816 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:07 [ rPHf.r8o ]
どんどん投下します
「出動!独立偵察隊」第5話:父の威厳 です
2004年4月28日11時10分 北九州市小倉北区城内 北九州市役所応接室
「いやあ!先日のご活躍!テレビで見ておりましたぞ!」
県知事の浅川渡が上機嫌で言った。ガシリア王国大神官ドローテア・ミランスは微笑、この世界で言うところの営業スマイルを浮かべて彼の言葉に応じた。後ろに控えるバルクマンも同じように営業スマイルを浮かべている。
「この国の危機に未然に対応できて私としてもうれしい限りだ」
「ご謙遜を!丸山君、田島君、これからも大神官様のお役目のサポート、しっかりたのむよ!」
そう言われた丸山連隊長と田島三佐は、揉み手をせんばかりの勢いで浅川とドローテアに答える。
「はい!ミランス様、何かございましたら、この丸山全力でご協力させていただきます!」
「同じく、田島も!なんなりとお申し出ください!」
この3人、特に丸山、田島の対応はすっかり変わっていた。彼女が生放送で大演説をぶった後、自衛隊の公開されている電話番号にはすさまじい数の電話がかかってきた。丸山たちもそしてドローテア自身もそれが苦情と抗議であろうと予測していたのだが、違っていた。
「こんな事態に陥って手をさしのべてくれる隣人を助けるべきだ」
「なぜ、暫定政府は彼女の苦悩をわかろうとしないのか?」
「自衛隊はもっとしっかりしろ!」
「あの人の部下になれるなら入隊試験受けます・・・」
批判や抗議もあるにはあったが、一番多かったのはなんと言っても4番目であった。これが、尾上二曹のようなヲタク連中ばっかりかと思いきや、意外と若い女性が多かったのも影響した。選挙を控えた浅川は一気にドローテアの味方に付き、丸山、田島も遅れじとそれに続いた。その結果、彼女はこうしてたびたび政治的な場に顔を出すことになった。
817 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:08 [ rPHf.r8o ]
2004年4月28日11時22分 北九州市小倉北区美萩野 国道322号線
彼女を送迎する車も変わった。自衛隊の無骨な高機動車からたちまち、県庁から高級セダンが送り込まれ彼女の足になった。
「まったく、あの連中め。ものの見事に態度を変えおった。」
ドローテアは後部座席で苦笑した。バルクマンもまったく同感だった。しかし、それはこの国での彼女の立場を良いモノにしていることも事実だったので、それについて彼らを人前でなじることもしなかった。
「どうにか、この国での足場が固まりましたな。これで本腰を入れてドボレクを追うことができるというものです」
「うむ、それに。めどがつけば一度帰国せねばなるまい。ヴェート王も心配されているだろうし、領地も気にかかる」
確かに、本国にはドローテアの遭難、生存までしか情報が伝えられていないだろう。彼女が着実に任務をこなしつつあることを報告する必要もあったし、彼女を庇護してくれる王を安心させてあげたいとも思った。
「ごもっともですが、この国はこれからしばらく祝日になるそうです。動けるのはそれが終わってからですな」
バルクマンの言葉にドローテアは笑って肩をすくめた。ふと、彼女は窓を開けた。信号待ちで止まった車から喧噪あふれる町並みが見えた。
「あ!ガイジンのおねえさんだ!」
歩道を歩く子供が笑いながら手を振るのが見えた。母親だろう、気まずそうに会釈して子供を引っ張っている。彼女は優しく笑うと子供に手を振ってやった。
「ドローテア様も変わられましたな。大神官家を継がれるまではあのような物言いには激怒されていたのに・・・」
おかしそうにバルクマンが笑った。彼女は少し気恥ずかしそうに車窓を見ながら答える。
「私も成長しているのだ・・・・。それに、本国にも、そしてこの国にも守らねばならない人々がいるしな」
818 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:08 [ rPHf.r8o ]
2004年4月28日11時43分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
あの初出動とドローテアの生中継以後、第一独立偵察小隊の本部も様変わりした。次々と新しい設備が持ち込まれたのだ。最新のパソコンに、コピー機、なぜかプラズマテレビまで。デスクも応接セットも何もかも新品が持ち込まれ、専属で使用できる車両まで配備された。ここのメンバーとは別に県警からも連絡員が出向し、ドボレクと関係がありそうな事象を事細かに報告してくるようになった。そして、その隣にはドローテアが自費で建築していた彼女の宿舎が、県の予算で作られ完成していた。りっぱなログハウスだった。彼女が雑誌でたまたま見かけたデザインだそうだが、よくもまあ、こんな短期間に完成させたもんだと村山は感心していた。
「尾上!何度言ったらわかるんだ!パソコンの壁紙に美少女キャラを使うのはよせ!いつ外部の方が来てもいいように、ぴしっとしろ!美雪君!連休前だからってメールばっかりしてないで、この前の報告書早めに出してくれよ!」
重岡の罵声が広くない室内に響きわたっている。ここ数日こんな調子だ。彼の罵声はもはや定位置になった応接ソファーで優雅に缶ビールを飲む村山にも向けられた。
「村山!昼間からビールはやめろ!ったく・・・」
ぶつぶつ言いながら自分のデスクに座った重岡をしげしげと見ながら美雪にそっと忍び寄って聞いてみた。
「いったい何があったんだ?」
「さあ、ここ何日かこんな感じなんですよね・・・・。奥さんにとうとう逃げられたのかな?」
その真相は室内に入ってきた人物から語られた。
「娘に邪険にされているんだろう?」
その言葉を聞いて反射的に尾上が立ち上がって直立不動で敬礼する。美雪も満面の笑みを浮かべて出迎える。「政治的なサービス」から帰ってきたドローテアとバルクマンだった。
819 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:09 [ rPHf.r8o ]
「な、なんでそれを・・・?」
青ざめる重岡を見てドローテアは笑った。
「今朝、電話で言っておったではないか?「パパは左遷されたわけじゃないんだ」とな」
そう。重岡の娘は夫婦の会話を聞いてしまっていたのだ。そして母親の父親に対する態度で敏感に気がついていたのだ。
「笑い事ではないですよ!このままじゃ、父親の権威が地に落ちてしまう・・・・」
本気で頭を抱える重岡を見てドローテアは少し気の毒な気がした。彼女は早くに戦争で両親を亡くしている。生存する父親が頼りないのでは娘も傷つくだろう。少し考えて彼女は村山に耳打ちした。
「そりゃいい考えだ!」
村山の賛成を確かめて、ドローテアは本気でうろたえる重岡にある提案をした。
「どうだろう、重岡殿。明日からしばらく休日だ。その間、バルクマンを貸そう。常に、バルクマンをそなたの警護につけておけば、娘も父親が左遷されたとは思わないのではないか?」
いい考えだった。異世界の騎士に四六時中護衛される人間が左遷されるはずがないと考えるのは不自然ではない。その提案に重岡の顔がぱっと明るくなった。
「え?いいんですか?」
重岡の言葉にドローテアは笑顔でうなずいた。バルクマンも黙って一礼した。
「ありがとうございます!恩に着ます!」
半分涙目になって重岡が言った。みんなが和やかになる中でただ1人、無表情な人物を見つけてドローテアはいじわるな笑みを浮かべた。
「残念であったな。バルクマンは忙しいようだ」
連休を利用してバルクマンとの距離を一気に短縮しようともくろんでいた美雪の計画はいとも簡単に粉砕された。美雪も満面の笑み、目元が多少ぴくついているが、で彼女に答える。
「そうね。残念だけど、しかたないわね・・・・」
この後の美雪が発するであろう罵詈雑言を聞く羽目になる村山は、思わず缶ビールを飲み干した。
820 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:09 [ rPHf.r8o ]
2004年4月29日19時13分 北九州市小倉南区徳力 重岡邸
重岡の妻、祐子は台所に立ちながらも少し落ち着かなかった。娘の美咲は昨日からおおはしゃぎでごきげんだったが、大人の彼女にしてはそうもいかなかった。
「奥様、何かお手伝いいたしましょうか?」
「あ、いえ、大丈夫です。おかまいなく・・・」
無理もない。マンションにいるのは重岡の家族と、異世界の騎士なのだ。長身で金髪、イケメンな騎士。しかも、重岡の護衛についているということを聞いて美咲は大喜びだった。
「パパはやっぱり左遷されたんじゃなかったんだね!」
「ははは!当たり前だろ!」
来年は小学校に入る娘を抱きしめようとするが、娘はすっと父親の腕をすり抜けて室内にも関わらず、甲冑にサーベルという格好のバルクマンに飛びついた。肩すかしを食らったような顔をする重岡を差し置いて美咲はバルクマンにおねだりする。
「バルにいちゃん!肩車して!」
「バルにいちゃん?」
重岡は娘の言葉に思わずリビングで飲んでいたビールを吹き出しそうになった。仮にも異世界の由緒ある家柄の騎士にそのように言えるのは子供の特権と言えた。バルクマンも調子に乗って美咲のリクエストに応えてしまっている。
「よーし!どうだ?美咲殿」
「すご〜い!天井についちゃった!パパに肩車してもらっても天井には届かないのに!」
重岡は飲んでいたビールを一気に飲み干した。いかん。このままでは逆効果だ。父親の威厳がますます落ちてしまう。対策を考えようと冷蔵庫の缶ビールに手を伸ばそうとした重岡に、祐子がそっと近づいた。
「あなた、あのバルクマンさん。夕食は鍋でいいの?こっちの料理は口に合うかしら?」
「え・・・・、水炊きでいいんじゃないのか・・・?」
妻からの想定外の質問に重岡は思わずバルクマンに振り返った。当の由緒ある騎士は美咲とプレステ2に興じている。
「バルにいちゃん、へたくそ〜」
「くそぉ。美咲殿もなかなかやるなぁ」
格闘ゲームに熱中する異世界の騎士の妙ちきりんな光景に重岡も祐子もしばし見とれてしまった。
821 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:10 [ rPHf.r8o ]
2004年4月28日23時29分 北九州市小倉南区北方 焼鳥「大ちゃん」
この日来店した異色の面々に常連の学生たちはさぞや驚いたことであろう。テレビで有名な大神官に、先日その大神官にぶん殴られた男。そして今風の女の子に、いかにもヲタクの男。どう考えてもあり得ない取り合わせで来店した4人は座敷を陣取って黙々と飲み食いしている。ただ1名を除いて。
「いやあ、ドローテア様と飲みに来れるなんて、今日死んでも自分は悔いはありません!」
来店して数時間、酒の勢いも手伝ってだろう。尾上はドローテアに対する賛辞を述べっぱなしだった。さすがに、みんながうんざりしかけていた。そこで、美雪が口を開いた。
「ところでさあ、尾上二曹って彼女いるの?」
それは半分愚問だろうと思いながら村山も、彼の反応を待った。尾上は急にしどろもどろしだした。これだけで答えは明らかだった。だが、美雪の追い打ちは止まらなかった。
「まさか、彼女いない歴=年齢ってやつ?」
「あ、う、いや・・・・じ、自分は・・・・」
さんざん彼の演説を聞かされた鬱憤を晴らすように美雪は鋭い質問を投げかけた。
「じゃあさ、ドロちゃんが「付き合って」って言ったらどうすんの?」
「ドロちゃんだと!」
思わずドローテアはロックグラスをどん!と置いた。とはいえ、自分も彼女を「小娘」呼ばわりしている手前ドローテアも強くは反論できなかった。そして当の尾上はというと、わなわなと震えてうつむいている。
「じ、自分は・・・・自分は・・・・」
興味津々の美雪と村山、怖々としているドローテアの視線を浴びた尾上は不意に立ち上がると、いきなり座敷から飛び降りて直立不動の姿勢をとった。
「自分は、ドローテア様のお気持ちに答えることはできません!失礼します!」
そう言うと靴を履いてあっという間に店を飛び出した。尾上の脳内で「仮定」の話がいつの間にか「現実」の話になっているのだ。しかも、その告白にうろたえながら走り出すあたり。よくある恋愛シュミレーションそのまんまだった。
「なんなんだ、あいつ?」
村山の言葉は美雪もドローテアも同感だった。だが、周囲は違っていた。学生客はあぜんとして、口々に尾上の捨て台詞だけから事の成り行きを推察していた。
「あの大神官の告白を断ったんだ・・・」
「つーか、大神官の好みの男って・・・」
「意外だな・・・。ガシリアじゃあんなのがイケてんのか・・・」
周囲から漏れ聞こえる声にドローテアは色を失った。この誤解は彼女の名誉に関わる問題だ。
「ご、誤解だ!私はあの男に愛なぞは告白しておらぬ!」
