576  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/06(木)  10:37:12  ID:Bohu6sek0
第60話  新戦力参入

1483年(1943年)4月1日  午前11時  シホールアンル帝国アルブランパ

第24竜母機動艦隊の旗艦であるモルクドの艦上で、リリスティ・モルクンレル中将は入港して来た新鋭艦に見入っていた。

「司令官、ホロウレイグが入港しました。」

魔道将校が彼女に報告して来た。

「ええ、今見てるわ。」

リリスティは淡々とした口調でそう返事した。
彼女が、今注目している竜母ホロウレイグは、シホールアンル帝国が建造した最新鋭の大型正規竜母である。
全長は127グレル(254メートル)、全幅14.8グレル(29.6メートル)、基準排水量は17000ラッグ
(24000トン)ほどで、搭載ワイバーン96騎と、これまでの竜母と比べて大型化している。
その大きさで、速度は16リンルという高速性能を誇る。
外見は、これまでの竜母と比べて、やや大型化した右舷に配置された艦橋が艦自体の姿と相まって精悍さを
一層際立たせており、まさに、シホールアンル竜母の集大成とも言えた。
米空母にやや近い艦影を持つその竜母は、旗艦モルクドの右舷に停止した。

「艦長を呼んで。話がしたいわ。」

リリスティは、竜母部隊の新たなメンバーと顔合わせする為に、旗艦に呼びつけるように命じた。


10分後、モルクドの作戦室に待っていたリリスティはドアがノックされる音を聞いた。

「入って!」

その声が聞こえたのか、ドアが開かれた。  


577  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/06(木)  10:37:42  ID:Bohu6sek0
室内に入って来た人物を見るや、リリスティは息を呑んだ。

「竜母ホロウレイグ艦長、クリンレ・エルファルフ大佐、只今参りました。」

紫色の髪を持つその男性は、凛とした声でリリスティにそう告げた。
体格は普通そうに見えるが、良く見るとがっしりとしている。
顔つきは若く、双子の兄であるルイクスのように端整で、女性が見れば愛嬌のある顔付きだ。
ただ、ルイクスの左頬には痛々しい傷跡があり、それがいかにも前線指揮官同様の雰囲気を醸し出していた。

「ご苦労、エルファルフ艦長。さあ、座って。」

彼女は、敬礼するエルファルフ艦長に答礼した後、席に座るように勧めた。エルファルフ大佐は恐縮そうに席に座った。

「お久しぶりね、クリンレ。」
「こちらこそ。まさか、リリスティ姉さんに会えるとは思ってもいませんでした。」

途端に、2人は破顔して言い合った。
クリンレとリリスティは、互いにシホールアンルでも有数の名門貴族であり、過去の皇帝の何人かはエルファルフ家と
モルクンレル家から出されている。
よくよく、貴族とは互いにいがみ合っているイメージが強いが、エルファルフ家とモルクンレル家は他の貴族とは違い、
互いに交流を深めたりして信頼し合っている。
オールフェスの実家でもあるリリスレイ家とも交流は深く、この3家の子供達は、休日の日に集まるとよく遊び回っていた。

「昔はよく遊んだねぇ。オールフェスも交えて森に探検に言った時は一番面白かったわ。覚えてる?」
「まあ、覚えてはいますけど・・・・」

クリンレは引きつった笑みを浮かべて、目線でこれ以上は言わないでくれと訴えた。

「あら、その眼つきからして、まだ根に持ってるのかな?」
「どちらかといえば・・・・根に持っているか・・・いや、持ってないか・・・・」

答えに窮したクリンレはう〜んとしきりに唸って答えを導こうとするが、なかなか見つからない。  


578  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/06(木)  10:38:15  ID:Bohu6sek0
それを見たリリスティは思わず吹き出してしまった。

「もう、相変わらず相手と話するのが苦手のようね。それでよくあの新鋭竜母を任されるようになったね。」
「え?あ、いや!別にそういうつもりじゃありませんよ。ただ、答えがなかなか出ないもので・・・ハハハハ。」

クリンレはばつの悪い笑みを浮かべた。

「でも、久しぶりにあなたと会うよね。何年ぶりかしら。」
「かれこれ10年以上経ちますね。」
「年はいくつになったの?」
「3月で30歳になりました。」
「30歳か・・・・人間嫌でも成長するものねぇ。」
「何はともあれ、姉さんとこうして会えるのは嬉しいですよ。去年の10月に、兄貴がリリスティが負傷した!
なんて騒いだ物ですから、どれほどの傷を負ったのか心配でした。」
「まー、あれは正直死ぬかと思ったわ。いや、一回心臓止まったからちょっと死んだかな。」

リリスティはさらりと言った。

「相変わらず、自分の事も他人事のように言いますね。ある意味、姉さんの強みでもあるでしょうが。」

内心、リリスティに舌を巻きながら、クリンレはそう言う。

「しかし、ようやく私達の艦隊にも新戦力が来たわ。来月には、2番艦のランフックと小型竜母のリネェングバイも
来るから、ようやく元通りになる。」
「そういえば、アメリカ海軍も、今年辺りから新しい艦を前線に投入すると言っていましたけど、私は去年の11月以来、
ずっとホロウレイグに付き合ってばかりで外の情報が分からなかったのですが、姉さんは何か知っていますか?」
「何か知っているかと言われても、詳しい事は私も知らないね。ここ最近は、スパイの送ってくる情報が断片的に
しか入らないの。肝心の敵艦の性能や、弱点になりそうな所は全くないわね。まあ、名前だけなら知ってるわ。」  


579  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/06(木)  10:38:54  ID:Bohu6sek0
「名前ですか・・・・どんな名前の艦なのです?」
「確か、新型の正規空母の名前はエセックスと聞いてる。何でも、ヨークタウン級と同等の性能を持つ艦で、これが
何隻が配備されるみたい。」
「正確には何隻ほどなんですか?」

クリンレは間を置かずに質問した。

「それが分かれば、苦労しないんだけど・・・・・情報部では4隻程度か、5隻って言ってるわね。でもね、クリンレ、
あたしとしては正規空母よりも気になる艦があるの。」

途端に、リリスティの表情から笑みが消えた。

「アメリカ海軍にも、モルクドやホロウレイグのような大型空母と、ライル・エグのような小型空母があるのは知ってるよね?」
「ええ、知ってますよ。」
「たしかね、前に何度か、スパイの情報を聞いたのよ。最初の情報では、小型空母1隻がヴィルフレイングに在泊ってあったの。
でもね、その2週間後には小型空母3隻が在泊。その1ヵ月後には小型空母が4隻、その2週間後には6隻在泊とあったの。」
「な、何かやたらに増えていないですか?それに誤認もありえるんじゃ。」
「あたしもそう思ったのよ。でもね、先月20日の報告には8隻の小型空母が、飛空挺を下ろしているという報告がここにも
届いたの。私が言いたい意味は分かる?」
「・・・・・まさか、姉さん。そんな事が有り得るはずが・・・・」
「でも、しっかり報告にはあったわ。話半分でも4隻。最低でも4隻の小型空母がヴィルフレイングにいるのよ?
去年の報告にはこんな報告は全く無かった。小型空母の存在が確認されるようになったのは、今年1月からよ。
あたしの勘では、あの小型空母は短期間に建造された可能性が高いわね。」
「短期間・・・・・」
「オールフェスは、また失敗しちゃったかもね。」

リリスティの一言は、クリンレの心に大きく響いた。

「でも、まだ先は分からないわ。シホールアンルにはまだまだ戦力があるもの。」  


580  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/06(木)  10:39:31  ID:Bohu6sek0
「ところで、前線の様子はどうなんでしょうか?」

クリンレはリリスティに聞いた。すると、リリスティは不機嫌そうな表情になった。

「ここ最近は、アメリカ海軍の空母部隊が、南大陸の北部どころか、北大陸の南端部まで荒らし回ってるわ。先月なんか、東海岸だけでも不定期に3回も空襲を受けたわ。いずれも被害は深刻じゃなかったけど、カレアントにいる地上軍の補給はここ数ヶ月で細くなった。全く、あたし達
ェいないから、あいつらは調子に乗ってるのよ!」

リリスティにしては珍しく、腹立たしげにそう吐き捨てた。

「でも、2週間前にカレアントを襲おうとした敵の機動部隊に陸軍のワイバーン隊が攻撃を仕掛け、ヨークタウン級空母1隻を大破させましたよ。」
「沈まないと駄目。撃沈して初めて戦果が挙がったと言えるわ。大破なんて、あたしからしたら戦果無しと同じよ。でも、来月からは少し変えていくよ。クリンレ、あんたのホロウレイグが来てくれてあたし達も戦力が増えたわ。これからはあんたにも期待してるからね。」

リリスティは凄みのある笑みを浮かべた。クリンレは頷いてから答えた。

「お任せを。不肖エルファルフ、シホールアンル最大の竜母艦長として、あなたの期待に答えましょう。」
「うん、頼りにしてるわ。これで、あとランフックとリネェングバイが来れば、アメリカ人に目に物を見せてやるわ。」

リリスティの自身ありげな顔を見た時、クリンレは彼女が何か企んでいるなと思った。


1483年(1943年)4月1日  午後2時  バルランド王国ヴィルフレイング

「見えました。ヴィルフレイングです。」

正規空母エセックス艦長のドナルド・ダンカン大佐は、副長の言葉を聞くなり、無言で頷いた。
彼は双眼鏡でヴィルフレイングの港を眺めた。

「ついに来たか。未知なる異世界に。」

ダンカン大佐は、やや緊張した面持ちでそう呟いた。  


581  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/06(木)  10:40:05  ID:Bohu6sek0
「艦長、そう気負わんでもいいぞ。」

傍にいた、第39任務部隊司令官であるエリオット・バックスマスター少将が彼の肩を叩きながら言った。

「確かに未知の異世界だが、そう悪い所でもないぞ。何よりも珍しい物がいっぱいある。まっ、気楽にやって行こう。」
「流石は司令官ですな。やはりヨークタウンに乗っていた時に慣れましたか?」
「そうだなあ。俺も最初は君と同じような気持ちだったが、自然に慣れてしまってな。正直言って、こうしてまた来る
事になったのは嬉しい事だよ。船も新しいし、責任は重くなったが、むしろやる気が出てくるな。」

彼はどこか気楽な口調でそう言った。
バックスマスター少将は、開戦前から正規空母ヨークタウンの艦長として、大西洋、太平洋で活躍して来た歴戦の空母乗りである。
彼は、12月末にヨークタウンから下艦した後、少将に昇進し、新鋭空母エセックスと、軽空母インディペンデンスを中心とする
第39任務部隊司令官に任命された。
TF39の陣容は、エセックスとインディペンデンスを主力とし、これを新鋭軽巡であるモントピーリアとオークランド、
フレッチャー級駆逐艦12隻が護衛している。
いずれも昨年か、今年に竣工したばかりの新鋭艦であり、これからTF39は、部隊としては初の実戦に臨むことになる。
TF39がヴィルフレイングに入港したのは、午後2時30分であった。

「ここがヴィルフレイングですか・・・・サンディエゴが丸ごと引っ越したみたいですな。」

初めて目にするヴィルフレイングに、ダンカン艦長は拍子抜けするような口調でそう言った。
彼は、ヴィルフレイングが元々、人の余り済まない寒村と聞いていたが、ヴィルフレイングが発展しているとまでは
聞いていなかった。
ダンカン大佐は、少しは発展しただろうとしか思っていなかったが、彼の目から見たヴィルフレイングはアメリカ本土の
軍港と同じように見えていた。
広大なヴィルフレイング港の南側には、ボーグ級、サンガモン級といった護衛空母が6、7隻ほど停泊しており、
飛行甲板に載せているF6F戦闘機やP−47戦闘機をクレーンで下ろしている。
港の中央側には多数の輸送船が桟橋に付けられ、船から軍用車両が降ろされていた。
北側に目を向けると、そこには太平洋艦隊の艦艇郡が停泊していた。  


582  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/06(木)  10:40:56  ID:Bohu6sek0
艦艇郡の中には、一際巨大な建造物が浮かんでいた。
アメリカが開発したABSDと呼ばれる浮きドックであり、この浮きドックは大破の被害を受けた艦でも、前線で
修理出来る能力を有している。
現にドックの中では、3月16日のカレアント沖の戦闘で損傷した、空母ヨークタウンが修理を受けている。

