169  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/09/08(水)  18:35  [  MSZ8PKC.  ]
一週間掛かって、ほんの少ししか出来なかった・・・
では投下します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
芝尾たちは気の重いまま出迎えに向かったが、その気分は男を見た途端に
吹き飛んでしまった。

きらびやかというか、妙に光る服に身を包んだ男は、敵意や悪意と言った物を
欠片も発散してはいなかったのだ。後ろの民衆は戸惑いを感じているよう
だったが、特に危険な気配は無かった。

芝尾らが艦から降り立つと、周囲の空気は明らかにざわついた。見慣れない
物から見慣れない人間が降りてきたのだから、それも仕方がないのだろうが。

男は馬をゆっくりと繰り、かぱりかぱりという足音と共に、屈強な従者を
数人引き連れて進んできた。双方の距離が2m程まで縮まったあたりで、男は
従者達に抱え上げられ、地面へと下ろされた。

ゆったりした服や長襟のせいで分かりづらかったが、近くで見ると男はとても
太っていた。恰幅が良いとも言えるのだろうが、かなり動き辛そうだった。
男は自衛官達に向き直ると、挨拶のことばを述べた。

「初めまして、私の名はムグニーと言います。どうもお恥ずかしいところを
お見せしました。なにせこのような体なもので、お許し願いたい。と言っています」  


170  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/09/08(水)  18:36  [  MSZ8PKC.  ]
山村が挨拶の言葉を翻訳すると、芝尾はすぐに返答した。
「初めましてムグニーさん。私は日本から来た芝尾と申します」

そういって芝尾は頭を下げたが、彼は反応を示さなかった。
慌てて山村が言葉を伝えると、すぐに彼は笑顔で頷いた。

この時後ろにいた望田は、誰もが日本語を分かるわけではないのだな、と思っていた。
昨日は唐突に日本語同士の会話が成立したが、今日はそうも行かないらしい。
しかしなぜ、この地域に日本語が伝わっていたのだろう?やはり気になる。

望田がそんなことを考えているうちに、前の方では話が進みはじめていた。
「なるほど、あなたは商人なのですか。確かにご立派な格好ですねえ。
しかし、商人の方が一体なんのご用でこちらに?」

芝尾が疑問に思ったのは、なぜ来たのが政府関係者ではないのかと言うことだった。
昨日は特に問題なく寄港も荷揚げも出来たが、一日経てば誰かが騒ぎ出すだろうと覚悟を
決めていた所もあった。『基本方針』もそれに対応する為の行動として計画されていた。

だから芝尾の質問意図もそこにあったのだが、彼はそれに気付かなかった。
「一体何のご用で?商人が港に来るとなれば話は一つ。商談に決まっているでしょう」

その言葉が山村の口から伝えられたとき、芝尾は混乱した。この状況は一体何なんだ?
自分の想定したものとは、違うどころか180度逆を向いている。

取り敢えず余計な思考を押しとどめ、芝尾はまた質問した。
「商売?あなたたちは、我々を警戒してはいないのですか」  


171  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/09/08(水)  18:37  [  MSZ8PKC.  ]
今度の質問は、はっきりとした物だった。一番恐ろしく、一番ありうる態度を
何故とらないのか、その事は疑問であって当然だった。

昨晩は貴族シャーリーフの屋敷に赴いたが、その時は服装と持ち込んだ贈答品以外に、
問題になりうる物は見せていない。しかし今は、他の船より遙かに巨大な鋼鉄の艦が
背後にあるのだ。状況が違いすぎると言って良い。
26
しかしそれでも、彼はにこやかな態度を変えなかった。
「あなた方を警戒する理由など、どこにありましょう。あなた方が悪人でない事は、
今朝までに分かっていることです。だから私は、ここに来ました」

芝尾の頭からは、まだ疑問符が消えていなかった。
「それはどういう事でしょう?」
「本当の悪党ならば、なぜ停泊許可を得たり倉庫を借りたりするのです?それ以前に
港の奥に何もせずに来るなど、普通はしません」
「なるほど。そういう事でしたか」

芝尾にもようやく話が飲み込めた。要するに彼は、艦隊の行動が悪党にしては間抜け
すぎると言っているのだった。

港の奥に、しかも許可を求めて停泊すれば、問題を起こしたらすぐに取り囲まれるか
港を封鎖される。つまり退路が無くなる。密輸品を運び込む船にしても、昼日中から
貸倉庫に大量の荷を運び込むなどおかしな事だった。

こう考えれば、艦隊がすぐに危険をもたらさない事は明らかであった。そして危険で
無いと分かった場合、艦隊は敵どころか宝の山に早変わりする。  


172  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/09/08(水)  18:39  [  MSZ8PKC.  ]
見知らぬ外国から来た巨大な船、そこには貴重な積み荷や宝、珍しい品物が積み込まれて
いる可能性が高かった。もし仮に奴隷船だとしても、相当な大きさだ。取引すれば
ちょっとした金になるほどの数が居ることは間違いなかった。

だからこそムグニーは、この船の主に挨拶しに来たのだった。すぐに取引が成立しなくても
問題はない。船主が買い手を探しはじめた時に、顔を覚えていてくれればそれでいい、と。

この事を理解した芝尾は、思わず笑い出したくなった。何のことはない、理由は違えども
彼のやっていることは、自分と大して変わらないのだ。

取り敢えず芝尾は微笑を返しつつ、彼に返事をした。
「すぐに商談を行うことは出来ませんが、お話を伺うことは出来ます。こちらの状況や
希望も色々とありますし、まずはそこからでよろしいですか?」

単なる挨拶でも良しと考えていたムグニーは、意外に色よい返事に喜んだ。
一応の話し合いが出来るとあらば、これに乗らない訳には行かなかった。

「ではここで立ち話も何ですので、我々の船の上に来ませんか?嵐のせいで船内は
少し散らかっていますが、甲板に席を用意するくらいは出来ます」

芝尾が艦を選んだのは、自分の土俵に相手を上げるという基本的発想だった。
甲板にしか上げないのはもちろんパニックを予想した上での判断だが、同時に
未だに艦内から吐瀉物の臭いが取り切れていない為でもあった。

