766 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/05(水) 00:25 [ cvgBWnuI ]
んじゃ投下します。
「出動!独立偵察隊」第1話:契約
です
2004年4月13日23時32分 福岡県遠賀郡岡垣町国道495号線
深夜の国道を1台のワンボックスカーが疾走していた。国道とは言え、片側1車線で数キロも信号のない田舎道だ。運転者の若者は缶ビール片手にステレオの音量を全開にして疾走している。助手席の男もその音楽にノリノリだった。これから海の中道まで行って女の子でもナンパするつもりだった。
「おい!あれ!」
不意に助手席の男が指さした先には、道路にぽつんとたたずむ男が見えた。慌てて運転者は急ブレーキを踏んだ。ワンボックスカーは半分スピンしながらどうにか停車した。
「あの野郎!」
運転者は怒りにまかせて缶ビールを投げ捨ててドアを開けた。そのまま路上の男につかみかかった。
「てめえ!危ねえだろうがぁ!」
助手席の若者もくわえタバコでにやけながら車を降りた。やれやれ、ヤツが切れたらなだめるのに時間がかかる。どんな事情か知らないが道路の真ん中に突っ立ってるのは正気の沙汰じゃない。
「おい!てめえ、ふざけんなよ!」
運転者は男のむなぐらをつかもうとして一瞬躊躇した。その男は黒いマントで身を包んでいたのだ。
「コスプレか?おい!」
運転者はその男のマントをめくった。マントの中は銀色に輝く西洋風の鎧だった。運転者はそれを見て言葉が続かなくなった。次の瞬間、彼の首は胴体から切り離され、アスファルトの地面に転がった。
「ひ、ひい!」
助手席の男は運転者の無惨な最期を見るとその場にしりもちをついた。マントの男は無言で彼に歩み寄った。
767 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/05(水) 00:26 [ cvgBWnuI ]
2004年4月15日8時9分 北九州市小倉北区京町の某雑居ビル
村山次郎はソファーに座り込んで頭を抱えていた。決して二日酔いだけではない。それ以上に彼が目を覚ましてから見舞われた状況に対して、頭を抱えているのだ。
「だれだ、こいつ・・・」
迎え酒の缶ビールをあおりながら思わずひとりごちた。村山の職業は私立探偵。浮気調査やペットの捜索などが仕事だ。夕べは大手企業の重役から依頼された浮気調査の報酬が入って街に繰り出した。そしてしこたまに飲んだ後、事務所兼自宅のここに帰ってきたはずだった。だが、今彼のベッドには金髪の美しい女性がすやすやと寝息をたてているのだ。
「まずい、もうすぐ美雪が来る・・・」
村山は時計を見てつぶやいた。田村美雪は知り合いの派遣会社の社長に回してもらった秘書だった。大学を出たばかりの彼女だったが語学堪能、パソコンも使える有能な秘書だった。時給1300円では安いくらいだったが、彼女は文句も言わずにこんなうらぶれた探偵事務所に勤務してくれている。時給の代わりに週に1,2度、特別ボーナスを提供しているのだ。そして今日がそのボーナスの「支給日」だった。
その時、村山の携帯が鳴った。相手は大学の同期で自衛官の重岡竜明だった。今度二尉に昇進したと聞いた。けっこうなことだが、今の村山にそれを喜ぶ余裕もない。
「おう、今近所にいるんだが・・・」
重岡のその言葉は村山にとって神の救いに等しかった。
「今すぐ来い!待ってるぞ!」
そう言うと村山は一方的に電話を切った。そしてベッドルームに入ると、床に脱ぎ散らかされたシャツとネクタイを取ってそそくさと身につけた。
768 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/05(水) 00:26 [ cvgBWnuI ]
2004年4月15日8時11分 北九州市小倉北区モノレール平和通り駅前
つっけんどんというより、ほとんど失礼な旧友の電話に重岡はいささか怒りを覚えた。モノレール駅から路上に降りてタバコに火をつけた。朝の小倉はラッシュが始まって、サラリーマンや高校生、大学生が大勢歩いている。大通りのバスも人々を満載して行き来する。
「俺も仕事じゃなきゃ、こんなヤツに連絡なんてしないよ・・・」
くわえタバコで駅前を行き来する女子学生を見ながら重岡がつぶやいた。通りすがりの彼を女学生が好奇心いっぱいの目で見ながら通り過ぎていく。無理もない。彼は陸上自衛隊の幹部である。濃い緑のスーツに身を包んでいるのだ。
「まあ、一頃に比べると落ち着いたよな・・・」
朝のラッシュの町並みを見ながら重岡がつぶやいた。彼の記憶は1年前の4月にさかのぼっていた。
769 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/05(水) 00:27 [ cvgBWnuI ]
重岡は早くも疲労で倒れそうだった。未明から問い合わせの電話が殺到しているのだ。対岸の下関の明かりが見えない。自衛隊の訓練じゃないのか?戦争か?テロか?災害か?この世の厄災がすべて自衛隊のせいではないのかと言わんばかりの電話攻撃で非番も含めて手の開いた隊員はみな、かり出されていた。
連隊も混乱していた。本州との連絡は未明から寸断していた。幸い、春日の方面隊とは連絡が可能でそっちからの情報はちらほらと入っていた。それでも、この九州だけが孤立した原因はわからないままだった。
「うちの、息子は今日初めて下関の市立大に行くのに関門トンネルも関門橋も通行止めってどういうこと?」
電話の向こうの子供の大学生活に自衛隊はまったく関係ないことは明白だが、電話に出た幹部はなんとかなだめようと必死だ。
隣にある大学の学生からは実家と連絡が取れないと、半分泣きながら電話をかけてくる。テレビやラジオもローカル以外は砂嵐。スーパーとガソリンスタンドには車の長蛇の列ができた。
やがて、九州は完全に孤立したことが判明すると治安は極端に悪化した。一時は自衛隊の治安出動まで検討されたが、各県警の努力でどうにか沈静化した。民心の安定は県警の努力だけではなかった。その日の午後、テレビのニュースで重岡も知ったのだが。未知の大陸を海上保安庁が発見したという。「未知の大陸」というにはそれなりの根拠があった。保安庁は宮崎県沖に巨大な大陸を発見したのだ。地図上では太平洋にあたる地域に現れた大陸。そして海上保安庁は、その大陸の住民とおぼしき一団と接触していたのだ。治安悪化は人々の予想を超えた事態のため、収まると言うより一時停止したのだ。
770 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/05(水) 00:29 [ cvgBWnuI ]
2004年4月15日8時43分 北九州市小倉北区京町の某雑居ビル
村山の事務所に入った重岡は思わず目を疑った。ソファーにはぐったりとした村山、奥のベッドにはすっ裸の金髪の女性が寝ているのだ。
「やあ、いいところに来てくれたな・・・」
村山は朝から缶ビールを飲んでいる。顔をしかめながら重岡は勧められたソファーに座った。
「仕事の依頼に来たんだが。今、だいじょうぶか?」
村山の勧める缶ビールを「勤務中だ」と断ってから彼は言った。
「おい、ありゃだれだ?」
重岡はベッドに横たわる金髪の女性を見て尋ねた。村山は言いにくそうにタバコに火をつけた。
「いや、夕べお持ち帰りしたみたいなんだが・・・・。覚えてないんだ。ロシアンパブの子でもないしな・・・」
「言葉がよく通じたな」
彼女が寝返りを打った。美しい金髪が顔にかかっているがその間から見える顔はかなりきれいだ。村山め。独身なのをいいことにいろいろやっていやがる。
「いや、日本語はペラペラだった。聞いたこともない国だったけど・・・思いだせん・・・」
そこで彼の背後のドアが乱暴に開かれる音がした。
「おはよー!センセー!」
黒っぽいスーツに長い茶髪をとりあえずアップにしてまとめた女子大生みたいなかわいい女の子だった。そのスカートの短さに重岡は思わず目をそらした。
「やべえ!」
村山はソファーから素早く身を乗り出すと奥の部屋に通じるドアを急いで閉めた。女の子は「センセー」の素早い動きに怪訝な表情を浮かべた。
「なに?誰かいるの?」
「いや!いない!いないよ!・・・・と、仕事のお客様だ」
771 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/05(水) 00:33 [ cvgBWnuI ]
村山は慌てて話題をそらした。女の子は濃い緑色の制服を着た重岡をしげしげと見つめた。そして彼が傍らに置いた帽子を見て大きく目を見開いた。
「お客さんって自衛隊の人?センセーを兵隊に引っ張るの?」
自衛隊は不況の現在、最も人気のある職種だ。こんなよれよれスーツの男を雇わなくても有望な人材はいくらでもいる。もっとも、現在交戦中のガシリア王国とアジェンダ帝国の戦争に巻き込まれないように微妙な立場でもあるが。特に海上自衛隊は困難な任務を強いられている。佐世保の護衛艦群は現在、ガシリア王国首都ガシリアナ沖に展開して王国軍の後方支援を行っている。あくまで、非戦闘地域での活動に限定されているが、すでにアジェンダ軍の竜騎兵を数十騎撃墜していた。時折空爆にやってくる敵軍だった。
航空自衛隊も暫定的にもうけた防空識別圏を警戒しているが、アジェンダ竜騎士団は威力偵察も兼ねてすでに100回近く侵入していた。陸上自衛隊は首都ガシリアナに連絡部隊と護衛の普通科中隊を派遣しているだけで、大した事態に巻き込まれてはいなかった。すでに、ガシリア王国軍は敵の聖地であるアジャトゥーパを陥落させる勢いだった。アジャトゥーパは敵の魔導師の根拠地で魔導大臣ドボレクが治めている。そこを陥落させれば戦争の帰趨はガシリア王国に完全に傾くと言っていい。
「はっはは!こんなヤツ、兵隊にしたって役に立たないよ!俺が来たのは人捜しの依頼だよ」
それを聞いて女の子は表情を変えた。たちまち、模範的な営業スマイルを浮かべて深々と重岡にお辞儀した。
772 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/05(水) 00:34 [ cvgBWnuI ]
「大変失礼いたしました。私、当事務所の秘書をさせていただいております田村美雪ともうします。ただいまコーヒーをお持ちいたします。先生、後はお願いします」
そう言って美雪はパーテーションでかくしてあるキッチンに消えた。村山はとりあえずは彼女にベッドに寝ている女性のことで詰問される瞬間が遠ざかったことにほっとしていた。
「仕事の話をしていいかな・・・」
そう言って重岡はバッグから一枚の書類を取り出した。村山はそれを受け取ると隅々までそれに目を通した。
「行方不明者の捜索か。しかもガイジンか」
村山の言う「ガイジン」とは正確にはガシリア王国の国民を指す。一般の市民でもニュースなどでガシリアの高官や軍人が九州を来訪していること。九州の知事や県議会議員、鉱山会社や大手のゼネコン社員がガシリアに渡航していることを知っていた。
「ああ、しかも高官だ。ドローテア・ミランス。ガシリア王国大神官。写真はないが、肖像画のキャプがあるだろ」
重岡の言葉に村山は渡された書類の下を見た。デジカメからの画像だろう。少々荒いがその大神官とやらの顔は確認できた。美しい金髪に青い目。高貴な高い鼻・・・。いわゆる美女のたぐいだ。
「こんなに若いのに大神官様か?」
「うむ。彼女の両親はこの戦役でどちらも戦死されたそうだ。そこで彼女が先年、両親の称号を受け継いだそうだ。こっちに向かう途中に敵の竜騎士に不意をつかれてな。船団は壊滅状態になったんだが、彼女は行方不明になったままだ。覚えてるだろ?」
