512  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/24(土)  18:31:38  [  D4VsWfLE  ]
午後6時30分  魔法都市マリアナ
「よくこんな状態まで持ちこたえたわね。」
エリラは、グールらと共に、壁画に埋め込まれていた水晶玉を見つめて感慨深げに呟いた。
「さすがは、マリアナの魔道師集団。ついに大仕事をやってのけたわね。」  
エリラは満足そうな笑みを浮かべて、右隣のグールの肩にポンと手を置いた。
「ありがとうございます。」
グールはうやうやしく頭を下げた。
朝の第1次空襲前に、壁画の窪み装着された、赤い水晶玉は、今では横に大きな亀裂が走っている。
傷はそれだけではなく、小さなヒビがいくつも生じている。
米機動部隊は、エリラ達が傷を確認した後も、3波に渡る航空攻撃を行ってきた。
最後の1波、206機が現れたときは、エリラやグールも水晶玉が持つかどうか、爆弾が炸裂するたびに心配していた。
だが、見事に耐え切った。
水晶玉は、米機動部隊の物量の前に屈することなく、爆撃を耐えしのいだのである。
報告では、敵機動部隊からは述べ1400機以上の航空機が、このマリアナに派遣されたという。
1400機・・・・・・・・・
これはとてつもない数字である。並みの町ならば、たちまち灰燼に返している数だ。
だが、グール達が作った水晶玉は、これに打ち勝ったのである。
「最後の最後まで、敵はハラハラさせてくれるわね。でも、」
エリラは、ヒビの入った水晶玉を優しく撫で付ける。
「その邪魔者も、もうすぐで消える。グール、今夜は今までに無い宴が見られるわよ。」
「はい。」
グールは頷く。
「ふふふふふ・・・・・これで、父の願い、いや、あたしの願いが、やっと叶えられる。」
エリラは笑顔を絶やさない。それもそうだろう。
もう既に陽は落ちつつあり、エンシェントドラゴンもあと少しの時間で召喚できる。
その後は、自分の好きなように国が作れる。まさに幸せの絶頂に達していた。
「この水晶玉も、よく持ってくれましたわい。あと1、200機の攻撃隊が来れば、水晶は魔力を失う恐れがありました。」
「でも、もう来ない。」
エリラは外に視線を向ける。外はオレンジ色の夕焼けに包まれている。あと数十分で、陽は落ちる。
「今から、敵の空母が飛空挺を発進させたとしても、もはや後の祭りね。」  


513  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/24(土)  18:34:09  [  D4VsWfLE  ]
そう言うと、エリラ達は3階の魔法陣が見渡せるいつもの場所に移動した。
魔法陣には・・・・・・エンシェントドラゴンのおぼろげな姿が映し出されていた。
これは、最終段階に入ったときに見られる現象で、召喚があと50分ほどで完了する姿である。
時間が経つに連れて、次第に姿が実体化し、最終的には、このおぼろげな姿は、本物のエンシェントドラゴンとなる。
「大きな犠牲は払ったけれども、ようやく、枕を高くして寝られる時が来る。」
エリラは、凄みのある笑みを浮かべながら、その光景をじっと見つめていた。
影は、心なしか少しずつ、濃くなってきているようだ。
それは、彼女の夢が、着実に進んでいるという証拠でもあった。
(運は、私達に味方したのね)
エリラはそう確信した。
だが、
「殿下!」
いきなり、魔道将校が血相を変えた表情で、エリラのもとに向かってきた。
「・・・・まさか・・・・」

第52任務部隊のタフィ1から発艦してきた60機の攻撃隊は、目印であるラグナ岬の灯台上空に達した。
「こちらバウンティ1、ラグナ岬上空に到達。目標上空まであと15分。」
攻撃隊指揮官のクロース・ミズーリ大尉は、隊内無線で全機にそう告げた。
攻撃隊の陣容は、F6Fが30機にヘルダイバーが18機、アベンジャーが12機である。
彼らの後方20マイルの空域には、タフィ2から発艦した攻撃隊の姿がある。
攻撃機隊は時速400キロのスピードで前進していた。
編隊の密度は、正規空母の艦載機隊に比べると、やや間隔が開いている。
それもそのはず、パイロット連中の腕前は、これから磨きに磨いていこうとしているのだ。
それを行おうとした矢先に、今回のドラゴンスレイヤー作戦が入ってきたのである。
「一応、全機付いてきているな。」
ミズーリ大尉は、各機がしっかりついてきている事に一安心した。
パイロット連中たちは、この機会に勇躍して、母艦を飛び立ったものの、後方が苦手ものも少なくない。
苦手といっても、一応はできるのだが、その点については機動部隊の精鋭航空隊と比べると雲泥の差がある。  


514  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/24(土)  18:35:15  [  D4VsWfLE  ]
その事から、もし脱落した場合は第58任務部隊の元へ向かえと、彼は出撃前に、部下達にそう告げてある。
予想では1機か2機ははぐれているかな?と思っていたが、それは杞憂のようだ。
攻撃隊は、やがて、魔法都市マリアナに到達した。
「ひでえ、これが街かね?」
ミズーリ大尉は、愛機の窓から見える下界の光景に、思わず息を呑んだ。
まともな建物は数えるほどしか見つけられず、その被害は主目標らしき巨大な建物に近づくにつれて、酷い。
(TF58の奴ら、散々暴れまわったな)
彼はそう思った。第58任務部隊から発艦した攻撃隊は、対空砲制圧を任されていた
ヘルキャットにも500ポンド爆弾を抱かせて送り出している。
このため、ヘルキャットに狙われた建物は、必ず500ポンドの洗礼を受けている。
ヘルキャットのパイロットは、もともと艦爆や艦功乗りではないから、外れ弾も多かった。
それでも、相当数の小屋や建物が破壊されている。
火災を起こしている建物も多々あり、いかに激しい空襲だったか、如実に表している。
「目標を発見した!目標は1に魔法施設、2に魔法施設、3に魔法施設!全機突撃せよ!」
「「アイ・サー!」」
無線機越しに、部下達の威勢のいい返事が聞こえてくる。
「こちらアーロン1、ラグナ岬上空に到達した。」
タフィ2から発進した攻撃隊も、上空に到達しつつある。
「こちらバウンティ1、了解。悪いが先に行くぞ!」
「俺たちの分も残しておけよ。」
「ちょっとだけ残してやるさ。」
そう言うと、ミズーリ大尉は無線機を切った。
前方に高射砲弾が炸裂する、小さな煙が沸きあがった。ミズーリ大尉のヘルキャットが異音を発する。
破片がいくつか当たったのである。
それを皮切りに、継戦側の対空砲火が始まった。
60機の攻撃隊の前面に、6〜8の黒煙が湧き上がる。
現在高度は2700メートル。ヘルキャットはいずれも、胴体に500ポンド爆弾を搭載している。
この爆弾を、あの禍々しい赤い光を放っている大魔道院に叩きつける。  


515  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/24(土)  18:36:47  [  D4VsWfLE  ]
これまでに、最低でも700発を超える爆弾を受けても、平然とした姿を見せ続けた大魔道院。
(下でニヤニヤしていた奴らが、あの中にいるんだろう。
安全なとこに隠れて、のうのうとしている奴らが)
高射砲弾の炸裂が、ヘルキャットの機体を揺さぶる。
時折カーン!という音があがり、破片が突き刺さる。
だが、ヘルキャットはそれでも参らない。
やがて、大魔道院まで距離5000に近づいたミズーリ大尉は、突入する事を決意した。
(俺たちが、その気色悪い笑みを、驚愕に変えさせてやる!)
ミズーリは操縦桿を手前に押し込む。機首が下がり、風防ガラスの前面に、薄赤い光を放つ魔法施設が見える。
その外周部から、発砲炎が見えた。
ヘルキャットのプラットアンドホイットニー社製、2000馬力エンジンが轟々と唸りを上げ、機速がぐんぐん上がっていく。
降下角度50度で、ミズーリ大尉のヘルキャットはまっしぐらに突っ込んでいった。
距離が1800を切ると、機銃弾が放たれてきた。一見、全てが命中しそうに見える。
ガンガンと、機銃弾の幾発かが機体に当たる。だが、ヘルキャットの機体には異常は見られない。
距離が1000メートルまでに迫った。その時に、ガツン!と三度機銃弾が命中する。
「グラマン鉄工所の機体は、貴様らの機銃弾なんざ受け付けんぞ!」
ミズーリ大尉はそう喚き散らすと、爆弾を投下した。
腹から500ポンド爆弾が離れ、機体が軽くなる感触が伝わる。
距離800で、12.7ミリ機銃を撃った。ドダダダダダ!というリズミカルな音が聞こえる。
曳光弾が、大魔道院の外周の壁を右に縫っていく。
600キロのスピードまで上がったヘルキャットの機体を、ミズーリ大尉はフットバーを踏み込んで右方向に進路を向けさせた。
ミズーリ大尉が放った爆弾は、大魔道院の巨大な外壁に命中して炸裂した。
彼の突入をきっかけに、次々と、ヘルキャットが高空から落下するように降りてきて、爆弾や機銃弾を叩きつけてきた。
7番機がコクピットに直撃弾を受けて、パイロットを射殺される。
だが、ヘルキャットは爆弾を抱いたまま猛スピードで大魔道院に激突した。  