この芝尾の提案に彼はうなずき、この騒ぎも一応の集結を見た。そしてこの事が、派遣部隊に
足場を与えるきっかけともなった。とりあえず危険がないと分かったため、他にも艦隊を訪れる
商人や貴族が現れ出したのである。  


173  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/09/08(水)  18:44  [  MSZ8PKC.  ]
艦隊が宝の山であるとは先に述べたが、それに気付いたのが一人でないのもまた当然だった。
だから交渉可能と分かった時点で、商人達は我先にと交渉を求めてやって来たのだった。

それと同時に基本方針の挨拶回りも続行され、貴族等に様々な珍品奇品が送られるように
なると、派遣部隊の噂は広まっていった。東から来た奇妙な人々は、凄いものや変な物を
持っていると知れ渡るにつれ、貴族達は彼らに興味を持つようになっていった。

ただの珍品好きも居れば、物を送られること自体をステイタスと見なす者や、彼らの力を
自分の利益に繋げようと考える者まで、興味の持ち方は多様だったが。

とにかくこうした状況により、自衛隊は概ね好意的に街に迎え入れられた。小さかった
希望も、多少は大きくなり始めていたのだった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
とりあえず今回は五枚。四枚目の改行がえらいことになってしまって
ちょっとOTL
なんか前と似たような終わり方に・・・モットチカラヲー

ああ、2〜3回先までには準備編終わらせたい。  



244  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/09/18(土)  02:33  [  3Y1xfP1.  ]
投稿乙であります!自分の方も一週間以上穴を開けていたので、投稿させて
頂きます。

自衛隊がバスラに寄港してから、約二週間たったある日の事。輸送艦内の会議室では
司令部による特別ミーティングが開かれていた。もちろん定期的にもこれ以外の会議や
集会等は開催されるが、今回の会は幾つかの面で特別な意味を持っていた。

「今回の議題だが、まずは隊員の士気低下について話し合いたいと思う」
この会議の議長を務めている芝尾は、参加者の顔を見渡しながら言った。
最初から重いので来たな、と他の面々は少し暗い顔をした。

バスラ寄港から二週間が経ったと言うことは、それ以前の状況から通算すると、
自衛隊派遣部隊が日本から離れて一月程の時間が経っているのだった。だから今回の
会議の日取りは、いわば節目のようなものだった。

そして一月の間に起きた様々な事態をまとめ、それに基づく事項を考慮・決定する
という意味でも、この会議は特別な物だった。そんな会議の性格上、最初に重い
テーマが来るのも仕方が無いのだった。

「では現状についての報告を頼む」

芝尾に促され、側にいた士官が紙を持ちながら報告を始める。
「船医室からの報告では、現地到着からこれまでの間にノイローゼと幻覚症状、
それに鬱病兆候の見られる隊員が大幅に増加し、総数は70人近いそうです」  


245  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/09/18(土)  02:33  [  3Y1xfP1.  ]

最初の報告は、ひどく重苦しいものであった。70人と言うことは、つまり
少なくとも全体の一割が精神の平衡を失いつつあると言うことだ。

更に悪いことには、これは表面的な数値でしか無いのだ。船医に届け出ない者は当然いるし、
これからもっと患者が増える可能性はある。だから現状の一割は、明日の二割三割かも
知れないのだ。

「それと不注意から来る怪我や、ストレス性の病気も増えているそうです。
これらの状況から、隊員の心的負担は大分増えていると見て良いでしょう」

注意散漫、行動の混乱、胃潰瘍から痔の悪化に到るまで様々な心因性の病気が
広がっている、と言う訳だった。

士官の感情のこもらない声に、他の出席者は暗い顔をした。状況は余り良くなかった。
まともな医療を受けるには、今のところ護衛艦・輸送艦の船医室に行くか陸自部隊の
医官に見て貰うしか方法が無かった。そして患者は日に日に増えている。

つまり今の状況が続けば、医療体制が崩壊しかねないと言うことだ。そうなれば
環境は一気に悪化するだろう。それに現状でも既に弊害が出始めている。幹部
士官への不満のうっ積、愚痴を言う者と聞かされる者の悪循環などがそれだった。  


246  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/09/18(土)  02:37  [  3Y1xfP1.  ]
「会計課からの報告です。現在日用雑貨の確保率は3割程度と、低い数値です。
割合が低い原因としては、根本的に入手が出来ない物や、生産技術の限界で
値段が高い物が多いためです」

日用品の確保は、士気を維持する為の第一歩である。満足に尻も拭けず歯も磨けない
ような所では、人のやる気は確実に衰えるからだ。特に今回の状況では、たとえ隊員に
死の覚悟は有っても、補給が断たれる覚悟は成されていない。

「嗜好品類の入手は比較的順調です。酒やコーヒーなど習慣性の有る物も
入手できたのは幸運でした。まあ、豆は二級品ですが」

イスラムでは禁酒が原則だが、イスラム教徒ではない商人や住人向けに酒は取り
扱っていたし、規制が厳しくない土地では酒を飲むことも可能だった。

コーヒーも発見当時は薬用・携帯食として使われていたが、その内に煮出した汁を
飲むことが考案され、アラビアにも流通していったのだった。

「生鮮食料は全く問題有りません。供給量と質は良いレベルです。値段は現状でも
大丈夫ですが、もう少し交渉の余地もあります」

流石に海港都市だけあって、地元の魚貝類から各地の野菜類・肉類の供給は豊富だった。
食料の買い付けに困ることは全くなかった。

「会計課からの報告は、以上です」
士官が締めくくりの言葉を述べると、場に明るい空気が流れた。何もかもが悪いこと
だけでもない、その事は喜ばしいことだった。  


247  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/09/18(土)  02:46  [  3Y1xfP1.  ]
「次は外交班からの報告です」
そう言って立ち上がったのは、士官ではなく事務官であった。長身痩躯といった身体
つきだが、瞳と口許は良く引き締まっていた。角刈りに近い頭をしているので
ひ弱といった様子はない。むしろインテリヤクザ風味である。

