393 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/03/24(土) 18:50:59 ID:4CUjn9IY0
第26話 祝賀パーティー
1482年 6月1日 ヴィルフレイング
第16任務部隊司令官である、レイモンド・スプルーアンス少将は、参謀長のブローニング大佐と共に、
ヴィルフレイングの司令部に出頭していた。
彼らを呼び寄せたのは、未だにヴィルフレイングにいたキンメル司令長官である。
「ふむ。これで、貴重な戦訓を得ることが出来たな。ご苦労だった。」
キンメルは、渡された戦闘詳報に一通り目を通してから、2人にねぎらいの言葉を掛けた。
「予想外の敵機動部隊出撃という、最悪の事態になっても、よくぞ敵を撃破してくれたな。私も鼻が高いよ。」
「少なくない犠牲は払わされましたが。」
キンメルに対して、スプルーアンスはそう返答する。
「エンタープライズが大破されたのは痛いが、それを含めても、今作戦の成果は大きい。戦術的にも、戦略的にもな。
まあ、シホールアンル側の機動部隊がかなりの精強揃いと言う事が判明した事も、あの海戦で得た物は大きい。」
史上初となった、竜母対空母の戦いで、アメリカは確かに勝った。
しかし、あの海戦で、スプルーアンスの第16任務部隊は、駆逐艦ファラガットが撃沈され、軽巡のホノルルも損傷し、
主役たるエンタープライズは飛行甲板を叩き潰され、修理に最低3ヶ月は必要であると戦闘詳報に書かれている。
シホールアンル側は、陸上支援のみならず、対機動部隊戦闘においても、アメリカ海軍の機動部隊に勝るとも劣らぬ
実力を有している事が、あの海戦ではっきり示されている。
この事は、太平洋艦隊司令部のみならず、本国の上層部を唸らせ、今後勢力を増すであろうシホールアンル機動部隊に
対抗すべく、建造中のエセックス級正規空母や、インディペンデンス級軽空母の建造ペースを上げる事にした。
394 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/03/24(土) 18:54:19 ID:4CUjn9IY0
「新鋭空母が就役するまで、現存の空母は無闇に消耗できませんな。」
「全くだ。勝ったとは言え、シホールアンルと言う奴らは頭痛の種ばかりを残していくものだ。」
キンメルは苦笑しながらそうぼやいた。
「とりあえず、グンリーラ沖海戦の詳細は確かに受け取った。今後は空母戦闘においてどうやったら被害を軽減でき、
どうやれば敵に大ダメージを与えられるか、後々検討して行こう。」
キンメルはこれで終わりとばかりに、読んでいた戦闘詳報を机に置いた。
「さて、これで今日は終わりだ、と言いたかった所だが、実はもう少し話がある。」
「話し、でありますか?」
「そうだ。今回の海戦に関係する話だが。」
スプルーアンスは首を捻った。グンリーラ海戦の詳細は、既に報告書として渡したし、口頭でも詳しく説明した。
海戦の一部始終はほとんど聞いたはずなのに、何を聞くのだろうか?
「実はな、バルランド側から作戦成功を祝って、首都で祝賀パーティーを開くと我々に伝えてきた。
その祝賀パーティーに、君とニュートンも招待されているのだ。」
「祝賀パーティーですって?」
スプルーアンスは異界の言語を耳にした、というような感じに見舞われた。
「ああ。主催者はバルランド王室と有力貴族の方々だ。」
「長官、私は少々賛同しかねますな。」
スプルーアンスは怜悧な表情で言い放った。
395 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/03/24(土) 18:57:54 ID:4CUjn9IY0
「カレアントの前線では、友軍が常に敵と対峙して、いつ死ぬか分からぬ緊張を強いられているのです。
それに、今回の海戦で我が海軍も少なからぬ犠牲を出しているのですよ?武運つたなく逝ってしまった将兵が居るのに、
首都でパーティーですと?どうも納得できません。」
「まあ、レイ。君の気持ちも分かるのだが、今回はキング作戦部長もパーティーに参加城と言って来ている。
それに、ヴォイゼ国王はどうか分からんが、この国の貴族連中は、プライドが高い奴が多い。それだけに、
国粋主義者も少なからぬ混じっている。我々がパーティーの誘いを断ったら、奴らは自分達の国を馬鹿にしているとか
言い出しかねん。」
「何を言うのです。今は非常時ですよ。こう着状態にあるとはいえ、シホールアンルの地上部隊や残存の艦隊が
大攻勢に出てもおかしくはありません。誘いを断ったら馬鹿にするなんて、今は・・・・・」
スプルーアンスは言いかけてはっとなった。
「・・・・中世・・・・なのだよ。レイ。確かにこの世界は変わっているが、本質的には中世と似たり寄ったりだ。
だから、現世界に居た時とはやり方も異なって来る。」
「と、なると。我々も、やり方を少し変えねばならぬと言うことですな?」
それまで話を聞いていたブローニング大佐が言う。その言葉に、キンメルは頷いた。
「バルランドは、南大陸連合のリーダー的な国家だ。ヴォイゼ国王は賢明な指導者だが、その周りにいる
貴族連中が厄介でな。色々問題を起こしているようだ。そんな馬鹿野郎に限って大臣の仕事をやっているから、
ヴォイゼ陛下もおいおいと処断できんらしい。それに、バルランドとの関係が悪くなれば、後々の戦争遂行にも支障が出る。
レイ、戦争をやりやすくするためには、その貴族連中を“あやしながら”やるしかないのだよ。」
「あやしながら、ですか。名言ですな。」
スプルーアンスは少し皮肉ったような口調で言う。
396 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/03/24(土) 19:00:55 ID:4CUjn9IY0
「最も、最後の一言は大統領閣下がキング部長に言った言葉を、私が盗んだ物だがね。」
キンメルはニヤリと笑みを浮かべた。
「いずれにしろ、国と国の付き合いも、大変なものですな。」
「その通りだ。それはともかく、パーティーには出ねばならんよ。私も行きたくは無いのだが、
仕事だと割り切って行くさ。」
「それで、作戦はいつごろですかな?」
ブローニング大佐は陽気な口調で質問した。
ブローニング本人はストレスの溜まるパーティーには出ないため、気が楽なのであろう。、
「6月4日だ。本国からは休日のつもりで行って来いと言われたが、首都にうごめくモンスター達に
会うとなると、休日出勤しに行くような物だな。」
その言葉に、プルーアンスとブローニングは思わず苦笑した。
6月4日 午後8時 バルランド王国首都オールレイング
それから3日後、椅子に座りながら、その祝賀パーティーを見つめていたスプルーアンス少将は、内心不満であった。
祝賀パーティーはオールレイングの王国宮殿で行われた。
パーティー会場には、ヴォイゼ国王や各官庁の大臣が出席し、アメリカ側は太平洋艦隊司令部の幕僚と、
TF15司令官のニュートン少将と、TF16司令官のスプルーアンスが招かれた。
最初、スプルーアンスは緊張していた。
ヴォイゼ国王は何度か、新聞の写真で見た事はあるが生で見るのは初めてだ。
397 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/03/24(土) 19:05:41 ID:4CUjn9IY0
そのヴォイゼ国王の第一印象は、苦労人という言葉に尽きた。
だが、驚くのはそれからである。ヴォイゼ国王は玉座に座るなり、
「今回の作戦成功の立役者である、スプルーアンス提督、並びにニュートン提督に、バルランド名誉騎士章の称号を授ける。」
と言い出したのだ。こればかりは、冷静沈着で通っている彼も仰天した。
言われるがままに、スプルーアンスとニュートンは、ヴォイゼ国王に何やら精巧に出来た勲章のような物を授与され、
そして、装飾の付いた長剣までも渡された。
その後の談義で、スプルーアンスはヴォイゼに聞いたのだが、勲章と長剣は、戦場で著しい戦功を立てた者に送られる物であり、
勲章は名誉騎士章という名で、長剣はバルランドでも精鋭中の精鋭と言われるヴリンク・ナイツ師団の騎士が使う物と
同じ物で、それだけに値も馬鹿にならないのだと言う。
それを聞いたスプルーアンスとニュートンは驚き、それでいてどこか複雑な思いが芽生えた。
そして1時間経った。
宮殿のパーティー会場には、正装に身を包んだ男性や、きらびやかで、眼を引くようなドレスに身を包んだ
女性があちこちで酒を飲み交わしたり、大広間でダンスを踊っている。
一生に一度しかお目にかかれないような華やかな光景であり、普通の人なら手の空いている男や女を引っ掛けて遊んで
やりたいと思うであろう。
だが、スプルーアンスとしてはどうも遊ぶ気持ちにはなれなかった。
「スプルーアンス提督。どうです?」
隣に座っていたマックモリス大佐が声をかけてきた。酒を飲んでいるのか、少し顔が赤い。
「リラックスしているよ。表面上はね。」
彼はいつもに増して、棒読み口調で返事した。
398 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/03/24(土) 19:06:28 ID:4CUjn9IY0
「提督、分かりますか?」
「何がだね?」
「先ほどから注目の的ですよ。」
「それの事か。私には本国で待っている人が居るのでな。今日はこのまま時を過ごしたいのだよ。」
スプルーアンスも分かっていた。
実を言うと、国王との談義が終わって彼が椅子に座ってからしばらくして、若い女性がちらちらと見ている。
女性達は今の所、スプルーアンスに声を掛けようとはしていないが、いずれにせよ、誘いに来るのは目に見えていた。
「あの娘達と、一緒にダンスを送るのもいいのでは?ストレスも発散されますよ。」
「ミスターマックモリス。どうせ政略結婚とか、ろくでもない事を考えているのが関の山だよ。
私の一番やりたいことは何だと思うかね?」
スプルーアンスは人差し指をあげてマックモリスに質問した。
「読書、ですか?」