516  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/24(土)  18:38:35  [  D4VsWfLE  ]
外見的には無傷であるものの、壁画の水晶玉の傷を広げる戦果をあげた。
30機のヘルキャットは、わずか4分で全機が爆弾を叩きつけた。
外れ弾が6発あり、関係の無い施設や残骸を吹き飛ばしたものの、23発の爆弾が外壁や、内側に命中した。
ヘルキャットの最後が爆弾を投下した直後、今度は高度2800から18機のヘルダイバーが
翼を翻して、猛禽の如く襲い掛かってきた。
対空砲火が、慌ててヘルダイバー群に照準を向け、火箭を放つ。その時には、1番機が胴体から爆弾を投下した。
これを皮切りに、ヘルダイバーは次々と爆弾を叩きつけ、大魔道院の外側、内側問わずに18の閃光が立ち上がる。
2分ほど間が開いたところに、12機のアベンジャー隊が悠々と、上空に侵入してきた。
それらは、2発ずつの500ポンド爆弾を、バラバラと投下。
24発中、7発が外れたが、残り17発が目標に叩き込まれ、更なる黒煙が巨大な魔法施設を覆い隠した。
米側の攻撃はこれで一旦終息したが、まだ残り矢は現場付近に向かいつつある。
むしろ、航空攻撃はこれからたけなわになりつつあった。
タフィ2から発進した攻撃隊は、速いテンポで攻撃を進め、ついにはアベンジャー隊18機の爆弾が投下された。
大魔道院の内部では、それを無視するかのように、召喚の儀式が続けられていた。
エンシェントドラゴンの姿は・・・・・先と比べて、身のある雰囲気になってきた。
最初はとても透けて見えていたのだが、今では透けていたはずの光景が、見えにくくなっている。
「あと少し・・・・あと少しで・・・・エンシェントドラゴンが私の手に!」
エリラは両手をあげて、召喚の近い事を喜んでいる。その笑顔には、少しばかり狂気が混じっている。
上空からヒューという爆弾が落ちてくる音が聞こえてくる。
「大丈夫・・・・水晶は耐え抜くわ。そうよね、グール?」
「もちろんでございます。」
グールはややぎこちない笑みを浮かべながら、エリラに答える。
一番気になっているのはグールである。
来ないと思っていた敵空母からの攻撃隊が、またもやマリアナに暴れこんできている。
「心配する事は無いわ。敵の最後の足掻きよ。」
そう言って、エリラはふふふと笑った。
その刹那、ダダーン!という地震のような衝撃が、この巨大な大魔道院を揺さぶった。
これまでにない衝撃に、誰もがうろたえる。  


517  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/24(土)  18:40:41  [  D4VsWfLE  ]
「うろたえるな!儀式を続けよ!」
下で狼狽し始める魔法陣の魔道師達を、グールが声を張り上げて叱咤する。
「い・・・今の衝撃は?」
揺れが収まってから、エリラは隣の魔道将校に聞いてみた。
「分かりません。」
彼も何のことか最初分からなかった。だが、3分ほど時間が経ってくると、少し焦げ臭い臭いが漂い始めた。
「殿下!」
パスキ大尉とは別の伝令がエリラの元にやってきた。
「外周部の壁に、敵弾1発が命中し、火災が発生しました。
壁画の水晶玉は、粉々に砕け散っておりました。」
「なんと!?」
グールは驚愕の表情を浮かべた。
この大魔道院を守り通していた赤い水晶が、ついに耐え切れなくなったのである。
アベンジャー隊18機が投下した500ポンド爆弾の連続爆発に、水晶玉は作用限界を来たし、
ついにその役目を終わらされたのである。
「グール・・・・・よくもあんな役立たずな水晶玉を・・・・・」
エリラは先と打って変わった表情でグールを攻め立てた。だが、グールを攻めるのはお門違いもいいところである。
むしろ、米艦載機の猛爆をここまで受け止めた水晶玉の防御力は賞賛に値する。
「報告には続きがあるのですが・・・・・・・」
「!!」
エリラはその伝令に目を剥いた。
「ラグナ岬沖の20キロ上空に敵編隊が」
「黙れぇ!!!!!!!!!」
エリラはその伝令の首を掴んで、力を込めた。
グキッという音が鳴って、伝令は唐突に生命を終了させられた。
エリラはその死体をそこらに投げ捨てると、何かをぶつぶつと口にする。
「こんなはずでは・・・・・・こんなはずでは・・・・・」
彼女は拳を握りながら、呻くように呟いた。  


518  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/24(土)  18:44:26  [  D4VsWfLE  ]
午前6時54分  魔法都市マリアナ
「隊長!見えました、マリアナです!」
護衛空母セント・ローを発艦したSBDドーントレスは、FM−2ワイルドキャットを
先頭に進撃を続けていた。
そして、彼らはマリアナの地に到達したのである。
第2次攻撃隊は、第1次と違って、大編隊を組んで威風堂々と進軍してきた。
攻撃隊の内訳は、FM−2が60機にドーントレス、アベンジャーが各30機、計120機である。
攻撃隊指揮官のレイ・ヴィントス少佐は、大魔道院の一角で起きている異変を目にした。
「敵施設の、いや、城塞といったほうが正しいな。敵城塞の一角で火災が発生している。
魔法防御は破られているぞ!」
少佐は喜びの混じった声音で、全機に告げる。
「よし、これなら分散攻撃ができる。戦闘機隊は敵城塞の対空火器を狙え。
急降下爆撃隊、水平爆撃隊は敵施設本体を狙え。全機突入せよ!」
彼の合図の元、全機がそれぞれの攻撃位置につき始めた。
艦爆隊は高度3000へ、水平爆撃隊は高度2500、そして戦闘機隊は高度を下げて、
一足先に大魔道院に突っかかっていく。
ワイルドキャットの1番機が、距離1000で両翼の小型爆弾を投下し、700で12.7ミリ機銃を撃つ。
発射炎を翼にきらめかせながら、500キロのスピードで飛び抜けていく。
ヘルキャットより一回り小ぶりで、酒樽に翼をくっつけたような格好だが、それでも俊敏な動きで対空砲火を避けていく。
1発90キロの重量を持つ爆弾が、機銃座の横の壁に命中し、破片と煙を巻き上げた。
そこに列機が爆弾を放ち、機銃をぶっ放す。
6本の火箭が機銃要員を絡めとってミンチに変えた後、1発の小型爆弾が命中した。
たちまち、さまざまな破片が吹き上げられ、機銃座は沈黙を余儀なくされた。
そのワイルドキャットに対して、別の機銃座が応戦するが、これまた新たなるワイルドキャットに
横合いから突っかかれ、これも沈黙させられてしまった。
第2次攻撃隊は60機のFM−2を伴っており、外周部の対空砲火は9割方が沈黙を余儀なくされ、
継戦側の対空陣地は壊滅してしまった。  


519  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/24(土)  18:46:11  [  D4VsWfLE  ]
「降下に移る!」
ヴィントス少佐は、操縦桿を倒して機首を下に向ける。
両翼のダイブブレーキが開かれ、急降下する際の甲高い音が、周囲に振りまかれ始めた。
高度計の針はぐるぐると回り続け、目の前に現れた巨大な城塞のような魔法施設が、ぐんぐん大きくなってくる。
数少ない対空機銃がヴィントス少佐のドーントレスに向けて撃たれるが、
もはや2、3丁の対空機銃でどうこうできるレベルではなかった。
少ない対空砲火をものともせずに、少佐のドーントレスは次第に投下高度に近づいてきた。
「高度1500・・・・1300・・・・1100」
高度計は下がり続ける。急降下に伴うGが体を締め付ける。
「800!」
「投下ぁ!」
ヴィントスは爆弾を投下した。
胴体から離れた1000ポンド爆弾は、大魔道院の数段窪んだ中央部のガラス部分に向かって吸い込まれていく。
魔法陣の一番西側で、呪文詠唱を行っていたペリコ・ワーロフは、甲高い音が極限に達した時、口を動かしながらも、
天井のガラス窓を見てみた。
天井のガラスは、赤白く曇っており、外の様子は余り見えないが、この時、何か小さな影が天井のガラス窓に写った。
(球体?)
ワーロフはそう思った。その直後、その黒い球体は、厚さ15センチの強化ガラスを叩き割って、内部に侵入してきた。
それは、爆弾であった。この大魔道院の天井に敷かれているガラスは、魔法補正で強化されており、相当頑丈である。
しかし、1000ポンド爆弾はその固いガラスをあっさりと突き破って、内部に侵入してきたのだ。
爆弾が、エンシェントドラゴンの実体化しつつある影を突き破って、ワイバーンロードの死体の中に突き刺さった、
と見た瞬間、ドーン!という爆発音が起こり、生贄の死体と血が、床の破片と共に周囲に飛び散った。
爆風はあっという間に、周囲を荒れ狂い、呪文詠唱をいっていた20名の魔道師は、全員が戦死してしまった。
「ああ・・・・・なんということじゃ!」  


