298 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/20(月) 22:46:37 [ dwCOdGOE ]
タイトル「復活の日」

「一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままである。しかし、もし死ねば、豊かな実を結ぶだろう。」(ヨハネの福音書12章)

 荒涼とした大地に3人の男が座り込んでいた。彼らの周囲には、彼らがさっきまで踊っていた「死の乱舞」の痕跡が残っていた。男たちは目を大きく見開き、肩を上下させている。周囲には彼ら以外に生き物の気配はないようだ。あるのは、生き物だったであろう枯れ木、そしてさっきまで彼らを襲っていた化け物だった物体だけだ。
「和田、新垣。怪我はないか・・・・?」
 3人の中でもリーダー格である男が残りの2人に荒い息をしながら声をかけた。
「ありません、田ノ上二曹・・・・」
 どうにか、和田が返答できた。新垣は目の前に散乱する物体を凝視して固まっている。さっきまで生きていた、彼らの前にある物体は完全に生気を失い、同じく生気の感じられない地面に横たわっているのだ。
「田ノ上二曹、いったい何がどうなったんですか・・・」
 油断なくというより、ほとんどパニック寸前の表情で和田が問いかけた。問いかけられた田ノ上も、彼の目の前で繰り広げられた命を懸けた「ダンスパーティ」を説明することはできない。互いに背を向けたまま、それぞれの手にある、黒い物体を抱えるだけだ。
「わからん。とにかくいつでも撃てる体勢はとっておけ・・・・」
 2人のまとめ役として、最低限の威厳を保つだけの言葉を発して田ノ上は周囲を見回した。枯れ枝を空中にいくつも伸ばした木だけが視界に入ってくる。空はどんよりと曇って太陽も見えない。モノクロ映画の世界にでも入り込んだようだ。
「これもテロ対策訓練の一環なんでしょうか・・・」
 ようやく新垣が口を開いたが、彼の言葉は少なくとも今の状況に関して的を得たコメントとは言えないだろう。田ノ上たち3人は実弾を使用する異例の訓練に従事していた。厳しい対テロ訓練だった。慎重に想定されたテロリストの潜伏地域に接近したとき、いきなり意識を失ったのだ。気がつくと3人はここにいて、あとは彼らの周囲に倒れている、かつて生物だった肉片に襲われ、反撃。今に至るわけだ。
「田ノ上二曹!」

299 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/20(月) 22:47:26 [ dwCOdGOE ]
 その時、比較的冷静な和田が声をかけた。無言でそばの枯れ木を示している。田ノ上も慎重に手の中の黒い物体、89式小銃を枯れ木に向けた。頭の中で、専守防衛だのなんだの、彼が22歳で曹候補から始めたキャリアで習った文言が3倍速くらいで流れるが、今置かれている現実ではあまり役に立たないことを痛感していた。少なくとも、さっきの化け物の襲撃から生き残るには、ラッキーにも実弾を支給された89式なしにはとうてい不可能に思えていたのだ。
 田ノ上がそんな思いを巡らせていると、倒木の後ろからこの風景(自衛官たちには「世界」という表現をするだけの実感がまだない)で初めて見るまともな生き物が歩み出てきた。
「撃つな。まだ撃つな」
 その外見から田ノ上は2人が万が一、先走らないように釘を刺した。その生き物とは、少なくとも形は人間とほとんど同じだった。
「青い髪の毛・・・・?」
 新垣が口をぽかんと開けている。その驚きを田ノ上も理解できる。一番の年長者で階級も上でなければ、こんなゲームでしか見たことないような髪の毛の人間の存在自体、受け入れることはできなかったであろう。目の前の人物が人間であればの前提だが。その人物は黒っぽいローブを身にまとい、大きな石版みたいな物体を小脇に抱えている。身長や体格も人間と同じくらいだ。
「あ、あの・・・・・」
 リーダー格である田ノ上が立ち上がってその人物に声をかけた。彼らの目の前に現れた人物が髪の毛をかき上げたとき、その耳がありえないくらいとがっているのが見えた。
「お怪我はありませんか?」
 そしてその人物、青いロングヘアの女性が日本語を話したのだ。3人の自衛官は立ち上がって呆然とするほかなかった。だが、女性はそんな3人にかまうことなく、周囲の肉片から何かを拾い出した。
「力の源・・・・。これでひとつ・・・・」
 誰にともなく言うと、彼女は抱えていた石版に拾った何かをはめ込んだ。思いを巡らせるようにそれをしばらく眺めると、ようやく田ノ上たちに向き直った。
「わたくしはリル。よくぞ、わたくしの大いなる旅のためにいらしてくれました」
 リルと名乗る青い髪の美女は少しもの悲しげだが、にこやかに田ノ上たちに言った。だが、当の3人はまだ状況が理解できていない。自ずと言葉もたどたどしくなってしまう。
「君はいったい、そしてここは・・・・」
 当然といえば当然の質問をしようとした田ノ上を手で制したリルは、彼らに背を向けた。
「ここは危険です。少し移動してからいろいろとお話ししましょう」
 そう言ってゆっくりと歩き出すリル。和田が田ノ上に歩み寄って耳打ちした。
「いったい何がどうなってんですかね?」
「俺にもわからん・・・・」
 田ノ上はあえて言葉をここで切った。彼の中である推測ができあがっているが、若い和田と新垣にそれを話して果たして受け入れられるのか。自分自身まだ半信半疑のこの推測を、リーダーとして話していいものか。逡巡していたのだ。だが、ともあれ。リルと名乗る女性に同行するより、事態の打開は期待できそうにないことは事実だった。
「和田、新垣。行くぞ」
 どうにかリーダーらしい台詞を吐いてリルに続いた。

300 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/20(月) 22:48:12 [ dwCOdGOE ]
 30分ほど歩いた岩山にある洞窟で、田ノ上、和田、新垣にリルと名乗る女性が対峙していた。リルは見た感じ20代そこそこ。髪の毛は真っ青のロングヘア。少しだけくせっ毛だ。黒っぽいローブを羽織って1メートル弱の大きさの石版らしき物体を持っているだけだ。
 一通り自己紹介を終えたところで田ノ上がまず口火を切った。
「リルさん。ここはどこなんです?俺たちは富士の演習場にいたんだ。それが気がつけばこんな枯れ木だらけの見たこともないところにいる。そしてさっき君の言った「ようこそ」って言葉。何か知っていることがあれば教えて欲しい。俺たちは元いたところに帰りたいんだ」
 交渉術としてはいささかストレートすぎる言葉であったが、リルはそれを聞いてゆっくりとうなずいた。見ればかなりの美形だ。だが、その表情に雑誌モデルのような明るさはほとんど見られない。
「ここはガンダルシア。つい3ヶ月前までは緑に満ちあふれた楽園でした。木々は青々と葉を実らせ、鳥たちは歌い、わたくしたちエルフは森の恩恵を受け、豊かな生活を送っていました。」
 予想だにしなかったリルの言葉に3人は反論も忘れて思わず狭い洞窟の中で聞き入る形になった。狭い洞窟にリルの透き通るような声が響く。
「わたくしたちエルフは数万年にわたってこの森の恩恵を受け、不老の力も借りて繁栄してきました。でも、たった3ヶ月前、何の前触れもなく世界は変わりました。太陽は雲で姿を隠し、木々はあっという間に枯れていきました。そして不老のはずのエルフも次々と病で倒れ、埋葬したエルフは墜ちてオークになって仲間を襲い始めたのです。墜ちてしまうことを恐れた生き残りは、神の川に船を浮かべて次々と滝に身を投げていきました。3ヶ月でわたくしたちは死に絶え、ある者はオークに、そしてある者は滝に身を投げ神の元へたびだったのです」
 リルの言葉は田ノ上の質問に対して正確な返答とは言い切れなかったが、ある程度の理解はできた。豊かで将来の繁栄も約束された国が突然滅亡したのだ。
「それはよくわかった。で、なんで俺たちはこの国に気がついたらいたんだい?」
 田ノ上は最も聞きたい質問を再びリルに投げかけた。傍らの和田と新垣も固唾をのんで彼女の返答を待っている。
「それは・・・・。この国で生き残ったエルフはわたくしだけです。わたくしは王家の者として神殿にいたのです。そこで父王や国民が死に絶えたことを知り、あなた方を違う世界から呼び寄せたのです。遙か古代から伝わる秘技で」
 ほっそりとした眉が眉間にしわを作っている。神妙な面もちでリルは語った。だが、和田と新垣には納得できないようだった。車座になって座っていたが急に立ち上がった。
「冗談じゃないぞ!百歩譲っても俺たちが殺されかけたのは事実だ!勝手にこんなところに呼び寄せておいていけしゃあしゃあとふざけたこと言ってんじゃねーぞ!」
「俺たちを元の世界に戻せ!ぶっ殺すぞ!」
 和田よりもパニックの度合いが激しい新垣が座るリルに銃を向けた。田ノ上にもこの2人の理屈は理解できた。どこの世界かは知らない。少なくとも、あの化け物に襲われた時点で誰もが「ここは今までいた世界じゃない」ってことはうすうす、感じていたのだ。

