679  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/17(月)  12:48:34  ID:Bohu6sek0
第64話  アムチトカ島沖海戦(前編)

1483年(1943年)5月26日  午前10時30分  アムチトカ島北北西480マイル沖

第24竜母機動艦隊第2部隊の旗艦である、竜母ホロウレイグの艦上で、艦長のクリンレ・エルファルフ大佐は、
望遠鏡から目を離して、第2部隊司令官のワルジ・ムク少将に向き直った。
彼が今見ていた空には、アメリカ軍機と思しき偵察機が、黒煙を噴出しながら海に墜落しようとしていた。

「また敵偵察機撃墜です。これで3機目ですね。」
「最初こそ、敵さんに驚かされたが、流石はベテランのワイバーン乗り達だ。アメリカの蚊トンボ共を次々と落としているな。」

ムク少将は、無表情でそう言った。
一番最初に現れた偵察機は、第24竜母機動艦隊の将兵を驚かせた。
通常、アメリカ軍の偵察機は、ほとんどがカタリナか、海軍機であるドーントレスかアベンジャーだ。
撃墜された3機のうち、2機はカタリナで、1機はアベンジャーだ。
だが、取り逃がした偵察機は、艦隊に接触した後、とんでもない速さで逃げて行った。
偵察機の速度は、少なめに見ても300レリンクは出ていた可能性があり、艦隊将兵の内心にかなりの衝撃を与えていた。
その後は、リリスティの目論見通り、飛来偵察機を次々と叩き落していた。

「ですが、我が艦隊の上空に現れたアメリカ軍偵察機はこれで4機目です。これはかなりまずいのではないですか?」

クリンレは、緊張した面持ちでムク少将に言った。ムク少将はその言葉に深く頷いた。

「まずい状況だよ。ウラナスカ島空襲は成功したが、やはりアリューシャンはアメリカ本土の一部だ。朝から次々に
やって来る偵察機の数からして、この辺りの防御は相当固いと見た。恐らく、我が機動部隊の位置は敵に知られている
かもしれないな。」

ムク少将は、浮かない顔で自分の考えを言った。  


680  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/17(月)  12:49:10  ID:Bohu6sek0
「しかも、我が艦隊から南西135ゼルドの海域に、空母2隻を含む機動部隊が、15リンル以上の速度で我が艦隊に
向かっていると聞いている。こいつらと、キスカ島のアメリカ軍機に大挙して来られたら、ちとしんどい事になるな。」

リリスティの放ったワイバーン隊のうち、1騎が進撃中のアメリカ空母部隊を見つけ、報告を送ってきた。
報告の中に、新型と見られる大型空母1隻と、小型空母を伴うとあった事から、大型空母はエセックス級空母であると見て間違いない。
この報告からして、第24竜母機動艦隊は、キスカ島とアメリカ機動部隊の航空部隊を同時に相手取らねばならなかった。
いや、キスカとアメリカ機動部隊のみではない。当初、航空基地は無いと思われた、南のアムチトカ方面からも、偵察機らしき
機影が飛んで来ている。
となると、第24竜母機動艦隊は、一気に3つの敵と戦わねばならない。

「全く、酷い所に来たもんだ。南のアムチトカに南西の米機動部隊とキスカ。航空機の総数は200機以上を越えるだろう。」
「こちらに向かう敵を少しでも減らすために、キスカ用の第1次攻撃隊を敵の機動部隊に向けると決めましたが、ワイバーン隊は
やってくれるでしょうか?」

クリンレは不安だった。
シホールアンル海軍の宿命のライバルとも言えるアメリカ空母部隊は、対空砲火が常に激しい事で有名である。
ここ最近は特に、対空砲火の威力が上がっており、ワイバーン乗りの中には、すぐ近くで炸裂する高射砲弾が多くなった
と言う者も多い。
現在、第24竜母機動艦隊が保有するワイバーンは出撃時と比べて減少している。
第1部隊の竜母モルクドは、戦闘ワイバーン40騎、攻撃ワイバーン26騎。
竜母ギルガメルが攻撃ワイバーン32騎、攻撃ワイバーン26騎。
小型竜母ライル・エグが戦闘ワイバーン24騎、攻撃ワイバーン10騎。
小型竜母リテレが戦闘ワイバーン20騎、攻撃ワイバーン11騎の計189騎。
第2部隊の竜母ホロウレイグは、戦闘ワイバーン51騎、攻撃ワイバーン35騎。
竜母ランフックが戦闘ワイバーン51騎、攻撃ワイバーン31騎。
小型竜母リネェングバイが戦闘ワイバーン20騎、攻撃ワイバーン13騎の計201騎。
総数では390騎を数える。
このうち、17騎の攻撃ワイバーンが偵察に参加している。
攻撃に出せるのは、第1部隊から戦闘ワイバーン39騎、攻撃ワイバーン43騎。
第2部隊から戦闘ワイバーン42騎、攻撃ワイバーン38騎の計162騎である。  


681  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/17(月)  12:49:49  ID:Bohu6sek0
ホロウレイグの甲板上には、18騎の戦闘ワイバーンと16騎の攻撃ワイバーンが並べられ、発艦の時を待っていた。

「162騎の攻撃隊は確かに大きいが、敵も寡兵とはいえ、立派な機動部隊だ。恐らく、護衛艦艇には強力な対空火器が
取り付けられているに違いない。数はこっちが多いから、必ずしとめてくれるだろうが、この162騎のうち一体何騎が
戻ってくるだろうか。」

ムク少将は、皺の増えた顔に暗い表情を浮かべた。
それから20分後、艦橋に魔道将校がやって来た。

「旗艦より通信です。攻撃隊は直ちに、発進せよであります。」
「うむ、分かった。」

ムク少将はそう言うと、魔道将校を下がらせた。

「さて、いよいよ決戦だぞ。艦長、待機しているワイバーンを発艦させたまえ。」

その言葉を聞いたクリンレは、ついに来たかと思った。
彼は、新鋭の竜母に乗り込んだからには、宿敵のアメリカ機動部隊と戦いたいと思っていた。
それが、初陣早々、敵の機動部隊と、しかも、エセックス級と呼ばれる新鋭艦を合間見える事になるとは。
(ここはひとつ、リリスティ姉さんに俺の腕前を見せてやるか)
そう思った彼は、待望の命令を下した。


アムチトカから発進したハイライダーの通信文を受け取ったのは、アムチトカや第36任務部隊のみではなかった。
アムチトカから西に離れた海域にあるキスカ島の基地にも、その通信文は届いていた。
キスカ島には、陸軍第7航空軍に属する第131爆撃航空師団所属、第77爆撃航空郡のB−17爆撃機24機に、
第76爆撃航空郡のB−25ミッチェル爆撃機24機とA−20軽爆撃機34機。
第69爆撃航空郡のB−26爆撃機30機。
そして第93戦闘航空師団のP−38戦闘機68機。  


682  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/17(月)  12:50:19  ID:Bohu6sek0
この他に、海兵隊航空隊のVMF−21のF4F戦闘機36機とVMB−23のSBD艦爆24機。
海軍のカタリナ飛行艇や、輸送機が計40機駐留している。
キスカ島航空隊を統括している、ヨハンス・ゲイガー陸軍少将は、この通信文を受け取るや、TF36やアムチトカに
向けて、キスカ島航空隊も戦闘参加したいとの電文を送った。
20分後に送られた返事は、了解であった。この事を予期していたキスカ島の航空部隊は既に攻撃機に弾薬を搭載しており、
後は燃料を入れるのみであった。
出撃準備始めの命令が下るや、直ちに給油を始め、各航空隊は大車輪で準備を進めた。
攻撃隊は陸軍航空隊の機を中心に編成され、内訳はB−17爆撃機24機、B−25、A−20爆撃機各20機ずつ、
B−26が20機にP−38が50機出撃。
海兵隊航空隊は、敵がキスカ島に向けて攻撃した場合に備えてキスカに待機した。
これらの攻撃隊が発進したのは午前10時半頃であり、その頃、TF36やアムチトカの航空隊は未だに発進準備中であった。


その事からして、一番初めに敵艦隊に辿り着いたのは、キスカ島から発進した攻撃隊であった。
午前11時40。攻撃隊を発進させて、一息ついた第24竜母機動艦隊の上空にアメリカ軍機の大編隊が現れた。
この時、上空に上がっていた戦闘ワイバーンは74騎であった。

「敵大編隊、我が艦隊に接近中!」
「敵は4発大型機を多数伴う。」
「敵戦闘機は50機近くいる模様。」

刻々と、敵編隊に対する詳細が明らかになって来た。
第2部隊旗艦である竜母ホロウレイグの艦橋から、艦長のクリンレ・エルファルフ大佐はゴマ粒を多数浮かべた
ような敵編隊を見つめて、思わず息を呑んだ。
敵編隊がやって来た方角からして、恐らくキスカ島からの攻撃隊であろう。

「どうやら、ダッチハーバー空襲はアメリカ人を相当怒らせたようだな。」

ムク少将は、何気ない口調でそう呟いた。  


683  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/17(月)  12:50:52  ID:Bohu6sek0
見たところ、アメリカ軍機は150機近くいるようだ。
先の偵察機の情報を聞きつけたアメリカ軍は、使える限りの航空機を攻撃に差し向けてきたのだろう。
第1部隊に近い上空で、ワイバーン隊とアメリカ軍機の空中戦が始まった。
空中戦は初っ端から乱戦状態となった。
P−38との乱戦を抜けたワイバーンや、敵戦闘機との空戦に参加しなかった、余ったワイバーンがアメリカ軍の
爆撃機編隊に向かう。
すぐさま、アメリカ軍爆撃機編隊は防御機銃を撃ちまくってワイバーンを近づけまいとする。
特に、爆撃機郡の先頭を行くB−17は激しい弾幕を張り巡らせて、襲い来るワイバーンをなかなか近付かせない。
だが、攻撃側と防御側は、常に攻撃側が主導権を握る物である。
防御側となっているアメリカ軍機には、時間が経つにつれて犠牲が出始めた。
ワイバーン隊は犠牲を出しつつも、執拗にアメリカ軍爆撃機を襲った。
1機のB−25が、無数の光弾を、特徴ある2枚の垂直尾翼に喰らって粉砕される。
バランスを失ったB−25は、腹に抱いた3発の500ポンド爆弾を敵艦に当てる事すら叶わずに冷たい海に落ちていく。
爆弾倉に光弾の連射を受けたA−20が木っ端微塵に吹き飛び、細切れになった破片が煙を引きながら空にばら撒かれた。
その直後に別のA−20がコクピットに光弾をぶちこまれた。
一瞬にしてパイロットを殺されたA−20は、機体自体には目立った損傷が無いまま、くるりと横転し、コクピットから
ガラス屑を撒き散らしながら真っ逆さまに墜落していった。
被害はB−17にも及んだ。
最初こそ、強靭な防御力と、隙間の無い防御火力でワイバーン郡を蹴散らすように進んでいたB−17郡も、1機が
エンジンに相当数の光弾を浴びて、エンジンが火を噴いた。
すぐにエンジンが止められて、火が消えそうになるが、その頃には高度も、速度も下がり、編隊から取り残されて行った。
1機だけ取り残されたB−17に、3騎のワイバーンが取り囲み、下方や側方、あるいは正面からと、思い思いの方向から
B−17をいたぶり回した。
やがて、主翼やエンジンに致命的なダメージを受けたそのB−17は、片方の主翼から炎を吹きながら、急速に高度を下げていった。
ワイバーン隊は思いのほか善戦していたが、アメリカ軍機は多すぎた。
やがて、最初の敵機郡が、ワイバーン隊の迎撃を跳ね除けて、第1部隊、そして第2部隊の輪形陣にやって来た。
共に、大型爆撃機であるB−17である。
数は8機で高度は約1500グレルほどだが、クリンレは、初めて見るその大きさに半ば驚いていた。  


684  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/17(月)  12:51:32  ID:Bohu6sek0
「なんて大きさでしょうか。あれほどの飛行機があるとは何度も聞いていましたが、実際に目にすると、アメリカという
国がどういうものか、分かるような気がしますな。」
「私もそう思うよ。フライングフォートレスの爆弾搭載量は半端じゃない。あの爆撃機の腹の中には、10発程度の
爆弾が入っているかも知れんぞ。」
「注意して操艦しないと、まともに爆弾を浴びてしまいますな。」

