372 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/07/28(金) 15:22:54 [ TuNFDlAU ]
投下します。
『唐紅に水括り』第一話:千早振る……?
(仮題)
373 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/07/28(金) 15:24:01 [ TuNFDlAU ]
抜けるような青空の下、清涼感に満ちた風が、
広い草原にぽつねんと立つ停車場を吹き抜けて行く。
石炭を満載した古めかしい造りの蒸気機関車が汽笛を上げた。
気筒が白い蒸気を吹き出し、太いピストンに連結された車輪が、ゆっくりと、力強く動き出す。
いつもは閑静……と言うより閑古鳥が団体でラインダンスを踊っているようなこの駅も、
今日に限っては普段と様子が違った。
「いってきまーす!」
開け放たれた客車の窓から、簡素な貫頭衣の様なものを着込んだ少女が身を乗り出し、
まだあどけなさの残る色白の顔一杯に笑みを浮かべて、見送りの集団に元気よく手を振った。
年は13ほどであろうが、幾分華奢な体と大きく澄んだ鳶色の瞳は、
見方によってはもっと幼く見えなくも無い。
前髪を額の所で綺麗に分け、ばらけないように簡単な髪止めで結んでいる。
背中の中ほどまである銀糸のような髪は、少女が手を振る度に春風に乗って軽やかに踊った。
「吉乃ぉぉぉお!頑張れよ〜〜体に気をつけろよ〜〜!
御飯はちゃんとたべるんだぞ〜〜!辛くなったら、いつでも帰ってきていいからな!お父ちゃんは〜〜」
見送りの集団の中で、一際目立つ大男が吼えている。
厳めしい髭面と、堂々たる体格。
一見して中々の身分の者と分かる、無骨な、しかし何処か洗練された上質な着物を着込み、
鐘軌の銅像が動きだしたような風采は、其れ相応の場所にいれば、「威光、周囲を圧する」
ばかりなのだろうが、今は威光どころか、「威厳」の「い」の字のカケラも無い。
374 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/07/28(金) 15:24:41 [ TuNFDlAU ]
周囲に居る者たちが「お館様、落ち着いて下さい、お館様」と必死な様子で宥めているが、
いっかな気にする様子も無く、人目もはばからずに大声を張り上げながら手を振り続けている。
お蔭で元々むさ苦しい顔が、垂れ流しの涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、見苦しいコト此の上ない。
あまりの勢いに吉乃と呼ばれた少女も戸惑いの笑みを浮かべ、
広げていた手を引っ込めて胸の前でちょこちょこと曖昧に振ってみせた。
髭面の親父は其れを見て更にヒートアップしたらしい。
引き止めようとする連れの者達の手を振りほどくと、汚らしい顔面に涙と鼻水をさらに炸裂させ、
「うぉぉぉぉお〜!お父ちゃんは!お父ちゃんは……」
ゴキ、と鈍い音がして静かになった。
「全く、お父様は……」
周囲の者達の畏怖の視線を受け止めつつ、【バールのようなもの】を片手に
愚痴るように呟いたのは、先ほどの少女に良く似た、黒い着物を着た少女だ。
だが、こちらの方は黒髪で、瞳の色も先ほどの少女の明るい鳶色とは違い、
血に濡れたように紅かった。
その上少し大人びて見える。
黒髪の少女は大人しくなった(させた)父親に変わってもう大分離れてしまった機関車に向かうと、
「吉乃、体に気を付けなさいね。それと、ときどきは家に手紙を書いて。
色々辛いこともあるでしょうけど、逃げては駄目よ。貴女が選んだ道なのだから」
「うん。わかってる」
黒髪の少女は、希望と、そしてほんの少しの不安に胸を膨らませている妹を
愛おしげに見つめて微笑んだ。
「大丈夫、貴女なら出来るわ。一人前になったら、また帰っていらっしゃい」
「ありがと。姉さまも元気でね」
ちょっとしんみりしてしまった空気を振払うように黒髪の少女は大きく手を振ると、
それに答える妹の姿が見えなくなるまでそこに佇んでいた。
