149  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/07(日)  18:42:57  [  D4VsWfLE  ]
午前9時7分、東方軍集団司令部
「弾着は、南5キロ先の第12軍司令部に集中しています!」
伝令の声が聞こえた瞬間、新たな弾着が大地を揺るがした。
「敵は大型艦をザラーク湾に突っ込ませ、ここから我が方の陣地や司令部を狙い撃ちにしています。」
「もしや、あの上空を飛んでいる飛空挺を観測員代わりにしておるのか?」
「恐らくそうでしょう。そうでなければ、あのような命中精度は望めません。」
ルーゲラーは、幕僚達の話を聞くと、絶句した。
米戦艦の砲弾が落ち始めたのは9時ちょうど過ぎからである。
夜戦に向けて綿密な計画を練っていた第12軍司令部に、突然16インチ砲弾が落下してきたのである。
最初は第12軍司令部の500メートル南に落下していた。この突然の砲撃に、第12軍司令部はパニックに陥った。
16インチ砲弾は、硬い森の木々を突っ切り、地上に突き刺さってから1秒ほど後に炸裂した。
弾着点の至近にいた将兵は跡形もなく吹き飛ばされ、遠くに離れていた者でも砲弾の破片や、
木々の破片を受けて絶命するものが相次いだ。
次第に弾着は北にずれ始めた。砲撃開始から6分後に、第12軍司令部の木造建築物
(接収したエルフの村長の家)は1発の16インチ砲弾の直撃を受けた。
何の装甲も施されていない司令部は、一瞬にして木っ端微塵に吹き飛んでしまった。
さらに不運な事に、突然の艦砲射撃に状況をつかめないでいた第12軍司令官も、幕僚共々戦死した。
「報告します!第12軍司令部に敵弾命中!司令部職員はほぼ全員が絶望的です!」
「何だと!?」
ルーゲラーは思わず仰天した。まさか第12軍司令部も戦死するとは思わなかったのである。
「司令官!味方兵の一部が後方に逃げつつあります!」
「何?それはいかん。すぐに戻るように伝えろ!敵前逃亡は死刑に処するぞ!」
彼は物凄い剣幕で伝令兵を睨み付けた。睨まれた伝令兵は、蛇に睨まれた蛙のように縮みこんだ。  


150  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/07(日)  18:43:57  [  D4VsWfLE  ]
「すぐに各隊に知らせろ!敵前逃亡を企てるものは即しょ」
最後まで言葉が告げなかった。次の瞬間、ダーン!というこれまでにない爆発音が鳴り響いた。
急な轟音と、猛烈な振動に誰もが飛び上がった。
振動で窓ガラスがバリバリガチャーン!と、けたたましい音を立てて砕け散り、
テーブルに置いてあるコップが床に落ちた。
「くそ、おのれえ。異世界軍め、やりたい放題やりよって!」
ルーゲラーは悔しさのあまり、そう喚き散らした。
「閣下!ここも狙われているかもしれません。急いで避難を!」
幕僚の1人が非難を促した。
「隣の小屋には地下室がございます。そこに我らだけでも非難しましょう!閣下が死なれては、
今後の作戦が出来なくなります。」
「うむ・・・・・・」
彼は非難をためらった。ここで非難しては、今までに戦死した部下将兵に申し訳が立たない。
彼はそう思っていたが、幕僚説得に渋々ながらも応じた。
5分後には、弾着は第8軍司令部の付近まで及んでいた。
16インチ砲弾の炸裂は凄まじいもので、砲弾が落下した付近では、大きな木も容赦なく倒され、
そこにいた将兵を吹き飛ばす。
何もかもが、巨弾に粉砕され、無に返していく。
バーマント軍の空襲に耐えたエイレーンの森も、16インチ砲弾の前にはなすすべもないように見える。  


151  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/07(日)  18:45:16  [  D4VsWfLE  ]
昔から、この森には精霊が住んでいるといわれている。
その精霊が、昔から共に暮らしてきたエルフを叩き出し、勝手に居座ったバーマント軍を憎んでいたとしたら。
そしてそのバーマント軍が居なくなるなら、どんなものを受けても構わないと思うのなら・・・・・

森はバーマント兵を守らないばかりか、逆に牙をむき出しにしてきた。
16インチ砲弾の爆風で折れた太い枝が、バーマント兵を叩き潰し、あるいは串刺しにする。
直撃を受け、倒れてきた木が少なからぬバーマント兵を潰して大地に轟音を立てて倒れる。
木々の破片を全身に浴びた兵が、苦痛にのた打ち回り、大声で泣きじゃくる。
助けてくれ!置いて行かないでくれ!バーマント兵は逃げる仲間に必死にそう叫ぶ。
だが、その逃げようとした仲間もろとも、落下してきた16インチ砲弾が爆裂し、
負傷したバーマント兵をたちまちあの世送りにする。
森の中は、阿鼻叫喚の巷と化していた。もはや、地獄に等しい状況だ。
バーマント軍第8軍に属する第79歩兵旅団の旅団長は、独断で森からの撤退を命令した。
第79旅団の第1大隊に所属するイリヤ・エルヴィルト伍長は、命令に従って森の中を
ひたすら西に向かって逃げていた。
突然、空気を切り裂くような音が耳に聞こえてきた。
(危ない!)
危険を感じた彼女は、咄嗟に地面に伏せた。
次の瞬間、ドーン!という大地震が起きたような猛烈な振動が、地面を揺さぶった。
背中をゴー!という音を立てて爆風が通り過ぎていく。
肩や背中に、砕けた木の木屑がパラパラと落ちてきた。
爆風が止むと、彼女は顔を上げて、再び走り出そうとした。不意に足元に何かが落ちている。
見てはいけないような気がした。だが、好奇心が先立ち、彼女は足元を見た。
なんと、そこには人間の胴体が落ちていた。それも酷い有様である。  


152  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/07(日)  18:46:12  [  D4VsWfLE  ]
「!!」
仰天した彼女は、思わずその場に吐き出してしまった。胃袋の中に残っている物は全て外に出した。
「いや・・・・・死にたくない!」
イリヤはそう言うと、再び走り始めた。
何分走っただろうか、目の前に大き目の木造の建物が見えてきた。
木造の建物の少し離れたところに、小さな小屋みたいなものがある。
そこに人が入っていって、ドアを閉めた。だが、彼女は脇目も振らずにその建物を通り過ぎた。
「どうせ、司令官連中は自分達だけ、安全なところに逃げてるんだわ。あたし達の苦労も知らずに!!」
彼女の心に、ふつふつと怒りが滾ってきた。その時、またもや16インチ砲弾の飛翔音が聞こえてきた。
それもかなり近い。
「どうしてこんな目に!」
彼女は忌々しげにそう呻きながら、すかさず伏せる。
その瞬間、ドゴーン!という雷が間近で爆発したような轟音が鳴り響いた。
爆風に体が吹飛ばされ、イリヤは何かに体をぶつけて意識を失った。
彼女は知らなかったが、この時、東方軍集団司令部の付近に4発の16インチ砲弾が落下してきた。
そのうちの1発が司令部の建物と小屋の間で落下、1秒後に炸裂した。
爆風をもろに浴びた小屋と建物は、あえなく吹き飛ばされた。
それだけでなく、地下室で息を潜めていたルーゲラーらも、土と一緒に巻き上げられてしまった。
その命中箇所には、直径14メートルのクレーターが開いており、小屋はちょうど8メートル付近に位置していた。
当然ルーゲラーらも吹き飛ばされ、幕僚共々、戦死した。  


153  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/07(日)  18:47:03  [  D4VsWfLE  ]
おい・・・・起きろ・・・・・
誰かの声が聞こえる。何だろう?遠くに居るのかな?
おい・・・・・おい・・・・・・おい!!
その声が明瞭に聞こえたとき、彼女は激痛で目が覚めた。
「うっ!」
「動くな。しばらくじっとしておれ。」
声の主は、彼女が所属する第79歩兵旅団の旅団長、ギリアルス騎士准将だった。
「左腕とわき腹に木の破片が刺さっている。今から抜くぞ。」
「旅団長・・・・みんなは・・・・仲間は、どうなりました?」
「詳しい事は知らん。だが、何人かは確実に西に逃げ延びたろう。それは確実だ。」
ヒゲ面の旅団長は、そう言いながら、そっと左腕に触れ、一気に木の枝を引き抜いた。
「ぐっ・・・・ああっ!」
激痛が前進を駆け巡る。しばらくは痛みが脳の思考を占領し、鼓動が早くなる。
しばらくすると、落ち着いてきた。体中がびっしょりと汗をかいている。
「そういえば・・・・あの司令部の建物は・・・・どうなりました?」
「建物か?ああ、あの建物なら綺麗さっぱり吹き飛んだ。司令部の連中と共にな。」
「え?」
彼女は間の抜けた声を漏らした。ギリアルスは今度は腹に刺さっている枝を抜こうとしている。
「さっき、ルーゲラー閣下の死体を見つけた。バラバラだったよ。」
「そ、そんな・・・・」
彼女は、言い知れぬショックに打ちのめされた。わき腹の木の枝が抜けた。
痛みは、なぜか先ほどとは違ってあまり感じられなかった。  


