97 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 13:43:32 [ yrNM.ueg ]
第3話 接触せよ

1941年 10月19日 午前8時 カナダ
オンタリオの名物と言えば?と言われれば、現地の人はこう口ずさんだ。

「ナイアガラの滝さ。見てないのなら一度見てきたらいいよ。」

ナイアガラの滝、それは世界でも有数の滝である。
有数の滝といっても、それを構成しているのは、カナダ滝、アメリカ滝、ブライダルベール滝の3つである。
どれもこれも、一見の価値がある滝だが、見物人が行くのは、やはり一番規模の大きいカナダ滝であろう。

観光で見に来たチャック・ルイスは、目の前の光景が信じられなかった。

「一度見てきたらいいよ。」

と言われて、ナイアガラの滝がどんなものか見てやると、張り切ってトロントからここまでやってきたのだ。
確かに、眼前の光景は一見の価値はあるかもしれない。しかし、そこには、本来のナイアガラとは、違う光景があった。

「ゴート島はどこに行った?アメリカ滝は・・・・・・・いったい。」

彼が立っているのは、カナダ領から正面にゴート島が見える位置に、彼は立っていた。
そのゴート島や、アメリカ滝が消えているのだ。
変わりに、アメリカ領の向こうは、漠然とした海が続いていた。
対岸は、アメリカ合衆国であったが、その国は、綺麗さっぱり無くなっていた。

「俺の目がおかしくなったのかな?」

彼はそう言って、目を何度も擦り、目の前の光景を眺める。
目の前には、相変わらず、海が広がっていた。残っていたカナダ滝が出す音は、どこか悲しげに聞こえるようだった。

98 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 13:48:02 [ yrNM.ueg ]
1481年 10月19日 午前8時 ワシントンDC

国務長官のコーデル・ハルは、車でホワイトハウスに向かっていた。
電話があったのは6時を過ぎてからである。
電話の相手によると、今日未明、原因不明の異変が起き、それが原因で合衆国以外の国から
全く連絡が取れなくなったと言う。
それを聞いたハルは、最初、磁気嵐で電波の状態が悪くなり、電報や各外国放送の送受信が
出来なくなったのかと考えた。
だが、それはあり得ない。
いくら磁気嵐だとしても、合衆国本土のみは、通信が満足に出来るとは考えられない。
普通ならば、合衆国内の通信も満足に出来ないはず。
それに、外国からの電報や放送が、ぱったりと止んだと言うのも、磁気嵐では到底考えられない。

「細かい事は、ホワイトハウスで考えるとしようか。」

そうしないと、頭が混乱する。そう思ったハルは、この事件に関しての思考を止めた。
ホワイトハウスに付くと、陸軍参謀総長のジョージ・マーシャル将軍とぱったり出会った。

「おはようマーシャル将軍。」
「おはようハル長官。」

マーシャル将軍はぶっきらぼうな口調で答えた。
いささか機嫌が悪いようだ。
(朝の乗馬が取り消しになったので、機嫌を悪くしているんだな)
とハルは思った。
マーシャル将軍は、日曜の朝には、いつも数時間ほど馬に跨って、参謀総長官邸の周囲を走り回っている。
この時も、マーシャルはいつもの乗馬を楽しもうとしていたが、そこにホワイトハウスから電話が入ってきた。

99 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 13:49:59 [ yrNM.ueg ]
「大統領は、なんで急に私達を呼んだのだろうね。」
「なんでも、未明に起きた異変について、色々話し合いをするようだな。」
「異変か。まあ、ある程度は予想出来ていたが。」

マーシャルはそう言う。彼は、腕に何か四角いものを持っている。
それが何であるか聞こうとしたが、その間に会議室の前に来ていた。
会議室のドアを開けると、そこにはルーズベルト大統領と、フランク・ノックス海軍長官、
それに、最近海軍作戦部長に任命された、アーネスト・キング大将が話し合っていた。

「おはようございます、大統領閣下」
「おはよう。寝覚めの気分はどうかね?」
「いたって快調ですよ。」

マーシャルがそう言うと、ルーズベルトは鷹揚に頷いた。

「そうか。まあ、席に座ってくれたまえ。」

2人は、失礼しますと言って席に座った。
その後、5分ほどで、陸軍長官のスチムソン、司法長官のフランシス・ビドルなどの各省庁の
トップが、次々に入って来た。
最後に入ってきたのは、農務長官のクロード・ウィッカードであった。

「さて、話を始めるとしよう。」

ルーズベルトが口を開いた。

「諸君の中には、聞いている者も、聞いていない者もいるかもしれないが。
本日未明、わが合衆国は、外部からの連絡が全く入らなくなった。」

100 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 13:51:37 [ yrNM.ueg ]
ルーズベルトはそこで区切り、周りを見渡す。誰も驚いている様子は無い。
いや、内心では驚いている者もいるかも知れないが、いまいち現実味が沸かないのだろう。

「報告を聞いたのは、午前5時を回ってからだ。既に、太平洋艦隊、大西洋艦隊では周囲の捜索に
策敵機を飛ばしておるようだ。そうだな?」

ルーズベルトは、禿頭の男に顔を向けた。

「そうであります、閣下。サンディエゴの太平洋艦隊司令部では、現地時間の午前6時に、
カタリナ飛行艇を使って、周辺海域の捜索に当たっております。」
「うむ。」

ルーズベルトは頷いた。そこで、会議室の一同がざわつき始めた。

「コーデル、国務省は今どのような状態だね?」
「国務省は、現在、各国大使から面会の要請が次々と来ております。
また、外国の我が国の大使館からも連絡は今だ出に取れぬ状況が続いています。」
「まあそうであろう。」

ルーズベルトは、誰かに視線を送った。それはマーシャル将軍であった。

「マーシャル君、既に写真は拡大してあるね?」
「はっ。ここに写真を準備してあります。」

そう言うと、マーシャルは、先ほど持っていた、梱包された四角いものを引っ張り出した。

「最初、私も夢であってくれと祈ったものだよ。皆に見せてやってくれ。」

101 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 13:53:03 [ yrNM.ueg ]
マーシャルが頷いて、包みを開いた。
「本日午前6時に捉えられた、ナイアガラの滝周辺の写真です。
もう1つは、カナダ国境沿い、いえ、元カナダ国境沿いの“海”です。」

その2枚の写真が、皆の前にさらけ出された時、




物語は始まった。


1481年 10月19日 午後2時 カリフォルニア州サンディエゴ

「メキシコ見当たらず。」
「南アメリカ大陸はどこにも見当たらず、依然南下中」
「ハワイ、ウェークからの通信不能」
「アラスカより入電、対岸にユーラシア大陸は見えず、対岸は海のみしかあらず」

