449  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/01/31(火)  12:37:20  [  4CUjn9IY  ]
大陸暦1098年  6月2日  王都ロイレル
ロイレルの北西にある米陸軍飛行場に、いくつもの建設機械が音を立てながら飛行場周辺を
整地している。もともと、ただ草をとって地面を叩き、土色の地肌を見せていた滑走路
が、しだいに綺麗に舗装されていく。
ブルドーザーやショベルカーがせわしなく動き回る光景は、まるで働き蜂を思い浮かべる。
ヴァルレキュア王国国王、バイアン王は、護衛兵やスプルーアンスらと共にその工事風景を眺めていた。
「荒地同様だった草原を、たった数日でここまで整えるとは。あなた方の技術力は素晴らしい。」
バイアン王は、そう感嘆した口調で言った。
「我が国も機械工学について研究をしているのだが、なかなか進まないもので・・・・・・それにしてもすごい。」
「お褒めの言葉をいただき、ありがとうございます。」
スプルーアンスはバイアン王に一礼した。
「あの建設用の機械を使用しているのは、我が海軍の軍人でありますが、いずれも土木作業の知識
を十分に身に着けており、どんな場所でも迅速に建設作業を進める事が出来ます。」
彼はバイアン王に説明を始めた。
「元々、私たちがいた世界は、島と島を取り合う争奪戦でした。島を占領する際、速やかに
防衛拠点を作らねばなりません。そうしなければ敵が再侵攻した際に再び島を奪われかねない
からです。そこで誕生したのが、あそこで作業をしている海軍工兵大隊なのです。彼らのお陰
で、我々は今まで幾度もの勝利を重ねてきました。ちなみに彼らは別名でこう呼ばれています。
シービーズ。我々の言葉で、海の働き蜂という意味です。」  


450  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/01/31(火)  12:38:13  [  4CUjn9IY  ]
「海の働き蜂・・・・・・か。」
バイアン王は、作業を続ける海軍工兵大隊の将兵を眺めながらそう呟いた。彼は見ていたが、建設機械
を操る兵、サポートに回る兵の顔は、いずれもが自信に満ちた表情をしていた。
ある意味、この仕事を楽しんでいるような、そういう感じがあった。彼がそう思っている間も、
建設機械、それに携わる将兵はせわしなく働いている。
「確かにそうですな。」
バイアン王は大きく頷いた。
(いずれは、我が国もこのような機械を作り出して、民の役に立てたいものだ)
彼は内心でそう思った。バイアン王はこの後、作業風景を視察した後、陸軍第774航空隊
の将兵を閲兵し、昨日のバーマント軍の王都爆撃の阻止に感謝の意を述べた。  


451  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/01/31(火)  12:39:05  [  4CUjn9IY  ]
その夜、スプルーアンスはとある病室を訪れた。魔道師のレイム・リーソンに誘導されて、
彼は病室の奥に進んだ。
白いベッドに寝かされ、薄い白布を胸の辺りまでかぶらされている人がいた。いずれも寝入っている。
「左の女性がフレイヤ・アーバイン、真ん中の男性がローグ・リンデル、右の緑色の髪の女性が
ナスカ・ランドルフです。」
レイムは1人1人紹介した。
「皆若いな。」
スプルーアンスはそう呟いた。3人ともまだ20代前後であり、顔にまだあどけなさが残っている。
「確かに若いですが、3人とも優秀な魔道師です。」
彼女は、そう自慢するようにスプルーアンスに言った。レイムは、その声が元の世界にいた
「東京ローズ」の声と似ている事から、米軍将兵の間ではヴァルレキュアローズというあだ名を
頂いている。
フレイヤ、ローグ、ナスカの3人は、マーシャル諸島の召喚が成功した直後に倒れた。召喚魔法は
相当な体力を消耗するために、体力が芳しくない3人は参加を一度拒否されたが、3人の熱望により
召喚儀式のメンバーに加わった。
召喚後、昏倒した彼らはすぐさま王都の診療所に担ぎ込まれた。だが、3人とも意識は戻らず、召喚
から1ヶ月経った今日も深い眠りについているのである。
「ハートマン軍医中佐。君はどう思うかね?」
スプルーアンスは後ろにいたミハイル・ハートマン中佐に声をかけた。痩身でどこか頼りなさそうな
風貌を持つが、医者としての能力はピカ一である。
「これは、すぐに判断するのは非常に難しいです。ですが、大まかに考えると、精神的なショックが
大きいようです。リーソン魔道師。あなたも召喚時には相当な体力を消耗したと聞きますが。」
「はい。召喚成功後にどっと脱力するような感じがあり、体が思ったように動かせませんでした。
シュングリルに向かう馬車の中ではずっと眠っていました。」  


452  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/01/31(火)  12:40:00  [  4CUjn9IY  ]
「なるほど。リーソン魔道師、私としては設備の整った医療施設で治療を施したいと思うのです。」
「病院船に移すのだな。」
スプルーアンスがそう言った。シュングリルから北20キロの所にあるウルシーと呼ばれる土地は、
今やアメリカ第5艦隊の最大の根拠地となっている。
広大な湾内には、第58任務部隊の空母や戦艦などの戦闘艦艇はもちろん、浮きドックや工作艦、
病院船と言ったものまで停泊している。必要なものは全て揃っていた。
「はい。この王都の診療所では、残念ながら設備が足りません。このままの状態だと、この3人の
回復は大幅に遅れます。最悪の場合はそのまま眠り続ける事になりかねません。」
「レイム君、我々としてはウルシーに彼らを運びたいのだが。」
その言葉に、レイムは二つ返事で了承した。
「彼らは、仲間なんです。どうか・・・・・・・・」
レイムは涙が滲んだ瞳で2人にそう言った。彼女は3人に参加の許可を与えた事を後悔していた。
日々倒れた3人のことを思い出しては、その都度、つらい表情になっていた。
「大丈夫です。必ず直して見せますよ。」
ハートマン軍医中佐は、穏やかな口調でレイムにそう言った。

3人は、ハートマン軍医中佐と共に王都に来ていた軍用トラックに乗せられ、ウルシー泊地に
向かっていった。  


453  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/01/31(火)  12:40:41  [  4CUjn9IY  ]
その夜、第58任務部隊司令官であるマーク・ミッチャー中将は、参謀長のアーレイ・バーク大佐
と共に部屋で待っていた。
午後8時、ドアが開かれ、2人の人物が部屋に入ってきた。召喚メンバーであるリリア・フレイド
と、マイント・ターナー魔道師である。
先にリリアが入ってきた。2人が座っているテーブルのすぐ側まで来たとき、なぜかいきなり姿勢
を崩して、前のめりになった。
「う、うわっ!?」
彼女が声を上げて倒れそうになった時、後ろからターナー魔道師が慌てて肩をつかんだ。それでリリア
はなんとか倒れずに済んだ。
「あ・・・・危なかった。なんか石でもあったのかな?」
「石なんてあるわけねえだろ。お前が自分の足で引っ掛けただけだろ?」
ミッチャーとバークは互いに顔を見合わせた。
「こんなホテルみたいなとこに石なんてあるか?」
「ありません。下はカーペットが敷かれてるだけです。あの若いの、よく転びますが、
ひょっとして・・・・・・・」
「だろうな。」
ミッチャーは、しわくちゃの顔に苦笑を浮かべた。リリアは、第5艦隊司令部幕僚の前でも時折ドジを
踏んでいた。ある時には作戦参謀のフォレステル大佐を巻き込みながら転んで、フォレステルににらまれた事がある。
こうした事から、彼女は召喚された側からも、「ドジっ娘リリア」というあだ名を頂戴してしまった。  


454  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/01/31(火)  12:41:42  [  4CUjn9IY  ]
そうこうしながらも、2人の魔道師は、ミッチャーとバークに向かい合うような形で座った。
「わざわざご足労すまない。早速だがこの間の、うちの艦長の話について、色々協議したいのだが。」
この間の話とはこうである。クロイッチ沖海戦で損傷したバンカーヒルとワスプUの艦長は、
レイムらに直接会ってこう言って来た。
「飛行甲板の防御を強化する魔法とかは無いのか?」
と。本来、空母と言うのもは脆弱なものである。鉄製である空母は、ほとんどが板張りの飛行甲板であり、
その飛行甲板の下に申し訳程度の鉄板しか貼っていない。
バンカーヒルとワスプUは、エセックス級空母に属する正規空母で、防御能力などはどの空母よりもあるが、
飛行甲板は板張りでああり、クロイッチ沖海戦の時は爆弾が飛行甲板を貫通して格納甲板で炸裂している。
この海戦時は、命中箇所がたまたま、発着に支障をきたしにくい舷側スレスレであり、命中した数が少なか
ったから辛うじて母艦機能を維持できた。
もしこの被弾が、前、後部のエレベーターや、飛行甲板のど真ん中に命中していたらその後は目も当てられない
惨状となる。空母としての機能が失われてしまうのである。
元の世界にいた敵国、日本海軍は、飛行甲板に重装甲を貼り付けた新鋭空母、大鳳級を就役させて被弾に対する
防御を強化しているが、今も板張りのままの米空母が、新たに被弾するような事があれば、高速機動部隊としての
機能に大きな支障をきたす事になる。
その前途を憂いた2正規空母の艦長が、彼女の元に現れたのである。2人の艦長の言葉に、魔道師達は戸惑った
空母全体に魔力を付加するのは大変である。
それに彼女達の力では、話し合った結果、体力の限界も考えて3隻の正規空母にしか魔力を付加できない。
そして問題点はまだある。それは魔力付加の時間が短いと言う事である。
バーマント軍との交戦の際、軍についていた魔道師は、弓矢などの飛び道具を防御するため、防御魔法を
使って援護したが、それの効能時間が30分しかないのだ。それも人が60人一塊、短い範囲でだ。
この防御魔法を、飛行甲板の全長が268メートル、幅が最大で36.8メートルあるエセックス級に付加
させる事は困難であり、付加は出来ても、効能は10分も無いと彼女らは分析した。
これより一回り小さいヨークタウン級空母エンタープライズでも効能は12分行けばいいところ。  


