692 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/22(土) 22:10:37 [ 2B91viUs ]
投下します
第7話:救出

「こ、これはいったいなんだ?」
 歴戦の騎士が見たこともない物体を前にして驚きの声を上げた。汎用ヘリUH−60が離陸の準備を終えていた。
「堺二尉、無線機持って来ました」
 三田村がトラックから無線機を持ってやってきた。ヘリのそばにいるバルコスとミリアを見つけて目を白黒させている。
「バルコス司令官、ミリア。船には酔う体質ですか?」
 堺の問いかけに2人は首を横に振った。ヘリには堺、板倉、三田村、バルコス、ミリア。5名の自衛官。そしてマクシミアが搭乗した。
「サカイ!王都に行ってどうする気なんだ?」
 プロペラの音にかき消されないようにマクシミアが大声で堺に尋ねる。
「君はまだバルコスを疑っているようだ。賭けをしよう。君が正しいか、俺が正しいか!」
 彼の回答にますます混乱するマクシミアだった。そこへ島田が走ってきた。堺に中身の詰まったリュックを投げ渡す。
「こいつを使ってください!あ、それとこれも必要になるでしょう!」
 離陸するヘリに島田が投げてよこしたのは蚊取り線香だった。

693 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/22(土) 22:11:23 [ 2B91viUs ]
「順調です。すぐに王都トラキロアに到着します」
 飯島が操縦席から堺に機内無線で報告した。
「飯島三尉、最後かもしれないフライトがこんなに急になってすまない」
 想像だにしなかった指揮官の言葉に思わず飯島と奥野は顔を見合わせて苦笑した。確かに、燃料を考えればこのフライトがおそらく最後の作戦フライトになるだろう。改めて考えると名残惜しくもある。
「いいですよ。俺もあなたにはちょっと感謝してるんです。この世界に来たときにあなたに会わなきゃ、今頃燃料を使い果たしてのたれ死にしてましたからね」
 訓練中に視界を一瞬奪われて気がつくとこの世界にいたのだ。たまたま見つけた堺たちに出会わなければ今頃死んでいただろう。
「その代わり、島田に言っておいてください。早く気球でもなんでも空を飛べるものを作れってね。」
 無茶な要求をする飯島に堺も板倉も思わず笑った。

694 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/22(土) 22:11:51 [ 2B91viUs ]
 一方、初めて空を飛ぶ衝撃と子供たちを心配するバルコスは顔色が優れなかった。狼煙が王都に伝わり、クラクスが子供たちを殺すために私兵を送り出すのに数時間、なおかつ前線の彼を殺すように伝令を差し向けるのには数日はかかる。その時間を節約するにはヘリでの移動しか方法はない。堺の要請でミュラ川の彼の自軍はいつでも対岸に退避できるようにしている。その支援は「草色の兵士たち」が率いる軍勢が行うはずだ。人質のある諸侯はクラクスの命令に逆らえないだろうから。
「大丈夫です、父上様。彼らならきっと・・・」
 ミリアが父親の手を握って励ましているのを脂汗をかきながらマクシミアが見つめていた。この男との政争がサカイの言うとおり誤解だったのだろうか。今、彼の前にいる男は空を飛ぶことを恐れ、血のつながっていない子供たちの安否を気に病む心優しき男だった。ここでマクシミアは気がついた。サカイの「賭けをしよう」という言葉の真意を。自分自身でバルコスの行動を見て判断しろということなのだろう。
「見届けようではないか・・・。」
 ミリアに励まされるバルコスを見ながらマクシミアが初めて空を飛ぶ恐怖を紛らわすようにつぶやいた。

695 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/22(土) 22:13:04 [ 2B91viUs ]
 トラキロア城の郊外にある屋敷では少年たちの必死の防戦が続いていた。ハインライン・バルコスは脱出用の馬車に集まった子供たちをかばうようにして盾を構えた。いくつかの矢が跳ね返され、いくつかの矢が地面に突き刺さる。彼の属する兵団はバルコス司令官の命令で王都に残された。彼の命令でこの屋敷の警備をしていたが、突如クラクスの私兵団に襲われて屋敷内に撤退したのだ。壁を乗り越えやってくる兵士は壁際に並んだ騎士が迎え撃ち、門はがっちりと固めてある。だが、百名に満たない守備隊で防ぎ続けるのは困難だった。敵は門を叩き壊しつつある。それを防ぐのは数名の弓兵だけだ。バルコスに拾われ育ててもらった者たちで作られた兵団は、最後の防壁を失おうとしている。もう数分もすれば門は破られる。最後の瞬間に、幼い子供たちだけでも外に逃がしてやらねばならないが、それも難しい。
「ん?」
 ハインラインはふと耳に入った奇妙な音に気がついた。それは敵味方に聞こえているようで、攻防はたちまち中断された。やがて味方が空に奇妙な物体があるのに気がついて声を出した。
「あ、あれは父上!」
 奇妙な音を出しながら空を飛ぶ物体に乗って身を乗り出しているのはドリアノス・バルコスだった。ミリアもいる。同乗しているのは噂に聞く「草色の服の兵士」だ。いったい何が起こったんだ?混乱するハインラインを見つけた父は騒音に負けない大声を出した。
「ハインライン!子供たちよ!よくぞがんばった!」
 言うが早いか、バルコスは屋敷の敷地内にある大木めがけて空中に飛び出した。バキバキと枝の折れる音が聞こえた直後、地面に父親が姿を現した。思わず若いハインラインは走り出していた。

