716 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:00 [ iDkMb5NE ]
じゃあ、最終回を投下します。
タイトル「異世界の決戦」です

前回までのあらすじ
 神聖ロサール王国の自治都市リターマニアの生け贄、「神の御心」に当選したスビアを助け出すため、友人であり警備隊長のドロス、その伴侶タローニャを出し抜き都市を抜け出した自衛官片桐。たちまち、6000サマライのお尋ね者になってしまう。船を手に入れ通りすがりのミストを雇って、首都ヴァシントを目指す。しかし、ミストは海賊のメンバーで、海賊船に遭遇する片桐だが、あっさりと海賊を降参させ、彼らは進んで片桐の部下になる。
 ヴァシント沖で海軍に捕捉された片桐だが、客人としてグンク・シュブに招かれた。そこで彼は、自分を罪人とし、スビアを生け贄としたリターマニア評議会が否定されたことを知る。グンク・シュブは一見、善良な王に見えたが、ずる賢い政治家だった。会談のさなか、スビアを含めた「神の御心」当選者が北方のウィンディーネに拉致されたという情報がもたらされた。
 片桐は自ら志願してウィンディーネへの潜入を承知し、グンク・シュブは剣士であり国務長官のパウリスを同行させる。だが、この作戦はグンク・シュブの邪魔者を追い払うことだけにすぎないことをパウリスから聞く。政治闘争に巻き込まれた片桐だが、ウィンディーネの女王セイレースと出会い、神聖ロサール帝国の真実の姿を知ることになる。パウリスも少なからずショックを受けるが、3年前に「神の御心」に選ばれた親族パロウスの生存を見せつけられ、セイレースを信じる。
 セイレースは片桐とスビアの愛を確かめ、彼らに協力することを申し出た。パウリスを包囲下のリターマニアに送り、グンク・シュブの野望を明らかにすると共に、片桐たちをヴァシントにある「ロサールの聖地」に送ってくれた。
 聖地で片桐たちが見たのは、神聖な神殿ではなく、ロサール人の集団墓地のような場所だった。興味本位で彼らの棺桶に入った片桐は彼らの記憶をかいま見る。それをスビアに話す前に、グンク・シュブに見つかり、彼の飼育する伝説の魔人オーガの罠に落ちていった。

717 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:01 [ iDkMb5NE ]
 永遠に落ちていくかと思われた2人だが、その高さは大してないことがわかった。3,4メートルだろうか。少なくとも足を骨折するほどではなかった。
「スビア、怪我はないかい?」
「ええ・・・」
 起きあがって周りを見渡すと、暗くてよくわからないが大きな地下室のようだった。どこか見覚えがあるような気がした。暗くて全貌は見渡すことはできないが、デジャビュのような感じで彼の記憶の奥底に残っている光景だった。
「ここはオーガの巣の1つだ。オーガは貴様のゲベールでは死なない。首を切り落とさないかぎりな。せいぜい楽しめ!」
 またどこからともなくグンク・シュブの言葉が聞こえてきた。どうやら、ここの様子をどこからか見ているようだ。片桐は近くのドアを調べてみたが、外からカギがかかっているようで開かない。
「ここは・・・」
 スビアもまた、どこかで見たこの部屋を思い出したようだ。片桐も思い出していた。セイレースが見せてくれたあの、おぞましい記憶の映像に出てきた部屋だ。
「ぐるるるる・・・・・」
 聞いたことのある、あのおぞましい声が聞こえ、暗闇の向こうに4つの光る目が見えた。片桐はスビアを部屋の奥へと後退させ、89式を構えた。グンク・シュブが彼を武装解除もしないままにここに放り込んだと言うことは、彼の手持ちの武器ではこいつらに歯が立たないであろうとグンク・シュブが確信していることを示していた。
「くそっ!」
 とりあえず、単発で化け物の胴体に数発撃ち込んだが、まったく通用しない。一応命中はしているようだが、痛みを感じる感覚がないみたいで、全然ひるむ様子もない。
「くそ!首を斬るって言っても、銃剣で斬れるわけがねえ!」
 思わず悪態を叫びながら、さらに数発撃ち込むがオーガはびくともしない。少しずつ片桐に近づいてくる。彼らの間合いに入るのも時間の問題だった。
「首を斬る・・・首を斬る・・・首を切り離す・・・・切り離す・・・・あっ!」
 グンク・シュブの残したヒントをつぶやきながら片桐は思いついた。発想の転換をすればどうということはない.。
「よし!さあ、かかってこい!」
 いきなり、片桐はオーガを挑発し始めた。通じるはずもない中指を立てて見せたり、唾を吐いたりして思いっきり挑発した。
「片桐!何をしているのです?」
 部屋の隅まで後退したスビアが片桐の狂ったとしか思えぬ行動に声をあげた。それを無視して彼は化け物に向かって挑発を続けた。

718 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:02 [ iDkMb5NE ]
「さあ、こい!足りない脳味噌で何考えてる!さっさとこい!」
 言葉が通じるはずもない怪物でも彼の挑発がわかったらしい。気持ち悪い叫び声をあげると一気に間合いを詰めるべく走り出した。それを見逃さず、片桐は89式の5・56ミリ弾を連続して怪物の頭に撃ち込んだ。
至近距離からの二十数発の弾丸は強力な皮膚に守られたオーガの頭部を完全に吹き飛ばした。化け物はそのまま仰向けに倒れた。
「ははは!ざまあみろ!ほら!遠慮するな!かかってこい!」
 残ったもう1匹も片桐の挑発と仲間を殺された怒りから、彼に襲いかかったが、マガジンを交換した89式の弾丸に同じく頭部を吹き飛ばされて倒れた。
「すごい!片桐!」
 意外な展開に思わずスビアが声をあげた。片桐は2匹のオーガが完全に息絶えたことを確認してマガジンを交換した。コロンブスの卵だった。「首を斬らないと死なない」とは言ってみれば、固定観念の産物だった。白兵戦でオーガの首をはねるのは容易ならぬことだろう。白兵戦を戦う武器のない片桐にとってそれは一見、至難の業に思えたが、首を斬るのと同じ結果をもたらすのは彼の手持ちの武器で十分可能だった。今頃グンク・シュブは顔を真っ赤にして怒っているだろう。そしてすぐに次の手を打ってくるに違いない。
「まだ終わってないよ」
 そう言って片桐はバックパックから手榴弾を取り出し、信管を短く切った。それを外界と彼らを隔てるドアにピンを抜いて仕掛けた。仕掛け終わるとすぐに大勢の足音が聞こえた。
「さあ、下がって」
 片桐は興奮するスビアを下がらせて待った。派手な花火を見せてやる。
「くそ!こうなれば、親衛隊の名にかけて一気に押し包むぞ!」
 グンク・シュブの親衛隊らしき声が聞こえてドアが開かれた。数十名の抜刀した兵士がどやどやと地下室に入ってきた。次の瞬間、片桐の仕掛けた手榴弾が炸裂した。煙と絶叫のあがるドア近辺に数発撃ち込んで、片桐はスビアの手を取って走り出した。ドアの付近には人海戦術で彼らを押し包もうとした抜刀した親衛隊の無惨な死体があったが、それを越えて階段を登った。

719 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:02 [ iDkMb5NE ]
 階段はすぐに終わり、守備隊の休憩所らしきところに出たが、そこは無人だった。グンク・シュブは事態の急変を悟って逃げたようだ。この場から逃げたとはいえ、彼の最終目的はわかっていた。強力な艦隊を率いてアムターやガルマーニ、才蔵の村を「神の名において」征服するのだ。一刻も早く、彼らのところに帰ってそれを知らせなければならない。2人は休憩室の奥にあるドアを開け、その先の階段を駆け登った。
 思ったより、あっさりと2人は「聖地」の外に出た。すばやく、上空のショークに報せるべく発煙筒を発火させた。いつしか夕闇の迫るヴァシントの空に発煙筒の煙が一筋あがった。夕闇の空にショークの操るクランガートが見えた。
「いいぞ!こっちだ!」
 ショークの操る怪鳥はまっすぐ片桐の方に向かっていた。だが、数百メートル手前で警備隊が放ったゲベールの一斉射撃を受けた。ショークらしき操縦者が怪鳥から落ちるのが見えた。操縦者を失ったクランガートはそのまま北方へと飛び去った。それはあたかも、2人の希望が飛び去っていくようにすら思えた。セイレースの忠実な部下は彼の女王の元に帰ることはできなかった。
「なんてことでしょう・・・」
 脱出の手段を失ったスビアが絶望の声をあげたが、まだ片桐はあきらめていなかった。すばやく、聖地前の広場を見回した。大きな広場は野球場くらいの広さだった。その先に巨大な石の門が見えた。その向こうは田園地帯が広がっている。この先がヴァシント市のようだ。見ると、その正門らしき石の門をくぐってボスポースに乗った騎兵隊が数騎、駆けてくるのが見えた。
「あいつを奪おう!」
 そう言って片桐は単発で次々と騎兵を撃ち倒した。マガジン1本で10騎の騎兵を全滅させた。その中に生き残った無傷のボスポースを見つけるとスビアを乗せて颯爽と駆け出した。目的地は港だった。六本足の馬はすばらしい速度を出しながらヴァシント市内に入った。
「どけ!危ないぞ!」
 市内に入って通行人をかき分けながら六本足の馬、ボスポースは疾走した。さすが親衛隊の愛馬で、その速度はかなりのものだった。その証拠に時々遭遇する歩兵隊のゲベールはあまりのすばやさにまともに命中しなかった。
「片桐!どこへ行くのです?」
 疾走するボスポースの背中でスビアが叫んだ。
「港だよ!俺の部下が待ってるはずだ!」
 彼の部下はみんな元の世界に帰ったはず・・・。いったい誰だろうとスビアは疑問に思ったが、片桐の自信満々な答えに彼を信じることにした。

720 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:03 [ iDkMb5NE ]
「おい!見ろ!キャプテンだ!」
 市街での騒ぎに気がついていたミストが波止場で叫んでいた。他の海賊たちもボスポースで駆けてくる彼らのキャプテンに気がついたらしい。ヴァシント兵は彼らを拘束することもしなかった。おかげで彼らはゆっくりと彼らのキャプテンの帰りを待ちながら出航に備えて英気を養うことができた。
「キャプテン!早く!」
 口々に叫ぶ部下のところまでボスポースを乗り付けた片桐はすぐに船を出航させるように命じた。部下たちは長いこと待たされたうっぷんを晴らすようにてきぱきと準備を始めた。
「キャプテン・片桐の出航だ!」
「キャプテン!目的地はどこです?」
 準備の合間も次々と指示を求める部下の声があがった。それを聞いてスビアが怪訝な顔をして言った。
「片桐、わたくしの知らない間にあなたは海賊になっていたんですか?」
「いや、これにはいろいろと事情があってね・・」
 言い訳する片桐の言葉を遮るように準備を終えたタリマが大声をあげた。
「よーし!海賊旗をあげろ!出航だ!」
 その声を合図に上げられた三等陸曹を模した旗を見たスビアが驚きの表情を浮かべ片桐の方を見た。その間に、やくざな海賊船は出航した。間一髪、ボスポースに乗った親衛隊が港に到着する直前の出港だった。一息ついて、背中に抱えていた弾薬と食料の入ったバックパックを甲板におろしながら片桐がいいわけがましくスビアに言った。
「まあ、いろいろと成り行きでね・・・・・」
 その言葉にもスビアは納得していないようだったが、それ以上説明のしようがない。そこへミストがやってきた。無事な彼のボスの姿と、見慣れぬ聖女の姿を交互に見ながら彼は言った。
「キャプテン、よくぞ戻られました!こちらは?」
「ああ、アムターの聖女スビアだ」
 気まずい雰囲気を感じながらミストにスビアを紹介した。ミストは聖女の名を聞くや、片桐に対して以上に服従と尊敬の姿勢を示した。
「これは、聖女様!キャプテンのご伴侶とは存じませんで大変失礼をいたしました!」
 海賊とは思えないあからさまな平身低頭ぶりにスビアは思わず笑った。
「片桐、とんだ海賊のリーダーになったものですね」
 その時、やくざな海賊船のすぐ近くで水柱があがった。軍港を出た艦隊が追跡を開始したのだ。甲板の後方で見張りをしていたトータが叫んだ。
「グンク・シュブの旗艦も混じってますよ!キャプテン、いったい何をやらかしたんです?」
 虎の子のオーガを殺され、自分の王権を保証している古代ロサールの秘密を見られた以上、片桐とスビアを世界の果てまで追いかけて殺すつもりのようだ。50隻を越えるコルベットの追跡を受けながら、片桐はパウリスの待つリターマニアへ船を走らせた。おそらく、フェルドの艦隊に封鎖されているだろうが、小舟の俊敏さでどうにか接近できるかもしれない。

