4  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  23:51:26  [  yrNM.ueg  ]
新シリーズ、序章?

1941年  10月8日  ワシントンDC

ワシントンDCの朝は、いつも通り、平穏そのものであった。
「今日は、仕事は忙しくなるか、ならないか。」
車の中で、国務長官のコーデル・ハルはそう呟いた。
「世界は、変わってしまったものだな」
彼は運転手に語りかけた。運転手も同感だとばかりに返事をした。
「長官の言われるとおりです。」
「ヨーロッパはフランス、ドイツ、イギリスが入り乱れて、もはや修羅場だ。
航空機や艦船、陸上兵器が第1次大戦より進化しているのに、どうしてこうなった
ものか。」
「まるで、第1次大戦の繰り返しですな。」
運転手が頷いた。
「極東では、満州で日本とソ連が争っているし、世界の北半分はどこもかしこも戦場だらけだ。」

第2次世界大戦は、各国の予想を大きく裏切り、北半球の主要国のほとんどは、それぞれが
争い合っていた。
ポーランドを叩きのめしたドイツ軍に、突如襲い掛かったイギリス、フランス軍。
樺太沖のソ連潜水艦による日本空母撃沈事件がきっかけで始まった、日ソ戦争。
世界は、多くの人命を奪い、参戦国は、それぞれがしのぎを削って、懸命に戦っていた。
そんな中で、アメリカはモンロー主義に囚われて、国民も政府も、戦争に参加する気配を
見せない。
ルーズベルトは、ヨーロッパの戦争に参加したがっているが、きっかけを見つける事ができず、
日々悩んでいる。
「こんなうんざりした世界から、どこぞの異世界にアメリカだけを連れて行ってもらいたいものだ。」
ハルは、冗談でそう呟いた。
「またまた、ご冗談を」
と言って、運転手は笑った。ハル自身も釣られて笑ってしまった。  


5  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  23:52:02  [  yrNM.ueg  ]
南暦1481年  10月10日  ガルクレルフ
「危ない!よけて!」
同僚が咄嗟に叫んだ。それに体が反応し、体が右に避けられる。
敵兵が放った長剣が右の脇腹を掠めた。
「う、うわ!」
避けられると思わなかった、敵の騎士が慌てて剣を横に薙いだ。だが、反応が遅かった。
「うわじゃねえよ!」
右肩から袈裟懸けに愛剣を振り、敵兵が切られたショックで仰け反る。
血が噴き出して、切った主の顔を朱に染めた。
「バルランド軍の女戦士を嘗めるな!」
意識が混濁した敵の騎士に対して、リーレイ・レルス大佐はそう叫んで、唾を吐きかけた。
すぐに別の敵が襲い掛かってきたが、馬鹿正直に真正面から突っ込んできた。
頭に血が上っているのだろう、レルス大佐はそう思いながらも、シホールアンル兵の
首をあっさりと跳ねた。
「連隊長!もはや限界です!」
先ほど、注意を促した男性兵が、悲痛な叫びを上げた。
「このままでは、包囲され、我が連隊は全滅します!」
「後退するのか!?」
レルス大佐は怒りに満ちた表情を向けた。
「後退したら、国境を越えられるぞ!こんな奴らに、バルランドの土を踏ませてたまるかい!」
レルス大佐はそう言いながら、襲い掛かってきた敵兵をまた1人切り倒した。
「しかし、いくら自分達が頑張っても」
男性兵が、別の方向に視線を向けた瞬間、表情が凍りついた。ワイバーンが20騎ほど、こちらに
向かいつつある。
「分かった。全滅しては元も子もないからね。全隊、撤収!!」
レルス大佐がそう叫ぶと、その声を聞き届けた、生き残りの笛兵が緑色の大きな笛を、思い切り
吹いた。
いささか、心地が悪くなる音色が響く、戦線から、生き残っていたシホールアンル兵が、敵兵から
離れていく。
敵兵も離れつつある。  


6  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  23:52:45  [  yrNM.ueg  ]
「連隊長、沖合いにシホールアンルの軍艦が6隻侵入しつつあります。」
別の兵士が、息を切らせながら伝えてきた。
「くそ・・・・・シホールアンルめ!」
レルス大佐は悔しげに呻きながらも、撤退を開始し始めた。
その時、視線の側で、味方兵がワイバーンの光弾に捉えたのが一瞬眼に止まった。
しかし、レルス大佐は気にせずに、抑え来る悲しみと、後悔を捻じ込んで、ひたすら走り続けた。


バルランドを始めとする南大陸連合軍は、戦局が降りになりつつあった。
北大陸はシホールアンル帝国によって支配され、その毒牙は南大陸にも浸透しつつあった。
この日、バルランドとミスリアル王国の連合軍は、強襲上陸を行ってきたシホールアンルの猛功
の前に、各所で戦線を突破された。
竜母や、高性能の軍艦に支援されたシホールアンル陸軍は、各所で激しい抵抗を受けながらも、
次第に勢力圏を伸ばしつつあった。
北大陸のシホールアンル帝国本土だけで、南大陸連合軍の倍近い軍事力を持つ敵軍との戦力差に、
人々は1年にわたって続けられた戦争に、もはや諦め始めていた。
破局は、じわじわと押し寄せつつある。
南大陸の国の王達は、それぞれの知力を振り絞り、戦局を立て直す事を考えていた。
そして、シホールアンルが南大陸に楔を打ち込んだこの日、彼らはある作戦を、実行に移そうとしていた。  




45  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:16:50  [  yrNM.ueg  ]
セイレ暦1481年  10月16日  バルランド王国首都オールレイング

「陛下・・・・・陛下。」

その声に気がついた彼は、考え事をやめて、いつの間にか側に寄って来た国防軍総司令官に顔を向けた。

「ああ、すまない。」
「大丈夫ですか?顔色が少々よくないようですが。」

国防軍総司令官であるグーレリア・ファリンベ元帥は心配そうな表情で聞く。

「大丈夫だ。何ともない。」

彼、バルランド王国王、アルマンツ・ヴォイゼはそう言って微笑んだ。
しかし、その笑みは、いくらか引きつったものになっている。
(無理もないか。ここ数日はまともに寝ていないようだからな)
ファリンベ元帥は、ヴォイゼ国王がなぜ、まともに寝られなかったのか知っている。
いや、ヴォイゼだけではない、ファリンベ元帥も、ここ数日は家に帰っていない。
ずっと、首都の国防軍総司令部に缶詰になっている。
次々と送られてくる情報に指示を下さねばならないから、長く寝入る事も出来ず、
ここ4日ほどは、睡眠時間は3時間しか取っていない。
ファリンベはまだいいほうで、司令部の若手参謀の中には、丸一日睡眠をとらずに働く者も何人かいる。

「それより、新しい情報はないか?」

ヴォイゼ国王は、顎を撫でながらファリンベ元帥に聞いた。
ヴォイゼは、外見は中肉中背の一般的な体系であり、顔は知的な面構えになっている。  


46  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:18:26  [  yrNM.ueg  ]
身長は120ロレグ(1ロレグ1・5センチ)ほどある。
年は36歳でまだ若いが、数日前と比べると、2,3年は老けたような感がある。

「戦線は大きく後退しています」

そう言って、彼は壁に賭けられている地図を指差した。

「5日前までは、我が王国の国境の前が戦線でした。しかし、今は」

ファリンベ元帥は、羽ペンで赤線の下に黒い線を書き込んだ。
線が所々凸凹し、横線が書き終わる。

「ここの辺りから、ここの辺りが現在の戦線です。」
「そうか。制空権、制海権を敵に取られては、満足に戦えないな。」
「海軍の艦艇もシホールアンルの艦隊には太刀打ち出来ず、ワイバーン部隊も良くて互角に
近い戦闘しか行えません。敵は、武器や兵器、あらゆる面で我らを上回っています。」

