563 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:13:09 [ C/G29Kos ]
とりあえず、向こうに落としてた分+続編落とします
長くなりますがお願いします
「レボリューション」第1話:利害
マクシミア・ヒューゴは森の中へと続く道の上で馬を歩ませていた。彼の率いるトラキロア王国兵はおよそ100名。彼のような騎士が80名ほどと、弓兵などだった。
彼の任務はこの人里はなれた山奥にいる山賊退治。このあたりを治める代官がその部下ごと行方不明になったため、彼が派遣されることになったのだ。マクシミアは騎士団長の位を与えられている。こんな辺境の山賊退治に派遣されることは普通はない。
だが、彼は王宮内で敵を作りすぎた。トラキロア王国の王宮は伏魔殿だ。トラキロア城内にはさまざまな派閥が存在する。彼は運悪くその少数派に属していたようだ。さまざまな口実で所領を没収され、名ばかりの騎士団長を拝命し、
そして今、こんな辺境の地で山賊退治など、およそ騎士の仕事ではない任務をおおせつかっている。
「いっそ暗殺されれば・・・」
そう思ったこともあった。王宮の敵は彼がこのようなおよそ「どうでもいい」仕事で失敗することを期待しているのだ。不名誉な死がそれによって彼に降りかかることを期待してのことだった。
そんな思いにふけっていると、先頭の騎士が警報を発した。
「前方に・・・・わあっ!!!」
森の中の道を縦長に進む部隊に異変が起こった。
564 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:13:45 [ C/G29Kos ]
数時間後、マクシミアと彼の部下のほとんどは手足を縛られて汚い小屋の中にいた。騎士が虜囚の辱めを受けるなどもってのほかだった。
これは王宮の彼の敵にとって好都合な事態といえよう。
「指揮官は誰か?」
そのとき、小屋に入ってきた男が声をかけた。マクシミアは当然、名乗り出ることなどしない。だが、部下のそれとない視線に気がついたのだろう。
男はマクシミアに軽く手招きした。
この上はせめて部下の命だけでも助けるのが指揮官の仕事だ。半分観念したマクシミアは立ち上がって、鎧も身に着けていない山賊に従って小屋を出た。
砦・・・。マクシミアの知識ではそうとしか言いようがない山賊の支配地域は彼が見たこともない光景だった。周囲には騎馬突撃を防ぐのであろう柵と堀があった。
そして柵の近くには櫓が作られて周囲を見張っている。小高い丘に位置するここは防御にはもってこいだ。山賊風情がこんな防御陣地を作ること自体がマクシミアには不思議だった。
鎧も着ていない山賊の連中が彼を興味深そうに見入っている。山賊どもは誰も鎧を着ていない。それどころか、サーベルも身に着けていない。
「指揮官をお連れしました!」
マクシミアを案内した山賊はこぎれいな小屋のドアを開けるとそう言った。小屋の奥、机に座って周囲に積み上げられた雑多な書類を見ていた男がそれに応えて軽く手を上げた。
山賊のメンバーはマクシミアが見たこともない返答の動作を見せると、彼と机の男を残して退室した。
「ああ、適当にくつろいでくれ」
男は机の書類に目を通しながら言った。マクシミアがそれに反応しないでいるとようやく顔を上げた。
「あ、そっか。縛られてるんだったな・・・。」
そう言って男は立ち上がると、他の山賊の部下と同じような格好をした彼の腰に巻かれているベルトから短剣らしきものを取り出してマクシミアを拘束する縄を切った。
男の意図がわからないまま呆然としているマクシミアに男は彼が拘束されるまで持っていたサーベルを差し出した。
「大事なものだろ?お返ししよう」
屈託も警戒もなく、男はマクシミアが持っていたサーベルを差し出している。何をするにしても丸腰では何もできない。そう思ったマクシミアは彼からサーベルを受け取った。
それと同時に後ろに飛びのき、返ってきた愛刀を抜いた。
565 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:14:23 [ C/G29Kos ]
「貴様、油断しすぎだぞ」
そう言うマクシミアを見て男はため息をついた。そのリアクションはマクシミアが拍子抜けするほど無警戒だった。だが、彼は男の確信したような無警戒ぶりの理由をすぐに知ることになる。
「マクシミア・ヒューゴ。トラキロア王国騎士団長。最近はトラキロア城の勢力争いで劣勢だそうで、こんな辺境に派遣されたそうだね。お互い宮仕えはつらいな。ほお、年齢は28歳、俺と同い年じゃないか・・・。それに君の祖父は王族か・・・。」
男は手にした書類を見て納得したように頷いている。マクシミアはその無警戒さに思わず一度は抜いた剣をおろした。
「そなた、わたしが目の前で剣を抜いているのをなんとも思わないのか?」
初めて口を開いた騎士に男は書類から視線を移した。髪は黒髪で比較的短く整えられている。そして何より不思議なのは彼は鎧のたぐいを身に着けていないことだ。
身に着けているのは奇妙な服だった。森の木々と同じような色をした服。それに腰に巻いたベルトには短剣のような刃物と、右の腰には水袋のような袋を吊るしている。
その中に何が入っているかは想像もできない。
「まあ、そんなもの振り回すのも危ないからな、鞘に収めてくれ。俺たちは君たちを殺す気は毛頭ない。それはさっきのことでわかってるはずだ」
566 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:14:52 [ C/G29Kos ]
男の言うとおりだった。縦列の先頭を行く騎士から警戒を聞いた直後、マクシミアの部隊は煙に包まれた。あっという間に周囲を囲まれて捕虜になったのだ。その気になれば皆殺しにできる状況であったのだ。
「わたしは人質にはならんぞ。その時は騎士らしく自害して果てるか、貴様に負けるとわかっても戦いを挑んで死ぬ。」
マクシミアの言葉を予想していたかのように男は苦笑いを浮かべて手を横に振った。
「ああ、それも勘弁してくれ。こっちはあんたを人質にしてとか考えていないんだから」
「だったら何が目的だ!!」
男の余裕がマクシミアの神経を逆撫でしているのは間違いなかった。いったん納めたサーベルに手をかけながら叫んだ。真剣に怒るマクシミアを見て男は初めて真剣な表情を浮かべて彼を見た。
その真剣さに思わず、マクシミアも息を呑んだ。男の年齢はマクシミアとそう変わりはないだろう。だが、髪の毛は黒く、肌の色も浅黒い。おそらくかなり陽に焼けていると思われた。マクシミアの見事な金髪と対をなすように思われた。
「はっきり言う方がいいか?遠まわしの方がいいか?」
「な、なんだって?」
男の予想もしない返答にマクシミアは剣を手に取ることも忘れて聞き返した。目の前にいる男はただの山賊ではない。これだけははっきりと認識できているが、この奇妙な男の意図を図りかねたのだ。
「はっきり言おう。俺は君のような人間を待っていた。俺と一緒にこの世界を手に入れようじゃないか・・・」
男の口から漏れた予想もしない言葉に彼は反論する機会を失った。
567 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:15:21 [ C/G29Kos ]
数日後、マクシミアは男の小屋にいた。男は名前が少々変わっている。シロー・サカイ。風貌も話し方も風変わりだが、名前もそれに違わず風変わりだった。
マクシミアが想像していた山賊と彼らは大きく違っていた。サカイと同じような格好をした連中が十数名。そして、よく訓練されたトラキロア人が200名ほどの集団だった
。マクシミアはあの会談以降、自由に彼らの駐屯地を歩くことはできた。ただし、彼の部下は相変わらず軟禁状態で、彼にもミタムラという男が常にくっついていた。
ミタムラもサカイと同じく、サーベルも持たない男だった。だがその代わりに風変わりな棒を持っていた。そして彼らのメンバーであるトラキロア人もマクシミアが見たこともないくらい長い槍や、
どうやって飛ばすのかわからない弓を持っていた。彼らの弓はマクシミアが知っている弓ほど連射はできない、しかし、その飛距離や命中精度は彼の知っているそれとは大きくかけ離れていた。
ミタムラはそれを「ボウガン」と呼んでいる。トラキロア人の使う弓は長弓で連射に優れている反面、熟練が必要だ。しかも騎士階級はこの武器を好んで使うことはない。
騎士の仕事は乗馬して槍を使い敵を蹂躙することだ。飛び道具は徴募兵の使う下賎な武器だった。
568 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:15:52 [ C/G29Kos ]
「サカイ、君たちはただの山賊じゃないな。いったい何者だ?トラキロア王国に弓を引く者なのか?わたしには君たちが理解できない」
小屋の中でマクシミアは声を荒げた。相変わらず、サカイは書類に目を通すばかりだ。
「わたしをなぜ、殺さない?身代金も要求しない?なぜだ?」
さらに声を荒げたマクシミアにようやくサカイは顔を上げた。
「言っただろ。君のように既存の価値観を持ちながらその社会から白眼視されている人物が俺には必要だ。俺にはこの国の習慣も何もわからない。生き残るために君の力と協力が必要だからだ。」
ついにサカイはすべてを話した。だがそれはマクシミアがにわかに信じることも理解することもできない話だった。
サカイたちはこの世界とは別の世界で生まれ育った。その世界で言う軍隊、彼らはかたくなに「自衛隊」という言葉にこだわった。ともかく、軍隊に似た組織で生活していたが、訓練中に道に迷いこの世界に漂流したというのだ。
彼らの持つ「神秘の武器」と一緒に。マクシミアにはそれはすぐには信じることができなかった。だが、彼らと生活を共にするうちに、彼らの持つ奇妙な道具や知識を垣間見る機会に恵まれた。たしかに、トラキロアだけではない。
周辺の国々にはない知識を彼らは持っていた。そしてそれ以上に、マクシミアも認めざるを得ないくらい彼らの知識や考えは優れていた。
そのリーダーのサカイは戸惑うマクシミアに時間と根気をかけて彼らの考えや習慣や技術を教えた。マクシミアもそれを戸惑いつつも受け入れて理解していった。数日で、サカイとマクシミアに友情が芽生えた。
569 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:16:28 [ C/G29Kos ]
「堺二尉、あのマクシミアとかいう騎士団長ですが・・・」
小高い丘に作られた自衛隊の陣地にある執務室で板倉一曹が堺に進言していた。堺は相変わらず、各部署の報告に目を通すばかりだった。
「板倉一曹、ここまで懐柔しておいて彼を殺すか?殺したら彼の部下もおとなしくしていないと思うぞ」
書類に目を通しながら堺は応じる。堺よりも若干年長の板倉は不服そうな表情を浮かべて彼の前に立っている。
「板倉さん、この辺の連中を味方に引き入れて組織してもせいぜい数は500人だ。トラキロアの連中が本気になれば一網打尽だ。だったら、トラキロア中枢に近い人物を味方に引き込まないと俺たちの生き残る道はないんだ・・・。」
「それはわかりますが、二尉はあの男に甘すぎやしませんか?」
板倉の反論に初めて堺は顔を上げた。
「板倉さん、俺はマクシミアを通じてトラキロアの政治中枢に介入したいんだ。そうすることで俺たちの生き残る可能性を探りたい。地元の人間に聞いた限り、俺たちが日本に帰れる可能性はほとんどないんだ。
そうするしか道はない。このまま武器弾薬や燃料が枯渇するのを待つよりも前に進むしか道はないと思うんですよ」
堺の熱弁に板倉も反論の言葉を失った形になった。確かに、このままの逼塞を打開するにはこの世界にある程度適応した生き残り戦略が必要だ。
その突破口にマクシミアを使うという堺の構想は理にかなっている。
「わかりました。ただし、これからもいろいろと意見させていただきますよ」
「恩に着ますよ、板倉さん」
階級は違えど、年長の板倉に対して堺は最低限の礼儀を忘れない。
570 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:16:59 [ C/G29Kos ]
砦の中央に位置する広場では新兵器のお披露目が行われていた。もちろん、マクシミアもそれを見学することが許された。ミタムラが当然そばについていることにはなったが。
「あれはただの棒じゃないか・・・」
思わずつぶやくマクシミアにミタムラはにやっと笑った。
「そうとも限りませんよ。ま、よくご覧になってください。」
ミタムラはじめ、十数名の一団は彼に対して非常に礼儀正しかった。リーダーの堺を彼らは「サカイニイ」とか呼んでいる。何かの称号であることはわかる。
「じゃあ、あれを撃つからな」
奇妙な棒を手にしたトラキロア人は十数メートル離れたところに置かれた小さな壷を示した。トラキロア軍の弓兵でもあれを射抜くのはなかなか難しい。ましてやそれをあんな棒でどうやって射抜くというのだ?
