594  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/06(木)  22:27:19  [  D4VsWfLE  ]
1098年  11月2日  午後8時
リリアは、数枚の紙を手に取ると、レイムに渡した。レイムは厳しい目つきで、一枚一枚目を通す。
「よし。」
彼女は納得したような表情で、小さく呟く。
「構成はこれでいいわ。リリア、次の式の書き出しに入って。」
「はい。」
リリアはそっけなく返事すると、羽ペンにインクをつけて、紙に構成式を書いていく。
レイムは、5人の仲間と共に、首都ロイレル近郊の家屋で、ある魔法の構成を行っている。
その魔法は、半年前にこの世界に呼び寄せたアメリカ軍を、元の世界に戻す帰還魔法である。
彼女達の寝床は、2階建ての木造建築物で、召喚時に使用したボロ屋と遜色ないほど古ぼけた建物である。
現在、チームは2つに分かれており、1チームはローグ・リンデル、ナスカ・ランドルフ、フレイヤ・アーバインの3人で、
彼らは儀式を行うときに必要な薬や魔法石を調達する。
もう1チームは、レイム・リーソン、マイント・ターナー、リリア・フレイドの3人で、
彼女達は魔法の重要な部分の構成式を日々組み上げている。
この作業は10月17日から始まっており、既に2週間が経過している。
当初は12月半ばまでかかる予定であったが、実際のところは11月の中旬辺りに術式が完成し、
25日までには帰還儀式を行う見込みである。
本来は、12月半ばでではなく、1月末にずれ込む可能性が高かった。しかし、第5艦隊司令長官のスプルーアンス大将は、
「元の世界でも、我々を待っている者たちがいる。この世界での戦争は終わった。
だが、自分達の世界の戦争はこれから激しくなるのだ。私は元の世界の戦争も早く終わらしたい。
そのためにも、君達には無理をかける。不本意ではあるが、どうか、帰還魔法の早期完成をお願いしたい。」
スプルーアンスは、術式の早期完成を強く望んでいるのだ。  


595  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/06(木)  22:29:38  [  D4VsWfLE  ]
そもそも、彼女達が強引にこの世界に連れ込んできたのだ。
そして、スプルーアンス率いる異世界軍は、最初は自分達に反発しながらも、期待以上に活躍し、
大陸から戦火を消すばかりか、世界を破滅の危機からも救った。
その彼らにはいくら礼を言っても足りない。
星の国から来た勇者達は、早く帰る事を望んでいる。
その彼らの願いをかなえるために、レイム達は睡眠時間を削ってでも、術式を完成させようと、日々奮闘している。
睡眠時間は最長で5時間、最初の頃などは3時間もなかった。
レイム達とは比較的楽な仕事を任されているローグらでも1日6時間以上は寝ていない。
メンバー達の疲労は段々重なりつつある。だが、それを承知で、メンバー達は自らの仕事を淡々とこなしつつあった。

「少し、休憩しよう。」
レイムは部屋に残っているリリアとマイントに声をかけた。
「あまり詰めすぎると、体を壊すわ。外の空気でも吸ってきたほうがいいよ。」
彼女はニコリと笑う。
「分かりました。それではレイム姉さん、あたし、夜の空でも眺めてきます。」
リリアは席から立ち上がると、やや浮かない表情で外に出て行った。
「ねえマイント。」
彼女はおもむろにマイントに声をかけた。
「なんですか、先輩?」
「最近、リリア元気ないけど、どうかしたの?」
マイントは少し困ったような表情を浮かべる。マイントは普段の仕事に没頭していたから、あまり他人の様子などは気にしていなかった。
しかし、心当たりがあるのか、マイントはあっと思い出した。
「そういえば、艦から降りた時から、少し元気が失せたような感がありますね。」
「艦というと・・・・レキシントンね。」
リリアは、6月の17日から、ヴァルレキュア側のオブザーバーという肩書きで、第58任務部隊旗艦の空母レキシントンに乗艦している。  


596  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/06(木)  22:30:53  [  D4VsWfLE  ]
そのレキシントンに、リリアは3ヶ月以上乗り込み、ミッチャー中将やバーク大佐などを補佐していた。
一方では、彼女は徐々にレキシントンの乗員達に馴染んでいき、下艦から1週間前には、乗員から半分本気、半分冗談で、
「あんたはこの艦の一員だから、降りないでほしいな」
と言われている。
「最近は見なくなったけど、帰還魔法を作り始めた時はやたらにため息が多かったような気がするわね。」
「どこか、ぬぐえない気持ちがあるんですかねえ。」
マイントはため息まじりにそう呟いた。
「あの子にとって、軍艦に乗った3ヶ月間は、とても大切なものだったのかもしれない。
でも、それがある日を境にいなくなる。本人は分かりきっていると思うけど、どこか
切り離せないものがあるのかもしれない。」

冬の冷たい風が、体を冷やす。
風は冷たいが、猛烈とでも、弱くでもなく、その昼間のような中途半端な風。
「はあ〜・・・・・」
リリアは小屋の後ろの小さな丘で、1人たたずんでいた。
脳裏には、今まで仲良く過ごしてきた「仲間達」の顔が浮かぶ。
彼らの着ている服は、数ヶ月前までは全く見たこともないようなものである。
「みんな、今頃どうしてるのかな。」
彼女は小さく呟く。まだあどけなさを残しているリリアの表情は、どことなく曇っていた。
3ヶ月

たった3ヶ月だけ。
誰もがそう思うだろう。でも、その3ヶ月間、レキシントンで体験した事は、驚きの連続だった。
仲間もできた。彼らはリリアに声をかけては面白話や、あるいは身になる話などを教えてくれた。  


597  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/06(木)  22:31:32  [  D4VsWfLE  ]
仕事の合間に、リリアは彼らと接する事によって、今までになかった自信をつけることが出来た。
そんな苦楽を共にした人達も、あと2週間と少しで消えるのだ。分かってはいるが、どことなく辛い。
「君は、この世界でやるべきことがある。連れて行って欲しいと言う気持ちは分かるが、
君の人生はヴァルレキュアの為に尽くすべきだ。」
誰かが言った言葉が、今でも心に深く刻まれている。
「リリア」
後ろから聞きなれた声がする。
「あっ・・・・・レイム姉さん。」
「どうしたの?なんか浮かない顔してるけど。」
レイムは微笑みながら、リリアの隣に寄ってきた。
「悩み事があるなら、相談に乗るよ?」
そう言って、彼女はリリアの右隣に座った。
「寒くなったね。気象観測所からは、1週間後には雪が降るって言われてるわ。」
「雪ですか・・・・・小さい頃は、雪が降っても外ではしゃぎまわってましたね。」
「はしゃぎすぎて、カゼとか起こした事ない?」
「そりゃあ、もう、毎年ありましたね。」
リリアがそう言うと、2人は声を上げて笑った。
「あたしもよ。」
レイムは笑いながらそう言う。少し乱れた長髪を整えて、レイムは言葉を続ける。
「レキシントンで過ごした時はどうだった?」
「良かったですよ。」
リリアはきっぱりと言う。  


598  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/06(木)  22:33:22  [  D4VsWfLE  ]
「オブザーバーの仕事はきつかったけど、なんとかこなせましたし、
それに船の乗員のみんなも、あたしに良くしてくれました。」
「よくしてくれた・・・・ね。まさか肉体」
「そんな事は一度も無かったですよ。残念でした。」
イタズラっぽい笑みを浮かべながら、リリアは言う。
「そう、ならいいわ。でも今ので注意する点がひとつ。」
突然、レイムはリリアの左頬をつねる。
「人の話は途中で遮らない。次からは気をつけて?」
「い!いたいいたい!」
「聞いてる?」
少し怖い笑みを浮かべながら、レイムは質問する。
「ええ、わ、分かりました。」
そう言ったのを確認すると、レイムは指を離す。
(遮るなって言われても、あんな話をするなら誰でも遮るわよ)
内心で、リリアは不満に思うが、それは口に出さなかった。
「それはいいとして。そういえば、あなたの誕生日は8月だったわね?」
「8月の27日です。」
リリアは急に笑顔になる。なにかいいことがあったのだろう。
「27日の前日に、知り合いになった乗員の人に誕生日はいつか?と聞かれたんです。
最初はそっけなく答えたんですけど、27日の夕方に、船の休憩室に入ってくるなり、いきなり乗員の人達が
口々にハッピーバースデー!とか言って自分の誕生日を祝ってくれたんです。なんでも、
アメリカでは誕生日を祝うイベントがあって、それを周囲の仲間達と共に祝うのが伝統らしいんです。」
ヴァルレキュアには、誕生日を祝う習慣が無い。ただ、自分が年を重ねた事を知るのみである。  