「外出計画は現在、三回目を行っています。第一回と二回の反省点は、一度に移動させる
人数が多すぎたこと、それに対する誘導員の少なさが挙げられます。それを踏まえて
今回は許可人数を十人ほど削りました。しかし随員の少なさは、どうしようもありません」

外交班というのは、司令部内に置かれた新設の組織である。大使館もNGOもない状態で
商人らや町民との関係を保つ為に、派遣部隊はこの組織を結成したのだった。
アラビア語の会話が出来る者を集めて編制された、いわば苦情係兼顔つなぎである。

もっとも現地の言葉を流暢に話せる者は、そう数がいない。一般大出でアラビア語学を
学んでいた者や、土地交渉で族長と渡り合うべく来ていた者などしかいないからだ。
中東に子供の頃住んでいた、などという者は数的に少なすぎたのだった。

「会話教育も行っていますが、進渉状況は良くありません。何より問題なのは、今は
我々もかなり苦労しないと喋れない事です。まずそこからなんとかしないとなりません」
そう言いながら、彼は苦々しい顔つきをした。といっても見た目はガンを飛ばすヤクザだが。

「山村事務官は普通に会話していたが、何か問題でもあるのかね?」
横から出席者の望田が質問をする。寄港一日目から貴族との会話が成立していた
訳だから、喋れないというのは奇妙な話だった。  


248  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/09/18(土)  02:53  [  3Y1xfP1.  ]
「アラビアの話し言葉には、日本語でいう文語と口語があるのです。文語は殆ど
変わらずに伝わった部分もありますが、口語はだいぶ違う言葉なのです。大和言葉と
現代口語が違っているのと同じですね。多分その時は、文語で喋ったのでしょう」
望田の疑問に対して、彼は淀みなく解答を返した。

「なるほど、そういうことか。では満足のいくレベルになるまで、一体どれくらい
掛かりそうかね?」
片言しか喋れない繋ぎ役では、やはりどこかに不安が残る。そういった思いも
込められた調子で、望田は彼に聞いてみた。

望田の言葉に、彼はきっぱりとした口調で応えた。
「全く分かりません。先程申し上げた文語ですら、変わらず伝わったのは文法などだけで、
それ以外の部分は簡略化して再編されたものなのです。しかも、この時期はまだ完成されて
いないので、その穴埋めから始めなければならないのです」

「分かった。議長!この件に関して、後で討議をお願いします」
溜め息を付くような調子で、無表情に望田は言った。そして彼は心の中でこう思った。
全く、意志の疎通さえこれほど困難とは。とんでもない所に来たもんだ、俺達も。と。

投下終了−OTL  今回ミスが3つ。一つ上の「3」を消し忘れました。
>>169-173というアンカーを入れ忘れました。そして、一週間以上も更新を
しなかった事も含め、なんちゅうかすいません。

さて、今回は随分色々と書きました。なんか行き当たりばったりに知らないことを
調べるので、異様に時間がかかるようで・・・まあホントは、書くときに集中が
とぎれとぎれになってるのが大きいのですが。  



252  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/09/29(水)  01:21  [  MSZ8PKC.  ]
ドンガメ浮上用意!コガメ回収急げ!・・・てなわけで一週間以上停止していて
すいませんでした。これから投稿します。

その後の会議の進展は、概ね淡々とした物だった。議題の大半は現在進行中のものや、
対処療法的にやっていくしかない状況が殆どだったからだ。しかしそれでも、時折場が
荒れることはあった。

「我々がどこへ何をしに行く任務を帯びていたのか、忘れたというのですか!」
大きな声を張り上げたのは、会議出席者の一人新沼二等陸佐である。会議の話題が
行動方針の検討に変わってから少しして、彼は全員に呼びかけたのである。

「ここには私達のすべき仕事はありません。大切なのはここでどう生き延びるかでは
なく、如何にして日本と連絡を取り、本来の任務に復帰するかです」

新沼二佐が述べた意見は、場の空気を掻き乱すのに十分だった。それまでは反省会のような
空気が流れていたのに、あっと言う間に硬い気配が漂い始めた。

「確かに君のその意見は正しい。しかし通信どころか政府が存在しないのだから、どうにも
ならないと思うがね」
新沼に返答したのは望田だった。結局ここは現代ではないのだから、どう足掻いても無駄だと
言いたげな声だった。

「私が言いたいのは、連絡を取る努力をすべきだと言うことです。この現象が一体
どういう物なのかを調査し、そして打破する事こそが現状で成すべき事では無いでしょうか?」  


253  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/09/29(水)  01:33  [  MSZ8PKC.  ]
呼びかける風な新沼の言に対し、今度は別の士官が反論を返した。
「調査と言っても、具体的には何を行うのですか?隊内に専門家がいるわけでも
ないし、当てずっぽうでは全くの無駄だと思うのですが」
26
その反論に対し、新沼は冷静に答えた。
「この時間転移という現象は、インド洋上で嵐に巻き込まれた時から始まった。
それ以前には通信等が途絶していなかったのだから、これは間違い無い。だから
私は、再度嵐と遭遇した海域に向かうべきだと思う」

新沼の案に対して、すぐに望田から横槍が入った。
「それはそうだが、幾らなんでも漠然としすぎやしないかね?来たところに戻った
からと言って、すぐに兆候が掴めるわけでも無いだろう。第一こんな事には前例がない」

二回目の口出しに、少しムッとしたように新沼は言い返した。
「しかしこれしか確実な物が無い以上、海へ行くしか方法は無いと思いますが。ただ
ここにいた所で、帰れる可能性は全くありません。ならば少しでも可能性を試した
方が良いと私は考えます」

新沼の言に対し、今度は会計課の士官がくちばしをはさむ。
「ですがそれには、食糧や水の問題があります。今は食糧の安定確保を
目指していますから、それが終わってからでも遅くないのでは?」

