には山脈があり、ちょうど区画の真正面の部分が切れている。
切れ間はかなり大きく、最狭部でも400グレルある。
峡谷は海側からルベンゲーブまで斜め下に開いており、真っ直ぐとはいえない。
似たような峡谷は、第6区画のやや南側にあり、こちらの峡谷もほぼ同様だ。
しかし、それでもワイバーンにとっては飛びにくい所であり、この峡谷を大型飛空挺が飛ぶにはかなりの度胸が要る。
別名、度胸試しの双子峡谷とも言われ、ウェンステルでも有名な物であるが、不思議な事に、音はその峡谷の奥から聞こえていた。
「音が、あの峡谷から聞こえて来るのです。」
「・・・・本当だ。」
大隊長はそう返事した瞬間、何かが頭に思い浮かんだ。それは、余りにも非現実的な光景だった。
「まさか・・・・・だが、この音は現に大きく・・・・・・・・・・・・」
いきなり、峡谷の入り口から、1機の見慣れぬ大型機がぬうっと出て来た。
その大型機は見たことも無い形をしており、遠目でもかなりごつく見える。
ごつい形をした大型機が、次から次へと峡谷から這い出て来る。
峡谷の奥から現れた大型機は、やや左旋回気味だったが、峡谷を出ると、草原すれすれまで高度を下げてとある方向に向かって来た。
その方向は、彼らのいる第1区画であった。
932 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 01:59:38 ID:Bohu6sek0
「・・・・・・・・・・」
非現実的な事が現実と化した時、大隊長はしばらく茫然としていたが、
「大隊長!」
部下の将校の叫びで、大隊長は我に帰った。
「て、て、敵襲―――――!!!!」
大隊長の掛け声のもと、防空大隊の全兵器が、低空で迫って来る大型爆撃機に向けられた。
高射砲の照準が、草原をこすらんばかりの高度で迫るアメリカ機に向けられるや、一斉に射撃を開始した。
その間にも、峡谷からアメリカ軍機は次々と飛び出してきている。
射撃を開始して5分が経つが、超低空を這って来る敵に全く当たらない。
高射砲弾は全て見当外れの位置で炸裂していた。
敵の先頭機が距離1.8ゼルドまで迫ったかと思うと、いきなり上昇した。
高度130グレルほどの位置に上昇した敵機は、全速力で第1区画に突進してくる。
そこに魔道銃が射撃を開始した。
赤、青、黄、緑、青など、色とりどりの光弾の束が、依然低空を飛行する大型爆撃機に向けて放たれる。
その周囲に高射砲弾が炸裂して、湧き出た黒煙が機体そのものを包み込もうとする。
しかし、アメリカ軍機は落ちる気配を見せない。
アメリカ軍機は、先頭機の後ろから続々と付いて来る。
「当たっているはずなのに!」
大隊長が悔しげな口調でわめいた時、先頭機が轟音を上げながら指揮所の直上を通り抜けた。
この時、B−24は130メートルほどの低空でフライパスしたのだが、シホールアンル側の対空用員達は
操縦席や銃座にいるアメリカ兵の顔をはっきり見る事が出来た。
アメリカ軍機が飛び抜けた直後、いつの間にか開かれた胴体から、パラパラと爆弾が投下された。
933 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 02:00:10 ID:Bohu6sek0
その真下には、大隊の対空兵器に守られている大事な工場群がある!
