650  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  12:48:12  ID:4CUjn9IY0
第34話  真相

1482年  8月2日  サンディエゴ西300マイル沖  午前9時

戦艦ワシントンは、寮艦サウスダコタと共にサンディエゴを出港後、時速12ノットのスピードで
ヴィルフレイングに向かいつつあった。
サンディエゴを出港してから1日足らず。アメリカの大地は、既に水平線の彼方に消えていた。

「兄さんや親父、妹、おふくろとも、しばらくは会えないな。」

ワシントンの甲板上で、リューエンリ・アイツベルン大佐は淡々とした口調でそう呟いた。
年は36を数えるが、顔立ちは大人にしてはどこか子供のようにあどけなく、口元に生やしている立派な
コールマン髭がなければそのまま大学生としてもやっていけそうなほどである。
身長は180センチで、体格は海軍軍人らしくがっしりしている。それなのに、肌は白い。
彼は、元々フィンランドに住んでおり、昔は名のあった貴族であったが、アメリカに移住時には没落貴族となっていた。
10歳のころ、リューエンリは家族や使用人と共にアメリカバージニア州、ノーフォークに移住し、
そこで薬局を開いて新たな生活を送った。
今では彼の兄が継いだ薬局の経営は軌道に乗り、ニューヨークに支店を出そうという話も出ている。
兄が薬局、妹3人が自動車会社や航空会社に務めたに対して、リューエンリは18歳に海軍兵学校に入学し、今に至る。

やあ参謀長、どこか具合でも悪いのかね?」

後ろから声を掛けられた。振り向こうとすると、傍らにとある人物が現れた。

「あっ、リー司令。」
「家族の事でも気になるのかな。」  


651  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  12:50:54  ID:4CUjn9IY0
第5戦艦戦隊司令官である、ウイリス・リー少将は微笑みながら彼に語りかける。
外見はどこぞの大学教授のように見え、痩せ気味である。
遠くから見れば、アイツベルン大佐とリー少将は学校の教え子と先生の関係に見えるだろう。

「まあ、少しばかり。」
「少しばかりか。正直だな。」

リー少将はそう呟きながら、ずれかけた制帽を被り直した。

「だが、気になるのは他にあるのではないかね?例えば、慣れぬ仕事を任された事に対する不安、とか。」
「ハハハ、見透かされていましたか。」

アイツベルン大佐は苦笑しながらリーに言い返す。

「分かるさ。顔に書いてある。まあ、無理も無いな。」

リー少将は彼の肩を叩きながら言った。

「いきなり戦艦部隊の参謀長という大役を任されたのだから、仕方ない。」

アイツベルン大佐は、リー少将によって第5戦艦戦隊参謀長に抜擢されたが、その前は軽巡洋艦セント・ルイスの艦長だった。
リューエンリは兵学校で砲術を専攻し、卒業後は地上勤務と洋上勤務を均等にこなしていた。
洋上勤務では、卒業後に戦艦ペンシルヴァニアに乗り組み、その後は駆逐艦ジョンDフォード、重巡洋艦ペンサコラ、
ソルト・レイクシティ、軽巡洋艦ラーレイ、メンフィスに乗り組み、1940年10月から軽巡洋艦セント・ルイス艦長に就任した。  


652  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  12:53:24  ID:4CUjn9IY0
卒業以来、様々な事を学んだリューエンリは、初めての艦長となったセント・ルイス勤務時に乗員をよく鍛え抜き、
その結果は11月12日の海戦で現れた。
その時はセント・ルイスも大破同然の被害を受けたが、敵巡洋艦1隻をウィチタと共同で撃破し、2隻を単独で撃沈破するという
獅子奮迅の戦いぶりを見せている。
修理を終えた後、セント・ルイスは第23任務部隊に復帰し、リンク・ショック作戦では、終盤に
マオンド軍のワイバーン5機の急降下爆撃を受けたが、卓越した舵さばきで全弾回避している。
地道ながらも実績を重ねたリューエンリは、ノーフォークに帰港後、突然第5戦艦戦隊の参謀長に抜擢され、
7月20日には戦艦ワシントンに乗り組んで、戦隊司令部の一員となった。
傍目から見れば、一介の巡洋艦乗りが、主力の座から落ちたとは言え、強力な戦艦で編成される戦隊の司令部要員に選ばれるのは
見事な栄転と言える。
しかし、本人の気持ちはどこか晴れなかった。

「戦艦という艦種は、自分も砲術を志す身ですから憧れではありましたが、主に巡洋艦に乗っていた身としては、
しっかり状況を把握できるか?これからも他の幕僚の意見をきちんと理解できるか?とか、色々不安です。」
「確かに。勝手が違うからな。だが、私から見れば、君はじきに慣れると思う。若いながらも、君の技量は
他に引けを取らんし、部下の使い方も上手い。セント・ルイスがいい見本だ。あの艦の連中は君に鍛えられたお陰で、
大西洋艦隊所属の巡洋艦の中でも優秀な乗員が乗っていると、あちこちから言われているぞ。
その事からも、君はこの戦隊でも充分にやっていける。」
「はっ、恐縮であります。」

リューエンリは体を固くして頷いた。
リー少将は、アメリカ海軍の中でもレーダー射撃の権威として広く知られているが、人に対しての評価は
容赦が無い事でも知られている。
あいつが良いのならば良いと判断するが、使えぬ奴ならその者の内心を深く抉るような言葉も平然と言う。
そのリー少将が、自分を良い方向に評価している事に、リューエンリは身が引き締まるような思いになった。  


653  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  12:55:51  ID:4CUjn9IY0
「私もプロだが、君もプロなのだ。そう固くならず、リラックスしながら仕事をしよう。
仕事は楽しくないとやっとれんからな。」

リーはそう言って、笑い声を上げた。

「ところで参謀長、この間の視察の際にみたあの艦、君はどう思うかね?」

リー少将はひとしきり笑った後、リューエンリに聞いてきた。

「あの艦ですか。」

リューエンリはそう呟きながら、1週間前に行った視察を思い出した。


その日、リー少将とアイツベルン大佐はニューヨーク造船所に視察に赴いた。
造船所は、建造中の空母、戦艦等の新鋭艦が何隻かあった。
その中の1隻に彼らは注目した。
建造ドックにあった大型艦は、船体部分が7割型完成しており、今年中には船体は完成し、来年1月までには
進水式を終え、6月に完成、43年9月か10月頃には2番艦と共に艦隊に編入できる、とドックの責任者は言っていた。
ドックの大型艦を見せられた後、2人は造船所の事務室に入り、そこで様々な話を交わした。
そんな中、とある艦の話題に移った時、彼らは2つの模型を見せられた。

「この模型は、こっちが前案で建造した場合の完成模型、こっちが改定案で建造した場合の完成模型です。」

造船所の所長はそう言って2つの模型を並べた。その模型は、大型巡洋艦案のアラスカと、巡洋戦艦案のアラスカだった。
その姿からして、2つの模型の形はどこか違っていた。  


654  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  12:59:08  ID:4CUjn9IY0
例えば、大型巡洋勘案では、長い割にほっそりとしていた船体が、巡洋戦艦案では狭い幅が幾らか太くなり、
全体的にバランスが整っている。
主砲は前案より大きなものになり、所長は旧式戦艦と打ち合っても互角以上の戦いを見せると太鼓判を押した。
次に、5インチ連装両用砲の配置で、前案ではクリーブランド級、ボルチモア級のように前部艦橋、後部艦橋の前に
連装両用砲が配置されていた。
巡洋戦艦案では、前案の配置を廃し、左右両舷に4基ずつの連装砲を配置した。
又、艦橋はアイオワ級戦艦に採用されたものとほぼ同じものを使い、前案で指摘された艦橋の視界の悪化が改善された。
航空兵装に関しては、思い切って全廃し、空いたスペースに対空火器を増やす事に決まった。
巡洋戦艦案では、連装両用砲の配置は、ほぼ新鋭戦艦に準ずる形となり、全体的なイメージでは、
艦橋が大きく様変わりしたことで、アイオワ級戦艦の縮小艦にも見えた。
この模型を見た時、リューエンリは思わず見とれてしまっていた。


「いい艦です。姿形は野暮ったい船ばかりを作る合衆国の軍艦にしてはかなり綺麗ですし、砲力は巡洋戦艦にしては申し分なく、
おまけにスピードも速い。問題のほうは後々出てくるでしょうが、模型を見た時は、チャンスがあれば一度は乗ってみたいと
思いました。」
「同感だ。前案に比べれば、より洗練された感があったな。もしかしたら、君のような巡洋艦乗りには合うかもしれないぞ。」