455  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/01/31(火)  12:43:01  [  4CUjn9IY  ]
これよりも小さいインディペンデンス級護衛空母は15分ほどという分析結果が出た。
これでは全く話にならない。2空母の艦長は愕然とした。もし敵の飛空挺が進入してきたら、後は自分の判断で
爆弾をよけるしかないのだ。バーマント軍の飛空挺部隊は、性能が明らかに劣っている事も判明しながら、輪形陣を
突き破って米機動部隊にかすり傷ながらも損害を与えた。
もしバーマント軍が400機、500機と大量に押し寄せれば、いくら高性能のF6Fといえども完全阻止は難しい。
輪形陣に進入されれば、爆弾を叩き込む奴が出てくる可能性は高い。
その時に、普段パイロットが「家」と呼んでいる空母が傷ついていないとは保障できないのだ。最悪の場合、その家が
海底に引き込まれていく光景をパイロットは目撃するかもしれない。
そうならないために、艦長は彼らを尋ねたのだが、魔法が使えない事に愕然とした彼らは、諦めて
帰っていった。その後しばらくして、リリアはとある事を思いついたのである。
彼女はターナー魔道師と共に、あらゆるつてを辿って、なんとか空母が被弾の傷を大きく減殺できる
物を作ろうとした。
そして2週間ほど経った時、脆弱な米空母を守る事が出来るかもしれないそれは最終段階に入った。
それを、リリアとターナーは伝えに来たのである。  


481  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/02(木)  20:54:38  [  4CUjn9IY  ]
「実は、その事についてなのですが、我々は防御魔法をこれに保存することができました。」
リリアは、テーブルにバケツのようなものを置いた。中にはなにやら青っぽい色をした塗料
が入っていった。
「これは?」
「この塗料は、防御魔法の特性を保存したものです。従来の防御魔法は、魔法発動と同時に
エネルギーが外気に放出されていたため、効き目が30分ほどしかありませんでした。ですが、
エネルギーを閉じ込めれば、何日でも保存が可能で、ある程度の被弾には耐え切ることが
できると思います。」
リリアは淡々とした口調でそう語った。ミッチャーとバークは、その後の彼女の説明に熱心に
に聞き入った。

4日後、王都から東に20キロ離れた所に、長さ120メートル、幅50メートルほどの的が
置かれていた。その的は青みががった黒い塗料で塗られており、その上から赤い×点が記されている。
上空に爆音が響いてきた。東から黒い点粒が6つ現われた。
それは米海軍の主力艦爆であるSB2Cヘルダイバーであった。6機はしばらく高度5000メートル
から、的を伺うように何度か旋回した後、1機がその的めがけて急降下を始めた。
ヘルダイバーは甲高い音を上げて的に急降下を続ける。まるで猛禽さながらである。高度が800になった
時に腹から黒い物が落ちた。1000ポンド爆弾だ。  


482  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/02(木)  20:55:14  [  4CUjn9IY  ]
それはまっしぐらに的に向かっていった。そしてその爆弾が的の真ん中に吸い込まれた瞬間、一瞬だけ青白い
光が光った。直後、ダーン!という轟音と共に爆炎があがった。
的の周りは黒煙に包まれて見えなくなった。やがて黒煙が晴れると、そこには破壊されていない的があった。
さらに2機目、3機目が続いた。心臓をわし掴みにするような音を撒き散らしながらヘルダイバー群は次々と
投弾した。轟音と共に爆炎が広がる。的はよく耐えた。だが、その耐久性もついに6発目で破綻した。
ズドーン!という音が鳴り響き、バラバラになったチーク材を使った的が宙を待った。
「ああ・・・・・・」
女性の悲しげな声がした。魔道師のリリアは、失望した表情で煙をあげている場所を見つめていた。
「5発か・・・・・・・・」
リリアの隣にいたスプルーアンスが、表情を変えずに呟いた。
「まあまあと言うところですな。」
腕を組んでいたミッチャー中将が頷いた。この日、リリア達が開発した防御魔法を取り込んだ塗料を、
実際に空母の飛行甲板に使われているチーク材に塗って耐爆実験行った。
実験にはヘルダイバーに搭載されている1000ポンド(454キロ)爆弾を使用。パイロットはどれも
ベテランに協力してもらった。
「本当なら、10発を目標にしていたのですが・・・・・」
ターナー魔道師が複雑な表情を浮かべてそう言う。そこにミッチャーが助け舟を出した。
「いや、そう失望するほどでもない。あの的には、爆弾がほぼ同じような位置で着弾している。実際の
戦闘では、空母はあの的のように静止していない。常に回避運動を行いながら敵弾を避けようとしている。
一転に集中して投下されればああなるが、被弾箇所が必ず時も同じとはいえないからな。、1箇所で5発も
耐え切ればなんとかなる。」
ミッチャーの言葉に、リリアとターナーは顔にやや明るさを取り戻した。  


483  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/02(木)  20:55:59  [  4CUjn9IY  ]
チーク材に塗ってあった塗料は、リリアとターナーが中心となって開発した防御用の塗料である。
この塗料は、従来使われていた防御魔法を応用して作られたものであり、防御塗料は実際に戦場で
盾などに使われ、ある程度の弓矢などをはじき返していた。
この塗料はその拡大版であり、リリアとターナーが新たに作った強力な防御魔法が注ぎ込まれていた。
色は青みがかっていて、傍目から見たらちょっと深い青色をしたペンキみたいなものだ。
この実験の結果、暫定的ながらも、1箇所に集中されれば、最低でも5発の1000ポンド爆弾に
耐えられる事が分った。

「問題は量ですな。」
作戦参謀のフォレステル大佐がうなるような口調で言ってきた。
「お2人から聞いたところでは、塗料の量が正規空母4隻分に塗れる分しかないところです。
我々としてはなるべく、多くの艦船にこの塗料を塗って防御力を高めたいのですが。」
「それは、少し難しいですね。」
ターナーが苦虫を噛み潰したような表情で言う。
「この塗料は、アレイラの木というもので、西の辺境でしか生えていない木の樹液が原材料なのです。それに、
防御魔法は、他の塗料で試してもあまり合わず、一番相性がいいのは、アレイラの木が原材料
となっているこの塗料なのです。それにアレイラの木事態、本数が少なく、あなた方の艦船に
塗る量をとれば、アレイラの木は絶滅してしまいます。」
「そうですか・・・・・」
そう言ってフォレステルは頭を抱えたい気持ちになった。
「しかし、アレイラの木の塗料はまだ魔力を注入していない文もあります。この分の魔力付加を
終えれば、あなた方の主力である高速空母部隊の大型空母の全艦、小型空母の半数に塗る分があります。」
それを聞いて、スプルーアンスは考えた。2〜3分考えた後、スプルーアンスは頷いた。
「それでいい。その分さえあれば、なんとなるだろう。あなた方の努力には本当に感謝する。」
そう言ってスプルーアンスは頭を下げた。
「いや、そんなんではありません!提督、私のような下級の身に頭なぞ下げなくても。」
タイラーとリリアは慌ててスプルーアンスにそう言った。
「そんな事はない。君達は十分に価値のあることをしてくれた。本当なら100回頭を下げても
足りないぐらいだ。」
彼は微笑みながらそう言った。  


484  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/02(木)  20:56:48  [  4CUjn9IY  ]
の日の夜。ここはウルシーより東北600キロ離れた小島。その小島は全体が岩一つのような
岩だらけの島で、大きさは東西に1キロ、南北に500メートルほどである。
その岩島の唯一の砂浜に、1人の男が立っていた。その男は青年で、端正な顔立ちに痩せ型の
体つきである。だが、どこか酷薄そうな印象がある。彼の着ている紫色の上着がそれを冗長させ
ているように思える。
ふと、波が押し寄せてきた。ザーンという音と共に、波が浜に迫る。その時、その波の中から
体調が最低でも10メートルはあろうかという巨大な海蛇が出来た。
普通なら逃げねばならない。なぜなら、巨大海蛇は人を襲うのである。この世界で海竜と呼ばれている
この巨大海蛇は、同族がすでに4匹も米機動部隊に襲い掛かったが、すべて返り討ちに合っている。

だが。

「来たか。」
男は逃げるそぶりも見せず、顔には待ち人がやって来たような喜びの表情が浮かんでいた。
巨大海蛇は、なんと、彼を襲わずに、そのまま頭を彼の側にさしだした。  


485  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/02(木)  20:57:18  [  4CUjn9IY  ]
よく見ると海竜の頭には何かの模様が刻印されている。男はその頭に手を置き、目をつぶった。
「奥に宿り記憶よ、我にそれを見せられたし」
呪文のようなものを言うと、男はそのままじっと動かなかった。数分ほどそのままの姿勢でいた。
男が目を開けると、彼は口を開いた。
「ウルシーに・・・・・異世界軍が陣取ったか。あの白い星の悪魔が。」
彼の脳裏には、すっかり様変わりしたウルシー泊地の姿があった。その姿は、遠めで分りづらかった
が、その泊地を埋め尽くさんばかりの大量の船が停泊していた。
「まあいい。警戒が厳重な泊地によく近づけたな。褒めてやるぞ。」
彼がそう言うと、海竜は首を下げた。彼が行けと言うと、海竜は砂浜から海に戻って行った。
この岩島は彼、ロバルト・グッツラ騎士中佐率いるバーマン海軍第23海竜情報収集隊の根拠地である。
第23海竜情報収集隊は、主に魔道師で編成されており、30人の魔道師と200人の兵士が駐屯している。
魔道師達は、魔法で海竜を操り、ヴァルレキュア船籍の輸送船を探す任務を行っている。
この海竜情報収集隊の主役が、先の海竜であり、収集隊は300匹の海竜を使い、任務遂行している。
海竜には、特別に開発した超長距離魔法通信が発進できる魔道式を取り込んであり、魔道師はいつでも
情報を受け取ることができ、海軍の通商破壊船に予想位置を伝える事が出来、これまで大きな功績を
残してきた。
そして、今日。第23収集隊は新たな任務を海竜に伝えた。それはウルシーに停泊するアメリカ艦隊
の監視作業であった。  


