570 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 20:30:14 ID:4CUjn9IY0
第31話 シーハリケーンの奮迅
1482年 7月1日 フェルレンデ岬180マイル沖
「北東80マイル付近に敵大編隊!」
空母イラストリアスのレーダー手が、緊張に顔を引きつらせながら報告してきた。
「艦長。北東80マイル付近に大編隊です。」
「来たか・・・・・・」
イラストリアス艦長のスレッド大佐は、その報告に驚く事も無く、予め決めていた指示を下した。
「戦闘機隊を発艦させる。艦首を風上立てよ。」
「アイアイサー!」
それから間を置いて、イラストリアスは艦首を風上に向かわせた。
第26任務部隊の寮艦も、イラストリアスにならって一斉回頭を行った。
敵の偵察ワイバーンに発見されたのは、午前6時30分頃であった。
偵察ワイバーンは第26任務部隊の上空まで近寄った後、引き返していった。
マオンド側のワイバーンは、1400キロの航続距離を持っている。
第26任務部隊は、そのワイバーンの航続距離内にいるため、大規模な空襲が予想された。
そして、それはやって来た。
イラストリアスの甲板上では、既に待機していた24機の戦闘機が、エンジンを轟々とうならせて発艦の時を待っている。
「艦長、発艦準備完了です!」
572 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 20:32:56 ID:4CUjn9IY0
飛行長のバイラッハ中佐が報告すると、スレッド艦長はうなずいた。
「発艦始め。」
特に気負う事もなく、スレッド艦長は言い放った。
まず、シーハリケーンがするすると飛行甲板を滑っていき、エンジン音を高鳴らせながら空に舞い上がる。
シーハリケーン、ワイルドキャットが全て発艦するまでさほど時間はかからなかった。
「全く、一難去ってまた一難か。どうも、第26任務部隊は呪われているような気がするな。」
スレッド艦長は顔をしかめながらそう言う。
「そうですか?むしろ自分としては運が良いと思いますが。」
「どうしてだね?」
バイラッハ中佐の言葉に、スレッド艦長は怪訝な表情を浮かべる。
「昨日の空襲では、1機の喪失もなくグラーズレットの空襲を成功させていますし、その後の水上砲戦でも
敵艦隊に壊滅的な打撃を与えて追い返しています。それも1艦の喪失もなく。」
「なるほど。確かに運が良いな。だが、この空襲が終わるまでは、私は運が良かったとは思わない。
運が良かったか、悪かったかを判断するのは、この空襲をしのぎ、機動部隊がノーフォークに戻った時だ。
それまでは何ともいえんよ。」
スレッド艦長は、編隊を組んで敵がいる空域に向かう戦闘機隊を見ながらそう語った。
「今は、運が良かったな、と言えるように頑張るしかあるまい。」
573 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 20:34:12 ID:4CUjn9IY0
午前8時45分
イラストリアスから発艦したシーハリケーン、ワイルドキャット計24機は、マオンド側の攻撃隊と
艦隊より北東40マイル付近で遭遇した。
「こちら指揮官機。敵編隊を発見した。今から攻撃する。」
イラストリアス戦闘機隊長であるランス・リッキー少佐は部下達にそう伝えた。
現在、イラストリアス隊は高度4500メートルの上空にいる。
それに対し、敵編隊は3000メートル付近を、緊密な編隊を組んで機動部隊に向かっている。
「敵の先頭集団を狙う。」
リッキー少佐は、まず、2つに分かれている敵編隊のうち、一番間近の先頭集団を叩くことにした。
しばらくは、4500を維持したまま敵に被さるように飛行を続ける。
やがて、戦闘機隊の襲撃を危惧したのか、ワイバーンの一部が分離し、上昇を開始した。
「突っ込めぇ!」
リッキー少佐は喚くように命じ、操縦桿を前に押し倒す。
風防ガラスの向こう側に豆粒ほどのワイバーンが見えた。
シーハリケーンのエンジンが高々とうなり、速度がぐんぐん上がる。
小さな粒にしか見えなかったワイバーンが、徐々にハッキリしていく。
(あいつを狙うぞ)
リッキー少佐は、他のワイバーンと違って、緑色の装飾が付けられているワイバーンを狙うことにした。
574 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 20:35:39 ID:4CUjn9IY0
彼我の距離はみるみる縮まり、相手の姿もハッキリと分かった。照準機の向こうのワイバーンが口を開けた。
その時、リッキー少佐は距離300まで迫っていた。
「食らえ!」
そう叫びながら、機銃を放った。
タタタタタタ!という軽快な発射音がなり、8本の赤い線がシャワーのごとく、敵ワイバーンに向かっていった。
ワイバーンも口から緑色の光弾を連射ではき出してくる。
その次の瞬間、7.7ミリ機銃弾は敵ワイバーンに突き刺さった。
無数の機銃弾がつたない魔法防御をうち破り、にワイバーンは目や口のみならず、翼や前足を抉られる。
御者には胴体に数発の機銃弾がぶち込まれ、一瞬のうちに絶命した。
機銃弾を叩き込んだワイバーンと高速ですれ違い、別のワイバーンに照準を切り替える。
ワイバーンが光弾をはき出す。すかさず、リッキー少佐は機銃を撃ちながら、機体を右に横滑りさせてこれをかわす。
光弾は機体の左側を過ぎ去ったが、同時にこちら側の射弾も惜しいところで外れた。
そのワイバーンも後ろに吹っ飛び、また別のワイバーンと正面から撃ち合う。
互いに高速で接近し合うから、射撃の機会は一瞬である。
リッキー少佐は、照準が合った事も確認せずに機銃を放つが、ろくに狙いも付けずに撃ったため、これも外れた。
戦闘ワイバーンとの正面対決は一瞬のうちに終わる。
「貴様らに用はない。俺達の目標は、貴様らが守っていたものだ。」
リッキー少佐は、前方にいる攻撃ワイバーンの群れを見ながらそう呟いた。
24機のシーハリケーン、ワイルドキャットのうち、11機が戦闘ワイバーンとの乱戦に移るが、
残りは戦闘ワイバーンの迎撃を突破し、攻撃ワイバーンに殺到した。
575 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 20:40:16 ID:4CUjn9IY0
まず、リッキー少佐は一番左側のワイバーンを狙うことにした。
500キロ以上の高速で飛行しているため、距離はあっという間に詰まった。
ワイバーンを操る御者が、上方から襲いかかってくるシーハリケーンを見た。
「イラストリアスには近付けさせん!」
そう叫びながら、リッキー少佐は機銃を撃つ。
両翼に4丁ずつ、計8丁の7.7ミリ機銃弾が、弾幕となって狙った攻撃ワイバーンにぶちまけられる。
狙われた攻撃ワイバーンは、咄嗟に体をひねって避けようとしたが、爆弾を抱いていたワイバーンの動きは鈍かった。
次の瞬間、無数の7.7ミリ機銃弾が殺到し、ワイバーン、竜騎士がいっしょくたに引き裂かれる。
機銃弾が竜騎士の額から後頭部にへ内容物を吹き散らして出、体にも容赦なく突き刺さり、ワイバーンも背面を機銃弾に
抉られ、翼の片方が一点に集中された高速弾にもぎ取られた。
編隊の外側の攻撃ワイバーンが1騎叩き落とされた事を機に、戦闘機隊はまず、編隊の外側を集中して叩く。
13機のシーハリケーン、ワイルドキャットが敵編隊の下に飛び抜けていった後には、32騎いた攻撃ワイバーンは
27騎に撃ち減らされていた。
この襲撃で編隊が崩れかけた時に、今度は下方から戦闘機が突っ込んでくる。
そうはさせじと、第2編隊の護衛に当たっていた戦闘ワイバーンが阻止しようとする。
だが、シホールアンルのワイバーンと比べ、マオンドのワイバーンの最高速力は、キロに換算して470キロ。
それに対し、ワイルドキャット、シーハリケーンは500キロ以上の猛速で、機銃を撃ちまくりながらこのワイバーン群を突破する。
1機のハリケーンが、運悪くエンジン部分に光弾を叩き込まれた。
液冷エンジン特有の尖った機首が一瞬にしてひしゃげる。
パイロットが驚愕の表情を浮かべた次の瞬間、別の光弾がコクピットにぶち込まれた。