520  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/24(土)  18:48:06  [  D4VsWfLE  ]
この突然の光景に、グールは絶望の表情を浮かべた。
次第に、実体化しつつあったエンシェントドラゴンの影が、ゆっくりと薄れていく。
だが、米艦爆の投弾は、その薄れていく間も惜しむように、第2弾が魔法陣の外側で着弾し、破片を吹き上げた。
爆風のあおりを受けたエンシェントドラゴンの影はこれによって綺麗さっぱり吹き飛ばされてしまった。
(恐ろしい事態になった・・・・・・エリラ様になんといえば!)
彼女は恐る恐る、エリラのいた方向を見る。視線を左に移すと。
そこには外側に続く下り階段しかなかった。
「エリラ様!殿下がおらぬ!」
その次の瞬間、グールの眼前に黒いものが落ちてきた。
そして次にズダーン!という鼓膜を破らんばかりの轟音と、炎が見えた。
老魔道師、アリフェル・グールが見た光景は、これが最後であった。

艦爆隊が投弾した爆弾は、次々と中央部に命中し、黒煙を上げた。
今までにはなかった、火災炎があがる光景も見られる。
「やったぞ!敵の魔法施設から火の手が上がったぞ!」
「本当だ!攻撃が効いている!」
「イヤーッホウ!どうだ見たか!デカブツにプレゼントを叩き込んでやったぜ!」
攻撃隊搭乗員の喜びの声が、無線機から次々と入ってくる。
だが、攻撃はまだ終わってはいない。艦爆隊30機が投弾を終えると、今度はアベンジャー隊30機が現れる。
高度2500メートルの高さから、傷つき、黒煙を上げる大魔道院上空に向かう。
そして、上空に到達した瞬間、先頭の教導機から2発の500ポンド爆弾が投下された。
教導機が爆弾を投下したのを確認すると、残りのアベンジャー隊も爆弾を落とした。
巨大な魔法施設に、止めの500ポンド爆弾が叩きつけられ、次々と爆発光がきらめく。
その後に、土煙や建物の破片が吹き上がった。それは、誰もが望んでいた光景であった。
「こちらバスター1、敵施設の破壊を確認した。作戦は成功だ!」
アベンジャー隊の指揮官機は、高々と勝利宣言を下した。  


521  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/24(土)  18:48:54  [  D4VsWfLE  ]
ドドオオォォォーーーン・・・・・・・・・・
先程までいた大魔道院が、水平爆撃機の止めを受けて、煙に包まれていった。
煙の向こうには、弾火薬庫に誘爆を起こした外縁の壁が吹っ飛び、一部が崩れ去っていく様子が分かった。
「野望が・・・・・あたしの夢が・・・・・・・・」
大魔道院から密かに脱出していた。エリラ・バーマントは、南に700メートル離れたところからその一部始終を眺めていた。
彼女は、悔しさで一杯だった。実現可能と見込まれていた、エリラの国づくりは、もはや綺麗さっぱり吹き飛ばされてしまった。
「こうなった以上、もはや長居は無用ね。パスキ大尉。ここを離れるわ。」
「・・・・・・・」
パスキ大尉は、何かに打ちのめされたような表情で、継戦派の象徴最後の様子をずっと眺めていた。
「パスキ大尉。」
「あっ、なんでございましょうか。殿下。」
「ここを離れよう。ついてきて。」
「離れるといわれましても、どこに向かうのですか?」
「西に向かって、再起をはかるわ。」
そう言うなり、エリラは馬にまたがり、そのまま南に向かった。
パスキ大尉も後を追おうとする。
だが、後ろからグオオオーという飛空挺独特のエンジン音が聞こえてきた。
「は!」
驚いた彼は後ろを振り向く。
そこには、2機のFM−2ワイルドキャットが、猛スピードで彼に向かってきた。
それらは機銃弾を撃ってきた。  


522  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/24(土)  18:49:54  [  D4VsWfLE  ]
「うわあ!?」
彼は仰天しつつも、素早く左に飛び退いた。12.7ミリ機銃は、彼の代わりに馬を射殺した。
2機目の機銃掃射も、彼のすぐ右横を薙いでいった。
轟音を立てながら、2機の不恰好な戦闘機は、次の目標を捉えていた。
エリラは急な殺気を後ろに感じた。そして、聞きなれぬ飛行機のエンジン音も耳に飛び込んでくる。
「何!?」
振り返ると、2機のワイルドキャットが、両翼を発射炎に染めて向かってきた。
(避けなければ!)
彼女は咄嗟に、馬を右に向かせようとしたが、突然、背中の2箇所に激痛を感じ、腹と左胸から肉片と血しぶきが噴き出した。
「が・・・・はっ」
急な激痛が脳に危険信号を送り込む。口からごぽっと血を吐き出し、エリラは落馬した。
馬自身も、数発の機銃弾を叩き込まれ、即死していた。
グオオオーーーン!
轟音を上げながら、2機のワイルドキャットは飛び去っていった。
もはや、痛みが意識を占有し、まともに考える事が出来なかった。
(いた・・・い・・・・だれ・・・か・・・・・・たす・・・け・・・)
彼女の思考は止まった。エリラの開かれた双眸は、二度と光を宿す事はなかった。
パスキ大尉は、エリラが息絶えた直後に、傍らに走り寄ってきた。
血だまりに仰向けに倒れているエリラを見たとき、彼は自分の今の仕事が終わった事を、瞬時に悟った。  


523  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/24(土)  18:50:54  [  D4VsWfLE  ]
午前7時15分  第5艦隊旗艦  戦艦ノースカロライナ
「攻撃隊より入電、我、敵施設の破壊を確認、これより帰投する。」
簡潔な報告が、アームストロング中佐によって知らされた。
「そうか。成功したか。」
スプルーアンス大将はうんうん頷きながら、カップに残されていたコーヒーを飲み干した。
「第6次攻撃隊の空襲が失敗したときはどうなるかと思いましたが、これで安心できます。」
レイムも顔をほころばせながら言ってきた。
「マリアナから発せられた邪気は、先程、完全に止まりました。
もはや、召喚儀式は行われていないと思われます。」
「まだ安心できないさ。日没まで少しばかり時間がある。それまで待ってみよう。」
それから15分後、日は完全に落ちた。
艦隊の将兵達は、何も変わらぬ事を祈った。そして、その祈りは通じた。
「変化なしか・・・・・・・作戦成功だな。」
長かった一日が、ようやく終わりを告げたのである。
護衛空母部隊は、240機の搭載機数を持って、攻撃を強行した。
その判断は、米艦隊を、もとい、世界を救う事になった。
護衛空母部隊は、報告では1機のF6Fと、2機のワイルドキャットを失い、12機が被弾したものの、
対空砲、魔法施設の破壊と敵の将軍1名を機銃掃射で射殺したと伝えられている。
敵の将軍を射殺したのは、カリーニン・ベイのワイルドキャット2機である。
現時点では、退避中にワイルドキャットに見つかって、先の通りになったと判断された。
「これで、作戦は終了ですね。」
デイビス少将はそう言ったが、スプルーアンスは首を横に振った。
「まだだ。」
スプルーアンスは、いつもと変わらぬ怜悧な表情で言い放った。
「仕事が残っている。」
「と、言われますと・・・・・・」
「戦士達を迎え入れるのだ。」  