「いかん!」
大隊長が思わずそう叫んだ時、工場群に6発の爆弾が落下した。
その次の瞬間、爆弾が突き刺さった三角屋根の建物や、2本煙突が立ち上がった工場が爆発を起こした。
早速被弾を許してしまった怒りからか、対空大隊の対空砲火がより激しさを増した。
今しも上昇しようとしていた爆撃機の前面に高射砲弾が至近で炸裂する。
まともに断片や爆風を浴びたB−24の前面が一気にひしゃげた。
そのB−24は工場群の前方300メートルの所で墜落して派手に火柱を吹き上げた。
その火柱を突っ切って、新たなB−24が数機、工場に向けて爆弾を投下する。
投下された1000ポンド爆弾が、工場の建物に突き刺さって爆発し、内部の加工施設や、貯蔵されていた魔法薬や
加工器具等をひとしなみに吹き飛ばした。
とある爆弾は魔法石を保管する倉庫に着弾し、作りたての魔法石がずらりと並べられた机を斜め上から叩き割って床に突き刺さる。
その直後に信管が作動し、1000ポンド爆弾が炸裂した。
開放されたエネルギーは魔法石や、魔法石の置かれた縦長の机を木っ端微塵に叩き壊し、綺麗に整頓されていた保管庫が、
一瞬にして見苦しいだけのゴミ置き場に変えられてしまった。
別のB−24が放った爆弾は無人の人員休憩室に落下してそこを完璧に破壊した。
また、別の爆弾は区画長の執務室に着弾し、そこにあった私物や業績優秀賞などの物を全て無に変えるか、残ったとしても
ゴミよりマシといった物に変えてしまった。
唐突に1機のB−24が魔道銃の集中射撃を受ける。
いくら硬いB−24とはいえ、全身に光弾をくらってはひとたまりも無かった。
たちまち操縦員を射殺させられ、主翼エンジンから火を噴いた。
大型機撃墜の戦果に喜ぶ対空要員だが、このB−24は無傷の精錬施設に墜落した。
爆弾を投下したとはいえ、帰り分の燃料が残っていたB−24は、そのまま巨大な焼夷弾と化して無傷の貯蔵施設に激突し、大爆発を起こした。
円筒状の貯蔵施設は一瞬にして大破炎上し、余計に被害を拡大させる事となった。
B−24は次々と飛来すると、腹の爆弾倉から6発の爆弾を落としては、精錬工場を確実に破壊していく。
無論、シホールアンル側も必死に反撃するが、B−24隊の高度が短い事と、火災によって生じた黒煙が対空兵器の
照準をつけにくくさせ、思うように敵を撃墜できない。
934 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 02:00:57 ID:Bohu6sek0
逆に、B−24は機銃を使って通り過ぎ間際、対空陣地に反撃してくる有様である。
「いつまでも調子に乗りやがって・・・・・落とせ!撃ち落とせぇ!!」
大隊長は半ば半狂乱になりながら、命令を繰り返した。
彼は憎らしげな目付きで真正面を見た。その時、1機の爆撃機が、どの機よりも早く爆弾を投下した。
爆撃機の周囲には、味方の打ち上げた高射砲弾の破片や、魔道銃の光弾が盛んに飛び交っている。
激しい対空砲火に恐れをなして早々と爆弾を落としたのだろうと、大隊長は思った。
彼の読みは当たっていた。
だが、この爆弾が、彼のいる指揮所を直撃するとまでは思ってもいなかった。
大隊長が、降って来る爆弾に気付き、真っ先に避難をしようとした。
その4秒後、指揮所は1000ポンド爆弾の直撃を受けて派手に吹き飛ばされた。
精錬工場が、都合4区画ほど黒煙を吹き始めた時、ベリヤ中尉の属する第689爆撃航空郡は峡谷の間から抜け出て来た。
「74の奴ら、派手に暴れてやがるぜ。」
第2中隊の3番機を操縦するベリヤ中尉は、僚機の攻撃を受けて炎上する工場群を見て思わずそう言った。
第74爆撃航空団は精錬工場群にかなりの打撃を与えたようで、爆撃を受けた箇所から激しい黒煙が吹いている。
その一方で、上空をフライパスするB−24の周囲に高射砲弾の炸裂煙や、光弾の物と思しきカラフルな粒がひっきりなしに打ち上げられている。
敵の対空砲火は思った以上に激しい。
今しも、1機のB−24が被弾して燃え盛る工場群の中に突っ込んでいく。
ベリヤ中尉はその光景を見た後、視線を再び前に移し、訓練通りに高度を50メートルまで下げる。
目標となる敵の工場は、目の前にある工場群の奥にある、もう1つの工場群だ。
第689爆撃航空郡は、手前の工場群の南側を飛び抜けていく。
