65 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/14(木) 00:46:36 [ ICc4TYYM ]
できました。

 王宮の人々に安全講習を行ってからもぼくの王宮詣では続いていた。その中で変わったことがいくつかあった。人々のぼくに対する接し方だ。ほとんどの人が好意的になったのだ。衛兵や侍女の中には、この世界ではマニアックな質問を飛ばしてくる連中まで現れた。
「給湯器で出したお湯をコンロで沸かすのと、水から沸かすのとどっちがお得かな?」
 はっきり言って一概には言えないような質問までしてくるような猛者も出てきたのだ。それはそれでぼくとしては仕事のやりがいが出るというものだった。だが、気にかかるのは、あの講習会以来なりを潜めた保守派の動きだった。
 どうもマガンダは日和見だが神聖騎士団に肩入れしているようだ。そうなってくると、スパイが誰であるかということもちょっと気にかかる。状況だけならリナロが濃厚だが、ぼくとしては彼女がそうであるとは考えたくない。
「今日も異常なし、と・・・」
 何かあったときのために王宮に行くときは別の仕事を入れない。つまり、何事もないと点検が終わると暇だった。時間は午後3時。さぼるのにはもってこいだ。
「タチバナ!がんばってるね!」
 講習会以来、あまり顔を合わせなかったリナロだった。いつもと変わらない満面の笑みだ。例によって中庭でタバコを吸うぼくの横にしゃがみこんだ。
「どう?あれから異常はない?」
 普段なら何気ない会話なんだろうが、スパイ疑惑があるとどれもこれも疑わしく聞こえて仕方がない。ぼくは多少間を置いて答えた。
「ああ、まったく。神聖騎士団も吹きだすガスにびびったんじゃないのかな」
 半分挑発も兼ねての答えだった。だが彼女はいじわるなほほえみを浮かべるだけで、スパイ関連のことには素人のぼくにはその真意を、まったく読みとることはできない。
「それならいいけど、あんまり油断したらだめよ」
 そんな反応をするリナロにぼくは誘いをかけてみることにした。というより、彼女がスパイであって欲しくないという自分の願望を確認する行為と言った方が正しいかもしれない。
「リナロ、飲みに行こう」
「いいわよ」
 あっさりとぼくの誘いにのったリナロをぼくは「ミスティ」に連れていくことにした。

66 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/14(木) 00:47:11 [ ICc4TYYM ]
 いつもは夕方以降にぎわう店も午後3時すぎだと客はまばらだ。交代で休日を取る自衛官くらいだった。その中で、ぼくとリナロはテーブルに座った。ハーフエルフのママ、ミスティがビールを持ってきた。
「あら、立花ちゃん。かわいいお客さんじゃない」
 乾杯をすませて軽く飲んだぼくたちにママが声をかけた。
「こっちでお世話になってる人ですよ。いろんな意味でね」
 ぼくの少し挑発的な言葉にリナロは顔をぴくりとさせた。思わずぼくは心の中でため息をついた。今の彼女のリアクションが見間違いであって欲しいと思ったのだ。
「あら、川村さん」
 ママの声でぼくは入り口を振り返った。スーツにメガネ。明らかに浮いた格好の川村がまっしぐらにぼくとリナロの座るテーブルに歩み寄った。
「やあ、立花君。今日は早いね」
「たまには、ね・・・」
 川村はママさんが持ってきたビールでぼくとリナロと乾杯した。心なしか、リナロの顔色がよくないように見える。それを見越したように川村がママさんに声をかけた。
「ママ!ちょっと奥の個室でじっくり飲ませてよ」
 そう言って川村はぼくとリナロを有無を言わさず個室に案内した。この店は自衛隊の駐屯地内にある。個室も完備してある。いわゆる「VIPルーム」として。そこに入ってドアを閉めるや、川村は懐から拳銃を抜いた。
「立花君、大金星だな」
 にやりと笑うと川村は抜いた拳銃をリナロに突きつけた。あまりのことに言葉が出ないぼくにかまうことなく、川村は言葉を続けた。
「君の周囲に送り込まれたスパイ。こっちでも調査したが彼女だったよ。よく見抜いたな」
 いきなりの新事実の連続でぼくはちょっととまどった。川村に何か言おうとしたが、びびつぼくよりも先に銃を突きつけられたリナロが意外にも答えた。
「どうすんのよ?わたしを殺す?」
 開き直ったようにも怒っているようにも見える彼女の表情をぼくは穴が開くほど見つめた。川村は拳銃の激鉄を起こした。拳銃の構造をリナロは知らないだろうが、川村の自信にあふれる表情とぼくのひきつった顔を見れば、その威力や推して知るべしだ。
「か、かわ、川村さん・・・・・。や、やめましょう・・・・」
 どもりまくりながらようやく声を出したぼくに川村が少し視線を向けた。次の瞬間、彼の拳銃は下げられた。
「もちろん、殺すつもりはない。まあ、座りなさい」
 そう言って川村はぼくとリナロをテーブルに座らせた。10畳ほどの部屋に恐ろしく張りつめた空気が立ちこめているような感じがした。リナロは敵意に満ちた目をぼくたちに向けている。そんな中、川村が口火を切った

67 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/14(木) 00:47:44 [ ICc4TYYM ]
「率直に言おう。リナロ君、こっちに寝返らないか?」
 彼女にとっては意外だったのだろう。「えっ」と言う感じで川村を見た。
「どうせ散々利用して用が済んだら殺すんでしょ?」
 想定の範囲内の反応を聞いて川村はタバコに火をつけながらそれに答えた。
「我々日本人がなぜ、ここまで経済成長できたのか?リナロ君、それは君の知っているとおり高度な技術力もある。それ以上に日本人はビジネスにおいては契約以上にサービスをするのだよ」
 彼女にはこの川村の言葉は理解できないだろうが、ぼくにはわかった。つまり、暗に保守派以上の待遇を約束しているのだ。川村はわかってないリナロにさらに続けた。
「君が普通に王宮に勤務する侍女であるのに、なぜスパイをしているのか。病気の母親だろ?アルドラ正教会の運営する病院で治療を受けているそうだな。その医療費のためなんだろう・・・」
 この言葉で初めてリナロの表情が変化した。
「なんでそんなことまで知ってるの?」
「それは秘密だね。わたしも立花君以外にいろいろと善意の情報提供者を抱えているからね」
 ぼくは思わずはっとした。そう言えば、王宮の侍女の家にガスを設置したとか大川さんが言っていたが。まさかその侍女って・・・・。
「大川さんか・・・」
 いつの間にか口に出していたぼくを川村は笑った。
「正解だ。大川君には単発のバイトとしてリナロ君の家の状況をいろいろと話してもらったよ。それでわたしもリナロ君がスパイだと確信するに至った。その過程の情報収集に関しては極秘だがね」
 ぼくと川村のやりとりを聞いていたリナロは今までにぼくに見せたこともないような表情を浮かべていた。敵意と疑念に満ちた顔だ。やがて、意を決したようにビールをぎゅっと飲み干すと、川村に向き直った。
「で、そっちのサービスって?」
「そうだな。君のお母さんをこの駐屯地にある病院に入院させよう。お母さんは結核の初期症状だ。君も検査して予防接種をした方がいいな。」
 そこまで調べがついているとは。しかし、ぼくたちはこっちに来る前に考えられる限りの予防接種は受けているからまあいいが・・・。リナロは信じられないようで鼻で笑った。
「悪魔に見込まれた死の病よ。治るはずがないわ」
「肺結核は決して不治の病じゃない。現実にぼくの国で結核で命を落とす人はここ数十年ほとんどいない。その証拠にぼくの国では70,80,90歳でも元気にあちこち歩き回るお年寄りも山ほどいるよ」
 ぼくの言葉を聞いてリナロはすがるような目でぼくを見た。ようやくぼくの知っている彼女の顔になったような気がして少し安心した。

