137 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/27(水) 01:17:42 [ .x.zzgsc ]
本当にありがとうございます
一応、異世界アルドラ王国を舞台にした続編です。主人公は違いますけど。
例によって1人称のストーリーです。
5月10日から出張が続くんで連休でどこまで書けるかわかんないけどがんばります

題名:「ショート・バケーション」です

138 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/27(水) 01:29:08 [ .x.zzgsc ]
 きらきら輝く水平線が美しい。くわえるタバコの煙が波風で流されていく。目の前に見える陸地に向かって順調に船は進んでいる。もうそろそろ到着だな。俺はくわえていたタバコをぽいっと海に投げ捨てた。
「あ、何やってんですか?」
 それをとがめる声が俺の背後で聞こえた。振り返るまでもない。後輩の三河ユリだろう。
「つい、な・・・・」
 俺の素っ気ない返事を聞いて彼女はため息をこぼした。繰り返すが、振り返るまでもなく彼女のセミロングの茶髪は風になびいているだろう。そんなことは想像にたやすい。
「おい、真島。車に行こうぜ」
 同期の大友康二が俺に声をかける。早いところ車に乗ってフェリーから降りなきゃいけない。
「真島君、運転よろしくね」
 同じく同期の塚本真理も声をかける。俺たち4人はレンタカーのバンに乗り込んで上陸の準備を始めた。それぞれ、カバンやリュックから免許証を取り出した。この情報が正しければいいんだが・・・。

139 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/27(水) 01:29:39 [ .x.zzgsc ]
 やがて船が接岸された証に、軽い振動が車内まで伝わり、大きなハッチが開き始めた。みんな一様に興奮した面もちだった。真理が思わず後部座席からカメラを構えた。
「真理、あんまりはしゃぐなよ」
 大友が思わず注意するが彼女はそれを聞く様子もない。いつものことだが、主導権は真理にあった。助手席のユリは心配そうに俺を見つめている。俺を見られても困るんだがな・・・。
「さあ、どうぞ!」
 フェリーの係員が順番に車を外に誘導し始めた。俺たちの車は浮いているだろう。「わナンバー」のバンなんてこの船には俺たち以外、1台として乗っていないんだから。車列はぞろぞろとフェリーから港に降り立った。真新しいコンクリートでできた護岸には帰りの便に乗せられるんであろう多くのコンテナが置かれていた。いくつあるのか見当もつかない。岸壁は数百メートル続き不意にとぎれていた。その先は鬱蒼とした森が続いている。車列はその森に作られたアスファルトの道路を1列になって進む。当然、俺たちもそれに続くほかない。
「ホントに大丈夫かなぁ・・・・」
 ここまで来ておいて大友が後部座席で本当に心配そうに言う。隣の真理は相変わらず周囲の風景をカメラに収めることに夢中だった。
「今更引き返す方が余計に怪しまれるぞ」
 思った以上に太陽がまぶしい。俺はサングラスをかけながら彼に答えた。10月というのにこの暑さはなんなんだ。俺たちは一様に真夏のファッションだった。それでも車内にはクーラーをかけている。沖縄どころの暑さじゃない。
「裕太先輩・・・・」
 助手席のユリが少し震えるように言った。その言葉の理由は俺にもわかっていた。森が急に開けて、そこには広大な基地が作られていた。車列はそこに向かっているのだ。基地の門には完全武装の自衛隊員が待ちかまえている。俺はユリだけでなく、後ろの大友や真理に振り返った。
「じゃあ、行くぞ」
「ああ・・・」
「うん・・・」
 さすがに緊張してきたのだろう。さっきまではしゃいでカメラのシャッターを押しまくっていた真理も神妙な面もちで俺に答えた。

140 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/27(水) 01:30:09 [ .x.zzgsc ]
 「九州大学地質学研究会・・・・ねぇ」
 窓の外に立つ、俺たちと年齢もそう変わらない自衛官は書類と俺たちを交互に見ながら言った。
「聞いたことないなぁ。最近できた団体なの?」
 困ったような顔をした自衛官は俺たちに再度質問した。
「ええ。去年新設されたんです。ぜひこの国の地質を調査したいと思いまして・・・・。我々の研究がこれからの日本の役に立つ資源を見つけられるかもしれませんし。そういう分野の団体なんです」
 俺の言葉に自衛官は少し考え込んで「あっ」という表情を浮かべた。彼の中で何かと何かが結びついたようだ。とたんに彼の態度が変わった。
「ああ!この前この国で見つかったボーキサイト鉱山の調査か!なるほどなるほど!研究者もあちこちにかり出されて人手不足でとうとう学生の団体まで出てきたわけだ!」
 噂は本当だったんだ。鉱物系を専攻する研究者が数多くこっちに渡っているという噂だったが。
「いやあ、運良く石油に鉄、天然ガス、石炭、銅やら見つかってボーキサイトまで・・・・。まあ、大変だけどがんばってくれよ!」
 隊員は書類に印鑑を押すと俺に勢いよく突き返した。
「これから前の車列について行ってくれ。車内の消毒と予防接種がある。今日はこの駐屯地に宿泊してくれ。インターネットカフェも酒場もあるから退屈はしないはずだ。さあ、後がつかえてるから行った行った!」
 俺は隊員のほとんど自己完結的な論理展開を一方的に聞かされただけで検問を無事通過できたことをしばらくの間信じることができなかった。それは他のみんなも同じだったろう。緊張からか一様にぐったりとしてシートにもたれかかっていた。

141 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/27(水) 01:30:46 [ .x.zzgsc ]
 車の消毒はごく簡単だった。乗っている俺たちが降車して、なにやら火炎放射器みたいな棒を持った自衛官が2名。DDTみたいな白い煙を車内にまき散らしておしまい。予防接種も、インフルエンザ、天然痘、結核、日本脳炎、ジフテリア。子供のころに受けたモノに多少色の付いた接種だけだった。その後は簡単に周囲の情勢がレクチャーされて自由時間だった。
「よし!まずは乾杯しよう!福岡だ・・・・・、じゃなくて、九州大学地質学研究会の前途を祝して!」
「かんぱ〜い!」
「かんぱい!」
 俺たち4人は駐屯地内にある酒場「ミスティ」で乾杯した。ちゃんと生ビールもあるいい店だ。ママさんはカウンターでなじみの客となにやら会話している。作業服を着ているが俺たちと変わらない年齢のようだ。もう1人は40代くらいだろうか。彼女の耳が少しとんがっているのは、この地域に住むハーフエルフだからというが。それ以外は人間と大差ない外見だ。恐ろしく美人であることを除けば。
「しかし、まんまと潜り込めたな・・・」
 声を少し潜めて大友が言った。俺もまったく同感だった。最悪フェリーの時点で追い返されて、よくてもさっきの検問で強制送還を予想していたが。
「結果オーライでいいじゃないですか!」
 ユリがジョッキを傾けながら言った。それはそうなんだが。ここはアルドラ王国。1年前、日本が突如としてワープしてしまった世界だ。王国には当初から役所関係が多く渡っていたようだが、そこで彼らが何をしているかは俺たちは知らない。半年前にクーデター未遂があって、たまたまここに来ていた日本の民間人がそれを防いだとか、TVゲームみたいに魔法使いがいるらしいとか、人間だけじゃなく小説に出てくるエルフだのなんだのがいるらしい、ってことくらいしかわからない。しかも、さっきの入国に際するレクチャーで知ったことがほとんどだった。
「それでも前に進むのがあたしたち探検部じゃない!」
 真理がほろ酔い気分に任せて大声で言った。俺たちは「九州大学地質学研究会」のメンバーでもなんでもない。そもそもそんな団体が九州大学にあるかどうかも知らないんだ。俺たちは福岡大学未公認サークルのメンバーだ。「探検部」。名前はかっこいいが、ここ数年。冒険にかこつけて冬はスキー、夏は海って大学の予算を使って遊んでばかりいるお荷物サークルだ。サークルができて10年。大学周辺のめぼしいところは行き尽くされた。当然の経過だったが、1年前に情勢が変わった。俺たちにとって未知のフロンティアができたのだ。
 日本が異世界にワープしてから数ヶ月は我がサークルが最もその名前に近い活動をした時期だっただろう。新聞、テレビ、ネット。情報収集と渡航手段が検討された。そして、俺たちの卒業旅行も兼ねた今回の探険が企画されたのだ。とはいえ、部員は俺と大友、真理の4年生と、今回同行したユリの3年生。今回は同行しなかった1,2年生で20名にも満たない。
 インターネットで仕入れた「異世界に渡るには免許証だけでオッケー」ってネタを信じて、九大のサークルをでっち上げてダメもとでここまで来たのだ。まさか、まんまと入国できるとは思ってもみなかった。こうなったら、ネットで噂の最高のビーチ「ドラゴンヘッド」まで行って遊んで帰ってやろう。

142 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/27(水) 01:31:50 [ .x.zzgsc ]
 ふと、目があったユリがジョッキを手に笑いながら俺に言ってきた。ちくしょう!かわいいじゃねーか!俺の狙いはもちろん、ユリだった。大友康二と塚本真理はサークル周知のカップルだ。だとしたら、残った三河ユリと俺しか組み合わせがない。彼女はそんな俺の思惑を知ってか知らずか、今回唯一同行を許された3年生メンバーだった。この!その茶髪!かわいいぜ!
 そんな俺の心の中の妄想を打ち切るように、さっきまでミスティママと話していた作業服の兄ちゃんがジョッキを片手に歩いてくるのが見えた。他のメンバーもそれに気がついたのか、思い思いの会話をストップしている。
「珍しいな!学生さんか!」
 よく見ると作業服にガスメーカーのロゴが見えた。かなり酔っているみたいだ。俺は笑顔を浮かべて彼の言葉に応じた。
「ええ、明日から地質関係の検査に行くんです」
「どこへ?」
 顔を真っ赤にして上機嫌のガス屋はつっけんどんな感じで俺に質問してきた。俺はその態度に少しだけむすっとしたんだろうと思う。極力それを表情に出さずにいたと思うが自信はない。
「ドラゴンヘッドですよ」
 名称だけ、不愛想に答えた。俺のささやかな抵抗だったが彼はいささかも気にしてないようだった。上機嫌で持っていたジョッキを傾ける。
「へえ・・・。あそこか。まあ、気をつけた方がいいぞ・・・。あそこはな・・・・」
 酔っぱらいのガス屋が何か話そうとした時、乱暴に店のドアが開かれた。俺に話しかけていたガス屋はもちろん、連れの40代のガス屋もびくっとした。常連らしい自衛官も扉を注視する。
「やっぱりここだったのね!」
 扉には茶色かかった金髪のきれいな女性が立っていた。おそらく現地の人だろう。だが、彼女の頭には強化プラスチックのヘルメットがのっかっていた。彼女は恐ろしい形相でカウンターに歩み寄るとおののく作業服の2人の腕をつかんだ。よく見ると彼女のヘルメットには「福岡県LPガス協会緊急出動要員」って文字が見えた。彼女もガス屋なんだろうか。そんな俺の疑問を置いてけぼりにして周囲の状況は進展した。
「ママさん、ごめんなさい。明日は一番で郊外の茶店にガスの設備工事かあるから・・。」
「リナロちゃんも大変ね・・・」
 ママはそう言って気にしない感じだった。驚く俺たちを無視して、ヘルメットをかぶった女性は泣きそうな顔をするガス屋を引っ張って店から連れ出していった。残された俺たちは自衛隊以外にいた民間人と彼らを強制送還する現地人の関係を邪推してしばらく盛り上がった。