「懐かしい奴がドックの世話になっているな。」

バックスマスター少将は、かつて艦長を勤めたヨークタウンを双眼鏡で見つめていた。

「話によると、シホールアンル側のワイバーンによって爆弾7発を浴びたようです。でも、被害の大部分が
格納甲板より上の部分に集中したこと、乗組員の的確なダメージコントロールによって被害の拡大が防げたようです。」
「その話は聞いたよ。しかし、あと2ヶ月近くは、あの“ベッド”から出れないようだ。こうなると、TF38は
ビッグEとホーネットの2隻のみだな。」
「TF39よりは、まだ飛行機が多いからいいですよ。こっちはエセックスの110機にインディペンデンスの45機、
計155機しかありません。」
「だが、こっちには新鋭機のF6Fがある。それに、パイロットはどの母艦航空隊よりも多くF6Fに乗っている。
だからさほど心配する事は無い。」
「それに、9月からはカーチスのヘルダイバーが、11月からはブリュースターのハイライダーが加わります。
航空機も、どんどん新しくなりますな。」
「軍艦も、飛行機も進歩する物さ。こいつらを生かしきれるか否かは、乗っている人間にかかっている。俺達も
ヘマをしないように気を付けんといかんぞ。」
「そうですな。」

ダンカン艦長は気を引き締めるような気持ちでそう返事した。
エセックスは北側埠頭の割り当てられた区域にまで到達し、そこで停止した。
その場所は、空母エンタープライズから右舷200メートルの所にあった。

「司令官、見て下さい。ビッグEの連中、ずっとこっちを見ていますよ。」
「エセックスは新しい空母だからな。連中は入ってきたばかりの新人が使えるのか見極めているのだろうよ。
それに、こいつが新しい艦だから必然的に目立ってしまうという部分もあるのだろう。」  


583  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/06(木)  10:41:44  ID:Bohu6sek0
「いずれにしろ、先輩方に認められるような戦いをしなくちゃいけませんな。」
「ああ全くだ、ミスターダンカン。勝負はこれからだぞ。」

バックスマスター少将は、意気込んだ表情でダンカン艦長にそう言った。


午後3時20分  南太平洋部隊司令部の窓から、チェスター・ニミッツ中将は軍港に停泊している新入りの艦。
エンタープライズに寄り添うように停泊している新鋭空母のエセックスと、インディペンデンスを見つめていた。
その時、ドアがノックされた。

「入れ。」

ニミッツはドアに向かって言った。
すると、ドアが開かれて、TF39司令官に任命された、バックスマスター少将が入って来た。
「第39任務部隊司令官、エリオット・バックスマスター少将。只今を持って南太平洋部隊配属になりました。」

バックスマスター少将は見事な敬礼をしながら、そう申告した。

「ご苦労、バックスマスター少将。さあ掛けたまえ。」

ニミッツは答礼したあと、バックスマスターをソファーに座らせた。

「お久しぶりであります、司令官。」
「本当に久しぶりだな。かれこれ5ヶ月近くになるかね。」
「ええ、そうなりますな。」
「君も立派になったものだな。前までは1空母の艦長だったが、今では立派な機動部隊指揮官となって新鋭空母を
引っ張って来た。空母事情がさほど良いとは言えぬ現在、君のTF39は頼りになるよ。」
「恐縮であります。」
「まあ、そう固くならんでも良い。所で、初めて乗る新鋭艦はどうだね?」  


584  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/06(木)  10:42:22  ID:Bohu6sek0
「一言で申して、強力です。着艦誘導灯や舷側エレベーター、新型レーダー等の最新装備は勿論のこと、艦自体も
ヨークタウン級より有用性のある物となっています。特に防御に関しては、ヨークタウン級並みか、それ以上に
打たれ強くなっているようです。」
「ほほう、なかなかの良艦のようだな、エセックスは。」
「エセックスは合衆国海軍の空母建造の集大成とも言うべき艦ですよ。このエセックス級や、インディペンデンス級等の
新鋭艦が揃えば、シホールアンル海軍とは互角以上に戦えるでしょう。」
「パイロット達の訓練はどうかね?」
「概ね、順調に進んでいます。特に着艦誘導灯の導入のお陰で、夜間飛行の訓練がやりやすくなった事が大きいです。
今の所、パイロット達の錬度は相当向上しております。」
「なるほど。それなら、TF39を編入させた甲斐があったな。」

ニミッツは満足気に頷いた。

「今は本国やアリューシャン列島で、竣工したイントレピッドやフランクリン、プリンストンの訓練も順調に行って
いるようだから、9月までに加わるバンカーヒルとランドルフ、ベローウッドとタラハシー等も加われば、東西両海岸での
妨害活動もより盛んに行えるな。」
「はっ。ようやく、我々も主導権を握りつつありますな。そういえば、聞きたい事があるのですが。」

バックスマスター少将は、最も気がかりな事をニミッツに聞いた。

「私のTF39は、いつ頃実戦に参加するのでしょうか?」
「思ったよりも早いぞ。君の機動部隊には15日付けでヴィルフレイングから出港し、西海岸へ回り、バゼット半島を
経由してエンデルドを叩いてもらう。西海岸地区は、ノイスのTF37がウェンステルの山岳地帯近くの敵補給基地と、
その南にあるルベンゲーブと呼ばれる地域の魔法石精錬工場を叩いた。ハルゼーのようにやり過ぎた攻撃はしていないが、
敵にはかなりの衝撃を与えたかもしれん。」
「魔法石精錬工場ですか・・・・・どうせなら、その工場を潰してしまえばよろしいのではありませんか?」
「あいにくだが、我が機動部隊は、現状では嫌がらせ程度の攻撃しか出来ん。それに、魔法石工場は意外に
規模が大きく、艦載機の反復攻撃を加えなければ破壊できない。かといって、いつまでも陸地の近くをうろちょろ
していたら、敵のワイバーンが殺到して来るからな。TF38はたまたま、運が悪かっただけだが、敵も馬鹿ではない。
きっと待ち構えているに違いない。とは言っても、この獲物は我々の手から離れたがね。」  


585  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/06(木)  10:42:52  ID:Bohu6sek0
ニミッツは、苦笑しながらそう言った。

「我々の手から離れた、ですと?では、誰にやらせるのですか?」

スパイでは無理でしょうと言いかけたが、その前にニミッツが返事した。

「陸軍さんだ。陸軍はここ最近、新鋭爆撃機のB−24を使って何かをやろうとしているらしい。目標は知らされて
いないが、恐らくウェンステル南部の魔法石精錬工場が狙いかも知れん。」
「どうして分かるのです?」
「B−24の行動半径だ。ウェンステル領は、ミスリアル北西部から直線距離で1200キロほどだ。これに対し、
B−24は3トンの爆弾を積んで3000キロ以上を飛行できる。この長大な後続性能を持つB−24によって、
その魔法石精錬工場を爆撃する可能性がある。とは言っても、これは可能性の1つに過ぎんが。」
「そうですか・・・・・」
「いずれにしろ、敵の拠点は、遅かれ早かれ、虱潰しに叩かれていくだろう。」

ニミッツはそう言うなり、ソファーから立ち上がって、窓の傍に歩み寄った。

「なあバックスマスター。一度、あの船見せてもらえんかね?エセックスという船はどういう作りになっているのか、
直に見てみたいのだが。」
「いいですよ。近いうちにご案内しましょう。」

バックスマスター少将はそう言って、ニミッツの要望を受け入れた。  


586  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/06(木)  10:43:25  ID:Bohu6sek0
4月16日  バルランド王国クラルトレラ  午前8時

バルランド王国中部にあるクラルトレラは、広大な草原地帯である。
起伏の少ないこの草原地帯は、昔から行商人の交通路として使用されており、今でも草原を行く人や商人達の隊列が散見される。
そのクラルトレラにある豪勢な建物に、ミルセ・ギゴルトは休日を過ごしていた。
休日は5日ほど与えられ、彼はこの5日を、クラルトレラの別荘でのんびり過ごそうと考えていた。
別荘に来て1日目は、のんびりと過ごせた。
しかし、2日目からは、厄介なお客さんがやってきて騒音を撒き散らし続けた。
2日目こそは、ギゴルトは凄いと思いながら、それらに見入っていたが、3日目、4日目にはただのやかましいだけの存在となった。
そして5日目の朝、ギゴルトは不機嫌そうな表情でワインを啜っていた。

「旦那様、ご気分がすぐれぬのでしょうか?」

彼の表情を見て不安になったメイド長が、ギゴルトに聞いてきた。彼はフンと鼻を鳴らす。

「気分は悪くない。ただ、機嫌が悪いのだ。ここ最近はやかまし屋共がわしの屋敷の近くを飛び回る物だから、
せっかくの休日が台無しだよ。」

ギゴルトは腹立ち紛れにそう言った。ふと、何かの音が聞こえて来た。それが何であるか、彼には分かっていた。

「噂をすれば、例のやかまし屋共が来よった。全く、飽きぬ奴らだ!」

ギゴルトはグラスを置き、2階のベランダに出てみた。
すると、彼の苛立ちの原因は、超低空で草原の上を飛行していた。
発動機が4つも装備され、ごつい胴体に尾翼が2つもあると言う不思議な大型機だが、低空での運動性能は良いらしく、
こうして機体を地面にこすりそうな低空で飛行を続けている。
胴体に掛かれている星のマークからして、紛れも無い、アメリカ軍の大型爆撃機である。
しかし、彼が見た事のあるB−17という爆撃機ではない。
ギゴルトはまだ知らなかったが、この爆撃機はB−24リベレーターと呼ばれる物で、最近になって南大陸に派遣された物だ。  


587  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/06(木)  10:44:00  ID:Bohu6sek0
その新型爆撃機は2、3機ずつの小編隊を組んだまま、かなりの低高度で草原を横切っていく。
総計で40機以上のB−24が、轟音を上げながらギゴルトの別荘付近を飛び抜けていった。

「全く、なんて迷惑な奴らだ!人がのんびり過ごそうと思っておる時に!」

怒ったギゴルトは、そのまま屋敷の中に引っ込んで行った。


「貴族様の屋敷を通過しました。機長、間も無く投下ポイントです。」

B−24爆撃機の副操縦士であるレスト・ガントナー少尉は、横で同じく、操縦桿を握る機長のラシャルド・ベリヤ中尉にそう言った。
全体的に太った体系で、ソ連の高官と似たような名前、似たような格好、それにロシア系アメリカ人でもあるため、彼は
チェーカーというあだ名を頂戴している。

「よし、爆弾倉開け!」

ベリヤ中尉はそう命じ、B−24の胴体爆弾倉が開かれる。
中には、模擬爆弾4発が搭載されており、それを、間も無く見えて来る標的に向けて投下する。
高度は、驚くべき事に高度40メートルという、8000メートルの高みまで上れる4発重爆からすれば、まさに地を這うような低さである。
この40メートルという低高度を、ベリヤ中尉は200マイルの速度で飛行し、それを40分前から維持し続けている。
やがて、標的が見えて来た。標的のある箇所には、既に先頭隊が投下した模擬弾が炸裂し、白煙に覆われている。

「高度を上げる!」

ベリヤ中尉はそう言うと、操縦桿をやや上に上げる。
機首が上向き、高度がぐんぐん上がっていく。ベリヤ中尉は高度が80メートルに上がった所で上昇を止めた。
高度80メートル程度で、速度を200マイルから280マイルに上げて、目標に向けて一気に突っ込んだ。
ベリヤ中尉の後方には、彼の機に習うように、5機のB−24がほぼ同速度で投下地点に向かいつつある。
さほど間を置かずに、彼の機は投下地点に到達した。  


588  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/06(木)  10:44:35  ID:Bohu6sek0
「爆弾投下!」

爆撃手がそう叫びながら、投下スイッチを押した。B−24の胴体から4発の模擬弾がバラバラと目標区域に向けて
投下され、それらが地面に突き刺さると、火花が飛び散るように炸裂して、夥しい白煙を出した。

「機長、命中です。」
「命中か、分かった。さて、後は離脱するだけだ。」

ベリヤ中尉はそう言うと、機体を旋回させて、ヴィルフレイングにへと向かわせた。

「今日はあと2回ほど、ここに来そうですね。」

ガントナー少尉はそういった後、前々から気になっていた事をベリヤ中尉に言ってみた。

「しかし機長。自分にはどうも分からんのですが、どうして重爆隊の自分らが、このような訓練を繰り返しているのでしょうか?」
「う〜ん、俺にもよく分からんが。恐らく、上の人達はこのB−24を、どっかの要所攻撃が、地上部隊の支援に当たらせようと
しているのだろう。高度100メートル以下の雑巾掛けを繰り返しているのだから、恐らく後者のほうが強いのかも知れん。」
「しかし、自分らの機体は高高度から爆弾を投下する目的で作られた物ですよ。このでかぶつが低空攻撃に向いてますかね?」
「爆弾搭載量は、合衆国軍のどの機体よりも一番だからな。大方、爆弾を大量にばら撒いて、シホット共を一気に叩き潰す胎なんだろう。
とは言っても、目的も知らされてねえから、判断に苦しむな。」

