203 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:21:01 [ .o.AnDnw ]
下エスト=コルナ地方中央部、ヴィクスの森。
グランザ軍西部軍北部軍団主力の宿営地。
およそ5000の兵員がそこかしこに思い思いに腰を下ろす。
ある者は焚き火を囲み、ある者は暖められたスープを啜る。
しかし、多くのものは刃傷矢傷を負い一様に暗い影を落としている。
敗戦の色濃い戦況に既に脱走者の数も増えてきていた。
あるテントの中組み立て式の簡素な椅子に座り、同じく簡単な机に向かい報告書に頭を悩ませる男。
灰白色の短く切り揃えられた髪をかくとため息をつく。
ふいに出てしまったため息に辺りを見渡すが誰も聞いてはいないようだった。
「いかんな。指揮官ともあろうものが」
斥候の報告に頭を悩ませていた軍団長ザビエフ子爵は既に冷たくなってしまったカップの中身を飲み干す。
テーブルの上に目をやるとそこにはこの地方を中心とした地図が天板を覆っていた。
現代人から見たらまだまだ稚拙だが竜騎士を用いて測量された地図は中々正確だ。
現在の下エスト=コルナ地方に展開しているグランザ軍はおよそ1万5千。
対する相手側レスペレント・プレアード連合軍は3万。
戦力差は2対1。
見かけ上の数字なら勝てない相手ではない
しかし、グランザ側は既に連戦で疲弊しきり、戦意の低い徴用兵も多く、また多くが手傷を負っている。
それに対して圧倒的な国力差を持つ敵軍は十二分の補充があり、しかも精兵ぞろいだ。
質の差、特に魔術師の数はこちらの10に対し相手は100を超える。
大陸でも精強と謳われたグランザ竜騎士団が居なければこれまで持久することも出来なかった。
数は大抵の場合相手が上回っていたが相手の竜騎士団を何度も打ち破っての対地支援は極めて効果的だった。
ただそれも今となっては空しい戦果だった。
204 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:22:36 [ .o.AnDnw ]
当初の作戦計画は既に破綻していた。
開戦から1年の今年5月まではエスト川を防衛線に完全にこちらが主導権を握っていたものの、敵側の働きかけによる裏切りで敵軍が大河エスト川にかかる唯一の橋、カウト大橋を突破。
これにより不意を打たれた南部軍団は相手側マスケット銃隊の圧倒的な火力により右翼は全滅。
中央も正面からの攻撃と右翼を押しつぶした敵勢によって潰走状態となり、まともに指揮系統を有した状態で撤退できたものの軍団長ウェルーシ伯爵以下主だったものの大半は討ち取られるか捕虜となった。
しかも相手の手回しは早く、第二防衛線となるはずのフォッジャ、パスクアーレの町は軍勢の入城を拒否。
王国直轄であったサランにまで一気に後退するしかなかった。
この流れを受けて、北部でも攻勢が激化。
それまではエスト=コルナを南北に分断していたカウト湖、そしてエスト、コルナの二つの大河の水運がグランザ軍の移動と戦略を助けていた。
船を使った戦略機動でもって南北が連携し、ぎりぎりの所で防衛に成功していたのが、敵軍がグランザにとって安全な内海であった湖に進出されると北部軍団は三方向からの圧力を受けることになる。
そして5月中旬恐れていたことが起こる。
まずは海。
プレアード海軍の2個艦隊がグランザ沿岸部の要衝、グランザ三大港、いや今となっては二大港の一つヴィンチェンツォ近郊に敵軍が上陸。
現地に急行したザビエフ子爵以下北部軍支隊5000は戦場につくや否や自身の倍、約1万の上陸軍に向かい総攻撃を開始。
今だ上陸の途上であり重装備の揚陸に手間取っていた敵軍を、歩騎兵共同の典型的な両翼包囲で持ってこれを海に叩きこんだ。
当時これを支援すべきだった敵海軍は同じく急を聞いて駆けつけたグランザ海軍と交戦中であり、後に残りの揚陸船団を守りつつ撤退した。
開戦以来初めての大勝利に沸き立つ浜辺に返り血を浴びた竜騎士が舞い降りる。
そしてその口から吐き出された報告に子爵以下全員の体に衝撃が走った。
205 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:24:01 [ .o.AnDnw ]
ヴィンチェンツォ会戦よりおよそ5時間前。
海岸に分遣隊を派遣し防衛線が薄くなったエスト川に、夜影に混じりレスペレント軍工兵が船橋の架橋に成功、一気に敵軍が渡り始める。
北部軍団に相対するレスペレント軍は魔術師、軽歩兵、軽騎兵を主力とした快速集団のみで編成されており、指揮官のボドメール侯爵は冷静かつ冷徹な知将で知られていた。
相手側の素早い動きに慌てながらもグランザ軍北部軍団・軍団長ロリア伯爵はすぐさま敵側の橋頭堡の拡大を阻止すべく渡河地点に向けて出発。
また船橋を破壊しようと上流から可燃物を満載した小船を流そうと小部隊を派遣する。
橋頭堡には既に1万2千の敵軍がひしめいていたが、こちらは2万。
負けるはずは無いと確信したグランザ側はすぐに橋頭堡を三方から攻撃開始した。
すでに柵などで陣地は築かれていて、当初は苦戦したものの柵を打ち破ると徐々に旗色はグランザ側に傾く。
空でもグランザの竜騎士とレスペレントのそれが激戦を交えていたが、そちらも落とす数はグランザ側のほうが多い。
レスペレントが頑強に抵抗を続ける中、空の戦いは何時の間にか川の向こう側にまで移動し勝敗は決しようとしていた。
グランザ側ももう一押しというところまではいくが、橋を渡り続々と応援がエスト川を渡り、また軽歩兵の長弓による矢の嵐と魔術師の攻勢魔法の火線に攻撃の決め手に欠けた。
中央で指揮を取る軍団長はどうして火船が来ないのかと訝っていると、突如グランザ軍は後方から乱れる。
それはレスペレント軍渡河第三陣の側背からの奇襲。
敵軍指揮官ボドメールはより南側のカウト湖から秘密裏に上陸部隊を進発。
それが朝もやに紛れ湖南岸、つまりグランザ軍左翼側面に展開していた。
レスペレントは少なからぬ竜騎士が犠牲となりグランザの竜騎士のほとんどを作戦域から遠ざけ、空からの目を奪った結果、無血での上陸・接近を可能にしたのだ。
その数約2000。
グランザ側の十分の一しかない戦力であったが、エスト川東岸で無防備に火船を用意していた小部隊を屠っただけで疲れがほとんどない新鮮な戦力は、朝の移動と3時間におよぶ戦闘に疲れが溜まっていたグランザ軍にとって死神も同然であった。
突入するが早いか油断しきっていた左翼後方司令部を斬り破るとそのままの勢いで中央、ロリア伯爵の下に迫る。
最後の予備戦力で応戦しようとするも既に指呼の距離まで接近していたレスペレント奇襲部隊。
そして名も無い軽歩兵が放った矢が運悪くロリア伯爵の右目を貫く。
敵将の討死に歓声が上がり士気が高まるレスペレントは、その機を逃さず橋頭堡正面に全戦力を集中し突撃を敢行。
指揮官を失ったグランザ軍は同様の極みにあり、次席指揮官たる左翼の騎士団長は最初の奇襲で負傷し、右翼はそのことを知らなかった。
指揮系統が崩壊したまま、有効な交戦が出来ないまま中央突破を許すと、あとは混乱するグランザ各隊を各個撃破を許す悲惨な状態へ。
グランザ西部軍集団北部軍団主力は南部軍団とほぼ同様の戦術で持って壊滅するという屈辱的結果となった。
206 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:25:21 [ .o.AnDnw ]
その後は反転急行したザビエフ軍団と生き残りが三々五々合流。
彼らの口と空の戦いでは勝利、誘導に引っかかったものの復讐に燃えた彼らは上がってきた敵軍を全滅に追いやっていた彼らも加えた上で、第二防衛線まで後退。
その後相手側の目標となりうる3つの都市、カウト湖岸レティカ、内陸の中心地ラクー、そしてヴィンチェンツォに幾ばくかの兵を配置した上で主力は、都市外に展開し積極的なゲリラ戦を敢行する。
地の利に長けた歴戦の猛将ザビエフ将軍の指揮によりレスペレント側の出血は大きかった。
しかしそれはグランザも同様。
そのような戦いが2ヶ月近くも続くと損耗は増え、またサランの戦況が伝わるにつれて士気は低下していった。
それに対し相手側は数は三万と圧倒的な戦力差ではないが、部隊の交替で充実した戦力を維持していた。
そしてつい先日、サランやレティカを母港に踏ん張っていたグランザ海軍カウト湖分遣艦隊がエスト川を俎上し侵入してきたプレアード海軍と交戦。
倍近い敵軍とサラン沖にて激しい戦いを繰り広げたが、サラン・レティカ駐留の竜騎士の支援もありこれを全滅させた。
ただし、その代償に艦隊もほぼ全滅したという。
「放棄、やむなしか・・・」
子爵の目にはエスト=コルナからの撤退が現実のものとして写っていた。
現在移動できるだけの戦力で持って即座にコルナ川東岸に移り防衛線を作る。
そして西の海洋国家テラ神聖皇国に助力を仰ぐ。
だがそうなってはサランで今も頑張っている友軍を見捨てることになるのは間違いなかった。
長年友人であり戦友であるフロイアー男爵、そして皇国からの義勇軍指揮官ギグス。
彼ら以下約3500名、そして逃げ遅れた5000人の民衆の生命線はレティカとサランを結ぶ水運だけだった。
懊悩に苦しむ軍団長の耳に聞きなれない羽音がらしきものが聞こえてくる。
気になってテントをめくり夜空を見上げる。
雲ひとつ無く天の川が煌めき、静謐な雰囲気が暗闇を支配する中、ザビエフ子爵は気づく。
その中に赤く点滅する妖しげな光。
それは複数存在し向かう方向は真南。
延長線上にあるは敵の重攻囲に苦戦するサラン。
一瞬、最悪の予想が脳裏を過ぎるが、その明滅の方の星が急に瞬く。
接近する一騎のグランザ竜騎士であった。
207 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:27:13 [ .o.AnDnw ]
第12話 凶兆の赤光
「あそこに見える焚き火が北部軍団、トルシアのお父さんがいるところなのー?」
「そうだ!彼らは城外を移動しながら敵に攻撃を加えている」
「ただ明日には引っ込んでもらわないとねえ。外をうろちょろすると火達磨になっちゃいますからね」
ヒュレイカは竹下のネアカな発言に半信半疑なのか表情は思わしくない。
それを聞くと副操縦士のアメリカ軍少尉が笑う。
「我々にまかせておけ!侵略者どもの尻からナニまで粉微塵にしてやるからな!」
戦場を駆け巡る勇猛可憐なヒュレイカだったが、元々育ちは良くアメリカ人の下品な発言に鼻白む。
竹下は嗜める様にぽかっとそやつのヘルメットを叩く。
「あんまりそういうことを知らない人にいうんじゃありません。めっ!よ」
悪餓鬼を諭すような竹下に同乗するほぼ全員がげらげらと腹を抱えて笑う。
操縦士も釣られて操縦桿を握る手が震え、機体を左右に揺らす。
それに思わずヒュレイカが似合わない可愛らしい嬌声を上げるので調子に乗ってさらにパイロットはシザースまでしてみせる。
「止めろ!殺すぞ!!止めないとその汚い首を刎ねてやるう!!」
顔を恐怖で真っ青にしながら叫んでいると「うっ!」と口元を押さえる。
不味いとばかりに同乗の白井一等陸尉が通常飛行に戻させると、すぐにエチケット袋が手渡される。
(自主規制)
出すものを出したヒュレイカに、少し薄めのスポーツドリンクを飲ませる。