148 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/28(木) 23:40:37 [ 1.Dw0grw ]
毎度お世話になります
続きです

 翌朝、俺たちは出発準備を始めた。きっとここの自衛隊が俺たちは実は地質の研究じゃなく、ただ単に遊びに来ただけと知るのは俺たちが帰った後の話だろう。いつまで待ってもこない報告書を待つ政府の連中を想像して密かにほくそ笑んだ。
 本当は違反だが、18リットルのポリタンクを4つばかり用意してきた。その中をガソリンで満タンにする。酒場のママさんから聞いた話だと「ドラゴンヘッド」までは3、40キロとのことだが、なにがあるかわからない。途中でガソリンスタンドなんてあるはずもない。多めにガソリンを持っていくのが正解だろう。それに、アスファルトの道もほとんどないそうだ。
「やあ、君たちが九州大学の研究会か・・・」
 出発準備にいそしむ俺たちのところにスーツの男がやってきた。通りすがりの自衛官が深々とお辞儀したり敬礼しているのに気がついた。
「真島君、あれ官僚じゃない?」
 真理がぼくにそっと耳打ちした。なるほど、自衛官がペコペコするスーツの連中でこんなところにいるってなると、それしか考えられない。しかし、官僚が俺たちに何の用事だろう。
「いやはや、ご苦労さん。君たちが赴くボーキサイト鉱山なんだがね、ちょっと不穏な動きが出てきているんだ。」
「はぁ・・・・」
 やはりこいつも俺たちを九大の地質調査団と思っているようだ。危険情報の提供らしい。俺は一応、神妙に聞き入るふりをした。どうせ俺たちが行く先と関係ないんだ。
「鉱脈は大きな山にあるんだが、そこはモルドバ伯と言う貴族の領地なんだが、複雑なことにこの山は彼の領地に自治権を持つドワーフ族の自治区になるんだ。ドワーフ族とは、岩の精とか山の精とか言われている人種だ。ちょっと背が低くて斧を持った髭もじゃの木こりを想像してくれ。」

149 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/28(木) 23:41:13 [ 1.Dw0grw ]
「ええ・・・・」
 スーツにメガネの官僚は癖なのだろう。メガネの位置をなおしながら話を続けた。
「我が国はボーキサイトの採掘権と周辺の土地使用料を支払うことになったんだが、その受け取りを巡って彼らが対立している。モルドバ伯は自分の領地であるから使用料は自分に受け取る権利があると主張し、ドワーフ側は、自治区内だから自分たちに権利があると主張している。しかもモルドバ伯たちはアルドラ正教、ドワーフたちは山や岩を神聖視しているのもあって元々仲がよくない。今度の件で一悶着起こってもおかしくない。気をつけたまえ。」
 それはやっかいなことだな。まあ、俺たちには関係ないけど。だがここで無関心を装っては嘘がばれてしまうかもしれない。一応、彼の話に食いつくそぶりだけは見せておかないといけないだろう。
「えええ?自衛隊は護衛についてくれたりしないんすか?」
 当然、ついてきてほしくもないんだが。こうでも言わないと俺たちが全然別の場所に行こうとしているのがばれてしまいかねない。
「残念ながら、ここの自衛隊の任務は、「有事の際の法人保護」だ。有事じゃないのに勝手に軍事行動を起こせないんだ。すまんな・・・」
 他人事とはいえ、かなり無責任だなと思った。が、現行の憲法ではそうなっているんだから仕方がない。俺に言わせればこんな世界に来てしまって平和憲法もへったくれもないと思うんだが、役所ってところは前例を壊すというのがどうも嫌いなようだ。
「わかりました・・・。気をつけましょう」
 とりあえず当たり障りのなさそうな事を言っておいてこいつを振り切りたかった。メガネの官僚は満足そうにうなずくと俺の肩をぽんと叩いた。
「ま、気をつけてな!」

150 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/28(木) 23:41:48 [ 1.Dw0grw ]
 1時間後、俺たちは海沿いのガタガタ道にギブアップ寸前だった。ビールを飲みながらの楽しいドライブのはずが、予想以上の道路の悪さでみんなギブアップしてしまったのだ。ちくしょう。本当なら、今頃助手席のユリと楽しく会話してるはずなんだが。彼女は車酔いでぐったりしている。
 そして俺が車を止めたのは道沿いにあるちょっと大きめの農家らしき家屋の前だった。トイレを借りるためだ。この世界にトイレってものがあるんならいいんだが。
「あの〜、すいません」
 板で作られたドアをノックすると人の良さそうなおばさんが顔を出した。見たことのない俺たちの服装をじろじろ見ている。そういうあんただって中世を舞台にした洋画に出てくるような恰好してるよ。って思った。
「ちょっとお手洗いをお借りしたいんですが・・・・」
 申し訳なさそうに言う俺の言葉を聞いておばさんはぱっと表情を和らげた。
「ああ、旅の人だね。どうぞどうぞ、ゆっくりしてお行きなさい。」
 トイレは幸い、こっちで言うところの「ぽっとん便所」に近い構造のものがあった。溜めた汚物は肥料に使うようだ。おばさんは俺たちを居間に通すと、いい香りのするお茶を出してくれた。普通、道に沿った家は盗賊やらに警戒しているものだが、ここは違うようだ。なんだかんだでアルドラ王国は300年の平和を保っているし、ここはまだ比較的王都に近い。その辺の社会事情あってのおばさんの歓迎だったのだ。
「おいしい!」
 車酔いのユリはあったかい飲み物を飲んでうれしそうだった。その笑顔が俺にとっては何よりの栄養剤だぜ!この野郎!そんな俺の心の叫びを知って知らずか彼女はお茶を俺にも勧めた。
「裕太先輩、これおいしいですよ」
 言われるままに飲んでみた。紅茶とも緑茶ともつかないが、たしかにおいしい。大友と真理もがぶがぶ飲んでいる。
「おいしいな、ユリ。おかわりもらってこようか?」
 俺の申し出に笑顔でうなずく彼女。俺はさっそく彼女のコップを持って台所のおばさんのところに向かった。
「すいません。おかわりいただいていいですか?」
「どうぞどうぞ!遠慮しないで」
 のれんみたいな布をめくっておばさんが台所から顔を出した。やさいしいおばさんで助かった。って思った俺の視界に見覚えのある物体が映った。確かに見覚えがあるが、この世界では見るはずのないモノだった。おばさんも俺の表情に気がついたんだろう。
「ああ、こいつのおかげでねえ。すぐにおかわりができるからね!」
 優しく笑うおばさんは俺にのれんを持ちあげて「その物体」を見せてくれた。俺は唖然とした。んなバカな!俺の目の前にあるのは、パ○マ製の2口ガスコンロでしかもご丁寧にグリル付きだったのだ。そのコンロのバーナーには青々とした火がついて、バーナーの上ではやかんが湯気を出している。

151 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/28(木) 23:42:15 [ 1.Dw0grw ]
「こんちわ〜!」
 俺の背後で農家の扉が開かれる音がした。思わず振り返った俺の目に飛び込んできた人物を見て、俺は再び仰天した。
「あ・・・・・・・」
 昨日、自衛隊の駐屯地にある酒場にいたガス屋の兄ちゃんとちょっとおっかない女の子だった。俺だけではない。ユリも大友も真理も唖然としている。中世みたいな世界にいきなりガス屋さんがやってきたのだ。
「ああ、あんたらか・・・」
 唖然とする俺たちを見てもガス屋はさして驚きもせずにおばさんに言った。そのおばさんも全く驚く様子はない。ガス屋は汗を拭き拭きおばさんに言った。
「ボンベ交換しときましたから。なんか気になることないっすか?」
「ごくろうさん!別に今のところないねえ。お茶でも飲んでいきなさいよ!」
 日本でもよく見かける光景をこんなところで見てしまった俺はすっかり混乱していた。おばさんはガス屋と女の子にお茶を出しながら言う。
「時々、赤い火が出るんだよねぇ。他は別になんともないよ」
「ああ、バーナーの吹き出しが詰まりかけてんですね。今度来たら掃除しましょう」
 2人は俺たちを気にすることなくお茶を飲み干すと出発の準備を始めた。扉を開けながら、ガス屋が俺たちに向き直った。
「ドラゴンヘッドは車であと30分くらいだ。道は悪いけどな。自衛隊の施設に補強を頼んでるんだけどなあ。なかなか工事が進まないんだよ。気をつけてな、あそこは・・・・」
「はいはい!タチバナ!次は丘向こうのロレンゾさんのところに行くんだから、急いで!おばさん、ごちそうさま!」
 俺たちに関係ある情報だろうか。またしてもおっかない女の子に会話をじゃまされてガス屋は引っぱり出されていった。
「リナロちゃん、立花さん!ごくろうさん、またよろしくね!」
 おばさんはそれに驚くこともなく見送った。俺たち4人はしばし、言葉を失った。それにようやく気がついたのか、おばさんは笑いながら俺たちに言った。
「最近はあの2人のおかげで料理が楽になったよ。たいした魔法使いだね、あの兄ちゃんは」