721 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:03 [ iDkMb5NE ]
 片桐の楽観的な考えは2日後、リターマニア沖で打ち砕かれた。都市の沖は50隻以上を数えるフェルドの艦隊でアリの這い出る隙もなく封鎖されていた。
「キャプテン、まずいです。このままじゃ追跡の艦隊と挟まれる!」
 トータが叫んだ。それを確認するまでもなかった。海上封鎖している艦隊は、片桐の船を見つけて追跡艦隊とで挟み撃ちにしようとしていた。一部、岬に隠れた伏兵を残して彼を追跡するようだ。
「このまま西に向かえ!南に向かって西海岸へ抜けることができるはずだ!」
 だが、船はリターマニア包囲艦隊の射程に入ってしまったようだ。次々と水柱があがった。片桐の指示を聞き取れなかったトータが操舵室から出てきた。
「キャプテン、なんですって?」
 その時、至近弾が船を襲った。すごい揺れが片桐たちを甲板に転がした。
「きゃあ!」 
 甲板から海に落ちそうになるスビアをどうにか抱えて転落から守った。が、そのスビアが声をあげた。
「あっ!弾薬が!」
 見ると、片桐が背負っていたバックパックが海に落ち、いくつかの泡を残して沈んでいった。今や、彼に残されたのは、89式に差し込んだマガジンと、腰の9ミリだけだった。残りの弾薬はアムターのトラックにあるばかりだ。
「キャプテン!」
 トータの悲壮な叫び声で片桐は振り向いた。見ると、海賊の部下が4人とも海に投げ出されている。トータがさっきまで操縦していた船は彼の残留のポルでゆっくりと走って、彼らから離れている。
「待ってろ!」
 片桐はいささか賢さに欠けるが忠実な部下を救うべく船を止めようとした。だが、それをおぼれかける部下が止めた。
「キャプテン!逃げてください。敵がきます!」
「俺たちはいいから!聖女様を連れて逃げてください!」
 彼らの言葉通り、状況は切迫していた。今や、フェルドの包囲艦隊が片桐の船を射程に収め迫っている。次の攻撃は間違いなく小さな海賊船をこっぱみじんにするだろう。断腸の思いで片桐は目に付いた浮かびそうなものを片っ端から泳げない部下に投げた。
「死んでも岸まで泳ぎ着け!」
 そう叫ぶと片桐は自衛隊式の敬礼を、どうにか彼の投げた浮遊物に捕まった部下に捧げた。今の彼にできる精一杯の敬意だった。スビアがそれを認めて操舵室に入り、彼女のポルで出せる限りの速度を出して西に向かった。
「キャプテン!聖女様!どうかご無事で!」
 ミストの叫びが2人の背中に届いた。片桐もスビアもその声に振り返ることができなかった。

722 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:04 [ iDkMb5NE ]
 グンク・シュブの艦隊と、フェルドの艦隊を水平線の向こうに見るまで引き離したスビアは少しスピードを緩めた。果たして、ミストや他の海賊たちは無事なのだろうか・・・。短い間だったが、彼らとは心通じ、信頼関係を(彼らにとっては自発的な服従だが)築いていたのだ。その心配を察したのか、スビアが操舵室から片桐に声をかけた。
「片桐、あなたが「聖地」で見たものを教えてくれませんか?」
 彼女の言葉に片桐も操舵室の彼女のそばに座った。彼の見たものをスビアに話していいものか、少し迷っていたが、下手な嘘をつくよりもいいと思った。
「見えたんだ、古代ロサールの人々の記憶の断片が・・・」
 片桐は話し始めた。古代の偉人のたどった末路を・・・。

723 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:04 [ iDkMb5NE ]
 ロサールは繁栄の絶頂を極めていた。ヌーボル、コロヌーボルのいずれも支配し、市民は魔法文明と占領地からもたらされる富を享受していた。その繁栄の中、さらなる快楽を人々は求め始めた。不老不死。精神的、肉体的、物質的な苦しみからの解放だ。そして、それら苦しみの原因は最終的に、肉体の維持、肉体に宿った有限の生命そのもの、すなわち「生と死」が根元であるとされた。有限の生命の中で人々は富や快楽を求め、時には他人とその利益が衝突する。それらを超越してこそ、究極の繁栄と快楽を享受できると考えた。魔法学者は長年、研究を重ねた。
 ついに、学者たちは、人間が持つ究極の苦しみである「死」を逃れる装置を開発した。人々はそれに群がった。強力なポルを持つ学者階級が先導して、市民階級は究極の装置にこぞって押し寄せた。そして、その装置は稼働を始めた。人々は肉体の苦痛を、有限の生命を持つという根本的な恐怖から逃れて永遠の精神世界へ旅立とうとした。ヴァシントの聖地だけではない。多くの都市で多くの市民が同じ装置に飛びついて精神世界の快楽を求めた。半数以上の市民がその装置で、限りある命を持つ肉体からの束縛を逃れ、悠久の快楽に身を投じ始めた時、ある学者はこの装置の根本的な欠陥を発見したが、市民たちはそれを省みることはなかった。少々のリスクよりも、「永遠である」と定義された快楽におぼれたのだった。
 結果、ほとんどすべての市民が永遠の快楽を求める装置に入り、その欠陥で死んでいった。欠陥とは、ごくごく基本的なレヴェルのものだった。この装置の原動力もやはりポルだった。そのポルを制御する者が装置の定員いっぱいに人々を迎え、人々を精神世界へ旅立たせると、その制御する役目の者も旅立った。
 制御者がいなくなった装置は暴走し、人々は死んでしまった。欠陥の可能性を訴えた学者たちですら、置いていかれることを恐れてリスクを覚悟して装置に入った。それだけ人々は新たな、究極の快楽を求めていたのだ。各地の装置が同じような暴走を始めたとき、ロサールの運命は突如として決したのだ。
 究極的な繁栄は、さらなる繁栄と快楽を求めた欲望によって、ある日突然、滅亡を迎えたのだった。それが謎とされたロサール滅亡の真相だった。わずかに生き残ったロサール人は各地に散って現地人と混血を繰り返し、わずかに残された魔法を今に伝えたのだ・・・。片桐がかいま見た記憶は、あの巨大な「墓場」に眠った人々の残留思念とも言うべき、ポルの残り物から伝わったのだ。

724 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:05 [ iDkMb5NE ]
スビアは片桐の話を黙って聞いた。そして聞き終えるとその場に座り込んだ。
「なんてこと・・・・。神に等しいロサール人がそんなことで滅びたなんて」
 片桐は悲嘆にくれる聖女を後ろから抱きしめた。彼には、グンク・シュブの話を聞いたときから、うすうすはわかっていたことだが、彼女がそれを受け入れるのはつらいものがあるだろう。言葉を選びながら片桐はスビアに優しく言った。
「魔法で世界が平和になれば誰も武器を持つこともないかもしれない。でも、そんな世界はひょっとしたらものすごく、窮屈で自由のない世界かもしれない」
「でも、その平和を求めたわたくしが行くところ行くところで多くの人が死にました・・・。わたくしのせいで・・・」
 どうにか立ち上がって操縦を続けながらスビアが答えた。ちょっと考えて片桐がそれに答える。
「うーん、俺のいた世界から見ると君たちの世界は平和とはほど遠かった。君が訪れたところには結果的に平和と、優秀な指導者がもたらされた。世界を平和にする魔法って、君のような純粋な強い信念を持った人のことかもしれないって、俺は思うんだ」
 ちょっと言葉を区切ってまた彼は言葉を考えた。片桐は日本人だ。実際、平和だの戦争だのは教科書や新聞やテレビで見たり聞いたり、教わったりしたが、実感として感じることはできなかった。だが、この世界の状況は彼が習った平和とは全然違う。平和を求めるために戦わないと人が実際に死ぬのだ。そして平和を守るために戦わなければならない。それは理屈ではなかった。
 「俺のいた世界でも、武器を捨てろとか、国境をなくせば平和になるって言う連中はいたけど、俺は違うと思う。もしも、みんなが武器を捨てても、そんなことで平和はくるはずがない。だって、その武器を拾って平和を壊す連中がきっといるんだから。」
 再び、片桐は言葉を止めて少し考えた。
「俺も向こうの世界じゃただの公務員だし、こっちの世界でもちっぽけな人間だ。世界中をどうこうとかは、今まで考えたこともなかったから、うまく言えないけど・・・。偉そうに演説するだけの連中よりも実際に戦って、ちょっとの地域でも、一部の人々に対してでも平和を勝ち取った君の方が、よっぽど立派と思うんだ・・・。うん、きっと、そうだ!」
 片桐の言葉を聞いてスビアが思わず吹き出した。大まじめに答えたつもりの片桐は少しむっとした。
「変な理屈だけど、あなたが言うんですもの。そうかもしれませんね・・・」
 口べたな片桐が精一杯考えた慰めの言葉を快く彼女は受け取った。

725 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:06 [ iDkMb5NE ]
 少しの間、2人だけの船を沈黙が支配した。自分の世界での感覚でいろいろと話したことを若干後悔していた。しかしそれは片桐の杞憂にすぎなかった。
「片桐・・・」
 前を見つめたまま、スビアが声をかけた。
「ありがとう・・・」
 彼女のこの言葉には、聖女として女性として、すべての意味で彼に対する気持ちが込められていた。それを察したがとっさに返事が続かない。片桐がそもそもこの世界に残ったのは一目惚れした目の前の女性のためだけだった。その彼が今更平和だなんだと言ってもさして説得力がないような気がしていたのだ。だが彼がそう考えているのを悟ったかのように、彼女はさらに言った。
「自分の言葉に自信を持って。あなたは聖女であるわたくしがただ一人、愛した男なのですから。わたくしが村の聖女という域を越えて、この世界を平和にしたいと真剣に考えたのは、あなたという存在があったからです」
 彼女も同じ気持ちだった。漠然としていた聖女としての夢を片桐に出会って、彼と一緒に実現しようと初めて思った。強力な力を持ちながら、まるでそれを持っていることをためらうような優しさと理性を持つ彼にだったら、自分の漠然とした、大きな願いを託せると思ったのだ。そして彼はその旅に喜んで同行してくれた。これ以上、スビアの気持ちを奮い立たせるものはなかったのだ。
 片桐にとってこの言葉で十分だった。これ以上、何の理屈も必要なかった。たとえ、この旅の最初の目的が無駄だとわかっても。2人には普通の生活では得難いものを得ていた。親愛なる友人たち、そして彼らを慕う多くの人々・・・。そして目の前の最愛の人物。

