871 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/28(金) 00:05:04 [ Q5VmTIuI ]
それでは投下します
「出動!独立偵察隊」第8話:ハードミッション(前編)

2004年5月18日19時47分 福岡市中央区六本松 九州大学近辺のアパート
 きれいな学生街として整備されている界隈からかなり入り込んだところに、男の求めるアパートはあった。その古びたたたずまいを見て、男は思わず顔しかめた。アパートの連絡事項を伝える掲示板に目をやった。
「断固自衛隊派遣阻止!憲法9条死守!」
 独特の文体で書かれたチラシが張られている。男にとってその内容はどうでもよかったが、このチラシがここが、彼の探していた場所であることを証明していた。初夏のこの時期に黒いスーツに身を固め、黒い髪の毛をオールバックにしてサングラスをかけた男は、さびた階段を昇って、「田中」と書かれた表札のあるドアを叩いた。ドアの向こうでざわめいていた声がぴたっとやんだ。そしてしばらくすると、ドアチェーンをかけたまま、ドアが少し開かれた。
「はい・・・・、あ、・・・社長ですね・・・。セクトの担当から聞いています。どうぞ・・・」
 ドアを開けた男は彼を室内に招き入れた。ドアから顔を出して周囲を警戒してからドアを閉める。室内には10名近い人間がいた。みんな男性だ。タバコの煙が充満していて、男はまた顔をしかめた。
「社長。これが、「同志」のリーダーたちです。彼らとぼくでざっと、50名のメンバーを動かします・・・」
 男は室内に集まる連中を見やった。年齢は20代半ばから30代。色の落ちたジーンズや妙な色の革ジャンを着込んでいる。彼が今まで見てきた福岡の若者のスタンダードとは言えないようだ。室内も雑然としている。妙な形の印刷機。何に使うのか、物干し竿のような棒。本棚にはぎっしりと、マルクスだのレーニンの研究書が詰まっている。
「これでまず、おまえらもメンバーも身なりを整えろ。今風の若者の格好にな・・・」
 男はそう言って1万円札の束をいくつか連中に投げた。それを見て連中は目の色を変えた。男はそれを見下すような、それ以上に家畜でも見るような目で見ている。この国の連中は老若男女、これで態度が変わる。
「身なりを整えたら、バイト先を見つけてやる・・・。必要な品物もここに全部届ける。」
 それだけ言って男はドアを開けた。先ほど、彼を案内した若者が彼の横をすり抜けて周囲を確認した。
「では、計画通りに。いろいろとお世話になりました。ドボレク社長」
 スーツの男、アジェンダ帝国魔道大臣ドボレク、今は市内で闇金融を経営する東亜興産の社長であるドボレクは無言でアパートを立ち去った。彼の持つ様々な魔法を使えば、ケチな闇金業者くらいはすぐに乗っ取ることができた。この国ではとかく、金がモノを言う。その金を楽して手に入れるにはこの商売を始めるのが一番だった。そこで仕入れた情報網を使って、テロリスト、もしくはそれに近い連中と接触するのも、簡単なことだった。後は、そいつらに金を好きなだけばらまき、彼らの思想に賛成したような態度をとれば。必要な情報を流してしまえば、金と彼らの思想を理解してくれた後ろ盾ができたと勝手に思いこんだ彼らが、これまた勝手に行動を起こしてくれる。今回の計画もむしろ、彼らの方からの提案だった。ドボレクとしては彼らの希望するアジェンダ亡命を承知するだけでよかったのだ。こんな楽な仕事はない、とドボレクは思った

872 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/28(金) 00:06:32 [ Q5VmTIuI ]
2004年5月19日10時28分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
 第1独立偵察小隊は相変わらずだった。ガシリアから帰国したドローテアは、定位置のソファーで新聞を読み、その後ろにはバルクマンが控えている。その向かいでは村山がノートパソコンでネットをしながらビール。その秘書の美雪は、ディスプレイ越しにバルクマンを見てうっとりしつつ、事務作業。尾上二曹はドローテアの写真を彼のパソコンの壁紙にすることに成功してご満悦だった。重岡は、何か重要な用事で呼び出されて留守だった。そこへ、内線電話が鳴った。
「はい、第1独立偵察小隊・・・」
 美雪が電話に出て応対する。最初はにこやかだった彼女の表情がだんだんと険しくなっていく。思わず、保留ボタンを押してドローテアを振り返った。
「ドロちゃん、なんか正門に変なアメリカ人が来てるって・・・、心当たりある?」
 美雪の言葉に、紅茶を口に運ぼうとしていたドローテアの動作が止まった。ひきつった顔でバルクマンを見る。彼もまた、困った顔で主人を見返すほかなかった。
「ドローテア様、まさか・・・」
「バルクマン、これ以上言ってくれるな・・・」
 このやりとりで面識のある人物と勝手に判断した美雪は、電話に出て正門の警務隊に彼を通すように言った。めんどくさい業務を抱え込む気はなかったのだ。
「もうすぐ来るって。なに?向こうで捕まえたドロちゃんの彼氏とか?」
 事情を知らない美雪の言葉を聞いて、村山がちらっとドローテアを見やった。きっと怒りで顔を真っ赤にしていると思ったが、予想は外れていた。確かに、顔は真っ赤だが怒った様子ではない。その彼女のリアクションに彼は少し不満を感じた。そして次の瞬間、どうして自分が不満を感じているのかわからなくなった。
 村山がその疑問を自分で解決する前に、「客人」はプレハブのドアを開けていた。
「おお!我が太陽!そして、私の心を奪った美しき盗賊!ドローテア、自衛隊の制服姿の君も私の心臓を止めてしまうほどの美しさだ!」
 美雪は思わずその台詞に鳥肌が立った。そんなことを言うドローテアの知っているアメリカ人はこの世でただ1人しかいなかった。後ろに2名の海兵隊を率いた、合衆国海兵隊ガルシア大尉であった。迷彩服姿の部下とは違い、アルマーニのスーツに身を包んで、膝をついてドローテアを賞賛している。
「が、が、ガルシア大尉か・・・。その節は我が領民が世話になった・・・」

873 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/28(金) 00:07:10 [ Q5VmTIuI ]
 珍しくしどろもどろするドローテアに気がついて尾上が、彼女とガルシアを交互に見ている。
「世話なんてとんでもない。君の愛する人々は、私の愛する人々だ。お、そうだ。今日は君にプレゼントがあったんだ。この週末、ヴェート王が来日される。そのパーティに私もうかがうんだ。きっと君も来ることになるだろう。そのための衣装を持ってきたんだ。ホプキンス曹長!」
「サー!イエス!サー!」
 ガルシアの後ろに控えた海兵隊員は乗り付けたハマーから次々と、豪華な箱を降ろしてドローテアの前にある応接机に置いていく。どんどん積み重なる箱は優に10箱を数えた。唖然とする一同を後目にガルシアはドローテアの手を取って言った。
「私が心の底から恋に落ちる女性のために、ニューヨークやイタリアから仕入れていた衣装だ。我が想い人ドローテア、パーティでの君のすばらしい姿を期待しているよ。曹長!」
「サー!イエス!サー!」
 曹長は最後に、少し小さな白い箱をガルシアに渡した。彼はその蓋を開けた。中身は豪華なバラの花束だった。恭しく跪くとドローテアに差し出した。
「あまりにベタすぎるんだけど・・・」
 思わずつぶやく美雪を無視して、とまどうドローテアにそれを渡すと、さわやかな笑顔を浮かべたガルシアは部下と共にハマーに乗り込んだ。
「ではドローテア!パーティで会おう!その後、最上階のバーでいっしょに愛を語ろう!」
 これまたベタベタな言葉を残してガルシアは去った。彼の残した箱が気になった美雪がその一つを開けてみてびっくりした。
「ドロちゃん、これ!全部めちゃくちゃ高いドレスばっかりだよ!」
 彼女の言うとおり、箱の中身は全部、アカデミー賞でハリウッド女優の着そうな豪華なドレスばかりだった。
「これはいささか露出がすぎるのでは・・・」
 その中の一つを見たバルクマンが本当に困ったような顔をして言った。それに気がついた美雪がこれまた困っているドローテアに提案した。
「ドロちゃんさあ、これあたしに貸してよ。そしたら、こっちのパーティのマナーとか教えるから」
「いいのか?小娘?」
 絶対、バルクマンの気を引くためプラス、高いドレスを着てみたいだけだと村山は思ったが、当のドローテアが彼女の手を取って感謝しているのを見てつっこむのを止めた。重岡が今は出かけているが、きっとこの用事で出かけているであろうことも村山には易々と想像できた。

874 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/28(金) 00:07:42 [ Q5VmTIuI ]
2004年5月21日15時21分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉の厨房
 北九州随一のホテルの厨房はフル稼働だった。今日は結婚式が2件。翌日は異世界の王様が来て県知事や議員、財界人とパーティを開くそうだ。このために、ホテルでは大勢のバイトを臨時で雇っていた。
「おい!新人!しっかり皿は洗えよ!」
「はい!」
 国立大の学生と聞いてちょっと使えないかも知れないと思っていた料理長は、彼らバイトが意外によく働くのを見て安心していた。学生バイトは、厨房の他にも警備、ホールでも50名ほど雇ったらしいが、バイトすらもなかなか見つからない昨今でよくこれだけの有能な人材を見つけたモノだと感心していた。
「料理長!ホールのメインディッシュ!あがります!」
「よっしゃ!バイト軍団!粗相のないようにお出ししろ!」
 料理長の号令で、新入りのバイトは「おっす!」と威勢のいい声を出すと、てきぱきとそれぞれの仕事を始めた。これで翌日の大舞台も何とかなるだろう。料理長も、今までにないプレッシャーがちょっとゆるむのを感じた。

875 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/28(金) 00:08:16 [ Q5VmTIuI ]
2004年5月22日15時12分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
 着慣れないスーツに身を包んだ村山は少し窮屈だった。結局、パーティには村山、重岡、美雪が出席することになり、重岡の娘も一緒に行くことになった。スペースワールドの戦闘で感動的な救出劇の主役になった重岡親子の出席は浅川知事たっての希望だった。選挙対策なのは見え見えだったが、重岡に断る手段はなかった。当の美咲は、バルクマンとお出かけできるということでご機嫌なことこの上ないのが幸いだった。
「待たせたな・・」
 少しとまどいながら。ドローテアがガルシア大尉から送られた衣装を着てみんなの前に姿をあらわした。気付けを手伝った美雪もちゃっかりと、そのうちの1着を拝借している。ドローテアの衣装や私物はアジェンダの竜騎士に襲われた船団と共に海の底だったのだ。
「ドローテア様、最高です・・・・・」
 留守番の尾上がほとんど神様でも見るような顔で彼女を見ている。村山もそれを見て思わず口笛でも吹きそうになった。自慢の金髪をアップにして真っ赤なイブニングドレスに身を包むドローテアはまさに、アカデミー賞に参加する女優のようだった。当の本人は履いたこともないヒールに少々とまどっている。それを同じく、露出の高い美雪がカバーしてやっている。
「では、行って来る。尾上、留守番頼んだぞ」
 タキシード姿の重岡の言葉を半分無視して、尾上はデジカメでドローテアを撮影しまくっていた。餌さえやっておけば、尾上もちゃんと仕事をすると最近割り切り始めた重岡はため息をつくと、バルクマンに甘える娘を見た。
「バルにいちゃん、パーティって面白い?」
「ええ、美咲殿。きっと気に入りますよ」
 軽く咳払いして、父の威厳をアピールしつつ重岡はドローテアに報告した。
「では、ドローテア様。参りましょう」
 尾上のデジカメで記念撮影を終えた一同はパーティの会場であるリーガロイヤルホテルに向かった。

876 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/28(金) 00:08:48 [ Q5VmTIuI ]
2004年5月22日16時01分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉2階フロント
「岩村君、田島君、警備体勢は万全かね?」
 タキシード姿の丸山が、田島三佐と岩村本部長に再度確認している。17時からのパーティには続々と出席者が集まりつつある。議員、財界人、県庁や自衛隊、県警の幹部たちだった。
「はっ、小倉駅の北口は通行止めで自衛隊の装甲車が、国道も機動隊でびっしり固めてあります。」
「上空には県警のヘリと自衛隊のヘリが合同で警戒しております。警備本部もJRの協力で小倉駅に設置して、我々はそちらで対応いたします。」
 両名の報告を聞く限り、そして窓から周囲を見る限りは警備は完璧のように思えた。丸山は安心して会場に向かった。
「では、外部からの侵入は徹底的に押さえてくれ。頼むぞ!」
 エスカレーターで4階の会場に行く丸山を見送って田島がため息をついた。岩村もそれにならった。
「まったく、浅川先生も大胆なことをなさるもんですな」
「同感です。選挙のパフォーマンスも兼ねているとは言え、戦争も終わっていないこの時期にガシリア国王を招くとは・・・・。」
 田島も岩村も、言われた通りにできることはしている。県警はSATも待機させている。だが、この数週間で、この世界では何が起こるかわからないこともまた実感しているのだ。2人の胃がうずくには十分すぎる状態だった。

