899  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/14(金)  14:04:09  [  D4VsWfLE  ]
8月20日、バーマント公国首都ファルグリン
ファルグリンの南に4キロ離れた南に、2つの巨大な円盤型の建物と、真ん中にこれまた大きな建造物がある。
2つの円盤型の建物は、それぞれ真ん中の貯水タンクを巨大化したような建物に向けて、通路が延びていた。
それこそ、ファルグリンの象徴の1つ、そしてバーマントの力の象徴でもある建造物、ファルグリン要塞である。

ファルグリン要塞東棟の司令官であるヴィッス・ヘランズ騎士中将は、要塞の外縁付近を歩いていた。
傍らには主任参謀のバーラッグ大佐が彼に話しかけていた。
「ここ1週間で、要塞の外縁付近に新たに20基の機関銃が配備されました。」
「バーラム君、私が思うにはどうも変に思えてならないのだが。」
ヘランズ中将は、バーラッグ大佐に振り返った。
「まるで、敵の空襲に脅えているみたいではいないか。」
機関銃は、いずれも対空用に開発された11.2ミリ口径の機関銃である。
この機関銃は、つい最近、飛空挺の後部座席に装備されたものと同じもので、サイフェルバンの
航空攻勢では、この機関銃で何機かの米軍機を撃墜している。
その効果に目をつけた飛空挺開発廠は、今開発中の戦闘飛空挺にこれを配備する予定である。
それに海軍もこの機銃の採用を決定し、それぞれの艦艇に取り付けられようとしている。
ファルグリン要塞東棟に現在配備されている機関銃は、新着のものも含めて80丁ほどである。
そのどれもが空を向いている。
ヘランズ中将が訝しがるのも無理は無い。
「上層部は何か知らせてこないのですか?」
「いや、全くだ。私は何度か、上のほうに機関銃の配備理由について問いただしたのだが、
上の石頭どもはいつも「装備改変」とかしか言わん。おかげで、真意はさっぱり聞けなかったな。」
ヘランズ中将は、自慢のカイゼル髭を震わしながら、憤慨した。
「ま、恐らくアメリカ軍とやらの異世界軍の飛空挺に恐れをなしているのだろう。
それ以前に、敵の飛空挺はここまで飛べないとは思うがね。」
「ここまで飛べない・・・・ですか。」
アメリカ軍航空部隊の暴れっぷりは、今ではバーマント軍全将兵の語り草となっている。  


900  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/14(金)  14:07:08  [  D4VsWfLE  ]
ある兵士は、白星の悪魔の編隊に見つかったら、その後の寿命は1分もないと言ったり、
ある兵士は、敵艦隊に攻撃に行くなど、自殺行為も同然、ということが兵士の間で言われている。
最初は占領したヴァルレキュア領での戦闘であったため、バーマントの一般民衆の目に触れることは
無かった。
だが、それも本国領土であるサイフェルバンを巡る戦いで、一般民衆は米軍の姿を目撃している。
7月初旬のグリルバンの空襲では、町から郊外の飛行場が猛爆されるのを住民が目撃し、7月中旬の
サイフェルバン付近で起きた第3艦隊と、米警戒部隊との激しい海戦でも、多くのバーマントの一般民衆が、
沖合の閃光の明滅を目撃している。
一般民衆の間でも、今までは知らされなかった異世界軍の真の姿が、徐々にではあるが見え始め、
それが噂となって各地に流れている。
バーマント公国側は、それでも“自分達の正しい”情報で国民を安堵させようとしている。
だが、影では無敵バーマントという言葉は、昔ほど多く叫ばれてはいない。
そして、異世界軍がらみの噂は、このファルグリン要塞の将兵にも、しっかりと伝えられている。
「将兵の士気の低下が問題だな。この状態で、サイフェルバン陥落の情報を知らされれば、兵の士気
は地獄のそこまでに落ちるな。」
「公国の発表は、ここ最近でたらめですからね。」
2人は歩くのをやめ、別の方角に視線を移した。目の前には、巨大なダムと、要塞西棟が聳え立っている。
その姿は力強く感じる。周囲はほとんど森で、緑しかない。
だが、この自然の景色が、軍務に疲れた将兵を癒している。
このファルグリン要塞は、幅3キロのドーム型の建造物2つに、真ん中のダム1つで成り立っている。
要塞は、外縁が20階建てに作られており、真ん中は6階建てに作られている。
内部は入り組んでおり、慣れた者でないと必ず迷う。

ヘランズ自身も最初は複雑すぎる内部に四苦八苦していた。  


901  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/14(金)  14:09:55  [  D4VsWfLE  ]
ここに配備される新人は、最初の2ヶ月はこの迷路のような要塞内部の作りを覚えるのに必死になる。
この2つの要塞は、別名迷路要塞とあだ名を頂戴している。
口の悪い兵士からは、無駄で面倒すぎる作りとまで言われているほど、中は複雑である。

作り自体も強固であり、投石器や8センチほどの大砲に撃たれても外縁部は平気である。
真ん中のダムは高さが200メートルもあり、絶壁のような塀の内側には、大量の水が蓄えられている。
このダムの要所要所にも、機関銃が配備され、現在では塀の部分に40丁、監視所などに10丁が取り付けられている。
この3つの建造物に、バーマント軍第4親衛軍35000が配備されている。
内訳は要塞にそれぞれに15000、ダムに5000という割り当てである。
「要塞勤務は、いささか暇な部分もあるが、最上階から見るこの景色は、いつ見てもいいな。」
ヘランズ中将は、微笑みながら感想を述べた。
「私も同感です。休憩の時などはいつも最上階で休憩していますよ。」
前線のサイフェルバンやヴァルレキュア占領地と、このファルグリン要塞はまるで別天地である。
前線では常に緊迫した状況が付きまとうが、この要塞の将兵たちはどこかのんびりしたような雰囲気がある。
要塞に配備されているのは精鋭部隊であるものの、彼らとて人の子。のんびりする時はのんびりするのである。
(対空用の機関銃を増やすのもいいが、どうせ敵もはるか遠くだ。敵の飛空挺もここまで飛んでこないだろう)
ヘランズは心の中でそう思った。空はよく晴れ渡っており、清々しい気持ちになる。
「閣下、そろそろ昼食の時間です。」
「そうか。では中に戻るとするか。」
ちょうど腹の減り具合も良くなってきた頃合である。
ヘランズ中将はいつもの日課である昼食を取ろうと、中に戻りかけた。
ふと、聞き慣れぬ音が耳に入ってきた。それはどことなく重々しく、かつ力強そうな音だった。  


902  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/14(金)  14:12:19  [  D4VsWfLE  ]
眼下に2つの丸い円盤のようなものと、それの真ん中の山のような所に、巨大な貯水池の
ようなものが見えてきた。
両翼に取り付けられているプラットアンドホイットニー社製の1200馬力エンジンは、
轟々と音を上げてプロペラを回転させている。
その音に負けまいと、機長であるクラウド・イエーガー中尉はしっかりとした口調で無線機に話しかけた。
「こちらクエンティー1、目標付近に到達した。2つの要塞に1つのダムが見える。
これより高度を3000まで下げて偵察を行う。」
「サインドよりクエンティー1、付近に敵戦闘機の姿は無いか?」
「影も形も無い。」
「了解、偵察行動を許可する。対空砲火に気をつけろ。」
陸軍第790航空隊所属のB−24リベレーターは、午前9時にサイフェルバンのクリンスウォルド
(元は南飛行場と呼ばれていた)飛行場から発進し、ファルグリンに向かった。
そして午後0時を迎える寸前にファルグリンに到達した。
ファルグリンの上空には、敵機の姿は見当たらない。
「これより高度3000まで下げる。」
イエーガー中尉はそう言い、操縦桿を手前に押す。B−24の巨体は機首をやや下げて降下に移った。
高度5000から3000までに降下すると、機体を水平にした。
「撮影機器チェック!」
「機首下方カメラ異常なし。」
「機尾下方カメラ異常なし。」
「機長、各カメラ以上なしです。」
「よし、これより偵察行動を開始する。敵さんの笑顔をバシバシ撮るぞ。」
彼のジョークに、クルーは笑い声を上げた。  


903  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/14(金)  14:13:18  [  D4VsWfLE  ]
B−24はまず、要塞東棟の撮影に入った。
機首下方カメラを操作するエルビス・ケネディ軍曹は、カメラの照準機を調整していた。
カメラのレンズに要塞の姿が見えてくる。微かながらだが、人が動くさまも見えている。
まるで顕微鏡の中の微生物のようだ。彼はそう思った。
下界の詳しい様子は分からないが、微生物のような人間の動きはどこか慌しい。
おそらく、初めて目にするB−24の姿に困惑しているのだろうか。
それともただ見入っているのだろうか。
それは定かではないが、恐らく両方入り混じっているだろうと考えた
。ケネディ軍曹はカメラのシャッター押した。
カシャッという音と共にシャッターが下りる。
東棟の写真を何度か撮ったところで、今度はダムが視界に入ってきた。
そのダムを見たとき、ケネディ軍曹は息を呑んだ。
(でかい。)  


