932 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/11(金) 01:59:06 [ LF5I/4lI ]
ともあれ、投下します
「出動!独立偵察隊」第11話:選挙戦 です

2004年6月19日14時23分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
 県の予算で購入されたプラズマテレビで選挙に関するニュースが流れていた。
「ううん・・・やっぱり厳しいみたいだな」
 重岡竜明二尉が腕組みをしたままつぶやいた。それを無関心そうにデスクに座った尾上二曹がちらっと見ると、再び視線をパソコンに戻した。応接セットでは相変わらず村山がパソコンを触りながらビールを昼間から飲んでいる。
「やっぱ、あのテロ事件は厳しいだろうな」
 言われるまでもなかった。先日のリーガロイヤルのテロ事件では自衛官、県警、在日米軍で10名の犠牲者を出した。その上、だめ押しのような米軍のミサイル攻撃で屋上は大破。個々の戦闘でもホテルは大被害を被った。
「まあ、別に俺は浅川でも誰でもいいんだけどな」
 ぶっきらぼうに村山が言った。
「我々はよくない。いろいろあるけど、浅川先生の方が「まし」なんだよ」
 重岡の言葉は、自衛官全員の言葉の代弁でもあった。

933 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/11(金) 01:59:40 [ LF5I/4lI ]
2004年6月19日18時54分 北九州市小倉北区鍛冶町 割烹「すめらぎ」
 若手の市議会議員である田所修平に呼び出されて、大神官ドローテア・ミランスはこの店の離れにいた。従者のバルクマンは入院中で、まもなく退院する予定だった。田所の要請で彼女は普通のスーツ姿だった。
「すみませんなぁ。ドローテア様」
 笑いながら、茶髪にメガネの議員が入ってきた。彼は早速席に着くと、酒を持ってこさせて、彼女に勧めた。
「いやあ、先日はいろいろとお世話になりました」
 本題をなかなか言い出さない田所に少し、いらいらしたドローテアは杯を一気に飲み干した。それを見越した田所は、座布団からすっと動くとドローテアに土下座した。
「ぼくの目的は、浅川さんの再選だけです。是非、ご協力いただきたいのです」
「ほお・・・。浅川の再選とはな・・・」
 真剣だが、まだ何か隠しているような表情の田所にドローテアは酒を勧めた。それを受けた若い議員は降参した、といった感じでため息をついた。
「新聞でご存じでしょう?浅川先生の対立候補を。彼女が当選すると、ドローテア様が持つこの国でのお立場も危うくなります・・・」
 田所の言葉に、ドローテアもテーブルに置かれた資料をみやった。
「ふむ、土井田高子。社会革新ネットワークとかいうグループからの立候補だな。なになに・・・、憲法9条の遵守。自衛隊のガシリア撤退。アジェンダとガシリアの対等和平の実現・・・・。彼女が最近勢力を伸ばしている件であろうことはわかっている」
 ドローテアもまた、選挙には大きな関心を持っていた。無能とは言え、浅川は少なくとも彼女の主張を受け入れてくれていた。それが全然正反対の思想を持つ指導者になることは望ましくない。だが、彼女は外国人。選挙に対してあからさまなテコ入れはできない。
「それについては考えています。ドローテア様の従者、バルクマン様です」
「彼はまもなく退院するが、無理な運動はさせられないぞ」
 そう言うドローテアに田所はさらに酒を勧めながら、すっと近寄ると彼女に耳打ちした。
「彼はこの世界でも女性受けする顔をしていらっしゃいます。ぼくに考えがあります」
 市議会議員からの杯を受けながら話を聞いたドローテアは彼の考えがちょっと楽しみになった。
「ほお、バルクマンは本国でもなかなか女性にもてている。面白そうだな・・・」

934 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/11(金) 02:00:17 [ LF5I/4lI ]
2004年6月21日11時01分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
 入院以来、バルクマンにつきっきりだった美雪がプレハブのドアを開けた。元気な騎士を見て、冷静を装いながらも、忠実な部下の帰りを待っていたドローテアは思わずソファーから飛びあがった。
「バルクマン!もうよいのか?」
 心配そうに尋ねる大神官にバルクマンは笑顔で答える。
「はい、ドローテア様。美雪さんにいろいろお世話になったおかげで、すっかり」
 入院前は「田村殿」だった彼の呼び方が、いつの間にか「美雪さん」になったことを一同は見逃さなかった。特に敏感に食いついたのはドローテアと村山だった。
「おっ?何かあったのか?」
「バルクマン、まさか、小娘に手を出したのか?」
 主人のとんでもない言葉に、彼は大慌てで否定した。
「ま、まさか!ただ、彼女の希望に添ってそう呼ばせていただいているだけです!」
 その返答に大神官はいささか面白くなさそうな顔をしていつものソファーに座った。ため息をつくと気を取り直して忠実な騎士に尋ねた。
「ところで、退院早々すまなかったな。首尾はどうだった?」
 その質問にもイケメン騎士はいささか困ったような顔をしている。困っている彼に代わって美雪が満面の笑みでドローテアに答える。
「ドロちゃん、見てみる?ビデオ?」
「でかした小娘!見てみよう!」
 その言葉にドローテアはソファーから飛び跳ねるように立ち上がった。美雪の持っているテープを見て、バルクマンはさらに困った顔をしている。そんな彼にお構いなしに2人はうれしそうに、ビデオデッキにテープを入れた。事情がわからない重岡、村山、尾上はきょとんとして彼女たちの行動を見るばかりだ。すぐに、テープが再生されて、プラズマテレビの大画面に雪の草原が映った。
「な、なんだこりゃ?」
 思わず村山が画面を見て言った。美雪は得意げな顔で彼に向き直ると、「静かに」と口の前で人差し指をつきだした。画面は、雪の草原を歩く1人の男を遠景から映している。白いコートにマフラーを巻いた男は軽やかに草原を歩いている。そのバックから聞こえてきたのは、重岡や尾上も聞き覚えのあるピアノ演奏だった。

935 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/11(金) 02:00:45 [ LF5I/4lI ]
「お、おい・・・・。この曲って「冬のソ○タ」の・・・・」
「まあ、最後まで見てよ」
 口を開いた重岡を美雪は制止する。画面では、コートの男を少しずつアップにしている。背の高い、すらっとしたいい男だ。一同はその男の髪の毛が金髪であることに気がついて思わず「あっ!」と声をあげた。画面の中の男にカメラが急速にズームされる。
「こ、これって・・・・」
 尾上の言葉はあまりの事に途中で続かなくなった。雪景色の中で軽やかに歩くのはバルクマンだった。降ってくる雪を微笑を浮かべながら見上げている。ほとんど、某外国ドラマのパクリに近い情景だ。
「この国の行方を決める大事な選挙があります・・・」
 画面のバルクマンがアップになる。ほほえみを浮かべた彼は画面の向こうに語りかける。
「行きましょう、投票所へ。あなたの一票がこの世界を変えるのです・・・・」
 微笑むバルクマンは雪原をバックに雪だるまを抱えて呼びかけた。その直後、画面が変わった。画面には、「福岡県選挙管理委員会」のテロップが大きく写し出された。
「ぷははははははは!!!なんだよ、これ!」
 あまりのことに笑いをこらえきれなくなった村山がソファーで腹をよじって笑った。重岡はかろうじてそれをこらえると、ドローテアに問いかけた。
「しかし、いったいどうして投票を呼びかける公共広告にバルクマン君が?」
 その質問にドローテアはテープを取り出して得意げに言う。
「外国人である我々が浅川を表立って応援はできない。だが、公共広告という形で投票を呼びかけることはできる。重岡殿も知っているであろう?対立候補である土井田の主張は。私も投票日までは浅川の行くところに「偶然」現れることになっている。」
 その答えに重岡はなにも言うことができなかった。それに代わって村山が彼女に答える。とても面白そうだ。
「そいつはうまいことを考えたな。バルクマンは見ての通りイケメンだ。これで自動的におばさん層を味方に付ける。そんで、ドローテアが「偶然」、遊説中の浅川と出会って無言で握手すれば、若い男も味方に付く。女性票と若者票、2大浮動票を浅川に入れさせる作戦だな」
 村山の解説にバルクマンがそれでも困ったように言う。
「とはいえ、私のような者がこんな全国放送に出てもいいものでしょうか・・・?少々気が引けます」
「いいではないか。バルクマン、そなたも我が領地ではかなり女性にもてているではないか。この際、この国で人気者になっても苦労もなかろう」
 無情な主人の言葉に哀れなイケメン騎士はぐうの音も出なかった。村山はそれを見届けて、最近購入した冷蔵庫から缶ビールのケースを出して、応接机に置いた。
「ともあれ、バルクマンの快気祝いだ!」

