276 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/26(金) 22:44:56 [ D4VsWfLE ]
9月26日 午前10時 魔法都市マリアナ
巨大な魔法陣が床に描かれ、それを取り囲むように、魔道師が呪文を唱えている。
その真ん中には、30匹の血まみれの、息絶えたワイバーンロードが横たわっている。
直径が500メートルもある巨大な魔法陣に、合計で20名の魔道師が配置されている。
今回、召喚儀式に参加する魔道師は200名。それらが3時間交代で陣につき、呪文を詠唱する。
ここは魔法都市マリアナの中心にある大魔道院と呼ばれる建物で、外見は要塞と見紛うばかりの作りで、
1辺が600メートルの正方形を形作っている。
外壁は7階建てだが、真ん中部分の400メートルの正方形部分は一段下がった状態となっている。
3階の内側通路から眺め下ろしていたエリラ・バーマントは満足したような表情を浮かべている。
「いかがでございますか?」
黒ずくめの服を着た高齢の女性が尋ねてきた。この儀式を取り仕切るリーダーであるアリフェル・グールである。
「うーん、見たところは、ただ陣の外縁に立って、瞑想しているように見えるけど、本当に呪文を詠唱しているの?」
「はい。しかと行っております。この儀式のやり方は呪文詠唱ですが、魔道師たちはひそひそ話をするような
小さな声で詠唱しています。ですので、近くに寄らないと聞けないでしょう。最も、今は交代時間じゃないので、
近寄れる事は出来ませんが。」
「なるほどね。」
エリラは納得する。
「エリラさま。」
「何?」
「昨日頼まれた、儀式終了の期日でありますが、約11日で完了するとの計算が出ました。
ですので、あと10日ほどで、儀式は完了いたしますぞ。」

277 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/26(金) 22:47:37 [ D4VsWfLE ]
「さすがは魔法都市マリアナの魔道集団。仕事はきっちりこなしてるわね。」
エリラは笑みを浮かべ、彼女を褒めた。元々、儀式には14日かかると見積もられていた。
しかし、グールらの献身的な努力によって、その期間は縮小された。
「これで、悪しき蛮族共を滅ぼせられますね。ヒッヒッヒ。」
グールはそう言って薄気味悪い笑い声をあげた。前歯が5本欠けていた。
「でも、油断は禁物よ。」
エリラは真剣な表情で言う。
「油断は禁物と言われますと・・・・・ああ、もしや。」
「ふーん、あなたもわかるのね。そう、異世界軍よ。」
「あの忌まわしき、異世界軍の艦隊ですな。なんでも、洋上遠くから大量の飛空挺を
飛ばしてくると言う、卑怯者の艦隊・・・・・・」
わずかにグールの体が震える。
実は、彼女の息子は第13空中騎士団に所属していたが、その息子は米機動部隊との戦闘によって、
帰らぬ人となっている。
「大丈夫。私達には最新装備の空中騎士団が付いている。異世界軍の蛮族ごときにやられはしないわ。
でも、万が一の場合もあるから、油断は出来ないわね。」
エリラは手すりにもたれてそう言う。
「まあ、この魔法都市の防備も着々と整いつつあるわ。例え異世界軍がこの町にやってきても、
設置を終えた対空火器でなんとかなる。安心しなさい。それよりも、
油断のならないのは、革命軍の破壊工作よ。
今は何も無いけど、それが一番心配ね。」
「そうですか。とりあえず、これからが正念場でございますから、我々ももっと、
気を引き締めて仕事に当たります。」
「儀式の事はよろしく頼んだわ。」
「はい。では、そろそろ仕事に戻らせてもらいます。」
老婆はうやうやしく頭を下げると、エリラから離れていった。
エリラは再び視線を下の階の魔法陣に向ける。雰囲気がどことなく禍々しく感じられる。
「ふふふ・・・・父がなし得なかった事が、あと10日でできる。
エンシェントドラゴンを召喚したら、この西北部以外の大陸全土を滅ぼし、
あたしが大陸の主となる・・・・・」
彼女の双眸は、不気味に微笑んでいた。

278 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/26(金) 22:49:23 [ D4VsWfLE ]
午前11時になると、エリラは魔道院から北に100メートルほど離れた自らの邸宅に、ある人物を招いた。
自室で休憩を取っていた彼女は、その人物が来たと知らされると自室に呼ぶように言いつけた。
やがて、ドアから侍従に案内されて、1人の人物が入ってきた。
それは、ロバルト・グッツラ騎士中佐であった。
彼は元第23海竜情報収集隊を指揮していた海軍軍人で、その収集隊は、米軍相手に数々の勲功を挙げている。
その酷薄そうな雰囲気は全く変わってはいないが、顔つきはやや精悍な感じになっている。
「殿下、お初にお目にかかれて光栄であります。」
彼はうやうやしく頭を下げた。
「私も、海竜使いにあえて嬉しいわ。さあ、座って。」
エリラはソファーに座る事を勧めた。
エリラとロバルトはテーブル越しに相対するような形でソファーに座る
身長はロバルトのほうがやや高い。
「バーマント殿下」
「エリラでいい。」
彼女はロバルトの言葉を遮る。
「そっちのほうがやりやすいからね。」
「では、エリラ様。話に入る前に少しお聞きしてよろしいでしょうか?」
「何?」
「何故、戦闘服をつけておられるのですか?」
エリラの服装は、バーマント軍の野戦用の茶色の長袖と長ズボンである。
と言ってもちゃんと着ているわけではなく、長袖は肘の辺りまで捲り上げているし、
首元まであるボタンは胸の真ん中辺りまで外されている。軍装とはいえ、少々着乱れている感がある。
「この服をつけたら、なんていうか、本来の自分でいられるような気がする。
今までつけていたようなドレスとかは、ハッキリ言って必要な時以外はつけない様にしている。
だから普段はこういった服装なのよ。」

279 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/26(金) 22:52:35 [ D4VsWfLE ]
彼女は得意げにそう言い放つ。どうやら、貴族用の服などはいまいち体に合わないと思っているのだろう。
(自己中心的で人泣かせか・・・・・宮殿では確かに人泣かせだろうな)
ロバルトはそう思った。
「なるほど。納得しました。」
「さて、今日あなたを呼んだのは他でもないわ。」
彼女はずいと顔を近づける。
「敵の機動部隊は何日ぐらいで補給を終えるの?」
「アメリカ機動部隊の補給能力は相当優れています。
敵の空母部隊は合計で10隻以上の空母を中心に成り立っております。
サイフェルバン戦時に、アメリカ機動部隊はウルシーの根拠地で補給に当たっていますが、
彼らはわずか4日ほどで武器弾薬、その他の物資を補給し、5日目には出港して上陸軍の
支援に当たっておりました。」
「わずか4日・・・・・・・」
話を聞かされたエリラは驚いた。
先日の第4艦隊を撃破した第5、第6艦隊は補給終了までに3日はかかると言っている。
だが、この両艦隊は47隻。
方やアメリカ機動部隊は、100隻ほどの大艦隊で4日。補給能力の差は計り知れないものがある。
エリラは思わずぞっとしてしまった。
「私は東海岸空襲を終えた敵の機動部隊が今、補給中であると推測しています。
敵は補給に2日ないし3日は時間をかけますから、恐らく2日後にはこの
マリアナに向けて出港すると思われます。」
ロバルトは懐から折りたたんだ地図をテーブルに広げた。
地図には大陸の図が描かれている。彼は東海岸のある地点を指差す。そこはカルリア沖である。
「敵機動部隊はここにいます。2日後に出港するとすれば、まず東海岸沖を北上し、次いで陸地の
途切れたレネイル岬沖から西に転じ、ギルガメル諸島沖を通って、ここに来ると思われます。

280 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/26(金) 22:58:57 [ D4VsWfLE ]
ロバルトはマリアナ沖の地点で指を止め、トントンと叩いた。
「現在、我が海竜情報収集隊は、この地点とこの地点、それとこの地点と
この地点に散開線を貼り、敵機動部隊の来襲に備えております。」
「ここマリアナから300キロ、600キロ、700キロ、900キロの地点にね・・・・
私は詳しい事は分からないけれど、東方から襲撃してくるアメリカ機動部隊を見つけるには、理想的な配置だと思うわね。」
「恐縮です。」
思わず、畏まって言う。何しろ、目の前にいるのは継戦派のトップだ。自然に体が緊張してしまう。
「そんなに固くならないでいいのよ。お互い年は近いわけだし。」
そんな彼に気が向いたのか、エリラは気楽にして、と言う。
「まあ、それはともかく、海竜部隊の配置は完了したわけね?」
「はい。配置は既に終了しています。現在、各散開線には常時20匹の海竜を潜ませています。」
「20匹・・・・・もっと投入は出来ないの?」
「海竜が足りません。前回のサイフェルバン戦以来、敵機動部隊も海竜狩りを始めており、
海竜の被害が馬鹿にならないのです。それに上層部が海竜の養成コストに驚いて、
養成を中止してしまったため、予備の海竜がほんの30匹しかおりません。
現在、海竜の残存数は100匹しかありません。」
もっと養成すれば、一度の喪失で壊滅する事も無かった、と言いたげな口調である。
(物事はキッパリ言うわね。)
エリラは、ロバルトに対してそう思った。
父の時代には、あまり物事を言える将官や部下が少なく、時々都合の良い報告しか行っていない時があった。
もし、ずけずけと、ロバルトの様な事を言えば、たちまち怒りが爆発して言った本人を詰り、
最悪の場合にはそのポストからたたき出されてしまう。
だが、エリラはそんな、怒るとか、不快な気持ちになるとかは思わなかった。