サンディエゴの太平洋艦隊司令部には、このような報告が続々と入って来た。
午前6時には、サンディゴから12機のカタリナ飛行艇が飛び立ち、アラスカでも7機のカタリナが発進した。
西、南、北の方角を捜索したが、カタリナ飛行艇のパイロットは、自分達の目が信じられなかった。
いつもはそこにあったはずの大陸や島などが、綺麗さっぱり無くなっているのだ。

「ミスタースミス、君はこの報告を、どう解釈する?」

102 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 13:55:08 [ yrNM.ueg ]
キンメルは、隣の参謀長、ウィリアム・スミス少将に声をかける。

「いささか、馬鹿げているような考えですが、よろしいでしょうか?」
「構わん、言ってくれ。」

キンメルは言い放った。

「H・G・ウェルズの作った世界に放り込まれたと言っても驚かんよ。」
「では、自分の考えをいいます。」

そう言って、彼は机に広げられている世界地図を、指示棒で指した。

「ここが、わが合衆国です。現在、合衆国本土以外で、通信が取れるのは、ここアラスカのみ。
他は軒並み通信が途絶えています。そして、カタリナからの報告。」

スミスは、地図の適当な場所トントンと叩いた。

「長官。はっきり申しまして、この地球では、わが合衆国本土と、アラスカのみが残り、他は海の底に沈んだか、あるいは」

スミス少将は人差し指を上に向けた。

「どこぞに飛ばされてしまった、かでしょう。ここから先は、科学者しか詳しい事は分からんでしょうが、
恐らく、何かの原因で、他の国が消滅したか、我々合衆国とアラスカのみが飛ばされたしか・・・・・・
馬鹿げた事ですが、それしか考えが浮かびません。」

スミス少将は頭を掻いた。

103 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 13:57:35 [ yrNM.ueg ]
自分でも、このような事を言うのは恥ずかしいと言わんばかりの表情である。
キンメルは腕を組んで、じっとスミスの説明に聞き入っていたが、キンメル自身も頭が混乱しっぱなしである。

「・・・・・どうもさっぱりしないな。」
「カタリナからは、特に変わった内容の報告は送られておりません。」

主任参謀のチャールズ・マックモリス大佐も言う。
「カタリナは、500マイル索敵したら引き返すように命じているため、現在の時刻では、ここに到達している頃です。」

マックモリス大佐は、ペンで、地図に点を書き入れていく。カタリナ飛行艇は最低でも3000キロ以上の航続力を
持っており、最大では4000キロの彼方まで飛んでいく事が出来る。
今回は、近辺の他の大陸や、島を探すだけで、索敵線を500マイル(800キロ)に設定している。
しかし、すぐに見つかるはずの島や、大陸も、一向に見つからない。
現在、カタリナ飛行艇は120マイルのスピードで飛行しているから、今は基地に戻っている最中である。

「私が思うには、参謀長のおっしゃるとおりだと思います。
まあ、私としても頭が混乱していないと言えば嘘ですが、先ほど言われた、世界がアメリカのみを残して海に没した
と言うのは考えられません。そのような地殻変動は、その前に必ず兆候が現れます。
私が思うには、もう1つの仮定です。」
マックモリス大佐の顔がより険しくなる。
オペラ座の怪人と噂された怪異な面構えが、その怪人と比べても、遜色ないほど変わっていた。

「仮に合衆国本土や、アラスカが他の、例えば、訳の分からぬ異世界などに飛ばされたとします
そうなれば、いきなり途絶えた、ハワイやウェーク、ミッドウェー、そしてフィリピンからの通信。
そして、各国の電報や外国向けの放送、それらの原因が説明できるのです」

キンメルは頭を振った。

104 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 14:01:16 [ yrNM.ueg ]
「くそ、どうかしてる。君達は、私も含めてみんな気が狂ってるいるんだ。    

と、言えばすぐに解決できるだろうが・・・・・・」

キンメルは、ため息をつきながら、溜まった紙を取り、改めて一枚一枚めくっていく。

「ガラパゴス諸島を発見できず・・・・・・ハワイの陸軍守備隊との通信途絶・・・・・・
プリンスオブウェールズ岬沖(ベーリング海峡の最狭部のアメリカ側の岬)に対岸なし・・・・・・
これだけの証拠が揃っている以上、気が狂っているとは言えないな。」

むしろ狂った方がマシな状況だな、という最後の一言は口に出さなかった。
彼は紙の束を机に置いた。

「500マイルの索敵線では何も見つからないでしょう。」

マックモリスはそう言うと、作戦地図に何かを書き始めた。彼は、索敵線を書いている。

「索敵線を延ばしましょう。1000マイルほどに。」
「1000マイルか。カタリナの航続力なら、それは可能であろうが、パイロットに負担を一層強いる事になるぞ?」

スミス少将が警鐘を鳴らした。

「疲労が溜まってしまったら、それを回復するのに時間が掛かる。1000マイルでは長すぎるだろう。」
「参謀長、何もカタリナのみに索敵を任せようと言っているのではありません。」
「何?」

スミスは首を捻ったが、マックモリスが言わんとしている事はすぐに分かった。

105 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 14:02:16 [ yrNM.ueg ]
「空母を使うのだな?」
「その通りです。」

マックモリスは、サンディエゴを指差した。

「現在、サンディエゴには、レキシントン、サラトガ、エンタープライズの3空母がおります。
この3空母は、それぞれ独立した艦隊を編成しています。書類上では、エンタープライズ隊は第8任務部隊、
サラトガは第6任務部隊、レキシントンは第10任務部隊となっています。この艦隊を、洋上に出港させ、
艦載機で索敵させるのです。艦載機の中で、新鋭艦爆のドーントレスはドロップタンク無しでも、
最大770マイルは飛行でき、最低でも、各任務部隊の周囲300マイルは常時索敵できます。」
「なるほど。」

キンメルは納得したように頷いた。

「カタリナと含めて索敵させれば、索敵の密度も上がるな。いい案だ。」

キンメルは、地図に向けていた視線をスミスに向けた。

「スミス、TF10、8、6に出港命令を出せ。大至急だ。」

すかさず命令を下す。
5分ほどして、各任務部隊に命令電が届いた。

10月30日 午前9時40分 ニューヨーク東方600マイル沖

この日、ノーフォーク海軍基地を離水したカタリナ飛行艇、ネルファ7は単調な飛行を続けていた。

106 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 14:03:50 [ yrNM.ueg ]
「機長、600マイル線に到達しました。」