936 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/11(金) 02:01:16 [ LF5I/4lI ]
2004年6月25日11時12分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
 重岡二尉は駐屯地の門でにこやかな笑顔を浮かべていた。その後ろの尾上も同じように微笑らしきモノを浮かべている。彼らの正面には近所の幼稚園児と、それよりも数の多いマスコミがカメラを構えているのだ。
これも選挙対策の一環だった。マスコミを動員した幼稚園の自衛隊見学。自衛隊がガシリアの騎士と協力して日本の治安を守っていることのアピールだった。その広告塔は今度もバルクマンだった。
「ようこそ、徳力幼稚園のみなさん・・・・」
「こんにちはぁ!」
 一斉にフラッシュがたかれる。重岡は笑顔を少しひきつらせながら、以後の説明を、案内役の尾上に任せた。彼もまた、緊張気味で園児の前に歩み出る。
「そ、それではぼく、尾上二曹がみなさんと駐屯地をご案内します」
 彼の言葉に一斉に園児から不満の声があがる。
「えええ?なんでぇ?この人ヲタクだもん!やだ!」
「絶対いや!誘拐される!」
 口々に発せられる子供の抗議に尾上は半泣きで重岡に振り返る。しかたなく、彼は後ろに控える甲冑の騎士に案内役を頼んだ。バルクマンは最近少しずつ慣れてきた笑顔を出して子供たちに言った。
「ええ・・・では、私がみなさんを案内しましょう。危ないところに近寄っちゃだめですよ」
「はーい!」
 元気のいい返事と共に園児たちはバルクマンの周りに駆け寄った。みんな彼のマントを引っ張ったり、剣の鞘をつついたり、中には彼の背中によじ登ろうとする園児までいた。例のコマーシャルの効果は抜群だった。彼らを引率するはずの若い保母も彼を見てうっとりしている。
「ああ、バル様を生で見れるなんて、この仕事やっててよかったぁ」
 あのコマーシャルは予想以上の反響だった。たちまち、インターネットではバルクマンのファンサイトが作られ、テレビでもバルクマンを紹介するワイドショーが相次いだ。イケメンで忠実な騎士。現代日本ではなかなかいない男性像に思いっきり当てはまる彼は、今やバルクマンではなく、「バル様」と呼ばれて女性の大喝采を浴びていたのだ。
「じゃ、じゃあ。これから駐屯地を見て回りましょうね!さあ、私についてきてください!」
 子供に囲まれたバルクマンはいささかとまどいながらも、園児たちを連れて駐屯地を案内し始めた。

937 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/11(金) 02:01:47 [ LF5I/4lI ]
2004年6月25日13時43分 北九州市小倉北区室町 リバーウォーク北九州前
「あさかわ!あさかわ!あさかわ!浅川渡でございます!」
 大音響でならされるスピーカーにドローテアは少し嫌気がさしていた。いつもの自衛隊の制服でなく、リクルートスーツみたいな服装で、物陰に隠れているのだ。そのそばには、よれよれのスーツを着た村山がいる。彼にとってはこの格好はいつもの仕事着であるので大して気にならない。
「なあ、村山殿。これが選挙なのか?」
「そうさ、規模の大小はあるが毎回こんなもんだな」
 彼の返答は、より大きくされた音量でかき消された。主役である浅川が大型再開発ビル前に停車した街宣車の上に姿を現したのだ。
「北九州市民のみなさま!先日のテロ事件で亡くなった10名のみなさまに、まずはご冥福を申し上げます。私といたしましては、今回のテロに屈することなく、暫定政権の舵取り役をさせていただいた経験を活かし、これからの日本、ガシリア両国の平和と安定を引き続き求めていく所存であります!」
 大音量のマイクに少しずつ人々が集まってくる。それを見越した運動員から物陰に隠れるドローテアに合図が送られた。
「さあ、ドローテア。仕事だ」
 村山の言葉に彼女もおずおずと前に進み出る。それを見越した浅川が芝居かかった様子でマイクで人々に叫んだ。
「おお!偶然、ガシリア王国大神官であられる、ドローテア・ミランス様がおこしになっております!」
 人々の注目を浴びながら、ドローテアが街宣車に登った。それを見た若者から大歓声があがった。
「いいぞ!金髪の大神官様!」
「がんばれ!」
 人々の歓声に笑顔だが無言で答えるドローテア。声を出しては選挙違反になってしまう。にこやかに、笑顔で浅川と握手する。観衆のテンションは最高潮に高まった。彼女の手を握ったまま、浅川はマイクで聴衆に訴えた。
「このような、ガシリアと友好的な関係を築いてきたこの浅川に、今一度、この国の舵取りをお任せいただきたいと存じます!どうか!この浅川!不肖、浅川渡に、今一度!勉強の機会を与えてください!」
 聴衆から大きな拍手が起こった。浅川は笑顔で彼らに答える。その浅川に手を握られたままのドローテアもとりあえず、笑顔で人々に答える。そんな彼女に浅川がそっと耳打ちした。
「こんな感じで頼みます。次は南区の体育館です・・・」

938 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/11(金) 02:02:27 [ LF5I/4lI ]
2004年6月25日 20時23分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
 ぐったりとしたドローテアが戻ってきたのは20時もすぎた頃だった。彼女はどっかりとソファーに座ると、これまた疲れた顔のバルクマンから缶ビールを受け取って一気に半分ほど飲み干した。
「つ、疲れた・・・。さすがに、笑顔で何軒もあの男と握手するのは堪える・・・」
 ぼやきながらビールをあおろうとするドローテアに待ちかまえていた人物が声をかけた。市議会議員の田所だった。彼はおかわりの缶ビールを彼女に差し出しながら言った。
「お疲れさまでした。ドローテア様とバルクマン様の効果で世論もかなり変わると思います。いやあ、感謝してますよ」
 そんな議員に村山が同じく缶ビールを口にしながら言った。
「田所さん、そろそろホントのところを話してもらいたいな。ドローテアとバルクマンを引っぱり出したのは浮動票の確保だけが目的でもないだろう」
「いや、村山さんは鋭い。実は、もう1つ。あるんです。これはむしろ、村山さん、あなたの仕事かもね」
 茶髪の議員は缶ビールをぐいっと飲み干すと、自分で持ってきたクーラーを開けて次の缶ビールを取り出しながら、言葉を続けた。
「対立候補の土井田高子が、今時時代遅れな左派ってのは有名です。だが、そんな彼女が浅川先生とまともに選挙戦ができるような資金があるんです。東亜コーポレーションとかいう会社が主な資金源らしいんですが、これがまたよくわからない会社でして・・」
 その会社に村山は聞き覚えがあった。たしか、リーガロイヤルホテル占拠事件を起こしたテロリストのメンバーが言っていた。東亜興産・・・。
「田所さん、あんたまさか、その東亜コーポレーションがドボレクの会社と知っていて、おとりとしてドローテアを使ったんじゃないだろうな?」
 思わず、村山は田所の胸ぐらをつかんだ。東亜コーポレーションがドボレクの会社なら、浅川の応援に顔を出したドローテアを放ってはおかないだろう。怒りにまかせて議員の首を締め上げる村山に思わずドローテアが止めに入った。
「村山殿、その件についてはすでに話がついている。東亜コーポレーションはすでに公安が監視している。その上で、私が動くことで奴らが動けばすぐに検挙する体勢を整えている。そうなれば、自動的に土井田は落選。浅川が暫定政府首班になるわけだ。そうなった方が、我々としてもメリットがあるのだ。わかってくれ」
 その言葉に村山も田所を締める手をゆるめた。だが、彼らにはまだ聞くべき事が残っている。
「それはわかった。だったら、ドボレクが自分から出てくればどうすんだ?」
「その時は、私自身が戦うまでだ。万一のために重岡殿は今回は無関係ということにして、バルクマンも別行動をとることにしている。」
 なるほど。コマーシャルでバルクマンに注目させ、ドローテアは地回り。ドボレクとて両者をいっぺんには襲撃できないだろう。もしも、ドボレクが絡んでいて、彼自らお出ましして退治されるなり捕まれば浅川の点数は鰻登り。もしも、今回の件にドボレクが絡んでいなくても、2人のパフォーマンスで浅川の優位は確実になる。うまい手を考えついたモノだ。