ひらさか駅。それはココであってココでない場所。
新米妖狐・吉乃の物語は、まよひがと現し世を結ぶこの駅から始まったのだ。
375 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/07/28(金) 15:26:08 [ TuNFDlAU ]
一ヶ月ほど前のコト。
黒髪の少女は庭に面した自室で机に向かい、何やら作業をしていた。
手にしているのは人形のように見えなくも無い、小さな木彫りの木片だ。
小刀が荒削りの木肌を滑っては様々な切れ込みを入れ、
其処に小さな筆が素早く動いて、繊細な模様を書き付けて行く。
その作業がどんな意味を持つのかは不明だが、手許を見つめる眼差しは真剣そのものだ。
その眼差しがふっと緩み、筆がコトリと音を立てて机に置かれた。
出来上がったらしい。
仕上がり具合を眺めて満足げに眼を細め、もう一つ別の筆を取ろうと机に手を伸ばした矢先、
廊下をトタトタ走る足音が聞こえたかと思うと襖が勢いよく開かれ、
「姉さま!姉さま!」
吉乃が息を切らして飛び込んできた。
「まあ、吉乃。どうしたの?」
半ばその理由を予想しつつ、驚いた表情を浮かべてみせる姉に、
吉乃は満面の笑みで答えると、後ろ手に持っていた紙を広げてみせた。
「みて、みて!私、受かったんだよ!!」
金箔で縁取りされたその和紙には、
『認定証
妖狐遠野森葛葉吉乃殿
貴殿が平成@@年実施第十二回実用神様技能検定試験において
準二級の資格を取得したことをここに証明します。
平成@@三月三日
財団法人日本神様検定協会
会長 天照大神
理事長 月讀命
検定長 建速須佐之男命』
と書かれていた。
376 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/07/28(金) 15:26:49 [ TuNFDlAU ]
「そう……吉乃、頑張っていたものねぇ……」
「えへへへ」
姉はくすぐったそうに首を竦める妹の頭を撫でてやりながら、
愛おしさと、一抹の哀愁が混交した微笑みをその口元に浮かべていた。
吉乃が神検を受けたいと言い出したのは数カ月前のコトである。
それからの吉乃の努力には、眼を見張るものがあった。
睡眠時間は一日5時間。食事は全ておにぎりで済ませ、
『必勝』の鉢巻とグルグル伊達眼鏡(其の方が気分が出るらしいのだ)まで装着して、
朝から晩まで机にかじり付いている。
あれほど大好きだった夜寝る前の長湯さえ封印している模様である。
その成長を嬉しく思うものの、幼い頃母を亡くして以来、何かと忙しい父に変わって、
姉と母そして主婦の三役をこなしてきた身としては、そんな妹の様子は
やはり少し寂しくもあり、同時に心配でもある。
そんなことが普段から吉乃をして、「もう、姉様たら。私は子供じゃ無いんだからね」
とむくれさせてしまう原因にもなっていたのだが、その仕種もまた可愛らしく、
また、そうは言っても姉の眼から見ればまだまだ子供であり、自分でも『いけないな』とは
思いつつも、ついつい過保護になっていた。
が、今回ばかりは様子が違った。
吉乃は小さな全身に一念岩を射通さんばかりの気迫をみなぎらせ、
姉の方も、まあこの子は一度思い込んだらとことんやるまで止まらない性格だからと、
諦観半分、心配半分で大人しく傍観を決めこんでいる。
緊張気味の吉乃を試験場に送りだしたのが一ヶ月ほど前。
そして其の結果が今に至る訳であった。
377 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/07/28(金) 15:27:25 [ TuNFDlAU ]
「それで、貴女、どうするの?」
「どうって?」
不思議そうに首をかしげる吉乃。
「赴任のコト。お父様はアレですから、きっと大反対するでしょうし、」
「私ね、外の世界を見てみたいの。『にんげん』とも話してみたいし、『うみ』にだって行ってみたい。
姉様、『うみ』って塩辛い水がどこまでも果てしなく広がっているそうよ。
ここはとても退屈だわ、ね、ね、姉様もそう思うでしょ?