大慌てで否定するがそれはより誤解を招くだけだった。思わず立ち上がったドローテアを美雪が座らせた。
「まあ、ドロちゃん・・・。こういうことは甘んじて受け止める。人の噂も七十五日っていうんだから!」
「小娘!たまにはいいことをいうではないか!」
村山はほっとした。自分に降り注ぐ美雪の愚痴がなくなったばかりか、懸案事項だった美雪とドローテアが一応の和解を見たことにだ。しかし、その過程には、彼の横に置かれた焼酎の空き瓶が7本を数えなければならなかったことを考えると、女同士の確執の深さを思い知るばかりだった。
822 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:10 [ rPHf.r8o ]
2004年5月3日10時29分 北九州市八幡東区枝光 スペースワールド
重岡は園内のカフェテラスで一息ついていた。美咲はバルクマンが来て以来はしゃぎっぱなしだった。そうだろう、仕事で疲れて帰ってきてあまり相手にしてくれない上に、その仕事で左遷疑惑のある父親よりも、めいいっぱい遊んでくれる見たこともない騎士の方が子供心をつかむというモノだ。
「バルにいちゃん!次はこれ!」
美咲を肩車した甲冑の騎士は当然、ゴールデンウィークの人出でにぎわうスペースワールドで人目を引くことこの上なかった。人々の視線で、バルクマンを独占していることを自覚して美咲もますますはしゃいでいる。
「あなた・・・。ホントにいいの?あの人を連れ回して?」
祐子の突然の質問に重岡はコーヒーを気管に流し込みそうになった。
「ホントはあの人、あなたのボディガードでもないんでしょ?本当にボディガードだったらあそこまで美咲と一緒になって遊ぶモノですか!」
鋭い妻の質問に重岡は思わず言葉に窮した。しかし、どうにかコーヒーを飲むことで余裕を取り戻す時間を稼いで妻に言った。
「たしかに、専属のボディガードじゃないが、ぼくの指揮下にある人間であることは確かだよ」
「ふうん・・・」
疑わしげな妻の返答に重岡はいささかむっとしたが、娘がバルクマンと心底楽しそうに遊ぶのを見て顔をほころばせた。まあ、娘の喜ぶ顔が見れただけでもいいか、と思えるようになった。
「ほら、美咲。バルクマン君にも少しは休ませてあげなさい」
そう言われて美咲がバルクマンの手を引いて彼のところに歩いて来るのを見ていた重岡の視線に、とんでもないものが映った。
「おお!重岡殿ではないか!」
ドローテアはじめ独立偵察小隊の面々だった。なんでこんなところにいるんだ。重岡の直感的な疑問は尾上の姿を見て衝撃に変わった。彼は完全武装だったのだ。村山も迷彩服に9ミリ機関拳銃を持って歩いてくる。丸腰の美雪もバルクマンを見つけると駆け寄ってきた。
「いったい何が起こったんです?」
ドローテアに質問する重岡の声は、聞いたこともないサイレンの音でかき消された。
「ただいま、八幡東、戸畑、若松区に避難勧告が発令されております。市民のみなさまは最寄りの公共の建物。もしくは屋内に避難してください。繰り返します・・・・」
サイレンに続いたアナウンスに重岡はきょとんとした。それを見た村山がだるそうに説明してやった。
「ドローテアがドボレクの召還魔法を察知したんだ。察知できるくらいとなると、まとまった数の敵がくることになる。それで出現が予想される地点に避難勧告を出したんだ。退避命令になるとパニックになるからな」
村山の言葉が終わるが早いか、尾上が重岡の制服と装備を手渡した。
「トイレで着替えてください!時間がありません」
823 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:11 [ rPHf.r8o ]
同時刻 北九州市八幡東区 JR枝光駅前
田島は普通科中隊を駅周辺に配置した。住宅地は県警の機動隊がカバーしている。ドローテアの探知では敵はこの近辺に召還される可能性が大だが、その規模や編成は不明だった。国道には増援の87式自走高射機関砲が、佐世保からは在日米軍のイージス艦が洞海湾に向かっている。春日の航空自衛隊も出動準備を終えているし、芦屋基地の高射砲群も支援体制は万全だった。
「田島君!早く、ドローテア様と合流するんだ!」
ジープに乗った丸山が大声をあげながら田島を迎えに来た。田島は現場を中隊長に任せて丸山のジープに飛び乗った。周囲ではパトカーがアナウンスを続けている。
「なお、付近に避難場所がない方は最終手段として乗用車に乗り込んでください。けっして屋外には出ないでください」
賢明なアナウンスだろうと田島は思った。ドローテアの説明し、見せてくれた魔法を考えると密閉された自動車の中とは比較的安全な気がしたのだ。
「田島君」
丸山の問いかけに田島は我に返った。
「君は数名連れてあそこから様子をうかがうんだ。場合によってはヘリに連絡して指示しろ」
丸山がそう言って示したのは、スペースワールドでも屈指の高さを誇るジェットコースター「タイタン」の線路だった。
「あそこですか?上空のヘリが見張っているのでは?」
「万が一のこともある。射撃のできる隊員を連れて行け!」
丸山も覚悟を決めていた。ドローテアの予言通り、芦屋の女性は敵だった。そして今回の彼女の「探知」。市民に損害が出ることを考えれば、彼女の指示に従った方がましだった。
824 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:12 [ rPHf.r8o ]
2004年5月3日10時34分 北九州市八幡東区枝光 スペースワールド
警察と自衛隊のヘリが周辺を飛び回ってアナウンスを流し続けている。
「北九州市八幡東区、戸畑区、若松区に避難勧告が発令されています。市民のみなさんは、避難所に指定されている学校、公民館に避難してください。付近に避難所のない場合、時間的に避難できない場合は屋内か車内に入って、けっして外出しないでください。繰り返します・・・」
ヘリの音に怯える美咲はバルクマンにしがみついてしまっている。そこへ、ようやくトイレで着替えを済ませた重岡が戻ってきた。
「尾上、状況は?」
「はい。10時過ぎにドローテア様が敵の召還魔法をキャッチ。10分後には連隊を通じて県に連絡。15分後に避難勧告が決定しました。連隊は中隊ごとに各区に分散して警戒に当たっております!」
重岡は尾上の報告を聞いてうなずいた。ベストではないが悪くない対応だと思えた。もっと増援が欲しいところだが、わずか1時間足らずでこの体制が整うのは容易ではない。避難勧告の出された周辺も警察ががっちりガードしているとのことだ。
「美咲、バルクマン君はこれからお仕事だ。離れなさい」
重岡の言葉にもヘリに怯えた美咲は離れようとしない。バルクマンも困惑している。
「美咲!いいかげんにしなさい!」
言うことを聞かない娘を重岡は無理矢理バルクマンから引き離して祐子に渡した。
「あなた・・・」
困惑する祐子にも重岡はいつになく厳しく言った。
「早く車の中か鉄筋のビルの中に入るんだ。早くしないか!」
「は、はい・・・」
それを見ていたドローテアが感心したように村山に言った。
「なかなか重岡殿もやるではないか・・・」
「来ます!」
バルクマンの声が響いた。彼は太陽を指さしていた。
「バトローワです!」
「なんだそれは?」
「悪魔の化身と言われている魔獣です!空を飛び、のべつまくなしに殺しまくるどう猛な連中です!」
バルクマンの言葉を聞いて重岡は彼が指さす方を手をかざしながら見やった。太陽を背にして背中にコウモリの羽をつけたような化け物が数百。羽の生えた悪魔。すぐそう思った。殺すことが目的の魔獣、恐ろしい連中を送り込んでくるもんだ。次々と降下を開始しているのが見えた。
825 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:12 [ rPHf.r8o ]
同時刻 北九州市八幡東区枝光 スペースワールド
「来ます!かなりの数です!指示を!」
田島はタイタンのプラットホームから敵の接近を確認した。連隊長の指示を無線で仰ぐ。丸山も彼の真下にいるようだ。
「こっちからでは敵が見えない!状況を知らせろ!」
丸山と数名の幹部は上空からの攻撃に備えて乗降口のスタッフルームに退避していた。田島は双眼鏡で様子を見ながら連隊長に報告した。羽の生えた黒い身体。醜い顔。怪しく伸びた爪。いかにも魔獣という感じだった。
「相当な数です。見たこともない生物ですが手に剣や槍、弓を持っております!・・・わぁ!」
田島のすぐ近くに矢が飛んできた。思わず田島と無線を抱えた隊員は止まっているコースターに飛び込んでそれをやりすごした。
「攻撃を受けております!指示を!」
田島の報告に丸山も決断した。そばにあったパネルを気合いを入れて叩いた。がたん、という音がしたが丸山初め、テンションのあがった隊員は誰も気がつかない。
「第1,第2中隊。発砲を許可する!自走高射砲も射撃開始せよ!」
「こちら、花見台!射撃を開始する!」
87式自走高射機関砲も轟音をあげて射撃を開始した。この世界で言う「悪魔」に似た生物は数体ごとに撃墜されていく。それを見た魔獣はばらばらに散開して矢を放ち始めた。
「敵に対する効果を確認。攻撃を続けてください!」
田島がバトローワの撃墜されるのを確認して報告する。銃弾が効く相手であるということが確認できただけでも、部隊の士気はあがるだろう。
「あ、あれ・・・。三佐殿ぉ!」
田島と一緒に、バトローワの弓矢を逃れてコースターに飛び込んだ隊員が叫んだ。その理由が田島もわかっていた。コースターがゆっくりと動き出しているのだ。無情にもコースターはすでにプラットホームを出て登りのレールにまで到達している。
「本部!本部!コースターを止めてください!」
「今はそれどころではない!少し待機しろ!」
非常な返答に隊員が泣きそうな顔を田島に向けた。コースターは頂上に向けてゆっくりと進んでいる。その先はもちろん。日本屈指の落下速度を誇る急傾斜だった。
「ベ、ベルトをしめるんだ!早く!」
田島と隊員は大慌てで座席に座ってベルトを締めた。もはや戦闘どころではない。2人が安全を確保したところでコースターは頂上に達した。
「がたがたがたがたがた・・・・・・ごおおおおおおおおおおお!」
建設当初は日本一と言われた急傾斜が作る強烈な風圧が田島と隊員を襲った。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
2人の絶叫はサイレンと、ヘリのローター、銃声でかき消された。
826 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:13 [ rPHf.r8o ]
「早く扉を閉めるんだ!」
スペースワールドのメイン施設であるスペースドームの扉を閉めさせた重岡は89式小銃を構えて上空を飛び回るバトローワを一連射で撃墜した。銃を持たないドローテアはカフェテラスのテーブルに隠れている。それを村山が9ミリ機関拳銃で援護しているのが見えた。しっかり仕事をしているじゃないか。
「尾上!美雪君を避難させろ!」
スコープ付きの89式でゲームのように敵を撃ちまくる尾上に重岡は叫んだ。美雪はスペースドームに避難しなかったのだ。銃撃に夢中になっている尾上に舌打ちして重岡自ら、ベンチに陰に隠れる美雪に駆け寄った。その間にもバトローワは矢を射かけてくる。
「美雪君!早くドームに逃げ込め!」
「でも、バルクマンが!」
「彼はドローテア様をお守りしている!さあ!」
美雪を手をつかんで重岡は遮蔽物から飛び出した。上空を撃たれながらも旋回するバトローワはそれを見ると次々と矢を撃ってきた。
「尾上!援護しろ!」
A級射手の尾上は次々とスコープに入るバトローワを一撃で撃ち倒した。そのおかげで重岡と美雪はドームの従業員通用口までたどり着いた。そのドアを重岡がノックする。
「さあ、入るんだ」
そう言って重岡は走り出した。だが、十数メートル走ったところで背後の悲鳴を聞いて振り返った。その悲鳴の原因を見て、重岡自身も叫びたいくらいだった。
「パパ!怖いよ!」
美咲がドアの開いた一瞬、父親の姿を見つけ、外に飛び出してしまったのだ。美咲は父親の姿を求めてさまよっている。いち早くその異変に気がついたドローテアがバルクマンに叫んだ。
「行け!」
言うが早いかバルクマンが駆け出していた。走る彼の周囲に矢が刺さるがそれに気がつかないようにバルクマンは走った。が、あと少しのところで急降下してきたバトローワに及ばなかった。
「くそっっ!」
美咲をさらったバトローワも計画的に彼女をさらったわけではなかった。ドボレクに「好きなだけ人を殺せるところがある」とそそのかされてのことだった。ところが、召還されたところはとんでもない武器を持った連中が手ぐすね引いて待っていたのだ。とりあえず無防備な彼女を衝動的にさらったにすぎなかった。だがその理屈は重岡たちには通用しない。
827 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:14 [ rPHf.r8o ]
「撃ち方やめ!撃ち方やめ!」