154  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/07(日)  18:47:45  [  D4VsWfLE  ]
米戦艦群の砲撃は、1時間半に渡って行われた。
砲撃を受けた箇所は、南北28キロ。この28キロには、各攻撃軍団の司令部も入っていた。
米戦艦は3隻合計で1890発の16インチ砲弾を発砲した。
砲撃は32キロ地点を満遍なく叩くようにして行われた。
この砲撃で第12軍、第8軍司令部が吹き飛ばされ、第12軍司令部、東方軍集団司令部は全滅した。
他にも、兵員の戦死は2080人、負傷者3000人を超えた。
そして東方軍集団司令部全滅の報は、瞬く間に攻撃部隊全軍に知れ渡り、
バーマント東方軍集団将兵の戦意を絶望的なまでに低下させてしまった。  


161  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/12(金)  18:23:54  [  D4VsWfLE  ]
9月10日  午前8時40分
陸軍第790航空隊に所属するB−25ミッチェルは、今しがたエイレーンの森を越えようとしていた。
B−25の機長であるポール・フランソワ大尉は、下界の森をみつめた。
森の所々に昨夜の艦砲射撃で受けた箇所がちらほらと見える。
その箇所は、爆心地を中心に周りの木が吹き飛んで、10メートル以上はある穴が開いていた。
それもかなりの数である。
「見た限りでは30以上はありますな。」
左隣の副機長であるジミー・グレゴリー少尉が言ってきた。
「従兄弟が海軍の戦艦コロラドに乗っていて、昔そいつから聞いたんですが、戦艦の砲弾って、
16インチ砲で砲弾の重量が1トンを超えるらしいです。」
「1トンか・・・・このミッチェルは爆弾が1.3トンまで積める。
だとすると、俺たちが見たクレーター数からして、30機分のB−25が爆撃したことになるな。」
「いや、威力は16インチ砲弾のほうが強いですから、もっといくかもしれませんよ。」
「確かにな。」
昨日の夜まで、この森の下には何万ものバーマント兵がいた。
その森に、大口径砲弾を、なんと1800発も叩き込んだのだ。
「確実に1個師団はぶっ飛んだぞ。」
出撃前に彼はグレゴリー少尉に向かってそう言っている。
森へ抜けると、広大な平野が続いている。その平野部に、一群の群れがある。
「左前方に人の群れです!」
グレゴリー少尉が叫んだ。フランソワ大尉は視線を左に移し、目をさらにして見つめる。
かすかながらだが、確かに人影の集団が見える。  


162  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/12(金)  18:26:48  [  D4VsWfLE  ]
「よし、確かめるぞ。」
フランソワ大尉は機首をその方向に向けた。現在、高度は2500メートル。
速力は240マイル(384キロ)。
(本来なら、1200ほどで確かめるんだが、敵は対空火器を持っているからな。用心しねえと)
彼は心の中でそう呟いた。
昨日の航空攻撃で、米側はバーマント軍の対空機銃によって44機が撃墜されている。
撃墜機の内訳は、海兵隊のF4Uが2機、陸軍のP−47が4機、P−51が3機、B−25が3機、A−20ハボック7機。
海軍のF6Fが7機、SBDが3機、SB2Cが8機、TBFが7機失われている。
いずれもが、低空での機銃掃射のさいに反撃を食らっている。
この他にも陸軍側で24機、海軍側で54機が機銃弾を受けている。
そのうち修理不能機は陸軍でB−25が1機、P−51が1機。海軍でF6Fが3機、TBFが2機出ている。
この事から、フランソワ大尉は出撃前に、なるべく高度1600以上を飛べと言われている。
そのため、フランソワは高度2500を維持しながら、バーマント軍の軍勢に近づいていった。
バーマント軍の軍勢の上空に来た。敵はたった1機のB−25には興味ないのか、ひたすら西に向かって歩き続けている。
彼らは鉄道に沿って歩いているが、その様子は、葬列さながらの寂しさを感じる。
「敗軍の部隊というものは、なんか惨めですねえ。」
「そうだな。昨日は敵側は散々だったからな。昼間の大攻撃は完全に失敗し、
夜には軍艦に撃ちまくられる。まさに泣きっ面に蜂の状態だな。」
「やっぱ、戦艦部隊の砲撃が一番利いたんですかね?森のあちこちに砲弾穴がありましたから。」  


163  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/12(金)  18:27:49  [  D4VsWfLE  ]
「そうかもしれない。敵は夜戦をやろうと構えていたところに、いきなり砲撃だ。
そしてその砲撃で、大勢の味方が吹っ飛んじまったのだろう。正面には装備優秀な敵が備えている。
そこに横槍の艦砲射撃だ。こんなんじゃ俺でもやる気無くすな。」
「まあ、敵の司令官の判断は結果としてはいいでしょう。なんたって、これ以上無意味な犠牲が出なくて済みますからね。」
「そうだな。」
2人はそれっきり、黙り込んだ。それから彼らのB−25はバーマント軍の上空で偵察を続けた。
彼ら2人は、いや、米側は現時点で、昨夜の砲撃が敵軍の最高司令官を吹き飛ばしたことを知らない。
ただ、砲撃で敵の戦意を削ぎ、撤退のきっかけを作ったとしか思っていない。

悠然と旋回していたB−25はようやく過ぎ去って行った。
恐らくただ自分達の様子を見に来ただけだろう。
レイックル軍曹はそう思った。
そして再び周りに視線を巡らせる。味方の将兵が歩いている。
その表情は、どれもこれも曇ったままだ。
「敗軍の兵たち・・・・か。」
彼は、布切れで吊った左腕をさすりながら、小さく呟いた。
「でも、確かな事があります。」
右隣に居る彼の部下、この戦いで唯一生き残った彼の分隊の兵である。その兵が口を開いた。
「ここしばらくは、敵の銃弾に倒れる心配がありません。」
「ちげえねえ。」
レイックル軍曹は引きつった笑みを浮かべた。
昨日の戦闘は、まさに地獄そのものだった。
待ち構えていたアメリカ軍は、大量の航空機、そして銃器、砲撃で進撃してきた味方軍を次々に狙い撃ちした。
期待の陣地突破用のストーンゴーレムは最初の段階で早々と全滅し、味方の騎兵、歩兵部隊も相次いで壊滅した。
最もきつかったのが、敵の陣地に取り付く前だった。敵軍は、まるで吐き出すように大量の銃弾を放ってきた。
これに討ち取られた味方は数知れず、あっという間に大半がバタバタ打ち倒された。
それでも、レイックル軍曹を始めとする生き残りが敵軍陣地に殴り込み、相当の被害を与えた。  


164  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/12(金)  18:29:36  [  D4VsWfLE  ]
だが、地上部隊の善戦はほんの一握りの時間でしかなかった。
第1線陣地を占領したとたん、洋上の敵機動部隊からやってきた艦載機にたかられ、あっという間に
残存部隊の大多数が死傷してしまった。
これに業を煮やしたレイックル軍曹は(撤退時に現地の最高指揮官になっていた)全部隊撤退を命じた。
そして、森の前の味方陣地に戻ってきたのは、わずか80名しかいなかった。
このため、第89歩兵師団は事実上全滅状態になった。
味方の被害甚大に驚愕した上層部は昼間の戦闘を中止。戦闘は夜戦に持ち込まれる事になった。
残存わずかとなった第89歩兵師団は、第64歩兵旅団に編入されて、夜間の攻撃を行う予定であったが、
その予定された攻撃も、ザラーク湾に乗り込んだ米戦艦部隊の砲撃によって吹き飛んでしまった。
この砲撃で彼の分隊の部下も4人が戦死した。レイックルも木の枝で左腕を傷付けられた。
そして砲撃が終わり、辺りには鉄の暴風の甚大な被害に呆然とする将兵と、傷に呻く多数の負傷者が残された。
この砲撃で、バーマント軍第8軍は、渡そうとしていた小銃の弾薬が、弾薬庫共々、16インチ砲弾によって叩き潰されていた。
そして809人が死亡し、1020人が負傷した。
そして、午後10時50分、レイックル軍曹は、突然放心状態に陥った魔道将校から、信じられない情報を聞いた。
東方軍集団司令官オリオス・ルーゲラー騎士元帥戦死。
その情報はたちまち口コミで広がっていき、臨時に東方軍集団司令官に任ぜられた
第8軍司令官コルレ・イルフェリンド大将は全軍に撤退を命じた。
彼いわく、  


