59 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/22(火) 19:04 [ LgjpIS.M ]
インド洋上 某海面
「暑い!つうか熱い!焼け死ぬぞいい加減!」
迷彩柄のズボンを履いた男が、灰色の船の甲板で叫ぶ。
彼は現在情勢が滅茶苦茶になっている、イラク派遣部隊の一員である。
海上自衛隊の輸送艦に乗り組み、ペルシャ湾へと向かっている。
「まあそう愚痴るな。ここら辺は暑いのが当たり前なんだから」
「でもなあ、こう暑いといい加減死ぬぜ?雨でも降ればいいんだが」
「ははは。ここら辺の雨に降られたい?冗談じゃない、それこそ死ぬよ」
迷彩ズボンの男が振り向くと、そこにはセーラー服を着た男が居た。
彼は陸自輸送の任務に就いている、輸送艦の乗組員である。
「この辺は嵐や季節風のせいで、無茶苦茶な大時化が起こるんだ。
しかももうその時期に入ってる。悪いことは口に出すなよ?」
「はいはい。ま、涼しくなれば何でもいいや。何かないか?」
「じゃ、夜に怪談でもやるか?納涼の基本だし」
「それしかないか。まったく経済的なことで」
彼らはその晩、存分に怪談を楽しんだ。しかしその後、もっと肝を冷やす
出来事に巻き込まれる事になるのだが・・・
一応出だしはこんな感じ。ラノベだから地の文の薄さは勘弁しる。
60 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/22(火) 19:42 [ LgjpIS.M ]
インド洋上 某海面
「うおえっ!げっ、げっ、はーっ・・・うげっ」
迷彩服の男たちが、船のそこら中に吐瀉物を撒き散らす。
ひとりふたりの船酔いではないため、そこら中にゲロバケツが置かれている。
鼻から飯粒を吹き出す者、口の周りが妙に白茶けている者、泪と胃液の区別が
付かないくらい、顔中が汚れている者もいる。
派遣部隊を載せた艦は、大嵐に巻き込まれていた。激しいピッチングとローリング
(縦揺れと横揺れ)を繰り返し翻弄される艦に、男達もまた翻弄されていた。
「な?だから、死ぬって、うおえっ!いったろ?」
「ば、バカヤロウ!ゲロ撒きながら話すんじゃ、ぐえっ!ぶり返した
じゃねーかぁ、うぶべ、しかしおま、う、船乗りなのに何でよっべ、げっ」
「船乗りと船酔いは、げっ、関係、うえげ、ない!うええ」
二人が仲良くバケツの容量を満たしているころ、周辺ではとんでもない
事態が起こっていた。
61 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/22(火) 19:42 [ LgjpIS.M ]
輸送艦 艦橋
「周囲の状況はどうか?」
大嵐の中、椅子にかじり付くようにしている艦長が問いかける。
「現在嵐は風速25m以上、激しい雷雨を伴っています。僚艦は良く付いて
来ています。通信には雑音が混じっていますが、支障はありません。ただ・・・」
「ただ、何だ?」
「衛星やラジオ局等からの情報が一切入ってきません。通信可能なのは
周辺の僚艦だけです。付近を航行中の他国船とも連絡が付きません」
「どう思う、副長?」
副長と呼ばれた男が、無表情に返答する。
「恐らく長距離用のアンテナだけが壊れたのでしょう。嵐を抜け次第、
修理を行わせるつもりです」
艦長はただ無言で頷くと、真っ黒な雲が支配する窓の外を見つめた。
この時は誰もが、事態の本質に気付いていなかった。
いったん投下終了−。
62 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/22(火) 19:53 [ LgjpIS.M ]
??? 某海面
「いやー、ようやく嵐も収まったか。早く外にでようぜ。太陽が見たい」
「その前に顔洗っていけよ。ものすごく汚いぞ?」
「駄目だって。洗面所は全部順番待ちだ。後回しにしよう」
大荒れに荒れた嵐も収まり、甲板に出る許可がようやく下りた。
二人の男は汚物の臭いが立ちこめる船室を出て、海の空気を吸いにいった。
そして−彼らは自分たちが『よくわからないところ』に来ているのを知った。
「なあアレなんて魚だ?随分でっかいなあー」
「それ以前に、魚じゃないだろ。たっぷり100mは有るぞ。
ジンベエどころじゃない・・・しかも群れてやがる」
二人の目の前には、虹色に光を反射する鱗を持った、巨大な魚の群がいた。
中には輸送艦や付近の僚艦よりも大きい魚さえいるほどだった。
どう考えても、ここは見知らぬどこかであり、インド洋上では無かった。
63 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/22(火) 20:05 [ LgjpIS.M ]
輸送艦 艦橋
「かかかか、艦長!大変です!」
「どうした副長。何があった?」
「アンテナが、長距離用アンテナが」
「まさか、修理不能なのか?」
「いえ!壊れていませんでした。どこも」
副長の報告を聞くなり、艦長の顔がさっと青ざめる。軍人らしからぬ
事かもしれないが、艦長が青くなるのも無理は無かった。なぜなら、
修理状況チェックのために、嵐が収まってから
受信装置は全部オンになっていたからだ。
「本当に故障していないのか?他の配線は?」
「コンピューターと目で全部チェックしました。どこも、壊れていません」
「なんたる事だ・・・核戦争でも起こったのか?」
インドとパキスタンは非常に仲が悪く、双方核保有国家である。
核使用後は電波状況が悪化するから(地上の場合、放送局そのものが危ない)
艦長の想像も有り得ないではなかった。
もっとも現在の状況は、艦長の想像を遥かに超えた物であったのだが。
平和に安堵すべきか、異常事態に恐怖すべきかは微妙なところである。
一応起承転結に転移までは終わり。つうかいい加減だなあ俺。
65 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/24(木) 18:54 [ LgjpIS.M ]
>>64いや、まあ余りにもテキトーに書いたもので・・・
この後の展開はどうするかな。
機器類がどこも破損していない、ということは発信源の方に何か有ったと
言うことになる。うんともすんとも言わないGPSを前に、艦橋の全員が
恐怖に包まれていた。
「ふ、副長、これからどうする?」
艦長の顔は少し青くなっていたが、幸い艦橋の誰も気付かなかった。
人の発言という事実に多少の安堵が起こる。
「まず、他の艦にも問い合わせてみた方が良いでしょう。本艦のコンピュータ
か何かが特にエラーを起こしたのかもしれません」
副長の言葉に、艦長は気を入れられた。何もしないよりは、何か行った方が良い。
少なくとも気が紛れる。
「よし、連絡を取ってみよう」
現在は戦闘中では無いので、通信は無線電話で行う。艦長は一番近くにいた
輸送艦と連絡を取り、通信状況に付いて問い合わせた。しかしそこから
帰ってきた答えは、艦長を失望させる物だった。
「何?そちらも長距離通信が全滅?他の艦には?・・・・そうか、分かった。」
艦長の言葉を聞き、場の空気が幾らか重くなる。艦長もまた、その空気を察して
重々しい声を作った。
「通信の結果、どうやら全艦の長距離通信施設が死んでいる事が分かった。
それと、この事態に対応するため、幹部会議を開くことになった」
66 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/24(木) 19:06 [ LgjpIS.M ]
幹部会議、その言葉に艦橋がざわめく。何故ならこのような事態は、
自衛隊史上始まって以来の出来事だからだ。
米ソ冷戦時代ならばまだしも、こんにち外部との連絡がこれほど完璧に、
しかも大規模に途絶するような事態など考えられなかった。
状況確認も出来ず、通信も出来ず、かといって現在は核パトロールなぞを
やっている訳でもない。つまり行動ドクトリンが存在しないのだ。
艦長も不安だった。彼は戦闘時には艦の全てを掌握する男であっても、
艦隊の行動、作戦目的を動かせるような立場にはない。
これからどうなるかは、彼にも全く分からないのだった。
67 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/24(木) 19:26 [ LgjpIS.M ]
艦隊司令、陸自司令、艦長級を召集しての幹部会議は、大荒れに荒れた。
状況が不明瞭な以上、一度日本へ帰国すべきだとの意見が上がったからだ。
この意見にも理が無いわけではない。幾ら嵐が起こったとはいえ、インド・アラブ
方面や衛星、更には展開しているはずの米英加等の艦隊とも連絡が取れないのは
普通ではない。印パ核戦争が勃発したにしても奇妙すぎた。
現状のままイラクに向かうことが、果たして正しいのか?それが主張者の
意見であった。ある意味、当然と言えた。
しかしたった一つの現実が、その意見を完全に封じた。
「燃料がない」この一言が全てであった。インドが戦争中ならば、
ボンベイやらコロンボ港などの使用は望むべくも無い。
東南アジアへ自力航行で帰るのは無理だから、クウェートかどこかで
燃料を求めた方が確実だとされた。最終的には帰国意見者が折れ、
自衛隊はそのままイラク方面へと向かうことになった。
70 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/26(土) 01:52 [ LgjpIS.M ]
「えー、艦内の諸君、落ち着いて聞いて貰いたい・・・」
艦内に妙な緊迫感に満ちた、艦長の声が響き渡る。幹部会議の招集は終わり、
各艦では同じような内容の放送が流れている。
内容を要約すると、『嵐の後、インド方面及びアラビア半島方面と
原因不明の通信途絶が発生、衛星とのリンクも消滅。燃料の都合上、