301 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/20(月) 22:48:45 [ dwCOdGOE ]
「勝手にこの世界に呼び寄せてしまったことは申し訳なく思います・・・・」
 消え入るような声でうつむきながらリルが言った。そのあまりにも悲しみを秘めた声に、思わず新垣も感情のはけ口を失い、89式の銃口を下げた。
「あなたがたを襲ったオークのリーダー。あれはわたくしの父です。王家に伝わる「力の宝玉」を持っていたのでまちがいありません」
 そう言ってリルは大事そうに抱えていた大きな石版を、衝撃的な告白に絶句するみんなに見せた。1メートル弱の正方形に近い石版にはピンポン玉程度の大きさだろう。4つの穴が開いている。その一つに、きらきら光る石がはめ込まれていた。それぞれの穴の下には見たこともない文字列が刻まれている。
「神に仕える森の民に伝わる力の根元を我に捧げよ、こう書いてあります。」
「なんてこった・・・・。俺たちは君のお父さんを撃ってしまったのか・・・」
 和田が沈黙をどうにか破って、神妙な顔でつぶやいた。その言葉にリルは悲しげな表情を浮かべながらも首を横に振った。
「父はですでに・・・・、1ヶ月前に死にました。魂が浄化されずにオークとしてよみがえってしまっただけです。あなたがたによって父の魂は安らかな眠りにつくことができるでしょう・・・・」
「そんな理屈じゃないんだよ!俺たちは人を撃ったんだ!撃ったんだぞ!」
 興奮した和田がリルの肩を掴んで叫んだ。無理もない。田ノ上を含めて3人とも、いや彼らを含めて自衛官すべてが撃ったことがあるのは木の的だけだ。生身の生物を撃ったのはこれが初めて、しかも目の前の女性の父親と言うんだから、事態は尋常ではない。
「もうよせ、和田」
 そう言って彼を制止する田ノ上自身、口の中におそろしく苦い唾が湧いていた。田ノ上に制止されて和田がようやく青ざめるリルを介抱して、その場で座り込んで頭を抱えた。
「すまん・・・・。その、お父さんは気の毒だった」
 肩をふるわせる和田からどうにか視線をリルに移した田ノ上がどうにか頭に浮かんだ言葉を伝えた。彼女は少しうつむき加減だったが、再び首を横に振った。
「先ほど言ったとおりです。父はすでに死んでいます。あれは・・・・、あれは父ではありません・・・・・」
 そこまで言ったところで緊張の糸が切れたのだろう。リルもローブに包まれた細い肩をふるわせた。事態を呆然と見ていた新垣もそれを見て膝を抱えた。
「ちくしょう・・・・ちくしょう・・・・」
 初めて人、リル曰く「人ではない」というが、間違いなく人格のあった生命体に向けて銃弾を発砲したショックと、うすうす考えていたがやはりここは日本ではなく、まして地球かどうかも怪しいということのショックは、2名の自衛官を完全に打ちのめしたようだった。そのダメージは田ノ上とて例外ではなかった。だが、彼には和田と新垣の命を預かっているという自負があった。どうにかそれで平静を保っていられるにすぎない。
「一息入れようや・・・・」
 リルのすすり泣く声、和田と新垣のこらえても漏れる泣き声から逃げるように田ノ上は洞窟から歩み出てタバコに火をつけた。

302 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/20(月) 22:49:18 [ dwCOdGOE ]
 2時間ほどたっただろうか。田ノ上のポケットに入っていたタバコはすでに全部吸い尽くされていた。広くない洞窟内も静まり返っている。
「みんな、落ち着いたか・・・・?」
 和田、新垣、リルはそれぞれ座っていた場所から動いていなかった。3人とも膝を抱えて黙ったままだ。田ノ上も先ほどまで座っていた場所に腰を降ろした。そして、外で自分なりに考えていたことを口にしてみた。
「リル。君がこの世界に俺たちを呼び寄せたということだが、帰る方法はあるのかい?」
 頼りになる二曹の言葉に和田と新垣が顔を上げた。質問されたリルもゆっくりと田ノ上に顔を向ける。泣きはらして少し目が赤いが、表情に冷静さが戻っているように見える。
「あります・・・・」
 リルは石版の文字について説明した。4つの穴にはそれぞれ、力、希望、神の御心、命と刻まれているそうだ。それぞれの宝玉を集めて、神の神殿に捧げるとあらゆる命が復活するという伝説があるそうだ。
 そこまで説明して彼女は少し言葉を止めた。だが、数秒して再び口を開いた。
「実を言うと、わたくしはこの旅の護衛を呼んだだけです。それがあなたがたであったことは神のご意志としか言いようがありません。目的を達成すれば、あなたがたは元の世界に帰ることができるはずです」
「調子がいいよなあ」
 新垣が今度はふてくされたように言った。
「だって勝手に俺たちを呼んでおいて、目的を達成しないと帰れませんって。でたらめじゃねーか」
 彼の言葉ももっともだが、これを言っていては話は進まない。田ノ上が止めようとしたときだった。
「新垣、もういいじゃねーか」
 和田だった。意外な人物の意外な発言に新垣もきょとんとしている。
「リルちゃんだって、呼びたくて俺たちを呼んだわけじゃない。ちゃんと俺たちが帰る方法も考えてくれてる。それに、この世界を救うために、ゾンビになっちまったお父さんまで見殺しにするしかなかったんだぞ。俺だったら耐えられないよ、こんなの。」
 和田の言葉に新垣も黙ってしまった。彼の中でリルに対する感情が何かしら変化したことは見て取れた。この言葉に田ノ上も腕組みして瞑目した。やがて目を見開くとリルに向き直った。
「リル。我々が君に協力することで、元の世界に戻ることはできるんだな?」
 この2時間で田ノ上の部下である2人にどんな心境の変化があったかは知らない。だが彼自身の心境は確実に変化していた。「なんとしても元の世界に3人で帰る」と言うことだ。そのためには目の前にいるエルフと呼ばれる人種の少女が協力してくれないことには始まらない。
「はい。古代から伝わる秘伝であなたがたを呼び寄せることができた以上、送り返すこともできます」
「それには、どうすればいい?」
 自分の決意を強調するために、田ノ上は素早くリルに再質問した。
「先ほど申し上げた4つの宝玉を集め、神に捧げればいいはずです。そうすれば生命のバランスは元に戻り、あなたがたもそのバランスに従って元の世界に戻ることになります」
 つまり、リルの言う「旅の目的」を完遂するしかないようだ。新垣の言う「都合のいい」って言葉もあながちまちがいではないようだ。しかし、ここは彼女の言うことを受け入れるしかない。
「わかった。協力しよう・・・・和田、それでいいな?」
 年長者の言葉に和田はリルを見ながら初めて笑った。その笑顔に当のリルは少しとまどっているようだ。
「いいっすよ。リルちゃん、よろしくな」
「和田さん・・・。ありがとう」
 初めてリルも憂いを含まない笑顔を見せた。和田は笑顔でうなずいた。一方の新垣も
「わかりましたよ・・・・。俺は和田ほど開き直れないけどね・・・」
 少しふてくされた顔をしながら言う。田ノ上にはそれが「了解」ということがわかっていた。2人の部下の了解も得たところで彼もまた、リルに向き直った。
「さあ、少し休んだら出発しよう。お互いに厄介な仕事はさっさと終わらせてすっきりした方がいい」
 和田は田ノ上の何気ない言葉に、リルが「はい」と言いながら少し表情を暗くした様な気がした。
















315 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/23(木) 01:15:00 [ GWjTKDKc ]
できました。続きです