68 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/14(木) 00:48:16 [ ICc4TYYM ]
「ホント?タチバナ?お母さんは治るの?」
「君のお母さんは、微熱と咳が長い間続いているが、かっ血はしていない。まだ初期段階だ。我が国の医療ではこの段階ではほとんど助かる。ただし少し長く入院することが必要だけどな」
 ぼくの代わりに川村が説明した。彼の言葉を聞いて彼女はぼくを見る。ぼくもその言葉に間違いはないと言う意味を込めて頷いた。とたんに、リナロは涙を流し始めた。
「・・・・よかった・・・。マガンダ侍従がタチバナの周囲を探って邪教徒の魔法の秘密を探らないとお母さんの診療を正教会に断らせるって脅したの・・・・。だから・・・・ごめんなさい、タチバナ・・・」
 ようやく場の緊張が解けてきてほっとしたぼくはビールをあおった。と、そこで肝心な問題に気がついた。
「でも川村さん、リナロのお母さんをここの病院に入院させるのはともかく、いきなりお母さんが消えちゃあリナロが寝返ったって疑われますよ」
「そこは考えてある。この数週間、リナロ君の家の周りを監視させてもらった。確かにマガンダの間者だろうな。様子を見に来ているが、これがきっちり4日おきなんだ。つまり、そのサイクルでお母さんを一時帰宅させて正教会の病院に行ってもらえば全然問題ない。ちなみに、教会の治療ってのも神に祈る。それだけだ。」
 リナロの話によると、アルドラ王国の医療は医療とは言えないお粗末なレベルのようだ。病院では普段は食えないいいものを食う。神に祈る。それくらいだそうだ。これじゃあ治る病気も治らない。治らなければ「神のご意志」で終わってしまう。
「で、カワムラ。わたしに何をしろと?」
 少し落ち着いたリナロが川村に尋ねた。メガネの公務員は少し考えて答えた。後で聞いたところ、川村は国家公務員一種試験合格。つまりキャリアだそうだ。道理で、言うことがインテリ臭くて気障なわけだ。
「基本的な行動は今まで通りでいい。ただし、侍従にはちょっと嘘をついてもらおう。ガス設備、君たちの言うところの「青い火の魔法」については、先日の講習会の事以上はわからない。暴走させるには恐ろしく長い呪文を唱えないといけない、ってあたりの話をちょっとずつ言えばいいだろう。話を引き延ばし引き延ばし、結局のところ全部大嘘ってことだな。で、わたしには侍従とアストラーダに関するあらゆる情報を教えて欲しい。言動、勢力、噂話、なんでもいい。いよいよ自分の身が危なくなったらここに来ればいい。」
 川村の言葉にリナロは黙って頷いた。結果的に彼女はマガンダのスパイだったが、望んでのことではなかった。ちょっとショックだったがこうしてぼくたちの味方になってくれたことは本当にうれしかった。だが、まだわからないこともある。
「でも、川村さん。あなたはいったい何の目的でこんなことをしてんですか?」
 彼にとっては愚問かもしれないが、ぼくにとっては大いなる疑問だった。川村は残ったビールを飲み干すと席を立った。
「国家公務員は日本の国益のために働いて給料をもらうんだ。それ以上でもそれ以下でもない。ま、いずれわかるさ。じゃあ、リナロ君。お母さんの入院は明日にでも可能だから・・・。」
 それだけ言うと川村は「VIPルーム」から出ていった。

69 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/14(木) 00:48:48 [ ICc4TYYM ]
 リナロを送る帰りの車中。ぼくたちは静かだった。あまりにドラマチックな展開にまだお互い実感がわかないでいたのかもしれない。
「ちょっと止めよう」
 そう言ってぼくはいつか彼女と来た丘に車を止めた。もはや常習になってしまった缶ビールを彼女に渡してぼくもそれを開けた。一息ついてぼくはリナロに言葉をかけた。
「ま、結果オーライでいいんじゃないの?」
「え?」
 ぼくの言葉にリナロが驚いたような声をあげた。ぼくはそれにかまわずに運転席で缶ビールをあおった。日本じゃ絶対できない行為だが、ここではそんなこと関係ない。
「リナロがマガンダのスパイだったのはショックだけど。事情が事情だからしょうがないよ。でも、これで
お母さんも助かるし、君もぼくたちの敵じゃなくなった。それでいいんじゃないの」
 ぼくにはこの王国の政争も日本の戦略もわからない。だが、せっかく出会って仲良くなった人と敵味方に別れてしまうことが回避できたことが素直にうれしかった。こんなわけのわからない世界にやってきて脳天気かもしれないが、わかんないものはしょうがない。
「そうね。わたしもしたくもないスパイから解放されてよかったわ。だってあなたたちって保守派が言いふらしてるような恐ろしい人たちじゃないもんね」
 保守派はぼくたち日本人を、悪魔と契約した暗黒魔法で王をたぶらかし、神聖なアルドラ正教を冒涜して国を乗っ取ろうとする不逞の輩というらしい。まあ、よくもここまで悪意に満ちた妄想ができるものだと感心したくなる。
「まあ、いいさ。これからもよろしくな」
 そう言ってぼくが差し出した右手をリナロが不思議そうに見ている。
「なに?手なんか出して」
 厳しいつっこみに思わずぼくはたじろいで、握手の意味を説明した。ようやく理解できたリナロがくすくすと笑って右手を出した。
「じゃ、これからもよろしく」
 夕暮れの丘に停車した軽トラックの中でぼくとリナロは改めて友情を結ぶ握手を交わした。


81 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/18(月) 01:50:11 [ 8Hphekg2 ]
続きです

 あの酒場での一件以来、ぼくの王宮詣では少しばかり楽しいものになった。リナロと天下御免でさぼれるのだ。リナロの動きに関しては、国王マキシム6世に組みするスピノーラ公の影響もあってかなり自由が利くようだ。逆にそれで疑われないか心配だったが、この国の侍女は貴族に気に入られるとそういう無茶なシフトも組めると聞いて、一応は安心した。
「最近、侍従の突き上げがすごいのよ。早く結果を出せってさ・・・」
 王宮ではさすがに密談はできないので、最近は彼女を軽トラックでいつもの丘に連れだしてから、缶ビール片手に作戦会議が恒例となっていた。
「そいつは困ったな。それにある程度、あのおっさんたちに嘘でもいいから情報をやらないと連中も動かないだろうしなぁ」
 人為的な大規模事故の発生作戦は、王宮の人間すべてに安全講習を行うことで不可能になった。もしも、それを実行してしまうと、実行犯がすぐに特定されてしまうからだ。そうなっては、王の権威を失墜させるどころか、マガンダ、アストラーダの失脚を招く結果になることは明白だ。とすれば、奴らがリナロを通じて奥の手を探ってくることは容易に想像できた。
「困ったなあじゃないわよ。わたしもうんざりしてんだから」
 軽トラックの荷台に並んで座ったリナロは笑いながら缶ビールをあおった。ヒールみたいな革の靴で荷台に積んだ20キロボンベをコンコンと蹴っている。20キロボンベはホントは起立させなきゃいけないんだが、不整地の多いこの国の道路で、しっかりとボンベを立てるようなロープの結び方はいささか面倒だ。結局、荷台に寝かせて運ぶことになる。
「そうだな・・・・、だったら」
 ぼくはいつも持っている鞄から冊子を取り出してリナロに渡した。当然、彼女に日本語は読めない。

82 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/18(月) 01:50:46 [ 8Hphekg2 ]
「なにこれ?タチバナ、ちょっと読んでみてよ」
 日本語で会話はできるが文字はまったく別物って理屈はぼくにはわからない。だが、アルドラ文字はフェニキア文字、ひいてはローマ文字、英語に似ているということで解読作業は進んでいる。しかし、アルドラ人が日本語をってなると相当に難しいようだ。
「えっとね・・・。LPガスを安全にお使いいただくために。福岡県LPガス協会・・・。この冊子は液化石油ガス管理法に基づいた・・・・」
 これは新規にLPガスをご利用いただくお客に配布する周知文書だ。物理的なLPガスの成分からガス漏れ時の対処法。ガス器具購入の際の注意点まで書いてある15ページほどのモノだ。
「ああ、これなら。城の賢者を総動員しても解読には2年はかかりそうね」
 リナロは安全講習を聞いているので内容をだいたい理解している。面白そうにそれを受け取って笑った。確かに、アルドラ正教会が誇る屈指の賢者が神妙な面もちでこれを解読する場面を想像すると笑いが出てくる。
「でも、あまり情勢は穏やかじゃないわ。アストラーダは王に半ば公然とあなた達の設備の廃棄を訴えてるわ。保守派の貴族や騎士、魔導師の支持があるからけっこう強気みたいよ」
 ぼくはこの彼女の言葉をあんまり重要視していなかった。所詮、王は王。なんだかんだいって最後は王が決めるんだ。外野の文句はなあなあで聞き流されるだろう、と。この国の政治を自分の国の政治と同じモノと思ってしまったのかもしれない。その付けは2週間後、思い知らされることになる。

83 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/18(月) 01:51:16 [ 8Hphekg2 ]
 ぼくは王宮の門で衛兵とにらみ合っていた。というより、正確にはぼくは困った顔をして、衛兵も困り果てているのがホントのところだ。
「立花さん、マジで困るんですよ。アストラーダ様のご命令でいかなる者も王宮に入れるなって」
 今までは無敵だったフリーパスがこの日ばかりは使えないというのだ。しかも神聖騎士団の命令でだ。これだけでもきな臭さ炸裂だが、衛兵も公務員。規則をねじ曲げるわけにはいかないのだ。ぼくは顔なじみになってしまった衛兵の肩を叩いた。
「まあ、しょうがないわな。」
「すいませんねぇ」
 そう言葉を交わしてトラックに乗って駐屯地に戻った。川村に報告しなければ。