男は肩に棒をしっかりと携えて狙いを定めた。そして右手で棒の下にある引き金を引いた。その瞬間、棒の先端から白い煙とものすごい轟音が飛び出した。
それと同時に彼が指し示した小さな壷は粉々に砕け散った。
「こ、これはいったい・・・」
耳が少しおかしいことに気がつきながらもマクシミアはミタムラに尋ねた。彼はうれしそうな表情を浮かべている。
「あれはマスケット銃です。まだ大量生産できないが、ボウガンと順次更新していく予定です」
571 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:17:26 [ C/G29Kos ]
堺二尉はマスケット銃の成功報告を聞くとすぐに大量生産を命じた。メンバーの島田三尉は理系の大学院卒。なぜ、そんな学歴で自衛隊に入隊したかは知らないが、ここでは「親方」と呼ばれていた。本人はそんなあだ名に程遠い外見だが。
彼の知識で黒色火薬の生産とマスケット銃の製造にこぎつけることができた。
自衛隊員の乗っていた3台のトラックには大量の弾薬がある。しかし、これは極力使わないようにしたい。大量にあるとはいえ、いつかはなくなるのだ。ましてや生産手段も持たない現状でだ。
とすれば、多少スペックダウンしても現地で生産可能な武器を製造して味方になったトラキロア人に支給するのが合理的だろう。
「それにしても島田がここまでやるとはな・・・」
「ええ。あいつ、いえあの人はこういう分野に向いているのかもしれませんな」
堺と板倉が笑いながら言った。島田のおかげで、代官の圧制で山に逃げ込んだ人々に武器を配り、代官をやっつけることができたのだ。こちらの武器をほとんど使うこともなく。
「島田です。入ります!」
うわさをすればなんとやら。島田が指揮所になっている小屋に入ってきた。堺は彼にトラキロア人が作ってくれたワインを注いでやった。
「しかし、まさかあんなものから硝石を作り出すとはな・・・」
板倉の感心ももっともだった。島田は山の上の砦で処理に困っていた糞尿から硝石を作り出したのだ。そしてマスケット銃も彼なりに応用を加えていた。
ライフル弾を撃ち出すのだ。銃身にライフルマークを刻むことで銃弾に回転を与えて直進する力を増すのだ。ナポレオン時代に使われていたマスケット銃よりもはるかに高性能だった。
「それに、農機具の改良ももうすぐ終わります。連中の中に鍛冶屋が数名混じっていたのが幸いです。ただ、圧倒的に設備も人員も足りません」
それはそうだ。自衛官が十数名。トラキロア人が300名ほどしかいない。何をするにも人手不足だった。
572 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:18:15 [ C/G29Kos ]
「なるほど、だからこそわたしが必要なわけだな」
島田の言葉に答えたのは、いつの間にか小屋の入り口にいたマクシミアだった。一同の視線がいっせいに彼に注がれた。
これはまずい話を聞かれたかな?堺は一瞬顔をしかめた。それを見た板倉が腰のものに手をかけるが、堺がそれを目で制した。
「なるほど、あなたがたは自分たちが生き残るため、そしてここにいる人々のためにさまざまな努力をしているようだ。だが、聞いてのとおり何もかもが不足している。
だからこそ、わたしのような王族の血を引く者を味方にしたい。そういうことだな」
金髪の騎士は黒髪のリーダーに歩み寄りながら言った。板倉は彼の手が腰のサーベルに向かわないか凝視している。堺が警戒することなく答えた。
「平たく言えば正解だ。だが俺はもっと別のことも考えている。ここでは身分の差はない。あるのは階級だけだ。ここには農奴、職人、商人、僧侶もいるがそんなこと関係ない。組織の中の秩序だけだ。
そして合議では誰でも自由に発言するし、意見が優れていれば採用する。それが発展の基礎になる。マクシミア、君の国にそんなシステムはあるかい?」
あるはずがない。あればマクシミアは騎士として特権階級にいることはできないだろう。それを見越したのか堺はにやっと笑った。
「俺は君に言ったはずだ。この世界を一緒に手に入れようって。世の中を変えちまうんだ。俺たちの手で。君が身分制度の緩和を訴えて閑職に追いやられたことは知っているよ」
マクシミアははっとした。ここにはあらゆる階級の人間がいる。盗賊やその類がいても不思議ではない。それを間者に仕立てて自分を調べていてもさほど不思議ではなかろう。
「わかった、サカイ。君の言うとおりだ。わたしは王族の身にありながら今の身分制度を嫌っている。だからこそ、領地を追われ郎党と山賊退治にまで狩り出された。そんなわたしに今更何をしろと?」
573 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:18:55 [ C/G29Kos ]
トラキロア城にある玉座の間は荘厳な趣でマクシミアを出迎えた。王座にはまだ幼い国王である、グラトス・トラキロアが鎮座し、そばに摂政のミリアネス・クラクス。
そしてトラキロア王国軍総司令官のドリアノス・バルコスが控えている。摂政も総司令官も冷たい目で王に傅くマクシミアを見ていた。
「で、山賊は確かに退治したのだな?」
摂政のクラクスが面白くなさそうに言った。無理もない。彼はマクシミアが任務に失敗し戦死する、もしくは命からがら逃げ帰ることを期待していたのだから。
「は、摂政様。こちらが証拠の品でございます。」
マクシミアはバルコスに血のついた兜を差し出した。それは代官の兜だった。
「これは代官の兜だ。どうやって?」
バルコスのいぶかるような視線をものともせずにマクシミアは答える。
「山賊の首領らしき男がかぶっておりましたので、我が王国に対する侮辱と思い剣を振るい奪い返しました。」
「ふむ・・・」
クラクスは考えた。間違いなく兜は代官のもの。そしてそれを奪い返してきた以上、マクシミアには恩賞を形だけでも与えておかねばならない。しかし、彼に恩賞を与えすぎても困る。
彼の勢力が増すことはいいことではない。幼少のグラトス・トラキロアを操っておかねば、この国を自分の意のままに動かすことができない。それには王族の血を引くマクシミアは邪魔以外の何者でもない。
「では、そなたに代官の居城であったミュラ城とその領地を与える。引き続きその武勇で山賊を取り締まり、辺境の安定に努めるがよい」
クラクスはそばのバルコスを見た。彼も満足げな笑みを浮かべた。彼らにとっては体のいい厄介払いだった。マクシミアを天下ごめんで辺境の地に追いやることができたのだ。
「謹んで命をお受けいたします」
そのマクシミアもひそかに笑みを浮かべた。やはり予想通りだった。王宮にいてはなにかとやっかいなマクシミアをクラクスとバルコスは辺境に追いやるであろうことは想定の範囲内だった。無論、サカイも予想していたことだ。この方が好都合なのだ。
「マクシミア、達者でな・・・」
まだ少年とも言えないグラトスがマクシミアに語りかけた。金髪の騎士は無言で頭を垂れると謁見の間を後にした。
574 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:19:31 [ C/G29Kos ]
レボリューション」第2話:奪還
ミュラ城の城下である変化が起こっていた。人々が日に日に増加しているのだ。そして自由に商売を行っている。トラキロア城下からやってきた商人は市場の入り口にいる役人に出店料を支払って商売を始めた。
「楽市楽座ですか?」
城から城下を眺める堺に島田が声をかけた。指揮官は振り返って頷く。そうしておいて島田にイスを勧める。
「ここは辺境地帯らしい。この城の東。俺たちがいた丘の向こうは国境だ。この先は東部人と呼ばれる蛮族の土地らしい。高地と砂漠で農耕には適さない」
「つまり、蛮族に備えてという理由で兵力増強もできる、ということですね」
島田の言葉に堺は満足そうな顔をしてワインを注いでやった。そこへマクシミアが入ってきた。少しして板倉一曹もやってきた。役者がそろったわけだ。それぞれが席に座ると堺が口を開いた。
「さて、部隊編成だが板倉一曹・・・」
「はい。現在総兵力は二千名を超えました。この中から体力的に優れた者を選んで新開発のピストルを装備した偵察小隊を編成中です」
堺の戦略としては軍の基幹は徴募兵からなる歩兵を考えていた。徴募兵というくらいだからさぞやゴロツキの集団と思いきや、意外と忠実だった。そこで急遽騎士のような重装騎兵でなく、軽装備の軽騎兵を作ろうとしたのだ。
彼らの装備には新開発した連発ピストルを装備させる予定だ。カートリッジの開発は進んでいないため、中折れ式リボルバーのシリンダー部分を取り替えるタイプの拳銃を開発した。
この装備で軽快に活動し、時には重装騎兵の側面からピストルで奇襲することも可能な部隊になるはずだ。
575 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:19:59 [ C/G29Kos ]
次に、根幹の歩兵だがマスケット銃の生産はまだ軌道に乗っていない。そこで基幹歩兵はパイクを装備させた。パイク兵の戦列で騎士の突撃を
大砲は銃を開発した後では簡単だった。時限式の炸裂弾を飛ばす構造だ。彼らの仮想敵は間違いなくトラキロア王国軍だ。重装騎兵の騎士と弓兵からなるトラキロア王国軍を打ち破るにはこれでもまだ足りないくらいだが、そう贅沢はいえない。