 一行は洞窟を出てきっちり6時間歩いた。東西南北は自衛官の持つ方位磁針ではわからなかった。針はぐるぐると回るばかりだ。きっと地盤面の下に鉄を多く含んだ地質があるのだろう。そして太陽もでないこの世界。どんよりとした雲に覆われているので太陽で方角を知ることもできない。もっとも、太陽が出ていたとしてもここは地球ではない。「東から太陽が昇る」この常識が通用するかどうかも怪しい。
 方角はリルが示すだけだった。彼女には田ノ上たちにはない能力でもあるんだろうか。それとも地の利を知り尽くしているからなのだろうか。地図らしきものも見ないまま進路を決定していく。田ノ上たちは彼女の後ろで、あの化け物。オークと呼ばれる「墜ちた」エルフのなれの果てが襲ってくるかもしれぬということで慎重に銃を構えながら、枯れ木だらけの荒野を歩く。
「オークが襲ってくるときはわたくしがそれを感じることができるのでご心配なく」
 重い石版を持っているはずのリルは息一つ切らすことなく彼らに言った。それを聞いた和田が彼女に並んで歩きながら尋ねた。
「感じるって、どう感じるんだい?」
 この質問は彼女にとっては「なぜ、1+1=2なのか」というのと同じようなものだったようだ。和田の顔をとまどったよう笑顔を浮かべながら見返すばかりだった。そんな和田を見ながら、田ノ上と並んで歩く新垣が不機嫌そうに上官に口を開く。
「和田のヤツ。リルにすっかり入れ込んでんじゃないっすか?」
 彼に言われるまでもなく、それは田ノ上も感じていた。和田はかなり惚れっぽい。リルのような美女を前にすればころっといくのも納得がいく。だが、ここは日本ではない。ましてや、田ノ上たちは元の世界に帰るために彼女と行動を共にしているのだ。過剰な感情移入はかえって和田にとって辛いものになるかもしれないだろう。とはいえ、それを田ノ上が禁止することもできないのも事実だった。
「いつものことだ。あまり気にすんな」
 そう新垣に答えて田ノ上は再び思考の世界に戻る。彼が気になるのはそれ以上に、和田と楽しそうに話すリルだった。彼女も若くてイケメンの和田にまんざらでもない感じではあるが、時々彼女の見せる憂いがとても気になっていた。和田が元の世界に帰ってしまうことがわかっているからなのか、それとも他に自分たちに教えていない「何か」があるからなのか。田ノ上はその答えは「後者」だと思っている。根拠はないが、こんな世界だ。そのように考える方が自然だろうと思っていた。

316 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/23(木) 01:15:40 [ GWjTKDKc ]
 4人だけのキャンプファイヤーにしては少々過剰な大きさのたき火を用意した。リル曰く、オークは炎を嫌うそうだ。そのため、見晴らしのいい小高い部分にキャンプを作る。念のため、周囲の枯れ木に鳴子を仕掛けた。空になったペットボトルに石を入れた即席の鳴子だが、不意打ちには対応できるだろう。
「ふう・・・」
 たき火を囲んでみんなが座った。田ノ上も座ってタバコに火をつけた。空腹状態でのタバコはあまりおいしいものではない。それを見ていた新垣と和田が互いに目配せしている。
「あの、二曹・・・・。怒らんでくださいよ」
 新垣が恐る恐る田ノ上に言った。そう言いながら彼らが背負っていたバックパックに手を伸ばす。新垣が取り出したのは4つのカップラーメンと簡易コンロだった。和田も自分のパックからチョコレートだのお菓子類を出した。それに、タバコにカップ麺、フリーズドライの雑炊、ゲームボーイアドバンスまで・・・。
「おまえら・・・」
 苦笑いしながら田ノ上は2人が差し出した食料を愛しそうに眺めた。田ノ上の笑顔に安心したのか新垣はさらにとんでもないものを取り出した。
「すいません・・・。実家から送ってきたんです」
 泡盛の瓶だった。予想もしなかった豊富な食料の数々に田ノ上としても怒るに怒れなくなった。
「田ノ上さん、これは何ですか?」
 簡易コンロでお湯を沸かす新垣を不思議そうに見ながらリルが声をかけた。彼女も和田と新垣の私物に興味津々のようだ。やがてお湯を入れたカップ麺の蓋の隙間から漏れるにおいに興味を引かれたようだ。やはり、彼女も空腹みたいだ。無理もない。こんな生気のない世界だ。当然食料もそんなにないんだろう。
「さ、リルちゃん。熱いから気をつけて食うんだよ」
 和田がフォークを添えてカップヌードルをリルに渡した。彼女が恐る恐るそれを口に運んでうれしそうに笑うのを見て、思わず新垣も笑顔を浮かべている。予想もしなかった2人の若手が持ち込んだ私物のおかげですっかり腹が膨れた田ノ上は、食後のおいしいタバコを味わうことができた。

317 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/23(木) 01:16:15 [ GWjTKDKc ]
 食後のひととき、ゲームボーイアドバンスで遊ぶ和田とリルを見ながら、田ノ上は少し考えてから彼女に声をかけた。気になることを聞いておきたかったのだ。
「リル、君が言った「生命のバランス」について聞きたいんだが」
 その言葉に楽しげにゲームボーイをさわっていたリルが向き直った。話題のシビアさを敏感に察知して新垣も和田も真剣な表情になった。
「わたくしたちは繁栄を求めるあまりに神の怒りを買ったのです。森に住むエルフの生存権を広げすぎてしまったのかもしれません。4ヶ月前、遙か地平に火柱が立ち上るのが見えました。それから太陽は顔を出さなくなり、豊かだった森も死んでいきました。」
 リル曰く、この原因はエルフたちにあるという。彼らは長大な寿命を持つ。それでは彼らは増えすぎてしまう。そこでエルフたちは一定の年齢になると巡礼の旅に出るのだ。神の川に船出して聖なる滝で神と向き合うためだ。ところが、最近は巡礼者がめっきり減ってしまっていた。それで生命のバランスが崩れてこのような事態になったと彼女は主張した。
「王家の娘は10代の後半の数年を神の神殿で過ごします。たった1人で。わたくしが神殿から出たときは事態はすでに手遅れになっていたのです。つまり、わたくし以外のエルフは死に絶えてしまっていて、宝玉を求める旅に出るための護衛もいない状態でした。そこで、王家に伝わる秘伝であなたがたを呼び寄せてしまったのです。」
「宝玉って言うけど、力の宝玉はともかく、神の御心、希望、命。あと3つだ。どこにあるのか察しはついてんのかい?」
 和田の問いかけにリルは力強く頷いた。
「はい、明日には「神の御心」にたどり着くことができるはずです・・・」

318 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/23(木) 01:16:45 [ GWjTKDKc ]
 疲れたのだろうリルは寝袋にもぐって寝入っているようだ。田ノ上たちは夕食後に彼女から聞いた話について検討していた。
「生命のバランスなんていうけど、あれは火山の噴火か、巨大隕石の落下じゃないんでしょうか。インドネシアにも大噴火を起こすと地球に甚大な影響を及ぼす火山があるそうじゃないですか。それに近いことが起きたからじゃないでしょうか」
 新垣が自分の推論を2人に話した。3人とももはやここが地球ではにという前提の上での話だった。
「でもそれだけじゃ説明が付かないぞ。俺たちが倒したあの化け物。リルちゃんの話じゃ「魂が墜ちたエルフ」なんて言ってたが・・・・・」
 それに和田が反論する。彼らが戦ったオークはリルとは似てもにつかない外見だった。身長は2メートル近く、肌はぼろぼろのくず茶色。裸同然で爪も伸び放題、目はうつろで醜い目鼻立ち。そして恐ろしく凶暴だった。
「ウイルスじゃないのか。細胞レベルまで変異を起こすウイルスであんな化け物になってしまったのかも」
 新垣の説は説得力のあるもののように聞こえた。だが、彼らは自衛官であって医者や科学者ではない。
「ウイルスだとしてもだ。俺たち人間に有害かどうか。悪影響を及ぼすまでにどれほどの時間があるのかはわからん。とにかく、この世界から一刻も早く脱出するのが最善と言うことだ。」
 田ノ上はこれ以上進展しない議論に一応の終止符を打った。真偽はともかく、新垣の言うことに一応の合理性はある。とすればやはり、この世界からの脱出が最優先事項となるだろう。
「この世界から脱出する方法だが、リルの話を100%信用したと仮定して。彼女の持つ石版と探している宝玉とやらがカギを握っているだろうな。彼女が俺たちを呼び寄せたという「秘技」がどんなたぐいのものかは知らないし、興味もあまりない。おそらく俺たちの想像だにしないものだろうがな」
「魔法とかじゃないっすか?」
 和田がぶっきらぼうに言う。新垣が少し呆れているが、これもまた完全否定できないのがこの世界だ。ともあれ、元の世界に帰る方法を知っている者がリルしかいないし、彼女以外の「まともに話せる相手」も期待できない以上、彼女の言葉を信じて行動するほかないようだ。
「俺はいいっすよ。リルちゃんは信じてますから」
 田ノ上の提案に和田は当然のように答えた。一方の新垣は少し不満そうだった。
「田ノ上二曹の判断に従いますよ」
「素直じゃねえなぁ」
 和田がにやにやしながら新垣を肘でこづいた。