281 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/26(金) 23:00:42 [ D4VsWfLE ]
初めて批判めいた事を言われた感想としては、
(これはこれで、後々役に立つわね)
と、むしろ感謝していた。
「海竜部隊の事はよく分かったわ。」
エリラは頷いた。
「さて、もう1つ聞きたいんだけど、問題の敵機動部隊は、いつ頃来襲すると思う?」
「私の部隊が分析した結果ですが、敵の機動部隊は2日後に出港したとして、
およそ8日後にはマリアナ沖に来ると思われます。」
「・・・・意外に早いわね。」
エリラはやや戸惑った。8日後というと、召喚儀式が完了する2日前である。
「どうしてそんな短期間に来れるの?」
「敵艦隊の速力にあります。これまでの経験からして、アメリカ機動部隊は
16〜18ノットのスピードで洋上を航行しています。無補給で行けば出港から
4日後に来襲します。しかし、敵機動部隊の小型艦に1度か2度ほどの燃料給油を
行いますから、もっと期間は長くなります。しかし、それでも出港から5日か6日ほどで来襲できます。」
「5日か6日ねえ・・・・・・」
エリラはやや困惑したような表情で呟いた。
「空中騎士団と、艦隊に4日は粘ってもらわないと、儀式の邪魔をされるわね。
でも、あたしが言ってもどうにもならない。対抗部隊に精一杯頑張ってもらうしかないかも。」
エリラはため息をついた。最初は敵機動部隊なぞ恐れることはない、と思っていた。
だが、話を聞いてみると、つくづく嫌な相手を敵に回してしまったと思う。
(好きな所に・・・・好きな場所を思う存分攻撃できる・・・か。空母っていう軍艦は厄介な代物ね)
エリラは心中でそう呟く。
「まあ、来襲時期が大体分かっただけでもめっけもんね。来襲日2日前までには、迎撃準備が完了するように、各部隊に命令するわ。」
「ハッ、情報がお役に立てたようで、光栄の極みでございます。」
エリラはロバルトを呼んで良かったと思った。継戦派の中では、最もアメリカ軍と接した人物だ。
「何かを経験するというものは、何かを役立たすためにも必要になるものね。」

282 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/26(金) 23:03:36 [ D4VsWfLE ]
9月26日現在の戦況地図
                                           ギルガメル諸島
                                              丶
                                             ミ ゝ 丶ゝ
                            ミ                 丶 
                        第4散開線                   !丶
                                                  丶
                                          ミ
                                       第3散開線           第1散開線
                                                第2散開線     ミ
                        ブリュンス岬                      ミ            
                          ソヽ                                    
                         ミ ° ゝ                           
                        丶    ヽ                            
ゝ   ヾゝゝ                 ゝ     ヽ
 ヽ、!)   ゝ                 丶    ゝ
        丶丶丶丶丶丶丶   ゝヾ丶      丶
                  ヽ丶丶         丶丶丶ヽヾゞ
    ○マリアナ       。ギルアルグ                 \  ヽ'’'〜丶
                                        ヽヽ    丶ゞゝヽ丶
 

     グ ラ ン ス ボ ル グ 地 方

283 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/26(金) 23:05:17 [ D4VsWfLE ]
彼女は微笑みながらそう呟いた。
ロバルトはエリラに対しての印象が変わった。
ここに来る以前に、エリラが第4艦隊の司令官と参謀を笑いながら処刑したと伝えられているから、
(なんて残忍な性格なのか)
と思っていた。そう言う彼も、周りからは冷酷だと言われているが。
だが、直に話してみると、自分の味方に対してはかなり優しい。
自己中心的な部分はあるが、その反面、人の話は真面目に聞き、疑問に感じた事は素早く本人に聞いている。
(どうしてこんな人が、父上の蛮行を引き継ごうとするのか、嫌、それ以上のことをするのかわからんな。)
ロバルトはそう思った。
「今日はありがとう。あなたのお陰で有意義な意見を聞けたわ。」
「ありがとうございます。もうそろそろ仕事に戻ってもよろしいでしょうか?」
ロバルトは彼女に聞く。だが、エリラは言葉を返さない。
エリラはテーブルに前に寄りかかる。
開かれた軍服から、胸元がちらりと見えている。
「あなた、最近仕事で疲れていない?ストレスも溜まっているんじゃない?」
「は、はあ。溜まるには溜まっていますが、それも国の事を思えば何ともありません。」
「そう・・・・・でも、まだ時間はあるでしょう?」
なぜか、エリラの顔がやや赤くなっている。この言葉を聞いて、ロバルトはある事に思い立った。
「私も時間はあるわ。ストレスが溜まっているのは私も同じ。少しだけでもいいから、楽しい事でもやりましょう。」
「あの・・・・それはどういう事でありますか?」
ロバルトは苦笑しながら彼女に聞く。
「継戦派司令官の・・・・命令よ。」
彼女は微笑みながら、それでいて有無を言わさぬ様な口調でそう言い放った。
(やっぱり・・・・・・人泣かせな性格だな)
ロバルトは内心でそう思った。

284 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/26(金) 23:06:51 [ D4VsWfLE ]
9月26日 午前10時 エッフェル岬沖120マイル
エリラが補給作業中であろうと思っていた第58任務部隊は、既に出港しており、
18ノットのスピードで東海岸沖を北上していた。

「はぁ〜・・・・・つかれたぁ〜」
リリア・フレイド魔道師は、テーブルに突っ伏しながらそう呻いていた。
「だーから言っただろう?疲れるぞってね。」
「なあに、本人は満足していたし、何より俺たちも仕事が手早く捗って助かったけどな。」
「おまけに、こうやってアイスクリームを食えるし、一石二鳥だぜ。ホラッ、ご注文のアイスだぜ。」
リリアの前に皿に盛り付けられた白いアイスクリームが置かれた。
「わあ、ありがとうございます!」
リリアはさきほどの鬱そうな表情から一転、満面の笑みを浮かべてアイスにかぶりついた。
「おっ、死人が生き返ったぞ!」
リリアの変わりように、休憩所の将兵達は笑い声を上げた。
24日の午後2時から、第58任務部隊の各艦船は、武器、弾薬、物資の補給作業を行った。
普通なら、補給作業は短くて2日、長くて3日か4日はかかる。
だが、第58任務部隊の将兵達は、めまぐるしく立ち働いた。
そのスペースはこれまでのより早く、機動部隊は翌日の午前10時にカルリア沖を出港し、
一路、マリアナ沖へ向かった。
リリアの乗艦は任務部隊の旗艦であるレキシントンUであるが、ここ数日、手持ち無沙汰だった彼女は、
馴染みの整備兵曹長に拝みこんで、作業を手伝わせてもらった。
8時間ほど、リリアは兵員達とともに物資の搬入や補給を手伝った。
作業中は疲れも思ったよりも感じず、延々と仕事をこなしていった。
だが、終わってホッと気を抜いた瞬間、体中が筋肉痛を起こした。
リリアはよたよた歩きながら自室で睡眠を取った。

285 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/26(金) 23:08:15 [ D4VsWfLE ]
7時間ほど寝たが、起きる時も筋肉痛で起きてしまうと言う有様だった。
一緒に手伝った兵曹長いわく、
「力持ちでも、普段体を動していないで、いざ重労働に励むと、その後が怖いんだよ。」
その通りになってしまった。リリアはその言葉を思い出し、後悔した。
そして今に至るのである。
「やっぱ、アイスクリームはバニラですよね。」
「ほう、リリアちゃん分かっているじゃねえか。」
リリアとなじみのバウンズ兵曹長が笑いながら言ってくる。
「そりゃあ、自分達と一緒に食っとるんですからわかりますよ。」
別の兵士が苦笑しながら言う。
「やっぱり一仕事の後のアイスはいいねえ。だが、まさかウチのレキシントンが、
正規空母の中で一番早く補給作業を終えるとは、思っても見なかったぜ。」
バウンズは感慨深げに言う。
「そのお陰で、こうしてアイスが食べれるんです。良かったじゃないですか。」
リリアがアイスを口に放り込みながら呟く。
「ひょっとして、リリアちゃんが手伝ったお陰かも知れねえな。」
「結構スムーズに仕事をこなしていましたよね。」
「あんたのお陰で色々手間が省けたしなあ。」
それぞれが、アイスに舌鼓を打ちながら言う。
この世界に召喚されたアメリカ軍は、各種物資と共に、もう1つ、大量に持ち込んできた物があった。
それが、彼らがたった今食べているアイスクリームである。
召喚前、マーシャル諸島は後方兵站基地として活用されていた。
当然、各種物資も大量に本国から持ち込まれていたが、アイスクリームの原料も、本国からごっそり持ち込まれていた。
そのアイスの原料は膨大なもので、半年は満足に食べられると言われている。
最初、リリアがレキシントンに乗艦した時に、彼女は初めて目にするアイスクリームに不思議に思った。
「これ・・・・・・一応、食べ物だよね?」

286 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/26(金) 23:10:26 [ D4VsWfLE ]
彼女は恐る恐る口にしてみた。
その甘く、溶ける様な食感は初めてで、リリアは最初の一口でアイスを気に入ってしまった。
それがきっかけで、一時はアイスクリームの虜となった。
「そういえば、面白い話を聞いた事があるな。」
バウンズ兵曹長が何かを思い出す。
「どんな話なんですか?」
リリアがすかさず聞き返す。
「この前の上陸時に、軽空母プリンストンに乗り組んだ奴から聞いたんだが、去年の10月だったかな。
ギルバート諸島攻略作戦中に、いきなりプリンストンのアイス製造機が全部ぶっ壊れたたそうだ。原因は製造機を
酷使しすぎたために起こった事らしい。それから2週間はアイスが全く出なかった。」
バウンズは周りの反応を見る。皆の視線が彼に集中している・
「驚くな。2週間。たった2週間アイスを切らしただけで、プリンストンの連中の士気はガタ落ちになったようだ。」
「はぁ?アイスが無いだけでかよ。」
「いや、俺はアイスが無いと、少しやる気が起こらんぞ。」
周りからざわざわと声が上がる。
「その2日後に、俺の友人の士官が書いていた日誌にはこう書かれていた。
もはやアイスクリームの確保は急務である。あと3日、アイスクリームが無ければ、
兵達は反乱を起こすであろうってな。」
兵曹長の言葉が終わった瞬間、休憩室内で爆笑が起こった。
「へ・・・兵曹長、反乱はありえないっすよ!」
「それ、なんかのネタじゃないですか?」
「さあ、そこまでは分からんな。」
バウンズ兵曹長は肩をすくめる。
「反乱は大げさだとしても、乗員のやる気が出なかったと言うのは確かだな。」
(戦争している間に、アイスクリームがきっかけで反乱寸前かあ・・・・・・
アメリカ軍って面白い軍隊じゃない)