ベリヤ中尉は首をひねりながらそう言った。

「まっ、俺達のやる事は、まずこの訓練を目一杯やって、自分の物にするだけだ。今はそれに集中だよ。」
「そうですな。ここんところ、うちの飛行隊長はやかましいですからな。さっさと腕を上げて、飛行隊長を黙らせてやりましょうぜ。」
「勿論さ。」

2人はそう言ってから、再び口を閉じて、機体の操縦に意識を集中した。
彼らと同様に、他のB−24のパイロット達もまた、上層部の意図を知らぬまま、ひたすら猛訓練に励んでいった。  


605  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/09(日)  16:05:44  ID:Bohu6sek0
第61話  霧の島

1483年(1943年)5月1日  アリューシャン列島ウラナスカ島

この日も、ウラナスカ島は霧に覆われていた。
ウラナスカ島ダッチハーバーにあるアメリカ北太平洋部隊司令部で、司令官であるロバート・ゴームリー中将は、
司令部の窓から港を見つめていた。

「今日も霧か、何度も思うが、本当にアリューシャンは霧の列島だな。」

彼は、参謀長のオットー・キャンベル大佐に向けて、神妙な顔つきでそう言った。

「アリューシャンは7月下旬まではほとんど冬同然の季節ですよ。年によって若干変わりはありますが、
自分としては霧に覆われている時間も、嫌いではありませんよ。」
「そうか。参謀長、確か君は出身地がこのウラナスカだそうだが。」
「はい。1年ほど前からこの司令部にいます。最初、転勤命令が出ると聞いた時には南大陸に飛ばされる
のかと思いましたが、まさか里帰りが出来るとは思っても見なかったですよ。」
「里帰りか、地元の君には持ってこいの命令だった訳か。しかし、北国出身ではない私には、いささか合わない気候だな。」

ゴームリー中将はそう言ってから苦笑した。
彼は、今年の1月から北太平洋部隊司令官に任じられた。
北太平洋部隊は、1月当時は戦艦ネヴァダ、オクラホマ。重巡洋艦チェスター、軽巡洋艦デトロイト、トレントン、
ラーレイ、オマハ、駆逐艦16隻で編成される第61任務部隊。
駆逐艦13隻を主軸とする第62任務部隊に、軽巡洋艦ラーレイ、シンシナティ、駆逐艦12隻を主軸とする第63任務部隊で編成されていた。
5月現在では、これらに護衛空母ブロックアイランド、サンガモン、バルチャー及び駆逐艦8隻の第64任務部隊。
新鋭のガトー級潜水艦も交えた16隻の潜水艦で編成される第68任務部隊も加わっている。
これとは別に、6月に実戦配備予定の正規空母フランクリンが、軽空母プリンストン、軽巡1隻と駆逐艦4隻を引き連れて
キスカ島の周辺で訓練を行っている。  


606  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/09(日)  16:06:33  ID:Bohu6sek0
北太平洋部隊の総兵力は、戦艦2、護衛空母3、巡洋艦7、駆逐艦49隻、潜水艦16隻というかなりの規模である。
しかし、その中身は堂々たる大艦隊とは言えない。
2隻の戦艦は低速の旧式戦艦であるが、この2戦艦は改装を受けて対空火力を強化しており、元々頑丈な艦であるため充分な戦力である。
しかし、巡洋艦に関しては、重巡のチェスターが条約型巡洋艦の古い部類に入る艦であり、オマハ級6隻にいたっては、
あまりにも旧式なため、敵の艦隊がやって来れば阻止できるかが疑わしい。
駆逐艦はリバモア級やクレイブン級、新鋭のフレッチャー級も配備されているが、空母3隻は大量建造の護衛空母であり、
搭載機数は3艦合わせても、シホールアンル側のクァーラルド級1隻分しかない。
しかし、防衛兵力は海軍の北太平洋部隊のみならず、陸軍や海兵隊も送り込んでいる。
陸軍は、アリューシャン列島の最西端、シホールアンル領土より約1700キロしか離れていないアッツ島やキスカ島に、
合計で300機の作戦機を置いており、3月からは海兵隊や海軍航空隊も、アッツ、キスカ、それにアムチトカ島に飛行場を建設し、
そこに水上機、陸上機を含める94機の航空部隊が配備され、それらが常時、シホールアンルの脅威に備えている。
根拠地であるウラナスカ島には、陸軍第7航空軍の作戦機64機、海兵隊航空隊の航空機92機に水上機28機が駐留し、
これらもまた、シホールアンル側の侵攻に備えていた。
「しかし、シホールアンルに一番近いと言われたアリューシャンも、本当にのどかな物だな。最前線基地となるアッツ島からの定時連絡は、
相変わらず異常なし。いざとなれば、急場に駆けつけて、侵攻して来た敵艦隊に立ち向かう第6艦隊の艦艇も、今では定期的にアッツ島や
キスカ島の周辺海域を巡り、任務が終わればこうして、港にデンと居座っている。参謀長」

ゴームリーはキャンベル大佐に体を向けた。

「南では、ニミッツ提督の南太平洋部隊が果敢な戦いを繰り広げている。しかし、同じ太平洋艦隊所属の私達は、
こうして平和を過ごしている。これも、戦争というものなのかな?」

突然の質問に、キャンベル大佐はしばらく黙った。
やや思案してから、彼はゴームリー中将に答えた。

「恐らくそうでしょう。確かに、今は平和なアリューシャンですが、この霧の列島は合衆国の領土です。そして、ここに配備された
戦力は、少なくともシホールアンル本国にとって喉元に匕首を突き付けられた格好になるでしょう。太平洋艦隊情報部からでは、
シホールアンル側は首都防衛に南大陸に派遣予定の航空部隊や地上部隊のいくらかを回しているようです。この事からして、
我々は動かずとも、敵の派遣戦力を減少させている事から、我々の存在意義は十二分にあるかと思います。戦うのも戦争。
されど、待ち続けるのも、また戦争なのです。」  


607  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/09(日)  16:07:10  ID:Bohu6sek0
「待ち続けるのも戦争か・・・・・・なるほど。」

キャンベル大佐の言葉に、ゴームリー中将は満足したように頷いた。

「納得の行く言葉だ。見事な物だ。」
「恐縮であります。」

「何、そう固く並んでも良いさ。動かずとも、敵に圧力を加えていると考えればいくらか気分は楽になったよ。どうせなら、
このアリューシャンにも幾らか新型機を配備して、敵に脅しをかければ良いかも知れん。新型機はほとんどが南太平洋部隊に
配備されているからな。おっ、そういえば・・・・・」

ゴームリー中将は何かを思い出したのか、しばらく考え込んだ後、キャンベル大佐に聞いた。

「ブリュースターの新鋭機がアムチトカに試験配備されたそうだが、今の所どうなっているかね?」
「ハイライダーの事ですね。アムチトカからは、霧の合間を縫って訓練飛行を行っているようですよ。今の所、機体には異常は無いとのことです。」
「ふむ。しかし、合衆国海軍が、まさか偵察専門の艦載機を開発するとはなあ。」

ゴームリー中将は、どこか感心したような口調でキャンベル大佐に言った。


5月6日  午前7時  アリューシャン列島アムチトカ島

この日、アムチトカ島の天気は、5月にしては珍しく晴れであった。それでも、北国であるアムチトカの気温は氷点下を下回っている。
そのアムチトカに建設された飛行場には、陸軍及び海兵隊、並びに海軍の航空部隊が駐屯している。
その中でも、最近からやって来たある飛行機が、他の飛行機乗りや基地隊員たちの注目を浴びていた。
その機体に、2名の飛行服をつけた男と、1名の整備員らしき男が近寄っていた。

「機長、相変わらず注目の的ですな。」  


608  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/09(日)  16:08:59  ID:Bohu6sek0
いつも後部座席に座るハワード・バージニア1等兵曹が、機長であるアルバ・パイル中尉に言った。

「珍しい機体だからなあ。アメリカが作った航空機しては、アメリカらしさが欠けているからなあ。」

彼は、愛機である目の前の単発機。
正式名称S1A“ハイライダー”を見つめた。
このハイライダーと呼ばれる機体は、胴体が長く、それでいて機体自体は洗練されており、機首は太いであるが、
全体的にアメリカ機らしからぬ優美な感がある。
この機体の緒元性能は、全長が12メートル、幅が14.2メートルで、重量は3.7トンと、艦載機にしては大型である。
(アベンジャーやヘルダイバーよりは少し小さい)
その機体に搭載されるエンジンは、プラットアンドホイットニー社製のR2800−10空冷18気筒2000馬力エンジンであり、
このエンジンによって、ハイライダーは時速420マイル(656キロ)の高速を出せる事が出来る。
機体の外板を繋ぎ止めるボルトにはこれまでのボルトと異なり、ボルトの先端が表面に出ない沈頭鋲が採用されている。
コクピットの風防ガラスは、従来の航空機よりも更に流線型の涙的型が採用され、少しでも空気抵抗を減らすための工夫が凝らされている。
特筆すべきはこの機の航続距離で、ハイライダーはドロップタンク無しで2500キロ、ドロップタンク装着時には3700キロという
長大な物であり、アメリカ軍の単発機としてはかなりの航続力を持つ。
又、運動性能も良好であり、本国での試験飛行ではF4Fを格闘戦で追い詰めた事もある。
問題は、防御がアメリカ機にしては少し納得がいかぬ状態であるのだが、この問題に関しては、以降の量産機で追々解決される見込みだ。
主翼は、空母艦載機として運用される予定で開発された機体であるから、ドーントレスと同様な折りたたみ式が採用されており、
格納庫のスペースも確保出来るようになっている。
自衛武器は、主翼に12.7ミリ機銃を計2丁積んでおり、いざとなった時はこの機銃を活用して窮地を脱する。
偵察機としては最高位に値する機体である。

どうして、ブリュースター社がこのハイライダーを作ったのか。
話は転移前に遡る。
アメリカ海軍上層部は、自らの保有する索敵機の性能に満足していなかった。
アメリカ海軍の代表的な飛行艇で、戦後、南北大陸やレーフェイルの一部に運用されたPBYカタリナ飛行艇は、
その安定性と航続性能の良さでたちまち人気のある機種となった。  


609  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/09(日)  16:10:49  ID:Bohu6sek0
目線を艦上機に向ければ、採用されたばかりのSBDドーントレスや、採用予定のTBFアベンジャーは、索敵にも使える
優秀な航空機であり、現に転移後に起きた数々の海空戦では、ドーントレス、アベンジャーの活躍に負うところが大きかった。
だが、これらの機体は優秀ではあるが、共通する欠点があった。
それは、速度が遅い事である。
アメリカが参戦を予定していたドイツ、イタリア等の枢軸国は、いずれも500キロ、または600キロオーバーのスピードを
持つ戦闘機を配備していた。
これに対し、アメリカ海軍は、カタリナの最高速度は300キロ未満。ドーントレスやアベンジャーも、400キロを少し
ばかり超えるぐらいであった。
索敵行は、一見暇ながらも、重要な任務ではあるが、それは同時に、単機で敵の待ち構える死地に飛び込んで行くことでもある。
転移前の欧州戦争でも、太平洋反対側の日ソ戦争でも、速力の低い索敵機が、高速の戦闘機に食われる事は何度もあり、アメリカも
転移後の海空戦で何機もの偵察機を、敵地で失っていた。

「敵地に向かう索敵機も、満足の行く性能を持つ機体を作ってはどうか?」

こう発言したのは技師長のデートン・ブラウンであり、時に1941年2月3日の事である。
その言葉が海軍航空隊の指揮官に、そして軍上層部に届くまでに要した時間は、僅か1週間足らずであった。
3月。軍上層部は、ブリュースター社を始めに、チャンスヴォート社、グラマン社、ノースアメリカン社、ロッキード社に
新型艦上偵察機の製作を依頼した。
それから1年後。開発競争の末に新型艦上偵察機の量産権を手にしたのは、一番初めにXS1案を提出したブリュースター社だった。
各航空会社の案も、悪くは無かったのだが、決め手となったのは速力と、航続性能であった。
XS1Aの開発を手掛けたのは、技師長のデートン・ブラウンの他に、新人の技師である男女7名も参加し、彼らがXS1Aを設計し、
その設計図を元に試作機が作られた。
そして、試作機が出したその性能が、海軍上層部の注目を集め、ブリュースターの新型機採用を決めたのである。
試験飛行では、速度630キロ、航続距離2400キロという卓越した性能を見せている。
そして、それを基に作られた新たな試作機が、パイル中尉の操るハイライダーである。
この試作機は、寒冷地の作戦行動にどれぐらい耐えられるかを試験するために製作された機体で、各部品のオイルには、
新開発の不凍液が使用されている。
アリューシャン列島にハイライダーがやって来たのは、寒冷地での飛行能力を確かめるためで、2人のパイロットは細かい
異常があれば、帰還時にメモに書き写し、ブリュースター社の技師や整備員達と話し合った。  