クリンレはやや震えた口調でそう言った。
決して無敵ではない爆撃機だが、その爆弾搭載量や、打たれ強さは異常といっても良い。
B−17郡には12、3機のワイバーンが向かったが、それでも撃墜が2機、脱落させ、追い払ったのが3機のみで、
残りはこうして竜母部隊の真上から爆弾を叩き込もうとしている。
B−17郡は一旦進路を変えた後、第2部隊の真正面から向かい合うような形で進んで来た。
先頭のB−17が輪形陣の外輪部に差し掛かったとき、第2部隊の各艦は一斉に対空砲火を撃ち始めた。
B−17郡の周囲に無数の小さな黒煙が沸き起こり、黒煙から吐き出される破片がB−17に突き刺さったり、
かすったりして傷付けていく。
ホロウレイグの左舷に位置する巡洋艦は、他艦に比べてかなり激しく対空砲火を撃ちまくっている。
その巡洋艦は、ルオグレイ級に似てはいるが、砲の数や配置からしてルオグレイ級ではない。
間断なく対空砲火を放っているその巡洋艦は、ルオグレイ級に次ぐ新鋭巡洋艦を、対空戦闘用の艦に手直しした、
フリレンギラ級と呼ばれる艦である。
全長97グレル(194メートル)幅11.2グレル(22.4メートル)基準排水量6000ラッグ(9000トン)
の艦体に、4ネルリ連装両用砲を艦前部に2基、左右両舷に4基、後部に2基の計16門搭載している。
魔道銃は総計で46丁を積んでおり、シホールアンル帝国としては初の対空巡洋艦である。
速力は16.5リンル(33ノット)出せ、高速機動部隊に追随できるようになっている。
フリレンギラ級巡洋艦は、既に3隻が就役しており、1番艦のフリレンギラ、2番艦のルバルギウラは第1部隊に、
3番艦のルンガレシは第2部隊に配備されている。
この他の艦も、高射砲や魔道銃の増設が行われており、進入してくるB−17郡に対して猛烈に撃ちまくっていた。
しかし、B−17郡の周囲に間断なく高射砲弾が炸裂しているものの、脱落する敵機は1機も見当たらない。
敵は徐々に距離を詰めつつある。  


685  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/17(月)  12:52:19  ID:Bohu6sek0
「まるで怪物だ・・・・・」

ムク少将は、高射砲弾を跳ね除けながら、依然突き進んでくるB−17郡に対して恐怖のこもった声音で呟いた。
このまま、敵は1機も落とされずに爆弾を投下するのだろうか?
第2部隊の将兵が誰もがそう思いかけた。
その時、先頭機より右斜めにいたB−17が、右主翼のすぐ下で高射砲弾が炸裂するといきなり翼が折れた。
そのまま、B−17はきりきりと回りながら墜落して行った。

「やった!叩き落してやったぞ!!」

対空砲の要員がやっと笑みを見せた。この調子で、ばたばた叩き落してやるぞと意気込み、更に高射砲を発射した。
新たに1機が、主翼から白煙を引いた。
そのB−17は墜落とまではいかなかったが、爆弾を投棄して、よろめくように避退していく。
阻止できたのはこれだけであった。

「敵大型機、間も無く直上に到達します!」

B−17郡のねらいは、明らかに竜母であった。このまま進めば、まともに爆弾を喰らうだろう。

「面舵一杯!」

クリンレはすかさず、艦を変針させる。
B−17の胴体が開き、中の爆弾が艦隊の陣容を覗き始めたとき、ホロウレイグを始めとする竜母郡はすでに回頭を始めていた。
ホロウレイグが高射砲を撃ちながら、右舷に回頭している最中に、B−17郡が爆弾を投下した。
水平爆撃は、地上の目標ならば効果は絶大である。
だが、洋上を高速で走り回る艦船に対しては効果が薄いどころか、無きに等しかった。
次々と水柱が吹き上がったが、その位置には、目的の竜母はおろか、1隻の艦艇すらいなかった。
竜母の未来位置を狙って投下した爆弾は、目標自体が回避したために全てが外れてしまった。
B−17郡は、そのまま砲火を浴びながらも、艦隊の上空から避退していった。  


686  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/17(月)  12:52:51  ID:Bohu6sek0
しかし、まだ敵がいる事には変わりが無かった。
隊形が先の爆撃で半ば崩れ、それを組み直そうとしているときに、今度は双発機が輪形陣の左側から襲い掛かって来た。
襲って来たのは、A−20ハボック14機と、B−26マローダー8機であった。

「新たな敵機、左舷方向より接近!機種はハボック!」

クリンレは、艦橋から左舷方向を見た。
そこには、ハボックと思しき機影が、B−17とは対照的に低い高度から猛速で迫りつつある。
クリンレが見る限り、ハボックは5機ほどしか見えない。
恐らくは4、5機ずつが散開し、横一列になって敵艦に接近。
その少し離れた後方にまた4、5機ずつが同じように散開して接近し、波状攻撃を仕掛けるのであろう。
やがて、駆逐艦が高射砲と魔道銃を撃ち始めた。
ハボックの周囲に高射砲弾が炸裂する。1機のハボックが爆風の衝撃でゆらめくが、海面スレスレで機体を立て直す。
その直上に別の砲弾が炸裂し、頭から叩き潰されたかのように機首を下げ、そのまま海面に突っ込んだ。
残り4機のハボックが目も眩みそうな低高度を、最高速度で飛行し、駆逐艦郡の上空をあっさりと飛び抜けた。
ハボック4機は全てホロウレイグに向かっていた。ホロウレイグが左舷の連装高射砲3基を撃った。
そして、ホロウレイグの左舷にいるルンガレシが、向けられるだけの高射砲を一気に放った。
5秒おきに放たれる速射砲が、主人を守らんとする騎士の手早い斬撃の如く撃ちまくり、ハボックの前面に多数の
高射砲弾が炸裂する。
それでもハボックは高度を上げようとはせず、黒煙を突っ切って突進を続ける。
そのハボックに魔道銃の射撃が加えられた。
無数の光弾をまともに浴びたハボックが、あっという間に前面をズタズタに引き裂かれた。
エンジンからも火を噴出したハボックは、もんどりうって海面に叩き付けられた。
残り3機のハボックが、機種から発射炎を煌かせて、ルンガレシの上空を突破する。
ルンガレシの上空を飛び抜けたハボックは、真っ直ぐホロウレイグに向かって来た。
ホロウレイグもまた、左舷側の魔道銃を一斉に撃ち放った。
28丁の魔道銃が狂ったように撃ちまくり、そこから吐き出される無数の光弾がハボックを絡め取るろうとする。

「取り舵一杯!」

クリンレは取り舵を命じた。  


687  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/17(月)  12:53:22  ID:Bohu6sek0
30秒ほどの間を置いて、ホロウレイグの艦首が回頭を始める。
その10秒後にハボックが、機首の機銃を撃ちながら2発の爆弾を落とした。
合計4発の爆弾は、ホロウレイグを飛び越して、全て右舷側で高々と水柱を吹き上げた。
右舷側の魔道銃が、3機のハボックに追い撃ちかける。
1機が胴体に光弾をしこたま振るわれた。光弾の弾着位置は胴体から後部、そして垂直尾翼にへと移動し、尾翼の
上半分がぼきりと折れた。
バランスを失ったハボックが、滑り込むようにして海面に突っ込む。
その時には第2波のハボックが迫っていた。
4機のハボックのうち、1機がルンガレシの猛射に捉えられ、あっという間に砕け散った。
残り3機が、全速力でホロウレイグに突っ掛かかって来た。
魔道銃の弾幕によって、1機が撃墜されるが、残る2機が爆弾を投下した後、機首の12.7ミリ機銃を撃って来た。
機銃弾がホロウレイグの後部甲板を、横に薙いで行き、運の悪い機銃座の兵員が胸や腹に風穴を開けられた。
戦友の死を目の当たりにした水兵が、怒りの形相を浮かべてハボックを撃ち落そうとするが、500キロ以上の
高速で飛び抜けるハボックになかなか当たらない。
ホロウレイグの左舷側後部で500ポンド爆弾が落下し、高々と水柱が吹き上がる。
至近弾炸裂の衝撃に、ホロウレイグの艦体が振動する。

「直撃・・・・・ではないか。」

一瞬、直撃かと思ったクリンレだが、離れた海面に上がった水柱を見てホッとするが、右舷側からも至近弾炸裂の衝撃が伝わり、艦が再び揺れた。

「なかなか激しい爆撃だな。」

ムク少将が苦笑しながら、クリンレに言って来た。

「あんな低高度で突っ込んで来るとは、敵も勇敢です。とても僻地でのんびりしていた部隊とは思えませんな。」
「のんびりはしていただろうが、その静寂をいきなりぶち壊しにしたから頭に来ているんだろう。」
「寝る子を起こすような事をしてしまった訳ですか。」
「まっ、そういう事だな。」  


688  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/17(月)  12:53:52  ID:Bohu6sek0
ムク少将は頭を掻きながら返事する。
新たなハボックは5機だ。5機のうち1機が、駆逐艦の高射砲弾に右エンジンをやられた。
右エンジンから白煙を噴出したハボックは、爆弾を投棄して避退したが、残る4機がそのままホロウレイグに迫りつつあった。
この4機に、ルンガレシが砲撃を加える。この時、4機のハボックの狙いがホロウレイグからルンガレシに変わった。

「あいつら、ルンガレシに向かってる!」

クリンレは呻くような口調でそう言った。
(ルンガレシは、先ほどから対空砲火を撃ちまくっているが、あのハボックの編隊はこっちを狙う前に、邪魔な
ルンガレシを叩き潰すつもりだな!)
彼の考えは当たっていた。
このハボックの編隊は、アトランタ級並みに砲撃を行うこの新鋭巡洋艦を脅威とみなしたのだ。
ルンガレシは、自艦に向かって来るハボックに対してこれまで以上に高射砲や魔道銃を撃ちまくった。
激しい対空砲火に1機のハボックが捕捉され、火達磨となって散華するが、残り3機が急接近して来る。
ハボックが爆弾を投下する直前に、ルンガレシの艦長は取り舵一杯を命令する。
機動性に富む巡洋艦だけに、ホロウレイグと違って回頭までの時間は短い。
10秒ほどで艦首が回り始めるが、その頃には、ハボックは爆弾を投下していた。
回頭しているルンガレシの周囲に、爆弾が落下して水柱がルンガレシの姿を覆い隠す。
ハボックが散開して、思い思いの方向に逃げ散っていく。
水柱が晴れると、ルンガレシの後部甲板から黒煙が吹き出ていた。

「ルンガレシ被弾!」

見張りが、上ずった声で叫んだ。今まで自慢の対空砲で敵機を脅かしたルンガレシがついに手傷を負ったのである。
しかし、ルンガレシは速力を落とす事無く、15リンル以上の高速で海上を驀進している。
砲は既に、次の敵に向けられていた。
今度の敵は、B−26マローダーであった。

「また中型爆撃機だ。あいつら、まずはホロウレイグや他の艦を爆弾で痛めつけるつもりだな。」  


689  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/17(月)  12:54:27  ID:Bohu6sek0
ムク少将が忌々しげな口調でそう呟くが、クリンレはとある点に気が付き、不審に思った。
マローダーはハボックに速力は劣るが、それでも220レリンク程度の速力で飛行できる。
しかし、マローダーの速力はかなり遅く、しかも高度が先のハボック隊よりも低い。

「司令官、変だとは思いませんか?」
「変だと?」

ムク少将が怪訝な表情でクリンレを見つめる。
「速力が襲い上に、高度がかなり低い。ハボックもそうでしたが、あのマローダーはそれこそ、海面に機体を
こすりつけそうな高度で迫っています。」
「言われてみれば、確かに・・・・・」

マローダー8機が、横一列に散開しながら輪形陣の内部に進みつつある。
アメリカ軍機に向けて駆逐艦が発砲するが、今度は高度が低すぎて全く当たらない。
そのままマローダー郡は駆逐艦の防御ラインを突破し、今度はルンガレシに迫る。
高度は25グレル程度か、それ以下しか無い。
操縦するパイロットは、必死の思いで機体を操っている事だろう。
1機のマローダーが高度をやや上げた。その直後、魔道銃の光弾に捉えられ、すぐに叩き落された。
頑丈なアメリカ軍機であっても、光弾の連続射撃には耐え切れないのだろう。
残りは臆した様子も無く、徐々に距離を詰めつつある。
ルンガレシの猛射も、海面スレスレに張り付くマローダーには狙いが付けにくいのか、なかなか有効弾を与えられない。
やがて、ルンガレシをも飛び越えたマローダーが、横一列に展開したままホロウレイグに迫って来た。
胴体の爆弾倉は開いている。
距離が1500メートルを切った所で、右側から3番目のマローダーがホロウレイグの対空砲火で撃墜された。
1000メートルを切った所で、マローダーは何かを投下した。

「魚雷だ!!」

いきなりムク少将が叫んだ。その声は驚きの余り上ずっていた。  


690  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/17(月)  12:55:24  ID:Bohu6sek0
「取り舵一杯!」

