812  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  22:32:44  ID:4CUjn9IY0
第40話  魔法の砲弾

1482年  8月30日  ノーフォーク沖10マイル地点  午前8時

その日、レイリー・グリンゲルとルィール・スレンティは、ノーフォーク沖を航行中の
軽巡洋艦クリーブランドの後部甲板にいた。

「魔法の砲弾、ですか。」

レイリーは、やや怪訝な表情でレイトン中佐に語りかけた。

「レイトン中佐から聞いた話では、命中率が格段に向上する砲弾、いわば魔法の砲弾の試射が、
このクリーブランドという艦で行われると聞いたんですが。」
「そう。時代を一新する新型砲弾だよ。これまで、高射砲弾というのは弾頭に時限式の信管を
取り付けて発射していたが、このクリーブランドが積んでいる砲弾は、ちょっと特殊な作りに
なっているんだ。」

レイトン中佐はどこか誇らしげな表情でレイリーに言った。


レイトン中佐に、新型砲弾の試射を見学しないかと言われたのは8月の12日である。
レイリーとルィールは、それまで新型無線機の開発に従事していた。
開発は依然難航していたが、ここ最近は徐々に先が見えつつあった。
レイリー達はようやく、袋小路から抜け出たと、やや安心していた。
2人はアインシュタイン博士の勧めで、気分転換も兼ねてこの試射に立ち会うことにした。  


813  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  22:35:50  ID:4CUjn9IY0
3人のもとに、クリーブランドの艦長であるトレンク・ブラロック大佐と、
砲術長のジョシュア・ラルカイル中佐が現れた。

「やあレイトン!久しぶりだな。」
「君こそ。すっかり偉くなったな。同期としては嬉しい限りだよ。」

レイトン中佐とブラロック大佐は互いに満面の笑みを浮かべながら握手を交わした。

「お知り合いで?」

ルィールがどこか呆けたような表情で聞いて来る。

「レイトンとはアナポリスの同期でね。おっと、自己紹介がまだでしたな。
私はクリーブランド艦長のトレンク・ブラロック大佐です。南大陸の使者に会えて光栄です。」
「同じく、砲術長のジョシュア・ラルカイル中佐であります。」

豪胆そうな艦長と比べて、砲術長のほうはどこか歯切れの悪い口調で自己紹介した。
レイリーとルィールは、冷静な顔つきで自己紹介を行った。

「前部甲板にいる技術者の紹介でも言った言葉だが、とりあえず言っておこう。
本日は新型砲弾の試射にご出席いただきありがとうございます。今回、この艦で試射を行う砲弾は、
VT信管と呼ばれる新型砲弾です。試射は舷側に装備されている5インチ連装両用砲を用いて行います。
発砲の際は両用砲塔に近付かぬよう、お願いします。と、こんなものかな。」
「ハハハ、上手いな。退官後は大手会社のセールスマンになれるな。」
「ああ、俺もそう思っとるよ。」

と、2人は声を上げて笑った。  


814  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  22:39:23  ID:4CUjn9IY0
「しかし、新鋭軽巡の艦長に選ばれるとは、貴様も出世街道を順調に進んでるな。」
「なあに、おれはまだ小物だよ。同期の中には海軍省に栄転した奴もいる。そいつに比べればまだまださ。」

と、ブラロック大佐は謙遜するが、まんざらでもないようだ。
彼が艦長を務める軽巡洋艦クリーブランドは、対空、対艦能力のバランスが取れた軽巡である。
基準排水量10000トン、全長186メートル、全長20・3メートル、速力は33ノット。
主砲は新式の54口径6インチ3連装砲4基12門に、5インチ連装両用砲6基12門。
機銃は40ミリ連装機銃8基16丁、20ミリ機銃20丁を搭載し、水偵4機を積める。
ブルックリン級軽巡の拡大発展型の意味合いが強いが、砲戦力、対空火力はブルックリン級より強力である。
主砲はこれまでの47口径6インチ砲に変わって、射程、貫徹力の向上した54口径6インチ砲が新たに採用されている。
ブルックリン級に比べると、主砲1基が少なく、砲戦力が低下しているが、その分、対空火力が向上している。
新装備の54口径砲は威力、射程は申し分なく、砲が少なくなった穴を埋められると上層部は見込んでいる。
両用砲も12門に増え、高高度から低高度の敵に対応しやすくなり、甲板各所に配備された40ミリ機銃、
20ミリ機銃もブルックリン級に比べて増えている。
このクリーブランド級は、今年から順次建造、就役する予定であり、最終的には30隻が竣工する見込みだ。
性能面からして、上層部はクリーブランド級を使い勝手の良い軽巡であると評価しており、今後の活躍に期待されている。

「こいつはいい艦だよ。お前の活躍次第では、クリーブランド級の増産も考えられるかも知れんぞ。」
「そいつはいい。造船所が喜ぶな。おっと、ショーが始まるまでもう時間が無いな。
ジョシュア、君の腕前、お客さん方に見せてもらえ。」
「はっ、微力を尽くしますよ。」

砲術長は少し引きつった笑顔を浮かべると、ブラロック大佐と共に艦内に戻っていった。

「本当なら、この新型砲弾の試射は8月12日から行われる予定だったが、輸送中の事故があって
今日に延期になったようだ。ちなみにこの砲弾の試射は本当は国家機密で、あまり知らされていない。
だから、君たちがこの試射に立ち会える事は、ある意味幸運かもしれない。」  


815  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  22:42:21  ID:4CUjn9IY0
「幸運ですか。」

ルィールが納得したように頷いた。
レイリーは前方を航行する空母を見ながらレイトンに聞いた。

「レイトン中佐。試射をやるからには、目標が必要になるはずですが、その目標はあの艦に乗っているのですか?」
「そうだ。目標はこの艦の前を行くワスプが用意してある。今回は小型のリモコン飛行機を飛ばして、
それに向けて砲弾を撃つ。用意してあるリモコン飛行機は3機だ。」
「「3機?」」

レイリーとルィールは素っ頓狂な声を上げた。
アメリカ海軍の対空射撃は、空一面に砲弾をぶちまけるかの如く撃ちまくると聞いている。
訓練では実戦のように、狂ったようには撃ちまくらないが、それでも100発か200発程度は撃つと思っていた。
なのに、目標役はたった3機のラジコン飛行機である。拍子抜けしないほうがおかしい。

「それって、少なすぎなんじゃ・・・・」

ルィールが理解できぬと言った表情で、レイトンに言った。

「君達もそう思うか。確かに、傍目から見れば少ないだろう。実を言うとね、高角砲の試射は実戦のように
無闇やたらに撃たないのだ。最初は単発発砲、次は連続斉射、最後に高高度の目標を単発発砲と、
この順番でやるのだ。でもね、本当なら3機も用意する必要なかった。理由は簡単、撃ち落されないからさ。」
「へっ?撃ち落されない?」

レイリーが気の抜けた口調で言う。  


816  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  22:44:02  ID:4CUjn9IY0
「そうだ。これまで、時限式の高角砲弾で何度かテストしているんだが、成績は最悪。
タイミングは合わないわ、発砲した砲弾が作動しないわで、試射でラジコン飛行機が撃ち落されたのは
見た事がないようだ。本来なら、どうせ当たらんのだから3機中2機のみでやってしまえと言う輩も
いたようだ。まっ、運が良ければ、ラジコン飛行機が落ちる瞬間を見られるかも知れんな。」

レイトン中佐はそう言いながら、自分達からやや離れた場所に陣取る撮影班を見た。
先ほど彼らに話を聞いたところ、彼らもラジコン飛行機が落ちるのを見た事がないという。

「8時30分に試射開始だから・・・・あと4・5分と言う所だな。」

レイトン中佐はほぼ無表情でそう呟いた。

やがて、8時30分になった。射撃を行うのは、左舷の1番両用砲である。
ワスプからラジコン飛行機が発艦し、時速150キロほどのスピードでクリーブランドの周囲を一周した。
クリーブランドは18ノットのスピードで航行し、艦体も安定している。

「さて、ショータイムだ。」

レイトン中佐が期待したような口調で呟く。
1分後に、ラジコン飛行機が高度500メートルほどで、クリーブランドと平行するように通り過ぎようとした。
その直後、1番両用砲の連装砲のうち、1つが火を噴いた。
ドォン!という発砲音が響いてから1秒後、ラジコン飛行機の至近距離に黒い花が咲いたと思った瞬間、
破片によってバラバラに打ち砕かれてしまった。
優雅に飛行していたラジコン飛行機の姿はなく、小さな破片が、紙ふぶきのようにパラパラと海面に撒かれた。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」  