当然、敵側は黙って見過ごす筈は無く、素通りしている工場群から対空砲火が打ち上げられてきた。
先行する第1中隊の周囲に高射砲弾が炸裂するが、位置はかなりずれている。
935 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 02:01:44 ID:Bohu6sek0
「下手糞共め。」
ベリヤ中尉は、照準の甘い敵の対空射撃に嘲笑を浮かべる。
第1中隊が、敵高射砲の砲撃を受けつつも高度を上げ始めた。
時速400キロ以上のスピードで飛行しているから、敵の精錬工場に到達するまで時間がかからない。
第1中隊が爆撃位置に達しようとした時、ベリヤ中尉の属する第2中隊も機体の高度を上昇させた。
第2中隊も高度130メートルまで上昇した時、第1中隊の各機が下の工場群に向けて爆弾を投下した。
「爆撃進路入りました!」
爆撃手が報告してくる。後は、機体を敵の工場群の上に持っていくだけだ。
周囲に高射砲弾が炸裂する。時折カーンという音が鳴るが、B−24は僅かに揺れるだけである。
工場群の中央部から次々と爆発光が沸き起こり、立ち並んでいた円筒状の建物や煙突などがなぎ倒されるか、一瞬にして叩き潰される。
第1中隊の爆撃はまずまずの成果を挙げたようだが、広大な工場群にとっては、一部分が傷付いたに過ぎない。
第2中隊の目標は、工場群の左にある緑色の四角の建物や、一際異質な丸い倉庫群である。
高射砲に加えて、魔道銃が激しく撃ってくる。
「くそ、なかなか激しいな。」
ベリヤ中尉は、やや引きつった口調で呟く。
爆撃手が胴体爆弾倉の開閉スイッチを押すと、胴体が左右に開かれた。
いきなりガン!ガン!と何かが当たった衝撃が機体に響く。
「後部胴体に命中。損傷軽微!」
「8番機被弾!墜落します!!」
朗報と悲報が突然舞い込んで来る。だが、ベリヤ中尉はそれに対して、何ら反応を見せる事は無い。
それから1分が経ち、第2中隊の先頭を行く中隊長機が爆弾を投下した。
936 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 02:02:30 ID:Bohu6sek0
「投下!」
爆撃手から、ただその言葉だけが発せられ、投下スイッチが押された。
その直後、胴体に収納されていた1000ポンド爆弾6発が、真下の精錬工場めがけてぱらぱらと落とされる。
他の僚機も、一斉に爆弾を投下した。
後部銃座に詰めているバンギス伍長は、目標の施設群が1000ポンド爆弾によって次々と吹き飛ぶのを目の当たりにしていた。
「機長!命中です!シホット共の工場が跡形も無く吹っ飛びましたぜ!」
この時、第689爆撃航空郡が狙った工場群は第7区画であった。
この第7区画には、他の工場とは違う魔法石が製造されていた。
作っている魔法石は、魔道銃用、魔道士の使用分など、他の精錬工場とほぼ同じだが、この区画には、陸軍の陸上装甲艦に
搭載される特製の魔法石を製造していた。
陸上装甲艦用の魔法石は、元々がルベンゲーブでしか取れない銀色の純度の高い物であり、既に1、2、3番艦に搭載する分は
本国に搬入を終えていた。
この日は、ようやく完成した4〜8番艦用の魔法石が、品質慣性室と呼ばれる建物に保管されていた。
魔法石は、製造加工された当初は非常に不安定であり、場合によっては魔法石が破裂するため、製造直後は品質慣性室と
呼ばれる建物に運ばれる。
この品質慣性室には、外気とは違って、魔法石を外気に慣れさせるための特殊な魔法が使用されている。
ここで徐々に外気に慣らした後で、魔法石は安定し、必要とする各所に搬入されるのである。
緑色の長方形状の建物が、この魔法石専用の品質慣性室である。
第2中隊は、この陸上装甲艦用の魔法石が置かれた品質慣性室を爆撃していた。
爆弾のうち、3分の2は他の関係の無い施設や加工工場を吹き飛ばしたが、1発が特別に用意された加工工場を直撃した。
突然、屋根から乱入してきた爆弾は、直径10メートルはあろうかという巨大な台座を叩き潰し、突き抜けた後、
床を跳ね回って加工用の薬品や魔法の入門書の入った本棚を跳ね飛ばした直後、遅延信管を作動させた。
爆発の瞬間、台座、加工用の薬品、入門書は、その他の物品諸共破壊されてしまった。
巨大な魔法石を加工するために作られた加工工場が火柱を吹き上げた直後、長方形状の建物に2発の1000ポンド爆弾が突き刺さった。