610  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/09(日)  16:12:27  ID:Bohu6sek0
そのテスト飛行も、今日で5回目を迎えた。

「今日のテストは、洋上偵察飛行です。ハイライダーは艦上偵察機として作成されていますから、敵の艦隊を見つける
つもりで遠距離飛行を行います。」

ブリュースター社から派遣された技師である、ジィク・バトラーは歩きながら、機長のパイル中尉に説明した。

「ですので、今日はアムチトカ島から南800マイルまで飛んで貰います。800マイル地点に到達したら引き返して
帰還してもらいます。チャートは持ってますか?」
「ここにあるよ。」

バージニア1等兵曹が、持っていたチャートを掲げた。

「そういえば、もう1人の技師さんが見えないけど、どうしたのかな?」
「ああ、アイツベルン技師ですね。彼女は昨日から風邪で寝込んでいます。アムチトカの冷気に当てられたようで。」

そう言ってから、バトラーは苦笑した。
彼と、もう1人の技師であるミレルティ・アイツベルン技師は5月から2人のパイロット共にアムチトカに派遣されて来た。
この2人は、ハイライダー開発の最初から設計に携わって来た技師であり、バトラーはエンジンの選考を担当し、
アイツベルンは機体に使用する鋲の選考を主に担当した。
ブリュースター社は、このアムチトカでの実験結果を基に、本格的な量産を始める予定であり、いわばハイライダーが
予定通りに配備されるか否かの試験である。

「フィンランド人も、皆が皆寒さに強い訳ではないんだな。」
「まあ人間ですからねえ。今はたっぷり養生してもらわないと。」

3人は雑談を交えながら、ハイライダーの機体に辿り着いた。
機体には、数人の整備員が張り付いて、最後の点検を行っていた。  


611  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/09(日)  16:13:17  ID:Bohu6sek0
「パイル中尉、おはようさんです。」

年季の行った、しわ顔の整備班長がにこやかな笑みを浮かべて挨拶して来た。

「やあ整備班長。いつもありがとう。機体の調子はどうだい?」
「異常なしですよ。今日も頑張ってくださいよ!」
「おう!」

パイル中尉は整備班長の肩を軽く叩くと、翼に乗ってから、次にコクピットに乗り込んだ。
後部の偵察員席には相棒のバージニア兵曹が乗り込む。

「相変わらず、前方視界はなかなか良い物だ。」

パイル中尉は、前方を見据えながらそう呟いた。
ハイライダーは、細長い機体とは裏腹に、操縦席はやや前よりに位置しているため、前方視界は満点に近かった。
前方視界の位置が悪ければ、着陸時や着艦時に事故を招く恐れがある。
現に、チャンスヴォート社のF4Uコルセアは、前線で陸上機としてシホールアンル側のワイバーン相手に暴れているが、
元々は艦載機として製作された物だ。
コルセアは艦載機としては様々な欠点があり、その中の1つに前方視界の悪さが挙げられていた。
コクピットを後ろ側に位置したコルセアは、機首が邪魔になって前方の視界が悪くなっていた。
飛行時はまだいいが、着陸時には機首をやや上げてから脚を下ろす為、コルセアは、長い機首が逆に視界を著しく妨げてしまったのだ。
この為、海兵隊航空隊のコルセアは、これまでに着陸事故で23機を損傷し、内12機が使用不能となっている。
ちなみに、チャンスヴォート社のXS1案は、コルセアを艦上偵察機に手直ししたような機体だったが、この試作機もやはり、前方視界が悪かった。
パイル中尉は、エンジンを始動させた。
大直径の4枚のプロペラが最初はゆっくり、そして、すぐに勢いをつけて回り始めた。
機首のR2800−8空冷2000馬力エンジンが、猛々しい音色を上げて、プロペラの回転速度を上げる。
先に整備員達が、暖気運転をしていたお陰で、エンジンは既に温まっていた。  


612  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/09(日)  16:13:47  ID:Bohu6sek0
「ようし、エンジン快調!」

パイル中尉は、機嫌のよさそうな笑みを浮かべて、思い切り叫んだ。
耳元のレシーバーから、管制官の指示が飛び込んで来た。

「こちらリトル・スリープ。ライダー聞こえるか?」
「こちらライダー、ああ聞こえるぞ。」
「離陸を許可する。2番滑走路から発進せよ。」
「了解。」

彼は短いやりとりを終えた後、機体を誘導路に乗せてから2番滑走路に移動する。
アムチトカ島には2500メートルの滑走路が2本あり、天気の良い日はこれらの滑走路から、陸軍航空隊や
海兵隊航空隊の哨戒機が洋上哨戒に飛び立っている。
やがて、2番滑走路に移動したパイル中尉のハイライダーは、一呼吸置いてから機体を憎速させた。
グオオォーン!というエンジンのがなり声がより一層大きくなり、細長い機体があっという間にスピードを上げる。
滑走路を600メートルほど走った所で機体がフワリを浮き上がった。
完全に地上から離れた事を確認したパイル中尉は、脚を主翼の中に収めた。
そのままの勢いで高度3000メートルまで上昇すると、パイル中尉は機体の進路を南に転じた。
(さて、長い長い偵察行の始まりだ)
パイル中尉は、心の中でそう思った。



時に、アムチトカ島沖海戦が行われる1週間半前の出来事であった。  


631  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:06:40  ID:Bohu6sek0
第62話  ダッチハーバー襲撃

1483年(1943年)5月23日  午前7時  アリューシャン列島ウラナスカ島

オットー・キャンベル大佐は、いつも通り目覚まし時計の音で目覚めた。
やかましく鳴り続ける時計のスイッチを押し、そして時間を見る。

「ふう、いつも通りだな・・・・・眠ぃ・・・・」

キャンベルは眠そうな口調でぼやきながら、ベッドから起きた。
彼はダッチハーバーの司令部から6キロ離れた自宅で寝泊りしている。
家には、父と母、それに妻と子供がいる。
妻と子供達は、今日は日曜日なので部屋でぐっすり眠っている。
キャンベル大佐も、今日は休日なので、これから釣りに出かけようと思っていた。

「さて、今日はいつもの穴場に行こうかな。」

キャンベル大佐は久しぶりの釣りに胸を躍らせつつも、パジャマ姿から普段着に着替え始めた。
午前7時30分。準備も大分整った時、それはやって来た。
キャンベル大佐はこの時、たまたま軍港のほうにちらりと視線を向けた。
天気は晴れで、気温は低い物の、差し込んで来る太陽光が寒さを和らげた。
軍港には、戦艦のネヴァダが、弾薬補給船から受け取った砲弾を、弾薬庫に収納する作業が行われ、僚艦の
オクラホマは、出港の準備に取り掛かっていた。
港の片隅には、3隻の護衛空母が停泊している。そして、洋上哨戒に出ようとしているカタリナが、水上機基地で
エンジンを吹かしている。
そして、頂上が雪に覆われた山の間に、左右の翼を上下させる飛行物体が視界に入り、一度はそれを見過ごした。

「・・・・・?」

一瞬、余計な物を見たような気がした。  


632  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:07:15  ID:Bohu6sek0
{あるはずがない。}


その余計な物は、確か


{いるはずがない。}


イラストで見たことのある、例の


{ワイバーンの筈が

いきなり、甲高いサイレンが鳴り始めた。その音で、キャンベル大佐は我に返った。
演習の時に何度も聞いた事のある音色。紛れも無い空襲警報のサイレンであった。

「なんて事だ!!」

思わず仰天したキャンベル大佐は、無意識のうちにそう叫んでいた。
彼は、港の状態を考えて背筋が凍りついた。
今、港には戦艦ネヴァダとオクラホマ、それに護衛空母3隻の他に第61任務部隊所属の重巡、軽巡、駆逐艦がひしめいている。
他にはTF62の駆逐艦部隊と、TF64の駆逐艦がいる。
そして、ネヴァダは、今主砲弾や装薬を、甲板上に曝け出している!

「これは大変な事になったぞ!」

彼は慌てて部屋に戻り、軍服を引っ張り出して着替え始めた。
その時、ダッチハーバーが恐怖に震えた日が始まった。  


633  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:07:55  ID:Bohu6sek0
竜母ホロウレイグから発艦したワイバーン隊の指揮官であるガルブラ・ベグガ少佐は、目的の飛行場を真っ先に見つけた。

「こちら隊長騎!アメリカ人共の飛行場を見つけたぞ。これより狩に入る!」

ベグガ少佐は、指揮下の戦闘ワイバーン、攻撃ワイバーンにそう告げると、飛行場に向かった。
ベグガ少佐は、内心では快哉を叫びたい気持ちだった。
予想されていたアメリカ軍機の迎撃は、低空飛行で接近したためか、全く無く、攻撃隊は北東側から悠々とダッチハーバー上空に侵入できた。
ホロウレイグ隊の役割は、まず敵の飛行場を捜索し、見つけ次第これを攻撃、使用不能に陥れる事である。
目的の飛行場に向かって、ホロウレイグ隊の戦闘ワイバーン20騎、攻撃ワイバーン18騎が殺到していく。
みるみるうちに飛行場との距離を詰めていく。滑走路上に、何機かのアメリカ軍機がいる。
それは、今しも離陸を開始しようとしている。
滑走路の傍の小さい道には、何機ものアメリカ軍機が数珠繋ぎになって発進を待っていた。

「飛ばせはしないぞ。」

ベグガ少佐は、地鳴りのような声音でそう呟くと、相棒を滑走路上に向かわせる。
それに急かされたかのように、ようやくアメリカ軍機が滑走を開始した。
双発双胴の特徴ある機体は、絵で見慣れた高速飛空挺、P−38ライトニングだ。
ライトニングは、2つの発動機を勢い良く回しながら、滑走路から離陸しようとしていた。
しかし、パイロットが後ろを振り向いた時、そこにはベグガ少佐のワイバーンがすぐ後ろに迫っていた。

「勇敢な者よの、アメリカ人!」

ベグガ少佐はそう叫んだ。その直後、ワイバーンの口から光弾が連射された。
数十発の光弾がP−38の機体に突き刺さる。
何発かの光弾がコクピットを叩き割って、パイロットを計器類もろとも穴だらけにする。
胴体に命中した光弾が外版を食い破って燃料を漏れさせ、エンジンにぶち込まれた光弾が3枚のプロペラを
吹き飛ばし、エンジン内部が滅茶苦茶に破壊される。
離陸直後にパイロットを殺され、エンジンの1つを叩き潰されたそのP−38は、機首から滑走路に叩き付けられ、
前脚が衝撃に耐え切れずにへし折れ、機首が無様に潰れる。  


634  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:08:25  ID:Bohu6sek0
その直後、P−38は爆発を起こした。
派手に火炎が吹き上がり、それがすぐに黒煙となって空に舞い上がった。

「よし、まずは1匹潰したぜ。」

ベグガ少佐は、ひとまずの戦果に笑みをこぼした。
この頃には、他のワイバーンも、誘導路上のP−38に襲い掛かっていた。
上空に飛び立てば、自慢の俊足でワイバーンをきりきり舞いさせるP−38も、地上においてはただの標的であった。
P−38はあっという間に炎に包まれるか、機体をボロクズのように撃ち抜かれてその場にへたり込んだ。
その一方で、攻撃ワイバーンは滑走路上に編隊を組んで進入して来た。
ここで、アメリカ側も対空砲火を撃って来た。
高射砲弾が攻撃ワイバーン隊の周囲で炸裂し、爆風や破片が攻撃ワイバーンを小突き回した。
これに機銃も加わるが、戦闘開始から僅か5分後に、攻撃ワイバーンは一斉に急降下を開始した。
猛烈な対空砲火が打ち上げられ、攻撃ワイバーンの1騎が高角砲弾によって吹き飛ばされた。
もう1騎が竜騎士を機銃弾に射殺され、その2秒後に攻撃ワイバーンもまた、高角砲弾の直撃によって絶命する。
しかし、ワイバーン隊を押し留める事は出来ない。
1騎、また1騎と、攻撃ワイバーンは次々と爆弾を滑走路に落とした。
最初の1弾が、滑走路上で炎上していたP−38を直撃し、機体をバラバラに打ち砕いてしまった。
都合16発の150リギル爆弾が、2500メートル級滑走路を満遍なく耕し、あっという間に月面同様の状態に変えてしまった。
攻撃はこれだけではない、戦闘ワイバーンは、駐機場に駐機している航空機に光弾ばかりか、ブレスも使用して地上撃破を試みた。
航空基地に配備されている機銃が、傍若無人なワイバーンを捉えようと猛然と撃ちまくるが、戦闘ワイバーンはそれを嘲笑うかの
ように、P−40の列線にブレスを吐き掛けた。
紅蓮の炎が、P−40の列線に浴びせられ、たちまち炎に包まれる。
燃え損なったP−40にも、続いて来た後続騎に焼き討ちにされる。
攻撃ワイバーンも、対空陣地や格納庫といった基地施設に光弾やブレスを浴びせかける。
弾薬庫に攻撃ワイバーンがブレスを吹き掛けた。その攻撃ワイバーンが飛び去った直後、弾薬庫は大爆発を起こして、
危うく焼き討ちした攻撃ワイバーンも巻き込まれそうになった。
とある12.7ミリ4連装機銃が、光弾を放って整備員達を追い回す戦闘ワイバーンに向けて撃ちまくる。
横合いからの不意打ちに、ワイバーンと竜騎士がたちまち蜂の巣にされた。  