817  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  22:46:20  ID:4CUjn9IY0
鮮やかに決まったラジコン飛行機撃墜の反応は、沈黙であった。
しばらく沈黙が続いた後、撮影班から、

「おい、初めてラジコン機が落ちたぜ!」

と、何故か興奮気味な言葉が流れてきた。

「レイトン中佐。鮮やかに落とされましたね。」

ルィールの涼しげな言葉に、レイトン中佐ははっとなって答えた。

「あ、ああ。初回の初打席から見事なホームランだね。」

彼は今の状況を野球に例えながら答えた。
2分後に、ワスプから別のラジコン飛行機が発艦した。
そのラジコン飛行機は、左舷側に飛び去っていくと、やがて高度70メートル辺りで、雷撃機を模した格好で接近し始めた。
姿がハッキリし始めた直後、1番両用砲が再び発砲した。
今度は2本の砲身を用いての斉射だ。

「さて、今度は」

レイリーが言い終わる前にラジコン機の前方、後方で砲弾が炸裂した。
破片をもろに受けたラジコン機はこれまたバラバラに砕け散ってしまった。

「・・・・当たりでしたね。」

レイリーもまた、務めて平静な口調で言った。  


818  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  22:49:11  ID:4CUjn9IY0
続いて、3機目もワスプから発艦する。
この3機目は、水平爆撃機に擬して、クリーブランドの左舷側から上空に覆い被さって来た。
これに対し、クリーブランドの1番両用砲が発砲する。1回目と同じように、やはり砲1つのみの射撃である。
黒い粒のようなラジコン機のすぐ後ろ側で、砲弾が炸裂した。
その刹那、ラジコン機は全身火達磨になって墜落していった。

「あっ、当たった。」

どこか腑抜けたような声が聞こえた。
この日の試射はわずか20分ほどで終わってしまった。

「ショーはこれにて終了のようだが、何か感想はあるかな?」

レイトン中佐は少しばかり引きつった表情で2人に聞いた。

「率直に言って当たりすぎです。4発撃って全てが有効弾なんてはじめて見ましたよ。」

レイリーが控え目な笑みを浮かべながら言う。

「・・・・・私も同感ですが・・・・・もしかして、この新型砲弾には・・・・・」

ルィールが、声のトーンを徐々に小さくしたと思うと、突然考え事を始めた。
レイリーも彼女同様黙考を始めている。
その間に、先ほど顔を合わせた艦長と砲術長が彼らの下にやって来た。

「やあブラロック。君んとこの砲手は大した腕前だな。」
「いや、それほどでもないんだが。」
「砲手の腕は悪くはありませんが、全ての仕掛けは、あの砲弾ですよ。ところで」  


819  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  22:50:14  ID:4CUjn9IY0
ラルカイル砲術長が怪訝な表情で2人を見た後、レイトン中佐に聞いた。

「この特使の方々は、難しい顔をして何を考えているのです?」
「私に聞かれてもね。」

レイトン中佐は肩を竦めたが、2人は考えをやめて彼らに顔を向ける。

「大体見当が付きました。」

ルィールがまず喋りだした。

「あの新型砲弾は、もしかして探査魔法系の類が仕込まれていますね?」
「あなた方で言うなら、レーダーと呼ばれるものです。」

2人の言葉に、ラルカイル中佐とブラロック大佐はぎょっとなった。

「こいつはたまげた。VT信管のからくりを見破るとは。」
「か、艦長!」
「大丈夫です。口外はしませんよ。元々、機密事項というものには慣れていますから。」

レイリーは笑みを浮かべながら、やんわりとした口調で言う。

「頼みますよ、特使さん。でも、細かく教える事はできんから、大雑把に言う。
あの新型砲弾には、あんたらが言っていたように、小さなレーダーが付いている。砲弾に付けられた
レーダーは、発射直後に作動する。」  


820  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  22:52:42  ID:4CUjn9IY0
ブラロック大佐は、片方の手を高角砲弾に、もう片方を飛行物体に似せた。

「砲弾は、打ち上げられた後にレーダー作動させ、音波によって飛行物体の位置を常に掴んでいる。
そして、砲弾は飛行物体に近付く。すると、レーダーが一定の反応を捉え」

彼は近づけた手を、大きく左右に開いた。

「ドン!破片を飛び散らして相手に致命傷を与える。要するに、VT信管は目の付いた弾だな。」
「目の付いた・・・・弾。」

レイリーとルィールは、驚いた表情で互いの顔を見合わせた。
実を言うと、ミスリアルでも似たような研究があったのだ。
打ち出す砲弾サイズの光弾を、相手の至近で爆発させ、その威力で敵の軍を混乱させる。
という名目で、研究が行われていた。
だが、砲弾と同等の威力を持つ光弾に、自発的、それも自由意志で爆発させると言う事は困難であり、
結局、開発困難と言う事で研究は打ち切られた。
魔法で世界一と言われるミスリアルが出来なかった事を、アメリカはやってのけたのだ。

「魔法で出来なかった事を、アメリカは・・・いや、科学は出来た。」

ルィールは小さく呟いた後、どこか落胆したような表情を見せた。

「ん?何か悪い事言って・・・しまったかな?」

ブラロック大佐は、彼女がいきなり落ち込んでいる事に驚く。  


821  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  22:54:50  ID:4CUjn9IY0
「あっ、いえ。別に。」

ルィールがすぐに否定するが、いつもと違って歯切れが悪い。

「しかし、この砲弾さえあれば、艦隊の防空能力は飛躍的に向上するでしょう。
いやはや、アメリカは凄いものを開発したものです。」

レイリーは感嘆してそう言ったが、

「お気持ちは分かりますが、このVT信管はまだ製作中のものなので、問題点は色々あります。」
砲術長のラルカイル中佐が戒めるような口調で言った。
「この信管の精度は、先ほども見た通りピカ一です。しかし、未だに故障は多く、砲弾の特性故の問題は
残ったまま。それに、今さっきの試射で上げた好成績ですが、あれはたかだか100〜200キロしか
出せぬ低速機。実際の戦場では、敵機はその2倍以上の300〜400キロ以上、良ければ500キロ以上の
猛速で突っ込んで来ます。優秀な新型砲弾といえど、状況が違えば、今日のような好成績が出る事は非常に
難しいでしょう。」
「砲術長の言う通り。今やったのは訓練に過ぎない。実戦で百発百中とは、どんなベテランでも出来ん代物だ。
だから、今の訓練も、頭の中では話半分として理解した方が良い。」
「なるほど。」

レイリーは納得して大きく頷く。

「だが、このVT信管が実用化されれば、シホット共のワイバーンは急激に数を減らすだろう。
それだけは確かだな。」

と、ブラロック大佐は自慢げに言い放った。  


822  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  22:56:45  ID:4CUjn9IY0
ノーフォーク港に入港したのは午前10時であった。
クリーブランドから降りたレイリーとルィールは、レイトン中佐に早速感想を聞かれた。

「今日はどうだったかね?見応えは充分にあったと思うが。」

彼の問いにまず、ルィールが答えた。

「その通りですね。シホールアンルの防空部隊は北大陸、南大陸の中で一番の命中精度を持つと
言われていますけど、今日の試射はそれ以上です。あの試射だけを見るなら、神業ですね。」

普段冷静な彼女にしては珍しく、興奮と悔しさの混じった口調である。

「正直言って、やられたなあと思いましたね。あたしは今まで、魔法に敵う物は無いと思ってましたが、
今日の試射で、いや、この国に来てから色々思い知らされました。」
「私としても、彼女と同感です。今日は本当に勉強になりました。」

2人はいつになく、感嘆した口調で感想を述べた。

「そうか。なら連れて来た甲斐があったな。しかし、VT信管の特性に早々と気付いたところは驚かされたよ。
流石は世界一の魔法使いだ。頭の回転が速い。」

逆にレイトン自身も、2人の反応には驚かされている。
あの時点で、VT信管を初めて見、その原理を素早く見抜いたのはこの2人だけである。

「その天才達を手を組めた我が合衆国は幸運だったな。」

レイトン中佐はうんうん頷きながら呟いた。それを聞いた2人も、
(このような国を敵に回さなくて良かった)
と心の底から思っていた。

その後、3人は軽い休息を取った後、ロスアラモスに戻って行った。  


823  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  22:59:54  ID:4CUjn9IY0
1482年  8月31日  午前10時  エンデルド

第24竜母機動艦隊の旗艦である竜母モルクドの司令官室で、リリスティ・モルクンレル中将は
乱暴な仕草でドアを開き、思い切り閉めた。

「何が目標達成よ!石頭っ!!」

そう言いながら、彼女は制帽をベッドに叩き付けた。
気を落ち着けるために、水の入ったビンを取り出してコップに水を入れる。
半分ほどまで入れると、彼女はぐっと一息に飲み干した。
荒立っていた息が次第に収まり始め、頭もようやく冷めてくる。