726 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:06 [ iDkMb5NE ]
「操縦を変わろう・・・」
 照れくささを隠すように片桐が操縦桿を手に取った。すると、さっきまですいすい進んでいた船がよれよれと減速を始めた。
「ちくしょう、俺じゃだめか」
 やはり、片桐にはポルをうまく操る能力が欠けているようだ。それを見届けたスビアは笑いながら再び操縦桿を握った。船は先ほどと同じくスムーズに進み始めた。 
「わたくしが動かします。」
「でも、何日もかかるし、君が休む間もなくなってしまう。食料もないし、水だけで何日もポルを使うことはできない。俺が操縦を練習すればいいじゃないか」
 そう言う片桐にスビアはさっきまでとは全然別の表情を向けた。もう、悲嘆にくれる顔ではない。決意に満ちた顔だった。
「さっき、片桐が言ったでしょう?平和になって、友好的関係を結んだわたくしの友人が、グンク・シュブの侵略に遭おうとしているのです。一刻も早くこのことを知らせなければいけません」
 確かに、彼女の言うとおりだった。グンク・シュブはあの大艦隊を古代ロサールの秘密を知ってしまった片桐たちを抹殺するためだけに動員しているとは思えなかった。その勢いでそのまま、ガルマーニやアムター、才蔵の村を侵略するだろう。
「わかった・・・・」
 彼女が迎えるこれから長躯の旅を思うと、とうてい納得できない。しかし、ここまで決意を固めた聖女の決心を変えることも不可能だとわかっていた。片桐は甲板に出て最後に残った手榴弾を手でもてあそびながら海を見つめた。まだ水平線にはヴァシント艦隊は見えない。
「おっ・・・」
 船から少し離れた水面に魚影が見えた。飛び魚のような魚の群が通過している。釣り竿でもあれば食料にできるのだが・・・。
「くそ、何もないな」
 一応甲板を探したが、漁具らしきものは見あたらなかった。その時、さっきまでいじっていたチョッキに挟んでいた手榴弾がころんと転がった。それを見て、片桐は不意に安全ピンを抜くと、魚群の近くに放り投げた。轟音と水柱が数秒後にあがった。
「スビア!そっちにゆっくり船を進めて」
 片桐は慎重に水面を観察した。そして彼の思惑が成功した証拠を発見して思わず歓喜の叫び声をあげた。
「やった!やったぞ!」
 水面には数匹の魚が手榴弾が爆発した衝撃で失神して浮かんでいた。昔テレビで見たダイナマイト漁法を思い出して一か八かでやってみた賭だった。今の片桐にできることはこれくらいしかない。それはとても歯がゆく、悔しいことだったができないものは仕方がない。できることで彼女の決意を支えていこうと決心した。

727 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:07 [ iDkMb5NE ]
 3日後、ようやく船は西部海岸沿いに到達していた。やはり、休憩なしでポルを消費し続ける船の操縦は負担が大きいようだった。目に見えて船の速度は落ちていった。この間、片桐はザンガンから習ったテレパシーを使った精神での会話をハルスに、フランツに、才蔵に、エルドガンのタロールに試してみたが、まったくうまくいかなかった。1度だけ、スビアと会話に成功していたが、あれは奇跡的なまぐれだったようだ。今や、ヴァシント艦隊は数キロまで迫っていた。
「あそこに浅瀬がある。そこからガルマーニまで歩こう」
 スビアが今にも倒れそうなのを見かねた片桐が声をかけた。
「あそこですね・・・」
 そう言って船の向きを変えたところで彼女は倒れた。片桐が駆け寄って抱き上げるが、その顔は真っ青だった。ガルマーニまでそう遠くない砂浜に2人は上陸した。消耗しきったスビアをおぶって片桐はガルマーニに向かって歩き始めた。
「片桐・・・、わたくしを置いて行って・・・、すぐに追っ手に追いつかれてしまいます・・・」
 片桐の背中でスビアがつぶやいた。ぐったりとした彼女に片桐は歯を食いしばって前進しながら答えた。
「そんなことは絶対しない、2人でガルマーニまで逃げれば、あの城壁に逃げ込めば当分は安全だ」
 彼がシュミリを通過し、ガルマーニを行き先に選んだのはあの城壁だった。あれだけの防備があればヴァシント軍の少々の攻撃も防げるはずだ。アムターや才蔵の村の防備ではとうてい守りきれないだろう。
「え?片桐・・・・?あなたの言っていることが・・・わからない・・・・」
 ぐったりとしたスビアが片桐の耳元で言った。まずい、と思った。彼女が極限まで衰弱している証拠だった。この世界ではポルは物質的な魔法だけでなく、様々な生活手段に密着している。片桐たち自衛官が現地の人々とコミュニケーションをとることができたのもこのおかげだ。
 ポルは無意識のレヴェルで耳から入ってきた音声情報を脳に伝わる間に、それぞれがなじみの深い言語に変換する。その中で聞き慣れない単語などがそのまま外国語として伝わるのだ。片桐が聞いているのはスビアの声であるが、厳密には声でないわけだ。「耳で聞く」という行為が、脳を経由して行われているのに加えて、この世界ではさらにポルを介して行われるということだ。
 そして、彼女が片桐の言葉を理解できないということは、無意識レヴェルで使用するポルまで消耗したことの証拠で、生命に危険がある状態であると言えた。

728 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:08 [ iDkMb5NE ]
「もうすぐだ・・・、もうすぐガルマーニだぞ」
 2人は小高い丘を登っていた。これを越えると、ボルマン軍と決戦を繰り広げた平原に出る。ガルマーニの城壁が目にはいるはずだ。
 その時、片桐の背後から上陸したヴァシント軍の騎兵が10騎、走ってきた。その向こうには2人が上陸した海岸を埋め尽くさんばかりの100隻近い大艦隊が次々と小舟で部隊を上陸させているのが見えた。
「片桐・・・あなただけでも、早く逃げて・・・」
 そう言うスビアを背中から降ろして地面に横たえると最後に残ったマガジンを89式に差し込んだ。3発ずつ、確実に撃ち込んで10騎を全滅させた。5・56ミリ弾はなくなってしまった。銃声を聞きつけ、次の騎兵が突撃してくるのが見えた。今度は4騎。片桐は腰のシグを抜くと驚くほど冷静に2発づつ撃ち込んで倒した。
「さあ、行こう」
 横たわるスビアに手を出した片桐の右足に激痛が走った。振り返ると、先ほど倒した騎兵がよろよろと立ち上がってゲベールを向けている。彼の撃った弾丸が片桐の右足をかすめたのだ。痛みで思わずその場に座り込みながら、最後の1発をその騎兵の心臓に撃ち込んだ。
「ちくしょう。全部撃ち尽くしたか・・・」
 アムターにあるトラックの中に山のようにある弾薬が恋しくて仕方がなかったが、今や彼はほとんど丸腰に等しい。騎兵の突撃の次は、横に並んだ歩兵の前進だった。海岸線からきれいに整列したままゲベールを持ったヴァシント兵が前進してくるのが見えた。89式を杖代わりにして立ち上がった片桐は、腰の銃剣をそれに装着した。
「早く・・・わたくしを置いて逃げて・・・」
 スビアの言葉を無視して片桐は銃を構えた。惚れた女1人守れなくて何が自衛官だ。そう言おうとしたが、今の彼女に片桐の言葉は通じないことに気がついた。目の前、200メートルほどまで近づいたところでヴァシント軍の行進は止まった。その理由は着剣した89式を構える片桐にもすぐにわかった。
「まじかよ・・・」

729 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:08 [ iDkMb5NE ]
 思わず、彼はつぶやいた。今、彼の耳にははっきりと聞こえていた。この世界ではまず聞くことのできない音だった。鼓笛隊の太鼓の音と、数百人のたくましい男の声だった。やがて、軍靴の出す規則的な音も聞こえてきた。ドイツ語の軍歌を高らかに歌いながらやってくる兵団は丘の上に姿を現した。黒革の鎧に身を包み、一糸乱れぬ隊列で行進している。フランツ率いるガルマーニ兵だった。彼らは片桐たちの横を通り過ぎ、立ちつくすヴァシント兵の一隊まで数十メートルまで接近した。
「全体!止まれ!」
 50人横隊が3段になった150人編成のガルマーニ兵は3隊。対するヴァシント兵は100名に満たない。数の上で不利なことを悟ったヴァシント軍の指揮官は一斉射撃を命じた。次々とせき込むようなゲベールの銃声が隊列で起こった。十数名のガルマーニ兵が倒れたがその穴を埋めるように後列の兵士が整然と一歩前に進むのを見て、ヴァシント軍は驚いたようだ。
「よし!撃て!」
 今度はガルマーニ兵の番だった。訓練度の高い兵士たちは次々とヴァシント兵を撃ち倒した。数の違いと敵の命中精度にヴァシント軍は思わず後退した。戦況を見届け、指揮を別のドイツ人に任せたフランツが片桐のところまで走ってきた。部隊も丘の上まで後退するようだ。
「片桐三曹!生きてたか?」
 盟友のドイツ人は銃を構えたまま突っ立っている片桐に飛びついた。そして、倒れているスビアを見るや、彼を突き飛ばして彼女に駆け寄った。
「スビア様・・・。おい!早く車を回せ!」
 フランツが丘の向こうに向かって大声をあげた。片桐も足を引きずって丘に登った。ガルマーニ軍が続々と出撃してきているのが見て取れた。平原が一面、彼らの黒い鎧で埋まりそうだった。一体何が起こったんだろう・・・。
「片桐三曹、ハルス大尉が待ってる。司令部へ行こう」
 フランツはスビアと片桐を車に乗せると丘を下った司令部に向けて出発させた。

730 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:09 [ iDkMb5NE ]
 ガルマーニ軍の司令部は大きなテントで覆われていた。その周りには元親衛隊のドイツ兵が迷彩ヤッケを着て警戒している。
「衛生兵!」
 フランツが司令部前に車を止めさせて大声を出した。慌ててドイツ人衛生兵と数名の兵士が駆けつけた。
「中尉、スビア様ですが・・・」
 衛生兵がフランツに声をかけた。彼は衛生兵の胸ぐらをつかんだ。
「助かるのか?どうなんだ!」
「はあ、極度に消耗されているので点滴と睡眠で十分回復します」
 それを聞いて片桐もフランツもほっと胸をなで下ろした。衛生兵は片桐の足も診察した。
「ああ、かすっただけです。どうということはないですね」
 そう言って衛生兵は包帯を足に巻いた。どうにか引きずりながらだと歩けるようだ。片桐はそのまま、フランツと司令部のテントに入った。中にはハルスとサクートがいた。
「おお!無事だったか!」
 ハルスとサクートが代わる代わる握手を求めた。片桐はフランツを含めて3人にこれまでの旅の経過を報告した。だが、古代ロサールのことだけはまだ、話す気になれなかった。それを話すかどうかは彼が決めることではない。スビアが決めることだと思っていた。
「夜には才蔵殿の部隊も到着する。君も少し休んでおけ」
 ハルスはそう言って、司令部の隅っこのソファーを片桐に勧めてくれた。ハルスの好意に甘えて彼は横になるとそのまま眠り込んだ。

731 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:09 [ iDkMb5NE ]
 夜になって、才蔵率いる武士団が司令部に到着した。たいまつを持って甲冑の当たるカチカチという音が夜の平原に響いていた。彼の率いる騎兵隊の機動力は平原の戦いですばらしい戦力になるだろう。
「片桐殿!無事で何よりでした!」
 才蔵は親友の手を取って再会を喜んだ。その中にあって、片桐だけ、いまいちこの状況を理解できていなかった。なぜ、これほどまで手際よくみんなが部隊を率いて集結できたかを、だ。
「片桐三曹、君の知らせがなければ我々はあの大軍を無防備で迎えるところだったんだよ」
 ハルスの言葉に片桐はきょとんとした。そして数秒たってようやく、船上でどうにかテレパシーで危機を知らせようと挑戦したことを思い出した。
「片桐殿とスビア様が船でこちらに向かっていることはわかりましたが、正確にはどこに、いつ到着するかまではわかりませんでした。そこで我々は話し合って、各地に偵察隊を出し、いつでも出動できるように準備していたのです」
 才蔵がこの手際のいい展開を解説してくれた。それに続いてフランツが言葉をつないだ。
「もうちょっと君がポルの使い方が上手だったらよかったんだが、相変わらず、魔法のたぐいは下手くそらしいな・・・」
 その言葉に司令部の一同が声を出して笑った。それを聞いて片桐もようやくリラックスできた。やっと友のところに帰ってきたと実感できた。そして自分の努力がちょっぴり報われたことをうれしく思った。
「ハルス大尉!」
 司令部に連絡士官が入ってきた。ドイツ国防軍式の敬礼をハルスと交わした。
「先ほど、スビア様がお目覚めになりました。すっかり回復されたご様子です。こちらにお連れいたしました」
 士官の報告を聞いて片桐は胸をなで下ろした。一時は、コミュニケーションができないまでに彼女のポルは長躯の旅で消耗していたのだ。これだけ短期間に回復したのが驚きだった。彼女は見た目にも完全に回復していた。司令部に集った一同が彼女を迎えようと起立した。
「スビア様!もうよろしいのですか?」
 才蔵の言葉に笑顔で頷きながらスビアは司令部のテントに入ってきた。
「片桐、あなたがヴァシントで見たことをまだお話ししていないでしょう?お話ししてください」
 開口一番の聖女の言葉は片桐のとった行動を見事に見抜いていた。この件に関しては片桐はスビアと一緒にしか話すつもりはなかった。そして今、その許可が下りたと感じた。
「実は・・・」
 片桐は彼らが見た、古代ロサールの滅亡とグンク・シュブの野望について語った。