「外れだな。私が一番やりたいのは、散歩だよ。散歩はいいぞ。何もかも忘れて歩く事に専念できる。」
いつもは無表情な彼が、目を活き活きとさせながら言った。
(この人が、他人を困惑させた程の散歩好きというのは本当だな)
内心、マックモリスはそう思った。スプルーアンスは、過去に部下達が休日の誘いを行ったところ、
「私が好きなのは散歩だね」
と言って困惑させた事があった。
その事は海軍中に知れ渡って、スプルーアンスと付き合うならよほどの散歩好きでなければならないとまで言われた。
399 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/03/24(土) 19:11:58 ID:4CUjn9IY0
マックモリスは何を大げさな、と思い、兵達の話すガセネタが大きくなって広まったのだろうとしか見ていなかった。
だが、その事は、今のスプルーアンスの言葉で確実に覆された。
(この人の参謀になったら、どんな出来事にあうのだろうか・・・・)
マックモリスはやや不安げな気持ちで考え始めた。
「すみません。1曲、よろしいでしょうか?」
不意に、甘いながらも、どこか芯の通った声音が耳に入った。
マックモリスとスプルーアンスは声のした方向に顔を向けた。
そこには、他と比べて、やや露出の少ないドレスに身を包んだ女性がいた。
「私ですかな?それとも、彼ですかな?」
「グンリーラの英雄である、貴方にお願いしたいのですが。」
その女性は、よく見ると肌が褐色で耳が長い。ダークエルフである。
「提督、ご指名ですぞ。」
「う〜む・・・・・・」
スプルーアンスはやや戸惑った。心の内では、断ろうかと思った彼だが、実際に声をかけられると心が揺らぐ。
「では、1曲だけ。踊りはいまいち分かりませんが。」
「大丈夫です。簡単な動作ですからすぐに分かりますよ。」
「・・・分かりました。では、ご教授願います。」
スプルーアンスは苦笑しながら、そのダークエルフの女性と踊る事にした。
400 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/03/24(土) 19:13:17 ID:4CUjn9IY0
よくよく見ると、顔はエルフ特有の端整さで、どこかあどけない感じはあるが美麗だ。
身長は177センチぐらいあるだろうか。
スタイルは良く、特に張った胸元は若い男なら誰でも目を引くものであろう。
(美人だな)
スプルーアンスは、どこか冷めた感情でそう思った。美人ではあるが、既に妻子持ちの彼にとってはどうでも良い事である。
やがて、この国特有の楽器が、程よい音色を弾き出し、スプルーアンスはそのダークエルフの女性と共に踊る。
「なかなかお上手です。もしかして、若い頃に踊りの心得があるので?」
「いえ、初めてですよ。私は若い頃からずっと海軍一筋でしたよ。」
「何年になります?」
「かれこれ30年以上になりますな。」
「そんなに。なかなか粘り強いです事。」
「まあ、元々、私は軍隊というものが大嫌いでしたが、どうしてか、ずるずると居続けて、今に至るのですよ。」
「それでもご立派ですわ。ずるずると居続けたという事は、逆に言えば、あなたは粘り強い性格の持ち主なのですよ。そして、それはあなたの身になりました。」
「確かに。」
スプルーアンスは、彼女の言葉に苦笑した。
そのダークエルフとの踊りは、短い時間ではあったが、つまらなくもなかった。
曲が終わると、2人は会った場所に戻って来た。
「提督、お付き合いいただいてありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ。そういえば、名前をお聞きしていませんでしたな。」
「はっ、失礼しました。私はベレイス。ベレイス・ヒューリックと申します。」
「ヒューリックさんですね。覚えておきましょう。」
「恐縮です。あっ、自分は予定がありますので、これで失礼を。」
401 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/03/24(土) 19:15:18 ID:4CUjn9IY0
ヒューリックと名乗ったダークエルフの女性は、恭しく一礼すると、その場を去って行った。
「提督。貴族界に見事、デビューを飾りましたな。」
「ミスターマックモリス。これはただの付き合いだよ。今の光景は、マーガレットには見せられんな。」
スプルーアンスは苦笑しながら言った。
「それよりも、ベレイスとか言ったか。あのダークエルフの女性、ただ者ではないな。」
「ただ者ではない、ですか?一見普通の女性に見えますが。」
「私も最初、そう思ったんだが、腑に落ちない点がいくつかある。第1に、彼女の筋肉だが、普通の女性と違って
意外に鍛えられている。第2に、胸元に見えた傷跡だ。私が気になるのは傷跡だが、あれは普通の人なら死ぬかどうかの
重傷だっただろう。それ以外は、普通の女の人に見えたが・・・・」
「提督も、見るところは見ておられますな。」
「誤解しないでくれ。踊りの最中、嫌でも目に付いてしまうのだ。まっ、なんとも思わなかった自分に感謝するがね。」
その時、ヴォイゼ国王が彼の元に歩み寄って来た。
「提督、パーティーを楽しんでおられるようですね。」
「これは国王陛下。ええ、楽しんでおります。先ほど、ミスリアルの女性の方と、ひとしきり踊りを楽しみました。」
「なかなか筋が良かったですよ。所で提督、先ほどの女性、何者であるか分かりますかな?」
ヴォイゼ国王は人の悪い笑みを浮かべながら、スプルーアンスに問うた。
「一目で見て、判断するのは早計ですが。ミスリアルの有力貴族の娘さんですかな?」
「当たらずも遠からずですな。彼女は、ミスリアル王国の第4皇女ですよ。」
「なっ!?」
スプルーアンスとマックモリスは仰天した。
402 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/03/24(土) 19:18:33 ID:4CUjn9IY0
スプルーアンスと踊った相手は、あろうことか、ミスリアル王国の皇女なのだ!
「つまり、私はお姫様と踊ったと言う事ですね。」
「その通りですな。しかし、彼女にお姫様という言葉が似合うかどうか。」
ヴォイゼは苦笑しながらそう言う。それに、マックモリスが食いついた。
「それは、どういう事でしょうか?」
「まあ・・・・一言で言えば、彼女は血生臭い姫様ですかな。」
「血生臭い、ですと?」
「ええ。実は彼女、皇族ではあるのですが、ミスリアル王国のスパイ組織の長なのです。あなた方の艦隊に送る
情報のうち、何件かは彼女のスパイ機関のものも含まれています。」
「スパイ機関と言うと・・・・別に情報を取るだけでありますから、血生臭いと言う事にはならないのでは?」
スプルーアンスが疑問を投げかけた。
普通、スパイというのは、荒事を起こさぬよう慎重に行動し、情報を味方に送る役目を担う、というのがスプルーアンスのイメージである。
だが、それは違っていた。
「それもあるのですが、敵のスパイや工作員の捕縛、抹殺。あるいは敵に加担する不満分子の処理という
物も担っているのです。時には、荒事も大々的に行う時があるのですよ。彼女自身、敵の工作員殲滅に陣頭指揮を
取った事も1度や2度ではないようです。」
「なるほど・・・・」
スプルーアンスが、ベレイスに抱いた違和感はこれであった。
「やり方が激しい物で、一部の者には吸血鬼とまで言われているようです。」
403 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/03/24(土) 19:20:39 ID:4CUjn9IY0
「時には、汚い裏仕事もやるお姫様・・・・か。表舞台で、各艦隊の動向を考える事だけが、戦争ではないと言う事か。」
マックモリスは小さく呟いた。
「それにしても、提督は運が良かったですな。」
「運が良かった?」
「ええ。実は彼女、ベッドでの楽しみもかなりのものでして、ミスリアルでは19の頃からそれで女王陛下を悩ませたようで。
提督、あなただけが彼女の狙いを受け付けつけなかったのですよ。」
「それは・・・・また豪快な話ですな。」
スプルーアンスは呆れたように苦笑した。
「とりあえず、世の中は色々な人間がいるのですよ。おっと、他にも回らねばならないところがあるので。」
「分かりました。それでは。」
スプルーアンスとヴォイゼは、互いに握手をし、ヴォイゼもまたどこかに消えて行った。
「狙われていたのですか。提督。」
マックモリスがおずおずとした口調で言って来た。彼は、ベレイスの素性を知ってからか、顔がやや赤い。
「そのようだな。最も、何も感じなかったが。」
スプルーアンスはそう言うと、時計に目をやった。彼が頷いた時、
404 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/03/24(土) 19:21:37 ID:4CUjn9IY0
「「あ、あの〜。」」
後ろから甘い声が聞こえた。
振り返ると、4人ほどの若い女性がスプルーアンスの下に近寄って来ている。
(提督、意外にモテモテだな。)
マックモリスが呆れたようにそう思った。
「一緒に、踊ってくれませんか?」
「グンリーラの英雄さんと話したいのですが・・・」
「今日の夜はこの私と」
「いえ、私とお願いします!」
女性はいずれも美人で、若い兵や将校なら喜んで誘いに乗っていただろう。
だが、彼女たちは相手が悪かった。
「済まないが。今日はもう寝る時間なので、これで失礼したいのです。それでは。」
スプルーアンスはわざとらしく頭を下げると、その場から去って行った。
女性達は呼び止めようとしたが、彼は全く気にせず会場を後にした。
キンメルは国王との談義が終わったら、帰るなり残って踊るなり、好きにして良いと言っていた。
だから、スプルーアンスは帰る事にした。
時間は午後9時を回っていたため、スプルーアンスは寝るために会場を離れたに過ぎなかったが、スプルーアンスに
狙いを付けた4人の女性達は、かつて、スプルーアンスに意外な言葉を返され、当惑した幕僚達の表情と、
瓜二つのものを浮かべていた。