696 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/22(土) 22:13:48 [ 2B91viUs ]
「二尉、あのおっさん飛び降りちゃいましたよ!」
 突然の行動に三田村が慌てて堺に報告する。木を伝って衝撃を殺して飛び降りるとは。しかも見たところ、怪我もしていないようだ。さすが歴戦の騎士だ。
「飯島、中庭にできるだけ低く降りてくれ。板倉一曹、上空から支援を頼む」
 降りるって、すっかり包囲された屋敷に降下するのか?泣きそうになる三田村をミリアが見つめている。
「ミタムラ、わたしも一緒に降りる。父上様もハインライン兄様もいる。心配するな」
 全然気休めになっていないミリアの言葉に若い陸士も覚悟を決めた。
「わたしも行くぞ!!」
 不意にマクシミアが叫んだ。降下の準備を始めた堺が驚いて彼を振り返った。騎士は笑っていた。
「サカイ、君はわたしにバルコスのこの姿を見せようと思ってわたしも同行させたんだな?わたしがまだ持っているバルコスへの疑念を取り払うために」
「そうさ、そして俺自身の中にも残ってたバルコスへの疑念も取り払うためにさ」
 堺も答えた。ヘリは徐々に降下して地面に近づいている。板倉が島田から渡された蚊取り線香に火をつけて、リュックから漫画に出てくるような爆弾を取り出した。黒色火薬に鉄くずを詰めた手製の手榴弾だ。
「いろいろだますようなまねをしてすまなかった。だが、君は俺の気持ちを汲んでここまで付き合ってくれた。感謝してるよ」
 堺は板倉の持つ蚊取り線香を火種にして手製手榴弾の導火線に火をつけた。それをうろたえるクラクスの私兵団に放り投げた。数秒して、火柱とともに私兵団の数名が空中に飛び上がった。マクシミアが苦笑いを浮かべた。
「サカイ、君にはやられっぱなしだ。だが、君のおかげでわたしの中にある古い慣習が壊されたのも事実だ。感謝している。」
 そう言って金髪の騎士は剣を抜いた。板倉が私兵団に島田特製の手榴弾を投げる間に、自衛官とマクシミア、ミリアは地上の激戦地に降り立った。
「板倉一曹、門のまわりにいる連中を掃射してくれ」
 堺の指示で板倉が上空からMINIMIを乱射する。門に殺到していた兵士が将棋倒しのようになぎ倒されていく。
「なんだ、この光景は・・・・」
 剣を抜いて戦いに備えていたバルコスは眼前で繰り広げられる光景に我が目を疑った。私兵とはいえ、クラクス直属の兵士がなすすべもなく打ち負かされている。しかも耳をふさぎたくなるような大きな音を立てる武器は弓兵の比ではないくらい強力だ。

697 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/22(土) 22:14:21 [ 2B91viUs ]
 マクシミアも同様だった。彼も堺たちが持つ武器がここまで派手に使われるのを見たのは初めてだったのだ。ほとんど人形のように敵兵がなぎ倒されていく。馬は銃声に驚き暴れまわって馬上の騎士を振り落とした。数名の自衛官が門を開いて直接クラクスの私兵団を撃ち始めた。
「マクシミア、諸侯の人質がいるのはどこだい?」
 呆然とするマクシミアに堺が尋ねた。その意図を察すると今度は表情を明るくした。
「郊外に大きな屋敷が並んでいる地区がある。そこが諸侯の家族が暮らす地区だ」
 それを聞いて堺は三田村を呼び寄せた。無線で板倉に指示を出す。
「板倉さん。これから諸侯の人質を救出に向かいます。上空から支援してください」
「了解!」
 防戦一方だったハインライン・バルコスたちは戦況の変化を見て取るや、直ちに乗馬した。養父ももちろんいっしょだ。上空や地上からの銃撃で数百名の襲撃者は四散を始めていた。道路や周囲には多くの死体が転がっている。生きている者は逃げ出し始めていた。
「ヒューゴ卿、こちらの乗馬をお使いください。」
 ハインラインの部下がマクシミアや堺に馬を用意した。三田村がもたついているのを見てミリアが馬上から手を貸した。
「戦士の癖に馬に乗れないなんて信じられないわ」
「俺の愛馬はダイハツ製なんでね。もっと簡単に乗れるんだよ」
 笑うミリアに三田村は彼女にはわからないであろう言い訳をするほかなかった。

