498  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/26(日)  16:14:03  ID:HYHVNSac0
第57話  飛翔の時

1483年(1943年)2月1日  午前8時  バルランド王国ヴィルフレイング

南西太平軍司令官であるドワイト・アイゼンハワー大将(昨年の11月に昇進した)は、自分の執務室で客人を待っていた。

「全く、バルランドの馬鹿貴族共は・・・・・何が絶好の機会だ。」

アイゼンハワー中将は、紙に書かれた内容を読みながら、そう呟いた。その時、ドアがノックされた。

「おう!」

アイゼンハワーは張りのある声音で、ドアの向こう側に声を返した。
ドアが開かれ、若い将校が現れた。

「司令官。キンメル提督とキング提督がお見えになりました。」
「ああ、通してくれ。」

アイゼンハワーはそう言うと、客人を通した。通路から、カーキ色の軍服を来た2人の提督が現れた。
1人は柔和な表情を浮かべる馴染みの提督、ハズバンド・キンメル大将だ。
別のもう1人は初めて対面する提督である、アーネスト・キング大将だ。

「これはキンメル提督にキング提督。よくおいで下さいました。さあ、かけて下さい。」

アイゼンハワーは2人をソファーに座らせ、自分は反対側のソファーに座った。  


499  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/26(日)  16:14:45  ID:HYHVNSac0
「お久しぶりです、キンメル提督。キング提督は、今回は私と初対面ですな。」
「まあ、そうですな。とにかく、ご苦労様です。」

キングは、少しばかり感情のこもった口調でアイゼンハワーに返事する。

「どうも、ここ最近はバルランド軍上層部から、しきりに攻勢を持ちかけられているようですな。」

キンメルが早速、本題に入った。

「そうですな。今年1月中旬から、バルランド軍の対シホールアンル討伐軍司令官がインゲルテント将軍に代わってから、
3度ほど攻勢に移ろうと言われましたよ。」
「南西太平洋軍は、確か9月になってから反攻作戦を行う予定であると、私は聞いているのですが、現時点で兵力は
どのぐらい集まっておりますか?」

キングの質問に、アイゼンハワーは淀みなく答えた。

「元々いる第1軍の第1軍団と第3軍団。それに加わった第4軍の第5軍団、第6軍団並びに第5軍の第7軍団の半数が
ヴィルフレイング、あるいはカレアントの戦線に待機しています。現時点で、総計14個師団、総兵力にして約26万の
大兵力です。海兵隊も含めれば30万近くになります。しかし、我々は、予定ではこの3個軍の他に、あと1個軍を
増やしてから攻勢に移りたいのです。要するに、今の状態では兵力が足りないのです。」
「あと1個軍と、それに後方支援部隊が加わりますな。そうしましたら、実戦部隊の総数は40万余り。後方支援部隊も
プラスすれば全体で50〜60万近くは必要ですな。確かに、これだけの兵力を集めるにはまだ時間がかかりますな。」
「戦力を編成しているのは、南西太平洋軍だけではありません。対マオンド用の部隊も同時に編成中です。大西洋方面では
60万もの兵員が準備される予定であり、準備は予定期日に向けて着々と進んでいます。ですが、問題はここなのです。」

アイゼンハワー大将はそう言うと、やや表情を曇らせた。  


500  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/26(日)  16:15:20  ID:HYHVNSac0
「南大陸連合軍の中心戦力であるバルランド軍ですが、そのバルランド軍の司令官であるインゲルテント大将が、我が国の
作戦方針にどうも納得されていないようなのです。」
「納得されていない・・・・ですと?」

キングが怪訝な表情を浮かべる。

「はい。これは、つい最近うちの作戦参謀がバルランド軍の参謀から聞いた話なのですが、インゲルテント大将はシホール
アンル軍が鳴りを潜めている今だからこそ、攻勢に転ずるべきであると公言して憚らないようなのです。確かに、総兵力では
我が合衆国軍も含めてシホールアンルと同等ですが、かの将軍は一刻も早く敵に攻勢を仕掛けて、待ちの状態から早く抜け
出したいと考えているのです。最近は、レーフェイル方面に向ける軍を転用すれば、早く軍は集まるだろうと、周りに言って
いるようです。全く、困った物だ。」
「攻勢論を唱えているのはインゲルテント将軍のみですか?」

キングはさりげない口調で質問した。
インゲルテントのみならば、一将軍の勝手な理論として用意に押さえ込める。キングはそう思ったが・・・・

「それならば、我々も楽でありましたが・・・・攻勢論には数人の大臣や、幾人かの高級将校が賛成しているようです。」
「どうも、バルランドの貴族様方は我々が立てた大勝利に、有頂天になっているようですな。」

キンメルが苦笑しながらそう言った。

「あるいは、我々だけに戦果を独り占めされたくないから、主導権は我にありと主張したい、という事もあり得る。」

キングもやれやれと言わんばかりに、あきれたような口調で言う。

「では将軍。もしバルランド側が直接、我々に攻勢の参加を促したらどうします?」  


501  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/26(日)  16:16:14  ID:HYHVNSac0
「・・・・大統領も命令されるのなら、やれ、と言われればいつでもやりましょう。しかし、はっきり言いますと、戦力が揃い切る
9月までは行動を起こしたくありません。現在の兵力でやっても勝てはするでしょうが、こちらの犠牲も大きくなります。
南大陸軍も、わが合衆国軍も。」
「敵は今、どのような状況なのです?」

キンメルがすかさず聞いた。

「少なくとも、去年の4月に戦った敵ではありませんな。スパイからの情報によりますと、シホールアンル軍は四足歩行の
新しいゴーレムや、野砲を増強し続けているようです。それに加え、敵の施設には、前線、後方を問わず魔道銃や高性能の
高射砲が配備されており、我が陸軍航空隊の被害も無視できぬ物になっています。」

現在、アメリカ軍は、地上部隊は相変わらず待機状態にあるものの、航空戦だけは続けていた。
陸軍航空隊は、第3航空軍の他に、去年12月から新編成の第5航空軍をカレアント南部、又はミスリアル西部に投入して、
シホールアンル側の占領地に対してB−17、B−25、26。A−20などの爆撃機で敵の補給線や前線などを爆撃している。
だが、シホールアンル側は防空能力を開戦直後に比べて、格段に向上させていた。
1月一杯で、第3、第5航空軍が被った被害は、B−17が43機、B−25が57機、B−26が38機、A−20が24機。
戦闘機はP−40が59機、P−39が53機、P−38が37機となっている。
実に300機以上の航空機を喪失したのである。
実際に現地で撃墜された数は、これの半数以下か、やや上回る程度であり、残りは事故や基地で修理不能と判断されたものである。
この被害に対して、戦果はワイバーン279機撃墜と、純粋に撃墜された数と比べればまだシホールアンル側のほうが被害が大きい。
だが、ここ最近はシホールアンル側のワイバーン部隊も対アメリカ機戦法を確立しており、ワイバーンの撃墜数は月毎に落ち続け、
逆に米戦闘機や爆撃機の被害は上がり続けている。

「今では、北カレアント上空は航空隊の墓場とまで言われており、パイロット達の士気は落ち気味になっています。ですが、悪い事
ばかりではありません。ここ最近は、海軍が実施している機動部隊の不定期攻撃の影響で、敵の前線部隊に送られる物資が減りつつ
あると、スパイから報告がありました。」  


502  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/26(日)  16:16:48  ID:HYHVNSac0
「なるほど、キンメルの同僚も頑張っているようだな。」

キングは、キンメルの横顔を見つめながら微笑んだ。
キンメルの太平洋艦隊の指揮下にある南太平洋部隊は、先月末から南大陸の北側にある沿岸地域に攻撃を仕掛けている。
攻撃を行っているのは、ハルゼーが率いる第3艦隊の空母郡で、ハルゼーの直率する第38任務部隊は東海岸を、
レイ・ノイス少将の直率する第37任務部隊は西海岸を担当している。
西海岸では1月25日にヴェリンス領中部の根拠地に82機。1月28日にはさらに北のエンデルドに120機を差し向けた。
シホールアンル側の反撃で、レキシントンが飛行甲板に爆弾2発を受けた。
しかし、幸いにも当たり所は良く、応急修理で飛行甲板の穴を塞いだため、後方に避退する事はなかった。
逆に、シホールアンル側は対空砲火と、ワイルドキャットの反撃で攻撃して来た98騎ワイバーンのうち、37騎を喪失した。
東海岸では、1月20日にカレアントの港町ポーラインを64機で攻撃。
1月25日はカレアントを93機で攻撃し、更に1月29日には、あろうことか北大陸の入り口に近い国であるレイキ王国の
シホールアンル軍根拠地に3波218機の攻撃隊を差し向け、さりげないダメージに留めるどころか、在泊していた輸送船、
哨戒艇、小型スループ船、合わせて29隻全てを片っ端から撃沈し、同港に集積していた物資の5割を焼いて壊滅状態に陥れた。
怒り狂ったシホールアンル側は、偵察ワイバーンが偶然見つけたハルゼー部隊に230騎のワイバーンを差し向けた。
だが、攻撃隊が予想海域に着いた頃には、ハルゼー部隊は既に消えていた。
この一連の空襲に呼応して行われた潜水艦部隊の攻撃は、今日までに14隻の輸送船を撃沈した。
これが影響して、南大陸の各地にある集積所の物資は、以前よりも集積量が少なくなっていた。

「この事は、インゲルテント将軍にも伝わっていますかな?」
「恐らく伝わっているでしょう。いずれにしろ、私としては9月まではなるべく、行動を起こしたくありません。」