散開して銃撃をしていた自衛隊員たちは重岡のうろたえた声に気がつき、次々と銃撃を止めて美咲をさらったバトローワを見た。その姿はむしろ、ガーゴイルと言うに等しい外見だったが、現場の隊員にそれを訂正するだけの余裕もあるはずがなかった。
「尾上二曹・・・」
ドローテアが静かに言った。尾上は無言で銃を構えた。バトローワはとりあえず成り行きでさらった美咲の処遇を迷っているようだ。ヘリで言えばホバリング状態で美咲を捕まえる敵を撃つチャンスは今しかない。
「重岡二尉。撃ちますよ」
重岡に合図して、尾上は89式のスコープに向き直る。彼もまたドローテアの意図に気がつき無言でうなずいた。近くにいた隊員が毛布を持って待機する。軽く深呼吸して呼吸を整えて尾上は引き金を引いた。十メートル近く上空の静止した敵の頭を軽々と撃ち抜いた。
「がっ」
醜いコウモリのような頭を撃ち抜かれたバトローワは捕まえた美咲を離した。それを見て重岡がダッシュをかけた。間に合うかどうかはわからないがとにかく重岡は走った。一瞬遅れて毛布をクッション代わりに広げる隊員も走る。
「パパぁ!」
「美咲ぃぃぃ!!」
重岡のダッシュは今一歩届きそうにない。最後の祈りを込めて飛び出した彼の手足は無情にもアスファルトの地面でこすれた。痛みと絶望で思わず叫びそうになった重岡の目の前に、黒マントの男が飛び出した。
「おっ?」
倒れ込んだ重岡が確認するまでもなかった。いち早く飛び出したバルクマンがみごと美咲を滑り込みながらのキャッチに成功していた。
828 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:15 [ rPHf.r8o ]
「やった!やったぞ!」
あちこちに散開していた自衛官からも声があがった。一部生き残ったバトローワも国道に展開していた87式自走高射機関砲で撃ち落とされる。そして重岡も膝や肘をずたずたにすりむきながらもバルクマンと美咲のところへ走り出していた。
「パパぁ!」
バルクマンの手から美咲が重岡に飛びついた。その瞬間、駆け寄っていた多くの隊員から歓声が上がった。避難していた建物から恐る恐る出てきた市民もこの状況を察して惜しみない拍手を送っている。
「パパ、ごめんなさい」
「いいんだよ、美咲!」
男泣きに泣きながら娘を抱きしめる重岡を見ながらドローテアが美雪に何か耳打ちした。それを聞いて美雪も右手の親指をあげて笑顔で答えて、デジカメを取り出すと感動的な重岡親子の抱擁を撮影した。
「よし!残敵を捜索しろ!」
自衛官は市民にもう少し屋内にいるように訴えながら、生き残ったバトローワが潜んでいないかチェックを始めた。バルクマンがそれを見るドローテアに近づいてきた。
「間一髪だったな」
「ええ。どうにか間に合いました・・・。しかし、ドローテア様・・・」
バルクマンの言葉をドローテアは目で遮った。彼の言いたいことはわかっている。彼女は近くのベンチを見つけてそれに腰掛けるべく歩き出した。
「がああああ!!」
その茂みから羽に銃弾を受けたバトローワが顔を出した。手傷を負ったためか、どう猛な声を出して明らかな敵意をドローテアに向けている。
「ドローテア様!お下がりください!」
バルクマンが剣を抜いて大神官を守ろうとするが、大神官はそれよりも素早く剣を抜くとそれを魔獣の胸に深々と突き刺していた。そしてそれを抜きざまに怪物の首筋を斬りつけた。青っぽい体液を吹き出しながらバトローワはベンチを巻き込んで倒れた。
「ベンチが汚れてしまったわ・・・」
女性自衛官の制服を来た大神官はそう言ってブレザーからポケットティッシュを出すと剣を拭いた。そして振り向きながらバルクマンに言った。
「そなたの言いたいことはわかっておる。なぜ、ドボレクは魔獣を小出しにしているか、ということであろう?」
「燃えるゴミ」と書かれたゴミ箱にティッシュを投げ込んで、別のベンチに腰掛けながら彼女は続ける。
「自衛隊の戦闘能力を観察しているのか・・・。それとも、小出しにしか召還できないのか・・・。私は後者と考えている。だとすれば、その理由だ。何か別の戦略があるのだ」
「我々をこちらに引きつけて、ガシリア本国を奇襲すると・・」
バルクマンの推測は突拍子もないように聞こえたが、彼女の中ではある程度理にかなっているようにも思えた。
「この国を新たな拠点とするならば、自衛隊との全面衝突は避けられぬ。全力を出した自衛隊に勝つことはドボレクでもほとんど不可能だ。それは今回のことでよくわかっただろう。だが、自衛隊にも弱点がある。ガシリアでは自衛隊は自らを縛る法律で戦うことはできない。我々の注意をこちらに引きつけておいてガシリアで大規模な攻撃を仕掛ける方が、ドボレクも有利なはずだ・・・」
「やはり、一度本国へ戻られるのがいいのかもしれませぬな」
敵を一掃して平和を取り戻した空を自衛隊のヘリが飛び回るのをドローテアは無言で見つめていた。
829 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:16 [ rPHf.r8o ]
2004年5月3日14時43分 北九州市八幡東区枝光 スペースワールド
戦闘が終結し、撃墜されたバトローワの回収と生き残りの捜索を続ける警務隊はスペースワールドの職員と共にタイタンのプラットホームに登っていた。ここで田島三佐と隊員1名が行方不明になったと聞いている。
「三佐、田島三佐・・・!無事ですか?」
銃を構え、呼びかけながら慎重に周囲を捜索する警務隊員の目の前に「ぷしゅー!」という音と共にコースターが飛び込んできた。慌てて隊員が89式を構える。彼らに同行する職員もインカムで電源を切るように下で待機する職員に命じた。
動きが完全に止まったコースターに隊員が恐る恐る歩み寄る。
「わあああ!!」
そこからいきなり現れた人物に隊員は思わず発砲しそうになった。だが、その姿は迷彩服を着た人間であると判断して、かろうじて発砲はされることはなかった。
「た、田島三佐ではないですか?」
ふらふらしながらコースターから降りてきた2名。そのうち1名は田島だった。顔面蒼白で歩行もおぼつかない。もう1名の隊員はシートにぐったりとして完全にのびてしまっている。
「担架だ!担架!」
戦闘開始から3時間以上、延々と日本最大級のジェットコースターを味わった田島と隊員はようやく収容された。
830 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/18(火) 00:16 [ rPHf.r8o ]
2004年5月6日9時22分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
連休が開けて第一独立偵察小隊の本部にも活気が戻っていた。ドローテアはバルクマンを従えてソファーで新聞を優雅に読んでいる。彼女が読む新聞の一面にはでかでかと、男泣きの重岡と、彼が抱きしめる愛娘が写っていた。
「自衛隊、素早い対応 奇跡的な狙撃で幹部の娘を救出」
ドローテアの耳打ちで美雪がマスコミにいる大学の先輩を動かして書かせた特ダネだった。その向かいでは村山が連休中に買ったノートパソコンを使ってネットをしながら迎え酒のビールを飲む。美雪は時々、バルクマンを見てうっとりしながら淡々と事務作業。尾上は「美少女キャラを壁紙に使うな」という重岡の命令に従って今度は、ドローテアの写真を壁紙にするべくパソコンにかじりついている。
「おはよう!」
そこへ重岡が入ってきた。入って来るなり、つかつかとソファーに腰掛けるドローテアの後ろに控えるバルクマンのところに歩み寄る。一同の視線が彼に集中する。
「重岡様、おはようございます」
普通にあいさつするバルクマンに、重岡はいささか躊躇していたが、やがて決心したように懐から一枚の封書を取り出して彼に差し出した。
「バルクマン君、受け取ってくれないか?」
その封書をドローテアも、村山も尾上も美雪もまじまじと見つめた。封書はピンク色の封筒でハートのシールで閉じられている。
「し、重岡殿・・・・・」
あっけに取られたドローテアが思わず口に出した。その声で重岡はみんなの視線に気がついた。みんな、彼と彼がバルクマンに差し出した封書を交互に見つめている。その視線の意図に気がついた重岡は大慌てで言った。
「違う!違うんだ!」
「重岡様、私はあいにく、そっちの趣味はありませんので・・・」
気まずそうに言うバルクマンに重岡は慌ててその封書に書かれた文字を見せた。それをのぞき込んだ美雪が声に出してそれを読む。
「バルにいちゃんへ。 しげおか みさき・・・・?」
サインペンでたどたどしく書かれている文字を見てバルクマンはほっとしてそれを受け取った。そして手紙を見ると安堵の笑みを浮かべて、それをドローテアに渡した。
「なに? バルにいちゃん。この間は助けてくれてありがとう。パパもかっこよかったけどバルにいちゃんもかっこよかったです。またプレステで遊ぼうね おへんじ待ってます しげおか みさき」
手紙を口に出して読んだドローテアは驚いて重岡を見た。彼は複雑な表情を浮かべている。一応、父親の威厳は取り戻したが、娘がすっかりバルクマンになついてしまったことはいささかおもしろくないようだった。
「はははは!バルクマンも隅に置けぬのお!」
「それでは困ります!」
高らかに笑うドローテアに重岡と美雪が同時に抗議の声をあげた。当のバルクマンは美咲に出す返事で早くも悩み始めている。よっぽど愉快だったのか、ソファーに座る村山の隣にドローテアは笑いながら座って彼の飲みかけの缶ビールを一気に飲み干した。
835 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/24(月) 00:03 [ CbW3W46A ]
>>834
ご感想感謝です
では、第6話前編を投下します。本国に戻ったドローテアを迎える話です
サブタイトルでわかる人にはどんな感じかばれるかも知れません
「出動!独立偵察隊」
第6話:迫り来る陰謀、窮地の領民を救え ガシリア王国・サラミド
836 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/24(月) 00:04 [ CbW3W46A ]
2004年5月11日10時15分 宮崎県宮崎市沖 輸送艦「おおすみ」
自衛隊の誇る輸送艦の前甲板で、海風に美しい金髪をなびかせているのはドローテア・ミランスだった。ガシリア王国の偉大なる大神官は目の前に見えてきた光景に万感の思いを込めて言った。
「見えてきたぞ!まもなく我が祖国だ」
「はい、ドローテア様」
後ろに控える騎士バルクマンが恭しく彼女に答える。答えると彼は懐から封書を取り出して困ったように首を傾げた。それを見た大神官は笑いながらバルクマンに言う。
「まだ美咲に返事を書いていなかったのか・・・」
「はあ、なにぶん・・・、子供に手紙をもらうのは初めてでして・・・」
ドローテアの冷やかすような言葉に苦笑いするバルクマンだったが、その和やかな空気はあまり上品でない音で突然破られた。
「うげえぇぇぇっぇぇええ!!」
重岡竜明二尉が我慢できずに海の上に嘔吐物を吐き出す音だった。思わずドローテアとバルクマンが顔をしかめる。それに気がついた重岡が真っ青な顔を向けた。
「す、すいません・・・。昔から船には弱いんです・・・・・うっっ、ぼぇぇぇぇっぇえ!!」
重岡はその場によれよれと倒れ込んだ。海はすばらしい凪で揺れもほとんどないというのに。
「情けないなあ重岡は」
缶ビールをドローテアとバルクマンに渡しながら村山が言う。彼もふらふらだったが、それは船酔いではない。今回は尾上二曹と田村美雪は留守番だった。こうるさい美雪から逃れた村山にとってはこれは経費がただの海外旅行に等しい。
「ほっといてくれ・・・・・」
重岡がやっとのことで言ったのと同時に、海上自衛官がドローテアのところに来て報告した。
「まもなく、サラミドに入港いたします。艦長からの伝言です。このたびのサラミド入港許可を感謝するとのことです」
「うむ・・・。ごくろうだった」
海上さんの報告を聞いて村山はちょっと疑問に思った。なんでサラミドとかいう港に入港するのにドローテアに感謝しなきゃいけないんだ?彼の疑問に思う表情を悟ったのだろう。バルクマンが彼に言った。
「サラミドはドローテア様の領地にある港です。王都のガシリアナにも港はありますが、サラミドには日本の船が多く停泊していますしガシリアで一番大きな港です。それに、王都にも近いのでこちらに入港することにしました。」
「え、じゃあ、ドローテアは領主様なのか?」
驚いた村山の言葉にバルクマンはくすっと笑った。
「もちろん。ドローテア様は大神官家のお家柄です。王都ガシリアナ郊外から続く広大な領地と、10万を越える領民をお持ちです。しかも、善政を施かれて領民の支持も高い名領主なんですよ」
誇らしげなバルクマンは缶ビールを開けると、ドローテアと乾杯した。
「麗しき我が祖国に!」
村山と船酔いでぼろぼろの重岡には、彼女が領主と言うことよりも名君主である方が驚きであった。