戦線は、南大陸と北大陸の繋がった細い地域のガルクレルフでシホールンアンル帝国の攻勢が始まった時に交替し始めた。
当初、ガルクレルフにはバルランド軍と、南大陸連合軍の合計、14万がいた。
シホールアンルは20万の大群で一気に押し寄せた。
攻勢開始から半日は、双方とも激烈な戦闘を繰り広げ、戦線の後退も0.5ゼルド(1.5キロ)しか起きなかった。
ところが、夕刻寸前になって、突如、ガルクレルフより6ゼルド南の港町に突然、シホールアンルの大船団が出現した。
ここの防備は、10000名の部隊しかおらず、輸送船に乗って来た合計7万の軍勢の前に、あっさり防備を突き破られた。
南大陸連合軍は、シホールアンル側の後方の強襲上陸を警戒して、東海岸に5万の兵を配備していたが、
シホールアンルの上陸軍は西海岸に上陸、後背をつく形で出張ってきたシホールアンルの別働隊は
快進撃を続け、翌10日には上陸軍が東海岸配備軍と、国境配備軍の後方、そして補給路を攻撃し、寸断してしまった。  


47  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:21:34  [  yrNM.ueg  ]
早朝には、シホールアンル海軍の巡洋艦、戦艦部隊が沖合いから艦砲射撃を加え、
しまいには竜母のワイバーンをも引っ張り出して国境警備軍を叩きまくった。
10日の夕刻に、国境警備軍の残存部隊は、シホールアンル軍に戦線を突破、包囲されるのを恐れて、
戦線を10ゼルド後退させることを決定した。
その事が住民に伝わると、住民はパニックを起こして、誰もが一目散に南に逃げようとしたため、
街道上は人で埋まり、南大陸連合軍の後退も遅れた。
結果、国境警備軍は残存部隊9万のうち、上陸軍に包囲の輪を閉じられるまで脱出できたのは、わずか3万のみであった。

12日には、バルランド海軍第2艦隊の巡洋艦、駆逐艦部隊がシホールアンル軍と決戦を行ったが、
シホールアンル艦は最低でも14リンル(1リンル2ノット)出せるのに対し、バルランド艦のスピードは速いもので14リンル、
遅いものは10リンルと、スピードが遅く、砲も巡洋艦で6門、駆逐艦3門のみ。
それに対し、シホールアンル艦は巡洋艦で主砲6〜8門、駆逐艦で4門装備しており、劣勢は明らかであった。
バルランド側は、巡洋艦1隻と駆逐艦3隻を撃沈したが、逆に巡洋艦5、駆逐艦7隻を撃沈され、ガルクレルフ沖から蹴散らされてしまった。
南大陸での初めての決戦で、南大陸連合軍は大敗を喫したのである。
悪い報告はそればかりではなく、16日の早朝には、敵の竜母艦隊がミスリアル沖に出現し、
その艦載ワイバーンで爆撃を行ってさんざん暴れ回った。
戦線は後退を続け、今ではガルクレルフから30ゼルド離れた地点にまで下がってしまった。
陸軍の装備は、南大陸連合軍とシホールアンル帝国軍共に似たようなものだが、
それを支援するワイバーンや海軍が、南大陸連合軍のものと比べるとかなり進歩している。

「ファリンベ。もしだよ?もし、このままの調子で進んで行ったら、1ヵ月後には戦線はどのくらいだ?」
「1ヵ月後には、ここでしょうか。」

ファリンベ元帥は黒い横線の下に新たな線を引いた。
その横線は、なんと、同盟国であるミスリアルの国境を大きく越えていた。100ゼルドも後退している。

「1年後には?」  


48  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:22:24  [  yrNM.ueg  ]
「1年後・・・・・・でしょうか?」

フォリンベに戸惑いの表情が見られる。彼は、1年後の戦線を書きたくなかった、なぜなら・・・・

「かまわない、書いてくれ。」

ヴォイゼ国王は凛とした口調で言い放った。
「俺は知りたいのだ。1年後には線が、どこまで下がっているか。」

ファリンベは、言われるがままに書いたが、書き終わって、彼は後悔した。
なぜなら・・・・

「悪くて海。よくてレルペレか。」

この線には、バルランドは入っていないのだ!

しかも、レルペレとは、南大陸の南端からわずか200ゼルド、同盟国、グレンキア王国の首都である。
南北1100ゼルドもある南大陸が、わずか1年で、シホールアンルの支配下に置かれるか、大部分を占領されているのだ。

悪夢。

まさにそうとしか言いようがなかった。  


49  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:23:53  [  yrNM.ueg  ]
「下手すれば、もっと早まる可能性があるな。シホールアンルは、竜母やワイバーン、
飛空艇の新型を開発し始めているし。」
「陛下。お言葉ですが、地の利はこちらにあります。シホールアンルの進撃を止められないまでにしても、
侵攻速度を遅くする事は可能です。」
「遅くはなるな。」

ヴォイゼ国王は頷いた。

「だが、勝てる事もない。こっちにも、シホールアンルと同じような艦隊か、新兵器がない限り、
現状では無理だろう。シホールアンルの首都にいる、あの皇帝の首でも跳ねれば、話は変わるだろうが」

彼はそういい終えると、頭を抱えた。皇帝と言う言葉に、特に憎しみが込められていた。

「唯一、こっちにも精強な軍や、頼れる同盟国がいることがいくらか救いだな。」
「特にミスリアルが同盟に着いたのは幸いでしたな。かの国は、魔法に関しては世界一ですからな。」
「ミスリアルの連中が、何かいい魔法でも作ってくれればいいが、それを作るとしても、時間は無いだろう。
魔法の新開発には数ヶ月掛かるからな。その間に、シホールアンルに攻め込まれて、魔法技術もろとも
取り込まれるのがオチだろう」

言い終えると、ヴォイゼは気が重くなった。

「後は、ミスリアルと共同で考案した、あの大魔法しかないのでしょうか。」
「それしか、方法はあるまい。」

国王は、大きくため息を吐いた。

「使用した事もない、新開発の魔法に頼るとはな。私としては、気分は複雑なものだよ」

そうぼやきながら、彼は玉座から立ち上がり、窓に顔を向けた。
窓の外の空模様は、曇っていた。  


50  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:25:24  [  yrNM.ueg  ]

                                     星がはためく時


1941年  10月17日  午前10時  ワシントンDC

ワシントンDCは1801年に、建国の父であるジョージ・ワシントンの名を文字って付けられた。
ワシントンDCは首都であるため、様々な国家機関が集中している。
そして、国家にはかけがえのない機関のひとつ、国務省の中に、待ち人はいた。
その待ち人は、合衆国国務長官、コーデル・ハルである。
ハルは、時計に目をやった。午前10時5分前だ。

「もうそろそろか。」

そう呟きながら、彼は書類に目を通し続けた。
彼の顔つきは、温和そうでありながら、眼は鋭く、顔には皺が深く刻み込まれているが、
それがかえって、狡猾な政治家という印象をかもし出している。
今年で60歳になるが、それとは思わせぬほど元気で、仕事も速くこなす。
国務長官は、33年に任命されて以来ずっと務めている。その為、今年で8年近く努めている事になる。
国務省の職員達は、影で国務省のことをハルの家と呼んでおり、ハル自身も、