「はぁっ・・・・」

彼女はため息をつきながら、ちらりと舷窓に視線を送る。
昨日までは、彼女の旗艦であったクァーラルドがモルクドの右舷に停泊しており、この窓から見えたのだが、
今日はその勇姿を見ることが出来ない。
クァーラルドは、25日のバゼット海海戦で米艦載機の攻撃を受けた。
爆弾2発、魚雷1本を浴びた結果、中破の判定を受け、修理のため本国に回航されたのだ。

「疲れた。」

リリスティはか細い声音でそう呟くと、ベッドに仰向けに倒れこんだ。  


824  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  23:03:21  ID:4CUjn9IY0
この日の8時、彼女は経過報告のため、西艦隊司令部に赴いた。
そこで、海戦の報告を終えた後、西艦隊司令長官であるカランク・ラカテルグ大将から褒めの言葉を貰った。

「よくやった、モルクンレル。バルランドの護送艦隊を全滅させ、アメリカの小型空母を2隻撃沈。
そして、この間の海戦では、こっちもやられたが、敵正規空母2隻を大破させた。これで、目的は達成できたな。」

丸顔のラカテルグ大将は、満面の笑みを浮かべながらそう言った。

「ありがとうございます。しかし、私としては少々理解しかねぬ部分があります。」
「ほう・・・・言ってみたまえ。」

一瞬、ラカテルグ大将の目が冷たいものを帯びたが、リリスティは気にせずに説明した。
「私は、25日の海戦の途中報告の際、アメリカ正規空母2隻を大破、うち1隻は大火災、速力低下との
文を付け加えています。あの時、わが方の損害は無視できぬものでしたが、後一撃を加えれば、
敵の正規空母を最低でも1隻、仕留められました。長官」

リリスティは、執務机に手を置き、ずいと前のめりになる形でラカテルグ大将に近付いた。
傍目から見れば、威圧するような感じである。

「なぜ、作戦終了、反転せよと命じたのですか?」
「君。答えは簡単では無いか。」

ラカテルグ大将は、どこか嘲るような眼つきでリリスティを見た。
お前は馬鹿か?と言っているような眼つきだ。  


825  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  23:06:58  ID:4CUjn9IY0
「元々、バルランドの護送艦隊を全滅させ、後から出てきたアメリカ空母を撃沈、もしくは当分
しゃしゃり出て来れないようにすることが目的だったのだ。小型とは言えライル・エグ級に相当する
空母を2隻撃沈し、敵の精鋭機動部隊の一部である、正規空母2隻も大破できた。
見たまえ、君の言った通りの結果では無いか。」
「足りません!」

リリスティはラカテルグに叩きつけるように言う。

「確かに小型空母は沈めましたが、私の本当の目的は、敵精鋭機動部隊を一部でもいいから
“沈めるか、悪くても大破”させる、と言うことだったのです。あの時はあと一歩で、最低でも
一番傷ついたレキシントン級は撃沈できました。雑魚を沈めても、本命を沈めなければ意味がありません!」
「その雑魚を沈めるのにワイバーン40騎喪失。足腰叩きのめそうとしただけで自軍の竜母3隻、戦艦1隻損傷、
ワイバーン89騎喪失・・・・犠牲が大きいのにまだ続けるというのかね?」
「う・・・・・ですが、あと一押しで、敵空母は撃沈できました。ワイバーン隊の指揮官も
私と同様の意見を述べていました。」
「対空砲火はグンリーラ海戦やガルクレルフ沖海戦の時と比べて向上している。
確かに米空母を撃沈できたかもしれない。だがね、モルクンレル中将。ワイバーンを失ったら、
竜母部隊としての以降の作戦行動は出来なくなってしまうぞ。」

リリスティは、次第に頭が熱くなるような感じに見舞われた。
あの時、彼女が帰投命令を出した時、ワイバーン隊の指揮官や、第2部隊、各艦の艦長までもが
戦闘を続けて欲しいと言い募ってきた。
リリスティは部下達の言葉に打たれ、再度反転して敵機動部隊に向かおうとした。
第24竜母機動艦隊は、その時点での犠牲は大きかった。
それでも戦闘ワイバーン74騎、攻撃ワイバーン53騎が出撃可能であった。  


826  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  23:08:27  ID:4CUjn9IY0
竜騎士達も早く米空母に止めを刺したいと思っていた。
だが、西艦隊司令部は執拗に反転命令を繰り返した。
命令に逆らえば、いくら名門貴族出の軍人。皇帝と親しいリリスティと言えど、今のポストから
解任されるのは確実である。
リリスティは断腸の思いで、この恥ずべき命令を遵守したのだ。

「現場には現場の状況と言うものがあります!犠牲は大きかったですが、余力を残している内は
戦果拡大を狙うのは当然」
「くどい!」

ラカテルグ大将は、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「いくらワイバーンの予備が控えておるからとは言え、戦果充分の上に犠牲を増やす事は無い。
貴様はあたらに部下を殺すために機動部隊を任されたのか!?」
「・・・・・!!」

リリスティはこの男を殴り倒してやろうかと思った。
彼女自身、剣術、格闘術の使い手だ。皇帝のオールフェスとも、模擬戦闘を何度もやった事はある。
ラガテルグのように、陸上勤務中心で昇進して来た中年男など、あっという間に叩きのめす事が出来る。
だが、軍に入って培った自制心が、暴発しかけた心を抑えた。
「いいえ。私は味方を勝利させるために艦隊を任されました。部下をあたら殺すために任された訳」
「とにかく議論は終わりだ。」

ラカテルグ大将は興味を無くした、と言わんばかりの表情で彼女を見つめた。  


827  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  23:09:57  ID:4CUjn9IY0
「犠牲は大きいが、戦果は充分だ。これで、奢り高ぶる南大陸の馬鹿共も、アメリカ軍の不甲斐なさに
やる気をなくしているに違いない。君の案は実に素晴らしいものだった。」

彼はそう言い終えると、先ほどまで読みかけていた書類に視線を移した。

「後は戦力回復に努めたまえ。戦争はこれからだ。」

大将はそう付け加えながら、出口の方向に顎をしゃくった。


それが、今朝の出来事。

「実に素晴らしい・・・・ふん。現場の声が分からないくせに、よく言う。」

リリスティはそうぼやくと、姿勢を起こした。

「あたらに部下を殺す訳ではないのに・・・・・・」

呟いてから、彼女は頭を掻いた。

「今度は、いつ奴らと会えるのかなぁ。」

彼女はベッドから立ち上がり、自分の机にへと進む。机まで歩くと、引き出しから数枚の紙を出した。  


828  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/26(土)  23:12:08  ID:4CUjn9IY0
紙には、アメリカ軍正規空母のイラストが描かれている。
イラストの片隅には、それぞれの名前が記されていた。

「あの海戦で出て来た正規空母は、レキシントン級とヨークタウン級。レキシントン級は爆弾10発程度、
ヨークタウン級には5、6発当てている。少なくとも、2ヶ月かそこらかは修理が必要ね。
と、なると、残りはあと3、4隻。」

ふと、彼女はカレンダーに目を向けた。
カレンダーには、会議の日は黒いサイン、訓練期間は緑のサイン、作戦期間は赤いサインと、
3種類のサインで埋められている。
カレンダーは、10月の下旬辺りに赤いサインが記されていた。  




865  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  14:47:19  ID:4CUjn9IY0
第41話  霧の向こう

1482年  9月10日  午前3時  ジェリンファ沖南南西200マイル沖

その日、ジェリンファ沖の近海は、珍しく濃霧に覆われていた。
粉ミルクを粉末状にぶちまけた様な感がある海を、第13任務部隊はバルランド輸送船10隻を護衛しながら、
時速12ノットで航行していた。

「この世界の天候を正確に予測する事は、やはり難しいか。」

第13任務部隊旗艦である軽巡洋艦ヘレナの艦橋上で、司令官のノーマン・スコット少将はため息を吐きながら呟いた。

「仕方ありますまい。わが合衆国はこの世界に放り込まれて1年も居ないのですから。」
「天候の推移自体、元の世界と比べて暴れ馬のごとく変わっているからな。
片や北の地方で日光浴できるほどの晴天であれば、片や南の地方で家に引き込むほどの寒さ。
こんな変わった天候では気象班は大変な思いをしているだろうな。」

この日、気象班はジェリンファ近海の天候はやや曇り、時々雨と言う予報であった。
確かに、2時間前までは曇り空で時々雨が降っていたが、今や洋上は一面濃い霧に覆われている。