航法士のエルビス・クラウンティー兵曹は、機長のアッシュ中尉に報告した。
アッシュ中尉は、前方を見据えながら了解と返事した。

「1000マイル線まではまだまだ遠いな。おい、エルビス。他の奴らは起きているか?」
「起きてますよ。」

返事を聞くと、アッシュ中尉は軽く頷いただけで、再び操縦に専念する。
クラウンティー兵曹は、機体の後部に向けて歩いていく。
後部側には、右、左側に張り出した風防ガラスがあり、そこに7.62ミリ機銃が据え付けられている。

「あっ、クラウンティー兵曹。」
「よう、お2人さん。調子はどうだい?」

彼は、2人の機銃手に声をかけた。いずれも1等水兵であり、彼よりも若い。

「自分は大丈夫ですが、ルイスのほうが少し調子がおかしいようで。」
「おい!やめろって!」

ルイスと呼ばれた水兵が、慌ててもう1人のほうの口を塞いだ。
ルイスはどこか眠たそうな顔をしている。クラウンティー兵曹は一目で分かった。

「ルイス君、居眠りしていたな?」
「え?い、いや。」
「隠さないでも、目を見れば分かる。お前の目は、今ものすげー眠ぃ!って顔をしとる。」

107 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 14:06:34 [ yrNM.ueg ]
ばれていた。実は、5分前までルイスは居眠りをしていたのである。
10分少々だったが、同僚のアレックスが叩き起こしてくれた。

「まあ、こんな長距離洋上偵察では仕方ないだろう。ホレ、これでも食って眠気を紛らわせろ。」

クラウンティー兵曹は、懐から2枚のチューインガムを差し出して、1枚ずつくれてやった。

「ありがとうございます。」
2人は声をそろえて、彼に礼を言った。
「眠くなるのは仕方ないが、交代まであと30分ちょいだ。それまでに我慢しろ」

クラウンティー兵曹はガムをあげると、自分の座っていた席に戻った。
海図が書かれたチャートに、10分おきに印しを付けて、コースが間違っていないかも確認する。
コースが間違うと、その分、余計な飛行をする事になり、最悪、洋上で燃料切れになってしまう。
そのため、航法士は常に位置を確認する必要がある。

「機長、右に2度ズレています。」
「2度だな、了解」

アッシュ中尉はそう答えると、操縦桿を左に回して、コースを元に戻していく。
空は晴れており、雲量も多くない。海上は遠くまで見渡せた。

「定時連絡だ。こちらネルファ7、ニューヨーク沖東北東600マイル沖を現在高度3000メートル、
時速120ノットで飛行中、異常なし。送れ」

そう言って、彼は無線士に定時連絡の電文を送らせた。

108 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 14:08:43 [ yrNM.ueg ]
「どこまで行っても海だねえ。
こっから先は永遠に海が続いていると思うと、どうもやる気が萎えて来る。」
「どうして、合衆国以外の国が消えちまったんですかねぇ。」
「H・Gウェルズが呪いをかけたんじゃないのか?それなら納得できるぜ。」

そう言ってアッシュ中尉と副操縦士は笑った。
そこに航法士のクラウンティー兵曹が操縦席に顔を出した。

「話が弾んでおりますな。」
「どうした航法士。何か見つけたのか?」
「いえ。ただ、お土産を持ってきましたよ。」

そう言って、兵曹は2枚のガムを差し出した。

「いつもの奴ですが。」
「サンキュー。いい眠気覚ましになるよ。」
2人は1枚ずつとって、兵曹に礼を言った。
アッシュ中尉はガムの包みを取って、それを口に放り込んだ。
その時であった。

「機長!」
唐突に、マイクから興奮したような声が飛び込んできた。

「どうした?」
「左前方に何かあります!」
「左前方だとぉ?おい、何かあるか?」

109 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 14:12:33 [ yrNM.ueg ]
アッシュ中尉は右席の副操縦士にも左側海面を見せた。
肉眼では分かりにくいため、アッシュ中尉は双眼鏡を引っ張り出し、それで海上を眺めた。
しばらくして、水平線上に何かが見えた。

「左前方に船らしきものを発見した。距離は15〜20マイルほどだ。近付くぞ。」

アッシュ中尉はそう言うと、機首を船らしきものの方向に向けた。

高速輸送船のレゲイ号は、ひたすら東に向かって、時速10リンル(20ノット)のスピードで航行していた。
レゲイ号は巡洋艦ほどの大きさであり、横幅が広く、高速で航行しても安定性がある。
この船には、国外相の担当大臣であるフレルらが乗っていた。
彼らは、西のレーフェイル大陸の覇者、マオンド共和国に軍の参加を頼み込み、それの了解を得てきた。
それと同時に、マオンドとシホールアンルの同盟関係もより強固な物にできた。
長距離魔法通信で結果報告を送った4時間後には、オールフェス直々に成果を称える返事が返されてきた。
そして、マオンド参戦の立役者となった、フレルは、甲板で船長と話をしていた。

「ようやく、3分の1を過ぎた所でしょうか。」

船長のリィルガ中佐が言ってくる。

「3分の1か。行く時はもっと早い時間で行けたのだが」
「行く時は、かなり急いでいましたからね。通常なら、10リンルで約3000ゼルドの距離を
10〜12日ほどで行くんですが。今回は急ぎの用件だったので、最高速度に近い17リンルで
ぶっ飛ばしましたからね。お陰で、最短記録を樹立できましたよ。」
「6日で着くとは私も思わなかったよ。せめて、9日は掛かるであろうと思っていたが。魔法石は大丈夫かな?」
「これぐらい無理をしたって、あの魔法石はなんともなりませんよ。」

110 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 14:15:06 [ yrNM.ueg ]
リィルガ中佐は満面の笑みを浮かべて答えた。

「ポスレンド産の魔法石は頑丈ですから。」
「船長の言うとおりだ。」

フレルも頷く。
ちなみに、ポスレンドとは、北大陸の南東部にあるポスレンドと呼ばれる町にある、魔法石の採掘場である。

「船長―!」

突然、マストの見張り台にいた船員がリィルガ中佐を呼びかけた。

「どうした!?」
「左側方から何か来ます!」
「何かとはなんだ!?」
「わかりません!」

何かを見つけたらしい。しかし、その何かが分からないと言う。

「いったいどうしたのやら。」

リィルガ中佐は懐から伸縮式の携帯望遠鏡を取り出した。
望遠鏡で左側海面を見ようとした時、耳に聞き慣れない、いや、ずっと前に聞いた事があるが、
聞かなくなって久しいような音が聞こえてくる。