士官はなだめるような口調で喋ったのだが、新沼は一層不機嫌になった。
「それはそうだが、確保のために一日を使えば、それだけ多くの物資を
売らなければならなくなる。それを防ぐためにも、我々は一刻も早く帰還する
手だてを考えるべきなのだ」  


254  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/09/29(水)  01:36  [  MSZ8PKC.  ]
新沼が不機嫌になった理由は、およそ十日ほど前にあった会議での決定にあった。
その会議で議論されたのは、部隊の食糧問題に付いてだった。

補給基地も何もないこの時代では、自衛隊に食糧をくれる者は誰もいない。もちろん
持ち込んだ食糧はあるものの、保存食や冷凍食品ばかりではない。野菜などはどれだけ
冷蔵庫に入れ、日持ちする細工をしても絶対に腐っていく。

そして保存食もそう長くは持たず、すぐ消費されていくのは目に見えていた。なにせ
七百人からの人間が、ただ喰うだけの生活をするという事になるからだ。

しかし食糧を買い付けるにも、部隊は現金を持っている訳ではないし、あったにしろ
使えない紙幣や訳の分からない金属なのだから、両替商の方で取り合ってくれない。
工芸品として売る方がまだ現実味がある位だった。

つまり現状は、金もないのに食糧だけが無くなっていく、ほぼ最悪の状況と言うことだ。
ならばどこから資金を調達するか?それが会議の内容だった。

その会議の中で出された提案は、『支援物資の売却・交換による資金化』という
現実的で手堅い案であった。現在部隊の持つ金目の物の中で、最も量が多く売却に
問題がない物を選んだといえる。

だが新沼はそれに反対した。復興という任務の為に与えられた物資を、自分達の生存の
ために安易に使うべきではないと主張したのだ。そして対案として隊員の現地労働や、
知識の伝達による報酬の獲得などを上げたものの、確実性が低いとされて却下された  


255  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/09/29(水)  01:49  [  MSZ8PKC.  ]
それでも食い下がった新沼は、食糧を統制して限界まで物資売却に頼らない道を望んだ。
だが一番通りそうなその提案さえ受け入れられず、結局売却は即日決定となった。
そのことがわだかまりとなって、新沼を不機嫌にさせているのだ。

「新沼二佐の意見は確かに正しい。我々のいるべき所はここではないし、一刻も早い
帰還は我々や政府、復興対象の人々の誰もが望むことだろう」

空気の荒れ方を察したのは、議長の芝尾だった。もちろん彼は議長だから、その発言は
全員が黙って聞かねばならない。そのため一瞬場は静まり、険悪な雰囲気は消えていった。

「だが、現状では食糧等の問題が有るのも事実だ。帰還方法を探すにしても、いつまで
掛かるかのメドが立っていない以上、まずは態勢を整えることが先決だろうと思う。
だから調査等の方法については、別の機会にまた考えたい。それでいいな、新沼二佐?」

有無を言わせぬ芝尾の口振りと視線に、流石に新沼も同意せざるを得なかった。
こうして会議の荒れた一幕は終わりを告げ、後は淡々と流れて行った。

派遣部隊の命綱が復興支援物資だというのは、全く皮肉な事だった。そしてその
馬鹿馬鹿しい出来事は、その事態に怒りを覚える者、諦めと共に受け入れた者の
二種類を作り出していたのだった。
******************************************
投下終了!今回のミスは、一つ上最後○がない。あと最初の方の改行失敗と、
26という数字が何故か闖入してるところか。

一応話の展開的には、現在までで「何か変だ」→「昔に来ちゃった」→「どうやって
帰ろう」という感じでしょうか。ようやく部隊の目標が明確になりだしました。

>>250氏  ようやっと帰還方法を考える辺りまで来たので、色々と便利な能力の
ある、ジンにも出番があったりするかもしれません。小舟に揺られて海上観測は
魅力的な探索方法ですけどね(笑)  


281  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/10/09(土)  02:07  [  MSZ8PKC.  ]
>>280それはそれで面白そうですねw単純に人格レベルまでフルコピーされたり、
兵器が完全な形で再現されるだけでもかなり怖いとか思っただけでした。

では自分も投下します。>>255続き
会議を行った日の夜、新沼は士官用個室の寝床に横たわっていた。輸送艦は元々結構な
大きさがある新型艦で、一定数の陸自部隊を載せることも考慮に入れて設計されている。
その為艦には居住スペースがふんだんにあり、こうして一人寝も出来るという訳だった。

半分まどろむような思考の中で、新沼は幾つもの事をとりとめもなく考えていた。
何故こんな所に来てしまったのか。自分たちは帰れるのか。帰る方法は?その他にも
家族や妻のこと、今日の会議などを想っている内に、思考は一つに収束されていった。

なぜ司令部は、あんなに早い時期に食糧確保に努めたのだろうか?状況把握や帰還方法の
議論などよりも優先的に、それもあれだけ簡単に決めるなどおかしすぎる。

彼の思考に浮かび上がったのは、決定に対する不満感ではなく違和感だった。例えば
子供が知らない街で迷子になったら、まず諦めてとどまるよりも、自分の家にどう
やって帰るかを考えるものだ。言ってみれば帰りたい気持ちの方が、動いて疲れるのを
厭がる心より遥かに強いということだ。

だから司令部の決定は、迷子がいきなりその街の子になろうとするようなものなのだ。
そんな奇妙な子供が、果たしてこの世にいるのだろうか?と彼は考えていた。

しかし同時に、自分の考えが危険であることにも彼は気付かされていた。芝尾に会議で
言われたように、すぐに時間を越えられるほどの嵐に遭遇できるとは限らないのだ。
それにその嵐を見つけようとしても、知識や観測機器・情報が決定的に不足していた。  


282  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/10/09(土)  02:08  [  MSZ8PKC.  ]
そこで彼は芝尾の言葉を、一種の長期戦略なのだと受け取っていた。いつ来るか
分からない嵐に賭けず、気長に帰る手を探すための行動なのだと解釈したのだ。