クリンレは慌てて指示を出す。
まさか、双発機で魚雷を投下するとは思っても見なかった。
クリンレは、最初マローダーの動きが、話で聞く雷撃機のような動きだと思っていた。
しかし、本当に魚雷を抱いているとは思わず、マローダーが魚雷を投下するまで、彼は爆弾を積んでいると思っていたのだ。
だが、予想に反して敵は甲板を叩いて、母艦機能を失わせる爆弾ではなく、船の命そのものを失いかねない魚雷を引っ下げて来た。
(ずっと爆弾で来ると思わせておいて最後に魚雷とはな。心理作戦を用いるとは、敵もやり手だ)
クリンレはそう思いながら、左舷側海面を見つめる。
魚雷と思しき白い航跡が、扇状にするする伸びている。
そのうちの3本はホロウレイグに向かっていた。
回頭をやめていた艦首が再び左に回り始める。そのため、2本の航跡が、艦尾側の海面を抜けていく。
だが、最後の1本が左舷ど真ん中にするすると伸びていく。
(遅すぎた!)
クリンレは、自分の判断の遅さを呪いながら、自艦に向かって来る魚雷をじっと見つめた。
航跡が甲板の影に見えなくなった、と思った次の瞬間、ドォーン!という衝撃が艦を叩いた。
下から突き上げるような衝撃にホロウレイグの巨体が地震のごとく揺さぶられ、クリンレは思わず、床に這わされてしまった。

「左舷中央に魚雷命中ー!」

見張りの絶叫が艦橋に響いた。クリンレはやってしまったと思いながらも、伝声管に取り付いた。

「こちら艦長だ。各部被害知らせ!」

しばらくは返事が無かったものの、やがて次々に報告が舞い込んできた。

「左舷第3魔道銃郡に損害!戦死3、負傷4!」
「こちら左舷第4甲板。防水区画に浸水中!火災が発生!区画を閉鎖します!」
「こちら第4甲板倉庫室。衝撃で若干の破損あるものの、目立った損害はありません。」  


691  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/17(月)  12:55:57  ID:Bohu6sek0
報告を聞いたクリンレは、ひとまず安堵した。
ホロウレイグ級竜母には、左右両絃に張り出し鋼板と、その内側に防水区画と呼ばれる物がある。
張り出し鋼板は、いわばバルジであり、防水区画は、魚雷が命中し、浸水した時に閉鎖する区画である。
ホロウレイグ級より以前の竜母には、このような対魚雷対策は無かった。
このホロウレイグ級で、対魚雷対策が初めて取り入れられたのである。
マローダーの発射した魚雷は、左舷中央のバルジを突き破り、防水区画の外版に当たって炸裂した。
その結果、防水区画に海水が侵入したものの、浸水区画意外は全て閉鎖された為、浸水は最小限で抑えられた。
また、魚雷命中の際の火災もすぐに消し止められ、大事に至らなかった。
ホロウレイグは、被雷の影響で、速力が15リンルまでしか出せなくなったが、機関や甲板は無事であり、傷は浅いと言えた。
ホロウレイグの被雷を最後に、第2部隊に対する空襲は終わった。

「アメリカ軍編隊、撤退していきます。」

見張りの報告を聞いたクリンレは、思わずため息を吐いた。
艦の損害が少ないとはいえ、初めて体験するアメリカ軍機の空襲はかなり激しい物だった。
この時になって、体から汗が吹き出した。
心臓の鼓動も早く、彼は足がよろけそうになるが、気を保って平静さを装う。

「ルンガレシの奮戦が無ければ、危なかったも知れないな。」

ムク少将が、これまた安堵した表情で言って来た。クリンレは彼に顔を向けるが、ムク少将はかなり落ち着いていた。

「アメリカ海軍が対空巡洋艦を配備する事も納得が行くよ。撃墜するだけじゃなく、高射砲弾を周囲で炸裂させたり、
魔道銃を思い切り撃ちまくった事が、敵さんの心理に影響を与えたかも知れん。先のハボックは勇敢だったが、この
ホロウレイグには爆弾を当てられなかった。君の操艦もだが、対空砲火もよく機能したからこそ、ホロウレイグが
少ない被害で済んだ原因なのだろう。」
「なるほど。確かにそうなりますね。しかし、アメリカ軍機はなかなか落としにくいですな。」
「君もそう思ったか。そう、アメリカ機は落としにくいよ。光弾が命中しても利いているのか分からん場合が多いから、
魔道銃の射手達も忌々しがっているそうだ。まあ何はともあれ、早く隊形を立て直さねば。敵機動部隊やアムチトカから
の攻撃隊も向かって来るはずだ。」  


692  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/17(月)  12:56:44  ID:Bohu6sek0
ムク少将はそう言って、崩れた第2部隊の隊形を立て直す事に決めた。

その頃、リリスティの第1部隊もアメリカ軍機による空襲を終えていた。
第1部隊の被害は、小型竜母ライル・エグが爆弾1発を浴び、甲板から火災を起こしているが、航行には支障は無い。
他に戦艦のケルグラストが爆弾2発を浴びたが、これは大した損害も無く、戦闘行動に影響は無かった。
第1部隊の旗艦モルクドは、マローダーからの魚雷を1発受けていたが、幸いにも不発で大事には至らず、
唯一、駆逐艦1隻が爆弾1発に、外れた魚雷1本を浴びて轟沈していた。
戦いはまだ始まったばかりであり、TF36から発艦した艦載機や、アムチトカからの攻撃隊が、第24竜母機動艦隊との
距離を詰めつつあった。
その一方で、TF36は敵竜母部隊から発艦したワイバーン隊の空襲を受けていた。  



701  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  02:53:36  ID:Bohu6sek0
第65話  アムチトカ島沖海戦(後編)


1483年(1943年)5月26日  午前11時  アムチトカ島沖北西230マイル沖

空母フランクリンのレーダーが、シホールアンル側の大編隊を捉えたのは午前11時の事であった。
第36任務部隊は、シホールアンル機動部隊まで220マイルの所に迫り、10時50分ほどに総計84機の
攻撃隊を発艦させていた。

「司令官!北東方面より、敵大編隊の接近を探知しました。距離は90マイルです。」

参謀長の報告を聞いた、TF36司令官であるフレデリック・シャーマン少将は即座に命令を下した。

「よし。こちらも敵に備えよう。残存する戦闘機を全て出し、敵編隊の漸減を行う。」

シャーマン少将の命令は、すぐにフランクリン、プリンストンに告げられ、この2空母の甲板上では、
残りのF6Fずらりと並べられた。
残存戦闘機数はフランクリン、プリンストン合わせて58機だ。
この58機全てを、迫り来る敵編隊に叩きつけるのだが、対する敵編隊は、少なく見積もっても120騎以上はいると思われた。
全てを押し留める事はまず不可能であるが、それでも、両空母の乗員達はこの58機のF6Fを盛大に応援しながら
次々と送り出していった。

戦闘機隊は、発艦後20分ほどで敵編隊と相対した。
この時、F6Fは58機。対するシホールアンル側は総計162騎。
戦闘ワイバーンだけでも81騎はいた。
だが、米戦闘機隊の中に臆した者は誰1人いなかった。
戦闘機隊は敵の攻撃隊よりも上の高度を飛行しており、戦闘ワイバーンが阻止にかかろうとする前に、F6Fは
猛然と急降下を開始した。
F4Fよりも早い急降下速度で、あっという間に彼我の距離が縮まっていく。  


702  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  02:54:12  ID:Bohu6sek0
戦闘ワイバーンの半分がF6Fに正面から向かい合った。
先頭のF6Fは、距離が700メートルを切った所で機銃弾を発射。これは見事に、狙ったワイバーンに命中した。
ワイバーンが6本の火の槍に串刺しにされ、F6Fが側を通り過ぎた直後には、そのワイバーンは真っ逆さまになって落ち始めた。
ワイバーンの光弾が、1機のF6Fの胴体部分に命中した。光弾の量はかなりあり、F6Fから破片が飛び散った。
竜騎士が自然に口元を歪めるが、そのF6Fは何事も無く機銃をぶっ放し、12.7ミリ弾が魔法障壁をかき消して
竜騎士の体を引き千切り、ワイバーンをも一緒くたに射殺した。
F6Fと、ワイバーンが全て、正面からの撃ち合いを終えて飛び抜けたとき、ワイバーン側は7騎が、F6Fは1機が墜落していった。
その後は互いに入り乱れての乱戦が始まった。
F6Fは訓練通り、サッチウィーブを仕掛けてワイバーンを誘う。
これに誘われるワイバーンは少なくなく、F6Fに飛びついた瞬間、背後から撃たれて叩き落されるか、落とされないまでも、
敵撃墜のチャンスを逃してしまった。
ウィーブが使用できないと判断したF6Fは、通常通りの一撃離脱に徹して、戦闘ワイバーンを疲弊させていく。
別のF6Fは、攻撃ワイバーンに襲い掛かった。
上空から600キロ以上の猛速で突っ込んで来たF6Fが、回避しようと攻撃ワイバーンに突っ込む。
大体の攻撃ワイバーンは、すぐに散らばってしまうが、反応の襲いワイバーンもいる。
その1騎のワイバーンに、実に3機のF6Fが向かい、計18丁の12.7ミリ機銃が、このワイバーンを弾幕に包み込んだ。
反応が遅い上に、18丁の機銃に弾幕を張り巡らされてはワイバーンもたまったものではない。
攻撃ワイバーンは全身を機銃弾に貫かれ、しまいには両翼が引き千切られて、砲弾のごとく海面に直行していった。
最初は有利に戦いを進めていたF6Fは、開始15分ほどで9騎の戦闘ワイバーンと、14騎の攻撃ワイバーンを撃墜した。
だが、いくらF6Fでも数の優位を取られては思うように暴れまわる事が出来なかった。
敵編隊が、TF36まであと20マイルの距離に接近した時、F6Fは全て、戦闘ワイバーンとの空中戦に忙殺され、
攻撃ワイバーンにまで手が回らなかった。  


703  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  02:54:45  ID:Bohu6sek0
「ついに来たな・・・・・」

空母フランクリンの艦橋で、フレデリック・シャーマン少将は接近しつつある敵ワイバーン隊を見て、そう呟いた。
TF36が形成する輪形陣の左側から、70騎は下らぬ数のワイバーンが、整然とした編隊を組みながら接近しつつある。

「少ない手勢でどこまで出来るかな?」

シャーマン少将は、空母を守る護衛艦の陣容を思い出した。
現在、TF36の主力はフランクリンとプリンストンである。
この2空母護衛する艦は、新鋭軽巡のモービルとサンアントニオ、それにフレッチャー級駆逐艦8隻だ。
モービルとサンアントニオは、共にクリーブランド級軽巡洋艦の7、8番艦であり、主砲は54口径6インチ3連装砲4基を
積むが、この他に5インチ連装両用砲を6基12門。
機銃は40ミリ連装機銃8基16丁に、20ミリ機銃が20丁だ。
フレッチャー級も5インチ両用砲5門に40ミリ連装機銃3基6丁、20ミリ機銃8丁を積んでいる。
数は少ないとはいえ、従来の駆逐艦、巡洋艦よりは対空火力が向上しており、濃密な弾幕を張る事は可能だ。
そして、守られるべき立場にあるフランクリン、プリンストンも侮れない対空火力を持つ。
フランクリンは5インチ連装両用砲4基、単装4門に、40ミリ4連装機銃8基32丁。
20ミリ機銃46丁と、クリーブランド級どころか旧式戦艦をも凌駕しかねない対空火力を持っている。
それに比べて、プリンストンはフランクリンに比べて、保有する対空火力は慎ましやかに思えるものの、それでも
5インチ両用砲4基に40ミリ連装機銃9基18丁、20ミリ機銃16丁という重火力だ。
そして、これらの艦艇にはVT信管が多数搭載されている。
ちなみに、元々TF36にはモービルと駆逐艦4隻しかいなかったのだが、ダッチハーバー出港1週間前にサンアントニオ
と駆逐艦4隻が加わった。
後の戦史家が言うには、サンアントニオと駆逐艦4隻が加わらなかったら、TF36は敵機動部隊に対して、
ただ逃げ回るだけしか出来なかったと言われている。
ここにして、舞台は整ったわけだが、シャーマンは、ただ単に自己犠牲精神でTF36をえさ役に仕立てた訳ではない。
少ないとはいえ、充実した対空火力で敵の攻撃ワイバーンに大打撃を与えようと考えたため、このように、敵にとって
無謀な、小兵力で挑む愚かな艦隊を演じたのである。  


704  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  02:55:16  ID:Bohu6sek0
「敵にとって、TF36は寡兵だろうが、その寡兵がどれほど恐ろしい物か、嫌と言うほど教えてやる。」

シャーマン少将は、そう言って迫り来るワイバーン編隊を睨み付けた。
70騎ほどのワイバーンは、駆逐艦郡の射程に達する直前、大きく二手に分かれた。
片方が輪形陣の前方を迂回している間、片方の敵編隊はこちらをからかっているのかのように、射程外で旋回している。

