904 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/09(土) 17:56:25 ID:4CUjn9IY0
第43話 仕組まれた攻勢
1482年10月4日 午前8時 ヴィルフレイング
空母ワスプを主体とする新編第15任務部隊は、この日の朝、ヴィルフレイングに到着した。
「司令官、ようやく到着しましたな。」
第15任務部隊参謀長であるビリー・ギャリソン大佐は、司令官であるレイ・ノイス少将にそう言った。
「ここがヴィルフレイングか。随分賑やかな町じゃないか。」
ノイス少将は双眼鏡でヴィルフレイングの町を見つめる。
このヴィルフレイングは、泊地として使われる前までは呪われた地と言われ、酷く寂れた町であったが、
今では飛行場、軍港施設、それにアメリカ側が建てまくったレジャー施設などが多数あり、すっかり賑やかな町になっていた。
「アメリカの手にかかれば、呪われた町なんてあっという間に変わるか。大したものだ。」
ノイス少将は自嘲とも自慢とも取れぬ口調でそう呟く。
「しかし、空母が一度にこれだけ集まるとは、合衆国海軍始まって以来ですな。」
「まあ、そうだろうな。最も、いきなり浮上した懸念事項さえなければ、喜びは大きかったが。」
ギャリソン大佐の言葉に、ノイス少将は少し微笑んでから軍港に視線を向ける。
軍港には、太平洋艦隊所属の艦艇群が停泊している。
その中に、平べったい甲板を持つ艦、空母が5隻いる。
空母は元々太平洋艦隊所属のエンタープライズ、サラトガ。
そして、大西洋艦隊から回航されたヨークタウン、ホーネット、レンジャーである。
905 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/09(土) 17:58:20 ID:4CUjn9IY0
回航された3空母のうち、ヨークタウンはホーネット、レンジャーよりも早い時期に回されたから、太平洋艦隊に
すっかり馴染みとなっているが、ホーネットとレンジャーは、どこかまだ馴染めていない感がある。
そして、今入港しつつあるワスプも含めれば、この場に居る空母は合計で6隻である。
去る10月2日、太平洋艦隊は空母部隊の編成に若干の変更を加えた。
それは、空母部隊の主役である正規空母を、1隻ずつから2隻ずつにして艦隊を編成していくと言うものだ。
結果、太平洋艦隊は3個の空母機動部隊を保有するに到った。
太平洋艦隊の空母部隊を編成表にすると、次の通りになる。
第15任務部隊 司令官 レイ・ノイス少将
正規空母サラトガ ワスプ
戦艦サウスダコタ
重巡洋艦ウィチタ ルイスヴィル
軽巡洋艦ナッシュヴィル セント・ルイス クリーブランド サンディエゴ
駆逐艦デューイ エールウィン モナガン シムス ハンマン モーリス ウォールデン バートン スミス
マハン クレイブン ダンラップ
第16任務部隊 司令官 ウィリアム・ハルゼー中将
正規空母エンタープライズ ホーネット
戦艦ノースカロライナ
重巡洋艦ノーザンプトン ペンサコラ ヴィンセンス
軽巡洋艦ブルックリン フェニックス アトランタ
駆逐艦グリッドリイ ブルー マグフォード ラルフ・タルボット パターソン ジャービス リバモア デイビス
ベンハム エレット ローウェン スタック アンダーソン ステレット ウィルソン ウォーカー
第17任務部隊 司令官 フランク・フレッチャー中将
正規空母ヨークタウン レンジャー
戦艦ワシントン
重巡洋艦アストリア クインシー
軽巡洋艦サヴァンナ ヘレナ ジュノー サンファン
駆逐艦フレッチャー オバノン ニコラス モンセン カッシン ニコラス オースチン ヒューズ
メイヨー グリーブス ランズダウン ベンソン
906 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/09(土) 18:01:50 ID:4CUjn9IY0
と、それぞれが戦艦1、巡洋艦6、駆逐艦12または16隻で艦隊の中核たる2隻の正規空母を守る。
各任務部隊には、いずれも対空火力を強化した新鋭戦艦1隻、アトランタ級対空軽巡が1隻、又は2隻ずつ
配備されている。
これは、敵竜母部隊や地上軍のワイバーンを重視した結果であり、敵航空部隊が襲撃した場合はこれらの護衛艦が
濃密な弾幕を張って、敵の攻撃力減殺に務める。
その効果は、8月25日のバゼット半島沖海戦で発揮されており、今後も同様な効果が見込まれている。
搭載機数も、合計で500機を数え、これらが合同で攻撃隊を繰り出せば、敵の1個艦隊程度はたちどころに
消滅してしまうであろう。
それに、いざ水上砲戦になっても、各任務部隊の護衛艦はいずれも強力な水上艦艇であり、洋上打撃力として、
連合軍随一の戦力と言えよう。
「編成表だけ見れば、凄いとは思えるんだが・・・・」
ノイス少将は停泊している空母のうちの1隻をじっと見つめる。
その空母は、これからTF15で、寮艦となる空母サラトガである。
サラトガの周囲には工作艦などの補助艦艇が6隻いる。
「パートナーがいきなり急病を起こすとは思っても見なかった。」
「自分も予想外でした。まさか、機関部故障を起こすとは・・・・どうも不吉ですな」
ギャリソン大佐は少し苦い表情を浮かべる。
実を言うと、TF15のパートナーであるサラトガが、3日に洋上で訓練を行った際、突然機関故障を
起こしてしまったのだ。
サラトガは慌ててヴィルフレイングに戻り、工作艦の修理を受けているが、今も工作艦がサラトガの
舷側に張り付いているとなると、故障は思ったよりも酷いようだ。
「しかし、敵さんもまだ目立った行動は起こしておりませんから、今はゆっくり直しても大丈夫でしょう。
少し時間が経てばサラトガは復帰しますよ。」
「そう願いたいものだ。」
907 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/09(土) 18:04:21 ID:4CUjn9IY0
ノイス少将は苦笑する。その時、通信将校が慌てて艦橋に入って来た。
「艦長。南太平洋部隊司令部から連絡です。」
「読め。」
ワスプ艦長であるジョン・リーブス大佐が通信将校命じた。
「はっ。宛 TF15司令部。TF15所属の空母サラトガは、本日夕方、修理のためサンディエゴに向けて
出港する模様。TF15はサラトガ復帰まで、そのままの編成で次の作戦に備えられたし。以上であります。」
思わず、ノイス少将は驚いた。
「お、おい。サラトガはサンディエゴに戻るのかね?」
「はあ。通信文にはそう書かれてあります。」
「見せたまえ。」
ノイス少将は通信将校から紙をひったくった。紙には、確かにサラトガがサンディエゴに出港すると書いてあった。
「と言う訳だ、参謀長。シスターサラはサンディエゴに戻って治療するようだ。」
「そこまでサラトガの故障が酷いのですか・・・・・」
ギャリソン大佐はそう言ってから、大きくため息をついた。
「そのようだな。パートナーがいなくなるのは寂しいが、かと言って不調のまま連れて行ったら、
敵に空母1隻撃沈の戦果をくれてやるも同然だ。シスターサラはしばらく休ませよう。さて、参謀長!」
ノイス少将はギャリソン大佐の肩を叩くと、
「サラトガ居ない間はこのワスプがTF15のボスだ。もしサラトガが居ない間に敵が来ても、ウチの
自慢の航空隊で存分に暴れ回ってやろうじゃないか。」
908 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/09(土) 18:08:16 ID:4CUjn9IY0
先とは打って変わった明るい表情で言った。
ギャリソン大佐には、わざと明るくしてるように見えたが気には留めなかった。
ヴィルフレイングにアメリカ空母部隊集結中の情報は、現地のスパイによってすぐにシホールアンル本国へ伝わった。
1482年 10月7日 シホールアンル帝国首都ウェルバンル 午前9時
ここは首都ウェルバンル郊外にある帝国宮殿。
この中の会議室に、皇帝オールフェス・リリスレイと軍のトップが集まって会議を開いていた。
「お前たちが持って来た話を纏めると、ヴィルフレイングにはアメリカの空母部隊が集結中で、こいつらは
近いうちに発動される攻勢を邪魔するかもしれない、って事だね?」
オールフェスは、渡された紙をひらひらと振りながら、海軍総司令官であるスロッツ・レンス元帥に聞いた。
「その通りです。集結した空母は5隻です。本当は6隻いたはずなのですが、レキシントン級と思われる空母が
1隻、アメリカ本土に戻ったようです。」
「空母はどのクラスが集まっている?」
「空母に関しては、ワスプ級、レンジャー級が1隻ずつ。ヨークタウン級が3隻となっております。
これらが搭載する飛空挺は合計で460機程度になります。」
「460機ねぇ・・・・・」
オールフェスは小さく呟くと、両手を頭の天辺に乗せてから椅子にふんぞり返る。
「リリスティ姉、じゃなくて。西艦隊の第24竜母機動艦隊は、現在3隻の竜母が使える。損傷した3隻の竜母のうち、
ギルガメルは2日後には修理が完了して前線に戻るし、クァーラルドも12日までには西艦隊に戻る。だとすると、
西艦隊は表向き、竜母5隻の勢力に戻るか・・・・・船の数で見れば互角だな。」
「ですが、ワイバーンの数では開きがあります。」
レンス元帥は戒めるような口調でオールフェスに言った。
909 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/09(土) 18:10:45 ID:4CUjn9IY0
「竜母5隻に搭載できるワイバーンは315騎です。第22竜母機動艦隊を含めれば434騎は集められます。」
「今回の作戦は、まず敵側に本当の侵攻場所を知られぬ事が鍵となります。」
陸軍総司令官であるウインリヒ・ギレイル元帥も発言して来た。
「最初から当初の侵攻場所に兵を進めれば、アメリカ軍に察知されてしまいます。そこで、我が陸軍はカレアントの前線に
新たに20万の増援部隊を送ります。あたかも、自分達がまたもやカレアントの完全征服を狙っているように見せるのです。」
「つまり、カレアントの侵攻軍を囮にし、本命。つまり、ミスリアル侵攻軍に向けられるであろう敵の目をそこに引き付ける訳か。
なるほど、こいつはいい案だ。」
オールフェスはギレイル元帥の案に乗り気になった。
「敵を引付けるえさに関してはこれで行こう。さて、肝心のミスリアル侵攻軍はどうなっている?」
「はっ。現在、ミスリアル侵攻軍は、所定の位置で待機しております。例のモノの準備も着々と進んでいます。」
「その例のモノの材料はちゃんと調達出来ているか?」
「ええ。占領国のモノを使います。処理係りには実戦経験者ばかりを集めていますので、発動前に行う下準備で、
顔を真っ青にする事はありません。」
「そりゃあそうさ。死体を見慣れていない奴にアレの準備は出来ないからな。
しかし、密かに集結した150万の侵攻軍か・・・・よく敵に察知されずに済んだな。」
「小部隊単位で5月から細々と移動を続けておりましたからな。お陰で、滞り無く部隊を集める事が出来ました。
恐らく、敵は全く知らないでしょう。鬱蒼と茂る森の中に大軍が潜んでいる事を。」
「知ったら驚くぜ。」
オールフェスは愉快そうな表情を浮かべた。