だがそう考えると、彼にはもっと司令部の発想が分からなくなった。元の時代への
帰還を考えているとしても、こんなに早期に決定する必要は無かったはずなのだ。

出来る限り自力で粘り、その後で物資を流用するならばそれも納得が出来る。けれども
危地に陥る前から物資を利用することは、任務放棄のようにしか思えなかった。
最後まで諦めずに行動せず、簡単な方向へ走ったような気がして納得が行かないのだ。

今のところ大っぴらに批判しているのは自分だけだが、口に出さない、そして出せない
所で同じ考えに達している者、もっと過激な事を思っている者も居るだろうと彼は
思っていた。つまり安易な考えだと受け取る者は確実に居ると分かっているのだ。

そこに気付かないほど司令部は間抜けではないはずなのに、なぜこんな事をしたの
だろうか?批判の元を作ることは、今は絶対に出来る時期ではないのに。

そこまで考えたところで、彼はいい加減眠ることにした。とにかく今やるべき事は、
司令部をなじる事ではなく、どうやって海上観測や状況の確定を行うかなのだ。
明日起きたらそれについて手を付ける事にして、彼は重くなり始めた瞼を閉じた。  


283  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/10/09(土)  02:09  [  MSZ8PKC.  ]
********************************
バスラ寄港から約一月が経ったある日の事。その日の輸送艦の甲板上には、普段からは
想像も付かないような数の色が踊っていた。遠目にはまるでミニチュアの庭園のように
見えるその色彩の上には、黒く小さな羽虫のようなものが動き回っている。

その動き回る羽虫を近くで見てみれば、その正体が司令部の自衛官と、都市に住む
商人や貴族らで有ることが分かる。そして色彩の正体とは、色とりどりの飾り付けや
テーブルの上に置かれた何種類もの料理だった。

そう、この日輸送艦の最上甲板では、船上パーティーが開かれていたのだ。甲板に固定
されていた車は一日目に下ろしてあったから、後は表面の凹凸を埋めて海鳥の糞を
掃除すれば、簡単に広いスペースが確保できたのだ。

こんな所を会場にした理由には、もちろん政治的意図がある。輸送艦にはとにかく人を
驚かせる物が山ほど有るのだから、力を端的に見せつけるにはいい場所だと言える。

他の船を見下ろす高さ、船上とは思えぬ大きさと開けた空間。そして隅やへりの方には
細い塔や珍奇な機械の塊どもが鎮座していた。このような物を初めて見れば、例え現代
人でも大抵は驚愕するものだ。想像すらしえない時代の人間ならばなおさらである。

そしてそのもくろみは、今のところ完全に成功していた。貴族達は船の大きさに驚き、
商人達は物珍しそうに料理や様々な物を調べていた。  


284  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/10/09(土)  02:10  [  MSZ8PKC.  ]

「この料理は随分と不思議な味がしますな。美味ではあるのだが、それ以上に全く
味わったことのない味だし、見たことのない素材が大変多くて面白い」
「お褒めにあずかり光栄です。まだ他にも料理はありますから、堪能なさってください」

客人の応対に回っているのは、特別に編成された『外交班』のメンバーだった。彼らは
編成から数週間の間に、言葉に関する不足知識の追加と徹底した再学習を行い、結果
応対に回せる人数が増えているのだった。

パーティーの場を取り仕切っているのは、任侠映画の若頭の様な顔をした男である。
名前は南一臣三佐という。元イラン在外公館の警備官であり、その言語能力と文化への
理解度を買われて、今回の派遣部隊に同行している男だった。

彼は顔の怜悧さに似合う知性を持っているが、決して陰険でも傲慢でもなかった。
客に対する笑顔と誠実な対応を忘れず、恐ろしげな雰囲気は全く持っていない。

だがそんな彼でも、もちろん困惑することはある。
「しかしこんな大きな物を動かすとは・・・随分強力なジンを使っているのですね」
「じ、ジンですか。まあ確かにそれなりの物は使っていますね。だいたい二つで
この船を動かしています。この国の物とは大分姿が違っていますが」

彼、というより司令部はこの『ジン』という概念をとりあえず何かのエネルギー
若しくは運動機関に相当する物だと位置づけていた。会話からの推定によって
導いた曖昧な答えでは有るが、何も分からずに喋るよりはましだった。

艦や道具の動力について訪ねられる場合、大抵この言葉が出てくるのだ。とにかく
それらしい意味を決めつけてみて、その上で会話をしないとどうにもならない。  


285  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/10/09(土)  02:16  [  MSZ8PKC.  ]
「ほう、たったの二つですか。それでは一つが随分と強いジンなのでしょうな。
一体何の力を使っているのです?」

「炎の力を渦巻かせて、その力で動いています。一つで馬一万頭分くらいの力を
持っていますね」

「一万頭分!それはまたかなり強い炎のジンですな。しかしこの要塞の様な船を
動かそうと思ったら、それくらいの力は必要なのかもしれませんな」

取り敢えず騙し騙しではあるが、ジンという言葉を意訳すれば会話は成立するように
なった。が、その一方で彼はその事に違和感を覚えていた。ジンという単語自体は、
この時代にも存在するはずの物だからだ。

そして『ジン』という言葉が指し示す本来の物とは、「妖精」や「精霊」といった
霊的存在であった。だからエネルギーとも訳せる現在の使用状況は、本来の意味から
すれば余りに異様なのだ。

彼は最初の内、言葉に理解できない部分が有るのを当然と考えていた。自分の知っている
文語体言葉(フスハー)は、過去に一度失われ、基礎だけが現代に再現された。その基礎
だけを習ったのだから、知らない言葉は覚えるしかないと思っていたのだ。

しかし今の状態は、本来の意味が分かっているはずの言葉が有り得ないような使われ
方をしているのである。その奇妙さが彼の違和感の原因だった。
************************************************************
投下終了!もう少し先まで書こうとも思いましたが、筆が付いていかない。
とりあえずちょっとずつ「ずれ」に付いて描いてみたいですね。なんか状況が
全く進みませんけど。