287 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/26(金) 23:11:58 [ D4VsWfLE ]
バウンズと、部下の兵士達が色々話をしている間、リリアはふとそう思った。
それだけ、アメリカ軍は余裕を持って戦っていると言う事の裏付けなのだろう。
「それにしても、バーマントの継戦派も迷惑な事をしてくれたもんだねえ。」
別の兵士がぼやく。
「同感だ。革命勢力が決起したと聞いた時は、やっと帰れると思ったんだがなあ。」
「まさか、私も継戦派がエンシェントドラゴンを持ち出すとは思っても見ませんでした。」
リリアが言う。
「なあリリアちゃん。エンシェントドラゴンって、どれぐらいの大きさなんだ?
昨日の艦隊放送でも流れていたけど、肝心な所が抜けていたからな。」
「あたしも、古い歴史書からの記録のうろ覚えなんですけど・・・・・
大きさとしては、全長が700メートル、全翼が800メートルというとてつもない大きさです。」
「化け物じゃねえか。そりゃあ、最後の手段に使いたくなるわな。」
彼女は改めて、エンシェントドラゴンの特性やそれがもたらした惨禍。
そしてその後の結果などを事細かに教えた。
艦隊放送ではあまり詳しい内容は放送されていないから、いまいち、エンシェントドラゴン
というものが想像できないのである。
「なるほどね・・・・・しっかし、ちっこいドラゴンをわざわざ30匹も殺して、
その死体と血で呼び出すとは、まるで悪魔を呼ぶ儀式だな。」
「実際は悪魔そのものでしょう。国を人ごと3個も焼いたんですから。」
「そうに違いない。」
バウンズらが驚きながら、感想を口にする。
「これが呼び出されたら、俺達も、他の奴らもあっという間にやられちまうな。」
「それを防ぐために、わが第58任務部隊が向かっているのだよ。」
ふと、通路側から声が聞こえた。振り返ると、それはマーク・ミッチャー中将であった。
「全員気をーつけぇ!」
休憩室にいた15人の将兵が一斉に直立不動の態勢を取る。リリアも馴染みだとは言え、例外ではない。
「まあ、そう固くなるな。休んでよろしい。」
ミッチャーは微笑むと、休憩室内に入ってきた。

288 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/26(金) 23:13:16 [ D4VsWfLE ]
「おっ、早速、戦利品に食らいついとるな?」
彼は、テーブルに置かれているアイスクリームの皿が目に入った。
「皆でこのアイスを食べながら、休憩をしておりました。」
「そうかそうか。このレキシントンは正規空母の中では1番早く補給作業を終えたからな。
アイスクリームをたんまり貰えて、皆もさぞかし嬉しいだろう。だが、調子に乗って、
アイスを食いすぎて、腹を壊さんように気をつけたまえよ。どっかのお嬢さんのように
1日中腹を抑えながら唸ってしまう事になるぞ?」
ミッチャーはリリアを見ながら注意する。
「ま・・・まだ覚えてたんですか?」
リリア苦笑しながら、頭を掻いた。それを見て、再び笑いが起きた。
「どれ、わしも1つもらおうか?」
「わかりました。おい!」
バウンズ兵曹長は、部下の1人に命じてアイスを準備させた。
「皆も心配しているようだが、今回の作戦は、敵側戦力との正面きっての殴り合いになるだろう。
だが、勝算はこちらにある。」
ミッチャーは自身ありげに言う。
「敵軍の航空部隊は600機と、かなり油断ならぬ戦力だ。しかし、我が機動部隊の航空兵力は
1100機以上だ。恐らく、敵も全力で我々に襲い掛かってくるだろう。そして、正規空母の1隻や
2隻は沈んだり、大破するかもしれん。だが、必ず勝つのは我々だろう。油断せず、詰めを誤らなければ
決して負ける相手ではない。」
「確かにそうです。なんていったって、我々は合衆国海軍の精鋭部隊です。継戦派などに負けっこないですよ!」
バウンズが拳を振り上げて言う。周りがそうだそうだ!と、同調した。
「その意気だ。」
ミッチャーは彼らの士気が高い事に満足した。その時、ミッチャーの目の前にアイスが差し出された。

289 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/26(金) 23:16:02 [ D4VsWfLE ]
「司令官、アイスをお持ちしました。」
「うむ。ありがとう。」
ミッチャーは兵士に例を言うと、早速一口食べた。
「うん。やはりアイスクリームはいいものだ。」
ミッチャーもまた、しばしの間、バニラアイスに舌鼓を打った。

第58任務部隊は依然として18ノットのスピードで、ただひたすら北上を続けている。
航行しているのは第58任務部隊のみではない。
第58任務部隊の後方30マイルには、第54任務部隊の巡洋艦、駆逐艦郡に守られた、
30隻の補給船団が同じく18ノットのスピードで航行している。
その両脇を固めているのが、第52任務部隊の護衛空母群である。
合計で168隻の大艦隊は、それぞれの思いと、この世界の民の願いを胸に、
最後の決戦場に赴こうとしていた。
空はどんより曇っている。
それは、これからの戦いが容易ではない事を、米艦隊相手に知らしめているようである。
しかし、動き出した歯車は、もはや止められない。
目指すは・・・・・・・・・・・マリアナ。

310 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 14:29:35 [ D4VsWfLE ]
大陸暦1098年 9月30日 午前1時
私は海竜・・・・名前は第291号と呼ばれている。
今はひたすら、海の中を潜って何かを待っている。
え?何を待っているだって?それは敵だ。
私の役目は、そのやってきた敵を味方に知らせる事。
敵とは海上を走る船の事だ。私は30ノットのスピードで海上や海中を疾走できる。
それに、海の中には獲物も豊富にいるから、自分達はそれを食べながら、いつまでもその周辺海域にいられる。
自分達のこの能力を見込んだ人間達は、私の仲間を多く呼び寄せ、私達に魔法を覚えさせた。
まあ、覚えさせたと言うよりも、強引に捻じ込まれた、と言ったほうが正しいかな。
ちなみに、一見簡単そうに見えるこの任務。
最初は確かに簡単だった。
敵の船はほとんどが木造ばかりで、スピードも私の方が速かった。
だが、それも長くは続かなかった。
数ヶ月前に、私は木造船とは違う船を見た。
それは安定性、スピード性がこれまで以上に優れていた。
まあ、遅い足の船もいたにはいた。
だが、その足の遅い船には常に、体が小さくて、スピード性のいい小型艦が必ずいた。
こいつは自分のような海竜を見つけると、すっ飛んできて水中爆弾をしこたま投げ込んでくる。
私はその足の速い船に、右目をやられた。
私は引き返して、いっそその船にかじりついてやろうかと思った。
だが、私はひたすら逃げた。
命を失う事は容易いが、生き延びて、味方の人間達に有利な情報を与えたほうが良いと判断した。
だからひたすら逃げまくった。
そして、今、私は敵の船を待ち構えている。

311 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 14:32:46 [ D4VsWfLE ]
ここに配置されるように言われてから既に何日経っただろうか。
恐らく、4日ほどは経っただろう。待つ事には慣れている。
狩も、焦っていては出来ない。
ん?何やら不審な音が聞こえてきた。
この音は・・・・・・ああ、聞き覚えのある音だ。
敵の小型艦が後ろの羽根らしきものを高速回転させている音だ。
距離は・・・・・ここからそう遠くは無いだろう。
どれ、ゆっくり近づいて、敵のツラを眺めるとでもしよう。
距離は約8000ぐらいか・・・・慎重に進まないといけないな。
敵はなぜか、高速で水中を走っていると、すかさず追いかけてくる。
最初は不思議に思ったものだが、よくよく考えてみると、30ノットのスピードで
海中を高速走行すると、尻尾からの水切り音が結構鳴る。
と言っても、私達海竜の静粛性はかなり優れている。
なのに、敵の小型艦はそれを聞き取っているようなのだ。
敵の至近で高速で動き回ろうならば、たちまち水中爆弾を投げ込まれる。
そうなればおしまい。
そこで、気付かれないようにゆっくりと、進む。
見つからないという自身は無いが、この戦法を採るようになって以来、敵に見つかる回数が減った。
まあ、発見ゼロじゃないと言う事はご愛嬌で頼む。
とりあえず、ある程度近づいた。ここで、ゆっくりと顔を上げる。
いるいる。敵の大艦隊だ。私はこいつらを何度か目撃しているが、いつみても圧倒される。
敵艦隊は陣形を組んでいる。
その内訳は、あの忌々しい小型艦が外周を取り囲んで、中型艦が少し内側、
戦闘力の高い大型艦が陣形の真ん中近くにいる。
この艦隊の目玉が、陣形の真ん中に居座る空母と言う奴だ。
今も目にしているが、いつ見ても不思議だ。
甲板は本当に真っ平。中央にまとまった船橋がある。
それと小さい奴もいる。

312 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 14:34:18 [ D4VsWfLE ]
合計で3隻か。1隻減っていると言う事は、ずっと前に味方の空中騎士団の攻撃を受けた艦隊だな。
この空母と言う奴も結構厄介だったりする。
なぜなら、厄介な鉄の鳥をごっそりと積んでいるからだ。
ある日、いつもの通り海上に顔を出したら、いきなり見たことも無い早い鳥が飛んできた。
危険を感じた私はすぐに海中に潜った。
潜って正解だった。あの鉄の鳥は爆弾を叩きつけてきたのだ。
おかげでこの時も傷を負ってしまった。
それ以来、昼間偵察するときは、まず空を見渡してから敵の船を見るようにしている。
本当に、何もかも揃っている奴らだ。だが、世の中にはこういう奴らもいるのだろう。
さて、ある程度敵艦隊の動向は掴めた。後は奴らが遠ざかるのを待つだけ。
小型艦が私に気付くことなく、通り過ぎる事を祈りながら・・・・・

同日 ブリュンス岬 午前2時
第23海竜情報収集隊は、呼び名を改めて第12海竜情報収集隊となった。
第12海竜情報収集隊の海竜部隊は、各散開線にて、米機動部隊が通り過ぎるのを待っていた。
収集隊の施設には200人の中等魔道師がおり、常時40人が、海竜から送られてくる報告を待っている。
動きがあったのは午前2時になってからだ。
ロバルト・グッツラ中佐は、休憩室で仮眠を取っていた。
ここ最近の彼の睡眠時間は平均4時間と、普通の者と比べると短い。
それもそのはず、彼が率いる部隊は、海の目となる海竜で編成されている。
海竜の散開位置がまずければ、今後の作戦計画に大きく支障が出る。
彼の指示ひとつひとつが、今回行われるであろう決戦の行方を左右するのである。
そのプレッシャーは大きい。
しかし、今回は彼の采配に軍配が上がった。
「隊長、起きてください。」
副官が、椅子で寝ているグッツラ中佐を揺さぶる。
「・・・・何事か?」

