358  :ヨークタウン  ◆A5lRNqs0wU:2007/08/07(火)  20:55:14  ID:8dn1QV1k0
第53話  ルーズベルトの思惑

1482年(1942年)12月15日  午前10時  ミスリアル王国首都レルケインツ

ミスリアル王国首都レルケインツは人口120万を越える大都市である。
レルケインツは半島の北西部に位置しており、港町ラランジルスから30マイルしか離れていない。
ちなみに、ラランジルスは、先日の第2次バゼット半島沖海戦の最中に、シホールアンル上陸部隊の上陸地点に指定されており、
一歩間違えればラランジルスの町はシホールアンルの手に落ちていた。
その港町を救う原因を作った男、ウィリアム・ハルゼー中将は、親友であるレイモンド・スプルーアンス少将や各任務部隊の司令官、
幕僚と共に首都で開かれる国葬に参加していた。
彼らはいずれも、白の第一種軍装を身に纏っている。
ハルゼーらの周りには、正装に身を包んだミスリアル軍、バルランド軍の軍人達が、南から北にかけて一直線に伸びる広い石畳の
道には、多数の市民達が沿道を埋め尽くしていた。
ハルゼーはおもむろに空を眺めた。
空は晴れているが、雲が多かった。
冬を迎えたミスリアルは、日に日に温度が下降し続けているが、今日は身を震わすような温度ではない。
(暖かい温度ではあるな)
ハルゼーはそう思いながら、スプルーアンスに声をかけた。

「見ろよ、レイ。君が一緒に踊ったお姫様は、国民にかなりの人気があったようだぞ。」

その言葉を聞いたスプルーアンスが思わず苦笑した。

「確かに。私は、ベレイスとは短い間しか過ごせなかったが、こうまでも人気があるとはな。彼女はよくない噂が色々あったようだが、
それでも国民はベレイスのことが好きだったのだろう。」
「まだ若かかったのに。残念だな。」
「そうだな。だが、彼女は義務を果たした。あの報告がなければ、太平洋艦隊は機動部隊を早期に派遣できなかった。
もし、上陸を許していれば、被害はラランジルスどころか、この首都にも及んでいたかもしれない。」
「自らの命をもって、数百万以上の国民の命を救ったか・・・・・何度も聞くが、見事な闘志だ。」  


359  :ヨークタウン  ◆A5lRNqs0wU:2007/08/07(火)  20:55:48  ID:8dn1QV1k0
ハルゼーは、感嘆したような口調でそう呟いた。
2人の視線は、道をゆっくりと進みつつあるミスリアル近衛騎士団と、それに囲まれている5台の馬車に向けられている。
その馬車隊の3番車の中に、祖国を救ったベレイス・ヒューリック第4皇女が眠っている。
彼女の遺体を守るミスリアル近衛騎士団は、魔法騎士団とは別の精鋭騎士団であり、ミスリアルは近衛騎士団を2個旅団保有している。
2個旅団のうち、大半は対シホールアンル戦に投入されており、首都にはわずか1個大隊がいるのみである。
その残った部隊が、彼女を埋葬する時が来るまで守っている。
沿道の市民達は、誰もが悲しみに満ちた表情でその一団に見入っていた。
ハルゼーは時計に目を通した。時間は午前10時25分である。

「そろそろ来てもいい頃だな。」

彼がそう呟いた時、北の方角から爆音が響いてきた。
その爆音がする方向に、市民達や、参加者達が目を向けた。
爆音の主は20機以上のアメリカ軍機だった。。
海兵隊航空隊所属のF4Uコルセア2機と、機動部隊所属のF4F2機が、上空を通り過ぎていく。
F4U、F4Fの他に、ドーントレスやアベンジャー、陸軍航空隊の戦闘機、中型爆撃機も含めた編隊が、道の上空を北から南に飛んでいった。
この展示飛行は、アメリカ側が直接、ミスリアル側に提案して実現したものである。
国葬が行われる3日前に、アメリカ側はミスリアル王室に対して、ベレイスの功績を讃えるために航空機の展示飛行を行いたいと言った。
ミスリアル側は二つ返事で応じ、展示飛行の許可が下りた。
提案を行う前、アメリカ側は断られるであろうと思っていたが、ミスリアル側のあっさりとした判断に拍子抜けした。
規模は小さいとはいえ、相手は誇り高きエルフの国であり、一昔前まで人間を下等だの、愚鈍だのと見下していた民族だ。
しかし、先のシホールアンルの侵攻作戦で南大陸軍、特にアメリカ軍に助けてもらったミスリアルはそのような感情を一切持っていなかった。
ミスリアル王室は、断るどころか、むしろアメリカ側に頼み込もうとさえしていた。
シホールアンル軍を押し返しつつあるとはいえ、軍や民間人に甚大な被害を被ったミスリアルは、民の士気が低下するではないかと恐れていた。
民の士気を上げるためには、強力な助っ人がいる事を大々的に知らしめる必要があったのだ。
ベレイスの勇気を称えたい言うアメリカ側の気持ちと、ミスリアル側の思惑が一致したことによって、この展示飛行は実現したのである。
それはさておき、アメリカ軍機や、近衛騎士団の見送りを受けたベレイスは、この日の昼前に墓地に埋葬された。
民は皇女を失ったと言う深い悲しみに暮れながらも、改めて、自分達にも頼りに出来る味方が存在する事を痛感したのである。  


360  :ヨークタウン  ◆A5lRNqs0wU:2007/08/07(火)  20:56:23  ID:8dn1QV1k0
その後、ハルゼーは、スプルーアンスと共にレルケインツにある王国宮殿に招かれた。
そこで、2人はベレイスの母親でもあるリクレア・ヒューリック女王と歓談し、1時間の間、ベレイスの話や先の海戦の話などを語り合い、
歓談の最後に、二人は改めてリクレア女王に国を救ってくれた事を感謝された。


午後5時  ラランジルス

ハルゼーとスプルーアンスは、TF16の空母が寄港するラランジルスに戻っていた。
ラランジルスには、海兵隊が急造した飛行場があり、現在64機の作戦機がミスリアル軍や海兵隊の援護を行っている。
ラランジルスから首都レルケインツまでは、従来使用されていた直通街道をシービーズが拡張した道路があり、今はトラックが
片側1台ずつ通れるようになっている。
2人は乗って来たジープから降りると、ようやく安心したような表情になった。

「いやあ、しかし疲れたもんだな。王族関係者と対面する時は、どうもうまく喋れんな。それに対して、君は平気そうだったな。」
「なに、私も内心では緊張していたよ。」

スプルーアンスは頭を振りながら返事した。

「相手は国を統べる女王様だ。こっちは一介の海軍少将だから、あまり出すぎた真似はできん。ヘマをやらかさないか
不安だったよ。まっ、なんとか会話できたがね。」
「しかし、リクレアとかいう女王様だが、ありゃ凄い美人だな。傍目から見れば20代の娘だぜ。
あれで55歳とは、エルフっていう奴らが怖く思えたよ。」
「聞くところによれば、ミスリアル人は平均寿命が150歳までらしい。中には180歳まで生きる者もいるようだから、
リクレア女王は、その意味では“まだ若い”だろう。私達の常識はここでは通用せんからな。」

そう言って、スプルーアンスは微笑んだ。

「いやはや、そんなに生きたくないものだな。俺は寿命80歳まででいいぜ。」
「同感だよ。ところでビル。さっき君はミスリアルの子供達と大いに戯れていたが、存分に楽しんだかな?」
「ああ。楽しんだぜ。ミスリアルの坊主達もなかなか元気がいい!」  


361  :ヨークタウン  ◆A5lRNqs0wU:2007/08/07(火)  20:57:01  ID:8dn1QV1k0
ハルゼーらは、ラランジルスに向かう途中にある小さな町で小休止を取った。
その町はラランジルスより南12マイルにある中規模な町で、人口は6000人程度だ。
普段、アメリカ軍車両はこの町を通り過ぎて、南の首都や前線に向かっていくため、町の住民達は、11月末にやって来た
シービーズの将兵達以外とは、あまりアメリカ人と触れ合っていない。
そんな中、ハルゼー達の乗るジープやトラックがやって来たのである。
久しぶりにやって来た珍客に殺到したのは、町で暇を持て余している子供達であった。
ハルゼーは子供達を見るなり、自ら歩み出て名を名乗ったあと、30分ほど遊び回った。
子供達は、ウィリアム・ハルゼーというアメリカ人提督の名は知っていた。
自分たちの住む国に押し寄せたシホールアンルの大群を押し返した、獰猛な鬼提督。
そういうイメージが、子供達が抱いていたハルゼーのイメージだったが、当のハルゼーはいかついながらも、邪気のない笑顔で彼らに接した。
最初、少し怯えたような表情を浮かべていた子供達は拍子抜けしたが、すぐにハルゼーに懐いて来た。
30分という短い時間であったが、ハルゼーは童心に返ったかのように彼らと戯れた。
既に50代後半であり、町を出るときは疲れていたハルゼーであったが、彼は心底満足していた。

「そうか。しかしな、ビル。子供達に向かってシホット、シホットと叫ぶのはどうかと思うが。」
「うむ・・・・確かに俺もまずかったかなと思ってるな。だが、坊主達もこれで安心して、いつもの生活ができるだろう。
シホット共は今や国境からさほど離れていない位置にまで後退している。今、戦闘が行われている地域だって、国境から
よほど離れて、せいぜい100マイル程度だ。」

一時はラオルネンク攻略が見込める地点にまで侵攻したシホールアンル軍は、10月24日の上陸部隊壊滅の影響と、アメリカ軍の
本格的な反撃作戦の前に次々と討ち破られた。
2個海兵師団の投入と、ミスリアル本土に派遣された海兵隊航空隊、第3航空軍分遣隊の400機の航空機。
それに加え、第3航空軍本隊の援護も、ミスリアル南西部や北西部を中心に行われた。
そして、バゼット半島北岸沖、通称ヤンキーステーションから発艦した艦載機は、ワイバーンや敵地上軍の反撃を受け、損害を出し
つつも援護を続け、ついにはミスリアル王国の大部分の土地から、シホールアンル軍は駆逐されてしまった。
今、シホールアンル軍が占領しているのは、国境地帯から僅かに進んだ距離にある寂れた地域のみである。
「南西大西洋軍司令部の参謀から聞いた話では、シホールアンル軍の動きは撤退戦で行うような物のようだ。シホールアンルは
少なからぬ数の兵員や物資を失ったが、敵侵攻軍の主力はヴェリンスやカレアントの占領地に間も無く到達するようだ。
その参謀は、出来れば侵攻軍そのものを撃滅できれば良いと言っていたが。」  


362  :ヨークタウン  ◆A5lRNqs0wU:2007/08/07(火)  20:57:42  ID:8dn1QV1k0
「それは無理だな。」

ハルゼーがそう言いながら、肩をすくめる。

「装備が整っているとはいえ、こっちの地上軍は2個海兵師団と、ミスリアル軍のみだ。それに対して、シホットは数十万の大軍だ。
敵の撤退は、俺達機動部隊や陸軍航空隊、海兵航空隊が後押しを加えたから出来たようなものだ。おまけに、ここはシホット共の
国じゃないぜ。」
「ふむ。侵攻作戦の目的であったラオルネンク攻略と、上陸部隊の侵攻作戦を断念した今、敵の上層部は用の無い地域での戦闘は
早めに終わらせたかった。それが、侵攻作戦を中止に追い込んだのだろう。要するに、目的が無くなったためにさっさと引き上げに
かかった、という事だろう。」
「なるほど。シホット共の腰が引けている理由が分かったぜ。」

そう言ってから、ハルゼーはニヤリと笑った。

「レイ。俺は、つくづくシホット共を追い返して良かったと思う。」

ハルゼーのしんみりとした口調に、スプルーアンスは相変わらずの無表情な顔つきで答えた。

「そうか。」
「ああ。もし、だ。俺達が遅れてこの国にやって来た時。俺は今のように、満足した気持ちを味わえなかったかも知れん。」
「それは、敵に負けていたかもしれない、という事か?」
「いや、そうじゃないさ。どんな時でも、太平洋艦隊は負けん。ただ、さっきの坊主達とは、恐らく会っていなかっただろうと
思ったんだ。君も知っているとは思うが、この地域の防備は薄かった。そこに8万のシホット共が上陸していたらどうなっていたと
思う?被害を少な目に見ても、この港町が、今のように綺麗な状態で残っていなかっただろう。」