 「なんともこりゃ壮観だ・・・」
 上空から地上を見下ろす板倉が思わずつぶやいた。その言葉に飯島も地上を見下ろす。甲冑の乗馬の騎士が密集してトロットで動いている。まるで映画のロケのような光景だ。
「板倉さん、見てください!」
 奥野が集団の先頭にいる自衛官を示した。旗を振ってヘリを誘導しているようだ。目指すのは、田園の中にぽつんとある小さな集落。集落と言ってもその家々はかなり大きい。あそこで諸侯の家族が人質として生活しているようだ。周囲には塀も堀もない。警備の兵士も少数で、空から現れたヘリを見て驚いているのが見て取れた。まさか、人質奪還などとだいそれたことなどありっこないと思い込んでいたクラクスの誤算だろう。
「よっしゃ、軽く露払いしてやろう!」
 そう言って飯島は地上の集団から先行して集落に低空で接近した。人質たちは騒ぎを聞きつけて家にこもっているようで、集落の周囲にいる数名の私兵だけのようだ。
「こりゃ楽勝だな・・・・」
 そうつぶやく飯島の視線の隅に何かが映った。慌てて首都の方を見やる。そして自分の目に映ったものを確認すると前言を撤回するようにもう一度つぶやいた。
「そうでもなさそうだ・・・」
 彼が見たもの。クラクスの私兵団が態勢を立て直し増援を加えて接近してくる様子だった。









755 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/10(木) 01:16:28 [ 68zcNjdQ ]
投下します。>>692の続きです
第8話:決着です
 兵団の後方でミリアネス・クラクスは諸侯の家族が住む集落に迫る「反乱軍」を見つめていた。よもや、バルコスの養子たちだけでなく、諸侯の家族までも解放するとは夢にも思わない展開だった。だが、事態は彼にとって若干幸運といえた。諸侯はすべて遠くミュラ川に出陣している。ここで家族ともどもバルコスたちを皆殺しにしてしまうのだ。その犯人役はバルコスたちがあの世で演じてくれる。千名近くの味方に対して向こうは百名足らず。最初の突撃で決着はつくであろうことは軍事に詳しくないクラクスにも理解できる。
「隊列が整い次第突撃だ。我らより前方にいる者はすべて殺せ。騎士、婦女子問わず、殺した数に応じて報酬を支払うぞ」
 クラクスはすべてを闇に葬るつもりだった。軍権を持たない彼にとってバルコスは邪魔な存在だ。ましてやクラクスの私兵団が「草色の服の兵士」に蹴散らされたことを諸侯の家族にも知られてしまった。これを一気に解決するにはこれ以上の方法はない。
「火矢を用意しろ!」
 私兵団の精鋭、とは名ばかりの傭兵隊長が部下に命じた。その矢は正面のバルコスたちに向けられているのではない。少し離れた諸侯の家族たちに向けられていた。