重岡の言葉にコーヒーを持ってきた美雪が答えた。
「ああ、4,5日前に椎田沖であった戦闘ですね」
低空侵入してきた竜騎士が、九州を訪問しようとしていたガシリア船団を襲ったという新聞記事を彼女は覚えていた。重岡は頷いた。
773 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/05(水) 00:36 [ cvgBWnuI ]
「まだ遺体はあがっていないし、生存の可能性がある。自衛隊でも県警と共同で捜索しているが、おまえは人捜しの腕前はぴかいちと聞いた。報酬ははずむから頼むよ!」
「センセー!引き受けてあげましょ!」
村山は頭をぼりぼりかいて考えていたが、ため息をついて了承した。
774 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/05(水) 00:36 [ cvgBWnuI ]
2004年4月15日9時48分 北九州市小倉南区北方 陸上自衛隊第40普通科連隊
「重岡です、入ります」
連隊長に呼ばれて重岡は会議室に入った。会議室には連隊長の丸山他幕僚が控えている。
「重岡君、今回知事から要請された件について、君の信用できる興信所に寄ってきたそうだな」
丸山が重岡に尋ねた。重岡は起立したまま彼に答える。
「はっ、市内では右に出る者がいない業績のある興信所です」
それを聞いて春日から出向いていた西部方面隊総監部の田島三佐が鋭い視線を重岡に向けた。
「まさか、村山とか言う探偵ではないだろうな?」
よもやこの場でその名前が出るとは全く予想していなかった重岡はいささか返答に窮した。
「は、はあ・・・。何か問題が・・・?」
その返答に田島はテーブルを叩いた。書類に目を通していた幹部たちが一斉に肩をびくっとさせた。
「よりにもよってあの男に依頼しただと!さっさと自衛隊を退職して興信所を始めたような節操のない男にか?」
田島の怒りっぷりに重岡も心の奥でなっとくした。そう言えば、総監部の幹部で奥さんから浮気調査を依頼された人物がいると聞いた。まさか、その調査対象が田島で、依頼を受けたのが村山とは・・・。証拠はないが、彼の異常なリアクションは半分答えを言っているようなものだった。今後のことを考えて重岡は慎重に田島に答えた。
「はあ、自分もうかつでした。早速この件はキャンセルしてきます・・・」
村山と田島の個人的な確執に巻き込まれてはたまらないと重岡は思った。とっととヤツに電話を入れてキャンセルしよう。
775 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/05(水) 00:37 [ cvgBWnuI ]
「当たり前だ。それと、このドローテア・ミランス大神官の画像だが。もっと鮮明にできんのか?」
ようやくイスに腰掛けた重岡に田島が続けていちゃもんをつけてきた。肖像画をデジカメで撮影したものだ。これ以上画像を鮮明にするのは困難なはずだ。お茶をすすりながら田島が文句を言っている画像を見た。きれいな金髪に青い目。よくわかるじゃないか・・・
「あっっっ!あああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!」
お茶を吹き出しながら重岡が絶叫した。そのまま彼はイスごと後ろにひっくり返った。
「いったい何事だ!?」
連隊長の丸山が重岡に大声で叫んだ。重岡は両隣の幹部に助け起こされながらどうにか丸山に答えた。
「そ、そ、それが・・・・。このド、ドローテア・ミランス大神官を・・・・、自分は、その発見しておりました」
重岡の言葉に今度は丸山がイスからひっくり返りそうになった。
「まちがいないのか?」
「はい、本日訪問した村山の事務所で・・・・、そのぉ・・・。一糸まとわない姿で休んでおられました・・・」
重岡の報告に今度は田島がお茶を吹き出した。大事な国賓が、うらぶれた探偵事務所のベッドですっ裸で寝ているなんて。しかも独身男の寝泊まりしている雑居ビルでだ。そこで繰り広げられた行為を想像するのはたやすい。先方にばれれば知事の首が飛ぶどころの騒ぎではない。
「む、村山・・・・。やつは疫病神かぁ・・・」
田島が思わずひとりごちた。彼は門司港に到着する大神官一行を出迎える役を仰せつかっていたのだ。知事の首が飛ぶ前に彼の出世コースが危ないことは明白だった。
「し、重岡二尉!す、すぐに、警務隊を連れてお迎えに行くのだ!」
丸山も大慌てで命令した。しかし、それを横にいた幹部が耳打ちした。それを聞いて連隊長は大声で怒鳴った。
「だったら、すぐに小倉北警察署に電話しておけ!パトカーで先導してもらえば自衛隊の車列なんて問題ないだろ!市長にも電話しておけ!全部すんだら知事に報告するんだ。こっちの責任じゃないことにしておくんだ、なにぼうっとしてんだ!大神官をお迎えする準備をせんかぁ!!」
丸山の悲壮な叫びを合図に会議室に集まった幹部たちはそれぞれの仕事をするために部屋から飛び出した。
776 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/05(水) 00:38 [ cvgBWnuI ]
2004年4月15日10時16分 北九州市小倉北区京町 村山事務所
「ね〜え、センセー」
美雪がソファーに座る村山に猫のように甘えてきた。今日は「特別ボーナス」の日だ。村山はタバコをくわえたまま、重岡の残した書類の一点を見ているだけだった。
「センセー?今日はないんですかぁ?」
美雪の再度の質問に彼は内ポケットからメモ用紙を取り出して彼女に渡した。メモの中身は、駅前のパチンコ屋の店員から聞き出した明日のモーニング設定台の情報だ。美雪はその情報を仕入れて「特別ボーナス」をゲットしていたのだ。パチンコ屋の店員とは以前、闇金融にひっかかったのを助けてからの関係だった。
「センセー最高!」
美雪は書類に目を通す村山の頬にちゅっとキスをすると携帯電話にその情報を登録した。いつもはうれしい御礼のキスだが、今の村山にとってはそれどころではなかった。鮮明ではないがこの画像の人物。見たことがある。それも遠い過去ではない・・・。
「センセー。どうしたの?」
様子のおかしい村山に気がついた美雪が彼の背後から抱きついたときだった。ベッドルームと事務所を隔てるドアが不意に開かれた。カギをかけていなかったことを今更思い出して村山は顔をひきつらせた。
「誰?この人?」
村山の首に抱きついたままの美雪が呆然としたまま言った。ドアを開けたのはシーツに身体をくるんだ金髪で目の青い女性だった。そして村山はその女性が誰であるか、知っていた。
「ガシリア王国大神官・・・、ドローテア・ミランス様・・・・ですね・・・」
怪訝そうな顔をしている美雪と、彼女に抱きしめられて顔をひきつらせる村山を交互に見やって、金髪の女性、ドローテアは優雅に髪の毛をかきあげた。
「ゆ、ゆうべは、どうも・・・・」
その美しい仕草に昨晩のことを思い出しながら村山はどうにか挨拶した。
「そのことはよい。あれは私とそなたの「契約」だからな・・・」
多少顔を赤らめながらも優雅な仕草で髪の毛を整えながらドローテアは言った。それを聞いた美雪はたった今まで抱きしめていた「センセー」の首を締め始めた。
777 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/05(水) 00:38 [ cvgBWnuI ]
「センセー!どういうことよ!「契約」って?援助交際なんかしたんじゃないでしょうね!」
美雪はがっちりと村山をホールドしながら詰問した。当然と言っていいが、彼女は村山と関係があった。そうでもないと、こんなうらぶれた事務所で派遣社員をするはずがない。
「うううう・・・・、ギブ!ギブ!」
村山はソファーでもがきながら彼女の腕をぽんぽんと叩いた。本当にこのままじゃ殺されてしまう。ドローテアはそんな2人を見ながら無表情で立ったままだ。ようやく美雪は村山を締める腕をゆるめた。
「いや、美雪。これは勢いだ。男なら誰でも起こり得る勢いなんだ」
再び首を絞められてはたまらないと、とっさに村山は事務所の外に通じるドアに近づきながら弁明した。ここは外に脱出しないと命が危ない。そう思った村山がドアノブに手をかけようとする前にドアが勢いよく開かれた。
「命令あるまで撃つなよ!」
大声で叫びながら先頭で入ってきたのは重岡だった。その後に十数名の89式小銃で武装した警務隊員が続いた。村山はその場で立ちすくみ、美雪は目を丸くしている。そしてドローテアはシーツが落ちないようにそれを手で持ったまま、相変わらず気品のある表情を浮かべているだけだ。
「重岡・・・」
呆然としたままの表情で村山はさっき彼の事務所に訪問したままの格好でシグを構える重岡に問いかけた。重岡は彼を一瞥すると目をそらした。
「おまえ、よりによってこの時期に一番お持ち帰りしちゃいけない人物をお持ち帰りしてしまったな」
重岡の言葉を聞いて思わず、村山は窓にとりついた。そして窓の下の光景を見て我が目を疑った。彼の事務所の前には10台以上のパトカーが停車して制服警官がびっしりとビルの入り口を固めている。美雪もこの光景を見て唖然としている。
778 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/05(水) 00:39 [ cvgBWnuI ]
「センセー、今度こそやばいよ・・・」
「君も一応、同行してもらうよ」
重岡は優しく美雪に言うと、ドローテアに近寄って一礼した。
「ガシリア王国大神官、ドローテア・ミランス様。私、陸上自衛隊二等陸尉、重岡です。お迎えにあがりました。」
それを聞いてドローテアは美しい微笑を浮かべてそれに答えた。
「重岡二尉、お役目ご苦労。準備したいので時間をくれぬか?」
「もちろんです」
そのやりとりを聞きながら村山はひとまず、この場から退散しようとこっそりと事務所のドアをくぐろうとしていた。それを見とがめたドローテアが声をかけた。
「村山殿!どちらへ?」
静かだが威厳ある声に村山は思わず動けなくなった。警務隊員も彼を見ている。
「な、なんか、自衛隊のみなさんに保護してもらったみたいだし。俺の役目も終わりかなって感じで・・・」
村山の言葉を聞いてドローテアは優しく微笑んだ。それを見てほっとした村山は騒ぎが落ち着くまで事務所から退散しようと警務隊をかきわけて外に出ようとした。
「村山殿・・・・。私との「契約」をお忘れのようだ」
そう言うと、ドローテアは何か口で呪文を唱えた。次の瞬間、村山の股間に強烈な痛みが襲いかかった。思わず彼はその場にへたりこんだ。
「いてててててててて!!!!」
もんどりうって転げ回る村山を見てドローテアは勝ち誇ったように笑った。それを見て重岡が恐る恐る彼女に声をかけた。
779 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/05(水) 00:39 [ cvgBWnuI ]
「あの・・・・、彼との「契約」とは・・いったい?できればそれに関しては我が自衛隊で代行したいのですが」
重岡の言葉を聞いてドローテアは少し頬を赤らめた。
「彼との契約は代行はできぬ。彼は私がこの九州で任務を果たすまで、私に同行し私を護衛することを契約した」
「ですから、その護衛は我々がやりますから」
重岡にとって旧友とは言え、これ以上村山とこの件で関わるのはごめんだった。ただでさえ、田島の心証を悪くしたのだ。だが、そんな重岡の希望を大神官の言葉は見事に打ち砕いた。
「彼と私は・・・その、肉体的な契約で結ばれておる。途中で解約などできぬ。その証拠に、今逃げ出そうとした彼を見なさい」
