40 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/03/30(水) 00:56:31 [ 0AoCYtFo ]
つーわけで投下します。題して
「設備士は見た」
ぼくは呼び出しを食らった社長室で固まっていた。いや、唖然としていたという方が正しいかもしれない。
「と言うわけだから立花君、よろしくな。」
社長はいつもの口癖を言った。うちの社長がこれを言うと話は終わりと言うことを意味していた。とぼとぼと社長室を後にして事務所に戻る。事務の女性や打ち合わせをする営業課の人々が目をそらす。
「立花か・・・・」
デスクで大川さんがため息をついた。彼はうちの会社に入って4年目。転職組だ。どうやら彼も選抜されてしまったようだ。事務方の女性がばさっと書類の束をぼくのデスクに置いた。
「引継だけはしっかりとね。」
「はい・・・・」
山のような顧客情報を前にしてぼくは大きくため息をついた。
41 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/03/30(水) 00:57:06 [ 0AoCYtFo ]
5日後、ぼくと大川さんは自衛隊の船の上だった。「おおすみ」とか言う輸送艦だそうだが、たいした興味はない。ただ単に、我々の乗る車の運搬がたまたま「おおすみ」だったというだけだ。
「しかし、なんで俺たちなんだよ・・・・」
ぼくの横で大川さんがため息をつきながら言った。そんなことぼくに言われても困る。自分でもこの状況を受け入れられないのだから。ぼくはもともと福岡の小さなガス会社のサラリーマンだ。担当は顧客管理。言葉はかっこいいが、要するに営業兼、取り立て屋だ。大川さんは保安課。技術部門だ。そして我々の行き先はアルドラ王国。首都はアルドラータというらしい。人口は約20万。福岡県で言えば久留米市の人口に近い。
「政府の振興事業とか言ってますけどねぇ」
ぼくも大川さんに負けじとぼやいた。そう。これは政府のお達しなのだ。話は2ヶ月ほど前にさかのぼる。
42 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/03/30(水) 00:57:38 [ 0AoCYtFo ]
電波に満ちた世界から日本が隔離されて数日後、自衛隊の哨戒機が未知の大陸を発見。その大陸の人々と交渉を持った。それがアルドラ王国だった。アルドラは典型的な中世に近い国家だったが、幸か不幸かその領内で石油が見つかってしまった。日本にとって石油は生命線に等しい。当然、政府側はその採掘権をほしがったが、元来なんの価値もない燃える水を真っ先にほしがった日本政府の足元を見たのだろう。アルドラ側は交換条件に日本独自の技術を求めた。当然、防衛に関わる軍事技術などは提供は不可能。そうなると、一般人でも使う電化製品の一部や水道、ガス製品に白羽の矢が立てられた。ボールペンや携帯電話。ラジオ、ガスコンロなどだ。
電気は海底ケーブルを使ってとりあえず供給できたが、問題は王国側も興味を持ったガスだった。一瞬にして火をともし、モノを暖めるガスは王国の興味を引いたのだろう。多少専門的だが、都市ガスは巨大なタンクから埋設管を通って各家庭に提供される。何のインフラもないアルドラでそれを導入するにはコストがかかりすぎた。そこで矢面に立ったのが我々LPG業者だった。LPガスはボンベを置いて最低限の配管設備で供給可能。不測の災害にも最小限の修復で復旧可能なのが選ばれた最大の理由らしい。うちの社長はどういうルートを使ったのか、その第一陣に我が社を潜り込ませることに成功して、ぼくと大川さんが選ばれたわけだ。
「まもなく到着します!」
ぼくたち以外にも同じ境遇の同業の連中に海上自衛官が告げた。彼らは同業でも今のところライバルではない。なんたって、ガスの仕入れ先は同じ。設備その他は日本政府持ちな上に、各業者で施工する先も決まっている。いわば「同志」であると言えた。
43 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/03/30(水) 00:58:11 [ 0AoCYtFo ]
「立花!1300だ!」
到着から4日後、ぼくと大川さんはアルドラータにある王宮の配管工事に取りかかっていた。何しろお城の配管だ。埋設はほとんどできない。小高い丘の上にあるお城でなんといっても地面はほとんどレンガ。アルドラータはこの王宮を見上げる形で展開する港湾都市だった。建国当初は周辺の蛮族との戦が多くて、おのずと王の住む城は高台に造られたらしい。だが、ここ300年。王国は戦乱もなく、騎士も貴族ものんびりとしている。そうは言っても城は城。ドリルでてっとり早く埋設してガスの配管を通りたいところだが、オッケーが降りない。
「1300です」
ぼくは窓にとっかかってメジャーを使う大川さんに1300ミリで切った配管を渡した。地面を掘れないということは、広大な王宮の壁に沿って配管をはわせることになる。通りかかった甲冑の騎士がぼくたちの仕事を珍しそうに見ている。
「いったい何をしているのだ?町中でこのような光景を見かけるが・・・」
騎士の質問に大川さんはため息をつく。これで何度目かわからない。
「あと2,3日待ってください。お城で瞬時にお湯が使えるようになりますから」
ぼくのフォローも騎士には通用にない。これもまた何度目のリアクションかわからない。彼は高らかに笑った。
「そのような魔法みたいなことができるわけがない!せいぜい楽しみにしておるぞ!」