「せめて、あと30、いや、20機ほどの戦闘機があれば、余裕ぶっているあのワイバーンを一網打尽にできるのだが・・・・!」

フランクリン艦長のジェームズ・シューメイカー大佐は歯噛みして悔しがった。
だが、いくら悔しがっても、敵編隊は輪形陣内に突入して来ない。
誰もが緊張と、苛立ちに顔を歪めて20分が経過した時、輪形陣の左右に展開したワイバーンがついに突入を開始した。
まず、輪形陣外輪部の駆逐艦が砲火を開いた。
高角砲弾がワイバーンの周囲で炸裂し始める。その炸裂煙の中に、ワイバーンの至近で炸裂するものが幾つか混じっている。
射撃を開始して1分後に、早くも輪形陣左側で2騎、右側で1騎が撃墜される。
駆逐艦のみならず、モービルやサンアントニオ、フランクリンやプリンストンも高角砲を撃ち始めた。
高度3000付近を進み行くワイバーン郡の前面に、間断なく高角砲弾が炸裂した。
進むたびに1騎、また1騎と、ワイバーンは次々に落ちていく。
艦隊の上空は、高角砲弾炸裂の黒煙でほぼ覆われつつあり、弾幕の密度は悪くない。
しかし、シャーマン少将は不満気な表情で戦闘を見つめていた。

「VT信管も混ぜて撃っているはずだが・・・・・どうも成績が悪いな。」

確かにワイバーンは落ちていた。
対空戦闘が開始して、ワイバーンは次々に落とされているが、10分ほど経っても撃墜は15、6騎ほどに留まっている。
従来の対空戦闘よりは、一応マシになったようだが、新型砲弾を混ぜての戦闘にしてはどうも物足りない。
シャーマンのみならず、艦隊の将兵はワイバーンがばたばた落ちていく光景を予想していたが、予想に反して大多数の
ワイバーンは、確実に輪形陣中央に接近しつつある。
それから間も無く、最初のワイバーンの編隊がフランクリンに襲い掛かって来た。  


705  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  02:55:51  ID:Bohu6sek0
「左舷上方より敵ワイバーン7騎、急降下!」

見張りの報告を聞いたシューメイカー艦長がすかさず指示を飛ばした。

「取り舵一杯!いそげ!!」

怒鳴るような命令を聞いた操舵手が、復唱しながら舵を思い切り回した。
それと同時に、スクリューの回転速度を左舷側、右舷側別々に調節する。
事前に、少しばかり取り舵を取っていたフランクリンは、17秒ほどで艦首を急回頭させ始めた。
27000トンの巨体に似合わぬ俊敏な回頭に、急降下しつつあるワイバーン隊の隊長騎は、狙いを外されたために罵声を上げた。
先頭のワイバーンが高度2000を切るや、フランクリンや護衛艦艇から機銃が放たれた。
隊長騎が猛烈な機銃弾幕に絡め取られて、一番初めに吹き飛ばされた。
続いて2番騎、3番騎が翼を叩き折られ、あるいはバラバラに分解されて海に落ちた。
残りの騎は臆す事無く、弾幕に突っ込んでいく。
4番騎が高度800メートルで爆弾を投下した。
その直後にVT信管付の高角砲弾がすぐ側で炸裂して竜騎士、ワイバーンが共にミンチにされた。
後続騎が次々に爆弾を投下するが、4発の爆弾はことごとく、フランクリンの艦尾側海面か、右舷側海面に落下した。
この小編隊の攻撃が終わった後、今度は別の編隊がフランクリンに突っ込んで来た。

「右舷艦尾側よりワイバーン10騎!突っ込んで来ます!」
「舵戻せ!面舵一杯!」
「舵戻せ!面舵一杯、アイアイサー!」

シューメイカー艦長は早くも、次の命令を下す。
左に回頭していたフランクリンが回頭をやめ、今度は右舷に回頭を始める。
フランクリンに追随するサンアントニオや駆逐艦がこれに追随する。
プリンストンもまた、別のワイバーンの爆撃を回避している。
回避運動で、追随する護衛艦は戦闘開始時より少なくなっているが、それでも猛烈な対空砲火がワイバーンに
向けて放たれている。  


706  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  02:56:28  ID:Bohu6sek0
夢物語に出て来て、人を無差別に襲いそうなイメージを持つワイバーンが、フランクリンそのものを抹殺せん
として急角度のダイブで迫って来る。
この凶悪な化け物に対して、5インチ砲や40ミリ、20ミリ機銃が迎え撃つ。
先頭から6番目のワイバーンが片翼を高角砲弾に引き千切られて、そのまま死のダイブに移行し、2番目の
ワイバーンもまた、機銃弾をしこたま振るわれて散華した。
先頭のワイバーンが高度600まで降下した時までに、新たに1騎が撃墜される。
先頭騎が腹から爆弾を投下した。
(先より回頭が遅かった分、回避できるか?)
シャーマン少将は内心不安に思いながら、爆弾は当たらないでくれと祈っていた。
シューメイカー艦長に敵弾回避の方法を伝授したのはシャーマンである。
彼は以前、空母レキシントンの艦長として数々の海戦に参加し続けている。
その中で、シャーマンは空母対竜母の戦闘を経験し、乗艦を大破させてしまった。
第1次バゼット海海戦で、燃料庫の誘爆を引き起こしながらも生還したレキシントンは、戦死者298名、
負傷者320名を出してしまった。
乗っている艦を2度と酷い目に合わすまいと決意したシャーマンは、レキシントンでの体験や、他の空母艦長
からの体験談を基に回避方法を考え、それをシューメイカー艦長に教えた。
シューメイカー艦長は、シャーマンの教えた通りの方法で敵弾をなんとか回避しようとしているが、タイミング
がずれれば被弾の確率はかなり高まる。
(艦長は少しだけだが、回頭の命を下すのが遅かった。敵弾が当たらなければいいが)
シャーマン少将の思いをよそに、フランクリンの艦体が右舷に回頭を始めた。
回頭を始めるまでは30秒かかった。
その直後、先頭のワイバーンが投下した爆弾が、左舷側海面に落下した。
落下地点は艦より200メートルほど離れている。
次の爆弾が落下し、轟音を上げた。シャーマン少将は左舷ではなく右舷側を見る。
今度は右舷側に水柱が吹き上がる。
3発目、4発目と、次々に爆弾が落下するが、いずれもフランクリンの至近にすら落ちない。

「この分なら」

ひとまずは安心だなと、シャーマン少将は言おうとした時、唐突にドーン!という轟音が鳴り響いた。  


707  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  02:57:01  ID:Bohu6sek0
フランクリンの巨体が、左舷側から突き上げられたかのように揺さぶられた。

「左舷後部に至近弾!左舷第3機銃郡に損害が出た模様です!」
「すぐに負傷者を運べ!」

衝撃の余韻が収まらぬうちに、今度は左舷艦首側海面に水柱が立ち上がった。
こちらは機銃郡に損害は与えなかったが、至近弾が吹き上げた海水が機銃郡の将兵を濡れ鼠にした。

「左舷上方より敵ワイバーン9、急降下!」
「右舷上方より敵ワイバーン4、急降下開始!」
2つの報告が同時に飛び込んで来た。つまり、フランクリンは左右から挟み撃ちにあったという事だ。
(どう判断する艦長?)
シャーマンはシューメイカーの判断が気になった。
左舷側に回頭すれば、9騎のワイバーンは内懐に飛び込まれる格好になり、狙いが付けにくいが、
4騎のワイバーンは狙いが付けやすくなる。
だが、逆に行けば、左舷側に回頭した時よりも2倍以上の爆弾を喰らいかねない。

「舵戻せ!取り舵一杯!!」

シューメイカー艦長は即座に判断した。どうやら、彼は少ないほうを選んだようだ。
その時、聞きたくない報告が飛び込んで来た。

「プリンストンに敵弾命中!あっ、また当たった!!」

見張りからプリンストン被弾の報告が舞い込んだ時、シャーマン少将は一瞬ひやりとなった。
プリンストンは軽巡から改装された軽空母で、防御力は正規空母より劣る。
もし敵弾が機関部や弾薬庫などの位置に命中すれば、プリンストンはすぐに息の根を止められる。
シャーマンは、せめてプリンストンが沈まないでくれと祈った。
彼が祈る間にも、フランクリンに敵のワイバーンが迫りつつある。  


708  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  02:57:37  ID:Bohu6sek0
最初に、9騎のワイバーンが襲って来た。
フランクリンがこれに対して、またもや猛烈な対空砲火を放つ。
高角砲や機銃がガンガン唸り、その喧騒は艦橋にも伝わって来る。
相次いで3騎のワイバーンがフランクリンや、サンアントニオ等の対空砲火に撃墜されるが、残りが爆弾を投下してきた。
左舷に急回頭を続けるフランクリンの左舷に、次々と爆弾が落下して水柱が吹き上がる。
1本、2本、3本と、弾着位置がフランクリンに近付いたが、4本目はフランクリンを通り越して右舷側
200メートルの海面に突き刺さった。

「4本目があの位置となると・・・・」

シャーマン少将は、いや、彼のみならず、機銃員や高角砲要員の誰もがやや安堵したと思いかけた時、唐突に
ぐしゃっという嫌な音が聞こえ、微かな振動が伝わった。
その0.5秒後に格納甲板から何かが壊れる音が聞こえた。
そして次の瞬間、ダァーン!という強烈な爆裂音が周囲を圧した。
突然の衝撃に、フランクリンの艦体が大きく揺れた。
この時、爆弾はフランクリンの飛行甲板、それもど真ん中に命中していた。
爆弾は飛行甲板を叩き割って格納甲板に達した。その際、ドーントレス1機が唐竹割りにされたように叩き潰された。
その次の瞬間、爆弾が炸裂して周囲の機体、整備員等を一緒くたに薙ぎ払った。
フランクリン艦長シューメイカー大佐は、事前に格納庫のハンガーを全て開けさせていた。
爆風は開け放たれたハンガーから吹き抜けていき、被害を抑える事に成功した。
だが、逃しきれなかった爆発エネルギーは無視できぬ被害を及ぼし、特に飛行甲板は丁度真ん中に大穴を開けられてしまった。
被弾はこれだけに留まらなかった。6番騎の爆弾が今度は後部甲板に命中して、甲板のチーク材が火焔と共に盛大に吹き上がった。
シホールアンル側の攻撃はまだ終わらない。
今度は4騎編隊のワイバーンが突っ込んで来た。
黒煙を吹き上げるフランクリンは、それでも屈した様子を見せずに、回頭しながら高角砲、機銃を撃つ。
フランクリンにずっと付き従っているサンアントニオが対空砲火を狂ったように撃ちまくり、窮地に立たされた
空母を必死に援護する。
凄まじい弾幕が張り巡らされ、2騎が相次いで叩き落されたが、残る2騎が急降下爆撃を敢行した。
1発目がまたもや、フランクリンの飛行甲板中央部に突き刺さった。  


709  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  02:58:08  ID:Bohu6sek0
最初の被弾箇所より8メートルほど離れた場所に火柱が上がり、それに伴う衝撃が27000トンの新鋭空母を揺さぶる。
最後の1発目は惜しくも、右舷後部に至近弾となったが、至近弾の水柱は機銃員3人を海にはたき落とした。
3発目が命中した時もやはり艦橋は揺れに揺れた。
スリットガラスの一部がバリィ!と音立てて割れた。

「くそ!3発目を受けてしまうとは!!」

シューメイカー艦長が顔を真っ赤にして喚いた。
まだ来るか、とシャーマンは思ったが、シホールアンル側の攻撃はこれで終わりだった。
敵編隊が追い撃ちを受けながらも撤退していく。
どうやら、敵は全ての爆弾を投弾し終えたようだ
(やはり、ワイバーンの空襲は侮れないな。)
傍で、被弾を許した悔しさに顔を歪める艦長とは対照的に、シャーマン少将は冷静な表情でそう呟いていた。
ふと、シャーマン少将は飛行甲板をちらりと見た。
艦橋から見た飛行甲板は、火災煙で見えづらくなっている。
特に中央部の被弾箇所は被害が思ったよりも酷く、穴から黒煙と、炎が出ている。
(見た限りでは、被害は中央部と後部・・・・だが、エレベーターには被弾していない)
彼がフランクリンの被害状況を観察している時に電話が鳴った。
シューメイカー艦長は電話口に取り付き、それからしばらくの間、電話口の向こうに指示を下していた。
電話を置いた艦長は、シャーマン少将に顔を向けた。
「司令官、本艦は中央部と、後部に爆弾を受けました。特に中央部では格納甲板の艦載機に延焼が生じている
ため予断を許しません。」
「エレベーターはどうか?」
すかさずシャーマンは問うた。
「エレベーターは今の所、3基全て健在です。」
「そうか。航空機の発着は出来そうか?」
「現状では無理です。飛行甲板の穴を塞がねばなりません。ダメージコントロール班からの報告では、穴を塞ぐ
作業は火が消えてから4〜5時間はかかるようです。」
「4〜5時間か・・・・・・もう少し短く出来んか?」  


710  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  02:59:01  ID:Bohu6sek0
「短くしたいのは私も同感ですが、それ以前に、火が消えぬ事にはどうしようも・・・・」
艦長はすまなそうな表情でシャーマン少将に言った。だが、シャーマンはシューメイカー大佐を責めなかった。
「まあ仕方ない。少なくとも、応急修理すればフランクリンは使えるのだ。それならば上出来だ。攻撃隊が戻る
までは間に合いそうも無いが、格納庫にはまだ何機か使える機体があるし、何よりもエレベーターが傷付いて
いない事は大きい。私がレキシントンに乗っていた時に受けた被害に比べれば、まだ望みはあるぞ。
艦長、被弾を3発に留めた腕は見事だった。初めての対空戦闘にしては、まずまずの成果だよ。」