ハルゼーは、視線をぐるりと巡らせた。
木造、石造建築物の混ざったラランジルスの町並み。人々は互いに笑い合いながら、それぞれの稼業をこなし続けている。
もし、艦隊が敗北したり、救援が遅れていたら・・・・・・  


363  :ヨークタウン  ◆A5lRNqs0wU:2007/08/07(火)  20:58:16  ID:8dn1QV1k0
「俺は、この町やあの坊主達を守ってやれた事を誇りに思っている。そして、俺はこらからも、シホット共に教え続けるだろう。
どうあがいても、合衆国軍相手には満足な戦果を得られない、とな。」

彼は、ブルの名に相応しい、地鳴りのような声音でそう言った。


1482年(1942年)12月20日  午前8時  ワシントンDC

季節は冬を向かえ、ワシントンDCはこの日も寒かった。
上空には厚い雲が垂れ込めており、道を行く人々はコートの襟をあげ、またはマフラーをより厚く巻いて寒さを和らげようとする。
冬を憎む物、あるいは好む者の思いが交錯する中、ワシントンDCにある建物。
ホワイトハウでは、この建物、そしてこの国の主が機嫌の良い口調で、男と話し合っていた。
ホワイトハウス内にある大統領執務室で、合衆国大統領であるフランクリン・ルーズベルト大統領は、アーネスト・キング作戦部長に向けて言う。

「ミスターキング。今年もあと2週間足らず。思い返せば、気が休めぬ1年だったね。」

ルーズベルトは、微笑みを張り付かせた表情でキングに言った。
それに対して、キングは傍目から見ればむっつりとしたような表情で言葉を返す。

「おっしゃる通りです。正直申しまして、シホールアンル軍は強いです。彼の軍と交戦するたびに、わが軍は常に犠牲を強いられて
きました。海軍も、幾度か彼らと刃を交えましたが、交戦するたびに被害は拡大しています。」

キングの言葉は事実であった。
2ヶ月近く前の10月24日。
バゼット半島沖で大勝したアメリカ海軍は南大陸東海岸のうち、バゼット半島北沖の制海権を握ることが出来た。
その事は後にヤンキーステーションで行動する機動部隊に有利に働き、常にフリーハンドで支援作戦を行わせていた。
幾度も勝利を挙げてきた米海軍だが、一方で犠牲も大きくなって行った。
沈没艦だけの被害でも、開戦のきっかけとなった11月12日の海戦では駆逐艦2隻を失っている。
2月のガルクレルフ沖海戦では軽巡洋艦1隻に駆逐艦2隻を喪失。
5月のグンリーラ沖海戦では、沈没艦は駆逐艦1隻のみであり、6月に大西洋戦線で行われた、マオンドに対する奇襲作戦では
喪失艦艇ゼロという結果になった。  


364  :ヨークタウン  ◆A5lRNqs0wU:2007/08/07(火)  20:59:11  ID:8dn1QV1k0
10月の第2次バゼット半島沖海戦では、双方共に大艦隊同士の激突であり、海戦の規模もそれまでにないほどの大規模となった。
勝者となったアメリカ海軍は、初めて正規空母を喪失し、重巡洋艦1隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦3隻を一挙に失った。
全体の喪失艦は、大西洋戦線、太平洋戦線で失われた潜水艦も含めると、実に20隻以上にも上る。

「失った艦艇には、正規空母も含まれているな。レンジャーは改装すれば、まだまだ使い道があったのだが。」
「あの海戦では、我々も、敵側も死力を尽くして戦いました。その激戦で、むしろ空母の喪失を1隻のみに抑えられた事は
むしろ賞賛に値します。事前の予想では、空母喪失は2隻と見込まれていましたから。」
「まっ、今は戦争をしておるのだ。ムシの良いことばかり期待してはバチが当たるな。」
「その通りです。ですが大統領閣下、耐える事は来年からしなくて良いのです。23日には新鋭空母のエセックスが完成します。」
「ほう、ついにエセックスが完成するか。」

ルーズベルトは嬉しげな表情を浮かべる。
近々竣工する新鋭空母のエセックスは、ホーネットの就役以来久方ぶりに完成する期待の正規空母だ。
この23日に竣工する1番艦エセックスを先頭に、45年の1月までに総計20隻が建造される予定となっている。
これまで、数少ない空母でシホールアンルやマオンドの猛攻を支えてきた合衆国海軍だが、もう少しの辛抱で反撃に移ることが出来る。

「インディペンデンス級の軽空母も、1月末までには2隻が竣工する予定となっています。」

キングが、言下にあなたのお気に入りも出てきますよ、という調子を含めて付け加えた。
インディペンデンス級軽空母は、クリーブランド級軽巡洋艦の艦体を利用して作られた物だが、発案者はルーズベルト大統領であった。
ルーズベルトは、転移前のヨーロッパ戦線、極東アジア戦線で行われていた航空戦、空母機動部隊の活躍ぶりをしかと耳にしていた。
1941年の7月頃、ルーズベルトは新鋭艦の計画表で、本年度後半に就役するホーネット以降の正規空母が完成するのは、それから
丸2年以上も経つ1944年初頭就役予定のエセックスしかない事を危惧し、万一の場合に備えるために軽空母の整備を行わせることを決め、
8月には軽空母建造を海軍に提案した。
しかし、海軍側は日本との戦争がもはや現実とはなり得なかった事と、欧州戦線に参加するとしても、既存の正規空母や小型の護衛空母、
駆逐艦で事足りるとルーズベルトに説明し、ルーズベルトは一応、案は海軍に検討させておくだけで、建造するかどうかは保留にした。
だが、その後に起こった突然の転移と、未知の国であるシホールアンルが7隻もの空母を持つと分かると、海軍側も軽空母の必要性を認め、
41年12月からインディペンデンス級軽空母の量産が検討されたのである。  


365  :ヨークタウン  ◆A5lRNqs0wU:2007/08/07(火)  20:59:48  ID:8dn1QV1k0
それから丸1年が立ち、ようやく、この軽空母が姿を現す事になった。

「そうかそうか。あと少しの時間で、艦隊の戦力は充実するな。これらの新鋭空母を初め、新鋭戦艦も完成すれば、キング。君の好きな
最強の機動部隊を作ることが出来るぞ。」
「はっ、仰せの通りです。」

ルーズベルトのやや過剰な褒め言葉にも、キングは動じる事無く、無表情で一礼した。
現在、建造中の新鋭艦は、43年後半から44年初期に完成、前線に配備されるアイオワ級の第1陣4隻に加えて、
起工が43年1月から42年7月に前倒しされた第2陣が、44年末から45年初期に完成、前線に配備される。
軍艦の他に、陸軍は期待の新鋭機であるP−47サンダーボルトとP−51マスタングの開発を急いでおり、P−47が
43年3月に南大陸戦線に配備される予定だ。
それに加えて新鋭爆撃機のB−24がやはり43年3月から随時、南大陸戦線に派遣される予定であり、43年9月に
開始される南大陸反攻作戦に向けて準備が進められている。
溜めて来たアメリカの力が本格的に発揮されるまで早くて9ヶ月。
その9ヶ月間が長いと思うか、短いと思うかは、キングは判然としなかった。

「ところでミスターキング。シホールアンルやマオンドは、これまでの占領政策で、色々とやりたい放題していたそうだな。」
「ええ。そのようです。太平洋艦隊司令部や大西洋艦隊司令部からの報告では、シホールアンル、マオンド共に占領政策は
あまり褒められたものではありません。特にマオンド側の占領統治は酷いものでして、10月には非占領国の一部の地域が
反乱を起こし、マオンド側と激戦を展開した末に、1人残らず殲滅されたそうです。原因は現地領主の横暴政治にあるようで、
死んだ住民の数は総計で4万ほどに上るようです。」
「確かに酷いな。こんな馬鹿な事をしでかす国は放っておいても自壊するかもしれんが、時間が掛かることは誰の目にも明らかだ。
シホールアンル、マオンドは捕虜に対する扱いも酷いからな。ジュネーブ条約のような捕虜の待遇の仕方などは、彼らにとって
夢の世界の出来事なのだろう。」
「中世人共が支配する世界です。」

キングはこの世界の事を、中世人共の世界という言葉で切り捨てた。  


366  :ヨークタウン  ◆A5lRNqs0wU:2007/08/07(火)  21:00:23  ID:8dn1QV1k0
「彼らに我々の常識を見て覚えろということ自体間違っているかもしれません。このような光景は、南大陸軍でも見受けられ、
敵兵1人を殺したものには恩賞が与えられる始末です。」
「以前から思っていたが、これではこっちが復讐、あっちが復讐という、馬鹿げた堂々巡りになる。そこでだが。」

ルーズベルトが、両肘を執務机に置いてからキングを見つめた。眼鏡の奥の目は、異様な光を放っていた。

「今度の戦争で、わが合衆国は正義の味方を演じ切ろうと思っている。当然決められた作戦はやるが、降伏しようとした敵は
なるべく殺してはならん。住民の住む町には、必要な時以外は決して爆弾を放り込んではいかん。要するに、敵に対して
こう思わせるのだ。我々は、抵抗を試みる敵に対しては、どんなに弱い敵でも最大の力を持って叩く。しかし、戦意を失い、
降伏した敵には、それでもよく戦ったと褒め称えて、多少は不自由だが、戦争が終わり、復員できるまで生命を保証する。」
「戦いを挑む敵には徹底的に付き合い、戦いの出来なくなった敵には慈悲を与える、という事ですか。お言葉ですが大統領閣下、
それはいささか、理想論に過ぎないかと思われますが。」

キングは容赦ない口調でルーズベルトに言ったが、なぜか、ルーズベルトは声を上げて笑った。

「なるほど、確かに私の言う事は理想論に過ぎないだろう。しかしだね、提督。やってみる価値はあると思う。」

ルーズベルトは口元をゆがめると、人差し指を立てながら言葉を続けた。

「ミスターキング。どうしてこの世界の住人は、死ぬ瞬間まで、敵を殺そうとすると思うかね?」
「それは・・・・・・・負ければ死ぬから、ですな。」
「ご名答。そう、中世でもそうだったが、勝者が敗者に理不尽な選択を迫る場合は日常茶飯事にあった。負ければ自らが死ぬ。
運良く、自らが死ななくても、引き換えに大切にしていた家族、知人、そして国を失う。降伏しても、大半は死んだほうが
マシに思える重労働か、一生こき使われる奴隷にしかなれない。降伏して捲土重来を期す事など、この世界では夢物語に等しい。
それがあるから、彼らは死の瞬間まで戦い続ける。バーサーカーの如くな。そのバーサーカーの集団に襲われ、いつ果てるとも
知れぬ地獄に身をゆだねる合衆国陸海軍、海兵隊将兵の精神はどうなると思う?負けることはありえんだろうが、道を誤れば、
次の世代を担う合衆国の青年達は、大きく数を減らす事になる。」

一度言葉を切り、ルーズベルトはずい、とやや前のめりになる。  


367  :ヨークタウン  ◆A5lRNqs0wU:2007/08/07(火)  21:10:02  ID:8dn1QV1k0
「そうならぬためには、敵にも安寧を与える事だ。もちろん、合衆国は多くの敵兵を殺し続けるだろう。だが、捕虜には不必要に
試練を与えることはない。捕虜には戦争が終わるまで、収容所でゆっくり西部劇や、ディズニーアニメを見て静かに暮らしてもらえば良い。」
「閣下、その事ならご心配に及びません。敵兵の捕虜については、閣下の言われた通りの待遇を行っております。詳しい事はマーシャル将軍が
知っておりますが、今のところ、収容所の捕虜達は平穏に暮らしているようです。」
「それなら良い。今後も、各部隊に徹底させるように言いたまえ。いい軍隊というものは、敵にも恐れられ、尊敬されなければならん。」