599  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/06(木)  22:34:28  [  D4VsWfLE  ]
であるから、最初リリアは分からなかったが、バウンズ兵曹長からこの話を聞かされると、
リリアはなぜ知り合いの乗員がいっぱい集まっているのかが分かった。
その日のリリアの誕生日には、100人のレキシントン乗員が集まり、彼らは艦の中で唯一の魔法使い
の誕生日を心から祝った。
ちなみに、そのイベントで出されたアイスクリームを、リリアは調子に乗って食べまくったが、
その翌日は、ずっと腹痛に悩まされた。
それから、リリアは、レイムにレキシントンで体験した出来事を全て話した。

「なるほどねぇ。乗った甲斐はあったわね。」
「ええ。」
思い出話に花を咲かせた2人だったが、リリアはまたもや、浮かない顔に戻りつつあった。
「リリア、あなたが体験した事はとても素晴らしいことだと思う。でもね、」
レイムは、柔らかな口調を維持しつつも、表情を固くした。
「彼らはもう帰らないといけないの。分かれるのは確かに辛いと思うわ。
でも、人間で会いもあれば、必ず別れもあるもの。」
「必ず・・・・別れはある、ですか。」
「そう。だから、今はあの艦の事は忘れるのよ。はっきり言って、
今のあなたはレキシントンのことばかり頭が行って、仕事が少し身に入っていないわ。
そんな事に惑わされるなら、魔道師は務まらない。」
「・・・・・・・・・・・・」
リリアは押し黙った。
脳裏に、レキシントン最後の日が甦った。  


600  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/06(木)  22:35:44  [  D4VsWfLE  ]
「リリア君、行くのだな?」
しわくちゃ顔のミッチャー中将が言ってきた。
「はい。」  
彼女は意を決したような、固い表情で口調を強めて言う。
午前10時。リリアはレキシントンから下艦するときがやって来た。
彼女は2日前まで、一緒に異世界に行きたいと公言していたが、バーク大佐に説得されて
この世界に留まる事を決断した。
「この3ヶ月間、本当にお世話になりました。
ここで習った事を、本来の仕事でも生かせられるように頑張ります。」
「帰還魔法の事は、よろしく頼むぞ。」
バーク大佐はそう言いながら、握手を求めてきた。リリアはそれを握り返す。
とても暖かい手である。それでいて、握る力は強かった。
「レキシントンのアイドルが去るのは少し寂しいが、まあ仕方ない。でも楽しかったぞ。」
赤ら顔のリッチ大佐も握手を求めてくる。それに、リリアも気の利いた冗談を言いつつ、握手を返した。
それぞれの別れの言葉を胸に、彼女は艦橋の幕僚や職員に別れの言葉を言った。
レキシントンの乗員は、それぞれの仕事についていたため、リリアに会うことは無かった。
主に知り合いだったバウンズ兵曹長などの少数が、手短に別れを告げたのみである。
下艦するまでの間、乗員はリリアを見ると、親しくさようならなどの別れの言葉を言ってきた。
内火艇に乗り移る前には、それまで少なかった出迎えは多くなり、誰もが彼女の今後の無事を祈っていた。
「リリアちゃん!絶対に俺たちの事を忘れるなよ!」
「愛してるぜー!」
「あの世界に帰っても、俺たちは君の事はずっと忘れんぞ!」
「アイスの味もずっと覚えていてくれよー!」
気がつく頃には、乗員のほとんどが、若き魔道師の下艦を見送っていた。
彼らの声援は、内火艇が港の影に消え去るまで続いていた。
リリアはこの時まで、絶対に泣かぬと決めていたが、涙は勝手にこぼれてきた。
しばらくは、その涙は止め処もなくあふれ続けていた。  


601  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/06(木)  22:37:04  [  D4VsWfLE  ]
「務まらないですか・・・・・」
「ええ。」
レイムはきっぱりと言う。
「いかなる場面においても、魔道師は冷静たるべき。そう習ったでしょう。」
彼女は、そっとリリアの左肩に手を置く。
「でも、あの3ヶ月間は無駄ではなかったと、私は思う。そして、あなたもそう思っているはず。
レキシントンの乗員達が、今のあんたの姿を見たらどう思う?きっと悲しくなるに違いないわ。
あの人達が望むのは、あなたが元気でいること。」
「・・・・・そう・・・・ですね。」
「そうよ。何も完全に忘れろとは言わないけれども、今は仕事に集中するべきよ。
あなたはそれが出来ていない。リリア、しばらくはあの事を忘れなさい。」
しばらくの沈黙の後、リリアは顔をうつむかせる。
泣いているのだろうか、頬の下に光るものが流れていった。
しかし、彼女はそれをぬぐうと、けろりとした表情でレイムに向き直った。
「分かりました。しばらくは、忘れる事にします。」
そう言うと、彼女はいきなり立ち上がって小屋に戻っていく。
「リリア!まだ休み時間中よ。」
「なんだか、急に仕事をやりたくなりました。それに、これからちょっと
難しい構成式を組まないといけないので、早く済ましたいんです。
まあ、要するに、めんどくさいものはさっさとやるって奴かな。それじゃ!」
リリアは早口でまくしたてると、さっさと小屋の中に入ってしまった。
「めんどくさいものはさっさとやる・・・・・」
今までのリリアからは、こんな言葉は全く聞かれなかった。
「あの子も変わったわね。」
そう呟き、レイムは苦笑した。  


602  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/06(木)  22:38:40  [  D4VsWfLE  ]
11月13日  ウルシー  午前11時
戦艦ノースカロライナの作戦室では、第5艦隊の幕僚達が、額を寄せ合って話をしていた。
「最終的に被った損害は、空母2隻、軽巡2隻、駆逐艦8隻、給油艦1沈没。
大破が空母1、戦艦1、重巡2隻、軽巡2隻、駆逐艦4隻、航空機は400機喪失。
人員の損害は、陸軍が戦死1018人、海兵隊が1829人、海軍が2943人。
負傷者は全体で19789人となっております。」
デイビス参謀長の声を聞いたスプルーアンスは、つかの間瞑目する。
「キング作戦部長に詰られるのは確実だな。」
彼は自嘲めいた口調で言う。
「いや、開口一番でクビを宣告されるかもしれん。まあ、私としては、一方的にクビにされるつもりはないがね。」
「もし、長官が海軍を追い出されそうになれば、私も辞表を出します。」
デイビスはスプルーアンスの側に歩み寄った。
「確かに現世界の戦局にはなんら関与していません。ですが、長官の判断能力はとても冴えていました。
その事が海軍上層部にも知られれば、長官に賛同するものもいるはずです。」
「そうです!」
アームストロング中佐も当然だとばかりに口を開く。
「むしろ、長官の功績は素晴らしいものだと思います。」
「いかに素晴らしかろうが、突然消えて、戦線を少なからず混乱させた事は事実だ。」
スプルーアンスは頭に血の上り始めた幕僚達を抑えた。
「責任は全て私にある。諸君らの事は、現世界に帰還してなんら処罰を与えぬように伝える。
それよりも、今は会議中だ。私の擁護はよい。」
彼の冷ややかな口調は、会議室のトーンを一気に下げた。
「それに、海軍を辞めさせられても、生活までは取り上げられないだろう。
それよりも、今は現世界に帰還した際の対応を協議しよう。」
「確かにそうです。」  


