968 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:04:46 [ iuWFI7sQ ]
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「出動!独立偵察隊」第13話:玄海つれづれ節

2004年7月10日 10時00分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地

 プレハブの本部前には数十名の自衛官が整列している。その横には20名ほどの警察官が同じように整列している。彼らの前で、がちがちに固まった重岡が急ごしらえの演台に立っていた。
 第1独立偵察小隊は、防衛庁長官に就任した田所のおかげで部隊は大幅に増員され、出動の許可も緊急時は事後承諾となって、自衛隊でも屈指の機動力を誇る部隊に生まれ変わっていた。
「え、えー。このたび、我が第1独立偵察小隊は総員76名の大所帯となった。だが、みんなで一致団結して事に当たってもらいたい。我が隊の初任務だが、7月の23日に行われる花火大会の警備である」
 その言葉に隊員たちからざわめきがこぼれる。そうだろう。自衛隊が夏祭りの警備なんて聞いたこともない。
「えー。これは田所防衛庁長官からの直々の要請である。知っての通り、昨年の各地の夏祭りはこの世界に召還された混乱でほとんど中止となった。今年は、同じ23日にもっとも人出の多い花火大会が市内2カ所で開催される。門司区の海峡花火大会と、若松区の久岐の海花火の祭典だ。両方合わせての観客動員数は90万人に達すると見られている。」
 90万人という数字を聞いて隊員たちは自分たちの任務の重要性がわかったようだ。ざわめきはいつの間にか収まっていた。
「ドボレクのテロ攻撃が予想される。その詳細については、知っての通り、魔法に詳しいガシリア王国大神官のミランス様にご説明いただく」
 重岡の招きで演台に、夏2種制服を着たドローテアが登った。「活動記録」という名目でデジカメを構える尾上、絶対に写真を私的流用しないと重岡に厳に命令されているが、満面の笑みを浮かべる。
「ドローテア様、夏服もすてきです・・・・」
 演台の横に並んでいる村山、バルクマン、美雪は一様に眉をひそめる。こいつ絶対写真を私的流用するに違いないと確信した。幸い、それに気がつかなかったドローテアが隊員に語りかけた。
「さて、これは私の予測だが、ドボレクは2カ所同時に攻撃は仕掛けてこないだろう。ちょっと専門的になるが。ここ数週間のドボレクの動きを見るに、ヤツには2カ所の会場を同時攻撃する魔力はない。」
 ドローテアの推測は重岡も村山も初耳だった。
「今までドボレクの攻撃はことごとく失敗に終わっている。とすれば、ヤツ自身が現れて強力な魔法テロでもしかければいいものを、いっこうにその気配がない。恥ずかしい話だが、アジェンダと通じていたダンカン公の証言だが、彼が先日のテロに参加した理由は、ドボレクがガシリアを滅ぼす禁呪を行おうとしているためで、ヴェート王を説得すれば禁呪は使わないという取引だったと言っている。だが、禁呪には相当な魔力を必要とする。このため、ドボレクは同時多発的な魔法テロは行えないであろうと思うのが一点。」
 つまり、伝家の宝刀を磨くので余裕がないと言うことだ。さらにドローテアは続けた。

969 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:05:20 [ iuWFI7sQ ]
「2点目だが、これは事実としてわかっているだけだが、この国では魔力をうまく集中できないという点だ。ここ数日、我が領地にある魔道学校の生徒を自衛隊のP3Cに同乗させて、いろいろと調査を行った。その結果、この国では強大な魔法を発動させるのにはガシリア以上に時間と手間がかかることが判明した。この国が、ガシリアとアジェンダ双方の巨大な魔法攻撃の応酬のはずみで召還されたことに起因していると思うが、魔力の集中が非常に困難なのだ。このため、ドボレクは本来の魔力を思うように発揮できていないと思われる。」
 なるほど、と村山は思った。魔道大臣なら得意の魔法でどっかんとやればいいのだが、ドボレクのやっていることはテロの手引きがほとんどだ。極力自分が動かなくていいように仕組んでいる。その理由はやはり、魔法が思うように使えないということか・・・。大神官が見解を述べて演台を降りた。再び重岡が壇上の人になる。
「というわけだ。では、幹部は会議室に集合。他の者は解散」

970 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:05:54 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月10日 10時23分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地

 プレハブの事務所には今までの面々に2名の尉官が加わった。津田三尉と伊藤三尉だった。彼らは主に96式装輪装甲車や82式指揮通信車の運用を担当する。津田は絵に描いたようなまじめタイプ。伊藤は津田と違った体育会系タイプだった。どっちも20代で既婚。優秀で将来有望な幹部だ。田所の取り計らいだった。
「今回は部隊を分けることになる。門司は私が行く。津田三尉と伊藤三尉はこっちに同行してくれ。ドローテア様もこちらに」
 重岡の分けたプランはこうだった。伊藤と津田の車両班と重岡、ドローテアは門司。村山とバルクマンは若松。隊員は半分づつ。当然人手が足りないので40普連から増援が来ることになるが、警備の中核は第1独立偵察小隊だ。
「あのぉ・・・・」
 そこへコーヒーを持ってきた美雪が遠慮がちに声を出した。きまじめな重岡たちの視線を浴びて美雪が縮こまりながら言った。
「あたしも若松の警備にいってもいいですかぁ?」
 その真意を察したドローテアがにやっと笑った。その笑顔に美雪がぎくりとする。まだ状況のわからない伊藤と津田はきょとんとしている。彼女は美雪にさっと近寄って耳打ちした。
「わかっているぞ、小娘。バルクマンであろう?」
「さすがドロちゃん、察しがいいじゃない。何とかしてよ、チャンスなんだからさぁ」
「うむ、それはいいがそのかわり・・・・」
 偉大なる大神官で、ガシリアに移民した日本人を手厚く保護し経済政策でも大成功を納めていると聞いていた津田と伊藤は、今風の女の子となにやら楽しそうにこそこそ話するドローテアを見て呆然としている。
「これが噂の大神官様か・・・・?」
 とまどう彼らに村山が歓迎の缶ビールを持ってきた。
「今にわかるさ。まあ、今日の仕事はここまでだ。一杯やろうぜ」
 まだ10時過ぎというのに平気で缶ビールを飲み始める村山やドローテア、バルクマンにますます新入りの2名は困惑の色を隠すことができなくなった。

971 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:06:38 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月19日 22時54分 北九州市小倉北区堺町 ワインバー「シルププレ」