319 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/23(木) 01:17:19 [ GWjTKDKc ]
 翌日、4人は巨大な山にいた。山といってもとんがった岩山だ。山の周囲を巡る道は人1人通るのがやっとという感じだ。むろん、道からはずれると恐ろしい高さの断崖だ。数百メートルのあるであろう山の八合目あたりにさしかかったときだった。リルが突然歩みを止めた。
「どうした?」
 田ノ上の問いにリルは青ざめたまま答えない。先頭の和田を呼んだ。
「おまえは彼女のそばにいろ」
 最後尾の新垣に後方を警戒させ、自分は先頭で銃を構えた。すれ違うことも難しく、くねくねと曲がりくねった山道から、不意にオークが現れた。なるほど、リルはこれを感じ取っていたわけだ。そう思いながら田ノ上は89式小銃のセレクターを「3」に切り替えた。
「和田!弾が切れたら声をかける。その間援護しろ!」
 そう言って目前数メートルに迫った怪物の頭に3発撃ち込んだ。まるでゾンビのような顔のオークが撃たれて崖から転落するのを確認していると、新垣が叫ぶのが聞こえた。
「二曹!後ろからも来ます!」
 振り返ってみると、さっきまで4人が登ってきた山道からもオークたちが手に手に棍棒や斧らしき獲物を持ってやってくるのが見えた。田ノ上は素早く新垣に指示を飛ばす。
「新垣、落ち着いて撃て!弾が切れたら和田に声をかけろ。その間にマガジンチェンジするんだ。」
「リルちゃん、耳をふさいでるんだぞ!」
 和田も89式のセレクターを切り替えて射撃準備をした。数匹のオークを撃ち倒した新垣が彼を振り返る。
「和田!マガジン交換だ」
 立射していた新垣がしゃがんでマガジン交換を始めた。和田は数歩進み出て迫り来るオークを撃ち倒した。撃たれたオークは次々と断崖絶壁に落ちていく。中には撃たれた衝撃で後ろにはじき飛ばされて、まだ撃たれていないオークも巻き込んで落ちていく。
 89式小銃のリズミカルな銃声が生気のない岩山にしばらくの間響き続けていた。

320 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/23(木) 01:17:53 [ GWjTKDKc ]
 「しかし、こんな岩しかないところにあんなに大勢化け物がいるとはな・・・」
 数十体のオークを葬り去った田ノ上がつぶやいた。目指す宝玉を前に強力な敵が襲いかかってくる。アドベンチャーでは手に汗握る場面だろうが、現実にそれに直面するのはいい気分ではない。
「田ノ上二曹、もう大丈夫なようです」
 リルを気遣っていた和田が声をかけた。たしかに、彼女のおかげで奇襲を受けることは免れた。そして一行が少し登ったところで、先ほどの田ノ上の疑問も氷解した。
「こいつはすげえ・・・・」 
 思わず新垣がつぶやいた。無理もない。巨大な神殿が岩棚に彫刻のように造られている。その大きさは軽く10階建てのビルくらいに相当するだろう。ということは、先ほどのオークはここに住んでいた連中のなれの果てということになる。
「先ほどのオークはこの神殿に住んでいた聖職者たちのようです・・・・。やはりここも・・・・」
 予想はしていたのだろう、リルがうつむいた。
「この中に宝玉があるのかい?」
 そんな彼女を気遣いながら和田が尋ねた。努めて明るく振る舞う和田に寂しげな表情のままリルが頷いた。
「はい。「神の御心」の宝玉はここにおられる僧正様がお持ちになっています。おそらく僧正様も・・・・」
 彼女の言葉は途中でとぎれた。おそらく僧正様とはエルフの中ではかなり尊敬されていた役職なのだろう。しかし、と。ここで田ノ上は考えた。リル曰く「魂が墜ちた存在」がオークである。だが、神殿に住んで僧正様とあがめられる聖人の魂が「墜ちて」しまうんだろうか。やはり、新垣の言うように彼らにとって未知のウイルスに感染したために、心身共に急激に変化してしまうのではないだろうか。とすれば、目の前にいるエルフの少女も突如、あのおぞましい化け物に変化してしまうんじゃないのか。
「それでは行きましょう・・・」
 リルの言葉が田ノ上の思考を中断させた。リルは顔を青ざめながら、自衛官は銃を構えながら巨大な神殿に足を踏み入れた。神殿の天井はかなり高く、思わず見上げるほどだった。意外に奥行きもあり、リルはそこを奥へ奥へと進んでいった。「レイダース」に出てくるような巨大神殿だ。その奥にある、高さ3メートルほどの扉でリルは立ち止まった。
 と、彼女は大きな石の扉の前で、身につけているブレスレッドを扉にかざした。数トンはあろうかという石の扉が少しきしんでから動き始めた。さすがにこの光景には田ノ上たちもびっくりした。
「すげえ・・・・」
「やっぱ魔法っすよ」
 和田と新垣が彼ら独特の口調で目の前で起こっている現象を言いあらわした。田ノ上とてなんとも言いようがない。映画でしか見たことのない光景だ。だが、彼もこの世界に来てから48時間近く、すでに映画でも見たことのないような光景にいくつもでくわしているのだ。だんだん異常な事態に対して免疫ができつつあるのを感じていた。

321 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/23(木) 01:18:29 [ GWjTKDKc ]
「僧正様!」
 巨大な垂直に切り立つ岩に、大きな木を彫り込んだ壁が見えた。リルが1000人近く収容できそうな広間に駆け込んだ。ご神体なのだろうか、その木を彫り込んだ巨大な一枚岩の前には自衛官がこの世界で初めて見る物体があった。
「骨だ・・・」
 新垣が誰にともなくつぶやいた。思えば、この世界で初めて見る白骨死体だった。オーク=ウイルス感染説を考えていた新垣は思わず周囲を見上げた。そして空気入れの窓があることを発見すると自分の説が間違っていたことを悟った。聖人として死んだエルフには感染しないウイルスなんて考えられない。ということは、彼の説は否定されてしまったわけだ。
「僧正様・・・・」
 白骨死体にリルが駆け寄ってしゃがみこんだ。和田も思わず彼女に続いて白骨死体に近寄った。田ノ上は彼を止めようか悩んだが、この部屋の状況を見て、新垣のオーク=ウイルス説が間違いっぽいことを悟ったので、あえて声をかけることはしなかった。
「和田さん・・・・。僧正様の魂は安らかに旅立ったようです」
 僧正だった白骨死体に跪くリルの横にしゃがみ込んだ和田に彼女が声をかけた。それを聞いて和田もその遺体をのぞき込んだ。この世界のエルフは、魂が浄化されないと死後オークになるという。彼だけはそうならずにそのままだということだ。
「いったいどうして・・・・」
 和田の発した質問には答えずに、リルは白骨死体の手首を探っていた。そしてピンポン玉くらいのきらきら光る石を見つけだした。
「これが「神の御心」の宝玉です」
 そう言って持っていた石版に宝玉を納めた。宝玉はぴったりと収まった。リルは宝玉が収まったことを確認すると石版を小脇に抱えて立ち上がろうとした。だが次の瞬間、足に力が入らないのか、よろめいて和田にしがみついた。

322 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/23(木) 01:19:06 [ GWjTKDKc ]
「り、リルちゃん。大丈夫?」
 うまい具合によろめく彼女をキャッチした和田が心配そうに彼女をのぞき込む。顔色がよくない。それでもリルは和田を見て笑った。その笑顔は明るく美しかったが、和田にすら何か、深い悲しみをたたえているように見えてしまった。それが何かはわからないが・・・。
「大丈夫です。和田さん、ありがとう・・・」
 和田の手を借りて立ち上がるリルを田ノ上は厳しい表情で見つめていた。彼女にはまだ何か隠していることがあるんじゃないか。そんな疑念が沸々と浮かんでいたのだ。それが何かはわからない。時折見せる彼女の憂いや今回みたいな行動が、田ノ上の心に引っかかっていた。違う世界の連中なんだからってことで片づけてもいい程度のことだが、指揮官として細心の注意を払いたいと思っていた。これが思い過ごしならそれに越したことはないのだ。リルが本当に登山に疲れてしまっただけならそれでいい。だが、そうじゃないと田ノ上に思わせる何かが、彼とリルが出会ってからの中にいくつもあった。
「田ノ上さん、それでは出発しましょう」
 呼吸を整えてリルが田ノ上に言った。
「次はどこへ?」
 探るような感じで言う田ノ上を気にすることなく、リルは頬にまとわりついた青い髪の毛を払う。
「次は「希望」の宝玉です。場所はわかっています。参りましょう」
 ほんの少し前に倒れかけたとは思えない感じでリルは大きな扉に向かって歩き始めた。慌ててその後を和田が追った。
「あ、リルちゃん!無理しちゃダメだよ!」
「ありがとう和田さん。でも心配しないで。わたくしは大丈夫ですから」
 普段見せる和田に対しての笑顔を取り戻してリルがそれに答えている。彼女が大丈夫なのを確認した新垣が2人について歩き始めたが、田ノ上は立ち止まったままだった。先ほど浮かんだ疑念。この根拠をさがしていたのだ。とはいえ、この場で見つかるはずもない。軽くため息をついて肩をすくめると、最年長の田ノ上も若手に続いて歩き始めた。



