艦隊はこのままペルシャ湾に進入し、燃料の都合をつける』といった事だった。
この放送は、少なからず隊員達を動揺させた。流石にパニックにまでは
陥らなかったが、状況の不明瞭さに疑問を抱く声は多かった。
インドに戦争が起きた可能性に付いては触れられなかった。そこまで放送すると
動揺が大きくなりすぎるとの判断だった。
しかしもっとも混乱と動揺が起こったのは、航海科だった。なにせ衛星情報が
一切消滅し、天気予報図も送られてこない。殆どが前時代に逆戻りした。
71 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/26(土) 02:01 [ LgjpIS.M ]
幸い星の位置に変化は無かったので、天測と海図とレーダーを組み合わせて
何とか海を渡ろうとした。しかし地形に大きな変化が見られたため、海図は
信用度が急速に落ちていった。
その大きな変化とは、島である。地図のどこにも載っていない、それでいて
絶対に見逃されない様な大きな島がいくつも発見された。
海図に詳しくない隊員は気にしなかったが、担当航海士などは頭を抱えた。
それでも何とかペルシャ湾内に進入したとき、更に追い打ちを掛けるような
酷い事態が発生した。帆船が発見されたのである。
さて、今回はここまで。帆船は話に関係ないので、ちょい役。
72 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/27(日) 18:14 [ LgjpIS.M ]
艦隊が湾内の半ばを過ぎた辺りから、レーダーに船団が映るようになった。
それは最初どこかの国の輸送船と思われたが、相手は一切無電に反応しなかった。
そして何かあるのかと接触してみたとき、不安は驚愕に変わった。
全部の船が、帆を張っていたのだ。航海禁止海域なので、映画の撮影で
無いことはすぐに分かった。それでもなお近付くと、弓矢で威嚇射撃を
加えられ、甲板にぎらつく白刃の群が並べられた。
どう考えてもこれは敵対行動であり、近付くべきでは無かった。
それ以降3度ほど同じ目にあい、接近は禁止とされた。
73 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/27(日) 18:42 [ LgjpIS.M ]
この数度の事実は、帰国派と前進派の双方を混乱させた。自分たちの今いる
所は、どう考えても自分たちの知っている海ではないからだ。
しかしそれでも艦隊は、進むのをやめられなかった。いつまでも海に浮かんでは
いられないからだ。船団の感知頻度が上がったことから、湾の奥に港が有ることは
間違いなかった。であるならば、そこがどんな所であろうと進むしかなかった。
こうして艦隊は、不安を抱えながらも前進した。そして、彼らは見知らぬ港に
たどり着いたのだった。
76 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/29(火) 21:56 [ LgjpIS.M ]
「なに?ここはクゥエートじゃない?!」
艦橋内部に、驚きの声が響く。現在艦隊は港の近くに停泊しており、
武装船に強制停止を受けている途中である。
武装船といっても、これがまた凄まじい船である。衝角付き木造帆船に
弓兵と海兵と投石機が積まれているのだから。
沖合で遭った船団よりも本格的な武装だが、余りにも装備が古い。
一体いつの時代の船なのかと疑いたくなるが、船自体は真新しかった。
「はい、ここはバスラだそうです。それに確かに川が見えます」
通話の相手は、隊員と共に来た事務官である。彼は帆船から来た小舟に
乗って、事情を説明に行っている。
艦隊がなぜ停泊位置を間違えたか?それはレーダーと海図は使えるにしても、
湾内での誘導が一切ないこと。慣れない天測、船団の感知を頼りにした進路の
決定等々が原因であった。もちろん、航海科員の心理的動揺もあったが。
77 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/29(火) 22:24 [ LgjpIS.M ]
バスラはイラク南部の中心をなす、イラク第二の大都市である。シャトル・アラブ川
河畔に街があり、大油田と周辺施設、石油積み出し港などがある。しかし艦隊の
レーダーや望遠鏡にも、それらしい施設どころか煙一つ見えない有様であった。
事務官に話を聞いてみても、町中は日干し煉瓦や石積みの低い家しか
なく、道行く人の喋る言葉は殆どが異様に古いとの事だった。
そのあと事務官は、奇妙な言葉を何度も聞くと報告した。
自分を案内している男達が、通信機を見てしきりに「ジン」言うこと、
最初は酒のジンかとも思ったが、話を聞くと「精霊のことだ」と
返答されることなどだった。
その様な幾つかのやりとりの後、彼は当局に着いたとの報告をよこした。
しかしそれから、暫く彼からの応答はなかった。
とりあえずここまで。ちょっと遅れましたね・・・上陸してねーし。
航続距離を調べるのに手間取っていたり。
80 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/01(木) 21:52 [ LgjpIS.M ]
最悪の事態を誰もが想像しだした頃、ようやく通信機が反応した。
「いやーすいません。ちょっと交渉に手間取ってしまいまして」
「無事か!よかった。で、交渉はどうだった?」
「遭難した船を追い払うような真似はしない。寄港を許可する、だそうです」
寄港許可の言葉に、全員が喜びを覚える。少なくとも地面の上に戻れると分かった
からだ。しかし艦橋の喜びとは逆に、事務官の声はどことなく暗かった。
「ではこれから、許可書を持って帰艦します」
「了解!」
事務官の声の固さに気付いた者は、この時だれもいなかった。
********************************************
事務官を乗せた小舟は、まず武装帆船の方に戻った。その後、事務官は
帆船の小舟から護衛艦の内火艇に乗って、無事帰艦した。
事務官が船に戻ったことを確認すると、帆船はすぐに行ってしまった。
自分たちより大きく、しかも得体の知れない船の空いてなど嫌だったのだろう。
幾らか空気の明るくなった艦橋に、事務官が帰ってきた。
今回一番の功労者に、艦長がねぎらいの言葉を掛ける。
「よくやってくれた。ご苦労様」
「はい、ありがとうございます」
「よし、ではどこかで休んでくれ。疲れたろう」
「その前に艦長、許可書を金庫に保管したいので一緒に来て下さい」
この時初めて、艦長は事務官の声の固さに気付いた。他にも
感の鋭い者が何人か気付いたが、その事を考えさせる前に
二人は艦長室へと向かってしまった。
81 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/01(木) 22:29 [ LgjpIS.M ]
「艦長、実はお話がありまして・・・」
「分かっている。だから直ぐここに来た」
艦長と事務官は、艦長室の中にいる。もちろん鍵は掛けて有るし、
入る前に人気の無いことも確認していた。
事務官はぐびり、と息を飲むと、決然とした表情で話した。
「では単刀直入に申し上げます。我々が今いるのは、現代のイラクでは
ありません。私の見た限りでは、間違いなく」
「まあそんな気はしていた。で、ここはいつのイラクなんだ?」
艦長は思いの外あっさりと、事務官の言葉を受け入れた。その艦長の
様子を見て、事務官はあっけにとられる。自分が狂ったと思うどころか
当然の反応と受けるのだから、無理もない。
その事務官の反応に、艦長は苦笑しながら説明をした。
「君は船酔いで寝込んでいる間、ずっとこんな事の続き通しだ。
いい加減、認識を改めたんだよ。これは夢じゃない、現実なんだとね」
タンカーや軍艦の航海域で、帆船に、しかも三度も矢を射られれば、
どんな人間でも認識は変わる。もし変わらなかったとしたら、それは
その人が狂っている証拠とさえ言えるだろう。
いささか肩すかしを食った事務官は、気の抜けた、しかし固さの無い声で
艦長に返答した。
「いつの、ですか。許可書には183年と書いてありますから、
西暦で800年ですね」
「西暦800年?ということは、1200年も昔に来てしまったのか!」
さすがに艦長も、これほどの事とは考えていなかったらしい。
思わず大声で叫んでしまい、慌てて口をつぐむ。
廊下をおそるおそる確認し、人気の無いことに安堵してから
二人は話を再開した。
82 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/01(木) 22:48 [ LgjpIS.M ]
「で、この時期のイラクはどうなっている?」
「正直に言って、一番当たりの時期と言って良いですね。アッバース朝の
最も栄えた時期です。ハールーン=アッラシードはご存じですか?」
「ああ。確かアラビアンナイトにも出てくる王だな。貿易で栄えた王様とか
そういう話だったか」
「ええ。そしてここはその貿易の中心地で、この時期では破格の30万都市です」
「ということは、食糧もあるのか?」
「イラク平原から小麦やら何やらが山のように。まあ輸出用が多いですが、その分
貿易してますから食糧や物資には困りません」
艦長はその言葉を聞くと、急に安堵した表情になった。
「そうか、食糧不足は無いか。隊員達の分も何とかなるかな」
「30万を養う街です。700人やそこらなら、どうとでもなります」
正しく地獄に仏とはこの事だ、そう艦長は思った。手段さえ講じれば、
取り敢えず誰も飢える事だけはないのだから。
今回はここまで。状況説明のせいで長くなりますた。いままでがぶつ切り過ぎた
事への反省と反動wさて次回、ホントに揚陸編か?