507  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/04(土)  13:45:11  [  4CUjn9IY  ]
大陸暦1098年  6月10日  ウルシー  午前7時
泊地に喨々たるラッパの音が鳴り響いた。それはアメリカ国民がは誰もが聞きなれた音楽、
星条旗よ、永遠なれである。音楽が進むと同時に、星条旗がするすると艦尾のポールに
上げられていく。その光景は、どの艦でも見られた。それが終わると、乗員は日々の勤務
に移っていく。
ウルシー泊地は、元の辺ぴな姿はどこにも感じられないまでに様変わりしている。広大な
泊地には、戦闘艦艇、輸送艦艇、工作艦などの大量の船が、泊地を埋め尽くしている。
その中でも一際目立つものが、巨大な浮きドッグで、4つあるうちの1つに大型艦が乗せ
られて、修理を行っている。クロイッチ沖海戦で無視できない損傷をおったエセックス級
空母のバンカーヒルである。
クロイッチ沖海戦の際、左舷側後部に命中弾を受けたバンカーヒルは、被弾の影響で推進器
が損傷し、速度が28ノットまでしか出せなかった。そのため、バンカーヒルは浮きドック
での修理が必要となった。
海戦から大分経った今では、その傷もほとんど癒えており、現場復帰はもう間もなくである。
視線を陸地に通すと、そこには2つの巨大な滑走路と1つの中規模な滑走路、木造の宿舎、
数え切れないほどの大小のテントが立ち並んでいる。
2つの2500メートル級の滑走路には、マーシャル諸島から飛来してきた陸軍航空隊のB−24
爆撃機、B−26中型爆撃機、P−51、P−47といった戦闘機や、各種輸送機、それに海兵隊
航空隊のF4Uコルセア戦闘機60機が駐留している。
中規模の滑走路は、護衛空母で運ばれてきた艦載機の予備機が立ち並んでいる。
宿舎やテントには、輸送船に乗っていた海兵隊や陸軍の将兵が寝床にしている。ここウルシーには
サイパン島攻略予定の部隊が臨時に建設された基地に上陸して、そこで毎日をすごしている。
テニアン、グアム攻略部隊の艦船は、シュングリルで北部攻撃群と同じように停泊していた。  


508  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/04(土)  13:46:22  [  4CUjn9IY  ]
この日、レイモンド・スプルーアンス大将は、インディアナポリスの食堂に、第5艦隊の司令部幕僚、
各任務部隊の司令官を集めて、会議を行った。
「諸君。先日我々が送ったメッセージが一蹴されたことはもう知っているな?」
彼の言葉に一同は頷く。
「バーマントは、どうしてもヴァルレキュアを完全に攻め滅ぼしたいようだ。先日のバーマント航空部隊
による王都爆撃がいい例だ。幸いにも陸軍航空隊によって王都爆撃は阻止したが、これでバーマントの
我々やヴァルレキュアに対する気持ちが変わらない事がハッキリした。私はあれ以来ずっと考えてきたが
やはり、私としては、バーマントに戦争継続を断念させるような思い切った作戦が必要だと思う。」
ウイリス・リー中将が手を上げた。
「長官、あなたは思い切った作戦が必要だと言われるが、その作戦と言うものは、どのようなものでしょうか?」
彼の言葉にスプルーアンスは頷くと、作戦参謀のフォレステルに視線を移した。
「フォレステル君。」
「はい。」
彼は立ち上がると、急遽取り付けられた黒板に掲げられている大陸の地図を指揮棒で指した。
「敵国バーマント軍は現在、大量の飛空挺を保有しています。先日行われた王都爆撃で、撃墜した飛空挺から
奇跡的に女性のパイロットを捕虜にする事が出来ました。捕虜の情報によると、飛空挺は時速320キロで飛ぶ事
ができ、武装は爆弾を300キロまで積む事が出来、航続距離はおよそ1000マイル、機体の防御は魔法補正
などでかなり強化されているようです。実際、パイロットからの報告では敵飛空挺は意外に頑丈である事と知らさ
れています。しかし、それでも撃墜は可能と言う事です。」
フォレステルは呼吸を整えて、話を続けた。  


509  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/04(土)  13:47:22  [  4CUjn9IY  ]
「もし、敵軍の重要な根拠地に侵攻作戦を行えば、この飛空挺の大群が、地上部隊と共に襲ってくる事は確実であり、それら
を事前に減殺、もしくは撃滅する必要があります。そこで、我々は敵国のある地点を侵攻するというニセ電を送り、
そこの周辺の基地などを機動部隊の艦載機で叩かせ、敵の飛空挺部隊がその周辺に展開するのを待ちます。そして
敵飛空挺部隊が攻撃に出てくれば、我々は大量の戦闘機を上げてこれに対応、空中戦で徹底的に叩きます。」
「つまり、我々の次の任務は、敵飛空挺部隊の完全撃滅ですね?」
第58任務部隊司令官、ミッチャー中将がそう言った。その表情には自身ありげな笑みが浮かんでいた。
「そうだ。そのためにも、貴官の機動部隊には派手に暴れまわってもらいたい。」
スプルーアンスは腕組みしながら言った。
「上陸部隊の展開はどうするのですか?」
ホーランド・スミス中将が聞いてきた。
「敵の航空兵力を叩いたら、次に必要なのはその地域の制圧です。」
「今回の作戦には、地上部隊も連れて行く。敵バーマントは我々より劣っているとはいえ、技術を持っている。
もしこのまま何もしないでいたら、敵は体制を整えてしまう。我々は敵に息を付かせる暇も無く常に先手を取って
敵の痛いところを叩き、進撃する。そして、バーマントに自分達が犯している間違いを気づかせるのだ。」
「それでは、地上部隊はどの部隊を連れて行くのですか?」
「今回はサイパン攻略用の北部攻撃群を連れて行こうと思う。南部攻撃群は後詰めにする。」
「制空権確保後は、上陸作戦前にはいつもの通り、上陸地点に艦砲射撃を行いますか?」
リー中将が聞いてきた。  


510  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/04(土)  13:48:04  [  4CUjn9IY  ]
「艦砲射撃は必ず行う。ただし、現在は砲弾の補給が本国から無い状態だ。よって、上陸作戦前の
艦砲射撃は上陸前の1時間前から行う。艦砲射撃にはリー中将の第7群にやってもらおう。」
リッチモンド・ターナー中将も質問する。
「私の攻略船団の指揮下には10隻の護衛空母がいますが、これらはどうするのです?これまで通り、
船団護衛でいいのですか?私としては、護衛空母も機動部隊の後詰めとして後方に付け、護衛空母部隊の
戦闘機を機動部隊の護衛に回せると思うのですが。」
彼はそう言う。しかし、スプルーアンスはかぶりを振った。
「いや、護衛空母部隊はこれまで通り船団護衛に徹してもらう。一部の護衛空母は艦載機の補充用として
切り離すが、残りはこれまで通りだ。輸送船団の積荷はいずれも重要なものばかりだからな。」
護衛空母部隊は、護衛空母10隻、重巡2隻、軽巡4隻、駆逐艦12隻の艦隊で編成されており、
2グループに分けられている。
その2グループの指揮官はレイノルズ少将と、ブランディ少将が指揮を取っている。
「戦闘機の数が多いのには越した事は無いが、もし飛空挺部隊が輸送船団にも現れた場合、その時に肝心の
ジープ空母がいないでは困るだろう。戦争は何が起こるかわからん、護衛空母はその時のために船団護衛に
つけておくべきだな。」
「分りました。ではこれまで通りでやります。」
ターナーは納得したような口調でそう言った。
話の議題は、侵攻地域の決定、作戦の開始時期、機動部隊の出撃予定日の決定などに移った。  


511  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/04(土)  13:49:10  [  4CUjn9IY  ]
6月11日、ウルシー泊地沖20キロ  午前10時
第58任務部隊第4任務群に所属する空母のランドルフは、外洋訓練のために重巡洋艦ウィチタ  
軽巡洋艦ヒューストン、駆逐艦3隻と共に外海に出ていた。
24ノットで航行するランドルフの後方から1機のF6Fが最終アプローチライン入り、間もなく
着艦の態勢に入っている。
飛行甲板には青い色をした塗装が塗られている。その飛行甲板の後部にF6Fが脚をつけた。
キュッという音と共に白煙がああがり、機体はスゥーと甲板を滑っていく。着艦フックに引っかかった
がピンと伸び、F6Fが減速し、甲板の真ん中近くで止まった。鮮やかな着艦である。
「魔法使いの言う事は本当だったな。」
艦橋から着艦風景を見守っていた空母ランドルフ艦長、フランソワ・シアーズ大佐は顎をなでながら
そう呟いた。防御塗装を塗る前、パイロットから、
「運動量も減殺するなら、着艦と同時に運動量の差分で脚が折れるのではないか?」と危惧があったが、
魔道師のリリアは、魔法には艦載機の発着程度では発動しないように加工が加えられてあり、魔法発動
は爆弾が命中した時のみ発動すると説明された。
その説明は、今の着艦風景を見て正しい事が証明された。飛行訓練を終えたF6F10機は無事に着艦
を終えた。朝に行った発艦も難なく行われているから、これで発着の心配は無くなった。
「魔道師もいい仕事をしてくれるな。」
シアーズ艦長はそう呟いた。空を見てみた。天気はよく晴れており、彼は絶好の訓練日和だと思った。  


531  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/09(木)  12:07:28  [  4CUjn9IY  ]
6月13日  ウルシー  午前10時
第5艦隊司令部幕僚が、連日ヴァルレアキュア側の軍人も交えて次の作戦に協議を進め
ている中、艦隊の将兵は普段と変わらぬ日常を送っていた。
ある艦は、数隻の艦艇をひきつれて泊地の哨戒を行ったり、外洋で訓練に励んでいる。
その一方で、停泊している艦艇は、自分達の艦の点検や掃除を行ったり、別の艦は乗員を
半舷上陸させて、陸地で休養を取らせたりしていた。

空母ホーネットUのアベンジャー艦功のパイロットであるジョージ・リンデマン少尉は、
この日、休養のため陸地の施設内を適当に散歩していた。
「すっかり変わったもんだなあ。」
リンデマン少尉は、この日何度目かとなるセリフを呟いた。顔は端正ながら、体つきは
子供のころからボクシングをやってた事もあってがっしりしており、身長は190センチ
とアメリカ人男性の平均である。しかし、雰囲気的にはどこにもいる冴えない男性にも見える。
大まかに言えば「普通そのもの」であろう。
リンデマン少尉が2週間前に見たウルシーの地域は、まだ工兵部隊が慌しく工事をしていた
最中で、その時にはめぼしいものは何一つ無かった。あるとすれば急造滑走路とテントぐらいである。
それが、今では簡易ながらも木造の家屋にバーが開かれていたり、野球場が作られたり、ある程度
の娯楽が楽しめるようになっている。
上陸してきた将兵は、まずこの施設で休養を取り、普段の鬱憤をはらしていた。  