「製鉄所を作っていますが、ミュラの森はこの分で行けば数年で枯渇します。あまりに伐採が進むとミュラ川の氾濫も懸念されるので別の燃料が必要でしょう」
島田の言葉に堺は考え込んだ。別の燃料となると、石炭あたりが必要になってくる。各地に派遣した医療衛生教育隊を兼ねた調査団がいい報告を持って帰ってくれればいいんだが。調査隊は医療衛生教育においては成果を出していた。
軍隊が集団生活を行う時にもっとも懸念されるのが伝染病だ。そして伝染病の蔓延は民間の生産をも破壊する。中世ヨーロッパで腺ペストが流行して発展が大きく遅れたのがいい事例だ。これを繰り返すわけにはいかない。
ヨーロッパには数百年の猶予があったが、堺たちにはそんな猶予はないのだ。
さらに言えば、堺は将来的なミュラでの徴兵制も考えていた。その実現のためには一般市民に均等な基礎的知識が必要になる。それを見越しての医療衛生教育だった。
「やっと城下町以外の村落でも風邪程度の病気に関する原理がわかってもらえたようですよ。これでも大きな進歩といえますね」
確かに、それだけでも大きな進歩だ。その報告に堺もマクシミアも満足げだった。さらに島田の報告は続いた。
「農機具開発は大成功です。来年度の農業収入はかなり増加することが見込まれます。それに文官の教育も進んでいます。我々ほどではないにしても基礎的な事務作業には支障はなくなるでしょう。」
「まあ、俺たちもトラキロア語を覚えるのには苦労したからな」
576 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:20:36 [ C/G29Kos ]
板倉一曹がワインを口にしながら笑った。堺が目指しているのはまさに「富国強兵」だった。幸いにして代官が溜め込んでいた大量の金貨が城から発見されてその資金は十分だった。三途の川の向こうには金は持っていけないらしい。
「しかし、あまりに急激な変化は敵を生みかねない。そうでなくてもわたしはクラスス摂政とバルコス総司令官に敵視されているんだ。ことは慎重に運ばねばいけない」
マクシミアがワインをおかわりしながら言う。確かに、ここ数ヶ月でミュラ城下は劇的な変化を遂げている。いくら辺境に無関心なクラススたちも目をつけないという保証はない。それを受けて島田が口を開く。
「急激な変化を望んだ織田信長は多くのことを成し遂げましたが、同時に多くの敵も作りました。できることなら我々は二の轍を踏みたくないものですね」
「ノブナガ?」
島田の口から発せられた聞きなれない人間の名前にマクシミアが反応した。堺は新たに領主となった騎士団長に信長のことを聞かせた。楽市楽座も実は信長からいただいたアイデアということも含めて。
「なるほど。だが我々は歴史から学ぶことができる。ノブナガは敵を恐れぬあまり敵を身内にまで作ってしまった。我々はその教訓を学ぶべきだろう」
無論だ、と堺は思った。今、俺たちが目指しているのはこの世界では未だ誕生したことのない社会システムだ。職業軍人に官僚制。だが、島田の言うように信長の失敗を考えれば多少、この世界に妥協した行動を考えねばなるまい。
それに関してはマクシミアに任せておけばいいし、自分なりに考えもあった。それを実行に移すべきなのかもしれない。
577 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:21:05 [ C/G29Kos ]
トラキロア城にある塔のひとつに幼い少年王グラトス・トラキロアはいた。ここが彼の寝室ということになっていた。実際は監視されているということは成長してきたグラトスにもよくわかっていた。
「わたしはいずれクラクスやバルコスに殺されるんだろう」
少年王は悟っていた。いまや、彼らはこの国で思うがままに振舞っている。そのもっともな理由が、グラトスの若さだった。自らが生き残るためとはいえ、その聡明さを隠している少年王は、
それによって民衆が受けている苦難を容易に想像できた。マクシミアがいてくれれば、とないものねだりをしたくなる。だが、彼ははるか辺境で蛮族対策に追われる羽目になった。
この城でグラトスの味方は少しだけ年長の侍女リーサだけだった。その彼女は今、王のためにベッドメイキングをしている。小高い塔のバルコニーに出て少年王は己の若さを悔やんでいた。
「国王陛下・・・」
そのときだった。どこからともなく声が聞こえた。とっさに腰に手をやるが、彼は武器の類は持たされていない。
「ご安心ください。摂政や総司令官の放った暗殺者ではありません」
声が少年王を安心させるように言う。
「では何者だ?」
グラトスの言葉に、声の主がバルコニーに現れて膝をついた。背格好からトラキロア人であることはわかったが、その服装は見たことがない。木々と同じ色をした奇妙な服だった。顔は真っ黒に塗られている。まるで暗闇に溶け込むためのように。
「ご安心ください。わたしはマクシミア・ヒューゴ様の手の者です」
「マクシミアの?」
思わず大きくなった声を王は抑えた。室内にいるリーサには気がつかれていないようだ。男は恭しくあるものを少年王に差し出した。
「明日、マクシミア様が陛下をお迎えにあがります。この道具の使い方をよくご理解されるようにとのことです」
聡明な少年王は間者の渡してくれた道具を見た。革のバンドに丸い物体がつながれている。物体の中では3本の針が見えた。それは時計だった。
578 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:22:20 [ C/G29Kos ]
堺と初めて出会った丘にマクシミアはいた。ここで堺がまだ彼に見せていないものを見せると言う。
それを踏まえて、君がもっとも気に病むことを解決するとも言っていた。マクシミアが気になること。それは若き国王のことだった。できることなら自分の手でお救いしたい。
そうは思っていてもすぐには無理だ。軍勢を率いてバルコスの軍を打ち破り、王都トラキロア城にお迎えに行くにはまだまだ時間がかかりすぎる。
「やあ、マクシミア」
堺だった。すでに到着していたようだ。彼の後ろにマクシミアも見覚えのある2名の男がいるのが見えた。
「紹介しておこう。飯島三尉と奥野二曹だ。」
彼らは堺たちみたいな服を着ていない。似たような色をした服を着ているがちょっと様子が違う。だからマクシミアも彼らのことを覚えていたのだ。
「で、サカイ。わたしに見せたいものとは?」
「ま、焦るなよ」
先を急ごうとするマクシミアを制するように堺はいつもの笑みを浮かべて彼を森の奥へと案内する。しばらく進むと開けた土地に出た。そこにはマクシミアが見たこともない物体が置かれていた。
「サカイ、これは・・・・?」
物体は大きく、頭にいくつかの棒がついている。そして鳥のようだがはるかに小さい羽がしっぽにくっついている。その物体の側面には何か文字が書かれている。マクシミアが島田から教わった範囲で読めるのは「陸上自衛隊」ということを意味する文字列だった。
「これで少年王を救出する。今夜・・・」
579 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:23:18 [ C/G29Kos ]
グラトスは夕べと同じく、塔にあるバルコニーで夜空を眺めていた。左腕に例の間者がくれた時計をつけて。この機械に書かれた独特の数字は間者から教わった。10時きっかりにマクシミアが彼を助けにやってくるというのだ。
マクシミアめ、わたしを励まそうとして手の込んだいたずらを考えたものだ、と笑いたくなるが。その反面、本当に来てくれるのかと淡い期待も抱く。心臓の鼓動と同じくらいの間隔で動く長い針を少しいらいらして見つめる。と、グラトスの耳に聞きなれない音が聞こえてきた。
「リーサ、何か言ったか?」
いつものように王のために寝室を整える侍女に声をかける。
「いえ、陛下・・・」
侍女の返答を聞いて夜空に視線を再び戻したグラトスの目に入ったのは、言葉にならない情景だった。
「あそこだ!あそこに国王陛下がおられる!」
ローター音でうるさいキャビンの中でマクシミアが叫んだ。彼はトラキロア城の大きな塔を示していた。赤外線暗視スコープをつけた飯島と奥野がバルコニーにいる人物を確認する。
「少年がいます!間違いないですか?」
「間違いない!」
マクシミアの言葉を聞いて飯島はヘリを進めた。トラキロア城ではヘリの爆音を聞いた兵士たちが気がついて上を下への大騒ぎだった。すぐに堺たちの意図もばれるだろう。
「マクシミア、これを」
堺は今にもサーベルを抜いて国王の待つ塔へ突入しようとしているマクシミアに9ミリ機関拳銃を手渡した。
すでに堺と板倉、そして6名の自衛官とトラキロア人から編成した本部中隊要員は89式小銃か9ミリ拳銃を準備している。マクシミアは笑顔でそれを受け取った。
「かたじけない!」
「気にすんな!」
ヘリはトラキロア城内で少しホバリングした。とたんに弓兵の矢が襲ってきた。鉄のボディを「カンカン」と矢がたたく音が聞こえた。
「低空ホバリングは危険だ。少し旋回しろ!」
堺の指示で空飛ぶ鉄の鳥、UH−60ヘリは上空を旋回し始めた。
580 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:23:59 [ C/G29Kos ]
聞いたこともない爆音で眠りを妨げられたミリアネス・クラススは城の中庭に出て目を見張った。
「これはなんだ?」