837 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/24(月) 00:04 [ CbW3W46A ]
2004年5月11日11時04分 ガシリア王国サラミド港
「お疲れさまでした、お気をつけて!」
おおすみ艦長以下、幹部総出の見送りを受けて福岡から運んできた県庁の高級セダンは港を出発した。運転手はいないので村山が運転しているが、港の人々は見慣れない異世界の自動車に視線を集中させている。当のドローテアと言えば、バルクマンに渡された黒マントで全身をすっぽりおおってしまっている。
「なんでそんな格好をしてんだい?」
飲酒運転を禁止する法律がないとは言え、さすがに飲みながら運転する気が起きなかった村山が缶コーヒーを飲みながらドローテアに尋ねた。
「私は領地を歩くときはお忍びで歩くのがモットーなのだ。そうしないと民の生の声は聞けないからな」
「でも、こんな車で移動していればばればれと思うけどな」
もっともな村山のつっこみにドローテアも少しとまどった。確かに、これでは目立ちすぎる。とはいえ、車は港町を抜けて田園道路に入りつつあった。
「うわっっ!!」
不意に村山が声をあげて急ハンドルを切った。その勢いで助手席の重岡はドアガラスで頭を打ち付け、ドローテアはバルクマンの胸に飛び込んだ。次の瞬間、車はすごい勢いで振動して一同は天井に頭を打ち付けそうになった。
「どうしたんだ?」
打ち付けたこめかみの痛みを我慢しながら重岡が怒鳴った。それを村山が答える前に、車はがたがたと振動を響かせながら停車した。村山は他人事のように言った。
「石を踏んじまった。パンクだ・・・」
838 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/24(月) 00:05 [ CbW3W46A ]
2004年5月11日11時14分 ガシリア王国サラミド港郊外
石は思ったよりも大きかった。セダン車のタイヤはその衝突を防ぎきれなかったようだ。ホイールまで変形していた。村山は手動ジャッキで車を持ち上げタイヤを交換するという作業を想像してため息をついた。
「ちょっと休憩しよう」
タイヤ交換を余儀なくされた一同は小休止に入った。村山はタバコを吸いながら道の脇を覗いてみた。きれいな小川が道沿いに走っている。その向こうには豊かな田園が広がっていた。畑、農家、森。これだけが延々と地平まで続いている。日本では決して見ることのできないすばらしい光景だった。
「タバコを捨てるでないぞ」
振り返るとマントに身を包んだドローテアだった。村山はにやっと笑うと、携帯灰皿を取り出すとそれにタバコを放り込んだ。それを見てドローテアも満足そうな顔をする。
「その格好はなんだ?僧侶か何かか?」
「私の領地に誘致した魔道学校の生徒だ。私が領地を歩くときはいつもこの格好で歩く。」
彼女のポリシーなのだろう。村山は「俺の世界では旗本の三男坊に扮した将軍様が町を練り歩く話があるぞ」と冷やかそうとしたが、それは残念ながら未遂に終わった。なにか音が聞こえる。一同はその音の発信源を探し視線をあちこちに飛ばした。
「なんだ?」
バルクマンが警戒の表情を浮かべる。村山と重岡にはその音の正体が何となく推測できたが、船で2日かけてたどりついた異世界で聞くことはないだろうと思っていた音だ。
「あ、あれは・・・・」
重岡が思わずつぶやいた。無理もない。現れたのは福岡ナンバーの軽トラックだったのだ。それを運転する老人はセダン車を見てトラックを停車させ降りてきた。
「これはまた珍しいのぉ。自衛隊がこげんところまで来るっちゃなぁ・・・ほんなこて、ガイジンさんば連れて」
福岡でも県南の方言がもろに出ている老人はパンクしたセダン車をしげしげ観察した。
「タイヤを交換してから、いい時間じゃけんが、うちで昼御飯食っていかんね?」
佐久間と名乗る老人は重岡に提案する。マントで顔を隠したドローテアとバルクマンも無言でその提案に賛成した。
「じゃあ、修理ば手伝うけん、ついて来んしゃい」
麦わら帽子に作業服の老人はトラックからジャッキを取り出すと、のそのそとセダン車に歩み寄った。
839 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/24(月) 00:06 [ CbW3W46A ]
2004年5月11日11時54分 ガシリア王国サラミド港郊外
タイヤの交換を終えて、未舗装の道を佐久間老人の運転する軽トラックについて運転しながら村山は疑問に思っていた。こんな中世の田園みたいな世界で、この老人は軽トラックに乗って何をしているんだろう。その疑問は重岡も抱いていたようだったが、あることを思い出した。
「あっ!ガシリア王国が、シルバー人材と農業に転職したい若者を受け入れたって聞きましたが・・・・」
重岡の察しのいい言葉に、ドローテアはフードの下で微笑んだ。
「私の領地を提供して彼らを受け入れたのだ。彼らはこの土地で農業をして、食料の生産品目の乏しい日本にそれを輸出する。多くの食料を日本に輸出するため、彼らの負担を少なくするため、関税も年貢もかけておらん。」
その言葉に、重岡はドローテアは名君主であるということを信じざるを得なくなっていた。異世界に飛ばされた九州地方が直面した食糧問題と失業問題を解決に導く方策を聞いたときは、たいしたもんだと感心したが、まさか目の前の人物がその提唱者とは思ってもみなかった。浅川が初めて彼女を見たときの驚きも、彼女がTシャツにGパンだったからだけではないということだ。
「領主の中には、企業に高額のマージンを要求してトラブルになっている者もいると聞くが、私はそういうことは嫌いなのでな・・・・。」
ドローテアの言葉には嫌悪感がこもっていると村山は感じた。彼女にも政敵がいるんだろうか。そう考えているうちに、佐久間老人の軽トラが止まった。
「ここは・・・・?」
大きな敷地だった。奥には日本家屋っぽい母屋。道路沿いにはこれまた和風建築の大きな建物が建っている。その前にあるスペースにはなんと、佐賀ナンバーのマイクロバスが停車しているではないか。
「ふふ、やはりな」
ドローテアがバルクマンと顔を見合わせて笑った。どうやら佐久間老人を知っているようだ。一同が車を降りると、その佐久間老人は表の玄関前で彼らを待っていた。
「はーい!4名様ご来店!!」
大声で老人が叫ぶと、和服姿で、金髪や赤い髪のガシリア人女性が数名出てきた。彼女らは整列するといっせいに礼儀正しくお辞儀した。
「いらっしゃいませ・・・・!」
村山と重岡は唖然とし、事情を知っているのであろうドローテアとバルクマンはにやにやしている。重岡は豪華に屏風で飾られた玄関わきに立てられた札を見て驚いた。
「佐賀県武雄市議会様ご一行・・・・・?」
それを見て村山もようやく合点がいった。ここは飲食店だ。しかも日本人が経営して、ガシリアに視察に来る議員や企業、団体を迎えているのだ。
「さ、さ、離れにどうぞ!」
老人はガシリア人従業員に4人を離れに案内させた。本格的な和式の立派な造りだ。畳もしっかりと国産のモノを使っている。なにやら落ち着かないまま離れに通されてすぐに、従業員がグラスになみなみと注がれたビールを持ってきた。
「ガシリア産大麦で作りました地ビールでございます!」
重岡も村山も、いくら官庁御用達とはいえ、ただの自衛官にここまでもてなしをする佐久間老人の意図をわかりかねながら、目の前の地ビールの誘惑に負けてドローテアとバルクマンと乾杯していた。
840 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/24(月) 00:06 [ CbW3W46A ]
2004年5月11日13時13分 ガシリア王国サラミド港郊外 佐久間老人の店
まさか、ガシリア王国で本格会席料理が堪能できるとは思わなかった4人は腹一杯になってぐったりとした。
「ドローテア様、ここはいったい?」
食事中もフードを取らなかったドローテアは熱いお茶をすすりながら重岡の質問に答えようとした。
「失礼します」
そこへ佐久間老人が入ってきた。先ほどまでの作業服姿ではなく、きっちりと上等な友禅の着物に身を包んでいる。彼はふすまを開けて軽く一礼するとささっと4人の座るテーブルのそばまで歩み寄った。
「いやあ、すみません。すっかりごちそうになりまして・・・・」
平身低頭する重岡に無言で会釈をして老人はフード姿のドローテアに正座して向き直った。そしてフードの中のドローテアの顔をのぞき込んで、びっくりしたように大声を出した。
「おい!おい!」
その声ですぐにふすまが開かれ、入ってきたのは割烹着姿の老婆だった。老婆は佐久間老人の手招きに応じて、一礼してから離れに入ると、老人と並んで正座してしげしげとドローテアの顔をのぞき込んだ。
「これはわしの女房です」
佐久間老人の言葉に老婆は三つ指ついて4人に挨拶した。そしてドローテアを再び見つめると驚いたような声をあげた。
「あれま!ドローテア様じゃなかとですか?」
驚く老婆に慌ててドローテアは否定する。
「いえ、私は魔道学校の生徒・・・、決してそのようなお方では・・・」
否定するドローテアに構わず老人と老婆はドローテアの顔をのぞき込んで、お互いに顔を見合わせる。どうやら確信しているようだ。
「まあまあ、わしらは言いふらしたりしませんけん・・・。もしかしてっち思うてご案内したとですよ」
バルクマンと顔を見合わせたドローテアは観念したようにフードを取って素顔をさらした。それを見て老人たちは自分たちの推理が間違いなかったことを確認して、畳に頭をすりつけるように土下座した。
「やっぱりドローテア様でしたかぁ!九州に向かう途中で遭難されたっち聞いたけんど、やっぱし生きておられましたかぁ」
「ああ、ありがたや、ありがたや・・・・、なんまんだぶ、なんまんだぶ」
老人たちの平身低頭っぷりにいささか困った表情を浮かべたドローテアは助けを求めるように村山に視線を向けた。それを見て村山もちょっと調子に乗ってみた。軽く咳払いしながら佐久間老人と老婆に言った。
「まあ、佐久間さん。ドローテア、いや大神官様は今回はお忍びで来られているので、ほどほどに・・・」
自衛官姿であることも幸いしたのだろうか、佐久間老人は村山の言葉にますます恐縮したようだった。
「うへぇぇ!これは失礼しました。ばってん、普段お世話になっとるドローテア様が来られたんじゃけん、こっちもできる限りのおもてなしばせんといかんと思って・・・」
あまりの佐久間老人の態度にドローテアも慌てて言葉をかける。
「い、いや。佐久間殿のご好意は大変感謝しておる。私が遭難して、こちらの自衛隊の協力でどうにか帰って来られた上に、佐久間殿のご好意に甘えては私も立つ瀬がないので、このような形をとったのだ」
とっさに考えついたドローテアのいいわけを佐久間老人はそのまま受け取ったようだ。感激の涙を浮かべている。
「ありがたいお言葉ですばい・・・・。わしらがこっちで農業を始めるのにドローテア様はただ同然で土地を貸してくれんしゃって、作った作物は自由に九州に売らせてもらって、税金はとらんっち言ってくれて・・・ホントに、生き神様じゃぁ・・・。なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・」
異世界の大神官様に「なんまんだぶ」はないだろうと村山は思わず苦笑したが、ドローテアがかつて見せたことのないくらい優しい表情で老夫婦を見ているのに気がついた。重岡もそれに気がついているようだ。
「すごいな・・・時代劇みたいだ」
村山の言葉に珍しく重岡も同意した。しかし、裏を返せばこちらに渡った日本人にそれだけドローテアが手厚い庇護をしていたことの証拠である。
「まあ、佐久間殿はこちらに渡った日本人の第一陣であるからな。私もいろいろ至らないところはあったと思うが、こうして大きな店まで構えてくれて、後に続く人々の手本になってくれておる。安心したぞ」
なるほど、それでドローテアは佐久間老人の顔を知っていたのか・・・。村山は心の中でつぶやいた。ドローテアの言葉に佐久間老人はますます感激したようだ。
「もったいない、もったいないお言葉です、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・。自分の孫にもこんな優しい言葉を言ってもらったことはないですけん、もう思い残すことはありません・・・」
村山と重岡はただただ佐久間老人の感激に目を奪われるばかりだった。
841 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/24(月) 00:07 [ CbW3W46A ]
2004年5月11日13時39分 ガシリア王国サラミド港郊外 佐久間老人の店
感涙にむせぶ佐久間夫妻をいたわっていたドローテアが、夫妻が落ち着いたのを見計らってゆっくりと、優しく言葉をかけた。
