775  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:39:18  ID:Bohu6sek0
第67話  とある航空兵の災難(前編)

1483年(1943年)6月7日  午後7時  バルランド王国ヴィルフレイング

その日の夜、空母エンタープライズのVF−6に属する航空兵達はヴィルフレイングの町を散歩していた。

「中隊長、その店はどこにあるんですか?」
「ヴィルフレイングの北側で見つけたんだ。現地の人が作っている飯屋だが、かなり美味かったぜ。」

7人の航空兵達をまとめる、フィンク・カーチス大尉は部下達の顔を見回しながら説明した。

「どんな料理を食ったんですか?」

航空兵の中で一番若く見える男がカーチス大尉に尋ねる。

「俺が食ったのはビーフシチューに似たような食い物だった。この料理がまた美味くてな。
それに、後から出された酒も結構行けるんだよ。」
「へえ、そいつは楽しみですね。ここ最近は、任務中のために酒を飲んでませんでしたから、
中隊長の言葉を聞くと、駆け足でその店に行きたくなりましたよ。」
「それに、ちょうど腹も減ったしなぁ。」

大尉の話を聞いた部下達は早くもその店に期待し始める。
彼らが雑談をしながら、ヴィルフレイングの中心街を離れて15分が経過した。
周囲が森に覆われた所で、彼らは変な物を見つけた。

「中隊長、あれはなんです?」

部下の1人が、カーチス大尉に聞いてきた。  


776  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:39:55  ID:Bohu6sek0
「知らん。よく見ると、ぼろ雑巾のような・・・・・なんか一部分が規則正しく上下してるな。」

彼らは不審に思いながら、その大きなぼろ雑巾に近付いた。彼らはぼろの4メートル手前で立ち止まった。
ぼろ雑巾の大きさは、ちょうど人間1人が覆われるほどだ。

「なんか、人が寝てるような気がするんですが。」

1人の航空兵がそう言うと、全員が頷いた。

「俺もそう思うよ。おい、誰かあのぼろ雑巾を引っぺがせ。」

カーチス大尉が部下達に命令する。そのうちの1人、先ほどの一番若く見える少尉が前に出た。

「自分がやります。」
「レイノルズ少尉か。ああ、頼むぞ。」

不審物の正体を突き止める役を買って出た航空兵、もとい、リンゲ・レイノルズ少尉はそのぼろ雑巾のすぐ近くまで歩み寄った。
レイノルズ少尉の顔立ちは端整だが、男にしてはどこか艶やかに見えるため、学生時代はよく女に間違えられたと言う。
今でも、時折間違えられるようだが、レイノルズ少尉はすっかり慣れてしまっている。
身長は172センチほどで、体つきは華奢に見えるが、実際は鍛えられている。
髪は黒で、やや伸ばしている。外見からしてかなりの美青年ではある。
彼は開戦以来、ここの居るメンバーと同様、ビッグE戦闘機隊に所属しており、彼自身7騎のワイバーンを撃墜している。

「何か、いきなり襲い掛かったりしませんか?」

レイノルズ少尉が後ろを振り返って、カーチス大尉に言った。

「大丈夫だ。貴様は女顔だから襲われんよ。」

と、事も無げに返された。仲間達が押し殺した声で笑った。  


777  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:40:27  ID:Bohu6sek0
「いやはや、人気者はつらいねえ。」

彼はそうぼやきつつも、ぼろ雑巾の端を掴み、そして、一気に剥ぎ取った。
中から現れたのは、涎を垂らしながら眠っている女性であった。
外見は、大人の女性にしては少しまだ若い。
顔立ちは普通の女の子といった感じであるが、全体的なスタイルは普通より上か、モデル並みに優れている。
眠っている女は、Tシャツに似た茶色の服と、赤の長いズボンのような物を纏っている。
しかし、レイノルズが一番注目した所は、その女性の頭についている獣耳である。

「へ?」

レイノルズは思わず、間抜けな声を上げた。この声に気が付いたのか、いきなり女も目を開けた。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

互いに沈黙したまま、10秒ほどが経過した。

「あの〜、何か食べ物くださぁい。」

女から放たれた言葉に、8人の航空兵は思い切り脱力した。


ヴィルフレイングの北のはずれにあるルイシ・リアンと呼ばれる食堂は、今母艦航空隊のパイロット達に
人気のある店となっている。
ルイシ・リアンは宿屋も兼ねている食堂で、下の1階で食事した後に、2階の宿泊部屋で休む事ができる。
規模は、偏狭の港町の宿屋にしては大きく、食堂も200人は入れるスペースがある。
そのルイシ・リアンにやって来た男8人と、女1人は、まだ開いているカウンターに座った。

「やあカーチスさん!今日は女連れかい?」  


778  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:41:07  ID:Bohu6sek0
カウンターでグラスを拭いていた、髭面の男が笑みを浮かべてカーチス大尉に聞いてきた。

「この娘かい?ああ、途中で拾っちまったんだ。」
「拾ったなんて言わないでくださいよ。あたしはお腹が減って、体力温存のために休んでいただけなんですから。」

途中で拾った女が、顔を膨らましてカーチス大尉に抗議した。

「というか、そもそもなんであんたはあんな所で寝ていたんだ?」

すかさずレイノルズ少尉が聞いた。

「それは・・・・・・ええと」

獣耳の女は言い難そうに口ごもる。やや間を置いてから言葉を続けた。

「途中で財布を盗まれて、それでここ2日ほど何も食べてなかったんです。あの場所で寝ていたのは、先も言った通り
余分な体力を消耗しないようにと思って。」
「ふーん。財布を無くして2日ほど絶食。おまけに道端で眠る、か。まるで行き倒れみたいだな。」

カーチス大尉の言葉に女は顔を赤く染めた。

「なっ!?そこまで言わないでもいいじゃないですか!」
「まあまあ落ち着いて。うちの中隊長はちょっとばかし口がきついが、本当は良い人なんだ。」
「見ず知らずの女の子に、行き倒れって言うのはどうかと思うけどね。」

その彼女の言葉に、レイノルズ少尉は実際そうだろうと言いかけたが、思うだけに留めた。

「細かい事は後にしてメシにしよう。さあお嬢さん、特別に奢ってやるから何か食べるか?」
「食べます!」  


779  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:41:49  ID:Bohu6sek0
先ほどまでの怒りはすっ飛んだのだろう。女は一転して、満面の笑みでカーチスに返事した。

「分かった。親父さん!ここの威勢の良いレディにラナボル1つ。後、俺と部下達にも同じ物を頼む。」
「あいよ!」

カーチス大尉は、目当ての品を店主に注文した。

「そういえば、自己紹介が済んでいなかったな。俺はカーチス。フィンク・カーチス大尉だ。
空母エンタープライズの戦闘機中隊を率いている。」
「空母って事は、あなた方はアメリカ海軍の人達?」
「ああそうだよ。俺はハルク・レイノルズ少尉、同じくエンタープライズに乗ってる。」

他の6人もそれぞれ自己紹介を終えると、いよいよ女の出番が回ってきた。

「それじゃ私の出番ね。あたしの名前はエリラ・ファルマントといいます。カレアント陸軍に所属しており、
階級は軍曹。あなた方と同じ軍人です。」

ここで、8人は驚きの表情を浮かべた。

「あんた軍人だったのか!?全く知らなかったぜ。」

レイノルズ少尉が素っ頓狂な口調で獣耳の女。もとい、エリラにそう言った。

「ええ。今は上の命令で、ヴィルフレイング周辺に潜んでいるシホールアンルのスパイを取り締まっているの。
あたし達はスパイ狩りが任務だから、このように、付近の住民と同じような服を着て、任務に付いています。」

エリラは得意気になって言うが、カーチス大尉を始めとするパイロット達は信用していない。

「道端で行き倒れている奴が、スパイの取り締まりだって?」  


780  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:42:22  ID:Bohu6sek0
「こいつ、腹が減りすぎて頭ん中が眠ってるんじゃねえか?」
「とんだ猫ちゃんを拾ってきたもんだ。」

彼らは口々に勝手な事を言い始めた。

「あの〜、あたし嘘は言っていないんですけど・・・・・」

エリラは戸惑いながら、嘘ではないと繰り返したが、パイロット達の疑いはなかなか取れない。

「スパイの取り締まりとか言っていたが、君は腕は確かなのか?スパイの中には格闘術の使い手もいると聞いている。」
「私も本国で訓練を受けましたから、その点に関しては」

その時、エリラは背後から誰かに肩を掴まれた。

「いっ!?」

彼女はすぐに後ろを振り向く。後ろには、太った男がニヤけながら肩を掴んでいる。

「おお、姉ちゃんいい肌してんなぁ。」

男はそう言ってイヒヒヒと笑った。

「ちょっと、離してよ。う、酒臭い・・・・」

エリラは椅子から立ち上がって、男の手を振り払うが、男から漂う酒のにおいに顔をしかめた。

「中隊長、あいつ酔っ払いですよ。」
「ひどく酔ってんな。恐らく、バルランド人だろうな。顔つきからしてかなり飲んでるぞ。」  


781  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:42:53  ID:Bohu6sek0
部下の言葉に、カーチス大尉は頷きながら言う。
その間にも、男はまたもやエリラに抱きついた。

「ちょっ・・・・!どこ触ってんのよ!!!」

彼女は抱きついた男の手をまたもや振り解いて、男に向き直った。
太った男はその際、やや後ろに押し退けられたが、

「まあまあ、大人しくしろよ。楽しもうぜぇ。」

しかし、男は酒の飲みすぎで馬鹿になったのか。またもやエリラに向かって来た。
呆れた彼女は、男に背を向けて椅子に座ろうとした。

「全く、酔っ払いめが。おい、止めるぞ。」

カーチス大尉はレイノルズ少尉にそう言って椅子から立ち上がろうとした。
その次の瞬間、エリラが姿勢を倒した、かと思ったときには、彼女の鮮やかな左回し蹴りで太った男が吹き飛ばされていた。
蹴り飛ばされた男は、床に倒れこんでしまった。

「そこで寝てな!酔っ払い!!」

と、彼女は怒りの形相でそう吐き捨てると、荒々しい動作で椅子に座った。
この時間、わずか5秒足らず。

「・・・・・・・・・・」

カーチス大尉らは、彼女を唖然とした表情で見つめていた。

「?どうかしたんですか?」  


782  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:43:26  ID:Bohu6sek0
「いやいや、どうかしたじゃないだろう!」