335 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/29(水) 00:38:30 [ q40ATCdg ]
できました

4人は再び、枯れ木以外何もない荒野を歩いていた。相変わらず、和田はリルと並んでなにやら話し込んでいる。新垣はその後ろで89式小銃を構えて周囲を油断なく見回している。あの岩山から出発して2日目。例によって地図を一切持たないリルの案内で旅は続いている。
 田ノ上は最後尾を歩きながら、今までの疑問を整理していた。まず、新垣が提唱したオーク=ウイルス説だが、神殿の僧正様のご遺体を見る限り、あまり信憑性はなさそうだ。そして、いろいろと見てきた様々な現象。たとえば、巨大な門を開けたリルのブレスレッドや田ノ上たちをこの世界に呼び寄せたという「秘伝」。これに関しては、田ノ上の知っている科学知識ではまったく説明が付かない。和田の言う「魔法じゃないっすか」ってぶっきらぼうな説も信じないわけにはいかなくなる。
「いかん・・・・・」
 だがここで田ノ上は思考を中断する。兵士にとって「WHY」は時として躊躇や恐怖を産む。状況を認識して最善を尽くすことが求められるのだ。彼女が持っている腕輪の原理が何であろうと、オークがどういう原理で産まれようと、今の田ノ上にはあまり関係がないことだ。オークは襲ってくるし、この世界はこの世界のルールで動く。それはリルがクリアしてくれている。彼女の話が100%ヨタ話でない限り、エルフと言われるゲームに出てくるような少女と自衛官という奇妙な珍道中は続いていくのだ。

336 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/29(水) 00:38:59 [ q40ATCdg ]
 この世界に来て数回目の夜を迎えていた。簡素な食事についてくる新垣が実家から送ってもらった泡盛は田ノ上にとっても貴重なごちそうだった。1人あたり紙コップ半分だが、疲れた身体に心地よく酔いが回って眠りについたが、この日は尿意を催して目を覚ましてしまった。
「俺も年かな・・・・」
 苦笑いしながら、鳴子を仕掛けた木の近くで用を足し終えたときだった。すぐ近くの木のそばで、和田の声が聞こえた。まだ起きているのか・・・。注意しようと彼の声がした方へ歩み寄ったが、すぐに立ち止まることになった。和田の声に続いて聞こえてきたのはリルの声だった。思わず、枯れ木にへばりつくようにして2人の会話を聞いてしまう。2人は田ノ上に気がつく様子もなく、仲良く並んで座っている。
「和田さんのお話はとても面白いですね。」
 今まで田ノ上や新垣に見せたこともないうれしそうなリルの声だった。彼女は隣の和田の肩に頭をもたげた。
「そうさ、俺たちの世界は面白いものがいっぱいあるんだぞ。ゲームボーイだけじゃない。だからさ・・・・、その・・・一緒に俺たちの世界に来ないか?この世界がよみがえっても、君の仲間はもう誰もいないんだ。一緒に俺たちの世界に行こうよ」
 ほお、和田のヤツ。今回はまじめにやってるじゃないか。と思わず感心した。だが、リルはその言葉をかたくなに拒んでいるようだ。
「・・・ごめんなさい。和田さんのことはとてもいい人って思っています。でも・・・・」
 もっともな返答だろう。田ノ上だって、ロシアに婿に行けといわれればかなり躊躇する。それが住む世界自体が違うのだ。無理もなかろう。田ノ上が苦笑しながら寝袋に戻ろうとした。
「昨日もそうだったけど、リルちゃんは先の話になるとどうしてそんな風になるんだ?何か俺たちに言えないことがあるのか?だったら言ってくれよ。俺にできることがあればなんとかするし、田ノ上二曹に相談したり、あんなだけど新垣も君のことは嫌いじゃないんだし、言ってくれよ」
 奇しくも、田ノ上がリルについて引っかかっていたポイントを和田が突いた。思わず、田ノ上もその場に残って耳を澄ませた。思えば、リルが妙に愁いを帯びるのは未来のことに関してだ。ひょっとして、彼女の旅は田ノ上たちに話したこととは別の目的があるからなのか。彼らに語ったものとは別の結果が待ち受けているからなのか。彼女が田ノ上たちをどこかにおびき出すための方便なのか。そうだとすれば、黒幕はいるのか、何者で何をたくらんでいるのか・・・。様々な疑問が脳裏によぎった。
「・・・・ごめんなさい・・・まだ、先のことは考えられないのです・・・」
 地面に映るシルエットだけで和田ががっくりするのが見て取れた。普段ならこんな場面に遭遇しようものなら思いっきり冷やかしてやるのだが、今回だけは事情が違っている。リルは明らかに何か隠している。そしてそれは田ノ上たちの近い将来に関わることだ。彼ははっきりと確信していた。

337 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/29(水) 00:39:43 [ q40ATCdg ]
 翌日の午前中に4人はある場所に達していた。その光景に田ノ上も和田も新垣も唖然としていた。無理もない。彼らの眼前には巨大な穴があるのだ。マンホールのように真円だが、その大きさはマンホールどころではない。ほとんど真円で対岸は数百メートルも先に見える。そしてその穴の深さも尋常ではない。同じく数百メートル。試しにそこらの石を落としてみたが、地面に落ちた音も聞こえないくらいだ。
「何なんだあれは?」
 そして新垣の言葉だ。彼の言うとおり、奇妙なのはそんな穴だけではなかった。巨大な穴の中心にぽつっと島のように地面が存在した。そこには小さな小屋というか、ほこらのような物体がある。普通に底にたどり着くには目の前の断崖を下って底まで降りて、そこを数百メートル歩き、さらに穴の底から登らないとたどり着くことは不可能だ。そんな場所になぜ、明らかに人の手によって作られた物体があるのか。
「ええと・・・。「神の御心」に触れ、神の意向を信じる者はその道を歩み「希望」を手にして我に捧げよ。とあります・・・・。」
 石版に書かれた文字をリルが読み上げた。読み上げられてもこの状況では何もできない。
「ったってなあ。道もへったくれもないじゃねーか・・・・」
 和田の言うとおり。ヘリでもなければ、あの浮島のようにそそり立つ穴の中心にあるほこらにはたどり着けないだろう。ロープで崖を下るとしても穴の底まで届く長さなんて持っていない。
「方法は必ずあるはずです・・・・」
 そう言ってリルが穴に向かって歩き始めた。和田と新垣が慌てて彼女を制止しようとした。だが田ノ上は動かなかった。いや、正確には動けいないでいた。ここでリルがみすみす命を危険にさらすことはないのだ。彼の考えているとおりだとすれば。あっさりと宝玉を手に入れて次の目的地に向かうだろう。宝玉をすべて集めたとき、いったいどうなるのか。田ノ上は、夕べのリルと和田の会話を聞いて推理していた。やたらと「先のこと」に関して口を閉ざすリル。「この世界を救うため」に旅しているというが、ひょっとしたら田ノ上たちを何かしらの「生け贄」にするために同行させたのかもしれない。元の世界に帰れるからという甘言で・・・・。とすれば、和田に対してかたくななのも筋が通る。彼女も王家の娘という。自分の国をよみがえらせるためならば、異世界の自衛官なんぞ意に返さないだろう。
 もしも、リルの目的が田ノ上の考えたとおりなら、今ここでリルは命の危機にさらされることはない。そう確信していた田ノ上は一歩一歩、穴に向かって進むリルを見つめていた。
「リルちゃん、危ないってば!」
「おい!やめとけよ!」
 和田と新垣が止めるが、彼女は手で彼らを制止して何もない空間に足を踏み出した。さあ、化けの皮がはがれるぞ。田ノ上は黙って彼女の行動を見つめていた。次の瞬間。