732 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:10 [ iDkMb5NE ]
 一通り、片桐の話を聞いた一同は静まり返った。古代ロサールを神とあがめるグンク・シュブの権威は否定されるだろうが、現実には100隻近い艦隊と1万名近い兵員がまだ彼にはある。そして、彼の神を逆手に取った権威を打ち崩すための証言者は片桐とスビアだけだった。もしも、ヴァシント軍にそれを伝えたところで、「謀略」と言われるのは目に見えていた。
「でも、リターマニアに行ったパウリスがいるじゃないか」
 フランツの言葉に元海軍のハルスが残念そうに首を振った。
「海上封鎖は都市から見れば、解かれたかもしれないが、海上に伏兵の艦隊が残っている。そいつらをどうにかしない限り、彼らがここまで到達できるとは思えない。この世界の艦船は搭載砲が少ないようだし、奇襲を受けたら案外もろいみたいだ。伏兵に襲われればそれまでだろう。それに来たところでどうする?やつらの船に乗り込んで1人1人説得するか?」
 さすがの才蔵も腕を組んで考え込んでいる。いかに精鋭揃いとは言え、数が違いすぎる。しかもヴァシント軍は海を背中に陣取っていた。その沖には大砲をこちらに向けた艦隊がいるのだ。
「敵は1万に100隻の艦隊だ。こっちはせいぜい3000。戦車も6台。戦車砲の射程は600メートルだ。片桐三曹の話では敵の砲も600メートル前後の射程と言うが、数が違いすぎる。それに自動小銃でどうにかこうにか倒せる怪物までいるんだ。状況はかなり不利だと言わざるを得まい」
 ハルスは静かに言った。おそらく、こちらからは仕掛けられない戦いになるだろう。
「いや、1万対6000だ・・・」

733 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:10 [ iDkMb5NE ]
 その声に一同が振り返った。テントにエルドガンの警備隊長タロールが入ってきた。みんな驚きの表情を浮かべたが、彼はそれを気にする様子もなかった。
「エルドガンの部隊を引き連れてやってきた。我が種族が異種族と肩を並べて戦う初めての戦争だ。みんな張り切ってる」
 そう言ってにやりと笑った。それに続いてエルドガンの王女、エル・ハラもテントに入ってきた。
「他者への友情と理解を教えてくれたみなさんを見捨てることは我がエルドガンの誇りが許しません。」
 彼女は片桐とスビアにいたずらっぽい笑みを見せた。思わぬ援軍を得たハルスは腕を組んで考えていたが、不意に口を開いた。
「フランツ中尉、俺の艦にいた連中を貸してくれないか?」
「えっ?」
 フランツは思わぬ言葉に聞き返した。ハルスは一同にボルマンからガルマーニを開放した後の彼の行動を語った。
「実は、俺の艦なんだが、故障廃棄したわけじゃないから。暇を見つけては部下と修理してたんだ。まだG7が4発残ってる。浸水がひどくて浮上航行しかできないが、やつらに奇襲をかけてみたいんだ」
 修理したとはいえ60年前のUボートがまともに動くとは思えなかった。ましてや、魚雷がちゃんと作動するかはもっと怪しい。
「大尉、危険すぎやしませんか?」
「どのみち、このまま地上戦でこっちが敵を海岸に追いつめても艦砲の攻撃は脅威になるだけだ。それに・・・」
 ハルスはちょっとにやけながら口ごもった。一同がその言葉の続きを待っている。それを見て彼は照れくさそうに言った。
「俺は潜水艦乗りだ。獲物があんなに海に浮かんでると食指が動くんだ。海に帰るのさ・・・」

734 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:11 [ iDkMb5NE ]
 間もなく夜が明けようとしている。双方の陣地では馬や、ボスポースのいななき以外には何も聞こえない。海上と海岸にはヴァシント軍の明かりが、丘を隔てた平原にはガルマーニ、才蔵、エルドガンの連合軍が灯す明かりが見えている。
「だいぶ、いいようだな・・・」
 片桐は負傷した足の具合を確かめるように歩いてみた。確かに、かすっただけの足はもうほとんど痛みもなかった。彼は戦車隊に同行する歩兵隊の指揮を任された。エルドガンとクーアードの混成部隊だ。戦車に乗って敵陣に到達して戦車に近づく敵を倒す護衛隊だった。
「あれは・・・」
 暗闇の中、ハルス大尉と部下たちがヴァシント軍の陣取る方向とは別の海岸に向かった。彼の乗艦だったU−774の最後の出動だ。
「お、片桐三曹。おはよう」
 テントから出てきたフランツの姿に片桐は驚いた。いつもの略帽に迷彩服ではなく、将校用の帽子に黒の戦車兵の制服を着込んで磨き上げた長靴を履いていた。記録映画に出てきそうな制服姿だった。片桐の視線に気がついて彼は照れくさそうに言った。
「今更、ナチスに帰依するつもりはないが、戦死するならかっこよく死にたいからな・・・」
 かっこよくというのはわからなくもないが、少なくとも彼だけは浮いていることは確かだ。部下もその姿に目を見張っている。だが、部下に合わせて黒衣を選んだのは理解できる。フランツなりの部下への敬意の表し方だった。
「片桐、いよいよですね・・・」
 いつの間にかテントから出てきたスビアが片桐の横に立っていた。彼はぎゅっと彼女の肩を抱きしめた。
「今日、この戦いで勝たなきゃ、俺たちの大事な人がみんな死んでしまう。今日ほど自衛隊に入ってよかったと思う日はないよ・・・。」
 そう言うと片桐は人目もはばからず思いっきり熱いキスを交わした。周囲の兵士から歓声があがった。
「じゃあ・・・、行って来る」
 真っ赤な顔のスビアを残して片桐は指揮下に入った兵士と共に待機する戦車隊に合流すべく出発しようとした。彼女は司令部でエル・ハラと共に護衛隊に守られて待つことになっている。その方が片桐にとっても安心だった。そこへ才蔵のいとこ、弥太郎が馬で駆けつけた。
「片桐殿!よかった、間にあったようだ!」
 そう言うが早いか、弥太郎は馬から降りて肩からぶら下げていた荷物を片桐に渡した。ずっしりと重い感触が片桐の手に感じられた。
「才蔵様の言いつけでアムターまで早馬を走らせておきました。お役立てください!では!」
 そう言って馬に乗るや走り去った弥太郎を見送った片桐は彼の渡した荷物の中身を確かめて喜びの声をあげた。
「はははは!最高だ!!」
 ずっしりと重いその中身は、10本の89式小銃のマガジンと3本のシグザウエルのマガジンだった。

735 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:12 [ iDkMb5NE ]
 海岸に作られた本陣でグンク・シュブはフェルドを伴って内陸を観察していた。どうやら、片桐や異世界人たちはヴァシント軍と一戦交える気でいるようだ。
「フェルド、艦隊の支援に抜かりはないだろうな?」
 好物の菓子をほおばりながらシュブはフェルドに再度確認した。戦術は完璧のはずだった。3000の騎兵、7000の歩兵、沖には100隻の艦隊が砲門を陸に向け、沖の船には最終兵器のオーガが10匹、檻の中で待機している。せいぜい6000の異世界人の連合など、取るに足りないはずだ。万が一、こっちの攻撃兵力が押し戻されても、沖の艦隊が調子に乗った敵をこっぱみじんにするはずだ。
「フェルド、全軍を前進させろ。これで余の世界制覇は完璧なものになる」
 グンク・シュブは菓子をほおばりながら彼に忠実な将軍に命令を下した。

736 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:12 [ iDkMb5NE ]
 ヴァシント軍と連合軍を隔てる丘に向かって、兵士たちは前進を開始した。武士団のホラ貝が鳴り響き、鼓笛隊の太鼓が平原を飛び回った。あちこちで炊事の煙を上げる駐屯地からばらばらと、中には隊列を組みながら兵士たちが歩き始めた。太陽は森から顔を出し、意気揚々と前進する兵士を照らしている。ばらばらだった兵団も次々と合流し、歩兵は足並みをそろえて丘を登った。
「おい、こっちはまだか?」
 丘向こうで待機する片桐と戦車隊にはまだ前進の命令は出ていない。丘を登りきってその存在を敵に悟られないためだ。
「まだです。命令は通信機でフランツ中尉から直接来ます」
 戦車隊の隊長はじりじりする片桐に答えた。彼の目には、続々と丘を登るガルマーニの歩兵隊や、才蔵の長槍隊、エルドガンの抱え大筒隊が見えていた。それに遅れて武士団とエルドガンの騎兵隊も密集体型で続いていく。
「よーし、止まれ!」
 丘を下ったあたりで歩兵隊は前進を止めた。丘の下り勾配を利用した理想的な防御態勢だ。ヴァシント軍は登り坂を上りながら幾重ものゲベールの掃射を浴びることになる。その後方にも歩兵の後詰めを配置して敵からは全軍が見えないように配置されている。
「片桐三曹、前進命令です!丘の8合目まで前進せよ!」
 戦車長がフランツからの命令を片桐に伝えた。戦車は丘の勾配を利用して砲の射程を伸ばす位置に陣取るつもりのようだ。
「行くぞ!」
 異世界産の戦車はゆっくりと前進を開始した。それと同時にヴァシント軍の先頭の歩兵隊も前進を開始した。この世界で史上最大の戦闘が始まろうとしていた。

737 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:13 [ iDkMb5NE ]
 「ははは!!どうだ!走ったぞ!」
 ガルマーニに近い海岸からU-774は出航した。浮上したまま、6ノットも出ていないが間違いなく走っていた。艦橋に乗り出したハルスが双眼鏡で目標をにらんだ。ヴァシント海軍は完全に陸に砲を向けている。その上、艦砲射撃の効果をあげるため、3列縦隊で横腹を陸に向けている。やつらの鼻っ先を突っ切って沖側から放射状に魚雷を発射すれば大きな戦果が期待できた。
「艦長、魚雷が爆発するかあやしいですよ・・・」
 副長のホルグ少尉が艦橋にやって来て艦長に報告した。彼からすればこうやって走っているのが奇跡としか言えない状態だった。
「爆発しなくてもいい。あの木造船を見ろ。喫水線近くに大穴を開ければ充分沈没する」
 ハルスはホルグに双眼鏡を貸して見せてやった。ホルグもおいしい獲物に思わず舌で唇をなめた。
「なるほど、あれだったら爆発しなくても貫通して隣の船までぶち抜くかもしれないですね」
「そういうことだ。さあ、下に行って準備しろ」
 ホルグはうれしそうに艦に戻った。今、U-774はヴァシント艦隊の先頭を見ながら沖に出ようとしている。ヴァシント兵が浮上航行する潜水艦を見つけ、艦首砲にとりついた。砲撃音はほとんどなく、ぴかっと光っただけだった。数秒後、U-774の近くに水柱があがった。
「当たるもんか!さあ、走れ!最後の出撃だ!」
 次々とあがる水柱のしぶきを浴びながらハルスが叫んだ。彼の言葉通り、命中弾はなかった。彼の言葉を挑発と受け止めたのか、艦隊は次々と砲弾を浴びせかけるがハルスに水しぶきをかけるばかりだった。数回の斉射をものともせずに、U−774は艦隊をかすめて沖に出た。
「よーし!沖に出たぞ。転回して800まで接近して発射しろ。はずすなよ!」
 ヴァシント軍の鼻先を悠々と通過したU-774は沖で大きく回頭してヴァシント艦隊の背後に出た。沖側の縦列では水兵が陸側に向けた砲を大慌てで移動させている。

738 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:14 [ iDkMb5NE ]
「何の騒ぎだ!」
 艦隊の騒ぎに気がついたグンク・シュブがフェルドに尋ねた。彼も状況をつかめないようでいささか慌てている。やがて伝令が本陣に到着して状況を告げた。
「敵の戦艦が現れたそうです。その・・・見たこともない形で我が艦隊の背後に回っております。」
 フェルドの報告を聞いてグンク・シュブはイライラしながら菓子をほおばった。
「たった1隻か?さっさと片づけて陸軍の支援に回せ。歩兵隊はすぐに後退させて奴らをこっちの射程に誘い込むんだ。最後の仕上げにオーガを放て。」
 グンク・シュブの頭の中には勝利の方程式ができあがっていた。そしてそれは崩れることがないことを確信していた。最も進歩したヴァシント軍が数の上でも上回って、完璧な戦術で望もうとしているのだ。