ルーズベルトは満足そうにそういった後、別の件に関してキングと話を続けた。


それから3日後の12月23日。
アメリカ海軍の最新鋭空母である、CV−10エセックスは、バージニア州のニューポートニューズで竣工した。
全長270メートルという長大な飛行甲板に、煙突と艦橋の一体化した精悍な艦影は、見る人の目を注目させた。
様々な新技術を盛り込んだ新鋭空母は、来年春の配属に向けて、過酷な猛訓練を開始した。

後年、様々な歴史家が言うには、シホールアンルの本当の受難は、この日から始まったと口を揃えて言われている。  


394  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/09(木)  20:49:37  ID:HYHVNSac0
第54話  皇帝と戦乙女

1483年(1943年)1月2日  午後6時  シホールアンル帝国アルブランパ

シホールアンル帝国で第5位の軍港都市であるアルブランパは、北大陸の南西部に位置している。
季節は冬に入っており、ここアルブランパも所々雪が積もって、道行く人達が肩を震わせながら、早歩きでそれぞれの目的地に向かいって行く。
その町の病院に、シホールアンル帝国皇帝、オールフェス・リリスレイは僅かな護衛を引き連れて、極秘裏にやってきた。

「院長、モルクンレル提督の部屋はここの階にあるんだな?」

オールフェスはぶっきらぼうな口調で院長に尋ねた。

「そうでございます。もうそろそろ提督の部屋がお見えになりますよ。」
「モルクンレル提督の体調は今どうなっている?」
「搬送された当初は、予断を許さない状態が続きましたが、今では外を散歩されるまでに回復されております。
あっ、ここでございます。」

院長が恭しく頭を下げながら、個室のドアを開いた。
中には、病院から支給された淡い緑色の衣服に身を包んで、ベッドに座っているリリスティ・モルクンレル中将がいた。
彼女はその時まで、数枚の紙とにらめっこしていた。
ドアが開かれると、院長と、その奥にいる人物、オールフェスの姿を見るや、彼女は顔に笑みを浮かべた。

「これは皇帝陛下。あけましておめでとうございます。」
「やあ、あけましておめでとう。元気そうだね。」

2人は互いに握手を交わした。握手を交わしたあと、オールフェスは院長と護衛を個室の外に出した。  


395  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/09(木)  20:50:09  ID:HYHVNSac0
「ふぅ、アルブランパは遠いなあ。鉄道を使っても丸2日かかったぜ。」
「それぐらいどうってこと無いわよ。あたしなんか、洋上勤務で2ヶ月以上も船に居た事もあるよ」

リリスティは苦笑しながら、ベッドの左側に置かれていたイスをオールフェスの側に置いた。

「これ、退院の前祝いに持ってきたよ。リリスティ姉の好きな首都の菓子屋のお菓子だ。」
「あっ、ありがとう。実を言うと、前々から食べたいなーと思ってたの。あんた、気が利くじゃない!」

リリスティは爽やかな笑みを浮かべながら、オールフェスの肩をバンッと叩いた。

「うわ、いてえよ。」
「何よ。あんたは男なんだから、これぐらいなんとも無いでしょ。」
「だからといって、思いっきり叩かなくてもなぁ。」

オールフェスは、叩かれた左肩をさすりながら抗議するが、リリスティは全く気にしない。

「なあに、いつもの挨拶よ〜。」
「全く・・・・それはともかく、リリスティ姉が元気でよかったよ。この調子なら、早いうちに復帰できそうだな。」
「あたしもビックリよ。一時は心臓が止まっちまってね、変な夢も見たことがあったけど、人間の体って以外に頑丈なんだね。」

リリスティは、体の左脇腹に右手を添え、左手で何かの大きさを示す。

「後で調べてみたら、子供の拳ぐらいの大きさの破片が、ここから入ってここ、右肺にまで入ってたみたい。
当然、あたしの体の中身は所々壊れていたわ。医者からは、あの傷で生き残れたのは奇跡に等しいと言われたよ。」
「右肺にまで達してたのか。普通の人間なら即死物だぜ。」
「同感。むしろ、あの状態で指揮を取り続けようとした自分に怖くなるわね。」

そう言って、リリスティは苦笑した。  


396  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/09(木)  20:50:40  ID:HYHVNSac0
「なあ、リリスティ姉。あの海戦で、姉貴の艦隊はかなりの被害を被っているけど、姉貴からしてアメリカ軍はどう思う?」
「一言で言って、強い。」

リリスティはさりげないながらも、力を込めた口調で明言した。

「強い、か。」
「ええ。でもね、オールフェス。ただ単純な力の差で強いと言っている訳ではないわ。確かにアメリカ軍艦載機は強かった。
でも、こっちも犠牲を出しながら、前半戦の時点で敵空母を4隻に損傷を与えていた。うち1隻は沈み、1隻は火達磨になった。
残った2隻も、確かに飛行甲板を叩いて発着不能に陥れた。あたしは、気絶する瞬間まで、戦いを有利に進められると思っていた。」

リリスティはふぅっと一息ついてから言葉を続ける。顔からは笑みが消えていた。

「あの時点で、アメリカ軍の稼動空母は、ワスプ級が1隻のみ。1隻のみの筈だった。でも、ヘルクレンスの艦隊に襲い掛かった
アメリカ軍機は100機以上いた。そして、バゼット海海戦の後には、多くても3隻から4隻のアメリカ空母が半島の近海に張り付いて、
友軍部隊を苦しめ続けた。」
「もしかして・・・・・アメリカ軍は、傷ついた空母をその場で修理して、また使えるようにしたのか・・・・!」
「ええ。それも、彼我の航空部隊が飛び交う合間を縫って。あたし達の竜母が甲板に爆弾を受ければ、ドックに持っていって
修理しなければならない。そうしなければ竜母は使えない。でも、複数の爆弾を受けたアメリカ空母は、甲板を修理して飛空挺の
離着艦を可能にした。そうでもしなければ、ヘルクレンスの艦隊に100機以上も差し向けられない。」

実を言うと、リリスティのこの言葉を聞く前に、海軍の他の高官から似たようなことを聞かされていた。
その時は半信半疑(その高官は後方勤務の事務屋であった)であったが、リリスティは実戦経験豊富な竜母使いだ。
その彼女の言葉から聞かされた、アメリカ空母の再生能力にオールフェスは内心ショックを受けていた。

「発着能力は、ワイバーンを使う俺達が勝っている。だが、母艦の修理能力ではアメリカ空母に劣っている。
リリスティ姉はそう・・・・そう言いたいんだね?」  


397  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/09(木)  20:51:15  ID:HYHVNSac0
オールフェスは、やや悔しげな表情で、リリスティに言った。

「うん。悔しいけど、認めるしかないね。」

リリスティは、首を振りながら膝元に置いた紙を眺める。オールフェスの視線も紙に向けられた。

「それは、確かアトランタ級巡洋艦の絵だね。」
「そう。どうせ暇だから、あたし達を苦しめ続けるアメリカ艦艇のイラストを無理言って持ってきてもらったの。
いつ見ても、このアトランタ級の絵にはため息をつかされるわ。」
「武装は速射性の高い高射砲が16門。連装式砲塔8基に分かれている対空艦だな。」
「こいつが放つ対空砲火はアメリカ艦艇の中でも最強の部類に入るわね。出現はガルクレルフ沖海戦から確認されているわ。
以来、アメリカ機動部隊には最低でも1隻か2隻のアトランタ級が編成に加えられているわ。次に問題なのがコイツよ。」

リリスティは別の艦の絵をオールフェスに見せた。

「確かクリーブランド級巡洋艦だね。ブルックリン級より主砲を減らした分、対空火力が増強されている巡洋艦、と聞いているが。」
「対空戦闘のみならず、対艦戦闘にも充分対応できる艦よ。そいつはこの間の海戦で初陣を飾っている。他にも、サウスダコタ級戦艦や
ノースカロライナ級戦艦の絵もある。いつもながら思うけど、スパイ達は良くやってくれてるわ。」
「俺もそう思うが、正確に分かっているのは船の名前だけだよ。この軍艦の詳しい性能等は、敵も警戒を厳重にしているから
肝心な弱点とかはどうしても掴めない。」

オールフェスはお手上げと言わんばかりに肩を大きく竦める。

「これからは、アメリカは他の新鋭艦も投入してくるだろう。俺達のスパイ網がすぐに情報を持ってくると思うが、今は戦力が
少ない分、こっちから手出しできねえからなぁ。」
「今年は新鋭戦艦や新鋭竜母も続々と就役するから、前の海戦も損失分は充分埋まるわ。最も、残った4隻の竜母を1隻も
失わなければ、の話だけど。」  


398  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/09(木)  20:51:55  ID:HYHVNSac0
第2次バゼット海海戦で大きな損失を出したシホールアンル海軍は、今現在、戦力の回復に努めている。
リリスティが指揮していた機動部隊は、今は第2部隊司令官であったムク少将が臨時に指揮を取っている。
生き残りの正規竜母であるモルクドとギルガメルはドックで修理中であり、1月末には修理を終える予定だ。
そのため、第24竜母機動艦隊には小型竜母のリテレと、修理を終えたライル・エグが残るのみだが、今はこの2隻を中心に竜騎士の練成を行っている。
この4隻に加えて、4月までには正規竜母第4世代にあたるホロウレイグ級竜母の1番艦、5月には2番艦が前線に配備される。
それにライル・エグ級の3番艦が艦隊に配備される。
半年ほど経てば、シホールアンル側の母艦部隊は元通り回復する手筈になっているのだ。
ちなみに、ホロウレイグ級は今年中には計画通り、6隻全てが完成し、うち4隻が配備され、残り2隻も来年の初めに配備予定だ。
それでもまだ不足であると考えたシホールアンル側は、81年度計画時に採用され、82年に起工された高速戦艦3隻を、
ホロウレイグ級と同様な竜母に改装する事を決定し、84年7月就役を予定に工事が急ピッチで進んでいる。
彼らはまだ知らないが、アメリカ側もこの6月までにはエセックス級空母3隻にインディペンデンス級軽空母2隻を太平洋艦隊に
配備する予定であるが、新鋭艦の配備速度はアメリカに迫る勢いである。
母艦の数こそ、米側は9隻になるが、その頃にはシホールアンル側も7隻の竜母を揃える為、アメリカ側にとって脅威になる事は確実である。

「問題は、アメリカが来年中にどれだけ、戦力を増やすか、だな。既に敵は新鋭戦艦を揃え始めている。戦艦が揃い始めるとなると、
空母も新しい奴が出てくる可能性がある。今、敵は表立って動いていないが、従来の空母や、新しい空母を混ぜてこっち側の前線や
後方に現れるかもしれない。」
「あたし達シホールアンルは、来年中にはホロウレイグを始めとする正規竜母が4隻、小型竜母が3隻ほど増える。竜母だけじゃない。
戦艦も15.4ネルリ砲搭載の新しい艦が3隻増える。新型の巡洋艦や駆逐艦等も同様。だけど、アメリカがどれぐらいの数の艦を
増やすかがまだ分からない。オールフェス、そこのところは何か知らないかな?」
「俺達の情報網で、調べてはいるんだが・・・・・・」

オールフェスは腕を組んだまま、しばらく黙り込んだ。
シホールアンルは、南大陸に8万人のスパイや工作員を配備しており、その半分以上が、シホールアンルの思想に共鳴する現地人である。
残りは、戦争勃発前に難民を装って侵入したシホールアンル軍所属の情報員だ。
これらのスパイ達は、南大陸全土に派遣されており、日々大量の情報をシホールアンル帝国本土に送っている。
その大半の情報はあまり重要なものでは無いが、一部は重要な情報が混じっている事もある。  


399  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/09(木)  20:52:26  ID:HYHVNSac0
対南大陸戦当初に見られたシホールアンル軍の破竹の進撃は、このスパイ達によって実現したものだ。
そのスパイ達の一部は、躍起になって南大陸のアメリカ軍、特に、アメリカの南大陸作戦の要となっているヴィルフレイング周辺の
情報を掴もうとしている。
しかし、ヴィルフレイング周辺の警備は、アメリカ軍が進駐して以来厳しいものとなっており、ここ最近ではベレイスが率いていた
特別諜報部の一部の隊員や、バルランドの秘密戦部隊までもが、アメリカ軍と共にスパイ狩りに励んでいるため、アメリカ側に関係する
情報が送れにくくなってきている。
送れたとしても、新鋭艦の艦名や大雑把な性能の説明など、軍関係者から見ればあるだけマシ。
厳しい物が言うには、全く足しにならない情報のみだ。
そのため、敵の兵が流す大雑把ながらも、的を射たような情報を掴むことが出来なくなっている。