柑橘系の心地よい香りと甘みに少し気分が落ち着く。
恨みがましそうな視線で平然とした同乗者を見渡す。
「よく、平気だな・・・」
「ヘリに乗れないと近代軍隊として失格ですもの」
貴女も早く慣れなさい、という残酷な一言にヒュレイカは思わず我が身の不幸を嘆くのだった。
急転直下の会談で決した協定に基づき、サラン救援を行うことなりすぐさま派遣の手続きが取られる。
そしてまずは第一陣としてグランシュに居る竹下恵連隊長。
連隊本部付白井正也一等陸尉。
連隊長副官相沢裕一一等陸尉。
交渉団護衛隊から、竹下の謎指名で来ていた東真由美二等陸尉ら本部隊員等100名。
連絡員兼竹下の補佐としてヒュレイカ・ヘインツハァルト国王補佐官。
ヒュレイカの補佐兼護衛の騎士ヴェイクらグランザ騎士15名。
ミレティアまでの自衛隊機誘導からこれまでグランシュに残っていたトリュスタリカ・ザビエフ。
この面々が急遽夕暮れ迫るグランシュまで駆けつけた輸送ヘリに乗り込み、一度エセックスへと向かう。
海に浮かぶエセックスの威容にヒュレイカたちが驚いているのを尻目に、まずは各中隊長ら主要な士官を呼びつけ竹下は簡単なブリーフィングを行う。
208 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:28:14 [ .o.AnDnw ]
岡田は万が一に備えて後備としてサリュートの軍事顧問として王都に残ることとなった。
この時エセックスで指揮に当たっていた小野陸将補、ならびに仙台の水田国防大臣とも無線で方針を協議する。
だが、こんな短時間では具体的な決定は難しい。
やはりまずは部隊を派遣してサランを持久する。
そうして時間稼ぎをしておいてその間により効果的な方策、講和の手段を講じることとなった。
泥縄もいいとこだが仕方が無い。
竹下の考えとしては自分らがサラン防衛することで敵南部軍を拘束。
その間に第二陣以下の戦力全てを北部軍にあてこれを殲滅。
その後部隊の一部はヘリボーン、もしくは水上機動でカウト大橋を確保、敵補給線を寸断。
竹下兵団との交戦で疲弊した敵戦力に下エスト=コルナ地方から転戦した自衛隊およびグランザ軍ザビエフ軍団を叩きつけてこれを撃滅する。
およそ10万の兵員を喪失した敵に対しこの時点で休戦を勧告する。
休戦に応じなければレスペレント帝国首都への航空攻撃やグランザと隣接するプレアード王国本土を叩き屈服させ、離脱させる。
まあ、こうしたところが妥当かな、と竹下はぽりぽりと頭をかく。
竹下は魔法や相手の装備、ヒュレイカらから聞いた相手側の情報など簡単な説明だけを終える。
より細かい話はここでは、いや自分では講師役として不十分だし、何より早く移動しなければならない。
だが必要なことではあったのでサランでヒュレイカなりグランザ側の人間に頼むことにした。
矢継ぎ早に今度はエセックス艦長とヘリの運用について打ち合わせをする。
急遽立案され、意思疎通などがうまくいってなかったため幾つかの作戦上の問題点が発生していた。
その中でも一番問題なのは日本の存在を出来るだけ隠匿したいという要請だった。
これは仙台からの命令であり、これから先作戦行動上有利にしたいという思惑からだった。
竹下にとっては言いたいことは分かるが小規模作戦ならともかく大規模作戦じゃどうかな、と思うが多少は効果はあるかもしれないとも思う。
ただそのしわ寄せを被る支障を考えると頭痛がしてくる。
改造マスケット銃や新型攻勢魔法、新種のワイバーンて流言が通用することを祈るか。
まずは制空権と航空支援。
制空権確保のためAWACSはコルナ川東方上空で待機。
同様に日本本土から飛び立った戦闘機も同様に待機する。
遠くエスト川のはるか西方まで探知距離の長いSPY1を生かし、相手側が接近したらそのつど送り込み、相手側航空戦力を粉砕する。
それにプラスして相手側の竜騎士団の本拠地となっているフォッジャに進出、ファイタースィープを行い制空権を奪う。
209 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:29:47 [ .o.AnDnw ]
「一つ聞いていいですか?」
「なに?」
「それ、うまくいくんでしょうか?」
副連隊長の関二佐の至極尤もな発言に一同はうなづく。
「賭けろと言われたら、私は一日で破綻するに賭けるわ。でも政治屋さんがそうしてくれって言うんだからやってみましょう」
「しかしですね」
「めっ。大体銃弾と違ってミサイルなんかは生産の目処が欠片も立ってないんだから。出来るだけ節約したいってのは当然よ」
「そしてしわ寄せは陸が被るんですか」
「その分腐りかけだけどスティンガーとか色々ごっそり貰ってきたからそれで我慢なさい。先は長いんですからね」
また輸送に関しては出来れば今日中に連隊全員を輸送したかった。
夜明けまで10時間。
ここからサランまではヘリでは往復1時間。
搭乗・燃料補給もあわせて全力出撃でぎりぎり4往復が限度といったところか。
幸いにもエセックス以外にミレティアの50海里沖にはあまぎが待機していた。
あまぎの搭載機と合わせて使用可能な輸送ヘリは約30機。
全て夜間飛行可能であり、その訓練も行ってきたベテランクルー揃い。
大型のCH47JAやMH53Kも含まれていた。
「大丈夫かなあ。相手の数が数だけにありったけの物資持ち込みたいんですけどねえ」
一日もたせるだけなら近接火力支援有りの2個中隊もあれば可能とは思う。
「でもやるしかないわね。頑張ってるやつを見捨てるわけにはいかないしね」
竹下の言葉にみなはうなづく。
見捨てられた者の傷は見捨てられた者にしか分からない。
二度見捨てることなど出来ない。
副官が促すと連隊長は静かに立ち上がり断を下す。
「では行きますか。サランへ」
210 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:31:16 [ .o.AnDnw ]
第一陣としてはグランシュから帰還、派遣されてきたメンバーに加え、エセックス居残り組の佐々木順一郎一等陸尉、クラゥディオ・レイナ大尉以下特殊作戦チーム20名。
崎田和正三等陸佐以下第22普通科連隊第一中隊2個小隊約80名。
以上のメンバーがアメリカ軍、ならびに自衛隊の輸送ヘリに乗り込みサランへ向かう。
エセックスの艦上のヘリは飛び立つ頃にはとっぷりと日が暮れていた。
甲板には暴風のようにヘリのローターが起すトップが髪の毛を揺らす。
ひどい騒音にめまいがしながら、ヒュレイカはなれぬ環境に不安の色が濃い。
「大丈夫!?怖いなら残っててもいいのよ」
気遣ってるように見えるが実際は挑発。
役得か一個連隊の猫総動員の甲斐かヒュレイカも気づかず手を横に振って断る。
「しかし手際がいいな。君らの世界ではこんなにも早く戦闘体制が整うのか?」
感心した風情で出撃体制が整い、搭乗中の隊員を見ているヒュレイカを竹下はニヤニヤと笑う。
「そんなわけないじゃない。もう準備できていたのよ」
「サランの救援がか?」
「いや、グランシュ攻略戦よ」
あっけらかんと漏らされた秘密。
二人の間を冷たい海風がよぎる。
秘密裏に計画されたグランシュ攻略作戦は二段階からなりたっていた。
決裂した場合、竹下以下護衛隊150名で持って電撃的に王城を占拠。
国王以下重臣の身柄を拘束する。
要所に機関銃や無反動砲を配置した上で篭城する第一段階の一乗谷作戦。
竹下隊が王城をを懸命に保持する間にミレティアに待機中の第22普通科連隊の残りが関健太郎副連隊長の指揮下すぐさま陸路、空路からグランシュに急行。
包囲網を突破し王城内に突入、篭城隊と合流し本土からの応援を待つ田原坂作戦の二段構え。
そしてこの間に泉川らが折衝を行い、武力を背景に要求を受諾させるという荒っぽい作戦だった。
臨時政府部内からも激しい反対の声が上がったが強攻策を主張した泉川や小寺らの説得により作戦は了承されたのだった。
「交渉決裂なら喉元にナイフ突きつけて交渉する予定だったのよー」
「チョットマテ・・・」
「待たないわ。もう出発よ。私たちの機は向こうよ。さあ早く」
すっと身を寄せるとがっちりと肘を決めてヒュレイカを引きずるように連れて行く。
「痛いよ・・・。もう年なのに」
「殴られただけで水に流したんだ。良かったと思って欲しいものだ」
青タン作った連隊長と口をへの字に結んだ女騎士がヘリに乗り込むのを合図とするように鋼鉄の騎兵が続々と大空に舞い上がる。
211 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:33:26 [ .o.AnDnw ]
エルフレア大陸でも有数の面積を誇るカウト湖。
大河コルナ川とエスト川に挟まれる様に位置する水面は東西およそ130km、南北60km。
その長方形型のカウト湖岸最大の港町であり要塞都市サラン。
カウト湖の水運を利用して両エスト=コルナ地方を結び、農作物や北のアヴァタール山脈に通じる山地から産出される鉱産物の搬出地として平時は大変な活気を見せる。
しかし20年前の七王戦争以来、グランザの要衝としての地位を与えられたこの港湾都市は要塞都市としても改修されることとなった。
城壁は赤レンガと漆喰で積み上げられた幅広い堅牢なもの。
見張り台として塔も建てられ、城壁とともに銃眼が幾重にも作られている。
しかし、その赤いサランの防壁は既に何箇所にも黒々とした焼け跡。
砕け散ったレンガが地面に降り積もり、城壁を砕いた無数の弾痕が激しい戦いを物語る。
死体が片付けられた城壁の周囲には何箇所にも固まった血溜まりがどす黒い鈍い光を放っていた。
城壁にちらほらと見える人影の顔には悲壮な決意とともに、その血走った目には正面の煌々と光る篝火が写る。
マスケット銃を手にした彼らの多くのは土と血に薄汚れた包帯に覆われ、見張りの中には足を負傷し動けないながらイスに座り監視に当たるものまで居た。
グランザ西部軍集団南部軍団残存部隊の多くは大なり小なりの傷を負った半死半生の部隊であったが、その士気は敗残兵の集まりのはずが極めて高い。
サラン守備隊の指揮官フロイアー男爵は先代の王が若年時から仕えていた下級騎士からの叩き上げ。
東方の少数民族との戦いやプレアード王国との国境紛争以来の歴戦の勇士であり、七王戦争以来前線に立ち続けた実績もあり部下からの信頼は厚い。
そして次席指揮官として任に着いていた皇国からの義勇軍指揮官ギグスは、神聖皇国聖近衛騎士団に属していた頃には教皇の信頼から直々にその武勇が認められたこともある闘将。
名将二人が寄ることで圧倒的な戦力差にも関わらず包囲から5週間に渡って守り抜くことに成功していた。
しかし、この夜サランには異様な雰囲気が流れている。
塔から見える正面に築かれた円形の陣地。
城壁からおよそ1500歩の距離に見えるそれの中心には巨大な鉄の塊。
武装中立を掲げた交易国家として名を馳せる祖国で海賊討伐にも活躍したギグス卿にはすぐにその正体に見当がついた。
前日から静寂に包まれた戦場で敵軍の消極的な行動の意味を知り、確実視される明日からの総攻撃が予想される中、指揮官二人はその事実を知った部下達の明るい言葉に耳を疑い腹を抱えて笑ってしまった。
「早速城壁の修理費を請求するとしましょう」