603  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/06(木)  22:41:05  [  D4VsWfLE  ]
マコーミック少佐も頷く。
「長官擁護は今は無しにして、帰還後の行動を話すべきでしょう。」
「その通りだな。さて、被害統計は大雑把にこの通りであるが、次に問題なのは補給だ。兵站参謀。」
「はっ。」
バートン・ビッグス大佐が反応し、スプルーアンスに顔を向ける。
「弾薬はどれぐらい残っている?」
「地上軍のほうは、サイフェルバン侵攻作戦、その1月後の防衛戦で、備蓄弾薬の57%を消耗しております。
現地点では上陸部隊に弾薬の不足が出始めています。陸軍航空隊のほうは、爆弾や機銃弾の備蓄は5割を切っております。」
「相当減っているな。やはり防衛戦時の大放出が原因なのかな?」
「恐らくそうでしょう。あの防衛戦の時には、侵攻作戦の時に使用した弾薬の量を1日でほぼ使い切っています。」
「海軍はどうだね?」
スプルーアンスは海軍のほうに話を移させた。
「海軍のほうは、機動部隊用の爆弾は3会戦分、魚雷は5回戦分残っております。
護衛空母部隊は爆弾、魚雷共に4会戦分、補充の艦載機はF6Fが24機、SB2Cが45機、
TBFが21機残っております。この艦載機は本日、護衛空母に載せられてマーシャル諸島に持ち込まれる予定です。」
「魚雷の数が多いな。」
デイビス少将が訝しげな口調で言う。
「魚雷の数が多いのは、この異世界で使う機会がほとんどなかったためです。
本来、魚雷は精密機械であり、保有数も爆弾と比べて少ない数でありました。
ですが、この異世界の海空戦では爆弾が主に使用されたため、最終的に魚雷が爆弾の保有数を上回る結果となっています。」
「ふむ・・・・・・もし、帰還後すぐに日本軍の基地に攻勢をかけるとしたら、実行できそうかね?」
「できます。爆弾、魚雷の保有量は少ないではありますが、それでも、各空母、といっても高速機動部隊ですが、
それぞれの弾薬庫をあと3、4回は満杯にできる量が残っております。
当然、日本海軍の機動部隊とも4つに組んで対決できます。」  


604  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/06(木)  22:43:33  [  D4VsWfLE  ]
「そうか。要するに、全体的に備蓄量は下がっているが、それでも敵と戦える分は残っていると言うわけだな?」
「そうであります。」
ビッグス大佐は自身ありげに頷く。
「武器は揃っているとして、乗員はどうだね?」
「乗員は、ここ最近戦闘がないため、充分に休養が取れているようです。
2日前までは半舷上陸も行われていましたから、士気に関しては問題はありません。」
「残留者は出ていないかね?」
「今現在は確認されておりません。」
アームストロング中佐が言う。
「残留者がいるか居ないかは、出港直前になっても確かめろ。帰還する際の一番の問題は
残留者がでるか出ないかだ。出ない事に越した事はないが、わが軍は14万を越す部隊だ。
必ず残留しようと思っているものがいるかもしれない。苦労をかけることになるが、
その点については皆に一層努力してもらう。次は損傷艦艇だが。」
「損傷艦艇で、パールハーバーのドッグに入港予定の艦は次の通りです。」
フォレステル大佐が紙を持って説明を始める。
「まず、正規空母についてはエンタープライズとヨークタウンが入港の要ありと判断されています。
エンタープライズは缶室が1つ、浸水で使用不能になっており、交換が必要です。
今は応急修理で26ノットは出ますが、浮きドッグの能力では、現在資材不足で出来ないとのことです。
それからヨークタウンは、ブリュンス岬沖海戦時に敵機が舷側エレベーターに突入してこれを破壊しています。
その際、エレベーターの制動装置が完全に破損しており、制動装置も交換が必要とのことです。」
「ヨークタウンもか。」
スプルーアンスはぶすりと呟く。
「あと、軽空母カウペンスが、1週間前に機関故障を起こしており、現在23ノットまでしか速力が出ません。
調べによると、故障はやや酷いようで、浮きドッグの修理能力では満足に直す事は不可能であり、
これもパールハーバー、もしくは本国のサンディエゴに持っていくしかないそうです。  


605  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/06(木)  22:45:49  [  D4VsWfLE  ]
次に戦艦ですが、まずアイオワが左舷側に損傷を負っており、資材不足のため修理は7割程度
しか終わっていません。それからアラバマが、第1砲塔の旋回版が歪んでいるため、これもパールハーバー、
もしくはサンディエゴで本格修理が必要とのことです。」
この他にも、重巡洋艦はウィチタとサンフランシスコ、軽巡はブルックリン、駆逐艦はベル、アンソニー、
コンウェイがパールハーバー、もしくはサンディエゴなどの本国のドッグで本格修理が必要と、フォレステル大佐は説明した。
「現在、わが第5艦隊の主力だけで、使用可能艦船は戦艦5隻、空母11隻、無理をすれば12隻。
重巡が6隻、軽巡10隻、駆逐艦が54隻か。主力だけでも、随分と減ったものだな。」

当初、相手が航空機や高性能の軍艦を持っていると聞いて、
「張り合いがあるな」
と感心したスプルーアンスではあったが、今の心境では、バーマントが中世のような装備であれば、と思っている。
張り合いのある敵がいるという事は、すなわち、味方の戦力が減る可能性も高いと言う事である。
それを、スプルーアンスは改めて思い知らされたような気がした。
「第58任務部隊は合計で843機が使用可能であり、補充を行えば定数一杯の870機に達します。」
「戦力は減ったと言えど、いずれは大兵力を有しているのだな。」
スプルーアンスは、微かに顔をほころばせた。この戦力ならば、すぐに出撃を命ぜられても戦場に急行できる。彼はそう確信した。
「次に、マーシャル諸島に帰港する際であるが、停泊地は出撃前と同じとする。
第58任務部隊、52任務部隊の一部はメジュロ環礁。第51、52任務部隊はクェゼリン環礁、
第53、54任務部隊はビキニ環礁に停泊する。マーシャルに残留している部隊からは異常はないか?」  


606  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/06(木)  22:46:33  [  D4VsWfLE  ]
「マーシャル駐留部隊からは、全て異常なし、受け入れ準備は万端なりとの報告が入っています。」
マーシャル諸島には、既に陸軍航空隊の第689航空隊が、クェゼリン環礁の飛行場に着陸している。
レイム達からは、17日には術式は完成すると言われている。
第58任務部隊は、損傷艦や輸送船団を見送った後に、19日の午前7時、最後の撤収艦隊として、
ウルシーとシュングリルから出港する。
マーシャル入港は22日の早朝を予定している。
そして、その3日か4日後に、帰還魔法の儀式が行われる。
「大体の準備は整ったな。あとの問題は、ウルシーの航空隊の撤収や、施設の撤去作業だな。」
彼は、机に出された書類に目を通しながら、そう言い放つ。
「この世界にいられるのもあと僅かだが、最後まで仕事はしっかりやらねばな。」
スプルーアンスは、一口コーヒーをすすり、新たに口を開く。
「ちなみに、撤去作業はどれぐらいで終わるかね?」
「早めに見積もっても17日早朝まではかかる見通しです。」
「とりあえず、作業に当たる兵員には無理はするなと伝えておけ。ここで怪我したら損だからな。」
その後も、撤収作戦の内容の煮詰めや、今後の予定の話などが続いた。  