532  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/09(木)  12:08:05  [  4CUjn9IY  ]
「バーは行くのは夜がいいか。とりあえず、俺の知り合いが1人もいないのは寂しいもんだな」
リンデマンが頬をさすりながら歩いていると、いきなり後ろから肩を叩かれた。
「よお、お兄さん。元気してたかね?」
野太い声が聞こえた。リンデマンは振り返ると、そこには2人の男がいた。1人は同じ海軍の将校で、
1人は海兵隊の軍服を着ている。
「おめえら、リックにジェイムスじゃねえか!数ヶ月ぶりだな。」
彼は2人の男に対して、満面の笑みを浮かべてそう言った。
海兵隊の男は、リック・ノリス少尉で、第2海兵師団に所属する少尉で、体つきはどこかひょろり
としているように見えるが、実際はとても力は強い。
顔には左頬に大きな傷跡がついている。見た限りでは優しいお兄さんという感じである。
もう一人はジェイムス・ハウンド兵曹長で、リンデマンより1階級下である。彼は軽巡洋艦
モービルの1番砲塔の先任下士官であり、普段から部下に対して厳しく指導するため「鬼軍曹」
と言われているが、根はとてもいい人である。
彼の顔立ちは、もみ上げから繋がっている濃い髭に顔の下半分が覆われている。それがどこと無く
凄みをかもし出していた。
「タラワ作戦前からずっと会っていなかったからな。お前こそよく無事で居られたな。」
髭面のハウンド兵曹長が、やはり笑みを浮かべながら握手してきた。
「クリーブランドの3人衆がまたここに集ったというわけだな。」
ノリス少尉が同じように握手をしてくる。彼ら3人は、いずれもクリーブランド出身であり、小さい
頃から遊んできた大親友である。  


533  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/09(木)  12:08:44  [  4CUjn9IY  ]
「こうして久しぶりに集まると、おめえらと一緒に遊んだ昔を思い出すよ。」
「あの時はさんざん馬鹿ばかりやりまくったからな。」
「おかげで近所からは一時、白い目で見られまくったな。」
3人は苦笑した。
「ジェイムスが車にバクチクを投げ込んだ時か?」
「いや、リックが火炎瓶を作って、いじめた奴の家に放り込んだ時だったかな。」
「ああ、中学の時ね。ジョージとジェイムスは確か相当ビビってたね。」
「馬鹿野郎。まさかマジで火炎瓶を作ってくるとはあんときゃ思わなかったんだよ。普通はやらんぞ?」
「あの時は俺は相当頭に来ていたからな。いっそそいつを家ごと丸焼きにしてやろうと思ったのさ。」
「だが、失敗したよな。なんせ、中身は普通の紅茶だったんだからよ!」
そう言うと、3人はゲラゲラと大笑いをした。

3人は昔の思い出話に花を咲かせた。やがて話題は3人のそれぞれが体験した戦場の話しに移った。
リンデマンは最初の偵察のことやクロイッチ攻撃隊に参加した事を話した。
2人も、それぞれタラワ戦の惨状や、モービルでの戦闘の様子を語らいあった。
「なあ、ジョージ。なんかお偉方は次の作戦について話し合っているみたいだぞ。」
ジェイムスの言葉に、リンデマン少尉は頷いた。
「そのようだな。俺の空母は、ちょうど旗艦の近くで停泊しているんだが、たまに休憩時間に
飛行甲板で休んでいると、何度かヴァルレキュア軍の将校や魔道師らしい人が甲板で話して
いるのを見かけた事がある。あの女魔法使いもいたぞ。」
「ヴァルレキュアローズか?」
リックが聞いてくる。  


534  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/09(木)  12:09:17  [  4CUjn9IY  ]
「そうだったかな。それに眼鏡を付けた奴もいたな。俺は見ただけで何も知らんが、インディアナポリス
では結構重大な話し合いが続けられていると思うな。」
「なるほどね。」
リックは頷いた。
「もしかして、クロイッチか、ララスクリスあたりに強襲上陸でもするんじゃないか?そこは
我が機動部隊の艦載機が叩きまくったし。」
「そうかもしれんな。。俺が参加したクロイッチ空襲では、第4次攻撃まで実施されたからな。俺は
第1次と第4次に参加したが、町がほとんど黒煙に包まれていたな。」
リンデマン少尉は、アベンジャーから見たクロイッチの光景を思い出した。その時のクロイッチは、
彼が言うとおり黒煙に包まれていた。あまりの黒煙の多さに町の中心部は狙えずに、町の外周にある
バーマント軍の施設を狙った。施設を狙うのは簡単だった。
なぜなら、バーマント側は居座っている施設に旗を立てていたからである。その旗は格好の目標となり、
たちまち艦載機の銃爆撃を浴びせられた。結果、4次に渡るのべ600機による攻撃は多大な戦果を
収める事ができた。
「しかし、この2つの地域はここから比較的近い位置にある。攻略するならさっさと俺達の海兵隊を
使っていると思うが。」
リックが首をかしげながらそう言う。
「お偉方はもっと大きい目標を狙ってるんじゃないか?」
リンデマンは自分の考えを言い始めた。
「もし俺が艦隊司令官なら、敵があっと驚くような作戦を立てるな。例えば、今は分らんが、バーマント
の心臓部に匹敵するぐらいのどっかの重要拠点を攻略するとか。俺達は弾薬の補給があまりないだろ?
おおかた、弾薬が切れてお手上げになる前に、敵の戦争継続を諦めさせるような作戦を考えているんだろう。
いずれにしろ、次の作戦が非常に重要なものであるという事は確かだろうな。」  


535  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/09(木)  12:09:57  [  4CUjn9IY  ]
「バーマント側も侮れないからなぁ〜。」
ジェイムスが顎をなでながら呟いた。
「クロイッチ沖海戦では、壊滅しながらもバンカーヒルとワスプUに爆弾をぶち込んだからな。それに敵の
地上軍もヴァルレキュアより装備が進歩しているらしい。ひょっとすると銃も持ち出してくるかも知れんぞ。」
「だが、ヴァルレキュア側もたいしたもんだぞ。」
リックが思い出したように言う。
「俺は一度、ヴァルレキュアの兵隊と話し合った事があるが、普通ならヴァルレキュアみたいな小さい国は
持って1年しかバーマントと対抗できんらしい。しかし、ヴァルレキュア軍は装備が敵に対して劣弱なのに
2年も敵の国土完全占領を防いでいる。その兵隊にどうしてそんなに強くなれるのかと聞いたら、こう言わ
れたな。国を外敵から守るため。その為ならどんな厳しい訓練にも耐え切ることが出来ると。同じような質問
を何人かにしたら、形は少し違うが同じように答えられたよ。俺の見方からして、ヴァルレキュアは強さ
と優しさを併せ持っているな。スイスみたいなもんだな。」
海兵隊員は、彼のみならず、誰もがこのように思っている。ちなみにヴァルレキュア側は一度、バーマント側の
隙を付いてバーマント領内に逆侵攻を行った事がある。
この時、10万のヴァルレキュア軍は、バーマント国内の防衛軍相手に暴れ周り各地で打ち破った。
ヴァルレキュア軍は、バーマントが行った捕虜虐殺などは行わなかった。むしろ、勇戦敢闘したバーマント軍
にはそれなりの対応を取り、またバーマント国民に対してもなんら残虐行為を働かなかった。
逆侵攻して1ヵ月後にヴァルレキュア軍は元の領土に押し返されたがこの間にバーマント側に10万もの死傷者を
与えて、敵の王都侵攻作戦を頓挫させる事に成功した。  


536  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/09(木)  12:10:38  [  4CUjn9IY  ]
ヴァルレキュア側は猛烈な飛空挺の空襲やバーマント精鋭部隊の攻撃によって6万が死傷したが、戦術的、戦略的
に見ても明らかにヴァルレキュアの勝利であった。
常に劣勢下であっても勇敢に戦うヴァルレキュアに、米海兵隊や陸軍の将兵は彼らを高く評価している。
「ヴァルレキュアにとって不幸な事は、技術の格差があまりにも大きすぎるとこだな。そのために、被害を抑える
ことが難しい。もし、ヴァルレキュアにバーマントと同等の技術があったら、彼らは領土からバーマントを
叩き出していたかもしれんな。」
「いずれの世界にも、勇者は居るという事か。」
リックはあることを思い出してそう呟いた。脳裏にはタラワ戦の光景が描かれていた。圧倒的不利な日本軍も、
優勢な米海兵隊に対して一歩も譲らず、上陸軍に多大な損害を与えた。地獄のタラワと呼ばれるあの作戦は、
今や海兵隊の語り草となっている。
「バーマントの地上軍はどんな奴らなのかな。早くバーマント人と手合わせして見たいもんだ。」
リックは内心でそう呟いた。

3人はいつしか、泊地が見渡せる丘に来ていた。
「ここは結構いい場所だな。」
リックは、目の前に広がる光景に満足していた。丘から見えるウルシー泊地は、扇形に開けたようになっており
在泊艦船の様子もよく見える。
この丘は、ウルシー泊地から300メートル北側にあり、泊地の北側を回り込むような形になっている。
「ここでビールを飲みながら、考え事するのもいいかも知れんな。」
リンデマンがそう言うと、他の2人も同感とばかりに頷いた。  


537  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/09(木)  12:11:45  [  4CUjn9IY  ]
その時、後ろで人の気配がした。リンデマン少尉は後ろを振り返った。
「あっ。」
思わず、リンデマンは間の抜けたような声を出した。
そこには、浅黒い肌をした女性が、数人の人を伴って丘に向かっていた。その女性はリンデマンに
気づくと、頭を下げて礼をした。女性は髪が黒の長髪で露出が少々高い上着に短パンを履いている。
「あの・・・・・あなた方が、異世界から来たという人たちですか?」
浅黒い肌の女性が3人に聞いてきた。よく見て見ると、その女性の耳は尖っており、やや長い。
口調からしてやや緊張しているようだ。
「ええ、そうですけど。」
リンデマンも少し緊張したような口調で言った。何しろ初めて直接、現地人と話をするのだ。
緊張して当たり前というものである。
その時、リンデマンを見ていた浅黒い女性が何かを思い出したような表情になった。よく見て見ると、
目が大きく、鼻筋がすっきりしている。スタイルもいい。どことなくあどけなさがあるが、一目で美人だなと思った。
ふと、リンデマンはその顔はどこかで見たように感じた。
「ちょっとあなたに聞いていいですか?」
その女性がリンデマンに質問してきた。もしかして、俺が今から質問しようとしてるのと同じ内容か?
彼はそう思いながら返事をした。
「いいよ。」
「あなた、いつかの飛空挺の人じゃないですか?」
彼女の言葉にそっけなく彼は答えた。
「そうだよ。俺もあなたをどっかで見たと思ったが、なるほどね。」  