635  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:09:01  ID:Bohu6sek0
歓声を上げた機銃座の兵達だが、その直後に別のワイバーンからブレスを浴びせかけられて、瞬時に焼き殺された。
格納庫に駐機していたB−17が、格納庫ごとブレス攻撃を浴びせられた。
あっという間に格納庫が燃え広がり、整備兵達が慌てて格納庫から逃げ出した。
B−17の操縦席部分に、崩れ落ちた格納庫の天井が直撃して無様に潰される。
やがて、B−17に格納庫の火災が燃え移り、主翼の燃料タンクに引火して巨大な松明と化した。


戦艦オクラホマ艦長、フランク・ホガット大佐は急いで出港を命じた。
錨が引き上げられ、艦首の錨鎖庫に仕舞われた。
艦が今しも前進しようとした時、艦尾側の方向からワイバーンの編隊が港に殺到してきた。

「両用法、機銃、射撃開始!」

ホガット艦長はすぐさま、射撃を開始を命じる。
艦尾側に向けられる5インチ連装両用砲や28ミリ4連装機銃、20ミリ機銃が一斉に射撃を開始した。
オクラホマと同様に、ネヴァダも慌てふためいたように発砲した。そのネヴァダでは、甲板で弾薬の収納作業に
当たっていた水兵達が、急いで装薬と主砲弾を海に投げ込もうとする。
しかし、今すぐ投棄すべき砲弾は、戦艦用の16インチ砲弾であり、徹甲弾は680キロ、流弾は578キロの
重量があり、それらが前部甲板に30発も置かれていた。
後部にも主砲弾は置いてあったが、ネヴァダは早朝から主砲弾の積み込み作業を行っており、後部砲塔の砲弾収納作業は終わっていた。
後は前部砲塔の残り僅かのみと、誰もが思った矢先に、突然のワイバーン空襲である。
そして、ワイバーン郡の一部は、停泊したままのネヴァダに向かって来た。

「ネヴァダに敵ワイバーンが向かいます!」

見張り員の報告が、艦橋に飛び込んで来た。ホガット艦長は、艦橋から右舷後方に位置するネヴァダを見た。
ネヴァダが艦橋の視界から消え去ろうとした時、ワイバーン郡が対空砲火を省みずに急降下を開始した。
ダッチハーバーをぐるりと取り囲むように配備されている高角砲や機銃陣地が猛烈な弾幕を張り巡らせた。
飛行場の対空砲火より激しいものの、ワイバーン郡は構わずに突っ込んでいく。  


636  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:09:39  ID:Bohu6sek0
10数機ほどのワイバーンはネヴァダに襲い掛かるが、唐突に1騎のワイバーンがクラッカーのように弾けた。
この後、相次いで2騎のワイバーンが撃墜されるが、ワイバーン郡を押し留める事は出来ない。
身動きの取れぬネヴァダに、ワイバーン郡が次々に爆弾を投下した。
1発目の150リギル爆弾が、ネヴァダを大きく外れて、右舷側300メートルの所に突き刺さる。
2発目が右舷後部側に着弾して高々と水柱を吹き上げた。3発目もネヴァダの右舷艦首側の海面に落下した。
必死に砲弾を投棄しようとしていた水兵達のすぐ側の海面に至近弾が落下し、破片がとある水兵を切り刻み、
崩れ落ちた膨大な量の海水が、水兵達を海にはたき落とした。
4発目が、ネヴァダの後部艦橋に命中した。
命中の瞬間、後部部分から爆炎が上がり、次いで黒煙がたな引き始める。
5発目は外れ、6発目がネヴァダの左舷中央部に命中し、5インチ連装両用砲1基を真上から叩き潰し、
爆発が周囲の機銃座を巻き込んだ。
7発目は外れたが、8発目が6発目の命中箇所よりやや前よりの位置に命中して、またもや両用砲座を吹き飛ばし、
機銃座のいくつかを使用不能に陥れた。
それだけでは、流石に戦艦であるネヴァダは参らなかった。
だが、運命の9発目が右舷前部甲板、それも、主砲弾が置かれている所に着弾した時、ネヴァダの命運は定まった。
突然、一際巨大な爆発が、ネヴァダの前部甲板が起こった。
耳を劈くような轟音に誰もが仰天した時、さらに大きな爆発音が鳴り響いた。
9発目の爆弾が着弾、炸裂した時、その場に置かれていた主砲弾、装薬の誘爆を一斉に招いてしまった。
この爆発で第1、第2砲塔の右側部分がざっくりと裂け、艦橋部分も滅茶滅茶に叩き潰された。
そして、この爆発は前部甲板をも叩き割り、余波は第2砲塔の主砲弾薬庫にも及んだ。
甲板上の主砲弾爆発から10秒後に、主砲弾薬庫が爆発。
その結果、ネヴァダは第2砲塔から前の部分が木っ端微塵に砕け散った。
船体はひび割れ、巨大な戦艦はあっという間に浸水を起こして、ダッチハーバーの海底に着低した。

「ネヴァダ・・・・・轟沈!ネヴァダが・・・・ネヴァダがやられたぁ!!!!」

見張り員のヒステリックな声に、決定的瞬間を見る事が出来なかったホガット艦長は驚き、慌てて艦橋の外に出た。

「ああ・・・・・信じられん・・・・・」  


637  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:10:12  ID:Bohu6sek0
そこにあったはずのネヴァダは、前部分が綺麗さっぱり吹き飛び、艦橋は倒壊していた。
残った部分は浸水に耐え切れずに沈みつつあった。
だが、ワイバーンの攻撃はまだ終わった訳ではない。
新たなワイバーンが10騎ほど、オクラホマに向かいつつあった。

「右舷上方より敵ワイバーン!」
「両用砲は右舷上方のワイバーンを狙え!撃ち方はじめ!」

艦長の号令一下、右舷側の連装両用砲3基が猛然と射撃を開始した。
オクラホマのみならず、他の艦艇の対空砲火も間断なく打ち上げられる。
ホガット艦長には、先ほどより対空砲火の激しさが増したように感じられた。
この時、アメリカ艦隊各艦の射撃要員は、ネヴァダの思いがけない最後を目にして誰もが怒り狂い、より激しく
機銃や高角砲を撃ちまくっていた。
それは、オクラホマも同様であり、自艦に向かって来る小生意気なワイバーンに向けて、高角砲のみならず、
28ミリ機銃や20ミリ機銃が火を噴く。
先頭のワイバーンが機銃弾を集中されてあえなく墜落して行った。
最後尾のワイバーンは、高角砲弾の破片を浴びて体をズタズタに切り裂かれた。
高度が下がる度に、ワイバーンは1騎、また1騎と犠牲になっていくが、やはり全てを叩き落す事は到底不可能であった。
残り8騎となったワイバーンが次々と爆弾を投下した。

「敵ワイバーン爆弾投下!」

艦長はそれに対して、何の答えも出さない。いや、出せなかった。
オクラホマは、6ノットの低速で港の外に出ようとしている。
ここで回頭をしようものならば、水道の入り口で大事故を起こしかねない。
1発目の爆弾が、オクラホマの艦尾側の海面に突き刺さる。
ズーン!という爆弾炸裂の振動が、オクラホマの艦体を後ろから叩いた。
2発、3発目の爆弾が、夾叉するかのように左舷、右舷に突き刺さって水柱を吹き上げる。
4発目が後部の第4砲塔に命中した。  


638  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:10:48  ID:Bohu6sek0
爆弾は天蓋を突き破る事無く、その場で炸裂したが、砲塔にはかすり傷しか付いていなかった。
その後に次々と爆弾が命中する。
連続する爆弾炸裂の衝撃に、オクラホマの艦体が悶える様に震えた。

「右舷第3、第2両用砲全壊!28ミリ機銃座2基、20ミリ機銃6丁破損!」
「左舷第1両用砲損傷、使用不能!火災発生!」
「後部艦橋より連絡、爆弾命中により戦死者、負傷者多数!消火班を寄越してください!」

オクラホマの受けたダメージは深刻とまでは言えぬが、無視できぬ物だった。
爆弾は5発が命中し、1発は後部艦橋を直撃して戦死者5名、負傷者12名を出した上に火災が発生。
6基あった両用砲は、爆弾の命中で半数が破壊され、両用砲の1つは砲弾に誘爆して大きな火災を起こした。
僚艦は、黒煙を吹き上げるオクラホマを見て、オクラホマまでもがやられたかと誰もが確信した。
しかし、主砲、機関部は健在。艦の指揮中枢も生きており、オクラホマはまだ戦闘力を失っていなかった。

「停泊していた護衛空母が攻撃を受けています!」

見張り員が、悲痛そうな声で報告をして来た。艦長は、ダッチハーバーの一角に停泊している3隻の護衛空母に視線を移した。
対空砲火を打ち上げる護衛空母に、これまた多数のワイバーンが群がり、爆弾を浴びせている。

「どうしてこんな事になったのだ・・・・・レーダーは何をしていた!?」

ホガット艦長は、はらわたが煮えくり返る思いだった。
彼の怒りを煽るかのように、ワイバーンの爆弾が護衛空母に命中し、炎と夥しい破片が舞い上がった。  


639  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:11:20  ID:Bohu6sek0
5月23日  午前10時20分  ウラナスカ島沖北北東280マイル地点

「司令官、これまでの暫定結果を報告します!」

第24竜母機動艦隊旗艦、竜母モルクドの艦橋で、魔道参謀の誇らしげな声が響いた。

「攻撃隊は、ダッチハーバーの敵飛行場及び、在泊艦船、並びに地上施設に大損害を与えました。判明した戦果は
次の通りです。まず、戦艦1隻撃沈、1隻大破、小型空母2隻撃沈、1隻大破、巡洋艦1隻大破、駆逐艦2隻撃沈、
輸送船3隻撃沈、3隻大破、地上施設20棟破壊、飛行場2箇所を完全破壊、地上において撃破した航空機は実に
200機以上にのぼります。」

その戦果報告に、艦橋では誰もが喜びに沸いた。

「司令官、予想以上の戦果です。」

首席参謀の言葉に、リリスティ・モルクンレル中将はゆっくりと頷いた。

「ワイバーンのほとんどを、一気に投入したのが利いたみたいね。それで、私達の損害は?」
「集計の結果、ワイバーンの損失は53騎を数えました。」

リリスティは思わず舌打ちをした。
攻撃に参加したワイバーンは、第24竜母機動艦隊、第1部隊から戦闘ワイバーン100騎、攻撃ワイバーン89騎。
第2部隊から戦闘ワイバーン92騎、攻撃ワイバーン86騎。
計367騎がダッチハーバー空襲に参加した。これは、第24竜母機動艦隊が持つワイバーンの8割を示す数字だ。
昨年の第2次バゼット海海戦以来の総力出撃であり、今回は奇襲であった事も含めてダッチハーバーに痛撃を与える事が出来た。
しかし、敵の裏をかいたとは言え、ダッチハーバーもまた、アメリカ軍の重要な根拠地であるため、アメリカ側も激しく応戦してきた。
結果として、53騎のワイバーンを失ってしまった。

「やっぱり、対空砲火は激しかったのね。」  


640  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:11:51  ID:Bohu6sek0
「ええ。殊更、軍港上空の対空砲火は凄まじかった様で、攻撃ワイバーンに未帰還騎が集中しています。」
「どうも、ここ最近のアメリカ側の対空砲火は、前と比べて強力になりつつあるわね。そうとなると、対機動部隊
戦闘ではもっと激しい抵抗が予想される・・・・」

シホールアンル軍上層部でも、アメリカ側の防御放火、特に米機動部隊の対空砲火が激しい事は良く知られる
ようになっている。
軍港上空では、流石に不意を付かれた為に、最初は対空砲の照準もよくなかったようだが、第2波172騎が
ダッチハーバーに突入した時には、アメリカ側は地上から猛烈な対空砲火を打ち上げて、少なからぬワイバーンを撃墜している。
軍港上空の戦闘でさえ、アメリカ軍は激しい抵抗をするのに、これが対機動部隊戦闘となれば、抵抗の度合いはより上がるだろう。