619  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:20:52  [  D4VsWfLE  ]
1098年  11月19日  ウルシー  午前7時
ウルシーは、雪に覆われていた。
数ヶ月前には適度な暑さと、心地よい青空を見せていた空模様も、今では灰色に染まっており、雪がしとしとと、降っていた。
そんな中で、各艦の儀仗隊は、艦尾に集まっていつもの儀式を行っている。
アメリカ合衆国の国歌が流れると、するすると旗が上がっていく。
やがて、軍楽隊は国歌演奏を終え、朝の儀式は滞りなく終了を告げられた。
大陸最後の朝は、いつもどおりに迎えられた。
第5艦隊旗艦の戦艦ノースカロライナ艦上では、厚手の服に身を包んだスプルーアンスが艦橋の張り出し通路に出て、ウルシーの様子を見ている。
「雪か・・・・・・・」
スプルーアンスは感慨深げな表情でそう呟く。
「長官、出港まであと1時間を切りました。」
デイビス参謀長が事務的な口調で伝えてきた。それに彼は小さく頷く。
「マーシャルは暖かいかね?」
「ここと比べると、暖かいようですが、それでも気温は24度しかないようです。
マーシャル諸島は普段、28〜30度以上の気温なのですが」
「まあ、それはいいとして」
彼は港や、港湾を見渡せる断崖に視線を移す。そこには、大勢の人間が集っており、寒さに震えつつも、
この世界から消え行くであろう、異世界の艦隊を見送ろうとしている。
「本当ならば、ひっそりと行きたかったのだが、そうはいかぬものだな。」
スプルーアンスは苦笑しながらそう言った。
第5艦隊の撤収作業は順調に進んだ。14日には第51、52任務部隊の輸送船団、護衛空母部隊が、
一部を港に残してマーシャル諸島に出港していった。
15日には海兵隊航空隊と、陸軍第774航空隊がウルシーを離陸している。
途中、3機のP−47がエンジン不調をきたして、ウルシーに戻ったが、この3機のP−47は、後発部隊に残された護衛空母ホガット・ベイに載せられた。
16日には、シュングリルで、第5艦隊の首脳を招待した壮行会が開かれた。
壮行会にはヴァルレキュア王国の王であるバイアン王も出席し、トラビレス協会の所有する邸宅で行われ、
第5艦隊がこの世界で尽くしてくれたことに対する感謝が述べられ、今後の無事を祈って乾杯が行われた。
17日は最後の駐留部隊であった、陸軍第690航空隊が飛行場から離陸し、大陸の大地から去っていった。  


620  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:21:48  [  D4VsWfLE  ]
18日は、陸上施設の解体作業を終えた兵員や資材を載せた輸送船を交えた後発部隊が出港し、マーシャルに向かいつつある。
そして今日、雪が降りしきる中で、第58任務部隊は出港のときを迎えた。
1時間はあっという間に過ぎた。
各艦艇から、海底に下ろされていた錨が巻き上げられる。
錨はやがて、錨鎖庫に収められ、錨収納に当たっていた分隊が、元の持ち場に戻っていく。
「乗員甲板に整列」!
艦長が艦内放送で伝える。それを待ってましたとばかりに、甲板上にわらわらと、正装に身を包んだ水兵や将校が姿を現す。
ノースカロライナの左右の甲板には、乗員が整然と立ち並び、誇らしげに胸を張って、
もはや2度と来ぬであろう異世界の大地と、その住人達に向けて、登舷礼を送る。
ラッパ手が、勇壮な音楽を喨々と吹き上げる。合衆国海軍軍人なら、誰もが聞きなれた、錨を上げて、である。
ウルシーには、第58任務部隊の第3、第4任務郡が停泊しており、いずれもが艦首を港外に向けている。
先頭の駆逐艦コグスウェルが動き出した。
「コグスウェル出港しました!」
それを機に、機動部隊の各艦艇は次々と動き出す。自然に、港と、港湾見渡せる左舷側の断崖から声が上がる。
見物人の数は、万は下らないであろう。それらの声は、ウルシー泊地に大きく木霊する。
「出港!前進微速!」
「前進微速、アイアイサー!」
サイモン大佐が鋭い声音で命令を発し、命令を受け取った機関課員達は、素早くその行動に移る。
ノースカロライナの内部に納められている蒸気タービンエンジンが、徐々に唸りを上げる。
やがて、艦は前進を開始した。ゆっくりと、しかし確実に港外に向かっていく。
後方の大陸の大地は、次第に小さくなっていく。
「レキシントン、出港!続いてプリンストン出港!」  


621  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:22:54  [  D4VsWfLE  ]
見張りの声が艦橋に聞こえてくる。
機関音が唸りをあげ、艦首が海面を切り裂く音が聞こえる中、異世界側の住人達の声もそれらに混じって耳に届いてくる。
ノースカロライナは、断崖となっている岬の横をすり抜けると、速度を12ノットに上げた。
ゆっくりと遠ざかっていった大地の姿が、今までよりも早く消えていく。
スプルーアンスは、その消え行く異世界の大地を見ながら、今までに起こった事を思い出していた。
最初、機動部隊の艦載機がこの大陸を見つけた時には、スプルーアンスはここが未開の地で、野蛮な人間しか住んでいないだろうと思った。
しかし、それは間違いであり、大地にはしっかりと人間がおり、国を形成し、それぞれが自分の人生を歩んでいた。
戦争と言う異常事態であったものの、彼らはとても表情豊かで、接していてとても心地がよかった。
それに、人間以外のエルフや獣人などといった亜人種にも初めて遭遇したが、違和感をその彼らも、中身はいいものばかりであった。
様々な体験が頭をよぎる。
(ファンタジー小説のような世界で過ごしてきた我々を、人は狂人と呼ぶか、
はたまた別の事を思うか・・・・・だが、実際に我々は見、そして体験してきた。
これは、現実に起こったことなのだ。)
決して、妄想や夢物語ではない。彼はそう思った。
彼が思考する間にも、大陸の大地は、徐々に水平線の向こう側に消えつつある。
「視界が少々悪いようですな。」
デイビス参謀長が、寒さに肩を震わせながら言う。
海上は、やや霧がかかっているため、視界はいいとは言えない。
「そのようだな。ここで衝突事故でも起こされたら事だ。定期的に各艦の位置を無線で知らせるように命じろ。
それから対潜警戒を厳にせよ。野生の海竜が襲撃してくるとも限らぬ。」
スプルーアンスは矢継ぎ早に命令を下した。
参謀長が命令を伝達しに、艦橋内部に戻っていく。スプルーアンスは再び大陸のほうに視線を向ける。
大地は、既にうっすらとしか見えていない。あと1分以内には視界から消え去るであろう。
「さらばだ・・・・・異界の地よ」
彼は、小さな声でぽつりと呟いた。
やがて、視界から大陸は消えていった。  


622  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:23:56  [  D4VsWfLE  ]
11月23日  マーシャル諸島  メジュロ環礁
第58任務部隊は、その後、22ノットのスピードでひたすら南東を目指した。
22日の早朝には、マーシャル諸島付近に到達し、午後にはメジュロ環礁に入泊、久方ぶりの南洋の根拠地に戻ってきた。
艦隊の将兵は、久しぶりのメジュロ環礁の姿に懐かしい思いを抱いた。
「メジュロは相変わらず、南洋独特ののんびりした空気が流れているな。」
夏用のカーキ色の軍服に着替えたスプルーアンス大将も、どことなく懐かしく感じている。
思えば、5月始めまでは、ここでマリアナ侵攻作戦を練っていた。
それから半年余り。今、現世界の行方はどうなっているのだろうか。
その答えは、もうすぐ分かる。
第58任務部隊は、メジュロに入泊すると、レイムらにわたされた通信魔法の小さな水晶を潰した。
これは、使い捨ての長距離通信用の水晶であり、通信魔法の信号が中に収められている。
これを潰すと、光が元の持ち主の方向に飛んで行き、その主の魔道師に信号が送られるのである。
後続半径は2000キロで、メジュロからシュングリルまでは充分に届く。
通信魔法の受取人は、レイムらではなく、別の魔道師であるが、その者が通信魔法を受け取り次第、すぐに転送する手筈になっている。
今頃、レイム達は最終準備に取り掛かっていることであろう。
「ようやく、この世界ともお別れと言うわけか。」
短くも、長くも感じられ半年間。そして、これまで以上に死力を尽くした半年間。
幻想のような世界でも、第5艦隊は数々の戦闘で充分に鍛えられ、犠牲は出たものの、各部隊とも錬度は上がっている。
特に機動部隊に対しては、最精鋭艦隊と言っても過言ではないぐらいに技量が上がっている。
恐らく、現世界に戻っても、これまで以上に厳しい試練が待ち受けているはずだ。
だが、彼らならどんな危機的状況に陥っても、必ず挽回してくれる。
スプルーアンスには不思議と、そんな思いがしていた。
23日の早朝は、どこかのんびりとした雰囲気で幕を開けた。艦隊の将兵は、停泊時の課業を黙々とこなしている。
スプルーアンス自身も、7時に起きて幕僚達と一通り話し合いをした後、長官室にこもって読書をするという一日を送っている。
それでも、時間が過ぎるたびに、元の世界へ帰れると言う思いは、次第に強くなっていった。  