カーチス大尉が慌てふためいた表情でエリラに言った。
彼の部下3人が、急いで男の元に駆け寄った。男の友人らしき人物も慌てて駆け寄って来た。

「君は、今男を蹴っ飛ばしたんだぞ!それも首を吹っ飛ばしそうな勢いで!」
「・・・・・・・あ。またやっちゃった。」

いきなり、エリラは顔を手で押さえて、自分のしでかした行為を恥じていた。
その後ろでは、3人のパイロットと、男の友人が蹴り飛ばされた男の安否を確かめたが、

「中隊長。こいつ伸びてますぜ。でも怪我は無いようです。」

部下の報告に、カーチスやエリラは安堵の表情を浮かべるが、今度は男の友人がエリラの元に近寄ってきた。
(いかんな。友人の敵討ちとばかりに、喧嘩吹っかける気か?)
カーチスはそう思ったが、

「いやあ、すまんね姉ちゃん。こいつ、酒を飲むと人が変わるんだよ。普段は根のいい奴なんだ。」
「えっ、そうなんですか・・・・・すいません!」

エリラは慌てて、男の友人に頭を下げる。しかし、友人もすまなそうな表情で手を振った。

「いやいや、迷惑かけたのはこっちの方だよ。アメリカ人さん達も、見苦しい所を見せて悪かった。俺達は2階の宿に引っ込むよ。」
そう言って、男はすまなさそうに頭を下げた。男は、伸びている友人を担ごうとしたが、元々太っているために運べない。
「おい、軍曹殿とあと2人ほど手伝ってやれ。」
見かねたカーチス大尉は、下手人であるエリラと2人の部下に指示して、伸びた男の搬送を手伝わせた。
伸びた男の友人とエリラ、2人の部下が2階に行って、戻ってきた時に、ようやく料理が運ばれてきた。
部下達がしばし料理に舌鼓を打ち、カーチス大尉が喜んでいる間、エリラは料理を2度ほどお代わりしていた。
カーチス大尉らが料理を食べ切った時、

「すいませーん!もう1杯おねがいしまーす!」  


783  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:44:04  ID:Bohu6sek0
と、エリラの爽やかな声が聞こえた。

「オイ!!そこの猫耳!!」

カーチス大尉はたまらず、エリラに向かって怒鳴った。

「ん?なんですか?」

エリラはスプーンを加えながら、きょとんとした表情でカーチス大尉に向き直る。

「君は一体何杯お代わりしてるんだ?」
「3杯食べました。今から4杯目を」
「「頼むな!」」

8人が一斉に怒鳴った。

「え〜。だって、奢りだっていったじゃないですか。」
「1杯目のみだ。誰が3、4杯もお代わりしろと言った。これ以上頼むつもりなら、俺達全員分の料金を
払ってもらうぞ。軍曹殿。」

カーチス大尉はドスの利いた低い声で、エリラに言う。
無神経な彼女も、流石に応えたらしく、4杯目を頼もうとはしなかった。

「全く。とんだゲストだぜ。みんなに上手いもんご馳走しようとここに来たのに、メシ代を余分に払わなきゃならんとは。」

カーチスは、店に入った時とは打って変わって、酷く不機嫌そうな表情になった。

「まあ中隊長。ここは一杯やりましょう。」
「お、おお。そうだったな。今日は皆で飲みに着たんだったな。」  


784  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:44:37  ID:Bohu6sek0
レイノルズ少尉の言葉に、気を取り直したカーチス大尉は店の主人に酒を注文した。
5分ほど経って酒瓶とグラスが運ばれて来た。

「中隊長、どうします?あの娘にも飲ますんですか。」
「そうだなあ・・・・見た感じではまだ10代後半のガキに見えるんだが。」

カーチスとレイノルズは、小声で話し合った。

「とりあえず、君は年齢を確認して見ろ。」
「アイ・サー。」

レイノルズ少尉は頷くと、エリラのほうに顔を向けた。

「なあ。そういえば、君は年いくつだい?」
「あたし?ええと、19歳。今年で20歳ですけど。」
「そうか。中隊長、軍曹は今年で20歳を迎えるそうですよ。」
「20歳か。それなら問題ないな。そこのレディにもグラスを渡してくれ。」

カーチスはグラスをレイノルズに渡し、レイノルズはエリラにそれを渡した。

「軍曹さん。酒は飲んだ事あるかな?」
「ええ。何度もありますよ。あたし、こう見えてもお酒は飲み慣れてますから。」
「ほほう。それは頼もしいぜ。」

それから、酒が皆のグラスに注がれてから、カーチス大尉は乾杯のあいさつを行った。

「え〜、ビッグE戦闘機隊第2中隊の諸君。とはいっても、俺の他にパイロット7人と、拾った同盟国軍の
軍曹殿しかおらんが、まあとにかく。今まで生き残れた事に感謝し、そして、これからも生き残る事を目標に
今日は飲もう。では、乾杯!」  


785  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:45:25  ID:Bohu6sek0
「「乾杯!」」

カーチス大尉の言葉に、パイロット7人と獣娘1人が高々とグラスを掲げ、そしてまずは1口ほど口に流し込んだ。


時間は午後9時を回り、ルイシ・リアンの食堂には客でほぼ満杯になっていた。

「中隊長、ここって穴場じゃなかったんですか?」

一緒に飲んでいた、黒人将校のラウンドス少尉が、酒で赤くなった顔をカーチス大尉に向けて言った。

「確かに穴場だ。いや、穴場だったはずなんだが・・・・・・」

ルイシ・リアンに設けられているテーブルや椅子には客が座っているが、どういう訳か、現地人は3割ほどであり、
残りは全てアメリカ人であった。
ちなみに、ほとんどが母艦航空隊のパイロットや整備員ばかりである。

「エセックスに乗っている同期の奴らが来た時は、流石に驚いたよ。」
「奥の席の奴らは、イントレピッドの艦爆隊の奴らです。あの隅に居る奴はダウンタウンで共に遊んだ親友ですよ。」
「他の空母から来ている奴もいるぞ。どうも、ここは穴場じゃなく、人気スポットになっちまったようだ。」

カーチス大尉は苦笑しながら酒を口に含んだ。

「しかし中隊長、レイノルズとあの軍曹さん。なかなか良い感じではりませんか?」

ラウンドス少尉は、左方向を指差した。カーチス大尉がおもむろに左方向を見る。

「ほほう、確かにな。レイノルズとあの軍曹さんは気が合うようだ。」  


786  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:45:58  ID:Bohu6sek0
カーチス大尉とラウンドス少尉にひそひそと噂されている、エリラとリンゲは、確かに良い感じで話し合っていた。

「そもそも、不思議に思うのがあんた方アメリカ人の女の選び方ね。」

エリラはリンゲに指を刺しながら、得意気な口調で話す。

「女の選び方?どうしてそんな事を?」
「だって、あんたら貴族の娘に近付こうとしないじゃん。近付くとしたら不通の平民出の女の子とか、同業の人
としか遊ばないらしいわよ。」
「俺は・・・・・あんまそういう事は知らないんだけど。」
「そう?あたし達の間ではもっぱらの噂よ。何でも、貴族の娘がアメリカ人の兵隊を引っ掛けようとしたら、
やれ権力闘争に巻き込まれるとか、作った子供が毒殺されるとか、他の大きい姉や兄に狩の対象にさせられるとか、
いつの間にか暗殺されるとか、なんだかんだ言って断るみたいね。」
「それって、本当なのか?」
「本当よ。まあ、貴族の娘さん達が言われた事は、大体が本当に起きた事だけどね。カレアントでも、貴族様の
対立はドロドロとして嫌な物って聞いてるわ。」
「はは、そんな事があるとは知らなかったなあ。」

リンゲは内心参ったと思いながらそう返事した。
事実、アメリカ兵達は、貴族の娘には全く寄り付かなかった。
いや、最初こそは誘いに乗る物も少なかったが、その全てがさっさと別れてしまった。
アメリカ兵との交際を求めたのは、バルランドの中流貴族や上流貴族の面々であり、その娘達は、有名なアメリカ軍の
兵や将校と結婚して名を広めようとしていた。
しかし、アメリカ兵達は、ほとんどが中流階級か、農家出身の者ばかりであり、貴族達の生活は合わなかった。
それに、中世ヨーロッパや、この世界で貴族達がやってきた、冗談のようなとんでもない真実を聞いたアメリカの将兵は、
貴族の娘が誘いに来れば、愛想笑いで丁寧に断ったり、付き合い方が下手な物は適当に断って逃げ出した。
逆に、アメリカの将兵は、貴族の娘と付き合うよりも、現地人や普通の平民、貧民出の娘達と付き合う者が圧倒的に多かった。
今では、貴族に寄り付こうとするアメリカの将兵は皆無になってしまった。  


787  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:46:30  ID:Bohu6sek0
現在、バルランドの貴族達は、アメリカ側将兵が抱くイメージを払拭すべく、様々な努力を試みているが、効果は無く、
一部では逆効果になる時もあった。

「あんた世間には疎いのねえ。」
「そうかなぁ。普通に情報は仕入れているつもりなんだが、まあ俺は普通に飛行機に乗ってれば満足だからね。」
「飛行機ねぇ・・・・・飛空挺って、さっきあなたから話聞いたけど、慣れるまでが大変みたいね。」
「大変さ。飛行機に乗る前には、まず視力が一定の基準に達してないと、即刻ポイだし、テストに合格しても、教官連中が
厳しいからね。下手な操縦でもすれば、てめえは腰抜けだやら、飛ぶ資格はあるか?とか、精神的に来る時が多々あった。
一番大変なのは、母艦搭乗員になる時の訓練さ。地獄の日々が続いたねえ。」
リンゲはしんみりとした表情で言いながら、酒を少し飲んだ。

「かなり大変なんだねぇ。」
「大変すぎるよ。ストレスで母艦勤務に耐えられなくなって、配置換えを希望する奴は少なくない。俺が乗ってる
エンタープライズも、結構な大きさがあるんだが、上空から見ればちっこい木の板が浮かんでいるみたいだよ。
そんなちっこい目標に、的確に着艦しないといけないんだから、気の小さい奴にはやりにくい仕事だよ。」
「そうなんだぁ。一回だけでいいから、着艦という物を体験したいなぁ。ねぇ、お願い出来ないかな?」
「そりゃ無茶だよ。同盟国のよしみとはいえ、君は合衆国海軍の軍人じゃないから無理だな。俺達の国に帰化して、
海軍に入ればなんとかなるかもな。」
「じゃあ今すぐカレアントを脱走して、あんた達の国に帰化しちゃおう。」