リー少将は笑みを浮かべながら彼に言う。

「君も知っていると思うが、巡洋戦艦というものはな、元々は巡洋艦の特性も持ち、戦艦の特性も持つ艦種なのだ。
だが、余りにも欲張りな艦種だから失敗も多かった。しかし、あの造船所に行ってからアラスカ級こそ、巡洋戦艦という
艦種の完成した形なのだと、私は思ったのだ。攻・防・走があれほどバランス良く整った巡洋戦艦は、
恐らくアラスカ級ぐらいだろう。」
「なるほど。そうなると、ますますあの艦に乗ってみたくなりました。」  


655  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  13:03:09  ID:4CUjn9IY0
リューエンリは笑みを浮かべながらそう言ったが、内心としてはそう簡単には願いは叶わないと思っていた。

「だが、その前に我が戦隊で頑張ってもらわねばな。これから君に期待しているぞ、ミスター・アイツベルン。」

リー少将は微笑みながら、彼の背中を叩いた。それにリューエンリは身を引き締め、

「ご期待に添えるよう、微力を尽くします。」

と、改めて決意した。


1482年  8月7日  アメリカ合衆国サンディエゴ  午後12時

キンメル大将は、久しぶりに南大陸特使派遣団のリーダーであるレイリー・グリンゲルと再会した。
ドアから現れたグリンゲルを見るなり、キンメルは表情を緩めながら出迎えた。

「やあ、久しぶりだね。」
「こちらこそ、キンメル提督。」

キンメルは執務室にあるソファーにグリンゲルを座らせ、彼は向かい側に座った。

「3ヶ月ぶりか。」
「ええ。前回は5月に会いましたから、そうなりますね。」
「早いものだな。所で、今日はどのような用件があって、来たのだね?」
「ええ、南大陸の現状報告を伝えに来ました。」

レイリーは表情を引き締めてから、キンメルに報告を始めた。  


656  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  13:04:14  ID:4CUjn9IY0
7月23日、首都を占領されながらも、残存軍が粘っていたヴェリンス共和国が、シホールアンルの
大攻勢によって残っていた領土を完全に占領され、敵の支配勢力がミスリアルの国境までに迫った。
ミスリアル側は、このままシホールアンル軍が勢いに乗じて越境攻撃を仕掛けてくると思ったが、
予想に反して進撃はストップし、シホールアンルはミスリアルと睨み合う形で膠着状態となった。
7月29日にはカレアント公国の被占領地で住民の暴動があったものの、シホールアンル軍はこれに
2個師団を投入して鎮圧し、スパイ情報によると500人が殺害され、1000人が連行されたという。
一方でアメリカ軍もここ数日で手痛い損害を受けていた。
7月30日には、シホールアンル軍の後方兵站基地を空襲していたB−25の編隊が、突然現れたワイバーンの大群に
襲撃され、作戦に参加した30機のP−38と70機のB−25のうち、P−38が6機、B−25が10機未帰還に
なるという大損害を受けた。
8月3日にはB−17の編隊にもワイバーンの大群が突如として現われ、60機のB−17のうち、
実に8機が未帰還となり、7機が使用不能になる損害を受けた。
航空戦では、シホールアンル側はアメリカ側を意外と苦しめており、第3航空軍では近々、
戦闘機のみで編成した攻撃隊を持って、敵戦闘ワイバーンの撃滅に乗り出す腹である。

「しかし、カレアント公国は航空戦のみで、地上戦は小さな小競り合い以外に起きていない。
シホールアンル海軍も鳴りを潜めている。正直言って、我が太平洋艦隊司令部でも敵が何を考えているか
分からずじまいだよ。」

キンメルは苦笑しながら、レイリーに言った。

「それは私もです。」
「ミスリアル王国には、そちらの皇女殿下が指揮する情報機関があるようだが、そちらからは
何か最新情報は入っていないかな?」
「いえ、特に目立った情報はありません。シホールアンル側は相変わらず、前線に大軍を貼り付けたまま、
こちらの反撃に備えているのみです。」  


657  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  13:06:54  ID:4CUjn9IY0
「うーむ・・・・・・ここ最近は、敵側のほうでも増援部隊を後方に待機させているし、航空兵力も
続々と送られて来ている。陸軍航空隊も、以前のように楽に戦いを進められなくなってきている。」
「シホールアンルも学んでいます。強い敵に対してはどう対応すれば倒せるか、常に学習しています。
そして、対処法を見出せば彼らは一段と強くなります。」

キンメルは顔をしかめながら、その言葉に頷いた。

「全体的にはこちらが優勢。しかし、目を凝らせば所々でシホールアンルは差を埋めつつある、と言う事か・・・・・
アイゼンハワー将軍もきっと、悩んでいるに違いない。」
「バルランド王国では、一部で反撃に移るべきとの意見が上がっているようです。」
「それはいかん。」

キンメルがはっとなってレイリーに言い放つ。

「確かに、シホールアンル側は前進をストップさせているが、敵の出方が分からん以上、こちらから打って出るべきではない。
太平洋艦隊も、南西太平洋軍も、敵に装備こそ勝るが、数は多いとはいえない。太平洋艦隊は続々と新鋭戦艦や新型艦が
配備されているが、主役たる正規空母は、はっきり言ってこれで充分とは言えぬ。南西太平洋軍にしても、今配備中の
増援3個師団を合わせてまだ6個師団分の地上軍しかいない。航空兵力も充分じゃない。そんな中、こちらから
打って出ようというのは危ない。」
「私も同意見です。シホールアンルは、カレアントに80万の大軍を貼り付けており、ワイバーンの数も、以前よりも
増大しています。それに対して、南大陸連合軍は数こそありますが、装備は劣っています。アメリカ軍の援護があるにしても、
反撃作戦を行えば、これまで以上の犠牲を払うのは明確である、と私は確信します。」
「参ったものだ。連合のリーダーであるバルランドがそのようでは、太平洋艦隊、いや、我が合衆国は困るな。
せめて、来年の8月、遅くても10月あたりまでは大規模な反攻作戦は待ったほうがいい。来年になれば、
ワイバーンを圧倒しうる航空機も、陸軍の装備も充実する。海軍も、新鋭空母を艦隊に編入して、敵の反撃に備えられる。」  


658  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  13:09:27  ID:4CUjn9IY0
現在、キンメルの指揮する太平洋艦隊の主力は、旧式戦艦4隻、新鋭戦艦3隻、正規空母4隻である。
この他に配備されたばかりの新鋭巡洋艦や在来の巡洋艦、駆逐艦等を合わせればかなりの規模になる。
今後、派遣されてくるであろう大西洋艦隊の3空母を加えれば戦力は飛躍的に向上する。
しかし、敵シホールアンル軍も、竜母を6隻保有し、つい1週間前には2隻の小型竜母が艦隊に加わった
との未確認情報があり、原状は予断を許さない。
今後、続々と就役してくるであろう敵の新鋭竜母に対抗すべく、アメリカはエセックス級正規空母、
インディペンデンス級軽空母の建造を急ピッチで進めており、43年の夏にはエセックス級空母3隻と
インディペンデンス級軽空母2隻が艦隊に配備される見通しだ。
10月になれば新たにエセックス級空母2隻にインディペンデンス級軽空母2隻が配備される予定だから、
シホールアンル軍に対する備えは万全になるだろう。

「来年になれば、新鋭艦が続々と配備されるが、今年一杯は現状の戦力でやりくりしないといけない。」
「ではキンメル提督。」

レイリーがずいと、前に身を乗り出してキンメルを見つめた。

「もし、シホールアンルが全力で攻めてきた場合、現有勢力で撃退できると思いますか?」
「もちろんだ。」

キンメルは自身ありげに即答した。

「敵を叩きのめして、追い返す事は可能だ。だが、」

束の間、キンメルの目が鋭く光った。  


659  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  13:11:17  ID:4CUjn9IY0
「敵も死に物狂いで来るだろう。陸でも海でも、シホールアンルはこれまで以上に戦い抜くだろう。
特に、海軍は厳しい戦いを強いられるだろう。憎らしい事に、敵もいい海軍を装備している。
南大陸では、我が合衆国を無敵、無敵と騒ぎ立てているようだが、あまり過剰な期待はせぬ事だ。
これは、大統領閣下の意見でもある。」

彼は、冷淡な口調でレイリーに言う。

「分かりました。」

レイリーは抑揚の無い口調で返事した。

「話を変えるが、君の携わっている例の物はどうなっているかな?」
「正直、難しいですね。」

レイリーは頭を掻きながら言う。

「今までやった事の無い仕事ですから、未だに慣れないものです。」
「もう1人のお連れさんはどうしたかな?」
「ああ、ルィールですか。彼女は今ロスアラモスですよ。アインシュタイン博士と一緒に研究中です。
私も、この後ロスアラモスに戻って缶詰になるんですが。」