338 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/29(水) 00:40:17 [ q40ATCdg ]
「あっっ!!」
 目の前からリルの姿が消えた。落ちたのか。まさか・・・・。新垣が穴の縁にヘッドスライディングの要領で飛び出して顔をしかめて踏ん張っている。思わず田ノ上も彼に駆け寄った。
「リル・・・!手を離すな!」
 新垣が必死で掴んでいたのはリルの細い右手だった。和田が慌てて新垣の横にしゃがみ込んで彼女を引っ張り上げた。その一部始終を田ノ上は呆然と見つめていた。少なくとも今の彼女の行動で、彼の推測は否定されたのだ。この行動が、田ノ上たちを信用させる「自作自演」とは考えにくい。自由落下するリルを間一髪で新垣が捕まえたのは奇跡に近い。とすれば、彼が推理したリルの最終目標。田ノ上たちをこの世界をよみがえらせるために生け贄にする。そのために自分たちを信用させる一連の芝居。これはどうやら否定されたようだ。だったら、彼女の未来のことに関して口ごもる理由はいったい何なのか・・・・。田ノ上は少し混乱していた。
「大丈夫か・・・・」
 2人がかりで引っぱり出したリルに新垣が怒ったように言った。怒られたリルは申し訳なさそうにうつむいた。
「すみません。とにかく、石版に書かれたとおりに歩いてみればどうにかなるかと思いまして・・・」
 そう言って申し訳なさそうに肩を落とすリルに和田が言った。
「いや、リルちゃん。君の考えは正しいみたいだぜ・・・・」
 彼の言葉にみんなが驚きの表情を浮かべて彼を見た。和田は得意げな顔をして、何もない空間を示した。
「俺が飛び込んだときに飛んだ砂ですよ」
 和田が示した場所には、何もないはずの空中に無数の砂粒が浮いていた。それを見た田ノ上は足下の砂を掴むと穴に向かって投げた。
「あっ!」
 リルが驚きの声を出した。幅1メートルほどの空中に砂が浮かんでいるのだ。慌てて石版の文字を読み返す。
「「神の御心」に触れ、神の意向を信じる者はその道を歩み「希望」を手にして我に捧げよ・・・・」
「きっとヒントは僧正様がくれるはずだったんだ・・・。」
 そう言って和田は砂粒が浮かんでいる空間に足を踏み出した。彼は落下することなく、見えない何かの上に立っているようだ。映画では使い古された手だが、現実にそれを目の当たりにするとやはり、驚きを禁じ得ない。何もない空間で和田が笑いながら立っているのだ。ともすれば、彼がいきなり落下してしまいそうな感じさえする。
「新垣、ペットボトルでもポケットでもいい。砂を積められるだけ積めるんだ。こいつを撒きながら進もう」
 気を取り直した田之上が若手に指示して、一行は見えない空中回廊に足を踏み出した。

339 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/29(水) 00:40:47 [ q40ATCdg ]
 落ちないとはわかっていても、目に見えない橋を渡るのは気分のいいことではない。4人は1時間近くかけて、文字通りおっかなびっくりという感じで、ほこらにたどり着いた。目前で見るとそのほこらは粗末な造りとしかいいようがなかった。
「ありました・・・・」
 その中に手を突っ込んだリルが静かに言った。その手には他の2つと同じような輝きを放つ小さな石が握られていた。「希望」の宝玉だ。彼女が石版にそれをはめた。石版に残されたスペースはあとひとつ。
「やった。リルちゃん、あとひとつだぞ」
 うれしそうに言う和田にリルは少し寂しげに笑い返した。それを見て田之上が意を決して彼女に問いかけた。
「リル。この宝玉をすべて集めたときに、いったい何が起こるんだ?そして俺たちはどうなるんだ?」
 上官の突然の質問に和田も新垣も驚きの表情を浮かべた。ひとり、石版を抱えて再び見えない橋に足を踏み出しかけたリルがゆっくりと振り返った。
「言ったはずです。あなたがたは元の世界に戻り、この世界に「生命のバランス」が戻ると・・・・」
 彼女の口からは、この旅を始めるにあたって話されたことしか答えが返ってこない。だが、田之上が聞きたいのはそんなことではなかった。常に、未来のことに関して悲しげな表情を浮かべる彼女についてだった。それがこの旅とどんな関係があるのか。そして、その理由が田之上たちにとって生命の危険をはらむかどうかだった。リルはそんな彼の疑問を察したのか、質問をぶつけられる前に口を開いた。
「あなたがたを騙すようなことはしませんし、してもいません。残念ながら、この世界に徒党を組んであなたがたを騙すほど、わたくしの仲間は残っていません・・・」
「田之上二曹、なんで今更・・・・」
 和田が困惑しながらつぶやいた。彼にも薄々わかっているはずだ。
「ああ、わかってる。ちょっと確認したくてな・・・・。この旅が終わるとどうなるかってことをな・・・」
 田之上のこと言葉は質問者ではなく、デスマスクのように顔を凍り付かせたリルに向けてだった。それも彼女はわかっているようだった。無表情のまま向き直ると歩き出した。
「行きましょう・・・。明日には神殿にたどり着けるはずです」
 田之上たちを生け贄にする気もない。この世界を蘇らせたいだけ。だのに、どうして彼女だけが、悲しいくらいに未来を憂いているのか。本来、最も喜ぶはずの人物がだ。田之上の中で、ほとんど想定外だったある推測が、急速に頭の中に広がってくるのを感じた。

340 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/06/29(水) 00:43:26 [ q40ATCdg ]
てな感じです
着実に、旅の目的を達成しているにも関わらず憂いを強めるリル。
彼女の思考を読み切れない田之上。
そんなリルからこぼれた「神殿」という言葉。
このたびの結末は、田之上たちは元の世界に帰れるのか。
そしてこの世界の運命は・・・・
以下次回です











354 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/05(火) 23:41:20 [ uSRsjoLQ ]
最終回できました。
「復活の日」最終話投下します

例によって周囲の枯れ木にペットボトルでこしらえた鳴子を結んで作った宿営地。火を嫌うオークよけに過剰に燃やされているたき火を囲んだ4人は、いつものように夕食を食べ終わった。残り少なくなったタバコを3人で回して一服し終わった頃、リルが少し神妙な面もちで口を開いた。
「明日は、いよいよ神殿に到着します。うまく行けば、この旅は明日で終わり、みなさんは元の世界に帰ることができるでしょう・・・。いろいろとありがとうございました」
 その言葉に新垣はうれしそうな顔をする。一方の和田は複雑な表情だ。無理もなかろう。彼は何か思案を巡らせていたが、何か思いついたようだった。
「で、でも・・・、まだ「命」の宝玉がないじゃないか?」
 和田は当然(田之上は知っているし、新垣も感づいているだろう)、リルとの旅を終わらせたくないのだ。
「それは・・・・、神殿に到着すれば何とかなるはずです・・・・」
 彼女の返答は和田にとっては非情なものだった。田之上は和田とは違い、その返答に今までは見せなかった彼女のどこか、投げやり的な感覚を感じ取っていた。その根拠は具体的にあるとは言えない。だが、「希望」の宝玉を手に入れたときの問答以来、彼の中に沸き上がったある推理が念頭にあった。それを直接彼女に問いただすことはできない。その推理を田之上自身、あまり信じたくなかったのだ。
「とにかく、今日は奮発しましょうよ!」
 すっかり気をよくした新垣が、彼の実家から送られてきた泡盛をみんなの紙コップになみなみと注いだ。リルのコップにも笑いながら注いであげている。
「いろいろあったし、ひどいことも言ったけど・・・・。明日でお別れだ。結構楽しかったよ」
 意外な新垣の言葉に、リルは思わず彼を見上げた。沖縄県人の彫りの深い笑顔だった。
「新垣さん・・・・。ありがとう・・・」
 ようやくかわいらしい笑顔を浮かべたリルを見た和田がうらめしそうに新垣を見た。
「おい、今更リルちゃんに色目使うんじゃねーぞ!」
「ば、バカ野郎!そんなんじゃねーよ!」
 2人のやりとりをにこやかに見ているリルを、田之上は泡盛独特の香りがする紙コップを傾けながら見つめていた。

355 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/05(火) 23:43:34 [ uSRsjoLQ ]
 翌朝、まだ10時(田之上たちの持っている時計はこの世界に来る前から動かしていない)にもならないうちに、4人は元々は森だった枯れ木だらけの荒野にずっしりと腰を据える神殿が見えるところまで達していた。少し高くなったところから神殿を眺めてみる。あの岩山に作られた神殿と同じような造りだ。だが、この神殿は平地に造られていて、その周囲は元々、木が伐採されていたのだろう。枯れ木は見えない。石造りの大きな神殿の周りに、テントのようなものがぽつぽつと見受けられた。
「ありゃなんだい?」
 和田の問いかけにリルがさっと顔をこわばらせた。何かよくない兆候のようだ。
「あれは、巡礼者たちのキャンプです。テントの数を見るに、かなりの巡礼者が神殿の周りにいたようです」
「そりゃ、聖地なんだから巡礼者もいるだろうさ・・・・・、あ・・・・・」
 ようやく和田にも彼女の言葉が意味するところがわかったようだ。恐る恐る田之上の顔色をうかがう。
「和田、ここまで来れば腹をくくるぞ。銃のチェックだ・・・・」
 ここまで来て今更引き下がることはできない。強行突破あるのみだ。テントの数だけで推測するに100名は下らない、元エルフ=オークがいるだろうことは想像に安い。
「田之上二曹。あとマガジンが5本です」
 新垣が防弾チョッキのポーチを確認して報告した。和田も5本。田之上は4本だけだ。カールグスタフでもあればな。と無い物ねだりをしてしまう自分を心の中で叱りつけた。セレクターを切り替えながら田之上が若い2人を奮い立たせるように先頭を歩き出した。
「いつでも撃てるようにしておけよ・・・」
 誰にも言っていないが、田之上にも元の世界に戻りたいという願望は当然ある。女房がもうすぐ出産なのだ。産まれてくる子供に、いきなり父親の死を迎えさせるわけにはいかない。元の世界に戻るためにはどんな手段もいとわない。そんな覚悟もある。だが、リルに関してだけは適切な判断が下せたか自信がない。指揮官として、父親として、夫として。さまざまな立場の自分との葛藤だった。その葛藤が果たして、今回の旅にどういう影響を与えているのか。当の田之上自身、想像もつかない状態だった。