 村山、ドローテア、バルクマンは入店早々、出された最初の一杯を一気に飲み干してぐったりとした。優雅にワインを楽しむ趣向の店だが、修羅場をくぐった3人はそうもいかなかった。
「まさか、あそこまですごいとは思わなかった・・・」
「まったくだ・・・・」
「殺されるかと思いました・・・」
 3人の着衣は一様にぐちゃぐちゃだった。久しぶりに飲みに出た3人は堺町公園前でタクシーから降りるや、周囲にいた女性に取り囲まれてしまったのだ。目的はもちろん、「バル様」だった。酔客でにぎわう夜の堺町に突然現れた「バル様」に押し寄せようとしてちょっとしたパニック状態になったのだ。
「目立たないようにいつもの甲冑じゃなくて制服を借りたんだが、一発でばれたな」
 村山は2杯目のワインを飲みながらバルクマンを眺めた。服装は変わっても彼の金髪とイケメンは隠せないようだ。当のイケメン騎士は申し訳なさそうに頭をかく。
「私は数度、アジェンダとの会戦に参加していますが、今回が最も命の危険を感じました。警察が来なかったらホントに死んでいたかもしれません」
 騒ぎに気がついた堺町公園周辺の警官が駆けつけてどうにかこの店までたどり着いたのだ。運の悪いことに、おばさまの団体が近くの中華料理屋で宴会をしていたのも騒ぎに拍車をかけた。おばさま軍団の突入には警官のガードすら突破されかかった。
「これでは祭りの日にはパニックになるぞ・・・」
 乱れた髪を整えながらドローテアが言った。主人の言葉にバルクマンがあんまり心配していないといった感じで答えた。
「ご心配なく、当日は美雪さんにアイデアがあるそうです」
 この言葉でぐったりしていた村山とドローテアに一瞬で生気が戻った。にやにやしながら、うれしそうにバルクマンを見つめる。
「ほほぉ。バルクマン。小娘といろいろ打ち合わせをしているようだな」
「あいつ、張り切ってるからなぁ。」
 2人のうれしそうな会話に今一つついていけないバルクマンが真顔で2人に問いかけた。
「どうして美雪さんが張り切っているのです?」
「へ?」
 村山は大まじめなバルクマンの質問に思わず凍り付いた。ドローテアは彼の性格をわかっているのか面白そうに笑ってグラスのワインを楽しんでいる。
「なんでって、おまえ・・・・。決まってんだろ」
「なんでしょう?」
 ホントのホントにわかってないようなバルクマンを見て、村山は困ってドローテアを見やった。2人のやりとりを面白そうに聞いていた彼女はグラスを置いた。
「バルクマン。そなたもわかるであろう?女が特定の男に何かとかまう理由くらいはのぉ・・・・」
 イケメン騎士はその言葉に数秒思案を巡らせていたが、やがて顔を真っ赤にした。
「ま、ま、ま、まさか・・・・。美雪さんがそんな・・・・。ご冗談を」
 あそこまであからさまな美雪を見て「ご冗談」というバルクマンが冗談だと思ったが、村山はあえて口に出さなかった。この男。本当にわかってないようだ。
「バルクマンは剣の腕もいい。頭もいい。性格も思慮深い。顔も見ての通りだ。当然、ガシリアでも娘たちの人気を集めておったが、どうもうまくいかない。私は原因は、この男の鈍感さにあると思うんだがな」
 時に鈍感さは純粋さを越えてやぼったく見えることもあるようだが、バルクマンの鈍感さもかなりのモノだと言えよう。村山はため息をつくとグラスのワインを飲み干してイケメン騎士に言った。
「いいか、バルクマン。こいつは俺のこと好きなんじゃないかって女はな。黙って後ろから抱きしめてやるんだ。嫌がれば勘違い。嫌がらなきゃオッケーサインだ。これで問題ない」
 普通の男性が聞けばむちゃくちゃな村山の理屈にもバルクマンは感心したようにうんうんと頷いている。
「わかりました村山様。今度そういった状況でぜひ、試してみたいと思います。少し失礼します」
 そう言ってバルクマンはトイレに立った。彼の反応を聞いたドローテアと村山は互いに目を見合わせ悪魔のような笑みを浮かべた。
「ドローテア、聞いたか?今の」
「うむ。聞いた・・・。祭りの日が楽しみだのぉ」
 何かしら心当たりがありそうなバルクマンのリアクションに2人の期待は否応なしに高まった。

972 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:07:13 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 16時48分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地

 集合した第1独立偵察小隊の全隊員はある人物の登場を待っていた。いっこうに出てこないその人物に、総監部から派遣された権藤二尉はいらいらしていた。明らかに、丸山たちが送り込んだ「目付役」だった。
「重岡二尉。あの人物はいつもこんなに時間にルーズなのかね?」
 しびれを切らした権藤が重岡に詰め寄るが、言い寄られた重岡もいったい何でこんなに遅いのかわからないのだ。ただただ、「もう少しじゃないでしょうか・・・」というばかりだ。
「すまぬ。待たせてしまったようだな・・・」
 みんなを待たせた張本人、ドローテアがプレハブから姿を現した。その瞬間、整列した隊員からはどよめきが聞こえ、権藤は片方の眉をぴくりとさせ、重岡は唖然とし、村山は思わず口笛を吹いて、尾上はまるで餌を前にした犬のように目を輝かせた。
「どう?ドロちゃんのこの格好?」
 浴衣姿の美雪が得意満面にみんなに言った。たしかに、よく似合ってはいるが・・・。色鮮やかな浴衣に髪をアップにしてうちわを持つ仕草などは、ミニスカ仕様の浴衣を着た茶髪ギャルよりはよほど様になっている。しかし・・・
「ミランス様、これから我々はテロの警戒に赴くのですよ!いくらなんでもその格好はいかがなものかと思いますが・・・」
 権藤が思わずドローテアに詰め寄る。その刹那、彼は無言の殺気を背後に感じていた。尾上はじめ、インフルエンザのようにじわじわと隊内に広がりつつある「ドローテア萌え」派の隊員の刺すような視線だった。彼らばかりか、津田と伊藤も残念そうな顔をしている。優秀な自衛官の彼らも、村山たちと日々を過ごしていて良くも悪くも彼らの習慣になじみ始めているようだった。
「う・・・。ま、まあ、今回は異国の祭りをご見学なさるということも兼ねているので、致し方ありませんな」 
 下手なことを言うと命の危険も発生しかねないと判断した権藤はしぶしぶ引き下がった。それを見て取った美雪はさらに、まだこの場にいない人物を呼んだ。
「さ、出てきて!」
 彼女に促されてプレハブから出てきた人物に今度は一同、唖然とした。
「ど、どうでしょう?私とはわからないでしょうか・・・・」
 姿を現したバルクマンは雪駄履き。茶色の着流しに茶髪のかつら、サングラスといういでたちだった。確かに、世間の女性を騒がせている「バル様」には見えないが、彼の長身も影響してほとんど、その辺のチンピラだった。かろうじてその低姿勢と礼儀正しさで、ガシリアの由緒ある騎士と判別できるくらいだった。
「私が出歩くとパニックになりますから、変装してみました。権藤様、どうでしょう?」
 ぬっと近づくチンピラ仕様のバルクマンに思わず権藤は後ずさった。彼の着流しの懐には短剣と拳銃が隠されているという。ほとんど極道の出入り状態だ。
「あ、あああ。結構でありますな・・・」
 半分ひきつった笑顔で権藤は回答するのがやっとだった。このままでは収集がつかなくなると判断した重岡がみんなに乗車を命じた。各自が一斉に車両に走っていく。ドローテアが美雪を捕まえて耳打ちした。
「小娘、うまくやるんだぞ」
「恩に着るから、ドロちゃん」
 かくして、第1独立偵察小隊の面々は各会場警備に出発した。

973 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:07:52 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 17時32分 北九州市若松区本町 祭り本部