538  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/09(木)  12:12:20  [  4CUjn9IY  ]
そう言うと、彼女はいきなりリンデマンの手を握って握手してきた。
「初めまして!私、フランチェスカ・ラークソンといいます!」
その浅黒い肌の女性は、さっきとは打って変わった彼女、フランチェスカの態度に彼らは拍子抜けした。
いや、リンデマンはやや引いていた。
「あたし、飛空挺に憧れてるんです。そこで聞きたいんですけど、どうやったら飛空挺を乗りこなせるんですか?」
突拍子の無い質問に彼は唖然とした。
「い、いやな。そんな質問いきなりされてもな。」
リンデマンは戸惑った口調でそう言うと、フランチェスカはハッとなって手を引っ込めた。
「ああ、すいません。私、時折あこがれの物や人に会うと、興奮してしまう癖があって。」
「いや、別にいいさ。」
リンデマンは笑顔を作って彼女に言った。
「あこがれのものに会うと、興奮はするものさ。それはいい事だよ。だから気にしないでもいいよ。
あっ、俺も自己紹介しないとね。名前はジョージ・リンデマン。アメリカ合衆国海軍少尉だ。今は
船に乗っている。今日は休暇でここに来たんだ。」
彼は敬礼しながら自己紹介をした。他の2人も彼女らに対し、同様に自己紹介をした。
「そうなんですか。やはり皆さん軍人さんなんですね。」
彼らに習ってか、フランチェスカらも自己紹介をした。彼女以外の2人は1人1人丁寧な動作で
紹介を行った。まず、年長と思わしき女性の名がエミル・ラークソン、フランチェスカの姉である。
次の若い男性がグリム・ヨーヘンと名乗った。
「ちょっと思ったんだが、フランチェスカさんとエミルさんは肌がちょっと褐色だけど、グリムさんは
肌が白いね。もしや別々の部族なのかい?」
疑問に思ったリックが聞いてきた。  


539  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/09(木)  12:12:51  [  4CUjn9IY  ]
「元々はそうです。私と姉はダークエルフと呼ばれる種族で、グリムさんはエルフと呼ばれる種族に
属します。」
「そうなのか。てことは、普通の人とは外見と同様に中身も少し違うのかな?」
「はい。人との違いが、体力が倍あること、魔法が普通の人より使いやすい。特に違いが現れるのが年齢ですね。
ダークエルフやエルフの寿命は150年ですから。」
「150年!?」
その言葉に、3人は素っ頓狂な声を上げた。この時代のアメリカ人の平均寿命は、彼らの半分以下である。
その寿命を遥かに超える寿命年数に、3人は仰天した。
「何かの冗談じゃないか?」
ジェイムスが怪訝な表情で質問した。
「いや、冗談ではありませんよ。」
グリムが質問に答えた。
「実際、40代で外見も相当若くみえる人も居ますよ。例えば私のようにね。」
「なっ、なんだってぇ!?じゃあ、あなた方も・・・・・・」
ジェイムスは2人の女性を見た。
「いえ、私は21歳で、フランチェスカが18歳です。」
エミルが笑って彼の考えを否定した。
「ははあ。なるほど、よくわかりましたよ。」
ジェイムスは納得して頷いた。
「世の中不思議な事もあるものだな。」
「事実は小説よりも奇なり。これはその典型だね。」
リンデマン少尉も顎をなでながら頷いた。  


540  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/09(木)  12:13:40  [  4CUjn9IY  ]
「ところで、リンデマンさんは船に乗っていると聞きましたが、どんな船に乗っているんですか?」
「ジョージでいいよ。それに敬語は堅苦しいし、年齢も近いから普通に行こうよ。まあ、ちょっと
あっちを見てごらん。」
彼は指をさした。泊地内には多数の艦船がひしめいている。特に形が巨大な正規空母や戦艦は
一際目立つ。
「あの大きな空母、船が3隻並んでいるだろう?その内のこっち側にあるのが俺が乗っている船だ。」
彼はこの丘側に近い船を指差した。それは彼の母艦であるホーネットUである。
「すごい大きな船ですね。でも、なんか美しい船でもありますね。形もなんか綺麗だし。」
フランチェスカは、ホーネットを見て思ったことをそのまま言った。
(美しい・・・・か)
リンデマンはそう心で呟いた。普段はあまり美しいといった事は無かったが、こうして遠目から
見てみると、艦橋の精悍な感じと飛行甲板のすっきりさが見事に合っており、ある程度の美意識
すら感じられる。戦艦とは、また一味違った戦乙女にも見えないでもない。
「あの船はスピードはどれぐらい出るのですか?20ノットぐらいは軽く出ますか?」
グリムが聞いてきた。
「あの艦は33ノットは出ますよ。それに燃料を満タンにすれば、8000キロの海を無補給
で走破することも可能です。」
「・・・・・・・あの大きさで・・・・・・・」
グリムはリンデマンの母艦の性能の凄さにあんぐりと口を開けた。この時代、大型船の速度は
せいぜい16〜20ノットも出せばいいほうである。それを軽く追い抜けるスピードを出せる
大型船が存在する事自体、グリムには信じられなかった。
「名前はなんていうんですか?」
フランチェスカが聞いてきた。
「名前はホーネット。」
「ホーネット・・・・・結構いい名前ですね。」
彼女はそう言ってはにかんだ。

その後、彼らは色々語り合った。時間が経つにつれて、6人は打ち解けあった。それぞれの
故郷の話や、他愛もない話しなどをして盛り上がった。  


541  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/09(木)  12:15:12  [  4CUjn9IY  ]

気が付く頃には、太陽が傾きかけていた。
「ジョージさん、あたし達はこれで帰ります。今日は本当にありがとう。おかげで楽しかったわ。」
フランチェスカは、その銀色の瞳を輝かせながら彼ら3人にそう言った。
「ああ、僕もさ。君のおかげで、久しぶりに女の人と楽しく話せたよ。」
「そう。今日はいろいろ教えてくれて良かった。またの機会があったら話し合いましょう。」
「そうだね。では、またいつかに。」
そう言うと、彼は握手した。彼女の手は柔らかく、暖かかった。
3人はそれぞれ彼らに礼を言うと、森のほうに去っていった。
「おい、ジョージ。お前顔が赤いぞ。」
リックがそう言うと、ジェイムスもどれどれと言って彼の顔を眺めた。
「本当だな・・・・・・・・さてはお前、惚れたな?」
その問いを彼は否定した。
「なあに言ってるんだ。惚れてなどいないさ。それよりも、まだ休日はあるんだ。港のバー
で楽しもうぜ。」
彼はそう言うと、先頭に立って丘を降りていく。2人はそうだなと言って彼に続いた。
その後、3人は港の簡易バーで朝まで飲み明かし、楽しい休日を満喫した。  


556  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/14(火)  21:58:50  [  4CUjn9IY  ]
大陸暦1098年  7月1日  ウルシー  午前6時30分
まだウルシーの現地人が眠りについているこの時間に、広大の泊地内にラッパの稜々たる
音色が響き渡った。
アメリカ海軍の軍歌、「錨を上げて」が軍楽隊によって鳴らされる。それを聞いて勇みをかけ
られたかのように、戦闘艦艇群が次々と出航していく。甲板には、乗員が登舷礼で立ち並んでいる。
出港は露払い役の駆逐艦から巡洋艦、そして戦艦、空母と艦が大きくなっていく。
重巡洋艦インディアナポリスの戦闘艦橋から出港の様子を見ているマイント・ターナー魔道師は、
珍しく頬をやや上気させていた。
「どうしたんだね、魔法使いさん。」
彼の右隣に立っていた作戦参謀のフォレステル大佐が、微笑みながら聞いてきた。
「いつもはクールな君が、今日は少々違うように見えるのだが。」
「はあ、やっぱりそう見えますか。」
ターナーは苦笑しながらそう言った。
「こんな大規模な艦隊が出航していくのを見るのは初めてでして。」
「そうか。でも、私も艦隊が出航する時はいつも心が躍るものだよ。海軍に奉職して以来、
ずっとさ。」
彼はそう言いながら、出航しつつある艦艇に視線を向けた。インディアナポリスも外海に出ようとしている。
インディアナポリスの左400メートルには空母のエンタープライズが、同じようにゆっくりとした
スピードで外海に向かっている。
「我が第5艦隊は、まさに無敵艦隊さ。このインディアナポリスも歴戦の艦だ。大船に乗ったつもりで
いてくれ。」
フォレステル大佐は、彼にニヤリと笑みを浮かべながら言った。
(俺からしたら、この船でも十分に大船だけどな)
彼は内心でそう思いながら、出航していく艦艇群に視線を移した。  


557  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/14(火)  21:59:35  [  4CUjn9IY  ]
この日、アメリカ海軍第5艦隊に所属する機動部隊、第58任務部隊はウルシー泊地を出港した。
そして午前10時からは艦載機補充用の護衛空母セント・ロー、キトカン・ベイ、カリーニン・ベイ
ファーション・ベイを中心とした艦載機補充部隊が。
午後1時からはターナー中将指揮下の第52任務部隊の輸送船団が、護衛空母を始めとする
エスコート部隊に守られながら次々に出撃して行った。

アメリカ第5艦隊は、前衛に高速機動部隊、中央に補充部隊、後方に輸送船団という配置で18ノット
のスピードでゆっくりと、そして確実に北に向かっていった。

7月1日  午後8時  ウルシーより東北の岩島
この日の午前10時、偵察に出ていた海竜の1匹目から報告が入った。敵異世界軍の高速
機動部隊が全てウルシーから出航し、北に向かっているとの情報である。
バーマント軍は、30ノット以上のスピードで高速機動する第58任務部隊を高速機動部隊と呼称している。
その高速機動部隊がウルシーから出てきたという事は、敵はララスクリスかクロイッチを空襲するつもり
なのか?
第23海竜情報収集隊の指揮官であるロバルト・グッツラ騎士中佐はそう考えた。だが、その後の報告が
彼の考えを改めた。
報告は2つ送られてきた。1つは小型の飛空挺母艦を中心とする機動部隊が出航した事。そしてもうひとつは
大輸送船団を伴った大艦隊が出航したことである。
すぐさま彼は思い立った。
(輸送船には地上部隊が乗っているはず。敵異世界軍、アメリカという奴らは、どこかに侵攻しようとしている!)
そして彼は、侵攻地域がどこにあるかをすぐさま見抜いた。ララスクリスとクロイッチ・・・・・
敵艦隊の進路は北を指している。そして北にある根拠地といえば、被害を受けたこの2箇所だ。今は戦力が激減して
いるこの2箇所は、合計で20万ほどの兵員が居座っている。
だが、敵機動部隊の飛空挺の猛爆を受ければその兵員の数も減る。それに装備も我がバーマントよりも優秀なものを備え
ている異世界軍が総力でかかれば・・・・・・・・・
グッツラ中佐は至急、部隊の幹部将校を集めて会議を開いた。そしてこの日の午後8時、一本の魔法通信が
岩島より西北に700キロ離れた本国の根拠地、サイフェルバンに向けて放たれた。  


