931  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/09/24(日)  20:14:07  [  XwixsAvk  ]
恐らくは、24騎全てが全滅するかもしれないが、それと引き換えに敵の空母を仕留められると思えば、安い買い物だ。

「待ってろよ。俺達が狩ってやる。」

自然に自身が沸き、ヴェルイス中佐は口元に獰猛な笑みが浮かんだ。
それは、アメリカ機動部隊まで30キロと迫った時まで続いた。

「もうそろそろだな。」

彼がそう呟いた時、聞こえるはずの無い音が耳元に飛び込んできた。
それは、飛空挺独特のエンジン音である。

「空耳か?」

最初はあまりにも小さいため、そう思ったものの、音は徐々に大きくなってきた。
そして、音が突如、唸りを上げて近づいてきた時、中佐は愕然とした表情を浮かべた。

「なっ、なにぃ!?敵の戦闘飛空挺は夜間に飛べるはずはないのに!?」

驚きの感情が命令を言おうとするのを拒んでいる。だが、なんとか驚きを取り払い、彼は命令を発した。

「敵だ!敵の飛空挺がいるぞ!全騎対飛空挺戦闘に移れ!」

その直後、右上方から黒い影が猛然と突っかかり、両翼から閃光を放った。
中佐は咄嗟にワイバーンロードに左旋回を命じたが、6本の線は中佐のワイバーンロードに満遍なく叩きつけられた。  


932  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/09/24(日)  20:19:54  [  XwixsAvk  ]
ワイバーンロードの左側方を、猛スピードでヘルキャットが下方に抜けていった。
ヘルキャットに無数の機銃弾を叩きこまれたワイバーンロードが、姿勢を崩して、頭から真っ逆さまに墜落し始めた。

「こちらガルム1、敵機1機を撃墜!」

パイロットのマルコ・カーター中尉はそう報告した。操縦桿を引き上げて、降下スピードを緩める。
水平に移った後、今度は左上方旋回を行い、先のワイバーンロードの編隊に機体を向けた。
レーダー映る機影は20機以上いる。それに対して、味方の戦闘機は彼も含めてわずか3機しかいない。
それもそのはず。夜間を飛べるヘルキャット3機しかいない。
カーター中尉の乗るヘルキャットは、F6F−N3と呼ばれるもので、特徴は右翼に丸いレーダーポッドが取り付けられている事である。
このレーダーで敵機を捉え、機銃で撃ちまくるのである。
この夜間戦闘機型のヘルキャットは、第58任務部隊の母艦には第2群と第4群の正規空母にしか積んでおらず、
F6F−N5に換える予定であったが、異世界に召喚されてからは第1、第3群は夜間戦闘機が1機も無い状態で、使えるのはN3が12機となった。
そのように搭載されたのも、マリアナ遠征が決まったあとである。
それまでは陸上の航空基地で、他の予備機と共に置かれていたため、サイフェルバン戦時に敵機に対して
対空砲火のみでしか対抗できなかった。
やっとで積まれた12機も、空母の損傷や母艦の戦没とともに消えて行き、最終的には8機が残存するまでになった。
そして、大詰めとなったマリアナ周辺の戦いも終わり、敵の航空兵力が壊滅した今となっては、
N3はこの世界で一度も戦いに使われることもなくなる。はずだったが、
この日、N3にもやっと出番が回ってきたのである。
午後9時40分頃に、艦隊の70マイル南方海上で、20機以上の編隊を確認したレーダー班はすぐに報告を行った。
第4任務群司令官のハリル少将は、N3による迎撃を命じた。
空母エセックスの格納甲板から引っ張り出されたN3は、45分までには3機全てが、夜闇の空に向けて飛び立ち、
母艦からのレーダー誘導を受けながら、ワイバーンロードを待ち構えていたのである。

「こちらエセックス、敵編隊は乱れているぞ。」
「OK!」  


933  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/09/24(日)  20:24:10  [  XwixsAvk  ]
カーター中尉はそれだけ返事して、前に視線を集中する。前方には暗闇しかないが、
計器類には、オシロスコープが追加で取り付けられている。
レーダーポッドから捉えられた、敵機の機影がオシロスコープの波長となって現れている。

「こちらガルム2、敵機1機撃墜!」
「こちらガルム3、敵に損傷を与えた。」

寮機の調子のいい返事が聞こえてくる。オシロスコープの波長は次第に強くなってきた。
視線を風防の向こうに移す。星空に何かの影が見える。
小さなドラゴンだ。ドラゴンは背後にヘルキャットに付かれている形だ。
目測で400メートルまで接近すると、機銃の発射ボタンを押す。
ダダダダダダ!という12.7ミリ機銃の軽快な発射音が響き、6本の線がワイバーンロードに突き刺さる。
4秒ほど敵ドラゴンに機銃弾を注ぐ。一旦射撃をやめて、再び12.7ミリを叩き込む。
射撃をやめた直後に、影が大きくよろめき、次いで人影らしきものが大きな影から離れて落ちていった。
撃墜の喜びに浸る余裕も無く、次の行動に移る。いきなり左上方から影が迫ってきた。

「敵だ!」

そう叫ぶと同時に、機体を左に倒す。
直後、紅蓮の火球が湧き出し、ワイバーンロードと竜騎士が見えたと思った時、火球が彼のヘルキャットに向けて放たれた。
咄嗟の判断で機体を左に横転させたため、火球はヘルキャットを掠めるようにして通り過ぎ、すぐに消えた。

「あれにやられたら、いくら頑丈なF6Fといえどもやばすぎる」

カーター中尉は背筋の凍る思いに見舞われるが、体は無意識に動く。高度計に注意しながら、ヘルキャットは一旦降下。
そしてすぐに急上昇に転じた。
ヘルキャットのプラットアンドホイットニー2000馬力エンジンが轟々と鳴り響き、鈍重そうな機体が
機の重々しいイメージを消し飛ばすかのように、猛スピードで高度を上げる。  


934  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/09/24(日)  20:26:30  [  XwixsAvk  ]
高度を上げていくにつれて、一度は反応の小さかったオシロスコープの波長が、再びワイバーンロードの機影を捉え、大きく反応する。
眼前に小さな影が、得物を待っているかのように旋回を繰り返している。カーター中尉はそれに目をつけた。
突然、敵のほうでも彼のヘルキャットに気が付いたのだろう、真正面から向かってきた。
影がぐんぐん迫ってくる。照準器の中に黒い影が大きくなりつつある。
影の真ん中が明るくなった。炎を吐くつもりだ。

「焼かれてたまるか!」

彼は叫んで機銃弾を発射した。サーッと糸を引くように6本の線が黒い影に注ぎ込まれる。
曳光弾の何発かは確実に命中している。
その時、影も炎を放った。咄嗟に機体を素早く右に横転させた。炎は間一髪、ヘルキャットの腹を掠めながら外れていく。
影こと、ワイバーンロードはヘルキャットに体当たりするかのように、ヘルキャットが避けた方向に姿勢を向きなおした。
今度は炎とは違う、何か小さな光を放つ。機銃弾のようにヘルキャットの周囲を掠める。

「機銃弾みたいなものまで持ってるのか。こいつはちと厄介だぞ。」

ワイバーンは本当に体当たりするつもりで、ヘルキャットに突っ込もうとしたが、いかんせん、速度が違いすぎた。
ヘルキャットは600キロ近いスピードでワイバーンロードの腹の下を抜ける。
すぐに右旋回に移り、ヘルキャットはワイバーンロードの後ろに張り付く。
旋回で速度が落ちたが、再びスピードがあがると、黒い影との距離もみるみる縮まってきた。
オシロスコープの波長はかなり強い。影の大きさも申し分ないまでに、距離は縮まった。

「食らえ!」

またもや12.7ミリ機銃弾が放たれる。だが、ワイバーンロードは航空機が出来ないような、急激なスライドで機銃弾をかわした。
スピードを落としたワイバーンロードを、カーター機は追い越してしまった。  


935  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/09/24(日)  20:28:31  [  XwixsAvk  ]
「しまった!オーバーシュートだ!」

その時、後方から機銃弾のような小さな光が飛んできた。コクピットや翼の近くをヒュンヒュン通過する。
ガンガンガン!と、被弾する音が聞こえた。

「被弾した!」

カーター中尉はハッとなる。そのまま、ヘルキャットはワイバーンロードの攻撃圏外に飛び去っていく。
彼は瞬時に計器類を確かめる。幸いにもどこも正常値だ。

「これなら大丈夫だな。」

そう呟いて、彼は左旋回で空戦域に戻る。

「2機目撃墜!」
「こちらガルム3、敵3機撃墜。機銃弾の残り僅か。」

寮機は順調にやっているようだ。撃墜数はちょっと少ないように見えるものの、ガルムチームは全体で7機を撃墜している。
敵勢力は24であったから、対艦攻撃能力は大幅に削がれたと言っていい。

「ガルム3、機銃弾が切れたら交戦を終了しろ。敵はなかなか手強いぞ。」
「ラジャー。」

無線機から氷のような声音が聞こえる。3番機を操縦するクリフトン・ニルス少尉はいつも冷静で、口数が少ない男である。
だが、戦闘機パイロットとしてはベテランであり、現世界では日本機相手に6機の撃墜記録持つエースだ。  


936  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/09/24(日)  20:31:00  [  XwixsAvk  ]
腕前もよく、カーター中尉との模擬空戦では3回に1回は必ず中尉のバックを取っている。
調子のいい時には3回のうち2回、空戦でニルスに負けることもある。
2番機のシュネー少尉は普段からお調子者で、エセックス戦闘機隊のムードメーカーだが、空戦の腕前は良く、
これまでに5機の敵機を撃墜、3機を共同撃墜している。
いずれも飛行時間2000を超えるベテランであり、夜間戦闘飛行もかなりこなしている。

「俺も、部下達には負けてられんな。」

そうぼやきながらも、彼は別の目標に狙いをつけた。その目標は、北東方向。機動部隊の方向に向かっている。

「俺達の家には絶対に近づけさせんぞ。」

オシロスコープの波長が徐々に大きくなる。影が急激な機動でヘルキャットの射線をかわそうとするが、
今度はカーター中尉もそれを読み、影の未来位置に向けて機銃弾を放った。



午後10時20分  第58任務部隊  第4任務群旗艦エセックス

「司令官、N3隊の機銃弾が尽きました。撃墜数は9機です。」

航空参謀のティーキンズ中佐が報告を伝えに来た。ハリル少将は頷く。

「最初は24機だったが、9機を失って今は15機か。敵部隊はまだ進撃をやめないのかね?」
「依然として、我が機動部隊に向かっています。あと5分もすれば、輪形陣外輪部の駆逐艦部隊が砲を開くでしょう。」

その言葉を聞いて、ハリル少将は唸った。  


937  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/09/24(日)  20:35:04  [  XwixsAvk  ]
「きっと海竜が、我が機動部隊とつかず離れずの位置に待機しているのだろう。潜水艦よりも厄介な奴だ。」

敵の海竜は、朝方に駆逐艦ケイスとF6Fがそれぞれ1匹ずつ退治している。それなのに、海竜はまだ艦隊の至近に張り付いているのだ。
その後も2度ほど、駆逐艦が探知して追い回したが、2回とも逃げられた。

「敵編隊、依然接近中。距離10マイル。」

残存の敵編隊はまだ諦めていないようだ。

「敵編隊は飛空挺か。」
「いえ、違います。」

ティーキンズ中佐はハリル言葉を否定した。

「パイロットは、敵はドラゴン、と報告しています。つまり、敵側はワイバーンロードを投入してきたのです。」
「ワイバーンロードか、ナマ物じゃないか。」

ワイバーンロードは、バーマントでは飛空挺と交代してあまり残っていないと言われている。
そのなけなしのワイバーンロードを攻撃に出したとなると、継戦派側はかなり追い詰められていると思われる。
それ以前に、ハリルはワイバーンロードが居ること自体に驚いている。
これまで、敵側の航空戦力は完全に壊滅させたと思っていたのだ。
それから少し経って、右舷側から発砲の閃光が煌いた。
輪形陣の右側には駆逐艦5隻と戦艦サウスダコタ、軽巡洋艦サンディエゴがエセックス、ラングレー、カウペンスの右側方をカバーしている。
ワイバーンロードが空母に手傷を負わせるのならば、まず駆逐艦部隊の対空砲火を突破し、次にサウスダコタとサンディゴの弾幕も突破しなければならない。
輪形陣右側から発せられる閃光は次第に数を増してきた。
約1300メートルの高度に、VT信管付きの砲弾が盛んに炸裂している。  


938  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/09/24(日)  20:37:27  [  XwixsAvk  ]
駆逐艦の5インチ両用砲が、空母を狙うワイバーンロードに猛射を浴びせているのだ。
あの空では、今頃竜騎士とワイバーンロードがサンドバックのごとく、砲弾の破片に切り裂かれ、
炸裂の爆風に叩かれているに違いない。

「残存のワイバーンロードは、外輪部を突破できずに全部やられるだろうな。なんだか、後味が悪いな。」

ハリル少将は浮かない表情でそう呟く。駆逐艦部隊が機銃を撃ちまくる。
戦艦サウスダコタと軽巡サンディエゴも5インチ両用砲を撃ち始めた。
爆弾に機銃弾が高角砲弾の破片が命中したのか、急に空が明るくなった。
光った瞬間、周囲に2、3機ほどのワイバーンロードの影も見られたが、それも一瞬で、すぐに閃光は消え去った。
輪形陣右側の空には、機銃の曳光弾と、高角砲弾が盛んに打ち上げられて凄絶な光景が広がっている。
傍目には美しいイルミネーションにも見える。
しかし、そこには、今しもドラゴンと竜騎士が砲弾にバラバラにされ、機銃弾によって貫かれ、打ち砕かれている。
だが、
「敵機編隊、駆逐艦の防御ラインを通過!」