84 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/04(日) 15:33 [ LgjpIS.M ]
「しかし、隊員たちにどう説明しよう」
艦長のつぶやきには、深刻な空気があった。艦長や幹部クラスはともかく、
一般隊員の多くが状況を把握していない。漠然としたおかしさは感じていても、
決定的なところを知らないのだ。
特に輸送艦は、帆船団と至近で接触していないし、何より陸自の
隊員を積んでいる。説明は護衛艦よりも困難だろう。
「許可書を貰った以上、ここに長くいると向こうに怪しまれます。
じっくり説明している暇はありませんよ」
「分かっている。だからこそ、だ」
事務官の口にした確認の言葉に、艦長はぶっきらぼうに返事をした。
場が落ち着くまでの時間が、ここでは取れない。ならばどのようにして
説明をすべきか?それが艦長の頭を悩ませていた。
85 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/04(日) 17:34 [ LgjpIS.M ]
「いっその事、進みながら説明しますか?」
事務官の言葉に、艦長の悩みが一瞬停止する。
その後の艦長の返答は、余り乗り気でない物だった。
「進みながら?確かにそれしか無いだろうが、理解してくれるかどうか」
「理解が得られるかはともかく、混乱は押さえられる方法があります。
後はバクチになりますが」
事務官の発言に困惑しながらも、艦長は少し心を動かされた。現状では
混乱を押さえられる、というのは魅力だからだ。そして艦長は、とりあえず
聞いてみる事にした。
「どんな方法だね?」
86 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/04(日) 17:40 [ LgjpIS.M ]
事務官の答えは明瞭だった。彼はあっさりと言った。
「乗員全員を、甲板に上げて航行するんです」
「何?」
「全員に目の前の光景を見せながら進めば、嫌でも受け入れるでしょう。
私も実際そうでしたし」
「しかし、それでは混乱が大きくなるのでは?」
艦長の疑問はもっともだった。唐突に現実を見せつけられれば、
日頃冷静な隊員でも、予想外のパニックを起こすかもしれない。
それに対し事務官は、自嘲ぎみた笑いと共に言った。
「確かに最初は私も混乱しましたよ。でも周りは海でしょう?パニックに
なっている暇もないんですよ。『落ちたら死ぬ』と考えてしまえば、
体が考えたり動いたりするのをやめます」
「なるほど、逃げられないなら止まってしまえ、という訳か」
「そしてその間に、自分のすべきことを叩き込んでしまえば良いんです。
これなら無用の混乱は、何とか避けられるかと」
事務官の言うとおり、この案はバクチ的な部分があった。もし混乱が起きた場合、
転落したり錯乱する者が出るかもしれない。そして一端火が付いたら、
混乱は止めようがない。
しかし、そんなことには構っていられなかった。時間を取ることは出来ない以上、
次善の手しか打ちようがないのだ。結局この案を艦長は採用し、幹部の賛同を得て
輸送艦と打ち合わせを行った。
87 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/04(日) 18:21 [ LgjpIS.M ]
そして、案は実行された。甲板の上に手すきの乗員が鈴なりになり、
艦隊はゆっくりと港へと向かっていく。
甲板の上は、喧噪に包まれていた。驚きの声、小さなざわめき、諦めた様な
気楽な声など、様々な声が響いている。
「うわー。物の見事に何もないな。というか、街全体が低い」
「右見ろ右!あんな船初めてみるぞ!一体なんなんだあれは」
乗員達があっけにとられている中で、艦内からの放送が始まった。
「あー、諸君らは今、港をみていると思う。見慣れない帆船があったり、
高層ビルがなかったりすると思うが、それは映画のセットではない。
そこにあるのは全て、普通の町である」
流石にこの発言には、乗員も戸惑いを覚える。全部が普通の町だなどとは
とても信じられないからだ。
「諸般の事情により、寄港予定地から位置がずれた。現在向かっているのは、
クゥエートではなくバスラである。上陸後すぐに物資の固縛を解き、陸揚げを
行う。今の内によく空気を吸っておくように。甲板での休息は、着岸までとする!
以上!」
乗員たちは命令の異様さに驚いた。着岸まで甲板に出ていられるとは、どう
考えても普通ではない。陸揚げ準備があるなら、なおさらである。
88 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/04(日) 18:31 [ LgjpIS.M ]
しかし隊員たちは、命令に従うことにした。外の空気を吸わない訳ではないが、
陸から吹いてくる風は久しぶりだからだ。それに、目の前の光景が何度見ても
信じられない。
土色の建物に木の看板、石造りの港。バスラは戦争で爆撃を受けているが、
復旧にこんな素材を使ったとは思えない。帆船にしたところで、骨董品どころか
現役バリバリの船ばかりにしか見えないのだ。
しかし、港に近付くに連れ混乱は収まっていった。目の前にある質量、それに
逆らっても仕方がないと大半が腹を括ったからだ。そして落ち着いた空気が
流れると、それが全体に伝播していった。
そして港に付く頃には、両艦とも通常任務に就くような雰囲気になっていた。
今回はここまで。荷揚げ荷揚げー!
90 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/10(土) 17:45 [ LgjpIS.M ]
>>89突然一週間も放置してしまいすいません。では、続き行きまーす!
艦隊はゆっくりと港の奥に進んでいった。周りの帆船では、マストや甲板に
上がった何人もの人が、二つの船を見つめている。
「しかしなんというか、恥ずかしくなる視線だな」
「大の大人がみんな目ぇ丸くしてますもんね。どうも照れます」
自衛官達は、奇妙な視線に戸惑っていた。注がれている視線からは、侮蔑や恐怖、
歓喜といった感情ではなく、純粋なまでの驚きだけが感じられるからだ。
今までの任務では、そうそう感じる事もない視線だった。
岸壁がコンクリートではなく石で固められているため、輸送艦は横付けに
苦労した。しかしなんとか岸に着けることに成功し、その横に幾らか離れて
護衛艦が留まった。
その頃艦橋では、スーツを脱いだ事務官と艦長が相談していた。
「荷揚げといっても、一体どこに物資を置くんだね。野ざらしはまずいが
基地なんてあるはずも無いし・・・」
「それなら心配ありません。遭難船への救済措置で空き倉庫を貸して
くれるそうですから、ある程度は捌けるはずです」
「で、その倉庫は一体どこにあるんだ?」
「港の中です。さっきの許可書を役人に見せれば、案内してくれるはずです」
「では、先に下りて案内と通訳に行ってきてくれ。頼んだぞ」
「分かりました」
その後事務官はいち早く下船し、そして荷揚げ作業が始まった。
91 名前:名無し三等兵@F世界 投稿日: 2004/07/10(土) 19:00 [ LgjpIS.M ]
岸壁につけた輸送艦は、作業を開始した。重苦しい作動音と共に
舷側の一部が左右に開いていき、暗い灰色をした舷側のそこだけが、
急に闇色になった。深い闇を覗かせているそこは、輸送艦の舷側扉だった。
その闇の中から、工事現場のコーンや踏切板のようなものを持った
自衛官が数人現れ、扉の前にそれらを設置していく。コーンが門の
両脇に置かれ、緑色の板が舷側扉と岸壁の間に橋渡しされる。
そして自衛官達が闇に向かって手を振ると、それに応えてエンジン音が
響き始めた。搭載車輛がエンジンをスタートさせたのである。
闇の向こうから最初に現れたのは、えぐれた鼻の軽装甲機動車である。
窓の真ん中に太い枠が通って、まるで太眉のように見える車だ。
機動車は港の幾らか奥に進んで停車し、その後も次々と輸送艦から
別の車輛が発進していった。
92 名前:S・F (g/XuFmDQ) 投稿日: 2004/07/10(土) 19:13 [ LgjpIS.M ]
横幅の広い高機動車が現れ、巨大な73式大型トラックが一トン
水タンクを引き連れていく。ひょうきんな顔の73式中型トラックや、
地響きを立てる特大型トラックが港に並んでいく。
周囲が一杯になりだしたころ、ようやく事務官が帰ってきた。彼に倉庫の
場所を伝えられた自衛官の誘導により、車輛はまた別の所へ向かっていった。
移動がスムーズになりだした頃、艦からは今までと違う音が響き始めた。
鎖の鳴る音と、何かの機械の作動音である。その音は、甲板に係止されていた
車輛が、エレベーターによって艦内に下ろされていく音だった。
投下終了。
えー、なんか地の文オンリーですいません。心理描写は次でやります。
いやなんか、写真みてたらやりたくなったもんで・・・
96 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/14(水) 02:10 [ LgjpIS.M ]
ドン!という大きな音が、自衛官の心臓をびくつかせた。青い服を着たその
自衛官は、周囲の暑さで出た汗と、冷や汗の二種類を流していた。
彼が恐怖した音の原因は、今彼が誘導している73式大型トラックである。
舷側扉から木でできたスロープを下ったとき、トラックの車体が
大きく動いたのだ。
もっともトラックは巨体を軋ませながらも、タイヤのゴムが戻る悲鳴を
物ともせずに水タンクを引きずっていた。彼が心配しているのも、トラック
よりもその足下の部分だった。
彼やトラックの足下に広がる岸壁は、全て石組みで出来ていた。
そこは隙間をセメントで固めているわけでもなく、せいぜい漆喰の
ような何かが埋まっているだけだった。
大きな音に心細くなった彼は、付近で作業中の上官に質問をしてみる事にした。
「三田一尉殿、ここは本当に大丈夫なんでしょうか?」
「ここは大丈夫かって、そんなことわからん!見たことも無い所なんだから
俺にもまるで見当が付かん!それより次来てるぞ!」
三田一尉の返答は、随分と的外れな物だった。一尉はどうやら、