「まるでここは私の家みたいだな」

とぼやいていた。
時間は流れ、10時になった。
ドアが開かれ、若い男がドアを開けた。  


51  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:27:23  [  yrNM.ueg  ]
「国務長官。野村大使がお見えになりました」
「わかった、通してくれ」

ハルはそう言うと、目を通していた書類を側に置き、野村大使が来るのを待った。
さほど時間はかからず、スーツを着た野村吉三郎大使が現れた。

「おはようございます、ハル長官」
「大使閣下、よくぞおいでくださいました。」

ハルは席から立ち上がって野村大使に握手を求めた。
野村大使は微笑みながら、ハルと握手を交わす。

「ワシントンも、ここ最近は涼しくなってきましたな。」
「ええ。お陰で、最近は暑さに煩わされなくなりました。」

野村大使はそう返事した。

「同感です。扇風機も必要なくなりましたから、電気代も少しばかり節約できるようになりましたよ。
では、席にお座り下さい。」

野村は頷いて、執務机の前にある用意された椅子に腰を降ろした。

「ハル長官、本国政府は先日、このような文書を送ってきました。」

野村大使は、カバンから紙を取り出し、ハルに手渡した。ハルはそれを取って、黙読した。
日本大使館から会談の打診があったのは、3日前の事である。
ハルは17日の午前10時に会談を行うと、日本大使館に解答した。  


52  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:30:06  [  yrNM.ueg  ]
「この文書からすると、日本は中国から撤兵し、満州に迫るソ連に撤収した兵力をぶつけたい。
その際、去年の9月に発せられた必要物資の禁輸を解除してもらいたい、との事ですな?」

「はい、そうです。ソ連と開戦して10ヶ月になりますが、我が軍は勇戦敢闘し、ソ連軍を満州からたたき出しました。
しかし、国境付近のソ連軍は時折、満州に攻め込もうと軍を押し立ててきます。しかし、備蓄物資が、
特に石油があと1年しか残っておらず、これ以上ソ連との戦争が長期化すれば、我が陸海軍は軍艦や戦車、航空機などに
燃料を入れることが出来なくなります。」
「イギリスが貴国に対して行った制裁措置はもう解除されていますが、もらえる石油は予想より少ないと聞いています。
イギリスとフランスは、ドイツ、イタリアとの戦争に忙殺されておりますからな。必然的に、物資はヨーロッパ方面に
優先され、貴国の分は少なくなる。」
「優先的に回した物資すらも、大西洋やインド洋でUボートに襲われているありさまです。
これでは、わが国がもっと石油を欲しても、必要量に届く事はないでしょう。」

2日前、大西洋を航行していたイギリスのPA34船団の輸送船40隻が、
何十隻というUボートにたかられ、全滅してしまった。
英側も、9隻のUボートを撃沈したものの、イギリス本土、フランスに届くはずであった物資は、
大半が海底の底に沈んでしまった。
それ以前にも、Uボートの被害は続いていたが、このような大損害は2ヶ月ぶりである。
フランスで激戦を続けるドイツとイギリス、フランス軍はパリの手前でこう着状態に陥っている。
ポーランド戦で真価を発揮したドイツ機甲師団も、イギリスやフランス軍のなりふり構わぬ必死の抵抗の前に、
戦力を消耗するだけであった。
夥しい犠牲者を出しながらも、双方とも戦局を大きく動かすチャンスは見出せていない
いっぽう、極東では、突然日本の空母鳳翔がソ連潜水艦に撃沈され、それが合図だったかのように満州や南樺太に
侵攻したソ連軍は、日本軍の必死の防戦に大損害を出している。
一番悲惨なのは、ソ連太平洋艦隊と日本連合艦隊の戦いで、日本側の空母機動部隊の一撃で、
ウラジオストックの艦艇の半分、軍事施設は叩き潰され、艦隊決戦ではソ連艦隊は日本側の重巡、駆逐艦各1隻を沈め、
戦艦金剛を大破出来ただけで全滅させられた。  


53  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:32:19  [  yrNM.ueg  ]
ソ連も新型のT34やKV−1重戦車などを押し立てて、機甲戦力で関東軍を潰そうとするが、
日本側は航空部隊もぶつけて応戦するため、ソ連側の方が日本側の損害を上回り、10月の始めに
行われた日本側の陸海共同反攻でソ連軍は国境の外に押し出された。
しかし、ソ連側も諦めるつもりはなく、未だに国境線付近で激戦が続いている。
こうした中、日本側は欧米諸国の禁輸政策の影響で、物資が払底しつつあった。
イギリスとの禁輸は解除されたものの、実際には予定量の半分か、7割程度の物資しか届かず、
これではとてもではないが、戦争を続けるのは苦しかった。
そこで、禁輸が行われる前に、物資の大半を取引してきたアメリカに頼み込んで、禁輸を解除してもらおうと、
野村大使を通じて頼み込んできたのだ。

「確かにそうでしょう。ソ連のあの指導者の性格からして、手を緩めればどっと、赤旗の軍団が
雪崩れ込んできますからな。フィンランドやバルト三国の例がそうです。」
「ソ連には、全く困らされています。」

野村大使は、辛そうな表情でため息を吐いた。
この日ソ戦争で、日本は満州を一応奪い返したが、南樺太は完全に失ってしまった。
南樺太にいた守備軍は玉砕し、在留邦人は半数が本国に帰らぬまま、樺太の地に残された。
ソ連軍の侵攻スピードがあまりにも速いため、逃げ切れなかったのである。

「気持ちはよくわかります。本来、大統領閣下はソ連に親しみを覚えていたのですが、
貴国に戦争を吹っ掛けた時には流石に驚かれておられました。欧米諸国や、わが国の国民にも、
日本に同情するものは少なくありません。」
「そうですか。」

野村大使は頷いた。  


54  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:33:51  [  yrNM.ueg  ]
「現在、南樺太付近には、連合艦隊の艦艇が常駐している為、ソ連側は千島を攻めあぐねております。
しかし、禁輸が続いている今の現状では、この艦隊も動かなくなり、やがては抑止力としてはなくなるでしょう。」
「よく分かりました。」

ハルは大きく頷いた。どちらかというと、ハルも今回のソ連の暴挙には批判的であり、

「合衆国の敵は日本ではない。第1にドイツ、イタリア、第2にソ連だ。」

と影でそう言っている。

「大統領に打診してみましょう。」
「ありがとうございます。」

野村は深く頭を下げた。
「禁輸さえ解除されれば、わが国もいくらか、戦争がやりやすくなります。ハル長官、どうか、よろしくお願いします」
「わかりました。」

ハルも頷き、野村大使との1つめの協議は無事に纏まった。

午後3時20分  ホワイトハウス
「そうか。」

ハルの報告を受け取った、フランクリン・ルーズベルト大統領は、ハルの報告を、手渡された文書を見ながら聞いていた。

「日本側は、わが国の禁輸を解除してくれと頼んできたか。」
「このような申し出をするほど、日本側は逼迫しているのでしょう。」  


55  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:35:35  [  yrNM.ueg  ]
ハル国務長官の言葉に、ルーズベルト大統領は頷く。

「そして、2つ目の案が、近衛首相が私と腹を割って話し合いたい、との事か。」
「近衛首相は、悪化した日米関係を元に戻そうと奮闘しておられているようです。」
「彼が頑張っている事は、私もよく分かるよ。」

ルーズベルトは新聞の切り抜きを取り出し、それを見た。2ヶ月前の新聞だが、その文面には、

日本の近衛首相、暴漢に襲われる!