939 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/11(金) 02:03:00 [ LF5I/4lI ]
「わかった。田所さん、俺もそうなれば協力するが、俺としてはそんな絵を描いたあんたの本心が知りたいな」
 村山のストレートな言葉に、若い議員は降参したと言わないばかりのため息をついた。
「いいでしょう。ぼくはアメリカに留学して危機管理を学びました。その分野を学んだら、日本の危うさは一発でわかります。ぼくは国のために、せっかく学んだ知識を活かしたかった。だが、ぼくの家は政治とは何の関わりもない。だから、一から始めたんです。市議会で当選して実績と人脈を作り、次は県議会、そして国会。市議会なんて、そのための布石にすぎなかった。でも、九州がこの世界に来てから。国会もなくなった。その時に、ぼくは考え直しました。野心を捨ててこの国、この地域のためにできることをしようと。ポストや名声はその後からついてくるモノじゃないですか・・・。そう思っていた矢先にテレビで目にしたのが、ドローテア様の言葉でした。ぼくはショックを受けましたよ・・・」
 彼の言うのはあの、芦屋でのドローテアの怒りの演説であった。
「市議会、県議会を踏み台にして国政に乗り出すなんて、ぼくの野心や野望がちっぽけに感じましてね。そうしているうちに、ガシリアに渡った兄からさらに、ドローテア様の活躍を聞きました。それで決心して、先日のテロ事件の現場に赴いて、みなさんのお手伝いをさせていただいたわけです。今のぼくは議員バッジはつけていますが、こんなものに執着はしていません。日本とガシリアのために、力を尽くしたい。ただそれだけでなんです・・・・」
 一気に話し終わった田所は自嘲気味に缶ビールを口にした。
「軽蔑したでしょ?野心むき出しの議員なんて」
「いや、そうは思わないな・・・」
 村山が不意に言った。それを聞いて田所は意外だという表情を浮かべた。
「あんたの言うことはおそらく本当だ。そして、それをドローテアも信じたんだろ?だったら、俺も信じるよ。願わくば、もうちょっと偉くなって、浅川や丸山を押さえて欲しいくらいだ」
「あ、ありがとうございます!」
 田所と村山は固く握手した。それを見るドローテアとバルクマンは互いに顔を見合わせて安心したように肩をすくめた。
「バルクマン、そなたの言うとおりだった。最初から村山殿と田所殿を引き合わせるべきだったな」
「はい。まあ、結果がよければそれでよしとしましょう・・・」
 一通り意志の疎通の終わった一同だったが、2本目の缶ビールを飲み干した村山が田所に向き直った。
「で、俺の仕事ってのは?」
「ええ、ドローテア様、バルクマン様には公安と県警ががっちりガードしています。東亜コーポレーションも公安の監視下にあります。村山さん、あなたには土井田陣営に入り込んで欲しいのです」
 議員の意外な言葉に村山も興味を示した。
「東亜コーポレーションに関しては公安が全力で洗っていますので、ドボレクの会社かどうかはすぐにわかるでしょう。でも、土井田とのつながりを証明できないことには一挙に殲滅というわけにはいきません。土井田と東亜コーポレーション、そしてドボレクがつながったら、公安と自衛隊で一気に彼らを殲滅。マスコミに情報を公開して土井田にも致命傷を与えるわけです」
 田所の提案は村山の心をふるわせた。久しぶりに探偵としての大仕事だった。だが、彼は田所に一言付け加えることを忘れなかった。
「だがな、田所さん。ドボレクは選挙なんかこれっぽっちも重要視していない。あわよくば楽して日本とガシリアの関係が冷えてくれればラッキー程度の認識だろう。この前のテロもそうだ。浅川と王が死ねば、当然両国の関係は冷え込む。そのために金を学生どもにばらまいて、ダンカン公をそそのかしただけだ。失敗したところでヤツ自身は痛くもかゆくもないわけだからな」
「つまり、選挙に関係なくドローテア様が狙われる可能性も高い、ということですね。わかりました。十分に注意しましょう。」
 打ち合わせがすんだところで、重岡が寂しそうな顔をしている。ドローテアがそれに気がついた。
「どうした?重岡殿」
「で、自分は一体何をすれば・・・・?」
 置いてきぼりを食らったような気持ちに襲われた重岡は恐る恐る尋ねた。
「もちろん、東亜コーポレーションの手入れの指揮を執ってもらいます。」
 田所の言葉に、彼はぱっと明るくなった。

940 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/11(金) 02:03:31 [ LF5I/4lI ]
2004年6月27日 13時21分 北九州市若松区本町 土井田高子事務所前
 かつては大きなデパートの建っていたメインストリートにはぽっかりと空き地ができている。その空き地に2階建てのプレハブが建ち、残った敷地には多くの車と街宣車が止まっている。
「ここって確か、公有地だったんじゃねーのか・・・」
 さりげなく、携帯のカメラで村山はその様子を撮影した。それをスーツのポケットにしまうと軽く深呼吸した。さて、いよいよ仕事の時間だ。村山は歩き出した。



946 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:15:39 [ SchxMcwI ]
めげずに投下します
出動!独立偵察隊 第12話;踊る!大選挙戦

2004年6月27日 13時24分 北九州市若松区本町 土井田高子事務所
 「ご自由にどうぞ」とカンバンのある扉を村山はそっと開けてみた。こんな文句のあるところほど、一般人にとっては敷居が高いのが相場だ。そっと中を覗いてみる。乱雑に並べられた事務机。多くの電話。パソコン。コピー機。壁には多くの革新系の政治家からの激励文が貼られているが、よく見てみると同じ人物の激励文がコピーされて複数枚掲載されている。見かけ倒しだった。
「こんにちは!どうされました?」
 いきなり、緑のウインドブレーカーにさわやかな笑顔の40代の女性が声をかけてきた。絵に描いたようなクリーンなイメージだ。
「あ、あの。こちらでお手伝いを募集していると聞きまして・・・」
 村山の言葉に、彼女は奥に走っていって直属のリーダーらしき女性に何か耳打ちしている。事務所では多くのスタッフが動き回っている。
「運がいいですわねぇ。ちょうど、土井田先生がお時間があるそうなので。いろいろとお話を聞かれてください。こっちも人手不足で大歓迎です!」
 先ほどのスタッフに案内されて、奥のドアに導かれた。事務所を横切る間にも多くのスタッフが過剰なさわやかさで村山に口々に「こんにちわ!」と挨拶してくる。
「さあ、先生がお待ちです」
 そう言ってスタッフはドアをノックした。「どうぞ」と言う声を確認して彼女はドアを開ける。
「先生。ボランティア希望の方が見えられました。さあ・・・」 
 スタッフの女性は村山を部屋にはいるように促してからドアを閉めた。中には50代くらいの電話中の女性がいるだけだった。質素な机の上にある電話に受話器を置いた。彼女はさわやかな笑みを浮かべると、村山を応接セットに招いた。