「この音は?」

111 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 14:17:29 [ yrNM.ueg ]
左隣のフレルが聞いてくるが、

「分かりません」

と答えて、リィルガ中佐は望遠鏡を覗く。よく晴れ渡った青空が見え、所々に雲がある。
船員が見つけたものは、すぐに視界に移った。
船の左舷後方。その方向から、何かが向かって来る。
その何かは、海上ではなく、空を飛んでいた。

「あれは・・・・・一体?」

最初、小粒が空に浮かんでいる、と言った感じであったが、時間が経つにつれて、その不審な飛行物体は姿を現し始めた。
10分ほど経つ頃には、その飛行物体は、レゲイ号まで8ゼルドの距離に迫っていた。

「あれは飛空挺だ!」

フレルが思わず叫んだ。

「ええ、確かに飛空挺の類です。しかし、味方の竜母は飛空挺は積んでいない筈ですが。」
「前線にも配備していない。」

フレルも言う。

「2年前に実戦投入して、全滅させられた時以来、ずっと開発中のままだ。
試作機が何機か、国内にあるが・・・・・・」

112 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 14:18:46 [ yrNM.ueg ]
フレルは、目の前にいる飛空挺が、どこの国のものであるか考えた。しかし、その考えはすぐに消えた。

「ここは海のど真ん中。最短距離のクロレンベ岬までまだ2000ゼルドもあります。
現在、飛空挺を開発しているのはわがシホールアンルのみ。他はワイバーンか、その亜種ぐらいです。」
「そのワイバーンも航続距離はあまり長くない。」
「と、なると・・・・・」

会話をやり取りしている間に、その飛空挺は至近に迫っていた。
かなりの高度を下げているのか、その機体の特徴までも分かった。
木製の手漕ぎボートのような胴体に、やっつけで取り付けましたと言わんばかりの翼、その翼に配置された2基の回転装置。

「あれはなんだ!?」

始めてみる飛空挺に、誰もが仰天していた。
グォオオオオーーン!という、まるで威嚇するような爆音が響き、それはレゲイ号の右舷側に飛び抜けていった。
胴体には、これまた見た事のない、星のマークが描かれていた。
彼らが始めて目にしたアメリカの飛空挺。
その飛空挺こそ、アッシュ中尉らが乗るネルファ7。PBYカタリナであった。

この日、アメリカは、未知の世界と、初めての出会いを交わした。
出会いは、ニューヨーク沖のみならず、太平洋地域でも交わされていた。

113 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 14:25:25 [ yrNM.ueg ]
1481年10月現在の世界地図

       /丶ゝ
      ゝ   ゞ                          
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(                ソ                        / ____ ___/
 ヽ     北大陸     (                             )/
  ヘ             /                           //
    \          /                           ソ
     ソ         )           
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     /            \                                            
     ヽ            /                                          
      \ 南大陸     /
       (           ゝ
        ミ         丿
         丶丶    ___ソ
           \,,,,,〆

114 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/11/19(日) 14:27:32 [ yrNM.ueg ]
地図その2

            t \
           /    ヽ
         /      ヽ
     /\丿         \
    ノ               /
     \   レーフェイル大陸 ヽ
        \             /
          ヽ丶         /
            ゝミ       丿  
             ノ__      ミ
               \ 彡_ミ〆


132 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 17:37:18 [ ipfavzAo ]
第4話 交渉

1481年 11月3日 ニューヨーク北東沖
高速輸送船レゲイ号は、10月30日、突然、未知の飛空挺と出会った。
その飛空挺は5回ほど上空を旋回すると、その後は南西の方角に消えていった。
その後は何事も無かったように時間が過ぎて言ったが、3時間後に、また同じ飛空挺がやってきた。
こんどの飛空挺は1時間ほど上空を飛んで、彼らを監視していた。
1時間ほど経つと、やはり南西の方角に消えていった。
その日の夜、フレルは長距離魔法通信で、首都のオールフェスにこの未知の飛空挺の事を伝えた。
1時間後に魔法通信が受信された。
その魔法通信の内容は、針路を南西に取れ、何かの国があれば様子を見て来い、であった。
フレルは船長に命令して、針路を南西に変更させた。
それから2日が過ぎた11月2日、今度は洋上に見慣れぬ船が現れた。
船は3隻おり、いずれも大砲を装備していた。
その中の大き目の1隻は、3連装の砲塔を前部に3基、後部に2基、合計で15門の主砲を装備し、
それだけでなく、舷側にも小型の副砲らしきものを備えていた。
船の形からして、レゲイと大して変わらぬ大きさだが、それだけの船体に、合計で20門以上の大砲を装備している事に、
フレルらは度肝を抜かれた。
その3隻の船はいずれも赤縞模様と、片隅に青地星に無数の白い星を象った旗を誇らしげにたなびかせていた。
最初、彼らは信じられなかった。あのような旗は、この世界のどこにも無い。
似たようなものを探すだけでも困難である。
それに、3隻の船とも、中央部には煙突らしきものが据え付けられている。
レゲイは魔法石で動いているから煙突は無く、煤煙も吐かないが、未知の船3隻は、うっすらとだが煤煙を吐いている。
頭が混乱しかけた時に、大きめの軍艦から声をかけられた。

「こちらはアメリカ合衆国海軍、軽巡洋艦サヴァンナである。貴船の所属国はどこか?」

その言葉ははっきりと認識できた。
船長がすかさず答えた。

133 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 17:39:31 [ ipfavzAo ]
「我々は、シホールアンル帝国の所属である。この船の名前はレゲイ号である。」

大声で叫んだ声は、しっかりと相手にも伝わった。

「了解、これより貴船をレゲイ号と呼ぶ。これより先はわが合衆国の領海である。
いまは領海より遠い海域だが、このまま進めば我が国の領海に入る。
レゲイ号の目的は、我が合衆国の入国か?」

船長は一旦、メガホンを下げると、フレルに顔を向けた。
何か指示を求めような表情だ。
この船の主は、船長であるリィルガ中佐なのだが、針路を変更させたのはフレルだ。
フレルは皇帝直々の命令だからだ、といったに過ぎないが、実質的に彼が指揮権を握って
いるといっても過言ではない。