739 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:15 [ iDkMb5NE ]
 U-774は敵艦隊から800メートルまで接近した後も前進を続けた。ハルスは双眼鏡で様子を確認しながら万感の思いを込めて命令を下した。すでに魚雷の標準と調整は終わっていた。
「1番、2番発射!」
 前部魚雷管から2本の魚雷が発射されたのを確認してさらに命令を下す。
「3番、4番発射!」
 全魚雷の発射成功を確認した。あとは戦果だ。ホルグも艦橋に出てきて戦果を確認したがった。魚雷は放射状に航跡を出しながら進んでいく。
「ホルグ、最後の仕掛けは準備できたか?」
「ええ。最後の戦果だ・・・。派手にいきましょう」
 ホルグの言葉と同時に最初の魚雷が爆発した。爆発は密集する艦隊で絶大な効果をもたらした。命中した艦の前後も轟沈に至らしめた。
「2発目は・・・、くそ!不発だ!」
 不発の2発目は沖側の艦を貫通して真ん中の艦を貫通、さらに一番陸側の艦に命中した後爆発した。思わぬ効果にハルスも歓声をあげた。3発、4発目は見事に命中、爆発して全魚雷は撃ち尽くされた。
「よし!脱出して岸まで泳ぎ着け!」
 乗員は次々と艦から海に飛び込んだ。微速前進していた艦はどんどん艦隊に接近している。水兵の撃つゲベールが時々飛んでくる距離まで接近していた。乗員の脱出を見守っていたホルグが声をかけた。
「艦長、あとは我々だけです。」
 飛び込もうとしてホルグは水平線に新たな艦隊を見つけた。敵か味方かはわからない。それにもう撃つだけの魚雷も残っていない。
「とにかく脱出だ。仕掛けに巻き込まれるぞ!」
 ハルスはそう言ってホルグを突き飛ばして艦橋から海に落とした。Uー774は最後の一撃の準備を終えていた。すなわち、最後は潜水艦自身が魚雷となるのだ。成功すれば大損害を与えることができる。
「とにかく、最後の大戦果だ・・・」
 そう言って艦橋から飛び込もうとしたハルスを流れ弾が襲った。幸運な狙撃手の弾丸はハルスの眉間を撃ち抜いていた。
「艦長!」
 立ち泳ぎするホルグの叫びむなしく、彼の艦長の姿は艦橋の中に消えた。副長は艦長に敬礼を捧げると最後の仕掛けに巻き込まれないように、岸に向かって泳ぎ始めた。ハルスの遺体を乗せたU-774はヴァシント兵の銃撃を跳ね返しながらゆっくりと艦隊に近づいた。一番近い艦船の水兵が接舷に備えて抜刀して集まった。次の瞬間、U-774は閃光をあげて最後の仕事を果たした。

740 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:18 [ iDkMb5NE ]
 沖で起こったひときわ大きな爆発はグンク・シュブを驚かせた。思わずイスから転げ落ちて沖を見やった。
「いったい何が起こっておるのだ!!」
 菓子をぼりぼりとほおばりながら王は状況の報告を求めた。伝令の士官が恐る恐る状況を伝えた。
「敵の戦艦が自爆した模様です。我が艦隊は40隻以上を撃沈、撃破されました・・・」
 その報告を聞いてグンク・シュブは顔を真っ赤にした。彼の考える戦略の一部が崩れたのだ。だが、深呼吸してどうにか王の威厳を保とうとしながら彼は士官に言った。
「残った艦隊で地上を支援する体制を整えるのだ。それとオーガを上陸させろ」
「はっ」
 そう言って士官は本陣を退出した。それと入れ違いに別の伝令が入ってきた。
「我が艦隊の沖に別の艦隊が現れました!」
「なんだとっっ!!」
 グンク・シュブは色を失って海が見渡せる場所まで走り出した。艦隊の沖に数十隻の艦隊がまっすぐこちらに向かっているのが見えた。
「どこの艦隊だ!!」
 フェルドが新たな艦隊にはためく旗を見て驚きの声をあげた。グンクは菓子をほおばりながら彼を見て質問した。
「どこの艦隊だ・・・?フェルド」
「リ、リターマニアと諸都市の艦隊です・・・」
 艦隊は横腹を見せるヴァシント艦隊に突入した。突入された運の悪い艦船の中にグンク・シュブの旗艦もあった。ひときわ大きな旗艦は横腹にぶつけられて真ん中からぱっくり割れてしまった。
「あっっ!オーガが・・」
 フェルドの言葉もむなしく、檻に入ったままだった伝説の魔人は旗艦から海に転落し沈んでいった。それを見てグンク・シュブは怒りで真っ赤になった顔を今度は青くしながら叫んだ。
「陸軍に命令しろ!総攻撃だ!数で押しつぶせ!艦隊に連絡!余の旗艦を失った不名誉を取り返すべく全力で反乱軍を鎮圧しろ!皆殺しだ・・・・んが・・・んぐ・・・」
 そう言うと真っ青になったグンク・シュブはその場に倒れた。慌てて駆け寄ったフェルドが王を抱きかかえると大声で叫んだ。
「医者を!グンクが菓子をのどに詰められた!医者だ!」

741 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:19 [ iDkMb5NE ]
 丘に展開した連合軍は接近するヴァシント軍を目前数十メートルまで引きつけた。フランツも沖で展開された海戦の様子は双眼鏡で確認していた。ハルス大尉はうまいことやったらしいと確信した。
「一列目!撃て!」
 地面を埋め尽くすような数のヴァシント兵はばたばたと倒れた。対してヴァシント兵は一斉射撃でそれに答えた。数百のゲベールの一斉射撃で連合軍もかなりの死傷者を出した。穴の開いた隊列に後列の兵士が黙々と前進してその穴を埋めた。
「突撃!突撃!」
 ヴァシント兵が一斉に突撃を開始した。手に手にゲベールや抜き身の剣を持って、隊列を組んだまま駆け出してきた。総攻撃のようだ。フランツは全部隊に一斉射撃を命じた。咳き込むような銃声と共に前列のヴァシント兵がばたばたと倒れるが、それを乗り越えて後続の兵士が突進してきた。弥太郎が率いる長柄隊がヴァシント兵の前に立ちふさがった。
「たたけ!!」
 弥太郎の号令以下、5メートル以上になる長柄が上下に振られた。日本の長槍は騎馬隊を止める槍ふすまのためだけに長いのではない。鉄の穂先をつけ、その重みできしみながら敵をたたく。ヴァシント兵の剣が届く前に、弥太郎が率いる部隊の槍の穂先が彼らを頭上から襲った。
「ぎゃああ!」
 阿鼻叫喚の地獄がヴァシント兵を襲った。数名の兵士が逃げ出し、すぐに大勢がそれに続いた。ヴァシント軍の隊列が崩れた。長槍隊は槍を突き出しながらヴァシント兵を追って前進を開始した。それに恐れをなしてヴァシント兵は我先に逃走を開始した。
 それをついて才蔵の騎馬隊がヴァシント軍の側面を突くべく突撃を敢行した。細い槍の切っ先で逃げる歩兵の背中を突く。指揮官の周辺にいた数十人の薄い隊列が銃撃を浴びせるが、騎馬武者の勢いで次弾を装填する間もなく、薄い隊列は指揮官ごとはね飛ばされていった。それを見たヴァシント軍は第2派を繰り出した。3000もの騎兵隊が一気に動き始めた。

742 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:19 [ iDkMb5NE ]
「砲撃開始!」
 丘の上に姿を現した6台の戦車は砲撃を開始した。ほとんど砲撃音はない。ドイツ人たちが開発した炸裂弾は次々とヴァシント騎兵の中で爆発していく。それでも数にものを言わせてヴァシント騎兵隊は突撃を止めようとはしない。ひとかたまりになって丘に展開する連合軍の隊列を目指した。
「槍ふすま!!」
 弥太郎の号令で前進した長柄隊が隊列の先頭で槍を構えた。5メートルの長槍が隙間なく並ぶ隊列に勢いをつけたヴァシント騎兵隊は突入した。次々と騎兵隊は槍の餌食となっていく。だが、2列目以降の騎兵たちは先頭の犠牲でできた隙間をぬって槍隊に剣を浴びせかかった。
「たたけ、たたくんだ!」
 続々と突入してくる騎兵隊を長槍でたたく。頭上からの一撃を恐れることなく騎兵はまるで死兵のように隊列に飛び込んできた。
「弥太郎!いったんさがるぞ!」
 騎兵の第1派をはねのけた才蔵が指示した。ガルマーニ兵とエルドガン兵は武士団の後退に備えて支援射撃の準備を完了していた。
「援護射撃だ!100落とせ!」
 片桐は砲塔の上で戦車長に目標を指示した。丘の上にいる彼は戦況がよくわかった。武士団は少し突出してしまったように見えた。3000の騎兵隊で反撃に出たヴァシント軍が武士団の隊列を押し破ろうとしているのがわかった。
「才蔵様!騎馬隊を連れて先に退いてください!」
 弥太郎が大声で叫んだ。それに呼応するかのように彼の指揮下の槍隊は騎馬隊を援護するようにさらに両翼に展開した。ヴァシント軍は体勢を立て直し、再び騎兵突撃を再開した。先頭の騎兵を次々と槍の穂先が捕らえていく。だが、薄く延びた隊列を2列目以降の騎兵が突破すると、背後から槍隊に襲いかかった。
「退がれ!」
 弥太郎の合図で槍隊は後退を始めた。それを追い越して騎兵隊は丘の連合軍を目指した。徒歩の武士団は個々の戦闘に移って組織的抵抗はできなくなった。このままでは同士討ちになってしまう。そしてその躊躇が戦列を引き裂く結果になることは明らかだった。

743 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:20 [ iDkMb5NE ]
「方陣だ!方陣!!」
 連合軍歩兵部隊は数百名の方陣を組んで騎馬隊を迎え撃った。後詰めが戦車隊という形になり戦線の崩壊を防ぐつもりだった。同士討ちに注意しながら方陣の兵士たちは騎兵隊をねらい撃ちした。撃ち倒されながらも騎兵隊の剣は方陣の外側にいる兵士を斬り倒していった。外側の兵士が倒れれば内側の兵士がそれに代わって続々と一歩前に進んだ。そして味方の死体で身を隠しながら襲い来る騎兵を撃ち倒し、銃床で殴りつけた。高度な訓練で作り上げられた人間の楯は強力な騎兵突撃を防ぎきったように見えた。
 鼓笛隊は方陣の外側に取り残されたが、兵士たちの士気を高めるべく演奏を続けた。小太鼓を持つ兵士はまっすぐに前を見据えながらリズムを変えることなく太鼓を叩き続けた。その背中をヴァシント兵の剣が襲ったが彼は演奏を止めなかった。さらに、ヴァシント兵の剣が彼の背中を刺した。地面に倒れる瞬間まで彼は演奏を止めることはなかった。彼に代わって数名の兵士が太鼓に駆け寄った。最初にたどり着いた兵士が代わりに太鼓を叩き始め、残った兵士は自らを盾にしてそれを守った。混乱を極める戦闘の中でガルマーニ鼓笛隊の太鼓はとぎれることはなかったのだ。
「サクート、君たちの出番のようだな・・・」
 戦車の護衛隊である片桐はガンドール隊を率いるサクートに声をかけた。このままでも騎兵隊を打ち破ることもできるだろうが、損害は大きい。数が違うのだ。味方の損害は少ないに越したことはない。
「任せておけ!」
 サクートは言うが早いか部下を引き連れて散開した。ガンドール隊は小柄な体型を活かしてさっそうと騎兵の暴れ回る平原に出ると、敵兵の死体の影に隠れて次々と騎兵を狙撃し始めた。通り過ぎるボスポースの六本足に斬りつけ、騎兵を落馬させて襲いかかる者もいた。愛馬を傷つけられて動きのとれなくなった騎兵は方陣の兵士から繰り出される銃弾で撃ち倒され、サクートの部下たちのナイフで心臓を刺し貫かれていった。サクートは伝説の猟師のように次々と騎兵を狩っていった。方陣の歩兵と協力して1時間もたたぬうちにそのほとんどを撃破した。生き残った騎兵は本陣に向けて敗走を始めていた。
「よし!行くぞ!」
 片桐は戦車に飛び乗り砲塔をガンガンと蹴った。それを合図に戦車隊は敗走するヴァシント騎兵を追って前進を開始した。砲塔に乗った兵士の銃弾が逃げる騎兵隊を背中から襲った。
「いいぞ!どんどん撃て!!」
 方陣の横を6台の戦車がすり抜けていく。歩兵から歓声があがった。ヴァシント艦隊の砲撃がない以上、戦車隊を繰り出しても大きな危険はないはずだ。
 両翼の森まで後退した武士団は丘を下ってくる戦車を見て士気を高めた。その1台に乗って指示を飛ばす片桐を才蔵は見逃さなかった。返り血を浴びた武士は不敵な笑みを浮かべると部下に命令した。
「さあ、行くぞ!最後の決戦だ!」
 棟梁の声を合図に武士団が鬨の声を出しながら森から躍り出た。