756 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/10(木) 01:16:59 [ 68zcNjdQ ]
 隊列を整えたが劣勢は目に見えていた。ドリアノス・バルコスは隊列の先頭、馬上で剣を構えていた。もはや自分自身、トラキロア王国軍総司令官と名乗ってよいのか見当もつかない状況だったが、少なくとも、自分の養子たちを率いる部隊長として先頭に立って戦うつもりだった。
「あ、来ます!」
 三田村が叫んだ。クラクス軍がいっせいに突撃を開始したのだ。数百の騎馬、その後方から弓兵が迫ってくる。それと同時に別の部隊が火矢を集落に放ち始めた。自衛官が下馬して89式小銃を構える。
「板倉さん!後方の弓兵をつぶしてください!」
 堺の指示を無線で受け取ったヘリがクラクス軍の後方に展開する弓兵隊に手製の手榴弾を放り投げた。次々と爆煙が立ち上がっていく。最後に残った手榴弾の導火線にベテランの板倉が蚊取り線香で火をつけた。
「こいつでカンバンだ!」
 そう叫ぶ板倉が搭乗する低空飛行を続けるヘリめがけて生き残りの弓兵隊から矢が打ち上げられた。
「危ねえな!当たったらどうすんだよ!」
撃ち尽したMINIMIから89式小銃に持ち替えてベテランの一曹は地上に向かって弾丸を撃ち返す。
「くそ!もっと弾薬を持って来るんだった!」
 それは地上の堺も同意見だった。自衛官たちは少々派手に撃ちすぎたようだ。各員、弾薬が半分以下になっている。
「マクシミア、下手に白兵戦になればこっちは発砲できない。できる限りこっちで敵を近づけないようにするが全部は無理だ。」
 マクシミアに代わり堺の言葉にとっさに状況を理解したバルコスが答える。
「わかった。我が子供たちの勇敢な戦いぶりをゆっくりご覧あれ」
 その言葉に応じて数で劣る兵団は鬨の声をあげる。百戦錬磨の養父を迎えて士気は申し分ないようだ。
「いいか、よく狙って撃てよ!」
 指揮官に言われるまでもなく5名の自衛官は銃を構えて慎重に狙いを定めた。定めるまでもないくらいに敵は密集しているが。一撃で敵を戦闘不能にするには先頭の騎馬に致命傷を与えるのが効果的だ。ドミノのように後続がクラッシュしてくれれば問題ない。
「撃て!!」
 堺の号令を合図に89式小銃が三連射でNATO弾を発射し始めた。

757 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/10(木) 01:17:28 [ 68zcNjdQ ]
 一方、ミュラ川の対岸では島田三尉が対岸のトラキロア軍を注視していた。川岸に一番近い場所にバルコス軍は移動している。と、トラキロア軍の後方で狼煙が上がった。
「支援攻撃の用意だ!」
 島田の号令で特科がトラキロア軍後方に標準を合わせる。川岸の柵に陣取ったマスケット中隊が射撃準備を整え、パイク大隊も戦列を整えた。対岸を観察していた兵士が報告を持ってくる。
「島田三尉!動きました!」
 バルコス軍がいっせいにこちらに向かってやってくる。攻撃ではない。それを追って諸侯の軍が動き始めていた。あの狼煙はやはり諸侯に対するバルコス軍の追討命令だったのだろう。
「マスケット中隊はバルコス軍への誤射に注意!パイク大隊はマスケット中隊の後方で支援に備えろ!」
 とはいえ、こっちに向かうバルコス軍も敵軍も同じ騎馬に甲冑だ。敵味方の見分けがつきにくい。これは白兵戦になりかねない。島田は生唾を飲み込んだ。
「撃て!」
 特科が砲撃を開始した。川に着弾して追撃する敵軍が吹き飛ぶ。それでも彼らは追撃をやめようとはしない。バルコス軍は次々と対岸陣地に到着するが間髪をおかずに追っ手も陣地に迫ってきた。
「マスケット中隊、撃て!」
 三段構えのマスケットが川で動きの鈍った騎馬を次々と撃ち倒していく。だが、バルコス軍を待ったタイミングが災いした。一部の敵兵は柵の眼前に迫っている。
「パイク大隊!マスケット隊を支援しろ」
 柵の隙間から長い槍が幾重も突き出されてかろうじて生き残った敵兵の突入を阻止した。島田は興奮気味に息を吐き出した。こいつは長い戦いになりそうだと直感で思った。

758 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/10(木) 01:17:55 [ 68zcNjdQ ]
 堺は何個目かのマガジンを交換していた。彼のチョッキに納められたマガジンはあと2本だけだ。ほかの隊員も似たり寄ったりだろう。敵はクラクスの提示する報酬に釣られて波状攻撃を仕掛けてきている。ヘリの威力も慣れてしまえば大した影響はなさそうだ。板倉も弾薬を撃ちつくしたようだ。
「くそ、このままじゃ白兵戦で押し包まれてしまう・・・」
 三田村が悪態をつきながら引き金を引く。だが、心地よい反動はなくむなしくカチカチと金属音がするだけだ。全弾撃ち尽くしたようだ。
「二尉!弾薬がなくなりました!」
 三田村に続いて次々と隊員たちが弾薬不足を堺に報告した。万事休すか。堺が顔をかすかにしかめ、戦況を見届けたマクシミアとバルコスが互いに顔を見合わせ突撃の準備を始めたときだった。敵の隊列に変化が生じた。
「どうした!?」
 マクシミアの声に近くにいた騎士が大急ぎで報告する。
「はっ!火をかけられた集落から人質たちが手に戸板などを盾に持ち敵の側面に攻撃を仕掛けたもようです」
 見れば、人質になっていた諸侯の子弟、老人が手に戸板を持ち、護身用の武器を持ってクラクス軍に襲い掛かっている。その数は数百名を数える。形勢は逆転しつつあった。もちろん、それを見逃すバルコスではない。剣を宙に掲げると子供たちに叫んだ。
「行くぞ!子供たちよ!わしに続け!」
 父の言葉を合図にわずかな騎士団が浮つく敵にいっせいに突撃を開始した。三田村はその光景をあっけにとられてながめていたが、その中にミリアの姿を見つけてはっとした。
「ミリア!戻れ!危ないぞ!」
 彼の言葉は届くはずもなく、彼女は隊列と一緒に突撃していく。それを見た三田村はそばの隊員が最後のマガジンをマガジンポーチから取り出したのを見つけ、素早く奪い取った。
「ちょっと借りるぞ!」
「あ、三田村!おい!」
 抗議する隊員を無視して乗馬すると騎士たちに続いて早足で馬を走らせた。