そう言ってから、レイリーは苦笑を浮かべる。

「君たちには苦労かけるな。相手の魔法通信を傍受できる無線機開発というのは、かなり難儀な事だろう。
難しい仕事ばかりやっているから、夢の中でも研究してるのではないかな?」
「あいにく、夢の中では普通ですよ。」  


660  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  13:14:54  ID:4CUjn9IY0
キンメルも微笑んでから、コップの水を一息に飲んだ。

「普通か。まっ、夢の中ぐらいはたっぷり遊びたいものだな。おっ、そういえば・・・」

キンメルはしばしの間、視線を宙に浮かせてから言った。

「不思議な夢を見た覚えがあるな。たしかいつだったかな。」
「不思議な夢・・・・・ですか?」

レイリーは無表情でキンメルに聞く。

「そうだ。去年の後半、確か、アメリカがこの世界に呼ばれた時だったかな。」

キンメルの表情が、どことなく複雑なものになっていく。

「私もハッキリとは分からないのだが、夢の内容はこうだ。どこかの廃屋で、目の前に男が立っているんだ。
どこにでもいそうな女たらし、といったイメージのある優男だな。で、私はなぜか女の視線で男を見ていた。」
「女の視線ですか。」
「そうだ。で、女は泣きながら優男を罵倒していたよ。その優男がまた訳の分からぬ事を言うのだよ。
こっちに来いとか、鍵は1人で勝手に逃げないとかな。」

キンメルがおぼろげな記憶を頼りに言い続けていたその時、レイリーは背中に電撃が走ったような錯覚に見舞われた。
(鍵!?)
レイリーは、務めて平静を装うが、内心ではなぜこのキンメル提督がその話を知っているのかと、激しく動揺していた。  


661  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  13:18:17  ID:4CUjn9IY0
「で、女は泣くことをやめたと見るや、今度は怒り出して男に襲い掛かった。夢はそこで終わりだ。
どうも馬鹿にリアルだったものでな。ん?どうしたのかな?」

キンメルは、レイリーの表情がやや暗い事に気が付いた。

「い、いえ。何もありません。」

すぐに、元のレイリーに戻った。どうやら、気のせいであろう。

「そうか。ならいい。しかし、あのようなリアルな夢は今までに見たことが無かったな。まっ、それはともかく。
我が太平洋艦隊としては、当分は受身のままだな。バルランドの馬鹿貴族共は、私達を腰抜けと抜かすかも知れんが。」

キンメルの言葉に、レイリーは苦笑しながら頷く。
その一方で、彼の脳裏には、あの日の出来事が思い浮かんだ。


その日、外は雨だった。
今から2年以上前、シホールアンルの勢力圏は、北大陸の大半を覆い、北大陸の南に矛先を転じようとしていた。
北大陸の南に位置する町、ルイヒナスは、迫り来るであろうシホールアンルの脅威に、住民の誰もが怯えていた。
そんな中、レイリー達は、郊外の山奥でとある少女を待っていた。

「来るのかな。」

ルィールが、冬の冷たい雨に打たれながらも、平然とした口調でレイリーに聞いた。

「さあ、分からんね。先方の指示に従って、ここまで来たんだが。」  


662  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  13:20:17  ID:4CUjn9IY0
レイリーは淡々とした口調でルィールに返した。
その時、

「来てくれたのね。」

しわがれた女の声が聞こえた。背後から聞こえた声に、2人は後ろを振り向いた。
そこには、女性がいた。肩まで下ろした緑色の髪。全体的にはスタイルも整っており、男が見れば
誰もが抱きしめたくなるような、そんな儚さがあった。
しかし、その大きな紫色の目は、覇気が無い。厳しく言えば、目が死んでいた。

「あなたたちに、これを渡します。」

その女性は、懐から布袋を取り出し、レイリーに渡した。
それから、女は手短にだが、自分がこうなったいきさつを彼らに話した。

「シホールアンルの野望の塊が、そこに入っている。
南大陸でも有数の魔法使いならば、きっと分かるはず。」

そう言って、女性は踵を返し、立ち去ろうとした。

「待ってくれ!」

レイリーは立ち去ろうとした女を呼び止める。  


663  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  13:22:17  ID:4CUjn9IY0
「君の、名前は?」
「・・・・・・・・・・・」

女はしばらく黙ったが、やがて、呻くように言葉を吐き出す。

「鍵・・・よ。赦されざる、魔の鍵よ。それが、私の名前。」


あれから2年以上経った。
シホールアンルは、表向きは南北大陸の統一を旗印に、南大陸に攻め入ってきたが、本音は鍵が北大陸にいなかったために、南大陸に捜査範囲を広げるために軍を進めてきたのだ。
しかし、勢いのあったシホールアンルも、アメリカという強敵の出現で勢いを削がれている。

「当分はこのままだ。敵さんが出てくれば、我々は全兵力を持って叩き潰し、シホールアンルの無知蒙昧な
理想は実現不能であると、改めて教えるだけさ。」

そう言って、キンメルは微笑む。

「分かりました。」

レイリーは頷きながら言った。その後は、とりとめのない話を30分ほど続けた。


レイリーが執務室を去った時から、いや、その前からキンメルは何かに疑問を思っていた。

「彼は、いつもと様子がおかしかったな。」  


664  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/05(土)  13:23:05  ID:4CUjn9IY0
彼は腕を組みながら、先ほどの談話を思い出した。
話の最中に、レイリーはほんの一瞬だけだが、表情を変えた。
まるで、隠し事を暴かれた幸無き罪人のように。

「どうして・・・・・・・」

キンメルは考え込んだが、答えは浮かばない。

「いや、やめておこう。友人を疑うのは恥だな。」
彼はそう呟いて、思考を止めた。

「さて、遅いが昼食でも取ろうかな。それにしても、シホールアンルの奴らは、うたい文句はなかなか立派だな。
まっ、あれだけ優秀な装備があれば、適当に理由を言い繕って他の地域を併合しようと思うのも無理は無いのだろう。」

キンメルは苦笑しつつも、そう呟いた時、自分の言ったある一語が気にかかった。

「適当な理由・・・・・・適当な理由・・・・・・」

彼は5分ほど黙考したあと、再び歩み始めて執務室から出て行く。

「南太平洋部隊司令部と、連絡を取ってみようか。」

彼はドアを閉めながら、小さい声でそう言った。  




668  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/06(日)  16:07:00  ID:4CUjn9IY0
第35話  西海岸の暗雲

1482年8月13日  午前10時  ヴィルフレイング南東沖70マイル地点

第16任務部隊司令官である、ウィリアム・ハルゼー中将は、真一文字に急降下して来る爆撃機を目線で追い続けていた。
ドーントレスが狙うのは、エンタープライズの左舷前方1000メートルで曳かれている標的である。
駆逐艦に曳かれているそれは、時速18ノットで海上を進んでいる。その小さい標的にドーントレスは爆弾を投下した。

「チッ、落としやがったか。」

ハルゼー中将は、ドーントレスが爆弾を投下する光景を見て、舌打ちをした。
(ちょっと高度が高かったようだな)
ハルゼーの右隣にいるラウス・クレーゲルは、今の投弾を見てそう思った。
ドーントレスが投下した爆弾は、標的より200メートル後方に落下した。

「フェイト兵曹はまだ腰が引けてるな。おい、後で奴のケツを蹴り飛ばして気合を入れてやれ。」

ハルゼーは不機嫌そうな表情で、飛行長にそう言った。

「次は誰だ?」
「ポレーニン兵曹長の機体です。」

飛行長がハルゼーに教えた後、甲高い轟音が空気を轟かせた。
ラウスは、エンタープライズの左舷後方から急降下して来るドーントレスに顔を向けた。
墜落するような急角度で突っ込んで来たドーントレスは、先の機よりも低い高度で、ナイフを投げるように模擬爆弾を投下した。  


669  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/06(日)  16:09:24  ID:4CUjn9IY0
爆弾は過たず標的に命中し、それを真っ二つに叩き折った。

「あいつは上出来だ。」

ハルゼーは顔に笑みを浮かべながら飛行長に言う。

「ポレーニン兵曹長はレアルタ島沖海戦以来のベテランです。腕はエンタープライズの中でも5本の指に入りますよ。」
「ふむ、道理で。いい突込みだったぜ。飛行長、ポレーニンに、俺から見事だったと伝えてやれ。
と言っても、これで4回目になるな。」
そう言って、ハルゼーは大きく笑い声を上げた。