440 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/01(日) 08:47:33 ID:4CUjn9IY0
1482年 6月10日 ノーフォーク
第23任務部隊司令官であるレイ・ノイス少将は、出港していく第26任務部隊の艦艇を見つめていた。
「艦長、TF26の空母がイラストリアスしかおらんな。未だに改装作業が終わっていないのかね?」
「ええ、そのようですな。」
艦長のジョン・リーブス大佐が答えた。
「ハーミズは、去年の11月から改装作業に入っていますが、予定では速力、搭載機数が増加されるよう
です。ですが、なにぶん大手術ですから、半年程度では出られません。」
「元々、船体が小さい上に色々と問題を抱えているからな。15機程度の搭載機数を30機近くまでに
増やすのは、悪い案ではないが、短い時間では出来ない仕事だ。」
「資材、人材はかなり回されているようですが、急場には間に合わんでしょう。」
「まあ、私としては、このワスプが復帰できた事で満足だがね。」
ノイス少将は、飛行甲板に視線を移した。
今から半年以上前の11月12日、ノイスが眺めている飛行甲板は、あちこちがまくれ上がり、格納庫の内部が見渡せた。
速力は半分以下に落ち、一時は放棄も検討されたが、ワスプは乗員の努力のお陰で母港に帰って来た。
それから、ワスプは本格的な修理及び改装を施された。
脆弱性を指摘された防御は、ヨークタウン級並みに強化され、以前と比べて格段に打たれ強くなった。
また、機関も旧式のものから、エセックス級空母に搭載する予定の最新式のものに換え、
航試運転では32.2ノットの最高速力を発揮している。
対空火力も強化され、従来の28ミリ4連装機銃4基はそのままだが、12.7ミリ機銃は20ミリ機銃32丁に変えられ、
近接防御力も上昇した。
その反面、搭載機数は最大84機から76機に減少している。航空戦は数が命の現代では痛いものであるが、致し方ないことである。
「搭載機数は減ったが、前よりは逞しくなったワスプだ。新しい作戦が決定すれば、前の憂さ晴らしは十分に出来るよ。」
「それに、第26任務部隊も加わりますからな。この陣容で、侵攻してくるマオンドに当たれば、次ぎこそは息の根を止められます。」
「そうだな。第26任務部隊の頭痛の種だったハーミズも、今は改装でドックから出られないから、行動力も
大幅に向上しただろう。これなら、マオンドの侵攻を十分に防げる。少なくとも、前のように心細い数の航空機で、
敵の大船団に当たる事はもう無いだろう。」
ワスプの復活により、大西洋艦隊の空母戦力は充実している。
空母はレンジャー、ワスプ、ホーネット、イラストリアスの計4隻。
搭載機数は合計で294機であり、竜母を持たぬマオンド艦隊には大きな脅威となるだろう。
「とは言っても、当のマオンドは一向にレーフェイル大陸に引っ込んだままですな。」
「引っ込んだままなら、こちらが出て行くまでさ。とは言え、防御の姿勢を取る今の時点では
そんな事はあり得ないだろうが。」
ノイス少将は何気ない口調で呟いただけだが、1週間後に開かれた会議で、彼は驚く事になる。
443 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/01(日) 17:17:37 ID:4CUjn9IY0
第27話 レーフェイルの監視者
1482年6月18日 午前9時 ノーフォーク
第23任務部隊司令官であるレイ・ノイス少将は、参謀長のビリー・ギャリソン大佐と共に、大西洋艦隊司令部
で行われる定例の会議に出席した。
司令部に付いたのは時計の針が9時を回る少し前であった。
ノイス少将は、いつもの会議室に、いつも通り失礼しますと言って入室した。
会議室には、インガソル大将を始めとする大西洋艦隊のメンバーの他に、第24任務部隊司令官のブリンク・スレッシャー少将
と、第25任務部隊司令官のジェイムス・クランス少将、第26任務部隊司令官のジェイムス・サマービル中将と、
その参謀長が出席していた。
いつもは出席しているはずの戦艦部隊司令官と、潜水艦部隊司令官がまだ来ていない。
ノイスとギャリソンは、出席者達に挨拶を言いながら、左側の真ん中辺りの席に座った。
「さて、全員来たようだな。これより、諸君らに重大な事を伝える。」
インガソル司令長官はおもむろに言い放った。ノイス少将は不思議に思った。
(全員、だと?TF21、22やTF29、30、31の司令官はまだ来ていないぞ。)
いつもは各艦隊の司令官で埋まる席も、今日は4割方が空いている。それなのに、なぜ全員来たと言うのか?
それに重大な事とは?
ノイスはどこか理解しがたい気持ちになりつつも、インガソルの言葉に聞き耳を立てた。
「現在、大西洋艦隊は、いつ侵攻して来るか分からぬマオンド共和国に備えて、日々訓練に励んでいる。
マオンド共和国は、諸君もご存知の通り、シホールアンル帝国の同盟国である。去年の11月、我が大西洋艦隊は、
機動部隊と潜水艦部隊を用いて、このマオンド軍の渡洋侵攻を阻止できたが、それでも、マオンドはレーフェイリ大陸に
強大な兵力を温存している。」
インガソルは言葉を切ると、作戦参謀に視線を向けた。
444 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/01(日) 17:20:09 ID:4CUjn9IY0
作戦参謀は立ち上がると、いつも掛けられている地図を指示棒で指した。
地図は、東海岸と大西洋、レーフェイル大陸が描かれている。
「先のボストン沖海戦で、敵輸送船団を撃退出来ましたが、潜水艦部隊の偵察では、大陸南部、南西部、西部、東部、
東北部に、マオンド軍の根拠地を見つけています。特に、東部のこの根拠地には、戦艦3隻を中心とする主力部隊がおり、
他の根拠地にも、必ず巡洋艦主体の快速部隊が配備されています。この他にも、大陸の西部地域に複数の港があり、
マオンド共和国の旗を掲げた護送船団が、常時20隻以上往復しています。」
「この輸送船団は、恐らく占領地に駐留する部隊への物資補給、または人員輸送を主任務としているものと思われます。」
参謀長が発言した。
「潜水艦部隊の報告では、この3つの占領地に、合計で70隻余の護送船団が往復を行っている事になっています。
船団には、輸送船10から12、3隻、巡洋艦が1、2隻、駆逐艦が8隻程度護衛に付いています。」
「この船団は、陸から常に50マイルほどの距離を保ちつつ、北上しています。」
「50マイルとなると、まるで何かに恐れて、必要以上に陸から離れまいとしているみたいだな。彼らが恐れているのは。」
サマービル中将が言う。
「この、大西洋艦隊。そうだな?」
「そうです。ボストン沖海戦の後、我が潜水艦部隊はレーフェイル大陸の近海で、敵艦を数隻撃沈しています。
その結果、マオンド軍は戦力の消耗を恐れ、近海の警戒を高めつつも、西側洋上の遠洋航海を自粛しているようです。」
マオンド軍は、ボストン沖海戦の大損害と、潜水艦部隊の跳梁により、西側で200マイル以上の陸から離れて、航海する船は
ほとんどいなくなった。
ボストン沖海戦後、潜水艦部隊は、輸送船2隻に巡洋艦1隻、駆逐艦2隻、哨戒艇を7隻撃沈している。
その事は、マオンド海軍の封じ込めという目的を達成できるに至ったが、マオンド側は生命反応探知装置を載せた駆逐艦を大幅に増強し、
近海を血眼になって捜し回った。
445 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/01(日) 17:23:17 ID:4CUjn9IY0
警戒強化による犠牲は、3月に潜水艦1隻、4月に1隻が失われたのみであったが、緊急の帰還を要するほどの
損傷艦も2隻出ており、大西洋艦隊のマオンド哨戒網は穴が開いている。
「だが、自粛しているとは言え、マオンド海軍の戦力は未だに強大だ。旧式艦ばかりの艦隊と言えども、
一度出港し、姿を眩ませてしまえばこっちも動けなくなる。その時に、太平洋艦隊から増援要請が出た際に、
戦力を送れませんでは話にならない。」
インガソルは睨みつけるような視線で、全員の顔を見渡す。
「そのためにも、敵側にはレーフェイルでたっぷり休んでもらう。本作戦の目的は、マオンド海軍を
レーフェイル大陸に封じ込める事にある。そのために、」
インガソルは立ち上がると、作戦参謀から指示棒を取り、地図のいくつかをトントンと叩いた。
「この護送船団、もしくは本国の根拠地に高速機動部隊で奇襲を仕掛け、停泊中の船団を撃沈する。
攻撃は、船団がまだ港にいる時間に行う。」
室内に驚きの声が上がる。話の内容からして、大西洋艦隊司令部幕僚以外の参加者たちは、洋上を航行中の
船団に空襲を仕掛け、それを撃滅するものと思い込みかけていた。
ところが、インガソルは船団が未だに港を出ていないうちに。つまり、レーフェイル大陸に接近して叩くと言うのだ。
「最大の目的は、港内にいる船団の攻撃だが、もう1つ目的がある。それは、マオンドの支配下にある被占領国に、
支配側のみじめな姿を晒す事だ。」
「被占領国の住民に、マオンドも強くないと言う事を分からせてやる。という事ですね?」
ノイス少将はインガソルに言う。
446 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/01(日) 17:26:52 ID:4CUjn9IY0
「そうだ。すぐにクーデターや反乱が起きる事は無いだろうが、少なくとも、支配側にも対処し切れない
敵がいる。と言う事を印象付けられる。」
(要するに、種まきと言う事か)
ノイス少将は内心でそう思った。
マオンド本国の国民や、被占領国の国民に、自分達の上に君臨する軍があっけなくやられる、と言う事は
夢にも思わぬ事である。
恐れおののき、頼りにする軍が大敗すれば、市民も動揺する。
殊更、被占領という屈辱に甘んじている者達にとっては、動揺どころか別の感情を抱く可能性がある。
そう、大西洋艦隊は、起こるかも知れぬ革命や反乱の種まきをやろうとしているのだ。