「このように分別のある佐久間殿が、私がお忍びで戻ってきたにも関わらず、このようなことをするのも、なにか理由があるのだろう・・・」
その言葉に佐久間老人ははっとした。ドローテアにすべて見抜かれていたことを悟ったのだ。老人は再び畳の上にひれ伏した。
「す、すみません!でも、こうでもせんと、ブルトス公の耳に入ってしまいますけん・・・」
「なに?」
その言葉にドローテアは顔をぴくりとさせた。彼女は平伏する佐久間老人の肩を両手で優しく抱くとゆっくりと問いかけた。
「佐久間殿、ブルトス公が私の領地で何をしているのだ?」
「は、はい・・・。ドローテア様が遭難されて、こっちにも生存っち情報は入ったけんが、安心はしちょったんですが、ブルトス公が兵隊ば率いてやってきて、「大神官は死んだ」っち言うていろいろ悪さをしよるとです。わしら日本人に金をせびったり、ガシリア人にも税金を勝手にかけよるとです。こっちが拒否すると、畑を夜中に荒らしたり、トラックのタイヤをパンクさせたり、嫌がらせされるもんじゃけん、困っとるとです・・・」
ブルトス公はもともとドローテアの政敵であった。ヴェート王の信頼厚いドローテアの失点を探っていたが、まさか彼女自身、彼がこのような直接行動に出るとは思ってもいなかった。
「ドローテア様、前々からあったブルトス公のお噂はやはり・・・・」
「バルクマン、今はそれを言うな」
状況のいまいちわからない村山は佐久間夫人に近寄って聞いてみた。
「ブルトス公の噂って?」
「ああ、それはねぇ」
ブルトス公にはアジェンダに通じているというまことしやかな噂があった。そして反日でガシリアの日本人には以前から有名だったというのだ。考え得る限り、親日派であるドローテアの味方であるはずがない。そのブルトス公が、ドローテアの領地に半ば公然と権力を振りかざして、あまつさえ日本人移民を抑圧しているという。これだけでもドローテアの怒りは爆発するに値した。
「ブルトスめ・・・許せん!」
佐久間老人の話ではブルトスは数十名の騎士を連れてサラミド郊外の屋敷に駐屯しているという。ドローテアは今にもその屋敷に剣を持って乗り込まんばかりだった。
「おまちください!」
それをバルクマンが必死で止めた。実際、彼女は剣を持って席を立とうとしていたのだ。忠実な騎士の静止でどうにかそれを収めて、ドローテアは座布団に座り直す。
「ブルトス公がここまでおおっぴらに行動を起こすのには訳があるはずです。私が王都に行き、ヴェート王にお会いしてきます。どうか、それまでご自重を・・・」
バルクマンの言葉にドローテアはまたしても村山を見やった。最近、彼女は判断に迷うと村山を見る癖がついている気がする。重岡はそう感じていた。当の村山はそれに気がついていないのか、のん気にビールを飲みながら彼女に言うのだった。
「バルクマンが王都に行く間、俺が探りを入れよう。君は大神官だ。変装しても佐久間さんにばれるくらいだ。ここにいた方がいい。重岡もだ。いかにも公務員って感じで雰囲気が浮くからな」
いかにも私立探偵らしい村山の意見に誰も反対意見が出なかった。それを確認したドローテアが佐久間老人に向き直った。
「佐久間殿、この離れをしばらく私に貸してくれぬだろうか・・・・。礼はする。ブルトスの目的を知るための拠点にしたいのだ」
この言葉に佐久間老人は二つ返事で快諾した。何か変な展開になってきたと感じる重岡は居心地悪そうにお茶をすするばかりだった。
842 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/24(月) 00:07 [ CbW3W46A ]
2004年5月11日14時10分 ガシリア王国サラミド港 フリーマーケット会場
バルクマンから即席のガシリア人講座を受け、魔道学校の黒マントにフードをかぶった村山は人々でにぎわうフリーマーケットの会場にいた。ドローテアの方針でここではすべての商売が自由だった。日本円で500円。出店料を払えば自由に店を出していいのだ。ガシリア人、日本人が混じって店を出し、ガシリア人、日本人、アメリカ兵が掘り出し物を求めて歩いている。港に、在日米軍の艦船を見たのでさして驚きはしなかったが、意外とアメリカ兵が多いのだ。
日本人は電気製品以外は自由に商売をしている。暫定政府から電気製品や石油製品の販売は禁止されている。そのかわり、Tシャツなどの衣服、雑貨、食器や農産品、加工製品が大量に売られている。
「どけ!どけ!」
そこへ、甲冑姿の騎士が人並みを押し分けてやってくるのが見えた。数名の騎士は竹細工を売る茶髪の若者がやっている店を取り囲むようにして立っている。
「貴様、誰の許可を得て出店した?」
「え?ここは自由に出店できるんでしょ?」
反論する若者を騎士が殴りつけた。集まっていた市民がざわめきながら後ずさった。村山もフードをかぶった状態でしっかりとそれを観察している。倒れ込んだ若者の傍らにある網かごを騎士は取り上げて、売り上げらしい金貨を懐に納めた。
「これからはブルトス様に上納するのを忘れるな!異世界人!」
高らかに笑う騎士の態度にさすがにむかついた村山は、打ちひしがれる若者が広げている商品の中に、けん玉を見つけて、千円札を彼に渡した。
「お釣りはいらない・・・、あああ!いい買い物をしたなぁ!」
大声で叫ぶ村山の声に、先ほどの騎士が振り返る。例の若者から買い物をした村山を明らかな敵意の目で見ている。騎士の1人がフード姿の村山に近づいてにらみながら言った。
「おい、魔導師見習い。我々がこらしめた男の店でこれ見よがしに買い物をするとは・・・ブルトス様に喧嘩を売っているのか?」
騎士の言葉に村山は大げさに怯えて見せた。それを見て騎士は薄笑いを浮かべながらさらに村山に詰め寄った。
「ブルトス様は亡くなられたミランス大神官の領地を、おそれ多くもギラーミン侍従様のご裁可の下で引き継いでお治めくださるのだぞ!」
ほほお、と村山は心の中で思った。バルクマンから受けた即席ガシリア人講座は多いに役に立っている。ギラーミン侍従とは、ブルトス公と共に反日派で王宮ではドローテアと対立関係にある人物だ。やはり、彼女の領地での彼らの振る舞いは、政治的なにおいがした。
「これは失礼いたしました!しかし、大神官様がお亡くなりになっていたとは・・・。その発表はいつの話でございますか?それにブルトス公のお優しいお心遣いも、私は存じ上げませんでした。そんな発表がなかったモノですから・・・」
周りの市民たちがざわめいた。彼らはそんな公式発表など聞いてはいないし、ましてやブルトス公がそんなことをするはずがないと知っているのだ。痛いところを突かれた騎士は村山に殴りかかろうとした。
「きさま!屁理屈ばかりこねおって!」
「待て!」
その騎士の振り上げられた腕をサングラスをかけたアメリカ兵がつかんだ。彼以外の騎士も突然の乱入者に敵意をむき出しにしている。
「騎士ともあろうモノが、丸腰の魔道学校の生徒を相手に大人数で喧嘩か?」
流ちょうな日本語をしゃべるアメリカ兵の迷彩服の襟に大尉のマークが付いているのを村山は見逃さなかった。騎士たちも屈強な米兵の勢いと正論に気勢をそがれた格好になった。
「ふん!あまり調子に乗るな!」
捨て台詞を残して彼らは立ち去った。それを認めて市民たちも三々五々散っていった。サングラスの大尉は村山を見てにやっと笑った。
「魔道学校の生徒にしてはうかつだったな。気をつけるんだぞ」
そう言って彼は雑踏の中に消えた。黒髪に彫りの深い顔。おそらくイタリア系の将校だ。気を取り直した村山はアメリカ兵とは反対方向に歩くさっきの騎士を適度な距離を保って尾行し始めた。
843 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/24(月) 00:08 [ CbW3W46A ]
2004年5月11日15時08分 ガシリア王国サラミド港郊外
騎士たちはサラミドから少し離れた大きな邸宅に入っていった。周囲は塀で囲まれ、門には騎士が見張りについている。この邸宅が誰のモノであるか、村山は門にいる騎士に近づいた。
「おい!ここはブルトス公の宿所である!近寄るな!」
「それは失礼いたしました・・・・」
彼の期待通りに答えを言ってくれた騎士に心の中で感謝して、とりあえずは佐久間老人の店に戻ることにした。しかし、村山には心配な点があった。王都ガシリアナに向かったバルクマンだ。ギラーミン侍従がブルトス公とぐるである可能性が高い。そうなれば、のこのこと王宮に出向いたバルクマンは危険ではないだろうか?
「こいつは手を打たなきゃな」
そう言いながらも村山は久しぶりの「本業」をこなすことに喜びを感じていた。
844 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/24(月) 00:09 [ CbW3W46A ]
2004年5月11日16時12分 ガシリア王国サラミド港郊外 佐久間老人の店
村山の話を聞き終わったドローテアは腕組みをして考え込んだ。やはり、王宮にも手が回っているようだ。そうでなければ、王に情報が入らない理由がない。ギラーミン侍従がうまく情報を操っていることは明白だ。ドローテアは紙とペンを取り出すとすばやくバルクマンに状況を知らせる手紙をしたためた。
「佐久間殿、バルクマンは徒歩で王都に向かっている。今からなら車ですぐに追いつけるはずだ。この手紙を持ってブラムス大公に会うように伝えてくれぬか?」
ブラムス大公はドローテアのよき理解者でヴェート王の信頼も厚い人物だ。まずは彼に接触した方が安全であろうと思ったのだ。
「わかりました。じゃけんが、車は目立ちすぎて危ないですけん・・・。馬で行かせましょう・・・。おおい!田所君にこれを持って馬で王都に向かう騎士に渡して来いっち言ってくれんね!」
「田所君とは?」
話に余りついて行けない重岡が口を挟んだ。夫人にドローテアの手紙を渡した佐久間老人はまるで我が息子を自慢するかのようにそれに答える。
「田所君は、我々農業組合の青年部長ばしよる人物です。若いけんど、しっかりしとる男じゃけん、心配いらんでしょう」
そう言う老人に村山はさっきから考えていた作戦を佐久間老人に相談してみようと思った。なるほど、この現状はたしかに、ブルトス公と裏で糸を引くギラーミン侍従が、日本人を圧迫し、無理矢理領民から税金をむしり取っている状況だ。だが、決定的な証拠が足りない。彼らがアジェンダ帝国と通じているという証拠だ。それには、先ほど確かめた屋敷に忍び込む必要がある。
「佐久間さん、町のはずれにあるブルトス公の邸宅に出入りする業者を知りませんか?」
突然の村山の質問に佐久間老人は少し考え込んだが、やがて思いついたのだろう。手をぽんと叩いた。
「うちの店で働く店員の旦那が、あの屋敷で掃除夫ばしよるとです!」
村山はその答えに満足げに頷いた。彼の考えが読めないドローテアが怪訝そうな顔をして質問してきた。
「村山殿、いったい何をする気だ?」
「これさ。」
そう言って村山は携帯電話と小さな黒い物体を自慢げにドローテアに見せた。彼女は当然それらの活用法はわからない。だが、重岡がそれを察したのだろう。大声をあげた。
「む、村山!おまえ?」
「そう、その掃除夫にブルトス公の家の天井裏にこいつを仕掛けてもらう。俺が張り込んで、ギラーミン侍従が来るのを見張る。来たら携帯を使って盗聴器のスイッチを入れて盗聴。掃除夫に回収してもらえば完璧だ。」
日本の法律ではこのような不法な手段で得た証拠は証拠足り得ない。しかし、ここにはそんな法律はない。重岡はそれでも納得できないのか、さらに疑問を村山にぶつけた。
「だが、ここには携帯の充電器なんかないぞ。携帯のバッテリーが切れたらどうすんだ?」
重岡の質問は村山にとってはまじめな人間の発想にすぎなかった。にやっと笑うと彼はドローテアもびっくりするような答えを口にした。
「だめだったら?残ったバッテリーでヤツの適当な言葉を盗聴して、うまく編集すればいいだろ?どうせ限りなくクロに近いんだ。それをドローテアが王様に聞かせれば、後は王様がしっかり叩いて埃を出してくれるだろうさ。」
村山は恐ろしく腹黒いアイデアをまるで子供のいたずらのように楽しそうに語った。彼は事実そんな方法でいろんな修羅場をくぐり抜けてきている。
「おお!なるほど!」
意外にもドローテアは村山の案に賛成の様子だ。うなだれる重岡に、村山はにこやかに向き直った。
「重岡、おまえにも仕事があるんだ」
「まじで?」
「大仕事だ・・・」
まじめな重岡はそんな違法な捜査の片棒を半分担いでいる自分に気がついて頭を抱えた。このことがばれれば、やっぱり彼はクビだろう・・・
845 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/24(月) 00:09 [ CbW3W46A ]
2004年5月12日14時26分 ガシリア王国サラミド港郊外 新日鐵ガシリア出張所