 JR若松駅前に設置された野外ステージの横。大きなテントの中で数名の男性がテーブルを囲んで缶ビールを飲んでいた。
「それにしても今年は大助かりやねぇ」
 大きなボックスから缶ビールを持ち出しながら商工会議所の高山所長がうれしそうに言った。
「まったくです。花火の警備を自衛隊がやってくれるんもんですから。消防団はこっちの警備に当てられますからねぇ。」
 日本酒を冷やで飲んでいた商店街連合会の山下会長が答える。海岸沿い、主要交差点、駅前の詰め所、交通規制のポイントポイントに重武装の自衛官が立っているのだ。海岸沿いの駐車場には74式戦車も待機している。テロ対策だったが、祭り運営側としては警察との折衝や地元消防団との兼ね合いを考えない分、大いに助かっていた。
「でも自衛隊の幹部は固くていかん。どうも話がやりにくい。」
 焼酎を四合瓶から直に飲むサラシ姿の商店街連合会の園田副会長が誰にともなくつぶやく。戦前の石炭荷役に従事した人々の格好を模しているサラシに法被姿だ。かなり怖い・・・。そこへ到着した権藤がやってきた。テントの入り口で直立不動の状態で敬礼をする。
「陸上自衛隊西部方面総監部から参りました権藤二尉です。今回の警備責任者としてご挨拶にあがりました」
 ついさっきまで、自衛隊の幹部が固いと言うことを話題にしていた祭り本部の面々はそれを目の当たりにして若干引き気味だった。続いて、村山とバルクマンに美雪が到着した。
「どうもぉ!村山です。お?さっそくやってますね?そう思ってこっちでも用意してきたんですよ」
 そう言って村山はクーラーから缶ビールを取り出した。目配せして着流し姿のバルクマンに合図する。
「ガシリア王国の騎士、バルクマンともうします。今回は事情があってこのような格好で失礼します。まあ、どうぞ。我が主人、ドローテア・ミランスの領地で生産される特産品です」
 そう言って騎士は佐久間老人の生産するガシリア名産「ミランスビール」の冷えたサンプルを山下たちに差し出した。同じ迷彩服姿の権藤と村山、そして騎士と言いながら着流しのバルクマンを交互に見やって沈黙していた山下たちは、数秒の間をおいて大笑いした。
「ははははは!!!自衛隊にも話の分かる人間がおるんやのお!それに、そっちはテレビで有名な「バル様」やろうが!よう来たのう!ま、座って飲んでいき。なんね?浴衣のお姉ちゃんもおるんね?一緒に飲んでいき!おおい!オードブルもってこい!」
 あっという間に、権藤たちはテントの中のテーブルに通されて、彼らの前にはビールやら寿司やらオードブルが並んだ。そこへ暇だった消防団長やら花火の前にステージをするロックバンドやらが話を聞きつけて集まってたちまち宴会が始まった。
「いやあ、権藤さん、村山さん。あんたたちみたいなのが来てくれてよかった。あの・・・田島とかいう幹部かね?あれが全然話が通じんでから・・何回、私が田所先生のところに通ったか!ははは!」
 上機嫌の山下に、村山がミランスビールをついであげながら答えた。
「ホントですよね。役所は固い。話が通じない!これだから役所は・・・」
 村山が一同に目線で振った。それに気がついた権藤以外の面々は声をそろえて言う。
「ちくしょう!ぶははははははは!!」
 ベタベタでなおかつ、わかりにくい親父ギャグ(役所はちくしょう!)のネタにされた権藤はイスに座って村山をにらみつけながらウーロン茶をすすった。

974 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:08:49 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 18時01分 北九州市小倉北区赤坂海岸 国道3号線

 重岡に伊藤は96式装輪装甲車の車列の先頭でため息をついた。都市高速が運の悪いことに事故で通行止めになり、昨年は中止になった花火大会に人々が殺到したため、国道は例年以上の大渋滞だった。30分で20メートル進めばいい方だった。
「重岡二尉、強制排除して進めないんですか?」
 血気盛んな体育会系の伊藤がとんでもない質問を重岡に投げかける。
「できない。まだ有事は発生していないんだからな・・・」
 その返答に伊藤は残念そうにため息をつく。
 彼らの後続、津田。そして浴衣姿のドローテアにそれを「活動記録」として写真に収める尾上は全く違った雰囲気だった。ほとんど、遠足の貸し切りバス状態だった。
「ほお、津田殿は女性の口説き方をいろいろ知っておるようだの」
「はい、そりゃあ学生の頃は・・・。バルクマン様にもいろいろご教授させていただきますよ!」
 夢中に学生時代のことをしゃべりまくる津田。一見まじめだが、実はかなりイケイケのようだった。一通り話が終わると、ドローテアはのぞき窓から外を見やった。
「ふう・・・。小娘はうまくやっているのかのぉ・・・・」
 誰にともなく、ドローテアはうちわを仰ぎながらつぶやいた。

2004年7月23日 18時34分 北九州市門司区和布刈(めかり) 国民宿舎「めかり山荘」

 海峡花火大会を見るに絶景を確保した丸山、田島、岩村は自費で呼んだコンパニオンを相手に上機嫌だった。眼下では国道で渋滞している車のテールランプが延々と続くのが見えている。
「どうですか?数ヶ月前から予約しておいた私の先見の明は?」
 得意げに田島が丸山に酌をしながら言う。お気に入りのコンパニオンの肩を抱きながら丸山も岩村も上機嫌だった。
「さすがは田島君だ。しかも、コンパニオンまで用意しておくとはな!」
「いやあ、恐れ入りました。さすがは参謀ですなぁ!」
 数ヶ月前というのは大嘘で、前回の教訓を踏まえて田島は無理矢理、数日前にここを予約したのだった。ここなら国道からも近いし携帯の着信が聞こえないような騒音もない。完璧な布陣だった。2人のお褒めの言葉に彼も鼻高々だった。
「ははは!私もやるときはやるのですよ!」
 横に座るコンパニオンの尻を触りながら田島は自画自賛の言葉を大声で叫んだ。半分引いているコンパニオンもそれに続いて営業スマイルを浮かべた。

975 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:09:19 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 19時49分 北九州市若松区本町 祭り本部

 宴会はまだまだ続いていた。横のステージではバンドのライブが行われ、周囲に集まった数千人が盛りあがっている。彼らは元々こっちの出身で、大阪の会社に入ったが偶然、九州に戻っていたときに召還されてしまい、大阪に帰れなくなった連中だった。地元ライブということでかなりテンションも高い。それを警備するのは消防団と警察と自衛隊だ。祭り本部にとっては若者の集まるイベントにこの上ない警備を敷くことができて安心だった。そんな中、本部の面々のテンションは上がりっぱなしだった。
「会長!なかなかお強いようで・・・・」
「いやいや。村山さんも・・・」
 山下と村山はすっかり意気投合し、もはや彼は自衛隊なのか商店街の人間なのかわからなくなっていた。そんな中、権藤だけはウーロン茶でごまかしていたが、村山のはちゃめちゃな行動に半分切れかけていた。
「村山君!いいかげんにしたまえ!」
 ついに我慢の限界が来て権藤は怒鳴り声を出した。テント内の一同の視線が彼に注がれる。そんなことも気にせずに、権藤は村山に言った。
「君は自衛隊の職務をなんと心得ているんだ!こんなところで酒ばっか飲んでないで少しは仕事をしろ!」
 その言葉に抗議したのは村山ではなかった。サラシに法被を着込んだ園田がぬっと立ち上がった。
「おい!こんなとこちゃあ、なんやこら!この本部のもてなしがつまらんとでも言うんかい?」
 園田の言葉に山下も、商工会議所の高山も鋭い視線を権藤に向けた。園田の言葉に、同じくサラシに色は違うが同じような法被を着た連中も集まってきた。どうやら会社や団体で法被の色は違うようだ。中には銀行やドーム球場に広告を出す一流企業の連中も混じっている。
「い、い、いや・・・その。これは・・・・」
 あまりの雰囲気にしどろもどろする権藤の肩を村山がぐっとつかんだ。
「すいませんねえ!こいつは昔から固いもんですから・・・まあ、下半身は反対にふにゃふにゃですけどね!」
「はははは!!そうかそうか!権藤さん!今度いろいろ連れていってやらんといかんなぁ!」
 村山の言葉と園田の返答を聞いた法被姿の面々はそれぞれに散っていった。村山はびびる権藤の肩を抱いたまま耳打ちした。
「自衛隊で通じる理屈も、時には通じないんだ。郷に入らずんば郷に従えだ」
 助け船を出してくれた村山に権藤もしかたなく無言で頷くことしかできなかった。そんな権藤にみんなが特大の紙コップになみなみとビールをついでやった。