部下が未知の世界に恐怖したのだと思ったらしい。
97 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/14(水) 10:58 [ LgjpIS.M ]
彼は質問をもう一度しようと思ったが、車の誘導が先だと思い直して振り向いた。
しかしそこには、先程よりも巨大化した恐怖が彼を待ち受けていた。
彼の目の前に来たのは、特大型トラックだった。正式名称を74式特大型
トラックといい、自衛隊のトラックの中では最大を誇る。彼にとって
更に不幸だったのは、それが搭載量を増大させたロングタイプだったことだ。
彼は誘導をしながらも、先程より多くの冷や汗を流していた。スロープを
ゆっくりと下る特大型が、今の彼には圧殺処刑機のように見えた。
前よりさらに大きな音がして、タイヤと車体がギシギシと嫌な軋み音を上げる。
その時、スロープが大きな音を立てて上下動を起こした。
98 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/14(水) 11:15 [ LgjpIS.M ]
彼は瞬間的にびくついたが、次の瞬間になっても何も起こらなかった。
そのため彼の動きは中途半端に硬直したようになってしまった。
「おーい!どうした!気分でも悪いのか?」
トラックの窓から運転手が顔を出し、彼に問いかける。彼は慌てて
取り繕うように、「大丈夫だ!」と応えた。
それを聞いた運転手は、「だったらしっかり誘導しろ!」と怒った。トラックは
下方視界が悪いから、安全な位置に誘導員がいても神経を使う。今回は足場が
悪いから、更に張りつめていた所に彼の妙な動きである。運転手が怒るのも
無理はなかった。
彼は運転手に謝って、すぐに誘導を再開した。しかしその最中も、やはり
恐怖感は消えないままであった。
特大型を誘導した所で待機場所が無くなったため、作業は一端中断となった。
炎天下での作業だったので、そこで小休止を入れることになった。
彼はちょうど良いタイミングだと思い、三田一尉と話すことにした。
99 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/14(水) 11:37 [ LgjpIS.M ]
「三田一尉、さっきの話なんですが・・・」彼は水筒の水を飲んでいる三田に
話しかけ、側に座った。尻にごつごつと痛い感触が、やはりここは岩の上
なのだと彼に再認識させる。
「どうした?こんな訳のわからん所に来て、怖くなったか?」
三田は多少うんざりしたような口調で話していた。その口調が少し
気に障ったが、彼は平素のままで喋った。
「いえ、さっきの『ここ』はここの岸壁の事です。段差は大きいし全部
石組みだし、こんな所をトラックで何度も通って、大丈夫なんでしょうか?」
その言葉を聞いた三田は、拍子抜けしたような表情をした後、大声で笑い出した。
「ははははは!なんだそう言うことか!そんならそうと早く言え!」
「な、何がおかしいんですか?別に変なことを言ったつもりは無いんですが」
「いや、こっちの勘違いに笑っただけだ。気にするな。
質問はここを通って大丈夫かだったな?」
「まあ良いです。で、答えか何かはあるんですか?」
彼は何となく納得の行かない気分だったが、答えがあるなら聞きたいと
言う気分の方が勝った。取り敢えず、三田一尉の話を聞くことにした。
100 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/14(水) 12:19 [ LgjpIS.M ]
「昔の貿易で、キリンや象を運んだって言うだろ?でもその時、象の重みで
港がダメになったって話は聞かない。その時代の港でも、5〜6tやそこらの
重さは平気だった訳だ」
彼も確かに昔、歴史か何かで習った記憶があった。象の種類は分からないが、
確かにその頃の港でも、それなりの耐久力が有る証拠にはなる。
「でも、我々のトラックは象より重いですよ?それに、たまに1〜2台なら
まだしも、何回も連続して乗ったらまずい気が・・・」
三田は彼の質問をもっともだと思ったのか、別の話を始めた。
101 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/14(水) 12:35 [ LgjpIS.M ]
「イタリアではローマ時代の街道を、普通に輸送路に使っているそうだ。しかも
アスファルトの道路がボロボロになっても、そっちは大丈夫らしい」
「アッピア街道とかですか?水路は現役だと聞きましたけど、そっちもですか」
「まあつまり、古い技術も馬鹿にしたもんじゃ無いって事だ。そんなに簡単には
壊れやしないさ」
彼もようやく納得したのか、深く頷いた。そして話が終わったときには、
ちょうど小休止も終わろうとしていた。
「よーし、休憩ももう終わりだ。作業に戻るぞ!」
「はっ!」
歯切れよく返事をして走っていく彼を、三田は笑顔で見つめていた。どうやら
彼は『この訳の分からない世界』の事を、少なくとも今は考えていないと
三田は確信していた。
三田がうんざりしていたのは、「今後のこと」について考えすぎる者が余りに
多かったからだ。考える者自身が悩み抜くのはいいが、士官である三田には
思い切り実害が伴っていた。
ことあるごとに「今後どうするか」「ここはどんな所か」という質問を
部下や後輩隊員から浴びせかけられ、その数は既に数十回を数えていたのだ。
104 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/17(土) 23:53 [ LgjpIS.M ]
三田は質問責めにされても、とにかくまともに答えなかった。
夜中に来れば酒を飲ませ、昼間の休みには賭けでごまかし、一度来た者と
次に来そうな者には、仕事の割り当てを多めにしてやった。
質問にまともに答えないのは、三田自身にも答えなど分からないからだ。それに
ひたすら励ましなどしても、逆効果になる可能性も考えられた。疑り深い性格の
者だと、それが原因でより深みにはまる場合があるからだ。
が、こういったごまかしにも限界はある。酒や金は尽きれば終わりだし、仕事に
常に忙殺されるほど、航海中のスケジュールは殺人的では無いからだ。
しかし上陸してからは、全てが変わると三田は思った。先程の彼の態度は
将来に恐怖するものの態度ではないからだ。
照りつける太陽と白茶けた岸壁の上で、三田はすがすがしい気分に一瞬だけ
浸り、すぐに作業の監督に戻った。
106 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/19(月) 23:09 [ LgjpIS.M ]
さーて、続き行きます。
炎天下の作業も終わり、海自隊員達は赤く沈む夕日の中に居た。倉庫付近に物資と
車を預けた、陸自の隊員達も居並んでいる。彼らの目の前には、艦隊司令や陸自の
司令官ら、部隊の首脳が立っていた。
「えー、諸君。とりあえず物資の陸揚げは終わった。我々は予定外の状況が
発生したため、現在イラクのバスラにいることは、もう説明したと思う」
白いスピーカーを手に持っているのは、陸自司令官の望田一佐だった。彼は嵐の後
通信が途絶したこと、燃料補給のためクゥエートに向かったこと、進路を誤って
バスラに寄港したことなど、今までの状況を概ね説明した後、隣の男にスピーカを渡した。
スピーカーを手渡されたのは、艦隊司令の芝尾一佐である。彼は望田よりも
いかつい面持ちで、第一声を発した。
「えー、先程の望田一佐の説明で分かるとおり、現在の我々は遭難者と言って良い。
だがこれは、ただの遭難などではない。それは周囲をみれば理解できると思う」
芝尾が空いている手で指を指すと、隊員達は一斉にそちらを向いた。
そしてそこには、何もなかった。現代文明を示す建物が、何もなかったのだ。
隊員達の反応を確かめた後、芝尾一佐は話を再開した。
「見て分かるとおり、ここは例えイラクであっても現代ではない」
107 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/19(月) 23:21 [ LgjpIS.M ]
言葉の後にざわつくのが分かっていたのか、芝尾は暫く喋らなかった。
本来ならこのような学生然とした空気は、厳しく指導されるべきだったが
現在は状況が状況だ。ここで強い統制を敷くと、混乱が深まる可能性が有った。
そしてざわめきが収まった後、芝尾はもう一度話し始めた。
「現在の状況下では、日本及び他国との連絡は極めて困難であると判断される。
従ってこれからは、我々は自主的行動を取って行かねばならない。日本や他国との
連絡が可能になるまでの間、司令部は自主判断を行う決心をした」
この時のざわめきが、ある意味で一番大きかった。但しそれは、声に出る
ざわめきではなく心のざわめきであった。芝尾を含む司令部の全員は、
『自主判断』宣言に心を粟立たせていた。
108 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/19(月) 23:37 [ LgjpIS.M ]
自衛隊は長い間、文民統制と他国共同を防衛の基本としてきた。そのため自衛隊の
幹部クラスは、どうしても受け身になりがちであった。もっとも『自主判断』
なぞ出来るような人間は、どちらにしろ異端扱いなのだが。
とにかくここまで大きな部隊が自主判断するなど、自衛隊始まって以来の
出来事だった。前例のない事態に、司令部全体は戸惑っているのだ。
しかし事態の重さは、その他の状況とは桁違いだった。通信不通どころか
現代文明そのものから、完全に切り離されてしまったのだから。
この事態の重さを考えれば、自主判断宣言という一種の大バクチも
仕方がないと、司令部は考えていた。
「そして、司令部の自主判断による最初の命令を伝える。海自一般隊員及び
陸自一般隊員は、しばらくの間輸送艦内に宿泊してもらう。理由は、先方が
用意できる宿泊施設は、部隊全員を収容不可能なためである。以上解散!」
こうして自衛隊史上始まって以来の大事件は、その始まりの終わりを告げた。