という見出しがあり、男が取り押さえられ、近衛首相が護衛に囲まれて引き離されようとしている写真がある。
後の報道では、この暴漢は右翼の青年であると報じていた。

「この時は、右翼の差し金が襲ってきただけのようだが、この差し金がいつ、日本の軍部に変わるか、
近衛首相も日々恐れているだろう。」

ルーズベルトは、新聞の切り抜き記事を置いた。

「しかし、それを敢えて押さえ込み、自分のやるべき事をやろうとしている姿勢は評価に値するだろう。」
「私も同感です。」
「国民も、日本にはいくらか同情的だろうし、ここで日本に恩を売るのも悪くはないと思う。
幕末の開国以来、時には友好を深め、時にはいがみあってきたが、今の時期、情勢は昔と大きく変わった。
ここはひとつ、近衛首相と色々話をしてみたいものだな」
「では、大統領閣下。」  


56  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:37:34  [  yrNM.ueg  ]
ハルが歩み寄る。

「私は、もともとロシアが好きだったが、ここ最近のソ連の行動を見て、アンクルトムには愛想をつかしたよ。
ハル、野村大使に禁輸及び首脳会談の件について、よく検討し、1週間後には回答すると伝えてくれ。」

ルーズベルトはそう言った。
ハルは、わかりましたと言って、執務室を出て行った。

1941年  10月17日  カリフォルニア州サンディエゴ

カリフォルニアの空は、心地よいほど晴れ渡っていた。
「いい天気だね。仕事でなければ、ビーチでひと泳ぎしたいものだよ。」
太平洋艦隊司令部の窓から、真珠湾港を見渡していたハズバンド・キンメル大将は、
隣にいるジェイムス・リチャードソン大将に話しかけた。

「気に入ったかね?」
「ああ、気に入ったよ。何分、北部とは違って、ここでは冬に面倒な雪かきなどやらんで済むからね。」

そう言って、二人はハハハハと笑い合う。
2人は椅子に座って、話を続けた。

「それにしても、1年前には太平洋艦隊の司令部をハワイに移すと言われていたが、
今でもこのサンディエゴにへばりついたままだな。」
「日本軍がソ連相手に精一杯だからな。上層部は日本が予定していた、南方資源地帯への侵攻が出来なくなった事で、
当分は基地施設の移転は必要ないと踏んだのだろう。」

リチャードソン大将はそれでいいと言わんばかりの表情だった。  


57  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:40:05  [  yrNM.ueg  ]
それを、キンメルは感じ取った。

「君は、どうもハワイ移転が取り止めになってホッとしているようだが?」
「ホッとするもなにも、っと、口で説明しても少し分かりにくいだろうが」

そう言いながら、リチャードソンは執務机に戻って、引き出しをがさごそと探った。
探してから20秒が経ち、

「あった。」

彼は何かを引っ張り出した。それは少し大きめの写真だった。

「これが、移転予定地の真珠湾だ。よく見てみろ。」

彼はある所を指した。そこは、海から真珠湾港に繋がる水道だが、その幅は狭い。
それでもまだいいほうで、西入江に入るほうの入江はさらに狭く、ここに輸送船や大型船を沈められてしまえば、
西入江は港としての機能を喪失してしまう。

「こんな狭い水道しかない泊地なぞに、大艦隊を収容するなど、私には怖くてしかたがないよ。
空襲はなしにしても、船が座礁しただけで、機能は著しく制限されてしまう。」
「しかし、パールハーバーの浅海面は低いぞ。爆撃機にはやられるかもしれんが、
軍艦の宿敵である雷撃機にはやられないと思うが」
「だが安心はできんよ、キンメル。」

リチャードソン大将は鋭い目つきでキンメルを見つめた。  


58  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:43:00  [  yrNM.ueg  ]
「タラントでは、イギリス海軍が空母艦載機でイタリアの戦艦1隻を轟沈させて、1隻を大破させている。
タラントの浅海面はパールハーバーとあまり変わらん。正直言って、安心はできんよ。」

そう言って、リチャードソンは背もたれによりかかった。

「なるほどな。よく分かったよ。」

キンメル大将は納得したように頷いた。
確かに、真珠湾は軍港にはもってこいの泊地であろう。
しかし、このような問題面もあるとなると、軍港としての価値は一気に下がってしまう。

「この事は大統領に知らせようとしたのかね?」
「知らせようとはしたが、ワシントンではゴタゴタが続いていて、伝えようにも出来なかったのさ。
今年の2月に直接伝えようとしたら、ハワイの移転は取り止めになったのだ。
まっ、私としては、移転取り止めは正解だと思う。」
「つまり、君の願いがかなったと言う訳か。」

そう言うと、リチャードソンは苦笑した。

「移転しろと言われたらやったはずだけどな。軍人は命令を守るのが仕事だから。」

そう言って、リチャードソンはコーヒーすすった。

「さて、キンメル新長官、太平洋艦隊の事は頼んだぞ。」
その言葉に、キンメルは頷いた。
「これからの時代は、戦艦よりも空母、航空機の時代だからな。欧州の戦局がそれを如実に現している。」
「俺も充分承知しているよ。」  


59  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:46:07  [  yrNM.ueg  ]
キンメルは深く頷いた。欧州の戦いでは、大艦巨砲主義者を失望させるような事が何度も起きている。
戦争が始まって半年後の40年2月には、ドイツの装甲艦リュッツオウがイギリス空軍の雷爆撃で撃沈され、
8月にはイタリアの戦艦チュリオ・チェザーレがフランス・イギリス軍機に攻撃され、大破。
11月にはタラント奇襲でコンテ・ティ・カブールが沈没し、カイオ・デュイリオが大破した。
12月には、英戦艦バリアントが独・伊空軍の爆撃を受けて大破し、イタリア潜水艦に止めを刺されて沈没した。
41年5月には通商破壊に出港したドイツ戦艦ビスマルクが、英巡洋戦艦フッドを撃沈し、プリンス・オブ・ウェールズを
たたきのめして蹴散らしたが、復仇の念に燃える英空母部隊や英空軍に袋叩きにされた。
ビスマルクは23機を撃墜したが、必死の防戦空しく、魚雷12本、爆弾13発を受けて撃沈されてしまった。
このように、もはや戦艦の優位性は消失しており、海軍の主流は戦艦から航空機に移りつつある。

「しかし、合衆国では相変わらずサススダコタ級やアイオワ級などの戦艦を作っている。
未だに大艦巨砲主義信じるものが多いようだ。」
「リチャードソン、確かにそうかもしれんが、アイオワ級やサウスダコタ級は、これまでの戦艦と違って、
ノースカロライナ級のように28ノットのスピードが出せる。この間、ハルゼーから聞いたのだが、
海軍上層部には、この3種類の戦艦を、対空火器を増強した機動部隊随伴戦艦にするようだぞ。」
「機動部隊随伴戦艦か。」

リチャードソンは納得したような表情になった。

「確かに、航空機の威力が高くなった現在では、対空火力の充実が求められる。
そのような戦艦に護衛されるならば、空母も被害が軽減できるかもしれないな。」
「そうだろうな。しかし、」

キンメルは苦笑する。

「俺としてはいささか寂しいものだね。昔から艦隊決戦が夢だったのだが。時代の流れは速い。」  


60  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:48:22  [  yrNM.ueg  ]
「これからの太平洋艦隊司令長官は、軍艦上で指揮を取るより、陸上施設で指揮を取る時代かもしれないな。」

そう言って、2人は頷きあった。

「おっと、長話をし過ぎたな。それでは、後はよろしく頼んだぞ。」
「分かった。」
「艦隊司令官の中には、個性のあふれる奴が多いが、そこはうまく手綱を引き締めてくれ。
特にハルゼーはいささか熱すぎる男だ。注意しろよ。」
「なあに、あいつとは同期だ。同じ釜の飯を食った仲だから、奴の性格は知っている。
うまくあしらってやるよ。」