すでにペースが隔週連載。本スレも含めて多くの方が加速しているのに、自分だけ
むしろ減速しているとは・・・  



301  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/10/24(日)  01:10  [  MSZ8PKC.  ]
えー、遅いというレベルを通り越してしまいました。過疎状態でも自分程度は
賑やかしであるべきでしたが、どうにも書けなかった物で・・・
まあ言い訳はいいや。新編投下します。

>>281続き
艦上でパーティーが繰り広げられている頃、バスラの市内には何十人もの自衛官たちが
繰り出していた。彼らのその目的はもちろん、気晴らしである。
陸を歩くことでストレスを緩和し、さらには状況を徐々に理解させるという目的のもと、
順番ごとに隊員を上陸させ、英気を養わせているのである。

ただし一般に言う半舷上陸などとは違い、通訳が付いて買い物などを出来るだけという、
いわば制限付き休暇である。外交班からの引率役に自衛官たちが付いていく様は、
さながら修学旅行か慰安旅行のようであった。

「えーみなさん、本日は支給金による買い物が出来ます。節度を守って買い物を
楽しんでください。なお、事前通達の規則を守らないと大変危険でーす。以上!」

大声で全員に呼びかけているのは、リーダーの事務官の山村である。実際に街で
行動する場合には、言葉のみならず風俗・習慣も理解していなければならない。
そのために、彼のように現地の理解が深い者が引率の長なのだ。

しかし彼に対して、敬意を払う者はほとんど居なかった。注意事項を述べている
途中から、場が騒がしくなり始めたのだ。他の引率隊員が注意をするが、なかなか
ざわついたまま収まらない。  


302  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/10/24(日)  01:11  [  MSZ8PKC.  ]
「よーし、今日は香料と酒と装飾品だ。酒保にもこればっかりはそう置いてねえしな」
「そんなもん買って女でも引っかけるのか?その前に口説き文句の一つも覚えろよ」

「揚げ菓子と揚げ肉とえーと、兎に角脂っこい物買い込むぞぅ」
「ここの陽気じゃそんなに持たないぞ。保存料無しの天然素材のみだからなー」

「皆さん静かにして下さい!各市場通りの移動時間は十分です!但し私の指示で
緊急に移動することがありますので、気を付けて下さーい!」

「うるせえ!女なんて言葉が無くてもどうにかなるものよ。目と目で充分だ!」
「そんな甘いこと言ってるから未だに彼女いる歴一年越えないんだよ!」
「注意事項は以上です。それでは出発しますよー!付いて来てください!」

出発前の集合は、この時点で既に混乱をきたしていた。自衛隊員は集団行動力が
高いはずなのだが、その統率力も今は発揮されていなかった。

しかしそれも無理はない。なにせこれは公式(という風に司令部が認めた)休暇で
ある上に、今回の案内役は事務官である。環境の激変で隊員達も士気が落ちて
来ているため、階級以外の秩序機構が働きづらくなっているのだ。

このように雑然とした状況の中で、ガス抜きの市街観光は始まった。  


303  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/10/24(日)  01:11  [  MSZ8PKC.  ]
「なあ、俺達ひょっとしてはぐれたか?」
「ああ間違いなくはぐれた。もうほぼ完璧に」
「どこにも居ないな。背中くらいは見えても良いはずなんだが」

状況の混乱は、たいていの場合ろくでもないトラブルを引き起こす。
彼らの場合は正にそれであった。三人の隊員が市場通りの店内を見ている
内に、移動指示を聞き逃して取り残されたのである。

「どうする?ここで待つか、探すか。どっちにしろやばいけど」
「最悪なのは、言葉が一切通じないって事だ。まだ単語も満足に分からないしな」
「全く、英語グローバルの素晴らしさが良く分かるよ。ちくしょうめ」

中世の中東世界において、いや古代ローマの時代からブリテン島は「文明の外れの
ど田舎島」であり、当然この時代に七つの海の支配権も大植民地も無い。だから
英語など知っている者は、ごく一部の奴隷か欧州の者だけなのである。もっとも
彼らが話しているのは、現代では失われた古代英語などなのだが。

そう言ったわけで、自衛官の持つ英語の実践的能力は、ここでは役に立たなかった。
万が一怪しいと見られてしまっても、何も答えられないのだ。下手をすれば警察隊
すら呼ばれかねない。

そこで彼らが待つか動くかを考えていると、通りの手前から男の声が聞こえてきた。
それは通り全体に響く大声で、似たような調子の言葉が何度も繰り返されている。
ちょうどバナナのたたき売り、ガマの油売りのような『呼び込み』のそれに近く
韻を重視した、どこか興味を引く声だった。  


304  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/10/24(日)  01:12  [  MSZ8PKC.  ]
「向こうから声がするぞ。何かあるのかな?」
「興行か見世物でもやってるんじゃないか。人だかりが出来てるし」
「とすると、他にも誰か居るかもな」

他の隊員を見かけなくなったのは、皆が何かを見に集まったからだと彼らは
判断し、とりあえず仲間のいそうな人だかりへと向かうことにした。
***************************************************
「皆さん付いて来てますか?点呼を始めまーす!」

三人が人だかりへ向かったその頃、隊員達の本集団は別の通りにいた。実は隊員の
ほとんどは、緊急移動の指示に従って前の通りを離れていたのだ。そして指示を
聞き逃した彼らだけが、置いて行かれたと言うわけだった。

点呼が始まると流石に素早く、隊員達はものの数分で全員の確認を3度行った。
そして確認を行った結果、数名の隊員がはぐれていたことが判明した。すぐに
所在を割り出すため、聞き込みが開始される。

「いないのは、三山さん、七尾さん、五木田さんの三人ですね?最後に三人を
見かけた人、どなたかいらっしゃいませんかー?」

引率の隊員たちが呼びかけてから、数十秒のざわめきがあったのちに
大声で返答があった。  


305  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/10/24(日)  01:49  [  MSZ8PKC.  ]
「確か三山さんはさっきの通りで、どこかの店に入っていってましたー」
「あとの二人も一緒にいたから、多分同じ所だと思いますー」
「前の通りの店ですねー!分かりましたー!どうも」