113 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/28(水) 23:28 [ LgjpIS.M ]
とりあえず続き行きます。
解散命令に従って、隊員たちは艦のある港へと帰っていく。しかし司令部の
人員は、全員が別の方へと向かっていった。これを見た隊員もいたが、
命令内容に幹部は含まれていなかったため、特に気にはされなかった。
司令部の人員が向かった先には、軽装甲機動車一台と高機動車二台が止まっており、
そこには運転手を含む隊員と、事務官が待機していた。
「誰(タレ)か!」
立哨していた隊員の誰何に、望田が進み出て答えた。
「イラク派遣第二部隊司令、望田一佐だ」
「失礼しました望田一佐。司令部の皆様も、お待ちしておりました」
隊員は敬礼すると、他の隊員に「各員搭乗開始!」と怒鳴った。
それを聞いた隊員たちは、即座に待機を解いて車輛に乗り始めた。
前方の車輛に遅れて乗り込んだのは、停泊許可を貰いに行っていたあの事務官で
あった。彼は軽装甲機動車に乗り込み、そして最後に司令部要員が高機動車に
乗り込んだ。
全員の搭乗を確認した後、軽装甲機動車を先頭にして、三台の車輛は
出発していった。
114 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/29(木) 00:57 [ LgjpIS.M ]
先頭の軽装甲機動車には、ナビゲーター役に事務官が乗っていた。これは本来ならば
自衛官が行うべき任務だったが、事務官は倉庫の借り受けその他の交渉で、何度も街に
入っていた。だから周辺を今一番知っているのは、彼なのだ。
それに彼が入手した現地の地図もアラビア語なので、自衛官には簡単に扱えなかった。
そうした問題があったため、事務官が特別にナビを務める事になったのだ。
最後尾の車輛に乗っているのは、この車列の護衛部隊主力である。護衛部隊は64式
小銃で武装した一個小隊(運転手含む)と、他の車輛の搭乗員で構成されている。
そして中央の車輛には、護衛対象たる司令部要員が乗っていた。彼らは目的地まで
しばらく掛かると見て、車内で様々な打ち合わせをしていた。
「手土産は何になったと思う?」望田が隣に座る芝尾に、ざっくばらんに問いかける。
望田の言葉に苦笑しながらも、芝尾は返答した。
「手土産か。確かに手土産としか言い様はないが。まあ食べ物は戒律があるから、
道具か何かじゃないか?」
望田たちの口にした手土産とは、実は地元の有力者への贈答品の事である。
彼らが現在向かっているのも、市長(アミール)や名士の所なのだ。
現在の自衛隊の立場は遭難者だから、どうしてもこういった行動は必要になる。
要するに土地の権力者に根回しをすることで、今後の行動をスムーズにする訳である。
115 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/29(木) 01:13 [ LgjpIS.M ]
今回の行動に異論を挟む者は、誰もいなかった。しかしそれは緊急事態だからと
言うわけではなく、元々心構えが出来ていたためである。
自衛隊が本来行くはずだったイラクでは、土地の買収交渉などで部族長や市長との
折衝を行う必要があった。他にも土地の使用問題や、様々なトラブルを収める為に
色々と手を回さねばならないのは確実だった。
だからある意味、このような挨拶回りや根回しは予定行動だった。もっとも交渉
相手の背景が大きく変わったから、そこだけは悩みの種だったが。
「ま、とにかくへマをやらなきゃいいさ。今はそれだけでいい」
「そうだな。確実な成果が見込める訳でもないしな」
彼らがしばらく挨拶の巡や述べる言葉を検討している内に、最初の目的地に
到着した。そこにあったのは、大きな屋敷だった。それはこれから彼らが何軒も
渡り歩くであろう屋敷の、一軒目だった。
118 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/30(金) 00:17 [ LgjpIS.M ]
妙なスレより上に浮上するため、これより上昇モードに移ります。
屋敷の人間を驚かせないために、車列は屋敷の近くに止まった。塀の外側に
最後尾の高機動車が待機し、隊員が降車して周辺へ配置に付く。
配置が完了したところで、中央と前の車輛からも人が降りてくる。
中央からは司令部の面々と、空いた席に乗っていた隊員(荷物運び兼護衛)が、
前からは事務官が出てきた。全員が降車した事を確認し、彼らは一団となって
屋敷の門前へと足を運んだ。
門の前には黒く厳つい顔をした、一目でそれとわかるような門番が二人立っていた。
ここで揉めてもしようがないので、事務官に話を通して貰うことにした。
「こちらはシャーリーフ氏の邸宅でしょうか?我々は外国から来た商人の一団
なのですが、こちらのご主人にご挨拶したく参りました。お取り次ぎ願えますか?」
二人は顔を見合わせ、その後で不思議そうな顔をした。しかしそれも無理はない。
彼らも門番として外国の客は見てきたが、今目の前にいるような連中は初めて
見る姿だったのだから。
シナの国の商人にも似ているが、全く服装が違う。服装は白人商人の方が
まだ近いが、人種は白人ではないし、何よりも彼らは貧相だった。
シナや西方など、様々な国の商人に共通なのは、着飾るのが大好きな連中と
言うことだ。特にこの屋敷は貴族の家なのだから、念入りに着飾って
財や力を印象付けたがる。その意味では、彼らはどう見ても商人には見えない。
119 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/30(金) 00:46 [ LgjpIS.M ]
門番の男は、思い切り目の前の男を怪しんだ。
男は何の飾りもない白い服を纏い、下履きはただ黒いだけの無粋なものを
履いている。しかも太り気味な上に、妙な物を顔にぶら下げている。
どこを取っても見た目を重んずる商人とは思えない。
しかしそれでいて、男の言葉は異様にいんぎんなものだった。役人か何かが
話しているような、やたらと堅苦しいしゃべり方をする。
これでは不思議がられても、というか怪しまれても無理はなかった。実際
二人の内の片方は、彼らを完全に詐欺師か泥棒だと思っていた。
「おい、このみすぼらしい連中が商人に見えるか?俺は泥棒か何かの類だと思うぞ」
男を怪しんだ彼は、小声で相棒に話しかけた。その言葉に相棒も少し頷き、
同意を示した。それに彼は安心し、男たちを追い返そうとした。
「悪いがお引き取りを・・・」
「我々がみすぼらしい格好なのは、ここに来る途中で船が遭難したためなのです。
商品は守り通たのですが、礼装は使えなくなってしまったのですよ」
その言葉を聞いて、思わず彼は言葉に詰まった。言葉の内容からすると、今の陰口は
完全に聞かれていたようだ。そこで思わず戸惑っていると、更に男は言葉を続けた。
「しかし証拠がなければ、我々を信じられはしないでしょう。ではこちらの
ご主人にお渡しする贈り物を、あなた方に少しお見せしましょう」
その言葉に、思わず相棒共々彼は驚いた。異国の品、それも貴族に贈られる
ような品物を、この目で間近に見せて貰える。この欲求は彼を動かした。
120 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/30(金) 01:08 [ LgjpIS.M ]
知識を得る、というのはムスリムとして最高の喜びの一つである。無知は罪であり、
知は徳と言って良い。だから外国の珍しい物には、二人とも純粋に興味が湧いた。
思わず二人は、猜疑心を失って男に話しかけてしまう。
「一体どんな物なんだ?外国の商品なのだから、さぞ珍しいのだろうが」
「それではお見せいたしましょう」
そう言うと男は、後ろにいたごつい男数人を呼んだ。彼らは皆体格が良かったが、
どこにも用心棒然とした空気を漂わせていない。むしろ軍人や殺し屋の空気を
纏っているたちの連中だった。
二人の期待はいやが上にも高まり、そして最高潮に達した所で−思い切り
裏切られた。男たちが地面に置いたのは、とても醜い箱だったのだ。
茶色い色をしたその箱は、どうみても貴重品を入れる物とは思えない醜さだった。
市場の腐りかけた野菜でさえ、もう少しマシな箱に入っているほどだ。
表面が妙なしわを持っているから、紙で包んであるようだった。
「これが外国の貴重品か?こんな箱には普通入れないだろう。お前らやっぱり」
彼は再び疑念を持ち始めたが、その言葉をあっさり男は否定した。
「さっき言ったでしょう、船が遭難したと。その時貴重品は空き箱に詰めて、
安全なところに置いたのです。貴重品用の箱だと重いですから」
「ふーむ、そんなものか。まあ箱だけ見ていてもしょうがないし、
取り敢えず中身を見せて貰おう」
いい加減先程の期待感は失せ、二人は冷静さを取り戻していた。もし中身が
がらくただったら、その時こそこいつを袋叩きにしてやればよい。後ろの
男どもは面倒そうだが、その時は他の守衛も呼び寄せればいい。
121 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/07/30(金) 01:16 [ LgjpIS.M ]
二人はそんな事を考えつつ、特に期待しないで箱の開封を待った。
しかしそこから出てきた物は、彼らの期待をいい意味で裏切ってくれた。
「こ、これは・・・こんなものがこの世にあるとは」
「凄い!この中にはどれほどのジンが入っているんだ?」
二人は箱の中に詰め込まれた、様々な異国の物を堪能した。どれもこれも
知らない物と言うよりは、想像すらしたこともない物ばかりだった。
二人が箱の物を戻すと、男はにこやかに言葉を掛けてきた。
「ご主人にお取り次ぎ願えますか?」
さすがにここまでやられては、取り次がない訳には行かない。
「先程は疑って済みませんでした。どうぞお通り下さい、異国の商人の方々」
こうして、シャーリーフ氏の元に異国の商人が訪れた。時は夕闇も超え、
既に夜の世界、宴の時間へと突入していた。
125 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/08/01(日) 23:12 [ LgjpIS.M ]
箱の中身は何じゃろな、ホイ!