「北方軍だけでミスリアル王国常備軍の1.5倍。全体で強く押し込めば、2週間でミスリアルの首都に
シホールアンル旗を掲げる事も不可能じゃない。」
「どんなに頑張ったとしても、ミスリアルは2ヶ月と持ちますまい。」
ギレイル元帥はニヤリと笑みを浮かべつつ、レンス元帥に視線を移す。
910 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/09(土) 18:13:31 ID:4CUjn9IY0
「後は、海軍が出張ってくる敵を押さえ込めば、事はうまく運びます。」
「陛下。今度の大戦に臨むにあたり、各艦隊の将兵は意気軒昂です。出撃してくるであろう敵機動部隊に対しては、
我々が相手し、敵の空母を全て血祭りにしてご覧に入れます。」
「ああ。皆が自信満々だから、俺もホッとするよ。」
オールフェスは自信ありげな表情でそう言った。
「これで、ミスリアルの魔法技術は手に入る。後は・・・・・鍵、ぐらいだな。」
彼の最後の一文は、他の者に聞かれる事は無かった。
ふと、オールフェスはある事を思い付き、皆に言ってみた。
「なあ。準備は出来ているのなら、作戦開始を早めようか。」
1482年 10月11日 午前8時 ヴィルフレイング
南太平洋部隊司令官チェスター・ニミッツ中将は、参謀長のスプルーアンス少将を引き連れてヴィルフレイングの
南西太平洋軍司令部へ赴いた。
2人が会議室に入った時は、南西太平洋軍司令官のアイゼンハワー中将とその幕僚しかいなかった。
2人が席に座ってから10分ほど立って、第3航空軍司令官と第1軍、第3軍司令官が会議室に入って来た。
「全員集まったようだな。」
彼らが着席した後、アイゼンハワー中将は口を開いた。
「諸君、ここ数ヶ月、膠着状態が続いていたカレアント公国ループレングの前線で大きな動きがあった。」
911 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/09(土) 18:16:18 ID:4CUjn9IY0
アイゼンハワーは情報参謀のトルク・アシュレイ中佐に目配せする。
「昨日、第3航空軍の偵察機が、ループレングの後方20キロ地点で移動中の大部隊を発見しました。
第3航空軍の方ではご存知かと思いますが、これが、その時の写真です。」
アシュレイ中佐は封筒から数枚の写真を取り出して、参加者達に見せる。
「第3航空軍と我が司令部、南大陸側と合同で分析した結果、移動中の大部隊は、写真に移っているもので約1個軍を
超える物と推測されます。現地のスパイから得た情報も含めれば、シホールアンル軍は実に10万以上の増援部隊を、
前線軍の後方に貼り付けている事になります。」
「ひとつ質問していいかね?」
ニミッツ中将が手を上げた。
「なんでしょうか。」
「この写真の敵軍だが、これはヴェリンスから転戦してきた部隊かね?それとも北大陸から移動してきたものかな?」
「正確には分かりませんが、南大陸側は北大陸からの増援部隊であると推測しています。」
「なるほど。」
ニミッツ中将はそれだけ言った後、腕を組んで何か考え事を始めた。
「敵が増援部隊を送って来たとなると、カレアントに対する新たな攻勢作戦発動が近い、と言う事か。」
第3軍司令官のオマリー・ブラッドリー中将が呻くような声で言う。
「敵もそろそろじっとしていられなくなったと見るべきでしょうな。ループレングの敵軍は、4月の戦闘以来、
大規模な戦闘は起こしていません。この間、小隊単位の小競り合いばかりが行われているに過ぎない。
シホールアンル側としては、長く続く待機で、指揮下の兵が士気を低下させる事を恐れているかもしれません。」
912 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/09(土) 18:19:11 ID:4CUjn9IY0
「つまり、敵は未だに士気の高いこの時期を狙って、前回同様。いや、前回よりも規模の大きい攻撃を仕掛けて
くるかもしれん、と言うのだな?」
アイゼンハワー中将の問いに、ブラッドリー中将は頷く。
「そうであります。シホールアンル軍は陸でも海でも形成を変えられつつあります。この間の一連の海戦の結果も、
シホールアンル側は既に耳にしているでしょう。」
「確かに、これ以上待機、待機が続けば士気に影響しますな。」
ブラッドリー中将に対して、それまで黙っていたニミッツ中将が口を開いた。
「ですが、一連の海戦の結果は、確かに我々はよく戦いましたが、残念ながら敵の稼いだポイントは我々の稼いだ
ポイントを上回っています。ジェリンファ沖海戦、バゼット半島沖海戦で、我が機動部隊は敵小型竜母1隻を沈め、
2隻を損傷させましたが、それまでにバルランド輸送船の護送船団1つが全滅し、二線級とは言えロング・アイランドと
ラングレーという大型艦艇を撃沈されています。それのみならず、正規空母のレキシントンが大破しヨークタウンまでもを
中破させられていますから、必ずしも、この海戦の結果で敵が士気を落とす事は考えられません。
いや、むしろ我が軍の大型艦艇を沈めた事で、前よりも士気を上げた可能性があります。」
「となると、敵の士気は以前と変わらぬ。場合によっては我々何するものぞという気概で向かって来る可能性も
あるという事か。」
アイゼンハワー中将は腕を組んで、険しい表情を浮かべる。
会議室に、しばしの沈黙が流れる。その沈黙も、ブラッドリー中将の発言で打ち破られた
「ならば司令官、こういうのはどうですかな?今、我が南西太平洋軍は所定の6個師団を手に入れている。
もし敵が新たな攻勢を仕掛けるのなら、ここは先手を打って逆攻勢を仕掛けて、敵の意図を粉砕するべきだと思いますが。」
「10万対70万で勝負になるのかね?」
アンゼンハワー中将は鋭い視線でブラッドリー中将を見据える。
913 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/09(土) 18:23:21 ID:4CUjn9IY0
「何もカレアントからシホールアンル軍を叩き出せ、と言うのではありません。限定的にこちらから打って出て
敵地上軍に前回以上の損害を与えて脅してやるのです。これ以上進めば、生きて戻る事はできぬと教えてやるのです。」
「つまり、敵軍の前線を一方的に蹂躙して、こちらの威力を見せ付けた後に、敵に攻勢か、現状維持かの選択を迫ると言う事か。」
アイゼンハワー中将は納得したのだろう、大きく頷いた。
「なかなかな案だ。シホールアンル軍と我が軍の装備は隔絶しているから、出来ぬ作戦では無いな。」
しかし、アイゼンハワー中将は最終的な決定は下さない。
「出来ぬ作戦ではないが、敵も学ぶ。前回の地上戦で、戦車の威力を嫌というほど味わっている。
我々が打って出ても何らかの対抗策を生み出しているかも知れんぞ。カレアントの航空戦がそうだ。」
カレアント上空で未だに繰り広げられている航空戦は、依然としてアメリカ側が優勢である。
だが、数ヶ月前の圧倒的優勢はもはや遠い過去の物となり、現在の彼我の撃墜率は3:7、酷い時には4:6と、
アメリカ側の損害が急増している。
シホールアンル航空部隊は、様々な対処法を確立し、アメリカ軍機を苦しめていた。
未だに双胴の悪魔と恐れられるP−38ですら、30機出撃して8機未帰還という事が今ではザラにある。
「仮に、我が南西太平洋軍が逆攻勢で、敵シホールアンル軍を押し戻したとしても、前回のような完全勝利は望めぬかもしれない。
敵もこの間の敵ではないのだからな。ブラッドリー。君の案は確かに正しいが、私の結論からして、打って出るにはまだ早い。
来年の春には4個軍がこの南大陸に配備される。そうすれば、南大陸軍と共同で敵を押し戻す事が出来るだろう。
今しばらくは、我慢するしかない。」
「そうですか。分かりました。」
ブラッドリー中将は、提案が撤回された事にも動じず、アイゼンハワーに頭を下げる。
914 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/09(土) 18:24:58 ID:4CUjn9IY0
「今はまだ、打って出ることはできないが、向こうから出てくるのなら好都合だ。シホールアンルが攻勢に出てくるのならば、
前回同様全力で反撃し、敵から戦力をもぎ取る。そうすれば、あたらに兵力を減らした敵は、いずれ我々の反攻を満足に
支え切れなくなる。だから、今は座して待つのみだ。利は我々にあるぞ。」
と、アイゼンハワー中将は自信に満ちた表情で言い放った。
作戦会議は2時間ほどで終わった。
予想されるシホールアンル軍の侵攻に備えるべく、各軍の司令官は、急いで前線に戻っていった。
シホールアンル軍の攻勢近しの知らせは、たちまち全部隊に広まり、南西太平洋軍、南大陸連合軍は、再びカレアントで
繰り広げられるであろう決戦に誰もが意気込んでいた。
とある人物。
同じく会議に参加していた、南太平洋部隊参謀長スプルーアンス少将を除いては。
935 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 18:27:59 ID:4CUjn9IY0
第44話 放たれた矢
1482年10月16日 午後9時 ヴィルフレイング
その日、南太平洋部隊参謀長であるスプルーアンス少将は、ニミッツ中将の執務室を訪れた。
「どうした参謀長。話とは何かね?」
「司令官。実は、気になっている事があるのですが。」
スプルーアンス少将は、いつもと変わらぬ怜悧な表情でニミッツに言う。
「気になっている事?それは何かな?」
ニミッツは机に両肘を乗せた格好で彼に聞いた。
「カレアントで予想される決戦です。」
「シホールアンル側の攻勢か。気になる事とは、攻勢開始と同時に、行動を開始すると思われる敵艦隊の事だね。」
ニミッツはやや微笑んでから言った。
13日に、南太平洋部隊司令部で、各任務部隊の司令官を集めて、シホールアンル軍の攻勢開始と共に
出てくるであろう、敵艦隊への対処を話し合った。
結論はそう間を置かずに出たのだが、スプルーアンス少将は珍しく、この結論に反対のようであった。
「君は昨日の会議で、敵艦隊は出てこないとしつこく行っていたが、シホールアンル側は全力を挙げて
カレアントを制圧しに来る。それと呼応して敵艦隊もレースベルン沿岸か、カレアント南部沿岸を襲いに
来るかもしれない。」
ニミッツの言葉に対して、スプルーアンスは驚くべき言葉を返した。
936 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 18:30:03 ID:4CUjn9IY0
「司令官、恐らくカレアントに対する敵の攻勢は、こちらを引付ける囮では無いのですか?」
突拍子の無い言葉に、ニミッツは一瞬唖然となった。
「・・・・・参謀長。どんな根拠があってそのような事を言うのだね?」
「私もまさかとは思いましたが、ある考えに基づいてあの増援部隊を見ると、説明が出来るのです。」
「もしかして、君はカレアントの攻勢作戦は無いと言うのか?」
「推測ですが、その通りです。11日の会議で見せられた写真ですが、あの移動中の部隊は総計で1個軍。
スパイの情報を含めれば合計で20万の大兵力です。なるほど、確かに北大陸から直々に増援軍が前線に
配備されれば、あたかも次の攻勢が始まるように見えるでしょう。しかし、変だとは思いませんか?