騎士は笑いながら立ち去った。この国の人々にはガスで一瞬にしてお湯が出るなんて想像にもできないのだろう。だが、技術屋の大川さんは未だにこの国の人々のリアクションを気にくわないようだった。
「立花!こっちはめどがついた。さっき完成させた侍女の給湯器のテストしてこい!」
半分八つ当たりだったが、テストも大切だ。ぼくは広い広い王宮の地図を片手に、昨日完成させた設備の点検に向かった。
44 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/03/30(水) 00:58:40 [ 0AoCYtFo ]
本来はこのような広いところには決まった場所に50kgボンベを多く設置するかバルクと呼ばれる巨大なタンクを置くのが常道だが、あまりにこの王宮は広い。結果、各所にボンベを設置して短距離の配管を引く形となった。そうしないと災害時や配管の破損時に破損場所の特定や復旧に時間がかかる。ましてや、当面はぼくと大川さんだけでやりくりしないといけない。
「えっと・・・。侍女待機部屋NO1か・・・」
敵が侵入したときのために迷路のように作ってある設計も災いして工事は難航した。ぼくが目指しているのは、王族の身の回りの世話をする侍女が待機する部屋の一角に設置された給湯設備だ。24時間交代で勤務する彼女たちのために、シャワーとコンロを設置したのだ。城の1階にある部屋にたどり着き、窓から中庭に出てボンベを確認する。中世の城の壁に据え付けられた給湯器にちょっと違和感を覚えるが、気にせずに配管を確認してボンベのバルブを開いた。
「オッケー、と・・・」
窓を乗り越え、シャワー室に入った。すでに内装は終わり、タイルが敷かれたシャワー室になっている。ぼくは点検のために壁のパネルの電源を入れてお湯を出してみた。しばらく正常にお湯が供給されているのを確認して窓を越えてボンベに走った。ボンベのすぐそばに設置されたメーターの具合を確かめた。4,5分待ったが以上表示がでないことを確認して、ぼくはシャワーを止めようと室内に戻った。
「やれやれ、あとは給湯室のコンロだけ・・と・・・」
そう言って伝票に記入しようとしたときだった。背後からの恐ろしい圧力に屈してぼくはシャワー室の床に押し倒された。
46 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/03/31(木) 23:46:06 [ t3ZnC/Ck ]
続きです。
異世界でお仕事するガス屋の兄ちゃん。
彼の前にはガスの知識のないお客さんだけでなく、多くの事件が待っています
ぼくを押し倒したのは侍女のようだった。殺気に満ちた目でぼくをにらみつけている。髪の毛は金髪でやや茶色かかっている。そして彼女の手には護身用であろう。短剣が握られ、その切っ先はぼくの首のすぐ近くだった。
「よせ!話せばわかる!」
思わずぼくは大声で叫んだ。だが、侍女はぼくの言葉を全く意に返さなかった。
「だまれ!男子禁制である侍女の部屋に堂々と忍び込むとは!」
男子禁制?そんな話聞いてないぞ!思わず叫びそうになったが、彼女が手に力を入れたため言葉にすることができなかった。剣の切っ先が徐々にぼくに近づいてくる。
「やめてくれ!危ない!刺さったら死ぬぞ!刺さったらどうすんだ!」
もちろん、向こうは刺す気満々なのだ。こんなことを言っても通用するはずがないのだが、じたばたしながら思わず叫んだ。そこへ大川さんが慌ててやってきた。
「立花!おまえ、あれほど言ったのに・・・!」
そう言って大川さんはぼくを刺そうとする侍女に王国から配布された許可証を見せた。その瞬間、彼女の手がゆるんだ。そう言えば、工事にあたって王国側から何か許可証を渡されて常時それを携帯するように言われていたことを思い出した。
「た、たすかった・・・・」
「俺たちは、おたくの王様に頼まれてこの王宮にガスの配管を敷いてんだ。ちょっとおじゃまするよ」
何事もなかったかのように大川さんは近くにあったガスコンロの火をつけた。瞬時についた火を見て、ぼくに馬乗りになったままの侍女はびくっとした。
「一瞬でこんな大きな火をつけるなんて、しかもこんな青い火見たことない・・・」
ぼくを拘束することをすっかり忘れてしまった彼女から解放されたぼくが彼女の疑問に答えた。
「こいつは外にある筒の中に詰まった空気を燃やしてるから青いんだ。ちゃんと使えば危なくないから心配いらないよ」
「では、あなたがたは魔法使いか何かでしょうか?」
金髪の侍女はぼくたちがこの国に来てもう30回以上はされた質問を再び繰り返した。
「立花、おまえが説明しろ。ここは耐圧検査も終わってるからな。今日の時点で供給開始。明日は玉座の間と王の私室にガスエアコンを設置するぞ」
大川さんは伝票に必要事項を書き込むとさっさと引き上げていった。
47 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/03/31(木) 23:47:14 [ t3ZnC/Ck ]
夜、城下町からだいぶ離れた森に作られた野球場3個分ほどの駐屯地。我々ガス業者の施設や充填所。携帯電話の基地局、海底ケーブルから引き込まれた電気の変電所。自衛隊の補給所などだ。すぐ近くには大型船も接岸できる港が建設中だ。ここでは毎晩パーティが繰り広げられる。駐屯している自衛隊のヘリが撃ちまくる30ミリ機関砲の花火大会だ。森にはゴブリンだとかいう怪物が住んでいて、毎晩のように駐屯地を襲ってくる。そして、もう1つはぼくたち駐在員や非番の自衛官が行うパーティだ。駐屯地の酒場「ミスティ」には多くの日本人が集まっていた。日本人向けにこの酒場は建設されていて、ただでさえ娯楽の少ない我々は仕事が終わればここで飲むくらいしかすることがなかったのだ。ここには我々業者の他に、派遣されている自衛隊や役人も多く訪れる。あの侍女、名前をリナロというらしいが。彼女に義務づけられた周知を終えたぼくは、疲れ果ててこの酒場の扉を開けた。