そう言うと、2人はまたもや笑いあった。

1481年  10月18日  シホールアンル帝国首都ウェルバンル

「ねえ、君。俺とお茶しないかい?」

露店のパン屋で売り子をしていたミーリ・レルベイは、突然現れた若い男に困っていた。

「い、いや、お客さん。自分は仕事中でして。」
「仕事しすぎたら、ストレスが溜まりまくっていけないぜ?
それよりは、少し一息をついて1時間ほど話でもしようよ。」

若い男はそう言うと、彼女に微笑んだ。
外見は優男に見え、顔立ちはへらへらしていて体つきは少し細い。
亜麻色の長髪を後ろで結っていて、服は上が白の長袖、下が紫色のズボンと、普通のものをつけている。  


61  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:50:44  [  yrNM.ueg  ]
「そんなあ、まだお昼が終わったばかりですし、それに、お父さんが許すかどうか。
それに、2週間前も同じような事をいったような気がするんですけど?」

少女はためらいがちに言う。

「おっ?覚えててくれたんだ!いやあ、自分としては嬉しい限りだね!
ひょっとして、君も俺の事を気にしているのかな?」
「い、いやあ・・・・あはははは。」

ミーリはいささか困って苦笑を浮かべた。
そこに、

「お客さん。いつもいつもどうも。今日も外をぶらりと回られているので?」

奥から快活な声が聞こえてきた。彼女の父親がこの男に声をかけたのだ。

「やあ、久しぶりだね。調子はどう?」
「上々ですよ。」

父は笑って答えた。

「頼みがあるんだが、この子を少し借りていいかな?」
「い、いや。それは少し困りますなあ。」

と言って、父親も困ったような表情をする。
何しろ、相手があれだから、そう簡単に答えていいものか。
それ以前に、  


62  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:52:33  [  yrNM.ueg  ]
「ちょっと。」

後ろから別のフード帽の男が近付いて、その優男に声をかけた。

「ん?ああ。」

優男とフード帽の男は何かを耳打ちした。
すると、背を向けていた優男は大きく頷き、小声で返事すると、フード帽の男は去って行った。

「済まないねえ、待たせて。さっきの件だけど、今日はいいや。
君のやっている仕事もこの店にとっては大切だからね。邪魔してごめんよ。じゃ!」

そう言って、優男はどこかに行ってしまった。

「ふぅ〜。面白い人ではあるんだけど、こんな市場をぶらぶらしてていいのかな?」

ミーリはため息混じりにそう言った。

「いいんじゃないのかな?もともと、ああいう人だし。最初は驚いたが、何年も経つと慣れるものだなあ。」

父親はしんみりとした表情で言う。

「あれから7年か。あの人は身内にはこうして優しいけど、敵に対しては過酷に扱うからな。
しかし、ああしている事は、余裕があると言う現れなんだろう」
「一国の皇帝陛下が、首都をぶらり歩き回るなんて、前代未聞よね。」

ミーリはそう呟くと、気を取り直して売り子の仕事を再開した。  


63  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/12(日)  12:53:30  [  yrNM.ueg  ]
「早速、敵の重要防衛線にぶち当たったか。」
「ええ。現在、竜母部隊の艦載ワイバーンが事前爆撃を行っています。
南大陸連合軍のワイバーンも出撃していて、現場は激戦の様相を呈しているようです。」
「この事は既に予想済みさ。あとは、南大陸連合軍の防衛線が何日持つか。見物だね」

亜麻色の長髪の若い男。

シホールアンル帝国皇帝オールフェス・レリスレイは、不敵な笑みを浮かべながらそう呟いた。  



70  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/17(金)  23:58:51  [  yrNM.ueg  ]
第2話  星は舞い降りた

1481年  10月18日  午前11時  シホールアンル帝国首都ウェルバンル
首都ウェルバンルは、人口が320万を超える大都市である。
本来は、北大陸西端に首都があったのだが、1230年に当時の皇帝オエイレ帝が、
大陸東のウェルバンルに遷都して以来、ウェルバンルは発展してきた。
ウェルバンルから東10ゼルドにはシホールアンルでも有数の港町、シギアルがあり、そこから
首都に流れて来る商人も多い。
同時に、海軍の一大根拠地としても知られており、多数の軍艦が停泊し、海軍工廠には
建造中の新鋭戦艦、竜母、巡洋艦などが、それぞれの分野の職人によって徐々に作られつつある。
そのウェルバンルの郊外に佇む小さめの城(と言っても、普通の貴族の家よりは大きい)。
ここが、シホールアンルを統べる主の家である。
そして、そこに住んでいる主は、

「陛下!今日と言う今日は言わせて貰いますぞ!!」

侍従長に怒られていた。

「くそ、うるせえのがまた来たよ。」

皇帝のオールフェス・レリスレイは、顔を背けるが、

「うるさいではありません!」

侍従長は顔を真っ赤にして怒鳴った。
彼が怒っている理由は、昨日、オールフェスが宮殿から抜け出し、首都をぶらぶら歩き回っていた事である。  


71  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:01:28  [  yrNM.ueg  ]
「このシホールアンルにも、敵国のスパイが紛れ込んでいるかもしれませんのですぞ。
2週間前なぞ、陛下は暗殺者に襲われたではありませんか!」
「暗殺者?ああ、あの雑魚ね。あれで暗殺者とは、バルランドの奴らも底が知れるもんだね」

そう言って、オールフェスが豪快に笑い飛ばした。
オールフェスは、時折宮殿を抜け出ては、首都の露店や酒場などをぶらりと回っている。
オールフェスが皇帝の座についた7年前から、彼の散歩は続いている。
散歩をする度に、侍従長に怒られるのだが、オールフェスは気にしていない。
彼から言えば、散歩はストレスを解消するための手段である。しかし、その散歩の際に、3度ほど、彼は暗殺者に襲われていた。
しかし、その暗殺者は、密かに援護していた護衛の返り討ちに会ったり、オールフェス自身が直接討ち取っている。
彼は剣術や格闘も得意であり、精鋭で名高い首都親衛警備軍のベテランと戦っても、普通に勝っている。

「何度も申し上げますが、陛下はシホールアンルの王なのです!
その王が、勝手に城を抜け出し、挙句の果てに暗殺者に襲われるなど、あってはならない事です!」
「あったじゃねえか。」
「それはあなたが・・・・・・・はぁ」

侍従長は言いかけたが、すぐにやめた。
いつもなら、あなたが外をうろつき回っているからだ!と怒鳴り返しているのだが、今日はそれを言うのも疲れた。

「おっ、元気がないな?」
「私から元気を無くしたのは、陛下であります。」

侍従長は、顎に伸びた白髭を荒々しく撫でながら言う。

「それよりも、大会議室に皆様がお待ちになっておられます。」  


72  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:03:30  [  yrNM.ueg  ]
「そうか。今すぐ行くよ。」

そう言うと、オールフェスは足早に侍従長の元を離れた。

「陛下、今日こ」
「さってと!大事な話をしないといかんなぁ!」

後ろの声を掻き消して、彼は大会議室の扉を押し開けた。
早く移動しないと、侍従長からくどくど言われるのは確実なので、彼はいつも別の事を言ったりして逃げている。
大会議室には、長テーブルと、椅子に座る5人の男がいた。
5人中、3人は年を取っているが、2人はオールフェスと比べても同年代なのか、かなり若い。