シャーマン少将は逆に艦長を褒めた。
それを聞いたシューメイカー艦長は、再び元気を取り戻した。

「それよりも、プリンストンの方が気掛かりだな。フランクリンと同様に被弾したようだが、上手くやっているかな?」

そこに通信参謀が現れた。

「司令官。プリンストンより連絡です。我、爆弾2発を受け、艦載機の発着不能。速力低下せるも、あと30分で
火災鎮火の見込み、との事です。」
「ふむ。沈没は免れた訳か。」

その報告を受け取ったシャーマン少将はそう呟いたが、少しばかり苦い表情を浮かべる。
結果として、TF36の2空母は共に被弾し、今は艦載機の発着が不可能な状態にある。
空母という艦首は、飛行甲板が壊れれば後は用済みだ。
つまり、機動部隊としては壊滅したも同然なのである。
(だが、アメリカ空母には優秀なダメージコントロール班がいる。
彼らの腕次第では、TF36がより短い時間で復活できる事も可能だ。それに、痛手を被ったのはこちらもだが、敵も同様だ)
TF36の艦艇が放つ対空砲火は、少ないとはいえVT信管も活用したお陰でかなりのワイバーンを撃墜している。
今は撃墜数を調査している所だが、少なく見積もっても、敵攻撃隊の3割又は4割を落とすか、傷付けたに違いない。

「ひとまず、一定の敵は吸収できた。後は、こちらの放った攻撃隊が、敵機動部隊に対してどれほどの傷を与えられるか、
これで決まるな。」  


711  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  02:59:58  ID:Bohu6sek0
・・・・・・このTF36の運命も。
シャーマン少将は、最後の一言だけは口にせず、内心で思うのみに留めた。


午後0時20分  北北西480マイル沖

空母フランクリン、プリンストンから発艦した84機の攻撃隊は、途中でアムチトカ島から発進した攻撃隊と合流した。
アムチトカからは、護衛のP−38が24機に、B−26が12機、TBFが24機の計60機である。
TF36から発艦した艦載機を合計すれば、総計142機の大編隊となる。
VB−13所属の第2中隊3番機の後部座席に座る、ビネット・タンバー2等兵曹は、緊張を隠せない表情でしきりに周囲を見回していた。

「おいビネット!緊張してるか!?」

前から陽気な声が聞こえてきた。機長兼操縦士のリヒター・ラウント少尉の声だ。

「は、はい!緊張してます!」
「そうか。正直でよろしい!」

ラウント少尉はそう言って、がっはっはと高笑いした。
このラウント少尉は、開戦以来ずっと、ヨークタウンで艦爆に乗っていた。
そのため、実戦経験は豊富であり、バゼット半島沖を巡る大海戦や、ミスリアル戦での数々の支援作戦を体験してきたベテランである。
実戦経験は、中隊長よりも豊富で、中隊長は彼を頼れる部下として頼もしく思うと同時に尊敬している。
タンバー2等兵曹は、VB−13が結成された今年の1月からラウント少尉とペアを組んでいる。
彼からの印象では、ラウント少尉は、訓練中は鬼のような上官だが、訓練以外の時には陽気でとても思いやりのある先輩という感じだ。
(早めに敵さんと戦いたいものですねぇ。)
タンバー2等兵曹は、ダッチハーバーにあるバーにラウント少尉と飲みに行った時、酔った勢いで豪語し、ラウント少尉もまた、
(そうだな。お前の初実戦の時は俺の腕前を見せてやるから、きっちり戦果を確認しろよ)
と言った。ちなみに、これはダッチハーバーが空襲を受ける5日前の事である。
そして、その実戦は思いがけぬ形で体験する事になった。
酔った勢いであのような事を口走った彼だが、初めての実戦ともあって、彼の心は緊張と不安で一杯であった。  


712  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  03:00:46  ID:Bohu6sek0
「あの・・・少尉は・・・・・怖くないのですか?」
「怖いぜ。」

恐る恐る聞いたタンバーだが、ラウントはさっさりとした口調で答えた。

「いつ自分が落ちるか分からんからな。最初の戦いの時は、緊張で腕が震えまくってたな。しかし、人と言うもんは不思議だ。
出撃の回数を重ねるうちに緊張も恐怖も薄れていく。でもな、完璧に無くならん訳ではないんだ。」
「無くならない・・・・ですか?」
「ああそうだ。慣れたとはいえ、人間、どんな時にもある一定の緊張度は必要なんだろう。お前も場数を踏めば分かるようになる。」
「・・・・・・・」

タンバーは納得したが、返す言葉が見つからなかった。

「それよりも、もう少しでシホット共が見えてくるはずだ。後ろの守りをよろしく頼むぞ。」

ラウント少尉はそう言った後、こう付け加えた。

「まずは冷静になる事を心がけろ。そして訓練通りにやれ。俺のアドバイスはこれだけだ。」

それから5分後、攻撃隊はついに敵機動部隊を発見した。
ドーントレス隊の指揮官機の声が無線機に流れて来た。

「こちら隊長機だ!シホット共を見つけたぞ。全機敵に向かって突撃しろ!」
「ラジャー!」

ラウント少尉が気合の入った声で、無線機の向こうにそう伝える。

「戦闘機隊が速度を上げた・・・・・タンバー!機銃の点検は済んだか!?」
「動作確認はOKです!」

タンバーは返事しながら、7.62ミリ連装機銃の引き金に指をかける。  


713  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  03:01:16  ID:Bohu6sek0
これで戦闘準備は整った。
あとはワイバーンの迎撃をかいくぐり、敵艦隊に向けて突入するだけだ。

「クソ、やっぱりか・・・・・タンバー、敵さんが来るぞ!」

ラウント少尉の声が聞こえる。しかし、緊張と興奮のためか、少し遠い距離からいわれている気がする。
やがて、F6FやP−38から逃れたワイバーンが5騎ほど、上昇を止めて、攻撃隊の右上方から襲い掛かってきた。

「9時方向に敵ワイバーン!急速接近!」

タンバーはそう言いながら、7.62ミリ機銃をそのワイバーン郡に向ける。
ドラゴンに分類される生き物が、獰猛な面構えに大きな翼を羽ばたかせながら接近してくる。
始めてみるワイバーンに、タンバーは自分が真っ先に噛み付かれるのではないかと思った。
(冷静に・・・・冷静に・・・・!)
必死に叫びたい気持ちを抑えながら、彼はワイバーンとの距離をはかる。
「距離が500になったら撃つぞ。」
彼はそう決めて、先頭のワイバーンに狙いをつける。
ワイバーンが距離500に迫る前に、僚機が後部機銃を発射した。
僚機が次々に発砲をするが、タンバーだけは距離500に迫ったところで機銃を撃った。
ワイバーンの狙いは、V字型編隊の左を飛ぶ7番機だった。
ワイバーンが口から光弾を吐き出した。
光弾の連射が7番機に襲い掛かる。
最初は見当はずれの方向に外れていたが、やがて、数発の光弾がドーントレスの左主翼や胴体に命中した。
7番機は被弾したものの、この時点ではまだ致命傷を負っていなかった。
だが、2、3番騎の光弾が、コクピットや主翼にまんべんなく叩き込まれた。
相当数の光弾をぶち込まれた7番機は、よろめくようにぐらりと横転し、そのまま海に墜落し始めた。

「7番機がやられました!」

タンバーは悲鳴のような声を上げて、ラウント少尉に報告するが、ラウントは頷くだけで返事しなかった。  


714  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  03:01:50  ID:Bohu6sek0
今度は左上方から別のワイバーンが襲って来る。
タンバーは旋回機銃を回して、2本の銃身をそのワイバーンに向ける。今度は4騎が向かって来る。
しかも、目標はこっちだ。

「ワイバーン4騎が来ます!狙いはこの3番機です!」
「分かった!」

ラウントは返事したが、その時には、ワイバーンはみるみる内に迫って来ており、あっという間に接近してきた。
タンバーは機銃を発射した。2本の銃身から7.62ミリ機銃弾が放たれ、ワイバーンに向かうが、ワイバーンは
飛行機では有り得ない機動でひらり、ひらりとかわす。

「チッ、化け物め!!」

タンバーがそう罵った時、

「タンバー!捕まってろ!!」

ラウントが指示して来た。タンバーが咄嗟に構えた直後、いきなり機体が右に横滑りした。
その直前に放たれたワイバーンの光弾は、ことごとく外れてしまった。
1騎のワイバーンが他のドーントレスから放たれる機銃弾に絡め取られる。
10丁以上の機銃から放たれた7.62ミリ弾はたちまち、このワイバーンを蜂の巣にした。
残り3騎のワイバーンが機銃の弾幕を掻い潜ってドーントレス隊の下方に抜けて行った。
突然、10番機が左主翼を叩き折られた。
左主翼から炎を引きながら、バランスを崩す10番機の側をワイバーンが上空に抜けていく。

「10番機が・・・・・畜生、シホットめ!」

タンバーは罵声を吐きながら、飛び抜けるワイバーンを追い撃ちするが、これは当たらなかった。

「タンバー!下方に注意しろ!」  


715  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  03:02:36  ID:Bohu6sek0
ラウントの指示が聞こえ、彼は言われた通りに下方にも注意を払う。
下方は死角になりやすいため、敵に突っかかられると撃墜される危険が高い。

「7時下方よりワイバーン1騎、接近してきます!」
「了解!ワイバーンとの距離を報告し続けろ!」
「はい!」

タンバーは下方から迫り来るワイバーンを睨み付けながら、距離を目測で測る。

「900・・・・800・・・・700・・・・600」

彼が500まで数えた時に、ワイバーンが口を開いた。

「ワイバーンが口を開けました!」

その直後、ワイバーンの口から何かが光ったと思われたと同時に、機体がいきなり左方向にロールした。
ラウントの咄嗟の判断で、ワイバーンは惜しくも、3番機を捉えられなかった。
外れた光弾が3番機のすぐ横を通り過ぎていく。ワイバーンは3番機の右横を上昇していく。
「敵のワイバーンが思ったよりも多いな・・・・・敵に取っ付く前に、一体何機がやられるんだ?」
ラウントは先行きが不安になって来た。F6FやP−38の阻止を逃れたワイバーンはかなりいるようだ。
ワイバーンはドーントレス隊のみならず、アベンジャー隊や、アムチトカからやって来た攻撃隊にも襲い掛かっている。

「早く攻撃に移らんと、下手すりゃ全滅するぜ。」

ラウントがそう危惧した時、後部座席から5番機被弾の知らせが聞こえた。


ワイバーンの攻撃を幾度かわしたか正確には分からなかったが、TF36の攻撃隊はやっと、目標の敵機動部隊に
突入を開始した。  


716  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  03:03:14  ID:Bohu6sek0
敵は2郡に分かれており、竜母4隻を中心とする機動部隊はアムチトカ島の部隊が攻撃。
竜母3隻の部隊はTF36の攻撃隊が行う事になった。
ドーントレス隊は、進撃しながら高度を5000メートルに上げて、敵機動部隊の輪形陣の左上から進入を始めた。
18機いたドーントレスは、ワイバーンの襲撃で14機に減ってしまった。
その14機も、第1中隊と第2中隊所属機の二手に分かれており、先の混乱もあって第2中隊が先に突撃する形になった。
中隊長機の周囲に、敵の高射砲弾が炸裂する。
高射砲弾は、最初は数個の黒煙が沸いただけだが、次第にその数を増し始めた。
中隊長機を戦闘に、斜め単横陣の隊形で敵の輪形陣中央を目指している。
下界の敵艦隊は、中心に竜母3隻を置いており、その周囲の艦が高射砲を撃っている。
高射砲弾は、見当外れの位置に炸裂するものもあれば、いきなり近くで炸裂して機体を揺さぶる物もあり、一瞬たりとも
気が抜けない。

「敵の高射砲弾幕の密度が上がっている。どうやら、奴さんも対空戦闘の訓練を充分に積んでいるようだな。」

ラウント少尉は感心したような口調で言うが、一方のタンバーは、いつ機体が吹き飛ばされるか心配だった。
今は急降下爆撃に入る前なので、旋回機銃は機内に仕舞い込んで、風防ガラスを閉めている。
時折カツーンという、破片が当たる音が聞こえ、タンバーはその度に驚く。
何度か高射砲弾が至近で炸裂し、ひやりとさせられたが、第2中隊6機のうち、全機が撃墜されずに、目標上空に到達した。
第2中隊の目標は、3隻居る中の竜母のうち、左に位置する竜母だ。
中隊長機がぐらりと機体を左斜めに傾ける。そして、そのまま急降下に入っていく。
2番機が続き、そしてついに3番機の番となる。