165  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/12(金)  18:31:53  [  D4VsWfLE  ]

「これ以上、勝ち目の無い戦いを続けるのは、武人にあるまじき行為である」

こうして、米戦艦部隊の砲撃は、多くの敵兵を吹き飛ばしたばかりか、
その戦意すらも、綺麗さっぱり吹き飛ばしてしまったのである。
「次の駅まであと・・・・」
「6キロ、6キロです。」
部下、イザレル・アス1等兵は自身ありげに行ってくる。
「6キロか。イザレル、どうしてわかった?」
「あれですよ。」
彼は右方向を顎でしゃくった。
イザレルは両方の手の骨が折れているので、指をさすことが出来ない。
右方向には、やや小高い丘が聳え立っている。
頂上には緑の木が生い茂っており、目印にはもってこいの丘である。
「友人の砲兵が、丘から次の駅までは6キロちょうどと言っていました。」
「なるほど。分かりやすいな。」
レイックルは納得する。
味方の兵は、相変わらず、ゆっくりとした足並みで次の駅に向かっていた。  


166  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/12(金)  18:32:58  [  D4VsWfLE  ]
9月10日  午後2時  
「長官、第5水陸両用軍団司令部は防衛戦の終結宣言を下したようです。」
参謀長のデイビス少将は、イスに座って読書を嗜んでいるスプルーアンス大将にそう報告した。
「そうか。バーマント軍は撤退したのか。」
「はい。情報によると、バーマント軍の最後尾部隊は西18キロの所を西進中とのことです。」
「なるほど・・・・・昨夜の砲撃が利いたものと見えるな。」
スプルーアンスは本をテーブルに置くと、テーブルのコーヒーを飲み干した。
コーヒーは冷えていてまずい。
「作戦室に戻るか。」
彼はそう呟くと、イスから立ち上がって長官公室を出た。
しばらくして作戦室に入った。
作戦室にはレイムと情報参謀のアームストロング中佐、作戦参謀のフォレステル大佐が地図を見ながら話し合っている。
「長官、敵は戦線を離脱中のようです。」
「ああ、参謀長から聞いたよ。それにしても、敵が一斉に撤退を開始すると言うのが少々驚きだな。
私としては、敵の戦意を削いで、地上部隊の作戦をやりやすくしようと思ったのだが・・・・・・・
レイム君、何か分かるかな?」
スプルーアンスは、レイムに話を振った。
レイムはしばらく考え込む。やがて思い立ったのか、自分の意見を言い始めた。  


167  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/12(金)  18:34:43  [  D4VsWfLE  ]
「考えられる点はいくつかあります。まず1つが、昨日の戦闘で甚大な損害を出したため、
これ以上の作戦が困難になったか。もう1つは、昨夜の艦砲射撃で重要な、例えば
主戦力師団を粉砕されたか、あるいは・・・・・・」
「あるいは?」
「・・・・・敵の総大将を吹き飛ばしてしまった・・・・かです。
バーマント軍の戦意が高いのは既にお察しと思われます。」
彼女の言葉に誰もが頷く。バーマント軍の戦意の高さは幾度も発揮されている。
海軍も、飛空挺によって軽空母サンジャシントと駆逐艦ドーチを撃沈されているし、
水上砲戦でも大損害を被る艦艇が度々出てきている。
「今撤退中のバーマント軍はグランスプ軍団と呼ばれる精鋭部隊で、軍団長のオリオス・ルーゲラー騎士元帥は
部下からも慕われており、ヴァルレキュア戦でも常に先頭を切って戦っていた軍です。」
レイムの語調が、後半部分だけやや震える。スプルーアンスは一瞬どうしたのか?と思ったが、レイムは言葉を続ける。
「この軍団の功績は抜群で、常に無敗で押し通してきました。
軍団の将兵は皇帝よりも、ルーゲラー元帥を士気の拠り所にしていたようです。
彼の指揮する作戦は常に勝利に導かれています。」
バーマント軍はよく、敵の指揮を阻喪させるために、よく味方軍の強さを敵に知らしめていた。
この戦術は意外に効果があり、ヴァルレキュア戦に至るまではかなりの対抗軍が降伏している。
最も、この戦術はヴァルレキュア相手には全く通じていない。  


168  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/12(金)  18:36:06  [  D4VsWfLE  ]
「バーマント軍の体質からすると、撤退の原因となったのは、やはりルーゲラー元帥が負傷したか、あるいは・・・・」
「戦死したか、だな?」
スプルーアンスは怜悧な口調で言ってきた。
「はい。恐らくは。」
レイムはそう言って頷いた。だとすると、昨日の艦砲射撃はラッキーヒットを当てたと言う事になる。
スプルーアンスは、机の地図を眺めた。地図には森から西に伸びる赤い矢印が描かれている。
たった今しがた描かれた矢印だ。
この矢印は、撤退中のバーマント軍を表している。
スプルーアンスは、その地図に手を置いた。
(もし・・・・・敵の総大将を討ち取ったとすると・・・・・あの急な戦意喪失も説明がつくな。
と言う事は、戦艦部隊の派遣は吉と出たか)
運命と言うものは情け容赦ないものだな、と彼は思った。
「損傷した艦はどうなっている?」
スプルーアンスは話題を変えた。
「ハッ。まず大破したニューオーリンズですが、現在缶ドッグに収容して目下修理中です。
ミネアポリスは中破レベルえありますが、こちらはドッグに入れず、工作艦の戦場修理でなんとかなると
伝えられています。ニューオーリンズは最低でも1ヵ月半、ミネアポリスは3週間ほど戦線を離れます。
それから小破したサンフランシスコとマイアミは、いずれも1週間程度の修理で済むそうです。」
「そうか。それにしても、バーケはよくやってくれたな。大したものだ。」
彼は無表情な顔つきで、淡々とそう口を動かす。
「とりあえず、ひと段落はついたな。バーケ部隊の将兵によくやったと伝えてくれ。」  


169  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/12(金)  18:37:30  [  D4VsWfLE  ]
9月12日  バーマント公国首都  ファルグリン
陸軍最高司令官であるオール・エレメント騎士元帥は、皇帝の玉座の前に足を止めた。
玉座に座るバーマント皇は機嫌が悪い。しきりに指を肘掛にトントン叩いている。
「オール・エレメント元帥。ただいま参りました。」
「うむ。ご苦労。」
バーマント皇は頷くと、閉じていた目を開いた。その目には怒りが混じっている。
「エレメント元帥、グランスプ軍団・・・・もとい、東方軍集団は、公国でも最強の軍団である。
そうであったな?」
「は、はい。おっしゃるとおりであります。」
「ふむ。で、その最強軍団が、なぜ・・・・・なぜ1日で撤退したのだ!!!!」
突如、バーマント皇は怒声を上げた。
「わしは全滅してでもサイフェルバンを取り返せと言ったはずだ!それを軽々しく無視して撤退だと!?
やられたと言っても17万中、8万人。たった半分しかやられておらんではないか!!」
「い・・・一度に投入できる兵力には、限度があって。」
「黙れ!貴様らの敢闘精神が足りぬからだ!最強軍団なら今頃、異世界軍の蛮族共を全て皆殺しにしておるはずだ!
それが、たったの6万ごときの地上軍にやられおって!!」
バーマント皇はエレメントに人差し指をむけ、彼をなじった。
バーマント皇は知らないが、周りの直属将官達は聞くに堪えないような言葉に、顔を歪めていた。
「し、しかし皇帝陛下。あの時、我が地上軍には空中騎士団の支援はありませんでした。
それに対して、異世界軍は飛行場、洋上の空母機動部隊から多数の飛空挺を飛ばして地上軍の支援にあたりました。
はっきり申しまして、あの状況で勝つのは表情に難しかったと言わざるを得ません。
便りの空中騎士団もいない中、どうやって、堅陣を突破せよと言われるのですか?」  


170  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/12(金)  18:38:33  [  D4VsWfLE  ]
「兵の数だ!いくら敵とはいえ、大軍に攻め込まれればたちまちもみ潰されるはずだ!
君が送った報告書の中にも、ちゃんと戦果があったではないか!」
「戦果は確かにありました。しかし」
「黙れ!言い訳は聞きたくない!1ヵ月後にもう一度奪還作戦をやるぞ!
今度は空中騎士団も参加してもらう。そうすれば、前のような惨めな敗北は起こらんはずだ。」
エレメントは絶句した。この人は何も分かっていない。
「お言葉ですが、これ以上兵の消耗が続くと、国民に実情が知られる事になります。
どうか、侵攻はもうしばらく様子を見たほうがいいのでは?」
「いや、君の判断には承服しかねる。」
バーマント皇は彼の提案を突っぱねた。
「味方が苦しいときは敵も苦しいのだ。戦場と言うものはそう言うもんだろう。」
さらりと言ってのけた。流石のエレメント元帥も、この言葉に反応した。
(そう言うもんだろう・・・・・だと?この人は・・・・・この人は!!)
内心、怒りが沸き立つ。顔が次第に赤くなった。
「そう言うことだ。すぐに新手の部隊の準備を進めたまえ。」
その言葉に対して、罵声をあげかけた瞬間、
「大変でございます!」
後ろから侍従係が大声で叫んだ。
「何事か?」
慌てて走ってきたその侍従係は、血相を変えた表情を浮かべている。
「異世界軍機が首都に接近しております!」
「な・・・・なんだとぉ?」
先ほどまで血色の良かったバーマント皇の顔色が、さっと変わった。  