多くの企業がガシリア王国のサラミドに支店や出張所を構えていた。重岡は今その中のひとつの前にいる。この企業は鉄を使ってガシリア向けの弓矢や剣、槍、甲冑を生産しているが、日本の法律では武器の輸出はできない。従って、九州からは「工芸品」として輸送される。これらの武器はここサラミドで最終的に加工されてガシリアに引き渡される。ここはその最終的な加工を担当する出張所だった。
「ふう・・・」
重岡は事前に村山とドローテアとで打ち合わせたシナリオを思い出して深呼吸した。そこへ、県庁の公用車で乗り付けた自衛官に向かって所長とおぼしきスーツの男が駆け寄ってきた。
「これはこれは!ごくろうさまです!」
所長は重岡を、彼が何の用事できたのかも確認しないままに、出張所の応接室に案内した。
「いやあ、遠いところからご苦労様です。私、所長の峰岸ともうします。」
「こちらこそ、陸上自衛隊の重岡です」
女子社員からお茶を出され、名刺交換して一通りの儀式を終えると峰岸は重岡に向き直った。
「いや、つい先日本国の社員から、死んだはずの大神官が生放送でテレビに出たと聞きまして・・・」
峰岸は自衛隊が調査に来たと思ったようだ。彼はあのドローテアの生中継まで彼女の生存を知らなかったそうだ。彼女は死亡したとされて、彼女に代わりブルトス公がこの地域を治めることになり、方針が変わったという。
「どういう風に変わったんです?」
「はあ、それが、今まで最終加工していた武器の一部をギラーミン侍従に直接納めるようにとの通達があったんです。それまでは一括でミランス様に納めていたんでこっちもてんやわんやで、その上この事務所と工場の土地賃貸料まで請求されておりまして・・・・。今月末までに払えということでして、どうなっているんですかねぇ」
重岡はポケットに忍ばせたレコーダーのスイッチがちゃんと「REC」になっていることを確認した。これは決定的な証拠だ。
「しかし、どうしてギラーミン侍従に武器の一部を直接納入するんです?」
重岡のつっこんだ質問に峰岸も事情をよく飲み込めていないようで、しどろもどろしながらようやく答えた。
「それが、今度王宮にヴェート王直属の部隊を創設するとかで、それで武器が必要になったとか言うんですが、何しろ向こうは情報を全然開示せずにブルトス公やその騎士が来て一方的に言うばかり、ミランス大神官の時とは全然対応が変わってしまって苦労しておる次第なんです・・・。しかも、拒否すれば今後の貴社の安全は保障できないとか脅迫まがいのことまで・・・・。ミランス大神官が行方不明になったすぐ後からですら、たった1ヶ月弱でここまでいろいろ変わってしまうと対応できませんよ・・・」
最後は半分峰岸の愚痴だろうが、これだけでも十分な証拠になりうる。重岡は違法ながらも村山方式の情報収集のおもしろさを感じている自分に気がつき、思わず姿勢を正した。
846 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/24(月) 00:10 [ CbW3W46A ]
2004年5月14日18時42分 ガシリア王国サラミド港郊外 ブルトス公邸宅
村山は魔道学校のマントを着た張り込み2日目を迎えていた。騎士に見つからないように少し離れた木立から双眼鏡でブルトス公の屋敷を偵察しているが、いっこうに動きがない。盗聴器と一緒に仕掛けた携帯のバッテリーがそろそろ心配になってくる。
「今日あたり来そうなんだけどなぁ」
村山にはある程度確信があった。掃除夫が盗聴器を仕掛けて2日。その前日にも村山は数度、ブルトス公の屋敷を訪れていた。彼は見張りの数や屋敷に出入りする人間の数を調べていた。今日は見張りの数が違う。見張りが多いということは見られたくないこと、もしくは重要人物の来訪のどちらかだ。
「おっ」
彼の推測は正しかった。王都の方角から数騎の騎士に護衛された馬車が到着した。そこから降りた人物は豪奢なマントに身を包んだ黒髪の男。見張りの騎士の対応からギラーミン侍従であろう事が推測された。
「ビンゴだな・・・」
村山は侍従とおぼしき人物が屋敷に入ってからすぐに、仕掛けた携帯電話に電話した。すぐにつながって、盗聴器も電源が入ったようだ。彼の耳にはめたイヤホンから屋敷からの会話が聞こえてきた。
「遠路はるばる恐れ入ります、ギラーミン侍従」
「いやいや、それもこれも我々の未来のためだ」
やはり、さっきの身分の高そうな人物はギラーミン侍従だったのだ。村山は自分のもくろみがうまくいったことに満足げな笑みを浮かべた。会話は続く。
「異世界のテレビとやらでミランスの姿が流されたと聞いたが・・・」
「異世界人がいろいろ言っておりますが、問題ありますまい。力で押さえつけておりますし、奴らの軍隊。自衛隊と言いましたか・・・。奴らもこっちでは武器も使えない連中です。移民した日本人には若干手を焼いております」
「おお、あの佐久間とか言う老人がまとめる組合か・・。やっかいだな」
「目下は力で押さえておりますが、万が一、向こうで大神官の生存が確認されるとやっかいです」
どうやら、彼らはドローテアの生存を疑っているようだ。だからこそ、ここまで表だった行動に出ている訳か。かなりあくどい連中かと思いきや、村山にしてみれば幼稚な連中と言えた。
「ドボレク大臣もとっておきの魔法攻撃を準備されている。我々はガシリアと異世界の足並みを乱すのが任務だ。それさえ果たせば、ドボレク大臣が究極の魔法でガシリアを滅ぼした後、この土地は我々のモノだ。」
この言葉を村山は聞き逃さなかった。かつてドローテアが口にした疑問。ドボレクの方向性の一端がかいま見えた。ドボレクは九州以外で武力行使できない自衛隊を軽視している。それで、九州に召還魔法で魔獣を送り込んで混乱させ、国内の警備に自衛隊を集中させ、その一方でガシリア本国に何か強力な反撃を用意しているのだ。それが何かはわからないが、ガシリアの中枢の人物も寝返らせるほどの隠し玉であることは事実のようだ。
「こいつはとんだ拾いモノだな」
村山は内部の会話がたわいもない世間話になったことを確認すると長居は無用とそこを後にした。一応、こっちでもMDに録音したが、マスターがあるにこしたことはない。掃除夫に回収してもらうつもりだった。
847 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/24(月) 00:10 [ CbW3W46A ]
2004年5月14日22時01分 ガシリア王国サラミド港郊外 佐久間老人の店
「むう、ギラーミンとブルトスめ。なんということを」
ドローテアは村山と重岡の報告を聞いて怒りで身体をふるわせた。彼らの行為は保身や利益を求める行為以上の反逆行為だ。しかもその事実は侍従のギラーミンが握りつぶしていることが想像にたやすい。
「バルクマンがなんとか、ブラムス大公に接触できれば今まで集めた証拠で奴らをつぶせるんだがな」
「それは、彼を信じてくれ。私は彼を信じている。」
村山の呈した疑問にドローテアは確信を持った表情で答える。もはや、ギラーミンとブルトスの野望は明白だった。「死んだ」とされるドローテアの情報を利用して、彼女の領地にやってきた日本人から財産や技術、物資を奪い取り、ドボレクのもくろむガシリアナ殲滅魔法が実行された後は、ドローテアの領地を拠点にこの国を支配しようともくろんでいるのだ。
「だが・・・・」
ドローテアは静かに微笑みながら言う。
「奴らは、日本という国をなめてかかりすぎた・・・」
確かに、ドローテア自身最初はこの国を見る目は違っていた。彼女にとってはたかだか「軍事支援」で大騒ぎし、官僚も政治家も右往左往。国民もおびえ、マスコミは恐ろしげに書き立てるばかりだった。だが、一度既成事実ができてしまえば、自衛隊は恐ろしい武器をいとも簡単に使用していく。そのことをブルトスもギラーミンも知らなかった。ドローテアが本当に生きていることを知らないように。
「重岡殿、村山殿、明日屋敷から盗聴器を回収したら王都へ行くぞ。すべてをヴェート王に打ち明けよう。それで終わりだ」
もはや、情勢はドローテアにとってチェックメイトと思われた。
848 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/24(月) 00:11 [ CbW3W46A ]
2004年5月15日9時01分 ガシリア王国サラミド港郊外 ブルトス公邸宅
村山は例の木立で掃除夫を待っていた。MDで録音した昨夜の会話のマスターとも言うべき盗聴器を回収するためだ。だがいつもの時間を過ぎても掃除夫は出てこない。
「ちくしょう・・・早くしろよ」
村山はじりじりと腕時計を見ながら待ち続けた。しばらくして、壺を神妙に抱えた掃除夫が出てくるのが見えた。盗聴器と携帯電話をよりによって壺に隠したようだ。村山は舌打ちした。これじゃあ、見張りの騎士に怪しまれる。
「おい!待て」
彼の予想通り、見張りの騎士は掃除夫を呼び止めた。しばらく問答を続けていたが、掃除夫は答えに窮したのか、壺を抱えたままあろうことか逃げ出したのだ。
「あのバカ野郎!」
そう言いながら村山も木立から、魔道学校のマントのまま走り出していた。掃除夫の後を追って数名の騎士が走っている。掃除夫は村山の姿を見つけて壺を思いっきり投げた。
「村山様!受け取ってください!」
大きな弧を描いた壺は見事村山がキャッチしたがその十数メートル先で掃除夫は騎士に取り押さえられていた。残りの騎士が壺を受け取った村山をにらんでいる。
「やべえ!」
逃げ出した村山に抜刀した騎士が後に続いた。このまま佐久間老人の店には帰れない。村山は一計を案じてフリーマーケットが催される通りに駆け込んだ。
852 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/24(月) 23:54 [ Ra5cNjeg ]
というわけで某時代劇っぽい第7話です
「出動!独立偵察隊」
第7話:領主の心を打つ福岡県人の心意気 ガシリア王国サラミド
2004年5月15日9時43分 ガシリア王国サラミド港郊外 佐久間老人の店
ドローテアはバルクマンを心配していた。果たしてブラムス大公に無事会うことができたのだろうか。自分は忠実な騎士をむざむざと死地に追いやってしまったのではないか。彼女は悩んでいた。そこへ、重岡が大慌てでやってきた。
「ドローテア様、村山が戻りました!」
その言葉に彼女は勢いよく立ち上がると、離れを後にして玄関に向かった。
「ぜぇぜぇ・・・・。あああ、死ぬかと思った・・・・」
玄関先には出発時とは全然格好の違う村山が息も絶え絶えになって横たわっている。その周りに柵は老人はじめ、従業員が集まっている。
「いったいどうしたんだ?」
「ブルトスの部下に見破られてな。このままじゃまずいと思って、フリマの会場で魔道学校のマントを捨てて別のマントを買って、盗聴器を入れた壺も叩き割って、この中に入れて逃げてきたんだ」
そう言って村山は小さな小物入れをドローテアに見せた。中にはしっかりと、ブルトスの部屋に仕掛けた盗聴器が入っていた。こういった仕事の巧みさにドローテアは感心の笑みを浮かべ、重岡はただただ驚嘆するばかりだった。
「た、たいへんです!ブルトスの騎士が大勢押し寄せてきて、片っ端から農家を荒らし回ってます!」
田舎道を1人の日本人が大声で叫びながら走ってきた。どうやら怪しきは片端から探りを入れるようだ。彼とほとんど同時に数十騎の騎士が佐久間老人の店の前に集まった。魔道学校のマント姿のドローテアと重岡、それに一般人のマントをかぶった村山が彼らと対峙している。
「佐久間!おまえの紹介で雇った掃除夫がえらいことをしてくれたぞ!」
騎士の間からブルトスとギラーミンが歩み出てきた。騒ぎに気がついて近所の日本人が集まってくる。騎士が掃除夫に剣を突きつけて佐久間やドローテアたちの前に引き出してきた。日本人たちからどよめきの声があがった。
「この掃除夫め、我が屋敷に忍び込んで妙な機械をしかけたと白状したぞ!我々の会話を記録する機械だそうだな!機械を渡せ!」
その言葉に、魔道学校のマントに身を包んだドローテアが一同の前に歩み出た。ブルトスの騎士たちが警戒して剣に手をかけた。それに構わずにドローテアは魔道学校の生徒らしく、彼らに問いかけた。
「ここまでギラーミン様とブルトス様がお怒りになるとは・・・。この男が仕掛けた機械にはいったいどんな会話が記録されてしまったのでしょうか?」
853 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/24(月) 23:55 [ Ra5cNjeg ]
魔道学校生徒を演じるドローテアが投げかけたのは手痛い質問だった。それを聞いてブルトスの表情は怒りで真っ赤になった。抜き身の剣をドローテアに向けて叫んだ。それだけで、彼らにとってまずい会話が交わされたのであろう事は、この場に集まった人々には一発で理解できた。
「ええい!黙れ!」
「いや!黙らないぞ!」
どのとき、集まった日本人から声があがった。農業に携わる者、近所の工場の労働者が集まっているが、今までひどい扱いをしてきたギラーミンとブルトスに口々に声を出し始めたのだ。
「ドローテア様が死んだとか行方不明とか言われているのをいいことに好き勝手しやがって!」