152 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/28(木) 23:42:43 [ 1.Dw0grw ]
 目的地に向かって徐行運転しながら俺たちは少々意気消沈していた。
「しかしなあ・・・・。こんなところまでガス屋が来てるとはなあ」
 大友がため息をついた。無理もない。せっかく見つけた秘境だったんだが、ガスコンロを見ることになるとは。冒険部としては幻滅もいいところだった。
「あ、裕太先輩!あれ!」
 そんな雰囲気を打破するようにユリが俺に声をかけた。彼女が指さす方向を見てみた。
「おお!」
「やったぁ!」
 後部座席でくっついていた大友と真理も喜びの声をあげた。俺たちの目の前には大きく突き出した岬が見えた。岬はかなり大きな山でその付け根は森で覆われている。その岬にカバーされるように真っ白な砂浜が広がっているのが見える。ちょうど、岬を竜の頭にしてみれば砂浜は竜ののどの部分になるんだろう。まさに、「ドラゴンヘッド」の名前にふさわしいすばらしい海岸だ。なんだかんだあったが、とりあえず目的地に着いたようだ。
「大友、飯にしようぜ!」
 俺は砂浜にできるだけ車を寄せながら大友に叫んだ。太陽は頭上に近い位置にある。もうそろそろ昼飯時だ。このために本土でバーベキューセットを準備していた。
「賛成!」
「最高です!」
 真理もユリもはしゃぎながら俺の提案に賛成した。そうしているうちに車は街道と砂浜の間にある林の間道をぎりぎりまで進んで止まった。間道があるってことは人間も近くに住んでいるんだろう。未開の地ではないわけだ。変な言葉だが、ほどよく秘境でそこそこ開けてる。俺たち探検部にとっては申し分ない場所だ。
「よし!飯だ!」
 大友がバーベキューセットの網を抱えて車から飛び出した。

153 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/28(木) 23:43:15 [ 1.Dw0grw ]
 誰もいない砂浜は俺たちの貸し切りだ。ビール満載のクーラー、肉満載の発泡クーラー。バーベキューセットに木炭の段ボールを次々とおろして食事の準備を始めた。食事の後は、これだけ暑いんだ。貸し切りビーチで海水浴。夕暮れが来たら花火でもして、その後はユリと2人きりになって・・・・
 俺はこの後の楽しい楽しいスケジュールを考えるとうれしくてたまらなかった。そのユリは木炭に火がつかないようで、うちわを手に悪戦苦闘している。真理は車のそばに立てた簡易テーブルで肉の準備。大友はタイヤのチェックをしている。俺は悪戦苦闘するユリに歩み寄った。
「あ、先輩。なかなか火がつかなくて・・・・」
「ちょっと見せてみろよ」
 かっこいいところ見せてやろうと俺はしゃがみこんだ。ああ、着火剤がうまく着火していない。俺はチューブ式の着火剤をどっぷりと木炭にかけてライターで火をつけた。その後、根気よくうちわでそれを扇ぐ。すぐに、煙がパチパチと音をたてながら上がり始めた。完璧だ。これで好感度も急上昇だろう。
「ユリ、これくらい簡単だよ」
 そう言って俺はユリに振り返るように立ち上がった。だが、そんな俺の視界に入ってきたのは茶髪の美しい彼女だけではなかった。Tシャツ姿の彼女に容赦なく斧を突きつける背の低い連中だった。
「先輩・・・・」
「貴様も動くな!」

154 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/28(木) 23:43:42 [ 1.Dw0grw ]
 黒っぽい髭を顔中に蓄えた連中は俺にも斧を向けた。見ると、大友も真理も連中に捕まってしまっている。一心不乱に火をつけていた俺だけが気がつかなかったようだ。連中はざっと見ただけでも100名をくだらない。しかもそれぞれが手に手に斧を持っている。俺が抵抗するつもりがないことを悟った連中の中から、1人の男が歩み出てきた。彼もまた他の連中と同じく背が低い。130〜140センチくらいだろうか。それでも、彼の二の腕にある筋肉と威圧的な目。喧嘩しても勝てないだろう事を示唆していた。
「異世界人よ!我々ドワーフ族の自治区、そして「ドラゴンヘッド」に何の用だ!」
 歩み出た男は俺に喧嘩腰で尋ねた。俺の脳は瞬時に出発前にメガネの官僚が言っていたことをリピート再生していた。ひょっとして、ドワーフって連中とモルドバ伯が利権争いをしているボーキサイト鉱山って、俺たちの目的地「ドラゴンヘッド」の山のことなのか?そんな俺の疑問に答えるようにリーダー格の男が再び俺に尋ねた。
「異世界人!貴様らはモルドバ伯の敵か?味方か?」
 それぞれに獲物を突きつけられた我が探検部のメンバーはいっせいに俺に視線を注いでいる。俺にいったいどうしろってんだよ!思わず逆切れしそうになるが、それは俺自身の身の安全も保障できなくなるとわかっているんでかろうじて押さえた。
「いや、その俺たちは別に敵でもないし・・・・」
 俺の曖昧な言葉をリーダー格は遮った。
「だったら先に名乗ろう!俺はドワーフ族の指導者ドワルタスだ!おまえは何者だ?」
 名前まで名乗られ、仲間は捕まった俺はきっと顔をひきつらせていたに違いない。だが、この事態を急展開させるだけのアイデアも浮かばなかった。不安そうに俺を見つめるユリの視線がただただ痛く感じられるばかりだった。


162 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/05/04(水) 02:01:54 [ g7lE0Em6 ]
できました

 俺はもう1度冷静に周囲を見回した。100名をくだらないドワーフっていう連中に俺以外の、大友、真理、ユリが捕まっている。そして連中のリーダーと名乗るドワルタスって男が俺にいろいろと質問してきているのだ。
「ええと、俺は真島裕太。福岡大学4年生。探検部のメンバーなんだけど・・・・」
 とりあえずこっちも自己紹介しとかないとな、と思って自分の名前や肩書きを名乗ったがドワルタスはよくわかっていないようだった。髭もじゃの顔をかしげている。彼の顔は真っ黒な髭だらけだ。他の連中も似たような感じだ。
「とにかく、名前はマシマっていうんだな。では、この「ドラゴンヘッド」に何の用で来た?モルドバ伯の間者か?」
 モルドバ伯って名前はあの官僚から聞いただけだ。ここはホントのこと言った方がいいんじゃないだろうか。
「いや、俺たちは日本人だから。その、モルドバ伯って人も知らないし。そもそもここには遊びに来ただけなんだけど・・・・。きれいな砂浜があるっていうから」
「遊びにきただと?」
「嘘だ!」
 口々に俺たちを取り囲む連中から声があがった。やっぱ信用してくれないようだ。無理もない。彼らにとってはここは紛争地帯だ。そんなところに、のこのこと遊びに来るヤツがいるはずがない。こう考えているに決まってる。そう言えば日本人で少し前、イスラエル軍とパレスチナ武装勢力がガチンコでドンパチやってる街に観光に行ったカップルがいて世界から笑われたことがあったな。今の俺たちってまさしくそれなんじゃないだろうか・・・・。
「静まれ!」
 ドワルタスが口々にわめく連中を静かにさせた。そして少し俺に近寄ると、俺の服装やら外見をまじまじと観察し始めた。
「おまえ、やはり異世界の人間だな・・・・」
 いや、さっきからそう言っているつもりんなんだが、ってつっこみはできないが、心の中でそう思った。リーダーの言葉を聞いて再び周囲がどよめいた。俺は否定する理由もないので無言でうなずいた。
「殺せ!殺せ!」
「異世界人はモルドバ伯の味方だ!殺せ!」
 ドワルタスは勝ち誇ったような笑顔を浮かべると、ユリを捕まえている連中に合図した。ユリは無理矢理跪かせられた。

163 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/05/04(水) 02:02:33 [ g7lE0Em6 ]
「さあ、マシマ!認めろ!おまえたちがモルドバの間者と言うことを!さもないとあの女を殺すぞ!異世界人はみんなモルドバの味方だ!遊びに来た?もうちょっとましな嘘を考えろ!」
 なんつーことを!怖がるユリの顔を見ているとこんな理不尽な状況に追いやられていること自体にだんだん腹が立ってきた。それに、このドワルタスの決めつけまくった顔が気にくわない。
「さあ!吐け!」
 再度吐き出された彼の挑発的な言葉に俺の頭の中で何かが切れた。気がつくと俺はドワルタスの胸ぐらをつかんでいた。背の低い彼は両足が完全に宙に浮いた状態になった。
「てめえ、さっきから聞いとったらふざけたことばっか言いよるのお!!」
 俺の予想外の行動に周囲の連中も彼らのボスが胸ぐら捕まれていることを実感できないようだ。呆然としている。俺は怒りにまかせて彼に顔をくっつけんばかりに近づけて叫んだ。
「勝手に他人をスパイ扱いしとってから、ふざけんなこら!こっちはただ遊びに来ただけだって言っとるやろうが!モルドバかブルボンか知らんけどそんなヤツ関係ねーし、おまえらが誰と紛争しようが知ったこっちゃないわ!だいたいあれや!俺がスパイなら惚れた女をいっしょに連れてくるはずなかろうもん!もうちょっと考えてからモノ言えや、この野郎!」
 俺は逆切れして地元言葉で一気にまくし立てた。胸ぐらを掴みあげられて俺と同じ目線になったドワルタスはきょとんとして俺を見ている。その目がますます気にくわない。
「なんか文句あるか?こらぁ!わかったらさっさと俺の連れを離さんかい!」
 怒鳴られたドワーフたちは思わずユリたちを離した。ドワルタスは俺をまじまじと見ている。
「惚れた女ってあいつのことか?」
 彼はユリを顎で示しながら俺に尋ねた。まだ頭に血が昇っていた俺は間髪入れずに彼に答える。
「そうじゃ!やけ、さっきから言いよろうが!惚れた女をスパイ活動に連れてくるバカがどこにおるか!勝手に言いがかりつけとるんやないぞ、こら!・・・・・・あ・・・・」
 自分の叫んだ言葉を意味を理解して思わず、ドワルタスをつかんだ手をゆるめた。ユリは目をまん丸にして俺を見ている。俺と目があった瞬間、彼女は真っ赤になってしまった。ドワルタスはそんな俺とユリのリアクションを見て納得したらしい。集まった連中に大声で言った。

164 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/05/04(水) 02:03:12 [ g7lE0Em6 ]
「どうやらこのマシマの言うとおりのようだ。彼らは遊びに来ただけみたいだ。彼の言うとおり、自分の愛する女を間者の任務に同行させるはずがない!」
 いや、改めてそんなこと宣言してくれなくてもいいから・・・。そんな俺の思いを置いてけぼりにして集まったドワーフたちから口々に声があがった。
「考えてみれば、そうだな」
「愛する女を連れて敵地に乗り込みはしないよな」
 今度は俺は慌てることになった。さっきとは正反対。すがるようにドワルタスにしがみついた。
「いや、あの、俺たちに敵意がないことをわかってくれたのはうれしいんだけど、最後の言葉あたりはなかったことにしてよ」
「マシマ、これも山の神のおぼしめしだ。おまえたちのあの態度を見ればわかる。まあいいではないか!さあ、皆の者!客人をお迎えする準備だ!」
 ドワーフのリーダーは俺の弁解を聞き流してメンバーと合流した。どうやら俺たちの歓迎会を始めてくれるようだ。それはホントにありがたいんだが・・・・。
「真島!」
「真島君!」
 大友と真理が解放されて駆け寄ってきた。
「死ぬかと思ったぞ。でも、あのタイミングでユリちゃんへの告白もやっちまうのはさすがだな!」
「さ、ユリちゃん。怪我はない?」
 真理に抱きかかえられるようにユリが俺たちのところにやってきた。目が合うが照れくさくてまともに見ることができない。彼女も同じみたいで俺と全然向かい合ってくれない。
「先輩、その・・・・ありがとうございました。真理さん、食材を準備しましょう」
 そう言うとユリは真理の手を取って車の近くにある簡易テーブルに小走りで行ってしまった。俺は思わずポケットからタバコを取り出して火をつけた。俺の落胆ぶりに大友が俺の肩を叩いた。