「まるで、アリューシャン列島で見るような霧ですな。」

軽巡洋艦へレナの艦長は、どこか懐かしむような表情で言う。

「アリューシャンの霧は、このように先があまり見えぬような霧なのです。ですから、編隊行動訓練の際に、
回頭運動を行う時は、寮艦と衝突せぬか冷や汗ものでした。」
「確かに。ほんの一昔前まではレーダーなど無かったからな。今の所、レーダーは正常に動いているから、
このように隊形を組みながら航行できる。」
「本当に便利になりましたな。」  


866  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  14:49:19  ID:4CUjn9IY0
艦長がそう言うが、スコット少将はかぶりを振った。

「そうでもないぞ。確かに便利ではあるがね。でもな、艦長。SGレーダーはまだまだ不具合が解消されておらん。
2週間前だって別の戦隊で夜戦訓練中にいきなり故障を起こして、敵役の水雷戦隊にあっさり負けたそうじゃないか。
これで肝心の実戦をやっている時に故障を起こしたりしたら、ただの役立たずだ。」
「しかし、このヘレナに搭載されているSGレーダーは、今まで不具合がありませんぞ。レーダー員も信頼しとります。」
「だから、私はTF13の旗艦をアトランタからこのヘレナに変えたのだ。全てのSGレーダーがこのヘレナのように
信頼に足る物であれば、いらん苦労はしなくてもいいのだが。」

スコット少将は、やれやれと言って苦笑する。
この時期から、アメリカ海軍の諸艦艇には各種レーダーが配備され始めている。
諸艦艇と言っても、主に戦艦や空母といった大型艦や新鋭艦に配備が優先されていて、既存の艦艇にはまだ未装備の艦が多い。
それでも、既存艦のレーダー配備は急ピッチで進んでいる。
軽巡洋艦のヘレナは7月にサンディエゴでSGレーダーを搭載された。
今日までの間、少しばかりの故障は2、3度起きたが、突然レーダーがブラックアウトしたり、
表示機があり得ぬ物を映し出した、とかいった故障は起きていない。
他の艦では未だに、レーダーが突然停止するなどの初期不良が相次いでいる中、ヘレナのレーダーだけは目立った故障がなかった。
第13任務部隊は、バルランド輸送船の護衛のために、新たに設立された艦隊である。
この任務部隊の編成内容は次の通りである。

重巡洋艦クインシー  ヴィンセンス
軽巡洋艦ヘレナ  フィラデルフィア  アトランタ  ジュノー
駆逐艦ハンマン  フレッチャー  オブライエン  ヒューズ  ラッセル  アンダーソン  ウォールデン
モナガン  エールウィン  バートン  オースチン  ニコラス  スミス  オバノン  モンセン  カッシン

重巡2隻、軽巡4隻、駆逐艦16隻、合計で22隻の米艦が、10隻のバルランド輸送船を取り囲んでいる。
TF13の所属艦は、ほとんどがTF14、17の所属艦艇である。  


867  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  14:53:37  ID:4CUjn9IY0
実を言うと、TF14、17は書類上では健在ではあるが、実質的には無きに等しい。
8月25日に起こったバゼット半島沖海戦(バゼット海海戦とも呼ぶ)で、TF14はレキシントンを。
TF17はヨークタウンを傷付けられた。
反撃で敵竜母3隻、戦艦1隻を損傷させてエンデルドに追い返したが、艦隊の主役たる両空母は本格的な
修理を受けねば長期の作戦続行は不可能と判断された。
爆弾7発を受けたレキシントンはエレベータ部が全滅状態であるため、最低でも3ヶ月。
比較的傷の浅いヨークタウンも遅くて1ヶ月少々、早くて4週間の修理を受けねばならない。
このため、主役を欠いたTF14、17はただの水上打撃部隊と化した。
だが、シホールアンル側がジェリンファ向けの輸送船団を完全に見放したとは考えにくく、アメリカ側は
バルランド側の更なる要請と、今後の事も考えて新たに第13任務部隊を編成し、TF14、17の残存艦を
中心にこの護衛艦隊を編成したのである。
そして、新編された第13任務部隊初仕事が、濃霧の海での船団護衛である。
最も、気象班が現場海域の天候予測を外したお陰で、TF13は否応無しに霧の中を進むしかなかったのだが。

「ところで艦長。」

スコット少将はふと、ある事を思い出し、まず艦長に聞いてみた。

「ここ最近、ジェリンファ沖では物騒な事件が起きているようだが。」
「司令官も聞いておられたのですか?」

艦長も、スコットの思い出したことが分かっていた。

「君も知っていたのかね。凶暴な海洋生物がまた暴れ始めている事を。」
「ええ。何度か耳にしたことがあります。確か、異変が起きたのは先月の上旬辺りからのようです。」

8月10日から、ジェリンファ沖でとある異変が起きていた。  


868  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  14:57:17  ID:4CUjn9IY0
その日は、いつもなら漁船の船倉を満たすはずの漁獲量が目に見えて減っていた。
その日の漁獲量は通常と比べて、7割ほどにしか届かなかった。
10日以来漁獲量の低下は日を追う毎に酷くなり、8月29日には漁獲量が通常の4割強にまで落ち込んでしまった。
翌日の30日。突然2隻の漁船が消息不明となった。
ジェリンファの漁協組合は、捜索隊を出したが、その捜索隊に参加していた1隻の漁船が31日の深夜、
凶暴な海洋生物に襲撃された、との魔法通信を発して以来行方知らずとなった。
それからと言うもの、ジェリンファの漁師達はこの海洋生物が去るまで沖には漁に出ないと言い張り、漁協組合は
凶暴な海洋生物のために大打撃を被る事になった。

「海洋生物は、ラエンガという名前で、なんでもサメとクジラとタコを合わせたような姿らしいですな。
昔から南大陸の住民に恐れられている生き物で、ミスリアルの部族の中には、神と奉っている連中もいるようです。」
「人をパクパク食べまくる生き物が神だって?呆れたもんだ。ならば、その部族の連中をゴムボートに乗せて
この海に放り出してやればいい。そしたら、ラエンガと言う化け物の扱い方を変えるかも知れんな。」

スコットの冗談めいた言葉に、艦橋で爆笑が沸き起こった。

「まっ、ラエンガと言う奴がどんな物かは知らんが、そいつよりも恐ろしい敵、シホールアンルの奴らが
この海にいるかも知れん。あの海戦の後、シホットの連中は巣に戻ったようだが油断は禁物だ。密かに
快速艦を出撃させて、待ち伏せている可能性は必ずしも否定できん。」

スコット少将は艦長の肩をポンと叩いた。

「奴らはずる賢いからな。いつ来ても迎え撃てるように、常に警戒しておけ。
のんびりしている時ほど、一番危ないのだ。」

彼は自分も戒めるように、やや強い口調で言い放った。  


869  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  14:59:05  ID:4CUjn9IY0
「分かりました。部下達にもしっかり言っておきます。」

艦橋で艦長とスコット少将が談話している間、CICではレーダー員が、PPIスコープと睨めっこをしていた。
PPIスコープは、半径24マイルの範囲にある水上目標を捉える事が出来る。
現在、レーダーに映っているのは味方か、バルランド船ばかりである。

「どうだ、異常は無いか?」

班長が陽気な声で声をかけてきた。

「ええ。静かなもんです。」

SGレーダーを見張るルイス・ベニントン二等兵曹は、レーダーを見つめたまま答えた。

「静かか・・・・それでOKだな。」

班長は無表情のまま呟いた。
ベニントン兵曹が他の者と交代してから早1時間経つが、レーダーは今の所敵らしきものを捉えていない。
同僚と交代した時、その同僚は

「どうせ暇だから、シホット共に登場してもらってお祭り騒ぎと行きたいね。」

と、不謹慎な言葉を彼に口走っている。
あの時はとんでもねえ野郎だなと思ったものだが、こうしてじっとレーダーばかりを見続けると、そう思わぬでもない。
CICは外と比べるとどこか閉鎖的な空間であり、外の見張員はあまり中に入りたがらない。
理由としては引き籠る癖が付きそうだから、だそうだ。
そのCICの外は、今は夜間という時間帯に加え、濃霧という敵が見張員の警戒活動を阻害している。  


870  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  15:00:31  ID:4CUjn9IY0
(暇とは言え、外があんな状態では、このCICが艦の眼となるんだから、重要な場所と言う事に関しては今、
この場に居る連中に艦の運命が握られているわけだ)
決して気を抜いてはならぬ。ベニントン兵曹はそう思うと、改めて身が引き締まるような思いがした。
その時、