「おはようございます、陛下」

まばらではあるが、5人の高官はオールフェスに挨拶をしてきた。彼も微笑みながらおはようと返す。
彼が玉座に座ってから、話は始まった。

「さて、聞きたい事はいくつかあるが、まずは南大陸戦線の話を聞こうか。」

先ほどまでへらへらしていた彼の表情が、真剣なものになる。
1人の初老の男が立ち上がった。陸軍総司令官のギレイル元帥である。

「南大陸戦線の戦況ですが、依然として、わが軍が有利であります。」

その言葉に、オールフェスは頷く。ギレイル元帥は続けた。  


73  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:06:19  [  yrNM.ueg  ]
「しかし、敵の重要防衛線、ヴェルラ線はやはり守りが堅く、味方の損害は増えつつあります。
今現在、ヴェルラ線は突破できておりませんが、防衛線自体には侵攻部隊や竜母部隊の攻撃で
かなりのダメージを与えており、3〜4日ほどで突破できるでしょう。」
「順調だね。」

玉座のオールフェスは首を縦に振った。

「ヴェルラ線をどれだけ早く抜けるかが、今後の戦局に影響してくる。
今は順調かもしれないが、戦いとは相手がいる事だ、思わぬ所で足をすくわれないように気をつけろ」
「わかりました。」

ギレイル元帥はそう言って、席に座った。それと同時に、海軍総司令官が立ち上がる。

「レンス元帥、ガルクレルフの港は使い物になりそうか?」
「その港についてですが、南大陸連合軍は我が地上軍の攻撃が急なためであったのか、
港湾施設を破壊せずに撤退してきました。ガルクレルフは泊地としての機能は充分備わっており、
港から少し離れた内陸は草原地帯となっていますので、大量の物資が備蓄可能です。」
「工事は進捗しているか?」
「順調です。現地人の奴隷も大量に投入して、作業に当たらせているため、予定通り1月には
ある程度の物資を備蓄できるようになります。現時点では物資の備蓄はいまいち出来ませんが、
艦隊の補給程度なら可能です。」
「よし。それならいいぞ。」

レンス元帥が一通り説明を終えると、今度は国外相が立ち上がった。

「まあ、何度も似たような質問をすると思うが、その後、南大陸の奴らはこっちの降伏交渉に乗ってくるか?」
「乗ってくるどころか、打診するたびに文句が帰ってきます。
昨日の回答には、使者を送って来い、すぐに首を跳ねてやる、という魔法通信が届いていました。」  


74  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:08:05  [  yrNM.ueg  ]
「まっ、南大陸の住人は俺の政策が気に入らないんだろう。まあ、北大陸のみならず、
南大陸も取ろうとしたら、流石に欲張りと言われても仕方がないか。」

オールフェスは苦笑しながら言う。

「そもそも、鍵さえ渡せば、南大陸に攻め込まなかったんだが、いずれはこういう事が来るはずだったんだ、
少しくらい早まったってどうってことないな。」

玉座にふんぞり返りながら、彼は呟く。
オールフェスのそもそもの目的は、鍵を手に入れる事だったのだが、その鍵は、今や南大陸にある。
鍵のくせに、逃げやがって。内心で彼は毒づくが、彼は国外相に話を続けさせる。

「他にはないか?」
「陛下、先日より準備を進めていました、マオンド共和国への訪問の準備が整いました。」
「準備ができたか。マオンドの同盟関係を強調するために、フレル、君に苦労掛けるが」
「私の事など、大丈夫です。」

フレル国外相は自信に満ちた表情で言い放った。

「マオンドからの増援、必ず呼び寄せてまいります。」
「ああ、期待している。」

オールフェスは頷く、物事は、すべて順調に行っていた。  


75  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:10:39  [  yrNM.ueg  ]
1481年10月18日  午後7時  バルランド王国ラウーイス

外がピカッと青白く光り、直後に雷の音が鳴り響いた。

「うお、雷か。」

机で書類を書いていた、ラウス・クレーゲルは、ローブについていたフード帽を頭に被せた。

「雷が怖いのかい?」

後ろの仲間が冷やかしに言ってきた。

「怖くはないさ。でもな、集中している時にこんな音を鳴らされりゃ、気が散る。」

苦々しげに顔を歪めつつ、彼は仕事を続けた。

「最後の最後なんだから、間違えるなよ。」
「誰が間違えるか。君は俺と付き合って5年になるだろう?やると決めたのは
キッチリ終わらしてるよ。失敗無しで。」

半ば自慢するかのようにラウスは言い放つ。
ラウス・クレーゲル、バルランド王国の魔術師では5本の指に入ると言われるベテラン魔術師であり、
その能力は、魔法に関しては1番の実力を持つミスリアルの魔術研究者らも、認めているほどだ。
顔立ちはどこか頼りなさげで、疲れてそうな表情をいつも浮かべている。
体系は痩せ型で、いかにも勉強だけが取り得という雰囲気を醸し出している。
年は26歳でまだ若いが、全体的には実年齢を20年ほど上回っているように感じられる。
ラウスが、今紙に書いている術式の魔法に取り掛かったのは1年前の事である。  


76  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:12:49  [  yrNM.ueg  ]
当時、北大陸の国が、次々とシホールアンル帝国に飲み込まれていく中、
バルランドはミスリアルと共同である魔法を開発する事を決めた。
その魔法とは、どこかの異世界から強力な軍事力を持つ戦力単位を呼び出し、それを南大陸に侵攻してくるで
あろう、シホールアンルにぶつけて、侵攻を止めようと言うものである。
最初、この話を聞いた時、ラウスは

「どこぞの御伽噺から、ネタを引っ張り出してきた?」

と本気で疑った。しかし、ミスリアル側では、この魔法は理論上では可能であり、
時間と召喚に用いる際のモノが整えば出来るらしい。
一番の問題は、召喚が成功するか、成功しても、それはこっちの役立つもので、こっちの味方になるか、である。
不承不承ながらも、共同開発メンバーに抜擢されたラウスは、1年前から仕事に取り組み始めた。
彼が作っているのは、相手が召喚される時に繋がる、トンネルの入り口部分、というのを担当している。
いくつか細分化されて、小管魔法は作られているが、このトンネルの入り口部分と言うのが大変であり、
術式の基礎を作るのに4ヶ月も掛かった。
それを煮詰めるのにさらに6ヶ月、そして、今が最終段階の校正である。
この校正で、術式の不備点を加えれば、召喚魔法は完成する。
別の部分は既に完成しており、後はラウスが作る部分のみが残っていた。

とりとめのない会話からさらに2時間が経ち、午後9時を過ぎた。

「終わった。」

何気なく、ラウスは呟いた。
連日10時間以上は机に向かっているから、彼の顔色はやや青白くなり、目の下にくまが出来ている。

「何が出来た?」
「コレだよ。」  


77  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:14:27  [  yrNM.ueg  ]
彼は、後ろの同僚に紙を見せた。

「流石はバルランドで指折りの魔術師、仕事が速いぜ。」
「お世辞を言うなよ。」

そう言いながら、ラウスはまんざらでもないように笑みを浮かべる。
その笑みも、疲れのためか、やや引きつっている。

「それに、お前より遅く終わってるんだから、自慢に出来ねえよ。」
「俺より多い箇所をやっているんだから仕方ないさ。さあ、早く報告に行かないと、リーダーが首を長くして待ってるぜ。」

同僚の魔術師、ヴェルプ・カーリアンは自分の赤い髪を掻き毟りながら立ち上がる。

「確かにね。さて、行くとするか。エルフの旦那が待っているからな。」

そうぼやきながら、2人は立ち上がった。
ドアを開けると、そこには薄暗い部屋があり、その真ん中に置かれた、大きめの机を取り囲み、
椅子に座って話をしている3人の人影があった。
2人が入ってくると、その3人は振り向いた。