524  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/24(土)  18:51:44  [  D4VsWfLE  ]
「やべえ、すっかり陽が落ちてしまったな。」
ヴィントス少佐は、しかめっ面になってそう呟いた。
「ひよっこ共は夜間着艦を行ったためしがないからな。」
護衛空母から発艦した攻撃隊は、別の脅威に見舞われていた。
それは、難しいとされる、母艦への着艦である。
既に燃料の大部分を食い尽くした攻撃隊は、このまま第52任務部隊までは戻れそうにないため、
第58任務部隊のほうで一旦収容してもらう事になっている。
だが、夜という意外な強敵が、彼らを苦悩させる事となった。
着艦は昼間でも結構難しいのに、夜になると難易度は倍加する。
ヴィントス少佐はベテランパイロットであり、夜間着艦も経験がある。
だが、技量未熟なパイロット達にはとても難しい課題である。
「着艦事故でも起こしたら事だからな〜。」
少佐は正直、参ったと思った。
「自身の無いものには、不時着水でもさせて寮艦に拾ってもらおうか?」
彼は本気でそう思い始めたとき、第58任務部隊が見えてきた。
だが、彼はある光景を見て、途端に胸が熱くなった。
第58任務部隊の各空母は、それぞれが飛行甲板をライトアップさせていた。
それは遠くから見ても明らかであった。
スプルーアンスは、夜間の着艦を成功させるために、各空母に探照灯で飛行甲板を照射せよと命じた。
そして、攻撃隊がレーダーに映ると、直ちに各艦艇が、一斉に探照灯で空母を照らした。
既に、第1次攻撃隊の大半が、第1、第2任務群の空母に降り立っている。
「こちらは空母レキシントンだ。今から君達を収容する。まずタフィ1は第3群、タフィ2は第4群に向かってくれ。」
「OK。君達の好意に感謝する。」  


525  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/24(土)  18:53:02  [  D4VsWfLE  ]
ヴィントス少佐は弾んだ口調で応答した。
やがて、タフィ1の60機は、ライトアップされた第4群のもとに到達した。
第4群には空母エセックスと、軽空母のカウペンス、ラングレーおり、
それらはいずれも自艦と寮艦の探照灯で、飛行甲板を照らしていた。
セント・ロー隊はエセックスに収容されることになった。
まず、燃料の乏しいワイルドキャットが先に飛行甲板に滑り込んでいく。
6機が無事に着艦を終えると、今度はヴィンクス少佐の番になった。
少佐はエセックスの後方に出ると、機首を艦尾に向けた。
いくらベテランといえども、着艦には神経を使う。
徐々にだが、エセックスの飛行甲板が近づいてくる。
エンジンを絞り、左右のラダーで舵を調整し、適正針路にドーントレスを載せていく。
「速度が速い。少し落とせ。」
「了解」
航空管制官の指示に従い、さらにスロットルを絞る。エセックスの広い飛行甲板が迫ってくる。
だが、ヴィントスは広さ、狭さなどどうでもいいと思っている。
ただひたすら、着艦させることに集中し続ける。飛行甲板が広いといって、油断したら非常に危ない。
油断せずに、彼はドーントレスをその飛行甲板に導く。脚を出す。スロットルをさらに絞る。
高度をゆっくりと下げる。
次第に動悸が激しくなってくる。こういう時に限って、不吉な事が思いをよぎる。
畜生、人間という生き物は、デリケートなものだな。少佐は内心でそう呟く。
「速度、進入位置、適正。」
やがて、機首の下に飛行甲板の端が完全に隠れた、と思った瞬間、彼の機体は両脚がエセックスの飛行甲板を踏みしめた。
着艦フックに引っ掛かり、ドーントレスは急減速する。
やがて、ドーントレスは飛行甲板上に停止した。  










548  名前:名無し三等陸士@F世界  投稿日:  2006/06/28(水)  12:38:08  [  7Vp0wi8U  ]
よく見ると、スプルーアンスの判断が冴えてるな。  サイフェルバンでは逃げると見せかけて、敵航空部隊を引きずり出して壊滅。  そして、補給を1日で終わらせマリアナに急行、見事に儀式を阻止してる。  


549  名前:陸士長  投稿日:  2006/06/29(木)  03:36:04  [  wawMxn7M  ]
ヨークタウン氏お疲れ様でした。エリラ様ご臨終様でした。
と言うわけで、最後の難関を書き抜いた貴方に感謝の念を込めていやがら……お疲れの念を込めて一本。

帰還したスプールアンスがアーネスト・キング作戦部長に見せた記録映像。
それを見たキング作戦部長の肩はぶるぶると震えていた。

「これは……何かのコメディかね?  ハリウッドだってこんなふざけた映像は撮らんと思うぞ」

モノクロの映像には、上半身にボロボロの軍服を纏い、下半身は褌一丁の剃髪日本人が所狭しと大暴れしているシーンが映っていた。
何というか、もう滅茶苦茶である。金色に輝く褌から噴出した光線でグラマンの編隊をたたき落とし、日本刀の一閃で駆逐艦の艦橋を両断。
エセックス級正規空母の甲板を膾切りにしたかと思えば、戦艦の主砲を根本から断ち切っている。
その下では、巨大な飛竜がこれまた派手なブレスを吐き散らし、巡洋艦を一隻ミディアムレアにしていた。

「君達が"こちらへ戻る"直前に現れた老いぼれジャップたった1人に艦隊の2割が沈められ4割が損傷しただと……馬鹿にするのもいい加減にしたまえ!」
「しかし、これは歴然たる事実で……転移魔法が発動しなければ我々は危うく全滅」
「シャラップ!!  貴様と部下達が作り上げた空前絶後のパロディなど見たくもない!  誰かこの怠け者を……「失礼致します!」」

MPを呼ぼうとしたキング作戦部長の元に情報将校が走り込んできた。
そして驚くべき情報が司令部を激震させるのである。

「マリアナを侵攻中のハルゼー指揮下の第3艦隊が……壊滅しただと?」

スプールアンス率いる第五艦隊は確かに現実世界に帰還した。
そう、とんでもない鬼神もおまけに付けて。

完  









557  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/29(木)  23:31:10  [  D4VsWfLE  ]
1098年10月1日  午前8時  ラグナ岬沖北東320マイル
「気をー付けぇ!」
飛行甲板に集まった、白い軍服を来た将兵が、その号令と共に直立不動の態勢をとる。
空母レキシントンUの飛行甲板上で、厳粛な儀式が始まろうとしていた。
その儀式とは、死者を弔うための儀式、水葬、である。
昨日の航空戦で、レキシントンは5機のF6F、5機のヘルダイバー、6機のアベンジャーを
敵地や着艦事故で失い、12機が修理不能とみなされて廃棄処分された。
その12機の艦載機の中に、負傷が元で亡くなったパイロットは4人。
戦死が確定されている者も含めると、レキシントン・エアグループは合計で24人のパイロットが、
異世界の地で帰らぬ身となっている。
このため、レキシントンではこの日の8時に、水葬を執り行う事を決定した。
24の、星条旗に包まれた棺が並べられている。
従軍牧師が、祈りの言葉を伝えた後、儀仗隊の1人が星条旗を掲げ、残りの数人が持っていた小銃を上空に向け、撃つ。
バーク大佐の隣で、その様子を見つめていたリリア・フレイド魔道師は、内心複雑な心境であった。
戦死したパイロットに哀悼の意を捧げる気持ちと、この世界に呼んでしまった後悔の念が絡み合っている。
(亡くなったパイロット達は、どのような思いをして命を散らしていったのだろうか・・・・
この世界に呼ばれた事への恨みなのか・・・・・・はたまた・・・・・)
彼女は思いを巡らせる。
しかし・・・・・結論は出なかった。
「わからない・・・・・・・・」
リリアは、ぽつりと漏らす。
「ん?何か言ったかね?」
隣にいたバーク大佐が、怪訝な表情で聞いてくる。リリアは首を振り、
「いいえ、何も。」
「そうか。」
バーク大佐はそう呟くと、視線を元に戻した。  


558  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/29(木)  23:33:03  [  D4VsWfLE  ]
パパパーンという射撃音とラッパの吹聴が聞こえ、どことなく、もの悲しく思えてくる。
「戦死者に対し、敬ー礼!」
鋭い声が聞こえ、直後に皆が敬礼を行う。
棺が舷側エレベーターに運ばれていく。
24個全てが運び終わると、10人ほどの兵と一緒にエレベーターが一番下までに降ろされていく。
エレベーターが降ろされると、棺が海に落とされる。
物が落ちる音が飛行甲板にまで響き、小さな水柱が立ち上がる。
棺は、1つ1つ、別れを惜しむかのようにゆっくりと減っていく。
ふと、誰かがすすり泣くような声が聞こえてきた。
声のほうを、リリアはちらりと見てみた。声の主は、彼女の3つ左隣にいた。
レキシントンの飛行長、スノードン中佐である。
彼は、普段は陽気でいて、酒が入るとやたらに絡んでくる。
だが、乗員はいつも自分の家族と言い放っており、パイロットのみならず、艦の乗員の信頼も厚い。
普段、悲しむ事を感じさせない雰囲気のスノードン中佐が、泣いている。
水葬はまだ終わらない。海に落とされる棺は、まだまだあった。
やがて、24個の棺が全て落とされると、レキシントンは右に回頭し始める。
艦橋と一体化した煙突から、汽笛が鳴らされる。
それは、レキシントンが一周するまで続けられた。リリアの目からは、うっすらと、涙が滲んでいた。