313 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 14:35:36 [ D4VsWfLE ]
グッツラは少し寝ぼけながら、副官に問いかける。頭がまだ眠っている。
「海竜部隊から、敵機動部隊発見の報告が届きました。」
そう言いながら、副官は持ってきた紙を彼に見せた。
紙には、魔法通信を受けた魔道師が書きなぐった文字があった。
「第2散開線、第291号より。我、敵艦隊を発見す。敵勢力は空母3隻の機動部隊を伴う。
速力18ノット、針路は西。他にも、別の敵艦隊と思わしき推進音を探知せり。」
グッツラはこの紙を読んだ瞬間、眠気が一気に吹き飛んだ。
「敵機動部隊だと!?奴らはまだ東の海域にいるはずなのに・・・・・」
当初、アメリカ機動部隊の来襲時期は10月1日と見積もられており、
各空中騎士団、艦隊もそれに合わせて準備を行っていた。
その準備は今日の10時に終えたばかりである。
だが、アメリカ機動部隊は予想よりも2日早くやってきた。
となると、彼がエリラと共にいた時には、アメリカ機動部隊はほとんど補給作業を終わらせていた事になる!
「僅か1日・・・・・・わずか1日で、補給作業を終わらせられるとは・・・・・」
これでは戦う前から勝負はついているようなものだ!
彼は最後まで言いかけるが、部下の手前、それをぐっと飲み込んだ。
「敵も急いでいるという事か・・・・・」
グッツラは壁に賭けられている地図を眺めた。
地図にはグランスボルグ地方の北部と海、それにギルガメル諸島が描かれている。
第2散開線はギルガメル諸島の下部分のイリヤ島から南300キロ地点に配置されている。
とすると、敵機動部隊はイリヤ島沖300キロ地点にいることになる。
「よし、作戦本部に連絡だ。こう送れ、我が第12海竜情報収集隊はイリヤ島南300キロ付近に
敵機動部隊を発見せり、敵機動部隊の針路は西。速力18ノット」

314 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 14:36:29 [ D4VsWfLE ]
同日 午前7時20分 空母ヨークタウン策敵機
第58任務部隊第1任務群の空母ヨークタウンから発艦したTBFアベンジャーは、艦隊から南西の方向に向けて偵察飛行を行っていた。
このアベンジャーはヨークタウンが出した4機の偵察機のうちの1番機である。
午前6時に発艦して以来、アベンジャーは時速200マイルのスピードで南西に向かっていた。
午前7時20分、アベンジャーの機長であるフランク・ギルゴア大尉は、断雲の中に何かを見つけた。
「おい、右前方に何か見えたぞ。」
彼は航法士のキンケイド少尉に伝えた。
「自分も見ました。」
キンケイド少尉は、さきほど、ちらりと見えた光が気になって仕方が無かった。
あの光は、航空機のコクピットの反射光によく似ているのだ。
キンケイドはまさかとは思いつつも、ずっと右方向を見てみた。そして、雲の切れ目から何かが見えた。
ややほっそりした機首に競り上がった垂直尾翼、そして複座の機体。胴体には・・・・バーマント公国の紋章!
「右後方に敵機!」
キンケイドは思わずそう叫んだ。残りの2人が慌てて右後方に姿勢を捻る。
距離1000メートルほどに、確かに継戦派の飛空挺が飛行していた。
そう、彼らのアベンジャーと、あの飛空挺は互いにすれ違ったのである。
「どうやら単機のようです。」
「奴らも策敵機を飛ばしてやがるんだよ。」
やがて、敵の飛空挺は東の空に消えて言った。
「どうします?」
「とりあえず、母艦に知らせよう。おい、電報を打て。我、敵策敵機を発見せり、だ。」
「アイ・サー。」
後ろで打鍵を叩く音が幾度か聞こえる。しばらくして、
「電報送信完了。」
の声が上がる。
「まだ半分の工程しか進んでいない。あと1時間したら北に針路を向けるぞ。」
彼らの機は、その後も南西を飛び続けた。

315 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 14:37:48 [ D4VsWfLE ]
20分、30分、40分、1時間・・・・・・・・
単調な飛行が長く続いた。
アベンジャーは半島を飛び越えて再び海に出ている。距離は母艦から400マイル。
策敵機は450マイル進んだら北に針路を向け、そこで40マイル索敵した後に東に機を向け、母艦に帰ることになっている。
これまで、半島にいくつかの村や町がある以外、何も無い。
やがて、450マイル地点に到達した。
アベンジャーは翼を翻し、北に針路を向ける。
「これで、単調な偵察飛行も半分を終えたわけだ。」
ギルゴア大尉は欠伸をかみ締めながらそう呟く。
そのまま北に30マイル飛行し、やがてあと10マイルで反転し様とした時、雲の切れ目に何かが見えた。
「左下方に何か見えるぞ。」
彼は後ろにそう告げ、持っていた双眼鏡で見てみる。
一見、雲の切れ目からは何の変哲も無い海が見える。
だが、その海に、何条かの白い線らしきものが、微かとだが、すーっと引いている。
何も知らぬ人が見ても、まず分からない。だが、ギルゴア大尉は体中が何か熱くなるように感じた。
(ウェーキ(航跡)だ!船のウェーキだ!)
彼は思わずそう確信した。
「高度を下げる。雲の下に出るぞ!」
ギルゴア大尉は機の高度を3000から1500に降ろす。アベンジャーは断雲を抜け、雲の下に踊りだす。
しばらくして、ウェーキがハッキリとしてきた。
そして、高度を下げてから10分。
「右前方に敵艦らしきもの!」
うっすらとだが、何かが見える。そう船だ!
「少し近寄るぞ!」
ギルゴア大尉はさらにアベンジャーを接近させる。そして、ついに見つけた。
「おお・・・・・バーマント艦隊だ!」
後部座席のキンケイド少尉と、機銃員が思わず声を上げた。
それは、バーマントの継戦派艦隊であった。
その艦隊は、外周に小型艦を敷き、それより少し内側に中型艦、そして中央に3隻の大型艦がずっしりと居座っている。
その輪形陣を組んだ艦隊は、バーマント第5艦隊の面々であった。

316 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 14:39:45 [ D4VsWfLE ]
「敵飛空挺、引き返していきます!」
見張りの声が艦橋に届く。
「くそ、見つかってしまったか。」
艦橋内で、飛空挺を眺めていたバーマント第5艦隊司令長官、レルグ・オルコイヅ大将は顔を曇らせた。
第5艦隊は、朝の4時にギルアルグの軍港を出港し、一路、西北西700キロの会合地点に急いでいた。
その会合点で、第6艦隊と合流しようと思っていた。
午前8時50分、突如として、南の方角から敵の飛空挺がやってきた。
この敵飛空挺は10分ほど、南から接近してきた後、今しがた引き返して言ったばかりだ。
「恐らく、我が艦隊の位置を、敵は掴んでしまっただろう。空中騎士団の敵機動部隊攻撃はまだなのか?」
「目下、発進準備中との事ですが、未だにアメリカ機動部隊は発見できていないようです。」
参謀の答えが返ってきた。
バーマント側の作戦内容はこうである。
まず、ギルアルグ、エラーテイルに展開している空中騎士団でアメリカ機動部隊を叩いた後、
合同した第5、第6艦隊で夜戦を行い、米艦隊に大打撃を与える、これが目標である。
そのためにはまず、第5、第6両艦隊が無事に会同しなければならない。
だが、第5艦隊は真っ先に見つかってしまった。
このまま会同地点に進めば、第6艦隊までもアメリカ機動部隊の航空攻撃に巻き込まれてしまう。
しかし、第5艦隊のみで、敵飛空挺部隊と戦うのも苦しい。
それよりかは第6艦隊と合同して、一緒に対空戦闘を行ったほうがいいかもしれない。
「第6艦隊のほうが、新鋭艦が多いし、装備も優れている。それに使える対空火器を増やして
敵飛空挺をばたばた叩き落してやりたいからな。よし、我々はこのまま進むぞ。」
オルコイヅ大将は腹を決め、そのまま会同地点に向かうとした。

317 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 14:41:22 [ D4VsWfLE ]
9月30日 午前8時55分 第58任務部隊
「長官、ヨークタウンの索敵1番機の目標取るか、飛空挺の攻撃に備えるか、どちらかであります。」
参謀長のデイビス少将は、やや表情を強張らせながらそう言った。
午前8時50分、第1群の空母ヨークタウン策敵機が、戦艦クラス3隻を主力とする敵艦隊を発見
してきたと伝えてきた。この2分後には、バンカーヒルのヘルダイバーが、ギルアルグ周辺に
3つの航空基地を発見したと伝えてきた。
このヘルダイバーは、敵戦闘機の攻撃を受けるとの報告を最後に、消息を絶っている。
そして1分前、敵飛空挺が第4群の空母群を発見した。
この飛空挺はたった今、撃墜したとの報告が入ったばかりである。 
距離は敵艦隊が480マイル、敵飛行場が400マイルである。
今現在、第58任務部隊は速力を上げているから、敵艦隊との距離は縮まりつつある。
この2つの目標はいずれも艦載機の航続半径に収まっている。
今、第58任務部隊は、ギルガメル諸島南西180マイル付近を、時速24ノットのスピードで航行している。
「敵の艦隊は西北西に進路を取っているようです。我が艦隊とは正反対の方向に向けて航行しております。
これは、恐らく別の艦隊との合同を目指しているのではないでしょうか?」
「私もそう思います」
フォレステル作戦参謀も頷く。
「敵艦隊は戦艦クラスの軍艦を8隻持っています。いくら我が新鋭戦艦が優秀とはいえ、
8隻揃うとかなりの戦力になります。ここは敵の戦力を削ぐべく、この敵艦隊を叩くべきだと思います。」
「だが・・・・敵の飛空挺の脅威もある。既に我が機動部隊の一部がこれに見つかっている。
まずは敵に備えるべきだと、私は思う。しかし、ここで敵艦隊の戦力を削げば、
後の攻撃がやりやすくなる・・・・・・レイム君」