毎日同じものを見て、同じものを聞いて、同じものを食べて、同じものしか知らずに、
只漫然と、判で押したみたいに平凡な一生を終えるなんて、そんな人生に満足するなんて、私はイヤ」
立て板に水を注ぐように、キラキラ瞳を輝かせて力説する妹を見ながら、
この子こんな子だったかしら、と姉は一人心の中でため息をついた。
神検受けると言っただけであれだけ反対した父のコトだ。
まだ幼い娘の一人暮らしに同意するとは到底思えない。
宥めて、透かして、言い聞かせて(あと脅して)説得するだけで一苦労である。
まして向こうで誰かと良い仲になったなんてコトがあったら、
それこそ日本刀片手に飛び出して行きかねない。
378 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/07/28(金) 15:28:34 [ TuNFDlAU ]
しかしそれでも、と姉は思う。
人間との戦に破れ、此の地に逃れて早千年。
以来住処の周りに結界を張り詰めて外界との接触を断ち、
進歩も無く、かと言って退廃も無く無気力に、一族はゆっくりと、しかし確実に滅びへの道を歩んでいる。
ならばそんな妖狐達にとって、むしろ吉乃のように型破りの存在は必要なのかも知れない。
それに、この子は昔から妙に頑固なところがあるから、一度決めてしまったら
どれだけ言っても聞きはしないだろう。
「仕方ないわね」
そう諦めて、今度は妹にも聞こえるようにため息をつくと、
「すこし、待って居なさい」
先ほどの木片に施していた作業を再開した。
小刀が木を削り、彫りつけ、筆が何かの模様を書き込む度に、
木片に命が吹き込まれ、新しい何かの形を為して行く。
コトリ、と道具が机上に置かれ、出来具合いを確かめるように白い指が木肌を這うと、
長い黒髪の下の小さな顔が軽く頷き、今度は口の辺りに持って言って何か言葉を紡ぎはじめた。
吉乃がまだうまくは使えない、頭の中に直接話し掛けるような響きの言葉だ。
既に人形の形を取っている木片の周りに淡い緑の燐光が生まれ、
それが端の方から崩れて細かく光る粉になり、大気に融けて消えてゆく。
小さな光が消える度、人形が微かにフルフル、フルフルと震えた。
『……汝が名――において汝が主の命に答えよ。我は汝に使命を与えしモノなれば』
『……承知』
木彫りの人形が確かに答えた。
379 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/07/28(金) 15:29:18 [ TuNFDlAU ]
其の様子を吉乃は側で飽きもせずにニコニコしながら眺めていた。
工程が言霊を込める所までくると、息をするのを忘れたように見つめ、
時々ほう、と詰めていた息を吐きながら「すごい……」と呟いた。
「はい、お終い」
出来上がった狐とも龍とも狼ともつかぬ人形を妹に手渡すと、
「私の持っている式の中から一番強力なものを入れておいてあげたわ。
新しい体に馴染むまで暫く時間が掛かるでしょうけど、
貴女を新しい主人として従うように言い聞かせておいたから、
きっと役に立ってくれる筈。肌身放さず、大切に持って居なさいね」
吉乃の顔がぱあっと明るくなった。
「わあ、姉様、それ、わざわざ私の為に用意してくれていたの?」
「どのみち、最後には必要になると思っていましたからね」
「ぅふふ、姉様、大好き!」
そう言うと、吉乃は衣の裾を軽やかに翻し、パタパタと足音を立てながら駆けて行った。
なんとまぁ……。と姉は呆れ、
でも、そんなことを照れもしないで口に出せる所はうらやましいな。
そう想いながら妹の後ろ姿を見送った。
380 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/07/28(金) 15:29:55 [ TuNFDlAU ]
コトの起こりは二十年ほど前に遡る。
突然日本が原因不明の時空振動で、全ての国民ごと異世界に転位してしまったのである。
それも、妖精さんとドラゴンさんが徒党を組んでタップダンスを踊っているようなふざけた世界に。
2***年、10月5日、出雲大社。