午前10時  第5艦隊旗艦戦艦ノースカロライナ
ノースカロライナの甲板上で、第5艦隊司令長官のスプルーアンス大将は、ランニングと短パンに
着替えて、ノースカロライナの甲板上でウォーキングを行っていた。
今回は、レイム・リーソン魔道師と、兵站参謀のビッグス大佐が一緒になっている。
ノースカロライナの甲板で、日々の作業を行っていた将兵は、突然の艦隊司令長官の
行動にやや驚いたが、同時にいいと思うこともあった。
それは、レイムである。彼女は、おとといのギルガメル諸島沖海戦で受けた傷の箇所にガーゼを貼っていたが、
レイムの美貌は、ノースカロライナ乗員の注目を集めた。
彼女の格好は、今で言うTシャツと長ズボンの格好であるが、それがレイムのスタイルのよさを表していた。
ウォーキングが開始された5分ぐらいは、スプルーアンスやビッグスよりも、
レイムのほうに注目が集まっていたが、20分経った今ではそれも無くなり、将兵達は元の作業に戻っている。  


559  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/29(木)  23:34:14  [  D4VsWfLE  ]
「提督は、いつもこのような事を行っているのですか?」
スプルーアンスの右隣で歩くレイムが聞いてくる。
「いつもではないさ。」
彼は微笑みながら、彼女に答える。
「ストレスが溜まったときとか、やりたいと思った時ぐらいだよ。」
「そうですか。ということは、いつも誰かを誘ってから、甲板を歩いているのですか?」
「いや、いつもではないよ。」
スプルーアンスに変わって、ビッグス大佐が答える。
「今日みたいに、他の幕僚を誘う事もあるけど、大体はいつも1人で甲板を歩き回っているんだ。」
「1人で歩きたいと思うからね。」
スプルーアンスは頷きながら言う。
「色々な事を考えながら歩くよ。例えば・・・・友人の事とか、家族の事とか。」
(あたしの父と、同じだ)
不意に、レイムはそう思った。彼女の脳裏には、小さい頃に、よく父と散歩したころが思い出されていた。
彼女の父も、スプルーアンスと同じように散歩好きであった。
休日のころになると、父は張り切って、皆で散歩に出かけようと言っていたものだ。
不思議と、嫌と言う気持ちにはならなかった。むしろ、父との散歩は楽しみでもあった。
月に一度には、少し遠いところにまで歩いていき、いい木陰や丘を見つけると、そこで持参した食料を持って、よく食べていた。
戦争が始まる1週間前にも、レイムは父と、家族で散歩に出かけていた。
あれからもう2年以上が経っている。昔の良き思い出に浸っていると、スプルーアンスが問いかけてきた。
「レイム君は、家族と一緒に散歩とかはしたことはあるかね?」
「え?」
一瞬、間の抜けた言葉を言うが、慌てて返事をする。
「は、はい。」
「そうか。いつもは冷静沈着な君が、返事に間を置くとは珍しいな。流石に疲れてるのかな?」
そう言うと、スプルーアンスは笑みを浮かべた。
「いえ、別に疲れてはありません。ただ、ちょっと昔の思い出に浸っていただけで。」
「なるほど。家族の事かね?」
「そうです。実は・・・・家族も、とりわけ、父のほうが、提督と同じように散歩好きでして。」  


560  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/29(木)  23:35:34  [  D4VsWfLE  ]
「ほう。」
スプルーアンスは、そうなのかと言いたげな表情を浮かべる。
「小さい頃から、たまの休日にひょっこり帰ってきては、家族にちょっと散歩に行こうと言い出して、
いろいろ面白い話を聞かせながらよく散歩に連れて行かされました。」
「その父上は、いい趣味をしているな。」
「あたしから言えば、いい趣味かな?と首を傾げますね。母が断っても、
強引に連れて行こうとしたときもあるので。」
「ハッハッハ!それは、少し度が過ぎるな。私はそこまでじゃないぞ。」
珍しく、スプルーアンスが声を上げて笑う。
左隣のビッグス大佐は、さてどうだかといいたげな表情を浮かべて苦笑する。
「しかし、確かに散歩はいいものだよ。たまにこうやって汗を流し、任務を一時的にでも忘れたほうがいい。
人間、ひとつの事ばかりをやってると、後々余裕がなくなるからね。」
「なるほど・・・・・・」
レイムは納得したような表情で頷く。
「そういえば、何か面白い話とかないかね?」
彼はレイムに言ってきた。
「面白い話・・・・ですか?」
「ああ。なんでもいい。」
レイムはしばらく考え込んだ後、あることを思い出して話し始めた。
「今から4年ほど前になりますか・・・・・ちょうど仕事の休みの日に、一度実家に帰ったんです。
確か夕方辺りだと思いますけど、なぜか父が全身ずぶ濡れで帰ってきたんです。母と一緒に。」
「ずぶ濡れだって?」
ビッグスが頓狂な声を上げる。
「どっかの川に落ちたのかい?」
「いいえ、ちょっと違いますね。」
「違うだと?」
スプルーアンスは首を捻る。
「はい。で、あたしがなんで父はずぶ濡れでいるかと聞くと、母が最初にこう答えたんです。
裏の川に放り込んでやったと。」  


561  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/29(木)  23:37:43  [  D4VsWfLE  ]
「「どうして?」」
不意に、ビッグスとスプルーアンスの声がハモる。
「話の内容はこうです。あたしが帰ってくる20分ほど前に、父が母に散歩に行こうといったらしいんです。
最初、母はそれを断って、家事が忙しいから明日にしてと言ったんです。でも、父はそれをしつこく
言って、しまいには強引に腕を引っ張って、連れて行こうとしたんです。あまりにもしつこかったため、
母はついに怒ってしまい、一緒に行くと見せかけて、裏の川に連れ込み、足蹴りで落とした、って言ってました。」
「ハハハハハハ!それは仕方が無いな!」
思わず、ビッグスが笑い出した。
「それから1週間は、母は父と満足に口も聞いてくれなかったようで。」
レイムが、頬をぽりぽり掻きながら言う、離しているレイム自身も、口元に笑みを浮かべている。
「流石に、そこまでいくと病気だな。」
「いや、長官も人のことを言えませんぞ。」
「何だとビッグス、私にそんなことあったかね?」
「ありますよ。」
ビッグスが断言する。
「戦争が始まる前に、プエルトリコの基地司令に任じられたときに、
幕僚達が休日を一緒に過ごしたいと言ったら、散歩が大好きだねといって、
部下達を引かせたじゃないですか。」
「馬鹿者。あれは違うだろう。それに、あの時は本当に散歩がしたかったのだよ。
散歩と言っても、1人散歩だから周りに面枠はかけとらんさ。」
「いや、似たようなものですよ。」
「こらこら、そんなにしつこくせんでもいいだろう。それにレイム君の手前だからやめたまえ。」
「いえ、やめませんぞ!」
普段、マイペースのスプルーアンスに少しばかり不満を持つビッグスは、この機会に思う存分言ってやれ、とばかりに食い下がる。
しかし、わずか5分で押し問答はスプルーアンスに軍配があがった。  


562  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/29(木)  23:39:27  [  D4VsWfLE  ]
「まっ、とにかく。人間、だれでもストレスを解消する方法があるものだ。つまり、その人なりの心の安らぎ方があるというものさ。
方法は人それぞれだが、何も休まらずにがむしゃらに仕事をやりまくるよりは、こうやって一息つくのがいいのだよ。
そうすれば、内心の疲れも飛んで、後の仕事もやりやすくなる。最も、これは私のやり方だがね。」
そう言って彼は締めくくった。
「よく分かりました。」
レイムは元気のいい声で返事をする。
「いつも思いますが、長官と議論すると、やっぱり勝てませんな。」
「そう気を落とす事も無い。たまたま、その時の議論がうまかっただけだ。
私も議論にいつまでも勝ち続けるとは思ってないよ。」
彼はかぶりを振ってそういった。
「それはともかく、レイム君。こういう場でいうのもなんだが。」
スプルーアンスは語調を変えた。
「我々の帰還儀式はどうなっている?」
「帰還儀式については、まだ詳しい事はいえません。しかし、儀式魔法の基礎部分は、
召喚時に行おうした儀式魔法と、似通っています。帰還魔法はそれを応用して製作していくので、
本来は半年か4ヶ月はかかる魔法製作は、最長でも3ヶ月か、1ヵ月半に縮まります。
私達の努力しだいでは、1ヶ月半ほどで完成することも可能かもしれません。」
「そうか。君の召喚メンバーも、全員が復帰して、ヴァルレキュア国内で頑張っていることだからな。」
スプルーアンスはレイムに顔を向ける。
「レイム君、くどいかもしれぬが、帰還魔法については頼む。現世界では我々を待っているものも多くいる。」
「待っている・・・・ですか。」
「ああ。色々な人達がな。」
そう言うと、スプルーアンスは顔を前に向きなおした。
「今日、夢に見たのだよ。私の友人に、ハルゼーと言う者がいるのだ。私と同じ海軍大将だ。
そのハルゼーが率いる艦隊が、空母や戦艦、輸送船団を率いてマリアナに向かう光景が、夢で見えたのだ。」  