976 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:09:54 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 20時02分 北九州市若松区本町 若松渡場付近

 雑踏の中を当てもなく美雪とバルクマンは歩いていた。「見回ってくる」ということで祭り本部の宴会を抜け出したのだった。海岸の岸壁には89式小銃を構えた自衛官が数メートルおきに並んでいる。いきなりの自衛隊の警備に市民は驚くのではないかと思ったが、若松の人々は案外気にしていないようだった。子供が彼らの銃や装備に興味を示し、それにさわろうとしている。中には記念写真を一緒に撮るようにせがまれたりして、とても和やかな雰囲気だった。例年以上の雑踏を2人ははぐれないように歩いていた。そこへ、花火の開始を告げるように大きな打ち上げ花火が沖の台船からあがった。
「あ、始まったね」
「そのようですね・・・・」
 2人は思わず人々と同じように次々とあがる花火を見上げた。不意に、バルクマンが美雪の手をつかんだ。
「美雪さん、ビールを買いにいきましょう」
 いきなり手をつかまれた美雪はいささかうろたえながらも「いいねぇ」と彼に返す。なるほど、センセーとドロちゃんから聞いたとおり彼は相当鈍感のようだが、ちょっと様子がいつもと違う。いつもは控えめな感じだが、妙に積極的だ。思わず期待するが、油断は禁物。心の中で気合いを入れた美雪はそれを表情に出すことなくバルクマンに続いた。
「は、はい・・・・。生ビールおまちどうさまです・・・」
 テキ屋の兄ちゃんは明らかにバルクマンの姿にびびりながらビールを渡した。人混みをかき分けて海に近い道路の中央分離帯に腰掛けた2人は乾杯した。
「しかし、祭りとはすごいものですな。私もサラミドで移民のみなさんの祭りを見たが、やはり本場は違います」
 バルクマンがビールを飲みながらふと、海にかかる大きな橋に目をやった。それに気がついた美雪が彼に教えてあげた。
「花火の終わりにあの橋を使って大きな仕掛け花火があるの。全長600メートルの一大イベントなんだから」
 自分で言った言葉に彼女はいいことを思いついて、バルクマンの手を取った。さっきは自分から手をつかんでいたくせに、彼は今度は少し身を固くする。
「船に乗って見ようよ。ついでに、海の状況も偵察できるでしょ?」
 2人は若松区と戸畑区を結ぶ渡船場に向かった。

977 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:10:36 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 20時43分 北九州市門司区手向山 国道3号線
 
 渋滞は相変わらずだった。結局花火を見ることのできなかったドローテアはものすごく不機嫌で、それを尾上ははらはらしながら見ている。津田もこの日何本吸ったかわからないタバコを吸いながらため息をついた。
「むっっ!!」
 不意にドローテアが顔をあげた。さっきまでの緊張感のない顔とは一変して、厳しい表情だ。
「どうされました?」
 とっさに津田が彼女に尋ねる。それにはすぐに答えずに、ドローテアは厳しい表情を浮かべたままだ。誰にともなくつぶやいた。
「なんと言うことだ・・・。こっちじゃない!」
 その言葉に彼女の感じたモノを察した津田はすぐに車を降りると先頭の96式の重岡のところに走った。どんどんと車壁を叩いて重岡を呼び出す。
「二尉殿!ドローテア様がこっちではないと言っておられます」
 その言葉で事態を察した重岡は素早く津田に命令すると同時に伊藤にも無線で全車両に状況を知らせるように言った。
「君は戻って前方の一般車をUターンさせてくれ。これじゃあ切り返すスペースがない」
 重岡の言葉に津田はダッシュで自分の車両に戻ると尾上に命令した。
「尾上二曹!前方の一般車をUターンさせて我々が切り返すスペースを作ってくれ!若松区に向かうぞ」
「はい!」
 尾上はドローテアの見ている手前なのか、颯爽と車列の前にいるフルスモークのワゴンRに走っていった。窓を叩いて運転者と話をしている。それを見守る津田にドローテアが質問した。
「どうするのだ?」
「はい。これから都市高速で若松に向かい、権藤二尉と村山さんに合流します。重岡二尉は丸山連隊長に連絡中です」
 津田が彼女に説明している途中に尾上はとぼとぼと引き上げてきた。かなりしょぼくれているようだ。
「どうしたんだ?」
 津田の質問に尾上は半泣きになりながら彼に報告する。
「ぼくのこと・・・キモイとかうざいとか・・・全然言うこと聞いてくれません・・・・。」
「へ・・・?」

978 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:11:12 [ iuWFI7sQ ]
 その言葉にドローテアも津田も同乗する隊員も唖然とした。数秒の間をおいてまじめなの津田が顔を真っ赤にした。明らかにぶち切れモードに入ったことが見て取れた。
「わかった!おい!・・・・」
 津田は車から降りると数名の隊員を呼んだ。すぐに呼ばれた隊員が車列に散らばる。彼らに呼ばれた15,6名の屈強な隊員が集合して、例のワゴンRに向かった。フルスモークの軽の中は大音量で音楽が流され、中のバカップルはくわえタバコでビールを飲んでいた。一般人ならおっかなくて誰も近づかない連中に津田は恐れることなく近寄ると窓をこんこんと叩いた。
「陸上自衛隊です。緊急事態です。スペース確保のため、車のUターンをお願いします」
 丁寧な津田に対して運転者である、夜なのにサングラスをかけた若者は上目遣いでのぞき込むようににらみを利かせる。
「ああん?バカか?こんなところでUターンしたら俺たちが門司まで行けないやろうが・・・」
 助手席の金髪に染めた女ものぞき込むように津田をにらみつける。
「今更ここで引き返せって、バカやないん?」
 その物言いに顔をぴくりとさせた津田は「三曹!」と大声で叫んだ。とたんに、先ほど集合していた隊員が軽の周りを取り囲んだ。
「せーの!」
「う、うわぁぁぁぁぁあああ!!」
 三曹の号令で隊員たちは運転手と助手席のギャルごと軽自動車を持ち上げた。車の中でDQNカップルは大声を出してびびりまくってわめいているが、そんなことお構いなしに、隊員たちは軽を対向車線の路肩まで運んだ。どすん、と車を置くと周囲を完全に包囲した。津田は開けたままになった運転席の窓をのぞき込んだ。運転者の若造は完全武装の自衛隊に車ごと持ち上げられたショックでさっきまでの威勢は消え失せていた。
「ご協力感謝します」
 有無を言わせぬ口調で言う津田に運転席の男はひきつった笑いを浮かべるだけだった。
「ご、ご、ご苦労様です・・・」

979 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:11:41 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 20時55分 北九州市若松区 洞海湾上

 地元民からは「ポンポン船」と呼ばれるフェリーにバルクマンと美雪はいた。若戸大橋では全長600メートルの巨大な仕掛け花火が大きな火でナイアガラの滝を作っている。
「きれい・・・」
「見事ですね・・・」
 船は数名の乗客に花火をゆっくり見てもらおうとほとんど停船状態で海に浮かんでいた。幅400メートルほどの洞海湾の真ん中で船は停船した。
「ねえ、バルクマン・・・・」
 後部甲板の手すりに寄りかかった美雪は横のバルクマンを見つめた。だが、彼は厳しい表情で正面に見える花火を打ち上げる台船を見つめている。台船の上には花火を打ち上げる筒や多くの花火職人が動いているのだが・・・。美雪もじっとその台船を見ていたが、様子がおかしいことに気がついた。
「あ・・・・。何あれ?めちゃくちゃ揺れてる・・・」
 巨大な台船がぐらぐらと揺れているのだ。海は小さな渡船もほとんど揺れないような凪だし、そもそも内湾だ。そんなに大きな波は来ない。異変に気がついた海上保安庁の巡視船が台船に横付けしているのが見えた。