胸に光弾を叩き込まれたパイロットは束の間、苦しみに表情をゆがめ、絶叫を発するが、その絶叫もすぐに途切れ、パイロットはうなだれた。
白煙を引きながら落ちていくシーハリケーンを見るや、有効弾を与えたワイバーンの御者が笑みを浮かべた。
「やった!アメリカ人をたたき落としたぞ!」
576 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 20:42:12 ID:4CUjn9IY0
初の米軍機撃墜に、ワイバーンを操る竜騎士は心臓が跳ね上がらんばかりに高鳴った。
だが、その高鳴る胸元も、12.7ミリ機銃弾に風穴を開けられ、喜びの表情を凍り付かせると、
竜騎士はワイバーンごと、海に落ちていった。
シーハリケーン、ワイルドキャットは獅子奮迅の活躍を見せ、多くの敵ワイバーンを撃墜したが、
わずか24機では80騎以上の大編隊を押し留める事は出来なかった。
「敵編隊接近!艦隊より20マイル!」
第26任務部隊の上空に、ワイバーンの編隊がやって来た。
敵編隊は、輪形陣の右斜め後ろからTF26を追い掛ける形だ。
「旗艦より信号。艦隊針路330度。」
見張りが、プリンス・オブ・ウェールズから送られてきた信号を読みとり、艦橋に伝える。
「変針。針路330度。面舵一杯。」
「針路330度、面舵一杯。アイアイサー。」
スレッド艦長は航海科に指示を下した。TF26の全艦が、一斉回頭し、敵編隊に右側面を晒す形になった。
回頭が終了した後、輪形陣右舷の一番外側に位置する駆逐艦のセイバーが高角砲を撃ち始めた。
それが合図だったかのように、駆逐艦群、巡洋艦群が一斉に砲撃を開始した。
輪形陣は、駆逐艦を外縁に配置し、中央部にイラストリアス、その右舷にプリンス・オブ・ウェールズ、
左舷にレナウン、その周囲に4隻の巡洋艦が配置されている。
昨日の水上砲戦で、TF26は対空火器をいくらか破壊されており、対空防御力は低下している。
577 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 20:43:46 ID:4CUjn9IY0
「大丈夫かな?」
スレッド大佐は、減少した対空砲火でどれだけ敵ワイバーンを落とせるか心配だった。
イラストリアスは、飛行甲板を装甲で覆っているが、10騎や20騎以上のワイバーンが殺到し、
爆弾を10発単位でぶち込まれる事は好ましくない。
いくら重装甲の甲板とはいえ、被弾を無限に耐えることは出来ない。
そのためにも、対空砲陣の活躍に期待するしかない。
高度1000付近からワイバーンは輪形陣に侵入しつつあるが、その周囲に高角砲弾がしきりに炸裂している。
1騎のワイバーンが、高角砲弾の破片をもろに食らい、よれよれとふらつきながら海に落下していく。
別のワイバーンの至近で、高角砲弾が炸裂した次の瞬間、上下運動していたワイバーンの翼が二つとも分離し、
ワイバーンは砲弾の如く、まっしぐらに海面に直行した。
イラストリアスと、左舷のプリンス・オブ・ウェールズも高角砲を発射する。
昨日の海戦で、損傷艦の多いTF26だが、高角砲に関してはかなりの数が残っていたようだ。
その証拠に、敵ワイバーンの周囲で炸裂する爆煙は多く、1騎、また1騎と、次々に海面に落下、または弾け飛んだ。
数騎のワイバーンが輪形陣の外輪部を抜けるや、高度を下げ始めた。急降下爆撃ではなく、暖降下爆撃のようだ。
「敵ワイバーン、降下開始!」
やがて、機銃の射撃も開始された。
各艦の艦上で、機銃手が目を血走らせながらワイバーンを狙い撃った。
400キロ以上のスピードで、3騎のワイバーンはイラストリアスに向かう。
40ミリポンポン砲や20ミリ機銃、28ミリ4連装機銃がガンガン唸り、無数の機銃弾がワイバーンに吐き出される。
唐突に、1騎のワイバーンがよろめいて、そのまま海面に落下していった。
プリンス・オブ・ウェールズの至近に来た時に、別の1騎が全身を機銃弾に引き裂かれて無数の破片を空中にまき散らす。
578 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 20:45:34 ID:4CUjn9IY0
残った1騎が、高度500で爆弾を投下してきた。
「敵騎爆弾投下!」
見張りの声が艦橋に届くが、スレッド艦長は回避命令を出さない。
「落ち着け、当たらん!」
彼が断言した時、爆弾はイラストリアスを飛び越して左舷側に落下した。
「狙いが甘いな。」
スレッド艦長は冷淡な口調でそう呟いた。
「続けて敵ワイバーン4騎、降下に入りました!」
今度は、4騎のワイバーンが、同じく右舷側からイラストリアスに向かってくる。
各艦から放たれる機銃弾が、死に神の伸ばした手のようにワイバーンに伸びていく。
1騎のワイバーンが、アッパーカットを食らったかのように突き上げられ、空中をひとしきりのたうった後に海面に落下する。
残りは機銃弾をはね除けるようにイラストリアスに接近していく。
「面舵一杯!」
スレッド艦長は高角砲、機銃の喧噪に負けぬ大音声で命じた。
やや間を置いて、イラストリアスの艦首が右に振られ始めた。
イラストリアスまで、あと少しまで迫っていた3騎のワイバーンは、慌てふためいたように爆弾を投下した。
579 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 20:48:52 ID:4CUjn9IY0
3騎のうち、一番右側のワイバーンの御者が、唐突に体をくの字に曲げながら後ろに吹き飛ばされた。
御者を消されたワイバーンに40ミリ弾が集中し、あっという間に顔面や胴体を大口径機関砲弾に粉砕される。
元々、打たれ強い事で評判の良いワイバーンだが、高速で飛んでくる40ミリ機銃弾に耐えられるはずもなく、
一息に抹殺された。
イラストリアスの右舷に、3本の水柱が立ちあがった。
水中爆発の衝撃は、イラストリアスの艦体を叩き、震動させた。
「右舷に至近弾!命中無し!」
スレッド艦長は、ため息をつきながら額の汗をぬぐった。
「危なかった。急回頭を指示しなかったら3発とも食らってたな。」
彼はそう言いつつも、視線を右舷側に戻す。ワイバーン群は、1000メートルの高度から20騎ほど、
3000メートルの高度から10騎余りが輪形陣の中央に向かいつつある。
今は、1000メートル組が対空砲火の盛大な歓迎を受けている。
「まだまだいやがるなぁ」
スレッド艦長は苦々しげに呟いた。
イラストリアスは、その後の暖降下爆撃を何とか凌ぎきった。途中、命中しそうになった時もあった
が、スレッド艦長の巧みな操艦で全弾回避した。
「敵はもう残り少ない。後一息だぞ!」
580 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 20:50:46 ID:4CUjn9IY0
スレッド艦長はそう言って、艦橋要員を叱咤激励するが、その時、
「敵騎、急降下!」
の声が艦橋に響いた。
スレッド艦長は一瞬のうちに、艦橋の外をぐるりと見渡した。
「・・・・まずいな・・・」
艦隊は、連続するワイバーンの猛攻に隊形が乱れていた。
イラストリアスの至近にはプリンス・オブ・ウェールズとドーセットシャーがいるだけで、他の艦とは離れている。
相互支援の取れにくくなった時に、敵ワイバーンは急降下を開始したのだ。
イラストリアスの全火器が、急角度から突っ込んでくるワイバーンに向けて猛然と放たれた。
プリンス・オブ・ウェールズとドーセットシャーも機銃の傘をイラストリアスの上空にかける。
1騎、2騎と、ワイバーンが次々と討ち取られるが、敵は臆することなく急降下を続行する。
敵の4番騎が高度700メートルで爆弾を投下した。
「取り舵一杯!」
スレッド大佐はすかさず指示を下した。
艦首が左に振られ、長大なウェーキが弧を描いていく。
4番騎の爆弾は、イラストリアスの後方右舷側に落下する。続けて6番騎の爆弾が、艦首右舷側に至近弾として着弾した。
ドーン!という轟音がなり、下から突き上げるような衝撃にイラストリアスが震える。
7番騎が投下寸前に機銃弾に落とされたが、8番騎が爆弾を投下した。その爆弾は、左舷側の中央部に至近弾として落下した。
「畜生、敵もなかなかだな!」