20万という兵力は多い。しかし、されど20万です。ループレングの前線軍は約50〜60万。
それに20万上乗せしても、対する南大陸軍は50万。合衆国軍も含めれば60万以上です。
シホールアンルが全軍を挙げて攻勢を開始しても、我々には戦車があり、強力な戦闘機、爆撃機もあります。」
スプルーアンスは前のめりになる形で、ニミッツに詰め寄る。
「つまり、この部隊移動は、我々の注意をカレアントに引付けるための、手の込んだ陽動です。」
「陽動だと?だが、現に敵の大部隊は集結中だ。ここ最近は敵航空部隊の味方陣地の攻撃が強化されている。
明らかに攻勢の前触れだ。」
「司令官。アイゼンハワー中将が言われた通り、敵は学んでいます。」
スプルーアンスのこの一言が、ニミッツの表情を凍りつかせた。
「学んでいるのです。我々をどうやったら苦しめ、殺せるか。そして、我々と言う厄介な軍隊を、どうやれば騙し通せるか。」
スプルーアンスは姿勢を正すと、壁の前に移動し、壁に賭けられている南大陸の地図を眺め始めた。
937 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 18:33:02 ID:4CUjn9IY0
「敵の偽装攻勢に騙された我々は、視線をカレアントに集中させます。その間抜けな我々を尻目に、
敵は易々と侵攻を始めます。敵の狙いは、カレアントではなく」
スプルーアンスの指先は
「ここです。」
出張ったとある半島。バゼット半島に触れていた。
1482年 10月16日 午後9時 ヴェリンス―ミスリアル国境
緑色の円筒形の入れ物から蓋が取られた。
兵士は血に汚れた剣を鞘に入れると、転がっている死体を棺の中に入れた。
体の刺し傷から血が滴り落ち、棺の内部に血溜まりが出来る。
程無くして血が一定量にまで溜まり、兵士が死体を取り出して、溜まった血を入れている間、別の兵が男の死体を片付けていた。
「よし、次は私の出番だな。」
傍らで見ていた、ローブを付けた魔道士が、袋から拳ほどもある赤い魔法石を3つ取り出す。
それを1つ1つ、ゆっくりとした手際で血の溜まった入れ物に入れて行き、3つ全てを入れると、蓋を閉める。
その蓋を、指でゆっくりと、そして次第に速い動作でなぞって行く。
「故に我らのマナで、害すべき者達の悪しき力をさまたげ、仮初めの聖なる壁となし・・・・」
魔道士は呪文を小声で、それも早口で言いながら指をなぞり続ける。
そして、呪文が言い終わると、入れ物から淡い赤い光が放たれた。
938 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 18:34:55 ID:4CUjn9IY0
光は天を突かんばかりに上空に飛び上がる。それから、薄い線のようなものが、ゆっくりと地面に降りていく。
祭りのイルミネーションのような鮮やかな色は、やがて、何かの薄い幕のような物を形成し始め、瞬きした後には、
“壁”は完成していた。
「これでこの一体は安全だ。あとは味方がここを通るのを待つまでだ。」
指揮官らしき男が、ここに集まっている12人の部下にこれからの行動を説明している間、
ヴェリンス―ミスリアル国境には同様の薄い壁が次々と出来ていた。
この壁はカレアント―ミスリアル国境でも形成されており、バルランド―ミスリアル国境線を除いた全ての国境線は、
全てこの赤い壁に覆われていた。
そのまま、壁は有り続けるのかと思われたが、やがては周りの風景に同化し、傍目からは消えたように見える。
彼らが使った妨害魔法は、通信魔法を妨害するために作られた既存の魔法を、大幅に拡大発展させたものである。
この妨害魔法は、人の生き血に純正の魔法石に浸して触媒にし、魔力の高まった所で予め術式の組み込まれた入れ物に入れる。
入れ物に入れた後、一定の魔力に達すると組み込まれた魔道式が発動し、周囲一帯に大規模な妨害魔法を発動させる。
これは妨害魔法を発動させる入れ物が多ければ多いほど、妨害魔法の範囲は大きくなる。
今回、集められた入れ物と生贄は合計で2万。
この2万で、ミスリアル王国は国土の3分の2の地域を妨害魔法が覆い、これらの地域は魔法通信が出来なくなった。
10月16日 午後9時20分 ミスリアル王国リルネヴィルク
ミスリアル王国南東部に位置するリルネヴィルクは、カレアント公国との国境線に面した町である。
この町の住民は、シホールアンル軍のもしもの攻撃に備えて中西部に避難している。
現在、町にはミスリアル陸軍第37歩兵師団の第12連隊が駐屯していた。
この時、第12連隊では突然の異常事態にパニック状態であった。
第12連隊長であるフルク・キルラン大佐の天幕に、魔道将校が血相を変えて入って来た。
「連隊長、駄目です!魔法通信が使えません!」
939 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 18:36:12 ID:4CUjn9IY0
「駄目か・・・・・・なんでいきなり魔法通信が使えなくなったのだ?」
「原因は今調査中ですが・・・・・」
魔道将校は汗を拭きながら答えた。
午後9時を回った後、突然魔法通信が使えなくなった。
最初は大した騒ぎにならなかったが、次第に騒ぎが多くなった。
第12連隊は、師団司令部と他の連隊司令部と連絡を取ろうとするのだが、魔法通信はいくら試しても使えず、
連絡が全く取れなくなっていた。
「とにかく状況を掴まねばならんな。」
キルラン大佐は焦りの表情を見せた。
このままここに居ても埒が明かぬと思った彼は、ひとまず様子を見ようと天幕から出ようとした時、
森の奥の一角が急に明るくなった。
「ん?今何か光ったな?」
キルラン大佐は怪訝な表情で、微かに光った方角を見つめた。方角は東。
以前はカレアント公国領であったが、今では侵攻してきたシホールアンル軍に占領されている。
となると、あの光は・・・・・・
「砲撃だ!」
キルラン大佐は大声を上げた。
940 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 18:36:55 ID:4CUjn9IY0
「シホールアンル軍の砲撃だぞ!どこか物陰に隠れろ!」
魔道将校は瞬時に彼の言葉を理解した。
だが、時既に遅し。
何かが空気を裂いて、降って来たかと思うと、町の一角で爆発が起きた。
リルネヴィルクはカレアント国境まで2.3ゼルドしか離れていない。
シホールアンル軍の野砲の射程距離は3.2ゼルド。完全に射程内であった。
「物陰に隠れろ!不用意に出歩くな!!」
容易ならぬ事態に陥ったと分かった第12連隊の将校達は、声を枯らして部下達にいいつける。
兵や下士官達は将校の命に従い、物陰や建物の地下に隠れていくが、シホールアンル軍の砲撃はそれを許さなかった。
半数以上の兵が、将校の命令を守る前に砲弾の雨を浴びた。
何十門、いや、何百門という野砲の砲撃が、誘導に当たっていた憲兵を粉微塵に叩き潰し、後一歩で物陰に隠れようと
した兵を吹き飛ばして壁に叩きつけ、弾けさせる。
とある1弾は、兵員達が隠れていた小屋の地下室まで貫通し、そこで震えていた兵をすべて粉微塵に吹き飛ばした。
別の1弾はレンガ造りの建物に命中し、そこに保管されていた食料を、砕けた石屑と共に路上にばら撒いた。
砲撃は執拗に続けられた。
50発、100発、300発。
砲弾が落下する度に、リルネヴィルクの町は叩き潰され、残骸に変えられていく。
砲撃が開始されてから30分が経ち、リルネヴィルクの市街地の半数が瓦礫と化した時、唐突に砲撃が止んだ。
誰もが、突然訪れた静寂に首を捻っている時、野砲とは別の敵が迫りつつあった。
941 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 18:37:52 ID:4CUjn9IY0
一旦投下終了です。
ちょっと急用で出ないといけないので、後ほど続きを投下いたします。
942 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 19:04:38 ID:4CUjn9IY0
ミスリアル王国は10月16日午後9時、突如としてシホールアンル軍の大攻勢を受けた。
シホールアンル軍はヴェリンス、カレアント側から一方的に野砲を撃ちまくった後、キメラ、ゴーレムを
先頭に進撃を開始した。
不意を付かれたミスリアル軍は次々と防衛戦を突破され、特に南部に到っては、各戦線のそれより進撃スピードが
速く、夜明けまでには南東部の4分の1を占領されてしまった。
ミスリアル軍は善戦したが、魔法通信がシホールアンル側によって妨害されているため、後方部隊には戦況が
全く伝わらないという最悪の事態に陥った。
ミスリアル軍は、敵侵攻軍の規模や意図が不明確なまま戦いを余儀なくされ、戦線は急速に後退し始めていた。
10月17日 午前10時 ミスリアル王国ジュラナステイル
ジュラナステイルは、ミスリアル王国東部にある小さな町である。
この小さな町の一角に、古ぼけた小屋があった。
その小屋の中に、1人のダークエルフが息を切らしながら入って言った。
「駄目です。相変わらず魔法通信が使えません。」
ダークエルフの男は、額の汗を拭きながら、上司に報告する。
上司は、肩に乗せていた鳥を撫でながら振り向く事も無く
「そう。ご苦労様。」
と、冷たい声音で男に言う。
「魔法通信が使えないとなると、連絡系統はほぼ壊滅・・・・か。」
その上司の女。ミスリアル王国第2皇女であり、特別諜報部の局長でもあるベレイス・ヒューリックは
改めて事態の深刻さを痛感した。