「よお。立花!」
大川さんがすでにご機嫌になっている。こんなマイペースな技術屋とこの先うまくやっていけるのか心配だ。というのも、工事の終わった後も我が社はぼくと大川さんに管理を任せるというのだ。大川さんは保安業務。ぼくは顧客管理。設備工事が終わってもガスを知らないこの国の人々が何をしでかすかわからない。そのための保安要員も我が社では、ぼくと大川さんということになっている。
「明日はガスエアコン設置だ。設備も何もぜーんぶ、定価で申請するからな」
我々が請け負ったのはアルドラ王国に指定された施設にガス設備を設置することだ。その費用は日本政府持ち。当然、ガスコンロから給湯器、配管にいたるまで請求することになるが、それらは一切定価で請求することになる。
「どうせ、ガス代もこっちの言い値なんだからサービスしてもいいんじゃないっすか?」
とりあえず、ビールを注文したぼくは大川さんに言った。
「バカ野郎。稼げるときに稼ぐんだよ。どのみち、指定の施設が終われば後は自由競争だ。そのために資金はあった方がいいからな」
そう。指定された施設が終わればあとの市内の一般家庭への営業は本土と変わらないルールだ。熾烈な顧客争奪戦が繰り広げられることは予想に安い。
「しかしこんな中世の国でガスが普及しますかね」
「この国の王のマキシム6世が直々にこの事業を推進していると言うぞ。可能性はある」
アルドラ王国国王、マキシム6世は自衛官の使う100円ライターを見て、ガス事業の誘致を決めたらしい。ちなみに、100円ライターに入っているガスも、液化石油ガス=つまりLPガスのたぐいだ。
「しかし、あの侍女にコンロの原理を説明するだけでも一苦労でしたよ。電池式の発火装置を理解してもらえなくてね・・・・」
ぼくはジョッキをかたむけながらぼやいた。ガスはもちろん、電気の構造も知らない。しかもただの侍女にこれらを説明するのは予想以上の労力が必要だった。
「そんなことでどうする?顧客管理には顧客への周知も含まれるんだぞ。」
その言葉にぼくは思わずテーブルに突っ伏した。元の世界でも説明するのにかなりの苦労が必要だったのだ。ましてや、ニュートンもワットも何も知らない人々にガスの原理を教えることを考えると、自分の業務ながら胃に穴が開きそうだったのだ。
「しかし、幸いなのは恐ろしく古いが水道設備がこの国にあることだな」
大川さんがジョッキのビールを飲み干しながら言った。確かに、市内には雨といの要領で水道が走り、高台にある王宮にも水車で水が供給されている。おかげでシャワー設備など、水道とリンクした設備にさほど時間をとられずにすんだ。
「ほどほどにしとけ。明日も早いぞ!」
飲むだけ飲んで大川さんは勘定をママさんに済ませて帰っていった。ホントにホントにマイペースすぎる。ぼくはジョッキに残ったビールを一気にあおった。
48 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/03/31(木) 23:52:55 [ t3ZnC/Ck ]
2週間後、ぼくは再び王宮にいた。王宮に設置された器具の1つに不具合が生じたという。おおかた火をつけっぱなしにしてマイコンメーターが働いたんだろう。場所は重臣が詰める控え室の隣にある衛兵の休憩室だった。やはり、中庭に面していて、ガスボンベもそこに設置してある。ぼくはそのメーターを見て愕然とした。
「圧力低下遮断?」
つまりガス切れということだ。まさか。そう思ってボンベを見たときだった。
「あっ」
ボンベから調整機につながる高圧ホースが切られている。ボンベ内のガスは高圧で液化している。それを調整機を通すことで低圧ガスに変えて使用する。その途中が切られているのだ。相当な量のガスが漏れたことになる。遅いと思いながらもボンベのバルブを閉鎖した。爆発が起こらなかったのが幸いだ。急いで車に戻って予備の高圧ホースと交換した。
「しかし、ホースが自然に切れるなんてありえないぞ・・・」
そう思ってボンベ周辺を調べてみた。ボンベに無数の傷が付いている。どうやら何かで叩いたようだ。配管にも数カ所、似たような傷があった。まちがいない。ホースは剣か何かで切られたのだ。意図的に。
「タチバナ!なにやってんの?」
不意に声をかけられて驚いて振り返ると、そこにはあまり会いたくない人物がにこやかに立っていた。
「なに?どうして後ずさってんの?」
茶色かかった髪の毛に今日は赤のワンピースともなんともつかない服を着たリナロだった。顔はかわいいが、油断できない。もう刺されそうになるのはごめんだった。そう思ったぼくの心を読んだのか彼女はけらけらと笑った。
「刺しはしないわよ。で、あなたとオオカワが仕掛けた魔法の様子を見に来たの?」
魔法じゃないって何度も言ったんだが、彼女はやっぱりわかっていなかった。まあ、魔法と呼ぼうが魔術と呼ぼうが、正しく使ってくれればどうでもいい話だが・・・・。
「ああ、ちょっとね。こいつを見てくれないか?」
ぼくはちょうどよかったと思い、ボンベや配管につけられた傷をリナロに見せてみた。彼女は恐れることなく設備に近寄ってきた。どこでもそうなんだろうが、ガス設備を見るこの国の人のリアクションは大きく分けて3パターンだ。極度に恐れて近寄りもしないタイプ。リナロのように興味津々なタイプ。そしてやっかいなのが、既存の価値観からこれを暗黒魔法だの、悪魔の所行だの決めつけてしまうタイプだ。