村山は警務隊の間で股間を押さえて半分泣きながらもがいている。美雪はあまりの出来事に目を白黒させるばかりだ。
「なんなんだ?ちぎれるところだったぞ!」
村山の悲壮な叫びを聞いて警務隊の1人が重岡に彼女の言う「契約」を推理した。
「これって孫悟空じゃないっすか?」
隊員の推理を重岡はドローテアに話した。彼女は無言で頷いた。
「彼が私を求めたときに説明したのだが、彼はよく聞いてなかったようだな。私は彼と交わるにあたり、契約魔法を彼の・・・・、その・・・・にかけた。この契約を履行すれば彼は私の契約魔法から解放される」
なんてことだ。村山が彼女と逢瀬を交わすときにした約束を果たさない限り、大神官とセットで彼がもれなくついて来るというわけだ。
「ドローテア様、いったい、彼とどんなご契約を?」
額に冷や汗を浮かべた重岡の質問にドローテアはあっけらかんとして答えた。
「決まっておるではないか。アジャトゥーパを逃れて九州に逃げ込んだアジェンダ帝国魔道大臣、ドボレクを捕まえるまでの私の護衛だ」
重岡はその答えに思わず泣きそうになった。もともと彼女が九州を訪問する目的は、行方知れずのドボレクの捜索だったのだから。つまり、重岡の任務完了までトラブルメイカー村山が彼に同行することがこの瞬間確定したのだ。
「俺、退職しようかな・・・」
野次馬の集まるビルの前で群衆整理始めた警官隊を見ながら重岡が思わずつぶやいた
783 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/07(金) 00:38 [ Wj4ooKj2 ]
続けて投下します
出動!独立偵察隊 第2話:部隊結成 です
2004年4月15日13時28分 福岡県古賀市 九州自動車道古賀サービスエリア付近
白バイに先導されたパトカーと高機動車の車列は一般車の目を引いた。万全の抜かりもないように、春日からヘリまで飛ばす警戒ぶりだった。その光景をガシリア王国大神官ドローテア・ミランスは驚嘆の目で見ていた。
「すばらしい。魔法も使わないでこのような車を走らせるとは・・・」
重岡と警務隊に合流した丸山連隊長は警察から借り上げたバスの中で彼女に愛想良く笑顔を振りまきながら言った。
「はい、それはもう・・・。我が国の技術の結晶でございますから・・・」
言い終わると、ドローテアの横で白けた表情を浮かべる村山と秘書の美雪をうざったそうに見た。まったく、彼女の言う「非常手段」とは言え、こんな男と肉体関係を結んで、契約魔法とやらを結んでしまうとは。営業スマイルを浮かべながら、県知事にどう言い訳するか必死で考える丸山だった。
「ねえ、センセー。あたしたち、これからどうなるの?」
村山の肩にもたれかかってけだるそうに美雪が質問した。村山も退屈そうにあくびしながらそれに答える。
「まさか、殺されはしないだろうがな。当分は窮屈な生活になりそうだ・・・」
「最悪〜!でも、それもこれもセンセーがあんなガイジンと援交しちゃうから悪いんですよぉ。時給あげてもらうからね」
「重岡殿、エンコーとはなんだ?」
2人のやりとりを聞いていたドローテアがうなだれる重岡に尋ねた。丸山と同じく県知事への言い訳を考えていた重岡はぶっきらぼうに答えてしまった。
「ああ、金銭や物品と引き替えに身体を売ることですよ・・・。つまりは素人売春ですな」
模範解答を彼女に答えたところで、重岡は事態のまずさに気がついた。しかし時すでに遅しだった。
「無礼者!我が大神官家に伝わる究極の契約魔法をそのような下司な行為といっしょにするな!」
ドローテアが烈火のごとく怒りながら美雪に怒鳴った。彼女とて負けてはいなかった。
「あんたこそ!こっちはセンセーをだまして変な魔法をかけたせいでこんな目にあってんのよ!」
丸山と重岡は頭を抱えた。国賓待遇の大神官がこんな若い女性であって、しかもその船団が敵に襲われ彼女は行方不明になり、しかもその彼女がうさんくさい探偵事務所で見つかって、しかもその探偵と一夜を共にし、さらにその探偵に契約魔法とかで、彼女の任務遂行まで行動を共にせねばならないとは。
その任務というのも普通の任務ではない。九州に潜伏したと思われるアジェンダ帝国きっての魔法使い、魔道大臣ドボレクの逮捕なのだ。彼の逮捕には強力な魔法力を持つ大神官の力が必要不可欠だった。
「いったい、よりにもよってなんであんな男を、魔法まで使って護衛にしてしまったんだよ・・・」
重岡の嘆きの真相は意外な形で明らかになる。
784 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/07(金) 00:38 [ Wj4ooKj2 ]
2004年4月15日15時56分 福岡市博多区千代 福岡県庁
ヘリで先行していた田島三佐から事情のあらましを聞いた、浅川渡福岡県知事は顔面蒼白になった。彼は3期連続当選。一族から閣僚まで出す福岡県きっての血筋に生まれ、政治学を幼い頃から学んでいた。そのため、今回の事態にも比較的冷静に対応し、各県知事で構成された暫定政府のリーダーだった。
しかし、さすがのリーダーも今度の件の顛末だけは色を失った。
「まもなく見えられます」
秘書の言葉を聞いて浅川はネクタイを締め直し、満面の笑みを用意した。田島と、岩村県警本部長も知事の後ろに控えて、報告だけは聞いていたが大神官との対面にいささか緊張していた。
「こ、こちらでございます・・・」
丸山の先導で入ってきた人物を見て、浅川は少し面食らった。田島も岩村も口をぽかんと開けている。
「こちらが、ガシリア王国大神官、ドローテア・ミランス様です」
丸山がかしこまって紹介しているのはGパンにTシャツの金髪女性だった。少し間違えば、中州界隈のご商売の方々に見える。だが、彼女の仕草や表情は高貴な大神官そのものだった。
「ドローテア・ミランスです。お目にかかれて光栄です・・・・」
彼女は優雅に挨拶したが、知事はじめ一同の目が自分に釘付けになっているのに気がついた。そしてそれが彼女の身につけている異世界の服が原因だとわかると、微笑を浮かべた。
「船団がアジェンダ軍の竜騎士に攻撃されて、私は海に投げ出された。気がつくと浜に打ち上げられていて、そこで親切な老婆に助けられたのです。孫娘の服を借り、いろいろこの世界について聞いてみた。すると警察というところに行けばよい、と聞かされた」
その言葉に県警本部長ははっとした表情を浮かべた。目元をぴくぴくさせている。
「で、近くの警察とやらに行くとパスポートとか、外国人登録証とかうるさいことを言われた。持ってないと答えると捕まえるとか言うので、仕方なく隙を見て逃げてしまった・・・」
彼女の言葉に浅川は岩村をにらみつけた。さらに彼女の言葉は続く。
「次に通行人に聞いて役所とやらに行くと、あちこちの窓口にたらい回しにされてしまった。イヤになったので、軍の基地らしきところを見つけて聞いてみたら、免許証だったかな?がないと入れないとか、一般の見学はできないとか、こっちの言うことは聞いてくれなくてな。困り果てて、大きな鉄の車の男に大きな街まで送ってもらった。そこで途方に暮れているところを、そこの村山殿に声をかけられ・・・後は知っての通りだ」
浅川、丸山、田島、岩村、そして県庁の職員は顔をひきつらせながらドローテアの話を聞き終わった。県知事は岩村に恐ろしい形相で振り返った。
「岩村君、事件を聞いて私は早急な捜索、救助活動を命じたはずだが・・・」
「あ、い、いえ・・・。私は準備を至急進めるように各方面に指令していたのですが、田島三佐が、自衛隊のメンツにかけて捜索すると譲らないものですから、それに丸山連隊長も40普連からも応援を出すからということで、共同歩調を検討しておったところでございます・・・」
「検討?なんだそれは!私は早急に・・・!」
「県知事!私は横やりを入れるなどと言うことは・・・・!」
「そもそも県警が割り当てのガソリンが少ないから自衛隊にヘリを出せと言ったのが・・・!」
ドローテアは顔面を真っ青にしながら言い合いする丸山、田島、岩村を見ながら村山に問いかけた。
「いったい、彼らは何を議論しておるのだ?」
まさか、彼らのなわばり争いの結果、彼女の救助が遅れただけでなく、村山と彼女が肉体関係を結んだばかりか、契約魔法で切っても切れぬ間柄になってしまったことへの責任のなすりつけ合いとはさすがの村山も言えなかった。
「俺、絶対左遷だ・・・・」
こういう責任は組織ではたいてい、現場の責任者に向けられる。せめて諭旨免職くらいにしてもらわないと、退職金ゼロでは女房も実家に帰ってしまう。重岡はとっさに、退職後の身の振りを考えたが、思い浮かばない。
「重岡、万が一の時はうちにこい。昔のよしみだ。面倒見てやるからさ・・・。時給は700円スタートだけどな」
「重岡殿、何が理由かわからんが、あまりくよくよするな。我が大神官家の家訓には、「人間、いつも心に太陽を」とある。」
彼が胃に穴が開くほどの苦悩を味わうことになった張本人である、ドローテアと村山がにこやかに重岡を励ました。
785 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/07(金) 00:39 [ Wj4ooKj2 ]
2004年4月17日9時11分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊
この数日ですっかり憔悴した重岡は連隊長に呼ばれて執務室に入った。彼の用事はすでにわかっている。私物の整理もすんでいた。幸い、女房は実家に帰ることだけは思いとどまってくれたが、娘共々怒り心頭だった。
「重岡君、転属だ。私は君の将来を期待しておる・・・・が!今度このようなことがあれば、君の将来はないぞ。健闘を祈る」
「は、はい・・・」
執務室を辞した重岡は私物を抱えて連隊の建物群から遠く離れた一角に赴いた。そこには粗末なプレハブ小屋が建っていた。駐屯地と外界を隔てる塀の向こうから、自動車学校や大学の生徒が珍しげに見ている。
「あんなところにあんな小屋、あったっけ?」
「あれ見て!絶対左遷だ。窓際送りだ・・・」
通学途中の大学生のひそひそ声が彼のところまで聞こえてきた。屈辱で切れそうになりながらも胸を張って重岡はプレハブの前に立った。
「ん・・・・。第一独立偵察小隊・・・・?聞いたことないな・・・・」
カンバンに乱暴に書かれた文字を見て重岡は首を傾げた。そして、その小屋のドアを開けるとひっくり返りそうになった。
「よお!遅刻だぞ!小隊長!」
中古の事務机が向かい合って並べられた小屋に備え付けられた、これまた中古の応接セットに座って、村山が陽気に言った。しかも、三尉の階級章をつけた制服を着込んでいる。
「おそ〜い!小隊長!」
私服だが、二曹待遇のパスを持った美雪もパソコンを触りながら言う。
「い、い、い、いったい、どうなってんだよ?」
あまりのできごとに重岡は私物を放り出して村山につかみかかった。あのときの知事とドローテアの会見は幹部連中の言い争いをきっかけに、彼は席を外していて結果を知らなかった。
「ああ、あの後なあ。直談判したんだ。俺は今回の件が終わるまでドローテアと離れられない。でも、彼女の任務は自衛隊と共同で行うはずだったんだろ?だったら俺を自衛隊に戻せって」
そう言って村山はどこからか持ち込んだ缶ビールを飲みながら三尉の階級章を自慢げに見せた。
「あたしも〜、ここまで事情を知ってしまったんだし、ひどい扱いされたらマスコミにしゃべっちゃうって言ったら、二曹待遇だって!チョーラッキー!」
バカな!バカな!そんなバカな!重岡は心の中で自問した。国家公務員にして日本の独立と国民の生命財産を守る組織の自衛隊がこんな連中をたとえ臨時で、緊急にしても雇うはずがない!