980 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:12:13 [ iuWFI7sQ ]
同時刻  北九州市若松区 洞海湾上

 台船の上にいる花火職人たちは異変に気がついて、接舷してきた巡視船に駆け出していた。このままでは、平べったい台船は転覆してしまう。
「いったい何が起こってんだよお!!」
 最後に巡視船に乗り移った若い花火職人が誰にともなく悪態をついた。彼を収容した巡視船は急いで台船から離れた。次の瞬間、長さ数十メートルの台船は半分を海中に引きずり込まれた。
「うぉっっ!!台船が!!」
 引きずり込まれた台船が今度はぽっかりと浮かんできた。勢いよく水中から飛び出した反動で大きな台船が少し宙に浮かんだ後、水しぶきをあげて着水した。
「逃げろ!こりゃやばいぞ!」
 巡視船は速度を上げて退避し始めた。何かわからないが巨大な力によって台船が襲われたことは確かだった。急いで警備本部に無線連絡を送る。
「本部!緊急事態です!」

981 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:12:46 [ iuWFI7sQ ]
同時刻  北九州市若松区 洞海湾上

 巨大な台船の信じられない動きを見ていた美雪は呆然とした。バルクマンははっとすると、走って係員を捕まえた。
「すぐに沖に逃げてください!次は我々が襲われます!」
 彼の行動に慌てて追いついた美雪も、そう言われた船員も唖然としている。
「あ、あんた何を言ってるんですか?」
 船員の反応で自分の格好に気がついたバルクマンは茶髪のかつらとサングラスを取った。テレビで見たことのある顔に船員が「あっ」と声を出した。それにかまわず、騎士は言葉を続けた。
「私はガシリアの騎士バルクマンです。あれはドボレクの召還した魔獣です。次はこの船が狙われます!早く、沖に逃げてください!」
「わ、わかりました!」
 テレビで有名な「バル様」に言われて船員は操舵室に走った。すぐに、船が加速を始めたことが身体に伝わってきた。
「魔獣って・・・」
 怖い顔をしているバルクマンに恐る恐る美雪が尋ねた。彼は少し表情を和らげて彼女に向き直って答えた。
「あれはおそらく、海竜ダイダロスです。私の知っている中で海中であんなに強力な魔獣はそれしか考えられません」
「海竜って海のドラゴンって事・・・・」
 まるで彼女の言葉に応えるかのように、船底からすごい衝撃が伝わってきた。よろめく美雪を思わずバルクマンが支えた。
「まずい、この船を大きな魚と思っているようです・・・。魚はヤツの大好物なんです」
 美雪の肩を支えながらバルクマンがつぶやいた。彼女の不安に答えるように、もう一度船が大きく揺れた

982 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:13:18 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 20時59分 北九州市若松区本町 祭り本部

 本部で上機嫌の運営委員と村山も異変に気がついていた。だが、それはほんの些細なことだった。
「おかしいのぉ。最後の打ち上げ花火が上がらないぞ・・・」
 高山が不思議そうに首を傾げた。法被姿の園田も焼酎から日本酒に変えたコップを持ったままいぶかしげな顔をしている。首から下げていたインカムで海の近くにいる若い衆を呼んでみた。
「おおい!花火はもう終わりか?」
 インカムから返ってきた返事はテントの中の一同を仰天させた。
「そ、それが台船が沈んだとです!海岸は見物客でごった返して、自衛隊も消防団と我々で必死で混乱を押さえてます!」
 村山はそれを聞いて尾上に電話をかけた。すぐに電話を取った尾上にドローテアに代わるように言った。電話に出た彼女に村山はいきなり質問した。
「ドローテア、巨大な船を沈めるような魔獣って心当たりがあるかい?」
 その質問にドローテアは1,2秒沈黙したが、すぐに答えが返ってきた。
「おそらく、海竜ダイダロスだ。私も今、そっちに向かっている。海岸から人々を遠ざけるんだ。陸上では動きは鈍いが水中ではヤツはものすごく素早い。気をつけろ!」
 そう言って彼女は電話を切った。これは一大事だ、村山は権藤に向き直った。が、彼を見て唖然とした。
「お、おい!権藤!!」
 彼は腕組みしていびきをかいていた。彼の前には山のような缶ビールの空き缶が積まれていた。そう言えば、いくら飲ませても固さのとれない権藤を山下たちとしこたま飲ませたことを思い出した。
「おい!」
 焦った村山はテントの外で、さっきまで演奏していたバンドのお客さん、浴衣の女子高生に囲まれて上機嫌な無線を背負った隊員を呼んだ。
「戦車小隊に海岸まで前進させろ。警備している連中に岸壁から野次馬を遠ざけるように言うんだ。」
「は、はい・・・」
 彼が仕事に戻ったことを確認した村山は今度は山下会長に向き直る。
「会長、事情は今お聞きになった通りです。今避難命令を出すとパニックになる。ステージを使って人を集めて海岸から人を減らすのに協力してください。」
 その要請に会長は困った顔をした。だが、テントの中にいたバンドの若者が手を挙げた。
「じゃあ、もう1回ライブしましょうか?シークレットライブってことで」
 さらに、法被姿の園田がインカムで叫んだ。
「できるだけ海岸から離れたところで太鼓をたたけ。客寄せに餅でも何でもまいていい!」
「太鼓・・・ですか?」
 園田の言葉に村山が疑問の声をあげた。確かに、彼の格好からして何かするんだろうとは思っていたが。園田はテントの奥から下げ樽を持ってきて村山に見せた。木槌でコンコンと叩いて見せた。乾いた音がした。
「五平太ばやしっち言うての。正確には太鼓じゃない。木樽やな。これを叩く。街のあちこちに船をかたどった山車があるけ、そいつでイベントぶちあげて人を海岸から引き離す。地元の郷土芸能なんよ」
 そう言っている間にも園田のインカムには各団体から了解の返事が次々と入ってくる。
 「○○会了解!」「信用金庫了解!本店前でやります!」「商店街チーム了解!」「13区自治会了解!」
 すごい連係プレーだ。村山が感心している間に、ロックバンドはステージでエレキを鳴らし始めた。たちまち、音を聞きつけた若者がステージ周辺に殺到した。村山は無線で叫んだ。
「よし!今のうちに戦車隊を海岸通りまで展開させろ!」

983 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:13:53 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 21時09分 北九州市若松区 洞海湾上