84 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/18(月) 01:51:49 [ 8Hphekg2 ]
 駐屯地の正門にさしかかってぼくは我が目を疑った。朝、出発するまでは金網に鉄条網くらいしかなかった駐屯地の周囲がびっしりと土嚢で固められて、その後ろには完全武装の自衛隊がうろうろしているのだ。
「おおい!早く戻ってこい!」
 門にいた顔見知りの自衛官がぼくに大声で合図する。有刺鉄線を巻き付けた車止めをどけてぼくの軽トラを誘導してくれた。ぼくは駐車場に車を止めて正門まで走った。
「いったい何があったんですか?」
 そう尋ねるぼくに幾重にも積まれた土嚢の陣地から大川さんが声をかけた。
「おい!立花!これかぶってろ」
 そういってぼくに投げられたのは「福岡県LPガス協会緊急出動要員」と書かれたヘルメットだ。見れば、大川さんもしっかりかぶっているし、その横にいる川村も「テッパチ」と呼ばれる自衛隊のメットを着用している。どうやら事態はただならぬ雰囲気のようだ。
「おまえが出発した後、とんでもない連絡が入ったんだ」
 大川さんはぼくを門から少し離れた陣地に引っ張り込みながら叫んだ。周囲は徒歩の自衛官だけでなく、後方には90式戦車や89式装甲戦闘車が待機しているようで小うるさいエンジン音が辺り一面に響いていたのだ。
「クーデターだよ。神聖騎士団とかいう連中が王宮と王都の一部を占拠したそうだ。こっちにも向かってるらしい。」
 ぼくは大川さんの言葉に愕然とした。ついにしびれを切らした保守派が実力行使に出たのだ。そしてこの駐屯地にもアルドラ王国の精鋭、神聖騎士団が向かっているのだ。
「きました!」
 門に待機する自衛官が大声で叫んだ。川村がスーツにヘルメットの姿でぼくたちのすぐそばから双眼鏡で状況を見ている。
「へえ、けっこういるな・・・。7,800くらいか」
 のんきな声を出す川村に大川さんがびびりながら思わず叫んだ。
「早いところ攻撃してしまいましょう!」
 それにはぼくも同感だったが、川村がぼくたちに答えた返答は背筋が凍るに等しいものだった。
「そんなことできない。ここの自衛隊は邦人保護。つまり、君たちの安全確保のためにいるのだ」
「んな、あほな!」
 思わず大川さんがつっこみの叫びをあげるが、川村は気にしていないようだ。そうしている間にも神聖騎士団は乗馬した隊列の前面に弓兵隊を前進させた。迷うことなく、彼らは矢をつがえて斜めに構えている。

85 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/18(月) 01:52:32 [ 8Hphekg2 ]
「ここはアルドラ王国国王に認可された日本国自衛隊の管理地です!武力行使は禁じられています!至急、撤収してください!」
 スピーカーで呼びかける幹部の声を無視して100メートルほどに迫った騎士団は矢を一斉にはなった。
「うお!」
「うわ!」
 曲射された矢は土嚢や地面に次々と突き刺さった。幸い、正門正面に展開する60名ほどの自衛官に負傷者はいなかったようだ。神聖騎士団=今や敵と言っても過言ではないだろう、は迷うことなく第二の矢を準備している。
「川村さん!反撃許可を!」
 そばにいた三等陸尉が叫んだ。
「だめだ。警告の後、威嚇射撃」
 彼の言葉を聞いて絶望的なため息をついた三尉は命令を実行した。
「繰り返します!ここはアルドラ王国国王に認可された日本国自衛隊の管理地です!武力行使は禁じられています!至急、撤収してください!」
 この言葉に返ってきたのは雨のような矢だった。またしても、誰も負傷者は出なかったが土嚢の積まれた陣地に身を隠すぼくたちや自衛官の周りにはあちこちに矢が刺さっている。それを見た川村がちょっと考えてから大川さんに声をかけた。
「この状況を打破するためにちょっと協力してくれるかな?もちろん、ボーナスは出す」
 妻子持ちの大川さんは川村の気前の良さを知ってる。二つ返事で了承した。
「ありがとう」
 そう言うが早いか、川村はポケットからカッターナイフを取り出すと、横に伏せている大川さんの手を持った。
「我慢しろ!」
 次の瞬間、川村は大川さんの右手にカッターの刃を走らせた。ごく薄皮だけを切っただけなのだろう。大川さんは目をまん丸にして彼の行動を見るだけだった。とたんに、腕から1センチほどの幅で血が流れた。

86 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/18(月) 01:53:04 [ 8Hphekg2 ]
「な、な、な、なにしてんですか?」
 びっくりして大声を出す大川さんを無視して川村は先ほどの三等陸尉に叫んでいた。
「三尉!在留邦人に負傷者が出た!再度警告の後、発砲を許可する!」
「川村さん!まさか?」
 バンドエードを傷に貼りながら大川さんが信じられないって表情で彼を見ていた。ぼくも同じような表情だっただろう。当の川村は不敵な笑みを浮かべながら叫んだ。ちょっと戦闘状態でハイテンションになっているみたいだ。
「再度警告します!ここはアルドラ王国国王に認可された日本国自衛隊の管理地です!武力行使は禁じられています!至急、撤収してください!」
 この警告も無視して親衛騎士団は100メートルほど先で今度は騎馬に乗った甲冑の騎士団を前面に出していた。突入する気のようだ。
「目標100メートル前方!3連射!撃ち方用意!!」
 三尉の命令を聞いて反射的に伏せていた自衛官が89式小銃を構えた。それを気にすることもなく、神聖騎士団は突撃を開始した。
「撃ち方始めぇぇぇえ!!!」
 突撃と同時に自衛隊は3連射を横隊で突入してくる騎士団に食らわせた。その効果たるや、素人のぼくや大川さんでも一目瞭然だった。数十名が目に見えない弾丸で倒れ、馬も多くが傷を負ってその場にしゃがみ込んだ。だが、さすがは神聖騎士団。第2の隊列を整えようとしている。
「これ以上死者を出すな。玖珠4,玖珠5。前進して包囲せよ!」
 駐屯地を囲む金網を破って90式戦車と74式戦車、89式装甲戦闘車が速力を活かして一気に神聖騎士団を包囲し始めた。威嚇で空に2,3発撃ちながら、1分もたたないうちに生き残った騎士団は完全に包囲された。

87 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/18(月) 01:53:47 [ 8Hphekg2 ]
「た、助けてくれ!」
 生き残った騎士団は次々と武器を投げて降伏の意志を表した。着剣した自衛官が彼らをどんどん引き立てていく。しかし、ここの自衛隊は日本人に危害が加えられないと銃の一発も撃てないとは驚きだった。引き立てられる捕虜の中にぼくは王宮でたびたびすれ違っていた騎士を見つけた。
「貴様・・・・」
 むこうも気がついたようで敵意に満ちた目をぼくに向けている。彼は根拠のない不敵な笑みを浮かべながらぼくに言った。
「青い火の邪教徒か・・・。城の侍女をたぶらかしたようだが、やつも今頃神の罰が加えられているだろうな。」
 数秒の間を置いて彼の言う言葉の意味がわかった。リナロのことだ。やっぱりバレバレだったんだ。彼女は今日は非番だというから家にいるはずだ。
「川村さん!リナロが危ない!自衛隊をお願いします!」
 幹部と打ち合わせをしていた川村に振り返ってぼくは叫ぶが、彼の返答は冷たいモノだった。
「すまんが、現状では無理だ。さっきも言ったとおり、ここの自衛隊の任務はアルドラ王国に駐在する邦人の保護だけだ。」
 予想通りの返事を聞いてぼくは「くそ!」と叫びながら自分の軽トラに走っていた。自分で何をしようとしているのか。そしてそれがどんなに危険な行為かは理解していたが、今はリナロの家に行くことだけを考えていた。
「おおい!立花!」
 びっくりした大川さんが慌てて声をかけるが、それを無視してぼくは軽トラのアクセルをめいっぱい踏んで駐屯地を飛び出した。

88 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/18(月) 01:56:29 [ 8Hphekg2 ]
 駐屯地から街に向かう街道を走りながら、ぼくは何か役に立つモノを探していた。荷台には充填された20キロボンベが2本。運転席にはモンキーレンチと検針用のマルチハンディだけだった。つまり、役に立ちそうなモノは車には何もないってことだ。
「ああ、どうしよう・・・」
 思わず勢いで飛び出した自分を恨んだが、今更どうにもならない。それにリナロを救えるのは今のところ、ぼくだけしかいない。残念ながら自衛隊は現状では、駐屯地の外で武力行使はできない。とはいえ、丸腰のぼくに何ができるというのだろう?自問自答の答えを待つことなく、前方に見たくないモノが見えてきた。
「止まれ!神聖騎士団の名において停止しろ!」
 街道にさっきまではなかった検問所があるのをみつけた。そこにいるのは独特の黒マントに身を包んだ神聖騎士団だった。「神聖騎士団の名において」とはきっとこの世界では神の言葉に等しいんだろうが、そんなこと異世界人のぼくには関係ない。
「どけ!どけ!」
 パッシングして、クラクションを思い切り鳴らし、勢いでワイパーまで動かしながら検問所に突入した。彼らの検問は馬車を想定したお粗末な造りだ。慌ててトラックを回避する騎士団を後目にまんまと突破することができた。
「ここか・・・・」
 市内に入ってすぐにリナロの家は見つかった。侍女や下級役人の住む区画にぽつんと、うちの会社のボンベを見つけたのだ。少し手前で軽トラックを降りてボンベ越しに窓からリナロの家を覗いてみた。
「おとなしくしろ!」
 だが時はすでに遅かった。例の黒マントに抜き身の剣を持った神聖騎士団がリナロをぼくがいる窓際に彼女をまさに追いつめているところだったのだ。