744 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:21 [ iDkMb5NE ]
 正気を取り戻したグンク・シュブは自分の出した命令の愚かさに今頃になって気がついていた。ヴァシント軍の総攻撃は失敗に終わり、今や敵軍が隊伍を整え前進しているのだ。
「あの騎兵隊の指揮官は誰だ!余は騎兵隊の突撃など命じていないぞ!」
 大声で叫ぶグンク・シュブの本陣に戦車のはなった砲弾が着弾した。爆風でグンクはイスごと後ろにひっくり返った。慌ててフェルドが王を助け起こすが、怒り狂った王はその手をはねのけた。
「撤退だ!ヴァシントに撤退して軍を整えるぞ!」
 王の言葉に、先ほどの士官が本陣に入ってきた。彼の言葉を聞いていた士官は言いにくそうな顔をして立っている。
「なんだ?報告があるなら早く言え」
 グンクに代わってフェルドが士官を促した。それを聞いて士官が顔をひきつらせながら報告した。
「我が艦隊は降伏した模様です・・・・。目下、ヴァシントへの帰還は・・・」
 士官の報告を聞いて今度はフェルドが唖然とした。グンク・シュブはもはや口をぽかんと開いて呆然としている。この事態を打開するには最後の部隊を繰り出すほかなかった。
「近衛旅団を出せ。陸に活路を開くしかない・・・」
 フェルドの命令を合図に美しい旗が本陣周辺の部隊からあがった。近衛旅団出撃の合図だった。近衛旅団とは文字通り、グンク・シュブ直属の部隊で神と王のために命を捧げるためだけに存在する。彼らの出撃は、すなわち勝利を意味していた。
 敵本陣の動きを片桐も戦車の上から確認していた。先頭を行く戦車隊の前にはヴァシント軍は少数しかいない。主力は数百メートル後方まで後退してしまっていた。片桐を乗せた戦車隊は横に広がってゆっくり前進していた。その間には武士団やガルマーニ兵、エルドガン兵の隊列が歩いている。時折、ヴァシント兵の士官に率いられた逃げ腰の兵士が戦列を組んで銃撃戦を挑むが、連合軍の歩兵は数名が銃撃で倒れるだけで、前進を止めようとしなかった。そのまま敵が弾込めを終わらないうちに白兵戦に持ち込み捕虜にしていった。

745 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:21 [ iDkMb5NE ]
「片桐三曹!新手です」
 言われるまでもなかった。本陣に撃ち込んだ砲弾に動じることなく、4000近い兵士が整然と行進を開始していた。逃げ腰に近かったさっきまでのヴァシント軍とはまるで別の軍隊のようだった。連合軍は歩みを止めて新たな兵団を迎え撃つ準備を始めた。
「タロール!俺の合図で一斉射撃だ」
 片桐は右翼に展開したタロールの部隊を呼んだ。戦車砲といっしょにエルドガン軍の強力なゲベールの一斉射撃を行うのだ。ヴァシント軍は美しい旗を持つ少年兵を先頭に無言で抜刀したまま前進してくる。剣を自分の胸の前に捧げるように持ったまま、密集体型で歩いていた。連合軍は彼我の距離400メートルで一斉射撃を開始した。
「撃て!」
「発射!」
 エルドガンの持つ抱え大筒に似た大口径のゲベールが隊列を引き裂いた。そしてその後方に戦車砲が次々と炸裂するがヴァシント軍の隊列は止まることはない。死体と重傷者を残したまま黙々と前進を続ける。今までの部隊と違い、ひるむこともなく歩いてくる。
「なんなんだ。こいつら・・・」
 後方のガルマーニ兵を指揮するフランツが思わず口に出した。それだけ、この集団は不気味だった。鬨の声をあげるでもなく、ばたばたと倒れながら無言で前進してくる部隊。やがてガルマーニ兵のゲベールの射程に入り、一斉射撃を食らっても彼らは前進を止めなかった。抜刀した剣を捧げるように持ったままだった。
「おい!撃てよ!」
 片桐は89式のマガジンを交換しながら戦車長に言った。戦車長は砲塔から顔を出して抗議した。
「無茶言わないでください。もう近すぎて撃てませんよ!」
「だったら白兵戦に備えろ!」
 そう言って片桐は戦車長を戦車から引っぱり出した。無言の隊列は片桐たちの数十メートルまで迫っていた。その間もゲベールの射撃が続くが、すでに1000名近い死傷者を出しながらも敵兵は止まるつもりはないようだ。

746 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:22 [ iDkMb5NE ]
「こやつら・・・、全員討ち死にするつもりだ」
 才蔵は馬上で思わずつぶやいた。これは恐ろしい戦いになる。通常、密集体型の戦闘においてはその戦闘目的は、敵の戦列を破壊することにある。破壊すればいいのであって皆殺しにする必要はない。敵の士気を砕き、敵を逃走か降伏に追い込めばいいのだ。だが、彼らは違った。指揮系統を乱し、恐怖心からの敗走を促すこともできなければ、降伏をさせることもできない。勝つためには文字通りの殲滅しかない。
「来るぞ!」
 タロールの号令で大口径ゲベールを至近距離から浴びせたエルドガン軍に、ヴァシントの近衛旅団が最初に襲いかかった。無言のまま、生き残った兵士が一斉にエルドガンの隊列に襲いかかった。
「だああああああ!!」
 抜刀したエルドガン軍に襲いかかったヴァシント軍先頭の隊列は、迎え撃つエルドガン兵の剣と後に続く隊列の兵士の剣を背中から受けた。彼らは前列の仲間ごと敵兵を刺そうとしていた。
「なんだこいつら!」
 それは武士団に襲いかかった部隊も同じだった。ヴァシント正規軍を散々苦しめた長槍を先頭の兵士は刺されながら身体で受け止め、後列の兵士がその合間をぬって槍を持つ兵に斬りかかったのだ。
「さがって砲撃できる距離を確保しろ!」
 片桐は砲塔から89式を乱射しながら叫んだ。その彼の周りも自殺志願者としか思えないヴァシント兵が群がってきている。戦車長が剣で戦車に登ってこようとする敵兵を必死で斬りつけるが数が多すぎた。
「片桐三曹!このままじゃ戦車が乗っ取られます!」
「砲身を下げられるだけ下げるんだ。目の前で爆発させろ!」
 片桐の声は地獄のような白兵戦の中でかき消されていた。

747 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:22 [ iDkMb5NE ]
 連合軍の司令部には少数の部隊が残されているだけだった。捕虜を収容する部隊、負傷者を手当する部隊などだった。捕虜の数は1000名近くになっていたが、おとなしく従順だった。司令部のテントでは、スビアとエル・ハラが彼女らの愛する伴侶の帰りを待っていた。司令部を警備するのは元親衛隊伍長だったが、彼は無口で彼女たちともあまり口を聞かなかった。まるで自分が前線に行けないことを呪っているようだった。
「伍長、戦況はどうなんです?」
 テントの外を新たな捕虜が連行されていくのを見守りながらスビアが伍長に尋ねた。丘向こうの司令部には鬨の声と時々聞こえる、片桐やドイツ兵の撃つ銃声しか聞こえなかった。彼は彼女を一瞥して直立不動のまま答えた。
「敵は近衛旅団を繰り出してきているそうですが、目下戦闘中です」
 その言葉を聞いてスビアとエル・ハラは顔を見合わせた。敵は最後の兵団を繰り出してきたようだ。まもなく戦闘は終わるのだ。だが、それを聞いていた捕虜が大声で言った。
「近衛旅団だって!」
 それに気がついた捕虜たちもざわめき始めた。見張りの兵士がゲベールを彼らに向けた。
「敵ながらかわいそうに・・。あいつらは決して降伏しない代わりに、敵の降伏も受け入れない。グンクの命令があるまで殺し続けるんだ・・・」
 捕虜の言葉に伍長が顔をぴくっとさせて、その捕虜を列から引っぱり出した。彼は知っていた。4000名近い近衛旅団と全軍が恐ろしい白兵戦になっているということを。
「どういうことだ?」
 伍長は捕虜の胸ぐらをつかんで質問した。捕虜はおびえながらも詳しく話を始めた。
「あいつらは神とグンクに命を捧げている。グンクの命令で出動すれば捕虜にならない、捕虜は取らない。全滅するまで殺し続ける・・・」
 なんということだ。スビアはその戦闘の結果を想像して鳥肌が立った。4000名の死を恐れぬ軍団と戦えば味方の損害は計り知れない。伍長が捕虜に質問をしている間に彼女はエル・ハラに近づいた。
「わたくしは行きます。このままでは片桐たちが危ないはずです・・・」
「でもスビア様、わたくしたちだけでどうやって・・・?」
 スビアはゲベールを持ちながら彼女に言った。彼女のやるべきことは決まっていた。
「グンク・シュブの本陣へ行きます。近衛兵を止めることができるのはグンク・シュブだけです」
 それを聞いてエル・ハラは少し驚いたが、すぐに頷いて準備を始めた。愛するタロールを死なせないためにも、一刻も早くグンク・シュブの本陣に攻め込みたいと思ったのだ。
「さあ、スビア様。まいりましょう!」
「それはできませんな」
 彼女の言葉を伍長が遮った。いつの間にか、伍長は2人のすぐ近くに立っていた。伍長は迷彩ヤッケを着込んだたくましい身体をテントの入り口に置いて彼女たちの行く手をふさいでいた。
「自分の任務はあなた方の安全確保です。危険なことはさせられません」
 その言葉にスビアは素早く反論した。決意を固めた聖女の言葉ははっきりと、そして威厳に満ちていた。
「今、敵を止められるのはわたくしたちだけです!全部隊は今、必死に戦っているのです。わたくしたち以外に、戦場から抜け出してグンク・シュブのところへ行くことができる者はいますか?」
 そう言うとスビアはゲベールに弾丸を込めて彼を押しのけてテントを出た。エル・ハラもゲベールを手に後に続く。伍長は少し迷っていたが決心したようで、彼女の後に続いた。
「クリューガー!後を任せた!部下を数名借りるぞ!」
 そう言って持っていたMP40のマガジンを確認した。伍長は自分でも不思議だった。東部戦線を戦い抜いたベテランが、年端もいかない女性の言葉に心打たれて行動を共にしようとしているのだ。スビアとエル・ハラはそれを見て伍長の手を取った。美しい聖女とエルドガンの王女が示す感謝の行為に思わず伍長は赤面した。
「ありがとう、伍長。あなたのお名前は?」
 赤面しながら胸に騎士十字章を持つ伍長は答えた。
「シュナイダーライト、アルフレド・シュナイダーライト伍長です。さあ、森を抜けて海岸まで出ましょう」