「まあ、それもこれも大神官様のおかげだぞ!俺たちはともかく、おまえ、彼女の助言がないと、上の責任をかぶって懲戒免職だったんだぞ!」
「えっ!?」
村山の言葉に重岡は反論の言葉を失った。まさか、厄災の原因である彼女の助け船があったとは思いもしなかったのだ。村山は黙って、階段を顎で示した。
「彼女は上にいる。一言御礼くらい言っておけよ。あれでも国賓待遇で、ガシリアでは五本指に入る高官だぞ」
たしかに、あれだけの騒ぎを起こしておきながらその当事者が皆無事でいるのは彼女のおかげと言えた。重岡は階段を駆け上がって少し豪華なドアを叩いた。
786 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/07(金) 00:40 [ Wj4ooKj2 ]
「入れ!」
声だけは高貴で気品にあふれるが、彼女の内面を知っている重岡は警戒しながらドアを開けた。大神官ドローテア・ミランスはとりあえず支給されたWACの制服に身を包んで豪華な机に座って新聞に目を通していた。
「重岡殿か・・・。今回のことではいろいろと迷惑をかけたな」
豊かな金髪をかきあげながら彼女が言った。どうやらこれは彼女の癖らしい。はっきりと見えるその顔はさすがの重岡も思わず見入ってしまうほど美しい。
「い、いえ!このたびは第一独立偵察隊に自分を呼んでいただきありがとうございました!大神官様のご温情に必ずや報いたいと思います!」
重岡は直立不動で一礼した。なんだかんだ言ってもやはり国賓にして、大神官。彼女の温情と心の広さに思わず涙が出そうになるくらい感激した。
「まあ、そう固くならずともよい・・・。そなたを勧めてくれたのは他ならぬ村山殿なのだから・・・」
「はあ、村山ですか?」
ドローテアは座っていた豪華なイスから立ち上がると重岡のすぐ近くに歩み寄った。いたづらっぽい微笑を浮かべて重岡を見ている。
「私も、この国の指導者が私を煙たがっていることは知っておる。この2,3日、新聞や歴史書を読んだ。この国を支配する妙な決まり事はだいたいわかった。それでも今、この国が我が国に行ってくれている支援は大変ありがたい。国民に変わって礼を言いたいくらいだ。おかげで我が国は30年近くに渡ったアジェンダ帝国との戦争をまもなく勝利で終わらせるであろう」
政治的なことには言及しない癖のついている重岡は彼女の言葉に無言のままだった。彼女は自衛官のその姿勢を知っているのか、くすっと笑うと言葉を続けた。
「だが、魔道大臣ドボレクがこの国に潜伏した以上、戦争は簡単には終わらぬ。ヤツは危険だ。召還魔法を持っている。アジェンダからこの国に、凶暴なヤツの部下を呼ぶことも可能だ。ヤツを封印できるのは大神官の血を引く私だけだ」
「それはうかがっております」
重岡の当たり障りのない返事を聞くと、ドローテアは少し残念そうな顔をしたが、それでも言葉を続けた。
「この国の指導者も民も戦争を知らないし知ろうとしない。それはわかる。だが、私の国の民は長い戦争で疲れ切っている。今こそ、戦争を終わらせる絶好の機会なのだ。この機会を逃せば戦果は長引き、そなたの国も戦争に巻き込まれる。」
ドローテアの言葉に重岡が初めて反応した。
787 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/07(金) 00:40 [ Wj4ooKj2 ]
「我々も戦争に巻き込まれる、ですと?」
「もちろんだ、ドボレクがここに逃げたということはここを拠点にして巻き返しを謀ることは目に見えている。当然、ヤツはこの国の人間も容赦しないぞ。我が国に剣や矢を輸出しているのだからな。それがあの県知事とやらにはわかっておらん。戦争はしたい者同士で勝手にやるものではない。したくない者もしたい者の都合で巻き込まれるのだ・・・」
彼女は一息つくと重岡の肩に手を置いた。このほっそりとした指にどれだけの責任と重圧がかかっているのか、彼には想像もつかなかった。
「私は大神官の身分を使ってどうにか、この国での自由行動の権利を得た。そこでそなたたちを見込んでこの臨時編成の部隊をつくってもらったのだ。重岡殿!どうか私の国と私の国の民、そしてそなたの国の民のために力を貸してくれぬだろうか?」
大神官としてのドローテアの言葉に重岡は感動した。そうか、救助の見込みもない絶望的な状況だったからこそ、偶然であった村山とも、最後の手段であんな契約をしたんだ。
「わかりました!自分の力でよければいくらでも使ってください!」
彼もまた自衛官だ。国民のために存在するのだ。彼女の気持ちもよくわかった。それを聞いてドローテアも満面の笑みを浮かべた。
「かたじけない!・・・・・お、そうだ!重岡殿のために、丸山殿に頼んで役に立つという部下を1名、こっちにまわしてもらったのだ」
そう言ってドローテアはドアを開けて階下に降りていった。
788 名前:228 (/L1FdKUk) 投稿日: 2005/01/07(金) 00:41 [ Wj4ooKj2 ]
彼女に続いて階下に降りた重岡は、村山と美雪だけでなく、もう1人デスクに座って必死にパソコンをあつかっている隊員に気がついた。さっきはこの連中の存在の強さで気がつかなかったのだ。彼はドローテアが目に入るや、さっと立ち上がって敬礼した。
「ど、ドローテア様!いかがさましたか?」
「尾上二曹、重岡殿だ。この隊の隊長を務めてもらうことになった」
ドローテアの言葉に尾上は再びびしっと敬礼した。彼は中肉で背の低い男だった。めがねをかけた。いわゆる「ヲタク」な外見だ。
「重岡二尉どの!このたびは栄光ある第一独立偵察中隊に配属されて光栄であります!この上は日本国民とドローテア様にこの身命なげうつ覚悟です!」
尾上のちょっと気持ちの悪い笑顔にドローテアも少し顔をひきつらせながら笑顔を返した。重岡は思いだした。尾上二曹。武器科で武器に関してはエキスパートだが、強烈なアニメオタクでもあり隊内でも浮いた存在だった。この機会をいいことに重岡に押しつけられたのは明白だった。尾上としても満足だろう。彼の妄想の世界にしかいなかった、金髪の大神官様に仕えることができるのだ。
「まあ、そう気を張るな。ところで、さっそく情報収集か?」
何とか気を取り直そうとした尾上のパソコンを見た重岡は固まった。
「あ・・・」
彼のパソコンの画面には「ドローテア様ドローテア様ドローテア様・・・・・(以下略」と、重岡のボキャブラリーで知っている限りに彼女への忠誠の言葉であふれていた。こいつ、絶対まともじゃない。本能的にそう思った。
「ドローテア!君のお婿さんには尾上二曹が最適だな!死ぬまで忠誠を尽くしてくれそうだ」
酔った村山が応接ソファーから彼女に声をかけた。ドローテアは村山を一瞥すると一瞬、悲しげな表情を浮かべたような気がした。しかし、それもほんの一瞬で、短く何か呪文を唱えると無表情で階段を上った。
「ぎ、ぎゃあああああ!」
その直後、村山が股間を押さえて応接セットの上をのたうち始めた。それを見届けたドローテアは階段を上って彼女の執務室のドアを閉めた。尾上はそれを見て興奮気味に独り言を言っている。
「さすが、ドローテア様!ハァハァ」
それを見届けた重岡は彼に割り当てられたデスクに突っ伏すと、この数日で何度目だろうか。頭を抱えた。
「俺、懲戒免職の方がましだったかもしれない・・・・」
こうして、この戦争、後にアジェンダ戦役と呼ばれる戦争での最終局面で、その名を馳せる「第一独立偵察小隊」が誕生した。
790 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/08(土) 00:59 [ VyOOnB0o ]
読み返してみると、誤字脱字が多かったですね、反省
一応気をつけました。
出動!独立偵察隊 第3話:出動 です。
2004年4月18日19時22分 北九州市小倉北区鍛冶町 料亭「ときわ」
小倉でも有数の料亭に丸山連隊長、田島三佐、岩村県警本部長が集合していた。県庁では責任のなすりつけあいをしていた3人だが、一つの部分で意見の一致を見た。
「ここはみんなで痛み分けで行きましょう。丸山連隊長は奴らの宿営地の提供。私は資材や装備の手配。岩村さんは情報提供。ということで・・・」
田島は岩村にビールをついでやりながら言った。岩村もこの提案に同意した。
「いいでしょう。我が県警もあの大神官様のおかげでメンツが丸つぶれだ。彼女のために編成した臨時の部隊・・・、ありゃなんと言いましたかな?」
「第一独立偵察小隊、ですかな」
丸山の言葉に岩村は「ああ」と言わんばかりに膝を叩いた。
「そうそう!まあ、いかにもとってつけたような名前ですな」
「あの金髪の小娘も、一応は国賓待遇だからな。彼女のための部隊を編成してやったという体裁を整えておいた方があちらの国王にも覚えがよかろう。それにしても、小娘と思っていたら歯に絹着せない物言いで驚いたな」
田島がうんうんと頷いた。
「しかし責任者を重岡にするというあたり、さすが連隊長ですな。その上、隊の厄介者の尾上までも・・・」
「あいつも武器のエキスパートなんだが、性格がなぁ。それにしても、あの村山め、厚かましいにもほどがある!」
丸山は酔いが回ってきたのか乱暴にテーブルを叩いた。あの知事との会見場で鋸とを思い出したのだ。
「あの探偵め。秘書とか言っていた女とぐるになって、我々を脅迫しおった!あの女はあの女で携帯でいきなりマスコミの連中に電話をかける始末だ・・・。おかげでこっちも特例であの2人を雇わなくてはいけなくなってしまった。」
「ソ連ではあるまいし、まさか殺すわけにはいきませんからなぁ」
岩村がなだめるように丸山にビールを注いだ。
「あの大神官までそれを要請したらこっちも断れん!せっかく重岡に今回の責任をとらせて後は、なあなあでごまかそうとしていた計画がだいなしだ!」
「まあまあ、そこを機転を効かせてあの部隊を作った連隊長の手腕は自衛隊でもトップクラスですぞ」
つまり、何か問題を起こさせて部隊は解散。重岡はじめ臨時雇いの連中も解雇。大神官様には本国にお帰りいただけばいいわけだ。
「それにこちらの調査で、現段階ではアジェンダの魔道大臣はこちらに潜入した形跡はありません。つまり、大神官の空振りですので・・・。まあ、果報は寝て待てですな。浅川先生の暫定政権首班選挙も近いですし、ここは一致団結いたしましょう」
岩村の言葉に丸山も田島も頷いた。アジェンダの魔道大臣などこの九州に潜伏しているはずはない。もしもしていれば何かしらの事件が発生するはずだ。そうでないならば、後は独立偵察隊の連中が何か問題を起こしてくれれば完璧だった。その時、岩村の携帯が鳴った。
「もしもし・・・・、えっ?そうか・・・。駐屯地にお連れしろ・・・」
「どうしたんです?」
電話を切った岩村に田島が尋ねた。彼は少し困った顔をして丸山に相談した。
「それが、ガシリア人らしい男が、自分は大神官の側近だと言い張っているというので北署に引っ張ったそうなんです。」
「わかった。一応、向こうの部隊に命令して身元照会させておこう。駐屯地に連行してくれ」
丸山はここまで来れば、一分の隙も見せない覚悟だった。万が一スパイで破壊工作でもされればさっき話した計画はおじゃんとなってしまうのだ。
791 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/08(土) 01:00 [ VyOOnB0o ]
2004年4月19日9時46分 北九州市小倉南区北方 第一独立偵察小隊本部のプレハブ
重岡二尉は会議の進行役として会議室の黒板の前に立っていた。議題はドボレクの捕捉について。重岡は必死だった。この島流しのような部隊でなんとか実績をあげて元の出世コースに帰るのだ。そのためには部隊のみんなをひっぱって行かねばならない。そう思って面々を見回した。
「・・・・・・あぁ・・・・・・」
思わずため息がこぼれた。村山はまたしても缶ビールを飲みながら話を聞いている。ドローテアは朝刊の社会面の隅々まで目を通している。その彼女を半笑いで見つめる尾上。それをあからさまに気持ち悪がる美雪。早くも重岡の決意は薄れかけた。
「なあ、しかし。俺たちは警察じゃない。どうやってその潜入したドボレクを見つけだすんだ?」
珍しく村山が誰にともなく言った。たまにはいいこと言うじゃないかと重岡は思った。彼も彼なりに考えているのだ。もっとも、それは国家のためとかではなく、彼の股間が自由になるためなのだろうが・・・。
「これだ!」
そう言ってドローテアはさっきまで読んでいた新聞を放り出した。
「新聞はこの国のすみずみで起こったこともつぶさに伝える。この中で、そなたたちが見て異常だと思う事件を見つけてくれ。私は、この国で使われる魔法を探知する能力を持っているが、ドボレクが魔獣を召還する程度では感知できないことも多い。だからこそ、警察にも情報提供を求めたのだ。」