759 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/10(木) 01:18:20 [ 68zcNjdQ ]
「な、何ごとだあっ!!」
 側面に現れた新しい脅威に意識が向けられていたクラクス軍はまさかの反撃に即応できなかった。全力疾走で突進する重装の騎士たちの突撃で前方の隊列が一気に崩れた。バルコス軍は騎馬の突進力の限界まで突入して敵陣に深く食い込むと目に付く敵に片端から斬りかかった。
「くっそお!なんだよ、これじゃ下手に撃てないよ」
 ミリアを追って最後のマガジンを持った三田村が戦場に到着するが、混戦で彼女を見つけるのも困難な状況だ。馬上からミリアを探して見回すが見渡す限り甲冑の兵士だらけだ。
「草色の服の兵士!覚悟!」
 三田村を見つけた敵兵が剣を手に馬を走らせ突進してくる。単発にセレクターを切り替えて慎重に2発でしとめた。
「いた!ミリアだ!」
 崩れ落ちた敵兵の後方にミリアを見つけた。数騎の敵兵に囲まれて防戦一方だ。このままでは危ない。三田村は89式を構えるが引き金を引くことはできなかった。
「ミリアに当たっちまう」
 そうしているうちにミリアの乗馬が斬りつけられた。痛みに驚いた馬が暴れた拍子に彼女は落馬した。かろうじて片手の剣で敵の上方からの攻撃を防ぐのが精一杯のようだ。三田村は軽く深呼吸して覚悟を決めると馬を全力で彼女の方へ走らせた。
「やろう!ぶっ殺してやる!!!」
 三田村の叫び声に敵兵の1人が振り返った。その兵士に向かって三田村はすれ違いざまに89式の銃床を思い切り振りぬいた。見事に兵士の顔面にクリーンヒットして敵は地面に叩きつけられた。それを見てあっけにとられる残った敵兵に腰だめで数発発砲した。至近距離でライフル弾を受けた敵は馬上から吹っ飛ばされた。
「ミタムラ!」
 自分を救った主が誰であるかわかるとエルフ族の少女は驚きの表情を浮かべた。救世主である自衛官は笑顔で彼女に手を差し出した。
「俺の愛車ほど快適じゃないが乗ってけよ!」

760 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/10(木) 01:18:51 [ 68zcNjdQ ]
 戦線後方で戦闘に参加できない諸侯の女性子供を保護した堺たちはヘリにそのうちの数名を乗せた。板倉が彼女たちを収容する。飯島が操縦席の窓から顔を出した。
「ミュラに帰るだけで燃料は精一杯ですよ!こっちに戻っては来れません!」
「いいんだ!ミュラ川にいる諸侯に彼女たちの無事を証明すればあっちの戦闘は終わる!気をつけてな!」
 そう言って堺はヘリの側面を叩いた。それを合図にヘリは本当に最後のフライトに旅立った。諸侯の攻撃を止めるために。これが成功しないとこの戦いでバルコスたちが勝っても風前の灯だ。たちまち、諸侯の軍が王都に戻ってきて全滅の憂き目に遭うだろう。
「頼んだぞ、飯島」
 ミュラに向かって飛び去るヘリに珍しく堺が祈りをこめてつぶやいた。
「堺二尉!三田村が・・・」
 だが、指揮官の祈りは長くは続かなかった。三田村に最後のマガジンを強奪された隊員がやってきて、三田村の暴挙を報告した。それを聞いて指揮官は軽く苦笑すると隊員たちに残った弾薬を均等に分配させた。
「こっちだ!」
 そう言って馬を走らせる。戦場とは全然違う方向だ。5名の隊員たちは不思議がるが指揮官に続いて馬を走らせた。堺の目にははっきりと見えていた。敵の軍団を率いるクラクスたちの一団。そしてこの戦いの終焉が。