904  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/14(金)  14:14:15  [  D4VsWfLE  ]
彼はそう思った。ダムの塀、上部ある通路だけで何百メートルはあろうかという大きさだ。
その貯水されている湖面の面積も結構でかい。
ニューディール政策のさい、建造されたフーバーダムと比べれば、いささか小ぶりな感じもするが、
それでも全長200メートルはくだらないはずである。
(こんなに立派なものを作る力があるのに、どうして他国侵略を考えるんだ?俺としては
侵略なんざ必要なしと思うのだが、まあそれはこの公国の皇帝様しか分からんか)
そう思いながらも、次の目標であるダムに向けて照準機を合わせる。
程よいところでシャッターを押した。
シャーターの閉じる音と共に、フィルムにケネディ軍曹が見た光景が焼き付けられていく。
ダムの外側に湾曲した通路には、やはり先の要塞と同じように、小粒の影がうごめいている。
その小粒の影も一緒に、フィルムに収めていく。
B−24は、そのまま飛行を続け、要塞の全容を写真に収めていった。  


905  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/14(金)  14:15:16  [  D4VsWfLE  ]
B−24が飛来したとき、ヘランズ中将は最初、味方の飛空挺の訓練かと思っていた。
「味方の飛空挺でしょうか?飛空挺部隊は西部方面に移転したと聞いてたのに。」
「新型機のテスト飛行かな?」
彼は新型機のテストかと思った。ここ最近、戦闘飛空挺の開発が急ピッチで進んでいる。
それが完成して飛行訓練でもしているのだろうと思った。
ヘランズは音がする方向を見てみた。雲ひとつ無い空に、1つの黒い粒が浮かんでいた。
それも結構高い高度だ。
「1機だけか。」
ヘランズはエンジン音の大きさから、2、3機の編隊飛行だと思っていたが、実際には1機だけである。
その機影は、やがてどんどん大きくなっていき、その姿がハッキリした時、彼は仰天した。
「なんだあれは!?」
ヘランズはその飛空挺の姿に度肝を抜かれた。
まず、片方の翼に2基ずつ、合計4基のエンジンがついている。
そしてその大きさたるや、まるで空の巨人を思わせるような格好である。
そしてうっすらとだが、その胴体には、白い星。
「異世界軍だ!」
彼はそう確信した。白い星のマークの機体。
それは、遠く異様な世界から呼び出され、バーマントの戦力を悪食のように食らい尽くしてきた軍隊。



白星の悪魔!  


906  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/14(金)  14:16:34  [  D4VsWfLE  ]
「敵が来たぞ!総員戦闘配置!!!」
敵の飛空挺を見た下士官がすかさずそう叫び、それが上官に伝わる。
のんびりとしていた要塞内に、緊迫した空気が流れた。
将兵は、血相を変えた表情で持ち場に着く。
階段から機関銃の弾薬箱を抱えた将兵が上がってきて、機銃弾を銃本体に積めていく。
しかし、その時には既に飛空挺、B−24は真上に来ていた。
(遅い!これが精鋭の第4軍か。のんびりしすぎだ!!)
ヘランズ中将は、あたふたと配置につく将兵を見て怒鳴りだしたい気持ちに駆られたが、
すんでのところで抑えた。今怒鳴りだしても遅いからだ。
ヘランズ中将は爆弾が落下し、炸裂する衝撃にそなえた。今では中に入るのも遅すぎる。


だが、

(?)
いつまで待っても爆弾は降ってこなかった。
B−24は音を立てながらそのまま東棟の上空を通り過ぎていった。
そのあっけなく通り過ぎていく敵機に、誰もが拍子抜けした。
米軍の空襲は容赦ないことで知られている。その米軍機がただ通り過ぎていった。
「どういうことだ?」
ヘランズ中将は最初疑問に思ったが、やがてある事に思い立った。
敵機の数は1機のみ、爆弾は落としてこない。だとすれば、敵機の目的は・・・・・  


907  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/14(金)  14:17:39  [  D4VsWfLE  ]
「偵察・・・・だな。」
彼はそう呟いた。そう、敵は今のところ、攻撃する気は無い。ただ上空を通り過ぎていくだけだ。
恐らく、敵機の搭乗員は目を皿にして地上の様子を見ているのだろう。
「あの敵機の目的は偵察のみだな。」
「閣下もそう思われますか?」
「ああ。」
彼は遠ざかっていくB−24を見つめながら頷いた。
やがて、B−24は全てを偵察し終えたのか、高度を上げて飛んできた方角に引き返していった。
「近いうちに何かあるかも知れんぞ。それと同時に、首都は重大な危機に直面した。」
いきなりの言葉に、バーラッグ大佐は驚いた。
「危機・・・・ですか?」
「貴様は分からんのか?」
ヘランズ中将は顔を彼に向けた。

その顔はさっきまでの血色が綺麗さっぱり失せて、真っ青になっていた。

「敵機がここまで来る。という事は、この首都が敵の攻撃範囲に入ったということだ。」  


922  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/17(月)  16:33:38  [  D4VsWfLE  ]
8月24日  午後11時  バーマント公国首都ファルグリン
ファルグリンの南端部にあるとある酒場、クライクは人でにぎわっていた。
酒場の中は狭くは無く、60人が座れるテーブルと椅子、そしてカウンターとその前に10人
ほどが座れる椅子、合計で70人の客がここで飲み食いできる。
そのうち大半の席は客で埋まっていた。そこに新たな客が戸を開いて入ってきた。
「いらっしゃい!」
カウンターの中に立っている男、オーエル・ネイルグは威勢のいい声で客を迎えた。
慎重は170センチ中ごろ、体つきはほっそりしているが、顔つきは精力的で、顔の下半分が
白髪交じり顎鬚で覆われている。この酒場の店主で、今年で65と、結構年をとっている。
だが、彼のその精力的な風貌は全く老いを感じさせない。
ネイルグが立っているちょうど前の席が空いていた。
しばらく空いていそうな席を探していた2人の客は、ネイルグの前の空席を見つけるとすぐに歩み寄った。
「やあ大将。元気そうでなによりだね。」
「おお、あんたはバーラッグ中佐殿じゃないか。1年ぶりだね。そこのお隣さんはあんたの部下かね?」
「ああ、俺の副官さ。今日は息抜きにここに寄っていこうと思ってね。たまたま非番だったし。
たまには昔通いなれた場所で飲み明かすのもいいんじゃないかと。」
「そうかそうか、お得意さんとなれば俺は大歓迎だよ。で、何を注文するんだね?」
「ラム酒を、俺がいつも飲んでいた奴。」
「私もそれを。」
「わかった、今すぐ持ってくる。」
そう言うとネイルグ店主はすぐにカウンターの下からグラスをとり、ついで後ろから酒を取ってグラスに注いだ。

バーラッグは10年前からここの酒場でよく酒を飲んでいた。
そのため、ここの店主とは知り合いとなり、よく世間話をした。
この酒場には色んな人がやってくる。軍人もいれば、体を使う労働者、公務員、人目では普通であるが、
ここは下町の酒場であるため、中には盗賊ギルドの意見交換なども行われている場合がある。
それはそうとして、店の売り上げ自体はよく、南地区の酒場ではこのクライクが有名である。  


923  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/17(月)  16:34:38  [  D4VsWfLE  ]
グラスに注がれた酒を、バーラッグは一気に飲み干した。
「大将、も一杯頼む。」
ネイルグはふと変に思った。
バーラッグの飲み方は、どちらかというと一口一口、ゆっくりと飲むほうである。
それが今日は珍しく一気に飲み干している。
ネイルグは数年以上、彼を見てきているから分かる。
こういう飲み方をするときは、仕事や個人の事情に深刻な問題が起きたときである。
そもそもそういうのはあまり無かったが、そう言うときにはバーラッグはぐいぐい酒を飲んでいく。
それに今日はどことなく、顔が少々明るくない。
「大佐、なんだかペースが速いですよ。」
「なあに、どうせ明日は休みだ。」
バーラッグは、顔をやや歪めながら、副官にはき捨てるように行った。
「おうおう、今日はやけに不機嫌そうじゃないか。もしかして、コレかね?」
ネイルグはにやけながら小指を上に突き出す。
「いや、そんなんじゃないさ。ちょっと仕事でね。」
バーラッグは苦笑しながら否定する。ふと、ネイルグは思い出した。
最近、首都上空に不審な飛空挺がたまに飛んでいるのである。昨日もその不思議な飛空挺を彼は見ていた。
ちなみに昨日はファルグリンをぐるりと周回していたが、気付く頃にはどこかに飛び去っていた。
不審飛空挺は、高空から見下ろすだけで何とも無かった。だが、その味気ないような飛び方が、ネイルグには不気味に思えた。
その思いは市民の間に広まっている。酒場にいる客の中にも、何人かが話題に取り上げ、その正体を推測する声が聞こえてきた。