なるほど、だから眉唾記事だらけのスポーツ新聞まで取り寄せているわけだ。重岡はさすが大神官と思った。
「ミランス様。で、肝心の封印魔法というのは、ドボレクと相対すればすぐに使えるのですか?」
重岡は間髪入れずに質問した。彼女は「ドローテアでよい」と前置きすると、咳払いして答えた。
「はっきり申し上げて、使えない。そなたたちには縁がないから知らないのも仕方ないが、魔法を発動するには呪文が必要だ。私が村山殿の***を締めあげる時も、一応呪文を唱えておるのだ。試しに唱えてみるか?」
彼女の言葉に村山がビールを吹き出した。
「冗談だ・・・・」
真顔で答える彼女に一同は固まった。ただ1人、尾上を除いて・・・
「自分も締めあげて欲しいです!ハァハァ・・・・」
「尾上、貴様は黙ってろ・・・・」
重岡はそれだけ言うとふたたびドローテアに向き直った。その呪文に関してはかなり重要だった。部隊の作戦もそれによって大きく変わってくる。
「では、ミランス・・・いや、ドローテア様、実際にはどれくらいかかるんでしょう?」
ドローテアは少し考えて、窓の外を見た。そしてすっと立ち上がって窓を開けると、訓練用の櫓を指さした。
「時間を計ってくれ。」
そう言って目を閉じて神経を集中させ始めた。
「いにしえより我がガシリアを守りし精霊に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
優に1分近い呪文を唱え続けるドローテア。美雪は思わずその長さにつぶやきをこぼした。
「マジで長いって・・・・」
792 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/08(土) 01:00 [ VyOOnB0o ]
次の瞬間、彼女が目を見開くや、数十メートル先にある訓練用の櫓は火柱をあげて吹っ飛んだ。その近くをジョギングしていた隊員の一団が驚いて腰を抜かすのが見えた。いくらなんでもやりすぎだ。重岡は頬の筋肉がぴくぴくするのを感じたが、あえてそれを口に出すことはしなかった。半分やけくそになっていた。
「今のが封印魔法の呪文に近い長さの魔法だ。この間私は完全に無防備になる。だからこそ、護衛が必要なのだ。これは魔法が使われだして以来の課題でな。呪文の朗詠が魔法の弱点なのだ。」
爆発のすごさに驚く一同を後目に、村山が新しい缶ビールをイスの下にあるクーラーボックスから取り出しながら言った。
「だったらさ。最後の・・・・、なんとかしたまえって部分から前を先に言っておけばどうなんだ?」
村山の言葉にドローテアはあっけにとられた。確かに、あらかじめ使う魔法の呪文を言っておけばうまく行きそうな気がした。
「村山殿!さすが、私が見込んだ男だ!」
よっぽど画期的だったのだろう。ドローテアは感激の余り村山に抱きついた。重岡もこの意見には実験の余地があると思った。それにしても、彼女曰く数百年の歴史の中で、誰もそれを試みなかったのは不思議だった。彼らなりの騎士道でもあるのだろう。
「ちょっと!何、どさくさ紛れにセンセーに抱きついてんの!」
美雪が抗議の声を上げた。新たな発見に興奮するドローテアは彼女の抗議も意に返さなかった。
「ふん!小娘の戯言などで挑発される私ではないわ!」
鼻で笑うドローテアに美雪もさすがに切れたようだ。
「あたしは大卒の23なんだけど!あんたはいくつ?時代劇みたいな言葉使ってさぁ!案外40くらいなんじゃないの?」
その言葉に反論したのはドローテアではなかった。若々しい男の声だった。
「無礼者!ドローテア様をこれ以上愚弄するのは許さんぞ!」
声の主を求めて一同はプレハブの入り口に視線を集中させた。そこには、銀色の甲冑に身を包み、腰にはサーベル。肩には黒いマントを羽織った金髪の美青年が立っていた。
「バルクマン!バルクマンではないか!」
ドローテアは騎士に向かって歓喜の声をあげた。その騎士もドローテアの姿を認めるや、その足下に駆け寄り、手を取って口づけした。
「よくぞ、よくぞ無事であった!」
「ドローテア様こそ!・・・・で、こちらのお歴々はいったい?」
バルクマンと呼ばれた騎士の質問に対してドローテアはことのいきさつを話し始めた。
793 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/08(土) 01:01 [ VyOOnB0o ]
2004年4月19日10時11分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地グラウンド
道すがら、ドローテアのいきさつを聞き終わったバルクマンは思わず、彼女の前に跪いた。
「申し訳ありません!自分さえいち早くドローテア様のところにはせ参じればこのようなことにはならなかったものを・・・。自害してお詫びしたい心境です!」
突っ伏して詫びる青年騎士にドローテアは優しく言った。
「よい。そなたが無事だっただけで私は満足だ。それに、この村山殿も意外と切れ者だぞ」
「もったいないお言葉に存じます・・・」
ドローテアの言葉に感激した騎士はグラウンドの真ん中で男泣きに泣き始めた。それを見ていた美雪がそっと青年騎士に近寄った。
「まあ、男だったらあんまり人前で泣くもんじゃないと思うけど・・・、ラブラブな彼女と再会できてうれしいのはわかるけどさぁ」
その言葉にバルクマンはすっと立ち上がって美雪に向かい合った。美雪は思わず顔を赤らめた。
「私はドローテア様とは何のやましい関係もない!バルクマン家は代々、ミランス家に使える騎士だ!ドローテア様のためには命を惜しまぬし、見返りも求めぬ!そのような詮索は今後許さぬぞ!」
バルクマンの言葉を聞いて美雪は怖がるどころか、さらにぽおっと顔を赤らめた。その反応に青年騎士も思わずしどろもどろする。
「かっこいい・・・・チョーかっこいい」
金髪のイケメン騎士の男らしい言葉に美雪は惚れ込んでしまったようだ。あっさりと美雪が自分からバルクマンに乗り換えられた(付き合ってないのだから正確な表現ではない)村山はいささかおもしろくないようだった。それを見てドローテアがおもしろそうに笑った。
「村山殿、あっさりと乗り換えられたな」
「ふん、美雪がいなくても俺には相手は腐るほどいるから・・」
村山の明らかな強がりにドローテアは少しだけしょんぼりした顔をしたが、当の村山がそれに気がつくことはなかった。
794 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/08(土) 01:02 [ VyOOnB0o ]
2004年4月19日10時19分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地グラウンド
グラウンドの真ん中で実験は開始された。重岡の合図でドローテアはさっき唱えた呪文を唱え始めた。
「いにしえより我がガシリアを守りし精霊に・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そして最後のフレーズの直前でそれを止めると、重岡に無言で合図した。きっちり5分。無言のまま待つと、彼女は言葉を発した。
「・・・・・我に力を与えたまえ」
そう言うと、さっきと同じく大きな爆発が起こった。尾上は興奮気味にデジカメにこの実験を撮影している。いや、むしろドローテアを撮影しているだけかもしれない。
「では、もう1度」
重岡の合図で彼女は同じ呪文を唱え始めた。その間に重岡が村山にそっと耳打ちした。村山もにやっとすると黙って頷いた。やがて彼女の呪文の朗詠は終わった。
「じゃあ、ドローテア。「ピザ」って10回。心の中で言ってみてくれ」
村山の言葉にいささかとまどいながらも彼女は心の中でピザを10回唱えた。
「じゃあ、ここは?」
そう言って村山は自分の肘をさした。バカにするな、という顔をしてドローテアが村山の質問に答えた。
「膝に決まっておるではないか・・・、あ・・・」
思わず言葉を発したことに気がついてドローテアはうろたえた。重岡が彼女に合図する。
「・・・・・我に力を与えたまえ」
慌てて唱えるドローテアだが、先ほどのような爆発は起こることはなかった。これではっきりしたことがいくつかあった。魔法は呪文を唱える者の精神が安定していないと発動しないということだ。それが言葉の問題と関わるかは別問題として、少なくとも、呪文の途中に別の言葉を発することは魔法の失敗を意味することはわかった。実験が終わって思わず美雪が我慢できずに笑った。
「ははは!今時、あんなのにひっかかるなんて、マジおかしい!」
プレハブに戻ってみんなにコーヒーを出しながら言う美雪にドローテアは不愉快な顔をしている。バルクマンに耳打ちして何か相談していたが、彼の言葉を聞いてにやっと笑った。
「おい!小娘!ニシンと10回言ってみよ!」
挑発的な物言いに美雪はむっとしながら、「ニシン!ニシン!ニシン!」と繰り返した。
「では、女性が子供を産むことは何という?」
ドローテアの自信満々な表情に対抗するように美雪も即座に答えた。
「妊娠!・・・・・・・・・あっ・・・・・」
自分も引っかかってしまったことに気がついた美雪は顔をしかめた。
「ははは!あんまり男のことばかり考えているから引っかかるのだ!」
高笑いしてドローテアは階段の上の自室に入っていった。その余裕の言動によけいに頭に来たのだろう。美雪は悔しげに村山の机をどんどんと叩いた。
「なにあれ!マジでむかつく!」
795 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/08(土) 01:03 [ VyOOnB0o ]
怒り狂う美雪にバルクマンがすっと歩み寄った。とたんに美雪がおとなしくなる。
「許してください。ドローテア様はまだ19。年齢の近い美雪殿と話すのがおもしろくてたまらないのです」
「え?19?」
その言葉にバルクマンはだまって頷いた。
「はい。ドローテア様がご両親の家督を次がれたのが15の時です。それ以来、同年代の女性と接する機会もありませんでした。私はこんな生き生きとしたドローテア様を見たのは久しぶりです。ガシリアと異世界との違いもありましょうが、ご了承ください。美雪殿、御礼申し上げます」
イケメンの騎士に頭を下げられて美雪はうれしそうに笑った。まあ、あんな小娘の相手でこの騎士の気を引けるならそれでもいいかな、って思った。
2004年4月19日16時34分 遠賀郡芦屋町芦屋海浜公園
海開きにはまだまだ遠い砂浜だが、海水浴客ではない別の人種が集まっていた。彼らの目的はサーァーだった。うざったい家族連れの海水浴客が居ないこの時期は彼らにとって絶好のサーフィン日和だった。
「おい!あれ、いけてねえ?」
サーファーの1人が指さした方には、1人で砂浜に出っ張った岩に座る女性がいた。
「おお。けっこうかわいいな」
もう1人が時計を見た。ここは17時で閉園だ。準備をしてお持ち帰りするには十分な時間だ。
「いっとく?」
どうやら彼女は外国人のようだ。サーファーの食指が動く。
「いっとこ」
2人のサーファーは見たこともない人種の女性ににやにやしながら歩き始めた。
796 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/08(土) 01:03 [ VyOOnB0o ]
2004年4月21日9時47分 北九州市小倉南区北方 第一独立偵察小隊本部のプレハブ
あの会議と実験の後、取り立ててすることのない面々はそれぞれの仕事に没頭していた。村山は相変わらずビール三昧。美雪はとりあえず与えられた事務作業。尾上は装備品のスペックをチェックしながらドローテアの画像を見て笑顔を浮かべている。肝心のドローテアは2階にこもり、バルクマンは市内から集めた大工を動員してドローテアの宿舎を建設している。その造りたるや、駐屯地の建物以上だった。彼の持っていたミランス家の財産の一部を使った工事だった。
「重岡殿!重岡殿!」
突如、そこへドローテアがプレハブ1階に降りてきて叫んだ。その声に反射して尾上が直立不動で彼女を迎える。
「どうされました?」
重岡の返答を聞くまでもなくドローテアは彼に新聞の社会面を見せた。
「これは・・・」
そこには、「芦屋海岸で新興宗教?野宿を続けるサーファーたち」という記事があった。中身は、家に帰ることなく、浜辺で生活を続けるサーファーの生活がレポートされているだけだった。
「これはいったい・・・」
重岡の返答を待つのがじれったくなったのか、ドローテアは美雪にその新聞を投げた。
「小娘!この写真に写る女を見てみろ!」