93 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/19(火) 00:57:22 [ .LpqP4ZE ]
毎度ご感想ありがとうございます

 リナロが危ない。大急ぎでぼくは軽トラックに戻った。戻ったからって何ができるか考えついたわけでもない。まさか、こいつでリナロの家に暴力団の出入りがごとく突入なんてできるはずもない。
「ええい!ちくしょう!」
 半分やけくそになってアクセルを全開にふかしてトラックをリナロが追いつめられている窓のすぐそばに横付けした。聞いたこともないエンジン音に、彼女に迫る神聖騎士たちがたじろいでいるように見えた。
「リナロ!荷台に飛び移れ!」
 ぼくの言葉を聞くが早いかリナロは素早く窓を飛び越えて、荷台に飛び乗った。それをバックミラーで確認したぼくは急いでアクセルを踏んだ。
「タチバナ!早く!」
 彼女に言われるまでもなかった。リナロの家から出てきた騎士たちは走ってぼくたちを追ってくる。だが狭い上に、アスファルトでない道路だ。そんなにスピードが出せない。事故を起こせばたちまち捕まって殺される。しかもどういうわけかアクセルが重いことこの上ない。
「あっ!しまった!」
 バックミラーで迫ってくる抜き身の剣を持った騎士たちを見ながら、重大なことに気がついた。荷台にはリナロの他に50キロボンベが3本。積まれていたのを忘れていた。50キロボンベにはおよそ40キロのガスが入っている。熱膨張で安全弁を破壊しないようにそれ以上は入れることができない。そしてボンベ自体の重量はおよそ38キロ。合計80キロ近い。それが3本も荷台に載っていては、当然アクセルも重い。
「タチバナ!何トロトロしてんのよ!」
 川沿いの道路に出て加速しようとするが不整地の道路の上、300キロ近い荷物があると急加速は難しい。追っ手は徒歩の騎士に加えて乗馬した騎士も2,3名加わっている。このままでは追いつかれてしまう。こうなりゃ最後の手段だ。ボンベを走りながら降ろして車の重量を軽くするしかない。
「リナロ!荷台のタラップを開けるんだ。後ろのヤツだ!」
 ぼくは窓から顔を出して大声で叫んだ。リナロはぼくの作業を見ているので、見よう見まねでトラックの後ろにあるストッパーをいじっている。すぐに、最後尾のタラップが倒れた。

94 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/19(火) 00:57:57 [ .LpqP4ZE ]
「捕まってろ!」
 ぼくはリナロがしっかりと荷台に捕まったのを確認すると、ギアを一気にローに落として半クラを入れながら、アクセルをベタベタに踏み込んだ。ミッション車を運転した人ならわかるだろう。恐ろしい勢いでがっくんとなった後、トラックは急にスピードを上げた。
「あ!ボンベが!」
 リナロが叫んだ。思惑通りだ。3本のガスが満タンに充填された50キロボンベはごろごろと勢いをつけて道路に向かって転がっていく。本当なら、バルブ部分に金属製のキャップをつけて、荷台に固定しなきゃいけないんだが・・・。大川さんに見つかったら大目玉の手抜きが幸いした。
「うお!!」
 今にも馬上から荷台に飛び移ろうとしていた騎士が転がるボンベをさけきれずに落馬した。それに続いていた徒歩の連中も追いついてきている。が、彼らも驚きの声をあげている。
「わぁぁぁ!!!」
 どうやらむき出しのバルブが地面に強く衝突して安全弁が壊れたようだ。1本のボンベからものすごい勢いで高圧ガスが吹きだした。
「なんだ、このにおいは!」
「悪魔の吐息だ!」
 ガスの吹きだす音とにおいで馬は逃げだし、騎士たちは剣を抜いたままパニックに陥った。本国でこんな事が起これば、間違いなく我が社は営業停止だろう。安全講習会でしか聞いたことのない重大事故事例を目の当たりにして思わずぼくは軽トラを停止させて見とれてしまった。
「くそ!ひるむな!」
 剣を振り回して他の騎士を鼓舞しようとしたリーダー格だったが、その振り回す剣が別の騎士の剣とぶつかってしまった。次の瞬間・・・・。

95 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/19(火) 00:58:28 [ .LpqP4ZE ]
どっかん!

 吹きだして騎士の周りに散らばっていたガスが火に変わった。一瞬、騎士たちの周囲が炎に包まれて、ボンベからは火炎放射器のように炎が吹きだした。
「な、な、な、何が起こったの?」
 荷台で腰を抜かすリナロだったが、ぼくは意外と冷静だった。停車させた軽トラックの運転席から降りて様子を確認した。
「あ〜。火花に引火したんだ・・・」
 騎士の持つ剣と剣がぶつかった拍子にできた火花にガスが引火したのだ。空気中で燃焼濃度まで高まったガスはちょっとの火花でも引火する。みなさんも、万が一、ガス漏れの際は換気扇など電化製品は使わずに窓を開けるなどして自然換気してください。
(作者注・ちなみにバルブはこの程度では破損することはまれです。ストーリーを面白くするための演出です。安心してLPガスをご利用ください)
「あちちち!!」
「ひいいい!」
 神聖騎士団の独特の黒マントに燃え移った火を消すために騎士たちが次々と川に飛び込んでいく。重い甲冑を着たまま数メートル下の川に飛び込んだのだ。火を消してぼくたちの追跡を再開しようとしたが、切り立った崖のような土手をあがれないのだ。
「お、おのれぇ!!」
 安全弁が破損したボンベのガスも出尽くして火が消えても、騎士たちはまだ土手の下でじたばたやっている。思わず、ぼくとリナロは無言で顔を合わせた。
「ぷっっっ!」
 どちらからともなく、吹きだしてしまった。当のあやうく焼死を免れた騎士たちは少々気の毒だが、ドリフもびっくりの爆破コントを生で見たおもしろさは我慢できなかった。
「まあ、とにかく無事でよかったよ」
 少し落ち着いてぼくはリナロに声をかけた。彼女も落ち着いたようでまじめな視線をぼくに向けた。
「アストラーダは親衛騎士団を引き連れて王宮に入ったようだわ。スピノーラ公の私兵が王宮にはいるけど、どれだけがんばれるかわからない。自衛隊はどうなってるの?」
 その質問にはぼくも答えに窮したが、うそはつけない。
「自衛隊は武力行使を禁じられている。ぼくたち日本の民間人を保護するときにだけしか武器が使えないんだ。そういう決まりらしい。」
 この答えにリナロは失望の色を隠せないでいた。そりゃそうだろう。ぼく自身だってそうだろうし、現場の自衛官も同じ気持ちだろう。だが、ばからしいとは言え、法律は法律だ。それでも、リナロが失望したのはほんの一瞬だけだった。すぐに何か決心したようでぼくの腕をつかんだ。
「だったらわたしたちだけで、王宮に行きましょう!」
「え???」
「スピノーラ公の部隊もいるし、国王陛下をお助けできる異世界人はあなただけしかいないのよ!」
 こうまで頼られちゃあ、断ることもできない。ぼくは無言で助手席を彼女に勧めた。

