169  名前:アルザス  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:33:30  [  .o.AnDnw  ]
午前中と同様にヘリの誘導を受けたワイバーンが空港に降り立ち、その背から短く切りそろえられた銀髪を風にきらめかせ颯爽と少女が飛び降りる。

「アリシアとカノンは何処!?」

色白で綺麗な顔だったのが、目の下にくまを作り血走った眼に憤怒の光を宿し運の悪い誘導員に食ってかかる。
運の悪い隊員が悲鳴を懸命にかみ殺し、ターミナルを指差すとトルシアは脱兎のごとく駆け出していく。


それはトルシアのベッドインからおよそ1時間ばかりたったことであった。
ちょうどいい感じに夢の中の心地よいまどろみを感じていたとき、肉体は外からの刺激にたたき起こされる。
ドアの外からの呼ぶ声に不機嫌を隠さずに尋ねると妹の友人、カノンの母が来ているという。
妹が友人であるようにカノンの母とは知らぬ中ではなく、その母のエルフとは随分年の離れていたが仲が良く、時折姉妹揃って魔法などについて講義を受けることもあった。
手早く身なりを整えると玄関にそわそわしたようで立っていた彼女に声をかける、彼女の口から嫌な話が彼女の耳に入る。
曰く、ちらっと見た感じでは遠出するような格好だった。
曰く、ある補助魔法を封じた護符が全て無くなっていた。
トルシアはまさかと思い、次の言葉に思わず天を仰ぐ。

「そういえばワイバーンの鳴き声もしましたね〜」

「アリシアの馬鹿〜〜〜〜〜!!!」  


170  名前:アルザス  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:34:12  [  .o.AnDnw  ]
蹴破るように音高くドアが開くとアリシアはひぃっと悲鳴を上げ身をすくませる。
先の取引どおり、傍らの東はすっと立ち上がると妹を怒鳴りつけようとするトルシアをいなす。

「どうどう義姉さん」

「誰が義姉さんですか!誰が!!」

「それは勿論、YOU!」

妙なポーズをつけてびしっとアリシアを指差す東。
顔を真っ赤にして度怒鳴ろうとするトルシアをなだめようと有間が割って入る。

「まあまあ、とりあえず落ち着いて。はい駆けつけ3杯」

有馬がすっと目の前にだしたコップに、トルシアは一瞬固まるがぱっと奪い取り麦茶を喉に流し込む。
トルシアは口を拭うとただ一人の異性に冷たい目線を向ける。

「貴方は誰ですか?」

「有馬謙吾と申します。これらと同期の二等陸尉です。以後お見知りおきを」

「だが断る」

有馬は目の前の少女にショックを受けたように床にへたり込む。

「東、お前が言わないから彼女は言ってしまったじゃないかー!」

「どう見ても濡れ衣だ。とりあえずトルシア、前は出来なかったちゃんとした自己紹介をしないか?」

その提案に不審そうな目をしてトルシアは口を尖らせる。

「私はあまりあなた方にかかわりたくはないのですが。それにもう外務卿に書簡を提出しましたので、あとはそちらでお願いできますか」

「そうとも言えないんじゃないの?アリシアに聞いたけど貴方の家、ザビエフ子爵家の領地ってここと隣接したところにもあるんだって?」

国交結んだら確実に窓口になるじゃん、とにやにや。

「うっ・・・!アリシア、貴女は口が軽すぎるわ!」

「ひいっ!」

「まあまあ。彼女がいなければ私たちはこのタリズマンを売ってもらえなかったし、こうちゃんとした場が出来たということで許してやってくれ」

東が頭を下げると、トルシアは仕方ないとばかりに席に着く。

「領地と言っても飛び地のだけどね。じゃあそっちからお願いしてもいいかしら?」
そして場にいる全員が、名前や年齢、職業と詳しく自己紹介していく。
トルシアにとって彼女らが自衛隊と言う軍隊で年若い割にそれなりの階級であることに以外に思う。
話によると何せ彼女らは普通の市民の生まれであるからであり、もっと驚くことが平民しかいない(一応皇族もいることは説明した、一応)国というのも驚いた。
だけど、東らにとっては魔法やエルフも大変驚いたのでありどっちもどっちであるが。  


171  名前:アルザス  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:34:48  [  .o.AnDnw  ]
彼女は疲れたように大きく息を吐く。

「にわかには信じがたいけど、実物を見たら信じないわけにはいかないわね。」

「飲み込みが早くて助かる。それで向こうから返事が来るにはどれくらいかかるの?」

「届くのにどう見積もっても1週間はかかるわ。ユーリエからグランシュまで距離にしておよそ200マイル(1エルフレア・マイル=約2km)あるし」

何かを思い出すようにトルシアが腕組みしながらうんうんとうなる。

「1週間か・・・、じゃあ最短で10日後に連絡が来るのね。じゃあその頃にユーリエに返事を聞きにいってもいいかしら?」

「え?・・・いや、まあ何だ」

東の問いかけに姉はしまったとばかりに言葉を濁す。

「どうかしたの?・・・って貴女まさか・・・。」

まずったと冷や汗を垂らすトルシアを東は詰問する。

「一応聞いておこう。手紙は何時出したのかな?かなかな?」

「・・・・・・・・・今日」

「てややーー!!」

ズビシッ!と先ほどまでケーキをつついていたフォークがトルシアの眉間に突き刺さる。
ただし安全を考えて刃先とは反対を向けて。

「痛いわね!何するの!?」

ずきずき痛む眉間を抑えながら東睨むと東も白い目を向ける。

「いくらなんでも遅すぎない?何してたのかな?かなかな?」

「あー・・・、そのあれよ」

「生理?」

「違う!!・・・文面悩んでたらつい・・・」

「おいおい・・・」

「う、五月蠅い!大体こんなことどうやって報告すればいいのよ!!一笑に付されて奇人扱いされるのが目に見えるわ!」

顔を紅潮させて逆切れするトルシアに、いじめてやろうとちくちくその小心さをつつく。。
彼女があまりにもかわいそうに見え有馬が助け舟を出す。

「まあまあそう言うな。うちらだって混乱してるんだ。彼女に全て背負わせるのは良くないぞ」

それを聞いて有坂は何やら含み笑い。

「トルシアは好みのタイプか?」

「ノーコメントだ」

女性陣の冷たい目線を受けながら有馬は続ける。

「この国で外国との窓口となっている都市は何処なんだい?こうして会話に関しては問題なくなったから、善は急げと言うし、どう?」

「窓口・・・ですか?それは貿易港や国境の町なんかには確かに出先がありますが・・・」

少し間をおき、トルシアは有馬が何を言っているのか理解すると言葉を濁す。
傍らにいる妹やその友人はさらに見た目にもわかりやすいほど緊張感を張り詰めさせる。
三人の変わりように思わず東、有坂、有馬の三人も顔を見合わせた。

「何かあるのか?交渉できない何かが」

「・・・一つ聞きたいんだけど、いい?」

それまで俯いていたトルシアが顔を上げる。
その顔には何か決心した雰囲気が漂う。
剣呑な空気に東が手を上げて制する。
「重要なことは私たちでは処理できない。今ここにいる中で最上位者をこの場に呼びたいんだけどいいか?」
東の提案にトルシアは頷く。  


172  名前:名無し三等陸士@F世界  投稿日:  2006/10/10(火)  23:37:24  [  HWgVcpyY  ]
いちご煮は高価な海産物のオンパレードですからねえ。
ちゃんとした店で出るのと較べたら缶詰なんて食えた代物じゃないんですけど
そんなものでもアホみたいに高いし。

ただ、ウニなんかは旬に産地の民宿泊まると嫌気がさすほど食えたりするだけに
あまり高い金払って食べるものでもないなとは思いますが。  


173  名前:アルザス  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:37:51  [  .o.AnDnw  ]
第7話  UH西へ


転移した日本だが空だけは元の世界とは変わった様子を見せず、人々に幾ばくかの安心感を与えていた。
夏の長い陽射しをもたらす太陽が西に沈み始め、大地と海が紅に染まりだす。
きつい西日を受ける新潟空港に複数のエンジン音が響き渡る。
プロペラの音が一層かん高くなるとまずは先導するようにワイバーンが飛び立つ。
ワイバーンの背にはそれぞれアリシアとカノンが乗り、それを見守るようにUH60とAH64がローターをはためかせ大空に身を投じる。
そしてそれに続くように飛ぶのは受油プローブを装着したUH60JA改2機、エスコート役のF15Jが離陸していく。

大海原を眼下に見下ろしながら飛ぶワイバーンとヘリ。
パイロットやワイバーンを操るアリシアは血のような西日を受け眩しそうに目を細める。
陸上が見えると竜と救難隊のUH60が奥地へと機首を向ける。
分かれる際、アリシアとカノンがさらに西へと向かうヘリに向かってぶんぶんと手を振る。
それを見てUH60JA改の乗員達も笑みを浮かべそれに応じる。


日が水平線に沈み、闇夜のように暗い群青の機体はまだ黄昏が幾分か残る西へと向かう。
眼下の陸地は既に不気味なほどに暗くなり、日本のように明りは全く見えない。
二機のヘリが向かう先にはおよそ500キロ離れたこの国の玄関口となる貿易港ミレティア。
内部には新潟空港分遣隊司令の陸将補、護衛役の完全武装の陸上自衛官16名、そして仲介役としてトルシアが乗り込んでいた。
この目的は急遽書き上げられた国交を結びたいという、首相の親書(トルシア代筆)を届け、早急に国王、もしくは外交の最高責任者である外務卿と交渉を持つためであった。
初めてのヘリに目を白黒させているトルシアに護衛隊指揮官の佐々木一尉は微笑する。