「入ってくる敵軍を片っ端から包囲撃滅して見せましょう」
「やっと戦いが終わりますな」
悲壮さと言うよりむしろ清々しさまで感じさせるその言葉にフロイアーは自室に戻ると一人涙を流す。
元々の指揮下にあった部隊は騎兵中心の僅か800の手勢に過ぎず、その後ぱらぱらと集まってきたほとんど烏合の衆も同然の急造の部下達。
安全なコルナ川を渡る者や鎧や剣を捨て身を隠す者、そして敵に身を投じる者も多い中、あえて死地に身を投じた者たち。
その戦意の理由は様々。
愛する祖国のため、騎士の誇りのため、あるいは故郷を追われた恨み、戦友の復仇・・・。
既に全滅必死の情勢の中、落ちない戦意と士気に満足しながら何の手立ても打たれないことに、恨みがましい目を時折東へと向けた。
ただ彼にもグランシュの愛すべき幼君も苦境であるということは、毎日のように夜間警戒網を縫う様に飛来する伝令の言伝を聞くにつれて一瞬でも疑った自分を恥じる
北部でも自分より一回り以上若い将軍も優勢な敵勢と五分五分の戦いを続け、何度か勝利を収めたことを我がことのように喜びもした。
しかしそれも明日で終わるだろう。
斥候と城壁からの情報によれば巨大な攻城砲に加え、移動式の攻城塔も複数用意され、火薬や矢玉も大量にあるようだ。
この戦力差、半日持てばいいほうだろう。
常人にとっては自暴自棄になりそうな状況下。
家族はみな東方へ避退しているし子供はみんな成人していた。
最後の奉公になるであろう明日の決戦を前に心は驚くほど澄み切っていた。
212 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:36:40 [ .o.AnDnw ]
だが心残りもある。
何とかしてやりたいと思うのはギグス以下義勇軍と町の住人達。
異国の土に変えるのは心苦しかろうと思い、何度か帰国を勧め、今日もまた無理かもしれんが撤退を提案した。
ただ帰ってくるのは何時も同じ言葉。
「このくそ爺!楽しそうなパーティーの途中に帰れってか。しかもまだ一人もグランザ女口説いていねえんだぞ!ふざけるのもいい加減にしろ!」
この口の悪さと素行の悪さが無ければすでに相当爵位を有していたであろう30後半のヒゲ面男。
今回の義勇兵派遣でさえ武装中立を国是とする皇国公会議では反対の声が強く、否決されようとしていた。
それを押し切る形で派遣を決定したのは、初代のグランザ大公爵から続く皇国との関係を慮ったシェリルメイデン教皇の決断だった。
派遣と言う段階になって一向に決まらないところへ、南方大陸から帰ってきたばかりのギグスが静謐な会議室に乱入するや野太い声で名乗りを上げた。
それ比べ叩き上げではあったがフロイアーは元から温厚で、苦心の末身につけた教養や立ち振る舞いは中々どうに入ったもの。
騎士の鏡とも言われたこともある。
大酒のみで何時も怒鳴り散らす慌ただしいギグスとは正反対の性格だったが、父親ほど年が離れたフロイアー男爵をギグスは言葉は汚いが敬意を表し懸命に補佐してきた。
フロイアーもまた年若い騎士の柔軟な思想や諸国歴訪で培った多大な経験、戦場での勇猛ながら冷静な指揮に絶対的な信頼を置いていた。
彼ら海を渡ってきた応援の他、住人達には大変な世話になっていた。
戦場から逃げ帰るように帰ってきた兵士達の怪我の手当てから装備の補修。
攻囲開始からは矢玉の補給や各所の伝令、食事の世話を全て賄って貰っていた事から、全戦力を城壁に当てることが出来たのだ。
既に民衆の多くは町を離れ安全な東方へ逃れたが志願した一部が未だ残留していた。
出来うれば最後まで残り、今まで手助けしてくれた彼らには避難して欲しかった、いや避難させたかった。
以前のように戦闘不可能になった兵士を移送したように艦隊を使って。
だがそれも適わない。
一昨日のサラン沖の水上戦闘。
サランへの直接上陸を阻もうと決戦を挑んだ味方艦隊は倍近い敵艦隊撃滅の代償に3隻の小船を残し湖底へと消えた。
当時10何度目かの総攻撃に晒されていた防衛軍も湖上の友軍の奮戦に奮い立ち、ギグスらは銃身が焼け付かんばかりに鉛玉を浴びせかけ、フロイアーは城門を開け放ち自ら騎兵の先頭に立ち攻城軍を蹴散らした。
しかし、敵の首印を上げ帰城した彼らの目の前での艦隊全滅の報に暗澹たる思いに駆られる。
それでも心を奮い立たせ沈んだ船から脱出し泳ぎ着いた勇敢な船員達を激賞にする。
まだレミティアにはまだ艦隊がいる。
数日持たせれば・・・。
213 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:37:40 [ .o.AnDnw ]
しかし、敵軍の陣容から一度突破を許せば最早道は全滅のみ。
住民もほとんどはレウィニア教徒にとって異端のテラ教徒。
とにかく戦い、勝利を収めるしか彼らを救うことはできない。
考えれば考えるほど絶望的な状況。
少し気を紛らわせようと仮住まいの庁舎のテラスに上がる。
屋上から眺める星空は何物にも変えがたいほどの美しさに心が和む。
戦場を走り続けた60年、そう言えばこういう風にゆっくり星を見たことが無かった。
風の音だろうかばたばたという音が屋上に響き、夜風が汗ばんだ体を冷ましてくれる。
目に焼き付けるようにのんびりと天の川を南から北へと目を移すと明滅する赤い光。
自分たちの行く末を告げるような血のように不気味な禍禍しい星に思わずため息が漏れる。
その星を見て王城にいるはずの女性貴族を思い出す。
珍しい紅眼であるがゆえに苦労していた彼女もまた若いが有能だった。
「赤いから凶兆だなんていったらばっさり斬られてしまうな。逢ったら謝っておかねばならんな」
手を組むと、願わくば年若い王を名君に守り育てくれることを神に願う。
祈っていると辺りが、下が大変に騒がしい。
屋上から通りを走り回る部下達に何があったかを尋ねると耳を疑うような答え。
「応援が、友軍が来ます!」
214 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:38:51 [ .o.AnDnw ]
それまで先導役の竜騎士をぴたりと追ってきた日米連合輸送ヘリ隊は一旦カウト湖上で旋回を始める。
まずは竜騎士がサラン南側、港湾部の荷揚げ所兼貨物集積所へと静かに着陸する。
降り立った騎士がこれまで奮戦していた味方に、友軍が着陸するから離れるように、そして攻撃しないように伝える。
予想外の連絡に素直に従った友軍が離れたのを見ると、まだワイバーンの上に乗ったままの客にOKを出す。
ぱっと飛び降りたその人影はすぐさま目測で大まかの距離を測ると、脇にぶら下げた鞄から取り出した鉛の重りを付けたプラスチック製の棒をぽきりと折る
するとすぐさま中の液体が化学反応を起し淡い光を発する。
それを端から順に、ヘリが降りれるぐらいのスペースを計算し置いていく。
港を西から東へ走り回り全部で10箇所、手早くおき終えると、腰から棒状の電池式の誘導灯のスイッチをONにする。
両手に高々と掲げた合図と同時に待機していたヘリがすぐさま港にある目印めがけて突進する。
一機は航空管制に専念するため上空へと舞い上がる。
さらにその上空には青白い光をなびかせた護衛のF15が睨みを利かせる。
港湾中央部の上空に達した竹下らが乗り込んだMH60内では一悶着が起こっていた。
「いや、着陸出来るだろう。そうしたほうがいい」
「リペのほうが早い」
懇願をあっさり竹下によって却下されたヒュレイカはさらに顔を青くする。
降下準備に入り既にロープを下ろした機内でヒュレイカが最後の抵抗を試みるも、相沢に抱きかかえられるようにハーネスの金具が取り付けられる。
既に愛用の鎧から剣まで私物は全て綺麗に梱包されて地面へと下ろされていた。
荷物についでついにヒュレイカ付相沢と竹下は機外に出る。
「ひっ・・・!」
「口は閉じてください。舌を噛みますよ」
ローターの巻き起こす風が頬を容赦なく叩き、そして眼下をつい見てしまい短い悲鳴を上げてしまう。
エセックスで貸し出された着慣れないつなぎと相沢を繋ぐハーネスに締め付けられてもぞもぞと動くことしか出来ない。
ハーネスで中々のボリュームの胸が押し出され、ぴっちりとしたつなぎが綺麗なスタイルをより美しく見せる。
ヒュレイカの豊満な体を押し付けられた相沢は抑揚のない声で話しかける。
「ヒュレイカさん」
「?」
耳元で突然聞こえた声に怒りを露に振り向く。
「可愛い声ですよ」
「!?」
相沢の一言に怒鳴り散らそうとしたその瞬間。
「GO!GO!」
一瞬のふわりとする感覚。
しかしそれはつかの間すぐさま重力に引かれ、体は眼下の暗い大地へと沈んでいく。
落下とほぼ変わらないと思われる速さに思わずお尻に冷たいものが走り、はしたなくも粗相してしまいそうになる。
時間にして僅か数秒にもならないはずが永遠のように感じられたその時、ふっと速度が緩みたんとブーツが石畳を鳴らす。
呆然としたままのヒュレイカを無視しロープを外すと、次の降下のためすぐに離れる。
目の前の光景に唖然としたサラン守備隊を横目に続々と隊員がヘリから降下した。
自衛官やグランザ騎士が全て降りた機体から入れ替わるように目標上空に達した残りの機体からも隊員がサランの地を踏みしめる。
その次はロープに吊るした近SAMやVADS改、軽装甲機動車といった重量物をロープに吊るした大型機が、比べ物にならないエンジン音を響かせ近づき、同じように荷物を降ろしていく。
215 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:41:01 [ .o.AnDnw ]
僅か10分、最後のヘリが北の空に帰還するのを見送った竹下はヒュレイカの姿を探す。
すぐに見つかった彼女を見て思わず噴き出す。
「何か?」
夜目にも明らかに顔を真っ赤に染めた彼女は地面にぺたんと腰を下ろす、アヒル座り。
「腰が抜けましたか。まあ新人にはよくあることですからお気になさらずに」
「五月蠅い!!」
隊員が第二陣のために臨時ヘリポート整備を始める。
荷物から速乾性の蛍光塗料を取り出してはH字に塗り、その周囲を丸く囲む。
各隊員が邪魔にならない位置に移動して装備品のチェックを思い思いに行う。
ヒュレイカもようやく立ち直ったか隊員が目隠し代わりにポンチョで囲んだ一角で、自前の鎧を身につける。
手伝うのはヘリの地上誘導として何故か参加させられた東二等陸尉とやっぱり付いてきたトリュスタリカ・ザビエフ嬢。
不慣れな東に指示しながらトルシアと協力して着装すると、そこに何度も戦場で背中を見た老将の立ち姿。
しかしその姿は3月前見た姿と比べ、少しやつれ右足を引きずっていた。
それは前回の突撃で追ったさいの流れ弾によるものだった。
「お久しぶりですフロイアー男爵。間に合って、本当に良かった・・・」
感慨深げにサランの英雄に恭しく挨拶を述べる。
「ヒュレイカ子爵、わざわざこんなところまでいらっしゃるとは何事ですか?それにこの異形の者達は」
ヒュレイカの後ろで二人の挨拶を眺めていた竹下は笑顔のまま一歩前に出る。
ヘルメットに収まった小さな頭の額に向けて、右手を掲げる。
挙手の敬礼というものがないグランザ軍のフロイアー将軍であったが、それが相手に向ける敬礼であることを察すると居住まいを正す。
「日本国陸上自衛隊東部方面隊第6師団第22普通科連隊連隊長竹下恵一等陸佐であります。以後お見知りおきを」