943 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 19:06:12 ID:4CUjn9IY0
昨夜から、魔法通信が使えなくなって既に13時間が経過している。
ここからカレアント国境までは100ゼルドあるが、彼女は国境線で何が起きているか既に把握していた。
「魔法通信が長時間使えなくなるという事は、既にシホールアンル軍はこの国の内部に浸透し始めている。」
「やはり、シホールアンルは我がミスリアルの魔法技術を取り込もうとしているのでしょうか。」
「十中の十そうでしょう。ここから北西50ゼルドには、あたし達ミスリアルの聖都でもある、
魔法都市ラオルネンクがある。敵の狙いは、第一にラオルネンクの占領ね。これまでのシホールアンルの
侵攻スピードからすれば、速くて2週間かかるわね。その間にラオルネンクから諸々の物品を運び出すのは
ほぼ無理。」
「だとすると、我々はこのまま、ラオルネンクが占領されるのを待つのでしょうか?」
「待つ?そんな悠長な事はしない。」
「では、今から我々がラオルネンクに言って・・・・・・・都市の破壊を促すのですか?」
男は躊躇いがちに言った。
ラオルネンク。そこは、ミスリアルがこの世界で、魔法分野でトップを占める象徴とも言える魔法都市だ。
平時であれば、各国から多数の魔道士が、このラオルネンクに行き、自分の学ぶ魔法により磨きをかける
場所となっている。
世界でも最高峰の魔法協会や魔法研究施設は、どの国の研究施設よりも研究材料や人材が豊富であり、
それでいてこの年の魔法学校は常に素質の良いエリートばかりが集められている。
それなりに厳しいではあるが、魔法使いを志す物にはまさに夢の都市である。
魔法都市でありながらも、人口もミスリアルで2番目に当たる180万人が住む大都会という側面も持っており、
ミスリアルにとっては何物にも変え難い都市だ。
その魔法都市に、シホールアンルは狙いを定めている。
ならば・・・・・・・敵に渡る前に破壊してしまおう。
男の心は、その思いで染まりつつあったが、
「それは最終的な手段。手はまだある。」
ベレイスはやや余裕じみた笑みを男に向けた。
944 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 19:08:22 ID:4CUjn9IY0
「手はあるって、それは?」
そう言ってから、彼女は机に地図を広げた。
「私たちはここ。ミスリアルの東部にいる。ここからこう、南に南下して一気にバルランド領に抜ける。
馬に乗って行けば2日ぐらいの距離よ。」
「バルランドへ抜けるのですか。」
「そうよ。バルランド国境警備隊の魔道士に頼んで魔法通信を送ってもらうわ。魔法通信が届けば、騎兵隊が来てくれる。」
「騎兵隊・・・・・もしかして、アメリカ軍ですか?」
「ええ。彼らだって、大事な同盟国が脱落するのはなるべく避けたい筈よ。彼らは必ず来る。」
「し、しかし。馬を飛ばしてバルランドに入るとしても、途中で敵の特殊部隊に襲われる可能性があります。」
「そんな事百も承知。要は情報が他の各国に伝わればいいのよ。」
ベレイスはふと、天井を見上げる。
「こんな広範囲で魔法通信が使えなくなるという事は、シホールアンルは恐れているのよ。早々と邪魔者が出てくる事を。」
彼女は分かっていた。
シホールアンルが何故、こんな病的なまでに魔法通信を妨害させる魔法を敷いたのか。
彼らは、恐れているのだ。アメリカ軍が出てくる事を。
アメリカに不意討ちを食らわせて以来、シホールアンルはこれまでのツケを一気に取り立てられるかの
ような被害を、アメリカ軍に味合わされてきた。
精強なシホールアンル海軍は、アメリカ海軍相手に思うように戦果を出せない。
ほぼ無敗だった陸軍は海軍以上に装備の差をつけられ、4月の地上戦闘で圧倒された。
疫病神に等しい存在となったアメリカ軍を初期の段階で出さぬ為には、状況を伝える事に便利である魔法通信を
妨げなければならない。
そう、シホールアンルの思惑は、現時点でほぼ成功しているのだ。
あとは、混乱を起こしているミスリアルに侵攻軍を入れればよいだけの事であった。
945 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 19:10:56 ID:4CUjn9IY0
「でも、あたしがさせない。」
ベレイスは、意を決したように言うと、席を立ち、置いてあった自分の持ち物を慌ただしく取り始めた。
「時間が無い。このままバルランド領に行く。付いて来て。」
「分かりました。馬は取って置きの物を手配いたしましょう。」
男はそう言った後、ベレイスと共に小屋を出た。
午後5時
望遠鏡の向こうには、疾走する2頭の馬がいた。
馬には2人の男女が乗って、上手く手綱を引いて馬を操っていた。
「やはり来たか。伝令役が。」
望遠鏡を覗いていた男は楽しげな笑みを浮かべながら望遠鏡を下ろした。
2頭の馬は、あと1時間もすれば森林地帯に入る。
その森林地帯を抜ければ、あと80ゼルドほどの距離でバルランド領に行ける。
2頭の馬は明らかにバルランド領に向かっている。
男。シホールアンル軍第66特殊作戦旅団第2小隊を率いるポイエンク・リルンカ中尉は笑みを浮かべながら丘を下りて行った。
5分ほど歩くと、鬱蒼と茂った林に入る。林には人らしき物は無い。
しかし、リルンカ中尉は分かっていた。
「状況は以前説明したとおりだ。今回、我々の班が敵の伝令役を消す事になった。今回の任務は、伝令役を殺す事。
それだけだ。俺から言うのは以上だ。」
その言葉を言った瞬間、いくつかの気配が現れ、その気配はすぐに消えて行った。
部下達が、相手を殺しに行ったのだ。
946 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 19:12:27 ID:4CUjn9IY0
「さて、あと少し経ったら、俺も奴らの成果を見に行くか。」
彼は腰の短剣を抜きながらそう呟く。
短剣はよく研ぎ澄まされており、少し指で触れただけでも血が吹き出そうなほどだ。
実際、この短剣で何人もの敵を、リルンカ中尉は殺してきた。
17歳の頃からやってきたこの仕事も、早8年。今では旅団の中でも掛け替えのないベテラン将校である。
命令とあらば、男、さらには女や子供も殺してきた。最近はこれが少し楽しいと思うようになってきている。
「他の分隊も、敵の伝令役を捕捉出来てるといいんだが。」
彼は心配したような口調で呟くが、内心では他の分隊もうまく出来るだろうと思っている。
シホールアンル軍は作戦開始前に、本国から直々に暗殺戦等の非正規戦を得意とする旅団を2個ほど、
バルランド、ミスリアル国境に忍ばせた。
彼らはミスリアルにいるエルフ族意外の人間によく溶け込んだ。最終的には12000人の特殊部隊が侵入し、慌ててバルランドへ抜けようとする間抜けなミスリアル人や連合国人を次々と討ち取っていた。
部下達が行って10分が経ち、彼も後を追う事にした。
上空で鳥達が盛んに鳴きながら飛び回っている。
「うるさい鳥共だ。」
彼は事も無げに呟きながら、上空を通過していく鳥に気を止める事もなく、その場を離れていった。
暗い森林地帯を、2頭の馬が土を跳ね上げながら猛速で突っ走っていく。
ベレイス達は、午前10時に出発して以来、途中で小休止を幾度か入れながらもバルランドへ向かっていた。
「姫!この森林地帯を抜ければ、後はバルランドまで一直線ですな!」
「そうね!この難所さえ抜ければ後は楽ね!」
ベレイスは微笑みながら部下にそう言った。
947 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 19:14:53 ID:4CUjn9IY0
今の所、シホールアンル兵らしき存在は確認していない。
急速侵攻が得意である敵も、流石に1日で南部を完全制圧と言う事は出来ないようだ。
魔法通信は、相変わらず使えないままだ。
ミスリアル軍は他国の軍と比べて優秀と謳われているが、今頃は敵の大軍相手に不利な戦いを強いられているだろう。
脳裏の中に激戦の様子が浮かぶ。
キメラやゴーレムを先頭に陣地に迫るシホールアンル軍。それに威力の大きい魔法をぶつけ、
迫る敵兵に対して果敢に挑むミスリアル兵や、遠方の敵を矢で射抜いていく弓兵。
奮戦するミスリアル兵に容赦なく襲い掛かる敵のワイバーン部隊。
想像に尽くせぬ凄惨な光景が、戦場で現出されているのだろう。
(待ってて。あんた達の苦しみはすぐに終わらせてあげる)
ベレイスは内心そう思うと、心なしか目頭が熱くなる。
その時、彼女は感じた。人が発する殺気と言う物を。
「来る!」
彼女はただ一言そう言っただけで、馬から飛び降りた。部下もその立った一言で分かった。
2人は馬を飛び降りると、地面を転げまわった。
こういう事には慣れているのか、痛々しそうに転んだにも拘らず、2人はうまく受身を取り、傷ひとつついていなかった。
馬から飛び降りて1秒後、彼女らが乗っていた馬が突然悶え苦しみ、転倒する。
2人はすぐにその場を離れる。2人が0.5秒前までいた場所に幾本もの矢が突き刺さる。
ベレイスは横に飛び退けながら、気配の1つに向けて小型のナイフを投げた。
その弓兵は、狙った女が投げたナイフに気が付いたが、その直後には、ナイフは左目に突き刺さっていた。
「ぎ、ぎゃあああああー!」
余りの激痛に、弓兵の男は悲鳴を上げて木から転落した。
転落の際に枝に延髄を強打してその男の意識は彼方に消し飛んだ。