「後が怖くなって来たけど、とにかく、初期の目的は達成できたわけね。」
「ええ、その通りです。」

リリスティの言葉に、首席参謀が誇らしげな口調で返事した。

「ダッチハーバーは壊滅したも同然です。」
「壊滅・・・・か。」

リリスティは、視線をダッチハーバーの方角に向けた。ダッチハーバーの近海には、小さな友人がいる。
彼女達は、この友人達の発する誘導魔法や、情報を元に、前人未到の敵後方強襲という離れ業をやってのけたのだ。


シホールアンル海軍の歴史は長い。
建国以来、常に敵と相対し、有名な提督を何人も生み出し、年数と実績は一流海軍に相応しい物を持っている。
しかし、シホールアンルは、北大陸では強大な軍事国家と同時に、魔法国家でもある。
陸海軍は魔法を取り入れ、数々の戦場で使用して来た。
リリスティの艦隊を導いた小さな友人も、シホールアンルの魔法技術が産んだ物である。
小さな友人。それは、世界中の海に潜んでいた、凶暴な海竜等とは別の海洋生物である。
名はレンフェラルと言う海洋生物で、性格は時に大人しく、時に凶暴である。  


641  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:12:25  ID:Bohu6sek0
姿形は、アメリカ人から見ればサメと海蛇を合わせた様な物であるが、この海洋生物は非常に頭が良かった。
レンフェラルは肉食の海洋生物で、主に群れを作って世界の海を回遊している。
時には、凶暴な大型海洋生物は集団で襲う事もあることから、海の死神と恐れられているが、性格上は大人しく、
中にはレンフェラルの集団が遭難者を助けたという報告も入っている。
シホールアンル海軍は、このレンフェラルの生態を調査した。その結果、知性は人間に近い物を持っており、
海洋生物にしては知性的な存在である事が判明した。
そこで、シホールアンル側は、ある事をレンフェラルに試した。
それは、レンフェラルに魔道式を焼き込んで操り、偵察及び攻撃を行わせると言う物であった。
ちなみに、海洋生物に、魔道式を焼き込んで操るという方法はマオンドから取り入れた技術である。
現在、マオンド側はレンフェラルより巨大かつ、凶暴な海洋生物を使ってアメリカ東海岸の襲撃を企てている。
先代皇帝の命で始められた、海洋生物の戦力化は順調に進み、オールフェスが統一戦争に乗り出した当初は、
このレンフェラルから得た情報によって各国海軍部隊の位置を正確に突き止めた。
レンフェラルの中には、攻勢魔法を行える物もおり、一時は現世界のドイツUボートのごとき活躍をしていた。
しかし、レンフェラルの数は当初、200程しかなく、徐々に戦闘喪失も増えて最終的には140ほどに減ってしまった。
オールフェスはレンフェラルの数を300頭ほどに増やすまで、レンフェラルは実戦に投入しないと決心した。
その当時は、北大陸制圧も終盤に向かっていた時期であり、彼は南大陸戦に突入するまではレンフェラルは必要ないと思ったのだ。
ようやく北大陸が制圧でき、大義名分を掲げて南大陸に侵攻し、レンフェラルを投入して快進撃に弾みをつけようとした時、
突如アメリカという未知の国が現れ、シホールアンル側の計画をぶち壊しにしてしまった。
オールフェスは、貴重なレンフェラルの投入をしばらく控えている間に、アメリカ海軍という新たな敵に対して可能な限り情報を収集させた。
その結果、アメリカ海軍には駆逐艦という小型で、対潜能力を持つ軍艦がいる事を確認した。
レンフェラルは、全長は3グレル(6メートル)から5グレルまでの物がいる。
大型のレンフェラルは攻撃専用の物で、攻勢魔法で敵艦船を撃沈する役を担う。
小型のレンフェラルは偵察専用の物で、魔法通信や距離測定等の地道な任務を担う。
基本的にどのレンフェラルも魔法通信は行えるが、一番正確な情報を伝えるのは小型のエンフェラルである。
速力は小型で12リンル(24ノット)、大型で11リンル(22ノット)出せ、これらは小型2、大型1の班
を編成して現場海域に投入される。
だが、米駆逐艦はいずれもレンフェラルより高速であり、米駆逐艦に見つかればたちまち撃沈される事は目に見えていた。
この事からして、レンフェラルは数を増やしながらも、なかなか実戦に投入されなかった。
そのレンフェラルにも、活躍の機会が巡って来た。  


642  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:13:02  ID:Bohu6sek0
リリスティは、昨年10月の海戦で負傷、入院した時にアリューシャン強襲を思いついた。
入院中にアリューシャン方面の情報や、レンフェラルが使えられずに本国に留まっている事を知るや、退院したその翌日に、
首都の海軍総司令部に直談判に乗り込んだ。
その時、ちょうどオールフェスが海軍総司令官と共に今後の米海軍の行動について話し合っていた時だった。
総司令官であるレンス元帥は、

「あのレンフェラルを投入して敵の島の位置は正確に突き止める事は出来るだろう。しかし、アリューシャン列島はこの
シホールアンルに一番近いアメリカ領土だ。我々は、首都近郊や東海岸の防備を強化しているが、それは敵だって同様だ。
アッツ島やキスカ島には飛行場が建設されているようだし、後方のウラナスカには敵の艦隊も駐屯している。当然、敵の兵力は
分厚いだろう。竜母部隊での襲撃はやめたほうがいい。」

と言って、リリスティの提案をつっぱねたが、

「だが、このアリューシャンのどっかに兵を送り込む、いや、爆弾2、3発だけでもぶち込めば、アメリカは方針を変えるんじゃねえか?」

オールフェスのその一言で、作戦は実施される事になってしまった。
作戦は極秘扱いとなり、知っているのは4月まで、オールフェスとリリスティ、そしてレンス元帥のみであった。
3月18日から、シホールアンル海軍は久しぶりにレンフェラルを使用した。
アリューシャン列島に配備された、レンフェラルの班は計50。
この当時、レンフェラルは380頭まで増えていたが、このアリューシャン強襲では実に150頭ものレンフェラルを投入したのである。
4月18日までに、レンフェラル達はアリューシャン列島の主な島々に張り付き、そこから情報を送り続けた。
そして5月2日、艦隊は出撃した。
正規竜母ランフックと、小型竜母リネェングバイを加えた第24竜母機動艦隊は、竜母7、戦艦2、巡洋艦6、駆逐艦24隻の大艦隊で
出撃し、一路ウラナスカ島に向かった。
ウラナスカから、艦隊の出港地である北部の港町、リンブガまでは直線距離で1500ゼルド(4500キロ)。
艦隊は4日足らず行ける航路から、わざと大回りするような航路に変更し、第1目標であるウラナスカ島の天候と、タイミングを
見計らいながら、粛々と北の海を進んだ。
そして5月23日。レンフェラルの偵察情報を元に、リリスティはよく晴れたこの日に367騎の攻撃隊を向かわせたのだ。
結果は予想を超える大戦果を挙げ、シホールアンルの竜母部隊は、不意打ちとはいえ、久方ぶりの勝利を得たのだ。  


643  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:13:46  ID:Bohu6sek0
「ウラナスカの攻撃は、これでひとまず終わった。でも、この後が問題よ。」

リリスティの考えでは、この後は取って返す形でキスカか、アッツ島を襲撃する予定であった。
しかし、2日前の届いた1通の魔法通信が、敵に対する攻撃を渋らせていた。
2日前の届いた、ウラナスカ監視のレンフェラルから、大型空母1、小型空母1主力の艦隊が港を出港後、西に向かったとの魔法通信があった。
大型空母1、小型空母1・・・・・・
今までには、戦艦2隻に小型空母3隻を含む艦隊が停泊中としか無かったのに、ここに来て敵の新たな、そして怪しい艦隊が現れたのだ。
大型空母を含むとすれば・・・・・・

「もしかして、エセックス級がいるのかしら・・・・」

リリスティはそう呟いた。
アメリカ海軍は、先月からエセックス級と呼ばれる新型の正規空母を実戦に投入し、それが積む戦闘機は、ワイルドキャットより
強力で、かなり落としにくいと言われている。
姿を現したのは、4月23日起きた、アメリカ機動部隊によるエンデルド空襲である。
この時、エンデルドには80機ほどのアメリカ軍機が、見慣れぬ戦闘機を含めて出現し、エンデルドの港湾施設を叩いた。
迎撃に出たワイバーン隊はまず、この見慣れぬ戦闘機、F4Fをよりごつく、大型にしたような飛空挺に襲い掛かったが、
この飛空挺はとても速く、F4Fよりも強力になった一撃離脱戦法を多用してワイバーン隊を混乱させた。
この戦闘で、ワイバーンは3機の見慣れぬ戦闘機を撃墜したが、ワイバーン側は9騎を失い、3騎を傷付けられた。
この空襲から1時間後に、偵察ワイバーンがこれまた見慣れぬ空母を持つアメリカ機動部隊を発見し、敵戦闘機に
危うく撃墜されかけたが、なんとか帰還した。
その見慣れぬ空母が、エセックス級の新鋭艦とである事は間違いなかった。
太平洋艦隊のヨークタウン級、レキシントン級といった在来空母は全てヴィルフレイングにいる。
レンフェラルが見つけた大型空母が、今配備中である例のエセックス級である可能性は高い。

「未知の敵機動部隊がこの近海をうろついているとなると、レンフェラルの情報だけで判断するのは危険ね。」

リリスティは、やや緊張した顔つきでそう呟いた。
先のダッチハーバー壊滅の喜びは、既に消えていた。  


644  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:14:29  ID:Bohu6sek0
5月23日  午後12時  アムチトカ島南東180マイル沖

第36任務部隊の旗艦である、正規空母フランクリンの艦上で、司令官であるフレデリック・シャーマン少将は
苦り切った表情で洋上を見つめていた。

「以上が、本日。ダッチハーバーが受けた損害の暫定報告です。」

艦橋は、しばらく静まり返っていた。
フランクリンの艦長も、幕僚達も、突然の事態にショック状態に陥っていた。
ダッチハーバー空襲さるの報を受け取ったのは午前7時40分を回ってからだった。
その時、艦長と今後の訓練について話し合っていたシャーマン少将は最初信じられない思いだった。
しかし、時間が経つに連れて、ダッチハーバーはシホールアンル側の空襲を受け、甚大な被害を受けつつある事が分かって来た。
情報が錯綜する中、TF36はダッチハーバーに向かわず、予定通りアムチトカ島近海で一時待機せよと、
北太平洋部隊司令部から命令を受け取った。
そのアムチトカ島に向かっている最中に、被害報告の電文がフランクリンに届いたのだ。
被害は思ったより酷かった。
ウラナスカ第1、第2飛行場は滑走路が爆撃されて3日ほどは使用不能とされ、地上で待機していた戦闘機や、
格納庫に収められていた爆撃機を次々と破壊され、第1、第2飛行場で計183機を地上撃破された。
ウラナスカに駐屯する航空機の総数は300機ほどだから、戦力は激減したとは言えまだ100機以上が使える。
しかし、飛行場が使えなければ残る100機以上も使い物にならない。
艦船に対しても損害は酷く、この空襲で戦艦ネヴァダが弾薬補給中に運悪く爆撃を受けて轟沈し、オクラホマも中破した。
この他に護衛空母バルチャーが爆弾6発を受けて大破着低し、ブロックアイランドが大破、スワニーも中破した。
巡洋艦リッチモンドも大破、駆逐艦2隻と輸送船3隻が撃沈され、他の船舶や地上施設、燃料タンクも2つ破壊され、
ダッチハーバーはさながら地獄と化した。
北太平洋部隊司令部も爆弾1発を受けたものの、人的被害は無く、ゴームリー司令官も無事であった。
このように、ダッチハーバーは壊滅的な打撃を受けたものの、軍港の機能はまだ維持できるようであり、完全に
使い物にならぬ訳ではなかった。

「手酷い被害を受けたものだ。」  


645  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/13(木)  13:15:13  ID:Bohu6sek0
シャーマン少将は、ゆっくりと、落ち着いた口調で喋り始めた。

「だが、我々は同時に感謝せねばならない。」

意気消沈する幕僚や艦橋要員が、一瞬困惑の表情を浮かべた。
何を言っているのか?空襲を受けた事がうれしいのか?
そんな批判めいた思いが、それぞれの心に宿り始めた。
だが、シャーマン少将の次の言葉で、その思いは消え去った。

「もし、空襲が2日早ければ、我々は奇跡的に哨戒網を潜り抜けた敵機動部隊の空襲を受けていた。
このフランクリンも、プリンストンも・・・・・」

誰もがはっとなった。
フランクリンも、プリンストンも、合衆国海軍期待の新戦力として竣工した。
その2隻の新鋭艦が、1歩間違えれば沈没か、もしくはしばらく不本意な休日を送るハメになったかも知れないのだ。
2日前に出港しなかったら、今頃はフランクリンもまた・・・・・