「ロングソードっぽいわね。すごい・・・なんでこんなに冷たいの?」
彼女はボンベを触りながら驚いている。当然、高圧で液化されたガスは低温だ。ふと、ぼくはボンベの近くに何か光るモノを見つけて拾い上げた。金のメダルかボタンのようだ。紋章が刻まれている。それを見たリナロが顔を真っ青にした。
「どうした?」
「あなたたち、やばいわよ。これは神聖騎士団のマント留めよ!」
神聖騎士団、戦乱のないこの国では騎士も貴族も政治的抗争に明け暮れているらしいが、この連中だけは特別だった。王の直轄でなく、神の直轄の騎士団というわけだ。竜の化身であり、アルドラ王家に王権を授けたとされる神をあがめるアルドラ正教会に属する彼らは、王国の中でも相当な発言力を持つ。その隊長、アストラーダは名前からわかるとおり、アルドラ正教の聖職者でもある。
「あなたたち、この国のことを何も知らないで来てしまったようね。」
49 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/03/31(木) 23:53:31 [ t3ZnC/Ck ]
込み入った話になりそうなのでとりあえず、リナロを軽トラックに乗せて王宮から外に出た。その間、彼女はこの国の現状を話してくれた。その内容は政府の説明会でも聞かなかったような話ばっかりで驚きの連続だった。
この国でもっとも発言力があるのは国王であるマキシム6世ではない。神聖騎士団、ひいてはアストラーダであるようだ。王宮ではマキシム6世の改革派、これは主に科学者や文官が多いそうだ。そしてアストラーダの保守派、騎士や魔導師、大貴族が多いらしい。この2派に大きく別れている。そのほかには日和見派が数派あり、互いに機会をうかがっているという。長い間戦争がなければ、それはそれでいろいろと大変らしい。
「で、そのこととぼくたちがやばいこととどう関係があるんだい?」
肝心なのはそこ。ぼくは街から離れた林道で車を止めて彼女に聞いた。
「アストラーダの一派は新しいモノは認めようとしないわ。新しいモノを受け入れることで自分たちの特権が侵されることを嫌ってるの。ましてや、あなたたちはこの世界にはいなかった人たち。さっきのは神聖騎士団の嫌がらせだわ」
なるほど、それで合点がいった。ガス設備を壊そうとやたらめったら剣で叩くうちに、ホースを切ってしまったのだろう。犯人の驚く様が目に浮かんだ。ぼくも実際に見たことないが、ものすごい音をたててガスが噴出したに違いない。それでびっくりして大事なマント留めを落としていったわけだ。
「しかしいったいぼくたちはどうすりゃいいんだ?こっちは王様から請け負った仕事だからなぁ。こう設備を壊されちゃたまんないし、事故が起これば大変な惨事になる」
ぼくの言葉にリナロは何かひらめいたようだ。助手席でぽんと手を叩いた。
「あなたたち、マガンダ侍従にまだご挨拶してないでしょ?彼が王宮の一切を仕切っているから、彼に挨拶しとけば大丈夫よ」
「マガンダ侍従ってあのでっぷり太ったおっさんだろ?工事に入る前に挨拶したさ。」
「違うの、彼は金と銀が好きなの。彼は改革派でも保守派でもない。日和見なの。何かもめ事が起きると、贈り物の多い方に味方するわ」
それってつまり、賄賂じゃないか・・・・。ぼくはマガンダ侍従への「ご挨拶」が果たして接待交際費で通るのか考えた。
「とにかく、タチバナ!これからは王宮にはあなたの魔法をちょくちょく点検に来ることを勧めるわ。それと、侍従にご挨拶する事ね。そうしないと、魔法どころかあなたの命も危険になるかもしれないわよ。」
彼女との話でわかったのはこの国の複雑なお家事情だけだった。ぼくは今後の仕事を思うと大きなため息をついた。
「わかったよ。時間をとらせて悪かったね。城まで送ろう。」
そう言ってサイドブレーキを降ろしたぼくにリナロが目を輝かせながらいった。
「ねえ、今度は後ろに乗せてよ!」
「やめといたほうがいい。後ろには先客がいるからな」
軽トラックの荷台には2本の20キロボンベが積まれている。実際には、ボンベ自体が約18キロ。それに充填されたガスが17,8キロ(ガスは満タンまで詰めない。熱膨張の関係で約80%までしか充填しない)。合計でおよそ40キロになる。不整地の多いこの国の道路で後ろにあまり重い荷物は積みたくなかったのだ。
「ちぇ、ケチ・・・、いたっっ!」
がたがた道を走りながらリナロがぼやく。舌を噛んだらしい。涙目になっている。ぼくは彼女を見て笑いながら言った。
「今度暇なときに乗せてやるよ」
52 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/03(日) 01:30:21 [ Cnm2tA2Q ]
>>51
まいどありがとうございます。
つーわけで続きです
「あら、立花ちゃん」
駐屯地内の酒場「ミスティ」のママが声をかけてくれた。ぼくはカウンターに座るとビールを注文した。上空を自衛隊のヘリが通過していく。もう1つのパーティの始まりだった。それをママさんは彼女特有のとがった耳で聞いているのだろう。生ビールを出しながらぼくに話しかけてきた。彼女が話しかけてくるのは珍しい。きれいな女性で常連客も彼女目当てで通っているらしいが、愛想はあまりよくないので評判だった。彼女の名前は店の名前と同じ。ミスティ。ハーフエルフという人種らしい。今はもう滅びてしまった森の民、エルフの末裔だそうだ。ゴブリンと呼ばれる怪物どもが森を支配してから数百年。森の民の末裔である彼女が、森を切り開いて作ったこの駐屯地に店を出すのも何か運命めいたモノを感じずにはいられない。