エリラは酔っているためか、時折支離滅裂な事を口走る。

「そんな事したら駄目じゃないか。それに、君が俺達の国に帰化して海軍に入っても、訓練を終わって前線に
出る頃には、既に戦争は終わっているかも知れんぜ?」
「ええ〜?じゃあやめる。」
「はは、諦めがお早い事で。」

リンゲは酒を飲もうとしたが、グラスに酒は残っていなかった。  


788  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:47:03  ID:Bohu6sek0
「あっ、酒が無いな。」
「酒?酒ならこっちよ。」

エリラが右側にあった瓶を取って、彼のグラスになみなみと注いだ。

「ああ、すまんね。」
「なあに、大した事無いわ。」

彼女がにこやかな笑みを浮かべてそう言うが、ふと、いきなり怪訝な表情を浮かべた。

「さっきから思っていたんだけど、あんた、いや、あなた達って結構疲れた顔してるよね。」
「えっ?疲れた顔してるかい?」
「してるよ。何かこれ以上仕事はやりたくね〜って感じかな。」
「そりゃ大げさな。まあ、疲れているのは事実だな。今日は、ヴィルフレイング沖で愛機を操ってたよ。
午前中に2時間。午後に3時間飛んで帰って来たんだよ。今日は別の任務部隊を敵役に見立てて、実戦同様の
訓練をしたから結構疲れた。」
「結構ハードなのね。」
「そりゃそうだ。まあ、ウチの親父さんが熱い人でね。作戦がない時は毎日、新人もベテランも片っ端から
猛訓練ばかりさせられてるよ。でも、結構楽しいし、身になるよ。」
「そうなんだあ。なら、日々頑張るリンゲさんにあたしから特別な物をあげる。」

妖艶な笑みを浮かべながら、エリラは懐から何かを取り出した。

「おい、どっから物を取ってるんだ。」
「まあ、いいからいいから。」

彼女は笑いながら、テーブルに試験管らしき物を置いた。

「これは?」  


789  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:47:34  ID:Bohu6sek0
「疲労緩和剤よ。カレアント軍が最近制式採用した薬で、魔法を使って作られているわ。」
「疲労緩和剤・・・・か。」

リンゲは怪しげな物を見る目つきで、紫色の液体の入った試験管をまじまじと見つめる。

「麻薬みたいな物は混じってないか?」
「そこは大丈夫よ。最近採用といっても、3ヶ月前から出回ってるわ。アメリカ側も注目している品よ。」
「どうしてこんな物を?」
「あたしね、この地区にいるカレアント軍のチームの中魔道士をしてるの。普通の魔道士よりは少し腕前が上よ。」

と、エリラは自慢気に胸を張る。
張り出した胸に、リンゲは思わず見とれそうになるが、すぐに試験管に視線を移した。

「・・・・フッ。」
「今、鼻で笑わなかったか?」
「気のせいよ。まずは飲んでみて。すぐに疲れが吹っ飛ぶから。」
「疲れが吹っ飛ぶ・・・・か。」

一瞬、リンゲは躊躇ったが、

「まっ、女の子の贈り物は必ず貰うべきって、親父が行ってたしな。」

彼はそう呟いて、赤い色をした栓を抜いて、薬を一気に飲んだ。
5分ほどして、体の奥に溜まっていた疲れが徐々に薄れ始めた。

「うわ、本当に疲れが無くなって行く・・・・・本当に麻薬の類は入っていないよな?」

リンゲは喜ぶよりも、エリラを怪しんだ。
これが麻薬だったら、彼はエンタープライズから放り出されてしまう。  


790  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:48:34  ID:Bohu6sek0
「大丈夫よ。先も言った通り、心配は無いわ。」
「そうか。魔法使い様が言うんなら、間違いは無いな。」

リンゲはそう言うと、グラスをエリラに向けて掲げた。

「とりあえず、ありがとう。このような凄い技術があるなら、俺達アメリカも、君達から色々学べそうだよ。」


11時過ぎになって、カーチス大尉らはルイシ・リアンを出て、帰宅の途に着いた。

「久しぶりに飲みましたなあ。この世界の酒も悪くありませんね。」

リンゲはカーチス大尉に、感心したような口調で言った。

「そうだろう。俺のおすすめの店だからな。しかし、あの獣娘。こっから15分ほどの所に家があるとか言って
帰って言ったが、家のすぐ近くで行き倒れるってどういう神経しとるんだ。」

カーチス大尉は呆れた口調で言う。そこにラウンドス将校が相槌を打った。

「きっと、今日寝る所が家かもしれませんぜ。その家は、天井も壁も無い自然の家でしょうが。」
「ほう、違えねえな。」

その直後、一同は爆笑した。


エンタープライズのパイロットに笑われている、件のエリラは、1人住まい用のボロ屋の中に居た。

「あ〜、飲んだ飲んだ。アメリカ人にも面白い人がいるものね〜。」  


791  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:49:56  ID:Bohu6sek0
そう言いながら、ほろ酔い気分で彼女はベッドに転がり込んだ。
その4時間後、用足しのために起きた彼女は、ふと、懐に入っていた細長い容器を取り出した。
容器の中は空である。

「屑篭はどこかな〜」

エリラは屑篭を探す。その途中、青い栓が閉められた同じ容器がいくつも並べられていた。
その容器を見た後、改めて持っている容器を見た。エリラは血の気が引いた。

「やっば・・・・・これ、アメリカ人に・・・・・」

自分のしでかした事態に、彼女は引きつった顔つきで笑うしかなかった。


6月8日  空母エンタープライズ

リンゲ・レイノルズ少尉は、午前7時に起きた。
今日は1日非番のため、いつもよりは遅い起床だ。

「ふあぁ、よく寝た。」

久しぶりの熟睡に満足しながら、リンゲは起き上がる。ふと、体に違和感を感じた。
それに、声もいつもより高く聞こえる。

「ん?」

リンゲは違和感を感じた場所を見てみた。どうしてか、彼の胸元は異様に膨らんでいた。  


792  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:50:43  ID:Bohu6sek0
「なっ!?」

異様に突き出た胸を見たリンゲは仰天した。すかさず、彼は手で自分の股間に触れてみる。


空母エンタープライズの艦橋で、第3艦隊司令長官のウィリアム・ハルゼー中将はコーヒーを飲みながら
軍港を見渡していた。

「しかし、だいぶ新しい船が増えましたねえ。」

側に立っているラウス・クレーゲル魔道士が、いつも通りの口調でハルゼーに語りかけた。

「そうだなあ。空母や巡洋艦も新顔が増えつつあるな。」

ハルゼーの視線がある一点で止まった。
エンタープライズから左舷300メートルの所には、第39任務部隊の正規空母エセックスとボノム・リシャール、
それに軽空母インディペンデンスが停泊している。
その更に奥には、臨時にTF37に配属された正規空母のイントレピッドがいる。
いずれも昨年末、今年は言ってから就役した新鋭艦である。
それに、巡洋艦や駆逐艦にも、クリーブランド級やフレッチャー級といった新鋭艦が増え始めている。
新年度に入って、僅か半年足らずで新鋭空母4隻を中心とする新鋭艦が、続々とヴィルフレイングに集結している。
現在、太平洋艦隊が保有する空母は、正規空母8隻、軽空母1隻の計9隻を数え、開戦当初の保有数の3倍の数字である。

「アメリカという国は、本当に凄いですねえ。これだけでも多いのに、まだまだ増えるんですよね?」
「そうだ。むしろ、上の連中は今年中に集まる戦力だけでも不充分と考えているようだ。」
「不充分って、どんだけ・・・・・」

ラウスは呆れた。  


793  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/03(水)  19:51:42  ID:Bohu6sek0
「それが俺達のやり方ってもんさ。とは言っても、9月の反攻開始には、俺はゆっくり休んでるがね。」
「話は聞きましたよ。確か、8月からスプルーアンスさんが艦隊を指揮するようですね。」
「そうだ。反攻開始の時期に、大艦隊を指揮できんのは悔しいが、体を休めんといかんから仕方ない。」

第3艦隊は、長い間指揮を取って来たハルゼーに代わり、南太平洋部隊参謀長のレイモンド・スプルーアンス少将が
指揮を取る事になっている。
艦隊名称は第3から、第5艦隊へと変わる予定であり、ラウスは3日前にハルゼーからこの事を聞かされていた。
ハルゼーは苦笑しながら艦橋内に入っていく。その時、エンタープライズ艦長のエルビス・マッカン大佐が電話口の相手に
向かって喋っていた。

「そんな馬鹿な事があるとは・・・・とりあえず飛行長、君から彼、いや、彼女と言ったほうが良いかも知れんが。
詳しい話を聞いておいてくれ。」

そう言って、艦長はため息を吐きながら電話を置いた。

「どうした艦長?何があった?」

ハルゼーは何気ない口調でマッカン大佐に聞いた。

「長官、誠に信じ難い事ですが・・・・・」  



803  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  19:52:34  ID:Bohu6sek0
第68話  とある航空兵の災難(後編)

6月8日  午前7時  空母エンタープライズ艦内

「・・・・・・・そんな・・・・・」

リンゲ・レイノルズ少尉は、咄嗟に股間に手を触れてみたが、信じたくない現実に強いショックを受けた。

「こんな事が・・・・・こんな馬鹿な事が!!」

リンゲは頭を抱えて思わず叫んでしまった。

「おい、どうしたレイノルズ?」

いきなり扉の向こうから聞き慣れた声が響いた。同僚のラウンドス少尉の声だ。

「何かあったのか?」
「いや、レイノルズの部屋から悲鳴じみた叫びが。」

更に新たな声が加わった。中隊長のカーチス大尉だ。
(やばい!今入ってこられたら)
そう思っている最中にラウンドスが血相を変えて入って来てしまった。

「おいレイノルズ!大丈夫か!?」
「どっか体が悪いのか!?」

膨らんだ胸を隠す暇も無く乱入して来た2人に、レイノルズは絶句してしまった。

「・・・・ん?」  


804  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  19:54:14  ID:Bohu6sek0
「・・・・・少尉、彼の胸は元々こうだったかね?」
「い・・・・いえ。ビッグEの飛行甲板並みに真っ平でありました。」
「では、この突き出した物は何だ?それに、レイノルズはいつもに増して女顔に見える。」
「本当に信じ難い事ですが・・・・・・ちなみにレイノルズ、お前の性別は何だ?」