いつものように一同に集った神様達は、いつものように頭を抱えていた。
悩みの種は他でも無い。手が、足りないのである。
日本の異界転位に伴う社会変動は、経済活動のみならず人々の精神面にも多大な影響を与え、
出生率の劇的増加をもたらした。乃ち、第三次ベビブームの到来である。
その結果人口は増え、必然的に神社に参拝する人も多くなった。
驚いたのは神様達だ。
ここ何百年か実界(人間界)への影響力も弱まり、同時に行使できる力も限られて、
一抹の寂寥感もあったものの、まあそれなりに信仰はされているし、
幽冥界で人間達を見守りつつ安楽な神様ライフをエンジョイするのも、それはそれで悪くは無いなー、
なんて思っていた矢先の出来事だ。
転移してしまったものをいつまでも悩んでいても仕方がない。
仕方が無いのだが、神様達は頭を抱えた。
この何とも素敵な非現実的日常世界で、
日本の神様だけが我関せずを決め込んでいたのでは神様としてのコケンに関わる。
第一、民衆の信仰心だってアルファケンタウルスの辺りまでぶっ飛んで逝ってしまうだろう。
都合の良い(悪い)ことに時空転位のお蔭で、ココ数百年ですっかり定着していたはずの、
神様の現実世界での力の使用制限も弱まり、
かくして八百万の神々は時空転位なんてけったいなものに巻き込まれた己の不運と、
世界を闊歩する仰天生態系とも言うべき珍獣達への恨みつらみを重ねつつ、今日も今日とて
人々に御利益を与えるべく、一昔前のように事務的な処理に奔走するハメに相成ったのであった。
381 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/07/28(金) 15:30:26 [ TuNFDlAU ]
こうなると地方の神社まではとても手が回らない。かといって、おろそかにする訳には行かない。
ローカル信仰パワーを嘗めてかかってはいけないのである。
神様と言えども、地道な積み重ねが大事なのは人間と同じ。
いや、人間一人一人の信仰心がパワー(そして経済力)の源である神様としては、
地道な努力の重要性は下手したら人間のそれ以上であり、
人手が足りないからと言って切り捨てたのでは信者も減って行使できる力(と経済力)も弱まり、
さらなる悪循環を招くだけである。
そんな訳で、その時も例によって出雲大社に集まった神様達は額を寄せあい、
何か良い考えは無いかと話し合っていた。
いい加減議論も煮詰まってきた頃、誰かがぽつりと漏らしたアイディアがブレイクスルーとなった。
「代理人置けばいいんじゃね?」
その後数回の議論と紆余曲折を重ね、めでたく採用されたのが、
現し世と隠り世の間に住む、例えば妖怪とか、精霊と呼ばれる住人達――或いは自らの眷属と
している者達――に、一定の権限と能力を与えて神様の代理人として神社にすまわせ、
お社の管理とある程度の願いごとの処理を任せる、と大筋でこんな感じのものだった。
何ともいい加減なようではあるが、其処は元々八百万の神のお国柄。
神様達もうまいこと考えたものである。
とは言え、仮にも神様の代理だから、その辺の妖怪変化を引っ張ってきて、
「はい、お願い」という訳には行かない。
かくしてそれ相応の人?材を選び取る為に、神通力、性格、コミュニケーション能力等等、
神様として必要な多岐に渡る技能の検定試験として採用されたのが、
『特別選抜☆実用神様技能検定試験』、略して『神検』であり、吉乃の神検準二級資格も、
この第12回神検で取得したものだったのだ。
382 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/07/28(金) 15:31:02 [ TuNFDlAU ]
「な、何よコレ……」
一方その頃。
吉乃は目の前に広がる余りの光景にへたり込みながら絶句していた。
「何なのよ……」
神社。Shinto shrine。やっとの思いで辿り着いた自分の赴任場所。
それは確かにまごうかたなき神社であった。
――ただし、とんでもなくボロいというコトを除けば。