165 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/05/04(水) 02:03:36 [ g7lE0Em6 ]
「まあ、照れ隠しなだけだよ・・・」
 ホントにそうだといいんだがな。俺はため息をついた。そこへドワルタスがやってきた。
「マシマ、君たちの歓迎会だ。ここに村の連中が来るから。今日は楽しくやろう!」
「ああ、どうもすいませんねえ」
 大友が呆然とする俺に変わって彼に答えた。ドワーフの村はここから数百メートル離れた街道の向こうにある岩山の麓に存在するようだ。ドワーフって人種は元々山や岩の精霊ってことらいしから。山の近くに住み、山をこっちでいうところの「ご神体」としてあがめているようだ。そしてその「ご神体」ってのが、ボーキサイト鉱山の「ドラゴンヘッド」ってわけだ。
「しかし、よくもまあ「ご神体」を採掘させる気になったな」
 大友が呆れるように言った。俺たちの眼前ではこっちの女性陣も交えてドワーフの村人が総出で宴会の準備にいそしんでいる。
「その対価としての採掘料なんだろうな。でも、その採掘料をモルドバ伯がちょろまかそうってんだから、彼らも怒ってるんじゃないのかな・・・」
 俺はそう答えながら考えていた。こんなややこしい情勢のところに入り込んで大丈夫なんだろうか。今日中に自衛隊の駐屯地に帰りたかったが、のこのこ日帰りしてしまうと俺たちが不法入国したことがばれてしまう。入国前だと未遂ですむが、今はもうやらかしてしまっているのだ。ばれればよくて強制送還。最悪、大学も退学処分で実刑もあり得る。
「やばいよな・・・」
 進も地獄、退くも地獄ってこういうことを言うんだろうか。俺は楽しげに食事の準備をするユリを見ながらため息をついた。


195 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/05/14(土) 00:05:13 [ QuulnSco ]
ともあれ。出張前に作っておいた分の推敲ができました

 夜、ドワーフの村の連中が砂浜にやってきた。俺たちは彼らと共に火を囲んで宴会を始めた。山の民とか言っていたが、意外や意外。海に近いのかしっかり魚を食ってるようだ。日本列島がこの世界に召還されたためか、俺たちにも見たことある魚が多数ふるまわれた。
「おまえたちの国が「周期」によって呼び寄せられてから魚が急に捕れるようになったんだ。」
 ドワルタスはでっかいアジを串焼きにしながら言った。俺は見たこともない魚の串焼きを村人に渡されていた。色は真っ赤。でも魚の形は水面近くを泳ぐ青物みたいな形だ。思い切って口に入れてみる。
「お・・・・、うまい!」
 味は白身魚のような味だ。思わず紙の皿に醤油をたらして食ってみる。いけるじゃん!俺は真理と大友にもその魚を勧めてみた。2人は俺と同じくおっかなびっくりそれを口に運んだ。
「いけるじゃん!」
 大友はご機嫌でお返しに焼酎を村人に振る舞っている。俺たちの車にはガソリンの他に大量の酒類が積まれていた。だって遊びに来たんだ。他に何を積むというんだ?
「しかしマシマ、おまえたちのはしゃぎっぷりを見れば見るほど、ホントにここに遊びに来ただけということがわかるな」
 ドワルタスが缶ビール片手に俺に言ってきた。俺も負けじとぐいっと焼酎を煽った。
「だから最初からそう言ってるじゃないか。もっとも、この国に来る日本人は俺たち以外みんな仕事で来てんだけどな。俺たちは、半分密入国してきたんだ。」
「なんのために?」
 ドワーフの長は驚きの表情を浮かべながら俺に再び尋ねた。

196 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/05/14(土) 00:05:56 [ QuulnSco ]
「俺たちはもう1年も学生でいることができない。最後の年くらい、思いっきり遊びたいからな。まあ俺はまだ就職が決まってないんだけどさ」
 俺の回答にドワルタスはすごく興味を引かれたらしい。俺は日本の教育制度や就職活動などについて語った。いつの間にか周囲の村人も混じって俺の話に聞き入っている。
「じゃあ、異世界の国民は自由に職業を選ぶことができるのか?」
「ああ、職業選択の自由がある。その代わり収入に応じた納税の義務もある」
「兵隊になる義務はないのか?」
「ない。でも自衛隊は今じゃ競争率がめちゃくちゃ高い人気職種だよ」
「どこに行って何をするのも自由なのか?」
「お金と暇があればね。俺たち学生は暇あるけど金がないんだよ」
 矢継ぎ早に俺に質問が投げかけられるが、どれもこれで俺にとってはうんざりするような質問だった。今の俺にとっては深海魚のような赤い魚で味は白身、形は青物って魚の方がよほど気になるんだが・・・。
 しかし考えてみればそれも合点が行く。俺は文系だからよくわかんないが、俺たちの車。途中の農家で見たガス。そして最近使われたらしい自衛隊の銃。これらがちゃんと作動している環境って事は、少なくともこの世界が俺たちが元々いた世界とほとんど変わらない環境であることの証拠だ。
 物質の燃焼には空気が使われる。その空気がちゃんと存在し、ガスが正常に供給されるだけの大気圧が存在し、車のエンジンが動くだけの酸素濃度がある。これらの現象が確認されたならば、あとは簡単だ。ニュートンもパスカルもワットも、俺たちの世界で使われていた単位をそのまま使っても矛盾が出ない環境ってことだ。地球の大気中に占める酸素濃度は約21%らしい。もしも、この世界の酸素濃度が2%違えば、大気が地球より薄くても濃くても、大気圧の法則が崩れるし、最終的には分子原子の法則も危うくなる。
 そうじゃないって事は、ここに住む連中も俺たちとそう変わらないし、動植物もしかりってことだ。ちょっと見た目が違うだけで性質はそう変わらないはずだ。赤魚は底物で煮付けで食うって常識を打ち破れば大丈夫。要するに、慣れだな。ファンタジー小説の冒頭に化学の教科書みたいなことを書かれても読む気もおきないだろうからな

197 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/05/14(土) 00:06:27 [ QuulnSco ]
「それにしてもマシマ!モルドバ伯はどう思う?」
 俺の妄想をドワルタスが質問で打ち破った。彼ももはや顔が真っ赤。かなり酔っているみたいだった。
「ヤツは、俺たちの自治区から税金を取りながら、さらに「ドラゴンヘッド」の採掘権料まで取ろうとしているんだぞ。俺たちは採掘権料から算定した税金を上乗せして払うと言っているのにだ!」
 なるほど、モルドバ伯は悪代官だ。ドワーフの自治区内にある「ドラゴンヘッド」の採掘権を直接自分が徴収することで、本来彼から中央に治めるべき税金との差額ができる。それを懐に入れようって腹みたいだ。しかし、考えてみれば払う側の日本政府はそんな見え透いたからくりをわかっているだろうに。
「俺たちの国の人間はなんて言ってんだ?」
 俺の問いかけにドワルタスはしゃっくりをこらえながら答えた。
「民事不介入だとさ。奴らにとっては誰に払おうと金額は変わらないから気にもしてないようだ。カワムラっていったか。あのメガネ野郎め!」
 俺は入国するときに駐屯地で出会った調子のいい官僚を思いだした。きっとあいつだろう。あのお調子者め。いいかげんなことばかりしやがって。一方的に話を聞くと義憤が沸いてくる。
「まあいい!今日は飲むぞ!」
 ドワルタスは小さな身体で俺を捕まえて焼酎の一升瓶を煽った。

198 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/05/14(土) 00:06:56 [ QuulnSco ]
 朝、らしい。テントの向こうで朝日が俺たちを照らしている。起きあがった俺は思わずえずいた。テント内は酒臭い空気が充満していた。テントの中には、俺。ユリ。大友と真理は一緒の寝袋で寝ている。俺の枕元に大友のパンツがあるのに気がついた。こいつら、どうしようもないな・・・。俺はとにかく新鮮な空気を求めてテントの外に出た。夕べの宴会の残骸だけが残っていた。ドワーフの連中は深夜には引き上げたようだ。
「・・・・先輩。おはようございます・・・・・」
 うつろな目をしたままユリがテントから出てきた。明らかに飲み過ぎって顔をしている。しばらく俺の顔を呆然と見つめていたが、昨日のことを思い出したんだろう。ぱっと顔を赤らめた。
「あの・・・昨日の先輩のあれは・・・。誰のことですか?」
 おいおい、朝からそんなこと聞いてくれるなよ。俺は彼女の質問には答えずに苦し紛れにタバコに火をつけた。近くに転がっていたクーラーボックスからミネラルウオーターを出してぐいっとあおる。Tシャツに短パン姿のユリの横をすり抜けて俺はテントに身体を半分入れた。
「とにかく、こいつらを起こそうぜ」
 そう言って俺が大友に手をかけようとしたときだった。俺の顔の真横にきらきら光る銀色の物体がいきなり現れた。人間、こういう事態に慣れるのはいかがなものか。俺はあまり慌てることはなかった。その物体が抜き身の剣だということがわかってもだ。