自衛隊員たちは門番の一人に案内されて、屋敷の敷地を進んでいた。イスラムの教えでは
「旅人に対する厚遇」というのが有るから、門番に旅の商人として連れて行って貰えば、
見咎められたりする面倒が無くなる、と事務官が提案したのである。
「しかし見た目はあまり良くないな。イメージとは随分違う」
芝尾は屋敷を見て、思わずそう漏らした。しかしすぐに事務官から突っ込みが入る。
「この時期の建築様式は、まだインド様式と混交していませんからねえ。外装は
二の次で、内部空間の充実に力を注ぐのが基本なんですよ」
「そういう物なのか?なら内装は凄いという事だな」
「特に応接間は、全力を注いでいますからね。豪華絢爛と言うところですよ」
「それは期待できそうだ。旅人へのもてなしも含めて」
こんな話をしている間に、芝尾たちは屋敷の応接間へと通された。
126 名前:名無し三等兵@F世界 投稿日: 2004/08/01(日) 23:50 [ LgjpIS.M ]
芝尾たちの目の前に広がったのは、壮麗で美しい空間だった。壁という壁、いや
天井や床に至る全てに、色とりどりのタイルが敷き詰めてある。繰り返しや
同形の模様が連続し、色彩的数学的美しさを見せつけている。
窓からは中庭が見え、流れる水と草花が目に飛び込んでくる。市中では目にする
ことが出来ない程、まとまった緑がそこにはあった。日本の箱庭とは大分
趣が違うものの、砂や海の単調さに慣れた目には鮮やかである。
全員が驚いてその場に立っていると、奥の方から髭の男が声を掛けてきた。
彼は白いターバンを巻き、宝石箱のようにきらびやかな服を着て座っていた。
「東方からの旅人よ、良くおいでなさった。遠慮せずにくつろいで貰いたい」
髭の男はだれがどう見ても、この屋敷の主人シャーリーフだった。
「ご歓迎感謝いたします。では、我々も席に着かせていただきます」
シャーリーフの言葉に事務官が答え、全員が席に着いていった。
*************************************************************
宴席はすぐに盛り上がった。事務官が大嵐から抜けてたどり着いたと言うと、
その話にシャーリーフが飛びついたからだ。遠く外国から嵐の海を抜け、
正に波瀾万丈といった航海をしてきた話、敵と間違えられて矢を射かけられた
話などには、彼は特に食いつきがよかった。
「それで?そのあとどうなったのだ?」シャーリーフは何十回も質問をした。
事務官がすこし戸惑うほどに、話の様々なことを聞いてきたのだ。
もちろん事務官が戸惑っているのは、話のつじつまを合わせられずに混乱
し始めているからだ。幾ら何でも、マストやら帆の話を突っ込まれても
どうにもならない。
事務官はその手の質問を受けると、海自隊員から聞いた帆走艦の知識や、いままで
見た映画などの知識を使ってひたすらでっち上げを行った。しかしそれも限界に
達し始めていた。
127 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/08/02(月) 00:57 [ LgjpIS.M ]
その時ちょうど望田が助け船をだした。「山村君、そろそろアレをお見せしても
良いころなんじゃないかな?」
事務官は望田に呼ばれて、シャーリーフとの会話に一瞬間を空けた。そして
その隙に何とか質問責めを抜け出し、話題を転換した。
「今までは航海の話をしましたが、今度は我々の持ってきた品の話をしましょう」
山村事務官はそう言うと、シャーリーフに箱を持っていった。
そこでシャーリーフの顔が、あからさまに表情を変えた。今までは
興奮気味に話を聞いていたのに、急に白けた顔つきになってしまった。
無理もない。普通なら豪華な箱や珍しい箱を期待するところに、無地の茶色い
段ボール箱がでんと置かれたのである。(まあ珍しさは最高だといえるが)
流石にシャーリーフも沈黙し、引きつったような顔になって箱を開けた。
しかしそれからの反応は、門番二人と同じようであったが。
彼が最初に目にしたのは、数字らしき物が乗った円盤だった。薄い円盤の真ん中から
細い棒が生えており、それが数字の上をぐるぐると横に回っていた。
シャーリーフはそれを掴むと、先程以上に勢いづいて質問を始めた。
「これは一体何の道具なんだ?勝手に動いているぞ。こんな円盤のどこに仕掛けが?」
「これは時計です。勝手に動く仕掛けは、その後ろの小さな箱に入っています」
それを聞いたシャーリーフは、ますます興奮と驚きに包まれた。
「凄い!このように小さな所にジンを入れられるとは!凄い技術だ!」
シャーリーフのその言葉に、今度は山村が思わず質問した。
「すいませんシャーリーフ様、門番や役人も言っていたのですが、その
『ジン』と言うのは一体何なのですか?」
128 名前:名無し三等兵@F世界 投稿日: 2004/08/02(月) 01:20 [ LgjpIS.M ]
山村の発言に、興奮気味だったシャーリーフも一瞬止まった。
「ああ、ジンとは要するに精霊や魔神のような、神から力を授かった
ものの事だ。我々はジンと呼ぶが、貴国では何というのかな?」
山村は話についていけず、茫洋となった。彼は思った。話の論点が微妙に
ずれている。いや、合っているようでどこかが決定的に噛み合っていないのだ。
その噛み合っていない点とは・・・
「ジンとか精霊とか、そんな物がいるんですか?というか、それは別にジンで
動いている訳ではないんですが」
山村が思ったところを述べた途端、シャーリーフもまた茫洋となった。
「ジンではない?ならばこれは、一体何で動いているというのだ」
「からくりです。小さいから信じられないのかもしれませんが、その裏にある
小さな箱がその時計を動かしているんです」
山村は自分で口に出しながら、少しばかり思い直した。要するに動力源が理解
出来なかったから、魔法とか何かで説明付けようとしたんだろう。それならば
これまでのつじつまも合う。
山村はそう考えて一人納得した。しかしシャーリーフは納得の行かない様子で
時計をじっと眺め、また奇妙な発言をした。
「やはり納得できない。これにジンが入っていないか、確かめて良いかね?」
「別に確かめても良いですが、分解用の道具が今ありませんので」
納得が行くまでやらせれば、きっと納得してくれるだろう。しかし分解は
できないから踏み壊すしか無いな。まったく血税が勿体ない。
と山村は思ったが、シャーリーフは想像の斜め上を行く行動を取った。
129 名前:名無し三等兵@F世界 投稿日: 2004/08/02(月) 01:35 [ LgjpIS.M ]
「分解道具など要らない。魔神を使えばすぐに片付く」そう言うとシャーリーフは、
おもむろに額のターバン止めの宝石をさすりだした。
山村はその行動を、半ば呆れる思いで見つめていた。どうせ何かのまじないだろうが、
そんな事に何の意味が有るのだろうか?魔神や精霊など、いるはずも無いのに。
「いでよ、宝石の精!」
山村はその言葉を聞いて、危うく笑いそうになった。そして彼の表情は、そのまま
半笑いでひきつけを起こしたようになった。
宝石から突然大量の白煙がわきだし、シャーリーフを覆い尽くした。そして煙の
内側に、いままで居なかった人間の影が現れたのだった。
134 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/08/08(日) 22:05 [ LgjpIS.M ]
さーて、一週間ぶりの更新だー。本家も分家も人イネー!
煙が晴れるにつれ、現れた人影はハッキリと見え始める。そこに居たのは、
意外にも小さな子供であった。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
その子供の声は高く、黒い皮膚は若々しく、正しく少年といった感じだった。
少年の上半身は裸で下には長いズボンを履いている。全体に派手さは無かったが、
ターバン止めの宝石だけは、少年には不釣り合いな輝きを見せていた。
「や、山村君。これは一体どういうことだね?」
後ろの席にいた芝尾は、状況が全く掴めないでいた。通訳の山村事務官に
話しかけるが、彼は返答もせず笑い顔で固まっている。芝尾は思わず戸惑った。
芝尾が困惑していると、そばにいた望田が自分の意見を述べた。
「これはひょっとして、向こうの魔術なんじゃないか?」
望田は現状を相手の余興だと思っていた。昔からインドやアラビアには魔術が
あるし、宴席でこちらが『時計』という超技術を見せつけたのだ。対抗して
何らかの見世物を行っても不思議ではない。
「そ、そうか、魔術か。確かにそうだな」
『魔術』という言葉を聞いて、後ろにいた幹部と隊員も納得し始める。
マジックショーならば不思議なのが普通だからだ。そうと分かれば、とりあえず
態度は決められる。拍手と喝采でもって迎えればいいのだ、と。
135 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/08/08(日) 22:44 [ LgjpIS.M ]
「おお来たか、宝石の精よ」
シャーリーフは現れた少年に話しかけると、状況を説明しはじめた。
「この商人の男が、ジンも使わずにこの時計を動かしているというのだ。しかし
私にはどうも信じられん。この中にジンが無いかどうか、確かめてくれんか」
「かしこまりました、ご主人様」
少年はシャーリーフに一礼すると、時計に手を伸ばし−時計の文字盤に
吸い込まれるようにして消えてしまった。
その途端に席の商人たちから拍手が起こり、シャーリーフは驚きあきれた。
確かに実物のジンは珍しかろうが、別に見世物という訳ではない。この
商人共は、一体何を考えているのだろうか?