アイゼンハワーはそう呟きながら、壁に掛けられているカレンダーに目をやった。
日めくりのカレンダーは2月1日となっている。
カレンダーの日付が2月3日になる日、アイゼンハワーはこの執務室にはいない。
彼はキンメルとキングと共に、幕僚を引き連れてバルランド王国の首都、オールレイングに向かう。  


503  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/26(日)  16:17:21  ID:HYHVNSac0
「私は、南大陸軍の将軍達、特に、バルランド側の将軍達にいっそ捻じ込んでやる覚悟でいます。現状のままでは、いかに
強力な火器を備えた我が軍としても25万の兵力しかない。せめて、9月まで待ってもらうように進言します。」
「その事に関しては、我々海軍も同様です。」

キングが頷きながら言った。

「9月までには新鋭の正規空母が5隻、軽空母が5隻配備されます。これらが揃えば、敵のより後方に矢を放つことが出来ます。
3日の会議では、私とキンメルも出席しますから、南大陸の将軍達と、存分に話し合いましょう。」
「お二人の気持ちに感謝いたします。あなた方がいれば、大変心強い。」

アイゼンハワーはそう言うと、キングと、キンメルと固い握手を交わした。
その後、彼らは幕僚も交えて3日に行われる会議で何を話していくかを、3時間ほど話し合ってから決めていった。


1483年(1943年)2月2日  午前10時  シホールアンル帝国アルジア・マユ

上空は見事に晴れ渡っていた。
気温は思いのほか低いが、天から降り注ぐ陽光は、冬の寒さを和らげていた。
その晴れた空を、シホールアンル帝国皇帝、オールフェス・リリスレイは満足気な表情で眺めていた。

「飛空挺もやっぱ捨てたもんじゃなかったなぁ。スイスイと飛んでいきやがる。おい、ギレイル。さっき上空をすっ飛んでいった
飛空挺だが、下手するとワイバーンよりスピードが出てるぞ。」

オールフェスの言葉に、ウインリヒ・ギレイル元帥は微笑みながら返事した。彼の笑みは少しぎこちなかった。

「確かに。あの飛空挺は対飛行物体用に作られた飛空挺ですので、攻撃飛空挺よりは格段に運動性能、速度性能が向上する
であろう聞いております。」  


504  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/26(日)  16:18:03  ID:HYHVNSac0
「速度は最大でどれぐらい出るかな?」
「速度に関しては、正確には分かりかねますな。今、速度性能を確かめている最中なので、もうそろそろ結果が分かるかと。」

ギレイル元帥がそういった後、程無くして飛空挺の開発研究者の主任のカイベル・ハドがオールフェスの元にやって来た。

「陛下、ただいま飛空挺の速度テストの結果が出ました。搭乗員からの報告によりますと、試作機は最大速度309レリンクを出したようです。」
「309レリンクだって!こいつは凄いじゃないか!!」

オールフェスは驚いた表情でそう叫んだ。
彼はせいぜい290レリンクは出せるかなとは思っていたのだ。だが、結果は予想を大きく上回る309レリンクという高速度を弾き出した。

「この飛空挺なら、アメリカ軍機と充分に渡り合えるぜ。」

オールフェスは興奮を抑え切れぬ口調で、ハド主任に言った。

「いや、テストはまだこれからです。この後に運動性能を測るテストや、上昇限度を測るテストがあります。これらがどれぐらい優れて
いるかで、アメリカ機と戦えるかどうか判断します。」


レガルギ・ジャルビ少佐は、飛空挺の操縦席の中で下界を見下ろしていた。

「こちら試作機。運動性能はワイバーンよりは悪いが、それでもアメリカ機よりは同等か勝っている。特に突っ込みが利くから
アメリカ軍機の一撃離脱に対応できるかもしれんぞ。」

彼は、たった今終わった、運動性能テストの結果報告を地上の指揮所に伝えた。  


505  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/26(日)  16:18:38  ID:HYHVNSac0
魔道士ではない彼は、魔法を使う変わりに、赤い網状の箱に向かって言葉を言う。その箱から返事が返ってきた。

「わかりました。次は上昇限度テストに移ってください。空気タンクとマスクは正常に動いていますか?」
「ああ、バッチリだ!」
「それでは、テスト開始です。」

地上から指示が入ると、ジャルビは発動機の出力を最大にし、機体を上昇させ始めた。
高度が1500グレル(3000メートル)から2000、2500、3000と上がっていく。
3500グレルまで、飛空挺は速力を落とす事無く上昇を続ける。スピードは307、6レリンクを維持していた。
そして、そのまま4000グレルまでを一気に駆け上った。

「ただ今高度4000グレル!すごい、まだ行けるぞ。指揮所へ、とりあえず、いける所まで行っていいんだな?」
「無理しない範囲でお願いしますよ。大事な飛空挺ですからね。」
「分かった!」

そういっている間にも、飛空挺はぐんぐん上昇していく。4300グレルを越えた頃から、発動機の出力が落ちてきた。
4500グレルに到達した時はスピードは落ちていたが、それでも298レリンクはあった。
(すごい、ワイバーンですら飛べなかった高高度を、コイツはあっさりと駆け上りやがった。)
ジャルビ少佐は、興奮で機体の寒さも吹っ飛んだ。ワイバーンの上昇限度は3700グレルまでが精一杯である。
以前の飛空挺では3200グレルまでしか上がれなかった。
だが、この飛空挺は以前の飛空挺より遥かに高い上昇性能を持っていた。
そして、この飛空挺は、今も300レリンクに近いスピードで上昇を続けている。
気が付けば、飛空挺は5900グレル近くまで上昇していた。
ここからは流石の発動機も出力の低下が顕著になり始め、速度は260レリンクしか出せなくなっている。
(そろそろ限界か)
そう思ったジャルビ少佐は、上昇をやめて水平飛行に移った。  


506  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/26(日)  16:19:11  ID:HYHVNSac0
現在の高度は5870グレル。機体の操縦席は、高空の低い外気にあてられて寒くなっている。
ジャルビ少佐は、飛空挺搭乗員が必ずつける、厚手の飛行服に身に纏い、寒さ対策は一応行っているが、それでも体に寒気が伝わった。
操縦席の風防ガラスから下界を覗いてみる。下界は、地図でも見ているかのように川の位置や、山の配置までが一目で分かった。
おまけに高度が高いため、遠くの雲海までもが見える。
高高度に達しているため、機体内部の気圧は下がっていた。彼は空気マスクに手を触れる。

「空気マスクを入れといて正解だったな。こいつが無ければ、今頃どうなっていたか。」

彼はそう呟きながら、速度計を見てみる。
スピードは現在の高度だと260レリンクが限界である。

「指揮所へ、試作機より。現在高度5870グレル、速度は260レリンク。素晴らしい上昇性能だ!4000グレルまでは
スピードも大して衰えずにぐんぐん上がって行ったぞ。」
「こちら指揮所、了解。本当に5000グレル以上まで上ったのか?」

先程とは違う人物が応答した。開発部主任のハドだ。

「主任!本当ですよ。いやあ、この飛空挺は見事な物です。流石に5000グレルまであがると、発動機の出力が低下して
全速力は出せませんが、それでも260レリンク程ならなんとか出せます。こいつなら、アメリカのグラマンやコルセアと
ほぼ対等に渡り合えることが出来ます!」
「そうか。そいつは良かった。一通り性能テストも終わった。試験は終了だ、降りて来い。」
「はい、わかりました!」

ジャルビ少佐はそう答えると、飛空挺を徐々に下降させ始めた。  


507  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/26(日)  16:19:59  ID:HYHVNSac0
飛空挺は、発動機特有の轟音を鳴らせながら、鮮やかな着陸を見せた。
そのまま駐機場まで来ると、その場で停止した。
ジャルビ少佐は、機体から出ると、真っ先に指揮所に向かった。
指揮所にはハドの他に、開発部長のクナルク・アーベレ陸軍少将や、開発部の幹部達が集まっていた。

「試験飛行終わりました。」

ジャルビ少佐は直立不動の体勢でそう言うと、指揮所の皆が大きな拍手をした。

「よくやってくれた!これで、飛空挺が使えると言う事も、陛下や将軍達にも分かったはずだ。とりあえず、おめでとう!」

アーベレ少将は感極まった表情で彼と固い握手を交わした。
次に、ジャルビ少佐はハドを向き合う。

「ジャルビ、よく頑張った。君のお陰で試験飛行は成功だよ。」
「はい。隊長、じゃなくて、主任。あの飛空挺は最高です。300レリンクを超えるスピード、高度5000グレルまで
駆け上る高空性能、前の飛空挺よりも卓越した機動、どれを取ってもすばらしい物です。あの発動機と機体は相性がピッタリですよ。」
「そうか。出力が当初より低い発動機ではあるんだが、純度の良い魔法石を使った事と、機体の設計の結果、飛空挺は高い
性能を示したのだろう。魔法石の純度が悪かったり、設計が異なっていたら、あの凄い結果を示せたかどうか・・・・・」
その時、指揮所に皇帝を始めとする一行が現れた。
すかさず、全員が直立不動の体制を取り、軍人は一斉に敬礼をする。
「飛空挺開発部の諸君。先の試験飛行は真に見事だった。現在の主力であるワイバーンを凌ぐその性能は、俺も正直驚かされた。
特に、高度5000グレルまで上昇したと聞いた時、俺は飛空挺の開発を続けて正解だと思った。今はまだ試作機がやっと
飛んだばかりであり、あの飛空挺には色々な問題や不具合が出ているだろう。だが、その問題を解決すれば、あの飛空挺は
真の戦闘機に変わるだろう。今後、君達の作った飛空挺は、ワイバーンと同格の主力兵器として前線で幅広く使われるだろう。
それはともかく、今日はご苦労だった。」