「立花ちゃん、最近お城に出入りしてるんですって?気をつけた方がいいわよ」
「保守派と改革派の内輪もめにでしょ?」
ぼくの言葉に彼女は少しびっくりしたようだ。無理もない。日本政府もよく把握していない話なのだから。考えてみれば、そんな状況の国にぼくたちをよく送り込む気になったもんだ。いくら目の前に石油があるからと言ってもだ。
「ふふ、さすが立花ちゃんね。もう城内に情報網つくったの?」
「顧客管理の鉄則。お客さんと仲良くなれってやつだよ」
そう言っていつの間に来ていたのか大川さんがぼくの横にどっかりと座った。彼もママ目当てのようだが、そもそもあなた、奥さんいるんじゃないですか?って突っ込みたいところだ。
「ホースを切られたんだって?よく爆発しなかったな」
日本国内だったら営業停止モノの大事件だ。大川さんはのん気にビールを飲みながら笑っている。ぼくは思い切って大川さんに昼間、リナロに言われたことを相談してみようと思った。
53 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/03(日) 01:31:05 [ Cnm2tA2Q ]
「一部の人間の嫌がらせみたいなんですが、やり方次第ではマガンダ侍従が押さえてくれるそうです」
「ほお、やり方ね・・・」
大川さんは興味を持ったようだ。
「彼にいくらか賄賂を渡せば事は収まるそうなんですが、会社の予算でどうにかなりませんか?」
ぼくの質問に彼はジョッキの中身を飲み干しながら黙った。そして一息つくと冷酷な言葉を発した。
「無理だ。っていうか無理に決まってんだろ。まあ、あとはおまえの営業力だな、ははは!」
そう言って大川さんは例によって飲むだけ飲むととっとと帰ってしまった。ぼくは半分予想されたリアクションに思わずカウンターに突っ伏した。
「そこの人、話を聞かせてくれませんか?」
その時、テーブル席の男が声をあげた。ぼくとママだけでない。店にいた業者や自衛官が一斉に彼に視線を向けた。彼はスーツにメガネ。迷彩服や作業服で埋まるこの店の雰囲気から明らかに浮いている。そんなことお構いなしに彼は、さっきまで大川さんがいたカウンター席に座った。
「ママ、この人知ってる?」
「ここ2,3日通ってる人なの」
ミスティに思わず尋ねるが、彼はそんなぼくに内ポケットから名刺を出して渡した。それに書かれた内容を見て思わず目を見張った。
「内閣情報調査室・・・?」
目の前の男は誇らしげにメガネをかけ直した。
「そう、わたしは内閣官房の直属で国内外の情報を収集しているのだ。君の話は外務省も把握してなかった話だ。ぜひ、今後の日本とアルドラ王国のために君の情報を知りたくてね」
川村と名乗るこの胡散臭い男はどうやら、話を聞くに日本版007みたいだった。ぼくは半分仕事の愚痴も含めながら彼に今日の出来事を話してみた。
「わかった・・・。その侍従への賄賂。内調で負担しよう。ただし、君はわたしにどんなささいな情報でもいい。2日に1回、この酒場でわたしに伝えて欲しい。君の情報が今の内閣の方針を決める決め手になるかもしれないからな」
そう言って川村は鞄から金塊を取り出してぼくに渡した。
「え?え?」
「いろいろと期待してるぞ」
本物の金塊を見てたじろぐぼくの肩をぽんぽんと叩くと川村は笑って外に出ていった。すれ違いざまに陸上自衛隊の幹部が彼に敬礼するのが見えた。どうやら、彼は本物の政府の人間らしい。ということは、ぼくの手にある金塊は間違いなく本物だ。思わずママに相談する。
「ど、ど、どうしよう、ママ?」
「そんなことわたしに言われても困るわ」
当たり前すぎる返答が返ってきてぼくは途方に暮れた。
54 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/03(日) 01:31:43 [ Cnm2tA2Q ]
翌日、ぼくはスーツ姿で王宮にいた。マガンダ侍従に会うためだ。あの金塊。まさか捨てるわけにはいかなかった。もしも、川村が政府の人間でなければ、金塊をぽんと渡すような職種の人々=気質ではない人々とおつきあいしなければいけなくなる。しかもこっちが借りがある状況で。もしも、川村が政府の人間の場合、金塊を捨てるなり、持ち逃げすればぼくは日本には帰れない。結局、使い道は侍従に献上するくらいしか思いつかなかった。
「おお、異世界の魔法使いか・・・・」
謁見の間に現れたデブのおっさんは見下すようにぼくに声をかけた。ぼくはガス屋だって叫びたくなるがここは我慢の一手だった。
「実は侍従様に配管工事が終わりましたことをご挨拶と思いまして・・・」
そう言いながら、侍従の横に控える召使いに金塊を手渡した。侍従は彼からそれを受け取るとうっとりと眺めている。金銀財宝が大好きな悪代官タイプはどの世界にもいるようだ。
「ほほお、これは見事だ。で、タチバナ殿。何かわたしに用事があるのではないのかね?」
まるで自分が越後屋になった気分だったが、背に腹は代えられない。直立不動のまま答えた。
「はい!このたび王宮に設置させていただいた設備を定期点検するご許可をいただきたいのです」
「ふむ、そんなことか・・・」
そう言うと侍従は指をぱちんと鳴らした。召使いが何か書類みたいなモノを恭しく持ってきた。
「これを王宮に来る際は身につけるがよい。わたしの署名入りの許可証だ」
「ありがとうございます」
一応、形式上深々と頭を下げたぼくにデブのおっさんは付け加えた。