「突っ込むぞ!」

ドスの聞いた声が機内に響くと、ドーントレスの機体が急に傾いた。
そして、機首を下にして1番機、2番機の後を追う。
機体がガタガタ震え始めた。

「高度4800・・・・4600・・・・4400」  


717  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  03:03:46  ID:Bohu6sek0
体に急激なGがかかるが、タンバーはそれに耐えて、高度計を読み上げる。
高射砲弾の射撃が一層激しくなり、しきりにドーントレスの周囲で砲弾が炸裂する。
しばらくして、機体から甲高い音が鳴り始めた。
(赤いサイレンが鳴り始めたぜ)
タンバーは不敵な笑みを浮かべた。
赤いサイレンとは、ドーントレスの特徴であるハニカムフラップから発せられる音だ。
このフラップは、急降下爆撃の際に機速を押さえるためのダイブブレーキであり、そのブレーキ本体が赤い事から、
艦爆乗り達の間では赤いサイレンと呼ばれている。
ラウントやタンバーら艦爆乗りにとっては、頼もしい音だ。

「3000・・・・2800・・・・2600・・・・2400」

タンバーは機械的な口調で高度計を読み続ける。その時、一瞬後方がオレンジ色に染まった。
(僚機がやられた!!)
そう確信したタンバーは、一瞬後ろに振り向こうとしたが、寸でのところで抑えた。
(いや、他の事を考えるのは後だ。今は、自分のやるべきことをやるのみだ。)
そう決意した彼は、高度計を読み続けた。

「600で投下するぞ!」

ラウントが投下高度を定めた。タンバーは了解と返事し、そのまま高度計を読み続ける。

「1400・・・・1200・・・・1000・・・・800」

カラフルな光弾がドーントレスに注がれているが、不思議な事に全く当たらない。
ドーントレスは光弾を払いのけるかのように、投下高度まで急降下を続け、そして、

「600です!」
「投下!」  


718  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  03:04:19  ID:Bohu6sek0
タンバーの言葉に反応したラウントがすかさず投下レバーを押す。
1000ポンド爆弾が離れたのだろう、機体がフワリと軽くなった。

「イヤーッホウ!!」

ラウントは、わざと雄叫びを上げながら、懇親の力で操縦桿を引いた。
急降下から一転して、急に水平飛行に移るため、体にのしかかるGは相当にきつい。
このGに耐え切れず、失神するパイロットもいる事から、艦爆乗りは常に忍耐が必要になる。
ラウントとタンバーには、その忍耐が備わっていたため、この日の急降下爆撃も見事にこなした。
すぐにタンバーは後ろに振り返った。目標の竜母は、左舷に急回頭している。
1番機と2番機の爆弾は外れたのだろう、竜母の後ろ側の海面に波紋が広がっている。
(無傷なのか・・・・・)
タンバーはてっきり、敵の竜母が既に被弾していると思ったのだが、どうやらすぐに手傷を受ける敵ではないようだ。
だが、その敵竜母の後部甲板が閃光を発し、次いで爆炎が沸き起こった。

「命中ーッ!爆弾命中です!」

タンバーは飛び上がらんばかりに喜び、ラウントに報告した。
ラウントはこくりと頷いたが、この時、彼は喜びを表に出す事は無かった。

対空巡洋艦のルンガレシの艦橋で、対空戦闘を指揮していたヴェンバ・ラガンガル大佐は一瞬しまったと思った。

「いかん!これはいかんぞ!」

ラガンガル大佐は口髭を震わせてそう呟くが、ドーントレスの攻撃はまだ止まない。
ホロウレイグの右舷側海面に至近弾炸裂の水柱が吹き上がる。
次いで、今度は左舷側に水柱が立ち上がり、ホロウレイグの後部部分が隠れた。
水柱が晴れると、後部から黒煙を吹き上げるホロウレイグの姿が見て取れた。

「ホロウレイグの被弾は、今の所1発に留めたか。しかし、まだ来るぞ。」  


719  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  03:04:50  ID:Bohu6sek0
ラガンガル大佐はルンガレシの上空を見上げた。
上空には、別のドーントレスの編隊が、斜め単横陣の隊形から、1機ずつ翼を翻し、急降下に移っていく。

「次の目標、ホロウレイグ上空のドーントレス!」
「左舷方向、低空より敵雷撃機急速接近!」

彼が目標を指示した直後に、新たな報告が飛び込んで来る。
ラガンガル大佐は左舷側に顔を向ける。左舷側から、駆逐艦の防御ラインを突破した敵雷撃機が、横に
展開しながら向かって来る。
このまま行くと、敵雷撃機はドーントレスが爆弾を投下すると同時に魚雷を放てる。

「雷爆同時攻撃か!」

艦長はアメリカ軍機の意図を見抜き、歯噛みする。
通常、アメリカ軍機は急降下爆撃から、魚雷攻撃と、順番よく行なって来た。
しかし、このアメリカ軍機は、雷撃と爆撃を同時に、竜母に加えようとしている。

「砲の半数は雷撃機に向ける。残りは爆撃機を撃て!」

号令と共に、ルンガレシが吼えた。
先の対空戦闘で、ルンガレシは獅子奮迅の働きを見せた。
ルンガレシは、迫り来るハボックやマローダーの群れに、新開発の速射砲や多数搭載された魔道銃を撃ちまくり、
爆撃や雷撃を妨害した。
その結果、ハボックは爆弾を全てはずし、マローダーからは魚雷1本をホロウレイグに当てられてしまったが、
ホロウレイグは小破程度で済んだ。
この為、2度目の対空戦闘が開始される前に、第2部隊司令官のムク少将から、魔法通信で褒めの言葉を貰っている。
今度も敵には1発の爆弾も、1発の魚雷を当てさせまいと、ラガンガル大佐は決意したのだが、既にホロウレイグは
爆弾1発を受けて火災を起こした。
これ以上の命中弾は与えてはならぬ!ラガンガル大佐はそう強く決意した。  


720  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  03:05:23  ID:Bohu6sek0
左舷と後部の砲が雷撃機に、右舷と前部の砲が爆撃機に向けて猛然と放たれる。
ドーントレスが、特有の甲高い音を響かせながらホロウレイグに迫りつつある。
ホロウレイグは、今度は右に回頭を始めて狙いを外そうとした。

「雷撃機1機撃墜!」

見張りから敵機撃墜の報告が上がるが、ラガンガル大佐は喜ばない。
対空射撃に、魔道銃が加わり、更に1機のアベンジャーが海中に叩き落されたが、残りは艦の上空を飛び抜ける。
アベンジャーのうち、1機が両翼から艦橋めがけて機銃を放った。

「伏せろ!」

艦長は咄嗟に、艦橋要員に向かってそう叫び、誰もが艦長の言うとおりにした。
ガンガンガンガン!という機銃弾が命中し、弾ける音が聞こえ、ガラスが機銃弾の集中弾を浴びてあっけなく割れた。
7機のアベンジャーがルンガレシを飛び抜ける。
右舷側の魔道銃が猛然と射撃を開始して、アベンジャーを追い撃ちした。
その頃には、ドーントレスの爆弾はホロウレイグを狙って投下された。
1発目の爆弾がホロウレイグの右舷側海面に突き刺さって海水を空高く跳ね上げる。
2発目が今度は左舷後部側の海面に落下して、同様に水柱が上がる。
その次の爆弾も外れた時、アベンジャーが一斉に魚雷を投下した。
直後に、ホロウレイグと、ルンガレシから挟み撃ちにあった1機のアベンジャーが全身をズタズタに引き裂かれ、
最終的に3つの粗大ゴミに変換され、別々に落ちた。
ホロウレイグの中央部に、新たな爆炎が沸き起こる。飛行甲板の板材がバラバラに砕け散り、煙を吹きながら甲板上や
海面に撒き散らされた。
ドーントレス隊の命中弾はこれだけであったが、今度はアベンジャー隊の放った魚雷が、ホロウレイグの左舷後部に
突き刺さった。
突然、ホロウレイグンの左舷後部から、至近弾炸裂よりも大きな水柱が吹き上がり、一瞬ホロウレイグが蹴り飛ばされた
かのように揺れたと、誰もが思った。
水柱が崩れ落ちると、ホロウレイグはスピードを緩め始めた。  


721  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  03:05:54  ID:Bohu6sek0
「今度ばかりは、軽傷では済まなかったか・・・・・!」

新たな被弾を許してしまった。
ラガンガル大佐は内心、悔しさで叫びだしそうになったが、彼は冷静な表情で指揮を取り続けた。


いつの間にか、空襲は終わっていた。

「・・・・・あっという間だったなあ・・・」

竜母ホロウレイグ艦長のクリンレ・エルファルフ大佐は、衛生兵の手当てを受けながらぽつりと呟いた。
衛生兵が、頭の包帯を巻き終わった。

「艦長、痛くありませんか?」
「うん。だいぶ良くなったよ。ありがとう。」

クリンレは微笑んでから、衛生兵に礼を言った。

「君も災難だな。初めての空襲で、爆弾、魚雷を喰らい、挙句の果てには自分も負傷するとは。よくよくついてない。」
「はあ、恥ずかしながら。」

ムク少将の言葉をクリンレは苦笑しながら受け取った。
先ほどの被雷の際、クリンレは衝撃に耐え切れずに転倒し、スリットガラスの枠に頭をぶつけてしまった。
左の前頭部が切れ、クリンレの顔面は血で真っ赤に染まったが、衛生兵が見た所、血は結構出たが傷自体は心配無いようだ。
とはいえ、こうして頭に包帯を巻きつけられると、どこぞの敗残兵を思わせる。

「艦長。」

艦橋に、応急修理班の指揮官が上がってきた。  


722  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  03:07:11  ID:Bohu6sek0
「損害状況はどうだ?」
「飛行甲板は、後部部分に関しては、被害は表面と内部の損傷のみと、小規模の火災が起きただけに終わりましたが、
中央部分では火災が発生し、現在消火作業中です。左舷後部に命中した魚雷に関しては、浸水は食い止められましたが、
13リンル以上のスピードは出せません。」
「そうか・・・・手痛い被害を受けてしまったな。」
「ランフックも魚雷1本を叩き込まれたらしいな。やはり、少数といえども、アメリカ雷撃機は侮れないな。」

ムク少将が暗い表情で言ってきた。

「ここまで被害を受けたとなると、アリューシャン作戦は続行が困難になって来たな。キスカ島に攻撃を仕掛ける前に、
300機以上のアメリカ軍機が大挙してやって来ている。恐らく、敵は更なる攻撃隊を準備しているかも知れん。」
「と、しますと。我が艦隊はかなり危ない状況に陥っているのではありませんか?」

主任参謀の言葉に、ムク少将は深く頷いた。

「このまま作戦を続ければ、貴重な竜母が失われる可能性がある。1、2波の空襲だけで、第2部隊の主力竜母が
被害を受けている事がその前途を現している。最も、最終的な事はモルクンレル提督が判断する事だが・・・・・」


午後1時  旗艦モルクド

「以上が、攻撃隊の受けた被害と、その戦果です。」

第24竜母機動艦隊旗艦モルクドの艦橋で、報告を聞いていたリリスティ・モルクンレル中将は、苦り切っていた。
艦隊の南西方面で見つけた、新鋭空母を含む敵機動部隊に対し、リリスティは総計162騎のワイバーンを送り出した。
そして、帰還したワイバーンは戦闘ワイバーン62騎、攻撃ワイバーン43騎。
実に57騎ものワイバーンを現地で失った。
それに加え、防空戦闘では42騎の戦闘ワイバーンを失っており、この半日だけで喪失数は99騎に上る。
早くも4分の1ほどの戦力をすり減らされてしまったのだ。  


723  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  03:07:55  ID:Bohu6sek0
そして、艦隊も被害を受けている。
第1部隊は、旗艦モルクドに魚雷、爆弾各1発が命中したが、魚雷は不発で、被害は爆弾命中のみの物だ。
しかし、ギルガメルには魚雷1発が命中し、速力が12リンルにまで落ちた。
この他に駆逐艦1隻が沈み、戦艦ケルグラストが小破した。
第2部隊では、最新鋭の竜母2隻が揃って被害を受け、うち、ホロウレイグは中破程度の損害を受けている。
それに対し、敵に与えた損害は、エセックス級空母1隻に爆弾3ないし5発を命中させ、小型空母も同様に発着不能に
陥れて機動部隊としての能力を失わせた。
また、来襲してきた米軍機にもかなりの被害を与え、撃墜数では互角か、勝っているかもしれない。
戦闘に関しては、今の所互角か、こちら側が勝っている。
だが、リリスティは迷っていた。
このまま、攻撃を続行してキスカ島か、傷付いた敵機動部隊に止めを刺すか。
あるいは・・・・・・
(後一押しで敵にも・・・・・・あっ、でも消耗しているのはこちらも同じ。そして、敵はキスカのみならず、
南のアムチトカからも飛行機を飛ばして来た。地の利はアメリカ側にある。ここで無理をすれば、それこそ、
海軍上層部が危惧した通りになりかねない・・・そうなったら・・・・・竜母部隊は終わりね)
沈黙すること10分。リリスティは幕僚達に向けて話し始めた。