彼の頭上には見たこともない大きな鉄の鳥が大きな音を出して、下賎の武器とはいえ弓兵の矢を跳ね返しているのだ。そしてその鉄の鳥にマクシミアがいるのを認めてこの連中の意図を察して大声を出した。
「国王陛下をお守りするのだ!バルコス殿に親衛隊を塔に派遣しろと伝えろ!」
死角に入ってマクシミアと堺、数名の自衛官を塔に乗り移らせたヘリは再びゆっくりと旋回を始めた。バルコニーで事態を見守っていたグラトスは塔に乗り移ってきた人物を認めると喜びの声を発した。
「マクシミア!本当に来てくれるとは思わなんだぞ!」
「何をおっしゃいますか、陛下」
マクシミアとグラトスはがっちりと握手した。その後、塔の階段を警戒する堺を紹介した。少年王は堺のこの行動について深く感謝の念を述べた。
「だが、ひとつ。頼みがある」
いざ脱出の段になって少年王が言った。
「侍女のリーサも一緒に連れて行って欲しいのだ」
その言葉に堺は事情も飲み込めず部屋の中でおろおろする侍女を見た。少年王と年齢はさほど変わらない。せいぜい13か14だ。器量もさすが名ばかりとは言え国王の侍女だ。と、ここで堺に直感的なアイデアが浮かんだ。
ここで「個人的」に王に貸しを作るのも悪くない。かなりの確率でグラトスの申し出の動機は個人的なことだ。少年王は侍女に惚れている。無理もない。
他人とろくに接触できない環境でこの侍女とだけ接するのだ。そういう気持ちになっても仕方がない年頃だ。
「いいでしょう。さあ!」
堺たちが王と侍女を収容したときに、バルコスの親衛隊が姿を現した。
「撃て!」
堺の号令で9ミリ機関拳銃がいっせいにヘリから掃射された。思えば、マクシミアも彼らの武器が実際に人間に向けられるのを見るのは初めてだった。甲冑の男たちがなすすべもなく倒れていくのを呆然と見つめていた。
「収容完了!離脱だ!」
UH−60はトラキロア城から離れてミュラに向けて針路をとった。マクシミアは堺が渡した銃の威力を垣間見て呆然としていた。彼はわたしにこんな武器を渡すのか。わたしが裏切らないとも限らないのに。そんな彼の思考を見抜いたのか堺が言った。
「そう考えるな。俺は君を信じている」
その言葉にマクシミアは確信した。堺はわたしを信用している。そしてわたしも堺を信用している。それでいいじゃないか。ヘリは順調にミュラ城に向けて飛行を続けていた。
581 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:25:17 [ C/G29Kos ]
「レボリューション」第3話:戦端
休む間もなく堺たちは次の作戦会議に突入した。
「しかし時期尚早ではないですか・・・。各兵器の配備もまだまだ進んでいない状態ですよ。それにすぐに救出部隊がやってきますし」
島田の危惧をマクシミアがさえぎった。
「だが、バルコス総司令官が全軍を準備するにはかなり時間がかかる。」
奪還部隊の編成にかなり時間がかかるとはなんとも効率の悪いことだ。だが、それが狙い目でもあった。堺もそれに続く。
「準備不足でも先遣部隊は発進したころだろう。それに各地の軍団も準備出来次第進軍を開始するはずだ。何も、やつらが準備万端整うまで待ってやる必要もあるまい。」
なるほど、各個撃破を狙うわけか。だったら装備にいささか不安が残るこちらでも十分対応できるし、時間を稼げば稼ぐほどこちらも生産した兵器を部隊に配備できる。板倉は早速出動可能な部隊のリストを探した。
「捜索・偵察小隊と特科中隊はいつでも準備できています。パイク大隊も同様です。」
「騎士団も出動可能だ」
マクシミアもそれに続く。堺は測量隊に作らせたミュラ地方の地図を出した。マクシミアの領地の境はミュラ川だ。ここで連中を迎え撃つことにしたかった。
「ミュラ川の橋を落とせ。川岸に空堀と馬防ぎ柵を構築。特科を後方に配置しよう。捜索偵察小隊は対岸で偵察活動。敵を発見したら小規模攻撃で敵を川までひきつけて撤退しろ。敵はおそらくは騎士団だ。川に突入させて動きが鈍ったところを一斉射撃で殲滅する」
効果的な火力攻撃で敵を圧倒したい。そうすれば戦わずして攻撃をあきらめる連中も出てくる可能性がある。なにしろこっちには少年王がいるのだ。つまりは「官軍」だ。こちらの力に恐れおののいて寝返る連中も出てくることを期待して、戦闘を急いだのだ。
582 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:26:05 [ C/G29Kos ]
無事にミュラ城に着陸したUH−60は城の片隅で再び永い眠りにつくことになった。
「また当分はお蔵入りか・・・」
嘆息しながら飯島と奥野が愛機の寝床を整えてやる。思えばここに来てからまともにヘリを飛ばしたのは今回で3回目だ。
最初は飛行中にこの世界に迷い込んだとき。次は堺たちと合流して長くお蔵入りだったヘリをミュラ城に飛ばしたとき。そして今回の作戦だった。飯島にとってヘリの出番がないのは残念だったが、なにしろ燃料がないのだ。無理もないことだった。
「さ、次はいつの出番になることやら・・・」
そう言いながら点検作業を始めるが、こいつの出番はあとせいぜい2回だろうと思っていた。もう燃料はそれほど残っていないのだから。
島田は城下に作られた製鉄所と工場に赴いた。この国の鍛冶屋はかなりの技術を持っている。島田の要求する品物はたいてい作り出していた。マクシミアたちの身に着けた甲冑やサーベルを見てそれは想像できていたが、現実は彼が思っていた以上だった。
「旦那、注文の品ですよ」
鍛冶屋はそう言って工場の隅に山と積まれた木箱を見た。捜索・偵察隊やトラキロア人幹部に支給するピストルだった。すでに試作品で使い方は教え込んである。
わずか数ヶ月でよくもここまでできたものだと感心する。だが、この先生産規模が大きくなれば燃料不足も考えられる。早く調査隊の報告を聞きたいものだ。
完成品を駐屯地に運ぶように手配してから島田は官庁に向かった。ここではすでに軍の出陣が伝えられ、その準備で大忙しだった。軍の補給物資を算定し、城の倉庫から運び出す手配が行われている。
この世界にこのような事務管理制度がないことが島田には驚きだったが、少なくともこの城下のトラキロア人にはすんなり受け入れられて最近、ようやく機能し始めた。
「堺二尉はこのシステムがちゃんと動くかどうか試すために戦闘に踏み切ったのかもな」
そう思いつつも島田には堺の真意はよくわからないでいた。だが、彼は深くは考えない。目の前に与えられた自分の仕事を黙々とこなすだけだ。
583 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:26:34 [ C/G29Kos ]
「しかし、思った以上に早く決断しましたな」
マクシミアが騎士団動員のために退出したため、部屋には堺と板倉だけが残される格好になった。板倉は指揮官にワインを満たしたグラスを渡した。
「島田の言葉がヒントになったんです。連中の価値観にも多少妥協した行動をとらないと内部に敵を作りかねないってね。」
それに、できることならトラキロア全軍との戦闘は避けたい。こちらの力を見せ付ければ、王がこちらにある以上寝返る連中も出てくるはずだ。
連中の王に対する忠誠心を利用して無血で王都以外を味方につければいいわけだ。そのための派手なプロパガンダにヘリを利用したのもある。そしてプロパガンダ第二弾が今度の追撃隊迎撃だ。
「サカイ、入るぞ」
聞きなれない声が聞こえてドアが開かれた。入ってきたのは背の低いひげもじゃの男だった。いぶかしげな顔をする板倉に堺が言った。
「彼はロッソ。盗賊の頭で、東部出身だ。」
なるほど、堺がこっそりとミュラ城下に出かけている間に知り合った盗賊か。彼を味方にして部下の盗賊を各地に間者として放っているおかげでいろいろと情報が入ってくる。
「なあ、あれを返してくれないか?」
いかつい顔の男はもじもじしながら堺に言った。
「よかろう・・・。」
そう言って堺はポケットから写真を取り出してロッソに返した。板倉がそれを覗き込んで「あっ」と声を出した。写真には、目の前にいるいかつい男がまだ大人とは言えない少女と絡み合っている写真だった。堺が酒場に併設された売春宿で撮影したものだ。
584 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:26:57 [ C/G29Kos ]
「俺たちドワーフ族は背が低いからな。人間の女を相手にするときはこれくらいの女じゃないと釣り合わないんだよ」
写真を懐にしまいながらロッソが口を尖らせて言う。堺はもちろんそれが嘘であることを知っているがあえてここは追及しない。
「しかし、あっさり写真を返してしまっていいんですか?まだまだ間者には働いてもらわないといけないんですよ」
そう言う板倉に向かって堺はにやっと笑った。
「もちろん、そのつもりですよ。これからは正規の契約に基づいて報酬を支払うことにします。ロッソとはそういう契約です。」
「そうだ。サカイは今度の王都潜入で俺たちの腕を試したんだ。で、みごと彼のおめがねに適ったってことだ。」
この若造。こんなに腹黒かったか?と板倉は胸の中で自問した。
「で、ロッソ。東部人の動向を知りたいんだが・・・」
板倉が自問しているうちに堺とロッソの話は先に進んでいた。
「うむ、今度の冬が開けるころに動きそうだ。王様をめぐって内輪揉めしている暇はないんじゃないか?」