 渡船はかなり沖まで逃げていた。若戸大橋は遙か後方になったがそれでも海竜は執拗に襲ってきた。乗客には救命胴衣が配られていた。がつん!というひときわ大きな衝撃の後、船は少しずつスピードを落とし始めていた。
「船底をやられた!もうすぐこの船は沈みます!飛び込んで岸まで泳ぎましょう!私についてきてください!」
 救命胴衣を着た船員が数名しかいない乗客を案内して海に飛び込ませた。彼らは一目散に200メートルほど離れた岸に向かって泳ぎ始めた。それを見ていたバルクマンがいきなり操舵室に駆け出した。
「どうするの?」
 慌てて追いかける美雪に彼は叫ぶ。
「船を少しでも進ませてあの人たちから海竜の注意をそらすのです!」
 階段を駆け登って操舵室に入った2人と入れ違いに、そこにいた船員が海に飛び込んだ。船にはバルクマンと美雪が取り残される状況になってしまった。
「とにかく、船を進ませないと・・・・」
 そう言ってバルクマンは見たこともない機械のボタンやらレバーをさわりまくる。美雪も手伝うが、速度はどんどん落ちていく。
「みんな岸に泳いで行ってる!」
 操舵室にあった双眼鏡を拾って窓から様子を見た美雪が言った。スピードが落ちたとは言え、かなりの距離を進んだ船から岸に泳ぎ着いた人々を救助している救急車のサイレン灯が戸畑、若松の両岸から見えた。両岸がだんだん遠くなっていく。まもなく、洞海湾口だ。
「うわっ」
「きゃあ!」
 その時、船が大きく傾いた。どうやら今の一撃で船底に致命的な穴が開いたようだ。家で言えば2階に当たる操舵室がどんどん水面に近づいていく。つまり船は沈んでいるのだ。バルクマンは操舵室の外の壁に設置された大きなプラスチックの浮きを海に投げ込んだ。
「さあ、私たちも脱出しましょう」
「でも・・・。怖い・・・・」
 夏で凍死の心配はないとは言え、夜の暗い海に飛び込むのはかなりの恐怖だった。しかも、かなり外海近くまで出ていて、岸からも1キロ近く離れている。そんな美雪の手をバルクマンは握った。
「私がついています。さあ!」
 いつになくしっかりとしたバルクマンの言葉に美雪は少し安心した気がした。2人は沈みかけたフェリーから思い切って夜の海に飛び込んだ。

984 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:14:27 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 21時13分 北九州市戸畑区 若戸大橋上

 2台の96式装輪装甲車は都市高速を抜けて、戸畑区と若松区を結ぶ橋を渡り始めていた。その2台目、津田と尾上の同乗した車内でドローテアはドボレクの意図を推理していた。
「まさか、海竜を召還するとはな」
 彼女の言葉ももっともだった。海竜は体長20メートルにもなる巨大なドラゴンだが、その活動範囲は水中に限られる。陸上ではその大きさから非常に動きが遅い。自衛隊の火力では格好の的だ。
「やはり、この国では魔法を使うことが難しいのか・・・・」
 ドローテアの推理では、この国の魔力の集中が不安定なためにドボレクが召還しようとした魔獣とは別の魔獣を呼んでしまった可能性が高いということだ。海竜はかなりの大きさで召還するにはかなりの魔力を必要とする。
「ど、ドローテア様!」
 彼女の思考を尾上のうわずった声が中断させた。思考をじゃまされたドローテアは思わず怖い顔を彼に向けた。携帯を持った尾上が叫んだ。
「す、すいません。村山さんからで、海竜は橋の橋げたを攻撃しているそうです。早く橋を渡れってことです」
 その言葉を裏付けるかのように橋を登る装甲車に振動が伝わってきた。運転する隊員のハンドル操作を誤らせそうな衝撃だった。
「落ち着け!早く渡ってしまうんだ」
 津田のアドバイスに運転する隊員も額に汗を浮かべながら無言で頷いた。直後にひときわ大きな衝撃が襲いかかる。
「わあああ!!道路が割れてます!」
 隊員が叫んだ。津田も前方を見る。海側の左車線、道路の継ぎ目がぱっくり割れている。もしも落ちればおよそ40メートル下の海面にたたきつけられる。
「右車線だ、右に切れ!」
 津田の声を待つまでもなく、隊員はハンドルを切った。あまりに急だったので大きな装甲車は遠心力で大きくバランスを崩した。中央分離帯に横腹をこすりつけながら、かろうじて割れ目をさけることができた。
「ふう、とにかく、村山殿と合流だ」
 安堵のため息をついたドローテアが津田に命じた。

985 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:14:59 [ iuWFI7sQ ]
 同じ頃、ドローテアたちよりも先行する重岡と伊藤も道路の割れ目に気がついていた。
「右だ!右!」
 津田と同じように右車線に行くように叫ぶ重岡。命令に従う隊員。次の瞬間、装甲車を強烈な衝撃が襲った。「落ちる!」思わず重岡はぎゅっと目をつぶった。が、いっこうに落下する気配はない。運転する隊員ががたがた震えながら報告した。
「に、に、に、二尉殿・・・。大変です・・・・」
「どうした?落ち着け」
 うろたえる隊員にどうにかそれだけ言う。隊員は運転席のドアを開けて重岡に示した。
「う、うわあああああああ!!!!!」
 その光景を見た重岡は思わず絶叫した。ドアの下にはアスファルトの道路ではなく、40メートル下の海面が見えたのだ。重岡の声に様子を見ようと動こうとした伊藤と尾上。とたんに車体が大きく揺れた。
「ひ、ひい!」
「おおおおお!」
「バカ!動くな!!」
 重岡たちの96式装輪装甲車は橋の継ぎ目にできた割れ目にがっちりとはまりこんでしまったのだ

986 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:15:33 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 21時28分 北九州市若松区本町 祭り本部付近

 若松の人々の電撃的な機転で海岸から人々を遠ざけることに成功した。海岸から100メートル以内は警察と消防団ががっちりガードして一般人は入れないようになった。そこへ、ようやくドローテアが到着した。
「村山殿、ダイダロスはどこだ?」
 岸壁で双眼鏡を構える村山はそれを彼女に渡してやった。
「橋げたの上で休んでいるな・・・・」
「そうなんだ。台船と渡船を襲った後は、いらついてるように橋げたを叩いたと思ったらずっとあんな感じだ。」
 確かに、巨大な海竜はその長い首を曲げてコンクリート製の橋げたに寝そべっている。身体は黒っぽい鱗で覆われ、足の爪は人間の大きさに近いくらい大きく鋭い。そして、は虫類っぽい顔にある大きな口からはこれまた、大人の上半身ほどある牙が生えている。
「今なら戦車砲で攻撃して、君の封印魔法でヤツを封じることができる」
 村山の言葉に、浴衣姿のドローテアは残念そうにアップにした髪を整えながら言った。
「できない。橋を見てみろ。重岡殿の装甲車が道路の割れ目にひっかかっている。砲を撃ち込めば、その振動で彼らは落ちてしまう。」
 そう言われて彼は双眼鏡で橋を見た。たしかに、96式装輪装甲車の下っ腹が見えている。なんで重岡はいつもいつも・・・・。思わず村山が愚痴をこぼしそうになった。その時・・・
「園ちゃん。あれ・・・・」
 商店街の山下会長が副会長の園田を呼んだ。2人は海竜の様子をじっくりながめている。商工会議所の高山もそれにつられて目を細めて海竜を見やった。
「村山殿、彼らは?」
 ドローテアにそう言われて、村山は山下たちを彼女に紹介した。ひととおり、紹介が終わると山下はドローテアに意外な言葉を口にした。
「あいつ、腹をすかせてるんじゃないでしょうかねぇ・・・・あいつは何を食って生きておるんです?」
「さ、魚と聞いているが・・・」
 思わぬ質問にドローテアもきょとんとしている。そんな彼女の返答を聞くと山下は園田を呼んだ。
「園ちゃん、魚屋の飯島さんに電話してさ・・・。うん、早仕舞いしとるけ在庫あるやろ?町中の魚屋から全部持ってこさせて」
 園田に妙な指示を出した山下は、ドローテアと村山に向き直ってにこやかに言った。
「ここはしばらく、私たちに任せてくれませんかねぇ?」

987 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:16:15 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 21時32分 北九州市門司区和布刈(めかり) 国民宿舎「めかり山荘」