581 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 20:52:30 ID:4CUjn9IY0
スレッド大佐が呻くように言ったその時、艦橋の外がピカッと光った。
バァーン!という雷が炸裂するような轟音が辺りを木霊した。突然の轟音に、艦橋に詰めていた皆が聴力を麻痺させた。
聴力が回復する暇もなく、2発目が中央部よりやや前側の一に落下して、けたたましい炸裂音を轟かせた。
11番騎の登弾は外れたが、12番騎の爆弾は中央部よりやや後部にぶち込まれ、盛大に火炎と黒煙を吹き上げた。
「飛行甲板に爆弾3発命中!」
「・・・・くそ!」
スレッド艦長は、内心悔しい気持ちで一杯になった。
1発の被弾もさせぬと、必死に艦を操ったものの、思いは実らず、3発の被弾を喫してしまった。
「暖降下爆撃で疲弊させた時に急降下爆撃で相手をぶちのめす・・・・・その考え、敵ながら天晴れだ。」
スレッド艦長は、意気揚々と対空砲火の射程外に抜けるワイバーンを見据える。
「悔しいが、俺の操艦能力が足りなかったことになるな。」
やがて、飛行甲板上から黒煙が晴れ始める。
3発の直撃弾を受けた飛行甲板は、格納甲板まで被害が及び、空母としての機能を減殺された。
された筈だった。
「しかし、それが通用するのは他の機動部隊だけだ。このイラストリアスには通用せん!」
彼が断言した時、イラストリアスから黒煙が晴れた。
582 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 20:55:01 ID:4CUjn9IY0
直撃弾を受けた飛行甲板は、中央部から後部よりの3ヶ所がやや凹み、焦げ跡が付いていたが、
飛行甲板そのものは無事であり、下の格納甲板には何ら損害は無かった。
ワイバーンは、未だに近くの上空にいるが、彼らがどのような表情で、このイラストリアスを見ているか
判然としなかった。
ワイバーンの空襲は、先の急降下爆撃で沙汰止みとなったが、攻撃隊指揮官の目標である敵空母の無力化は、完全に失敗した。
1482年 7月1日 午後8時 マオンド共和国フェルレンデ
「一体・・・・・・・この被害は何だね?」
遁走中の第26任務部隊に空襲を仕掛けた陸軍第97空中騎士軍の司令官である、ルポード・ウェギ中将は、
目を通していた書面から、この書類を持って来た主任参謀にへと視線を向ける。
「空中騎士軍全体で統計したものですが。」
主任参謀は声音を陰らせながら、言葉を吐き出した。
「これだけの被害を受けて、敵に与えた損害は空母1隻に戦艦1隻に爆弾を命中させたのみ。撃沈艦は?撃破した敵艦は!?」
ウェギ中将は顔を真っ青にしながら、喚くように言う。
第97空中騎士軍は、90騎編成の空中騎士団4個で編成されており、1日未明に、遁走中のアメリカ機動部隊を空襲でもって
撃滅せよと、首都から命じられた。
「これでアメリカ空母を撃沈すれば、アメリカ人共も少しは懲りるだろう。」
583 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 20:57:34 ID:4CUjn9IY0
ウェギ中将は大乗り気で昨敵ワイバーンを発進させ、午前5時に早速、遁走中のアメリカ機動部隊を発見した。
4個の空中騎士団は、時間を分けながら勇躍、出撃したが、待っていたのはアメリカ軍機との激しい空中戦と、
敵機動部隊の猛烈な対空砲火であった。
それに、アメリカ機動部隊は早朝発見したものとは別に、そこから北方100ゼルド付近にも新たに発見された。
4波に分かれた280騎のワイバーンは、3波が発見済みの艦隊へ、残りが新たに発見された艦隊に向かった。
しかし、結果は敵機40機撃墜、空母1、戦艦1中破をさせたのみに留まり、マオンド側はワイバーン112騎喪失
という大損害を受けた。
そして敵艦隊は、午後の空襲もはね除けて、悠々とワイバーンの航続距離外に抜けていった。
そして、第97空中騎士軍は、最終的にワイバーン167騎喪失という大損害を受けて、戦力を半分以上にまで減らされてしまった。
「航続距離ギリギリまでワイバーンを飛ばした事が、被害拡大につながったのかもしれん。
戦果が充分であれば、この犠牲も報われたかも知れぬのに・・・・」
「司令官、報告に上がった竜騎士の中には、いくら爆弾を叩き付けても母艦機能を
維持していた空母がいたと証言しています。」
「何?」
ウェギ中将は顔を上げて主任参謀に問うた。
「君は、爆弾の効かぬ空母がいると言うのかね?」
「そうは言っておりません。ただ、やたらに打たれ強い空母が敵機動部隊の中に混じっていた、と言うことです。
最終的には飛行甲板から黒煙をあげていましたが。」
「その空母の形は?」
「竜騎士の報告では確か・・・・・ワスプ級に似ていたと。」
「ワスプ級・・・・か。おおかた、アメリカは防御力を強化した空母を投入してきたのだろう。
くそ、なんて厄介な代物を。」
584 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 21:00:11 ID:4CUjn9IY0
ウェギ中将はしわがれた声で言った。
「道理で、敵空母撃破の報告が入らぬものだ。爆弾10発を叩き付けても、普通に航行していると聞いておかしいと思った。」
「上層部にはどのように報告なさいますか?」
「そのままでよい。あれこれ戦果を脚色しても、攻撃に当たった竜騎士達から洩れる。それよりかはスパッと報告して
後に備えるだけだ。」
彼はそう言うと、泣き笑いのような笑みを浮かべた。
1482年 7月2日 午前9時
スレッド艦長は、イラストリアスの飛行甲板を見るなり、唸るように呟いた。
「それにしても、500ポンドクラスの爆弾を、11発も受けたのに、イラストリアスは何不自由無く航行している。」
「それもこれも、装甲甲板のおかげですな。」
副長が満足気に言ってきた。
「最後はケチがついたが、今こうして敵の勢力圏を抜けられたのだからよしとしよう。」
そう言うなり、2人は苦笑した。
昨日のマオンド側の空襲は激烈であった。イラストリアスを有するTF26は、実に4波の航空攻撃を受けた。
イラストリアスは、合計で11発の直撃弾を受けた。
1発の爆弾は、艦首の非装甲部分を貫通して格納甲板で炸裂したが、残り10発は装甲部に命中し、装甲板は見事に耐えた。
585 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/26(木) 21:05:10 ID:4CUjn9IY0
被弾の影響で、ソードフィッシュ2機が完全に破壊され、至近弾で高角砲1基、機銃座6丁が使い物にならなくなったが、
応急修理で穴は塞がれ、発着機能は既に回復している。
イラストリアス搭載のシーハリケーン、ワイルドキャットは獅子奮迅の活躍を見せてくれた。
2機のシーハリケーン、1機のワイルドキャットが撃墜されたシーハリケーン3機が修理不能と判断されたが、
敵62機撃墜の戦果を挙げた。
途中で、応援にかけつけたTF23やTF24,25の戦闘機隊もTF26の支援に当たり、TF23が空襲を受けて
戦艦サウスダコタ、重巡ウィチタが損傷したものの、レーフェイル大陸襲撃部隊は、無事にマオンドの勢力圏を抜けた。
大西洋艦隊の全正規空母を投入したリンクショック作戦は、予想以上の大戦果を挙げ、無事に終了したのである。
「それにしても、今回の作戦は、俺達のデビュー戦となった訳だが。どうも次から次へと、災難が降りかかってきたな。
まるで何かに呪われているみたいだ。」
スレッド艦長は感慨深げにそう呟いた。
「きっと、この世界に試されていたんじゃないですかな。」
「試されていた、か。それにしては、相当荒っぽいテストだな。敵の航空部隊はともかく、
敵の水上部隊に襲われるのは、二度とご免だな。」
と、スレッド艦長はため息をついた。
機動部隊は、闇夜の海を、ひたすらノーフォークに向かって航行を続けていた。
夜の心地よい風に気をよくしたスレッド艦長は、久方ぶりに安心した表情を浮かべた。
1482年 7月2日 マオンド共和国広報発表
7月1日、わがマオンド共和国陸海軍は、本領土の近海に展開中であった、アメリカ空母部隊に対し、
