378 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/13(水) 00:34:52 [ 43ZBvxDg ]
つーわけで、できました
タイトルは「街」です
下関市を一望する火の山公園。すばらしい夜景と桜が美しい公園だ。
「ちくしょう、今夜も来るのかな・・・・」
そんな美しい公園をあちこち掘り返した穴が点在する。その中で、ヘルメットに迷彩服、防弾チョッキの若者がつぶやいた。
「来るだろうな」
隣の穴で89式小銃の二脚を立てながらもう1人の男が言う。少し後方の穴から上官らしき男が声をかけた。
「静かに前を見てろ」
ここは前線なのだ。日本国内。そして山口県下関市内だ。だが、瀬戸内側の火の山公園から日本海側にある国道191号線沿いの安岡まで、北西におよそ8キロに渡って、このような防衛線が敷かれている。ここは第2線だ。本当の最前線はここからさらに先にある下関競艇場だ。競艇場から安岡まで直線に最前線が設けられている。その線には戦車もいる。この火の山公園には重迫撃砲中隊が布陣し、さらに後方の彦島には特科が布陣している。九州の北九州空港、築城基地には戦闘機が配備されている。小月の航空基地には戦力はない。
「来た・・・・・。また来やがった・・・・」
最初の男が89式の安全装置を解除した。それに習って周囲の男たちも手に構える89式を握りしめる。公園に配備された96式装輪装甲車が暗視装置を作動させて、「敵」の姿を捕らえた。
「照明弾!」
上官の合図で上空にいくつか花火のような照明弾が打ち上げられた。男たちの正面に広がる公園の森がその光の多くを吸収してしまったが、銃を構える彼らには充分すぎる照明だった。
「撃て!」
戦闘を開始するというためらいもない上官の号令に、男たちも引き金を引く指に力を入れることをためらわなかった。2次防衛戦に布陣する陸上自衛隊普通科中隊はものすごい数の曳光弾を飛ばして、接近してきた「敵」を殲滅した。
379 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/13(水) 00:35:25 [ 43ZBvxDg ]
川西達也は彦島有料道路を渡って市内に向かっていた。くわえタバコでカーラジオを聴いている。
「昨夜、火の山公園に敵が現れましたが、重迫撃砲中隊を支援する普通科中隊により殲滅させられました。また、下関市内にも敵が侵入しましたが、市民と警察の手により殲滅。この騒ぎで市民1人が軽傷です。さて、今日の高校野球。小倉高校と東築高校。中間高校と福岡第一の試合が予定されています。それでは、お天気センターから今日のお天気です・・・」
ラジオからはいつもと変わり映えのしないニュースだけが流れていた。川西は普通の公務員だ。市役所で9時から5時まで働くだけ。最近はちょっと忙しいが、一頃に比べてだいぶん楽になった。同僚や上司も気を使ってくれているんだろうか。もうすぐ妻の49日だ。結婚生活はたったの2年だったが、川西にとっては幸せな日々だった。
「川西さん、おはようございます」
有料道路の出口には、「警務」と書かれた腕章をつけた自衛官が立っていた。川西はゆっくりと車を停車させた。後続の車も別の自衛官の待つ検問所に向かっていく。彼の肩には89式小銃。もちろん、マガジンが装填されている。
「ああ、達川三曹・・・」
達川と呼ばれた自衛官は、運転席の窓ごしに免許証を受け取った。
「しっかし、任務とは言えめんどくさいっすねぇ・・・・。今更銃の許可証のチェックなんてしなくていいのに・・・。下関市民のほぼ100%、北九州市民の90%が許可申請したってんですよ・・・・」
そう言って達川は運転免許証に併記されている「銃器」という項目をチェックする。免許の種類の部分に普通とあるその左に「銃器」と書き込みがある。下関市民の18歳以上の男女ほとんどが銃器を許可されて所持している。ここ2年でその保有率はほぼ100%だった。川西も、自衛隊から払い下げられた9ミリ拳銃を所持している。多くの市民は急遽民生用に作られた回転式の「ネオナンブ」を持っている者が多い。中には、ロシア製のトカレフを所持している(その多くは暴力団関係からの仕入れたものだろう)。しかし、川西は弾薬の補給を考えて9ミリを選んだ。
「最近、愛用の9ミリの調子はどうっすか?」
達川が免許証を返しながら聞いてきた。川西は首を傾げて笑った。
「最近忙しくて撃ってないからな。今度撃ちっぱなしに行って来るよ」
北九州市、下関市のパパが休日に行くのは、ゴルフの打ちっぱなしではなく、所持する銃の扱いを訓練する撃ちっぱなしの方がもっぱらだった。
380 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/13(水) 00:35:56 [ 43ZBvxDg ]
9時きっかりに形ばかりの朝礼が終わり、それぞれの仕事が始まる。川西の部署は「街づくり課」。夏祭りや、市民団体との折衝、市が主催するイベント企画などが仕事だった。今のこの課の仕事は、国道2号線や191号線沿いにある私有林、市有林、県有林、国有林の伐採だった。下関競艇場から吉岡まで、森という森を片っ端から伐採するのだ。私有地に関しての補償問題などもこの課の仕事だ。
「街づくりならぬ、街こわし」
と課長の柴田は今の自分の仕事を揶揄している。だったら市民課にでも行けばいいのに・・・。今市民課は毎晩のようにやってくる「敵」によって避難命令を出された幡生(はたぶ)以北の人々の仮設住宅やら、補償問題でてんやわんやの大騒ぎだった。
「でも敵は、森を使って市内に入って来るんだから、しょうがないですよね・・・・」
伐採の進捗状況をパソコンで確認する川西に、今年入庁したばかりの大迫由紀がお茶を持ってきながら言った。彼女の腰には、警察が女性用に作った銃身を短くした「ネオナンブ」が見えた。
「森だけじゃなくて、海岸を泳いでくることもあるみたいだから怖いですよね」
彼女の家もまた彦島にあるが、彦島もまた幾度となく「敵」に襲われていた。市民への銃器所持の許可は、警察や自衛隊が市民を守ることの限界を露呈したと言えた。競艇場の最前線、火の山の2次防衛戦を持ってしても敵の侵入を防ぐことはできない。それどころか、彦島だけでなく六連島、馬島、北九州市内にまで「敵」の攻撃は散発的に行われているのだ。
「もうちょっと銃の所持が早く認められれば川西さんも・・・・」
ここまで言って、茶髪の新人は言葉を止めた。「しまった」という感じの由紀を見て川西はネクタイをゆるめながら笑った。
「そうだな・・・。ま、しょうがないさ」
381 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/13(水) 00:36:24 [ 43ZBvxDg ]
浦田裕也は北九州市小倉北区にあるデパートをうろうろしていた。彼は21歳の大学生。だが、今日は買い物ではない。れっきとしたアルバイトだった。
「はああ、重てぇ・・・・」
思わず上半身を覆う防弾チョッキにため息が出る。彼のバイトは万引きGメン。ここ2年は一般市民に銃器使用許可が出たため、居直り強盗対策にGメンは防弾チョッキ着用だった。はっきり言って、時給2900円のバイトじゃない。しかし、このご時世だ。大学生御用達のサービス業のバイトは激減。3年生で現役引退した体育会系の浦田にはこのバイトが向いているような気がした。
「お・・・・」
早速浦田は婦人服売場のフロアで怪しげな動きをする女性を発見した。年齢は20歳前後。夏というのに茶色のニット帽をかぶっているGパンにTシャツの女の子だ。とはいえ、彼女が視線を走らせているのは彼女の年齢とはほど遠い、大人の女性向けの売場だ。
「こりゃやっちゃうな・・・・」
浦田の経験では、万引きする女性は年不相応な売り出し商品を狙うこともある。そう思い、少し距離を置いて彼女を追った。彼女はニット帽をかぶった頭をうろうろさせながら、ワゴンセールになっている女性用下着、しかも年輩向けの品物を、きょろきょろしながらポケットに押し込んだ。あまりにあからさまな手口に思わず浦田も目を疑った。
「なんなんだ?」
とにかく、人気のない階段に向かった彼女を追う。このフロアのレジを通さなかったのだ。万引きは成立している。腰の銃を確認しながら、浦田はその女性の後を追って階段の踊り場に駆け込んだ。
「ちょっとすいません・・・・」
いつもの調子で声をかける。緊張と、夏なのに防弾チョッキと銃を隠すために着ているブレザーのせいで汗がじっとりとにじんでくる。
「お手持ちの商品の会計がまだと思うんですが・・・・」
ニット帽の女性はくるりと振り向いた。その顔に思わず浦田がぎょっとした。日本人の顔つきじゃない。髪の毛は耳まで隠れたニット帽でわからない。だが、その瞳の色は明らかにカラーコンタクトとは違っていた。透き通るような緑色。彫りのやや深めの顔立ち。年齢は浦田と同じくらいだろうか・・・。
「なんでしょう?」
悪びれる様子もなく女は彼に問いかけてくる。こいつは相当な常習者かもしれない。店を出た後に声をかけられた万引き犯の声はたいてい、うわずっていると言われるが。彼女にはそんな様子がみじんもない。
「ちょっと事務所まで来ていただけないでしょうか・・・」
逃げる様子もない女に浦田は、「これは久々に大物を捕まえたかもしれないぞ」と少し期待に胸をふくらませた。
382 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/13(水) 00:36:52 [ 43ZBvxDg ]
だが5分後。浦田の期待は見事に裏切られた。彼女は何も持っていなかったのだ。
「もう結構でしょうか・・・?」
事務所に居合わせたフロアマネージャーに女が言う。マネージャーも現物が出てこない以上彼女をとどめておく理由もない。
「はい。大変申し訳ございませんでした」
マネージャーとそろって頭を下げる浦田だが、まだ釈然としないようだった。間違いなく、彼女は下着をジーンズのポケットに押し込んだのだ。カバンのたぐいは持っていない。死角もないように追いかけていって、いつどうやってどこに隠したのだろう・・・・。
「浦田君、どうしたんだ?らしくないな、誤認確保なんて。まあ、先方もお怒りじゃないみたいだからよかったけどさあ・・・」
マネージャーが言う。彼もまた大して怒ってはいない。怒ったってしょうがない。万引き犯を捕まえたところでもう、大した意味もないのだ・・・・。
「今日は上がっていいよ。また明日ね」
浦田はデパートを出て、駅前の立ち飲み屋に向かった。平日の昼間だが、大勢の人であふれている。多くは失業者っぽい男。そして仕事中のサラリーマンも混じっている。彼もそんな人々に混じって代用ビールを注文した。本物のビールなんて相当お目にかかっていない。発泡酒もだ。ビールもどきの代用ビールがほとんどだった。
「兄ちゃん、今日はどうやったんね?」
顔見知りになった立ち飲み屋のおばちゃんが浦田に声をかけた。
「誤認確保しちゃったよ。初めてだな・・・」
肩をすくめる浦田におばちゃんはこっそりとつきだしの枝豆を差し出した。
「内緒やけんね」
そう言って、さぼりのサラリーマングループの注文を取りに行ってしまった。みんな半分やけくそ、半分あきらめているのに・・・・。あのおばちゃんだけはいつも元気だな。
383 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/13(水) 00:37:19 [ 43ZBvxDg ]
「裕也君といてもしょーがないもん」
つい最近別れた彼女の言葉だった。今のご時世を象徴していた。みんな寡黙に冷静に社会生活を送っているが、その根底にはあきらめがあった。
「もうこの国はおしまいじゃない。どうにもなんないんだもん。どうせ滅びるなら好き勝手させてもらうわ」