171  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/12(金)  18:39:09  [  D4VsWfLE  ]
首都上空に現れたのは、B−24爆撃機20機に護衛のP−51戦闘機20機だった。
この編隊を見かけたファルグリン市民は仰天した。
そして、B−24編隊が首都上空に到達したとき、誰もが腹から爆弾をばら撒かれると確信した。
以前のエンボスト空襲では、市街地にも被害が出ている。
遂に異世界軍は市民までも狙い始めたのか!誰もが絶望的な気持ちに包まれた。
腹から何かが落ちた。それは・・・・・・・・・・・
紙・・・であった。一塊の物体が落ちると、それは空中でばあっと散った。
無数の紙がヒラヒラと舞いながら、ゆっくりと市街地に落ちていく。
B−24は腹から紙をバラバラ撒き続ける。
それは、公国側が最新の情報の詰まった広報紙を配布した1時間後の出来事であった。  


177  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/15(月)  14:58:13  [  D4VsWfLE  ]
9月12日  午後3時  サイフェルバン
ここはサイフェルバン中央部にあるとある2階建ての建物。
ここには1階部分に何台もの印刷機械が置かれ、そここに印刷用の各種紙が梱包された状態で置かれている。
職員は作業員の兵、監督役を合わせて24名の将兵がいる。その他も含めると60人はいる。
彼らこそ前線広報部隊の面々である。
この印刷工場、正式には第42諜報中隊と呼ばれる部隊は昨夜から徹夜で、ビラの作成にあたっていた。
職員待機所には、諜報中隊の面々が疲れたような表情で休憩を取っていた。
諜報中隊の中隊長、ビル・ファルマン少佐は、同じように疲れたような表情をしているものの、目には満足感がただよっている。
「ファルマン少佐。」
1人の少尉が聞いてきた。
「あのビラ、効果ありますかね?」
「現地点では何もいえんな。」
ファルマン少佐はタバコを1本とって火をつけた。紫煙を口から吐き出す。
「バーマントの内陸部にはわが方のスパイは誰もおらんし、しばらく経たないと分からないだろう。」
「以前のビラ作戦は失敗しましたしねえ、今回もなんか同じような事になりそうな気がするんですが。」
「うーん・・・・・いや、今回は成功するんじゃないか?」
ファルマンは少尉とは違った意見を言い始める。  


178  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/15(月)  15:00:54  [  D4VsWfLE  ]
「前回のビラ作戦はバーマントの領土で行われていない。元はヴァルレキュアの領土だった。
だがな、今回はバーマントの領土だ。それに国民のいる所を狙ってビラをばら撒いたんだ。
何度も言うようだが、現地点ではまだ分からない。だが、彼らは一度空襲の惨禍を味わっている。
それに加えて味方軍の壊滅や、これまでの正式な被害が載せられた報告文も堂々と載せているんだ。
信じないにしても、公国側が偽りの情報しか教えていないのでは?と勘ぐる奴が増えるだろう。」
「確かにそうかもしれませんね。国民は知らないにしても、バーマントの上層部連中は連続する
敗北をどう思っているのでしょうかね?」
「きっと胃の痛い思いをしてるんじゃないか?特に皇帝あたりはこれから胃薬が必要になるかも
知れんな。でもな、俺が心配しているのは少し別な部分にあるんだ。」
「別な部分・・・ですか?」
「ああ。軍隊と言う組織には色々な事を思う連中が集まる集団だろ?ぱっと見穏健そうな人ばかり
がいると思っても、細部には過激な事を思う奴がわんさかいる、と言う事もそう珍しい事じゃないぜ。」
「我が軍はどうなんですか?」
「仕事柄、色々な師団を見て回ってるが、このマリアナ侵攻部隊に限っては、別に異なる意見とかを
持っている兵士はあまりいないな。」
彼はそう区切ってタバコを吸う。
「バーマント軍の実情は知らんが、穏健派や継戦派というのがもしかしたら無いとも限らない。
それにいざバーマントが降伏しようとして、継戦派が決起とかしないだろうな、と思うんだよ。」
「なるほど・・・・・でも少佐、それはジャップには当てはまりますが、バーマントには当てはまりませんよ。
細かい事は分かりませんが、自分の目から見たらバーマント軍は全体が継戦派みたいなもんですよ。」
「ハッハッハッ!確かに、言えてるぜ。」
「でも、そのバーマント軍も自分達の支えとなる国民の意見は無視できないでしょう。彼ら軍も国民から志願してきたものですからね。」  


179  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/15(月)  15:02:10  [  D4VsWfLE  ]
「そりゃそうだろうな。まあ、作戦の成功如何はあちらさんしだいだ。
俺達は別の仕事をしながら、効果が現れるのを気長に待つだけだ。」
「それにしても、徹夜で印刷作業は久しぶりにやりましたねえ。もう足がパンパンですよ。」
「7万枚は刷ったからな。全く、上層部の気持ちも分かるが、そんなに慌てさせたら、
俺たちも、機械も駄目になっちまう。もうちょっと俺達の事も考えてもらいたいものだ。」
ビラの印刷命令が来たのは昨日の午後4時ほどである。
その時、彼らは1週間に1回発行する部隊紙、ザ・パラレルワールドの印刷を終えたところだった。
要求された枚数は7万枚だった。米軍は召喚前に、武器・弾薬等と共に、紙もごっそり本国から持ち込んでいた。
それで、だいぶ余裕のある紙を使って広報誌を配布してはどうか?と意見があった。
その事から、6月始めに週刊、ザ・パラレルワールドと言われるマリアナ侵攻部隊限定の部隊紙が発行されている。
それを請け負っていたのが、彼ら第42諜報中隊である。
各種ビラ、合計7万枚の印刷は出撃1時間半前には終了し、トラックで飛行場のB−24に運ばれていった。
「それはそうとして、昨日煙を出していた6番機、アレは使えそうか?」
「ええ、修理すれば使えます。でも、故障箇所がやや複雑なんで、1日か2日はかかりますね。」
「そうか。大事な印刷機だからな。」
そう言いながら、少佐はタバコを吸う。タバコはもう既に短くなっており、彼はもう1度だけ吸って、灰皿にもみ消した。
「とりあえず、今日は休みをもらっているから、後で飲もう。大仕事を終えた記念だ。とって置きのウィスキーを何本か隠してあるんだ。」
「そうですか。酒はしばらく飲んでいませんでしたからね。」
「あれこれ雑談しながら飲み明かそうじゃないか。」
そう言って彼はニヤリと笑みを浮かべた。  


180  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/15(月)  15:04:41  [  D4VsWfLE  ]
9月16日  バーマント公国首都ファルグリン南部  午前1時
ファルグリン市内は、いつもどおり平静であった。市民の大多数は明日に備えて眠りつつある。
そんな中、酒場クライクの奥では、店主オーエル・ネイルグが複雑な表情で、数枚の紙を見つめていた。
酒場クライクは彼の家でもある。
そのため、オーエルと、その家族である娘のクレイスと妻のアリエも彼同様、テーブル上の数枚の紙を眺めている。
今日は客足があまり来ないため、オーエルは12時には店を閉めている。
紙は4枚あり、それぞれが違う内容だった。
1枚目は先日のサイフェルバン侵攻時の両軍の損害比較。2枚目はサイフェルバンを巡る海空戦の損害比較。
3枚目は今回のサイフェルバン防衛戦の結果。
そして4枚目はスプルーアンス提督が自ら書き示したメッセージが入っていた。
どれもこれも信じがたい内容である。今まで公国側が発表した結果と全く食い違っている。
「アリエ、どう思う?」
「どう思うと言われても・・・・・・・」
彼女は言うべき言葉が見つからなかった。
このビラが配られた前に配布された広報紙には、サイフェルバンの敵占領地域をほとんど奪い返したと書かれている。
その際、20機の大型飛空挺を地上で撃破したと伝えられていた。
だが、それはファルグリン上空に現れた40機の米軍機によって打ち消された。
そして、ばら撒かれた4種類のビラにはこれまでの戦果発表とは全く違う結果が載せられていた。
順で追って行くと、7月のサイフェルバン侵攻では3度の海空戦があったが、敵アメリカ側が呼ぶ
第1次サイフェルバン沖海戦では高速艦10隻全て全滅。
一方、米側の被害は軽巡洋艦2隻、駆逐艦1隻大破のみ。
つづく第2次サイフェルバン沖海戦では軽空母1隻、駆逐艦1隻を失ったが、バーマント軍機70機以上撃墜。
その翌日のバーマント側の航空攻勢は米側戦闘機の待ち伏せで攻撃隊はほぼ全滅し、失敗。
第3次サイフェルバン沖海戦では第3艦隊の5隻の重武装戦列艦全て、他10隻以上を撃沈し、米側は中型艦1、小型艦3の喪失のみと書かれている。  