「現在、レーフェイル大陸には、南大陸にいたレーフェイル出身の軍人がスパイとして3月からいる。」
「スパイ・・・ですか。いつの間に。」
スレッシャー少将が驚いた様子で言う。
「この戦争が始まった直後、太平洋艦隊司令部に根回しをしておいた。」
インガソルはニヤリと笑みを浮かべた。
「そしたら、南大陸にいたレーフェイル出身者の中で、応募者が多数出たようだ。キンメルは何人か、
適正者を選抜してこのノーフォークに送り、専門家に訓練させた。3ヶ月ほどみっちり仕込んだ後、
3月初旬に潜水艦で各方面に送っている。」
そう言った後、インガソルは情報参謀に目配せをした。情報参謀は頷いて紙の束を取り出した。
「彼らは良くやってくれているよ。多くの情報が送られてきた。今の所、20人のスパイは誰1人として掴まっていない。」
紙の束には、西海岸側に移駐する陸軍部隊や、ワイバーン部隊、水上部隊の行動の詳細等が事細かに記されていた。
専門家に仕込まれたレーフェイル出身者たちは、いずれも国を攻め滅ぼされ、命からがら逃げ延びてきた者たちばかりだが、
祖国をマオンドの元から解放すると言う使命感から、専門家が次々と与える厳しい訓練にも耐えて、スパイとなった彼らは
今も情報を送り続けている。
「情報が全く揃わないで出撃、と言うことではないのですな。」
「勿論だ。奇襲という形を取るからには、情報は必要だからな。」
インガソルはさも当然と言う表情で、ノイス少将に語った。
447 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/01(日) 17:29:05 ID:4CUjn9IY0
6月13日 午後7時 ノーフォーク
空母イラストリアスのパイロットであるジェイク・スコックス少尉は、愛機のコクピットに乗りながら探し物をしていた。
「ジェイク!そこで何をやっているんだい?」
唐突に、下から声が掛かった。
コクピットから顔を出してみると、飛行隊長であるジーン・マーチス少佐がいた。
「あっ、マーチス隊長。」
「今日は非番なのに、愛機に乗って計器点検かね?」
マーチス少佐は冗談めいた口調でスコックス少尉に質問した。
「いえ、探し物ですよ。」
「探し物?いつも身につけているお守りかね?」
「そうですよ。昨日の訓練の時にこっちに落としたみたいで。」
そう言いながら、スコックス少尉はコクピットを再び探し始めた。
目的の物は、10秒ほどで見つかった。
「見つかったかね?」
「ええ。ありましたよ。」
スコックス少尉は、笑みを浮かべながら、それをマーチス少佐に見せた。赤い布製の腕輪である。
448 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/01(日) 17:30:40 ID:4CUjn9IY0
「死んだおふくろから貰ったんですよ。これをつけている時は不思議に緊張しないんです。」
「不死身のコックスと言われる由縁がそれか。」
マーチス少佐は納得したように言った。
コックス少尉は、1940年5月からイラストリアスに配備されて以来、常に第一線で戦っている。
11月のタラント空襲では、愛機が酷く損傷しながらも、無事にイラストリアスに帰還している。
41年5月のビスマルク追撃戦の時には、スコックス少尉は重傷を負い、母艦に戻ってからは1週間ほど
ベッドで生死の境を彷徨ったが、無事に生き延びている。
このように、決死的な状況にもかかわらず、必ず生還して来ることから、彼はイラストリアスの仲間達から
不死身のコックスと言われている。
「それとは別に関係ないですよ。タラントの時も、ビスマルクの時も、運が良かっただけです。
仲間内では不死身とか言われてますけど、自分はただ運がよかっただけとしか思っていません。」
「ほう。そう思っていたのか。」
マーチス少佐は感心したように呟いた。
「てっきり、天狗になっていたかと思っていたが。」
「皆があれこれ言い過ぎるんですよ。自分は別に大した存在ではありません。」
スコックスは苦笑しながら言った。
「謙虚なもんだ。」
マーチスはそう呟いた。探し物を終えたスコックスが機体から降りてきた。
449 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/01(日) 17:34:48 ID:4CUjn9IY0
「それにしても・・・・」
スコックスは、マーチス少佐の隣に来ると、機体のある部分を感慨深げに眺めていた。
彼が乗っていた機体。フェアリー・ソードフイッシュ。
1935年に採用されたイギリス海軍の艦上攻撃機だが、複葉機のためスピードは遅く、第1次大戦の骨董品に見える。
しかし、この機体も、これまで数々の武勲を立ててきた名機である。スコックスは、胴体の後ろ部分に見入っていた。
青と赤丸の国籍マークが描かれていた部分には、星のマークが代わりに描かれている。
「改めて、自分らがアメリカ海軍の部隊になったと、思わせられますね。」
「戻れないからな。」
マーチス少佐は、寂しげな表情を浮かべる。
「NOS−233と言う部隊名も、今はVT−9という部隊名に変わった。
しかし、同じ英語圏とはいえ、違和感は拭えないな。」
「時が経てば慣れるんでしょうが、あとしばらくはこんな気持ちなんでしょうなぁ。」
一緒に転移した第12艦隊は、アメリカ海軍の編入の際に、アメリカ側から新たな艦番号を与えられた。
彼らの母艦のイラストリアスはCV−9、艦隊の旗艦であるプリンス・オブ・ウェールズにはBB−58、
レナウンにはCB−1と、アメリカ式の番号が振り分けられている。
当初、イギリス海軍側は反発の声が上がったが、もう本国には戻れぬ事と、アメリカ海軍の一員となるからには
艦隊丸ごとが別の扱いでは作戦に支障を来たす事から、各艦に合衆国海軍の軍艦としての、新たな生涯が始まった。
各艦が米軍艦として編入された一方で、部隊のシンボルマークであるユニオンジャックは、そのまま部隊旗として扱われる事になり、
艦から降ろされる事は無くなった。
「ところで、自分達はどこで戦う事になるんですかね?」
「さあ、私にも分からんさ。」
450 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/01(日) 17:36:11 ID:4CUjn9IY0
スコックス少尉の言葉に、マーチス少佐はただ肩を竦めるだけだ。
「太平洋でシホット相手に暴れるか。大西洋でマイリー(マオンドの蔑称)相手に暴れるか。
2つのうちどちらかだな。」
「自分は太平洋でも大西洋でも構いませんけどね。ただ、コイツで飛んで敵艦の土手っ腹に魚雷をぶち込めれば、
それだけで満足ですよ。」
「まるで血に飢えた獣みたいな奴だな。」
そう言うと、マーチス少佐は大笑いした。ひとしきり笑い飛ばすと、彼は真剣な表情に変わった。
「だがな、出撃がそう遠く無い時期に行われるのは、恐らく確実かも知れんな。」
彼は、やや声のトーンを下げて言う。
「隊長も分かりますか?」
「分かるさ。ここ最近、大西洋艦隊司令部や、旗艦で会議が開かれている。タラント空襲やビスマルク追撃の
時にも似たような事はあった。」
「と、なると。」
スコックスがやや緊張した表情で言うと、マーチス少佐は彼の肩を叩いた。
「お前の望みが、近いうちに叶えられるかもしれないぞ。」
「もうちょっと、ゆっくり叶って欲しかったのですが。」
マーチス少佐の言葉に、スコックスは苦笑しながら答える。
451 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/01(日) 17:38:51 ID:4CUjn9IY0
VT−9は、8月になればTBFアベンジャーに機種転換する事になっているが、少佐の話や、お偉いさん方の
行動からして、その8月までになんらかの作戦が行われるかもしれない。
「次の戦いは、コイツのラストバトルになるかもしれせんね。その時は、大物を食って敵を驚かしてやりましょう。」
1482年 6月15日 午後2時 マオンド共和国領エルケンラード
酒場の窓から、彼は反体制者が憲兵隊に連行されていく様子を見つめていた。
「また反体制者か。どうせでっち上げだろうが。」
彼、クルッツ・ラエクは忌々しそうな口調で呟く。
割合で1ヶ月に1度、多くて2度ほど、マオンド軍の憲兵隊によって、住民が連行されていく。
時折、真夜中に怒鳴り声や、悲鳴じみたものが上がる時があるが、その翌日には、街角に人が吊るされている時がある。
吊るされている者には必ず、哀れな反逆者、ここに散るとメッセージが書かれている。
犯人がマオンド側と言う事は誰もが知っている。
そんな血生臭い事が起きているにもかかわらず、町は平穏である。
「連行されて行く人のその後って、聞いたことあるかい?」
後ろから声が問いかけてきた。クルッツが寄っている酒場の主人のものだ。
「いや、無いが。でも、その後は大体予想がつくよ。」
「予想ね。」
酒場の主人は苦笑しながら言う。
452 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/01(日) 17:40:38 ID:4CUjn9IY0
「暇潰しにとりあえず言っておくか。あの連行されていく連中。表向きは反体制者ってなっているが、
実際はマオンドの奴らが適当に罪をでっち上げて、連れて行っているだけなんだ。」
主人は水を飲んでから言葉を続ける。
「その連れて行かれた奴ら。噂ではどこぞの魔道研究所で、魔法の実験に使われているとか、
キメラの餌にされているとか。女に到ってはあのゴミ溜めにいる領主様に献上されているとか。
まあ、噂に過ぎないけどな。」
「噂にしても。どれもこれもえげつない話だ。」
クルッツは顔をしかめてそう言い放つ。
「マオンドの奴らに聞かれていないから、言える事だが。俺に言わせて貰えば、この町、いや、
ヘルベスタン王国そのものが反体制者の集まりだ。だが、俺達も従わせれば、マオンド本国に入る金も
たんまりあるから、適当に言い繕って、こうやって働かせて重税を敷いている。いわば、レーフェイル大陸は
マオンドという看守のいる巨大刑務所さ。」
「巨大刑務所か。うまい例えだ。」