356 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/05(火) 23:44:24 [ uSRsjoLQ ]
 平地に降りて、テント村に入った。中心にリルを据えて、周囲を3名の自衛官が護衛する形で前進していく。巨大な神殿には例によって大きな石の扉が見えた。
「あれはわたくしのブレスレッドで開くはずです」
 リルの言葉を田之上は周囲に銃口を向けながら聞いていた。あの岩山の神殿を思い出していた。彼女の腕輪が持つ力で大きな扉が開いた。あれと同じ原理というのだろう。と、彼女がいきなり立ち止まった。
「どうした?」
 新垣が彼女を振り返る。言葉を発し終えないうちにその表情を見て悟ったようだ。緊張した顔を田之上に向ける。次の瞬間、周囲のテントからオークがある者は叫び声を出しながら、またある者は手に斧や棍棒を持って、次々と飛び出してきた。
「神殿まで走れ!」
 田之上は襲いかかってきたオークの頭に3発、確実に撃ち込みながら叫んだ。2人の部下も彼に習って確実に銃弾を撃ち込んでいく。リルも新垣に援護されながらほとんど全力で走り出した。だが、周囲のテント群からは次々とオークの群が現れた。100どころの数ではない。
「残弾数を数えながら撃て!みんないっぺんに弾切れさせるなよ」
 すぐにリルは神殿の扉に達した。彼女を囲むように、扉を背にして3人の自衛官は半円を組んだ。その周囲の平地には地面を埋め尽くすかと思うくらいのオークがひしめいている。
「リル!扉を開けてくれ!もうすぐ弾薬が底をつく!」
 新垣が和田に援護してもらいながらマガジンを交換している。指で「あと1本」ということを田之上に知らせた。実弾訓練とは言え、実戦ではない。個人で携行できる弾薬なんてたかが知れている。新垣と交代でマガジンを交換する和田が「これで最後」とジェスチャーした。黙って頷く田之上もマガジンは最後の1本だ。

357 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/05(火) 23:45:05 [ uSRsjoLQ ]
「リル!早く!」
 オークたちは自衛官たちの眼前に肉片の山を作りながらも少しずつ前進してくる。彼らの持つ原始的な武器の射程内に入ってしまうのも時間の問題だ。いったいどうしてこんなに時間がかかっているのか。振り向いて確かめる余裕はない。
「あっ!やりました!」
 リルの声と共に、大きな石の扉が1メートルほど開いた。それを確認した田之上は手持ちの弾丸を撃ち尽くしかけた和田をリルごとその隙間に押し込んだ。
「田之上二曹、早く!」
 もはやフルオートで残った弾丸をばらまく新垣が全弾を撃ち尽くし、和田に続いて扉の隙間に身を投じた。田之上も彼に続きわずかな隙間に飛び込んだ。
「まずい!」
 厚さが数十センチある扉をつかんで、閉まろうとする扉をこじ開けようとオークたちがとりついている。田之上は最後のマガジンに残った弾丸をフルオートでオークどもに撃ち込んだ。扉の隙間にとりつこうとした化け物たちは、強烈な衝撃を受けて後方に吹っ飛んだ。
「リル!扉を閉めるんだ!」
 彼が言うまでもなく、リルはブレスレッドを巨大な扉に作られた穴にかざしていた。次の瞬間、大きな扉は音もなく、自動ドアのように閉じ始め、ものの数秒で完全にアリの這い出る隙間もなく閉じてしまった。それは同時に彼らの安全がとりあえずは確保されたことを意味した。
「はぁあ・・・・、助かった・・・・」
 和田が扉を背に腰を降ろした。新垣はマガジンをチェックしている。そしてその中身が空っぽなのを確認して田之上にひきつった笑顔を向けた。
「そんな顔すんな。俺のも空っぽだ」
 絶望感を与えないように、極力明るい声で新垣に言葉を返すが、田之上自身、弾薬がなくなった今、脳裏に女房の顔やまだ産まれてもいない子供のことでいっぱいだった。分厚い扉と壁の向こうではオークたちが叫び声をあげているが、当面ここは安全なようだ。
「ここは・・・、中庭だ・・・」
 いつの間にか立ち上がって周囲を観察していた和田が絶望的な言葉を発した。そう。ここは巨大な神殿の中庭だった。外界からは先ほどの巨大な扉から出入りするしか方法がない。ということは、自衛官たちはここから安全に脱出する術はないと言うことだ。
「リルちゃん、これからどうすんだい?」
 せっぱ詰まった感じで和田がリルを探して視線を走らせる。美しいエルフの少女は中庭の壁にあるちいさな祭壇に向かって歩いていた。ちょうど扉からは10メートルほどの距離だ。
「和田さん、心配しないでください。」
 そう言って振り返ったリルは笑っていた。だがその笑顔は和田はもちろん、田之上も新垣も思わず凝視するほど悲しみとも、憂いともつかない、何とも言えない雰囲気を持っていた。
「で、でも。まだ、「命」の宝玉を見つけていないよ」
 数秒の沈黙の後、和田が恐る恐るリルに問いかけた。彼女は壁に埋め込まれるように作られた高さ1メートルほどの、仏壇にも似た形の祭壇に大事に抱えていた石版を置いた。その石版には今まで集めてきた、「力」、「神の御心」、そして「希望」の宝玉が埋め込まれている。最後の「命」の宝玉を納めるべき場所にはピンポン玉ほどの半円の穴が開いている。
「り・・・・・・」
 田之上は思わず唾と一緒に言葉を飲み込んでしまった。先日来、彼が想像していた推理が今度こそ当たりりそうな気がしていた。「止めなくては」と思う心と、「これを逃せば元の世界には帰れない」という相反する感情のぶつかりが、彼の言葉を押しとどめたのだ。祭壇の方を向いたままのリルは、和田の質問にしばらく答えようとはしなかった。
「リルちゃん?」
 さすがに彼女の態度を不審に思った和田が近寄ろうとした。

358 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/05(火) 23:45:54 [ uSRsjoLQ ]
「大丈夫、和田さん。「命」はここにあります・・・・」
 そう言うが早いか、リルはローブの下に隠し持っていたのだろう。短剣を取り出すと自分の首筋を斬りつけた。とたんに真っ赤な血が石版にこぼれ落ちた。
「あっっ!!」
「なんてことを!!」
 目の前でいきなり自分の首を斬りつけたリルを見て和田と新垣が猛烈なダッシュで彼女に駆け寄った。間一髪、和田が倒れ込む彼女を抱きかかえた。
「なんてこった・・・・」
 田之上はどうにか、ゆっくりと和田たちに続いてリルに歩み寄った。彼の数々の推測。最後の推測が見事に的中してしまったのだ。
「頸動脈には達していない!新垣、押さえろ!」
 必死に応急手当する2人を見下ろす感じで近寄ってきた田之上に気がついたリルが、苦しそうに田之上に笑いかけた。苦しげに声を出す。
「やはり、気がついていましたか・・・・田之上さん・・・・」
 彼女の言葉に無言で頷く。そのやりとりを和田も新垣も呆然と見ている。田之上の視線の先には祭壇に置かれた石版。その「命」の宝玉がはめ込まれるはずだった部分にたまったリルの血が見える。
「君が未来の話をすると見せる、悲しげな表情。そして和田の言葉をかたくなに拒むのはなぜか?ずっと考えていた。俺たちを騙して殺すだけの仲間もいない。生け贄にするというわけでもない。だったらなぜ?俺たちの未来でも、この世界の未来でもない。君は自分自身の未来を恐れていたんだ・・・・」
「ど、どういうこっとっすか?二曹?」
「まさか、リルは最初から自分がこうしなきゃ世界が救われないってわかった上で、今まで俺たちと旅してたってことですか?」
 田之上とリルの会話に、和田と新垣が驚きを隠せない。驚きと言うよりショックと言う方がいいだろう。和田はリルを抱きかかえながら必死に問いかけた。
「田之上二曹の言ったことはホントなのか?最初から自分が死ぬってわかってて・・・・俺たちを呼び寄せて旅をしてたのかい?」
 リルは力無く頷いた。元々白い彼女の顔はほとんど真っ青だった。必死で傷を押さえる新垣のタオルが赤黒く染まっている。
「3つの宝玉を捧げ、神の住処に参上し、生命の均衡を願う者はその「命」を捧げよ。神に捧げし高貴な魂が世界の生命の均衡を蘇らせん・・・・。「命」の宝玉の部分に書かれた文章です・・・・。和田さん、ごめんなさい。わたくしもあなたの気持ちはうれしかった・・・・。わたくしもあなたと同じ気持ちです・・・・・。」
「だったら、だったらなんで・・・・」
 和田の言葉は途中でとぎれた。肩をふるわせている。涙の滴がリルの顔に落ちた。血のついた指で和田の頬に流れる涙をぬぐいながらリルが力無く笑った。
「泣かないでください。わたくしの魂はなくなるわけではありません・・・・。これは死ではありません。わたくしの魂はこの世界に満ちて生き続けます。この世界のあらゆる生命の中にわたくしはいます・・・・」
「そんなの・・・、意味がわかんねーよ!そうなったらもう、ゲームボーイもできねーし、いっしょに話もできねーんだよ!んなバカな話があるかよ・・・・・」
 和田の言葉が終わらないうちに、祭壇に置かれた石版がうっすらと光り始めた。それと同時に苦しげなリルの全身からも光が出始めた。
「今度はなんだ・・・・、あっ!」