ワイバーンロードは意地を見せた。数を4騎にまで撃ち減らされながらも、大物食いを狙っているのだ。
エセックスも砲撃に加わり、迫りつつあるワイバーンロードにVT信管付きの砲弾を叩き込む。
機銃の曳光弾が上空に吹き上げられ、微かに見える異形な影の周囲を通り過ぎる。
だが、もはや限界であった。
CICのレーダーでは、残存4騎のワイバーンロードがポツッ、ポツッと、櫛の歯が欠けるように次々と消えていった。
最後の1騎となったワイバーンロードにも、容赦ない統制射撃が襲う。
その時、影は急に降下を開始した。
その先には、猛烈な火弾を見舞ってくる戦艦サウスダコタがあった。
の姿に仰天した。

「いかん!本艦に突っ込むつもりだぞ!」  


939  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/09/24(日)  20:40:00  [  XwixsAvk  ]
彼は咄嗟に緊急回頭を命じようとした。
その次の瞬間、サウスダコタの右舷側に爆弾炸裂の閃光が走った。
ズドーン!という爆発音に、35000トンのサウスダコタは揺れた。
この時、ワイバーンロードは、サウスダコタの右舷側中央部に体当たりをかましてきた。
激突寸前にワイバーンロードは抱えてきた210キロ爆弾を投下した。
それは右舷側第2両用砲の至近で爆発し、破片と火炎を吹き上げた。
影響をもろにうけた第2両用砲は、右側面がザックリと裂け、破片が操作要員達に襲い掛かり、7名が負傷した。
そのうち、2名は手足を吹き飛ばされた。
ワイバーンロードの体は、対空砲火によってズタボロになっていたが、それでも激突の衝撃で40ミリ4連装機銃座
1基を潰し、臓物を甲板上に撒き散らしてしまった。
竜騎士の体は激突のショックで吹き上げられ、両用砲よりやや上の張り出し通路上の20ミリ機銃座付近に激突。
体の破片などを周囲に撒き散らした。
第67空中騎士旅団戦果はこれだけであった。

わずか10分にも満たなかった対空戦闘は終わりを告げた。あれほど喧騒に満ちていた海は、再び静寂を取り戻している。

「サウスダコタが被弾したか・・・・・・」

エセックスの右舷側1000メートルを航行するサウスダコタから、火災と煙が上がっている。

「サウスダコタから報告です。敵ワイバーンロードの体当たりで、5インチ両用砲1基と40ミリ機銃座1基喪失。火災発生せるも、航行に支障なし。以上です。」
「そうか・・・・・なかなか火が消えないようだが。」
「敵機は焼夷性の高い爆弾を使用したようです。ですが、それも鎮火に向かっているようです。」
「うむ。」

彼は頷いた。サウスダコタの火災は、今も続いている。その火災煙は、何かを象徴しているかのようだ。
ワイバーン部隊の無念の象徴なのか、それとも敵に手傷を負わせたことの喜びなのか。
ハリルには分からなかった。  


948  名前:名無し三等陸士@F世界  投稿日:  2006/10/29(日)  16:16:20  [  yrNM.ueg  ]
1098年  10月6日  午前8時  グレールスレンス
グレースルスレンスは、ほんの2年前までは未開の土地であった。
しかし、1096年ごろから、バーマントはこの未開の森林地帯を潰して、数々の施設を作り上げた。
研究施設、製油施設、工場という国家産業には欠かせないものから、要人や貴族の邸宅まで、様々な物が作られた。
その中で、特に目を引く建物がある。グレールスレンスの主の館と言われる、ヴァルケリン公爵の邸宅だ。
その規模は、マリアナにあったバーマント家の邸宅より少々劣るが、派手に色づけされた外見からして、
バーマント家の邸宅に迫るぐらいか、同等の費用が掛けられていると思われている。
その豪邸の主は今、悩んでいた。
会議室には、軍服を着たヴァルケリン公爵と、彼の副官や参謀、合わせて10人が、丸いテーブルを取り囲んで話し合っている。
会議室は、天井にいかにも高いです、と言わんばかりのシャンデリアがぶら下がっており、
壁には当主であるヴァルケリン自身の肖像画が掛かっている。
肖像画の中の彼は、肉付きが良く、勇ましくて、頼れそうな表情である。
しかし、椅子に腕組みしているモデル本人の顔は、げっそりと痩せこけ、眼の下にはクマが出来ており、
病人のごとき様相を呈している。

「研究施設は、やはり内陸に移したほうがいいかもしれません。」

参謀の1人がそう言う。

「キメラの研究施設までも潰されますと、後は通常戦力のみで、革命派共と戦わねばなりません。」
「その通りです。敵の偵察機はこのクレールスレンスの近くまで来ていました。空からはこの邸宅
や工場群などは一目で判断が付きます。今からでは遅いと思われますが、せめて、搬送が容易な研究体や、
必要道具を内陸に移動させましょう。」

参謀達が言うが、ヴァルケリン自身はどこか遠くから言っているように聞こえる。
どうも、ここ最近は悪い事ばかり起きている。  


949  名前:名無し三等陸士@F世界  投稿日:  2006/10/29(日)  16:20:01  [  yrNM.ueg  ]
革命派の残党組を叩こうとしていた第77師団は、グレンドルスやクレールスレンスの天候不順で、
空襲を諦めかけていた米機動部隊に見つかって、嬲り者にされた。
さらに、その忌々しい米機動部隊に攻撃を仕掛けた第67空中騎士旅団のワイバーンロードは、
戦果不明のまま全騎が帰らなかった。
今現在、アメリカ艦隊からは飛空挺は、たぶん発進していない。
いや、アメリカ艦隊のおおまかな位置は解るのだが、監視役の海竜は、頻繁に蝕接を米駆逐艦によって
絶たれる為、早くて1時間、遅い時には5時間待っても報告が来ない時がある。

「海竜部隊の喪失は馬鹿になりません。昨日だけで、残り少ない海竜の数がさらに3匹も減ってしまいました。
これまでに約4割の喪失を受けているのに、海竜が頑張れるのが不思議なぐらいです。」

昨日、状況説明のため、ヴァルケリンの邸宅を訪れた海竜情報収集隊隊長のグルアロスは、
半ば開き直ったような口調でそう型っている。
この海域に用意した海竜は100。残存数は63・・・・・
もはや目も当てられぬ惨状である。それほど、米駆逐艦の警戒は厳しいのである。

「現状からして、敵の艦隊から、空襲を受けるのは必至な状況だろう。」

会話を聞いていたヴァルケリンが、口を開いた。
「いつ、何時。今すぐにでも、アメリカ人共がやってくるかもしれんが、ひとまず、
やるべきものはやっておこう。参謀諸君、直ちにキメラ研究施設の移動を始めたまえ。
多少、第1陣の部隊編成が遅れようが構わん。」

力ない口調ながらも、ヴァルケリンはすぐに命令を下した。その時、廊下から何者かが走ってくる音が聞こえた。

「早いものだな。」

なぜか、ヴァルケリンは解りきったような事を言う。
何が早いのだ?参謀達は、誰もが顔を見合わせ、首をかしげる。  


950  名前:名無し三等陸士@F世界  投稿日:  2006/10/29(日)  16:22:29  [  yrNM.ueg  ]
午前8時20分  クレールスレンス  
クレールスレンスには、ヴァルケリン公爵の邸宅の他にもさまざまなものがある。
その中でも、クレールスレンスの目玉の1つであるのが、中央研究所だ。
外見は5階建ての正方形状の建物で、建物の外には円形状のタンクが設置され、
パイプラインが中に繋っている。
内部には様々な研究室があるが、その中でも、建物の2、3階部分を占有する研究所がある。
研究所の名前は、歩兵強化研究所と言われている。
この2、3回の研究施設の責任者兼、中央研究所所長のモルグレ・ネルイク博士は、
自らの研究スペースのみならず、中央研究所全体を駆けずり回っていた。
身長は182センチのやや長身で、体つきはほっそりとしている。
顔は陰険そうで、人相は悪く、丸眼鏡と、きっちりと七三に整えられた髪が、
彼の性格を如実に表しているように見える。

「その資料も持って行け!今後の兵器開発に必要だ。」
「この資料はどうしましょうか?」
「これもだ!おい、何をしている!さっさと動け!」

真っ黒いローブをつけた研究員達が、せわしくなく書類や標本を詰めたビンを木箱に入れて、
箱が一杯になったのを確認すると、しっかりと締めようともせず、急いで搬送役の兵士に渡して
外の馬車に持っていかせる。
標本類や薬品を詰めた木箱は、割れないように考えて入れられている。
しかし、ドジな兵士や研究員は、慌てて入れたり、持って行こうとするため、次々と大事な標本や薬品が駄目になった。
標本や薬品はまだ慎重に扱われているほうだ。
書類などは、鷲掴みにしてそのまま放り込まれている。
乱暴に扱うため、所々破れてしまう文書が出始め、それは時間に比例して多くなった。
後々考えたら、グシャグシャにされた資料や書類を元通りにするなど、はっきり言ってめんどくさい事である。  


951  名前:名無し三等陸士@F世界  投稿日:  2006/10/29(日)  16:24:44  [  yrNM.ueg  ]
冷静に考えれば、書類も大事なものには変わりないのだが、中央研究所の職員や兵士達は、
ただ1つでも多くの物を運ぶため、手早く移送させる、という事しか頭にはない。
なぜか?
答えは簡単である。

「敵戦爆連合50機、クレールスレンス北方15キロに接近中!」

その声を聴いた瞬間、誰もが死刑執行直前の罪人のごとき表情を浮かべ、さらに作業のスピードを早くさせる。
普段、粗相をしでかすと、先輩の研究員から嫌味を言われる若い研究員が、書類をこぼそうが、薬品をたらそうが、
嫌味を言おうとする先輩は誰一人いない。
そんなのは見えないとばかりに、大事な物品を木箱やカバンに放り込み続けた。

「所長、2、3階のキメラ部隊の移送はどうしましょうか?」

副所長が、やや警戒するような口調で言う。
ふだん、所長のネルイク博士は、性格の悪い事で知られており、まずい事を口走りでもすれば、
早々と中央研究所から叩き出される。
もっと酷い時には、薬品や攻勢魔法の人体実験にも使用されると言われているほど、彼は恐れられている。
そのネルイク博士が熱中していたのが、キメラ兵士の開発である。

「1人で1個小隊の戦力に匹敵する兵士を、私が作って差し上げましょう。」

と言い始めたのは、スプルーアンスの第5艦隊がこの世界に現れる1年前の事である。
当時、ヴァルレキュアと戦っていたバーマントは、劣勢ながらも精強なヴァルレキュア軍に手を焼かされていた。
そこで、上層部から公国屈指の魔法使いであるグールへ、そして、当時グールの秘蔵っ子と言われ、
悪口を叩かれながらもそれなりの腕前を持ち合わせていたネルイク博士は、グールに対してそう言い放ったのだ。  


952  名前:名無し三等陸士@F世界  投稿日:  2006/10/29(日)  16:38:38  [  yrNM.ueg  ]
彼は、とある液体と動物の血に、人体強化魔法を混ぜると爆発的な能力を生ませる事を発見した。
グールがネルイク博士に目をつけたのは、この謎の液体を使って、最強兵士であるキメラを
作れる事を見つけたことを知った直後である。

「ネルイクよ、お主の見つけた方法でならば、少なくとも2年、いや、1年ほどで最強の兵隊を
作る事が出来る。どうだ、わらわがこれまで教えた成果、この仕事で見せてくれんかの?」
「ええ、師匠のためにも、この仕事、やり遂げて見せますぞ。」

あっさりと引き受けたネルイクは、このクレールスレンスの中央研究所で早速研究、開発を行った。
そして、キメラの開発は順調に進み、ついに1個小隊分のキメラを配備できるレベルにまで達した。
研究所には、この他にも300体のキメラが、定期的に強化液を注入されており、姿形とも、立派なキメラに成長しつつある。
2、3階部分の研究室は、火気厳禁である。

「せっかく、私の仕事が完遂するはずだったのに・・・・・・白星の悪魔め!!」

ネルイク博士はヒステリックな表情で喚き散らす。

「せめて、2、30体ほどは移送できるようにしろ!それから、研究室に入る際は、火は使うな。
精製油と強化液に引火したらたまらんからな。」

そう言って、彼は移送作業の指揮を続けた。
強化兵士研究所の主任である、シリーレイ魔道師長は、駆け足で2回の研究室の入り口に入った。
木製のドアを開けると、そこには、薄い金属性の棺のようなものが、2階と3階をぐるりと一周するように、
2段に分けられて並べられている。
この研究所にはバーマントの科学技術、魔法技術の粋が全て投入されている。
明るすぎないように、強化兵士研究所の内部は、薄い水色のような光が灯っている。  