877 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/28(金) 00:09:32 [ Q5VmTIuI ]
2004年5月22日16時48分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 4階メイン会場
 4階の大広間には、演台には大きな日の丸と、ガシリア国旗が飾られていた。壁際は一面、白いテーブルクロスでおおわれたテーブルに所狭しと料理が並んで、すでに到着している県議会議員、市議会議員、財界の重鎮、自衛隊や県庁の幹部、ガシリアの高官が入り交じってウエルカムドリンクを手に談笑している。その中に、ひときわ大勢の警護に守られた初老のヴェート王を見つけたドローテアは一目散に彼に歩み寄った。
「おお!ドローテア。ブラムス大公からそなたの活躍は聞いたぞ!」
 会場の一角にもうけられた王の席の周りは50名に及ぶ騎士にびっしりと守られている。ドローテアはその騎士団が、ブラムス大公の親衛騎士団ではないことに気がつきつつも、王の前で跪いた。
「私や、ドローテア様のまねをしてください」
 バルクマンに耳打ちされ、重岡、村山、美雪もそれに習う。それを見たヴェート王はご機嫌で一同を見渡した。跪くバルクマンの横には彼のマントをつかんで美咲がちょこっと立って初めて見る王を見つめている。
「重岡殿、村山殿、その秘書の田村殿・・・。ドローテアやバルクマンに協力してくれているそうだな。礼を言うぞ。これからも、彼女らをくれぐれも頼む」
「は、は、は、はい・・・。もったいないお言葉です」
 重岡が緊張しながらどうにか言うと、王はくすっと笑った。
「ドローテア、今回はダンカン公が兵を出して余を守ってくれることになった。そなたの無事な顔も見ることができた。今日はよいから、この国の仲間と存分に楽しむがよい。」
 これは王なりの精一杯のねぎらいの言葉だと村山も気がついた。王は、バルクマンにくっついている小さな女の子に気がついて微笑みかけた。気がついた重岡が大慌てで美咲をバルクマンから引き離そうとした。
「よいよい!重岡殿。ガシリアの騎士と日本の子供が交流するのも両国のためになるだろう」
「パパ!このおじさん、誰?偉い人?」
「あ、み、美咲殿・・・」
 美咲の無邪気な言葉にさすがのバルクマンもうろたえている。それを見てますますヴェート王も気をよくしたらしい。声を出して笑うと、美咲の頭をなでた。

878 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/28(金) 00:10:12 [ Q5VmTIuI ]
「名前は何という?」
 一国の王様と理解できない美咲はきょとんとしている。娘を慌てて引っ込めようとする重岡に、王は優しく目配せして、その必要がないことを伝えた。美咲は真顔でそれに答えた。
「しげおか みさき!」
 跪くバルクマンにくっついたまま、美咲が王に答えた。王はドローテアをサポートする自衛官の名前と目の前の子供の名前が一致することに気がついて、うれしそうに微笑んだ。
「怖がらせて悪かったのぉ。余はバルクマンの上司のドローテアの、それまた上司で王様なんだ。バルクマンは好きか?」
「大好き!バルにいちゃんはかっこいいけど、プレステが下手だから、美咲が教えてるの。それに、お手紙あげたのに、お返事がなかなか来ない・・・。王様ならバルにいちゃんに、早くお返事出してって言って!」
 歯に絹着せない美咲の訴えに、さすがのドローテアも真っ青になって王に向き直った。
「も、申し訳ございません・・」
 だが、王は微笑を浮かべたままだった。その様子に会場のゲストもぞくぞくと彼らの周りに集まってきた。ヴェート王は美咲の頭をなでながら言った。県や自衛隊の幹部がカメラを向ける。絶好の宣伝材料になるだろう。
「よいよい。ドローテア、バルクマン。これまでのそなたたちの功績は余も知っておる。なお一層励んで欲しい。バルクマン、手紙の返事は早く書いてあげなさい。そして、美咲殿」
「は、ははっ!」
 平身低頭するバルクマン。そして、名前を呼ばれた美咲は・・・
「なに?おじちゃん?」
 王様を「おじちゃん」呼ばわりする我が子の空気を読めない言葉に父親の重岡はほとんど気絶しそうだった。横に一緒に控える村山もさすがにフォローしきれないといった感じで顔をひきつらせている。
「美咲殿、バルクマンはちょっと照れ屋さんなのだ。お手紙の返事はもうちょっと待ってあげて、今日は思いっきり、バルクマンと遊んであげなさい・・・」
 意外なまでの王の言葉に、バルクマンが驚いたように王を見た。だがヴェート王は、
「ドローテア、そなたのやり方が正しいようだ」
 というと、満面の笑みで別の議員に向き直った。これは王の癖で、家臣にすべてを一任するときの言動であることがわかっていた。それを踏まえて無言で彼女は恭しく一礼すると王の元を辞した。
「おじちゃん、ばいばい!」
 何も知らない美咲の言葉に、王は優しく微笑んで、議員の奇異の目を気にせずに彼女に手を振った。ヴェート王が懐の深い王であることがわかってほっとした村山が重岡にそっと耳打ちした。
「王が大人物で助かったな」
「ああ、死ぬほど緊張したよ」
 父親の苦悩をよそに、美咲はバルクマンに手を引かれて無邪気に会場をうろうろしている。村山は、王の「そなたのやり方」とは、彼女の日本人移民に対する厚遇政策のことと推測していた。彼も王として突如現れた謎の国に対して警戒していたのだろう。だが、ドローテアの政策が両国にとって最も有効な政策であるとわかったということだろう。また一段と彼女は株を上げたわけだ。

879 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/28(金) 00:12:36 [ Q5VmTIuI ]
2004年5月22日17時12分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 4階メイン会場
 やがて、浅川知事の乾杯とヴェート王の挨拶で会場は多いに盛り上がり、小倉祇園太鼓とガシリアの軍楽隊の演奏が場を和ませた。合衆国海兵隊のガルシア大尉は会場を、ドローテアを探して視線をうろうろさせた。やがて、子供を肩車した騎士のそばに彼女を見つけて駆け寄った。
「ドローテア、今日の君は沖縄の珊瑚礁よりも美しい。前も言ったが、愛に国境はない。ドローテア!私の愛は海よりも深く、太陽よりも暑い!この場で私の愛に応えてくれないだろうか!」
 イブニングドレスのドローテアに感極まったのだろう。ガルシアの言葉は周囲の人々の視線を集めた。それに気がついたドローテアは思わず村山の手を取った。
「村山殿、ここは逃げた方がいい」
「了解!」
 村山はすっと、彼女を会場の外に連れ出すと、すばやくエレベーターを呼んでそれに乗り込んだ。そしてこれまた素早く「閉」を押してドアを閉めた。
「あ、あ、ドローテア!待ってくれ!」
 慌てたガルシアが追ってくるが、それよりも早く扉が閉まり始めた。
「バルクマン!後は任せたぞ!」
 空気を読んだバルクマンが美咲を抱えたまま笑顔でうなずく。状況がわからない重岡と美雪はきょとんとして2人の乗るエレベーターを見つめるばかりだった。村山はとりあえず、29階のボタンを押した。
「とにかく、ガルシアから逃げよう」
「そうだな。とにかく、たのむ」
 何気ない行動だが、なぜか心強い行動に思える村山の行動に、ドローテアは従わずにいられなかった。

880 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/28(金) 00:13:11 [ Q5VmTIuI ]
2004年5月22日17時46分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 4階メイン会場
 とりあえず、ヴェート王に挨拶した丸山が、ホールにいる村山とドローテアを見送った重岡のところにやってきた。王の反応を見たのだろう。上機嫌だ。今までに彼に見せたことのない笑顔だった。
「重岡君!君のおかげでヴェート王はご機嫌だ。私は、警備本部に行くから、頼むぞ」
「はっ!」
 幹部を連れて丸山は小倉駅の警備本部に向かった。てっきりパーティに参加し続けると思っていたのだが、ヴェート王のご機嫌ぶりを見てこの上はいかなる警備上の失点もつけたくなくなったのだろう。このパーティの成功は、すなわち浅川の選挙に多いに影響するであろうから。
「あのおっさん、やっぱ苦手っぽい・・・。もう腹黒さ見え見えでさぁ」
 思わず美雪が重岡に言う。軽くため息をつくと、会場をうろうろするボーイからグラスを受け取った。会場にはホテルの用意した両国の友好を記念した巨大なケーキが運び込まれて参加者の目を奪っていた。
「あれ?バルクマンはどこ?」
 ケーキには目もくれずに美雪はバルクマンを探している。このパーティを機会に彼との距離を縮めたい美雪にとって、ドローテアが席を外したことは大いなるチャンスと言えた。
「ああ、彼なら美咲がクロークに忘れ物をしたとかで、3階に降りてるよ。」
 重岡とは別の理由でため息をつくと美雪はグラスのシャンパンを飲み干そうとした。だが、突然起こった轟音で思わずグラスを落としてしまった。
 たちまち周囲が煙で覆われる。参加者たちのどよめきが聞こえたが、状況がよくわからない。
「ぱぱぱぱぱぱぱぱ!!」
 美雪にもすぐわかった。銃声が会場から響いている。重岡も何が起こったのか理解できていないようだった。
だが、それを確認するだけの時間は彼らには与えられなかった。
「動くな!」
 ガスマスクをかぶったボーイが2人に見たこともない銃を突きつけている。たちまち、重岡の懐から携帯電話を没収すると、彼らを会場に押しやった。会場内は混乱が収まり、十数名のボーイが中心に集めた参加者を囲んでいる。
「なんてことだ・・・。美雪君、見るんじゃない」
 数名の死体が転がっている。ほとんどが自衛官か在日米軍の関係者だった。きっと抵抗して射殺されたのだ。壁際ではヴェート王が席に座ったまま数名の騎士に拘束されている。
「ダンカン、そなたまでアジェンダに通じておったか・・・」
 慌てもしないで初老の王は傍らのダンカン公に言った。ダンカン公は王よりもやや老けた感じの男だった。彼の率いる騎士と、ボーイに扮したテロリストがこの会場を占拠したことがようやく重岡にも理解できた。
「そこに座れ・・・」
 テロリストが銃で床を示した。手を挙げたまま重岡と美雪はそこに座った。彼は周囲を見回した。県知事の浅川もヴェート王の近くで拘束されている。だが、ドローテアと村山の姿はない。近くにいたスタッフや参加者、一般客が続々と連れて込まれているが、彼らの姿はない。それに美咲とバルクマンもだ。
「美咲・・・・」
 すぐ近くにいるであろう娘を助けることのできない父は歯ぎしりした。

881 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/28(金) 00:13:48 [ Q5VmTIuI ]
同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 3階クローク
 荷物を預けたクロークにやってきた美咲とバルクマンは彼女が忘れたというお財布をスタッフから受け取った。金髪の騎士と彼と手をつないだ日本人の女の子という取り合わせにスタッフも目をぱちくりさせている。
「しかし美咲殿、お財布は今日は必要ないんでは・・・?」
「いいの!持ってないと不安だから」
 子供らしい発想におもわず頬をほころばせるバルクマンにもあの爆発音と銃声が聞こえていた。美咲を抱き上げてクロークの向こうのスタッフに渡す。
「裏に隠れて!」
 そう言って自分もカウンターを飛び越えた。エスカレーターから銃を持ったボーイと抜き身の剣を持ったダンカン公の騎士が駆け下りてくるのが見えた。ドローテアは村山と上の階にいるはずだ。うまく行けば逃げおおせるかもしれない。そのためには、バルクマンがバルクマンであるとばれるのはいいことではない。
「すまない。ここにある服を借りたいんですが・・・」
 カウンターにしゃがんだスタッフに言ってバルクマンは素早くスーツに着替えた。在日米軍の関係者に変装したつもりだった。彼の甲冑と剣はクロークの奥に隠した。
「おい!動くな!」
 ボーイがしゃがみ込むスタッフやバルクマンに銃を突きつけた。手を挙げてみんな外に出た。美咲はバルクマンにくっついて怖がっている。そんな美咲にバルクマンはにっこり笑って言葉をかけた。
「美咲殿、私から離れてはいけませんよ」
「うん・・」
 彼らは一般客と混じって3階のレストランのホールに追いやられていった。

