722  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:01:15  ID:4CUjn9IY0
第37話  ジェリンファ沖の悲劇

1482年8月23日  ジェリンファ沖南西200マイル地点  午後4時

洋上索敵から戻って来た最後のキングフィッシャーが、クレーンで水上機母艦ラングレーに収容された。

「6機無事に戻って来たか。」

第2任務部隊旗艦アリゾナの艦橋で、司令官のアイザック・キッド少将は安堵したようにそう言った。

「今の所、敵艦隊発見の報告は届いていません。」

主任参謀のレイク・クルサード大佐がキッド少将に言って来た。

「敵の水上部隊はエンデルドに引き返したのではありませんか?」
「その可能性はあるな。」

キッド少将は頷く。

「敵も馬鹿では無いだろう。確かに、この手の奇策は当たればでかいが、失敗したら取り返しの付かない事態になる。
これまでの戦争で経験を積んだシホールアンル軍の事だ。大方、前回の攻撃成功を大々的に発表して、南大陸軍恐れる事
なしとでも抜かしているのだろう。」

そう言いながら、彼は艦橋上から改めて艦隊を見回した。
第2任務部隊は、輪形陣を敷いている。輪形陣の真ん中には、バルランドの大型輸送船が8隻、2列縦隊で帆を立てながら
航行していた。  


723  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:03:18  ID:4CUjn9IY0
その前後には水上機母艦のラングレーと護衛空母のロング・アイランドが配置されている。
アリゾナはその左舷側800メートルを航行している。
輸送船団の右舷側にはペンシルヴァニアが同様に800メートルの距離を置いて時速12ノットのスピードで航行している。
残りの巡洋艦、駆逐艦はその周囲に展開し、間隔をやや狭めて対空砲火を密集しやすくしていた。
第2任務部隊は、8月19日にヴィルフレイングを出港した後、南大陸の南端を迂回して、バルランド南部の港町で
待機していた輸送船団と会同したあと、一路ジェリンファに向かった。
輸送任務は今の所順調に進んでおり、予定通り翌日の夕刻までには、船団は入港できそうだった。
第2任務部隊のほかに、第14、17の両任務部隊は予定を早めて8月21日に出港し、キッド部隊の後を追った。
その両部隊は、一刻も早く第2任務部隊に追いつこうと、現在グレンキア王国北端の沖を時速24ノットで航行している。
現在、第2任務部隊と第14、17任務部隊の距離は600マイルまでに縮まっていた。

「そろそろ、F4Fを収容する時間だな。」

キッド少将はおもむろに呟いた。太陽は既に傾いており、あと数時間もすれば夜が訪れる。
敵の竜母はエンデルドに留まったままだが、念の為、艦体の上空には4機ずつのF4Fを常時飛ばし、ラングレーからも水偵を
西や北西洋上に飛ばして敵襲撃艦隊の警戒に当たっていた。
そのF4Fの警戒任務も、水偵の洋上警戒も、もう少しで終わるだろう。
後は、夜が来て、敵の襲撃に備えるのみである。

「昼は何事も無く終わりそうだが、問題は夜だな。」
「これからが正念場、という訳ですな。」

アリゾナ艦長のフランクリン・ヴァルケンバーグ大佐が言って来た。
その言葉には、敵の襲撃に対する恐れは無く、むしろ来るなら来いという意味が混じっていた。  


724  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:04:58  ID:4CUjn9IY0
「それなら、修理期間中に装備した水上レーダーが役に立つかもしれません。」
「敵にも魔道士がいるからな。油断は出来ぬさ。」

キッド少将は首を振りながら言い返す。

「ガルクレルフ沖で、敵戦艦を打ち破ったとはいえ、あの戦いでも見たとおり敵艦は思いのほか頑丈だし、
敵巡洋艦もなかなか侮れん。しかし、こっちには水上レーダーという新兵器があるのだから、この間の
バルランド護送船団のような失態はしない。もし敵が現れた時は、思い切り驚かしてやろう。」
キッド少将もやや自身ありげな口調で答えた。
その表情も、唐突に入った報告で凍りついた。

「レーダーに反応あり!方位30度より未確認飛行物体、本艦隊に接近中!」

咄嗟に、ヴァルケンバーグ艦長は電話に取り付いた。

「レーダー手、その飛行物体との距離は?」
「80マイルです。このままで行けば、あと20分で艦体を視認できます。」

それから、状況はめまぐるしく動いた。
直衛のF4Fが10分後にその未確認飛行物体を確認した直後、レーダーが同一方向から200機以上の大編隊を捉えた。
その大編隊は、真っ直ぐ第2任務部隊に向かっていた。

「司令官!」
「まさか・・・・・・」  


725  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:06:21  ID:4CUjn9IY0
敵大編隊接近の報告を聞くなり、キッド少将の顔は青ざめた。

「確かに、敵の竜母はエンデルドにいたはず、いや、確実に居た。なのに・・・・」

彼は、血の気の無くなった顔をとある方向、バゼット半島と南大陸の付け根部分の方角に向けた。
その方角は、艦隊より北北東に位置している。

「味方のワイバーンではあり得ません。確認に向かったF4Fは、ワイバーンに攻撃を受けています。
姿形はシホールアンルのワイバーンです。」

要するに、敵機動部隊はバゼット半島の南東側海域に隠れていたのだ。
大事な竜母を抱えながら、敵の制海権下に留まる事は非常に危険である。
だが、敵の司令官は見つかる事を恐れずにじっと待った。
そして、送られてくるスパイ情報を頼りにし、ひたすら待った末にようやく、極上の得物を見つけたのである。

「裏をかかれるとは。敵の司令官はタチの悪い奴だな。」

キッド少将は苦々しげな表情でそう呟いた。
ロング・アイランドのF4Fでは恐らく敵の大編隊を防ぐ事はできぬ。
敵の大軍に飲み込まれるのがオチだ。
そして、敵編隊の大多数は、この護送艦隊にやってくるであろう。

「ですが司令官。我々は、バルランドとは違います。」
「バルランドとは違う・・・・か。確かに。」

キッド少将はヴァルケンバーグ大佐の言葉を聞いて、沈みかけた気持ちを取り戻した。  


726  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:08:51  ID:4CUjn9IY0
バルランドには無いもの。それは有効な対抗手段である。
第2任務部隊の主力艦であるペンシルヴァニア、アリゾナは、改装で対空火器を増強している。
改装前は5インチ単装砲8門に12.7ミリ機銃が8から12門のみが、ペンシルヴァニア、アリゾナが
搭載する全ての対空火器であった。
だが、改装後は5インチ連装両用砲6基12門、28ミリ4連装機銃6基24丁、20ミリ機銃38丁を
積んで、ハリネズミさながらの状態になった。
艦隊の2隻の重巡アストリアとニューオーリンズも、改装によって40ミリ連装機銃6基12丁、
20ミリ機銃18丁積み込んだ。
軽巡のボイスは28ミリ4連装機銃4基と12.7ミリ機銃12丁のみである。
ホノルルはガルクレルフ沖海戦で威力を発揮した、40ミリ4連装機銃4基を依然搭載し、
20ミリ機銃も18丁積んでいる。
その他の護衛艦も、38口径5インチ両用砲を4〜5門、20ミリ機銃を6〜8丁積んでいる艦ばかりであり、
対空火力に関しては申し分無かった。
だが、相手も猛速で突っ込んで来るワイバーンだ。
このハリネズミのような対空火網を用いても、完全阻止は難しい。

「これまでの海戦で、敵のワイバーンが1騎残らず阻止された事は無い。この空襲で、我が部隊は
大きな被害を受けるかもしれん。物事は敵の予定通り。日本のことわざで言うのなら、我々はまな板の
上の魚と言うわけだ。」

唐突に、キッド少将は意味ありげな笑みを浮かべた。

「だが、そのまな板の上の魚は、とんでもない猛毒を持っている。対空弾幕という毒をな。我が艦隊が
一筋縄で行かん事を敵に教えてやろう。」  


727  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:11:38  ID:4CUjn9IY0
ロング・アイランドから発艦した17機のF4Fは、直衛の4機と加わり、敵編隊が艦隊まで
40マイルの地点に来た所で、雲を利用しつつ、敵編隊に突っ込んだ。
断雲を破って現れたグラマンの編隊に、すかさず戦闘ワイバーンが応戦しようとする。
相対したごつい機体と、獰猛な竜が互いに火箭を飛ばし合う。
1騎のワイバーンが顔面や御者たる竜騎士に12.7ミリ機銃弾をしこたま振るわれて墜落していく。
1機のF4Fがコクピットに光弾を叩き込まれ、次いでエンジンにも光弾を浴びて、悲鳴じみた音を
発して海面に直行した。
2機のF4Fと4騎のワイバーンが撃墜され、戦闘ワイバーンの迎撃を突破したF4Fが
攻撃ワイバーンの群れに切り込んだ。
攻撃ワイバーンは密集編隊を解いて、F4Fの突っ込みをかわそうとした。
急降下しながら、F4Fは12.7ミリ機銃を乱射した。
2騎のワイバーンが、編隊を解こうとした矢先に多量の機銃弾をぶち込まれた。
防御結界が作動するが、奔流の如き無数の機銃弾はものの数秒でこれを無効化して、2騎のワイバーンに着弾、
F4Fはワイバーン2騎を撃墜した。
攻撃ワイバーンの下に飛び抜けるF4Fを、戦闘ワイバーンが追う。
能力の向上したワイバーンは、水平速度ならF4Fに引けを取らない。
だが、急降下性能ではF4Fに分があり、みるみるうちにワイバーンは引き離されていった。
奮戦するロング・アイランド隊は戦闘ワイバーン6騎に攻撃ワイバーン7騎を撃墜した。
だが、攻撃ワイバーンに更なる襲撃を加えようとした所で、多数の戦闘ワイバーンに取り囲まれ、
F4Fは1機、また1機と、櫛の歯が欠けるように撃墜されていった。

竜母クァーラルドの攻撃隊長兼攻撃隊指揮官であるペンク・ルクーロ少佐は、ついにそれを発見した。
20以上の船影は、6リンルほどのスピードで、整然と隊形を組んでいる。
「見つけた。敵艦隊だ。敵は陣の真ん中に輸送船8隻と・・・・こいつはたまげた。空母が2隻もいるぞ!」
「こっちでも確認した。」

別の魔法通信が飛び込んできた。竜母ギルガメルの攻撃隊長のものだ。  


728  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:14:12  ID:4CUjn9IY0
「敵の新型の小型竜母みたいだ。ライル・エグ級と同等の竜母だろう。」

先ほど、迎撃に出てきたグラマンは20機前後だった。
その事から、彼らは空母を伴う機動部隊がこの海域にいると確信した。それは現実の物となった。
アメリカ軍は、ライル・エグ級と同様の小型空母2隻を中心にした艦隊で、バルランド軍の輸送船を護衛しているのだ。

「モルクンレル司令官からは、敵の空母を見つけた場合は空母の攻撃を優先しろと言われていた。
なら、後は簡単だな。」

彼はそう呟くと目標の割り当てを行った。

「ギルガメル隊は船団後方の空母、クァーラルド隊は船団前方の空母、残りは戦艦と輸送船をやれ!」
その命令が全隊に伝わり、攻撃ワイバーンは次の行動に移った。
今回、アメリカ艦隊攻撃に参加した騎数は第1部隊のクァーラルド、モルクドから戦闘ワイバーン24騎、
攻撃ワイバーン44騎、小型竜母ライル・エグから戦闘ワイバーン、攻撃ワイバーン各8騎ずつ。
第2部隊のギルガメル、イリアレンズからは戦闘ワイバーン22騎、攻撃ワイバーン40騎、
小型竜母リテレからは戦闘、攻撃ワイバーン各8騎ずつが発艦した。
合計で162騎が、アメリカ艦隊より北北東100ゼルドの海域から差し向けられたのだ。
緒戦でグラマンに10騎ほど落とされたが、全体の数から見れば被害は微々たるものだ。
半数強のワイバーンが編隊から離れ、敵の輪形陣前方を大きく迂回していく。
その間、ギルガメル隊、クァーラルド隊は敵の輪形陣に突入を開始した。
アメリカ艦隊は、高度3000メートルから進入しつつある敵編隊に高角砲を撃ち始めた。
ギルガメル隊18騎、クァーラルド隊22騎の前面に無数の高角砲弾が炸裂し、上空が小さな黒煙に覆われ始めた。
ひっきりなしに炸裂する高角砲弾に、ワイバーン群も上下左右に揺さぶられる。  