果敢なる攻撃を加え、再攻撃を企図していた敵艦隊を本領海から撃退せり。
戦果、アメリカ新大型正規空母1隻大破、同空母1隻中破、新型戦艦3隻中破、
本戦闘を、フェルレンデ沖海戦と呼称する。
598 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/28(土) 17:34:32 ID:4CUjn9IY0
第32話 それぞれの休息
1482年 7月3日 マオンド共和国首都
「ジュー。この被害報告を見て、君はどう思うね?」
マオンド協和国国王ブイーレ・インリクは、首相のジュー・カングに聞いてみた。
「・・・・・・・・」
ジューは何も言わない。
「まあ、何も言わないか。そうだろうな。私とて、すぐに言葉が出ないからな。」
そう言うなり、インリクは重いため息をついた。
災厄は突然やって来た。
6月30日早朝、占領地域の海軍根拠地が、いつの間にか忍び寄ったアメリカ機動部隊の空襲を受けて大損害を被った。
北の占領地ゲンタールクでは、50機以上が来襲し、輸送船5隻が撃沈され、護衛艦3隻が大破した。
その南のエルケンラードでは100機以上の大編隊が来襲し、輸送船13隻、護衛艦3隻が沈没、2隻が大破し、
ワイバーン42騎が離陸する間もなく叩き伏せられ、町中の要所まで機銃掃射を受ける始末だった。
そして、日付が変わる前にグラーズレットが敵の新鋭夜間攻撃機の空襲を受け、戦艦1隻、巡洋艦、哨戒艇1隻を撃沈され、
輸送船1隻が魚雷を食らって大破した。
日付が変わった1日未明には、たまたま東海岸側に回航中であった第2艦隊が敵機動部隊を捕捉し、追い詰めようとしたが、
逆に戦艦2隻、巡洋艦3隻、駆逐艦6隻を撃沈されて撃退され、第2艦隊は壊滅。
599 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/28(土) 17:37:30 ID:4CUjn9IY0
そして、夜が明けてから開始されたワイバーンの反復攻撃は、大損害を受けて失敗し、
攻撃を担当した第97空中騎士軍は戦力を半減された。
アメリカ機動部隊は、何事も無かったかのように悠々と帰還していった。
ボストン沖海戦以来、再び味わった大敗北である。
「こっちにも竜母があれば・・・・建造中の竜母が既に完成していれば!」
インリクは血を吐くような表情で、そう言い放った。
「国王陛下、今後の対応はどうすべきかと思われますか?」
「方針は前と変わらない。沿岸区域の監視を続けて行う。今後は、就役してくる新鋭艦を西海岸防備にあたらせる。
監視艇の数を2倍に増やして、敵に寝首をかかれぬようにするしかない。」
インリクはそう言いながら、玉座から立ちあがった。
「ジュー。シホールアンルは、とんでもない戦上手に喧嘩をふっかけたようだ。敵の動きからして、
私から見ても惚れ惚れとする鮮やかさだ。今後は、失った海軍戦力の充実に取り組みながら、
シホールアンルとの情報交換にも力を入れよう。そうでもしなければ。」
インリクは、背後に掲げられているレーフェイル大陸の地図を眺めた。
「明るい未来は二度とおがめんだろう。」
600 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/28(土) 17:38:25 ID:4CUjn9IY0
1482年 7月4日 シホールアンル帝国首都ウェルバンル 午後2時
「陛下!陛下はどこにおられる!?」
皇帝の住処でもあり、仕事場でもある荘厳な宮殿に、快活な声音が木霊していた。
「侍従長、どうなされました?」
1人のメイドが侍従長に聞いた。
「皇帝陛下がおらんのだよ。ここ数ヶ月ほどは、ずっと宮殿の中におられたのだが。」
「心配に及ばないでしょう。陛下は散歩好きですから、城下町を練り歩いているだけですわ。」
「馬鹿者!この北大陸を統べる大帝国の皇帝がそこらの街に出歩くのはあってはならんことだ!」
侍従長は怒声を発しながら、宮殿の中をどすどすと歩き回った。
「散歩ねぇ。陛下も困った性格してるわね。」
メイドは苦笑しながらそう呟いた。そこで、メイドははっとなった。
「そういえば・・・・・陛下が宮殿から居なくなることは随分久しぶりね。」
侍従長は、またぞろ城下町に出て街娘を口説いているに違いないと確信していた。
601 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/28(土) 17:40:38 ID:4CUjn9IY0
そう思われているシホールアンル帝国皇帝、オールフェス・リリスレイは、
「はあ。」
どこぞで、仰向けに寝転がって、空を見渡していた。
「どうしたもんかねぇ。」
その表情は、どことなく暗い。
「南大陸では戦線が膠着状態。グンリーラ島では未知の新鋭機現る。レーフェイルではアメリカさんの奇襲攻撃。
どうも、悪いことばかり起きまくってるぜ。」
と、深くため息をついた。彼が寝転がっている場所は、宮殿より西に1ゼルド離れた小高い山である。
山のなだらかな斜面は草原となっており、心地よい風が常時流れている。
季節はもう夏なのだが、さほど暑くはない。
「こっちは涼しいが、南は熱いな。」
オールフェスは他人事のような口調で、そう呟いた。
アメリカとの戦争が始まって早7ヵ月以上。最初に立てた予定は、もはや狂いまくっていた。
4月に行われた地上戦では、満を持して開始された攻勢がわずか1日で粉砕された。
ガルクレルフの前線には、見たこともない巨大爆撃機や、高速の戦闘機が飛び回り、前線軍や後方の基地に
定期便のように爆弾の雨を降らせている。
ここ最近は、対処法もつかめてきており、アメリカ軍機の撃墜数は上がっているが、もはやシホールアンル軍に
昔日の強さは無い。
602 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/28(土) 17:45:09 ID:4CUjn9IY0
海軍は一応それなりの活躍を見せてはいるが、グンリーラ島沖海戦では、デヴァステーターに代わる未知の新鋭機によって
貴重な竜母を撃沈破された。
陸でも、空でも、海でも、シホールアンルは負け続けている。
「本当に、どうしたものかねえ。」
同じ言葉を言って、再びため息をついた。
政務が忙し過ぎるときは、散歩したり、この小高い山で寝転がって気分転換をしている。
だが、ここ最近はこの方法でも、思うように気が楽にならない。
「ストレスの溜めすぎだな。」
そう言って、彼は苦笑する。ふと、どこからか気配を感じた。
「誰かな?」
オールフェスはそう言った直後、体を左脇に転がした。
ザクザク!という何かが突き刺さる音が聞こえた。彼は転がる際にそれが何であるかが見えた。
太く、黒光りする鉄の矢。
「く、何で!?」
困惑の様子を敵は浮かべた。オールフェスは、2本の矢を放った相手を見た。
そこには、黒いショートヘアに、上は薄手の赤い半袖、下は長い丈の服を付けた女性がいた。
その手には、クロスボウが握られている。
603 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/28(土) 17:50:36 ID:4CUjn9IY0
「おっ、こいつぁかわいいね。ふむふむ、俺好みのスタイルだ。これなら引く手数多だな。ねえ、お姉さん。
いつもなら一緒に遊んでくれと言うところだが、悪いけど今日は帰ってくれねえかな?」
オールフェスは満面の笑みで暗殺者に問いかけた。
「うるさい!あんたはここで死ぬのよ!」
暗殺者は凶暴な眼つきでオールフェスを睨み、手慣れた手つきで矢をクロスボウに取り付け、構える。
動きからしてかなりの使い手のようだ。
「俺、今ちょっと機嫌悪いんだわ。」
「黙れ!」
暗殺者は容赦なく矢を放った。
クロスボウは2本ずつ矢を同時に放てる。そのうちの1本を放ち、オールフェスを串刺しにするはずだった。
距離は近く、避ける暇は無い。彼女は暗殺は成功したと確信した。だが、
「えっ!?」
オールフェスの姿は消えていた。そのオールフェスは、
「う、あ・・・!」
後ろから女性の手と、顔を後ろから掴んでいた。クロスボウを握っていた手は、後ろに捻られていた。