318 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 14:44:19 [ D4VsWfLE ]
スプルーアンスはレイムに視線を向けた。
「敵の艦隊はどのような船で成り立っていると思うかね?」
「・・・・・敵艦隊の速力は、確か16ノット・・・・とありましたね?」
「策敵機の報告ではそう伝えられている。」
「16ノットと言えば、恐らく旧式の重武装戦列艦を中心の艦隊でしょう。ウエンディー
ル級は継戦派によって全滅させられています。恐らく、この艦隊はムルベント級の重武装
戦列艦を中心にしているでしょう。」
「そのムルベント級というのは何ノットぐらい出るのだね?」
スプルーアンスがすかさず質問する。
「最高速力は19ノットです。主砲は26.8センチ砲を8門積んでいます。」
「つまり旧式戦艦・・・・と言うわけか。」
スプルーアンスは考えた。

敵艦隊はいずれも旧式艦。

だが、本気になったバーマント軍は何をするか分からない。
おまけに魔法都市の近くであるから、防御魔法を強化しているかもしれない。
夜戦となると、意外に強いバーマント海軍だ。
後の苦労を少しでも減らしたほうがいいだろうか?だが、敵は艦隊だけではない。飛空挺もいる。
それに今度は戦闘機らしきものの存在も確認されている。
現にそいつによって、1機が食われている。だが、スプルーアンスは決断した。
「まずは第1、第2、第3群で敵艦隊を叩こう。第4群には敵飛行場を叩いてもらう。」

319 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 14:50:29 [ D4VsWfLE ]
午前9時30分 第3任務群 空母レキシントン艦上 
レキシントンの飛行甲板に、戦闘機、爆撃機、雷撃機がずらりと勢揃いし、
エンジン音をがなり立てながら発艦の準備を待っていた。
合計で48機の艦載機が、今朝発見されたバーマント艦隊攻撃に向けて飛び立とうとしている。
この15分後には、第4任務群からも攻撃隊が発艦することになっている。
第4任務群は敵艦隊ではなく、敵飛行場を攻撃する。
第3任務群からは、レキシントン、エンタープライズから合計で86機の攻撃隊が発艦する。
内訳はヘルキャットが16機、ヘルダイバーが32機、アベンジャーが38機である。
「発艦はじめえ!!」
艦長の声が響き渡る。
甲板要員がフラッグを勢いよく振る。
F6Fの1番機がするすると飛行甲板を走り、甲板の端を蹴って大空に舞い上がった。
発艦は25分で終わり、第3次攻撃隊86機はバーマント艦隊に向かっていった。

午前11時30分 ギルガメル諸島西南580マイル沖
第1任務群から発艦した120機の第1次攻撃隊は、時速240マイルのスピードでバーマント艦隊
に向かった。
そして発艦から2時間後、西北西に向けて遁走中のバーマント第5艦隊を発見した。
攻撃隊は、24機のヘルキャットと52機のヘルダイバー、44機のアベンジャーで編成されている。
いずれもドロップタンクを装備して、航続距離の延長を行っている。
攻撃隊指揮官はヨークタウンの艦爆隊長であるビリーズ・マルコム少佐である。
攻撃隊は高度3000で飛行を続けていた。
やがて、バーマント艦隊が見えてきた。
「こちらヨークボンバー1、敵艦隊を発見した。
敵艦隊の針路は西北西、時速19ノット。これより攻撃する。」
マルコム少佐は無線機にそう告げると、敵艦隊を観察し始めた。

320 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 14:52:59 [ D4VsWfLE ]
(中央に大型艦・・・・その外周に巡洋艦、駆逐艦クラスか・・・数は20隻以上はいるな。)
バーマント艦隊は、偵察機の報告どおり、中央に戦艦クラスの軍艦を置いている。
その形はれっきとした輪形陣である。
恐らく、バーマント艦隊も対空火器を装備しているのだろう。
互いに距離を詰めて死角を補うようにしている。
上空に敵戦闘機の姿は無い。つまり、がら空きである。
(まあ、敵艦の対空砲火は未知数だが、ここは念の為、ある程度エスコート艦を引っ掻き回してから、
戦艦クラスをやったほうがいいな。)
そう思ったマルコム少佐は隊内無線を開いた。
「これより攻撃目標の割り当てを行う。VF−10、VF−12(ヘルキャット隊)は
敵戦闘機の出現に備え、上空に待機。VB−10、VT―12敵のエスコート艦、
VT−10、VB−12は敵の戦艦を狙え。」
各隊の指揮官機から了解の声が響く。いずれの声も不満は混じっていない。
「ようし、全機突撃せよ!」
マルコムは声のトーンを上げて全機に下令した。全部隊がおのおのの配置に付いて行く。
ヘルダイバーは高度を上げ、アベンジャー隊は高度を急激に下げていく。
まず、先頭を切りつつあったのは、マルコム少佐率いるヨークタウン艦爆隊26機である。
高度は4000まで上げ、西北西に遁走を続ける敵艦隊を後ろから追う形で、輪形陣に進入しつつある。
「第1中隊、輪形陣右側後方の巡洋艦、第2中隊、左側後方の巡洋艦。」
マルコム少佐はさらに細かく、目標の割り当てを行う。
前方の空に、黒煙が咲いた。それをきっかけに、次々と黒煙が咲いては消える。
「敵艦隊高角砲弾を発射。被弾に注意しろ!」
マルコム少佐は各機に注意を促す。
初めての対空戦闘なのだろう、高角砲弾はいずれもあまりいいとは言えない位置で炸裂を繰り返している。
(むしろ、下手糞であったほうが助かるな)

321 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 14:54:50 [ D4VsWfLE ]
彼は内心でそう呟いた。高角砲弾は前方、上空で盛んに炸裂を繰り返す。
だが、ヘルダイバー隊の中に、落伍する機は今だ出ていない。
「目標まで、あと2000!」
後部座席の兵が伝えてくる。その時、報告を伝えた兵がいきなり、
「6番機被弾!!」
と悲鳴のような声を上げる。
この時、6番機はバーマント艦艇の放った高角砲弾が、10メートル真下で炸裂していた。
おびただしい破片がヘルダイバーの機体を満遍なく叩き、ついにはエンジンから白煙を引いた。
「こちら6番機、被弾しました!」
「6番機、ダメージがひどいのなら引き返せ!」
「・・・・・・・・・」
無線機の相手は押し黙る。せっかくここまで来たのに、という思いが頭をもたげているのだろう。
「命あっての自分と言う事を忘れるな。」
「・・・・・・わかりました。6番機、これより引き返します。」
その時、前方で高角砲弾が炸裂した。破片がガツン!と当たり、機体が振動する。
最初はみられないような対空砲火だったが、輪形陣に近づいてくると、精度が増してきた。
だが、ヨークタウン隊23機の進撃は止まらない。
「ようし、降下に移る。野郎共!しっかり俺のケツについてこい!!」
「「ラジャー!!」」
部下の威勢のいい声が聞こえてきた。
マルコム少佐は操縦桿を前方に倒した。機体が前に倒され、それまで空が見えていたコクピットだが、
それが航跡を引く艦艇を見下ろす光景に変わる。

322 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 14:56:26 [ D4VsWfLE ]
ヘルダイバーは70度の角度で急降下を始めた。
両翼のダイブブレーキが起き上がり、スピードが制限される。
マルコム機の降下を境に、1秒おきにヘルダイバーが翼を翻して降下に移る。
傍目から見ると、まるで釣瓶落としに見える。
高角砲弾が彼の機の前方で炸裂する。ヘルダイバーに破片がカンカンと、音を立てて命中する。
「高度3500・・・・3200・・・・3000」
後部座席の部下の声が聞こえる。
やがて、ダイブブレーキに開けられた無数の小さな穴から、甲高い音が聞こえ始めた。
急降下にかかるGが、体をシートに押し付ける。その圧迫感はいつ体験しても良い、とは感じない。
だが、体は何度かそれを経験しているから、慣れてはいる。
しかし、不快な気分になるのはいつだって変わらない。
「2200・・・・2000・・・・1800」
次第に高度がぐんぐん下がってくる。コクピットの向こうの敵艦の姿は、今では大きくなっている。
危機を感じたのだろう、巡洋艦が左に転舵しようとしている。
「逃がしはしないぞ。」
マルコム少佐は、表情を歪めながらそう呟く。高度が1500を切ると、敵艦から機銃弾が放たれてきた。
多数のアイスキャンデーが湧き上がってくる。
最初はスピードが遅く感じられる機銃弾だが、近くに来ると、物凄い勢いで飛び去っていく。
「高度1000です!」
「まだまだぁ!700まで突っ込むぞ!!」
その時、ガガガン!という連続した被弾音が聞こえ、機体が揺さぶられた。
胴体にバーマント軍の11.2ミリ機銃弾が命中したのである。だが、
「機体に異常は無い。大丈夫だ!」
幸いにも無事で済む。

323 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 14:58:52 [ D4VsWfLE ]
「高度700!」
「爆弾投下!!」
マルコム少佐は投下ボタンを押した。
開かれたヘルダイバーの胴体から、1000ポンド爆弾が懸架装置によってプロペラの回転圏外に放り出される。
爆弾が投下され、機体が軽くなるのを感じた少佐はすぐさま操縦桿を手前に引く。
最初は重く感じるが、徐々に手前に引かれていく。
その際、強力なGが体にかかり、頭が押し潰されそうな間隔がする。
そのGの弊害に耐え切り、マルコム機のヘルダイバーは高度200で水平に戻った。
「爆弾命中です!」
後ろから弾んだ声が聞こえてくる。この時、爆弾はバーマント第3艦隊の中型戦列艦ゲリアに命中した。
爆弾はゲリアの4つある煙突のうちの第3煙突の左横で命中、炸裂した。
この時、魔法防御が働き、1000ポンド爆弾のパワーは艦内に到達しなかった。
続いて2番機、3番機が爆弾を投下する。
2番機の爆弾はゲリアの左舷100メートルの海面へ、3番機の爆弾は右舷後部側の海面に突き刺さり、
水柱を高々と吹き上げた。
4番機はゲリアから放たれた機銃弾の集中射撃を受け、蜂の巣にされた挙句に炎を噴出した。
4番機はそのままゲリアの後部400メートルの海面に墜落した。
5番機はそのまま爆弾を投下。これはゲリアの後部に命中した。
6番機、7番機、間髪いれずに米艦爆は爆弾を投げつけた。
6発目、7発目が惜しくも外れ、空しく水柱を吹き上げる。
8発目がまたしてもゲリアの艦体の中央部に叩き込まれる。
これも魔法防御によって威力が削り取られる。
9発目、10発目、11発目が連続して中央部、前部に命中した。
9発目、10発目は中央部に叩き込まれた。