午後12時になると、先ほどまで賑わっていた酒場も閑散としていた。
客は半分以上が帰っている。席も空席が目立った。  


924  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/17(月)  16:36:16  [  D4VsWfLE  ]
「そういえば、最近変に思わないかい?」
「何が?」
店主の問いにバーラッグは首をひねった。
「空さ。」
ネイルグは人差し指を天井に向けた。
「変な飛空挺が首都を飛び回っている。といっても、1時間もしないうちに引き上げてくけどね。」
その時、バーラッグの動きが止まった。それを見たネイルグは何か知っているなと思った。
「それがここ最近毎日続いている。俺としては、どうもあの飛空挺の動きが胡散臭いんだ。
ずーっと高空からから飛び回っているだけだし、まるで偵察に来ているみたいだ。」
「気になるのか?」
「当たり前さ。上から見張られているみたいで気持ち悪い。」
ネイルグは顔をしかめながらそう言った。
「まあ、サイフェルバンで戦っている異世界軍とやらの飛空挺ではないのは確かだよな?
サイフェルバンはまだ激戦が続いているというし。そもそも、ここまで戦いが長引くことから、
異世界軍は侮れないのだろうね。」
(やはり正確な情報は知らないんだな)
バーラッグは複雑な心境でそう思った。実を言うと、サイフェルバンの陥落はまだ一般市民には知らされていないのだ。
バーマント公国が発行する広報紙には、「「サイフェルバンの激戦拡大!異世界軍の戦力は未だ強大なり!!」」
という見出しの付いた記事が今日の新聞で発行されている。
だが、サイフェルバンの戦いはとっくに終わっている。それを知らされているのは軍部のみで、この事に関しては厳重な緘口令が敷かれている。
幸いにも情報は漏れていなかった。
「そうだな。最も、俺は前線勤務ではないから詳しいことは知らないが、我が軍も敵の軍艦などに対して損害を与えているらしい。」
「バーマントの軍隊は強いからね。だとしたら、あの飛空挺は新たな新型機なのかな。なあ、何か知ってるんだろ?」
店主は笑みを浮かべながら聞いてきた。
いくら馴染みとはいえ、軍の機密を言うことはできない。バーラッグは適当にはぐらかすことにした。
「いや、私は知らないんだ。ただ、ここ数日中に新型機の飛行実験があると聞いただけなんだ。
それ以上は知らされてないんだ。」  


925  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/17(月)  16:37:08  [  D4VsWfLE  ]
「なるほど・・・・・大佐殿ともあろう人がねえ。まあ軍隊はそんなもんだろ。
昔、俺も軍で働いていたが、特定の情報は上にしか知らされんからね。」
ネイルグは顎をなでながら頷く。
「スパイはどこにいるか知らんからね。例えば、あんたのような人とか。」
バーラッグは悪ふざけでそう言った。
「なにを!疑うんなら値段を10倍に上げるぞ。」
店主は怒ったように言う。もちろん冗談である。
「まあ、我々軍も、最近は大変なんですよ。ヴァルレキュア占領前にいきなりの横槍ですから。」
「この時勢はどこもかしこも大変さ。なんせ戦争という非常事態だからね。」
ネイルグは自嘲めいた口調で言った。
(もし、この人にあの飛空挺が敵軍のだと教えたら、どう反応するだろう。そして、公国側が国民
に虚報を教えたと知ったら、どうなるのだろうか。)
バーラッグは内心で考えていた。
バーマント国民は誰もが戦争などどこ吹く風と思っており、味方の軍が最強だと信じている。
恐らく、軍は皇帝と共に、民衆の非難を浴びるだろう。そして問いただすだろう。
なぜ嘘をついた?と。
「どうしたい、大佐殿。浮かない顔してるな。まあとりあえず飲んでから鬱な気分を晴らしな。」
店主、ネイルグは粋な声で彼にそう語りかけた。  


926  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/17(月)  16:38:53  [  D4VsWfLE  ]
8月25日  午前1時  岩島
ウルシーより北東600キロの地点に岩だらけの小島がある。
その小島に、中型戦列艦が少しはなれた沖合いに停泊していた。
砂浜には整列した第23海竜情報収集隊の将兵がいた。
彼らはみながやつれていた。
ここ1ヶ月は満足に食を取っていない。
小型の手漕ぎボートから降りてきた海軍士官が、収集隊の指揮官、ロバルト・グッツラ騎士中佐に敬礼をした。
「収容の準備が整いました。」
「ご苦労。」
グッツラ中佐は答礼した。
酷薄そうなイメージのある彼は、ここ数ヶ月の倹約生活でその酷薄さの度合いが増したかのように思える。
彼は後ろを振り返った。
「第23海竜情報収集隊の諸君!君たちはよくやってくれた。」
グッツラ中佐は、イメージからは程遠い力強い声音でしゃべり始めた。
「この2ヶ月間、わが海竜隊は、敵情をよく観察し、味方の作戦を支えてきた。
諸君らの活躍は誠に有意義のあるものであった。だが、ここにいたり、
わが情報収集隊も海竜の犠牲が重なり、作戦行動が以前よりも困難になりつつある。」
グッツラ中佐の言うとおり、第23海竜情報収集隊は、常に有力な情報を味方に送り続けた。
中でも、米側が第2次クロイッチ沖海戦とよぶ、第13空中騎士団の夜間空襲では、
海竜隊の海竜と、空中騎士団が見事な連携を見せた戦いだった。
そして念願の敵空母撃沈という戦果をあげている。
だが、海中からの観察も、そう長くは続かなかった。
海竜の存在が露見するきっかけとなった7月11日の作戦で、被害を受けたアメリカ機動部隊は南東に向かって遁走した。  


927  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/17(月)  16:40:34  [  D4VsWfLE  ]
海中からこれを見ていた海竜は、米艦隊を撤退していくものと勘違いし、情報を送ったのだ。
だが、スプルーアンスの奇策にまんまとはまり、情報収集隊は間違った情報を送ってしまった。
その結果は、参加空中騎士団壊滅という悲劇を招いた。
その後も、海竜隊は情報を送り続けた。
だが、海竜の存在を知った米海軍はあらゆる手を尽くして、海竜を駆り立てた。
アベンジャーの対潜爆雷をくらい、バラバラになるもの、駆逐艦に追い立てられ、しまいには包囲、殲滅されるもの。
櫛の歯がかけるように、1匹、また1匹と姿を消していった。
3日前、グッツラ中佐は生き残りの海竜をすべて、岩島に呼び寄せた。
そして、集まった海竜を見て、普段冷静な彼も、失望せざるを得なかった。
300匹いた海竜のうち、残存数・・・・・わずか70。
もはや全滅するのも時間の問題であった。
「そこで、止む得ず、我々はこの根拠地を撤退することにした。諸君らは悔しいと思うであろう。
だが、制海権がほぼ敵にある今、この島が発見されるのも時間の問題である。公国は我々の経験を必要としている。
そのためにも、我々は生きて帰らねばならない。」
彼は一旦言葉を切り、将兵を見回した。誰もが静まり返っている。だが、内心では、必ず悔しいと思っているに違いない。
彼らは撤退前、上陸軍に攻められても全滅するまで戦うと息巻いていた。
グッツラの努力と、本国からの魔法通信が将兵の頭を冷やし、撤退に同意することとなった。
「戦いはまだこれからである。我々海竜情報収集隊の経験は今後の戦闘に必ず役に立つであろう。」
彼は短い訓示を終えると、海のほうに振り返った。
その前方の方角には、幾多もの将兵、そして、海竜の命を飲み込んだ、サイフェルバンがある。
「海の小さな勇者に対し、敬礼!」
誰もが姿勢をただし、敬礼を送った。

午前1時30分  撤退用の中型戦列艦は、岩島を離れていった。

その翌日、海兵隊の1個大隊がこの岩島に接近、護衛の軽巡洋艦ブルックリン、モントピーリア、
駆逐艦5隻の30分ほどの艦砲射撃のあと、強襲上陸に移った。
しかし、その岩島はもぬけの空であった。  


928  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/17(月)  16:42:10  [  D4VsWfLE  ]
8月27日  午前10時  サイフェルバン
陸軍第3戦術爆撃兵団司令部は、降伏交渉を行ったサイフェルバン市庁舎にある。
司令官チャールズ・ブラッドマン少将は、サイフェルバンに駐留する航空隊の各司令、
飛行隊長を集めて、作戦の協議を開始した。
用意されたテーブルに各航空隊の司令が座り、その一番前にブラッドマン少将が座った。
全員が集まるのを確認すると、ブラッドマン少将は口を開いた。
中肉中背、外見はそこらの一般人と変わらず、よく言うと存在感に欠けそうな感じである。
「さて、今日諸君に集まってもらったのは他でもない。君達も既に知っていると思う。」
彼は野太い声で説明を始めた。
「ここ数日の偵察活動で、バーマント公国首都、ファルグリンの構図は掴めた。我々
第3戦術爆撃兵団は、来る9月1日に、首都を空襲する。」
ブラッドマンはしゃべるのを止め、みなを眺めた。いずれも冷静な顔つきである。
(来るべきものが来た。そんな表情だな)
ブラッドマンはそう思った。
「首都空爆にあたっては、第689航空隊、第790航空隊、第774航空隊の一部をもって
行うものとする。まずはそれぞれの攻撃目標の割り当てを行う。」
ブラッドマンは振り返った。後ろの壁には、いくつもの写真が貼られている。
それは、首都ファルグリンの様子を写した偵察写真である。
彼は指揮棒を持って席から立ち上がった。
「今回、我々が爆撃するのは、ここ、ファルグリン要塞だ。このファルグリン要塞は、2個の円状の建造物、
その真ん中のダムで構成されている。」
ブラッドマンは指揮棒をトントンと叩きながら説明する。各航空隊の司令、飛行長は熱心に見入っていた。
「そして爆撃目標はこのファルグリン要塞ではない。主目標はこいつだが、今回は、この首都東側の
軍事施設を叩いてもらう。今回の爆撃作戦は、バーマント国民に対する示威行動も兼ねている。
そのためには、首都からわずか1キロしか離れていないここも攻撃する必要がある。」
偵察写真には、広大な錬兵場のようなものが写し出されている。  