181  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/15(月)  15:06:05  [  D4VsWfLE  ]
これだけを見ても衝撃的なのに、この後に続くサイフェルバン陥落、バーマント側の
サイフェルバン奪還頓挫の報は見るものに衝撃を与えた。
このビラが配られた2時間後にバーマント皇はすぐに回収を命じ、官憲は住民に拾ったビラの引渡しを求めた。
この日までに4万枚が官憲の手に渡っているが、残りはまだ行方不明である。
そして、ネイルグのように密かに家に持ち帰っているものも少なくない。
それに、住民は口には出さないが、公国側の公式発表に疑問を持ち始めている。
「公式発表と、アメリカ側の発表。俺としてはこのアメリカ側の発表が信頼できると思うな。
それに、サイフェルバンをほとんど奪還したのに、なぜあの飛空挺は飛んできたと思う?」
「もうすでに・・・・・占領されたから?」
「そうだ。この紙に書いてある8月にな。」
薄暗い部屋の中に、重苦しい沈黙が流れた。
公式発表では2ヵ月半に渡ってサイフェルバンの激戦振りを伝えている。
公国側の発表で大体の国民は未だにサイフェルバンが完全に占領されていないと思い込んでいた。
だが、実際には1ヶ月しか持っていない。
これが事実だとすると、公国側は、国民に対して嘘の情報を垂れ流していた事になる!
それにここ2,3ヶ月の間で、文通の途絶えた将兵の家族が急激に増えている。
これも明らかにおかしい。
包囲か、戦死でもされなければ、あるいはよっぽど忙しいときでなければ手紙は必ず帰ってくるのである。
だが、それが一向に来ない。なぜだ?
家族は情報をほしがった。どうして手紙が来なくなったのかを。
そして、思い悩んでいるときに今回のビラ騒動が起きたのである。
そしてビラに書かれている内容を読んだ時、家族は全ての不可解な出来事が初めて理解できた。  


182  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/15(月)  15:07:19  [  D4VsWfLE  ]
「ハッキリ言う。俺たちバーマントは戦いに負けていた。
そして、捕虜に対する人道的な対処も全く行われていない。
逆に、この紙には片っ端から捕虜を殺したり、虐待したりしている。
そう、皇帝陛下は・・・・・・・俺達を騙したんだ!」
オーエルは怒りに肩を震わせながらそう呟いた。語調には怒りが含まれていた。
「ここしばらくの変てこな報道も、全て騙すためだったんだ。」
「ああ・・・・・・なんてこと・・・・・」
妻と娘は、互いに目を合わせた。顔には明らかに失望したような表情が浮かんでいる。
「皇帝陛下はきっと後悔する時が来るぞ。俺達を騙した事に。」
「それで・・・・あなた。これからどうするの?」
「これから・・・・か。」
オーエルはこれからのことを考えた。
公国側が自分達を騙していることに気がついた。では公国にこれ以上尽くす義務があるのだろうか?
いや、現皇帝がいる限り、それはないだろう。
「あの暴君の代わりに、第3皇子が皇帝だったら、こんな無意味な拡大戦争なんざやらなくて済んだのに。」
オーエルは深くため息をついた。
「だが、あからさまに皇帝を批判するわけにも行かない。
そんな事をしたら、不敬罪で官憲にしょっ引かれてしまう。
とりあえず、時期が来るまでは普通どおりの生活がいいだろう。」
「普通どおりかぁ・・・・・」
「やる気が出ないのは分かるが、薄汚い牢獄で暮らすよりは遥かにましだろう。
きっと、立ち上がる人たちがいるはずだ。俺は、その人たちに賭けて見たいと思う。」  


183  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/15(月)  15:08:22  [  D4VsWfLE  ]
9月17日  ファルグリン東部郊外
墓場は、相変わらず不気味な雰囲気が漂っていた。今にも土の下の死者が出てくるのではないか?
集合場所付近はそう思わざるを得ない場所である。
その墓場を平然と納屋に向かっていくフード帽姿の人影があった。
その人影は、数度、納屋の扉を叩くと合言葉を言った。合言葉が合ったのだろう、人影は中に入って言った。
「アートル中将、いつもご足労痛み入ります。」
「ああ。」
ミゲル・アートルは中に入ると、奥の地下室に入って言った。
地下室には2人の女性と3人の男性が待っていた。ロウソクの明かりが5人の顔をぼんやりと浮かび上がらせている。
ミゲルはふと、不思議に思った。女性のうち1人はこれまでに見た事の無い顔である。
「アートル中将、紹介しよう。」
髭面の初老の男が女性を紹介しようとした。
その女性は若く、緑色の長髪が腰まで下がっている。
格好はどことなく男を思わせる姿だが、体つきは美しいが、がっしりもしている。
慎重は女性にしてはやや高く、肌が浅黒く、顔つきはどことなく精悍な感じである。
「海軍中佐のレラ・アルファールだ。」
「アルファールです。」
「アートルです。」
「彼女は第4艦隊の作戦副参謀を務めている。2週間前に我々の計画に賛同してメンバーに入ってくれた。」
「海軍内部にも、現皇帝の不満はちらほらと聞かれます。」
「そうなのですか、でも、海軍内部ではあまり不満の声がないと聞かれているのですが。」
「実際はそうですね。陸軍と違って、我が海軍は未だに皇帝陛下の忠誠心が厚いです。
しかし、よく見てみると将官や士官の一部には時折現皇帝の政策に対する疑問の声が上がっています。
第4艦隊司令部でも、砲術参謀が影で皇帝陛下を罵っているのを聞いたことがあります。」  


184  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/15(月)  15:10:05  [  D4VsWfLE  ]
「アルファール君には革命が起きるまでに同志を集めてもらいたい。
そして革命が起きた時は上司を説得して、我々に賛同させてもらいたい。
情勢はもはや現皇帝に不利だからな」
「その現皇帝ですが、ここ数日は腹の調子がおかしいのか、時々胃薬を飲んでおられます。
それに侍従係の話によると、就寝中にうなされているとの事です。」
「皇帝陛下は相当精神を病んでいると思われるな。」
「閣下、革命の準備はもう少しで完了しつつあります。」
髭面の横の若い男が力んだ口調で言ってくる。
「うむ。所で、西北部の状況はどうなっておる?」
髭面の男はミゲルの左隣にいる中年の男に声をかけた。
「西北部の状況でありますが、はっきりいいまして、どうにも思わしくありません。
西北部には現在、魔法都市ギルグアルグに空中騎士団4個部隊と新編成の第6艦隊と第5艦隊が駐留しております。
この他に陸軍部隊54000が駐留しております。実は、この部隊はガチガチの皇帝陛下、というよりはエリラ皇女に、
と言ったほうが正しいでしょうか。我々とは全く違う考えを持っています。」
「つまり、継戦派・・・・だな?」
「はい。下手に革命をほのめかせば危うい状況で、同志もなかなか集まらないのが現状です。」
「エリラ皇女の親衛隊には困ったものだな。あの馬鹿者共はバーマント皇と似たような事を口走っておる。
まあ、ギルアルグの部隊はいずれも最新鋭の兵器を受け取っているからな。それを使いたいと思っているのだろう。」
「しかし、わが方の武器が最新鋭としても、敵側から見たら明らかに劣るほうです。もし我々の武器が勝っているのなら、
サイフェルバン沖のアメリカ機動部隊の空襲もああも惨めな結果にはなりませんでしたし、サイフェルバンも
簡単には落ちなかったはずなのに。」
ミゲルはげんなりした表情でそう言う。  