皇帝陛下はそう言うと、指揮所にいる20名全員と握手を交わし、その後、アルジア・マユを去って行った。  


508  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/26(日)  16:20:33  ID:HYHVNSac0
その日の夕方。ジャルビ少佐は、今日操縦した飛空挺の側に立っていた。
流線型の機体に尖った機首。一目で見ると、なかなか美しいと思える。
事実、陸軍総司令官のギレイル元帥は、駐機していたこの飛空挺を見て、思わず美しいと言ってしまったほどである。

「ここにいたか。」

唐突に声がした。後ろを振り返ると、そこにはハドがいた。

「主任。」
「すっかりこいつに惚れ込んでしまったようだな。」
「はあ、ばれてしまいましたか。」

ジャルビ少佐は顔を赤くして、頭をかいた。

「先ほどの研究会で、こいつもまだまだ不具合がある事が他の研究者にも伝わりましたな。」
「そうだな。特に、機体内部の気温や気圧が、外気と近くなるという問題は難しいな。あれでは、
機体は高高度まで上れても、操縦する奴はかなり大変だろう。」
「ええ。実際そうでした。あの時はあまり感じなかったのですが、どうも体がやけに震えていました。
恐らく、寒さで体が震えていたのでしょう。」
「まっ、飛空挺はまだ新兵器だからな。新兵器には初期の不具合が付き物だ。これらの不具合を研究した事も
踏まえて、今月の20日には2号機が完成する。それと同時に1号機も改良して見るつもりだ。いずれにしろ、
手っ取り早くこの機体を熟成させんとな。」
「前線では、コルセアやライトニングといった機体は勿論、グラマンやウォーホーク等にも苦戦しているようですからね。
早く前線に出て、調子に乗るアメリカ人共を驚かせてやりたいものです。」
「そうだな。」  


509  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/26(日)  16:21:19  ID:HYHVNSac0
ハドはため息混じりにそう呟いた。

「ワイバーンの次の改良型が、纏まって前線に配備されるのは今年の7月。速度は280レリンクと大幅に上がっているが、
アメリカは300レリンク以上を出せるコルセアやライトニングを増強しているから、苦戦は免れんだろう。
とにかく、今は自分達の役割を早く成し遂げるのみだ。」
「確かに。」

ジャルビ少佐は深く頷いた。
2人は機体を見つめた。近いうちに、この飛空挺の量産機が大空を舞い上がるだろう。
その時こそ、アメリカ人達を恐怖に陥れる時であると、彼らは確信していた。



新鋭飛空挺ケルフェラク飛行性能(2月13日第6回飛行試験終了時)

全長5.26グレル(10.52メートル)
全幅5.71グレル(11.42メートル)
全高2.15グレル(3.72メートル)
武装  魔道銃4丁
エンジン  出力1800馬力相当
最高速度309レリンク(618キロ)
航続距離628ゼルド(1974キロ)
重量2.2ラッグ(4400キロ)
実用上昇限度6018グレル(12036メートル)

シホールアンル帝国は、前作の攻撃飛空挺の失敗を下に対ワイバーン用に使用できる飛空挺
の開発を目指し、完成したのが本機である。
これまでの戦訓や新技術を取り入れた本機は、ワイバーンを凌ぐ速度性能と高空性能を、
2月2日の初の試験飛行で、オールフェス・リリスレイ皇帝を始めとする来賓の目の前で示し、
その翌日の3日に正式採用された。
今現在、本機は試験飛行時に生じた不具合を改良しながら試験飛行を続けている途中だが、
早くも前線での活躍を期待されている。
今後、アメリカ軍機や南大陸軍ワイバーンに対して重大な脅威になる事は確実と思われている。
尚、このケルフェラクを改良した戦闘攻撃飛空挺の開発も同時に行われており、この試験機は
2月後半に試験飛行を開始する予定である。  


524  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/30(木)  11:49:18  ID:E9qv9n0c0
第58話  作戦会議

1483年(1943年)2月3日  バルランド王国首都オールレイング  午前9時

その日、南西太平洋軍司令官であるドワイト・アイゼンハワー大将は、海軍のキング、キンメル両提督と共に、オールレイングの
バルランド軍総司令部に設けられた会議室に座っていた。
会議室には長方形のテーブルが置かれており、3人は入り口の向かい側の、真ん中辺りの席に座らされた。
3人がこの会議室にやって来たのは9時5分前であり、その時にはバルランド側の代表が席についていた。
バルランド側は国防軍総司令官のファリンベ元帥に、対シホールアンル討伐軍司令官のインゲルテント大将、それに海軍総司令官の
ウルング・ヴィルバ大将がテーブルの右端に座っていた。
それから9時までの間に、ミスリアル、カレアント、グレンキア、レースベルン公国の将軍や提督達が会議室に集まった。
全員が集まった事を確認したファリンベ元帥は、椅子から立ち上がり、まずは挨拶をした。

「皆さん、ご多忙の折、このオールレイングにまでお越しいただきありがとうございます。」

ファリンベ元帥は謙った口調でそう言った後、早速本題に入った。

「さて、皆様方に集まってもらったのは他でもありません。今、南大陸に居座り続けるシホールアンル軍にいつ攻撃を仕掛け、
どのように追い出すか。今日は来るべき反攻作戦について協議を行いたいと思います。」

そう言うなり、ファリンベは一礼する。会議の参加者達も、それぞれが頭を垂れた。

「まず、反攻作戦の開始時期について協議を行います。」

アイゼンハワーは、ファリンベ元帥の言葉を聞くなり、早速来たなと思った。

「反攻作戦の開始時期は、各国の軍指導部より様々な意見が出ていますが、今の所、作戦の開始時期は2つにまとまっています。
1つは、今から1ヵ月後を目標にして準備を行うか。あるいは9月に反攻作戦を開始するか、この2つです。」  


525  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/30(木)  11:49:50  ID:E9qv9n0c0
ファリンベ元帥の言葉が終わるや、インゲルテンド大将がゆっくりと、だがすかさず立ち上がった。

「現在、カレアント公国中部のループレングには総計で70万。他の戦線では合計で30万の敵部隊が配備されています。
その中で重要な役割を果たしているのは、やはりループレングに張り付いているこの70万の軍です。しかし、シホールアンル側の
南大陸侵攻軍は、同盟国アメリカの艦隊が補給妨害作戦を行ったため、物資の補給量が落ち込みつつあります。それに加えて、敵の
前線や後方には、これもアメリカ軍の航空部隊が猛攻を加えております。今、ループレングの敵軍は、昨年と比べて確実に弱体化
しているはずです。この機会を逃さずに、我が連合軍は一気呵成に反抗を開始するべきです!」

インゲルテント大将は、やや熱に浮かされたような口調でそう言い放った。
彼の言葉に同調したのか、カレアント軍とグレンキア軍の将軍がうんうんと頷く。

「我々には、アメリカという頼れる味方が付いています。去年の4月に起きたループレングの一大決戦では、アメリカ軍は
圧倒的な火力でシホールアンル軍を退けました。アイゼンハワー将軍。兵力も格段に増強された今なら、シホールアンル軍ごとき、
物の数ではありますまい?」

インゲルテントは自信に満ちた表情でアイゼンハワーに視線を移した。
アイゼンハワー大将は軽く一礼してから、口を開いた。

「勿体無きお言葉感謝いたします。確かに、我が軍の戦力は、去年よりも倍以上に膨れ上がっています。去年4月に行われた
地上戦では、確かに我が軍は圧勝しました。現状のままで構成を開始しても、敵を押し上げる事は出来るでしょう。」

アイゼンハワーは穏やかな表情で、しかし、眼つきはやや鋭くしてからインゲルテントを見据える。

「ですが、“一応、押し上げるだけ”です。」
「何ぃ?」

アイゼンハワーの言葉を口にしたインゲルテントが、僅かながらも顔を歪めた。

「ループレングに布陣する我々の軍勢はシホールアンル軍70万に対し、およそ70万近くと、ほぼ互角です。これなら、
やり方さえ間違えなければループレングからシホールアンル軍を叩き出せます。しかし、敵をカレアントから叩き出せるか?
と言われれば、難しい話です。」  


526  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/30(木)  11:50:30  ID:E9qv9n0c0
「ですがアイゼンハワー閣下。あなた方の陸軍は素晴らしい兵器を擁しております。特に戦車という物は強力ではありませんか。
それに、あなた方の軍には強力な航空部隊も付いておる。これなら、あなた方からしてみれば劣っている武器しか持たぬシホール
アンル軍なぞ、鎧袖一触ではないですか。」
「インゲルテント閣下のおっしゃる通りです。確かに我が軍は強力です。しかし、鎧袖一触と言う訳には行きません。」
「何を言われるのですか。あなた方は今まで連戦連勝で勝ち続けたではありませんか。それとも、味方の兵を死なす事が恐ろしいのですか?」

インゲルテントは容赦の無い口調でアイゼンハワーに言った。誰もがそれは言い過ぎと思った。
キンメルの隣に座っていたミスリアル軍の代表であるマルスキ・ラルブレイト中将が不快そうな口調で言ってきた。
「インゲルト閣下。それはいささか、無礼ではありませんか?確かにあなたの気持ちは分かりますが、戦争とは相手がある事です。
戦地で散っていく味方兵を少しでも少なくするのはどこの国も同じですぞ。」
「なるほど。しかし、考えすぎて時期を逃すのは、戦術として下の下であると、私は思います。それよりも、私はアイゼンハワー閣下
と話しているのです。ラルブレイト閣下とはお話していません。」
「・・・・・・!」