クルッツは無表情でそう呟く。ヘルベスタン王国が、マオンドに取り込まれたのは今から10年前の事である。
ヘルベスタンは、レーフェイル大陸中西部に位置する国で、人口は1200万人、西側は沿岸部に当たる。
そのヘルベスタンは、隣国マオンドの電撃作戦によって瞬く間に占領され、今ではマオンド共和国の一領に成り下がった。
この町エルケンラードはマオンドの中でも最も北に位置する港町で、昔から貿易や漁業で栄えた町である。
マオンドに占領された今でも、漁業は盛んに行われており、港の市場には商売人の客寄せや粋のいい声が上がり続けている。
しかし、それは表面上であり、人々の内面は、重い圧迫感に苛まれている。
453 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/01(日) 17:45:00 ID:4CUjn9IY0
「特に、このエルケンラードはあの領主のせいで監獄同然さ。」
「領主の文句は、あまり言わんほうがいいぞ。」
クルッツは口の前に人差し指を立てた。
「領主様のお仲間は住人の中にもいるみたいだ。」
「それは聞いているよ。その点については、俺も十分気をつけているよ。」
酒場の主人は特に驚いた様子も無く、淡々とした口調で答えた。
エルケンラードには、町の外れに大きな豪邸がある。
その豪邸はこの町のみならず、ヘルベスタン王国を取り仕切る、ジヘル公爵の住家である。
ジヘル公爵は、外見は陽気で温和だが、実際には粗暴で出世欲が強く、それでいて遊び事にも熱を入れているようだ。
この公爵は、よくこの領の娘を側室に出迎えているが、帰ってきた娘は、例外なく精神を壊され、
回復不能とまで言われた者もかなりいた。
ちなみに、町の中央にはその公爵の銅像などが立っているのだが、住人達には影で、文句のはけ口となっている。
「それよりも、ここ最近はマオンドの奴らが、漁船の遠洋漁業を禁止しているのが気に入らんね。」
主人が険しい表情を浮かべた。彼の関心事はここにあるようだ。
「最近、魚の漁獲量が少ないからね。」
「マオンド軍の奴らが、敵の潜水艦とやらがいるから危険だ、とか抜かして漁船の遠洋航海を認めてない。
そのせいで、良質な魚が手に入らなくなったし、メニューも書き換えるしかなかった。」
主人は、持っていた布をカウンターに投げつけるように置き、頭を抱えた。
454 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/01(日) 17:47:17 ID:4CUjn9IY0
「お陰で、ここ2ヶ月は売り上げも減ったまま。このままでいけば、3ヵ月後にはどこぞの金融屋に頭を下げる羽目になる。
親父の代からこの店をやってきたんだが・・・・」
主人が大きくため息をついた。
「そう気を落とすなって。この不況がいつまでも続くとは限らないさ。それに、常連がこっちにいるじゃないか。
あんたの店の酒やメシはうまいから、いつでも来てやるよ。」
「ありがとうよ。あんたのような客がいると、俺も嬉しい限りだね。」
主人は微笑みながらそう言った。この青年と会って1ヶ月にも満たぬが、主人はすぐに彼と打ち解けた。
週に1回はこうして飲みに来て、他愛も無い話をしている。夜に来たり、昼に来たりと、来店時間はばらばらだが、
今や、主人にとっては大事な常連客の1人である。
「3日おきに来るマオンドの輸送船団から、何かかっぱらって売り飛ばすか。そしたら、あっという間に大金持ちさ!」
「おいおい、そんな事は夢の話にしといてくれ。俺はこうやって、酒や食い物を売る仕事が好きなんでね」
主人は笑いながら答えた。
時折、青年が言い出す冗談が、この人物魅力の1つでもあり、主人がこの青年と親しく話すきっかけにもなっている。
「そろそろ時間だ。金を置いていくよ。」
「まいどあり。」
主人は布を畳みながらそう言った。青年は、いつもの通り店を後にしていった。
小高い丘の上にある酒場の道から、港はほぼ全て見渡せた。
クルッツは帰り際に、港をちらちら見ながら、20分後に自分の住家に戻った。
455 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/01(日) 17:48:34 ID:4CUjn9IY0
住家は、普通の人が見れば眉をひそめるほどのぼろ屋であるが、中はきちっと整理整頓がされており、
住人の性格がそのまま現れていた。
クルッツは家に入ると、そのままベッドに入って考え事を始めた。
考え事を5分ほどで終えると、彼はベッドのすぐ側の床をはがし、そこから何かを取り出した。
1つの木箱を取り出した彼は、蓋を開けて、中から無線機を取り出した。
無線機と打鍵キーを取り出すと、蓋を閉めて空の箱をテーブル変わりにして、右手でキーを叩き始めた。
「敵船団、2時にエルケンラードに入港せり。数は輸送船12、軍艦10。」
466 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:05:40 ID:4CUjn9IY0
第28話 リンクショック作戦発動
1482年 6月23日午前10時 ワシントンDC
その日、作戦部長であるアーネスト・キング大将は、執務机に座って書類を読んでいた。
彼は時折、書類を読みながら時計を見た。
「もうそろそろ来る頃だな」
彼はそう呟いて、再び書類を見ようとした。その時、ドアがノックされた。
「入れ。」
彼は閉ざされたドアの向こう側にそう言い放つと、ドアが開かれた。執務室の外からは、初老の男が
失礼しますと言いながら入って来た。
その男は、つい先日まで海軍航海局長を務めていた、チェスター・ニミッツ中将である。
顔立ちはどこにでもいそうな普通の男といった感じで、体格も普通である。
全体的には、田舎の農夫のような印象が強く出ている。
「おはよう、ミスターニミッツ。」
「おはようございます。作戦部長。」
2人は一通り挨拶を交わす。キングは読んでいた書類を置くと、無表情のままニミッツを見つめた。
「早速だが航海局長。いや、今は航海局長ではないな。君にはヴィルフレイングに行って貰う。」
キングはそう言いながら、机から1枚の書類を取り出し、ニミッツに渡した。
467 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:07:09 ID:4CUjn9IY0
「急病で倒れたパイの変わりに、君を南太平洋部隊司令官に任命したい。」
キングの言葉に、ニミッツは驚いた様子も無く、ただ頷いた。
太平洋艦隊は最近、少しばかり運がない。
グンリーラ島救出作戦の際には、前線で指揮を取るはずであったハルゼーが皮膚病に倒れてしまった。
そして、6月14日には南太平洋部隊司令官であった、ウィリアム・パイ中将が急病に伏せてしまい、
ポストはそのまま空席となっていた。
キングは後任として、航海局長を務めていたニミッツ中将を南太平洋部隊司令官に任命し、空席となっていた
ポストを再び埋めることにした。
「君は部下の信頼も厚いし、腕も確かだ。南太平洋部隊司令官というポストは、その君にうってつけだと思うのだ。
これから、太平洋方面の戦いは厳しい物になっていくに違いない。だが、君ならパイの後を引き継げると思うのだ。
ミスターニミッツ、引き受けてくれるかね?」
その言葉に、ニミッツは二つ返事で返した。
「はい。」
ニミッツの言葉を聞くと、キングは引き締まっていた表情を緩めた。
「そうか。引き受けてくれるのなら話が早い。早速で済まないが、ヴィルフレイングに行って貰いたい。
ニミッツ、ヴィルフレイングに行くまで何日ほどかかるかね?」
「せいぜい5日ほどはかかりますな。引き継ぎの手続きなどもありますから。」
「それで十分だ。」
キングは満足したように頷いた。ニミッツはこの時、ある考えが浮かび、その事をキングに進言した。
468 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:09:13 ID:4CUjn9IY0
「そういえば、幾つか要望があるのですが。」
「言いたまえ。」
キングは頷いて、ニミッツの要望を聞こうとする。
「南太平洋部隊司令部の幕僚の事なのですが、第16任務部隊司令官のスプルーアンス少将を、私の参謀長に下さい。」
1482年 6月25日 午前7時 ノーフォーク
ノーフォークの一角を埋めていた艦郡が、外海に向けて動き始めた。
「TF26出港します!」
第23任務部隊旗艦、ワスプの艦橋から、司令官のレイ・ノイス少将は、第26任務部隊の諸艦艇が出港していく
様子を見つめていた。
数隻の駆逐艦がまず、港の出口に差し掛かると、今度は軽巡が後に続く。
その後に、第26任務部隊旗艦である戦艦プリンス・オブ・ウェールズが、マストに掲げられた星条旗と
ユニオンジャックを誇らしげにはためかせながら、ゆっくりと出港する。
プリンス・オブ・ウェールズが出港し、続いて正規空母のイラストリアス、巡洋戦艦のレナウンが後を追う。
最後に重巡と駆逐艦の順で外海に出ると、いよいよ第23任務部隊の出港が始まった。
各艦艇が機関の唸りを上げて、来るべき出港に備える。
前衛の駆逐艦4隻が、まず港の出口に差し掛かると、重巡のウィチタとミネアポリスが続航する。
続いて、1隻の巨艦が、ワスプの左舷から出港を開始し、ゆっくりとしたスピードで前方に出て行く。
「参謀長、サウスダコタは役に立つと思うかな?」
469 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:11:25 ID:4CUjn9IY0
ノイス少将は、不安げな口調で参謀長のギャリソン大佐に問いかけた。
「サウスダコタはドックから出てきてまだ3ヵ月半ほどしか経っていない。乗員は未だに艦のコツを掴み切れて
いないのではないか?」
「心配には及びませんよ。ギャッチ艦長の猛訓練のおかげで、サウスダコタ乗員の錬度は上がっています。
練習戦艦となったアーカンソーやテキサスから乗り組んだ兵も多数いますから、慣熟訓練もスムーズに行っています。」
ギャリソン大佐は、アナポリスで同期だった艦長を誇るようにノイスに言った。