ラウンドス少尉のこの一言に、リンゲは我に帰った。

「男・・・・いや、元男、と言ったほうが良いかも。」
「との事です。」
「なるほどね・・・・・ハッハッハ!」

カーチス大尉はひとしきり笑った後、

「こいつは大変な事になったぞ!!」

いきなり仰天した表情で喚いた。

「これって、本物・・・・・なのか?」

ラウンドス少尉が、リンゲの膨らんだ胸に触れたが、確かに本物であった。

「本物だ!ていうか揉もうとするな!」
「と言う事は・・・・・・少尉、下もか?」

リンゲは恥ずかしさの余り顔を真っ赤に染める。

「そ・・・そうであります。」
「なんという事だ・・・・・・おまけに声も女みたいに高い。畜生、俺の中隊にいきなり女が沸いて
出てくるとは思いもよらなかったぞ。」  


805  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  19:55:06  ID:Bohu6sek0
「とにかく、飛行長に報告しましょう。」

一瞬、リンゲがやめてくれと言いたそうな表情で2人を見つめた。

「なあリンゲ。飛行機に乗りたかったらまず、その体をなんとかせにゃならん。そのためにも、
一応は飛行長にも事情を説明するべきだ。」
「・・・・アイ・サー。」

カーチス大尉の言葉に、リンゲは渋々と頷いた。
リンゲの心中には、どうしてこのような事になったのかという思いがあったが、同時に、こんな体で
どう過ごせば良いのかという不安が渦巻いていた。
その心中を察したのか、ラウンドス少尉がポンと肩を叩いた。

「なあに、心配するな戦友。お前は忘れたのか?」
「え?何をだい?」

同僚の言葉に、リンゲは首をかしげた。

「このビッグEには、第3艦隊直属の“魔道参謀”がいるんだぜ。それも超一流のな。そいつから
何かいい解決策を聞き出せるかも知れんぜ。」

10分後、ラウスは、飛行長のティム・カーター中佐と共にリンゲ少尉の部屋に来ていた。

「しかし、見事なまでに女の体系だな。思わず見とれてしまうな。」

カーター中佐はそう呟きながら、リンゲの体をまじまじと見つめた。
リンゲはカーキ色の軍服に着替えているが、全体のプロポーションは女性のそれになっており、
特に張り出した胸元に視線が集中してしまう。  


806  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  19:56:22  ID:Bohu6sek0
「エンタープライズから降りてもモデルとして活躍できるかもしれんな。」
「飛行長!自分は好き好んでこんな体になった訳じゃないんですよ!栄えあるビッグE戦闘機隊の
一員である自分がまさか・・・・こんな・・・・」

いきなりリンゲは涙を浮かべて嗚咽し始めた。それに慌てたカーター中佐が優しさのある口調で諌めた。

「あ・・・・すまなかった。つい口が滑っちまって。だから泣かんでくれ。な?」
「うぅ・・・・すいません。」
「とりあえず、落ち着いた所で本題に入りましょうか。」
ラウスの場の空気をぶち壊しにするような、やたらにのんびりした口調が響いた。
彼は、事の顛末を聞いたハルゼーに、

「先生、出番ですぜ。」

と言って飛行長と共に原因究明の為に送り出された。
ラウスはどれほど変わってしまったのかと、リンゲの部屋に来るまで想像していたが、リンゲの姿は完全な女性の物となっていた。

「リンゲさん。見た限りでは、完璧に女になってるね。何か昨日とかそれ以前に変化はなかった?」
「変化ですか・・・・自覚症状とかですか?」
「そうだね。」
「特に、体に異常を感じられるとかは無かったです。起きたら、いきなりへんてこな体系になっていて。
自分でもさっぱりです。それよりもラウスさん。」

リンゲは悲壮な面持ちでラウスに詰め寄った。不謹慎にも、ラウスは自分の鼓動が早くなるのを感じた。
彼は内心で、見事に化けてしまったなと思った。

「自分の体は治るのでありますか?」
「う〜ん、直るっちゃ直る。運が悪ければそのまま。」  


807  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  19:57:18  ID:Bohu6sek0
彼はそう言ってから説明を始めた。

「俺が考えられるのは、魔法による一種の体改変だね。魔法には色々な種類があるんだけど、その中には
男性から女性に姿を変えられるビネルィチという名の魔法がある。こいつはかけた瞬間から3時間ほど、
男もしくは女になれて、よく敵地の情報収集とかに使われていた。でも、対抗魔法を吹っかけられたら
すぐに消えちまうんで、10年前ぐらいから全く使われてねえけど。多分、その類の魔法にかかってるんじゃないかな?」
「いや、それはおかしい。」

カーチス大尉は真っ先に否定した。

「俺達は、6月には言ってからは昨日しか上陸していない。それ以前に、敵さんがこんな子供の悪戯じみた
ような事をやるはずがない。シホールアンルシンパの本命はヴィルフレイングの情報収集だ。」
「しかし中隊長、ラウスさんはまだ敵とは一言も言っていませんよ?」

リンゲがカーチス大尉に指摘した。

「ラウスさんはその類の魔法にかかっていると言っています。と言う事は、私をこんな体にしたのは敵のみ
ならず、味方の仕業でもありえるかもしれない。ラウスさんはそう言いたいんですよね?」
「そうさ。この類の魔法は敵味方が元々使っていたからね。特に一番使っていたのは俺達南大陸の連中だったり
するし。リンゲさん、本当に思い当たりは無いのかい?」
「思い当たりですか・・・・・・・・あっ!」

リンゲの表情が変わった。どうやら、思い当たりがあるようだ。

「昨日、ラウントスや中隊長と一緒に飲みに言った時、途中で女の子を見つけました。」
「ああ、あのエリラとかいうカレアント軍の軍曹か。」
「ええ、そうです!」
「リンゲさん、そのエリラって奴に何かされたのか?」  


808  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  19:58:15  ID:Bohu6sek0
ラウスがすかさず聞いてきた。

「ええ。何か、薬みたいな物を飲まされたんです。確か疲労緩和剤とかいう。」
「カレアントが最近開発した、魔法を染み込ませた薬品だな。あの魔法薬はかなりいい薬品のようだけど・・・・・・
緩和どころか、元々の性を除去するとは聞いた事が無い。」
「それじゃあ・・・・自分はこの薬の副作用でこんな体になってしまったのですか?」
「副作用・・・・にしては、こんな荒っぽい変化が出る事は無い筈だ。疲労緩和剤の初期には、軽い目眩等の症状が
起きたようだけど、今は改良されて副作用はすっかり無くなっている。なのに・・・・」

ラウスは困惑したような表情で考え込んだ。

「レイノルズ少尉。一応言っておくが、貴様がこの体のままでいるなら、当然戦闘機には乗せられない。
本国に戻ってもらう事になる。」
「そんな、飛行長!」

リンゲは椅子から立ち上がった。

「まあ落ち着け。それは体が元に戻らなかった場合の話だ。貴様は体を元に戻したいか?」

カーター中佐の諌めるような言葉に、リンゲはゆっくりと頷く。

「よろしい。ならば、一旦艦から降りて、そのエリラという女に会って話を付けて来い。そうすれば、
貴様の体も元に戻るだろう。」
「飛行長の言う通りだな、リンゲさん。」

ラウスも言って来た。

「俺も考えたが、薬の副作用自体でこんな体になるのはあり得ない。恐らく、薬自体に疲労緩和の魔法の他に、
別の魔法が染み込まれていたかもしれない。エリラっていう奴に会えば、なんとかなるかも。」  


809  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  19:58:56  ID:Bohu6sek0

「では、自分は艦を下りて元の体に直す方法を見つけるんですね?」
「そうだ。お前は歴戦の戦闘機乗りだからな。こんな変てこな事態で失うのは俺としても惜しい。カーチス大尉、
そう思わんか?」
「その通りです、飛行長。」

カーチス大尉はさも当然と言った口調で返事した。

「そうと決まったら、自分と一緒にエリラさんを探しに行きましょうか。めんどくさい事はとっとと解決するのが一番すよ。」

ラウスの気の抜けた言葉が室内に響いた後、リンゲは意を決し、早速行動に出た。


午前8時  ヴィルフレイング市内

「で、その店が、ここから20分ほど歩いた森にあるんだな?」
「まあそうですね。あの森の中で、自分達は行き倒れていたエリラとかいう女を見つけたんです。」
「その女が寝床にしている宿屋とかは見た?」
「いえ・・・あの店で別れましたから、彼女が家に帰ったかまでは、正確に分からないですけど。」
「本当に家なんかあるかな。カレアント軍の特殊部隊は、ほとんどが宿無しで生活しているって噂があるぐらい、
任務中は野宿を繰り返すみたいだから、その女が言っていた家が無い可能性も捨てきれないね。」
「そうなんですか・・・・てことは、今もあの森の中をうろちょろしているのですか?」
「そうとは限らないね。時折、こんな街に出て来る事もあるよ。町に出る時は、大抵が食料などの買い付けか、
宿屋に泊まって任務中の疲れを癒すとか、そんな物だね。」

ラウスはそう言って、傍らにいるリンゲに顔を向ける。
彼。いや、彼女は顔を赤らめながら、制帽を目深に被っていた。
リンゲに対して、道行く男達の視線が四方八方から注がれていた。
カーキ色の軍服を身に着け、海軍の制帽を被っているリンゲだが、彼女の外見は本物の女であるため、周囲の
男連中が注目していた。  


810  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  20:00:18  ID:Bohu6sek0
「おい、あの女結構いい体してんな。」
「お前もそう思うか?俺もだぜ。」
「あの胸見てみろ。俺の彼女並みにあるぞ。」
「ありゃF以上だな。」
「女の癖に海軍の軍服着てるぞ。」
「男装の麗人って奴か。悪くないね。」
「畜生、ベッドに連れ込みたいもんだぜ。」

リンゲの耳に、男連中のひそひそ話(聞こえているのでひそひそ話では無いが)が聞こえてくる。
しまいには写真に撮られる有様である。
その言葉を耳にしたり、写真に撮られるたびに、リンゲは背筋が凍り付くような思いに囚われる。

「さっさとあの軍曹殿を見つけないと、あのアホたれ共にやられちまう。」
「そうだなぁ。俺も君に同情するよ。」

リンゲは、男連中の卑しい視線を受けつつも、ラウスと共に足早で町を離れていった。


午前8時30分を回った頃に、問題の店にやって来た。

「リンゲさん。君が言うエリラとかいう女はどの方角に去って行った。」
「酒を飲んでたんで、記憶が少し曖昧なんですけど・・・・・多分北の方角、あっ、この道だったかも。」