882 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/28(金) 00:15:26 [ Q5VmTIuI ]
同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 29階展望バー
 ガルシアをまいた村山とドローテアは29階のバーにいた。小倉の町を一望できる高級なバーだ。店内にはまだ時間が早いのか、客の姿はまばらでしかも自衛隊や警察関係、在日米軍の姿がほとんどだった。
「まったく、ガルシア大尉ってのには困り者だな・・・」
 一番奥の窓際に通された村山はとりあえず、ギネスビールを飲んで一息ついた。ドローテアも同じくギネスビールを飲んでため息をついた。
「ああもストレートに言われるとな・・・」
 じゃあストレートじゃないといいのかよ、と思わず村山がつっこみそうになったが、さすがにそれを口に出すのははばかられた。思わずタバコに火をつけて場をごまかす。自動ピアノの演奏と客の談笑する声だけがあたりに響いた。
「ああ、なんと言うことだ・・・」
 不意にドローテアが口に出した。村山がその声に振り返ると、入り口にガルシアの姿が見えた。スタッフに何か尋ねている。
「こっちだ・・・」
 村山はドローテアの手を取ると、店内を探し始めたガルシアと反対に壁に沿ってこっそりと入り口に向かって進み始めた。勘定をこっそり済ませて店外に出た。
「やばい!」
 店内を見回ったガルシアが歩いてくるのが見えた。エントランスでは隠れ場所がない。ふと、目に止まったバリアフリーのトイレに飛び込んだ。扉を少し開けて外の様子を眺めていると、店から出てきたガルシアが肩をすくめて階段を降りていくのが見えた。
「情熱的な野郎だ・・・」
「まったく・・・」
 2人はため息をついて笑った。ひとしきり笑ったところでドローテアは狭い空間に村山と2人きりということに気がついてうつむいた。村山が思わず彼女を抱きすくめた。ドローテアもあまりに素早い彼の行動に逃げることができなかった。
「今更なにを照れてんだい?」
 村山がそう言ったとき、さっき出た店からたて続けに銃声と悲鳴が聞こえた。彼の手の中でドローテアの身体が固くなるのがわかった。
「落ち着け・・・・。」
 そう言ってガルシアを覗いた隙間から店の様子をうかがった。彼は思わず我が目を疑った。さっきまでサービスを受けていたスタッフが数名、銃を構えて客や別のスタッフをを階下に追い立てていくのだ。
「こいつはしゃれになってねえぞ・・・」
 数名のスタッフたちは手に手にチェコ製のスコーピオンSMGが握っていた。こいつら、テロリストだ。スタッフの外見は20代。だが銃を扱う手つきは素人に近い。大した訓練はしていないようだ。だが、村山もドローテアも丸腰だ。
「こっちに来る・・・」
 一緒に覗いていたドローテアが声をあげた。2名のテロリストがトイレをチェックするために銃を構えて慎重に接近してくる。村山は狭いトイレを見回した。ふと、洋式便器の真上にある点検孔が目に入った。

883 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/28(金) 00:16:09 [ Q5VmTIuI ]
2004年5月22日17時58分 北九州市小倉北区浅野 JR小倉駅 警備本部
 「本部!緊急報告!ホテルから数十名の民間人が保護を求めてきました。どうやら会場で爆発が起こった模様です!」
 本部で待機する丸山、田島、岩村は腰を抜かしそうになった。大慌てで岩村が無線にとりついた。
「で、ヴェート王と浅川知事の安否は?」
「わかりません。状況が混乱しています。ホテル内の警備班からも応答がありません!あっ銃声です!」
 あまりに生々しい報告を聞いて、岩村はその場で卒倒した。パイプイスごと仰向けに倒れ込んだ。それを引き継いで田島が無線についた。
「現場に近い装甲車を向かわせろ!」
 国道に展開していた県警の装甲車がすぐにホテル正面玄関に向かって進み始めた。正面玄関からは大勢の一般客が走り出して接近できない。
「本部!正面は逃げる一般客で通行できません!2階の南口から接近してください」
「田島君!」
 それを聞いて丸山は田島に素早く命令した。覚悟を決めた田島は拳銃を抜くと、近くにいた普通科小隊を集合させた。さらに、機動隊の一隊も動員して、小倉駅から続く空中回廊を通ってホテルの入り口に向かった。
「いつでも発砲できるようにしておけ!」
 ジェラルミンの盾を持った機動隊を先頭に普通科小隊がそれを支援する形で前進した。やがて、入り口近くで大勢の市民が逃げてくるのに遭遇した。田島は逃げてきたサラリーマン風の若者を捕まえた。
「いったい何があったんです?」
「わかりません。いきなり、銃を持ったホテルの従業員と警備員に1階と2階にいた連中は追い立てられました!」
 そう言って彼はそのまま駅方面へ逃げ出した。田島は舌打ちした。銃を持ったホテルの従業員だって?ホテルの1,2階にいた人々はすべて脱出したようで、しばらくすると周囲には人っ子一人いなくなった。
「よし、そのまますすめ・・・」
 田島はとにかく、ホテルに向かって前進を開始した。だが、いくらも進まないうちに近くにいた隊員が彼を呼んだ。
「あ、あれ、三佐殿・・・」
 そう言って隊員の指さす方を見た。田島は我が目を疑った。2人のホテルの白い制服を着た従業員が見覚えのある兵器を肩に持ってこっちを狙っている。

884 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/28(金) 00:16:42 [ Q5VmTIuI ]
「あ、あ、あ、RPGだぁあああ!!退避!退避しろぉ!」
 彼の声よりも早く、機動隊と自衛隊は走って後退した。彼らがいたすぐそばに2発のロケット弾は着弾して大きな爆発を起こした。それと同時にホテルに通じるいくつかの空中回廊も爆破され、1階正面入り口以外からのホテルへの侵入は不可能になった。
 その正面入り口に向かっていた県警の装甲車にもRPGの攻撃は行われていた。幸い、最初の弾丸ははずれたが、次弾を装填する従業員を見て、中の警官たちは慌てて逃げだしていた。その直後、装甲車は完全に破壊された。
「本部!ホテルを占拠したのは数十名の臨時で雇ったバイトの学生たちと判明しました!」
 逃げ出したフロントの証言で犯人像が明らかになった本部に詰めかけた警察、自衛隊の面々は驚きを隠せなかった。なぜ、今更学生がこのようなことを・・・
「連隊長、福岡の国立大から約50名の学生がこのホテルでアルバイトをしていると連絡がありました。彼らはいわゆる、運動家で大学でも手を焼いていた連中だそうです・・・・」
 気がついた岩村が、県警からの報告を丸山に伝えた。丸山はテーブルに突っ伏した。なんということだ。学生運動の連中がよりにもよって、ガシリアの国王と県知事を人質に立てこもり事件を起こすなんて。そこへ、なんとか逃げのびていた在日米軍の将校の携帯が鳴った。
「ミスター丸山。我が海兵隊のガルシア大尉からです。テロリストはホテルのスタッフとガシリアの騎士だそうです。ヴェート王の護衛だったダンカン公の部下もこの占拠に加わっているようです」
「ど、どういうことです?」
 どういうことだと聞かれても、その将校もわかるはずがない。肩をすくめて答えるだけだ。
「わかりませんが、状況証拠だけなら、そちらの学生運動の連中とガシリアの裏切り者が手を組んでこの事件を起こしたんだろうという推測ができるだけです。」
 この言葉に丸山、岩村、這々の体で逃げ帰った田島がそろって頭を抱えた。こんな事件、過去に例がない。つまり、彼らには参考になる事例がないに等しかった。
「絶体絶命だ・・・」
 岩村が絶望したようにつぶやいた。


892 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/31(月) 22:41:18 [ KTTHSp3o ]
このまま1000まで逝ってしまうのか?
「出動!独立偵察隊」第9話:ハードミッション(中編)です

2004年5月22日18時00分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 29階トイレ
 2人のテロリストは慎重にバリアフリーのトイレに入ってきた。誰もいないことを確認して、深呼吸した。携帯無線を取り出して誰かに報告している。
「こちら29階。人質は全員4階に移送しました」
「了解。屋上班に任せて4階に降りてこい」
 点検孔から天井裏に隠れた村山とドローテアは息を潜めて様子をうかがっている。無線交信を終えたと確認した村山は点検孔の蓋を思い切り蹴った。頭上からいきなり落下物に襲われた2人は驚いている。
「行くぞ!ドローテア!」
 村山は素早くトイレに飛び降りると、銃を構えようとするテロリストのバックを取って首を締め上げた。それを見たもう1人はあたふたと銃を向けようとするが、彼に続いて飛び降りてきたドローテアが手にしているヒールで顔面を殴られて昏倒した。村山はテロリストの持っていた無線機のイヤホンを耳にはめてみた。
「3階以上の全員を確保!3階の人質はレストランに、その他の人質は4階のパーティ会場に移しました」
「秘密兵器の威力は抜群です!警察と自衛隊の部隊を撃退しました!」
 次々と入ってくる報告に村山は背筋が寒くなった。ドローテアは状況がいまいちわからないようできょとんとしている。
「村山殿、いったい何が起こったのだ?」
 倒した2名のテロリストが持っていたスコーピオンSMGと予備マガジン、そして無線機を奪った村山はそのうち1挺をドローテアに渡した。
「テロだ。おそらく、県知事も王様も捕まった。バルクマンも重岡も捕まったと思った方がいい。こいつらの持っている銃は、チェコという国の銃だ。説明が長くなるから省くけど、この国じゃテロをする連中がよく使う銃だ。とすれば・・・、内通者がいるな。ドローテア、王様の警護に就いていた連中はみんなダンカン公の部下だったか?」
 素早い村山の質問に少しうろたえながらも、ドローテアは自分の記憶を掘り起こして答えようとした。たしかに、王の警護は全員ダンカン公の騎士が担当していた。とすれば、安易に王がテロリストの手に落ちるはずがない。王を含めてあっさりみんな捕まったとなると、警護の騎士が同調したとしか思えなかった。
「だったらダンカンってのもぐるだろう。それに、携帯電話も無線も盗聴されている。当分助けは来ないぞ」
 村山の推測はある程度の事実に基づいていた。さっきのテロリストの交信。自衛隊と県警を撃破とは、彼らの無線や携帯の通話を傍受していないと不可能だ。
「これからどうする?」
 ドローテアの質問に村山は悩んだ。今は2人だけ。しかも2挺の銃と弾薬だけ。もしもダンカン公の騎士が本当にこの事件に荷担していれば、敵の数が多すぎる。
「少しここで様子を見よう。敵も王を人質にするくらいだ。そう簡単に殺しはしないだろう。きっと何か要求なり、アクションを起こすはずだ。」

893 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/31(月) 22:41:52 [ KTTHSp3o ]
同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 4階ホール
 テロリストのリーダー、田中は状況に満足していた。彼のそばでは数台のノートパソコンを操るメンバーが自衛隊と警察、一般市民の無線や、携帯電話の通話をすべて傍受している。おかげで、県警と自衛隊の動きを封じることができた。田中のメンバーは50名いたが、この直接行動とアジェンダ亡命に異議を唱えた数名を「総括」しなければいけなかった。おかげでメンバーは43名になってしまったが、東亜興産のドボレク社長のおかげで、まんまとこのホテルの臨時バイトとして潜り込むことができた。彼らは銃などの機器を分解して持ち込んでいた。それを前日に組み立てていたのだ。
 ドボレクが旧東側製の武器をどこから仕入れたのか、そして秋葉原のなくなった現在、盗聴機器や監視カメラなどをどうやって入手したのか。そんなことは彼らには関係なかった。ヤミ金融をしていれば暴力団関係者などともつながりができる。そのあたりから買いあさったんだろうことは容易に推測できる。
「よし、声明を出せ。日本にはガシリアからの自衛隊と、関連企業の撤退。ガシリアにはアジェンダとの即時講和を要求しろ。そして、我々のアジェンダ亡命を受け入れろと。24時間以内にこの要求が実行されない場合、王と知事の命は保証できないとな」
 ドボレクは田中にアジェンダから戦果を逃れてやってきた哀れな商人を演じていた。田中にとって、憲法の制約のなくなった自衛隊が暴走することは目に見えてていた。それを防ぎ、好戦的なガシリアを止め、滅亡の縁にあるアジェンダを救い平和を取り戻すのは彼らの使命に思えたのだ。
 だが、それは彼らの思考の中での話で、実際は全然違うのだが、長年、そういった思想を受け入れてきた田中にとってはそれが真実だった。そしてそれを支援するドボレクは強力な「同志」だった。
「さあ、声明を権力の犬に送ってやれ!」
 田中はホールに集められた「権力」に屈した犬を見つめながら叫んだ。俺は今、この世界を革命するために戦っているのだ。平和のためには、それを乱す連中は皆殺しにしても構わないし、許される行為だ。そう思えた。