「船長、それを少し貸してくれないか?」

フレルは船長に頼み込む。
リィルガ中佐はメガホンを渡し、フレルはそれを受け取って、軽巡洋艦サヴァンナに向けて口を開く。

「私はシホールアンル帝国の国外相、グルレント・フレルである!皇帝陛下の指示により、
貴国の大臣との交渉に参った!」

この時、巡洋艦サヴァンナの艦長であるジョシュア・ラルカイル大佐は驚いていた。

「大臣との交渉だって!?」
「国外相と言うと・・・・・名前的にはわが国の国務省のようなものですかね?」

134 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 17:41:37 [ ipfavzAo ]
副長が首を捻って呟いた。

「そう言う感じだな。それにしても、シホールアンルという国なんて、聞いた事が無いぞ。
ヒトラーがいつの間にか欧州を征服して、国名を変えたのかな?」
「それはないでしょう。第一、そのシホールアンルとやらがドイツが主役の統一国家だとしても、
ドイツ語を喋って来るのでは?」
「そう言われると、そうだなぁ。」

ラルカイル艦長は、左舷300メートルの所で20ノットほどのスピードで航行する、レゲイル号を見つめた。
なぜ、あの船の船員達は、いきなりこちらが聞いても分かる言葉を言ってきたのだろうか?
それ以前に、あの煙突のない船は世界のどこを捜しても見つかる物ではない。
帆船だ、と言えば簡単だが、帆船に必要な帆なども全く見受けられない。
では蒸気、または燃料を使用した船か?
(いや、違う。)
彼は否定した。何しろ、あの船には、帆も、煙突も無いのだ。
蒸気機関等は、必ず煤煙が発生するため、煙突が必要になる。
それが無いと言う事は、視界に隠れている左舷船体に煤煙装置があるか、もしくは、全く別の動力で動いているか、である。

「外見は普通の船みたいですが、よく見てみると、高速性能を求めた形になっていますね。」
「君も分かるか。」
「ええ。」

副長は深く頷いた。
この副長は、本来は砲術が専門であるが、艦船の設計の分野に携わっていた事もあり、
船の形や性能を見れば、それが何を追及した作りになっているのかが分かる。

「船首を見てまず思ったのが、高速性能が高いと感じた事です。
船首は、軍艦でよく使われる、クリッパー方式のような作りになっています。
艦長もわかると思いますが、速度性能が高い艦種に、あのような形の船首が使われています。」

135 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 17:43:27 [ ipfavzAo ]
副長の言うとおり、ゲレイ号の船首は、普通の船とは違って船首の面積は狭い。
横幅はこのサヴァンナより少し太いぐらいであるが、全体的にバランスが取れている。
素人から見たらわかり辛いが、知識のあるものから見れば、なるほど。
この船が速度性能を特に求めた事が創造できるのである。

「と、すると。あの船は洋上を高速で突っ走れると言う事か。」
「その通りです。大雑把な考えですが、最低でも27ノットは発揮可能でしょう。」
「27ノットか・・・・アレを見た限りは、それぐらいは出せそうだな。最も、確証は持てないが。」

ラルカイル艦長はそう言って頷いた。

「それにしても、あちらさんの目的は、俺たちの国に入れて、大臣と話をさせてくれだとは、前代未聞な要求だね。」
「どうも、訳がわからなくなってきましたね。」
「とにかく、大西洋艦隊司令部に連絡を送ろう。」

ラルカイル艦長は、すぐさま、この事を大西洋艦隊司令部に報告させる事にした。

「報告は送るとして・・・・・・」

彼は、改めて謎の船に視線を送る。

「この未知との遭遇は、吉と出るか。凶と出るか。」

1481年 バージニア州ノーフォーク

バージニア州ノーフォークは、米海軍の一大根拠地として栄えた町である。
ノーフォークには大西洋艦隊司令部があり、その所属艦艇が港に係留されている。
そのノーフォークに、一群の船がやってきた。
作業の合間に、この船の群れを見た将兵は、変わった船が混じっている事に気がついた。
ブルックリン級軽巡、リバモア級駆逐艦に周囲を囲まれて、見慣れぬ船が、ゆっくりと入港してくる。

136 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 17:45:41 [ ipfavzAo ]
最初、味方の艦艇だと、気にも留めなかった者は、その真ん中の船に思わず目を見張った。
煙突も、帆も無いねずみ色の船。
しかし、船体は、前方を行くブルックリン級並みにあり、全体的にスピードがありそうな感じがする。
最初は、皆がこのような印象を持った。
様々な視線を周囲から注がれつつ、レゲイ号はノーフォークの港の奥に進みつつある。
甲板上で、始めてみる異国の軍港を見たフレル国外相は、思わず目を見張った。
港に係留されている船は、どれもこれも帝国の軍艦より早そうで、しかも大きい。
駆逐艦クラスは帝国のものとさほど変わらない大きさだが、奥に居座る戦艦には度肝を抜かれた。
全体的なデザインは重みがあり、何といっても積んでいる大砲が多い。
シホールアンルの戦艦は、主砲8門搭載の船が主流だが、このアメリカという国の海軍は、12門や
10門の主砲を積んでいる戦艦を何隻も保有している。

「まさしく、異界の地ですな。」

船長のリィルガ中佐が、驚きを押し殺した声で言ってきた。

「最初、すんなりと案内してくれたから、何か策があるのかと思ったが。
要するに、自分達はこのような海軍力を持っていると、私達に自慢するために、この軍港まで連れて来たのだろう。」

「なるほど。見た限りでは、戦艦級も6隻は確認できました。
1隻だけ、艦橋の背が少し低い、4連装の砲塔を持つ戦艦もいました。」
「4連装とは。」

フレルは驚きを通り越して少々呆れた。

「砲撃の時は、投射弾量が多くて便利そうだが、何か故障が多そうな感じもするな。」

137 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 17:47:04 [ ipfavzAo ]
いささか、デタラメな事を言って2人は笑う。
その時、リィルガ中佐の表情が凍りつく。

「船長、どうした?」
「国外相、あそこに見える船。何だか分かりますか?」

彼は船長の指差す方向を見た。レゲイ号の右舷前方600メートルの位置にある船だ。
船は2隻いる。うち1隻は出港準備中なのか、周りに小船が張り付いている。

その船には共通する特徴がある。
それは、甲板が真っ平な事である。
全体的には、真っ平な木の板に艦橋と煙突を真ん中に載せた感じだが、帝国の竜母よりはどこか精悍な感じもする。