「ただし、神聖騎士団には気をつけるがよい。この許可証で城内は歩けるが、親衛騎士団の前で目立つ行動はするでないぞ。そなたたちは目の敵にされておる・・・・」
やっぱり・・・。たとえて言うなら、校内きっての不良に目を付けられた転校生ってところだろうか。ともあれ、このおっさんから許可証をいただいた以上、城内の出入りは完璧だ。ぼくの本業にも、気の進まない副業にも大いに役立つことだろう。
55 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/03(日) 01:32:36 [ Cnm2tA2Q ]
今日は王宮に挨拶に行くってことで他の仕事を入れていなかったぼくは、マガンダ侍従との会見がわずか30分で終わってしまい時間を持て余していた。アルドラータ中心部から少し離れた酒場でスーツのまま酒をあおっていた。通りに面した店から街を眺めると面白い光景にいろいろと出くわす。街を歩く人々、郊外の農家から農産物を売りに来ている行商人。豪華なドレスとお供の騎士を連れたこっちでいうセレブの馬車。走り回る子供たち、自衛隊のトラック。同業者の軽バンや軽トラック。最後の3つは明らかに浮いた存在だったが。その窓の向こうで知った顔がぼくを見てびっくりしている。
「タチバナ!何してんの?」
リナロだった。今日は非番らしい。飲酒運転もないこの国だ。彼女の希望である軽トラの荷台に乗る希望を叶えてやった。
「うっひゃああ!最高!」
大声で喜ぶ彼女を郊外の丘まで連れていってやった。丘で車を止めると、ぼくも荷台に登ってこっそり持ち出していた缶ビールを彼女に渡してやった。プルタブの開け方を説明してやる。
「かぁ〜!のどにしみる!」
初めて飲んだ人の感想とは思えない言葉をリナロは発した。ぼくは一口飲んでタバコに火をつけて空を眺めた。日本にいたときと変わらない。真っ青な空と真っ白な雲のコントラストが美しい。
「侍従に「ご挨拶」してきたよ」
驚いたような顔をして彼女は隣に座るぼくを見た。
「どうだったの?」
「こんなものもらった」
そう言って彼女に侍従が偉そうに渡したモノを見せてやった。ますます、彼女は驚きの表情を浮かべた。
「これって、王座の間にも入れる許可証よ!」
ぼくはこのことにあまり驚いてない。王座の間と王の私室にはガスエアコンがある。これが壊れれば当然、ぼくと大川さんが修理にうかがうことになる。これはガス屋としてごくごく当たり前の行為だ。もっとも、中世みたいな世界で、神に王権を授けられた王の間に、作業服を着たガス屋の兄ちゃんが「ちわー!」って入るのを想像すれば、めちゃくちゃ違和感のある光景ではある。
「そう何度も行くことはないだろうさ・・・。どのみち、ぼくたちもいつかもとの世界に帰るんだし」
ほとんど意識もしないで言ったこの言葉に、リナロは驚きではなく半分あきれたような表情を浮かべてぼくを見た。
「あなた、ほんっっとに、何も知らないのね」
「な、何がだよ?」
頭ごなしの言葉に昼間からビールを飲んだせいもありいささかむっとしてリナロに答えてしまった。
「あなたの国はこの世界の「周期」によって呼び寄せられたの。「周期」はとてものんびりとしているわ。人間の一生なんて「周期」の前ではまばたきのようなものよ・・・」
リナロは「周期」についてぼくにレクチャーしてくれた。この世界では定期的に別の世界からの召還が発生するそうだ。人為的にではなく自然発生的に。その「周期」はおよそ1000年。彼女たちの理屈で言えばこれは神の摂理であって人間ではどうすることもできないそうだ。ちなみに、ぼくたちの前に「周期」によって召還された島は、1400年に渡ってこの世界に存在し続け200年前に忽然と姿を消したという。そしてつい数ヶ月前、日本列島が現れたというのだ。つまらない次元だが、ユーロで貯蓄をしていた会社の先輩のことを思うと思わず同情せずにはいられなくなった。事はそんな問題じゃないんだが、普通のサラリーマンからすればこのような壮大なスケールの話はなかなか現実味を帯びてこないのもまた実状だ。
「1000年後って3006年か。ドラ○もんどころか、宇宙戦艦ヤ○トまでできあがってるな・・・・」
思わずぼくがこぼしたこの言葉にリナロが食いついた。
「なに?宇宙戦艦ヤ○トって?」
ぼくたちは缶ビールがなくなるまで、ぼくがいた世界のことやこの世界のことについて語り合った。
56 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/03(日) 01:33:10 [ Cnm2tA2Q ]
夕方、「ミスティ」には約束通り川村が待っていた。ぼくは彼から預かった金塊の使い道とその成果。そしてリナロから聞いた話を彼に報告した。
「やはり、うすうす推測してはいたが。だがこれは発表できないな」
「なんでですか?」
川村の答弁に思わずぼくは反論した。彼は周囲の自衛官や業者に聞かれていないことを確認してぼくにそっと言った。
「そんなこと、どうやって発表する?我々はもう元の世界には帰れません。痛みに耐えてがんばりましょう。ってか?そんなこと今のタイミングで言えば政治が保たない。だが、今日持ち帰った君の情報でこれをどうすれば国民にわかりやすく説明するかのヒントが得られた。政治とはそういうものだ。大多数の人々を表面上の変化はできるだけ少なくして上手に導くのが政治だ。」
この言い方は民間人のぼくにとってあまり愉快な言い回しではなかったが、彼の言い分に反論するだけの理論武装ができているわけではない。それよりなにより、彼には借りができてしまった。マガンダ侍従から発行された許可証のことだ。ぼくからの反論がないことを確認して内調の男は言葉を続けた。