「ブラボー!ハラショー!素晴らしい!」
芝尾たち自衛隊員は、素直に目の前のマジックに感動していた。自分たちの
贈った時計を、即興で道具に使ってしまうテクニックは一級と言えた。
「いやー、凄い魔術だ。これほど凄いのは見たことがない」
望田は惜しみない賞賛を贈っていたが、同時に気づいてもいた。
シャーリーフ氏の様子がおかしい。誉められているのに、一向に嬉しそうに
していない。いやむしろ、不機嫌というか不可解という表情になりつつある。
「なあ、向こうさんの様子がおかしくないか?」
「それは俺も感じた。余興をやってる人間の態度じゃない。もしかすると
誉めてるって事に気付いて無いんじゃないか?」
二人は拍手を続けながらも、小声で話していた。
136 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/08/08(日) 23:14 [ LgjpIS.M ]
「じゃあ山村に通訳して貰うか、アラビア語の誉め言葉を教わるか?」
「うーん、今の状態じゃなあ。ちょっと無理だろう」
芝尾が目線で示した先には、完全に硬直している山村が居た。何故かは
分からないが彼は凍ったような姿になっていた。
実のところ山村の脳内では、思考レベルが停止から崩壊に移っていた。
耳に魔術という『現実的説明』をできる言葉が飛び込んではいるが、
その処理は保留されており、しばらく反論を構成できない状態だった。
その様子を尻目に、時計の文字盤に消えた少年が戻ってきた。しかも今度は
時計から上半身を出現させた状態で、腰から下は煙のようになっていた。
隊員たちはさらに喝采を浴びせ、シャーリーフはますます不機嫌になっていった。
望田と芝尾は、やはり誉め言葉を使うべきなのだと考えていた。
「戻ったか。で、結果はどうだった?」
時計から出てきた少年の顔は、全く驚きに溢れていた。それにつられてシャーリーフの
顔もこわばり、そして少年は声までも驚いた調子で話しはじめた。
「中にジンは居ませんでした!ノミみたいに小さなからくりが沢山動いて
いるだけで、どこにも力が感じられません!」
「本当か?本当にジンはいなかったのか!」
少年もシャーリーフも、お互いに信じられないと言った顔をしている。少年が
興奮気味に掌を開くと、そこには小さな小さな歯車が乗っていた。
それを見たシャーリーフは、少年の言を信じないわけにいかなかった。
137 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/08/08(日) 23:32 [ LgjpIS.M ]
「中にはこれより小さな部品もありました。それから小さなクリスタルも
見つけたんですが、そこにも何も入っていませんでした」
少年から小さな歯車を受け取ると、シャーリーフは小声で言った。
「クリスタルの中にも無いとなると、本当にどこにもジンは無いようだな」
「では私はこれで。またご用の時はお呼び下さい」
少年は主人の眼前で一礼すると、煙になって額の宝石に戻っていった。
それと同時にまた拍手が起きたが、先程よりは大分控えめになっていた。
いい加減うるさく感じていた所なので、シャーリーフはほっとした。
そして彼は驚きながらも納得していった。本当に時計にはジンが入って居ない
らしいこと、そして彼らの持ってきた物が、とても高度な技術で作られていることを。
掌に乗っている小さな歯車は、その判断を肯定していた。
「お前たちは本当に商人なのか?この技術はいったいどこで?」
シャーリーフは目の前の男に聞こうとしたが、男はまるで動かなかった。
後ろの男にも声を掛けてみるが、曖昧な反応しかしない。こちらの言葉が
全く通じないらしかった。
じれったくなったシャーリーフは、もう一度額の宝石をこすった。
するとまた白煙が沸き出し、少年が現れた。
「こんどはどんなご用でしょう、ご主人様」
「彼らと話がしたい。言葉を通じるようにしてくれないか」
シャーリーフの命令に、少年は笑顔で一礼した。
141 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/08/16(月) 22:18 [ MSZ8PKC. ]
では自分も、一週間ぶりに更新。
「かしこまりました、ご主人様」
少年は両手を商人、いや奇妙な客人たちに向けると、指先からゆっくりとした
白い稲光のようなものを打ち出した。その光は客人たちを取り巻くと、グルグルと
周りを回ってすぐに消えてしまった。
「これで、彼らとの話も通じるはずです。ではまたご用が有れば・・・」
客人たちはあっけに取られて目をしばたかせていた。彼らが気を散らしている間に、
また少年は額の宝石に戻っていってしまった。
客人たちが我に返るのを待って、シャーリーフは話しかけてみた。
「客人たちよ、私のことばが分かるか?分かるならば返事をしてくれ」
しかし客人たちはほうけた顔をするだけで、言葉を返してこなかった。
その様子を見たシャーリーフは、宝石の精は術に失敗したのだと思った。
やはり子供のジンでは、まだまだ力不足か。シャーリーフは諦めて、
通訳の男を起こそうとした。
「あのー、ひょっとして『言葉が分かったら返事してくれ』と言いましたか?」
その声にシャーリーフは、思わず振り返った。後ろから聞こえてきたのは、
紛れもなくアラビア語であったからだ。
「通じたか、よかった。確かに今そう言った」
シャーリーフが笑顔で返事をすると、彼らは「やはり通じるのか」などと話して
いた。それが聞き取れたのも、やはり彼らがアラビア語で話していたからだ。
彼らの言葉はさっきまでの、訳の分からない言葉ではなくなっていた。
142 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/08/16(月) 22:39 [ MSZ8PKC. ]
「しかしなぜ日本語が話せるのです?日本人がこんな所にいるとも思えないし、
我々の言葉を覚えたとも思えないし・・・」
言葉が通じると分かると、望田はすぐさま疑問を投げかけた。一般隊員には
特に秘密にしてあるが、司令部だけは山村事務官の話を聞いていた。現在
自分たちがいるのは、1200年以上昔のバスラで有ることを。
だから望田の疑問は、もっともな物だった。この時代に自分たちの他に、日本人が
こんな所にいるはずもない。少なくとも自分の知る歴史では。望田はそう思っていた。
「日本語?・・・ああ、あなた達にはそう聞こえるのか。あなた達の言葉は私には、
アラビア語に聞こえているが」
シャーリーフの言葉に、望田たちは大いに混乱した。自分たちはアラビア語など
一言も話していないし、彼は流暢な日本語を話していたからだ。
しかし混乱が収まらない内に、シャーリーフは話題を転換してしまった。
「日本語ということは、あなた達の国は日本というのか?それとも別の国?」
一瞬戸惑ってしまったが、すぐに望田は返答した。
「ええ、我々の国は日本といいます」
言葉が通じると分かった場合、すぐさま話が通じる場合は多い。しかし彼らの
場合は、逆にすぐ話が暗礁に乗り上げた。
日本側は自分たちの正体−遙か未来からやって来た軍隊、自衛隊であることを
隠していたからだ。しかもシャーリーフの話の中には、魔神だのジンだの
訳の分からない要素が満載だった。彼は親切に注釈を付けてくれたが、それは
余計な混乱を日本側に与えただけだった。
143 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/08/16(月) 23:11 [ MSZ8PKC. ]
「では話をまとめよう。日本というのはシナ、あなた達の言う中国の沖にあって
あなた達はその国の商人。そして日本はとても高度な技術を持っていて、魔力が
存在しなくとも、小さなからくりを動かせる力がある」
シャーリーフの言葉に、どこか曖昧な笑いを浮かべたモチダは頷いた。
しかしシャーリーフの方は、全く釈然としない顔をしていた。
「うーむ。話をまとめればまとめるほど、中身が破綻していく。あなた達の話は
本当なのか?どうにも訳が分からない」
「信じがたいかもしれませんが、本当のことです」
今度は芝尾が同意を示したが、しかしシャーリーフは頷かなかった。
「私はシナの他にも様々な国を知っている。その国の交易品や技術もだ。
だがいままでどんな国も、こんなに小さな時計や、魔法によらないからくりや、
そしてこんなに小さく、質のいい金属の歯車など作ったことはないはずだ」
シャーリーフはそういうと、掌にしまっていた小さな歯車を望田に見せた。
すると望田が驚いたので、やはり話は嘘なのだとシャーリーフには分かった。
「アッラーも私も、嘘は嫌いだ。だが今なら大目に見よう。本当のことを
話してくれるのなら」
シャーリーフの圧力に対し、望田からはこわばった空気が抜けていった。
どうやら話す気になったらしい。シャーリーフはこれからされる話を想像して、
思わず微笑みを浮かべた。
152 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/08/26(木) 00:42 [ MSZ8PKC. ]
さて、続きいきますかね。
「まず、初めにお断りしておきます。これから話すことは荒唐無稽に聞こえる
かも知れませんが、嘘ではありません。それだけはご承知いただきたい」
望田はそう前置きすると、それまでの事情を語り始めた。
「我々が日本から来た、というのは本当なのです。しかしその日本というのは、
貴方の知るどんな国にも当てはまらないのです」
「それはどういうことなのだ?どんな国でも無いというのは・・・」
シャーリーフの顔に疑念が浮かんだ。前置きされていたとはいえ、やはり妙な話だ。
どんな国にも当てはまらない、そんな国があるのだろうか。
「実は、我々は未来から来たのです。私の生きていた時代からすると、
この時代はおよそ1200年前と言うことになるのです」
望田の声はこわばっていた。無理もない。自分自身理解しても納得は
していないのだ。他人が信じるなどとはとても思えない。
だがシャーリーフの返答は、意外にもあっさりとしていた。
「1200年か。確かにそのくらい時間が経てば、こういった小さな物も
作れるようになるかも知れない。しかし、何故あなた達はこの時代に来る必要が?」
質問はとても真っ当だったし、確認の意味もあるのだろう。ここで言葉に
詰まったなら、言っていることは嘘だろうからだ。
153 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/08/26(木) 00:44 [ MSZ8PKC. ]
それは望田にも分かったから、すぐに回答した。
「我々が大嵐に巻き込まれてここに来た、というのも本当です。しかしまだ話して
いないことが有りました。実は嵐の前に仲間と取れた連絡が、嵐を抜けた後から全て
出来なくなったのです」
「と言う事は、嵐に巻き込まれた時に何かがあって、ここに来た。つまり事故か」
彼の言葉にはまだ疑念が有ったが、それも幾らかは薄らいでいた。
「だが嵐で時を飛んだなどという話は、全く聞いたことがないな。まあ神の力の
現れなのだから、何もないとは言い切れないが」
「我々が巻き込まれた嵐は、普通では有りませんでした。海に慣れた船員も
かなり酔って倒れる始末でしたから、例外的なものだったのかも知れません」
それを聞いた彼の顔には、別の疑問が浮かび上がった。
「なるほど、極端に強い嵐なら、我々の知らない何かがあるのかも知れない。
しかしどうやってそんな大嵐を乗り切ったのだ?普通なら船が沈むと思うのだが」
すると望田は、僅かに微笑みながら
「我々の乗ってきた船は、あなた方の船の何十倍もの重さがあります。それに
外海を渡るための船ですから、そう簡単には沈まないように出来ているのです」
と告げた。
「何十倍も重いとなると、随分大きいのだろうな。素材は何で出来ているのだ?