948 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 19:17:12 ID:4CUjn9IY0
ベレイスと、その部下は瞬きの瞬間に1人ずつ弓兵を討ち取った。だが、敵は2人のみでは無い。
別の方角から矢が飛んで来る。ベレイスは人間とは思えぬ速さで飛んでくる矢を叩き割り、
2秒後に地面に伏せている弓兵と対面した。
「こんばんは。」
ベレイスはニタリと笑って言いながら、大型のナイフで弓兵に切りかかる。
弓兵の顔をナイフが薙ごうとするが、刃先は弓兵が咄嗟に出したクロスボウを切り裂いたに留まる。
すぐにナイフが切り返されるが、弓兵も手練なのだろう、いつの間にかナイフを取り出して切り返しを受けた。
「いい腕。だけど」
唐突に弓兵の動きが止まる。ベレイスの左手が弓兵の左胸に当てられている。
左手を引くと、そこには血に濡れた小さなナイフが現れた。
「な・・・・・いつ・・・・の」
弓兵は驚愕の表情を浮かべてから、胸を真っ赤に染めて息絶えた。
「あたしに及ばない。」
酷く冷たい声音で、人であった物体にそう語りかけた。
ベレイスは視線を別のところに向ける。とある一角で、小さい火花が盛んに点滅している。
部下が他の敵兵と戦っているのだろう。
弓兵は3人であったのだろう、矢はもう飛んで来なかったが、部下の周囲に6つの気配が群がっていた。
唐突に、1つの気配が地面に倒れる。
一瞬、彼女は部下がやられたかと思ったが、戦いはまだ続いているから、彼女は抱いた不安を打ち消す。
949 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 19:18:28 ID:4CUjn9IY0
「あんたの相手は俺だぜ!」
いきなり、横合いから人影が現れて彼女の横顔目がけて、何本ものナイフが投げられた。
2本を避け、2本を受け流した所でベレイスはその敵と対峙する。
「あんた強いな。シホールアンルじゃ俺らは少しは名が知れているんだが、あっという間に手練の2人をやるとはな。
大した腕前だぜ。」
その敵は、小柄でほっそりとした体系だが、その分俊敏そうであり、顔には斜めに傷跡がある。
「で、その仇討ちに来たわけね。」
「そうさ!」
その敵は爆発したように動く。常人では見えぬ速さで両手をせわしなく動かしてきた。
ベレイスも負けじと、右手にもつナイフで相手の攻撃を防いだ。
相手の2本のナイフを、彼女は10回、20回、30回と、表情を変えずに片手一本でさばく。
ギィン!シャァン!という鉄が滑り、弾かれる音が辺りに響く。
唐突に、右腕に鋭い痛みが走る。ナイフの先端が、右腕に当たって皮膚を切り裂いたのだ。
「あんた、なかなかやるじゃねえか!楽しいぜ!」
敵はそう叫びながらベレイスに左回し蹴りを食らわせようとする。
これまた鋭い蹴りだ。素人がこの蹴りを受ければ、たちまち体の中身が破壊されるだろう。
その蹴りをベレイスは体をしゃがませて避け、次に足払いをかけるが、相手も片足で後ろに飛び退いた。
引き際にしゃがむベレイスに向けて、4本の小型ナイフを投げつける。
彼女はすかさず右に飛び退いたが、左肩にザクッ!と、ナイフが刺さる感触が伝わる。
「畜生め、すばしっこい女だ!」
敵は憎んでいるのか、楽しんでいるのか分からないような口調でベレイスに言う。
950 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 19:21:19 ID:4CUjn9IY0
立ち上がったベレイスは右手を伸ばし、人差し指と中指を突き出してから、
「風よ、穿ち抜け!」
魔法を放った。
その全ての動作は1秒、いや、0.5秒にも満たなかった。
敵は、ベレイスが魔法を使ってくるだろうと思っていたが、まさかこんなに速いとは思わなかった。
「な、早」
避けようとした敵兵は、左半身に衝撃波を受けた。左半身の骨が何本も砕け、内臓が固形化した空気に叩き潰された。
「ぐ、があああ!」
致命傷を負った敵兵は、ひとしきりのた打ち回ったが、間を置かずに息を引き取った。
「今行くよ!」
彼女は振り向いて、部下の元に向かおうとした。だが、目の前には4人の敵が立ちはだかる。
その背後には、3つの死体。敵の死体と部下の死体があった。
「・・・・・・・・これも運命なのね。」
ベレイスは感情のこもっていない口調で言いつつも、左肩に刺さっていた小型ナイフを抜いた。
「お前が最後だ。何者か知らないが、その命、頂く!」
先頭の女性兵が向かって来た。部下と戦ったばかりで、ある程度の疲労は残っているはずなのに、動きは速い。
(こいつら、シホールアンルの第60特殊戦軍の兵士達ね)
951 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 19:23:50 ID:4CUjn9IY0
ベレイスは確信した。動きからして、シホールアンルでも有数の特殊軍の1つである第60特殊軍に間違い無い。
いくつかある特殊軍にはそれぞれの特徴がある。今回の後方撹乱の任務には、よく第60特殊軍の部隊が使われるのだ。
「チッ!なまじ動きが良すぎるもんだから!」
ベレイスは憎らしげに表情を歪めながら、その女性兵が放った剣戟を交わす。
攻撃はこれのみならず、袈裟に入ったと見るやいきなり胴を薙いでくる。
彼女は愛用の大型ナイフでその剣戟を裁きながら、左手に持っていた小型ナイフを至近にもかかわらず投げる。
その女性兵が剣でナイフを弾いた時に、別の大柄の敵兵がベレイスの背後から襲い掛かる。
背中に一突き。それでベレイスは終わる筈だったが、彼女は身を反らし、そして飛んだ。
「なっ!?」
敵兵が驚くが、剣を持っていた手に回し蹴りが加えられ、剣が吹き飛ばされる。
そして、いつの間にか着地した彼女は態勢の崩れた敵兵の顔面を殴る。
グシャッ!という何かが潰れた感触がするが、彼女は気にせずに殴った敵兵の襟首と脇を持ち、
あろう事か、それを別の敵兵に向けて投げ飛ばした。
「うわあぁ!?」
悲鳴を上げた直後、仲間を叩きつけられた敵兵が仰向けに倒れ、無様な姿を晒した。
「この、化け物がぁ!」
体が触れ合う距離に、彼女が驚いた時。ズッという何かが刺さる感触が、腹から伝わった。
「好きで化け物でいるわけじゃないわ。」
彼女は疲れたような顔で、ナイフを突き刺した女性兵に言う。ベレイスは思わず気が緩んでしまったが、
952 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 19:26:07 ID:4CUjn9IY0
「か・・・・・かかっ・・・・たね。」
女性兵は痛みに顔を歪めながら、ニヤリと笑った。曲がりなりにも、女性兵はチャンスを掴んだ。
そして実行した。
ベレイスは瞬時にこの敵が何を思ったのか分かった。ナイフを引いて突き飛ばそうと思ったが、その時には、彼女の最中から1本の剣が突き出されていた。
「自爆・・・・覚悟だけど、化け物・・・には、これが一番・・・よ。」
万事休すだった。その若い女性兵は、まだあどけない顔に満面の笑顔を浮かべていた。
その時点で、彼女は死ぬんだなと思った。
「見事なものね。仕方ない・・・・・かな。」
何故か、ベレイスも満足気な口調でそう言うと、その場に崩れ落ちた。
リルンカ中尉が来た時、戦いは終わっていた。
「小隊長。」
虫の息の女性兵を介抱していた、部下の軍曹が彼に気付く。
「ふぅ。どうやら終わっちまったみたいだな。伝令役は?」
「殺しました。ですが・・・・・」
軍曹は、死体に視線を移す。伝令役の死体は2体、互いに離れた位置にある。
うつ伏せに倒れている1人は男。胸の中心から服を真っ赤に染めて仰向けに倒れているもう1人は女であった。
リルンカ中尉はその顔を見た瞬間、目を疑った。
953 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 19:27:43 ID:4CUjn9IY0
「こ、こいつは・・・・・・まさか。いや、そうだ。」
隊長の狼狽振りに、軍曹は怪訝な表情を浮かべる。
「小隊長。どうかされたのですか?」
「ああ。ちょっとな。しかし、お前達は大当たりを引いたのかも知れんぞ。この女はミスリアル王国の第2皇女、
ベレイス・ヒューリックだ。」
「え?第2皇女!?」
衝撃の事実に、軍曹は仰天した。
「この化け物が・・・・・・あの男もそうでしたが、この女はあいつを投げ飛ばしたんですぜ。それも凄い勢いで。」
軍曹は目を見開きながら、伸びている大柄の兵を指差した。その兵は、彼の分隊では一番腕っ節が強く、
軍の格闘大会では常に上位に入っているほどの兵である。
その兵を投げ飛ばした力が、筋肉質であるとは言え、男から見たら華奢な体の何処に隠されているのか。
「第2皇女がこんな所に来るとは・・・・・もしかして、ミスリアル王室はバルランドへ逃げ始めたのか?」
「いや、このお姫様は伝令役ですよ。」
軍曹は懐から紙を取り出した。
「このお姫様が持っていたんです。バルランドへのミスリアル王国の現状報告書ですよ。」
「・・・・・・そうか。」
リルンカ中尉は納得したように呟いた。
「どうします?バラバラに切り分けて敵に贈りましょうか?」
軍曹はリルンカ中尉に聞いた。だが、リルンカ中尉は首を縦に振らなかった。
954 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 19:29:15 ID:4CUjn9IY0
「俺の自慢の分隊を壊滅させた憎い敵とは言え、国を救おうとした勇士に変わりは無い。
ここは、その勇士に敬意を表して、丁重に葬ってやろう。」