199 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/05/14(土) 00:07:26 [ QuulnSco ]
 俺たちの周囲にはドワーフではなく、今度は甲冑の軍団がいた。これまた100名はくだらない人数だ。その中でも白馬に乗った偉そうな50代のおっさんがボスのようだ。
「モルドバ様、これが先日現れた異世界人です」
 おつきの騎士みたいな男がボスに俺たちのことを何か言っているのが聞こえた。赤いマントに身を包んで立派な髭をたくわえたボスは俺たちに歩み寄った。俺たちって言っても、大友も真理も素っ裸で寝袋の中で寝ている。俺とユリだけだった。
「異世界人、何の用でこの地に参ったのだ?」
 言葉だけで威圧しようという意図が見え見えの口調で赤マントのおっさんは俺たちに尋ねた。こいつがどうやらモルドバ伯のようだ。俺はドワルタスにしゃべった身分とは別の身分を答えることにした。
「日本政府の要請でここの地質調査にうかがいました」
 立派な髭を蓄えたいかにも偉そうなモルドバ伯は俺の受け答えに目を細めた。
「ほお、ではカワムラ殿は我が申し入れを受け入れると言うことか」
 「我が申し入れ」ってきっと夕べドワルタスが言っていた汚職の件だろう。日本政府が彼の汚職に目をつぶってボーキサイトを採掘しようとしまいと俺には関係ない。ここは日本的な返事で返す。
「いや、ぼくたちはその辺のことはちょっと。ここの地質調査を頼まれただけですから・・・」
 俺の答えに不満だったようだ。モルドバ伯は眉毛をぴくっと動かした。
「そうか・・・・。だったら夕べ、ドワーフの連中と酒盛りをしていた理由はなんであろうな?」
 知ってんのかよ。っていうか、この浜辺の状態を見れば一目瞭然だが。
「我が国では、来る者は拒まずです。我が政府がどうであれ、我々はあずかり知りません。我々の行為が、即モルドバ伯に対する敵対行為にならないと思いますけど」
 俺は内心かなりびびりながら屁理屈をぶちかましてみた。伯はまだ納得していないようだったが、部下に何事かささやくときびすを返した。

200 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/05/14(土) 00:07:56 [ QuulnSco ]
「よくわかった。護衛を残していこう。ドワーフの村にも監視役を派遣する。安心して調査に励むがよい。」
 そう言って屈強な騎士を残して髭親父は去っていった。騎士は目つきの鋭い男だった。30代くらいだろうか。黒髪で額に傷がある。この国は300年ほど戦争はなかったみたいだが、今起こっているような紛争はちょこちょこあるようだ。彼の傷もそのちょっとした戦闘で負った傷なんだろう。
「真島、どうした?」
 パンツ一枚でようやく大友がテントから出てきた。のんきなヤツだ。彼は俺とユリのそばに立つ騎士に気がついてびくっとしたが、「あ、どうも」と言いながら軽く会釈した。当然だが、よく状況がわかってないようだ。

201 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/05/14(土) 00:08:35 [ QuulnSco ]
大友と真理が起きたので俺たちは車で作戦会議を練ることになった。事態が飲み込めてない大友と真理のために俺は少し時間をかけて説明してやった。
 俺たちが今いるのは、モルドバ伯の領地だ。その中でもこのあたりは彼の領地内に存在するドワーフの自治区である。彼らは伯に税金を納めている。自治区にある「ドラゴンヘッド」にはボーキサイトの鉱脈があって、日本政府はその採掘権を買うようだ。その受け取る権利をめぐって、モルドバ伯とドワーフがもめている。ドワーフは採掘権料を受け取ったら伯にその収入も併せて納税することになっているが、伯はそれを直接自分がもらった上に、ドワーフからも税金をむしり取ろうとしている。つまり税金の二重取りで裏金を作って私腹を肥やすわけだ。
 そんな時に俺たちがやってきた。ドワーフのリーダー、ドワルタスは俺たちがモルドバ伯に雇われて「ドラゴンヘッド」の調査に来たと思いこんでいた。今思うと、伯が税金を算定するために調査させようとしたって誤解したんだろう。その誤解は解けた。だが、今度はモルドバ伯がやってきた。ヤツは俺たちを完璧に疑っている。ヤツは俺たちをドワーフたちへの日本政府の密使と思っているようだ。おかげで俺たちには屈強な騎士のお目付がついてしまった。ドワルタスの村にも騎士が向かったそうだ。
「先輩、さすがに帰った方がいいんじゃないですか?」
 おおかたの状況説明が終わったとき、ユリが口を開いた。今朝のことでかなり怯えているようだ。無理もない。だが、真理と大友は反対だった。
「おいおい、俺たちはもう就職が決まってるんだぞ。ここで自衛隊に捕まったら内定取り消しだ。もうちょっとがんばろうぜ」
「そうよ、今すぐ何かあるってわけではなさそうだしさ・・・」
 確かに、今戻れば俺たちは地質調査団でも何でもない。身分を偽ってこの国に入国したことがばれてしまうだろう。だが、命あってのものだねって言葉もある。布石は打っておくべきじゃないのか。
「どうだろう?自衛隊にここの情勢が不穏だって通報だけでもしておくべきじゃないか」
 俺の意見にはみんな賛成だった。と、見張りの騎士はエンジンのかかったバンの中が気になるようだ。いぶかしげにのぞき込んでいる。俺はすばやくCDコンポのボリュームをあげた。
「それは賛成だけどさ。みんなで行くわけにはいかないぞ。俺たちが逃げたらモルドバは俺たちをスパイだって決めつけるぞ。ドワルタスの村が襲われるかもしれない」
 珍しく大友の正論だった。たしかに、この世界の連中は自衛隊には手を出さないだろう。その代わり、日本政府のもう1つの交渉相手であるドワーフさえ消してしまえば、彼らの考えている「密約」は成立しなくなる。その可能性は大いにあり得る。「はやりの疫病で村ごと全滅です」なんてモルドバ伯なら言いかねないだろうな。俺は決心した。
「わかった。俺が行く。折り畳み自転車があっただろ。あれで行けば半日で往復できる」

202 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/05/14(土) 00:09:06 [ QuulnSco ]
 街道まで大友たちは送ってくれた。俺はペットボトルの水とコンビニのおにぎりだけを持って自転車にまたがった。その時、見張りの騎士が慌ててやってきた。
「おい!どこに行くつもりだ!」
 まさか自衛隊に通報しに行くとは言えない。俺が適当な答えを考えているとユリが騎士に向かってポラドイドカメラのシャッターを押した。いきなりたかれたフラッシュに騎士がびっくりしている。
「な、な、何をする!」
 腰の剣に手をかけようとする騎士を見てもユリは焦ることもなくにこやかに笑っている。カメラから出てきた写真をぴらぴらと振ってから彼に渡した。
「ぬ、ぬ、ぬ!これは・・・!」
 写真にはびっくりして目玉をひんむいている騎士が写っていることは容易に想像できた。ユリの意図を察した真理が騎士に声をかけた。
「カメラのフィルムがなくなったんで取りに帰るんです。これに記録しないと調査が終わらないですから」
 ようやく気がついた大友も真理に続く。
「そうなんすよ。お役所ってところはうるさくてねえ。なんでも写真だの領収書だのって。参っちゃいますよ」
 騎士にとってはそんないいわけはどうでもいいんだろう。カメラの存在にびびりまくっているようだ。思えば、幕末の日本人はカメラを「魂を吸い取る」ってびびっていたそうだ。
「ああ!もういい!早く行け!」
 無事お墨付きをもらって俺は前を向いて自転車のペダルに足をかけた。だが、視線を移す一瞬。俺の視界に、ユリが笑いながら俺にウインクするしぐさが飛び込んだような気がした。それを確認する間もなかったが、俺は自分の一瞬で捕らえた錯覚にも似た光景を事実と信じて、ペダルをこぎ出した。

219 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/24(火) 22:33:10 [ 9fPr0PeE ]
できました。
F世界に遊び半分で密航した大学生の続きです

 自衛隊の駐屯地には日がとっぷり暮れた頃に到着した。門の自衛官は俺の顔を覚えていたようでフリーパスで通してくれた。
「あの、川村さんはどこにいますかねぇ?」
 俺はドワルタスから聞いた官僚の名前を出した。自衛官は顎で駐屯地にこじんまりとたたずむ建物を示してくれた。酒場のようだ。ライトが明々とついている建物だった。
「川村さんならこの時間には「ミスティ」にいるよ」
 俺はお礼もそこそこに「ミスティ」に向かった。思えば、俺たちが見事不法入国を果たしたお祝いをした店だ。ドアを開けるとカウンターにいるハーフエルフのママが笑いかけてきた。
「あら。いつかの学生さんじゃない?どうしたの?」
 ママの周りにいた自衛官の視線が俺に注がれる。そりゃそうだろう。俺の恰好はTシャツにジーンズ。ここの自衛官は防弾チョッキに迷彩服だ。浮きまくっている。
「川村さんはいないですか?」
 俺は周りの視線を気にしないでママに尋ねた。きれいなママは目で奥のテーブルを示した。彼女の視線の先に目をやって俺は驚いた。「ドラゴンヘッド」に向かう途中の農家で出会ったガス屋とメガネの官僚が楽しげに飲んでいるじゃないか。まさか知り合いだったなんて。俺はお構いなしにそのテーブルに歩み寄った。最初に川村が俺に気がついた。
「おお!地質調査の学生さんか・・・・」
「地質調査?」
 川村の言葉にガス屋がちょっとけげんな表情を浮かべたが今の俺にはそんなことにかまう余裕はない。

220 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/24(火) 22:33:50 [ 9fPr0PeE ]
「ええ。実は「ドラゴンヘッド」の採掘権料をめぐってドワーフとモルドバ伯が一触即発なんです。このままじゃ俺たちも危険です。自衛隊でなんとかしてくれませんか?」
 俺の必死の陳情に川村は無情にもおいしそうにジョッキのビールを傾けるばかりだった。
「それは大変だ。で、君たちは襲われたか?」
「まあ、ちょっとしたにらみ合いくらいでしょうか・・・」
「負傷者は?」
「ゼロです」
「拘束された人数は?」
「ゼロです」
 矢継ぎ早に川村の質問に答えていく。俺はドワーフのリーダーと誤解を解いて仲良くなったこと。モルドバ伯は「護衛」と称して俺たちに騎士を張り付けたことも説明した。だが、メガネの官僚から発された言葉は俺にショックを与えるものだった。
「ふむう。残念だが、この時点では自衛隊は出せないな・・・・」
「な、なんでですか?」
 思わず俺は川村に食い下がった。ガス屋は予想していた答えだったのだろう。軽く笑ってジョッキを傾けるばかりだ。ちくしょう。同じ民間人じゃないか。協力してくれてもいいものを・・・・。
「モルドバ伯は本音はどうあれ「護衛」をつけてくれている。君たちは自力でドワーフ族と和解した。であれば、在留邦人の君たちに危険はない、と判断せざるを得ないな・・・・」
 言われてみれば確かにそうだ。モルドバ伯とドワーフが衝突しても俺たちがその渦中に入ることは、関係上ありえないはずだ。物理的に戦闘に巻き込まれる危険性はあってもだ。
「戦闘に巻き込まれる危険があるならば、政府としては外務省の海外危険情報に基づいて危険情報をだすことしか、現段階ではできない。ここの自衛隊の任務はこの世界に積極介入することではないからね」
 俺は「そうですか」とだけ言うと店のドアに向かって歩き始めた。川村はにやにやしながら俺を見ているようだ。所詮官僚だ。マニュアル通りの対応しかしやがらない。俺がドアを開けようと手を出した瞬間、外からドアが開かれた。