サウスダコタは、本来ならば3月20日に就役予定であったが、レンドリース分のキャンセルはこの時期、各新造艦艇の
建造スピードの加速というプラス効果をもたらしていた。
そのため、サウスダコタは予定よりも早く工期を終了し、3月4日に海軍に引き渡された。
サウスダコタ初代艦長に任命されたトーマス・ギャッチ大佐は、サウスダコタの早期戦力化を実現させるために、
3月6日から予定よりも遥かに早い慣熟訓練を開始した。
度重なる猛訓練に、乗員たちは見事に応えてくれた。
途中、何度か事故はあったものの、幸いにも死者は出ず、負傷者も再起不能レベルの傷は負っておらず、海軍病院で
養生しながら、再びサウスダコタに戻れる時を待ちわびていた。
サウスダコタの他に、4月10日に就役した戦艦インディアナは、アメリカ北海岸沖で目下訓練中であり、8月には戦力化できる見通しだ。
「ふむ。それなら問題は無いな。旧式戦艦を2隻、前線から外した事は痛いだろうが、これから就役して来る新鋭戦艦は、
その穴を充分に埋めるだろう。」
「海軍の戦艦も世代交代、と言うわけですか。」
「そうかもしれないな。」
ギャリソン大佐の言葉に、ノイス少将は苦笑しながら呟いた。
「だが、いくら新しい戦艦が出来ようと、時代はもはや航空機というものが海戦の主役になっている。
この作戦からしてそうだ。」
470 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:14:45 ID:4CUjn9IY0
ノイス少将は語った。
「26ノット以上の高速艦でマオンド領及び、本国の港を奇襲攻撃する。これは空母を伴う機動部隊以外では
実現し得ぬ物だ。ガルクレルフは敵の警戒が薄い時期を狙ったから成功したような物だが、今回はそれも通用しない。
チャンスは1度きり。この1度の航空攻撃で、奴らに強い衝撃を与えねばならん。」
彼は、前方を行くサウスダコタを見据えながら言い放った。
サウスダコタの両舷には、5インチ連装両用砲や多数の機銃座が天を睨んでいる。
時代の趨勢が戦艦から、航空機にへと移った事を物語る装備だ。
表舞台の主役から引き摺り下ろされた感が強いが、これからは機動部隊の守り神として、その真価を発揮するだろう。
「マオンドの奴らに、復活したワスプの力を見せ付けてやろう。半年前に受けた屈辱を何倍にも増して叩き返してやる。」
ノイス少将は珍しく、好戦的な笑みを浮かべながらそう呟いた。
やがて、ゆっくりとワスプは出港を開始した。
エセックス級に積まれる物と同じエンジンが、頼もしい唸り声を上げると、ワスプはゆっくりと進み始めた。
洋上に出た第23任務部隊は、陣形を整えた後、会同地点にへ向かった。
同時刻、ニューヨークでは空母ホーネットを主軸とする第24任務部隊と、空母レンジャーを主軸とする
第25任務部隊が出港し、会同地点に向かいつつあった。
1482年 6月28日 午前2時 エルケンラード沖70マイル地点
シュルシュルシュルという微かな音が、左舷から右舷に抜けて行った。
聴音員のジャン・ヴェンク兵曹はやや安堵した表情で艦長に報告する。
471 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:16:47 ID:4CUjn9IY0
「艦長、敵駆逐艦が真上を通り過ぎました。速度、針路ともに変わりません。」
「そうか。それなら一安心だな。」
潜水艦セイル艦長である、イギー・レックス少佐は微笑を浮かべた。
「だが、奴がフェイントを仕掛けて来る可能性もある。それを避けるためにも、もう少しここでお座りしておこう。」
レックス少佐の冗談めいた言葉に、発令所の誰もが笑みを浮かべた。
「しかし、マオンドの奴らも侮れん装備を持っていますな。ミスリアルからやって来たエルフとかいう男から
話を聞いた時はびっくりしましたぜ。」
副長のヴォル・リンデマン大尉が忌々しそうな口調で言って来た。それにレックス少佐も頷く。
「生命反応探知装置とか言う奴だな。元々は、海中に住む凶暴な海洋生物をいち早く見つけるために開発されたようだ。」
レックス少佐は、南大陸からやって来た、特使団とは別の視察団の中にいた、エルフの男性と面談する機会を得た。
そのエルフの言葉では、この世界の海軍は一昔前まで探知魔法の魔道式を埋め込んだ探知装置が船に搭載されており、
魔法石の色合いの変化で海洋生物の存在の成否が分かるようだ。
ボストン沖海戦で潜水艦のトリトンが撃沈されたり、他の潜水艦が一度ならず爆雷攻撃を受けたのは、この装置を装備した艦が
攻撃を加えた可能性が高いと言われている。
実を言うと、セイルも2ヶ月前、マオンド軍の駆逐艦2隻に探知され、2時間もの間、爆雷攻撃を受けてしまった。
その時、深度は30メートルほどであり、セイルは深深度に逃げ込んで、なんとか事なきを得ているが、あの2時間は生きた心地がしなかった。
「敵艦に出会ったら、深度70以下に潜れとは言われているが、敵が探知魔法を強化させたら、俺達のように海底に鎮座している
状態でも、所かまわず爆雷を放り込まれているかもしれないな。」
472 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:19:35 ID:4CUjn9IY0
「もみくちゃにされるのはもうごめんですぜ。どうせならいっそ、敵地に侵入して輸送船を叩き沈めてやりましょうか。」
「そいつぁ機動部隊の仕事だ。俺達はマイリー共の船団を見つけて、どこに向かうか報告するだけだ。
まっ、俺としても、君の気持ちは分かるが、俺はプリーン大尉でもないし、無謀な事で部下を危険晒す馬鹿でもない。
ニューヨークでカミさんと出会う秘訣は、こうやって待ち、動く時は動いて、決められた事をやるのみさ。」
レックス少佐はそう言い返したが、彼自身、大戦果を求めていない訳ではない。
3月初めに、セイルは南下中のマオンド艦隊を発見した。
マオンド艦隊は戦艦1隻の他に、巡洋艦、駆逐艦多数を含む有力な部隊であった。
その時、現場海域にいた潜水艦はセイルのみであり、レックス艦長は襲撃しようかどうか迷った。
だが、いくら旧式とはいえ、元は頑丈に作られた戦艦だ。
魚雷をぶち込んでも撃沈できるかは未知数だし、よしんば、撃沈しても、怒りに駆られた駆逐艦群に
袋叩きにされるのは目に見えている。
レックス少佐は、ドイツ海軍のプリーン大尉並みの英雄となって果てるか、やり過ごして後に備えるか迷ったが、
彼は後者を選んだ。
「俺も命は惜しいし、俺以外の乗員を謝った判断であの世に連れて行きたくないからな。」
あの時、レックス少佐はそう言っている。
そして、セイルは今まで生き延びられてきた。
「敵艦の通過から20分経過したが、敵さんは戻って来ないな。よし、進むぞ。」
レックス少佐は、敵の哨戒艦が完全に過ぎ去った事を確認すると、セイルを前進させる事にした。
89メートルの海底に鎮座したセイルは、海底から浮き上がり、ゆっくりと舳先をエルケンラードに向けて、
時速5ノットの低速で前進を再開した。
473 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:21:07 ID:4CUjn9IY0
それから6時間後、セイルはエルケンラードより南西48マイルの地点に到達していた。
「周囲に、敵艦は居ないな。」
レックス少佐は潜望鏡で、周囲の海面を一通り確認してから、レーダー手に問いかけた。
「敵のワイバーンは居ないか?」
「対空レーダーには反応ありません。」
「反応はなし・・・・か。」
レックス少佐は呟きながら、潜望鏡を上空に向ける。
上空は曇っていた。雲は厚く、上空から偵察する際には不適正な状況だ。
「浮上する。」
彼はそう言うと、兵達が頷いて機器を操作し、セイルの艦体に浮力を増していく。
ほどなくして、セイルの艦体は洋上に浮き出た。
艦橋のハッチからまず、レックス艦長が出てきた。
その次に、見張りの水兵3名、下士官2名、副長のリンデマン大尉が最後に出る。
配置に付くなり、見張り員は目を皿にして洋上、上空を見渡した。
海は穏やかで、艦自体の揺れもあまりない。空は曇っていて、対空警戒には少々しんどい環境である。
「レーダー手、近づいて来る物があったらすぐに知らせろ。」
「アイアイサー」
レックス艦長はそう命じた後、自らも双眼鏡を使って、洋上を見渡す。
474 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:23:00 ID:4CUjn9IY0
「副長。こうして見ると、海と言うものはどこも変わらないものだな。」
「のどかですな。戦争が起きているとは信じがたい光景です。」
「同感だ。」
レックス少佐は頷いた。
「曇り空でなければ、満点だったんだが。贅沢は言えないか。」
「今は、この空模様で我慢と言う事でしょうな。」
そう言うと、2人は苦笑した。
それからは、艦長も副長も、見張り員達と一緒になって洋上を見張った。
セイルが浮上航行を開始して30分後、
「右舷側に何か見えます!」
右舷側見張り員のうちの1人が報告して来た。
「3時方向です!」
全員が右舷側に視線を向け、双眼鏡の倍率を上げてその見張りが見つけた物を探す。
それはすぐに見つかった。
「聴音室より報告!本艦の右舷側方向に、船らしきスクリュー音を探知!距離、約8000!」
「こっちでも確認した。恐らく、いつもの護送船団だろう。」
レックス少佐は返事する。
475 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:24:50 ID:4CUjn9IY0
この時、セイルの右舷側には、マオンド海軍の巡洋艦、駆逐艦に護衛された大型輸送帆船13隻がエルケンラードに向かっていた。
「潜行するぞ!」
レックス艦長はそう言って、見張り員達を艦内に下がらせた。
最後に彼が艦内に滑り込んでハッチを閉めた。
その時には、急速潜行を命じられたセイルは、既に甲板を水中に没しており、程無くして艦体全てが海中に没した。
「副長、さっき見つけたあの船団だが、あれは定期便だな。」