リンゲは、伸びる一本道を指差した。あの晩、エリラは確かに、この道を歩いて帰って行った。

「とりあえず、駄目もとで行ってみるか。」

ラウスは相変わらず、のんびりとした口調で言いながら、その道に進み始める。  


811  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  20:00:53  ID:Bohu6sek0
「歩いて15分ほどの所に寝床があるとか言っていましたけど。」
「寝床ねぇ。俺も魔法使いになる時に、ちょっくら特殊部隊系の訓練を受けていたんだけど、大抵敵の
スパイ狩が任務の奴は、自分も敵のスパイに寝込みを襲われかねないから常に寝床を変えてるんだよ。
やられちまったらおしまいだからね。」
「と言うと、ラウスさんはエリラがもうこの付近には居ないと考えてるんですか?」
「まあな。でも、もしかしたらこの付近にまだ居るかもしれない。それから何か武器持ってるか?」
「武器ですか・・・・・」

リンゲは呟きながら右腰に吊ってあるホルスターに手を触れた。
ホルスターの中にはコルトM1911拳銃が入っている。
普段は拳銃を持ち歩かないが、危険な敵のスパイが出没する森の奥地に行くため、艦長が特別に携帯を許可したのだ。

「拳銃なら持っていますけど。」
「まあ、何も無いよりはマシか。」

と、適当に雑談を交わしながら道を進んでいく。
15分ほど経つと、道の右側に酷いボロ屋があった。

「廃屋がありますね。もしかして。」
「いらん期待は持たないほうがいい。大抵はもぬけの殻だよ。都合よく、あのドアから出てくればいいけど」

いきなりドアが開かれ、そこから1人の女が現れた。

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

3人はじばし無言であった。
1分ほど沈黙が経った後、エリラとリンゲは互いに指を向け合った。  


812  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  20:01:39  ID:Bohu6sek0
「「あーーー!」」

2人が仰天した表情で叫んだ。あまりに大きい声で、ラウスは顔をしかめた。

「バカ!いきなり大声出しやがって!」

ラウスはリンゲを罵ったが、当の本人はエリラに詰め寄っていた。

「よくもこんな体にしてくれたな!お陰で気分は最悪だよ!」
「ご・・・ごめんなさい。あっ、胸があたしより大きい。」

エリラは謝る傍ら、リンゲの膨らんだ胸を見て羨ましげに言った。

「好きで大きくなった訳じゃない!さあ、早く元に戻してもらおうか?ここに来るまで、町の男連中に
変な目で見られたんだぞ!」
「ま、まあ落ち着いてよ。ね?一応、あたしも悪いとは思ってるの。まさか、別の薬を渡してしまうとは
思わなかったんだ。あんたの体を治す気はあるから、大丈夫よ。」
「治してくれるんだな?」
「ええ、そうよ。だから安心して。」

エリラは引きつった笑顔でリンゲに言った。

「そ、そうか。いきなり怒鳴ったりして済まない。」
「いいのよ。あたしが悪かったし。ちなみに、あそこで大あくび掻いてる人は知り合い?」
「・・・・ん?俺か?」

ラウスは暇そうな口調で言う。2人はこくりと頷いた。  


813  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  20:02:25  ID:Bohu6sek0
「初めまして。俺はラウス・クレーゲルだ。よろしく頼む。俺も魔法をかじってるからそこのリンゲさんと
一緒に原因を究明しに来たんだ。」
「なるほどね。とりあえず中に入って。少し手狭だけど。」

納得したエリラは、ひとまず2人を廃屋の中に入れる事にした。


「疲労緩和剤の薬品は、元々こんな物だったんですけど、あたしが改良を加えて作ったのが、この赤い栓の
容器に入っていた薬。この薬には、疲労の緩和作用の他に、性転換の作用も入っていました。」
「それを飲んだリンゲが、こんな体になってしまった訳か。それ以前に、カレアント軍では薬品の勝手な
改良は推奨されていないんじゃねえか?」

ラウスの指摘に、エリラはビクッと体を震わせた。

「まあ・・・・・ねえ。そこはちょっと・・・・」

彼女は苦笑してごまかそうとする。それを許さない者が口を開いた。

「そこはちょっとで、俺の体はこんな風になってしまったんですが。」

リンゲは嫌に爽やかな笑顔で、エリラに言う。

「そもそも、何でこんな馬鹿げた薬を作ったんだ?」
「それはですね・・・・・・あたし、1ヵ月後に本国に戻る事になっているんです。その時に、ムカツク上官に
この薬を飲ませて復讐しようと考えていたんです。」
「そんないらん物を作るな!!やられた奴の事を考えろよ!!」
「まあ落ち着けよ。彼女だって、君にやりたくてやった訳じゃねえんだ。それはともかく、早く解除剤を作らないと
いけないな。」
「作る準備はもう出来ています。」  


814  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  20:02:58  ID:Bohu6sek0
「術式を書いた紙はあるかな?」
「ええと、確かこっちに・・・・・」

エリラは、屑篭を乗せていた腐れかけの木箱を取り出し、蓋を開ける。
ごそごそと探してからしばらく経って、

「あ、ありました。一応この6枚ほどの紙に解除剤に入れる魔法の途中までの術式が書いてあります。」

木箱から数枚の紙を取り出した。

「ども。ちょっくら見るぜ。」

ラウスはその紙を1枚1枚、じっくりと見ていく。

「ラウスさん、それは何ですか?」
「薬の解毒剤みたいな物さ。この姉ちゃんはやさしいぜ。しっかり治す事も考えている。あんた、カレアントでは
結構腕の立つ魔道士だろ?」
「分かります?」
「分かるぜ。術式の構成もそこらの並みの魔道士と比べて上手い。でも、」

全てを見終わったラウスは、彼女に紙を返した。

「俺からしたらまだ雑すぎるね。俺は以前、ミスリアルで魔法を習ってきたからそれなりの知識と技量を持っている。
確かに君の魔法はなかなか筋がいいが、まだ雑も多いし、無駄がありすぎる。この途中から再開して、リンゲさんの
体を治すまで大体どれぐらいの時間を予想していた。」

ラウスが、エリラに厳しい指摘をしながら質問する。

「ええと・・・・・2日・・・・ほどです。」  


815  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  20:03:40  ID:Bohu6sek0
「2日か・・・・・俺からしたら遅すぎる。俺が作れば、2日と言わず、半日で作れるぜ。」
「え!?そんなに短い時間で・・・・・どうやって!?」
「どうやって?決まってるだろう。」

そこで、ラウスはニヤリと笑みを浮かべた。

「無駄な部分を省けばいいんだ。この術式には余分な物がかなり盛り込まれている。従来のカレアントの
魔術式に比べれば、これでも大分軽いと言えるけど、ミスリアルやバルランドの魔法に比べたら重いし、
それに無駄な部分が多い。」
「では・・・・・どうすればいいんですか?」

ラウスはリンゲに顔を向けた。リンゲは不安げな表情でラウスを見つめている。
手違いで女の体になってしまったリンゲ。
彼女の胸中には、ひたすら戻りたいとの思いが渦巻いているのだろう。

「俺が君と一緒に魔術式を作る。そうだな・・・・・早ければ夕方までには完成するかもしれない。
確証は無いが、とにかく今から作業に取り掛かろう。めんどくさい事はさっさと終わらせねえとな。」


午後4時30分

突然の轟音に驚いたリンゲは、ベッドから跳ね起きた。

「うわぁ!?」

それに驚いたラウスとエリラが、リンゲの方に振り向いた。

「何だ!」
「どうしたの!?」  


816  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  20:04:13  ID:Bohu6sek0
リンゲは慌てて、胸の真ん中や腹、そして背中を撫で回す。

「何だ・・・・・夢だったのか。」

リンゲはそう言うと、深いため息を吐いた。
またもや、遠くから轟音が聞こえて来る。
「航空機の音?」

リンゲはそう呟きながら窓の外を見てみた。
森の上空を、1機のB−24が低空すれすれに通過していった。
通過していくB−24はこれだけではなく、100機を越える数のB−24が、同じように上空を通過して行った。

「陸軍航空隊のB−24だ。北に向かっているみたいだな。」

彼はそう呟きながら、ベッドに座った。

「リンゲさん。あんた叫びながら跳ね起きたけど、なんか夢でもみてたのかい?」
「ああ、見てましたよ。2度と見たくない夢でした。」
「2度と見たくない夢?どんなのだ?」
「思い出すだけでもぞっとするんですが、自分が女から戻れなくて、そのまま本国に戻った夢なんですが、
これがまた怖くてね。夢の中では3ヶ月ほど経っていて、その3ヶ月間、誰かに四六時中見られているよう
な気がしたんですよ。で、ある日。そのまま家に帰ってきたら、誰かに抱きつかれ、その場で腹や胸に銃弾を
撃ち込まれました。なんか、銃弾が体を貫通する時の感触がやけにリアルで・・・・・ああ思い出したくないです。」
「訳のわからん夢だな。それ以前に夢の中で殺されるとは、どうも不吉だよな。」
「きっと疲れちゃってるんですよ。人間、精神的に疲れすぎると悪夢をよく見るみたいですよ。」

エリラが明るい声でそう言って来た。その言葉に、リンゲは再び気を悪くした。

「精神的に疲れさせた張本人さん。さっさと薬を作ってくださいね。」  


817  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  20:04:52  ID:Bohu6sek0
リンゲの爽やかな笑みに、エリラは身を震わせた。

「も、もうちょっとだけ待ってて。もう少しで完成するから。」

あははと引きつった笑みを浮かべながら、エリラは作業を再開する。


それから30分後。

「出来た!解除薬!!」

エリラは胸を張って、出来立ての解除薬を高く掲げた。
それに対するリンゲの反応は、あまり良くなかった。

「そうかー。そいつはおめでどう、と言いたいんだが。」

リンゲは容器を指差した。
容器の中の液体は、どす黒く、いかにも毒で詰まっていますと言わんばかりにどろどろとしていた。

「飲んだら、俺の人生も解除しないよね?」
「どうぞ〜♪」
「話聞け馬鹿野朗。」
「まあまあ、落ち着けよ。そいつは毒じゃないよ。正真正銘の解除薬だ。今すぐ飲んでも大丈夫だ。」

ラウスが眠たそうな声音、しかも棒読み口調で言って来た。

「本当ですかぁ?」
「あたしが保証するわ!」
「・・・・そのセリフはラウスさんに言って貰いたかったけど、とりあえずありがとう。」  


818  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  20:05:28  ID:Bohu6sek0
リンゲは礼を言うと、差し出された試験管のような容器を手に取り、液体を口に流し込んだ。
味は無いが、変わりに泥でも食べているかのような気色悪い感触が口に広がる。