929  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/17(月)  16:48:16  [  D4VsWfLE  ]
「さて、肝心の目標割り当てだが、まず2つの要塞は、第689、第790航空隊のB−24が爆撃、
そしてダムは第790航空隊のB−25でスキップボミングで破壊してもらう。残る航空隊は、
この錬兵場周辺の軍事施設を徹底的に叩く。その間、護衛戦闘機隊は味方爆撃機の護衛を行う。
以上が、本作戦の内容だ。何か質問はあるかね?」
第790航空隊司令、ビリー・ゲイガー大佐が手を上げた。
「B−24は爆弾を満載状態で向かうのでありますか?」
「B−24部隊についてだが、爆弾は満載まで積まないことにする。今回は、指定搭載量の半分まで積み込む。」
B−24爆撃機は4トンまでの爆弾を積むことができる。
つまり1000ポンド(454キロ)爆弾なら8発、500ポンド(227キロ)爆弾なら17発搭載できる。
だが、第3戦術爆撃兵団は、あまり爆弾を持ち合わせていない。
同部隊は満載で1000ポンド爆弾で3回、500ポンド爆弾で6回は満足に爆撃をできるほどの爆弾を保有している。
これには他の航空隊の爆弾は一切含まない。
本来ならば、後から輸送船によって爆弾貯蔵量が増えるはずだった。しかし、その前にこの世界に呼び出されてしまっている。
既に、半分搭載のみの爆撃はララスクリス、クロイッチ空襲でやっている。
であるから、1000ポンドで満載状態で2回、半分搭載なら4回。
満載状態ではあと6回、半分搭載なら12回できる。
言い方を変えれば、第3戦術爆撃兵団は、長めに見てもあと18回しか作戦を起こせないのだ。
それに加え、最初は燃料の問題も加わっていた。
爆撃兵団が保有する燃料では、あと12回飛行するだけの燃料しかなく、ガソリン油送船の燃料
をプラスしても、せいぜい24回の作戦行動しかできないと、補給担当は言っている。  


930  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/17(月)  16:50:57  [  D4VsWfLE  ]
だが、爆撃兵団は意外な所で助けられた。それは、サイフェルバンの精油所である。
サイフェルバン精油所は、アイスバーグ作戦の初期に、わずかな損害を負っただけで米軍側が確保している。
そしてその精油所には、航空燃料らしき油が大量に貯蔵されていた。
念のために、各種機械(航空機を含む)で確かめたところ、動作に異常は無く、この油は現世界の油と、
同等なものであると確認されたのである。
最初はこの油でエンジンの故障が早まったりしないか?などといった、心配の声が上がったが、調査の結果、
普通のガソリンと変わらぬことが分かった。
それに貯蔵されていた重油も使えることが判明し、燃料問題は緩和されたのである。
意外ななお宝を頂戴した米軍側は狂喜した。
異世界ガソリンと呼ばれたこの燃料は、第3戦術爆撃兵団にも分けられ、
燃料に余裕の出来た陸軍航空隊は夜間飛行、編隊飛行などの各種訓練に励んだ。
だが、燃料があっても爆弾が無ければ、爆撃兵団はほとんど行動できなくなる。それが悩みだった。
「爆弾は前回の通り、1000ポンドでしょうか?」
「今回は500ポンドでいく。少ない数よりも、多数の爆弾をぶちまけたほうがいい。
1000ポンドは威力が大きい分、重量があるからとても多くは積めない。
そうすると、数が少なく、破壊面積が少ない。だが、500ポンドなら、威力は1000ポンドに
譲るが多数を積めることができ、被害範囲が大きくなる。だから私は、500ポンドで以降と思ったのだ。」
「わかりました。」
ゲイガー大佐は納得して頷いた。
「他に質問はないか?」
ブラッドマン少将は聞いてみた。だが、誰も黙りこくったまま声を上げない。
「では、本作戦はこの内容で行く。」
こうして、ファルグリン爆撃作戦の内容確認は、短い時間で終わった。  



938  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/18(火)  15:43:33  [  D4VsWfLE  ]
ちょっと改訂版を投下いたします。

作戦行動はわずか24回。これはあまりにも少なすぎる数字だ。
爆弾も燃料も少ない。
米側はアイバーグ作戦の初期にサイフェルバン精油所を制圧していた。
その精油所には、重油や航空燃料らしきものが相当数貯蔵されていた。
もしや、燃料問題が緩和できるのでは?
米側は期待しながら燃料の質を調べた。重油に関しては問題は見当たらなかった。
だが、問題は航空燃料だった。
ガソリンらしき燃料のオクタン価は89。それに対し、米側が使うガソリンのオクタン価
は100・・・・・・・
つまり、「あわない燃料」なのである。
オクタン価の違うガソリンを入れれば、故障の原因となる。米側は失望した。
「世の中そう、うまくはいかんものさ」
と、ブラッドマン少将は漏らしている。
結局、各種訓練も2、3回しか行われなかった。
この事から、搭乗員の錬度の低下が心配されている。
このわずかな燃料、弾薬に賭けるしかない。爆撃兵団の将兵はそう決心していた。

「爆弾は前回の通り、1000ポンドでしょうか?」
「今回は500ポンドでいく。少ない数よりも、多数の爆弾をぶちまけたほうがいい。
1000ポンドは威力が大きい分、重量があるからとても多くは積めない。
そうすると、数が少なく、破壊面積が少ない。だが、500ポンドなら、威力は1000ポンドに
譲るが多数を積めることができ、被害範囲が大きくなる。だから私は、500ポンドで以降と思ったのだ。」
「わかりました。」
ゲイガー大佐は納得して頷いた。
「他に質問はないか?」
ブラッドマン少将は聞いてみた。だが、誰も黙りこくったまま声を上げない。
「では、本作戦はこの内容で行く。」
こうして、ファルグリン爆撃作戦の内容確認は、短い時間で終わった。  


949  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:28:54  [  D4VsWfLE  ]
9月1日  午前4時  サイフェルバン  グリンスウォルド飛行場
まだ薄暗い明け方に、1つの音が響き渡った。その音は、エンジンがプロペラを回転させる音だった。
最初は少なかったエンジン音。だが、それに触発されたかのように次々と音が広がっていく。
気付く頃には、飛行場を轟々と揺るがすようだった。
誘導員の指示に従い、1機のB−24が巨体をゆっくりと前進させた。
誘導路に乗ったことを確認すると、次のB−24がやはりゆっくりと誘導路に進んでいく。
やがて、B−24の1番機が滑走路に機体を進めた。管制塔からOKの指示が出る。
それを聞いたB−24のパイロットはすぐさまブレーキを解除し、速力を上げた。
エンジンが唸りをあげる。滑走路を1500メートルほど走ったところで機体が浮き上がった。
その頃には2番機が滑走を始めていた。

グオオオォォォォーーーーーーン!
轟音をあげながら、B−24が大空を舞い上がっていった。第790航空隊の最後のB−24だ。
「よし、次は俺達だ。」
操縦桿を握るポール・フランソワ大尉はそう言った。
「こちら管制塔、ベイティ1へ、感度いかが?」
「こちらベイティ1、全て異常なしだ。」
彼の機は、今しがた滑走路上に機を進めたばかりだ。その頃には、時刻は4時40分を過ぎていた。
「OK。ベイティ1、離陸を許可する。派手にやってこい。」
「ああ、暴れてくる。」
そう言うと、彼は機のブレーキを解除した。
それと同時にスピードを上げる。両翼の2基のエンジンがこれまで以上にけたたましく鳴る。
90キロ、120キロ、160キロ。B−25の速度はぐんぐん上がっていく。
フランソワ大尉は操縦桿を手前に引いた。
B−25の機体が地面との束縛を解かれ、フワッとした感触になる。
彼はそのまま高度3000メートルまで上昇させた後、上がってくるであろう寮機を待った。
待つのは編隊を組むためである。

午前5時30分  第790航空隊の攻撃隊は全機が発進を終えた。
攻撃隊の内訳は、B−24が80機、B−25が70機、A−20が30機。
そして護衛のP−51が40機となっていた。  


950  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:30:23  [  D4VsWfLE  ]
午前6時50分  バーマント公国  ファンボル
ここファンボルの町は、サイフェルバンと首都ファルグリンのちょうど中間にあたる地域である。
草原に囲まれた辺ぴな町だが、人が比較的穏やかな性格だと言われている。
また、休養地としても知られており、有力貴族などが別荘をここに作っていることもある。
農場の主の息子であるイレイス・ハウイルは、壊れた家の屋根を修理していた。時間は7時10分前。
太陽もまだ高くは上がっていない。
彼は次の釘を打とうと、袋をまさぐった。だが、釘が無い。
「ちぇっ、もう切れたのか。」
愚痴をこぼしながら、梯子を降りて下に降りようとした。その時、よく晴れた青い空が見えた。
そしてその空に、不思議なものがあった。
「ん?なんだあれ?」
イレイスは呟いた。空に幾筋もの白い線が伸びている。それも半端ない数だ。
その小さな筋は、ざっと見ても50以上はあり、すうーっと伸びつつあった。
「綺麗だなあ・・・・・」
彼はその光景に見とれていた。白い筋は北西のほうに伸びていき、やがて消えていった。  