「どうだね、ラウス君。うちのボーイズ達は気合が入っているだろう。」
「以前から乗っているパイロットは、勝負度胸が付いていますね。特にマクラスキー少佐は結構な腕前ですよ。」
「そうだろう?奴はビッグEのドーントレス乗りの中で最高のパイロットだ。腕も確かだが、部下も良く育てている。
相変わらず、腰抜けが多いが、それでも高度1200までは急降下できるようになっている。
ボーイズ達の腕が上がっているのは、やはり嬉しいものだな。」

ハルゼーはうんうんと頷きながら、早口でそうまくしたてた。
ここからは見えないが、水平線の向こうでは、VT−6のアベンジャーが、駆逐艦、重巡数隻で作った輪形陣で、
中央の重巡を敵主力艦に見立てた雷撃訓練が行われている。
艦攻隊も、隊長のジム・クレイマン少佐のしごきによって、着々と腕を上げているようだ。

「所で司令官。」

後ろにいるブローニング参謀長がハルゼーに声をかけてきた。  


670  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/06(日)  16:12:59  ID:4CUjn9IY0
「近々、機動部隊の編成方針が変わるようですが。」
「その話なら知っている。これまでの空母運用法を見直して、空母2隻ずつ、または3隻ずつの機動部隊を編成し、
部分的な集中運用を行う、という話だ。これまで、合衆国海軍は空母1隻ずつを別々の任務部隊に分けていた。
敵に攻撃を受けた場合は発見された部隊は危ないが、別の部隊には攻撃が行きにくい。だが、発見された部隊には
当然攻撃が集中する。ガルクレルフやグンリーラ島沖、それに大西洋戦線でそれが分かっている。」

米海軍は、長い間、艦隊には空母1隻のみを置いて、それを1つの艦隊として運用していた。
空母の運用法には2つ種類があり、集中運用と個艦運用がある。
個艦運用を採用しているのは、アメリカ海軍であり、個艦運用と集中運用の中間がイギリス海軍である。
本格的な集中運用を実施したのは日本海軍で、41年3月に急遽編成された第1航空艦隊は、
正規空母赤城、加賀、飛龍、蒼龍、軽空母竜譲、鳳翔をひとまとめにして編成し、大小6隻の空母を集めた
機動部隊は、満州に攻め込んだソ連軍や、沿海州、樺太に駐留するソ連軍相手に絶大な威力を発揮し、
集中運用の利点を世界に知らしめた。
しかし、空母と言う艦種は、確かに攻撃力は強いが、受身になると恐ろしく弱い。
海の飛行場たる空母は、爆弾1発で飛行甲板を使用不能にされるという欠点を持つ。
米英海軍の将兵からは、その脆弱さ故、空母は卵を積めた籠と揶揄されているほどである。
このシホールアンルとの戦争でも、アメリカ側は何度も空母を傷付けられている。
ガルクレルフ沖海戦では、エンタープライズと共に出撃した空母サラトガが爆撃を受け、あわやと言う所まで
追い詰められたが、敵が反跳爆撃のみを行った事が幸いし、わずかな手傷を負っただけで済んだ。
しかし、グンリーラ沖海戦では、スプルーアンスの指揮していたエンタープライズは敵の竜母1隻を撃沈し、
1隻を大破させたが、その前に5発の直撃弾を受けて母艦機能を喪失し、しばらくドック入りを余儀なくされている。
それに対し、レーフェイル強襲に参加した空母イラストリアスは、装甲空母という特異な面が幸いし、
10発以上の爆弾を受けてもなお母艦機能を維持できた。
この3つの事件に共通している事は、いずれも個艦運用時の襲撃と言うことである。
確かに、個艦運用ならば被害は軽減出来るかも知れないが、狙われた部隊は、最悪の場合はその部隊だけに
大量の敵が押し寄せ、全滅させられる可能性がある。  


671  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/06(日)  16:17:00  ID:4CUjn9IY0
敵の攻撃を防ぐには、対空火器の増強及び、迎撃機の集中が必要となる。
それを行うには、空母2隻から3隻ずつのグループを作らせることと、護衛艦艇を増やして相互支援を
強化するしかない。

「要するに、敵に各個撃破のチャンスを与えまいと、上層部は考えたのですね。」
「その通りだ、ミスター・ブローニング。」

ハルゼーは満足そうに頷いた。

「早ければ、今年の9月辺りに、部分的に空母の集中運用が始まるだろう。
本格化するのは、エセックス級やインディペンデンス級が揃う来年の初夏あたりだな。」

ハルゼーはふと時計を見た。時刻は午前10時10分を回っていた。

「それにしてもラウス君。今日の君はやけに嬉しそうだな。何かいい事でもあったのかね?」
「へ?自分がすか?」

ラウスはいきなりの質問に戸惑った。
ハルゼーからしてみれば、いつもめんどくさそうな表情をしているラウスが、今日に限って快活のあるように感じられる。

「いえ、別に何もないですよ。」
「ふむ、そうか。てっきり、首都で恋人と楽しんできたのかと思ったんだが、とんだ間違いだったようだな。」

ハルゼーはニヤリと笑いながら顔を海の向こうに戻した。
(まっ、当たらずも遠からずと言うことかな)  


672  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/06(日)  16:18:59  ID:4CUjn9IY0
ラウスは内心で呟く。
首都に居る間、彼はリエルにあちこち連れ回された。
リエルとは恋人ではなく、昔から厄介ごとを持ち込む嫌な友人である。
どうしてか、リエルと居る時に限ってトラブルは次々に起こり、その原因であるリアルに反論すれば
何かしらの暴力が振るわれたため、エンタープライズがヴィルフレイングに戻り、ラウスにエンタープライズの
乗艦命令が下ると、彼は飛び上がらんばかりに喜んだ。
で、しつこく付きまとうリエルから逃げるようにして、エンタープライズに乗り込んだのは2日前の事である。
「ブローニング、新人連中も、前よりは少しマシになったな。午後の訓練ではもっと厳しい
訓練をさせて奴らの腕を上げさせる。」

ハルゼーは不機嫌そうに口をへの字に曲げながら、ぶっきらぼうな口調でブローニングに言った。

「分かりました。」
ブローニングは頷く。ハルゼーは不機嫌な表情を崩さずに艦橋の中へ戻って行った。
ラウスも彼の後に続いて艦橋の中に入った。
司令官席に腰を下ろしたハルゼーは、ラウスに顔を向けた。

「なあラウス君。敵機動部隊の司令官はどんな奴かね?」
「敵の司令官ですかぁ・・・・・・・」
ラウスはしばらく考え込んだが、あいにく、敵竜母部隊の指揮官対する情報は乏しかった。
「シホールアンルの竜母部隊は2つあり、司令官の名前なら分かっています。
まず、この間、スプルーアンス提督と戦った艦隊は、第22竜母機動艦隊と言って、司令官の名前は
ヘルクレンスという海軍少将で、もう1つ、前者より規模の大きい第24竜母機動艦隊を指揮するのが
モルクンレルという海軍中将。この2人の司令官の素性は分かりませんが、2人とも敢闘精神は旺盛で、
頭は切れるとの事です。」  


673  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/06(日)  16:20:40  ID:4CUjn9IY0
「ほほう。敢闘精神は旺盛で頭は切れる・・・か。ヘルクレンスと言う奴の機動部隊はスプルーアンスが
叩きのめしたが、モルクンレルと言う野郎の機動部隊はまだ無傷のままだな。俺としては、早くモルクンレルの
機動部隊と正面から対決して、どっちが本当の空母使いがハッキリさせたいものだ。」

そう言って、ハルゼーは獰猛な笑みを浮かべた。
彼の脳裏には、近いうちに始まるであろう大海戦が思い描かれていた。


1482年8月14日  シホールアンル帝国領エンデルド  午後4時

エンデルドは、かつてレンク皇国の港町だったが、シホールアンルが南大陸に侵攻した3日後に占領され、
東海岸のガルクレルフと似たような軍港設備を作られ、今では南大陸西艦隊の拠点となっている。
エンデルドの港には、シホールアンル海軍所属の戦艦、竜母、巡洋艦、駆逐艦が所狭しとひしめいており、
残った住民達に無言の圧力を加えていた。
その停泊している艦の一隻、第24竜母機動艦隊の旗艦クァーラルドで、司令官であるリリスティ・モルクンレル中将は
机に向かって何かを書いていた。