「まあ、立花君。君に何も本物のスパイになれとは言わない。君はLPガス設備士だろ。だったら、仕事の片手間に見聞きするだけでいいんだ。我が国と我が国の未来に役立ちそうな情報をね」
本物だろうと偽物だろうとやっていることに変わりはないんじゃないか?ってつっこみをしたくなったが、やめにした。もはやぼくは川村のオーダーを断ることはできない。つまるところ、ぼくは市原悦子になるということだ。家政婦の仕事をしながら勤務先の裏事情を見聞きして「あら、いやだ」って言う役目だ。
「わかりましたよ。その代わり・・・・」
ぼくは交換条件を出すことにした。初めてぼくの能動的な要求に気がついた川村の顔に警戒信号が出たのを見逃さなかった。さすがは官僚だ。だが、ぼくは「3億ドル用意しろ」とか、トム・クランシーも真っ青な要求をする気は更々なかった。
「早いところこの駐屯地でもインターネットをしたいんですよ。あなたなら総理に直接言えるんでしょ?言ってくださいよ。夜は暇でたまんねーって!」
川村にとっては予想だにしなかったオーダーだったのだろう。きょとんとしている。だが、普通のリーマンのぼくにとっては突拍子もないオーダーではない。実際問題、ここでは暇なのだから。報酬で2億くらいくださいって言うのもアリかもしれないが。ヘタレ国家とはいえ国が相手だ。国家を相手にそんな脅迫じみた要求をするほどぼくは度胸があるわけではない。それに川村、ひいては政府が期待しているような情報をぼくが入手できるとも限らない。欲張る必要も必然性もまったくないのだ。だが、せめてささやかな希望だけでも、どさくさ紛れに言っておくのが得かなって程度のことだ。
「わかった・・・・。検討しよう」
川村はいささか拍子抜けした感じで返事すると、勘定を済ませて出ていった。これでよかったのだ。川村のスーツは左胸あたりがぽっこり膨らんでいた。素人でもわかる。拳銃を持っている。ぼくがあまりにめちゃくちゃな要求をすれば彼はそれでぼくを「指導」するなり、最悪殺すこともできるのだ。007もどきは映画の世界で充分だった。
「まあ、いっか・・・」
その夜のぼくは見事、政府の川村を利用して今後の営業に関して、同業者に対するアドバンテージを得た喜びだけだった。川村の依頼を半分安請け合いしていたのだ。だが、このことがぼくの運命を大きく変えることになるなんて、3杯目の生ビールに手をつけ始めたぼくは気がつくはずがなかった。
60 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/07(木) 00:16:10 [ Xa5eisBg ]
誕生日とは。おめでとうございます。続きです
数日後、ぼくは王宮にいた。マガンダ侍従の発行した許可証の威力は抜群だった。王宮への出入りはほとんどフリーパス状態だ。リナロに忠告されたとおり、2,3日に1回はこうやって設備の点検に来ている。あの一件以来、設備に何かされるということはなくなった。よほどガスが噴出したのにびびったんだろう。いや、ぼくでもびびる。
「あ、こんちわ〜」
配管を張り巡らせた廊下ですれ違う侍女に軽く挨拶するが、彼女は何か恐ろしいモノでも見るようにぼくから遠ざかっていった。やっぱり、ガスのことを悪魔と契約した暗黒魔法と思いこんでいる人々は一定数いるようだ。
「やれやれ・・・」
ぼくは王宮の中庭でタバコに火をつけて一服した。芝生にしゃがみ込んで煙を吐き出した。ふと、庭に面したろ廊下を歩く黒い鎧を身につけた騎士が目に入った。
「まずいっ」
思わずぼくは柱の影に隠れた。その騎士とは、アルドラ王国神聖騎士団長アストラーダだ。これもやはりリナロの忠告だったが、親衛騎士団には近づくな。今この国はマキシム6世や文官たち改革派と、アストラーダなど武官の保守派で冷戦状態なのだ。
アストラーダは廊下を曲がってマガンダ侍従のいる部屋に入っていった。中立派、というより日和見のマガンダ侍従の部屋にいったい何の用事というのだろう。ぼくはポケットを探って川村から渡されたレコーダと、シャッター音のしないデジカメを確認した。しぶしぶ引き受けることになった副業とはいえ、やはりこの展開には好奇心をそそられずにはいられなかった。
ぼくは中庭から廊下に入って、衛兵の詰め所を通り抜け、侍従の部屋の窓にとりついた。窓の下にはちょうど配管が通っている。モンキーレンチを取り出していかにも作業している風に装った。窓の向こうからデブのおっさんと、いかつい騎士の会話が漏れ聞こえてきた。
「いったいどういうことだ?あの邪教徒に王宮の出入りを許す許可証を発行するとは!」
いかつい声。アストラーダだ。外見と同じくやっぱり声もうんざりするほどいかつい。
「まあまあ、騎士団長。これも手の内だ」
「ほお・・・」
61 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/07(木) 00:17:11 [ Xa5eisBg ]
マガンダ侍従は得意げに「手の内」とやらを話し始めた。ちょっと待て。リナロの話と食い違うぞ。あのデブのおっさんは日和見派じゃないのか・・・。
「王があの不気味な空気を珍しがったのは仕方がない。だが、先日騎士の一人があの暗黒魔法の設備を壊したら、邪教徒が慌てて修理にきおった。そこでだ。あの邪教徒をうろうろさせながらも暗黒魔法が大事故を起こせば・・・。王は邪教徒どもを追放するに違いない。その上、暗黒魔法を王宮に導き入れた王も、改革派の連中も追い落とすことができる。許可証はそのための撒き餌だ。」