物資不足と敵の攻撃が市民生活を徐々に麻痺に追いやっていた。映画のような劇的な滅亡ではない。ガン細胞のようにじわじわと広がってくる、ゆっくりとした滅亡。
「こんな時代だからこそ、いっしょに生きていこうって思わないのかよ」
「だから言ってるでしょ。どうせ大学出ても就職できないし、それどころか会社なんてなくなるかもしれない。そんなんだったら、あなた以外と楽しくやりますって」
許可が下りて所持を許された拳銃をさわりながら彼女が答える。市民に広がるあきらめの感情は、度重なる敵の侵入も大きく作用していた。それでも、臨時政府が発した2つの政策がかろうじて人々が暴走するのをくい止めていた。
労働者を極力働かせること。そしてインフレ覚悟で発行する紙幣で彼らに給料を支払うことだった。とりあえず、働いていれば生活するだけの給料はある程度保証されることで、一般市民の暴走は食い止められた。だが、インフレは徐々に進行している。そしてもう一つ。治安上、市民に銃器を携帯することを許可したが、それを使った犯罪には厳罰をもって処すことだった。最悪の場合、即射殺。死刑判決もこれまでとは考えられないスピードで下すことが可能になり、犯罪全般の刑罰も格段に重くなった。
これらの苦肉の策が、あきらめモードの広がる市民にかろうじて社会的生活を営むモチベーションを与えている状態だった。だが、それは表向きの話。実際は違っていた。人々の生活は少しずつすさんでいった。
「どうせ、遅かれ早かれ破滅するなら」
こういう感情は、無意識レベルで人々の意志決定に作用するようだ。日々の生活のちょっとした判断にこういう感情が現れ始めた。サラリーマンは勤務中に酒を飲み、パチンコを打つ。学生は授業そっちのけでバイトに興じてその金で、コンパやらに繰り出し刹那的な快楽を求めた。若者の中には、夜な夜な海岸や森に出かけて、どこからともなく侵入してくる敵を射的のように撃ちに行く遊びまで流行している。彼らの行動は楽観的に見えたが、その実「社会的」に厭世観がただよって、社会は陰鬱としていた。
だが浦田はそうは思わなかった。何か、この国を救う手だてはあるはずだ。過去の歴史上、この国の祖先がたびたび、苦難を乗り越えたように。
「ん?」
立ち飲み屋が並ぶ狭い路地に、あのニット帽の女性を見つけた。勘定をカウンターに置くと浦田は彼女を追って、まだ日の高い小倉の裏路地に駆け出した。
384 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/13(水) 00:37:47 [ 43ZBvxDg ]
本城健次郎は下関駅に降り立った。スーツの下には、買ったばかりの「ネオナンブ」がショルダーホルスターに収められている。もちろん、撃ったことはない。駅のターミナルにはバスとタクシー以外ほとんど車は見あたらない。そりゃそうだろう。今やガソリンは臨時政府の統制物資だ。レギュラーでリットルあたり1900円を越える小売価格。誰も自家用で乗るはずもない。
「本城さんですか?」
不意にスーツの男に声をかけられた。年齢は30前、本城よりもすこし年齢が上っぽい。本城は27歳。今の会社には入社5年目だった。
「ええ・・・。下関営業所の方ですか?」
「愛甲石油下関営業所の島村です。あなたですか・・・・。島流しってのは」
こうもはっきりと言われてはあまり怒る気もしない。その通り、本城は福岡本社から左遷されたのだ。
「どうせ経費ですから、タクシーに乗りましょうよ」
そう言って島村はタクシーを拾った。駅まではレンタサイクルで来たと言う。下関営業所は営業車のガソリン代にも事欠いているのかと思った。
「営業先のスタンドは軒並み開店休業状態。ここはリストラ組の吹き溜まりですよ。先日、敵の襲撃で社員が帰り道で重傷を負いましてね。本城さんはその補充ってことですね」
愛甲石油は九州、山口のGSにガソリンを卸す大手の石油販売会社だ。だが、2年前の一件以来。石油は臨時政府の統制物資になってしまい、仕事は激減。幸い半年前、なぜか別府湾に大規模な油田が見つかり、採掘権を政府から取得したが、それを小売りに回す回さないの社内抗争で本城は左遷されたのだ。
本城はライフライン業者としての良心から、民生用に別府湾の油田を使うべきと主張したが、本社の決定は自衛隊及び在日米軍にとの決定だった。本社で異を唱えた本城の運命は決まっていた。「最前線」と言われている下関への転勤だった。
「慣れてしまえば、なんてこともないですよ。敵の襲撃も多いことは多いけど、そうそう頻繁じゃない。護身用の銃さえあれば死にはしません」
タクシーの後部座席で島村がぶっきらぼうに言った。そこでタクシーは停車した。下関駅から少し離れた竹崎町あたりだった。そのビルにある事務所に島村は本城を案内した。
「おおい!補充兵員だぞ!」
その声に、事務所にたむろしていた営業マンが一斉に本城を見た。一応、ネクタイはしているが会社という雰囲気ではない。ほとんど戦場だった。
385 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/13(水) 00:38:13 [ 43ZBvxDg ]
下関市のシンボルでもある海峡夢タワーそばの岸壁。多くの警察車両が集まっている。野次馬を制服警官が規制している。
「どうっすか?シノさん?」
若手の刑事にそう呼ばれた篠田五郎は手袋をはめて現場に歩み寄った。この岸壁で今朝、身元不明の遺体が浮いているのが見つかったのだ。
「どうもこうも、こりゃ敵にやられたんだろうな」
少しだけ白髪の混じり始めた髪を押さえながら篠田が刑事に示してやった。首に深々と矢が刺さっている。今時、殺しの凶器に矢を使うなんて、連中しかあり得なかった。被害者は60代の男性。着衣から夜釣りに来ていて襲われた可能性が高かった。
「警察署も近いからって安心したんだろうな・・・」
そう言って担架に乗せて運ばれる遺体に合掌しながら篠田がつぶやいた。彼とパートナーを組む山科も彼に習って合掌した。
「シノさん。これで今月だけで何人目でしょう・・・・。また敵に市民が・・・」
まだ20代の若い山科が悔しさに肩をふるわせる。篠田に言わせればまだ若い証拠だ。刑事は感情を押し殺してこそ使いものになる。人が死んだのは残念だが、そのこと自体に感情を左右されるようでは肝心な事実を見落としかねない。ましてや、こんなご時世だ。
「シノさん。また連中の犠牲者だってね・・・」
そこへ刑事課長の高村がやってきた。彼と篠田は同期だった。篠田はよれよれのスーツからタバコを取り出してマッチで火をつけた。100円ライターは燃料不足で値上がりしてしまい、今や500円ライターだった。
「しょうがないさ・・・。ここは最前線の街だ。だが、犯人は許さない・・・・」
若くして妻を亡くし、たった1人の娘を育てた篠田のそばには彼女はいない。東京の警視庁に3年前、採用されたのだ。ここ2年連絡が取れない。何度、下関競艇場から先に進もうとしたか、数え切れない。
国道2号線が下関競艇場から先は存在しないこと。そしてその先にある小野田市、宇部市も存在しないこと。ましてや東京の娘と連絡が取れないことは篠田も知っていた。彼の知る日本は、競艇場から先には存在しないのだ。その先には誰も知らない荒涼とした森と荒れ地だけだ。
386 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/13(水) 00:38:38 [ 43ZBvxDg ]
市役所のオフィスで川西は考えていた。あの競艇場の向こうからやってくる敵によって、多くの市民が殺され、多くの人々が避難命令で家を失った。今年29になる川西の妻もその犠牲者の1人だった。
「ボート場の先に何があるんだ?」
それは誰も知らない。偵察機を飛ばしている自衛隊なら知っているのだろうが、何ら発表のない現時点では、何もめぼしいものはないのだろう。と、そこへメールが入った。
「暑気払いのお知らせ・・・・」
メールの送り主は大迫由紀からだった。そう言えば、課の暑気払いがそろそろあるっていう話だった。みんなにこれ以上心配かけてもいけない。そう思って川西は「出席」とタイプして返信をクリックした。
388 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/13(水) 00:49:53 [ 43ZBvxDg ]
補足(という名のいいわけw)
今回まったく出てこなかった異世界は徐々に出てきます
2年もの間。自力で凌いだ九州地方+下関市ですが、そのひずみはあります
綱渡り的な雇用対策と確実にカウントしている物資問題です。
幸い、召還されたのが九州地方だけだったのである程度の自活は可能になっています
市民の銃器所持について
臨時政府の雇用対策の一環。そして治安崩壊による秩序の瓦解を防ぐための苦肉の策です
多少粗悪品っぽい「ネオナンブ」と弾薬の生産。その代わりに銃器犯罪には非情な手段で望むという政府の決断。
それでかろうじて社会が保たれているって設定です
経済について
現在、九州と下関市には交易相手が存在しません。つまり、臨時政府の紙幣乱発は市民への供給のためだけです
本文中にも「インフレ覚悟」とありましたが。その影響は統制経済でも徐々に出始めています。
400 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/15(金) 01:09:59 [ GR00lx1M ]
できました。第2話です
浦田は、今尾行している対象に察知されないように慎重だった。バイトとは言え、万引きGメンをしているのが大いに役に立った。ニット帽の女は駅前からちゅうぎん通りを横切って紫川の方に向かって狭い道を進んでいく。いかがわしげな店が建ち並ぶ界隈だ。
「おっ」
浦田は思わず彼女との距離を縮めようと足を早めた。不意に、立体駐車場に彼女が入ってしまったからだ。今ではほとんど一般人が車を走らせることはない。駐車場はがらがらだった。カンカンと金属製の階段を鳴らす靴音がした。上に昇っていったようだ。浦田はスニーカーを履いているので靴音はしない。それでも慎重に階段を昇った。
「まだ何かご用?」
階段を昇りきったところで浦田は不意に声をかけられてはっとした。尾行がばれていたなんて・・・・。
「まだわたしが何か盗んだと思ってるの?」
薄暗く、がらんとした駐車場に視線を走らせる。柱に身体をもたげさせるニット帽の女がいた。映画のような雰囲気に思わず浦田が腰のものに手を伸ばした。
「うわっ!!」
いきなり指先に走った電撃に思わず手を引っ込めた。暗くてよくわからないが、彼女が笑っているように思えた。
「今のはちょっと軽めにしておいたわ。もう腰のものには触れないことね」
何か彼女がやったようだ。だが、浦田の手には何もその痕跡はない。
「で、万引きGメンが店の外まで何の用かしら・・・・」
「もう勤務時間外だ。今はGメンじゃないよ。ただ、種明かしをして欲しかっただけさ」
浦田の言葉に彼女は声を出して笑った。笑いながら彼に歩み寄った。やはり、日本人じゃなさそうな顔つきだ。と、思う間に彼女はニット帽を脱いだ。帽子を脱いだ彼女の髪の毛はやや青みがかっていた。カラーリング下とは思えない鮮やかさに、思わず浦田も見とれてしまった。
「君はいったい・・・・」
「種明かしはさっきしたはずなんだけどね」
彼女がそう言うと再び浦田の手に電気が走った。思わず飛び上がってしまう。そして手を見るが、何も痕跡がない。なんで?確かに電撃を感じたはずなのに、手は赤くなってもいない。
「あなたの心にある刺激のイメージを使ったトリックよ」
トリックだって?浦田は思わず大きく目を見開いて彼女を見つめた。
401 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/15(金) 01:11:53 [ GR00lx1M ]
「いまだに信じられないよ・・・・」