558  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/14(火)  22:02:24  [  4CUjn9IY  ]
翌日の午前7時、第58任務部隊はララスクリスとクロイッチを空襲した。空襲は第1、第2群がクロイッチ、
第3、第4群がラリスクリスと前回と同じ割り当てで行った。
第58任務部隊は双方の都市に各3波、合計で700機以上の艦載機を持って空襲した。この空襲で、
補修を受けた宿舎や城壁などは完膚なきまでに叩き潰された。
飛行場には飛空挺の姿は無かったが、飛行場も米艦載機に荒らされまくり、またもや穴だらけとなって
しまった。
この日の空襲では、前回の時とは違った変化が見られた。変化とは、バーマント軍が占領していた
建物などにこれ見よがしに旗を立てることが無かった事である。
これには米艦載機もやや戸惑ったが、怪しいところにF6Fが機銃弾を撃ち込むと、バーマント兵は必ず
慌てながら出てきた。その建物めがけてヘルダイバーやアベンジャーは爆弾を叩き込んで木っ端微塵に吹き飛ばした。
結果、前回の空襲よりはやや成果が得られなかったように思えたではあるが、それでも両都市は再び黒煙に
包まれていた。それは、バーマントの空襲対策は無駄であったと言っているかのようだった。

サイフェルバンにはヴァルレキュア侵攻軍の総本山であるヴァルレキュア殲滅軍総司令部は、突然の米軍
侵攻に激論が交わされていた。
「今すぐ飛空挺部隊をクロイッチに派遣し、異世界軍の機動部隊を撃滅すべきです!」
「撃滅するだと?君は過去に起こった出来事を知らんのか?異世界軍に攻撃を受けた飛空挺
部隊はほとんど全滅しているのだぞ!」
「それならば5〜6個空中騎士団の飛空挺を一気に飛ばせばいいではないですか。数百機の
飛空挺で飽和攻撃を行えば、せめて敵の飛空挺母艦の何隻かは撃沈できるはずです。」
「それまでに何機の飛空挺が犠牲になる?飛空挺のパイロットは工場では作れんのだぞ!」
ヴァルレキュア殲滅軍総司令官バリッチ・ロークレル騎士元帥は、正面で激しくやりあう幹部士官
の話を聞いて欝な気分だった。  


559  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/14(火)  22:03:14  [  4CUjn9IY  ]
当初、バーマント軍は、王都爆撃部隊が全滅した事に衝撃を受け、皇帝が直々にヴァルレキュア領の侵攻
を4ヶ月延期すると各軍に命じた。この4ヶ月という期間は、前線部隊が最新式の装備に切り替えが
終わる期限で、剣や盾に代わって新兵器である銃器が支給される予定であった。
その更新期間中にいきなり米軍がやってきたのである。
このため、ララスクリスとクロイッチに駐留する部隊はまだ剣や盾、弓矢や槍といったものしかない。
そこを、銃器も完全に取り揃えているであろう異世界軍が侵攻してきたら、目も当てられない惨状となるだろう。
既に、異世界軍の高速機動部隊は数百機以上の飛空挺を繰り出し、空襲を行っている。被害は両方の都市で
暫定だけで戦死3280人、負傷13780人と馬鹿にならないものである。
実に2個師団相当の兵員が死ぬか、使い物にならなくなったのである。米軍の仮借ない空襲が功を奏した結果
である。
その忌々しい高速機動部隊だけでなく、今度は上陸部隊を乗せた輸送船が多数後方で待機していると、海竜情報
収集隊の報告により判明している。
殲滅軍司令部の幕僚達は、この異世界軍の機動部隊と輸送船団を撃滅しようと作戦会議を開いたのであるが、
話は全然決まらなかった。
「今出さなければそれ以上の兵員が死ぬ事になります!今は損害に目をつぶってでも敵艦隊に被害を与えて
退散ささせるべきです!」
「君、敵の機動部隊は何百機という我々よりも高性能の飛空挺を持っているんだ。そこに突っ込ませても
あっという間にたかられて全滅するのが落ちだ!第一、猛訓練を行っている水切り爆撃を行う飛空挺も
あの猛烈な対空砲火相手には何機が投弾に成功するか分らんぞ。前回、敵艦に被害を与えたのは運がよか
っただけだ!」  


560  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/14(火)  22:04:14  [  4CUjn9IY  ]
今激しくやり合っているのは、第1航空軍司令官ののクローン・アイク中将と、司令部参謀長のマヌエル・ジュレイ
中将である。アイク中将が彼より後任なので、敬語口調である。
「私が思うには、空中騎士団は上陸して間もない異世界軍の上陸部隊に対して使うべきだと思う。いくら優れた
兵器を持つ異世界の兵士とはいえ、上陸直後を狙われたらたまらんだろう。だからこの際、飛空挺部隊は上陸まで
待機させるのだ。」
「ですが異世界軍の機動部隊は遠くまで進出できるそうではありませんか。当然重要拠点のこちらも上陸作戦の
前に叩き、戦力支援を妨害しに来ます。その前にありったけの飛空挺を飛ばして、接近してくる敵機動部隊に向かわせる
しかありませんよ。」
2人の議論はこの議題に入った直後から始まり、既に10分間も続いている。彼らの議論にいつしか幹部士官達が加わり、
会議室は喧々轟々の騒ぎとなった。騒ぎの元である2人にいたっては掴み合い寸前の激論になっている。あまりの騒がしさに、
ロークレル騎士元帥は
「静まれ!!」
と一喝して机を思い切り叩いた。バダン!!という音が室内に響き、騒がしかった室内はシーンと静まり返った。
「今は敵の侵攻に対して対抗手段を考えるのが先決である。だからここは罵りあいの場ではない。」
彼はそう言いながら、内心では彼らの思っていることを理解していた。なんせ、異世界軍は強すぎるが故に、画期的な
対抗手段が浮かび上がらない。その事に、上級士官達はイライラしているのだ。
そしてアイデアが浮かんでも、それはすぐに破綻するという結論に到ってしまう。もはや手詰まり状態なのである。
だが、出来る限りの手段はとらねばならない。だが、その出来る限りの手段がなかなか思いつかなかった。
「こうなれば・・・・・・」
ロークレル騎士元帥は苦りきった表情で口を開いた。
「ララスクリスとクロイッチの将兵には現地の死守命令を伝えるしかないだろう。」
「で・・・・・ですが。」  


561  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/14(火)  22:05:50  [  4CUjn9IY  ]
アイク中将は額に汗を浮かべながら彼に翻意を促そうとした。
「皇帝陛下が撤退を許すはずが無い。ケルベス事件を思い出して見ろ。」
彼はある事を思い出した。それは4年前のケルベス王国での侵攻作戦の時、一時バーマント軍は
指揮下の一部隊が敵に占領地を包囲されそうになった。その時の部隊の指揮官は劣勢の味方部隊を後方に
引き上げさせようとしたが、バーマント皇は現地の死守命令を命じ続けた。
結局、現地部隊の司令官は命令に逆らう事が出来なく、部隊は全滅した。バーマントでは皇帝に逆らう
者は一生日の当てられない独房に閉じ込められるか、死刑になるのが常であった。
もし勝手にララスクリス、クロイッチの部隊を撤退させれば・・・・・・・・
彼は身の毛のよだつ思いがした。せめて、異世界軍さえいなければ、こんな思いをしなくて済んだのに。
異世界軍のせいで、何もかもがメチャクチャだ!!
彼は内心で米軍を呪った。
「ララスクリスとクロイッチは断固として死守しろと命じてくれ。」
彼の言葉は、会議室に重く響いた。
そして10分後、魔法通信はクロイッチの司令部に放たれていった。  


570  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/15(水)  13:25:56  [  4CUjn9IY  ]
7月3日  午前6時  ララスクリス沖12キロ
アメリカ艦隊から分派されてきた砲撃部隊は、二手に分かれてそれぞれの所定位置に向かっていった。
このうち、ララスクリス砲撃部隊は、戦艦ニュージャージー、重巡洋艦キャンベラ、ニューオリンズ、
ウィチタ、軽巡洋艦モービル、ビロキシ、駆逐艦ブラッドフォード、ブラウン、バーンズ以下3隻で
編成されている。上空には護衛役のF6F30機が旋回している。
この世界は元の世界と違ってこの時間はまだ暗めである。太陽が昇りかけているため、明るくなりはじ
めているが、それでも大分暗い。
艦隊は20ノットのスピードでララスクリスの南から砲撃を始めようとしていた。
戦艦ニュージャージ艦長のアロート・グリーンウッド大佐は双眼鏡を下げて命令を発した。
「左砲戦用意!」
彼がそう叫ぶと、命令を受け取った砲術長が各部に伝える。艦橋より前にある16インチ(40センチ)
長砲身砲3連装2基、後部の3連装1基がゆっくりと左側の陸地に向けられる。
目標は海岸付近にある簡易式の要塞である。この要塞は上陸してきた敵に対して作られたもので、ここから
防御壁沿いに弓矢や石といった物を上陸してきた敵にはなって迎え撃つというものだ。
今で言うとトーチカ群のようなものだ。その簡易要塞に向けて、9門の16インチ砲が向けられた。
観測機からの報告がCICに届けられ、そこから砲術長に伝達される。それを元に、測的が進められる。
従来ならばレーダー射撃でやりたいのだが、レーダー射撃は敵の水上艦に対して行うものだから、陸上
砲撃では使えない。手間は掛かるがこのように測的をしながらやるしかない。
「発射準備よし!」
砲術長の声が電話から聞こえた。そして彼は命令を発した。
「撃ち方はじめぇ!!」
グリーンウッド大佐が叫ぶと、16インチ砲が待ってましたとばかりに砲撃を始めた。ズドォーン!!という
猛烈な轟音が響き、各砲塔の1番砲が閃光と共に火を噴いた。
最初は弾着観測のため、各砲塔の1門ずつを撃つ。このやり方は交互撃ち方と呼ばれる方法である。
この交互撃ち方で目標を完全に捉えたら、次は9門全てを使っての一斉撃ち方に入る。  