「うう・・・・気持ち悪い。」
「大丈夫。我慢よ♪」
「畜生、人事と思って。」

能天気なエリラの発言に、リンゲは怒ろうとしたがやめた。

「・・・・・・・・」

しばらく沈黙した後、リンゲは胸元を見る。相変わらず、胸の部分は張り出したままだ。

「ちなみに、解除薬はすぐに効果が現れないわ。効果が出るのは半日後で、それまでは現役の女の子のままよ。」
「逆に、効果が現れ始めたら、後はあっという間に男に戻っていく。要するに、明日の朝起きたら元通りと言うわけさ。」
「へえ〜、そうなんですか。疲労緩和剤はすぐに効果が出たのに。」
「まっ、これで一安心という訳さ。」
「そうですか・・・・・」

リンゲはやっと、安心したような表情を浮かべた。
(時間はかかるけど、ようやくこれで)
リンゲは物思いに浸り始めた時、いきなり誰かが胸を揉んできた。

「はぁ〜、それにしても、羨ましいねぇ。この胸。あたしより大きいなんて・・・・」

エリラは調子に乗って、さらに揉み続けようとする。
しかし、今度はエリラも、リンゲに同じ事をされた。

「ひゃっ!?な、何すんの!!」  


819  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  20:06:07  ID:Bohu6sek0
「お前と同じ事してんだよ!やられたら倍返し!それがアメリカ人の流儀ってもんさ!」

やや顔を紅潮させたリンゲが、エリラに向かって喚いた。

「何ですってぇ!そっちがそう来るなら、こっちも応えるまでよ!!」

そう言って、2人の馬鹿げた戦いは始まってしまった。

「はあ、見てらんねぇ・・・・」

胸を揉み合うリンゲとエリラに呆れながら、ラウスは大あくびを掻いた。


6月13日
あのとんでも事件から5日経ったその日、リンゲ・レイノルズ少尉は、カーチス大尉らと共にルイシ・リアンで飲んでいた。

「しかし、女になったリンゲは実に良かったな。今では俺達と同様のおっさんに戻っちまったが。」
「おっさんて言うな。俺はまだ21だぞ。」

ラウンドス少尉の言葉に、リンゲは邪険するような口調で突っ込んだ。

「そう。貴様らはまだケツの青いヒヨっ子だ。おっさんと言うのは俺のような奴を言うんだぜ。」

カーチス大尉が自分に指を向けながら言う。

「何言ってるんですか。中隊長もまだ30手前でしょう。まだまだ若いですぜ。ささ、どうぞ。」

リンゲは空になったカーチス大尉のグラスに酒を注いだ。  


820  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  20:06:37  ID:Bohu6sek0
「おう。気が利くな。」
「しかし隊長。ここ最近は、陸軍航空隊も大幅に増援部隊を送っていますね。この5日間で300機近い
B−24がミスリアルに飛んで行きましたぜ。」

ラウントス少尉が言った。
それにカーチス大尉が頷く。

「ミスリアルには、陸軍の第5航空軍がいる。そいつらはヴェリンスやカレアント北西部に空襲を仕掛けているが、
いまいち効果は上がってないようだ。恐らく、その爆撃の強化のために、まずはB−24を大幅に増派したのかもな。」
「中隊長、その増派されたB−24部隊なんですがね、何でもバルランドにある草原地帯で盛んに低空爆撃訓練を
行っていたようですよ。」
「低空爆撃訓練か。そいつは何度も聞いているんだが、不思議だよな。B−24は高高度から爆弾を投下する重爆なのに。」
「自分も詳しい事は知りませんが、きっと、ヴェリンスか、カレアントの占領地に何かあるんでしょう。」
「ふむ。敵の急所みたいな物があるのかも知れんな。とは言っても、俺達は機動部隊の艦載機パイロットだから、あんま詳しく知る必要も無いが。」

その時、リンゲの背後から声が聞こえた。

「すいません。ここ座ってもいいですか?」

リンゲは後ろを振り返った。そこには、あの日と同じ姿をした、エリラがいた。
「・・・・・エリラ。」
「座ってもいい?」

リンゲはしばらく躊躇ったが、

「・・・・まあ仕方ない。座れよ。」

快く承諾した。  


821  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/06(土)  20:07:18  ID:Bohu6sek0
「おい、何しに来たんだ?」
「ちょっとね。」

そう言って、エリラは微笑んだ。

「やっぱり、あなたは男のままのほうが一番ね。」

いきなりの言葉に、リンゲはドキッとなる。

「え?それはどういう事なんだ?」
「簡単よ。惚れた人の姿は、元のままの姿がいいって事。」

エリラが悪戯っぽく笑うと、リンゲはその笑顔に見とれてしまっていた。


6月19日  午前7時  ミスリアル王国フラナ・リレナ

フラナ・リレナは、ミスリアル王国の北東部にある小さな町である。
国境から200ゼルドの所にあるこの町の郊外には、いつの間にか作られた滑走路があった。
B−24爆撃機の機長であるラシャルド・ベリヤ中尉は、乗機のクルー達と共に駐機場に止められている愛機に
向かって歩いていた。

「しかし機長。自分達はエルフの美人が見られると思って楽しみにしとりましたが、見えるのは相変わらず、
B−24とむさい野朗ばかりですなあ。」

コ・パイ(副操縦士)のレスト・ガントナー少尉の言葉に、ベリヤ中尉は声を上げて笑った。

「何言ってるんだ。訓練尽くしの俺達にそんな暇はないさ。それよりも、エルフの美人を相手にするより、
俺達の愛機を相手にしておいたほうがいいぜ。もっと錬度が上がれば、相変わらず分からずじまいの
未知の作戦にも生き残れる。さて、まずは訓練あるのみだ。」

いつもながら、意気揚々と語るベリヤ中尉にクルー達は苦笑した。
彼らが真の攻撃目標を知らされるのは、あと4日経ってからのことである。  




845  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:40:23  ID:Bohu6sek0
第69話  ルベンゲーブ精錬工場

1483年(1943年)6月22日  ウェンステル領ルベンゲーブ

「司令官、おはようございます。」

ルベンゲーブ西部の高台にあるルベンゲーブ防空司令部。その建物内にある執務室に、従兵が入って来た。

「おはよう。今日もいい天気だな。」

執務室に座って書類に目を通していた、防空司令官であるデムラ・ラルムガブト中将は上機嫌で返事した。
顔は少しばかり皺があるが、顔つきは精悍そのもので、一見すると実戦を渡り歩いてきた猛者に見える。
短く刈り上げられた髪が、その雰囲気を際立たせていた。
実際、彼は生粋のワイバーン乗りであり、去年の10月までは1個空中騎士隊を指揮して、アメリカ軍と戦っていた。
年は今年で44歳になり、まだまだ働き盛りである。
従兵は、いつも通りラルムガブト中将の机に香茶を置くと、一礼してから退出した。
彼はカップを持って、椅子から立ち上がり、後ろの窓に体を向ける。

「魔法石精錬工場か・・・・・・いつ見ても壮大な物だ。」

ラルムガブト中将は、そう呟いた。着任してから、何度と無く吐いた言葉だ。
窓の外には、このルベンゲーブを特徴付ける広大な精錬工場が並んでいる。
ルベンゲーブは、ウェンステル公国の中で最大規模の精錬工場を保有しており、この地域には、1.2ゼルドほど
北に離れた標高1480グレルの高さを持つ山々から、無尽蔵に魔法石の原石が採れる。
その魔法石鉱山から取られた原石は、この精錬工場に運ばれて加工される。
精錬工場は、大きく7つの区画にわかれている。
北側には、それぞれ300グレルほど間隔を開けて2つの工場群が並び、その南には3つの工場群、そして更に
南には2つの工場群が整然と並んでいる。  


846  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:41:11  ID:Bohu6sek0
広大な平原を埋め尽くさんばかりに立てられた精錬工場郡は、まさにウェンステル公国の誇りとも言える物だ。

「この精錬工場から作られる魔法石が、俺達を支えている。占領される前は俺たちを殺すために作られていたのに。
時の流れとは、実に皮肉な物だ。」

ラルムガブト中将は苦笑しながらそう呟いた。
この精錬工場群が、シホールアンル軍の手に落ちたのは1481年1月の事だ。
ウェンステル軍は、シホールアンル軍にこの工場群を渡すまいと、工場の一斉爆破を企てた。
だが、事前にシホールアンル軍特殊部隊の妨害や、シホールアンル軍主力の急進撃によって一部が爆破されたに過ぎなかった。
この工場群を接収したシホールアンル軍は、本国にいる労働者や専門家、それに職を失った現地人計3万人を雇い、再び工場を稼動させた。
7月には破壊された工場も復旧され、全ての工場がフル稼働し始めた。
今では、シホールアンル軍に引き渡される魔法石のうち、2割はこのルベンゲーブの工場群から生産されており、
シホールアンルにとっては重要な魔法石生産拠点となっていた。
最近では、陸軍の陸上装甲艦に搭載される新しい魔法石もここで生産され、ルベンゲーブの戦略的価値はますます高まって来ている。
そのルベンゲーブを守るのが、ラルムガブト中将が指揮する防空軍団である。
唐突に、ドアがノックされた。

「失礼します。」

ドアの向こう側から声がした。
ドアが開かれると、1人の将校が小脇に書類の入ったファイルを携えながら執務室に入室して来た。

「司令官、おはようございます。」
「おはよう、主任参謀。」

ラルムガブト中将は、主任参謀であるウランル・ルヒャット大佐に返事をした。

「早速ですが、報告に参りました。」  


847  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:42:17  ID:Bohu6sek0
面長のルヒャット大佐は機械的な口調でそう言うと、ファイルの中から紙を取り出した。

「本日、本国から増援のワイバーン38騎が、午後1時頃にルベンゲーブに到達するとの情報です。」
「ふむ。予定通りだな。」

ラルムガブト中将は報告を聞くと、満足そうに頷いた。

「これで、ワイバーンの予定数は揃いますな。」
「そうだな。これで、アメリカ軍機がいつ来ても怖くないぞ。」

そう言ってから、ラルムガブト中将は香茶を一気に飲み干した。
ラルムガブト中将の指揮する防空軍団は陸軍の第97空中騎士軍を中心に編成されている。
第97空中騎士軍は、第82空中騎士隊、第102空中騎士隊、第109空中騎士隊の計282騎の戦闘ワイバーンで編成されている。
本来は第82空中騎士隊と、第102空中騎士隊のみがルベンゲーブの防空を担当していた。
元々はこの2個空中騎士隊で充分なはずであったが、3月18日に突然起きた、アメリカ機動部隊による空襲で事態は一変した。
このルベンゲーブには120機以上の艦載機が飛来し、主にワイバーンの基地を狙ったが、一部は工場にも投弾し、若干の被害を与えた。
シホールアンル側はワイバーンと、対空砲火によって戦闘機12機と、攻撃機14機を撃墜したが、自らもワイバーン23騎を失った。
当初、アメリカ軍の攻撃部隊はまだ、北大陸に来るはずが無いと思われていたが、この空襲によってルベンゲーブは後方という意識が薄れた。