729  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:16:01  ID:4CUjn9IY0
「アメリカ艦隊の対空砲火は激しいと聞いていたが、聞きしに勝るものだ!」

ルクーロ少佐は興奮した口調でそう叫んだ。
前面、下方、後方で高射砲弾が炸裂する。防御結界が反応して、高射砲弾の弾片を防ぐ。
1騎のワイバーンの至近で、高射砲弾が炸裂した。
防御結界は瞬時に霧散し、ワイバーンと竜騎士がもろとも吹き飛ばされた。
ギルガメル隊、クァーラルド隊は前進を続けるが、米艦隊の対空弾幕はより激しくなる。
目標となる小型空母と輸送船の周囲に、2隻の戦艦と4隻の巡洋艦がひっきりなしに高射砲を放つ。
特に、戦艦の砲撃は他艦よりも激しい。
その戦艦は特徴のある三脚マストに短い全長の割には幅が広くて、いかにも撃たれ強そうな感がある。

「ペンシルヴァニア級だな。」

ルクーロ少佐は戦艦の正体が分かった。
ペンシルヴァニア級戦艦は、アメリカ海軍では旧式の部類に入るようだが、その戦闘力は侮れない。
今年2月のガルクレルフ砲撃で、物資集積所を叩き潰し、追撃した味方艦隊に煮え湯を飲ませたのは、
この2隻のペンシルヴァニア級である。

「仇に出会えた訳か。だが、俺らの狙いは貴様らじゃない。」

そう言って、ルクーロ少佐は視線を小型空母に移す。
艦橋の無い全通甲板を持つ船は、自らも舷側から高射砲を撃ちまくっている。

「ヨークタウン級やレキシントン級を狙いたかったんだが、今はてめえで我慢してやるよ。」

そう呟いてから20秒後、クァーラルド隊は降下地点に到達した。  


730  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:18:24  ID:4CUjn9IY0
「勝負だ!」

ルクーロ少佐はそう喚いてから、相棒を急降下させた。
軽やかな機動で体を翻し、目標の小型空母に向けてダイブに入る。
敵艦隊は高射砲のみならず、光弾をも放ってきた。
無数の彩色の弾が、クァーラルド隊を串刺しにせんと湧き上がってくる。
小型空母は左右の舷側を真っ赤に染めて弾を撃ちまくる。
高度は急激に下がっていき、敵艦隊の対空砲火も密度を増してきた。
唐突に、4番騎が真正面から機銃弾を叩き込まれた。
被弾し、速度が落ちた4番騎に今度は無数の機銃弾が叩き込まれ、体をズタズタに引き裂いてしまった。
3番騎がワイバーンの左翼を機銃弾にもぎとられ、くるくると回転しながら海面に直行した。
周囲を行き過ぎ、砲弾が回り中で炸裂する中、ルクーロ少佐の得物は、すぐそこまで迫っていた。
そして、ついに

「思い知れ!」

彼はワイバーンの腹に抱えてきた150リギル(280キロ)爆弾を投下した。
降下から水平飛行に移り、海面スレスレの高度を全速力で飛び、敵艦隊の輪形陣を抜けようとする。
唐突に、爆弾の炸裂音が聞こえた。

戦艦アリゾナの艦橋上で、キッド少将はまず、ラングレーに急降下していくワイバーンを凝視していた。
輸送船2列縦隊の後方に位置するラングレーは、増強された高角砲や対空機銃を撃ちまくる。
1騎のワイバーンが、機銃弾の集中打を受けて吹き飛ばされる。
残りのワイバーンは臆する事無く、ラングレーに接近し、先頭のワイバーンが高度500メートルを切った
直後に爆弾らしきものが胴体からはなれた。  


731  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:22:47  ID:4CUjn9IY0
ラングレーは緊急回頭のつもりなのだろう、艦首を左に降り始めた。だが、
「間に合わない・・・・・!」

キッド少将は呻くように呟いた。
ラングレーはヨークタウン級のような俊敏な機動力は無い。
時速12ノットのスピードで這うようにしか回頭できなかった。
艦首の右舷側海面に水柱が吹き上がる。
その次に、飛行甲板が途中で途切れた中央甲板に命中して爆炎が踊った。
3発目の爆弾は左舷側海面に突き刺さって海水を盛大に吹き上げ、4発目が後部甲板に叩きつけられる。
2発の被弾によって、一瞬ラングレーが痙攣したように震えた。敵の攻撃は収まらない。
5発目に投下された爆弾はむき出しの艦橋のすぐ後ろにぶち込まれ、大音響と共にクレーンを根こそぎ吹き飛ばし、
第3甲板に詰めていたダメージコントロール班全員をなぎ倒した。
6発目、7発目は外れたが、8発目の爆弾が中央部に命中。飛行甲板を叩き割って格納甲板をも貫通。
爆弾は最下層にまで到達して炸裂し、それまで目立った損傷の無かった機関部に爆発エネルギーの過半が流れ込み、3基のボイラーのうち、2基を破壊した。
それのみならず、格納甲板にまで爆風は吹き込み、キングフィッシャー水偵を全て破壊してしまった。
最終的に、ラングレーは8発の爆弾を叩き込まれた。

「ラングレー被弾!艦隊から落伍します!」

見張りの悲痛そうな叫びが艦橋に聞こえた。
ラングレーは激しく黒煙を噴き出し、今では4ノットのスピードでしか航行できなかった。
「ロング・アイランドに敵ワイバーン急降下!」
キッド少将はその声が聞こえた刹那、視線をロング・アイランドの上空に向ける。
10騎以上のワイバーンが、一本棒となってロング・アイランドに突っ込む。
ロング・アイランドは舷側の高角砲や機銃を振りかざして、ワイバーンに応戦する。  


732  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:26:59  ID:4CUjn9IY0
アリゾナは右舷側の対空火器を総動員して、ロング・アイランドの上空を撃ちまくる。
唐突に、1騎のワイバーンの至近で高角砲弾が炸裂、破片がワイバーンを引き裂き、機銃弾が
別のワイバーン1騎を叩き落した。
ロング・アイランドも、ラングレー同様緊急回頭で回避しようとするが、元々商船の船体を基にした
ロング・アイランドに、本来の戦船のような俊敏さは無い。
更に後続のワイバーン1騎が撃墜された直後、先頭のワイバーンは胴体から爆弾を放り投げた。
高度は500を切っている。その爆弾は、ロング・アイランドの後部甲板に命中した。
爆弾は飛行甲板や格納甲板を突き破り、第4甲板で炸裂した。
爆弾が炸裂した場所の真下は舵機室であったが、影響は舵機室まで及ぶ事は無かった。
だが、爆発は爆弾が突き抜けた穴をより大きく押し広げ、各甲板の穴が開いた区画を紅蓮の炎が舐めた。
更に、2発目の爆弾が、中央部に叩きつけられた。爆弾は格納甲板を貫通後、第3甲板で炸裂し、
爆発の直後、飛行甲板が爆風によって大きく盛り上がった。
4、5発目が外れ弾となり、ロング・アイランドの左右で水柱が吹き上がった。
6発目が艦首に命中し、一際反り返っていた艦首が爆発によって抉り取られ、爆ぜた果物の如き姿に変えられてしまった。
7発目がロング・アイランドのエレベーターに着弾。
爆弾はエレベーター、格納甲板をぶち破り、更には船底部に達した所で爆発し、機関部に壊滅的な打撃を与えた。
ロング・アイランドの被弾はこれだけであったが、商船改造の護衛空母にとっては、致命的な損害をもたらした。
最後のワイバーンが上空を飛び抜けた時、ロング・アイランドは実に7発の直撃弾を浴びせられていた。
濛々たる黒煙をあげ、スピードを衰えさせながらも、ロング・アイランドは停止するまで左回頭を止めなかった。
艦長は、後ろのバルランド輸送船が追突しないように、艦が止まりきるまでは回頭を辞めぬ腹だった。
そして、艦は艦長の期待通り、輸送船の航路を妨げぬ位置までに回頭したあと、力尽きたように停止した。

「ロング・アイランド・・・・・行足止まりました。」

艦橋上では、誰もが押し黙っていた。  


733  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:30:04  ID:4CUjn9IY0
ラングレー、ロング・アイランドは、前線で派手に活躍した艦ではないが、両艦とも、艦隊の目となり、
盾となって働いた事もある。
ロゼングラップの航空戦では、この両艦も、地道ながらも重要な航空機運搬作業に携わっている。
そのお陰で、ロゼングラップの基地は守られ、両艦は航空戦勝利の立役者になった。
地道ながらも、実績を残し、次第に他の艦隊からも頼りにされていた。
その両艦が、無残にも敵の爆弾に叩きのめされ、死に体となっている。
アリゾナの艦橋のみならず、第2任務部隊ばかりか、バルランド軍将兵の誰もが衝撃を隠せなかった。

20分後、空襲は終わった。
シホールアンル側の空襲はその後も続き、バルランド輸送船2隻が被弾炎上し、アリゾナが爆弾1発、
ペンシルヴァニアが爆弾3発を浴びた。

「敵にしてやられた。」

キッド少将は、目眩を感じながらも、声を絞り出した。
「まさか、北北東に敵機動部隊が隠れていたとは。エンデルドの竜母部隊は、ただのこけおどしだったとは!」
彼は、炎上するロング・アイランドを見つめながら呟く。やりきれない怒りで体が震えた。
アリゾナに命中した爆弾は、後部甲板に命中したが、小火災が発生したのみで大事には到らなかった。
ペンシルヴァニアは左舷側の5インチ両用砲1基に20ミリ機銃3丁を破壊された。
ペンシルヴァニアのほうは被弾時に一際大きな爆発があったが、火災はすぐに消し止められた。
最終的な被害判定は小破である。
バルランド輸送船は、1隻が爆弾5発を浴びて沈没確実の被害を受けたが、もう1隻が、爆弾2発を
受けながらも当たり所か良かったのか、火災を起こしつつも鎮火すれば航行可能と報告を送ってきた。

「司令官、ラングレー艦長から総員退艦を発令したとの報告が入りました。」
「そうか。」  


734  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:31:56  ID:4CUjn9IY0
キッド少将は、視線をラングレーにへと向ける。
水上機母艦のラングレーは、完全に行足を止め、濛々たる黒煙が吹き上がっている。
特に中央部の火災が酷い。
ラングレーは航行不能になった10分後に、航空燃料に火災が及んで大爆発を起こした。
これ以上の犠牲を出すよりは、と考えた艦長はついに総員退艦を発令し、たった今、生き残りの乗員が
艦から脱出しようとしている。
ラングレーに、軽巡洋艦のホノルルと駆逐艦2隻がゆっくりと近付いている。
そのうち、ラングレーの至近に来た駆逐艦が放水を開始した。
放水を行う傍ら、駆逐艦からはボートが降ろされ、脱出したラングレー乗員の救助を行っている。

「ロング・アイランドはどうか?」

キッド少将は覇気の無い声で通信参謀に聞いた。

「ロング・アイランドは現在消火作業中ですが、艦長の報告では、燃料庫に火災が及ぶのは
時間の問題であると言われています。」
「まだ頑張っているか・・・・・・」

キッド少将はラングレーからロング・アイランドに視線を移した。
平甲板型の小型空母は、ラングレー同様、洋上に停止して黒煙を盛大に吹き上げている。
燃料庫が誘爆していないから、ラングレーよりはマシなのであろうが、傍目から見れば相当危険な状態に見える。