「恐らくそうでしょう。」
副長は、輸送船団が入港する日が記されたカレンダーを取り出した。
「ちょうど、前の船団がマオンド本国に向かって4日目です。いつも通りのパターンですな。」
「と、すると、積荷を降ろして、また積み上げて出港するには、あと1日。あと1日の猶予がある訳だな。」
マオンド側の輸送船団は、3日おきに1度、あるいは4日おきに1度のサイクルで、
エルケンラード〜マオンド本国間を移動している。
大西洋艦隊司令部は、事前に複数の占領箇所の港を、同時攻撃する事になっているが、奇襲には前もって情報が必要となる。
そのため、大西洋艦隊は潜水艦部隊である第29、第30、第31、第32任務部隊に襲撃予定の港を往来する船舶を監視させた。
セイルの所属する第29任務部隊の潜水艦群は、エルケンラードの沖100〜50マイル付近で待機し、
マオンド海軍の動向や、船舶の往来状況を監視していた。
「で、役者さん達は、今ここにいる訳だな。」
レックス艦長は海図のとある箇所を、コンパスで撫でる。
476 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:26:57 ID:4CUjn9IY0
その海域は、セイルが居る位置から300マイル、エルケンラードから370マイル西の地点である。
マオンド軍のワイバーンは、シホールアンル側のワイバーンと比べると、空戦性能こそほぼ同じだが、
航続距離に関しては落ちるという報告が、南大陸側から届けられている。
航続距離は800マイルだが、この地域のワイバーンはせいぜい300〜350マイル程度しか哨戒圏を設定しておらず、
密度も本国と比べて薄い事が、スパイの情報や潜水艦部隊の調査で判明している。
夜間には、ワイバーンは飛行できず、哨戒艇の行動範囲も、陸地から50マイル圏内に留まっている。
機動部隊は、その夜のうちに敵地に接近し、夜明けと同時に港に停泊中の船団、もしくはめぼしい軍事目標に
艦載機で持って攻撃を仕掛ける。その後は敵のワイバーンが来ぬうちに艦載機を収容し、反転離脱を行う。
これが、リンクショック作戦の骨子である。
「敵船団には、駆逐艦がいるからな。今すぐにでも浮上して、報告を送りたいが、念の為、このまま潜って、
敵船団が過ぎ去ってから報告を送ろう。」
レックス艦長は後の方針を決めると、まずは電文の作成を命じた。
1482年 6月29日午前7時 エルケンラード
普通なら、初夏の暖かさで誰もが気分を一新して、仕事に取り掛かるであろう。
エルケンラードの町には、そのような気持ちで仕事を行う物は半数程度しかいない。
後の半分は、マオンド兵の機嫌を伺ったり、これからの未来に暗澹とする者がほとんどである。
殊更、今日に関しては後者の色のほうが、心なしか強いような気がする。
「寂しい町だな。」
クルッツ・ラエクは、早朝の町を練り歩きながらそう呟いた。
477 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:28:10 ID:4CUjn9IY0
今日、町の中心部にある広場では、恒例の反逆者狩りが行われる。マオンド側は、占領地域の政治は、派遣した領主に任せている。
エルケンラードの領主は、現地の部隊に対して反逆者は即刻処刑せよと命じてあった。
そのため、月に2度、しょっ引かれた反逆者達は広場で絞首刑に処せられる。
(本当の反逆者はこっちにいるのに、マオンドのぼんくら共は関係の無い人ばかりを縄で吊るしている。どいつもこいつも無能な奴だ。)
空振りばかり繰り返すマオンドに対し、クルッツは内心で嘲笑した。
とりあえず、昨日の夕方にマオンド軍の輸送船団が入港し、いつもの通り積荷を降ろし始めている。
マオンド側は、輸送船の荷降ろしや荷積み作業には、現地人を使わず、全て自分の軍に所属する者ばかりで行っている。
マオンド側の言い分からすると、劣等人共に任せると、積荷が紛失する可能性があるからとある。
明らかに言いがかりであるが、その事が、マオンドが占領地域の住民達に対しどれほど警戒しているか如実に物語っている。
「とりあえず、報告は送ったが・・・・・」
クルッツはおもむろに後ろを振り返った。
彼の背後には、岸壁に接舷して、荷積み作業を行う輸送船と、周囲で目を光らせているマオンド軍の戦闘艦艇がいる。
それらに遅い来るであろう敵はいない。
「アメリカは、いつになったらこのレーフェイルに目を向けてくれるのだろうか。」
クルッツは、内心でアメリカがこのレーフェイルに向かって来る事を期待しているが、アメリカは一向に攻撃して来ない。
「本当に、彼らはやる気があるのだろうか?さっさと来て貰いたいのに。」
そう呟きながら、彼は再び歩き始めた。
彼は、何気なく言ったに過ぎなかった。それは、すぐには叶えられるはずが無い願い。
どうせ来ないと思いつつも、適当に言った言葉に過ぎない。
しかし、彼の何気ない願いは、唐突に表れた。
478 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:31:08 ID:4CUjn9IY0
歩き始めて数分、広場からマオンド兵達が、集まった住民達(マオンド兵の呼びかけで強引に集められた)が、
中央の絞首刑台に注目させられ、マオンド兵が罪人の髪をわし掴みしながら演説している。
よく透き通る声であったが、クルッツはその声音とは別に、別の音を捉えていた。
(・・・・・・この音は・・・・・)
クルッツは足を止め、周りを気にしながら、後ろを振り返った。
そこには、先と変わらぬ光景がある・・・・いや、若干変わっていた。
西の空に、うっすらと黒い粒々のような物が幾つか浮かんでいた。
羽虫のような音はそこから発せられていた。
「あれは、一体?」
クルッツはそれが何なのか、一瞬分からなかったが、疑問は瞬時に氷解した。
アメリカに訓練で居た頃、何度か見た飛行機。それの発する音は、異質でありながら力強く、頼もしいと感じた。
その音と、この羽虫のような音は共通点がある。
「まさか・・・・・」
彼は思った。あれは、アメリカ軍の飛行機なのでは?
疑問に答えるかのように、停泊していた護送船団に異変が起きた。
クルッツがいる位置からは遠くてよく見えないが、港で何か騒ぎが起きている。
彼は知らなかったが、この時、警戒駆逐艦は恐ろしい物を目の当たりにしていた。
「て、敵飛空挺来襲!数は100機以上!」
その駆逐艦が目の当たりにした物、それは、空を覆わんばかりの数で攻め入って来た、アメリカ軍機の群れであった。
「こちら攻撃隊指揮官機。攻撃隊はエルケンラードに到着した。これより攻撃に移る。」
「了解。朝メシをくれてやれ。」
479 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:32:40 ID:4CUjn9IY0
空母ワスプ艦爆隊長であり、攻撃隊指揮官でもあるアールド・プラック少佐はワスプとの交信を終え、次に攻撃隊全機に指示を下す。
「全機に告ぐ。これより攻撃に移る。戦闘機隊は港の南側に位置するワイバーン基地を攻撃、叱る後に市内の軍事目標を機銃掃射。
ドーントレス隊、アベンジャー隊は輸送船団、戦闘艦艇を攻撃しろ。グッドラック!」
プラック少佐の指示を受けると、各機がそれぞれの目標に向かっていく。
この日、エルケンラード空襲に参加した空母は、ワスプとレンジャーである。
攻撃隊の内訳は、ワスプがF4F18機、SBD24機、アベンジャー12機。
レンジャーがF4F24機、SBD24機、アベンジャー14機。計116機である。
そして、攻撃の先鋒を務めたのは、40機以上のワイルドキャットであった。
ワイバーン基地はなかなか大きかったが、その短い滑走路に、何騎かのワイバーンが並べられ、慌ただしく発着の準備に入っている。
ワイバーンの列線にも、竜騎士とおぼしき人影が相棒に取り付こうとしていた。
ようやく、5騎のワイバーンが離陸を開始した、と思った直後、急降下して来たワイルドキャットが両翼から閃光を発した。
「甘いぞマイリー!」
レンジャー戦闘機隊の隊長であるテル・パーキンソン大尉は喚いた。
「空戦とはな、空に上がり切ってからやるものだ!」
機体の両翼から12.7ミリ機銃がぶっ放され、4本の線が浮き上がったばかりのワイバーンに突き刺さる。
わずか数秒の射撃であり、目標はすぐに後方へと吹っ飛ぶ。
だが、パーキンソン大尉に撃たれたワイバーンは、体中をずたずたにされて、浮き上がって10秒足らずで地上に叩きつけられた。
離陸したばかりのワイバーンがあっという間に叩き落されている間、今しも飛び立とうとしていたワイバーンの列線にもF4Fは暴れ込んできた。
500キロ以上の猛速で突っ込んで来たワイルドキャットは、ミシンを縫うようにして列線の初めから終わりまでを掃射する。
480 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:34:48 ID:4CUjn9IY0
1番機が討ち取れなかったワイバーンを、2番機、3番機が続けて掃射を仕掛けて行く。
10機以上のワイルドキャットが、1航過を終えた後には、飛び立とうとしていた16騎のワイバーンは例外なく死ぬか、
瀕死の重傷を負い、御者たる竜騎士も全て戦死していた。
ワイルドキャットはそれだけでは飽き足らず、基地の指揮所や集積所にも次々と機銃をぶち込んだ。
ワイルドキャットの機銃弾が、指揮所で被害報告を行っていた兵と指揮官を一気に串刺しにしてこの世から消し去った。
集積所に会った爆弾が機銃弾を浴びるや、大爆発を起こして、近くに居た馬車やワイバーン、建物を全て吹き飛ばした。
その時には、高空からドーントレス隊が、それぞれの目標に向かって急降下を開始していた。
クルッツは、ワイバーン基地で起きた爆発音でハッとなった。
ワイバーン基地からは濛々たる黒煙が吹き上がっている。
先ほどまで、絞首刑台で演説を行っていた兵士が押し黙り、状況が分からないのか、口をポカンと開けて
ワイルドキャットの襲撃を呆然と見ている。
その時、エルケンラードの町を圧するかのような甲高い轟音が鳴り始めた。