953  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  16:41:46  [  yrNM.ueg  ]
既に、2階の部分で、一番入り口に近い棺から、兵士達が搬送を始めていた。
研究室の中には、精製油と強化液のツンとする匂いが立ち込めている。
棺につなげてあったチューブが、1本1本外され、チューブの中にあった強化液が垂れ落ちる。
それを別の兵士が慌てて、しかし慎重に布で拭き取り、それを緑色の袋に放り投げる。
滑車に載せられた縦2.6メートル、幅80センチの棺が、開かれた出入り口から搬送されていった。

「こっちだ!手伝ってくれ!」

シリーレイ魔道師長は、部下の魔道師と兵士と共に、次の棺を取り外しに掛かる。
棺は斜めに傾けられており、右横に穴がある。
その穴に取手つきの棒を差し込んで、回して高さを調節する。
魔道師が棒を差し込む。しっかり刺されている事を確かめると、同僚を手招きして一緒に回すように言う。
3人が取手に取り付いた。

「よし、回すぞ!」

3人が力を入れて、棒を回し始めた。
ギリギリといういささか薄気味悪い音を立てつつも、棺は徐々に床に下りていく。

「おい!滑車を持って来い!」

シリーレイ魔道師長が手を振って言った。
それを待っいた2人の兵士が、滑車を棺の下にもぐりこませる。

「いいか、慎重にやれよ!」

いよいよ、棺が床に敷かれた滑車に降り始めた。  


954  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  16:44:08  [  yrNM.ueg  ]
ここで一気に降ろそうものならば、重量のある棺を上降器が耐えられなくなり、
地面に落下して、滑車は潰れ、床に大きなヒビを作ってしまうだろう。
実際、3ヶ月前には落下事故が発生しており、1人の魔道師が右足を潰されて、
仕事から引退させられてしまった。
原因は棺を下ろすとき、上降器を一気に回したため、棺の重量を支えきれなくなって上降器自体が
破損し、落下したのである。
このため、上降器をより頑丈なものに変える予定であったが、それは全く進んでいなかった。
棺が見事に、滑車に載せられ、魔道師と搬送役の兵士が安堵の表情を浮かべた。

「よし、これを運んでくれ。ぶつけたりしないでくれよ。」

シリーレイ魔道師長は念を押すように言う。

「分かっとります。そんなヘマはしませんよ。さあ、運ぶぞ!」

6人の兵士と魔道師が、掛け声を上げつつ、滑車をぶつけないように研究室から搬送していった。

「次だ!」

シリーレイは次に運ぶ棺を指差して、別の搬送チームに指示を下し始めた。


「来た・・・・・敵だ!」

悲鳴が上がった。
しかし、悲鳴が上がらなくても、既に米艦載機群の爆音は上空に響いていた。  


955  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  16:46:52  [  yrNM.ueg  ]
大型馬車の御者であるワイレク軍曹は、精油所の上空に迫りつつある敵機群をじっと見つめている。
精油所からこの中央研究所まではわずか1・5キロしか離れていない。
それに、中央研究所の左側には、2つの巨大な精製油タンクが入っており、どれも油をたっぷり積んでいる。
敵機は製油所に向かっている。大体、15〜20ほどの敵が、楔形の体系で悠然と飛行している。
精油所付近の対空砲が撃ち始めた。突然、悠然と飛行する敵機群の下方を、3、4の影が猛スピードで飛び抜けていく。
精油所の精製施設に敵機の機体が隠れ、そこで起きている実情は見えなくなる。
それ以前に、1キロ以上も離れている場所からはただの小粒が施設群の影で何をしているかなど、判然とする訳はない。
しかし、敵機群が上空に上がり始めた時に、ワイレク軍曹は分かった。

「高射砲の発砲煙が少なくなった・・・・・」

この時、F6Fは精油所に設置されている対空砲陣地を発見すると、すぐに突進して情け容赦ない銃撃を浴びせた。
製油所を攻撃しているのは、カウペンスのF6F13機とTBF12機である。
まず、TBFが製油所に近付くと、周囲から高射砲の砲撃を受けたが、配備されている数は、
砲弾の爆煙から推測して、わずか10足らずしかない。
この高射砲群は、あっという間に分散したF6Fの餌食になりつつある。
みるみるうちに、応戦する高射砲は減っていき、ワイレクが、F6Fが突っ込むのを見て2分後には、
12機のアベンジャーを阻むものはなかった。
アベンジャーは、大小24ある精油タンクのうち、真ん中を狙って、腹の下から2発の500ポンド爆弾を投下した。
小さな黒粒が、すうーっと精油タンク群に吸い込まれていく。
それがタンクの影に隠れた、と思った瞬間、猛烈な火災炎が吹き上がった。
最初の爆弾は、真ん中のタンクの10メートル横に落下した。
爆発と共に土くれや爆弾自体の破片が飛び散り、周囲のタンクの側壁に穴を開ける。
タンクから油が漏れる間もなく、2発目の爆弾が命中する。
1発目よりもド派手な爆炎が吹き上がり、炎がタンクに触れる。
それが漏れ出したタンクにまつわりつき、引火し、炎を内部に迎え入れた。  


956  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  16:51:41  [  yrNM.ueg  ]
ドガアァーン!という大音響が、大爆発と共に沸き起こり、周囲を圧した。
アベンジャーの搭載する爆弾2発のうち、1発はサイフェルバン精油所から接収した異世界ガソリン
で作成したナパーム弾であった。
皮肉にも、自国で作った油が、敵の爆弾の材料となって降って来たのだ。
一気に7つの精油タンクが火柱を上げ、木っ端微塵に吹き飛んだ。
被弾していないタンクにまで、火の付いた破片や油が飛び散り、それがさらなる大火災を引き起こしてしまった。
爆弾の浴びていないタンクまでもが、次々と木製の重い天蓋を弾き飛ばし、群錬の炎を吹き上げる。
タンク全体が火達磨と化して、濛々たる黒煙が立ち上がった。
一目で、タンク群に甚大な損害が負わされたことが分かった。
しかし、炎はタンク群を爆破、大火災を引き起こしただけでは飽き足らず、
パイプラインを通って、精油施設にも火の手が伸びる。
ドドーン!という轟音が鳴り響き、精油施設のある塔が火の海に崩落していく。
悪夢の光景が、1・5キロ先の精油所で現出していた。

「なんて事だ・・・・・・白星の悪魔の奴ら、この世に地獄を作り出しやがった!」

ワイレク軍曹はそう叫んだ。
上空を、我が物顔に飛んでいく米軍機の編隊が通過していく。
どうやら精油所を火炎地獄に変えた事に満足したらしい。
北の方角に引き返していく。
「とんでもない奴らだ。」
彼はそう呟いた。あの精油所は、一般の作業員を含めて800人は働いていた。
今日は、作業員の全てが出勤前で難を逃れたが、もし、あと20分遅かったら、
出勤前の作業員もろとも、火炎地獄はこの世に現れていただろう。
継戦軍は、貴重な燃料を今、失ったのだ。
バーマントの国全体としては、いくつもの精油所があるから、このクレールスレンス精油所のみ破壊されても何とかなる。
だが、継戦軍の唯一の精油所であるここを火炎地獄に変えられた事は、継戦派にとってかなりの打撃になる。
とは言っても、肝心の艦隊や航空隊は既にないに等しい状況であるため、せいぜい夜の明かりに困るぐらいだが。  


957  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  16:53:02  [  yrNM.ueg  ]
「ワレイク軍曹!」

はっとなった彼は、その声で我に返った。
彼の上官が、何かを伝えようとしている。遠くから呼ばれたため、はっきりと聞こえない。
すぐにその上官のもとに駆け寄った。

「君の馬車は積荷の搬送が終了した。すぐに内陸に移動しろ。場所は打ち合わせ通りだ。」
「分かりました。すぐに移動します。」

軍曹は敬礼して、すぐに自分の馬車に戻って、移動を始めようとした。
彼の他に、3人の部下を中に入れて、彼は御者台に乗った。

「それ、行け!」

馬が鳴いて、馬車は動き始めた。
すぐ後ろの馬車も、荷物を積み終えたのだろう、彼の後を追うようにして移動を始めた。
その時、上空から甲高い音が鳴り始めた。最初は小さいものだが、時間が経つにつれて徐々に大きくなってきた。

「急げ!走るぞ!」

彼は綱で馬を叩き、スピードを早くするように指示する。
それに答えた2頭の馬が、足を早くし始めた。
甲高い音が極大に達し、唐突に別の音に変わったのはその時だった。
馬車の上空を黒い機体が低高度で通り過ぎていった。ずんぐりとした胴体に描かれた鮮やかな横線入りの白い星。
開かれた後部座席から、機銃を構えた機銃手がこっちを見ていた。
爆発音が後方で鳴り響いた。振動で地面が揺れる。
続いて、新たな1発がズシンと、大地を揺らした。  


958  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  16:55:22  [  yrNM.ueg  ]
「車長!中央研究所に爆弾がぶち込まれましたぜ!」

後ろの貨物室に座っていた部下の1人が、興奮したような口調で報告してきた。
その直後、後方から橙色の閃光が差し込んできた、と思った直後、ババァーン!という
雷を耳に直撃されたような轟音が鳴り響いた。
次に、後方から猛烈な爆風が吹き込んでくる。
急な暴風に、馬車はバランスを崩し、ついには横転してしまった。
ワレイク軍曹は横転の瞬間、御者代から投げ出された。
砂利の地面に体が叩きつけられ、小さな石ころが容赦無しに体に食い込み、手や足、顔の露出部に小さな傷が幾つも出来た。
更に、暴風に体を転がされ、5秒ほど転がされた後に、どこかの固いものにぶつかって、強引に回転は止められた。
この時、中央研究所は3機のヘルダイバーに爆弾を叩きつけられた。
この3機のヘルダイバーは、ラングレー所属の艦爆で、本来は司令部攻撃に加わるはずであったが、
ラングレー隊の隊長機は、精油所の隣にある油タンクの隣接した、一際目立つ正方形状の建物も攻撃しようと考えた。
それで、3機のヘルダイバーに爆撃を命じたのである。
残りのアベンジャーはそのまま、ヴァルケリン公爵の邸宅に向かっていった。
高度3000から、60度の角度で突っ込んだヘルダイバー3機は、対空砲火の妨害も受けずに次々と爆弾を投下した。
1発は施設を外れて道沿いに止めてあった馬車群に落下し、数頭の馬や貨物室もろとも、棺の中のキメラを粉砕した。
2番機の爆弾は見事、施設に命中。
天井を突き破って5階の床に当たってそこで炸裂した。
この5階のブースは、薬品の研究や開発が行われていた場所であり、まだ多数の研究員が、
書類や標本、薬品を外に運び出そうとしていた。
その時、1000ポンド爆弾が天井から出現して、パワーを開放した。
爆風に人間、机、書類、薬品が一緒くたに吹き飛ばされ、破壊される。
至近で炸裂を受けたものはあっという間に砕け散り、運の悪いものは破片すら残らなかった。
5階の3分の1の区画が爆風に席巻され、無残に破壊された。
最後の1発は、施設を外れそうになり、着弾したところが精油タンクの5メートル横であった。  


959  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  16:57:43  [  yrNM.ueg  ]
爆弾が炸裂して、2秒後に精油タンクが派手に吹き飛んだ。
建物の西側が精油タンクの爆発で一部吹き飛び、次いで建物の3分の1が完全に吹き飛んでしまった。
建物が爆発した瞬間、精油タンクの爆発と同規模の誘爆に、遠くで見ていた者は誰もが、一瞬呆然とした。
一寸間を置いてから、彼らは中央研究所が誘爆した事を納得した。
中央研究所の2、3階部分はキメラの研究施設である。
研究室の内部には、外の精油タンクほどではないが、精製された強化液タンクがあった。
精油タンクの誘爆大火災は、内部のパイプラインをつたってキメラの研究所内部に侵入。
最後まで作業に当たっていたシリーレイ魔道師長のみならず、移送作業を監督していたネルイク博士も、
強化液タンクの爆発に巻き込まれてしまった。
被害はそれだけに留まらず、研究所爆発によって、多くの魔道師や継戦派の兵が巻き込まれ、
死傷者はうなぎ上りに増大したのである。

精製油。
それは、キメラを開発する時に最も貢献した薬であった。
だが、この薬が、新生バーマントにとっての継戦派に対する“消毒薬”になろうとは、
なんとも皮肉な結果であった。


「ラングレー隊、カウペンス隊、攻撃を開始しました!」
後部座席の無線手が、エセックス隊指揮官であるルイス・アーロン大尉に報告した。
「OK。こっちでも目標を確認した。ヒュー、立派なお城だぜ。」
彼は、前方に見えてきた城、攻撃目標であるグレンドルス城が見えてきた。
米側通称、トラップの城である。
この城は、2日前に偵察にやってきた味方機に突然対空砲火を浴びせて、味方機は危うく撃ち落されそうになった。
なんとか虎口を脱した味方機は、周辺の索敵を続行し、クレールスレンス付近の司令部や工場地帯を発見、
味方機動部隊にそれを報告している。
午前7時  ギルアルグ北西80マイル付近から、攻撃隊116機が発艦した。  


960  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  17:00:01  [  yrNM.ueg  ]
攻撃目標は、エセックス隊がグレンドルス城、ラングレー、カウペンス隊が工場地帯にある製油所や重要施設、
そして司令部らしき豪邸である。
エセックス隊はF6F16機、SB2C20機、TBF16機の計52機で編成されており、
それらがグレンドルス城を破壊する。
しかし、