623  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:25:29  [  D4VsWfLE  ]
午後2時、スプルーアンスはノースカロライナの甲板上をウォーキングしていた。
歩き始めてから20分が経ち、体は汗で濡れている。
黙々と歩く中、彼は視線を停泊する艦艇群に向けている。
艦隊の規模は、出港時と比べてやや減っている。ノースカロライナの所属する第3群では、4隻あったはずの空母は、3隻しか浮いていない。
1箇所、依然サンジャシントが占有していた場所は、軽巡が埋めている。
傍目から見れば、空母が1隻欠けているだけだ。戦局にはあまり影響はない。
だが、その光景はどことなく、寒々とした感がある。本来ならば、4隻がぴっしりと並んでいるはずなのだ。
それが3隻。
それが、戦争と言うものの現実を表している。
そして、このような光景はこれからも見受けられる可能性は、充分にある。
「生か死か・・・・・・それを決める事は、運次第という事だな。」
彼は、怜悧な口調でそう呟く。
そんな思いを振り払って、彼は再び口を閉ざしたまま、ウォーキングを続けた。
そして10分ほど経ったとき、不意に視線を北に向ける。
スプルーアンスは、思わず微笑んだ。
「帰るときは逆からか・・・・・律儀なものだな。」
北の洋上には、召喚前に見られたような、大きな入道雲があった。

6月24日  午前0時  ロイレル
魔法陣を取り囲み、6人の魔道師が呪文を詠唱し始めた。
魔法陣は次第に7つの光を交互に輝かせる。
呪文の最初の詠唱を終えると、レイムは顔を上げた。
「みんな、心の準備はいい?」
「「はい!」」
残りの5人から、元気のいい返事が飛び出す。今回の儀式も、前回と劣らず厳しいものになるはず。
でも、前回のような悲壮さはメンバーからは感じられない。
むしろ、早く儀式をやらせてくれと、言っているようにも見える。  


624  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:26:44  [  D4VsWfLE  ]
「本当に大丈夫なのだな?」
側で召喚儀式を見守るフランクス将軍が心配そうに声をかける。
「前回のような事があれば、大事になるぞ。」
「その点は心配ないでしょう。」
側にいた副官らしき士官、ジェネッサ・ロックウェルがたしなめる。
左目のあたりに傷跡があり、その左目は閉じられ、右目だけが開かれている。
「彼女らは優秀な魔道師です。それに、倒れられた3人も、あの後特訓を重ねています。
それに、以前の召喚で足りなかった魔法石などの資材も、今回はふんだんに使われています。
ですから、ここは彼女達に任せましょう」
彼女はニコリと笑う。
むしろ、早く儀式をやらせてくれと、言っているようにも見える。
「本当に大丈夫なのだな?」
側で召喚儀式を見守るフランクス将軍が心配そうに声をかける。
「前回のような事があれば、大事になるぞ。」
「その点は心配ないでしょう。」
側にいた副官らしき士官、ジェネッサ・ロックウェルがたしなめる。
左目のあたりに傷跡があり、その左目は閉じられ、右目だけが開かれている。
「彼女らは優秀な魔道師です。それに、倒れられた3人も、あの後特訓を重ねています。
それに、以前の召喚で足りなかった魔法石などの資材も、今回はふんだんに使われています。
ですから、ここは彼女達に任せましょう」
彼女はニコリと笑う。
「君がそう言うのなら、大丈夫だな。」
彼女を信頼しているフランクス将軍は、納得して頷く。
「それでは、これより本文詠唱に入ります。」
そう言うと、6人全員が両手を絡めて祈る。そして、口々に小さな声で話し始める。  


625  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:27:40  [  D4VsWfLE  ]
元々体力の少ない3人の魔道師、ローグとフレイヤ、ナスカはレイムと同様に疲労感の濃い表情を浮かべている。
しかし、その場に倒れると言う事はない。しっかり足を踏ん張って耐え切っている。
(あんたたち、見事よ)
彼女は粘る3人の精神に感服した。
建物の振動が、次第に大きくなってきた。魔法陣から発せられる光は、一層その明るさを増していく。
儀式の終了が近づいている証拠である。
最後の気力を振り絞り、呪文詠唱を続ける。自然に、詠唱する声も大きくなってくる。
床から猛烈な突風が吹き上げられ、体が浮いてしまわないかと思う。
6人は、儀式魔法の様々な障害をなんとか乗り越えているが、これが長時間続けば、確実に何人かは脱落するであろう。
楽であったのは帰還魔法を構成するときだけであり、儀式自体は、前回の召喚魔法発動時に体験した苦痛より全く変わらない。
いや、その苦痛はどこか増したかのようにも思える。
だが、成功させるには、ただただ耐え切って、呪文を詠唱するしかない。
床に書かれた魔法陣が、すうっと浮かび上がった、と感じたときには真っ白な光が一面に広がった。
形容しがたい轟音と、猛烈な振動、突風が吹き荒れ、ともすれば自分も吹き上げられそうになる。
だが、レイムはこの時、儀式が成功した事を確信していた。
この感覚こそ、前回体験した、召喚成功の感覚と同じものであるから。

明滅する光は、その間隔を徐々に狭めていく。
呪文を詠唱する6人が、オーラを漂わせ始める。小屋の中がカタカタと揺れ始めた。
外は嵐が吹き荒れており、ともすれば突風でこのボロ小屋を吹っ飛ばすのでは、と思う強風が時々吹き付ける。
しかし、その風雨の音が、次第に耳に聞こえなくなってくる。
本文の詠唱は、淡々としたような口調で告げられる。
時間は過ぎていき、10分、20分・・・・・・そして気がつく頃には2時間が経過した。
6人は玉のような汗を顔に浮かべ、見に纏っている黒いローブは汗で体に貼り付いている。
(気持ち悪い・・・・)
レイムは呪文を詠唱するその一方で、そんな事を思った。
体力は一寸刻みに削られつつあり、意識の大半が疲労感に覆われている。
だが、それも間もなく終わる。  


626  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:28:23  [  D4VsWfLE  ]
彼らは知らなかったが、外から見た小屋は、一瞬全体が青白く光った、と見るや、何かが天高く飛んでいった。
それはあっという間に駆け上がり、息つく間もなく辺りは元の辺ぴな光景に戻った。

体全体が、鉛のように重く、息が長く続かない。死亡寸前にする息はこういうものなのだろう。
ローグ・リンデル魔道師は、床に腰を下ろし、胸を押さえて息つきながらそう思った。
見学していたフランクス将軍と、副官以外は全員が疲労の濃い顔を浮かべている。
フランクス将軍と副官は、慌てて持っていた水筒の水を全員に飲ませた。
ふと、肩に誰かが手を置いた。リリアである。
「ローグ、今回は倒れなかったね」
土気色の顔をしたリリアが、無理に笑顔を作ってローグに語りかけた。
「あ、あたりまえさ。俺たちは特訓を重ねたんだからな。」
そういった直後に、ローグは激しく咳き込んだ。
やや息を整えてから、ローグは視線を辺りに巡らす。どれもこれも、死人のような顔を浮かべている。
しかし、ここでは前回とは違う光景が見られている。
そう、それは、全員がしっかりとした意識を保っている事だった。
ローグは前回の召喚儀式の終了直後、いきなり倒れて、気が付いたときには異世界軍の病院船の世話になっていた。
後々、話を聞いてみると、ローグやフレイヤ、ナスカはいずれも死の一歩手前まで追い込まれたと言う。
そして、この帰還儀式を始める前にも、彼は幾分恐怖感があった。
前回と同じように、突然倒れるのではないか?それ以前に、命を落としてしまうのではないか?
しかし、ローグは無理やり恐怖感を押さえ込んで儀式に加わった。そして、全員が無事に意識を保っている。
「勝利・・・・・・だな。」
「えっ?」
彼は小さく呟いたが、リリアが聞きそびれてローグに視線を向ける。
「リリア・・・・俺たちは勝ったんだな。儀式と、自分に。」
「・・・・・・・・そうみたいだね。」
意味を理解したリリアは、顔に笑みを浮かべる。ふと、視線をレイムに向ける。
彼女の表情も、疲労の色が濃い。だが、その表情には、どこか満足したような感もあった。  