「大事な護衛空母であるが、なるべく無理はさせるなと伝えておけ。」

彼は通信参謀にそう言った。  


735  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:33:16  ID:4CUjn9IY0
それから5分後、ロング・アイランドも、懸命の消火活動を行ったが功を奏さず、艦長はついに総員退艦を命じた。
乗員たちは命令が下ると、次々に艦から脱出した。
脱出した乗員は、至近に迫った巡洋艦や駆逐艦、一部の者は近くのバルランド軍の輸送船に救出された。
総員退艦が完了したのは、午後5時30分であった。ロング・アイランドから乗員全てが脱出を終えたとき、水上機母艦のラングレーが転覆、沈没した。
ラングレーは誘爆によって左舷中央の船底部に穴を穿たれ、そこから浸水していた。
それから5分後、突然ロング・アイランドが大爆発を起こした。
大音響と共に飛行甲板の中央部が吹き飛び、ロング・アイランドは全艦火達磨となった。
しかし、ロング・アイランドはそれでも浮かび続けた。
死に体となっても、まだ戦いたいと、ロング・アイランド自身が訴えているかのようだった。

午後6時、空は夕焼け色に染まっていた。
駆逐艦ハンマンは、ロング・アイランドの左舷2000メートルに到達した。
ハンマンは左舷から4本の53センチ魚雷を発射した。
4本の航跡は、燃えるロング・アイランドに吸い込まれ、4本が過たず左舷に突き刺さった。
アリゾナの艦橋からは、ロング・アイランドの左舷から吹き上がった水柱がハッキリ見えた。
水柱が収まるや、ロング・アイランドは左舷に前転するように転覆した。

「ロング・アイランドに、敬礼。」

キッド少将の言葉に、皆が従った。
ヴァルケンバーグ艦長ら艦橋職員は、皆が悔しげな表情を浮かべながらも、沈没していく空母の最後を、
没しきるまで看取った。  


736  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:37:07  ID:4CUjn9IY0
午前6時  ジェリンファ沖西北西700マイル沖
第24竜母機動艦隊の旗艦である竜母クァーラルドで、リリスティ・モルクンレル中将は
最終的な戦果報告を聞いていた。

「これまで判明した戦果を報告します。まず、小型空母2隻、輸送船2隻撃沈確実。戦艦1隻中破。
1隻小破であります。」

誰もが喜びの声を上げた。何しろ、相手は紛れも無いアメリカ艦隊である。
しかも、撃沈した艦は、小型とは言えれっきとした空母であり、アメリカ軍に対して得られた始めての大戦果だ。

「司令官、やりましたな!」

幕僚の1人が満面の笑みを浮かべながらリリスティに言って来た。

「数さえ揃えば、アメリカ空母の撃沈も容易い事です。この調子で、敵の正規空母も叩き沈めてやりましょう!」
「そうね。流石は私が鍛えた部隊だわ。」

リリスティは幕僚に対してそう言い返すが、彼女は素直に喜ぶ気になれなかった。
戦果報告の前に知らされた被害報告で、彼女は少しばかりショックを受けていた。
今回、攻撃に参加したワイバーンは、戦闘ワイバーン64騎に攻撃ワイバーン100騎。
このうち、帰還したのは戦闘ワイバーン54騎、攻撃ワイバーン68騎。
実に42騎ものワイバーンが緒戦で失われたのだ。
ワイバーンが主に撃墜された相手は敵艦隊の対空砲火だ。
敵グラマンは戦闘ワイバーンが押さえ込んだため、敵戦闘機による被害は少なかったが、
バルランド輸送船の護衛に付くアメリカ艦隊の対空砲火は熾烈であった。  


737  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/15(火)  11:37:47  ID:4CUjn9IY0
このため、多数のワイバーンが投弾前に叩き落されてしまった。
ワイバーンの数はまだまだ多いが、これから予想されるアメリカ正規空母との戦いに挑む筈の
第24竜母機動艦隊にとって、このワイバーンの被害は痛い。

「小型空母主体のアメリカ艦隊とは言え、侮れぬ強敵だった訳か・・・・・」

リリスティは腕を組みながら唸る。
今の所、艦隊は西に向かって12リンルのスピードで航行している。敵側支配地域の至近に潜り込んで、敵の虚を突いたとはいえ、長くは留まれぬ場所である。
攻撃終了後は、バゼット半島西端100ゼルド付近まで避退する事を予め決めてあった。

「いずれにしろ、今の所は私達のほうが勝ち点は多い。」

リリスティは、来るべき次の戦いに思いを馳せていた。
恐らく、アメリカ軍はこの海域に必ず空母を派遣する。
敵が空母戦力を分散させている今こそが、空母を減らす絶好の機会だ。

「覚悟しなさいよ。アメリカ軍。」

リリスティの表情は、女性らしからぬ闘将のものへ変わって言った。  



746  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:27:42  ID:4CUjn9IY0
第38話  バゼット半島沖の死闘(前編)

1482年8月25日  午前7時  ジェリンファ沖西南700マイル地点

第17任務部隊は、ジェリンファより西南700マイル。
バゼット半島の先端部であるノーベンエル岬から300マイル南を時速25ノットのスピードで航行していた。

「補給部隊は今どこにいる?」

第17任務部隊司令官である、フランク・フレッチャー少将は参謀長に聞いた。

「補給部隊は、TF14に燃料給油を終えた後、南に避退しています。今の所、補給部隊は700マイル
後方を航行しているはずです。」

TF14、17は、出港時に給油艦ネオショーを初めとする補給部隊を引き連れ、洋上補給を行いながら
この海域にやって来た。
この両機動部隊の任務は、バゼット半島南沖に潜む敵水上部隊の撃滅、及び、エンデルドにいる
敵機動部隊に対する牽制である。
しかし、彼らの任務は、敵水上部隊の撃滅、敵機動部隊の牽制から、敵機動部隊の撃退に変わってしまった。
去る8月23日。バルランド軍の輸送船を護衛していた第2任務部隊に、突如敵のワイバーン部隊が襲って来た。
第2任務部隊には、護衛空母ロング・アイランドと水上機母艦ラングレーが配備され、周辺海域を
警戒しながら航行していたが、意外な事に、このワイバーン部隊は北東方面、つまり味方が居る方向から
襲って来たのだ。
不意を突かれた第2任務部隊は、それでも奮戦した。
だが、ロング・アイランドとラングレー、それにバルランド軍の輸送帆船1隻が撃沈され、
戦艦アリゾナとペンシルヴァニア、輸送帆船1隻が損傷した。  


747  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:30:22  ID:4CUjn9IY0
迎撃に出たF4F21機も懸命に戦ったが、多勢に無勢で10機が撃墜された。
残りも艦隊の近くで不時着水し、パイロットは寮艦に救助された。
この戦いはジェリンファ沖海戦と呼ばれ、アメリカ側は戦死者480名、負傷者1000名を出し、
バルランド側も戦死者300名、負傷者290名を出した。
敵の奇策とは言え、アメリカが始めて被った大損害。そして、敗北だった。

「シホット共は弱いところを衝く事に長けていますからな。補給部隊を近海に留めて置けば、
バルランド護送船団や、第2任務部隊の二の舞になりかねません。避退命令を出したのは正解でした。」
「給油艦3隻に軽巡1、駆逐艦3隻の小艦隊だ。敵の機動部隊がうろついている海域に一緒に置けまい。」

航空参謀のジョイ・アーサー中佐の言葉に、フレッチャー少将は頷きながら相槌を打った。

「問題はこれからですな。」

参謀長のグリン・ガース大佐が険しい表情で言って来る。

「第2任務部隊を襲ったワイバーンは、攻撃終了後は北北西方面へ避退していったと報告にありましたが、
恐らく、敵艦隊はバゼット半島の西端部に潜んでいるかもしれません。」
「それは私も考えた。敵の竜母は最低でも27ノット出せる。巡航速度を16ノット程度として、
奴らは半島の先端、もしくは北側に行くか行かぬ場所で遊弋してこちらの出方を待っているかも知れん。
相手の狙いは我々だ。」
「他にも問題はあります。」

ガース大佐は人差し指を立てた。  


748  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:33:02  ID:4CUjn9IY0
「ひとつは敵空母の数です。第2任務部隊を襲ったワイバーンの数は、少なめに見積もっても150騎以上は
いたようです。敵の竜母は、1隻辺りの搭載数は我が正規空母よりいくらか少なめで、60〜70騎の
ワイバーンを積んでいます。私の考えでは、敵は2隻ないし、3隻の竜母を伴っている可能性があります。」
「確かにな。それだけの規模の艦隊が動くとなれば、艦隊の出動を隠す事は難しいが、敵は偽者を置いて
スパイの目を欺いた。ハリボテの竜母を置いてごまかすとは、敵将も人が悪い。」

フレッチャー少将は憎らしげな口調で吐き捨てる。
エンデルドにあった竜母。それは、本国で実物大に作られた模型であった。
第24竜母機動艦隊司令官であるリリスティ・モルクンレル中将は、機動部隊の出撃前夜に、密かに作り上げた
本物の竜母そっくりの模型をエンデルドに回航し、あたかも竜母部隊はエンデルドにて健在であると見せかけた。
スパイはこのハリボテの竜母をしばらくの間、本物と勘違いして報告を送り続けた。
その正体が明らかになったのは、24日の深夜である。

このハリボテの竜母は、後に進化を続け、アメリカや南大陸連合に疫病神の如く付きまとう事になる・・・・

「もう1つ問題なのが、敵の位置です。」
ガース参謀長は戒めるように言う。
「前回のグンリーラ島沖海戦で、機動部隊同士の戦いでは、互いに相討ちに公算が高くなります。
現に、グンリーラ島沖海戦では、我が方が敵竜母1隻を撃沈しましたが、こちら側もエンタープライズを
大破され、長期間戦線に復帰できませんでした。敵将は相討ちになる事を避けて、自軍の機動部隊の位置を
不断に変えている可能性があります。そうなった場合、策敵機を発進させても、発見する確率が低くなり、
発見しても攻撃隊が敵機動部隊に取っ付ける可能性が減ります。」
「うーむ・・・・・・・参謀長の言いたい事は分かった。しかし」

フレッチャー少将はふと、TF14、17のパイロットの事を思った。  


749  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:34:38  ID:4CUjn9IY0
実を言うと、レキシントン、ヨークタウンのパイロットは、実戦経験の無い新米が少なからず混じっている。
他の空母はベテランと新米の割合は平均で7:3という所だが、レキシントン、ヨークタウンの場合は6:4と、少々多い。
猛訓練の結果、新米パイロットの腕はかなり上がったが、訓練と実戦は違う。
(もしかして、攻撃隊を飛ばしても航法ミスで敵に辿り着けぬ機がでるのでは・・・・)
フレッチャー少将は内心、そんな危惧が浮かんだ。

「司令官、そろそろ第1索敵隊が発艦いたします。」

アーサー中佐がフレッチャー少将に言って来た。

「今の所異常は無いな?」
「ありません。」

アーサー中佐の答えに、フレッチャー少将は頷く。

「よし。策敵機を発艦させろ。敵の竜母を見つけて、借りを返さねばな。」

午前11時  ノーベンエル岬沖南200マイル
午前7時、空母レキシントンからTBF8機、ヨークタウンからSBD8機が索敵に差し向けられ、
午前8時30分には、レキシントンからSBD6機、ヨークタウンからTBF6機が発艦し、9時には
戦艦ノースカロライナ、サウスダコタからもキングフィッシャー水偵3機が発艦した。
合計で21機を索敵に出したのだが・・・

第17任務部隊旗艦である空母ヨークタウンの艦橋上では、誰もが苛立ちを顔に滲ませている。
飛行甲板上では、第1索敵隊のドーントレスが次々と着艦してきている。  


750  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:37:11  ID:4CUjn9IY0
「敵艦隊の報告は・・・・まだか。」

フレッチャー少将は、小さく呟いた。この言葉も、既に何度も口から漏れている。

「もうすぐ、第2索敵隊のアベンジャーが引き返し地点に到達する予定です。」

航空参謀のアーサー中佐が比較的冷静な口調でフレッチャーに言って来た。
口調は冷静だが、アーサー中佐自身、しきりに避退の汗を拭っている。
今日の天気は快晴で、鋭い日差しが洋上に降り注ぎ、艦内では温度が上昇して必ずしも涼しいとはいえない。
艦橋内もどこか蒸し暑いが、アーサー中佐はしきりに汗を拭くが、それは暑さだけではない。

「アーサー。少し落ち着きたまえ。」

後ろから、参謀長のガース大佐が声をかける。両手には水の入ったコップを持っていた。
その1つをアーサー中佐に渡した。

「ありがとうございます。」
「ああ。」

アーサー中佐は礼を言いつつ、コップを取って、水を一口含んだ。

「敵さん、なかなか見つかりませんな。一体どこに隠れているのか。」
「何でもかんでも、上手く行く事はないさ。俺達は戦争をしとるのだからな。あちらさんも学習してる。」