邪教徒というのは日本人。そしてこのおっさんの指すのはどうやらぼくのことのようだ。マガンダの狙いは王宮のガス設備が事故を起こせば、それを認可した王の権威も失墜するということだ。よくもまあ、そんなことを考えつくモノだ。
「ふむ・・・。しかし我らは暗黒魔法の原理もわかってないのだぞ。どうやって都合よく惨事を起こすのだ?」
「それについては問題ない。あの邪教徒。質問されたらなんでもホイホイ答えている。こちらの息のかかった人間をヤツの周辺に送り込んである。」
おいおいおいおいおいおい!!こいつらガス事故の怖さをみじんもわかっていないようだ。ぼくは思わず、窓から身を乗り出してLPガスを使用するにあたっての安全基準や法令を小一時間レクチャーしたくなる衝動に駆られた。ガスのことをわかってない人間が起こす事故は過失とはいえ甚大な被害につながる。ましてやそれを、仕組みを理解した上に人為的におこされた日には・・・。
62 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/07(木) 00:20:02 [ Xa5eisBg ]
「ミスティ」でぼくは今日のことを川村に報告した。彼はビールをあおりながら聞いていた。
「なるほど・・・。王宮でガス爆発でも起きれば、今進んでるガス事業も電気事業も撤退ってことになるな。その上、うまくいけば改革派の王様も邪教に心奪われ、アルドラ正教の教えを踏みにじった背教者だ。」
まるで他人事のような川村の発言にぼくはビールも手伝って少しいらいらしていた。
「冗談じゃないっすよ。ガス爆発なんて起こされたら。どうしましょう?」
「残念だが、今の段階で政治が介入できる要素はない。引き続き頼むぞ」
それだけ言って川村は勘定を済ませて帰ってしまった。なんて冷たいんだ。まあ、彼も政府の人間だ。他国のこと、しかもまだ起きてもいない国王失脚計画に介入はできないのだろう。だが、ぼくは違っていた。自分の設置したガス設備で、しかもつまらない抗争のために人が傷つくことは看過できない。ぼくは常々思っていたことを実行に移す決心を決めた。
「よーし、政治が介入できないなら民間で介入してやる・・・」
ビールをぐいっと飲み干してぼくは準備にかかろうと店を出ようとした。が、ふと足が止まった。マガンダ侍従の言葉を思い出したのだ。ぼくの周囲に放った間者。ガスの仕組みを理解し、効果的に事故を大きくするための卑劣なスパイ。自分と仲良くなった衛兵や侍女を思いだしてみる。リナロも・・・。
「まさか・・・。」
思わず、自分の中に浮かんだイヤな想像を頭を振って打ち消した。
63 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/07(木) 00:20:29 [ Xa5eisBg ]
2日後、王宮の大広間には国王はじめ側近、文官、侍女、侍従、衛兵に至るまですべての人が集まった。
騎士もちらほら混じっている。すべて、とは言いつつも当然アストラーダはじめ、親衛騎士団は1人も来ていない。
スーツ姿のぼくを見つけてリナロが笑って手を振った。彼女がガス事故を大きくするためにマガンダから送り込まれたスパイかも知れない。想像したくないが考えずにはいられない推理が頭をよぎって、彼女には軽く手を挙げて返すことしかできなかった。持ち込んだハンディマイクとスピーカーのスイッチを入れてぼくはみんなの前に立った。
「えー、これよりLPガス安全講習会を始めたいと思います」
苦肉の策だった。親衛騎士団の連中がいつ人為的にガス事故を起こすかわからないが、当面は王宮に出入りするのはぼくと大川さんだけだ。24時間つきっきりで警備はできない。だったら、王宮中の人間がガスの原理とガス設備のことを日本の一般人程度まで理解して、自ら安全管理をやってくれれば話は早い。それに、誰だかわからないが、ぼくに放たれたスパイも目的を失ってしまう。これは改革派の貴族、スピノーラ公に直談判して実現した。彼は中年の感じのいい貴族でガス事業に関しても好意的だったのが幸いした。
「ではまず、LPガスとはなんであるかということですが・・・」
できるだけかいつまんで、LPガスはプロパンとブタンの混合体でどうのこうのなんてのは極力はしょって講義した。要するに、扱い方と安全管理を意識してもらうことが目的だった。マイコンメーターの原理、調整機の原理、ガス漏れ時の緊急対応などなど、安全面に時間を割き、質疑応答にもたっぷり時間を割いた。
「では、これで終わります。長い時間お疲れさまでした。」
たっぷり半日かけて講義は終了した。終始真剣に聞いていたマキシム6世が立ち上がった。
「タチバナ殿!すばらしい講義だった。おかげで異世界の便利な魔法をこの城の者は安全に使うことができそうだ」
王の言葉を受けて集まった人々から拍手が起こった。顧客の周知を行って拍手をもらうのは初めてだった。照れたぼくはリナロと目があった。彼女も笑顔で拍手している。きっと彼女はスパイなんかじゃない。その笑顔を見てそう信じずにはいられなかった。
64 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/04/07(木) 00:23:38 [ Xa5eisBg ]
以上です
ドンパチばかりが異世界との交流じゃないって感じです
改革派の人々にガスの正しい安全管理を講義して、
保守派の人為的な事故の可能性を未然に低くしたガス屋の兄ちゃん立花
リナロは果たしてスパイなのか?川村の目的とは何なのか?
次回に続きます