627  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:29:33  [  D4VsWfLE  ]
1944年11月24日  午前2時40分  マーシャル諸島メジュロ環礁
「ハァイ、アメリカの兵隊さん。元気してるかな?今、サイパンはあなた達に取られそう
になっているけど、あなた達もいっぱい兵隊さんの命を失ったり、軍艦を沈められてしまったわね。
今頃、故郷の家族や恋人は、貴方達が戦死者リストに入っていないか心配してるかもよ?」
ラジオの向こうから、雑音と共に聞きなれた声が耳に飛び込んできた。
「おい、東京ローズだぜ!」
インディアナポリスの休憩室で、その時を待っていた1人である体がっしりした偉丈夫。
アーバイン・エミリアン兵曹長が素っ頓狂な声を上げた。
「ということは・・・・・・俺たちは戻ってきたんだ!」
次の瞬間、インディアナポリスの艦内で歓声が爆発した。誰もが拳を振り上げ、口笛を吹いたりしている。
親友同士が肩をたたきあったり、腕を組む。
その一方で、騒ぎもせずにただ黙然と、元の世界に帰ってきた事を実感するものもいれば、目に涙を浮かべるものもいる。
人間の感情の見本市と化した休憩室は、しばらく興奮と喜びに包まれた。
「これでやっと、兵曹長のあそこも役に立ちますなぁ!」
アーウィン・スタンス一等水兵が顔に満面の笑みを浮かべてから、エミリアン兵曹長を冷やかす。
「馬鹿野郎!こんな時に訳の分からんこと言いやがって。帰還した記念に貴様を素っ裸にして海面に放り込んでやるぞ!」
「うおっ!?ちょ、マジでやるんすか!?」
本気で服を脱がそうとするエミリアンに向けて、スタンスは面食らった表情を浮かべる。
エミリアンの回答は、
「もちろん冗談さ。こいつめ、驚きやがって」
瞬間、満面の笑みを浮かべて、スタンスの肩をバンバン叩いた。それを見た休憩室の将兵達が一斉に笑い声を上げた。
「でも、お前みたいな生意気なガキは、一度は海に放り込んでやりたいとは思っとる。そうならんように今後気をつけろよ?」
「あ、アイサー。」
スタンスは苦笑しつつも、顔をうんうんと縦に振った。
エミリアンは1人、誰もない通路に出た。誰もいない事を確認した彼は、ポケットから何かを取り出す。  


628  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:30:48  [  D4VsWfLE  ]
それは、認識票であった。
「ロック中尉・・・・・ついに帰りましたぜ。」
エミリアン兵曹長は、かつて尊敬していた上官の顔を、脳裏に浮かべる。
いつも彼の軽口に付き合っていた、気の知れる上官は、今はもういない。
ロック中尉は、ブリュンス岬北東沖海戦(別名ギルガメル諸島沖海戦)で、突っ込んできた敵爆撃機の爆発に巻き込まれた。
その時点では、ロック中尉は生きていた。だが、エミリアンが必死に励ます中で、被弾から2時間後に、異世界の地に散っていった。
その際、エミリアンはロック中尉に、この血まみれの認識票を家族に渡してほしいと伝えられている。
「あなたから仰せつかったご命令、しっかりと果たします・・・・・・しっかりと・・・・抜かりなく!」
エミリアンは、いつしか双眸から涙を流し、嗚咽していた。

「各任務群からは、ハワイからの無電を傍受したとの報告が届いております。」
戦艦ノースカロライナ艦上では、作戦室にスプルーアンスを始めとする第5艦隊の幕僚達が集まっていた。
「通信は、サイパンからハワイに向けて送られています。今現在、サイパン島はハルゼー提督率いる
第3艦隊と、攻略部隊に攻め込まれており、既に島の4割を手中に収めているようです。」
参謀長のデイビス少将が淡々とした口調で呟く。
「ビルが私の代わりを務めてくれたか。」
スプルーアンス大将は、頷きながらそう言い放った。
「本来なら、我々がもっと早く、あそこにいるべきだったのだが・・・・・まあそれはいい。
アームストロング、ハワイに電報を送れ。」
「分かりました。」
「内容はこうだ」
スプルーアンスは、あらかじめ考えていたのだろう、送るべき文をすらすらと言い切った。
「第5艦隊は健在なり。現在、我が部隊、マーシャルにあり。」
メモ用紙にその文を書き取ったアームストロング中佐は、マコーミック少佐にそれを渡して、部屋から出て行った。
ふと、風雨に混ざって何かが聞こえてきた。
「?」
最初、誰もが訝しげな表情を浮かべる。だが、すぐに音の正体が判明した。
それは、船の汽笛であった。メジュロ環礁内の艦艇が、次々と汽笛を鳴らしているのだ。
まるで、自分達がこの世界に帰ってきた事を、全世界に知らしめるかのように。  


629  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:32:02  [  D4VsWfLE  ]
1944年12月3日  ワシントンDC
マリアナ侵攻作戦は、10月24日に行われた。
まず、上陸船団に先立って、ハルゼー提督が直率する第3艦隊の主力、第38任務部隊がマリアナ諸島を攻撃した。
第38任務部隊は手持ち空母7隻を2群に分けて行動し、後詰め部隊として護衛空母8隻を配置、
24日早朝、サイパン島の日本軍航空基地に第一波攻撃隊240機が襲来した。
激しい戦闘で、米艦載機64機が撃墜されたが、飛行場を使用不能にした。
テニアン島も4波の攻撃を仕掛けて壊滅に追い込んだ。
だが、日本の基地航空隊は既に発進した後で、第38任務部隊と第37任務部隊に襲い掛かった。
結果、米側は空母インディペンデンスと護衛空母2隻、駆逐艦5隻を失い、正規空母タイコンデロガと護衛空母スワニーを大破させられ、戦列から失った。
護衛空母部隊を機動部隊の手近に置いた事が、大損害を受ける原因となったのである。
続く25日には、グアム島の基地航空部隊が、東方500マイルに進出していた輸送船団を長駆攻撃し、輸送船3隻が沈み、5隻が大破。
別働隊が米機動部隊に襲い掛かったが、米戦闘機隊と激しい殴り合いを演じた後、半数以上を撃墜されて撃退された。
午後には日本海軍の第一機動艦隊をテニアン島西方230マイル地点で発見し、攻撃隊230機を発艦させたが、この直後にハルゼー部隊も発見された。
壮絶な空母戦闘が現出し、日米機動部隊はそれぞれ3波の攻撃隊を繰り出した。
夜間には、米戦艦部隊と日本戦艦部隊の壮絶な戦いが繰り広げられた。
結果、アメリカ機動部隊が潜水艦と共に空母飛鷹と雲竜、軽空母千歳と瑞鳳、それに巡洋艦1隻、
駆逐艦4隻を撃沈、空母瑞鶴と翔鶴をたたきのめして、新鋭空母の大鳳を中破させた。
夜間戦闘では戦艦は大和と金剛が撃沈され、武蔵と榛名、長門が大破、重巡洋艦4隻、軽巡1隻、駆逐艦5隻を撃沈した。
だが、米側も空母サラトガとベニントン、フランクリンを撃沈され、ハンコックが大破。イントレピッドは母艦機能を有したが、それでも中破状態。
他にも巡洋艦サンディエゴと駆逐艦3隻を失い、巡洋艦ピッツバーグと駆逐艦2隻が大破。
夜間戦闘では戦艦アラバマと旧式戦艦のウェストバージニア、カリフォルニア、メリーランドが失われ、
ミズーリとコロラド、テネシーが大破させられ、巡洋艦3隻と駆逐艦2隻沈没、巡洋艦2隻と駆逐艦6隻が大破させられた。  