ガース大佐はコップの水を飲んでから言葉を続ける。  


751  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:38:28  ID:4CUjn9IY0
「空母戦闘って奴は、大雑把に言えば遠くからの一騎打ちだ。だが、その一騎打ちはやりようによっては
得る結果は大きいが、同時に危険も大きい。俺から思うには、敵将は頭がいい。どうやったら敵に大損害を
与えられ、被害を少なめに出来るか。敵将は常にそれを考えている。」
「と言う事は、この戦いも敵将の考えのうち、なのですか?」
「それは分からん。敵将に面会して直談判せねば、答えは見つからんさ。」

ガース大佐はそう言って、微笑んだ。

「こっちは敵を見つけていないが、敵もこっちを見つけていない。今しばらくは、この状態が続くだろう。
問題は、敵を見つけてからだな。」

10分後。ヨークタウンの艦橋は、先と変わらぬ緊張感に包まれていた。
いや、先ほどと比べて、より重苦しい雰囲気になっている。

「そうか。第2索敵隊も敵艦隊を見つけられなかったか。」

索敵隊引き返すの報告を受け取ったフレッチャー少将は、やや失望したような表情で呟いた。

「司令官、第3索敵隊はどうされますか?」
「第3策敵隊・・・・か。」

フレッチャー少将は頭の中に、ヨークタウンの艦載機の比率を思い描いた。
TF17の旗艦であるヨークタウンは、F4Fを48機、SBD30機、TBF26機を搭載している。
このうち、索敵にSBD8機、TBF6機を割き、SBDは既に帰投している。
対機動部隊用に、F4F24機、SBD16機、TBF16機を用意しており、索敵用の機体はまだある。  


752  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:41:11  ID:4CUjn9IY0
「用意していたSBDを出そう。第3索敵隊はそれで行く。」

フレッチャー少将はそう決断し、すぐさま発艦を命じようとした時、

「TF14より緊急信!我、レーダーに機影を探知。機数は2。」

CICから艦橋に報告が入って来た。

「機数は2だと?敵か、味方か?」
「レキシントンからの報告はそれだけです。」

フレッチャーは、曖昧な報告に首を捻った。

「航空参謀、レキシントンは索敵機を収容し終えたか?」
「いえ、まだ収容中です。あと2機ほどがまだ戻っていないようです。」
「そうか、なら味方だな。」


第14任務部隊の旗艦である空母レキシントンのCICでは、レーダー員が新たに現れた別の輝点に目を留めた。

「ん?」

レーダー員であるエルク・フランドン兵曹はコーヒーを飲もうとしたが、すぐにカップを置いてレーダーを見つめる。
PPIスコープには、艦隊から距離20マイルの北側方面、北西方面から別々の輝点が近付いてくる。その後ろ。
PPIスコープの画面の端に別の輝点が現れている。  


753  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:42:58  ID:4CUjn9IY0
「この点は・・・・・・」

PPIスコープに輝点を映し出しているレーダーは、レキシントンのマストにあるSKレーダーである。
7月初旬に取り付けられた最新型のレーダーであり、半径170マイルの距離を捜索できる。
その範囲ギリギリの所に、それはあった。

「班長。」

フランドン兵曹は、班長であるラッカル中尉を呼びつけた。

「どうした?」
「方位340度、170マイル付近に不審な機影が映っています。」
「どれ・・・・・・・ああ、確かに。シホットの偵察ワイバーンかもしれん。」

その時、緊急信が入った。
「TF17のヨークタウンより緊急信!艦隊より方位350度、距離260マイル付近に空母3隻主力の
敵艦隊発見!敵は艦隊の側方に同規模の機動部隊を伴う!」

CICの空気が、その緊急信によって一変した。

「すぐに艦長とフィッチ司令に知らせろ!」

ラッカル中尉は、急いで今の緊急信と、レーダーが捉えた敵らしき機影の事を知らせるように命じた。
それから20分後、レキシントンに2機の策敵機が無事帰還し、すぐさまエレベーターによって格納庫に入れられる。
同時に、攻撃用に取っておいた艦載機が、飛行甲板に上げられた。  


754  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:45:53  ID:4CUjn9IY0
上空には、先ほど発見したワイバーンを艦隊の視認圏外で撃墜すべく、4機のF4Fが敵ワイバーンに向かって行く所だった。
そのワイバーンと敵艦隊との距離は60マイルを切っている。まだ視認圏外である。

「今の所、敵はこっちを見つけていないから、先制攻撃を仕掛けられそうだ。」

先ほどから相変わらず、レーダーに見入っているフランドン兵曹はそう思った。
敵の竜母が6隻と聞いた時は誰もが仰天したが、敵がこちらを見つけていなければ大丈夫だ。
フランドン兵曹は楽観した表情で、レーダーの監視を続ける。
彼の表情は、10秒後には警察に謎を暴かれた罪人のように強張った。
準備作業は思ったよりも早かった。


ヨークタウンの飛行甲板には、攻撃隊の艦載機が勢揃いし、エンジンを轟々と唸らせている。
本来なら、誰もが心躍らせる光景だが、フレッチャー少将の顔つきはこれまで以上に険しかった。

「敵は、既にワイバーンを発進させていたとは・・・・・」

10分前の午前11時50分に、レキシントンから発せられた緊急信は、フレッチャーを仰天させた。
艦隊の北北西160マイルの距離に、100騎以上の大編隊が接近しているとの情報が入った。
このワイバーン部隊は、先に発進させた偵察ワイバーンの情報を頼りに、米機動部隊に向かっていた。
偵察ワイバーンは、ある者を追って攻撃隊を誘導した。
それは、アメリカ軍の偵察機である。

「もっと手っ取り早い方法がある。」

昨日、リリスティ・モルクンレル中将はそう切り出してから、考えていた案を幕僚達に披露した。  


755  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:48:29  ID:4CUjn9IY0
それは、帰投するアメリカ軍偵察機を気付かれぬ距離から監視、追跡する。
追跡している偵察ワイバーンの上方を下に攻撃隊を発進させ、敵機動部隊に先制攻撃を仕掛ける、というものである。
ワイバーンの竜騎士は、基本的に魔道士であり、一通りの魔法を扱う事ができる。
その中の1つに、視力を強化する魔法がある。
この視力強化の魔法は、古来から使われてきたもので、魔道士にとっては使い慣れた魔法だ。
この魔法を使うと、視力は通常の3倍に達し、12ゼルド遠方の物もはっきり捉えられると言われている。
リリスティはそれを使って、帰投していく米軍機を監視し、道案内を頼もうと言うのだ。
幕僚たちは反対したが、結局は折れ、偵察ワイバーンの送り狼作戦を実行させた。

そして、偵察ワイバーンは、遠くを飛行している1機の米軍機を発見し、艦隊に報告。
リリスティはすぐに、待機していた攻撃隊を発艦させた。
その20分後、第24竜母機動艦隊は、攻撃隊を送り出してホッとしている時に、
帰投中であったアメリカ軍機に発見されてしまった。
その結果、両軍はグンリーラ沖海戦と同様に、互いに矢を放ったのだ。
午後0時40分、レキシントンの飛行甲板から、最後のアベンジャーが慌てるように発艦して行った時、
北の空にうっすらと黒い粒の群れが表れた。

「来るとは思っていたが、こんなに早く来るとはな。」

第14任務部隊司令官である、オーブリー・フィッチ少将は、緊張に顔を強張らせたまま口を開いた。

「迎撃に上がったF4Fの数は、本艦とヨークタウンを合わせて40機。それに対して・・・・」

フィッチ少将は、双眼鏡で敵編隊を見つめる。
翼を上下運動しながら、近付きつつあるそのワイバーン群は、少なめに見積もっても100騎以上はいる。
もっと細かく数えれば、120ほどはいるだろう。  


756  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:50:06  ID:4CUjn9IY0
敵も3分の1か半数は戦闘ワイバーンで固めているだろうから、攻撃ワイバーンに取り付けるF4Fは
僅かにすぎないだろう。
F4Fが敵編隊に取っ付いたのだろう、艦隊の北方上空で戦闘機の唸り声が響いてくる。
上空に飛行機雲が縦横に動き回り、時折何かが落ちていく。
火を噴く粒は味方であり、ただ墜落していくのは敵のワイバーンである。
多数のF4Fやワイバーンが、激しい空中戦でしのぎを削っているが、他のワイバーン群は、
大きく編隊を崩す事も無くこちらに向かいつつある。
第14任務部隊は、空母レキシントンを輪形陣の中心に据え、その周囲を戦艦サウスダコタ、
重巡洋艦インディアナポリス、クインシー、軽巡洋艦ヘレナ、ジュノーが内輪部を固める。
そして、駆逐艦12隻が外輪部に展開し、それぞれが5インチ両用砲、12.7ミリ機銃、
28ミリや20ミリ機銃に弾を込め、眦を決しながら敵が来るのを待っている。
第14任務部隊の右舷側10マイルには、第17任務部隊が似たような陣形で敵に備えている。
やがて、敵編隊が二手に分かれた。まずは、このレキシントンを左右から集中攻撃するのだろう。

「敵編隊分離!第1編隊は騎数約40〜50。第2編隊は騎数30〜40以上。」
「畜生、敵のやつ、俺達を本気で潰すつもりだ。」

レキシントン艦長、フレデリック・シャーマン大佐が苦々しげな口調で呻く。
敵の目的は、左右から同時に突撃して対空砲火を分散しつつ、このレキシントンを叩くつもりか。
誰もがそう思った時、2つの異変が起きた。
1つめの異変は、分離した敵編隊はそのまま第14任務部隊の前方を迂回して、TF17に向かった事。
もう1つは、TF14に近付きつつあった敵編隊が、またもや分離して、今度は後ろからTF14を迂回し、
輪形陣の右側に展開しつつある。

「奴ら、2隻の空母を同時に叩くつもりか?」

フィッチ少将は震えそうになりながらも、それを抑えて、務めて冷静な口調で言う。  


757  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:52:33  ID:4CUjn9IY0
そして、間を置く事無く、左右に展開した敵編隊は一斉に突撃を開始した。

「敵編隊、接近してきます!」
その直後、左右両側で対空射撃が始まった。
多数の黒い黒煙が、ワイバーンの周囲でいて、飛び散る破片がワイバーンを掴みかかろうとする。
フィッチ少将は、対空戦闘の様子をひとしきり見守った後、一層険しい表情を浮かべる。

「くそ・・・・対空砲火の密度が薄い!」

この時、ワイバーン群は、10機単位が固まって進撃しているのではなく、5騎、多くて7騎程度が、
やや間の空いた編隊を組んで、数グループに分かれながら突入しようとしている。
その敵編隊の周囲に高角砲弾が炸裂するが、密度は思ったよりも少ない。
過去の戦闘で、ワイバーンは主に一点集中で攻撃を仕掛けてきた。
その際、敵は確実に突破してきたが、その分、米艦艇は対空砲火を集中して、多数のワイバーンを叩き落してきた。

敵はその事を踏まえて、あえて編隊を分散しながら輪形陣に突入してきたのだ!