96 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/19(火) 00:58:58 [ .LpqP4ZE ]
 数百人は収容できる大広間。その奥にある玉座にマキシム6世は静かに鎮座していた。だが、その周囲は神聖騎士団に完全に包囲されている。
「王宮各所で抵抗を続けるスピノーラの部隊も少数ですぞ。陛下、あなたの退位宣言ですべては丸く収まるのですぞ。」
 神聖騎士団長のアストラーダは王の前で敬礼もしないで、玉座の周りをうろうろしながら言った。王の周りには恐怖の色を浮かべる数名の侍女や侍従しかいない。あとはすべて黒マントの神聖騎士団だけだった。つまり、王はもはや、敵の手中に落ちていると言っても過言ではない。
「リナロ、いくらなんでもこりゃ無理だ。数が多すぎる」
 ぼくとリナロは玉座のほとんど真上、ガスエアコンを設置したときに見つけた狭い天井裏に潜んでいた。無理矢理作った点検抗から下の様子をうかがっているのだ。王宮には顔見知りの衛兵をだまくらかして潜入に成功したが、普通に廊下は歩けない。結果、ガスの配管に沿って進み、最終的にこの天井裏を伝って王のいるところまでたどりついたのだ。
「そなたはタチバナ殿の話を聞いておらぬ。あれは悪魔の魔法などではない」
 王の反論は的確だった。だが、怒りに満ちた神の騎士はそれを聞き入れる様子もなかった。
「あれが悪魔の所行でなくてなんなのですか?我が国の魔導師は長い長い修行を経て、呪文を朗詠することでファイアー系の魔法を修得しますが、奴らの持ち込んだ魔道具は一瞬で見たこともないような不気味な青い火を作り出す!たちまちのうちに冷たい水をお湯に変えてしまう!そのような、我が国の伝承にもない不気味なモノに理解を示すとは・・・・王は悪魔に心を奪われてしまったに違いない!」
 あー、こいつ配管工事施工前の事前説明も何も聞いてないな・・・。もう、ガス=悪魔の所行って固定観念だけだ。アストラーダの後ろに控える、黒マントにフードの男が彼の言う魔導師なのだろう。数名いる。聞くところによれば、神聖騎士団の魔導師になるには相当な修行が必要だそうだ。まあ、彼らからしてみれば自分の人生を賭けて修行した魔法が、どこぞの兄ちゃんに簡単に再現されてしまうのは気にくわないし、そうなれば相対的に神聖騎士団の地位も低下する。
「長い間戦争がないとそれはそれで火種を抱えるもんなんだな」
 実際にアルドラ王国が戦乱のまっただ中だったら、ガスと魔法の違いなんて一発で証明されるんだろうが、連中にはそのイマジネーションが不足しているようだ。ガスをこの世界の戦争に使うのは少々困難が伴う。魔法みたいに呪文を唱えてスーパーマリオみたくファイアーボールなんて飛ばせないし、雷も落とせない。ましてや、瞬時に傷もいやせないし、アルドラ王国の古文書にあるように、ゴーレムとか言う石の化け物を動かすなんてできるはずもない。

97 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/19(火) 00:59:29 [ .LpqP4ZE ]
「タチバナ、早く王様を助けましょ」
 リナロにせっつかされてぼくは軽トラックにあった発煙筒をとりだした。これで文字通り、アストラーダを煙に巻いて王様を連れ出すのだ。ぼくは発煙筒を点火して、真下でイライラしながら歩くアストラーダにそれを投げつけた。
「な、なにごとだ!」
 予想通り、室内で発煙筒の煙が充満し始めて騎士団が混乱している。ぼくはそれを見計らって点検抗から下に降りる準備を始めた。発煙筒は4本。リナロが煙が消えないように放り込む間に、軽トラにあったロープを伝って王様を屋根裏に登らせて助け出すのだ。だが、発煙筒は思ったよりも早く燃え尽きようとしている。予想よりも早く煙がだんだん晴れてくる。ぼくはそれを見て急いで下に降りようとした。
「リナロ、頼むぞ!・・・・うわっっ」
 ロープを垂らして降りるはずが、足を滑らせてぼくはそのまま玉座の王様とアストラーダの中間地点に落下した。したたかに尻を打ってしまって少しの間起きあがれないでいた。
「ぬっ、貴様は異世界の邪教徒!」
 煙の晴れた室内でアストラーダのそばにいたマガンダ侍従が敵意に満ちた声をあげた。マキシム6世も玉座に座ったままきょとんとしてぼくを見ている。
「お?タチバナどの?」
 すっかり煙が晴れた室内を見回すと、自分の置かれた状況がとてもよく、いや。わかりすぎるくらいよくわかった。アストラーダ率いる神聖騎士団が30名ほど、王とぼくを完全に取り囲んでいるのだ。しかも、マガンダのおっさんのせいでぼくの身分もばらされてしまった。当然、アストラーダは怖い顔をして剣を抜いた。
「貴様がすべての元凶だ!神聖な王宮に悪魔の魔法などを持ち込みおって!!」
「う、うわぁぁぁ!!」
 剣を振り上げたアストラーダに対して丸腰のぼくができるのは手で身体をかばうことだけだった。その効果は剣の前には皆無とわかっていてもだ。だが、5秒たっても10秒たっても彼の剣がぼくに振り下ろされないことに気がついて、そっと彼を見てみた。
「ぬぬぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 神聖騎士団の視線はぼくのそばに落ちている、とあるモノに向けられていた。ぼくが肩に掛けていた検針用のマルチハンディだ。
「気をつけてください・・・・。魔法の朗詠書かもしれませぬ」
 魔導師がアストラーダにそっと耳打ちする。それを聞いて周囲の騎士たちも2,3歩後ろにさがった。よく見てみると、マルチハンディからは「ががが・・・ぴー」という音と一緒に、何かの拍子でタッチパネルにさわったせいだろう。検針伝票が印刷されていたのだ。


105 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/20(水) 00:48:42 [ 5VUBvLEQ ]
毎度お世話になってます
リズムに乗ってる間に投下します

玉座の間にある天井裏の点検抗から煙と共に現れた、少なくとも神聖騎士団の連中にはそう見えたに違いない、邪教徒にして悪魔の使いであって王国を混乱におとしめた元凶のぼくが落としたある物体が、この国で最も武力を持つ騎士団を率いる男の動きを止めていた。
「マルチハンディ 検針くん」
 最大500件の顧客をインプット可能。ガスメーターの指針を打ち込むだけで前月からのガス使用量とガス料金が瞬時に表示される。付属のディスクを親パソコンに挿入して検針結果を受信するだけで細かい更新は一切不要。タッチパネルでその日の集計。顧客検索も片手で可能。インクのいらない感熱タイプのプリンタ搭載。専用のロール紙もリサイクル品という優れものの一品だ。
「タチバナ・・・・。剣に対して魔法で抵抗する気か・・・」
 問答無用でぼくに剣を振り上げておいてアストラーダが恨めしそうな声でぼくに問いかけた。
「へ?」
 思わず聞き返したぼくはアストラーダやマガンダ、周囲の神聖騎士団がぼくの落としたマルチハンディに注目していることにようやく気がついた。ガス屋必携のマルチハンディは長さ10センチほどの検針伝票を印刷して動きを止めていた。
 こいつら、どうやら検針伝票を魔法の何かと勘違いしているようだ。恐る恐る、マルチハンディを手にとってみた。神聖騎士団はぼくの動きに反応してびくびくしている。
「・・・・・・あ・・・・・」
 たぐり寄せたハンディを見て思わずぼくはつぶやいた。何のことはない。伝票にはここ、玉座の間を昨日検針した結果が印刷されているだけだ。ちなみに「玉座の間 エアコン」って名前だ。だが、ここで敵にこんなことを感づかれてはぼくの殺害フラグは確定してしまう。こうなったら一世一代の大ばくちしかない。

106 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/20(水) 00:49:26 [ 5VUBvLEQ ]
「アストラーダ。この紙には破滅的な魔法の朗詠呪文が書いてある。もしも、ぼくがこれを捨てて降伏したらどうする?」
「騎士の慈悲だ。わしの手で神の元へ送ってやる」
 予想通りの答えだが、実際に聞くとけっこう凹む。
「じゃあ、魔法を使わないで抵抗したら?」
「騎士の名において正々堂々と戦っておまえを殺す」
 どのみちおまえが殺すんじゃないかよ!ってつっこみを入れたくなったが、ここは我慢のところだ。大きく深呼吸して大見得を切る準備を整えた。視線を向けることはできないが、天井裏のリナロはさぞやはらはらしていることだろう。
「どうせ何やっても死ぬんなら、前から唱えたかったんだよな・・・・この呪文。禁断の魔法だから見たことないけど、このお城くらいは軽く吹っ飛ばすらしいしなぁ・・・」
 ぼくの言葉に周囲の騎士たちがどよめいた。アストラーダはさすがに隊長。少し眉をぴくりとさせただけだったが、動揺しているようだ。ぼくはさらに芝居を続けた。
「読んでいいか?だって、降参しても抵抗しても殺すっていうんなら、この際だからめちゃくちゃしても死ぬんだろ?だったらいいじゃん」
 このぼくの言葉にさすがのアストラーダも色を失った。
「貴様!名誉の死を選ぼうとは思わないのか?ここで我々を巻き込んだ魔法を使って死ぬことはないんだ!」
 これがぼくを殺す予定の張本人でなければ多少の説得力もあるんだろうがな。彼自身がいうのは全くもってこっけいだった。
「あ〜!もういいです!刺されて死ぬのも禁断の魔法でみんなと爆死するのも、ぼくにとっては死ぬことに変わりはないんだから。え〜・・・・」
「ま、ま、ま、待て!いったい貴様は何をしたいんだ!?」
 検針伝票を読み上げようとしたぼくをマガンダ侍従の言葉が止めた。マガンダは明らかにびびりまくっている。彼ほどではないだろうが神聖騎士団の多くもびびっていることは明白だ。ぼくは「しめた!」と思いつつも表情には出さないでマガンダを見た。
「だってさぁ。抵抗しても降参しても殺されるんなら、自分の好き勝手やって死にたいだろ?それだけ・・・。えっとどこから読むんだっけな・・・。え〜!”毎度ありがとうございます。今月の検針は次の通りです”」
 ぼくがいよいよ決心したと思いこんだアストラーダは表情こそ変えないものの、顔色は真っ青だった。それを見たぼくはさらに心理攻撃をかける。
「あれ?顔が青いぞ。お互い様じゃないか。こっちは死にたくないし、死ぬような病気もない健康体だ。それをあんたは、こっちの都合に関係なく殺すっていうんだから。だったらこっちもどうせ死ぬなら好きなことさせてもらうまでだ。何か問題でも?」
 マガンダのおっさんは、完全にぼくの作戦に引っかかっていることを確信していた。作戦とはいっても本当に一か八かの大作戦だ。彼らはマルチハンディから出てきた伝票を禁断の魔法の朗詠呪文が書かれた何かと思っている。それを逆手に取った作戦だ。あわよくば、王様を連れ出す譲歩を引き出すための100%ブラフだ。