「君らのワイバーンとやらもいいかもしれんがこのヘリも中々のものだろう?少し座席が固いがな」

「いえ、あの鞍は結構固くて長時間乗ると結構・・・。それにワイバーンと違って多人数乗れますしこれはいいですね」

会話には応じるもののその表情は固い。


その後はお互い話すことめっきりと無くなり、少ない例外は空中給油時にトルシアが「ぶつかる〜!!」と喚いたぐらいだった。  


174  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:40:13  [  .o.AnDnw  ]
ミレティアに夜の帳が下り宿や酒場が盛り上がり始めた頃、閑散とした港の荷揚げ場に無事に到着したヘリが降り立つ。
突然の轟音と突風におっとり刀で駆けつける港の役人達は突如舞い降りた鋼鉄の塊にすわ敵襲かと身構える。
役人達が呆然半分、殺る気半分んとした面持ちで見慣れぬ物体を囲む中、機内から軽い身のこなしで佐々木を先頭にヘリの周囲に隊員が散る。
佐々木や他の隊員が警戒する中、初老の小野陸将補が悠然と降り、異国の地を感慨深げに踏みしめた。
彼は降りると同乗者である貴族令嬢の手を取り、慣れない空の旅に少しふらついた彼女の乗降を助ける。
トルシアは小野に礼を言うと彼と護衛役の自衛官2名とともに連れ立って進む。

「さて彼女の言うようにうまくことが進むかな・・・。しかしまさか戦争中とはなあ」


トルシアが提案したのは軍事同盟を前提とした国交の樹立だった。
現在グランザが戦時状態にあること以外は一切の発言を拒んだため、臨時政府では具体的な判断が難しくなり議論は紛糾。
しかし、近藤の一言が派遣を決定させた。

「まずは話し合ってみようじゃないか。出来なければ、それまでだ」


ヘリの側に残った佐々木はライフルの安全装置を解除させて不測の事態に備える。
既に周囲は集まった野次馬のほかに各々の手に剣やクロスボウを持った兵士の姿も見える。
さらに周囲を良く観察しようとヘルメットに装着した暗視装置に手をかけると、部下の囁くような声が聞こえてきた。

「小隊長、様子が妙です」

「どういうことだ?トラブったか?」

佐々木はトルシア嬢らの会話の様子は部下に監視させて周囲のチェックを続ける。
だが状況はヘリの乗員達の予想とは少々違いあっけないほどであった。

「連中蜘蛛の子を散らすように建物に戻りました。トルシアさんの名乗りにも随分驚いていたようですが」

「それは・・・、確かに少し変だな」

そう呟いてトルシアらのほうに目を向けると、確かに役人らは妙に畏まった雰囲気だった。

「幾ら貴族の令嬢だからと言ってあれはなあ・・・」

「ただの貴族じゃないとしたらどうだ?」

「彼女の家の爵位は確か・・・」

「子爵、だったはずだ。もしかすると結構複雑の情勢かもしれん」

貴族と言う民衆からすれば雲上の人。
ただし同じ貴族から見れば彼女はそれほど高いわけではなく、また辺境の地の領主であるということから重く用いられる家とは思えない。
トルシアから聞いた話では国の役人は全て国王の代理人であり、不法な介入を防止するため如何な貴族でも職務に手心を加えようとすることは許されないらしい。
だが目の前ではその杓子定規で強情なはずの役人が緊張した面持ちで動いていた。

「太田二尉」

「なんです?」

突如佐々木は部下を呼ぶ。

「唇は読めるか?」

「見えはしますが読むことは・・・。このタリズマンのおかげで話は出来ますが唇の動きまで同じと言うことではないようで」

部下は残念そうに目を落とす。

そうこうしているうちにヘリから離れ、石造りの建物のそばでなにやら話し込んでいたトルシアが息せき切って戻ってくる。  


175  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:40:48  [  .o.AnDnw  ]
日本時間午後9時20分。
室内の静寂を打ち破るように電話のベルがけたたましく鳴り響く。
その音に驚き体を震わせた男は受話器に飛びつくとその内容を聞き思わず叫ぶ。

「上陸許可でました!」

やっと届いたうれしい報告に臨時首相の近藤は思わず頬を緩める。
この1週間の疲れからか目の下は薄黒いくまが浮かび、その肌は荒れていた。

「やっとスタートラインに立てたな。だがこれからが本当の正念場だな」

先の交渉の行方はどう転ぶか見通しは立っていない。
兜の緒を締めなおすように表情を引き締めると同室の部下達に指示を出し激を飛ばす。

「では先の決定どうり艦隊に派遣するとしよう。交渉団の泉川君や艦隊はどうなってる?」

「十勝沖で演習中だった艦隊の主だったものは既に福島沖と新潟沖に。現在新潟に居る護衛艦あたご以下5隻、使節団とその護衛のための陸上部隊を輸送する輸送艦はしもきたと米軍のエセックス、それに補給艦ましゅうが既に抜錨して西に向かってます。また交渉団は全員しもきたに無
俣梺しています」

「しかし門前払いにならなくて良かったですね。油の無駄遣いになるかと思ってましたよ」

場のもっとも若い者が言うと近藤は少し苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、それを隠すように背を向ける。
彼の目には灯火管制したかのように暗く静まり返った仙台の中心部。

「門前払いなんかされたら、それこそ彼らの仕事の仕事が出来るだけだからな・・・」

近藤のテーブルには散乱した書類と数枚の航空写真。
自衛隊や米軍の分析官の情報が正しければ情勢はどちらに転ぼうとも緊迫すると思われた。
東北一帯はその日からしとしとと雨が数日降り続いた。  


176  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:42:52  [  .o.AnDnw  ]
欠けた月が黒く染まった大地を照らす。
既に梟や獣しか出歩かないような深夜。
周囲を山に囲まれた盆地の中、石造りの街並みに囲まれた周囲を睥睨するように座している城も大半が眠りについていた。
その城の奥、ランプで照らされた獣の油の匂いが立ち込める薄暗い廊下を歩く黒い影。
人影の腰からはカシャカシャと剣と鞘から金属音が紡ぎ出され暗く冷たい壁に反響する。
目的の部屋にたどり着くと寝ずの番の兵士に下がらせ声をかける。
中からくぐもった声が聞こえると静かにドアを開けると体をその中に滑り込ませる。
室内に入った影は手持ちの火種で中にある燭台に最低限の明りを灯す。
その部屋の主は半身を寝台から起こし目を擦る。

「・・・何か変事が?」

影は手に持っていた今届いたばかりの包みを無言で手渡す。
ベッドから起き上がりその手紙と同封された親書に目を通していく。
昼の暑さが和らぎひんやりとした部屋の中は寝台の上で紙をめくる音と衣擦れの音だけが聞こえる。
部屋の主は途中から眠気が覚めたかのように目を見開き、口からはうめきが漏れた。

「大変な重大事で信じがたいことですが、受け入れるのが賢明かと。」

親書を持ってきた人影は声を潜め、これまで知らせのあった東での詳細も報告する。

「これを代筆しミレティアに持参したのはあのザビエフ子爵の長女、トリュスタリカです。彼女のことは陛下もご存知でしょう?彼女は嘘偽りを言うような人間ではありません。まして今の状況なら特に」

燭台の炎がゆらゆらとゆれ室内に獣脂の臭いが立ち込めてくる。
影の主、グランザ国王は信頼する部下の言葉に首を縦に振る。
すでに世界は大きく動いていた。
特にこの国、そしての周辺国では。

「すぐに外務卿ら関係者を登城させるように。交渉は王城で執り行おう。この国の重大事ということもあるけど、実際にこの目で確かめなければならないからね」

その異世界の人間と言うものをね、と呟くと目の前の者と目が合い思わずくすりと笑う。
是非会ってみたいという単純な興味。
しかしすぐにほの暗い部屋には厳しい空気が流れる。

「しかし、もしこれが成功しなければ。いや向こうが無理難題を持ちかけてきたら」

「言わないで。いい方向にもって行かなければならないんだ。、本当は我々だけで何とかしなければならないことなんだけどね・・・」

そういって王はじっと前を見据え、寂しそうな笑みを浮かべた。
彼が身を動かすたびに寝台がぎしぎしと耳障りな音をたてる。


最早躊躇うことはないとばかりに断は下された。
そう、猶予はもう無かったのだ。
互いに。  


177  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:43:53  [  .o.AnDnw  ]
第8話  交渉は踊る。されど決裂せず



「こんにちわ。今日もいい天気ね」

唐突に後ろからかけられた声に彼は思わず飛び上がる。
そんな大げさな動作に挨拶した当人はくすくすと忍び笑いを漏らす。
雲がまばらに散った空で太陽はまだ中天にかからない昼前、その暑い陽射しに首からは汗が滴り落ちる。

「ええ・・・、そうですね。何時もはもう少し涼しいんですが、今年は猛暑続きで」

「そうなの。私は一応は雪国育ちだから暑さは苦手だけど夏にはこれぐらいの気温になってね、だからそれほどつらいってことは無いわ」

「ここは山深いですし雪は結構多いんです。去年は僕の背丈以上積もって大変だったんだ」

「あらあらまあまあ」

女性がおかしそうに顔を綻ばせる。
刺すような強い陽射しではあったが、遠くからは鳥の鳴き声が聞こえ、日本とは違う湿度の低いさわやかな陽気のためそれほど不快感は無い。
他愛も無い世間話を続けていると一方が思い出したようにぽんと手をうつ。