年下の女の子に小娘呼ばわりされた上に命令口調で言われた屈辱を、先日のバルクマンの言葉でがまんした美雪は言われたとおり新聞の写真を見た。よく見えない。とりあえず、スキャナーにかけてできる限り解像度を上げてみる。
「あっっ」
彼女は声をあげた。写真の奥、浜辺に近い岩場に座る女性に向かって大勢のサーファーが祈るように座り込んでいる。美雪のいつにない真剣なリアクションに村山もドローテアを見た。彼女は忠実な騎士を従えながら得意満面な表情で口を開いた。
「これはドボレクの召還したナパイアスだ。男を誘ってはその魂まで吸い取り力にする魔物だ・・・。尾上二曹!」
ドローテアのいついない鋭い命令に尾上はびしっと敬礼した。
「はっ!」
「すぐに車両と実弾の支給を要請しろ!我ら第一独立偵察小隊の出番だ!」
ドローテアの自信に満ちた言葉に、尾上は指揮官の重岡を無視して電話にとりついた。武器のエキスパートの尾上は、本来の能力を出しててきぱきとオーダーを伝えている。置いてきぼりにされた重岡は泣きそうになりながらドローテアを見た。
「重岡殿、出動だ。ついにドボレクが動き出したぞ」
ドローテアはバルクマンから渡されたサーベルを受け取るとWACの制服のベルトに挟んだ。村山も渡されていた9ミリ機関拳銃のマガジンを確かめた。ふと、そんな彼を見ているドローテアに気がついた。なんだかんだ言ってあてにされているのがうれしかった。
「村山殿、頼むぞ」
「任せてくれ」
初陣にいささか緊張しているドローテアを見て、右手の親指を突き出しながら村山は缶ビールを飲み干した。
798 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:36 [ SxJFThIU ]
えー。これを投下する前に断っておくべきことがありました。
本物の自衛官、県警、役所のみなさま。
もしもいたらすいません。これはあくまで私の作ったフィクションです
というわけで 「出動!独立偵察隊」 第4話:初出動
799 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:37 [ SxJFThIU ]
2004年4月21日11時42分 福岡県遠賀郡芦屋町 芦屋海浜公園
折尾警察署から派遣された少年課長、湯田は途方に暮れていた。若者たちは浜辺の一角にバリケードを築いて立ち退こうとしない。若年者が混じっているというだけで派遣された彼だ。すでに機動隊も待機しているが、サーファーどもの親が駆けつけてきている手前なかなか強制排除命令を出せないでいた。
それよりもなによりも奇妙だったのが、説得に向かった交番巡査や町役場の職員までもがサーファーと一緒になって、中心の女性を拝んだりバリケードの設営を始めた点だ。強力な麻薬でも使って洗脳でもしたのだろうか。そうなると下手に近寄ることもできない。
「あー、ここは公共の海浜公園です!不法な占拠はできません。すぐに解散しなさい!」
お茶を濁すようにパトカーのマイクで呼びかけるが効果はない。ここ数日毎日のように繰り返しているのだ。湯田は焦っていた。日に日に野次馬やマスコミが増えている。現場が海浜公園内で車が入れるもっとも奥まった場所ということもあり、駐車場はパトカーとマスコミ、野次馬の車でいっぱいだった。
「おい、自衛隊が来たぞ!」
マスコミが騒ぎ始めたので湯田も気がついた。2台の高機動車が人垣をかき分けながら湯田のところまで来て止まった。そこから降りてきた面々を見て湯田は言葉を失った。
「なんなんだぁ・・・?」
迷彩服姿の自衛官は3名。しかも89式小銃に実弾が装填されている。それに続いて降りてきたのは、ガイジンだった。西洋甲冑に黒マント、サーベルを持った若い男。自衛隊の制服を着ているがあざやかな金髪の女性。それに続いてデジカメを持った民間人らしい女までいる。自衛官の1人、重岡が湯田に敬礼して言葉を発した。
「で、状況はいかがですか?」
「状況も何も!なんで自衛隊が出て来るんだ!これは警察の仕事だぞ!」
抗議する湯田に重岡は1枚の書類を見せた。それを見て少年課長はわなわなと顔をふるわせた。
「あ、浅川知事の許可済みだってぇ!だが、だいたいなんだ?その・・・ドボレクとか言う輩は何者なんだ?今、あそこを占拠しているのはサーファーと外国人女性だぞ!」
重岡はより詳しい説明を求めて、制服を着込んだガイジン女性、ドローテアに振り返った。
「あの女はドボレクが召還したナパイアスという魔獣だ。あの若者たち、早く助けぬとヤツに生命力を吸い取られて死んでしまうぞ。もっとも当の本人たちはナパイアスの幻術で喜んでヤツに協力しているので、苦しみも何もないだろうがな・・・」
県警本部から来た通達を見ていた湯田は彼女がガシリア王国の高官であることは知っていた。であればこそ、彼女の目の前で警察の職務を自衛隊に奪われるのは気に入らなかった。福岡県警ここにあり、ということを外国の生意気な小娘に見せてやろうと思ったのだ。
「事情はよくわかりましたが、国内の治安維持は警察の職務です。若者たちを救い出し、ヤツを逮捕するのは我々に任せていただきたい!」
魔法か幻術か知らないが、ガスマスクをかぶせた機動隊を突入させればいっぺんで解決するはずだ。湯田はハンドマイクを手に取るとマスコミとサーファーの親たちに説明を始めた。
「残念ですが、これより強制排除に乗り出します。この数日の膠着状態で、彼らの衰弱も懸念されます。どうか、関係者のみなさま。対応は安全を最優先で行いますので、ご了承ください。」
マスコミと群衆のざわめきを背に湯田は機動隊に、無線で指示を出した。
「抵抗が激しい場合は催涙弾の使用も許可する!自衛隊に出る幕じゃないことを教えてやれ!」
機動隊はガスマスクをかぶって整列した。重岡は事態はそんなレヴェルじゃないと湯田に抗議しようとしたが、ドローテアに止められた。
「まあ、放っておけ。今にわかる・・・・」
彼女の言葉が終わらないうちに機動隊はジェラルミンの盾を手に前進を開始した。
800 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:37 [ SxJFThIU ]
2004年4月21日12時04分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
丸山と田島はテレビの中継を食い入るように見つめていた。芦屋海浜公園で機動隊が浜を不法占拠する若者の強制排除に乗り出したというのだ。まったく最近の若者はよくわからん。九州は変な世界にワープして大変だというのに、のんきにサーフィンに新興宗教か・・・。そう思って丸山が出前の天ざるそばを口に運ぼうとしたときだった。
「目下、先ほど到着した自衛隊に動きはない模様です」
テレビの実況を聞いてそばつゆを吹き出した。画面には見覚えのある面々が映っている。むろん、それは好意的に記憶に残っている連中ではない。
「なんだと!なんであいつらがいるんだ?」
「はあ、午前中に実弾と車両の要請がありましたが・・・・。まさかあそこにいるとは・・・」
いくら知事の裁可はあるとは言え、実弾を装備した自衛隊が国内をおおっぴらにうろうろするのは、下手をすれば大問題に発展する。丸山の考えていた、「身内での大失態」とは比べ者にならない事態だ。
「田島君!君はあいつらの目的を聞いていなかったのか?」
「いえ!訓練と聞いていたのでてっきり、芦屋の空自かと思いまして・・・」
汗を拭きながらしどろもどろする田島に丸山がさらに追い打ちをかける。
「で、空自に確認はしたのか?」
「い、いえ・・・」
その時、田島の携帯が鳴った。他でもない、重岡からであった。
「もしもし!」
この事態に対する説明を重岡に求めようとして、威厳のある声で電話に出た田島だったが、電話の向こうから聞こえてきたのは偉大なる大神官の声だった。
「田島殿!テレビとやらは見ておるか?」
「は、はい!」
高圧的なドローテアの言葉に思わず田島は立ち上がりながら答えた。電話の主を知らない丸山はぽかんとしている。
「警察は作戦を失敗するだろう。我々の出番になる。重岡殿がえらく心配しているのだが、我々が行動をおこすのは何かまずいのか?」
田島はこの質問に固まった。たしかに、丸山、田島、岩村の三者会談の後、浅川の裁可で彼らに与えられた権限には、国内での治安出動レヴェルの行動権は与えられている。だが、田島に言わせればそれは建前の問題であって、現実の問題ではない。しかも、その行動がテレビで生中継される中で行われるなんて前代未聞のことだった。彼では当然答えることもできない。
「れ、連隊長と変わります」
いぶかしがる丸山に田島がいきさつを告げると、連隊長も固まった。
「丸山殿、再度確認するが、我々は県知事の裁可通りに動いていいんだな?今回の騒ぎは間違いなく、ドボレクの召還した魔獣のしわざだ。警察の作戦が失敗したら、我々は行動を起こす。よろしいな?」
もはや、有無を言わせないと言う口調でドローテアが丸山に迫った。
「は、はい・・・・」
返す言葉を失い、丸山はそう答えるほかなかった。
「わかった。ご配慮感謝する。一応、この会話は記録しておくのであしからず」
それを聞くとドローテアはさっさと電話を切った。しばらくの間、2人は黙り込んだ。
「あの小娘・・・、思った以上にやってくれるわ・・・」
丸山が思わず吐き捨てるように言った。
「あの小娘、県知事の認可だけでは信用できなかったのか、我々の言質まで取りおった。これで今回に関しては我々は奴らと一蓮托生になってしまった・・・・」
おそらく、そんなあくどい方法を考えつくのは村山しかない。やはり、なまじ組織を知っていて探偵なんかやっている人物を臨時雇いとは言え迎え入れるべきでなかったのかもしれない。今更ながら丸山は後悔した。
801 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:38 [ SxJFThIU ]
2004年4月21日12時11分 福岡県遠賀郡芦屋町 芦屋海浜公園
重岡から借りた携帯電話を彼に返しながらドローテアは村山を見やった。彼の予想通りだった。あのまま、現場の判断で独立偵察隊を動かしていれば、重岡に責任が回り彼は免職、彼女は本国に帰る羽目になっていただろう。だが、丸山と田島の言質を押さえた今、その可能性はゼロに近くなった。
「まったく、村山殿は悪知恵が働く・・・・」
苦笑しながらドローテアが村山に言った。出動の許可をもらおうとした尾上に、「訓練ということにしろ」と耳打ちしたのも村山だった。彼はさっきの会話を録音させた美雪を振り返った。彼女はMDレコーダーをチェックして親指をあげた。
「センセー、ばっちり!あのおっさんたちの会話が全部入ってる!いざとなったら、その辺にいるあたしの先輩にこれを聞かせたらオッケーってわけね!」
彼女の大学時代の先輩はマスコミ関係に多く就職している。今日もこの取材で大勢来ているはずだ。その先輩方と彼女がどういう交友であるかまでは彼の知る範囲ではない。
「さて、これで行動の自由は確保できた。どうする?」
村山の言葉にドローテアは機動隊が前進している少し先を示した。今彼らがいる駐車場から砂浜に入る境界線あたりだ。
「あの先はナパイアスの結界だ。あれ以上進むとヤツの幻術にはまってしまう。その手前でヤツに打撃を与える。ヤツは実体がないが物理攻撃はある程度の時間、効果がある。ヤツがその攻撃で受けたダメージを修復する間に、私がヤツを封印する。」
その言葉を聞いて重岡が尾上を呼んだ。
「尾上、あの女を撃て。決して民間人は傷つけるな。おまえがヤツに弾丸を命中させたら、ドローテア様がヤツを封印する。できるだろ?」
尾上は重岡でなく、ドローテアに向かって敬礼して元気よく答えた。
「はっ!お任せください!自分はA級射手です!必ずやドローテア様の期待に応えてみせます!」
いろんな意味で興奮して鼻息の荒い尾上を見てドローテアは半分ひきつった笑顔を向けた。
「うむ・・・、まあ、任せたぞ。」
「あっ!ごらんください!」
その時、バルクマンが声をあげた。一同は浜辺の方を見た。さっきまで元気よく進んでいた機動隊が突然前進を止めたのだ。湯田がうろたえながらハンドマイクで彼らに叫ぶ。
「どうした!なにかあったのか?」
その言葉に反応するように機動隊の一団は一斉に回れ右をした。まるでナパイアスを守るかのような布陣だった。見事にナパイアスの幻術にはまってしまったようだ。
「やはり・・・な」
バルクマンがひとりごちた。その言葉が、第一独立偵察小隊の活動開始の合図だった。
「いくぞ!」
「お、おい!待て!ここは対策を協議してから動くんだ!」
湯田が止める間もなく、彼らは活動を開始した。
802 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:38 [ SxJFThIU ]