鳥居の赤丹は禿げているというより、むき出しになった木の地肌に
所々赤の残滓がこびり着ている、と言った方が正しい。
必死に自己主張しているそれらが、在りし日の鳥居の面影を忍ばせている。
境内は長いこと手入れされた様子もなく荒れ放題、お社の扉は傾いて
風が通る度にキイキイと揺れ、賽銭箱には蜘蛛が巣をつくっている。
屋根にいたっては瓦がハゲているのは言うにや及ぶ、御丁寧にもペンペン草まで生えている。
何だかもう、オバケ神社とでも呼ばれていそうな荒れ具合だ。
素敵と呼ぶにはあまりにアクロバティックな方向に突き進んだ結果、
理解の限界を越えた現実に対応し切れず、
真朱の精神は第二宇宙速度をも越えてスケキヨ丼宜しく事象の地平に突っ込んだ。
383 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/07/28(金) 15:31:33 [ TuNFDlAU ]
暫くのそのままの角度で突き刺さっていたが、
「フ、フフ、フフフフ」
其処はやはり腐っても妖狐。
ようやくのコトで現実世界に帰還を果たすと、吉乃はゆらり、と立ち上がる。
一見してちょっと近寄りたくない人まんまである。
「ママー、あのお姉ちゃん何かぶつぶつ言ってるー」
何処かから幼子の声が聞こえ、
「シッ、見ちゃいけません」
手を引いていたらしい母親の足音が慌てた様子で遠ざかって行った。
「負けない……」
俯いたまま呟いた。
其の肩はプルプル震えている。
そして見えない何かに挑むように顔をあげ、天に向かって叫んだ。
「負けないですよーーーーー!!!」
385 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/07/28(金) 15:47:52 [ TuNFDlAU ]
軍事関係ねーとか突っ込まないで下ちい。
異世界転移したら、日本の神様たちはどうなるの?って妄想を形にしてみました。
その内GA隊員も出て来るハズ(気力が続けば
では登場人物のスペックをば。
吉乃:通称は吉乃ですが、真名は別にあり。
田舎町のオンボロ神社の鎮守様に任命された、銀髪、鳶色の瞳の由緒正しい妖狐。
ドジで、健気で頑張り屋な性格で、新米妖弧として孤軍奮闘しているけれど、
まだ若いのに神様検定準二級なので、本当は優秀。
(神様検定一級を取るのは英検一級よりダントツで難しい)
また、『狐』と『妖狐』は同値では無いので、なぜか染色体は2n=46。
式神:吉乃姉の元式神、現在吉乃の式神。吉乃姉が作っていた木彫りの人形に入っているアレ。
じつは突貫登場人?物なので、設定はあまり良く考えていない。
真朱姉:黒髪赤眼の妖狐、名前は秘密。外見はかなり違うけれど、真朱の実の(同母)姉。
だから顔の形は似ている。姉妹の母は真朱がまだ幼い頃に亡くなったので、
真朱の母親代わりに慈しみ、育てた。だから妹のコトを本当に大事に思っている。
また、暴走状態に陥った真朱父をうまく『制御』出来る只一人の人物でもある。
実力はかなりのモノの筈ですが、何故か神検を受けていない。
真朱父:濃ゆい顔だけどれっきとした妖狐、一族の長。
娘達を溺愛している極度の親バカ、重度の娘依存症。
普段やっていることは莫迦としか呼べないけれど、いざと言う時にはたよりになる(ハズ)。
524 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/08/12(土) 11:13:41 [ qr25WZEo ]
唐紅に水括り(仮題
ちょとだけ投下します。書きかけていた第二、第三話がトンダので、(涙
六話くらいにもって来ようかと思っていたネタを投下。
海渡る島風 零の彼方に(仮題
526 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/08/12(土) 11:18:20 [ qr25WZEo ]
彼は焦っていた。目標が見つからないのだ。
偵察機から敵機動部隊発見の報を受け、基地を飛び立ってからもう3時間。
太陽はとっくに水平線の向こうに沈み、こうも暗くては、いくら目をこらしたところで