894 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/31(月) 22:42:21 [ KTTHSp3o ]
同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 28階レストラン
 ガルシア大尉は懐に忍ばせていたベレッタ92Fを構えてトイレの中にいた。携帯電話でどうにかホテルの外に逃げ出したワドル大佐に状況は報告した。だが、それだけではこの事件は解決できそうになかった。
「ああ、ドローテア・・・。いったいどこにいるんだ・・・」
 彼が最も心配なのは彼女のことだった。こんな大事件を、捕まった浅川知事を欠いて自衛隊や県警の連中に解決できるとは、楽観主義的なガルシアでもとうてい思えなかった。だとすれば、方法はこれしかない。
彼は携帯を再び取り出すと、沖縄にいる副官、ホプキンス曹長を呼び出した。
「サー!いかがされましたか?」
 電話口の向こうで屈強な黒人曹長の声が聞こえた。
「小倉のホテルに至急、強襲部隊を送り込め。君が指揮しろ。俺の大事なドローテアの一大事だ。ワドル大佐の了承は得てある。相手は学生の運動家だ!容赦するな!俺の命より大事なドローテアに指一本ふれさせるな!」
「サー!イエス!サー!すぐに出発します!テロリストの尻の穴に(以下自粛)してやります!」
 電話を切ったガルシアは手に持っているベレッタのマガジンをチェックした。軽くネクタイをほどくと深呼吸して戦闘モードに頭を切り替えた。
「愛するドローテア、君のためにこの命、捧げてもかまわないぞ・・・」
 ひとりごちるガルシアの耳に、数名の足音が聞こえてきた。

895 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/31(月) 22:42:59 [ KTTHSp3o ]
同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 29階トイレ
 とりあえず、当座の武器を手に入れた村山とドローテアだが、トイレから動くことができないでいた。何しろ、情報が少なすぎるのだ。その時、階下から銃声が聞こえてきた。
「村山殿・・・」
 ドローテアの言葉に村山も反応していた。スコーピオンのマガジンを点検するとトイレから飛び出した。誰もいない。みんな階下に連行されたようだ。村山が安全を確認すると、ドローテアは彼女の身体を包んでいるイタリア製のイブニングドレスの裾をつかむとおもむろに引き裂き始めた。
「おいおい!何してんだよ?」
 びっくりする村山に、太ももまで裾を破ったドローテアは笑いかけた。
「この方が動きやすいのでな・・・」
 アップにした金髪に足を露わにした真っ赤なイブニングドレス。それにサブマシンガンを構える姿はほとんどB級アクション映画のヒロインみたいだった。それを見て村山は苦笑すると、銃を構えて螺旋状の階段を慎重に下り始めた。銃撃戦が発生するということは、少なくとも武器を持った味方が残っているということだ。床が絨毯なのは幸いだった。革靴でも足音がほとんど聞こえない。
「後ろをしっかり見ててくれ・・・」
 ドローテアに言いながら村山は28階に降りた。28階は鉄板焼きの和食店などが入っているレストラン街だ。その一角、トイレを挟んで、テロリストとダンカンの部下が数名見えた。トイレに向かって銃撃し、騎士は突入の機会をうかがっているようだ。
「どうやら、追いつめられているようだな」
「一気に倒すぞ・・・」
 村山とドローテアは足音もなく接近し、遮蔽物に身を隠した。敵が彼らに気がついていないことを確認すると、彼は指で合図を送った。
「3、2、1・・・・」
 2人の一斉の銃撃はテロリストと騎士をあっという間に全員撃ち倒した。村山とドローテアは新手が来ないことを確認してゆっくりとトイレに近寄った。死んだテロリストからスコーピオンの予備マガジンをちょうだいする。1人はトカレフを持っているのに気がついた。村山はそれをスーツのベルトに挟んだ。トイレは辺り一面砕けたタイルだらけだった。タイルがはげた壁の奥から、ガルシアがひょいっと顔を出した。

896 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/31(月) 22:43:32 [ KTTHSp3o ]
「あっ!我が愛しき太陽、ドローテア!無事だったのか!」
 ガルシアはドローテアを抱きしめようとしたが、彼女はそれをひょいっとかわした。ガルシアはちょっと不満そうな顔をしたが、村山に気がつくと彼の顔をじっと見つめた。
「君は、サラミドで会った日本人だな・・・?たしか、村山とかいったな・・・」
 自己紹介の暇はなかった。村山の耳にはめた無線のイヤホンからリーダーとおぼしき男の声が聞こえている。
「山口、応答しろ!28階で携帯を使っていたのは誰だ?」
「ガルシア大尉、ひょっとして携帯電話を使ったのか?」
 自己紹介ではなく、質問をガルシアに投げかける。彼は最初はぴんとこないようだったが、彼の質問の意味を察すると顔をしかめた。
「沖縄から応援を呼んだ。ヘリで到着するはずだ」
 村山はまずい、と思った。携帯を盗聴し、無線を傍受しているとなると屋上に何か仕掛けているはずだ。当然、それを守るため+ヘリボーンを防ぐために敵もそれなりの警備をしているだろう。早くしないと彼の部下も、おそらく投入されるだろうSATも危険だ。
「俺とドローテアで屋上のアンテナを壊す。ガルシア大尉は手当たり次第、敵を倒して動き回って欲しい。」
 一介の探偵の提案に、誇り高い海兵隊員は顔を真っ赤にして抗議した。
「な、なんで私がドローテアと離れなければいけないんだ?」
「ガルシア大尉、そなたの力を見込んでお願いしているのだ。」
 うまいタイミングのドローテアの言葉に、ガルシアも不承不承オッケーを出した。携帯無線を受け取って、周波数を変えた。どうせ聞かれている可能性は高いが、無防備で使うよりはましだろう。
「集合場所は?」
 ガルシアはドローテアの表情を観察しながら聞いた。この村山という男。いつも彼女にくっついている。ガルシアにはそれが気にくわなかった。いまいちぱっとしないこんな男がドローテアの思い人だった日には、彼のプライドはずたずたになるだろう。
「15階のトイレでどうだ」
「よかろう。村山、ドローテアを危ない目に遭わせてみろ。私がおまえを絞め殺してやるからな」
 挑発めいた言葉をはなつガルシアに村山は肩をすくめて笑った。
「そうなったら、あんたに絞め殺される前に、俺の大事な部分が潰されることになるさ・・・」

897 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/31(月) 22:44:05 [ KTTHSp3o ]
2004年5月22日18時16分 北九州市小倉北区浅野 JR小倉駅 警備本部
「えええ!?SATを投入する?」
 岩村の決断に丸山と田島は驚きを隠せなかった。だが、これに対する対案を彼らが持ち合わせているわけではない。岩村は言葉を続けた。
「一刻も早く、ホテルに橋頭堡を確保し、国王と浅川先生を救出すべきです。それが今すぐに実行可能なのは、我が県警のSATしかありません」
 その時、警官が本部に駆け込んできて1枚の紙を岩村に渡した。それを見た岩村が表情を暗くした。
「犯人側からの声明です。日本にはガシリアからの自衛隊と関連企業の撤退。ガシリアにはアジェンダとの即時講和を要求・・・?犯人たちのアジェンダ亡命受け入れ・・・。24時間以内にこの要求が実行されない場合、王と知事の命は保証できない・・・。なんだこれは!」
 丸山が声明文を読み上げて絶句した。こんなもの、とうてい受け入れられるはずもない。こいつら本気でこんな要求が受け入れられると思っているのか?岩村はため息をついた。
「こんな要求、検討にも値しません。やはり、SATの迅速な投入しかなさそうですな」

898 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/31(月) 22:44:41 [ KTTHSp3o ]
2004年5月22日18時19分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉上空
 ヘリで待機していたSATに降下命令が下った。隊員たちは一斉にH&KMP5のマガジンを装着した。赤外線暗視スコープを装着してシステムチェックを行った。
「いいか!屋上に降下してA班は階段で階下へ、B班は壁から4階まで降下。誤射に気をつけろ。犯人は容赦するな。全員射殺でかまわん!」
 隊長は厳しい声で命令すると、彼自身のMP5にもマガジンを装着した。ヘリは旋回してホテルの屋上を目指している。隣で緊張している隊員に隊長が冗談めかして言った。
「安田講堂を思い出すなぁ!」
「まだ生まれてないですよ!」
 冗談の通じない部下を不満げに見てから、隊長は屋上の様子を観察した。様々なアンテナや設備があちこちにあって視界が効きにくい。
「た、隊長!」
 横の部下が素っ頓狂な声をあげた。その理由がすぐ隊長にもわかった。
「SA-7だ!か、回避しろっ!」
 なんで学生がそんなモノ持っているのかわからないがとにかく、今自分たちに向けられているのは間違いなく、旧東側の対空ミサイルだった。
「だめだ!間に合わない!」
 ホテルの真上で急旋回するヘリはまったく無防備だった。それに向けて、SAー7はまっすぐに飛んでいく。
「う、うわぁぁぁぁ!!」
 隊員の絶叫と爆発はほとんど同時だった。

899 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/31(月) 22:45:13 [ KTTHSp3o ]
同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉屋上
 屋上に出た村山とドローテアを迎えたのは大きな爆発だった。
「くそっ!遅かったか・・・」
 遅かれ早かれ、岩村がSATを投入するとは思っていたがここまで決断が早いとは思わなかった。思案を巡らせる村山の耳に銃声が聞こえてきた。
「村山殿、あそこのようだ」
 ドローテアの指す方向に数名のテロリストが見えた。パイプを乗り越えて慎重に敵の背後に回り込む。だが屋内の絨毯とは違ってコンクリートの床では足音が消えない。
「後ろにもいるぞ!」
 とたんに銃弾が村山とドローテアに撃ち込まれる。彼女の頭を押さえて近くに隠れた。完全に射すくめられる格好になってしまった。
「くそ!動けねぇ!」
 思わず悪態をつく村山に、テロリストと銃撃戦をしている人物から声がかけられた。
「目と耳をふさげ!」
 その声と共に、テロリストに何かが投げられた。それが何であるか瞬時に判断した村山はドローテアの目をふさいだ。直後、閃光と爆音が周囲を襲った。
「わああ!」
 とたんに銃撃がやんだ。村山がそれを確認してテロリストに発砲した。フラッシュグレネードを投げた人物も発砲しているようだ。すぐにテロリストは全員射殺された。死体の傍らに発射されたSA-7が墜ちていた。こんなものを学生が持っているなんて誰も予想しないだろう。
「自衛隊か・・・・」
 テロリストと銃撃戦を繰り広げていたのは谷口という若いSAT隊員だった。爆発するヘリから放り出されたようで、足を骨折していた。村山の助けでどうにか立ち上がることができた。
「ちくしょう・・・我々は何が劣っていたと言うんだ・・・」
「劣っちゃいない。まさか、学生運動の連中が対空ミサイルまで持ってるなんて誰も予想していないだろ」
 村山の言葉に谷口は自分を納得させようとするかのように頷いた。が、悔しさはひとしおであろう。とにかく、動けない彼を29階のトイレに移すことにした。

900 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/31(月) 22:45:50 [ KTTHSp3o ]
2004年5月22日18時23分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 4階メイン会場
 屋上班からヘリを撃墜したと報告の入った後、彼らからの連絡が途絶えた。28階で携帯電話を使った人物を捕獲に向かったグループも連絡を絶った。声明を送ったがまだその返答はない。当局は強行突入を試みる上に、捕まえ損なえたネズミまで暴れ回っている。
「ひょっとして無視するつもりか・・・」
 田中はひとりごちた。ひとかたまりに集められた200名近い人質を見やって、彼は決断をした。あのヘリにはおそらく、県警のSATが乗っていたはずだ。要求を出して数分で強行突入を試みるとは・・・。
「おい・・・!」
 彼は近くのメンバーを呼んで耳打ちした。それ聞いたメンバーは驚いて彼を見返した。だが、田中の決意を見たメンバーはかすれた声を出して「了解」と答えて行動に移った。
「おまえ、おまえ、それにおまえだ・・・」
 人質の中から適当にピックアップして呼びつける。人質からざわめきが聞こえてきた。
「なに?いったいなに?」
 美雪がうろたえたように重岡に聞いてきた。重岡とて、何がこれから起こるのかはわからない。ざわめく人質たちに、リーダーの田中が声をかけた。
「県警が先ほど、我々の送った要求に応えずに、SATを送り込んできた。だが、我々は彼らを撃破した。今選んだ連中には、我々の要求を無視した当局の行動に対する報いを受けてもらう」
 田中の言葉の意味するところが理解できた人々は思わず凍り付いた。選ばれた人々、主に県警関係者と在日米軍だったがは、絶望の表情を浮かべている。
「連れて行け!」
 数名の不幸な人々がドアの外に引き立てられた直後、銃声が立て続けに聞こえた。美雪は思わず恐怖で重岡にしがみついた。
「バルクマン、助けて・・・」