「ごめんなさい、私ったら自己紹介もせずに。先に済ますべきだったわねえ」

口ではそう謝っているが目じりの緩んだ表情には思わず全部許してしまいそうな妙な愛嬌を感じとれる。
その話し相手も自分のやっていた作業を止めて立ち上がる。

「あはは、そう畏まらないでください。自分のほうが緊張していたので、楽にしていただいてありがたかったです」

「あらそう?やっぱりこんな格好だと目立つのかしら?」

「ええ。貴女は異世界の、ニホンという国の軍人ですよね」

その断定した問いかけに彼女はその場でモデルのようにくるりと回る。
よく見る他の兵士達と違い小銃やボディアーマーといったかさばるものは全く身につけず、彼女は緑を貴重とした迷彩戦闘服のみを着込み、頭にはブッシュハットがちょこんとファッションのように乗っていた。
そのくるくると変わる愛らしい表情と合わさって軍人と言うよりミリタリーファッションで着飾った女性モデルのようだった。
ただし、モデルと言うには一つ難点があった。

「うふふ、正解。私の名前は竹下恵。竹下でも恵でもめぐでもいいわよ」

にこにこと自己紹介をする女性。  
彼女の頭にはうっすらと白いものが混じり、またその素肌には長年の苦労を感じさせる皺が目立つようになっていた。

「年は・・・もう52になっちゃったわ。これでも一応今回ここに来た部隊の指揮官なのよ」

そう言って竹下はすでに垂れているかしぼんでしまったか、微妙な感じの胸をはる。
肩のきらめく三つ星が彼女が一等陸佐であることを示していた。
その見た目とアンバランスな初老の女性の仕草に少年は思わず噴き出してしまう。

「僕の名前はサリュート。よろしくお願いします」

日本ならまだ中学に入る前と思しき少年はそれまで土いじりをしていた手を彼女に向かって突き出す。
少年は泥と草露に汚れた手に気づいてすぐに引っ込めようとするも恵は素早くその手を取る。
彼にとって、その握り締めた年季を感じさせる皺と傷に覆われた柔らかい掌は、思ったより力強く、そして血の通った暖かった。
彼女にとって、その握り締めた小さな泥まみれの手は、皮膚はすべすべで綺麗なものだったが冷たくなり、か弱く感じられた。


陸上自衛官竹下恵とサリュート。
これがおよそ40年に渡る、歴史に名を残す二人の出会いだった。  


178  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:45:17  [  .o.AnDnw  ]
およそ3時間の道のりの後、彼らはグランザ王国王都グランシュに入る。
彼らはそのまま王都をぐるりと囲む城壁の北門から入ると人気の無い街路をエンジン音を響かせながら走り抜ける。
交渉団を一目に着けたくないのか、規制を敷いていたようだ。
ただ操縦している自衛官にしてみればそれまでの街道のように人に注意しなくていいのでありがたがったが。


案内役の騎士が連れて行った場所は王城から少し離れた貴族の邸宅。
話によるとここは今は使われていないもので、好きに使っていいということだった。
豪邸の広さは邸宅だけで体育館3つ分はありそうな少し無骨だが立派なもので、庭も車両を置くには十分なスペースが存在した。


車両を全て邸宅内に収容し終えると腰を落ち着ける暇もなく泉川外相らは挨拶のために登城することとなった。
しかし、謁見の間で彼らを出迎えたのは外務卿を名乗る壮年の男。
彼は挨拶として仰々しく歓迎の口上を述べる。
しかし玉座に居るべき国王は調子が悪く床に臥せっている事を告げるとさっさと引っ込んでしまった。
広間に並ぶ高官達の目にも悪意が、中にはあからさまな敵意を投げかけるものも居れば、声には出さないまでも嘲るものまでいる。
苦渋の色を押し殺した泉川の目にはこれからの見通しに暗い影だけが浮かぶ。


実際の交渉が始まるとそれは予想以上のものだった。
まずはお互いの現状認識をすりあわせようにも、互いの常識は通ぜず何度も話は食い違う。
またグランザ側の多くは代々続く貴族のせいか爵位を有しない泉川らを蔑視すること甚だしく、とても理解を深めようとすることなど出来ない。
しかも日本側には外交の専門家たる外交官は一人も居なかった。
いや、ただ一人外務省所属の職員は居たものの、これまで外交交渉を担当したことはほとんど無い事務方の人間だった。
北海道や新潟など県庁に出向して事務にあたるものが数名居た他、出張や里帰りで転移に巻き込まれた者以外ほとんどこの世界に来たものは居ない。
そのため人材不足からなる外交不全と早急な外交懸案の解決のため、事前折衝なしで元外務官僚だった外相を全権委任特使として派遣するしか手は無かった。
根回しは皆無、互いの視点はかみ合わず。
互いの認識不足などから来る溝は深く、罵声が飛び交い何度も休会が繰り返される。
そして長い休会が終わり席についてしばらくすれば、お互いテーブルを挟み顔を茹で上がったように真っ赤に染めて口角泡を飛ばす。
不毛な会議が三日も延々と繰り返されていた。
会議に参加してる日本側にとってはまさにウィーン会議、小田原評定が思い浮かぶのも必定だった。  


179  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:46:01  [  .o.AnDnw  ]
末席に制服組として、ただ一人列席していた岡田陸将には暗澹たる面持ちで豪奢なテーブルの木目を数えるぐらいしか気を紛らわす方法は無かった。
彼は安全保障、軍事面での発言を期待されていたが土壇場でそれは変更され、ただのオブザーバーとして着席している。
岡田はため息を押し殺し、水掛け論に終始するスーツの男、外務省の臨時事務次官に就任した二川の横顔を眺めるだけだった。


ただ一人参加していた外務官僚、外交交渉の経験のほとんど無いにも関わらず元外務省の某課課長を勤めていたというその男の強い進言で武官は最小限護衛とオブザーバーのみが城内に入ることになった。
表向きは相手を刺激しないようにというもっともな理由だったが、交渉団の一員として仙台から来ていた岡田も外そうとしたのは異常だった。
彼ら数少ない外務官僚たちは自分たちの置かれている環境に敏感に反応し大変な危機感を抱いていた。
他の省庁は地方の出先機関や各地方自治体に何人も出向していた人員を集め、既に組織として活動を始めている。
だが人手不足著しい外務省はそこまでいかず、また外交交渉も頭越しに行われるとあっては特にプライドの高い彼らにとって我慢なら無いものであり、許されざるものだった。
懸命の巻き返しとこの世界に精通した外務官僚を育成しようという近藤や泉川らの考えもあり交渉団に加わることになる。
しかし彼らはそれに満足することなく、外交一元化と言うお題目を振りかざし部外者をぎりぎりまで削り取ろうとする。
思惑はどうであれ面倒な混乱を招きたくない岡田はそれを受け入れようとしたが、全権委任特使たる泉川外相の一声でオブザーバーとして残った。


もっとも根っからの自衛官である岡田にとってこのような場に居ることは正直苦痛であり、また万が一の交渉決裂した場合の行動について考えると胃が溶けそうな苦痛に苛まれる。
理性ではそれも止むを得ない事と分かっているが、実際やるほうとなってはたまったものじゃない。
そうやってしかめっ面でだんまりを決め込んでいるとふと視線を感じた。
幸いと言えるかわからないが、岡田は前の席に座っている中でただ一人自分たちに好意的、とまでは言えないまでも当初から興味深そうな表情でこちらを観察していた者が似たような表情を浮かべていることに何時の間にか気づいていた。
その理知的な瞳は紅玉のように輝き、顔にはこういった席につく人間には不釣合いな戦場でついたと思える刃傷。
お互いが視線を合わせると双方仕方が無いとばかり肩をすくめた。
他の熱くなっている面々に気づかれないように。


日本外交交渉団の護衛のために派遣された陸上自衛隊第22普通科連隊、連隊長竹下恵一佐は今日までの交渉の内容の無い会議を反芻する。
彼女はこれまで最初の謁見の挨拶にすら顔を出しては居ない。
外務省の小役人に来るなと言われたことも理由であったが彼女はただ単にそういう堅苦しいのが嫌いなだけである。
何度かそういう場面に出くわしたが必要最小限の挨拶と用事を済ませるとさっさと逃げ出していた。
会議が死ぬほど嫌いなのだ、必要性は十二分に分かってはいるが。
やるならさっさとやって欲しい。
何処で暇を潰そうかと、衛兵に何度も矢をいかけられそうになりながら散歩をしていたときに見つけた。
面白そうなものを。  


180  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:47:52  [  .o.AnDnw  ]
サリュートと会って僅か数分、すっかり馴染んだ竹下は城の裏手にあった日当たりのいい畑の草むしりに精を出す。
家に帰れば4人を育てた立派な主婦として、駐屯地でも暇なときはやっていた手馴れた作業。
畝一つ分のが終わるとよっこらせと立ち上がり背伸びをする。
空を見上げると太陽は随分と高くなり、首筋や額に噴き出す汗は益々増すばかり。