「失礼します!」

後ろから声がした。声の主は、1週間前に彼女の従兵となった水兵のものだ。
リリスティは書くのをやめて椅子ごと後ろに振り返った。

「何かな?」
「作戦室に、第2部隊司令がお越しになられております。」
「そう、ご苦労。今から行くわ。」

リリスティは、顔を赤らめながら報告して来た従兵を下がらせる。  


674  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/06(日)  16:23:56  ID:4CUjn9IY0
「分かりました。」

従兵はしゃっちょこばった形で下がっていく。それを見た彼女は思わず苦笑した。

「まだ若いわねえ。女の子に慣れてないのかな。」

どこか人の悪い笑みを浮かべつつも、リリスティは立ち上がって、作戦室に向かった。
作戦室のドアを開けて、中に入る。作戦室には、機動艦隊本隊の参謀と、第2部隊の司令、幕僚が既に座って待っていた。
リリスティが入ると、彼らは一斉に立ち上がって敬礼をする。

「ご苦労。」

彼女はそれだけ言って答礼を返すと、一同を座らせた。

「さて、今回、あなた方に集まってもらったのは他でもない。近々、わが機動艦隊はとある作戦行動を行う。」

リリスティの表情は、女性とは思えぬ凛とした顔つきで、一同を見渡す。

「現在、味方地上軍の進撃は、東戦線、西戦線で止まっている。目下、こう着状態である事は周知の通り。
南大陸連合軍は、アメリカ軍という強力な援軍がいるから、士気も高く、今攻勢を再開しても、増えるのは犠牲者ばかり。
そこで、私は妙案を思いついた。」

彼女は立ち上がって、指示棒で机に広げられている地図を指した。

「ここ、グレンキアの港町からバルランド北部の港町、ジェリンファに定期的に輸送船団が往来している。
この輸送船団は途中、バルランド中部に寄ってから兵員、必要物資を積み込んでいるらしい。」  


675  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/06(日)  16:29:23  ID:4CUjn9IY0
「司令官閣下、ジェリンファはバルランドの重要拠点で、この海域にはバルランド側のワイバーン部隊も配備されています。」

第2部隊司令官であるワルジ・ムク少将が発言する。

「もしかして、ジェリンファに空襲を仕掛けるのですか?アメリカがガルクレルフやマオンドにやったように。」

アメリカ海軍が行った2月のガルクレルフ襲撃、そして先月のマオンド襲撃は未だに記憶に新しい。
ムク少将は、もしかしてモルクンレル中将がジェンリファに空襲を仕掛けて壊滅させようとしているのかと思った。

「いいえ。私の狙いはジェリンファには無い。確かに、ジェリンファを狙おうと思ったけど、私の目的は
敵に心理的動揺を与えられる事。それならば別の方法がいい。」

リリスティはそう言うと、指示棒の先端をジェンリファからやや西南の方角に移動する。

「バルランドに、自分達に安寧の海は無いと教えてやるのよ。そのために、敵の輸送船団を
ジェンリファ到達前に叩き、出来るだけ多く沈める。そして、いずれは。」

彼女は、指示棒を大陸の東側、ヴィルフレイングの所に先端を移動し、2、3度叩いた。

「アメリカ軍も空母部隊を出さないと行けなくなる。この作戦の目的は2つ。1つはバルランド軍の
海上交通路を絶つ事。もう1つはアメリカ空母部隊を、ある作戦開始日までに、最低2隻は撃沈、または大破させる事。」

作戦室にどよめきが走った。誰もが驚きを隠せないようだ。
最初は輸送船団だが、その次の目標は、アメリカの空母部隊を狙う事。
長い間、死神の如き災厄をもたらし続けてきた・・・・・・・あの憎き空母!  


676  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/06(日)  16:31:10  ID:4CUjn9IY0
最初は驚いた幕僚達だが、狙いがアメリカの空母と聞いて、皆がやる気になっていた。
作戦室の空気が熱をはらみ始めた時、ムク少将が再び手を上げた。

「司令官。ひとつよろしいでしょうか?」
「いいわ。」

リリスティは即答した。頷いたムク少将は先ほどから危惧していた事を言い始める。

「この作戦は敵の急所を衝く重要な作戦です。思い通りに行けば、敵軍に対して相当な圧力になる事は
間違いないでしょう。ですが、懸念事項もあります。それは、アメリカ空母部隊の事です。」

ムク少将は一度言葉を区切り、乾いた唇を湿らしてから再び続けた。

「過去に3度ほど、アメリカ空母部隊はバゼット半島の南側海域に進出して、我がほうの攻撃を警戒しています。
この作戦時に、この敵機動部隊が存在すれば、その時はどうされるのでしょうか?」
「その時はアメリカの空母部隊を狙う。この艦隊の全力を上げてね。」

リリスティはすぐに答えた。

「その事なら、私も知っている。過去に3度ほど、レキシントン級、又はヨークタウン級空母主体の艦隊が
南大陸南端を通っていくのをスパイが見ている。でも、それならむしろ好都合ね。ムク、こっちは大小の竜母6隻。
それに対して、アメリカの空母はいずれも1隻か2隻しか同時に行動していない。
仮に、搭載機数の多いヨークタウン級が2隻いたとしても、こっちは6隻。200機の飛空挺と、354騎の
ワイバーンが戦えば、こっちが勝つ。それに、アメリカの空母部隊は、常に1隻の空母を中心に艦隊を編成している。
こっちが全力で当たれば、各個撃破できるわ。だから、もしアメリカの空母部隊と敵の輸送船団の二つを見つけた場合は、
アメリカの空母を優先的に叩く。」  


677  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/06(日)  16:33:41  ID:4CUjn9IY0
彼女の頭の中では、その事はもはや決まっていた。

「分かりました。それで、作戦の内容は、西艦隊司令部には伝えてあるのでしょうか?」
「司令部には既に通知済みよ。今日中には作戦決行の通知が来るはず。司令長官は大乗り気だったわ。」
「なるほど。確かに、輸送船団だけでも叩けば、少しばかりの勝利だけで自惚れる南大陸人の肝を冷やせますな。」
「バゼット半島を迂回しなければなりませんが、ミスリアル海軍は既に壊滅している今は、半島の南側海域出るのは
さしたる問題では無いでしょう。」
「問題は、半島の南側海域に出てから。そこから先は、私たちシホールアンル海軍にとって、行き慣れていない海よ。」

リリスティは腕を組みながら、机上の地図を眺めた。
作戦決行が決まれば、第24竜母機動艦隊はバゼット半島を大きく迂回して、半島の南側海域に突入する。
そして、バルランド軍の輸送船団を叩き潰し、慌てて出てくるであろうアメリカ機動部隊ともいずれは雌雄を決する。
アメリカ艦隊が最初の時点で出てきても、それに全力で当たって叩き潰し、調子に乗るアメリカ軍の
鼻っ柱をへし折るのもまたいい。
どちらにしろ、第24竜母機動艦隊にとっては、大戦果を挙げる絶好の機会だ。
そうすれば、敵が企図しているであろう反攻を遅らせ、いずれは攻勢を再開する事も不可能ではない。
現時点からして、南大陸の統一はまだ可能範囲だ。

「これだけじゃ、ちょっと面白くないわね。」

リリスティはおもむろに言う。その言葉に、一同の視線が彼女に集中する。

「私としては、最初の一撃はちょっと、変わったものでやりたいのだけど。」

彼女は、自分の考えを打ち明けたあと、面白そうな表情を浮かべながらこう付け加えた。

「私の考えとしてはこんな物だけど、この案の他に、皆は何かいい案は無いかな?」  


678  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/06(日)  16:34:28  ID:4CUjn9IY0
SS投下終了であります。次回、バルランド軍危うし。  


679  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/06(日)  16:36:40  ID:4CUjn9IY0
それからもう1つ、シホールアンル側の一部の艦艇を紹介します。

ライル・エグ級小型竜母
基準排水量6000ラッグ(9000トン)全長98グレル(196メートル)
幅14グレル(28メートル)搭載ワイバーン37騎  速力15リンル(30ノット)
1.2ロレグ(18ミリ)魔道銃30丁  4ネルリ(10.28センチ)高射砲6門

ライル・エグ級小型竜母は、正規竜母の補助戦力として計画、建造された小型竜母であり、
耐久性は正規竜母ほどではないものの、建造しやすいように直線を多様した作りになっている。
計画では4隻のみの建造であったが、アメリカ海軍の空母戦力の増大が予期される現在では
新たに同級は新たに7隻が建造される事になり、今後のシホールアンル海軍竜母部隊を支える艦種
として期待されている。

オーメイ級巡洋艦
基準排水量5200ラッグ(7800トン)全長88グレル(176メートル)
幅11グレル(22メートル)速力16リンル(32ノット)
武装  7.1ネルリ連装砲3基6門  魔道銃22丁  4ネルリ(10.28センチ)両用砲4門