ごま粒のように小さい敵機動部隊はおろか、海上を這うその航跡を見つける事さえかなわないだろう。
それでも彼は帰る訳には行かないのだ。
専門外の重い爆弾を詰み、片道分の燃料しか搭載していない愛機には、
もう基地に帰るだけの余力は残されていなかったから。
無心に回るエンジンが、この時ばかりは酷く恨めしかった。
いつの間にかさっきまで一緒だったはずの僚機ともはぐれてしまっていた。
頭上を見上げてみても指標とすべき月も星もなく、ただ愛機の排気管から漏れる蒼い炎だけが、
まとわりつくように濃い闇の中で頼り無げな光を放っている。
不意に風防の外で何かが揺らいだ気がして、彼は夜空に目をこらした。
途端、闇の中から滲み出るように人影が涌く。
彼は息を呑んだ。
行進しているのはまぎれもない、一緒に飛び立った同期の友人達、
そして既に旅立った筈の隊員達だった。
皆笑って手を振り、通り過ぎてゆく。
527 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/08/12(土) 11:19:40 [ qr25WZEo ]
――まってくれ 俺もつれていってくれ
彼は思わず戦友に向かって叫んでいた。
しかし誰も答えない。彼らにはその声が聞こえないらしかった。
それどころか、彼の姿すら見えていない様だった。
その笑顔は彼の背後、誰も居ない空間に向けられている。
山本中隊長、上村小隊長、凉宮、近藤、片瀬――
彼らの向かおうとするその先を見て、彼は髪の毛の逆立つような悪寒に捕われた。
何がある訳でも無い。ただ、直感的に悟ったのだ。
――いけない そっちにいってはいけない かえれなくなってしまう
血を吐くようなその叫びにも、彼らは何の反応も示さなかった。
何もない前方を一様に見据え、ただ黙々と行進して行く。
そうこうしている内に彼らは虚空の中の点となって消えてしまい、
彼は独り、誰も居ない空間にぽつねんと残されていた。
突如として、そこを中心に空間が歪む。
次の瞬間沸き起こった巨大な渦が、その場にある全てを呑み込み、膨れ上がった。
抗い難い凶暴な力に揉まれ、洪水のような奔流に翻弄されながらも、
彼はそこからから逃れようと必死でもがいた。
―― 日々苛烈さを増す戦況、幼い頃よく泳いだ川、村の家々、蝉の声、生家の近くのお稲荷さん
取留めもない風景。
528 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/08/12(土) 11:20:17 [ qr25WZEo ]
何の脈絡もないような流動する映像の渦の中で、彼の魂は確実に何処かに向かっていた。
周りを取り巻く光景が次第に収束され、徐々に鮮明になってゆく。
薄暗い神社、その境内、鎮守の森。
誰かが泣いている――髪の長い――
声が聞こえる――『約束した』――
……やくそく?
――あれは――誰だったか――
529 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/08/12(土) 11:20:55 [ qr25WZEo ]
窓から射し込む朝日に狭間征人は目を覚まし、
蚕棚のように並べられた粗末な煎餅布団の中でモゾモゾと体を動かした。
部屋には同室の訓練生達の規則正しい寝息が響いている。
征人は上体を起こし、まだ霞が掛かったような頭を振って辺りを見回した。
自分の他に起きている者は居ない様だった。
皆、思い思いの格好で眠りこけている。酷い奴に到っては腹がまる出しだ。
時計を見るとちょうど5時半を指していた。
皆を起こさぬ様、そっと起き上がる。身支度を整え、静かに部屋の戸を開けた。
洗面所に向かう。起床時刻にはまだ30分ほどある。
それまでに歯を磨き、ちょっとした朝の散歩としゃれ込むつもりだった。
廊下で向こうからやって来る教官に出会った。軽く敬礼してすれ違う。
教官もウム、と頷いて答礼した。
教官の征人に対する覚えは別段良くも無く、かと言って悪くも無い。
そのようになるよう、征人自身努力していたからだ。目立てば目をつけられる事もある。