駐車場の柱にもたれかかって座りながら浦田が言った。彼女も向かいの柱にもたれて座っている。
「信じるも信じないも勝手だけどね」
彼女の言うことには、あのデパートで女性用下着を彼女がポケットに忍ばせたのは、浦田がイメージしていた画像にすぎないと言うのだ。つまり、「ひょっとしたらこんなことすんじゃないの」っていう彼の推測をイメージさせたにすぎないと言うことだ。ということは、彼女は浦田の心を読んで、その内容を何らかのトリック=彼女は魔法とか言っているが浦田の想像する魔法とはかけ離れている=で現実化させたということだ。
「わたしはロサニア。ロサニア・フェリード。グランティス大公国の王女ティシア様の侍女です」
またまた突拍子もない言葉に浦田は面食らった。大学生の彼が知る限り、世界地図にはグランティス大公国なんて国は存在しない。公国はアンドラ、ルクセンブルグ、リヒテンシュタインにモナコくらいだろう。
「グランティス大公国はここから東にある国よ」
んなバカな。この東には下関、その先は本来広島県や岡山県があるんだ。もっとも今は何もないようだが。とすれば、今目の前にいるのは・・・・。
「あ、ゴブリンたちはわたしたちにとっても敵だから、誤解しないで・・・」
ペットボトルのジュースを飲みながらロサニアが言う。アルミ缶は100%なくなってしまった。もちろん。資源確保のためだ。ペットボトルを回収してそのまま使用しているのだ。同じ銘柄のジュースでもペットの形が微妙に違うのはそのまま使い回しているためだろう。最近はペットボトル目当てに自販機に設置されたゴミ箱を狙う泥棒まで出ているそうだ。それどころか、ガソリンが一般にほとんど出回らなくなり駐車場に置かれている車を狙った泥棒まで出始めているそうだ。車は鉄だけでなく、ボディにアルミ、エンジンには白金などが使われる。まさに「鉱山」だ。政府が高値で引き取っているのを利用して、転売目的ではなく「資源」として窃盗団が出回っている。
「俺たちは奴らをゴブリンなんて言わないんだ。ゲームのキャラクターみたいな連中に家族を殺された人が気の毒すぎるってことでね。遺族感情を配慮してってヤツだ。」
我ながら的外れな返答だ、と浦田は思った。そんな心を読んだのか、本当に彼の受け答えが面白かったのか。ロサニアはくすっと笑った。だが確かに、公式にはゴブリン=小さくてどう猛。素早く動き、森の中を動き回る怪物=とは呼ばない。「敵」と言うだけだ。
「そういうことのようね。でもここではゴブリンと言わせてもらうわ。わたしたちの国もゴブリンに絶えず襲われていたわ。2年前にはグランティス城を包囲されるまで奴らの攻撃は激しくなった。でも、不意にその攻撃が収まったの。連中はグランティスとは反対の方向に勢力を注いでいることがわかったわ。そして連中のリーダー、ゴブリンロードもね」
ロサニア曰く、ゴブリンのボスはゴブリンロード。子分とは違って頭脳明晰。おまけに、姿形を変えることも可能だそうだ。人間社会にゴブリンロードが潜入して部下を導いていれば、自衛隊の屈強な防衛線も破れたって仕方がないという。
「で、君はティシア王女様のご命令でそのボス猿を探しに来たわけだ」
ロサニアは浦田の言葉に頷いた。だが、彼女は肝心なことがわかっていないようだ。人間の心を見抜く力を持ってしても、ゴブリンロードが化けたのを見破ることはできないそうだ。それを聞いて浦田ははっとした。
「つまり、君は俺を試したんだな・・・?」
彼女はあっさりとそれを認めた。
「だってわたしが見抜けない以上、見抜ける人間を捜さなきゃいけないじゃない。ねえ、お願いだからちょっと協力してよ」
態度は厚かましいことこの上ないが、容姿だけは日本人にないエキゾチックな雰囲気を持つロサニアに、思わず浦田も「わかったよ」と言ってしまった。
402 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/15(金) 01:12:23 [ GR00lx1M ]
彦島大橋に近い伊崎町に篠田刑事は相棒の山科刑事といた。海岸に近いところに、最近は「鉱山」と呼ばれている大きなスクラップヤードがいくつも見えた。
「シノさん、どうしたんです?鉱山に何かあるんです?」
白髪混じりの頭をぽりぽりかきながら、篠田はヤードの中に入っていく。と、大きなトラックのスクラップの影からにゅっと黒いものが飛び出してきた。それが何かわかった山科はぎょっとした。
「誰かと思ったらシノさんかよ・・・・」
汚れた作業服にくわえタバコの男が、狩猟用の散弾銃を下げた。年齢は篠田に近いんだろうか。彼もまた白髪が多い。
「トメさん生きてたか」
冗談めかして言う篠田に、トメさんと呼ばれた男はタバコを篠田に渡しながら笑った。笑う口から見える歯はタバコのやにだろう。茶色に染まっていた。
「不景気で不良債権だったヤードが一躍、金の卵になったんだ。死ねるかよ!」
篠田が言うには、トメさんはこの近辺にある産廃収集業者の親分格だそうだ。それと同時に、2年前の異変からは近所の同業者で自警団を組織して、敵を数え切れないくらい撃ち殺してきた。トメさんは若い頃は北海道でマタギもやったことがあるくらい狩りには優れていた。猟師、養蜂業、そして産廃関係と職を転々としているうちに篠田と仲良くなったようだ。それはわかるが、山科はなぜ篠田が今ここに彼を訪ねているのか理解できなかった。
「トメさん、実はな。夜釣りの常連が連中に殺されたんだ。しかも無抵抗でな」
不意に篠田はさっきの事件のことを彼に話し始めた。話を聞いたトメさんは面白そうに頷いていたが、話が終わると鼻の穴からタバコの煙を出した。
「シノさん、蜂を知ってるかい?蜂を2,3匹。かごに入れてみろ。そりゃあそこいらの虫と変わらないよ。でもな。女王が近くにいると奴らは全然変わるんだ。恐ろしくどう猛で、団結して狡猾になるんだよ・・・」
「それと今度の事件といったい・・・」
思わず口を挟んだ山科を篠田が制した。たばこ臭い息を吐きながら篠田が笑いながら若手の刑事に言う。
「おまえ、連中が賢いって思ってるか?夜釣りの常連なら当然。奴らに対する対策もしていただろうよ。それが、警察署の近くにも関わらずあっさりと殺されたわけだ。周囲には人間の痕跡がない。あるのは連中の痕跡だけ。だったら、連中が急に賢い行動をするようになった理由を探るのが一番だろうが」
ベテラン刑事の言葉に、山科は言葉と一緒につばを飲み込んだ。篠田はトメさんに挨拶すると「また来るよ」と言って覆面に向かって歩き始めた。
「で、でもシノさん!連中が賢くなってんのはわかります。でもそれがそのまま女王蜂の話とつながるってのはどうかと思うんですがね」
もっともらしい理屈を言う若手に篠田はにやにやしながら振り返った。
「山科。おまえの言うことは元の世界じゃ正論だ。だがここではどうだ?親玉がいて連中を指揮してるんだったら、黒幕はそいつだ。その可能性は0%じゃない。俺たちはその黒幕を逮捕するのが仕事だ。それが殺された被害者への供養だ。刑事はあらゆる可能性を考えて捜査するんだ。自分の価値観だけで可能性を排除するんじゃない」
やれやれ、ベテランの言いそうなことだ。と山科は思ったが。ここは今までの世界とは違うことは否定できない。しばらくはこの風変わりなベテランに付き合わされることになりそうだと腹をくくった。
403 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/15(金) 01:12:54 [ GR00lx1M ]
「ロン。リーチにタンヤオ。イーペーコーに・・・おっ裏ドラが2だ!満貫だな!」
愛甲石油下関営業所では営業マンが昼間からビールに麻雀。事務員はチャットとやりたい放題だ。なにせ、下関市内のGSは開店休業。仕入れるガソリンもない。仕事をする当てもないのだ。ここはまさしく、リストラ候補の吹き溜まりだった。座して死を待つ。まるでこの国の行く末を暗示しているようで本城は非情に居心地がよくない。所長の戸田からして率先して麻雀に加わっているのだ。部下のことは想像に安い。
「本城さん。パソコンがフリーズしたんだけど」
茶髪の女子事務員が黙々と机で書類を書く本城に声をかけた。幸い、九州の電気は40%以上が原子力発電だ。電気だけはさしたる危機感もなく使用できる。
「はい、これでオッケー・・・。って何見てんだよ」
思わず本城はうなった。事務員の女の子が見ているのは匿名掲示板だった。しかもそのタイトルがさらに衝撃的だ。
「もうこの国も終わりだからみんなで練炭オフでもしますか?」
社会的には出てきてはいないが、ネットではこういう本音も出始めているということか。だが、本城は受け入れていなかった。このままいけば、日本、というより九州と山口県は物資もなくなり滅亡するだろう事はわかっている。だが、あきらめてはいけない。きっと何か生き残る方法があるはずだ。あの敵を退治して平和を取り戻す方法があるはずだ。根拠はないが、そう信じていた。
「こんなサイトを見るのはまだ早いよ」
そう言う本城の言葉を、事務員はちょっと誤解しているようだった。チューハイをあおって笑った。
「そうですよね。まだ遊ぶだけの物資も金もあるんだしね!どうせ、みんな死ぬんなら遊ぶだけ遊ばなきゃ!」
404 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/15(金) 01:13:24 [ GR00lx1M ]
川西は痛む頭を抱えながら目を覚ました。ベッドに寝てはいるが、枕を使わないで寝たようで肩が痛い。二度寝をしようと枕を探す。手探りで枕を見つけた。が、その違和感のある手触りではっとした。
「ここはどこだ?」
思わずベッドから起きあがった。周囲を見回すが、彦島の自分のアパートじゃないことだけはわかった。質素ではないが、無機質な室内の調度品。ここは市内のホテルのようだ。
「なんでこんなところにいるんだ・・・?」
痛む頭を押さえながら夕べのことを思い出そうとするが、なかなか思い出せない。夕べは課の暑気払いに参加して、市役所近くの居酒屋に繰り出した。そこからの記憶が全くないのだ。代用ビールに悪酔いしたことはあるが、こんなにひどいことは初めてだった。
「あれ?」
深呼吸してベッドに手をつくと、川西は慣れた手触りの自分の9ミリ拳銃があることに気がついた。危ないな。暴発でもしたら大変だ。慌ててそれを取り上げる。その視界に、川西がさっきさわった枕が目に入った。枕は誰かの顔を覆っている。女性のようだ。
「マジかよ・・・・」
酔った勢いで誰か女性をホテルに連れ込んでしまったのか・・・・。記憶がないとは言え、自分の軽率さに嫌気がする。なんて事だ。まだ、あいつの49日も終えていないというのに・・。川西が不自然に置かれた枕を取ろうとしたときだった。手探りで枕を探したときと同じ違和感を指先に感じた。
「え・・・?」
枕の中心には焼けこげた跡と、ドングリくらいの穴が開いている。映画でよくある。拳銃を枕に押しつけて撃ったような痕跡だ。おそるおそる。隣で寝ている人物の顔を覆っている枕をどけてみた・・・。
「な、な、な、なんで・・・・?」
川西は言葉を失った。ついさっきまで彼が寝ていたベッド。彼の横には、枕を顔にかぶせた大迫由紀が横たわっていた。眉間からやや右のこめかみ寄りに、ぽっかりと穴が開いている。彼女の後頭部のすぐ下にあるシーツには真っ赤な血がにじんでいる。当然、彼女は死んでいる。着衣は乱れていない。彼女がいつも着ているブラウスはそのままだった。だが、状況だけで言えば、川西が彼女の顔に枕を押しつけて銃を撃ったとしか言い様のない状態だ。
「バカな・・。そんなバカな・・・」
銃器を使った犯罪は特例で、問答無用の重罪だ。川西は慌ててドアをチェックした。カギがかかっている。窓もチェックした。窓の先には彦島が見える。ここは下関駅やシーモールの裏手になる大和町あたりだ。