ロッソの警告を笑って堺は聞き流す。代わりにワインを盗賊の頭に注いでやった。
「いいんだよ。これで俺たちが王都からの追撃隊を撃破する。奴らは混乱するだろう。そうすると・・・」
堺は例の地図を取り出した。
「南にあるガルバラ王国が動き出す可能性がある。トラキロア南部の農業地帯はこちらが確保しておきたいところだからな。おいそれと渡すわけにはいかない。」
だったら、今戦争を始める必要はない。こちらは東部人に備えてトラキロア王国軍を動かさせるような行動をするべきではないのではないのか?板倉の疑問に堺がすぐに答えた。
「俺はロッソがいるから言うんではないが、東部人と本気で戦争をする気はない。こちらの力を見せつけるにとどめて交渉するつもりだ。その交換条件は・・・」
そう言って堺はミュラ地方からまっすぐに南に向かってボールペンで線を引いた。
「東部人がガルバラ王国まで行けるように領内を通行する権利を認める。連中にはガルバラで略奪でも何でもやっていてもらおう。その間に俺たちはトラキロアを制圧する。」
「なるほど、二正面作戦を極力避けるわけですね・・・」
板倉が感心して息を吐いた。この若造、やるじゃないか・・・。
585 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:27:28 [ C/G29Kos ]
トラキロア城ではバルコスが怒り心頭だった。マクシミアはとうとう悪魔に魂を売ってしまったのだという噂が流れていた。確かに彼自身、あんな空飛ぶ鉄の鳥を見せつけられればそう思わないこともない。だが、事態はそれよりも深刻だった。
「早急に王を奪還しなければ諸侯が反旗を翻す恐れがある。」
クラクスはそう言ってすぐに全軍をミュラに向けるように要求していた。奴は戦をわかっておらんとバルコスは思った。軍とはいえ、諸侯の軍は各地に散らばり、集合の号令をかけても準備に数週間かそれ以上かかる。とりあえず、追撃隊を送ったが全軍となるとそうはいかない。
しかし、バルコスもわかっていた。摂政と総司令官がすぐに行動を開始しないと諸侯から王を見捨てたと非難されかねない。少年王を担いでいいように国を操っていた報いかもしれない。くそ、いつから俺はクラクスの片棒を担ぐ羽目になったんだ。
「ミリアをこれへ呼べ」
甲冑を従卒に身に着けさせながらバルコスが命じた。すぐにミリアがやってきた。
「お父上様、お呼びでございますか?」
豪奢な鎧に身を包んだ騎士がバルコスのそばに膝をついた。ミリア・バルコス。バルコスの娘だった。
「うむ、追撃隊は出発したがいささか不安が残る。ミリア、わしに代わって指揮をとってくれぬか」
たいした準備もなく出発させた500名だ。ちゃんとした指揮官がいなければ万が一のときに士気が瓦解することも考えられる。
「はっ、仰せのままに」
そう言ってミリアは退出した。実の娘でないながらも彼にとても忠実でとても勇敢な騎士だった。そして彼女は何より不思議な力を持っている。彼女はエルフ族の末裔。人間にはない不思議な力があるといわれる人種だ。
586 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:28:03 [ C/G29Kos ]
追撃隊に追いつくべく街道で馬を走らせるミリアは初めて父に大仕事を任せられた喜びに胸を躍らせていた。バルコスと血がつながっていないことは彼女もよく知っていた。何しろ自分はエルフ族の末裔なのだから。
もう自分以外に残っていないかもしれない。トラキロアをはじめとする人間との戦いで滅びてしまったエルフ族のわたしを父は娘として育ててくれた。その恩に報いるときがきたのだ。
「でも・・・」
喜びで高鳴る胸とは違い、心には影があった。何か変なことが起こりそうな気がする。彼女は何か不吉なことが起きるときはこういう心境に駆られることがあった。父の仕事を助けるのに何度か役に立ったこともある。そのときと同じ感覚を彼女が襲っていた。
587 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:30:51 [ C/G29Kos ]
第4話「葛藤」
ミュラ川に陣取るマクシミアと板倉は双眼鏡で対岸の様子を確認していた。街道周辺にある橋はすべて落とした。唯一あるのは彼らの陣地の目の前にある橋だけだ。
これも敵が接近すれば破壊する。ミュラ川は幅数十メートルだが、敵の足を止めるには十分だった。柵と堀で固められた陣地からマスケット銃を撃ち込んで接近した敵はパイクで止める。マクシミアの騎士団は敵の追撃に備えての予備隊だ。
「第1マスケット中隊、第2マスケット中隊は配置完了です。第3パイク大隊と第4パイク大隊はマスケット中隊の後方に展開。特科中隊も配置完了です。」
伝令の騎兵が報告にやってきた。騎士の連中は偵察や伝令といった仕事を嫌う傾向がある。マクシミアの部下にしてもそうだった。そこで徴募した兵から新たに伝令専門の小隊を編成せざるを得なかったのだ。
「お、来たようだ。」
双眼鏡を眺めるマクシミアが土煙を見つけた。ミュラ川対岸に広がる田園地帯に一筋に走る街道の向こうが土煙で曇っている。
「捜索小隊を出動させて敵をこっちにおびき寄せよう。」
板倉は小隊に出動を命じた。
588 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:31:16 [ C/G29Kos ]
城を出て夜を徹して走ったミリアはようやく夜明け前に野営する追撃隊に追いついていた。体は疲れているが気持ちは高ぶっている。昨日感じたいやな感じも今日はしない。
あれは初めて大仕事をする不安だったんではないだろうか。短く切った髪を掻き分けながらミリアは思った。
「ミリア様、現れました」
そばの騎士が前方を示した。ミュラ川に近い小高い丘に少数の騎兵が見えた。彼らは甲冑を着ていないようだ。いったいそんな装備で騎士と戦う気があるのだろうか。
「戦闘体勢だ!」
ミリアの号令で追撃隊は戦闘準備を開始した。戦法は伝統的な騎兵突撃。軽装備の騎兵など一撃で殲滅できるだろう。横に展開した騎士団の後方で少数の弓兵が矢をつがえた。
「放て!」
曲射で矢が放たれた。それを予測していたのか敵騎兵は二手に分かれてあっという間に丘を下った。意外と素早い。ミリアが慌てて騎士団に隊列の変更を命じるが、それも間に合わない。
敵騎兵は両翼から追撃隊を挟むように数十メートルの間隔で展開した。
「なっ」
ミリアの頭を何かがかすめた。隣にいた騎士の鎧にぽっかりと穴が開いてそこから血を噴出しているのが見えた。
「ぱんぱん」という聞いたこともない音が聞こえてくる。そのたびに馬が恐怖のいななきを叫ぶ。だがそれもすぐに収まり、敵騎兵は川に向かって逃走を始めた。
「ひるむな、追撃しろ!」
言い知れぬ恐怖を打ち消すようにミリアは自ら先頭に立って敵の追撃を開始した。
589 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:31:48 [ C/G29Kos ]
板倉一曹は偵察隊が思ったよりも早く戻ってきたことを疑問に思っていた。斧を持った施設隊が最後の橋を叩き壊しているのが見えた。
伝令が駆けつけて詳細を報告する。
「ピストルの不発が多く、反撃の危険があったため予定よりも早く撤収したそうです」
伝令の報告を聞いて板倉はそばにいたトラキロア人のピストルを受け取ると空に向かって引き金を引いた。
激鉄がかちっと音を立てるだけだった。やはり急いで作りすぎたのだろうか。テストでは順調だったのだが、騎馬の揺れで不具合が生じたようだ。
「まあいい。敵をおびき寄せる役目は果たしたようだ」
川の対岸に敵が姿を現した。予想通り、騎士を中心にした騎兵だった。板倉は特科に大砲の発射準備を命じた。
「なんだあれは・・・?」
ミュラ川に出たミリアは眼前の光景に言葉を失った。川岸に一面柵を設けている。あんな柵で騎士の突撃を防ごうというのか。笑止に値するが、
先ほどの未知の武器もある。少し彼女は躊躇した。それを見たそばの騎士は部隊の主導権を握れるチャンスを逃さなかった。
「ミリア様、敵は歩兵ばかり。あんな柵なぞ、一気に蹴散らしましょう」
そう言って騎士はミリアの返答も聞かずに突撃を開始した。彼らからすればバルコス総司令官の娘とはいえ、エルフに指揮をされるのは気に食わないようだ。
くそ、わたしが男だったら、そしてエルフでなければこのようなことは許すことはないのに。悪態をつきながらミリアも突撃を開始した騎士に続いて馬を走らせようとした。
が、その動作は途中で止まった。
「なに、これ・・・?」
昨日感じたあのいやな感じだった。それも昨日よりももっと大きい。不吉だ。これは不吉だ。みんなを止めなければ。
「突撃を中止せよ!危険だ!」
だが彼女の声は轟音でかき消されることになる。
590 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:32:16 [ C/G29Kos ]
「よし!成功だ!」
板倉は双眼鏡でミュラ川の対岸に砲弾が着弾するのを確認した。対岸には突撃を開始した騎士団を援護すべく展開しようとしていた弓兵がいたが、砲撃で多くは死傷するか四散したようだ。
「次弾は川の中央だな。マスケット隊は・・・」
マスケット隊は三段構えで柵に張り付いている。マスケット中隊を指揮する自衛官が「準備よし」の白旗を振っている。マスケット兵が川を渡河しようとする騎士団にいっせいに射撃を開始した。