「どうも、規模がでかいなあ。あの大魔道院まではいかんとしても、52機じゃあ物足りんぞこれは。」
アーロン大尉はいささか、苦い口調で言った。
このグレンドルス城、実は真ん中の中央塔を中心に、東西南北に高さ20メートル級のやや小さめの城が通路で繋がっており、
それらが厳密な対空要塞を形成している。
偵察に当たった味方機によれば、このグレンドルス城にはすくなくとも、
高射砲20門、機銃は50以上は存在する、と言われている。

「アーロン!もう敵まで目と鼻の先だぜ。突っ込みの命令は出さないのかい?」

唐突に、無線機から明るい声が聞こえてきた。
エセックス戦闘機隊の指揮官である、グリル・ブロンソン大尉の声だ。
彼の口調からして、早めに攻撃したいと思っているようだ。
無理もないか、アレを積んでいるのだし。
アーロン大尉はそう思うと、苦笑しながらマイクを握った。

「今から出そうとしていた所さ。よし、全機突撃せよ!ヘルダイバーの第1小隊は西棟、
第2小隊は東棟、第3小隊は南、第4小隊は北塔を潰せ!」
「「ラジャー!!」」
「アベンジャー隊は中央塔を叩く。それでいいな?」
「OK。頼んだぜ。」  


961  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  17:02:15  [  yrNM.ueg  ]
アーロン大尉は、アベンジャー隊の指揮官機にそう答えると、すぐに操縦桿を引き上げた。
現在、高度は2500メートル。ここから急降下を行うには少し高度が足りない。
3000か、4000まで上げてから、急降下爆撃に移ったほうがいい。
そう思って、彼は機体を上昇させたのだ。
彼の後に続いて、19機のヘルダイバーが高度を稼ぎ始めた。

「野郎共、殴り込みだ!目標割り当ては以下の通りだ、派手に暴れるぞ!」

ブロンソン大尉はそう言ってからマイクを置き、機体を左に横転させた。
彼の後方には、直率の3機のF6Fが続行して来る。
ブロンソン大尉は、眼前の外側の城、グレンドルス城の東塔に斜め上方から突っ込みつつある。
高度は1600メートルだが、徐々に下がりつつある。
機速は既に600キロ近くに達しており、風防ガラスの外は風でビュービュー鳴っていた。
高射砲弾が2発、右前方で炸裂する。カーンと、破片が当たるが、機体に少し傷をつけただけに留まった。
6、7秒おきに高射砲弾が炸裂するが、どれも見当外れの位置で炸裂している。
最初の射撃のほうはまだ良かったのだが、撃つごとに下手糞になっているように感じる。
東塔との距離が1400メートルまで近付くと、敵は機銃をぶっ放してきた。
曳光弾が白煙を引きながら、雨あられと向かって来る。
ぱっと見で7〜8の銃座がある。

「あいつをやるか。」

彼は、銃座の中でも一際マズルフラッシュがでかい、下側の銃座を狙う事にした。
機首を僅かに左に向けて、照準を合わせる。
恐らく、2〜3の機銃がまとまって撃っているのだろう。
そこから向けられる曳光弾の数が他と比べて段違いに多い。  


962  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  17:04:44  [  yrNM.ueg  ]
ガガン!と機銃弾が命中する。一瞬、やられたかと思ったが、すぐに別の事に意識する。
距離は目測で1000を切った。

「発射!」

彼は操縦桿の発射ボタンを押した。
突然、両翼から何かが白煙を引いて、あっという間に敵の銃座の至近にまで近づいた。
白煙のうち、1発は銃座より左に逸れているが、1発は明らかに銃座付近に迫っていた。
2秒が経って、城の壁と、銃座に閃光が走り、次いで破片と黒煙が吹き上がった。

「イヤーッホウ!」

彼は雄叫びを上げながら、東塔の横を飛びぬけた。
この時、彼が放ったのは、機銃ではなく、新兵器の5インチロケット弾であった。
5インチロケット弾は2発が発射され、1発が城の壁を無為に抉っただけであったが、
1発は11.2ミリ機銃座に命中し、操作要員もろとも銃座を吹き飛ばした。
後続機が続いて、別の銃座に5インチロケット弾を叩き込んだ。これは惜しくも、銃座を外れてしまった。
しかし、継戦側の兵達は、突然、白煙を引きながら襲って来るロケット弾を見て、仰天した。

「機銃じゃないぞ!」

操作要員が仰天した表情で叫んだ。
その直後には、ロケット弾が、銃座のすぐ側の壁に命中して、操作要員達を爆風で地上に落すか、
壁に叩きつけたり、破片で顔や胴体を抉って致命傷を負わせた。
休む間もなく、4番機のロケット弾が向かってきた。
4番機は、1,2,3番機がやった2発発射ではなく、搭載分全てを使ってきた。  


963  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  17:07:11  [  yrNM.ueg  ]
狙われたのは、一番上側の11.2ミリ機銃座であったが、その機銃座に4発の5インチロケット弾がまとめて叩きつけられた。
これまでの機銃座もおびただしい死傷者を出してしまったが、最低でも1、2人は軽傷か、無傷の者がいた。
しかし、4発のロケット弾をまともに食らった機銃座は、文字通り全滅してしまった。
いささか過剰とも思えたが、4番機が東塔の側を通り抜けるまでに、対空火力は戦力を半分強にまで落とされてしまった。

「隊長、東塔の銃座はまだ生きていますよ。」
「それぐらい分かっている。その生き残り分は今から綺麗に掃除する!」

ロビンソン大尉はそう言って、高度1500まで上げたF6Fを反転させ、再び東塔に向けた。
グレンドルス城南塔で11.2ミリ機銃座の装填役をしているセルッス・モーレンリ2等兵は、
迫り来る4つの機影をじっと見つめていた。
最初は小粒ほどの大きさであった機影が、徐々に大きくなって、今ではごつい胴体がはっきり見て取れた。

「撃て!」

指揮官の声がして、直後に11.2機銃が放たれる。
高射砲弾の薄い弾幕をあっさりと突き抜ける機影に、か細い機銃の曳光弾が注がれる。
しかし、命中していないのか、その機影がぐんぐん迫ってくる。

「当たれ畜生!」

射手が悔しげに顔を歪める。弾帯の銃弾は半分以下にまで減っている。
(そろそろ変わりの弾帯を持っとかないと)
そう思って、彼は弾薬箱から100発の弾が繋げられた弾帯を引っ張り出し、装填の準備を整えた。
その時、横目に移っていた機影が、翼から白煙を吐いた。一瞬、機銃弾が命中したのかと思った。
すぐに機影を見つめた。あろうことか、白煙がこっちに向かってくるではないか!  


964  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  17:09:42  [  yrNM.ueg  ]
「煙が襲って来る!?」

一瞬、そう思ったが、つかの間、白煙の中に何か黒っぽい丸のようなものが見えた。
しかし、危険を感じたモーレンリ2等兵はすぐに石畳の床に伏せた。
次の瞬間、シュッ!という何かが飛びぬけた音がし、その直後にバーン!という
爆弾が炸裂する轟音が響いた。
次いで、下のほうからも轟音と衝撃が走った。
何かの破片が周りの床や壁に当たる音が聞こえた。

「銃弾にしては威力が違いすぎるぞ!」

誰かの叫び声が聞こえた。銃座の他のメンバーも生きているのだろう、混乱した口調で言い合っている。
(皆は生きているみたいだ)
と思ったが、顔を上げ間もなく、別の爆発音と、衝撃に揺さぶれられ、上げかけた顔を再び腕の間にうずめた。
グオオオーン!という適飛空挺が飛び去る爆音が響く。彼には、それが恐ろしい悪魔の叫びに聞こえた。
爆発音は依然続き、その都度、西塔が痛みに泣いているかのように揺れ動いた。

「起きろ!この意気地なしが!!」

唐突に、頭を上げられた。彼を起こしたのは、先輩の機銃手だ。
その彼は恐怖と興奮でひきつった表情を浮かべていた。

「弾が無くなった、さっさと込めろ!」

言われるがままに、彼は側に落ちていた弾帯を機銃に込めた。

「装填完了しました!」  


965  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  17:12:51  [  yrNM.ueg  ]
モーレンリ2等兵はそう言った。今度は、反対側の機銃座が撃ちまくり始めた。

「敵は反対側にいるようだ。前方に飛んできたらすぐに撃て!」

指揮官がそう言うが、口調がどこか上ずっている。
モーレンリ2等兵は左にあった機銃座を見てみた。
彼は驚いた。機銃座は防御用の厚い板があっさりと断ち割られ、その周りにはばらばらに砕けた土嚢や
機銃の残骸があり、操作要員が4人ほど、仰向けやうつ伏せになって倒れていた。

「あまり周りを見るな。」

機銃手が言ってきた。

「見ても何もならん。だから周りを見るなよ?」

機銃手はじっと、前を見ながらそう言ってきた。
要するに、味方の死体や破壊された機銃座を見れば、次第と士気は下がってしまう。
そうなれば、兵隊は役立たずだ。そうなるよりは、ひたすら前を見、自分の仕事に集中するのみだ。
機銃手はそう言っているのだろう。モーレンリは機銃手の言わんとしている意が分かった。
突然、先と似たような衝撃が伝わってきた。反対側も先と同じような攻撃を受けているのだ。

「敵は新兵器を投入してきたな。」

指揮官の声がした。指揮官も見たのだろう。棒状の猛速で飛んでくる物体を。

いきなり、前方にエンジン音を唸らせながら、敵飛空挺が現れた。
すかさず、機銃手が11.2機銃をぶっ放した。  


966  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  17:14:26  [  yrNM.ueg  ]
敵のごつい胴体に曳光弾が注がれ、2、3発は命中したと思った。
しかし、敵は火を噴くこともなくそのまま射程外に飛び去っていく。
2番機が前方に踊りだす。だが、すぐに上昇して行った。
3番機が1番機と同じように前方に飛び出し、後姿を見せる。
まるで撃って来いと言わんばかりだ。

「望みどおりにしてやるぞ!!」

機銃手が怒声を発し、11.2機銃を叩き込んだ。
曳光弾が主翼の付け根や胴体に5、6発ほど命中する。
しかし、すぐに射程外に飛んで行った。

「聞きしに勝る頑丈さだ。ちょっとやそっとでは落ちないな。」

指揮官が悔しげに呟いた。しかし、その表情は唐突に明るくなった。
突然、飛び去った3番機が右主翼から白煙を吐いた。
その3番機は、慌てふためいたように、急に北に進路を変えて現場空域から逃げていく。

「やった!白星の悪魔を追い払ったぞ!」
「落とせなかったのが残念だが、とりあえず使える敵を減らしたな。」

4番機が同様に飛びぬけて行き、続けざまに機銃を撃った。これは命中することなく外れてしまった。

「・・・・・?」

モーレンリ2等兵の耳に、何かが聞こえた。それほど大きい音ではない。
気にせずに、別の弾帯を引っ張り出そうとしたが、徐々に音は大きくなってくる。  


967  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  17:16:06  [  yrNM.ueg  ]
音がする方向をどこかと探した。
音は、上からやってくる。すかさず、前上方をみつめた。黒い粒がいくつか見えている。

「指揮官、あれはなんでしょうか?」
「あれだと?何かあるのか?」

指揮官が、モーレンリ2等兵が指差す方向を見つめた。
その間にも、音とその粒は大きくなりつつある。
いきなり、指揮官の表情が凍りついた。

「どうしました?」
「・・・・急降下爆撃だ!!」

いきなり大声で指揮官が叫んだ。だれもがぎょっとなる。
粒々が、飛空挺と思われる姿になって来た。
11.2機銃が仰角を高めに取って、いつでも発射できる態勢をとる。
まばたきする毎に、飛空挺の姿は大きくなってきた。

「撃て!」

指揮官が号令を下し、機銃が唸った。曳光弾が敵飛空挺に注がれる。
次第に、音が、心臓を掻きむしりたくなる様な甲高い音に変わってきた。
その音は、すぐに大きくなり、しまいには機銃の発射音すらも掻き消さんばかりになった。
最初とは比べ物にならぬほど拡大された敵飛空挺が急に機体を起こした。
急降下を終えた飛空挺の代わりに、小さな黒い物体が降下を続ける。
いや、降下ではない。
その黒い物体は落ちつつあった。その先には、  


968  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  17:18:03  [  yrNM.ueg  ]
「俺達のいる西塔がある!」

そう思った時、指揮官の伏せろという声が聞こえた。
判断が遅れたモーレンリ2等兵は、機銃手に無理やり伏せさせられた。
次の瞬間、ダーン!という先の爆発とは比べ物ならぬ轟音と衝撃が走った。
続いて別の爆発が最上階の辺りで起こる。
3回目の爆発はなぜか下のほうで起こったが、すぐに敵機が爆弾を外したんだな、と思った。

「マヌケな奴だ。」

一瞬、そう嘲笑ったモーレンリ2等兵だが、3発目は今までより近い位置で起きた。
体がフワッと吹き上げられ、目を開けると、なぜか西塔を見あげるような格好になっていた。
背中には床の感触はなかった。