「・・・・・ん?」

一瞬、レーダーに何かが映った。
反応は微弱である。

「今のは?」

彼は眼を凝らして反応を待った。
反応を映し出す棒状の線がまた一回転すると、PPIスコープに再び反応があった。
反応は、先程より増えていた。

「班長!レーダーが何かを捉えました!」

彼の声を聞きつけた班長が慌てて彼の傍にやって来た。

「どうしたベニントン。」
「これを。」

ベニントン兵曹はまたもや現れたレーダーの反応を班長に見せた。

「艦隊から北東方面に反応を捉えました。数は3、いや、4隻。いえ、まだ増えています。」

彼らはしばらくの間、この光点を見つめ続けた。
最終的には12もの光点が現れた。  


871  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  15:03:33  ID:4CUjn9IY0
「反応は12。そのうち、先頭の4が巡洋艦、または大型駆逐艦程度の大きさ。残りが駆逐艦程度です。」
「こっちに向かって来るな。この時間に航行中の味方艦はいない、とすると・・・・・・シホットだな。」

CIC内の空気が一瞬にして凍りついた。


「・・・・そうか。分かった。」

艦長は、電話を置いてからスコット少将に説明を始めた。
「司令。艦隊の北東、方位30度付近で敵らしき艦影を捉えました。数は12。そのうち4隻は巡洋艦クラスの反応です。」
「来たか。」

スコット少将は驚かなかった。

「全く、ずる賢いな。バルランド輸送船に対するその執念は恐れ入った。だが、今回は相手が悪かったな。」

相手側の戦力は、分かっているだけで巡洋艦4隻、駆逐艦8隻。
それに対して、スコットの手持ちは重巡2、軽巡4、駆逐艦16である。
対空軽巡であるアトランタ、ジュノーと駆逐艦8隻は護衛に残すとしても、残りで充分対応できる。
おまけに、こちら側にはレーダーがあり、敵の位置は既に掴んでいる。

「クインシー、ヴィンセンス、ヘレナ、フィラデルフィアと第23駆逐隊、第20駆逐隊で迎撃する。
全艦戦闘体制に移れ!」

スコット少将は即座に命令を下した。
敵を見つけたからには、早々に討ち取らねばならない。

「敵艦隊、なお接近中。距離20マイル、速力24ノット!」
「単縦陣に移行しつつ、敵艦隊に向かう。各艦、互いに連絡を取りつつ、隊形を組め。」  


872  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  15:04:38  ID:4CUjn9IY0
夜間、それに濃霧という悪条件の中、懸念された衝突事故は起こらずに単縦陣は汲み終えた。
先頭には、旗艦である軽巡のヘレナが立ち、次にクインシー、ヴィンセンス、ヘレナ、フリラデルフィア、
後方には第23駆逐隊、第20駆逐隊が続き、各艦とも700メートルの距離を置きながら、25ノットの
スピードで敵に向かった。
敵に向かってから10分後、

「敵艦隊、本艦の左舷前方13マイルを依然として航行中。速力、進路変わらず。」

「このままいけば、反航戦になるな。ここはこのまますれ違いながら撃ち合うか、それとも同航戦に移って
正面からの殴り合いをやるか・・・・・・」

スコットはしばらく考えた後、参謀長のルイク・バートン大佐に聞いてみた。

「ミスターバートン。君ならどうするかな?」
「私が敵とやりあうのならば、12000メートルほどの距離を置いたまま反航戦をやった後、反転して
敵艦隊の後方から逆T字をしかけて砲撃します。」
「まずはレーダー射撃を行ってから、敵のケツに食らいつくというわけか。なるほど、いい案だ。」

スコット少将はやや頷いてから決断を下した。

「君の案で行く。距離が12000メートルになったら敵に砲撃を加える。」

彼は参謀長の案を取る事にした。
彼我の距離が12000メートルまで縮むまで時間は早かった。
砲撃が開始される前に、砲撃可能な第1、第2砲塔が左舷前方に向けられる。
12000に縮むまで、今にこちらに向きを変えて突っ込んで来ないか気掛かりだった。
だが、幸いにも敵は気付かなかった。
やがて、彼我の距離が12000に縮まった時、その生き物達の悲劇は始まった。  


873  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  15:07:19  ID:4CUjn9IY0
「12000です!」

CICから報告が入るや、スコット少将は命令を下した。

「撃ち方始め!」

命令一下、艦の前部がめくるめく閃光に包まれた。ヘレナの6インチ砲6門が斉射を開始した。
反航戦の場合、互いに高速ですれ違うために射撃時間は短い。
その間、1発でも多くの有効弾を得るために、スコット少将は全艦に、最初から斉射で敵を叩けと命じていた。
ヘレナの発砲が合図となり、クインシー、ヴィンセンス、フィラデルフィアが前部主砲を発砲した。

「遠慮はいらん。通り過ぎるまでどんどん撃て!」

スコット少将は続けて命令を発した。
それに従って、ヘレナを初めとする4巡洋艦や、後方の駆逐艦群までもが、5インチ両用砲を狂ったように撃ちまくる。
その直前までに、敵は24ノットのスピードで航行していたが、砲撃開始から1分が経ってまず1番目の光点が
被弾したのであろう、急にスピードを落とした。
ヘレナはレーダーが示した敵艦の位置を元に、7から6秒おきに6インチ砲を放つ。
第3砲塔や第4、第5砲塔も射界に入ったのだろう、6インチ砲15門のつるべ打ちを、霧の向こうの敵に向けて撃ちまくる。
重巡も12から14秒おきに1発ずつの割合で8インチ砲を放つ。
霧の向こうで何が起きているのかは、肉眼では全く分からない。
ただ、水柱が崩れ落ちる音や、砲弾が爆発する音、そして何か不気味な悲鳴らしき音が聞こえた。

「敵1番艦、速力低下!有効弾が出た模様!あっ、2番艦が進路変えます!」

2つめの光点が、慌てふためいたように隊形から離脱しようとする。
艦船にしては、動きが妙に俊敏に思えたが、その光点もすぐに速力を落とし、やがては消えた。  


874  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  15:09:37  ID:4CUjn9IY0
「敵2番艦、レーダーから消えます!轟沈した模様!」
「砲撃開始から10分で早くも2番艦撃沈か。いきなりドカドカ撃たれまくればたまらんだろうな。」

スコット少将は事も無げにそう呟いたが、この時、彼は何かが足りないと思った。
そのまま5分ほど砲戦を静観したあと、彼は参謀長に聞いてみた。

「参謀長、何か変じゃないか?」
「・・・・司令官も気付きましたか?」
「ああ。どうして、霧の向こうはずっとあのままなんだ?」

スコット少将は、左舷側海面を見てみる。
ヘレナが斉射を撃ち込んでいる左舷側は、霧に隠れて全く見えない。
霧の向こうは、一面淡い闇に覆われている。だが、本来なら、あるべきはずのものが、起こっていない。

「敵さん、撃ち返して来ませんな。いくら不意討ちを食らったとは言え、当てずっぽうでも砲を撃つはずですが。」
「火災炎も見えん。夜間だし、この霧だから視認はできんだろうが、それでも霧の向こうが
薄いオレンジ色に染まるとか、色々起こるはずだが・・・・・」

あるべき事、起こるべく事が起きない。なのに、レーダー員は興奮に浮かされた口調で、

「敵3番艦も速力低下!有効弾を与えた模様!」

と、きっちり戦果を報告して来る。
だが、艦橋職員は納得がいかなかった。
この不可解な現象に頭を抱えているうちにも、全艦が主砲を撃ちまくる。
砲撃開始30分後には、第23、第20駆逐隊が、敵艦隊に7000メートルまで接近するや、魚雷までも発射した。
発射してから4分後、2回のくぐもった轟音が辺りに鳴り響いた。  


875  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  15:12:07  ID:4CUjn9IY0
「目標、消滅しました。」

いつの間にか、レーダーに映っていた敵艦は、全て消えていた。

「敵艦隊は全滅した模様です。」

参謀長がスコットに言う。その表情は納得しがたいと言わんばかりだ。

「撃ち方やめ。」

スコット少将はそう命じた後、すぐに時計を見てみた。
時間は午前4時50分。
砲撃開始が午前3時50分あたりだから、丸々1時間ほど砲撃を続けていた事になる。

「司令、本艦の残弾数、定数の4割です。」
「残り4割か。撃ち過ぎたな。」

スコット少将は思わず舌打ちした。
本当であれば、3、40分ほどでカタをつけるはずだったが、砲戦中は不可解な事ばかり起きたので、
何がどうなっているのか考えているうちに1時間が経過したのだ。
その結果、ヘレナの残弾は通常の4割にまで減っていた。