柵のあちこちから白煙があがって突撃してくる騎士がばたばたと倒れた。
発射した前列が後ろに下がって弾込めを始めている。後列が前に進んで発砲している。訓練どおりだ。訓練を担当していた板倉は胸をなでおろした。
それでも射撃の合間を縫って柵に近づいた騎士は柵の間から突き出されたパイク大隊の槍で突き倒されていった。次弾装填を済ませた大砲が川で混乱する騎士団に注がれた。水柱が高く上がっている。
「よし、一気に片付けよう」
板倉のホイッスルを合図にマクシミアの騎士団が押し出した。それに続いてマスケット中隊も着剣して前進を開始した。
591 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:32:54 [ C/G29Kos ]
ミリアははっと気がついた。最後に覚えているのは突撃を止めさせようとしたこと、そして突然降り注いだ何かだった。ここはどこだ?天井が見える。どこかの室内だ。
撤収する味方に助けられたのだろうか・・・。
「気がついたようだな」
その声に思わず体を起こす。頭がひどく痛むことに気がついた。
「頭を打っただけだ。無理せずに休め」
ミリアは声の主を探し出して息を呑んだ。そして自分の置かれた状況を理解して絶望の念に駆られた。目の前にいる男はトラキロア軍ではない。見たこともない草木に近い色をした服を着た男だった。
敵に捕まったということだ。その後ろにいる甲冑の人物には見覚えがあった。
「マクシミア・ヒューゴ・・・」
父の政敵で王族の血を引く男だった。彼はきっとわたしを殺すだろう。そう確信していた。問題はどう殺されるかだ。
「マクシミア・ヒューゴ!わたしを殺すならさっさと殺せ!そなたはわたしがドリアノス・バルコスの娘と知っておるだろう!」
マクシミアは黙ったままだ。代わりに奇妙な格好をした男が口を開いた。
「君が何者であろうと君は戦時捕虜だ。捕虜はその生命の安全を保証されなければいけない。いろいろと話を聞くのは明日からだ。今日はゆっくり休むといい。三田村、任せたぞ」
男は傍らに立っている同じような格好をした男に声をかけた。男は右手を額あたりにくっつけてそれに答えた。
592 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:33:36 [ C/G29Kos ]
ミリアの扱いはマクシミアが捕虜になったときとさほど変わらない扱いだった。
「いいのか、サカイ。彼女は血がつながっていないとはいえバルコスの娘だぞ」
いつになく強い口調でマクシミアが堺に訴えた。彼女の父はマクシミアを閑職に追いやった張本人なのだから、無理もない。バルコスは強硬な軍国主義者のようだ。だからこそ、既存の身分制に異議を唱えたマクシミアを恨んだのだろう。だが、堺はある点がひっかかっていた。
そのような強権論者が血のつながっていない、人種も違う者を実の娘同様に扱うだろうか。何か裏がある気がしていた。
「ロッソ、仕事を頼んでいいか?」
堺はマクシミアの言葉をさえぎってロッソを呼んだ。
「バルコスのことをなんでもいい。調べてくれ。趣味、思考でもなんでもいい。」
「よかろう・・・」
そう言ってロッソは会議室を出て行った。意外な堺の対応にマクシミアはなおも突っかかった。
「サカイ、どういうことだ?いまさらバルコスを調べたところで何になる?あの娘はエルフ族だぞ。人間のように扱う必要もないんだ。」
その言葉に堺がぴくっとした。その反応を見てマクシミアもはっとした。今まで彼が見せたことのない表情だったのだ。
「マクシミア、エルフ族っていったい何者だ?なぜ、君のような男もエルフ族を嫌悪し蔑むんだ?」
エルフ族は古代から森の民として生活してきたが、人間と折り合いが悪く、過去多くの戦いを巻き起こしてきた。数十年前、エルフ族の多くは滅びたが少数の混血などが生き残ってたそうだ。それもどんどん数を減らしこの世界からエルフ族はいなくなった。と言われている。
おそらく、ミリアが最後のエルフ族という可能性もあるということだ。
「バルコスが絶滅危惧種のエルフを科学的見地から保護しているとも考えにくい。だったら娘同様に扱うことはしないはずだ。」
どうやら、バルコスを色眼鏡を通して見ていたのかもしれない。だったら、トラキロア制圧をもう少し楽に達成することができるのかも・・・。だが、それには目の前の男を納得させる理由が必要だ。堺にとってマクシミアの反応はちょっと意外だった。
身分制度に疑問を投げかけた開明的な男にしては、もう滅びてしまった人種に対してはことさらに冷淡だ。
やはり、彼もトラキロア人ということなのだろうか・・・。
593 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:34:11 [ C/G29Kos ]
数日後、ドリアノス・バルコスは最終的な報告を聞いて愕然としていた。ミリアが行方不明というのはほぼ確実なようだ。
捕虜になったか、それとも戦死して遺体はミュラ川に流されたか・・・。
報告を持ってきた従卒が退出すると歴戦の総司令官はがっくりと床に座り込んだ。それもこれも、クラクスの甘言に引っ張られた自分への報いなのかも知れぬ。
だが総司令官としていつまでも落ち込んで入られない。諸侯の出陣準備は遅々として進まない。
中には追撃隊を打ち破ったあの悪魔のような軍隊の噂を聞きつけて出陣を渋っている諸侯も出始めたと聞く。さっそく、出陣を渋るいくつかの諸侯に督促の手紙を書き、従卒に手渡した。
「それと今日はあそこに出向く。」
そう言い残して、バルコスは執務室を出た。
トラキロア城の正門前でロッソは出入りする人物を見張っていた。軽い偵察のつもりだったが、出てきた人物を見て思わず口笛を吹いた。
「いきなり本命に出くわすとはな・・・」
単身で馬に乗った甲冑の大男。トラキロア王国軍総司令官バルコスだった。彼は護衛もつけないで城下を進む。持ち前の素早さで慎重にロッソも尾行した。
馬はやがて郊外の屋敷にたどり着いた。ロッソの部下が調べた情報によると、ここはバルコスの自宅ではない。彼に愛人がいるということも聞いてはいない。首をかしげながら、ロッソは近くの木に登って中の様子をうかがった。
「あれは・・・」
屋敷の庭に現れた総司令官は満面の笑顔だった。そして彼の周りには幾人もの子供たちが集まってきた。
「お父様がきた!」
口々に叫ぶ子供たちの言葉を聞いてロッソは目を見開いた。お父様だって?子供たちの数は十数人。それもバルコスとは似ても似つかぬ子供たちばかりだ。
「元気だったか?おお、大きくなったな!」
ロッソは子供をうれしそうに高々と抱きかかえる司令官を呆然と見つめていた。
594 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:34:42 [ C/G29Kos ]
ミリア・バルコスはまだ気を許していなかった。ミタムラとかいう男の態度はやさしく紳士的だったが、これは捕虜を油断させる罠かもしれないと思っていた。
だが、彼女はミュラ城内のどこへ行くのも自由だし、何を質問してもミタムラは答えてくれた。彼らの持つ悪魔のような武器についてもだ。
「こいつは悪魔の武器でもなんでもない。89式小銃っていうんだ」
彼はそれを触らせてもくれた。ただし、この武器で重要な部分なのだろう。奇妙に曲がった箱は取り外されていたが。
「お前たちはわたしを殺そうともしない。なぜだ?」
たまりかねたミリアが城の塔に与えられた部屋に戻りながら尋ねた。ミタムラは少し考えてから答える。
「っていうか、捕虜を殺しちゃいけないだろ?普通に・・・」
要領を得ない回答だ、とミリアは思った。捕虜は戦で得たものだ。それをどうしようと捕らえた方の勝手だ。殺すなり身代金を要求するなり。
「それにわたしはエルフ族だぞ・・・」
「そんなこと知らないよ。トラキロア人だろうとエルフ族だろうとドワーフ族だろうと人権を侵害することはしないさ」
二人はいつの間にか塔の階段を登り始めていた。途中の衛兵とミタムラは言葉を交わしている。
「今日はローストチキンだってさ。チキンは好きかい?」
理解できない。なぜ、彼らはここまでわたしに優しいのだ。エルフ族であるわたしに分け隔てなく接してくれたのはこれまではただ一人だった。
「父上様・・・」
彼らは父と同じだ。そんな彼らがなぜ、父と戦おうとしているのか。おそらく、あの武器を相手にすれば百戦錬磨の父とはいえ勝つのは難しいだろう。
いやだ。父がこの世からいなくなるなんて・・・。わたしはどうすればいいのだろうか。
「じゃ、悪いな。一応規則で鍵をかけなきゃいけないんだ」
ミリアの悩みをよそにミタムラは笑顔で言葉をかけた。
595 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:47:05 [ C/G29Kos ]
第5話:「虜囚」
ミュラ城の広場に移されたトラックの1台が静かにアイドリングしていた。城下で一杯やってほろ酔いで自室に戻ろうとしていた三田村がそれを見つけた。
「まさか、テロ?」
王都から送られたスパイかもしれない。肩にかけていた89式小銃を構えなおすと、ゆっくりと運転席を覗き込んだ。
「おっ、三田村」
中にいたのは堺だった。それを確認して三田村は安堵のため息をつく。それにしても指揮官のこの人が何やってんだ?