901 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/31(月) 22:46:26 [ KTTHSp3o ]
同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 3階レストラン
 3階のレストランでも数名の人質が選ばれて壁際に引き立てられていた。ここでも人々はざわついているが、トカレフを持ったこのグループのリーダーらしき学生が、壁に立たされた人質に銃を向けると静まり返った。
「美咲殿、見てはいけません!」
 バルクマンはこれから起こるであろう事を悟ると美咲を抱きしめた。小さな子供でもこの雰囲気を察したようで、バルクマンの手の中で震えている。銃声は3発聞こえ、壁際には3名の死体が転がる。そんな2人を1人のテロリストがじっと見つめているのに気がついた。てっきり、バルクマンの顔に気がついたのかと思ったが、彼はじっと美咲を見ている。
「おい、あの子供・・・」
 彼が近くのメンバーに話しかけるが、話しかけられた方は首を傾げている。バルクマンはその光景に何となくイヤな予感を感じた。その一方でホールの警官と自衛官は互いに目を会わせあっている。このホールのテロリストは6名。騎士はいない。人質は60名ほどだった。ホールの扉は固く閉じられて、外の様子は伺い知ることはできない。彼らはチャンスをうかがっていた。
「バルにいちゃん、これからどうなるの?」
 不安そうに聞いてくる美咲に、バルクマンはいつもと変わらない笑顔を投げかけてやった。
「私がついているんだから、大丈夫ですよ」

902 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/31(月) 22:47:04 [ KTTHSp3o ]
2004年5月22日18時54分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 屋上
 谷口を29階のトイレに隠して、再び屋上に登った。アンテナを破壊するためだ。どのアンテナでどのように携帯を傍受しているかはわからない。片っ端から壊してしまえば構わない。
「携帯の電波を探知されたら身動きがとれないからな・・・」
「とにかく、早く王を救出せねば」
 焦るドローテアを村山は落ち着かせた。王を救出するにはいくつか手順を踏まなくてはいけない。ガルシアの呼んだ海兵隊は少なくとも3時間はかかる。人質は3,4階にすべて集められ、100名近いテロリストがホテルのあちこちをうろうろしている。
「まずはそのためにもアンテナをぶちこわすんだ。」
 そう言って村山は目に付いたアンテナ類を片っ端から壊し始めた。ドローテアも銃を構えて警戒している。
「来たぞ!」
 ドローテアは近くに現れたテロリストを撃ち倒しながら叫んだ。どうやらアンテナを壊したことは成功のようだ。彼らが急いで屋上に来たことがその効果を証拠づけていた。複雑なパイプ類やコンクリートの遮蔽物の影から騎士が剣を振りかざして斬りかかってくるが、村山とドローテアは冷静に彼らを撃ち倒しながら、移動してはアンテナ類を壊していった。
「まずい!行き止まりだ!」
 村山の歩が止まった。彼の数歩先には地面はなく、130メートル下の市街が見えるばかりだった。2人は消防用のホース小屋に隠れて、突撃しようとする騎士を数名撃ち倒した。
「くそ!数が多すぎる!」
 ドローテアがマガジンを交換しながら、珍しく悪態をついた。それを援護するように村山は彼女に銃を向けるテロリストを4発撃ち込んで倒した。だが、次の瞬間彼は恐怖の叫びをあげた。
「や、やばい!RPGだ!」
 RPGを抱えたテロリストが走ってくるのが見えた。あれを撃ち込まれたら2人は一巻の終わりだ。慌てて村山は周りを見回したが、武器になるモノは何もない。
「ど、どうするんだ?」
 せかすドローテアの言葉を受けてもどうにもならない。テロリストはRPGを持つメンバーに村山たちの隠れている場所を指し示している。
「ちくしょう!」

903 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/31(月) 22:47:36 [ KTTHSp3o ]
 村山は意を決すると消防用ホースを取り出した。映画で見た方法だが、今の彼にはこれしか生き残る方法を思いつかなかった。彼はきょとんとするドローテアを抱き寄せて2人の腰にホースを巻いた。
「一体何を?」
 スコーピオンを肩に引っかけながら、村山は彼の意図を読めないドローテアの唇をいきなり奪った。突然の彼の行為に目をぱちくりさせるドローテアに村山はひきつった笑顔を見せると静かに言った。
「お詫びの印だ・・・」
「お詫びだと・・・?」
 理解できないという表情のドローテアを抱いたまま、村山は深呼吸して地上130メートルの屋上からダイブした。それとほぼ同時に、RPGが発射されてホース小屋は轟音と共に吹き飛んだ。
「飛び降りた?」
 撃ったテロリストも村山たちの行動を理解できない。粉々になったホース小屋に2人の影はなかった。ただ、カラカラという音と共にホースが繰り出されているばかりだった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「む、む、む、む、村山殿、な、な、な、な、なんてことをぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 村山とドローテアは絶叫しながら空中を落下していった。15,6階に達したところで2人は腹をぎゅっと締め付けられた。ホースがいっぱいに伸びて落下が止まったのだ。
「こ、こんなところでぶら下がって、どうする?」
 息も絶え絶えなドローテアの質問に答えることなく、村山は靴で窓ガラスを蹴った。今度は2人の身体は横に大きく振られだした。
「おい!見ろ」
 窓の向こうには数名の騎士がいる。村山がガラスを蹴った音に気がついたようで騒いでいる。その村山はスコーピオンを構えて窓に向けて引き金を引いた。窓越しに騎士たちが血を吹き出して倒れた。
「いくぞお!」
 ひびの入った窓に向けて、空中ブランコの要領で勢いをつけた村山は思いっきり蹴りを入れた。窓は粉々に砕け、2人の身体は柔らかい絨毯の上に投げ出された。
「は、早く・・・。ホースをほどかねば・・・」
 ドローテアが慌ててホースをほどいて2人はようやく自由になった。極度の恐怖でぐったりとした2人は客室であろう、暗い一室の床にへたりこんだ。やっとのことで呼吸を整えたドローテアが言葉を発した。
「村山殿・・・・、死ぬかと思ったぞ・・・」
「俺も自分でやっといてあれだけど、やばいって思った・・・」
 気の抜けた声で村山がどうにかそれに答えた。

904 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/31(月) 22:58:44 [ KTTHSp3o ]
2004年5月22日19時22分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 3階レストラン
 バルクマンは不審に思っていた。さっきからテロリストの1人がしきりに美咲の顔を眺めている。彼はスーツに着替えた際に靴下に隠したタガーを確認した。彼もさっきから何度も目配せする警察官や自衛官に加わっていた。隙をうかがって一気に武器を奪おうとしているのだ。だが、そのタイミングがなかなか見つからない。一方、しきりに、美咲を見ていたテロリストは何か決心したのか、無線でリーダーを呼んだ。
「田中さん、3階の人質の中に新聞で見た自衛官の娘が混じってます」
 彼はイヤホンでリーダーの指示を聞いているようだ。バルクマンは身を固くした。美咲が重岡の娘とばれたら、彼らの交渉に利用されてしまうだろう。やがて、交信を終えたテロリストがトカレフを手に、2人のところに歩いてきた。
「来るんだ!」
 テロリストは美咲の腕をつかんで無理矢理バルクマンから引き離そうとした。思わず彼は身構える。
「まだ子供だぞ!」
 抗議するバルクマンにトカレフを向け、彼は無理矢理美咲を引っ張って人質の集まりから出た。
「バルにいちゃん、助けて!」
 叫ぶ美咲に室内にいるテロリストたちの視線が集中した。その時だった。自衛官、警察官が一斉に6名のテロリストに飛びかかった。アイコンタクトを取っていなかった人々もそれを見て次々と彼らに加勢する。
「あっ!」
 美咲を捕まえたテロリストもそれに気がついてドアを開けようとしていた手を止めて振り返った。それを見たバルクマンは立ち上がって、隠していたタガーを構えた。彼がタガーを投げるのと、テロリストが発砲するのとほとんど一緒だった。
「がっっ!!」
 バルクマンの投げたタガーは拳銃を持つテロリストの首をまっすぐに捕らえていた。他のメンバーを襲った人質たちも彼らから武器を奪っていた。自分を捕まえる手がゆるんだのを見て美咲はバルクマンに駆け寄った。
「バルにいちゃん、怖かったぁ!」
「美咲殿、お怪我はありませんか・・・?」
 しゃがみ込んで走ってきた美咲を抱きしめながらバルクマンが言った。彼女はそれに答えずに泣いている。どうやら怪我はないようだ。
「よかった、どうやら無事なようですね・・・」
 そう言うと、バルクマンは力無く床に手をついた。銃を奪って周囲を警戒していた警官の1人が彼の異変に気がついて駆け寄った。
「あっ!」
 バルクマンのシャツは彼の脇腹から流れる血で真っ赤に染まっていたのだ・・・。



908 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:29:27 [ M0Mn3GDQ ]
さてできました。
「出動!独立偵察隊」第10話:ハートミッション(後編) です

2004年5月22日19時48分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 15階客室
 客室の洗面所で村山は足の傷を手当していた。いくら革靴でも窓ガラスを蹴り破ったのだ。無傷ですむはずがなかった。
「いててててて!!」
 ドローテアに足を濡れたタオルで拭ってもらう。小さな破片は全部取ったが、10カ所以上切り傷があった。幸い、利き足の右足だけだったがそれにしても我ながら無茶をしたものだと思った。
「まったく、無茶なことを・・・」
 ドローテアが苦笑しながら洗面台に座る村山の足に、タオルで作った包帯を巻いてやりながら言った。照れ隠しにタバコに火をつける。
「だから、びっくりさせるお詫びはしただろ?」
 屋上からダイブする直前、村山の奇襲攻撃のようなキスを思い出して大神官は赤面して、思わず結びかけていた包帯をぎゅっとしぼった。
「ぎゃ、ぎゃああああ!」
 思わずタバコを床に落としてしまった。それに気がついたドローテアが慌ててそれを拾おうと身をかがめた。それと同時に村山も身をかがめる。2人の頭が見事にぶつかった。
「いてっ!」
「いたっ!」
 思わず顔を見合わせた2人は、しばらく無言で見つめ合っていたが笑いをこらえきれなくなった。ドローテアの普段はなかなか見せない屈託のない笑顔だった。
「ほほお・・・。何か楽しそうじゃないか・・・」
 いつの間にか部屋に入ってきたガルシアが恨めしそうな顔をして立っている。彼は村山に詰め寄ると早口の日本語で叫んだ。
「村山ぁ!貴様、抜け駆けは許さんぞぉ!彼女のハートを射止めるのはこの私だ!こんな非常事態でドローテアの心を奪おうとは、卑怯だぞ!」
「卑怯も何も・・・。俺はただの彼女の護衛だ。」
 その言葉にガルシアはドローテアを振り返った。すがるような視線を投げかけている。
「本当なのかい?」
「あ、ああ。そういう「契約」ということになっている・・・」
 それを聞いてほっとしたガルシアはようやく本題に入った。思えば、こんなことでよく海兵隊の大尉まで昇進できたものだと村山は思ったが、口に出すことはしなかった。
「で、アンテナはどうだった?」
「手当たり次第ぶっ壊したよ。そしたらすぐに連中が来たよ」
 ガルシアも、村山の推測には賛成だった。彼らの作戦に支障が出たからこそ、迅速に屋上にやってきたのだ。つまりは、村山とドローテアの壊したアンテナの中に彼らが携帯や無線の傍受に使っていたアンテナが混じっていたことの証拠になる。
「屋上を確保できなかった。海兵隊が直接ヘリボーンするのは難しいかもな・・・・」
 村山の言葉にガルシアはにやりとした。
「まさか、君は海兵隊の強襲部隊が輸送ヘリだけで来ると思っているのか?給油を繰り返しながら、イラクに移送予定だった陸軍のアパッチを随行させている。」
 村山はそれを聞いて安心した。あとは、日本側の突入を同時に行えば、一気にホテルを制圧できる。だが、重岡と美雪の携帯は通じない。丸山たちの番号など知る由もない。ためしに尾上にかけてみる。
「む、村山さん?無事なんですか?」
 すぐに電話に出た尾上が開口一番言った。
「なんとか無事だよ・・・」
「いえ、村山さんじゃなくて、ドローテア様ですよ!」
 目の前にいたら絶対殴っていたであろう尾上の言葉をどうにか無視して、村山はさらに質問した。
「連隊長のところへは行けないか?」
「それが、変な市議会議員が来て一般職までシャットアウトしちゃったんですよ」