彼としては、敵とは言え、国を救うために行動を起こしたベレイスらを、死体になった後にまで
残酷な仕打ちをするのは忍びなかった。
「任務は果たしたんだ。今はそれでいい。」
リルンカ中尉はそう言いながら、ベレイスの遺体に敬礼を送った。
彼はベレイスの顔が笑っている事にふと気になったが、それも振り払って遺体を丁重に葬った。
彼は知らなかったが、ベレイスが長年可愛がっていた鳥が、今しもバルランドに迫っていた。
その足には、小さな筒が紐でくくりつけられていた。
1482年 10月18日 午前1時 ヴィルフレイング
「と、今日はこれでおしまいっすね。」
ラウス・クレーゲル魔道士は、眠そうに呟きながら、生徒にそう言った。
「おう、今日もありがとうな。ラウス先生。」
生徒である第16任務部隊司令官、ウィリアム・ハルゼー中将は笑みを浮かべながらラウスに返事した。
「いやあ、君にはいつも助かっているよ。お陰で、シホット共の言葉が少し分かってきたぞ。」
「はあ、どうもっす。」
彼はそう言って大欠伸をかいた。
955 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/14(木) 19:29:51 ID:4CUjn9IY0
彼のいる場所は、空母エンタープライズの司令官公室である。
ハルゼーが復帰してからは、週に3回。9時から1時までシホールアンル語の勉強をしている。
「さて、今日はもう遅いな。ではラウス君、また来週も頼むぞ。」
「分かりました。それでは、自分はおいとまします。」
彼はそそくさと立ち上がると、ハルゼーに一礼してから部屋を出ようとした。
いきなり、ドアが開いて、参謀長のブローニング大佐が入って来た。
「おお、マイルズ。どうしたこんな時間に?」
「司令官。南太平洋部隊司令部が、至急司令部に出頭せよと命じてきました。」
「出頭?こんな夜更けにかね?」
ハルゼーは不機嫌そうに顔を歪めてから、葉巻に火を付けようとした。
「緊急事態が起こったようです。シホールアンル軍がミスリアル王国に対して大規模な侵攻作戦を開始したようで。
その事について緊急の作戦会議を開くとの事です。」
ハルゼーの動きが止まった。彼は開いたジッポの蓋をパチンと閉めると、椅子から立ち上がった。
「ならば仕方ないな。ラウス君。俺はもう少し夜更かしするが、君は部屋に戻って眠っておけ。」
968 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/16(土) 23:10:43 ID:4CUjn9IY0
第45話 機動部隊出撃
1482年 10月17日 午後11時 サンディエゴ
サンディエゴにあるアメリカ太平洋艦隊司令部は、深夜にもかかわらず明かりが灯っていた。
その建物の中に、太平洋艦隊司令長官ハズバンド・キンメル大将はいた。
「諸君、緊急事態だ。」
彼は、作戦室に集まった司令部幕僚の前で口を開いた。
「ヴィルフレイングの南太平洋部隊司令部から、シホールアンル軍がミスリアル王国に侵攻を開始したと報告があった。」
キンメルの言葉に、幕僚達は驚きの表情を見せた。
「報告によると、シホールアンル軍が侵攻を開始したのは、現地時間の16日、夜9時頃だ。
既に、敵軍はミスリアル王国の内部にまで軍を進めているようだ。」
「シホールアンル軍はカレアントで大攻勢を開始するはずだったのに。これは一杯食わされましたな。」
参謀長のウィリアム・スミス少将が苦虫を噛み潰したように表情をしかめる。
「ガルクレルフ攻撃のお返しをされるとは、敵も天晴れなものです。」
「問題は、シホールアンル軍の兵力がどれほどの物か、です。」
作戦参謀のチャールズ・マックモリス大佐が発言する。
「ミスリアル軍は、30万の常備軍に20万の予備軍を保有していますが、先の報告からすると、
シホールアンル軍は最低でも50万以上の兵力で国境を突破してきたのでしょう。ミスリアル陸軍の錬度は
非常に高いようですが、不意討ちを受けているので大打撃を与えられた事は確実です。
早急に手を打たねば、同盟国の1つが確実に滅びます。」
969 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/16(土) 23:13:33 ID:4CUjn9IY0
マックモリス大佐の発言が終わると、今度は情報参謀のロシュフォート中佐が発言した。
「よく考えると、少しおかしいところがあります。現在、ヴィルフレイングは既に、18日の午前0時を回っています。
そのヴィルフレイングからの報告が現地時間で1時過ぎ。シホールアンル軍の侵攻開始は16日の夜半。
丸1日以上も間が開いてから敵軍侵攻の報告が来ています。普通、無線よりは伝達速度に差があるとは言え、
魔法通信はスムーズに行われます。ミスリアルは魔法技術に関して、世界で1位の国です。
なのに、そのミスリアルからの報告が、丸1日以上経ってからと言うのがどうにも不可解です。」
「これは推測であるが・・・・敵は何かしらの準備。例えば、通信系の魔法を妨害する魔法を、大規模に
起動させてから侵攻したかもしれん。」
キンメルは、レイリーと交わした魔法関係の雑談を思い出しながら言った。
「グリンゲル魔道士から聞いた話しだが、この世界は魔法が使える。使う者は常に頭で術式を組み上げて起動する。
当然、それを妨害する魔法も開発されている。ミスリアルに劣るとは言え、シホールアンルも侮れない魔法技術を
持っている。あのような大規模な魔法を作る事は容易に想像が付く。今回の作戦も、事前にこの魔法を仕掛けておいて、
開始直前になって起動し、ミスリアル軍の耳を奪ったのだろう。そうでもしなければ、このように情報が遅れて入って
来る事など有り得ん。」
幕僚達の反応は、納得したような表情を浮かべる者、なるほどとばかりにしきりに頷く者など様々であったが、
ようやく、このような事態に陥った経緯が分かった。
「敵は、追い討ちをかけてくる可能性があります。それも、海から。」
マックモリス大佐が再び発言する。
「シホールアンル軍は、このような大規模な侵攻作戦には、必ず敵の戦線の後方に上陸部隊を展開させています。
恐らく、今回の作戦でも、この上陸部隊は出てくる可能性があります。シホールアンル海軍は、現在5隻の
竜母を使用可能です。前回のバゼット海海戦では敵小型竜母1隻撃沈、正規竜母2隻を大破、又は中破させて
いますから、前線に出せる数はこれだけでしょう。」
970 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/16(土) 23:14:52 ID:4CUjn9IY0
ロシュフォート中佐も同感だと言わんばかりに頷き、再び発言する。
「それに対して、我が太平洋艦隊は、ヴィルフレイングに第15、16、17の3個任務部隊を配置しています。
使用可能な空母は5隻で、これを侵攻してくる敵機動部隊並びに輸送船団にぶつけます。」
「敵艦隊はもちろんだが、敵輸送船団にも護衛の艦隊が付いている可能性はあります。数は正確には分かりませんが、
最低でも3隻、多くて4隻は護衛に付いているかもしれません。敵機動部隊の直衛戦艦も合わせれば、数は2倍になります。」
太平洋艦隊には、戦艦が7隻配備されており、うち3隻の新鋭戦艦。ノースカロライナ、ワシントン、サウスダコタが、
共に機動部隊随伴戦艦として配備されている。
いずれも、昨年、今年に建造された艦で45口径16インチ砲9門を保有する新戦艦である。
シホールアンル側の戦艦になんら引けを取るものではない。
だが、もし水上砲戦となれば、いくら新鋭戦艦といえど数の優位を取られれば、戦いは必然的に厳しい物となる。
「その戦艦部隊と相対すれば、わが方の損害も無視できぬ物になります。」
「そうなる前に、敵機動部隊を捕捉、撃滅する必要があるな。だが、我が太平洋艦隊が保有する機動部隊なら、
それが可能だ。とは言っても、機動部隊決戦に持ち込んだら、今度はこっちの空母も1隻か2隻は沈められそうだが。
水上砲戦で大損害を出すよりは幾らかマシになるだろう。」
要は、敵の竜母部隊を叩きのめして制空権を奪えばいいのだ。
制空権の無い艦隊や輸送船団は、必ず地獄を見てきた。
ボストン沖海戦のマオンド輸送船団然り。レアルタ島沖海戦のシホールアンル戦艦部隊然り。
「今回の戦いも、空母同士の戦い如何で勝敗が決まる、ですか。時代は変わりましたなあ。」
スミス少将が、苦笑しながらキンメルに言った。
転移前にも、スミス少将のような大艦巨砲主義者は何人もいたが、未知の国、シホールアンルとの戦いを見ていくに
つれて信ずるべき物を変えざるを得なくなった。
971 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/16(土) 23:15:32 ID:4CUjn9IY0
シホールアンル海軍との機動部隊同士の戦いは既に2度行われている。
どの戦いも、一瞬の判断の正誤が、両軍の明暗を分けてきた。
共に猛々しく戦い、多数の命を散らしてきた空母対竜母の戦いが、近いうちにバゼット半島沖で行われるのだ。
「確かにな。数年前までは考えられなかった事だ。しかし、これが現実だ。我々はこの現実を眼に写し、耳に響かせながら、将兵を勝利に導いていこう。」
それから1時間後、南太平洋部隊司令部から機動部隊の出撃を促す電報が届けられた。
1482年 10月19日 午前11時 ヴィルフレイング
その日、ヴィルフレイングは快晴だった。
晴れ渡った心地の良い空の下、ヴィルフレイングに停泊するTF15、16、17の3個機動部隊は出港を開始した。