天井をあっさりと突き破った爆弾は、白濁色の空気が漂う品質慣性室で炸裂した。
並べられていた、12個の巨大な魔法石は爆弾の熱風をもろに受けた。
937 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 02:03:03 ID:Bohu6sek0
その次の瞬間、魔法石が暴走反応を引き起こして大爆発を起こした。
1個の魔法石が爆発すると、残った魔法石も誘爆を引き起こし、頑丈な作りであった筈の品質慣性室はものの見事に吹き飛んだ。
爆発の余波は品質慣性室に留まらず、周囲の魔法石加工工場や、研磨場にも及んだ。
まだ研磨される途中であった多くの魔法石が、この誘爆を受けて破壊され、ただの光る石屑に変えられてしまった。
第2中隊が飛び去ると、今度は第3中隊がやって来た。
第3中隊は1000ポンドではなく、500ポンド爆弾12発を搭載していた。
この部隊も第1、第2中隊と同様に爆弾を投下したが、爆弾が小さい分威力は低いものの、爆弾自体が大量にあるため、
爆弾を受ける場所や施設はかえって広がった。
1発の500ポンド爆弾は別の品質慣性室に命中した。
品質が不安定になった魔法石が暴走し、しまいには派手に破裂し始めた。
命中を受け、黒煙を噴出した品質慣性室から様々な色の閃光が発せられる。
それは、魔法石が暴走し、破裂した際に出す光であったが、あたかも未使用のまま破壊される魔法石達が、断末魔の叫びを上げているかのようであった。
別の500ポンド爆弾は、偶然にも煙突の穴にすっぽりと入ってしまった。
信じられぬような出来事が起きてしまったが、500ポンド爆弾はそのまま煙突の穴に落ちて行き、一番下の部分で炸裂した。
高さ20メートルほどの煙突が根元から折れて、隣の休憩室を巻き込みながら倒壊する。
第1中隊、第2中隊の爆撃で中心部が破壊されてしまった第7区画は、第3中隊の駄目押しの爆撃で工場群の7割が破壊され、壊滅状態に陥った。
フェイレが、旅人を装ってルベンゲーブの工場を見て歩いている時、突然の空襲は始まった。
突然町全体に響き渡る空襲警報に、フェイレは体を震わせた。
「な、何?」
彼女は戸惑いながら、周囲を見回した。
殺気立ったシホールアンル兵が数十名ほど、工場内に入っていく。
フェイレがいる場所は、第5区画と呼ばれる工場の南側であり、北向き100歩ほど歩けばすぐに工場に入れる。
本当なら、フェイレは工場群の南や、合間にある町を歩いて偵察するだけのつもりであったが、いつの間にか工場群に見とれて、周囲を歩き回っていた。
その工場の入り口から、労働者と思しき集団が駆け足で出て来た。
938 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 02:03:44 ID:Bohu6sek0
工場は縦、横ともに800グレルの正方形であり、この敷地内に加工工場や精錬工場などが入っている。
(たまたま側を通りかかった作業員に聞いた)
この広大な工場にはかなりの人数が入っていてもおかしくないのだが、工場から出て来る作業員の数は思いのほか少ない。
それもそのはず、先ほど聞いた話では今日は休日で、工場の稼動に必要な人員しか出勤していない。
そのため、工場内部にいた労働者の避難は、アメリカ軍機の編隊が山脈上空に現れるまでには終わっていた。
「おい、旅人さん!あんたも逃げたほうがいいぜ!」
通りすがりの労働者が、フェイレに避難を促した。
「アメリカ人の空襲はかなり容赦ないと聞いている。工場の近くにいたら巻き添えを食らうぜ。」
「う、うん。」
フェイレは躊躇いがちに頷くと、その中年労働者の後を追うように走った。
20分ほど走って、南の第7区画と、第6区画の間を抜けた時、
「あっ!峡谷から何か出てきたぞ!」
誰かの叫び声が聞こえた。フェイレは、寂れた廃屋の屋上に上がって山脈のほうを見てみた。
度胸試しの双子峡谷と呼ばれる南北2つの峡谷のうち、北側の峡谷から見たことも無い大型機が次々と出て来た。
距離はここから2ゼルドほどだが、それでも爆音が響いてきている。
かなりごつい感のある大型機は、その大きさに反して意外と軽快な動作で地面すれすれに高度を下げる。