一瞬、そのエルフは不快な表情を浮かべたが、すぐに何も無かったかのように元の無表情に戻った。

「インゲルテント。口が過ぎるぞ。」
「しかし総司令官閣下。攻勢の時期は今です。弱体化しているシホールアンル軍など、アメリカ軍も加えた我々なら、
8月までには南大陸から叩き出しています。この時に、各国の足並みが揃わねば、機会を永遠に失いますぞ!」

会議室は、インゲルテントのお陰ですっかり気まずい空気になってしまった。
キンメルは、インゲルテントを見て内心辟易していた。
(なるほど、これが“悪い貴族軍人”という奴か。このような輩がバルランドには多いと聞いているから、ヴォイゼ国王陛下は
大変だろうなぁ。こんなんでよく南大陸の中心国家になったものだ)
彼がそう思った時、アイゼンハワーがようやく口を開いた。
「まあまあ、ここはひとまず落ち着いてお話をしましょう。我々が集まったのは、シホールアンル軍に対しての反攻をいつ、
どのようにしてやるか。その事を決めるために集まったのでしょう?ならば、その話を続けようではありませんか。」

アイゼンハワーは、軍人らしからぬ温和な表情で皆に、特にインゲルテントに対して言い放つと、彼は改めて、インゲルテントと顔を合わせた。  


527  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/30(木)  11:51:02  ID:E9qv9n0c0
「インゲルテント閣下。貴官の気持ちはよく分かります。しかしながら、貴官は間違ったことを言っておられる。」

会議室にいた将軍達の視線が、アイゼンハワーに集中された。

「まず1つめに、貴官はシホールアンル軍が弱体化していると言われました。ならば、なぜ我が陸軍航空隊は、弱体化している
筈のシホールアンル軍に対して300機以上の航空機を失ったのですか?」
「そ・・・・それは・・・・・・」

インゲルテントは思わず口ごもった。
アメリカ軍機が何機も撃墜されているとは知らされていたが、実を言うと、彼は正確な数字を知らなかった。
せいぜい100機程度は犠牲になっているだろうとしか思っていなかったのだ。

「はっきりと言います。シホールアンル軍は、全く弱体化していません。我々行ったのは敵を足止めしただけであり、実質的には
敵はまだまだ健在です。それに、敵軍には見慣れぬ新型兵器が続々と前線、あるいは後方の物資集積所に配備されつつあり、
敵は質の面で昨年よりも強化されています。」
「ですが、アメリカ軍は依然としてワイバーン圧倒できていますぞ。」
「できていません。」

アイゼンハワーはきっぱりと言い放った。
「圧倒できているのなら、とっくにカレアント上空からワイバーンはいなくなっています。しかし、敵のワイバーンは、一時は
減っても、またどこからか新手の部隊。それも腕の立つ部隊を送り込んできています。送られて来る敵ワイバーン部隊には、
勿論新兵も多く含まれているでしょう。ですが、今や敵ワイバーン部隊は我が戦闘機隊、爆撃隊の対抗策を確立しております。
このため、ここ3ヶ月間は敵ワイバーンの撃墜率は下がり続け、逆に我が航空部隊の被害は上がり続けています。
昨日のカレアント北部の空襲でも、我々は敵の後方支援施設を破壊し、ワイバーン14機を撃墜しましたが、我が方も対空砲火と
ワイバーンの襲撃で爆撃機4機、戦闘機5機を失っています。」

アイゼンハワーは一旦言葉を切る。大きなため息を吐いてから、次の言葉を口にした。  


528  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/30(木)  11:51:44  ID:E9qv9n0c0
「もはや、現在の戦力では昔のような、連日圧勝という事は不可能になっているのです。それにもう1つ。明らかに強化されて
いるシホールアンル軍を8月までには南大陸から追い出せる、と言われましたが。この戦力のままなら、8月どころか、
10月になってもカレアントの北部で戦っているでしょう。インゲルテント閣下のみならず、皆様もなぜであるか?
と思われるでしょう。答えは明白です。我々アメリカ軍が圧勝しても、あなた方の軍も勝ってもらわねば、進撃は進まぬからです。」
「貴官は我らの軍が足手まといと言われますか!?」

インゲルテントが顔を真っ赤にして怒鳴った。彼のみならず、カレアントやグレンキアの将軍、提督たちもそうだそうだと言う。
ファリンベやミスリアル、レースベルンの将軍はずっと押し黙っていた。

「あなた方の軍に、我々が持つ戦車や装甲車はありますか?銃や長射程の武器はありますか?」

アイゼンハワーの穏やかながらも、棘のある言葉に、誰もが言葉を失った。

「シホールアンル軍には戦車はありません。装甲車もありません。しかし、長射程の砲、それに、獰猛なワイバーンがおります。
我々は無論、あなた方の軍も支援しますが、それとて限界はあります。例え、全軍が勝ち続けても、侵攻速度は遅くなり、
やはりシホールアンル軍の南大陸からの駆逐は遠い先の話になります。」

アイゼンハワーの言葉通りであった。同じ世界の国同士であるシホールアンルや南大陸ですら、装備の優劣に差が出ている。
劣悪な装備しか持たぬ軍が、すんなりとシホールアンル軍を叩きだせる筈が無かった。

「ならば、敵の補給線に対する締め付けを強化すればよろしいでしょう。」

インゲルテントの左隣に座っていたバルランド海軍総司令官である、ツォルヅ・ファグ大将が言って来た。

「我々海軍には、まだまだ優秀な艦艇が残っています。これに、アメリカ海軍の全力を投入して、南大陸のみならず、
北大陸の南部沿岸に空襲や砲撃を仕掛ければ、補給を経たれた南大陸のシホールアンル軍は早々と干上がります。」
「不可能です。」

唐突に、無遠慮な口調が会議室に響いた。
その声は、それまでじっと黙っていたアーネスト・キング作戦部長のものであった。  


529  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/30(木)  11:53:09  ID:E9qv9n0c0
「太平洋艦隊の戦力は充分とは言えません。それに、我々が行っている空母部隊の機動作戦や、潜水艦部隊の敵航路襲撃は、
確かに補給線を脅かす目的で行っていますが、これはいわば、嫌がらせのような物であり、敵の心理的な効果を与える事が目的でもあります。」
「ならば、わが海軍も加わり、これを一層本格的にすればいいでしょう。」
「現状では無理です。それ以前に、バルランド海軍も参加すると言われるが、満足な対空火器を所有せぬのに如何にして行動できますか?
はっきり申し上げまして、バルランド海軍は今はまだ使えません。」
「キング提督!それは我が海軍に対する」
「侮辱でも何でもありません。私はただ、本当の事を申し上げている事。それに、先ほど我が軍は連戦連勝と言われましたが、
陸軍は確かにそうです。だが、海軍は昨年8月のジェリンファ沖海戦では敗北し、そのすぐ後に行われた第1次バゼット半島沖海戦でも、
運が悪ければ正規空母2隻喪失という事態も起こり得ました。幸いにも、敵が反転したお陰で勝ちを拾いましたが、それが無ければ
明らかに負けです。他の勝利を得ている海戦でも、我が軍は犠牲が絶えず、去年の10月にいたっては、海戦の規模がより大規模なために
初の正規空母喪失を経験し、少なくない航空機と艦船を失いました。あなた方が無敵と言った海軍でさえ、このような被害を受けるのです。
そこにバルランド海軍が加われば被害が拡大するのは火を見るより明らか。昨年8月16日のあの事件がそれです。」

キングの言葉に、海軍総司令官は顔を真っ青に染めた。

「鎧袖一触、ですか・・・・そうなれば心も晴れるのですがね。」

キングは皮肉気にそう言うと、口を閉じた。

「しかし、貴国はレーフェイル方面にも侵攻軍を派遣しようとしています。ですが、レーフェイルにいるマオンド軍はシホールアンルより
脅威にならず、貴国の本土にはマオンドは手も足も出せません。そのレーフェイルに侵攻する軍を、こちらにまわせば、1ヶ月後は
無理としても、2ヵ月後には戦力も揃うでしょう?」

インゲルテントは尚もアイゼンハワーに噛み付いた。

「確かにその手があります。ですが、合衆国はこの南大陸戦線と同時に、レーフェイル侵攻も重要な課題として位置付けています。
圧制に苦しんでいるのは、この南北大陸のみならず、レーフェイル大陸も同様なのです。いや、むしろきついのはレーフェイルの
被占領国でしょう。何しろ、マオンドの占領政策はシホールアンルと違ってかなりまずいようですからな。」  


530  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/30(木)  11:53:44  ID:E9qv9n0c0
「ならば、アメリカ側としては、どうすれば、この南大陸で行われる反攻作戦は順調に推移されると思われます?忌憚の無い意見をお聞かせ願いたい。」

ファリンベ元帥が真剣な表情で言って来た。
アイゼンハワー大将は頷いてから返事した。

「まず、作戦の開始時期を9月にする事です。9月になれば、我が南西太平洋軍は戦力が揃い切ります。
又、この時期には現存の戦闘機を凌駕する、新鋭戦闘機や、新型の爆撃機が続々と配備されますので、これによってほぼ全戦線の支援が
可能になり、予定では9月開始から、その3ヵ月後の12月あたりまでには、敵シホールアンル軍を南大陸の入り口までに追い詰めることが出来ます。」
「海軍も同意見です。」

キングがアイゼンハワーの後に続く。

「9月までには、太平洋艦隊には空母や戦艦の他に、各種補助艦艇や後方支援部隊を送り込む事が出来ます。新造艦艇の配備は
大西洋方面の分もあるので、一気にとは行きませんが、それでも大西洋方面よりは多く回される予定です。」