川西はどうにか自分を落ち着けようと深呼吸を繰り返した。このままでは自分が間違いなく犯人になってしまう。考えろ・・・思い出すんだ・・・。そう自分に言い聞かせる。
「そ、そうだ・・・アリバイだ・・・・」
川西は、震える手で電話を取ると、柴田課長の携帯に電話をかける。今日は土曜日だ。柴田は眠そうな声で電話に出た。出てくれただけでもラッキーと思わないと・・・・。
「どうした川西君?大迫君をちゃんと送ってくれたかい?」
その言葉に早くも川西は絶望感を感じるが、どうにか取り繕って柴田に質問した。
「一緒に帰ったのはぼくと大迫君だけだったですかねえ?」
「そうだよ。一次会が終わって君たちだけで大和町の方に歩いていったじゃないか?なに?覚えてないの?」
柴田の言葉に、川西は目の前が真っ暗になりそうな感覚を覚えた。課長の柴田が警察にこのことを話せば、どんないいわけをしようと彼は間違いなく逮捕されてしまうだろう。
「い、いえ。ちゃんと覚えてますよ・・・・。すいませんでした」
電話を切ってから、大迫由紀の死体が横たわるベッドに座って川西は頭を抱えた。
405 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/15(金) 01:13:54 [ GR00lx1M ]
伊崎町の愛甲石油下関営業所前を、サイレンを鳴らすパトカーが港湾合同庁舎の方に走っていくのが見えた。出勤した本城と島村が自転車を止めてそれを見送った。
「ああ、また敵の襲撃でしょうかねえ」
自転車を再びこぎ出す島村がぶっきらぼうに言った。本城と島村は土曜日にも関わらず電話当番だったのだ。かかりもしない電話の番をするだけ。当然、ゲームやらビールで暇を潰すことになる。何か気になった本城は自転車を下関駅に向けてこぎ出した。
「島村さん!ちょっと小1時間、電話番を頼みますよ」
そう叫んでサイレンを追いかけて自転車を漕ぎ始めた。島村は「やれやれ。死体をわざわざ見に行くなんて」って顔をして営業所に自転車を走らせた。何か気になるのだ。それが何かはわからない。島村が言うように、敵に殺された死体を見たいだけなのか。それは本城自身でもわからなかった。
406 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/15(金) 01:14:20 [ GR00lx1M ]
「シノさん。こりゃあ、敵のしわざじゃないっすよ」
大和町のホテルの一室で山科が篠田に言った。それには答えずに、篠田は手袋をはめて被害者が横たわるベッドに歩み寄った。軽く合掌するのは忘れない。鑑識が撮影する枕を見て、思わず顔をしかめた。
「シノさん。久しぶりの殺しだ・・・。一発か・・・」
鑑識の顔見知りが篠田にざっと状況を教えてくれた。被害者は20代の女性。死後推定5時間。死因はおそらく、側頭部の銃傷による脳挫傷。ほとんど即死だろう。そこへ戸田課長が入ってきた。
「シノさん!防犯カメラに相方が映ってたようだ。それにホシは部屋から電話をかけている」
「誰に?」
課長にとは思えない厳しい口調で篠田が問うた。ベテランの質問に課長が逆に新人みたいに手帳をぺらぺらとめくった。
「えっとな。下関市街づくり課の課長で柴田って人物だ・・・・。彼の証言だと、電話してきたのは川西達也、彦島在住の29歳。公務員。奥さんを最近、敵の攻撃で亡くしてる。」
「おい!凶器と川西が許可して持ってる銃のライフルマークを照合しろ」
「もちろん、手配した。一致したよ。彼女に撃ち込まれた銃弾は川西が許可申請した9ミリと一致だ。99%ヤツが犯人だよ・・・・。」
篠田の言葉に、戸田が間髪を入れないで答える。それには篠田も現時点では疑いようもなかった。この状況で、川西以外に犯人はいないだろう。だが、篠田の直感でこの現場に何か違和感を感じていた。それが何かはわからない。犯行現場から電話をかけたのも川西。その受話器にも部屋のあちこちに残った指紋も川西のものだそうだ。ホテルに誘い込んで、銃声を聞かれないように枕を押しつけて撃ったにしては、痕跡を残しすぎている。とはいえ、その時点でも彼は「容疑者」ではないが「重要参考人」であることには間違いないだろう。妻を亡くした公務員が、さっそく女をホテルで射殺なんて・・・・。
「シノさん!川西のヤサがわかりました!」
山科が張り切って篠田に報告にやってくる。悪い知らせではないが。少し篠田は引っかかった。だが若い山科も、彼の疑問がわかったのだろう。自信に満ちた感じで言った。
「今回は妙に上司の柴田が協力的なんで、すぐに住所がわかりました。きっとこのご時世で妙な失点をつけたくないんでしょう、特に役所の人間だから」
現段階で彼の見解に反論はなかった。ただ、彼の長年の刑事をしている勘を除けばだ。その勘の正否も、川西のヤサを探ればはっきりするだろう。
「よし、山科。川西のヤサに行くぞ」
「はい!」
篠田は若い刑事を連れて、現場を後にした。手袋を外しながら、何とも言えない違和感を感じながら・・・。
408 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/15(金) 01:25:51 [ GR00lx1M ]
今回の補足(という名のいいわけ)
「立体駐車場」
ガソリン不足で一般車が走らなくなった九州・山口県では駐車場は余っています。
繁華街でも同じ事。でも、それを解体してビルを新築する資源はありません。
立体駐車場は誰も近寄らなくなり、時として犯罪の温床になっています。
ちなみに、彦島に住む川西は公務員の特権もあり、車通勤をしていますが、
民間の人々は本城と同じように自転車通勤を余儀なくされています。
「鉱山」について
資源が圧倒的に不足する九州・山口県はガソリン高で使われなくなった自動車を集めています
自動車はあらゆる金属が使われる資源の集合体です。つまり、元の世界では分別にやっかいな産廃でした。
ところが、資源も何もないこの世界では貴重な資源を与えてくれる宝物です。
当然、産廃業者はこれらを囲い込んでインフレにもつけ込んで高値で取り引きします
そんな誰も見向きもしなかったスクラップヤードが皮肉を込めて「鉱山」と呼ばれるのもそう時間はかからなかったのです
416 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/18(月) 01:37:05 [ jiyDi/dA ]
できました。第3話です
下関競艇場前の国道2号線には鉄条網のゲートがある。周囲にはコンクリートのトーチカや塹壕もある。そこへ、物々しい雰囲気とは不釣り合いのハイブリッド車がやってきた。
「下関市役所の川西です。伐採状況を確認に来ました」
車の男は最前線の鉄条網を警備する自衛官に声をかけた。敵は森を使って巧みに侵入してくる。国道だけでなく、安岡までの防衛戦に沿った森はすべて伐採する予定なのだ。
「ご苦労様です、おかげさまで結構作業は順調ですよ」
そう言って自衛官は運転席に座る男に、山を示した。国道から見える山々には、ここからでも伐採業者の重機が動いているのが見えた。もちろん、彼らの近くには自衛隊が護衛として付き従っている。この事業は最優先で行われているはずなのだが、石油不足で作業が遅々として進まないのも実状だった。液化石炭技術の導入も急がれているが、筑豊炭田の多くは昭和30〜50年代に閉山したのが多い。坑道も古く深いので、再び掘るにはそれなりのコストとリスクが必要になる。産出量も火力発電をまかなう程度なのが現状だった。
さらに、石炭は製鉄にも使われる。九州のあちこちから集められた鉄などの資源はいったん溶かされて、主に弾薬や銃器に使われる。この生産は、市民の失業者を減らすためにも継続しなければいけない公共事業だった。それでも、市民の間に手詰まり感が否めないのもまた事実だった。
「向こうの丘から状況を撮影したいんですけどねえ」
川西は、鉄条網の「向こう側」にある小高い丘を指した。「向こう側」とは、すなわち2年前に突如として現れた世界のことだ。彼の乗るプリウスから数メートル進むと、アスファルトの道路はなくなっている。そこが、境界線だった。
「護衛もなしに大丈夫ですか?」
免許証を確認する自衛官が心配そうに尋ねるが、川西は笑顔だった。
「連中も車の中までは攻撃できませんよ。それにぼくも護身用の銃は持ってますから」
「はあ、では気をつけて・・・・」
プリウスは「↑岩国・広島」と書かれた大きな青カンバンの下を通って、道なき道を進み始めた。鉄条網を巻き付けた車止めを戻しながら自衛官は何の気なしに、その後ろ姿を見送った。
417 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/18(月) 01:37:41 [ jiyDi/dA ]
彦島にある川西達也の部屋は思ったよりもきれいだった。それはそうだろう。つい2ヶ月前まではこの家では幸せな若い公務員夫婦が生活していたのだ。その名残であろう、二つそろいの食器や歯ブラシを見たとき、篠田は娘のことを思い出して顔をしかめた。リビングでふと目をやったテレビの上に、若い男と女が笑ってる写真が収められた写真立てを見つけた。
「川西の奥さんか・・・」
そう言って室内を見回した。明らかに男の趣味でなさそうな調度品が多い。川西、奥さんをまだ愛してるんだろうな。そんな推測が容易なたたずまいだった。
「シノさん!川西の車を国道2号のカメラが捕らえてたそうです!」
山科がかかってきた電話を切りながら篠田に報告した。威勢のいい若手を手で制して、ベテラン刑事は考え込んだ。緊急配備を恐れて異世界に逃げたというのか?銃器を使った犯罪は最悪、即射殺もありあえるから?短絡的な殺人を犯したにしてはよく考えた逃走だ。異世界に逃げるなんて、それ相応の準備をしないと逮捕よりも危険なことがともなってくるだろうに。そして、この部屋。勢いで女をホテルに連れ込んだ割には奥さんの面影が残りすぎている。
「山科、防弾チョッキに弾薬、それと食料を仕入れてこい。川西を追うぞ」
「応援はどうします?」
携帯を持った山科が彼に聞いた。篠田は首を横に振った。
「俺たちは川西を逮捕に行くんじゃない。ヤツの話を聞くだけだ・・・・・・・・、俺の勘だがホシは川西じゃない気がするんだ。こんなに奥さんを愛した男が、同僚の公務員をホテルに連れ込んで射殺するか?痴情のもつれだとしても、引っかかる。密室犯罪を演じようとしたにもかかわらず、あちこち指紋を残し、通話記録まで残す・・・・・。」
「考えすぎじゃないっすか?川西は最愛の奥さんを亡くして、欲求不満なところを飲み会帰りに大迫由紀を誘って事に及ぼうとしたが、何かトラブって射殺した。ってのがホントのところと思いますがね・・・・」
川西の上司である課長の柴田の証言だと、川西と殺された大迫由紀は職場の仲間としては仲がいいようだった、とのことだ。この証言と状況だけを考えると、山科の推理が正しいだろう。しかし、問題はこの部屋だった。長年、被害者や加害者の家を見て来た篠田には、この部屋にはまだ、川西の奥さんが生きているように感じる。無意識的にか意図的にかは知らないが、残された川西はこの家を彼の妻が生きていた時のままに保っているのだ。そんな男が、同僚と男女の仲に及ぶだろうか・・・。
「それもこれもヤツから聞けばわかることだ。準備しろ」
川西の妻と娘を重ねて考えそうになった自分にいらつくように、少し山科に強い口調で命令した。
418 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/18(月) 01:38:10 [ jiyDi/dA ]
「どうでした?本城さん?」
愛甲石油下関営業所で、島村がデスクで缶ビールを飲みながら尋ねてきた。本城は彼に反発するように、持参したお茶を飲みながら答えた。
「殺人事件だそうですよ。敵じゃなくて犯人は人間のようです」
「ほお!珍しい!」