107 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/20(水) 00:49:57 [ 5VUBvLEQ ]
 ぼくの質問にアストラーダは青い顔をしたまま何も答えない。それを見て少しぼくも焦りながら、伝票の読み上げを再開した。
「検診日2005年4月18日。コード:100033 玉座の間 エアコン様・・・・」
 ぼくが淡々と数値を読み上げていると、神聖騎士団の魔導師が隊長に呼びかけているのに気がついた。
「アストラーダ様、いかがしましょう?このままでは・・・・。ヤツからは魔法力の高まりを感じることはできません。きっと我々に感知できない魔法に違いありません!」
 魔法力の高まりもへったくれもない。だって検針結果を読み上げているだけだ。こっちの都合のいいように魔法の専門家である魔導師が勘違いしてくれていることに冷や汗をかきながら感謝した。
「・・・・・え〜、上記の通りご請求いたします・・・・。保安点検・・・・。容器設置場所「良」・・・・」
 まずい。そろそろ伝票に書いてあることを読み終えてしまう。アストラーダの野郎!さっさと折れやがれ。びびってんのはわかってんだぞ。とでも言いたくなるが、ここまで来ればぼくとやつのチキンレースだった。だが、ぼくにとってはこのレースの引き分け。もしくは敗北は死を意味していた。だってぼくには何も武器はない。やけくそで始めたハッタリしかないのだ。
「ぬぬぬ・・・・・。引かぬ!こびぬ!悔いぬ!これが神聖騎士団だ!」
 自らの恐怖を振り払うようにアストラーダが叫んで剣を再び振り上げた。内心、今にも小便をちびりそうだったがそれでも伝票の朗読をやめなかった。

108 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/20(水) 00:51:50 [ 5VUBvLEQ ]
「ちょっと待ったぁ!!」
 その声と共に大広間の大きな扉が勢いよく開かれた。あまりに勢いがよくて扉の前に立っていた神聖騎士が2名、コントのように吹っ飛ばされた。アストラーダやマガンダなどの騎士団も、マキシム6世もその声の主を捜して開かれた扉を注視した。彼らを無視して入室してきた連中を見てぼくは見て言葉を失った。
「な、なんで・・・・」
 ちょっと高そうなスーツを着こなしたインテリ、川村だったのだ。しかも彼の後方には数十名の自衛官も続いている。
「立花君、よく時間を稼いでくれた」
 つかつかと大広間に入ってくる川村や自衛隊に混じって、例の門にいた衛兵がいるのをみつけた。
「いや、本当にまずいですって。ここは玉座もあるんですから」
「いえ、これは緊急の出動なんで、おたくの国王も認可した事態なんで問題ないですから・・・・」
 数にモノを言わせてここまでドカドカと入ってきたらしい。衛兵と担当にされた幹部がなにやらもめている。完全武装の自衛官を見てもアストラーダは少しもひるむ様子もなかった。無理もない。川村の引き連れてきた自衛隊はせいぜい30名。この広間にいる神聖騎士団と同じくらいの数だ。
「今まで恐れをなして駐屯地にこもっていた異世界の軍隊が今更何の用だ?」
 神聖騎士団長の挑発的な言葉も、国家公務員一種試験合格者には通用しなかった。
「用事は1つだけ。この国にいる日本人の保護だけです。」
 そう言って川村はぼくを見た。なるほど、ここまで自衛隊を引き連れてくる口実にぼくを使ったのか。でもよく考えたらそれだけでは事態は全然解決しないじゃないか。アストラーダはぼくを殺す気満々。その気になれば王様も殺せる。でも自衛隊は駐屯地内でさえ、日本人が怪我をしないと武力行使をできなかったじゃないか。そのために合意の上とは言え、大川さんの手をちょっとカッターで切ったじゃないか。ぼくの疑問を払拭するアクションが川村のすぐ後ろで起こった。無線を抱えた隊員が川村のところに歩み寄った。受話器を受け取ってなにやらやりとりをしている。
「な、なんだ・・・・?」
 滑稽なことに、今攻撃を仕掛ければいいモノをアストラーダたちは川村の行為をぽかんとした表情で見つめているだけだ。その間に、川村は受話器を自衛官に返さずに、会話が終わった後、そのまま受話器に叫んだ。
「たった今、本国の閣議で駐屯地の外にいる邦人に対しても、その保護のために武力行使をしても、事後に国会の了承があれば違法でないという決定が下った。並びに、この世界の同盟国元首の援助要請があれば我が自衛隊は集団的自衛権の行使を容認された!」
 一同は川村の宣言を理解するのに数秒を要したが、悟った者から歓声をあげた。助かった・・・・。つまり、ここでぼくを助けるのに法的根拠ができたのだ。
「川村さん!自衛隊のみなさん!助けてください!このままじゃ殺されてしまいます!」
「よし!立花君!誰から襲われているんだ?」
 川村のほとんど出来レース的な質問にぼくは、事態を飲み込めないできょとんとしているアストラーダたちを指さした。
「こいつらです!」
 いきなり人殺し呼ばわりされたアストラーダの表情が見る見る怒りに満ちていくのがわかった



112 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/22(金) 00:57:04 [ DUiERaZw ]
毎度毎度、読んでいただいて感謝です
つーわけで投下します

 アストラーダは自分にとってわけのわからない理屈を並べられまくった上に、ぼくに人殺し呼ばわりされ、顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。
「タチバナ!貴様、自分の言っていることがわかってるのか?」
 わかってるもなにも、実際ぼくは彼に殺されかけて、ほんの少し前も殺されようとしていたじゃないか・・・。ほとんど逆切れ状態のアストラーダにぼくはちょっとずつ後ろにさがりながら反論する。
「だって、ぼくを降参しようが何しようが殺すって言ったじゃないか!」
「む・・・・。それは事実だが・・・・、しかし貴様も禁断の呪文を唱えようとしたじゃないか!」
 ぼくの言葉にアストラーダは再反論を試みるが、完全にぼくと川村の術中にはまってしまっている。あっさりぼくを殺す意志があったことを認めてしまった。さらに川村も加わって、ベタベタの茶番は続く。
「禁断の呪文だって?立花君、いったいどういうことだ?」
「は、はい!アストラーダがぼくを殺すというので苦し紛れに嘘を言ったんです!この伝票にはこの部屋のガスの使用量しか書かれていません!」
 ぼくはマルチハンディを高らかに見せながら叫んだ。ここでようやく種明かしだ。事態を理解できないアストラーダやマガンダ、神聖騎士団はぽかんとしている。妙な沈黙が広間を包んだ。が、ガスのことを多少勉強している人物がこの沈黙を破った。
「ぷっっっ・・・・・」
 敵味方含めて一斉に視線が注がれた。思わず吹きだしてしまった人物は他ならぬ、玉座に座るマキシム6世だった。敵対的に退位させようとしていた王様に、先ほどの失態を思いっきり笑われたアストラーダはそれこそ、額に血管を浮き出すくらいに怒りを露わにしていた。
「うぬぬぬぬぬぬ・・・・・・」
 部下に指示を出すことも忘れて怒りまくる騎士団長を放置してぼくはそっと玉座に近づいた。
「国王陛下・・・・。あのお・・・そこに立ってる川村にご助勢を要請してください。」
「あいや、タチバナ殿。これ以上のご助勢は無用。わしもまだまだ戦えますぞ」
 そう言って王は侍従から剣を受け取った。やる気満々なようだ・・・。
「ああ、いや。だからそうじゃなくってですね・・・・」
 ここで日本の集団的自衛権とかを説明している暇はない。王の動きを察知して神聖騎士団が戦闘態勢を取り始めている。