 コンパニオンとおおはしゃぎで宴会をしている田島の携帯が鳴った。思わず、緊張してしまう田島だが、どうにかそれを押さえて電話に出る。
「もしもし・・・。え?ええええええ?わかった!!」
 田島の様子にただごとではないと悟った丸山と岩村もコンパニオンから思わず離れる。解放されたコンパニオンはささっと部屋の隅っこに逃れた。顔をひきつらせながら田島が2人に電話の内容を告げた。
「若松に魔獣が現れたそうです」
 前回のテロ事件の汚名を晴らそうと丸山も岩村もしゃきっと仕事モードに戻った。
「よし!行くぞ!」
 丸山はそう言ってグラスに残ったビールを飲み干して仲居を呼んだ。
「タクシーを呼んでくれ!」
 その言葉に仲居は困ったような顔をした。その様子にイライラしながら丸山が彼女に問いかける。
「なんだ?すぐに来られないのか?」
 連隊長の言葉に仲居は「そうではないんです」と言うと、少し言葉を考えながら彼に言った。
「タクシーが来ても若松までは行けませんよ。下の道路も国道も大渋滞です。毎年渋滞はひどいんですが、今年は人出が多くて、例年の倍以上の渋滞です」
 その返答を聞いた丸山と岩村は、田島をにらみつけた。殺気のこもった目でにらまれた田島は蛇ににらまれた蛙のように縮こまった。
「い、いや。これは予想外のことでして・・・。私の責任では・・・・」
 ひきつった笑顔の田島、それを唖然と見つめる丸山と岩村に仲居が容赦なく言った。
「宿泊もできますけど、いかがされますか?」

988 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:16:44 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 21時44分 北九州市若松区 洞海湾上

 バルクマンと美雪は洞海湾の入り口に近いブイの上にいた。飛び込む際に足をくじいてしまった美雪を抱えて泳ぐことは外海に近いこのあたりでは困難だったのだ。飛び込んだ2人は引き潮に流され、飛び込んだ地点よりもさらに数百メートル外海方向に流されていた。どうにか、このブイを見つけてよじ登ったのだった。
「ごめんね、あたしが足をくじかなかったら、今頃岸まで泳ぎ着けたのに・・・・」
 ブイの上で膝を抱える美雪が隣のバルクマンに言った。彼女と同じように膝を抱えて座るバルクマンはいつものようににこやかな顔で彼女に答えた。
「そう気を落とさないでください。今に救助が来ますよ」
 洞海湾は入り口に近くなるに連れて幅が広がっていく。流れもその分急になる。彼らが泳いで岸にたどり着こうとすると、1キロ近く沖に流されるだろうが、そこまで流されれば最悪外海まで行ってしまうことになる。そうなれば救助の間に合う可能性はほとんどない。
「寒い・・・・」
 夏とは言え、夜の海でしかもびしょびしょの浴衣しか着ていない美雪が思わず身体をすくめた。海風は容赦なく2人を襲って体温を奪っていく感じがした。寒さに震える美雪を見て、バルクマンは村山の言葉を思い出していた。
「美雪さん・・・」
 不意にバルクマンは美雪を背後から抱きしめた。その動きで小さなブイはゆらゆらと揺れた。
「え?え?な、何?」
 突然のイケメン騎士の行動に美雪は思わず混乱して口走った。それでもバルクマンはしっかり彼女を抱きしめたままだった。
「私がついていますから、きっと助かります」
 バルクマンの身体のぬくもりを感じて美雪は少しリラックスした気分になった。
「そうだね。きっとあたしたち、助かるよね」
 そう言って彼女は安堵の笑みを浮かべたが、背後から彼女を抱くバルクマンにはその表情を確認することができなかった。

989 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:17:15 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 22時07分 北九州市若松区本町 祭り本部付近

 海岸の一角に、急遽集められた2トントラックいっぱいの魚が山積みされた。山下の鶴の一声で若松中の魚屋から集められた売れ残りだった。彼の商店主に対する影響力はさすがという感じだった。その周囲には89式を構えた自衛官に74式戦車も待機している。
「こんな作戦でうまくいくのかよ・・・」
 思わず村山がつぶやく。横のドローテアは興味津々と言った感じで双眼鏡で海竜ダイダロスの動きを観察していた。
「私も海竜に関してはあまり知識がない。どうなるか、興味があるな・・・おっ!」
 ダイダロスが不意に、コンクリの橋げたから海に飛び込んだ。これだけでも状況は大きく前進したと言える。
「どこだ・・・」
 双眼鏡で海面を見回すドローテア。同じく、固唾をのんで見守る山下たち商店街の面々。先頭で銃を構える自衛官はつばを飲み込んだ。
「うわっっ!!!」
 不意に、岸壁に大きな顔が現れた。慌てて村山がハンドマイクで叫んだ。
「まだ撃つな!ダイダロスの動きを確認しろ!」
 その声でかろうじて発砲を我慢した自衛官たちは大きなダイダロスの顔の動きを緊張した面もちでながめる。一方のダイダロスは目の前の魚の山を興味深そうに見つめている。
「ぐるるるるる・・・」
 うなり声をあげてにおいを嗅いでいる。自衛官と戦車の隊列の後ろで待機する村山は横のドローテアの手を見た。彼女の手には、芦屋海岸でナパイアスを封印したのと同じ、小さな壺が握られている。魚で油断したダイダロスに一斉に攻撃を仕掛けて、弱ったところを封印するのだ。
 ダイダロスは、魚のにおいを嗅いだ後、不意に魚の山にかぶりついた。おいしそうにがつがつと高級なブリやタイ、ヒラメを平らげていく・・・。
「成功のようだな・・・・」
 そう言うとドローテアは封印の壺の蓋を開けた。それを確認した自衛隊はそれぞれの武器をダイダロスに向ける。あとは、一斉射撃の合図だけだ。
「待ってください!」
 その時、不意に山下が自衛隊の行動を制止した。一斉に隊員たちが山下を見る。視線を浴びた商店街の会長はつかつかと、自衛隊の隊列を通り越して魚の山から、みごとなヒラメをつかんだ。

990 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:17:58 [ iuWFI7sQ ]
「山下殿!な、なにをしようというのだ?」
 思わずドローテアが叫ぶが、会長は無言でドローテアに会釈してその抗議を封じた。ヒラメをつかんだ会長は満腹になったのか、満足そうに岸壁に頭をもたげるダイダロスに近寄った。
「もう腹一杯か?ほれ・・・」
 そう言って山下はダイダロスの目の前にヒラメを差し出した。海竜はヒラメと山下を交互に見ていたが、いきなり、大きな口を開けた。
「あああ!食われる!」
 誰かが叫んだが、ダイダロスは山下を襲うことはなく、彼の持っていたヒラメをぱくっと口に入れてしまうと山下に大きな頭をすり寄せた。
「そうか・・・?腹一杯か?よかったのお!」
 そう言って山下は海竜の頭をなでた。海竜は大きなしっぽを水しぶきをあげながら、まるで主人に甘える犬のように横に振った。その仕草に満足したのか、山下は園田と高山を呼んだ。
「園ちゃん、高山さん。こいつ、案外かわいいよ」
 そう言われて、園田と高山も近寄って海竜の頭をなでた。ダイダロスは満腹で気持ちよさげに「ぐるる」とうなって頭を彼らに預けた。それを見たドローテアは封印の壺を懐にしまって笑った。
「たいしたものだ。ドラゴンを手なずけおった」
 彼女の安堵の声に自衛官たちも一斉に構えた銃を下げた。状況が変わったことを見た封鎖線に集まった野次馬も一斉に海竜をさわろうと海岸に殺到した。するとダイダロスは怖がったのか、「くうん」と鳴くと山下たちに顔をすり寄せた。