221 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/24(火) 22:34:22 [ 9fPr0PeE ]
「あっ!」
「いたっ!」
 俺は外からドアを開けた人物と思いっきりぶつかってしまった。ドアの外で尻餅をついているのは、ガス屋と一緒にいた金髪の現地人だった。
「あ、すいません・・・・」
 慌てて謝る俺の後ろからガス屋がぬっと顔を出した。
「リナロじゃないか・・・。どうした?」
「今日は仕事が終わったから飲みに来ただけよ・・・・。いたた・・・」
 尻をさすりながらリナロと呼ばれた女性は立ち上がった。あの農家で見せた彼女の恐ろしい性格を思い出して俺は再度彼女にお詫びの言葉を述べた。
「あの、ホントすいませんでした・・・」
 そう言う俺の顔をリナロはまじまじと見ている。数秒して、「あっ」と声をあげた。
「あなた、地質調査の学生さんね!」
「はあ・・・。今から「ドラゴンヘッド」に帰るところです」
 俺はとりあえず彼女に答えた。すると彼女はちょっと考えてからガス屋に大声で言った。
「タチバナ、彼を送ってあげましょう!」
「えええ?」
 立花と呼ばれた例のガス屋は困ったような顔をするが、リナロはお構いなしだった。俺と立花の手を取って駐車場に歩き始めた。遠ざかる「ミスティ」の店内から自衛官の笑い声が聞こえた。
「学生さんも気の毒に。リナロちゃんの強引さは誰も止められないからな・・・」
 自衛隊にも止められないものを止めるのは不可能だと俺は観念した。

222 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/24(火) 22:34:47 [ 9fPr0PeE ]
 軽トラックの荷台に自転車と俺と、なぜかリナロが乗っている。荷台が彼女のお気に入りと言うが。それって道路交通法違反じゃないのか。っていうか、運転している立花は明らかに飲酒運転だ。その旨を窓を全開にして走る立花に言ってみたが、指摘するだけ無駄だった。
「この国で飲酒運転の検問でもしてんのか?」
 そう言いながらも俺とリナロにはちゃんと「LPガス協会緊急出動要員」って書かれたヘルメットをかぶせるあたりは、内心びびってんのかもしれない。すっかり日の落ちたガタガタ道を揺られながら俺とリナロは荷台で缶ビールを飲んでいた。
「でもさ、マシマだっけ?あんたたち、地質調査って嘘でしょ?」
 いきなり発せられた言葉に俺は思わずビールを吹きそうになった。それを見たリナロはにやっと笑った。
「同じ日本人にはわかんないかもしれないけどさ、わたしたちから見れば一発でわかるわよ。だってあなたたち、緊張感がまるでなかったんだもん。ここに来た日本人は自衛隊も、今運転してるタチバナもみんなここに来たときは緊張してたわよ。みんな仕事で来てたから。でも、あなたたちの雰囲気は仕事じゃないわ」
 彼女の指摘は図星と言えた。俺はビールをぐいっとあおってため息をついた。それと同時に思ったのが、彼女がどうしてそこまで確信して、このことを川村なり自衛隊に通報しなかったかだ。通報していれば俺が「ドラゴンヘッド」にこうやって戻ることはできなかっただろう。しかしそんなことを質問すれば彼女の言葉を認めることになる。当然聞くことはできない。
「そんなもんですかねぇ」
 こうごまかすのがやっとだった俺にリナロはそれ以上追及することはなかった。荷台のクーラーボックスから缶ビールを何本か出してビニール袋に入れると、俺に渡してくれた。
「あなたのお仲間にあげて。今頃宴会の真っ最中じゃないの?」
 俺はその言葉を完全否定することができずに、「あ、はい」と言うのがやっとでそれを受け取った。

223 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/24(火) 22:35:35 [ 9fPr0PeE ]

 浜辺に近い街道で俺は車から降ろしてもらった。
「学生さん、やばくなったら逃げるんだぞ。自衛隊はいよいよにならないと助けに来ないからな」
 運転席から声をかける立花の言葉を聞いて俺はあることを思い出していた。半年ほど前にこの国の王都で起こったクーデターを阻止した民間人。ひょっとして目の前で軽トラを運転しているガス屋の兄ちゃんじゃないのかって思ったのだ。
「立花さん、あなたはもしかして・・・」
 そう言いかけた俺の言葉をリナロが遮った。
「マシマ、くれぐれもモルドバ伯には気をつけて。あなたが何の目的でここに来たか知らないけど、彼を敵に回してはダメよ・・・・・。さ、タチバナ!帰るわよ!」
 俺に再度の質問の機会を与えてくれることなく、ガス屋は軽トラックを転回させて帰ってしまった。俺は折り畳み自転車を押しながらとぼとぼと浜に向かった。結局、俺にできたことはホントの意味で「通報」しただけだ。自衛隊の助けは来ない。というか来られない。川村の様子だとあれ以上突っ込んだ話をすると俺たちのことまで勘ぐられてしまいかねない。そうなれば俺は即逮捕だっただろう。俺は逮捕の恐怖でびびって退いてしまったのか。そう思うと悔しくて仕方がなかった。こうしている今、大友や真理、そしてユリの命が危険にさらされていると考えたら俺は自分が憎たらしくてたまらない。そう思いながら車のところまでたどり着いた。

224 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/24(火) 22:36:04 [ 9fPr0PeE ]
「あ、裕太せんぱ〜い!」
 陽気なユリの声が俺を出迎えた。あまりに緊張感のない声に、朝出発したときの危機感は何だったんだって思いたくなった。そして、俺の危惧は的中した。
「お、真島!おつかれ!」
 大友たちはたき火を囲んで宴会の最中だった。驚くことにその輪の中に例の黒髪で額に傷のある騎士と、ドワルタスまでいるから驚きだった。
「あ、あああああ!!!」
 そして、その騎士の横にあった瓶を見て俺は悲痛な叫び声をあげずにはいられなかった。彼の横に置かれた一升瓶は、俺が大枚はたいて手に入れた幻の焼酎「森伊蔵」の瓶だった。
「いや、マシマ殿。この酒は最高ですな」
 騎士は上機嫌でドワルタスと紙コップで乾杯しながら俺に言った。俺は自分たちの密航がリナロにばれてしまったショックにくわえて、秘蔵の焼酎を勝手に飲まれたショックに身を震わせる他なかった。
「真島も飲めよ。大変だったな」
 大友が紙コップに俺の「森伊蔵」をドボドボと注いだ。焼酎党のみなさまには有名な「森伊蔵」。生産も流通も超限定品で、ネットオークションでラベルを偽造した模造品が出回ったこともある。それが、コンビニで買えるような安い焼酎のように無造作に紙コップに注がれているのだ。俺は思わず立ち上がって大声で怒鳴りそうになった。
「裕太先輩・・・」
 その時、輪に加わった俺の横にいるユリが俺の手を掴んで声をかけた。彼女はきっと俺の気持ちを察しているんだろう。その上で、この秘蔵の焼酎を振る舞うことになった理由を話してくれるに違いない。そう思って、俺はいったん立ち上がった腰を降ろした。それを見届けたユリは立ち上がった。が、その期待は過大評価だったようだ。
「じゃあ、秘蔵の焼酎を提供いただいた真島先輩にかんぱ〜い!!」
 半分やけくそで3,4杯一気に飲み干した俺はタバコに火をつけて一息ついた。ともあれ、俺の成果報告をしなければいけないだろう。それに、モルドバ伯の残した騎士とドワルタスがすっかり意気投合している理由も聞いていない。
「ああ、それはですね・・・」
 いささか酒のおかげで饒舌になっているユリが昨日のことは忘れたかのように俺ににこやかに話してくれた。

225 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/24(火) 22:36:31 [ 9fPr0PeE ]
 俺が出発してしばらくするとドワルタスがやってきた。例の騎士、名前をカリウスって言うそうだ。その騎士と最初は一触即発だったそうだが、いろいろ口論しているうちに意気投合してしまったようだ。カリウスは騎士道を重んじる男のようで、モルドバの卑怯なやり口には不満を持っているようだ。モルドバも彼のまじめな性格が気に入らないようで、カリウスに言わせれば「騎士にあるまじき」監視役などを仰せつかったという。
「わたしも騎士の端くれ。命をなげうつ覚悟で国王陛下にこの件を陳情することも辞さない覚悟です」
 そう言って俺に続いて王都に向かおうとしたのを必死で止めた結果がこの宴会ということのようだ。確かに、今彼が国王に陳情しても証拠がない。最悪、彼はモルドバに消され、ドワーフの村も襲われかねない。
「で、そっちはどうだったんだよ?」
 砂浜に頬杖をついた大友が俺に質問してきた。俺はため息をつきながら事の次第を報告せざるを得なかった。
 自衛隊は具体的有事が起きない限り出動できない。それどころか、ガス屋のリナロには俺たちが密入国していることがばれている。官僚の川村にはばれていないっぽいが、疑われていると見た方がいいこと。すなわち、状況は自衛隊がこの地域の不穏なことを知っただけでなんの進展もないことを報告することしかできなかった。
「では、みなさんのお国の軍隊は動いてくれぬということですか?」
 カリウスがびっくりして言った。無理もなかろう。彼からすればこの状態だけで「有事」なんだろうけど。俺たちの知っている日本の法律上、「有事」はもう一段階ことが進まないとそうは認定されないようだ。ユリが今度は不安そうな顔をして俺を見ている。
「先輩、やっぱ帰った方がいいんじゃないですか・・・・」
 俺もその意見に賛成だった。ドワルタスに頼んでその辺の石を適当に見繕ってもらって「調べました」ってことにしておさらばしよう。その時、街道に通じる小道をドワーフが走ってやってきた。彼は小さな身体をちょこまかと動かしながら俺たちのところまで来ると、乱れた息を整えて叫んだ。
「ドワルタス!大変だ。村の若い連中がモルドバの騎士をボコボコにして追い出しちまった!もうすぐモルドバが兵隊を率いてやって来るぞ!」
 衝撃的な報告に俺たちは数秒の間、文字通り硬直してしまった。この報告は事態が抜き差しならないところにきたことを意味していた。
「もうすぐって・・・!逃げる暇もないぞ!」
 大友がGショックを見ながら泣きそうな声を出した。ここは当然、携帯も圏外だ。川村に通報する術もない。ユリが俺の手をぎゅっと握ってきた。今の俺には彼女の手を同じくらいの強さで握り返すことくらいしかできなかった。