951  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:30:58  [  D4VsWfLE  ]
午前7時10分  
轟々たるエンジン音が、碧空の空に木霊している。
周りには、多くのB−24が編隊を組んで飛行している。主翼の後ろから飛行機雲を出していた。
「こちらコロネット1、各機に告ぐ。これより高度7000から高度4500まで降下する。
降下のさい味方機の接触に注意せよ。」
ファルグリン爆撃隊の指揮官であるハルク・ウォーレット中佐は隊内無線でそう告げた。
現在、サイフェルバンを発進した爆撃隊は次の編成になっている。
まず、第689、第790航空隊のB−24が40機ずつ、2個集団に分かれ、
この護衛に第774航空隊のP−51ムスタングの4シュヴァルム、16機が護衛に当たる。
次にダム攻撃隊のB−25編隊にP−51が3シュヴァルム12機。
最後に軍事施設爆撃隊60機にP−51が3シュヴァルム12機。
合計で、戦爆連合220機の大編隊が、バーマント公国の首都に手痛い一撃を下すべく、
時速220マイルのスピードで向かっている。  


952  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:32:04  [  D4VsWfLE  ]
攻撃割り当ては既に決められている。
まずAグループと呼ばれる先頭集団のB−24が要塞西棟を、次に第2集団のB−24が要塞東棟を爆撃する。
ここで少し時間を置き、第3集団のB−25がダムを、第4集団の爆撃隊が軍事施設を攻撃する。
これが今回の作戦のおおまかな内容である。
爆撃隊は、高度7000メートルにB−24隊、後方6キロ離れたところにダム、軍事施設攻撃隊が飛行している。
やがて、B−24爆撃隊は高度を落とし始めた。
機体の高度が徐々に下がっていく。時折、機体がガタガタ揺れる。
揺れを抑えながら、操縦士は機を操る。
高度5000メートルまで降りたときには、先頭集団はファルグリンまであとあと200キロの地点に迫っていた。
午前7時40分、緑色の大地の遥か向こうに、それとは違う物がある。
「隊長、あれを。」
操縦士の声に、ウォーレット中佐は弾かれる様に反応した。風防窓の向こうに何かがある。
そう、それは彼らが追い求めていたものだった。
「間違いない、ファルグリンだ。」
ウォーレット中佐は、双眼鏡で確かに確認した。
そして、その南側には、爆撃隊の目標、バーマントの力の象徴でもあるファルグリン要塞があった。
彼は席に戻ると、隊内無線で全機に伝えた。
「こちらコロネット1、目標を発見した。これより突入する。攻撃目標は事前に指定したとおり。以上。」  


953  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:32:58  [  D4VsWfLE  ]
中佐はそっけない口調で無線機にそう話しかけた。
「現在、高度4800メートル。」
副操縦士の声が聞こえる。窓の外がビュービュー鳴っている。
ウォーレット中佐は腕時計を見てみた。時間は午前7時30分を指していた。
「目標到達まで、あと20分。目標上空に敵戦闘機の機影なし。」
前方を行くムスタングの編隊はまだ動いていない。だとすれば、空の敵は心配しないでいい。
彼はそう思った。
機体は10分後に高度4500メートルまで降下し、水平に移った。
機首の爆撃手が照準機を覗き込む。
「針路適正。」
爆撃手の機械的な声が聞こえてくる。中佐が率いる第1中隊は爆撃針路に入った。
爆弾投下まであと10分。下方には、広大な要塞が見えてきた
2つの要塞。そしてその真ん中のダムが、ファルグリンの南方にどっしりと構えている。
その内の向こう、西棟を中佐のB−24は爆撃することになっている。
B−24の胴体には、9発の500ポンド爆弾が搭載されている。
西棟に投下する爆弾は360発にものぼる。
それに9発のうちの2発は、サイフェルバン精油所で捕獲したものの使用できなかった異世界ガソリンを使った焼夷弾である。
「爆弾倉開け。」
機長が指示する。その後にB−24の胴体が開かれた。
その胴体からは、9発の500ポンド爆弾が地上を見下ろしている。  


954  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:33:49  [  D4VsWfLE  ]
「ちょい右に修正。」
爆撃手が進路を確かめる。パイロットはそれに従って機体を操る。
「もうちょい右。」
「少し左。」
「OKです。針路そのまま。」
爆撃手が完全に爆撃針路に入ったことを確かめると、後は目標に爆弾を投下するだけである。
眼下には通り過ぎていくダムが見える。その湖面はキラキラと光っていた。
照準機にファルグリン要塞西棟が見えてきた。爆撃手のマクナマラ軍曹は、それが別世界のように思えた。
「針路そのまま。」
ダムの通路に沿うように、照準は徐々に西にずれていく。マクナマラ軍曹は投下スイッチに手を置いた。
直径3キロという広大な円状型要塞が見える。機銃弾を撃っているのか、外縁部がやや煙っている。
だが、B−24編隊にはなんの効果も無い。
「爆弾投下まであと1分。」
彼の機械的な声が機内に響く。なぜか喉が渇いてきた。
(水をもっと飲んでおけば良かったかな)
軍曹は一瞬そう思ったが、雑念を振り払って照準機を覗き込む。
「投下まであと20秒。」
照準機が要塞のほぼ真ん中に移動しつつある。速力は240マイル、風向きは西向き。さまざまな事を彼は考える。
そして照準機の十字に要塞の中央部が当たった。
「爆弾投下!!」
マクナマラ軍曹は投下スイッチを押した。その瞬間、爆弾の懸架装置が止め金を次々に離し、500ポンド爆弾が落下していった。
その直後、2トン以上の重量物を落としたB−24の機体が上空に浮き上がる。
第1中隊の後続機も次々と爆弾を投下している。胴体からバラバラと、9発の500ポンドを落としていく。  


955  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:34:47  [  D4VsWfLE  ]
マクナマラ軍曹は落ちていく爆弾を見つめていた。9発の爆弾がフワフワ揺れながら地上に消えていった。
やがて、それが見えなくなったと思ったとき、要塞の中央部よりやや西にずれた所で爆発があった。
それから次々にパッパッと閃光が走り、爆煙と粉塵が舞い上がった。
最後の2発はド派手に炎を吹き上げた。ナパーム弾の業火が要塞を焼き尽くしているのだ。
(爆弾が落下した地点には、誰1人として生きていないだろう。)
ふと、軍曹はそう思った。
その間にも、次々と要塞西棟に爆弾の雨が降り注ぐ。
第1中隊12機が投下した爆弾が次々と炸裂し、要塞の破片、粉塵を空高く吹き上げ、火炎が要塞内をなめる。
その阿鼻叫喚の巷と化した西棟に、第2中隊が投下した爆弾が命中し、さらなる地獄を現出した。

「何だと!敵の大型飛空挺がこの要塞に向かっている!?」
東棟司令官ヴィッス・ヘランズ騎士中将はギョッとなった表情でバーラッグ大佐に聞き返した。
「はい。報告によるとファルグリンの南東30キロのルクスから、魔法通信で敵編隊発見の報を受けました。」
「30キロだと!?近いではないか!」
ヘランズ中将は叫んだ。
「全員配置だ!今すぐ戦闘配置につかせろ!敵機はすぐにやってくるぞ!!」
ヘランズ中将は、最初、敵の小型飛空挺が襲ってきたものと思った。
だが、中央部の10階にある監視小屋で飛空挺を見たとき、ヘランズ中将は驚いた。
なんと、偵察にやってきたあの大型爆撃機が、大挙してやってくるではないか!それも高度はかなり高い。
「見たまえ、敵は本気で首都を潰すつもりだぞ。」
ヘランズ中将は、となりのバーラッグ大佐にそう言った。
おそらく、あの爆撃機は首都の皇帝陛下のおられる宮殿か、市街地を狙うのだろう。
ヘランズはそう思った。だが、敵飛空挺は東棟をパスすると、なぜか西棟のほうへ向かっていった。  


956  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:35:30  [  D4VsWfLE  ]
「どうしたのだ?敵は様子見か?」
そう思ったのもつかの間、なんと、敵の編隊は西棟上空に達した瞬間、胴体から爆弾を投下した。
その数秒後、西棟に爆弾の雨が降り注ぎ、外縁の内側から盛大な黒煙と粉塵を吹き上げた。
バーラッグ大佐は監視小屋から降りて、外縁の最上階に上り、西棟の様子を見た。
西棟は、次々と飛来する敵編隊によって爆撃され、外縁の内側は濃い煙に覆われてしまった。
膨大な費用と時間を費やし、その堂々たる威容で首都の守りにあたっていたファルグリン要塞。
その片割れが、未知の世界の飛空挺によって、無残な姿に変わりつつある。
だが、感傷に浸っているひまはなかった。
「東方向より敵飛空挺!」
見張りの緊迫した声が、要塞に木霊する。見ると、10機以上の編隊が東棟に覆いかぶさるように展開しようとしている。
やばい、と思った瞬間、敵機の腹から何かが落ちてきた。バーラッグはすかさず爆弾だと思った。
「いかん!ふせろ!!」
彼は大声でそう叫んだ。それを聞き取った兵が、周りに伝えていく。
バーラッグはそのまま床にふせて、耳を押さえた。
次の瞬間、連続して轟音が鳴り響いた。それを機に、東棟にも次々と爆弾が落ちてきた。
ドガアァァン!バゴォン!!ズダアアァァーーン!!!聞くに堪えないような轟音が次々と、それが無数に広がっていく。
大地震のように地面が揺さぶられる。
直径3キロという巨大な要塞が、痛みにのた打ち回っているようである。
(ここに落ちてくるな。せめて俺だけでも助かってくれ!)
バーラッグ大佐はそう思った。爆弾はその思いを跳ね除けるように、近くで炸裂した。  