909 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:30:03 [ M0Mn3GDQ ]
2004年5月22日20時02分 北九州市小倉北区浅野 JR小倉駅 警備本部
 八方ふさがりの警備本部に突然訪問者が訪れた。丸山はその人物の顔を知っていた。
「こ、これは、田所先生!」
 小倉南区選出の市議会議員である田所だった。年齢は29歳。アメリカ留学後、松下政経塾のエリートとして与党から立候補した若手のホープだ。
「手こずっているようですな・・・」
 茶髪にスーツ、その辺の若造にしか見えない議員は本部を一通り見回した。同じ保守系でも浅川とは一線を画す若手勢力のリーダーに、丸山も対応を考えていた。それを見透かすように田所は言った。
「まさか、テロリスト相手に内部の人間と連絡が取れないと言って手をこまねいているわけではないでしょうな?さきほど、ラジオでSATを投入して失敗したとか・・・。岩村本部長、内部の状況を説明してください。」
 当然といえば当然の次元だが、今まで現場はまる投げだった浅川とは全然違う対応に、丸山も岩村も目を白黒させた。
「情けない・・・。田島さん、ホテルにいると思われる警察、自衛隊関係者の一覧を」
 ため息をついて田所は田島から名簿を受け取った。そしてノートパソコンにとりつくとキーボードを叩いてメールを一斉送信した。
「浅川先生が不在の今、自衛隊のシビリアンコントロールを担当する人間がいない以上。ぼくが指揮を執ります。他の議員先生の内諾は得ています。いいですね?」
 パソコンから向き直って田所は丸山たちに宣言した。他の議員はこんなやっかいな案件を引き受けることはしなかったのだ。それで巡り巡って彼のところまで指揮権が流れてきたのだ。

910 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:30:34 [ M0Mn3GDQ ]
同時刻 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 15階客室
 村山の携帯が鳴った。彼がそれを取ると、メールの新着を告げるメッセージが表示されている。
「なんだこりゃ?63、32、51、75、55、12、41、91、21、12、45、34、85・・・?」
 長文の数字羅列だけだった。ガルシアが携帯をのぞき込んでいるがわかるはずもない。
「文字化けじゃないのか・・・」
 そう言うガルシアを村山は手で制した。いつになく真剣な顔で画面を見ている。いきなり、ドローテアに振り返った。その真剣さに思わず彼女もひるむくらいだった。
「ドローテア、すまん。タバコを取ってくれ」
「ん?これだな・・・」
 真剣な村山の表情に思わず、彼女は言うとおりに洗面台にあったタバコの箱を渡した。彼は「悪い」と言ってタバコに火をつけて考え込んだ。タバコを半分ほど吸うと、おもむろに村山はメールに返信した。
「村山殿・・・いったい・・・」
 不思議がるドローテアとガルシアに村山は笑いながらタバコを吸って言った。
「君たちが知らなくてもしょうがない。今のは10年ほど前にはやったポケベルの日本語入力だ。たとえば、11は、あ。32は、し。この組み合わせだよ。で、今のは「無事な者いたら回答せよ」だ・・・」
 アンテナは村山とドローテアが壊してしまったが、それでも敵に傍受されていることを前提にした暗号だ。丸山や田島、岩村の発想ではできまい。どのみち、この暗号は解かれてしまうだろうが、解かれない間にやりとりする情報は非常に有益だ。もっとも、アンテナをすべて壊してしまったので敵にその方法はないだろうが。村山はタバコの煙をおいしそうに吹きだした。
「ラッキーなことに、警備本部に誰か切れ者が来たようだ・・・」

911 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:31:06 [ M0Mn3GDQ ]
2004年5月22日20時09分 北九州市小倉北区浅野 JR小倉駅 警備本部
 村山から返信を受け取った田所は長文の数字を丁寧にひらがなになおしていた。彼もまたポケットベル時代にこの法則にはなじんでいる。
「ほお、村山という男が、大神官と在日米軍の将校と一緒だそうだ。彼らがアンテナを壊してテロリストの通信傍受の手段を奪ったそうだ・・・。それに・・、在日米軍の強襲部隊も午後9時半頃到着の見込みか・・」
 本部でずっと座っていたワドル大佐ははっとした。きっとガルシアが勝手に要請したに違いない。だが、遅かれ早かれ彼もそれは命令しているであろうことなので、さして気にならなかった。だが、この面々は違っていた。
「村山ですとぉ?」
「在日米軍ですって?」
「県警のメンツはどうなるんだぁ!」
 丸山、田島、岩村は一様に慌てていた。それを見たワドル大佐が何か言おうとしたが、田所が流ちょうな英語で「ちょっと待ってくれ」というのを聞いて踏みとどまった。彼は机を力一杯叩いた。
「いいかげんにしたまえ!君たちはいつまで古い慣習にかじりつく気だ!この国はもう、我々のいた世界にいるのではない!我々はガシリアとの協力なしにはやってはいけないのだ!それがわかっていないのか?」
 議員とはいえ、若造にここまで言われては丸山も黙っていられなかった。毅然として彼に反論する。
「それは重々承知しております。だからこそ、慎重な判断を検討しているんです」
「甘い!相手は今までだんまりを決め込んできた学生連中。それにガシリアの騎士だぞ!この連中が結託してこんな大事件を起こす背景を考えたまえ!ここ最近で急速に接近している我が国とガシリアの関係をよく思わない連中の陰謀とすぐにわかるだろう!その最重要容疑者はドボレクに決まっているではないか!」
 若造へのささやかな反論もばっさりと切り伏せられてしまった3人に声は出ない。田所はめがねの位置を修正してさらに言った。
「国際法も、日本国憲法も発する側と受け取る側がいて初めて成立するんだ。浅川先生はその辺がわかっておられない。それにその腰巾着の君たちも!その考えの硬直が、あのSAT隊員の犠牲を産んだと反省したまえ!」
 茶髪の議員は一気にまくし立てて深呼吸すると、穏やかな声で言った。
「在日米軍と共同で一気に突入するんだ。村山君たちにもその支援をしてもらおう」
 田所修平。アメリカ留学中に危機管理について学んだという。なぜ、そんな彼が市議会議員になったのか。それは多くの人々の謎だった。

912 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:31:39 [ M0Mn3GDQ ]
2004年5月22日20時22分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 3階レストラン
 人質たちが監禁されていたホールは出入り口が3カ所しかない。客用の出入り口とホールの奥にある従業員通路が2カ所だけだ。守るにたやすい。その中でも、エントランスに向かった客用の入り口は最も重点的に守られていた。応急手当をしてもらったバルクマンも、トカレフを持って警官たちと一緒にバリケードにとりついている。
「君、休んだ方がいい・・・」
 人質の中にいた医者がバルクマンを座らせて傷の具合を診てやった。出血は収まりつつあるが、フルメタルジャケットの弾丸を至近距離で食らったのだ、内蔵の損傷が怖かった。
「先生・・・、私は大丈夫です。この御礼はきっと・・・」
 そう言うバルクマンに30代の医者は苦笑いして首を振った。
「これは君が自分で手当したことにしてくれ・・・・。その、ここに今日来ているのは、妻には内緒なんだ・・・」
 気まずそうに言う医者の後ろに、さっき彼の手当を手伝った看護師という女性が見えた。そう言うことか。バルクマンは力無く笑うと無言で頷いた。
「来るぞ!エスカレーターだ!」
 見張っていた警官が叫んだ。一斉に銃撃が始まる。先頭でエスカレーターを降りてきたテロリストが2,3人そこから転げ落ちた。残ったメンバーは手すりを遮蔽物に反撃を始めた。流れ弾がバルクマンが座る壁にも着弾した。
「美咲殿、怖くないですか?」
 美咲は耳をふさぎながらバルクマンのそばを離れない。彼の質問にも首を横に振った。
「こわくないもん!バルにいちゃんとお巡りさんと自衛隊の人が悪いヤツをすぐにやっつけてくれるんでしょ」
「立派ですよ、美咲殿」
 笑顔で彼女の頭をなでると、バルクマンは壁際の死角から突入しようした騎士を片手撃ちで撃ち倒した。

913 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:32:12 [ M0Mn3GDQ ]
2004年5月22日20時32分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 1階正面玄関
 国道には田所の呼びかけで集まった県警と自衛隊の有志が集合していた。市議会議員の田所自ら、アメリカで撃ったというシグザウエルを持って、完全武装でみんなを指揮している。尾上もその中に加わっていた。留守番を仰せつかったが、テレビで事態を知って、完全武装のままモノレールで駅まで乗り付けたのだ。
「みんな!聞いてくれ!この作戦はおよそ1時間後に米軍が屋上を強襲するのに呼応する!一気に3階に突入して人質を解放し、米軍と共に、上と下から4階の敵を圧迫する!自衛隊の諸君!今日、この場では諸君をしばる理不尽な法律は忘れてもいい!そのかわり、日本国の独立と国民の生命財産を守るという、自衛隊の絶対原則!そして、この国とこの国を慕ってくれている人々を救うことを優先させて欲しい!県警の諸君は、メンツを捨てて、自衛隊の諸君と一致団結して彼らを支援して欲しい!ぼくも、君たちと共にホテルに突入する!」
 前代未聞の、指揮官である市議会議員も共に突入するという大作戦に、県警も自衛隊も士気が大いにあがった。田所は時計をじっくり見ていた。20時45分きっかりに自衛隊の戦車から煙幕弾を発射するのだ。丸山も田島も、これくらいのことは考えつくだろうに、国内だとか法律で思考が縛られている。それが田所には憎らしかった。
「時間だ・・・」
 国道に展開する74式戦車から煙幕弾が次々と発車された。田所は深呼吸すると機動隊と自衛隊の幹部に合図した。
「いくぞぉ!」
「おおお!」
 日本史上、初めてであろう現職議員が加わった突入部隊は突入を開始した。強襲あるのみ。迅速な対処で一気に王と知事を救うのだ。

914 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:32:43 [ M0Mn3GDQ ]
2004年5月22日20時45分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 15階客室
 階下で始まった突入に3人は準備を終えた。戦車の砲撃で窓ガラスがビリビリと震えた。
「行くか・・・」
「うむ」
「ドローテア、君のそばを離れないよ」
 それぞれの言葉を発して3人は階段に向かって走り始めた。・・・・・・・が、
「いててててて!ちょっと待ってくれ!」
 村山がストップを出した。テンションのあがったガルシアとドローテアは非難するような目で彼を見る。
「足が痛いんだよ。しょうがねえだろ・・・」
 ため息をついてガルシアが村山に肩を貸した。30男の肩を抱いたガルシアが思わずぼやいた。
「今頃、ドローテアと熱い抱擁を交わしているころだったのに・・・。なんで君と・・・」

915 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:33:17 [ M0Mn3GDQ ]
2004年5月22日20時47分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 4階メイン会場
 1階に突入部隊が突入したことを悟った田中はすぐに行動を起こした。部下に目で合図して、ヴェート王を拘束するダンカン公に歩み寄った。
「ここでは防ぎきれない。人質は浅川とヴェート王で十分だ。移動する」
 田中のいきなりの言葉に、ダンカン公と数名の騎士は驚いている。
「な、アジェンダ亡命はどうなるのですか?」
 そんな質問は田中に答えられるはずがない。とにかく、ドボレク社長と打ち合わせたとおり、状況が不利になれば屋上に向かうことだけだ。
 田中は考えていた。無茶な作戦ではあったが成功の見込みもあるはずだった。だが、上の階に残ったネズミが意外にも激しく抵抗したために、メンバーの多くを失った。おかげで3階に配置する人員が薄くなっている。易々と突破されてしまうだろう。ため息をついてダンカン公にスコーピオンを突きつけた。
「状況が変わったのだ。早くヴェート王を連れてこい。上の階だ。」
 田中の言葉をいぶかしげに聞いていたダンカン公一行だったが、銃声を聞いてしぶしぶ動き始めた。田中は残った人質を銃で脅して動きを封じた。
「重岡二尉、どうなんの?」
 美雪が周りをきょろきょろしながら重岡に尋ねた。彼にも状況がわかるはずがない。人質はテロリストの動きにざわめくばかりだ。
「動くな!動くんじゃない!」
 テロリストと騎士は浅川とヴェート王を引き立てると、銃で脅しながらすべての扉を外から閉めてしまった。200名近い人質は密室に閉じこめられてしまったのだ。しかも、人質側から見て手前に開く扉には、ワイヤーを張った手榴弾が仕掛けられた。ご丁寧にタイマーで動くゼンマイがそのワイヤーにつながれている。時間が来ればゼンマイが動いてワイヤーを引っ張るのだ。こういう小道具に手が込んでいるところは学生臭さの残るテロリストどもだった。
「畜生・・・。あのネズミどもめ。殺してやる」
 田中がエレベーターに乗り込みながらつぶやいた。