「ここもいい感じに暑いわね。冷やし中華が恋しくなってきたわ」

「じきに慣れますよ。ところでそのヒヤシチューカって何ですか?」

「故郷発祥の麺料理よ。汁も麺も具も冷やしてあって、こういう暑い日には食べたくなるのよ」

「いいですねそれ。でも僕らの口に合うかなあ」

「まずは味見。それからかしらね。料理には節操の無い国だから何かはお口に合うと思うわ」

互いに暑さで顔を赤らめておかしそうに笑う。

「それであなたはここで何の仕事をしているの?畑いじりしていたところを見ると庭師さんの見習いさんかな?」

「ええ!?え〜とその・・・、そうですね」

竹下の何気なく狙った一言に少年は一瞬動揺の色を浮かべ適当な答えを探そうとする。

「まあ庭師さんじゃないわね。その格好じゃねえ。城内で働く下働きの子でしょう?そんな土いじりむけじゃない格好じゃ」

柔らかく詰問したはずの異国の女性が何故か助け舟を出す。
思わず頷くサリュートにふわふわとした顔を向ける。

「じゃあこれは趣味なのかな?私も家では色々作ってるのよ。もう少ししたら桃が食べごろなのよね」

「ええ!そういうあたりです。色々試してみようと思いヒュレイカやみんなにお願いしてこっそり買ってもらって。これは東の大陸で取れる豆なんだって」

「どういうのなの?」

「聞いた話だと寒くて痩せた土地でも育つって言うんだ。それに手間もかからないんだって。どれかがうまくいけば暮らしは楽になると思ってね」

「良いこと尽くめね。うまくいけば、そして売り言葉が本当ならね」

土から伸びる緑にうれしそうに表情をほころばせるサリュートに竹下は唐突に冷や水を浴びせる。
芽を慎重に撫でながらその笑顔には少し苦いものも混じる。

「人はそう簡単に信用してはダメよ。特に利害が絡むときは人は悪魔に魂でも何でも売りかねないからね」

サリュートのむっとして上目遣いに睨みつける視線を真っ向からうけながら竹下は続ける。

「それに幾ら手のかからない作物だってないがしろにしてはいけないわ。ちゃんと草をむしり肥料をやって環境を整え、一年のうちの気候も計算してやらなければね」
話を続けながらぽんぽんと手から土を払い、柵にかけておいた上着を羽織り身なりを整える。
竹下は自分より随分と低い少年と同じ目線になるように腰を落とす。  


181  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:48:23  [  .o.AnDnw  ]
「そして病気にかかるものがあれば取り除き、それが売り物ならば当然傷ものは取捨選択するのも必要になる。それはちゃんとやってもどうにもならないこと」

一瞬空気が変わる。
竹下の目からは何物の色も消え、抑揚の無い空っぽの目にサリュートは凍りつく。

「それは人と一緒よ。何も変わらないわ」

ふっと表情を緩ませると体を強張らせたサリュートの肩にそっと両手を置く。
それまでの空気が幻だったかのように変わらぬ口調で言う。

「今日はこれまでね。そのうちうちでも生えてる林檎の苗木を持ってくるわ。こっちは畑よりさらに手間がかかるけどね」

いたずらっぽくウィンクする。
じゃあね、とばかりにサリュートの綺麗な金色の髪を撫ですっと離れていく竹下。
残された少年がひとりその背を見送っていると、竹下が突然振り向く。

「下働きの子が舶来品使えるなんていい国だねー!!」

その一言に思わず笑顔のままに固まるサリュート。
にやにやと笑いそのまま後ろで手を振りさっさと視界から消えていく。
へたっと膝をつくとどうしたものかと思わず悩む。
頭に手をついているとサリュートに影が落ちる。
サリュートは振り返ると城内で一番仲が良く、一番信用している者。そして

「・・・あの者が何かしましたか?」

「いや、何も。ただ・・・」

「ただ?」

「今度林檎の木をくれるって」

サリュートの目に映る彼女は呆れたような、それでいて穏やかな母親のような目を。
彼はそれに数分までの情景を重ねる。

「メグミも似た目をしているな・・・」

ただ引っかかるのは別れ際の冷たい眼差し。
あの空虚さが余計に少年には堪えた。  


182  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:49:39  [  .o.AnDnw  ]
手やブーツが泥で汚したまま女が城の角を曲がる。
そこに3人の自衛官が待ち構え、彼女の後を追う。
竹下一佐はそれに気にも留めない。
一等陸尉の階級章を身につけた男が竹下に並び、他のものは護衛するように周囲に目を光らせる。

「交渉は決裂しそうかな?」

「あれが交渉といえるなら、まだ」

「そうか。奴さんも随分追い詰められてると見える。件のトルシア嬢からは追加の情報は取れた?」

「いいえ。肝心なところはまだ。ただ端々から推察するにあまりよろしくないかと」

竹下は思わず、ふふっとおかしそうに笑う。
それまでサリュートに見せていたのと同じ表情、同じ声。

「若いっていいわ。無知で純粋で、本当に、羨ましい」

サリュートと名乗る、可愛くて不器用で純粋で。

「こういうのがあるから正直嫌な職業だけど、いい職場なのよね・・・」

「・・・・・・」

10年来の付き合いになる相沢一尉は一々その言葉に疑問を呈したりということはしない。
他の二名も黙して反応すらしない。

「・・・西の状況をさらに詳しく。何時までかを特に。あの写真では恐らく長くは無いわ」

「はっ」

「それから内へ連絡を。必要なものがあるから」

自分の子供と変わらぬ副官に悪戯っぽく笑いかける。
小悪魔と天使が入り混じったような表情で。

「まあ、あの調子なら足切りにはならないかな〜」  


183  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:50:53  [  .o.AnDnw  ]
第9話  青空学級

その日から毎日、竹下は足繁く城の裏に通う。
サリュートも竹下の訪問を喜び一緒に野良作業に汗を流す。
合間にはが持ち込んだ魔法瓶の冷えた麦茶やジュースで喉を潤す。
飲み物が冷えたままでいることに少年は素直に感嘆の声を上げる。
竹下は刺すような視線をさらりと受け流し、分かりやすく原理を説明する。
もとの地球ではとっくに知れ渡っている文明の利器をしげしげと見つめるサリュート。
農作業が終わってからは少年の座学の時間となった。
竹下にとっては軍人、自衛官には特に学が必要であると思っていた。
ただ講師を雇うということは限りある予算では不可能。
仕方なく自分や上級士官が頑張って勉強し、それを隊員達に教えてお茶を濁していた。
そういうリアルトリビアな連隊長にとっては少年相手の授業なら大して難しくなく、アンチョコが無くともほとんどの疑問に答えることが出来た。


出会ってから4日、裏庭での勉強会が始まってから3日。
城内には既に日常と化したかのように不穏な空気と激しい感情的なやり取りが響く。

「でもどうしてここまで親切にしてくれるんですか?」

「何故そう思う?」

すっかり家庭教師が板についた竹下は質問を質問でサリュートに返す。
彼女は中々に手厳しく、答えだけでなく必ず考え方も述べさせた。
正誤はどうでもいい、手順が正しくなければいけない。
個人的な考えだけどね、とお茶を飲みながら竹下が言った言葉。
今日は竹下ではなくサリュートが少しおぼつかない手つきでお茶を入れていた。
飲むまでも無くその芳醇な香りは決して安物ではないと分かる代物。
これまでの会話から導き出された解答には触れず、素直にその琥珀色の水面に口をつける。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

空は変わらず太陽が照りつける。
竹下の故郷があるはずの東の空にはうっすらと雲がかかり、煙ったようにかすれていた。
元から気の長い性質の彼女は生徒が答えるまでひたすらに待つ。

「・・・貴女は話過ぎだと思います。他の人たちと比べて」

「続けて」  


184  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:51:37  [  .o.AnDnw  ]
「交渉に来ている人たちに貴女の国ことを聞いたそうです。返事は」

「言う必要は無い。国家機密」

穏やかな表情を変えることなく、口調をまねる。
あのエリートを鼻にかけたいけ好かない男の顔を思い浮かべると苦いものが胃に落ちる。

「その通りです。必要最小限のことしか教えてはもらえませんでした。でもあの鉄鉱石や石炭、食料品の希望量は半端じゃないですね」

「でもそれから、人口の数ぐらいはあたりがつけられたんじゃないの?」

「ええ。でも貴女に聞いたのとは結構ずれがありました」

「贅沢だからね、うちの国は。他にも各種鉱物資源の掘削許可なんか驚いたんじゃないのかな?」

「それはさらに。あれだけ輸入してまだ足りないのかと。燃える黒い水、石油が一番欲しいというのも余計に」

そのことを聞いたときの事を思い出し思わず苦笑いを浮かべる。

「反応を聞くと無いわけじゃない、とのことだけど」

竹下の声は詰問調だったが、どちらかというと面白そうな声音で尋ねる。

「いや・・・、まあその・・・。・・・確かに産出する場所はあります。ですが残念ながら現状ではお教えできません。」

「そうね。国家ならそれが当然かもね」

「はい。ですから貴女がここまであなたの国のこと、技術、制度、そしてそこに暮らす人のことを詳しく教えてくれるのに本当に驚いているんです」

サリュートの真剣な、本心を探ろうとする視線に竹下は顔を背け、東の空を真っ直ぐに見つめる。
あの時と同じ真っ青な青い空に、あの砂塵混じりの血と鉄と硝煙の匂いを思い出す。
疑念と後悔と決意を抱いたあの時のことを懐かしむ。

「昨日教えた外交の原則、覚えてる?おおざっぱなやつだけど」

「覚えてますよ。隣接する国は互いに敵対する、とかいうのですよね」

「内容は少し簡単すぎ、てか極端過ぎたけどね。本当は地政学も平和学もやってしまいたいのにあれやると時間を食うんだよなあ」

「はあ・・・」

「まあ確かに私のやっていることは利敵行為だわ。特に自国が危機的状態にあるのにね」

「危機的状態・・・、ですか?」

そう思わず問い返すサリュートに思わず苦笑いを浮かべる。

「ふふっ、上の連中は備蓄資源で最低1年は持つ、と言ってるがそりゃあ無理さね。絶対に持たないわ」  


185  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:52:29  [  .o.AnDnw  ]
「何故、ですか?」

竹下の嘲る様な声にサリュートは身じろぎする。

「モノはともかく、人が持たない」

「・・・」

「幾ら指導者が大丈夫といっても先が見えない以上、希望なんか持てない。その前にモラルハザードが起こって」

そう言って言葉を切り、手のひらでぼーん、と爆発するというジェスチャーを見せる。

「しかし、あなた方を見る限りそんな民度が低い方々とは思えない」

「そんなものは幻想だ。人は時に何にでもなる。役立たずの虫けらでも悪魔でもな」

ばっさりと子供の無邪気な希望を一笑に付す。
竹下は大きく深呼吸すると、口調が何時もの調子に戻る。

「だからさ。あそこまでむきになるのは。あれらもそれなりに必死なのさ。」

きゃつの人間性が最悪なのは間違いないが、と内緒だよと口元に人差し指を立てて付け足す。
その子供っぽい仕草に思わずやった当人まで声を上げて笑う。

「ですが、それならなおさら何故そこまで重大な事を、外交の手札になることを僕に教えてくれるんですか」

「いや、お前んとこの外務卿から金貨100枚貰っててな」  


186  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:53:25  [  .o.AnDnw  ]
「ええーー!!」