キングが隣のキンメルに目配せをし、キンメルが頷いた。

「現在、太平洋艦隊には新鋭正規空母のエセックス級を中心に、4月から新造艦が配備されます。予定では、9月までには
エセックス級正規空母5隻に4隻のインディペンデンス級という軽空母が艦隊に配備されます。もっと視野を広げますと、
今年中には正規空母は7隻、本国の造艦状況によっては10隻の配備も可能であり、現在建造中の巡洋戦艦は6月に竣工し、
10月には実戦配備され、新鋭戦艦もほぼ同時期に配備の予定です。先の話で、今しか攻勢の時期は無いとおっしゃられていましたが、
我が合衆国では、戦力の拡充する本年度中盤からは侵攻のチャンスはより大きく、そして確実に目標を達成できると見込んでいます。」

キンメルが言い終わった後、会議室はしばらく静まり返っていた。


会議はその後、2時間に亘って続けられた。
最初こそ、険悪な雰囲気が流れたが、アメリカ側代表の意見が言い終わった後はとんとん拍子に話は進み、最後は反攻作戦の開始時期は
9月にするという事で会議は終了した。  


531  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/30(木)  11:55:58  ID:E9qv9n0c0
2月4日  午後7時  バルランド王国首都オールレイング

オールレイングの北側にある一軒のきらびやかな建物の中に、ウォージ・インゲルテント大将はやや不服そうな顔を浮かべてワインを飲んでいた。
いつもの軍服は着ておらず、彼は黒い私服をつけていた。ここは、首都の郊外にある彼の自宅である。

「とにかく、反攻作戦の時期は一通り決まったそうだね、将軍。」

ソファーに座る白髪の、やや小太りな中年男性が彼に言って来た。その男は、バルランド王国の財務大臣である、ミルセ・ギゴルトである。

「一応決まりましたぞ、財務大臣閣下。しかし、敵も戦力を強化しているのなら、尚の事、反攻作戦をやらなければなりませんのに・・・・・
アメリカという国は少々贅沢に慣れ過ぎていますな。」

インゲルテントは、日々南大陸に尽くしているアメリカをそう切り捨てた。

「数を揃えば容易に攻略できる、か。その数が揃うまでの時間はどうなるのだ?シホールアンルの怖い所は、戦力が強化し始めたら、
早い時間で対抗国の装備を上回ってしまうところだ。アメリカはそれを知っているのかね?」

ギゴルトの隣に座っていた痩身の中年男、ガヘル・プラルザー内務大臣が危惧するような口調で言った。
それに、インゲルテントは首を振った。

「知らんでしょうな。それ以前に、彼らは異世界から来た“新人”です。まだまだ知らない事も多いでしょう。」
「相手を知らん事では、我々も同じでしょう?」

今度は先の2人とはやや若い声が聞こえた。インゲルテントは30代後半と思しき男性、労働商業副大臣のハバル・スカンヅラに顔を向けた。
「確かに。」
「特に信じがたいのはあの国の国力だ。彼らは召喚されて以来、常に先頭に立って戦っている。召喚されて1年以上になるが、少なくない
戦力を失ったはずだ。なのに、かの国の本土からは膨大な物資が、延々と送り届けられてくる。戦力に関してもそうだ。
ヨークタウン級、レキシントン級を上回る新鋭空母が1年で最低7隻も配備されるとは、はっきり言って信じ難い。もしかしたら、
アメリカはこの世界の魔法技術を、遥かに凌駕する魔法技術を持ち、あの物資は魔法の壷でも使って出しているのではないですか?」  


532  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/30(木)  11:56:47  ID:E9qv9n0c0
「それは流石に分かりかねますな。」

インゲルテントは大げさに肩をすくめた。

「しかし、今月の中旬から、我が国や、各国から選ばれた留学生、もしくは北大陸の志願兵、総計2000人がアメリカに派遣されます。
彼らの報告を見れば、すぐに分かるでしょう。」
「来月に反抗を開始できんのは、不満だが仕方あるまい。アメリカは大事な同盟国だ。ここで機嫌を損ねては後が厄介だ。」

ギゴルトがぶっきらぼうな口調で言う。

「それはともかく、遅くなったとはいえ、反攻作戦の開始時期が決まった事は大きな一歩でしょう。それだけは喜ばしいことです。」

インゲルテントは薄い笑みを浮かべながら、3人の高官にそう言った。

「同感だな。」
「アメリカ様々ということですな。」

ギゴルトとスカンヅラは互いに言い合った。

「それにしても、ヴォイゼ陛下も頑張るものだな。」

プラルザーはそう呟いた。どこか、嘲笑するような含みがある。

「あのようなまともな国王がいたからこそ、我々は南大陸連合の中心になった。だが、真面目だけで国は維持できぬ。いずれは、玉座から降りてもらわんと。」
「いいのですか?私は国王陛下に忠を尽くす軍人です。そのような不穏当な発言は控えたほうがよろしいかと。」
「またまた冗談を。貴官があの小僧に報告なぞするまいよ。何せ、この中でヴォイゼを一番嫌っているのは君だからな。」

その言葉に、インゲルテントは大きく高笑いした。  


533  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/30(木)  11:57:22  ID:E9qv9n0c0
「まあ、確かにそうですな。それ以前に、あなた方も国を引っ張る高官ではありませんか。」
「なあに、小僧の手助けをしてやってやるまでだ。いずれ、戦争が終われば・・・・・」

ギゴルトは最後まで言わなかった。

「とにかく、戦争が終わるまでには、しっかり“国王陛下”を助けてやらねばなりません。それまでは、我々は気付かれぬように
与えられた仕事をこなしましょう。それはともかく。」

インゲルテントは言葉を切り、パンと手を叩いた。
それから間も無くして、メイドが酒や料理を持って来た。テーブルに料理が並べられると、インゲルテントは持っていたグラスを掲げた。

「今日は、偉大なる一歩を祝して楽しもうではありませんか。」


1483年(1943年)2月5日  午前10時  バルランド王国ヴィルフレイング

ハズバンド・キンメル大将はその日、ヴィルフレイングの南西太平洋軍司令部で、アイゼンハワーと話し合っていた。
「しかし、オールレイングでの会議はいささか疲れましたな。インゲルテント大将があんなにも攻勢論をぶち上げて来るとは、予想以上でしたな。」

「それも、なんとか丸く収まってくれました。インゲルテント大将は意外と気難しいですが、話は分かるようでしたな。
我々がしっかり説明してやったお陰で、奴さんは会議の最中は静かでした。」
「何はともあれ、お二人には非常に感謝していますよ。」

アイゼンハワーは、キンメルと、ここにはいないキングも含めて、改めて感謝した。
キングは、あの会議の後、すぐにDC−3に乗ってアメリカ本土にとんぼ帰りして行った。
作戦部長兼合衆国艦隊長官という役職は思いのほか忙しいらしく、キングは会議の終わり頃になると、次の仕事が待っているなと呟いている。

「いや、アイゼンハワー閣下もなかなかでしたよ。見事にあの将軍に捻じ込んでやりましたな。」
「あの時は一瞬、頭に血が上りかけましたよ。まあ、私は大人ですので、なんとか押さえ込むことが出来ましたが。」  


534  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/30(木)  11:57:57  ID:E9qv9n0c0
そう言うと、2人は大きく笑い合った。

「それ以上に、キング提督のあの容赦の無い口振りには、私も内心ヒヤッとしましたよ。」
「キングさんは元々ああいう性格ですからね。目上の人に対しても間違っているなと思っている事はずけずけと言ってしまいますから。
確かに、あの時は私も言い過ぎだなとは思いましたが、バルランド側に思い知らせるためには、かえって良かったのかも知れません。」

キンメルは苦笑しながらそう言った。

「それにしても、今月中旬に送られる南大陸からの留学生ですが、応募人員はかなり集まったと聞きましたぞ。」
「私も正直驚きましたよ。キンメルさん、今回の応募定員は最終的に2万人になったそうです。もちろん、厳正な審査の上で選抜しました。」
「それは私も聞いています。なんでも、南大陸にはシホールアンルシンパのスパイがごろごろいるようですからな。そいつらを本土に忍び込ませたら大事ですよ。」
「審査の結果では、何人かスパイが混じっていたようですが、そいつらは全員が応募枠から叩き出されたようです。この2万人の留学生は全員がシロですよ。
しかしですね、私が驚いたのはそこではありません。2万人に対して、何人が応募したと思います?60万人ですよ。」
「60万人!?」

キンメルは思わず素っ頓狂な声を上げた。

「こいつはたまげましたな。定数の約30倍ほどの人が殺到したのですか。」
「そうです。2万人でもかなりの数ですが、60万人と言えば、それこそ1つの小国が丸々大移動するのと同じです。」
「いやはや、人気があるのも良いのか悪いのか、思わず悩んでしまいますな。」

キンメルは引きつった笑みを浮かべる。

「まあその分、アメリカという国を知りたいという人がこんなに居るという証明にもなります。我々がこの世界をファンタジーの
世界と思っているように、彼らも、我が合衆国をある意味ファンタジーの世界として見ているのでしょう。」
「なるほど。」

キンメルは納得したのか、深く頷いた。彼はコップの水を3分辺りまで減らすと、再びアイゼンハワーに聞いてみた。  


535  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/30(木)  11:58:27  ID:E9qv9n0c0
「所で、義勇兵の募集はどうなりましたか?」
「思いのほか順調です。この南大陸には、北大陸から流れて来た各国の残存軍が相当数おり、その数は10万ほどに上ります。
我々は、先の北大陸の侵攻に対する備えとして、この10万の兵達に義勇兵の参加を募りました。結果として、5万ほどの北大陸兵が応募に乗りました。」
「ほう、結構な数ですな。」
「その中でもいくつか興味深いのがりまして、私としてはレスタン王国の兵に興味を抱きました。」
「レスタン王国の軍人ですか。彼らはどのような人なので?」
「正確には、軍人と民間人のごちゃ混ぜなのですが、彼らは1万人ほどがこの南大陸に流れ付きました。ここからは、私も耳を疑ったのですが、
キンメル提督はヴァンパイアはご存知ですな?」
「まあ、人並みには存知ておりますが・・・・・まさか・・・・」