オーメイ級巡洋艦は、1470年から73年にかけて16隻が建造された巡洋艦で、大陸統一戦争時
には数々の武勲を立てた英傑艦でもある。
居住性、整備性、防御力に優れた本艦は、北大陸制圧時にも1隻の喪失は無く、シホールアンル海軍
の将兵からは傑作巡洋艦として、北大陸の兵や住民からは悪名高い艦として幅広く知られている。
しかし、アメリカ海軍の重巡洋艦、軽巡洋艦に対しては砲門数の不足が不安要素として表れ、特に
ブルックリン級巡洋艦に対しては決定的に不利であると判明している。
それでも、本級の性能は決して悪いものではなく、今後も竜母部隊の直衛艦や艦隊の準主力艦として
使われる見通しである。

ルオグレイ級巡洋艦
基準排水量5600ラッグ(8400トン)全長94グレル(188メートル)
幅11グレル(22メートル)速力17リンル(34ノット)
武装  7.1ネルリ連装砲4基8門  魔道銃32丁  4ネルリ(10.28センチ)両用砲8門

本級はオーメイ級巡洋艦の拡大発展型として、1474年から1481年にかけて23隻が建造された。
居住性、整備性のよさは前級より引き継ぎ、砲力、防御力は前級より上回っている。
旧式化した巡洋艦の代艦の扱いで各艦隊に配属された本級は、今ではシホールアンル海軍の標準的巡洋艦
として広く知られている。
砲戦に関しては優秀とされ、ガルクレルフ沖海戦ではアメリカ海軍の重巡洋艦相手に互角の戦いを見せた。
しかし、ブルックリン級巡洋艦と相対する場合は本級でも能力不十分と判断されており、海軍上層部は、
主砲搭載数10門を数える新型巡洋艦を開発中である。





今日はこれにて投下終了です。  


680  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/06(日)  16:39:31  ID:4CUjn9IY0
訂正
新たに同級は新たに7隻が
となっておりますが、
同級は新たに7隻が
の間違いです。それから、直線を多様は、直線の多用の間違いです。
申し訳ございませんでしたm(  __  __  )m  



693  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/09(水)  19:24:04  ID:4CUjn9IY0
最後にデータを投下します。
1482年8月に決定した建造計画最終案

エセックス級正規空母20隻
インディペンデンス級軽空母14隻
リプライザル級(史実のミッドウェイ)正規空母3隻
アイオワ級戦艦7隻
アラスカ級巡洋戦艦4隻
護衛空母62隻
フレッチャー級駆逐艦112隻
新型駆逐艦102隻
護衛駆逐艦203隻
潜水艦192隻

1484年6月までに配備可能な艦
エセックス級正規空母13隻
インディペンデンス級軽空母14隻
アイオワ級戦艦4隻
アラスカ級巡洋戦艦4隻
護衛空母43隻
フレッチャー級駆逐艦112隻
新型駆逐艦57隻
潜水艦122隻

捕捉:新型駆逐艦は、アレン・M・サムナー級駆逐艦、ギアリング級駆逐艦の
事を指します。  


694  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/09(水)  19:29:59  ID:4CUjn9IY0
入れてない部分がありました。すいません!
最終案のほうの巡洋艦建造計画案はボルチモア級重巡13隻。
クリーブランド級軽巡洋艦21隻。
アトランタ級軽巡洋艦8隻。

配備可能な艦はボルチモア級重巡5隻。
クリーブランド級軽巡14隻、アトランタ級6隻となっております。  



705  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/12(土)  10:23:00  ID:4CUjn9IY0
第36話  夜海のロウソク

1482年8月16日  ジェリンファ沖西南150マイル沖  午前2時

バルランド海軍第23艦隊に所属する巡洋艦ウォンクコーデは、隷下の巡洋艦1隻と駆逐艦6隻で、
輸送船14隻を取り囲みながら時速6リンルのスピードでジェリンファに向かっていた。

「この行程も、あと4分の1で終わりですな。」

ウォンクコーデの艦長であるルイック・リルク中佐は、副長の声を聞いて頷く。

「毎度の輸送任務とは言え、夜間の当直は疲れるな。」

リルク艦長は欠伸をかみ殺しながら副長に返事した。
バルランド王国は、陸路での兵員輸送の他に、定期的に海路での兵員、物資輸送を行っている。
毎度、輸送船の積荷は違ってくるが、大体が食料や大砲の弾薬、兵の甲冑や剣といった必要物資に、
500人から1000人単位の兵員をバルランド北部に送っている。
今回は、14隻中、5隻の輸送船には食料や弾薬、6隻には武器や医薬品、衣類等、3隻には合計で
1個連隊2200人の兵員と物資を乗せている。
この部隊はバルランド王国北部を守る第97軍団の増援部隊であり、到着後は97軍団に加わって
シホールアンル軍に備える予定だ。

「眠気覚ましに、茶でも飲まんか?」

リルク艦長は、伸びた不精髭を撫でながら副長に聞いた。  


706  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/12(土)  10:24:35  ID:4CUjn9IY0
「では、一杯いただきましょうか。」
「よし、分かった。従兵!眠気覚ましに茶を淹れてくれ。2杯だ!」

リルク中佐は従兵にそう告げると、従兵は艦橋の奥に引っ込んでいった。
間もなくして、従兵が茶を持って来てくれた。その時、艦隊司令官が艦橋に上がってきた。

「やあ諸君、おはよう。」
「おはようございます。といっても、まだ真夜中ですが。」

艦長は茶を飲みながら、司令官であるウォロ・ルークン少将に言った。

「おはようを言うには早すぎたかな。それよりも、わしも茶を一杯貰おうか。」

艦長は従兵に茶をもう一杯淹れてくれと頼んで、従兵はさっきと同じように奥に下がっていった。

「航海は順調かね?」
「ええ。いたって順調です。今日の正午までには、ジェリンファに到達するでしょう。」
「ふむ。それなら良いな。それにしても艦長、君はいい軍艦を欲しいとは思わないかね?」
「いい・・・軍艦ですか?」

ルークン少将の言葉に、リルク艦長は困惑した表情で反芻する。

「そうだ。我が海軍の艦艇は、シホールアンルやマオンドの艦と違って性能が低すぎる。
その気でかかれば、敵艦を叩き沈める事が出来るが、いつまでも性能の低い艦ばかりでは、
乗っている将兵に申し訳が立たない。」  


707  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/12(土)  10:26:08  ID:4CUjn9IY0
バルランド海軍は、慢性的な艦艇不足に悩んでいる。
緒戦で少なからぬ艦艇を失っているバルランド王国は、以降のシホールアンル海軍との決戦を避けて艦艇を温存してきた。
しかし、性能はシホールアンル軍の軍艦に劣っており、上層部ではシホールアンル側の艦艇を上回る性能を持つ
艦の自己開発、又は購入を行おうと躍起になっている。
リルク中佐の指揮するウォンクコーデはレーダル級巡洋艦に属する。
性能は全長84グレル(168メートル)幅8.4グレル(16.8メートル)
基準排水量4300ラッグ(6450トン)速力は13リンル(26ノット)
武装は6.3ネルリ(16.1センチ)連装砲を3基6門積んでいる。
シホールアンル側のルオグレイ級や、旧式に分類されるオーメイ級にさえ太刀打ちできない。
駆逐艦のほうは14リンルまでしか速度が出せず、砲も3ネルリ砲4門しか積んでいない。
しかし、そのシホールアンル側はここ最近、バゼット半島の北側までしか艦隊の行動範囲を定めていないため、
半島の南側海域の制海権は南大陸軍が握っている。
そのため“安全海域”を航行する輸送船団は、順調に物資、兵員を運び続けていた。
「まあ、ここの海域は安全だからいいが、敵に立ち向かうとなれば、この艦ではやり合いたくないな。
せめて、アメリカ軍の持つニューオーリンズ級やブルックリン級を我が海軍にも欲しい物だ。」

ルークン少将はため息混じりにそう呟いた。
アメリカ海軍のこれまでの活躍は何度も聞いている。
ルークン少将は、ここ最近米海軍の巡洋艦、とりわけブルックリン級軽巡に惚れ込んでいた。
何よりも、シホールアンル側の巡洋艦を圧倒する15門の主砲に魅力的な発射速度、それに意外に頑丈な艦体。
彼にとっては、まさに理想の巡洋艦であった。

「司令官、ここ最近はシホールアンル側は表立った行動を見せていませんが、司令官はどう思われます?」

艦長の質問に、ルークン少将は肩をすくめた。  


708  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/12(土)  10:28:51  ID:4CUjn9IY0
「さあ。私はシホールアンルの軍人じゃないから、あまり分からんよ。だが、私の意見からすれば、不気味だな。」
「不気味・・・・ですか?」