「早いところ発電機を島田が作ってくれれば楽なんだがな・・・」
苦笑いしながら堺はノートパソコンをいじっていた。ご丁寧にプリンタもつなげている。なるほど、デジカメを使ってロッソの恥ずかしい場面を撮影してプリントアウトしたのか。電源は・・・・シガーライターから取っているようだ。
彼のパソコンにはエクセルで自衛隊の装備、指揮下のパイク隊、マスケット隊、特科、施設などの各部隊の人数が詳細に記録されていた。紙が少ないので印刷できないそうだが、いつか電気を使えるようになったときのために記録しているという。
「実弾訓練に出向く幹部の持つものじゃないけどな」
だがこのおかげでロッソと盗賊一味を間者にすることができたのだ。噂によればドワーフ族において、幼い人間と交わることはタブーとされているらしい。ドワーフ族の女よりも具合が「いい」からだそうだ。およそモラルも何もないこの国でそう決められる理由は純血種の維持のためだろう。特に盗賊家業で身を立てるロッソだ。お頭自ら決まりを破ったとあっては部下に示しがつかない。
「でも少女売春なんていくらなんでもひどくないっすか?」
そういう三田村に堺は文書ファイルを見せた。「児童福祉法案」とある。
「見よう見まねで草案だけは作ってる。ほかにも労働基準法や民法、商法の草案もある。この国を制圧した後に、グラトス陛下にご裁可いただくんだ。」
幼い少年王に「民のため」と言ってお墨付きを得るわけか。もともと実質権力のない王室だ。その後ろ盾である堺とマクシミアの推挙する法律を拒否はできまい。聡明な王であるならなおさらだ。「型にはめる」というのは少々きつい表現だが、なるほど合理的だ。
597 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:47:38 [ C/G29Kos ]
と、今度は堺が質問した。
「あのエルフ族の娘だが、様子はどうだ?」
「ええ、逃げようとか自殺しようという態度は消えました。我々の捕虜に対する扱いに違和感を感じているようです。」
三田村の報告を聞いて堺は考え込んだ。彼女を厚遇することに対するマクシミアの反発が予想以上に激しいのだ。無理もないことだが、この反発は、堺の考えるトラキロア制圧には非常に厄介だった。彼女を通じて父親のドリアノス・バルコスをどうにかできないものだろうか。彼を篭絡するだけで戦う相手はぐっと少なくなるだろうから。
「それに・・・・」
きょとんとする三田村に気がついて堺は口に出しそうになった言葉を飲み込んだ。彼が見聞きしたトラキロアの状況は完全に正確なものではない。最初の印象ではバルコスとクラクスの2人が王国を牛耳っているように感じられたが、ここ数日でちょっと印象が変わった。バルコスのイメージはマクシミアから聞いた話だけだ。ミリアを見てその印象が揺らぎ始めたのだ。
598 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:48:10 [ C/G29Kos ]
トラックから自室に戻った堺を訪ねる人物があった。マクシミアだった。彼が堺の部屋まで来るというのは珍しい。
「サカイ、君の考えていることはわたしにもわかる」
開口一番彼は厳しい口調で言った。彼のためにワインを準備していた堺は少々面食らったような、とぼけたような顔をした。
「君があのエルフの娘を使ってバルコスを懐柔したいということはわかるが、バルコスはわたしの政敵だ。理屈はわかってもこれは納得できない」
やはりその話題だったか。堺は盟友にワインを渡してから答える。
「それは聞いている。だが、そもそも君とバルコスが敵同士になったきっかけは何だ?」
「無論、民を苦しめる身分制度に関してだ。わたしは民を苦しめたくない、苦しんでいる民を助けたいのだ」
それは堺も重々承知している。マクシミアからすればそれに反発したバルコスは完全なる守旧派ということになるだろう。だが、堺にはそう断じるにはひっかかることがあった。
「俺にはバルコスがただ保身のためだけに君を敵にして冷遇したとは思えない節がある。君は王都でバルコスが孤児を引き取って育てているのを知っていたかい?」
堺の言葉にマクシミアは心底驚いたようだった。ロッソの調べによればバルコスは身分を明かさずに孤児たちを引き取って養子として育てている。そのために多くの私財まで投げ打っているという。
「バルコスの強権を求める根底にあるのは弱者のために強者でありたいという気持ちからじゃないのか?そのためにクラクスの甘言に乗ってしまっている。俺はそう読んでいる。」
「バカな・・・、あんな男が私財を投げ出してまで子供たちを・・・。嘘だ」
「だったら、君ですら差別するエルフ族の娘を実の娘同様に育てるかい?」
その言葉にマクシミアは反論できなかった。認めたくなかったのかもしれない。自分と強硬に対立したバルコスと、実は目的が一緒だったということを。弱きを助ける。そのための手段が違っただけなのかもしれないということを。
599 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:48:44 [ C/G29Kos ]
「ようやく諸侯の軍勢が王都に入りました。あさってには出立できるそうです」
従卒の報告をドリアノス・バルコスは黙って聞いていた。彼は机の引き出しをごそごそとしている。それに気がついた従卒が怪訝そうな顔をする。それに気がついたバルコスが顔を上げた。
「うむ、ご苦労。諸侯の軍勢はわしが直接指揮をとる。各隊に通達しておけ」
「は、ははっ!」
そろそろ中年の面影が頭髪に見え始めた従卒が退室しようとするのをバルコスが呼び止めた。
「ハンス、お前の母親が病気だそうだな。これで栄養のつくものを食わせてやれ」
そう言って金貨の詰まった袋を従卒に渡す。従卒は目を白黒させながら総司令官を見ている。
「あ、ありがとうございます!あさっての閣下の出陣にはわたしもぜひお供をさせてくださいまし!」
「やめておけ。死ぬのは古い騎士だけで十分だ・・・。母上を大事にするのだぞ」
この人は死ぬ気だ。従卒は思った。ミリアが行方不明になった戦闘で、生き残った連中に話を聞くうちに彼は悟ったに違いない。悪魔のような兵士たちと刺し違えるつもりなのだろう。彼の養子たちが所属する直轄の兵団は王都に残すという。クラクスの疑心を招いたが、武人のバルコスはそれを一蹴した。
「自分が信用できる部隊を王都に残さないと安心して出陣できない」
クラクスに対するけん制だった。そして子供たちを死地に追いやらないための思いやりだった。そんなことを回想する従卒にいかつい総司令官は笑った。
「どうした?早く母親のところに行ってやれ」
600 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/03(月) 23:49:48 [ C/G29Kos ]
ミュラ川に陣取る板倉から狼煙で知らせが届いたのがそれから3日後だった。
「ついに本隊が出てきたようだな」
川の陣地にはさらにマスケット中隊とパイク大隊が増派されていたが、連発ピストルが使えないのが痛手だった。急遽、マスケット銃を小さくした単発ピストルで対応していたが数が足りない。捜索小隊の騎兵はピストルを5挺ほど持つことになった。小隊分で生産はめいいっぱいだったのだ。
「今こそ、エルフの娘を殺すときだ。彼女を殺し怒りに燃えるバルコスを捕まえて殺してしまえば王都への道は開いたも同然だ。」
そう言ってマクシミアは部下の騎士を鼓舞した。城下の広場では各部隊が整列している。まずいな、城の塔から広場を見下ろして堺は思った。このまま彼が部下を煽ればミリアは殺されかねない。彼女には死なれては困るのだ。建前上はバルコスと和解する、実際は彼をこちら側に引き込む。そしてそれを保障する人物として彼女は必要なのだ。
「三田村、マクシミアをここまで連れてくるんだ。ミリアも連れてこい」
いつになく厳しい表情の堺に三田村は少し不安を覚えながら命令に従った。
「堺二尉、いったい何を・・・・」
不安がる島田に何も答えずに堺は広場を見つめていた。
狭い塔の部屋で閲兵中に呼び出されたマクシミアは不快そうだった。そして三田村に連れられてミリアがくるのを見てさらに不快感を露にした。
「サカイ、いまさらどういう気だ?」
詰問するマクシミアを尻目に堺はミリアの手を引っ張ると乱暴に突き飛ばした。島田も三田村もあまりのことに動けないようだった。
「君の望みだったよな。彼女の処分は・・・・」
そう言って堺は腰から9ミリ拳銃を抜いた。事態を察した島田と三田村が何か言おうとするのを目で制した。
「こいつできれいさっぱり彼女の頭を吹き飛ばせば済む話だ。」
ミリアの頭に9ミリの銃口を向けた。自分が置かれている状況を理解したミリアは堺を見つめている。
「殺すのね・・・・」
それには答えずに堺は左手でスライドを引いて弾丸を薬室に送り込む。ミリアは知っていた。あの川岸の戦いでこの武器に撃たれた騎士たちの末路を見ていたのだ。彼女の頭は瞬時のうちに粉々に砕かれてしまうだろう。
「そんな死に方はいや!!」
自らの運命を悟って叫ぶが体が恐怖で動かない。と、そこでふと気がつく。サカイという男から自分を殺そうとする気を感じないのだ。いくぶん冷静になってこの場のやり取りを聞き取る余裕もできた。それに対して、マクシミアは突然の堺の行動に言葉を失っていた。
「さ、マクシミア。君さえよければ引き金を引くだけで俺たちの対立は解決するんだ。」
堺はミリアの頭に銃口を押し付けた。黙って見つめる島田も顔を引きつらせた。この人は本気でこの少女をここで射殺する気なのか?