185  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/15(月)  15:11:48  [  D4VsWfLE  ]
「妄想ばかりで現実を見ておらんのだよ。あの親衛隊共は。」
髭面ははき捨てるように言った。
「それはともかく、諸君。時はついに来た。」
髭面は決意を新たに言葉を続けた。
「長い間、ご苦労であった。現在、我々の活動において、短期間の間に多くの賛同者を得る事が出来た。
これも、あの異世界軍のお陰である。あの異世界軍によって、我々の賛同者は自分達の犯してきた
間違いに気付いた。諸君、連日の無益な戦闘で、我々は多くの同胞を失ってきた。それもこれも、
あの害悪が皇帝の地位にのさばっているからである。だが、あの大逆人の安息ももはや終わりを告げつつある。」
髭面、中央方面軍司令官のクライスク・アーサー騎士元帥は4枚の紙を掲げた。
それは、先日、B−24が投下したビラである。
「異世界軍、もとい、アメリカ第5艦隊は僅かながらの兵力にもかかわらず、圧倒的な近代兵器で我が軍を打ち破ってきた。
その現実が書かれた紙を、国民は見、そして知った。今日も2箇所の都市で大量の紙が大型飛空挺からばら撒かれた。
だが、あの大逆人はあろうことか、国民の目を現実から遠ざけようとしている。
だが、もはやその手は我々には通用しない。諸君、時は来た。」
アーサー騎士元帥は懐から新たな紙を取り出した。それを彼は読み上げる。
「準備は既にほぼ整った。あと数日もあれば、国民を悪の呪縛から解き放つ時が来る。
その時を、私は今、ここで君達にそれを教える。」
皆が息を呑んで彼の言葉の一語一語を聞き取っていた。歴史的瞬間が来る。ミゲルはそう思った。
「9月24日、我々は決起する。その第1段階として、決起10分前に公国西端、
ファルグリンより東1000キロのカルリア監獄を襲撃する。」
「まずは、第3皇子を救い出すのですね。」
「そうだ。第3皇子はこれからの公国に無くてはならない逸材だ。参加部隊は私が現地指揮官に直接言う。」
この後も、決行時に襲撃する場所や人物、説得対象についての打ち合わせが続いた。
歴史の歯車は、大きく動きつつあった。  


195  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/18(木)  11:30:04  [  D4VsWfLE  ]
大陸暦1098年  9月20日  バーマント公国カルリア
鉄格子から眺めるカルレアの草原は、どことなく美しく、それでいて、寂しさも感じさせる。
空は曇っていて、今日の外の風景は寂しさが勝っている。
視線のすぐ左の細長い塔のてっぺんには対空機銃が設置されており、警備兵が何人か警戒に当たっている。
(そんな私の心も、寂しくなったのかな)
グリフィンはふと、そう思った。
紙は金髪でショートに纏められ、体つきはそこそこがっしりしている
。顔立ちは容姿端麗であるが、顎に生えた無精髭がその要望を少しばかり損ねている。
彼、グリフィン・バーマントは大きく背を伸ばすと、ベッドに座った。
側にあった小石を取ると、硬い石の床に傷をつけた。
同じような傷が780個もある。
これは、彼が投獄されてからの日数を表している。
そして今日、また1つ増えた。
「今日で795日か・・・・・・もう2年以上になるのか。」
グリフィンは小さな声で、そう呟いた。  


196  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/18(木)  11:31:17  [  D4VsWfLE  ]
2年前の3月。グリフィンはある1人の将官と話をしていた。
「これは・・・・・」
当時、第3皇子だったグリフィンは、将官、アルベルト・グライツラー騎士大将が携えてきた紙を見て驚愕した。
その文面に書かれていた作戦名、それはヴァルレキュア侵攻作戦とあった。
作戦内容は、ヴァルレキュア領に80万の兵力で侵攻し、一気に全土を占領すると言うものだった。
その際、ヴァルレキュア領の全ての人は殺害しても良いと書かれている。
「どこからこんな内容が!」
「それは・・・・あなたのお父上でございます。」
「父上が!?」
グリフィンは最初は驚きこそしたものの、すぐに落ち着きを取り戻した。
最近から、彼の父、グルアロスはしきりにヴァルレキュアを意識していた。
ある時などは、いずれヴァルレキュアが攻めてくるかも知れぬ、だから今のうちに何とかせねば、
などの、侵攻を匂わすような発言が目立っていた。
「ついにヴァルレキュアまで手にかけるつもりなのか。」
グリフィンはグルアロスの事をあまり好きじゃなかった。それどころか常に対立している。
3年前の小国エルボストを攻め入ろうとしたとき、当時16歳だったグリフィンは反対した。
だが、グルアロスは彼の反対意見を退け、強引にエルボストに侵攻して、あっという間に占領してしまった。
この侵攻で、エルボストの人口が約40%減ったと言う。  


197  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/18(木)  11:34:43  [  D4VsWfLE  ]
「グリフィン殿下、もはや、私は皇帝陛下の政策にはついてい行けません。」
「私から父に何か言ったほうが」
「いえ、皇帝陛下は聞き入れてくれないでしょう。それに、殿下は昨日、
陛下とかなりやりあったとお聞きしますが。」
グリフィンは思わずうっと唸ってしまった。
実は昨日の夜、グリフィンはグルアロスに対して、これ以上無意味な拡大戦争はやめるべきだと伝え、
これまで占領した国を元に戻したほうがいいと説いた。
だが、グルアロスは彼の意見を退け、しまいには掴みあい寸前の激論に達した。
結局、無意味な水掛け論に終始してしまった。
その事から、この日のグルアロスは朝から機嫌が悪く、侍従やメイドが粗相をしでかすと
たちまち雷が落ちた。
「殿下・・・・・・」
グライツラー騎士大将は何かを言おうとした。だが、彼は躊躇っているのか、何も話さなくなった。
「グライツラー、ここには貴官と私しかいない。言ってくれ。」
彼の言葉で心の使えが取れたのか、グライツラーは重い口を開いた。
「実は、皇帝陛下の政策を心良しとしないと思う者は軍にも幾人かおります。
その者たち同志で我々は反対派を組織しております。」
「反対派か・・・・とすると、君達以外のものは統一派というわけか。」
「そのようになります。殿下、あなたも皇帝陛下の政策は不快に思われているようです。
私は、どうもヴァルレキュア侵攻はやってはいけないような気がするのです。」
「私も同じだ。はっきり言って父上の対外政策は褒められるものではないからな。」
「そこでなのですが・・・・殿下、我々に加わっていただけませんでしょうか?」  


198  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/18(木)  11:36:43  [  D4VsWfLE  ]
「反対派に・・・・・だな?」
「はい。」
グライツラーは真剣なまなざしで彼を見つめていた。
(父の暴走を止めるには、やはり俺が必要なのだろう)
そう思ったグリフィンは意を決し、反対派に加わる事に決めた。
だが、この時の会話は、グリフィンの妹、エリラに聞かれていた。
その1ヵ月後、反対派の面々は一斉に検挙された。

4月の始めのある日、グライツラーと共に部屋で話をしていたグリフィンの元に、
突然完全武装の騎士10人と、同い年の妹、エリラが乱入してきた。
「あら、お兄様。誰と話している思ったら。」
「エリラ!礼もなしに入ってくるなど、無礼だぞ!」
「無礼?」
彼女はそう反芻すると、ふんと鼻を鳴らした。
「叛徒ごときが何を言うのかしら。」
「叛徒?エリラ、どういうことだ!?」
声を荒げて、グリフィンはエリラに詰め寄ろうとしたが、彼女は一枚の巻かれた紙を彼に投げた。
「その文面にはこう書かれているわ、反逆者、グリフィン・バーマントは
本日を持って宮殿から追放し、カルリア監獄に収監する。」
「どういうことだ?」
「どういうこと?お兄様、あの時の話、あたし聞いてたから。」
「!!」
グリフィンは声にならない叫びを上げた。
「あの時、あたしはあんたの部屋の天井から見ていたわ。そこの国賊と反乱まがいの事をほのめかしていた事を!」
エリラの双眸が鋭くなる。まるで鷹の目つきのようである。
「なぜ天井に」
「お父様から指示されたの。お兄様を探れとね。」
その時、後ろにいたグライツラー大将が物凄いスピードでエリラに切りかかった。
あっという間の出来事で、護衛の騎士達もやや反応が遅れた。  


199  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/18(木)  11:38:04  [  D4VsWfLE  ]
細長い剣がエリラを串刺しにする、と、誰もが思った時、エリラは目にも留まらぬ速さで剣の横腹を足で蹴った。
わずかに逸らされた剣はそのままエリラの体を掠めた。
そしてグライツラーの後ろに回ったエリラは右腕で彼の首を締め上げた。
「お・・・おのれ。貴様・・・ごときに!」
急激に締め上げられる右腕。首を必死に動かそうとするが、左腕で頭を抑えているため全く動かない。
女とは思えない力強さである。  
「ふふふ。あたしも普段からハードな訓練を行っているのですよ?大将閣下。
あなたを皇族殺人未遂の罪で・・・・処刑します。」
彼女は身も凍るような笑みを浮かべると、慣れた手つきで左腕を動かした。
首があっさりと捻られ、グリッという気色悪い音が鳴った。
首の骨をおられたグライツラーは、その場に倒れ付した。
「さて。」
エリラは冷たい視線をグリフィンに投げかけた。
「お兄様、もとい、そこの反逆者を連れて行きなさい。」
エリラの命令に従った騎士達は、グリフィンを後ろ手に縛り上げて、彼の部屋から連れ出した。
グリフィンは部屋から出るさいに後ろを振り返った。
彼の妹であるエリラの顔は、笑っていた。まるで、この時を待っていたかのように。