947 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:16:19 [ SchxMcwI ]
「失礼します・・・。村山と言います。小倉に住んでいるんですが、最近失業しまして。で、せっかくなので今後の日本の行く末を占う選挙のお手伝いができればと思いまして、お伺いしました」
 村山の向かいに座った土井田は軽く握手を求めると、さっそく質問を始めた。
「それは大変でしたね。で、お仕事は何を?」
「はあ。一応、営業を・・・」
 100%嘘の身の上話を村山はすいすいと彼女に語る。どこまで彼女が信じているかはわからないが、とにかく、営業職を失った失業者村山を演じてみた。
「村山さん、よく来てくださいました。私はこの選挙に勝利した暁には、失業者には手厚い保険を、失業寸前の苦しい労働者には雇用の確保を、そして、この不景気の元凶となっている浅川政権の軍備拡張政策と、それに乗じて戦争を押し進めるガシリア王国を徹底的に追及するつもりです」
 こいつ、ガシリア王国とアジェンダ帝国の歴史を知ってて言っているのか?思わず表情に出してしまいそうになった。しかも、この九州の不景気解決の一助になればと、移民を受け入れ、「工芸品」名目で武器を輸出させて買い取っているのは他ならぬ、ガシリア王国大神官のドローテアだ。さらに言えば、その武器の原料となる鉄や、アルミ、石油などの原料を安く売っているのも彼女だ。おかげで召還直後と比べて失業率は目に見えて低下している。詭弁もいいところだ。
「さらには、戦後60年平和を守ってきた憲法9条をないがしろにして、自衛隊をガシリアに送り、アジェンダ帝国を侵略している浅川知事に代わって、私はアジェンダ帝国に謝罪し、即座に自衛隊の撤退を実現したいと思っています。」
 村山は思わず寒気がした。こいつ、本当にガシリア王国の歴史を学んでいない。行け行けドンドンで最初に戦争を始めたのはアジェンダ帝国。そしてそれに押されまくって滅亡寸前だったのがガシリア王国だ。しかも、30年に渡った戦乱で多くの人々が命を落としていた。それを武器の輸出と自衛隊の後方支援でどうにか勝利を収めようとしているのが今の現状なのだ。そもそも、浅川含め今の政治家が誰もアジェンダと接触していない状況というのに。半分、自分はアジェンダと通じていますって自白しているに等しい。
「なるほど、土井田先生のお話はよくわかりました。ただ、お手伝いさせていただくに当たって、私からもお聞きしたいことがあるのですが?」

948 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:16:47 [ SchxMcwI ]
 ここで気をつけなければいけないのは、相手を論破してはいけないことだ。その気になればできる所行だが、今の村山にはそれはタブーだった。
「憲法の規定で自衛隊も企業も撤退します。そうなったら、我が国は鉄や石油をどうやって入手するのですか?ガシリアもアジェンダもやる気満々で戦争をしていますが・・・・」
「そうです。そこで、私たちは、両国に即時停戦を提案するのです。」
「何を条件に?」
「我が国の持つ技術供与です。技術のすべてを彼らに与えるのです。そして平和憲法の理念を説くのです」
「でも、技術だけ受け取って勝手に戦争を始めることもありますよ」
「それは平和憲法の理念を与えたら、あり得ないことです」
「は、はぁ・・・」
 ほとんど禅問答に近い状態だったが、それでも村山は質問を続ける。そうでもしないと、たとえ仕事とは言え、この連中と行動を共にできそうにない。
「なるほど・・・。では現在九州に潜伏中で先日の小倉のテロも裏で糸を引いていたドボレクも、平和憲法の名において、テロ行為を止めてくれるんでしょうか?」
「もちろんです。彼がこのような行為に走るのはガシリアの侵略行為で彼の領地が陥落したからです。戦争を止めて、ガシリア軍が撤退すれば彼の行為は止まります。」
「まるで、本人から聞いたようなお言葉ですね」
 その言葉に土井田はにこやかだった顔をぴくっとさせた。ちょっとつっこみすぎたかな、と村山は警戒した。だが、それも数秒ですぐににこやかな顔に戻った。
「でもきっと、ドボレク氏もそう思っています。その後、日本もガシリアもアジェンダも武装解除して国家も解散すれば、永久に平和になります。これが私の理想です」
 こんな子供でも描かない理想で選挙に立候補して、少なからぬ支持を集めているのだから、日本人はつくづく脳天気だと思う。だが、村山はそれを顔に出さずに笑顔で言った。
「すばらしい!もとの世界では実現できなかった平和主義を実現させるんですね!ぜひ、お手伝いさせてください!」

949 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:17:17 [ SchxMcwI ]
2004年6月27日 19時55分 北九州市小倉北区京町 村山の事務所
 万が一の尾行の可能性を考慮して、村山は事務所兼寝床に直帰した。あの面接から数時間、彼は土井田流の平和哲学の講義をみっちりと受けさせられたのだ。
「おかしくなりそうだ・・・」
 冷蔵庫からビールを取り出して、ソファーに乱暴に座ってそれをあおる。彼女は全然理解していない。いや、理解しようとしていない風に思えた。それは村山の仕事にとって関係ないことであったが、それでも気分のいい物ではなかった。まるでドローテアやヴェート王が侵略者でドボレクがそれに追われた哀れな被害者のような物言いに腹が立って仕方がなかった。
「疲れているようだな・・・・」
 事務所の奥の暗がりからドローテアが不意に声をかけた。勝手に入り込んで帰りを待っていたようだ。
「いたのか・・・、まあ、飲んでくれ」
 そう言って村山は顎で冷蔵庫を示す。彼女も無言で冷蔵庫から缶ビールを取り出すと村山の向かいに座った。缶を開けて軽く一口飲み干した。
「土井田だが、どうだった?」
「ひどかった。ヴェート王や君は侵略者で、ドボレクは君らに追われた被害者。しかたなく、侵略国ガシリアに手を貸している侵略国家日本で、抗議の意志でテロを行っていると。だから、日本が自衛隊も企業も撤退させて、ガシリアとアジェンダが休戦すればドボレクもおとなしくなる。すべては戦争を始めたガシリアとそれを支援する日本が悪い、とさ・・・」
 それを聞いてドローテアは怒るどころか、きょとんとした。
「冗談だろう?」
「彼女たち的には本気みたいだ・・・・」
 その言葉に大神官は思わず笑った。怒りを通り越したのだろう。それと同時に疑問が沸き上がってきた。
「だったら、どうして。そんな冗談みたいな事を言う土井田に支持が集まるのだろう?」
 彼女からすればもっともな疑問だった。村山も苦笑いしながらビールを一気に流し込んだ。
「思いこみだよ。君も知ったとおり、この国にはいろいろと複雑な歴史がある。この世界に来るまではこの国は一応、国の体裁を整っていられた。ガルシア大尉の国の後ろ盾があったからね。いつの間にか、土井田みたいな連中はその後ろ盾の存在を忘れて、平和憲法が日本の平和を守ってるって勘違いするようになった。だから、その盾がなくなった時に、この国の連中は慌てるんだ。丸山連隊長みたいに自己保身を考える連中。土井田みたいに自分の思考しか信じない連中。田所みたいに、本当に国の危機に目覚める連中って風にね。おっと、これはあくまで俺の私見だ。」
 珍しくまじめなトークを長々と展開した村山に、ドローテアは感心したような顔をしている。
「では、村山殿はどんな動機で動いているのだ?」
 核心を突いたような質問に思わず村山も答えに詰まった。少々、間を置いて答える形になる。ドローテアも興味津々といった感じだ。
「お、俺はさぁ。重岡みたいに家族がいる訳じゃないし。田所みたいに愛国心に満ちている訳じゃない。俺は、自分の下半身が自由になることかな・・・・・。もっとも、そうすることで、佐久間のじいさんや、バルクマンやら、ヴェート王の役に立てればいいなとも思う。それでいいんじゃねえ?まじめなことはまじめな人間が考えればさ」
 村山らしい答えにドローテアは笑った。それを見て村山はちょっとむっとした感じで言う。
「けっこう、まじめな問題なんだぞ。俺の下半身ってのは・・・・」