「各艦とも、残弾は5割を切っているようです。」

通信参謀がそう言いながら、砲撃に加わった艦の残弾報告が届けられる。

「まずいなこれは・・・・・・しかし。」

スコットなぜ、こうなったのか思い直してみた。  


876  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  15:16:02  ID:4CUjn9IY0
敵艦隊は輸送船団に接近しつつあり、スコット少将はそれを迎撃した。
レーダーによって捉えられた敵艦隊は、スコット部隊がいる事に気が付かなかったのか、そのまま彼らの横を通り過ぎようとした。
スコット部隊はその不意を付いてレーダー射撃を行った。ここまではいい。
問題はその後だ。
砲弾が着弾し、火災炎を吹き上げる艦。弾薬庫に被弾して火柱を吹き上げる艦、と言った物は全く無く、
彼らはレーダーから送られてくる情報を頼りに延々と、砲弾を霧に向こうに撃ち込んだ。
そして敵艦隊はレーダーから消滅。文字通り全滅した。
だが、どうもおかしい。
何かが引っ掛かる。

まさか。
スコット少将は一瞬、馬鹿な考えが頭をよぎったが、すぐに打ち消した。
しかし、打ち消そうと思えば思うほど、その考えは浮かび上がってくる。
しばらく考え抜いた末、スコットは決断を下した。
「気象長。霧はどうなっている?」
「はっ。10分前から霧は徐々に晴れつつあります。あと2時間もすれば、夜明けと共に晴れるかと。」
「そうか。」

彼は頷いてから、新たなる命令を下した。

「輸送船団はこのままジェリンファに直行。我々は今より、この海域を捜索する。」


1482年9月11日  午前8時  ヴィルフレイング

南太平洋部隊司令官であるチェスター・ニミッツ中将は、通信文を目を通してから苦笑した。

「スコットも、お茶目な事をしてくれたな。」  


877  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  15:17:21  ID:4CUjn9IY0
昨日の9月10日未明、第13任務部隊は敵らしきものと遭遇し、これと1時間にわたって砲撃戦を行った。
だが、砲撃戦の最中、敵の動向に不審を抱いたスコット少将は、砲戦終了後に調査を命じた。
その結果、TF13が敵艦隊と思い込んで、砲弾を叩き込んだ相手は、あろうことかこの海域を荒らし回っていた
と見られる海洋生物であった。
この海洋生物は、僅かながらに回収された死体からして、ジェリンファ住民の話していたラエンガという化け物と判明した。
つまり、TF13はレーダーに映ったラエンガの群れを敵艦隊と誤認し、砲撃を加えたのである。

「参謀長はどう思うね?」

ニミッツ中将はスプルーアンスに問いかけた。

「私が思うには、まず現場海域の天候条件がこのような結果を生んだと推測します。」

スプルーアンスはまず、結論から言った。

「TF13は、ジェリンファ沖南南西200マイル沖でこの海洋生物と遭遇していますが、現場海域には
濃い霧に覆われていたようです。夜間でも、照明弾を打ち上げれば、おぼろげながらも敵の姿は確認出来ますが、
霧に覆われているとなると、そうはいきません。それに、レーダーを導入した事が、このように砲弾を浪費させる
結果を生んだのかもしれません。レーダーは確かに優れものですが、欠点はあります。」
「それは敵味方が識別できん事。そうだな、参謀長?」

ニミッツの言葉に、スプルーアンスは深く頷いた。

「そうです。このような条件が重なった末に、今回の珍事は起きてしまったのです。」
「たかが海洋生物に1時間も延々と撃ちまくっていたのか・・・・弾薬は各艦とも4割〜5割、酷いもので
3割強に減っているから・・・・・撃った砲弾は軽く2000や3000は超えるな。」
「魚雷も30本以上消費しました。下手したらその数字の上に1000発上乗せ、と言う事も考えられますな。」

スプルーアンスの相槌にニミッツは肩を竦めた。  


878  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  15:23:07  ID:4CUjn9IY0
「考えたくもないな。国民の血税を無意味にばら撒いたも同然の結果だ。スコットにはきつく言っておかねばな。
ところで参謀長。例の件だが」

ニミッツは声のトーンを下げてから、肝心の情報を聞き出そうとした。

「キンメル長官の頼みごとですな。状況は以前と同じです。」
「ふむ。以前と同じか。」

ニミッツは抑揚の無い口調で呟く。

「シホールアンルがこの南大陸に侵攻した本当の理由を調べろと、キンメル長官に頼まれたのだが、
バルランド側からの収穫は相変わらず無しか。まあ仕方あるまい。」

と、彼はそう言ってから、別の話に移って言った。


後日、スコット少将は9月10日未明の珍事の件で、ニミッツ中将から厳重注意を受けた。
その一方で、ジェリンファ沖に跳梁していた凶暴な海洋生物は10日を境に出没しなくなった。
それ以来、漁師達は安心して漁に勤しめるようになり、アメリカ海軍に感謝する事になる。


1482年9月12日  シホールアンル帝国領ヴェリンス  午後10時

ヴェリンス共和国とミスリアル王国の境目の町、ヒルクレンクは、2ヶ月前まではヴェリンス共和国残存軍
の総司令部が置かれていた。
そのヒルクレンクも、シホールアンル側の攻勢によって陥落し、現在ではシホールアンル陸軍第7軍集団の
司令部と、駐屯地が置かれていた。
そのヒルクレンクの一角で、北大陸から来た補給部隊が物資の荷降ろしをしていた。  


879  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/03(日)  15:23:51  ID:4CUjn9IY0
「なあ御者さんよ。2日前から思っていたんだが。」

この日、1人の将校が、物資を積んできた馬車の御者に問いかけた。

「普通のモノに混じって積み込まれている、この円筒形の物体はなんだい?」

御者である軍曹は、表情を変える事無く質問に答える。

「次の作戦の鍵、とか言っとりましたよ。」
「次の作戦の鍵ぃ?」

将校は怪訝な表情を浮かべつつも、今しがた荷降ろしした、同様の物体の上蓋を開けた。

「こんな中身が空っぽのモノで何をするんだい?俺達に剣の代わりに、これを振り回して敵を
叩きのめせ、とでも言ってるのかな?」
「詳しい事は、自分も知らんのですよ。ただ、そいつを積み込む時にいた魔道士は材料を後で入れるとか、
現地調達とかボソボソ言ってましたが。」
「見たところ、鉄製の割には軽いし、高さは余り無い。」

将校はまじまじと円筒形の物体を見つめる。
その物体は、全体が緑色に塗られており、全高はせいぜい5、60センチぐらいである。
この円筒形の物体が、2日前から他物資に混じって前線部隊に届けられているのだ。
「中に火薬でも積めて、敵に投げ込むんじゃないんですか?ホラ、カレアントの地上戦でアメリカ軍とやらが、
自走式の化け物を持ち出したじゃないですか。」
「なるほど、戦車対策にか。だが、中身はなぜ空っぽなんだ?どう見てもおかしいが。」

将校は納得がいかなかったが、その後は別に気にする事も無く、部下と共に荷台から物資を降ろし続けた。


この時からシホールアンルの作戦は既に開始されていた。  

 


884  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/07(木)  19:22:36  ID:4CUjn9IY0
第42話  シホールアンルの思惑

1482年  9月20日    午前9時  カレアント公国レギテルリク

レギテルリクは、最前線であるループレングより北西100ゼルド離れた寂れた田舎町である。
シホールアンル軍が占領する前までは、300人の村人が住んでいたが、彼らは占領前に南部に
逃げ出してしまい、今ではシホールアンル軍の中継基地となっている。
シホールアンル第152補給旅団に属する物資輸送の馬車隊20台は、そんな田舎町にやって来た。
馬車隊は町に入った後、ワイバーン発着地の手前で憲兵に止められた。

「止まれ!」

臙脂色の軍服に身を包んだ下士官が、先頭馬車に駆け寄った。

「私は第152補給旅団第1補給大隊所属、第5補給中隊のラッヘル・リンヴ大尉だ。いつもの奴を届けに来た。」
「いつもご苦労様であります。すぐにお通しいたします。」

下士官は部下に命じると、基地の出入り口のバーを上げた。
馬車隊は基地に入ると、基地の倉庫に向かった。
程無くして20台の馬車が倉庫に辿り着くと、荷台から梱包された荷を降ろし、倉庫の中に運び入れていった。
作業が30分ほど経った時、

「あれ?あんた・・・・ラッヘルじゃない?」

作業の指揮を取っていた彼は誰かと思い、後ろを振り向いた。
そこには、1人の女性士官が立っていた。
顔つきからして整っているが、どこか勝気で、喧嘩なら誰にも負けぬと言っているかのような、荒々しさが感じられる。
ラッヘルはすぐに誰であるか分かった。  


885  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/07(木)  19:25:55  ID:4CUjn9IY0
「おっ、レネーリじゃないか!久しぶりだなあ。」
「士官学校以来ね。相変わらず、頑張り屋さんを貫き通している?」
「もちろんだ。君こそ、持ち前の勝気で頑張っているな。怪物殺しの名を頂戴されたとあっては、眩しく見えるぜ。」