「グランザ王国西部軍集団北部軍団軍団長フロイアー男爵です。ようこそ死臭と硝煙香るダンスホールへ」
謹厳な表情のまま放たれたブラックジョークをやんわりと受け止める竹下。
「ええ、ですからご招待にあずかったのですわ。ついでに食材と料理人、音楽隊もですわ」
凶兆の光とともに舞い降りた、地獄の釜底に突き落とし黄泉の国へいざなう楽器を携えた連中を指し示す。
それから、ともう一言付け足す。
「ダンスパーティーならレディーが必要でしょう」
うふふ、と小首を傾け心底うれしそうな顔だった。
216 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:44:56 [ .o.AnDnw ]
第13話 仙道の夜叉姫
「とこれが、我々の保有する戦力です。何か質問はございますか?」
薄暗い石造りの壁に響き渡る本部管理中隊長白井正也一尉の声。
新迷彩の戦闘服に身を包んだ自衛官達は何も声を上げることなく、急遽作成されて配布された対魔法要領や正面の敵軍に関する報告書を読むのに忙しい。
しかし、グランザ側も反応が薄い。
ここはサランの庁舎。
その集会場兼会議場。
双方合わせておよそ50人が集う半円状の室内。
明日に迫っているだろう総攻撃のための合同会議。
司会役を務める白井が少し動揺したように見渡すと、しわがれた不機嫌そうな声が轟く。
「本当にそんなことが出来るのか!?いきなり来て”では敵軍を全滅させましょう、てへ♪”なんて誰が信用するか!」
竹下がアドバイザーとして隣に座らせたヒュレイカの部下ヴェイクをつつくと、彼は義勇軍の指揮官のギグスだという。
白井がどうしようか悩んで上官のほうを向くと、竹下は目配せで彼に最後まで話させるようにする。
最後の大暴れのための安眠をじゃまされた男は唾を飛ばして怒鳴り散らす。
「大体、たかが増援が1500にも満たん数じゃどうにもならん!目の前の攻城砲台で城壁を破られたら7万が突っ込んできて終わりなんだぞ!」
ぎゃあぎゃあと叫ぶ騎士らしからぬ男に自衛官はいささかうんざりする。
もっとも竹下や関は彼の言うことはもっともであり何より適格に論点を抑えていることに気づいていた。
伊達に圧倒的優勢の敵勢に対していただけのことはある。
それに竹下は丁寧かつ簡潔に返答していく。
ただし、
「それは明日の見てのお楽しみ」
「あ、これも目で見たほうがわかりやすいでしょう」
と重要な、自衛隊側の戦力については話をはぐらかす。
「おいおい、それじゃあ話にならん。確かにさっきの面妖なワイバーンには驚いたが」
「ヘリコプター、です」
「名前なんてどうだっていい。あれだけじゃあ決め手にならん。何よりあんた達異邦人が信頼できん。隣がすぐさま崩れられたんじゃ迷惑だ。」
ギグスは落ち着きを取り戻したが、自衛隊の能力に疑問を呈す。
「そんな女子供のようにひょろくて生っちょろい連中の尻拭いなんざご免だ。おままごとは家に帰ってからやんな。あんたみたいな賞味期限の売女みたいなババアも余生のこと考えたほうがいいぞ」
面と向かった侮辱にヒュレイカやフロイアーはたしなめようとする。
しかし、侮辱された当人は涼しげな顔。
その部下達は同情の目を可哀そうな愛すべき上官に喧嘩を売ってっしまった粗野な男に向ける。
「いくら何も知らないからって、姉御相手にかわいそうになあ・・・」
「誰か、今からでも遅くないから土下座の仕方を教えて来い」
「ある意味勇者だな。しかし姉御に喧嘩売った奴は久しぶりだな。何時以来だ?」
「死んだな。合掌」
哀れむような視線に戸惑っていると何時の間に立ち上がったのか、目の前に自分がこき下ろした女が居た。
顔は会議から、いや会ってからまったく変わらない好々爺然の笑顔。
ただ室内の真夏の空気は何故か少しづつ冷えてくるのを感じる。
217 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:48:15 [ .o.AnDnw ]
竹下の小さな体の見た目には恐怖を感じさせる要素は全くない。
それなのに、きりきりとした圧迫感で両隣、そして後ろの席のものが遠ざかる。
「ギグスさん」
「な、何だ?」
「では貴方はお帰りください。」
「・・・はぁ?」
淡々とした口調。
それが妙に怖い。
「だって一緒に戦ってくださらないんでしょう?」
「そこまでは言ってない。ただ」
「私どもの戦力、そして戦意が信用できない?」
「そうだ。それからあんたもだ」
目の前の竹下の笑顔を睨みつけて正体不明の威圧感に精一杯の虚勢をはる。
「フロイアー男爵。ヒュレイカさん」
ヒュレイカは何故か敬称抜きのさん付け。
「何か?」
「この場の最上級者は?」
男爵は竹下の意図は分かりかねるが簡潔に正当を出す。
「国王から南部軍団長の任命書を授かっている貴女が私どもの指揮官です」
「ギグスさん。ですから」
「撤退せよ、という命令か。分かったそれなら」
「明日はお休みです」
「・・・え?」
目が点になる。
あらあら、と満足げに笑って続ける。
「だって、信用してくれない=仕事してくださらないんでしょう。ではお休みを出すしかありません。撤退させる余裕なんてありませんもの」
よよよと袖で涙を拭う振りをする。
周囲からくすくすと忍び笑いが漏れる。
「それにそんな戦意のない貴方達の尻拭いなんて私の部下にはさせてあげれませんもの。明日は忙しいでしょうし」
「何を言うか!それはお前ら新参が・・・」
ふと言わんとすることに思い当たる。
「だからまずは見てください。こちらの戦いぶりを。」
少し不敵な笑顔。
「だって明日で終わりではなく、始まりですもの」
それを聞くとげらげらと机を叩きひいひいと笑う。
顔を上げたその目は面白い玩具を見つけた子供のような目。
初めて自衛官らのことに大変な興味を抱く。
「大層な自信だな。敵はレスペレント・プレアード連合軍7万。対してこちらは」
「グランザ軍2000と我ら1200」
「うちの1500も足しやがれ」
竹下は心底驚いたという風に口に手をあてる。
「あらあら、仲間外れが嫌なんて結構子供っぽいんですね」
「違うわ!友軍戦ってるのに酌してのんびり観戦なんて恥さらしが出来るか!」
「そんな、強がらなくてもいいんですよ。よしよし」
「うっさいわ!」
竹下のあやすように伸ばす手を顔を真っ赤にして払いのける。
あうあうと悲しげに鳴き、叩かれて赤くなった手を撫でる。
218 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:49:31 [ .o.AnDnw ]
「酷いわ、これでも死に掛けだけど女なのに。じゃあ賭けをしましょう」
「何だ?」
「明日、貴方の部隊の仕事が無かったら私の勝ち、というのはどうでしょう」
「俺の部隊が交戦したら俺の勝ちか。いいだろう。お前が勝ったら素っ裸で通りを歩いてでもなんでもしてやろうじゃないか。尻から魔法の炎出してやってもいいぜ」
その時室内に居た日本人全員の心は一つになった。
「こいつ真性の馬鹿だな。死亡確定。合掌」
「あらあら。楽しみにしてますわ。」
罠にかかった子羊目の前に本当にうれしそうに微笑む。
そして次に話されたのは翌日の総攻撃に対する作戦案。
日本側は戦力隠匿の意味も兼ねて日の出前に相手側の攻城砲台を壊滅に追い込むという作戦案を披露。
グランザ側、ヒュレイカから攻城砲台が壊滅するとしても、その後破城槌等の攻城兵器を連ねて数に任せた攻撃が行われた場合について質問がなされる。
これに関が男爵に向けての質問で返す。
「相手側の魔法戦力は如何なものでしょうか?」
日本側の一番の不確定要素、未知の戦力である魔術師について意外な情報が入る。
「前面のレスペレント軍、指揮官はマティス公爵は兼ねてからからの火力、銃や大砲の信望者なのだ。彼のライバルであるボドメール侯爵が魔法戦力・機動力重視であるのと正反対でな」
「では皆無なのですか?」
「地上からの斥候と空からの情報だと多くて10人だ。ほとんどが司令部付の竜騎士対策の対空要員だ」
この情報が方針を決定させた。
竹下の作戦案変更に幹部一同は一瞬顔を見合わせる。
しかし、竹下は意に介さない。
「戦争は地上戦で決するものです。なにより航空戦力、といっても部品や消耗品ですがそれは出来るだけ温存したいのです」
それにと悪戯っぽく付け加える。
「私たちの実力ちゃんと見せてあげないと信用してもらえませんからね」
その後も会議が続き、竹下が腕時計を見る。
「では私は少し外を見てきます。後続が着てると思いますので」
竹下はそう言って貴族のように優雅に一礼する。
踵を返そうとした竹下はふと思い出し、またギグスのほうを向く。
「何だ?言い残したことでもあるのか?」
尋ねるギグスを無視してその場でぴょんと飛ぶ。
着地するとガシャンガシャンと金属音とともに竹下の周りにモノが散らばる。
周りに転がるは携帯ゲーム機から雑誌類と様々。
その中で何やら液体が入った瓶を拾うとギグスに差し出す。
「これは私の国で作られた酒なんですけどお味は分かりますか?」
「仕込みかよ・・・」
「あれ、エセックスから用意してたのか?」
「イリュージョンやるならスッパテンコーして欲しかった」
220 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:51:26 [ .o.AnDnw ]
竹下の不意の問いに素直に応じる。
「分かるわけ無かろう。飲んで見なきゃな」
「そうです。飲まなければ分かりません。何事も体感したほうが分かりやすいんですよ」
静かな声に染み入って思わず苦笑いを浮かべる。
「そうだな。では折角だから味わわせてもらおう」
こっそり持ち込んだシングルモルト宮城峡10年の封を開けると、竹下が止めるまもなくそのままぐいっとラッパ飲みする。
そのアルコール度数45度の琥珀色の液体が喉を焦がす。
予想外の強さに思わず咳き込んで吐き出しそうになるがその芳醇な香りと豊かなコクに思わずもう一口と瓶を口へ持っていく。
だがしかし
「ストップです。味見ですし、明日は仕事ですし」
非常のストップに思わず情けない顔をして懇願する。
「もう一口でいいから頼む。こんな美味い酒は初めてなんだ」
「ダメです」
「お願いし・・・、って痛い痛い!!」
瓶を掴む指を問答無用でひん曲げて瓶を取り戻すとさっさと扉へ向かう。
その途中、ヒュレイカのほうへ何かを放り投げる。
「何だこれは・・・」
「あげる」
そう言ってさっさと出て行ってしまう竹下。
残されたヒュレイカはそれを見て思わず声を上げる。
「な、何だこれは!!」
関副連隊長が近づいてくると少し疲れた口調で言う。
「舶来モノのポルノ雑誌ですね。」
服の下に忍ばせていた小物の中の一つ、もちモザイク無しである。
赤面させながらも思わず開いて中を見てしまう。
気分は正に土手でエロ本見つけた中学生。
集まった周囲のこういったものには免疫の無いグランザ騎士たちがつい中身に集中してしまう。
思わず唸りながらページをめくっていたヒュレイカは正気に返ると部下達を張り倒してポルノ雑誌を自衛官に向けて投げ返す。
雑誌を拾った自衛官は痛い視線に晒される。
ただし、その視線は例えるならばビーフージャーキーを前にしたわんこ。
くれ!くれ!頼むからそれをくれえっ!