それから1時間後に、反対派はほとんどが捕らえられてしまった。
その時から、バーマントの国勢は再び戦争と言う歯車に突き動かされていく。  


200  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/18(木)  11:44:27  [  D4VsWfLE  ]
それから2年余り・・・・・
今では囚われの身となっている。だが、ここ最近は変わった事があった。
グリフィンはベッドの下から紙を取り出した。
その紙は、バーマント公国の広報紙である。
カルリア監獄の囚人達は、月に(不定期ではあるが)何度か、朝食と共に広報紙が配られている。
これはどこの刑務所、監獄でも同じで、情報の隔絶された囚人達のストレスを和らげようとして、
行われているものである。
この方法を取り入れたのは6年前からであり、それまで年間80件はあった刑務所内の暴動とかの事件が
ぱったりと止んでいる。

取り出した広報紙の前面には一面トップに飾られた大戦果の報と、この広報紙では初の試みとなった写真が掲載されている。
写真の題名は燃える異世界の軍艦と書かれている。
その軍艦は甲板はほとんど平たく、中央部には大き目の煙突と一体化した船橋、それの前後に4つの箱らしきもの。
文面によると、去る5月12日に突然表れた謎の艦隊がララスクリスとクロイッチの我が軍をいきなり飛空挺で空襲した。
だが、わが勇敢なる第1、第2空中騎士団は全力を持ってこの謎の大艦隊を攻撃し、艦型不詳の大型艦4隻を撃沈した。
と報じている。
だが、グリフィンは最初、そんな内容には興味は無かった。
むしろ、この写真の軍艦に釘付けとなった。
彼は知らなかったが、この写真の軍艦はクロイッチ沖海戦で損傷した米正規空母バンカーヒルを、
攻撃後の避退中に撮影したものである。
しかし、グリフィンは後々、文面が間違った事を伝えていると思った。
グリフィンは元々、船に興味があり、何度か海軍にも視察に行ったことがあり、船に対する知識も豊富である。
一見良く撮れたバンカーヒルの写真だが、彼は一目で沈没には至っていないと確信した。
なぜなら、文には沈みつつあると書いてあるのに、写真の軍艦は艦首波が高く、かなりのスピードで航行している。
それに煙でよく見えづらいため判断できないが、船体は全く傾いていない。  


201  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/18(木)  11:46:00  [  D4VsWfLE  ]
唯一黒煙の量が多いだけで、その煙の多さがバンカーヒルの被害が甚大であると錯覚させている。
グリフィンも危うく沈没寸前の船と思い込みそうになったほどである。
彼の思ったとおり、実際バンカーヒルは中破の判定を受けているが、母艦機能は健在で、その後も作戦を続行していた。
「この広報紙を見つけて早4ヶ月か。」  
それ以来、彼はたまに運ばれてくる広報紙を全て集めた。
7月には異世界軍がサイフェルバンに侵攻し激戦中。
8月の始めには王都付近に異世界軍の飛空挺の編隊が現れたが、ほとんどを叩き落したと広報紙には書かれている。
だが彼はあまり信じてはいない。
8月の初め、グリフィンは見張りの様子がどことなく、そわそわしているように感じられた。
ある時、グリフィンは朝食を運んできた兵に聞いてみた。
「サイフェルバンはどうなっているんだ?」
兵士は面食らったような表情を浮かべた。
「あ、ああサイフェルバンね。サイフェルバンはまだ敵と激戦が続いているよ。」
それだけ言うと、兵士はそそくさと去っていった。
その事から、彼はサイフェルバンの戦況が思わしくないと確信している。
鉄の扉がコンコンと叩かれた。
「朝食だ。」
兵士の事務的な声が聞こえた。トビラの3分の1ほどの高さの小さな開閉口から朝食が入れられる。
パンとイモのスープ。それにコップ1杯の水。朝食を彼の部屋に入れ終わった兵士は遠ざかって言った。
彼は立ち上がり、入れられた朝食を取ってベッドに座った。食事はいつもながら不味い。
最初はあまりの不味さに辟易していたが、今ではすっかり慣れっこである。  


202  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/18(木)  11:47:30  [  D4VsWfLE  ]
しかし、いくら慣れていても、不味いと思う事には変わりは無い。
グリフィンは10分ほどで食べ終えると、開閉口の前に食器を置いた。
グリフィンはいつもの日課である筋力トレーニングをやり始めた。腕立て、腹筋各600回。背筋500回。
それに各種の柔軟体操。これのトレーニングメニューが終わった時には1時間が経過していた。
トレーニングが終わったあとは支給されたタオルで体を拭き、ベッドに横たわって考え事をする。
ベッドに横たわったとき、不意に扉を叩く音が聞こえた。
「なんだ?食器を取りに来るまで時間はあるのに。」
何度も繰り返されるノックに誘われるように、グリフィンはトビラの前に近づいた。
「殿下、私の声が聞こえますか?」
扉の向こうから声がした。しわがれた年季の入った声である。
「誰ですか?」
グリフィンは不審に思いつつも返事をする。
ここの司令官か?いや、司令官でも俺の事は反逆者と呼び捨てにしている。
では、扉の向こうの人物はいったい?
「当番兵・・・・・ではなさそうですね。」
「当番兵ではないことは確かですね。当番兵には薬で眠ってもらっています。」
小さな声にもかかわらず、どことなく聞き取りやすい。凄く冷静でもある。
「と、言う事は、あなたは」
「侵入者・・・・と言いたいのですね?」
グリフィンの言葉を、声の主は先取りする。
「その答えはやや間違いです。ですが、これだけはハッキリ言えます。私は貴方の味方です。」
「味方・・・・か。と言う事は、この監獄にずっといたのか?」
「そうです。本来ならもっと教えたいのですが、私の事に関してはあえてここまでにしておきます。」
なるほど、とグリフィンは思った。もし現場を押さえられても、不必要な情報をグリフィンに教えていなければ、
捕まって取調べを受けても知らないのだから意味が無くなる。  


203  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/18(木)  11:49:01  [  D4VsWfLE  ]
(まず最初は自分の本当の姿を教えないか。なかなかやるな)
グリフィンはそう思うと同時に、同じ監獄、それに敵側にも自分の賛同者がいると思うと、
いくらか心強いように感じた。
「それで、あなたはこうして私を呼び寄せたわけですが、何か用があるのですか?」
「ええ。」
扉の向こうの人物はそう言って頷いた。
「近々、我々は起ちます。」
「起つ?どういう事なのだ?」
いきなり起つと言われても、何が何なのか分からぬグリフィンは首をかしげる。
「一言で言うと、我々は24日に、革命を起こします。」
その瞬間、グリフィンは体に電撃が走るような感触がしたと思った。
「革命・・・・・だと?」
「はい。一応説明いたします。数ヶ月前、ヴァルレキュア軍に異世界の軍隊、
アメリカ軍と呼ばれる軍勢が加わった事は存じておりますね?」
「ああ。最近広報紙でもやたらに話題になっている。
わが、いや、父上の軍隊は本当に敵に勝っているのか?」
「勝ってはいません。」
声の主は即答した。
「アメリカ軍との戦闘は常にこちらの負けとなっております。
唯一、大戦果をあげた戦いもありましたが、その時の結果は小型空母1隻と小型艦1隻を撃沈し、
他に3隻被害を与えたのみです。そして逆に、攻撃を仕掛けた空中騎士団は損耗率8割の大損害を受けて壊滅しています。
その時の空中騎士団は第13空中騎士団です。」
「あの第13空中騎士団が・・・・・」
第13空中騎士団の勇名はグリフィンも何度も聞いている。
夜間飛行に関しての腕前はバーマント1で、最精鋭部隊と謳われている。  


204  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/18(木)  11:50:25  [  D4VsWfLE  ]
「広報紙には損耗は40%の大損害だと書いてあったが、それを遥かに上回る被害だとは。」
「アメリカ空母部隊の対空火力はこの次元を遥かに凌駕するものです。
この他の戦いも、常に我が軍は負けとおしています。それに公国側の誇大戦果を流していた事が、
12日にアメリカ軍の大型飛空挺のビラ配布によって明らかになりました。」
「誇大戦果を流すとは・・・・・・」
グリフィンは日頃から、誤りを伝えているのでは?と内心で感付いていはいた。
だが、改めて知らされるとショックを隠せない。
なぜなら、バーマント公国では嘘をつくものはあまりいい待遇を受けない。
それを、公国の重鎮たる皇帝が大々的に行っていたのである。
だから、グリフィンは強いショックを受けた。
「わざわざ自ら泥を塗りたくるような事をするとは・・・・・父上も愚かだ。」
「グリフィン様。もはや国民の心は皇帝陛下から離れつつあります。
殿下、私は近々実行される革命勢力の指導者になっていただきたいと思っております。
あなたが、新たなバーマント公国を作るのです。」
グリフィンは一瞬耳を疑った。革命勢力の指導者だって?
「待ってくれ。私は囚われの身だ。どうやって指導者になれるというのだ?
なりたくても、こんな所で捕らえられている私には」
「殿下」
声の主はグリフィンの声をさえぎった。
「その事についてはご心配いりません。我々の同志達は、決行日にはこの監獄も襲撃する予定であります。」  