「これよりアリューシャン作戦を終了する。艦隊針路変更、本国に帰還する。」


午後4時30分  アムチトカ島北西130マイル沖

TF36旗艦フランクリンに、1通の電報が入って来た。
その電報には、敵機動部隊が北西方面に向けて遁走中という文が綴られていた。
電報の内容を知ったシャーマン少将は、内心ホッとした。

「ふむ。敵は撤退したか。道理で見つからなかった訳だ。」  


724  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/23(日)  03:08:38  ID:Bohu6sek0
TF36と、アムチトカ島航空隊が空襲を行った後、位置を見失ったアメリカ側は、周囲に展開する潜水艦や、
索敵機に捜索させたものの、キスカに向かっているはずの敵機動部隊は忽然と姿を消した。
どこに消えたのか?今度はアラスカを襲う気か?
敵機動部隊の不気味な雲隠れに、誰もが不安を感じ始めた。
しかし、その不安は、潜水艦から発せられた電報によってたちまち打ち消された。

「しかし、酷い被害を受けたものだ。TF36から発艦した攻撃隊だけで20機も未帰還機を出した。攻撃隊が
戻った後も、フランクリンとプリンストンは使えんから、結局は全機が失われてしまった。」
「ですが、不時着機のパイロットは無事に救えましたよ。それに、フランクリンも今は応急修理を終えて甲板が使えます。
これなら、すぐに補充機を送ってもらえれば、フランクリンの能力は元通りになります。」
「プリンストンの被害も、思ったより軽くてよかった。やられたのは確かに痛いが、シホールアンル側には
俺達の意地を充分に見せ付ける事が出来たはずだ。」

シャーマン少将は、シューメイカー艦長に向かってそう言った。

「胸を張って言っていい。俺達は勝ったのだと。」


アムチトカ島沖海戦  両軍損害比較
シホールアンル側
第24竜母機動艦隊
沈没  駆逐艦イムジラ
中破  竜母ホロウレイグ  ギルガメル
小破  竜母モルクド  ランフック  ライル・エグ  戦艦ケルグラスト  巡洋艦ルンガレシ
ワイバーン99騎喪失

アメリカ側
中破  正規空母フランクリン  軽空母プリンストン
航空機喪失
B−17爆撃機4  B−25爆撃機6  B−26爆撃機11機  A−20攻撃機9機
P−38戦闘機14機  F6F40機、SBD21機  TBF26機  偵察機3機
計113機。  

 


744  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/29(土)  01:15:55  ID:Bohu6sek0
第66話  新鋭艦の主

1483年(1943年)5月31日  午後8時  シホールアンル帝国首都ウェルバンル

リリスティ・モルクンレル中将は、29日昼頃に艦隊を帰還させた後、1時間後に海軍総司令部に呼ばれ、
作戦の経過報告や、説明を行った。
30日も海軍総司令部に出頭して、昨日に引き続いて海軍上層部と話し合いを行った。
だが、この30日の話し合いは、リリスティにとって不快な物であった。
そして31日。リリスティは、皇帝のオールフェスに呼び付けられた。

リリスティは、宮殿内にある応接室で、オールフェスが来るのを待っていた。
彼女は、オールフェスが来るまで貰った広報紙に見入っていた。

「・・・・・・ふぅ。」

彼女はため息を吐いた。その表情には、少し呆れたといった思いが滲んでいる。
その時、応接室のドアが開かれた。

「リリスティ姉、待たせてすまねえな。」

オールフェスが、苦笑しながら入室してきた。

「いや、いいのよ。待つのは当然よ。あなたはこの国の王で、あたしは王に仕える、ただの一提督だもの。」

リリスティのジョークにオールフェスは更に苦笑しつつ、リリスティの反対側のソファーに座った。

「オールフェス、この広報紙なんだけど。」

彼女は、持っていた広報紙をオールフェスに渡した。  


745  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/29(土)  01:16:32  ID:Bohu6sek0
彼はそれを手に取りながら、

「なんだ、これの事か。」

と事も無げに言う。だが、リリスティの口調がいきなりきついものになった。

「これの事か、で片付けていいの?あたし達が体験した事と、違う内容が書かれている。これは、あんたの指示?」

彼女はいつになく、厳しい口調でオールフェスに聞いた。

「いや、俺の指示じゃねえよ。俺はとりあえず、結果は伝えとけと言ったんだが、どうも国内省の奴らが
途中であれこれ指示したんだろう。」

と、彼はリリスティが渡した広報紙を、ぼんやりとした目付きで見ていた。
広報紙に書かれていた内容は、一連のアリューシャン作戦の内容がほとんどであった。
その最初の見出しには、

「我が精鋭艦隊、アメリカ軍根拠地を殲滅!!」

と言った言葉大きく掲げられ、ワイバーンの爆撃で爆沈するアメリカ戦艦の絵が描かれていた。
最初の部分は、ウラナスカ島のダッチハーバー攻撃に関する部分で、この部分は事実、その通りであったからまだいい。
だが、リリスティが気に入らないのは後半部分である。
後半部分は、これまた激しい海戦模様の絵が書かれており、絵には燃えるアメリカ軍空母と飛び抜けるワイバーンが
勇ましく描かれていた。
その絵の上には、

「追撃せるアメリカ機動部隊及び、敵航空部隊を撃退!」

と威勢の良い文字が書かれている。  


746  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/29(土)  01:17:04  ID:Bohu6sek0
内容は、撤退中の味方艦隊が、待ち伏せていた敵空母機動部隊並びに航空部隊の空襲を受けたが、逆に艦隊は
耐え抜き、反撃で敵の新型正規空母並びに小型空母を大破させ、敵艦隊や航空部隊を蹴散らした、とあった。
しかし、アリューシャンで実際に見て来たリリスティは、この広報紙の内容が現実と違っていると思った。

「ねえオールフェス。あたしをここに呼んだのは、あんたもアリューシャンで起こった出来事を、あたしから
直に聞きたいからでしょう?」
「そうだよ。」

彼は即答した。

「実際に聞いたほうが、俺も勉強になる。なあリリスティ姉。あのアリューシャンの戦いは、リリスティ姉から
見たらどう思った?」
「・・・・言いにくいんだけど・・・・」

リリスティは表情を引き締め、頭の中で話を整理してから、オールフェスに言い始める。

「最初のほうはあたし達の勝ち。後半はあたし達の負け、というとこかも。」
「どうして後半は負けなんだ?」
「正直言って、事前情報と実際の現状が違いすぎた事ね。まず1つめ、小規模ながらも存在した、敵の機動部隊ね。」

リリスティは右手の人差し指を立てた。

「レンフェラルからの情報では、アリューシャン方面には小型の空母しかいなかったとあった。でも、攻撃直前に
入手した情報では、アメリカはアリューシャン方面に駐留する艦隊とは、全く別の艦隊を派遣していた。その艦隊
こそ、後半戦であたし達に挑んできた敵の機動部隊ね。」
「敵の空母部隊には、新型空母がいたようだな?」
「いたね。噂のエセックス級が。」

リリスティは大きく頷く。彼女の顔にやや赤みが増した。  


747  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/29(土)  01:17:35  ID:Bohu6sek0
「今思えば、惜しい事をしたと思う。目の前には、敵の新鋭空母が、僅かな護衛しか付けていない。対するあたし達は
何隻もの竜母で固める大艦隊。せめて、あと一撃加えられる時間があれば、エセックス級や小型空母を沈める事が
出来たんだけど、あの時の状況からして無理だったね。」

そう言ってから、リリスティは中指を立てる。

「2つめの違いは、アメリカ軍がアムチトカにも飛行場を建設していた事。アメリカ軍は機動部隊とキスカ、
アムチトカから攻撃隊を出してきた。第1波がキスカ、第2波がアムチトカ、空母機動部隊の混同編隊だったけど、
それだけでも300機は下らなかったと思う。」
「艦隊は、竜母に大分被害が集中してたな。幸いにも、大破相当の被害を受けた艦が、沈没した駆逐艦を除いて無かった事だな。」
「ええ、それぞれの艦の被害は思いのほか少なかった。だけど、キスカ、アムチトカの航空部隊が、正確に何機の
飛空挺を有しているか判然としなかった。あたしはあの時考えた。敵航空基地の航空部隊は少ないか、それとも多いか。」
「リリスティ姉は、どう考えたんだ?」
「あの時は、敵航空基地の飛空挺は、まだ多いと考えたね。カレアントやミスリアルに展開するアメリカ軍機は、
各航空基地に300機前後の飛空挺を常駐させているわ。アメリカと言う国は、全ての事をぬかりなくやろうとしている。
そんな国が、キスカやアムチトカにも、ほぼ同数の飛空挺を配備していた事は、間違いないわね。」
「そうなると、あそこで無理していたら危なかった訳か。」
「恐らくそうね。たった半日で、ワイバーンが100騎近くも無くなる戦いよ?あの状態で敵の更なる空襲に耐え切れた
筈は無い。貴重な竜母を何隻か失っていたかもしれない。」
「そうだったのか。リリスティ姉、良い判断だぜ。」

オールフェスは微笑みながら、リリスティにそう言った。

「ありがとう、と言いたい所だけど、昨日はお偉方に色々言われちゃって、少し困ったわ。」

彼女は紫色の長髪を手でいじりながら、不満げな口調でぼやく。

「どんな事言われたんだ?」
「今回の作戦は消極的だったんじゃないか?作戦を立案しといて、さっさと逃げ出すのは何事かとか、色々批判されたよ。」  


748  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/29(土)  01:18:13  ID:Bohu6sek0
リリスティの顔つきが少し怖くなって来た。オールフェスは彼女が怒っているなと、この時確信した。

「まあ、あたしは貴重な竜母を失わなかったからそれで充分。作戦は成功したって、何度も言ったんだけど、
あの石頭連中ときたら、不充分、不充分と繰り返すだけで何も分かりやしない!」

最後に、リリスティはテーブルを叩いて叫んだ。一瞬、オールフェスはびっくりした。

「あ・・・ごめんね、驚かすつもりは無かったんだけど。」
「ああ、まあいいよ。それにしても、リリスティ姉の口ぶりからすると、しつこく言われたんだな?」
「ええ。それも、ネチネチとね。あいつら、あたしが若いから作戦上の批判から、あたしに対する不満まで言ってやがった。
表に引きずり出してぶっ飛ばしてやろうかと思ったわ!」
「やらないで良かったじゃねえか。我慢するだけ、得はするもんさ。」

オールフェスは声を上げて笑った。
リリスティは、中尉時代に評判の酷かった中佐を表に引きずり出してぶちのめしてしまった事がある。
原因は、その中年の中佐が、彼女に肉体関係を迫ったからだそうだが、激怒した彼女が外でその少佐を叩きのめし、
挙句の果てには池に放り込んでしまった。
その後、リリスティの行動を巡って賛否両論が沸き起こった。
結局はその少佐を一時停職処分及び、2年減給する事で片が付いている。(リリスティ本人は投獄を望んでいた)
ちなみに、その少佐とは、レアルタ島沖海戦で戦死したウルバ・ポンクレル中将である。
このように、彼女にはこういう前科がある事から、軍内部ではやや恐れられている存在でもある。
元々、喧嘩っ早い性格なのだが、長い間軍に勤めていたお陰で彼女は心身共に成長し、今ではそれも影を潜めている。
しかし、昨日の会議では、言いたい放題の上官達に、危うく爆発寸前になったようだ。
「私も忍耐強くなったのよ。まあ、お偉方が言いたいのも分かるわ。自分でこうしようと言っておいて、実際には
損失を恐れて逃げ出したんだもの。」
「まあ、そう言うなよ。作戦自体は中途半端だったとしても、アリューシャン方面の根拠地は壊滅し、シホールアンル海軍の
力を示してやった。僻地とはいえ、自国そのものを攻撃されたアメリカは、兵力をアリューシャンに回さないといけなくなる。
その分、アメリカの増援兵力は減ってくれる。作戦は成功と言ってもいいよ。」
「成功・・・・ね。」  


749  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/29(土)  01:18:54  ID:Bohu6sek0
リリスティは、乾いた笑みを浮かべながら、そう呟いた。

「そうかもしれれないね。少なくとも、ダッチハーバーの回復には最低でも4ヶ月か、半年近くはかかるかもね。
それに、傷付けた空母も、1、2ヶ月程度は前線に出て来られないから、全体的な勝ち点はあたし達が上ね。」
「そうだよ。今後は、帰還した竜母部隊の戦力補充、それに、新戦力も加えてから訓練に励んでもらうよ。
アメリカの空母部隊を打ち破るには、これから登場する新兵器を用いた、新しい戦法に熟知しないといけない。」
「分かってるわ。きっちりしごき上げてやるから。」