この時、西塔には3発の1000ポンド爆弾が命中した。
1発は屋上の平らな石畳に命中して、20センチ窪ませたところで炸裂。
表面の石畳が爆圧で剥がれ、飛び散る。屋上は黒煙に包まれてしまったが、
6階部分の天井は、少し亀裂が入っただけで保管された物品の損害はなかった。
そこに、2発目の1000ポンド爆弾がぶち込まれる。
1発目よりもさらにめり込んで炸裂し、屋上の石畳の表面が完璧に吹き飛んだ。
爆圧エネルギーは亀裂を押し広げ、ついに爆発炎が6階部分に吹き込んだ。
この6階部分は、一昔前までは拷問部屋として使用されており、幾多もの罪人、
もしくは連れ去られてきた少年少女が命を落とした。
今は昔の拷問器具が保管されているだけだが、夜になると、罪人の悲鳴や、
犠牲になった少年少女の泣き声が聞こえると言われ、ここに駐屯している兵からは怪奇スポットとして有名であった。  


969  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  17:20:19  [  yrNM.ueg  ]
「あんな、血糊がついたギロチンとか断裁器を置くから、幽霊が居つくんだよ」

と、兵士達は影で言い合っていた。
その忌まわしき拷問部屋に1000ポンド爆弾のエネルギーが開放された。
爆発パワーの過半以上は、驚く事にここで吹き荒れたのである。
まず、爆発炎をもろに受けたギロチン台が一瞬にして捻じ曲げられ、
血で赤黒くなった刃がいとも簡単に叩き折られた。
木製部分がぱっと炎を上げ、それが梱包された布に移る。
次いで、爆風がこの狭い拷問部屋に吹き荒れ、吹き飛んだ断裁器が絞殺用の締め具に当たってそれを
切断し、“処刑”してしまった。
炎と、猛烈な風の圧力による拷問を受けた拷問器具達は、部屋もろとも瞬時に粉砕された。
そして、とどめに崩落した屋上部分が圧し掛かって、6階部分は瓦礫に埋まってしまった。
西塔が6階から5階に減少した時には、他の支塔もロケット弾、1000ポンド爆弾の洗礼を受けていた。
南塔では、弾火薬庫に火災が及んで大爆発を起こした。
爆発直後には、依然として健在な姿を見せたものの、10秒後に真ん中から折れて崩落していった。
F6Fは支塔にロケット弾を浴びせただけでは飽き足らず、中央塔に突っかかっていった。
中央塔の対空火器が狂ったように撃ちまくる。
まだロケット弾を全て使っていなかったF6Fが、残りを全て中央塔に叩き付けた。
ロケット弾を撃ち終わると、両翼の12.7ミリ機銃を乱射した。
雨あられと、高速弾をぶちこまれた機銃座が1つ、また1つと沈黙していく。
いきなり、F6Fの1機が集中射撃を食らってバランスを崩した。
悲鳴じみた音を上げながら、そのF6Fは中央塔の側壁に命中し、機銃座2つを道連れにして
敵側から対抗可能な武器をさらに減少させる。
中央塔は、さんざんF6Fにたかられた挙句、40丁あった機銃のうち18丁が破壊され、高射砲も8門中6門まで破壊された。
それと引き換えに得た戦果はF6F1機撃墜、2機に煙を吐かせて追い払っただけである。
F6F群がサッとグレンドルス城から離れた。
グレンドルス城の継戦派の兵は、つかの間敵機が撤退したと思ったが、それは間違いであった。  


970  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/10/29(日)  17:21:09  [  yrNM.ueg  ]
上空には、16機のアベンジャーが爆弾倉を開いて、爆撃針路に入りつつあった。
慌てて、高射砲が応戦する。
しかし、対抗可能な高射砲が2門のみでは、アベンジャーに対して有効弾は与えられなかった。
教導機が500ポンド爆弾2発を投下した。
それを皮切りに、15機のアベンジャーが一斉に爆弾を落とし始めた。
高度2000から投下された爆弾はゆらゆらと風に振られつつ、グレンドルス城の中央塔に落ちていった。
やや間を置いて、爆弾炸裂の閃光が、グレンドルス城中央塔周辺で連続して沸き起こり、一瞬にして中央塔は黒煙に包まれる。
黒煙の一角で二次爆発が起き、一瞬だけグレンドルス城の姿が露わになる。
威厳に満ちた城の姿は、いまや黒く汚れ、所々が崩落した醜い石の塊と化していた。  


975  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:17:43  [  yrNM.ueg  ]
10月6日  午前9時50分  ギルアルグ北西80マイル沖

「撃ち方やめ。」

エセックスの艦長である、オフスティー大佐の声が掛かると、それまで撃ちまくっていた対空火器が、一斉に静まった。
そのエセックスの艦橋より少しはなれた右舷側から黒煙が噴き出している。
飛行甲板には被害は及んでいないようだが、格納甲板では火災が発生しているようだ。
艦橋のスリットガラスから、右舷側をみつめていたハリル少将がおもむろに口を開いた。

「ワイバーンロードも、なかなかやるな。」

オフスティー大佐もええ、と言って答えた。

「これで、正規空母は全て傷物にされてしまいましたね。」
「エセックスは、最後まで無傷だろうかと思っていたが。思い通りには行かないものだな。」

そう言って、彼は長官席に腰を下ろした。

「どうも後味が悪いな。せめて、襲って来る敵が飛空挺なら、あんな光景も見ずに済んだのだが。」
「しかし、敵の指揮官も考えましたね。こっちの攻撃隊が発進してから襲ってくるとは。」

オフスティー大佐は人差し指を上げてから言う。

「敵も分かってきたのだろう。攻撃隊には少なからぬ戦闘機が付いている。
その分、艦隊を守る戦闘機は少なくなる事をな。」

そう言って、ハリル少将はため息を吐いた。  


976  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:19:44  [  yrNM.ueg  ]
「いずれにしろ、爆弾1発をぶち込まれたのは気に入らないが、
エセックスの母艦機能に支障をきたさないのなら大丈夫だ。」
「サンディエゴの損傷も軽微のようですからね。」
「結果として、敵はこっち側のF6F2機を落として、エセックスとサンディエゴを小破させた
のに対して、敵のワイバーン部隊は全滅したからな。こっち側の勝利と言っていい」

ハリルは満足するようにそう呟く。
しかし、内心とは裏腹に、彼の表情はどことなく哀れみが混じっていた。

ワイバーンロード部隊、継戦側の最後の航空打撃力である第68空中騎士旅団のワイバーンロード38騎が、
第58任務部隊第4任務群に迫ったのは午前9時の事である。
第68空中騎士旅団のパルンク司令官は、夜明け後にワイバーンを発進させようとはしなかった。
位置は既に分かっている。
だが、いつまで待っても、出撃命令が出ない事に、竜騎士達は苛立ちを募らせた。
クランベリン少佐などは、部下3人を引き連れて、すぐに出撃させてくださいと詰め寄ってきたが、
パルンク中将は彼の進言を一蹴した。

「今行っても、確かに敵艦隊に攻撃を仕掛けられると思うだろう。
だが、貴様らは気付いていない。今、わが旅団のワイバーンロードは何騎だ?たったの38騎だ。
これで正々堂々と、200機の飛空挺もつ敵機動部隊に立ち向かえると思うのかね?」

パルンク中将には考えがあった。
偵察機を繰り出してきたからには、必ず敵は攻撃隊を差し向け来るはず。
攻撃隊には必ず、戦闘飛空挺が護衛についている。
攻撃隊を発進させる前に襲い掛かったら、敵機動部隊は攻撃隊の発進を中止して、
護衛用の戦闘飛空挺までも引っ張り出して、全力でわずか38騎のワイバーンロードを潰しに来るだろう。  


977  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:21:22  [  yrNM.ueg  ]
そうなれば、逃げる事も出来ずにすべて叩き落されてしまう。
そうなるよりかは、攻撃隊を発進させ、敵の護衛の数を減らしてから、憎きアメリカ機動部隊とぶつかるしかない。

「艦隊の護衛機も残っているだろうが、それでも数は少ないはずだ。
そうであれば、必ず敵の対空砲火を突破して、敵空母を傷つけることが出来る。
それに、君達も帰る事が出来る。」

パルンク司令官はそう言って、クランベリンら竜騎士達を宥めた。
そして午前7時50分、ギルアルグから、敵戦爆連合100機、ギルアルグ上空を通過中との魔法通信が入った。
パルンク中将はすぐに全騎出撃を命令した。
ワイバーンロード部隊は、敵攻撃隊との接触を避ける為、一旦北東に回り込むようにしてから海上に出て、
海竜の情報通りにギルアルグ北西沖130キロ地点を目指した。
基地を出発してから1時間以上が経った。
高度は1000メートルほどで飛行しており、雲はやや多かったものの、海上は見晴らしがよかった。
もうすぐ、敵機動部隊が見えるだろうと、竜騎士達は誰もが思った。
その時、雲の向こうから飛空挺独特の、そして友軍のものより力強いエンジン音が聞こえてきた。
誰もが殺気を感じた瞬間、断雲を突き破って12機のF6Fが急降下で迫ってきた。

「よけろ!」

攻撃隊指揮官に任じられていたクランベリン少佐は、咄嗟に命令を下し、
編隊飛行を行っていたワイバーンロードが、2〜3騎ずつに散らばった。
600キロのスピードで急降下してきたF6Fは、2機ずつに別れてからそれぞれが決めた目標に向かった。
ワイバーンのうち、5騎が爆弾を捨ててF6Fに挑んできた。
その時、別の方角からも10機以上のF6Fが向かってきた。
ハリル部隊は、艦隊より南南東70マイル付近で向かって来るワイバーンをレーダーで発見した。
ハリル少将は、稼動可能なF6Fを全て上空に上げる事を決意した。  


978  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:25:24  [  yrNM.ueg  ]
エセックスから24機、カウペンス、ラングレーから12機のヘルキャットが出撃した。
合計で36機のF6Fにたかられたワイバーンは、意外に健闘した。
ワイバーンは12騎が爆弾を捨ててF6Fに立ち向かった。
特にヴァルス大尉の率いた4機のワイバーンロードは、巧みにF6Fの射弾をかわし、隙あらばブレスを吐き、光弾を浴びせた。
部隊全体で1機のF6Fを叩き落し、5機に傷を負わせた。
しかし、総合性能では大きく水を開けられているヘルキャットには、ワイバーンの健闘も長続きはしない。
次第にヘルキャットはワイバーンロードを食い始めた。
ワイバーン部隊も優秀であったが、ヘルキャットもこれまでの戦いで鍛えられた精鋭揃いである。
12騎のワイバーンは全機が撃ち落され、挙句の果てには機動部隊に向かったワイバーンまでも襲われてしまった。
残りがアメリカ機動部隊の輪形陣に取り付いた頃には、既に16機のワイバーンしかいなかった。
その16騎にも、VT信管つきの高角砲弾、40ミリ、20ミリ機銃弾が遠慮介錯なく注ぎ込まれた。
軽巡洋艦サンディエゴの40ミリ機銃手であったトニー・コンプス兵曹は、こう語っている。

「前の夜は、ほとんど真っ暗だったから、敵さんがどのようにして落ちていくかは分からなかった。
でも、この日は夜明けで、とても明るかった。俺としては、ワイバーンには前日と同じように夜に来てもらいたかった。
ここで、みんな同じ質問をするんだ。なぜかって?答えは簡単だよ。あんた、生き物が内臓や血を撒き散らして、
吹っ飛ぶとこを見た事があるか?はっきり言って、気分が悪くなる。あの時の対空戦闘ほど、居心地の悪い戦闘はなかった。
敵はナマモノのドラゴンとそれに跨る竜騎士だ。それが、爆弾を持ってやってくる。こっちは敵が狙っている空母を
守らないといけないから、それを落とさなきゃならん。艦隊の全艦が高角砲や機銃を撃ちまくったよ。
で、その次の光景が、あっという間に肉片になって飛び散るドラゴンと竜騎士だ。ばたばたと落ちて行ったよ。
俺は落ちると言ってるけど、正確には砕け散ったと言った方がいいな。形を留めて墜落するのも何騎かあったけど、
ほとんどはパァーンと、弾け飛んだよ。でも、それにめげずに突っ込んでくる敵には、さすがに恐怖を通り越して
尊敬すら覚えたね。あの16騎のワイバーンのうち、1騎ワイバーンは、爆弾を俺の乗っていたサンディエゴ
に爆弾をぶち込んできた。その後に犯人はぶち落とされたけど、あれだけの損害で、サンディエゴとエセックスに
引導を渡したのは、大したもんだよ。」

次々と撃ち落されたワイバーンロードだが、それでも、1騎は軽巡洋艦のサンディエゴの舷側に爆弾を叩きつけ、
最後の1騎がエセックスの艦橋やや後ろよりの舷側に爆弾を命中させた。  


979  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:27:08  [  yrNM.ueg  ]
米側は知らなかったが、これはクランベリン少佐のワイバーンが放った爆弾であった。
クランベリン騎は、エセックスの飛行甲板を飛びぬけたところで右の翼を機銃弾でもがれ、
左舷側に墜落して血交じりの水柱を上げた。
この時の様子は、記録映像でしっかりと取られていた。
サンディエゴに当たった爆弾は、右舷側の救命ボートと魚雷発射管の間に命中し、ボートと
空の発射管を吹き飛ばした。この被弾で3名が戦死、28名が重軽傷を負った。
エセックスでは、舷側に命中した爆弾が壁を突き破って格納甲板で爆発した。
この時は、被弾対策のために舷側の開放部は全てシャッターが開かれていた。
このため、爆弾のエネルギーは大部分が外に吹き散らされた。
被害は格納甲板にあった工具箱と、ヘルダイバー2機が破損し、火災が発生したのみで、
人員の損害は負傷者5名に抑えられた。
これが、第68空中騎士旅団があげた全戦果であった。