950 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:17:46 [ SchxMcwI ]
2004年6月29日 12時34分 北九州市八幡西区黒崎 JR黒崎駅前
 駅前で演説する土井田にはほとんど人々の関心は集まっていないように見えた。緑のスタッフジャンパーを着てのぼりを持つ村山に、おそろいの女性が声をかけた。
「村山さん、はい。お弁当・・・」
「こりゃすいません」
「いいのよ。土井田先生が選挙に勝って、ガシリアとアジェンダに平和憲法をみっちり教え込んでやれば、景気も良くなってすぐに仕事が見つかるから・・・。それまでがんばりましょう!」
「は、はあ・・・」
 彼が受け取ったのはこれまた高そうな幕の内弁当だった。この数日、村山は土井田陣営の豊富な資金力をかいま見せられていた。街宣車は浅川陣営よりも多い。雇われたウグイス嬢の給料だけでも相当な金額になるはずだ。そして、スタッフに配られる弁当の豪華さ。一見質素な感じを醸し出すのは戦略というわけだ。その時、村山の携帯が鳴った。
「もしもし・・」
「村山さん、田所です」
 田所からだった。村山は周囲を見回して、駅のトイレに入った。
「まさかと思いましたが、東亜コーポレーションは土井田の旦那の会社です。旦那と言っても入り婿なんで、実質は土井田の会社と言った方がいい。今度の件でも旦那は表に出てきてませんからね。」
 やはりな、と思った。ここまで選挙におおっぴらに資金を投入するのは法的にかなり難しい。だが、自分の会社の金だったら・・・。
「で、東亜興産との関係は?」
 これさえつかめれば、土井田とドボレクが一気につながる。だが、議員の答えは村山の期待したモノではなかった。
「残念ながら。ただ、東亜コーポレーションに不明瞭な金の流れがあるんです。それを今たぐっていますが、少し時間がかかりそうです。村山さんの方はどうです?」
 やはり、名前が似ているというだけでそう簡単にはつながるはずはないか・・・。ともあれ、彼は懐から独特の字体で書かれたメモを取りだした。万が一、見つかっても他人には読みとれない書き方だ。それをペラペラとめくる。
「土井田の会社から派遣されている運動員で、北島ってのがいるんだが。2日に1回、土井田の指令でどこかに行っているんだ。会計担当の運動員に聞くと、ヤツが出かけた次の日には金庫の金が増えているそうだ。会社から運動資金を補給していると思うんだが、何か引っかかる。領収書の束を持って行ってるらしいんだ」
 村山は自分でしゃべりながら、田所から聞いた情報と彼の推理が結びついていくのを感じた。彼は田所に今考えたばかりの推理を話してみた。
「ビンゴでしょう。ぼくもそう思います。北島の持った領収書の束と、今洗っている金の流れが一致すれば完璧だ。」
 北島がどこかに出かけるのは今日だった。村山はトイレの中で意外と早く仕事が終わりそうだと思うと、思わず笑いが出た。

951 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:18:34 [ SchxMcwI ]
2004年6月29日 21時11分 北九州市八幡西区陣原 工場街の路上
 夜の工場街は車もほとんど通らない。24時間稼働する工場の機械音が聞こえるだけだ。土井田の運動員である北島はその一角にある古びた事務所に車を乗り付けていた。ここも東亜コーポレーションの事務所の一つということだが、村山も彼が入った事務所にこっそり近寄って、窓から中の様子をうかがった。
「いつもの領収書です・・・。あ、確かにお預かりします」
 北島がイスに座った男に領収書の束を手渡して、その代わりにアタッシュケースを受け取った。村山の位置からは男の姿は見えない。
「選挙戦は大丈夫なんだろうな・・・」
「はい。社長からの資金のおかげでいい運動展開をさせてもらってます」
 北島は「社長」と呼ぶ男にぺこぺこと頭を下げた。
「しかし、君もよくやるもんだ。東亜コーポレーションなどという沈みかけの船に乗ったままで・・・」
「私も必死ですよ。役員にうっかりなってしまったものだから、会社がつぶれた日には私も大借金を背負うことになります。ぜひとも土井田先生には当選していただいて、アジェンダに事業進出しないと・・」
 ほほお。北島という男。決して土井田への政治的なつながりで運動を応援しているわけではないようだ。東亜コーポレーションは風前の灯火。このままでは役員の北島もばちをかぶることになる。そこで、土井田に当選してもらい、アジェンダへ事業展開することで倒産を回避しようという腹のようだ。
「まてよ・・・」
 ということは、東亜コーポレーションに土井田の運動資金を出す余裕などない。目の前にいるこの男こそ、北島の持参した領収書の束を使って、金の流れを複雑にしていかにも、東亜コーポレーションから土井田の資金が出ているように細工している金主ということだ。会話は録音したが、その人物を確かめる必要があった。別の角度から見てみようと村山が体を動かしたときだった。
「がたっ!」
 乱雑に積まれていた建築資材が音を立てた。北島と男がさっと窓に振り返った。村山はどうにか身を隠すが、その瞬間に見た男は間違いなくアジェンダ帝国魔道大臣ドボレクだった。まずい。ヤツとは面識がある。ここで見つかれば作戦は一巻の終わり。それどころか、村山自身の命も危ない。
「誰だ!」

952 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:19:03 [ SchxMcwI ]
 北島の誰何に答えるはずもなく、村山は敷地の外に駆け出していた。ふと、敷地の入り口にいた猫に目がいった。彼はその猫を抱きかかえると・・・
「ごめんな、猫ちゃん!」
 さっきまで自分がいた窓の方に放り投げた。猫はどうにかその場に着地して何事もなかったかのように自分の足をなめ始めた。それを見届けた村山は路上駐車してあるトラックの下に滑り込んだ。ほとんど同時に北島の足音が聞こえてきた。
「ん・・・・。猫か・・・」
 北島のため息。ドボレクが表に出てきて言った。
「だいぶん、神経過敏になっているようだな」
「そりゃそうです。このことがばれれば土井田先生も、私もおしまいですから」
「しかし、私がわからないのは土井田だ。アジェンダに協力的なのは政治的思想からなのか、自分の会社かわいさからなのか・・・。」
 トラックの下で息を潜める村山は再びMDレコーダーのスイッチを入れて録音を開始していた。これは今回の仕事には関係ないが、村山自身、興味のある問題だった。
「今更、平和主義を訴えたところで現実的にそれは不可能です。土井田先生も知ってますよ。会社かわいさです。」
「そうだろうな・・・」
 ドボレクはそう言って北島の肩をぽんと叩くと、待たせてあった自分の車に乗り込んで立ち去った。肩を叩かれた北島は呆然とした感じのまま、事務所の中に戻っていった。
「ふう・・・」
 周囲を確認した村山がトラックの下から這い出してきた。やはり、土井田とドボレクはつながっていた。しかし疑問点も浮かんでくる。なんで、魔道大臣まで登り詰めたドボレクが、日本の選挙にここまで巧妙にタッチしてまで、日本の指導体制を引っかき回そうとするのか。得意の魔法でどっかんとやればいいだろうに・・・。そう思って帰ろうとした村山の耳にある音が聞こえた。
「がったん・・・・」
 探偵としての彼の勘が何かささやいたように思えた。すばやく、先ほどの窓に近寄って中を覗いた。その光景は村山を驚かせるに充分だった。深呼吸して彼は迷うことなく田所に電話をかけた。