957  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:36:25  [  D4VsWfLE  ]
エリル・バーテルン兵長は、急に退避命令を受けたことに拍子抜けしていた。
彼女らはこれから機銃弾の弾薬を運ぶところだった。
「えっ?なぜですか!?」
「敵の飛空挺が来てるんだ!さっさと戻れ!」
髭面の古参少尉がそう怒鳴った。次の瞬間、なにかが空を切る音がした、と思ったとき、
ガガーン!という爆発音が連続して鳴り響いた。
衝撃に足を取られた彼女らは思わずよろけた。
「なんかやばい!戻ろうよ!」
バーテルンは振り返ってそう叫ぶと、後ろの6人が頷いて、通路を元に戻った。
通路を30秒ほど走り抜けた直後、後ろでバーン!という猛烈な轟音が鳴り響き、瓦礫がガラガラと落ちてきた。
彼女は衝撃で前に倒れ、意識を失いかけた。
どこか頭がぼんやりする。視界が悪い。バーテルンはそう思った。それを振り払って、ようやく正気に戻った。
その時、腰の辺りに激痛が走った。後ろを振り返ると、背中に大きな瓦礫が乗っており、彼女の体を下敷きにしていた。
腰と、胸の辺りに痛みが走った。彼女は知らなかったが、この時腰の骨と、右のあばら骨2本が折れていた。
視界を前に移すと、あたふたと逃げていく同僚達が見えた。
「ちょ、ちょっと待って!助けて!!」
バーテルンは必死にそう叫んだ。ふと、最後尾の男性兵が足を止めた。
(これで助かる。)
彼女は安心した。だが、男性兵の振り返った顔は、明らかに恐怖に歪んでいた。
「わ、わりぃ。俺、先に言っとくわ。じゃあな。」  


958  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:37:20  [  D4VsWfLE  ]
男性兵はそう言うと、再び足を進め、右の曲がり角を走っていった。
「そんなあ・・・・・・・・・・馬鹿野郎――-――――――!!」
彼女を見捨てた男性兵に、大声で罵った。
その直後、連続した爆発音がまたもや響き、要塞内を激しく振動した。
粉塵がパラパラとバーテルンに降り注いできた。
一瞬、曲がり角の向こうがオレンジ色に染まったが、そんなことは彼女にはどうでも良かった。
また暗くなった要塞内で、バーテルンは痛みに耐え切れず、意識を失った。
彼女達を見捨てた同僚達は、落下してきたナパーム弾に焼かれ、全員戦死した。

第790航空隊のB−25爆撃隊40機は、ファルグリン要塞の真ん中にあるダムの北側から突入しつつあった。
露払い訳のP−51が速度を上げ、先にダムに突っ込んでゆく。
先にダムの湖面に突入してきたP−51に対して機銃が放たれる。
その機銃弾を右に左にかわして、両翼の12.7ミリ機銃を撃ち込む。
たちまち、射手が体を穴だらけにされて絶命する。
そしてその機銃までもが無数の12.7ミリ機銃弾に滅茶苦茶に叩き壊されてしまった。
ムスタング隊が対空砲火との戦いを演じているとき、B−25編隊はダムの湖面に到達した。
B−25編隊の指揮官機であるポール・フランソワ大尉のB−25は、ダムの壁まであと900メートルまで迫った。
「射店までもう少しです!」
機首の爆撃手が叫ぶ。  


959  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:39:24  [  D4VsWfLE  ]
「OK!本家の腕前、敵さんに見せてやろうじゃねえか!」
フランソワ大尉は獰猛な笑みを浮かべた。
B−25は、胴体に2発の500ポンド爆弾を抱いており、
現在湖面スレスレのところを時速400キロ以上のスピードで驀進している。
スキップボミングは雷撃機のパイロット並みの技量を要求されるが、
ダム爆撃隊のパイロット達は、いずれもソロモン諸島、ニューギニア戦線などの
激戦地を潜り抜けてきた、精鋭部隊である。
現在高度は湖面とB−25の間で、わずか15メートル。目を背けたくなるような高さだ。
一歩間違えれば、即、あの世である。
P−51の掃射を生き残った機銃が、フランソワ隊に向けて撃って来た。
まだ20丁ほどの機銃が生き残っている。
バーマント側は、必死に弾幕を張るが、B−25編隊はそれをあっさりと突き抜ける。
ガンガン!という鐘を叩くような振動が伝わった。
「胴体に被弾!されど、損害は軽微!」
「ようし、そう来なくては。爆弾倉開け!」
指示した直後、金属音と共に爆弾倉が開かれる。
「射点まで、あと300メートル!」
目の前に、ダム固有の壁が聳え立っている。水面から約10メートルの高さだ。
対空機銃が一層激しく撃って来る。彼らも必死なのだろう。
だが、今のところ軽微な損害のみで、被撃墜機は出ていない。
(このまま、全機が無事に投弾出来るといいが)
彼がそう思う間に、ついに、
「射点到達!」
待望の時がやってきた。  


960  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:41:05  [  D4VsWfLE  ]
「爆弾投下ぁ!」
フランソワ大尉は鋭い声で指示を下した。
爆撃手が投下スイッチを押し、胴体から2発の500ポンド爆弾が離れた。
操縦桿を引き、上昇に移った。小高い監視塔からバーマント兵が機銃弾を撃ってきている。
そこに胴体上方の12.7ミリ連装機銃が撃ち返す。
ガンガン!と、さらに機銃弾が命中したが、機体にはどこにも異常は無かった。
「命中!命中しました!」
後部座席の機銃員が弾んだ声で報告した。]
フランソワ機の放った2つの500ポンド爆弾は、しっかりと500メートル先のダムの防壁に命中した。
後続機が次々と低空で投弾し、湖面を500ポンド爆弾が飛びはね、次々と命中した。

ガガーン!という凄まじい衝撃がダムの防壁を叩いた。水柱と、石屑が舞い上がった。
「なんということだ!こうもあっさり、敵機の攻撃を許すとは!!」
監視塔の指揮官であるルクサーナ少佐は、次々と飛来してくるB−25に向けて、
やりきれない怒りで顔を真っ赤に染めていた。
監視塔には3丁の11.2ミリ機銃があったが、1丁が先のP−51の掃射で破壊され、
もう1丁がB−25の機銃掃射で射手を射殺された。
残る1丁の機銃が、後から来るB−25に向けて撃ちまくる。
「少佐!既に防壁に20発以上が命中しています!これ以上爆弾を浴びせられたら危険です!」
この時、既に10機以上のB−25が爆弾を命中させており、被弾の集中している中央部は大きな亀裂が走っている。
あと数発の爆弾を浴びせられれば、崩壊は間違いなかった。
「1機でもいいから敵機を落とせ!」
少佐は必死に指示を飛ばす。
だが、B−25群はバーマント側の対応をあざ笑うかのように、猛スピードで中央部に向かっていた。  


961  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:42:07  [  D4VsWfLE  ]
「ルクサーナ少佐!残りの敵機が!!」
少佐は湖面のほうに視線を移し、驚愕した。
なんと、20機近くの双発飛空挺が、監視塔の方角に向かってきたのである。
B−25群は横に4機1列となって向かってきた。
生き残りの機銃が横から銃撃してきた。
弾幕を張るが、敵双発機はよほど頑丈なのか、破片を飛び散らしながらも向かってきた。
「なんて頑丈な奴なんだ!!」
11.2ミリ機銃の射手が忌々しげに叫ぶ。距離が500に迫ったところで4機が一斉に爆弾を投下した。
2発ずつ、計8発の爆弾がテンテンと水を跳ね飛び、監視塔付近に向かってきた。
1機のB−25が左主翼から火を噴いた。
その直後、もんどりうってダムの湖面に墜落した。
だが、バーマント兵の注目は、迫り来る爆弾に注がれていた。
次の瞬間、猛烈な轟音と、衝撃が伝わり、ルクサーナ少佐らは飛び上がった。
その衝撃から立ち直らないうちに、第2、第3波の爆弾が次々とダムに叩き込まれた。
そして第5波の爆弾が命中、炸裂したとき、ついにその時がやってきた。
頑丈な作りのダムの防壁に、さらに亀裂が走り、耐用限界に達した時、ダムの中央部が大きく崩れ落ちた。
生き残りのバーマント兵を巻き込みながら、ダムの崩壊は急速に進んで行き、最終的に幅70メートルにわたって防壁が崩れ落ちた。
それに伴い、膨大な量の水が流れ落ちていった。  


962  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:42:52  [  D4VsWfLE  ]
「一体何事か!?」
皇帝であるバーマント皇は、遠くから聞こえる聞きなれない音に不審を抱いた。
その直後、直属将官の1人が血相を変えて執務室に入ってきた。
「た、大変でございます!」
「何があったのだ?」
「よ、要塞が!ファルグリン要塞が!!」
バーマント皇は足早に要塞が見えるベランダに移動した。
ベランダに移動した瞬間、バーマント皇は愕然とした。
7キロほど離れた要塞が、真っ黒な黒煙に包まれている。要塞のうち、西棟が攻撃を受けていた。
「西棟が攻撃を受けているのか!?詳しい情報は!?」
彼は直属将官に問いただした。その直後、今度は東棟に次々と黒煙が吹き上がった。
上空には飛空挺らしきものがいる。
東棟はさらに悲惨で、黒煙に包まれたかと思うと、要塞の一部の外縁が大爆発と共に吹き飛んでしまった。
B−24の放った爆弾が、弾火薬庫付近にまで火災を起こさせ、引火誘爆したのである。
遅れて、腹に応える爆発音が、宮殿にまで聞こえた。
あまりの突然の出来事に、バーマント皇は呆然としていた。
しばらく経って、南東の空から1群の航空機がやってきた。
その航空機部隊は、轟音を轟かせながら、傍若無人にも首都上空を横切っていった。
そして錬兵場の上空に到達すると、すぐさまこれを攻撃し、施設群をあっという間に壊滅させてしまった。  