761 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/10(木) 01:19:41 [ 68zcNjdQ ]
 留守を預かる島田は少しいらいらしていた。トラキロア軍はバルコス軍の追撃を撃退されてからは目立った動きをしてこない。時折、挑発するように川まで少数で接近してくるが特科の砲撃ですぐに後退していた。
「畜生。向こうが動かないとやりにくいな・・・」
 こちらはパイクにマスケット。歩兵が主体だ。騎馬兵と弓兵が多い敵には攻撃を仕掛けるのはあまり得策ではない。双眼鏡を眺めながら悪態をつく。と、伝令が彼のところに駆け寄ってきた。
「空飛ぶ船が帰ってきます!」
 「空飛ぶ船」。トラキロア人がヘリをそう呼ぶのは知っている。その言葉に耳をすませると、静かに流れるミュラ川のせせらぎに混じってヘリのローター音が聞こえてきた。堺二尉がやっと帰ってきた。留守を預かる大役からようやく解放される安堵で島田は深いため息を吐いた。双眼鏡で見えてきたヘリを眺めてみる。
「あ、あれ・・・?」
 島田の予想とは裏腹にヘリはミュラ川の向こう側、つまりトラキロア軍の方に向かって高度を下げ始めている。すばやく、慌てないように心を落ち着けながら起こっている事態を推測する。
「やばい!燃料切れだ!」
 このまま敵軍の目前に不時着すればパイロットの飯島や奥野、それに堺も危ない!数秒間、慌てて周りを見回す。周囲のトラキロア人の兵士や陣地に残った自衛官が島田を見つめている。
「ちくしょう、俺を頼りにすんなよ・・・・」
 誰にも聞こえないように愚痴を言ってから、周囲の視線をどうにか無視して、島田は近くの兵士に命令を伝えた。
「パイク大隊とマスケット中隊は前進。軽騎兵は待機しろ。ヘリの乗員を救出する。誰一人、見捨てることなく収容しろ!」
 ヘリは川岸に着陸してプロペラはその動きを止めた。燃料がなくなったのだ。それでもトラキロア兵はヘリに近寄ることに躊躇しているようだった。彼らの視線はヘリに注がれ、マスケット兵やパイク兵が隊伍を整え前進してくるのに気がつくには少し時間がかかった。島田や各隊を率いる自衛官も89式小銃を構えて前進していた。
「島田三尉!撃つな!!!」

762 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/10(木) 01:20:11 [ 68zcNjdQ ]
 不意にヘリのドアが開かれて飯島が手にスカーフを握って必死に振った。その行為に敵意がないことをトラキロア軍も察知したらしく、幸いにして彼に矢を射掛けることもなかった。それを確認した飯島は前進してくるマスケット兵にも白いスカーフを振った。
「島田!止まれ!撃つんじゃねーぞ!」
 ヘルメットにサングラスの飯島が慌てて後部のドアを開いて数名の女性を川岸に降ろした。トラキロア軍の陣営からどよめきが聞こえた。板倉一曹に助けられて数名の子供も降りてくる。
「何だ?何があったんだ?」
 状況がわからずうろたえつつも島田は部隊に停止を命じた。そうしている間に飯島と板倉はトラキロア軍に大声で叫ぶ。
「この人たちの家族はいるか!!!!」
 いくらかの沈黙の後、数名の騎士が隊列の前に進み出てきた。彼らは奇妙な空飛ぶ船から降りてきた人物が自分の家族と知るとものすごい勢いで下馬して彼女たちに駆け寄った。
「何なんだよ、いったい・・・・」
 島田が呆然としている間に、家族と再会した騎士が味方に向かって大声で叫んだ。
「みなの者!これより王都トラキロアに戻って逆賊クラクスを討つぞ!」
 人質になっていた家族が解放されたことを察したトラキロア軍はものすごい勢いで撤収の準備を始めた。ここに来てようやく、堺の作戦を飲み込めた島田がにやっとした。
そうか、堺さん。何かやらかしたな・・・。しかもいい意味で。
「島田三尉!よくがんばりましたね!」
 板倉が川を渡って陣地に駆けてきた。年長のベテラン一曹の姿を見て島田もやっと本気で肩の力が抜けた。彼が戻ってくれば安心だ。
「板倉さぁん・・・、マジで今度ばかりはヤバイって思いましたよ」
「さ、そっちも急いで準備してください。グラトス・トラキロア陛下を王都にお連れするんですよ!」
 板倉から、堺とマクシミア、バルコスがクラクス軍を打ち破りつつあり、諸侯の人質を解放して、王都奪還は目前と聞いて島田は仰天した。つまり、こちらの手にある少年王を王都にお連れすることで自衛隊は「官軍」としてこの国に存在できるわけだ。しかも目の前には国中の諸侯がいる。この機会を逃す手はない。諸侯を率いて王を奉って王都に「官軍」として入城するのだ。
「みんな、トラックを用意しろ!1台の荷台をきれいさっぱり空にして国王陛下をお乗せしろ。急いで王都に向かうぞ!」