953 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:19:45 [ SchxMcwI ]
2004年6月29日 22時21分 北九州市八幡西区陣原 工場街の路上
 事務所には大勢の警官がひしめいていた。その中で村山は、北島の死体を調べていた。まさか彼が自殺するとは夢にも思っていなかった。音を聞いて村山が事務所を覗いたとき、北島は首をつっていた。すぐに田所に電話して、警察が到着したというわけだ。
「村山さん、なんで北島は自殺なんか・・・」
 事務所の外で駆けつけた田所とドローテアが村山に質問した。質問された村山はざっと事務所を見渡した。ひどく荒らされている。それを見て確信して彼らに言う。
「ヤツは自殺したんじゃない。自殺させられたんだ」
「なんですって?」
 村山の言葉に、田所とドローテアが怪訝そうな顔をした。そんな2人に彼は荒れ放題の事務所を示した。
「ドボレクと北島が会っていたときには事務所は整然としていた。ということは、これを荒らしたのは北島自身だ。なぜ?ヒステリーを起こしたから?その割にはロープはしっかりと天井に結ばれている。部屋中めちゃくちゃにするほどヒステリーを起こした男が、天井にロープを引っかけて首をつるかな・・・」
 その言葉に状況を確認したドローテアが頷く。村山は言葉を続けた。
「でも、肝心の北島の死体を見てみると、自分で自分ののどをかきむしった跡がある。足もばたつかせたんだろう。靴が片方すっ飛んでいる。」
「それは、きっと首をつってから気が変わったんじゃないですか?」
 田所がその推理に反論した。村山もそう考えたが、これまでの北島を観察する限り、彼が突発的であれ自殺を実行する理由が見つからなかった。それに、死ぬ寸前までドボレクと会話していた内容は未来の話だ。今から死ぬ人間が先のことを考えるというのも腑に落ちない。北島の遺体を調べていたドローテアが神妙な面もちで言った。

954 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:20:14 [ SchxMcwI ]
「幻術だ・・・・」
 その言葉に村山ははっとした。ドボレクは立ち去る前に、北島の肩を叩いたことを思い出した。その直後から彼の様子はおかしかった。
「海浜公園に現れたナパイアスを覚えているだろう。あやつも幻術を使う。ドボレクも北島に幻術をかけて自殺させた。だが、北島は必死で抵抗して暴れた。その結果はこの事務所の荒れようなのだろう。口封じだろうな。北島は自己保身のためだけに土井田にくっついていた。そう言う人間は得てして口が軽い。」
「なるほど、だからドボレクは北島の真意を確かめた。北島が自殺して、土井田が弔い合戦と称してさらに選挙運動を展開すれば、同情票が集まるわけだ」
「そうだろう。だがヤツはミスを犯した。幻術を使えば、死体にその魔力が残る。私でもそれくらいは探知できるからな・・・」
 ドローテアの言葉に田所はすぐに携帯電話を取り出すと重岡に電話した。彼と尾上は福岡の東亜興産に突入するために準備を進めている。
「重岡さん、すぐに福岡の東亜興産に突入部隊を送ってください。裏はとれました・・・・え?許可?それはぼくの方からやっておきますから急いで!」
 電話を切ると田所はすぐさま、ドローテアと村山を車に乗せた。
「田所殿、どこへ向かうのだ?」
 浅川や丸山と違い、段違いの素早い対応についていけないドローテアが田所に聞いてみた。彼は得意満面の笑みでそれに答えた。
「土井田の事務所です。速攻をかけて一気に国を売る連中を捕まえてしまうのです」

955 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:20:46 [ SchxMcwI ]
2004年6月29日 22時55分 福岡市中央区長浜 東亜興産のビル
 重岡に率いられた自衛官と田所から連絡を受けた機動隊が、若者でにぎわう長浜にサイレンを鳴らしながら駆けつける。周囲は騒然となったが、半分やけくその重岡はハンドマイクで指示を出す。
「裏口も固めろ!アリ一匹出すんじゃないぞ!」
 警官隊が次々と自衛隊の援護で突入を開始した。抵抗らしい抵抗はなく、どんどん東亜興産の社員、というよりほとんど極道みたいな連中が引き出されてきた。その中の1人を捕まえる。
「おい、社長はどこだ?」
 重岡の質問に社員はにらみを効かせる。
「ああん?自衛隊に話すことなんかねぇよ・・・このおっさん!」
 ヤミ金融の極道にすごまれて内心あせりながらも重岡は表情には出さずに言った。
「君の罪状は利息制限法でも出資法違反でもない。何だと思う?」
「ああん?知らねぇよ」
 半分開き直った社員はそれでもまだすごみを効かせようとしている。重岡は近くの刑事を呼んだ。
「すいませんが、彼に今回の強制捜査の罪状を教えてやってください」
 刑事は頷くとまだ重岡をにらんでいる社員に向き直ると真顔で言った。
「外患誘致罪だ」 
「なんだそれはよ?言いがかりつけんじゃねーぞ!」
 意味の分からない社員は刑事にも噛みついた。だがその辺は扱いの慣れた刑事。それを半分無視して言葉を続ける。
「外国の勢力を国内に招き入れ、国家転覆をもくろんで騒乱を起こした罪だ。君の社長がそれを実行した。社員の君たちにもその嫌疑がかけられている。」
「知らねーよ!どうせ、ヤミ金融の証拠がつかめなくて別件逮捕なんだろ?で、何年なんだよ?外患なんとかってのの罪はよぉ?」
 まだ事の重大さがわかっていない社員は、外患誘致罪で逮捕は仲間内で箔付けになると思ったのだろうか。刑事に挑発的に詰め寄る。刑事は淡々とそれに答えた。
「死刑だ。死刑だけ。この罪だけは罰金も、禁固も、懲役もない。これで有罪になれば死刑だけだ。現実に、おまえのところの社長であるドボレクの手引きで起こったテロで死者が10名出ている。」
 刑事の言葉に社員はようやく気がついたらしい。さっきとはうって変わって半泣きになった。
「えええ?死刑?そ、そんな。社長は滅多に来ないし、金だけは使いまくるし、最近来たのは4日前ですよ。俺はそんなテロ事件も知らないし・・・俺死刑なんてイヤっすよ!」
 態度の豹変した社員を刑事はおきまりの「話は署で聞く」という言葉と共に護送車に連れていった。すべてのやりとりを聞いた重岡は、携帯で田所に連絡を取った。
「重岡です。東亜興産にドボレクはいませんでした。気をつけてください」
 電話を切ると、重岡はため息をついて周囲を見回した。夜の顔を見せ始めた長浜界隈での大捕物に野次馬の数がものすごかった。何を勘違いしたのか、一緒に歩いていた少女を振りきって逃げようとしたサラリーマンが反対に少女に捕まって怒鳴られている。別の件の摘発と勘違いしてしまったようだ。
「おっさん!まだ金もらってねーんだよ!」
 日本はまだまだ平和なんだと重岡は痛感せずにはいられなかったが、その横で、今回は出番のなかった尾上がその光景を見てつぶやいた。
「あんなのよりも「明日のナージャ」みたいな娘に淡々とお説教される方がいいなぁ」
 自衛隊と日本国の未来のために、思わず腰の拳銃を抜いて撃ってしまった方がいいんではないかという衝動をどうにか重岡は抑えることに成功した。