235 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/31(火) 00:14:20 [ N8d3nhVU ]
>>233
乙です。こっちも一応できました。最終回です

 走ってきたドワーフの報告を聞いたリーダーはびっくりして叫んでいた。
「なんでまた、モルドバの騎士に手を出したんだ?」
 今、彼らに手を出すのは誰がどう見てもやばいことは明白だ。むろん、ドワルタスも村の面々にはそう言ってあるはずだった。
「それが、やつら・・・・。村の子供を捕まえやがったんだ。連中の金を盗んだとか言いがかりをつけてモルドバの屋敷に連行したんだ。それで若いのが怒って・・・・」
 それってモルドバの罠じゃないのか。わざとドワーフたちを挑発して手を出させる。そうなったら天下御免で彼らを殲滅することができる。王都には「ドワーフに謀反の兆候有り」って報告すれば無問題だろう。
「うぬぬ、伯はそこまで墜ちたか・・・・」
 カリウスが苦々しげにつぶやいた。それと同時に街道を挟んだ森から黒煙が幾筋もあがるのが見えた。ドワルタスの村の方角だ。やっぱり、モルドバはやる気満々で兵を準備していたのだ。そうでないとこんなに早く村を襲えるはずがない。すぐに、浜辺にドワーフたちが続々と避難してきた。
「ドワルタス!モルドバが攻めてきた!」
「指揮をとってくれ!」
 手に手に斧を持ったドワーフの若手、とは言っても背が低くて髭もじゃなんで俺たちにはあまり見分けがつかない、が十数人ドワルタスの周りに集まった。大勢の女子供もなぜか、俺たちの車の周辺に避難してきている。
「真島、逃げようぜ・・・・」
 呆然と事の成り行きを見守っていた大友がようやく口を開いた。こればっかりは俺も反対意見はない。だが、ユリが街道の方を見ながらつぶやいた。

236 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/31(火) 00:15:07 [ N8d3nhVU ]
「もう、遅いわ・・・」
 その言葉に俺たちだけでなく、周囲に集まったドワーフたちも街道に視線を移した。林の中から物干し竿みたいな長槍を持った騎士が乗馬して続々と姿を見せ始めた。2列横隊の騎士の後方からは弓兵や槍隊が密集隊形で歩いてくる。優に1000名は越えるだろうか。やはり、モルドバは攻め込む気満々で自分の軍を準備していたんだろう。あっという間に、500名ほどのドワーフと俺たちは海を背にして取り囲まれてしまった。
「これってやばくない・・・・?」
 大友にしがみついていた真理がぼそっと言った。
「だから早く帰ろうって言ったじゃないか」
 その他人事のような物言いに俺は思わず反論した。今更遅すぎるのはわかっているけど。俺の手を握っているユリの手がじっとりと汗ばんでいるのが伝わった。目の前数十メートルに迫った甲冑の騎士が槍を突き立てて突撃すれば俺たちの人生は終わる。内定も卒業も関係なくだ。ようやく、その現実が俺たちにも認識できつつあった。ここはもうすぐ戦場になる。その騎士団の前列に動きがあった。俺とユリは思わずお互いの身体にしがみついた。
「ドワルタス!もうあきらめよ!」
 騎士団の間から従者を率いた赤マントに髭の男、モルドバが現れた。馬上の彼の腕には小さな子供が抱えられている。
「マジャトリクス!!」
 ドワーフの中から悲鳴が聞こえた。子供の父親なのだろう。モルドバは無情にも馬上でその子供に剣を突きつけた。村人の間からどよめきが起こった。
「ドワルタス!わしに採掘料の受け取り権を渡せ!これが最後のチャンスだぞ!」
「伯!どうかそのようなことはおやめください!」
 成り行き上、俺たちといっしょに包囲されてしまっていたカリウスが数歩進み出てモルドバに叫んだ。さすが騎士。度胸がある。それを見た髭親父はカリウスを見下したような目で見るだけだった。
「カリウス、貴様の諫言も聞き飽きたわ!きれい事もたいがいにせい!」
 モルドバは彼の言葉に耳を貸そうともしない。っていうか耳を貸していればこんなことはしないはずだ。伯は突きつけた剣をさらに子供に近づけた。
「ドワルタス!返事はどうした!」
 名指しされたドワルタスは髭もじゃの顔を凍り付かせている。無理もない。村の大事な子供を人質に取られ、大事な財産を渡すように脅迫されているのだ。ちくしょう。なんてヤツだ。これでも騎士か?騎士ってのは映画で見るような正々堂々として、カリウスみたいにまじめな連中じゃないのか?これじゃホントに悪代官じゃないか。恐怖を覆うように俺の心がだんだんいらだちで満たされてきた。

237 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/31(火) 00:15:41 [ N8d3nhVU ]
「子供を捕まえて何しよるとや、おっさん・・・」
 思わず口にした言葉をモルドバが聞き漏らさなかったようだ。ぴくりと眉をつり上げながら俺を見た。
「抵抗もできん子供捕まえて言いたいこと言うちゃあ、立派な騎士やのお・・・」
「ま、真島君!」
 真理が思わず俺を止めようとするが、カチンときてしまった以上、止められない。
「おまえら恥ずかしくないんか!普段は騎士じゃなんだとえばりくさってから、いざとなったら子供を盾に脅迫かい、こら!」
「貴様!モルドバ様に何を言うか!」
 そばにいた従者が俺に剣を振りかざして走ってきた。幸い兜はかぶっていない。思わずその辺にあったビール瓶で、上段から剣を振り下ろそうとするそいつの頭をぶん殴ってやった。テンションのあがってしまった俺はぶっ倒れたそいつの顔を足で踏みつけた。
「人の話は最後まで聞かんかい!」
「やっちゃったよ・・・・」
 大友が思わずつぶやくが事態はそれでも進んでいた。モルドバは頭に血が昇った俺に向かって叫んだ。
「異世界人!これ以上口を出すな!わしはアルドラ正教の認める国王よりこの領地を預かった身!すなわち、神の代理人である国王の命でこの地を治めているのだ!ということは。わしに刃向かう者は神に刃向かう者!これ以上の無礼な振る舞いは容赦せんぞ!それとも・・・・。おまえに神の言葉を聞く力でもあるというのか・・・」
 モルドバは俺に見せつけるように脇に抱えた子供に剣先を突きつけた。なめやがってこの髭親父・・・。とはいえ、そんなこと言われたって・・・・。返答に詰まる俺を見てモルドバがにやりとした。
「異世界人はだまっておれ。貴様らはさっさと地質調査をして帰ればよいのだ」
 その時だった。勝利宣言をするモルドバの目の前に、大友が飛び出した。ドワーフ、騎士団双方の視線が彼に注がれる。大友はポケットから何か取り出して声を震わせながらいきなり叫んだ。
「控えい!控えんか!これが目に入らぬかあ!!!」
 大友が大声で叫びながら取り出した「ある物」を見た俺、真理、ユリは「ええええ?」と叫んだ。絶対にやめた方がいいってニュアンスを込めた叫びだったが、恐怖で冷静さをなくした彼はそれに気がつかなかった。騎士団とドワーフが注目する中。次に大友が放った言葉はさらに俺を驚愕させた。
「こちらにおわす方は、神の言葉の代弁者であるぞ!!!」
 震える声で叫ぶ大友の目線は間違いなく、俺に向いていた。俺までこんな猿芝居に巻き込むのか?やめてくれ!って叫びたくなったが、すでに手遅れだった。見事なまでにモルドバが食いついてしまったのだ。
「ほお・・・・。この男が神の代弁者だと?証拠を見せろ!」
 証拠なんてあるわけがない。だが、苦し紛れの猿芝居を始めてしまった大友は引き下がることはしなかった。みんなに見せていた「ある物」=携帯電話のボタンを押した。

238 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/31(火) 00:16:17 [ N8d3nhVU ]
♪おれの おれの おれの話を聞けぇ〜 5分だけでもいい〜

「お、お、おおおおおおお!!!!」
 スピーカーから流れた着うたにドワーフも騎士団も目をまん丸にして驚いている。モルドバさえも信じられないと言った表情を浮かべて大友の持つ携帯電話に見入っていた。数秒、驚きで動きが止まった。不意に、浜に集まった人々が一斉にひれ伏した。乗馬していた騎士も下馬してひざまずいている。
「ははあ〜!!」
 どうやら、大友の猿芝居が半分成功したようだ。そこで彼は驚くべき言葉を俺に耳打ちした。
「真島、後は任せたぞ」
「ええっ?」
 ひれ伏しながらも、まだうさんくさそうにこっちを見ているモルドバの視線を感じながら俺は大友のとんでもない丸投げオファーに顔をしかめずにはいられなかった。こいつの苦し紛れの芝居をどうやって引き継げってんだ?
「なんでもいいから、この場を丸く収めそうな事言えよ。おまえ、そう言うの得意だろ?」
「たとえば、どんな?」
「そうだな・・・。あれだ。天は人の上に人を作らずとか・・・」
 ホントにめちゃくちゃな理屈だが、他に何も思いつかない。そんな適当でいいのかと思いつつ、俺は咳払いして「神の言葉」を待つ連中に第一声をかけた。
「え〜、天は人の上に人を作らずといいます。みなさん、我が国の言葉では人という字はこう書きます」
 俺はそこらへんに転がっていたバーベキューに使った木炭の入った段ボールの切れ端に「人」という字を書いてみんなに見せた。もうほとんどやけくそだった。
「この字を見てください。人という字は支え合ってできているのです。つまり、人と人とは・・・・・」
 ちょっと苦しくなってきた。モルドバの俺を見る目がだんだん疑いに満ちたものになっていくのが見て取れた。疑いもへったくれもない。俺のしゃべっているのは某熱血先生ドラマシリーズの名台詞なんだから・・。
「で!!神はこの「ドラゴンヘッド」の権利はどちらにあるといわれているので?」
 しびれを切らしたモルドバが敵意に満ちた口調で俺の言葉を遮った。俺は思わず答えに窮した。そんなこと俺に聞かれてもわかるはずない。そんな俺のリアクションを見て、モルドバが立ち上がった。
「まさか、貴様!神の名を煽っておるのではないだろうな!」
 その言葉に、モルドバの周囲にいた数名が剣を手に主人に続いた。俺たちは思わず後ずさった。今度こそやばい。もうだめだ・・・・。
「おい!あれはなんだ?」
 その時、ドワーフの1人が海の方を見ながら叫んだ。再び一触即発になった浜辺のみんなが海の方を見やった。