571  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/15(水)  13:28:15  [  4CUjn9IY  ]
待つ事少し。陸地に3つの閃光が走った。
「目標付近に1弾命中。」
観測機からの報告が入る。その後に2番砲が発射される。
「目標付近に命中なし。」
グリーンウッド大佐は双眼鏡で陸地を眺める。バーマント側の要塞がある海岸付近は、薄暗くて少し見えにくい。
「6発中1発か。まあ最初はこなもんだろう。」
彼はそう呟いた。その呟きをかき消すかのようにドーン!という音と共に3番砲が火を噴く。
交互撃ち方をこの後3回やったとこで、命中弾は3発に2発が簡易要塞の所に着弾していた。
「一斉撃ち方!!」
艦長は頃合良しと決め、砲術長にそう命じた。そして待つ事40秒。
ズドドドーーーン!!9門の16インチ砲は一斉に放たれた。その衝撃はさきの交互撃ち方と比べ物に
ならない。衝撃でニュージャージーは右舷側に少し傾いた。
そして少しの時間が経ち、海岸地点が9個の閃光に包まれた。その後、猛烈な噴煙が火山の爆発の
ように湧き上がった。
その時、ニュージャージーから3000メートル左舷側に水柱が立ち上がった。合計で6つの水柱が立ち上がる。
よく見ると、海岸陣地の南側の一角から閃光が走っている。
「敵の砲弾だ。バーマントの奴ら、我慢できなくて撃ってきやがったな。」
その閃光めがけて、軽巡洋艦のモービル、ビロキシが6インチ砲弾を叩き込んだ。合計で24門の
速射砲の威力は凄まじかった。一分間の間にモービル、ビロキシは4回一斉砲撃を行った。
発射された砲弾は合計で120発にも上る。
たちまちバーマント軍の砲台は沈黙を余儀なくされた。その直後、砲兵陣地が大爆発を起こした。
砲弾の1発は弾薬庫を直撃し、呼び弾薬を粉みじんに粉砕してのである。
重巡キャンベラ、ニューオリンズ、ウィチタ、駆逐艦も加わった艦砲射撃は一層苛烈さを増した。
今やバーマント軍の海岸要塞は、着弾の噴煙で見えなくなっていた。  


572  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/15(水)  13:29:06  [  4CUjn9IY  ]
海岸陣地を守備していたのは、バーマント軍第45歩兵師団であった。第45歩兵師団第2騎士連隊
に所属する歩兵のジョア・レーリは、突然の轟音に跳ね起きた。
まるで近くに雷が落下したような音だ。彼女はそう思った。
「おい、ジョア。今のはなんだ!?」
同僚の男性兵が彼女に聞いてきた。壕内は埃が舞い上がっていて視界が悪かった。
「知らない。」
彼女はそう言ってかぶりを振った。一体何が起きたの?彼女の頭はその疑問で一杯になった。
だが、ヒュルルルルルルルという甲高い音が響いてきた、と思うと、いきなりダーン!!という
猛烈な轟音と、衝撃が大地を揺さぶった。
「きゃあ!」
ジョアは悲鳴を上げてその場に倒れこんだ。
「畜生、一体なんだってんだ!?」
同僚の男性兵は苛立ちまぎれに喚いた。ジョアは立ち上がると、海が見渡せる穴をのぞいた。
すると、沖合いから閃光が光った。ピカッと一瞬明るくなったそこに、何かの影が見えたが、
すぐに分らなくなった。
(今のは?)
彼女は見えた影に疑問に思った。すると、またもや甲高い音が聞こえてきた。そしてそれが大きくなった時に
ドーン!!という音と衝撃に揺さぶられた。
今度派ばかりはジョアは踏ん張って耐えた。着弾はジョアたちよりも左側に集中しているようだ。
(あそこに何かがある。その何かが、あたし達に攻撃を加えている!)  


573  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/15(水)  13:29:54  [  4CUjn9IY  ]
彼女はそう思うと、ある一つの事を思い出した。それは異世界軍が強力な大砲を持った軍艦を何隻
も持っているということ。もしや、その強力な大砲を持つ軍艦が、ここに来ているとしたら。
彼女は確信した。ここに異世界軍の軍艦がいることを。
「これは異世界軍の軍艦の砲撃よ!」
彼女がそう叫んだ時、新たな弾着音が轟いた。砲撃はますます苛烈さを増しているようだ。弾着音が
多くなっている。
「異世界軍は上陸前にここを綺麗さっぱり吹き飛ばすつもりなんだわ。」
ジョアはそう思うと、何かの思いが、頭の中で駆け巡るような感触がした。今までの思い出が
脳裏に浮かんでいる。父や母に一生懸命育てられた事、学校で男子に告白されたこと、村中の
中で一番の美人に選ばれた事、軍に入って厳しい訓練をマスターした事。
彼女が歩んできた20年の思い出が駆け巡っていた。その時、右側から何かの発射音が響いた。
はっとなって右側を見た。そこには砲兵部隊が沖合いの閃光に向かって砲弾を放っていた。
「撃っては駄目!」
ジョアはそう叫ぶと、200メートル先にある砲兵部隊の陣地に向かって走ろうとした。
その時、沖合いから多数の砲弾の飛翔音がした。
「ま、まさか・・・・・」
狙われた。そう思い立った時、無数の砲弾がドカドカと砲兵陣地の周りに落下してきた。
ドカンドカンドカン!!という爆発音が響き、ジョアは爆風で吹き飛ばされた。
彼女は知らなかったが、この時、軽巡モービルとビロキシはこの砲兵陣地に向かって実に120発
の6インチ砲弾を叩き込み、この砲兵陣地は完膚なきまでに叩き潰された。  


574  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/15(水)  13:31:23  [  4CUjn9IY  ]
ジョアが目を開けたとき、周りはすっかり明るくなっていた。姿勢を起こすと、腹に激痛が
走った。腹に触れて見ると、何かが濡れていた。
手のひらを見ると、赤い液体、血がべっとりと付いていた。右頬にも横に深い切り傷が刻まれ、
彼女の美貌を血に染めていた。
「う・・・っ。」
痛みに顔をしかめ、目をつぶった。そして目を開けてみた。そこには、完全に叩き潰された6門
の大砲があった。大きな大砲は全てひしゃげ、砲兵の死体が散乱している。
砲兵陣地の右側に大きな穴が開いていて、そこから猛烈な火炎と黒煙が噴出している。弾薬庫が
爆発したのである。50人の砲兵は全員が戦死していた。
「そ、そんな・・・・・こんな事が。」
ジョアは悲しげな表情を浮かべてそう呟いた。その時、口からがふっと血を吐き出した。彼女は
そのまま仰向けになって目をつぶった。  


575  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/15(水)  13:32:08  [  4CUjn9IY  ]
ララスクリス砲撃部隊は、戦艦ニュージャージーが16インチ砲弾90発。重巡キャンベラ、
ニューオリンズ、ウィチタが8インチ砲弾360発、軽巡モービル、ビロキシが6インチ砲弾
400発、駆逐艦部隊が500発の砲弾を海岸要塞に叩き込んだ。
このわずか20分の砲撃で海岸要塞は甚大な損害を被った。クロイッチ方面でも米艦隊の艦砲射撃で
海岸陣地は壊滅してしまった。
この日以来、米艦隊の艦砲射撃はバーマント軍将兵にとって恐怖の的となっていった。  


585  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/19(日)  13:45:18  [  4CUjn9IY  ]
7月4日  第58任務部隊旗艦レキシントンU  午前2時

「お願いだ!助けてくれ!せめて子供だけには手をださんでくれ!」
男が必死に剣を持つ兵士に懇願する。
「お願いねぇ。」
兵士はどこか下卑た笑みを浮かべて男を値踏みするように見つめる。
心臓の鼓動が早くなってきた。これから起こる事はリリアにとって残酷な事だった。
(いや、やめて・・・・・お願い、やめて!)
彼女は草むらからそう願う。一生懸命願う。だが、彼女に出来ることは、もはやなかった。
「聞くと思ってるのかな?赤目さんよぉ。」
父親と息子を取り囲んでいる兵士たちが笑う。
「息子はまだ若い。5歳だ、こいつの人生はこれからなんだ!」
「それはそうだね。」
リーダー格の男がうんうん頷く。
「まあ、俺としてはね。」
その言葉を言った瞬間、その兵士が思いっきり剣を振り下ろした。父親はあっという間に首を
落とされてしまった。
「こうしたいんだよ。」
その次の瞬間、息子にも剣撃がはなたれ、あっという間に命を失った。
(!!)
リリアは悲鳴あげかけて、すんでの所で抑える。しかし、その一部始終はハッキリと脳裏に
刻まれてしまった。
(お父さん・・・・・・リューク・・・・・・・)
兵士たちは笑いながらその場から去っていった。そこには、倒れ伏せる親子の姿があった。  


586  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/19(日)  13:46:05  [  4CUjn9IY  ]
「イヤアアアーーーーー!!」
リリアはがばっと跳ね起きた。ハアハアと息が荒く、心臓の鼓動が早い。ここはどこなの?今は何時?
彼女は一瞬どこにいるのか分からなかった。
少し落ち着くと、彼女はここが空母レキシントンUの艦内であることを思い出した。
「また・・・・・あの夢。」
彼女はそう言うと、ショ−トカットの髪をかきむしった。
彼女は時折、悪夢にうなされることがある。リリアはバーマントの侵攻時に父親と弟を目の前で
殺されている。その光景は今でも脳裏に残っており、たまに悪夢になって蘇るのである。
それも最近では全く見なくなっていたが、今日久しぶりに見てしまった。
「疲れがたまってるのかなぁ。」
ここ数日は、第58任務部隊の司令部幕僚と共に作戦会議をしたり、色々なアドバイスを求められ
たり、資料を作成したりなどで忙しかった。
特にここ3日は睡眠時間はわずか3時間であった。なぜか不思議とドジは1回だけで済んだ。
その時は、参謀長のバーク大佐にこっぴどく叱られたが。
今日はそれも一段落ついたので、安心して眠れると思った。しかし・・・・・
「お父さん・・・・リューク・・・・・・」
目頭が熱い。しばらくすると、涙が頬を伝った。
リリアは気を取り直し、涙を拭いて眠ろうとした。ベッドに寝転んだはいいが、今度は頭が
冴えて眠れなかった。  