916 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:34:00 [ M0Mn3GDQ ]
2004年5月22日20時55分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 2階エントランス
 機動隊と騎士が至近距離で対峙していた。機動隊の後ろには自衛隊が銃を構えている。双方はにらみ合ったままだった。
「君たちは完全に包囲されている!武器を捨てて投降しなさい!」
 警官の最終警告にも騎士たちは剣を捨てることはなかった。機動隊の指揮官は少し後方の田所を振り返った。彼は無言で頷いた。決心した隊長は部下に大声で命令した。
「突入せよ!」
 ジェラルミンの盾と六尺棒の機動隊と、剣を持ったガシリア騎士がエントランスでぶつかった。そのまま数にモノを言わせてエスカレーターまで騎士団を押しやっていく。剣をたたき落とされ、勢いで尻餅をついた騎士は屈強な機動隊員にこれでもかと言うくらい、警棒でぶっ叩かれて降伏していった。
「この野郎!」
「うわあああ!やめてくれぇぇえ!」
 数名の機動隊にぼこぼこにされた騎士が次々と連行されていく。
「突入路を確保せよ!」
 隊長の合図を聞いて自衛隊の幹部も部下に命令した。
「第1小隊、機動隊と共に3階に突入。進路を確保せよ!」
 2名ずつ並んだ機動隊員の盾に守られた自衛官が続々とエスカレーターを登っていく。機動隊の防御力と自衛隊の戦力が見事にマッチングした連係プレーだった。今まで訓練もしたこともない両者が、田所の指揮でここまで機敏な行動を見せている。部隊はエスカレーターを登り切ったところで、レストランを銃撃しているテロリストたちと遭遇した。
「散開しろ!散開だ!」
 一斉に散らばる突入部隊にテロリストは銃撃をくわえる。盾に守られた田所が3階に到達した。幹部から状況報告を受ける。
「テロリストが10名ほどいます。現在銃撃中。発砲許可を」
「許可する。殲滅せよ!」
 田所のオーダーは恐ろしく短いものだった。命令を受けた幹部は部下にフラッシュグレネードの投擲を命じた。次々と投げ込まれるグレネードにテロリストも投げ返す暇はなかった。

917 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:34:33 [ M0Mn3GDQ ]
「うわあっぁぁぁ!」
 閃光でひるんだテロリストに遮蔽物から身を乗り出した自衛官の89式が容赦なく撃ち込まれた。全員を射殺したことを確認すると、田所は数名の部下を従えて、情報にあったレストランに近づいた。ドア付近にはバリケードが作られている。
「おい!撃つな!」
 その時、バリケードから人質になっていた警官が顔を出した。田所の合図で大勢の警官と自衛官がホールに入った。中には人質たちが手に手に奪った銃を持って各所を防衛しているのが見えた。
「負傷者はいますか?」
 田所の声に、近くにいた30代くらいの医者がおずおずと手を挙げた。
「1名います。早く救急車を・・・」
 彼が示したのはスーツ姿の金髪の若い男だった。脇腹を撃たれている。出血で意識を失っているが、その傍らには小さな女の子が心配そうに彼にくっついている。
「いったんは止血したのですが、彼が武器を持って発砲したもので。そのショックで再び出血しています」
 田所の担架を呼ぶ大声で気がついた金髪の男は、状況が理解できないようだった。そして、失神した自分にひどく腹を立てているようだった。
「ぼくは北九州市議会議員の田所修平です。突入部隊を率いてやってきました。もう大丈夫ですよ。」
 茶髪にメガネの若い議員の顔を見て若い男、バルクマンは少し怪訝そうな顔をした。数秒の沈黙で彼は何かに気がついたようで驚きの声を出した。
「あ、あなたは・・・・。サラミドの組合青年部の・・・」
 バルクマンの言葉に田所はうれしそうに、にやっと笑った。
「大神官様の従者、バルクマン様。兄がサラミドでお世話になってます・・・・」
 やはり、そうだったか・・・・。バルクマンは自分の記憶の正しさを確認できた。田所修平は、サラミドの農業組合青年部長である田所の弟だった。その弟は怪我をした騎士に笑いかけると早口で言った。
「つもる話もありますが、それはまた今度・・・。で、この女の子は?」
 エスカレーターを登って走ってくる救急隊員を横目で見ながら田所は、大神官の従者の手を握って離さない女の子を不思議に思った。日本人の女の子で、バルクマンを心配そうに見つめている。当の従者は力無く笑いながら彼に答えた。
「私の・・・、大事な「おともだち」ですよ・・・」
 バルクマンは女の子、初めて見る田所に少し人見知りする美咲の頭を優しくなでた。

918 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:35:10 [ M0Mn3GDQ ]
2004年5月22日21時13分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 9階
 「いててて!」
 片足で器用に階段を下りる村山は9階のホールで一息ついた。それをガルシアとドローテアがイライラしながら見ている。
「しょうがないだろぉ」
 やれやれと言った感じで周囲を見回した村山の目がある一点で止まった。すごい勢いでケンケンしながらエレベーターまで飛んでいく。
「ドローテア、ガルシア大尉。聞いてみろ」
 彼が扉を顎でしゃくった。2人が耳を当てて聞いてみる。聞こえてきた音に一様に驚きの表情を浮かべた。
「エレベーターが動いている・・・」
 突入にはエレベーターを使用するとは考えにくい。だとすれば使っているのはほぼ100%テロリストどもだ。動いているのは1台だけ。大勢の人質はあきらめて必要最低限の人物だけだろう。とすれば、その人物は当然、ヴェート王と浅川知事だ。
「止まった・・・」
 聞き耳を立てるガルシアが小さい声で言う。その言葉が終わらないうちにエレベーターは再び動き出した。そして今度はすぐに止まり、そのまま動くことはなかった。
「かなり上の階だな」
 そう言って村山は携帯をとりだした。かけた相手は尾上だ。3回コールで彼は電話に出た。
「村山さん、今ちょっと忙しいんですよ」
 これから4階に突入しようとしている尾上は困ったような声を出した。だがそれに構う村山ではなかった。
「じゃあ3階は解放したんだな。だったらそのどさくさに紛れてエレベーターで9階まで上がってこい。」
「えええ?なんでですかぁ?」
「敵の親玉は上の階に逃げた。4階はもぬけの空だ。それと、会場にはおそらく罠が仕掛けてある。安易に突入するなとこっちの指揮官に言っておけ。」
 彼の言葉に対する尾上の返答はなかった。「もしもし!」と村山が怒鳴った時だった。尾上とは全く違う人物の声が受話器を通して聞こえてきた。
「あなたが村山さんですね・・・」
 尾上よりも若々しく張りのいい声だった。村山は眉間にしわを寄せながら声の人物に質問する。
「だれ?あんた」
「ぼくは北九州市議会議員の田所ともうします。突入部隊の指揮を執っている者です。あなたの話は兄から聞いてますよ。サラミドで反逆者をちょっとあくどい手でやっつけたそうですな・・・・」
 ごく簡単に田所の身の上を聞いた村山は、無理矢理、尾上を借りることを承諾させた。
「わかりました。こっちは会場に仕掛けられたトラップの撤去と残敵捜索に全力を注ぎます。ホントに尾上君だけでいいんですか?」
「屋上の連中は海兵隊のマッチョがミンチにしてくれる。後は人質をとった連中だが、これは大人数いてもあまり意味がない。俺に良い案がある」
「わかりました。ドローテア様によろしくお伝えください」
 電話を切ったのとほぼ同時に、尾上がエレベーターで到着した。彼はドローテアの姿を見るなり直立不動の姿勢で感激の涙を流した。
「ドローテア様!遅くなって申し訳ありません!・・・無事でよかったぁ・・・えぐ・・えぐ・・・」
 完全武装で大泣きするヲタクの姿にガルシアはかなり引いている。
「Oh。ドローテア、何なんだい?このヲタクは・・・」
 同じく、ちょっと引き気味のドローテアは苦笑いを浮かべて彼に答える。
「まあ、外見はちょっと・・・中身もちょっとアレだが。私の大事な部下だ・・・」

919 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:35:43 [ M0Mn3GDQ ]
2004年5月22日21時18分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 29階展望バー
 バーの一角で田中たちは一息ついた。指定された携帯にメールを送ったら屋上付近で待機せよとのことだったが、果たしてドボレクはどんな隠し玉を用意しているのか。田中自身にも想像はつかなかった。
「君、いったい我々をどうしようというのかね」
 銃を突きつけられたまま浅川が田中に問いかける。冷静さを失わないようにがんばっているが、内心恐怖で縮み上がっている。
「まもなく、協力者が迎えに来る。おとなしくしていろ」
 一方、ヴェート王も完全に冷静さを失うダンカン公に問いかけている。
「ダンカン、多くの騎士を失ってまでそなたは何を得ようというのだ・・・」
「国王陛下、ガシリアの平和のためです。今しばらくご辛抱を・・・」
 その言葉に王は眉をぴくりとさせた。この男、進んでアジェンダに寝返ったように見えるが、実のところは少々理由があるようだ。
 不意にピアノがメロディを奏で始めた。余裕を失った田中とテロリストが大慌てで銃を向ける。だが、次の瞬間彼らはもっと驚くことになった。田中がかすれたような声を出した。
「ドボレク社長・・・」
 自動ピアノのスイッチを入れたのはいつの間に潜んでいたのか、黒いスーツに身を固めたドボレクだった。その姿にヴェート王も浅川も言葉を失った。両国が血眼になって探すお尋ね者が目の前にいるのだ。
「田中君。作戦をしくじったようだな・・・」
 自動ピアノが奏でる「月光」を気持ちよさそうに聴きながら、黒い髪の毛をオールバックにした魔道大臣は静かに言った。
「はい・・・。しかし計画通り、王と知事は捕獲に成功しました。約束通り我々をアジェンダに亡命させてください。そこで革命のための同志を募りたいのです。日本とガシリア帝国主義同盟を打ち破るために・・・」
 田中は熱っぽく理想を語った。もう何度も聞かされていいかげん聞き飽きた様子のドボレクはにやりと笑うと静かに田中に歩み寄った。
「よかろう・・・その前に最後の仕事だ」
「はい・・」

920 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:36:18 [ M0Mn3GDQ ]
田中の合図で知事を捕まえていたテロリストが彼から離れた。同時に王を拘束していた騎士もとまどいながらも王から離れた。田中とテロリストは銃を構えて2人が動かないように牽制している。ドボレクは右手の手のひらを上に向けると何かつぶやいた。小さな火の玉が彼の手のひらの上に浮かびあがった。
「う、うわ・・・。待て!待ちたまえ!」
 ドボレクの意図を察した浅川は後ずさりした。背後のイスに足を引っかけて尻餅をつく。一方のヴェート王はまっすぐにドボレクを見つめている。
「余を殺したところで戦乱は収まるわけではないぞ・・・」
「ふっ、アジェンダの運命などどうでもよい・・・。わしはガシリアを滅ぼし、日本を滅ぼしわしの王国を作るのだ。田中君の言うところの革命だ・・・。」
 ドボレクの意図を察したダンカンが驚きの声をあげた。
「待て!話が違うではないか!この場で王と知事を説得して休戦に持ち込めば、ガシリアへの禁呪魔法攻撃を中止するという話ではなかったのか?」
 やはりダンカンはそそのかされていたのか・・・。ヴェート王はため息をついた。抗議の声をあげたダンカンに、ドボレクは先ほど作り出した小さな火の玉を飛ばした。ダンカンの足下に大きな火柱ができて、彼は大声を出しながら床に転がった。慌てて部下の騎士が主人に駆け寄る。
「こ、こ、国王陛下・・・・、申し訳ございません・・・・」
 右足におおやけどを負ったダンカンが苦痛に満ちた顔で王に訴えかけた。ドボレクは冷たい笑みを浮かべて、再びその手に火球を作り出した。
「ちょっと待ったぁぁ!!」
 緊迫した場に似合わない声は田中たちだけでなく、ドボレクまでも振り返らせるほどだった。バーの入り口にスーツ姿で1人の男が立っている。
「へぇ。おまえがドボレクか・・・、ヤクザみたいな格好してるじゃねえか・・。で、おまえがリーダーの田中だな。やっぱ学生だな。詰めが甘いよ・・・」
 挑発的な言葉を並べるのは、もちろん村山だった。彼の言葉に自分の作戦がめちゃくちゃにされたことを気にしている田中が怒りの視線を向けた。