「術式が完成しました。」

ラウスはそう言って、1人のエルフの男の元に歩み寄った。
そのエルフは肌が浅黒く、背は大きいながら、体全体のバランスが取れている。
顔達は端整であり、見るものを惹き付けるものがある。  


78  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:16:01  [  yrNM.ueg  ]
「どれ、見せてみろ。」

氷のような声でそう言い、男は何十枚もの紙を手にとって、1枚1枚、素早く見ていく。

「うん・・・・・うん・・・・・・見事だ。」

全てを見終わり、ダークエルフの男は頷いた。
彼の名はレイリー・グリンゲル。ミスリアル王国では一番の腕を持つ魔術師である。
年は30歳と、ラウスと大して変わらない。

「これで、足場は揃った。後は、やってみるだけだな。」

そう言うと、皆が納得したように頷いた。

「鍵の持ってきた図面が、この後、どのような結果をもたらすかは判前とはしない。
だが、俺達はそれを基にして作った、この魔法に掛けてみるしかない。」

レイリーはそう言うと、席を立った。

「さて、3時間ほど休んだら、最後の仕上げをやろう。」

1941年10月19日  午前2時  アメリカ合衆国カリフォルニア州

「やっぱり、人は訓練すれば使い物になるなぁ」

ウィリアム・ハルゼーは、ソファーの向かいに座る元同級生、ハズバンド・キンメルに語りかける。

「君の訓練のやり方がうまいからな。」
「うまいか・・・・まあ、俺の手にかかれば、ヒヨッコなんざ半年で一人前にして見せるさ。」  


79  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:17:51  [  yrNM.ueg  ]
そう言って、ハルゼーは豪快に笑い飛ばす。2人とも、片手にはウィスキーの入ったグラスを手にしている。
キンメルが住んでいる官舎に、ハルゼーが押しかけたのは午後11時を過ぎた時であった。
17日に、キンメルは太平洋艦隊司令長官に就任したが、就任してからは、ハルゼーとは儀礼的に挨拶を交わしたのみである。
18、19日は、ハルゼーは直率の第8任務部隊をサンディエゴ沖で訓練させた。
彼の旗艦であるエンタープライズがサンディエゴに入港したのは、午後8時の事で、ハルゼーは9時に基地を出て、
少しの休憩を取った後にキンメルの住む官舎に、ウィスキーのビンを持って、

「太平洋艦隊司令長官、就任おめでとう!」

と叫びながら強引に入ってきた。
それ以来、ハルゼーとキンメルは2時間以上も話し続けている。

「まあ、自分でもよくよく思うよ。伸びたいという人間は変われるのだな、と。
10ヶ月前のあいつらは酷かった。標的に爆弾を当てるのは一部の奴だけで、他はほとんど外しやがる。」
「急降下爆撃は難しいと聞いていたが?」
「難しい。だが、それをこなすのが艦爆乗りだ。VB−6の奴らは最初、ほとんどが腰抜けだった。」

ハルゼーは、右手を急降下してくるドーントレスに擬し、左手を標的に擬して説明する。

「本来、急降下の時には、最低でも高度を1000か、それ以下の800辺りまでに下げないといかん。
しかし、10ヶ月前の奴らは、ほとんどが高度1500か2000近い高度で爆弾を投げ落としていた。
あれじゃ当たるものも当たらん。あまりに酷いものだから、あと4回訓練するうちに高度をもっと下げん
かったら、全員船から放り出してやると艦長に言ったよ。まあ、パイロットには直接言わなかったが、
あれから奴らは変わり始めたね。」
「お前は乱暴だからな。直接そいつに言わんでも、お前が言ったとされれば、若い連中は誰でもビビルぞ。」
「せっかくブルのあだ名を頂いているんだ。それらしい部分は見せんとな!」
「やり過ぎて、下の連中から敬遠されるなよ。」  


80  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:20:08  [  yrNM.ueg  ]
キンメルの忠告に、ハルゼーは苦笑した。
「やり過ぎないようにはしてるんだが、どうもうまくいかないね。
まあ、そこはなんとか考えながら、適度に抑えていくさ。」

彼はグラスのウィスキーを飲み干し、ビンを取って空のグラスに注ぐ。
途中で、キンメルのグラスに残っているウィスキーの量を見る。

「あまり残ってないな。注ごうか?」
「いや、自分でやるよ。」

キンメルは断るが、

「司令長官閣下に入れさせたら失礼であります。ここは中将である、私に。」

と、ハルゼーはわざとおどけたような口調で言った。

「それじゃあ仕方ないな。」
キンメルは苦笑したが、ここは“部下”のすすめを受ける事にした。
グラスに注ぎ終わり、ハルゼーはビンをテーブルに戻す。

「とりあえず、見た限りでは、TF8の錬度は上がっている事だな?」
「まあ、そうなるな。」

ハルゼーは頷く。

「しかし、世の中物騒なものだな。」
「ああ。その通りだ。」  


81  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:22:40  [  yrNM.ueg  ]
キンメルは神妙な表情でそう呟いた。

「物騒ではあるが、君が言っていた持論も証明されているぞ?飛行機は戦艦に勝てる、と。」
「その通りだ。とは言っても、俺が直接、その立役者になれなかったのが少し不満なとこだが、
キンメル、君としてはどう思う?まだ戦艦を信じるかね?」
「そうだなあ・・・・」

キンメルは腕を組んで考え込んだ。
欧州の戦争では、戦艦はもはや過去の時代のものと示されている。
ビスマルク撃沈然り、タラント奇襲然り。
いずれも、洋上で威風堂々と波を蹴散らしていた戦艦は、飛行機と言うちっぽけな、
しかし、俊敏な行動力と、獰猛な攻撃力を備えた新時代の兵器に取って代わられた事を、如実に表していた。
今や、日本海海戦、第1次大戦で栄華を極めた戦艦も、航空機の援護無しでは作戦は満足にこなす事が出来ない時代になった。
長年、戦艦こそが海戦の主役と考えていたキンメルも、最近ではハルゼーの言う事が正しいと感じるようになっている。

「はっきり言えば、未だに戦艦という艦種は好きだし、昔の考えから抜け切れてはいない。
あの敵を圧する主砲の砲声、威風堂々と驀進する姿・・・・実に素晴らしい物だった。」
「だった・・・・か。」
「だった、だよ。」

キンメルはウィスキーを1口飲んでから話を続ける。

「でも、今はそは感じなくなって来た。むしろ、今は空母や航空機に興味を引かれることが多く
なっているな。空母といえば、来年竣工するエセックスだが、まあ、私の口から言っても
つまらんと思うが、あれはなかなかいい艦だな。」
「君もそう思うか?」
「思うさ。27000トンの基準排水量に悪くない航続力と速度。
100機以上の航空機を積める搭載能力。防御もヨークタウン級に比べて上がっている。
水雷防御が今ひとつなのは少し気に入らないが、上からの攻撃には結構強いと思う。」  


82  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:24:11  [  yrNM.ueg  ]
「ふむ。お前も見る目があるじゃないか。」

ハルゼーはニヤリと笑みを浮かべた。

「対日戦が無くなったので、建造数は削られたが、それでも14隻が竣工する。
14隻だ。ヨークタウン級の3隻とは比べ物にならん。」
「まさに、持てる国のなせる業、と言う事か。とは言っても、14隻のエセックスを作ったところで、
敵地に対しての地上攻撃ぐらいが関の山じゃないか?」
「ジャップがこっちに喧嘩吹っ掛ければ、エセックス級も結構役に立つだろうが、今じゃあ
イタ公もフリッツも、イワンも主要艦艇は奥に引っ張り込んでいるからな。
まあ、元々は27隻作る予定で、めぐり巡って14隻に削減されたとはいえ、それでも多すぎるな。」
「敵艦隊が出て来ても、イギリスやフランスの海軍が得物を横取りしようとするから、出番はあまり無いかもしれん。」
「いっそ、エセックス級や建造中の新鋭戦艦を全部作らんで、戦車や航空機を作ったほうがいいかも知れんな。」