「今回は小規模な空襲で終わったが、いずれは今回以上の大編隊か、大型爆撃機を用いてやってくるに違いない。」

そう確信したラルムガブト中将は、直接本国に戻って上層部と直談判を行い、ルベンゲーブ駐屯のワイバーン部隊並びに
高射砲部隊の増援を確約させた。
その結果、ワイバーン隊は新たに1個空中騎士隊が補充と共に増強された。
工場群を守る対空砲郡も大幅に増やされ、今では高射砲170門、対空魔道銃520丁が配備されるに至った。
問題があるとすれば、いつやって来る敵を見つけるかであった。
シホールアンル軍は、アメリカ軍のようにレーダーを持たない。(未だにレーダーの存在を知らない)
敵に対しては、いつもながらの見張りでしか対応できないが、ここ最近は周辺の山岳地帯や海岸線に監視小屋を設け、
24時間交代で見張りを行っている。  


848  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:42:47  ID:Bohu6sek0
「つい最近までは、いつアメリカ軍の空襲部隊が襲って来るか、常に不安でまたらなかったが、これだけの兵力があれば、
どんな飛空挺が来ようが目に物を見せてやれる。」
「備えは万全でありますな。」
「そうだ。敵がこのルベンゲーブに来るまでは、高空から来るしかない。低空飛行を行えば、周囲の山脈に激突する
可能性がある。低空で来るとしたら、周囲の山々の間を抜けて来るしかないであろうが、そんな神懸り的な事は敵には
到底出来まい。」
「今後の敵の空襲では、充分な爆弾搭載量を誇る大型爆撃機が来襲するかもしれません。特にフライングフォートレスの
大群に来られたら、ちと厄介な話になりますな。」
「確かに、フライングフォートレスは恐ろしい奴だ。だが、そのフライングフォートレスの恐ろしさも、敵の戦闘機が
護衛についていなければ、ただの空飛ぶ棺だ。」

そう言って、ラルムガブト中将は不敵な笑みを浮かべた。
現在、アメリカ軍はミスリアル王国の北西部に新たな飛行場を作り、そこからヴェリンス領やカレアント領に猛爆を加えている。
一番北にあるミスリアル西部から、直線距離で400ゼルドは下らない。
その一方で、アメリカ軍戦闘機の平均航続距離は600ゼルド未満。これでは、到底往復できるはずも無い。
戦闘機の援護の無い爆撃機は悲惨な末路を辿っている。
今から1ヶ月前の5月10日。
カレアント北部を爆撃していたB−17爆撃機24機が、68機のワイバーンに護衛戦闘機の居ない隙を衝かれてしまった。
B−17郡は必死に迎撃したが、18機が奮戦空しく撃墜されてしまった。
このように、戦闘機のいない丸裸の爆撃機など、ワイバーンにとっては単なるでかい的に過ぎないのである。
その爆撃機が、戦闘機の護衛なしに来よう物ならば、それこそワイバーン郡の格好の餌食となる。

「当分は、大型爆撃機が出張って来る事はないでしょうな。」
「そうだな。アメリカ軍は意外に慎重だからな。一見無謀のような攻撃を仕掛けても、実は後方に予備が控えている事は
よくあるからな。最近ではそのような事しかない。だから、アメリカ軍の大型爆撃機は、無闇やたらに犠牲の多そうな
攻撃はして来ないだろう。」
「陸軍機の攻撃よりも、海からの襲撃に気を付けねばなりませんな。」
「そうだ。アメリカ海軍の空母部隊は、気を抜いた時に襲って来るからな。ここ最近は新鋭空母も含めて攻撃して
来るようだから、被害は馬鹿にならんようだ。敵が来ないうちに、もっと防衛戦力を集めたほうが良いかも知れん。」  


849  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:43:21  ID:Bohu6sek0
そう言って、ラルムガブト中将は舌打ちした。
ルベンゲーブの備えは万全ではあるが、不安要素が全く無くなった訳ではない。
アメリカ海軍は、今年の初旬から機動部隊によるゲリラ戦法を繰り返しており、5月から6月にかけては、
エセックス級やインディペンデンス級と呼ばれる新鋭空母が派遣されたためか、後方に対する空襲が多くなっている。
特に6月に入ってからは、南大陸地域で東西両海岸で計7回、北大陸南部の東西両海岸では4回。
計11回に渡って空襲が繰り返されている。
それのみならず、アメリカ潜水艦による輸送船襲撃も頻繁に行われている。
5月、6月中に米潜水艦の雷撃で撃沈された輸送船は、既に19隻を数えている。
このため、カレアントの前線に届く物資の量は、定数を割り込み始めており、前線部隊からは充分な補給を求む、
と言う言葉が繰り返し発せられていると言う。
幸い、ルベンゲーブには、3月の空襲以来、時折偵察機らしき物が来るだけで敵の攻撃は全く無い。
今の所、ルベンゲーブは平和そのものだが、ラルムガブト中将は、アメリカ軍がこの広大な精錬工場を
虎視眈々と狙っているのでは?と、常に思っている。

「攻撃は無いが、敵の偵察機が何度も現れている事からして、この精錬工場も攻撃のリストに入っているかも
しれない。攻撃されるのが今か、それとも数ヵ月後かは全く分からん。だが、敵が今すぐ、この工場を叩く事は出来る。」

ラルムガブト中将は、視線を窓の外の精錬工場群に移した。

「アメリカ人の指揮官がヤケを起こして、護衛無しの爆撃機を大量に向かわせるか、あるいは、空母を3、4隻のみ
じゃなく、7、8隻を集めて襲って来ればここはあっという間に蹂躙される。要するに、俺達はアメリカ軍が人命を
大事にしているお陰で、こうして余裕な表情で会話をしている。」
「逆に言えば、敵が犠牲をいとわぬ方法で攻撃すれば、ルベンゲーブは持たないと言われるのですな?」
「その通りだ。」

ラルムガブトは、ルヒャット大佐の言葉に深く頷いた。

「先ほど口から出た言葉を一部訂正しよう。備えは万全と言ったが、相手が未知数の戦力を持つアメリカ相手には、万全ではあるまい。」  


850  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:43:55  ID:Bohu6sek0
彼はそう言いながら、カップを机に置いた。

「例えどれだけ戦力を配備しようと、敵は来るだろう。我々と同等か、」

ラルムガブト中将は、冷たい目つきでルヒャット大佐を見つめた。

「もしくは倍以上の戦力を押し立てて・・・か。まあ、後者のほうはあり得んだろうが、前者のほうはあり得るだろう。」
「司令官は以前、前線にいたようですが、閣下はアメリカ軍を過大評価しすぎではありませんか?」

ルヒャット大佐は棘のある口調でラルムガブト中将に言った。

「確かにそう思うだろうな。去年の10月まで、俺はカレアント中部で空中騎士隊の司令官をやっていた。そこから、
このルベンゲーブの防空司令官に任命されるまでは、大してアメリカ軍を評価していなかった。だがな、主任参謀。
私は最近、少し気付いたのだよ。」

彼はニヤリと笑みを浮かべた。

「アメリカ軍を相手にする時は、過大評価したほうがちょうどいいかも知れぬ、とな。いやはや、こんな話は
なるべくしたくなかったものだが。」

彼は微笑みながら、置いてあったカップを手に取った。

「それはともかく、まずは香茶でも飲まんかね?」  


851  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:45:00  ID:Bohu6sek0
6月23日  午前8時30分  ミスリアル王国ミンス・イレナ

その日、山の麓で料理屋を営んでいるダークエルフのミルロ・ランガードは、3人の息子達を連れて料理に使う
山菜を採るために、イレナ山脈の中腹辺りまで登っていた。

「ふう、山登りはいつやっても疲れるなぁ。」

ミルロはぼやきながら、白い布で汗を拭きつつ、後ろに振り向いた。
背後には、彼が住んでいるミンス・イレナの町並みが広がっている。
とある旅人は、ルベンゲーブの町並みに似ていると言っていたが、生まれてからずっとミンス・イレナに住み
続けたミルロは、そのルベンゲーブとやらの町は見た事が無い。
それでも、彼はイレナ山脈を登る度に、この光景を見ては、目の前に広がる大自然に感動していた。

「父さん。相変わらず歩くの早いね。ちょっとここで休もうよ。」

息子の1人が、息を切らせながら彼に休憩を要求してきた。
5人いる娘や息子達の中では、一番年長である。
年は既に19を迎えており、先のシホールアンル軍の一大攻勢では、この息子も義勇軍に参加して敵と戦っている。

「軍隊に入隊したくせに、体力の無い奴だなあ。」
「俺は別にいいんだよ。でも、あいつらが。」

長男は後ろに顎をしゃくった。
長男の後ろから続いて来る14歳と12歳の息子が、体全体で息をしながらゆっくりと歩いてくる。
長男はこれまでにも何度か、ミルロと共に山菜取りに出かけているからある程度慣れているが、
後ろから続く息子2人に関しては、今回が登山初参加である。

「あいつら、無茶しやがって。」  


852  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:45:31  ID:Bohu6sek0
ミルロは深くため息をついた。

「あいつらの目的は山菜取りじゃなくて、見物だよ。」
「見物か。全く、憧れるのも大いに結構だが、後々あいつらが足手まといにならんければいいが。」
「なんとかなるんじゃない?ああ見えても、結構頑張り屋だし・・・・おっ?」

唐突に、長男が何かに気が付いた。長い耳を、山脈が途切れた所に向ける。

「父さん、今日も来たみたいだ。」
「ほう、今日もアメリカの飛行機が来るのか。」

ミルロは、その場にあった岩に、ゆっくり腰を下ろした。

「いつもは町でしか見る事が出来なかったが、今日は特等席で見学しようか。」

彼はそう言いながら、山脈が途切れた所をじっと見続けた。
音が山脈の途切れた箇所から聞こえて来る。
ここからでは分かりにくいが、イレナ山脈には、5箇所ほど山が切れている所がある。
言い伝えでは、遥か2000年前にこの地を襲った魔物と勇者が激闘を行った末に、この大山脈の所々が
戦いの際に出された大魔法で切り裂かれたと言われている。
神話にも、このイレナ山脈に穿たれた切れ目をモデルにした物語がある。
音が大きくなり、音の発信源がすぐ近くに来ていると思われた瞬間、山脈と山脈の間から1機の大きな飛空挺が飛び出して来た。
荒削りのような太い胴体に、やや高めに配置された翼に、左右2つずつ、計4つのエンジン。
極め付きは、後ろに取り付けられている変てこな形をした2枚の尾翼が見えた。