敵編隊は輪形陣左側の2箇所と右側2箇所の計4箇所から、輪形陣に進入しつつある。
侵入箇所こそは違うが、狙いはハッキリしている。
それらが向かう先は、輪形陣の中心に居るレキシントンだ。
しかし、分散された対空砲火とは言え、入念な訓練を積んだ砲手達は、敵ワイバーンの至近に正確に、高角砲弾を打ち込む。
唐突に、1騎のワイバーンが高角砲弾に直撃され、胴体を真っ二つにちぎられた。
輪形陣左側でも、相次いで2、3騎のワイバーンが撃墜される。
分散された砲火は、内部に進むにつれてより激しくなってきた。  
レキシントンの左舷後方に位置する軽巡のジュノーが、駆逐艦上空を突破し、巡洋艦群の上空を飛び越えようとする
敵ワイバーン群に向けて、寮艦と同じように対空砲火を撃ちまくる。  


758  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:54:10  ID:4CUjn9IY0
アトランタ級対空軽巡の2番艦として建造されたジュノーは、まさに全艦活火山と化すような勢いで、
多数搭載された5インチ砲を乱射した。
レキシントンも、艦橋前、後部に設置されている5インチ連装砲や舷側の単装砲、それに28ミリ、
20ミリ機銃を撃ちまくった。
ここに来て、さしものワイバーンも1騎、また1騎と次々と撃墜されていく。
しかし、敵ワイバーンを完全に阻止するには到らなかった。

「左舷後方より敵ワイバーン、急降下!」
「左舷前方上方より敵急降下!」

見張りの声が艦橋に飛び込んでくる。
それを聞いたシャーマン大佐は、目をかっと見開いて指示を下した。

「取り舵一杯!」

彼の号令の下、操舵員が命令を復唱しながら舵を回す。
レキシントンの艦首が海水を切り裂き、時折ドーン!という音共に、波の頂を踏み潰して水飛沫を上げる。
数十秒ほど間を置き、敵ワイバーンが高度1000を切った時、レキシントンの艦首が左に回り始めた。
レキシントンに習って、前方のサウスダコタや周囲の寮艦も一斉に回頭する。
左舷後方、前方より急降下してきたワイバーンが、相次いで爆弾を投下してきた。
爆弾を放り投げて、猛速で避退していくワイバーンに、複数の火箭が逃がさぬとばかりに絡みつく。
そのワイバーンが口から血らしき物を吐き出した直後、海面に叩きつけられて海の飛沫へと変わった。
1発目の爆弾が、レキシントンの右舷側海面に落下し、高々と水柱を吹き上げる。
2発目、3発目と、何発もの爆弾が海面に突き刺さり、空しく海水のみを吹き上げる。
最後の15発目が、レキシントンの艦首右舷側に命中しそうになった。  


759  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:57:38  ID:4CUjn9IY0
「危ない!」

フィッチ少将が思わず目をつぶった瞬間、ズドーン!という下から突き上げるような衝撃が
レキシントンの艦体を揺さぶった。
余りの強い衝撃に、彼は被弾したと思った。

「艦首右舷側に至近弾!右舷1番高角砲損傷!」

被害報告が艦橋に届けられた時、フィッチ少将は被弾を免れた事にやや安堵した。

「舵戻せ!」
「右舷後方より敵編隊!急降下に入る!」

シャーマン大佐の指示と、見張りの声が同時に響く。
この時、右舷後方の上空から、2つのワイバーン群が急降下しつつあった。

「面舵一杯!急げ!」

シャーマン大佐は額に滲む玉の様な汗をぬぐう事も無く、次の指示を下す。
そのワイバーン群にも激しい対空砲火が浴びせられる。
レキシントンを囲む寮艦が、より激しく高角砲や機銃を撃つ。
特に、ジュノーの対空射撃は一層際立ち、機銃も加わったその戦いぶりは壮絶だ。
激烈な対空砲火の前に、北大陸最強と謳われたワイバーンが次々と落ちていく。
だが、仲間が何騎高角砲弾に吹き飛ばされ、機銃に細切れにされようとも、誰一人臆す事無く弾幕に突っ込んでいく。  


760  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  09:59:03  ID:4CUjn9IY0
日々の鍛錬と、魔法によって強化された竜騎士の目は、目前で回頭を続けるレキシントンのみを睨みつけていた。
先頭のワイバーンが高度500あたりで爆弾を投下する。爆弾が、左舷中央部側の海面に至近弾として落下する。
続いて2弾目、3弾目がレキシントンの左舷側後部、右舷側中央部に至近弾として落下する。
相次ぐ至近弾の落下で36000トンの艦体が軋んだ音を発する。

「今のはかなり近いな!」

シャーマン大佐は怒りとも感嘆とも取れる表情で呟く。
その直後、ドダァーン!という雷が耳元で爆発したような音が鳴った。
激しい衝撃に、シャーマン大佐は必死に耐えた。
続いて左舷側後部に水柱が立ち上がる。
更に左舷側後方の海面に水柱が連続で7本上がった所で、レキシントンの艦内に警報ベルが鳴り響いた。
この時、レキシントンは第2エレベーターから前方7メートルの場所に150リギル爆弾を受けていた。
爆弾は飛行甲板を叩き割って格納甲板で炸裂した。
そこには2機のF4Fと8名の整備員がいたが、爆弾の炸裂はそれらを一緒くたに吹き飛ばし、
周囲を派手に破壊した後に火災を発生させた。

「後部甲板に被弾!火災発生!」
「ダメージコントロール班、すぐに被弾箇所の火を消せ!」

シャーマン大佐は額に青筋を浮かべながら命令を発する。その時、

「右舷前方、いや、前方上方よりワイバーン、急降下に入る!」

見張りの報告が入った。  


761  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  10:03:07  ID:4CUjn9IY0
シャーマン大佐は咄嗟に前方上方に視線を移す。
そこには、7騎ほどのワイバーンが横単横陣の隊形から、1騎ずつ降下しつつあった。

「舵戻せ!取り舵一杯!」

彼は次の指示を下したが、フィッチ少将は今度も危ないなと思った。
レキシントンはしばらくの間は、敵に突き進むような形で航行する事になる。
間もなく、左に回頭するだろうが、敵弾を完全に避けられるかどうかは分からない。
(頼む、間に合ってくれよ!)
フィッチ少将は強く祈った。
敵は彼の祈りを嘲笑うかのように、対空砲火の弾幕の中、依然としてレキシントンに向かって来る。
レキシントンは既に1発の爆弾を受け、後部から黒煙を噴き出しているが、180000馬力のエンジンは快調に回り、
28ノットのスピードで海上を驀進する。
対空砲火によって数を減らされながら、残りのワイバーンがレキシントンに肉薄すると思われた時、

「右舷より敵騎!突っ込んで来る!」

悲痛めいた声が木霊した。
見ると、右舷からこれまた10騎ほどのワイバーンが高度500メートルあたりから暖降下爆撃の要領で
レキシントンに突っ込んで来る。
「前方の敵は囮だったのか!?」
フィッチ少将は愕然となった。
対空砲火の大半は、前方からやって来る敵ワイバーンに注がれているが、
暖降下爆撃を狙うワイバーンに対する火力密度は少ない。
やっと、レキシントンの舵が利き始め、艦首が右舷に回り始めるが、
それは右舷からの敵に火力の少ない艦尾部分をさらす結果となった。  


762  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  10:06:26  ID:4CUjn9IY0
「いかん!面舵だ!」

シャーマン大佐は慌てて、面舵を命じるが、時既に遅し。
暖降下してくる敵よりも、急降下する敵ワイバーンの投弾が早かった。
生き残った敵ワイバーン5騎が、相次いで爆弾を投下してきた。
レキシントンの右舷後部に水柱が立ち上がったが、その直後に飛行甲板中央部に爆弾が突き刺さる。
爆弾が命中して0.3秒後に火柱が立ち上がり、被弾箇所の飛行甲板が左右に分割された。
3発目の爆弾はレキシントンを飛び越して左舷側への至近弾となったが、4発目が大小に分割されたエレベーターのうち、
後ろ側の小さい部分に突き刺さり、格納甲板で炸裂してエレベーター部分が爆圧で盛り上がった。
5発目は惜しくも至近弾となったが、その20秒後にレキシントンの艦尾側からワイバーンが襲って来た。
高度100メートルでレキシントンの至近に迫った10騎のワイバーンは、次々と爆弾を投下した。
その直後、2騎のワイバーンがレキシントンと、寮艦の機銃弾に引き裂かれる。
報復はすぐに叩き返された。
レキシントンの左舷側海面に水柱が立ち上がり、次に中央部で火柱が上がる。
艦尾から70メートル海面に2本の水柱が立ち上がり、その3秒後に艦尾から20メートル離れた飛行甲板上で
爆発が沸き起こり、甲板上に火の粉と砕け散ったチーク材がばら撒かれた。
駄目押しとばかりに、更に6発目が中央部に、7発目が前部甲板に叩きつけられる。
残りの爆弾は全て至近弾となって空しく海面を抉った。
艦内に警報ベルがけたたましく鳴り響き、担架を持った兵員が負傷兵を運んで行く。
格納甲板では、スクラップと化した艦載機を除去しながら、乗員が火に消化剤を吹きかけた。

「前部甲板に火災発生!」
「後部甲板に更なる命中弾!格納庫内の艦載機に損傷あり!」
「中央部の火災拡大!応援をよこして下さい!」
「ガソリンパイプに破損あり!応急修理班をお願いします!」

各所から次々に被害報告が入って来る。シャーマン大佐はそれらに対し、的確に指示を下した。  


763  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/18(金)  10:11:15  ID:4CUjn9IY0
いつの間にか、ワイバーンの攻撃は終わっていた。
フィッチ少将は、艦橋から飛行甲板を見渡してみた。

「何てことだ・・・・・」

飛行甲板は前部から後部にかけて破壊されていた。
前部飛行甲板は5メートルほどの穴が開き、穴の周囲が盛り上がっている。
艦橋のすぐ横にある大小に分割されたエレベーターは、エレベーター自体がアメ細工のようにぐにゃりと
折れ曲がり、その周囲が盛り上がって、開いた穴から黒煙が噴出している。
中央部、後部は爆発の影響で飛行甲板が波打ち、所々に開いた穴から火炎と黒煙が激しく噴出している。
火災を消したとしても、飛行甲板がこの有様では発着艦などできるはずがない。
レキシントンが空母としての機能を失ったのは確実であった。


その頃、第14任務部隊から東に10マイル離れた海域でも、激しい戦闘が行われていた。
艦隊の上空では、これまた激烈な対空砲火が展開され、護衛艦が空母を必死に守り通そうとしている。
輪形陣の真ん中に位置する空母ヨークタウンは、不幸にも直撃弾を受けていた。
だが、飛行甲板からどす黒い火災煙を吐き出しながらも、高角砲、機銃を狂ったように撃ちまくりながら、
海面を高速で驀進している。
被害の割には、まだ健在そうに見える事から、格納甲板より下はまだ無事なのであろう。
その姿はまるで、艦そのものが戦いはこれからだと、襲い来る敵ワイバーンに語りかけているようだった。  



778  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  14:34:38  ID:4CUjn9IY0
第39話  バゼット半島沖の死闘(後編)

1482年  8月25日  午後0時40分  

敵ワイバーン部隊の空襲は、午後0時15分に始まり、35分には終わりを告げた。
第17任務部隊はこの20分間の間に、空母ヨークタウンを傷付けられていた。
ヨークタウンは3発の爆弾を浴び、飛行甲板から火炎と黒煙を噴き出している。
被弾箇所は前部甲板に1箇所、中央部に2箇所である。
爆弾は格納甲板で炸裂し、格納庫にあった艦載機14機を破壊し、火災が発生した。
飛行甲板に穿たれた穴からは、黒煙が濛々と噴き上げ、その奥からちろちろと火が這い出ている。
そこに、駆けつけてきた消火班が水を吹きかける。
艦橋上で、穴に水を吹きかけている乗員を見つめながら、フレッチャー少将は仏頂面を張り付かせたまま口を開く。
「レキシントンは大火災。このヨークタウンも、爆弾3発を受けて飛行甲板を傷付けられた。
敵はやはり侮れんな。艦長。」

彼は、艦長のバックマスター大佐に語りかける。

「はっ。その通りですな。」
「飛行甲板は修理できそうか?」
「・・・・・できます。」

バックマスター大佐はやや間を置いてから答えた。

「被弾箇所は前部と中央部合わせて3箇所です。この被弾の影響で、格納庫の艦載機に被害が生じましたが、
幸いにも敵弾はエレベーターを逸れていました。エレベーターを破壊されていれば、より深刻な事態に
なっていましたが、今は甲板に穴が開いているだけの常態です。それに、敵弾は格納甲板より下の層には
侵入しておらず、機関部にはなんら被害はありません。」  


779  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  14:37:27  ID:4CUjn9IY0
「では、修理できるのだな?」
「はい。出来ます。」

バックマスター大佐は即答した。フレッチャーが納得しかけた時、艦長は更に付け加えた。

「しかし、修理できるとは言っても、穴を塞ぎ、艦載機の発着を可能にするのみです。
格納甲板は破壊された機材や側壁、ハンガー等が多数ありますから、本格的な修理が必要という事には
変わりありません。ちなみに、飛行甲板の応急修理は、ダメージコントロール班から長くて3時間ほど
かかると報告がありましたが、それも火が消えてからです。」
「それでよい。」