「・・・あとでくじ引きしましょう」
大歓声の上がる室内。
「まったくこいつらときたら・・・」
これからこんなことが続くのだろうかと考えると頭が痛くなるヒュレイカだった。
その後情報交換及び各隊へのグランザ側からの補佐要員の派遣、必要な物資の配分量などを決めると会議は終了となった。
自衛官らにとって我らが可愛い連隊長が会議から逃亡することなどよくあることで、それを副連隊長が締めるのは恒例だった。
会議が終わるとフロイアー男爵が関の下へ近づく。
その表情には少し不安げな色が浮かぶ。
しかも彼らの後ろにはサラン守備隊の面々。
一体何事かと身構える。
「君らの上官の事で一つ聞きたいのだが」
「竹下一等陸佐のことですか?」
「そうだ。人を見た目で判断することは良くないということは重々承知だ。しかし不安なのだ。大切な部下を預ける上官であるならば特に」
連隊長と初めて会う人間が何時も口にする質問に慣れたように答える。
「大丈夫です。戦場では連隊長以上の指揮官は我が国には存在しません。明日には皆さんもそれをご理解いただけると信じております」
太鼓判を押す関の言葉を受けてもまだ何か言いたそうな面々。
彼らに向かい特殊作戦郡の佐々木が口を挟む。
「彼女には有名な二つ名があるんですよ。世界で名の知れた、ね。とりあえずはその名前通りの戦い方を明日見れば皆さんも少しは分かると思いますよ」
「その名とは?」
佐々木は白い歯を見せてその単語口にする。
「仙道の夜叉姫、とね」
221 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:55:29 [ .o.AnDnw ]
第14話 サラン攻防戦 前編
まだ薄暗い中、サラン中心部の大通りに響いていた金属音が止む。
通り沿いには四角い長方形状の物体が並びそれが70度の急角度で南の空を睨む。
その箱からはケーブルが延び、それは幾つかの他のものとともに少し離れたボックス上の機械へと繋がり、それを操作する重火器中隊の隊員はチェックに余念が無い。
「セッティング、並びにテスト全て終了しました」
「はい、ご苦労様です。あとは発射まで待つだけですね」
相沢の報告を受けると竹下は緑茶のティーバッグが入ったステンレス製のマグカップを傾ける。
内陸側のサランは湖からの風が涼しく、熱いお茶が体に染み渡る。
彼女が今居るのはサランを囲む南側城壁中央部、南門屋上。
相手側攻撃のもっとも激しいだろうと思われるその地点、最前線に身を置いていた。
後方の庁舎に置かれた指揮所には関二佐が補給と情報の整理に当たる。
サランの城壁は三階建ての高さ9メートルの強固なもので、長さは東西に2km、南北にはおよそ1kmという長大なもの。
はっきり言っておよそ5000名で守るには広すぎた。
しかし、そのうち東側は湿地帯であり大軍や重装備の移動には適さず、また西側は移動には適し西門の存在から攻撃に適していたが湖に面していることから湖上艦隊の支援射撃、および逆上陸による逆襲により被害が大きかった。
ただ今回は艦隊はないものの、圧倒的な火力を誇る自衛隊の存在という桁違いのファクターがあった。
好転に恵まれたおかげで数派に渡る空中輸送により、何とか城内に運ばれた4個中隊基幹の第22普通科連隊全員約1200名がサラン城壁上および市内各所に展開していた。
まず竹下は東側に警戒要員として念のためにグランザ軍から500名を貼り付ける。
西側には残りのフロイアー男爵以下1000と自衛隊側から稲葉周防3等陸佐以下第3中隊。
そして本命の南城壁には西から桜井政行三等陸佐以下第4中隊、崎田和正三等陸佐以下第一中隊、鈴木勇三等陸佐以下第2中隊が城壁内部と屋上に展開していた。
さらに市内には各中隊所属の迫撃砲小隊、連隊直轄重迫撃砲中隊、臨時配属の重火器中隊、高射特科中隊が時を今か今かとてぐすね引いて待ち構える。
そして賭けの対象になってしまった哀れな子羊さんギグス卿指揮下の義勇軍1500とヒュレイカの副官ヴェイク指揮のグランザ軍500はめでたく市内待機と相成った。
また城壁には竹下が頑張って持ち込んだM2 12.7ミリ重機関銃から96式40ミリ自動擲弾銃、それに高機動車からケーブル引っ張って接続したM134ミニガンまで配備していた。
この他にも各中隊には隊員の89式小銃からMINIMI、さらにPKFでの火力不足と言う苦い戦訓から配備されるようになった中隊所属重火器小隊の7.62ミリFN−MAG、60ミリ軽迫撃砲、40ミリMGLなどからが待ち構える、相手の予想された突撃路を計算し、作り上げ
轤黷ス火力網。
例え真下に張り付いたとしてもそこには手榴弾が落とされ、起伏に隠れても迫撃砲の曲射がこれを破砕するだろう。
隊員の多くは訓練とは違う緊張感にともないアドレナリンが増大し、その興奮を抑えるようにぎゅっと自分の得物を握り締める。
指揮官達の多くは目の前に迫る大軍の撃退するための、何か見落としがないかチェックに余念が無い。
222 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 00:59:55 [ .o.AnDnw ]
竹下が愛用の組み立て式のイスに座る。
傍には補佐としてヒュレイカ、副官の相沢。
レイナ大尉と佐々木一尉は到着して早速、湖側から敵陣に接近しその内情を偵察に向かっていた。
彼らのもたらした情報は早速作戦の血肉となる。
「油断してるのね・・・。こういう勝ち戦こそ注意しないといけないのにねえ」
ほとんど緩みきった兵士。
多くの見張りは同僚との談笑にふけこむか一部はぐっすり夢の中。
夜中散々ヘリや輸送機の爆音が聞こえたはずなのにこの緊張感の無さは何か。
一部には優秀なのかただ神経質なだけなのか軍装を整え筒先槍先並べて整列する部隊もある。
それでも大部分はテントの外を見回してはそのまま中へと戻ってしまう。
これに不審を抱くものも居たが竹下が軽くいなす。
「彼らにとっては常識の範囲外でしょうからね。自分らの常識の中でしか物事を考えられないのがほとんどの人間ですもの」
既に動き始めている。
相手がどうでようがやらねばならない。
しかしそんな相手の怠慢と言う有利に奢ることと無く、自衛隊の敵に対する警戒は厳にされる。
こちらは不利
敵数は予想通りおよそ7万。
しかし、情報によるとどうも糧食が少ない。
RMA化の進んだ自衛隊と米軍の情報は全部隊に共有され、それはすぐさまサランの指揮所の液晶画面に映像となって届けられる。
ヒュレイカらにとってその不思議な緑光に照らされた敵陣は夜間にも関わらず詳細に物語る。
そして最優先攻撃目標の攻城砲台。
やはり警戒が厳しいく、情報収集に手間取ったが砲撃準備は既に完了している模様。
「ではやりますか」
竹下ののんきな声を合図に緑の悪魔たちは動き出す。
夜叉がグランザの地で蠢きだす。
223 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 01:03:18 [ .o.AnDnw ]
「そこ!キャニスターの後ろに近づかないで下さい!バックブラスト、爆風で即死しますよ!!」
大通りを占拠する形でずらりならんだ固定配備型MPMSのキャニスターの後ろに近づいたギグスは、作戦前でガチガチの緊張感に包まれる武器科隊員にどやされる。
本当に賭け通りに予備配置にさせられて、良く分からん物体に囲まれた重火器中隊本部に図々しく居座っていた。
折角だから全部見てやろう、そういう魂胆である。
竹下からは友軍には全部見せてやれ、ただしマジモンの敵軍スパイなら問答無用と命じられていた。
そんな来客に中隊付の陸曹長が丁寧に説明する。
もっともギグスには光ファイバーがどうのといった科学的なことには疑問符が飛び交い、理解不能であった。
仕方ないので説明は諦め、とりあえず見ててください、そういうとお茶だけ出して彼は自分の仕事へに専念する。
「時間です」
それは急遽決まったうれしい誤算。
エセックスからの連絡によりしもきたに居た第一普通科連隊第1中隊の空輸準備完了の報。
到着時刻は夜明け近くになるという。
今はより多くの隊員が欲しい竹下にとっては強行する価値が十二分にあった。
よって空輸にあわせて攻城砲台攻撃を行い、その敵軍混乱の合間に中隊を収容することとなった。
ヒュレイカらと協議した結果、航空機そのものは見られても仕方ないという。
ただ自分たちの常識として大量の人員や物資を空中輸送することは想像の埒外であるという。
だからこそその輸送機等を隠すべきだ、と。
そのため空中哨戒のF15CJ改、それに近接火力支援に当たるF2やF15J、AH64DJは要請があれば白昼堂々と攻撃を加えること。
それに対し空中補給に当たる各種輸送ヘリ、輸送機は出来る限り人目に付かない夜間に行うこととなった。
だがこの制限が竹下に弾薬の心配を生む結果となったが、それもうれしいことに夜間、ヘリの着陸の合間を縫って本土からC2が飛来。
彼らによって見事な精度で落とされた空中投下コンテナ。
それによってサランに運ばれた約150トンの物資のほとんどが5.56ミリ弾といった小火器の弾薬。
各隊員に配布された弾薬は小銃弾で一人につき1500発。
さらに機関銃には山のように用意された弾薬に、何時も演習場で泣かされる隊員達は狂喜乱舞した。
もっとも何時も演習につき物のあの一番嫌われる命令が。
「あ、薬莢は一応回収ね。でも無理はしなくていいから」
みんなちょっと凹む。
「大村さんや、準備はどう?」
「姉さん、何時でもどんと来い!です」
そのやり取りにみんなで顔を見合わせるとぷっと吹き出す。
無線機の向こうでもくすくすという忍び笑いが漏れる。
いい感じに緊張が解れたのを見て取り竹下は鈴のような声で命令を下す。
「では行きましょう。状況開始」
竹下の声に第22普通科連隊が餓狼と化す。
そして記念すべき、歴史に残る戦いの火蓋が切って落とされた。
「重火器中隊、撃ち方始め」
224 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 01:06:50 [ .o.AnDnw ]
「1番から8番発射!!」
竹下の命令は電波に乗り、後方の重火器中隊が即座に実行にする。
ケーブルからの指令に基づきキャニスターの一方から白煙が噴き出す。
およそ60キロの弾体が折りたたまれていた十字の翼を開き、紅蓮の炎と轟音とともにまだ星空残る空へと舞い上がる。
その巨大な塊は事前の航空写真と偵察隊の情報に基づき入力されたプログラムにより、糸を引くように噴煙とともに敵陣上空まで突き進む。
中隊指揮所の一角では射撃手が失敗してはなるものかと、眦を決して彼らは誘導弾に積載されたカメラから送られた赤外線画像を元に慎重に目標へとその照準を修正する。
射撃式装置の液晶画面に映された赤外線映像が段々と大きくなり、思わず唾を飲み込む。
そして、映像が途絶えたその瞬間。
複数の方向から火山の噴火のような爆音と地響きが襲う。
周囲の他の各隊やグランザ軍、義勇兵からは歓声の声が上がる。
しかし、彼ら重火器中隊、そして連隊幹部はまだ喜びの声は上げない。
そして無線が彼らを爆発させる。
上空で地上監視を行っていたグローバルホークの操作員が叫ぶ。
「全弾、目標を直撃!」
待ちに待った報告。
初めての実戦に手に汗を握りながら喜びを爆発させる。
「よし!次だ、9番から16番発射!36門全ていただくぞ!!」
「何だ今の爆発音は!」
レスペレント軍指揮官のマティス公爵は突然の轟音にやっとのことでありつけた眠りから叩き出される。
サランからおよそ2500メートルほど離れたところに建てた小屋まで響くその音は前方、自軍の陣地から聞こえてきた。
起き抜けで動きの鈍い頭が段々と目覚める間も、10数秒おきにまた同じような爆発音が大地を響かせる。
自陣の至る所から立ち上る火柱が周囲を薄暗い早朝の夜空を焦がす。
やっと頭が働き出した公爵のもとに伝令が息せき切って飛び込んでくる。
「攻城砲台の火薬が次々と爆発しております!それによって攻城砲の半数が吹き飛びました」
「どういうことだ!?敵の夜襲か?」
折角本国からわざわざ取り寄せた最新兵器が屑鉄に変わったという情報に思わず頭を抱える。
「いえ、それが敵の姿は誰も見ていないとのことです。突然何箇所から爆発が起こり、起こったときにはもう」
「とにかく火を消すんだ!それと他の砲台の警戒を厳にしろ!誘爆は何としても避けるんだ」
公爵が呆けている間にも砲台で準備に当たっていたレスペレント軍は幾つかの砲台では砲台長の指示で火薬の搬出作業を開始した。
彼が考えたことは突如の敵襲であり、それにより爆破されたという当然の判断だった。
また火が飛び火して大事な重砲が破壊されないようにと、今日まで蓄積した火薬類を離れた場所まで移動させようとした。
部下の迅速な行動に満足し、また周囲を守るようにレスペレント騎士や徴用されたマスケット銃兵らが展開するのに安心する。
砲に寄りかかり額の汗を拭うと彼の耳は周囲の喧騒と火薬の破裂音に用を成さなくなる。
その中、耳のいい者は甲高い笛のような音に気づく。
彼らも急の敵襲の報にそんなことにはかまってられないとばかりに、周囲を睥睨する。