「リベレーターだ!すげえ!」
「こんな近くで見るのは初めてだぜ!親父、リベレーターだ!こんなにでかいぜ!!」

2人の息子達は、興奮しながら長男とミルロに言って来た。  


853  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:46:26  ID:Bohu6sek0
「ハハハ、あいつら興奮してやがる。」
「去年の10月に、アメリカ軍の飛行機を見て以来根っからの飛行機ファンだからなあ。」

長男とミルロはそう言いながらも、自分たちもまた、次々と飛来して来るアメリカ軍機に見入っていた。


「山脈を抜けました。もうすぐでミンス・イレナの市街地上空です。」

航法士官の言葉に、機長であるラシャルド・ベリヤ中尉はほっと一息ついた。

「OK。これで神経衰弱は終わり、と。このまま高度を上げつつ、800メートルで市街地上空を抜ける。」
「イエスサー。」

ベリヤ中尉指示に、コ・パイのレスト・ガントナー少尉はそう返事した。
ベリヤ中尉機の前方には12機のB−24が先行し、後方には13機のB−24が、狭い峡谷を巧みな操縦で飛行している。
このB−24爆撃機34機は、第69航空団第689爆撃航空郡に属している。
いや、イレナ山脈の狭い峡谷を抜けるのは、この36機のB−24だけではない。
今年の3月から編成された第5航空軍の新たな戦力である第145爆撃航空師団は、2つの航空団から編成されている。
1つの航空団には、B−24のみで編成された3つの爆撃航空郡で成っており、計6つの爆撃航空郡には総計で300機の
B−24が配備されている。
6月19日に、ルイシ・リアンに到着した第145爆撃航空師団は、近々開始される秘密作戦のために、ミンス・イレナの
西に走るイレナ山脈で、山と山の間を飛行する訓練を行ってきた。
ルイシ・リアンに来る前は、バルランド王国内で低空飛行訓練や、イレナ山脈でやった物と同様な訓練も行われていた。
この血を吐くような猛訓練の前に、上層部は事故機が出るのではないかと危惧していた。
実際、事故になりそうな場面は何度かあったが、飛行中の墜落事故は、今の所奇跡的に起きていない。
唯一、着陸時の不運なオーバーラン事故でB−24が1機失われたのみに留まった。
(ちなみに、負傷者は出たが、不幸中の幸いで死者は出ていない)
その1機の喪失も、翌日には補充機がやって来て、穴は埋められた。  


854  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:47:07  ID:Bohu6sek0
こうして、血の滲むような猛訓練に耐え切り、最後の仕上げ段階ともいえる訓練に従事している彼らであるが、
上層部はB−24のクルーに対して、どこを爆撃するのか教えていない。

「あの狭い山脈を、今日だけであと2回抜けなきゃならん。上の連中も厳しい訓練を押し付けやがるなあ。」

ベリヤ中尉はやや不満げな口調でぼやいた。

「珍しいですね、機長。いつもはさっさと訓練をやってしまおうとか言ってますのに。」
「どうもな、俺は気に入らんのだ。」
「え?何が気に入らないんですか?」
「馬鹿野朗。貴様は分からんのか?どうしてお偉いさんは俺達の本当の攻撃目標を教えないと思う?」
「と、言いますと?」
「ったく、鈍い奴だなあ。」

ベリヤ中尉は頭を振りながら呟いた。

「俺達は今まで、低空飛行訓練や、山の間を飛び抜けるとか、危ない事を色々やって来た。もしかしたら、
俺達の攻撃目標は、天然の要害を利用した重要な戦略拠点かもしれんぞ。それも、防御の手厚い所だ。」
「えっ?でも飛行隊長はいずれ近場でシホット共に爆弾の雨を降らせられるぞ、とか言っとりましたが。」
「確かにそうなるだろうよ。未知の作戦が終わってからな。それでだが、レスト。行き先を予想しよう。
お前は300機のB−24がどこに行くと思う?」
「どこに行く・・・・ですか・・・・」

ガントナー少尉は2、3分考えた後に答えた。

「エンデルドか、その少し北辺りでしょうか。」  


855  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:47:48  ID:Bohu6sek0
「なるほど。しかし、ちょっと近場だな。」
「機長はどこだと思います?」
「俺か?まあ、俺としては・・・・・北大陸あたりかなと思っている。それも被占領国内にある
重要拠点を爆撃するかもしれん。まあ、俺の大雑把な予想だがね。」

ベリヤ中尉はそう言いながら、高度計に視線を移す。
高度計の針は700を指していた。

「確実に言える事は1つだけだ。それは、攻撃予定の敵の拠点を完膚なきまでに叩き潰す事だ。今までの訓練からして、
敵の目を欺くために、こんな大型爆撃機からは難しい訓練ばかりをやらせているんだろう。」
「でもB−24は、重爆にしては運動性能は良好ですからね。もしかして、シホットの重要拠点は、イレナ山脈の
ように山の近くにあるのかもしれませんね。」
「多分そうだろう。恐らく、シホット共の歓迎も盛大に行われるだろうが、望む所だ。」

そう言って、ベリヤ中尉は獰猛な笑みを浮かべた。

「今度の作戦では、リベレーター乗りの真髄をシホット共に教えてやろう。夢に出てくるほどにな。」


6月23日  午後1時  ニュージャージー州カムデン

この日、ニューヨーク造船所の桟橋から離れた巡洋戦艦アラスカCB−2は、この世に初めて、その巨体に火を入れた。
全長246メートル、幅32・5メートルの巨体に載せられた3基の55口径14インチ砲は砲身が真新しく光り、
舷側には新鋭戦艦と同様に配置された片舷4基、計8基配備された5インチ連装砲が空を睨んでいる。
艦橋は、大型巡洋艦案とは大きく違うアイオワ級と同様の箱型艦橋が採用されたためか、艦橋後部に屹立する尖塔型の艦橋と
合間って、全体の美しさを一層際立たせている。
その艦橋内で、初代艦長に就任したリューエンリ・アイツベルン大佐は、桟橋に立っている数人の人影を見て、思わず苦笑していた。

「艦長、どうかされましたか?」  


856  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:49:13  ID:Bohu6sek0
副長のロイド・リムソン中佐が聞いてきた。

「あそこの桟橋に、5人ほどの男女が経っているだろう?あれは私の家族なんだ。恐らく、妹達が親父やお袋を焚き付けたんだろう。」

彼はそう言いつつも、笑みを浮かべたまま手を振った。

「艦長、外海に出たら本艦の公試を始めます。」

ニューヨーク造船所の技師が、リューエンリに言って来た。

「分かりました。しかし、この艦は当初の計画より重くなっているようですな。」
「はい。新型主砲の搭載や、装甲の強化等によって、予定の排水量を超えてしまいました。予定排水量は31500トン
だったのですが、完成した後の排水量は32900トンにまで増えているようです。」
「う〜む。これはちと問題ですなあ。」
「その代わり、本艦の安定性や運動性能においてはかなりの自身があります。大型巡洋艦案よりもかなりゆとりを
持たせて作っているので、高速性能は勿論のこと、旋回性能においてもヨークタウン級空母のそれに近い物になると
見込まれています。」
「なるほど。これは楽しみですな。」

リューエンリは頷きながらそう呟いた。

「艦長、準備が出来ました。」

航海士官のジョン・ケネディ中尉がリューエンリに報告して来た。

「分かった。」  


857  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:50:37  ID:Bohu6sek0
リューエンリは僅かに頷くと、姿勢を真正面に向け、艦橋に仁王立ちとなった。
艦首は港の外に向いており、アラスカの周囲に張り付いていたタグボートは、既に艦から離れつつあった。

「両舷前進微速。」
「両舷前進微速アイアイサー。」

復唱の声が聞こえて数秒後、アラスカの深部にあるバブコックス・ウィルコックス缶8基のボイラーと、
ジェネラルエレクトリック社製のタービンが本格的な動きをはじめる。
180000馬力の機関が本格始動したアラスカの艦体が、微かに揺れた。
(・・・・武者震いをしているのか?)
ふと、リューエンリはそう思ったが、その思いに答える者はいなかった。
やがて、アラスカはゆっくりと、港の外に向けて出港し始めた。

この数ヵ月後に、獅子奮迅の活躍をする事になるアラスカの第一歩は、こうして始まった。  


858  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:53:35  ID:Bohu6sek0
ミスリアル王国駐屯第5航空軍編成表

第292戦闘航空師団
第29航空団

第117戦闘航空郡  P−40ウォーホーク36機
第118戦闘航空郡  P−47サンダーボルト56機
第119戦闘航空郡  P−38ライトニング48機

第38航空団
第222戦闘航空郡  P−39エアコブラ48機
第223戦闘航空郡  P−39エアコブラ33機
第224戦闘航空郡  P−47サンダーボルト36機

第151爆撃航空師団
第102航空団

第84爆撃航空郡  B−17フライングフォートレス60機
第85爆撃航空郡  B−17フライングフォートレス48機
第86爆撃航空郡  B−24リベレーター36機

第92航空団
第68爆撃航空郡  B−25ミッチェル48機
第69爆撃航空郡  B−26マローダー41機
第70爆撃航空郡  A−20ハボック52機
第71爆撃航空郡  B−25ミッチェル32機  


859  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/10/10(水)  18:54:50  ID:Bohu6sek0
第293戦闘航空師団
第100航空団

第131戦闘航空郡  P−38ライトニング48機
第132戦闘航空郡  P−38ライトニング48機
第133戦闘航空郡  P−51マスタング36機

第103航空団
第191戦闘航空郡  P−47サンダーボルト60機
第192戦闘航空郡  P−39エアコブラ36機

第145爆撃航空師団
第74航空団

第771爆撃航空郡  B−24リベレーター48機
第772爆撃航空郡  B−24リベレーター48機
第773爆撃航空郡  B−24リベレーター60機

第69航空団
第689爆撃航空郡  B−24リベレーター36機
第690爆撃航空郡  B−24リベレーター60機
第691爆撃航空郡  B−24リベレーター48機