そう言ってから、ひとしきり再開を喜び合った。

「あっ、そういえば君はこの基地に配属されているのか?」
「そうよ。私が所属する第72空中騎士隊は1ヶ月前からこの小さな基地に移動なったの。
なんでも、戦力の補充と訓練のためみたいね。」

レネーリ・ウェイグ中尉は、シホールアンル軍の中では知る人ぞ知るエースである。
彼女はこれまでの航空戦で、天空の怪物と恐れられたB−17を個人で2機撃墜し、共同で4機を撃墜、または損傷させた。
それのみならず、ミッチェルを1機、ハボックを3機、ライトニング、シホールアンルから双胴の悪魔で
呼ばれている戦闘機も2機撃墜した。
総計で12機の米軍機を個人、または共同で落としている。
彼女よりもアメリカ軍機を落とした竜騎士は何人もいるが、撃墜機の中でB−17が多いため、
彼女は怪物殺しの異名を与えられている。

「俺は補給路を言ったり来たりしてるだけだから情報が早く回って来ないんだが、前線はどのような状況なんだ?」

ラッヘルが聞くと、レネーリは少し表情を暗くする。

「厳しいね。地上軍は相変わらず膠着状態で、戦いは航空戦止まりよ。アメリカ軍の飛空挺は、フライングフォートレスの
ように巨大で頑丈な化け物も居れば、ミッチェルやハボックみたいに低空でサッと味方陣地に近付いて来る奴もいるから
大変。特にフラングフォートレスとミッチェル、ハボックがセットで来たら後は目も当てられないわ。
これに双胴の悪魔が来たらおしまいね。」
「前線の被害は少なくないと聞いているが、本当なんだな。」
「少なくないなんてものじゃないわ。2ヶ月前なんて1個師団分の兵力が空襲だけで消えちゃったんだから、被害は甚大よ。
今はこっちのワイバーンも増えて、新兵器も投入されたから少しはマシになったけど・・・・・」  


886  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/07(木)  19:29:32  ID:4CUjn9IY0
そう言ってから、レネーリは深いため息をつく。

「新兵器って、この基地の周囲に作られているあれか?」

ラッヘルは比較的手近なそれに指を向けた。
周囲を盛られた土に囲まれて、その上部から棒の様な物が生えている。

「そ。1ヵ月半前に届いた魔道銃よ。作りは海軍の魔道銃と一緒だけど、魔法石は陸地と相性の良いものが
使われている、と話は聞いたけど、その相性の良い魔法石を作るのに1年半も掛かっていたみたい。」
「長いというべきか・・・早いと言うべきか俺には分からんが、君はどう思う?」
「遅すぎ。どうせなら半年で完成しろって言うのよ!」

彼女は腹立たしげに言った。

「この基地に配備されているのは何基だ?」
「12基。前線基地ではこれの倍の24基、それ以上のところもあるわ。でもね、アメリカ軍機って
なかなか撃たれ強くて、魔道銃と高射砲を総動員してもバタバタ落ちる光景なんて見たことが無い。
それにね、」

彼女は一層深いため息を吐いてから、意を決したように言った。

「あいつら、数が減らないの。」
「数が減らない?なんで?一応は落ちてるんだろ?」
「あたし達が攻撃した後はもちろん数は減ってるわよ。3週間前なんか、20機以上の敵を落として一方的に
勝利を挙げたときもあった。でもね、2日も経たないうちに、アメリカ軍機は同じ数で、いや、それどころか
最近は落とす前よりも多い数でやって来る。一度なんか、2倍以上の数でやって来た時もあるわ。
要するに、いくら落としてもキリが無いのよ。」
「本当かよ。」

ラッヘルは思わず耳を疑った。  


887  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/07(木)  19:30:30  ID:4CUjn9IY0
シホールアンルの基準からして20機以上も落とされれば、回復には最低でも3日程度は待たねばならない。
なのに、アメリカ軍は2日程度で前と同じか、それ以上の数の飛空挺でけしかけてくると言うのだ。

「少なくとも、減ったためしは無いね。これは弱気と受け止められないかもしれないけど」

レネーリは少しだけ声を小さくして、ラッヘルに真意を告げる。

「私達って、とんでもない相手と喧嘩してるかもしれない。」
「冗談はよせよ。君らしくないセリフだぜ。」
「その冗談も、アメリカ軍機の空襲を一度でも受ければ」

といかけた時、基地全体にけたたましいサイレンが鳴り始めた。

「チッ!いきなり空襲警報とはね!こんな辺鄙な基地も襲わないと気が済まないのかね!」

彼女は女性らしからぬ乱暴な口調で言うと、ラッヘルの傍から離れていく。
少し進んだ所で彼女はラッヘルに振り向いた。

「あんた、今日が初体験でしょ!?死なない程度に味わいなよ!」

一方的に言い放って、彼女は走り去って言った。

「ちゅ、中隊長!もしかして敵の空襲ですか!?」
「ああ、そのようだな。」

ラッヘルが答えると、補給中隊の部下達はどうするべきか迷った。
彼らがしばらくおろおろしていると、基地の兵が駆け寄ってきた。  


888  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/07(木)  19:33:16  ID:4CUjn9IY0
「あんたら何してる!さっさとあっちの防空壕に隠れろ!ここにいたら爆弾で吹っ飛ばされるぞ!」

その言葉に反応し、補給中隊の面々は慌てて手近な防空壕に入って言った。

倉庫より100メートルほど離れた防空壕にラッヘルは滑り込んだ。

「大尉殿、さあ、中に入ってください。」
「ああ、ありがとう。」

その頃には、高射砲が砲撃を開始している。
ラッヘルは、防空壕の横に開けられた開閉式の隙間から基地の上空を見た。
視界が狭いため、あまり広範囲は見えぬが、上空には行く筋物雲が絡み合っていた。
初めて聞くアメリカ軍機のエンジン音が地上にまで響き渡り、トトトトンというリズミカルな音が幾度と無く聞こえる。
小さな粒が、急にバランスを崩して真っ逆さまに墜落していく。
1秒後にその小さな粒は炎を吹きあげる。
アメリカ軍機は、燃料を使用した発動機で機体を飛ばしていると聞く。
敵の燃料は、光弾が当たれば燃えてしまうから、今墜落していくのはアメリカ軍機だ。

「味方も頑張っているようだが・・・・・」

ラッヘルはぼそりと呟く。

「新たなるアメリカ軍機接近!ミッチェルだ!」

壕の入り口で戦況を見守っていた基地の兵が、唐突に叫び声を上げる。
彼は慌てて入り口まで駆け寄った。  


889  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/07(木)  19:35:39  ID:4CUjn9IY0
「大尉殿、外に出ないで下さい!危険です!」
「外には出ない。君らと同じようにこっちで見学するだけだ。」

そう言いながら、彼は外を見た。
しばらくはどこにアメリカ軍機いるのか分からなかったが、やがて30機ほどのアメリカ軍機が基地の南側、
ラッヘルから見て左前斜めから現れた。
網目状の機首に大きく、ごつい機体に取り付けられた翼。その両側に1基ずつ付いている発動機が調子よく回っている。
尻尾にあたる尾翼は左右に広がっており、2枚の垂直尾翼が、さながらモンスターの双尾にも見える。
特徴からしてミッチェル爆撃機である事に間違いない。
それらは高射砲弾が炸裂する中、高度800メートルで基地上空に進入してきた。
基地の外縁に取り付けられた魔道銃が射撃を開始し、七色の光弾がミッチェルに注がれる。
ラッヘルは、先頭の爆撃機はたちまち撃墜されるだろうと思ったが、そうはいかなかった。
ミッチェルの先頭機が、短い滑走路の上に辿り着くと、開かれた胴体から5発の黒い物を吐き出した。
それはヒューという音を上げながら地面に落下し、1発目が地面に突き立てられたと思った瞬間、轟音と共に多量の土砂を噴き上げた。

「うぉっ!?」

離れていても伝わって来た振動に、ラッヘルは思わず度肝を抜かれる。
これを皮切りに、ミッチェルが次々と爆弾を投下していく。
滑走路には10発以上の爆弾が落とされ、短いながらも、基地隊員や竜騎士達が綺麗に整備した滑走路は、瞬時に醜いあばた面に変換された。
別のB−25は立てたばかりの真新しい兵舎に爆弾の雨を降らす。
兵舎に爆弾がすぽっと入った、と思って瞬きした後には兵舎は木っ端微塵に吹き飛び、あるいは叩き潰されて、ただの木屑集積所に変えられた。
別のB−25が落とした爆弾は、作られたばかりの銃座の至近に落下し、魔道銃を撃ちまくっていた兵を、応急の防盾ごとごっそり薙ぎ払う。
そして、爆弾はラッヘル達が荷卸をしていた馬車の周囲や、倉庫群、それに防空壕の近くにも降り注いだ。
ヒューッ!という爆弾が落ちてくる音がこれまで以上に大きく響く。