225 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 01:10:08 [ .o.AnDnw ]
だがそんな彼らをあざ笑うように、死を招くその音の主は上空から舞い降りて砲尾に突き刺さる。
およそ10キロの弾頭が着弾と同時に爆風と鉄片を周囲に撒き散らす。
荒れ狂う炎と鉄が砲台内部の人間を切り裂き、肉を消し炭にする。
首や四肢は引きちぎられ、胴体が裂けあたり一帯に内臓を撒き散らす。
砲台内部の人間は即死したことを幸運に思ったことだろう。
少し離れた人間たちにも同じように近代技術の結晶が牙を向く。
爆風により放たれた破片が銃弾のように顔面や胴体に突き刺さり、火炎が鎧を熱し皮膚が焦げる臭いが当たり一帯に漂う。
その激痛によりあたり一帯に、腕がもげ、目に破片が突き刺さった人間がのたうち回り、窪地に血の池が出来る。
紅蓮によって鎧を鉄板のように熱せられた者は自身の肉が焦げる臭いと抉られるような痛みに気が狂わんばかり助けを求め、鎧を脱ごうと足掻く。
しかしほとんどのものがそのまま外すことが出来ず吐き気を催すような臭いを発する肉塊が増えていくだけ。
高性能爆薬の暴虐は人だけじゃなく危害半径内にあるものすべてに平等に与えられる。
この日のために用意された大量の黒色火薬。
その樽にも爆炎が舐める。
その瞬間、樽が瞬時に膨張して木片を弾き飛ばし、逃げ遅れたもの、傷を負って伏せっていた者の命を奪う。
体中にハリネズミのように破片が突き刺さったままふらついて倒れ伏す者、深い火傷により水を求め樽の中で溺死する者などたった一発の誘導弾の直撃により砲台周辺は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
このような悪夢は36ケ所の攻城砲台全てに訪れ、レスペレント・プレアード連合軍は大混乱に陥る一方、対する空から死神の鎌を振り下ろした自衛官らサラン守備隊、さらにリアルタイムで情報が届けられたミレティア派遣艦隊、本土では歓声に包まれた。
不発時の予備として用意された12発を使うことなく、見事36発36中を達成し攻城砲台を僅か数分で破砕したことに驚きの声とともに自衛官に対する畏敬の念が生まれ始める。
しかし、竹下にとってこういう結果になることは予想の範囲内。
ただ少し驚いたのは不発も無く見事に全弾指令通りに着弾したこと。
「我がほうも中々やるじゃない」
世界に冠たる日本の技術力に改めて感心させられることとなった。
ヒュレイカも最初は爆発音ごとに拳をふりあげ歓声を上げていたが、次々上がる火柱に恐れおののき始める。
そして敵陣から爆発音とともに断末魔の叫び声が風に乗って響き始めると、歓声は段々と小さくなり、終いにはただ呆然と立ち尽くすことになった。
自衛隊の圧倒的な攻撃力を見せ付けられ、やっとのことのように喉の奥から声を搾り出す。
「これがあなた方の戦い方なのか・・・」
しかし竹下の軽い声がヒュレイカは体を震わせる。
「いや、こんなのは遊んでるようなものだな。私たちの世界のはもう少し、意地が悪けりゃたちも悪い」
絶句するヒュレイカにさらに相沢が追い討ちをかける。
「航空機や榴弾砲・MLRSの攻撃ならばあんな陣地はここまで出てこなくても1時間あれば全て更地にするでしょう」
「でも今の私たちって、工場無いから大盤振る舞い厳禁なんだよねー」
手足縛られてていやになっちゃうという竹下の苦笑が、本心からのものであることに気づくと、虚脱感とともに安心感が体を支配する。
「同盟を結べて、本当に良かった・・・。敵になったら一巻の終わりだ」
近くで待機している無線手が港の状態を報告する。
誘導弾攻撃の最中無事に第一普通科連隊第1中隊と物資の輸送が完了し、北の空に帰っていったとのこと。
「よし。それじゃあ中隊にはここのすぐ後方で待機するように言ってちょうだい。あと彼らへのレクチャーも誰かおねがい」
暫定的に第5中隊の名前を付けた増援に指示を出し終えると乾いた唇をぺろりと舐める。
南門屋上には敵陣地から戦場特有の硝煙と血と肉が焼け焦げる臓腑が締め付けられるほど不快な臭いが漂ってくる。
思わず吐き出しそうになる隊員が居る中、敵の空気を読むように竹下は平然と南を見続ける。
西から夜空が白々と空け始め、太陽が星たちを空から追いやり新しい一日がまた始まる。
「地獄はね、死後の世界になんて無いのよ。この世にあるのよね」
一人ぽつりとつぶやく。
彼らにとっての地獄は始まったばかりだった。
238 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 18:14:35 [ .o.AnDnw ]
何か色々戸惑いがあるようなので、次から投下の合図に以下のテンプレを入れておこうかと思います。
とある魔法と剣の世界
少年は小国の王様。
しかし非常にも大陸は戦乱の最中。
迫る敵軍。
しかしその時、異世界に転移して来た日本と言う未知の大国。
日本と結んだグランザと少年王は国難に立ち向かう!
戦火の中育まれる愛と絆。
別れと出会い。
姉のように慕う女性貴族や将軍の娘、妹にしか見えない異種族エルフの年上少女に天然女性司祭。
ちょっと変わった日本のパイロットに年齢不詳のぽやぽや連隊長。
そのほか隠しキャラ満載でお届けする
多分エッチで血まみれB級戦略SLGどきどきまふまふ王様らぶらぶエロベンチャーゲーム
らぶ転!
連載! するかも
255 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 23:42:00 [ .o.AnDnw ]
第14話 サラン攻防戦中編
「36門全てだと・・・」
夜が明け、情報が集まり精査されるにつれ頭を張り飛ばすような衝撃に思わず目の前が真っ暗になるのを感じた。
我が目を疑うような、目の前で起こった事態の報告は全て想像以上に酷い惨憺たるものだった。
最新型のようやく輸送し終え配備し終わった大型攻城砲は全て破壊され無残な無価値な残骸へと姿を変えた。
また人員の被害は砲台の要因はほぼ全滅。
爆発が間をおいて連続して起こったことから、敵襲を警戒して砲台周辺に兵士が集まったことが余計に被害を悪化させることになった。
現時点では戦死者約1000名、負傷者約3000名。
負傷者の多くは火傷と裂傷に怨嗟の叫び声とうめき声を上げ続け、使い物にはならない。
「一体何が起こったというのか!魔法か!?それとも敵の破壊工作か!?どちらにしろ貴様らの油断が悪いのだ!!」
怒り狂ったマティス公爵は予想外の自体に意気消沈する部下達に当り散らす。
彼の傍若無人を諌める事が出来るものはこの場には存在しえなかった。
普段はここまで苛烈なまでに部下をなじることは無いのだが、北部でのライバルが精神のバランスを狂わせていた。
グランザ侵攻軍第二軍団司令ボドメール侯爵は軍内部においても、そして領地が隣接するとことから犬猿の中で有名だった。
その蛇蝎のごとき嫌っているボドメールめの人気が最近上がっているという話に虫唾を覚えていた。
それはボドメール侯爵は戦場で鮮やかに勝利を収め占領地を広げているのに対し、マティス公爵は奸智に長けた策略でもって卑怯千万な振る舞いで勝利を収めている、というとんでもない話が広まっているという。
帝都でも貴族や令嬢たちのあつまりでは憎きボドメールは賞賛と崇敬の言葉が彩り、自分の話題には冷笑と軽蔑が渦巻いているという噂。
冗談ではない。
あんな限られた足弱だけが使う時代遅れの魔術に頼り切ったやつではなく、科学に基づいた長年の努力と英知の結晶たる火砲を自在に操る自分こそがレスペレントの名将なのだ!
それがどうか。
苦労して用意した大砲がこのざまだ!
爆発の原因がまったく皆目見当がつかない。
新しく重砲を調達しようにも製造可能な工房は遠く帝都の近く。
それも出来上がったばかりのも含めて根こそぎ持ってきていたのだからあるわけが無い。
新しい重砲を待つかそれとも強攻策で攻め落とすか頭を痛めていると、同盟国のプレアード王国から派遣されてきたスナイデル侯爵がテントの中に入ってくる。
その顔にはそれ見たことかと怒りを露にしていた。
何時も最低限守ってきた礼節もかなぐり捨てて、此度の失敗を糾弾する。
「だから言わんことじゃない!あんなものを集めないでさっさと攻め落とすべきだった!」
「何を言うかと思えば。陽動すら出来ず逆上陸など受けて尻尾巻いて逃げ出した連中は何処の誰だ!」
連合軍を構成するレスペレント帝国とプレアード王国。
これまでは勝ち戦だったため軋轢もぎりぎりのところで妥協し露見することは無かったが、思わぬ失態に会議の席上でついに爆発した。
片や破竹の勢いで大陸を席巻したレスペレント。
一方はレスペレント、グランザらとともに7大侯爵家として権勢を古い、家格としてはもとはレスペレント家よりも上位だったプレアード。
互いの意地とプライドは高く、そして醜かった。
257 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 23:46:09 [ .o.AnDnw ]
何よりお互いの関係を悪くしたのがヴィンチェンツォでの戦いだった。
別働隊として動いたプレアード側は大損害、レスペレントは軽微だったのが余計にややこしくした。
ボドメールにしてみれば陽動だから本気で当たるなという命令を無視した先方が悪い、ということだろうが。
その話が伝わり、自分らも囮に使われるんじゃないかと疑心暗鬼に陥っていたのだ。
烈しいやり取りの末、終に参謀達にとって暗澹たることに、準備でき次第総攻撃を開始することになった。
自分の誇りにかけて何としてもサランを落とし、実力を見せ付けるのだ!
それが一体何を生むか。
彼が気づくはずも無かった。
「おーおー。動いてるねえ。来そうだねえ」
「貴女には緊張感と言うものが無いんですか?」
戦場に似つかわしくない、あっ、軽い声にヒュレイカは思わず額に手をやる。
竹下もヒュレイカの真面目な忠告に苦笑する。
「緊張感がいい結果を生むなら喜んでするよ。損害はなるたけ減らしたいしね」
尖塔の観測手からの報告。
グローバルホークの敵軍の動き。
間違いなく総攻撃の予兆。
ぴりぴりとした戦場の空気が肌を刺す。
「わけも分からぬ大損害に奴さんは巣穴を飛び出したか」
後方の戦闘指揮所で地図を睨む関はそう一人ごちる。
ヒュレイカやギグスらこの時代の人間が説明する敵軍の陣容・配置状態を、急遽作成されたサランの地図を挟んだプラスチック盤上に次から次へと書き込んでいく。
相手側は西側城門前にプレアード軍歩兵中心に1万5千。
湖に隣接する右翼はプレアード傭兵旅団3000、中央に王室直轄騎士団の一つ紅玉騎士団5000、左翼に東方諸侯連合騎士団4000、予備として中央後方にスナイデル騎士団3000。
そして南側正面にはレスペレント軍は4万5000。
プレアードとは違いマティスは部隊をマスケット銃兵1000にパイクや長槍などで武装した歩兵4000からなる旅団を組みあせた編成をとる。
南側には旅団が幾つもの方陣を連ねた重装歩兵が白銀の刃を煌めかせ、揃えられたマスケット銃が空を睨む。
その数8個旅団。
残り5千は伝令の騎兵や援護の工兵などであり、各方陣の間を縫って展開していた。
258 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 23:48:56 [ .o.AnDnw ]
中々悪くない動きと配置だったが、潮読みに慣れた竹下には相手側の齟齬を見て取る。
「連携がうまくないか・・・。さては責任の擦り付け合いでもしたのかな」
それはヒュレイカにもわかるほど。
レスペレント軍の右翼端とプレアード軍左翼端の接触部分、腫れ物を触るような過敏な動きは明らかにおかしかった。
「レスペレントのほうが強敵?」
「そうだ。大国でもあるし何よりマティスは果断な性格の猛将と聞いている。手強いぞ」
「そう・・・、では攻撃は南を激しく、西は少し手抜きするとしますか」
ふふふと笑う。
その瞳はぎらりと光る。
南側城壁西よりに展開していた桜井中隊。
真正面には朝の奇襲により戦意未だ衰えない2個旅団がおよそ1000メートルの距離を経て展開していた。
旅団に所属する歩兵が兵種ごとに幾つもの方陣や横隊を作り今か今かといったせわしい空気がレスペレント側を覆う。
その背後、もしくは間には木で出来た破城槌や軽砲らしきものがちらほらと見える。
決戦近しということで連隊長からの檄が飛ぶ。
ただし、激と言うよりも業務連絡。
「死なないように、生かさないように、逃げないように、がんばー」
「・・・・・・」
とりあえずみんなして「エイエイオー!!」と気持ちを高ぶらせておく。
桜井を少し悩ませたのは有効な唯一の火力支援である迫撃砲は連隊長判断で撃つことだった。
確かに迫撃砲弾の数は少なく、120ミリ重迫は後回しにしたこともあって一門につき僅か20発しかなかった。
81ミリにしても似たようなもので一門につき約120発。
補給十分といえるのは60ミリ軽迫のみ。
その分各自の銃弾や擲弾の数は持ちきれず、床に埋め尽くすほど用意してたが少し不安を覚える。
10年来の付き合いになる我らが連隊長は時々味方にもいやらしいことをする。