何ごとも中庸、程々にうまくやるのが良い、と言うのが征人の座右の銘だった。
洗面所に着く。蛇口を捻ると澄んだ水が勢いよく迸り出てきた。
両手で受けて顔を洗う。醒め切らない頭に冷たい感触が心地よい。
もういい加減夏なのにちっとも温くならないのは、水道管が深い所に在るからだろうか。
そんなどうでも良い事を考えつつ歯を磨く。何にせよ夏場は水が冷たい方が有り難い。
口を漱ぎ、手ぬぐいで顔を拭きながら鏡を覗くと、
相変わらず寝ているのか起きているのか分からない顔が映っていた。
530 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/08/12(土) 11:21:44 [ qr25WZEo ]
狭間征人は予科練の訓練生だ。
成績は中の中。品行方正、中肉中背、正真正銘花の十代。
其の癖年にあわない飄々とした雰囲気を持ち、
抜けているかと思えば、実は抜け目なく何ごともうまくこなしていたりする。
つかみ所のない性格をしていると言うのが級友達の征人に対するもっぱらの評価だった。
面倒は好まない為、よけいな軋轢を産まぬ様、普段は特に角の立たぬ様に行動している。
お蔭で先輩方に睨まれる事も無く、憂国の士をもって任じる血の気の多い同期と敵対する事も無く、
これまで平穏無事な寮生活を送って来られたのだが、
実の所、征人が戦闘機のパイロットを志したのは、別段愛国心に溢れていたからでも、
帝国始まって以来の危急存亡の時に、偉大なる帝国海軍の伝統と埃を引き継ぎ、
腑抜けた毛唐どもに大和魂の何たるかを見せつけてやろうと決意を固めていたからでも無かった。
呆れるほど俗な理由、小さい頃からスピードと言うものに異常なほど惹かれる性質だったからだ。
両親は居ない。征人が幼い頃に二人とも事故で亡くなっている。
代わりに征人を引き取り、育ててくれた伯父夫婦と、その娘、茅と静が、
征人にとって唯一の家族とも呼べる人達だった。
実に理不尽な事だと本人は思っている。
別に彼らのコトが嫌いな訳では無い。他に身寄りのない自分を引き取り、
わが子のように慈しんでくれた伯父と伯母には感謝しているし、
茅や静も実の兄のように慕ってくれている。
問題はもっと即事的な理由だった。
なにしろ、従姉妹とは言え「年頃の娘と同居していた」訳なのだから、
退屈を持て余した同期の悪友達の恰好のネタにされるのだ。
元来、軍隊などと言うものは、その成り立ちからして理不尽と強引と、
杓子定規が徒党を組んで行進しているような所だ。従って、娯楽も無ければ当然女ッ気も無く、
そこに遠慮会釈など糞の役にも立たないと悟って早々に投げ捨て、
世俗を2万マイルほど懸け離れた諦観の境地で高笑いをしているような連中を詰め込んで、
まして更に檻で囲って娑婆と隔離したとあっては、最早それは一種の蠱毒である。
最近では征人も半ば諦めて、コトの大半は馬耳東風に聞き流す事にしている。
531 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2006/08/12(土) 11:23:01 [ qr25WZEo ]
明治時代からの古い木造建築を出、うらぶれた吹き流しが棚引く支柱の横を抜ける。
目の前の石段を二、三降りるとそこが運動場だ。
そのまま敷地のそって左回りに歩く事にする。征人お気に入りの朝の散歩コースだった。
征人は朝が好きだ。山椒のように清清しい、ちょっと張り詰めた雰囲気が実に良い。
目覚め立ての早朝の空気は涼やかで新鮮で、そんな空気の中では
目を瞑っていても歩けるほどなれ親しんだ宿舎でさえまた違った趣が在るような気がする。
見慣れた風景の中に新たな発見を見い出すのも征人の秘かな楽しみの一つだった。
別段する事も無く、蝉の声を聞きながらぶらぶらと足の向くまま流していると、
大銀杏の下の所まで来た時に不意に誰かに肩を叩かれた。
「よう」
いつの間に起きていたのだろうか、同室の友人、凉宮雅之がそこに立っていた。
振り向いた征人は、後ろに居る人物の顔を認めると、別段面白くも無さそうに答えた。
「なんだ、貴様か」