「曖昧な憶測ばかりさ。情報部の分析では、83年中に敵は正規空母3隻、小型空母4隻、戦艦4隻を新たに前線に投入するだろう
と言ってきている。はっきり言って、これも信用できない情報なんだが。」
「あんたはアメリカがどのぐらい戦力を強化すると思う?」
リリスティがさりげない口調で聞いてくる。
「俺としては、正規空母は5隻程度、小型空母は3、4隻ほど前線に投入されると思う。戦艦は新鋭艦が1、2隻出て来ているから、
あと2隻か3隻は増えるな。これでも、情報部の連中からは過大評価してるって指摘されたよ。」
「過大評価ねぇ・・・・・・・果たしてそうかな?」

リリスティは、最後の言葉だけはオールフェスに聞こえぬ小声で呟く。
なぜか、頭の中に浮かんだ正規空母5隻という数字が、10隻という数字に増えていたが、彼女は頭を振ってそんな馬鹿げた数字を打ち消した。
(そんなの無理ね。全く、体のみならず、頭もなまってしまったかな)
彼女は内心苦笑しつつも、宙を見ていた視線をオールフェスに戻す。

「確かに過大評価は良くないけど、敵を過少に見積もって、もっと痛い目に逢うよりはマシよ。」
「なるほどね。去年はそれをやって散々な目に逢ったからな。」
「それよりも、例の艦種の開発はどうなっているの?」  


400  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/09(木)  20:52:59  ID:HYHVNSac0
「ああ、潜水艦の事だな?11月に、エンデルド沖で捕まえた奴を徹底的に調べてる。捕虜にした艦長を自白用の魔法で調べたら、
アメリカ海軍でも新しい部類の潜水艦らしい。10年前まで潜水艇を研究していた奴らが中心となって、研究と同時に開発を進めてる。
早ければ、今年の末には試作艦が完成するみたいだ。それだけじゃない、来月には俺達が作り直した飛空挺が試験飛行する。
開発者の話によれば、スピードは300レリンク以上出せるみたいだ。連中は以前大失敗を取り返せると意気揚々だったよ。」
「そう。潜水艦の開発・・・・か。運が良ければ、ゼルアレの悲劇をアメリカの奴らに味合わせることが出来るわね。」

一瞬、リリスティの双眸が朱に染まった。
第2次バゼット海海戦の時、100機以上の艦載機に襲われたヘルクレンス部隊は、2隻の竜母のうち、リギルガレスを
航空攻撃で撃沈され、旗艦ゼルアレも大破した。
不利を悟ったヘルクレンスは、撤退を決意し、全部隊が退避を始めた直後、米潜水艦ノーチラスの魚雷2本を受けて止めを刺された。
それ以来、シホールアンル海軍は、アメリカ潜水艦に対する憎悪に満ち溢れていた。
シホールアンル軍も潜水艦を開発すれば、いつの日か、ゼルアレが受けた屈辱を叩き返す日が来るかもしれない。

「その前には、魚雷の開発を行う必要があるな。魚雷も、不発した奴を回収して研究に当たらせているが、こいつがどうも
厄介な代物で、研究員達は毎日頭を抱えながら魚雷と睨み合っているみたいだ。」

オールフェスが苦笑しながらそう言った。

「とにかく、今は竜母の修理と、新戦力の登場を待つのみだね。」
「そうねぇ。ハァ・・・・早く復帰したいなぁ。アメリカ人達が驚きそうな手をいくつか考えているから、それを早めに実行したいわ。」
「おっ、リリスティ姉得意の思いつきだな。」

オールフェスが笑いながら言った後、改まった表情になってから、別の言葉を言った。

「ちょっと話を変えるけどね。リリスティ姉って、昔から狩をやってる時、よく罠を好んで使ってたよな?
ちょっと、知恵を貸してほしいんだけど。」  


401  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/09(木)  20:55:06  ID:HYHVNSac0
1483年(1943年)1月8日  午前11時  ノーフォーク沖30マイル地点

第26任務部隊に所属する軽空母ハーミズは、1年以上に亘る改装を終えて、TF26所属の戦艦、巡洋艦と共に外洋で
訓練を行っていた。
TF26旗艦である戦艦プリンス・オブ・ウェールズの艦橋から、司令官のジェイムス・サマービル中将は
ハーミズの勇姿を双眼鏡越しに眺めていた。

「ほほう、ハーミズも所々変わったようだな。」
「昨年の11月から4日前まで改装工事を行っておりましたからな。傍目では元のままですが、性能は
大幅に向上しましたからな。」

サマービル中将の傍らで、参謀長が調子の良い口調で話した。

「ドック入りしていたのは本艦もだったな。アメリカ人はいい仕事をしてくれたものだ。」

サマービル中将が眺めるハーミズは、改装工事によって搭載機数、速力、対空火力を大幅に向上している。
元々、ハーミズは25ノットのスピードに搭載機数はたったの15機。
対空火力は高角砲4門に機銃6丁という貧弱振りであった。
それが、改装のおかげでスピードは29ノット。搭載機数は32機。
対空火力は38口径5インチ砲6門に40ミリ連装機銃4基8丁、20ミリ機銃24丁と大幅に向上した。
これから就役するインディペンデンス級軽空母に比べると、搭載機数、速力においては負けているものの、その他の性能では
ほぼ同格であり、こらからの活躍を期待されている。
TF26の唯一の正規空母であるイラストリアスは、現在改装工事中であり、工事が終了した後には72機の航空機を積む、
より高性能な正規空母として生まれ変わる予定だ。
そして、旗艦であるプリンス・オブ・ウェールズも本格的な改装を施されていた。
プリンス・オブ・ウェールズは、主に対空火器の装備を更新されており、従来は5.5インチ連装砲8基、
28ミリ4連装機銃6基、ポンポン砲を6基、20ミリ機銃24丁を搭載していた。  


402  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/09(木)  20:57:41  ID:HYHVNSac0
改装中は予備弾薬や部品の確保できない5.5インチ砲やポンポン砲をすべて取り外し、代わりに米艦の
標準装備を取り付けていった。
この結果、プリンス・オブ・ウェールズは38口径5インチ連装両用砲8基、40ミリ4連装機銃12基、
20ミリ機銃40丁を装備し、以前とは全く違うハリネズミさながらの対空火力を手に入れた。
その他にも、破損したイギリス製レーダーに代わって水上用のSGレーダー、対空用のSKレーダー、そして
射撃指揮装置とそれに取り付けられるMk4射撃レーダーを装備し、以前よりも強力な戦艦に生まれ変わった。
プリンス・オブ・ウェールズの他に、巡用戦艦のレナウンは主砲をアラスカ級巡洋戦艦が搭載する同じ物である
55口径14インチ連装砲に換装する予定で、4月の中旬にはドックから出てくる予定だ。

「ポンポン砲は威力のある対空火器ではありましたが、故障を頻発して兵からの不満がかなりありましたな。
ですが、ボフォース40ミリなら故障も少なく、兵も扱いやすいようです。」
「性能は良くても、実戦で役立たずなら何の意味も無いからな。アメリカは、性能はまだしも、常に戦える
武器を作ってくれるから素晴らしいものだ。イギリスでは凝った武器ばかりを作ろうとして、実際は役立たずの
物が多かった。特に、バンジャンドラムなどというふざけた自走式爆弾がその最たるものだ。」

サマービル中将はフンと鼻を鳴らした。

「司令官、自分も似たような事をアメリカ陸軍にいる友人に話してみたら、その友人はなんと言ったと思います?
こいつはたまげた。やっぱり俺達は、父祖の血を受け継いでるのかも知れんと言っとりましたよ。」
「何?それはどういう意味かね?」

リーチ艦長に向けて、サマービルは怪訝な表情を浮かべて質問した。

「その友人は、陸軍省の兵器開発局にいる陸軍中佐なのですが、アメリカ陸軍は去年の夏辺りに、空から
投下する自走式爆弾を開発していたようです。名称はローリングボムで、直径6メートル程度の爆薬を
中に仕込んだトゲトゲの鉄球を空からパラシュートで敵陣内に投下させ、爆弾を転がせて敵兵を踏み潰したり、
敵の装甲車両を爆破するのが目的である、と言ってました。」  


403  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/09(木)  20:58:38  ID:HYHVNSac0
サマービルは思わず大笑いをしてしまった。

「ハッハッハッ!ヤンキーもなかなかいい考えを持っているようじゃないか!」

サマービルはひとしきり笑った後、気になる事をリーチから聞き出す。

「それで、そのローリングボムとやらはどうなったのかね?」
「開発責任者が局長に自信満々で計画案を提出した所、一発で不採用になったようです。
ちなみに、責任者は1週間後にアリューシャン列島に配属換えにされそうで。」
「いやはや、即配置換えになるとは。まあ、実用性が無さ過ぎる兵器を自信満々で提出されれば、
アリューシャンで頭を冷やして来いと言われても仕方あるまいな。」
「アメリカンジョークも時によりけりですな。」

リーチ艦長は含み笑い浮かべながら、時計を見つめた。
時刻は11時10分を過ぎている。間も無く、ハーミズ所属のアベンジャー8機が発艦を開始する頃だ。
その時、見張り員の声が艦橋に聞こえて来た。
「ハーミズより、艦載機が発艦を開始しました!」
その声を聞いたサマービルと司令部幕僚、それにリーチ艦長はハーミズを見つめた。
飛行甲板前部に取り付けられた油圧式カタパルトからアベンジャーが大空に向けて放たれていく。
2機、3機と、アベンジャーは次々とハーミズから発艦していき、8機全てが事故を起こさずに発艦を無事終えた。
これから、TF26はアベンジャーを敵のワイバーンに見立てた、対空戦闘訓練を行う。
それと同時に、アベンジャー隊はハーミズを敵空母に見立てた、対艦戦闘訓練を行う手筈になっている。
サマービルは、編隊を組みながら、一旦艦隊から離れていくアベンジャー見ながら思った。
(既に、チャーチル閣下から不沈戦艦と謳われたプリンス・オブ・ウェールズも、海戦の脇役となり、
今ではハーミズや、イラストアスといった空母が海戦の主役となったか・・・一昔前までは戦艦が
海戦の中心と考えていた俺が、今では練達の機動部隊指揮官になるとはなぁ。時代の移り変わりとは
なんとも不思議なものだろうか。)  


404  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/09(木)  20:59:43  ID:HYHVNSac0
内心そう呟きながら、彼はハーミズのいる海面に視線を移した。
今、輪形陣の中心にはハーミズしかいないが、近いうちには改装の成ったイラストリアスも現場に復帰する。
TF26の母艦兵力は、ずっとイラストリアス、ハーミズの2隻のみではない。
昨年12月下旬に竣工したエセックス級正規空母や、1月に竣工したインディペンデンス級軽空母もTF26
の傘下に組み込もうという話が持ち上がっている。
今年から、アメリカ海軍所属の空母部隊は、最低でも空母3隻ずつの編成を基本条件にするようであり、
当然TF26にも新顔が増えてくる可能性がある。
ちなみに、機動部隊の新しい顔となるエセックスは、43年中には10隻が前線に配備される予定で、
大半は太平洋戦線に引っ張られるが、大西洋艦隊にも3隻ほどが配備される予定だ。

「エセックス級とイラストリアス、ハーミズの組み合わせか・・・・・なかなか頼もしそうな編成じゃないか。」

サマービル中将は、新鋭艦の配備を早くも心待ちにしていた。
その時、一旦距離を置いたアベンジャー隊が艦隊との距離を詰め始めてきた。

「対空戦闘用意!今までたっぷり休養してきたんだ。今日は遅れている分を取り返すぞ!」

艦橋内に、リーチ艦長の叱咤が響き、艦内に戦闘用意のブザーが鳴り始めた。  


433  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/12(日)  13:21:34  ID:HYHVNSac0
第55話  飛空挺乗りの想い