「いい腕だ。でも、まだまだ甘いね。」
604 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/28(土) 17:55:31 ID:4CUjn9IY0
オールフェスは笑みを浮かべながら、暗殺者に語りかけた。
この時点で、女暗殺者はもう逃げ切れないと悟った。
これまで、血の滲むような訓練を行い、既に何度か仕事をこなしている。
仲間内からは一流といわれていたが、オールフェスの動きは全く見えなかった。その時点で、彼女の敗北は決定している。
「ほほう、こっから見ると、結構いいね。特にその2つの大きい物に目がいってしまうぜ。」
オールフェスは愉快そうな口調で言った。
「く、くそ。私は何も喋らないわ!」
彼女は意を決したように叫んだ。
スパイはなるべく殺さないのが常識であり、知っていることを吐き出すまで自白を強要される。
しかし、彼女はそのための訓練を受けており、口は堅いと自負していた。
「うん、喋らなくて良いよ。」
オールフェスは相当すると、いつの間にか奪い取ったクロスボウを彼女の背中に押しつけた。
暗殺者の表情が青白くなった時、ズグッという何かが突き刺さる音が鳴る。
「あ・・・・は・・・・」
暗殺者は、うつろな視線をゆっくりと下し、2つの膨らみの真ん中から生えた、血の付いた矢を見た。
「さっきも言っただろ?今日は機嫌が悪いって。だからさ、ゆっくり眠ってくれよ。」
605 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/28(土) 17:59:39 ID:4CUjn9IY0
暗殺者は、自分の武器で背中から貫かれたと理解すると、急に意識が薄れた。
頭の中では必死に意識を鮮明にしようともがくのだが、それも徒労に終わった。
オールフェスは、掴んでいた手を離して、暗殺者の体は草原に倒れた。
女性の背中と胸元が、赤みをじわじわと増しつつある。
「全く、こんな下手糞の相手もしなくちゃならんとは。それもこれも、アメリカのせいだな。」
オールフェスは、死体に目もくれずにその場を離れた。
「さて、宮殿に戻ってから、侍従長のありがたいお話でも聞くか。」
自分が乗っている軍艦が、主砲や副砲を雨霰と撃ちまくる。
4基あると言われていた3連装式の主砲は、6〜7秒おきに、連装式の副砲はそれよりも短い間隔で弾を撃ちまくる。
その砲撃を受けている前方の軍艦らしい影も、こちらに砲を向けて発砲する。
次の瞬間、もの凄い水柱が乗っている艦の絃側に立ちあがる。
敵と思われる軍艦は、形からして戦艦に間違いない。
「無理よ・・・・勝てるわけがない・・・・」
フェイレは、甲板でへたりこみながら、空しい抵抗を試みる軍艦に言い放つ。
だが、軍艦はその声を聞くはずもなく、より激しく砲弾を撃ちまくる。
向こうの船の形をした影に、12発の砲弾が降り注ぎ、連装式の砲から放たれる砲弾も次々に影に落ちていく。
影は多量の砲弾に包み込まれ、確実に数発ずつが命中し、破片を飛び散らせるが、応えた様子もなく主砲をぶっ放す。
606 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/28(土) 18:01:00 ID:4CUjn9IY0
もの凄い衝撃と共に、乗っていた軍艦が飛び上がるように感じられる。
だが、軍艦は自艦より口径の大きい巨弾に叩かれようが、退く事無く主砲と副砲を撃ちまくる。
後ろに視線を向けると、この軍艦と同じ形の艦が、全部2基の主砲とその後ろの連装式の副砲を同じように乱射している。
そのずっと後方には、乗っている軍艦とは違う形の船が、炎上しながら右に傾いている。
階段式に3つ積み上げられた連装式の砲は、まだ戦えると言っているかのように砲身を右に向けているが、火を噴く様子はない。
「あっちは重い砲弾でも耐えられるように作っているのに、この艦の軽い砲弾では・・・・・・
話にならないじゃない・・・・・なのに・・・・」
どうして?どうして諦めない?
疑問がわき起こる。ふと、遠くから何かの会話が聞こえる。
「無茶です!戦艦相手に軽巡の豆鉄砲は通用しません!」
その声は、恐怖にわなないていた。だが、
「馬鹿野郎!クリーブランドが敵のへっぽこ弾にやられるか!このクリーブランドとコロンビアが撃ちまくればいずれ・・・・」
目が覚めた。
フェイレは、自分の体が汗をかいていることに気が付いた。
「うわ・・・・」
彼女は顔をしかめながらも、姿勢を起こした。
607 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/28(土) 18:03:30 ID:4CUjn9IY0
ここは山奥の木陰。夜間は涼しいはずなのに、体は汗で濡れている。
だが、なぜか、
「体が、熱い?」
体が熱かった。ふと、風邪でもこじらしたのかと思ったが、違うようだ。
珍しいことに、体の芯が熱かった。おまけに興奮もしているようだ。
「どうして、また。」
ふと、今見た夢を思い出した。場所はどこかの暗い海。フェイレはその暗い海で、船に乗っていた。
船と言っても、異常なほど大砲を積んだ船だった。
おおまかながらも、夢に出てきたその軍艦は、前と後ろに2基ずつの3連装式の主砲を持ち、それだけのみならず、
見ただけでも3基の連装式の副砲を持っていた。
それに、名前もつけられていた。夢にしては、嫌にリアルだ。
「クリーブランド?コロンビア?船の名前のようだけど、これって・・・・・」
フェイレは、前にもリアルな夢を見たことがあった。
それは、自分が住んでいた村が、不可思議な現象に襲われ、村人達が喉を押さえながら次々と倒れ伏していくものだった。
あまりにも現実味を帯びた夢に、フェイレは飛び起きて、凄まじい吐き気と恐怖を感じた。
それは、2週間後に現実のものとなり、フェイレはその後、シホールアンル軍に連れて行かれたが、護送中に脱走した。
その夢と、今さっきの夢はどこか似ていた。
何よりも、まるでそこにいるかのような酷く現実味を帯びていた。だが、
「前とは、違う物もある。」
608 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/28(土) 18:05:19 ID:4CUjn9IY0
フェイレはそう呟きながら、胸元に触れる。心臓は、未だに鼓動が早い。
不思議なことに、彼女は軽い高揚感に見舞われていた。
以前はそのような事は起きず、底知れぬ不安と体の不調に襲われていた。
「まさか、あたしの未来は・・・・・・・」
フェイレは、あの夢の光景はいつか来る自分の未来なのでは?と思いった。
「馬鹿馬鹿しい。きっと、旅の疲れで体のどこかがおかしいんだわ。」
彼女はその思いを振り払って、夢のことは忘れようと思った。
1482年 7月6日 カレアント公国ロゼングラップ 午後4時
誘導路沿いに、B?17は駐機場にゆっくりと入ってくる。
誘導員の指示に従いながら、機長のダン・ブロンクス大尉は慎重に機体を定位置に持ってくる。
機体は無事に、元の駐機位置に着いた。
「よし、これでしまいだ。」
ブロンクス大尉は安心したかのようにそう言い放った。回っていたエンジンが回転を緩め、やがて止まった。
「さて、降りようか。」
ブロンクス大尉は副操縦士のリーネ・カースル中尉に微笑んだ。
609 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/28(土) 18:06:20 ID:4CUjn9IY0
「ええ。任務後のアイスが待ってますぜ。おい、野郎共!先に行ってアイスを確保してこい!」
カースル中尉は後ろに向けて叫ぶと、気合いの入った返事が返ってきた。
「これで17ソーティーか。今日の敵の迎撃は気合いが入っていたな。」
ブロンクス大尉は機体から降りながらカースル中尉に感想を言う。彼も同感ですと、返事する。
「敵さんは足の早いミッチェルには光弾で、こっちには光弾とブレスを混ぜて攻撃してきます。それに、敵の対空砲火も最初と比べて激しくなっています。」
「あいつらも学習してるんだよ。」
ブロンクス大尉は、ぶっきらぼうな口調で言った。