その答えに島村が大声を出した。見るとデスクには空き缶が2個転がっている。すでに上機嫌のようだ。代用ビールは味は悪くないが、悪酔いしやすいこともある。今の彼の状態がそうだとは断定できないが。
「興味がありそうですね・・・・」
島村は本城の顔を見ながら面白そうに言う。彼とてそれを否定できない。「最前線」とまで言われて、敵の危険に常にさらされている下関で、仲間同士が殺し合う。福岡の本社にいた本城からすれば理解できないでいたのだ。
「本城さん!」
不意に、島村があるものを投げてよこした。慌ててそれをキャッチする。それは車のキーだった。驚きを浮かべる本城に島村が、ほろ酔い加減の顔をほころばせる。
「裏の駐車場に、緊急用の営業車があります。ガソリンは満タンです。緊急たって、市内のGSの在庫はほとんどゼロでトラブルもへったくれもないんです。ここ2ヶ月、動かしてもないんですよ。」
「その車をどうしろと?」
島村の真意をわかりかねる本城が言葉を選んで彼に問いかけた。だが、本城の警戒するような深い意図はないようだった。
「そんなにこの街の状況に興味があるんなら、自由に見てきたらいいですよ。火の山の防衛戦も通れますよ。車に許可証がありますから。文字通り、世界の果てを見て来れますよ・・・」
ほろ酔いの島村の思ってもない提案に本城は初めて、顔をほころばせた。島村の肩を軽く叩くと、ネクタイを少しほどいて駐車場に駆け出した。
「やれやれ・・・」
本城のいなくなった営業所で島村は4本目の缶ビールの蓋を開けた。本社の人間がいたらどうもやりにくい。体のいいやっかい払いのつもりだったんだが、ここまで喜ばれるとなんだかこそばゆい気がしていた。
419 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/18(月) 01:38:38 [ jiyDi/dA ]
浦田裕也は下関駅前でベンチに腰掛けてタバコに火をつけた。煙といっしょに大きくため息をこぼした。その横では、やや青っぽいロングヘアをたたえたロサニア・フェリードが不満そうな顔をしている。
「裕也、全然ダメじゃん!」
かわいらしい外見からはイメージできないストレートなダメ出しに思わず、浦田も頭を抱えた。そりゃそうだ。彼は万引きGメンだ。道行く人の誰が怪しくて怪しくないかなんて、見てるだけじゃわかるわけがない。スリや痴漢などのあからさまな例外を除いては、だが。
彼女のいうところの、敵の親玉=人間に化けたゴブリンロードを探し出すなんて無理だろう。駅前は多くの人々が行き交っている。スーツのサラリーマン。手押し車にショットガンを差しているおばさん。旧日本軍の拳銃を腰に差すおじいさん。互いに国産急造品の「ネオナンブ」を見せ合うOLたち・・・。それに集団下校をする中高生にそれを護衛する完全装備の警官や自衛隊・・・・・。
「しょうがないだろ。俺の仕事場は屋内なんだぜ」
そう言って短くなったタバコをぽいっと目の前に投げた浦田だったが、たまたま彼の前を通りかかったサラリーマンが慌ててそれをよけた。
「あ、すいません」
浦田は思わず顔を上げて謝った。その目に、サラリーマンの胸ポケットにつけられた名札が目に入った。
「街づくり課 課長 柴田康二」
50代で少し頭の薄くなった男は迷惑そうに浦田をにらむとそのまま駅の方に歩いていった。
421 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/18(月) 01:51:42 [ jiyDi/dA ]
補足(という名のいいわけ)
プリウス;川西の車はハイブリッドです。というのも、ガソリンが極度に不足し、
自家用車もほとんど走れないご時世。公務員の特権で車通勤していても、
市民へのアピールのためにこういうタイプの車を選ぶ車通勤者は多いようです
境界線;下関競艇場から東は異世界です。その境界線には自衛隊が敵=ゴブリンの侵入を防ぐために陣地を作っています
もっとも、夜間には森を使って火の山公園の第2次防衛戦どころか市内まで侵入します
ただ、昼間は襲撃はないので許可さえあれば、公務員や伐採業者などは境界線まで行くことができます
炭坑:ご指摘のあったとおり。筑穂炭田は埋蔵量は豊富ですが比較的掘りやすい部分は戦前までにかなり掘られています
よって、異世界召還後、閉山して20〜40年たった坑道からさらに掘りなおしている現状です
そうなればコストも高くなり、産出が軌道に乗るまではただでさえコストの高い液化石炭技術も困難になってきます。
このため、石炭は最優先で火力発電に回され、原子力発電に次ぐ発電量をどうにか維持しています
また、木炭バスなどは各自治体やバス会社で検討中です。前線地帯の大規模伐採で木材は大量に確保できるめどもあり。
ただ、一般車となると抵抗が強い上にスピードも期待できない、すでに処分したという人が多いので、
わずかにガソリン車が走る程度になるかと思われます
444 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/26(火) 00:40:26 [ E/eMgxr6 ]
できました。「街」第4話です
電線も電柱もない空間。点在する森。少し起伏のある地形。中世ヨーロッパを思わせる光景の中に、ぽつんと違和感のある物体があった。白いプリウスだった。小高い丘の下にある大きな木。その木陰に停車したプリウスはエンジンがかけっぱなしになっている。
「さあ、ピッチャーの下村。ここが踏ん張りどころです。九州国際大学付属高校と小倉西高校の対戦。8回裏、ノーアウト満塁・・・・」
アンテナを伸ばせばラジオは全然入ってくる。あの境界線から20キロほど進んだところだった。ここが日本なら今は、山陽自動車道の美祢インターあたりのはずだが、周囲の状況は全然違っている。自衛隊が偵察飛行をしているそうなので、木陰を選んで停車したが行く当てがあるわけでもない。
「これからどうする・・・・」
シートを倒してくわえタバコのままで川西はつぶやいた。思わず、家に帰って持っている弾薬と食料を持ってここまで来たが、なんでこんなことをしてしまったのかわからない。自分は大迫由紀を殺してはいない。だが、状況証拠だけ見ると警察は絶対に彼を犯人と思うだろう。銃器犯罪は最悪、即射殺もあり得る。サスペンス劇場みたいに真犯人を探すなんて彼には不可能だ。
「俺は絶対殺してないんだ・・・・」
窓を少し開けて短くなったタバコを放り投げる。まだあいつの49日も済んでいないのに、女をホテルに連れ込むなんてできるはずがない。そう自分を信じていた。しかし、すぐに始まるであろう警察の追及を逃れてこの世界に足を踏み入れてしまった川西に自分の潔白を証明する手段はないように思えた。
445 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/26(火) 00:40:57 [ E/eMgxr6 ]
「え?競艇場?だめだめ!許可証もないしあってもあんな危ないところお断りだ!」
これで何台目だろう。乗車拒否されたタクシーを浦田とロサニアは恨めしそうに見送った。下関駅にあるタクシーターミナルのタクシーにすべて乗車拒否されたのだ。そりゃそうだろう。行き先は、「向こう側」なのだから。自家用車のほとんど走らない昨今、そんな危険な長距離よりもサラリーマン相手の近距離の方が遙かに金になる。タクシーのほとんどはLPガス車だから当然運賃も高い。初乗りで800円だ。ガソリンに比べて比較的安いとはいえ、LPガスも石油精製の過程でできる産物だ。当然値段も跳ね上がっている。
「裕也ぁ。あれはどう?」
ロサニアは信号待ちしているライトバンを指した。珍しい。社名の入った営業車だ。
「それなら君の方が交渉役に適任と思うよ」
そう言って2人は信号待ちする営業車に駆け寄った。
446 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/26(火) 00:41:25 [ E/eMgxr6 ]
「こりゃすごい・・・・」
本城は営業車で市内を一回りした感想をもらした。福岡市内も同じく一般車は大幅に減った。だが、道行く人々で武器を携帯しているなんてのは少数だが、ここは違う。ほとんどすべての人が武器を携帯している。そしてパトロールする警官もサブマシンガンを抱え、自衛隊もマガジンを装着した89式小銃を持っている。それでも、表面的には福岡市内、いや元の世界とあまり変わらない日常が展開されているのだ。女子高生は携帯を片手に歩き、主婦は買い物だろうか、出歩いている。まだ日が高いのもあるんだろう。今までと何も変わらない感じがした。
「あのお・・・すいません・・・・」
運転席の窓を叩く音で本城は我に返った。青っぽい髪の毛の女の子が薄笑いを浮かべて窓を叩いている。
「何ですか?」
彼女の後方にジーンズに薄手のジャケットを着た若い男がいるのを確認しながら、本城は窓を開けた。信号待ちだが、車はほとんど走ってないので、後続車を気にかける必要もない。
「その・・・、これからどちらに行かれるのかなって思いまして・・」
遠慮がちに女は彼に言ってきた。少し考えて彼女の言いたいことがわかった。ヒッチハイクだ。
「ヒッチハイクか・・・・、いいけど俺はこれから「向こう側」方面に行くんだ」
その言葉を聞いて、彼女は顔をぱっと明るくした。本城はしまった、と思った。そう言えば向こうから断ってくれるかと思ったんだが。しかし、こんな女の子と大学生みたいな男が「向こう側」方面に用事なんて・・。
「わたしたちもそっちに用事があるんです!ご一緒させてください!」
「あ、ああ。どうぞ・・・・」
断るタイミングを完全に逃した本城の車に、ロサニアと大学生=浦田がもそもそと乗り込んできた。そもそもこいつら、なんで「向こう側」なんて行きたがるんだ?そこまで考えて、本城はふっと笑いたくなる衝動に駆られた。俺も一緒じゃないか。何か知らないが、日本人が戦後60年かけて築いた社会を、そして九州山口の人々をゆっくりと滅ぼそうとしている世界を見たいんだろう。本城としては、「向こう側」を見ることで何か希望が見つかればいいと思っている。その反面、希望なんて見つかるのか?という疑念もあった。それを確認するために車を走らせていた。同じ事を考えている連中が2人ほど増えたところで大したことはないように思えてきたのだ。
447 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/26(火) 00:41:56 [ E/eMgxr6 ]
国道2号線をゆっくり走る、愛甲石油のライトバンの後部座席で浦田とロサニアは黙って座っていた。彼女が「向こう側」に向かうと提案したのは、下関駅前で浦田の力を試したすぐ後だった。
「役に立たない俺を向こう側に連れていってどうするんだい?」
「確かに、いまの裕也は役に立たない。でもティシア様のお力があればなんとかなるわ」
「グランティス大公国の王女様か・・・」
ため息混じりの浦田の言葉に反応したのは、ロサニアではなく運転するスーツの男だった。年齢は浦田よりも4,5歳年上だろうか。いきなり急ブレーキを踏んだ。
「バカ野郎!」
後方を走っていた自衛隊の73式トラックがクラクションを鳴らして追い越していった。トラックに乗った自衛官が口々に何かわめいているのが窓越しに見えた。
「グランティス大公国だって?」
運転席の男=本城は身を乗り出してロサニアに尋ねた。あまりの迫力に思わず彼女も後部座席を身体をのぞけった。
「なに?知らないの?って当たり前か」
「何をさ?」
あまりの彼女の驚きっぷりに思わず浦田が声を出した。その彼の顔をロサニアはのぞき込んだ。
「そういえば、わたしたちの国に関してだれも何も言わなかったわねえ・・・・」
彼女曰く、グランティス大公国には1年前に、臨時政府の役人が訪れていたというのだ。大公国の元首である、ティシア・ロ・グランティスは当時跋扈していたゴブリンを掃討する共同作戦を提案した。その見返りに食料支援などを申し入れたそうだが、臨時政府が断ったという。