「ウソだ」

「・・・」

じとーと白い目で睨んでくるサリュートに仕方ないとばかりに口を開く。

「確かに外交は武力を用いない戦争だ。自分の利だけ考える、感情は二の次だ」

自然な何気ない所作ですっと体を後ろに倒す。
背もたれは無い簡易なベンチから体は離れ、重力に従い木陰に覆われた冷たい地面に背中がすっと押し付けられる。
その拍子に帽子はずれおち髪の毛が茶色の大地に舞う。
真っ白な綿雲が自由にゆきかう悠久の空をじっと見据える。

「厭きたのだよ。そういうのが」

ぽつりと、言う。

「騙し騙され。戦場なら当然と思えても、民草百姓まで巻き添えにしてまであんな魑魅魍魎も真っ青の腹芸にね」

今でも、何時でも目に浮かぶ、火薬とガソリンの匂いにまみれ焼け爛れた大地。

「そして今なら、夢がかなう。元の世界じゃ望むべくも無い夢が、と年甲斐も無く思えてきてね」


長椅子に座ったままのサリュートと目が合う。
この数日、暑いお日様の下で語り合った。
まだまだ勉強不足で荒削りながら聡明で、指導者にはとても向かない優しい瞳。
とても王侯貴族とはおもえないぐらい素直な表情。


正直危なかった。
結婚してなかったら確実に逆レイプ犯で捕まるところだった。
間違いない。  


187  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:54:13  [  .o.AnDnw  ]
「・・・ではそろそろそちらのターンにしたいな」

「こっちのターン?」

耳慣れない単語に首を傾げる少年。
竹下は年の割には軽い身のこなしで椅子をまたぐように座るとサリュートを真っ直ぐに見つめる。

「まどろっこしいのは嫌いでね。単刀直入に聞く。西の状況を詳しく聞きたい」

西という単語にサリュートは動揺を懸命に押し殺そうとする。
ただ百戦錬磨の竹下にはそんなものは通用することはなく、また既に決定的な情報を幾つも入手している方にとってはそんな韜晦は意味が無い。

「随分押し込まれているようだな。南も北も両方。特に南が不味いな。あそこの、町の名は分からんが落ちたら両方とも失陥は確実だ」

「・・・サランです。レスペレントとプレアードの軍勢に囲まれてるのは。」

観念したように蚊の無くような声で呟く。

「サラン、か。こちらもあなたがたが一般人みんな家の中に押し込んじゃったから、そういう町の名前とかはほとんど入らなくてね。こっちが勝手に偵察させてもらったものしか情報がないのよ」

航海の途上、届いたのは偵察機が撮影してきたそれ。
黒い煙が幾筋も昇る。
機長が思い切って降下して撮影された中には壊れた人形のように転がる数多の死体。
明らかに戦火の跡だった。

「サランが抑えられればカウト湖を通じた水運で下エスト=コルナの友軍は挟撃を受ける。そして」

「コルナ川東岸への上陸は容易く、そうすればここグランシュまではほぼ一直線。チェックメイト、ということね。増援のあてはないの?」

項垂れたまま沈痛な面持ちで口を開くサリュートは竹下の問に頭を降る。

「送れるものは全てもう・・・。北の、恐らくラクーにいるだろう北部軍団、今はザビエフ将軍が指揮しているけど、内線の利を生かして各個撃破、元々そういう戦略だったんだ。それが」

「同時侵攻で南北両軍とも動きを拘束。その隙に南部に予備戦力でもって渡河、川沿いの部隊は挟撃により壊乱。こちらの連携が機能する間も無く一気に押し込まれた。そんなところかしら?」

「西エスト領主バウマン公爵さえ裏切らなければああもむざむざとは・・・」

「たられば禁止。それじゃ指導者失格よ。元々向こうのほうが戦力差は圧倒的ね?少し作戦にも甘いものがあるようだけど人とはそういうものよ。利や情勢でどうにでも転ぶわ」

まだ新しい、責任と言う古傷を容赦なく抉られる。
気づかぬうちにぎゅっと自分の皮膚に爪を食い込ませていたサリュートの手をとる。

「でも疑心暗鬼になっては駄目よ。ちゃんとどんな時でも信頼できる人間はいるわ。そうでしょう?」

「う、うんヒュレイカとか・・・」

「・・・誰?誰なのヒュレイカって?彼女?」

サリュートの小さな手を何時の間にか自分の胸元に押し付けたまま、興味深そうな瞳輝かせキスせんばかりに顔を近づける。
女性経験のほぼ皆無の少年は自分の出した名前にかそれとも竹下の意外に張りのある柔らかな感触に顔を赤らめる。

「い、いえその、姉・・・のような尊敬できる女性です。それに僕なんかのためにとてもよくしてくれて」

「あらあら」

駐屯地でも自分の部下だったWACのほとんどの異性関係の面倒を見て、さらにはPKFで居た中東の基地はLOVE  BASEとまで呼称されるようになった原因の熟女にはいじらしくて堪らない表情だった。  


188  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:55:10  [  .o.AnDnw  ]
脱線した話をどう戻そうか、それともこのまま根掘り葉掘りカマ掘りしてしまおうかと悩んでいると、砂利を踏みしめて近づく音。
サリュートの石鹸の香る金髪を撫でるのを止め音のほうを向くと、走ってくる見慣れた迷彩服。
竹下の腕の中の少年もそれに気づき体を離そうとするが、意外に強い竹下の力がそれを許さない。

「ここに来るなと言っていたんだけどねえ。何かあったようね」

ぽつりと呟く。
言葉の端にはある程度の確信の色が濃い。
すると突然竹下は城館のほうを振り向くと叫ぶ。

「そこの角にいるやつ!暇ならちょっと来い!」

竹下の視線の向く先、城の角に当たる部分。
そこから動揺する人の気配が漏れる。
二人の下に着いた相沢のと合わせて三対の目が注目する中、仕方ないとばかりに人影が出てくる。

「おや?今日は何時もとは違う気配だとは思ったが・・・。そういえば途中で交代してたわね」

「そんなこと分かるんですか?」

「君よりは長生きしてるのよ。それに結構波乱万丈でね」

人生の先輩が後輩に向けてウィンクする。

「さっさと報告しなさい。まずはそれからよ」

目の前の部外者に一瞬躊躇しながらも連隊長副官は手に持った茶封筒を開き、中のものを示す。
それは一枚の航空写真。
ここに来る前に、来てからも何度と無く確認した場所のもの。
そして先の会話に出ていたあの町のものだった。

「これはサラン、ですか?しかしよくもここまで綺麗なものが・・・」

「私たちは魔法がまったくない不便な世界でね。だからこういう出来る限り手抜きが出来るように進化していったのさ。ほんとに楽だよ科学の進歩って」

何時の間にかサリュートの後ろにはこそこそしていた人間が物珍しそうに写真を覗き込む。
A4版の大きさにカットされた航空写真。
およそ三分の一ほどの面積を青い湖が占め、その湖畔には城壁に囲まれた町。
そしてそれを取り囲むように築城された野戦陣地。
ここまでは昨日見た写真とは変わらなかった。
唯一つ大きく違ったのはその後方。
36個の赤ペンでマーキングされた丸印。

「攻城砲台ね・・・。馬鹿な指揮官じゃないようね」

「砲身長はおよそ8から9メートル。砲台の位置から推定して射程は最大で1500と思われます」

相沢の発言に表情を強張らせるサリュートとその護衛。

「北は?」

「こちらは膠着です。ただし中央に進出されて身動きは取れなくなる可能性があります。引くにも進むにも厳しい状態かと」

「どちらにしろ先に動けば付け込まれる、ということか」

黙ってうなずく相沢。
竹下はゆっくりと緊張した面持ちのサリュートのほうをふり向くと非常な事実を告げる。

「交渉を打ち切ります。我々はグランザより退去いたします」  


189  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:56:28  [  .o.AnDnw  ]
「な!?」

「それはどういう意味だ!」

驚愕に凍りつくサリュートを差し置き今までは後ろに侍っていた人影が食って掛かる。
黒を基調としたタイトな礼服に身を固め、腰元にはその服には少し不釣合いな実用的、いや実戦的な剣を吊り下げている。
赤みの強い褐色の髪、その額には小さな紅玉一つあしらっただけのサークレット。
そして強い意志を感じさせるその紅玉よりも深い色合いを湛えた紅い瞳。
オブザーバーとして出席していた岡田陸将から聞いた容姿。
竹下には既に彼女の見当がついていた。

「何ですか?ヒュレイカ・ヘインツハァルト国王補佐官」

「何ですか、ではない。どういう意味かお答え願いたい」

紅眼の騎士はここ数日ちょろちょろと動き回っていた見慣れぬ異世界の女にさっきの篭った視線で応じる。
しかし、刺し殺さんばかりの雰囲気に竹下は全く応じない。

「まあ、簡単に言うと無くなる国家と交渉する気は無い、ということでしょうか」
あっさりとのたまう竹下に思わず剣に手が伸びる。
剣呑な空気にサリュートは慌てて部下の手を押さえた。

「この連絡が泉川全権委任特使、岡田陸将に伝われば撤退はすぐに下達されるでしょう。それともこの国は退去する外交使節を不意打ちするのが礼儀だと思ってらっしゃるのかしら?」