763 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/10(木) 01:20:44 [ 68zcNjdQ ]
 大急ぎで整理されたトラックの荷台に少年王は鎮座していた。そばにはお気に入りの侍女も一緒だ。島田はあからさまにばつの悪い雰囲気に先ほどまでとは違った種類のストレスを感じていた。
「シマダ殿。この乗り物。トラックと言ったか・・・・。馬よりは早いが少々揺れるのお」
 舌をかみそうになりながら少年王が言う。このまま夜を徹して走ってどうにか王都にたどり着かねばならない。諸侯の軍ははるか後方だ。
「少しの辛抱です。王都に帰ることができるのですから・・・」
 ヘリでミュラ川まで戻って今度はトラックでトラキロアにトンボ帰りする板倉が言い聞かせる。その言葉に王はお気に入りの侍女の豊かな太ももの上に寝転がった。
「王都に戻れるのだ。我慢するとしようぞ」
 島田は長い長い旅が早く終わることを心から願った。

764 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/10(木) 01:21:51 [ 68zcNjdQ ]
 クラクスは目の前で起こっている事態をまだ受け入れられないでいた。突入した騎士団に押されて傭兵が逃げ出し始めている。「草色の服の兵士」にやられた数も入れるとまともに戦っている傭兵の方が少ないくらいだ。
「閣下。命あってのこその報酬だ。今回はここで引かせてもらう」
 傭兵隊長も周囲の部下に目配せすると馬の首を返して戦場から逃げ出し始めた。
「待て!契約違反だぞ!!」
 止めようとするクラクスの悲壮な叫びもむなしく、傭兵隊長は王都とは反対方向に駆けていく。それとすれ違うように「草色の服の兵士」が数騎やってくるのが見えた。戦場では、隊長が戦場離脱したことを認めた傭兵たちが続々と逃亡、投降を始めている。ひときわ大きなバルコスの声がクラクスのいるところにまで聞こえてきた。
「やったぞ!勝ったぞ!子供たちよ!!」
 戦闘の帰趨をはっきり悟ったクラクスは馬から下りてがっくりと座り込んだ。
「ミリアネス・クラクス摂政閣下ですね・・・」
 堺が下馬してクラクスに歩み寄った。摂政は呆然と彼を見上げている。このような騎士でもなく、貴族でもない。得体の知れない若者に負けたということが信じられないといった様子だ。
「何者だ?貴様は。いったいどこから来た?何の目的でマクシミアを懐柔し、国王を奪い、バルコスを取り込んでわしを負かした?」
 恨めしそうに問いかけるクラクスに堺はちょっと考え込んだ。その顔はクラクスから見れば、まるでいたずらした理由を考えている子供のようにすら見えた。
「私は陸上自衛隊の二等陸尉、日本という国から来ました。あなたを負かしたのは我々の生き残りのためです。あなたのような保守的で排他的な人物が支配するトラキロアでは我々のような異邦人が生きていくのも困難だ。それに、あなたの支配で苦しむ人々を救うのも目的ですな」
「異邦人だと?」
 その言葉にクラクスが敏感に反応した。
「エルフ族よりも古い伝承の異邦人だと?今に伝わる騎士団の戦法を伝えた伝説の異邦人と言うのか?貴様らが?」
 予想もしない、そして驚愕と怒りに震えるクラクスの言葉に、思わず堺も返答に窮した。三田村と一緒にやってきたミリアを振り返る。堺の疑問を察したミリアが口を開く。