956 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:21:18 [ SchxMcwI ]
2004年6月29日 23時17分 北九州市若松区本町 土井田高子事務所
 この時間でも電気はついている土井田事務所を、数十台の警察車両と陸自の高機動車が完全に包囲した。車両から続々と自衛官や機動隊員が下車して突入体制を整えた。
 広い空き地の真ん中に鎮座する土井田事務所と周囲の異変に、周辺の店にいた人々が表に出てきて様子をうかがい始めた。
「土井田高子!選挙管理法違反ならびに、外患誘致容疑で逮捕する!おとなしく出てきなさい!」
 パトカーの拡声器から響く警告にも土井田事務所からは何の反応もない。田所は車の影から各指揮官に合図を送った。素早き動きで、機動隊と自衛隊が土井田事務所の包囲を狭めていく。
「うわっ!」
 その時、沈黙を守っていた土井田事務所から銃撃が開始された。ジェラルミンの盾に次々と弾丸が着弾する。
「後退しろ!後退!」
 突入部隊は車両の影に撤退した。だが、それで終わりではなかった。双眼鏡で監視していた警官が泣きそうな声で叫んだ。
「あ、RPG!」 
 次の瞬間、バス通りに待機していた警察の護送車が紅蓮の炎をあげて数メートル宙に浮かんだ。周囲にいた警官や自衛官が建物の影や車の影に飛び込むのが見えた。
「私たちは、軍国主義者の弾圧には屈しない!憲法9条と日本とアジェンダとガシリアの平和を求めて戦います!」
 土井田が事務所の窓からハンドマイクで叫んだ。村山たちには周囲の喧噪でようやく聞き取れる程度だったが、事務所にこもった人々からは歓声があがっているようだ。
「なんてこった。土井田は真性の活動家だ・・・」
 村山が舌打ちしながら言った。どうやら、彼女に対する北島の見方は間違っていたようだ。
「まずいな・・・。まさか選挙事務所にこんな重装備があるなんて思ってもみませんでした。警察も自衛隊も大した武装はしていないんです」
 困り果てた田所の言葉にドローテアはまったく動じることはなかった。それどころか、面白いことになったと言わんばかりの顔で彼に携帯電話を貸すように言った。
「まあいいではないか。敵が強力な武器を持ち出せば、こっちはさらに強力な武器を使えばいい。それにしても、田所殿。面白いのぉ・・・・。この国の「平和主義者」は気に入らないことがあれば平気で戦争を始めるものなのか・・・」

957 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:21:51 [ SchxMcwI ]
2004年6月29日 23時22分 北九州市小倉北区紺屋町 クラブ「サイコエンジェル」
 丸山、田島、岩村は選挙戦が着実に浅川優位に進んでいることに満足していた。大神官の従者であるバルクマンや、大神官を広告塔に使うことには若干、感情的な面でしゃくな部分もあったが、結果オーライだ。
「これで我々も安心して職務を遂行できるというモノです」
 岩村が上機嫌で2人に言った。懸念されたドボレクのテロもなく、選挙戦は平穏なものだった。田所が対立候補の土井田とドボレクのつながりをどうだこうだと言っているが、所詮彼も、来るべき浅川政権でのポストを意識してのパフォーマンスをしているにすぎないのだろう。
「隊長さ〜ん!ホントにかっこいい自衛官とコンパさせてくれるの?」
「ああ!いいよ、いいよ!その代わり、今日はアフター行こうなぁ・・・!」
 これまた上機嫌の丸山と田島もホステスのお姉ちゃんを口説くのに必死だった。
「あたしぃ。バル様を紹介して欲しいなぁ」
「あ、あたしも!バル様がいい!」
 バルクマンは今や、完全に「バル様」として女性層の圧倒的な支持を得ていた。またまた出てきた、彼らにとって目の上のたんこぶに等しいガシリア人の名前に、連隊長は顔をしかめたがすぐに満面の笑みを浮かべた。
「バル様ね。いいぞ!彼もわしの部下みたいなもんだからな!なあ田島君!」
「は、はい!」
 その時、田島の携帯が鳴った。うるさい有線の音を片方の耳をふさいで遮りながら電話に応答する。
「もしもし・・・・、え?え・・・・・・・なんだっってぇぇぇぇぇ!!!」
 顔面蒼白になった田島を丸山も岩村も、ホステスの面々もきょとんとして見ている。少しばかり酔いの醒めた田島は恐る恐る丸山に状況を報告する。
「そ、それが、自衛隊と警察が若松区で、土井田陣営の運動員と銃撃戦をしていると・・・・。それに、長浜でも機動隊と自衛隊がヤミ金融業者を摘発したそうです・・・・・」
 その報告に丸山も岩村も数秒、思考も行動も止まったがすぐに顔面を真っ白にさせて叫んだ。
「なんだとぉ!わしはそんな許可出してないぞ!」
「わたしだって県警にそんな指示はしていない!」
 自分に言われても困ると言わんばかりの田島は思わず、携帯をいじって場を逃れようとしてさらなる現実を突きつけられて完全に酔いが醒めてしまった。それを見た岩村と丸山も、思わず各自の携帯をチェックして、一様に田島と同じ表情になった。
「まずい・・・・」
「こ、これは・・・」
 3人の携帯には着信履歴に山のように、それぞれの部下からの着信があったことが残っていた。用件はもちろん、田島から申請された自衛隊と県警の出動要請についてだった。
「緊急の件ですので、県知事の裁可を仰ぎたいと思います」
 異口同音に、留守伝にはこう録音されていた。まさか、キャバクラの有線の音量が大きいせいで、責任者が連絡が取れずに県知事直々の命令が下されたとは・・・。
「田島君、岩村君・・・。とりあえず、ここを出るぞ!」
 完全に慌てた丸山が帰り支度を始めた。田島がそれに続いて勘定を払って領収を切ろうとした。
「た、田島君!領収はまずい!ここは、岩村君の方で領収を・・・」
「丸山一佐!こっちもまずいですよ!」
 丸山の言葉に岩村も大慌てで反論する。緊急事態のあった日付でキャバクラの領収なぞ、いくら交際費や研修費でも落ちるはずもない。3人の不毛な言い争いにホステスの1人がうんざりしたように言った。
「で、いつバル様とコンパさせてくれるの?」

958 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:22:29 [ SchxMcwI ]
2004年6月29日 23時31分 北九州市若松区本町 土井田高子事務所
 銃撃戦は膠着状態になっていた。敵がどこまで強力な兵器を持っているかわからないので、下手に攻撃はできない。それに市街地だ。一般人に被害が出れば最悪の事態になる。こんな状況にも関わらず、どこかに電話をかけたドローテアは余裕の表情で車の影に腰を降ろしている。
「ドローテア、いったいどこに電話をかけたんだ?」
 不思議に思った村山が彼女に聞くが、まるでクラスメートのイスに画鋲を置いた子供のような顔をしたドローテアは詳しくは答えない。ふと、村山の耳に変な音、少なくともこんな緊迫した状況では聞こえるはずのない音が耳に入った。
「ん?なんだ?」
 音楽だった。彼の聞き間違いでなければ、「愛と青春の旅立ち」だ。場違いな洋楽デュエットに違いないが、いったいどこから・・・・
「あっっ!」
 田所が北の空を指さして叫んだ。村山も周囲の自衛官や警官もその声に釣られて上空を見て、あっけにとられた。彼らのリアクションを見たドローテアはうれしそうな顔をしている。
「ドローテア、まさか・・・・あの電話は・・・・」
 怖々聞いた村山の問いにドローテアはあっけらかんとして答えた。
「ガルシア大尉だ。北九州沖の強襲揚陸艦にいると聞いたが、意外と早かったな」
 大音量で往年の名曲をスピーカーで流す3機のAH-64には当然、土井田陣営も気がついたようで上空に向けて派手に銃撃を始めたが20ミリ弾も跳ね返すアパッチの装甲をライフル弾や拳銃弾で破れるはずもなかった。
「ドローテア!我が心の太陽!よく私を呼んでくれたね!さあ!我が部隊の活躍をとくと見てくれ!」
 スピーカーからガルシアの得意げな声が流れるや、アパッチの30ミリがうなりをあげ始めた。落ちてくる薬莢で周囲の隊員たちが悲鳴をあげた。
「あちっ!」
「あつつ!!」
 そんなことにお構いなく、アパッチは土井田事務所の土台付近を集中掃射していく。すぐに隅っこの柱は壊れて、事務所は大きな音を立てて軋み始めた。土井田や事務所に立てこもる連中の悲鳴が村山や田所のところまで聞こえてきた。
「ひ、ひいいいいいい!!!!」
 それでもアパッチの30ミリは容赦なく土井田事務所の地面と土台を掘り起こしていく。屋根が揺れ、窓ガラスがはずれて落ち始めた。