963  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/20(木)  13:43:54  [  D4VsWfLE  ]
施設群が壊滅するまでわずか26分、まるで演習のような鮮やかさで次々と施設に爆弾を叩き込み、
機銃弾を撃ち込んでいった。
さんざん暴れまわった米軍機の編隊は、再び編隊を組んで来た方角に帰っていった。
バーマント皇はその間、ずーっと立ち尽くしたままだった。

この日、バーマント公国の首都、ファルグリンは米軍の空襲によって要塞、錬兵場が壊滅してしまった。
要塞西、東棟はどちらも被害甚大で、西棟で戦死218人、負傷2890人。
東棟で戦死1089人、負傷4000人を出した。
ダムはB−25のスキップボミングで崩落し、貯蔵されていた水はほとんどが下流に流れていった。
錬兵場は猛烈な銃爆撃を受けて全滅した。
この空襲のあと、ファルグリン市内は一時パニックに陥り、
各種のデマも飛び交い、軍や官憲はそれの対応に丸1日費やすことになる。  


975  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/22(土)  03:10:39  [  D4VsWfLE  ]
大陸暦1098年  9月1日  サイフェルバン  午後3時
第3戦術爆撃兵団の司令官であるブラッドマン少将は、送られてきた書類を見て満足した。
「司令官、今作戦で、わが軍はB−25、P−51を1機ずつ失い、B−25が12機、A−20が
8機被弾しました。その後、2機のP−51、1機のB−25、2機のA−20が飛行場に不時着しました。
そのうち1機のA−20が使用不能になっています。」
参謀長であるカー・ロビンソン准将が淡々とした口調で報告する。
被害の最終集計が纏まったので、ロビンソン准将は報告しに来たのである。
「戦争とは相手がいる事だ。被害ゼロに抑えると言うことは難しいな。」
ブラッドマン少将は持っていた書類を机に置き、イスに背を乗せた。
「だが、現像された写真を見る限り、我々は敵にかなりの損害を与えている。作戦としては成功だ。あとは、」
「ファルグリン市民、いや、バーマント国民の反応・・・ですね?」
「そうだ。戦争は遠くのほうで起きていると思ったら、いきなり見たことも無い敵がやってきて、暴れまわったのだ。
恐らく、ファルグリンのバーマント人たちは驚いているだろう。百歩譲って驚いていないにしても、
遠くから首都を狙える機体が敵に存在する。それを見せ付けただけでも大きな効果があったと思う。」
腕を組みながら、ブラッドマン少将はそう言った。
現像されたばかりの写真には、煙に包まれる敵施設や、要塞が写っている。
詳しい戦果の判定は、ガンカメラや、搭乗員が撮影したカメラなどを見て、これから細かく検証していくが、
ブラッドマン少将は、この空襲の意義は達せられたと思っていた。  


976  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/22(土)  03:14:00  [  D4VsWfLE  ]
9月2日  午後2時  バーマント公国ファルグリン
公国宮殿のバーマント皇は、眠れぬ夜を過ごしていた。
昨日の空襲で、ファルグリン要塞と錬兵場が壊滅的打撃を受けた。
特に目の前で、錬兵場が銃爆撃受けて壊滅していくさまは、何度も脳裏によみがえった。
眠ろうとすると、宮殿が敵の飛空挺に爆撃される悪夢にうなされる。
その度に、バーマント皇は跳ね起きている。そのため、昨日は2時間しか眠れなかった。
玉座に座る彼の元に、直属将官の1人であるミゲル・アートル中将がやってきた。
最終報告が出来上がったのだな、と、バーマント皇は思った。
「皇帝陛下、被害状況の最終報告が出来上がりました。」
アートル中将は、ここ数日間宮殿にいなかった。出張のため西の魔界都市グアンリムに行っていた。
そして出張が終わり、もうすぐで首都に戻るという時に、ファルグリン空襲を知らされた。
数日前のバーマント皇は、精力的な風貌で、何も怖いものなしと言った感じがしたが、
今日のバーマント皇は、どことなく気迫に欠け、元気が見られない。
何年か老けてしまったように見える。
ただ、バーマント皇目だけはやたらにぎらついていた。
「大方予想は付いておるが・・・・言いたまえ。」
抑揚の無い声でそう言って来た。内心うんざりしているようである。
「まず、ファルグリン要塞でありますが、敵飛空挺の爆撃で西棟が戦死者257人、負傷者2900人、
東棟が戦死者1328人、負傷者3700人。ダムの戦死者が380人、負傷者540人、錬兵場の戦死者が584人、
負傷者1000人となっております。それにダム崩壊で下流付近の軍事施設および、穀物の農作物の一部が
かなりの被害を受けました。」
「死者が増しておるな。」
「重傷者の何人かが、救助された後に傷が下で亡くなっています。」
「わずか1時間足らずの空襲で、2500人が死に、8000人以上が傷を負ったのか。」
バーマント皇は深くため息をついた。  


977  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/22(土)  03:16:01  [  D4VsWfLE  ]
この大被害はかなり痛すぎる。人員、農作物。どれを取っても痛すぎる喪失だ。
「それで、町の様子はどうなっておる?」
「パニックは収まりました。市民は元の平静を取り戻しております。」
「そうか。」
彼はそれだけ言って頷いた。
昨日の空襲の後、ファルグリン市民はいきなりの敵来襲にパニックに陥った。
市内には、不時着した敵飛空挺から敵兵が侵攻してきた、
とか、敵の第2次攻撃が今、首都に向かっている、などのデマが乱れ飛び、この情報を真に受けた市民達は恐慌状態に陥った。
市民の中には、慌しく西に逃げていく者が続出し、それに乗じる空き巣や強盗などが頻発した。
軍や官憲は、住民に敵の更なる来襲が来ないことを必死に告げた。そして1時間前に、ようやく混乱は収まった。
「アートル中将、私はあることを思いついたのだが。」
「なんでありますか?」
「確か、サイフェルバンのすぐ東には、東方軍集団があったな。」
東方軍集団とは、サイフェルバンを制圧した米軍に備え、急遽編成された軍団で、4個軍で編成されている。
バーマント軍は、12000の兵で1個師団、7000人の兵で1個旅団を編成している。
1個軍には、3個の師団に、1個の旅団で編成されている。4個軍を合計すると、およそ172000人の大兵力である。
その東方軍集団は、4つの地域に分派され、侵攻してくるであろう米軍を待ち構えている。
「はい。東方軍集団は今も配置に付いております。各軍の将兵も、敵の侵攻を腕を撫して待っております。」  


978  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/22(土)  03:16:51  [  D4VsWfLE  ]
「アートル中将、待機命令は解除する。」
「待機命令は解除ですか。では、東方軍集団を首都に呼び戻すのでありますか?」
「いや。」
バーマント皇はかぶりを振った。そして、先とは打って変わった鋭い目つきで、彼をみつめた。
「東方軍集団にサイフェルバン攻略を命ぜよ。」
「!?」
アートルは思わず耳を疑った。
「敵はたかだか10万ではないか。先のサイフェルバン戦で敵の陸海軍に大きな打撃を与えている。
今度こそ、負けないはずだ。」
バーマント皇は自身ありげに言う。
(そのたかだか10万の軍隊に包囲殲滅された、サイフェルバンの将兵は何だと言うのだ?)
アートルは内心呆れ果てた。こんな人物に国は任せて置けない。
「ですが、たかだか10万と言えど、敵の装備も優秀です。東方軍集団は武器も更新されておりますが・・・・・・」
「なに?数が足りんと申すのか?ならば、ララスクリスとクロイッチから引き揚げた部隊も加えようか。」
「ララスクリスと、クロイッチから引き揚げた部隊は、現在再編成中です。」
2週間前に、バーマント軍上層部は本国の防衛のため、ララスクリスとクロイッチの放棄を決定し、軍を両都市から引き揚げた。
現在、この両軍は第21軍として1つに編成され、戦力の補充を行っている。
だが、米軍の実力を直に味わってきた第21軍の兵は、士気が低かった。
「そうか・・・・なら東方軍集団のみで攻撃を行おう。それにしても、昨日の空襲は痛かったな。
せめて戦闘飛空挺がもっと多く完成しておればよかったのだが。」
1週間前に、バーマント軍は念願の戦闘飛空挺、いわゆる戦闘機の開発に成功した。  


979  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/22(土)  03:18:21  [  D4VsWfLE  ]
スピードは529キロまで出せ、武装は11.2ミリ機銃を2丁、両翼に積んでいる。
防御力は並みの飛空挺並みで、機動性が良いと聞いている。
航続距離は1700キロで、1人乗り。
テスト飛行と大量生産を兼ねており、現在30機が西800キロのオールトインの製造工場で既に完成済みだ。
パイロットの評判はよく、現在、他の空中騎士団のパイロットも、この機体を操って訓練に励んでいる。
「まあ、無いものねだりしても始まらぬな。とりあえず、今後の課題はサイフェルバンの占領だ。
いくら大型飛空挺といえども、さすがにサイフェルバンを抑えられたら手も足も出まい。」
「わかりました。早速陸軍最高司令官にお知らせいたします。」
アートルはうやうやしく頭を下げ、謁見の間から退出して行った。
無表情な彼だが、内心ははらわたが煮えくり返る思いだった。
(何も分かっていない!あの皇帝は目の前で敵軍の威力を見せ付けられたのに、まだ勝てると思っている。
これでは、敵軍を逆に喜ばすだけではないか!)
アートルは、内心で皇帝を罵った。あの皇帝さえいなくなれば、世の中は安定していたのに・・・・・
侵略さえしなければ、異世界軍を召還され、首都の空を敵軍に蹂躙されることも無かったのに・・・・・・
早く・・・・・・・革命を起こさねば。同志をもっと集めねば。
怜悧そうな外見とは異なり、心は色々な考えが吹き荒れていた。  