「マクシミア、いいんだな?俺は人質戦術は嫌いだ。だったら捕虜として彼女を殺す。それでバルコスも正々堂々戦って殺せばいいんだろ?」
再びマクシミアに堺が問いかけた。それでも彼は返答できなかった。目の前の少女は彼が憎んできたエルフ族。だがその彼女は死の恐怖でおののいているようだ。彼女に罪があるわけではない。彼女がただ、バルコスの養女であるからというだけで死ななければいけない事実があるだけだ。散々サカイに対して主張してきたことはこういうことなのか・・・。
「待ってくれ!!!」
マクシミアがそう言うのと乾いた銃声が城内に響くのはほとんど同時だった。
649 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/11(火) 23:16:24 [ DYdfqQN6 ]
できました
第6話:交渉
ドリアノス・バルコスはミュラ川の対岸に見える陣地を見つめていた。あの陣地とあそこに篭もる未知の武器を持った兵士たちにミリアは殺されたのだ。安易に彼女を戦場に送った自分が腹立たしかった。
「バルコス様、軍使のようです。」
伝令が軍使が来たことを告げた。川を渡ってくるのは馬に乗った男たちだ。甲冑を着ていない男も混じっている。生き残った追撃隊が言っていた。「草色の服の兵士たち」と。そしてその男たちの中にミリアを見つけてバルコスは総司令官としての立場を一瞬忘れかけた。
「ミリア・・・」
馬を引く兵士に促されてようやくわれに返ったバルコスは軍師を出迎えに隊列の戦闘へと向かった。なぜ、彼女は生きているのだろうか。自分の娘であると知られて人質にされているのではないだろうか。様々な想像が隊列の戦闘を離れて川岸に馬を歩ませる彼の頭をよぎる
結論の出るはずのない推測は敵軍の軍使と向き合うことで終わりを告げた。総司令官としての威厳を表面上は保ちつつバルコスは名乗った。
「トラキロア王国軍総司令官、ドリアノス・バルコスである・・・」
「陸上自衛隊二等陸尉の堺です」
わけのわからない役職を名乗っているがこやつが指揮官だな、とバルコスは目の前にいる若い男を見て直感で察した。少しの間、沈黙が川岸を支配する。ミリアが心配そうに父親を見つめている。
「さて、お嬢さんはお返しします。ちょっと頭を打っていますが怪我はありません」
不意に飛び出した思いもしない言葉にバルコスは面食らった。
「何だと?」
「今言ったとおりです。お嬢さんをお返しします」
堺は繰り返し言った。目の前にいる歴戦の騎士は彼の本心を計りかねているようだ。そうだろう。殺しもせず、痛めつけもせず、人質にもせず捕虜を返すというのだ。
「何を考えている?わしに貸しを作ったところでお前には何の得もないはずだ」
「それがいろいろあるんですよ。こっちにもあなたにも。」
堺はそう言って地図を取り出した。馬をバルコスと並べて彼にじっくりとそれを見せる。
「今、この地にはトラキロアのほとんどの兵士がそろっています。そして我々は敵同士だ。これから戦いになればそれは内戦ですな。そうすると・・・」
堺は指をすっと下、南に滑らせた。ガルバラ王国だ。
「ガルバラ王国が南部の肥沃な農業地帯を狙って動くことはあなたにならわかるはずだ。」
そのとおりだ。バルコスが出兵に乗り気でなかったのもガルバラ王国の動きを考えてのことだ。クラクスはそれがわかっていないようで、国王を取り戻すことだけに執着していた。
650 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/11(火) 23:17:06 [ DYdfqQN6 ]
「で、わしにどうしろと?」
元はといえば目の前の男がこのような事態を招いた張本人なのだ。よくもいけしゃあしゃあと情勢を説明できるものだ。だが、堺はそんなバルコスの気持ちなど知らぬかのように話を続ける。
「まあもうちょっと聞いてください。それに、東部人。我々が泥沼の内戦を始めると彼らはここぞとばかりに襲ってくる。三つ巴の地獄絵図だ。」
わからん。この男の考えていることがさっぱりわからん。バルコスは少しいらいらしていた。
「だったらお前たちが国王陛下をこちらに返して降伏すればすむ話ではないか!」
「それもそうですが、事態は変わらない。この国は変わらないでしょう。クラクスは王を操って権力をほしいままにし、あなたはそれを支援することになる。望むと望まざるとにかかわらず・・・・」
その言葉にバルコスは瞬時に反論できなかった。それを見て取った堺が続ける。
「聞けばミリアはエルフ族という。エルフ族は今はほとんど滅びてしまいながらも憎まれ蔑まれている。そんな彼女をあなたは娘同様に育てた。」
「それがどうした?」
「俺にはあなたが、マクシミアの言うようなただの強権論者とは思えない。マクシミアはクラクスによって苦しめられる人々を思って身分制度に異議を唱えた。あなたは逆だ。弱き者のために強くありたい。そう思ってクラクスの甘言に乗せられてしまっているんじゃないですか?」
「サカイ!何を言っているんだ?バルコスはクラクスと結んで国王陛下を操りこの国をもてあそんでいるのだぞ!」
思わずマクシミアが割って入った。お互いににらみ合う。一気に場が一触即発の空気に変わった。堺はそれを手で制した。
「バルコス司令官。あなたも内心わかってるはずだ。マクシミアが国のことを思って改革を口にしたことは。だが、それを許せないのはあなたのプライドからでしょう?同じ目的だが手段はまったく逆なのだから。」
「わしは誰よりも強くありたい。力なき者が弱き者を守れるはずがない。だが・・・」
ここでバルコスが口ごもった。堺がそれを代弁するかのように言う。
「あなたには子供たちのほかにも守るべき人がいるはずだ。若き国王陛下ですよ。」
「そんなこと言われなくてもわかっておるわ!だが、マクシミアを追い払うというクラクスの甘言に乗ってしまった今、わしに何ができようか・・・・」
ついに本音を吐露したな、と堺は思った。やはり両者の間の誤解にクラクスが付け入る隙を見つけたということだろう。
「おごる平家は久しからず・・・」。堺の頭に平家の歴史が思い出された。一族を重用したばかりに強力なリーダーがいなくなったら一気に滅亡の道をたどった。平清盛にも彼なりの理想国家の青写真はあっただろう。それを強力に推進する方法として彼は一族重用を選択した。目の前のドリアノス・バルコスも一緒だ。強きが弱きを助けるために強者でありたい。そのために養子を軍の根幹に送り込もうとしている。繰り返されようとする歴史を垣間見た気がして堺はため息をついた。
651 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/11(火) 23:17:59 [ DYdfqQN6 ]
「方法はありますよ。だが、それはあなたの決心しだいだ」
ここでバルコスは話をさえぎった。まだ決心がつかないのだろう。とりあえず、休戦状態ということで両者は陣地に引き上げようとした。
「もう一押しでバルコスは落ちていたのにな・・・」
苦笑いしながら堺が板倉にそっと耳打ちする。マクシミアはまだ憮然とした顔をしている。にわかにはバルコスの言葉が信じられないのだろう。無理もない。散々冷遇されてきて、実は両者の目的は一緒だったなどとは。ささやかな誤解に第三者の介入が決定的な決裂をもたらす好事例だ。
「これ以上はこの場では言わない方が正解ですよ。マクシミアの不信感が我々に向けばやっかいになります。我々は信長になるわけにはいかないんですから」
年長者の板倉らしい例えだった。たしかに、この場でバルコスへさらに勧誘を続けることはマクシミアを刺激するだろう。何か彼自身がバルコスに対する心象を変化させるきっかけがあればいいんだが・・・。
「隊長!あれを・・・」
そのとき、護衛の騎兵がトラキロア軍の後方を示した。見ると一筋の煙が立ち上がっている。狼煙だろうが、いったい何の目的で?川の対岸でそれを見ていたミリアが馬をこちらに向けた。板倉が89式を構えるが堺はそれを制した。
「クラクスの間者が混じっていたようだわ。わたしが生きて戻ってきたこと。お父様があなたと交渉したことをクラクスに告げたようだわ。」
「するとどうなる?」
答えは明快だった。クラクスはバルコス裏切りと受け取るであろう。そうなれば、彼の養子たちはクラクスの私兵団に殺される。彼もクラクスから命令を受けた諸侯に殺されるだろう。この国にも聞くところによると、人質というシステムが存在するようだ。この国の諸侯は外様大名のようなものらしい。彼らを従わせるには王権だけでは不十分だ。そうなると服従の保険が必要になる。
「で、君はその情報をどうして俺に教えてくれたんだ?」
半分彼女の意図を見透かしたように堺は尋ねた。エルフ族の少女は少し照れくさそうに目をそらす。
「あなたたちなら、きっと父を助けてくれると思ったから。あなたはわたしを殺そうとはしなかった。わたしに銃を向けたときも最初から窓に向かって撃つつもりだとわかってたわ。初めはホントに殺されると思ったけど、あなたからはその気配を感じなかった」
その言葉を聞いてマクシミアがむっとした顔を堺に向けた。彼からすればいっぱい食わされたのだ。無理もない。
652 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/10/11(火) 23:18:34 [ DYdfqQN6 ]
「だが、マクシミア。君は俺に殺すなと言った。その心に嘘偽りはないだろう?」
堺の開き直りとも言える質問に金髪の騎士は反論できなかった。それを継いでミリアが続けた。
「それに、ヒューゴ卿。あなたのことも誤解していた。あなたは父と志が同じということはわかった。ただその手段が違っただけ。だから、クラクスの甘言に乗ってあなたを迫害した父のことを許してほしい」
「うっ・・・・」
その言葉にマクシミアは言葉に窮して、さっきまで怒りの矛先を向けていた堺を見た。彼は黙って頷くだけだ。ついに金髪の騎士も観念した。
「・・・・わかった」
正直、バルコスがマクシミアの言うような悪人でないという説には、板倉から疑問視する声が上がっていた。今回の勧誘作戦もミリアを捕虜にしたことからスタートした半分フライングのような作戦だった。バルコスが悪人ではないという大前提がなければいけない。だが、ここに来て堺自身がバルコスの本性を見抜く機会に恵まれていた。それは同時にマクシミアにとってもだ。
「板倉さん、飯島三尉にヘリを出すように言ってください。」
「はい。でもいったいどこへ行くんです?」
いぶかしげな板倉にマクシミア。堺はミリアに笑いかけた。
「ミリア、父上様を連れてくるんだ。王都に行って子供たちを助けるぞ」
堺の口から発せられた言葉に板倉とマクシミアが目をまん丸にして驚いた。