「アジェンダと通じてんじゃないかって噂もあるんだぞ!」
彼らもまた、ただやられっぱなしではなかった。本国から入ってこない情報を求めて、サラミドに来る自衛官や市議会議員、アメリカ兵からいろいろと聞き出していたのだ。それと同時に、彼らにこの現状を訴えもしていた。だからいろいろと情報は知っているのだ。
「黙れ!黙れ!そのような流言飛語をばらまくと逮捕するぞ!」
理屈で追いつめられたブルトスたちは一斉に剣を抜いた。さすがにその強硬姿勢に日本人たちもたじろいだ。それを見たドローテアは我慢の限界にたっしたのであろう。
「ガシリアの騎士がここまで墜ちたかっ!」
そう叫ぶや、今まで顔を隠していたフードを脱いで素顔を一同にさらした。
「ギラーミン、ブルトス。よもや、私の顔を見忘れたわけはなかろう・・・」
時代劇の決め台詞のようなドローテアの言葉と、彼女の素顔を見て、ギラーミンとブルトスは衝撃で顔をひきつらせ、日本人たちは喜びの声をあげた。正体を一番隠さねばいけない人物が正体を現したのだ。重岡と村山もマントを脱いだ。
854 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/24(月) 23:55 [ Ra5cNjeg ]
「まだ正体をばらすのは早かったんじゃないですか?」
「我慢できなくてな・・・つい・・・」
耳打ちした重岡に答えると、ドローテアはブルトスたちに向き直ったまま言う。
「その男をはなせ。人質を取るなど、ガシリア騎士の風上におけぬ」
「ふん!貴様がまさか生きているとはな。この男を返してほしくば、我々の会話を記録したという機械を渡せ。証拠がなければ貴様がいくらヴェート王に訴えたところで痛くもかゆくもないわ!」
こいつら、半分自白してるじゃないかと村山は思わず笑いが出そうになるのを、どうにかこらえようとした。ドローテアは騎士の風上にも置けない彼らの行為に怒りを露わにするばかりだ。ここはひとつ、助け船を出してやるか。
「くっ、そういうことなら仕方ない・・・・」
不意に村山はそう言って前に進み出た。彼が観念したと考えたブルトスとギラーミンは不敵な笑みを浮かべ、ドローテアは驚きの表情を浮かべている。
「村山殿・・・」
とまどうドローテアに村山は悔しそうな表情を浮かべたまま目で合図した。それに気がついたのか、彼女はそれ以上なにも言わなかった。
「さあ、機械は渡す。先にその男をはなせ」
村山の言葉を受けて、ブルトスが掃除夫を捕まえている騎士に無言で合図した。騎士は彼を突き飛ばすようにドローテアたちの方に返した。それを確認して村山も手に持っていたモノを彼らに投げた。
「ははは!証拠さえなければ、おまえたちの訴えなんか誰も相手にしないわ!」
そう言ってブルトスは村山の投げた黒い機械を地面に落とすと、剣の柄でたたき壊した。人々から落胆のため息が聞こえた。完全に機械を壊したことを確認すると、周囲の騎士に目配せした。
「さて!偉大なる大神官の名をかたる不届き者を逮捕しろ!」
ギラーミンの命令で数名の騎士が歩み寄る。それを見てドローテアはふうっとため息をついた。
「しかたがない、重岡殿、村山殿・・・・」
名前を呼ばれた2人は同時にドローテアを振り返った。次の瞬間、ドローテアは2人の背中をどんと押した。
「えっ?」
勢いで数歩前に進み出た2人に騎士たちは一斉に剣を構える。予想もしなかった展開に、ドローテアの真意を測りかねて村山と重岡は、再びドローテアに振り返った。
「こうなっては仕方がない・・・。同じガシリア国民に暴力は使いたくないが、重岡殿、村山殿。こらしめてやってくれ!」
855 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/24(月) 23:56 [ Ra5cNjeg ]
その言葉に、ブルトスの騎士たちは剣を一斉に2人に向けた。村山と重岡はしばらくきょとんとしていたが、言葉の意味が分かると大声を出して彼女に抗議した。
「冗談じゃない!俺たちは拳銃しか持ってないんだぞ!こんな大人数相手にできるか!」
「こっちでの発砲許可はないんですよ!知事の許可がないと発砲できませんよ!」
数十人の騎士を相手に拳銃だけで、しかもこんな近距離で勝てるはずがない。しかも、ガシリアでの武器使用は県知事の許可がない。そんな事は知らないブルトスは大声で言った。
「ええい!手向かうようならば斬ってよい!」
その声を合図に数名の騎士が剣を振りかざして重岡と村山に躍りかかった。
「うわああぁあ!来るぞぉ!」
「お、おい!重岡!俺を盾にするなぁ!」
重岡は思わず村山を盾にして隠れた。村山も本気で斬りかかる騎士の迫力に思わず悲鳴をあげた。
「ぱん!ぱん!ぱん!」
その時、3発の銃声が響いた。銃声を知っている日本人は思わず身をかがめ、初めて聞くガシリア騎士たちは、身体が硬直した。そして、重岡に斬りかかろうとした騎士が足から血を流してもがくのを見て、思わず後ずさった。
「なんだ?」
「俺は撃ってないぞ・・・」
村山と重岡は互いに顔を見合わせて、銃声がしたとおぼしき方向を見た。ドローテアも剣を抜いたまま、佐久間老人の母屋方向、集まった日本人たちのほうを見た。佐久間老人の母屋の影から、迷彩服の男がベレッタを構えたまま歩いてくるのが見えた。サングラスをかけている黒髪の将校だ。
「ホプキンス曹長!」
「サー!イエス!サー!」
銃を構えたままドローテアや佐久間老人のすぐ近くまで歩いてきた男は大声で部下を呼んだ。すると今まで道路沿いの木立や、畑の中に隠れていたのであろう、迷彩服に完全武装の海兵隊が数十名姿を現した。
「Go!Go!Go!move!move it!」
屈強な黒人曹長に指揮された小隊は何が起こったかわからないブルトス一派をあっという間に完全に包囲してしまった。呆然とした日本人青年が思わずつぶやいた。
「アメリカ軍だ・・・・」
サングラスをかけた将校に指揮された海兵隊の一団はあっという間に、初めて見る異世界の兵器とその威力にたじろぐブルトスとギラーミンたちを包囲した。その将校に村山は見覚えがあった。フリーマーケットで彼を助けたあの将校だった。
「重岡殿、あの一団は?」
ドローテアが重岡に尋ねた。重岡も思わぬ連中の登場で固まっていたが、どうにか在日米軍のことを彼女に説明した。彼女もサラミドにやってきている日本人でない兵隊や船のことは知っていたのですぐに納得できたようだ。
856 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/24(月) 23:57 [ Ra5cNjeg ]
「やはり、ガシリアの政治抗争だったようだな・・・・」
サングラスの将校はギラーミンとブルトスをにらみながら言った。日本人ではない、屈強な兵士の視線に2人は反論もできない。そんな2人に将校は手厳しく言った。
「おまえたちの部下が、休暇中、この港でフリーマーケットに出店した俺の部下に暴力を働いた。それで、領主である大神官に抗議しようとしたら、大神官は行方不明で、おまえらが代理で統治していると聞いてな。いろいろ調査させてもらったぞ」
ようやく落ち着きを取り戻したギラーミンが不敵な笑みを浮かべて反論した。もっとも、その反論自体が低レベルなのだが・・・。
857 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/24(月) 23:58 [ Ra5cNjeg ]
「し、証拠はあるのか?証拠を見せろ!」
その反論に今度は村山が、余裕の笑みを浮かべて、ポケットからMDレコーダーを取り出して再生ボタンを押した。屋敷でのギラーミンとブルトスの会話が大音量で流された。
「ドボレク大臣もとっておきの魔法攻撃を準備されている。我々はガシリアと異世界の足並みを乱すのが任務だ。それさえ果たせば、ドボレク大臣が究極の魔法でガシリアを滅ぼした後、この土地は我々のモノだ。」
おおっという声が日本人たちからあがった。彼らの噂は本当であると証明されたのだ。それを聞いて2人は顔を真っ青にした。さらに、村山は重岡にも合図した。彼もまたMDレコーダーを出して、峰岸所長の言葉を再生した。
「それが、今度王宮にヴェート王直属の部隊を創設するとかで、それで武器が必要になったとか言うんですが、何しろ向こうは情報を全然開示せずにブルトス公やその騎士が来て一方的に言うばかり、ミランス大神官の時とは全然対応が変わってしまって苦労しておる次第なんです・・・。しかも、拒否すれば今後の貴社の安全は保障できないとか脅迫まがいのことまで・・・・。ミランス大神官が行方不明になったすぐ後からですら、たった1ヶ月弱でここまでいろいろ変わってしまうと対応できませんよ・・・」
「あ、うちの所長だ・・・・」
これを聞いた日本人の1人が思わず言った。それを無視して村山は一同の前に歩み出た。ここからは「探偵」である彼の独壇場の場面だ。
「聞いたとおりだ。こいつらは、日本で作られた武器を横流しして、日本人から税金をむしり取って蓄財していた!何のために?魔道大臣ドボレクが、いずれこの国に、何か強大な攻撃を仕掛けることを知っていて、その後自分たちがこの国を支配するために、セコイまねして金を貯め込んでいた!」
集まった日本人からは驚きのざわめきが起こり、ドローテアは満足げな笑みを浮かべ、重岡はきょとんとした表情をして、サングラスの将校は無関心そうな感じで村山を見ている。すっかり一同の注目を浴びて少々、芝居がかって手を顎にやった村山はさらに言葉を続ける。
「しかも、生存が確認されたドローテア、いや、大神官の情報を、故意に隠蔽して抵抗する日本人を押さえ込もうとしただけでなく、王都にいるヴェート王にも真相を隠した。そんなことは侍従だかなんだかのギラーミンには造作もないことだ。だから、九州にも、王都にもこのサラミドの状況は伝わらなかったんだ」
ますます調子に乗った村山は、剣を捨てて抵抗する気力もなくなったギラーミンとドボレクに近寄り、人差し指で彼らの胸をポンポンとつついた。その無礼な行為に2人は村山をにらみつけたが、完全に役に入っている村山は何とも思わないようだ。
「おまえら、日本をけっこうなめてるみたいだけどな、日本ではおまえらみたいな悪党を裁く法律がちゃんとあるんだ。外患誘致罪って言ってな。その罪状は・・・!問答無用で死刑!死刑!ざまあみろ!」
いつの間にかキャラが若干変わりつつある村山は満面の笑みを浮かべて、MDレコーダーを2人の目の前にこれ見よがしに出した。
「そんで、これがその証拠!いやあ、ひょっとしたらこんな証拠押さえられないかもしれないから、最悪、ブルトス、あんたの会話を適当に録音してつなぎ合わせようかと思ってたんだが・・・。ここまで絵に描いたようにしゃべってくれて、どうもありがと!」
目の前のレコーダーを奪い返そうと思わずブルトスが手を伸ばすが、村山は意地悪にもそれをさっと引っ込めた。罪人とは言え、あまりの村山の態度にギラーミンの怒りが爆発したようだ。
「貴様!証拠は渡すとさっき約束したではないか!」
ギラーミンの怒りの抗議も、完全に調子に乗った村山には通用しなかった。ぷっと笑ってギラーミンを見ながら答える。
858 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/24(月) 23:59 [ Ra5cNjeg ]
「ばーか。渡せと言われて簡単に渡すかよ。おまえら、ホントにバカじゃねーの?」
「く、くうぅぅ」
バカ呼ばわりされて、ギラーミンとブルトスは怒りで身体をふるわせたが、完全武装の海兵隊に包囲された状態ではどうしようもない。
「村山、もういいだろ・・・」
衆人の前でここまでバカにされたギラーミンとブルトスにさすがに同情を抱きそうになった重岡が、村山をドローテアの後ろに引っ込めた。一部始終を聞いた日本人からは感嘆の拍手が起こった。それを見届けたドローテアが集まった日本人に高らかに呼びかけた。
「日本人移民の諸君!私はこうして帰ってきた。ガシリアと日本の友情を怖そうともくろんだ悪人の野望も打ち砕かれた。諸君には私の留守中、迷惑をかけた。だが、これからは今まで通りの生活を保障する!」
その言葉に日本人たちから割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
「ドローテア様が帰ってきた!」
「大神官様、ばんざーい!」
その歓声を聞いて、目の前の若い女性が大神官であると気がついたサングラスの将校は驚いている様子だった。慌てて跪くと、すばやくドローテアの手を取りその手に口づけした。
「まさか、あなたが領主のミランス様とは。自分はアメリカ合衆国海兵隊、ガルシア大尉です。あなたの領地と日本人を襲う巨悪を倒すのに、私の力が一助になっていれば光栄です。私も部下が暴行を受けたと聞いて、独自に調査しておりましたが、まさか、ガシリアを揺るがすようなことが行われていたとは思いも寄りませんでしたが、密かに部下を集めていたのが幸いしました」