この日、飛行場から発進したB?17爆撃機40機は、護衛のP?38を60機引き連れてシホールアンル軍の後方支援基地を叩いた。
この任務で、B?17の2機が対空砲火で、ワイバーンの襲撃で戦闘機4機に爆撃機2機が撃墜された。
損傷を受けたのはこれの倍以上で、シホールアンル側の防備態勢が格段に強化された事を如実に物語っている。
「ミッチェル隊は1機の喪失のみで済んだようです。」
「ほう。出撃の度に未帰還機を2、3機ずつ出していたのに珍しいな。」
「敵の迎撃が薄い時間を狙ったようですよ。」
「そうか。」
ブロンクス大尉はそう言いながらタバコに火を付けた。
ふと、飛行場の一角、B?25の駐機場のほうで、10数人ほどが宴会のように騒いでいた。
610 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/28(土) 18:07:44 ID:4CUjn9IY0
「その件のミッチェル隊はお祭りのようだ。ちょっくら見てくるか。」
と、機長は副機長を連れて偵察に出た。
近づくなり、1人の若い兵が周りからやっかみをあびせられたり、肩を叩かれている。
「イヤッホウ!トカゲ野郎をハチの巣にしてやったぜ!」
「あの泣き虫リチャードが初撃墜とはな、驚いたもんだぜ。おい、どうやってやっつけたんだ?」
「ああ、シホットのワイバーンが俺達の機を前から襲ってきたんだ。だが、あちらさんの射弾は外れちまって、
ワイバーンは後ろに飛び抜けていった。」
中尉の階級章をつけた機長が説明する。その説明に一同は黙って聞き耳を立てた。
「そしたら、こいつが後ろからバリバリバリ!気が付けばワイバーンは錐もみになって落ちていった。」
「「ヒュゥー、やるぜ!」」
なぜか、皆が言いながら、再びリチャードをもみくちゃにする。
「なるほど、高速で飛び抜けていくワイバーンに命中させるとは、見事な腕前だな。」
ブロンクス大尉はおもむろに口を開いた。何人かが後ろに振り返る。
「ああ、そうさ。って、気を付け!」
中尉が慌てて命じ、全員が直立不動の態勢を取る。
611 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/28(土) 18:09:13 ID:4CUjn9IY0
「おいおい、そう堅くなるなよ。いくら大尉の階級章をつけているからといって、年齢的には君らと近いんだ。
普通に行こうぜ普通に。」
陽気な口調で機長が言うと、ミッチェルの搭乗員達は破顔して頷いた。
「大尉はどの機体に乗って居るんです?」
「B?17さ。愛機の名前はイリス・ブリジットだ。そうだ、君たち、明日は非番かね?」
「ええ、非番です。これからリチャードの初戦果祝いをやろうとしてたんです。」
「そうか。ならイリス・ブリジットの皆と飲まんか?俺のおごりだ。」
「ええ!?良いんですか?」
ミッチェルの搭乗員達が仰天して聞き返した。
「ここにいるメンバー限定ならオーケーだ。俺もそこのリチャードに酒をおごりたくなったよ。
金の心配なら不要だ。1週間前にポーカーで1500ドルを稼いで使い道に困ってたんだ。」
「ワオ、太っ腹だぜ!」
リチャードが素っ頓狂な声をあげると、その声を聞いた皆が爆笑した。
「よし!今夜7時からバーに集合!貴様ら、遅れるんじゃないぞ!」
ブロンクス大尉の言葉に、ミッチェルの搭乗員達は、
「イエッサー!」
と、今まで以上に見事な敬礼で答えた。
その後、ブロンクス大尉らは楽しい夜を過ごしたが、翌日の非番は、飲み会に参加した半数以上の者がベッドで唸る事になった。
629 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/30(月) 14:03:35 ID:4CUjn9IY0
第33話 猛牛の復帰
1482年 7月4日 バルランド王国首都
その日、首都の空模様はどんよりと曇っていた。
その空模様と同じように、ラウス・クレーゲルもまた、体中から暗いオーラを放っていた。
「ハァ、めんどくさい。」
彼はそう呟きながら、書類の束を持ってとある施設に入っていた。
その施設は、彼が所属している、国立魔法研究所の本部であった。
彼は、施設に入るなり、まず何かの衝撃に備えて身構えた。咄嗟に、周囲をきょろきょろと見回し、
「よし、いないな!」
と、なぜか満足したように頷いて受付に向かった。
国立魔法研究所には、魔法使いの他に、軍から出向してくる兵や将校も多い。
バルランド軍は、魔法を使える兵を養成しており、その際のやり方などはこの魔法研究所に協力を仰ぎ、共同で
兵の訓練にあたっている。
最も、ここ最近は魔法研究所内部にも、ある事が流行りだしており、普段軍人や魔法使いで賑わうこの施設も、
今日に限ってはどこか静かであった。
「おはようございまーす。」
彼はのんびりとした口調で受付係りに声を掛けた。
630 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/30(月) 14:05:42 ID:4CUjn9IY0
「おはよう!」
いきなり、受付係りが飛び跳ねるような大声で言い返してきた。
一瞬、彼は驚いたが、その直後には、慌てて逃げようとした。が、
「逃がさないわよ?。」
どこか引き伸ばしたような声が聞こえ、彼の腕に手が力強く掴まれ、逃げることはできなかった。
受付係りはふっふっふっと、不気味な笑みを浮かべてラウスを見据えた。
「お帰り!愛しのラウスちゃん!」
「ちゃんはいらん!」
ラウスは忌々しそうな表情でその受付係りに言い返した。
「あらら、すっかり不良になっちゃって、リエルは悲しいよぅ。」
「妄想はいい。それよりなんでお前がここにいるんだ!?」
ラウスは怪訝な表情で彼女、リエルに問い返した。
「ちょこっと、交換しただけだよー。おーい!ありがとう、もういいよー!」
リエルは奥に向かってそう言うと、着ていた受付係りの服を脱いだ。
緑色の制服の下から、ラウスと似たような服装が現れた。
631 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/30(月) 14:07:37 ID:4CUjn9IY0
「交換って・・・・何のために?」
「あんたを驚かすため、かな?」
彼女はニッコリと笑みを浮かべた。その笑顔で迫られると、どことなく文句が言えにくかった。
「ええい、うっとうしい。大体、こんなイタズラをしてるって事は、お前今暇だろ?」
「うん。」
即答された。彼は思わず顔をしかめる。
「全く・・・・・・これで俺と同等の魔法使いってんだから。世の中どうかしてるぜ。」
ラウスに敬遠されがちの彼女、リエル・フィーミルはラウスと幼馴染みである。
身長はラウスよりやや低いが、顔立ちはそこそこ良い。
髪は紫色のショートで、肌はやや浅黒い。体のバランスは良く、出るところは出て、締まるところはしっかり締まっている。
それでいて、やや筋肉質な体つきである。
明朗闊達な女性であり、バルランドでも有数の魔道士である。
本来なら、彼女もアメリカ合衆国召喚に参加するはずだった。
だが、リエルは明るすぎる性格が災いして、召喚メンバーの座をラウスに取られてしまった。
あろうことか、そのラウスは、
「お前なら、すぐにお呼びが来るぜ。」
と、リエルを応援していたのだ。
その応援した人物がメンバーに引っ張られるとは、世の中はなんと皮肉であろうか。
632 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/30(月) 14:10:55 ID:4CUjn9IY0
「あたしもどうかしてるよー!」
と、リエルは彼の耳元で叫んだ。
「おい!大声出すなって!」
「元気があたしの取り柄だからねぇ。出すなって言われたら余計にだしちゃうよ?」
と、目を輝かせながら彼に言う。
「全く、そんな性格だからお前は落ちてしまって、」
いきなり、首に腕がからみついた。リエルがいつの間にか背後に回って、首を絞める態勢を整えていた。
「じゃあ、あんたも落ちてみる?」
彼女は笑いながら、腕に力を入れていく。どうやら、まだ根に持っているようだ。
「俺を恨むのはお門違いだぜ。選んだのは上の連ちゅ、ぐえ・・・・」