239 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/31(火) 00:16:47 [ N8d3nhVU ]
「おお!」
「神だ!神の光臨だ!!」
 口々に声をあげる連中を後目に、俺たちだけは海の上に見える物体の正体を知っていた。そしてその物体の登場は俺たちの命が助かったということを意味していた。
 海に現れた物体、側面に「陸上自衛隊」と書かれた3機のUH-60ヘリは俺たちのすぐ近くに着陸した。その中から、完全武装の自衛官が数十名降り立った。最後に降りてきた人物を見て、ドワーフはもちろん騎士団も驚きの声をあげた。
「こ、国王陛下!!」
 中年の人の良さそうな王様、アルドラ王国国王マキシム6世だった。侍女を連れた国王に続き、スーツの男が続く。川村だ。国王を目の当たりにした連中は再びその場にひれ伏した。

240 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/31(火) 00:17:21 [ N8d3nhVU ]
 その後の展開はまさに、リアルバージョンの「水戸黄門」だった。思いもかけない国王の登場にモルドバは平身低頭。ドワルタスはここぞとばかりに彼の所行を告発した。カリウスも証人としてそれに続いて、結局モルドバは王都に連行されてしまった。
「さて、真島君・・・・。」 
 国王も引きあげ、ひととおり落ち着いた浜辺で川村がにやにやしながら俺に近づいてきた。きっと俺たちの密航はばれてしまったんだ。彼の号令で俺たちは自衛隊に捕まってしまうんだろう。
「真島君、それに学生諸君。君たちに謝っておかないといけないことがある」
 そう言って川村は予想もしなかったアクションに呆然とする俺たちを後目に、バンの前輪あたりをごそごそとさぐった。そして小さな黒い物体を取り出した。
「盗聴器・・・・」
 真理が思わずつぶやいた。川村は彼女の言葉にうなずいた。しかし、いったいいつの間にそんなものつけたんだろう。
「君たちのことは上陸翌日、ガス屋の立花君からの話で知っていたよ。これは農家で立花君と君たちが出会ったときに、彼がつけた盗聴器だ。自衛隊は君たち邦人に身の危険が迫らないと出動できない。ましてや武力行使はもってのほかだ。だがそれを確認していては死人が出てしまう。その結果、こうした手段を使わないわけにはいかなかったんだ。」
 そう言って川村は近くの自衛官に盗聴器をぽんっと投げて渡した。さっきまでびびりまくって猿芝居までやらかした大友が怒ったように川村に叫んだ。
「それでも市民の会話を盗聴して監視するなんて、法律違反ですよ!」
 その言葉に川村はメガネの位置をなおしながら笑った。
「だったら、君があの猿芝居のネタが尽きて串刺しにされるまで待った方がよかったかい?」
 その言葉に大友は反論することはできなかった。川村は俺たちが誰も反論できなくなったことを認めると、俺たちを宴会していた場所に案内した。そこにはドワルタスがいた。そこで川村とドワルタスはがっちりと握手した。
「ドワルタス君、作戦成功おめでとう」
「カワムラ、多少危なっかしいところはあったが、あんたの作戦のおかげだよ」
 これには俺たちは唖然とするほかなかった。それに気がついた川村は俺たちに座るように言った。そして肩に担いでいたクーラーボックスから缶ビールを出して俺たちに配った。
「種明かしをしてあげよう。君たちがドワルタス君と一触即発になった事件。あれは予定通りだった」
「えええ!?」
 俺たちはこれで何度目になるかわからないが、驚きの声をあげた。あの殺されるかと思ったドワーフ族との対面は仕組まれていたというのか。そうとは知らずに切れまくった俺は今更ながら恥ずかしくなった。
「日本政府としては、汚職をしているモルドバよりも地元のドワーフとの取引を望んでいた。だが、ここは自治区とは言えモルドバの領地だ。彼を追い落とす材料もない状態だ。そんなときにやってきたのが君たちだ。言い方は悪いが出汁に使わせてもらったんだ。モルドバに「異世界人が地質調査にきた」って偽情報を流した上でね。しかもドワーフ族と仲良くなったって聞けばモルドバは動くと確信してたんだ。」

241 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/31(火) 00:17:57 [ N8d3nhVU ]
「つまり、川村さんはわたしたちが最初から地質調査団じゃないとわかった上でこの作戦を・・・?」
 ユリがちょっと川村をにらみながら確認した。川村はドワルタスと目を合わせてにやっとすると缶ビールをあおった。
「その通り。案の定、モルドバは君たちに監視役をつけ、ドワーフの村にも騎士を送り込んだ。この時点でモルドバが何か後ろめたいことをやってるってことは明白だったが、まだ証拠がなかった。そこで運が良かったのは、カリウス氏の存在だ。彼は我々の盗聴器に思いっきり、モルドバの悪事を話してくれた。これでマキシム6世も重い腰をあげてくれた。」
「そういえば、宴会をしようって言ったのはドワルタスだったなぁ」
 上を向いて思い出しながら大友がつぶやいた。なるほど、車に仕掛けられた盗聴器の近くでカリウスに洗いざらいしゃべらせれば、モルドバを追い込む証拠を作ることができるわけだ。
「だが、ドワーフの若者が村に派遣された騎士を襲ったのは予想外だった。慌ててこっちも国王をともなって王都を出たが、間に合うかどうか微妙だった。そこで大友君、君の猿芝居で時間を稼いでくれたのが幸いだったよ」
 つまり川村はすべてお見通しだったわけだ。我が探検部の完敗と言うことだ。作戦のすべてを聞いた俺たちはもらったビールを飲むのも忘れて、下を見るだけだった。これで卒業も就職もパァだ。
「でも、川村さん。政府ってけっこうえげつないことをやってんですね」
 真理だった。せめてもの負け惜しみって感じの言葉だった。だがその言葉も川村には少しもダメージになっていないようだった。笑いながら新しい缶ビールの栓を開けた。
「わたしも、君たちくらいのころはそう思っていたよ。でもね、日本がこの世界に来てしまった。石油も鉱石もましてや食料まで輸入に頼っていた我が国が、今まで通りの生活を国民に提供するにはこんなことをしなければいけないこともあるんだよ。それとも君たちは、授業そっちのけで自給自足の原始生活に戻りたいかい?」
 その言葉にだれも反論できなかった。しかし、反論ではないが、ユリがまじめな顔で川村に言った。
「そんな状況でも、日本にある法律は壊したくない。だから、川村さんはわたしたちや、立花さんたちを使っていろいろと戦略を練るわけですね。自衛隊が、絶妙のタイミングで介入できるように事態をコントロールして。だからこそ、わたしたちはこうして無事だったし、自衛隊も出動しただけで戦闘はしないですんだ。そして、ボーキサイト鉱山の採掘問題は友好的なドワーフ族と契約を結ぶことができるようになった。」
 ユリの言葉に川村はうれしそうに頷いた。彼が何も言わないのを確認して、俺の隣のユリはさらに言葉を続けた。

242 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/31(火) 00:18:32 [ N8d3nhVU ]
「だとすれば、川村さん。わたしたちも少しは協力の見返りを要求してもよくないです?今回の作戦はわたしたちという、イレギュラーな存在があってこその成功だと思うんですが・・・・」
 いつものユリらしくない、かなり厳しい発言だった。思わず俺と大友はお互いの顔を見合わせた。彼女の要求は遠回しに、俺たち4人の密入国を不問にしろってことだ。いくらなんでもそれは欲張りすぎじゃないか。
「はっははっは!!」
 だが、川村は楽しそうに声を出して笑った。
「いや、すまん。ユリ君だったかな?君はなかなか頭が切れるね。もちろん、君たちの今回のことは不問にしておくつもりだ。そして、このことは誰にもしゃべらないで欲しい。」
 そう言って川村はポケットから小切手を出すと俺に渡した。それを見た俺は思わず我が目を疑った。
「ご、ご、ご、ご、五百万???」
「ええ?」
「うおっ!すげえ!」
 真理と大友が俺に飛びつく。俺は自分の手にある小切手と川村の顔を交互に眺めるばかりだ。
「これは口止め料だ。これで卒業旅行はもっとまともなところに行きなさい」
 だが、ここでドワルタスが川村に何か耳打ちした。それを聞いて川村も顔をしかめたが、苦笑いしながらなにやら了承したようだ。
「マシマ、我々の村は君たちをいつでも歓迎するぞ!カワムラの了解も得た。また遊びに来い!」
 ドワーフのリーダーはそう言うと立ち上がって、森の中に消えていった。それを見届けた川村もため息をついて立ち上がった。
「受け入れる側が言うんだから拒否はできない。だが、今度は身分を偽るんじゃないぞ。福岡大学「探検部」の諸君。・・・・それと、明日の夕方までには駐屯地に戻って来るように。じゃあな」
 肩をすくめながら川村も待たせてあったヘリに乗り込んだ。官僚を乗せたヘリは砂塵を巻き上げながら砂浜から離陸して海上に飛び去っていった。本当に誰もいなくなった浜辺で俺たちは改めてぐったりとした。

243 名前:228 ◆st/L1FdKUk 投稿日: 2005/05/31(火) 00:19:01 [ N8d3nhVU ]
「これで、終わったんだな・・・・・」
 砂浜に寝転がって大友がつぶやいた。そう、やっと終わったんだ。彼の言葉を合図に俺たちはそれぞれその場に横たわった。いつの間にか日が沈んで空は満面の星空だ。
「さすがに今回ばっかりは懲りましたね・・・・」
 横たわった俺の真横でユリが言った。同感だ。身分を査証しての入国。ドワーフとの「仕組まれた対立」。モルドバの介入。動けない自衛隊。そして一触即発に急転直下の解決。俺たちは常に考えて考えて行動したつもりだったが、それが全部たった1人の官僚の手の内で踊っていたわけだ。でも「探検部」として収穫もあった。ドワルタスとはいい友人になれた。またこっちに来たら歓迎してくれるそうだ。
「なあ、ユリ・・・・」
 そう思った俺は思わず彼女に話しかけていた。星空を見ながら俺は思うままに口に出る言葉を言ってみた。
「今度、ドワルタスの村に行くときはさ、俺とおまえだけで行きたいんだけど・・・・」
 言うことを言ってみたものの、何も反応がないので思わず、横目でちらっとユリの方を見てみた。彼女は俺の方を向いて笑っていた。その彼女と目があった。
「・・・・・・いいですよ」
 彼女のうれしそうな恥ずかしそうな笑顔を直視できない俺は思わず、見たこともない星座がいっぱいの星空に視線を移さずにはいられなかった。