563  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/29(木)  23:41:16  [  D4VsWfLE  ]
彼は、いつもと変わらぬ怜悧な口調で言う。
だが、内心では、どこか不安がるような気持ちが混ざっていた。
「あくまで夢の話だがね。でも、夢としてはどこかリアルすぎたな。」
「リアルすぎる・・・・・ですか。」
ビッグス大佐が表情を強張らせる。
「しかし、考えられぬ事ではありません。今は10月ですが、太平洋艦隊も
新鋭のエセックス級空母が新たに数隻配備されてもいい時期です。」
「在来の空母サラトガやイントレピッド、召喚当時には配備されたてのフランクリンと
軽空母のインディペンデンス。それに9月中に配備される予定のタイコンデロガとハンコック、
ベニントンが加われば、空母機動部隊の形も整えられる。それに護衛艦艇も充実している。
確かに侵攻は可能だろう・・・・・・・被害を無視すればの話だが。」
「提督、度々話に出てくる日本という国ですが、その国は強いのですか?」
レイムが聞いてきた。
「強い。」
スプルーアンスは即答した。
「現在、わがアメリカ海軍の戦力は完全に日本海軍を上回っている。だが、ただ上回っていると
言う話だ。実際戦えば、損害ゼロというわけにはいかない。それに、最初はその日本と言う国が、
わが軍を圧迫していた。戦争2年目では、数少ない空母も行動可能な艦がいなくなり、一時は非常に危ない時期を迎えていたのだ。」
スプルーアンスは、太平洋艦隊参謀長を務め始めた、1942年後半を思い出していた。
あの時、米海軍は今とは比べ物にならぬぐらい苦しかった。
空母機動部隊は、日本機動部隊によって叩かれ、水上部隊は度々勝利を収めるものの、それも味方の血の代償によって収めたものである。
各部隊からは、悲鳴のような報告が相次ぎ、米軍の戦線は、日本にはない物量の差でやっと埋めている有様だった。
「果てしない殴り合いのような戦いだったが、我々はそれに勝利を収め、日本側の拠点を次々と落としていった。でも、」
彼の表情に、一瞬陰りがよぎった。  


564  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/06/29(木)  23:43:52  [  D4VsWfLE  ]
「勝利は得ても、味方の犠牲をゼロにすることはできなかった。
私は、通常戦でいつも味方の勝利を極限に押さえ、敵に最大の損害を与える方法を研究している。
あれこれやって、確かに成果は収めている。だが、戦死者ゼロというものはなし得られない。
戦争の宿命と分かりきっているのだが、どうしてどうして、作戦終了後にはどこか辛く感じるものだ。」
スプルーアンスは、苦笑しながらそう言い放つ。
彼の始めての表情に、レイムは戸惑いを感じた。
「おっと、こんな場で、こういう話はいかんな。ビッグス、何か面白い話はないかね?」
スプルーアンスはすぐにもとの表情に戻して、話題を別のものに変えた。
だが、レイムには別の事が心にあった。
普通、将軍や群を統率するものというものは、常に威厳に満ち、自分のしてきたことを
誇らしげに思うものだと、レイムは感じていた。
スプルーアンス自身も、自分の行った成果には誇りを持っていた。
だが、誇りを感じると同時に、彼は自分が行った作戦で、多くの敵味方の
将兵を殺した事を実感しているのである。
彼女はレイモンド・スプルーアンスという男を見て考え方がかわった。
そう、彼女は作戦を指導する将というものは、敵味方の痛みもわからなければならないと、今初めて知ったのだ。  



579  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/02(日)  17:28:04  [  D4VsWfLE  ]
1098年  10月10日  エリオンドルフ
午前9時  エリオンドルフの港内には、継戦派に撃破されていた艦艇が港内に大破着低しており、
その撤去作業が進められていたが、4日前に始められたこの作業は、まだ大して進捗していない。
この日、朝出勤してきた撤去要員や、基地の守備兵は、沖合を見るたびに、どことなく違和感を感じた。
港の少し離れた沖合いには、バーマントのものとは違う艦艇がどっしりと、腰を構えていた。
中でも、一番注目されるのは、甲板がほとんど平らな軍艦で、あちらこちらに酷い手傷を負っている。
それの周囲に陣取っている軍艦も、大なり小なり傷ついている。
一見、どこぞの戦場から逃げ出してきた敗残艦隊を思い起こさせる風景だ。
しかし、見慣れぬ軍艦群が掲げる旗、アメリカ合衆国のシンボルである星条旗は誇らしげに翻っていた。
これらの船は、昨日のごごにエリオンドルフにやって来て、埠頭から2キロ沖に停泊している。
「あれが空母という船か・・・・・」
埠頭で、工作艦に横付けされた空母を見つめながら、クライスク・アーサー騎士元帥は感慨深げな口調で呟く。
「すっきりした形だな。あれが、わがバーマントを苦しめた軍艦とは思えんな。」
「情報によれば、あの空母と言う軍艦の特徴は、飛空挺を載せ、それで航空攻撃が行えると言うことです。」
傍らのウラルーシ少将が言ってきた。元々、痩身な彼だが、ここ数日の激務で頬がさらに痩せこけている。
「最低でも30〜40機、多くても100機の飛空挺がつめるとの事です。
あれが、アメリカ軍という異世界軍には、10〜20隻はあるとのことです。」
「なるほど。どうりで勝てないわけだな。」
アーサー騎士元帥は、伸びた無精ひげを撫でながら、苦笑する。
「多数の飛空挺を積み、それを複数にまとめて運用する艦隊。
機動部隊か・・・・・だが、その機動部隊を持ってしても、多数の敵戦力の前には無傷でいられなかったな。」
彼は、傷ついた空母、CV−6エンタープライズを見つめながら言う。
革命軍は、マリアナを巡る攻防戦には間に合わなかったが、米艦隊に同行していった同志からの報告は受け取っている。  


580  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/02(日)  17:29:25  [  D4VsWfLE  ]
報告によれば、米艦隊は30日に継戦側の空中騎士団や艦隊と戦火を交え、継戦側の航空戦力や水上戦力を撃滅した。
翌31日には、米機動部隊はその強大な航空兵力を、マリアナの魔法都市に一気に叩きつけた。
激戦の末、日没直前に手目標の魔法施設は完全破壊されている。
だが、米側の損害も大きかった。
大型空母1隻と、中型艦、小型艦、給油艦あわせて6隻を失い、大破した艦艇も何隻かいる。
航空機も、合計で200機以上を失っている事から、継戦側と米艦隊が、いかに死力を尽くして戦ったかが分かる。
目の前の空母も、昼間の空襲と、水上戦で酷くやられ、こうして工作艦の応急修理を受けている。
現在、エリオンドルフには、損傷した軍艦や、東海岸からやってきた米側の補助艦艇の他に、
第58任務部隊の第2、第3群の空母や護衛艦艇が沖に停泊している。
第1、第4任務群は、しばらく現場海域に留まった後、9日の早朝にエリオンドルフに向けて変針した。
革命が始まって以来、バーマント公国は変わりつつある。
継戦派はグランスボルグ地方ではまだ活動を続けているが、首領のエリラが戦死したこともあって、侵攻した革命軍に降伏しつつある。
侵攻する前までは、継戦側は依然として革命側に従うそぶりを見せなかったが、沖合に居残っていた
米機動部隊がきついお灸をすえたお陰で、戦意を喪失している。
統一派は徐々に解体しつつあり、4日前には、新たに皇帝に即位したグリフィンによって、待望の
停戦宣言が発表され、バーマント軍はヴァルレキュア領から続々と撤退しつつある。
1週間後には、ヴァルレキュア、バーマントの両首脳を交えた停戦協定が結ばれる予定で、
大陸から戦火は収まりつつある。
そのきっかけを作った1人である、アーサーがなぜこのエリオンドルフに来ているのか。
理由としては、エリオンドルフに休養のために入港(といっても沖での停泊である)した米艦隊の首脳、
レイモンド・スプルーアンス大将に礼と、詫びを言うためである。  