「見える。確かに見えるよ。」
「あれは、竜母です!」

リィルガ中佐の表情はいささか厳しいものになっていた。

「確かに、帝国の持つ竜母と似ている。いや、形は似ているだけで、乗せているのは違うな。」
「甲板に何かが乗っています。小型の飛空挺のような感じもしますが。」

2人は、遠くの2隻の空母をじっと見つめている。
彼らは知らなかったが、その2隻の空母は、ワスプとヨークタウンである。

「船長、俺は長年、竜母はわが国の専売特許だと思っていたが、今日はその考えを改めないといけないな。」

フレルはそう言った。いつも柔和に緩んでいる表情は、これまでないほど固くなっている。

138 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 17:49:05 [ ipfavzAo ]
国務長官のコーデル・ハルは、用意された待合室で、誰かが来るのを待っていた。

「どうも、あの不可思議な現象から、おかしな事ばかりが続くものだ。いきなり、この国の大臣と合わせてくれ、とは。」

ハルは昨日の事を思い出した。

「やはり駄目でしたか。ミスターノムラ」

その時、ハルは野村吉三郎大使と会談していた。
この日、ハルはソ連、イギリス、ドイツ等といった各国の大使と会談を行っていた。

「あの日以来、本国からの入電は全く途絶えたままです。
うちの海軍武官などは、ショックのあまり寝込んだままです。」
「そうですか・・・・・・我々としても、原因の究明に全力を尽くしておりますが、
原因が分かるまでは今少し、時間が必要かもしれません。」
「確かに。」

野村大使も頷いた。

「とりあえず、今日はこれでお開きにしましょう。」
「おお、もうこんな時間でしたか。30分の会見の予定をずらしてしまって、申し訳ありません。」
「いやいや、大丈夫です。」

その時、秘書官が入って来た。秘書官は何かを言おうとしたが、ハルが目で合図した。
頷いた秘書官は、ドアを開いたまま、一旦部屋の外に出た。
野村大使が立ち上がり、部屋の外に出て行こうとする。
ハルも立ち上がって彼を見送る。

139 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 17:50:43 [ ipfavzAo ]
「何か少しでも情報が掴めれば、すぐにお知らせいたしましょう。」
「ありがとうございます、ハル長官。」

2人はそう言うと、握手を交わす。野村大使は表情を強張らせながら部屋から退出して行った。

「日本大使の表情、どこか冴えませんな。」

秘書官が言う。

「仕方ないさ。何しろ、本国が無くなってしまったのだ。」

ハルはそう言うと、深くため息をついた。

「今回の訳のわからん異変で、外国の大使館連中は今も戸惑っている。
ノーフォークにいるイギリス海軍の艦隊も未だに困惑している。それよりも、」

ハルは視線を秘書官に向き直した。

「何か情報が入ったのかね?」
「実は、その事でお話があるのです。」
「話か。なんだね?」
「ええ。実は、海軍の偵察艦隊が、ニューヨーク沖で不審な船を捕捉しました。」
「ああ、あの船か。」

ハルは思い出した。
11月2日に開かれた閣僚会議で、海軍のキング作戦部長がニューヨーク沖で南西に向けて航行している船を発見したと伝えた。

140 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 17:54:45 [ ipfavzAo ]
その船は30日に、海軍のカタリナ飛行艇がみつけた船と同じもので、数時間後に交代した別のカタリナ
からの報告では、その船の針路は南西。
つまり、アメリカ本土に向かっている事が判明した。
どうしてこの船が、アメリカ本土に向かっているのか、誰もがわからなかった。
閣僚の誰も彼もが、あの日以来「わからない」「原因不明だ」をよく口にするようになっている。
謎が謎を呼ぶ中、海軍の偵察艦隊の一隊が、この船と接触したのである。

「情報によりますと、その船はシホールアンル帝国と呼ばれる国の船で、乗員の中にはフレル国外相と呼ばれる人物が乗っていると。」
「シホールアンル帝国?フレル国外相?」

初めて聞く言葉に、ハルは首を捻った。

「大西洋の向こうに、シホールアンルという国名はあったか?」
「ありません。」

秘書官はきっぱりと言い放った。

「ドイツがいつの間にかヨーロッパを統一・・・・・・それはありえないな。
欧州は泥沼の戦争と化しているし。早々にヨーロッパを征服できるような兵力は無い。
とっくに消耗している。他にはないか?」
「あります。その船の名前はレゲイ号で、レゲイ号の乗員達はアメリカの入国を希望しているようです。
ここからが驚く所です。」

141 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 17:56:57 [ ipfavzAo ]
秘書官は、一瞬信じられないといった表情を浮かべるが、すぐに元の仕事をしている表情に戻る。

「船に乗っているフレル国外相は、この国の皇帝か、国外担当の大臣に会わせて欲しいと言っています。」
「ふむ。」

ハルは大きく頷いた。

「確かに驚くところだ。いきなり大臣に会わせろとはな。皇帝なんてものもいない。
西部辺りでは昔、ノートンとかいう男がいて、皇帝を名乗っていたが。
一体どういう考えをしているんだ、そのフレル国外相とやらは。」

そう言って、彼は机に置いてあるコーヒーを気晴らしに飲み干した。コーヒーは冷えててまずかった。

「さあ・・・・自分にはさっぱりで。」
「さっぱりか・・・・・最近はわからんとか、原因不明とか、さっぱりとかの言葉をよく聞くものだ。
大統領にはこの話は行ったかね?」
「ホワイトハウスには、いの一番に届いています。」
「そうか。そうならば」

ハルは電話に視線を送った。その時、電話が鳴った。

「まずは、君が会いたまえ、か。」

ハルは思考をめぐらしながら、そう呟く。

「相手は国外担当、そして、自分も国外も担当の大臣。まあ、ぴったりと言うべきか。」

142 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 17:57:29 [ ipfavzAo ]
彼は自嘲気味そう呟いた。
ここは、ノーフォーク海軍基地にある官舎を改造した、要人用の部屋である。
ハルはルーズベルト大統領に、そのフレル国外相と会ってはくれないかと言われ、
国務省からバージニア州のノーフォークに賭け付けた。
話は1対1で行われる。相手は、今話題となっている、フレル国外相である。
話によると、フレル国外相はとても若く、30代にも行っていないと言う事だ。
最初、ハルはフレル国外相を自分と同じように、老獪な外交官と思っていたが、当の本人が若いと聞いて驚いている。

「まあ、年の関係はともかく、相手はどのような話を私に持ちかけてくるのだろうか。」

彼は出発前に、ルーズベルト大統領と電話で話をしている。

「ハル。君も思っていると思うが、ここ最近はわからんとか、さっぱりとかの言葉をよく聞く。
正直言って、私も今の状況に混乱しかけている。そこに現れたあの客人は、我々が思っている謎を解くカギだ。
今のわからない状況を、わかる状況にしてきてくれ。」