リリスティは爽やかな笑顔でオールフェスに返事する。

「頼りにしてるぜ、リリスティ姉。」

オールフェスも笑顔で返し、互いに握手を交わす。

「とりあえず、海軍上層部の連中が言う事は、なるべく気にするな。大事な部分だけ聞いておけばいいよ。」
「ええ、分かったわ。」

リリスティはそう返したが、笑顔の中に、陰りが見えた。

「・・・・・せめて、竜母があと2隻いれば・・・・・」

彼女の小さい声が、オールフェスの耳に入って来たが、彼はその事を聞かなかった事にして、次の話題に移っていった。  


750  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/29(土)  01:19:34  ID:Bohu6sek0
1483年(1943年)6月2日  午後6時  アメリカ合衆国ニューヨーク州

この日、リューエンリ・アイツベルン大佐はニューヨークの海軍基地内にある海軍病院を訪れていた。
服装はカーキ色の軍服を着ており、手元には果物を携えている。
彼は、病院に行く途中、近くの商店で見舞い用の果物を購入し、それをベッドで悶々としているであろう親友に渡そうと思っていた。

「全く、ドジな奴だな。猫を追い回した末に、階段から落ちて足を折るとは。」

リューエンリはぶつぶつ言いながら、病院に入った。
やがて、教えられた病室に辿り着いた。彼は、コンコンと、2度ノックした。

「はい!」

中から聞き覚えのある声が聞こえた。リューエンリはドアを開けて、室内に入った。

「よお、リュー!久しぶりじゃないか!」
「ブルース。意外に元気そうだな。」

ベッドで、左足を吊りながら本を読んでいたブルース・メイヤー大佐は、リューエンリに顔を向けてからそう言う。
2人は満面の笑みを浮かべながら、久方ぶりの再会に喜んでいた。
ブルース・メイヤー大佐は、開戦時は重巡洋艦ウィチタの艦長としてリューエンリと共に第23任務部隊に所属していた。
開戦のきっかけとなった11月12日の海戦では、リューエンリのセント・ルイスと共に敵艦隊と交戦している。
リューエンリが、太平洋に派遣される第5戦艦戦隊の参謀長に引っ張られた後も、ブルースはウィチタの艦長を務め続け、
第2次バゼット半島沖海戦やその後の支援作戦に参加していた。
今年の4月に、ブルースは6月下旬に竣工予定の巡洋戦艦アラスカの艦長に任ぜられた。
竣工までカウントダウンに入った新鋭艦の艦長に任ぜられた事で、ブルースは飛び上がらんばかりに喜んだ。
その矢先に、今回の珍事が起きたのである。

「10ヶ月ぶりだな。君と出会うのは。知らせを聞いた時は正直驚いたぞ。ちなみに、これは土産だ。」  


751  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/29(土)  01:20:11  ID:Bohu6sek0
リューエンリは、ベッドの側にある小さなテーブルに、バスケットに入った果物を置いた。

「わざわざ済まんな。こんな物まで買わしてしまって。」
「なあに、気にするな。親友の見舞いに、手ぶらじゃ申し訳ないからな。」
「ああ、君の心遣いに感謝するよ。まあ立ったままでも何だし、そこに座れよ。」

ブルースはベッドの左側にある椅子を指差した。

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。」

リューエンリはそう言って、椅子に座った。

「しかし、君も災難だな。いきなり大怪我して、病院送りになるとは。」
「ははは、面目ないよ。猫ごときを追い回すのに、階段を転げ落ちるとは思わんかったよ。お陰で、左足骨折で全治3ヶ月だ。」

ブルースは苦笑しながら、吊った左足を右手でさすった。
左足はギプスで固められており、巻かれた包帯が、左足をより痛々しく見せた。

「階段から落ちなければ、6月24日のアラスカ竣工式に出られたんだがなあ・・・・全く、情けない限りさ。」
「まさか、君がアラスカの艦長だとは思わなかったよ。その君が事故で負傷して、俺に艦長の椅子が巡ってくるとはなぁ・・・・」

リューエンリは、どこか申し訳なさそうな表情で言った。

「どうも、親友の座る椅子を蹴飛ばしたような気がするよ。」
「まあリュー。そう暗くなるなよ。君の実績があったからこそ、アラスカの艦長に選ばれたんじゃねえか。
そこはそこで喜ぶべきだ。それにな、アラスカの艦長に、おまえを是非にと、頼み込んだ奴がいるんだぜ?」
「何ぃ?そいつは誰だい?」

リューエンリは怪訝な表情を浮かべて、ブルースに問う。そのブルースが、親指を自分の顔に向けた。  


752  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/29(土)  01:20:45  ID:Bohu6sek0
「俺だよ。」
「君か。俺を是非にと言った奴は。」
「この病院に入った時、もしアラスカを他の艦長に任せるとしたら、真っ先にお前が浮かび上がったんだ。お前は俺より
上手いからな。船の扱い方も、部下の扱い方も。だから俺はお前を是非にと、強く推したんだ。」

リューエンリは2週間前、戦艦ワシントン艦上で突然、巡洋戦艦アラスカ艦長就任の辞令を受け取った。
この事で、リューエンリは正式に第5戦艦戦隊参謀長から、アラスカ艦長に任命されたのだが、突然の事態に彼は戸惑った。
とりあえず、リューエンリはリー少将を始めとする戦隊司令部のスタッフに見送られつつ、戦艦ワシントンから退艦し、
まずはワシントンDCにある海軍省を訪ねて詳しい事情を聞いた。
その後、リューエンリは休暇を与えられ、彼は久しぶりにノーフォークの家族と再会して一時の平和を楽しんだ。
そして今日、カムデンのニューヨーク造船所で建造中のアラスカを視察した後、病院に足を運んだのである。

「なるほど。海軍省の奴らは、俺が推された理由をあまり話さなかったが。」
「そうなのか。全く、事務屋共は面倒な事はすぐに省きやがる。とにかく、アラスカをよろしく頼むぞ。お前のアラスカだ。
存分に暴れてくれ。」
「ああ、期待に沿うよう、こっちも頑張るさ。」
「ところで、家族には会って来たか?」
「会ったよ。この間、休暇をもらったから久しぶりに里帰りしたよ。父と母、それに兄貴も相変わらず元気だったな。
妹3人のうち、1人はアムチトカに出張中でいなかったが、残る2人に色々手柄話を話させられたよ。あいつら、帰ってきた
俺を見るなり、なんと言ったと思う?もう可愛い服は着られなくなったね、と抜かしやがった。」
「そういえば、お前、少年時代はよく、妹連中に女装させられたと言ってたな。」
「昔は海軍という組織の存在すら知らん、気弱な子供だったからな。頼み事されたら断り切れん俺の癖を悪用して、色々
着せられて写真に取られまくったよ。で、この間、久しぶりにアルバムを見せられたから、鳥肌が立ちまくったぞ。」

リューエンリはそう言いながら、身を震わせる。どうやら、昔の嫌な思い出が頭の中に浮かんだらしい。

「栄えある巡洋戦艦の艦長が、昔は女装していたなんて、あまり知られたくないものだね。」
「そんな女の子もどきの奴でも、気が付けば戦隊参謀を務め、新鋭艦の艦長になったものだから、家族は驚いて
いたんじゃないか?」  


753  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/29(土)  01:21:18  ID:Bohu6sek0
「驚いていたなあ。特に妹共が驚いていた。今度乗せてちょうだいとまで言われたよ。」
「いいじゃないか。機会を作って乗せてやれよ。」

そう言ってから、ブルースはリューエンリの肩を叩いた。

「アラスカはいい船だ。生産性を重視したにもかかわらず、良いのは内面ばかりじゃなく、いつの間にか外見も
良くなってるからな。その美しさに家族も目を奪われるだろうよ。」
「機会が出来たら、考えとくさ。」

そう言って、2人は微笑んだ。

「しかし、アリューシャン方面はこの間、シホット共にきつい一撃を食らわされてしまったな。」

ブルースは、話題を切り替えた。

「まさか、いきなりダッチハーバーが空襲されるとは、意外だったよ。」

リューエンリも頷く。

「ダッチハーバーの軍港機能は維持できるようだけど、2波の空襲で180機以上の航空機がやられて、戦艦のネヴァダや
護衛空母等を失っている。2波の空襲のみでこれだから、第3、第4波の空襲があったら、文字通り潰滅していただろう。」
「後半のアムチトカ島沖海戦も危なかっただろう。現状でさえ、フランクリンやプリンストンが中破しているのに、敵の竜母に
余裕があれば、機動部隊が壊滅する所か、アリューシャンの各基地は虱潰しにやられていた。去年のうちに敵の竜母を多く沈め
ていたお陰で、敵は余裕が無くて撤退したから良かったが・・・・」

ダッチハーバー空襲と、アムチトカ島沖海戦の一部始終はアメリカ本国でも大きく取り上げられ、国民は初めて自国の領土が
攻撃を受けた事にショックを受けた。
ルーズベルト大統領は、アリューシャンでの一連の戦闘が、国民の厭戦気分を生むのではないかと危惧した。
確かに、この一連の戦闘が国民にショックを与えた事は事実だが、逆にアメリカ国民は一層猛り上がり、一部の州では
兵器増産運動と称して、海軍工廠や軍需工場への出稼ぎ人が爆発的に増えた。  


754  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/29(土)  01:21:54  ID:Bohu6sek0
もちろん、アリューシャン方面に対する戦力の回復や、兵力の転用など、頭の痛い事は残っているが、国民の士気は
衰えるどころか、ますます旺盛となっている。
シホールアンル側が目論んだアメリカ国民に対する心理的効果はあった。だが、その効果はシホールアンルが有利となる物
ではなく、一層不利な状況になるという悪影響(アメリカにとっては好影響)をもたらしたのである。
しかし、現場では、アメリカ側は綱渡りに等しい行動を取っていた。
特に第36任務部隊の行動は、敵を追い返すきっかけとはなったが、運が悪ければ参加空母全滅という凶事を招きかねなかった。
アメリカ側、特にTF36は、前年の成果と、敵将の判断によって救われたのである。

「とにもかくも、アリューシャン方面に関しては、今しばらく警戒が必要になるだろう。まずはダッチハーバーの戦力回復、
設備復旧が先になるな。」
「太平洋戦線、波高し、って奴だな。リュー。」
「ああ。」

2人は真剣な表情で、頷き合った。

「太平洋はこのように、敵さんが元気なお陰でピリピリしてる訳だが。ちなみに、アラスカが配備されるのはどこなのだろうか?」
「さあな。リューのアラスカがどこに持っていかれるかは見当が付かんなぁ。」
「もしかして、大西洋艦隊かな?」
「大西洋艦隊か。どうしてそう思う?」
「大西洋艦隊には、機動部隊に随伴できる艦が第26任務部隊のプリンス・オブ・ウェールズとレナウンしかない。それに、この
2艦自体もイラストリアスとハーミズを護衛しないといけない。高速戦艦が不足している大西洋艦隊の機動部隊は戦艦を欲しがって
いる筈なんだ。戦艦の保有する対空火力は、空母を守る護衛艦としては最適だ。現に太平洋戦線では、俺の乗っていたワシントンも
両用砲や機銃をガンガン撃ちまくって、空母の上空を守っていたよ。」
「なるほどな。アラスカも、5インチ砲16門に40ミリ機銃76丁、20ミリ機銃42丁を持っているから、空母の護衛には
持って来いだろう。」

リューエンリの言葉に、ブルースは納得する。  


755  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/29(土)  01:22:27  ID:Bohu6sek0
「大西洋に配備されるとなると、敵はマオンドか。マオンドのワイバーンは、シホットのワイバーンと比べて、性能は落ちるようだが、
いずれにしろ存分に働けるかも知れん。」
「場合によっては、水上戦闘でも活躍できるかもしれない。アラスカは巡洋戦艦だが、性能的には新鋭戦艦に次ぐ攻撃力と防御力を
持っている。万が一、TF26がリンクショック作戦で遭遇したような事態に陥っても、自慢の主砲で敵を引き止める事が出来るぞ。」
「その通りだ。旧式戦艦と相対しても、1対1なら負けぬ戦いをしないと工廠長が太鼓判を押しているほどだからな。ワンランク上の
新鋭艦が出た場合は不利になるだろうが。」

彼はそう言った後、吊っている左足に視線を向ける。

「畜生。あそこで、猫にペンダントを掻っ攫われなければ、アラスカを率いることが出来たかも知れんのに、つくづく、運の無さを痛感するよ。」

ブルースは心底残念そうな口調で言い放った。

「リューエンリ。偶然にも、俺はアラスカをお前に譲る事になったが。」

彼は右手を差し出して、リューエンリに握手を求めた。
「俺のやるべき事は、さっさと怪我を治す事。そして、お前はアラスカに乗る事だ。あの巡洋戦艦には、乗員の6割ほどが、実戦を
経験していない新米が占める事になっている。お前は、その新米を早い期間で使えるようにしてくれ。頼んだぞ。」

リューエンリは深く頷きながら、親友の手を力強く握った。

「分かった。アラスカの事は任せてくれ。お前も早く怪我を治せよ。そうすれば、他の新鋭艦の艦長、例えば、アイオワ級戦艦の艦長に
なれるかもしれない。とにかく、俺はお前の分まで戦うよ。」

リューエンリは親友に決意のこもった笑みを見せながら言った。

「また、近いうちに海で会おうぜ。」