630  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:33:42  [  D4VsWfLE  ]
被害はこれだけに留まらず、いつの間にか忍び寄った、10隻の伊号潜水艦の雷撃で輸送船8隻沈没、
7隻大破の損害を受けた。
それでも、米軍はサイパン上陸を強行。
上陸軍の多大な出血を強いられたが、日本軍4万をサイパン北部へと押しつつある。
上陸支援には、生き残った空母イントレピッドと護衛空母7隻が中心となってあたり、懸命な支援が行われた。
日米双方が共に死力を尽くした戦いは、当初こそ混迷を極めたものの、今や米軍有利になっている。
それが、ニミッツ長官から聞かされた、マリアナ沖海戦と、その後の顛末であった。
「レイ、君が異世界とやらに行っている間は、こっちも相当苦しい戦いを強いられたが、なんとか勝つ事が出来た。」
今、スプルーアンスは、太平洋艦隊司令長官のチェスター・ニミッツ大将と共に、
アーネスト・キング作戦部長の執務机の前に座らされている。
「だが、数ヶ月間の空白は大きかった。結果、味方には多大な犠牲が出ている。
その原因を作ったのは、紛れもなく、君ら第5艦隊だ。そうだね?」
キングが放つ鋭い眼光に、スプルーアンスはたじろぐことなく答える。
「確かにそうであります。しかし、あの現象は、予測不可能な出来事であったため、我々としても手の打ちようがありませんでした。」
「いわば、第5艦隊が、異世界に連れて行かれたのは、事故のようなものでしょう。」
ニミッツ大将はスプルーアンスをかばう。
ぎろりとキング元帥は2人を睨みつける。いつも通りなら、ここで怒声が発せられる。
キング元帥は、実はニトログリセリンと呼ばれるほどの癇癪持ちで、一度彼に雷を落とされたら、以降の昇進に響くと言われている。
だが、キングは睨み付けただけであり、怒声を発する事はしなかった。
いや、出来なかったといったほうが正しいであろう。
キング元帥は、昨日丸2日かけて、スプルーアンスが持ち帰った資料や、記録映像を目にしていた。
内容的にはとても綺麗に纏められており、記録映像に残されていた、異世界側の航空機と機動部隊の壮絶な激戦模様は、キングも感嘆していた。
それに、報告書を見る限りでは、第5艦隊は一見、その召喚主のヴァルレキュア王国とやらにいいように使われたように見える。  


631  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:35:20  [  D4VsWfLE  ]
だが、よく見てみると、第5艦隊はいいように使われてはおらず、常に計画を立てて、
相手側と対等な立場で話し合い、物事を決めている。
それに、敵急所常に突いた第5艦隊のそれぞれの戦いは、いずれも際立っている。
特にそれが現れたのが、サイフェルバン侵攻と最後の戦い、マリアナ侵攻であった。
この2つの戦いでは、スプルーアンスは奇策と基本戦法を見事に使い分けており、
普段は自分以外に能力が優秀なものはいないと思っているキングも、スプルーアンスの
異世界で行った行動の数々には、むしろ賛嘆を覚える。
それに、わずかな兵員の喪失のみで、大多数の味方を元の世界に連れ帰ることが出来た事は賞賛に値する。
キングの内心では、むしろスプルーアンスに第5艦隊を任せてよかったと思っていた。
「確かにそうであろうな。」
キングは、視線を変えずに呟く。
「これは事故だ。気に食わないが、これは真実と受け止めざるを得ないだろう。
これだけの記録を見せ付けられたら、誰でも責める気にはなれんよ。」
キングは席から立ち上がると、執務室の中を歩き始めた。
「正直言って、私はレイをくびにしようと考えていた。半年前、君達の艦隊が、マーシャル共々消えた時、
私は信じられなかった。たった1日で、広大なマーシャル諸島と、空母、新鋭戦艦多数、上陸軍を合わせた、
合計15万近い大軍団が忽然と姿を消したのだ。私は、突然の異常事態に気が狂いそうになったものだ」
キングにしては珍しく、穏やかな口調でスプルーアンスとニミッツに当時の心情を語る。
「なんとか戦力を揃え、マリアナに侵攻して、日本海軍の主力をほぼ壊滅できたことは良かったものの、
こちらの犠牲も大きかった。しかし、サイパン地上戦の主導権は、既に我々が握っている。
やっと先が見え始めたときに、君達の第5艦隊が忽然と姿を現したのだ。それも数を減らした状態で。」  


632  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:36:49  [  D4VsWfLE  ]
太平洋艦隊の機動部隊がほぼ壊滅した現在、第5艦隊が再び戻ってきた事はうれしかった。
だが、一方では半年もの間、どこぞに消えていた艦隊が、今頃なにしに来たとの思いもあった。
多大な犠牲が出たものの、サイパンに取り付くことは成功している。
だが、第5艦隊がもっと早く、作戦を実行していれば、あのような損害は出さずに、もっと少ない被害でサイパンに取り付いていたはずであった。
(いずれにしろ、スプルーアンスを直接ここに呼び、くびにしてやる)
キングはニミッツとともに、スプルーアンスを呼び出したのである。
そして12月1日、スプルーアンスはニミッツと共に彼の執務室にやってきた。
大量の記録や報告書を携えて。
「私をクビにされるおつもりでありましょうが、それなら結構であります。
ですが、1つだけ、お願いがございます。私が持ち込んだこの資料と記録映像には必ず目を通していただきたい。」
スプルーアンスは断固たる口調で言ってきた。その時は、ニトログリセリンの名の如く、彼は怒声を上げかけた。
だが、この資料を見てからでも、スプルーアンスをクビにできる。そう思い立ったキングは、しばらくの間、彼の処分を保留にした。
キングはスプルーアンスらを執務室から出した後、すぐに資料に目を通した。
スプルーアンスらが過ごした、異世界での生活の様子が、刻々と記されており、その異世界の政治情勢などが手に取るように分かった。
資料と共に挟まれた多数の写真も、最初は偽造ではないかと疑ったものの、後に専門家に尋ねたところでは、これは本物であると判断されている。
キングは他の幕僚も交えてこの資料に目を通した。
幕僚達の意見は様々であったが、それらが全て本物であると判断された。
「キング部長。」
スプルーアンスは澄ました表情でキングに問いかける。
「私の処分は、どのようなものでしょうか?」
「解任だ」
キングは即答した。
ニミッツの表情には、やや失望したような表情を浮かべるが、スプルーアンスは何ら変わりがなかった。
むしろ来るべきものが来た。ただそう思っているかのようである。
「平時ならばな。」  


633  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:38:13  [  D4VsWfLE  ]
途端に、キングが意外な言葉を発する。
「だが、今は戦時だ。日本はまだ降伏していない。それに、戦力が弱体化している今では、
君達の艦隊はとても貴重な戦力だ。よって、君に第5艦隊をもうしばらく任せることにする。」
キングの思わぬ発言に、スプルーアンスはやや戸惑いを隠せなかった。
「今後2週間は、第5艦隊はメジュロ泊地で待機。消耗した航空戦力や艦艇の修理、補充、
および損傷艦のハワイ、ならびに本国回航に勤めよ。休息終了後、第5艦隊に新たな仕事を命じる。」
「仕事、と申しますと?」
ニミッツはキングに問うた。
「詳しい事は追って説明する。とりあえず、今日はこれでお開きだ。」
キングはドアを開けた。
「今はやるべきことが多い。そのためにも、君達には働いてもらわねばならん。
さあ、仕事に戻りたまえ。大統領からは私が説明しよう。」
そう言って、彼はめったに表さぬ笑みを浮かべていた。  


634  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:39:50  [  D4VsWfLE  ]
終章