「しばらくは、ステーキが食えなくなるな。」

ハリル少将は、やや浮かない表情でそう呟いた。いや、彼のみならず、第4任務群の大多数の将兵がそう思っている。

「普通の対空戦闘のほうが幾分かマシだな。前の対空戦闘では、飛行機が敵だったからな。」
「私としては、しばらくは食事を取る気になりませんね。」
「同感だ。こんなグロテスクな対空戦闘は初めてだよ。」

そう言って、ハリルはげんなりとした表情を浮かべた。

「しかし、仕事はまだ終わってはないない。攻撃隊の着艦作業があるぞ。」

ハリル少将は、別の話題に切り替える。しかし、脳裏には、砕け散り、散華するワイバーンと竜騎士の姿がくっきりと残っている。
(嫌なものをみてしまった)
そう思うハリルだが、思いを振り払うように、彼は指示を下した。

「艦隊を少し陸地に近付けよう。進路を南にとれ。」  


980  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:28:37  [  yrNM.ueg  ]
全滅を前提にした戦い。
部隊全員が、敵に討ち取られる予定であった戦い。
全てが、それぞれの意地をかけた戦いに、勇躍して望んでいった。
「その結果が、これだというのか。」
ヴァルス大尉は、浮き具に顔を横たえながら、力なく言う。
彼は、ぼんやりと北の方角を見つめる。北の方角から、2つの黒煙が噴き上がっている。
クランベリンの攻撃隊は、敵艦隊に対して被害を与えたようだ。
しかし、その黒煙の量は、悲しくなるほど小さい。
被害は与えたが、それはかすり傷程度なのだろう。小さく見える敵艦隊が、スピード緩めていないのがその証拠だ。
仲間は、ほとんどが敵に立ち向かい、死んでいった。
だが、ここでこうしている自分は、何なのだろうか?なぜ、自分だけが生きているのか?

「「敵に戦闘員も市民も関係あるか」」

いつだったか、クランベリンと喧嘩した事が思い出される。
あの時は、司令に止められたが、彼は近いうちにクランベリンとまた議論をしようと思っていた。

「あいつのやっている事を、気付かせてやる」

そう思っていた。だが、クランベリンは米艦艇の対空砲火の前に命を散らしてしまった。
彼だけではない、馴染みの仲間も、嫌いな奴も・・・・・・

「遠くに・・・・・逝ってしまった。」

なぜか、泣きたくなってきた。
本当に、この作戦はやる意味があったのだろうか?もはや、継戦派は不利になりつつある。  


981  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:30:17  [  yrNM.ueg  ]
降伏すれば、自由はなくなるだろうが、それでも生は保証されるかもしれない。
希望がない訳ではないのだ。
だが、旅団の皆は、戦闘飛空挺と、米機動部隊の猛烈な対空砲火の前に散っていった。

「あんな命令さえなければ・・・・・・」

継戦軍司令部から出された命令、それを忠実に実行したばかりに、彼らは無為に戦力を喪失する事もなかった。

「これじゃ、自殺と変わらないじゃないか」

自然と、拳に力が入った。内心、言いようの無い怒りが湧き起こってくる。
唐突に、エンジン音が聞こえてきた。それは、自然に大きくなってきた。
ヴァルスはそれが何なのか分かっている。

「戦闘飛空挺が殺しにやってきたか。」

彼はそう確信していた。それならば、悔いは無い。
敵の動きはとても良かった。
そんな敵部隊に少ないながらも、損害を与えた事にヴァルスは満足している。
さあ、撃て。そう言って、彼は背後を振り向いた。轟音と共に、F6Fが彼の右上空を飛び抜けていった。
F6Fが通過していく際、乗員がこっちに姿勢を向け、右腕を折り、手の先を頭にくっつけていた。
真剣な表情で見つめている事も分かった。

「・・・・・・」

しばらく、ヴァルスは無言だったが、彼は、その乗員の動作が、なにかしらの敬意を表しているのだと思った。
そのF6Fは、優雅な機動で機動部隊の上空に向かっていった。  


982  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:31:39  [  yrNM.ueg  ]
午後8時30分  ガレンスアロ軍港7マイル沖
「こちらエンゼルキャット。予定位置に到着した。」
「エンゼルキャットよりセイバー。了解、これより掃除を開始する。」

そう言って、戦艦サウスダコタ艦長のブルース・ウッドワード大佐は電話を切った。
サウスダコタの左舷には、ガレンスアロ軍港の倉庫群がある。
サウスダコタの後方3マイルには、軽巡洋艦のマイアミ、ビンセンズが別の港湾施設に照準を向けている。
この日、第4任務群は4次の攻撃隊を発艦させ、敵継戦軍の要地を爆撃したが、
このガレンスアロ軍港のみは艦砲射撃でたたく事にした。
なぜ、艦砲射撃で叩くのか?それは、敵の心理的動揺を狙っての事である。
砲撃部隊は、戦艦サウスダコタと軽巡2隻、駆逐艦3隻で編成されており、A地区を2巡洋艦と駆逐艦が、
B地区をサウスダコタが叩く事になっている。
砲撃部隊はそれぞれコードネームで呼ばれており、サウスダコタはエンゼルキャット、
マイアミはセイバー、ビンセンズはパンサーと呼ばれる事になっている。
弾着観測機が、照明弾を落とした。
ぱあっと青白い光が広がり、陸地と多数の港湾施設が見えてきた。

「これより掃除を始める。撃ち方用意。」

ウッドワード大佐は、淡々とした口調で命じた。
サウスダコタの主砲が、ゆっくりと動き、9門の16インチ砲が軍港に向けられる。
軍港には倉庫群のみならず、木造の大型船も何隻か見える。
(これで、継戦派の連中は必要な物資をまた失う事になるな)
ウッドワード艦長は内心でそう確信した。
この軍港から、列車で内陸に向けて、物資が搬送されるのを攻撃機が発見している。
軍港の物資は半数近くが内陸に運ばれたと思われているが、継戦軍は、米艦隊がやってくるまで、すべてを内陸に運ぶ事は出来なかった。
軍港には、まだ50%以上の物資が残されており、あの手この手を尽くして、大事な軍事物資を搬送しようとしている。
しかし、それは終わろうとしていた。  


983  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:34:08  [  yrNM.ueg  ]
「照準よし!」

ウッドワード大佐は頷いた。一瞬間を置き、彼は答えた。

「撃ち方始め」

抑揚の無い声音が聞こえた。その次の瞬間、サウスダコタの各砲塔の1番砲が吼えた。
それをきっかけに、最後の大掃除が始まった。
米艦隊の作戦目的は、ガレンスアロ軍港の第1軍港、第2軍港一体に艦砲射撃を加える事である。
第1第2軍港とも、東西に2キロほどの長さがある。そこを、艦砲射撃で倉庫内の物資
を粉砕し、継戦派の継戦能力を削ぐのだ。
サウスダコタの第1射が内陸に着弾する。
軍港から3つの閃光が走り、それが収まると、オレンジ色のゆらめきが起こる。
火災が起こったのだろう。
続いて第2射が放たれ、3発の16インチ砲弾が港に殺到し、倉庫群に落下した。
倉庫群には、銃器、刃物、弾薬、衣類などの物資が入っており、このガレンスアロ軍港だけで
2個師団は満足に補給できるほど、物資は備蓄されていた。
今は半数近くが内陸に運ばれているため、倉庫内は空のものが多数あった。
しかし、それでも50%以上の物資はまだ搬送されていない。
その倉庫群に、16インチ砲弾が落下してきた。
台形上の倉庫の至近に砲弾が落下した。たちまち、爆風が倉庫の側壁を叩き壊し、倉庫であった粗大ゴミに変換する。
別の1発は、搬送途中で、野ざらしにされていた物資の山にぶち当たり、何もかも木っ端微塵に打ち砕いた。
7回交互撃ち方をやった。ガレンスアロ軍港の所々で火災が起きている。
ロウソクのような小さなものもあれば、巨大な篝火のような大火災もある。

「セイバー、パンサー、一斉撃ち方始めました。」  


984  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:36:27  [  yrNM.ueg  ]
後方のA地区を砲撃しているマイアミ、ビンセンズが一斉撃ち方を開始した。
マイアミ、ビンセンズが砲撃しているA地区は、巨大なテントが5つに大きめの倉庫群があり、
岸壁には5隻の輸送船が係留されている。
ここには、ストーンゴーレムと、魔道師が大掛かりな魔法発動に使う魔法石や薬品、それに今では不要となった、
飛空挺の整備器具などが置かれていた。
6インチ砲弾は、交互撃ち方で、ストーンゴーレムが保管されている倉庫に何発か命中し、
床に寝かされていたゴーレムを14体破壊していた。
交互撃ち方を10回やったところで、マイアミ、ビンセンズは一斉撃ち方に切り替えた。
2艦合計、24門の6インチ砲は急斉射で放たれ、6〜7秒に1斉射、24発の6インチ砲弾が容赦なく、
テント、倉庫群に突き刺さる。
現世界にいたときの海戦、サイフェルバン沖海戦、マリアナを巡る海戦で遺憾なく発揮されてきた
クリーブランド級軽巡の速射性能は、ここでも威力を発揮した。
縦20メートル、幅50メートルのテントが、次々と迫り来る6インチ砲弾に一方的に叩かれ、
内部の魔法石や薬品が勢いよくはね跳び、燃え上がった。
急な異常反応を来たした薬品が、唐突に爆発したり、閃光を発する。
それがテントを覆う布に燃え移ったり、他のテントを照らし出して、上空の弾着観測機にその姿を晒しだした。
姿を現した新たなテントや、野ざらしの木箱に、別の砲弾がぶち込まれて破片を辺りに撒き散らした。
6インチ砲の他に、5インチ両用砲も射撃に加わってからは、周囲は修羅場と化した。
薬品の異常反応で照らし出された無傷のテントに、別の砲弾が落下し、中の物資を吹き飛ばして役立たずの残骸に変えてしまう。
駆逐艦部隊も、5マイルの距離に接近して砲撃を開始する。
サウススダコタの16インチ砲のド派手さから見れば、軽巡、駆逐艦の砲撃はかなり物足りないと思うが、砲弾の投射量はこちらの方が多い。
戦艦の砲弾は、大威力で敵の息の根を一気に止める、というイメージがある反面、軽巡、駆逐艦の砲弾は威力が低い分、
敵を一寸刻みに嬲って殺すイメージがある。
今がそうである。サウスダコタの斉射は、B地区の倉庫群をひとまとめに吹き飛ばしているが、
マイアミ、ビンセンズ、駆逐艦部隊の砲撃は、徐々に倉庫群、テント群を叩いて、火を付けている。
砲撃開始から30分が経つと、ガレンスアロ軍港は、A地区、B地区とも火の海に変わっていた。  


985  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:38:18  [  yrNM.ueg  ]
A地区はほとんどの建物に無数の穴が開き、その穴から火炎を噴き出している。
時折、建物自体が大きく欠損しているものがあるが、それは中の物資が、誘爆を起こしたものである。
テント群、倉庫群の大多数が、6インチ砲弾、5インチ砲弾の洗礼を受けて全壊、良くて半壊状態にあった。
B地区は、A地区とは対照的に、砲撃を受けた箇所の建物はほとんどが原形を留めぬままに吹き飛んでいた。
着弾地点には必ず10〜20メートル近いクレーターが開き、その周囲には訳の分からないゴミしかなかった。
この時点で、既に壊滅状態にあったガレンスアロ軍港の補給物資群だが、米艦隊はそれでも砲撃を止める気配が無い。
サウスダコタが吼え、9発の16インチ砲弾が軍港に殺到する。
2発が海面に落下して高々と水柱を吹き上げ、1発が停泊中の木造船叩き割る。
3発が岸壁をそっくり抉り取り、残りが健在であった倉庫や、地面に命中して破片を吹き上げた。
マイアミ、ビンセンズらは多数の砲弾をぶち込んで、まだ無傷の施設群を瓦礫の山に変えていく。
まとまった6インチ砲弾が、ストーンゴーレムの体をあっという間に砕く。
5インチ砲弾が、勇敢にも反撃を加えてきた沿岸砲に向けられ、沿岸砲が撃った以上の砲弾をぶち込んで、これを沈黙させた。
米艦隊は、ガレンスアロの砲撃をその後も続行し、補給物資群のみならず、軍港機能そのものを破壊するようであった。



「撃ち方やめ!」

ウッドワード大佐は、鋭い声音でそう命じた。
左舷側に向けられていたサウスダコタの16インチ砲が、唸りを止めた。
ガレンスアロ軍港は、赤く燃えていた。砲撃前に見えた、整然と並んでいた倉庫郡は、
今や炎と瓦礫の山になっており、所どころ、何も無かったかのように綺麗さっぱり無くなっている。

「セイバー、パンサー。砲撃を終了しました。」
「よし。」

頷いたウッドード大佐は、次の命令を下した。  


986  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:40:01  [  yrNM.ueg  ]
「直ちに引き上げる。艦隊針路変更。」

ウッドワード艦長は、砲撃部隊の針路を、機動部隊がいる方角に向けさせた。
12ノットのスピードで航行していたサウスダコタが、ゆっくりと右に回頭し始める。
ウッドワード艦長は、ガレンスアロ軍港を、じっと見つめていた。