581  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/02(日)  17:31:30  [  D4VsWfLE  ]
20分後、アーサーとウラルーシの姿は、内火艇の甲板にあった。
内火艇が向かう先には、1隻の巨艦がいる。3つの巨大な砲塔。
その間に聳え立つ尖塔のような艦橋構造物。
2本の煙突と、舷側に設置されている複数の小型の砲塔・・・・・全てが、このバーマントには無いものである。
(いや、この大陸のみならず、世界中を探しても見つからない)
バーマントはエルファ大陸とよばれる大陸を構成する1国で、海の向こうには、
エルファ大陸に匹敵するオーラム大陸がある。
その他にも、小さな島や大きな島もあるが、技術が優れているのはどこを探してもバーマントのみで、
他の国々の技術力は相変わらず進歩していない。
武器もヴァルレキュアのように剣と盾が主体である。
そんなバーマントにもない兵器が、今目の前にある。
やがて、内火艇はその巨艦の左舷側に横付けした。
舷側には階段が下ろされており、内火艇はそれに合わせるように、慎重に横付けされた。
「どうぞ、こちらへ。」
アメリカ海軍の水兵が、道を進める。アーサーらは内火艇から乗り移り、ウラルーシと共に階段を上がる。
階段を上り終えると、数人の男が待っていた。
男はカーキ色の軍服をつけ、その中の1人が表情を変えずに歩み寄ってきた。
「ようこそ、私が第5艦隊司令長官のレイモンド・スプルーアンス大将です。」
学校の先生を思わせる、痩身の男が敬礼をする。
(この人がスプルーアンスか・・・・・どことなくイメージが違うな)
アーサー元帥は、最初はスプルーアンスの事をもっと理知的で、威厳のある人物だと確信していた。
だが、現実には学者を思わせるような風貌で、体も痩せている。むしろ、隣にいるデイビス少将を彼は最高司令官と思っていた。
そんな思いを一瞬のうちに振り払って、アーサーも自己紹介を行う。
「私は、バーマント公国軍臨時司令官のアーサー元帥です。勇将の誉れ高い提督にあえて、光栄であります。」
その後、彼はウラルーシ少将を紹介すると、スプルーアンスも参謀長のデイビス少将、作戦参謀のフォレステル大佐、
通信参謀のアームストロング中佐、ノースカロライナ艦長のサイモン大佐を紹介した。  


582  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/02(日)  17:37:26  [  D4VsWfLE  ]
「それにしても、凄い船だ。まさに浮かぶ要塞ですな。」
アーサーは早速、ノースカロライナに対して感じた第1印象をスプルーアンスらに伝える。
「これなら、どんな敵もたちまち一ひねりでしょう。」
「まあ、確かにそうでしょうな。」
スプルーアンスは、含みのある苦笑をしながらそう返事した。
「水上戦では、強力な砲戦能力で敵に対応できますが、それでも、苦しい場面はあります。
決して無敵と言うわけではありませんよ。さて、中へ入りましょうか。」
彼は、艦内にアーサーらを誘った。作戦室には、ベルーク大佐と魔道師のオスルが待っていた。
「閣下!お久しぶりです。ご無事で何よりです。」
「ベルーク、それにオスル。私も君達が無事でよかったよ。」
それまで緊張していた顔つきだったアーサーは強張りを崩して笑みを浮かべつつ、彼らと握手を交わした。
「君達がしっかり役目を果たせるかと心配だったが、君達の姿を見たことで、ある程度胸のつかえが取れたよ。」
「これから、新しい国づくりが始まるのですね。」
「そうさ。前途多難だが、やりがいはあるぞ。」
アーサーは握手を緩めると、2人にイスに座るようにすすめられ、彼らはイスに座った。
スプルーアンスらは彼らと向き合う形で、反対側に座る。
それを確認したアーサーは、改めて畏まったような表情になり、それから口を開いた。
「スプルーアンス提督、あなた方の協力のお陰で、国内の継戦派はなんとか押さえられつつあります。
本来であれば、我々自身が、独力で対応するべきでしたが、結果的には、あなたの軍にも犠牲を強いる結果となり、申し訳なく思っております。」
アーサーは、すまなさそうな表情を浮かべて、スプルーアンスらに謝った。
「我々のほうこそ、貴重な軍港に停泊する許可を与えてくれたグリフィン殿下に感謝いたします。」
スプルーアンスも彼らに対して礼を述べた
本当であれば、あの晩に全てが終わっていたはずなのである。
だが、アーサー達はエリラを逃がしてしまい、最強最悪の手段に移ろうとした。
その手段も、アメリカ機動部隊の断続的な空襲によって阻止されている。  


583  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/02(日)  17:40:14  [  D4VsWfLE  ]
米側の損害報告を聞いた時、アーサーはエリラを取り逃がした事を深く後悔した。
独力で解決する。それが革命軍の作戦方針であったが、エリラの影響力を完全に把握できなかったため、継戦派の決起という予想外の事態を迎えた。
「あの時、もっと情報を集め、エリラ皇女を捕らえておけば、あのような事態にもならなかった筈ですが。
私の見込み違いが原因でこういう事を引き起こしてしまった事は、誠に恥ずべき事であると、私は思います。」
アーサーは表情を変えずに言葉を続ける。
「ですが、あなた方の行動で多くの命が救われた事も、また事実です。
わが国民も、あなた方の素早い行動のお陰で、今も生活を送っています。
私は、国を救ってくれたあなた方の軍に、陛下から預かったお言葉を言います。ありがとうと。」
アーサーは深く頭を下げた。会話を黙って聞いていたスプルーアンスも、ようやく口を開いた。
「アーサー将軍のお言葉を聞いて、私も非常に嬉しく思います。この言葉は、艦隊の将兵に伝えておきましょう。」
普段と変わらぬ、怜悧な表情で、スプルーアンスは淡々と述べる。
「将軍閣下、先ほど、あなたは見込み違いでエリラ皇女を捕らえ損ねたと言っておりましたな?」
急に先の話をするスプルーアンスに、アーサーはやや面食らった表情を浮かべた。
「はい。」
「確かにそれも原因かもしれません。しかし、戦争と言うものは全てが思うように行かぬものです。
全て完璧に見える計画でも、いざ実行してみると不具合が出る。それは仕方のないことです。
今回のエリラ皇女の起こした事態も、もしかしたら、皇女の情報網があなた方より上を行っていたか、
あるいは内通者を忍び込ませたかで起こった事かもしれません。いずれにしろ、予期せぬ事態で起きた事は確かです。
そして、それを止めるのは非情に難しいです。責任はあると思います。ですが、このような想定も行えば、決してあなたに責任があるとはいえません。」
スプルーアンスは、諭すような表情で話す。それを聞いたアーサーは、どことなく不思議な思いだった。
アーサーは継戦派の件で彼に謝罪したのに、その謝罪された側から、おおざっぱに言えばそうではないと言っているのだ。
「そのような事態は、私も幾度か経験しているので、よく分かります。アーサーさん。どのようなものでも、予期せぬ事は起こり得ます。
程度が大きいか小さいかの問題でしかありません。今回はそれがたまたま大きくなっただけです。どうか、1人で思い悩む事がないように。」
話を聞いていたアーサーは、一瞬スプルーアンスの姿が大きく見えた。  


584  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/02(日)  17:41:26  [  D4VsWfLE  ]
そう見えたのも一瞬であり、目の錯覚である。
(度量が大きい)
そう感じずにはいられなかった。
「確かに、提督の言われる事であります。」
「分かってくれたようですな。」
そこで、スプルーアンスは微笑む。
「何もかも1人で背負い込もうとする。確かにいい事です。ですが、それも時によりけりです。」
「なるほど。」
そう言いながら、アーサーは内心で、
(この人には勝てない)
と思った。
一見、どこにも居そうな普通人のような姿だが、その内にあるものは外見とは似ても似つかないものであり、
とても頭がいい、と彼は確信している。
そして同じ武人であると言う事も、彼の言葉から感じ取る事が出来た。
彼とは全く違うタイプの軍人だが、その理論的な言葉には、思わず納得させられる。
(一軍の将をつとめられるだけはある。いや、国のトップに上り詰めてもおかしくないだろう)
アーサーは、スプルーアンスに対してそう印象付けられた。
革命前に起きた各地の戦いで、バーマント自慢の大軍を良い様に振り回し、叩き潰したのも納得がいく。
スプルーアンスのような軍人は、バーマント国内を探しても5人いるかいないかであろう。
「僭越で申し訳ありませんが、軍の撤退はどのぐらいまで進んでおりますか?」
「今は7割がたまで終えています。この調子でいけば、停戦協定調印式前には、全ての軍が本国に復員できるはずです。」
平和が戻りつつある。スプルーアンスはそう思った。
最初、この世界に召喚され、ヴァルレキュアの実情を聞いた時に、彼はとてもバーマ  