キンメルは水を口に含みながら、飲むのを止めた。

「そう、そのまさかです。レスタン人はヴァンパイアの国なのですよ。」

キンメルは思わず水を噴出しそうになったが、辛うじて耐えた。

「ちょ・・・・閣下!それは本当ですか!?」
「本当も本当ですよ。現に私は見ましたからね。」
「もしかして、彼らは太陽の日を浴びたら」
「ご心配なく。」

キンメルの危惧を、アイゼンハワーにこやかな笑みで打ち消した。
「私が会ったのは太陽も真っ盛りの8月の正午。その時は晴れでしたよ。ちなみに、彼らにヴァンパイアの話を聞かせたら、とんでもないデタラメだと
一蹴されましたよ。まあ、彼らが血を好むのは確かなようで、誰にでも吸血衝動というのがあるようです。とは言っても、流石に、無闇やたらに
人の血は吸わないと言ってましたよ。そんな事するのは旧祖のよっぽどのろくでなしぐらいだそうです。」
「居ない訳ではないのですな。」
「正確には、居ない訳ではなかった、と言うほうが正しいでしょう。」
「旧祖と言いましたが、それは一体どういう事なのです?」  


536  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/30(木)  12:00:07  ID:E9qv9n0c0
「元々、レスタン王国は旧祖と新祖に分かれていて、旧祖が国を統治し、指示する側で、新祖が軍を率いたり、普段の生活で経済を支える
役目だそうです。いわば貴族と平民ですな。南大陸に逃れた彼らは全てが新祖であり、残りはレスタンに取り残されたか、戦争中に死んだ
ようです。実を言いますと、シホールアンルは、この小国のレスタン王国を思いのほか重要視していたようです。」
「レスタン王国は小国。しかし、シホールアンルは大国です。何故小国を重要視するのです?」
「原因は、レスタン人の習性にありますな。レスタン人は、外見はエルフに似ている以外はほぼ人間と一緒で、他に特徴があるのは、
犬歯が発達している事です。しかし、彼らは主に夜に生活の営みを得ており、特にレスタン軍は、夜間の戦闘においてはかなり強力だったようです。
このレスタンという小国は過去に2度ほど、シホールアンル本土に大規模な夜間攻撃を仕掛けて、大戦果を上げており、今度のシホールアンル皇帝は
夜の戦の名人であるレスタンに真っ先に侵攻して、大損害を出しつつも2週間で占領したようです。その際、レスタンにいた800万の人口のうち、
300万がこの侵攻作戦で失われたようです。」
「なるほど、小国といえども、その実力は侮れなかったのですな。しかし、アイゼンハワー閣下、我が軍に応募して来たレスタン人はどの方面に使われるのです?」
「彼らには、9月にノースロップ社の要人と、陸軍航空隊の幹部に会って貰いました。」
アイゼンハワーはそう言うと、執務机に戻って、引き出しから何枚かの紙を出した。

「レスタン人の中には、300名のワイバーン乗りやそれに携わった地上勤務員がいました。夜間の戦闘でかなりの功績をもたらした
者もおります。その彼らに、新しい翼を与えるのですよ。」

アイゼンハワーは、一枚の紙をキンメルに渡した。

「つい最近、ノースロップ社から渡された、新鋭機のイラストです。既に正式採用されており、P−61と名付けられます。」
「P−61ですか。」

キンメルは、まじまじとそのイラストを見た。
機体はP−38を髣髴とさせる双発双同であり、胴体はP−38よりも大きい。胴体後部上方には、旋回機銃らしきものがある。

「名称にはブラックウィドウ(黒き未亡人)と名付けられ、予定通りに進めば、本格的な夜間戦闘機に仕上がります。」
「ほほう、夜の眷族であるヴァンパイアを、夜間戦闘機に乗せるのですか。なるほど。」
「彼らがP−61に乗るまでには、様々な困難が待っていますが、彼らは新しい翼を得るためにはどんな難しい事でもやってのけると言っていましたよ。」
「戦力化されれば、実に頼もしいですな。」
「ええ。レスタン人の志願兵は、他の北大陸の志願兵と共に2月中旬に3回に分けて本土に向かいます。  


537  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/30(木)  12:00:43  ID:E9qv9n0c0
ちなみに、彼らも厳正な審査を全てクリアしていますから、その点に関しては安心ですよ。」

と、アイゼンハワーは太鼓判を押した。

「さて、問題は9月までの間、シホールアンルがどうしているかですな。」

キンメルは緩んでいた表情を引き締めた。

「シホールアンルは度々、とんでもない奇策を使っていますからな。奴さんは出来る者が多い。」

キンメルの言葉に、アイゼンハワーは頷いた。

「その通りです。気が付いたら、大事な要所をあっと言う間に襲って来た、なんて事も考えられます。」
「対抗策としては、南大陸の全軍の警戒態勢をこれまで以上に強化する事でしょう。地味ながらも、大事なことです。」
キンメルはそう言ってから時計に視線を移した。時間は10時30分を回ろうとしている。
「もうこんな時間か・・・・それでは閣下。そろそろ出発の時間ですので、自分はこれで。」
「そうですか。」

2人は立ち上がると、執務室の入り口まで歩いた。

「それでは閣下。」
「またいつかお会いしましょう。」

キンメルとアイゼンハワーは互いに握手を交わし、キンメルは執務室から退出して行った。  


546  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/02(日)  10:53:36  ID:HplF5Fvg0
第59話  真の要因

1483年(1943年)2月20日  午前7時  シホールアンル領ウェンステル

フェイレは、いつもの通り朝早く目覚めた。
まだ冬の抜け切らぬ2月の朝である。気温は低い。
彼女は自前の冬用の衣服を身に付けているが、厳しい寒さにはあまり効果が無い。
起き上がると、背伸びをしながら周りの風景を見る。
周りの山々は、雲海に頂上が覆われて、その全容を見ることが出来なかった。

「まだ2月・・・・なのかな?」

長い間、人里を離れているフェイレは、月日の流れを感じる事が常人より曖昧になっている。
それでも、季節の移り変わりで、今が何月であるかは分かる。

「ウェンステルの山岳地帯に隠れて、早1年近く経った。1年って、意外に短い物なのね。」

フェイレは、感情のこもらぬ口調でそう呟いた。
彼女がいるウェンステルは、元はウェンステル公国と呼ばれた国であり、国の南側にはマルヒナス運河という交通の要衝がある。
そのマルヒナス運河から北西90ゼルドの所にある山岳地帯に、彼女は身を潜めている。
シホールアンル側は、南大陸にフェイレが居ると思っていたが、当の本人は、シホールアンル支配下で潜伏していたのである。

「どんな曲者でも、雑踏に隠れれば分からなくなる。それは、どんな時においても一緒。あの村で習った
ことわざが、こんなにも役に立つなんて。」

フェイレはそう言いながら、腕に刻まれた刻印に目が留まる。  


547  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/02(日)  10:54:13  ID:HplF5Fvg0
彼女の目は一瞬にして殺気立った。
この刻まれた刻印を見る度に、自分をもてあそんだシホールアンルの魔法学者達を呪っている。
(試験体の状態は良好です)
頭に刻まれた忌々しい声音が脳裏に響く。

「だまれ。」

(こんな小娘も、私達にかかればあっという間に偉大なる兵器になる)

「だまれ。」

(手段は問わん。失敗しても後が居るんだ)

「だまれ・・・・だまれ・・・・!」

(鍵は、1人で逃げない物だよ?)

「だまれだまれだまれだまれ!!!!」

フェイレは唐突に、頭を抱えてうずくまった。
「こんな事にならなければ、あたしは逃げなかったさ。あんな酷い事を起こさせなければ、逃げなかったさ。
どうして世界は、あたしを裏切り続けるの?」

フェイレは悲壮な表情でそう呟いた。
聞こえてくるのは、風の吹く音と、時折聞こえる動物達の鳴き声ぐらいだ。
彼女に答えを与えるのは、何ひとつとして無かった。  


548  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/02(日)  10:54:52  ID:HplF5Fvg0
「・・・・・は・・・・はは・・・・・・ははは・・・・」

急に、フェイレは笑い出した。
最初は小さかった笑い声は、唐突に大きな物になった。

「あはははははは!!どうせ、私は朽ちるまで、ずっとこんな生活を送らなければならないのよ。大罪を犯したのに、
今更、人並みの幸せなんか出来ないわ。あはははは!」

しばらくの間、彼女は笑い続けた。
16歳の誕生日に、突如として体が熱くなった。それからの記憶は忘れたくても忘れられなかった。
酷く曖昧なのに、なぜかあっさりと思い出してしまう。
気が付くと、彼女は親友の亡骸を目の前にして茫然と立ち尽くしていた。
村を全滅させた彼女には、望む幸せなどありはしない。
それは、シホールアンルの魔の手から逃げた時以来、繰り返した自問自答だ。
だが、最近はこの過激な自問自答が1週間に2、3度の割合で繰り返されている。
最初の頃は、1ヶ月に1度ほどであったのに、最近では間隔が極端に短くなっている。
ひとしきり笑った彼女は、再び生気を失ったような表情に戻る。