「まさか・・・・、憲法だの海外派兵だのって理由じゃないだろうな」
運転席で思わず本城が発した言葉にロサニアが敏感に反応した。
「へえ、よく知ってるじゃない!結局、共同作戦の話はおじゃんになって、ゴブリンロードはあなたたちの国に潜入した。司令塔を失ったグランティス大公国方面のゴブリンは勢力を失いつつあるわけ。ゴブリンロードは強硬に抵抗するわたしたちの国よりも、あなたたちの国を陥れるのを選んだみたいね。」
事ここに至ってまだ憲法とか抜かすアホがいるのか。浦田は思わずため息をついた。確かに、これが明るみになれば、敵に家族を殺された遺族を初め、市民からは総スカンを食らうこと請け合いだ。しかも、食料支援などまで提示してもらっておきながらだ。臨時政府が秘密にしておかなければいけない事項だろう。そうしなきゃ、政治が保たない。
そう言っている間に車は競艇場の防衛ラインに到達した。車止めの前に自衛官が立っている。
「愛甲石油の者です。この先を見てきたいんですが・・・・」
ダッシュボードにしまってあった臨時政府の許可証を見せながら本城が恐る恐る言った。自衛官は目を細めながらそれをチェックした。
「今日は「向こう側」に行きたがる人が多いな・・・。で、おたくの用件は?」
あまり愛想の良くない自衛官だ。というか、ファストフード並に愛想のいい自衛官も気持ち悪いだろうが・・・。とにかく、一般人には知らされていないグランティス大公国に行くとは言えない。少し口ごもって本城は見え見えの嘘をついた。
「この先を今度ボーリング調査することになったんでその下見です。後ろの2人はまあ、その・・・、バイトです」
彼の言葉に自衛官は後部座席に座る浦田とロサニアをのぞき込んだ。2人は薄笑いを浮かべて軽く会釈した。いくら何でも嘘っぽすぎるぞ、本城さん・・・・。だが、浦田の不安は杞憂に終わった。
「そうですか・・・。気をつけてください。護衛はどうします?つけますか?」
「い、いえ。すぐそこなんで結構です」
このやりとりが終わると自衛官は黙って有刺鉄線を巻き付けた車止めを脇にどけた。先に進めるようだ。ほっとため息をつく本城の目に青いカンバンが目に入った。
「岩国、広島・・・か」
学生の頃はこの青カンバンを当てにしてドライブしたものだったが。今やそのカンバンの信頼性はないに等しい。広島も岩国もこの世界には存在しないのだ。思わずひとりごちて、ギアをローに入れた。
448 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/26(火) 00:42:32 [ E/eMgxr6 ]
愛甲石油の営業車が通過した1時間ほど後。競艇場前の国道2号にまたまた民間の乗用車がやってきた。
「今度は誰だよ・・・・」
歩哨任務の若い自衛官はため息をついて車に向かう。今度はセダン車だ。よく見るとナンバーがちょっと変わっている。「山口880」だ。公用車だろうか・・・・。
「下関署の山科です。殺人事件の被疑者を捜しています・・・・」
運転席の30代に見える刑事が警察手帳とある人物の写真を自衛官に見せた。山科と自衛官が写真についてやりとりしている間に、篠田は助手席のドアを開けて外に出た。くわえタバコで車止めの先を見つめる。文明の形跡がない原野が広がるばかりだ。思えば、こんな訳の分からない世界に来てから2年。彼が世界の果てを見るのはこれが初めてだった。東京にいるはずの娘がこんな原野にいるとは思えない。娘と自分は違う世界に離ればなれになってしまったと実感するのが怖くて、ここに来ることができなかったのかもしれない。
「シノさん!やはり川西はここを通過したそうです!それと、つい1時間前に石油会社の営業車もここを通っています。まあ、これは関係ないでしょう。」
山科の報告で篠田は我に返った。見ると、屈強な自衛官が1人。山科と並んで立っている。
「椎野陸士長です。我々の護衛だそうです」
「護衛って言っても、まだ昼間だし長居はするが敵に襲われても車にいれば大丈夫だろう?」
篠田のもっともな言葉に、椎野はたくましく日焼けした顔を少ししかめた。
「確かに、この周辺は問題ないのですが・・・。あまり奥に行くと敵とは違うやっかいな連中がいまして・・・」
椎野が言いにくそうに口ごもるのを見て、篠田もその「やっかいな連中」をある程度推理することができた。軽く肩をすくめると黙って助手席に乗り込んだ。椎野陸士長も覆面の後部座席に乗り込んだ。
「石油会社の連中に警備はついているのか?」
「いえ。警備はいらないと拒否されましたから」
ぶっきらぼうに言う椎野に思わず篠田と山科は顔を見合わせた。民間人が「向こう側」に行くのは「自己責任」ってわけだ。公用の彼らには無条件で護衛がつく。こんな状況に陥ってもまだお役所主義が抜けきっていないのか・・・。篠田は白いものの混じり始めた髪をかきながらため息をついた。
449 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/26(火) 00:43:02 [ E/eMgxr6 ]
ライトバンの後部座席でロサニアがぐったりとしていた。無理もない。不整地を延々と進んでいるのだ。一応、道らしきものはあるにはあるが。とてもライトバンの走れる道ではない。ジープでも乗ってくればよかったと本城も後悔していた。
「で、王女様のいる城はまだ遠くなのか?」
ライトバンのシャフトでは吸収できない振動に舌を噛みそうになりながら浦田が質問する。ロサニアはぐったりしながらうなずく。
「あと1時間ちょっとかかるわ・・・・。あ、本城さん、ちょっとそこの岩山で休憩しましょうよ」
かろうじて轍らしきものが見える道の向こうに、小高い岩山と木々が見えた。本城もそれを確認して車を寄せた。時速20キロも出ていない。ということは、「世界の果て」からまだ20キロも進んでいないと言うことだ。距離的に言えば、小郡にも届いていないということだ。ここからさらに1時間。地図で言えば山口市内か防府の手前あたりに、ティシア・ロ・グランティスの居城があるということになる。
「ちょっと休憩だな・・・・」
岩山のそばにある木陰に停車した本城が後ろの2人を振り返ったときだった。乾いた音と同時に、フロントガラスに500円玉ほどの穴が開いた。
「わっ!」
「なんだ!」
車から降りる準備をしていた3人は思わず。車から飛び出して地面に身を伏せた。そうする間にもフロントガラスには同じような穴が4,5カ所追加されていた。
「銃声だ・・・・。なんでこんなところで?」
道路脇の草地に身をかがめた本城が大声で言った。その彼のすぐそばに銃弾が着弾した。緑の雑草が土と一緒に飛び上がった。どうやら、銃弾は岩山から浴びせられているようだが、車を影にした3人からは正確にはどこから発射されているのか、確認ができない。ちょうど、車を挟んで岩山の向こうにいるためだ。
「ロサニア、君の国の兵隊じゃないのか?」
浦田の言葉に、地面に身を伏せたジーンズの異世界人は怒りで顔を真っ赤にした。
「ふざけないでよ!グランティス大公国の騎士がいきなりだまし討ちみたいなことをするわけないでしょ!」
そう言われても、彼女の国に関して本城も浦田も予備知識がないのだから怒られても仕方がない。と、本城が何か思い出したようだ。
「・・・・待てよ。ネットの噂だと思っていたが・・・・こいつらひょっとして・・・」
そう言って車の影から顔をのぞかせた本城のすぐそばに銃弾が命中した。舞い上がった土が目に入って思わず本城が顔を引っ込めた。
「痛てて・・・、土が目に入った・・・・」
「本城さん!噂って何なんすか?うわ!」
地面に伏せた浦田の頭上に、後部座席のガラス窓が銃弾によって砕かれて破片が降り注いだ。思わず、隣のロサニアをかばった。彼女のほっそりとした肩を抱いて破片が降り注ぐのをやり過ごした。青い髪のロサニアはびっくりしたように彼を見た。2人の視線が絡み合おうとするが、それは長くは続かなかった。
「大学生のくせに知らないのか?脱走した自衛官の話だよ!」
浦田にとっては思いもしない本城の言葉だった。だが、そんな彼の疑念を打ち払うように、5・56ミリNATO弾は愛甲石油の営業車に容赦なく撃ち込まれていた。
451 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/26(火) 00:50:37 [ E/eMgxr6 ]
補足(という名のいいわけ)
許可証;臨時政府以外にも特定職種の業者には自衛隊の防衛ラインに入る許可が下りています
今回本城が使ったのは、ライフライン業者の許可証です。
愛甲石油は別府湾油田の採掘も参加した企業なので各地のボーリング調査も請け負っています。
その関係で出された許可証を使ったわけです。
護衛;ちょこちょこやってくる民間人にうんざりしている自衛官ですが。
彼らは護衛が「義務」ではありません。あくまで任意の制度です。
なにせ、危険きわまりない「向こう側」に行く民間人です。自己責任
しかも下手に「向こう側」で軍事作戦なんかすると憲法違反です。
だからあんまり護衛をしたくないのが本音です。
でも同じお仲間の公務員に関しては護衛がデフォ。川西は断りましたが・・・・。
787 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/14(月) 23:55:20 [ XBlyr6y. ]
できました。
>>449の続き、「街」第5話です
まずは、前レス見るのが面倒な方向けのあらすじから落とします
前回までのあらすじ
九州・山口県は突如として別世界にやってきた。徐々に枯渇する資源。そして毎日のように押し寄せてくる「敵」。人々はゆっくりとした破滅を実感しつつ残された日々をすごしていた。下関市役所の川西竜也は妻を「敵」の襲撃で失っていた。同僚との暑気払いの翌日。彼は同じ課の大迫由紀の死体と朝を迎える。
大学生で万引きGメンの浦田裕也は小倉のデパートで出会ったロサニア・フェリードに「敵」の親玉であるゴブリン・ロード捜索に協力を求められた。だが、彼の技能ではそれは困難ということがわかり、2人は通称「世界の果て」を越えて彼女の故国、グランティス大公国に向かう。
一方、石油卸売会社の本城健次郎は本社で勢力争いに敗れて下関営業所に左遷された。営業所の職員は怠け者ばかり。仕事もなく逼塞した毎日を過ごすことになるはずだった。
下関署刑事課のベテラン篠田五郎は大迫由紀殺害事件を捜索する中、川西にたどり着く。状況証拠は川西が犯人であると物語っていたが、篠田は納得できない。若手刑事の山科と独自の捜査を開始した。
グランティス大公国に向かう途中で本城の車をヒッチハイクした浦田とロサニア。警察の捜査を逃れて異世界に逃げた川西。彼を追って異世界に入る篠田と山科。舞台は下関から陸続きの「世界の果て」に移動する。
788 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/14(月) 23:55:51 [ XBlyr6y. ]
完全に営業車の陰に釘付けにされた浦田、ロサニア、本城。岩山からは容赦なく銃撃が加えられる。ふと、浦田が腹ばいになって移動しているのに気がつく。
「おい、浦田君。何やってんだ?」
「同じ日本人です。話せばわかるかもしれませんよ」
そう言って浦田はライトバンの前方から岩山に向かって大声で呼びかけ始めた。
「ぼくたちは日本人です!撃たないでください!」
だが返ってきたのは浦田への集中射撃だった。大急ぎで元の場所まで後退する。本城はネットの噂で彼らのことは知っていた。弾薬や食料のために調査に来る日本人を無差別に襲うのだという。
「裕也!大丈夫?」
ロサニアが伏せたまま浦田を気遣う。どうやら撃たれてはいないようだ。その言葉に彼も何とか手で応じるが、ショックで声が出ないようだ。