113 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/22(金) 01:00:14 [ DUiERaZw ]
「国王陛下!我らと一戦交えると言われるか!?」
 ブチ切れモードのアストラーダがやる気満々で叫んだ。まずい!この王様、このままじゃテンションに任せて1人でも騎士団に戦いを挑みかねない。その時だった。
「あああ・・・・国王陛下・・・・」
 緊張に耐えきれなくなった若い侍女が1人、貧血を起こして倒れた。今にも剣を抜こうとしていた国王が慌てて彼女に駆け寄った。
「しっかりしろ、ルチア!」
 王のうろたえっぷりから見て、どうやら彼の身の回りを世話している忠実な侍女らしく、彼女を抱きかかえて慌てている。
「国王陛下・・・・、ずっと気が張りつめて・・・・苦しゅうございます・・・・」
「よい!よいからしばし休め!」
 息も絶え絶えの侍女に優しく言う国王を見て、ぼくは起死回生のアイデアを思いついて早速実行に移した。素早く王のそばに駆け寄って耳打ちした。
「あの自衛隊の中に医者がいます。ええと・・・・なんて名前だったかな・・・?確か・・・・」
「なんという名前なのだ・・・?早く!タチバナ殿」
 見事に芝居に引っかかってくれて焦る国王をさらに焦らせるためにぼくも猿芝居を続ける。
「待ってください・・・・。あまりせかすと思い出すものも思い出さないですよ・・・ええと・・・・」
 しびれを切らしたマキシム6世は侍女を抱きかかえたまま、悲壮な表情で広間に響きわたる大声で叫んだ。

114 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/22(金) 01:00:59 [ DUiERaZw ]
「助けてください!誰か、助けてください!」

 彼にしては医者を呼んだつもりなんだろうが、残念ながら川村が引き連れてきた自衛官の中に医者はいない。王宮各所にいる神聖騎士団を自衛隊が排除するには、国王の支援要請が必要だ。申し訳ないけど、こっちも死にたくない。異世界の中心で愛を叫んでいただいた国王には悪いが・・・・。それにしても、マキシム6世国王陛下、あなた映画見たでしょう?って突っ込みたくなるくらいに、某純愛映画にかぶったアクションだった。ともあれ、川村や自衛隊には既成事実ができあがったのは間違いない。
「同盟国の元首から支援要請が出た!状況開始!」
 川村が無線に叫んだ。それを確認してぼくは天井のリナロに目で「そこにいろ」と合図すると、いまだに日本アカデミー賞クラスの悲壮さを漂わせる国王や側近を窓際に退避させた。またまた、わけのわからない猿芝居を見せられていたアストラーダは川村の号令で自衛官が横に広がるのを見て、いよいよ戦闘を始める気配を感じ取ったようだ。
「国王の前に、貴様ら邪教徒を血祭りにあげてやるわ!」
 騎士団長の号令以下、騎士たちも自衛隊から10メートルほど離れて対峙した。この時点で決着はついているんだが・・・。川村はその余裕からなのか、騎士団に宣言した。
「我が自衛隊はこれより、同盟国元首の支援要請に基づいてあなたたちに武力行使を行う用意があります。即刻、武装解除してください」
 散々引っ張っておいてこの言葉。アストラーダは真っ赤な顔を今度は赤黒くしている。そろそろ頭の血管が切れそうで逆にこっちが心配になってくる。リナロのお母さんのような結核はどうにかなっても、今の技術では三大疾病はどうにもならない。アストラーダには疾病特約のついた生命保険をおすすめしてあげたいくらいだった。
「き、き、き、き、貴様ぁぁぁぁぁ!!!!我が神聖騎士団に降伏せよとは!!」
 完全に切れているアストラーダにも川村は冷静だった。ちょうど聞こえてきた外からの音を聞いて、彼はますます余裕の表情を浮かべた。

115 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/22(金) 01:01:32 [ DUiERaZw ]
「正確には最後に残った、あなたがた親衛騎士団に対してですがね・・・・」
 どーんという音と同時に軽い地響きがぼくたちを襲った。方角からして正門の方からだ。ぼくと同じ事を考えたのだろう。一触即発の自衛隊と神聖騎士団そっちのけで幹部と口論していた顔見知りの衛兵が窓から門を見て唖然とした。
「あ・・・・・あ・・・・・」
 彼が忠実に職務を遂行していた大きな木の門は、川村の号令で突入してきた89式装甲戦闘車によって見事に大穴が開けられて、そこからわらわらと完全武装の自衛隊が侵入してきている。さらに、中庭には戦闘ヘリのAH-1がホバリングして、中庭に出てきた親衛騎士団の弓兵隊の矢を軽々と跳ね返していた。
「こちら春日1。これより発砲する」
 ヘリは隊列を組む弓兵隊の前方に30ミリを撃ち込んだ。自分の背丈ほど跳ね上がった土煙に弓兵隊は文字通り腰を抜かしてしまった。そこへ、正門から突入した自衛隊がやってきて戦意喪失状態の騎士団を次々と武装解除していった。中庭のガス設備に被害がないといいんだが・・・・。
「ぬぬぬ・・・・」
 追いつめられたアストラーダは本日何回目かわからない芝居がかったうなり声を出した。もはや情勢は軍事素人のぼくが見てもはっきりしていた。自衛隊のヘリや小銃の威嚇ですっかり戦意を失った神聖騎士団は、スピノーラ公の兵士や自衛隊に次々と降伏しているのが見てわかる。たった数分で銃声はやんでしまった。
「さあ、どうしましょう?逆にあなたたちが追いつめられましたが・・・」
 状況を見た川村がアストラーダに事実上の最後の降伏勧告を行った。それは彼自身よくわかっているだろう。彼の周囲の騎士がどよめいた。
「団長・・・・」
「どうしますか?」
 うろたえる部下を鼓舞するように団長は再び剣を高々と頭上に持ち上げて叫んだ。

116 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/22(金) 01:02:11 [ DUiERaZw ]
「引かぬ!こびぬ!悔いぬ!これが神聖騎士団だ!」
 なんかどっかの漫画で見たことあるような台詞を叫んで、アストラーダを先頭に騎士団がいきなり突撃を開始した。すでに反撃体勢を整えている自衛隊からすればこれをくい止めるのは朝飯前だった。単発で2発。走ってくる騎士団に銃弾が撃ち込まれた。
「うわっっ!」
「ぐわっっ!」
 先頭を走る騎士たちの足に弾丸が命中して前にのめり込むように倒れる。後続の連中もそれに躓いて次々と倒れ込んだ。見事に騎士団の突入をくい止めたところで、抜き身の剣を持ったスピノーラ公が数十名の部下と共に広間に駆け込んできた。
「こ、これは・・・」
 スピノーラ公は広間に転がる神聖騎士団を見て驚きの声をあげた。国王が彼の姿を見て笑顔を浮かべた。
「おお!スピノーラ。無事であったか」
 忠実な公は王に跪いて報告を始めた。
「もはやこれまで、というときに異世界のみなさまの助勢をいただきました。そこで大急ぎで陛下のところに駆けつけたのです」
 やはり川村のあのタイミングは絶妙だったようだ。ほっと胸をなでおろしていると天井からぼくを呼ぶ声が聞こえた。あっ、忘れてた。
「タチバナ!わたしを早く下におろしてよ!」
 天井裏にいるリナロの存在をすっかり忘れてた。自衛隊に声をかけて彼女をおろしてもらった。
「なんなのよ!あんたのさっきの猿芝居?」
「しょうがないだろ・・・・」
 いきなりのだめ出しにちょっと凹みながらぼくが答えた。そこへ、おそれ多くもマキシム6世がやってきた。思わず、見よう見まねで敬礼する。
「ああ、よいよい。タチバナ殿。お世話になった」
 王は寛大にも笑いながらぼくの嘘ばっかりの猿芝居を許してくれた。これはさすがにほっとした。倒れた侍女も駆けつけた衛生科の隊員に点滴を打たれて顔色をよくし始めている。

117 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/22(金) 01:02:48 [ DUiERaZw ]
 「さて、アストラーダ・・・」
 オキニの侍女が無事なことに安心した国王は厳しい表情で、アストラーダに向き直った。さっきまでこの王国で随一の武力を誇った騎士団長はスピノーラ公の兵に囲まれ、取り押さえられていた。負傷した騎士は衛生科によって担架で次々と運び出されている。
「くそ!これで我が神聖騎士団もおしまいだ!」
 悔し紛れに団長が叫んだ。結局こいつも偉そうな理屈を並べていたが、自分の組織の保身で王様を排除しようとしていたのだ。
「引っ立て!」
 王の命令で後ろ手に縛り上げられたアストラーダとマガンダが連行された。そこで王はとりあえず控えているぼくと、自衛官に助けられて天井から降りてきたリナロに顔を向けた。
「さて、タチバナ殿。リナロ・・・・」
「すいません、こんな騒ぎになったのもぼくのせいです。お城からガス設備は撤去します」
 もう自分の仕事のせいでこんな騒ぎが起こるのはごめんだった。だが王は優しくぼくに微笑んだ。
「気にされるでない。あの連中はわしの改革路線をよく思っていなかっただけだ。たまたま、そなたたちのガス設備が口実になっただけだ・・・、これ!窓を閉めよ!」
 侍従や侍女が広間の窓をつぎつぎと閉めていく。それを見届けた王は玉座にどっかりと座って、手すりの下からリモコンを取り出した。
「ぴぴっ」
 電子音と共に涼しい冷気が広間に充満していった。その場に居合わせた川村や自衛隊も不思議そうに周囲を見回している。王が持っているのはガスエアコンのスイッチだった。
「久しぶりに剣を持って汗をかいてしまったわ!はははは!!」
 心地よい冷風を浴びながら初老の王は楽しそうに笑った。