1483年(1943年)1月18日  午前8時  ヴィルフレイング

ヴィルフレイングは、今やアメリカ軍の一大根拠地として生まれ変わっていた。
アメリカ太平洋艦隊の一部がこのヴィルフレイングに進駐して早1年以上。
魔法実験が失敗し、昔はそれなりの都市であったヴィルフレイングがわずか1000人足らずの寒村に変わってから、
ここは呪われた地と言われ続けた。
その呪われた地は、今やアメリカ軍が主役となり、異様な発展を見せていた。
港には、11月に完成したばかりのABSDと呼ばれる浮きドッグを始めとする、移動サービス部隊の艦艇が一部の区画に陣取り、
別の区画には、アメリカ本土から輸送船に運ばれてきた増援部隊の兵員や物資が、慌ただしく陸揚げされている。
整備された桟橋には輸送船や、最近就役したばかりのボーグ級護衛空母が3隻ほど横付けされて、兵達が嬉しそうな顔を見せながら、
これから始まる半舷上陸の事で僚友と楽しげに話をしていた。
目を内陸に向ければ、アメリカ軍進駐前には殺風景な広場だった場所が、今や様々なアメリカ式の店がこれでもかとばかりに
立ちまくり、長い船旅で疲れた陸軍部隊、海兵隊の兵員や水兵達を癒していた。
今や、ヴィルフレイングの人口は今年1月始めの時点で7万人を超え、昔以上に活気に満ちていた。
そんなヴィルフレイングの一角にある建物、アメリカ太平洋艦隊・南太平洋部隊司令部。
参謀長のレイモンド・スプルーアンス少将は近くの官舎からこの司令部に、歩いて出勤して来た。
スプルーアンスはふと、司令部の近くにあるゲートに目を向ける。

「流石に、誰もいなくなったか。」

彼は、無表情な顔つきのわりに、少し嬉しそうな口調でそう言いながらも司令部の中に入って行った。

会議室のドアを開けると、長テーブルの真ん中に南太平洋部隊司令官である、チェスター・ニミッツ中将が座っていた。  


434  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/12(日)  13:22:10  ID:HYHVNSac0
「おはようございます、司令官。」
「おはよう参謀長。」

二人はいつも行う一通りの挨拶を済ますと、スプルーアンスがニミッツ中将の左の席に座った。
それから10分ほどの間に、司令部の幕僚が続々と入って来た。

「おはよう諸君。それでは、これから定例の作戦会議を開く。まず、今日の議題は、シホールアンル軍の今後の行動についてだ。」

ニミッツの第一声によって、会議は開かれた。

「シホールアンル陸軍は、昨年のミスリアル王国侵攻が失敗して以来、表立った動きを見せていない。それは敵の海軍にも言える
事であり、今はまだ前の戦闘で失った戦力を再建中と考えられる。そこでだが、今後の敵の動向について話し合いたい。」

ニミッツ中将が言い終えると、情報参謀のバイエル・リーゲルライン中佐が立ち上がった。

「スパイの情報によりますと、シホールアンル海軍の前線基地であるエンデルドには、巡洋艦主体の艦隊が2、3個ほど配備されて
いるようですが、戦艦や竜母といった主力艦は前線には無いようです。」
「そうすると、東海岸に配備されていた竜母や戦艦の大半は、本国でドック入りしたままという事か。」

スプルーアンスの言葉に、リーゲルライン中佐はそうですと言った。

「あるいは、既にドックに出てはいるものの、今は本国の近海で訓練を行っている可能性もあります。」
「潜水艦部隊からは何か目立った報告はなかったかね?」

ニミッツが問う。  


435  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/12(日)  13:22:56  ID:HYHVNSac0
「潜水艦部隊からは、東海岸沖で戦艦2隻を主力とする艦隊が北大陸方面に向かったと、報告がありましたが、エンデルド沖の
状況は、依然として輸送船団が往来するだけです。それ以前に、シホールアンル海軍の対潜作戦が昨年11月始めから厳しく
なっており、現状では敵艦隊の動向を把握する事は難しくなっているようです。」

南太平洋部隊は、東海岸ではガルクレルフ、西海岸ではエンデルドといった重要拠点に第18、第19任務部隊の潜水艦部隊を
投入して、敵艦隊の現状報告又は敵艦船の攻撃を命じた。
だが、11月以来、対潜能力を強化したシホールアンル海軍は、米潜水艦を封じ込めようと躍起になり、このため、敵の爆雷攻撃を
受けて撃沈されたり損傷を受ける潜水艦が相次いだ。
1月始めからは、第20任務部隊の潜水艦18隻を新たに前線に送り、ヴィルフレイング、ガルクレルフの監視に当たらせているが、
成果は思うように上がらなかった。
3個任務部隊は、1月までに駆逐艦2隻、哨戒艇3隻、輸送船7隻を撃沈した物の、新鋭のガトー級潜水艦を含む5隻の潜水艦を
現地で失い、損傷を負って引き返した6隻の潜水艦のうち、2隻は修理不能とみなされて廃棄された。

「それは問題だな。早急に対策を取らねば、今後の作戦に支障が出る。」
「敵の対潜能力の向上も問題でありますが、問題は他にもあります。」

リーゲルライン中佐がやや険しい顔つきで次の話題に移る。

「今年から、わが太平洋艦隊には新鋭正規空母のエセックス級が続々と配備されますが、新鋭艦を配備していくのは、
我が合衆国海軍のみではありません。」
「当然、敵も新顔を出してくる。そうだな?」

ニミッツの言葉に、リーゲルライン中佐は深く頷いた。

「その通りであります。現在、シホールアンル海軍には、弱体化したとはいえ、依然として正規竜母2隻、小型竜母2隻を
保有しています。太平洋艦隊が保有している正規空母6隻と比べれば、大きく見劣りしますが、それでも200騎以上の
ワイバーンを有する侮れぬ敵です。これに敵の新鋭竜母が加われば、我が太平洋艦隊にとって最も危険な物となるでしょう。」  


436  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/12(日)  13:23:26  ID:HYHVNSac0
「敵がよからぬ事を企てるのなら、その時は第3艦隊に大暴れしてもらうだろう。」

太平洋艦隊は、今年の1月から新たに第3艦隊という空母主体の新艦隊を編成している。
第3艦隊の司令官は、歴戦の勇将であるウィリアム・ハルゼー中将が就任している。
第3艦隊は、第38任務部隊、第39任務部隊に分かれており、第38任務部隊は正規空母ヨークタウン、エンタープライズ、
それに修理の終えたホーネットを主軸に、戦艦ノースカロライナ、ワシントンを主軸とする水上艦が護衛する。
第39任務部隊は、正規空母レキシントン、サラトガ、ワスプで構成されており、これらを守るのは、戦艦サウスダコタと
アラバマ以下の水上艦である。
これらの空母のうち、ワスプは3月一杯で大西洋艦隊の所属に戻る。
代わりに4月からエセックスと軽空母のインディペンデンスが配属され、この2隻の新鋭空母を主軸に第37任務部隊が編成される予定だ。

「その敵新鋭竜母というのは、例のホロウレイグと呼ばれる大型空母だな。」

スプルーアンスの一言にリーゲルラインは頷く。

「はい。性能はこれまでの竜母より段違いに優れており、搭載ワイバーン80〜90騎以上と、レキシントンより上か、
エセックス級に近い物です。情報では、秋までに3隻〜5隻が配備される予定であり、シホールアンル海軍の母艦勢力は
前年度よりも大きく上回るでしょう。それに、敵はインディペンデンス級と類似する小型竜母も追加で配備するでしょうから、
今年中には、正規竜母6ないし7隻、小型竜母3ないし5隻になる見込みです。」
「敵さんも、なかなかの工業力を持っているな。私としては、この竜母部隊を戦力が拡充する前に潰したいと思うのだが、
作戦参謀。何か意見はないかね?」

ニミッツ中将は、作戦参謀のポール・ルイス中佐に話を振った。

「確かに、シホールアンル機動部隊の戦力強化は避けねばならぬ事態ではあります。現在、第3艦隊には6隻の正規空母と、
搭載している艦載機は552機と、強大な数です。しかし、問題はその質と、敵機動部隊が居る位置です。」  


437  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/12(日)  13:23:57  ID:HYHVNSac0
ルイス中佐は、会議参加者全員の頭にしっかり刻み込むように、最後の部分をゆっくりと言う。

「太平洋艦隊所属の6空母には、数々の海戦を経験したベテランパイロットがまだまだ多数配備されています。
しかし、ベテランパイロットは多くが前年の12月下旬に、艦載機パイロット養成のため本土勤務に配置換えとなっており、
各空母のパイロットは、7:3か、多い所には6:4の比率で新人が埋めております。無論、艦載機パイロットですから、
それなりの錬度は持っています。ですが、実戦を経験していない者が戦場でうまく出来るかは別です。目下、各母艦航空隊で
夜間飛行を含む入念な訓練が日々行われていますが、現状としては3月までみっちり訓練させたほうがよろしいでしょう。
搭乗員は、現状では厳しいですが、時間があれば訓練次第で何とかなります。しかし」

ルイス中佐は立ち上がり、会議室の壁に張られている地図の前に移動した。

「求める敵が、自らの内懐にいると言う事。そして、地の利はシホールアンル側にある事は変えようがありません。
このまま、第3艦隊が総出で北大陸沿岸部に突っ込めば、それこそ敵の思う壺です。未確認ながら、シホールアンルは
エンデルド、カレアント以北の北大陸沿岸部は警戒を厳重にしています。沿岸部にはワイバーンの発着基地が必ずあり、
特に本土に至っては沿岸部に総計4000騎以上のワイバーンを配備しているようです。重点的に配備されているのは
西方沿岸部で、アリューシャン列島からの侵攻を警戒しているようです。ですが、東海岸部にも相当数のワイバーンが
配備されており、総計は1000騎とも1500騎以上とも言われています。」
「東海岸には重要な軍港都市などもいくつか点在しているからな。敵さんもやはり、高速機動部隊の脅威に怯えているのだろう。」

スプルーアンスが相槌を打った。

「はい。そのためには、敵機動部隊が出撃せざるを得ない状況を作り出す事が効果的かもしれません。」
「状況を作り出すか。レイ、君はどう思うかね?」

ニミッツはスプルーアンスに聞いてみた。  


438  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/12(日)  13:24:28  ID:HYHVNSac0
「確かに、敵機動部隊が防御の厚い内懐にいる以上、引っ張り出すような状況を作る事は望ましいでしょう。ですが、正直言って
敵機動部隊が出てくる事はあり得ないでしょう。」
「出て来ない、だと?どうして分かる?」
「それは、敵将の性格。それに、戦力比です。機動部隊を率いるリリスティ・モルクンレル中将は大胆な行動を取る事で有名です。
過去の海戦でも、彼女は我々をあっと驚かすような戦いを見せています。一見無謀にも思える戦法を取っていますが、いずれも、
勝利を見込んで行った事であり、過去の戦いでは、航空機はともかく、母艦戦力では常に我々が劣勢を強いられていました。
それ故、敵将モルクンレルは、一定の戦力が無ければ先の海戦のような奇策を使う事も、また正面から堂々と戦う事は無いでしょう。
そして現在、先の大海戦で正規竜母を4隻も失った敵は、大小合わせて4隻の竜母を持つのみ。対して我々は正規空母6隻。
航空部隊で比較しても214対556と、半分にも満たない数です。これでは、敵に戦いを挑んでもみすみす竜母4隻撃沈の戦果を
くれてやるようなものです。従って、敵将はこう思うでしょう。「戦力が溜まるまでは打って出れぬ」と」
「考えてみれば、確かにそうだな。」

ニミッツは深く頷いた。

「我々が機動部隊を大事に思っているのと同時に、敵も大事に思っている。その大事な決戦兵力を、無為に失う事をする筈がない。
よく考えれば、君の言うとおりだな。不本意だが、敵機動部隊が引っ込んでいる間はこっちも打って出る事はできまい。」
「小官も、司令官の考えに賛成です。」

スプルーアンスが言った。

「むしろ、敵の機動部隊が戦力を回復中の今こそ、我々が自由に動ける時です。今後、我々は敵の少し後方を叩き、シホールアンル側
の補給線少しでも削いでおくべきでしょう。ループレングに陣取る敵地上軍はおよそ70万。その70万に食わせるだけでも相当な
苦労でしょう。敵艦隊を叩く必要はありません。叩くのは、敵の補給線です。」
「兵糧攻め、と言う訳か。」
「そうです。参加兵力は、潜水艦部隊を中心に行わせますが、機動部隊を使わぬ事も無いでしょう。」
「機動部隊を使うか。だが、どこにだね?ループレングやその少し後方は、第3航空軍が爆撃を加えておる。」
「我々が狙うのは、そのもっと後方です。」  