一番初めに出港を開始したのは、第15任務部隊である。
「TF15、出港します!」
見張りが、味方艦隊の出港を伝えてくる。ウィリアム・ハルゼー中将は、TF16旗艦、エンタープライズの艦橋で、
TF15の出港を見守っていた。
出港していく各艦は、盛大に星条旗よ永遠なれを吹聴し、乗員が登舷礼を行って離れていくヴィルフレイングに挨拶する。
ヴィルフレイングの住民達が熱狂的に見送る中、前衛を務める駆逐艦数隻が先に港から出る。
次に重巡洋艦のウィチタとルィスヴィルが出航していき、次に戦艦サウスダコタが、その巨躯をエンジンの振動に
躍らせながら、ゆっくりと後を追う。
その後を、TF15の主役たる空母ワスプが、小振りながらも堂々とした艦体を震わせながら、外海に出て行く。
その後に、軽巡洋艦のナッシュヴィル、セント・ルイス、クリーブランド、サンディエゴの4巡洋艦が、後を追う。
ハルゼーの傍らで、出港していくTF15の艦を見ていたラウス・クレーゲルは、1隻の巡洋艦に注目した。
972 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/16(土) 23:16:26 ID:4CUjn9IY0
ラウスが注目した巡洋艦。
最近配備されたばかりの軽巡洋艦クリーブランドは、どこかブルックリン級と似たような感じがある。
だが、主砲がブルックリンより少ない。
しかし、一見頼りなさげに見えるはずなのに、どうしてか、ブルックリン級より頼もしいような感じもする。
「そんなにクリーブランドが珍しいかね?」
参謀長のブローニング大佐がラウスに声をかけてきた。
「はあ。なんか、あの艦って、ブルックリンに似てますけど、主砲が3門足りないですね。でも代わりに、
ちっこい副砲が増えてますね。あと2、3個増やしたら、アトランタ級みたいになっちまいますよ。」
「あの艦はな、アトランタ級には及ばんが、対空戦闘も重視して設計された艦だ。本来ならブルックリン級と
同様な作り方をされる予定だったが、航空機の脅威が高くなり始めたから、手直しして航空機にも充分対応
できるようにしたんだ。」
「だが、対艦戦闘に関しても、あいつは手を抜いてないぞ。」
ハルゼー中将もラウスに言って来た。
「クリーブランドは、ブルックリンと比べて主砲3門足りないが、その代わりに新式の主砲を持たされている。
ブルックリン級は47口径6インチ砲だが、クリーブランドは54口径6インチ砲を装備されている。話によると、
54口径砲は47口径砲より射程距離が長く、砲弾の貫徹力も上がった。それでいて、1分間に悪くて8発、
良けりゃ10発と、47口径砲と同等の発射速度を持っている。」
ハルゼーはラウスに向き直ると、ニヤッと笑った。
「軽巡と言えば、誰も彼も頼りなさげに思うだろうが、クリーブランドに関して言えば頼りないどころか、
機動部隊には掛け替えの無い相棒だな。俺としてはそう思っている。あのクリーブランドは、最終的には
姉妹艦が30隻作られるようだから、今後はあいつが海軍を背負っていくだろうな。」
973 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/16(土) 23:17:04 ID:4CUjn9IY0
「さ、30隻っすか!?」
「ああ、そうだ。と言っても、30隻目が出てくるのは45年の初めぐらいだが。」
「え、え〜と・・・・たった2年余りで30隻って・・・・・」
ラウスは思わず呆然となった。あのシホールアンルも、大量に艦艇を作る事で有名だが、量産されたオーメイ級、
ルオグレイ級でさえ、39隻を建造するのに12年かかった。
そのオーメイ級、ルオグレイ級と同等か、あるいは勝るかも知れぬ高性能艦を、2、3年余り。
シホールアンルが要した年月の6分の1程度の期間で30隻作ると言うのだ!
(マジかよ・・・・・・いくらなんでも・・・)
ラウスは日々、アメリカと言う国は凄いと思っていたが、こんな突拍子も無い事実を突き付けられると、
頼もしさを通り越して恐怖感すら沸き起こる。
「どうした?ラウス君」
ハルゼーは、ラウスが顔を青くしている事に気が付いた。
「気分でも悪いのかね?」
「へ?い、いいえ。意気軒昂っすよ♪」
と、彼はわざとらしく体操したりして何も無い事をアピールした。
「司令官、そろそろ我々の出番ですな。」
「ああ。いよいよだな。」
ハルゼーは表情を引き締めた。ついに、TF16の出港が始まった。
まず、TF15と同じように前衛の駆逐艦が先に出港する。その次に、ノーザンプトンとペンサコラ、ヴィンセンスの
3重巡が外海へと出て行く。
その背後には、新鋭戦艦のノースカロライナが、9門の16インチ砲にやや仰角をあげて、誇らしげに出港していく。
974 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/16(土) 23:17:52 ID:4CUjn9IY0
「両舷前進微速。」
艦長のマレー大佐の命令が、操舵室に届く。
「両舷前進微速、アイアイサー。」
電話から返事の声が聞こえ、それから間もなくしてエンタープライズの艦体がゆっくりと、外海に向けて動き出した。
しばらくすると、右舷500メートルの距離で停泊していた空母ホーネットも、ゆっくりと動き始めた。
軍楽隊が派手に曲を流す中、ヴィルフレイング住民の見送りもますますヒートアップした。
「なあブローニング。今回は3姉妹無事に揃って、敵に立ち向かえるな。」
「そうですなあ。今まで、エンタープライズは太平洋。ヨークタウンとホーネットは大西洋と、バラバラになって
活動していましたが、こうして見ると、やっと3姉妹が揃ったかと思いますね。」
「ヨークタウン3姉妹、ついにここで揃う、か。一番姉貴のヨークタウンが、TF17でレンジャーと共にグループを
組んでいるから、まだ離れ離れだが、とにかく、同じ戦線で3隻揃って戦う事には変わりは無い。」
ハルゼーらが会話を交わしている間にも、機動部隊は続々と出港していく。
TF16が出港を終えると、今度はTF17が出港を開始し、そのTF17も出港すると、給油艦8、補給艦6隻を含む
28隻の補給部隊が出撃した。この補給部隊には、第2任務部隊の戦艦アリゾナ、ペンシルヴァニアを含む艦が
補給部隊護衛の任に当たっていた。
こうして、94隻のアメリカ艦隊は、ヴィルフレイングを出港するや、輪形陣を組み上げ、一路バゼット半島沖へ向かった。
1842年 10月20日 午後0時 ネバダ州ロスアラモス
「ふぅ。やっと昼ご飯の時間か。」
アルベルト・アインシュタイン博士は研究室の椅子に背をもたれさせながら、豪快に背伸びをした。
時間は昼を回ったところだ。腹を空かしたアインシュタインや他の研究員はカフェテリアへ向かおうとした。
アインシュタインは椅子から立ち上がる前に、2人の男女。レイリーとルィールに視線を向けた。
975 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/16(土) 23:18:25 ID:4CUjn9IY0
2人は作成された資料に目を通している。熱心に仕事をこなす彼らの表情は、いつもと違ってどこか暗かった。
「お2人さん。昼休みの時間だが、昼食でも食べにいかんかね?」
アインシュタインはまず、2人を昼食に誘ってみた。2人は同時に頷くと、資料を置いて研究所内に
あるカフェテリアに移動した。
カフェテリアに移動してから、彼らは昼食を取った。
アインシュタインは彼らと知り合って半年以上になるが、2人の性格はほぼ分かってきている。
レイリーは、ミスリアルでトップクラスの魔道士であり、頭が切れ、運動神経抜群というパーフェクトマン
であり、見た目も冷たい感じがする。
ルィールはレイリーよりは少し明るい感じがするが、レイリーよりも冷静沈着であり、時にはレイリーよりも
早く仕事をこなす事がある。
2人とも、外見からして自分は冷たい人だよ、と言ってるような感じだが、本当は2人ともよく喋る。
特にレイリーは、仕事以外の時は陽気な人物であり、この昼食の時も色々な話をして場を盛り上げてくれる。
最近では研究チームのムードメーカー的存在となっている。
だが、昨日から、彼らは何かを心配しているのか、常に険しい表情を浮かべている。
アインシュタインは、彼らが浮かぬ顔をする原因が分かっていた。
「やはり・・・・気になるのかな?」
アインシュタインはおもむろに口を開いた。
「祖国の状況が、やはり気になるのだね?」
アインシュタインの言葉に、2人はうつむいていた顔を上げる。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
2人はじっと黙っている。
976 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/16(土) 23:19:05 ID:4CUjn9IY0
(こうなるのも仕方ないだろう。私だって、知人が多く住んでいる生まれ故郷が、とんでもない災難に
見舞われたら、今までのように振舞う事は難しい)
アインシュタインは2人の気持ちに同情していた。
昨日、2人にレイトン中佐が、顔色を変えながらミスリアル王国にシホールアンル軍が大規模侵攻を
開始したと伝えている。
彼はその話をはっきり耳にしている。
2人はその後も、相変わらず仕事を続けたが、アインシュタインは2人の動作が、いつもとは違う事を見抜いていた。
「ええ。気になります。」
ルィールが最初に言った。
「ミスリアルには、私の家族がいますし、友人も、世話になった人も多くいます。その人達の身に