あまりの高度の低さに、シホールアンル側の撃ち上げた高射砲弾が全く効果を挙げていない。
工場群まである程度近付くと、いきなり大型飛空挺は上昇する。
しかし、少し上昇しただけで、さきよりやや高い程度の高度で工場群に向かう。
周囲に高射砲弾が炸裂し、魔道銃の光弾が殺到するが、ごつい形をした大型飛空挺は1機も落ちる事無く、工場群の至近に近寄る。
工場群の外縁に達した直後、腹から何かを落とした。それが工場の施設の影に消えた時、いきなり爆発が起こった。
それを皮切りに、第1区画は次々と飛来する大型飛空挺の低空爆撃を受けていく。
無論シホールアンル側もやられっぱなしではない。
939 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 02:04:33 ID:Bohu6sek0
唐突に1機の飛空挺が主翼から火を噴出した。
「あっ!やられたぞ!」
誰かがそう叫んだ時には、大型飛空挺は急激に高度を下げて、工場群の太い煙突状の施設に激突し、派手に火炎を吹き上げた。
第1区画が次々に爆弾を受けている最中、第2区画にも同じ大型飛空挺が取り付く。
第2区画も、第1区画と同様に低空爆撃を受けて、たちまち黒煙に包まれていく。
時折、黒煙の中に色とりどりの閃光が発せられ、しまいには毒々しい霧状のような物が吹き上がる。
傍目からは何かの見せ物が開かれているように見えた。
「品質慣性室の魔法石が破裂してるんだ・・・・・」
誰かが、震えた口調でそう言うが、フェイレには品質慣性室という物が分からなかった。
アメリカ軍機は、他の区画にも襲い掛かっていく。
それぞれの区画についているシホールアンル軍の防空大隊は、果敢に抵抗し、工場の上空に高射砲や魔道銃の弾幕を張り巡らす。
盛んに沸き起こる高射砲弾の黒煙を跳ね除けて、魁偉な姿の大型飛空挺は工場に向けて胴体から爆弾を投下する。
爆弾が施設の影に消えると、すぐ後に閃光と、次いで黒煙が何かの破片を吹き上げながらもくもくと上がっていく。
無論、アメリカ軍機も無傷で済まず、高射砲弾の爆風を受けてよろめく機や、魔道銃の集中射撃を受けてあっという間に爆散する機もいる。
現在、襲われている第1〜第4区画の上空で似たような光景が見られているから、アメリカ軍機も最低、10〜15機は撃墜されている。
だが、アメリカ軍機の与えた被害は、自軍の受けた被害よりも大きく、空襲開始から10分経った今では、あっという間に4つの精錬工場が黒煙に包まれている。
「南の峡谷からも来たぞ!」
またもや誰かの声が聞こえる。
見物していた野次馬達が一斉に振り返ると、南の峡谷から新たな大型機が爆音を上げながら出て来た。
これまた、大量の爆撃機が次から次へと出て来る。
「北の峡谷からもあんなに出て来たぞ・・・・一体何機の飛空挺をここの空襲に使っているんだ!?」
「100や200・・・いや、下手したら400はいるかもしれんぞ。」
940 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 02:05:11 ID:Bohu6sek0
野次馬達は、口々にそう言いながら、初めてアメリカという国の実力を痛感していた。
それは、フェイレも同様であった。
第7区画がアメリカ軍爆撃機の爆弾を浴びて、これまた黒煙を上げ始める。
第2編隊が対空砲火の弾幕を突っ切って、爆弾を投下し、それが炸裂した直後、一際巨大な爆発が第7区画の工場から起こった。
これによって、まだ無傷で残っていた煙突や施設があっという間に倒壊したり、爆風に叩きのめされた。
「おい、やられたアメリカ軍機がこっちに向かって来るぞ!」
誰かの悲鳴のような声が響いた。
フェイレはそのアメリカ軍機をすぐに見つけた。第6区画の工場群を爆撃した飛空挺のようだが、既に機体の前部分は
ズタズタに引き裂かれ、右の翼にある発動機から火を噴いている。
既に操縦者が戦死したのか、飛空挺は高速力で飛行しつつ高度を下げている。
この調子で行くと、早々に墜落するのは誰の目にも明らかであった。
しかも、機首はフェイレ達が陣取っている街の一角だ。
どういう訳か、野次馬達は爆撃機に視線を移しているだけでその場から動こうとしない。
「逃げるのよ!墜落に巻き込まれるわ!!」
どういう訳か、自然にその言葉がフェイレの口から放たれていた。
(えっ?今あたしが言ったの?)