748 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:23 [ iDkMb5NE ]
 全戦線で両軍は白兵戦に突入していた。剣が交差し、咳き込むようなゲベールの単発の銃声。武士団の鬨の声が戦場に交錯していた。片桐は銃剣をつけた89式を手に戦車隊の間を走り回っていた。今や、後退も前進も不可能になった戦車隊は白兵戦に巻き込まれ混乱を呈していた。戦車を乗っ取られないことだけが目的だった。各戦車長は砲塔から身を乗り出し、ゲベールや剣で登ってくるヴァシント兵を迎え撃っている。護衛隊も戦車の周りで円陣を組んで応戦するので手一杯だった。
「おい!前を開けろ!」
 そう叫んで片桐は89式のマガジンに残った弾丸を全弾撃ち込んだ。10名以上のヴァシント兵が倒れて戦車と戦車の隙間を護衛隊と共に確保した。
「できるだけ戦車同士を密集させろ。お互いに援護するんだ」
 部下に命じて各戦車を可能な限り接近させた。中にはキャタピラをこすり合わせるほど接近した戦車もあった。6台の戦車は半円を描くように接近し、その後方を片桐たち護衛隊が援護する形になった。他の部隊も方陣を組んで壮絶な白兵戦を展開していた。ヴァシント軍の近衛旅団は目に付いた敵兵に見境なく斬りかかり、戦死するまで剣を振り回し続けた。
 武士団も下馬して馬を中心に方陣を組んでいた。才蔵自ら先頭に立って刀を振り回していた。負傷者や死者から回収した刀を周りに刺して、使えなくなった刀を捨ててはそれらを抜いて敵を斬っている。
「どっちかが皆殺しになるまで続くのか・・・」
 才蔵は返り血を浴びながらつぶやくと、目の前で上段に剣を構えるヴァシント兵を斬り倒した。
「くそ!撃っても撃ってもきやがる!」
 フランツもガルマーニ兵の方陣で指揮を取りながら叫んだ。彼の持っていたモーゼルも全弾撃ち尽くし今は腰のワルサーを抜いて戦っていた。兵士もゲベールに弾を込める余裕がなく、銃床で敵を殴りつけるばかりだった。
「いいか!疲れたら後ろの連中と交代しろ!隊列を崩したらおしまいだぞ!」
 フランツはそう叫ぶと部下に斬りかかろうとするヴァシント兵を撃ち倒した。

749 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:24 [ iDkMb5NE ]
 森に入ったシュナイダーライトは慎重に銃を構えながら前進した。ヴァシント兵は大半は捕虜にするか、戦死したはずだが、敗残兵が残っている可能性があった。主戦場をさけ、森から一気にグンク・シュブの本陣を襲うつもりだった。
「スビア様、エル・ハラ様、ここから先は自分たちだけで行きますから」
 周囲の安全を確認したシュナイダーライトは2人の女性に訴えた。だが、彼の忠告を素直に聞き入れる聖女たちではなかった。
「わたくしたちは構いません。ほら、あれが本陣のようです」
 そう言ってスビアが指さしたのは、豪華な旗がきらめく海岸に近い陣地だった。少数の警備隊を残して出撃しているようだ。中心のイスには彼女が見覚えのある男が座っている。その人物は聞き覚えのある声で部下に命令を下していた。
「まだ未開人の連中を皆殺しにできないのか!」
 その声を聞いてスビアはその人物がグンク・シュブであることを確信した。茂みに隠れるシュナイダーライトに駆け寄って彼女は軽く耳打ちした。
「あのイスに座っているのがグンク・シュブです。間違いありません」
「間違いないですか?スビア様」
 シュナイダーライトは周囲をさらに見回して状況を確認した。たしかに、彼を襲うには絶好の機会だ。シュナイダーライトは数名の部下に手で合図した。一斉に射撃を開始して敵の王を生け捕りにするのだ。
「3,2、1・・・・。行くぞ!」
 シュナイダーライトは立ち上がってMP40を乱射した。森に近い場所にいた衛兵を数名撃ち倒した。それを確認した彼の部下がMP40やモーゼルを手に森から躍り出た。騒ぎに気がついた衛兵が森に銃撃を浴びせようと集まってきた。敵の反撃を予感した伍長は森から飛び出そうとする女性たちに振り向いた。
「スビア様、エル・ハラ様!頭を下げて!」
 彼の言葉が発された直後に、ヴァシントの衛兵たちはばたばたと倒れた。彼らの反対側からヴァシント兵と少し格好の違う兵士の一団が突入したのだ。シュナイダーライトはそれを見届けて一気に本陣へ突入した。本陣を挟んで、ドイツ兵の一団と別の襲撃者は互いに対峙した。
「誰だ!貴様らは!」
 シュナイダーライトの誰何にも彼らは剣を構えたままだ。先頭の隊長らしき青年士官は剣を構えたまま彼を観察している。

750 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:24 [ iDkMb5NE ]
「ドロスではないですか?」
 シュナイダーライトの背後からスビアが声をかけた。彼女の声に気がついた青年士官は剣を収めて彼女に駆け寄った。シュナイダーライトはこの展開を理解できずに立ちつくすばかりだ。
「おお!スビア!あなたでしたか!」
 青年士官、リターマニア警備隊長のドロスは友人の姿を認めて駆け寄った。
「神の御心のことについては、あなたと片桐に心からお詫びしたい・・・。先日リターマニアに来訪されたパウリス様からすべて聞いております。そして評議会は彼の記憶を嘘ではないと判断し、神の権威を偽ったグンク・シュブを逮捕するべく、諸都市に呼びかけたのです。」
 スビアはその言葉を聞いて作戦が全て成功したことを確信した。パウリスは無事リターマニアに到着し、すべてを彼らに話したのだ。そうなった以上、襲撃者によって捕らえられたグンク・シュブはグンクとして最後の仕事以外にすべきことは残されていなかった。フェルドも襲撃者によって拘禁されていた。
「さあ、グンク・シュブ・・・」
 スビアは威厳を込めて、リターマニア警備隊に囲まれている王座で固くなっている王に告げた。
「あなたの最後の仕事をなすべきです。近衛旅団に攻撃中止命令をくだすのです」
 多くの剣に囲まれてもなお、グンク・シュブはまだ王であろうとしていた。スビアを見ると見下すような笑みを浮かべて答えた。
「ふん・・・、たかが未開の地の聖女風情が余に命令するというのか・・・・」
 あまりに無礼な言葉にスビアは美しい顔をひきつらせた。ドロスもかつての王が放つあまりに慇懃な言葉に思わず反論の言葉を失った。それを見て、シュナイダーライトが腰のワルサーを抜いてグンク・シュブに歩み寄った。
「伍長、いけません!」
 彼が王を射殺すると思い、とっさに声をかけたエル・ハラにシュナイダーライトは笑顔で振り返ると、そのままワルサーをグンクの膝に向けて発射した。突然の激痛に哀れな王はイスから転がり落ちて足を抱えた。
「グンク・シュブ、聖女様のお言葉を実行してください・・・」
 シュナイダーライトは静かに王に問いかけた。だが痛みで興奮したシュブはなおもそれを否定した。それが彼のさらなる悲劇につながることも知らずに。
「そんなこと・・・、できるか・・・!」
 王の返答を聞いたシュナイダーライトは無言で彼の膝をブーツで踏んだ。痛みでもがきながら今度こそ王は承知した。
「こ、こっ、近衛兵に停戦を命じる!命じますぅぅ!!」
 グンクの命令を確かに聞いた伍長は王に丁重に一礼すると一歩後ろに下がった。そして、あっけにとられるスビアとエル・ハラに向き直ると再び丁寧に一礼した。
「出過ぎたまねをいたしました。お許しを。ドロス隊長、我々はもはや彼に用はありません。お願いします」
 そう言うとシュナイダーライトは部下から信号弾を受け取ると、白の信号を上空に打ち上げた。

751 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:25 [ iDkMb5NE ]
 敵の本陣で打ち上げられる信号弾を片桐は呆然と見つめていた。敵も味方もそれに気がついて戦場は不思議な静けさに包まれた。その中を、ヴァシント軍の本陣から出てきた数騎の騎兵が走り抜けた。
「グンク・シュブは降伏された!」
「近衛旅団は即刻、戦闘を中止せよ!!」
 ヴァシント兵から発せられる言葉に近衛兵は目をむいていた。だが、その言葉の意味を察すると、突撃と同じように素早く数十メートル後退した。そのまま、連合軍と向かい合って整列した。
 それぞれの部隊を指揮していた、フランツ、タロール、才蔵、サクート、そして片桐は互いに集まっていた。あまりの事態の展開にどうすればいいかわからなかったのだ。
「いったいどうなったんだ?」
 ほこりまみれのフランツが返り血を浴びた才蔵に問いかけた。彼とて状況がわかるはずがない。
「さあ、こんな戦は初めてです・・・」
「ホントにどうなっちまったんだ?」
 片桐もマガジンを交換しながら事態の推移を不思議な感じで見守っていた。タロールも兵に待機命令を出しながら、何とも言えない表情で片桐を見ている。つい、数分前まで続いていた地獄のような白兵戦は不気味な静寂に変わっていたのだ。 
 その時、整列するヴァシント近衛旅団の隊列が真ん中から別れ始めた。数メートルのスペースを作った隊列の中心を一団の兵士が歩いてくるのが見えた。
「おい!あれはグンク・シュブじゃないのか?」
 フランツの声に一同が振り返った。近衛兵の間をドロス率いる警備隊に護衛されたグンク・シュブが足を引きずりながら歩いているのが見えた。その後方には、迷彩服のシュナイダーライト伍長とドイツ兵に護衛された聖女とエルドガンの王女が意気揚々と歩いていたのだ。
「スビア様がやったんだ!」
「エル・ハラ様だ!」
 武士団やガルマーニ兵から、エルドガン兵からそれぞれ歓声があがった。

752 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:26 [ iDkMb5NE ]
「いったいどうなってんだ?」
 フランツの疑問に満ちた視線を浴びた片桐は思わずタロールに視線を移した。タロールも敵陣からやってくる彼の王女にあっけにとられているだけだ。
「なんで、ドロスとスビアがいっしょにいるんだよ・・・」
 リターマニアで別れたはずのドロスはスビアとエル・ハラをエスコートしながら連合軍の隊列までやってきた。満面の笑みを浮かべてドロスは連合軍の居並ぶ指揮官たちに一礼した。
「リターマニア市警備隊長のドロスです。我が王国の大罪人であるシュブの鎮圧にご尽力いただき感謝します。そして、彼の所行で多くの人命が失われたことを心からお詫びいたします」
 状況を理解できなくて呆気にとられる片桐、タロール、サクート、フランツに代わって比較的冷静な才蔵がドロスの言葉に応じた。
「お役目大儀に存じます。つきましては、今回の戦はこれで終結と受け取ってよいのですな?」
 才蔵の質問にドロスはもちろん、という感じで一礼した。連合軍の兵士たちから勝利の雄叫びがあがった。
それを聞いたフランツは我に返って、シュナイダーライトに駆け寄った。
「伍長!いったいどういうことだ?なんで君とスビア様、エル・ハラ様が敵陣から戻ってきたんだ?」
 上官の矢継ぎ早の質問にたじろぐシュナイダーライトに代わってスビアがフランツに答えた。
「彼はわたくしたちの提案を受け入れて助けてくれただけです。降伏しない降伏させない近衛兵から皆を救うにはグンク・シュブに命令させるしかなかったのですから・・・」
「まあ、たしかにそれはそうですが・・・」
 聖女の言葉に反論できないフランツは口ごもったが、彼女たちの伴侶は違っていた。
「スビア!あれだけ無茶はしないでくれって言ったのに・・・」
「エル・ハラ様!どうしてあなたは・・・」
 同時に口を開いた片桐とタロールに、スビアとエル・ハラは同時に彼らの胸に飛び込んだ。
「ごめんなさい・・・・・・」
 急にしおらしくなった2人の女性を胸に抱きながら、片桐とタロールは互いに顔を見合わせて肩をすくめた。