「これが世界の果ての現実か・・・」
まるで他人事のような感想しか浮かんでこないことに本城は自分でも驚いていた。刻一刻と破滅の時が迫る中、「敵」と人間が争う。「敵」の根拠地であるはずの「世界の果て」で人間同士が撃ち合っている。ほとんどブラックコメディとしか思えない展開だ。
「この世に神様がいるんなら、きっと神様はユーモアのセンスに欠けているんだろうな」
悪い冗談としか思えない展開に本城は苦笑いを浮かべることしかできなかった。その彼の頭上にも銃撃で割れたガラス片が降り注いでいた。
789 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/14(月) 23:56:25 [ XBlyr6y. ]
山科がタバコの煙を逃がすために少しだけ開いていた窓から聞こえてきた音に敏感に反応していた。もちろん、篠田もそれには気がついていた。
「シノさん、今の銃声ですよ・・・」
言われるまでもなかった。しかも拳銃のものではない。連射していることから自動小銃のたぐいであることは想像に安い。後部座席の椎野陸士長の顔がこわばった。
「誰かが日本人を襲っているようです」
椎野の言葉には「我々もいつ襲われるかわかりません。帰りましょう」という意味が含まれているのも篠田は察していた。そして、襲っている連中の正体も知っているようだ。もちろん、篠田もそれが誰かは知っている。だがベテラン刑事はそれでは引き下がらない。
「山科、サイレン鳴らせ」
「え?」
思わず若手刑事は聞き返す。だが、篠田の言葉に変更はなかった。
「サイレンを鳴らして現場に向かえ。川西が襲われていたらどうすんだ?」
「そ、それはそうですが・・・」
なんとか反論しようとする山科だが言葉が続かない。椎野に至っては黙ったままだ。そんなことを気にもしない篠田はタバコをくわえたまま言葉を続けた。
「俺たち警察の仕事は容疑者を生きたまま捕まえることだ。そして襲われている市民を助けることだ。脱走自衛官が襲ってる相手が川西にしろ、物好きな石油屋にしろ。俺たちが助けなくて誰が助ける?」
その言葉に山科もあきらめたようにため息を吐くと、パトライトを取り出して覆面の屋根に乗せた。
790 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/14(月) 23:56:52 [ XBlyr6y. ]
いきなり聞こえてきたサイレンに川西は倒したシートから飛び起きた。ラジオの音を絞って様子を伺う。遠くで銃声が聞こえているようだ。サイレンもその方向と思しき方へ向かっているようだ。
「こっちじゃないようだな・・・」
ため息をついて背伸びをするためにドアを開けた。遠くで聞こえる銃声。サイレン。それ以外の彼を包む光景は「のどか」と言う以外に表現方法がないくらいだった。軽く背伸びしてからタバコに火をつけた。
「これからどうするかな・・・」
夜の闇にまぎれて街に戻って食料を買い込みに行く必要があるだろう。だが、一番近いコンビニまで30キロ近い。これからの重労働を考えてうんざりした川西の後頭部に冷たいものが押し当てられた。
「動くなよ・・・。」
いつの間に車の陰に潜んでいたのだろうか。言葉をかける男の声のトーンがこれは冗談ではないことを物語っている。後ろから手が伸びてきて川西のスーツのポケットを探った。
「ほお。公務員か・・・」
内ポケットにしまっていた首から下げるネームプレートを見て男が言う。少し笑ったようにも感じられた。
「警察なのか?」
後ろを向くと命はないと判断した川西がそのままの姿勢で質問した。だが、男はそれに答える様子はなかった。
「公務員のくせに警察に追われてんのか?面白い。いろいろ話を聞かせてもらおう」
男はそう言って、川西に目隠しをした。彼のプリウスのドアが開かれる音がして、視界を奪われた川西はその後部座席に放り込まれた。
791 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/14(月) 23:57:30 [ XBlyr6y. ]
「わわっ!」
本城は思わずその場で頭をかばった。彼の周囲に銃弾が次々と着弾する。初めて撃った拳銃の感触を味わう間もなかった。たちまち岩山から雨あられと反撃を食らったのだ。このままではガソリンに引火してしまうかもしれない。
「ロサニア、君の能力でなんとかできないのか?」
本城の惨状を目にした浦田が隣で伏せているロサニアに声をかける。やや青みかかった瞳が半分切れ気味に浦田に向けられる。
「この状況でどうしろって言うの?あの幻術は相手を視認しないと使えないわ。この状況じゃ、あっという間に蜂の巣にされちゃうだけよ」
彼女の言葉が途中でかき消された。突然、巨大な爆発音が周囲に響いた。
「なんだ?」
本城はゆっくりと車の陰から岩山をのぞいてみた。頂上あたりが吹っ飛んでいる。銃声は止み、静寂が周囲を制圧しつつあった。ただ、浦田たちの耳は先ほどの爆発で耳鳴りがしており、その静寂を味わうことはできていないが。
「サラリーマンに、大学生か・・・」
不意に聞こえてきた言葉に本城が反射的に拳銃を構えた。岩山の影から現れたのは迷彩服の男だった。
「う、う、う、動くな!!」
本城が構える拳銃を見て男はにやっと笑った。彼の手には拳銃よりも強力な武器、89式小銃があるのだ。だが、それを構える風でもなく男は言った。
「安全装置がかかったまま俺を撃つのか?」
「え?」
その言葉に思わず本城が自分の手にあるネオナンブを見た。そのわずかな隙を突いて男が本城に飛び掛って、あっという間に本城は組み伏せられた。
「回転式拳銃には安全装置はないぞ。それに君自身。さっき撃ってたじゃないか・・」
見事なまでにマウントを取られた本城に男が笑いながら言った。それを見つめる浦田はただ唖然とするばかりだった。
「ふ、藤村隊長!!」
目の前の出来事に唖然とする浦田の横でロサニアが本城を組み伏せた男を見て驚きの声を上げた。男もロサニアの声に気がついて、その精悍な顔をほころばせた。浦田が見た男の顔は今まで見た自衛官よりもはるかにたくましく見えた。
「ロサニア・フェリードか・・・、ティシア様の密命で「内地」に行ったと聞いたが、無事だったようだな・・・」
「ティシア様・・・だって・・・?」
藤村と呼ばれた男の下でもがく本城が言った。その声で藤村は「おっ」という感じで力を抜いた。ようやく本城の体が自由になった。
「すまん、君が俺を明らかに脱走自衛官の一味と思っていると判断したんでね」
「するってえと、あなたは脱走自衛官じゃないんで?」
そう言う浦田のわき腹をロサニアが軽く小突いた。
「裕也。藤村様はティシア様お抱えの傭兵団長よ!」
自衛隊が傭兵団長?団長ってことはいっぱい自衛官がいるのか?浦田の疑問に答えるように岩山の捜索を終えたのだろう。数名の自衛官が現れた。そのほかにも甲冑の騎士。フードをかぶった男・・・。彼らがグランティス人。初めて見る「世界の果て」の住人を浦田も本城もあっけにとられて見つめている。と、フードの男が藤村を呼んだ。
792 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/14(月) 23:57:58 [ XBlyr6y. ]
「藤村二尉・・・、何か来ます」
すぐにパトカーのサイレンが聞こえてきた。山口ナンバーの覆面だ。銃を構える自衛官を藤村が制した。パトカーは一同のすぐ近くで停車した。
「下関警察だ!」
若い刑事が飛び出してくる。それに続いて助手席から白髪交じりでよれよれのスーツの刑事。そして後部座席からは迷彩服の自衛官が降りてきた。
「ふ、藤村二尉!」
その男は目の前にいる傭兵隊長を見て目を丸くしている。藤村と同じく、ほかの自衛官以上に精悍な顔つきをしている、と浦田は思った。
「おお!椎野。久しぶりだな!」
うれしそうに応じる藤村に本城が近寄って尋ねた。
「知り合いなのかい?」
怪訝そうにたずねる石油屋に藤村はうれしそうな表情を向けた。
「ああ、なつかしい仲間だ」
目の前にいる迷彩服の男たちが敵でないと判断した刑事=篠田が藤村に歩み寄ってきた。
「下関署刑事課の篠田だ・・・。ある事件の参考人を追ってるんだがね」
「元陸上自衛隊二等陸尉の藤村です。こんなところまで大変ですな」
茶化すように言う藤村をスルーして篠田は内ポケットから写真を取り出して彼に見せた。
「川西竜也、公務員なんだがね。見たことないかい?あるいは・・・・」
ここで篠田は言葉を切って周囲に目線を走らせた。吹き飛んだ岩山。数名の自衛官。そして甲冑の騎士たち。彼らは数挺ずつ89式小銃を持っている。そして蜂の巣になった石油会社のバンに、サラリーマン、学生風の男。さらには日本人のファッションをした女。
「あんたら、ただの脱走自衛官じゃないな・・・」
その言葉に椎野が顔をぴくっとさせた。藤村は観念したように口元に苦笑を浮かべた。
「さすがは刑事さんだ。彼らには話したが、我々はグランティス大公国のティシア王女に雇われた傭兵です。あなたも刑事だ。噂は聞いてるでしょ?」
篠田も噂は聞いていた。脱走した自衛官の一部が「世界の果て」にある国に雇われているという噂だ。最初は突拍子もないことだと思ったが、今こうして目の前にすると信じざるを得ない。
「まあ、ここで立ち話もなんですから、王城へ行きましょう」
にこやかだが、有無を言わせないという感じで藤村が言った。
813 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/19(土) 00:30:30 [ V5/x.gPk ]
171氏乙です
で、こっちも投下
「街」第6話です
グランティス城は本城が想像していたものとは少し違っていた。中世の壮大な城と立派な城下町。人々が街を行き交い、行商人の威勢のいい掛け声が通りにこだまする光景・・。
「これは・・・・」
だが彼が期待した光景は何一つなかった。城の概観はレンガ造りのそれっぽい感じだが、大きさはせいぜい小倉城の再現クラス。城の周囲にある農園で人々は働き、その周りは大勢の兵士、柵でがっちりと囲まれている。兵士たちはいきなりやってきた覆面パトカーに驚いているのが見て取れた。藤村たち傭兵は馬に乗り、山科の運転するパトカーを先導していた。
「あのフードをかぶった男は何者だい?」
定員オーバーのため少し窮屈な後部座席で浦田がロサニアに尋ねた。
「魔導師のフリッツよ。さっきの爆発は彼の魔法ね。」
窓の開いた後部座席から彼らの会話が聞こえたのだろう。黒髪の騎士が陽気な顔を、鎧をかちゃかちゃさせながら浦田たちに向ける。
「あんたたちが連中の注意をひきつけてくれていたおかげで、フリッツは強力な魔法の朗詠ができたんだ。」
ランゴバルドという若い騎士はそう言って笑った。その会話を助手席で聞いていた篠田が馬上の人となっている藤村や自衛官を見ながら疑問を吐き出した。
「連中はどうやって弾薬を確保してるんだ?持ち出した分だけじゃ足りないだろうに・・・」
彼の疑問が聞こえていたのだろうか。藤村が先導する馬上で振り返った。
「その件も含めて、ティシア様の前でお話しましょう」
この国の指導者、ティシア・ド・グランティス。「敵」の襲撃を退け、ロサニアを九州に送り込み、藤村を傭兵として採用した人物。どんな人物なんだろう?車はお釈迦にしてしまったがそれだけの価値はある。本城は自らが見るこの世界の情景を期待に満ちた表情で見ていた。
814 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/19(土) 00:31:05 [ V5/x.gPk ]
そう広くない広間には数人の男たちに混じって甲冑に身を包んだ金髪の女性がいた。身に着けた甲冑以上に彼女は周囲に威厳とオーラを発している。
「ここ数日、ゴブリンどもの動きが活発なのは間違いないのだな?」