(わかる状況にしてきてくれか・・・・・それは相手次第ですよ。大統領閣下)
ふと、ハルはそう思った。
今の状況は、正直言ってわからないことだらけである。
なぜ、本土とアラスカが訳の分からぬ世界に飛ばされたか。
なぜ、相手との言葉は通じ、紙に書かれている言語は理解できないのか。
その様々な謎を解くかも知れぬ人物が、もう少しで現れる。
ハルは次第に緊張してきた。まずは、いつもの通り愛想笑いでも浮かべながら出迎えようか。
そう思った時、ドアのノックする音が聞こえた。


146 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 23:20:43 [ ipfavzAo ]
1481年 11月4日 バージニア州ノーフォーク 午前10時

「どうぞ。」

ハルは言った。ドアが開かれ、カーキ色の海軍士官と、やや赤い上着を着た男が現れた。
海軍士官に施され、赤い上着を来た人物は頷いて中に入って来た。
ハルは立ち上がっていつものように出迎えた。

「ようこそ。よくお越しくださいました。私は合衆国国務長官のコーデル・ハルです。」
「私はシホールアンル帝国国外相のグルレント・フレルです。ハル国務長官にお会いできて光栄でございます。」

フレルはハルと握手を交わす。ハルがお座りくださいと、反対側のソファーに座らせた。

(それにしてもたまげたものだ。これほど若いとは。)
ハルは、フレルの若さに内心驚いた。予想はしていたものの、これほどとは思わなかった。
顔たちはどこかあどけなさが残っており、自分の子供と同じような歳である。
服装自体もどこか派手で、上着は赤で、下は黒いズボンのようなものをつけている。
ハルはスーツ姿である。普通、彼と交渉する外国の要人連中は決まって、スーツである。
しかし、フレルの服装は、ハルのこれまでの常識を打ち破るものだった。
よく見ると、品質のよい素材を使っている事が分かる。
それも、普通の民衆では手に届きそうも無いほどの金額の。
それよりも、ハルが関心を示したのは、フレルの目つきである。
最初の会見にしては、動揺した様子も無く、どこか据わった目つきだ。
大げさに言えば、これからお前に喧嘩をふっかけてやるぞ、と思わせるような目つきである。
(気に入らんな)
ハルはそう思いつつも、笑みを絶やさずにフレルに問いかけた。

147 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 23:22:36 [ ipfavzAo ]
「この度は、遠いお国からのご訪問、ご足労痛み入ります。」
「いえ、国務長官閣下。私はこのような事は慣れておりますので。
それに、あなたのほうが歳は上だ。なにも敬語は使わなくていいでしょう。」
「まあ、そうでしょうな。しかし、私としてはこれがいつもの癖となっておりますので。」

そう言ってハルは苦笑した。

「さて、率直にお聞きしますが、あなたはわが国に入国し、この国の要人と会談したい、
と言われておりましたね?」
「ええ、そうです。」
「何かわが国に対する援助、もしくは国交樹立などのお話の件で来られたのですか?」
「基本的には、その類ですな。」

フレルはそう言ってニヤリと笑みを浮かべた。
どうも、態度が上から下に対するような言い方だ。この人の癖なのだろうか?それとも・・・・・・
(まさか。外交は一発勝負だ。そう簡単に、自分達と戦争して下さい、と馬鹿正直に言う奴はおらんだろう。)
彼は内心で、浮かびかけた馬鹿な考えを消した。

「国務長官閣下は、私に何か質問はございませんか?」
「質問ですか。では国外相閣下、あなたの祖国、シホールアンル帝国というお国はどのようなものでしょうか?」
「シホールアンルは、一概に言えば強い国です。」
「強い国・・・ですか」

ハルは小声で反芻した。

「これまで、わが国に挑んでくる矮小な国家群がありましたが、最近はこれらを統合し、我がシホールアンルの
統治下に納めるべく、南大陸で決死の解放戦争を繰り広げています。」

148 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 23:24:13 [ ipfavzAo ]
「解放戦争、と申しますと、あなた方はその南大陸とやらと戦っているのですな?」
「そうです。今は各地で激戦を繰り広げておりますが、それも1年ほどで収まり、北、南大陸は
わがシホールアンルの優秀な制度の下、統治されるでしょう。」
「なるほど。それは羨ましいものですな。」

ハルは微笑みながら相槌を打った。

「わが国の悲願でありますから。北大陸、南大陸さえ統一できれば、後は平和になるだけです。
しかし、それには幾ばくか時間が掛かりそうです。」
「戦争とは、相手があるものですからな。上手くいくときもあれば、思うように行かない時もある」
「その通りです。」

フレルはずいと、姿勢を前に寄せた。これからが本題だ、と言いたげである。

「そこでですが、我々は今後、貴国にあることを頼みたい。」
「あること、ですか?」

ハルが興味津々といった表情で聞き返した。

「そうです。これは極めて重要な頼みごとです。
もちろん、即断せよと言う事ではありませんが。頼みごとを聞くのはお好きですかな?」
「う〜ん・・・・どちかといえば、どっちでもないような。」
「まあ、要するにこうです。本当は文書をお渡ししたいのですが、口頭のほうが早いので、説明いたします。」

そう言って、フレルは深呼吸を吐き、途端に挑むような表情に変わった。

「実は、あなた方の国に、わが国の指揮下に入ってもらいたい。」

149 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 23:26:35 [ ipfavzAo ]
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

唐突に発せられた言葉に、ハルは思わず聞き返した。
外見はひょうひょうとした口調だが、内心は心臓が飛び跳ねんばかりに仰天していた。
(指揮下・・・・・・・それって、もしかして)

「国外相閣下、言葉の意味がわからないのですが。」
「要するに、あなた方の国をは、わがシホールアンル指揮下に入って貰いたいと言う事です。
正直言って、このアメリカという国は素晴らしい。戦力といい、国土といい。地図を少し見ただけ
なのであまり分かりませんが、このような国を手中にしないのは惜しい事。
是非、我らが傘下に組み込みたいものです。」

ハルは唖然としていた。


指揮下に組み込む!