205  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/18(木)  11:51:44  [  D4VsWfLE  ]
「数は?」
「7000でございます。」
「たったそれだけなのか?」
グリフィンは呆れた。この監獄を守備する部隊は1000。
これにカルリア地方には2個旅団14000名のバーマント軍が守備している。
その1キロ離れた隣町のユウルリアには新たに1個旅団が配置されている。
これらのうちの1個旅団が革命に賛同するとしても、残り2個旅団に抑えられてしまう。
「無茶だ。」
「無茶ではありませぬ。実は、我々は別の部隊にも協力を要請してあります。
その援軍を持ってすれば、あなたを助ける事も不可能ではありません。」
声の主は自信満々に言う。勝算が無い事ではないのだ。
「殿下、どうか・・・・・どうか、バーマントのために。」
グリフィンは言葉に詰まった。革命に失敗すれば、革命派は皆殺しにされてしまうだろう。
だが、失敗を恐れれば、戦争によってさらに何十万、いや、百万を超える犠牲者が出るかもしれない。
それよりかは、革命の少ない犠牲で国を取るしかない。
座して滅ぶよりは、希望を信じて前進あるのみ・・・・なのだろうか。
グリフィンはそう思った。
「君は、この国を良くしたいと思っているのだな?」
「はい。私はそう思っております。いや、他の同志達も、そして、国民達も。
あなたが起つ事を心待ちにしておられます。どうか・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
グリフィンは言葉に詰まった。だが、彼の内心には既に新たな決意が芽生えていた。
「では、あなたの言葉に乗ろう。共に・・・・・かつてのバーマントを取り戻そう。」  


206  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/18(木)  11:52:58  [  D4VsWfLE  ]
9月20日  サイフェルバン  第7海兵旅団防衛陣地
「止まれ!」
陣地を守備していたミハエル・クラーク軍曹は、白旗を掲げながら向かってくる数人の男たちを止めた。
軍曹の分隊は、すかさず100メートルほど手前で止まった彼らにゆっくりと近づいた。
彼らは西の森ではなく、北のバーマント領から姿を現した。
「敵の斥候か?」
と思った彼はすぐさま狙い撃ちにしようとした。だが、撃つ前に彼は、その一団が白旗を掲げている事に気がついた。
そして彼らが近距離まで近づいた時に念のため歩みを止めたのである。
彼はトミーガンを構えてゆっくりと近づいた。
「アメリカ軍の陣地ですな?」
白旗を持つ先頭の男が聞いてきた。
「そうだ。あんたは?」
「我々は訳あって味方陣地から脱走してきました。あなた方に重大な情報をお教えするため、
白旗を掲げてここにやってまいりました。我々は敵対する意思はありません。」
クラーク軍曹は後ろの部下と顔をあわせた。  


207  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/18(木)  11:53:33  [  D4VsWfLE  ]
「敵対する意思はないと言っていますが。どうします?」
「ん〜、とりあえず、臨時の捕虜収容所に連れて行こう。それから小隊長に報告しよう。」
一通り、処遇について打ち合わせをすると、クラーク軍曹は降伏してきたバーマント人に向き直った。
「では、あなた方を連れて行く。もし、敵対行動を取るならば、我々は然るべき対応を行う。
我々の指示に従うか?」
「あなた方の指示に従います。」
「よし。では我々とともに後方の収容施設に向かってもらう。」
軍曹の分隊は、白旗を掲げたバーマント人の集団を取り囲むようにして陣地のほうに向かっていった。

その1時間後に、第5艦隊司令長官スプルーアンス大将と、幕僚一同は慌しくインディアナポリスを離れていった。
向かう先はサイフェルバンの第5水陸両用軍団司令部である。  


211  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/21(日)  13:04:15  [  D4VsWfLE  ]
9月22日  午前10時  エルヴィント岬
ここエルヴィント岬には監視用の高さ10メートルの監視小屋がある。
この監視小屋は、南西300キロにあるサイフェルバンから来るであろう、米軍の侵攻部隊に備えるためである。
監視小屋は8月の中旬に立てられており、このエルヴィント地方の第121歩兵師団の分隊が、
交代ずつで監視に当たっていた。
岬の左には、砂浜と、少し内陸に住宅地がある。
もし、米軍が侵攻するならば、この砂浜から侵攻してくるであろうと考えられている。
だが、その侵攻を事前に知る手段は、今は無い。
昔は海竜情報収集隊の海竜によって事前情報が伝えられていたが、その海竜も、北西の海に引き揚げてしまっている。
そのため、バーマント兵達はどこに米軍が来るのか全く分からない。
そして、その緊張する日も1ヶ月以上が経った22日。
この日、監視小屋には8人のバーマント兵がおり、3人が望遠鏡で洋上を眺め、2人が対空機銃の手入れ、3人はこの後の行動確認を行っていた。
「畜生め、何時間も望遠鏡をのぞくと、目がチラチラしてかなわんね。」
中央の望遠鏡を覗いていたラスレルグ伍長は、しきりに眉間を押さえる。
長い間、望遠鏡を覗くと視力が低下してくる。それだけではなく、見えてないものまで見たと錯覚してしまう。
このため、望遠鏡を覗くのは3時間までとされている。その交代の時間まであと少しである。
ふと、水平線上に何かが見えた。ラスレルグはおや?と思った。
(また海竜かな?)
彼はそう心で呟く。実は1週間前、彼は敵艦発見と大声で叫んでしまった。
たちまち分隊中が騒然となった。  


212  名前:ヨークタウン  ◆r2Exln9QPQ  投稿日:  2006/05/21(日)  13:05:59  [  D4VsWfLE  ]
だが、それは老齢の海竜が水上でのんびり泳いでいたのを敵艦と間違えてしまったのである。
このため、ラスレルグは分隊長から大目玉を食らった。
サイフェルバンが陥落してから、軍の将兵はどこか殺気立っているようにも見える。
その問題のアメリカ軍は、9月初めの味方の攻勢を弾き飛ばして以来何ら行動を取っていない。
そのアメリカ軍の静けさが、逆にバーマント兵にとって不気味に思えた。
その言いようの無い圧迫感が、ラスレルグが海竜を米艦と誤認した原因だと皆からは言われている。
その彼が、不審なものを見つけた。一旦望遠鏡から目を離し、目をこする。それでもう一度眺めてみる。
(いない・・・・・やっぱりあれは見間違いか)
彼はそう思った。
その時、水平線上からうっすらと、何かの影が現れた。それも複数である。
「?」
ラスレルグは不思議に思った。味方艦なのだろうか?
影はますます増えていく。そして、気がついた頃には、水平線上には30以上の船が姿を現していた。
「ぶ、分隊長!」
右隣の同僚が、悲鳴のような声で分隊長を呼ぶ。呼ばれた分隊長は慌ててハシゴを上り、見張り室に入ってきた。
「何事か?」
「こ、これを!」
同僚は望遠鏡を分隊長に譲った。分隊長が固定された望遠鏡を覗き込む。
隣で彼の顔色を見ていたラスレルグは、分隊長の顔色が、がらりと変わるのが分かった。
「み、味方でしょうか?」
「バカモン!あれは敵だ!アメリカ軍がやってきたんだ!」
分隊長は望遠鏡から飛び退くと、すぐに監視小屋を降りて行った。
「魔道師!すぐに連絡だ!」
下で分隊長が魔道師を呼んでいる。その間にも彼は望遠鏡を眺めた。うっすらとだが、遠くの上空に幾つもの黒い粒が見える。
それはやがてぶつぶつと増えて行き、しまいには100を越す数に至っていた。
「敵飛空挺らしきもの100機確認!」
ラスレルグは上ずった声でそう叫んだ。
「来た・・・・・ついに白星の悪魔が・・・・俺達を殺しに来たんだ!!」
左隣の図体のでかい兵士が、頭を抱えて喚いた。
彼らは知らなかったが、この100機の飛空挺は、第58任務部隊の第1、第2任務群から発艦した戦爆連合120機の編隊だった。
目指すはエルヴィントにある最近出来たばかりの軍需工場であった。