439  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/12(日)  13:25:01  ID:HYHVNSac0
スプルーアンスは席を立ち、作戦参謀から指揮棒を借りると、壁に掲げられている地図のある地点を叩いた。

「カレアント、もしくはエンデルドを機動部隊の艦載機で攻撃するのです。ただし、本格的に攻撃する事は限定します。
そうですな・・・・・・1週間、又は2週間に1度、3週間に1度でも構いません。とにかく、不定期に空襲を加えて、
敵の輸送船なり、港湾施設なりを破壊するのです。無論、攻撃はその都度、一度のみに留めて現場海域から逃げるのです。
この方法は、新鋭のエセックス級やインディペンデンス級の数が揃い始めた後、より大々的に行います。」
「ヒットエンドランか。カレアント、エンデルドは補給の要衝だ。致命的な一撃は繰り出さないが、小さい打撃は、積み重なれば
大なるものとなる。名案だな。」
「この作戦は、シホールアンル側の海軍が、大規模な作戦行動が出来ないからこそ出来る事です。この方法で敵の補給能力を
少しでも削れば、9月に行われる反攻で、我が方は戦いをより有利に進められるでしょう。」
「よろしい。レイ、君の案を取ろう。」

ニミッツ中将は、スプルーアンスの提案を受ける事にした。
会議は、他の敵新鋭艦の有無についてや、敵のスパイ対策などに移っていった。


1483年(1943年)1月20日  午前6時  シホールアンル帝国アルジア・マユ
アルジア・マユは、首都から北西70ゼルド離れた所にある寂れた町である。
昔は交通の要衝として栄えていたが、今ではやって来る旅人も少なくなり、町はそこそこの活気はあれど、全盛期より比べると
どこか寂れた感があった。
冬も盛りを迎えた1月20日、午前6時。アルジア・マユの町はずれにある軍の基地。
ワイバーン基地にしては珍しい長い滑走路のある基地で、とある計画が着々と進めていた。
飛空挺開発部の技術主任であるカイベル・ハドは、まだ瞼の重い両目をこすりながら、格納庫の中に入った。

「おはようございます、主任。」

彼が入るなり、早速声がかかった。ハドは微笑みながら声をかけた相手に返事した。

「やあ、おはよう。今日も元気そうだね。」  


440  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/12(日)  13:25:36  ID:HYHVNSac0
「そういう隊長、いや、主任こそ元気そうですぞ。」
「隊長でも構わんよ。」

ハドは苦笑しながら、格納庫の内部を見回した。

「今は君と、私の2人しかいないんだ。昔のよしみだ。」

そう言って、ハドは屈強な体つきの男を椅子に座らせた。
屈強な体つきを持つ男。飛空挺のテストパイロットであるレガルギ・ジャルビ少佐はハドの用意した椅子に座る。
ハドも椅子に座るなり、目の前の飛空挺を感慨深げに眺めた。
目の前の飛空挺は、これまでの飛空挺技術の粋をこらして作られた新型機であった。
空力学的に考慮された流線型の機体は、ワイバーンとは明らかに違う物だと思わせる。
すらりと伸びた主翼に、騎士の掲げる長剣のように突き立った尾翼。
全周を見張れるように工夫された操縦席の風防ガラス。
主翼の前縁には、2つずつ、計4つの穴が開いており、武装時にはここに魔道銃が装備される予定だ。
魔法石を内蔵したやや太い機首に、大きな3枚のプロペラは、ワイバーンには無い力強さを感じさせる。
全体的には、アメリカ軍の持つウォーホークを連想させる形だが、この機体は、ウォーホークよりやや大型で、俊敏で、逞しそうな感がある。

「隊長、あと少しで、理想の飛空挺が空を飛びますね。」
「そうだなぁ。あの悪夢の日以来、縮小され、細々と研究、開発を続けられた“人工の鳥”。それが、もうすぐで大空に飛ぶ。
これで、ワイバーン支持派に目に物を見せてやれるよ。」

ハドはそう言いながら、目の前の飛空挺を見つめ続けていた。

シホールアンルに、飛空挺が登場したのは、今から30年以上前の1450年。
当時、ワイバーン支持派が幅を利かせていたころ、トルリッド・リンベクという魔道士によって、魔法動力で飛行する飛空挺が
開発され、軍民双方から注目の的を集めた。
最初は1ゼルドしか飛行能力が無かった飛空挺は、時が経つにつれて次第に進化を遂げていった。  


441  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/12(日)  13:26:12  ID:HYHVNSac0
そして1475年2月には、飛空挺もワイバーン部隊に次ぐ航空部隊として予備部隊扱いではあるが、この世に姿を現した。
当時、配備された飛空挺は、これまでの飛空挺より先鋭的な単翼式の機体で、搭乗員は2名乗ることが出来る。
武装は爆弾を200リギルまで搭載出来、これは当時の攻撃ワイバーンに匹敵した。
機体は木製式であるが、構造自体は頑丈に出来ており、開発者達は金属製にも負けないと太鼓判を押したほどだ。
操縦の仕方は、今、アメリカが使用する航空機とほとんど似たような物である。
ただ違う点があれば、魔法石が燃料兼、発動機の役割を果たしていたことだ。
ワイバーン推進派は、外見では飛空挺派を嫌ってはいたものの、細々とながら、開発を続けてきた飛空挺派の不屈の精神には
一目置いており、最終的にはワイバーン推進派も飛空挺の前線配備を許可した。
配備された飛空挺の数は、実戦用のみで実に300機にも及んだ。
(訓練用の飛空挺は180騎ある。)
普通の国なら、このような飛空挺を作る事は愚か、大量生産など夢のまた夢である。
だが、シホールアンルにはそれを実行に移せるほどの力があった。
北大陸、南大陸の中で先進的な国家として栄えたシホールアンルは、長年繰り返されて来た各国との紛争で武器や必要部品の
大量生産が必要と理解し、まず大量生産のノウハウを自力で会得した。
飛空挺の試験飛行が成功した時は、既にシホールアンルは、野砲等の必要武器や部品を大量生産出来る体制を整えていたのだ。
飛空挺の量産に入った当初は、深刻なトラブルも出てきたものの、シホールアンル側は見事に克服して、飛空挺の大増産という
偉業を成し遂げた。
造られたのは、前線に出す飛空挺のみならず、練習用の飛空挺も合わせて造られた。
練習生は、竜騎士の道から運つたなく落第した者や、志願兵が集められ、飛空挺の練習が開始された1475年12月には、
実に2000名もの若者が募集に応じていた。
これらの中から選考し、飛空挺搭乗員になった兵は800名に及び、その800名は練習飛空挺でみっちり訓練を仕込まれた後、
ようやく前線用の飛空挺に乗せられた。
そして、1479年6月。当時、北大陸で第5位の強国であったデイレア王国侵攻作戦に姿を現した飛空挺部隊は、緒戦で敵の
野戦軍を撃破するという大戦果を得、飛空挺部隊の勇名を世に轟かせた。
しかし、飛空挺部隊の栄光も長くは続かなかった。  


442  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/12(日)  13:41:03  ID:HYHVNSac0
8月15日に起きた地上部隊の支援作戦で、ワイバーンの護衛の下に敵地爆撃に向かっていた36機の飛空挺は、
突如デイレア軍のワイバーン100騎以上に襲撃された。
護衛のワイバーン30騎は、劣勢にもかかわらず、敵ワイバーンを次々に落とした物の、余った分は容赦なく
飛空挺に襲い掛かった。
当時、勇名を馳せた攻撃飛空挺は、実は速力が160レリンク(320キロ)しか出せなかった。
当時のワイバーンはいずれも220レリンク(440キロ)オーバーであるのに対し、飛空挺のその速度は
余りにも遅すぎた。
そして、何より致命的なのは、自衛用の武器を積んでいない事だった。
今現在は、ふんだんに使用される魔道銃も、この当時はまだ開発途上であり、飛空挺はほぼ無武装で出撃を繰り返していた。
おまけに、この時は爆弾を積んでいたため、動きが鈍かった。
無理な進撃を命じた指揮官によって、悲劇は瞬く間に拡大して言った。
1ゼルド進むたびに、飛空挺部隊は小隊ごとに片っ端から攻撃され、逃げようにもあっという間に追いつかれ
て、射的のごとくあっけなく撃墜された。
護衛のワイバーン隊が20騎に打ち減らされながらも、辛うじて相手を撃退した時には、36機の飛空挺は
1機残らず叩き落されていた。
後に、リク・ルンバイの射的場と呼ばれた不名誉な一戦は、シホールアンル上層部に少なからぬ打撃を与えた。
この日から、飛空挺の被害は続出し、飛空挺隊が前線任務から強制的に外された10月初旬までに、実に184機の
飛空挺が失われ、搭乗員戦死は320人を数えた。
僅か4ヶ月足らずの活躍で、表舞台から引き摺り下ろされた飛空挺部隊は、規模を3個中隊(攻撃飛空挺42機)
にまで引き下げられ、一時はこれぞ好機とばかりに、飛空挺の無用を主張するワイバーン派によって、飛空挺部隊
そのものが無くなろうとしていた。
だが、開発責任者の必死の願いが皇帝オールフェスの心を動かし、1480年12月、飛空挺部隊は再建される事になった。
狂喜した技術陣は、これまでの経験や、謹慎中に得た新技術、前の飛空挺で得た戦訓を元に、新しい飛空挺を造り始めた。  


443  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/12(日)  13:41:35  ID:HYHVNSac0


・・・・速度が足りない。
それならば、もっと早く。



・・・・運動性能が鈍すぎる。
それならば、もっと動きやすく。



・・・・機体の防御が脆い。
それならば、もっと硬く。



・・・・機体に合う武器がほしい。
なら、強力な魔道銃を付ければいい。



・・・・もっと高く飛びたい。
なら・・・・・とことんまで高く飛ばせるようにしよう。  


444  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/12(日)  13:44:14  ID:HYHVNSac0
血の滲む努力の末、シホールアンルが生み出した、新世代の飛空挺は、多くの下積みや教訓を糧にして、ようやく形になった。
試作飛空挺、ケルフェラク。
北大陸に昔から伝わる神話に必ず出て来る、聖なる火の鳥の名を冠したこの飛空挺が、飛空挺乗り達の理想とした物だ。

「確かに、ワイバーンは素晴らしい。あの魅力的な戦闘機動は飛空挺に真似できない。だが、飛空挺は生き物の
ワイバーンと違って、常にえさを与え続けたりする必要もないし、一から飼育する必要も無い。飛空挺は、
作られたすぐ後に、戦いに望める。ワイバーンが幼体を経て、成体になる1年の間、飛空挺は何百機と作れる。」
「隊長の言う通りです。練習飛空挺で訓練に励んでいる奴らのためにも、飛行試験は失敗できませんな。」
「俺のためにもな。」

ハドはそう言いながら、長袖の右腕部分を撫でた。
服の中にあるはずの右腕は、無かった。
1479年9月20日、帰還中にワイバーンに襲撃された際、右腕を吹き飛ばされたのだ。
彼は元々、シホールアンル陸軍の少佐であり、昔は16機からなる飛空挺中隊を率いていた。
その日、後ろの見張り員席に座っていたハドは、突然のワイバーンの攻撃によって負傷した。
迫り来る激痛。揺らぐ意識。
だが、彼の機の操縦員であった、当時中尉のジャルビの励ましによって基地に帰るまでなんとか気を失わずに済んだ。
その後、右腕を無くした彼は、2ヶ月ほどは廃人同様の状態だった。
だが、使える飛空挺を造りたいと思う心が、彼を立ち直らせた。
立ち直った彼は、飛空挺開発の研究チームに入り、日夜、新しい飛空挺を作るために自らの得た経験を技術者達に教え続けた。

「この通り、俺は飛空挺に乗れない体だ。俺の分まで、こいつで空を飛び回ってくれ。」
「勿論ですよ、隊長。まずは、こいつの性能をワイバーン支持派の連中にとくと拝見させてやります。」  