リルク艦長の言葉に、ルークン少将は頷く。

「本来ならば、奴らは必ず動き出す。陸か、海で。今までそうしてきたのに、あの4月の攻勢失敗以来、
シホールアンルは目立った動きを見せていない。つい最近は、ヴェリンス共和国に攻勢を仕掛けて、
領土を完全に分捕ったが、そのままミスリアルに雪崩れ込むと思ったら、何故か国境線でピタリと止まった。
そこが、私には分からん。」

ルークン少将は顔をしかめながら言う。
彼としては、ここ最近のシホールアンル側の動きが鈍い事に、彼らの意図を分かりかねていた。
彼のみならず、南大陸連合軍首脳部や、果てはアメリカ南西太平洋軍司令部までも、あれこれ予想は立ててみるのだが、
いずれの首脳部も、頭を悩ませていた。

「まっ、前線の一指揮官が、あれこれ考えても仕方あるまい。今は、この輸送任務を無事終わらせる事に集中するのみだ。」

そう言って、ルークン少将は艦長の肩を叩く。

「所で艦長。君にはジェンリファで、馴染みの者が居ると聞いたが?」

ルークン少将は人の悪い笑みを浮かべながら、リルク艦長に聞いた。
リルク艦長はなぜか気まずそうな表情を滲ませる。

「どうしてそのような事を聞かれるので?」  


709  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/12(土)  10:30:36  ID:4CUjn9IY0
リルク艦長は苦笑しながらルークン少将に言った。その時、

「未確認艦、本艦隊に接近!」

突然、艦橋に飛び込んできた緑色の軍服を付けた将校、魔道将校が彼らに報告して来た。

「未確認艦だと?位置は?」

すかさず、リルク艦長が聞き返した。
「はっ。反応は本艦隊より北北西方面、距離は9ゼルドです。」
「9ゼルド?馬鹿に近いな。」

リルク艦長は顔を険しくしてそう呟いた。
突然、砲声が轟いた。

「!?」

リルク艦長とルークン少将は顔を見合わせた。

「司令官!」
「て、敵だ!」

ルークン少将は慌てふためいたように叫んだ。その直後、上空に赤紫色の光が、ぱあっと煌いた。
この照明弾の色は、シホールアンル軍の使う照明弾の物だ。つまり、

「シホールアンル軍だ!全艦戦闘用意!」  


710  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/12(土)  10:32:13  ID:4CUjn9IY0
ルークン少将は声をわななかせながら命令を発した。
ウォンクコーデの艦内で鐘の音が鳴り響き、眠っていた乗員達が飛び起きた。

「敵艦隊発見!これより戦闘に移る。総員、戦闘配置につけ!」

艦長の鋭い声音が伝声管を伝って艦内に響いた。誰もが仰天しながら、それぞれの配置に付いて行く。

「これより、第23艦隊は敵艦隊を迎撃する!輸送船団は全速力でジェリンファに向かえ!」

艦橋では、ルークン少将が魔道将校に、指揮輸送船に送る魔法通信の内容をメモに取らせている。

「取り舵一杯!」

艦長の指示に従い、ウォンクコーデの艦体が左に振られていく。
輸送船の周囲から離れた寮艦がウォンクコーデの後方に着き始めたとき、敵艦隊が砲撃を開始した。
砲弾は、ウォンクコーデの左舷側海面に落下し、水柱が吹き上がった。
ウォンクコーデが、敵と反航戦の態勢を取った時、艦長は命令を下した。

「目標、敵1番艦、撃ち方はじめ!」

リルク艦長が命じ、ウォンクコーデが前部4門の主砲を放った。
弾着を確認する前に、敵艦隊から第2射が放たれる。
ウォンクコーデの右舷側海面に水柱が立ち上がる。水柱の本数は軽く10は超えていた。
互いに高速のまま、距離を詰めていく。
ウォンクコーデが4回目の斉射を行った時、周囲に水柱が立ち上がり、次いで被弾の衝撃が艦体を揺さぶった。  


711  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/12(土)  10:34:11  ID:4CUjn9IY0
「中央部に命中弾!」

伝声管から乗員の悲鳴じみた報告が届いた。

「こっちはまだ夾叉も得ていないと言うのに。」

ルークン少将は歯噛みしながらそう呟いた。
ウォンクコーデが第5射を放つが、その10秒後に飛来してきた敵弾が周囲に落下し、うち数発がウォンクコーデを打ち据えた。

「第3砲塔被弾!砲塔要員全員戦死!」
「後部艦橋に命中弾、死傷者多数、衛生兵をよこして下さい!」

悲痛めいた報告が、次々と送られてくる。その時、魔道将校が青ざめた顔つきで艦橋に現れた。

「敵艦隊の陣容は、巡洋艦5、駆逐艦12です。」
「なんだと?」

ルークン少将は、敵の余りの多さに愕然とした。
第23艦隊の持ちえる艦は、巡洋艦2、駆逐艦6である。それに対し、敵は2倍の戦力でこっちに向かって来た。
それも、敵艦はいずれも、こちら側の艦の性能を凌駕している。これでは、到底勝ちようが無い。

「おのれぇ・・・・徹底的に殲滅する腹だな・・・・・・だが、」

ルークン少将の目に、狂気めいたものが混じった。

「ただではやられん!面舵一杯!敵艦隊の針路を塞ぐ!」  


712  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/12(土)  10:36:23  ID:4CUjn9IY0
彼の命令の下、ウォンクコーデ以下8隻のバルランド艦隊は、やや間を置いた後、ウォンクコーデを順番に敵の針路を塞ぎにかかった。
回頭中にも、敵艦隊の砲撃は止まない。回頭しようとした駆逐艦が1隻、7.1ネルリ弾を2発食らった。
2発のうち、1発は艦首の喫水線に命中し、艦首の下側部分を大きく食い千切って海水が艦内に侵入し、スピードがみるみるうちに衰えた。
慌てて、後続艦が避けようとするが、時既に遅し。
大音響と共に、損傷した駆逐艦の後部に激突し、完全に停止してしまった。
そこに、敵駆逐艦の砲弾が殺到する。
たちまち、多量の砲弾を叩きつけられた不運な駆逐艦2隻は、短時間で燃える松明に変換させられた。
そして、シホールアンル艦隊はルークン少将の決意を嘲笑うかのように、先頭の2隻だけを回頭させ、
同航戦の態勢を整えて、残りは輸送船団に向かわせた。

「我々を素通りするとは!全力で持って叩きに来い!この腰抜けめが!!」

ルークン少将は、第23艦隊を迂回して輸送船に向かっていく残りのシホールアンル艦に罵声を浴びせる。

「艦長!こうなったら」

彼はリルク艦長に新たな指示を下そうとした時、敵艦の砲弾が落下してきた。
その中の1弾は、艦橋を直撃し、艦橋に詰めていた者全てを戦死させた。
護衛艦8隻が海の松明と化して10分後、別の海域でも火の手が上がり始めた。
炎はぽつ、ぽつ、と。
それはロウソクに火をともすように増えていき、最初の火の手が上がって10分後には14の炎が海上でゆらめいていた。
遠めで綺麗に写ったそのロウソクの火は、さほど間を置かずにぽつぽつと消え始めた。  


713  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/12(土)  10:38:51  ID:4CUjn9IY0
1482年8月18日  バルランド王国ヴィルフレイング  午前8時

ヴィルフレイングの一角にある木造の2階建ての建物。
その中にある南太平洋部隊司令部で、5人の男たちは額を寄せ合って地図を睨んでいた。

「ここで、輸送船団は襲われたと言うのだな。」

男の中の1人。南太平洋部隊司令官、チェスター・ニミッツ中将は地図のとある一点を指差した。
その点。バルランド王国領ジェンリファから南西150マイル沖に付けられた罰印。
この罰印は、16日未明、シホールアンル艦隊の突然の襲撃で全滅させられた、バルランド軍護送船団が進んでいた位置だ。

「バルランド側は、巡洋艦2隻と駆逐艦6隻で輸送船14隻を護衛していたようです。バルランド側の報告では、
午前2時の定時報告を最後に連絡が途絶え、翌17日ジェリンファの海岸で沈没船の残骸が漂着しているのを
現地の部隊が確認したようです。今もって護衛艦、輸送船の1隻も入港しない事から、敵艦隊に1隻残らず
沈められたものと判断します。」