587  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/19(日)  13:46:55  [  4CUjn9IY  ]
「仕方ない。ちょっと散歩でもしようかな。」
いつまでも眠れないので、リリアは艦内を散歩することにした。ベッドから降りて、寝間着
の短パンから、いつもの黒いズボンに着替えた。
上は白布の寝間着そのままで何も羽織らなかった。
彼女は割り当てられた士官室を出ると、まずは飛行甲板に上がろうとした。いつも休憩時間には
甲板の舷側で、海風に当たりながら考え事をしている。
艦内は真っ暗である。当直員以外は全員寝ているので当然であろう。彼女は飛行甲板に繋がる
通路の途中で、格納甲板の入り口にさしかかった。
そこから談笑が聞こえた。
「ん?おいジョージ。あの女の子って、いつぞやの魔法使いじゃねえか?」
「ああ、確かにそうだぜ。」
リリアはそこに視線を向けた。そこには艦載機の間で休憩を取っている6人の将兵が彼女を見ていた。
そのうちの1人とは既に顔見知りだった。
「フレイド魔道師、どうしたのかな、こんな時間に?」
スノードン中佐が彼女に聞いてきた。
「ちょっと、眠れなくて。甲板で風にあたろうかな〜と思って上に行こうとしてたんですが。」
「そうか。実は俺も寝れなくてな。艦内をブラブラしていたらヒマそうなこいつらを見つけて
話をしていたのさ。」
「中佐、別にヒマなんかじゃあありませんぜ。ただ休憩をしとっただけですぜ。」
顔の下半分が髭に覆われた古参の兵曹長が口を尖らせて言う。
「休憩という割には、すでに俺と30分以上話しとるじゃないか。」
「ありゃ、そうでしたか。自分は最近体内時計が狂っておって。」
「そんなの元々じゃないですか。」
「黙らんか、この!」
部下の整備兵に悪ふざけで首をしめようとする。その突っ込みに皆は笑った。リリアもつられて
笑ってしまった。
「魔法使いさんもこっちに来たらどうだい?こいつらは色々面白い話を知ってるぞ。」  


588  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/19(日)  13:47:32  [  4CUjn9IY  ]
スノードン中佐は彼女を誘った。リリアは少し迷ったが、彼の誘いに乗って格納甲板に入ってきた。
格納甲板には、F6F、SB2C、TBFといった艦載機が翼を折りたたんで格納されている。
合計で100機は下らない数はあるだろう。
「さあ、こっちに座って。」
スノードン中佐は、そこにあった木箱を置いた。
「しかし、こういう殺伐とした軍艦に、女の子が来るって言うのはいいですね。リリアちゃんは
美人ですし、場が和みますな。」
整備兵曹長がタバコを吹かしながらリリアを褒めた。
「そうですね。なんか、スタイルもいいし、それに格闘丈夫と来ている。完璧じゃないですか。
リリアちゃん胸おっきいね。何カップあ」
若い整備兵が聞こうとしたが、その瞬間、ガツンと整備兵曹長に頭を殴られた。
「馬鹿野郎。そんなこと聞くんじゃねえ。」
「で、でも。自分としてはやっぱ聞い」
「やめんか。それ以上言うと海に放り込むぞ!」
怒られた整備兵はばつの悪そうな顔を浮かべた。
「すまんな、魔法使いさん。こいつが下品なこといって。」
「い、いいえ、別に気にしてないですから。」
彼女は慌てて手を振った。しかし、顔は少し赤かった。
「それに私のことはリリアと呼び捨てにしてかまいません。」
「そうか。」
皆が頷いた。
「そういえば、ちょっと聞きたいことがあるんですが。」
「なんだい?」
整備兵曹長が聞いてきた。  


589  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/19(日)  13:48:10  [  4CUjn9IY  ]
「この格納庫にある飛空挺ですが、この機の整備って、やっぱり難しくないですか?」
「いや、それほどでもないぜ。」
先の若い整備兵が答えた。
「むしろ整備がやりやすくて俺たちは大助かりさ。なんせ、このアベンジャーとか、あとこの
ヘルキャットはエンジンが大きくて手がすっぽり入るんだ。特にこのヘルキャットはいいな。
それにこのヘルキャットは頑丈で、それに操縦性もいいから、パイロット連中には、こいつが
女だったら結婚してやりたいっていう奴もいるよ。」
「へえ〜。」
リリアが感心したように頷いた。
「それに対して、あっちに見える寸胴の機体があるだろ?」
整備兵曹長は後ろを指差した。そこにはヘルダイバーが翼を折りたたんで駐機している。
「あの機体は、昔はものすごい不評だったな。整備製も今ひとつだったし。特にパイロット
連中の中には前のドーントレスという機体を好む奴もいたんだ。なんていったって、急降下
後の肝心の爆弾投下は爆弾倉が開かなかったり、運動性が悪かったり。このレキシントンでも
半年前に着艦しようとしたヘルダイバーが、着艦したと同時にケツがボッキリ折れてしまって
海に転落するっていう事故があったんだ。その時は幸いパイロットは命を取り留めたが、重傷で
本国送還になった。」
「つまり、あまり出来がよくなかったんですね?」  


590  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/19(日)  13:49:02  [  4CUjn9IY  ]
「ああ、そうだな。開発を急いだばかりに、あれこれ欠陥が出ちまったんだ。」
「そんなことからこのヘルダイバーはこう言われていたたな。ろくでなしの2流機ってな。」
さきの若い整備兵が自嘲気味に言った。
「それでも、このヘルダイバーは結構改善されて、今では完全に良くなっている。パイロット連中は
相変わらず文句をいう奴もいるが、昔に比べてマシにはなったな。」
スノードン中佐がそう言う。
「整備性はまだ悪いですけどね。」
髭面の兵曹長が言うと、皆が笑い声をあげた。
「やっぱり、どんな世界の人でも苦労はつき物なんですね。」
「そうだよ、リリアちゃん。どんな物にも苦労はつきもんさ。」
「そういえば。」
メガネをかけた整備兵が聞いてきた。
「リリアさんは魔法使いだったよね。魔法使いってなんか専門の学校とかで魔法を習って
るのかい?」
「ん〜、まあ似たようなものですけど。正確には軍人という形で軍隊に入隊してから、魔法教化隊
という部隊で色々習います。」
「つまり君は軍人さんなんだ。」
「ええ。でも卒業後は軍属という形にされるんで、形式上は王国の役人ということになります。
魔法使いになるにはまず、体力と知力が求められます。それに色々な格闘術も習わせられますね。
「なんで格闘術も習うんだ?」  


591  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/19(日)  13:49:48  [  4CUjn9IY  ]
「魔道師はたまに、敵国の暗殺者に狙われる時があるんです。その暗殺者を完全に追い払うか、返り
討ちにできるようにと、昔から習わされているんです。私は家のほうでも教えられていたので、結構
すんなり出来ましたが、それでも最初はとてもきつかったです。このきつさに耐えられるかとうかで、
その教化隊でやっていけるかが分かります。」
「なるほど。ちなみに何人ぐらいが落ちるんだ?」
「私の同期生は200人ほどがいましたが、半数以上の120人が落ちました。」
「厳しいな。」
メガネの整備兵は眉をひそめた。
「よく魔法使いはただ呪文を唱えて終わりという印象があったが、君達の話を聞くと、魔道師も
結構強いんだな。」
「はい。」
彼女はすんなり答えた。
「リリアちゃんは彼氏いるのかな?」
先ほどの若い整備兵が聞いてきた。
「えっ?い、いや。いませんけど。」
「そうか。なら俺と」
「それはちょっと出来ませんね。」
リリアは素早く反応した。先を越された整備兵は、あっ、と言ってうなだれた。
「全く、お前と言う奴は本当に女に目が無い奴だなあ。」
兵曹長がそう言うと、
「私はそれが取り柄ですから。」
と、なぜか胸を張って言う。
「馬鹿もん。何が取り柄だ、いつも告白は失敗しとるくせに。お前は神様に見放されたのさ。」
兵曹長がそう言うと、どっと爆笑が広がった。  


592  名前:ヨークタウン  投稿日:  2006/02/19(日)  13:51:54  [  4CUjn9IY  ]
7月4日、午前6時  空母レキシントンU
空はオレンジ色に変わりつつあった。まだ少々暗いではあるが、遠くから来る光は闇を払拭し
つつある。
第3群は28ノットのスピードで風上に向かって走っている。飛行甲板上には46機の艦載機が
エンジンを轟々と轟かせながら、発艦の準備を待っている。
レキシントンの艦橋上で、リリアはその胸躍る光景をじっと見つめていた。
ヘルキャット、ヘルダイバー、アベンジャーが出すエンジン音は、まるで騎士団の雄たけびのよう
に聞こえた。
(いつ見ても心躍る光景ね。)
彼女はふとそう思った。甲板要員がフラッグを掲げている。
「参謀長、各艦に通達。準備出来次第発艦せよ。」
「アイアイサー。」
ミッチャー司令官と、司令部幕僚のやりとりが聞こえてきた。
「艦長、艦載機の発艦準備OKです!」
「よし、発艦はじめ!!」
艦長の号令の下、発艦が始まった。甲板要員がフラッグを降るとF6Fがグオオー!という音を
立てて飛行甲板をするすると滑走していく。
飛行甲板の先端を蹴ると、ふわりと上空に舞い上がっていく。これを皮切りに、次々と艦載機が
発艦していく。
リリアは視線を左舷側のエンタープライズに向けた。ビッグEと呼ばれるその空母からも、飛行甲板上
から続々と艦載機が発艦していく。
乗員の声援の後押しを受けるかのように、艦載機は発艦していった。そして発艦作業は終わった。
上空では各空母から発艦した攻撃隊が、大編隊を組んで艦隊上空を横切っていった。
「がんばれよー!」「敵に後方も安全ではないことを教えてやれ!」
様々な声援を、手空き乗員は送った。攻撃隊が去っていき、艦隊上空は静かになった。
「司令官、各任務群もサイフェルバン攻撃隊、発艦終了いたしました。」
「サイフェルバン攻略部隊は順調に航海を続けているか?」
「今のところ順調に航海を続けています。」
バーク大佐がそう言うと、ミッチャー中将は頷いた。
サイフェルバン侵攻作戦、暗号名オペレーションアイスバーグはいよいよ本腰に入った。