1964年  5月1日  カリフォルニア州サンディエゴ
サンディエゴには、アメリカ海軍有数の軍港がある。
その軍港には、今でも多数の艦艇が停泊し、日々の訓練に励んでいる。
軍港のドッグには、空母のミッドウェイが鎮座し、工員の整備を受けている様が見て取れる。
「かつては、私もあのような空母を多数引き回して、敵と戦ったものだ。」
軍港の外から、その大型空母に視線を向けていた老人が、小さな声で呟いた。
「ミッドェイ、ギルバート、マーシャル、フィリピン、硫黄島」
「そして、異世界、と言う訳か。」
後ろにたたずんでいるもう1人の老人が言ってくる。顔は東洋系であり、肌の色は浅黒い。
「マーシャルとフィリピンの間に、異世界と入れるのを忘れていたよ。」
老人、レイモンド・スプルーアンスは、後ろの伊藤整一に顔を向けて、苦笑する。
「近頃、すっかりボケが入ってしまった。昔は海軍でよく鍛えていたものだが、年にはかなわんね」
「それは私も同じさ。最近じゃあ、数キロマラソンしただけですぐに意気が上がってしまうよ。」
「お互い様だな。」
その直後、2人は笑いあった。
伊藤とスプルーアンスは、戦前、伊藤が駐米武官として赴任したときに知り合い隣、10年以上にわたって親交を重ねている。
その2人は、あの戦争で互いに指揮する艦隊が刃を交えている。
1944年12月28日、スプルーアンス率いる第5艦隊は、マッカーサー将軍率いる南西太平洋軍の支援のため、フィリピンを襲撃した。
フィリピン作戦のさい、スプルーアンスの第5艦隊は空母11隻で出撃し、日本軍の飛行場をほとんど使用不能に陥れて、南西太平洋軍のレイテ侵攻の支援にあたった。
だが、日本側の反撃も強かであり、スプルーアンス部隊は艦載機の3分の1を失い、空母3隻を大破させられている。  


635  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:42:32  [  D4VsWfLE  ]
2月には、大破した空母や、異世界で傷ついた空母、そしてハルゼー部隊から与えられた機動部隊を持って一気に南西諸島と小笠原諸島を叩いた。
日本海軍も全力を投入して第5艦隊を投入、2月10日〜15日行われた南西諸島沖航空戦で、米側は空母イントレピッド、
軽空母プリンストンと護衛空母2隻を航空攻撃で失い。
23日の硫黄島沖の海空戦では、空母戦闘で日本側の空母瑞鶴と千代田、葛城を沈め、
空母大鳳を大破させたが、米側も正規空母バンカーヒルとワスプを失い、レキシントンとバターンが大破。
後にバターンが日本の伊58潜水艦によって撃沈された。
後半の艦隊決戦では、日本側の戦艦榛名と長門を撃沈して、武蔵を大破させたが、
米側も戦艦アイオワを失い、ノースカロライナとニュージャージー、サウスダコタが大破させられている。
巡洋艦以下の戦闘では、日本側の重巡3隻と軽巡4隻、駆逐艦7隻を撃沈し、
米側は重巡ニューオーリンズと軽巡モービル、ヴィックスバーグ、リノ、それに駆逐艦8隻を撃沈されている。
第5艦隊は迎撃してきた日本艦隊を敗走させ、硫黄島にも海兵隊が上陸し、激戦を繰り広げた。
そして、4月には沖縄に迫る予定であり、3月20日に第5艦隊は沖縄に艦載機を差し向けて、航空隊に少なからぬ犠牲を出しながらも、
沖縄の航空基地を壊滅し、翌日に防御陣地を空襲しようとした。
しかし、3月21日早朝に入ってきた一通の電文が、全てを終わらせた。
アメリカ国民は、立て続けに起こる味方の損害に辟易としていた。
マリアナは大きな犠牲の元に陥落し、サイパン、テニアン、グアムからは1月からB−29による空襲が行われたが、
3月10日に行われた東京空襲作戦では、極めてまずい戦いを起こした。
爆撃兵団司令官のルメイ少将は、参加するB−29を、思い切って武装を減らしその分焼夷弾を多く積んで、東京を焼き払おうとした。
だが、高度3000メートル以下の低空飛行で、バラバラに侵入したB−29は、
待ち構えていた日本戦闘機によって、参加機300機の内、68機喪失、34機損傷という大損害を受けて失敗した。
そして、これに続く硫黄島沖海戦の大損害が、アメリカ国民を反戦運動に導いた。
3月には日本側から講和を申し込まれたが、ルーズベルト大統領は一旦拒否した。しかし、それに反発したのが国民であった。  


636  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:48:02  [  D4VsWfLE  ]
苦悩の末、ルーズベルトは日本と講和を行う事を決定し、3月21日に両軍が停戦を行った。
4月1日は、真っ白な機体に、胴体の日の丸部分に緑十字を描いた一式陸攻が、米側の護衛機と共にハワイに到着。
1週間にわたる交渉の末、日米両国は講和条約に調印し、太平洋戦争は終わりを告げた。
5月にはドイツが降伏、第2次世界大戦は終わりを告げた。
その後、幾つもの戦争や、キューバ危機といった混乱があったものの、世界は今のところ、平和を保っている。
アジアの一角、南北に別れたベトナムでは、戦火が上がっており、来年にもアメリカは本格介入するのではないかと言われている。
だが、そんなきな臭い噂とは別に、アメリカは平穏そのものだった。
「日本の様子はどうかね?」
「様子か・・・・・ここ最近は高度成長とやらで、国が活気に満ちているよ。
それに、今年の10月には東京でオリンピックが開催されるから、あちらこちらが工事だらけだよ。」
「武蔵はまだ現役のようだな。」
「現役ではあるが、竣工して20年以上が経っている。そろそろ、新たな改装に着手するらしい。」
「太平洋戦争、それに北海道戦争の英雄も、やはり年には勝てんか。」
「軍艦も人間も変わらぬよ。年が経てば、あちこちガタが来るものさ。」
「そして、若作りに励む毎日、ということだ。」
スプルーアンスと伊藤は苦笑する。
「だが、やはり、私は海が好きだよ。」
「それは、私もさ。そういえば、少し聞きたい話があるんだが」
「聞きたいことだと?」
「ああ。」
伊藤は笑みを浮かべながら頷く。
「異世界の話だな?あれは話すと長いからなあ。だが、まあいいか。君にはまだ話していなかったからな。いいだろう、聞かせてやる。」
「おお、ありがたいな。」
「ここで話すのもなんだから、家に戻ろう。といっても時間があるから、行きながら離すとしよう。」
2人は歩き始めて、サンディエゴ軍港から離れていった。
「それにしても、なぜ異世界の話を聞こうと思ったのだね?」
「私が聞きたいから、というのもあるが、実は近所の知り合いに、小説を書いている若者がいるんだ。
そいつが、私と君が友人関係と聞いて、是非異世界の話を聞いてきてほしい、と頼まれたよ。」
「ほう、小説家か・・・・・ジャンルは恐らくファンタジー小説だな」
「そのようだが、普通の小説とは一風変わった文体だったな。本人が言うには、軽小説やら
なんやらとか言っておったが。」
「まあ、世の中勉強熱心の人もいるものさ。」
彼は微笑んでから、話の本題に入った。


「あれは、20年前の今日だったかな・・・・・・・・」  


637  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/09(日)  21:49:10  [  D4VsWfLE  ]
1112年  3月26日  ヴァルレキュア王国  シュングリル
心地よい風が、海から流れてくる。
「いい風ね。」
窓から夕焼けを眺めていた女性、レイム・リーソンは小さな声で言う。
ふと、スカートを引っ張る感触が伝わった。
「ねえねえ、お母さん」
後ろを振り返ると、小さな男の子がいた。
「なーに、レイ。」
「これ、呼んでほしいんだけど。」
レイムの息子であるレイは、絵本を差し出した。
「あっ、今日もこれ読むの?」
彼女が聞くと、レイは嬉しそうに何度も頷いた。
「だって、面白いんだもん!」
レイは大きな声で言った。
「ハハハ、じゃあ、呼んであげるわね。」
彼女は苦笑しつつも、表紙を開けて音読を始めた。

その昔、悪の住人に乗っ取られた国がありました。その国王様は、次々と隣国を攻めては、
その国を徹底的に破壊していきました。隣国は次々に呑み込まれ、ついには最後の小さな国にも攻め込みました。
小さな国の住人達は、一生懸命、悪の住人の国と戦いましたが、少しの時間がたって、もはや戦いに負けると、誰もが思いました。
そんな時に、6人の魔法使い達が立ち上がり、別の世界から軍隊を召喚しました。
彼らは、星に彩られた旗を誇らしげに振りたてて、少ない戦力で次々と悪に住人の国と戦いを繰り広げ、たじろがせました。
小さな国の住人達は、彼らの勇猛ぶりに感嘆し彼らを別の言葉で呼ぶようになりました。

彼らは、こう呼ばれました。


星の国の勇者と。


                                             完