445  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/12(日)  13:45:09  ID:HYHVNSac0
ジャルビ少佐は、自信に満ちた表情でハドに答えた。
現在、この飛空挺が量産された後に、少しの訓練期間で前線に配備できるように、搭乗員の練成はまだ手付かずに残されていた
78機の練習飛空挺を使って行われている。
練成は81年3月から始まっており、それ以来、僅かな休みを除いて練習は繰り返されていた。
このため、飛空挺部隊の募集には、常に定員オーバーが発生し、飛空挺部隊は練習生が2000名に増え、そのうち700名は
1000〜800時間の飛行時間を終えており、残りの大半も、平均400時間の飛行を経験している。

「こいつの飛ぶ姿を見といてくれよ。」

ジャルビ少佐はそう呟きながら、3年前の夏の日、空に散って行った仲間達の顔を1人1人、頭の中に思い描いていった。
後に、白銀殺しとも言われるジャルビ少佐が、この飛空挺の試験飛行を行うのは、2月2日である。  


469  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/19(日)  11:24:11  ID:HYHVNSac0
第56話  アボルヅランクィ収容所

1483年(1943年)1月28日  午後7時  バルランド王国アボルヅランクィ

アボルヅランクィは、バルランド王国の東南部にある寒村である。
ここは首都から800キロ、ヴィルフレイングから30キロ離れた位置にあり、周囲には高い山が聳え立っている。
季節は冬であり、アボルヅランクィは一面雪景色に覆われていた。
その寂れた町に立てられた、異質な建造物の群れ。この建造物郡は、1年前まではどこにも存在しなかった。
だが、82年の2月から、このアボルヅランクィにやって来た異世界の同盟軍。
アメリカ軍の手によって、5ヶ月をかけてこの広大な建造物郡は出来上がった。
収容所は5万の捕虜が収容できるように設計されており、14人入りの小屋が多数造られ、その小屋の群れは大きく3つの区画に
分かれ、管理がしやすいように工夫が凝らされていた。

その日、エフォルト・ラランバグ軍曹は、自分のベッドで仰向けになりながら天井の電球をぼーっと見つめていた。
顔立ちは端整であるが、まだ少年といっていいような顔つきだ。体つきは華奢に見えるが、そこそこ鍛えられている。
紫色の髪は肩口まで伸ばされ、どこか気品を感じさせる。
見る人が見れば、エフォルトがどこかの貴族出身者と思うだろう。
実際、彼は中流貴族の出である。

「おい、エフォルト。上映会が始まるぜ。」

部屋の僚友が声をかけてきた。11月から一緒の部屋で過ごす事になった、彼と同じ捕虜だ。
エフォルトは眠そうな視線を僚友に向けた。

「ああ・・・・もうそんな時間か。悪りぃ、先に行っといて。」
「チッ、付き合い悪いな。じゃあ、先行っとくぜ。」

僚友は苦笑すると、そのまま部屋から出て行った。  


470  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/19(日)  11:24:47  ID:HYHVNSac0
「はぁ・・・・・どうして、俺はこんな所にいるんだろう。」

彼は、ここに収容されてから、数え切れないほど繰り返した言葉を呟いた。
脳裏に、今まで体験して来た収容所生活の出来事が浮かんできた。


運命の10月24日。彼の所属する魔法騎士師団は、突然のアメリカ艦隊の艦砲射撃を食らった。
エフォルトは第72魔法騎士師団第2歩兵連隊、第3大隊の第4中隊に属しており、中型輸送船には第3大隊の全ての部隊が乗っていた。
目標地点であるラランジルスまで、間も無くの地点にまで迫った時、アメリカ艦隊が襲撃し、思う存分暴れ回った。
アメリカ巡洋艦の集中射を食らった直後から、エフォルトの記憶は途切れており、気が付くと、負傷した戦友と共に板材に掴んで海上を漂流していた。
彼はその時、2つのショックを味わった。
1つは、自分も誇りに思っていた精鋭魔法騎士団が、一方的に叩き潰された事。
そして、もう1つは、今まで自分達の仲間を殺しまくっていたアメリカ軍艦艇が、掌を返したかのようにあちこちで救出活動を行っている事だった。

「何で助ける?俺達は負けたんだ・・・・・負けた敵は殺すのが当たり前だろう・・・・?」

その時、エフォルトはアメリカ人達が行う行動が理解し難かった。
頭が混乱している間にも、エフォルト達の近くに巡洋艦と思しき軍艦がやって来た。
その傷ついた軍艦は、エフォルト達を光源魔法らしきもので見つけるや、短艇を下ろして強引に引き上げた。
彼は、探偵が来た時には、アメリカ兵の何人かを道連れにしてやろうと思った。
だが、思いのほか疲労困憊した体は、彼の思いとは裏腹に、自然と救助を求めた。
彼は、クリーブランドという名前の巡洋艦に引き上げられた後、安心したためか、急に気を失った。
それから3日間、彼は昏睡状態に陥り、次に目を覚ました時は、アメリカ軍の輸送船によって、後方に送られている時であった。
11月3日に、彼らはヴィルフレイングに到着し、そこからトラックという不思議な乗り物に乗せられて、どこかに運び込まれた。
そして、着いた場所がこのアボルヅランクィである。
収容所には、驚く事にびっしりと居住施設があった。
エフォルトは、収容所といっても小さなテントが支給されて、そこで生活するのだろうと思っていた。
実際、シホールアンルではそのように行っている。  


471  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/19(日)  11:25:26  ID:HYHVNSac0
最も、敵に厳しい帝国軍はあまり捕虜を持ち帰らないが・・・・・・
収容所の外周には、金属製の縄や網が張られており、所々に監視塔が設置され、機銃らしきものが収容所内に向けられていた。
収容所は東側の区画をA区画、北側の区画をB区、西側の区画をC区画と呼ばれている。
エフォルトは、西側にあるC区画と呼ばれる収容施設郡の中に住む事になった。
時に11月5日。彼の驚きの生活はここに始まった。
収容される建物は、木造一階建ての小屋だが、充分な広さがあり、寝室には狭いながらも、14人分のベッドがあった。
部屋の少し開けた場所には、簡易ながらも大きな丸いテーブルや椅子があり、そこで談話する事も出来た。
不自由しないでもないが、必要最低限なものは揃っていた。
アメリカ側から見れば、本当に必要最低限な物しか置いていない小屋だったが、シホールアンルの捕虜達は、まるでどこぞの宿泊施設みたいだと思った。
中には、

「俺の実家より豪華だぜ!」

と言う農民出の兵もいるほど、捕虜達は驚いていた。
驚きはこれだけではなかった。
なんと、食事もきっちり付いていたのだ。
それも朝、昼、有の三食である。そして、量も少なくなかった。
シホールアンルの捕虜収容所では、大抵が1食のみ、たまに2食であり、栄養失調で死ぬ捕虜は多い。
それに出される料理の味も不味いため、捕虜達からはかなり不評だった。
だが、彼らに出される料理は、意外なほど美味であり、特にスパムやコーンビーフという物を使った料理はなかなかの味であった。
収容所に連れて来られて3日が経った、11月9日。
エフォルトのいる収容施設の捕虜14名は、取調べのために収容所の中心部にある石(コンクリート製)で作られた建物に連れて行かれた。
彼を含む14名の捕虜のうち、半分の7名がそれぞれ個室に入れられた。
30分経つと、先に入った者達と入れ替わりにエフォルトらが個室の中に入った。
部屋の中には、机が2つ、向かい合う形で置かれており、その1つにはアメリカ軍人が座っていた。
部屋の隅には、腕章を付けたアメリカ兵が立っている。  


472  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/19(日)  11:25:59  ID:HYHVNSac0
「やあ。まずはそこに座ってくれ。」

面長で、黒髪のアメリカ軍人はぶっきらぼうな口調でエフォルトに座るように進める。
エフォルトはアメリカ人の指示に従って、椅子に腰を下ろした。

「まずは自己紹介と行こうか。私はロバート・マシュー。階級は曹長だ。君の取調べを担当する事になった。よろしく頼むよ。」

彼はそう言うと、右手をエフォルトに差し出した。

「君の名前は?」
「・・・・・・・・エフォルト。エフォルト・ラランバク軍曹だ。」

エフォルトは、やや小さい声音で自らの名前を言った。

「小さい声だな。もうちょっと張りのありそうな感じかなと思ったんだが、まあいい。」

マシュー曹長はそう言いながら、筆箱から鉛筆を取り出した。

「さて、話をしようか。まずは君が所属していた部隊を教えて欲しい。」
「・・・・・・・・」
エフォルトはしばらく黙った。

「どうした、少年?若いくせに元気ねえぞ?」
「元気を無くした原因を作ったのは、あんたらだろ?アメリカ人。」

マシュー曹長の能天気な口調に、エフォルトは彼を睨み付けた。

「まあまあ、落ち着け。俺が今聞きたいのは君の所属していた部隊だ。」  


473  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/19(日)  11:26:31  ID:HYHVNSac0
「・・・・シホールアンル帝国陸軍、第72魔法騎士師団だ。俺はその部隊に所属していた。俺の師団は、他の部隊と共に
ラランジルスに侵攻する予定だった。不幸にも、あんたらの軍艦のせいでこんな場所にまで来ちまったけどな。」
「ふむ。」

マシュー曹長は頷きながら、何かをノートにメモしていく。エフォルトはその字を見ようとするが、字は全く読めない。

「魔法騎士団か・・・・・・君の所属しているその魔法騎士師団とやらは、噂ではかなりの精鋭部隊だそうだな。」
「ああ、そうさ。個人技能では格下共には全く引けを取らない。俺の師団は、3年前には敵の1個軍4万を、奇襲で壊滅させた事もある。
お前達アメリカ軍にだって充分戦えるぜ!」

エフォルトは、明らかに見下したような目付きでマシュー曹長を見つめた。
彼は、アメリカ軍が圧倒的に強いと、前々から聞かされていたが、

『その強さは重火器ばかりに頼っての事。俺達が至近距離に迫って猛攻を加えりゃ、銃しか使えねえアメリカ人共は皆殺しさ!』

と言ってアメリカ軍を恐れていなかった。

「なるほど、そいつはおっかない物だ。まあ、そんな魔法騎士団でも、海の上では射的の的に過ぎんがね。」
「貴様・・・・・・!」
「文句でも何でもない。俺は事実を言っているだけだが?」

エフォルトは顔を真っ赤に染めた。だが、マシュー曹長の言葉は続く。

「君はこう思っているだろう。抵抗も出来ない輸送船を軍艦で一方的に撃ちまくるのは卑怯だと。確かに、傍目から見れば
そうなるだろうな。だがな、あれは立派な戦術なんだよ。」
「な・・・・なんだ・・・と?」

エフォルトは困惑した表情を浮かべる。  


474  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/19(日)  11:27:06  ID:HYHVNSac0
「頭に血が上りすぎて分からんだろうが、厳密に言えば、君らの国も似たような事はやってる。北大陸戦線では戦術の一貫として、
市街に立て篭もる敵部隊を、シホールアンル軍は町もろともワイバーンで焼き、大砲で打ち砕いた。結果、多数の軍人のみならず、
市民までもが犠牲になった。これも一見容赦の無い行動だが、結果としてその国は戦意を失い、以降の戦いをやりやすくした。」

マシュー曹長はずいと、やや前のめりになる。

「弱い部分を徹底して叩く。そして、相手に心理的ダメージを与える。それが戦いと言う物だよ。分かるだろ?」
「・・・・・・・・・・」
「君は魔法騎士団にいた時期がまだ短かったかもしれんが、それが戦いだ。どこの国でも、似たような事はやるんだ。
戦争をしとるのだからな。戦争を。」

マシュー曹長はそう言い放った。
エフォルトは貴族出身の軍人ではあるが、魔法騎士団は決して、権力の力で入れる部隊ではない。
魔法技術はともかく、一般兵以上に体力がなければ、入ったとしても過酷な訓練に耐えられずに脱落するか、運が悪ければ死ぬ。
彼は地道ながらも、着実に力をつけてきたため、魔法騎士団に入隊できた。
入ってから既に2年半が経過していたが、エフォルトの部隊は、この南大陸戦には1度も参加していなかった。
そのため、実戦を経験していないエフォルトは、先輩達の体験談でしか戦場と言う物を知らなかった。
先輩達の体験談には、マシュー曹長の言ったような、住民を無為に犠牲したという言葉は出て来なかった。
それでも、経験者の言葉として素直に受け止めていた。その彼にとって、マシュー曹長の言葉は衝撃的であった。