変わらぬ柔和な口調で非情な事を伝える。
ただその目は何時もより怪しげな光が増す。

「・・・、退去時の身の安全は保障する。誇り高いグランザ騎士を甘く見ないで頂きたい」

噛み付かんばかりの勢いで言うヒュレイカにとてもうれしそうに頬を緩ませる竹下。

「ありがとうございます。では折角ここまできたんだからお土産ぐらいは買っていこうかしら」

場違いなセリフをやはり場違いな口調で暢気に言う竹下にヒュレイカは思わず目をむく。
ただサリュートは真剣な目で竹下をねめつけるように見据えたまま、静かに言う。

「分かりました。お気をつけて」

そして竹下と同じように、先ほどと変わらない笑顔。

「でも僕らは必ず勝ちます。そのときはお待ちしております」

竹下は今までの表情を霞のように変えると少年に合うように視線を落とす。

「勝てるとお思い?」

「どんな状況でも上に立つものは負けるなどとは口にしてはいけない。言っていいのは首を刎ねられる時で十分、でしょう?」

「あはは♪」

個人的な見解も多かったが今まで教えた中で一番幼く、勉強不足で、しかし優秀な生徒の答え。
石を蹴飛ばし二人に背を向ける。
が、一歩前に踏み出した時に不意に立ち止まる。

「レスペレントとプレアードってどんな軍勢?」

前置きの無い唐突な問いだったがサリュートは澱みなく答える。

「精鋭揃い、そして冷酷だと聞いてます」  


190  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:58:20  [  .o.AnDnw  ]
「ふうーん」

サリュートの話に少し不自然な無関心そうな声で応じると、今までカヤの外だった副官の相沢一尉に一瞬目線を送る。
相沢はぴくりと瞼と動かすとまったく表情をかえず自分の指揮官の意図通りに応じる。

「ではこの航空写真らは岡田陸将にお渡しすればよろしいのですね?」

「ええ、私の確認が終わりましたからね。岡田陸将らの目に入れば、撤退は即座に決定するでしょう。岡田陸将らの目に入れば」

同じ言葉を繰り返す竹下。
その場から動こうとせず二人はもう二人のアクションを待つ。

「メグミさん、まさか・・・」

その行動に思わずうめくように声を出すサリュート。
ヒュレイカもそれに気づくと竹下ににじり寄り問いただす。

「交渉の余地はまだあるのか?いや、合意可能なのか!?」

「・・・あなたは国王補佐官の重責にあると聞き及んでおります」

抑揚のない声。

「しかし、外務卿らの貴族的な考え方では幾ら余地があっても無意味です。ただこちらにも余計なプライドを振りかざした者もいることは事実、部外の私ですがこの場で謝罪いたします」

腰を折り深々と一礼する。

「私どもがこちらの世界に参ってからまだ2週間。こちらの常識にも疎く、また繋がりのない手探りの交渉ではとても合意にたどり着くことはないでしょう」

淡々と事実だけ述べる。

「ですが一点だけ変わらないことがあります。私も貴方も人であり、国に仕え民に奉仕する身です」

静かに重く。

「国家間は利によって動き、他国は自国の有利にするために利用する。それが常識的な外交です。」

サリュートの目の前に膝を着き、真正面からガラスのような瞳を見つめる。

「ですが、だからと言って感情が入らないというわけではないでしょう。相手が信頼できなければ合意など生まれようはずもありません。信頼しあうことがは利益を生むなら誰がけちをつけましょう」

言葉を区切りウィンクする。
まだ10代の少女のようなあどけなさも併せ持つ不思議な雰囲気。
サリュートは思わず見とれつつもこの数日を走馬灯のように思い返す。
王城と言う揺り籠の中、ただそこは百鬼夜行も同然。
貴族たちの欲望と疑念が渦巻く深い闇。
そんな空間で育った彼は自然と能力を身につけた。
信用できるか、否か。

「既に時間が無い。となれば道は一つ・・・。ですが、こちらがグランザ側に要求するものは大変厳しいものとなるでしょう。間違いなく」

竹下は決断を迫る。

「・・・見返りは無いのか」

「それは、貴女では話にならない。わかるでしょう?」

ヒュレイカの言葉に言外に彼の出座を促す。
竹下は3日前から来るべき時に備えて全ての材料を揃えていた。
あとは最後のピースを当人が動かすだけ。
腹は決まっていた。  


191  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/10(火)  23:59:33  [  .o.AnDnw  ]
「分かりました。助力をお願いしたい」

「庭師の見習いでは話になりませんよ?」

目尻を緩める竹下の横で、変わらぬ鉄火面の副官が口を開く。

「彼なら腹が痛いとか言ってトイレに行きましたよ。連隊長、目の前の人は別人ですよ」

ぶっきらぼうな一言に他の三人は顔を見合わせて、声を上げて笑う。
ひとしきり笑うと、サリュートが居住まいを正す。


「グランザ王国第6代国王、サリュート」

「日本国陸上自衛隊東部方面隊第22普通科連隊連隊長竹下恵一等陸佐。以後、お見知りおきを」


グランザ国王と始めて謁見する日本人として最敬礼で応じる。

「・・・本当に厳しい要求になると思われます。それでもよろしいのですか?」

「かまわない。僕の大好きなこの土地、大切な民が戦火に巻き込まれるなら悪魔にでも魂を売ろう」

「魂は誰も買わないでしょうなあ」

竹下の軽口を無視し、真剣な面持ちで口を開く。
その言葉に思わず表情を一変させる竹下。
傍に侍ったまま沈黙を守っていたヒュレイカも思わずサリュートを咎めようとしたが、もとの表情に戻した竹下がそれを遮る。

「それは、本気と受け止めてかまわないのでしょうか?」

こくりと幼い王はうなずく。

「あはははは!それはいい!ここにきてそんな面白いジョーカーを出すなんてね!!」

竹下は目に涙を浮かべて不敬にも大笑い。
ただ心中は満足だった。


いいじゃないか、説得して見せよう。
ついでにダルフールのしっぺ返しをしてやろうじゃないか。  


192  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/11(水)  00:00:44  [  .o.AnDnw  ]
「財務諸表とあるだけの資源のデータ。それから作付け状況と人口調査。とにかく全ての資料とそれに関する人間を集めて頂きたい。」

「わかった。僕の執務室に案内します。どうぞこちらへ」

サリュートの返事を聞くとすぐさま相沢に耳打ちする。

「よろしいので?」

「貴様の復唱は疑問形なのか」

副官は黙ってうなずくと踵を返すと砂利を蹴立てて走り出す。
竹下はその背中にさらに命令を出す。

「館で寝ている東と白井の二人に来るように言え!」

国王陛下と補佐官の二人の案内で城内へと向かう。
仰ぎ見ると空の模様は変わりなく青い。
自然と視線は金糸が揺れる小さな体へ移る。


「君のような指導者なら、木場も相沢もむざむざとは殺さなかっただろうになあ・・・」

狙うはトップダウンの首脳同士の合意。
通常なら難しいが、彼なら。  


193  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/11(水)  00:02:04  [  .o.AnDnw  ]
第10話  すべてがうごくとき


思わず腕時計を眺める。
実戦派の自衛官らしく無骨なデジタル式のそれは午後3時を回ったところを表示する。
ありがたいのは少しは会議が前進したことか。
ただし変わらないこともある。

「ですからまずはそちらがちゃんと対価を支払えるか確認させていただきたい」

「まずは商品を売るそちらが用意するのが先だ!」

生粋の武官である岡田にとって腹の探りあいという場に居ることは大変な苦痛であった。
お互いが相手が先に手札を切らせようと牽制する。
堂々巡りの議論に嫌気が差し、右斜め前の席に視線を向ける。
何時ものならそこに座るべき、双方でただ一人の紅一点がいないことに思わずため息をつく。
容姿もモデルとして通用する一級品であるのは置いといて、会議が終わると互いに苦笑いを交え、場違いな場に居るわが身の不幸を嘆く。
一昨日は思わず人を介して、持ち込んでいた栗羊羹を送ってしまった。
すると昨日、丁寧なお礼の手紙とともに一本の瓶が送られてきた。
聞くとどうも、高級な果実酒とのこと。
今日はそれで気を紛らわせようか、いや一応作戦行動中に酒などと考えていると外からなにやら騒がしい気配が感じられた。
何事かとドアのほうを見やると重厚なドアが開く。
開くと同時にこの三日間一緒に悲哀を味わっていた女性補佐官と立派なマントを羽織った少年が。
岡田の目が一瞬眩む。
ブロンドの髪が光ったのかと思い目を擦ると、光り輝く王冠の存在。

「彼がグランザ国王だと・・・」

日本側の列席者が絶句している目の前で中央の外務卿を一声で端に追いやる。
その隣には鋭い眼差しと傷跡が凛々しいヒュレイカ・ヘインツハァルト補佐官が座る。
サリュートは悠然と一同を見渡すと堂々とした口調で自己紹介する。
狐につままれた日本側も幾分落ち着きを取り戻すと何とか周りを観察する余裕が出てくる。
グランザ側の様子を見るにとてもこれは冗談と言う雰囲気ではない。

「情けないことにこんな重要な時に軽い夏風邪を引いてしまいまして。侍従たちが心配性でして」

苦笑いを浮かべながら国王に相槌を打つように固い笑い声が会議室に響く。

「それならご無理をなされなくてもよろしいのでは?外務卿殿との会談は順調に進んでおりますし」

心にも無いことをいけしゃあしゃあと言う泉川だったが、身を案じているのは本気である。
彼にはサリュートと代わらない年齢の息子が居たからだ。

「いえ、国家存亡の事態に床に臥せっているわけにはいきません」

サリュートの幼稚ながら威厳を感じさせる口振りに場の気温が下がり始める。

「時間が惜しいので単刀直入に申し上げましょう。」

その先の言葉を聞いた室内の人間は国王、補佐官以外は全てが我が耳を疑った。

日本とグランザの貿易の段階的自由化、国内における石油・天然ガスの試掘の全面許可・・・

外交的な降伏とも言っていい日本側が望む完全譲歩。
声を荒げて反対しようとするグランザ側の面々はヒュレイカの一睨みで沈黙する。
10代の頃より戦場を駆け巡った生粋の騎士と貴族の地位に甘んじていたものでは覚悟が違う。
泉川は内心喝采を上げたいのを押し殺し、そのあまりの好条件に疑念を呈す。