324 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 15:00:59 [ D4VsWfLE ]
これもまた、魔法防御によって威力が減殺され、ダメージを与えられない。
だが、10発目を受けた時に、ゲリア搭乗の魔道師の体力は限界に達した。
11発目が第1砲塔の3メートル手前に叩き込まれる。
この時、魔法防御は既に無くなっており、爆弾は最上甲板を貫通し、第3甲板の兵員室でパワーを開放した。
爆風は第3甲板、第2甲板の兵員室や錨倉庫に吹き荒れた。
そして、被害は第1砲等にも及び、爆圧で最上甲板が盛り上がり、第1砲塔の旋回版が捻じ曲げられてしまった。
これによって、ゲリアは砲戦力の25%を失った事になる。
その苦難のゲリアに、今度はホーネットの雷撃機が襲い掛かってきた。
ホーネットの雷撃隊は20機が出撃している。
20機のうち、8機は外側中央の駆逐艦クラスを、4機は輪形陣上部の駆逐艦クラス。
そして残り8機が、ヨークタウン隊が損傷を負わせた巡洋艦に迫っていた。
「敵艦まで、あと4000メートル!」
8機のアベンジャーは、対空砲火を避けるため、高度20メートルの低空で、巡洋艦クラスに向かう。
敵巡洋艦は全部から白煙を引いているが、速力は衰えていない。
対空砲火は、味方艦隊の物と比べると、壮絶というほどではない。
だが、敵艦の上空をフライパスしようとすると、敵艦は狂ったように機銃弾を撃ちまくる。
「第4小隊2番機被弾!」
第4小隊4機のうち、2番機が機銃弾を機首に食らった、と思った瞬間、突如猛烈な黒煙を噴出した。
そして小爆発が起こって3枚のプロペラが飛び散った。
そのアベンジャーは機首から滑り込むようにして海面に突っ込み、水柱を跳ね上げる。
「仇はとってやるぞ!」
第3小隊長のジョージ・ブッシュ中尉は、たった今散華した戦友の事を気遣う。
だが、それも一瞬の事で、すぐに目の前の敵艦に視線を戻す。
ブッシュ中尉は、元々軽空母サンジャシントのパイロットだったが、そのサンジャシントが
第2次クロイッチ沖海戦で撃沈されたため、彼は一時期陸で待機状態にあった。

325 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 15:02:00 [ D4VsWfLE ]
9月の中頃に、ホーネットに乗り組みを命ぜられ、VT−12の一員となった。
もちろん、自分のアベンジャーには改めて、バーバラのニックネームを与えた。
「敵艦までの距離、1000!」
後ろから声が聞こえる。
(サンジャシントと共に逝った戦友達、今散華した仲間、そして、初代バーバラの仇!)
ブッシュ中尉は投下スイッチに手をかざす。
「距離800!」
「魚雷投下!!」
ブッシュ中尉は魚雷を投下させた。思い魚雷が胴体から離れ、機体がフワリと浮き上がる。
敵巡洋艦は右に回頭を始めていた。
「魚雷走ってます!」
ブッシュ中尉機が敵巡洋艦の上空をフライパスする。その時、ガンガンと機銃弾が命中する音がした。
敵艦をフライパスしてからしばらく経った後、
「あっ!敵艦に魚雷命中!!」
後ろから喉も裂けよとばかりに、部下の弾んだ声が聞こえてきた。
ブッシュ中尉は知らなかったが、この時、彼の放った魚雷は敵巡洋艦、ゲリアの左舷後部に命中した。
魚雷はゲリアの艦腹を叩き割り、推進器調整室で炸裂し、そこにいた23名の将兵が粉々に砕け散った。
それから15秒後、今度は右舷中央に水柱が立ち上がった。
これは第4小隊の4番機が放った魚雷で、この被雷がゲリアにとって致命傷となった。
結局、ゲリアには2本の魚雷しか命中しなかった。
だが、ゲリアは機関部の半数以上が破壊され、機関が停止。
そのまま惰性で海面を這った後、ガクリと海面に停止した。

326 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 15:04:10 [ D4VsWfLE ]
「ゲリア被弾!EA−21速力低下・・・・・いや、沈没しつつあり!」
バーマント第5艦隊旗艦バージルの艦橋に、悲鳴にも似た声が響いてくる。
「あっ!EA−25が!!!」
みなの視線が右舷方向に向けられる。
輪形陣の外周右後方を守っていた小型戦列艦のEA−25が、分離したヨークタウン艦爆隊の爆撃を受けた。
EA−25はバージルの右後方2000メートルを航行している。
その小型艦に、1000ポンド爆弾が次々と落下し水柱が高々と吹き上がる。
EA−25も必死に回頭を繰り返し、対空機銃を撃ちまくる。
その時、中央部に爆炎が湧き上がった。ヘルダイバー7番機の1000ポンド爆弾が中央部にぶち込まれたのだ。
爆弾は最上甲板を叩き割って艦底で炸裂した。
これを機に、EA−25の小さな艦体に、次々と1000ポンド爆弾が命中した。
合計で5発の爆弾が、EA−25に叩き込まれた。
完膚なきまでにたたきのめされたEA−25は、左舷側に大きく傾いて停止した。
「EA−25・・・・・・停止」
艦橋内に重苦しい沈黙が流れた。敵飛空挺の空襲が始まってから、わずか20分。
20分の間に、3隻の味方艦が叩きのめされたのだ。
「白星の悪魔共め・・・・・なんて恐ろしい奴らだ。」
第5艦隊司令長官オルコイヅ大将は、顔を青くしながらそう呟いた。
その時、
「敵飛空挺、急降下!」
見張りの新たな声が聞こえた。
「狙いは本艦のもよう!数は26機!」
ついに、白星の悪魔は重武装戦列艦を狙い始めた。それも、この旗艦であるバージルを!
オルコイヅ大将は背筋が凍るような思いがした。
甲高い音が聞こえ始めた。それは、過去に味方地上軍が何度も聞かされた悪魔の叫びだ。
その叫びは、まるで獲物にありつこうとする魔物の雄たけびに思えた。
「取り舵一杯!最大戦速!」
艦長が上ずった声でそう叫ぶ、操舵員がそれに従い、舵輪を回す。

327 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 15:06:17 [ D4VsWfLE ]
大型艦であるため、舵が利くのに時間がかかる。やがて、艦首が左に振られ始める。
先頭機が高度1500を切った瞬間にバージルの対空機銃が一斉に射撃を開始する。
多数の曳光弾が、米艦爆に注がれる。その内、何発かは確実に命中している。
だが、命中の火柱を飛び散らせながらも、米艦爆は平然と弾幕を突っ切ってきた。
まるで、貴様らの機銃弾なぞ、屁でもないわ、と言っているようだ。
米艦爆隊は、バージルの後方から接近しつつあった。
そして、高度が800を切ろうとした時、1番機が爆弾を投下した。
爆弾は右舷側の艦首前方の海面に突き刺さった。
ズバーン!という音を立てて水柱が立ち上がる。
続けて2番機の爆弾も右舷側の海面に落下し、空しく水柱を上げる。
3番機が続けて爆弾を投下しようとした瞬間、曳光弾が開かれた胴体内に突入した、と思った直後、
その米艦爆は空中で大爆発を起こした。
その唐突の散華に、バージル艦上の誰もが唖然となる。
その爆煙を突っ切って、猛スピードで4番機が急降下してきた。
両翼の開かれたダイブブレーキから甲高い音が回りに木霊する。
その叫びが頂点に達した瞬間、腹から1000ポンド爆弾を投下した。
爆弾は左舷側中央部に至近弾として落下した。
爆弾が炸裂した瞬間、ドーン!というとてつもない衝撃がバージルを大きく揺さぶった。
「直撃か!?」
艦長がやられたと思って、見張りに問う。
「いえ、外れです!」
艦長はやや安堵の顔を浮かべる。
「舵戻せ!」
彼はすぐに別の命令を下す。その間にも、5番機ががなり声を上げて突っ込んできた。
艦首が徐々に左に頭を振らなくなる。その時、ガーン!という衝撃がバージルを揺さぶった。

328 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 15:07:29 [ D4VsWfLE ]
5番機の投下した爆弾は、右舷中央部に命中した。だが、魔法防御が働き、爆発のパワーは艦内に侵入できなかった。
バージルが徐々に左回頭をやめ、真っ直ぐ走り始める。
「面舵一杯!」
艦長は新たに面舵を命令する。米艦爆隊は次々と、バージルに向けて急降下してくる。
6,7,8番機の爆弾が相次いで命中する。
それを魔法防御が爆発時のパワーを跳ねつける。
10番機の爆弾が艦首前方の海面に着弾し、空しく水柱を吹き上げる。
11番機が機銃弾をしこたま食らい、たちまち炎の尾を引きずって墜落していく。
そして20番機の爆弾がバージルに命中した時、ついに魔法防御が破られた。
21番機の爆弾が間髪入れずにバージルの第3砲塔に命中した。
砲塔の装甲は、普通の重武装戦列艦に比べると、やや薄い。
それが災難を呼ぶきっかけとなった。1000ポンド爆弾は砲塔の天蓋を叩き割って砲塔内で炸裂した。
第3砲塔の後ろ半分が吹き飛び、砲身がぐにゃりと捻じ曲げられてしまった。
その直後、ダーン!という物凄い爆発音と共に砲塔が跡形も無く吹き飛んでしまった。
この時、爆弾炸裂によって発生した火災が、砲塔に残っていた装薬や砲弾に引火し、誘爆したのである。
このため、第3砲塔は綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。
23番機の爆弾は2番煙突の基部付近で命中。
煙突付近の機銃座で射撃をしていた将兵を海に吹飛ばし、煙突を根元から叩き折り、右舷側に倒れてしまった。
24番機の爆弾は惜しくも後部側の海面に至近弾として落下、バージルに断片を浴びせただけに留まった。
「左舷方向より敵飛空挺!12機!」
「同じく右舷方向にも敵飛空挺!」
見張りの恐怖の声が艦橋に響いた。低空を這うようにして、ずんぐりとした機影がバージルに向かってくる。
生き残った対空機銃が応戦する。バージルに随伴してきた中型戦列艦のヘレクセルが狂ったように機銃弾を撃ち込む。