765 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/10(木) 01:22:18 [ 68zcNjdQ ]
「異邦人・・・。およそ千年前、この国に騎士という身分と戦法を伝えたとされる人々のことよ。騎士団の誕生でトラキロア王国は周辺に恐れられる強国になったわ。その代わり、騎士を養うための身分制度ができて、人々の苦しみが始まり。人々の不満をそらすために排他的なエルフ族を敵として排除したの」
「つまり、騎士制度は別の世界から持ち込まれた、ってことかい?」
 三田村の問いかけにミリアは「トラキロア王国正史」には掲載されていない。民間伝承として伝わる話だと断った上で彼の質問に答えた。
「その正史に基づく歴史観に反発したのが父、ドリアノス・バルコスだった。マクシミア・ヒューゴ卿も同じ思いだとは知らなかったでしょうけどね。」
 それでこの2人が接近することを、つまり古い王国の歴史に培われた既存の身分制度を守るために、クラクスはバルコスとマクシミアの些細な誤解を利用して2人を遠ざけたわけだ。そして、王を軽んじこの国を思うがままに操ろうとした。
「貴様らが騎士や貴族を特権階級にする制度を持ち込んだ異邦人であるというなら、なぜこの国の秩序を壊した?過去数百年。幼い王や愚劣な王が現れると貴族は王をないがしろにしてでもこの制度を維持し国を守った。バルコスやマクシミアのようなこの国の歴史を否定する輩が幅を利かせるようになればこの国は終わりだ!なぜそれがわからん!」
 クラクスが悲壮な表情で叫んだ。彼の行動も彼の歴史観や正義感に基づいた「愛国心」であったというのだろうか。平民に痛みを強いることで手に入れた強大な軍事力。エルフ族を滅ぼすことで保った騎士階級の面子。幼い王を操ることでこれらの制度を維持することで、クラクスなりにトラキロア王国を守ろうとしていた。保守的で野蛮で、身勝手な理屈だが、この世界ではごくごく当たり前の感覚なのだろうか。堺の表情が複雑な思いで少しゆがんだ。そのときだった。
「サカイ!危ない!」
 三田村の操る馬の上でミリアが不意に叫んだ。さまざまな思いをめぐらせていた堺が視線をクラクスに戻す。彼が隠し持っていた短剣を手に今にも襲いかかろうとしていた。腰の9ミリを抜く間もない。直感で思った。刺される!クラクスはチョッキのない部分。彼の首筋を狙って剣を振るおうとした。
「ぐっ!!」
 次の瞬間、クラクスの左腕から血しぶきと少しの肉片が飛び出した。堺を狙った短剣がむなしく空中を踊って地面に突き刺さった。堺をはじめ、三田村、ミリア、自衛官の耳には聞き覚えのある銃声が残っていた。
「油断したな、サカイ・・・」
 甲冑を着込んだまま9ミリ拳銃を構えるマクシミアだった。いつのまにか、バルコスとともにすぐ近くまで歩いて来ていたのだ。腕を押さえて倒れこんだクラクスをバルコスの子供たちが取り押さえた。

766 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/10(木) 01:22:46 [ 68zcNjdQ ]
 翌日。少年王の到着を待ってバルコスと子供たちの兵団、自衛隊が王都トラキロアに入城した。後続の諸侯の部隊も次々と到着し、市民は歓呼の声で少年王と自衛隊を迎えた。
 クラクスは堺の助命嘆願もあり、国外追放となった。手法は違うがこの国を愛しこの国の未来を考えていたクラクスを安易に死刑にすることは忍びなかったのだ。彼自身「甘い」とは思ったが、罪を憎んで人を憎まずの日本人的精神を否定することができなかった。
 マクシミアは護国卿に任命され、バルコスは改めて王国軍総司令官となった。堺はじめ、自衛官は国王を救った功によりそれぞれ「卿」の称号をもらうこととなった。堺は同時に若き国王の教育も担当することになった。
「まるで夢のようだ。数ヶ月前までは死を待つだけの立場だったのに。いまや護国卿とはな・・・。」
 トラキロア城のそう広くも豪華でもない一室で堺とマクシミアが酒を酌み交わしていた。
思えば、数ヶ月前、「山賊退治」で出かけたミュラ地方で出会った奇妙な服を着た一団。自衛隊との出会いが彼の運命を、そしてこの国の運命を変えたのだ。
「千年近く続いたこの国の悪しき伝統が壊されて新しい歴史が始まる・・・。わたしにはこのようなことを言い表す言葉が見つからないよ」
 そう言って笑うマクシミアに堺がばつの悪い笑顔を浮かべながら酒のおかわりを注いでやった。マクシミアにはその笑顔の理由がなんとなくわかっていた。
「サカイ、君がそういう顔をするときは大抵答えを持っている。言ってくれ」
 この言葉は公務員である自衛官が言うにふさわしい言葉かどうかわからない。だが、彼の頭に浮かんだ単語はこれしかなかった。苦笑いして、コップの酒をぐいっと飲み干す。少しもったいぶりながら堺は口を開いた。
「俺たちの世界ではこう言うんだ。「革命」。レボリューションってな・・・」