ハルゼーがそう言うと、2人は思わず失笑した。

「そうなら、海軍は今まで違って小ぢんまりとした艦隊編成になるだろうなあ。そうなると、寂しいものだね。」

キンメルはいささか寂しげに呟く。

「同感だね。」

ハルゼーはそう言う。
右手に持ったグラスを顔に近づけ、新たに一口含もうとした時、視界が暗転した。  


83  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:25:01  [  yrNM.ueg  ]
来たれ・・・・・・召喚されるものよ・・・・・



来たれ・・・・・・異形なる物共よ・・・・・我らの危機を救うために・・・・・




異界のモノ達よ・・・・・その英知・・・・・その力・・・・・我らに役立てる為に・・・・・








我らが世界へ・・・・・舞い降りよ・・・・・・・  


84  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:26:29  [  yrNM.ueg  ]
唐突に、襟に、ヒヤッとした冷たい液体が流れた。

「?・・・・・うわ、クソったれ!」

最初、何か分からなかったが、ハルゼーは誤って、襟の部分にウィスキーをこぼしてしまった。
彼はグラスを置いて、慌てて胸ポケットのハンカチで、首や襟を拭いた。

「ん?どうした、何か起きたのか?」

キンメルが、少し遅れてハルゼーに問いかけた。

「いや、ちょっと酒をこぼしちまってな。」

その時、彼はキンメルが額を抑えているのを見た。

「どうした?もう酔っ払ったのか?」
「それはこっちのセリフだよ。君だって、少し眠たそうな顔しているじゃないか。」

そう言い合った時、2人は首をかしげた。

「なあ、ハズバンド。さっき、一瞬だけ目の前が真っ暗にならんかったか?」
「いや。でも、訳の分からん声見たいのが聞こえたな。なんだったかな・・・・日本のオキョウと似ているような」
「なんだいそれは?」

ハルゼーは目を丸くして言う。  


85  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:27:35  [  yrNM.ueg  ]
「う〜ん・・・・・・俺もさっぱり分からん。」

そう言った後、キンメルはおもむろにウィスキーのビンを取った。
(本当に酔ってしまったのかな?)
そう思った彼だが、この時、少し酔いも入ってきたため、彼は疲れとアルコールのせいで少し眠くなって、
空耳を聞いたのだろうかと思った。
(昔はこれぐらい何ともなかったが、年には勝てんか。)

「これぐらいで酔っ払うとは、俺も年を取っちまったな。」

ハルゼーもどこか悔しげに言ってくる。

「奇遇だな。私も今同じような事を思ったよ。」
「ほう?本当に偶然だな。」
「まあ、こんな時もあるだろう。」

キンメルは肩をすくめた。  


86  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:30:10  [  yrNM.ueg  ]
「嫌だよ」

誰かが泣いている・・・・・ここは、どこ?
薄暗い部屋?

「何を言うんだ。君がいれば、全ては」
「嫌だって言ってるじゃない!!!!」

泣きながらも、その緑の髪をした女性は怒鳴る。
黒服の男が、困ったような顔をする。
どこか優しげな表情だが、その目は、何を考えているか分からない。傍目から見れば、曇った目だ。

「何が世界統一よ。そんなものは夢物語だわ!」
「夢じゃないよ。」

軽薄そうな笑みを浮かべる。まるで、女を馬鹿にしているかのようだ。

「現に、君はここにいる。君にある」
「もうやめて!聞きたくない!!」

彼女は耳を塞いで、顔を背ける。

「あたしの気持ちも知らずに・・・・・これまでどんな扱いを受けてきたか分かる?」
「わかるさ。」

しかし、女性は首を激しく横に振る。  


87  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:31:06  [  yrNM.ueg  ]
「ふざけるな!生まれた時から、化け物って言われた事はある?孤独になったことはある?」
「・・・・・・・」
「私は、ここから去る。」
「鍵は、自力では逃げないモノなんだけどね。」
「邪魔をするというのなら、私も力ずくで、前へ進むのみ。」

涙が一瞬にして枯れ、女性の怒気が凄まじくなっていく。
少女といっていいその華奢な体から、無限の力が噴き出してくるような感じがする。

「私の名前は、鍵なんかじゃない。ちゃんとした名前があるの。フェイレという名が」



ジリリリーン!ジリリリリリリリーン!
唐突にまどろみから、現実の世界に引き戻された。

「今は・・・・・何時かな?」

まだまぶたが重いが、キンメルは月明かりに青白く移る時計を見た。
5時を少し回ったところだ。
電話がけたたましく鳴り響いている。

「誰だ・・・・・こんな時間に・・・・」

キンメルは忌々しげに呟いて、電話の受話器を取った。  


88  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:32:51  [  yrNM.ueg  ]
「もしもし・・・・・今何時だと思っておるか。」

キンメルは目を擦りながら、怒りを含んだ口調で言う。

「司令長官閣下、おはようございます。」
「お早うと言うには早すぎると思うがね。何か緊急の用かね?」

電話の相手は、残業をしていた参謀長のスミス少将である。

「はっ。実は、2時間前から異変が起きまして」
「異変?」

その時、キンメルは目が覚めた。

「まさか・・・・・ドイツが攻めてきたのか!?」

キンメルはそう叫んだ。
近年、アメリカとドイツの関係は悪い。

アメリカは、イギリスに駆逐艦50隻を供与し、その他の物資も、イギリスやフランスに与えている。
そればかりか、つい最近までは、米駆逐艦が英輸送船団を護衛するのがたびたび見られた。
これは、ルーズベルト大統領が、もし、米駆逐艦が雷撃を受けた時に、
それを口実に独・伊に宣戦布告をする、と言う事を企んでいるのだが。
どうしてどうして、ドイツ、イタリア側はアメリカの意図を見透かしており、米駆逐艦が護衛している時は、
攻撃は一切やらなかった。
最近では米駆逐艦の護衛も付かなくなり、ここ1週間ほどは、大西洋艦隊の艦艇はほとんどが本土の港に引っ込んでいる。
だが、キンメルは、ついにドイツがアメリカに対し、牙を向いたと思っていた。  


89  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/18(土)  00:33:48  [  yrNM.ueg  ]

果たして、

「どこの国も、わが国には攻めておりません。」
「はぁ?」

キンメルの当ては外れてしまった。

「では、異変というのは何だね?」
「実は、その・・・・小官もいささか混乱しておりますが、とりあえず報告いたします。
本日未明、午前1時頃から、ハワイ、ウェーク、グアム、フィリピンから届けられる電報が
一切届かなくなりました。」
「そうか。通信機の故障とかではないのかね?」
「いえ、アラスカとは連絡が取れるので、故障は考えにくいでしょう。」
「では、磁気嵐が発生しているのではないか?」
「そうだと、説明は付くのですが。実を言うと」

スミス少将の声音はどこか力無い。しかし、続きを聞いて、キンメルは唖然となった。

「ワシントンから、各種電波放送や電報が全く届かなくなったと言う情報が、ここにも届けられたのです。」
「何だと?そんな事は聞いた事が無いぞ。まあいい、わしも司令部に行く。
それまでに、起こった異変について纏めておいてくれ」