参謀長のスプルーアンス少将は、怜悧な口調で説明した。

「巡洋艦2隻、駆逐艦6隻の護衛艦隊を沈めるには、最低でも巡洋艦3、4隻、駆逐艦8から10隻は必要です。
バルランドの護送艦隊は最低でも巡洋艦4隻、駆逐艦10隻程度の敵艦隊に襲撃されたものと推定します。」

作戦参謀のポール・ルイス中佐がスプルーアンスに代わって説明する。

「その事からして、この敵艦隊はバゼット半島を大きく迂回してから、この輸送船団を襲撃したのでしょう。」
「解せんな。」

ニミッツは首を振った。  


714  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/12(土)  10:40:35  ID:4CUjn9IY0
「なぜ敵は遠出までをして輸送船団を襲ったのだ?確かに、バルランド海軍はシホールアンルよりは装備が劣るが、
制海権は我が方にある。太平洋艦隊の空母部隊も幾度と無くこの海域に進出して警戒に当たっていた。
敵にとってはあまり踏み込みたくない海域なのに、どうしてこのような危険な事をするのだね。」
「恐らく、味方の士気向上のためではないでしょうか?」

スプルーアンスが言って来た。

「ここ最近、シホールアンル側は目立った勝ち戦をやっておりません。そのため、前線の将兵の士気が落ちてしまった。
そこで、一見大博打のような作戦を立ててそれをやった。と、私は思います。あるいは」

スプルーアンスは、視線をジェリンファ沖から、何故かヴィルフレイングに向ける。

「何かを誘っているのか・・・・・」

その言葉に、ニミッツが反応する。

「何かを誘っている、か。レイ、誘っているとは、つまり我々の事かね?」

スプルーアンスは無言で頷いた。

「最新のスパイ情報では、今の所、敵の竜母部隊はエンデルドに留まっていますが、戦艦が、2、3隻ほど足りぬようです。」
「戦艦が2、3隻ほどか。参謀長、もしこのような輸送船団を殲滅する場合、攻撃側は高速艦で目標を攻撃するだろう?」
「そうです。敵の竜母はエンデルド、しかし、7隻いたはずの戦艦が2、3隻足りぬとなると、シホールアンル側は
襲撃艦隊に戦艦を組み込んでいる可能性があります。その敵戦艦は、27、8ノットの速度が出せるオールクレイ級でしょう。」
「と、なると。バゼット半島の南海岸沖には、戦艦を含む敵艦隊がうろついていると言う訳か。」  


715  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/12(土)  10:42:27  ID:4CUjn9IY0
ニミッツは気難しそうな表情を浮かべる。

「バルランド側から護衛に関して、何か言ってきそうだな。」
「護衛任務に関して、ですな。」

情報参謀のバイエル・リーゲルライン中佐が発言する。

「そうだ。バルランド海軍の艦艇は、南大陸の中では一番の性能だが、シホールアンルやマオンド海軍の艦艇に
比べたら性能は低い。そのため、バルランド側が護衛に関して何か言ってくるかもしれん。私としては、
少々気が乗らんのだが。」
「もしかして、司令官はバルランド海軍の事を気に成されているのでしょうか?」

リーゲルライン中佐の質問に、ニミッツは頷いた。

「我々が頼りになるのはいい事だが、この国の軍は貴族の影響力が高い。そのため、我々が活躍する度に
またぞろ訳の分からん事を言ったりするかもしれん。」
「つまり、嫉妬・・・・ですな?」

スプルーアンスの言葉に、ニミッツは大きく頷いた。

「そうだ、レイ。だが、嫉妬を抱くのは仕方なかろう。本来、主役であった彼らは、突然転移してきた我々に
活躍の場を奪われたのだ。嫉妬を抱く者が出てきても、仕方あるまい。話はずれたが、今後はバルランド側の
要請があった時に、どの任務部隊にどの艦を付けて送り出すか、それを今から話し合おう。」

ニミッツがそう言った直後、作戦室に通信将校が現れた。  


716  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/12(土)  10:43:56  ID:4CUjn9IY0
「ニミッツ司令官。バルランド軍上層部から船団護衛を要請したいとの報告が入りました。」

通信将校が持っていた紙の内容を読み上げた後、ニミッツ中将はほら来たとばかりに苦笑した。

「早速、お呼びがかかったな。」

ニミッツ中将は、スプルーアンス参謀長に意味ありげな口調で言った。


翌日午後2時、ニミッツの姿は、再びヴィルフレイングにあった。

「諸君、バルランド側は我が太平洋艦隊に対して、船団の護衛を要請してきた。出発は2日後の早朝だ。」
「取り決めが早いですな。」

スプルーアンス少将は眉をひそめながら言う。

「つい2日前に、船団全滅の憂き目を見たというのに、それでもバルランド側は船団輸送を強行するのですか。」
「前線部隊の士気を下げぬ為には、物資補給は大事であると言われたよ。インゲルテント将軍は、なかなか強かな人だ。」

ため息混じりにニミッツはそう言った。

「決まったからには仕方ない。レイ、現在出港できる艦隊は?」
「キッド提督の第2任務部隊はすぐにでも出港できます。それから4日後には、第17、14任務部隊が整備と補給を
終えて西海岸に向かう予定です。」  


717  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/12(土)  10:47:11  ID:4CUjn9IY0
ヴィルフレイングには、現在第2任務部隊と第14、17の任務部隊が待機している。
ハルゼーの率いる第16任務部隊は、東海岸沖を北上して敵の警戒に当たっている。
このうち、第2任務部隊は既に出撃準備を整えており、2日後の出港は可能である。

「第2任務部隊の編成はどうなっている?」
「第2任務部隊は、戦艦アリゾナ、ペンシルヴァニア、重巡ニューオーリンズとアストリア、駆逐艦16隻で編成されています。」
「巡洋艦が足らんな。他の戦隊から2隻、巡洋艦をTF2に回そう。」
「TF15のサラトガは今整備中で港内から動けません。ですので、TF15から巡洋艦を2隻ほど回してはどうでしょうか。」
「そうだな。では、それでいこう。TF2に回す巡洋艦は・・・・」

ニミッツは考えた。TF15に所属する巡洋艦は重巡洋艦のサンフランシスコと軽巡ボイス、ホノルル、アトランタである。
もし、敵が水上艦艇で押せば、手数の多いボイス、ホノルルが最も役に立つであろう。
しかし、万が一の事も考えて、アトランタ級も加えた方が良いか?
しばらく黙考したあと、ニミッツは決断した。

「ボイスとホノルルにしよう。それから、万が一の事も考えて、護衛空母のロング・アイランドと水上機母艦のラングレーを加えよう。
これなら、敵艦隊がどこにいようが、日中の間はラングレーの索敵機で常に、艦隊の周囲を警戒できる。」
「では、司令官。TF2司令部にはホノルルとボイス、ロング・アイランドとラングレーを加えると伝えます。」

スプルーアンスの言葉に、ニミッツは頷いた。

「TF14のレキシントンとTF17のヨークタウンの航空兵力は、今の所どうなっている?」

ニミッツ中将は航空参謀のエディ・ウィリス中佐に聞いた。  


718  :ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ:2007/05/12(土)  10:48:31  ID:4CUjn9IY0
「両艦とも、戦闘機はこれまでの戦訓から、ほぼ半数近くか、半数以上を積んでおります。これにドーントレスやアベンジャーを
通常編成で乗り組ませてあります。両任務部隊の搭乗員の技量は相当向上しております。」
「ヨークタウンとレキシントンのパイロットは他艦と比べると新人の比率が多いからな。今は敵さんの竜母がエンデルドに
留まっているからいいが、対機動部隊戦闘になった場合は少し不安だな。」

2ヶ月前までは、ヨークタウンとレキシントンのパイロットはほぼベテランが占めていた。
しかし、本国での搭乗員大量養成がスタートすると、教官不足が生じてきた。
海軍上層部は実戦経験のある母艦航空隊から搭乗員を引き抜いて、教官配置に付かせたが、ヨークタウンとレキシントンでは、
引き抜かれた搭乗員が他艦より多かった。
今は配属されてきたばかりの新人が、その穴を埋めているが、実戦経験の無い搭乗員がどこまでやれるか。
ニミッツ中将はその事にやや不安に感じている。

「下手糞でない事は確かです。使えますよ。」

ウィリス中佐は自信ありげな口調でニミッツに語りかけた。

「そうだな。さて、まずは第2任務部隊を出港させて、グレンキアの近海でバルランド軍の輸送船団と合流させよう。」

ニミッツ中将はそう言って、艦隊の派遣を決定した。


その翌日、第2任務部隊は予定よりも早くヴィルフレイングを出港、一路西海岸へと向かった。
3日後にはTF14とTF17が後を追う予定である。