広場に集合した住民や、家の中にいた住民達が一斉に音のする方向、輸送船団が停泊する港に目を向けた。
港の上空に、数機の黒い粒が、高空から1本棒となって墜落していく。
「自殺する気か!?」
住民の誰かが、信じられないといった表情で黒い粒の急降下を見ている。
黒い粒は、やがて形が分かるようになって来た。
その機体の角度からして、通常ではあり得ぬものだ。
人々の不安の声を掻き消さんばかりに、甲高い轟音は徐々に大きなものになっていく。
傍目から見ても、心臓を掻き毟られるような音だ。
その直下にいるマオンド兵達はさぞかし、耳を塞ぎながら退避しているのだろう。
唐突に黒い粒の周りに爆煙が吹き上がる。それは次第に数を増していったが、見慣れぬ飛空挺を爆砕するには至らない。
甲高い轟音が極大に達した時、低高度まで降下した飛空挺が航過速度を緩め、水兵飛行に移っていく。
481 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:36:17 ID:4CUjn9IY0
飛空挺が輸送船、戦闘艦艇の上空を通過した時、1隻の輸送船から火柱が上がった。
その次に舷側から水柱が吹き上がる。
そのまた次に船体の後部甲板から爆炎踊り、何かの破片が高々と舞い上げられた。
ドーン!という腹に応えるような爆発音が連続して町に響き渡り、住民たちは誰もが仰天した。
「家の中に逃げろ!」
誰かがそう喚くと、広場に集められていた住民達はパニックに陥り、それぞれが別の方角に逃げ始めた。
「こ、こら!貴様ら!我らの命があるまで勝手に逃げ出すんじゃない!」
マオンド兵の指揮官らしき男が、長剣を振りかざして逃げ散る住民を引き止めようとするが、その声すらも、
またもや起こった甲高い轟音に掻き消されてしまった。
「おのれ!反逆者共めが!」
指揮官が顔を真っ赤にして叫び、不意に横を向いた時、ワイバーン基地を襲った飛空挺が、今しも彼らの下に向かう所であった。
「ひ、退けい!罪人なんぞそこらに放り出しても構わん!駐屯地に戻るぞ!」
指揮官の声が響くと、マオンド兵達は慌てて罪人達を放り出し、馬車に乗り込んだ。
組み立てた絞首刑台なぞ目もくれず、先頭の馬車が街道を突っ走ろうとした。
その次の瞬間、鋭い射撃音と共に、最後尾の馬車が12.7ミリ機銃弾に絡め取られた。
馬車の車輪が音立てて外れ去り、荷台の中にいた兵達が一瞬で射殺された。
組み立てられた絞首刑台にも機銃弾が雨あられと降り注ぎ、罪人の首を吊り下げる筈だった縄がちぎり飛ばされ、
基部がギタギタに引き裂かれた。
482 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:38:15 ID:4CUjn9IY0
絞首刑台はわずか数秒の射撃でぼろぼろに打ち砕かれ、ただの木屑に変換された。
別のF4Fが先頭を走る馬車に12.7ミリ機銃弾をぶち込む。
幌が容易く引き裂かれ、御者と馬が瞬時に息の根を止められ、馬車はけたたましい音を響かせて横転した。
横転した馬車は、狭い街道沿いの露店に突っ込んで、閉店状態にあった店を強引に開店させてしまった。
4機のF4Fは、そのまま上空をフライパスして、新たな目標を探した。
「全く、酷いやつらだ。公衆の面前で公開処刑とは。」
パーキンソン大尉は苦い表情でそう呟いた。彼は飛行場を銃撃した後、市街地にある軍事施設に襲いかかろうとしていたが、途中で広場が見えた。
その広場は、元々住民達の休息の場所として作られたらしいが、パーキンソン大尉が見たのは、今しも公開処刑を行うとする執行人達と、
その罪人とされた人々であった。
10人以上の執行人達は、パーキンソン大尉のF4Fが近付いてくるのが仰天したのか、罪人達を逃がして慌てて馬車で逃げようとした。
4機のF4Fはそれを逃がさず、絞首刑台共々機銃掃射で蹴散らした。
「さて、本当の目標に向かうとするか。」
パーキンソン大尉は、一番狙いたかった物、領主の銅像が立てられた公園に向かった。
そこは広場と目と鼻の先であり、パーキンソン大尉は旋回した後、その目立つ銅像目がけて愛機を突っ込ませた。
「朝飯だ、しっかり味わえ!」
彼は、尊大な態度を表した銅像に、距離800で銃撃を行った。両翼の12.7ミリ機銃がリズミカルな音と共に放たれ、
曳光弾がその銅像全体に突き刺さった。
慌てて、家に逃げ帰って来たとある住人は、突然、家の目の前にある領主様の銅像がけたたましく火花を散らす光景を見て度肝を抜かされた。
無数の光弾らしきものがこれでもか、これでもかとばかりに叩き込まれ、勇壮な顔つきであった領主の表情が醜い化け物面に変わっていく。
483 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:40:21 ID:4CUjn9IY0
その上空を、胴体に星を描いた見慣れぬ飛空挺が、猛スピードで航過していく。
都合、4機の飛空挺がその銅像の上空を通り過ぎた時、領主の銅像は全身が酷く損傷し、ただの醜いオブジェと化していた。
(すごい!あの憎らしかった銅像が・・・・・)
その住民は、内心で喝采を叫んでいた。町の為政者として君臨してきた、あの憎らしい領主が税金で建てた自分の銅像。
エルケンラードの住民にとってはあの屋敷にふんぞり返る領主と同等に憎い存在であった。
それが、未知の飛空挺によってあっけなく破壊された。
(素晴らしい!なんて素晴らしい事だろうか!!)
最初、恐怖の眼差しで見つめていた飛空挺だが、今ではその思いは消え去っていた。
港の輸送船団は惨憺たる様相を呈していた。13隻の輸送船は、ことごとくドーントレスの爆撃によって粉砕された。
戦闘艦艇はかなわじと、機銃掃射を繰り返すドーントレスを尻目に、慌てて港の外に逃げ出してきた。
だが、そこに待っていたのは、低空を這い進んで来る26機のアベンジャーであった。
慌てて逃げて来たため、相互支援の取れなくなったマオンド艦艇は、低空からの刺客に次々と襲われた。
まず、真っ先に逃げ出してきた1隻の巡洋艦に4機のアベンジャーが取り付く。
巡洋艦は必死に回頭を繰り返すが、アベンジャーの追撃は執拗を極め、ついには2本の魚雷を艦の前部に受けた。
艦首を食いちぎられた巡洋艦は数メートルも進まぬ内に停止し、沈み始めた。
次に駆逐艦2隻に、10機のアベンジャーが群がってきた。
運悪く、魔道銃の光弾を食らったアベンジャーが、もんどりうって海中に叩きつけられるが、脅威を取り去る事は出来なかった。
残り9機となったアベンジャーは、射点に到達し、次々と魚雷を投下する。
1隻の駆逐艦はなんとか避け切ったが、もう1隻には2本の魚雷が中央部に叩き込まれ、艦体を真っ二つに叩き割られた。
気が付くと、クルッツは港が見渡せる丘に来ていた。港は濛々たる黒煙に覆われて、その全容を見渡す事が出来ない。
港から少し離れた海域では、5本の黒煙が吹き上がっている。
その上空には、まばらだが、アメリカ軍機らしき機影が、勝ち誇ったように上空を旋回していた。
484 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:42:24 ID:4CUjn9IY0
「ラエクさん!」
後ろから声がかかった。
振り向くと、いつもの酒場の主人が、困惑した表情をうかべながら近寄って来た。
「なんか、相当ひでえ事になっているが、何があったんだい?」
「俺もよく分からない。分かる事といえば、いきなり海の方向から変な飛空挺がやってきて、散々暴れ回った、それぐらいだ。」
「なるほど・・・・・すげえな。沖で船が燃えている。ありゃマオンド軍の巡洋艦じゃないか。」
「飛空挺の爆撃を受けたようだな。あの飛空挺の乗員達、上手く軍艦を追い詰めていた。結構な手練が操っているようだぜ。」
「それはともかく・・・・・あの強かったマオンドが、こうまでも一方的にやられるとは。」
酒場の主人は、上手く状況が飲み込めていないのか、しきりに頭を抱えている。
「天敵現るって奴だろう。いずれにしろ、マオンド軍もこれまで通りの戦いは出来なくなった。
それだけは確かだろう。」
クルッツは、やや上ずった口調でそう言った。
「なるほどね。今までさんざんやりたい放題やって来たんだ。今日の出来事は、マオンドの奴らにはいい薬になるかもな。」
主人は、初めて笑みを見せた。その笑みは、今までに無いほど爽やかだった。
485 :ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ:2007/04/08(日) 14:43:55 ID:4CUjn9IY0
午前8時30分 エルケンラード西方沖200マイル地点
攻撃隊の最後のアベンジャーがワスプの飛行甲板に降り立った時、ノイス少将はようやく、安堵の表情を浮かべた。
「司令、全機収容完了しました。」
艦長のジョン・リーブス大佐が報告して来た。
「よし。これよりこの海域を離脱する。艦隊針路270度。」
ノイス少将は、予め決めていた命令を全艦に発した。
「レンジャーより通信。我、攻撃隊の収容完了。これより反転す、であります。」
「OK。今の所は順調に行っているな。」
ノイス少将はそう呟きながら、脳裏では第26任務部隊の作戦に不安を抱いていた。
第26任務部隊は、現在別の場所を攻撃するために、別の海域を航行している。
他の機動部隊とは別の時間帯に攻撃を仕掛ける為、あえて別針路を取っているが、危険度はTF26のほうが大きい。
ちなみに、TF24のホーネットからは、5分前に攻撃終了の報告が入っている。
損害は、TF23、25でSBD2機、TBF1機喪失。F4F3機、SBD、TBF各2機損傷となっている。
しかし、エルケンラードのマオンド軍輸送船は全滅させており、護衛艦艇も2隻撃沈、3隻大破の戦果を挙げているから、
エルケンラード空襲に関しては大成功である。
TF24は、エルケンラードより北800キロのゲンタークルを空襲している。
後は、TF26の攻撃の成否を待つのみだ。
「後はあなたがたの出番だ。大いに暴れてくれ。」
ノイス少将は、サマービル中将の顔を思い浮かべながら、TF26の健闘を祈った。