鍛えられ、やりがいはあるが、正直時折疲れる。
その不安が的中した。
「稲葉3佐、射撃は250メートルまで引き付けた上で一斉射撃。1000メートルを越えて下がった敵は攻撃厳禁との連隊長命令が届きました」
「聞いてるよ。俺だって無線機耳に引っ掛けてるんだからな!まったくあの時ぐーさえださなければなあ。ぬるい相手なら鈴木にまわせってんだ」
城壁内部に置いた中隊指揮所で自分たちを縛る奇妙な命令を聞きやれやれと肩をすくめる。
その命令に不思議に思うフロイアー男爵は説明を願う。
水筒の水を飲み気を落ち着かせた中隊長は自分の指揮官の癖を説明する。
幹部や伝令に優先的に渡された翻訳用のタリズマンを、大事そうにボディアーマーの下に忍ばせていたため会話は滑らかに進む。
「簡単に言うとですね、こっちの最大射程を教えたくないんでしょう。というより過小評価させたいんですな。」
「しかし200でもマスケット銃は人の柔肌すら撃ちぬけなくなるというのに・・・、とこれは愚問でしたな」
「まあ、600超えたら小銃は打ち止、めM2でも1000超えたらそうは当たらんでしょうなあ。軽迫にしても1600がやっとです」
自分らの常識の通用しない戦いであることを思い出し頭をかく。
随分年の離れた老将を労わって、つい余計な親切をしてしまう。
「機関銃だけでも城壁には寄せ付けないでしょうから、下でゆっくり休まれては如何ですか?」
それを聞いた将軍は乾いた笑い声を上げるしかなかった。
259 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 23:50:19 [ .o.AnDnw ]
距離800
崎田はコッキングレバーを操作して初弾を薬室に装填する。
距離700
関は万が一に備え近接航空支援の出動を要請する。
距離600
有馬はバイザーを下ろしながら城壁内部の会談を駆け上がる。
接近する敵勢の波を船のように移動式攻城櫓や破城槌が渡る。
「接近中の敵勢、小型の牽引式砲を保持。射程不明」
尖塔からの報告に一瞬みなと目が合う。
しかし竹下は意に介さない。
距離500
稲葉は軽迫撃砲に城壁から700メートルのラインにばら撒くように指示する。
距離450
鈴木はすっくと立ち上がると櫓上の敵兵を睨みつけ、無反動砲手に狙いを付けさせる。
距離400
「撃ち方用意。良く狙え、3点か単射で無駄打ちするなよ」
桜井はLAWの安全装置を外し、静かに時をまつ。
距離350
愛用の椅子に腰掛けたまま竹下は今まで腰に吊るしていた棒状のものを取り出す。
それは振り出し式の1メートルほどの細い棒。
距離300
相手の表情がすでに良く分かる。
目はぎらぎらと血走り血に飢えている。
黙したまますっと式棒を振り上げる。
距離270
隊員全員がすっと息を呑み、止めた。
竹下は無線機に向かって囁く。
「よろしい。では諸君、百鬼夜行をぶった斬れ」
距離250
指揮棒は振り下ろされ、前方を指向する。
何時もの口元は笑顔のまま、目には研ぎ澄まされた真剣のような光。
「撃て」
「「「「撃てえ!!!!」」」」
連隊長の合図とともに4名の中隊長、18名の小隊長がほぼ同時に同じ単語が城壁に響き渡る。
260 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 23:54:13 [ .o.AnDnw ]
それは奇しくもレスペレント軍が歩兵砲の撃ち方準備入ろうとしたその瞬間。
城壁はレンガよりの赤い灼熱の閃光が瞬いた。
接近するレスペレント。プレアード両軍兵士にとってその瞬間それまで戦場に朗々と奏でられていた進軍曲は消え去った。
次の瞬間には城壁から降り注ぐ激しい鉄の嵐が瞬時に先頭の重装歩兵、マスケット銃兵を麦穂のようになぎ倒す。
そしてマスケット銃とは比べ物にならないほどの速度で湧き上がる甲高い銃声が戦場を支配する。
白銀の鎧に親指ほどの穴がぽっかりと開いたと思えば、面覆いの中から吐瀉音が聞こえては次々地面に転がっていく。
マスケット銃兵は懸命に隊列を維持して反撃しようとしても、有効射程外であり、逆に自衛隊側のFNMAGの一薙ぎが横隊をなぎ払う。
近づく櫓には邪魔とばかりにパンツァーファーストや84ミリ無反動砲が叩き込まれる。
着弾の衝撃で木片がばら撒かれ周囲の兵士は思わぬ事態に逃げ惑いのた打ち回り、その頭上にはめりめりと着弾の衝撃で真っ二つに折れた櫓の上部が内部の人間ごと覆いかぶさり、下で震える兵たちを押しつぶす。
各隊員とも日ごろの訓練の成果を活かしエイムポイントやスコープを駆使して、丁寧かつ素早い連射で無駄弾を最小限に抑える。
櫓をあっという間に片付けた無反動砲手は、軽迫撃砲手と共同で歩兵砲狩りに精を出す。
直撃を受けた歩兵砲は車輪を跳ね飛ばし、吹き飛んだ砲身が周囲の兵をなぎ払う。
狙いが外れ方陣の真っ只中で榴弾が爆発すると、その周囲1数メートルの人間の群れががぼこっと凹んでは、消える。
思わず砲手はミステリーサークルを作ってる不思議な気分になる。
配備されたミニガンの射手も機械音高らかに、まさに掃討という言葉が相応しい働きを見せる。
一分間に2000発ー4000発のという凄まじい射撃にごーっという鈍い、嵐のような銃声が轟くたびに、頭はトマトのように砕け、人間の胴体が真っ二つになり内臓をあたり一面にばら撒きその周囲から生きた人間を消し去る。
東側鈴木中隊では4丁のキャリバー50が猛威を振るう。
12.7ミリの威力は桁違い。
かすっただけでも腕や足の肉はごっそりともっていかれ血が噴出し、腕や足に当たれば一撃で切断しそのほとんどが悲鳴を上げる間も無く出血性のショック死で息絶える。
22口径とは違い、ある幸運な一弾は不運な最前列の兵士の頭を砕き、次の列は首、胸、腹、太もも、膝下と一発で5列を粉砕するなど、特に密集隊形で突っ込んできた哀れな方陣が次々と血と肉を大地に撒き散らし崩れていく。
ドドドッという重々しい音と発射炎を発するたびに一列、また一列と壊れた人形のようにばらばらの死体が増えていく。
中央第1中隊も激しい銃火を浴びせかけ続ける。
あまりの激しい弾雨と飛び散る血、砕け散る戦友に恐れを抱き勝手に後退するものが続出した。
それを止めるべき指揮官は真っ先に的となり、即死か生きながら苦みぬいた上での死の二択が与えられた。
ただ逃亡したものたちも100メートル後退する間も無く、次から次へと押し寄せる味方の波に押し戻されるように動けなくなる。
そこかしこでそういった押し問答が続きあっという間に戦場は混乱の極みに達する。
何とか打開しようと勇敢な騎士たちが馬上から剣を振り上げ鼓舞する。
彼らの勇気ある行為にレスペレント軍兵士は恐怖を押し殺し喚声を上げる。
しかし、その瞬間に彼の頭を一発の銃弾が打ち抜く。
コイン大の穴をこめかみに開けた銃弾はそのまま頭部を打ち砕き反対側から抜け土ぼこりを上げた。
その穴からは骨片や脳漿が噴き出し、スローモーションを見ているかのようにゆっくりとその体は地面に崩れ落ちる。
運悪くその脳漿が口に入った兵士が塩辛く生臭いそれを懸命に吐き出す。
着弾する84ミリの榴弾が彼を含む数人に爆風や破片が襲い、吹き飛ばされた男の頭や四肢がこんどは軽歩兵の集団に降り注ぎ、運の悪いものが首の骨を折る。
261 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/11(水) 23:56:13 [ .o.AnDnw ]
混乱を懸命に立て直そうと動き回る厄介者を専門に駆り立てていたのが狙撃主たち。
直属の指揮官から許可を得ていた彼らは思い思いにめぼしい獲物を見つけると何度も引き金を引く。
そして引き金を引く数だけ死体が次々と増えていく。
南門屋上、竹下連隊長の脇というベストポジションなのか勇者のみが居るべきそこに、特殊作戦郡所属の狙撃主太田二尉は指揮官の目も気にせず好き勝手に撃ちまくる。
そんな太田は敵勢後方で懸命に指揮を取る立派なみなりの指揮官を見つける。
折角なので、あれ狙いますか?とお伺いを立てると、一発で当てなさい、と心優しい答え。
頭を振りつつナイツ社製の愛銃を構える。
スコープでも小指ほどの大きさのそいつのど真ん中を狙うと思い切って引き金を引く。
音速に近い速度で空気を切り裂いた338ラプアマグナム弾は狙い誤らず、その男を馬上から跳ね飛ばすとそのまま動かなくなる。
桜井中隊も他の中隊同様にしつこいほどに銃弾の雨を浴びせかける。
無事な兵を集め隊を再編しようとした面子には、そのど真ん中にLAWが着弾しその行為の愚かさの代償を支払う。
小銃手は逃げる敵兵やより遠くから近づく集団に鉛玉をお見舞いし、接近する敵には機関銃のシャワーが待ち受けた。
40ミリ自動擲弾銃がドン!ドン!ドン!と言う重々しい音と一緒に寸詰まりのようなスプレー缶のような擲弾が飛び、集団内に飛び込めば爆風が鼓膜を破り、破片が体を切り裂く。
既に幾つも方陣や横隊を消滅させたことに満足感を覚え、汗を拭う。
桜井はついでに時計を見て驚く。
まだ攻撃開始から3分しか経っていない。
城壁の前は既に屍山血河が幾つも作られていた。
他の三個中隊と違いプレアード軍と相対する稲葉第3中隊と応援の2個小隊は他の隊とは違い射点をより遠くに集中させていた。
初撃を中央、紅玉騎士団に集中させて第一線を潰走させると小隊をを左右中央と振り分け、満遍なく効率的に蹴散らしていく。
各所前衛が全滅していくとプレアード側は戦意が低かったのか、後方の連中も向きを変え逃げさっていく。
適当でいいと言われたが、敵を逃がす気なんてさらさら無い。
60ミリ軽迫撃砲や40ミリAGLが700メートルのラインに爆風という壁を作り逃走を阻む。
硝煙と鉄が作り出す爆風で死ぬものが居る一方、運の良いものはその間を縫って逃げさることができた。
しかし、そこにすら辿り着けず、多くは地面に倒れ付し土を血で赤く染める。
263 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/12(木) 00:01:08 [ .o.AnDnw ]
戦いから僅か30分。
ヒュレイカやフロイアー、ギグスらの予想を超える速さで勝利の針は日本・グランザ連合に傾く。
未だ南側では接近を試みる一部部隊が踏ん張っていたが
大半の部隊はあまりの損耗と激しい銃砲撃に恐れおののき恐慌状態に後退していった。
プレアード軍も西側正面の攻勢発起点までさがり隊伍を整えると戦場に響くうめき声を背に宿営地へと撤退した。
南城門正面では何とか一矢報いようと敵側でも精鋭の第4旅団の残存兵1500がまだ無事だった火薬式の破城槌を守るように最後の突撃を敢行した。
彼らを側面から支援する部隊は少なく、自衛隊側は安心して兵力を集中させ城壁のありとあらゆる場所から火線が集中する。
まるでたまねぎの皮を剥くように外側の兵士が次々と血を流し、四肢を失って倒れていく。
血を滴り落とし、腕が折れ、膝が砕け、はらわたを引きづり、脳味噌を撒き散らすする。
降り注ぐ鉛玉の量はますます増え、あと城門まで200メートルというところで、やっと200いるかいないかの数に落ち込む。
10分の1以下の数になりながら突撃は終わらず、崎田や鈴木が焦りだしたころ。
ついには10数人まで数を減らし、巨大な攻城兵器の動きは止まる。
そこは城門からおよそ50メートル地点。
槌の停止から何故か静まり返る両軍。
城壁の上からはヘルメットを被り、バイザーやゴーグルで表情が見えない隊員が下に居る敵兵を覗きこむ。
破城槌の下に隠れるレスペレント軍兵士も上を見上げ、その何故か攻撃をやめた連中の顔をしげしげと見る。
奇妙な静寂。
その静けさが数分立つと、銃弾が尽きたのか? もう一押し、もう少しあの槌を近づければと言う欲望に駆られた一部部隊が接近してくる。
が、崎田も桜井も鈴木も竹下も甘くなかった。
接近してくる部隊を十二分に引き付けると何のためらいも無く1000近い銃火器が火を吹くと1000ばかりの敵兵は赤黒い霧を残しあっさりとこの世から消滅する。
そしてまた静寂が戻る。
両軍が睨み合う中、数人の兵士が槌に近づく。
自衛官は何もしない。
また数人がやってくる。
やはり何もしない。
そしてそれが何度もくりかえされ、槌がもう少しで動き出す人数に、というその時、おもむろに何丁かの小銃やショットガンが火を吹く。
弾丸が降り注ぐたびに槌に火花が散り、血がパイクに染み込んでいく。
嬲り殺すように丁寧に少しづつ人減らしを続け、もとの十数人程度の人数に調節するとまた静かになる。、
明らかにわざと生かされていた。
味方をおびき寄せる餌となってしまったことに絶望し神にすがっているのか泣き叫び、何人かが気が狂ったかのように味方の陣地に向けて走り出す。
その背中にも無慈悲に弾丸は降り注ぎ物言わぬ肉塊が増えるだけ。
まさか味方の目の前で降伏などできず、味方が助けに来ることを信じひたすら槌の下で頑張りとおす。
竹下も元来気の長い性格、のんびりとアクションを待つ。
それから1時間。
「敵さん、完全に天幕まで引っ込んじまいましたね」
西側まで様子を見に来た連隊長に稲葉は気だるそうに言う。
「だけどあそこまで脆いとは思わんかった。ところで話に聞いた魔術師はいたか?