言葉を続けたラウスは、首を絞められて気を失った。
それから5分後、
「馬鹿野郎が、いくら何でも、本当に首を絞めることはないだろう。」
彼にしては珍しく、怒気のこもった口調でリエルを詰問する。
633 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/30(月) 14:13:27 ID:4CUjn9IY0
「あそこで謝れば、あたしも寛大な処置で済ましたのに。」
「人の首に腕を巻き付けている時点で、寛大もへったくれもないと思うけどな。」
と、彼はため息をついた。彼は5秒ほど気絶したあと、意識を取り戻した。
その後、彼はリエルと共に局長の部屋に移動している。
「それにしても、こうして会うのは久しぶりだねえ。何年会ってなかった?」
「2年以上は会ってないな。この2年ほどは、色々充実していたぜ。面白い人にも会ったからな。」
「へえ?。そういえば、アメリカはどうだった?」
「アメリカか・・・・・・・・」
ラウスは、アメリカを視察した時の記憶を探った。しばらく考えてから、彼は答えた。
「ハッキリ言って、凄い。この世界とは大違いだね。港湾地域を埋め尽くす建造ドックとか、
町中をしこたま走る車とか。俺達の培ってきた魔法技術が一瞬、子供のおもちゃみたいに感じられたぜ。」
「あら、極端な物言いね。」
リエルがむっとした表情で言う。最後の一言が気にくわなかったようだ。
彼女も、自身の魔法技術に磨きをかけるために、日々研究を行っている。
その日々の努力を否定されたように感じたのかもしれない。
「いや、別に今まで俺達がやって来た事を否定している訳じゃない。でも、お前だってアメリカに行けば分かるよ。
あの国がどんな物か。いや、お前だけじゃなく、首都や自分の領地にふんぞり返っている貴族連中達にも、
あの国は見てもらいたい。」
「どれほど凄いのか、自分にはさっぱりなんだけど。」
リエルは呆けたような表情になる。
634 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/30(月) 14:18:56 ID:4CUjn9IY0
「でも、あまり脚色しては駄目よ?ラウスは普段めんどくさ?い、めんどくさ?いとか言って、
たまに変な夢想を言う時があるから、ちょっと信用できないわねぇ。」
「暇を見つけては人にイタズラをしてる奴が言うか。俺にイタズラしようと考えている暇があったら、
アメリカに行って煙突の数でも数えて来いよ。お前の性格の治療にもなるぜ。」
と言い終えた時、肩にがしっと、リエルの手が掴まれる。
「なるほどね・・・・・とりあえず謝ってくれる?」
「ごめんなさい。」
これ以上気を失いたくないので、ラウスは謝ることにした。
リエルは時折、頭のネジが外れているような事を言うと思えば、いきなり邪悪な笑みを浮かべて謝罪を
要求する。
幼少のころからの馴染みであるラウスは、彼女が頻繁に恋人を変えていくのもこの訳の分からん性格が
原因なのだろうと、確信している。
報告は30分ほどで終わり、ラウスは局長室から出てきた。局長室から出るなり、彼は周囲の確認を
「お疲れさん、愛しのラウスクン。」
する必要はなくなった。歌うような言葉を発したのは、リエルだった。
「だから、それはやめてくれ。で、俺に何か用でも?」
「今日は予定ある?」
「いや、無い。報告だけさ。」
635 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/30(月) 14:21:13 ID:4CUjn9IY0
「じゃあ、久しぶりにやる?」
リエルは、拳をあげながら聞いてきた。
ラウス少しの間考えた。
リエルとは幼少の頃からの知り合いだが、彼女と付き合う遊び事にはいつもトラブルが舞い込んできた。
その事から、ラウスは彼女のことをやや敬遠していた。
友人という関係には替わりはないが、別の友人とリエルと、どちらかと遊ぶ時は、リエルを選ぶことはない。
しかし、ラウスとしてはこの間の借りを帰してやろうと、前々から思っていたので、
どうせなら付き合ってやるかと思った。
「いいぜ。俺も体がなまっていたからね。この間は君に叩きのめされたし。」
「あんたが本気で腹に拳を打ってきたから、ちょっとカッとなってね。」
リエルは悪びれた様子もなく、ニカッと笑う。
「ようし、めんどくさいが、付き合ってやるか。」
「あっ、出た、いつものめんどくさい!」
「いいんだよ。これが俺の地なんだから。」
ラウスはそう言いながら、リエルと共に施設を後にした。
「そう言えば、建物の中は嫌に静かだったな。」
「ああ、あれには訳があるのよ。ここ最近、魔法使いや軍の中で、アメリカに留学するっていう人が
続々と出てきているのよ。中でも軍人のアメリカ留学応募がちょっと多めみたい。」
「アメリカ留学か・・・・開戦以来、暴れ回ったからなあ。」
「あんたも、確かアメリカ艦隊に連絡役で乗り組んでいたそうね。」
「そうだよ。俺は上の命令で、第16任務部隊所属のエンタープライズに乗っていたんだ。
去年のレアルタ島沖海戦から、グンリーラ島海戦までの間、半年ぐらい乗っていたな。
任務部隊の司令部幕僚とも顔馴染みになったし。」
636 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/30(月) 14:24:13 ID:4CUjn9IY0
アメリカの参戦以来、バルランド国民は誰もが、アメリカを頼れる国だと思っている。
そんな中、バルランド軍の上層部では、レアルタ島沖海戦以来、獅子奮迅の活躍をしてきたアメリカ軍から学ぼうと、
アメリカ側に留学生の派遣を頼み込んだ。
最初、アメリカ側は渋っていたが、バルランドを初めとする南大陸側の熱意に根負けして、5月に、了承の回答を南大陸側に伝えた。
6月、バルランド王国は留学生の募集を行った。
その結果、定員の10倍を越える将兵や魔法使いが応募しており、上層部では定員を増やすなどして対応しているという。
「つい最近も、マオンドのいるレーフェイル大陸で、何かしらの大作戦をやったみたいね。本当、いい装備を持った
軍隊はどこに行っても敵なしねぇ。」
と、リエルは羨ましそうに呟いた。
その一方でラウスは、真剣な表情でリエルに言い返す。
「確かに連戦連勝だけど、アメリカ側も無傷で過ごせた戦いは無いんだな、これが。」
そう言って、ラウスは左腕の袖を巻き上げた。
「・・・あっ・・・」
リエルは思わず声を上げた。ラウスの腕には、痛々しい傷跡が残されていた。
「グンリーラ島海戦の時にね、シホールアンル側のワイバーンが、俺の乗っていたエンタープライズに
爆弾をぶち込んだ。これは、その時に受けた傷だよ。」
そう言いながら、ラウスは袖を元に戻した。
637 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/30(月) 14:29:07 ID:4CUjn9IY0
「あの海戦で、シホールアンルの艦隊は撃退されたけど、エンタープライズは大破し、護衛艦も1隻沈んでいる。
エンタープライズは損傷が酷くて、今も修理中だよ。」
「シホールアンルって、軍自体も精強揃いだから、いくら装備のいいアメリカとはいえ、損害をゼロには抑えきれないのね。」
「そうさ。勝つことは簡単だ。だが、難しいのは損害を軽くすること。戦いでは、勝つことよりも、損害をいかに軽くし、
後の戦いに備えられるか。それがこの戦争の勝敗を決定する。要するに、いくら勝利できても、味方もメタクソにやられたんじゃ
ヤバイって事かな。」
なぜか、リエルが目を丸くしてラウスを見つめていた。
「最も、この言葉はスプルーアンス提督の受け売りだけどね。」
「なあんだ。つまんないの。」
「はぁ?つまんない?」
「てっきりラウスが珍しい事いうなあと思ってたのに。でも、その人の言っていることはアタリね。」
そこでリエルは言葉を区切った。何かを思いだした彼女は、目を細めてから言葉を続けた。
「ちなみに、そのスプルーアンスって人。とある人達からは結構人気があるわよ。」
「人気?どうしてまた。」
リエルは、意味ありげな笑みを浮かべて、質問に答えた。
「原因は、1カ月以上前の祝賀パーティーね。」