125 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/25(月) 01:39:04 [ IAIhcBg2 ]
できた!最終回です

 ぼくとリナロが乗った軽トラックと川村たちを乗せた高機動車が駐屯地に戻った。周囲に待機していた自衛官から歓声があがった。車を止めて降りたとたんに、もみくちゃの大歓迎を受けた。
「ちょ、ちょっと、通してください!」
 サヨナラホームランを打ったプロ野球選手のごとく、頭や肩をバンバンと叩かれながらもぼくはリナロの手を引っ張って駐屯地内に入った。人混みから少しはずれたところに、ヘルメットをかぶったままの大川さんと、その横に金髪の女性を見つけた。
「かあさん!」
 リナロがびっくりしたように叫んで、女性に飛びついた。なるほど、彼女の金髪は母親譲りだったのか。がっちりと抱き合った親子は互いの無事を確かめあうようにお互いの顔をじっくりとながめた。
「かあさん、寝てなきゃだめじゃない!」
「もうすっかりよくなってね。咳も収まって身体も軽くなって・・・・。それにして、わたしのためにあんたはこんな危ない仕事をしてたなんて・・・」
 現代医療のおかげで、リナロのお母さんはすっかり顔色もよくなって顔も丸みを帯びてきていた。結核患者だったとは思えない回復ぶりだ。
「立花!」
 大川さんもぼくに駆け寄ってきてくれた。なんだかんだ言ってやっぱり会社の仲間。心配してくれていたのだろう。ちょっとうれしくなって目頭が熱くなった。
「大川さん、心配かけました・・・・」
 思わず声を震わせそうになりながらそう言ったぼくの頭を、大川さんの鉄拳が襲った。
「てめえ!今度の事件に最初から関わってたそうじゃないか!」
「いてて・・・・・。はい・・・・」
 真剣に怒っている。大川さん。ぼくはあなたのことを誤解してました。こんなにもぼくのことを心配してくれているなんて・・・・。愛の鞭を受けてぼくは神妙になった。だが、次に発せられた言葉はぼくをどん底に突き落とすに等しかった。

126 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/25(月) 01:39:40 [ IAIhcBg2 ]
「だったらなんで俺に一言も言わないんだ?おまえ、何も知らない俺が王宮にのこのこと出向いて騎士に殺されでもしたらどーすんだよ!この野郎!」
「へ・・・・?」
 ひょっとしてももしかしてもないが・・・・。まさか大川さんが怒ってる理由はぼくが入手した危険な情報を彼に教えなかったことなのか?そんなことペラペラしゃべれるはずもないし、そもそも大川さん。あなたは確か「王宮は広くてめんどくさいから、おまえに全部任せた」って言ってたじゃないですか!などと正当なつっこみはできるはずもない。
「す、すいません・・・・」
 後々のことを考えるといさぎよく謝っておくのが間違いない。経験則からぼくはとりあえず謝った。大川さんはまだ何か言いたげだったが、川村が歩いてくるのを見て追撃をあきらめたようだ。
「いやあ!立花君!君は大した男だな!」
 結局、おいしいところは全部この男に持って行かれたわけだが、考えてみれば政治問題のおいしい部分なんてぼくにとってはあまりメリットはない。
「どうだね?君たち3人。本業で情報関係の仕事をやってみないかね?」
 いきなりの川村のオファーにぼくも大川さんもリナロもきょとんとした。つまり、プロのスパイになってみないかってことだ。ということは国家公務員か・・・・。
「いや、俺は技術畑ばっかりだったんで、遠慮しときます。それに既成事実を作るとは言え、カッターで手を毎回切られちゃたまりませんや。」
 大川さんが苦笑いしながら断った。川村は少し残念そうな顔をした。
「わたしも、今度の件でちょっと疲れちゃった。こういうのは苦手だし・・・。いろいろお世話になったけど」
 リナロも申し訳なさそうに断った。当然、川村の視線は残ったぼくに向けられることになった。数十秒、考えるふりをしてぼくは答えた。
「ぼくも遠慮します。公務員も悪くないけど、今の仕事も好きですから・・・・」
「本気か?今回の件も含めて待遇は考慮するぞ」
 再度の申し入れだったがぼくは固辞した。ぼくの意志が固いことを知ると川村はため息をついて懐から小切手を取り出した。それぞれに小切手を渡してくれた。

127 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/25(月) 01:40:12 [ IAIhcBg2 ]
「よかろう。とりあえず、今回の報酬だ。受け取ってくれ」
 彼から小切手を受け取った大川さんが目を飛び出さんばかりに驚いている。ぼくもそれを見て口をぽかんと開けてしまった。リナロはぼくたちのリアクションを見てきょとんとしている。小切手には額面で400万円という数字が印字されていた。
「これでいいかね?何か他に希望があれば今のうちに聞くが・・・。これには口止め料も入っているからな。帰国してもペラペラと今回のことはしゃべらないでくれよ。今日のことは3ヶ月後に発表することになっている。情勢がある程度落ち着いてからじゃないと発表はできないからな」
「しゃべりません!つーか、3ヶ月たっても俺たち、帰国しませんから!」
 大川さんは大満足で答えた。ぼくは川村のこの言葉に少し考え込んだ。大川さんとも相談していた件だが、この際だから政府の好意に甘えてしまおうか・・・。でもなあ、これはちょっとどうなんだろう?恐る恐る彼に声をかけた。
「あのー。1つだけお願いがあるんですけど・・・・」
「何かね?」
 メガネの奥で川村の眼が鋭くなったのがわかった。前にも見せた彼独特の警戒信号だ。ちょっとびびりながらぼくは営業スマイルを浮かべて希望を言ってみた。
「トラバーユしたい人物がいるんですけど・・・・」
「トラバーユだって?」
 ぼくのオファーに今度は川村がきょとんとする番だった。

128 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/25(月) 01:40:57 [ IAIhcBg2 ]
 2ヶ月後。駐屯地内の「ミスティ」でぼくはカウンターに座ってビールをあおっていた。時間は午後4時。非番の自衛官、最近増えてきた出張してきた官庁の役人が多い。ママさんは相変わらずきれいなんだが、愛想がいまいちだった。それが余計にそそるというマニアックな人物も多いのだろうか、店は相変わらず盛況だった。
「あ、いた!またさぼってる!」
 ママとは正反対のこうるさい声にぼくはため息をついた。それを見てママが面白そうに笑う。ぼくがママに反論しようとしたがそれよりも早く、ぼくの耳を声の主が引っ張った。
「いてててて!!!」
「何さぼってんの!うちの隣に住んでる衛兵のフランツさん、契約とれたんだから早速工事!オオカワはどこ?また車で寝てんじゃないでしょうね!」
 耳を引っ張る人物はもちろん、リナロだった。あの時、川村にトラバーユの斡旋をお願いした人物だ。彼女は王宮に仕える侍女だ。国王にお願いしないと引き抜くことはできない。そこで川村にお願いしたわけだ。その理由はかんたんだ。王都アルドラータで、ガス事業が一般市民向けに解禁になると熾烈な顧客争奪戦になる。営業担当で現地人がいれば受け入れられる確率も格段に高くなる。大川さんと話し合っていた事項だ。
 リナロを引き抜いたのは大成功だった。城の侍女ということで社会的信用も高いしこの性格だ。我が事業所では(もっともぼくと大川さんとリナロだけだが)抜群の営業成績だった。今や、彼女がぼくや大川さんのスケジュールまで管理して馬車馬のように新規顧客への工事や周知、保安と働かされている。近々、うちの社長から社長賞までもらうことが確定していた。
「立花ちゃん、がんばってね」
 ママのミスティはぼくを助けるどころかリナロにウインクしている。しぶしぶ勘定を払って軽トラックに乗り込んだ。荷台にはリナロがLPガス協会のヘルメットをかぶってスタンバイしている。すっかり走る軽トラの荷台で受ける風を気に入ったようで、彼女の定位置になってしまった。
「早く行くわよ!よその会社に横取りされたら大変よ!」
「へいへい・・・・」
 適当に彼女に答えて、ぼくは酔いさましにくわえたタバコに火をつけると、エンジンキーを回した。