何か起きようとしていると思うと、少し不安になります。」
彼女は持っていたカップを置いてから、話を続ける。
「レイトン中佐からは、定期的に連絡を受け取っていますが、ミスリアル王国には敵の妨害魔法が大規模に
起動されて、魔法通信では全く連絡が取れず、今もどのような状況になっているか、全く分かりません。」
「魔法通信を妨害か・・・・・傍受する事は出来ないが、妨げる事はできるのか。」
アインシュタインは伸びた白髪頭を掻きながら唸った。
「シホールアンルも、魔法技術は我がミスリアルに劣りますが、応用技術に関しては我々と同じか、近い位置にあります。」
レイリーがアインシュタインに言う。
「今回のシホールアンル側の攻勢は、我々が驚くほど見事です。ガルクレルフ奇襲をそっくり叩き返された形になりますね。」
977 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/16(土) 23:19:53 ID:4CUjn9IY0
彼は大きくため息をついた。
「あの国は、やられたらただでは起き上がらない国です。だから、一度物事に失敗すると、使えるなら敵のやり方も
学び、それも取り入れて次の攻撃を仕掛けてきます。このアメリカと大分似ていますよ。」
「なるほど。いやはや、恐れ入ったよ。」
アインシュタインは苦笑しながらレイリーとルィールに言った。
「アメリカとシホールアンルは似ているか・・・・・うんうん。よく考えれば似てるかも知れんな。」
彼はそうぼやく。しかし、アインシュタインは、それほど悲観はしていないようだった。
「しかし、事は我が合衆国に知れ渡り、ヴィルフレイングに駐留する太平洋艦隊が、艦隊を派遣した事はさっき、
レイトン中佐から聞いているだろう?」
「ええ。」
「シホールアンルの侵攻艦隊を迎撃するようですが。」
「そうだ。私も少しくらいは知っているが、今、太平洋艦隊に配属されている空母は、いずれも実戦を経験した
艦ばかりだ。艦隊の錬度はなかなか高いようだぞ。合衆国海軍きっての精鋭艦隊なら、シホールアンル相手に
暴れ回ってくれるだろう。」
彼は言葉を区切ると、一かけらのビスケットを口に放り込んだ。
「これから、バゼット半島沖で、今までにない規模の大海戦が繰り広げられるだろう。その戦いに合衆国が勝てば・・・・」
アインシュタインは窓の外。西の空を見上げる。その方角には、2人の祖国であるミスリアル王国がある。
2人もアインシュタインに真似るように、西の方角に顔を向けた。
978 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/16(土) 23:20:35 ID:4CUjn9IY0
「流れは合衆国と、南大陸諸国に移るかも知れん。」
そう言った後、アインシュタインは急に恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「まっ、ただの科学者である私が、軍事の話をしても感心せんと思うけどね。」
と、彼は微笑みながら言った。
1482年 10月21日 午後8時
第24竜母機動艦隊は、19日に北大陸の根拠地、ジリルブラウクを出港した攻略艦隊と合流した後、
バゼット半島に向かっていた。
上陸部隊は、500隻の大輸送船団で編成されており、輸送船団には、第17軍の第182歩兵師団、
第205重装騎士師団、第163騎兵旅団。第20軍の第2重装騎士師団、第57騎兵旅団。
第3特殊軍の第72魔法騎士師団、第66特殊戦旅団。
シホールアンル陸軍は1個師団の人員は約16000人、1個旅団は6000人である。
この3個軍の人員を合わせると、計8万を超える大部隊である。
護衛にはシホールアンル海軍第8、第12艦隊があたる。
第8艦隊は戦艦4隻、巡洋艦4隻、駆逐艦16隻。第12艦隊は巡洋艦2隻、駆逐艦34隻で編成されている。
第12艦隊は本土防衛用の艦隊であり、駆逐艦は艦隊型駆逐艦とは一段性能の劣るものだが、南大陸軍の
水上部隊相手なら充分に対応できる。
そして、侵攻作戦の尖兵となる第24竜母機動艦隊は、第1部隊が正規竜母2隻、小型竜母1隻、戦艦2隻、
巡洋艦3隻、駆逐艦10隻。
第2部隊が正規竜母2隻、戦艦1隻、巡洋艦3隻、駆逐艦11隻で編成されている。
この他に、第22竜母機動艦隊の竜母2隻と巡洋艦3隻、駆逐艦13隻が加わる。
まさに、シホールアンル海軍の総力を結集した大攻略部隊である。
第24竜母機動艦隊旗艦、竜母クァーラルドの作戦室で、リリスティ・モルクンレル中将は幕僚達と話し合っていた。
979 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/16(土) 23:21:49 ID:4CUjn9IY0
「ヴィルフレイングに潜伏するスパイの報告では、アメリカ軍は18日に正規空母を中心とする機動部隊を出港
させた模様です。アメリカ機動部隊は、常に8〜9ゼルドの巡航速度で航行します。途中、他艦への燃料補給も
含めれば、24日にはバゼット半島の西側海域に進出する物と思われます。」
作戦参謀のオスク・キンスグ中佐は、机に広げられた地図を指で撫でながら説明する。
「敵の正規空母は合計で5隻。うち2隻はレンジャー、又はワスプ級。3隻はヨークタウン級空母です。」
「飛空挺の数は、相変わらずあっちの方が多いね。多分、430か、40機ぐらいは揃えている。
それに対して、こっちは前部集めて437騎。互角か、少し差をつけられてる。」
リリスティは腕を組み、1人で考え始めた。
竜母部隊はリリスティの第24竜母機動艦隊の他に、ヘルクレンス少将の第22竜母機動艦隊もいる。
ヘルクレンス少将は竜母ゼルアレと、ギルガメル級竜母3番艦のリギルガレスを保有している。
合計で7隻の竜母をシホールアンル側は持つ訳だが、相手は正規空母5隻と、母艦の数ではアメリカ側が少ない。
しかし、艦載機の数では米機動部隊と同等か、少し差をつけられている。
正攻法で行けば、米機動部隊にも大打撃を与えられるが、リリスティ、ヘルクレンスの艦隊も敵攻撃隊の攻撃に晒される。
アメリカ機動部隊を打ち破っても、上陸参戦の要になる竜母部隊が全滅しては、あとの作戦に支障を来たしてしまう。
そうなってはまずい。
(何かいい案無いかな・・・・来年から竜母が増えると言っても、ここで何隻も沈めてしまったら危ないし・・・・・)
リリスティは悩んだ。
過去、2度の機動部隊決戦で、シホールアンル側は3隻の米正規空母を大破させたが、アメリカ機動部隊が
放って来る攻撃隊は、こちらにも必ず被害を与えている。
敵機動部隊と戦う以上、こちらに犠牲が出るのは致し方ない。
しかし、ある程度の戦力は残しておく必要がある。
「こっちの竜母もやられるだろうけど・・・・せめて、戦いの後に2、3隻は無傷で居れば、上陸作戦の支援も
出来るんだけど・・・・・・あなた達は、何か面白そうな案とか思い浮かばない?」
980 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/16(土) 23:22:26 ID:4CUjn9IY0
彼女は作戦室の幕僚を見回しながら聞いてみた。
「お言葉ですが司令官。ここは正攻法で行く以外に道は開けぬかと思われます。」
参謀長がリリスティに顔を向けて言い始めた。
「それに、機動部隊同士の決戦では、相手を見つけた方が有利になります。ジェリンファ沖、バゼット海南沖では、
先に我々が相手を見つけた事で、小型竜母2隻撃沈。大型空母2隻大破の戦果を挙げています。前回は不運にも、
相手に見つかってしまいましたが、今回はこちらの手駒も揃っております。アメリカ空母部隊は今度こそ、
必ず討ち果たせるでしょう。」
「違う・・・・・私が考えているのはもう少し、捻った考えよ。確かに正攻法はいい。でもね、上陸作戦を行う
までには、全ての竜母が大破させられるという事はあってはならないわ。もっと、相手を驚かすような方法で、
私は敵と戦いたい。」
リリスティの言葉に、幕僚たちは口を閉ざした。作戦室には、しばしの沈黙が流れる。
沈黙が1分、2分と続く。彼女はとある考えが浮かんでいたが、それを口にするのは少し躊躇いが生じる。
だが、その方法ならば、相手の意表を衝く事が出来る。
彼女が自分の考えを言おうか、言わぬか考えていた時、突然魔道将校が作戦室に入って来た。
「司令官。第22竜母機動艦隊司令官のヘルクレンス少将より、作戦の打ち合わせのために9時頃に
来艦したいとの要望がゼルアレから届けられました。」
「ヘルクレンスが?」
リリスティは首をかしげた。
第22竜母機動艦隊は、リリスティの艦隊より後方5ゼルドの海域を航行している。
距離的にはそう遠くは無い。
981 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/06/16(土) 23:23:19 ID:4CUjn9IY0
「・・・・・何か妙案を思いついたのかしら。」
リリスティは誰にも聞こえないような声でそう呟いた後、魔道将校に返事をした。
「ヘルクレンス少将に返信。了解。時間通りに来艦されたし。以上。」
彼女はそっけない口調で、魔道将校に伝えた。
その後、リリスティはヘルクレンス少将も交えて改めて会議を開いた。
ヘルクレンスの考えはリリスティが考えた物と同じであり、幕僚達は最初、反対した。
だが、今作戦は海戦のみならず、上陸支援も含まれる為、ある程度の竜母とワイバーンは残す必要がある。
やがて、幕僚達は賛成し、リリスティとヘルクレンスの案を元に、アメリカ機動部隊撃滅の対策を立てていった。