このようなやり取りの後、引率のリーダーたる山村はすぐに判断を下した。

「これから僕が一人で、三人の捜索に向かう。ここに待機して出来る限り動かず
待っていること。もし30分待っても帰らなかったら船へ帰還する事。トラブルが
発生したらひたすら謝ること。以上」

山村はたったこれだけ告げると、急いで前の通りへの道に走って行ってしまった。
***************************************************
「はっ、はっ。まったく、えらい事だ。早く、探し出さないと」

山村は息を途切れさせながら、汗みずくになって歩いていた。全力疾走を数秒前に
やらかしたため、ほとんど普通の歩きに近い速さで動いている。その為に
多少のグチを喋る事が出来たのだった。  


306  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/10/24(日)  01:50  [  MSZ8PKC.  ]
えらい事という単語を口にしながら、彼はこの後の展開を想像していた。現状で
最悪の展開とは、街のごろつきに囲まれる事ではない。女性に何かしでかせば、
強い信仰に支持された死刑が待っているが、悪党は金と権力で誤魔化せる。
しかしこの時彼の脳裏に有ったのは、もう一つ最低のビジョンであった。

「三人か・・・場合によっては口止めがいるんだよなあ。酒とタバコと、あとは
何かで優遇して黙らせるか。許可が下りればいいんだけど」

そんな事をつぶやきながら、彼は三人がいると思われる、いや確実にいると
予想できる人だかりの元へと近付いていった。
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山村が探しに向かう少し前、三人は人だかりの中をかき分けて、奥へと入り
込んでいた。全く見世物らしい雰囲気で、人だかりは老若男女に貴賤を
問わないような、雑多な人の集まりだった。

「通してくださーい。通ります。失礼」

彼らは取り敢えず日本語で謝りながら、人波をかき分けて進んでいく。もちろん
意味など通じてはいないが、耳慣れない異国語に驚いて皆引いてしまうから、
ある程度の効果はあった。

彼らの狙いは仲間の隊員を捜す事だったが、それがどこにいるかは分からない。
ならばとにかく接触するかもしれないと、前へ前へと進み出て見る事にしたのだ。
しかし誰にも会わないまま、彼らは虚しく最前列付近へたどり着いてしまった。  


307  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/10/24(日)  01:50  [  MSZ8PKC.  ]
「おい、誰かに会ったか?三山」
「いや?誰もいなかった。五木田は?」
「こっちもダメだ。日本語すら聞こえないし、居ないのかもな」

顔を見合わせながら落胆した後、彼らは取り敢えず見世物を見ていく事に決めた。
人波をかき分けたのにすぐ出ていくのも気まずいし、単純な興味もあった。
面白おかしい芸、不可思議な魔術、爽快な軽業に珍妙な動物たち。彼らの期待した
見世物とは、要するにそういう物であった。

しかしその予想とは裏腹に、怪しい布がけの檻も無ければ、麻縄のような小道具さえ
運ばれて来なかった。代わりに人波の前のスペースには、木で出来たお立ち台のような
ものと、腰を紐で繋がれ、手首に枷をはめられた幾種類もの「人」が運ばれて来た。
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山村がたった一人で探しに出た理由は、何種類もあった。まず一つには、数十人いる
隊員の大半は、ろくに喋れない素人ばかりだからだ。彼らを駆り出しても二重三重に
トラブルが増えるだけで、余計に探しにくくなるのは分かっていた。

第二には、その素人を統率する人員が足りない事だった。自分一人抜けただけでも
危険なのに、それ以上人を抜いては万一の時に対処できなくなる。

そして最後にして最悪の理由は、彼らがこの時代の様々なことを受け入れきれない
だろうからだ。人によっては精神の平衡が狂うかも知れない。ならば頭でだけでも
理解している自分が、それに対処すべきなのだと山村は思っていた。  


308  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/10/24(日)  01:53  [  MSZ8PKC.  ]
「な、なんだ?一体何が始まったんだ?」

薄々感づいていながらも、三山の脳はその事を考えないようにしていた。目の前に
平然と広がる光景が、全くその理解と常識に反していたからだ。

壇上に裸の男が上がると、自分の周りにいる男達が声を張り上げる。金銀で着飾った
偉丈夫から、欲で濁った目の不気味な男まで、皆一様に似た言葉を発している。
そこへ更に手振りが主催者らしき相手と交わされ、歓声と悲鳴が同時に木霊する。

そして、最後に大声を張り上げた男に、裸の男の腰紐が手渡される。そして主催者は
その代わりに、貨幣が詰まっているらしい袋を受け取っている。

「こりゃあ、人身売買だな。というかこの時代なら奴隷か」

七尾は諦観したような声で、状況を明確に断言した。彼らの目の前で自然に行われて
いるその行為は、どう考えても奴隷の売買なのだった。

「さっきの男、ありゃあホモだな。目がどう見てもソレモンだった」

顔が女性的な五木田は、即座にそれを見抜いていた。彼自身もまたソレモン、
つまり衆道趣味者、男色家に尻を狙われた経験があるからだ。

息も絶え絶えな山村の声が彼らの耳に届いたのは、ちょうどその直後だった。
***************************
投下終了!てか今回長いですね。失礼いたしました。
>>300氏  そ、そうなのですか・・・では自分も、と言っても要るか要らないか
分からないけれども。まあ設定間違いの指摘は誰かしてくれるかな?  