「要するに、何でもありって事か。」
「そうなるね。」
「・・・・・・なあ曹長。俺は前々から疑問に思っていた事があったんだ。」
「疑問?それは何かな?」

マシュー曹長は首をかしげた。

「なんで、俺達を助けたんだ?捕虜を取れば、後々面倒な事になるだろう。まさか、敵を殺しても、恩賞とかが無いのか?」  


475  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/19(日)  11:27:54  ID:HYHVNSac0
「恩賞ねえ・・・・・給料ならあるな。月に1度貰える金だ。あと、戦功を挙げた奴には勲章がもらえるよ。」
「そうじゃない。よくあるだろう。敵兵1人に付き金貨何枚とか。」
「・・・それか。お生憎様、俺達はそんな物は無いんだ。」
「けっ、恩賞なしとは、貧乏な国だな。」
「貧乏ねえ・・・・・俺としては、敵を皆殺しにて大金稼ぎなんて野蛮な事しないでも、月に1度貰える給料プラス、各種手当てで充分だがね。」
「なんだ。だからあんたらは、こんな大量に捕虜を取るのか。哀れだねぇ。」

エフォルトはフンと鼻で笑ったが、

「無闇やたらに殺しまくる馬鹿共よりはましさ。」

マシュー曹長はしたり顔で言葉を返した。

「敵は殺すもんだろう。」
「そう。敵は殺すもんだ。」
「ならば、敵が投降しようが、後腐れ無くす為に一気に殺っちまうのが早いだろう。俺が言いたいのはな。アメリカはなんで、
俺達を捕虜に取ると言う“めんどくさい”方法を取るのか、っていう事だよ!」

エフォルトが腹立たしげに叫んだ。
捕虜になって以来、彼は一向に止めを刺さぬアメリカ人達が理解できなかった。
古来からの戦争では、相手を捕虜にするという行為は流行らなかった。
捕虜にしても、後は奴隷として手懐けるか、どこぞの寒村に押し込むかといった、生きてもろくな事をさせなかった。
だが、アメリカは彼らに対し、ちゃんとした食事を与え、戦争が終わるまで立派な(アメリカ側からしたら最低に近い)住居を与えた。
それに、仕事といっても適当な道具を作ったりする程度だ。
外周を完全武装のアメリカ兵に見張られていることを除けば、これはかなり楽な生活である。  


476  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/19(日)  11:28:26  ID:HYHVNSac0
「それは、逆じゃないのかな?」

マシュー曹長は、どこか哀れみを含んだ口調で言った。

「逆・・・・・だと?」
「そうだ。君は敵はすべて殺せと言っている。確かに後腐れ無くするにはそれが手っ取り早いだろう。戦場では、常に勝者が正義だからな。だがな。」

彼は、今まで緩んでいた表情を引き締め、真剣な表情でエフォルトを睨み付けた。

「殺すばかりが能ではない。殺して、後は何が残る?何も残らないだろう。そんな野蛮なやり方はな、俺達にとって、全て過去の遺物なのさ。
俺達の戦争のやり方はな、抵抗を続ける敵には武力を持って滅ぼし、戦意を失った物にはあえて手は出さない方法でやっている。一昔前までは、
俺達の祖先も君達と似たような事をやった。今のアメリカはそうやって出来たんだ。」
「ハッ、似たような事をやったって?あんたらも同じじゃないか。」
エフォルトが嘲笑を浮かべた。
「そう、同じだな。だが、後に残ったのは深い後悔と、埋めようも無い溝だ。それが分かって初めて、俺達の祖先は馬鹿な事をした。
失敗したと学んだんだ。その失敗を踏まえた上で、俺達は別の方法で、後腐れ無く事を収めようと考えた。だから、俺達は不用意に
捕虜を殺したりしない。やれば昔の馬鹿な先祖達と一緒だからね。」

マシュー曹長は、そう言ってからニヤリと笑った。

「要するに、やりすぎたら、別の意味でめんどくさい事になる。他の国から「アメリカはシホールアンルと一緒」、という文句が出そう
だからな。それを言わせないために、君達はこうして、ここに集められているんだ。」

その不思議な曹長と交わした会話時間は30分程度だった。
彼と話したためか、エフォルトの疑問は解消されていた。なぜ、アメリカ人達は捕虜を殺そうとしないのか。
彼は言った。

「悪者はいくら時代が流れようと、悪者にされてしまうからな。そうならないために、俺達は捕虜を得るのさ。
これも、後の戦争をやりやすくするためさ。」  


477  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/19(日)  11:29:09  ID:HYHVNSac0
アメリカ人達の思考は、甘すぎるのか、それとも先を読んでの物なのか、しばらくは分からなかった。

12月には入るまでは、単調な収容所生活が続いた。
エフォルトは12月2日に、新たな物を見、そして驚かされた。
その日、収容所内にある大きな木造の建物に200人ほどが集められた。中には、正面に白い幕が垂れて、その前方に椅子が並べられていた。
部屋の奥には、2つの円盤らしき物が付けられた、不思議な物体が置かれていた。
200人ほどの捕虜が、渋々と言った表情で続々と中に入り、思い思いに椅子に腰を下ろした。
全員が座ると同時に、1人のアメリカ人将校が、満面の笑みを浮かべながら白い幕と、捕虜達の間に立った。
「ようこそシホールアンルの少年、少女達よ!本日はアボルグランツィ映画館に起こしいただきありがとうございます。
長い収容所生活で君達は暇を持て余しているでしょう。そんな君達に、我々からいい物をプレゼントしましょう!」

眼鏡の将校はそういい終えると、パチンと親指を鳴らして、他の衛兵が部屋の明かりを消した。
それと同時に、白い幕に何かが写った。

「?」

最初、エフォルトは何が起こったのか分からなかった。咄嗟に後ろを振り向いた。
そこには、先ほど見かけた不思議な物体が、黒い口から光源魔法と似たような物を吐き出していた。
物体からは音が鳴っている。
やがて、白い幕に不思議な光景が写った。なんと、見た事もない絵が勝手に動き回っている。
それも、恐ろしく滑らかだ。

「こ・・・・・これは・・・・・!」

誰もが初めて目にする動きまくる絵、映画というものに口をあんぐりと開けていた。
彼らが唖然とする間にも、映画は進んでいく。  


478  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/19(日)  11:29:47  ID:HYHVNSac0
幕に写っている黒く、丸い耳を持つ不思議な生き物、よく見るとネズミに似た主人公が、人間のように大笑いする。
かと見るや、その生き物が驚いて飛び上がり、真っ先に逃げ出していく。
しかし、逃げ出す事もかなわずに、突如ハイスピードで流れてきた大岩に潰され、次の瞬間には体が平面状となって、目だけを瞬きさせる。
唐突に、何人かが吹き出した。その何人かのうち、1人はエフォルトであった。
物語が進んでいくうちに、200人のシホールアンル人は映画に引き込まれていった。
気が付けば、映画は終わっており、誰もが満足したような表情でエンドロールを見つめていた。

「よし、映画はこれまで。どうでしたかな?皆さん楽しめたようですが。」

部屋が明るくなり、出てきた先ほどの将校が、明るい表情でそう言った。
彼の言葉に、シホールアンル捕虜達は表に出さなかったものの、内心では面白いと思っていた。
「今皆さんに見てもらったのは、ディズニー映画という物です。ディズニー映画は、今日見てもらった物の他にも、色々あります。
今日はこれだけですが、次回は別の映画を見てもらいます。これからは、月に2度、映画鑑賞を行いますので、楽しみにしておいて下さい。
それでは!」

と、最後まで勢いの良い将校は、彼らの前から立ち去った。
その後、彼らは映画の余韻を残したまま、各々の収容施設に戻って行った。
エフォルトは、正直にあのディズニー映画という物を楽しめていたが、終わった後には言いようの無い敗北感に満ちていた。
彼は知ってしまったのだ。
アメリカは膨大な兵力を保有しながら、その片手では、あのような完成度の高い映画を作る事が出来る。
それも、映画という物を知らなかったエフォルト達を、一目で釘付けにするほどの作品を。
その後に、知り合いとなったマシュー曹長に聞くと、他にもいい映画はあると言っていた。
つまり、アメリカは軍事のみならず、大衆を楽しませる事にも心を砕いているのだ。
シホールアンルでも、文化芸能は盛んであり、首都では劇団の公演が月に1度の割合で行われている。
だが、アメリカはシホールアンルのそれすらも上回っている。
映画1本で、エフォルトはアメリカと、シホールアンルの国力の差を垣間見たように思えた。  


479  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/19(日)  11:30:50  ID:HYHVNSac0
あれから1ヶ月以上が経った。
雪が降りしきる中、収容施設の内部は少し寒い。だが、凍死するほどではない。

「さてと、映画でも見に行くかな。」

エフォルトはぶっきらぼうな口調で言いながら、ベッドから立ち上がった。
今日は、先週とは違ってディズニーではなく、実写というものを使った映画を上映するそうだ。
名前はモダンタイムズというものだが、内容は見てからのお楽しみだ。
収容所生活に慣れた今では、アメリカ人達の流す映画が楽しみになってきている。
あの日以来、エフォルトはアメリカの国力と言う物を知った。
いや、知らされたと言ったほうが正しい。
数万人分の食料や必要物資を、惜し気もなく投入し、それを満足にこの収容所に運び込む輸送能力。
毎度驚かせる、映画という物の新たな神秘。
日々見せる、アメリカの真の力に、シホールアンルの捕虜達は本国が勝てない事を嫌が応にも知らされた。
シホールアンルの上回る国力を持つアメリカが、時間は掛かれども、本国を揉み潰す事は時間の問題であると誰もが確信していた。

「俺の戦争は、あの地獄の海を見た時からもう終わっちまったんだ。本国の連中も、ヴィルフレイングから運ばれて来る膨大な物資を
直接見たら、少なくとも今の考え方を変えるだろう。ああ、魔法さえ使えれば、スパイよりも細い情報を遅れるのに。」
彼は、自らの魔法が使えぬ事を、この日ほど残念に思った事はなかった。
アメリカ軍は、魔法使いの捕虜に対しては、能力を抑える薬を気づかぬうちに飲ませているために、
魔道士達は全く魔法が使えなくなっている。
薬は、バルランドでも腕の良い魔道士(名前は分からないが女らしい)が作った者で、薬1回で最低でも3ヶ月は魔法が使えないようだ。
その薬さえなければ、彼はマシュー曹長がうっかり漏らした言葉を、事細かに伝えられるのだが・・・・・  


480  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/08/19(日)  11:31:36  ID:HYHVNSac0
『兄が海軍にいるんだが、83年にはエセックス級という新型の空母が10隻程度、前線に配備されるらしい。
少し小型の空母は83年中に2、30隻が前線に出るようだ。』

彼がうっかり漏らした情報はこれだけ。たったこれだけだ。
だが、エフォルトにとっては衝撃的だった。
彼は陸軍軍人だが、ミスリアル侵攻前に海軍の事は多少勉強していた。
竜母は建造が2、3年、小型の物でも1年ほどかかるそうだ。とても10隻単位の数は一時に揃えられないだろう。
それでも、大量の竜母揃えるシホールアンルの工業力は世界一だと思っていた。
だが、アメリカのそれは異常すぎた。話半分としても総計で20隻以上の空母が、まさにうじゃうじゃと出てくるのだ。
これを聞いたエフォルトは、3日間ほど、アメリカの物量に叩きのめされ、崩壊していく本国の夢を見てしまった。
それが影響してか、彼はここに収容された時よりも体重が落ちてしまった。
だが、今や何も出来ぬ存在となったエフォルトは、ただ待つしかなかった。

「俺達は・・・・・・とんでもない奴らと戦ってたのか。」

エフォルトは陰鬱そうな表情になりながらも、気を取り直して外に出て行った。
外は、相変わらず雪が降っており、空模様はどこか暗かった。