329 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 15:10:03 [ D4VsWfLE ]
米雷撃機は弾幕をあっさり抜けると、バージルの左舷側に迫ってきた。
そして、右舷側の米雷撃機も同様に迫ってきている。
これこそ、彼らが始めて経験する夾叉雷撃である。
夾叉雷撃とは、一定の機数の雷撃機が目標の両側に回りこみ、左右から一斉に魚雷を放つと言うものである。
これをやられた艦は回避行動が困難である。
1機のアベンジャーが突然バランスを崩し、機首から滑り込むように海に突っ込む。
別の1機のコクピットの中に、赤いものが飛び散る。
次いで、左主翼の翼端が弾け飛び、もんどりうって海面に叩きつけられた。
「いいぞ!その調子だ!どんどん叩き落とせい!」
オルコイヅ大将は拳を握って声援を送る。だが、バーマント側の反撃もここまでだった。
距離1000まで迫った左舷側のアベンジャー隊は一斉に魚雷を投下した。
その6秒後には右舷側のアベンジャーも距離1100で魚雷を投下した。
「かわせ!」
「面舵一杯!」
艦長はすかさず号令を発する。
火災を起こし、満身創痍に見えるバージルだが、依然24ノットの最高速度で疾走している。
艦首が右に振られ、艦が回頭していく。だが、
「左舷側から航跡4!次いで右舷側から航跡6!衝突コース!近い!!」
アベンジャー隊が放った魚雷の網からは逃げられなかった。
次の瞬間、魚雷の1本が左舷側の中央部に命中し、高々と水柱を跳ね上げた。
これまで経験したことの無い物凄い衝撃に、誰もが飛び上がる。
いや、27000トンのバージル自体も飛び上がった。
これをきっかけに、次々と魚雷が命中した。
左舷側には中央部に2本、後部に1本、右舷側には全部に2本、中央部に1本、後部に1本が命中した。

330 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 15:11:28 [ D4VsWfLE ]
バージルの第4甲板後部の機関室で、缶に石炭を投げ込んでいたトロル・クリールン1等水兵は、
突然、下から突き上げるような猛烈な衝撃に思わず飛び上がってしまった。
持っていたスコップを手放し、その次の瞬間には石炭の山に倒れた。
「い・・・一体、なんだ!?」
彼が言葉を続けようとしたとき、またもやドーン!という重々しい爆発音が鳴り響き体がまた浮き上がっては床に叩きつけられる。
それが連続で6回繰り返された。突然ドガアーン!という轟音が缶室内で轟いた。
爆風が缶室に暴れこみ、たちまち何人かが火達磨になったり、5体をミンチに引き裂かれたりする。
次いで、ザァー!という水が流れる音が聞こえてきた。恐る恐る顔を上げる。
そこには信じがたい光景があった。
なんと、重装甲で覆われたはずの船体外部が、無残にもばっくりと穴を開き、そこから大量の海水が流れている!
水の浸透は相当早かった。みるみるうちに、くるぶしに合った水位が膝の辺りまでに来ている。
「総員退避!総員退避!」
伝声管から総員退避の声がかかる。
「おい、聞いているな?総員退避だ!逃げるぞ!」
生き残った缶室の将校がみんなにそう叫ぶと、皆が階段を上り始めた。
クリールンも逃げようとした時、
「お・・・・い。助けて・・・くれ。」
後ろから声がした。
振り返ると、片足を無くした同僚が、木箱に腰を下ろしている。
「分かった!今助けてやるぞ!!」
彼は即答すると、すぐにその戦友を背負い、階段を上る。
戦友の悲痛な叫びが耳の奥に捻じ込まれる。

331 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/28(日) 15:13:39 [ D4VsWfLE ]
「い、イテェ!殺してくれ!」
「助けてくれと言った奴が殺してくれとか言うんじゃねえ!俺たちは生き残るんだ!
生き延びて、今日起きた事を味方に伝えるんだ!」
クリールンは早口でそうまくしたてた。
長い階段をやっとのことで上りきった時には、バージルは海面に停止し、右舷に12度傾斜していた。
甲板の惨状もひどいもので、あちこちに死体が散乱している。原型を留めていない死体もかなりある。
中央部付近の火災はさらに拡大し、第1煙突付近も飲み込んでいる。
そんな断末魔のバージルが、海に沈み行こうとしている時に、新たな刺客がやってきた。
それは、第2任務群から発艦した第2次攻撃隊92機であった。
整然と編隊を組んだ第2次攻撃隊は、午後0時15分にバーマント艦隊の上空に姿を現した。

337 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/30(火) 21:39:47 [ D4VsWfLE ]
午前11時50分 第58任務部隊
第58任務部隊がギルガメル諸島から西250マイル地点に達した時、レーダーにおびただしい機影が映った。
空母レキシントンのCICでは、その機影がどこから来ているのかが分かった。
「敵編隊接近!南西方面から我が機動部隊に向け進撃中!距離150マイル(240キロ)
!機数は140機以上!」
レーダーオペレーターの緊迫した声が響く。だが、機影はこれだけでなかった。
「あっ!さらに後方に敵編隊らしきもの確認!」
レーダーに新たな機影が映る。
先に現れた編隊の南10マイルほどの距離を置いて200機以上の飛空挺が移っており、
一部が重なってマージ状態になっている。
「奴ら、総力出撃できやがったな。」
班長のデイル・パーキンソン少佐は、忌々しそうな表情でそう呟いた。
額から冷や汗が滲んでいる。
「これは今までのよりも、最大級の激戦になるぞ。」

午後0時20分 第58任務部隊より南東80マイル
第58任務部隊は、午前中に合計で458機の攻撃隊を発艦させた。
そのうち、戦闘機は80機が護衛についている。
第1波、第2波、第3波の攻撃隊には常に30機以下の護衛機しかついておらず、
40機以上の護衛は、敵飛行場攻撃に向かった第4群の攻撃隊にしかつけられていない。
本来ならば、敵艦隊攻撃にむかった攻撃隊は、小数の護衛しか付いていないため、非常に危ない。
だが、今回、敵艦隊上空には護衛機がついておらず、第58任務部隊上層部は
少数の護衛で十分と判断して攻撃隊を向かわせた。
一方、敵戦闘機の迎撃の恐れがある敵飛行場爆撃隊には、ある程度、纏まった数の護衛機をつけて送り出している。
一見すると、戦闘機の数は少なく、攻撃機の数が多い。
本来なら、攻撃隊の3分の1、多くて半分ほどは護衛機が占めるものである。
だが、第4波を除いて比率は3分の1どころか、さらに下回っている。
これには理由がある。

338 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/30(火) 21:40:49 [ D4VsWfLE ]
まず、この海域はバーマント軍継戦派の縄張りであり、いつ多数の飛空挺が襲い掛かってきても不思議ではない。
その大量の飛空挺を迎え撃つには、迎撃側も大量の戦闘機が必要になる。
だから、敵艦隊に敵の護衛機がいないと分かった米機動部隊は、僅かの護衛しかつけなかったのである。
この作戦に当たって、米機動部隊は、マーシャル諸島から持ち込んだ補充の艦載機と、
陸で待機状態にあったパイロットで定数を満たした。
正規空母1隻の艦載機の割合は、F6Fが40機、SB2Cが32機、TBFが24機である。
一方、軽空母にはF6Fが30機、TBFが15機となっている。
現在、機動部隊には攻撃隊に随伴していった96機を除き、全部で434機が残っており、
上空には各機動部隊から12機、計48機が上空警戒に当たっている。
この上空警戒機も間もなく燃料補給のため母艦に着艦するから、それらを除いて空戦に使える機は386機である。
敵編隊発見の報が届くと、直ちに全戦闘機に発進命令が下った。

第4任務群から発艦したF6Fヘルキャット88機は、艦隊から南東80マイルの地点で待機した。
「こちらエックフォックスリーダー、エセックス聞こえるか?」
空母エセックス戦闘機隊の隊長であるデイビット・マッキャンベル中佐は無線機の向こうの管制官を呼び出した。
「こちらエセックス、聞こえる。現在敵編隊は君達の真正面の100マイル先を飛行中だ。
高度は4000メートル、時速は240マイル、数は160機だ。」
「了解。」
マッキャンベル中佐は無線機を置こうとした。その時、部下から無線通信が入った。
「隊長。敵機編隊はどの辺りまで来ていますか?」
「俺たちの真正面100マイル先をこっちに向かいながら飛んでる。あと少しで戦闘が始まるぞ。
あと数分で他の任務群の戦闘機も駆けつけると思うが、敵は戦闘機を伴っている可能性がある。
全員気を引き締めていけよ!」
「「ラジャー!」」

339 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/30(火) 21:42:18 [ D4VsWfLE ]
部下の声が一斉に聞こえる。
(それにしても、バンカーヒルのヘルダイバーを落とした飛空挺ってのはどんなものなのだろうか?
いずれにしろ、敵戦闘機が出張ってくる可能性はあるな。恐らく、スピードは310マイル以上は
出ているかも知れん。油断は禁物だな)
彼は心中でそう呟いた。
時間が5分・・・・10分・・・・20分と過ぎていく。天気は晴れだが、所々に雲がある。
だが、それもまばらであり、洋上が遠く見渡せる。
米戦闘機隊は次第に数が増えつつあった。第4群の戦闘機隊が80マイル地点に進出した時には、
既に300機のヘルキャットで上空が覆われていた。
そして、午後0時26分、南東の大空に、ついに敵機編隊が現れた。
「敵第1集団発見!高度は4000メートル。これより突撃する!」
全戦闘機隊の指揮を任されていたマッキャンベル中佐は、母艦にそう伝える。
「敵機は約160機、第4群隊、第3群隊は第1集団を攻撃する。
第2群隊、第1群隊は航続する別の集団を叩け。」
敵編隊は緊密な編隊を組んで味方機動部隊の方向に向かっている。
(ここから通るには通行料が必要だぜ)
マッキャンベル中佐は心でそう思った。
「第4群隊は前方から、第3群隊は後方から突撃せよ!」
右遠方にいる第3群隊の先頭のヘルキャットがバンクし、速力を上げた。
第3群隊が敵集団の右を一旦迂回するような針路を取る。
マッキャンベル中佐直率の第4群隊は前方から覆い被さるように進んでいく。
そして、両者の機影がそれぞれ横斜めに位置した時、
「攻撃開始せよ!」
マッキャンベル中佐は号令した。
1機のヘルキャットが翼を翻して降下し始める。
それが合図だったかのように、F6Fは次々と降下し始めた。
異変が起こったのはこの時だった。
不思議にも、前方に突出していた飛空挺の1機がバンクすると、いきなり急降下していった。