「あたし・・・・・そろそろ壊れるのかな・・・・・」

フェイレはぽつりとそう呟いた。
よろよろと立ち上がったフェイレは、そのまま山道を進み始めた。
自分の未来に絶望し、そして何の感情を持たずに山を歩く。
いつもの1日はそうして始まり、何事も起きぬまま、いつものように適当な場所で寝る。

しかし、今日は珍しい事が起きた。  


549  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/02(日)  10:55:23  ID:HplF5Fvg0
フェイレが山岳地帯を歩き始めて1時間が経過した。今日は珍しく、空は晴れており、山の頂上にかかっていた雲海も切れていた。
その時である。
聞きなれぬ爆音が西から聞こえてきた。最初、フェイレは気にも留めなかった。
だが、音は次第に大きくなる。

「いったい何の音?」

流石に気になったフェイレは、音のする方向に視線を向けた。
視線の先には、何も無い。いや、いくつかの黒い粒が見えた。

「・・・・・あれは?」

フェイレはそれが何であるか分からなかった。
彼女がぼうっと見つめている間に、いつの間にか黒い粒はかなりの数に上っていた。

「あれって・・・・・まさか・・・・!」

黒い粒が、飛行物体の形を成してから、フェイレは思い出した。
それはいつの日か、山の獣道に捨てられていた南大陸の広報紙を見た時に書いてあった、シホールアンルの宿敵、
アメリカ軍に関する記事を見た時だった。
この時こそ、彼女はアメリカ軍がいる事を初めて知ったが、それ以来は広報紙の類は見なくなっていた。
彼女はアメリカ軍の存在すら、気にも留めていなかったが、こうして、シホールアンルが持っていない飛空挺が
大量に現れた所を見ると、フェイレはなぜか、嬉しい気持ちになった。
アメリカ軍機の大群は、堂々たる編隊を組んで、山岳地帯の上空を飛び抜けていった。
種類は3種類あり、小さいながらもごつい格好の飛空挺、胴体が太く、後部が嫌に細く見える飛空挺、丸々太った豚を
思わせながらも、力強さを感じさせる飛空挺。  


550  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/02(日)  10:56:00  ID:HplF5Fvg0
いずれにも、丸い青時の上に星のマークが描かれていた。

「確か、あの先にはシホールアンルの基地が・・・・」

フェイレは、アメリカ軍機の編隊が向かう先に何があるのか知っていた。
この山岳地帯から東に8ゼルドほど進んだ所に、シホールアンル軍の基地がある。
やがて、山岳地帯を通り過ぎたアメリカ軍機の編隊は、遠くにうっすらと見える、シホールアンルの基地にへと殺到した。
虚を突かれたのか、迎撃にあたるワイバーンは1騎もおらず、アメリカ軍機はこれ幸いとばかりに基地を襲った。
フェイレは、視力強化の魔法を使って、遠くのシホールアンル基地が破壊されていく光景を眺めていた。
先ほどの飛空挺の何機かが、高空から逆落としに突っ込んでいく。
シホールアンル基地からは見た事もない激しい対空砲火が噴き上げられているが、アメリカ軍機には当たらない。
小さい粒が低高度で急降下から水平飛行に移った直後、基地の一角に爆炎が上がった。
それを皮切りに、シホールアンル基地に次々と火の手が上がった。
ワイバーンの迎撃を受けなかったアメリカ軍機は、都合20分ほどで基地を蹂躙し、アメリカ軍機が基地を離れる頃には、
その基地は各所から濛々たる黒煙を広げ、遠めで見ても少なくない被害を被った事が分かった。
一方的に基地を叩きまくったアメリカ軍機の編隊は、悠々と北西方面に引き返していった。

「あれが、アメリカ軍の実力。」

フェイレは、初めて目にしたアメリカ軍の実力に溜飲を下げた。
正直、自分を悩ませたシホールアンル軍の基地が、抵抗空しく炎上していく様は実に気分が良かった。
特に、一際大きな爆発が起きた時には、思わず快哉を叫んだ。

「アメリカなら、シホールアンルを倒す事が出来るかもしれない。」

ふと、フェイレはそう確信した。
いつもとは違う、どこか明るい笑みを浮かべたフェイレは、再び山道を歩き始めた。
いつもなら重い足取りも、この時はどこか軽やかであった。  


551  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/02(日)  10:56:44  ID:HplF5Fvg0
1483年(1943年)3月2日  午後2時  ヴィルフレイング北東沖60マイル地点

この日、洋上の天気は、曇りであった。
第38任務部隊は、時速18ノットでヴィルフレイングに向かっていた。
TF38の旗艦である空母エンタープライズの右舷後部側の通路で、ラウスはぼーっとした表情で海を眺めていた。
最近は休憩の時によく、飛行甲板の端にある通路に出て、ぼーっとしているのが彼の日課となっている。
時折、エンタープライズの乗員や、航空隊のパイロット達が親しげに声をかけてくれるが、それ以外は、何も
考える事もなく、ずっと水平線を眺めている。
今日も、何もしないで休憩が終わるだろうと思った時、唐突に肩を叩かれた。

「よおラウス君。ここに居たかね。」

聞き慣れた声が、彼の名を呼んだ。
振り向くと、TF38の長でもあり、TF38、TF37を統括する司令官でもある、ウイリアム・ハルゼー中将がいた。

「あっ。ハルゼー提督。こんちわっす。」
「おう。今日も相変わらず、ここで日光浴かな?今日は日光浴には向かない天気だが。」

ハルゼーはいかつい顔に邪気の無い笑みを浮かべながら、ポケットからライターと葉巻を取り出し、それに火を付けて旨そうに吸った。

「さあ、自分でもさっぱりっすよ。」
「ハハハハ。自分でもさっぱりか、ラウスらしい答えだ。」
「強いて言うなら、ここのほうが気持ち良い風が来るから、船に揺られながら休むにはいいかなと、
いつもここに居るんですよ。」
「ふむ。確かに、ここもいい風が来るからな。ビッグEの連中も良くここで休憩を取ってる。
最も、最近は君がここを占領しているがね。」
「提督、占領してるつもりはないんすけど・・・・傍から見たらそう見えます?」
「見える。」  


552  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/02(日)  10:57:17  ID:HplF5Fvg0
ハルゼーの即答に、ラウスは少しだけ苦い気持ちになった。

「う、やっぱりですか。」
「というのはほんの冗談だが。」

先とは異なる答えの出現に、ラウスは思わず脱力しかけた。

「ま、まあ・・・・・いい冗談すね。」
「いい冗談か。ありがとうよラウス君。今度はもっといい冗談を言ってやるから、期待して待っておけ。」

そう言って、ハルゼーはガハハハと高笑いした。

「それにしても、君達がアメリカをこの世界に呼び出してから、早1年4ヶ月が経ったなぁ。
思えば、この短い間に色々あったな。」
「ハルゼー提督の国を見て以来、自分も見識を改めましたよ。今だから言えますが、デトロイトの工場群を見た時は、
正直言って同じ人間が作った物か?と思っちまいましたよ。なんせ、工場だけで広い陸地が埋まってるんすから。
自分達の世界じゃ、あんな光景はシホールアンルに行っても見れないですよ。自分も合間に、アメリカの事を
勉強しましたけど、今になって思えば、あのデトロイト工場群こそ、アメリカの精神そのものなのかな。」

ラウスは、どこか照れるような口調でハルゼーに言った。

「ほう、勉強してるじゃねえか。君の言ったとおり、いずれ、俺達アメリカが作った軍艦や戦車が、
シホット共に襲い掛かる。俺達海軍にも、エセックス級を始めとする新鋭艦が続々と出て来る。
戦力さえ揃えば、シホットの艦隊なぞ、俺が綺麗さっぱり水葬にして見せるぜ。ラウス君、今に
このTF38程度の艦隊なぞ、うじゃうじゃ編成されるぞ。そうなった時こそ、シホットやマオリー達の最後だ。」
「そうなったら、早く戦争が終わるかもしれませんね。戦争が終わったら、のんびりとしたいです。」  


553  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/02(日)  10:57:49  ID:HplF5Fvg0
「のんびりか。君の言うのんびりとは、ずっと眠りまくる事じゃねえか?」
「ハルゼーさん、人聞きが悪いっすよ。自分だって人並みに彼女作って、結婚して余生送りたいんですから。」
「こんな若いのに余生の話しをしちゃあ、既に年寄りだぞ。」

そう言うと、互いに苦笑する。

「しかし、シホット共も馬鹿みたいに領土を拡張しまくった物だな。北大陸だけでも俺達合衆国の1.5倍近くは
ありやがる。あんな大帝国を作ったうえに今度は南に攻めるとは。どこぞの悪食野郎みたいだな。」
「元来、シホールアンルは戦争ばかりしていましたからね。」
「だがなラウス。そもそも南大陸攻め込んだ原因というのが、自分達の安全圏を確保するためだとか、
優秀な支配下に置いて平和にするとか、馬鹿げた事の様だが、しかしだな、どうも俺には理解できんのだ。」
「理解できない?それは、どういう意味で?」
「シホールアンルは、宣戦布告なぞ全くやらんで敵を攻撃しているんだろう?まあ、そのお陰で、アメリカの国民は
スニーキーシホットを叩き潰せと息巻いて、晴れて俺達が参戦できたが。しかし、なぜ南大陸に侵攻する前に、
わざわざ宣戦布告同然の大義名分を言ったんだ?おかしいとは思わねえか?」
「おかしい、ですか。」

ラウスは抑揚の無い口調で答えた。

「そうだ。何かな、大事な事を隠しているみたいだ。例えば、とある人物が大事な物を無くした。だが、他の奴に
知られてはまずいから、わざとらしい事を言ってその大事な物から目を逸らすとかな。よく映画とかで似たよう
部分があるんだよ。」