318  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/11/08(月)  01:37  [  MSZ8PKC.  ]
二週間以上間が空いてしまいました。とにかく投下!>>308続き

「三山さーん!五木田さーん!七尾さーん!どこですかー?」
山村には三人の居場所の目星が付いていたから、呼びかけは最初から一箇所に
向けて放たれた。その場所とはもちろん、奴隷市が行われている所である。
台の上に立たされた奴隷は、遠くからでもよく見えるのだ。

山村がここに三人がいると判断した理由は、『日本人の目には、奴隷市は珍しいから』
という単純な物だった。現代日本にも伝統芸能としてたたき売りは残っているが、
人買いを街頭で目にする事は、現代では有り得ない。何故ならそれは犯罪だからだ。

しかしこの時代のこの街では、昼間から公然とそれが行われており、人々の耳目を
集めている。しかも誰も、それに対して文句など言わない。それどころか買い手は
階層の上流中流や職業の別なく、皆喜々として競りを行っているのだ。町人にしても、
本当にちょっとした見世物だという風な視線を送っている。

これが現代教育を受けた、それも日本人の目を集めないはずがない。嫌悪や驚愕、
その他のどんな感情を抱こうとも、素通りなど出来はしないのだ。むしろ何の
感慨も抱かずに、さっさと通り過ぎる方が異常だとも言える。

そうしたわけで山村は奴隷市に呼びかけたのだが、返答は帰って来なかった。
反応のない理由は分からなかったが、とにかく一度はここを探るべきだと決めていた
山村は、とりあえず人垣の中へと入っていくことにした。

「通して下さい!この中に行きたいんです!」
三人と違って山村はアラビア語が喋れるので、呼びかけもきちんとしたものである。
しかし人垣は自分や周りの話し声に気を取られて、余り気付かない。三人と違って
まともにアラビア語で喋った事が、ここでは裏目に出てしまったのだ。  


319  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/11/08(月)  01:38  [  MSZ8PKC.  ]
しかたがないので、山村はとにかく奥へ進む事にした。奴隷を立たせる台の周りなら、
人払いが成されてスペースがあるからだ。そこなら自分も動くことができるし、探して
いる三人にしても、人混みを避けてそこにいるかも知れない。

そうしてもみ合うこと数分間、暑い中を走って汗みずくになっていた山村は、人の
熱気で更に炙られるようになりながらも、何とか最前列へとたどり着いた。

「三山さん!七尾さん!五木田さん!いませんかー!」
山村は前に付くなり、声を出しながら辺りを見回す。すると彼らはすぐに発見できた。
ただしそこで、山村は見つかった喜びよりも頭を抱えたくなる光景に出くわした。三人の
自衛隊員は、どう見ても貴族級の買い手がいるエリアで何かしているのだった。

「何をしてるんですか、そこの三人!」
山村が思わず声を荒らげると、ようやく一人がこちらに気付いた。彼は女性的な顔立ちを
しており、涼しげな表情は男の山村にも綺麗に思えた。しかしその事はむしろ山村に
反感を覚えさせる。

「何をって、この競りを見てるんですが」
山村の怒りを無視するように、彼は平然とした口調で答えてきた。しかし山村は
その言葉にさらに反感を覚えながら、彼に呼びかけた。

「そこは買い手用の場所なんですよ!そこで競りだけを見ていると、冷やかしだと
思われて面倒な事になります!すぐにこっちに来てください!」
その言葉でようやく気付いたのか、彼は他の二人に声を掛けるとすぐにその場を
離れていった。  


320  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/11/08(月)  01:39  [  MSZ8PKC.  ]
山村と三人は観衆の最前列、売り買いの場から少し離れた場所で合流した。そして
すぐさま山村は三人を問いただす。
「どうしてあんな所にいたんですか?確実に雰囲気が違うのに、なぜあそこまで行って
見物なんかしていたんです」

そう山村が問い詰めると、さっきの一人が返答した。
「向こうに凄い美人がいたから、もっと前の方で見ようって事になって、それで。無理に
入った訳じゃないですけど。何人か変な顔したけど、あっさり入れてくれましたし」

「むしろ嬉しそうにしてたのも居たしなあ。だから別に、問題ないと思ったんだが」
合いの手を入れたのは、濃い髭面の男だった。三人の中で一番背が高く、体つきも
正に軍人といった風貌の男だった。

それを聞いた山村は、その理由に思い当たった。バスラに来てからの一月、とにかく
司令部は有力者に愛想を振りまいていたから、自衛隊の存在も知れ渡っているのだ。
それも貴族のお気に入りで、不思議な商品と巨大な船を持つ大商人として。

そんなイメージが付きまとっていれば、例え下っ端でも何らかの使いであれば粗略には
扱えない。今回の三人は、奴隷を買いに来た代理か何かだと思われたのだろう。
山村がその事を説明すると三人はどうやら納得した。

「なるほど、俺達もバイヤーだと思われていた訳か。だったらついでに一人くらいは
買えないかねえ?」
説明を聞いた後、しれっとした表情のままもう一人が喋った。彼は中肉中背で、どこか
飄々とした雰囲気を持っている男である。  


321  名前:S・F  (7jLusqrY)  投稿日:  2004/11/08(月)  01:42  [  MSZ8PKC.  ]
その余りにあっさりとした発言に、山村は大声を上げた。
「買う?何言ってるんですか!というかなぜ買う必要があるんです!」

「こっちは買い手と思われてたんだろ?一人くらいはお買い上げにならないと、
ここの連中にも示しが付かないと思うんだけど」

山村の声にも眉一つ動かさないまま、彼は返答した。確かに貴族らの中にまで紛れ込んで、
何もしないまま帰るのも微妙な所ではある。しかし山村は、それをすぐに否定した。

「買いたい人が居ないから買わなかった、で十分です。押し売りじゃないんですから、
気に入らなければ買わないで帰るのばこっちの自由ですよ」

その言葉を受けた彼は、少し間を空けて苦笑いした。
「やっぱこの理由じゃダメか。じゃあ正直に話そう!実を言うと、あそこにいる奴隷の
一人に、さっき言ったとびきりの美女がいる。彼女がいれば隊の空気も和むことは間違い
なし!だから買いたい。無理かな?」

その言葉を聞いた山村は、数秒間絶句してしまった。一体こいつは何を考えているんだ?
山村はそう思いながら、とにかく次に何と言うべきか考えた。
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二週間で四枚分ー。どうにも遅すぎる・・・
とにかくアレなことこの上ないですね。