「伏せて!伏せてください!」

誰かがそう叫ぶと、皆が悲鳴を上げながら伏せる。
ドガァン!ズダァーン!という巨大な大砲を至近でぶっ放したかのような轟音と凄まじい衝撃が大地を揺るがし、
伏せていた将兵の体を少しばかり吹き上がらせ、そして地面に叩きつけた。  


890  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/07(木)  19:39:25  ID:4CUjn9IY0
外でゴオー!と、爆風が音立てて入り口付近を駆け抜けた。
爆風の余波は防空壕の中にも流れ込んで、入り口付近にいた者を壕の奥に吹き飛ばした。
爆発音はいまだに止まず、何かが砕け、音立てて地面にばら撒かれていく。
誰もが、この基地全体が爆弾で粉微塵に吹き飛ばされるのでは無いかと思い始めるが、気が付いた時には、
ミッチェルは既に基地の上空から遠ざかって行った。

「・・・・・・・・・・」

辺りに不気味な静寂が流れた。
重苦しい沈黙を破ったのはラッヘルだった。

「みんな、生きているか!」

彼は大声で壕の中の将兵に問いかけた。
それがきっかけとなったのか、残りの30人余りの将兵が恐る恐る顔を上げた。

「空襲は終わったようだな。外に出るぞ。」

彼がそう言いながら、足早に壕から出る。

「うわ・・・・・・少し酷いなぁ。」

ラッヘルは辺りを見回した。
彼らの補給中隊が作業を行っていた6つの倉庫は、2つが綺麗さっぱり消し飛んで、僅かながら、
土台部分に木らしきものが残っている。
3つは半壊状態であり、うち1つは全体が猛火に包まれている。最後の1つは無事だ。  


891  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/07(木)  19:39:59  ID:4CUjn9IY0
「6つのうち、5つまでも爆撃で・・・・・いや。」

彼は自分が言った答えを保留にしながら、破壊された倉庫の傍に走り寄っていく。
倉庫群の前に止めてあった馬車は、咄嗟の判断で半数以上を逃がす事が出来たが、6台の馬車はこの場から
逃げ切れずに爆弾で吹き飛び、倉庫群の前には肉片混じりの破片が広範囲に散らばっている。
彼はその光景に吐き気を感じながらも、肝心の破壊を免れた倉庫を見てみた。

「ああ、やっぱりな。」

ラッヘルは倉庫を見るなりガクリと肩を落とした。
外見上、倉庫には目立った傷は無いように見える。
空襲が始まる前まで中には彼らの運んできた物資が詰め込まれていた。
だが、倉庫は入り口の戸がどこぞに吹き飛ばされ、内部には積み上げた物資が無秩序に散乱し、中身が落ちてきた
別の箱の下敷きになり、無残に潰されている。
傍目から見ても、詰め込んだ箱の4割は破損した内容物がはみ出し、中身が無意味なゴミに成り下がっていた。

「敵もうまい具合にやったものですな。」

一緒に出て来た部下が頭を抱えながら彼に言って来た。

「自分らが運んできた物資がほとんどパァですよ。畜生、遠くから延々と運んでくる身にもなれってんだ!」

その部下は、きっちり仕事をこなして去った米軍機を呪った。

「逃がした馬車の荷台にはまだ少し補給品が入っていたはずだ。その分だけでもこっちに置いて行こう。
おい、馬車を呼び戻せ。」

ラッヘルは部下に、逃がした馬車を呼びに行かせる。
基地のあちこちで、空襲の後始末が始まった。
兵舎は全てが爆砕されており、この基地の兵員はしばらく満足な睡眠が取れないだろう。  


892  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/07(木)  19:43:06  ID:4CUjn9IY0
ワイバーンの宿舎も多数の爆弾を浴びて全壊している。アメリカ軍の空襲は、的確かつ、容赦が無かった。
ワイバーンの発着に使う短い滑走路も補修しないと使えないが、垂直離着陸が可能なワイバーンでは
滑走路が使えなくても、発着が遅くなるぐらいで出来ぬ事は無い。
彼は馬車隊が戻ってくるまで、基地の惨状を見渡す。
基地の敷地外の草原で、2つほど、それに隣接する陸軍の兵舎から黒煙が上がっている。

「おい、あの黒煙は何だ?」

彼は傍を通りかかった基地の兵を捕まえて聞いてみる。

「ああ、あれですか。あれは撃墜されたミッチェルのものです。魔道銃と高射砲が3機撃墜したんですが、
うち1機が燃えながら第524騎士連隊の兵舎に突っ込んだんです。あっちでも死傷者が出たみたいです。」
「自爆か。」

彼はぼそりと呟いた。
退避させた馬車隊が戻って来るまでさほど時間はかからなかった。
14台の馬車は、倉庫より少し離れた広場に集められた。

「中隊長、酷くやられましたな。」

退避組を率いていた1番車の御者が、いささか驚いたような表情で聞いてきた。

「ああ。まさかアメリカ軍機がやって来るとは思わなかったよ。」
「このレギテルリクは、ロゼングラップから直線距離で278ゼルド。ミッチェルの航続距離は1000ゼルドも
あるようですから余裕で攻撃範囲内に入りますよ。」
「それは分かっている。だが、アメリカ人共は専ら前線か、ポルリオといった重要な場所にしか来てなかった。こんな辺鄙な後方の基地を襲うのは珍しい。」
「まさか・・・・・」

御者の軍曹と、ラッヘルは馬車の荷台に顔を向ける。  


893  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/07(木)  19:45:08  ID:4CUjn9IY0
荷台の中には、ここに置いて行く物資の他に、別の物も入っている。
時期作戦を成功させる鍵と聞いている物だが、見た限りではただの円筒形の入れ物にしか見えない。
太さは結構あった。口の悪い部下からは、生首を入れるに適しているとえげつない事を言って来たものだが、彼らはただ、ミスリアル国境の近くまでこの円筒形の物を運ぶだけだ。
「材料は後で別の班が輸送するから、君たちは気にしないでいい。」
出発の前に、あの入れ物を持って来た魔道士の1人がそのような事を言っていた。
彼は魔道士の言葉通り気にしていなかったが、もし情報が漏れていて、アメリカ軍がこの入れ物を
所定の位置に配備する前に叩き潰そうと思ったのなら・・・・・

「いや、そうではないか。」

彼は自分の考えを否定した。アメリカ軍機の狙いは、馬車の荷ではなくこの基地だった。
それに、こんな馬車を狙うには、爆撃機よりも戦闘機のほうが向いている。
情報が漏れていたとすれば、あの双胴の悪魔が爆撃前にやって来て虱潰しに機銃掃射を仕掛けているだろう。
それがないのだとすれば、情報は漏れていない事になる。
やがて、迎撃に出ていたワイバーン隊が帰ってきた。
38騎出撃したワイバーンは31騎に減っている。
最初、アメリカ軍機に翻弄されっぱなしだったワイバーン隊も、今では対抗策を確立しているため、前のように一方的にやられなくなったと聞いている。
それでも、相手はあの双胴の悪魔だ。被害ゼロに抑えるのはとても難しいのだろう。
(これで、陸軍も奴らと張り合えるような装備を持っていれば文句なしなんだが)
ラッヘルはそう思いながら、集まって来た部下達にこれからの方針を発表した。

「注目!」

彼は鋭い声音で、皆の視線を自分に向けさせる。

「突然の空襲で、諸君らも動揺していると思うが。我が隊はこの空襲で馬車6台と、荷降ろしした物資の大半を
失った。今後は残った物資の荷降ろしを終えて休息した後、予定通りルギンジュに向かい、そこで持ち込んで来た
重要物資を降ろす。後の予定は出発前に発表した通り。以上!」  


894  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/06/07(木)  19:48:18  ID:4CUjn9IY0
ラッヘルはそう言い終えると、部下達に残った補給品を荷降ろしさせた。

「しかし。」

彼は部下達が荷台から箱を下ろしていくのを見ながら、時折荷台の奥に視線を向ける。

「あれで一体、何をするのだろうか・・・・・お上は何を考えているのかな。」

彼は上層部の思惑が何であるか理解しようとしたが、いくら考えても分からずじまいだった。


彼はまだ知らなかったが、同様の物体は、ミスリアル国境沿いに次々と設置され、総数は2万個を超えていた。
その配置は、まるでミスリアルを取り囲むようであった。