「だから、我々は、敵の犯したこの過ちに感謝せねばならない。恐らく、敵は更なる攻撃を、このアリューシャン列島の
どこかに行う事を企てているだろう。だが、そうはさせない。敵がウラナスカの戦友たちに味合わせた恐怖を、今度は我々が味合わせてやろう。」

シャーマン少将の静かな声音が、皆の頭に刻み込まれた後、彼らは一斉に歓声をあげた。


難を逃れたTF36が、敵の新たな試みを阻止しようと決意した時、アリューシャン列島の各航空部隊も厳重な警戒態勢に入った。
その中には勿論、アムチトカ島の航空部隊も含まれていた。
後に有名な一文を発する事になるS1Aハイライダーは、その時はまだ、格納庫で眠りについていた。  




652  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/15(土)  14:09:23  ID:Bohu6sek0
第63話  疾風のハイライダー

1483年(1943年)5月25日  午後11時セミソポクノイ島北西230マイル沖

北太平洋部隊所属の第68任務部隊に配備されている16隻の潜水艦は、キスカ、アムチトカ、セミソポクイ島の
周辺に3〜4隻ずつに分かれて、いつ来るかも知れぬシホールアンル竜母部隊に備えていた。
TF68に所属する潜水艦部隊のうち、セミソポクイ島近海に網を張る4隻のガトー級潜水艦は、互いに30マイル
ほどの距離を置いて周辺海域の監視に当たっていた。
その中の1隻、SS−221ブラックフィッシュは、夜間の浮上航行を行いながら、艦内の空気を入れ替えていた。
ブラックフィッシュ艦長である、シオン・レイバック中佐は、哨戒長や見張りの水兵と共に、夜間の海を見張っていた。
5月下旬とはいえ、北の海であるアリューシャンの気温は低い。
レイバック艦長を始めとする見張り員達は、皆が厚手のコートや冬服に身を包み、中には体を動かしながら艦の周囲を見張る水兵もいた。

「レーダー員、感度はどうか?」

レイバック艦長は、電話でレーダー員を呼び出した。

「感度良好。今の所異常無しですよ。」

相手の誇らしげな口調がレイバック艦長の耳に伝わった。
ブラックフィッシュのレーダーは、2日前から調子が悪くなっていた。
レーダー員は、レーダーを2日掛かりで修理して、今こうして動作状況を調べている。
どうやら、ブラックフィッシュのレーダーは復活したようだ。

「よし、ご苦労だった。帰港したら貴様らに酒をおごってやる。」
「ありがとうございます艦長。楽しみにしておきますよ。」

それで、レーダー員との会話は終わった。  


653  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/15(土)  14:09:53  ID:Bohu6sek0
「しかし、寒い物だな。本国じゃぽかぽかと暖かいのに、アリューシャンはこの季節でも真冬同然だ。」
「それは仕方ないでしょう。」

哨戒長である日系人士官、シキ・トラダ少尉が苦笑しながら言った。

「アリューシャンの位置は高緯度ですからね。高緯度や低緯度の地域は1年の殆どが同じ季節です。」
「それは知ってるよ。しかしなあ、カリフォルニアで生まれ育った俺にはなかなか合いにくいよ。」

レイバック艦長はそう言いながら、体をさすった。
誰もが寒さに耐えながら見張りをしている中、彼自身、先ほどから足踏みをして寒さを紛らわせようとしていた。

「しかし、味方側勢力下で哨戒活動をやるハメになるとは。ウラナスカ沖まで出張って来たシホット共も侮れん奴らだ。」

レイバック艦長はそうぼやきながら、23日の出来事を思い出していた。
彼のブラックフィッシュは、ダッチハーバーが空襲を受けた時はアムチトカ島の港で休息を取っていた。
乗員達が艦内でのんびりしている時に、突如、ダッチハーバー空襲の凶報が舞い込んできた。
空襲後にTF68司令部から発せられた命令に従って、ブラックフィッシュは僚艦と共にこの海域に進出した。
進出してから丸1日近く経ったが、ブラックフィッシュを始めとする散開線の潜水艦は、未だに敵の機動部隊を見つけていない。

「いつになったら来ますかね?」
「さあ。しかしな、本当に敵は来ると思うか?」

レイバック艦長は、質問して来たトラダ少尉に向けて逆に聞き返す。

「来るかもしれません。敵の狙いは、このアリューシャンに駐屯するわが合衆国軍を叩いて、この方面の防備を
わざと厚くさせる事でしょう。」
「アリューシャンの防備が厚くなれば、その分、南大陸やレーフェイルに回す兵力が薄くなるからな。確かに、
シホット共の考えはそこにあるだろう。だがな、俺としては微妙だな。」
「え?何が微妙なのです?」  


654  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/15(土)  14:10:26  ID:Bohu6sek0
「敵が新たな攻撃を行う可能性についてだ。上層部は、シホット共がウラナスカ以西のどこかを襲うと見ている
ようだが、果たしてそうなるのかね?」

レイバック艦長はそう言った後、首を横に振った。

「俺としてはそうは思えない。確かに、敵はダッチハーバーを火達磨にしたが、アリューシャン列島の各島には
まだ大多数の航空機や、俺達潜水艦部隊が残っている。それらは、ダッチハーバーを燃やした自分達を血眼で
探し回っている。そんな中に飛び込んで来る馬鹿がいると思うか?」
「まあ・・・・しかし、常識でならさっさと引き上げるでしょうが、もし、あの敵将だったらやりかねませんよ。
あの竜母使いはこれまでに、我々合衆国海軍を苦しめてきましたからね。」
「あのシホットガールか。あんな高校生みたいな女に苦しめられるとは、合衆国海軍も落ちた物だ。」
「ちゃんとリリスティ・モルクンレルという名前がありますよ。」
「シホットガールで充分だよ。」

レイバック艦長は鼻を鳴らして、そう言った。
アメリカの機動部隊相手に、五分に近い戦いを繰り広げてきたシホールアンル機動部隊の敵将は、最初全く
知られていなかった。
そのため、敵機動部隊の指揮官はハルゼーみたいな猛将タイプか、それよりも激しい気性の性格の持ち主か、
またはスプルーアンスのような思慮深い人物か・・・・・
ともかく、誰1人として相手が女とは思っていなかった。
ところが、ビッグEに居付いているラウスとかいう魔法使いが描いた似顔絵が、たまたま海軍の広報関係者に見つかった。
その広報関係者は、どこぞの誰かが書いた漫画の女の子だろうと思ったが、ハルゼー中将が、

「そいつが我が機動部隊に挑んできた、勇敢な“鬼提督”だよ。」

と言ったことからその広報関係者は仰天した。そして、彼がこの絵を海軍広報に載せたいと頼み込むと、ハルゼーは了承した。
そして1月の海軍広報に、「これが、敵機動部隊の指揮官だ!」という大見出しでリリスティの似顔絵が公開された。
この海軍広報は、リリスティの似顔絵の他に、今では語り草となった第2次バゼット半島沖海戦時(主にリルネ岬沖海戦)
の写真が多数載せられた。  


655  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/15(土)  14:10:58  ID:Bohu6sek0
意外な敵将の姿に、アメリカ海軍の将兵は度肝を抜かれた。
鬼の猛将と恐れていたはずの敵将が、似顔絵とはいえ、実際にはまだあどけなさを残す若い女性だったのだ。
驚くなと言う方が無理であった。
だが、アメリカ海軍の将兵はリリスティに「シホットガール」、又は「プリンセスリリスティ」と呼んでこの
若い女性提督を敵視し、そして尊敬した。
中には、リリスティに対してファンクラブを作るという馬鹿げた将校や水兵達も出る始末であり、彼女は、
アメリカ海軍にとって良きライバルとして広く知れ渡っている。
特にエセックス級空母やインディペンデンス級軽空母の艦長達は、

「是非、プリンセスリリスティの機動部隊と一戦交えたい物だ。」

と言って対決の時を待っていると言う。

「まあ、シホットガールも、貴重な竜母をいつまでも敵地に留めて置く訳にはいかないと思うだろう。シホール
アンルは去年だけで戦力を失いすぎた。特に10月の大海戦で、我が合衆国海軍も手酷い被害を受けたが、
奴さんは主力艦だけで竜母4隻に戦艦3隻、他も含めたら少なくない数の艦船、兵員を失っている。
今、貴重な竜母でダッチハーバーを壊滅させた上に、更に危険を押して攻撃を仕掛けるのは、あり得ないだろう。」

レイバック艦長はそう断言した。
だが、それから20分後、彼の言葉を覆す物が、ブラックフィッシュのレーダーに捉えられた。

「艦長!水上レーダーに不審な物が映りました!」

突然、電話口からレーダー員の裏返った声音が聞こえて来た。

「どうした、落ち着いて報告しろ。」

レイバック艦長は顔をしかめながら、相手に注意した。  


656  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/15(土)  14:11:33  ID:Bohu6sek0
「すいません。実は、水上レーダーに先ほどから不審な物が映っているのです。」
「方角は?」
「方角は北北東、方位47度です。距離は8マイルほどです。」
「8マイルか。臭いな。」

レイバック艦長はそう言いながら、トラダ少尉に顔を向けた。

「どうやら、君の言うとおりになったようだ。」
「まさか艦長・・・・・」
「そう、そのまさかだ。」

彼はそう言うと、トラダ少尉の肩を叩いた。

「TF36は既にアムチトカとキスカの間で待機している。本国から急行中の護送船団はウラナスカに向かっている。
キスカに向かっている艦隊は、合衆国海軍には存在しない。」

彼はそう言うと、甲板上で見張りに付いている水兵達に指示を飛ばした。

「これより潜行する!見張り員は至急艦内に入れ!」

彼の言葉を聞いた見張り員達は、慌てて艦橋に上がって、開けられたハッチの中に入って行った。
トラダ少尉が中に入った時、最後にレイバック艦長が入り込んで来た。

「ふう、これでうすら寒い外に立たんで済むな。」

彼はどこか嬉しげなそう言った後、ハッチを閉めた。  


657  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/15(土)  14:12:04  ID:Bohu6sek0
5月26日  午前5時  アムチトカ島

アムチトカ島駐留の海兵隊航空隊の偵察機が、洋上偵察のために飛行場を発進していく中、アルバ・パイル中尉は、
相棒のハワード・バージニア兵曹と共にアムチトカ島航空隊司令部に乗り込もうとしていた。
ちょうど、司令部の外に出て、偵察機の発進をみつめていたジョン・マレー大佐にパイル中尉らはかけよった。

「司令!お願いがあります!」

マレー大佐は、突然駆け寄った2人にやや驚いた。

「お願い?何のお願いだ?」

マレー大佐は怪訝な表情で、2人のパイロットに問うた。

「はい。私達も、偵察行に参加させてください!」
「いや、それは駄目だ。」

マレー大佐は即座に断った。

「君達は確かに、海軍航空隊のパイロットだが、君達の乗っている飛行機は、まだ量産機でない貴重な新鋭機だ。
その新鋭機を、むざむざ失う訳には行かない。」
「司令の言う事はごもっともです。しかし、従来の索敵機には無い能力を、ハイライダーは持っています。
それに、ハイライダーはこのアムチトカでの試験飛行を基に、いつ量産機が出来上がるのかが決まります。
つまり、このハイライダーも使えば、実戦でのデータを早く取る事が出来、ハイライダーの量産が早くなる
可能性があります。そうなれば、実戦配備は早く進みます。」
「しかしなあ・・・・・・」

マレー大佐は思い悩んだ。
アムチトカ島には現在、ダッチハーバー空襲前に移動してきた、陸軍航空隊のB−26爆撃機12機に、元々島に
いる海兵隊航空隊のVMF−234のF4F28機。  


658  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/15(土)  14:12:39  ID:Bohu6sek0
VMB−282のSBD30機にVMT−343のアベンジャー30機。
それに陸軍第7航空軍に属している第93戦闘航空師団所属第14戦闘航空郡のP−3824機。
この他にカタリナ飛行艇18機が駐留し、そのうちの8機が、ドーントレスやアベンジャーと共に索敵に向かっていた。
そこにハイライダーも索敵に加えようと言うのだ。
マレー大佐は思い悩んだが、2人の熱意に打たれて出撃を許可した。

「よろしい。ならば君達にも飛んでもらおう。チャートを持って来てくれ。」

マレー大佐はそう言うと、司令部の中に入って行った。

それから1時間後。ハイライダーは、アムチトカから北北東の方角を、時速250マイルのスピードで飛行していた。
天候は晴れだが、洋上には、所々雲がかかっており、索敵行にはやや不向きな天候だ。

「とりあえず、700マイルまで進出しろとは言われたが、天候がこれではちと微妙だな。」
「レーダーがあれば、幾分楽になるんですけどね。」
「航空機搭載用のレーダーが回って来るのはまだ先だよ。今は、俺達の目で、この海域を探すしかないさ。」