585  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/02(日)  17:43:00  [  D4VsWfLE  ]
ほどの大国は屈服できぬと考えた。
ヴァルレキュアの人口600万に対して、バーマントは7400万。
それも本国だけであり、占領し、支配下におく属国も含めれば、実に1億300万ほどが居るといわれている。
この数字は人間以外の種族も含まれていない。
普通なら到底無理である。だが、知力を絞りつくして、スプルーアンスは幕僚達と共に作戦を考えた。
それが、バーマントの内にくすぶっていた革命側の闘志に火をつけたのである。
現在、戦火はグランスボルグ地方でまだ上がっているが、継戦側の抵抗も徐々に収まりつつあり、
向こう2週間以内には抵抗は収まると言われている。
(火消し役ということか)
そう思うと、彼は思わず苦笑した。彼が行った事は、普通ならば偉大な功績として多くの人々に称えられるものだ。
しかし、それはこの世界での事で、現世界では何もしていない。
それどころか、半年以上もどこかに雲隠れした挙句、戻ってきた頃には戦力を減らしているのだ。
恐らく、自分は更迭されるだろう。だが、ただ更迭されるのも面白くない。
この世界で起きた事、体験した事を全て上層部や、キング作戦部長に打ち明ける。
彼らに信じられないのはもはや計算済みであるが、それでも、自分達が行った事を彼らの目に通す事ができる。
異世界の地でも最善を尽くしてやった事を。

会談は1時間半にも及んだ。会談の内容は、最初のアーサーが行った感謝とお詫びの表しと、停戦協定調印式の参加要請である。
スプルーアンスは断ろうとしたものの、世界の破滅を未然に防いだ勇者を招かぬとあっては、
武人の名折れだとアーサーに言われたため、彼はしぶしぶ調印式に加わる事となった。  



586  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/02(日)  17:45:06  [  D4VsWfLE  ]
10月11日〜25日
月日はあっという間に流れていった。
11日に、応急修理の終えたエンタープライズを始めとする損傷艦群は、護衛の第2任務群を引き連れて、
スプルーアンスらより一足早くエリオンドルフを出港した。
ちなみに、エリオンドルフを米艦隊が使用する理由となったのは、グリフィンの配慮であり、
一度はサイフェルバンに長駆帰還するはずだった米艦隊は、エリオンドルフで一息つくことができた。
12日には第1、第4任務群が、救出したパイロット8名を載せてエリオンドルフに到着、ここで2日休息した後、
15日には出港し、米艦隊はほぼ全艦がサイフェルバンに向けて移動を開始した。
17日には、グランスボルグ地方の継戦派の軍が革命側に投降。
ここにして大陸を覆っていた戦火は収まる事になる。
18日は、アメリカ、バーマント両軍の激戦場となったサイフェルバンに、バーマント公国新皇帝の
グリフィン・バーマントが復旧した鉄道に乗って来訪し、ヴァルレキュア王国のバイアン王と共に会談。
午前11時には停戦協定が2カ国の首脳によって調印された。
調印式にはバーマント、ヴァルレキュアの両軍の他に、米軍も参加した。
調印が終わった直後に、沖合の米戦艦から祝砲が放たれ、空には陸軍航空隊の航空機と、
機動部隊から発艦した艦載機、合計700機が飛来して両国の停戦を祝った。
19日にはバーマント側の捕虜の復員が始まり、各収容所から合計28万人の捕虜が祖国への帰還を始めた。
20日にはアメリカ軍は、占領していたサイフェルバンをバーマント側に返還する調印式を執り行い、
バーマント軍最高司令官に就任したアーサー騎士元帥とスプルーアンス大将が文書にサインを行い、米軍のバーマント領への引き揚げが始まった。
25日には部隊の半数以上の兵が、輸送船によってヴァルレキュア領ウルシーに向かい、撤退も佳境に入りつつあった。  


587  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/02(日)  17:46:41  [  D4VsWfLE  ]
午前6時30分  グリンスウォルド飛行場
テントを畳み終え、それを集めているトラックに折り畳んだテントを放り込んだ。
「さてと、後は自分達の愛機で、ウルシーに帰るかね。」
自分の手荷物を肩に下げたポール・フランソワ大尉は、白い息を口から吐きながらそう言った。
2日前から、気温が急激に下がり、現在では最高気温が18度までしか上がらない。
今現在の気温は14度である。このサイフェルバンは、10月の後半から11月の初旬にかけて冬の季節に入るという。
これまで熱帯地域のニューギニアや、マーシャル諸島で過ごしてきた彼にとっては、久方ぶりの寒さである。
「こういう寒さを味わうのは3年ぶりだな。」
「大尉は確か生まれはワシントンでしたっけ?」
バイエルン軍曹が聞いてきた。
「そうだ。冬になると雪が降ってきてな、気が向いたときには近所の友達と雪合戦とかやってよく遊んでいたよ。」
フランソワ大尉は、懐かしげな口調で昔の思い出を語る。
「自分はカリフォルニア生まれでした、雪を見たことが無いんですが、冬は大変じゃないですか?」
「大変さ。まだガキの頃はよかったが、中学校の頃から近所の雪掻きに借り出されては、その後は疲れでグダグダだったな。
はっきり言って、冬が楽しいと思うのは大間違いだ。寒くてまともに動く気にもなれん」
「でも、一度は見てみたいものですね。」
バイエルン軍曹は、羨ましげに彼を見つめる。
「やめとけやめとけ、真冬になったら家でずっと閉じこもりたいぐらい寒くなるんだぞ?朝は置きにくいし、いい事が少ないぞ?」
フランソワ大尉は子供の夢を壊すような事を口走った。
「つーか、まだ仕事は残っとるんだ。さっさと準備せんか!」
大尉はきつい口調でバイエルン軍曹を追い立てた。ばつが悪そうな表情を浮かべたバイエルン軍曹は慌てて彼の元から離れていく。
「そういえば・・・・戦争が始まってからは、雪を見たことがないな。ずーっと、熱いところばかり行ってたからなあ。」  


588  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/02(日)  17:48:34  [  D4VsWfLE  ]
彼は左頬をさすりながら、そう呟く。左頬の傷跡の所だけ、少しばかり回りの皮膚と比べて凹んでいるように感じる。
「元の世界に帰ったら、またジャップと戦うのだろうな。」
日本軍・・・・・・バーマントよりも恐ろしい敵が、現世界では待っている。だが、死ぬつもりは無い。
太平洋戦線に戻っても、絶対に生き延びてみせる。フランソワ大尉は心の中でそう決めた。
B−25の中に入り、操縦席に座る。
各種計器のチェックを行う。点検に1分ほどかけるが、全て異常なし。
「機長、全員乗り込みました!」
「ようし、エンジン始動!」
そう言って、彼はエンジンを始動させる。2基のプロペラが最初はゆっくりと、少し立ってから猛烈な勢いで回り始めた。
グオー!という力強いエンジン音が飛行場に木霊する。
「右エンジン異常なし!」
副操縦士が報告してきた。彼も左エンジンを見る。エンジンは快調に動いていた。
「左エンジンもOKだ。」
飛行場には、簡易式の指揮所やレーダー施設などがあったが、これらは工兵部隊によって撤去されつつある。
飛行場の滑走路自身も、普通のコンクリートを敷き詰めているわけではなく、ただ穴あき鋼板を敷いただけである。
これも航空隊が撤退すれば、すぐに撤去される。
第790航空隊は、全機がエンジン音を上げて、離陸の時を待っていた。
その最初の機が、フランソワ大尉のB−25である。
誘導路を通って、滑走路に出た彼は、未だに管制塔に陣取っている管制官を呼び出す。
「こちらベイティリーダー、管制塔聞こえるか?」
「こちら管制塔、感度良好だ。ベイティリーダー離陸を許可する。」
「OK、ウルシーで会おう。」  


589  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/07/02(日)  17:51:29  [  D4VsWfLE  ]
彼はマイクを元に戻すと、ブレーキを離し、機体を前進させた。
エンジンの出力を上げ、スピードを上げる。スロットルが開かれ、エンジンが猛り狂ったような音を上げる。B−25はますますスピード上げていく。
1200メートル滑走したところで、機体がフワリと浮かび上がった。操縦桿をゆっくりと手前に引き、高度を上げる。
下界では、2500メートル付近の滑走終了地点が見え、土のうが大量に積まれた防壁も見える。
高度を2500まで上げたフランソワ大尉は、上昇をやめて旋回に移った。離陸してくる寮機を待つためだ。
「2番機、離陸しました。3番機、続けて滑走開始。」
後部銃座から、バイエルン軍曹が声を上げて報告してくる。
滑走路脇の誘導路には、離陸を待つB−25やB−24、A−20やP−47といった各種航空機がずらりと並んでいる。
パイロットの誰もが、一時的な平和を喜んでいた。

この日、グリンスウォルド飛行場とバーネガット飛行場から、陸軍航空隊、海兵隊航空隊の航空部隊が撤退していった。
これらの航空隊は、南のウルシー泊地周辺の飛行場に降りた後、マーシャル諸島の飛行場に移送されることとなった。
この日の空は、曇りであったものの、天気はそれほど悪くなく、陸軍航空隊は堂々たる編隊を組んでサイフェルバンを後にした。


時に1098年  10月26日の事である。