「これで、継戦派の連中も懲りるといいんだが。いや、懲りないほうがおかしいか。
今日一日だけで、第4任務群はかなり暴れ回ったからな。」

やがて、ガレンスアロ軍港は、艦の陰に隠れて見えなくなった。

「あれだけお灸を据えてやれば、後は大人しくなるだろう」


10月7日  午前2時  クレールスレンス

「・・・・・そうか。わかった。なるべく、革命軍の侵攻を遅らせるように伝えろ。」

ヴァルケリン公爵は、紙を持ってきた魔道将校にそう伝えた。
その声は、力が無く、顔はげっそりと細くなっている。目だけがやたらにぎらついていた。
ここは、継戦軍司令部より西に1キロ離れた質素な小屋である。
この小屋は、森の中にあるため、上空からは視認出来ないようになっている。
彼は、気を落ち着かせようと、コップの水を飲もうとした。手が小刻みに震え、まともにコップが持てない。
急に苛立ちが爆発し、彼はコップを思い切り、床に叩き付けた。
バリィン!!という鋭い音が鳴り、狭い部屋で寝ずに仕事していた幕僚達が、ぎょっとなってヴァルケリンのほうを振り向いた。

「・・・・・・いや、なんでもない。落としてしまっただけだ。仕事を続けてくれ。」  


987  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:41:30  [  yrNM.ueg  ]
彼が言うと、幕僚達は再び仕事に取り掛かる。
彼らの表情も、1週間前と比べると、明らかに違っていた。
誰もが覇気を失っている。米機動部隊が現れるまでは、誰もが継戦派の勝利を確信していた。
幕僚達も、休憩の時には全てが終わった後の話ばかりして、司令部の空気はとても明るかった。
それが、今ではどうか?
空中騎士団、艦隊はアメリカ艦隊にたたきのめされ、目玉の大魔道院は、史上最高とまで言われた
貴重な魔法石使いながら、エンシェントドラゴンを召喚する前に米艦載機の物量に押し潰された。
リーダーであるエリラは、戦闘飛空挺によって射殺された。
それだけでも、情勢は圧倒的に不利になったのに、アメリカ艦隊は以降も継戦派を苦しめ続けた。
連日の空襲で、補給物資は4割が空襲で焼き討ちにされ、反撃に出たワイバーンは全滅。
精油所とキメラの研究を行ってきた中央研究所もやられ、彼の自宅兼司令部は米軍機の空襲によって吹き飛ばされた。
挙句の果てに、ガレンスアロ軍港が、接近してきたアメリカ艦の砲撃で完全に吹き飛ばされ、止めは革命軍の本格侵攻開始、である。
1つ悪い事が起きると、別の悪い事が次々と、それも雪達磨式に増えていったのだ。

「全ては・・・・・・・ヴァルレキュアが奴らを呼び出した事が原因だ・・・・・・・
あの艦隊さえ・・・・・あの機動部隊さえいなければ・・・・!」

内心で、彼は悲鳴を上げていた。
彼の脳裏には、昼間の空襲以来、ずっと米艦載機の姿が浮かび上っている。
ずんぐりとした機体に、太く白い棒線が付いた白い星のマーク。白星の悪魔と呼ばれた由縁である、あのマークが、彼の頭からこびりついて離れない。

「もはや・・・・・これまでなのだろうか・・・・・・」

彼の表情は、もはや死人と比較しても変わらぬほど、生気に欠けるものであった。

「戦いはやめるべきか・・・・・・それとも、最後まで武人らしく、華々しく散るべきか。」  


988  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:44:18  [  yrNM.ueg  ]
ヴァルケリンは考えた。降伏は・・・・・できない。
(なぜか?いや、分かりきっている事だ。反旗を翻したものには、良くて日の目が
見れない監獄に放り込まれるか、処刑されるかだ。それも本人のみならず、関係の
ない家族全て。今まで、バーマントはそうしてきた。反旗を翻したものは、家族、
一族郎党皆殺か、監獄に放り込まれるからしかないからな。私はそうなった者達を何度も見て来ている)
ヴァルケリンは、度重なるショックで衰えかけた脳を、再び活性化させた。
(そうなるよりは、革命派の連中を、1人でも多く道連れにして、我らの意地を見せる。それしかない!!!)
彼は、そう決意した。そのほうが、この後の生き地獄を味合わなくてすむ。

「それにしても、少々疲れた。諸君、少しすまないが、私は仮眠を取らせてもらう。
諸君らも、適度に休みを取ってくれ。」

そう言うと、ヴァルケリンは立ち上がり、自分の部屋へ向かっていった。



1098年  10月7日  午前8時  第5艦隊旗艦  戦艦ノースカロライナ
ノースカロライナの艦橋に、スプルーアンス大将はいつもの通り、8時に上がって来た。

「おはよう諸君。」

艦橋職員や、その場にいた第5艦隊の幕僚が彼に挨拶を返してきた。

「長官、コーヒーであります。」

水兵が、スプルーアンスにコーヒーを持って来た。  


989  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:46:14  [  yrNM.ueg  ]
「ありがとう。」

彼は頷くと、コーヒーを一口すすった。
程よい苦味が、口の中を満たし、微かに残っていた眠気が吹き飛ぶ。

「何か変わった事はないかね?」

彼は、先ほどから側にいた、参謀長のデイビス少将に声をかけた。
スプルーアンスは、昨日の9時には、眠りについていた。
午前2時頃に、同乗の魔道師であるレイムから、革命軍がグランスボルグ地方に侵攻を
開始したという報告を受け取ったが、彼はそれを聞いただけで、詳しい事は明日聞くといい、
レイムを寝室から追い出した。
スプルーアンスは別に追い出したつもりは無く、レイムもそう思っていなかったが、
後から寝室でのやりとりを聞いていたフォレステル大佐が、

「長官は眠いから、明日話を聞くと言って君を追い出したのさ」

と言っていた。それにはレイムも苦笑して、

「あらら・・・・・提督らしい追い出し方ですね」

と言っていた。

「艦隊に変わった事は特にありません。それから、エリオンドルフまではあと1日で着きます。」
「1日か」

スプルーアンスは頷く。  


990  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:48:25  [  yrNM.ueg  ]
「バーマント側の対応に感謝すべきだな。また1週間以上、休みなしで航海する事を覚悟していたが、
とりあえず移動サービス部隊の分遣隊とのランデブーは、エリオンドルフでできるな。」

本来、第5艦隊は、海上でウルシーからやってくるはずの移動サービス部隊の分遣隊と落ち合う予定であったが、
マリアナ近海から引き上げる直前になって、バーマント側がエリオンドルフの港を使用しても良いと伝えてきた。
再び、1週間前後の航海を覚悟していた艦隊の将兵は、思ったより早く、休息が取れる事を喜んでいた。

「革命軍の状況はどうなっている?」

スプルーアンスは、一番聞きたかった話題に話を移した。

「第1、第4群とTF52、タフィ2が、継戦軍を痛めつけたようだが、肝心の革命軍の侵攻状況はどうだろうか。」
「あまり、良好とはいえないようです。」

デイビス少将は、やや表情を固くして言う。

「ベルーク大佐によると、継戦派の軍は思ったよりも激しく抵抗しているようです。革命側が包囲して、
降伏を求めても、それを拒んで全滅するまで戦う部隊も出ているようです。」

その言葉を聞いて、スプルーアンスは珍しく表情を歪めた。

「まだ戦うつもりなのか。我が機動部隊の艦載機で、物資や重要施設を大分やられているし、
昨日の夜には第4群が艦砲射撃でガレンスアロ軍港を吹き飛ばしたじゃないか。それなのに、革命軍が手こずるとは。」

スプルーアンスは、機動部隊の一部を現場海域に置いて継戦派を攻撃し、継戦意欲を失わせようと思った。
しかし、ベルーク大佐からの報告では、どうも上手くいっていないようだ。  


991  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:50:46  [  yrNM.ueg  ]
(ひょっとして・・・・・・・)

スプルーアンスはしばらく思考した。腕を組んで、彼はじっと前を見据える。
眼前には、駆逐艦が2隻航行しているが、彼の眼には駆逐艦は映っていない。
20分ほど考えると、スプルーアンスは口を開いた。

「そうとしか、考えられないな」
「えっ?何がでしょうか?」

デイビス少将は、ぽかんとした表情でそう言った。

「バーマントは、確か反逆者に厳しい国だそうだな。いや、この異世界のみならず、
現世界の過去、中世では、反逆者に酷い仕打ちを下していたな。例えば、家族、一族郎党、全て皆殺しとか。」
「まあ、それも少なくなかったと思われますが。」

途端に、デイビスも分かってきた。継戦派の連中が、なぜ、あれほどまでに戦いを続けるのか。

「バーマントの場合はもっと厳しいようだぞ。2年前の反対派の粛清では、反対派側についていた
貴族や将軍が、軒並み粛清されている。そのうち半数近くは見せしめとして、一族郎党皆殺し、
という方法がとられていた。ベルーク大佐の口ぶりからして、革命派も同じようなやり方をするかもしれないぞ。」
「長官は、どうするべきだと思うのですか?」
「どうするべきか。答えは簡単だ。そんな方法は取らぬほうがいい。」

スプルーアンスは淀みなく言い放った。

「継戦派の連中は、投降しても屈辱的な扱いをされたり、すぐに殺されるかもしれないと思うはずだ。
革命派がそのような方法をとるのならば、確かに脅威は残らなくなるが、その分、多くの命を無駄にする」  


992  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:53:08  [  yrNM.ueg  ]
「なるほど。それならば、敵を1人でも道連れにして死ぬ、という覚悟を決める兵も多数出かねないですからね。」

事実、革命派の幹部には、継戦軍を皆殺しにしてしまえ、と息巻くものが多い。
それは最前線部隊の将兵も思っている事であった。
昔から続いてきた、一族郎党皆殺し、運が良くても監獄に放り込む。
その方法が、かえって継戦派を焚き付け、革命派に出血を強いる危険が高い。
自暴自棄なった軍隊は、死に物狂いで攻撃してくるのがほとんどだ。
それが、数が少ないうちはまだいいが、継戦側は減ったと言えど、万単位のれっきとした軍だ。
はっきり言って、非常に危ない。

「そんな方法をとる者は、私が教官ならば合格点は与えんよ。」
「合格点は与えない、ですか。では、何点ぐらい与えるのです?」
「0点だ。」

スプルーアンスは即答した。

「そんな馬鹿な方法をとれば、多くの若者や、前途あるものまで命を散らす。絶滅戦なぞ、私から言わせれば無駄な戦法だよ。
それよりかは、敵も引き込み、力にするのがよっぽどいい。人の能力は、戦いにのみ生かされるわけではないのだからね。」

そう言うと、スプルーアンスはニヤリと笑みを浮かべた。

「私は、エリオンドルフに到着した時に、このノースカロライナに乗ってくる革命派の将軍に言うつもりだ。
一族郎党、反逆者皆殺しなど、実行する本人の首を絞めるようなものだ。それよりかは、首脳部のみを裁判で裁くんだ。
末端の兵士達は、彼らを信じてやってきたのだ。末端の将兵には罪はない。」

スプルーアンスはそう言い切った。  


993  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/05(日)  18:54:28  [  yrNM.ueg  ]
「国の宝となる者達を、無為に捨てる必要はないからな。とは言っても、一軍の将である私が言っては、説得力に欠けるか。」

彼は苦笑しながらも、コーヒーをまたすする。

「そういえば、墜落機のパイロットはどうなっている?」
「今のところ、マリアナ周辺で4人、ギルアルグ周辺で3人、カウェルサントで1人の発見が確認されています。」
「そうか。」

スプルーアンスは満足そうに頷いた。
彼としては、1人も生存者いないのでは、と思っていた。
いるとしても、2、3人ぐらいだろうと。
だが、生存者は生きていたのだ。それも、8人も。

「生存者は、革命派の部隊に匿われているようです。既に、マリアナ周辺で発見した墜落機のパイロットは、
最寄の海岸で収容する予定です。それから、残り4人に関しては、艦載機から小型無線機を投下しているので、
後に無線機で収容場所の打ち合わせを行う予定です。」

「よし。彼らはなんとしても救ってやれ。彼らを、無事、母艦に帰してやるのが、我々の義務だ。」

スプルーアンスは語調を強くし、そう言った。  












28  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/09(木)  23:28:13  [  yrNM.ueg  ]
10月7日  午前8時  カウェルサント
空は、昨日の晴天とは違い、どんよりと曇っている。
出発前には、せめて晴れの天気であったほうが、俺的には気持ちの良かったんだが。
まあ、天気に対して、あれこれ文句言っても始まらんか。

「マッキャンベル中佐、何笑っているんです?」

オイルエン大尉が聞いてきた。いつの間にか俺は笑っていたのか。

「いや、思い出し笑いさ。何でもないよ」

俺は適当にはぐらかす。

「それにしても、マッキャンベル中佐がいなくなると、寂しいものだな。」

野太い声が聞こえてきた。振り返ると、ガルファン将軍が歩いてきた。
右腕に包帯が巻かれていて、妙に痛々しく見える。
この傷は、先日の戦いで出来たものだ。ガルファン将軍も最前線で敵と切り結んでいたらしい。