パイル中尉はそう言いながら、回りの海を見渡した。
雲の切れ目には、海が広がっている。
アリューシャン海は、南洋と違って色は鮮やかな青ではなく、黒に近い青である。
夏になれば海の色も少し変わるが、まだ冬のこの時期はずっとこのような感じだ。

「しかし、あいつら驚いていたなあ。あそこまで驚かれると、何か悪い事をしたような気がするぜ。」

パイル中尉は苦笑しながらそう言った。

「まだ出来たての新鋭機で、いきなり偵察に言って来ると言われれば誰でも驚くでしょう。しかし、
ミレルティの剣幕は凄かったですね。」
「ああ。機体を壊したら殺してやるとまで言われたよ。全く、女というものは恐ろしくてたまらん。」  


659  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/15(土)  14:13:15  ID:Bohu6sek0
「でも、敵に見つかる可能性は、必ずしもあるとは限りませんよ。索敵に出てきたとはいえ、もしかしたら、
敵さんはさっさと逃げていった、という事もあり得ますから、自分達が索敵行に参加したのも、ただのテスト飛行
にしかなりませんよ。」
「思うのもアレだが、どうせなら、俺達が敵の艦隊を見つけたいな。そうすれば、ハイライダーの真価を発揮できる。」
「そうなるといいですが・・・・・」

それっきり、2人は黙って見張りを続けた。
シホールアンル機動部隊が、セミソポクノイ島の近海で味方潜水艦に発見されたのは、昨日の午後11時50分頃である。
潜水艦のブラックフィッシュから発せられたこの報告に、アリューシャン列島のアメリカ軍部隊は直ちに索敵機の発進準備を進めた。
それと同時に、アムチトカ島の西側海域で待機していた第36任務部隊は、急遽、全速力で北上し、今や予定地点に到達しつつあった。

その頃、第24竜母機動艦隊は、キスカ島の北東400マイルの海域を10リンルのスピードで航行していた。

「司令官、あと3時間でワイバーン発信地点に到達します。」
「わかった。それよりも、索敵ワイバーンは何騎出すの?」
「第1部隊から9騎、第2部隊から8騎を出す予定です。」
「そう。」

リリスティは、首席参謀に無表情で答えた。
彼女は、ダッチハーバー空襲後に、キスカをワイバーンで襲撃してから、本国に戻る事を決めた。
アメリカ領であるアリューシャンの根拠地を奇襲する作戦は成功を収めた。
後は、他の島に散在するアメリカ軍基地か、飛行場を叩き潰してアメリカ側の混乱を煽るだけである。
だが、彼女は数日前から滅多に笑わなくなっていた。
首席参謀は、彼女が笑わなくなった原因を知っている。

「アメリカの空母部隊は、どこに隠れているのか?」

リリスティは、やや顔をしかめながらそう呟いた。彼女が神経質になる原因はそれだった。  


660  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/15(土)  14:13:47  ID:Bohu6sek0
ダッチハーバー空襲2日前に、大型空母、小型空母1隻ずつを伴う敵機動部隊が西に向けて出港したとの情報が、
ダッチハーバーを監視していたレンフェラルという海洋生物から届いた。
それ以来、この未知の米空母部隊はどこかに消えてしまっていた。
戦力は僅か2隻のみの敵空母部隊だが、この2隻のみが、リリスティにとって最も気になる相手だった。
2隻のうち、1隻は、アメリカが前線に投入しつつあるエセックス級の大型空母である可能性が高く、全体の搭載機数は、
小型も含めて130〜140機以上に上ると予想されている。
それに対して、リリスティの機動部隊は、未だに400騎近いワイバーンを有しており、正面から戦えば、米空母部隊は
たちまち全滅するだろう。
しかし、寡兵とはいえ、侮れぬ戦力を有した機動部隊が、リリスティ達の目に触れずにこの近海をうろつき回っているのだ。
もし、発艦準備中に不意打ちされたら、目も当てられぬ結果を招く事になる。
そうなる前に、敵機動部隊の位置を掴む必要があった。
リリスティは空を見てみた。艦隊の上空には、所々雲がかかっており、ちょうど偵察機からはやや見えにくい位置にいる。

「このまま、何事もなければいいけど・・・・・」

ふと、彼女はそう呟いていた。

「大丈夫です。艦隊の上空には、常時10機以上の戦闘ワイバーンを飛ばしております。敵の偵察機が来れば、即座に
発見して叩き落すでしょう。」
「それもそうね。ワイバーンより鈍足な偵察機は、雲に逃げ込まない限り追っ手から逃げ切れない。」

(いや、雲に逃げても、ワイバーンからは逃げられないわね。)
リリスティはそう思うと、不敵な笑みをこぼした。
対空哨戒に当たっている戦闘ワイバーンの御者は、生命反応探知魔法が使える竜騎士を中心である。
とくに、対空哨戒を任される竜騎士にはその魔法が得意である者が多く、例え敵の偵察機が雲に逃げ込んでも、
その生命反応を頼りに追い回す事が出来る。
これは、前回の海戦で得た教訓を基にした対処法である。これによって、やって来るアメリカ軍偵察機を片っ端から
叩き落すつもりだった。
そして1時間後、最初の獲物が、不用意にも艦隊の至近に迫って来た。  


661  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/15(土)  14:14:21  ID:Bohu6sek0
「哨戒ワイバーン7番騎より、我敵偵察機発見との事です。」
「すぐに撃ち落しなさい。鈍足の偵察機など、ワイバーンの敵ではないわ。」

リリスティはそう言いながら、内心では舌打ちしていた。
(もう見つかったの・・・・相変わらず、アメリカ軍の索敵能力は侮れない。恐らく、電波を発信されてるかもしれない。でも、見つけた相手にはしっかり義理を果たさないと)
彼女はそう思いながら、7番騎の報告を待った。

「8、9番騎も同じ敵偵察機を追撃し始めました。あっ、そこです。」

首席参謀が上空を指差した。リリスティは、持っていた望遠鏡で指差した方向を見る。
1500グレルほどの高度に、1機の偵察機が逃げ回っている。
その後方に3騎のワイバーンが喰らいつき、敵を追い回していた。

「敵偵察機の撃墜も、間も無くですな。」

首席参謀が自信たっぷりで言った。偵察機は、どうしてかワイバーンを引き離しつつあった。
そして偵察機が雲に逃げ込み、ワイバーン達も遅れて雲に飛び込んで、小癪な偵察機を落としに行く。

「なかなか偵察機もやるわね。」
「恐らく、あの偵察機には手錬が乗っているのでしょう。とは言っても、彼らの命もあと少しですが。」

しかし3分後、戦闘ワイバーンから耳を疑うような報告が飛び込んで来た。


「機長!敵の機動部隊です!」

唐突に、後部座席のバージニア兵曹が大声で報告して来た。

「何!?敵だと!?」  


662  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/15(土)  14:14:58  ID:Bohu6sek0
「はい!右前方です!」

パイル中尉は、視線を右前方遠くの洋上に向けた。そこには、堂々たる輪形陣を組んだ敵機動部隊が航行していた。

「凄い、シホット共の船だ!真ん中に空母らしきものが何隻かいるぞ。」
「機長、すぐ下方にも敵の機動部隊がいます!」
「・・・・本当だ。畜生、シホット共は大艦隊で攻めて来たぞ!空母らしきものが・・・・4隻もいやがる!」

パイル中尉は興奮したような口調でそう言った。まさか、彼らは本当に敵を見つけるとは思わなかった。
彼らは、恐らくカタリナ飛行艇か、海兵隊航空隊の索敵機が先に見つけるだろうと思っていた。
しかし、彼らは見つけた。それも、いの一番に。

「報告だ!すぐに送れ!」
「分かりました!」

バージニア兵曹はすぐに通信文を作成し、それを味方部隊に伝えはじめた。
その作業も半ばに達した時に、彼らの後方に出会いたくない相手が現れた。

「あっ!機長、後方に敵機です!1、いや、あと2騎ほどが近付きつつあります!」
「ようし、分かった!飛ばすぞ!!」

パイル中尉はすぐにスロットルを開き、機体の速度を上げた。
それまで、巡航速度で飛行していた機体がぐんと加速し、機首のR2800−10空冷2000馬力エンジンが
待ってましたと言わんばかりに猛り狂う。
敵機動部隊の輪形陣の左側上空を斜め下に駆け抜け、雲に逃げ込んだ。
1分ほど経って雲から飛び出した。その時には、ハイライダーの速度は最高速度に近い650キロにまで上がっていた。
雲から飛び出してから10秒ほど経って、3騎のワイバーンが雲から出て追撃してきたが、ワイバーンの姿は既に
小さくなっていた。ワイバーンとの距離は開きつつある。  


663  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/15(土)  14:15:51  ID:Bohu6sek0
「機長、送信終わりました!」
「ようし。ひとまずは任務を果たしたな。敵はどうだ?」

バージニア兵曹は首を後ろにひねって、追撃して来るワイバーンを見つめた。
3騎のワイバーンは、既に豆粒ほどの大きさになっており、その3つの豆粒が引き返していくのが見えた。

「敵は引き返しました。凄いですよ、あのワイバーンをあっという間に引き離しましたよ!」
「ほう、そうか。流石は最速の偵察機だ。」

このとき、パイル中尉はとある言葉を思い付いた。

「バージニア兵曹、追加文を送れ。」
「追加文ですか。どんなのです?」
「われに追い付くワイバーンなし、だ!」

パイル中尉はそう言うと、愉快そうに高笑いを上げた。


5月26日  午前7時20分  アムチトカ島北西沖200マイル沖
キスカと、アムチトカの間に入るように展開した第36任務部隊は、午前7時20分、アムチトカ島駐留の
偵察機からの報告を傍受していた。
TF36旗艦である空母フランクリンの艦橋上で、司令官であるフレデリック・シャーマン少将は、通信将校が
言う通信文の内容を聞いていた。

「アムチトカ島北方480マイル、方位360度付近に敵の大機動部隊を発見せり、敵は竜母5ないし6、戦艦2、
巡洋艦、駆逐艦多数を含む。敵の進行速度は20ノット、進路は西、上空に戦闘ワイバーン多数を配置しているとの事です。」
「アムチトカから480マイルとすると・・・・我が機動部隊からは北東280マイルの位置にありますな。」

航空参謀がシャーマン少将に進言する。  


664  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/15(土)  14:16:30  ID:Bohu6sek0
「とすると、我が艦攻、艦爆の航続距離内に充分入ります。司令官、ここは待機させている攻撃隊を発艦させるべきでは?」

TF36は、既に攻撃隊を用意していた。
空母フランクリンは、搭載機数110機のうち、F6Fが60機、SBDが26機、TBFが24機となっている。
軽空母プリンストンはF6F24機にTBF21機を搭載している。
攻撃隊の内訳は、フランクリンからF6F24機、SBD18機、TBF18機。
プリンストンからF6F12機、TBF12機の計84機が、攻撃隊の陣容である。
航空参謀は、敵の機動部隊を先に叩き潰そうと言うのである。
だが、シャーマン少将は首を盾に振らなかった。

「いや、攻撃隊はまだ出さない。」
「し、司令官!」

航空参謀は声を荒げてシャーマン少将に翻意を促そうとした。
だが、次の言葉が出る前に、シャーマンは口を開いた。

「フランクリン、プリンストンのパイロット達を、ヴィルフレイングの精鋭達と一緒にしてはいかん。確かに、
航空隊の錬度は大幅に向上したが、パイロットの多くは実戦を経験していない新兵だ。その彼らには、この距離から
発艦させて敵を攻撃させても、機位を見失う者がいるかもしれん。彼らをそうさせぬためには、せめて250マイルか、
230マイル付近にまで近付いて攻撃隊を発艦させるしかない。」
「し、しかし。我が方も見つかってしまえば、敵機動部隊から攻撃隊が殺到してきます。そうなれば、TF36にも
多大な危険が及びます!」
「それでも構わない。敵が俺達に攻撃隊を差し向けるのなら、尚好都合だ。アムチトカからの攻撃隊と共同して、
防備の薄くなった敵機動部隊に攻撃を仕掛けられる。万が一、フランクリンやプリンストンが沈んでも、我が合衆国には
いくらでも予備がある。ここで敵の主力艦が1隻でも多く沈めれば、その分、後が楽になるよ。」

シャーマン少将は、恐ろしい事をさらりと言ってのけたが、幕僚達はシャーマンの熱い決意に呑まれてしまった。

「さあ、後は敵機動部隊に向けて突進するだけだ。」

シャーマン少将は意気込んだ口調で言うと、艦隊速力を再び30ノットにし、艦隊の進路を北東に向けた。

ここにして、アムチトカ島沖海戦の火蓋は切って落とされた。