しかしどうやって外海に・・・」
そこまで疑問を投げかけて、彼は瞬間停止したようになった。頭のなかで
何かを繋げているような、そんな表情をしていた。
154 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/08/26(木) 01:23 [ MSZ8PKC. ]
「どうかされましたか?理解できない所が有れば説明を」
「いや、そうではない。ところであなた達の船はどんな船なのだ?
色形や大きさ、何でもいい。教えて欲しい」
「は、はあ。分かりました」
突然の話題の転換に、望田は驚いた。しかしこれは何かあると思い、
質問に答えることにした。
「我々の船は二隻あります。一隻は上が平たく、マストが片側に寄った船です。もう一隻は
細長い形で、丸い椀から筒が出たようなものが乗っています。大きさは、両方ともこちらの
単位で150メートル以上です。寝ころんだ人間の百倍くらいですね。色は灰色です」
それを聞いた彼は、急にニヤリと笑った。閃きを得た時に出る
ような、そんな笑い顔だった。
「よろしい、では次の質問をしよう。あなた達の船の船員は、何色の服を着ている?」
「海の色に合わせて、青色を着ています」
「積み荷の箱には何を使っている?木か?何で運んだ?」
「箱に使っているのは木や鉄や、さっきの紙もそうです。運んだのは車やトラックです。
まあ馬車や荷車みたいな物だと思ってください」
望田は不思議な気分で、上のような質問にいくつも答えていった。中には帆や舵に
付いてなどの質問も有ったが、それにも正直に答えた。
155 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/08/26(木) 01:25 [ MSZ8PKC. ]
「ではもう質問はやめだ。あなた達を未来人だと信じよう」
その内彼は質問を打ち切り、笑顔で答えた。しかし望田は疑問を隠せなかった。
「信じてくださるのですか?しかし、今の質問には何の意味が有ったのですか」
望田がそう聞くと、彼はさらに大きく笑いながら答えた。
「いやーからかって済まなかった。今聞いた質問の答えは、本当は最初から
知っていたのだ」
「一体どういう事で・・・ああ!そういう事ですか!」
ここまで言われて、ようやく望田にも状況が理解できた。要するにシャーリーフは、
港で陸揚げしているのを見ていたのだろう。確かに考えてみれば、あれほど目立つ物が
街に知れ渡っていない方がおかしいと言っても良い位だ。
「答えにほとんど淀みが無かった、つまりあなた達はあの船に乗っていた訳だ」
港に来た大きな船は、他のどの船よりも遙かに巨大で頑丈そうだった。あれに乗って
来たというならば、未来から来たというのも嘘ではないだろうし、今までの話とも
全てつじつまが合う。ここに来て二つの物が繋がったのだ。
「未来からようこそ、日本の方々よ」
彼のその言葉に、望田たちはほっとしたような笑顔を浮かべた。
取り敢えず友好という目的は、この時点で達成されたと喜んだのだ。
こうして最初の訪問は成功を収め、一抹の希望を自衛官達に与えたのだった。
161 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/09/01(水) 02:03 [ MSZ8PKC. ]
よし、じゃあ一本投下。
シャーリーフへの訪問が終わった後、司令部の面々は引き上げていった。
その時彼らの胸中には、成功を収めたという感慨と共に、ちょっとした
不安の影が宿っていた。
「我々はいつまで、これを続けねばならないんだろうな?」
望田の言葉は、全体の気分を良く表していた。今回は偶然、未来の
人間だなどと信じてくれた(というか商人ではないと見破られた)ものの、
これが何度も続く訳がない。普通に考えて、もっと抵抗する人物もいるはずだ。
そして彼らは、相手がどうであれ毎回「自分は未来人」という、狂っている
としか思えないような言葉を説くか、似非商人を名乗らなければならないのだ。
その事を考えると、前途には暗い物があった。
「根気で何とかしよう。そう簡単に済む話ではないしな。とにかく今は
こういう手でも使うしかない」
芝尾は正論を述べていたが、多少うんざりもしていた。元々彼は軍人、
それも現場の指揮官なのだ。役人的なお追従は得意ではなかった。
「山村君、今回は良かったが、次はああならないようにしてくれ」
「はい、すいませんでした。以後気を付けます」
通訳兼事務官になってしまった山村事務官は、今回の訪問の途中で気絶して
いたのだった。そのせいで言葉が通じなかったり、かと思うといきなり
言葉が通じたりと、訳の分からないことが起ったのだった。
162 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/09/01(水) 02:13 [ MSZ8PKC. ]
山村以外の自衛隊員は、言葉がいきなり通じたことを深く考えなかった。
理由は説明されなかったし、聞いたところでまたジンだの魔法だのといった
無茶苦茶な答えが返ってくると思われたから、あえて気にしない事にしていた。
司令部はこの日、現地に対しては根気よく粘り強く、とにかく説明と受け入れを
求める事を基本方針と定めた。それは茨というよりは針山の道だったが、それも
仕方がない、と高級幹部らは覚悟を決めていた。
そうこうしている内に、車は艦のある港へと戻っていった。夜間走行とはいえ、
一度通った道だから、なんとか迷わずに帰投できたのだった。こうして
彼らは、1200年前のイラク・バスラでの第一夜を過ごしたのだった。
163 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/09/01(水) 02:43 [ MSZ8PKC. ]
一夜明けて艦内では、司令部が護衛艦の一室でミーティングをしていた。
基本方針に従って、今日の訪問先を選定していたのだった。
「まず、どこから手を付ければいい?」
「普通に考えれば、まずは街の偉いさんに会うことだな。とにかく停泊や
上陸の許可を貰わん事には、どうにもならない」
芝尾と望田の言葉に、周りの幕僚も同意した。現在イラク派遣部隊が居るのは
昔のバスラだから、事前に得ていた全ては失われていた。だから現在の彼らの
立場は、いかれた漂流者以外の何者でもなかった。
「とにかく、ここに根を下ろそう。考えるのはその後でやればいい」
世界はどうなってしまったのか、ここでどうやって生き延びるか。それを考える
前に、とにかく存在を彼らの王朝に認めて貰わなければならなかった。
もちろん戦いになれば、一時の優勢は確保できるだろう。だが何の当てもなく
殴り合いをしたところで意味はない。それよりはここで何とか手を考える
べきだった。
そうして彼らが頭を悩ませていると、壁に掛かった内線電話が鳴った。
会議中に電話をすると言うことは、当然緊急連絡と言うことである。
側にいた士官が電話を取ると素早く応対した。
「こちら会議室。何かあったのか?」
「大変です!窓の外に、物凄い数の人がいます!」
164 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/09/01(水) 03:08 [ MSZ8PKC. ]
得体の知れない船に対する、示威行為かも知れない。そう思った士官は
戦慄しながら、状況の説明を求めた。
「どんな様子だ?雰囲気や艦からの位置は。軍隊なのか?」
士官の冷静な声に、電話の相手も少し落ち着きを取り戻し、連絡を
行うときの口調に戻って言った。
「大半はただの民衆のようです。ほとんどは艦から遠巻きに見ているだけで、
近付いてくる様子はありません。ただ、馬に乗った派手な男と取り巻きだけは、
人だかりと艦の中間位の位置にいます」
それを聞いた士官は、取り敢えず危険はないと思ってほっとした。
その後相手先に報告ご苦労と告げ、電話を切った。
「報告します。現在艦の外に、大量の民衆が集まっているそうです。それと
民衆から離れて、騎乗した派手な男と取り巻きがいるそうです。危険な様子は
ないようです」
報告を聞いた芝尾と望田は、すぐに幕僚に意見を求めた。
「民衆が集まってきたそうだが、どう思う?」
「危険な兆候が無いとすると、単なる見物なのでは無いでしょうか?
我々の艦隊が珍しいでしょうから、見物人が集まっても不思議はありません」
幕僚の意見に望田は頷き、さらに言葉を継いだ。
「見物人だ、というのはそうだろうな。しかし騎乗した男というのは、
一体何者なんだ?軍人でも無いだろうし、脳天気な見物人だとも思えんが」
165 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/09/01(水) 03:21 [ MSZ8PKC. ]
幕僚はその言葉にも、すぐに返答を返した。
「推測ですが、派手な格好に取り巻きが居ると言うことは、恐らく貴族か
為政者なのでは無いでしょうか。そして群衆から離れていると言うことは、
我々に何か言いたいのかも知れません」
「なるほど確かに、そう考えるべきだろうな。だが何か言いたいのなら、
何故何も言ってこないんだろうか?」
「我々が何者なのか解らないから、出方を待っているのでは無いでしょうか」
「ふむ、そう言うことならこっちから出向かねばならんな」
そう言うと望田は腰を上げ、芝尾に頷いた。そして芝尾が立ち上がった
所で、他の幹部にも付いてくるように言った。
立ち退き要求か武装解除か、どんな用件かは知らないが、とにかく話を聞きに
行かなければ始まらなかった。例え話の内容がなんにしても、全部自分らで
決めねばならないと思うと、芝尾と望田の気は重かった。
しかしそうも言っていられないと思い直し、強い足取りで芝尾たちは
艦の外へと向かっていったのだった。