980  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/22(土)  03:19:40  [  D4VsWfLE  ]
9月4日  サイフェルバン  午後11時
「ナスカ!もういいわ、あなた達は引きなさい!!」
レイムの叫び声が聞こえる。体が先ほどとは、打って変わって石のように重い。
「そうよ、あんた達は無理する必要はないわ。後はあたし達に任せて!」
同僚のリリアもそう叫んだ。2人とも顔が汗でぐっしょりと濡れている。
なんだか背中に服に張り付く。あっ、自分も汗をかいていたのか。まるで水風呂に入ったみたいね。
魔道師、ナスカ・ランドルフはそう思った。
頭がクラクラするが、仕事は決して、やめるつもりはない。
納屋の中が青白い光に染まっている。小さな稲妻のようなものが、ビシビシと音を立てて弾けている。
「もうすぐ・・・・・もうすぐ・・・・・レイム姉さん、リリア。
あたしは・・・やめ・・・ない。たとえ、この・・・命に変えて・・・もね。」
ナスカは笑みを浮かべてそう言った。辞めるのは簡単、魔法陣の中心から手を引っ込め、陣の中から出ればいい。

だが、

(逃げない・・・・絶対に、自分にも、この召還にも、絶対に逃げない!)

幼少時代、いじめにあっている男友達を見つけながら、何も出来ずにただ静観していた自分があった。
10代の半ばごろ、将来の進路を決める時。面と立ち向かって意見を言えず、高等学校に入れられた。
そして4年前、実家の面倒も見ず、勝手に魔法学校に入ってきた自分があった。家族は別の親類に養われた。
どれもこれも、逃げてばかりの人生だった。そして、この召還魔法を聞いたときも、最初は全く関係ないと思っていた。  


981  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/22(土)  03:20:47  [  D4VsWfLE  ]
だが、ある日、突然思った。もう、逃げたくは無い。必要としている人たちがいる。
この国のみんなを守りたい。そして、自分の内面に打ち勝ちたい!!
決意を決めた後は早かった。同じ意思を持つ同僚を集め、彼女ら3人は、レイムに直談判を行った。
3人は、魔法に関しては一流だったが、体力面については3人に大きく劣った。
だが、それでも、彼らは頼んだ。やがて、彼らの熱意に応えたレイムは、彼らを迎え入れた。
そして6人は召還までの数ヶ月、深い絆で繋がった。
今、こうしているのも、自分のため、そして皆のためだからだ。
頭がクラクラしたかと思うと、今度はまぶたが重くなってきた。深いまどろみがナスカを襲う。
だが、彼女はすり減らされる体力のもと、それを振り払う。
何度も何度も振り払う。
「最後まで・・・・・・・最後まで、持って!!!!!!」
限界に達した体は悲鳴を上げている。目もほとんど閉じかけている。だが、彼女は逃げなかった。
そして、次の瞬間、納屋は白い閃光に覆われた。そして、何かが凄まじい光を発し、魔法陣から発せられた。
そして瞬きをすると、そこには何も無かった。だが、彼女は確信していた。召還が成功したことを。
「やった。逃げな・・・かった。」
そこまで言った直後、ナスカの意識は暗転していった。  


982  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/22(土)  03:21:44  [  D4VsWfLE  ]
(起きて)
どこからか声がする。誰の声だ?
(もう・・・・十分に休んだわ。あなたは、ここにいるべきではないわ。)
どこからか、声がする。真っ暗闇の中に、ナスカは立っていた。
「誰?」
彼女は首をひねる。この声はどこかで聞いた声である。
(私は・・・・・あなたよ。)
そう、それは彼女自身の声だった。もう1人の私?そんなはずは・・・・・
(そんなはずは、あるのよ)
声、もう1人のナスカは、答えを覆した。どういうことなのだろうか?ナスカは疑問で頭が一杯だった。
(その疑問は、起きれば分かるわ。さあ、行きましょう。真の世界へ)
真の・・・・世界。ナスカは反芻しながら、起きることを決意した。  


983  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/22(土)  03:23:03  [  D4VsWfLE  ]
薄暗闇の世界が、そこにあった。ここはどこ?
彼女はそう思った。ナスカはどことなく違和感を覚えた。そして周りを見渡した。
なぜか来たことも無い服を着せられている。なぜか床が微妙に揺れている。
それに、この毛布は?この部屋は、ヴァルレキュアには全く見られないものだった。
右には、2人の魔道師、フレイヤ・アーバインとローグ・リンデルが寝かされている。
外から、ドンドンドン、ガンガンガンという不思議な音が聞こえてくる。
何か金属を叩いているような音だ。
その時、通路から白い半そでの上着に、白いスカートを付けた女性が現れた。
その女性を見たとき、先に警戒感が走った。
(もしや・・・・・・敵!?)
彼女はすかさずそう思った。ナスカも、魔法学校では各種訓練をこなしており、格闘術もできる。
レイムやリリア、マイントには及ばないものの、大の男をすぐに倒せる腕前を持っている。
だが、彼女の意図を察したのか、女性が、
「ちょっと待って!」
と、いきなり鋭い声で言ってきた。思わずナスカは動きが止まった。白い服の女性の後ろから、男が出てきた。
「どうした、何があった!?」
「軍医、あれを。」
白衣をまとった変わった洋服を着た男が、ナスカを見た。
それを見た男は一瞬動きを止め、その次には満面の笑みを浮かべた。  


984  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/22(土)  03:24:19  [  D4VsWfLE  ]
「やったぞ!目を覚ましたぞ!」
小躍りする男は、その後、冷静な表情になった。
「君は、ナスカ・ランドルフだね?」
眼鏡をかけた、痩身のその男は、歩きながらそう言って来た。
「?どうして私の名を?」
「レイム・リーソン魔道師に君達を看病してくれと頼まれたのだ。
始めまして、私はミハイル・ハートマン軍医中佐だ。君達の看護をずっと担当していた。
あそこのナースは君達の世話をしてくれている、ルクサンドラ・マーチンだ。」
「え?レイム姉さん・・・・じゃなくて。リーソン師匠が私達を?それより、あなた方はいったい?」
「一気に複数の質問をするとは、起きたばかりなのに元気なものだな。」
ハートマン軍医中佐は、顎をなでながら頷いた。
「私達は、君達にこの世界に呼ばれたものだ。」
彼の言葉に、ナスカは召還儀式をやっていたことを思い出した。
召還儀式が終わった直後に倒れていたから、起きるまでの間が全く分からない。
だが、この人たちが、召還された者達とするなら・・・・・・・
「召還は成功したんだ。」
ナスカは、安堵した表情でそう呟いた。
「先生、患者の状態は、見た限りでは良好です。」
「ふむ。全く異常が無いな。」
2人のやりとりを聞いているよりも、ナスカは外から聞こえる音が気になった。
起きた時からずっと鳴り続けている。
「ん?どうしたのかね?」
ハートマン軍医中佐は、怪訝な表情で彼女に聞いてきた。  


985  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/04/22(土)  03:26:31  [  D4VsWfLE  ]
「そういえば、外から聞こえるこの音はなんですか?」
「ああ、気になるかね?どれ、見せてやろう。」
そう言うと、彼はナスカを案内した。
彼女が立つと、緑色の長髪が背中まで垂れ下がる。
彼女の風貌は、負けん気が強そうな顔つきだが、顔も端正で、スタイルも悪くは無い。
ハートマン軍医中佐に案内された彼女は、ドアを出ると、初めてここが船の中だと分かった。
彼女はそのことに気付くと驚いた。
さらに数歩進んだところで、外の通路に出た。
「あれが、音の原因だよ。」
ナスカは思わず言葉に詰まった。彼女の先方には、巨大な大型船が停泊していた。
その船は、第3次サイフェルバン沖海戦で大破した、戦艦のアイオワだった。
そのアイオワの傷も、7割がた癒えている。今も艦のあちこちで、修理工が鉄板を打ち付けたり、溶接をしたりしている。
「戦艦のアイオワだ。2ヶ月近く前の海戦で、バーマント海軍の第3艦隊と呼ばれる艦隊と戦って酷い傷を負ったそうだ。
なんでも、1隻で5隻の重武装戦列艦とやらを相手にしたらしい。まあ、5隻のうち、2隻は撤退前に叩き潰したようだ。」
「あの艦だけで、5隻のザイリン級を!?」
まるで・・・・・・化け物じゃない。
ナスカはそう思った。バーマント軍第3艦隊の存在は、ナスカも知っている。
だが、アイオワの巨体をずっと見入っていると、1隻であの重武装戦列艦5隻を相手取れた事も分かる。
(あたし達って、とんでもないものを召還してしまったかな?)
ナスカの額に、うっすらと汗が流れた。