それでも、フレッチャーとしては充分だと思った。

「飛行甲板と、艦載機さえ生きていれば、敵に対して二の矢、三の矢を放つ事が出来る。」

ふと、彼は北北西の方角に顔を向けた。
その方角には、被弾前に発艦した攻撃隊がいる。
あとしばらくしたら、攻撃隊は敵機動部隊に取り付いているはずだ。

「頼んだぞ。敵にヤンキー魂を見せ付けてやれ。」


午後1時  ノーベンエル岬北西沖130マイル地点

空母ヨークタウンから発艦した54機の攻撃隊は、レキシントンから発艦した48機と合流した後、
ひたすら北北西の方角を目指した。
攻撃隊指揮官であるヨークタウンVB−6隊長、マックス・レスリー少佐は、内心焦っていた。  


780  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  14:39:14  ID:4CUjn9IY0
「隊長。」

後部座席のジャント・ニルス兵曹が彼に話しかけてくる。

「なんだ?」
「発艦後に遭遇したシホットの大編隊。あの大編隊は味方艦隊の方向に向かっていました。
味方艦隊はかなりのダメージを受けているようですが・・・・」

発艦し、レキシントン隊と合流して敵機動部隊へ進撃を開始した攻撃隊は、それからわずか10分後に、
敵ワイバーンの大編隊を見つけた。
レスリー少佐は、護衛戦闘機隊に、敵が向かってこぬ限り定位置から離れるなと厳命し、
そのまま敵のワイバーン隊の側を通り過ぎようとした。
相手は150騎以上の大編隊であり、米攻撃隊のほうが明らかに不利であった。
一触即発の空気をにじませる事約数分、彼らはお互い手出しする事無く通り過ぎて言った。
それから1時間余りが経過した今、攻撃隊は時速200マイルのスピードで、ひたすら北北西を目指して飛んでいる。
進撃中にTF14のレキシントン、TF17のヨークタウンが被弾炎上。
特にレキシントンの被害が深刻であると、無線で伝えられている。

「これで、グンリーラ海戦のビッグEの連中と同じになっちまったな。」

この無線通信を聞いた時、レスリー少佐は苦笑混じりにそう呟いたものだが、母艦が被弾して士気を落とす
パイロットはいなかった。
そればかりか、よりやる気を出させる結果になり、とある新米パイロットなどは、

「敵空母に必ず爆弾を叩きつけてやる!」

と言っているほどである。
そして、攻撃隊搭乗員は憎き敵機動部隊を見つけようと、血眼になって周辺海域を捜索した。  


781  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  14:41:11  ID:4CUjn9IY0
だが、

「うちの正規空母は爆弾で沈むほどヤワじゃないさ。大丈夫、レディレックスもヨークタウンも生きている。
艦隊の心配は攻撃後にする事だ。俺達は敵機動部隊を攻撃する事に集中しよう。」

レスリー少佐はニルス兵曹にそう言ったが、彼はその間も周辺海域をきょろきょろ見回している。
(いない・・・・)
攻撃隊の位置は、母艦より北北西250マイル地点にいる。
(いない・・・・どうして?)
偵察機の報告は、機動部隊より北北西250マイル、針路340度方向に敵機動部隊発見の報告を受け攻撃隊を出した。
(ここには)
そして、重い爆弾や魚雷を抱えて、攻撃隊はこの位置にやってきた。しかし、
(ここには、敵機動部隊はいないのか!?)
現場海域には、1本の航跡すら見当たらなかった。今日の天気は晴れだが、洋上には雲が多い。
しかし、偵察機にとってはそれほど偵察しにくい状況ではない。

なのに、求めていた敵は、この周辺海域には居なかった!

『敵は、不断に位置を変えているようだ』

出撃前、飛行長から聞かされた言葉だ。
だが、不断に位置を変えるという事は、艦載機が格納庫に詰まっている場合はとにかく、艦載機が
母艦から出て、敵に向かった場合はあまり位置は変えられない。
下手に変えよう物ならば、艦載機は母艦の位置を見失い、あたらに艦載機を失う原因となる。
やろうと思えば出来ぬ事ではないが、やるにはそれなりの覚悟と、技量が必要となる。  


782  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  14:43:01  ID:4CUjn9IY0
その技量を、敵は持っているのだ。

「敵の野郎・・・・・・ちょこまかと動きやがって・・・・!」

レスリー少佐は、やり場の無い怒りに駆られた。
燃料計を見てみる。機体の燃料は既に3分の1を消費している。

「・・・・どうしたものか・・・・・」

彼はそう呟きながら、頭の中でこれからの事を考え始めた時、

「レスリー、聞こえるか?」

無線機から声が聞こえて来た。
声の主は、レキシントン戦闘機隊長のエドワード・オヘア少佐のものだ。
「聞こえる。オヘア、何かあったのか?」
「大有りだ。うちのアベンジャー隊が南東方面に何かを見つけた。アベンジャー隊の隊長機に聞いたら、船の航跡みたいだ。」
「船の航跡だってぇ!?」
レスリー少佐は素っ頓狂な声を上げた。

「今から向かってみよう!もしかしたら・・・・」
「ああ。俺もそう思う。アベンジャー隊が見つけたそいつを、直接見てみよう。」

それから、攻撃隊は南東方面に反転し、しばらく進み続けた。
そして、反転して20分後。  


783  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  14:44:29  ID:4CUjn9IY0
「航跡か・・・・どこに航跡があるんだ?」

レスリー少佐は先よりも重い焦りを含んだ口調で呟いた。
アベンジャー隊が見つけたと言う航跡らしきものはどこにもない。

「そういえば、レキシントンのアベンジャー隊には、新米が多かったが・・・・・・」

レキシントン、ヨークタウンのパイロットは、他艦と比べて新米が多い。
その割合は両艦とも同じだが、機種によって違う。
ヨークタウン・エアグループでは、新米は艦爆隊や戦闘機隊に多く、雷撃隊は8割ほどが実戦経験者で埋まっている。
レキシントン・エアグループでは、戦闘機隊にベテランが多く、艦爆隊、艦攻隊のほうに新米が集中している。
その新米が、何かを見誤って船の航跡と勘違いした可能性は高かった。

「新米を連れて来るべきじゃなかったな。」

レスリー少佐はがっくりと肩を落とした。再び燃料系に目をやる。
目盛りは半分近くまで来ている。後2、30分も飛べば、燃料は2分の1を消費する。

「最も、母艦に戻ったところで、穴だらけの甲板に脚を突っ込む事になりそうだが。」

そう言いながら、レスリー少佐は乾いた笑みを浮かべた。
もはや、攻撃は失敗であった。




失敗のはずであったが・・・・・・  


784  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  14:46:41  ID:4CUjn9IY0
第24竜母機動艦隊から発進していた偵察ワイバーンの第2陣は、第1陣の偵察隊と違う方角を捜索していた。
モルクンレル中将は、南西から南東海域を捜索させると共に、念の為に東側海域も偵察させた。
原因は、先日襲撃したアメリカ艦隊にあった。
「この間のアメリカ艦隊は、空母を失ったけど、戦艦や巡洋艦等はまだ傷ついていない。このアメリカ艦隊が、
後で出張ってくる空母部隊に呼応して、あたしたちの不意を衝かないとも考えられない。」

リリスティは作戦会議の際にそう言うと、第2陣の偵察ワイバーン隊を念の為に東側海域に飛ばした。
この間の攻撃で、リリスティの機動部隊は小型空母2隻と輸送船1隻を撃沈したが、他の艦艇はまだ無傷である。
敵艦隊には、ペンシルヴァニア級戦艦の他に、ニューオーリンズ級、ブルックリン級巡洋艦や10隻以上の駆逐艦がいる。
いずれも、対艦戦闘力が高く、これまでの戦いで自分達に手痛い損害を与えてきた仇敵である。
それらの艦隊が出撃し、横合いから出張って来られたら戦況は不利になる。
だから、出てくるかも知れぬ敵艦隊を事前に察知しようとして、第2陣7騎の偵察ワイバーンは母艦から飛び立った。
第2陣の索敵ワイバーンは敵艦隊を捜索したが、敵らしい姿はどこにも無く、予定進出点まで飛行した後、反転して母艦に向かった。
帰りは楽であった。後は真っ直ぐ母艦に帰り、休息するだけである。
自然と気が緩んでいた。
クァーラルドから発進した、とあるワイバーンの御者も、鼻歌混じりに帰りの飛行を満喫していた。
長いようでもあったし、短いようでもあった飛行。
そののんびりとした飛行は、目の前に現れた味方艦隊を見て間もなく終わるだろうと、竜騎士は思った。

「さて、帰ったらメシだな。さっきから腹が鳴ってかなわんぜ。」

竜騎士は苦笑混じりに呟いた。
後ろから、羽虫のような音が聞こえたのはその時だった。

「?・・・・・この音は?」

竜騎士はのんびりとした口調で呟きながら、くるりと後ろを振り返った。  


785  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  14:48:22  ID:4CUjn9IY0
失敗したはずだった。だが、米攻撃隊の憂いは、その1秒後に吹っ飛んでしまった。

「隊長!左20度に飛行物体!!」
「何ぃ!?」

レスリー少佐は弾かれたように言われた方向を見る。

「・・・・・・おい。どこにも見えんぞ。」
「いえ、見えます!」

レスリー少佐は苛立ちを含んだ口調で言ったが、それはあっさり否定された。
(そういえば・・・・・ニルス兵曹は視力が2・5はあったな。まさか・・・・)
レスリー少佐は慌てて双眼鏡を引っ張り出し、ニルス兵曹が見つめる報告を凝視した。
雲量が少ないとは言えぬ空。下半分には雲。上半分には青い空が見える。
その片隅に、何かが羽ばたいている。その羽ばたくものをよく見る。
それは、紛れも無くワイバーンであった。

「敵だ!」

レスリー少佐はそう叫ぶと、すぐにマイクを握った。

「こちら攻撃隊指揮官機。全機へ!我が編隊より左20度の方角にワイバーンを発見した。
これより追跡に移る!」

彼は早口で報告すると、攻撃隊の進路をそのワイバーンと同じ方角に変えた。
全機がワイバーンの後ろについて、追跡を開始した6分後。  


786  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  14:49:34  ID:4CUjn9IY0
雲の切れ目から、幾つもの航跡が洋上にあった。その中には、艦影らしき影も幾つか見えた。

「見つけた・・・・・ここで会ったが100年目だ!」

その時、前方遠くのワイバーンがやにわにスピードを上げた。
どうやら、後ろから付いて来る攻撃隊に気が付いて、慌てて逃げ始めたのだろう。

「逃げるか。だが遅いぜ。」

レスリー少佐は獰猛な笑みを浮かべた。

「貴様を、母艦ごと吹き飛ばしてやる!」

やがて、直衛戦闘機隊がドーントレスの前方に位置した。
雲を突き抜けると、洋上が見渡せた。その海には、堂々たる輪形陣を組んだ敵機動部隊がいた。

「マザーグースへ、こちらパラディンク1。敵機動部隊を発見した!これより攻撃に移る!」

彼が母艦に報告した直後、直衛のF4Fが増槽タンクを落とし、速度を上げ始めた。
敵機動部隊は2群いた。それぞれが空母3隻を中心に置き、その周囲に大小10隻以上の護衛艦が布陣している。
そして、上空には護衛のワイバーン隊が待ち構えていた。
後方からも増速した12機のF4Fが、ドーントレス隊を追い越して敵のワイバーンに向かっていく。
前方で、小さく、ごついF4Fと、大きく、獰猛そうなワイバーンが最初の正面対決をやったあと、
彼我入り乱れての空中戦になる。
双方40機ほどの機数であるから、戦力は拮抗している。  


787  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  14:51:35  ID:4CUjn9IY0
F4Fが敵ワイバーンをひきつけている間、ドーントレス隊、アベンジャー隊は敵機動部隊へと近付いていく。