340 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/30(火) 21:43:57 [ D4VsWfLE ]
よく見ると、その1機だけ形が違う。
その1機が下方に消え去ると、残りの敵機が信じられない事に、ヘルキャット隊に立ち向かってきたのだ!
「敵編隊にファイター(戦闘機)が混じっているぞ!」
マッキャンベル中佐は部下に注意を喚起する。敵飛空挺もスピードを上げて上昇してくる。
マッキャンベル中佐は、1機の敵飛空挺に狙いをつけた。
形はややほっそりしているが、ずんぐりもしていない。
エンジンは空冷式で、3枚羽根だ。
全体的には、どことなくドイツのフォッケウルフFw190に似ている感じがするが、それと比べると少し大きい。
互いにハイスピードで迫ってくる。距離が800メートルと目測した彼は12.7ミリ機銃を放った。
ドダダダダダダ!というリズミカルな音が鳴り、6本の線が敵機に向かっていく。
目測500メートルで、敵機も両翼から機銃を撃ってきた。線は2本。
(敵機は2丁の機銃を持っているのか)
マッキャンベルは一瞬そう考える。6本の線が数秒ほど、敵機に注がれた。
次の瞬間、唸り声を上げて敵機の第一波が過ぎ去った。
「12番機、エンジンに被弾!出力が上がらない!」
「7番期被弾!されども損傷軽微!」
「畜生!腕をやられた!」
「イヤーッホウ!敵機を火達磨にしたぞ!!」
様々な声が無線機から流れ出してくる。敵機の新たな編隊が前方から突き進んでくる。
敵機は上昇、味方は下降という有利な条件にある。
マッキャンベル中佐は別の1機に狙いをつけ、距離700で機銃弾を叩き込んだ。
敵機も機銃を撃ってくる。
ガン!と何かがぶち当たる音が聞こえた。
今度の射撃は敵機の右横をかすらせただけに留まる。

341 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/30(火) 21:45:05 [ D4VsWfLE ]
またもや互いに通り過ぎていく。
と思ったら、後ろでドカーン!という轟音が響き、一瞬オレンジ色の光がきらめき、すぐに消えた。
「18番機が敵機と衝突した!!」
この時、18番機は1機の敵機を撃墜し、さらにこの正面戦闘で1機に火を噴かせた。
その火を噴いた敵機が、自らを弾丸となして18番機に突っ込んだのだ。
時速1000キロ以上の相対速度が付いている中で、それは一瞬の出来事であった。
18番機と言えば、マッキャンベル中佐の隊の機で、気の荒い事で知られている
ゲリンスク兵曹長が操縦していた。
彼はエセックスの中では嫌われ者だったが、腕は良く、現世界で6機、この世界で5機、
計11機撃墜の記録を持つエースだった。
そして今日も敵機を叩き落した。
だが、任務後の彼の楽しみであった撃墜マークを描く事は、もはや2度と無い。
(ゲリンスク、貴様の敵は取ってやるぞ)
マッキャンベル中佐は、いかつい顔つきのゲリンスク兵曹長を思い出しながらそう呟いた。
高度は6000から3000メートルに下がっていた。
マッキャンベル中佐は上空を見てみた。そして彼は驚くべき光景を見た。
なんと、160機の敵機は、全てがヘルキャットに突っかかろうとしている。
そう、敵機の何割が護衛機ではなく、この編隊は“戦闘機のみ”で編成された攻撃隊なのだ。
つまり、彼らの獲物はこちら側の戦闘機であり、軍艦ではないのだ。
その思いがけない結果に、味方はやや苦戦しているようだ。
「こちら第2群隊リーダー、苦戦しているようだぞ!今そっちに行くから頑張れ!」
第2群の戦闘機隊指揮官が、泡を食ったような口調でまくしたてた。
普段なら、敵編隊を荒らし回っているはずだろう味方戦闘機隊、と思って視線を移すと、
予想とは違う彼我入り乱れた大乱戦が広がっている。
その光景に仰天した指揮官は、戦況を打開させるために、救援に駆けつけてきたのだ。
「やめろ!こっちは2個戦闘機群で充分だ!それよりも、君達は敵攻撃隊を迎え撃て!」
「そ・・・・そうか。分かった、君達の言うとおりに・・・・!こっちにも敵戦闘機がやってきたぞ!
10機以上はいる!悪いが俺達も少し加わらせてもらうぞ!」

342 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/30(火) 21:46:20 [ D4VsWfLE ]
「おい!ちょ・・・・・・畜生!!」
マッキャンベル中佐はこの時、敵の意図が分かった。
つまり、この160機の戦闘機で味方戦闘機隊を引き付ける事で、攻撃隊の負担を軽くさせようというのだ。
そのためならば、何倍もの相手がいようと誰構わず喧嘩を吹っかけ、戦闘に引きずり込む。
これが、バーマント軍空中戦闘騎士団の策略だった。
今、上空には第4、第3群のF6F180機と、敵側の戦闘機160機が入り乱れての乱戦を繰り広げている。
そこに第2群の約半数である56機のF6Fが加わった。
数的には明らかに米側の優勢である。その証拠に、落ちていく機体は敵側のほうが多い。
だが、何も米側戦闘機も落ちていないわけではない。
墜落していく機には、明らかにF6Fと思わしき機影も混じっている。
それも1分経てば1、2機というものではない、30秒ごとに3、4機が黒煙を噴いたり、
あるいは真っ逆さまになって墜落している。
無線機には次第に罵声の混じった声が増えつつある。性能的にはこちらが上。腕前もこっちが上。
だが、敵機の気迫はこちらに勝るとも劣らないものが感じられた。
「くそ!今行くぞ!!」
マッキャンベル中佐は、新たな敵を求めて空戦域に突っ込んでいった。
やがて、1機の敵機がマッキャンベル中佐に向かってきた。
スピードは恐らく340ノットは出ているだろうか。
お互いに距離600で機銃弾を撃った。機体にガガン!と弾着の衝撃が走る。
一方、マッキャンベル中佐の機銃弾は左横を空しく通り過ぎていく。
「チッ!外したか。」
マッキャンベル中佐は舌打ちをする。両機はすれ違う。
マッキャンベルは急降下に移ろうと、操縦桿を押し込む。
F6Fのずんぐりとした機体が、猛スピードで急降下に入る。バーマント機もそれを追ってくる。

343 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/30(火) 21:48:33 [ D4VsWfLE ]
後方900メートルに位置したバーマント機はしつこくマッキャンベル機に追いつこうとする、が、
「ふむ。急降下速度ではヘルキャットのほうが勝っているか。」
彼はそう呟いた。その証拠に、バーマント機はぐんぐん引き離されている。
やがて、高度1100になった所で操縦桿を引き、機体を上昇に転じさせた。
グオオオオーー!と、エンジンが轟音を上げる。
プラット&ホイットニー社製のエンジンがぐいぐいと、重そうなヘルキャットの機体を引っ張り上げる。
今度はバーマント機が正面から現れた。正面上方から被さるように向かってくる。
最初は点みたいだった機影が、あっという間に大きくなってくる。
距離500で機銃弾を放った。リズミカルな振動と共に、6本の線が敵機を捉えようとする。
敵機も2丁の機銃をぶっ放して、マッキャンベル機の息の根を止めようとする。
機銃弾は命中しなかった。何度目かになるお互いのすれ違いが起きる。
轟音と乱気流を振りまきながら、互いに通り過ぎる。
今度は近距離で旋回しようとしてきた。
「格闘戦か。厄介なもんに巻き込まれたな」
マッキャンベルはそうぼやきつつも、すぐに旋回に入る。
F6Fの後ろに付こうとしていたバーマント機だが、当のF6Fがすぐに旋回に移ったため、
バーマント機もそれを追いかける形で旋回を続ける。
お互いに列機はいない。マッキャンベルは先の正面戦闘で、不覚にも寮機とはぐれてしまっている。
(あのバーマント機はどういう経緯で単機になってしまったのだろうか?)
ふと、そう言う思いが頭をよぎった。それも一瞬で振り払って、操縦に専念する。
互いに一歩も譲らぬ巴戦が開始された。
ずんぐり系の機と引き締まった系の機がドッグファイトを繰り返す様は、
まるで太ったデブ犬と、中ぐらいの犬が行う犬闘のようだ。
1周 が過ぎ・・・・2周が過ぎ・・・・3周が過ぎ・・・・・
何回旋回しても、一向に収まる気配がない。ドッグファイト、日本で言う巴戦は忍耐の勝負でもある。

344 名前:ヨークタウン ◆r2Exln9QPQ 投稿日: 2006/05/30(火) 21:49:40 [ D4VsWfLE ]
旋回中はGがかなりかかるため、体の負担が大きい。
そのため、耐え切れぬものは旋回をやめて逃げようとする。
だが、不用意に旋回をやめようならば、あっという間に後ろに食いつかれて機銃弾を叩き込まれる。
それが分かっているからこそ、互いに引けない。
だが、ここでも性能の差は出てきた。
マッキャンベル中佐は、徐々にだが敵機の後ろに近づきつつある。
そして幾度目かの旋回を終えた時、マッキャンベル中佐はそのバーマント機の後ろに回っていた。
高度は2500から700まで落ちている。
バーマント機のパイロットが不意にマッキャンベル中佐を振り向く。
「もらったぞ!」
彼は発射ボタンを押した。ダダダダダ!という音と振動と共に、12.7ミリ機銃が撃ち出された。
敵機の未来位置に発射された機銃弾は、上から突き刺さるように敵機に命中した。
パッパッパッと、命中の火花が飛び散る。
さすがに頑丈なバーマント機は少し撃ち込んだだけでは火を噴かない。
さらに機銃弾を叩き込む。
機銃弾命中の火花が左主翼に多数飛び散った、と思うと、その主翼の真ん中からぼっきりと折れた。
数十発の機銃弾を集中して当てられたため、耐久構造に限界が生じ、ついに致命的な亀裂が主翼に広がった。
亀裂は風圧によってさらに広がる。
風は傷を押し広げ、ついには傷が真ん中を縦に広がり、そして新たなる被弾がこの翼の微かな生命を奪った。
片方の主翼が半分以上も叩き折られたバーマント機は、破片を撒き散らしながらバランスを崩して海面に落下していった。
やがて、破片と共に水柱が吹き上がる。

それは、乗員の無念の叫びを象徴しているかのようだった。