思わず、彼女は自分の言った言葉を疑っていた。だが、彼女の言葉きっかけとなったのか。
野次馬達は弾かれた様にその場から逃げ出した。
「いけない!早く逃げないと!」
フェイレ自身も、階段を使わずに廃屋の屋上から地面に飛び降り、一目散に逃げ始めた。
走り始めてから10秒ほど経った時、後方で物凄い激突音が響き、次いで耳を劈くような爆発音が鳴り響いた。
いきなり爆風に背中を叩かれ、フェイレは体を半ば反り返らせてから地面に転倒した。
熱風がうつ伏せに倒れたフェイレの背中を駆け抜けていく。
941 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 02:05:41 ID:Bohu6sek0
爆風は一瞬で止んだ。
「・・・う・・・痛・・・い。」
フェイレは左腕に痛みを感じた。視線を左腕に移すと、小さい金属の破片が刺さっており、傷口から血が流れていた。
破片を引き抜き、傷口に白い布を巻いて応急処置をする。
傷口を10秒ほどで塞いでから、フェイレは墜落現場を見た。彼女が見張り台にした廃屋や、その周囲の建物は、
墜落してきたアメリカ軍機の爆発によって破壊されていた。
アメリカ軍機は、その白銀の巨体を自らの炎で焦がしている。
火災は拡大傾にあるようだ。放って置けば町そのものを巻き込む大火災になりかねない。
「期待していた人達に殺されかけるなんて・・・・・あたしもよくよく運が無いね。」
フェイレは自嘲気味にそう呟いた。
しかし、何故か悪い気はしなかった。
「しかし、あんな低空から、こんな大型機に乗って敵地を攻撃するなんて、アメリカ人も無茶するわ。そんな無茶は嫌いじゃないけど。」
フェイレはそう呟くと、シホールアンル兵が集まらない内に墜落現場から逃げていった。
「ルベンゲーブ精錬工場が爆撃されているだと!?」
ルベンゲーブ防空軍司令部から精錬工場爆撃さるの凶報を受け取った時、第1戦闘隊指揮官であるジャルビ少佐は思わず目眩を起こしかけた。
「ワイバーンはどうした?戦闘ワイバーンが190騎ほど配備されているだろう!」
「それが、敵の爆撃機が侵入する前に、戦闘機のみで編成された新型機の大群がやって来たのです。それとの戦闘に忙殺されている間に、
アメリカの爆撃機部隊が峡谷を通ってやってきたのです。」
942 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/10/25(木) 02:06:12 ID:Bohu6sek0
副官である大尉の言葉を聞いたジャルビ少佐は呆れたような表情になった。
「度胸試しの峡谷からだと・・・・・なんて奴らだ!」
「それよりも、防空軍司令部から出撃は貴隊の判断に任せるとありますが」
「出撃だ!!」
副官の言葉を最後まで聞くまでも無く、ジャルビ少佐は断言した。
「シホールアンルの戦略拠点であるこのルベンゲーブが爆撃されているのに、使える物を使わんでどうするか!
直ちに全機発進だ!」
ジャルビ少佐は、急いでケルフェラクの全機出動を命じた。
この日は、味方のワイバーン隊との模擬空戦の予定もあったので、整備は前日に済まされている。
このため、ケルフェラク隊の出撃準備は短時間で終わった。
24機のケルフェラクが一斉に発動機を唸らせる。
この猛々しい轟音は、アメリカ軍機の蹂躙に怒り狂うシホールアンル兵達の思いそのものであった。
滑走路に、ジャルビ少佐と2番機が並ぶ。
「こちら指揮所。現在、アメリカ軍機の大編隊は第4区画を攻撃中。これとは別の新たなアメリカ軍機が、
双子峡谷の南峡谷から多数出現中の模様。」
「了解!これより不遜なアメリカ軍機を狩って来る。」
ジャルビ少佐は、冷静な、しかし怒りの滲んだ口調で魔法通信機にそう言うと、ケルフェラクを発進させた。
洗練され、頼りがいのありそうな形をしたケルフェラクの機体がスピードを上げ、滑走路の半分を過ぎた所で大空に舞い上がっていった。
それを待っていたかのように、3、4番機も同様に滑走路を走り、先行した1、2番機の後を追うかのように機体を空に浮かび上がらせた。
短い時間で全機発進を終えたケルフェラクは、猛スピードで精錬工場に向かって行った。