ハルゼーは疑っていた。シホールアンルの大義名分の裏に、何かがある事を。

「ラウス君、何か知らんかね?」  


554  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/02(日)  10:58:21  ID:HplF5Fvg0
「俺が・・・・ですか?」
「ああそうだ。君は俺達の国をこの世界に呼び出したほどの魔法使いだ。その技量からしてかなりの物だろう。
いわば、国からしたら重要な人物ってわけだ。その君が、例えばシホールアンルの大義名分の裏に、何かが
あった事を知っているとか。」

ラウスは内心仰天していた。
シホールアンルが南大陸に侵攻した真の原因。
つまり、鍵の事は、召喚メンバーのリーダーであったレイリーとルィールが良く知っており、2人は北大陸で、
この不思議な少女に会っている。
ラウスは2人から、鍵と名乗った少女の事を聞かされただけだ。
その鍵の事が、シホールアンルが南大陸に侵攻した事に絡んでいる事は、シホールアンルとの開戦した時に改めて
聞かされたが、ラウス達には厳重な緘口令が敷かれている。
真実を知る者は、ラウスら召喚メンバーと、南大陸の一部の権力者のみとなった。
国民は、先の大義名分を信じ切っており、アメリカ人もまた、この馬鹿げた大義名分を信じていた。
だが、それに疑問を持つ者も、今、目の前にいる。

「まあ、俺達を呼び出すだけで精一杯だった君らが、戦争の真の原因なぞ分かる筈も無いか。いらん事を聞いてしまったな。」
「いえ、別にいいですけど、でもなんでそんな事を?」
「ああ、実はな。レイの奴があの大義名分には少し疑問を感じると思ったんだ。俺はそんなことは無いだろうと思ったんだが、
ここ最近は良く考えてしまうんだ。」
「スプルーアンス提督から言われたんですか?」
「ああ、そうだ。元々の発端は、キンメルからの指示だったんだがな。それがニミッツや、スプルーアンスの耳に届いて、
今では秘密裏に調べ回っているらしい。」
「そうなんですか。で、成果は?」
「さっぱりさ。まっ、南太平洋部隊司令部も、キンメルもあまり期待してねえようだ。最も、俺はこうして船に乗ってれば満足だが。」  


555  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/02(日)  10:58:51  ID:HplF5Fvg0
そう言ってから、ハルゼーは再び高笑いをした。
対するラウスは、意外に勘のいいアメリカ軍人達に驚き、半ば尊敬したい気持ちになっていた。

「さて、そろそろ補給船団との会合地点に到達するな。ラウス君、そろそろ艦橋に上がらんかね?」
「ええ。そいじゃ行きますか。」

ラウスは相変わらずの口調でそう言うと、葉巻を吹かすハルゼーと共に艦橋に上がっていった。


午後7時  燃料補給を終えたTF38は、進路を再び北にへ向けた。
時間は7時を回り、待望の夕食時になった。
ハルゼーや艦隊司令部の幕僚達は、7時30分に食堂に集まったが、そこでは、いままでに嗅いだ事も無い珍しい匂いが満ちていた。

「おい、今日は変な匂いがするな。なんか、ツンと来るような感じだ。」

席に座ったハルゼーは、隣に座ったブローニング参謀長にそう言った。

「確かに。ピザにしては違いすぎる匂いですな。先に食った連中は何の料理を食べたんですかな。」

ハルゼーは夕食前に、艦長に対してたまには珍しい料理でも食べたい物だなと言っていた。
ハルゼーとしては冗談であったが、気を利かせた艦長は、ハルゼーの言葉通りに珍しい料理を用意したようだ。
その時、主計科の水兵が、皿や料理の入った丸い鍋と箱を持って来た。

「おお、メシがやって来たぞ。ラウス、今日はたっぷり食っていっぱい寝ろよ。いい夢が見られるぞ。」

航海参謀のエド・ウォーレンス中佐がラウスに向かっていった。  


556  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/02(日)  10:59:23  ID:HplF5Fvg0
「いい夢っすか。どのような根拠でいい夢が見れるんです?」
「なあに、軍人特有の勘さ。」
「貴様の勘は当てにならんぞ。この間だって、ポーカーでお前の勘を当てにしたら参謀長に負けちまったじゃねえか。」

ウォーレンス中佐に、航空参謀のグィン・タナトス中佐が文句を言う。

「馬鹿野郎。人に頼るからいい目をみねえんだよ。それにお前だって、勘があるとか言ってギャンブルでは
いつも大負けしてるだろう。」
「それ以前に貴様らの勘は頼りにならんだろうが。」

ハルゼーの一言に、2人はうっと唸って、そのまま視線を伏せる。
それを見て一同が大笑いをした。
談笑している間に、テーブルには、珍しい匂いを放つ、茶色と白が混ざった料理が置かれていった。

「あの〜、これって、何すか?」

思わず、ラウスの間の抜けた声が食堂に響いた。

「俺も知らん。まあ、とにかく食ってみよう。この白いのは、良く見ると米という物のようだが・・・・」

ハルゼーは恐る恐る、白い物、米と茶色が混ざった部分をスプーンですくい、それを口にしてみた。
辛い。だが、

「うまい!こいつぁいけるぞ!」

彼は、獰猛な笑みを浮かべて皆に言った。それから幕僚達は、置かれたスプーンを使って料理を食べ始めた。  


557  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/02(日)  10:59:54  ID:HplF5Fvg0
「おお、確かにうまい。」
「程よい辛さですね。米とこの茶色いのが見事に会ってる。」
「初めて食うが、こいつは本当に美味しい!こんな料理があったとは。」

幕僚達には好評であった。彼らが見慣れぬ料理に喰らい付いてから1分が経ち、不意にウォーレンス中佐が口を開いた。

「長官、こいつはカレーライスという食べ物ですよ。」
「「カレーライス?」」

皆が異口同音に喋った。図らずして成った出来事に、主計科の兵が一瞬引いた。

「そうです。自分は39年から41年の春頃まで、日本の大使館に駐在武官として派遣されていましたが、当時
知り合いだった、日本海軍の貝塚武雄中佐にカレーを勧められて食べました。日本のカレーはかなり美味でしたな。」
「ほう・・・・カレーライスっていうのか。日本人もいいメシを食ってるじゃねえか。所でエド。このカレーと昔食った
カレーは、どっちが美味いかね?」
「日本のカレーと比べますと、ちょっと辛いですな。ですが、どっちも旨いですよ。」
「そうか。しかし、こんなにも上手い料理を作れるとは。おい、料理長を呼んで来い。」

ハルゼーは、主計科兵にそう言って料理長を食堂にまで呼び付けた。
2分ほど経って、料理長が、若い主計兵を伴って食堂に現れた。

「長官、お連れしました。」
「ご苦労。料理長、君ら主計兵の作ったカレー。初めて食ったが、かなり美味かったぞ。」
「はっ、お褒めにあずかり、光栄であります。」

がっしりとした体格の、黒髪の料理長は張りのある声音でそう返事した。その上に、料理長は付け加えた。  


558  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/02(日)  11:00:29  ID:HplF5Fvg0
「ですが長官。私はサポートしただけです。このカレーは、元々はこいつが作った物なのです。サムナー1水。」

料理長の声と共に、傍にいた若い主計兵が1歩前に出た。

「ほう、君がこのカレーを作ったのか。この年でこんな立派な料理が作れるとは、大したもんだぜ。
この料理はどこで習った?」
「は、はい!」

サムナー1等水兵は、緊張した表情で返事した。
「実はですね、あれは40年の12月でしたか。当時、海軍に入る前に故郷のダラスで散歩していたら、見慣れぬシスターが
この料理を作っていたんです。当時、自分は色々な料理を習得しようと、日々料理の自己研鑽に励んでおりました。」
「シスターだと?こいつは不思議だな。」
「シスターとは言っても、普通の協会のシスターが着ける修道服とは違っていました。ちなみに、外見的にはボーイッシュで、
眼鏡をかけていました。自分は思わず、そのシスターにこの料理を習わせて下さいと言ってしまいました。そしたら、
そのシスターが二つ返事でOKを出してくれて、5日ほど料理を教えてくれました。そのシスターは意外に気さくな方で、
名前は聞きそびれてしまいましたが、料理の腕前は凄く良い物でした。そのシスターから習ったカレーが、これなんです。」
「シスターがカレーを作るとは、これまた珍しい物だ。ちなみに、奴さんはまだアメリカにいるのかね?」
「いえ、カナダに行くと言って別れてしまいました。今頃はカナダあたりにいるでしょう。」
「長官、サムナー1水のカレーライスは見事な物です。今では、エンタープライズ、いや、合衆国海軍で
カレーライスを作らせたら、サムナー1水が一番でしょう。」
「同感だ。そのシスターから伝授したとはいえ、それを充分に生かしきれるとは、実に見事な物だ。君のような
主計兵がいれば、俺達合衆国海軍は安泰だな。そう思わんかね、諸君?」

ハルゼーの言葉に、皆が微笑みながらも、深く頷いた。  


559  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/09/02(日)  11:00:59  ID:HplF5Fvg0
「さて、カレーライスはまだあるぞ。諸君、げっぷが出るまで食って、サムナー1水を喜ばそうじゃねえか!」

彼がそう言うと、幕僚達は再びスプーンを動かし、カレーライスに舌鼓を打った。


エンタープライズの夕食として出された、初めてのカレーライスは、乗員にも非常に受けが良く、しまいには
噂を聞きつけた他艦の料理長が教えを乞いに来るほどであった。
44年初旬には合衆国海軍の標準食として取り入れられ、後に陸軍や海兵隊、戦後は一般家庭に普及することになった。