753 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:26 [ iDkMb5NE ]
 少しして状況を理解したフランツとサクートも加わり、雰囲気が和やかになった。ドロスは片桐と目を合わせるや、彼に駆け寄って跪いた。
「片桐!どうかわたしを許してくれ!「神の御心」のおぞましい真実を知らずにいた愚かなわたしを許してくれ。」
 ドロスの謝罪の意味は十分に理解できた。片桐は自分に跪く友人の手を取った。
「もういいよ。君も知らなかったんだし、こうしてグンク・シュブは逮捕できたんだ」
 彼の言葉にドロスは感謝の笑顔を浮かべた。
「こっちこそ、タローニャを縛った上に君の部下にまで危害を加えて申し訳ない」
 雰囲気が落ち着いたところで片桐はさっきから疑問に思っていたことを口にした。
「でも、どうして君の艦隊はグンク・シュブの伏兵から目を盗んでここまで来れたんだ?」
 それを聞いて立ち上がったドロスはうれしそうに笑った。
「それは片桐、君のおかげだ」
 そう言ってドロスは懐からあるものを取り出した。それを見た片桐も「あっ」と声を出すと彼の返答に納得した。それは片桐がリターマニアの城壁でドロスに貸したままにしていた双眼鏡だった。
「このおかげでわたしは、グンク・シュブが岬の向こうに艦隊を残しているのを見つけることができた。彼らにばれないように諸都市に使いを送って、艦隊を集め、一気にやつらを攻撃してここに向かったんだ。さらに、この沖で勇敢な異世界の戦艦がヴァシント艦隊に戦いを挑むのも見ることができた。おかげで浮き足だった敵に奇襲をかけることにも成功したんだ・・・」
 そう言ってドロスは兵士に命じて収容したUー774の乗員を連れてこさせた。副長のホルグ少尉以下、全員が無事だった。彼はフランツ中尉に戦果報告した。
「報告します。U−774は敵戦艦40隻以上を撃沈、撃破しましたが、艦長のハルス大尉は戦死されました」
 この報告にフランツ以下、連合軍の指揮官は肩を落とした。落胆するフランツに代わって才蔵がホルグに尋ねた。
「ハルス大尉のご最期はどうだったのですか?」
「はっ、敵艦隊に魚雷攻撃を行った後、乗組員を脱出させて最後に艦を後にしようとして銃撃を浴びました」
 ホルグの報告を聞いてフランツがやっとのことでホルグ以下の乗員に敬礼した。
「ご苦労だった。後方で休んでくれ・・・」
 サクートの案内でU−774の乗員たちは連合軍の隊列の間を司令部に向かって進んでいった。それを見てフランツが力無くつぶやいた。
「ハルス大尉、ホントに海に帰っちまいやがった・・・」
 片桐もスビアもタロールも、そして才蔵も同じ気持ちだった。司令部での彼の最後の言葉が脳裏を走った。彼にとっては本望だったのだろう。彼の奇襲のおかげでこの戦いは勝利できたのだ。 
「ハルス大尉に敬礼!!」
 フランツの大声が戦場だった平原に響いた。彼は夕暮れ迫る海に向けて国防軍式の敬礼を捧げていた。片桐もそれに続き、各軍の兵士もそれぞれの慣習でそれに習った。敵味方ない敬礼がハルス大尉のために、夕刻迫る海岸に捧げられた。

754 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:27 [ iDkMb5NE ]
 そこへ、リターマニア兵が伝令としてやってきて一同に告げた。
「たった今、リターマニア他、諸都市の評議会が新たなグンクとしてドロス様を任命されました!」
 その言葉に一番驚いたのは他ならぬドロス自身だった。
「えっ?パウリス様はどうなさったのだ?」
 ドロスの言葉に伝令は少し迷ったが、忠実にその質問に答えた。
「パウリス様は、今後の神聖ロサール王国をドロス様にゆだねられ、北方のウィンディーネの女王、セイレース様の招きに応じて旅立たれました。」
 片桐とスビアには、セイレースの気持ちがわかったような気がした。セイレースは誠実でまっすぐなパウリスにきっと心惹かれていたのだろう。誠実な愛を求めるセイレースと誠実なパウリスはきっと似合いのカップルになるだろう。
「グンク・ドロス!!」
 突然、整列して黙ったままだったヴァシント近衛兵たちから歓声があがった。王に忠誠を誓う近衛兵は手に手に剣を捧げ、新たな王に口々に忠誠を誓っているのだ。その声を聞いてドロスも決心を固めたようで剣を抜いてその声に答えた。
「グンク・ドロス!!」
 捕虜になっていたヴァシント兵からも同じ歓声があがった。彼らの声を聞きながら片桐はスビアに近寄るとそっと耳打ちした。
「な、俺の言ったとおりじゃないか・・・。君の通ったところ、必ずすばらしい指導者が現れて平和をもたらす」
 スビアはその言葉に苦笑を浮かべながら、片桐の肩に頭を乗せた。リターマニア兵がやってきて彼らに報告した。
「実は、片桐三曹の部下と主張する連中が拿捕したヴァシント艦隊の牢獄にいたのですが・・・」
 2人は顔を見合わせて、とりあえず連れてくるようにその兵士に命じた。彼が連れてきた連中は片桐とスビアを見るや大声をあげて駆け出した。
「キャプテン!」
「聖女様!」
 忠実な海賊たちは2人のところに走ってきて、ぴしっと自衛隊式の敬礼を捧げた。

755 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:31 [ iDkMb5NE ]
 その後の数週間は戦後の処理で忙殺されることになった。各勢力はそれぞれ、不可侵条約を結び、大平原世界ヨシーニアはそれぞれが軍を出して平定し、各勢力が協力して開発することが確認された。
 各勢力は「大同盟」を結成して相互の平和維持と相互協力を約束した。文字通り、世界が平和になった瞬間だった。
 そこで議題になったのは聖女スビアに関してであった。古代ロサールには全世界を平和に導く魔法などは存在せず、ロサール人の神格そのものが否定的であると結論付けされたが、それでは不十分だった。せっかく築かれた平和の象徴が必要だった。そこで持ち上がったのがスビアだった。
「スビア様がいなければこの世界の平和は実現できなかったし、この先も平和を維持できないだろう」
 リターマニアで開催され各勢力の会議で満場一致、スビアをこの世界の聖女と認め、彼女は名実共にアムターだけでなく、「大同盟」の聖女となった。式典は、世界の中心とされたリターマニアで盛大に行われ、スビアはフランツやグンク・ニル、才蔵や長老ザンガン、グンク・ドロスそしてセイレースの代理として出席したパウリス立ち会いで戴冠式に望んだ。

756 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:33 [ iDkMb5NE ]
 片桐はすべてが終わったリターマニアの城壁にたたずんでいた。この数週間でこの世界は急に平和な世界に変身した。それはスビアがアムターを旅立つにあたって望んだ世界だった。そしてそれは、古代ロサールの魔法ではなく、彼女自身がもたらした結果だった。それはそれで片桐には満足だった。しかし、それと同時に彼女は世界の聖女になり、彼から遠い存在になったような気がしていた。事実、彼は彼女とこの週週間、ろくに会話もできないくらいだった。
「俺の役目は終わったのかな・・・」
 つい、弱気になって言葉に出した。答えは返ってこない。城壁には片桐と、数名の当直兵以外の姿はない。片桐は初めて彼女と出会った数ヶ月前を思い出していた。思えば高飛車な女性だった。長老のザンガンを介さないと会話すら受け付けない。それが幾多の戦いを経て愛を交わし、才蔵のとりなしで愛し合うまでになった。彼女の夢は彼の夢になり、そしてそれは現実のものとなった。そうなった瞬間、彼のもとから彼女は遠く離れてしまった感じがした。
 今、彼の最愛の聖女は豪華なドロスの宮殿で人々に囲まれて世界の聖女となった祝宴の最中だろう。市内はお祭り騒ぎだった。城壁にいる彼の耳にもその騒ぎは聞こえている。
「ここらが潮時かな・・・」
 片桐は考えていた。思えば、異世界人の自分が今や、この世界の平和の象徴になったスビアを独占すべきではない。してはいけない、と。たとえ、自分がこの世界に残った理由が彼女のためだとしてもだ。祝宴に出席するように言っていたフランツや才蔵の言葉を辞して、城壁の守りにつくと言って逃げた片桐だが、これからの行動は決めていた。城門の警備隊とも話は付いていた。
 もちろん、あの掟のことは知っていた。その掟を積極的に破ろうとは思わないが、守っていける自信が今の彼にはなかったのだ。
「おお・・・」
 市内からあがった花火に思わず城壁の兵士も見とれていた。それを一瞥して片桐は地上に降りる階段に向かって歩き始めた。馬小屋に寄って愛馬を連れ出し、話をつけた警備隊に門を開けてもらうのだ。簡単なことだった。花火を見ないように、うつむきながら歩き出した片桐の視界に、花火の光に照らされて城壁の地面にうつる影が目に入った。

757 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:33 [ iDkMb5NE ]
 思わず片桐が顔をあげる。そこには今、まさに祝宴の主役であるスビアが立っていた。いつも以上に豪華な装飾具に身を包み、頭には豪華な冠を抱く聖女の姿はまさに、この世界の平和の象徴だった。
「よく似合ってますよ・・・」
 片桐の言葉に聖女は表情を全く変えることはなかった。無表情のまま片桐を見つめている。時折あがる花火の光が、彼女の表情を鮮明に写し出した。思わず、目をそらして片桐は彼女の横を通り抜けようとした。
「待って!」
 それをスビアが止めた。彼女も片桐のここ最近の様子に気がついていた。戦後処理と、世界の聖女任命の忙しさでろくに会話もしていなかったが、愛する男の変化くらいはわかっているつもりだった。
「才蔵様のバートスから聞きました。馬を用意しているそうですね・・・」
 あえて彼女は片桐の考えていることを具体的に言葉にしなかった。はっきりと口に出すことでそれが現実のものになることを恐れたのかも知れない。片桐は彼女に背を向けて城壁の外を見ながら答えた。
「俺の役目は終わった。世界は平和になり、君は俺の手の届かない存在になった。俺は、前も言ったけど、ただの公務員で兵隊だ。天下国家を考えたこともない存在だ。これからこの世界を守っていく君の役には立たない・・・」
「だから、わたくしから逃げるように去っていくのですか?」
 背中に突き刺さるようなスビアの言葉に片桐は思わず言葉に詰まった。彼とて、彼女に愛想を尽かしたわけではない。彼なりの愛情を示したつもりだ。それを「逃げる」と言われるのはいささか心外だった。
「ただの兵隊と、聖女様。この先きっと俺の存在が君の重荷になる。俺は君の苦しむ姿を見たくない・・・。死ぬまで一緒にいるだけが愛情表現じゃあない・・・」
 彼女に背中を向けたまま片桐は言った。その片桐の肩にスビアは手を伸ばし、彼がびっくりするくらいの勢いで引っ張った。花火の光の下で2人の顔が向かい合った。

758 名前:いつかの228 投稿日: 2004/12/31(金) 00:34 [ iDkMb5NE ]
「ばかっ!」
 不意に片桐の頬をスビアが叩いた。思わず頬を押さえて片桐は彼女を見た。美しい彼女の目から涙がこぼれているのが見えた。
「何がバカなんだ?俺は君のことを考えて・・・」
 叩かれた勢いで反論しようとした片桐は彼女の表情を見て途中で言葉を止めた。今、彼の目の前にいるのは世界の聖女でもなく、1人の愛する女だった。そう思ったとき、彼自身自分の考えの愚かさを悟った気がした。
「世界が平和なっても、あなたがわたくしの前から消えてしまったら・・・・、あなたは本当にバカです!」
 そう言ってスビアは今度は片桐に背を向けた。その肩が花火に照らし出されて震えているのがわかった。それを見て片桐は思わず後ろから愛する聖女を抱きしめた。自分の考えていた愚かな計画が、最愛の女性をここまで傷つけてしまったことを、心から恥じていた。
「すまん・・・、君が遠い存在になったと思っていた。なんか、手の届かないところに行ってしまった気がしたんだ。本当にすまない・・・」
「あなたは本当にバカです・・・」
 そう言ってスビアは愛する自衛官の腕に涙で濡れた顔を埋めた。花火はそんな2人を祝福するように、盛大に打ち上げられていた。
「まったく・・・、最後の最後まで世話が焼けますな・・・」
「本当だ・・・。こっちの身にもなって欲しいですよ」
 別の階段の影からこっそり見守っていた才蔵とフランツが互いに苦笑いしながら顔を見合わせて言った。別の階段の影からはドロスとタローニャも彼らを見守っていた。
「どうやら、うまく元の鞘に収まったようですね」
「まったく、不思議な人たちだ。でも、最高にいい人たちだよ」
 新しい時代を歩み始めたこの世界を祝福するひときわ大きな花火をバックに、自衛官と聖女は二人の新しい門出を祝うかのように熱い口づけを交わした。