ガルシア大尉の言葉に重岡は少し呆れずにいられなかった。彼の言葉は恐ろしく丁寧だが、要するに、部下を暴行した犯人を捕まえるために1個小隊を率いて、襲われる確率が高く、目の敵にされている日本人の家を見張っていたのだ。その方が、犯人に出会える確率も高いであろうから・・・。好戦的だと言われる海兵隊らしい発想だった。
ドローテアはガルシアにも、重岡に言ったように「ドローテアでよい」と前置いてからそれに答えた。
「助太刀、感謝する。そなたのおかげでこうして、日本人の安全を確保し、国を売る売国奴を一網打尽にできた。」
それを聞いて、ガルシアは情熱的な笑顔を浮かべ、ドローテアの手を握ったまま立ち上がり、周囲の人々に聞こえるように大声で言った。
「ドローテア、我々は共に協力できるに違いない。もちろん、ガシリアの大神官とアメリカの軍人としてではなく、個人として!私は探し求めていたのだ。君のような、美しく聡明で優しく、それでいて情熱的な女性を!」
最後は半分彼の口説き文句に近いようだった。ドローテアは微妙なほほえみを浮かべて彼の言葉を受け流していた。事情のよくわからない日本人はとりあえず、拍手でお茶を濁し、佐久間夫妻は事件が解決したのと、ドローテアが帰還を公式に宣言した喜びで彼女に手を合わせた。
「なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・」
859 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/24(月) 23:59 [ Ra5cNjeg ]
2004年5月15日11時04分 ガシリア王国サラミド港郊外 佐久間老人の店
やがて、バルクマンがブラムス大公と彼の率いる、親衛騎士団を連れてやってきた。異世界の精鋭に親衛騎士団まで出てきては、ギラーミンもブルトスももはや抵抗する気力もなくなっていた。おとなしく、親衛騎士団に引き立てられて王都ガシリアナに連行されていった。
「ドローテア、生きていてくれてうれしいぞ」
豪奢なマントと鎧に身を包んだブラムス大公がドローテアを抱きしめた。しばらくして彼女を解放すると彼は言葉を続けた。
「ガシリアナに駐屯する自衛隊と王宮との連絡はギラーミンの部下が担当していたのだが、そのために王も私も、ここのところ、正確な情報が入ってこなくてやきもきしていたのだ。そこへバルクマンが来て事の次第を知り、急ぎ親衛騎士団を率いてやってきたわけだ。」
「はい、大公には我が領地のことでご迷惑をおかけいたしました。」
膝を突いて平身低頭するドローテアというのを重岡も村山も見るのは初めてで、なにか新鮮な感じがした。周りの佐久間老人はじめ、日本人も敬愛するドローテアよりもさらに偉いであろう人物の登場にただただ成り行きを見守るばかりだ。大公は笑顔で周囲を見回すと彼女に言った。
「よいよい。王には私からよく伝えておく。そなたは、ゆっくり休んで、日本で任務を続行してもらいたい・・・」
そう言ってブラムス大公は重岡と村山に向き直った。2人は同時にひきつった笑顔で会釈するのがやっとだった。大公は代わる代わる2人の肩をしっかりと抱いて言葉をかけた。
「重岡殿、村山殿・・・。ドローテアを頼みましたぞ」
思わぬお言葉に重岡はびしっと直立不動で敬礼し、村山は困ったように会釈して頭をぼりぼりかいた。それを見て満足げに微笑むと大公は彼の乗馬にさっそうとまたがった。
「では、これで失礼する」
「しばらくお待ちください!」
立ち去ろうとする大公にガルシアが突然、跪いて声をかけた。少し驚く大公にそのまま、彼は言上した。
「私はアメリカ合衆国海兵隊に所属しておりますガルシア大尉です。その・・・、ミランス大神官についてお聞きしたいのですが・・・」
860 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/25(火) 00:00 [ Ra5cNjeg ]
「ほお、ガルシア大尉。で、何を聞こうというのかね?」
礼儀正しいガルシアの挨拶に笑顔で答える大公に、彼は思いきった様子で質問をぶつけた。
「異世界の私と、彼女は結婚できるのでしょうか・・・?」
「なに?」
予想もしなかった質問にブラムス大公は目を丸くした。
「え?」
「結婚?」
当のドローテアもあまりの唐突な言葉に、固まってしまった。佐久間老人や日本人たちもきょとんとし、重岡は笑顔がひきつったまま固まっている。バルクマンに至っては口をぽかんと開けている始末だった。ガルシアは周囲の驚きに構うことなく、大公に言葉を続けた。
「私の父はイタリアという国で生まれました。イタリアは、飲み食べ、そして愛することが人間らしい生き方とされます。私は、大神官を一目見た瞬間、恋に落ちました。私はこの燃えるような心を彼女に捧げることができるのでしょうか?」
一通り情熱的なガルシアの口上を聞き終えると、大公は馬上で声を出して笑った。
「ははは!我が国は国民の恋愛を規制することはない。それが外国人とでもだ!ガルシア大尉、そなたの気持ちにドローテアが答えれば、結婚もよいではないか?ただし、当たり前だが双方の合意がないと結婚はできないぞ。せいぜいがんばるがよい!」
笑いながら大公は出発した。それに続いて、剣に竜が巻き付く格好のガシリア国旗をなぞらえた旗印を掲げて、親衛騎士団が撤収していく。
「な・・・、がんばれとは・・・・」
渦中の人物になってしまったドローテアは呆然と大公を見送った。呆然とする一同を後目に、お墨付きをもらったガルシアはドローテアの手を取った。
「ドローテア!愛に国境はない!2人で幸せな家庭を築こうじゃないか!」
その言葉でようやく、自分の置かれている状況が理解できたドローテアは顔を真っ赤にした。
「ま、待て!私はまだそんな、結婚とかいうことは考えていない!」
大慌てで否定するドローテアにもガルシアは動じることはない。
「それはそうでしょう。でも、私はあきらめない。きっと君の心を奪ってみせる!じゃあ、日本で会おう!我が恋人よ!」
そう言って、彼女の手に口付けするとガルシアは部下に命じてさっさと撤収を開始した。近くに隠していたトラックに兵士が乗って港に撤収していく。その最後尾のハマーの座席から、ガルシアはドローテアに気障な投げキッスを送った。
「ドローテア!きっと君の心を奪ってみせるからな!」
登場と同じく、撤収も唐突な海兵隊に残された人々は呆然とするばかりだった。
861 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/25(火) 00:01 [ Ra5cNjeg ]
2004年5月18日10時02分 ガシリア王国サラミド港 船着き場
大きな船着き場には数百名の日本人移民、数千のガシリア人が集結していた。沖には「おおすみ」が待機している。視察の議員団や、九州に向かうガシリアの高官たちも連れている。ドローテアが行方不明になってギラーミンとブルトスがやってきて以来、情報遮断、鎖国状態だったサラミドも彼女の帰還と共に再び、ガシリア最大の港として機能を始めた。
「すいませんが、自分は乗船したら睡眠薬を飲んで寝させてもらいます」
二日酔いの顔をした重岡が申し訳なさそうにドローテアに言った。無理もなかろう。あの事件が解決した後、彼女と重岡、村山は各地で引っ張りだこだった。そして旅立ちの日の前夜。佐久間老人の店に集まった日本人移民が農業組合青年部主催で大宴会を行ったのだ。その青年部は今、中世の港で彼女たちを見送るために小倉祇園太鼓を披露している。
「おお!来ましたぞ!」
紋付き袴姿の佐久間老人がドローテアに声をかけた。村山と重岡には聞き覚えのあるかけ声が近づいてくる。まさか・・・。
「ほいさ!ほいさ!ほいさ!ほいさ!」
「マジかよ・・・」
思わず重岡がつぶやいた。サラミドのメインストリートを青年部と地元の住民合同で担いだ博多祇園山笠が走ってくるのが見えたのだ。煉瓦や木造の家々から次々と清い水がかけられている。いくらなんでも大げさすぎると思った。
「それだけ、彼女がここの連中に慕われてるってことだな」
いつの間にか、日本人たちから渡された缶ビールを飲みながら村山が言った。そう言われて重岡も少し納得がいく気がした。そこへ、喧噪の中で彼を呼ぶ声に気がついた。
「重岡二尉!」
出張所の峰岸だった。スーツを着込んで平身低頭している。重岡も思わず頭を下げた。
「いやあ。このたびはいろいろとお世話になりました。これ、うちで生産している剣です。記念にどうぞ」
「いやいや!これは受け取れませんよ」
公務員の彼には受け取れない品物だった。それを村山がひょいっと取ると珍しそうに眺めた。
「こりゃいいや。バルクマン、今度使い方を教えてくれ」
「もちろんです、村山様」
佐久間夫妻や日本人の婦人会に酒をごちそうになるバルクマンが二つ返事で答えた。それをかき消すように山笠隊が大声で博多三本締めを始めた。
862 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/25(火) 00:01 [ Ra5cNjeg ]
「よ〜ぉっ、パンパン、もひとつ、パンパン、よさんっ、パンパン、パン!」
(パンパンは手を打つ音ですが、表現力のなさでこのような形になりました)
それを合図にしてドローテアが用意された壇上にあがった。彼女に気がついた群衆がたちまち静かになり、彼女に注目した。
「サラミドの市民と、日本人移民の諸君。私の留守中に、いろいろと諸君には迷惑をかけた。だが、悪人は捕らえられ、サラミドには平和が戻った。しかしながら、まだガシリアとアジェンダの戦争は終わってはいない。それどころか、ドボレクは同盟国、日本に潜伏して卑怯な破壊工作を行っている。私はそれを防ぎ、ドボレクを捕まえるために、再び日本に旅立つ」
ここでドローテアは言葉を区切った。群衆は息を飲むように彼女の次の言葉を待っている。
「だが、心配しないで欲しい。私が再び、このサラミドの地を踏むときは、この戦争が我がガシリアと、同盟国日本の勝利に終わり、世界に真の平和がもたらされた時なのだから!」
その瞬間、群衆から地鳴りが起こらんばかりの歓声があがった。村山はこの瞬間いつもの、わがままでタカビーなドローテアではなく、名君主ドローテアを見た気がした。らしくないが、ちょっと感動さえしていることに気がついた。
「ではバルクマン、行こうか・・・」
「はい、ドローテア様」
バルクマンに声をかけ、颯爽と自衛隊の用意したランチに乗り込もうとしたドローテアは涙を浮かべる佐久間夫妻に気がついた。
「佐久間殿、本当に世話をかけた。私が帰ってくるまで、元気でいてくれ。・・・・バルクマン、あれを」
バルクマンは佐久間夫妻に小さな封筒を手渡した。その中身を見た夫妻は驚きの表情をドローテアに向けた。中身は高校生になる佐久間夫妻の孫の写真だった。
「こっちに戻るついでに、孫のところに寄って預かってきたのだ。移民した佐久間と言えばすぐに住所もわかったからな・・・」
「あ、ありがとうございます・・・。いってらっしゃいませ」
感涙むせぶ佐久間夫妻の言葉に無言で応えてドローテアは颯爽とランチに飛び乗った。それに続いてバルクマンも飛び乗る。
「あ、では、お世話になりました」
群衆に一礼して重岡も続き、「じいさん、ばあさん、元気でな」と村山も続いた。群衆からの万歳三唱と花火に見送られてランチはゆっくりと「おおすみ」に向かって進み始めた。
863 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/25(火) 00:02 [ Ra5cNjeg ]
2004年5月18日15時21分 ガシリア王国サラミド港沖 「おおすみ」艦上
ドローテアは後部甲板でもう見えなくなった自分の領地を見つめていた。彼女の後ろにはいつものようにバルクマンが控えている。
「なあ、バルクマン」
「はい?」
いつになく元気のなさそうなドローテアの呼びかけに、少しだけ遠慮がちに彼が答える。
「きっと、サラミドに2人で戻ろうぞ」
「はい!きっと」
元気のない主人に代わって忠実な騎士が元気よく答えた。名君主とはいえ、まだ19。住み慣れた土地と彼女を慕ってくれる人々との別れはつらかったのだろう。そこへ村山が、ビールの入ったクーラーを片手にやってきた。
「何をへこんでるんだ?きっと帰るって約束しただろ?」
そう言って、バルクマンとドローテアに缶ビールを手渡した。ドローテアがその缶を見て驚いたような表情を彼に向けた。その缶には「ミランスビール」と銘柄が打たれていたのだ。
「佐久間のじいさんの作ったビールだ。出発前に山ほど渡されたよ。寂しくなったらそれを飲んでがんばってくれってな・・・・。お?ちゃんと商標登録してあるぞ。抜け目のないじいさんだ!」
日本人移民に親切にしてくれたドローテアに恩返しのつもりなのだろう。商標登録された「ミランスビール」の収益はサラミドや彼女の領地に還元されるという。
「さすがは佐久間殿ですな」
感嘆したバルクマンが「ミランスビール」を開けながら言った。それに答えてドローテアも笑顔を取り戻してプルタブを開けた。