「攻撃目標を分ける。ヨークタウン隊は右の輪形陣、レキシントン隊は左の輪形陣をやれ。グッドラック!」

それが合図だったかのように、攻撃隊は分離し、互いの目標に向かって行った。


第24竜母機動艦隊旗艦、竜母クァーラルドの艦橋で、リリスティは緊張の面持ちで迫り来るアメリカ軍機を見ていた。

「畜生・・・・・途中までは上手くいってたのに!」

いつもは明るい表情を絶やさない彼女にしては珍しく、悔しげな口調で呟いた。
アメリカ軍機は、高高度と低高度に別れ、それぞれが艦隊の右側から輪形陣に進入しようとしている。
何機かのワイバーンが、高高度の敵に取り付いた。
高高度の敵。アメリカ軍の攻撃機であるドーントレスが応戦している。
ワイバーンがドーントレスの編隊を上から下に飛び抜けた時、1機のドーントレスがよろめいた。
機体から白煙を噴きながらも、必死に編隊から離れまいとしている。
そのドーントレスにも別のワイバーンが光弾を叩きつける。
突然、ドーントレスの左主翼が叩き折られた。ドーントレスが力尽きたように急降下をはじめ、やがて海面に直行して行った。
戦闘ワイバーンは3機のドーントレスを撃墜したが、それらは既に艦隊の輪形陣上空に到達していた。
外輪部の駆逐艦が高射砲を撃ちまくり、ドーントレスの周囲で砲弾が炸裂する。
駆逐艦のみならず、護衛の巡洋艦や戦艦も、高射砲を発射し、ドーントレスの前面に弾幕を張り巡らす。
1機が、格闘術の使い手に顎を叩かれたかのように機首を突き上げられ、その後墜落した。
別の1機が突然大爆発を起こし、輪形陣の上空にどす黒い花を咲かせた。
だが、ドーントレス群は止まらない。  


788  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  14:53:46  ID:4CUjn9IY0
10機ほどに減ったドーントレスは、リリスティらが顔を上向かせるほどの位置まで来た時、翼を翻して急降下に入った。
それらの機影は、まっしぐらにクァーラルドへ向かっていた。

「敵機急降下!本艦を向かって来ます!」

見張りの叫び声が伝声管を通じて艦橋に響いた。
(よりによって、あたしが乗っている艦とはね)
リリスティは内心でそう思いながら、事の成り行きを見守り続ける。
上空に甲高い轟音が鳴り始めた。
リリスティ、いや、第24竜母機動艦隊の将兵が初めて聞くドーントレス特有の音だ。
レアルタ島沖海戦以来、シホールアンルの陸海軍部隊が嫌と言うほど聞かされた死神の哄笑だ。
クァーラルドの高射砲ががんがん唸り、魔道銃も加わって艦上はより喧しくなった。

「取り舵一杯!」

艦長が大音声で号令を下す。
すぐに舵は利かない。クァーラルドほどの大型艦では、魔法石の補正があるとはいえ回頭に及ぶまでは
30秒ほどのタイムラグがある。
その間にも、ハニカムフラップから発せられる音は大きさを増し、ともすれば胸を押さえたくなるような
思いに駆られる。
リリスティはなるべく平静さを維持しようとしていたが、緊張で頬はやや赤らみ、次第に息が上がり始めた。
クァーラルドの艦首が左舷に振られ始めた時、轟音は極大に達した。

「敵1番機爆弾投下!」

の報告が入るのと、敵艦爆がエンジン音を唸らせながら飛び去るのはほぼ同時に起きた。  


789  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  14:55:27  ID:4CUjn9IY0
次の瞬間、クァーラルドの右舷後部側の海面に1000ポンド爆弾が落下し、高々と水柱が吹き上がった。
次に右舷艦首側海面に至近弾が落下し、束の間クァーラルドが前から持ち上げられたような衝撃が伝わった。
3発目、4発目がクァーラルドを囲むように左舷側と右舷側海面に落下し、水飛沫が盛大に撒き散らされ、
海水がクァーラルドの飛行甲板を水浸しにした。
5発目、6発目は離れた場所に着弾して空しく水を吹き散らした。
7発目が来るかと思われた時、

「はっ!?」

リリスティは、前部甲板に現れたそれが信じられなかった。
(なぜ・・・・敵機が体)
言葉はそこで区切られた。
次の瞬間、壮絶な爆発音が鳴り響き、前部甲板から夥しい破片が吹き上げられる。
爆弾の断片や、バラバラになったドーントレスの破片が魔道銃の操作要員を殺傷する。
格納庫では、先日の海戦で傷つき、療養していたワイバーンを熱風で焼き、爆風で吹き飛ばし、
破片でズタズタに引き千切った。
その衝撃に立ち直る暇すら与えられずに、新たな1弾がクァーラルドの中央甲板に突き刺ささった。
ズガァーン!という大音響が乗員の耳を麻痺させ、破壊された破片が艦上、海上問わずに粉雪のごとくばら撒かれた。

「うっ・・・・く!」

リリスティはなんとか倒れずに踏みとどまった。
ドーントレスのみの攻撃は終わったが、攻撃そのものはまだ終わっていない。

「次は・・・・」

彼女は右舷側に顔を向ける。  


790  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  14:56:58  ID:4CUjn9IY0
そこには、いくつもの黒い粒が、海面を這うような高度で迫って来ている。

「敵雷撃機接近!」

見張りが金切り声をあげて伝えてくる。リリスティは目を凝らして、雷撃機を見た。
数はこれまた10機ほど。いや、正確には12機ほどである。
護衛艦の射撃にも臆する事無く、ひたすらこのクァーラルドを目指している。

「あたしも恨まれたものね。」

リリスティは苦笑混じりに呟いた。
彼女は奇策を用いて、多くの敵を海底に送り込んできた。
リリスティは敵から見れば恨まれて当然の存在だ。
敵に災厄をもたらしたリリスティの艦に、今、更なるアメリカ軍機が向かいつつある。
それも、必殺の魚雷を抱えて。
唐突に、1機のごつい雷撃機が、翼から火を噴いた。
光弾に撃ち抜かれたのか、その雷撃機はひとしきり空中をのたうった後、もんどりうって海面に突っ込む。
別の1機は横合いら無数の光弾を集中され、コクピットのガラスが砕け散る。
バランスを崩した雷撃機はそのまま、機首から滑るようにして海面に突っ込み、盛大に飛沫を吹き上げた。
クァーラルドからも、光弾が放たれる。
無数の光弾が残りの雷撃機を包み込もうとするが、どうしてか、敵雷撃機はなかなか落ちない。

「あれが、デヴァステーターの代わりに出てきた敵の新鋭機。」

リリスティは畏怖を込めた口調で呟いた。  


791  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  14:59:07  ID:4CUjn9IY0
あの新鋭機がこの戦争に現れたのは、グンリーラ海戦の時である。
ヘルクレンス少将の話によると、その雷撃機は、外見はデヴァステーターより大きく、鈍重そうであるが、
スピードはデヴァステーターより速く、頑丈で落としにくいらしい。
実際その通りである。
目の前の新鋭機は、吹きすさぶ光弾の嵐を撥ね退けるかのように、確実にクァーラルドとの距離を詰めつつある。
そして、気が付く頃には、雷撃機は巡洋艦、戦艦の防御ラインを突破し、クァーラルドの至近に迫っていた。
艦長がすかさず面舵一杯を命じ、クァーラルドの艦体が、時間を置いてから右に振られ始めた。
その時、ごつい機体の胴体から、細長い棒状の物体・・・魚雷が海中に投げ込まれた。
無造作とも思える動作だが、雷撃機は魚雷を投下した後、スピードを上げてクァーラルドに向かって来る。
雷撃機は無数の光弾をものともせずに、次々と魚雷を投下する。
クァーラルドの速度を見誤ったのだろう、魚雷は次々と後ろの方向に抜けていく。

「単一方向からの雷撃なら、このように、かわす事など造作でもない!」

艦長は、米雷撃機の拙劣な攻撃に、嘲るような言葉を放つが、顔は全く笑っていない。
まだ雷撃機は4機残っており、それらが回頭するクァーラルドを執拗に追い回す。
そして、クァーラルドの右舷側800メートルに迫った雷撃機は、一斉に魚雷を投下した。

「まずい!」

リリスティはやられたと思った。
4本の魚雷は先の雷撃とは違い、いずれもクァーラルドの至近を通るような形だ。
先の雷撃機は、どうやら腕の悪い乗員が操っていたのだろうが、この4機の乗員は、いくつかの実戦を
経験したベテランなのだろう。
4本の真っ白な航跡が近付いて来る。そのうちの2本は、どうにか艦尾側から外れそうな位置に居る。  


792  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  15:01:01  ID:4CUjn9IY0
だが、2本は右舷中央部に直角に近い角度で、真っ直ぐ突き進んできた。

「敵魚雷、2本外れます!」

見張りの声が聞こえるが、リリスティは目を大きく見開いて、向かって来る航跡を凝視している。
クァーラルドの上空を、低空で敵雷撃機が通過して言った。
胴体後部に描かれた鮮やかな国籍マークが、一瞬ながらも目を引く。
魚雷は、あっという間に舷側の陰に隠れる寸前まで来ていた。

「来る!」

彼女はぐっと歯をかみ締め、腹に力を入れて衝撃に備えた。
そして、航跡が舷側の陰に消え、艦体に小さな金槌が叩いたような感触が感じられた。
直後、ズドーン!という轟音と共に、下から突き上げるような激しい衝撃がクァーラルドの艦体をガクガクと震わせた。
右舷中央部に物凄い水柱が吹き上がり、引きちぎられた鋼板の破片が空に吹き上げられた。
リリスティら幕僚は、魚雷命中の衝撃に耐えられず、全員が床を這わされ、尻餅をついた。
魚雷は、右舷中央部に命中すると、命中箇所に張られていたバルジを突き破って防水区画に達した。
防水区画に弾頭を覗かせた直後に魚雷は炸裂した。
爆発は周囲の区画をひとしなみに粉砕し、離れた区画の隔壁までもが、爆風で捻じ曲げられてしまった。
命中箇所は大穴が開き、大量の海水が艦内に浸入しつつあり、すぐに駆けつけた応急修理班が、
未だに浸水の及んでいない区画の扉をすぐに固く閉ざす。
中には、まだ生き残っている兵がいる区画もあったが、彼らはその者達の脱出を確認する間もなく
次々と隔壁を閉めて行った。
クァーラルドは振動が収まると、そのスピードを徐々に落とし始めた。
誰もが体に残る痛みを振り払おうとした時、左舷側の方でもくぐもった爆発音が聞こえた。  


793  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  15:02:52  ID:4CUjn9IY0
「ああっ!ケルグラストが!」

幕僚の1人が泣き出しそうな声音で被雷した艦の名を呼んだ。
たまたまクァーラルドの左舷にいたオールクレイ級戦艦のケルグラストが、アベンジャーが外した魚雷を
艦首に受けてしまった。
魚雷はケルグラストの右舷側艦首部分に突き刺さると、艦首の下部分の側壁を食い破り、艦内に多量の海水を侵入させた。
魚雷は艦首付近の隔壁を海に変えたほか、錨鎖庫にあった錨を根こそぎ吹き飛ばして海中に叩きこんだ。
被雷の影響で13.5リンルのスピードで走っていたケルグラストはみるみるうちに速度を衰えさせ、
気が付いた時には艦首を心持ち下げ、ゆっくりとした速度で航行していた。
ケルグラストの被雷を最後に、第1部隊に対する空襲は終わった。

「チッ・・・・・敵もなかなかやるわね。」

リリスティは、飛行甲板に目をやりながら悔しげに呟く。
クァーラルドの甲板は、1発の爆弾と、敵艦爆の体当たりによって、中央部と前部に被害が及んでいる。
被害箇所からは濛々と黒煙が噴出しており、乗員が総出で消火作業に当たっている。
魚雷が命中した右舷側では、既に火災も鎮火し、浸水も止まっているようだが、このクァーラルドが修理をしない限り、16リンルの高速を出せぬ事は確実である。
10分後、応急修理班の班長が艦橋に上がってきた。