「ですが、あまりにも条件が良過ぎますね。また我々が望むものは全て手に入るのでしょうか?無い袖を振られても困ります」  


194  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/11(水)  00:05:50  [  .o.AnDnw  ]
予想通りの答えにサリュートは静かに返答する。

「では担保をお渡ししましょう」

「担保?」

「これを」

そう言って自分の小さな頭から銀のティアラを外す。
室内の約半分の人間がそれを見て目の色を変える。

「・・・それは、どういう意味でしょう?」

「王座では担保としてご不満ですか?」

「なっ!!」

「陛下!それは!!」

騒然とする室内。
サリュートは手を上げてこれを制すると瞼を閉じる。

「もう決定したことだ。異論は許さない」

「しかし・・・、こんなまったくの異国の者たちに。それも担保とは」

「レスペレントの軍門に下るよりは遥かにマシだ。下がってくれ」

王の最後の一言に重臣達は立ち尽くす。
泉川ら日本側も予想外のカードに何を言っていいか言葉が見当たらない。
一人冷静に場を見守ってきた岡田が始めて口を開く。

「対価は安全保障条約、軍事同盟の締結と見てよろしいのでしょうか?」

それまで射抜くような視線を送っていたヒュレイカがふっと唇を緩ませる。
サリュートも少し意地の悪い、イタズラを思いついたような顔を見せる。

「こちらは国富の半数近くをそちらに供しようと言うのにそれでは安いと思いませんか?」

「こちらの要望はこれからです。まずお願いしたいのは」

ヒュレイカの言葉を継いでサリュートが淡々と手元のメモを読み上げる。


インフラ整備のためのODA、新鉱山開発のための技術支援、軍事技術の供与と顧問団の派遣。
このあたりまでは予想の範囲内であった。しかし話が農林水産業、医療、教育福祉、裁判制度、法制度まで展開していくと流石の岡田の口も開いたまま。

「国土測地のための観測員の教育、治安機関の整備のための警察要員派遣、衛生面向上のための保健所の整備と医療関係者の育成とその間の医師の日本側からの派遣、それから」

「まだあるのか・・・」

「いえ、次の二つで最後です」

呆れたような財務官僚の言葉にくすりと笑う。

「以上の科学技術等の供与は全て日本側の保有する最新のものとすること、ただし機密流出に留意しその扱いは厳重にする。」
表情を一変させる泉川達。
「軍事同盟に基づき、自衛隊を今日中にエスト=コルナ地方サラン市に派遣していただきたい。」  


195  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/11(水)  00:08:35  [  .o.AnDnw  ]
「幾らなんでもそんなのは無理だ!!」

ドンとテーブルを叩くのは呆然とした面持ちでサリュートの言葉を聞いていた外務省の二川だった。

「大体なんだその要望は。こちらの5倍はあるじゃないか!」

「額から言えば大したことはありません。それに費用はこちらもお出ししますが」

「そういう問題ではない!」

憤懣やるかたない表情の二川を泉川がなだめる。

「二川君少し静かにしてくれ。ですが貴方方の申し出はあまりにも大きすぎます。申し訳ありませんが一度帰って検討させていただきます」

「ダメです。今この場で返答を願いたい。」

「何故です?そうまで急がれるのは」

「・・・・・・」

黙ったまま泉川を真っ向から見据える。
緊迫した重い空気の中、岡田の肩が叩かれる。
何時の間にか室内に入ってきたのは、竹下の副官相沢一尉。
相沢は手早く写真を取り出して西の緊迫した状況を説明する。
グランザ側が急変した理由をようやく知った岡田が発言する。

「我々にはグランシュが攻囲を受けた時に恩着せがましく要求を突きつけることも可能ですよ」

残酷な岡田の挑戦的な一言に何人か者は剣を抜きかける。

「ですが、そうなっては貴方には交易や希少金属の採掘手段と、そして重要な時間が失われることになりますよ」

「何?それはどういうことですか」

「それは私が説明しよう。実はレスペレントは亜人種を認めてはいない。元々同じくにに属してはいたがその中でも我が国は少し特殊な状況でな」

ヒュレイカは簡潔に説明する。
グランザの保有する各鉱山はその半数以上がドワーフにより掘削されており、レスペレントが占領したならば当然にドワーフは排除される運命にある。
しかも現在採掘が行われている鉱山では日本の需給量は賄うことは不可能。
ただし、グランザの庇護のもとドワーフ側が長年に渡り試掘調査を行っていたため、資源量に関してだけは完全に把握していた。
また翻訳のためのアミュレットも生産するのはエルフのみであり、同様に魔法技術は失われる。
たとえはぐれエルフでも身内意識の異常な強さを持つ亜人種たちが自分らを見捨てた国と関わりを持つことは決してない。

「つまり、グランザが滅びればドワーフの持つ資源分布図は失われ、エルフの持つ魔法製品の入手する術は皆無になる。それにこの大陸周辺の海洋交易を握る神聖皇国は宗教上、貿易上の理由からレスペレント帝国とは完全な決裂状態にある。旧ラウルバーシュ帝国における例外だったこ
フグランザだけが唯一その窓口を有している」

「なるほど。あなた方が幾分強気なのは分かりましたが、背水の陣は感心しませんな。あれはそれほど意味のあるものではありませんからな」

グランザ側の言い分を聞き終えた泉川が居住まいを正す。  


196  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/11(水)  00:12:25  [  .o.AnDnw  ]
一瞬、例のカードを切りたくなる。
そうすればこんな交渉は吹き飛んでしまうだろう。
与えるものは皆無、こちらの利益は多大なものになるかもしれない。
その甘美な誘惑に惑わされそうになり、思わず首を振りそうになる。
しかし出来ないだろうな。
先制攻撃という衝撃に国民が耐えられるか・・・。


「ですが我々は貴方ほど切羽詰っているわけではありません。こちらにも備蓄というものがありますからな」

一笑に付す泉川にヒュレイカは冷酷なまでに事実を突きつける。

「たかが半年分がですか?半年で一体何が出来ます?」

日本側しか知りえないはずの重大機密。
元は外務官僚として任に当たっていた泉川や岡田は動揺を懸命に隠すも他の経験の浅いものは動揺を隠し切れない。

「半年は新しい油田の開発にはぎりぎりの時間でしょう。まして本格採掘となれば」

「残念ながら違う。最低一年は持つ。それだけあれば十分だ」

外相は苦悩をひた隠しヒュレイカの言葉を訂正するが内心は疑念と怒りが渦巻いていた。
何故知っている。
いや、日本側しか知りえないのに。
誰が、漏らした。
自然と拳は固く握られ歯軋りが頭に響く。
泉川は外相として相手に強く出なければならない。
どんなに不利であっても。

彼にも正直同意見、いやそれ以上に自体が逼迫していると見ていた。
この交渉が物別れに終われば確実に選挙で負ける、そう思われた。
何とか押さえ込んでいる野党は左翼思想に被れたマスコミと結託しこの国難の自体にも関わらず国を確実に二分するだろう。
ただでさえ各県知事らによる臨時首班は非難の的と化している。
ある程度の学のある人間なら誰かが貧乏くじを引き、それを指示し国を引っ張らなければならないことを理解しているが、ワイドショー政治になれた者にはそんなことは通用しない。
明日のパンを、サーカスを与えなければ罵詈雑言を浴びせかけ、権力の座から引き摺り下ろそうとする輩の口車に乗るだろう。
上からのクーデターは容易だが、そんな前例を作るわけには行かない。
せめて資源、食料確保の目処が無ければならなかった。
そうでなければ、先に待つのは自壊のみ。

泉川はここであるピースに気づく。
一体、誰が、誰に、接触し、情報を、漏らしたのか。
接触したのはあの二人のどちらかに違いない。
どうやったかはさておいて、漏らしたのは文官か。
いや、酷い話だが同行している文官に軍事的知識を持ち合わせているのは居ないし、ここまで大胆不敵なことをしそうな奴はいない。

「まさか・・・」

しかし、一人だけ居た。
そして、奴ならやりかねん。
スーダンでは政治問題化し外務省が足を引っ張ってしまったが能力は何処に出しても恥ずかしくないあの女。  



198  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/11(水)  00:13:55  [  .o.AnDnw  ]
「サリュート陛下」

泉川は思い切って目の前の小さな王に脅しかけるように口を開く。
竹下がどちらに接触したかは分からない。
確立は二分の一。
だがあれなら、意外と若々しい趣味のあいつならこっちを狙うだろう。

「我々が転移してから2週間足らず。まだ意思の疎通すらままならない中、貴方は私どもの命綱さえ握ろうとする。そんな人間を信用するのは無理と言うものではないですかな」

泉川の斬り込む様な声にサリュートは神妙な面持ちでぽつりと言う

「確かにそんな短い時間、ましてや互いに利害が絡み合い、疑心暗鬼となり、国家の存亡をかけた交渉の中では大変難しいでしょう。」

一旦言葉を区切る。

「ですから、自分が貴方を、貴国を信用しましょう。ですからあなた方も自分を信用していただきたい」

子供らしい純粋な一念。
そう言って、最早これ以上は言うことはありませんとばかりにテーブルに深々と擦り付けんばかりに頭を下げる。
沈黙する室内。
日本側の多くはその子供っぽい言い草に思わず失笑を漏らす。
苦悩、屈辱、沈痛、呆然、幾つもの表情のなかただ一人泉川は声を押し殺す。