921 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:36:54 [ M0Mn3GDQ ]
「貴様がネズミか。おかげで俺の作戦が台無しだ。だが、この状況でどうするってんだ?たった1人で?」
 田中はドボレクを振り返った。ドボレクは「勝手にしろ」と言うように手の中の火球を納めて下がった。リーダーはスコーピオンを浅川に向けた。
「さっさと銃を捨てろ!この野郎をぶっ殺すぞ!!」
 田中の脅迫にも村山は動じることなくにやにやしながらバーの中に入ってきて、彼との距離を縮めようとする。それを見た田中は少し慌てて再び叫んだ。
「本気だぞ!銃を捨てろよ!捨てろってんだよぉ!この野郎!」
 最後は半分絶叫に近くなった言葉にようやく村山は立ち止まって、手にしていたスコーピオンを捨てた。そして両手をゆっくりと頭の後ろで組む。それを見届けた田中は高笑いしながら銃を村山に向けた。
「ははは!自殺しに来たようなもんだな!おまえバカだろ?俺はこれでも国立大なんだからな!さっさと殺してやるよ」
「そうか?殺しちゃうのか?ははは・・・」
 笑う田中に村山も一緒になって笑った。意外な行動に田中は一瞬、たじろいだが後は引き金を引くだけだ。一緒になって笑った。
「奇遇だな・・・・俺も国立の京大卒業なんだよ」
 そう言って村山は自分の右肩、肩胛骨あたりにガムテープで張り付けたトカレフを抜くと、田中より先に5発撃ち込んだ。
「き、汚ねぇぞ・・・」
 胴体のあちこちに銃弾を受けた田中は血を吐きながらそう言うと、うつぶせに床につっぷした。生き残ったメンバーが慌てて村山に銃を向けるが、村山の方が早かった。一撃で頭を撃たれて彼は仰向けに倒れた。それを見届けたドボレクはゆっくりと村山と向かい合う位置に進んだ。
「なかなかやるな、異世界人。名前は?」
「村山次郎。一応、探偵だ」
 それを聴いたドボレクは「くっくっく」といかにも悪役っぽい笑い声を出して笑って、再び手に火球を作った。
「覚えておこう、村山・・・」
 そう言って彼が火球を村山に放とうとした瞬間、当の村山が大声で叫んだ。
「今だっ!尾上!」

922 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:37:29 [ M0Mn3GDQ ]
バーの入り口近くの天井に設置された点検孔から尾上が逆さまにぶら下がった状態で顔を出した。その手にはスコープ付きの89式小銃があった。彼のはなった弾丸は確実にドボレクの心臓を捕らえた。
「なっ!」
 着弾の衝撃でドボレクが2,3歩後ずさった。手の火球が消えた。自らの肉体の修復が優先されているようだ。尾上は逆さ吊りの状態でさらに2発3発とドボレクに撃ち込んでいく。
「ドローテア!」
 再び叫んだ村山の声でドローテアがバーの入り口に現れた。呪文の朗詠は最後の一文を除いて済ませてある。事態を察したドボレクは背面飛びの要領で窓に向かって跳躍した。
「・・・・我に力を与えたまえ!」
 ほぼ同時にドローテアの魔法が発動して、自動ピアノは吹き飛んだ。だが、ドボレクは背中でガラスを破って空中に身を踊らせていた。
「村山!この続きはまたの機会だ・・・!」
 落下しながら叫ぶドボレクは短く何かつぶやく。すると彼の身体は空中から消えた。肉体を修復しながら瞬間移動の魔法を発動したのだ。窓に駆け寄ったドローテアが様子を見て舌打ちした。
「くそ。間一髪で逃げられたみたいだな・・・」
 そのかたわらで、ダンカン公と数名の騎士がヴェート王に跪いている。無事に解放された王はちらっと浅川の方を見た。県知事は尻餅をついて放心状態だった。
「こ、国王陛下。申し訳ありませんでした・・・。この上は・・・」
 ダンカンはいきなり短剣を抜くや、自分の首にそれを突き立てようとした。王はすばやくそれを手で払うとダンカンに平手打ちを食らわせた。
「馬鹿者。死んで逃げることは許さぬ。生きて、死んでいった騎士の家族と、ここに残った部下たちのために王国に忠誠を誓って働くのだ。ガシリアの法でそなたの領地と階級は没収するが、私有財産までは奪わん。それで、自分の部下に対する償いをしろ」
 意外な王の言葉に、重傷にも関わらずダンカンは立て膝をついた。
「そなたがドボレクの口車に乗ってしまったのも、余と国を思う心からと言うことはわかっておる。その証拠に、先ほど身を挺して余を守ろうとしたではないか・・・。すべての責任をとったら余のところに帰ってくるがいい」
「国王陛下・・・・」
 ヴェート王の言葉に、ダンカンはもちろん部下の騎士までも感激の涙を流している。これはまた大層な大岡裁きだな・・・。村山は感嘆のため息をついた。

923 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:38:06 [ M0Mn3GDQ ]
2004年5月22日21時22分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉上空
 「いいか!ガルシア大尉の連絡ではテロリストは在日米軍の将校を数名射殺したようだ!容赦するな!」
「サー!イエス!サー!」
 ホプキンス曹長の言葉に、重武装の海兵隊員は大声で返事した。曹長は強襲部隊の面々を見てからさらに言葉を続ける。
「おまえたちは海兵隊を愛しているか?」
「サー!イエス!サー!」
「おまえたちの仕事はなんだ?」
「キル!キル!キル!」
「おまえたちはマリーンを愛しているのか?」
「サー!イエス!サー!アイ・ラブ・マリーン!!」
「よーし!いくぞ野郎ども!ロックン・ロール!」
 ホプキンスの言葉と時同じくして護衛のAH-64はホテルの屋上に展開するテロリスト(正確にはその残党)を捕捉していた。
「こちらマッドマックス2!屋上にテロリストを発見。約10名」
「こちらマッドマックス1!こっちでも捕捉した。仲間の敵だ、奴らのケツにぶち込んでやれ!」
 2機のAH-64は合計で156発の70ミリロケット弾を一気に発射した。そのほとんどはテロリストではなく、屋上の設備を吹き飛ばしただけだったが・・・。
「野郎ども行くぞ!」
 廃墟の屋上に降り立ったCH-53からホプキンス率いる海兵隊が30名、手当たり次第に発砲しながら展開した。生き残ったテロリストも蜂の巣にしてしまうと、曹長はとりあえずメンバーを集合させた。
「よし!俺たちはこのまま下まで突き進む。残りはガルシア大尉を捜索するんだ!」
「サー!イエス!サー!」 
 部下たちの威勢のいい返事に満足した曹長が行動を開始しようとした時だった。1人の部下が異変に気がついて声をかけた。
「そ、曹長!」
 彼の言葉の意味をホプキンスもすぐに知ることになって思わず天に向かって叫んだ。
「ちっくしょう!!」

924 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:38:48 [ M0Mn3GDQ ]
2004年5月22日21時25分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 29階バー
 ドローテアがヴェート王に跪いている。村山とガルシアは手持ちぶさただった。
「ドローテア、よくやってくれた。礼を言うぞ」
「ははっ!」
 平伏するドローテア。王は3人の男にも笑顔で礼を述べようと彼らに歩み寄った。
「ガルシア大尉、村山殿。尾上二曹。本当に世話になった・・・・。先ほどまで聞こえていた音。あれはガルシア大尉の部下の到着であろう?」
「はい。我が国きっての精鋭です。今頃、屋上のテロリストアは殲滅されていると確信します」
 自慢げなガルシアの言葉を聞いて気をよくした王は1人、窓際に歩いて小倉の街を眺め始めた。
「すばらしい国だ。人も街もほんとうに・・・・、どわぁぁぁあっぁあ!!」
 感慨に耽る王の上に、いきなり迷彩服の男たちが落下してきた。彼らと共にコンクリートの破片が山のように落ちてきて、きれいなバーはほこりまみれになった。さすがに、アパッチの70ミリロケット弾150発はやりすぎだったようで、見事に天井を破壊して海兵隊員もろとも下の階に落ちてきたようだった。
「あ、あ・・・・・。国王陛下・・・?」
 言葉を失ったドローテアはおずおずと王のいたであろう場所に近寄った。王は黒人の曹長と組んず解れつの状態で絡み合っていた。その格好たるや、ほとんど「サ○」のグラビアのような状態だった。
「ご、ご苦労であった。そなたの名前は?」
「は、はい。合衆国海兵隊ホプキンス曹長であります!」
 自慢の精鋭の大失態にガルシアは口を開けたまま天を仰いだ。

925 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:39:51 [ M0Mn3GDQ ]
2004年5月22日21時52分 北九州市小倉北区浅野 リーガロイヤルホテル小倉 1階正面玄関
 テロリストの仕掛けた罠を事前に感知した突入部隊によってどうにか無事解放された4階の人質たちがようやく降りてきた。彼らは警察、自衛隊、在日米軍関係者の拍手と報道陣のフラッシュで迎えられた。その中の重岡と美雪は、出迎える人々の中にドローテア、村山、ガルシアと尾上を見つけて駆け寄った。
「おお!重岡殿と小娘、無事であったか・・・」
「ドロちゃんも無事で良かった!」
 美雪とドローテアは互いに抱き合って互いの無事を喜んだが、しばらくして美雪が周囲を見て村山に質問した。
「センセー、バルクマンは?」
 その言葉に、村山とドローテアは言葉に窮してそのまま彼女を救護所に連れていった。テントの中に設置された簡易ベッドに点滴を刺されたバルクマンが横たわっていた。その横には美咲がちょこんと座っている。
「な?嘘でしょ?」
 それを見た美雪が慌てて彼の枕元に駆け寄った。それを見た美咲が怒ったように人差し指を自分の口にくっつけた。
「しー!バルにいちゃんがやっと寝たんだから静かにしてよ!おばちゃん」
「お、おばちゃん?」

926 名前:いつかの228 投稿日: 2005/02/04(金) 23:40:38 [ M0Mn3GDQ ]
 しばしの沈黙。23の女性と5歳児がバルクマンを巡ってガチンコファイトしかねない雰囲気になった。それを察したのか、バルクマンが目をつむったまま口を開いた。
「まだ、寝てませんよ」
「バルクマン、よくぞ重岡殿の大事な美咲を守ってくれたな。それでこそ、ガシリア騎士だぞ」
 ドローテアの言葉に由緒ある騎士は、美咲の頭をなでながら笑顔で応じた。
「はい、ドローテア様。だいじなだいじな「おともだち」ですから・・・。それから、田村殿」
 いきなりかしこまった想い人の言葉に今度は美雪が緊張する番だった。
「傷は大したことないのですが、血が出すぎてしまってしばらく入院することになりました。こんなお願いをするのも心苦しいのですが、一緒に病院まで来てくれませんか?」
 思いもかけない言葉に美雪は思わずバルクマンの手を握りしめた。
「うん!一緒に行く!だから絶対治ってね!」
 感激の余り涙ぐむ美雪を見て、バルクマンは安堵の笑みを浮かべた。ほうっとため息をつくと笑顔で美雪に振り返った。そのさわやかな笑顔に思わず彼女は吸い込まれそうになる。だが、次に発せられた言葉は彼女にとってはカウンターパンチに等しかった。
「ありがとうございます。どうも私はこの、点滴とか注射が苦手でして・・・。騎士として恥ずかしいのですが、だれかいてくれたらありがたいのです。付き添いを村山様や重岡様、ましてやドローテア様にお願いするわけにはいかないので困っておりました。いやぁ、申し訳ないですなぁ」
「え?あ、ああ・・・。気にしないで・・・・」
 思いつくメンバーの消去法の結果である上に、その理由が注射が怖い・・・・。つまりは誰でもいい存在だった。少なからずショックを受けつつも、一応指名された喜びで複雑な表情を浮かべる美雪だった。そんな彼女の気持ちを察してか、察していないのか。美咲が笑いをこらえるように言った。
「じゃあ、おばちゃん。バルにいちゃんをよろしくね!」
 愛しい愛しいバルクマンの手前、美雪は笑顔らしき表情をどうにか作ることに成功した。