遠まわしどころか、率直過ぎた。要するに、シホールアンルの領土になれと言うのだ。
ハルは、自分は狂人と話しているのでは、と錯覚した。

フレルは、シホールアンル史上最高の国外相と謳われた人物である。
シホールアンルの外交手法。それは、脅迫外交である。
元々、強国であったシホールアンルは、統一戦争開始時は、必ず攻め込もうとしていた相手国に、
フレルを派遣して戦争か、隷従かの選択を取らせている。

150 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 23:29:34 [ ipfavzAo ]
一見、馬鹿のような手法だが、なぜか北大陸ではこの手法で4つの国がシホールアンルに組み込まれてしまった。
中でも、ヒーリレ公国は北大陸ではシホールアンルに次ぐ強国にであったにもかかわらず、あっさりと
フレルの外交手腕の前にひれ伏し、国土を無血占領された。

「ふざけるな!戦争だ!!」

という国はヒーレリ公国が屈服するまでに、何度もあった。
そのような国は、圧倒的なシホールアンル陸海軍の前にたちまち叩き潰された。
住民に対しても容赦の無い攻撃が加えられ、多数の命が奪われている。
シホールアンルは、味方には優しく、味方側から見れば快活があり、頼れる軍を持った国である。
しかし、敵対国には容赦の無い攻撃を加えるため、他の人々は血に飢えたシホールアンルと呼んでいる。
その脅迫外交は次第に恒常化していき、南大陸に対してもこの手法が取られ、怒った南大陸は
連合軍を編成してシホールアンルに対抗している。
オールフェスは、魔法通信でいつものようにやれ、と命じていた。
そう、オールフェスは新たな国があれば傘下に組み込んでしまえと、即断したのである。

「そ、そのような事は、私には判断付きかねます。それ以前に、大統領閣下もそのような案には賛成しかねます。
逆に、我々が賛成したとしても、国民は納得するかどうか。あなたも分かると思いますが、わがアメリカ合衆国は
健全たる独立国です。それなのに、いきなり指揮下に入れと言われてもそれは無理があると言うものです。
もしかして、同盟になれ、との間違いではありませんか?」

ハルは震えた口調でそう言った。
彼の反応を楽しんでいるのか、フレルは嫌みったらしい笑みを浮かべた。
この笑みの前に、いくつもの国が失望し、また驚愕してきた。
フレルは、5年前のヒーレリのように、この国も落とせると確信していた。
なぜなら、ハルの表情はヒーレリ公国の国王が浮かべた表情と瓜二つであった。

151 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 23:31:56 [ ipfavzAo ]
「いえ、指揮下、です。」

その言葉で、ハルは確信した。
シホールアンルは、どのような自信があるのか知らぬが、早くもアメリカを手中に収めようとしている事を・・・・・・
(領土拡張のし過ぎは、国家の毒だな)
ハルはそう思った。

「私のみでは、判断はつきかねます。大統領閣下や他の閣僚と、よく検討してみます。」

それでは、今日はこれでお開きにしましょうと言いかけた時だった。

「よく検討してください。話し合い次第では、あなた方の国をある程度優遇するよう働きかけてあげますから。
別の回答が出た場合は、少しばかり恐ろしい事になりますが。」

フレルは決まった、と思った。
ハルの表情は青白くなっていた。

(いいぞ・・・・その顔。もはや、何も言う事も出来まい。帰ってよく検討するがいい。返答次第では、あの強力な艦隊を組み込んで、南大陸の占領を早める事が出来る)
フレルは、サディスティックな快感を覚えながら、この交渉が充分に手応えあったと感じた。
しかし、なぜか、ハルは話を終わります、とは言わなかった。

「なるほど。国外相閣下は実に素直だ。」

なぜか、吹っ切れた表情で、ハルは大きく頷いた。

「よく人に言われますよ。」
「ほう。では、私で何人目ですかな?」
「さあ、そこまでは分かりませんね」

152 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 23:33:44 [ ipfavzAo ]
そう言うと、不思議と笑った。なぜかハルも笑っていた。

「まあ、そうそう覚えきれるものではありますまい。」

ハルは笑みを次第に消して、フレルの目を見た。

「私は、この外交官という仕事を50年やってきました。」
「50年ですか。それは凄いものですな。今まで数え消えれないほど、ご苦労もあったでしょう。」
「ええ、確かにありましたよ。正直、何度も止めようと思っていましたが、私は思い切りの悪い人間でね。
ずるずるとやって行くうちに50年です。長いようで、短いものでしたね」
「私は27年しか生きていませんが、人生経験では流石にハル長官には敵いませんな」
「人間、長生きするといろいろ悟りを開くものですよ。」

彼はうんうんと頷きながら言った。そして、ハルは、

「今日もある事に気付きましたよ。」
「ほう、それはどのような事です?」
「先ほど、私は国外閣下を素直と申しましたね?では、私も素直に言ってよろしいでしょうか」
「ええ、良いですよ」

さて、どんな事をいってくるのやら。
フレルはなぜか楽しみにしながらそう思った。

「私の外交官人生50年の中で、これほどまでに傲慢で、恥知らずな稚拙きわまりの無い会見は行った事が無い。」
今度は、フレルが脅かされる番であった。
今まで、敏腕国外相として名を馳せたフレルだが、このような事を言われるのは初めてであった。

153 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/12/02(土) 23:35:45 [ ipfavzAo ]
言い返そうとしたが、ハルは語調を上げて続けた。

「こうまでも、脅迫に徹し、相手に不快極まりの無い思いをさせる言葉をずけずけと吐き続け、
相手の戸惑う様子を楽しみながら交渉を進める。このような、相手を徹底的に馬鹿にした会談を
行わせる国家があるとは、私は夢にも思っていなかった。」

ハルの声は、なぜかやんわりとしたものであった。
だが、その内面には激しい激情が隠されており、一語一語が、フレルに。
いや、フレルの属するシホールアンル帝国全てに叩きつけられているようであった。
フレルは言い返そうとしたが、

「さあ、今日はこれでお開きです。気が向いたら、また交渉しましょう。気が向けば、ですがね」

そう言って、彼は用意された水を飲んだ。
フレルはなお、言い返そうとしたが、彼は内心で失敗を感じた。
最初、ハルを気弱そうな小役人だな、と思っていたが、それはとんでもない。
外見や応対の仕方は、どことなくそれっぽかったが、実際は外交という舞台を良く知っている、老獪な男であった。
つまり、猫の皮を被っていたのである。
唐突にドアが開かれた。

「・・・・そうですか。分かりました。では、またの機会があれば。」

フレルは、ハルに対して何も言わなかった。
いや、言えなかった。度量は明らかにハルの方が勝っていた。
ハルはフレルがいないかのように、そのまま前を見続けていた。