「将軍閣下、私のために、わざわざ」

俺は直立不動の態勢で、彼に敬礼をする。将軍ははにかみながら、手を横に振った。

「よせ、堅苦しいだろう。それよりも、普通に行こうじゃないか。」
「わかりました」

と言って、俺は手を下ろした。  


30  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/09(木)  23:30:19  [  yrNM.ueg  ]
昨日は、継戦軍は一度も襲ってこなかった。
偵察隊の話では、敵の部隊はギルアルグに向けて撤退しているようだ。
それだけでなく、戦場処理が夜通し行われ、俺も頼み込んで参加した。
昨日の昼頃に、第4群から飛んできたヘルダイバーが小型無線機を投下してくれた。
ヘルダイバーの話では、俺の他にも、7人の生存者いたようだ。
それには、流石に驚いたが、同時に、俺と同じように、耐え抜いた奴がいるのだと思うと、どことなく勇気が沸いた。
夜の10時まで働いた後、ガルファン将軍が明日、帰還していく俺のために、壮行会を開いてくれた。
そこで俺は驚かされてしまった。
なぜなら、ルエスという動物が重い荷物を運んでいるところを見たのだ。
やや浅い緑の斑模様をした、小さめのドラゴンで、なかなか愛嬌のある奴だった。
その愛嬌のあるドラゴンが、あの物凄くマズイ卵焼きを生み出した犯人なのだ。
最初、どこぞのゲテモノか!と思っていたのが、むしろそれのほうが良かっただろう。
このどこかかわいげのある竜が、あの毒同然の卵を生み出していたのだから、俺は相当なショックを受けた。
俺は次々と出されてきたルエスの卵焼きを、のらりくらりとかわして、適度に革命派の連中と話し合った。
どれもこれも気のいい奴で、母艦の仲間達とはどこか違うが、それでも、異世界にもこのように、
笑ったり、泣いたり、表情豊かな奴がいるのだなと思った。
愛機を撃墜され、ここに落ち延びてきて1週間近くが立ったが、内心で、この1週間は短いようにも思えるし、長いようにも思えた。
昨日の1時に寝て、俺は1時間前の7時に起きた。
調子に乗って酒を飲みすぎたため、ひどい二日酔いになるのではないかと思ったが、それは杞憂だった。
しかし、

「ところでオイルエン大尉、顔色が悪いぞ?」

ガルファン将軍が、オイルエン大尉に語りかけた。
俺の右隣にいるオイルエン大尉は、笑顔を浮かべているが、どこか引きつっている。

「昨日、オイルエン大尉は他の者達と3時まで飲んでおりました。」  


31  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/09(木)  23:33:33  [  yrNM.ueg  ]
イメインがいつもと変わらぬ冷たい口調で言った。

「お、おい!」
「酒瓶を9ほど飲み終えたところで、地べたで寝ていました。
たまたま通りかかった私が、適当な場所にヌーメラー中尉と一緒に運びました」
「オイルエン大尉、君は酒に強いんじゃなかったのか?」
「ま、まあ・・・・・・・・そこは、ね。」

曖昧な事を言ってオイルエン大尉は言い逃れようとする。この間は、結構飲んでいたが、
二日酔いはしなかった。でも、今日はこの有様だ。
この世界の事だから、酔いを強引に抑える薬でもあったのだろう。
それを、オイルエンは飲み忘れたのだろうか。まあ、それはどうでもいい話だが。

「9本で酔いつぶれるとは、貴様もまだまだだな!せめて12、3本は飲めんといかんぞ!」
「い、いや、将軍のは飲みすぎですって。」
「のみすぎか。」

なぜか、ガルファン将軍は、ばつが悪そうな表情で頭をかく。

「気にしている事を言いやがって。」

それに皆が爆笑した。

「それはともかく。」

彼は笑いを抑えると、手を差し出してきた。  


32  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/09(木)  23:35:02  [  yrNM.ueg  ]
「わしらの事を忘れんでくれよ。」

将軍は俺に微笑みながらそう言った。俺も、彼の手を握った。

「これまでお世話になりました。自分の命があるのも、オイルエン大尉や、あなた方のお陰です。」
「そうか。そう言ってくれると、嬉しいよ。それに、君を見ていると、アメリカ人というのがどういうものか、
少し分かったような気がするな。」

そう言うと、将軍は手を握り返してきた。
節くれだち、ごつごつとした手だが、程よいほど暖かい。

「では、中佐、行きましょうか。」
「オイルエン、中佐の事、道中よろしく頼むぞ。」
「お任せ下さい。今回は3人と少なめですが、しっかりと中佐殿をお守りします。」

オイルエン大尉が行きましょう、と言って、俺を促した。

「将軍、それでは、自分は母艦に戻ります。」
「おう。船に戻っても、俺たちのことを忘れないでくれよ。」

そう言って、俺の肩をポンと叩く。
砦で作業をしていた生き残りの連中が、自分達を見ている。
俺は、その連中に手を振って、大声でさようならと言った。
砦を出た後は、砦の皆がそれぞれ、別れの言葉を口にしながら、自分を見送っていた。  


33  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/09(木)  23:36:40  [  yrNM.ueg  ]
10月9日  午前7時  メイルレインス
ここメイルレインスは、半島の根っこの東側にある小さな港町で、ここには継戦軍の支配は及んでいなかった。
昔は、ライルフィーグ王国で有数の港町だったが、今では人口が400人ほどの小さな村に成っている。
出発してから5時間後に、連絡役のヘルダイバーが飛んで来て、無線で集合場所を打ち合わせた。
その結果、ここライルフィーグに収容すると決まった。
残りの3人は、俺よりも遠くの地域で見つかっているため、ガレンスアロ軍港を砲撃した艦隊が、
帰途に指定した浜辺で収容したと言う。
一方、マリアナ周辺の墜落機のパイロットは、第1任務群が収容したと言っていた。
つまり、俺が最後の墜落機パイロット、と言うわけだ。
メイルレインスまで辿り着くには、途中までは森の中を進んだが、半分の行程進んだ所で、メイルレインスまで繋がっている街道を辿って来た。
着いたのが3時間前だったから、かなり疲れが残っている。
その俺を見て、イメインが、まだまだ序の口よ、と言ってきている。
この犬娘は最後まで、自分を冷やかさないと気が済まないらしい。
しかし、最初感じた刺々しい物言いではなく、少し親しみがこもった口調だった。
3時間ほど寝たあと、俺達は7時に起きた。
夜はまだ開け切っておらず、太陽が少ししか覗いていない。

「中佐、船は時間通りに来ますでしょうか?」

オイルエン大尉が言ってくるが、俺は自身ありげに、

「心配ない。ちゃんと来るよ。」

と言った。
その時、イメインとヌーメラー中尉が、海に顔を向けた。
感覚のいい彼らは、何かが来たのかをすぐに感じ取ったようだ。  


34  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/09(木)  23:38:17  [  yrNM.ueg  ]
「来たのか?」

俺は2人に聞いた。イメインはそのまま前を見たままだが、ヌーメラー中尉が俺を向いた。

「どうやら、来たようですね。始めて聞く音だ。」

そう言うと、再び海のほうを見る。
5分ほど経つと、暗かった港も、ようやく明るさを増してきた。沖合には、確かに船がいた。
何隻かの船が、水平線から近付きつつある。先頭の艦は形が小さいから駆逐艦だろうか。
その後ろには、大きな艦がいる。
あれは恐らくサウスダコタだろう。そして、その横には・・・

「エセックスだ・・・・・」

俺は思わず呟いた。そう、いつも見慣れ、そして過ごしてきた馴染み深い船。
CV−9エセックス。俺が飛行隊長を勤める空母でもあり、部下や仲間と過ごしてきた家だ。
エセックスの他にも、ラングレーとカウペンスの姿も見えてきた。
どうやらTF58.4任務群は総動員で、俺を迎えに来たようだ。

「これが・・・・あの大魔道院を崩壊に追い込んだ艦隊。」

誰かが感慨深げに呟いた。珍しい事に、それはイメインだった。

「第58任務部隊、第3任務群だ。俺の所属している艦隊さ。」
「元々、空母は3隻だけだったんですか?」

ヌーメラー中尉が聞いてくる。  


35  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/09(木)  23:40:02  [  yrNM.ueg  ]
「いや、4隻いたよ。」
「4隻ですか。ここからは、大きいのが1隻と、小さめのものが2隻しかいませんが。」
「あと1隻は沈められちまった。継戦軍の飛空挺に爆弾をしこたま浴びせられてな。
ランドルフには、俺の元部下も何人か乗っていたが。何人かは船と共に沈んだと聞いている。」

ヌーメラー中尉は言葉を失っていた。あのような船でも、沈むのかと言いたげだ。

「浮かんでいるものは必ず沈む。これが常識だよ、ヌーメラー先生。」

俺はさりげなく答えた。
やや間があって、彼は、

「確かに。それが、自然の摂理ですからね。」

と言った。
ここから沖合い2キロほどで、艦隊は止まった。
しばらくすると、内火艇らしきものがこちらに向かってきた。
エセックスから直々に向かっているようだ。

「もうすぐで、君らともお別れだな。」
「マッキャンベル中佐、ようやく帰れますね。自分の居場所に。」

オイルエン大尉が言ってきたが、

「まあ、確かにそうだろうが、俺は愛機を無くしちまっているからなあ。しばらくは空に上がれないかもしれん。本当は、空を飛ぶのが好きなんだが。」
「空・・・ですか。中佐は本当に、飛行機が好きなんですね。」
「当たり前さ。俺から飛行機を取ったら、ただの腑抜けになっちまう。」  


36  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/09(木)  23:41:36  [  yrNM.ueg  ]
「いっそ、腑抜けになればいいじゃない。かえってスッキリするかも」

何気に、イメインが突っ込んでくる。これまでとは打って変わって、おどけた口調だ。
俺は少し驚いたが、そこで皆が笑った。
内火艇が桟橋にやってきた。4、5人の将校、兵が甲板に立っていた。

「さて、ここでお別れだな。オイルエン、イメイン、ヌーメラー。今までありがとう。」

俺は、1人1人に挨拶を交わした。皆、力強く、握り返してきた。
俺は内火艇に向かった。
内火艇に乗り移ると、ボートはすぐに桟橋を離れ、舳先をエセックスに向けた。
3人は、それぞれ違いはあるものの、手を振って見送ってくれた。
俺はそれまで座っていたが、最後まで別れを告げようとしている彼らに答えるべく、立ち上がった。

「おおーい!元気でいろよぉー!」

俺はそう言いながら、手を振り続けた。
10分ほどでエセックスに着いた。艦に戻ると、部下のパイロットや乗員達が総出で出迎えてくれた。
5分ほど経つと、エセックスは汽笛を高々と吹かせながら、メイルレインスの沖合から出港を始めた。
しばらくして、俺は、エセックスの艦尾から、メイルレインスの港を見つめていた。
小さいながらも、3人の人影が見えている。
たぶん、あの3人だろう。
その3人の姿も、徐々に見えなくなっていった。

「あの3人には、世話になったな。いや、あの3人だけじゃない、あの砦にいた皆には本当に世話になった。」

翼を失った陸の海鷲の俺には、あの人達にはいくら礼を言っても足りない。  


37  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/09(木)  23:43:27  [  yrNM.ueg  ]
だが、彼らと接した日々は、俺は決して忘れる事はないだろう。
色々と考えているうちに、メイルレインスの港は、ぼんやりとしか見えなくなっていた。

「陸の海鷲か・・・・・一時的に翼を無くした俺は、ここ1週間、本当に
地を這いずり回っていたからな。陸を這いずり回った海軍のパイロット、略して陸の海鷲か。」

そう意味不明な事をひとりごちたが、地を這いずり回ったこの1週間で、俺はこの世界の優しさと、
厳しさを学んだような気がする。
とはいっても、かじった程度だが、それを、俺は忘れないだろう。

メイルレインスはもはや海に隠れて見えなくなっていた。
しかし、マッキャンベル中佐は、いつまでもエセックスの艦尾から離れようとはしなかった。
まるで、この世界から別れるのを惜しむかのように。


陸の海鷲




完  


38  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/11/09(木)  23:45:10  [  yrNM.ueg  ]
デイビット・マッキャンベル
1910年アラバマ州生まれ
1933年アナポリス海軍兵学校を卒業。
その後、1年ほど民間に戻るが、復帰して、1938年にペンサコラ飛行学校で教育課程を修了。
母艦航空隊に配属された。
空母ワスプに配属されたものの、1942年9月にワスプは被雷沈没。
その後、本国に戻り、1943年9月にVF−15戦闘機隊隊長として空母エセックスに着任する。
1945年の沖縄防空戦で撃墜されるまで(撃墜したのは、坂井三郎中尉と言われている)
実に37機の撃墜記録を持ち、米海軍のトップエースとなる。
撃墜機のうち、19機は異世界で稼いだと言われている。
撃墜記録は37機とあるが、何度か、部下にもスコアを譲っている。
そのため、実際の撃墜記録は40〜46機と推測されている。
終戦後も海軍に在籍し続け、キューバ危機には空母バンカーヒル、エセックスを中心とする
第57任務部隊の司令官として参加し、キューバの海上封鎖に従事。
退役後は何冊か本を出版し、その内の1冊に、異世界レポートという本があり、
後年、スプルーアンスが出版した異世界戦記と共に、多くの小説家が目に通している。
この2冊の本は、後の日本のライトノベル界に大きな影響を与えている。
1996年  6月30日没