359 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/05(火) 23:46:40 [ uSRsjoLQ ]
 思わず新垣が空を眺めて驚きの声をあげた。祭壇の上空にある雲が消えてぽっかりと青空が見え始めたのだ。あれほど空を覆い尽くしていた雲が少しずつ消え始めていた。
「生命のバランスが戻ってるんだ・・・・・」
 田之上はそう言いながら、自分の足下を見つめていた。不毛な大地にリルを中心にして徐々に緑が戻り始めている。出来の悪い特撮みたいな光景だったが、彼の嗅覚に草木のにおいが感じられることでこれがトリックではなく事が理解できた。
「・・・・・どうやらうまくいったようですね・・・・・」
 彼女と祭壇を中心に緑や生気が蘇る世界を見たのだろう。リルが満足げに言った。彼女の身体からは光があふれ、彼女の実体がなくなっていくように見える。
「バカ野郎・・・・、せっかく世界が蘇っても自分が死んじゃ意味がねーだろう・・・」
 新垣も目を背け、肩をふるわせている。助けを求めるような和田の視線を田之上は振りきるように首を振った。これでいいのか・・・。何か別の方法はなかったのか・・・・。
「ご自分を責めないでください・・・・」
 リルの言葉に思わず田之上は目を大きく見開いて新垣と和田に抱えられる彼女を見た。すでに彼女のはっきりとした表情がわからないほど、彼女から出る光は強くなっていた。
「君は・・・・俺たちの心を読んでいたんだな・・・」
 つばを飲み込みながら言う田之上にリルがゆっくりと首を縦に振った。
「ええ・・・。元の世界に帰りたい田之上さんも、わたくしを好いてくれた和田さんも、わたくしを助けてくれようとした新垣さんの心も、知っていました・・・・。だからこそ、結末が決まっていたこの旅のことをみなさんにお話しすることができませんでした・・・・。ひょっとしたら、わたくしの中で、みなさんにこの旅の結末を話してしまうことで、自分自身にためらう気持ちが出てしまうのを恐れてしまったのかもしれません・・・・」
 彼女もまた覚悟を決めていたということだろう。自分に課せられた使命を話せば、当然田之上たちは止めただろう。それによって彼女自身の決心が揺らいでしまうことを恐れるのはわかる気がした。
「もう、キャンセルはできないのかい・・・・・?」
 それでもあきらめきれない和田が両手で彼女の手を握りながら言った。リルは今度はゆっくりと首を横に振った。
「残念ながら・・・・。でも、みなさんと過ごした数日は忘れません。そして、和田さん・・・・。あなたのことも・・」
 壁に近い枯れ木には小さな葉っぱが見え始めた。神殿の中庭を越えて青空が戻り始めるのに比例して、祭壇とリルから発せられる光は大きくなっていく。もはや思わず、田之上も目を背けるほどだ。
「・・・・・・まもなく、生命のバランスが戻ります。そうすればあなたがたは元の世界に戻ることになります・・・。田之上さん、新垣さん・・・・・、それに和田さん・・・ありがとう・・・・・」
 もうほとんど光に覆われて姿の見えなくなったリルを必死で抱きかかえる和田は涙で顔をくしゃくしゃにしながら叫んだ。
「待ってくれ、リルちゃん!待てよ!」
「おい!リル!リル!」
 新垣も必死で叫ぶ。その2人もやがて彼女の姿を確認できなくなり、呆然と立ちつくす田之上の視界も強烈な光で奪われていった。

360 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/07/05(火) 23:47:18 [ uSRsjoLQ ]
「リル!!!」
 田之上ははっと目を覚ました。荒い呼吸をしている。額は脂汗でびっしょりだ。ため息をついて枕元の時計を見た。午前5時・・・。カーテンの隙間から朝日が漏れている。
「またこの夢か・・・・」
 あの奇妙な事件からもう5年たつのだ。田之上はベッドから降りて窓のカーテンを開けた。うっすらと朝日に包まれかけた街が見える。
 3人が光に包まれた後、気がつくと元の演習場にいた。撃ち尽くした弾薬は「紛失」扱いになり、彼らの言い分は「幻覚」として聞き入れられなかった。というのも、彼らが失踪してから発見されるまでの間はわずかだったのだ。彼らがリルという、美しく愁いを帯びたエルフの少女と過ごした数日はいったい何だったのか。それは永遠の謎になってしまった。報告書には残らなくても、彼らの記憶には確かに残っている。
 その数ヶ月後。田之上は自衛隊を辞めた。リルの存在を認めて欲しかったからなのか何なのか。それは今でもわからない。子供が産まれて、有限である家族との時間が異常に恋しくなったのもある。そう思えるようになったのは、ひょっとしたらリルのおかげかもしれない。今は田之上は地元に戻って普通のサラリーマンをしている。和田も新垣も、田之上と同じくして自衛隊を退官した。それぞれの道を歩んでいるようだ。毎年届く年賀状が彼らの近況を知らせていた。
「もうちょっと寝るか・・・」
 ひとりごちて、親子3人で「川」の字になって寝ているベッドに田之上が戻った。その時だった。
「パパ、もう起きちゃったの?」
 もうすぐ5歳になる娘が声をかけた。どうやら起こしてしまったようだ。
「ごめんな・・・・起こしちゃったか・・・・・・・・」
 笑顔で娘に振り返った田之上の言葉が止まった。今、笑顔の娘にだぶってリルの笑顔が見えたのだ。夢ではない。そう考えている彼の耳に、今度は窓の外で鳴くすずめの声が聞こえた。それにだぶって、楽しそうに笑うリルの声が聞こえた。慌てて窓に駆け寄る。
「そんな・・・・ばかな・・・・・」
 窓に張り付くようにして街を見渡すが、彼の目に入るのは、朝の活気に満ち始めたいつもの光景だけだ。遠くで新聞屋のバイクのエンジン音が聞こえる。パジャマ姿の田之上は憮然とした表情で再びベッドに入った。
「パパ、そんな顔してどうしたの?」
 不思議そうに尋ねる娘の顔を見た瞬間、田之上は今まで感じていた以上に娘に対するいとおしさを感じた。そして5年前、苦しげな顔で訴えるリルの言葉が理解できたような気がした。
「わたくしの魂はなくなるわけではありません・・・・。この世界のあらゆる生命の中にわたくしはいます・・・・」
 そうか、そういうことか・・・・。あれは彼女の言うとおり、永遠の別れではなかったのかもしれない。あらゆる命の中に彼女はいるのだ。電線で鳴く小鳥、娘、そしてこの世界のあらゆる生き物に彼女の魂は存在するのだろう。そして、田之上だけでなく、新垣も和田も見守っているのだ。もちろん、生命を取り戻したあの奇妙な世界でも・・・。
「パパ?どうしたの?怖い夢でも見た?」
 父親の奇妙な様子を見た娘が心配そうに尋ねた。田之上はめいいっぱい優しい笑顔を浮かべると娘を抱きしめた。
「怖い夢なんかじゃないよ。とっても、とってもすばらしい夢だったよ・・・・。さあ、朝ごはんまでもうちょっと時間がある。もう1回寝ようか・・・」
 そう言って田之上は、まだいまいち彼の言葉を理解できない娘の頭をなでて再び眠りについた。