彼も笑っていた。
以前、あの熱砂で聞いたフレーズ。
久々に腹を抱えて笑いたい気分だった。
彼も女狐に毒されてしまったか、可哀そうに。


必要なら何のためらいも無く女子供の首を刎ねる冷酷非情の人間、ガチガチのリアリストとして部隊を指揮する一方、その奥底には冷たく激しく燃え上がるモノを抱え込む理想主義者。
ただし、あの竹下恵の行動にはある一貫した特徴がある。


動くときは何があろうとも動く。
巧遅より拙速。
バナナとお茶はおやつに入る。
そして、負ける賭けはしない。  


199  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/11(水)  00:15:08  [  .o.AnDnw  ]
仕方ない、どうせ元から尻拭いが役目だ。

「岡田陸将」

「はっ」

そのかすれた声の響きにある種の緊張感が滲む。

「サラン救援、可能か?」

「やれ、とさえ命じてくだされば何時でも可能です」

岡田は事実のみを簡潔に言うだけ。
跳ねるように泉川を見る他の日本側代表団。

「それでは!」

サリュートは思わず喜色を湛えて目を輝かせる。

「ですが、先の条件ではダメです。幾らなんでももう少し細かいところを詰めねばなりません」

飛びつかんばかりの少年王の笑顔。
泉川はしょうがないとばかりに苦笑いを浮かべ、流石に急造過ぎた原案に外交の最高責任者としてダメ出しをする。

「これではいけませんか?」

その時サリュートがすっと出してきた数枚の紙。
エルフレア公用語で書かれた協定案、何故か日本語訳文付。
目を通すと思わず唸る。

「これはまた・・・」

妙に細かくぎっしりと書き込まれたのは先の技術支援に関するものから資源状況に至るまでびっしり。
特に目を引いたのは石油に関する一文。

「タール湖が複数か。名前はサダルキア島・・・、って場所は日立のすぐ南か。近いな」

とても短時間で作られたとは思えない中々見事な草案で、たたき台としては十分だった。

「わかりました。ですが幾つか留保したいものもあります。よろしいですか?」

「かまいません。では仮調印を」

グランザ国王サリュート、外務大臣泉川が文書にサインする。
既に話し合いは外務事務次官や外務卿のカヤの外に置かれ、両名は疎外感と怒りに肩を震わせる。
サインの交換が終わりそれぞれが対となる文書が手元に残る。
まだ全ての始まりにしか過ぎなかったが、ぎりぎりの交渉が終わるとサリュートはテーブルを回り握手を求める。
泉川は疲れきったものの笑顔でそれに応じる。
サリュートが泉川に耳を寄せて欲しいと頼む。

「竹下を罰する時は我が国に亡命させてあげてもらえませんか?」

その言葉に思わず噴き出す。
あっさりと誰が主犯か漏らしたサリュートの目の前で手の平を横に振る。

「みんなでしらばっくれますので大丈夫ですよ」

不問にするという言葉に少し残念そうなサリュート。  


200  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/11(水)  00:15:43  [  .o.AnDnw  ]
主の話が終わるのを見届けて、ヒュレイカが固い表情で岡田の元に歩み寄る。

「では早速サラン救援について話し合いたい」

「残念ですがそんな暇はないでしょう。すぐにあるだけの部隊を手配して送り込まねばなりません」

悠長すぎると一刀両断するとすぐさま相沢に向かって命令する。

「竹下一佐を連れて来い」

「お呼びでしょうか?」

相沢が返礼する間も無く鈴とした柔らかい声が会議室に響く。
豪奢な室内に似合わない戦闘服を着込み、帽子を外しながらゆっくりと上官の下に近づいてくる。

「うちの連中でよろしいのですか?」

「本土から呼んでる暇は無い。それと責任を取れ」

既に情報漏れの犯人に気づいていた岡田は怒り半分、苦笑半分の顔で出撃を命じる。

「急迫した事態ですので手持ちの部隊をとりあえず送り込みます。彼女がその指揮官、第22普通科連隊連隊長の竹下です」

グランザの面々は珍妙な動物を見るような目つき。
それは決して好意的ではなく、視線は疑い深い。
サリュートやヒュレイカにしてもどう見ても前線向きではない、後方任務の人間だと思い込んでいたため思わず問い返す。

「大丈夫ですか?こんな優しそうな人で」

優しそう、という単語に思わず噴き出す泉川や東、白井といった自衛官。
そんな反応を不思議そうに眺めるサリュートを無視して岡田は竹下に問いかける。

「必要なものは何だ?どうにでもしてみせるぞ」

「絶対的制空権と絶え間ない補給を。それだけで結構です。あ、あと出切れば一個中隊か二個中隊呼んでもらえませんか?少し遅れて送ってもらってもかまいませんので」

「分かった。何とかしよう」

泉川がうなずくのを見ながら岡田が了解する。
竹下はそれを満足そうに身ながらサリュートのほうを向く

「もう二つお願いがあるんですけどいいでしょうか?」

「何ですか?」

「指揮権を譲ってもらえませんか?」  


201  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/11(水)  00:16:59  [  .o.AnDnw  ]
「え?」

「南のほうの、上エスト=コルナ地方、でしたわね?そこのグランザ軍の指揮権を頂戴したいのですよ」

お茶を一杯下さいという感じの軽い願いに国王は思わず苦笑いを浮かべながら了承する。

「ついでにこれ借ります」

本当についでとばかりに守るようにサリュートの脇に立つスカートをめくる。
竹下の手を払い顔を真っ赤にして叫ぶ。

「止めんか!せめて袖を掴め!」

「怒ってばっかりだと皺が増えちゃうよ?若いのに」

「五月蠅い!」

女二人の漫才にやれやれとばかりに岡田とサリュートがさらに細部を詰める。
既に命令は相沢が無線機で待機中の城館を経由してしもきたに伝えられていた。

「ではあと先導役の竜騎士数名と案内役と補佐役の騎士の派遣を。それから」

「入用になることもあるでしょうから各種の支払いは僕が肩代わりします。すぐ書類を用意しましょう」

サリュートの頭の回転は速く岡田が思ったよりも細部の詰めが終わる。
これから何百回となく行われた共同作戦会議の初回であった。


宿舎となる貴族の館へ向かうため馬車に乗り込む。
その僅かな間に近づく影。

「借り、返したぞ」

「どういたしまして」

「それはこっちのせりふだ」

他のものに聞こえないように声は抑え気味。
ただ互いに満足感が合った。

「彼はお前の目から見て合格か?」

「うふふ。将来性に期待」

「本土の面子への伝言はあるか?」

「霧の月にはまだ遠い。後事よろしくお願いします」

「例の件なんて今やってる場合か、馬鹿もんが。背中は任せておけ。ただし、死ぬなよ」

ブーツの音高く踵を合わせ敬礼で応じる。
何時もと変わらぬ笑顔のままで。


平成2×年  7月15日  日本時間午後4時28分
防衛出動命令下命  


202  名前:5xd2uHUE  ◆VlV/rBMb16  投稿日:  2006/10/11(水)  00:18:40  [  .o.AnDnw  ]
第11話  開戦前夜


外では帳が落ちる中、蛍光灯の真っ白な明りの中室内にはカリカリというペンを走らせる音だけが響く。
机に向かう壮年の男は眉間に皺を寄せながらただひたすらに書類の山に向かう。
ここ一週間まともに寝た記憶が無い。
明日こそと思いながらも熟睡することは適わず、だからと言って酒にも薬の力も借りたいとは思わなかった。
慣れねばならないという事実に正直恨みがましく思う。
およそ3時間前に入った仮調印には思わず喝采を挙げたがその予想外の内容にショックも受けた。

思わず拒否の電文を送ろうかとも思った。
あまりにも譲歩が過ぎる。
ただその後に送られた資源データ、特に石油に関した情報を見ると気持ちが落ち着いてくる。
それは彼らが試掘を行った際のもの。
グランザ側も辺境という限られた状況の中有効活用の道を模索したが、稚拙な技術しか持たない彼らには加工技術が無く断念せざるを得なかったのだろう。
しかし、その際のおおよその採掘可能量、そして明日にでも人員派遣が可能であることを考えると・・・。

「認めないわけにはいくまい」

まだ難問は山積みだったが、とりあえずはエネルギー問題解決に一歩前進を喜ぼう。
今日は久しぶりにとっておきの日本酒の瓶を開けようと思った。
肴は何にしようかと考えてると知事室、いや首相執務室のドアが開くと秘書官の新美が入ってくる。

「たった今先発隊を乗せたヘリコプターが出発したそうです。それから泉川外務大臣らは一旦帰国するとのことです」

「そうか。他には何かあるのか?」

「いえ・・・、しかし札幌は五月蠅いでしょうな」

「そんなのは分かっていたことだがな。何とか抑えるしかあるまい」

口煩いあの女の金切り声を思い浮かべ苦笑する二人。

「しかし、どちらにしろ前に進むしかないからな。それに成功さえ収めれば国民は我々を支持してくれるだろう」

「選挙は11月ですね・・・。それまでに終わるでしょうか」

「終わらせるしかあるまい。先方も領地を幾分かの放棄已む無しとのことだろう?大勝すれば最低でも停戦には応じるだろう」

近藤の少し楽観的な見方に少し不安を覚える。

「楽観は禁物です。例え勝ちを拾ってもその後は政治の出番ですからね」

「そうだな。軽率なことを言って悪かった」

ただ大勝するだろうというのには同意だった。
そう簡単に負けはしない。

「姫が相手とは不運な奴等だ」