「いませんな。あとでカメラに写ってないかチェックはして見ますが」
「私も居なかったと思います」
稲葉とともに西城壁を守備していた男爵が疲れたように口を開く。
少し老け込んだかのよう。
目の前の一方的な虐殺がショックだったようで顔を青ざめさせていた。
「そうか。噂の魔術師を生で見たかったんだがな」
残念そうに首を切る仕草をして、元の南門まで帰っていく。
途中ギグスと目が合ったが冷や汗を流すだけで目を逸らす。
あとで話があるとだけ言うとさっさと立ち去った。
ふと思い後ろを向くと頭を抑えていた。
「口は災いの元〜♪」
264 名前:5xd2uHUE ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/10/12(木) 00:05:14 [ .o.AnDnw ]
南側城壁城門の内部、第一中隊指揮所まで来ると、他の隊員をどかし窓から首を出す。
約50メートル先には未だ破城槌にの影の下でレスペレント兵がいる。
隊員に休息を与えたい竹下は引導を渡す。
下を覗き込み、簡潔に投降を促す。
しかし帰ってきた言葉は
「失せろクソババア!!」
大変教育の行き届いた兵士だった。
全員無言のまま顔を見合わせる。
「ヒュレイカさん、貴女説得してみてもらえませんか?」
「え?今拒否されたばっかり」
「早く!」
ちょっと切羽詰った崎田が鎧に覆われた背中を押す。
何か言いたそうだったが、肩をすくめると魔法瓶の西湖龍井茶を飲む。
今度はヒュレイカが騎士の誇りはどうたらと長ったらしい形容詞付きで降伏を勧告する。
「グランザの雌犬は地獄に堕ちろ!!」
「チョットソノキカンジュウカシテクレ」
ヴェイクが羽交い絞めにする間に、さてどうしたものか。
勇敢なやつはぽんぽこたぬきさん、しかし敵。
「やり、ますか」
崎田の提案にみながうなずく。
「仕事の無かった迫撃砲小隊にやらせましょう」
「いや、修正に時間がかかる。あそこなら自分が手榴弾でやりますよ」
それまで双眼鏡を使い敵陣の動きをチェックしていた太田が、そう言うが早いかベルトから手榴弾を外す。
黒光りするその物体を綺麗なフォームで投擲すると、見事な精度でバウンドをして槌の下にもぐりこむ。
その目標、破城槌の木とは違う鈍い光を放つ胴体に不安を覚えていた竹下。
はっと気づくと思わず、
「総員中へ!伏せろ!!」
据え付け型のMAGやAGLはそのままに素早く城内へ、そして窓から全員が離れる。
直後、手榴弾は槌の爆発は下に潜んでいたレスペレント騎士を切り刻み、槌に仕込まれていた火薬に誘爆し、大閃光と大音響とともに炸裂した。
竹下が最後に伏せた瞬間の爆発の大きさ、大きな地響きに驚く。
いい勘だろとばかりに親指を立てるみせる。
思わず一同は苦笑する。
この爆発を最後に、この日の戦闘は終結したのだった。
716 名前:アルザス ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/11/26(日) 03:40:18 [ xBcnAAI. ]
第14話 サラン攻防戦 幕間その一 戦場と平穏
エルフレア新暦1158年 7月20日 (日本時間7月19日) 午前10時27分
石造りの建物の廊下を、コツ、コツと足音を殺しながら十数名の隊員たちが進む。
十分に訓練された兵士らしい連携の取れた、機敏な動きで部屋の周囲に散る。
黒光りする銃口を揺らし、ドアの前に立つ隊員は聴音器やファイバースコープを使い部屋の中の様子を慎重に調べる。
暗い建物の中で迷彩色の戦闘服に身を包んだ男たち息を殺し、時を待つ。
緊張感からかその身体からは硬さが抜けきらない。
外では赤茶けたレンガ造りの外壁に沿って、他の一隊が同じように閉ざされた窓を伺い、突入のタイミングを計る。
それは同じ歴史を感じさせるその街、1ブロックほどの一角で同じように見受けられた。
真夏の太陽にさらされた街路には陽炎が揺らめく。
マスクや戦闘服の下に汗が滝のように流れ、その不快さに顔がゆがむ。
通りを挟んだ向かいの建物の窓や屋上には支援のため、幾つかの隊が機関銃や狙撃ライフルの銃口で睨みを利かせ、スコープが陽光に照らされ不気味に光る。
隣の建物から隊員が板を渡し軽い身のこなしで屋上に乗り移っていく。
手早く、かつ静かに中にいるはずの人に気取られないようロープを下ろし、降下する。
窓は閉じられていたが、簡単な板戸。
拳銃の安全装置を外し、ずれたゴーグルを直す。
敵兵の姿を確認したか、あるいは気配を察したか。
室内を探っていた隊員が手信号で同僚に合図を出す。
静かに頷くと指揮官が無線機を通じて外の司令部に状況を報告する。
先頭の一人がMP5を後ろに回し、ドア破砕用のバッティング・ラムを構える。
もう一人が腰から筒状の物体を固く握り締めたまま、ピンを抜く。
他の建物も同様に突入体勢が整い、機が熟したと見た指揮官は命令を下す。
複数の建物への同時突入。
各小隊長らに突入許可と突入時間が伝わる。
張り詰めた空気。
建物内部は心臓の鼓動が聞こえてしまうかのように静寂で覆われる。
しかしそれぞれのイヤホンにはカウントダウンの声が響く。
「10秒前・・・5秒前・・・」
そして
717 名前:アルザス ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/11/26(日) 03:41:38 [ xBcnAAI. ]
ドーン!
ハンマーでは打ち破るのが不可能だったのか、他の建物から突入に使用されたプラスチック爆薬の爆音が響く。
それに遅れることなくこの建物でも、木製のドアをハンマーが閂ごと打ち砕く。
同時に、開いた薄暗い室内に向けて、ピーンという金属音とともにレバーが跳ねとび、グレネードが投げ込まれる。
隊員たちは彼を支援する体勢をとりつつ、不意の逆襲に備えドアに向けて銃口を構える。
数呼吸後、凄まじい閃光とともに爆音が響いた。
同時に廊下で待機していた隊員たちが目の前の部屋に雪崩れ込む。
ダットサイトやレーザーポインターを装着した89式小銃を構えながら突入する。
室内にはプレートメイルに身を固め、剣やクロスボウで武装した敵兵たち。
何のためらいもなく彼らに向けて引き金は引かれる。
屋上から突入のタイミングを計っていた隊員もロープの反動をつけて、躊躇することなく窓を蹴破る。
木片が室内に飛び散り、その窓辺に隊員が身を下ろす。
室内の男たちはドアのほうに集中していたのか、突然の陽光と飛び散った窓の破片に思わず顔を手で覆う。
その隙を逃さず突入した隊員は拳銃を撃つ。
さらにその後ろからはロープに釣り下がったままの同僚が、隊員の肩越しに室内を掃射する。
男たちはその手に持った得物を振るう暇もはない。
マズルフラッシュに照らされた顔には驚愕と無念さが滲んでいた。
同様に虱潰しのようにひたすら建物の中を掃討していく。
階段を昇るとそこには突入を予想してか家具でバリケードが築かれていた。
その陰に敵がいないか慎重に歩を進める。
敵の姿は見えなかったが、作戦の都合上時間をかけられない。
同僚の了解を得て、バリケードに爆薬を仕掛け、起爆装置のコックを捻ると建物を揺るがす衝撃と爆音とともに埃と煙が階下にまで噴出してきた。
上階に戻ると見事にバリケードは吹き飛び、その欠片が散乱している。
散弾銃を持った隊員を先頭に破片が散乱した廊下を進む。
フォアグリップを握る手が汗に濡れる。
下の階と同じ、6部屋。
大人二人がやっと通れるぐらいの狭い廊下。
フルフェイスのマスクとゴーグルで覆われた顔を見合わせ、手早く打ち合わせる。
声を出さずハンドサインを交え、各部屋を同様に精査すると二部屋に生体反応見られた。
ドアに鍵といったものはかかってないようだ。
すぐさまその部屋の周囲に配置につく。
手順は下のやり方とほぼ同じ。
718 名前:アルザス ◆VlV/rBMb16 投稿日: 2006/11/26(日) 03:46:17 [ xBcnAAI. ]
さっとドアを開くと手榴弾を室内に放り込み、すぐに閉じる。
窓は板で塞がれていて、中は薄暗く、よく見えない。
しかし4秒も待てばけりがつく。
他の隊員がすっと後ろに下がり、来るべき衝撃と爆音に備えて身を強張らせたその時。
バキッという破壊音と共にとともにドアが吹き飛ぶ。
「うわぁっっ!」
ドアの止め具が外れ、扉にはじき飛ばされるように、思わぬ逆襲に散弾銃を構えていた隊員が外れたドアの下敷きになる。
室内から剣を構え、白銀きらめく鎧と面覆いで表情を隠した騎士が武器を振りたてて向かってくる。
思わぬことに一瞬凍りつく自衛隊員たち。
正気を取り戻し二列目にいた隊員が咄嗟に拳銃を向けるも、その腕ごと黒光りする剣に薙ぎ払われ壁に叩きつけられる。
残りの隊員たちが発砲したとき、室内で爆発が起こる。
ドアが開けっ放しのためもろに爆音が耳を突く。
思わず身をすくませてしまった隊員たちの目の前に、敵兵が突っ込んでくる。
下げてしまった銃口を慌てて上げるも、この至近距離では剣が閃くほうが早い。
並んでいた二人が同じように薙ぎ払われ蛙が潰れたような声を上げた。
狭い廊下では同士討ちの危険性が高いため、後方からの援護も迂闊には撃てない。
部屋の精査を突入直前まですべきだった。
舌打ちをしつつ、己の不備を呪いながら、咄嗟に着剣した89式小銃を突き出す。
しかし、白兵戦慣れした相手はなんなく返す刀で受け止める。
もっともそれは小隊長の予想通り。
相手の剣を銃剣で払いのけるようにして素早く相手の懐に突っ込む。
腕を掴み、素早く相手の姿勢を崩す。
そして渾身の力を込めての体落し。
柔道の覚えのない、頭一つは大きい敵の体がふわっと浮かぶと、次の瞬間には廊下に背中を強打する。
こふっと空気が喉から漏れ、息が詰まる。
騎士が茫然とした表情で見上げると薄暗い廊下で、白光りする銃剣が喉元に突きつけられる。
その頃には後続する隊員が両方の部屋を制圧していた。
ただ、もう一つの部屋の前でも、室内を掃討する隊員の脇で倒れ付す隊員の姿が見える。
着けっぱなしのインカムからは他の建物でも斬り込みや室内からの魔法を受け損害が出ているらしい。
怒号と悲鳴が何度も耳を突き、暗澹たる気分が装具を余計に重く感じさせる。
その時、唐突にラッパが鳴り響いた。