2004年4月21日12時24分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
「あ、今自衛隊が動き始めました。機動隊が謎の停止をした地点にかなり接近しています。いったい何が始まるのでしょう?」
テレビの実況を丸山と田島は固唾をのんで見守った。もはや、天ざるどころではない。この作戦の成否に自分たちの首がかかっているのだ。もっとも、この結果は彼らの仕掛けた罠を逆手に取られた自業自得なのだが。当の彼らはそれどころではなかった。
「頼むぞ・・・」
「まさか、奴らを応援することになるとは・・・」
「そもそも君が彼らの行き先を確認しなかったのが・・・・」
「お言葉ですが!連隊長が話も聞かずに決済するから・・・・」
2人が言い合いを始めようとしたが、それはテレビの実況で中断された。
「どうやら、散開して様子を見るようです」
803 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:39 [ SxJFThIU ]
2004年4月21日12時15分 福岡県遠賀郡芦屋町 芦屋海浜公園
ナパイアスの結界にぎりぎりまで接近したところで、ドローテア、村山、尾上は茂みに隠れた。尾上は89式の二脚を据えてスコープを取り付けた。美雪は車に残した。丸腰の彼女には危険すぎると思えたからだ。
「準備できました・・・」
めがねの奥で尾上が自信に満ちた目で、親愛なる大神官に報告した。重岡とバルクマンは万が一、村山やドローテアが遠隔攻撃を受けた場合の援護として少し離れた地点に待機している。ドローテアは無言で頷くとなにやら長々と呪文を唱え始めた。そして懐から小さな壺を取り出した。一通り唱えると彼女は再び無言で頷いた。合図だった。
「よく狙えよ・・・、尾上」
村山は静かに言った。深呼吸して尾上がスコープをのぞき込んだ。2人は尾上の発砲を待った。5秒、10秒・・・・。いつまで待っても彼は撃たない。何か問題が発生したのか・・・
「どうした?尾上・・・」
村山の問いかけにも尾上は答えない。ドローテアも心配そうに尾上を見つめている。再度、村山が尾上に声をかけた。
「尾上・・・・、どうした?」
「自分には・・・撃てません・・・」
スコープを凝視し、引き金に手をかけたまま尾上はようやく言った。
「尾上、撃つんだ。撃たなきゃ、みんな死ぬんだぞ」
初めて人を撃つ緊張なのだろう。尾上の肩は震えている。それに気がついたドローテアは口を開いた。それはさっき彼女が唱えた呪文が無効になったことを意味する。
「尾上二曹。ヤツは女性の形をしているが性別はない。人間でもないのだ。そなたが撃たないと私もヤツを封印できない!頼む」
敬愛するという以上に彼が傾倒しているドローテアの言葉だ。尾上も言うことを聞くだろうと思った村山の思惑は見事にはずれることになった。
「自分には・・・撃てません」
命令に忠実であろうとしているのはわかった。事実彼はスコープから目をそらすことも銃の構えを解くこともなかった。ただ、ほんの少し指先を動かすことができないのだ。それを見たドローテアはため息をつくと村山を見た。3人並んでうつぶせになっている状態で彼女の顔が村山のすぐ近くにあった。
「村山殿・・・、付き合ってもらうぞ」
そう言うと彼女はすっくと茂みから立ち上がった。そして村山の手を取ると、一足飛びにナパイアスの結界に自ら飛び込んだ。
「お、おい!ちょっと待てぇぇぇぇぇ!」
突然のことに大慌ての村山の絶叫があたりにこだました。
804 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:40 [ SxJFThIU ]
「ど、ドローテア様!」
別の地点で待機していたバルクマンがその声に気がつき、驚いて彼女に続こうとしたが、どうにか重岡がそれを押さえ込んだ。
「尾上二曹!これでどうだ?私も村山殿もまもなく、ナパイアスの幻術に支配され、生命を吸い尽くされて死ぬ!私に命の限り尽くすと言ってくれたそなたの言葉は嘘か?」
ドローテアの身を挺した言葉に尾上は絶句した。
「尾上!てめえ!撃つんだ!撃て!撃てよ!」
村山はドローテアの言葉を聞いて半泣きになって叫んだ。逃れようにも身体が動かないのだ。少しずつ、ナパイアスの幻術に自分がかかっていくのがわかった。
「尾上二曹・・・・、撃てるのか?」
幻術に支配されかけながらドローテアが再度、尾上に問いかけた。尾上は頬に流れる汗を拭った。そしてほんの1.2秒考え込んだが、次の瞬間迷うことなく引き金を引いた。弾丸は見事ナパイアスの額に命中した。美しい魔獣からは血が出ることはない。着弾の衝撃で頭をのぞけらせただけだった。
「ドローテア、早く封印の呪文を!」
着弾の瞬間、体が自由になった村山がドローテアを結界の外に連れ出しながら叫んだ。言うまでもなく、彼女は長い長い呪文を唱え始めていた。ナパイアスは命中した額を修復しながらこの騒ぎに気がつき、支配したサーファーを操っていた。ゾンビのようにうつろな目をしたサーファーたちが2人に少しづつ近寄ってきた。
「ちくしょう!」
大声で叫んで尾上はもう1度発砲した。弾丸が命中してナパイアスの美しい顔に弾痕ができる。即座にそれは修復を始めるが、その間サーファーたちの歩みは止まった。どうやら、修復が彼らを操ることよりも優先されるようだ。
「くそっ!」
もう1度叫びながら尾上が発砲した。再び、ドローテアと村山に向かっていたサーファーたちの歩みが止まった。それとほぼ同じくして、ドローテアの呪文の朗詠も終わった。彼女は手のひらに収まりそうな先ほどの壺の蓋を開けると、呪文の最後の一文を叫んだ。
「我に力を与えたまえ!」
その瞬間、周囲にちらばったナパイアスの結界は吹き飛んだ。何かがガラスのようにはじけたように見えた。操られていたサーファーや警官、役所の面々はその場に倒れた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
風のような叫び声をあげて美しい女性の外見をしたナパイアスは、その顔をムンクの絵画のように醜く伸ばすと、すぽっ、と言う感じでドローテアの持つ壺に吸い込まれてしまった。それを見届けて、彼女は蓋を閉じた。それで終わりだった。大きくドローテアが深呼吸した。
805 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:40 [ SxJFThIU ]
「終わったのか?」
別の地点で待機していた重岡が横のバルクマンに声をかけた。マントについた砂を払いながら騎士は答える。
「成功です。ドローテア様の持っている封印の壺にヤツは収められました。おしまいです」
大昔に流行した「はく○ょん大魔王」の入っていた壺のたぐいということが重岡にも想像できた。重岡がほっとしたのもつかの間。ドローテアの怒りに満ちた声が彼の耳に届いた。
「尾上二曹!どうして撃たなかったんだ?」
村山にまあまあとたしなめられながらもドローテアは怒りが収まらないようだった。無理もない。下手をすれば作戦全体が失敗する可能性も秘めていたのだ。
「まあまあ、俺たちは戦争をしたことがない。ヤツだって、木の目標以外は撃ったことなかったんだぞ。それを考えたら、この状況で、あの距離から全弾命中させただけでもたいしたもんじゃないか!」
「う、むう・・・・」
確かに、尾上のいた位置からナパイアスのいた岩場まで150メートル以上離れている。村山の言葉を聞いて、彼とナパイアスのいた岩場を交互に見て彼女は少し考えていたが、ため息をつくと笑顔を浮かべて尾上の肩を叩いた。
「まあよい。とにかく、よくやってくれた」
大神官様に許してもらえるどころか、お褒めの言葉までいただいた尾上はさっきまでの暗い顔から一転、安堵の表情を浮かべた。それを見て重岡もバルクマンもほっとした。
「さあ、帰るぞ」
重岡の号令で、美雪が待つ高機動車に歩き始めた時、安心しきった尾上が言った。
「本当にすいませんでした。なにしろあの魔獣、「サ○ラ大戦」のグ○シーヌ様そっくりだったもんで、普通の顔なら撃てたんですけど・・・。グ○シーヌ様だけは撃てませんからねぇ・・・」
その言葉を聞いて一同の歩みがぴたっと止まった。グ○シーヌとは、言わずと知れた某ゲームの金髪キャラだ。まさか、それで撃てなかったとは思いもしなかった。その意味を知っている重岡、村山は笑顔をひくひくさせている。
「じゃあ、つまり・・・・、なんだ・・・・。たとえば、あいつの顔が美雪だったら?」
こめかみをピクピクさせながら問いかける村山に尾上はあっけらかんと言い放った。
「もちろん、撃ってますよ!自分でも驚きです。まさかあいつがグ○シーヌ様そっくりだなんて・・・・」
ご丁寧にゲームキャラを「様付け」で呼ぶ尾上の言葉に、村山の中で何かが切れる音がした。
「てめえ!このヲタク野郎!ゲームキャラと俺の命とどっちが大事なんだよぉ!」
「ひいい!すいません!すいません!」
重岡とバルクマンにどうにか引っ張られて村山は高機動車に放り込まれた。そうでもしないと尾上を絞め殺す可能性大だった。美雪といっしょに後部座席に座らせて缶ビールを与えるとどうにか落ち着いたようだ。尾上は、怒り狂った村山に怯えてチワワのように別の高機動車の中に座り込んでいる。
806 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:41 [ SxJFThIU ]
2004年4月21日13時42分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
テレビを食い入るように見つめていた丸山と田島は、実況が事件の解決、民間人の全員無事を伝えるのを聞いて安堵のため息をついた。どうにか、やってくれたようだった。
「いやはや、寿命が縮まりましたな・・・・」
田島がハンカチで汗を拭いながら言った。丸山も震える手でタバコに火をつけている。
「ここで情報が入ってきました。自衛隊員が3発発砲し、宗教指導者と思われる女性を射殺したとのことです!」
「え?」
丸山がつけたばかりのタバコを落とした。田島も一瞬のことで頭がフリーズしてしまった。
807 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:42 [ SxJFThIU ]
2004年4月21日13時43分 福岡県遠賀郡芦屋町 芦屋海浜公園
猛牛のように興奮した村山は美雪に任せて自衛官たちは撤収準備にかかった。そこへ県警の封鎖をくぐり抜けたテレビカメラが乱入してきた。
「女性を1名射殺したとは本当ですか?」
レポーターにマイクを向けられた重岡は一瞬答えに窮して、周囲を見た。しかし、ここでは彼が最上位の階級だった。改めてそれを認識した重岡は深呼吸して質問に答え始めた。
「は、はあ・・・。確かに、隊員は3発発砲はしました・・・・」
「発砲したと言うことは、その女性に向けてですか?」
「その外国人女性は、若者や町役場の職員に危害を加えていたのですか?」
「い、いえ・・・。物理的な危害を加えるということは・・・」
矢継ぎ早の質問に重岡の思考回路はショート寸前だった。まずい、ここで失言しては完全にアウトだ。彼は胃のあたりにずきずきと痛みを感じながら、次に発すべき言葉を考えていた。
808 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:42 [ SxJFThIU ]
2004年4月21日13時43分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
「重岡ぁ・・・、よけいなことを言うんじゃないぞ・・・」
丸山は祈るようにテレビを見ていた。今回の件に関しては、丸山田島も重岡と運命共同体だ。もしも、重岡がへまをやらかした場合、彼を免職処分にしても、村山とあの秘書が先ほどの電話をきっと記録している。それをマスコミに流すに違いない。そうなれば、彼らとて無傷ではすまない。
だが、彼らの願いもむなしく、レポーターの追求はますます激しくなっていく。
「ええい!警察は何をしておるんだ!」
「生中継です。ここで放送を中断させれば「権力の横暴だ」と警察に矛先が向きますからな・・・・」
田島がもしも反対の立場だったら、決してレポーターを排除できないだろう。
「では、具体的に危害を加えない外国人女性を、自衛隊が警察の職務を引き継いで、射殺したのですか?」
「ああ、いや・・・。それについては・・・」
「この件は、暫定政府の浅川知事もご存じなのですか?」