「艦長、現状報告に参りました。」
「うむ。言ってくれ。」

艦長は頷きながら、班長を促す。

「まず、爆弾の命中箇所ですが、敵の爆弾はいずれも格納庫付近で炸裂しており、中で休息を取っていた
ワイバーン8騎が巻き込まれました。ワイバーンはいずれも即死です。格納庫内部は未だに火災が鎮火できて
おらず、ワイバーンの前部居住スペースはほぼ全焼です。今の所、延焼は食い止めましたので、しばらくしたら
鎮火に向かうかと。」  


794  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  15:07:35  ID:4CUjn9IY0
「飛行甲板の穴は、本国で本格的に修理せねば塞ぎきれんな。」
「確かに、この海域での修理は無理があります。次に、魚雷の命中箇所の被害ですが、
右舷中央部の4区画に浸水し、現在隔壁を補強して浸水を食い止めています。」
「班長、敵の魚雷は2本命中した。その割には被害が少ないな。どうしてだね?」
「確かに2本命中していますが、1本は不発魚雷で、右舷のやや後部よりの部分に命中して艦に突き刺さった
ようですが、確認したところ、魚雷自体は見つからず、小さな穴が開いているだけでした。」
「そうか・・・・道理で。」

艦長はやや安堵した表情を浮かべた。

「しかし、艦体にダメージを負っている事は確実です。我々の判定では、クァーラルドは12リンル以上の
スピードは出せません。それ以上出せば、水圧で隔壁が破壊され、艦内の浸水が拡大します。」
「そうか。総合的な判定は中破、と言う所か。」
「私から見れば、辛うじて中破の範囲内と言うところでしょうか。2本目の魚雷が炸裂していれば、
間違いなく大破確実でしたよ。」
「要するに、このクァーラルドは、竜母としてはしばらくお払い箱と言うことね。」

それまで会話を聞いていたリリスティが言う。

「言いにくい事ですが、そうなります。」
「・・・・・まあ、沈まなかっただけでも良し。沈みさえしなければ、修理していくらでも使えるんだから。」
彼女はふと、艦橋の右側海域を見てみた。
右側、もとい、東の海域には第2部隊がいる。その海域からも、2つの黒煙が上がっていた。

2時間後、攻撃隊が戻ってきて、竜母に収容した後、彼女は魔道参謀から報告を受け取った。
ざっと見渡してから、彼女は思わず目眩を感じた。  


795  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  15:09:55  ID:4CUjn9IY0
先のアメリカ軍機は、100機ほどで第24竜母機動艦隊を襲った。
戦闘ワイバーンの迎撃と、艦隊の対空砲火で20機以上を撃墜したが、第1部隊では旗艦クァーラルドが爆弾1発、
敵艦爆1機の体当たりを受けて飛行甲板を傷付けられ、右舷に魚雷1本をぶち込まれて中破。
次に、戦艦ケルグラストが艦首に魚雷1本を受けて浸水。
ケルグラストからは10リンル以上のスピードは出せぬと報告があり、これも判定は中破。
第2部隊の被害は、第1部隊よりやや大きかった。
第2部隊旗艦の竜母ギルガメルは、爆弾2発を受けた。小型竜母のリテレは2本の魚雷を受けて大破。
沈没は免れそうだが、速力は7リンルに低下しているため、修理せぬ限り戦闘に加われない。
そして、肝心の攻撃隊の被害である。
攻撃隊は、第1部隊から戦闘ワイバーン32騎、攻撃ワイバーン52騎。
第2部隊からは戦闘ワイバーン30騎、攻撃ワイバーン40騎が出撃した。
本来ならば、これより2、30騎多めのワイバーンが出せたはずなのだが、23日の戦闘で少なくない数の
ワイバーンが傷ついていため、リリスティは仕方なく、この数だけで米機動部隊に向かわせた。
そして、帰還してきたワイバーンの数は、出撃時と比べて明らかに減少していた。
第1部隊から出撃した84騎のうち、帰還したものは戦闘ワイバーン26騎、攻撃ワイバーン28騎。
第2部隊から出撃した70騎のうち、帰還したものは戦闘ワイバーン23騎、攻撃ワイバーン23騎。
以降、戦闘不能に陥ったワイバーンは暫定だけで戦闘ワイバーン3騎、攻撃ワイバーン12騎。
合計で69騎のワイバーンを戦列から失ったのである。
損耗率は実に4割近くに達する。
ワイバーンを精魂込めて育てている養成部隊の将兵が見たら、卒倒しかねぬ損害である。
それに対し、戦果はレキシントン級正規空母1隻とヨークタウン級空母1隻を大破させ、敵の母艦機能を喪失させた。
撃沈とまではいかなかったが、リリスティの手持ち竜母は無傷のものだけでもまだ3隻あり、
攻撃ワイバーンも未だに50騎以上は確保できる。
しかし、敵の空母は2隻のみ。いずれも酷く傷ついている。追い打ちすれば、撃沈は間違い無しだ。  


796  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  15:11:37  ID:4CUjn9IY0
「とりあえず、報告を送ろう。西艦隊司令部は結果報告を待っているはず。」

彼女は青ざめた表情を振り払ってから、いつもの明るい口調で魔道参謀に報告を送らせた。
命令を受け取った魔道参謀が艦橋から出て行く。それと入れ違いに、別の魔道士が艦橋に現れた。

「司令官。例の新鋭艦の絵が出来上がりました。」

リリスティは無言で、数枚の紙を受け取った。
白い紙には、船の絵が書かれていた。リリスティは1枚目の絵に目を通す。
攻撃隊指揮官の報告では、アメリカ機動部隊の対空砲火は激しく、投弾前に撃墜されたワイバーンが多数に上ると伝えていた。
その中に、対空火力を向上させた未知の新鋭艦が複数混じっていると言われていた。
描かれたイラストのうちの1枚が、竜騎士が見た新鋭艦である。
雑に書かれているように見えるが、よく目を凝らせば、簡単ながらも全体のバランスは取れている。
前部甲板に階段状に配置された連装式の3つの砲塔、そして後部にも同様な階段状に配備された3つの連装砲塔。

「奇抜なデザインね。」

リリスティはそう呟いた。見るからに、対空用に特化した軍艦である。
これと似たような艦は、2月のガルクレルフ沖海戦でも確認されており、この巡洋艦の放つ対空火網は殊強力であり、
この艦に少なくとも5〜6騎のワイバーンが食われたという。
それと同様の艦が、米機動部隊の輪形陣に1隻ずつ確認されている。
他の2枚の絵は、戦艦の絵だった。
この2枚の戦艦は、これまで見てきたアメリカ戦艦の特徴である、三脚マストや籠マストではなく、尖塔のような艦橋である。
それだけに、洗練された感があり、スピードもそれまでのアメリカ戦艦より速そうだ。
いや、実際速い。
この2隻の戦艦は14リンルほどのスピードでアメリカ空母と共に疾走して、これまた激しい対空砲火を放っていたと言う。  


797  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  15:12:53  ID:4CUjn9IY0
名前こそ知らなかったが、ワイバーン隊が目にした艦は、新鋭戦艦のノースカロライナとサウスダコタ。
それに新鋭軽巡のジュノーとサンディエゴである。

「新たに攻撃隊を送っても、少なくない犠牲が出るわね。」

リリスティは深いため息をついた。
ハリネズミのように対空砲を積んだ艦がいるのだから、道理で未帰還騎が増えるわけだ。
「でも、敵が守りに入っていると言う事実には変わりない。こうなったら、敵の空母を沈めるまで
攻撃隊を出し続けるわ。」

リリスティの双眸に火がついた。彼女はこの機会を絶対に逃さない腹である。
20分後、魔道参謀が西艦隊司令部から魔法通信を受け取り、その内容を報告した。
その時、自信に満ちたリリスティの表情は、一瞬のうちに豹変した。

「・・・・ねえ。これは確かに西艦隊司令部の命令?」

リリスティは務めて平静な口調で魔道参謀に質問する。

「はい。そうであります。」
「・・・・そう・・・・・分かったわ。」

彼女は何かを抑えるような表情を浮かべる。
普段、美しいとまで言われた美麗な顔が真っ赤に紅潮し、人を引き付ける大きな目は、悪鬼の如く血走っていた。
しばらくして、リリスティは顔を上げ、新たな命令を発した。

「これより、作戦を終了する。第24竜母機動艦隊は今からエンデルドに帰投する。」  


798  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  15:15:05  ID:4CUjn9IY0
8月25日  午後3時  ノーベンエル岬沖南180マイル地点

第17任務部隊司令官である、フランク・フレッチャー少将は、紙の内容を読み終えてからどこか
ホッとした様な表情を見せた。

「敵機動部隊、北に反転せり、か。信じられんな。あと1度は敵の攻撃があると思っていたが。」

フレッチャー少将は、傍のガース参謀長に顔を向ける。

「ミスターガース。どうやら敵さんは戦場から引き返しているようだが。」
「・・・・・・・・・・」

ガース参謀長はやや困惑して、しばらく押し黙った。

「司令、はっきりとは分かりかねますが、恐らく敵機動部隊にも相当なダメージを与えたのかもしれません。」
「相当なダメージだと?」

フレッチャー少将はそう言ってから、先の戦果報告を思い出した。
アメリカ機動部隊は、TF14、17とも、主力である空母を大きく傷付けられた。
レキシントンは爆弾7発を受け、被弾から20分後に燃料庫が誘爆して速度が低下しているが、
幸いにも沈没には到らなかった。
飛行甲板は完全に破壊されたが、機幹部の損傷は少なく、18ノットのスピードなら航行が可能だ。
ヨークタウンも爆弾3発を受けて一時発着不能に陥ったが、攻撃隊が戻って来た午後2時20分には、
申し合わせたように飛行甲板の応急修理が完了し、なんとか発着が出来るまでになった。
戦果は敵小型竜母1隻撃沈、(だが、実際は大破止まり)正規竜母2隻大破。戦艦1隻中破という
輝かしい戦果をあげ、敵機動部隊に充分なお返しが出来た。  


799  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  15:17:10  ID:4CUjn9IY0
敵ワイバーンも18騎を撃墜したが、攻撃隊の損害も少なくなく、F4F9機、SBD8機、TBF8機を失った。
喪失機は味方機動部隊上空の戦闘で失われたF4Fや、ヨークタウン、レキシントンの格納庫で失われた数を
含めれば、実に84機に上る。
だが、ヨークタウンは中破したとはいえ、健在である。
使用できる航空機はレキシントン・エアグループの艦載機も含めて70機以上。
数は激減したとは言え、依然、機動部隊としての能力は生きている。
フレッチャー少将は、この残存機を持って、続く第2波の敵攻撃隊に備えようとした。
だが、戦艦ノースカロライナから発艦した水偵が先の報告を伝えてきた。
結果、この海域での戦闘は幕を閉じたのである。
「しかし、竜母の半数を戦列から失ったとは言え、敵は未だに100騎ほどの航空兵力を有しているはず。
それなのに引き返すというのは解せんな。」
「私も同感であります。しかし、敵さんにあと一戦挑まれていたら、危なかったですな。」

ガース大佐はどこか嬉しげな口調で言う。

「レディレックスは既に死に体です。あの状態で更なる攻撃が加えられれば、恐らく・・・」

脳裏にある光景が浮かぶ。
無数のワイバーンにたかられ、苦悶にのたうち回るレキシントン。
艦体からは激しく黒煙を噴き出しながらも、ワイバーンの攻撃は止まない。
やがて、息の根を止められたレキシントンは、そのまま異世界の海に沈んでいく。
悪夢のような光景である。だが、そのレキシントンも、敵の気紛れとも言える反転で生き長らえた。

「ああ。終わって本当によかった。」

フレッチャー少将はそう言いながら頷いた。  


800  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/24(木)  15:18:16  ID:4CUjn9IY0
「しかし、味方も大分やられてしまった。ヨークタウンはまだ軽傷・・・とは言えないが、レキシントンは
長期入院が必要だな。参謀長、一旦ジェリンファに戻って休息した後、ヴィルフレイングに戻ろう。」
「分かりました。」

2つの機動部隊は、傷ついた空母を守りながらも、舳先をジェリンファにへと向けた。
シホールアンル、アメリカ両国が後に呼ぶことになるバゼット半島沖海戦という戦いは、
互いに痛み分けと言う結果に終わった。

アメリカ海軍の将兵は、このバゼット半島沖海戦という字の前に、第1次という文字が追加される事を、
この時点で、誰1人知る事はなかった。