甲高くも威厳のこもった声で女性が側近に確認する。問われた側近の男は彼女よりも倍は年齢が離れているだろうがそのオーラに押されて、うやうやしく頭を下げる。
「はい。ゴブリン・ロードが再びこちらに戻ってきた可能性もあります」
そこへ、藤村が帰還してきたとの知らせが入った。甲冑の女性、ティシア・ド・グランティスは彼に入室するように命じた。藤村は浦田や篠田を連れて入室すると王女に恭しく頭を下げた。
「ティシア様。領内で暴れておりました「脱走自衛官」を殲滅しました。それに・・・、ロサニアがあちらの世界の者を連れてまいりました。」
藤村の言葉に、ティシアはロサニアの姿を探した。見慣れない衣装の男たちに混じって彼女の顔を見つけると顔をほころばせた。先ほどまでの威厳に満ちた彼女の表情からは想像もつかない笑顔だ、と浦田は思った。
「ロサニア、よくぞ戻った。あちらの国の様子を聞かせてはくれぬか」
「ティシア様、ならば、この者たちからお聞きなさいませ。あちらの世界でいろいろな仕事に就いている者たちです」
その言葉に若い王女は興味深げに浦田たち「異世界人」を見やった。
815 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/19(土) 00:31:37 [ V5/x.gPk ]
「ふむ・・・」
一通り、浦田、本城、篠田の話を聞き終えたティシアは思案に暮れたようにため息をついた。玉座に座って思案に暮れる王女の前でみんなは手持ち無沙汰に立ち尽くすばかりだ。そこへまた衛兵が報告にやってきた。
「傭兵隊の大浦殿が、あちらの世界の者を連れてまいりました。」
ティシアに通すように命じられて、さらに1人、迷彩服の自衛官が目隠しをかませた背広姿の男を連れてきた。山科がその男をいぶかしげに見つめている。自衛官に目隠しを解かれた男の素顔を見て、若手刑事は目を真ん丸くした。
「か、川西!!!」
篠田も突然、自衛官に連行されて登場した川西の登場に驚いて苦笑を浮かべた。先ほど聞いた「参考人」がたった今連れてこられた男であると悟ったティシアが山科に尋ねた。
「この男が本当に女を殺したのか?」
山科は篠田に視線を走らせながら無言で頷く。王女は川西に近くに来るように言った。自衛官に促されて川西が玉座のすぐ近くまで近寄った。
「そのまま動くでないぞ」
そう言ってティシアは川西の顔に手を差し出した。しばらく、神妙な表情で彼を見ていたが、突然、驚きの表情を浮かべた。
「そなた・・・、見たのだな・・・」
王女の言葉にも川西はきょとんとしている。彼も、ここがお城で目の前の人物が王女様であることはなんとなく察しがついていたが。彼女の言葉の真意がいまいちわからないでいた。
「俺は誰も殺しちゃいない。ただ・・・」
ここで川西が口ごもった。山科がせかすように何か言おうとするのを篠田が制した。不満げな顔をする若手にかまわず、ベテラン刑事が王女に話しかけた。
「彼は何を見たって言うんです?俺はこいつを逮捕しに来たんじゃない。真相を知るために、こいつから話を聞くためにここまで来たんだ」
目の前にいる王女にまったく物怖じしない口ぶりだった。ティシアは自分の父親と同じくらいの年齢である篠田をまっすぐ見やった。
「この者はゴブリン・ロードを見ている。奴がどんな人間に姿を変えたのかを。この者自身の記憶には残っていないが、確かに見ている・・・」
「えええ?」
ティシアの口から発せられた意外な言葉に浦田が驚きの声を出した。ロサニアが慌てて彼の服の袖を引っ張る。なかなかいいコンビではないか。そう思ってティシアは思わず微笑んだ。
「ロサニア、よい。確かに、浦田が類まれなる観察力を持っていようとも人間に姿を変えたゴブリン・ロードまでは見分けることはできぬ。それがわかったので、ロサニアもこの男をここまで連れてきたのであろう?」
「はい、恐れ入ります」
かしこまるロサニアを見て浦田も納得した。自分の能力不足でなく、はなっから不可能なことだったのだ。
「王女様・・・」
再び篠田が口を開いた。甲冑に身を包んだ王女が振り返る。白髪混じりの髪の毛をぽりぽりしながら、ベテラン刑事がのらりくらりとした感じで口を開いた。これも彼のテクニックだ。早口でなくゆっくりと、ゆっくりすぎるくらいにしゃべる。
「この場でいいんだが、川西と話をさせてくれないかね?こっちのやりかたで。あなたもこの場で立ち会っていただきたい」
予想もしない提案に今度はティシアがきょとんとする番だった。つまり、王女立会いで川西を尋問したいというのだ。
「シノさん!尋問ならどこか別のところでやりましょう。ひょっとしたら・・・」
山科の言葉を篠田は途中で止めた。彼の言いたいことはわかっていた。
「おい、山科。王女様がここで川西をかばう理由はない。川西が公務員で、奴の役割が王女様がこっちの人間とコンタクトを持つための布石と考えるのはちょっと的外れだ。な?椎野陸士長?」
いきなり名前を呼ばれた椎野はぎょっとした。それを見てティシアと藤村が顔を見合わせて苦笑するのを篠田は見逃さなかった。面白そうな、子供がおもちゃのからくりを発見したときのような顔をベテラン刑事がティシアに向けた。
「藤村二尉たちの武器弾薬、その他の情報の入手先だが、窓口は椎野陸士長だね?」
恐れ入ったという感じで笑いながら観念したように藤村が頷く。
816 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/19(土) 00:32:04 [ V5/x.gPk ]
「そうです。我々は5年前、同じ時期にレンジャー訓練を受けた仲です。ここにいる自衛官も同じです。我々は当時の防衛庁長官のおかげで最高の技術を身に着けることができました。」
「5年前の防衛大臣って言えば・・・、民自党の向田五平じゃないですか?確か、選挙区に帰ってきていて東京に帰れなくなったはずだ・・・」
思いもしない人物の名前が出たことに驚く本城の言葉に藤村が頷いた。
「我々は正確には脱走自衛官ではない。向田先生の意向を受けて、ティシア様にお仕えしてるんだ。2年前、臨時政府のアホどもがティシア様の提示した共同戦線提案を拒否してからね」
向田五平。衆議院で12期連続当選している保守派の重鎮。選挙区の熊本に凱旋中にこの事態に巻き込まれて東京に帰れなくなってからは公の場所に顔を出すことはめっきり少なくなった。防衛庁長官、民自党幹事長などを歴任した男だ。革新勢力が多い県知事たちが作った臨時政府とは折り合いが悪いと聞いてはいたが・・・。
「向田殿とは椎野陸士長と藤村二尉を通じて連絡は取っている。彼こそが、日本国の舵を担うべき人物と個人的には考えている」
ティシアの言葉に篠田も確信した。藤村たちの装備は防衛族の向田のつてで調達されているのだろう。では、なぜ向田が子飼いとも言える自衛官を使ってティシアとつながっているのか。その疑問には今まで沈黙を保っていた椎野が答える格好となった。
「ティシア様と向田先生は幾度か会談の場を持っておられます。お互いに、お互いの国が共存していくための指導者と認め合っておられます。日本とグランティス大公国が友好関係を作るための布石として我々は隠密裏に動いているのです」
その共存のための布石が、ゴブリン・ロード殲滅なのだろう。だが、山科はなおも食い下がった。彼の頭には目の前にいる川西のことだけだった。
「シノさん!お偉方のことは置いといて、今は川西ですよ!」
「まあ落ち着け。川西があの日何を見たか。それが問題だ・・・」
2人のやりとりを聞いていたロサニアがティシアの方を見た。彼女が玉座で無言のままうなづくのを確認すると、ロサニアが川西の正面に向き直った。
817 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/19(土) 00:32:33 [ V5/x.gPk ]
「さあ、わたしの目を見るの・・・」
いまいち状況のわからない川西の目がとろんとなっていく。催眠状態に入っているようだ。なるほど、ロサニアの幻術だな。一度彼女にだまされたことのある浦田は直感で察した。ロサニアが篠田に促すような視線を向けた。催眠術なんて信じるわけではないが、思えば、こんな世界にいること自体がナンセンスそのものなのだ。そう思って篠田が催眠状態の川西に問いかける。
「川西、あの晩だ。お前、何を見た?」
さすがのベテランも催眠状態の人間に尋問した経験はない。多少しどろもどろしながら、それでいて核心を問いかけた。うつろな目をして立ったままの川西が答える。
「暑気払いの帰り道・・・・・・、由紀が・・・あいつの様子がおかしいって・・・」
「あいつって誰だ?」
「いつもイヤミばっかり言ってるあの野郎・・・、今まで食っていた食堂の飯を食わないで肉ばっかり食ってやがる・・・・・肉は貴重品なのに・・・・こっちは代用ビールでがまんしてるってのに・・・・」
若干、話の筋が違ってきているようだが、どうも上司のことらしい。
「まさか、市役所の上司にゴブリン・ロードが化けてるわけないだろう・・・」
思わず山科が半分あきれ気味に言った。だが、その言葉に敏感に反応した人物がいた。ジーンズの大学生だった。
「柴田・・・・なんとかって奴・・・」
その言葉にロサニアもはっとした。2人で下関駅前でゴブリン・ロードを探していたときに通りかかった男だ、ネームプレートと異常に睨まれた記憶が残っていた。
818 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/19(土) 00:33:00 [ V5/x.gPk ]
「ええ、通りましたよ。間違いなく・・・」
国道2号線に作られた検問所で若い自衛官は今日だけで何組目かわからない問い合わせに答えていた。
「しかし、今日は多いなあ。警察に石油屋、役所の職員はあなたで2人目ですよ」
車止めを脇にどけながら自衛官がつぶやく。渡された免許証を車の窓越しに運転席の男に返す。「世界の果て」がそんなに珍しいのだろうか。免許証を返しながら腕時計を眺める。もうすぐ交代の時間だ。退屈な任務ともしばらくの間はおさらばできる。交代が来るまでの辛抱だ。
「しかしこの川西って男、いったい何をしでかしたんです?みんな奴を探してますよ」
そう言いながら、自衛官は免許証を受け取る男の爪が異常に伸びているのに気がついた。彼は見覚えがあった。長く不衛生な爪。これは「敵」の・・・
彼が注視した爪が不意に空中を横切った。若い自衛官の少しだけ白い首がさっと裂けて血が噴出した。国道脇に倒れこむ自衛官に目もくれずに、運転席の男はパワーウインドウを閉じた。
「川西・・・・待ってろよ・・・」
抑揚のない声で背広姿の男がつぶやいた。
820 名前:分家228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/11/19(土) 00:42:40 [ V5/x.gPk ]
補足というなの言い訳
*ロサニアの幻術:グランティス人、ロサニアは幻術を使います。彼女は川西を一種、催眠状態にして事件当時の様子を聞き出そうとしているのです。
*向田五平列伝:向田は戦後、保守同盟によって生まれた民自党に長く所属する衆議院議員です。
彼は党是である「憲法改正」を公言するいわゆる「タカ派」でありますが、同時に防衛関係に詳しい政治家であります。
彼が防衛庁長官時代、能力ある自衛官を積極的に教育する制度を取り入れた結果、藤村たちがいるのです。
召還前の永田町あたりでは、向田に見込まれて教育を受けた自衛官や防衛官僚を「向田チルドレン」と揶揄する勢力もありました。
*臨時政府:臨時政府は召還された九州各県知事を中心に組織されています。
残念ながら、召還当時、九州の知事の多くは革新よりでした。このため、ティシア王女の提案を受け入れることができずに今に至ります。
ましてや、向田氏とは思想的に相容れない連中です。
「臨時政府のアホども」という自衛官の発言は現状においては言いえて妙な表現といえるでしょう