レポーターの質問はますます鋭くなっていく。それに比例して重岡の顔色が悪くなっていくのが、丸山にも田島にもわかった。
「自衛隊は警察の職務である国内の治安維持活動を勝手に引き継いで、あまつさえ、国内で実弾を発砲したんですか?そうだとしたら、明確に法律違反、憲法違反ですよ!自衛隊がシビリアンコントロールからどのような形であれ、離れることは許されていないはずです。どうなんですか?」
レポーターの言葉は明らかに敵意に満ちている。その時、顔面蒼白な重岡を押しのけて画面にでかでかと、金髪の美女が映った。それが誰であるかは2人は確認しないでもわかった。
「私がお答えしよう・・・」
突然の選手交代にレポーターもいささか驚いているようだ。
「あ、その・・・あなたは自衛隊の関係者ですか?」
「いや、私は日本と友好国である、ガシリア王国大神官ドローテア・ミランスだ」
大神官様の登場に丸山も田島も衝撃を通り越して、完全に呆然としている。
「やばい・・・・やばいぞ・・・」
呆然とする丸山の携帯電話が鳴った。びくっとして彼は携帯の画面を見た。わなわなと顔をふるわせ、連隊長は田島を見た。
「浅川先生からだ・・・・・」
809 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:43 [ SxJFThIU ]
2004年4月21日13時48分 福岡県遠賀郡芦屋町 芦屋海浜公園
ドローテアはレポーターに向き直った。
「私は王の命令で、この国に逃れたアジェンダ帝国魔道大臣ドボレクを追って来た。この国の政府と協力して対処するように命じられた。だが、船団はアジェンダの奇襲に遭い、壊滅。どうにか助かったが救援が来ない。そこで、ここにいる村山殿と、まあ、契約して同行してもらうことになった。その直後、自衛隊に保護され、浅川知事と会見した結果、自衛隊に独自の部隊を新設してドボレクが、この国で仕掛けるであろう攻撃に対処することになった。このことは、知事も自衛隊の幹部も了解している。」
包み隠さず、生中継でぶっちゃけたドローテアに重岡はもはやなすすべがなかった。妻子の顔が脳裏をよぎった。これでもうおしまいだ。自分は懲戒免職。愛想を尽かしかけている家族は彼の前から逃げてしまうだろう。車の中の村山と美雪も彼女のぶっちゃけっぷりに目をむいていた。
「センセー、あの女。こっちが苦労して考えたカードを全部切っちゃってるよ!」
さすがの村山もドローテアのぶっちゃけには正直たまげる以外になかったが、少し考えて大声を出して笑った。
「ははは!こりゃおもしれえ!」
「何がおもしろいのよ、センセー!このままじゃ、あたしたちせっかく自衛隊に雇ってもらったのにお払い箱になっちゃうじゃない!」
村山は膨れる美雪を抱きしめようとしたが、すっと逃げられて舌打ちした。バルクマンと出会って以来どうも冷たい。やっぱり惚れちゃったんだろうか・・・。
「と、とにかく、ここまでぶっちゃけられたら、浅川知事も丸山連隊長もどうしようもなくなるさ。俺たちをクビにすれば、彼らにいろいろと秘密にしておきたいこと、つまり、重岡に責任を押しつけてあとは知らん顔しようって魂胆があったって証明するようなもんだ!こいつはおもしれえ!」
村山は大笑いしながら、大神官が手練れのレポーターに返す言葉に注目した。
「で、魔法とさっきから言われていますが、証明はできるんですか?」
ドローテアの話を聞いていたレポーターの質問に彼女はいたづらっぽい笑みを浮かべると、カメラマンに少し先にある松の木を映すように言った。そして、駐屯地で実験した呪文を唱えて見事松の木を吹き飛ばした。マスコミや群衆からだけでなく、県警からも驚きの声があがった。
「し、しかし、我が国はアジェンダ帝国には宣戦布告はしていません。ドボレク大臣がこの九州でそのような暴挙を起こすことは許されません・・・。」
魔法を実際に見せられ、ドボレクの狙いを語られてもなおもレポーターは食い下がった。忠実な騎士であるバルクマンを従えたドローテアはカメラに向かって、いや、全九州の市民に向かって宣言した。
「この国の憲法とか法律は私も勉強した。だが、戦争は紙の上の話ではない。事実、今日ドボレクの召還したナパイアスに多くの人々の命が危険にさらされた。ドボレクがこのような行為を続ける限り、私は私の部隊とこの国を守るために戦う。この国は、我がガシリアがもっとも苦しいときに、武器を作り送ってくれた。全ガシリア国民はこのことを知っている。私は、この恩に報いるため、この国の民を守るために戦う」
静かに、語りかけるようにドローテアはしゃべり続けた。レポーターも混ぜっ返しや茶々入れできないほどの威厳と高貴さにあふれていた。
「それがこの国の決まりを犯すことがあるならば、その批判は自衛隊が受けるのではない。私が受けるべきだ。よって、文句があるならば、このドローテア・ミランスに直接言うがいい!」
前半はともかく、後半はほとんど喧嘩を売っているとしか思えないドローテアの言葉に重岡はその場に座り込んで頭を抱えた。
「言っちゃったよ・・・この人・・・・」
同じ自衛官でありながら、強烈な「ドローテア様萌え」の尾上は正反対に感動して涙を流している。今までに見せたことのない敬意のこもった敬礼を捧げている。
「この命、ドローテア様に捧げます・・・ハァハァ」
810 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:45 [ SxJFThIU ]
2004年4月21日13時56分 北九州市小倉南区北方 第40普通科連隊駐屯地
浅川から状況説明を求められていた丸山は電話の向こうで、知事が高らかに笑うのを聞いてきょとんとした。彼もきっとテレビを見ているのだ。
「ははは!さすがは大神官だ!みごとに言いおった!」
「は、はあ・・・」
浅川の笑いがいまいち理解できない丸山は曖昧な返事しか返すことができなかった。田島はテレビで堂々と宣言したドローテアをぽかんとした顔で見つめている。今まで、自分たちが払った努力とストレスはなんだったんだ。それと同時にほっとした部分も彼にはあった。彼女の「自衛隊を責めるな」という言葉だった。さすがは大神官様だ。祖国と、それを助けてくれた者のためには個人の名誉も投げ捨てる覚悟を感じたのだ。きっと浅川もそれを感じて、感心の笑いをあげているのだろう。
「まあ、そう言うことだ。丸山君、引き続き任せたぞ!」
そう言って浅川は電話を切った。丸山にはわかっていた。浅川はドローテアの味方になってしまったのだ。選挙を控えてここまであっぱれな物言いをする、同盟国の高官を彼が放置するはずもない。このままでは、丸山、田島、岩村の乗った船は泥舟になってしまう。
「田島君、ここは・・・折れるしかないのか」
「仕方ありませんな」
この期に及んでもまだ自己の保身を優先して考える丸山にいささか呆れながら田島は肩をすくめた。
811 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:46 [ SxJFThIU ]
2004年4月21日20時26分 北九州市小倉南区北方 焼鳥「大ちゃん」
大学の新歓コンパも一息ついた店内はかなり落ち着いていた。村山はのれんをくぐるとまっすぐにカウンターに向かった。すぐに威勢のいい声が店内に響く。
「いらっしゃい!お客さん、自衛隊の人?」
おしぼりを持ってきたバイトの女子大生が聞いてくる。村山は上着を脱いでイスにかけながら彼女に答えた。
「まあね、とりあえず生2つ」
バイトが持ってきた生ビールのジョッキを1つは自分が飲んで、もう1つを隣の席に座る人物に差し出した。
「まあ、飲みなよ」
バイトの女の子はテレビを見ていたに違いない。興味津々な目で村山と隣に座った人物を見ていた。
「すんませ〜ん!」
村山たちの背後にある座敷から声がかからなかったら延々と見ていたであろう、彼女は少し残念そうな顔をすると、すぐに営業スマイルに表情を切り替えて座敷に歩いていった。
「すまぬ・・・・」
バルクマンから行き先を聞いて追いかけてきた村山は、隣でうなだれるドローテアにもう1度ジョッキを勧めた。彼女はぐいっとそれを三分の一ほど飲んだ。
「あきれているのであろう?私の言葉は、この国全部に中継されたのだからな・・・」
さすがのドローテアも中継が終わってカメラマンから生中継であることを教えられて驚いたのだ。レポーターの物言いが気に入らなくてついつい、言ってしまったことが重岡や村山に重大な結果を招いたかもしれないと思ったのだ。
「怒ってないよ。むしろすっきりした。俺も昔、自衛隊にいて言いたいことも言えない立場だったからな。それがたとえ、この国の行く末に関わることでも。それを代わりに言ってもらったんだ。おもしろかったよ」
村山の楽天的な言葉に彼女はふっと笑った。
「そういう見方もこの国の者にはできるかもしれないな・・・・、しかし、私はそなた初め、この国の人々に迷惑ばっかりかけている。たとえそれがドボレクを捕まえるためであってもだ。時々思うのだ。私がいなかったらもっと、この国の者だけでいい方法でヤツを捕まえることができるのではないかと、な」
初めて見る大神官様の自信のない物言いに村山はいささかびっくりしながらビールを飲んだ。
「そんなことはない。君がいなかったら、ドボレクってのが来たこともわからなかったろうよ。今頃、あのサーファーは、鼻くそまで吸われて死んでるよ」
彼の冗談めいた言葉を彼なりのフォローと受け取ったドローテアは力無く微笑んだ。
「・・・・、そなたは優しいな・・・」
「そうかな?「あの時」も充分優しかったと思うけどね・・・・」
812 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:47 [ SxJFThIU ]
村山はそう言ってビールを飲み干した。「今夜は行ける!」 そう確信してドローテアの肩に手を回したときだった。
「ドローテア、今夜は俺と朝までい・・・・・・いってれぼっっ!!」
恐ろしい衝撃が彼の顔面を襲って、そのまま後ろの座敷で飲んでいる学生のところまで吹っ飛んだ。
「わああ!」
「なにすんだよ、おっさん!」
大学生の苦情を浴びながら、そして鼻の痛みをこらえながら村山がどうにか立ち上がった。強烈なドローテアの裏拳だった。そして、その目の前には仁王立ちになった、高貴な大神官がいた。
「無礼者!図に乗るな!」
その怒鳴り声に村山はもちろん、彼が飛んできた座敷の大学生も思わず正座した。それを見届けると、ドローテアは薄く微笑すると、村山の上着から財布をとりだして勘定を済ませると店を出ていった。
「ばか!」
彼女が店を出る瞬間発した言葉は村山には聞く余裕はなかった。
「ぎゃ、ぎゃああああああああ!!!」
店を出る直前に彼女の発した呪文のせいで、股間の痛みに唖然とする大学生たちやバイトの店員の目を気にする余裕もなく村山は床を転げ回っていた。
813 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 00:50 [ SxJFThIU ]
えー、こんなところです。
ここで登場人物をある程度紹介しておきます。
半分自分のためにですがw
814 名前:いつかの228 投稿日: 2005/01/13(木) 01:00 [ SxJFThIU ]
村山次郎;探偵。元自衛官。大神官ドローテアと契約魔法を交わす。アル中っぽい
重岡竜明:陸上自衛隊二等陸尉。村山と動機。大神官捜索の責任者だが、
村山とドローテアが関係を持った責任をとって左遷される妻子持ち
ドローテア・ミランス:異世界ガシリア王国大神官。
門司港に向かう途中遭難。村山と肉体関係をかわすことにより契約魔法をかける。
きれいな金髪美人で切れ者だが超トラブルメイカー
田村美雪:村山の秘書。公私ともに村山と関係が深いが、あっさりとバルクマンに鞍替え
事務能力には長けている
バルクマン;ミランス家に代々使える騎士。ドローテアに絶対の忠誠を誓う、超イケメン
尾上二曹;武器のエキスパートだが、超ヲタク。半分やっかい払いで独立偵察小隊に転属になる。
ゲームキャラを現実化したようなドローテアに絶対的な忠誠を誓っている。
浅川渡:福岡県知事兼暫定政権リーダー。政治家家系で一族から閣僚も出している。
丸山連隊長:第40普通科連隊長。ドローテアを引き取って「第一独立偵察小隊」を編成する。
彼女に引っ張り回される。
田島三佐:西部方面総監部の幹部。門司港に到着するドローテアを出迎える大任だったが、
彼女の遭難で悪運に見舞われる
岩村本部長:福岡県警本部長。ドローテア捜索を浅川に命じられるが、自衛隊と知事と板はさみになる
ドボレク:アジェンダ帝国魔道大臣。領地をガシリア王国軍に追われて九州に逃亡。
様々な魔物を召還して九州を混乱させるが、目的は現在のところ不明。