959 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:23:01 [ SchxMcwI ]
「心配しなくていい。死人は出すなと言ってある」
 その光景を眺めながらドローテアは田所に言うが、彼は予想外の光景に唖然とするばかりだ。
 事務所が轟音をあげながら倒壊すると、今度はUH-60が倒れた事務所の上空でフラッシュグレネードや催涙弾をどんどん投下し始めた。音響に閃光に煙。たまらず逃げ出した運動員が周囲に散らばった警官や自衛官に取り押さえられていった。
「ははは!逃げるヤツはテロリスト!逃げないヤツは訓練されたテロリストだ!野郎ども!どんどんぶち込め!」
 ホプキンス曹長に率いられたUH-60の海兵隊員は手に手にあらゆるモノを投げ落としていった。最後には、どこかで買い集めたバルサンまで煙を出させながら投下して、ゆっくり旋回しながら飛び去っていった。
「ド、ドローテア様。いくらなんでもめちゃくちゃですよ・・・」
 田所の言葉も無理はなかった。プレハブの事務所は倒壊。その周囲の道路にはおびただしい数の空薬莢、その事務所からは米軍が持ってきたありったけの催涙弾やら、フラッシュグレネードやら、バルサンの煙がもうもうとしている。その中をほとんど爆破コントのオチみたいな状態の運動員が次々と警察や自衛隊に引き立てられていくのだ。
「ドローテア!今回の君へのプレゼントは満足してくれたかな?我が合衆国海兵隊と私は、常に君を見守っている!これからも変わらぬ愛を君に誓うよ!」
 なにも大音量のスピーカーを通して言わなくてもいいような気障な台詞を残してガルシアと海兵隊は颯爽と飛び去っていった。それを見つめながら村山が誰にともなく言った。
「あいつら、絶対楽しんでいやがる・・・・」

960 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:23:29 [ SchxMcwI ]
2004年7月5日 10時02分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
 第1独立偵察小隊の事務所ではいつもの面々がいつもの場所でいつものように思い思いの仕事に耽っている。
「結局、選挙は浅川の勝利か・・・」
 新聞を広げながらたいした感慨もなくドローテアがつぶやく。結果的に彼女の無言で交わす浅川との握手作戦は徒労に終わったのだ。彼女の不満も無理はなかった。だが、それ以上の被害者が仲間の中にはいた。
電話が鳴って、尾上がそれを取った。
「はい・・・。え?今は勤務で外出中です。・・え?外出先?」
 さらに電話が鳴って美雪が応答する。
「はい・・・・。だから・・・、勤務中の電話は受け付けられません」
 その様子を見て、ドローテアのそばに控えるバルクマンがため息をついた。この手の電話が1日に40本近くかかってくるのだ。手紙の数やメールの数はすでに5桁に達している。それらは段ボールに詰められて事務所の一角に積み上げられている。ある意味、今回の一番の被害者はバルクマンに他ならなかった。
「ドローテア様、私はいったいいつまで「バル様」をすればよいのでしょうか・・・」
 困り果てたイケメン騎士は美しい金髪をかきあげて天井を見上げた。
「バルクマンよ。そなたの働きで今後、この部隊をとりまく状況は大きく変わるのだぞ」
 そんなバルクマンにうれしそうにドローテアは言う。ここ数日の電話攻撃に半分うんざりしている重岡が思わずドローテアに言った。
「ドローテア様。この部隊を取り巻く状況は、見ての通り変わりまくりですよ。「バル様に会わせろ」の電話ばかりで仕事になりません」
 半泣きの重岡に対しても、ドローテアは新聞から笑顔をちらっと向けただけだった。ソファーの向かいに座って相変わらずネットにいそしむ村山とちらっと視線をあわせた。彼はおどけたような表情をしただけでなにも言わなかった。それを見てドローテアは笑顔で答えた。
「まあ、重岡殿にもみんなにも、悪いようにはならない変化だと思うがな・・・」
 大神官の言葉に、思わず重岡とバルクマンは顔を見合わせた。

961 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/02/16(水) 00:24:01 [ SchxMcwI ]
2004年7月5日 10時04分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
 テレビでは前日に行われるはずだった首班選挙の結果を大きく報じていた。結局、土井田は逮捕されて事実上、無投票で浅川の勝利が確定した。それを見ながら丸山が疲れたようにソファーでつぶやいた。
「よ、よかった・・・・。ともあれ、浅川先生の勝利だ」
 それに答えるように田島も彼の向かいでお茶をすする。
「まったくです。結果良ければすべて良し、というところですな」
「しかし、まさか米軍まで、田所議員と浅川先生の許可とは言え動員するとは」
 田島の横で岩村が茶菓子に手を着けながらつぶやく。あの処理は3人にとってはまさに必死だった。現場の責任として、事後とは言え自衛隊と県警の出動に認可を与え、民間に出た損害(ガラスの破損など)を保証し、マスコミの質問に追われまくった。
「ともあれ、これで一段落だ。あの小うるさい若造議員もおとなしくなるし、大神官も浅川先生が首班に選ばれて不満はないだろうし、しばらくは平穏だ」
 丸山の言葉に、田島も岩村もうんうんとうなずいた。とにかく、みんなが望むところに収まったのだ。と、ドアがノックされて、幹部が困った顔をしながら丸山に報告した。
「れ、連隊長。田所先生がいらっしゃっていますが・・・」
 その言葉に一同に焦りの色が浮かんだが、かろうじて幹部に「お通ししろ」と言うと、丸山は頭を抱えた。
「今更何の用事なんだ・・・」
「まあ、きっと形式的な訪問ですよ。この上、市議会議員に我々が口出しされることはないはずです」
 田島の言葉はもっともだった。非常時を過ぎてしまえば、中央(つまりは浅川の臨時政府)の管轄である警察や国防に地方議員が口を挟む余地はない。そこへ、茶髪にメガネの田所はにこやかにやってきた。
「これはこれは。岩村本部長もご一緒ならお話が早いというモノです」
「お、お話とは?」
 開口一番の田所の言葉に田島が少々焦りながら彼に尋ねる。当の本人は得意げな顔をしているだけだった。不意に彼はとんでもないことを口にした。
「このたび暫定政権で、防衛庁長官と国家公安委員長を兼務することに内定致しました。で、まあ今日はご挨拶に来た次第です」
「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、防衛庁長官????」
「こ、こ、こ、こ、国家公安委員長???」
 この言葉に、丸山と岩村は目を飛びださんばかりに驚き、田島はソファーに突っ伏した。浅川はこの選挙に彼をブレーンとして招く代償に、彼にこのポストをプレゼントしたのだ。3人にとっては、「よりにもよってこのポスト」と言うべきだろう。
「まあ、みなさん。これからは今まで以上によろしく頼みますよ」
 そんな3人の気持ちを知っているかのように田所ははち切れんばかりの笑顔で言った。