638 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/30(月) 14:30:15 ID:4CUjn9IY0
7月8日 バルランド王国ヴィルフレイング 午後1時
「やあ、レイ。久しぶりだなあ!」
ウィリアム・ハルゼーは、入室してきた人物、レイモンド・スプルーアンス少将を見るなり、破顔して迎えた。
「元気そうだな、ビル。」
「ああ。まだ直りきっていないが、この通りさ。」
ハルゼーは嬉しそうな表情で両腕を見つめた。
既に、体中を覆っていた発疹は既に無くなっており、軍医長からはあと3日で退院できると言われていた。
「司令長官閣下のおかげで、あと3日もすれば艦隊に帰れるぜ。」
「嬉しそうだな君は。」
「当たり前さ。海軍軍人は船に乗ってこその軍人だ。病院で船を眺めているだけじゃあ、陸のカッパも良いところだ。」
「同感だな。とは言っても、君のエンタープライズは、まだサンディエゴのドックだ。修理にはあと3週間かかるようだ。
ビル、君の母艦を傷つけて、申し訳ないと思っている。」
スプルーアンスは申し訳なさそうに、ハルゼーに謝罪した。
「なあに、気にしとらんよ。君は母艦をここまで帰ってこらしたんだ。それに、ウチのボーイズ達も
シホットの機動部隊を叩きのめしている。それだけで俺は満足だ。」
ハルゼーはベッドから姿勢を起こし、用意していた自分とスプルーアンスのコップに水を入れた。
639 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/30(月) 14:32:31 ID:4CUjn9IY0
「遅れたが、君の南太平洋部隊参謀長への栄転と、俺の退院祝いに乾杯と行こう。
ただの水だが、今日はこれで我慢だ。」
と、互いに苦笑しながら水をあおった。
スプルーアンスは、グンリーラ島沖海戦の時以来、事後処理や、南太平洋部隊司令部の雑事などで
多忙な日々を送っており、しばらくはハルゼーとも顔を合わせる機会がなかった。
ここ最近は、司令部の仕事がやっと一段落したため、スプルーアンスはニミッツの許可を得て、
ハルゼーを見舞ったのである。
「レイ、南太平洋部隊の仕事はどうだい?」
「充実しているよ。ニミッツ司令官は出来る人だ。切り替えが早いし、洞察眼に長けている。
元々、航海局長という難仕事をやってい人だから、この南太平洋部隊の仕事もテキパキこなしているよ。」
「ニミッツは確かに出来る人だからな。それだけに、兵や下士官連中にも受けが良い。
南大陸側との軍人とも上手くやっているようだし、パイの後釜にして正解だったな。」
「ああ。」
スプルーアンスは深く頷いた。
「所で、君の方はどうだい?君は陸上勤務が意外と苦手らしいが。」
「そこはそこでしっかりやっているよ。面倒と思うのは前から変わらないが、参謀長という役職を
任されたからには頑張るさ。懸念事項が一つ消えれば、仕事もより楽しくできるんだが。」
と言うと、彼は苦笑した。
「懸念事項?ああ、あの事か。もはや太平洋艦隊ではその事であちこちから噂されているぞ。」
640 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/30(月) 14:36:12 ID:4CUjn9IY0
「いい迷惑だよ。私はマーガレットの手紙以外読もうとも思わない。」
そう言って、スプルーアンスはため息をついた。
スプルーアンスは、6月の23日に、ニミッツ中将を補佐する、南太平洋部隊参謀長に抜擢された。
いつもは地上勤務を嫌がるスプルーアンスだが、この時ばかりは自己研鑽に励もうと思い、参謀長就任を受け入れた。
しかし、それを見計らったかのように、6月の25日以来、ヴィルフレイングの南太平洋部隊司令部に、
連日いくつもの手紙がスプルーアンスに届けられた。
その手紙は、いずれもバルランドの有力貴族達の娘が書いたものであった。
スプルーアンスはグンリーラ島撤収作戦成功を祝って、開催された祝賀パーティーの際、貴族の娘達の誘いを断って
いつもの通りに帰って眠った。
スプルーアンスとしてはいつも通りの行動を取っただけだが、それがまずかった。
その結果、断った娘達を退かすどころか、より一層闘争心をかき立てる結果になり、今や、スプルーアンスを誰が
早く落とせるかで、貴族達の間ではその噂で持ちきりのようだ。
ちなみに、手紙を送られた当のスプルーアンスは、最初に送られた手紙は読むこともなくゴミ箱に放り込み、
「以降、あちらさんからの手紙は全て破棄するように。」
と従兵に命じ、娘達のラブコールはスプルーアンスの心を開くどころか、より一層堅くしてしまった。
その事に気付かぬ娘達は、今も無駄な紙を消費していることであろう。
「なあビル。南太平洋部隊司令部に、訳のわからん娘が押し掛けてきたら、ドーントレスの後ろに乗せて楽しませてくれんか?」
「いいぜ。飛行機の面白さをたっぷりと、ゲップが出るまで教えてやるさ。」
ハルゼーがそう言うと、互いに笑い合った。
「しかし、貴族連中の色恋沙汰に巻き込まれるとは、私もどうしたものかな。」
641 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/30(月) 14:38:38 ID:4CUjn9IY0
「君はおかしくないさ。おかしいのはあちらさんだ。何しろ、貴族って連中は普段は大層暇で、一番好きなのは
恋がらみの噂らしい。これはラウス君のから聞いた話だがね。」
「と、すると。私は噂に飢えていた貴族連中の餌食になったわけか。全く、困った物だな。」
「なあに、連中と顔を合わさなければいいだろう。そう気に持つこともない。」
「まっ、そうだな。」
したり顔でスプルーアンスは頷く。
「所で、他に変わった所はないか?」
「変わった所・・・・か。」
スプルーアンスはしばし沈黙する。そして、思い出したように言った。
「旧式戦艦のテネシーとカリフォルニアが、本国で改装を受けるために、明後日ヴィルフレイングから出港する。
それから戦艦のネヴァダとオクラホマも同様だな。これで戦艦戦力に穴が空くことになるが、その埋め合わせとして、
新鋭戦艦が2隻ほど、太平洋に回航されるようだ。その2隻というのが、ワシントンとサウスダコタだ。」
「ほう、ワシントンのみではなく、サウスダコタまでもか。」
ハルゼーはやや驚いた口調で返事する。
「そうだ。他にも、新鋭の軽巡サンファンと、10月初めにはクリーブランド級軽巡も回ってくるらしい。」
「本国もかなり気前が良いな。しかし、マオンドに対する備えはどうなるんだ?」
「その点については心配ない。マオンドはこの間の作戦で少なからぬ主力艦や輸送船を失っている。
マオンドは相変わらずレーフェイルに引っ込んだままだ。そこで、本国はより脅威度の高いシホールアンルに
備えるために、新鋭艦を段階的に太平洋に回すことにしたようだ。」
642 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/30(月) 14:41:26 ID:4CUjn9IY0
「空母はどうなっている?」
ハルゼーは一番気掛かりな事を聞いてみる。それにスプルーアンスは淀みなく答える。
「空母も、42年末までにはワスプ、ホーネット、レンジャーの3空母が太平洋に回される。
来年の4月には、新鋭空母のエセックス級も回してくれようだから、シホールアンルに対する備えは
より一層強化されるだろう。」
「ヒュウ、持つべき物は、物わかりの良い祖国だな。」
ハルゼーは口笛鳴らしながら、満足気に言った。
「後は、シホールアンル側の動向が気がかりなのだが、シホールアンルはカレアントの航空戦以外に目立った動きを
見せていない。私としては、そこが気になる。」
「シホット共は、うち続く敗北に怖じ気ついたのさ。」
「怖じ気ついた、か。そうでればいいが。」
スプルーアンスはどこか引っ掛かるような気持ちが内心に芽生えている。
「何はともあれ、今はやることをやるだけだな。3週間後にはエンタープライズも戻ってくる。
さて、戻ったら再びボーイズ達を鍛えなきゃならんな。」
と、彼はスプルーアンスの気掛かりを感じる事も無く、早くも、来るべき戦線復帰に胸を躍らせていた。