991 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:18:27 [ iuWFI7sQ ]
「ははは!ドローテア。これは君の予想範囲内だったかい?」
 事件が解決したと悟った村山がいつの間にやら本部から拝借した缶ビールを渡しながら言った。受け取った缶ビールのプルタブを開けながらドローテアが言う。
「まさか!だが山下殿もかなりの度胸があるのは認めるがな。今頃ドボレクは地団駄踏んで悔しがっておるだろうな!」
 そう言うドローテアの目の前では、山下はじめ祭りのスタッフが群衆を整理して、残った魚を子供たちに持たせてダイダロスに食べさせている。子供たちは海竜と記念撮影は始めるし、中には海竜の頭に登って写真に写ろうとする猛者まで現れる始末だった。
「ミランス様!」
 その光景を苦笑いで見つめるドローテアに山下と高山が歩み寄ってきて声をかけた。彼女がいつもの「ドローテアでよい」と前置きすると、商店街の会長と商工会議所の所長に向き直った。
「実は、ドローテア様にお願いがありまして・・・。ついさっき、話し合って決めたんですが・・・」
 もったいぶった感じの高山を押しのけて山下が思いきってドローテアに言った。
「実は、あの海竜を若松区で飼育させて欲しいのです!」
 その申し入れにさすがのドローテアも目を見開いて驚いた。だが、当の海竜を見やると、その巨大な体をいつの間にか上陸させていて、しかもその巨体は子供の格好の遊び場になっている。子供たちは海竜の大きな足の爪を滑り台にして遊び、大人は海竜の頭をなでながら記念写真を撮っている。完全に人間に対する警戒心や敵対心がなくなっているのが見て取れた。
「ここには使われていない船着き場があります。そこで飼育して観光の目玉にしたいのです。もちろん、そこで「ミランスビール」を販売して収益はドローテア様の領地に還元できるようにします」
 すっかり人間になついてしまった海竜ダイダロスと、山下のまじめな表情を交互に見やって、ドローテアは苦笑を浮かべて頷いた。
「よかろう・・・。海竜の習性の資料があれば提供するように本国に要請しておこう・・・」
「ドボレクもびっくりだな。召還した魔獣が観光資源になってしまうなんてな」
 村山の言葉にドローテアも心底おかしいという笑顔を彼に向けた。

992 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:19:02 [ iuWFI7sQ ]
2004年7月23日 22時47分 北九州市若松区本町 祭り本部付近
 
 CHー47につり下げられた96式装輪装甲車が祭り本部近くの広場に降ろされた。中からぐったりとした重岡、伊藤はじめ数名の隊員が降車してきて、祭り本部に収容された。
「で、化け物はどうなったんですか・・・?」
 イスに座ってお茶を渡された重岡が、本部の奥で山下たちと酒を飲むドローテアに聞いた。彼女は無言で、本部に設置されたテレビのスイッチを入れた。画面には、このすぐ近くの海岸の様子が映されている。
「え、ええ・・・このように突如現れたドラゴンは花火大会に集まった家族連れに大人気で・・・・」
 画面に映った光景に、さっきまで死ぬ思いをした3人は固まった。そこへ、海上保安庁の職員が入ってきて報告した。
「若戸渡船の乗客で行方不明だった2名をお連れしました!」
 その言葉に一同がテントの入り口を見ると、毛布を羽織ったバルクマンと、彼におんぶされた美雪が目に入った。彼らは漂流してブイにたどり着き、警戒していた巡視艇に救助されたのだった。
「きゃあああ!!!バル様!」
「その女はなに!」
 その周囲には女性をおんぶするバルクマンに詰め寄ろうとする女性ファンが大勢詰めかけている。
「バル様におんぶさせるなんて生意気な!!」
 エスカレートする美雪への罵声に我慢できなくなったのか、バルクマンはテントを囲む女性陣に振り返った。そして、ドローテアと村山が止める間もなく大声で叫んだ。
「この女性のことを悪く言うことは許さん!!」
 突然の怒鳴り声に周囲の女性陣の声が収まった。
「私は今日、気がつきました。この人を愛しています!文句がある人はいますか?」
 突然の「バル様」の告白に周囲の女性陣はすごすごと引き上げ始めた。当の美雪は彼の背中で疲れて眠りこけている。目を覚ましたらさぞやびっくりすることだろう。超奥手の騎士の豹変ぶりに村山は神妙な面もちでドローテアに近寄った。
「あいつ、ちょっと極端すぎやしないか・・・」
 我関せずという感じのドローテアは山下たちに出された焼酎を楽しみながら答えた。
「仲良きことは美しきことかな・・・。よいではないか」


994 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/22(火) 23:25:00 [ iuWFI7sQ ]
13話の注です
注1;作中に登場した若戸大橋は耐震補強工事済みです
   海竜に叩かれたくらいでは道路は割れません。北九州にお越しの際は、安心してお通りください
注2:作中に登場した若戸渡船は昭和5年以来無事故です。
   日本一安いフェリーですのでお越しの際はご利用ください。
注3:作中に登場した、若松の祭り役員は実際はあんなに柄が悪くありません。
   北九州にお越しの際は是非、祭りをお楽しみください。
注4:作中に登場した地元バンドは実在します。
   「これは?」と思った際は応援してください。


997 名前:いつかの228 投稿日: 2005/03/18(金) 00:18:50 [ lrZWEWJY ]
年度末+インフルエンザでいっこうに進まない・・・
このスレッドの締めくくりに簡単に人物紹介しときます

998 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/03/18(金) 00:25:52 [ lrZWEWJY ]
村山次郎:私立探偵。ドローテアと「契約魔法」を結んでしまったアル中探偵
ドローテア・ミランス:ガシリア王国大神官。若い女性だが奇抜な政策で王国内で支持は高い
重岡竜明:村山の同級。陸上自衛隊二等陸尉。とにかく運が悪い。
田村美雪:村山の秘書。今風の女の子だがいろいろと優秀。
ドボレク;ガシリア王国の仇敵。アジェンダ帝国魔道大臣。九州に潜伏していろいろやらかす
浅川渡;福岡県知事。後に暫定政権首班。福岡を地盤にした政治家の家系
田所修平;北九州市議会議員。後に防衛庁長官、国家公安委員長。若干28の若手議員。
バルクマン:ドローテアの従者にして由緒ある騎士の家柄。金髪イケメン
丸山一佐:第40普連の連隊長
田島三佐;西部方面総監部から来日するドローテアの出迎え役として派遣された
岩村本部長:福岡県警本部長。
尾上二曹:第1独立偵察小隊に配属された武器のエキスパートだが、末期的ヲタク

999 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/03/18(金) 00:32:48 [ lrZWEWJY ]
ヴェート王:ガシリアの国王。ドローテアに理解が厚い。
ブラムス大公:ガシリアの貴族。ヴェート王に同じくドローテアに理解がある。
ギラーミン侍従;アジェンダと通じるガシリアの反逆者
ブルトス公:ギラーミンと結んでドローテアの領地で狼藉を働いた
佐久間老人;福岡県民でドローテアの領地に移民。以後移民の顔役になる
重岡祐子;重岡の妻。
重岡美咲:重岡の娘。バルクマンとは「おともだち」
田中:某国立大学に巣くう左翼勢力のリーダー。テロを起こす
土井田高子:暫定政府首班選挙で浅川の対立候補。強硬な平和主義者だが・・・
伊藤三尉:第1独立偵察隊に配属された幹部。若い
津田三尉;同じく。
権藤二尉:夏祭り警備で田島に送り込まれた監視役。酒に弱い
山下:若松商店連合会会長。海竜を見事にてなづける
園田:同じく副会長。怖い
高山:若松商工会議所所長。影が薄い